私たちは夢と同じもので形作られている (にえる)
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アイアンマン(完)

あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )
Ah ah ah ah ah ah ah ah ah ah ah ah ah ah Aa! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! (Buriburi Buriburi ~Yu Ryu Ryuryu Ryuryu !!!!!! thingy Chichi Bububu Chichi Chichibu Lily rib Bububu c c c c ~Tsu ~Tsu ~Tsu !!!!!!!)
Ах, ах ах ах ах ах ах ах ах ах ах ах ах ах Аа! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! (Buriburi Buriburi ~ Ю. Рю Ryuryu Ryuryu !!!!!! штуковина Чичи Чичи Бубубу Чичибу Лили ребра Бубубу c c c c ~ Цу ~ Цу ~ Цу !!!!!!!)
ど゛う゛し゛て゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛


 

 --1

 

 プラズマ技術の極みとも表現できるアーク・リアクター。

 マニアの中ではアイドルみたいなものである。

 HENTAI寄りのオタクともなると人間よりアーク・リアクターに興奮するのだとか。

 何言ってんだって感じだろう。

 俺もそう思う。

 プラズマは色があまりにも美しいのは当然だ。

 美しいの概念とも言える。

 美しさで人間が敵うわけない。

 引き合いに出す対象は人間ではなく、プラズマの中身とその結果の色だけ。

 なぜ人間と引き合いに出したのか、そこがわからない。

 神を人間と比べるのか。

 比べないだろう。

 つまり、そういうことだ。

 わからんけど。

 

 そんなわけでアーク・リアクターの研究がしたくて海を渡り、彫刻で生活費を稼ぎながらスターク・インダストリーズに半ば無理やり押し入って、論文をぶち込みまくった。

 その結果なのかわからないが、社長であるトニー・スタークの私設的な助手として働くことになった。

 世界でも有数の大企業を操る天才のお膝元で仕事とか成功者でごめんね!!!(アヘ顔ダブルピース)

 ちなみに論文はトニー直々に赤ペン先生が成され、「君には全く才能が無いねあは~ん」って感じで手渡しされ続けた。

 あは~んとは言ってもないし、書いてもなかった気がするけど。

 

 普段の仕事は脳波で動く機械をテキトーにでっちあげることで、かなり不本意であるし本業でもない。

 それとボスのトニーが行っている研究で出てくる雑用を片付けて、円滑に作業が進む様にする。

 ボスが女遊びでパパラッチが湧きそうなときにライバル会社の不祥事を流して相殺させることもあるが、結構ほっといている。

 あと一番めんどくさいのが、ボスがいないときに副社長に「君の腕を買ってるが医療では不十分だ。兵器も作ろう」と誘われるので「邪気が来た!!! 全身をセンシングして簡易検査できる装置をつくりゅ!!!! 微弱な電気に反応するセンサーもつくりゅ!!! バイオセンサーもつくりゅ! 万能マニピュレーターもつくりゅ! 脳波で動かせる機械もつくりゅ!!! アーク・リアクターもがんばりゅ!!!! 自動でうんうんでりゅ!!!! 終わりがねえ!!!」と絶頂して華麗に躱す仕事もある。

 

 個人的に自動でうんうんでりゅ!!!が最難関だと思っている。

 人工的に作る消化管があまりにも難しく、その最後である肛門の凄さには人体の神秘を見せ付けられた気分だ。

 たぶんあらゆる研究を終えてたどり着く技術の極みな気がする。

 そもそも機械化のみで臓器を作ろうとしている俺は狂気の科学者すぎる。

 完成させたら好きなだけアーク・リアクターの研究してもいいぞって言われたが、おまえ頭トニーなの????

 俺に指示出してるのがトニー・スタークだから頭トニーなの当たり前でしたね。

 まあ研究の方針を決めてるのは俺だけど。

 俺が好きでやってるから仕方ないけどしんどいジレンマ^q^

 

 この研究が終わったら俺、アーク・リアクターを小型化させる研究に取り掛かるんだ……。

 

 

 

 ジェリコを完成させたぞいえーい、とノリノリなトニー。

 ミュージックをかけて踊り出した。

 ジェリコとは超凄いミサイルだ。

 どのくらい凄いかというとわからんが超凄いらしい。

 俺は全く触ってないからわっかんねーわっかんねー。

 エネルギーを空中に発射する的な感じである。

 俺もマニピュレーターを作った。

 操作の関係で俺しか使えないけど、画期的な発明である。

 見せたい相手が行方不明だけどな!

 

 はぁ……^q^

 

 

 

 

 

 --2

 

 ジェリコをアフガニスタンに披露しに行く予定だとか。

 ちなみに出発時間は1時間前。

 出発時間の1時間前ではなく、出発時間が1時間前なのが要。

 そういう大味なところ、悪くないと思う。

 2人で車をいじってたら女秘書のポッツさんがカリカリしてるんだか上機嫌なんだか期待してるんだかわからない感情とともに現れた。

 出発時間すぎてるから早く行ってねトニーってことらしい。

 それな。

 ちなみにポッツさんの誕生日だけど、忘れてたっぽい。

 俺? 俺はプレゼント渡したぜ!

 久しぶりに彫刻した、マニピュレーターで。

 伊達に彫刻で生活してたわけじゃない出来だった。

 そんなわけで「さあ、行くぞ」と助手席に乗せられて出発した。

 

 俺関係ないやんけ! 財布すら持ってないんやぞ!

 

 トニーが運転手とカーチェイスを楽しんでた。

 俺は車酔いでぐったりしながら、治安とか悪いから気を付けるようにとだけ伝えた。

 トニーはささっとジェットに乗り込んで飛んで行ってしまった。

 俺は帰国予定日まで宿泊施設で待機である。

 どんな扱いなの……。

 

 

 

 敬愛すべきトニー・スターク、行方不明。

 新兵器を披露しにアフガニスタンに出張に行って、予定日を過ぎても帰ってこない。

 いや、まあ、よく女性と遊んでて帰ってこなかったりするわけだが、家出ではないと思う。

 今回は違う、たぶん。

 向こうの女性と過激な一夜を過ごすぜ、下半身のテロリストだぜ、みたいな展開ではないはずだ。

 大人のジェリコ(意味深)とかでは流石にないはずだ。

 治安悪いからさっさと帰って来るように言い含めているし。

 宿泊予定が過ぎたので締め出された俺は悲しみを背負ってホームレス。

 高級車で十分な時間カーチェイスした距離を歩いて帰るとか、死ねますねこいつは。

 

 這う這うの体で帰宅。

 生体認証でカギを開けて中に入るも、トニー製の超凄い人工知能ジャーヴィスくんが絶賛機能停止中である。

 トニーがいないからセキュリティが万全って確認できて良かった(白目)

 完全に停止はしていないが権限がないから立ち上げができない、動かせない、何もできない、と悲しみの連鎖。

 何が問題って、家の機能が死んでるってことになる。

 電気点けるのすら手間でつらいです……。

 

 

 

 

 超凄い兵器を直接売りに行ったらテロリストに攫われたらしい。

 らしい、というのが俺の権限だと全然情報が手に入らない状態になっているからだ。

 まだニュースにはなっていないが、予定日に帰ってこないし、人工知能のジャーヴィスが使えないし、マスコミも動いてるし、秘書のペッパーが挙動不審だし、副社長が「兵器作りたくなった???」って誘ってくるから、まあ、そういう事態なのだろう。

 俺も「はあー? おまえら頭オバディアなの???」とキレそうになるが、押しとどめる。

 ここで怒ったら俺こそ頭オバディアになる。

 頭オバディア?

 ハゲってことさ。

 テンパって眠れない日々が続くけどボクは元気です^q^

 

 

 

 仕事にならないから本社に行っても「社長は仕事で留守です、帰ってください」みたいな。

 いやいや、そんなこと知らんがな。

 あ、知ってるけどそういう事情は知らんっていうか。

 そもそもお前は俺のこと知らんのか。

 あ、知らないんですか。

 なんと奇遇な。

 俺はお前を知らない、そしてお前は俺を知らない。

 ふふ、初対面で意気投合したね……(トゥンク)という感じで情報がシャットダウン!!!

 これはあれだろうか、相互理解が深まってないから信頼も無く、互いに触れ合える距離にいるのに分かり合えない状態。

 わかりやすくすると「深淵を覗く時、暗くてよく見えないのだ。そしてまた深淵側からも逆光であなたの事がよく見えてないのだ」という状態だろうか。

 スタークインダストリーズ、それは権力の魔窟、暗すぎて見えない深淵、まぶしすぎるアーク・リアクター、押しかけすぎて立ち入り禁止になりかけた施設……。

 

 「会社の衛星とか軍事衛星をちょっと使うだけだしいいっしょ?」と妥協案を出しながら抗議していたら、それを見かねた副社長が「あまり大きな声では言えないが、トニーは気の毒なことになった」と言ってきた。

 まだ気の毒になどなっていない。

 事実確認も済んでない。

 つまり死んでいない。

 確かに生きてるかもわからない。

 そもそも死んでたら生き返らせればいいのでは。

 というかアフガニスタンという箱の中でシュレディンガーしてるだけだ。

 トニーは猫だった……?

 そしてオバディアはタチだった……?

 「箱を覗く時、トニーは猫に見えるのだ。そしてオバディアからもスタークはよく猫に見えるのだ」ということだ。

 つまりお尻オバディア。

 はあーこっわ。

 辞めたら兵器開発。

 もしかして兵器は日本語のひらがなにすると『へいき』だ、そして変換すると『平気』となる。

 だからなんだっていう。

 お尻平気にする薬でも作れって言うのかああん!!!??

 お前のでかいお尻こそ兵器だぞおるぁぁぁん!!!???

 

 トニー生存説に重みを持たせようとしたらお尻オバディア説になった元凶から「彼の跡を継がないか?」と言われた。

 トニーの意思……そう言われて思い出した。

 秘書のポッツさんにはお尻オバディア理論は語らないようにして封印しないとな。

 あ、そうじゃなくてトニーの意思だ。

 トニーは兵器に反対していなかったが、立派な人だった。

 毎食ご飯をご馳走してくれたし、ドライブも趣味だから車に乗せてくれたし、自分もやるからってゲームもめちゃくちゃ買ってくれたし、TRPGに付き合ってくれるし、線香花火我慢比べもやってくれるし、大人の遊びを教えてやろうと言って家を二軒も買って自然エネルギーで発電するようにしたのと通常の家を比べて自然発電の微妙さを感じた後に新兵器で吹っ飛ばしたり、よく考えると身の回りの品とか全部買ってもらっていたし、そもそも支払い用のカードを渡されていて全部クレジットを出してくれていた。

 俺は代わりにジャーヴィスの劣化コピーみたいな人工知能で作ったバターフィンガーというロボットアームを送ったくらいしか記憶にない。

 それのお返しなのか、俺が好きだったけど潰れた駄菓子会社を誕生日プレゼントとして復活させてくれたりした。

 ……なんやトニー、良いところだけ列挙すればめっちゃいい人やんけ!!!

 

 僕が考えた超強い兵器を用意すれば戦意が無くなるから平和でVやねん! と星になって草葉の陰から見守ってくれているだろう。

 Vやねん! と言ってたのは俺が暇つぶしに見てたネットかもしれないし、星になっているのと草葉の陰にいるダブルトニー理論。

 兵器開発を肯定するトニーは前門、中央にオバディア、後門にトニー、つまり挟み撃ちの形になるな……。

 そんな現状が嫌で俺は否定派だった、というか何も考えていなかったが、死に易い科学者は基本的に兵器に手を出してる気がするから近づくのを辞めていてた。

 そうだ、トニーは兵器に関して肯定派で、俺は否定派だった。

 

 「兵器部門に来ないか?」と誘う副社長の言葉を無視し、アーク・リアクターをちらっと見る。

 プラズマに関しての超絶技巧の極致とも言える、半永久的に発電できる動力的なサムシングで、水素を供給しとけばガンガン発電してくれる熱プラズマ反応炉という凄いやつだ。

 水素なんて空気中から取り出せるくらい安価なもので、凄まじい発電量を得られるのだから半端ねえぜ!

 まあぶっちゃけ巨大だし色々とお金がかかるから小型化したいけど上手くいってない凄いやつだ。

 見ての通り、会社のみならず近隣の街に電気を供給している。

 

 アーク・リアクターの開発理由としては「好き勝手研究してんじゃねーぞ女好きが!」という罵倒があったかはわからないが、そういう批判を抑えるために、トニーのパッパであるハワード氏が「ちっ、うっせーな、こんな完璧なもん出来たんだから黙ってろダボが! そんなんだからヒステリックな女としか結婚できねーんだよ!」という返事があったかはわからないが、そういう感じで反論するために作った物だ、しゅごい。

 作った後は「頼まれた仕事があるから急がしくて質疑応答には答えられません、雑魚ども」と言ったかは知らないが、表舞台から徐々にフェードアウトしていってお隠れになった。

 

 まあ、そういうわけで、それはあまりにも巨大で、あまりにも美しく、そしてあまりにも巨大だった。

 技術関連の諸事情でここまで巨大になったというドジっ子みたいなところも花丸をあげましょう。

 小型化できたら超凄い。

 世界のパワーバランスとか握れるというくっそどうでもいい事象を起こせるくらい凄い。

 あとプラズマのマニアが大興奮。

 「誰が開発しても一緒や。誰が、開発しても。じゃあ、俺がぁ! プラズマでぇ! アークリアクターをォンフンフンッハ、コノ、コノスタァアアアアアアアアアァン!!!!!!  アゥッアゥオゥウア゛アアアアアアアアアアアアアーーーゥアン! コノリアクタァァァァ……ア゛ー! コノリアクターヲ…ウッ…チイサクシタイ!」と最新ロボット、先行者君に代弁させる。

 俺を仲間にしたいなら「あたりまえだあああああ!!!(どんっ!!!)」というくらいには熱い勧誘が必要だ。

 オバディアの反応を伺ってみたが、こいつはダメですね(諦め)

 先行者君にしか興味がないようだ。

 シンプルな骨組みと超シンプルな動力しか中身に入ってないのを誤魔化すために、風船のようなボディで覆っているハイパーロボだ。

 このロボットはベイマックソです、私の心と健康を守るために(誤魔化しを)サポートします。

 

 日本語でベイマックソなんてとんでもない名称だが、英語だからセーフ。

 俺が作ったしょうもないアーク・リアクターもどきを動力としているのでホントは暴発させて、その騒ぎに押し入って衛星を使うつもりだったが流石に無茶がすぎるので中止とした。

 

 ベイマックソ(先行者君)を俺が開発した新たな(対トニー腹筋破壊)兵器のサンプルとしてオバディアに渡すと、興味はそちらに移ったようだった。

 「私はこういった物しか副社長には作りませんが、よろしければ今後も協力しますよ」と握手すると、満面の笑みと褒め言葉を尽くされた。

 「君の能力なら絶対に向いている、いつでも我々は手を取りあえるだろう。これは部下に見せても?」みたいな感じだったので「もちろん、好きにしてもらっても全く問題はありませんよ。私たちの仲みたいにね」と返答した。

 俺の能力ならベイマックソ in 先行者君くらいしか作れないというか、兵器を作るくらいならアーク・リアクターを小型にするほうが優先というか。

 

 そういうわけで、俺も一応実績があるからね、ゴミを兵器って言って渡したら凄い物のように思ってしまうかもしれない。

 先入観は怖いっていう実例になるというか。

 フランス料理のシェフが前菜として加工したチキンラーメンを出して来たら高級料理だと信じてしまう、そんな現象だ。

 レッテルってこっわ。

 俺が兵器部門で働いててベイマックソ feat.先行者君を渡されたらブチ切れると思う、カレーを突いたらうんこが出てきたカレー味のうんこというかうんこ味のカレーみたいなものだし。

 それはそれとして満足したので帰ろう。

 じゃあの。

 

 他人が作ったカレーに擬態したうんこ味のうんこを、味を盗んでくれと自分の料理人に見せる姿……ちょっと見てみたかったので最後まで付いていけばよかったかもしれん。

 

 

 

 

 

 アフガニスタンに行くことを決めたのはいいが、何をすればいいかを考えていなかった。

 なので準備のために予定を立てようとした。

 観光に行くわけではないのでまずアフガニスタンの軍に出向き、トニーの友人に助けてもらう。

 そうなると、そもそもアフガニスタンのどこ空港に行けばいいのかってことになった。

 トニーの行方不明地点や捜索する軍の拠点がわからない。

 本社に行って調べようとしたら部外者扱いで何もわからなかった。

 まあ部外者ですけど。

 それなら手段を変えるだけだ。

 いつだって俺はクールでスマート。

 喰らえ、先行者スパイ!!!

 (ナレーション「説明しよう! 先行者スパイとは! 先行者内部に搭載されたスパイロボットを発進させることでいい感じに情報を集めるのだ! また先行者を基地局として脳波コントロールができる! これは脳波が特別に強い俺にのみ許された必殺技である! ぶっちゃけ無茶苦茶高価なのでブルジョアのトニーの下でしか使えない! 稼働範囲もクソ狭い! 未完成の技術!」この間約10秒)

 オバディアが手を回していて、俺には全然情報を回さないようにしていて本社では何もわからないってことがわかった。

 オレ、アイツ、キライ。

 情けは人のためならずって言葉を知らないのだろうか。

 他人に優しくしたら巡り巡って自分のためになるという古からのルールだ。

 私生活や性格はクズっぽい上司はテロ、うんこ味のうんこを渡す俺は情報封鎖、うっ、頭が……昔からの言葉とか現代は色々変わってて宛にならないってはっきりわかんだね。

 

 

 

 

 

 軍の会見やニュースでトニーが拉致られた情報が垂れ流され、徐々に消極的になっていく。

 武装勢力によって襲撃され、その後は行方不明という情報が更新されることもない。

 遺体も無し。

 生きているに違いない。

 映像などから襲撃された場所を割り出すことは出来たが、それだけで膨大な時間を浪費してしまった。

 結局、軍が捜索しているのだから場所を割り出すのではなく、実行犯を探すべきだった。

 ぐおおおお、思考が乱れる!!

 ぶっちゃけ寝てなさ過ぎてまとまんねえ!

 ダメだ、考えられない!

 もういいや!

 思いついたことをやってゴールを目指す……!

 一番の近道は遠回りだった、遠回りこそが俺の最短の道になるんだ……!

 俺は止まらねえからよ……!

 

 

 

 

 

 --3

 

 巨大なアーク・リアクターに3秒クッキング用のマシンを接続していたら、トニーが出社した。

 「君は行方不明になっていたトニーじゃないか!?」って感じだった。

 本社かアフガニスタンをクッキングして無人機をぶち込んでなんやかんやいい感じの流れにしようと思っていたが、無駄になったようだ。

 俺はまだ一般人でいられる……! ヴィランにならないで済むだなんて、こんなに嬉しいことはない……!

 

 料理を受け止める緩衝剤しか完成してないので危険物と呼べる部分は一切なし。

 材料を飛ばす砲台をアーク・リアクターから外すの手伝って☆と、アフガニスタンから帰国しこれから会見に向かうトニーに頼む。

 自分で言うのもなんだけどやり過ぎてしまった感じが凄い。

 人間だけを殺す機械ってやつだ。

 アーク・リアクターを利用したおぞましい推進力と威力を発揮しながら、成人男性を狙って、ジェリコ内部の小型ミサイルが飛んでいく予定だった。

 まだエネルギーチャージしてなくて良かった。

 

 取り外しに成功したので、苛立ちながら用途を聞いてきたトニーに「テロリストを3秒クッキングしようとした」と答えると辞める様に言われた。

 俺だって殺戮したいわけじゃないのでトニーが帰ってきたからやめるってばよ。

 緊急の会見があるのだとかで「絶対に見ろ」と言い残し、忙しそうにトニーが車に乗り込んでいった。

 眠いけどしゃーない。

 ああーアーク・リアクターの光に包まれて横になっちゃうとか頭がフットーしそうだぜおらぁ。

 

 ……横になるのとか超久しぶりすぎる^q^

 

 泥に塗れたように重い身体のまま手持の端末を持ち上げてテレビを見る。

 うごご、全身が痛い……。

 とりあえずボスが「兵器製造を中止する」と宣言したのだとわかった。

 うん。

 ……うん?

 拉致られた時のショックが大きくて頭がおかしくなったとか……?

 それとも、インドに旅行に行くと世界観が変わるって聞くが、それの亜種とか?

