悪徳の街と小さな怪盗 (望夢)
しおりを挟む

小さな怪盗

スランプに突入してしまったので息抜きでなんとなく書いてみました。


 

 

 まるでこの世の悪の吹き溜まりとでもいう様な街が存在する。

 

 そこでは殺しや盗みは日常。ふとした時には目の前を歩いていた人間が路地に転がっているのも珍しくはない。

 

 悪徳の支配する極悪の街。タイの南にあるとある街の名は――ロアナプラ。

 

 地獄の三丁目、世界で最も危険な街、世界一命が安い街。

 

 そんな街で、気が付いたらそこに居た。

 

 ただ幸いだったのは右も左もわからなかった生粋の日本人だった自分と違って、裏社会で慣らしていた経験があったお陰で命拾いが出来たという事だろう。

 

 取り敢えず英語は出来る為情報収集には困る事はなかった。

 

 しかし問題は衣食住であった。

 

 幸いなのはある程度の基礎が固まっていた時期の自分のスタートであるから最低限の行動が出来る事だろう。

 

 そんな状況から始まった悪徳の都での生活。

 

 住めば都なんていう言葉は(ドブ)に捨ててしまえ。力こそが正義であり唯一の通貨であるこの街で生きていくのは、子供の身には無理な話である。

 

 なら、誰か庇護してくれる大人を見つけるのか?

 

 とはいえ。こんな悪徳の街で誰が好き好んで身寄りのない子供の面倒を見るのか。

 

 普通に考えて居るわけがない。なによりこの街で誰かの庇護下に入るのは=マフィアの犬になる事も同義。

 

 自由を愛する身としては、それは余りいただける条件ではない。好きなように生きて好きなように死ぬ。それがモットーだ。

 

 このロアナプラは現在ロシアンマフィアのホテル・モスクワと香港系マフィアの三合会で勢力争いが起こっている。

 

 その漁夫の利を狙っているのがイタリアンマフィアのコーサ・ノストラとコロンビアマフィアのマニサレラ・カルテル。

 

 中小合わされば名前が上げきれない程の組織がこのロアナプラに絡んでいるが、名前を上げるのならこの四つの組織がロアナプラでは有名だ。

 

 正直言って、右も左もわからずに放り出されたニューヨークのスラムが鼻で笑えるほどのヤバい街で子供の身で生きていくのは自殺行為とかではなく、地雷原でタップダンスをするようなものだ。つまり普通に死ぬ。確実に死ぬ。泣いても喚いても意味がない。息を潜めていても諸共に吹き飛ばされる。

 

 ならばどうやって生きていくのか。

 

 取り敢えず子供でも出来る仕事。二束三文だろうと文句を言わずに働き始めた。労働基準法など存在しないこの街では子供でも能力があれば一応仕事がある。

 

 子供だからこそというか。新聞配達とか小さな荷物の配達をして日銭を稼いだ。寝床は幸いにして、そういうマフィアの抗争の跡地の空き家なんかを使わせてもらった。

 

 マフィア同士の抗争なんてのも日常だ。

 

 昨日はあった建物が次の日にはなくなっていることは当たり前だ。白昼堂々そこかしこで突発的な銃撃戦は起きる。そういうことにはこの街に住んでいれば最早慣れてくる。

 

 射線に子供が居ようともお構いなしにブッ放して来るもんだから思わず撃ち返してしまったのが悪夢の始まりだった。

 

 イヤだって、髪の毛3cm掠めたんだよ? それだけあれば刈り上げが出来るんだぜ?

 

 しかも流れ弾なんかじゃない。意図して狙われた弾には撃ち返さなきゃ失礼だ。

 

 それで見事マニサレラ・カルテルからお尋ね者になってしまった。

 

 まぁ、アイツらアホだから別に狙われても困りはしないんだが。

 

 それでもロアナプラで頭角を現している一大組織のマニサレラ・カルテルが仕留められない子どもと言うことで、何故かコーサ・ノストラにまで狙われ出したのはとてつもなく面倒くさい。お陰で真っ昼間に仕事が出来なくなってしまった。

 

 だから腹いせにコーサ・ノストラの事務所から大金をガッポリ頂かせて貰った。

 

 こちとら本業はガンマンで副業はサムライだが、内職にドロボーが付く人間だからな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「クソッ。どうなってやがる!!」

 

 コーサ・ノストラの構える事務所に轟く怒号。

 

 コーサ・ノストラのタイ支部を預かるヴェロッキオの怒声は否応なく怒り散らしている様子を伝えてくれるだろう。

 

 堪え性というものがないのではないか、或いは沸点が低すぎるのではと思う程度には怒鳴り散らす様が連日目撃されるヴェロッキオではあるが、腕は確かであるし頭も回る。でなければこのロアナプラという悪党の勢力争い最前線の支部を任される訳がない。

 

 事の始まりは1週間前。

 

 マニサレラ・カルテルの構成員が撃たれたという話だ。

 

 そんな話、今日日珍しいものではない。何処の構成員が撃たれたなんて小さなニュースは直ぐに埋もれてしまうのがこの街だ。

 

 だが。それがその場に居合わせた子供にダース単位で始末されたとなれば話は変わる。

 

 ただの子供に十数人のマフィアの構成員が撃たれた。

 

 カルテルはそんな木偶の坊しか用意できないのかと鼻で笑いながら、そのガキを血祭りに上げればカルテルの恥を上塗り出来る。この程度のガキを相手に遅れを取る組織だとコケにする。

 

 ヴェロッキオが描いた青紙はしかし、蓋を開けてみればとんでもないものだった。

 

 数々の構成員や住人の証言から、その子供はアジア系の血が入ったアメリカ人ではないかという予測が立てられていた。

 

 外ハネする黒い髪の毛に蒼い瞳。アメリカ訛りの英語を流暢に喋る。ミドルティーンの子供。

 

 しかしその手に握られた銃から正確無比に放たれる弾丸に次々と部下は倒れ。

 

 挙げ句の果てには下部の事務所に盗みに入られて、勢力下の店の売り上げ金を盗み出されたという事だった。

 

 息巻いて血祭りにしようとした相手に返り討ちにされ、更に金も盗まれたとあってはコーサ・ノストラはマニサレラ・カルテル以上に権威は失墜する。

 

 取り敢えず事務所の人員は海に沈めて証拠隠滅を図ったが、何処に人の目と耳があるのかわからないのがこの街だ。

 

 マニサレラ・カルテルの恥とコーサ・ノストラの失態は瞬く間にロアナプラという街に駆け抜ける事になった。

 

「探せぇっ!! 探し出してあのクソガキの素っ首を俺の目の前に持ってこいッ!!」

 

 怒鳴りつける勢いでヴェロッキオは部下たちに命じた。

 

 海に沈められたくない部下たちは死に物狂いでマフィア相手に売り上げ金を盗むというイカれた事をしでかした子供を探すのだったが、その足取りを掴むことは出来なかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 変装術で真っ昼間はブロンドの髪の毛のカツラと眼鏡を掛けていれば意外とバレないのは笑えた。まぁ、服装もゴシックドレスを着込んでいるからバレようもない。熱帯の空気のあるタイの土地だと熱く感じるが、万年通してスーツとジャケットに腕を通していたのだからどうってことはない。

 

 夜は別の格好をしていたし。この変装道具も昨夜拵えたばかりのものだ。早々身バレするとは思えない。

 

 カフェの一角でミルクと砂糖マシマシの激甘コーヒーを口にしつつ、右往左往するコーサ・ノストラの構成員を内心鼻で笑いながら、さてどうしたものかとこれからの行動方針を考える。

 

 既にこの街から退去するという考えはない。こんな愉しそうな街から出ていくのは勿体無いと思う程度には自分の思考回路はイカれている。

 

 いやなんだ。別に命が惜しくないわけじゃない。死なない程度に悪さをして遊ぶという危ない遊びを覚えてしまったのが運の尽きだ。

 

 スリルという名の料理が好きになってしまったのだから仕方がない。そして目の前にはそんなご馳走の並ぶ街がある。

 

 子供の身で生きていくのは確かに厳しい街だが、その代わりスリルには事欠かない。頼りになるのは基本的には己の知恵である。

 

 実は言うと、ロアナプラという地名には聞き覚えがあった。流石に原作の内容なんて覚えてはいない。それほど長い間泥棒家業に身をやつしていた。だからある意味新鮮な気持ちでこの状況を楽しんでいた。

 

 悪徳の都で自分は悪党の端くれとしてどんな風に立ち回っていけるのか。

 

 取り敢えず当面の資金を工面する為にまたコーサ・ノストラの事務所から金を拝借しようかという大雑把な計画でも立てつつ立ち上がる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「また出たのか。いつからこの街にはアルセーヌ・ルパンも住み着く様になったのやら」

 

 そう溢すのは同志軍曹より早朝の報告を聞き終えた大尉だった。

 

 ここ連日巷を騒がせているのは小さな怪盗(リトル・ルパン)の話だった。

 

 最初に犯行が行われたのが四ヶ月前。

 

 コーサ・ノストラの下部組織の事務所から金が盗まれた話だった。

 

 その時はまだ親のコーサ・ノストラが迅速に火消しをした事から周囲に情報は出回らなかったが、何をトチ狂ったのか、そのリトル・ルパンはこのロアナプラで勢力争いをする四つの組織に予告状を送るようになった。

 

 日本語で書かれたその予告状には『ノワール』とアルファベットで書かれていた。

 

 『黒』という名の通り。まだ子供である以外の情報がほぼ闇の中だ。ホテル・モスクワの直属の人員を動かしているが、それでも情報を掴めない。

 

 日本語と英語が使えるのならば東洋人だろうか。このリトル・ルパンは盗みを働く前に幾つか日雇いの仕事をしていたらしく、その特長はこめかみ辺りで外ハネする黒い髪と蒼い瞳。歳は自称で16歳だと名乗ったらしい。

 

 悪い冗談もあるものだ。たった16歳の子供ひとりにロアナプラを震え上がらせるマフィアが掌で踊らされ、尻尾も掴めないと来てる。

 

 コーサ・ノストラがスラムで人間狩りをしてその特長に当て嵌まる子供を無差別に殺しまわったら、その実行班は皆殺しにされたらしい。得物はリボルバー、使われている弾は.357マグナム弾。

 

 コーサ・ノストラに殺されそうになった子供から聞き出した情報が今最も確度が高いと言うのは笑える話だ。

 

 黒いスーツに目深くに被られた帽子のお陰で、さらには夜だった事あって顔は見えなかったらしい。だがそれでも隠せない癖っ毛から、コーサ・ノストラの構成員を始末したのはリトル・ルパンである事に間違いはない。

 

 そのリトル・ルパンは既に4度の盗みに成功している。しかもその初回以外はすべて予告状が出ているのにも関わらずにである。それが偶然ではなく確かな実力を持っていることを示している。

 

「末恐ろしい子供だ」

 

 このロアナプラという鉄火場を遊び場にしている子供が居る。そして悪党であるが外道ではない所に好感が持てる。

 

 何故なら、盗みに入られた事務所で誰も殺していないのだ。

 

 催眠ガスで眠らされたり、或いは麻酔銃で眠らされたり、足を撃ち抜かれる事もあるらしいが、少なくとも命に関わる様な事はせずに盗みを完遂する。

 

 そんな甘ちゃんかと思いきや、スラムの件だ。

 

 殺ることはきっちりとした線引きを持つプロのそれだと思い知らされる。

 

 過去にそういったことをした輩は世界中探しても居ない。

 

 つまりリトル・ルパンはこのロアナプラで生まれたとびきりのバカだと言うわけだ。

 

 何十人ものイタ公が死んだ所で彼女はなんとも思わないが、金を盗まれると言うことはこの街での行動力を制限されてしまうと言うことで、コーサ・ノストラの動きに乱れが見えているのは確かだった。

 

 今はコーサ・ノストラとマニサレラ・カルテルだけが被害に遭っている。

 

 その理由は不明だが、いつかこの自分にも挑んでくる日が来るのだろうかと少しだけ楽しみだと思う自分が居る大尉だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ロアナプラに住み着いて半年が経過する。意外にも平穏無事に過ごせている。

 

 とはいえ、コーサ・ノストラのバカどもには正直呆れて物も言えないが。

 

 スラム街を探すのは別に構わないものの、手当たり次第に子供を殺して回るのは最早マフィアの仕事じゃない。だから丁重に天国に旅立って貰ったわけだが。

 

 大人の都合に子供を巻き込むのは御免だというポリシーは今も捨てていない。今回はそのポリシーに触れるような事件だったから殲滅させてもらった。

 

 子供の身でも道具があれば割とどうにか出来る。とは言っても慎重に行動して計画を立てるのはこの身で正面切って鉄火場に出る事が出来ないからだ。庇護者が居ない現状、すべての尻拭いは自分でやらなければならない。

 

 相手を変えられないのなら、出来る事は己の生存率を高める事だ。

 

 その準備や入念に計画を練る関係で月一の盗みのサイクルになっている。3度盗みに入られているコーサ・ノストラはそれはもう顔を真っ赤にして頭カンカンで血眼になっておれを探している。

 

 しかし夜のおれの特徴で昼間のおれを探すことは出来ない。顔馴染みならいざ知らず、昼と夜で文字通り印象を変えているからだ。

 

 それに、このマフィアが勢力争いをする激戦区で自分の縄張り以外をウロチョロ出来るわけがない。つまり真昼間にコーサ・ノストラの支配地域に近寄らなければおれの姿を見つける事は叶わない。

 

 昼飯にラーメンを呑気に啜っていられるのもそう言う事情がある。

 

 この辺りは三合会が支配している地域でお膝元に近いから中華系の店がそこかしこに点在している。

 

 今のところ三合会だけがおれに対してのアクションが薄い。だからほぼ無警戒でいられる土地でもある。金髪のカツラで変装していても顔つきはアジア系のものだ。人を隠すのなら人の中。それでも東洋人の比率が多いこの辺りで金髪なんて目立つから敢えてカツラは取って黒の長髪のカツラを着けている。そしてメガネは外す。

 

 そうすることで金髪メガネの子供という印象がおれの中からなくなるわけだ。

 

 それでもまだ小学生くらいの子供がひとりで外食していると少し目立つ。注文した時にも不思議そうな目で店員に見られた程度には。それでも小奇麗な格好はしているからお金は持っていると判断されたことでこうして食事にありつける。小汚いと無銭飲食を疑われるからだ。

 

「相席良いかな? お嬢さん」

 

「え、ええ。構いませんけど」

 

 昼飯時で家族連れでもない子供一人でテーブルを独占していれば相席くらい発生しても不思議ではない。断る理由もない為、声をかけて来た男性に構わないと告げる。

 

 スーツ姿でサングラスを掛けている男性は目元は見えなくてもアジア系の人間だとわかる顔つきをしている。タバコを咥えながら注文を出す。それを受けた店員は見るからにヘコヘコと頭を下げている。それを手で軽く制する男性。人を使う事に慣れている所作と、店員の反応からただ物ではないと判断する。いや、それ以上に判断できる要素がある。

 

「しかしこんな真昼間に親御さんも連れないでひとりで食事なんて、心細くないかい?」

 

「…両親は居ません。ここへ来たのも、ただ流れ着いたってだけです」

 

 まるで世間話をするような気軽さで話しかけられる。それを無視しても構わないものの、社交性が無い人間は早死にするのは表も裏も変わらない。いや、裏社会だからこそより社交性は大事にして損はない。

 

「成る程。だが、お嬢さんみたいな子が流れ着くにはこの街は些かデンジャー過ぎると思うんだが」

 

 そう切り出した男性。こちらの出した答えに対して一歩踏み込んできた。

 

 他人の便所は覗くな。詮索屋は嫌われるのが裏社会だが、それは何の力も持っていない弱者の側がそうするからで、一定の強者は敢えて踏み込んで来る。それでどう反発されても自分はお前を抑え込めるという脅しでもある。

 

「そうですね。住み始めてもう半年ですけど、命がここまで安い街は初めてですよ」

 

「出身はアメリカかい?」

 

「育ちがニューヨークってだけで、生まれは日本です」

 

「成る程。でもその歳でニューヨークからこの街にやって来るとは、相当の何かをやらかしでもしたのかい?」

 

 このロアナプラは悪党の楽園であり、最後の憩いの場だ。世界中のお尋ね者が集まって来る街でもある。たとえ子供であってもこの街に来たからにはそれ相応の理由がある。

 

「まさか。気づいたらこの街に居ただけですよ。まぁ、好きなように生きて好きなように死ぬのが僕のモットーですから」

 

「ククク。おもしろいことを言うお嬢さんだ」

 

 そこでラーメンが運ばれてきたので男性は一旦会話を切り上げた。

 

 さて、少し喋り過ぎた。とはいえ、でなければ逆に面倒なことになっていただろう。

 

 いくら昼飯時とはいえ、この店が満員になる時間をズラしてこっちは店に入った。にも拘らず、席は満員になって相席となった。

 

 それをただの偶然で片付けて良い程この街はお花畑じゃない。

 

 加えて自分に突き刺さるいくつもの視線だ。日本人だった頃の自分なら気づくことなどできないさり気無い視線やこちらの死角になるところからの視線。それでもこちらのキルゾーンの内側の視線なら把握できる程度には自分も裏社会に浸かってきた。

 

 そして何よりも、血と硝煙の匂いが充満している。一頭飛び抜けているのは目の前の男性だった。

 

 腰を上げようにもまだ自分も食べ終わっていないし、それは不自然に映るだろう。子供の身だから小食だという理由にはならない。この店には何回か足を運んでいたからだ。

 

 最後の一啜りを終えて、スープも飲み干す。それがラーメンを食べる時の礼儀だと個人的には思っている。

 

「いい食べっぷりだ。どうかな? ここは奢らせてもらうぞ」

 

「せっかくの厚意ですけど、自分の分は自分で払います」

 

 店員さんに向けて手を上げる。食後のデザートの杏仁豆腐を注文していたからだ。

 

「ジタン、か。渋いのを吸ってるな」

 

「ちょっと目について、ね」

 

 ラーメンを食べた後の一服はまた格別だ。

 

 目の前の血生臭い男性の手前、既に演技らしい演技は無意味だと判断して、いっそ素の自分のままで相対する。それの切り替えにタバコを咥える。子供の身でタバコを買えば目立ってしまう為、このタバコも拝借したものだ。銘柄に偶々知っている物があったからこのタバコに手を出したまでだ。

 

「それで? アンタ程の人間がおれに何の用だ。 (チャン)維新(ウァイサン)

 

「成る程、コッチの正体はお見通しってわけだ。流石はリトル・ルパンってところか」

 

 此方からすれば相手の正体というのは知り易い。何しろ顔が割れているのだから。サングラスを掛けているから顔が割れているという表現は微妙だろうが、少なくともちまちまと変装をしている自分とは違って特定し易い身形で固定されている。

 

 というか、このタイの熱帯気候の中で黒スーツで居る人間は漏れなくだいたい三合会の人間だ。

 