 実際危ないし、自国にだけ兵器が流れるってのもあり得ないからそういうものか。

 アメリカの兵士を守るための兵器で、逆に殺されるのを見たのだとか。

 

 その後は戻ってきたトニーに起こされ、チーズバーガーを渡された。

 冷たいし肉もめっちゃ硬いんですがこれ。

 会見前に買って食べた残りらしい、お腹こわさないよね……?

 オバディアがめっちゃ見てくる。

 チーズバーガーがそんなに食べたかったん?

 

 チーズバーガーを齧りながら二人の会話を聞く。

 株価が下がるらしい。

 ふーん、なるほどね(←わかってない)

 原理だけわかった(←わかってない)

 後で株を買っておこう(←わかってる)

 

 要約するとテロリストが会社の兵器を使っていて、危ないから兵器製造を中止するのだとか。

 まあ、試しにやってみてダメなら方向転換するから問題ないと思うけど。

 

 ……ダメならするだろうけど、上手くいったらどうなるのか全然わからん。

 それはそれとしてオバディアの反応が悪いと言うか悪感情すら感じる。

 反応が渋いオバディアを見かねて、トニーが胸元を開いた。

 色仕掛けか? 残念だけど俺はヘテロだから女の子のおっぱいじゃないと満足できねえぜ?

 やれやれ、とため息を吐きながら目線を向ける。

 もしや……。

 目線で問いかければ、意味深な笑みと頷きが返ってきた。

 

 嘘だトニー! こんな、こんな、凄すぎるけど残酷だぜ!!!!

 俺が作りたかったぁあああああ!!!

 でもしゅごい!!!!!

 身体は正直になっちゃううううううう!!!!

 目が離せないいいいいいい!!!!

 

 どう見てもトニーが……色っぽい!

 この社長……すけべ過ぎる!!

 上を脱がせろ、いや…全部だッ全部脱がせろッ!

 ちょっと見ない間に急に……いい男になったな?

 

 Fuooooooooooo↑

 

 あ、あのどう考えても小型化できなかったアーク・リアクターが小型化してるうううううううう!!!!!

 しゅげええええええ!!!!

 勝てない……!

 巨大なアーク・リアクターを背にしながら、胸には小型のアーク・リアクター。

 おいおいおい、神は死んだわ。

 むしろ神が誕生したのか。

 俺は生まれて初めて心の底から震えあがった……。

 真の恐怖と決定的な美しさに……。

 感動と悔恨に涙すら流した……。

 ぶっちゃけトニーの開発した技術は凄すぎてよく感動する……。

 リパルサーもマジキチってた。

 頭痛がする……。

 は……吐き気もだ……くっ……ぐう……。

 な……なんてことだ……この俺が……気分が悪いだと?

 この俺があのアーク・リアクターに思考を破壊されて……立つことが……立つことができないだと!?

 ぶっちゃけそろそろ寝ていいですかね。

 

 そろそろマジやべーよ眠気と興奮で脳みそ吹っ飛びそう^q^

 

 

 

 

 

 --4

 

 (お好みで選べるBGM:プロジェクトX、プロフェッショナルの流儀、大改造ビフォーアフター、情熱大陸、キューピー3分クッキング、サザエさん、UC)

 

 

 

 ――総勢二名と愉快な仲間たち(内訳:演説するトニー、よく寝たため元気な助手、人工知能、ロボットアーム3本)の世紀のプロジェクトが幕を開けた……!

 

「アーク・リアクターを動力源にしたスーツを作るつもりだ。すぐにでも改良に取り掛かる予定だが、参考として今の発電能力は3ギガジュール毎秒だ」

 

「毎秒3ギガ! 原子炉が2機、古いのなら3機は必要ですね! プラズマ源には何を使ってますか?」

 

「ジェリコから取り出したパラジウムだ。見てくれ、これが脱出の際に急造したアーク・リアクターとパワードスーツ。分解した兵器などから組み合わせた。15分の稼働を予定していた」

 

 トニーが作業机に似たコンピュータを操作すると、緑のラインフレームで描かれた設計図が立体ホログラムで投影された。それを横から回転させながら眺めながら質問する。

 ざっと思いついたことを聞き終えると、自然とため息を吐いていた。驚愕と感嘆の念が入り混じったため息だ。

 よくもまあ手作りできて、しかも使えた物だと思うくらいには、とてつもなく雑だった。だが内部に組まれた技術の素晴らしさは結果が示している。

 

「うーん、これで変換効率がほぼ4割というか、3ギガだと4割超えですね。はっきり言って頭おかしいです」

 

「天才だからとしか言えないな」

 

「あ、そっすね。稼働時間はもっと長そうですけど、もしかして着心地が? 熱がスゴいとか」

 

 設計図から想像するしかないが、十分な部品が無い中で組んだパワードスーツだ。どうもスタークインダストリー製の兵器を元にしているようだ。他社製だったらパーツに粗品が混ざりすぎて爆発してたかもしれない。兵器をばらした不揃いの道具に、人類の叡智とも言える供給源は過剰すぎる。

 排熱よりも兵器を焼いたときに炎に塗れて死にかけたらしい。何やってんだ……。

 

「普段着にするには硬すぎたし、私という中身を焼くのに効率的過ぎた。とてもじゃないが脱出以外には使おうとは思えない。最後には空を飛べたが着地とともに分解だぞ」

 

 未来を先取りしたハイテク技術と、世界の隅っこの洞穴で雑に管理されたローテク技術の融合。ハイテク技術のアーク・リアクターが比較できないほどに凄まじすぎた。取り出すエネルギーも莫大で、調整するにも環境が許さない。結果はエネルギーロスを垂れ流しながら動ける超凄いオーブントースター。

 あ、違うか。パラジウムが限界を迎えるのかな。水素を出し切ってしまうためか、パラジウムが脆化してしまうのか。曝され続けるからかってのはわからないけど。供給量とかどうやって調整してるんだこれやっぱ理解できない……。

 トニーは飛んで逃げたと気軽に言うが、どう考えてもロケットを背中に括るか、ひっついて飛んだ精度だ。姿勢制御も気休めにしかならない程度だろう。飛ぶというより射出だ。

 何か重大な物事が起きたらトニーに全賭けしてもいいくらいには強運というか奇跡的というか。

 

「私はリアクターを作る。ナズにはインターフェースを作って欲しい」

 

「あー、ロボットみたいな操縦するやつですかね。レバーとボタンは何個にしますか」

 

「いや、もっとシンプルな形があるだろう。脳波だか感応波だかで動かしていたじゃないか」

 

 トニーの視線の先にはベイマックソの姿が……!

 いや、ベイマックソではなく、内部の先行者だろうけど。

 

「ちょっと考えてみます。ところで、なぜ胸にアーク・リアクターを?」

 

「……宗教上の理由だ」

 

「宗……教……?」

 

 信仰宗教や趣味嗜好の関係でプラズマボールを肌身離さないとかいう人がいたような、いなかったような。

 いや、毛色が違うか。

 実はカラータイマーとか?

 

 

 

 

 

 ――助手にリアクターはまだ早い……!

 

「ところで、俺もアーク・リアクターの作成に関わりたいんですが」

 

「材料をガラクタから洗練させるだけだぞ。私の手足の代わりに雑用してリアクターを作りたいなら構わないが。……嫌そうな顔をするくらいなら任せた仕事をするんだな」

 

 諦めた。

 アカデミックなドリンクバーのミックスがしたいんだ。

 だが、今だけだ。

 俺は何度でもリアクターに挑むだろう。

 そう、何があろうとも!

 何度でも!

 

「それはそれとして、これって完成させて大丈夫なんですかね」

 

「何がだ」

 

「悪用されたらチョーヤバーイ」

 

「使うのは私だけ。そして私なら上手く使える。何か問題でも?」

 

「あっはい、無いですね。じゃあやっちゃいましょう」

 

「私はリアクターを作ったら空軍基地に行って話してくる。後は任せた」

 

 

 

 

 

 ――気遣いのできるAI……!

 

「どうだ? 完成したか?」

 

「まだです。無理です」

 

 表情には出さないがしょんぼりしたトニーが帰ってきた。しょにーだ。

 理想は直観的なUIというよりも、マジで直感で動かすUIということで、難所が多すぎる。

 俺だけでスパコン何個使っているのかってレベルでジャーヴィスに演算させまくってる。

 

「私は完成させたぞ、どうだこの輝き」

 

「悔しいけどマジでしゅごい」

 

 トニーが此れ見よがしに、胸元で輝く新型のアーク・リアクターを見せた。

 あらゆる面で洗練されてる。

 研究は努力とセンス。

 努力は研究として世に公開する理論だとかを組み立てるときにデータとして積算する。

 逆に言えば残す気が無いのならばメモ程度でいい。

 自分がわかればいい程度にジャーヴィスに残しているのだろう、かなり省略しても構わない点だ。

 そしてセンスは見ただけではっきりわかる。

 繰り返すことで見える職人的なさじ加減などが必要となる部分を膨大な知識と天才的な頭脳、有り余るセンスで解決している。

 マジでしゅごい。

 スパコンで計算する部分とかジャーヴィスで補助させているとは言え、脳内で解決している節がある。

 ぶっちゃけ頭おかしすぎる。

 

「それで? 問題点は?」

 

「星の数ほど。トニー・スタークのスキャンダルよりは少ないですが」

 

「それなら全くないな」

 

「あ、はい。解決できそうに無いのが大きく2つほどで、それらが絡み過ぎています。思考を読みとるには脳から出る信号が弱すぎるし、読み取れても判断するにはAIが幼いので気遣い(・・・)できない。残念ながら技術が一切追いついてませんね」

 

 現状までの報告を流し読みながら、トニーが時折ドヤ顔でアーク・リアクターを見せ付けてくる。

 ぶ、ぶっ殺してぇ……。

 

「解決策は考えていると思うが、実現できそうなのは?」

 

「脳に電極ぶっ刺して薬品漬けにして脳波を強くしたら幾らかは解決しますよ」

 

「私を拘束していた連中より酷……酷くもないのか?」

 

 苦い顔をしているトニーに、どんな環境にいたのか微妙に気になる。

 微妙なので聞かなくてもいいか。

 

「いきなり人間だと奇跡が起きない限り成功しないので、動物をたくさん使わないといけませんね。明日からケンタッキーが材料に悩まなくてもよくなりますね。もしくは小動物を呼び出すハーメルンの笛みたいなのでネズミを呼んで試すとか。ひとっ跳びに猿でもいいですが、山からいなくなってパパラッチが駆けつけますね。パパラッチは見た、噂のスタークはやはり気を違えていたのだ、みたいな。動物を用意しているうちにプラズマ焼却炉でも作っときますか」

 

「ダメだ。狂気に狩り立てられる予定はないぞ」

 

「冗談です。最善なのはジャーヴィスに補助してもらいます。これはあらゆる問題を解決する冴えたやり方ですよ、ただ一つを除いてですが」

 

 ジャーヴィスによる補助で想定される報告を空間に投影する。

 トニーが凄まじい早さで読み込んでいる。

 見た様子では問題が無さそうだ。

 

「私としては問題は無いと判断する。で、解決できないただ一つとは?」

 

 ジャーヴィスに問題はない。

 トニーと過ごし、成長したAIだ。

 その積もり積もった情報を元にした気遣い(・・・)は尋常ではない。

 ジョークに存在するブロンドヘアーを置き去りにし、大して仲の良くない人間程度では太刀打ちできないレベル。

 微弱な脳波パターンからも生まれたてのAIには出来ない、繊細な補助などを判断できるだろう。

 最初は難しいだろうから経験値を積ませる必要があるけれど。

 

 

 

 そこで生じたたった1つの問題とは……

 

「俺の費やした時間が霧散します。結構寝てない。1日6時間しか」

 

 致命的な問題だ。

 それだけ削った時間が無駄になる。

 許されるだろうか。

 いや、許されない。

 

「ジャーヴィスを使おう」

 

「えっ……。実は俺はロングスリーパー、10時間寝たいところです。今からジャーヴィス用にするとまた徹夜が待ってます」

 

「もうスーツを作る段階に入るがいいのか。アーク・リアクターが動力だぞ?」

 

 結局俺の睡眠時間が犠牲になったぞぬわー^q^

 

 

 

 

 

 ――男の浪漫!

 

「とりあえず設計図を描いた」

 

「これ、もしかして空を飛ぶのでは……」

 

「当たり前じゃないか。男の浪漫だろう?」

 

「いや、俺は高所恐怖症なんで」

 

 パワードスーツを着るのはいいけど、緊急時以外では空を飛びたくない……。

 技術面よりも精神面の意味で怖い……。

 「そうか……」としょんぼりしたが、わかりあえないのでしょうがないね。

 

「ところで、リパルサーを積むんですね」

 

「それで空を飛ぶ推力を生むからな」

 

「あー。酸素混ぜてぶっ飛ぶ感じですか」

 

「言い方は悪いがそうだ。同じように手からは反応させてプラズマを出す」

 

 それなら高温の炎とかに近いかもしれない。

 アーク・リアクターから直接引いたエネルギーを収束させればビームにもなるだろうけど、1センチの鉄板抜くのに2ギガジュールくらい必要だろうか。

 今の段階だと先に手が焼けるから無理か。

 

 

 

 

 

 ――数万ピースのパズル!

 

「各地の工場から取り寄せたパーツを組み合わせたり、足りないパーツを手作りだなんて、まるでパワードスーツのパズルみたいで素敵! 頭おかしくなる!」

 

 なんと初回ならパワードスーツのネジが380円!

 全数万回の購入で君もパワードスーツを手に入れろ!

 みたいな。

 アーク・リアクターもジャーヴィスもないからガラクタだけど。

 

「実際に機能することを確かめたらジャーヴィスに任せるから安心しろ。設計図を引けばすぐだ」

 

「部品を作る装置や装置を作る装置を生み出せる超贅沢な3Dプリンターみたいだぁ……」

 

「作業はそんなにかからないだろう。……ほら、違う、もっと上だ」

 

 疲労を抱えながらも頑張る健気な俺。

 ロボットアームと遊ぶ上司。

 

「俺なんて腕をさらに4本分動かしてますからね……」

 

 4本のマニピュレーターを見せ付ける。

 疲労も4倍(ゆで計算)

 

「手が多いのに私とほとんど作業速度は変わらないように見えるが」

 

 ソフトウェアの違いをハードウェアで補っているだけだから、そうやって現実をまざまざと見せつけるのやめて!

 しかも動きの悪いロボットアームとコンビで作業して同じ速度とか死んでしまいます……。

 

「補助輪でもつければいいじゃないか。AIとか」

 

「今育ててる途中なんで……」

 

「そうか。なら頑張るか辞めるかだ。辞めたら作業していないのに共著してやろう。……いや論文などは出さないが」

 

「それは情けなさすぎるんで頑張ります(震え声)」

 

 俺の戦いはこれからだ……!

 ブドウ糖ください^q^

 

 

 

 

 

 ――見よ! これがピザハンドだ!

 

 玩具で遊んでいた俺たちに冷ややかな視線の女秘書ポッツさん!

 そこに苛立ったオバディアがニューヨークからエントリー!

 感覚的に役員会がこじれたらしい!

 そして俺は3秒クッキングマシーンを作っていた!

 

「ピザ食べるか?」

 

「食べます。あ、うまいですねコレ。冷えてますけど」

 

「ニューヨークから来てくれたアイドルだからな」

 

 3秒クッキング装置にリパルサーの砲台を設置し、後は材料をそろえるだけだ。

 苛立ったトニーが砲台の角度を調整している。

 話したいことがあるらしい。

 目で促す。

 

「今の方針を気に入らない役員会が私の解任を要求してきた。軍事産業に戻すべきだと。オビーにアーク・リアクターの提供も。考えられるか? 株価が40ポイント下がった程度で。……いや56ポイントだが」

 

「あ、俺は株を買いましたよ」

 

 アーク・リアクターへの発言権が欲しかったし、割引セールがちょうど始まって良かった。

 小型化できたので、巨大な方にも注目が集まる。

 解体だなんて言いだされたら困る。

 手作りしろ。

 

「やるじゃないか」

 

 握手を求められたので応える。

 喰らえ! ピザハンド!

 説明しよう!

 ピザハンドとは、ピザを無造作に掴んだがために脂やソースの付いた手で握手する行為である!

 

「……やるじゃないか」

 

「……やりますね」

 

「……ボスをなめるなよ」

 

 カウンターピザハンドで迎えられたので、二人で手を洗いに行く羽目になった。

 

 

 

 

 

 ――Great power !

 

「よし、飛行訓練だ。ダミーは消火、ナズは緊急停止。推力は10%だ」

 

「いや、ちょ、10%は強すぎ」

 

「いくぞ」

 

 緊急停止、ゴン、ガン、ぷしゅーってね。

 ちなみにゴンはトニーが後ろ斜めに投射されて頭を打った音。

 ガンが外れて飛んできた脚部スラスターが俺を打ちつけた音。

 ぷしゅーはダミーがトニーに、ユーが俺に消火剤を撒いた音。

 

 

 

 

 

「よし、1%だ。ダミーは消火、ナズは緊急停止」

 

「俺に被害が及びそうならトニーが骨折してでも緊急停止します」

 

「おい、今度は計算しただろう」

 

「計算だけで空は飛べねぇんだ!(どんっ!!!)」

 

「いいぞ、その調子だ。次は2.5%」

 

 俺のことを無視して勝手にフラフラと飛行し始めるトニー。

 ぶっちゃけ手足にスラスターを付けただけで安定して飛ぶとは思わなかった。

 トニーが空中で観覧車よろしく大回転して落下してねずみ花火するのがオチかと。

 

「おい、そっちじゃない!」

 

「いやあああああ! 私のガンダムがあああああああ!」

 

「違う。私のコブラだ」

 

「それな。あ、俺のセグウェイには傷つけないでくださいよ」

 

「善処する。で、セグウェイは何処に?」

 

「リビングルームでぇす。ここで焼けるのは車だけでぇす」

 

「人間も焼けるぞ」

 

 いえーい、と寝不足のテンションで煽ったら飛行しながら追いかけられた。

 こんなしょうもない装備で狭い室内を飛ぶとかなんなんやこのおっさん(驚愕)

 

「なかなか飛べるな」

 

「じゃ、じゃあもう完成ですね……」

 

「飛行機はエンジンと翼だけで飛ぶのか? ん?」

 

 肩で息をする俺を宙から見下ろしながら、さらなる残業が決まった……!

 

「隙を見せたな喰らえっ! 緊急停止!」

 

「させるか!」

 

「ぐえええぇぇ!」

 

「ぐあああああ!」

 

 親方! 空からトニー・スタークが俺を押し潰した!

 

 

 

 ダミー、スラスターは精密機械だから追撃の消火剤はやめてくりー^q^

 

 

 

 

 

「補助翼をチェックしろ」

 

 メタリックなスーツに身を包んだトニーが告げると、各所に搭載された補助翼が動き始めた。

 

「か、かっこよすぎる……」

 

 空を飛ぶよりも浪漫溢れる。

 こういう色々な部品が動き出す瞬間は感動するし作って良かったと思える。

 完成を見て疲労が押し寄せるのを感じる。

 二人で作業したが、大して時間を有効に使えた記憶はない。

 作業の途中で遊んでばっかりだからかもしれない。

 今のところの大きな欠点は一人では着れないところだろうか。

 各機能の確認が終わったのか、補助翼が収納された。

 システムチェックを行う予定なのだが、それはキャンセルしたらしい。

 天候や航空状況を確認している。

 

「ジャーヴィス。歩くより、まず走れだ」

 

 ジャーヴィスに止められたらしいが、それを無視するようだ。

 よくあるよくある。

 

「撃つよりまず狙えって言葉もありますけど」

 

「それは私の父だ。私はまず撃つ」

 

「わかりましたよ。じゃあ俺は寝ます」

 

「確かに眠れば夢を見ることができる。だが、私が単独で空を飛ぶ姿も目を開けたまま見る夢だとは思わないか」

 

 なるほど。

 空を飛ぶことは人類の夢だった的な。

 そもそももう一回飛んだでしょ、砂漠で。

 どっちかというと打ち上げだったけど。

 

「じゃ、おやすみ」

 

 それはそれとして眠いんで。

 

「確かに眠れば万人が夢を見ることができる。しかし、私が飛び立つ姿を最初に見られるのは唯一だ」

 

 結局バルコニーから飛び立つ姿を見送ったが、数秒でいなくなった。

 俺やっぱいらないやんけ^q^

 

 

 うとうとしてたら轟音が響いたので飛び起きる。

 音の出どころへ向かうと粉塵舞うリビング、穴の空いた天井と床。

 隕石? 隕石なの?