 しかしどうやっておれを特定したのだろうか。言っては何だが、それなりに気をつけて行動していたはずなんだが。

 

「なに、最近ウチの縄張りで妙な動きをする子供がいるって聞いたもんでね。今のロアナプラはお前さんのお陰でそういう方向に対するアンテナは敏感でな。監視カメラの死角を歩く子供はまず普通じゃない。覚えておいて損はないぞ」

 

「ご忠告痛み入るぜ」

 

 どうも無意識で監視カメラを避けていたのが悪かったらしい。70年代風の風潮が残っているロアナプラという街の中でも、各マフィアの勢力圏、それも事務所の近くともなれば至る所に監視カメラが存在する。

 

 本当に、何処に目と耳があるかわかったもんじゃない。監視カメラに映らなくったって、人の目には映る。それこそ自分以外の他人すべてが敵だと言っても過言ではない街だ。しかし生きて行くには少なからず他人と接触しなければならない。飯を食いたければ外食かマーケットに通わないとならない。

 

「それで。おれを捕まえてイタ公にでも突き出すか?」

 

「まさか。そんな事をしても一文の得にもなりゃしない。お前さんを放って置く方がウチにも利益がある。ただ、その気があるのならウチで働いてみないかっていうお誘いに来たのさ」

 

「そいつは有り難い。根無し草にも根を張る土は必要だ。だが、おれは自由が好きでね。壊滅的に組織人には向かない性分なのさ」

 

 懐からメモ帳を出すという仕草だけでも周りが殺気立つ。そんなこの状況で鉄砲出す程無謀じゃないぞ。

 

 そのメモ帳に住所を記す。場所はロアナプラでも中堅層の人間が住む住宅街だ。半年前にホテル・モスクワと三合会がドンパチをして空き家が多いエリアの一軒だった。その両者の支配領域の中間地点、緩衝地域でもある。

 

「フリーランスでやって行ける程、この街は甘くはないぜ。お嬢ちゃん」

 

「ひとつ訂正だ。おれはお嬢ちゃんじゃない」

 

 立ち上がったおれは着ているゴシックドレスに手を掛けて脱ぎ捨てる。その内側に着こんでいたスーツが露わになり、懐からトレードマークの帽子を取り出して被る。

 

「おれの名はノワール。ガンマン兼泥棒だ。御用があればいつでも声を掛けてくれ」

 

 運ばれてきた杏仁豆腐を喉に流し込んで、料金をテーブルの上に置く。

 

 そしていくつもの殺気混じりの視線を受け流しながら店を出る。良い味のラーメン屋で気に入ってたんだが、しばらくは控えたほうが良いかなこりゃ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「後を追いますか? (チャン)大哥(タイコウ)

 

「いや、やめとこう。これからウチの常連になるかもしれん取引先だ。初っ端から余計な不和は持ち込みたくない」

 

 こうして手元に住所を置いて行くという事は、一応取引を望んでいるという事だ。

 

 ガンマンであり泥棒でもある。そう名乗ったあのリトル・ルパンがいったいどういった仕事を望んでいるのか。それを告げずに去ったという事はこちらが試されているという事だ。ただのバカじゃない。肝が据わっているとも違う。あれは場慣れした人間の空気だ。それも血と硝煙の匂いが染み着いた人間特有の匂いを持っていた。あんな濃い匂いを纏わせた人間はホテル・モスクワの連中だけかと思っていたが。

 

 自称16歳らしい子供があんな空気を出せるのかと我が目を疑いそうだ。だが脱ぎ捨てられたドレスが、決して幻でもない事を告げている。

 

 それなりの手練れを連れてきたはずだが、その殺気を気付いていて涼し気に受け流していた。

 

 あのリトル・ルパンを育て上げた人間の顔を見たくなった。なにをどうやったらあんな子供を育て上げられるのやら。

 

 ホテル・モスクワの頭目。あの火傷顔(フライフェイス)を前にした時に類する緊迫感を感じさせる相手ともなれば、マニサレラ・カルテルやコーサ・ノストラの連中が仕留められないのも無理はない。

 

 アレは火薬で切り開いた血の池地獄に住む人間だ。

 

 ドブ沼の様に濁り切った瞳の奥にある深淵は人の命を吸う鬼だ。

 

「やれやれ。とんだおっかない子供が紛れ込んだもんだ」

 

 個人で二つのマフィアを相手に立ちまわっている実力からして今回自分が接触できたのは本人が意図してそうなるように仕向けたのだろう。その理由として最も有力なのは三合会の後ろ盾が欲しかった。

 

 この街で生きて行くにはそれ相応の後ろ盾が必要になる。完全なフリーが生き残れるほどこの街は優しくはない。中立やフリーを謳っていても、何処かしらで今現在ロアナプラを手中に収めんとする4つの組織のどれかと繋がっている。

 

 イタ公もコロンビアもリトル・ルパンに対しては賞金を懸けている。ホテル・モスクワも裏でリトル・ルパンの正体を掴もうとしている。

 

 だから敢えてアクションを起こさずに待っていたら向こうから転がり込んできた。そう考える時点でこれもそうやって思考誘導されている気分だ。あの底知れない子供がその程度の事で住所を渡すものか?

 

 あの子供がいったい何を望んでいるのか見極める必要がある。

 

 このロアナプラの勢力図を傾かせられる能力を秘めているリトル・ルパンを手元に置いた者こそがこの街の支配に一歩近づくだろう。

 

 それを気付ける人間は果たしてどれほどいる事か。

 

 嵐がやって来る。それこそ今までにない程の大きな嵐の予感を感じさせるその小さな背中を張は見送った。

 

 

 

 

to be continued…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小さなガンマン

ルパンてのはでっかいことをやるから魅力的と次元は言う。ロアナプラででっかいことをするなら相手はやっぱり決まってるってことで。

今一番困ってることはだ。双子どうしようかなぁってところだったりする。




 

 今日も今日とて変装したノワールは気軽にショッピングを楽しむ子供の様に悪徳の街の、それも一際危険な地域を歩いていた。茶髪のカツラにカチューシャ。水色のワンピースの上に白のケープ。白い帽子を被っていれば高級住宅に住む良い所のお嬢さまにしか見えないだろう。ロアナプラでそんな格好をしていれば鴨葱ものの獲物だが、少なくともこの地域ではそうはならない。他の地域に比べ治安が維持されているからだ。その膝元で余計な火遊びをした日には明日の朝は拝めないだろう。

 

 武力による統制と統治。恐怖政治染みたその手腕でその地域を纏め上げているのはホテル・モスクワ。

 

 ロシアンマフィアであるが、この勢力は他とは毛色が違う。文字通りの軍隊なのだ。

 

 どのような経緯でそうなっているのかは知りたくもないし知る必要もない。ともかく彼らは元軍人で、そしてその戦闘能力は他の追随を許さない。それでも現在ロアナプラがホテル・モスクワの勢力下に収まっていないのは兵力の差だ。

 

 質に対する量。

 

 戦闘能力で突出していても、投入できる人員数に限りがあるのがホテル・モスクワの唯一の弱点である。それは火傷顔のバラライカ直轄の人員に限定されている。小競り合い程度ならば現地徴用した駒もあるが、本腰を入れた闘争ともなると信の置ける駒が少ないという事だ。

 

 その辺りはゴロツキ集団のマニサレラ・カルテルとコーサ・ノストラは数だけは居る集団だ。

 

 三合会はある程度の戦力がある程度居るという中間の構図になっている。

 

 その各組織の事情がこのロアナプラという悪党が欲しがる楽園の実権が宙吊りになっている状況を生んでいる。

 

 だからといって手を拱いているような連中でもない。

 

 一撃必殺を以てすべてを吹き飛ばし解決を図ろうとするホテル・モスクワ。

 

 漁夫の利を待ちかまえてハイエナとして息を潜めるマニサレラ・カルテルとコーサ・ノストラ。

 

 その意図を理解し、備えている三合会。

 

 今ロアナプラはいつ弾けるともわからない火中の栗だ。そしてそれが弾けた時には火傷では済まされない被害が及ぶだろう。

 

 その最中であっても特定の軒下には居ないノワールからすれば関係のない事だ。

 

 それでも今一番命の危険が降り掛かりそうな地域へ散歩に出かける程度の事はする。というより、この地域を抜けて行かないと武器の調達が出来ないのだ。出来なくはないが、他のルートは大回りでめんどくさいのが実情だ。

 

 ロアナプラの郊外に立つ教会――通称暴力教会と言われているこの場所はロアナプラで唯一フリーの人間が武器を調達できる場所だ。

 

 もちろんロアナプラには幾つかの武器屋は存在しているが、足が付かない武器の手配をするならここが一番なのだ。

 

 礼拝堂には向かわず、その奥の寄宿舎へと足を運ぶ。この半年で常連ともなれば顔パスで通してくれる。それでも最初は怪訝な表情をされたが。

 

 出迎えのシスターに案内されて、老齢のシスターの居る部屋に通された。

 

「よく来たね坊や。さ、お茶もちょうどいい所だ。そこに座りな」

 

「こんにちは、シスター・ヨランダ」

 

 この暴力教会を取り仕切る老シスター・ヨランダ。見掛けによらず得物はデザート・イーグルで、それを片手でブッ放す姿を見た時は流石のノワールも目が点になった。

 

 この教会は武器を溜め込んでいる為、時折トチ狂ったバカが襲撃をかまして逆にハチの巣になる事もある。その現場に偶々居合わせたノワールも持ち前の早撃ちを披露する事になってしまい、以来暴力教会の所で色々と買い物をする客になったのだ。

 

「最近の塩梅はどうだい?」

 

「可もなく不可もなく、という所ですよ」

 

 熱々の紅茶が注がれているティーカップに口を付けながら口の中に広がって行く香りを楽しむ。

 

 紅茶なんて滅多に飲まないから銘柄はわからないが、それでも良いお茶なのは理解できる香りがしている。

 

 このシスター・ヨランダには自分がリトル・ルパンである事がバレている。

 

 いや、武器の卸人だからこそだろう。

 

 既に自身の武器がリボルバーであり、357マグナム弾オンリーである事は知れ渡っている。

 

 ヨランダからコンバット・マグナムとその弾丸を買っている子供となればノワールしかいない。

 

 最初は間抜けなゴロツキからスった拳銃を使っていたが、どれもこれも安物のガラクタばかりで、どう整備しても命を預けるのは憚る様な物だった。

 

 最初の一軒目の盗みを働いた後にノワールがしたことは武器の調達だ。

 

 しかし自分のような子供が大金持って武器を買いに行ったとして売って貰える場所などないだろうしぼったくられると思っていたからこそ、適正価格で売ってくれそうな暴力教会へ足が向いたのは必然だった。

 

 そうしてコンバット・マグナムを手にして、自分に馴染む銃はやはりこれだと確信する。というよりオートマは弾詰まりが恐くてあまり扱いたくないというのもある。使うとしてもワルサーP38くらいだろう。

 

「最近街はピリついてていけないねぇ。吹き飛ばされたら商売上がったりさ」

 

「まぁ、確かにそうですよね」

 

 最近ロアナプラは良くない空気が漂っている。ホテル・モスクワの動きが活発なのだ。

 

 彼らが本気で戦争を始めればこんな田舎街は灰塵と帰すだろう。

 

 今保たれている均衡もふとした拍子に傾く様な危うさだ。

 

 ホテル・モスクワと三合会が睨み合っているから保たれている状況だ。それを動かす力はマニサレラ・カルテルにはないし、コーサ・ノストラはノワールが資金をガメているので動きが鈍くなっている。

 

 ノワールも無差別にコーサ・ノストラ系列の事務所に盗みに入っているわけじゃない。ただ彼らからの突っ掛かりが鬱陶しいから、その活動を支える原動力を削っているのだ。

 

 だから撃たれた腹いせにマニサレラ・カルテル系列の事務所にも盗みに入っている。それが今月の頭の話だ。

 

 四大勢力の中で今一パッとしないから溜め込んでいる金もショボいものだったが、マニサレラ・カルテルとコーサ・ノストラに盗みを働いたお陰でノワールの首には懸賞金が掛かっている。とはいえノワールの素の姿を知っているのは今のところ三合会と暴力教会だけだ。あとは日雇いバイトをしていた何軒かだが、昼間は変装して過ごしている為、襲撃されることは今のところなかった。

 

 その懸賞金は10万ドルなんてちょっとした大金故に油断は出来ない。

 

 最初はその1/10だったのがバカとアホが見栄張って互いに値をつり上げたというバカバカしいものだが。狙われるこっちとしては勘弁して欲しい。狙われるよりも狙う方が好みなのだから。

 

「それで。次は何処にちょっかい掛ける気だい?」

 

 そんなことを訊ねてくるヨランダ。武器や盗みに使うアイテムを作るための資材調達を暴力教会を通してやっているノワールは、訊かれたらある程度は零していかないとならない。それが足のつかない品物をやり取りする暗黙の了解だった。

 

「最近はイタ公相手にも飽きたし。かといってコロンビアもシケてたし。シスターは金がありそうな場所知らない?」

 

 この半年。実に6度の盗みを成功させているノワールは多少豪遊してもお釣りが来る蓄えを持っていた。

 

 金の管理も暴力教会の息が掛かった会計士がやっている。暴力教会がなければこの街でやって行けない程度にはズブズブの関係になってしまったが、ロアナプラの勢力図には直接関与していないからこそ頼れる節がある。たとえその教会がCIAとの繋がりがあったとしても、アチラさんの不利益になる様なことをしなければ大丈夫だとノワールは思っているし、自分が盗みを働く事でコーサ・ノストラもマニサレラ・カルテルも予定外の武器と人員を配置する必要が出てくる。

 

 なにしろ今のロアナプラは四大勢力が睨みを利かせている拮抗状態。そこから兵隊を崩せば真っ先に喰われるからだ。

 

 人員はどうにかなっても急用に武器を揃えるのなら暴力教会が一番信頼が置かれている手配屋なのは確かだ。

 

 リトル・ルパンが金の成る木である内は突き出される事はないだろうと思っている。その信用を買う為に次の標的の大まかな情報を渡しているのだ。そうする事で余計な在庫を抱えないように計算が出来るからだ。

 

「まぁ、一番稼ぎが良いのは三合会の賭博場さね」

 

「三合会の賭博場…、ね」

 

 何処か意地の悪い笑みをヨランダは浮かべていた。

 

「あとはホテル・モスクワ直営のカジノだね。あそこは先月金を出してたから、来月は巻き上げの月だ」

 

 三合会にホテル・モスクワ。どちらも今の自分の手に余る大仕事になるだろう。それがわかっているから手を出していないようなものなのだから。

 

 それをわかっているのを理解していてけしかけられるって言うのは少し面白くない。

 

 別に出来ないわけでもない。ただそれにはいつも以上に入念な計画が必要になる。なにしろ自分はひとりの小さな怪盗(リトル・ルパン)なのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 このクソッタレな街であっても子供というのは強く逞しく生きている。マフィアの商売品として売られるはずだった子供が運良く逃れたり、この街に外から転がり込んできたり、両親に連れてこられて両親がくたばって行き場を失ったり、娼婦が産んで育てられなくて捨てられたりと経緯は上げればキリがない。

 

 そんな肥溜めの中でも序列は存在している。無力な子供だからこそ、大人の世界よりも分かりやすく単純な世界でもある。

 

 ノワールはその中でも最上位の存在だった。

 

 子供の世界に年功序列なんてものはない。力も財力もあるノワールはそういった子供たちを飼いならす事でこのロアナプラという街でも今のところ平穏に暮らしていられるのだ。

 

 下手な大人よりも強くて、お金を持っている。さらには子供たちはノワールがリトル・ルパンである事を知っている。知っていて大人に黙っているのはその方が利益があるからだ。その損得勘定はあるいは大人の世界よりもシビアなのはニューヨークでのスラム生活で学んだ事だった。

 

 暴力教会をあとにしたノワールは港湾エリアに向かった。そこに購入した小さな工場がノワールのアイテム生産拠点でもある。

 

 腰のアンカーやロケットアンカー、盗みに使うアイテムから武器も造っている。

 

 削り出した白鞘に納めた刀もこの工場で造り上げたものだ。

 

 普段は銃を扱っていても、刀を抜くこともある。そうなる時は一等の大仕事の時だ。

 

 器用貧乏――それはある程度の事を熟せる代わりにプロフェッショナルには劣るというマイナスのイメージを持たれるだろう。

 

 それは裏返せば一歩劣っていても様々な状況に対応できるという事でもある。

 

 世界一の大泥棒には一歩劣っても、その思考を。

 

 暗黒街一のガンマンには一歩劣っても、その銃捌きを。

 

 全てを切り裂く侍には一歩劣っても、その剣術を。

 

 謎の美女には一歩劣っても、その謎に包まれた本性を。

 

 それらすべてを持ち合わせているのが自分という泥棒一家の器用貧乏だ。

 

 すっかり夜になったロアナプラは昼間より危険度が天元突破する。

 

 代表格の四大勢力以外にも中小様々な勢力の暗躍のある中で、薄暗い道路を子供が歩いていれば何をされるかわかったものではない。さらにはその子供が整った格好をしていれば尚更であり、スーツ姿であれば役満だ。

 

 このロアナプラで子供がスーツを着る意味を知らない者は既に居ない。

 

 路地の交差点でノワールは足を止めた。

 

「リトル・ルパンだな?」

 

 銃を向けながらそう切り出すのは行く手を阻む男だった。

 

「大人しくした方が身の為だぜ? お前をコーサ・ノストラに突き出しゃ、俺たちは豪華なディナーにありつけるんだからな」

 

「……フッ」

 

「なに笑ってやがる。状況がわからねぇのか?」

 

 左右を固める男達の言葉に吹き出してしまう。

 

 こう暗い路地に居ると絡まれるのはもう慣れっ子だが、仮にもこのロアナプラに居るのならば相手がどの程度の人間か見極められても良いハズだ。それでも所詮子供だと嘗められているのは見なくてもわかる。

 

「わりィがおれもこれから1杯引っかけにいく所なんだ。付き合ってやれないのが残念だ。コイツはその代わりの代金だ…!」

 

 もはや身体に染み着いている動作は体格が変わっても狂わずに思い通りに動いてくれる。

 

 後ろ腰から抜いたマグナムで目の前の男を撃つ。

 

「ガキが調子に乗りやがって!!」

 

「代金は下がってもテメェを殺れば金になるんだぜ!?」

 

「殺れるもんならな」

 

 左右から撃たれた弾丸を前に飛び出す事で避けながら、空中で宙返り。片手で帽子を抑えながら逆さまの視界で左右を抑えていた男たちを撃つ。

 

 それでも殺さないで頭に剃り込みを入れて気絶させる程度に済ませているのは昔のクセでもあるし、必要以上に相手を刺激させない狙いもある。

 

 撃ち殺す方が早いものの、それだと何処で恨みを買うかわからないのが裏社会というものだ。

 