 穴を覗きこんで下を見れば、様々な破片に彩られたスーツを着たトニーが車と同化していた。

 

「いくら無塗装が気に入らないからって、そんな我がままコーディネートを急にされても困るっていうか」

 

「……そうだな、ピアノとセグウェイと車のお洒落デコレーションでは派手過ぎた」

 

「セグ……いやあぁぁぁ! 私のセグウェイがあああああ!」

 

「私のコブラも壊れたから引き分けだ」

 

「生きてきた中でもちょっと聞いたことのない暴論ですね……」

 

 

 

「悪かった。後で買ってやるから好きなの選んでおけ」

 

 片づけていると、スーツを脱いで、氷嚢で頭を冷やしながらトニーが現れた。

 衝撃が重すぎたようだ。

 まあ、メタリックな見た目通り内部もあんなんだし。

 

「いや、別にいいです。10台くらいあるし」

 

「それならなぜ文句を言ったんだ……」

 

「あれは特別製なんですよ。M.A.R.I.A.を参考にしたので空を飛べます」

 

「高所恐怖症って言ってた気がしたが?」

 

「俺は飛ばないんで。リアクターと接続することで、トニーがセグウェイで空を飛ぶのです」

 

「デコレーションして正解だった」

 

 えーそんなぁー^q^

 そんなクソどうでもいいことは脇に置いて、トニーにかかる重力加速度が半端無さそう。

 これはベイマックソくんの出番だな。

 実は最新の衝撃吸収材だ、名前とは裏腹にとんでもなく凄い性能をしているのだ、兵器としては使えないけど。

 

 

 

 

 

 

 ――人類の叡智! 3秒クッキング!

 

「はい、では今日の3秒クッキングは独身の心強い味方である炒飯です。こちらがレシピです」

 

 ・料理研究家 ナズナ・ナツメ … 1人

 ・動力源   トニー・スターク… 1人

 ・飛行用スラスター      …両足

 ・リパルサー・レイ      …両手

 ・ユニ・ビーム        … 1機

 ・卵             … 1個

 ・米             … 150g

 ・具材            …お好み

 

「はい、ではスイッチを押します。完成しました。スローモーションで見てみましょう。ジャーヴィスくん、お願い」

 

 映像が始まりました。

 トニーから供給されたエネルギーでクッキング開始です。

 スイッチを押すことで炊いたお米がスラスターによって発射されます。

 お米は途中で、右手のリパルサーによって浮かされた溶き卵と具材と混ざり合います。

 さらに、左手のリパルサーで浮かせた油のベールを纏います。

 最後に、照射されるユニビームを潜らせて完成です。

 

「はい、最後に動力源のトニーに感想をもらいましょう」

 

 咀嚼していたトニーに視線を送る。

 

「チーズバーガーのほうが好みだ。ジャーヴィス、これは派手過ぎじゃないか?」

 

『貴方は控え目な方でしたね』

 

「はい、大変おいしいようですね。次回はスイートポテトを予定しています」

 

「あの車の色みたいにしてくれ」

 

『それなら目立ちませんね。では車の赤に、炒飯の黄色を混ぜました』

 

「おい……おい」

 

『おっと失礼。スイートポテトの黄色でした』

 

「いい色合いですね。自動組み立て開始しましょう」

 

 トニーが脱力しながら「スイートポテト……」と呟いた。

 ネットで炎上のレッド、株価下落のブルー、健康ドリンクのグリーンよりはかっこいいと思うけども。

 

「あれ、トニーって野菜ジュース飲んでましたっけ」

 

「健康のために飲む様にしたんだ」

 

「ふーん?」

 

 ジトっと見つめれば、トニーはスーツ用のフェイスディスプレイで顔を隠してテレビへと視線を向けた。

 これで顔を隠されると脳波や感情を感知しにくい。

 サイバネティックインターフェースとかいう強そうな技術のせいだ。

 ぐぬぬ、あとちょっとで打ち破れそう。

 

「ジャーヴィス、完成までは」

 

『5時間ほどです』

 

「イベントに出てくる。寝てていいぞ」

 

「やったぜ」

 

「ジャーヴィスに言ったんだ」

 

「ちょっと何言ってんのかわかんないですね……」

 

 ブォォォォォォォォォンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwイイィィィイイヤッヒィィィィイイイwwwwwwwwwwwwwwwwwwwって感じでトニーは高級車で出かけた。

 よし、寝る。

 

 

 

 帰ってきたらしいトニーが作業場でパリンパリンとガラスを割っていた。

 とんでもねえ目覚ましなんだが。

 グルミラでテロリストが暴れていて、それに怒りを覚えたらしい。

 心配だな。

 グルミラと言えばインセン博士だ。

 温厚でめっちゃ優しい。

 トニーの真似して兵器を作ろうとした俺に助言してくれた凄い博士だった。

 俺が尊敬する人はいつも亡くなってしまう。

 

 新しく完成したスーツを着たトニーが、何か言いたそうにしていた。

 トニーもインセン博士を知っているらしい。

 俺の記憶が正しければ、トニーが博士と会ったのは一緒に国際会議に出たときの一回だけだ。

 物理の博士だし、生前は話す機会があったのかもしれない。

 

 素晴らしい人が残念な結果になってしまった。

 亡くなってしまったのだからそれで終わりなんだ。

 終わりなんだよ。

 

 

 

 

 

 ――Super power !

 

 断崖に建つ大豪邸の中、男は立ち上がった……!

 

「諸君が知っての通り、私は愛国者だ。しかし、政府を盲信しているわけではない。むしろ疑ってすらいる。他人を蹴落として得た地位に座る者は、大衆に、利権に、富に弱い。脆い屋台骨に力を委ねることは歪みを作り、やがて歪みは間違いを孕み、争いへと育つ可能性が高い!」

 

「トニー! トニー! トニー! トニー! トニー! トニー!」

 

「だから私自身が脅威に立ち向かう!」

 

「キェェェェェェアァァァァァァリアクターカガヤイテルァァァァァァァ!!!」

 

 総勢二名と愉快な仲間たち(内訳:演説するトニー、よく寝たため元気な助手、人工知能、互いを叩きあって拍手するロボットアーム3本)の苦労が報われる時がきた……!

 

 まあバルコニーで飛んでく飛行物体を見送るだけで俺の仕事は終わりなんですけどね^q^

 

 飛行記録や録画映像、トニーのバイタルデータ、脳波パターンから改善点を洗っていると、軍人のローズ中佐から電話があった。

 彼自身については特にどうでもいい情報なので省くがトニーの親友である。

 アフガニスタンに未確認飛行物体やステルス機を飛ばしていないか、という用件だった。

 いや、(会社も俺も)飛ばしていないです。

 そもそも会社から締め出しがきつくなってきたし、空気椅子程度にはあったはずの俺の席がもう無いから……。

 不明ならいっそ訓練で押し通せばいいのでは、と伝えると「無理言うな」と切られた。

 

 

 

 翌日、グルミラから武装勢力が排除されたというニュースを見た。

 あと近くを飛んでいた戦闘機が墜落したが、飛行訓練の結果らしい。

 なんやそれこっわ。

 不思議なことが起こったんやな、怖いから戸締りしとこ。

 ローズ中佐から電話がかかってきているらしいが、ジャーヴィスに俺は寝るんで後にしてくれと伝えた。

 

 二度寝の準備をしていたら、トニーが本社に無人機で忍び込めないか聞いてきた。

 最近は会社に入れてないから設置できてないし、使ってないから充電しないと使えない。

 ポッツさんに本社で充電しておいてくれたら使えるようになると伝えて寝る。

 ぶっちゃけマニピュレーターを使う作業ばかりで脳が疲れてるんや……。

 

 

 

 オバディアから電話があった。

 なんと役員会でアーク・リアクターの撤去が決まりかけているらしい。

 はあああああ!? おまえ何言ってんの!? 頭オバディアなの!?

 参考に反対意見を貰いたいだとか。

 はよ、車はよ回せ。

 え? もう来てる?

 やるじゃねーか!!!

 俺は風になる!

 

 テメー、神経麻痺はズル……うごごごご^q^

 

 

 

 

 

 --5

 

 説明しよう!

 俺を麻痺させた神経麻痺誘発装置とは、政府に認可されなかったクソアイテムである!

 耳の裏あたりで使うと文字通り神経麻痺を起して動きを奪えるぞ!

 

 猿ぐつわを噛まされ、目隠しされ、手足を縛られて連行される俺は出荷されるボンレスハムみたいだぁ……。

 面倒だからって神経麻痺誘発装置を連射されなくて良かった。

 データは無いが連射されたらヤバいのは確定的に明らか。

 電磁波だって悪影響が無いとされているのはデータが無いから、無ければ大丈夫理論である。

 

 引きずられて放り出されたのはアスファルトの地面、つめたぁい!

 猿ぐつわと目隠しが外され、俺の視界に巨大なパワードスーツの姿が!

 砂漠でトニーが自身ごとロケットに見立てて発射したやつが巨大化してた。

 テロリストに奪われて良かった……良かったのか?

 いや、一応アメリカで完結してるからセーフみたいな。

 

 オバディアが俺を横に転がしたまま、巨大なパワードスーツにアーク・リアクターをはめ込んでいる。

 どう見てもトニーのです。

 ひとの ものを とったら どろぼう!

 最初は俺のベイマックソから取り出したリアクターを使うつもりだったとかオバディアが語り出したので、話半分に聞きながら這いずる。

 マグネシウムを使ってみたが不安定化に成功せずいまいちな出来で、発電量は微々たるものだからしょうがないね。

 そして俺から上着を奪わなかったのが運の尽きだぞハゲぇ! ルシファーだったら奪ってたからテメーは悪魔以下だぞハゲぇ!

 

 オバディアがスーツを着込む。

 大きすぎて着るというか乗り込む形になっている。

 わざわざ俺のリアクターを背負っているのは予備電源のつもりなのか、当初の予定のせいなのか。

 ハゲは準備完了のようだ。

 俺? 俺は祈るだけだ。

 ポッツさんが充電してることを。

 

 

 

 さすがペッパーだ! 完璧すぎる!(命の恩人)

 

 

 

 

 

 --6

 

「トニーほどではないが、リアクターの小型化に成功している。これはとてつもなく素晴らしいことだ。私が雇っている技術者でも成し得ていない偉業だ。我々の名前が歴史に残るほどに」

 

 オバディアが技術者に開発させたパワードスーツの内部から見下ろしながら、男に話しかける。男の名前はナズナ・ナツメ。オバディアが着ているスーツの背部に積み込まれたアーク・リアクターを作った男だった。完成には程遠いが、不可能と言われていた小型化に成功させていた。日本人だと自己申告しているが、実際のところは不明だった。男の証言する住所は日本には無く、家も無い。通っていた学校も知り合いもいない。遡ってもこの世界の何処にも生きていた痕跡が無かった。オバディアには、突然世界に放り出されたと言われた方がまだ信じられるほどだった。

 ナズナがよく着ているパーカーのフードで顔が隠れているので表情はわからないが、恐怖で震えているか、不安で歪んでいるかもしれない。もしかすると、昔のように無表情かもしれない。この男と出会ったのはトニー・スタークが会社を継いで数年ばかり経った頃だった。

 襤褸を着ていたのを覚えている。いや、思い出した。何度も会社に押しかける面倒なストリートチルドレンだった。会社の繁栄に不満を持ったか、媚を売りに来たのか、どちらにしても浅薄で知能のない餓鬼だと思っていた。パスポートを持たない、渡米記録も無い、言葉も喋れない、何も持たないティーンエイジャーだった。ガードに命じて何度も連れ出したが、その度に無表情だったのを思い出した。

 

「巨大なロボットで背負うほどの大きさなのに?」

 

 ナズナが言う。気楽ないつもの声だ。震えている様子は無い。ならばこの会話もいつものように終わるのだろう。それが惜しい。

 オバディアは何もかもが惜しいと思った。十年近く惜しいと思い続けている。スタークの連中と同じ、何故持っている能力を存分に振るわないのか。

 素晴らしい発想を持っていた。誰もが持つような良心が咎めることもなく、えげつない性能を兵器に自然と与えることができる才能だった。それを伸ばすためにベルンでの技術会議に送り込んで、何を血迷ったか医療の道へと進んでしまった。オバディアは今でも覚えている。ホー・インセン、忌々しい名前だ。

 ホー・インセンが死んでからも変わることは無い。トニー・スタークに付き合って穴倉に潜るだけになってしまった。才能を腐らせることを何とも思わなくなってしまっている姿が惜しいのだと、オバディアは思い続けている。

 

「今は、だ。やがてはトニーのリアクターすらも超えるだろう。君を見出した私にはわかる」

 

「見出した、ね」

 

「君ならトニーの跡を継いで今までにない兵器を作ることができる」

 

 オバディアの脳裏には、あの輝くような兵器の数々が思い起こされていた。コフィン、ストーンヘンジ、アークバード、グレイプニル、メソン・カノン、シャンデリア……。提出された兵器の数々は、夢物語だと笑うには現実的で、あまりにもおぞましく、美しかった。世界そのものを操る力すら秘めているように感じられた。いずれもアーク・リアクターを転用した超兵器だった。膨大なコストと遠大な時間を要するそれらは、技術の進歩とともにやがては日の目を浴びるはずだった。今頃は軍事バランスを操る程度の力では済まなかったはずだった。何もかもが、オバディアの夢すらも、はずだったという言葉で片づけられた。

 散々兵器を作り、売っておきながらも人道的ではないとトニー・スタークが却下した。それらは機密として葬り去られた。その輝きは終わりを迎えた。医療に傾いて、その輝きは曇っていった。

 

「私と手を組め。世界の軍事バランスを操る楽しさを教えてやろう。好きなだけ研究させてやろう。やがて兵器で我々で世界そのものを操ろう。誰にも見えない光景だ、素晴らしいぞ。どうだ?」

 

「断ります。俺は人見知りでストレスに弱い。環境が変わったら死んでしまう。そもそも軍事バランスよりも、貴方の言う兵器をピッチングマシーン代わりに野球してたほうが楽しいですから」

 

 ハワード、トニー、インセン。オバディアからすればナズナは他人に委ねすぎている。才能を縛らせている。

 もっと開放されるべきだった。

 もっと考えずにあのまま生きるべきだった。

 

「トニーは死んでいる、と言ってもか?」

 

「驚きもしませんよ。なんとなくそうだろうと思ってました。 確認は?」

 

「……やがて死ぬ」

 

「最期を確認していない、と。じゃあ生きてますよ。俺にはわかります。生きているままなのか、生き返るのかはわかりませんけど」

 

「トニーのせいでホー・インセンが死んだと言ってもか」

 

 ナズナの顔を隠すフードが僅かばかり緑に発光したようだった。

 勘の良さを支える道具。

 感情を読み取る手品のタネ。

 飛び交う脳波を受け取るために、増幅させるバイオセンサー。

 解析のためにナズナを調べ、そしてバイオセンサーを利用してその精神性と特性を調べ、深淵を覗き込むことに酷似した危険性を垣間見たがために中止となった、吐き気を催す技術の一つ。

 それがオバディアの知るフードの正体だ。

 必死にこちらの精神を探り、言葉の正確さを知ろうとしているのだろう。

 フードが一つなら安全だ、スーツを着ていれば問題はない。

 

「だから貴方はダメなんだ。最後まで自分がやったと認めない。自分の手でやれない。なんと情けないことか。そんな小物が世界をどうできるって言うんだ」

 

「ふん、私が見出したからこそ生きていられるというのに」

 

「言葉を飾らないでくださいよ。貴方が俺に声をかけ始めたのは、俺がトニーに拾われてからだ。それまでは面倒そうに俺を外に連れ出す指示を出していただけだ」

 

「お前には何もかも与えたが、その答えがこれか」

 

「貴方から与えられた物なんてありませんし、あったとしてもどうでもいい物だけです。ハワードに憧れた。トニーが認めてくれた。インセンが示してくれた。だが、貴方は何も俺の欲しい物をわかっていない、持っていない、与えられない。」

 

 フードの内部が爛々と緑に光っていた。ナズナの感情が高ぶっているときの、奇妙な現象だ。

 オバディアの視界に映るディスプレイが、動体反応を感知した。スーツの情報を抜き取ったペッパーが警察か何かを連れてきたのだろう。

 ここを凌げばどうせ有耶無耶になる。力と金とはそういうものだ。

 

「金の卵を生む鶏になれたのに、残念だ」

 

「最後には引裂くって言ってるのと同じですよね」

 

「鶏のように、腹を引裂くまでは好きに生きさせてやるって意味だ」

 

「それは貴方の思うような『好き』でしょう。鶏のように囲いの中で、与えられる餌を啄ばんで。俺は自分の好きに生きて、俺が成せることを成すのです。俺はトニーの代わりにはなるつもりはない。残念な結果となりますが、謹んでお断りを申し上げます。更なるご活躍を期待しておりますので、さっさと帰らせてもらえませんかね」

 

 惜しかった。昔のままならば、きっと手を組んでいただろう。

 

「残念ながら帰ることはできない。お前はここで腹を裂かれて、金を出し続けることになるからな」

 

 だから一方的に掴むのだ。

 逃げる足を切り裂いて、払う手を捨てて。

 あの兵器にオバディアは魅せられていた。

 

「手足を千切って、アイデアだけを吐きだせるようにしてやろう。お前が作った医療設備で延命させながら。巨大な冷蔵庫に酷似した生命維持装置に繋がれながら。かつて作った道具で自分の命を生かし、これから作る道具で他人を殺し続けるんだな」

 

 話は終わりだと、スーツの両手で包み込む。

 締め上げて、死なない程度に幾本も骨を折って、後で連れて行けばいい。

 

「いつでもギブアップを認めてやるぞ。私は優しいからな。トニーのリアクターの作り方と交換だがな。聞いてるのだろう?」

 

 ぎちぎちと締め上げるが、オバディアの予想以上の抵抗と負荷だった。

 スーツが未完成だったか、エネルギーの供給に問題があったか。

 内部でアラートが鳴る。

 

「聞いてませんよ。ちょっとだけしか。俺のアーク・リアクターは自分で作る主義なんです」

 

 ナズナの背部から伸びた四本の腕を模した機械がスーツを押し返していた。

 オバディアがスーツを操作し、検索する。

 すぐにそれは見つかった。

 スタークインダストリー内の最先端医療、その集大成。

 万能型医療用マニピュレーター。

 

「ドクター・オクトパス! 完成していたのか!」

 

「まだ試作機です。永遠に続く、人類の発展のための第一歩」

 

 火花を散らせ、機械がぶつかり合う。

 純粋な馬力は圧倒的にオバディアのスーツが上だった。

 だが、技量はドクター・オクトパスを操るナズナが圧倒的に上だった。

 力を受け流し、重火器の射線から逃れている。

 

「貴方はなぜ兵器を作らないのかって何度も聞きましたね。前になぜ兵器を作りたいのかって聞かれたことがありました。思うように答えたら、そんなのつまらないじゃないかって。生物の始まりは化学反応に過ぎず、活動はただの電気信号に由り、死してはタンパク質の塊となり、魂の影はどこにも見えず。人は放っておいてもやがて死ぬ。それを早めることに意味を見いだせず、伸ばすことに興味を持つことになった。それだけですよ。死んだら終わりって考えてましたけど、そうじゃないのかもしれません」

 

 ナズナが背負っている事故現場でも活躍できるよう設計された機械の腕。バックパックを変更することで、あらゆる環境にも適応できるように期待されている。

 そのエネルギーの供給源は、とオバディアは考えた。バックパックごとに分かれているのか、共通なのか。

 違う、ナズナの好みはリアクターだ。

 

「有線か」

 

「掃除機みたいでしたね」

 

 バックパックからコードが伸びていた。その先は、まるで風船のように膨れ、マシュマロのように球体に近いフォルムをしたケアロボットの腹の中。

 以前渡され、解析されてジャンクとなった物とは違う、完全な姿で。

 

「二台目か」

 

「マスコットは何台あってもいいのです。トニーの優秀な秘書が用意してくれました。まあ、夜食のマシュマロみたいなものですけどね」

 

 

 

 

 

 --7

 

 ぐえーやられたンゴー^q^

 やめてよね、医療用補助腕が軍事用パワードスーツに勝てるわけないじゃないか。

 なんかバトルする雰囲気だったけど、無理でしょ(冷静)

 電源を狙いに行ったオバディアのために、夜食のマシュマロを用意してやった。

 「戦うわけねーだろハーゲ!」って感じに至近距離でベイマックソに積まれている粗製のアーク・リアクター内にあるプラズマ源のマグネシウムをブッ飛ばしてバックれた。

 万能型医療用マニピュレーター、略称は蛸先生だが結構な力の代わりに電気をやたらと食う腹ペコマシーンだ。

 4本ある内の2本で駆け抜けたり、残りの2本で鉄骨や壁を掴んで逃げると速い(粉みかん)

 

 

 

 途中で命の恩人であるポッツさんと戦略国土なんたらかんたらの捜査官と合流。

 やべーの来てるから逃げようと提案するが、捜査官たちが銃を構えた。

 銃なんて効かないって説明するよりも、まず掴まれたら真っ二つになって死ぬことを告げる。

 馬力が半端ないのだ。

 数千馬力は伊達じゃない、捕まって引っ張られたらマジで逃れられない。

 移動や精度の関係でパンチや張り手は静止した状態からの直撃じゃなければ無駄が多いのでギリギリでセーフ判定。

 車の事故みたいなものだから当たり所が悪くなければ生きられる、正面衝突に近いけど。

 そういうわけで、やべーからポッツさんを機械で掴んで外に出る。

 後ろからは銃弾が弾かれる音や内部が壊れる音が響いていたが、逃げないと閉所はやばい。

 

 どうやって逃げればいいかと足を探そうとしたら地面が隆起した。

 これはあれですね。

 地面から出てきたじゃねーか糞が!