 絡まれた程度で相手を殺すのは三流のすることだ。

 

 力を示す、という意味ではそれもありだ。実際この街での地位の示しかたとしてはそれが手っ取り早い。しかしそれは組織であるからだ。その相手を殺せば支配領域を広げられるからだ。

 

 個人としてそんなことをする必要が皆無であるから不必要な殺しはしないだけだ。

 

 反動を無理矢理抑えた手首を軽く振り払って、路地を抜ける。技術があっても身体がそれに着いていかないのがもどかしく感じていた。

 

 軽く肩を回して行き着いたのはイエローフラッグという酒場だ。南ベトナムの敗残兵が始めた店。錆び付いてるどころか腐り落ちて腐りきった原作知識の中で聞き覚えのあった名前だ。

 

 ドアを潜れば感じる視線は疑問と怪訝。これはこの街の新顔の視線だろう。

 

 獲物を狙う視線はバカかアホの関係者か賞金稼ぎだろう。

 

 そして露骨に顔を顰める店主。

 

「何しに来やがったクソガキ」

 

「酒場に用なんてひとつしかないだろ、バオ」

 

「ふん。ガキが酒飲むと早死にするぜ」

 

「なら迎えに来たマリア様が呆れて引き返すくらい酒に溺れなくちゃな」

 

 悪態を吐かれつつ、用意されたグラスとボトルを受け取る。

 

 栓を開けて注いだスコッチを一気に煽る。駆けつけ1杯目はアルコールが染み渡る心地好さに身体が震える。

 

「人が酒飲んで心地良いって時に邪魔するのは無粋じゃねぇか? 礼儀ってやつを神様から教わってから出直しな」

 

「ガキが酒を語ろうなんざ10年早ぇよ」

 

「ボスが首を長くしてお待ちだぜ? リトル・ルパン」

 

 ぞろぞろと背後に集まってくる気配。足音から推察して約10人。

 

 店主のバオが顰めっ面を深くして口を開いた。

 

「おい。やるなら店の外にしろ。中で抜かれちゃ商売上がったりだ」

 

「それはおれの背中のバカかアホの遣いに言ってくれ」

 

 そう言いながら二杯目に口を着ける。

 

「嘗めてんじゃねぇぞガキ!」

 

 ボスをバカにされたからか、ひとりが銃を抜き、それに続く男達だが。

 

「遅ぇよ…」

 

 最初の男が銃を抜く瞬間には振り向きながらマグナムを抜き終わっていたノワールに、銃を抜いて構えた時にはその銃を撃ち落とされていた。

 

「っ、カウボーイ気取りのガキが…ッ」

 

「気取っちゃいないさ。おれは見ての通りのガンマンだ」

 

 右手のマグナムのシリンダーを出して空の薬莢を捨てる。左手にはまだ弾丸が1発残ったマグナム。それ一挺で10人の荒れくれどもの足が止まっているのは、妙な真似をすれば撃たれるとわかっているからだ。

 

 ベルトに引っ掻けてあるスピードローダーに収まる弾をシリンダーに引っ掻けて抜きながら手元で捻りを加えてスピードローダーとシリンダーの位置を合わせる。

 

 失敗するとローダーがあらぬ方向に飛んでいくが、失敗するなら最初からやらない。

 

 最後は顎を使ってローダーのケツを押す。

 

 バァン――ッ。

 

 1発の銃声が響いた。

 

「ぬがっ、がっ」

 

「妙な真似をすれば撃つぞ」

 

 もう撃った後で言うなと突っ込まれるだろうが、ロアナプラなら今のは動いた方が悪い。

 

 左手の空のマグナムを同じ方法でリロードする。

 

「それで? 次に金タマ吹き飛ばされて女になりてぇヤツはどいつだ」

 

 迂闊な動きをしてノワールに股を撃ち抜かれた男は泡を吹いて這いつくばって気絶していた。

 

 銃を撃ち落とされて利き腕も痛めた男達にはどうすることも出来なかった。既に生殺与奪の権利はノワールの手の内だった。

 

「ま、これ以上は酒が不味くなる。気が変わらない内に失せな」

 

「……ちぃッ。覚えてろよ!!」

 

「帰ったらボスに伝えな。首が欲しけりゃサシで勝負してやるってな」

 

 お決まりの小悪党なお約束を口にして退散していく男達を見送って、3杯目を口にする。

 

「わりィな、バオ。床汚しちまった」

 

「オープンカフェになるよりはマシだな」

 

「ククク。違ぇねぇ」

 

「笑い事か! オープンカフェになったのだってテメェの所為だろうがっ」

 

「それはおれじゃなくてイタ公のバカどもに言えっての」

 

 気絶している男を店の外に蹴り転がして、モップで床を拭き始めるバオ。

 

 それでも今回はそれだけで済んでいるのが幸運なのか。

 

 年季の入ったオヤジの様にグラスを傾けてアルコールを流し込む子供。

 

 初めて見たのは数ヵ月前。チャップリンの子供かと思う様な格好をした子供が来た時は酒場に居る客の子供かと思った。

 

 だが、さも当然の様にカウンターの席に座ってバーボンを注文してきた時は耳がバカになったのかと思った程だった。

 

 ただその子供は普通の子供じゃなかった。

 

 酔った客の撃った弾が偶々子供の髪の毛を掠めたのだ。

 

 瞬間、店に銃声が連続して轟いた。撃ったのは子供だ。細い指の手に握られたリボルバーから吐き出された弾丸は、酔った客の銃を撃ち落とし、その髪の毛を丸刈りにしたのだ。

 

 スーツに身を包んだ、リボルバーを扱う子供。

 

 その特徴はすべて、巷で噂の小さな怪盗(リトル・ルパン)のそれであった。

 

 思わぬ賞金首に目が眩んだ荒れくれどもとの銃撃戦が始まり、イエローフラッグは無事オープンカフェにリフォームする事になったのだ。

 

 それからちょくちょく顔を見せては酒を飲み、そしてトラブルを連れてくるリトル・ルパンはバオからすれば客であるよりも疫病神だ。それでもノワールを待ち構えて居座る連中が注文する酒代は儲けになるという微妙に客足には貢献している部分もあって、疫病神でも邪険にあしらう迄ではなかった。

 

「バーオ、フライドポテトくれ」

 

「そんな洒落た(もん)が食いたけりゃアメリカンバーに行け」

 

「なら仕方ねぇ。ベーコン豆で」

 

「最初からそう言えアホたれ」

 

 文句を言いつつ厨房に立つバオ。ベーコンはしんなりする程度の焼き加減。豆のグリンピースは弾ける程度の焼き加減。注文が多い客である。毎回作っていれば塩梅もわかってくる。

 

 二本目のボトルを空けながらベーコン豆を食し、三本目を空けると帰り支度だ。その間にタバコを一箱空けている。

 

 子供なのに一切子供らしい所がない。その纏う気配は極上の悪党のそれ。

 

 二つのマフィアを相手にする命知らず。

 

 今でさえこれなのだから10年や20年経てばどうなるのか考えるだけでも末恐ろしい気分を味わう様だった。

 

 そう思わせるのには充分にこの街でイカれさでは群を抜いている人間だった。

 

 ホテル・モスクワに予告状が出されたと聞いて、顔見知りの小さな怪盗の冥福をバオは祈った。

 

 

 

 

to be continued…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対決、ホテル・モスクワ

対決とはいってもそこまでハデにはならない……かも。



 

 その月のロアナプラは平和だった。

 

 いや、ロアナプラに平和という2文字が似つかわしいかどうかは人によるだろう。

 

 メインストリートからひとつでも道を外れてしまえば赤い液体が飛び散ったような壁に囲まれているのがロアナプラだ。

 

 真っ昼間であろうと日陰の路地では犯罪が横行している。盗みに薬、リンチや強姦、殺人や銃撃。この世のすべての悪という悪の悪行が行われている。

 

 しかしそれが日常なのがロアナプラ。もはや異常とはされない。

 

 ロアナプラの住人が異常だと言えるのは。

 

 街の一区画が一晩で焼け野原になったとかそういうレベルの話だ。

 

 今日日マフィア同士の抗争による銃撃戦も異常などとは言えない日常だ。

 

 異常過ぎて異常のハードルが上がっている。

 

 そんな中で、住人が異常と言わしめる事件がひとつ起きなかったのだ。

 

 この半年間。一月に1度、ロアナプラの四大勢力の内の二つのマフィアを相手に大立ち回りを演じていたロアナプラの小さな怪盗(リトル・ルパン)が、何故か姿を現さなかったのだ。

 

 街の住人はとうとうリトル・ルパンも天に召されたかと口にするが。

 

 とある酒場の店主曰く毎週顔を見ているというのだから、その線はない。

 

 ちなみにマニサレラ・カルテルの精鋭部隊が子供ひとり相手に壊滅したとか。とある酒場が全壊の被害にあったとかいう噂も飛び交っている。

 

 酒場の店主に出禁を食らった小さなガンマンの姿が近くの別のバーで確認されるようになったが、その店はホテル・モスクワの傘下であるが為にとある酒場の様に銃撃戦が起こるような事はなかった。

 

 小さな怪盗は、次の標的をホテル・モスクワに定めた。

 

 しかし相手は元軍人の集団だ。それもマフィアになったからといって零落れたりはしていない屈強な兵隊たち。

 

 正面から戦えば先ず勝ち目はない。

 

 ホテル・モスクワのタイ支部頭目。火傷顔のバラライカ。

 

 生粋の戦争狂。闘争の中にのみ生を感じる狂人を筆頭に確認できる戦力は一個大隊規模。

 

 ここで言うバラライカの戦力として上げたのは彼女直属の部下。通称遊撃隊(ヴィソトニキ)と呼ぶ戦力の事だ。その他にも戦力は数多い。だが直接的に警戒すべきはバラライカと遊撃隊と考えて間違いはない。

 

 アフガン帰りの第三次世界大戦に備えたソ連空挺大隊が大本なのだから、ホテル・モスクワに手を出せばマニサレラ・カルテルやコーサ・ノストラの様なゴロツキやギャング集団とは次元の違う戦力を相手にしなければならない。

 

 そうなった時、骸を晒すのは自分であろうことを小さな怪盗――ノワールは確信していた。

 

 まだ少年である自分。マニサレラ・カルテルとコーサ・ノストラは所詮相手は子供だとこちらを侮っているから相手に出来る。

 

 だがホテル・モスクワは違う。

 

 たとえ相手が子供であろうとも、敵対する者はすべて粉砕する無慈悲の軍隊だ。

 

 だからこそ、仕事の相手としてはドデカい山になるのは確かである。

 

 ホテル・モスクワという火薬庫に火を点けるというのはどういうことか理解している。

 

 しかしこのロアナプラという街で過ごす上で避けては通れぬ相手。

 

 西へ東へ世界を股に架けてお宝求めて駆け巡っていた自分。

 

 故に、今回は逆に一ヶ所に留まってどれだけ愉しめるのかという趣向に変わった。それはもちろんロアナプラという悪徳都があればこそだった。

 

 でなければ自由気ままに用心棒のガンマンとして世界中を巡っていただろう。

 

 とにかく、ホテル・モスクワを相手に盗みを働く為にノワールは今までの倍の準備期間を設けた。

 

 それだけ慎重に情報を集めて作戦を立てて挑む必要のある相手であるのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「とうとう現れなかったな。どう見る? 同志軍曹」

 

 事務所のオフィスで葉巻を咥えながらそう溢すのはバラライカだった。意見を求めたのは最も信頼する副官である。

 

「はっ。恐らくカルテルの連中との戦闘に注力する為かと」

 

「良い読みだ同志軍曹。私もそう考えた。リトル・ルパンの目的は我々マフィアの転覆ではない。アレは戦場を求めて駆けずり回る野良犬だ」

 

 7ヶ月前に現れた小さな怪盗(リトル・ルパン)

 

 既に6度の盗みを成功させた子供の全容は未だ見えてこないが、闘争の中に悦を求める人種である事は一目見てわかった。しかもその闘争とはスポーツの様なお遊戯では満たされない。

 

 血と硝煙の臭いが香るその鉄火場でこそ滾り、命を燃やす香りがなによりも己を満たす。そういう人種であると。

 

「誰がどういった意図を持ってあの怪物をこの街に解き放ったのか。あの歳であれほどの腕だ。信じられるか? 軍曹」

 

「書面だけでは無理でしたでしょう。あれほどの技術を身につけさせた人物に会ってみたいものです」

 

 マニサレラ・カルテルの精鋭部隊と小さな怪盗の闘争はバラライカの目に留まるものだった。

 

 不運な酒場を戦場にした銃撃戦の中を生き延びて勝利を納めた子供。その動きは洗練され過ぎている。年齢に似合わぬ年季さを感じさせたのだ。

 

 少年兵を相手にしたことさえあるが、あの小さな怪盗を子供として見くびればこちらの首が飛ぶだろう。

 

「ヤツを生け捕ればそれも叶うやも知れんが、望みとしては薄いだろう。アレは我々の側の人間だ」

 

 親の名を吐くくらいならば舌を噛み切る。そういう人種だとバラライカは確信していた。

 

 マフィアやギャングやゴロツキを相手にしてきた数年間。その中でも三合会の張維新に続く極上の獲物になってくれるかどうか。

 

「備えておけ軍曹。場合によっては次でカタをつけられるだろう」

 

「戦争…。ですな」

 

「ああ、そうだ。同志軍曹」

 

 口元に笑みを浮かべながら、バラライカは銃撃の嵐の中で踊るように銃を撃っていた子供の姿を思い浮かべていた。

 

 カルテルは組織体こそ保てているが、精鋭部隊が壊滅した事でこの街での権力闘争に一歩下らざるを得ないだろう。

 

 イタ公にしてもこの数ヵ月のリトル・ルパンによる被害で動きが鈍くなっている。

 

 三合会は動きを見せず。しかし何時でも戦争が起きても対処できる用意はしているだろう。

 

 そろそろこの戦場を制圧する時期だろう。莫大な利益を生み出してはいても、戦場のひとつを制圧出来ていない事は自分のプライドが許さない事だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 マニサレラ・カルテルを相手にしたドンパチ。今までの下っ端より骨のある連中だった。

 

 それでも小さな身体のお陰で銃撃の隙間に身体を通す事で被弾を避け、或いは当たりそうな弾は撃ち落として切り抜けた。

 

 しかしショットガンやら重機関銃やら、人間に向けるような代物じゃない物まで引っ張り出して来た時には少し焦った。とはいえ子供特有の底無しのスタミナに助けられた。翌日は1日寝倒すハメになったが、それも命あっての事だ。

 

 だがお陰様で不運にも戦場になったイエローフラッグは全壊の被害に陥った。

 

 怒り猛ったバオから修繕費を持ってくるまでは出禁だと言われてしまったので近くの少しお高めのバーに通うことになった。

 

 カリビアン・バーというちょっとお金持ち向けの綺麗なバーだ。

 

 ホテル・モスクワ系列の店だが、近場で飲むとなるとイエローフラッグ以外でマトモな酒を置いているのはそこだけだ。

 

 ホテル・モスクワと揉めているわけでもないから別に構わないだろう。

 

 それにホテル・モスクワ系列の店に手を出せばどうなるのか賞金稼ぎのバカどももわかっているから静かに飲める良い店だ。

 

「噂は本当だったようね」

 

 そんな店が更に静まり返った。客たちは呼吸すら止めてしまう。

 

「こりゃ驚いたな。ミス・バラライカ自らお出ましとは」

 

 店の入り口にはバラライカの姿があった。そのあとにも二人の部下を連れているが、他にも部下は居るだろう。スナイパー辺りも警戒して損はない。

 

「言う割りには驚いていないように見えるわ」

 

「まさか。これでも内心驚いちゃいるさ。ただ、いちいち顔に出してちゃガンマンは勤まらねぇ」

 

 そう会話をしながら彼女は隣に座った。

 

「可愛くないわね。もう少し愛想良くした方が良いわよ?」

 

「おれは犬じゃないからな。媚びを売る必要がない」

 

 グラスに注いだスコッチを飲み干して隣に意識を向ける。

 

「それで? おれに何の用だ」

 

「せっかちな男は嫌われるわよ? 坊や」

 

「あいにくとモテる身でね。多少せっかちでも困りゃしないのさ」

 

 バラライカからすればこんな安いバーにやって来る理由がない。あるとするのならばそれは自分位だとノワールは思っている。

 

 ホテル・モスクワも自分の事を探していたのは間違いない。しかしその理由がわからなかった。なにしろホテル・モスクワにちょっかいを出した覚えはないからだ。

 

「そうみたいね。今のこの街の子供たちの間じゃ、あなたはヒーローだものね。ウチの庭先で遊んでる子供たちもみんな口々にあなたの事を口にしてるわ」

 

「そりゃ光栄だな」

 

 その会話から少々旗色の悪さをノワールは感じていた。

 

 ノワールがこのロアナプラにおいて屋根なし親無しの子供たちのカースト内で1位であることは疑いようもない事実だ。

 

 そしてノワールの正確な居場所や情報が未だに掴まれていないことも、子供たちを味方につけて情報統制をしているからである。

 

 子供の情報網も侮れないものだ。何を見たという大雑把な情報でも貴重な情報になる。神出鬼没な人間の情報なら尚更だ。

 

 ただ三合会の張が言っていた様に今のロアナプラはその方面に対する動きに敏感だ。

 

 ホテル・モスクワの周辺で見掛けていた幾人かの子供と接触出来なくなった。そしてバラライカの言葉から既にいくつかの情報が渡っているという事を理解する。

 

 といっても大した情報はないだろう。しかしこれで迂闊にホテル・モスクワ方面に情報網を伸ばせなくなってしまった。必要なら子供でも容赦はしないのだから。

 

「挑戦なら何時でも受けてあげるわ、坊や」

 

 そう言うバラライカは挑発的な笑みを浮かべていた。何が楽しいのかはわからないが、からかわれるのは御免だ。

 

「なら受けてもらおうじゃねぇか」

 

 懐に手を入れても構える様子はない。懐には武器を忍ばせて居ないことが見抜かれていると言うことだ。或いはこっちが殺意も闘気も放ってはいないからだろう。

 

 取り出したのは予告状のカード。

 

 それをカウンターの上を滑らせてバラライカに渡す。

 

「パーティへの招待状ってことね。迎えの馬車は必要かしら?」

 

「カボチャの馬車もガラスの靴も要らねぇよ。舞踏会がお開きしてからお邪魔するんだからな」

 

 最後の一杯を飲み干して代金を置く。

 

「あら。もう帰っちゃうの?」

 

「親睦会ならまた今度だ。チョイとコロンビア人に慰謝料を請求しに行くんでな」

 

 そう言ってバラライカに背を向けて店を出る。今回はホテル・モスクワ相手に盗みをする予定でいたから即興の仕事だ。それでもどうにか出来る装備はしている。売られたケンカは買うのが礼儀だ。

 