 レーダーを誤魔化すの忘れてたぜ畜生め!

 もうエネルギーがカツカツなんで、せめてアーク・リアクターに接続を……ダメ?

 あ、そう。

 

 もうトニーが来たからいいです。

 やっぱ無駄にでかいゴリラロボットよりシュッとしたトニーのスーツの方がかっこいい。

 かっこよくない?

 ハァイ、トーニィ。ちゃんとアーク・リアクターは用意した? 旧式? Oh、それ飛ぶの想定してないんだよね。

 

 

 

 街中でバトルした後、2人は空へと飛んで行った。

 オバディアが着ているスーツのスラスターを見ていると、推進剤を積んでいるとしか思えない噴射の仕方だった。

 そりゃあでかいし重いから俺の粗製リアクターじゃ動かないのも当然ですね(言い訳)

 

 見えなくなったと思ったら、すぐに二人とも落下してきた。

 オバディアのほうはギリギリのタイミングでスラスターを噴かせていたので、かなりの勢いで本社へと落下した。

 トニーもエネルギーが足りないのか、不安定に飛んだり下がったりして結局落ちた。

 その後は肉弾戦が始まるも、旧型のリアクターでは不十分のようで、トニーがボコられた。

 それでもトニーは負けない! だってトニーは天才なんだから! というわけでオバディアのスーツに手を突っ込んで配線をぶち抜いてディスプレイを殺したようだ。

 トニーを褒めながら、中身を露出するオバディア。

 頭の部分だけ取ればいいのでは、と思ったけどどうでもいいか。

 うーん乗り込む形式もいいよね……。

 いい……。

 

 あとはポッツさんが旧型のアーク・リアクターのマスターバイパスをポチッとやった。

 天に上るプラズマの美しさ、いいよね……いい……。

 まあ雷も先行放電が地面から昇るし、太い先行放電みたいなもんよ。

 空が曇ってるからヤバいレベルの雷が降るかと思ったが分散したみたいで良かった。

 接地している俺たちは下手したら死んでたし、スーツ着てても露出してるからトニーとオバディアも感電死を迎える情けないエンドの可能性もあった。

 感電死しなくてもリアクターのとこに入ってアースで逃がすよりも破壊されて水素でブッ飛ばすとかもあったから良かった。

 

 リアクターが放出した電気で感電しながらもゾンビよろしく這いずるオバディア。

 トニーがトドメに、背中に背負っていた粗製のリアクターをリパルサーで撃ちぬく。

 爆発とともに落ちてくオバディア。

 やったか!?

 やったよね!?

 

 

 

 長く苦しい戦いだった……。

 いやマジで。

 

 

 

 眠いのにオバディア爆散事件の会見を開くから連れ出された。

 俺は寝たいだけなんだけど、仕方ねえな!(ちょっと来たかった)

 あの事件にトニーは関わってないですよっていう証言をするようにって昨日世話に……世話になった気がしないでもない捜査官のコールソン氏にカンペを渡されていた。

 彼は戦略国防……あ、略称はS.H.I.E.L.D.ですか。

 うーん100点!

 いい名前ですね!

 英語が長くないってところが俺的に高得点。

 まあそのS.H.I.E.L.D.でなんやかんやで補助してくれたらしい。

 サンキューコール。

 

 じゃあ会見は裏で見てるんで、と別れる。

 トニーは関わってないと証言。

 アリバイもある。

 オバディアは勝手に事故で死んだ。

 完璧だな。

 さっさと終わらせるだろうか、帰って寝よう。

 

「私がアイアンマンだ」

 

 うん。

 うん……?

 質疑応答やインタビューが始まってしまった。

 

 かっこいいから名乗っちゃうのもしかたないね^q^

 

 

 



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アイアンマン2前

 

 --1

 

 技術の進歩とは恐るべきもので、アイアンマンスーツの開発がトニーにとってのブレイクスルーとなったのか、他を寄せ付けることのない速度で発展を続けていた。

 元からトニーにそういった能力や才能があったのはわかっていたが、それでも尋常ではない速さだった。

 もしかすると以前までは片手間に全てを終わらせているだけで、今はアイアンマンに全力を注いでいるからの速さなのだろうか。

 そう考えると、トニーが本気を出せば俺の3秒クッキングも-1秒クッキングへと変貌するのではないだろうか。

 世界初の調理中ですら邪魔ができない蒸着クッキング、かがくってすげー。

 

 俺? 俺のことはどうでもいいんで(棚上げ)

 

 それはそれとして、トニーが凄い技術でアイアンマンとなってさらに進化を続けるので、俺も対抗して凄い物を本腰入れて作ることにした。

 腕時計のような見た目で、手の甲に巻き付ける道具だ。

 そう、誰もが知っているあれだ。

 

「ターイム・マ・シーン、それは人知れず完成を迎えようとしていた。世紀の天才トニー・スタークが関わることのない歴史の裏側で……」

 

 ドヤ顔とともに、奇妙なアクセントとともにアイアンマンとなっていたトニーに見せつける。

 製作期間は10年……いや、もっと長いかも。

 暇つぶしの産物である。

 

「で、その腕時計がなんだって」

 

 リストウォッチじゃないです。

 

「さらっと否定するのはやめてください。これはタイムマシーンです。誰がなんと言おうとタイムマシーンなんだ……!」

 

 フェイスカバーが開き、中から「上空で頭がおかしくなったのか、大丈夫かこいつ……」というトニーの視線を受けるとちょっと不安になる。

 このままだと腕時計をタイムマシーンだと言い張る精神異常者になってしまう。

 

「わかったわかった。それで、その腕時計はどれくらい時間を操れるんだ」

 

「タイムマシーンです。見くびらないでください。3年です」

 

 ドヤ顔を見せながら右手の人差し指、中指、薬指を立てる俺。

 驚愕に顔を歪めるトニー。

 

「3年後くらいにちょっと完成させている自信があります」

 

 俺の言葉に、ため息を吐いたトニーが呆れたとばかりに肩を竦めた。

 しかし待ってほしい。

 タイムマシンがあとちょっとでちょっとだけ完成するという事実は驚くべきことなのではないだろうか。

 時間的『ちょっと』と作業的『ちょっと』の加算で、全体的には『ちょっと』だけど。

 『ちょっと』とはいえ仕事量だから乗算なのかもしれないから……いや結局『ちょっと』だわ。

 

「なるほど。で、あー、その時間が3年後にちょっと操れるかもしれない腕時計は今は何ができるんだ」

 

「50分の1秒速く動けます」

 

 ワーオ、と驚くトニー。

 これは馬鹿にした驚きではないのが伝わってくる。

 それはそうである。

 宇宙船で地球から脱出して凄い速さで2年くらい動いたら達成できる値なのだ。

 

「見栄を張りました。100分の1秒です」

 

「あ、ああ……。それでも凄いな」

 

「その結果死にます」

 

「は?」

 

「爆発して死にます」

 

 爆発炎上は試作品の運命……!

 

「……そのリストボンバーの使用は禁止する」

 

「えっ!? スタークエキスポを彩る大発明なのに!?」

 

「腕時計式自爆装置の展覧も禁止だ」

 

 「歴史の裏側で完成という口上はなんだったんだ」と頭痛を堪えるように眉間を抑えながらトニーは呟いた。

 科学の発展に実利度外視は付き物デース。

 いつの時代も世紀の発明は理解されないんだなぁ。

 

 

 

「そろそろ時間だ。私は行くからな」

 

 トニーの顔がアイアンマンのフェイスカバーで覆われる。

 今までは会話するために顔を出していたので、シュールだった。

 

「ヘーイ、アイアンマーン! 忘れものだぜ! なんと今ならもう一つ付けちゃいます! スーパーヒーロー着地とともに、観衆に見せつけるだけで君も今日からタイムジャンパー!」

 

 小物っぽく呼びかけ、ドヤ顔でタイムマシーンを見せ付ける。

 しかも二つ。

 実験で一個ぶっ飛ばそうと思って作った物だ。

 

『空を飛んで届けにきたら使ってもいいぞ』

 

「ごめんなさい、私は傘を持ってないから空から降りられないわ。ここでお別れね……」

 

『ナズがメリー・ポピンズになれないのなら、私も予定通りアイアンマンとして登場するとしよう』

 

 輸送機後部の貨物扉が開き、赤と黄色のメタリックスーツが夜景の中へと飛び込んでいった。

 俺?

 俺は高所恐怖症だから一緒に降りず、このまま乗っていくことにする。

 明日は軍事公聴会があるけど、エキスポに顔を出す余裕はあるのだろうか。

 まあ遅刻しそうになったらアイアンマンになればすぐだから。

 「いっけなーい、遅刻するー☆」とパンを咥えたアイアンマンが急いで上空を飛んでいると、空気の塊の角から現れた他のアーク・リアクター所持者のスーツとぶつかって始まるラブロマンス……うーんシュール。

 遅刻のためにアイアンマンスーツを使うってあたりがとてもスーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスでなんてファビュラスなの……。(意味不明)

 

 

 

 翌日、トニーが寝不足のまま軍事公聴会に出席するので一緒に会場まで来た。

 寝不足なのは俺も同じで、理由は深夜に起こされて呑みに行くことになったためだ。

 エキスポ会場のニューヨークからワシントンD.C.まで車を飛ばして来たとのことで、そこから遊びに行ったらそりゃあ寝不足になるって話である。

 

 軍事公聴会は一部を除いて、終始別に面白くもない話が続いていた。

 上院議員が挑発したり、トニーが皮肉で返したり、クソとクソの二重奏って感じの空気だった。

 見てる人は楽しそうだけど、俺は英語が難しいから好きじゃないですね(言語弱者)

 

 途中でトニーが振り返ってポッツさんに余裕をアピールしたり、俺に向かって口笛を吹いて指示を出したりした。

 政府にスーツを預けるべきだという主張を、スーツは肉体だから渡せないというトニーが皮肉で返したり。

 確かに今はまだスーツという形式に収まっているが、すぐにでもその枠から外れるだろう。

 今はちょっとした皮肉だが、将来的には本当にもう一つの体にでもなるかもしれない。

 トニーの親友のローズ中佐が参考に呼ばれ、意図的に報告書から危険性の部分だけ抜き出して証言させられたり。

 あとはペンタゴンと契約予定のハマー・インダストリーズのCEOが批判して、その証拠を挙げようと用意したディスプレイで映像を流し始めた。

 事前に口笛で指示されたようにディスプレイをトニーが操作できるようにしたら、開発中のパワードスーツもどきの欠陥品の映像を流されたりしていた。

 欠陥品の記録映像内で、どうも人間に着せたらしく、腰から180度回転して着用者が悲鳴を上げて、会場がざわめいた。

 そこでハマー社長がディスプレイの電源を引き抜いて「搭乗者は生きている!」と主張したのだが、観衆が聞きたいことはそうじゃないんだよなぁ。

 

 トニーが口笛を吹いたので、隙間から接続させておいた半透明の万能型医療用マニピュレーター『ドクター・オクトパス』を操作する。

 反射を抑えるために弄った結果生み出されたバリエーションの一つである。

 俺は蛸先生とかたこせんって呼ぶけど日本語の単語だから伝わらなくて、ドック・オックの愛称をポッツさんに与えられてしまった。

 指示通り電気を供給すると、愉快な背景としてハマー・インダストリーズの実験結果が流れることになった。

 これはトニーが飛行試験の際に10%で失敗したり、飛行に成功して俺と追いかけっこしたときのホームビデオの映像を流されるよりも酷いことだ。

 だって日付と時間が明確に表示されていて、それがつい最近のことだとわかる。

 そんな失敗映像が延々とテレビ中継に乗って流されるのだ。

 こんな玩具を作らせるために契約しているのかと批判されてもおかしくない。

 焦ったハマー社長がコードを引き千切っているが、残念だけど止まらない。

 まるで機械音痴の中年が止め方わからなくてテンパってるみたいだぁ。

 国が予算を預ける予定の相手の姿がこれである、映像とこの姿で株価が落ちそう。

 安くなっても買わないけど。

 

「この調子ではハマー社では20年はかかる。このままでは、先に葬儀が上手くなってしまうかもしれない」

 

 と、トニーが言って、ハマー社長を赤面させたところだけが面白かった一部である。

 

 結局、運用実験の失敗を暴露され続けることを危惧して公聴会は閉会。

 最初から挑発的な姿勢を崩さなかった上院議員は放送禁止用語を連呼して幕引きである。

 聴衆に勝利をアピールしながら退出するトニーに拍手を送り、そのついでに上院議員のMAD素材を作ってみた。

 素材として放送禁止用語を連呼する上院議員を用意し、利用法の一つとしてラバーチキン(腹を押すとオアアアア!と叫ぶ鳥の玩具)の声を上院議員の放送禁止用語にしてみたり。

 せっかくなので空を覆い尽くすサメとラバーチキン、それと放送禁止用語を連呼しながら戦う上院議員のクソMADまで作った。

 数時間後にはハマー社長の失敗映像を叱る上院議員とか、アイアンマンスーツを手に入れて喜び180度回転する上院議員の映像まで作られていた。

 うーん次の選挙では大人気ですね。

 

 

 

 

 

「なんというか、確かに私が召喚されて証言したが、トニーの不利になるような発言をしたかったわけではなくて。だが軍人にも誇りを持っていて……」

 

「わかってますわかってます。十二分にトニーはわかってます。そして貴方は充分なくらい自分の仕事を行っていますよ」

 

「そうだろうか……」

 

「そうですよ。自信過剰で尊大ですけど、意外と繊細で人の機微にも聡いですし」

 

「そうかも……」

 

 ローズ中佐も公聴会に呼ばれていたので、ちょうどいいとばかりに宿泊しているホテルに来てもらった。

 先ほどの証言では自身の報告書からトニーがスーツを所持するのを反対するために引用されたからか少し引きずっている様だ。

 トニーはマスコミのフラッシュに包まれているか、ポッツさんとなんやかんやしているかだろうし、上手くいったから機嫌も良いから無かったことにしてくれるだろう。

 

「負けず嫌いですからね。こちらから無理に手を出されることを嫌いますから、知らないフリをしたほうがいいこともあるんです」

 

 つま先立ちで両手を開いて、とローズ中佐に指示する。

 もやもやとした気持ちを抱いている様だが、社会的地位を考えると仕方のないことでもあった。

 俺の着ているレインコートがぼんやりと緑に発光し、やがてローズ中佐の頭から足の先まで緑のレーザー光を照射する。

 

「前の測定値とほとんど変わりませんね、ばっちりです」

 

「体を動かすのも仕事のうちだ」

 

「いいことですよ。トニーはほら、不適切で不健康な生活を送るじゃないですか。誤魔化すために野菜ジュース(・・・・・・)を飲んでますけど」

 

「ジャンクフードか。いつも食べてる」

 

「そうそう。まあ、嫌いな物を食べて生きるより、好きな物を食べて死にたいって人ですからね。まあ、そんなわけで体型が崩れてしまって。そのせいでスーツを新調する必要があるんですよね。半年でさらに2つも作りました」

 

 ワーオ……、と感嘆を漏らす中佐。

 

「体型の部分は、まあ、冗談です。あまりに変化するので、調整はしますけど」

 

「しかし、実際に作っているんだろう? 信じられないな……」

 

「より洗練されたスーツと持ち運び用ですけどね」

 

 世界でただ一つのあらゆる全てが特注品で出来た贅沢な上着だ。

 それが短い期間で2着もコーディネートされるという事実は驚きに値するのだろう。

 先ほどのハマー社の失敗が拍車を掛ける。

 

「軍も欲しがっているわけだ」

 

「中佐は?」

 

「欲しくないわけがない。誰もが欲しがるだろ」

 

「ハマー社も?」

 

「ハマー社が1番欲しいに決まっている」

 

「違いありませんね。手に入れたら、色を塗り替えて、新しく開発したスーツだってエキスポに出してくれそうですね」

 

 ははは、とつい笑いが漏れた。

 作業は終わったのでフードを下ろす。

 他人の感情に鋭くなっても面倒なだけだ、共感するわけでもないのに引きずられる。

 鈍いくらいがちょうどいい。

 

「渡したシミュレーションの慣熟訓練は順調ですか」

 

「終わっている。朝は仕事に出る前、晩は寝る前に、そして休日に時間を作って熟してきた」

 

「いいですね。次のシミュレーションに移りましょう」

 

「これは私にスーツを……?」

 

「さあ? トニーに聞いて……あー、トニーは口に出さないでしょうから、身を以って教えてくれるときが来ますよ」

 

 

 

 

 

 --2

 

 トニーが下の作業場でポッツさんの相手をするとかで、持って帰ってきた情報を元にアイアンマン(マークⅡ)のアップデートを一人で行う。

 ゆっくりと地道に弄っていたので、やることもそう多くは無いのだが。

 ジャーヴィスの補助無しで動かせる未成熟な人工知能を搭載(気遣い(・・・)は微妙)、ゲロ重い装甲も軽量化に成功(結局クソ重い)、胸部にリアクター装備(コアのパラジウムは定期的に取り替えが必要)など、独立したパワードスーツとして運用が可能だ。

 マニピュレーターでマークⅡを持ち上げ、下へと戻る。

 ちょっと騒いでいると思ったが、言い争いに発展しそうだったので、こっそり戻ろうとしたらトニーとポッツさんと目が合った。

 

「ナズ! いいところにきた!」

 

「ナズ! トニーに言い聞かせて!」

 

 おっふ^q^

 

 

 

「選手交代だペッパー。ゆけ! ナズ! 資本主義の女帝を論破しろ!」

 

「ポッツさんが女帝だとトニーは帝王になるんですがそれは」

 

「ナズ! 彼が”私たち”のコレクションを寄付してしまったのよ! 10年かけて集めたのに!」

 

「あー、うん。まあ、一応まともな団体に寄付しています。ヒーローと名乗るのは傲慢だと主張していた人たちの中には、手のひらを反して持て囃している層もいます。財産を持っていることが妬みに繋がることもあるのだから、悪くないことではありますよ」

 

 俺の認識では遊び終わった『玩具』なのでどうでもいいのだが、ポッツさん的には2人の物を勝手に処分されたのが嫌だったのかもしれない。

 が、そういうところを指摘するのは俺の仕事でもないし、性分でもないので諦めてほしい。

 客観的に見たらトニーは破天荒な行いが多く、『アイアンマン』は立派な行いが多い。

 地球上の各地で起こる紛争を力技ではあるが解決し続けている間で、孤児院に顔を出してプレゼントを送って陰で寄付したり、アイアンマンのファンだという少年に義手を直接飛んで届けたり、正しく運営している美術館に貴重品を寄付したり。

 正しいことをしているのだから、俺はアイアンマンを正しいヒーローであると持て囃すのだ。

 