 問題はホテル・モスクワに見られている事か。今も店の入り口を見渡せそうなビルの屋上に軽く視線を流せば、見られている感覚が返ってくる。監視ともなれば相手の動きに注力しなければならない。

 

 そういった視線に敏感でないと生き残れないのが裏社会だ。取り敢えず頭の中の地図で狙撃ポイントの候補地から射線の通らないルートを選んで移動する。そうして移動すれば上からの監視は遣り過ごせる。あとは見えない場所で建物の屋根や屋上を駆使すれば地上の追跡も捲る事が出来る。

 

 それでも追跡して来るしつっこい声が聞こえない事は少し寂しいのは気の所為だ。

 

『……申し訳ありません大尉。標的をロストしました』

 

「そうか。ならば部隊は引き上げさせろ。人員の半数はカルテルの事務所周辺に監視網を敷け。その内向こうから現れる」

 

 部下に指示を飛ばし、ウォッカの入ったグラスを傾ける。待機させていた監視網をすり抜けて行方を眩ませたリトル・ルパン。もちろん手は抜いていない。それでも見失うのだから、潜伏や逃走に関しては此方の上を行っていると言うことだ。

 

 それでもコロンビア人に慰謝料を請求しに行くと言っていた事からカルテルの事務所を見張らせていれば現れるだろう。

 

 予告状には月末の夜、カジノに参上すると書いてある。だが時間指定はない。何故ならもう既にその事に関しては本人が溢したからだ。

 

 深夜零時以降。それが犯行予告時間になる。

 

 問題はどうやって盗みに入ってくるかだ。

 

 催眠ガス。催涙ガス。麻痺ガス。煙幕。麻酔銃。粘着爆弾。

 

 盗みの仕事をしているときは殺さずに仕事を遂行する。まるでそれに拘っている様にも思える。

 

 子供の拘りなど大人が考えたところで辿り着くのは難しい。リトル・ルパンを子供扱いする気はなくとも、その無意味な不殺の理由に辿り着くことができない。

 

 かと言えば人を殺せない訳でもない。スラムで子供狩りをしたコーサ・ノストラの構成員や、リトル・ルパンを狩ろうとするカルテルの構成員や殺し屋は躊躇なく殺している。

 

「まさかな…」

 

 思い至れたひとつの答え。もしそうだとするのならばそれは本当にただの拘りだと言うことになる。

 

 そんなふざけたやり方をしていても、今日まで問題なくこの街で過ごせているのは此方の追跡すら振り切る足の速さ故だろう。

 

 泣きっ面に蜂とも言わんばかりにカルテルの事務所に現れた小さな怪盗は、事務所を木っ端微塵に吹き飛ばして夜のロアナプラへ消えていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「次の獲物はホテル・モスクワか。全く、怖いものなしだなアイツは」

 

 事務所でタバコを吸いながらそう零す張。

 

 三合会にも届けられた盗みの予告状。標的はホテル・モスクワの経営するカジノだ。

 

 先月は盗みに現れなかったリトル・ルパン。マニサレラ・カルテルの事務所が吹き飛んだ所から鑑みて、先月はカルテルの連中を潰す算段をつけていたのだろう。

 

 最初に盗みに入ったのはコーサ・ノストラ系列の事務所だったが、銃を向けたのはカルテルの連中が最初だった。それがこのロアナプラにリトル・ルパンが顔を出す切っ掛けだった。

 

 その落とし前をつけ終わったという事だろう。

 

 それもこの街のパワーバランスに配慮して必要最低限にして最大限の報復。中枢を叩いても組織が瓦解しない程度のもの。

 

 事務所は失ったが、カルテルのボスであるアブレーゴは五体満足で生きてる。足を打たれて入院しているが、事務所が木っ端微塵に吹き飛んだ被害にしては本人は無傷と言っても良い軽傷だ。なにしろ頭を撃ち抜かれても文句は言えない立場だからだ。

 

 そうする事で守る事なら兎も角完全に攻めに転じることが出来なくなったカルテルのこの街の領土は決まった様なものだ。場合によっては縮小も有り得るだろうが、今の所はどの組織も様子見だ。小さな組織の鞍替え位は起きるだろうが、そうして軒を移す組織は信用もクソもなくなるため、そこまで大きな動きはないだろう。

 

 よってリトル・ルパンの狙いがひとつわかった。

 

 あの小さな怪盗はこの街で長く遊ぶ為に今の勢力図の整備に取り掛かっていると言うことだ。

 

 大きな鉄火場を拵えて街の勢力図を引く方が簡単であるし分かりやすい。だがそれだとこの街を潰す気で挑まなければならない連中が居る。

 

 そうした意味では次はイタ公の番かと思いきや、いきなりホテル・モスクワに手を出した。

 

 まったく行動の予測が立て難い子供だ。

 

 終着点は決まっているのだろう。ただそこに向かう為に真っ直ぐ進むような味気ないやり方は嫌いなのだ。

 

 寄り道をしてでもおもしろおかしくやりたい。そこだけはまるで子供のように気分屋であるらしい。

 

 そうでなければ自分やバラライカの前に姿を見せる必要がない。

 

 バラライカの遊撃隊が探しても尻尾を掴めない程の隠遁力。

 

 いずれかの組織の手を借りていようとも、その隠密性は本人の力量だ。

 

 渡された住所の家には数人の子供が住んでいた。その子供たちはリトル・ルパンに対するメッセージの仲介人としての役割を持っていた。そしてその子供たちでもリトル・ルパンの居場所は知らないとあってはお手上げだ。

 

 ともかくリトル・ルパンはホテル・モスクワと事を交えようというのなら、それに便乗させてもらうとしよう。そろそろ場を整えたいとも思っていたのはこちらも同じだった。

 

「今回ばかりは、見物じゃ済まないだろうな」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ホテル・モスクワの運営するカジノはロアナプラでも裕福層向けの高級カジノだ。

 

 当然それに見合うセキュリティであるが、それでも今が92年と考えればアナログも良いところだ。

 

 デジタル面の細工は簡単だ。問題は侵入経路だ。

 

 通風口や換気口は使えない。その辺りは既に侵入経路として幾度も使っている為に警戒されている。

 

 ガスで眠らせる手も警戒されているだろう。そもそも仕掛けをしようにもカジノ周辺には遊撃隊も展開している。子供が近寄ろうものなら問答無用だろう。

 

 こういう時は子供である事が不便だ。大人の姿であれば変装して客や従業員に紛れて中に入れるのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。今出来る最善の手を尽くして挑むだけだ。

 

 先ずは侵入の手口は空から侵入する事にする。もちろん遊撃隊の目を眩ませる為の仕掛けもしてある。

 

 カジノを良く利用している客の車に煙幕の発生装置を仕掛けてある。目眩ましにはなる充分な量がカジノの駐車場に停まっている。

 

 更には電線を狙撃して電力供給を絶つ。そうしてカジノのある区画を停電に追いやって夜の目利きを悪くさせる。

 

 あとは実際に始めてみないとなんとも言えない。

 

 電線の狙撃に使うのはワルサーWA2000。生産されたのは5年以上前だが、今回の仕事には欠かせない一発目を飾る為に用意した狙撃銃だ。

 

 7000ドルもするお高い買い物だったが、扱ったことのある銃の方が身体に馴染みやすいのは言うまでもない。

 

 ホテルの屋上から送電ケーブルをスコープに納める。

 

 口にタバコを咥えて火を点ける。

 

 送電ケーブルを撃ち、停電に紛れてハンググライダーを使って空から侵入。同時に地上の煙幕を展開。屋上から侵入を開始する。

 

 しかし自分ひとりで盗まないとならないため、金をかけている割りにはリターンが少ないのであるが仕方がない。子供の身体ひとつで盗める量は高が知れている。今回はホテル・モスクワに対して自分が何処までやれるのかという試金石だ。

 

 バイポッドを立てて銃を屋上の縁に置く。

 

 銃の隣に置いたタバコの箱に火の点いたタバコを線香を立てる様に刺して、立ち上る煙で風を読む。

 

 時計も零時を回った。

 

 引き金を引いて反動を身体に感じながらスコープ越しに送電ケーブルが切れるのを確認する。

 

 ロアナプラの半分が停電になったのを見て屋上から飛び降りる。同時に時限式にしておいた煙幕装置が起動して煙が夜空に立ち上る。

 

 ハンググライダーを背中から広げて夜空を舞う。

 

 月の光のない新月だから闇夜に紛れるのも苦労はない。

 

 カジノの屋上が近づいてくる。地下駐車場を備えた立派なカジノだ。そこから煙が広がればイヤでも店は煙に包まれる。

 

 屋上の見張りは3人。ハンググライダーを切り離しながら、停電と煙幕で狼狽えている様子の見張りの男を下敷きに着地する。当然そうなれば気づかれる。

 

 しかし屋上も適度に煙に包まれていて、上から見るのと実際同じ場所に居るのとだと、上から見るよりも視界が利かない。更には頼れる光源はない。なにしろ周りは停電している。月の明かりもない。

 

 完全に真っ暗な闇の中で発砲してくるバカでなくて良かった。

 

 周りを警戒する他の男のひとりに肘鉄を食らわせる。子供の身体でも肘鉄を受ければ大人でも痛いものは痛い。しかもそれが股間なら尚更だ。

 

 あまりの痛みに身を屈める男の顎を蹴りあげて脳震盪を起こさせる。

 

 最後の見張りには背中に回り込んで首筋に思いっきり鞘に収まっている刀を振るって沈ませる。制圧速度は先ず先ずだろう。

 

 しかしまだ第一関門を抜けたばかりだ。先は長い。

 

 

 

 

to be continued…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃げるのは得意でも怪我をしないわけじゃない

途中で設定の手直しをして改訂もしたけど漏れがいくつもあったみたいで、知らせてくれた兄貴にはイエローフラッグで冷えたビールをご馳走してあげたい。

元々スランプだったから今回は描写は思い浮かんでいるのに文章構成が稚拙過ぎて皆さんをがっかりさせるかも知れないことを始めに謝っておく。

取り敢えずこれで導入は終わりにして次から原作に一気に入った方が良いのか悩む。なにしろ導入の終わりが見えないんだよ。


 

 風呂敷に包んだ金を背に、ワイヤーを伝って外壁に沿って降りていく。逃げることも考えるとそこまで大量に札束を包むわけにもいかなかった。札束十数束。50万ドルにも届かないだろうが先ず先ずか。

 

 これが貯金箱代わりのコーサ・ノストラやマニサレラ・カルテルの事務所なら根こそぎ頂いて100万ドル楽勝に稼げるものの仕方がない。欲をかいて命を落としちゃ成仏できない自信がある。

 

 未だに真っ暗闇のお陰と、スーツが黒いお陰で簡単にはバレないと思う。

 

 正面も裏口も塞がれている。建物の中は既に催眠ガスで制圧済みだ。光がないからガスも見えにくい。停電を作戦に組み込んだのはこの為だ。流石に警備員がわらわら居る中を行くのは骨が折れる。

 

 そういう盗みに対するスリルは今回は持ち込まない。それを味わえるのはむしろ金を頂いて逃げる最中だ。

 

 カジノの見取り図も施工会社に忍び込んで入手している。あとは従業員を調べて金を使って金庫の在処を掴むだけ。さすがに店番に遊撃隊やら直属を割く程バラライカに余裕はない。

 

 袖の下から先は簡単だ。しかも此方はロアナプラで今現在パーフェクトを更新中の泥棒だ。盗んだ金の一割を条件にすればレコードの様にペラペラと喋ってくれた。

 

 ダイヤル式の金庫を開けるのは朝飯前だった。

 

 トータルの犯行時間は10分も掛かっていない。

 

「っ、ヤベ…ッ」

 

 サーチライトが点灯し、壁に沿って降りていた姿を捉えられた。

 

 ワイヤーから手を離して命綱なしのフリーフォール。とはいえ10mを切っていれば着地に不安はない。

 

 銃弾がすぐ後ろを掠めていく。

 

 走りながらサーチライトを撃つ。

 

 今回は手加減だとかしている余裕はない。

 

 サーチライトの傍らで光るマズルフラッシュへ向けて撃ち込む。そうすれば一瞬その方向からの銃撃が止む。

 

 直ぐにカバーリングが入ると言うことは、相手は上等らしい。制圧射撃の合間を抜け、鉛玉の嵐の中を駆け抜ける。

 

 撃ち出された銃弾が過ぎ去る風を感じる程の紙一重の隙間に身体を通す。

 

 その僅かな隙間を作り出す為に腰から抜くのは肩に掛けた紐から垂れ下がる鞘から抜き放つ刃だ。

 

 刀の腹で弾丸を打ち返して反撃する。

 

 そのまま退路を確保する為に目の前の建物を斬り倒す。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 リトル・ルパンの今までにない行動パターン。

 

 まさかロアナプラの半分を停電させてくるとは思わなかった。そして今日は月の明かりもない。普通なら夜目が利き難く戦闘行動に支障が出るだろうが、それは我々には当て嵌まらない。

 

「侵入から7分で目標を制圧か。手際が良い」

 

 制圧時間からしてガスを使ったのだろう。停電にしたのはそれを悟らせない為だろう。ガスマスクが幾つか配備してあったはずだが、店内の闇の中ではガスが流れてくるのを見極めるのは困難だろう。

 

 ただのコソ泥かと思いきや、その仕事はやはり軍事訓練を受けた人間の動きのソレだ。

 

 電力供給を断ち、暗闇に身を隠してのゲリラ戦。

 

 ただそれだけに留まらない奥の手をリトル・ルパンは持っていた。

 

 追跡している車両を、その手に持つ(ソード)で真っ二つにした。

 

 制圧射撃もほぼ無意味。弾丸を切り裂かれている。狙撃班の攻撃は最初から射線を警戒されていて通らない。

 

 極めつけには3階建ての建物を根本からバッサリと斬り倒した。

 

「私はいつからジャパニーズアニメーションを見ているのかしらね」

 

 路地を作る建物も壁もすべてが無意味だった。なにしろ文字通り切り開いて駆け抜けていくのだから。

 

「だが大局はまだ我々の手の中にある」

 

 道を自前に作れてしまえても、包囲網を狭めていけば逃走方向をコントロールする事は可能だ。

 

 たったひとりに手駒をすべて投入するという状況。

 

 兎を狩るのに戦車を持ち出している様なものだ。

 

 これで取り逃がした日にはホテル・モスクワはロアナプラ中で物笑いの種の仲間入りだ。

 

  

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 逃げる方向を作られている。それに気付いたのは遊撃隊と撃ちはじめてすぐだった。

 

 銃がほぼ無意味であると判断されてから爆発物まで使って来る始末だ。人間ひとりに浴びせる量の火力じゃない。気を抜けば即ミンチの出来上がりだ。

 

 右も左も、後ろも、時には上からも、思い出した様に時に前から。

 

 鉛玉のスコールから身を隠すために路地の影に飛び込む。その先に待っていた遊撃隊が弾幕を張ってくるものの、1個小隊程度の火線ならば問題はない。

 

 場を満たす殺意が自分に重圧を与え、否応にも集中しなければならない状況だ。

 

 極度に高まる緊張が世界を白黒に染め上げていく。

 

 スローモーションの様にゆっくりと迫り来る弾丸の合間を擦り抜けて、抜き放つ刃で武器を切り裂き、返す刀は浅めに斬り込む。

 

 峰打ち、等というのは彼らに失礼だろう。直ぐに手当てをすれば助かる程度の太刀を浴びせる。

 

 後ろから迫っていた遊撃隊が追いついた。

 

 決して味方は撃たぬように、しかしこちらに対する正確な射撃。

 

 マズルフラッシュで見える僅かな身体の線。

 

 銃と足か腕に1発ずつの計2発の弾丸を撃ち込んで黙らせる。防弾ベストを着ていても銃弾の衝撃はどうにもならないだろう。

 

 あえて負傷者を残すやり方は、それによって敵の攻撃や進撃を妨害する狙いを込めたものだが。それが意味を成しているかはわからない。負傷者に構わず追っ手は迫って来ているからだ。

 

 足を撃たれて片膝を着く遊撃隊のひとりが手榴弾を投げてくる。それを他の隊員は拳銃を抜いて援護する。

 

 その弾丸に対処すれば手榴弾にまで手が回らない。仕方がなくバックステップで距離を開けて、手榴弾の爆発に紛れて背中を向けて全力疾走。

 

 恐らく誘導されている先に本隊が居るのは間違いないだろう。

 

 今夜はただ盗むだけ、ただ逃げるだけじゃ終わらない。

 

 それだけで良いのなら刀を抜く必要もない。何時ものように雲隠れすれば良いだけだ。

 

 だがあのバラライカを納得させなければ今日は徹底的に追い掛けてくるだろう。

 

 路地の両隣の建物の壁を蹴って上に登る。

 

 屋上に出るとスナイパーの集中砲火が始まる。それを切り抜け、屋上伝いに一直線に駆け抜ける。

 

 包囲網と自身が誘導されていた方向へ向けて屋根の上を駆け抜けていけば、終着地点は噴水のある公園だった。

 

「見事なものね。曲芸師として食べていけるんじゃないかしら?」

 

「あいにくだが、見世物じゃないんでな」

 

 噴水の前に佇むバラライカの言葉に返しながら、背中の風呂敷を降ろす。

 

「金を置いていくから見逃してくれ。とでも言うような雰囲気じゃないわね」

 

「それで見逃して貰えるのなら御の字だがな」

 

 左手に鞘に収まる刀を握り、いつでも抜けるように構える。

 

「走り回るのも飽きてきたところだ。そろそろケリを着けようぜ」

 

 休む暇もなく追いかけ回されたお陰で体力的に厳しいのが本音だ。それでもまだ数が居るバラライカの兵隊すべてを相手に出来ると思うほど楽天家でもない。

 

 現実的な話。ここで勝負を決めなければ詰みだ。

 

「あらそう。でもね坊や。私は貴方に付き合う義理はないのよ?」

 

 そう。バラライカにはサシで勝負をする理由などない。それこそ周囲に配置している遊撃隊を総動員して押し潰せばそれで済む。

 

 それでも、自分の命が尽きる前に目の前の彼女の首を斬る事は出来る。既に縮地の間合いの中だ。刀の間合いに彼女は居る。

 

 そしてそれはこちらも同じだ。3ヶ所程にスナイパーが待機している。更に目の前の彼女もそう易々と殺らせてくれる相手でもない。

 

「どっちが殺るのが早いと思う?」

 

「おれに銃は利きゃしねぇよ」

 

「そうかしら? 散々走り回って疲れ始めた今の貴方になら2、3発は叩き込めるわ」

 

 そうして彼女はスチェッキンを抜いて此方に狙いを定めてくる。

 

 此方が疲れてきているのもお見透しと来ている。更に言うと、マグナムも弾切れだ。

 

 この場合、自分から出てきたというよりは引っ張り出されたと見る方が正しい。もちろん向こうがマグナムの残弾を知る由もないが、屋上伝いに駆け抜けている最中に反撃できる場面で反撃していない。此方が弾切れである事を知られている可能性は大いにある。

 

「年貢の納め時よ。覚悟は良いかしら?」

 

「フッ。おれから年貢を徴収したいならICPOのとっつぁんを連れてくるんだな」

 

「ICPO?」

 

 ICPOの名を聞いて一瞬だけ逸れたバラライカの注意に差し込む様に縮地で前に出る。それでも直ぐにバラライカは引き金を引いてくるものの、間合いは既に此方の距離だ。

 

 跳躍しながら腕と脇腹に1発掠めながらスチェッキンを両断する。

 

 そのままバラライカの頭上を抜けると、スナイパーから狙撃される。

 

 身を捻って銃弾を叩き伏せ、噴水の上に着地する。

 

「グ…ッ」

 

 肩を駆け抜ける痛みと熱を感じながら更に噴水を蹴って大きく跳躍し、路地の中に転がり込んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 決着の場として設けた公園から逃亡したリトル・ルパン。追跡をさせているが恐らく見つけることは出来ないだろう。

 

 銃を破壊される事も織り込み済み。忍ばせていた予備の銃で手傷を負わせた手応えはあった。

 

 それ故だろう。この公園から逃亡したあとの消息がまったく掴めなくなった。

 

「ICPO……か」

 

 何故あの場でICPOの名を口にしたのか。

 

 此方の気を逸らすハッタリと片付けるには、口にした時の雰囲気が引っ掛かった。まるで己の宿敵の名を口にする様な。そして、その相手以外には決して捕まらないという意地が見えた。

 

 現に今、見つけられていないのも恐らくはその意地を貫く為か。

 

「中々、かわいいところもあるじゃないか」

 

 久し振りに筋の通った。骨のある相手だった。

 

 勝敗としては我々の勝ちだと言えるだろう。しかし長期的に見ればしてやられたという結果が沸き上がる。

 

 遊撃隊の1/3を即応不可能にさせられた。戦死者は居ないものの、たったひとりの子供にやられたにしては酷い有り様だ。

 

 油断もなく、侮る事もなく、我々の総力をぶつけても逃げ遂せた怪盗。

 

 その健闘に免じて、今夜は見逃しても良いだろう。と言うより、見逃さざるを得ない状況になった。

 

「なんのつもりだ。張維新」

 

 此方がリトル・ルパンを見失ったタイミングで仕掛けてきた三合会。

 

 応戦に問題はないが、リトル・ルパンの捜索は打ち切らなければならなくなった。

 

 リトル・ルパンを逃がす為に三合会が動いたのか。

 

 はじめから裏で繋がっていたのか。

 

 予測は立てても確証に繋がる証拠がない。

 

 今は迎撃を優先し、部隊を再編した後に反撃を開始する。

 

「機会があれば、また遊びましょう。坊や」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日は一晩中銃声が鳴り響いてとても眠れたもんじゃなかった。

 

 寝不足気味で不機嫌に歪んでいるだろう顔を浮かべながら、寝床にしているボロ屋から身を乗り出す。

 

 この辺りには水道はない。顔を洗うのも近くの井戸にまで足を伸ばさないとならない不便な場所だ。ロアナプラでも最下層の最下層。塵屑が行き着く場所が自分の居場所だ。

 

 清々しいとも言えない、肥溜めの様な臭いのする場所に新しい臭いがあった。

 

 建物と建物の間の路地。その臭いはもう嗅ぎ慣れた臭いだ。

 

 血と、硝煙の臭いだ。

 

 ただこの辺りで銃を持っている人間は少ない。自分以外にそんな臭いをさせる人間も居なかったはずだ。

 

 だから少し気になって足を運んでみた。それはただの好奇心だ。

 

 日陰で暗い路地に紛れている黒い服。近くに寄らなければ気づかなかっただろう。

 

 地面に広がる血が臭いの出本らしい。

 

 黒い髪の毛と黒い帽子。全身黒ずくめだから余計に目立たないその姿。真新しい硝煙の臭いに昨夜の銃撃戦の参加者だろうと辺りをつけ、金目の物を頂こうと手を伸ばした時だった。

 

「ッ――!?」

 

 伸ばした手を掴まれた。その手も血塗れで、地面に広がる血から見て生きてちゃいないだろうと思ったから少し驚いた。

 

 帽子の影から覗く眼は、真っ直ぐ自分を見つめてくる。

 

「んだよ…。まだくたばってなかったのか?」

 

 その言葉にニヤリと口許に笑みを浮かべた。何がおかしいのか。その死にかけのツラを拝んでやろうと帽子を取ってやれば、自分よりもいくつか年下のガキの顔があった。

 

「……医者、呼んでくれ」

 

「はっ。アタシがレスキューに見えるってのかい?」

 

「タダとは言わねぇよ。嬢ちゃん」

 

「生意気なガキだな。別にアタシはくたばったテメェから身ぐるみ剥いだって構わねぇんだぜ? その方が面倒がなくて良い」

 

「そいつは…、困るな。一張羅なんだ……」

 

 もう限界なんだろう。言葉が途切れ途切れになって来た。

 

「まぁ…、後悔は、させない…、さ…」

 

 そのままずるずると地面に横になったガキ。帽子も、着ているスーツもこの辺りじゃ見られない上等な物だ。良い所のガキが銃撃戦に巻き込まれたってだけなら色々と金儲けになりそうだが、このガキはそんな生易しい事情の人間じゃないだろう。

 

 出血のし過ぎで気を失ったのか、一応まだ生きてはいるらしい。

 

 助けても面倒ごとを背負い込むのは御免だ。

 

「ったく、胸クソわりぃ」

 

 寝不足気味の頭の所為にして、地面に寝転がるガキを抱えあげる。お陰でこっちの一張羅も血塗れだ。あとで弁償させてやる。

 

 ならなんで手を出したのか。

 

 ハッキリとした理由はない。ただなんとなくの気紛れだ。或いは自分と同じ臭いをさせながら目が死んじゃいないのが気に食わなかったからか。 

 

「つうか重てぇなこのガキ…! なんなんだいったい」

 

 寝床に連れ込んで転がしたあと、服を脱がせて見ればいったい何に使うのかガラクタがあれやこれや出てきた。

 

 脇腹と左腕に銃弾が掠めたあとがあった。ただそれよりも深いのは背中の銃創だった。

 

 薬なんて上等な物はない。医者も居ない。止血はしたものの、あとはガキの体力次第だ。

 

「ちっ、血でシケてやんの」

 

 スーツの上着から見つけたタバコに火を点ける。

 

「リボルバーなんて古臭い得物を使ってるからだアホ」

 

 腰のホルスターに納められた二挺のリボルバー。荒野のガンマン気取りのガキが痛い目を見ただけの気がしてこのまま金目の物を頂いて放っぽりだそうかと思ったが、何故かそれは負けた気になる気がして止める。

 

「このアタシの手を煩わせたんだ。くたばったら犬のエサにしてやるからな」

 

 そう煙と一緒に吐き出して、スーツの内ポケットに収まっていた札束を拝借して立ち上がる。

 

 この街では無意味に等しい人助けをしたのだから、その料金を徴収する権利は此方にある。たまにはマトモな朝飯を食っても罰は当たらないだろう。

 

「アタシはメシ食って来るからな。生きてたらあとで会おうぜ、カウボーイ」

 

 

 

 

to be continued…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪の始まり

現在大スランプ中なのでなにも捻らせられませんが、暇潰しにでもどうぞ。


 

「目覚めがワリぃ……」

 

 しばらく見てなかった赤っ恥をかいた夜の夢。

 

 天下の大泥棒が獲物を置いてトンズラとは笑われるだろう。

 

 タイの亜熱帯のジメジメした空気は時としてそういった苦い記憶を掘り返す。

 

 張から少し良い酒を貰った所為だ。宅飲みで酔い潰れるなんて何年振りやら。

 

 そこかしこで酔い潰れてるオジサマ達は誰一人居ない。静けさだけが転がっていた。

 

「だぁ~、ダメだこりゃ。迎え酒でも引っ掛けるか」

 

 頭の中で鳴り響く頭痛に顔を顰める。宅飲みで失敗したからには今日は店飲みだ。

 

 シャワーを浴びて寝汗を流すと、新しい着替えに袖を通す。青のシャツに白ネクタイ、そこに黒のジャケットは今日もキマってる。

 

 充分に頭を乾かして後ろ髪は三つ編みに結わえて肩に引っ掛ける。その上から癖っ毛を収める様に帽子を被る。

 

 後ろ腰に差したマグナムを鏡の前で抜く。右手から左手に持ち変えて握りを確かめて再度マグナムを腰に差す。カッコつけもいつも通り好調だ。

 

 一通りの支度を済ませると部屋を出る。

 

 2階建てのこじんまりとしたビルが今の自宅兼事務所だ。階段を降りて一階のガレージから出すのは愛車のフィアット。もちろんターボ付きのカリ城カスタムだ。

 

 ご機嫌なエンジンを噴かして向かう先は行きつけのバー──イエローフラッグだ。

 

 ロアナプラで気軽に飲める場所と言えば真っ先に思い浮かぶ店だ。

 

 多少騒がしくなることもしばしばあるが、それは御愛嬌という奴だろう。なによりもう夜だ。ゴロツキ連中の溜まり場になっているのは承知の上だ。

 

 店の扉を潜るといくつかの視線を感じる。探るような視線を無視してカウンター席に座る。

 

「よう、来やがったなノワール」

 

「よう、バオ。いつものやつで」

 

「あいよ。少し待ってろ」

 

 酒の入ったボトルとグラスを置いて厨房に立つバオを見送って駆けつけ一杯。アルコール喉を焼くのを楽しむ。少し待てばバオがベーコン豆を運んできた。良い塩梅のそれに手を着けていると、聞き知った声が店に聞こえてきた。

 

「よう、ノワール。来てたのか」

 

「先にやらせて貰ってるぜ」

 

 そう答えると隣の席にどかりと女が座る。そして飲みかけのグラスをひったくって呷った。

 

「なんか荒れてんな、レヴィ。仕事でヘマでもしたか?」

 

「るせえ、ほっとけ」

 

 女──レヴィとはあの夜からの付き合いだ。あの後どうなったのか語り出すと朝になるから割愛させて貰う。まぁ、互いに軽口を言い合う気安い関係になった。

 

「なに、ちょいと腹の虫の居どころが悪いだけだ。ほっときゃ収まるさ」

 

「よう、ダッチ。仕事帰りに社員総出で飲み会か?」

 

「まだ終わっちゃいねぇがな。ま、この街に着きゃあとは子供でもお使いができらぁ」

 

 声をかけてきた黒人の大男に返す。ダッチは運び屋ラグーン商会のボスだ。システムエンジニア兼ハッカーのベニーにも手を上げる。そして四人目、小綺麗なワイシャツにネクタイ。この街じゃお目にかかるのは難しいホワイトカラーの東洋人に目を向ける。

 

『子供……?』

 

 日本語を喋った。日本人か。

 

『人をあんま見掛けで判断するもんじゃねぇぜ、兄ちゃん』

 

『日本語!? 日本人?』

 

 日本語で返すと日本人が居ることに驚くホワイトカラーの日本人。

 

「そいでダッチ。この日本人は新しい社員か?」

 

「いや。仕事ついでの成り行きって奴だ」

 

「ふーん。そいつは災難だったな、兄ちゃん」

 

「ホント、災難だよ。まったく」

 

 この日本人の兄ちゃんはレヴィが身代金欲しさに連れ去ってきたのだが、交渉のしかたを知らないレヴィに出来るはずもなく、結局連れてくるだけ無駄だったという話だ。レヴィの機嫌がよろしくないのもそれが原因だ。

 

 ラグーン商会に日本人の兄ちゃんと来ると、ようやく始まるのかと少し愉しみになる。

 

「この酒場は酷い。地の果てだ」

 

 日本人の兄ちゃんがそう溢す。背中じゃ殴り合いの喧嘩が始まっていた。

 

「うまい喩えだ。ここはもともと南ベトナムの敗残兵が始めた店だが、逃亡兵を匿ったりしているうち、気がつきゃ悪の吹き溜まりだ」

 

 嫌いかね、ロック? と日本人の兄ちゃん──ロックにそう返すダッチ。

 

 ロックはその言葉に日本の居酒屋の方が良いと答えた。

 

 電話をしてくると席を立つダッチ。話し相手が居なくなったロックはベニーと話し始めた。

 

 フロリダの大学に居てマフィアとFBIを怒らせて海に沈められるところをレヴィが助けた。

 

 そうした来歴を語るベニーとロックにレヴィが割って入った。

 

「クソ話さ、止しなよベニー。昔話をするほど歳は食ってねぇ。そうだろ? 貴方に一杯、私に一杯ってね。折角飲みに来てるんだ、もうちょいクールな話をしようや。なぁ、日本人?」

 

 ラム酒を注いだグラスをテーブルに滑らせてロックの前に出すレヴィ。

 

「ビールなんざ小便と同じさ。いくら飲んでも酔えやしねえよ。男ならラムだろう? まぁ、女の勝負も受けられねぇ玉なしってんなら、無理にとは言わねえけど?」

 

 そうやって煽るレヴィに、ロックはネクタイを緩めてグラスを一気に呷った。会社で鍛えられた胃を舐めるなとか言ってた。アルハラとかあるよな、そうやって酔い潰されるの。

 

 レヴィとロックの飲み勝負が始まってしまった。周りの野次馬も騒ぎ出して煩くなってしまう喧騒の中で、空気が変わるのを感じる。同時にピンが抜かれる音を耳が拾う。店の中になにかが投げ込まれる。

 

 手榴弾だ。

 

 それを見て空かさずカウンターの中に身を隠す。

 

 ただ酒を飲みに来たのにドンパチに巻き込まれてしまった様だ。

 

「しかたねぇな」

 

「オイやめろノワール。てめぇがやると店が更地になっちまう」

 

 店主のバオが止めてくるが、止まる理由にはならない。

 

「いまさらだろ。それに鉛玉ぶっぱなされてなにもしないんじゃガンマンの名折れってな!」

 

 銃撃が緩んだ一瞬の隙を突いてカウンターから身を乗り出してマグナムを抜く。

 

 店の中に入ってきた手下人達に向かって銃弾をプレゼントしてやる。

 

 6発命中。リロードの為にカウンター裏へ頭を引っ込める。直ぐ頭上を銃撃が通り過ぎる。

 

「平らげるぞ、レヴィ!」

 

「オーケー、ちょうど空きっ腹だったんだ。味わわせて貰うぜ!」

 

 レヴィもカウンターから身を乗り出して両手のカトラスをブッぱなす。

 

 それに合わせてこちらもカウンターから躍り出る。

 

 また6発を命中させて手早くリロード。

 

 しかし多勢に無勢だ。袋にされる前に退散が懸命だ。

 

「逃げるなら今のうちだぜ、ダッチ!」

 

「おうよ。ずらかるぜ、レヴィ! ベニー! ロック!」

 

 裏口から出ていくダッチ達に続いてこちらも退散する。車を回すベニーに自分も乗っかる。あいにくフィアットは表にあるから取りにはいけなかった。まぁ、盗まれる事はないだろう。ベニーの車に乗り込んだのは言わば成り行きだ。銃を撃ち合ったのだからもうただの部外者とは言えなくなっちまった。

 

「んで、さっきの連中はなんだったんだ?」

 

「今回の仕事のブツを消しに来た傭兵部隊だとさ」

 

「傭兵ねぇ。そいつは愉快な話じゃねぇな」

 

「ああ。まったく愉快じゃねぇよ」

 

 車の中で疑問を溢すと、ダッチが答えた。愉快じゃないが、絶望的という程でもない。

 

「で、どうする? ウチまで送ってこうか?」

 

「乗りかかった船だ。最後まで乗ってくよダッチ」

 

「よし。リトル・ルパンの腕を借りれるとあっちゃあ百人力だ」

 

「リトル・ルパン?」

 

「おれのあだ名みたいなもんさ」

 

 リトル・ルパンという単語に疑問を持ったロックに答えてやる。今はリトル・ルパンについて語る時じゃないだろう。

 

 そのまま車は港のラグーン商会のドックに向かって、そこから魚雷艇のラグーン号に乗り込んだ。

 

 海の上なら連中も簡単には追って来れまいと思うが油断は禁物だ。

 

 ロックがあっさりと会社に切り捨てられたという一幕もあったが、事態はそれどころじゃなかった。

 

 傭兵連中はなんと戦闘ヘリを持ち出して追ってきたのだ。

 

「クソ! 狙いが定まらねえ。船止めろよダッチ!」

 

 レヴィが対戦車ライフルを撃ちながら悪態を吐く。

 

「しょうがねぇな」

 

 甲板に出て戦闘ヘリを睨み付ける。

 

「ロケットの発射管を狙えレヴィ! 誘爆すれば落とせる」

 

「ケッ、簡単に言ってくれるぜ!」

 

 戦闘ヘリを睨み付けながらレヴィにそう言い放つ。レヴィが注意を引き付けてくれれば良い。

 

 後ろ腰の鞘に収まる小太刀の斬鉄剣に手を掛ける。

 

 レヴィの射撃に乗せられて低空飛行で向かってくる戦闘ヘリ。貰った!