「そうだ、もっと言ってやれ」

 

「でもエキスポだって時間の無駄でしょう?」

 

「あれだって別に道楽だけでやっているわけではないです。技術者同士の能力を高め合う場であったり、日の当たらない研究者が自らをアピールする場であったり。スターク・インダストリーズ全体の技術力を幅広い分野で見せつける場にもなりますよ。アイアンマンが注目されている今だから、それに釣られる人たちも背景に興味を持つでしょう」

 

「でも結局はトニーのエゴの産物でしょ」

 

「科学は全部エゴの産物で、科学者はエゴの塊ですよ。見たい、聞きたい、知りたい。何かをしたい。複雑な論文を剥いて、大層な要旨を端折ってしまえば、その果てにあるのが単純な動機だけですよ。逆を言えば、トニーという我の強さで、他の我が強い連中も無理を言わなくても誘われるのだから都合のいい機会ですよ」

 

 まあそれだけではないだろうが。

 エキスポはトニーの父が行った1974年に行われたっきりであった。

 好きな人はその優れた技術と発明でより好きになるだろうし、嫌いな人は科学分野について口を噤むだろう。

 競合会社も無視できるイベントではなく、膝を屈するか対抗するかはわからないが、いい刺激になる。

 そもそも軍事産業と決別し、自らの道であると胸を張れる『アイアンマン』を持つことによって、再びエキスポを開いた。

 それはトニーが父と向き合うことを決めたのかもしれないし、何かを残したいと思った結果なのかもしれない。

 

「電力発電の基地とも契約したのよ? 資金を出さないといけないのに、この時期にエキスポだなんて」

 

「ナズ、言ってやれ。もうどうでもいいとな」

 

「イメージ払拭にはちょうどいいかもしれませんね。どうせ影口叩く人はいるのだから、手のひらを反す人には反させてやりましょう」

 

「違う。そうじゃない」

 

 ポッツさんが笑みを浮かべる。

 反してトニーは望んだ言葉を得られなかったからか、首を振っている。

 

 

 

「ナズ、もう一度言ってやれ。エコ事業など退屈だとな」

 

「はっはー、俺たちはエコなんて嫌いだぜ! 手のひらがドリルでしかない目を閉じた凡人どもに都合のいい映像を見せ付けてやるのさ! トニーが積み重ねた特許とライセンス契約はスターク・インダストリーズの見えない歯車だ! どこかの誰かが戦えば会社は潤う! それは敵味方関係なしだ! テロを起こす? その瞬間にそいつは兵器を作るにしろ、買うにしろ、部品は必要となる! どれだけ掻い潜ろうとも最低限は支払うことになる! 無人機だろうと医療品だろうと! それらは程度の差はあれどもスターク・インダストリーズの血肉となる! 自分で金を払ってアイアンマンを強くしてから挑むんだぜ! なんて滑稽でいじましいんだ! 俺たちは最低のクズだぜぇ! ワクワクするよなあ!?」

 

 小悪党っぽく言ったが、実際何をするにもスターク・インダストリーズに関わる要素が出てくる。

 特に軍事産業において、スターク・インダストリーズの影響は強い。

 ハマー・インダストリーズがパワードスーツに20年掛かるとトニーが言ったのもただの皮肉なだけではない。

 トニーに頭を下げ、技術を使えるようになって10年、傘下に近い扱いで提携してもらって5年が最短の道であり、大幅な短縮だ。

 それらが無理ならば、言葉通り20年先でやっと形になるだろう。

 だって1から作らないといけないし。

 

 

 

「だからペッパー、今から君をスターク・インダストリーズの最高経営責任者とする」

 

「嘘、そんな、ほんと……?」

 

「よく考えた結果だ。これで決定だ、いいな? 法的な手続きは面倒だが……ナズ、何している? 祝いの席だぞ」

 

 俺に散々話させておいて放置し、勝手に二人で解決したようだ。

 そしてダミーから受け取ったシャンパンで乾杯の準備をしている。

 貴方たちって最高のクズだわ!

 

 

 

 

 

 --3

 

 モナコでレースがあるのでVIPとして参加することになった、トニーとポッツさんが。

 俺は「特等席で私がレースに勝つ姿を見ていろ」という話なので付いて行った。

 運営やスタッフにトニーが飛び入り参加することを伝えたりするのが今日の俺の仕事なんですね、わかります。

 ポッツさんがイライラしていて、原因はトニーが勝手にナタリーという女性を秘書にしたことらしい、それはわかりません。

 トニーがテレビカメラや観客に手を振っているのを見ていたら、ポッツさんから通話が入った。

 

「ナズ、知ってたの!?」

 

「知ってました」

 

「なんで教えてくれないの!?」

 

「教えようとしたのですが、秘書が新しい人になったじゃないですか。俺って人見知りなので、そういうちょっとしたイベントの開催をお知らせできるようになるには時間がかかりそうです」

 

「それなら私に伝えて!」

 

「え!? 社長にそんな雑事を!?」

 

「ああもう! 白々しい!」

 

 一方的に怒鳴られて、電話を切られてしまった。

 俺は控え目な性格だから受け身に甘んじてしまうので、こうやってトニーやポッツさんに巻き込まれるんだ。

 なんて悲劇のヒロインなのかしら……。

 俺もなー伝えたかったけどなートニーがなー教えるなって言ったしなー。

 あとナタリーとかいう人が信頼できないというか。

 俺に対して表面上はなんとも思ってない感じなのに、警戒している雰囲気を感じてしまう。

 女性の二面性とかめっちゃこっわ、近寄らないでおこう。

 

 明日の朝食の候補を考えながら、ダイアモンドビジョンを眺めていた。

 映像には白熱するレース展開が映し出されていて、トニーもかなり順調に順位を上げていた。

 シリアルは味が無いのが多いし、あってもゲロ甘いからなぁ。

 後でカリカリポッツさんがトニーを叱るのだろう、巻き添えの可能性もある。

 嫌だなー、ポッツさんの愛称ってペッパーなんだよなぁ。

 カリカリベーコンにペッパーとか、明日の朝ご飯はベーコンエッグに決めた。

 

 ……邪気がきたか!?

 

 嫌な感じがしたので探ると、半裸の男が鞭で地面をばしんばしんと叩きながら歩いていた。

 これで鞭が電気を纏っていなかったらHENTAIが単に混ざってしまっただけだと納得したのだが。

 男の傍を避けて通りすぎようとしたフォーミュラカーが、鞭で真っ二つにされた。

 いや、車体は炭素複合材などとは言えどもすんなりと切断とかどんだけやべー鞭なんだよ……。

 なんとかサーキット内に入ろうとしていると、トニーの車が!

 これはまずいやつですよ、トニースタークさん!

 

 ……トニーはアイアンマンスーツが無くても空を飛べるんだなって^q^

 

 

 

 空を飛ぶというか、宙を舞ったトニーを回収。

 鞭男が鞭を振り回して徐々に距離を狭めて来ていた。

 よく見れば鳩尾のあたりにはよく見る光が灯った機械があった。

 

「トニー! あれは一体!?」

 

「アーク・リアクターだ」

 

「見ればわかるんですがそれは」

 

「じゃあ何で聞いたんだ。で、わかるか」

 

「わかります。ここでよくあるあれです。良いニュースと悪いニュースがあります」

 

 目線を送られたので頷く。

 トニーもわかっているだろうが、落ち着くためにちょっと思考へ意識を送るだけの作業みたいなものだ。

 

「良いニュースは」

 

「おそらく基礎は同じ設計図を元にしていますね。そして形状は作成した人の好みが出ます。確かにトニーの物に似ていますが、明らかに癖や造形が違いますから何かしらの理由で流れた、というのは無いですね。外装を弄ったとなれば不備や歪さが外観に出ますから。で、そうなると悪いニュースはあれがオリジナルってことです」

 

「流石アーク・リアクター博士だ。一目で外装がどうとか言われても困るが、まあ、小型化も、出来なくはないだろう。それくらいの能力を持つ敵が現れることは想定はしていた。……もちろん私が一番天才だが」

 

 アーク・リアクターに対する深い知識を持ち、小型化に成功するほどの知能を有している。

 それから導き出される答えはただ一つ。

 

「アーク・リアクターを持つ三人が集まった。これは選ばれし者の戦いということになりますね」

 

「なるほど。つまり本物のアイアンマンを決める戦いってことでいいんだな?」

 

「……っ! 盲点でした」

 

 俺がドヤ顔でアーク・リアクターを取り出すと、したり顔でトニーが言った。

 なるほど、俺の上司はやはり出来る男だ。

 

「ならばここで決めましょう、真のアイアンマンを。戦わなければ生き残れない! ヘンシン!」

 

 右手に持ったアーク・リアクターを見せ付けるようなポーズを決めて静止。

 トニーもとりあえず胸元の光をアピールしていた。

 鞭が飛んできたのでひょいっと避ける。

 頭部を守らない人間の思惑などスケスケだぜ!

 しかし常識を知らないのは困る。

 普通は変身中に攻撃しないで待つのが常識だし、そもそもお前は変身しないのか。

 クソほども空気が読めない敵だ、最低のクズだよこいつ。

 ちなみに敵は半裸で両手に持った鞭を振り回しているし、当然のごとく俺は変身できないし、何故かトニーも変身していない。

 

「……? 変身してもいいですよ?」

 

「悪いがスーツは置いてきた。レースに荷物は不要だ」

 

「それじゃあただのトニーじゃないですか」

 

「勘違いしないでもらいたい。今日の私は天才レーサーことトニー・スタークだ。戦いよりも速さに身を捧げることで優勝していたはずだった」

 

「いや、車も吹っ飛んだのでレーサーですらないです。屁理屈こねてるただのおっさんですよ」

 

「待て! 天才は合ってるぞ!」

 

 胸元全開でだらしなく肩にかけるように着ていたレインコートのフードを被る。

 丈と袖、フードのすべてが長いために尺余りを起こしている。

 ポケットに持っていたアーク・リアクターをセットすれば準備完了。

 視界にはAIによる補助データが広がり、背部から4本の機械義手が姿を現す。

 動体反応に合わせて、飛来した鞭を叩き落とす。

 

「これはまずいですよトニー!」

 

「何がだ!」

 

「申し訳ないのですが、この場で1番の無能がトニー・スタークという事実が浮上しました。今後のご活躍をお祈りいたします」

 

「ハッピー! ペッパー! スーツを持ってきてくれ! こいつらに本物のヒーローを教えてやる!」

 

 

 

 4本に勝てるわけないだろ!

 いい加減にしろ!

 と、四方から攻め立てる。

 万能で医療用だからね、伊達じゃない。

 電気にも強いし、火にも凍結にも強い。

 

 こんな素晴らしい義手が今ならなんと2億ドル! 脳波が強いお客様は是非!

 え!? 脳波が弱い!? ご安心を!

 今なら脳みそや脊椎に電極をたくさん刺して、ジャブジャブ薬漬けにすることで最低限の動きを保証します!

 幻聴や情緒不安定、脳への負荷、身体の不随、神経の燃焼、人間性の消失など不具合については保証いたしかねますので頑張ってください!

 

 ってわけで俺の判定勝ちで終わりそう。

 エネルギー切れまで粘れば判定が始まるのだ。

 わざと鞭に機械義手を絡ませ、負荷をかけて無駄に放電させる。

 力負けもありえない。

 どうせ筋力アシストも見た目通りだろう、大リーガー強制ギプスみたいでしょうもない補助しか……あああああ!

 

「あああああ! こいつずるいですよ! 三味線弾いてました!」

 

 鞭から伝わる電気が増す。

 パワードスーツと呼ぶにはあまりに簡素で最低限アシスト装置でありながらも、鞭を使うには最大限の補助を得られている。

 つまりエネルギー切れを狙うには頭が悪かった、俺の。

 絶縁破壊されかけた機械腕をパージする。

 医療用の義手が明らかに戦闘用として作られている鞭に勝てるわけないだろ!

 いい加減にしろ!

 不利になってしまったので別の手段が必要だ。

 

「ほわああああああ!!!! こうなったらプランHです!!!!」

 

「プランH!? 私は聞いたことが無いぞ!?」

 

 残っている2本の腕を無茶苦茶に振り回し、プランHの発動を宣言。

 自暴自棄っぽい俺。

 なんだそれ、と目を見開くトニー。

 チャンスだと思ったのかにやりと笑う鞭男。

 

「俺が焦ったフリしてハロルドさんが車で轢きます」

 

 ズドン、と十分に加速した高級車に轢かれて宙を舞う鞭男。

 人が吹っ飛ぶときはやたらとスローモーションに感じられる。

 目と目が合ったので、ばちこーん☆とウインクしておく。

 魅力的な男は嘘も似合うのだ。

 

 ……人間はアイアンマンスーツが無くても空を飛べるんだなって^q^

 

 

 

「これはまずいですよトニー!」

 

「何がだ!」

 

「電池が切れそうです。いや、実際に普通の人がイメージする電池を使ってるわけじゃないですけど、そういう表現というか。でもまあ、アーク・リアクターも電池か……」

 

「なら問題はないな。今のトニー・スタークは皆に必要とされ、愛される本物のヒーロー」

 

 スーツケース状の携帯型アイアンマンスーツを着用したトニーが言う。

 

『私がアイアンマンだ』

 

 やっぱスーツの着用時が1番かっこいいのではないだろうか。

 一日中見ていたい機構だ。

 開発した苦労も報われる感じがする。

 着脱の順序やカッコよさについてはトニーといつも論争する。

 ぶっちゃけ新型開発の9割は着脱の論争してる。

 

『選手交代だ。……これはまずいぞ、ナズ』

 

「え、何がですか」

 

『この場で1番の無能がナズだ』

 

「いや、俺は応急処置ならできるんでセーフ。1番の無能はレーサートニーなのは揺るがない事実です」

 

 専属運転手のハロルドさんは鞭男を轢く役だし、ポッツさんはスーツを準備して運搬した役、トニーはスーツを手にしてヒーロー役に躍り出た。

 敵は鞭を持っているし、敵役という不可欠の要素だ。

 義手を2本失った俺が仕事を持っていないかのように見えるが、実際の本業は衛生兵役だ。

 無理に前衛を張っていたのが、後衛に戻っただけ。

 暫定1位、レーサートニー。

 

『天才レーサーのトニーは実はアイアンマンだったからセーフだ。そして何故かレーサートニーは死んだから汚名は抹消された』

 

 謎の打ち消し理論を残して鞭男を、余裕の歩みで迎え撃つトニー。

 ついでに殺されたレーサートニーには涙が出る。

 と思ったらぼこぼこに鞭ではたかれ始めた。

 

「これはまずいですよトニー! マーク5は装甲が薄いです!」

 

『それな! 実は無能脱却の喜びからレーサーのトニーが出てきてしまっていた! 車とともにレーサーは召されることを望んでいたのに!』

 

「頼むからレーサーは成仏して! というかそれってつまり忘れてたってことですよね!」

 

『天才にだって忘れることはある! とりあえず仕切り直しのプランHだ!』

 

「オッケー!」

 

 ズドン!

 ちなみにズドン!というのは鞭で拘束されていたトニーが叫ぶのを合図に、残った義手の片腕で鞭男を抑え、もう片方の腕で高級車を正面からぶつけたために発生した音だ。

 運転手のハロルドさんが驚きのあまりアクセルを全力で踏んだらしく、轢き逃げしてフェンスにぶつかって止まった。

 鞭男がまた轢かれちゃったーこの人でなしー。

 

『よし、ヒーローのトニー・スタークが来てくれたぞ』

 

「いやもうわかんないですって」

 

『まあ見ていろ』

 

 詳細は省くが、めっちゃボロボロになってアイアンマンが勝った。

 途中で鞭男が車から漏れ出たガソリン液に鞭を叩きつけて吹っ飛んだりとドジっ子アピールがあったことは秘密だ。

 あ、テレビで放送されてたわ。

 

 

 

「負け犬め! スターク! おまえは負けたんだ!」

 

 口を切ったのか、血を噴き出しながら叫ぶ鞭男。

 その名前の由来となった鞭はその手にないし、アーク・リアクターは俺の手にある。

 大リーガー強制ギプスよりも粗雑な筋力アシスト用のフレームに包まれた半裸の男が引きずられる姿は、なかなかにシュールだった。

 その姿を目で追っていると、脳内で上院議員の放送禁止用語がBGMで流れてしまった。

 

「レーサートニー、言われてますよ。レースに負けたって」

 

「今はヒーロートニーだから聞こえないな。そもそもレースも中止だ」

 

「確かに」

 

 レーサートニーの名誉は守られた……!

 

 

 

 

「というかレーサートニーって死んだのでは」

 

「何故か死んでいたが、さっき何故だか生き返った。きっとどこかのレースで優勝してくれるだろう」

 

「雑すぎる……!」

 

 

 

 

 

 とりあえず留置所にぶち込まれた半裸鞭男にトニーが尋問するというので付いていく。

 偽名で入国、背景になんらかの組織の影は無し。

 個人の行動の末が今回の事件だ。

 

 拘束されている部屋に入ると、ほとんど下着1枚の姿になった臭そうな姿の男が座っていた。

 武器は強いが使いにくいし性能もいまいちだ、とトニーが採点し、中国や北朝鮮に売るにはちょうどいいと煽った。

 お前のアーク・リアクターのほうが粗悪品だから闇市場が似合ってんだよっていう挑発である。

 

「すべての悪人と同様に歴史を書き換え、闇に葬ろうとしている。父の設計図からアーク・リアクターを作った。お前の一族は盗賊で人殺しだ。全ての悪人と同様に……」

 

「トニーの一族が悪人だとしても、トニーはヒーローとして活躍(・・)しました。そして貴方の一族が善人の一族だとして、貴方は悪人として活躍(・・)した」

 

「……」

 

 俺に一切視線を寄越さなかった鞭男が、睨みつけてきた。

 洗ってない鳥の臭いがするぞこいつ。

 

「貴方の一族が、まあ、もしもの話ですが。貴方の信じる様に、スタークに奪われた無辜の、ふふ、いえ、失礼。哀れな善人の人々の一人だとしても、誰も興味なんてありませんよ。貴方が暴れたということと、貴方という人間を生み出した一族はなんて野蛮なんだろうという評価を与えられて終わりです」

 

「父は奪われた」

 

「それは事実ではありませんね。あまりにも貴方の主観に依りすぎる。事実だとしても何の意味も無くなってしまった。ここでの事実は、貴方が受け継いだ知識と才能を使って無責任に暴力を振りかざしたことです。それとも設計図に書いてありましたか? 開発した物で好きなだけ暴れなさい、と。貴方の父は言ったのですか、好きなだけ暴れなさいと。ちなみにハワード・スタークの設計図にはそんなこと何処にも書いてありませんし、トニーにそんなことを伝えたことはありません。貴方が貴方の意思と思考で、貴方の父と、連なる一族の顔に泥を塗ったのです。それは貴方の活躍(・・)と、その活躍(・・)によって怯えた観衆が証明しています。貴方は父のためだと言い訳をして、貴方の溜飲を下げるために与えられた物を利用した。それが真実だ」

 

 それっぽいことを言って、反論を許さず退出する。

 会話の内容はぶっちゃけどうでもいいのだ。

 断言すればそれっぽいじゃん。

 というか釣りの餌に何かを思うのって間違いじゃん。

 もしくは鳥の餌。

 

 そもそもアイアンマン使ってるだろうって言われたら、それなって開き直るしかないし。

 基本的に会話の中身はゼロだろうと、言葉数と勢いで押し込んでみれば真実っぽいのだ。

 罵って僅かばかりでも傷さえ付けばそれでいい。

 悪意や怒りは感情を鈍くさせるが、心に傷がつくと鈍っていた心が目覚めることもある。

 その目覚めた心の善悪に興味は無いし、どうなろうとも知ったことではない。

 すべてに責任を持つことはできない。

 冷静になれば目的を思い出し、はっきりと向かってくれればいい。

 個人で活動した結果が今回のようにある意味で衝動的だったのだから自分の手で決着を付けたいはずだ、地下に潜って逃げ続けることは無いだろう。

 次も来るはず。

 トニー以外にもアーク・リアクターを作ることができると周知することは小目標だったのか、それ以上だったのか。

 どちらにしても、わかりやすい魚が釣れるはずだ。

 次いで隠れた主でも出てくるだろうが、それはまた別の機会になるかもしれない。

 今回で横入りされる要素を減らし、その先で禍根を断ち切ればいい。

 

 まあ、勝手にトニーが問題を作るんですけどね^q^

 

 

 

 留置所が爆破されて、鞭男は死んだらしい。

 

 

 

 

 

 --4

 

「中佐、どうかしましたか。随分と怖い顔ですね」

 

「……上の騒ぎは?」

 

「知っていますよ。今日は上中下と全体的に忙しそうで退屈しなくて済みますね」

 

 「退屈したことありませんけど」と付け加えると、ローズ中佐は険しい顔をした。

 上層はアイアンマンのテクノロジーを使った鞭男のせいで起きた会社の信用問題への対処に追われているらしい。

 中層はトニーが開いたパーティーが行われていて、中佐が看過できない問題を起こしているらしい。

 そして下層とはここだ、騒がしすぎるので俺はここで過ごしていたが、中佐が何かを決心した顔で飾ってあるアイアンマンスーツへと近寄っていく。

 俺からすれば問題ではないのだけれど、中佐にとっては大問題のようだ。

 価値観の違いというのは難しい。

 

「……その騒ぎを知っているのに君は何をしてるんだ?」

 

「体内に留まる重金属を取り出すにはどうしたものか、という自由研究に集中しています。濃縮とか起こさせて体外に排出する感じかなって。人体は異物を排出することができるので、調整できれば解決できたも同然ですよ。今なら何が起きても気づかないくらい集中していますね」

 

 これは直接体内に入れるのではなく、透析に近い形で利用したほうが人体に優しいだろうか。

 一度取り出した血液に反応させ、重金属を濾し出すイメージ。

 悪くないかも。

 

「……止めないのか?」

 

「何を? やせ我慢している相手に「大丈夫ですか」とか「野菜ジュースより別のいいものを作りましょう」とか「スーツを着たら義務に縛られますよ」と声をかけるのは機械がやればいいんですよ。素知らぬフリをして接するのが人間の気遣い(・・・)です。だから俺はいつもと同じことを言うだけですね」

 

 どちらを、と聞くのが正しかったのかもしれない。

 マークⅡを着込んだ中佐が歩き出す。

 わかったら知らないフリできないのが機械で、わかっても知らないフリをして機械のように普段通り接するのが大事って話だ。

 

「前の測定値とほとんど変わりませんね、ばっちりです」

 

「……トニーには相応しくない」

 

「中佐は相応しいのですか?」

 

 結局は権利なんてどこにもなくて、運とか気分で決まるんですよ。

 俺の呟きを無視して中佐は上へと昇って行った、トニーのレクチャーを受けるのだろう。

 誰もが相応しいと認めるのは形骸化したヒーロー、そしてその復刻版だけだ。

 そうなると残念ながら誰にもなれない。

 わかりやすい完璧な正しさはどこにもない。

 

 まあいいか、と作業に戻る。

 口笛を吹きながらドックオックや手を動かす。

 手荷物の準備は出来た。

 気遣いできる人間はこっそりと準備しておくのも重要だ。

 気乗りしないが口笛を吹きながら上の階へと向かう。

 試しにセグウェイを改造したが、改良点は星の数ほどありそうだ。

 

 

 

 親方! 天井からアイアンマンが降ってきた!

 

 

 

 アイアンマンとアイアンマン(仮)の殴り合いを背景に、観客に死にたくないなら帰る様に伝える。

 逃げ出した者もいたが、物珍しげに写真撮ってる馬鹿も多い。

 一般人への照準誘導は外しているとは思うが、何が起こるかわからない。

 リパルサー・レイなんて当たると死ぬほど痛いぞ(痛いでは済まない)

 アイアンマン(仮)を下の作業場に落としたアイアンマンが、残っていた観客に吠えると、急いで散って行った。

 その後も乱闘は継続していたので、見守る。

 ばかっつらー! やれやれー! やれやれー! ルール無用目つぶし急所狙いあり! と内心で煽りながら見守る。

 あ、今の俺って流行りのやれやれ系ってやつじゃなかった?

 

『手を下ろせ!』

 

『断る!』

 

 互いに手を翳し、リパルサー・レイをチャージし出す。

 ローズ中佐の静止を拒否するトニー。

 リパルサー同士の衝突は非常にまずいので、ベイマックソの後継機である『ベイマックス』の中に隠れる。

 最近はヘリウムや水素の同位体元素も混ぜてるから、なんと言うか。

 核融合の失敗が起きつつ小さな爆発が起きるかもしれない。

 まあ普通に失敗したら爆発する要素なんて無いから問題は無い……ことも無いが爆発よりは大したことではない。

 この場にいるのは全員善人だ、日ごろの行いも完璧で爆発なんて起きるわけがないんだ!

 

 起きた^q^

 

 

 

「これはトニーの普段の行いのせいですね」

 

 アイアンマン(仮)が無言で飛んでいく姿を見送っていたトニーに、ベイマックスから出て話しかける。

 俺が言ったことが指しているのは爆発についてか、飛んで行ってしまった親友についてか、それとも逃げてしまった秘書や社長についてだろうか。

 暗闇の中、瓦礫に身を預けて佇むアイアンマンスーツとか哀愁が漂ってる。

 写真を撮って売りに出したら高値が付きそうだ。

 誰が買うって?

 上院議員とハマー社でしょ。

 

『……スーツが盗まれたぞ』

 

「なんと、気づきませんでした。スターク、ヴァンコに続く抹消された共同研究者による技術で開発された新型かと思っていましたよ。もしかしたらハマー社かな。タイムマシンが完成して20年後から来たのかも」

 

『……何をしていた』

 

「ラボでセグウェイの調子を見ていましたが、集中しすぎたのかも。ただパーティーが騒がしかったので、盗まれるときの物音も聞こえなかったのかもしれません。不注意でしたね、すみません」

 

『……責任問題だ』

 

「警備は俺の仕事ではないです。果たす責任はありません。そもそもハマー社じゃなくて、トニーの親友が持っていったじゃないですか。ギリギリセーフですよ」

 

『……そうか、そうだな。……いや、違うな。……いなくなるのはダメだ。ハマーに行ってしまうか……? うん、ああ……』

 

 トニーはスーツのフェイスカバーを開かないまま、俺はレインコートのフードを被ったままだった。

 呟きが、アイアンマンの音声として変換されて漏れ出ていた。

 俺たちは僅かでも余裕があれば『顔』を見合わせる仲だ。

 スーツを着ていようともそれは変わらない。

 

『ナズ。これから君には長期の休暇を取ってもらう。私が呼ぶまで好きにしていて構わない。ただ、家から出て行くことでスーツが盗まれたことを不問とする』

 

「わかりました」

 

 口笛を吹いてアイアンマンの前を通り過ぎようとして思い出す。

 

「あ、コーヒーは何が飲みたいですか」

 

『……いつもので構わない』

 

「ドーナツも?」

 

『……ドーナツも』

 

「冷えない内に持ってきますね」

 

 

 

 吹きさらしとなった豪邸を出ていく。

 俺の後を自走するセグウェイが付いてくる。

 試しに無線式の物を作ってみたが、微妙すぎる。

 セグウェイというよりも俺が慣れてないのがしんどい。

 口笛で意識を誘導しないと、セグウェイがあらぬ方向へ行ってしまう。

 要訓練だ。

 

「どうして残っていたか気になるんですね。何も言わずにいなくなっては関係の修復は面倒です。望んでいたとしても寂しいじゃないですか。自分から遠ざければ、再び理由を付けて近づくのは何も言わないよりも容易ですからね。少し言葉で誘導したのは否めませんが。スーツを着ていても完璧に防げるわけではないですからね。ところで近くの街まで車で乗せて行って貰ってもいいですか。あ、もしかして喋りたかったのでしょうか。すみませんね、人見知りなので話すのが苦手なんですよ。綺麗な女性と話すのも緊張してしまって口数が多くなってしまうんです。ロシアからですか、ああ、違ったみたいですね。これはとんだ失礼を。嘘つきすぎなんじゃないですか。俺もちょっとわからないくらいで、ふふ、嘘です。魅力的な男は嘘もつくし、魅力的な女性も嘘をつくんです。褒め言葉ですよ? それで……乗せてくれるんですね、ありがとうございます。そんなにイライラして仕事になるんですか? まあ表面上に出さなければ大丈夫ですよね。すごいすごい。……ところで、俺を乗せることを決めたのは貴女の意思でしょうか。俺が誘導したかもしれませんよ。どちらの可能性もありますよね。そんなに深く考えなくて結構です。冗談ですから。ほら、俺は心に棚を作って厳格なルールを納めてますから。善人は悪いことはやらず、悪人が悪いことをやるべきって。棚上げして無視したりもしますけど。あ、調べた通りでしたか? 違ったみたいですね。そういうものです。スーツは素晴らしいけれど、中身はユニークじゃないですか。俺にとってはとても興味深くて魅力的です。それでは改めてお願いしますね。あ、そういえば名前はなんでしたっけ。自分が気に入ってるやつでいいですよ」

 

 トニーが新しく雇った秘書の女性が居たので楽しく会話した。

 相手は口を開いてないけど。

 会話のドッジボールなんて寂しいとウィットに富んだジョークも交えたら警戒されてしまった。

 

 フード外し忘れて癖が出ただけなのになんでー^q^

 

 

 

 

 

 --5

 

 空き缶をセグウェイに乗せ、口笛を吹きながら拾ってきた石を両手に持つ。

 手ごろな大きさの石が俺のパフォーマンスには欠かせない。

 ぶつけ合うことで破片が飛び散る。

 周囲からは立てている音への抗議や、怪しいアジア人への偏見の視線を向けられる。

 チラッとこちらを見て走り去るランニング中の男性もいた。

 時々来ているので、常連客もいるからいきなり警察を呼ばれることもないはずだ。

 

 自然公園のベンチでやることではないかもしれないが、暇なので許してほしい。

 時には強く、時には繊細に、時には空中で無駄にぶつけ合う。

 出来たと罅の入った石を地面に強く叩きつけるように置く。

 そうすると、破片がぼろぼろと零れ落ちて無駄な部分が無くなるのだ。

 はい、数分でアイアンマンとアイアンマン(仮)の彫像の完成です。

 不審者を見張っていた子供連れの主婦連中や、何も考えずにぼーっとこちらを見ていた学生、ランニングしていた男性が「マジで!?」という顔で見てきた。

 マジやぞ。

 特にランニングしていた男性は、最初に石をぶつけあわせていたところを見た後に走り去って、また戻ってきたら彫像ができていた感じだから驚きも増したかも。

 

 口笛を吹いて、空き缶が乗っているセグウェイをアピールする。

 俺の印象は怪しいアジア人からストリートパフォーマーにランクアップできたようで、空気が柔らかくなった。

 母親に小銭を受け取った子供が走り寄ってきたので、セグウェイが迎える。

 ちゃりんちゃりんと小気味の良い音を鳴らしながらセグウェイがゆっくりと走る。

 学生がテキトーに投げて明後日の方へと飛んだ小銭も、見事にキャッチできる。

 そう、無線で動くセグウェイならね。

 

 口笛を吹きながら、ポケットから長さ5cmほどの細い棒を取り出す。

 全部で4本用意したら、セグウェイに取り付けた鞄から粘土を取り出す。

 粘土をこねて、形を作り、中央に小さなビー玉のようなコアを入れ、手足に棒を差し込み、セグウェイに積まれたリパルサーで炙れば完成。

 はい、アイアンマン。

 アイアンマンをセグウェイに置き、小銭の入った缶を持たせる。

 口笛を吹いて、セグウェイで再びアピールするも、さっきのを見たからなぁ、という鈍い反応。

 それでもランニング中の男性が小銭を放ってくれたのでセーフ。

 見当違いの方向へ飛ぶそれを、アイアンマンが缶でキャッチした。

 驚く観客に、ドヤ顔でアピール。

 実はこの粘土細工、飛べるし動ける。

 関節をきちんと作ったし、中央には姿勢などの安定化装置、手足には細い棒状のリパルサーを積んでいるので飛べる。

 繊細な微調整が必要なので、俺にしかできない(たぶん)

 

 鞄から新聞と水あめを取り出す。

 セグウェイに取り付けてあるリパルサーで水あめを加熱し、とろみを出す。

 広げた新聞の一面だけを取り出し、匙で掬った水あめでササッと絵を描き、ちょっと斜めにして太陽に透かすと水あめの影がアイアンマンになる。

 ちなみに水あめの枠組みの顔部分は、パーティーで観客を驚かせたアイアンマンのフェイスカバーだ。

 その新聞を束の表紙に戻す。

 そしてぺらぺらと捲りながら水あめを何か所かに張り付けていく。

 最後に、さっき作った小型の空飛ぶアイアンマンを手に取って、スラスターで不要な部分を焼いて切り抜けば完成。

 子供サイズのアイアンマンスーツ(新聞)である。

 いくつかのパーツに分かれていて、顔の部分がアイアンマンになっている。

 さらにところどころアイアンマンの不祥事で彩られて視覚的にも情報的にも無駄に赤い。

 切り取られて残った新聞の記事や文字を繋ぎあわあせて「アレルギーある?」と表記したチラシを一枚作る。

 手前の子供に被せながら、口笛で観客の前をチラシが張り付いたセグウェイが走る。

 

 放り込まれる小銭の音や、新聞でできたアイアンマンスーツを着ている子供の写真を撮る音を聞きながら、水あめを匙で掬う。

 背中から展開したマニピュレーターに串を掴ませ、水あめを絡ませる。

 ぐるんぐるんと動かせば、アイアンマンを象った飴が完成する。

 アレルギーが無さそうなので、テキトーに飴を配ってサービス終了だ。

 握手に応じたり、一緒に写真を撮ったり、新聞スーツのアイアンマンとポーズを取ったりしてお開きとなった。

 

 人気すぎるぜ俺ぇ^q^

 

 

 

 缶を持ち上げればドル札や小銭で溢れている。

 いい感じに小銭が溜まった重さだ、コーヒーとドーナツを買うだけではなくて食事も楽しめそうだ。

 セグウェイで街中を移動して、どこかで朝ご飯を摘まもうかなと。

 ただし、ここで注意点。

 俺はチップという文化が苦手である。

 

 チップは支払いと一緒にほとんどトニーが済ませてくれるし、そうでなくともそこらへんはポッツさんが大体やってくれる。

 おっと、俺の他人に依存しきった雑魚の部分が露呈してしまった。

 苦手といっても出来ないわけじゃない。

 コックさんにもチップを渡したいときとかがあって、華麗にできないだけだから勘違いしないでほしい。

 確かにウェイターは給料が少なく、サービスする場を提供されて働いているだけだからチップを払うのはわかる。

 経営者的にはそもそもサービスの満足度じゃなくて金を渡しておけよオラァンって意思もあるけど。

 まあ、それだけじゃなくてこの料理うまいなぁ、俺には作れないなぁ、作った人に渡したいなぁってだけだ。

 トニーだったら気に入った料理を食べたら指ぱっちんして「シェフを呼んでくれ」みたいな感じでドラマっぽく呼びつけて、「素晴らしかった、これで研究して次はもっと美味しい物を頼む」とか言ってサインとチップを押し付けて心づけするスタイリッシュさ。

 まあ、帰りにハンバーガー食べるからカッコよさを打ち消すけど。

 俺だと「これおいしい! これもおいしい! みずまでおいしい! おいし……おいし……^q^」って感じで、「チップうへへへチップチップ^q^」とチップを添えることしかできない。

 

 そういうわけで、壮年の夫婦が半ば趣味でやっている喫茶店で朝と昼の合いの子の食事を済ませることにした。

 メインは家賃収入らしいので、部屋が空いていれば1日単位で泊めてくれたりする。

 チミチャンガが置いてある近隣の店の中で一番美味しく、雰囲気も穏やかな隠れ家だ。

 まあ、チミチャンガ食べてると毒電波受け取りそうだからブリトーを食べるけど^q^

 ワンプレートでお腹いっぱいになれる素敵な料理と一緒に飲むのはもちろんコーラなんだよなぁ。

 

 新聞を読んで待つ。

 ニューヨークで2体の巨人が争ったとか、映画かアニメみたいな記事が書かれていた。

 緑の巨人らしい、植物が知性を持ったとかだろうか。

 ……ないな。

 変なことを考えていたらサラダとスープが置かれる。

 サラダは大き目の深皿、スープはほどほど。

 それを食べているとブリトーがやや大きめの皿で置かれる。

 ブリトーは通常時だとさらに大きいらしいのだが、俺にアメリカンサイズは無理だ。

 偶にしか店に寄らない俺だが、好みを把握してくれている老夫婦のサービスは細やかだ。

 時々娘が手伝っていることもあるが、これだってチップをテキトーにやっても問題ないので落ち着く。

 

 皿を空にして、残ったコーラを飲みながら次の予定を立てる。

 ドーナツ買って、コーヒー買えばいいか。

 必要なお金を取り出して、レジに空き缶を置く。

 釣りは要らねえぜ。

 「また追い出されたのか」って店主のお爺ちゃんに言われた。

 長期休暇なんですけど?

 ため息吐いた店主が、何も言わずに指で示した壁際には空き缶の山とトニーのサイン入りの写真が……!

 写真の下には無駄に高そうなネームプレートに『キルスコア』と刻まれていた。

 ネームプレートは余ったおつりとチップで買った物だ。

 俺はまだ死んでないんですがそれは^q^

 

 「またストリートか。泊まっていくか?」と誘われたので断る。

 深夜に誘ってほしかった。

 美女とドライブして街で放り出されたからな。

 やっぱり女ってクソだわ(偏見)

 そういえばトニーにも突然の休暇で放り出されていた。

 やっぱり男ってクソだわ(偏見)

 よし、平等になった。

 

 それよりも今は既に迎えが来ているんだ。

 店を出れば高級な車が待っていて、後部座席の窓を開けてハマー社の社長が出迎えてくれた。

 俺くらい日頃の行いが良ければ足が向こうから来るってはっきりわかんだね。

 

 

 

「最初にドーナツ店でお願いします」

 

「ドーナツと言えば私がよく行くホテル、そこに併設された店におススメがあってだね……」

 

「いや、チェーン店で結構です」

 

 ハマー社長が色々と話しかけてくるが、変な表現が多くてわからねぇ!

 教養が無くてすまない!

 アイアンマンスーツしか作れなくてほんとに申し訳ない!

 ベイマックスのほうがハマー社のパワードスーツよりも優れているとトニーに言われてマジすまねぇ!

 

「君も」

 

「はあ」

 

「あの、スタークのスーツは作れるのか」

 

「どのくらいで満足できるかによりますが」

 

 とりあえず俺もスーツを作れるってことが知りたかったようだ。

 変な比喩表現は分かりにくい。

 特に外国を絡められると無理だ。

 

「それで、いくら欲しいんだ? ん?」

 

「え、何がですか?」

 

「給料だ。我が社ではいくらで働く? スタークの2倍、いや、3倍は約束しよう」

 

「給……料……?」

 

「他にも要望があれば叶えて見せよう」

 

 そもそも俺いくらもらってただろうか問題が発生する。

 そしてトニーも俺にいくら払っているかわからない問題が発生するかもしれない。

 深淵を覗いたら深淵も覗き返してくるのと同じように、俺が給料を知らないからトニーも知らないだろうってなる。

 税金も払ってるからセーフ、たぶんトニーが。

 

「そうですね……高いですし、要望も難しいですよ?」

 

「構わない。言ってみろ」

 

「簡単なんですけどね。ヴィブラニウムを100キロくれたら考えます」

 

 超希少な金属で市場にもほとんど出回らず、1グラムあたり1万ドルで取引されているとかいう頭のおかしさだ。

 アイアンマンスーツをその金額で買えるとなったら諸手を挙げる大企業が後を絶たないだろう。

 しかし、金額もそうだが、まずまとまった量を手に入れることが困難だ。

 流通量が絞られていて、厳しい基準をクリアしないと僅かな量すらも手に入れることが叶わない。

 この金属を使い捨てにするという頭ヴィブラニウムなことを何時かはしたい。

 

「100……!? ……分割でも?」

 

「まあ、いいでしょう。ただし20キロごとでお願いします」

 

「掻き集めればなんとか……。いや、しかし、そこまでする必要が……」

 

 ハマー社に使い道なんて見つからないだろうから、ホントに集めてたら後で買い叩こう。

 兵器に使うにはもったいない希少な金属だ。

 精密機器に使うかもしれないが、それだって量産性を持たせられないことに気づく。

 気づいても気づかなくても、使って作れば会社のディスプレイ用に飾る高価な置物の完成である。

 アーク・リアクターと同じで30年ほどで使い方を見出すかもしれない。

 うーん、トニーに買ってもらうしかないなこれは。

 

「あとは野球ですね。パワードスーツで野球」

 

「野球か、それは簡単だな。完成させた暁には選手に着せて、スタジアムを借り切ってプレイさせることで宣伝させよう」

 

「そうではありません」

 

「何……? 記念に球場を作れとでも? それともメジャーリーガーに着せるルールを制定しろと?」

 

「違います」

 

 そうじゃねーよ。

 なんでそうなるんだこいつ。

 折角苦労して作ったのを見知らぬ他人に使わせるとか愉快すぎるだろ。

 身内で遊ばないとか、心に遊びがなさすぎじゃない?