 

「ちぇりおおおおーーーー!!!!」

 

 ラグーン号から飛び上がって、斬鉄剣を抜く。

 

「またつまらん物を斬っちまったな」

 

 ラグーン号に着地して斬鉄剣を納めると、斬撃に沿って戦闘ヘリが真っ二つに斬れて爆散する。

 

 本当ならロックの奇策でこの苦難を乗り越えるハズだったが、斬鉄剣を持っていた自分が居たのが傭兵連中の運の尽きだったな。

 

 そのままラグーン号は目的地の港にたどり着けた。

 

 待っていたのはホテル・モスクワのバラライカだった。

 

 ディスクをバラライカに渡すダッチ。それを受け取ったバラライカは他に控えていた日本人達に向き直る。成る程、アレがロックの上司たちか。

 

「部長。覚えておられませんか? 俺はね。もう死んでるんですよ。あんたがそう言った。俺の名は、ロックだ」

 

 移動するのに呼び掛けられるロックだったが、今までの生活からの決別を表した。

 

 その名の通り、中々ロックな別れかただった。

 

 

 

 

 

to be continued…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メイド騒動

足りない頭で捻り出した結果こうなりました。暇潰しにでもどうぞ。


 

 ロックがラグーン商会に加わって少し経った。

 

 海賊に追い回されて散々な目にあったとか言っていた。陳に差し向けられたルアクの野郎の事だ。そんで、そんな海賊を1人で殲滅したレヴィを凄いと思った自分が狂ったんじゃないかとも言っていた。

 

 凄いことを素直に凄いと思えるだけで頭がどうにかなったわけじゃないとは言っておいた。

 

 まだロアナプラの流儀に染まっていないロックは見てて面白みがある。

 

 弾の補充ついでに寄った暴力教会でシスター・ヨランダとお茶を飲んでいたら奇妙な事を聞かされた。

 

 南米ベネズエラでマニサレラ・カルテル絡みのヘロイン工場が1つ潰されたとか。

 

 麻薬工場の1つや2つダメになろうが知ったこっちゃないんだが、マニサレラ・カルテル絡みだから聞かされたのか判断に困る。シスター・ヨランダはおれとマニサレラ・カルテルで因縁があるのを知ってるからな。

 

 まぁ、因縁なんて言い出したらキリがない。マニサレラ・カルテル、コーサ・ノストラ、ホテル・モスクワ。

 

 三合会以外のロアナプラのトップ勢とは銃を交えた過去がある。三合会が含まれていないのは偶々だ。三合会とはビジネスライクの付き合いだからな。

 

 ともあれ世間話で聞かされたにしては引っ掛かりを覚える内容だった。

 

 その夜はイエローフラッグに飲みに出た。

 

 いつも通りにバオに注文を出す。駆けつけ一杯をやっていると、隣にメイド服を着た女が座った。

 

「ミルクはねぇよ」

 

「では、お水を」

 

「ここは酒場だ。酒を頼め、アホたれめ」

 

 バオが悪態を吐きながらビールの入ったジョッキを乱暴にメイド服の女の前に出した。

 

 ちなみにおれが酒を飲んでいる時に直ぐ隣に座るヤツは滅多に居ない。銃撃戦に巻き込まれない様にする為だ。相席するのは気を置いた人間か、この街を知らない新参者だ。

 

 そして女は後者の方だろう。この辺りじゃ見ない顔だ。

 

「ここには今日着いたばかりでして、右も左もわかりません。コロンビアの友人を頼って来たのですが…。事務所はどちらにございますか、ご存知ありませんか?」

 

「姉ちゃん、ここが観光案内所や職業斡旋所に見えんのか?」

 

「いえ」

 

「コロンビア人の縄張りなら隣のボウズが知ってるよ」

 

「アナタが?」

 

 何故かメイドの目が鋭くなった。

 

 メイド服の女、そこに昼間に聞いたベネズエラの事、ロアナプラ、ブラックラグーンでメイド服の女という符号がひとつの解答を導きだした。

 

「ちょいと因縁があってね。ま、教えるのは構わないんだが。姉ちゃん、いったい何が目的なんだ?」

 

「人を、探しているのです」

 

「人探しねぇ」

 

 錆び付いた記憶から掘り起こす。確か拐われたお坊ちゃんを探しに来たという話だった筈だ。

 

 それがコロンビア人、マニサレラ・カルテル絡みだった。

 

 大きな音を立てて店の扉が開いた。何事かと振り向く。ぞろぞろとやって来たのはちょうど彼女が探しているコロンビア人だった。

 

 店の入口に十人程。先頭の派手なシャツにジャケットの男がこちらに気づいて苦い顔を作る。

 

「よう、アブレーゴ。手下を連れてパーティーでもしに来たのか?」

 

 先頭の男、アブレーゴに声を掛ける。マニサレラ・カルテルのロアナプラ支部の頭目だ。

 

「ケッ。てめぇに用はねぇよリトル・ルパン。用があるのは隣の女だ」

 

 隣の女。メイドのロベルタは振り向かずカウンターを向いたままだ。

 

「おかしなメイド姿の女が1人、俺たちのことを嗅ぎ回ってると聞いたンでな。ハリウッドの時代劇でしか見れねえような、イカれたナリだ。そんな服着て街中歩いてりゃ、どんな馬鹿でも記憶に残らぁ。何者だ? いったい何が目的だ?」

 

 アブレーゴの言葉にロベルタは椅子から立ち上がってくるりと身を翻した。

 

「見つけていただくことが本意にございます。マニサレラ・カルテルの方々でございますね? 私めはラブレスの家の使用人にございます」

 

 右手に傘、左手にスーツケースを持ち、彼女は静かに言葉を重ねた。

 

「お聞きしたいことが幾つか。失礼ながら──少々、ご無礼をはたらくことになるかと」

 

「ははッ、聞いたかよ、おい。ご無礼を働くとよこのアマ!」

 

「お笑いだぜ! なあ! どうするってんだよ姉ちゃん!?」

 

「──では、ご堪能くださいまし」

 

 その言葉と共に、彼女は引き金を引いた。

 

 仕込み傘から放たれた弾丸は、アブレーゴが連れてきた構成員1人を風穴開けて吹き飛ばした。

 

「こぉぉおおのくそったれぇぇええ!! てめぇら! かまうこたあねえ! ぶっ殺せ!!」

 

「如何様にでも。おできになるのなら」

 

 銃撃戦が始まった。折角の飲みが台無しだくそったれ。

 

 まぁ、撃たれたからには撃ち返すのは基本だ。マグナムを抜いてどさくさ紛れにこっちに撃ってきたカルテルの構成員を撃つ。

 

「てめぇなにしやがる、ノワール!!」

 

「ハン! お構い無しに撃ってきたのはてめぇらだろアブレーゴ!」

 

 キレるアブレーゴに対して事実を言い並べる。ロベルタの隣におれが居ながら撃ってきたのだから流れ弾がこっちに向かうのは百も承知の上で始めたのはやつらの方だ。

 

 ロベルタの仕込み傘の散弾銃で吹き飛んでいくカルテルの構成員たち。

 

 ただ部下を何人連れてきたのか、撃たれた傍から次の的がやってくる。

 

 こちらもマグナムで応戦しているというのに。

 

 サブマシンガンの銃撃を床を転がって避けると、レヴィと鉢合わせた。

 

「ようレヴィ。居たのか」

 

「まぁな。とはいえ今から退散するところだ」

 

「世間話をしてる暇はないぜレヴィ。後ろがつっかえてる」

 

「ようダッチ。仕事帰りの飲み会か?」

 

「それがちょいとわけありでな」

 

 見ればラグーン商会の面々の他に1人の子供まで付いていた。

 

「ロベルタ……」

 

「若、さま …」

 

 それがロベルタが探していたお坊ちゃん、ガルシア・ラブレスだった。

 

「こんなところにいらしたのですね、若様。御当主様も大変、心配なさっておられますよ」

 

「……………」

 

 ロベルタに声を掛けられてしかしガルシアは1歩後ずさった。その顔に浮かぶのは恐怖だった。

 

「……怖がられるのも仕方ありませんね。理由はいずれ御説明いたします。ロベルタは所用が残っております由、少々お待ちを」

 

 そうガルシアに告げるロベルタの視線がダッチ達を捉えた。

 

「…その方々は?」

 

「やばい、目が合った」

 

「ロベルタ! 待って!!」

 

 傘の仕込み銃をダッチ達に向けるロベルタを止めるガルシア。

 

「オーライ、少し待とうか姉ちゃん」

 

 ロベルタとガルシアの間に割って入る。

 

「アンタはこのお坊ちゃんを連れ帰れればノープロブレム。おれたちはトラブルが収まればそれで良い。オーケー?」

 

「……考えております」

 

「ああっ!? なんでガキがここに居やがる! てめぇラグーン商会、ウチが頼んだ荷物の運搬はどうした!!」

 

「結論に飛びつくんじゃねえアブレーゴ!」

 

 アブレーゴとダッチが睨み合う。おれとしてはロベルタが大人しく引き下がってくれるのが有り難いんだが。

 

「よろしいでしょう。しかし、私にもケジメというものがございます」

 

「奇遇だねぇ。おれもケジメを着ける相手が居るんだ。交渉は成立だな」

 

 おれのマグナム、そしてロベルタの鞄。同時に狙うのはアブレーゴ達マニサレラ・カルテルだ。

 

「サンタ・マリアの名に誓い、すべての不義に鉄槌を!」

 

 その言葉と共に、ロベルタの鞄に仕込まれていた機関銃が火を噴いた。

 

 鞄にはグレードランチャーも仕込まれていて、派手な爆発が店を焼く。

 

 こちらも負けじとマグナムを撃ってカルテルの構成員を黙らせる。

 

「いけダッチ! お坊ちゃんのお守りは任せたぜ」

 

「やれやれだぜまったく」

 

「若様…!」

 

「心配するな姉ちゃん、ダッチたちは信頼できる」

 

 ガルシアを連れていこうとするダッチに反応するロベルタに告げる。今やることはマニサレラ・カルテルの連中の制圧だ。

 

「くそったれ。思い出したぜちくしょう。てめぇ、フローレンシアの猟犬だな」

 

「ヒュー。そいつはすげえ」

 

 フローレンシアの猟犬。それは暗黒街で有名人の名だ。コロンビア革命軍の一員で誘拐と殺人容疑で国際指名手配中の筋金入りのテロリスト。4年前からとんと名を聞かなくなったが、まさかメイドをやっているとは誰が気付くか。

 

「まさかてめぇが生きているとはな。イエス様でも気が付くめぇよ! てめぇがFARC(コロンビア革命軍)を抜けてからの4年間、麻薬組織からインターポールまでがてめぇを追っかけ回してるンだ!! カルテルはてめぇの首に40万ドルの賞金まで用意してる。生死を問わずでよ。俺にもやっとツキが回ってきたわけだ!! てめぇの首を持って帰りゃあ、俺もメデジンの若頭だぜ!!」

 

 アブレーゴの言葉を聞くロベルタの目が冷たくなっていく。

 

「生かしておく理由が消えました。これを是非お受け取りくださいまし」

 

「うぇっ」

 

 思わず声が出た。何処に隠していたのか、大量の手榴弾がロベルタのつまみ上げたスカートの中から転がり落ちていく。

 

 それはアブレーゴの足元まで転がって爆発した。

 

 店はほぼ全壊。炎の中をロベルタは歩いていく。おれを小脇に抱えて。

 

「ごほっごほっ。むちゃくちゃするぜまったく」

 

「若様の居場所は何処ですか?」

 

「ラグーン商会っていう運び屋のところさ。案内するぜ」

 

 表に停めてあったフィアットは無事だった。よかった。壊れてたりしたら普通にへこむからな。

 

 野次馬に話を聞けば、ダッチたちの向かう先を聞けば街方面に向かったらしい。と来れば、ラグーン商会の事務所に向かったんだろう。

 

 フィアットを転がしてこちらも街方面に向かう。

 

 車の中の沈黙は固い物だった。

 

「あなたも、私をご存知なのですね」

 

「裏社会暮らしは長いんでね。知ってるのは暗黒街で噂になってる程度の情報さ。まさかメイドさんやってるなんて思いもしなかったけどよ」

 

 そこまで言うとロベルタが袖口から取り出した銃がこちらを向く。

 

「よせよ。この体勢からだってアンタが引き金を引く前に1発は叩き込めるんだぜ」

 

 運転しながらも意識は腰のマグナムと隣のロベルタに向ける。1発は貰うかもだが、1発の間に2発撃ち込む自信はある。

 

「失礼しました」

 

 そう言ってロベルタは銃を引っ込めた。

 

 フィアットはラグーン商会のオフィスにたどり着く。電気は点いているし、表にはプリマスも停めてあった。

 

「さ、着いたぜ」

 

 車から降りてロベルタを伴ってラグーン商会のオフィスへと上がる。

 

「ダッチ、おれだ。居るか?」

 

「開いてるぜ、カウボーイ」

 

 中からの返事を受けてドアを開ける。そこにはラグーン商会の面々とガルシアの姿があった。

 

「若様…」

 

「ロベルタ…。良かった、無事なんだね」

 

「はい。若様もご無事で」

 

「んじゃ、感動の対面も済ませたところで。ウチに帰るぞお坊ちゃん。良いよな、ダッチ?」

 

「ま、今回はカルテルの不義にあるからな。文句はあるめぇよ」

 

「子守り代はあとで振り込んでおくよ」

 

「オーライ。それは助かるぜ」

 

 ダッチには話をつけられた。おれはお坊ちゃんに手招きをする。

 

 少し不安そうだが、レヴィがお坊ちゃんの後頭部を小突いてやっと歩きだしてくれた。

 

 そのままフィアットに乗り込んで空港までガルシアとロベルタを送っていく。

 

「ロベルタ、ホントに強かったんだね」

 

「……若様を欺くつもりはございませんでした。私は以前、FARCに身を置いていました。私は信じていたのですよ、いつか来る革命の朝を。そのために私は、ありとあらゆる所で戦い、殺しました。政治家、企業家、反革命思想の教員、女や子供もです。いくつもの夜を血に染め続け、一番最後にわかったことは──自分は革命家どころか……マフィアとコカイン畑を守るためだけの、只の番犬だということだけでした。お笑いじゃあありませんか、FARCはね、カルテルと手を組んだのですよ。理想だけでは革命など達成でき得ないとそう言いながら、彼らはその魂を売り渡したのです。私は軍を抜けました。その時私を匿ってくださったのが若様のお父上様──亡き父の親友であったディエゴ・ラブレス様、その人です。若様。私は一度捨てた鋼の自分に立ち返ること、そうすること以外に若様をお救いする手立てはありませんでした。猟犬、そして番犬、犬と呼ばれたこの私が命をかけて行える、ただ一つの恩返しでございますよ」

 

「……いっ、犬だなんて言うなよ!! 家族だろロベルタ!! 僕たちは家族じゃないか!? そんな言い方なんてするなよっ!! 猟犬なんて知らないよ!! きっとどこかで死んだんだ!! 僕の知らない遠いどこかで、自分の罪を償って……!! だからロベルタとはなんの関係もないんだよ」

 

「…………若様。男の子は簡単に泣くものではありませんよ」

 

 後ろの席で繰り広げられるやり取りはあえて無視しておく。

 

 ただ家族を想って流す涙は無駄じゃないぜお坊ちゃん。

 

 一先ずメイド騒動は一件落着。

 

 2人を空港へ送り届けて飛行機で帰っていくのを見届けて、その帰りの足でカルテルの事務所から金をせしめた。理由? アブレーゴに撃たれた慰謝料と子守り代にする為だ。

 

 

 

 

to be continued…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐の前

今回は短めです。


 

 風の噂もといシスターヨランダから聞いた話だが、ベネズエラのマニサレラ・カルテルの本拠地がホテル・モスクワに潰されたらしい。

 

 だからなんだというわけじゃないが、もともとガルシアお坊ちゃんが拐われたのはお坊ちゃんの家の土地で希土類が出たのをカルテルの連中が狙ったからだそうな。これはロックから聞いた話だ。ベネズエラの本拠地を潰されたとあれば、少しは静かになるだろう。

 

 ロベルタと共同でカルテルの構成員を粗方黙らせた夜にバラライカから電話が掛かってきた。曰く余計な手間が掛からずに済んだとかかんとか。

 

 ホテル・モスクワはマニサレラ・カルテルと戦争をするつもりだったらしい。

 

 獲物を横取りした形になって怒られるかと思ったらそうでもなかったので一先ず安心だ。ホテル・モスクワとやりあっても割に合わないからな。

 

 あとは仕事をしてたらナチパーティに絡まれたとかをこれまたロックから聞いた。同じ日本人だからかロックは仕事の話を色々としてくる。まぁ、愚痴に付き合う程度の事なら問題ない。

 

 そういえばそんなこともあったかな程度に話を聞けば思い出せる程度の原作知識しかもう残っていないのはちと問題だがな。

 

 黄金夜会という仕組みがある。

 

 いくつもの血と硝煙の夜と朝を超えて組織された連絡会。その頭目はホテル・モスクワ、三合会、コーサ・ノストラ、マニサレラ・カルテル、このロアナプラで頭角を現す上位のマフィア達。

 

 何故か自分もこの組織に身を置かせられている。個人経営のしがない小悪党なんだがね。おれはさ。

 

 その理由はホテル・モスクワのバラライカと三合会の張の推薦だ。

 

 推薦で入れる連絡会だったとは思わなかったが、張曰くおれは街の子供たちを使う立派な組織の長なんだとさ。

 

 組織の垣根もクソもない子供たちは様々な情報を持っているから便利に使っているだけで、組織として纏め上げた覚えはないんだがね。

 

 ともかくそんなこんなで黄金夜会のメンバーの1人としておれは招集された会合に出ていた。

 

 議題は近頃何処の組織の許可もなく勝手にヤクをバラ撒いているどこかのバカの話だ。

 

 ロアナプラを取り仕切っているとも過言ではない4つの組織の目を掻い潜る麻薬の密売。勝手に商売されたんじゃ儲けが減って迷惑なのだ。

 

 クスリを取り扱ってないウチには関係のない話なんだが。

 

「そこんところの情報、なにか入ってないか? ノワール」

 

 聞き手に徹していると張が話を振ってきた。バラライカとヴェロッキオ、なんでかあの爆発で生きてたアブレーゴの四者の視線に晒される。こんなんでビビってたら命がいくつあっても足りないこの街ではやっていけない。それに見てくれはまだ中高生のガキで背丈も一番低いが、ガンマン家業で数十年裏社会で生きてきた経験はここに居る誰よりも勝るものだ。

 

 だから涼しい顔を浮かべてやる。あくまでもポーカーフェイスってやつよ。

 

「いんや。ウチの方でもさっぱりさ」

 

 これは本当の事だ。なにか変わったことがあれば情報として買うというビジネスもしているが、こっちの情報網にも引っ掛かるものは今のところなかった。

 

 つまりロアナプラを牛耳る四大勢力+αであっても気付けないルートで麻薬を売っている輩が居るという事になる。そんなルートがあるはずがない。このロアナプラで生じる利益には必ず黄金夜会が一枚噛んでいないとおかしいのだから。

 

 つまり誰かが嘘を吐いているか、本当に奇跡的にそんなルートが存在していたかという二択になるのだが。

 

「ならこの件は連絡会共同であたる事にしよう。異存は?」

 

 他のボスたちも頷き、この日は解散となった。

 

 しかし命知らずも居たもんだと思いながら今日はカリビアン・バーに寄った。

 

 静かに飲みたい時はこちらに寄ることが多い。どんなバカでもバラライカの勢力圏でむやみやたらに銃を抜く事はしないからだ。

 

 バーに入るとカウンター席に座る青年に手招きされる。

 

「ようノワール。お勤めご苦労さん」

 

「そっちこそな、ベイカー」

 

 ベイカーと呼んだ青年の隣に腰を下ろし、運ばれてきたウィスキーのグラスを打ち鳴らす。

 

「珍しいな。アンタがこっちにくるなんて」

 

「今日は静かに飲みたい気分でね」

 

「お邪魔だったかな?」

 

「まさか」

 

 世間話もそこそこに一杯空けた頃、ベイカーが話し出した。他に聞かれない様に小さな声で。

 

「今街で出回ってるヤクの出どころについてだ。買うか?」

 

「是非とも」

 

 そう言っておれはベイカーに札束を他には見えないように渡した。今のやり取りで判る通りベイカーは情報屋だ。ちなみに表の顔として孤児院の経営者をしている。

 

「黄金夜会が探しても見つからないわけだ。出どころは暴力教会だよ」

 

「なるほど。ヨランダの小遣い稼ぎってわけか」

 