 トニーは凄いぞ。

 「現代兵器最強のアーマーが完成した」からの「よし飛ぼう」という謎の行動。

 俺でもびっくりする凄さ。

 そもそも「現代兵器最強のアーマーの設計図書いた」からの「実は飛ぶ」という謎の機能。

 凄い男だ……。

 そして「現代兵器最強のアーマーが完成した。アップグレードも済んだ」からの「紛争を止めよう」とか言い出して自ら飛んでいく。

 俺が言葉も出ない発想力と、他人に任せない行動力。

 凄過ぎない???

 

「……さて、送っていただきありがとうございます。野球についてわかったか、ヴィブラニウムが用意できましたらご連絡ください」

 

「まあ待て」

 

「まだ何か?」

 

 車から降りたら、窓が開いて引き留められた。

 そんなに引き留めたいならブレーキランプでも光らせたらいいのではないだろうか。

 5回くらい。

 そしたら俺は無視してドーナツ買う。

 

「スタークは泥船だ、わかっているのか? 確かに豪華客船に乗れる恰好ではないが、遠慮することはない。恥ずかしがらずにすぐにでも乗っていいんだぞ?」

 

「お誘いありがとうございます、ですがやはり結構です。社長はスタークが泥船とわかっていて水に浮かべると思いますか?」

 

「……」

 

「サモトラケのニケが最も美しい理由はなんだと思いますか? わからないから素晴らしいのです。俺の主観ですけどね」

 

 もちろん知恵や知能だけの話ではないですよ、キメ顔で俺はそう言った。

 「後悔するなよ」という言葉と舌打ちを残して走り去った。

 ヴィブラニウムは期待できそうにないと思いながら俺はドーナツ店へと入っていった。

 

 

 

 

 

 --6

 

「ミスター、少しよろしいでしょうか」

 

「はい、ええっと……コールソン捜査官でしたか。もちろんです。その前に、事件の折は大変お世話になりました。尽力していただいたのに、我々が大変迷惑をかけてしまって申し訳なく思っています」

 

「いえ、それが私の仕事でしたので」

 

 ドーナツ店で強盗に遭っていたら声を掛けられたので、振り返ると「私がアイアンマンだ」の奔走に一役買ってくれたコールソン捜査官が微笑みを浮かべていた。

 事件についても軟着陸できるように準備してくれていたのに、横紙を破って迷惑を掛けっ放しという失礼をしても穏やかに対応してくれる紳士だ。

 こめかみに銃を突きつけられているが、構えている人間は至近距離なので問題はない。

 事前になんらかの挙動を感じたら避ければいいだけだ。

 

「立て込んでますので、少しお待ちいただけますか。いえ、時間は有り余っているのですが」

 

 店員にも銃を向けようとしていたので、犯人への軽い挑発も兼ねて喋っている。

 人質になったのも他の人だと危ないためだ。

 

「買い物はもう?」

 

「はい、後は外に出るだけです」

 

 なるほど、と頷きながら歩くコールソン捜査官。

 無造作に近づいて、俺を人質にしていた強盗を一瞬で気絶させた。

 やっぱ紳士って凄い、俺はそう思った。

 

「ありがとうございます、助かりました」

 

「仕事ですから。お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか。車も用意してありますよ」

 

「何から何まで。重ね重ね申し訳ないのですが、近くのコーヒーショップに寄っていただいても?」

 

 何処かに連絡をしているコールソン捜査官の提案に甘えることにした。

 セグウェイの荷物も増えてきたし。

 黒いスーツの男たちが強盗を連れて行ったのを横目に、コールソン捜査官の誘導に従って歩き始めた。

 

 

 

「スターク氏の体調についてご存知で?」

 

「知っていますが、本人が隠しているのでなるべくは関わらないようにと。重金属が脳にまで達さないように気を付けてはいましたが」

 

「それでは今回の『強奪』や『長期休暇』に至った経緯も?」

 

「触り程度ですけどね」

 

 注文したコーヒーが淹れ終わるのを待っている間にコールソン捜査官と会話をしていると、真剣な顔で聞かれたそれに答えた。

 俺のそういった行動や考えを理解できない人もいる。

 たぶん俺は変わっているのだろうが、治そうとも迎合しようとも思わない。

 

 BBBがあるので大丈夫だろうが、電磁波などで重金属が浸透しやすくなる可能性もある。

 また透過しやすいアルコール類もなるべく飲まないように、さりげなく助言はしておいた。

 とはいえ体が蝕まれてしまっているのでおまけ程度でしかない。

 それでも俺より優れた研究結果を出すからね、なんやあのおっさん(驚愕)

 

「それは、『能力』というか。『才能』によるもので?」

 

「トニーの前では使ってませんよ。そもそも普段は全く使いません。普通に接していれば誰にでもわかりますよ、あからさまですから。万が一でも重金属が上ったら()ですから」

 

「なるほど。いや、そうですか。興味深い……」

 

 コールソン捜査官は考える様に額に手を当てていた。

 

「そうか……。普通に接することができるから故の。……逆だった、普通に接することができるのは彼だけだった」

 

「捜査官?」

 

「いえ、失礼しました。我々は少し曇っていたのだと。改めて考え直す必要が出てきたことを頭で纏めていました」

 

「はあ」

 

 よくわからずに首を傾げると、なぜかコールソン捜査官は穏やかに笑った。

 

「そうそう、スターク氏がアーク・リアクターの新調を行う様ですよ」

 

「本当ですか? でも、それに関してはあまり力になれていないのが現状です。マイナーアップデートなら出来てますが、それ以上となると全く。アーク・リアクターを改良する前に体調を相談してほしかったというのが本音ですね。俺に隠しているんですけど、パラジウムが入ったアーク・リアクターをまさかそのまま胸に入れて半年以上も生活するとは思わなくて健康面への対処が間に合っていないのです」

 

 何か隠しているのはわかっていたが、まさかアーク・リアクターで生きながらえていることを隠しているとは思わなかった。

 変な技術で胸元に収納していると思ったら、胸の中に入れるポケットを作っていたとかいう古典的な方法だった。

 しかも四六時中体内に入れているとか。

 いや、これには参った。

 気づいてからまだ2か月も経っていない。

 俺の頭が固すぎた。

 どう考えてもトニーも頭がカチカチだけど。

 

「急いで出かけていたので、これから助手が必要になるかもしれません。乗せて行きましょうか?」

 

「有り難い申し出ですが断らせていただいても? それはそれ、これはこれ、というやつです。トニーと話すことですから」

 

「ああ、いや、私も差し出がましい提案をしてしまって申し訳ありませんでした」

 

「いえ、俺たちのことを考えてくれた提案だってわかりますから。とても嬉しかったです。ただ、それを上回るくらい俺たちが面倒な人種ってだけで」

 

 俺は事情をわかっていない、という体である。

 トニーもどのくらい察しているかはわからないが、いくらかは気づいているだろう。

 コーヒーを受け取って店を出る。

 

「折角なので帰りも送りましょうか。今はどちらに滞在しているので?」

 

「そうですね……。これから決まるので少し待ってもらってもいいですか」

 

 俺の奇妙な物言いに首を傾げたコールソン捜査官に、路上に駐車しているオープンカーを指し示す。

 運転席にはサングラスしたトニーの姿が……!

 助手席に乗せている荷物はでかすぎないですかね、それ。

 

 

 

「やあ、私は……あー、私を知っているか? 知らないはずないだろう?」

 

「それはもちろん。トニー・スタークですよね。御高名はかねがね承っております」

 

「そうか、そうだろうな。私は有名人だからな。テレビで知ったかな。それとも以前撮影したときの雑誌の表紙とか」

 

「学術誌の表紙で。あとはハワード・スタークの論文のついでで」

 

「ついで、か。……まあ、よろしく」

 

「ナズナです、よろしくお願いします」

 

 変なノリで話しかけてきたトニーと名前を交換し、握手も交わす。

 サングラスを外したが、そっぽを向いていた。

 

「ナズナ……ナズと呼ぶが、君の論文を読んだ。着眼点は良かったが、甘い部分が多い。それに、どうも兵器開発に乗り気でないように感じるのだが? いや、乗り切れないというか、誤魔化しているというか」

 

「そうですね、スターク・インダストリーズに近づくなら兵器かと思って書いた面があります」

 

「やはり。確かに我が社は軍事産業に力を入れているが、だからといって迎合する必要はない。素晴らしい発想も垣間見れたが、もちろん私の方が素晴らしいのだが、あー、それを望んでいないことに使うのは間違いだと私は思う。例えば、そう、興味がある物もあるんじゃないか?」

 

「そうですね。お見通しかもしれませんがアーク・リアクターに興味があります」

 

「やはりか。熱意は感じられた。兵器と比べれば既存の考えから脱していないし、向いているとは思わないが。いや、私と比べたらほとんどが向いていないのだが」

 

「はあ」

 

「私は天才だから為になるというか。あー、今のままではナズは危険な兵器を作るだけの人間になってしまう。社会の混乱を招くだろう。成すべきことを学び、成せることを知るべきだ。そこで私の下で色々と試してみないか」

 

「とても喜ばしいことなのですが、良いのですか?」

 

「ああ、いいとも。ちょうどロボットアームの代わりを探していたんだ」

 

「よろしくお願いします。勉強させてもらいます」

 

「よし、今日から私の助手だ。ナズは私の天才的な頭脳に感動するだろう。ついで、と言っていたがやがては父を超え、父こそがついでとなるその時を間近で見れるよう頑張ってくれ。早速乗ると良い」

 

 というわけで助手に復帰した。

 それはそれとして模型で助手席がいっぱいなんですがそれは。

 

 

 

「私が運んでおきます。どうやら助手が無事見つかったようで作業に戻るでしょうから」

 

 コールソン捜査官がそう提案してくれた。

 危うくスポーツカーに紐でセグウェイを括りつけて、凧のごとく飛んでいくところだった。

 飛行機能を付けてみたら便利だが、便利じゃなくていいところもあるんだなって。

 

「これがヘッド・ハンティングだ」

 

 ドヤ顔でトニーが言った。

 それは俺に言っているのか、コールソン捜査官に言っているのかで意味が変わりまくる。

 俺だと普通に「助手を手に入れたぜいえーい」だけど、困った顔をしているコールソン捜査官の場合は「お前は雑用だぜいえーい」になる。

 そんな失礼なことじゃないよな……?

 

「あー、この勢いで言っておくことが1つ。私の心臓には金属の破片が入っていて、電磁石で死なないように引き上げている。その動力にアーク・リアクターを使っているのだが、パラジウム中毒で死にかけていた」

 

「そうでしたか」

 

 マジかよ知ってた(腹パン)

 言うのが遅いし、勢いでチャラにしようとしてんじゃねーぞオラァ^q^

 油断していたボディに俺の拳が入ってぷるぷると震えるトニー。

 

「それは仲直りの握手の代わりですよ、トニー」

 

「あ、ああ。サ、サンキュー、ナズ……ぐっ」

 

 次は凄いですからね、とシュッシュッと拳を振る。

 ホントどいつもこいつも好き勝手しやがって、ばかっつらですよ。

 10歳でマフィアとドンパチしていた俺の拳は剃刀なのだ……嘘だけど。

 俺自身はドンパチしていないし、そもそも拳は剃刀ではない。

 義手でもない。

 電極と薬品漬けはあった。

 

 

 

「色々と引っ張りまわして何度も都合よく使うようでコールソン捜査官には本当に申し訳ないのですが、荷物をトニーの家まで運んでもらっていいですか? トニーはオープンカーで来てしまったので」

 

「ええ、任せてください。とは言っても仕事があるので部下に頼むことになりますが」

 

 にこにことしているコールソン捜査官に荷物などを頼む。

 そんなにトニーが殴られたことが嬉しかったのだろうか、苦労が偲ばれる。

 トニーも世話になっているのだからもうちょっと当たりの強さを引っ込めればいいのにと思わなくもない。

 謙虚なトニーとかパチモンすぎるからやっぱ無しで。

 

「ほら、トニー。早く行きましょうよ。あ、イチゴもらいますね。俺は好きなんですよ」

 

「わかったわかった。……イチゴは特別だって覚えていたから買ったんだが」

 

「ポッツさんはアレルギーだから気を付けてくださいね」

 

「……ああ」

 

 あっ(察し)

 

「これはまずいですよトニー」

 

「……何だ」

 

「申し訳ないのですが、この場で1番の無能がトニー・スタークという事実が浮上しました。今後のご活躍をお祈りいたします」

 

「……レーサートニーはまた死んだ。死因はナズによるあまりにも惨い尋問」

 

「勝手に自爆したんだよなぁ……。あと残念なことにレーサーじゃないトニーが根本的な問題なんですがそれは」

 

 走り出した車から身を乗り出して、見送ってくれているコールソン捜査官に手を振る。

 素直じゃないトニーも手を上げて挨拶したが、素直じゃないのでわかりにくい。

 

 

 

 トニーは自分で運転するのが好き。

 俺は乗せてもらうのが楽で好き。

 win-winやね!

 ほどほどに風を切って走る車。

 紐を括りつけてセグウェイで走ったら絶対酔うとこだった。

 

「手術して金属の欠片を取ったら簡単に終わることだったのでは」

 

「他人に命を委ねるのは怖い。……そうだ、ナズがドックオックを改良して私の手術をしろ。この冴えはやはり天才だな」

 

「えぇ……」

 

 そういうのは専門外なんで他を当たって。

 

「ああ、そういえば中毒はどうしたんですか?」

 

「コールソンやナタリーの上官で仲良くない友達に2酸化リチウムを打ち込まれた」

 

「わーお……」

 

 日本語と英語の混ざったド下手な発音で思わず漏れた。

 劇薬を体内の恒常性に任せて劇薬で流そうって発想なのではないだろうか。

 人体は侵入した毒物を体外に排出しようとするし、まとめて流そうって魂胆だろうか。

 

「結構入れられた。注射でこれくらいだ。ダースでくれと頼んだが断られた。どうだ、作れるか?」

 

 指でシリンジの大きさなどを示すのだが、これがまた多い。

 なんで生きてるんだろうかってくらいの量だ。

 普通は頭がおかしくなって死ぬ。

 リチウムで死ぬ。

 パラジウム中毒が酷かったのもあるだろうが、それを想定して作られているとは思えない。

 もっと凄まじい何かに対して用意した物ではないだろうか。

 それが何かまでは想像できないけど。

 ミュータントみたいなのにも効くはずだ、死ぬって意味で。

 

「うーん? 作れるかどうかはちょっと……。いや、使った結果が死亡でいい毒物みたいなのならすぐ作れますけど。よく生きてるなって感想しか出てきません。それ実用段階だったんですかね」

 

「……わからないな。応急処置とは言われた気がする」

 

「えぇ……? 電解質を刺激して脳みそハイにして神経伝達物質をドバドバ出して毒物に対する反応を強くして外に流すって感じでしょうかね。サンプルが無いとちょっと手を出せないです。どう頑張っても想像ができない。ケンタッキーを歓喜にむせび泣かせてやっとスタートラインですかね」

 

「ケンタッキーに毒物で死んだ鶏を送ろうとするのは禁止だ」

 

「当たり前じゃないですか。俺も嫌ですよ。怪しい液体を注入された鶏の揚げ物なんて」

 

 ぶっちゃけトニーが死にかけたら似たようなことをしようとは思っていたけど。

 ホントに苦肉の策って感じだが。

 因果が逆転してトニーが鶏の実験台になっていたところだった。

 だって鶏を使っている時間ないし。

 人間という複雑な生物から鶏へと逆走する発達した科学への挑戦。

 いや、冒涜だわこれ。

 

「そうなると体内に残ったパラジウムは時間をかけることになるか……」

 

「負担かけるほど切羽詰まってないならゆっくりと治したほうがいいと思うんですよね。透析みたいに循環させてパラジウムだけ質量分離じゃないですけど、引っ張ればいいんじゃないですか。脱獄するために、守衛の体内の鉄分を超強い磁力で抜いて道具にした爺さんが居たって聞いたことありますよ」

 

「守衛はどうなったんだ」

 

「え、死んだんじゃないですか」

 

「……治療法の話でなぜ死人が出てきたケースを話すのか。頼むから私には慎重にやってくれ」

 

 痛くなければ覚えませぬ。

 怖かったら忘れませぬ。

 

 

 

「私の父は冷たい人だった。愛情を伝えてくれたことも無く、そして私にあまり期待していなかった」

 

 風を切って走っていた車が減速し始めた。

 ゆっくりと海辺を走らせながら、トニーは思い出すように言った。

 あまり接することも無いまま亡くなってしまった父親との思い出を繋ぎ合わせているように見えた。

 

「そんな父が遺したのがエキスポだった。ただの展示会ではないというメッセージも残して。……いや、エキスポの模型かもしれないが」

 

 俺に話しかけているかのようで、どこか自分への独白のようにも感じた。

 空も海も遠かった。

 雲がゆっくりと流れていた。

 

「私になら実現できると、父が残した最も素晴らしいものだと、そう言っていた」

 

 海を見ながら埃を払ってイチゴを摘まむ。

 見た目にこだわらないアメリカらしい大振りで、甘みと酸味がダイナミックなイチゴだ。

 うめぇ。

 

「そうですね、実現できます。ハワード氏と比べると恵まれていますからね。共同研究者がいなくなったハワード氏とは違い、なんとそんな素敵なトニーには優秀な助手が1人います。これが大きな違いだというのは確定的に明らか」

 

「だが、アーク・リアクターの開発にはあまり役に立たなそうな助手だ」

 

「アーク・リアクター関連は後進に徹してますが、コーヒーとドーナツを買ってくるくらいには優秀なんだよなあ」

 

「確かに。それは大きな働きだ。それに……」

 

 前を見据えたトニーがアクセルを強く踏み込んだ。

 エンジンが大きく唸る。

 

「成功を純粋に分かち合える。父と違って」

 

 再び車は風を切って走り出した。

 

 

 

 

  

 --7

 

『未来に必要な物はここにある』

 

 レトロな映写機を使って映し出された映像の中で、生前のハワード・スタークがエキスポの模型を背に動き、喋っていた。

 初めて見る映像だった。

 繰り返し撮影し、試行錯誤しているその姿が残されていた。

 

「……驚きました。こんな映像が残っているとは」

 

「そうか……。そうだろうな。私も父の知人から貰わなければ知らないままだった」

 

「知人、そうか。頭が回らなかった、失われた物を掘り起こしただけだったから」

 

 映像に集中して、少しばかり俺は呆けていた。

 それだけ映像が珍しかった。

 権威の場で研究について登壇しているわけでもなく、メディアへと露出する姿でもなく。

 ただ、1人の父親として、子に託すためだけに映像を残している姿が。

 

『私が残した最も素晴らしいものは――お前だ』

 

 天才でありながら、ベタでチープだと思った。

 そして、だからこそいいのだとも。

 根底の人間らしさがこの上なく大切なのだと俺に教えてくれる。

 

 

 

「映像もノートも素晴らしかったですね」

 

「それほどでもない。普通だ。ジャーヴィス、モデルを3Dにしろ」

 

 薄暗い部屋で、四つに分解されていた巨大な展示会の模型が分析されていく。

 操作できるように、トニーがそう付け加えると、ブレるように青いフレームの3D映像が浮かび上がった。

 道や店の配置が無駄なく綺麗に配置された会場だ。

 

「確かに大半は基礎的なことが書いてあるだけでした。面白いのは遡って研究していることです。最後に書かれた四次元キューブとやらに至るまでがとても」

 