 黄金夜会でも不文律の中立地帯。ロアナプラの武器の流れを握るシスターヨランダの仕業とあっては黄金夜会の面子が探しても見つからないわけだ。

 

 まぁ、暴力教会はこっちも世話になってる身だ。この情報は素直に忘れる事が懸命だな。

 

 しかしそんな情報をよくすっぱ抜けたもんだ。

 

 どうやったか聞くのは無しだ。

 

「この話、他には?」

 

「まだアンタだけだ。そもウチの情報網だ、アンタ以外に打ち明けるつもりはないね」

 

「オーライ、是非そうしてくれ」

 

 とはいえ余計な爆弾を抱え込んだ気分だ。出るところを間違えたら何処かの組織と暴力教会で戦争になってもおかしくはない。まぁ、リスクを背負ってもリターンが美味いんだろうな、知らんけど。

 

「それともうひとつ。ロシア人の死体が1つ出た」

 

 デリケートな内容にベイカーは更に声を下げた。

 

「……そいつは穏やかじゃねぇな」

 

 このロアナプラでロシア人となると繋がるコミュニティはただ一つだけだ。

 

 ベイカーがわざわざ話したという事は、そのロシア人の死体は単なる銃撃戦に巻き込まれたとかヘマこいてバラされたとかとは違うという事だ。

 

「犯人についてはまだわからない。ホテル・モスクワに喧嘩吹っ掛けるバカがこの街に居るとは考え辛いが」

 

「どうだかねぇ」

 

 ホテル・モスクワはこの街で武力を背景に時には強引に勢力を拡大し、利益を掻っ攫っていく。当然その分恨みも相当稼いでいる。なにかの見せしめ、あるいは挑発行為にしては妙に引っ掛かる。

 

 嵐が巻き起こる。そんな予感がした。

 

 

 

 

to be continued…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

双子騒動Ⅰ

双子編、どうするか悩みに悩みました。


 

 最初のロシア人絡みの死体が出てから一月。

 

 連絡会が招集された。場所はメインストリートから少し離れた一軒のクラブだ。

 

 少し早く来すぎた様で、クラブの前にはまだ疎らにしか車は停まっていない。一服でもしようと路地裏でタバコを咥えると、数人の黒人の男たちが路地裏の出入口を塞ぐように現れた。

 

「へっ。てめぇがノワールってガキか」

 

「黒の帽子にジャケットとパンツ、シャツは青で白ネクタイ。間違いねぇぜアニキ」

 

 男たちはその手に銃を持ち、銃口をこちらに向けてくる。おーお、血気盛んでやなこったねぇ。

 

「ベネズエラを焼け出されてからこっち、商売上がったりだ。てめぇを殺りゃあこの街でも名が上がるってもんだぜ」

 

「おめえさんら、この街に来てから日が浅いな?」

 

「だったらなんだってんだ!」

 

 取り巻きの1人が声を荒げる。おれに手を出すのは命知らずか、この街に来て日の浅い勘違い野郎と相場が決まってる。

 

「なら一つ良いことを教えてやる。ガキには手を出すなってな!」

 

 マグナムを抜いて早撃ち、男たちの銃を撃ち落とす。

 

 おれがそこらのチンピラ相手に負けるもんですか。もしも負けてみろ。そんときゃルパンファミリーの恥さらしよ、まったく。

 

「てめぇらなにしてやがる!」

 

「よう、グスターボ。アンタんとこの新人にこの街でのルールってのを教えてやってただけさ」

 

 銃声を聞いて出てきたらしいのはアブレーゴの部下のグスターボだった。

 

「グスターボのアニキ! こんなガキ、囲んで畳んじまえばワケねぇでしょ」

 

「それが出来たらワケねぇんだよ馬鹿野郎! てめぇらボスに潰されたくなかったら黙ってろ!」

 

 新米を御しきれてないとは。マニサレラ・カルテルは兵隊不足著しいらしいな。

 

 立ち尽くすコロンビア人たちの合間を抜ける。睨んでくるが涼しい顔をして歩き去る。出来るガンマンってのはクールに去るのも必修科目の一つだ。

 

「よう、ノワール。また絡まれたらしいな。お祓いにでも行ったらどうだ?」

 

「別に呪われてるワケじゃねぇぜ、張」

 

 クラブの入り口には到着したばかりの張が車から降りてくるところだった。

 

「ま、お前さんならコロンビアのチンピラ風情、なんともないか」

 

「あたぼうよ。これくらいでやられちゃ、ガンマンの名折れだぜ」

 

 そう言い返すと、張はズイッと顔を寄せてくる。

 

「何か新しいネタは仕入れられたか?」

 

「ああ。バラライカの所の会計士と、アンタん所の組員と直属の幹部を殺した犯人な。どうもガキの2人組らしい」

 

 これはベイカーから入った情報だ。ことロアナプラ内部に限ればリロイなんかのロアナプラきっての情報屋よりも正確なネタが上がってくる。

 

 それでも判っているのは手を下しているのがガキの2人組という事だけだ。ここ最近ロアナプラは雨続きで視界も悪い中で犯行は決まって夜だ。犯人の人相まではまだ掴めてはいない。

 

「おいおい。いつからこの街は子供の遊び場になったんだ?」

 

「おれもこの街が子供向けのテーマパークになったなんて初耳だぜ」

 

 張にそう言うが、おれはこの事件の犯人を識っている。もう思い出すのも苦労する記憶の彼方から引っ張り出せる知識はそう多くはない。ただその記憶からするに犯人は双子だったはず。その辺の知識と照らし合わせて犯人を絞るにはまだピースが足りていない。

 

 連絡会は非常にピリッとした空気が流れていた。

 

 被害を被っているバラライカは目に見えてピリピリしていた。

 

 ヒリついた視線を向けてくるのはヴェロッキオだ。まぁ、いつもの事だ。プライド高いヤツは未だに子供狩りしていた構成員を皆殺しにした事を根に持つ染みっ垂れた野郎だ。マフィアの面子に泥を塗ったんだから当たり前っちゃ当たり前だが。

 

 切り出したのはバラライカからだった。

 

「また一人殺られたわ、今度は会計士よ。ここはベイルート? それともモガディッシュ?」

 

「止せよバラライカ」

 

「だからこそこうして連絡会をもっている。共存の時代だ。流血と銃弾の果てにようやく手にした均衡だ。大事にしたいね、ミス・バラライカ」

 

 語気を鋭くするバラライカをアブレーゴと張が宥めるが、まるで効果は無いと言わんばかりにバラライカは続けた。

 

「おや、ミスター・張。私が何時言ったのかしら、共存を求めてるなどと?」

 

「吹くじゃねぇか、火傷顔(フライフェイス)。田舎者のロシア人(イワン)が女王気取りたァ笑わせるぜ。国営農場(ソフホーズ)に帰って芋でも掘ってな」

 

「イタ公のはらわたってのは豚と同じ臭いがするらしいわね。本当かしら、ヴェロッキオ?」

 

「んだと!?」

 

 バラライカに食って掛かるヴェロッキオ。何時も通りの光景だ。互いに言葉のデッドボールを投げ合っている。つまり会話する気ゼロなのだ。

 

「二人とも口を慎め! なんのための連絡会だ? 確かに我々には互いにとって忘れられない遺恨がある。だが現在は相互利益の為に協力しあう立場だ。それぞれの商売の足しになればなんでもいい。くだらんメンツなど犬に喰わせろ。それがマフィアというものだ」

 

 張の言葉で多少は落ち着いたのか、張の言葉には耳を傾ける気になったらしいバラライカとヴェロッキオ。

 

「ミス・バラライカ、こいつはもうノワールには話したんだが。三合会(こっち)の手の者も殺られた。組員と直属の幹部が一人、ラチャダ・ストリートの売春窟でだ」

 

「どういう事だ、張? 天秤を動かそうとする奴がいる。アブレーゴ! 私を見ろ!」

 

 バラライカに声を掛けられたアブレーゴは汗を掻いて肩をびくつかせて反応した。アンタそれでもマフィアの頭目か。

 

「冗談止してくれ、バラライカ。確かにアンタんとこと揉めたが、手打ちは済んでるはずじゃねぇか。だいたい兵隊の数も揃わねぇのにドンパチなんぞぶり返すかよ」

 

 そう言うアブレーゴの声は何処か弱々しい。

 

 それも仕方の無いことだ。本国の本拠地は壊滅状態。各支部は復旧にてんてこ舞いの中でこのロアナプラ支部はロベルタとおれのお陰でろくな戦力も残ってはいないのだから。どれだけ他の支部の頭目に詰られたかも判らんね。

 

「ではアブレーゴ、真犯人についてヴェロッキオに質問を」

 

「ざけんじゃねぇ火傷顔、うちだって手配師が一人殺られてるんだ」

 

 ホテル・モスクワ、三合会、コーサ・ノストラから死人が出ている。マニサレラ・カルテルから死人が出ていないのは偶然の様子。差し当たってはこの街を支配する黄金夜会に手を出す意味が解らない人間がこの街に居るとは思えない。詰まるところ、この街のルールを知らない輩の犯行という線が濃厚となる。

 

「これはノワールから回ってきた情報だが、どうも下手人は2人組の子供らしい」

 

「子供だと?」

 

「ハッ、そこら辺のガキにしてやられてるって言いたいのかよ張!」

 

「それだったらどんなに楽な事かね」

 

 バラライカとヴェロッキオの視線がこちらを向く。いやそんなに睨まれてもなにもでないぞ。

 

「黄金夜会に手を出すヤバさはこの街の子供でも知ってるさ。となればだ。この街のルールを知らないヤツの犯行って事になる」

 

「クソガキと同じ意見ってぇのは気に喰わねぇが、張、こいつは流れ者の仕業だよ。この街の仕組みを知らねぇヤツのな」

 

「では、この件は外部勢力と断定し、連絡会は犯人を狩り出す。共同で布告も出す。誤解による流血を防ぐ為だ。異存は?」

 

 おれとヴェロッキオの意見を受けて張が話を纏めたが、その纏まりかけた話の流れをぶち壊す女が居た。

 

「くだらないわね。茶番だわ」

 

「なんだとてめぇ」

 

「軽率な行動は控えてくれ、バラライカ。この街ごと吹っ飛ばすのは、君の本意ではないはずだ」

 

「ハッ! 親睦会のつもりか、ミスター・張? お次はトランプ遊び(ジンラミー)でもやるのかね?」

 

 副官のボリスからジャケットを受け取り羽織るバラライカは威圧感を交えて言い放った。

 

「私が今日ここに来たのはな、我々の立場を明確にしておくためだ。「ホテル・モスクワ」は行く手を遮るすべてを容赦しない。それを排撃し、そして殲滅する。親兄弟、必要ならば飼い犬まで」

 

 そう言い残してバラライカは部下たちとクラブを出ていった。

 

 張がやれやれと肩を落とす。バラライカの背中を刺す勢いで睨み付けるヴェロッキオと、解放されて息を吐くアブレーゴと、殆ど聞き手に徹していたおれが残された。まぁ、これにて今夜の連絡会はお開きという事だろう。

 

 街が動き出すのは明日。気の早いバラライカなら今夜からでも動き出しているだろう。あとは下手人の正体を突き止める事だが、今のところは2人組の双子という以外に思い出せるものはない。それだけで特定するのは先ず無理だ。

 

 考えても仕方ない、イエローフラッグに繰り出すか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 イエローフラッグに辿り着き、何時もの様にバオに注文しようとしたが、今日はちと毛色が違った。

 

「おうノワール。てめぇに客だぜ」

 

「おれに?」

 

 はて、客なんて約束はした覚えがない。

 

 バオが指差す方向には銀髪の男の子と女の子、一目見て双子だと判る子供が座っていた。見たこと無い顔だ。誰かの紹介だろうか。

 

 こちらを見るとニッコリと笑みを浮かべて双子はおれの方へと向かって歩み寄って来る。

 

「良かったね姉様。お兄さんが見つかって」

 

「そうね兄様。事務所に居ないから何処へ行ったのか探すハメになってしまったものね」

 

 まるで天使の様な笑みを浮かべる双子に反応できたのは長年の経験だった。

 

「くぅっ」

 

「アハ、スゴいやお兄さん。完全に不意打ちだったのに!」

 

 斬鉄剣を抜いて受け止めたのは、双子の男の子の方の背中から飛び出てきた斧だった。

 

「あら、ダメよ兄様。スシは2人で半分こって約束じゃない」

 

「ごめんね、姉様。それじゃあ僕たち2人でお兄さんを天国へ連れてってあげようよ!」

 

「そうね、兄様。それじゃあ天使を呼んであげないとね」

 

 双子の女の子の方が抱えているキーホルダーの付いた長物を包む布を解き放つ。中身はブローニングM1918自動小銃──通称BARだった。

 

 直ぐ様双子の男の子の方が飛び退くと、BARの射撃が始まった。

 

「ちえりやあああああ!!!!」

 

 裂帛の気合いでBARの弾丸をすべて斬り捨てる。これぐらい出来なくては斬鉄剣は握ってられないってんだ。

 

「アハハハハ、お兄さんスゴいわ! まるで曲芸師ね!」

 

「そうだね、姉様。こんな殺し甲斐のある相手は久し振りだよ!」

 

 BARのリロードのタイミングで双子の男の子の方が斧を振り下ろしてくる。いったい何がどうなったらこんな愛くるしい殺戮天使が生まれるのやら。

 

「先ずは僕ちゃんからだなっ」

 

「え?」

 

「チェストおおおおお!!!!」

 

 気迫の一撃と共に双子の男の子握る斧をバラバラにして、そのまま首筋に峰打ち一太刀を浴びせて気絶させる。なんせ斬るにはまだ幼さが過ぎる。

 

「兄様!」

 

「遅い!」

 

 BARの銃口を向けられるが、縮地で双子の女の子の懐へと跳び入る。

 

「たあああああ!!!!」

 

「っ!? なによ、それ、反…則、よ……」

 

 双子の女の子の方もBARを斬鉄剣で解体して首筋に峰打ち一太刀浴びせて気絶させた。

 

「終わったか?」

 

 カウンター裏に避難していたバオが恐る恐ると顔を出してきた。

 

「おう。終わったぜバオ。ところでな、ロープかなんかねぇか?」

 

「ハン、正気じゃねぇぜ。てめぇを狙ったヤツを生かしとくなんてよ」

 

「ガキを斬る剣はあいにく持ち合わせちゃいないのさ」

 

 バオにそう言いながら、ロープを使ってとっつぁん仕込みのお縄術で縛り上げる。こうなったらルパンでも中々すぐには脱け出せないんだからな。子供の双子が力ずくで脱け出せるはずがない。

 

 さて双子が起きるまで飲み直しといきますか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「あっ、っぅ、はっ!? 兄様!」

 

「お、よお起きたか?」

 

「お兄さん……。そう、私たち捕まったのね」

 

 先に起きたのは手加減した女の子の方だった。

 

「ま、そう言うこったな。んじゃ、キリキリ吐いて貰うぜ。なんでおれの命を狙った」

 

「私たち殺し屋よ? 簡単に口を割ってたらお仕事にならないわよ」

 

「そりゃそうだわな」

 

「でもお兄さんなら教えてあげてもいいわ」

 

「ほう。そりゃどういうわけだ」

 

「私も兄様も愉しめたもの。最後なんか本当に斬られてしまうかと思ったわ。また殺し合いしましょう」

 

「さいで。そんじゃまあ、教えてくれるかな? 雇い主は?」

 

「コーサ・ノストラのヴェロッキオよ」

 

「狙いは?」

 

「お兄さんと、ロシア人のおばさんね」

 

「なるほどねぇ」

 

 簡潔に質問をして出てきた答えを纏める。この双子はヴェロッキオがおれとバラライカを消すために雇った殺し屋って事だ。過去にある遺恨は気をつけないといけないな。

 

「おう張、おれだ。ノワールだ」

 

『珍しいな、お前からかけてくるなんて』

 

 携帯電話で張に連絡を取る。ここでバラライカにかけないのは、かけようものなら問答無用でロアナプラが戦場に様変わりするからだ。

 

 そんなことおれは望んじゃいないし、その点でおれと張は共同出来る部分がある。

 

「ま、そうだな。それよりも件の下手人を取っ捕まえたぜ」

 

『もうか。いや、やっとか。と言った方が正しいか』

 

「まぁな。見つからねぇワケだぜ、下手人の卸し元はヴェロッキオだ。狙いはおれとバラライカだったってワケよ」

 

『なるほど。ヴェロッキオの奴、大きく出たな』

 

 黄金夜会の一角であるコーサ・ノストラが双子を隠していたのだから中々尻尾が掴めなかったわけだ。

 

 黄金夜会に属する二人を対象とした殺し屋の派遣。

 

 粛清されても文句は言えない罪状だ。

 

 だが粛清で大人しく終わる程、バラライカは温い女じゃない。そこからコーサ・ノストラを潰す目的でロアナプラを火の海に変えちまう事も出来る女だ。

 

 なるべく穏便に済ませるにはホテル・モスクワの介入無しで事態を収拾するのが得策なのだが、それではバラライカの腹の虫が収まらないだろう。

 

 じゃあ双子をバラライカに渡すのかと言われたらそれもノーだ。それはおれのポリシーに抵触する。

 

 それにこの年頃で殺し屋なんてマトモじゃねぇ。

 

 だからマトモに面倒見ようってのは気絶させた時に覚悟していた事だ。

 

『それで? お前さんの事だ。スマートに物事を落ち着けられるんだろ?』

 

「そのつもりだ。バラライカへの説明は任せる」

 

『一番難しい役割をやらされるとはね。オーライ、任せな。それじゃあな』

 

「ああ。今度飲みに行こうぜ」

 

『おう。またなカウボーイ』

 

 張との電話が終わってみると、男の子の方も目を覚ましていた。

 

「おう。ボウズの方も目が覚めたか」

 

「僕たちを捕まえてどうするつもりなの? お兄さん」

 

「結論から言えばな、お前さんらが生きる道は一つ。おれの庇護下に入ることだ。でなけりゃ死ぬだけだ」

 

 既にホテル・モスクワと三合会の人間を手に掛けている現状で双子が生き残る道は限られている。このまま解放したところでバラライカに殺されるだけだ。

 

「アハ、お兄さん。僕たちは死なないよ、死なないんだ。いっぱいいっぱい殺してきた。僕らはそれだけ生きることが出来るんだ。命を増やせるんだ。僕たちは永遠さ(ネバー・ダイ)。永遠なんだ」

 

「永遠なんて、何処にもありゃしないのさ。ボウズ」

 

 なにか虚しくて男の子の頭を撫でてやった。それを不思議がって首を傾げる男の子。

 

「良いんじゃないかしら、兄様」

 

「姉様?」

 

「このお兄さんならずっとずっと、愉しむ事が出来そうだもの」

 

 無邪気な笑みを浮かべながらも言葉の端々に物騒なものを感じさせる女の子。

 

「そういや、お前ら名はなんてんだ?」

 

「ヘンゼルとグレーテル、そう呼ばれているわ」

 

「物騒なおとぎ話もあったもんだぜ。んじゃ、嬢ちゃんはグレイ。ボウズはアッシュで決まりだな」

 

 即興で適当だが、双子に新しい名前を付ける。グレイはグレーテルを短くしただけで、アッシュはグレイと合わせただけだが。

 

「僕たちの名前かぁ。嬉しいね、姉様」

 

「そうね、兄様。今までの名前は単なる記号だったもの」

 

 取り敢えず二人の縄を解いてやる。

 

「んーっ。やっと自由だね、姉様」

 

「そうね、兄様。なんか胸のつっかえが取れた気分」

 

 身体を伸ばすアッシュとグレイ。それだけをみると普通の子供でしかないのだか。

 

「お兄さん、ヴェロッキオの所に行くんでしょ? 僕たちも連れてってよ」

 

「私も連れていって、お兄さん。でもその前に寄りたいところがあるの。武器の予備を取りに行きたいの。あの子(BAR)はお兄さんに壊されてしまったから」

 

「僕も代わりの斧を取りに行かなくちゃ。良いよね、お兄さん?」

 

 何故か武器を持ってカチコミに行く雰囲気になってしまっている。いや最初からそのつもりではあるんだが。

 

 苦労しそうな手綱を前に、それもまた面白いと思いながらグレイとアッシュの武器を取りに向かう事になった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ノワールからの連絡を受けた張はその内容をどうバラライカに伝えようかと考えていた。

 

 下手人を捕らえたと言っていた事から相手は本当に子供だったのだろう。基本的に女子供を撃たない主義のノワールならば生きて下手人を捕らえたのは想像に難しくもない。

 

 たった今、部下からイエローフラッグでノワールと双子の子供が銃撃戦を繰り広げ、その双子を生け捕りにして懐柔してしまったと報告が上がってきた事でその裏付けも取れた。

 

 ノワールのクレイジーさは今に始まった事ではないが、今回はそれに輪を掛けて面白い。

 

 ただそれをバラライカに伝えた所で彼女の溜飲が下がるかどうかは話が別だ。

 

 今回の騒動の発端がヴェロッキオにあると知れば、バラライカは直ぐ様兵を動員して戦闘状態に入るだろう。

 

 イエローフラッグでの件は遅かれ早かれバラライカの耳にも入るだろう。こうして自分の耳にも入っているのだから既に殺し屋の双子がノワールに寝返った事は耳に入っているのかもしれない。

 

 問題はヴェロッキオの事をどう伝えるかだ。

 

 ノワールはこの件をスマートに解決すると言っていた。つまりはもう粛清に動いていると見て間違いない。

 

 それに出遅れたバラライカの行動は如何に。それによってこちらも兵を動かすかどうか変わってくる。

 

「ホント、いつからこの街は子供向けのテーマパークになったのやら」

 

 一人の子供の為に街が動く。今はその段階に来てしまっている。あとはこの火種をどう処理するかは張の手腕に掛かっていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 双子の殺し屋をノワールが懐柔したというのは、張と同じタイミングでバラライカの耳にも届いていた。

 

 二人を身内とする事で他組織からの干渉を防ぐつもりなのだというのは容易に想像出来た。

 

 ただそれで今回の件で被った損害を無かった事には出来ない。殺し屋だったのだから雇い主が居るはずだ。そしてその雇い主の名は、ノワールが双子とイエローフラッグで人払いもしないで話していた事から自然にバラライカの耳に入っていた。いや、そうする為にわざとそうした可能性すら否定出来なかった。

 

「イタ公め。身の丈に合わない仕事を拵えたな」

 

「出撃ですか、大尉殿」

 

 バラライカの呟きに、副官のボリスが進言した。

 

「まだ判らん。コーサ・ノストラの事務所に偵察隊を派遣しろ。ノワールが動く」

 

 既に出遅れている現状、少しでも情報を集める為に偵察隊の派遣を指示するバラライカ。

 

 ヴェロッキオが事の発端だと報告を受けた時点で、ノワールならすぐに報復に動いているというのは想像に難しくもない事だった。

 

 見た目はまだハイスクール程度の子供だが、その実プロ意識を持っているのはバラライカも知っている。

 

 命を狙われたのなら狙い返すのも必然だろう。

 

 ただ今回の件の落とし前をどうするつもりなのかというのには興味のある話だった。

 

 電話が鳴る。予想が当たっていたらそろそろ掛けてくる頃だと思っていた相手だろう。

 

「私だ」

 

『よう、ミス・バラライカ。ご機嫌麗しゅう』

 

 思っていた通り張維新からの電話だった。

 

 

 

 

to be continued…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

双子騒動Ⅱ

 

 双子が匿われていたホテルの部屋に到着すると、二人はそれぞれの武器の予備を装備しだす。基本的に接近戦闘はアッシュの担当で、グレイはBARによる中遠距離担当の様だ。

 

「用意出来た? 姉様」

 

「ええ、兄様。お待たせ、お兄さん」

 

「よし。ちゃっちゃと済ませてメシにするか」

 

「そういえば僕たちも夕御飯食べてなかったね」

 

「そうね。今晩は楽しい夕食になりそうね」

 

 双子を連れてホテルを出る。向かう先はヴェロッキオの事務所だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「いったいどうなってやがるんだ! クソッ! とっとと女狐とクソガキだけ片付けりゃいいものを、余計な死人ばっかし拵えやがって! そればかりか簡単に親を裏切るたぁどういう了見だ!!」

 

 ヴェロッキオは荒れていた。デスクを叩いて額には青筋を浮かべながら。

 

 今回の件は最高幹部会を控えて焦っていたヴェロッキオが、ロアナプラでの利益拡大の為に行ったものだった。

 

 本国の幹部たちは黄金夜会という仕組みでロアナプラで身動きが取れなくなったヴェロッキオに圧力を掛けていた。早くロアナプラを落とせという命令だ。

 

 しかし本国で高級な椅子を尻で磨いている幹部連中にはこの街の事情がまるで解っていないのだ。

 

 黄金夜会は各組織間の連絡会となっているが、要は出る杭を打つ相互監視組織だ。誰もが他の組織を潰す機会を虎視眈々と狙っている悪魔の巣窟なのだ。

 

 その中でも一つ飛び抜けて影響力を持つバラライカと、過去に因縁のあるノワールを狙って、ヴェロッキオは双子の殺し屋をロアナプラに放ったのだった。

 

 しかし蓋を開けてみればヴェロッキオの予想外の事態に状況は進む。

 

 ロアナプラに双子を放って1ヶ月。標的の首を持ってくるワケでもなく人を殺す双子の殺し屋は、三合会の人間にまで手を出したと思ったら、尻尾を掴まれかけた上に、ようやく目標を血祭りに上げたのかと思いきや、その標的に懐柔されるという。ヴェロッキオにとっての死刑宣告を突き付けて来たのだ。

 

 ヴェロッキオに残された道は兵を上げてバラライカのホテル・モスクワのタイ支部を潰すくらいしかなかった。バラライカさえ潰せば、後ろだてのないノワールごときはどうとでもなるという計算だ。

 

 しかしこの事には既に三合会からも犠牲者が出ている。つまりはホテル・モスクワと三合会、そしてノワールという黄金夜会の過半数を既にヴェロッキオは敵にまわしてしまっているというのが事実だった。

 

「よう、猛ってるなヴェロッキオ」

 

「てめぇノワール! なにしに来やがった!!」

 

「なにをしに? そりゃてめぇの胸に訊いてみな」

 

 部屋の入り口には双子を連れたノワールが立っていた。

 

 なんでもないはずのクソガキが、今のヴェロッキオには死神に見えた。

 

「てめぇらもだ! 組織を裏切って、タダで済むと思うなよ!!」

 

「ウフフ、アハハハハ、どうしよう姉様。マカロニが茹で上がっちゃったよ」

 

「そうね、兄様。でもダメよ、お兄さんが良いって言ってないもの」

 

「聞き分けの良い子は好きだぜ。さてヴェロッキオ、辞世の句くらいは聞いてやるぜ?」

 

「ふ、ざ、ける、なよォ……このッ、クソガキどもがぁ。そんなに死に急ぎてぇかぁッ!!」

 

「ヴェロッキオは殺すなよ? 生け捕りにする」

 

 ヴェロッキオと部屋に居た部下たちに銃を向けられながら、ノワールはマグナムを抜き放った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 何故か寝返った双子。言うことを聞いてくれるか不安だったが、その心配は杞憂に終わった。

 

 最初にヴェロッキオの銃を撃ち落として、足を撃って動けなくしてからあとはほとんど双子の独壇場だった。

 

 現れるコーサ・ノストラの構成員たちを斬っては捨て、撃っては捨ての無双状態だ。結局10分たらずでヴェロッキオの事務所を制圧してしまった。

 

「ウフフ、あー、楽しかったわぁ」

 

「そうだね、姉様。いっぱい殺せて良かったね」

 

「まったくおっかねぇなお前ら」

 

 普通に話せはするが、常識というネジがぶっ飛んでいそうな双子の会話に頭を悩ませる。人を殺せないと生きていけない快楽殺人者か。これを真っ当にするにはどれくらい時間を要するか。双子がこうなってしまった倍の時間は覚悟している。一度身に付いた常識を根底から正そうというのだから、時間が掛かるのは承知の上だ。

 

 携帯電話を取り出してコールする。相手はバラライカだ。

 

「おれだ、バラライカ」

 

『あら、意外と早かったわね。ノワール』

 

「良く言うぜ。偵察隊張り付けて見張ってたろうに」

 

 実際に見たわけじゃないが、バラライカならそうするだろうと予測はつく。

 

『情報は命よ。それで、なんの電話なのかしら?』

 

「今回の件についてさ。発端はコーサ・ノストラだ。ヴェロッキオは事務所にふん縛って置いてある。どう料理するかは任せるぜ」

 

『あら、あなたが獲物を譲るなんて珍しいこともあるものね』

 

「もとは取れてるからな。取りすぎは良くないだろ?」

 

『そうね。まぁ、良いわ。でもそれであなたが手元に置いたガキを見逃すかどうかは別の話よ』

 

 バラライカの声が一段下がる。それもそうだ。双子は末端とはいえホテル・モスクワの構成員を殺している。ついでに言えば三合会の構成員まで手に掛けてしまっているから大変だ。張はまだ話でどうにかなる可能性があるとはいえ、バラライカはそう簡単にはいかない。

 

 これを収めるには下手人の命をもって償わせる他ない。そう易々と落ち着けるほどマフィアのプライドとは安く無いのだ。

 

 バラライカが双子を狩って終わる構図が、ノワールが双子の身柄を押さえた事で、バラライカ対ノワールの構図に切り替わった。

 

 双子を庇うのはちょっとした同情だ。

 

 訊けばルーマニアの出身で捨て子だったのだとか。そこからマフィアに売られて人を殺すことを身に付けた。でないと明日は我が身ともなれば双子は必死で人殺しを覚えるしかなかった。そうせざる得なかった双子を哀れに思った。殺人鬼になったのではない。殺人鬼になって生きるしかなかった双子の人生をだ。

 

 ただそれだけで庇う程お人好しでもない。

 

「ヴェロッキオの首と利権だけじゃ足りないか?」

 

 ヴェロッキオを生け捕りにしてバラライカへと渡すのも、ヴェロッキオの首と、失脚から溢れ出る利益と引き換えに双子の処遇を任せて貰おうという魂胆からだ。発端のヴェロッキオを差し出すことで一応筋は通せるはずだ。

 

『被った被害を考えれば足りるものね。でも何故そうしてまで庇いたてるのかしら? 同情ならつまらないから止めておきなさいな』

 

「ただの同情で自分を殺しに来た殺し屋を手元に置くと思うか? 使えると思ったから手元に置く事にした。それだけさ」

 

 図星を当てられて内心少し焦る。だがそれは表には出さない。声も表情もクールを保つ。

 

『そういう事にしておいてあげるわ。だが覚えておけ、少しでもその手綱を握れないと判断した時は容赦なく殺す。良いな?』

 

「ああ。その時は遠慮なく殺してやってくれ」

 

 バラライカとの通話が切れてほっとする。どうにかこうにか薄皮一枚で双子の命は繋げられた。

 

「お話は終わったの? お兄さん」

 

「ああ。とりあえずな。さて、メシにするか」

 

「賛成、動き回ってお腹空いちゃったわ」

 

 一仕事終えて出てきた疲れと空腹を癒すために、双子を乗せて車を走らせた。向かう先はメインストリートを北に向かった先。自宅兼事務所である。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ノワールとの通話を終えたバラライカは咥えていた葉巻を灰皿に潰す。

 

 今回の件、終わってしまえばノワールの一人勝ちと言う結果だった。

 

 この街を騒がせた二人の子供をノワールが庇う理由などどうでも良い。

 

 残ったのはホテル・モスクワと三合会、コーサ・ノストラは子供にしてやられたという事実のみ。

 

 ヴェロッキオの首と、失脚から生じる利益で今回の件を収めてくれないかというノワールの助命がなければ、バラライカは双子の命と引き換えにして汚名を晴らしていた事だろう。

 

 強行すれば双子の命くらいは取れるだろうが、むやみやたらに兵を消耗させる無能な指揮官のレッテルを貼られたくはない。

 

 嘗てノワールは遊撃隊を投入しても狩れなかった強敵だ。事を構えればノワールも出てくるだろうし、その時は此方も甚大な被害を免れないだろう。そんな被害を出して三合会やマニサレラ・カルテルにつけ込まれるのも面白くはない。

 

 故に今回は釘を刺して見逃した。それ以上問答をしても利益は無かったからだ。

 

 意図したものか、それともただ運が良かっただけか。双子は子供が収まるには最も安全な場所に収まったという事だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ロアナプラの北、ホテル・モスクワと三合会の縄張りの中間地点にあるその事務所はノワールが寝床にしている自宅も兼ねていた。

 

 その自宅のベッドでヘンゼルとグレーテルと呼ばれていた双子──アッシュとグレイは同じ天井を見上げていた。

 

「お兄さんの料理、美味しかったね、姉様」

 

「そうね、兄様。誰かの手料理なんて初めて」

 

 記憶を辿っても思い出せるのは灰色の記憶だけ。産まれてこの方純粋な優しさを受けた事のない二人は、ノワールの暖かな優しさに戸惑った。

 

 暖かな食事を振る舞い、暖かな風呂を用意して、暖かな寝床まで用意したノワールの行動が理解出来なかった。殺しに来た相手に優しく出来るその精神性を計る事が出来なかった。

 

 酒場での攻防で負けた時点で自分達の命は無いものと思っていた。それがなにを思ってかノワールは生かした。気絶する前の凄絶な死の予感は今思い出しても饒舌に尽くし難い。

 

 そしてノワールがアッシュに見せた優しさに賭けてみたくなった。自分達よりも強くて優しい者になら身を預けられるのではないかと。だからノワールの味方にグレイはついたのだった。

 

 そんなグレイの胸中を知る由もないアッシュだが、似たようなものだ。

 

 初めて優しくされた事で戸惑いながらも半身とも言える姉がノワールにつくというのなら不満は無かった。

 

「明日からどうなるんだろうね、姉様」

 

「そうね。お兄さんの言うことを聞けば良いんじゃないかしら?」

 

 今までのマフィアの犬という生活からの脱却。そこに不安はない。あるとするのなら、ノワールの優しさへの戸惑いだけだった。

 

 その優しさに対する返し方を、双子は知らなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 双子を引き取ってメシ食わせて風呂に入らせて、ベッドは一つしかないから双子に使わせて、自分はソファーで背もたれを倒して横になった。

 

「なんだぁ、こりゃぁ」

 

「ウフフ、おはよう、お兄さん」

 

 シャツは着てるがほとんど半裸のグレイが纏わりついていた。いつの間にかシャツのボタンが外されていて自分も上半身半裸になっていた。

 

「アッシュはどうした」

 

「兄様ならスヤスヤ寝ているわ」

 

「そうかい。それで、なんの真似だ?」

 

「お兄さんにお礼をしようと思って」

 

 肌を合わせてくるグレイは軟らかさよりもまだ子供の骨ばったい硬い感覚が返ってくる。

 

「ウフ、お兄さん、元気ね」

 

「朝だからな。生理現象だよ」

 

 ズボン越しに自己主張が激しい息子。決してグレイの手管に反応したわけじゃない。というよりこの程度でいちいち反応はしない。

 

「きゃっ、お兄さん?」

 

「お礼してくれるんだろ? だったら遠慮なしだ」

 

 そのまま顔を近付けていく。三つ編みの髪がはらりと垂れる。

 

「イタっ、お、お兄さん?」

 

「なんの遊びかは知らねぇがな。そんなんじゃまだまだおれは騙されねぇぜ、アッシュ」

 

 アッシュの額に軽く頭突きをしてやる。ウィッグを着けてグレイに化けていたらしい。しかしその程度の変装を見抜けない節穴じゃない。

 

「どうして? 姉様の時はちゃんと姉様なのに」

 

「年の功ってやつさ」

 

 適当に誤魔化す。前世云々言っても仕方がない。ミステリアスってのはハードボイルドに箔を付けるんだぜ。

 

 そう思っているとアッシュの両腕が首に回される。なにをすると言う前に唇に軟らかな感覚が当たった。

 

「これは姉様じゃなくて僕からのお礼だよ、お兄さん」

 

 天使のように笑うアッシュにおれは呆けて声も出せなかった。キスされたのだ。誰にだ? 目の前に居るガキにだ。アッシュは男の子だ。つまり男にされた。

 

「男にされたのは初めてだ」

 

「そう? 僕は何回もあるよ」

 

「自慢にならねぇよ」

 

 とはいえそこまでショックを受けていない自分が居る。相手がかわいい男の子だからだろうか。いや、おれにはそっちの気はないはずだ。普通に女が好きな男だ。

 

「まったく。グレイを起こしてこい。朝飯にするぞ」

 

「は~い♪」

 

 まったく。とんだ目覚めの朝になっちまったぜ。

 

「ま、うがい薬が必要な程でもねぇか」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうだった? 兄様」

 

「うん、姉様。全然騙されてくれなかったよ」

 

 寝室で既にグレイは起きていて、戻ってきたアッシュを出迎えた。双子に明確な境界線はない。どちらも兄でどちらも姉なのだ。だからこれはちょっとしたいたずらだったが、それは見事に失敗に終わった。

 

 すなわち自分達を軽く捻る力に加えて見抜く実力を兼ね備えていることに間違いはない。

 

「良いよ姉様。僕もお兄さんの言うこと聞いてあげる」

 

 ノワールの優しさに賭けてみたグレイと違って、アッシュはノワールに懐疑的だった。でもそれももはやどうでも良かった。兄であり姉でもある。だから姉の部分で理解してしまったのだ。彼に身を寄せても良いなと。

 

 

 

 

to be continued…



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。