 下からわかりやすく階段状に積みあがっていくのが普通の研究だ。

 他の媒体で補足したり、既知の部分を省いて欠落ができたとしても変わらない。

 しかしこのノートは違う。

 アーク・リアクターまでは普通に、既知の部分を省いて、積み上げている。

 そしてまた詳細を詰めていくのだが、転がるようにアーク・リアクターから元素までの構成物質の分析と特性を箇条書きにし、そこからまた積み重ねのアプローチが始まっているのだが、筋道が異なった方向へと進む。

 四次元キューブと、その考察が始まっている。

 惜しいことに途中で終わっているので、俺には欠片しかわからないが、凄まじい物質だとわかる。

 

「そう、そこだ。父が残したそれが重要なのかもしれない。店の数は?」

 

「わかります」

 

「いや、今のは独り言だ。ジャーヴィス、店を出せ。……ナズ、どうだ。何かわかるか?」

 

「いや、さっぱり。クッソつまらない施設ばっかだなって。ワッフル店もありますね。実は映像を解析して四次元に翻訳するとか。ワッフルと合わせるとか」

 

 正面、横、見下ろし、見上げて。

 わからないのでお手上げ。

 やはり四次元が関係あるのだろうか。

 

「視点も考えも固まりすぎたな。そして拘りすぎている。いいか、科学者は常に柔軟な発想が求められる。そして成すべきこと、成せるべきことを成していく。こういうのは視点を変えると見える物が変わる。わからなければ回せ」

 

 トニーが指を鳴らし、映像を回転させる。

 中央にある地球儀の模型を中心に、綺麗な軌道を描いている。

 完全な対称性を持っているわけではないが、何か意味がありそうな配置はしている。

 

「原子に見えないか? だとするならば原子核を大きくして……歩道を消せ」

 

「おけ」

 

 ぶん、と横から映像を叩くようにして指定した領域の歩道を消す。

 随分と見やすい形となった。

 

「まず会場を作るとしたら何が必要だ」

 

「展示物ですか?」

 

「そう、それだ。後から空白を埋める植え込み、樹木、駐車場、出入り口も消せ。パビリオンを元に陽子、中性子も含めて構成」

 

 トニーが指示する数値を補完しながらジャーヴィスが計算を進める。

 これは……

 

「ヴィブラニウムの同位体……ではないですね」

 

「確かに似ている。だがもっと複雑だ」

 

 トニーが手を叩き、音を鳴らした。

 構成した原子の映像が広がり、新たな物質を内部から見せてくれる。

 

「はは、父は私に今も教えてくれている……。どうだ、まだつまらない展示会か? アーク・リアクターのための発見、いや、新しい元素を再発見する瞬間だぞ。20年前から続く、ハワード・スタークのワークショップ付きで。世界、では収まらないな。宇宙でも唯一だ」

 

「いいえ、いいえ。つまらないなんて、まさかそんなことあるはずないです。……今のままでも地球上で最も、このまま進めば、宇宙で最も興奮する展示会かと」

 

「そうだろう」

 

 「まあ、父の未完成だった作品を私が完成させるまでが展示物だから当然だな」とトニーは悪戯っぽく笑った。

 この展示会を最初から最後まで見ることができるのは俺だけだ。

 それはまるで現実で見る夢のようで、俺にとって何よりも素晴らしいことだ。

 

 

 

「すごい……。こんなにもオービタルが……エネルギーが、いや、最も低いだけのわけではないのですね。安定しているのにこれでは奇妙だ。ハワードのノートを参考にすると仮の名称ですが四次元の先から受け取っている……? これならエネルギーを供給し続けられますね」

 

 トニーが持っていた3Dグラフィックを投げ渡されたので、拡大縮小しながら舐める様に見る。

 ただしこれには大きな欠点がある。

 

『これならばパラジウムの代わりにはなります。が、実現は不可能です。合成できません』

 

 そう、そこだ。

 ジャーヴィスが指摘した通り、合成できるとは思えない。

 とはいえ俺から見た場合の欠点であって、トニーにとっては欠点ではないのかもしれない。

 流石に俺も理論だけの物質を持て囃すわけではない。

 自信に満ちていた様子からトニーは可能だと考えたのだろう。

 

「ナズはどう思う」

 

「俺も同意見ですね。このままだとスタークが考えた最強の元素で終わります」

 

「それは何故だ?」

 

「俺が実際に計算したらばらばらになったからです」

 

 俺のAIに計算させた結果、空中分解しているモデルを見せる。

 美しさの欠片もないクソ雑魚モデルだ。

 ここには悲しみしかない。

 トニーが軽く回転させながら眺めていた。

 

「既存の関数を使うからだ」

 

「権威ある基底関数ですよ。足りないので延長線上の未発達なのも使いましたけど」

 

「何処にも無い物を作るのに何故自分から条件を狭めるんだ? 我々は権威で発明するのか、違う。世に理解されるために作るのか、違う。既に用意された物で不可能だから諦めるのか、違う。新しいということは自由だ、自分で作って使え」

 

 ハンマーを片手に、トニーが言う。

 俺が雑魚モデルをゴミ箱へ投げると、何故かハンマーで打ち返した。

 空中に浮かんでいた的のど真ん中に当たり、100点のファンファーレが鳴り響く。

 

「捨てる前にどこが悪いか考えて、そして作り直せ。私の素晴らしい再発見に刺激されて出来たモデルだ、きっとうまくいく。さあ、私もナズも大幅なモデルチェンジだぞ」

 

「スーツを?」

 

「スーツだけじゃない。高さ、広さも足りない。この家もモデルチェンジだ」

 

 ハンマーでトニーが壁を突き破り始めた。

 配線を剥き出しにするために、俺も倣ってマニピュレーターを展開して剥がし始める。

 

「我がままコーディネートですね。匠の技が光ります」

 

「違う。お洒落デコレーションだ。私のセンスが光る」

 

『お二人とも控え目ですから。上手くいくか心配です』

 

 ジャーヴィスの言葉に、控え目な俺は照れるなぁ^q^

 

 

 

 

 

 --8

 

 電気は任せろーバリバリーと配線をいじる。

 コードを圧着端子で束ねたり、ダクトテープで固定したりと禁忌の技を連発する。

 危険だけど、この家でそう何度もやることではない。

 トニーなんてノリノリでぶっ壊している。

 今のうちに遊びつくすんだ。

 一瞬……!!

 だけど閃光のように!!

 まぶしく燃えて遊ぶんだ!!

 ……燃えるのは家じゃないよな?

 

 

 

「調子は?」

 

「あ、どうも捜査官。ばっちりですよ。これから調整して加速器を運転させます。そちらは?」

 

「私も、まあ、悪くはありません。任務で少し出ていたくらいで」

 

「お疲れ様です。俺も全然寝てません。なんと1日6時間」

 

「え、あ、そうですか」

 

 どう反応していいか困っているコールソン捜査官。

 そんな変なことを言っただろうか。

 作業場に張り巡らされたコイルを見渡した後、ハワード氏が残した鞄の中を覗いていた。

 空間に投影されているディスプレイでリパルサーの調子を確認しつつ、コイルの水平性などを調整する。

 突貫作業で組み立てているので、歪みが凄まじいことになっている。

 真空計とガスモニタを見比べる。

 うーん、いまいち。

 

「トニー、ちょっと隙間があります! 真空の質はどうしますか!?」

 

「計算とレーザーの調整が難しくなるからなるべく高めだ! 今回だけだから無理して繋げて構わない!」

 

「おっけー!」

 

 反対側のコイルで作業しているトニーの返事を受け取り、ドックオックを使って人力では不可能な強さでネジをめり込ませていく。

 経路の途中にあるプリズムの角度以外は雑でも問題ない。

 数値も安定したので、次のコイルへと移動する。

 

「これは?」

 

「キャプテン・アメリカの盾で、ハワード氏が手掛けた試作品ですね」

 

 

 コールソン捜査官が興味深そうに鞄から取り出したのは、未完成の盾だった。

 確かキャプテン・アメリカという昔のヒーローが愛用している盾の試作品の1つだ。

 ハワード氏が手掛けた作品らしい。

 トニー的には特に必要のない物で、俺もあまり興味が湧く物ではない。

 

 

「キャップの? 実はファンなんですよ。トレーディングカードも持っています」

 

「やっぱ人気なんですね」

 

「ええ、もちろん」

 

 どうやらコールソン捜査官もファンらしい。

 アメリカではキャプテン・アメリカは大人気の存在で、よくトニーを批判する人が持ち上げるヒーローだ。

 昔の存在なのだから、限界いっぱいまで美化されている気がしないでもない。

 寝ずに人を助け続けるヒーロー説とか持ち上がるくらいには尊敬と羨望を一身に受けている。

 ホントにそんなヒーローがいるのだろうか。

 

「アイアンマンは?」

 

「そうですね……。うーん、ほどほどくらいには人気ですかね?」

 

 芳しくない反応にちょっと笑ってしまった。

 やっぱりアメリカ人はパワードスーツよりもピチピチとした全身スーツが好きなのだろうか。

 アメリカの感性ってよくわからない。

 機能美に溢れた機械とかいいと思うんだけど。

 科学って戦うって浪漫じゃん。

 

 

 

「ナズ、こっちが下がってる!」

 

「今噛ませます!」

 

 盾に目が行く。

 コールソン捜査官と目が合う。

 悲しそうな顔をされた。

 いや、流石にファンの前でヒーローの象徴を土台には使わないってば。

 ドックオックを滑り込ませ、高さを調整して固定する。

 

「ちょっと足りないな」

 

「ドックオックで持ち上げ続けますか?」

 

「いや、その()は切り離して置いてくれ。……そうだな、そこのヒーローの一部を噛ませれば良さそうだ」

 

「わかりました! 流石は天才、完全に水平ですね」

 

 ばきばき、と音がしてコイルが安定した。

 着ているレインコートからレーザーを照射して条件を計測しながら、かつ水平器で大げさに完全に水平であることを告げる。

 ちなみに下敷きにしたのは自然公園でストリートパフォーマンスしたときに作った彫刻のアイアンマン(仮)だ。

 今や頭が下敷きでア/イアンマン(仮)だけど。

 

「……まだ怒ってるのか」

 

「全然怒ってません。しかし、ポッツさんが処理していた外からの雑事を躱す仕事があるわけで。それを無能のトニーが喧嘩したことで俺に流れてきているという事実は粘土細工の崩壊を招いたことと否定はできませんね。不思議ですね」

 

「……最近はレースが無かったからトニー・スタークに心当たりはないから不思議だが、一応聞いておこう。……つまり?」

 

「ペッパーの苺です」

 

「やっぱり怒ってるじゃないか! レーサートニーが全部悪いと言っただろう!」

 

「都合よく作った便利な人格に押し付けて解決を図ろうとするとか子供だってやりませんよ!」

 

「助手は頭が固いな。私は天才だからなんだって出来る」

 

「ボス、開き直るのずるくない?」

 

 トニーが口笛を吹きながら、加速器のコンソールへと逃げる。

 「ポッツさんと後で仲直りしといてくださいよ!」と声をかけると、手をひらひらと振ってきた。

 周辺に散らばる余ったパーツやごみを避ける。

 加速器の稼働中に足を引っ掛けて断ち切られて死にました、とかだと笑うに笑えないし。

 

 

 

「あ、そうだ。捜査官、今日のご用件は?」

 

 なぜか微笑んでいたコールソン捜査官に訊ねる。

 盾が守られたことが嬉しかったのだろうか。

 ファンだからそういうものかもしれない。

 

「君たちに別れを言いに。これからニューメキシコ州に転勤となりました」

 

「それはそれは。栄転ですか」

 

「そうなれば、とは思っています」

 

 「何かありましたら最大限協力します」と手を差し出し、握手を交わす。

 随分と迷惑をかけたが、何も返せなかったのが残念で堪らない。

 何か協力できると嬉しいのだが、一般人には難しいところだろう。

 

「トニー! 捜査官がニューメキシコ州に転勤になるそうですよ! お礼を言ってください!」

 

「わかった! あー、私が必要か!?」

 

「そんなには! どちらか選ぶならミスターナツメのほうが必要です!」

 

「トニー、優秀でごめん!」

 

「私のコーヒーとドーナツ運搬係だぞ!」

 

 コールソン捜査官が無慈悲な言葉を突きつけた。

 断られたうえで俺は必要と言われてトニーは内心でちょっとしょんぼりしているだろう。

 珍しい状況でちょっと面白かった。

 トニーの返事に笑みを浮かべながらコールソン捜査官は「これがヘッド・ハンティングです」と俺に言った。

 

「それだけじゃないです! ファストフードも用意できます!」

 

「それは私のほうが多いぞ! 良くてブリトーを食べる機会を用意するくらいだ!」

 

「コーヒーとドーナツを用意させるには贅沢すぎる人材ですね! あとミスタースターク、冗談です!」

 

「そうでないと困る! あー、魅惑の地ニューメキシコで、いや……幸運を!」

 

 顔をちらっと出し、サムズアップしてコールソン捜査官に言うとまた引っ込んでしまった。

 

「恥ずかしがってますけど最大限の褒め言葉です。大抵はそれっぽいことを聞き心地よく言いますけど、顔も名前も立場も考慮しませんから。……男性相手だと特に。あと嫌ってたら何も言わないか、近寄るなって言います」

 

「わかっています。君たちは控え目ですからね」

 

「そうですね。奥ゆかしさしか似てないのが瑕です。一緒にいる時間はとても長いのに噛み合わな過ぎますね。息が揃わなくて困っています」

 

 コールソン捜査官が吹き出した。

 ちょっとしたジョークなのだが、そんなに面白くもないはずだ。

 まあ、笑ってくれたのなら良しとしよう。

 あまり面白くない仕事だっただろうし、それなのに苦労は多かったはずだ。

 そうだ、と思いつく。

 

「トニー! 盾ってもらっていいですか!」

 

 口笛で返事される。

 

「良いみたいです。捜査官、お土産にいかがでしょうか。いえ、今までの仕事の大変さに比べたら微々たる物でしょうけど」

 

「……大変嬉しいのですが、あまり物を持っていけそうに無くて。なんというか、不明瞭な仕事が待っていまして」

 

 眉間に皺を寄せ、苦しげにコールソン捜査官が断りの言葉を吐いた。

 本当に残念でたまらないといった顔だった。

 

「あ、そうですか。それは残念です。それなら余裕が出来たときに渡しますね。俺も未完成とは言えハワード氏の作品に手を加える予定は無いので、このまま保存しておきます」

 

 未完成のため、断面などを見ることができる。

 後でちょっと勉強させてもらおう。

 今でも語り継がれるヒーローが使った盾の試作品だ、知識の糧になるだろう。

 

「それでは幸運を」

 

「ありがとうございます。それではコールソン捜査官も幸運を。今回の問題はすぐに解決できると思いますので、捜査官も急いで駆け付けなくても大丈夫な状態で収まると思います」

 

 「たぶん、きっと、おそらく……」と段々自信が無くなりながら俺が言う。

 コールソン捜査官は笑いながら部屋を出て行った。

 

 

 

 トニーがコイル各所にプリズムを設置し、細かく角度を調整していく。

 リパルサー・レイによって生成したプラズマを磁場で集束させるのだが、それでも足りないのでプリズムでさらに一点へと集中させるのだ。

 スタークが考えた最強の元素を生み出すには膨大なエネルギーを必要とする。

 装置の強度が足りなくて漏れ出て、レーザーに当たれば体に穴が増えて、運が悪ければ死ぬ。

 まあ、銃弾だって体のどこに当たっても大きな血管を破られたら致命傷になるのだからあまり変わらないだろう。

 むしろレーザーなら熱で焼かれるから穴の側面を塞いでくれるまでありえる。

 

「ポンプはどうしますか?」

 

「軽く中の空気を引いたら一気にやってしまおう。そして内部でレーザーを走らせて熱で一気に吐き出させる。リパルサーの加減を決めるのに、内部の空気が邪魔なだけだから安定すれば不要になる。どうせこれは今回限りだ」

 

「まあ微々たる要素ですからね。失敗したときにもう一回使えないってなったら萎えますけどいいですかね」

 

「私なら失敗しない。何か問題でも?」

 

「あっはい、無いですね。じゃあやっちゃいましょう」

 

 トニーが安全装置のマスターキーを回し、加速器を稼働する。

 青白い光がコイル内を満たす。

 ボン、と空気が破裂するような音がして、各所に付けていたポンプが止まる。

 振動でコイルがズレたかと思ったが、トニーは問題ないと俺に視線を送ってプリズムを調整し始めた。

 安定してきたので、コイルを切り替える。

 切り替えた先のプリズムに当てることで、スタークが考えた最強の元素を生み出すのだ。

 

「トニー! レーザーがコイルを突き抜けて壁際が焼けてます!」

 

「何!?」

 

「最後のプリズムが割れてます! 粗悪品なのか振動で壊れたかはわかりません! 止めますか!?」

 

「いや、もう構わない! 手前のプリズムを無理やり動かして照射する! 手伝え!」

 

 ハンドルを掴んでいるトニーの傍に向かう。

 このハンドルが内部のプリズムと繋がっていて、角度を調整するのだが、予定以上の角度を求められているので無茶苦茶硬い。

 普段科学の恩恵を一身に受けていることを理解させられてしまう。

 

「もっと力を入れろ!」

 

「これが俺の素の限界です!」

 

「これだからマニピュレーターに頼りっぱなしは!」

 

「アイアンマンの中身だって役に立ってないじゃないですか!」

 

 ぐぬぬぬ、と二人で回すが全然動かない。

 作業時間ばかり優先した結果がこれである。

 ただ、ここで止めると作り直しが待っている。

 リパルサーの条件が変わるので、壊れたまま加速器を稼働しても満足な結果は得られない。

 

「発想の転換だ!」

 

「どうするんです!?」

 

「ちょっと離れて辺りを見回せ!」

 

 そう言うと、手を放して少し離れるので俺も倣う。

 壁が焼けているがまだ大丈夫だ。

 使える物は何か……。

 

「あったよ! モンキーレンチ!」

 

「でかした!」

 

 床に置いてあった巨大なモンキーレンチをトニーに手渡す。

 モンキーレンチでハンドルを固定するのを見て、すぐに二人で回す。

 下半身に力を入れるんだ!

 筋肉量は下半身のほうが圧倒的に多い!

 壁を焼き切り、棚や薬品箱、配電盤を切断しながらレーザーが進む。

 やがて眩い光にスタークが考えた最強の元素の元が包まれた。

 

「これ大丈夫ですか!」

 

「タイミングが重要だが私以外なら無理だ!」

 

「最初からかなり条件が変わっていますよ!」

 

「……今計算したから問題ない!」

 

「今!?」

 

 ここだ、とトニーが停止を押す。

 レーザーが消える。

 目的としたアーク・リアクターのコアには青白い光は残ったままだった。

 

「簡単だった」

 

「ええ、全くです」

 

 肩を上下させて、汗だくになりながらトニーが言うので俺も答える。

 いやーマジ簡単だったわー。

 次からは予備のドックオックを用意しようと思うし、トニーはアイアンマンスーツを着たほうがいいと思う。

 いや、簡単だったけど一応。

 一応ね、何があるかわからないし。

 

 

 

 

 

「……見てみろ、ナズ。展示物の完成だ。スタークが生み出した最強の元素だ」

 

「……ええ、そうですね」

 

「……どうだ、まだついでか」

 

「……まさか、そんなわけがない。ありえませんよ。決して」

 

「……ワークショップは大成功だな」

 

「……言葉が見つからないです」

 

「……宇宙一だろう」

 

「……ええ、ええ。……宇宙で唯一です。……プロメテウスの火です。……いや、もうこれは「光あれ」です。……ダメだ、讃える言葉が見つからない」

 

『リアクターがコアとの適合を確認。……コンディションも良好。おめでとうございます、新元素を生み出しました』

 

 ジャーヴィスの言葉に応える様に、アーク・リアクターが見惚れるほどに輝いていた。

 言葉が上手く出てこない。

 目を奪われるのは、その光があまりに素晴らしかったから。

 呼吸を忘れるほどに美しい。

 ただ、目に焼き付けておきたかった。

 

「……素晴らしい人物が残した最も素晴らしいものは、ここにありましたね」

 

「……父が残し、私が見つけた」

 

 思わず呟くと、トニーが噛み締めるように言った。

 涙は出なかった。

 胸にずっと残っていて欲しかった。

 生み出される背景を知って、その結果を見ているからこその感動だった。

 この素晴らしさは不変なのに、きっとわからない人にはわからないのだろう。

 

「……だから当然のことだ」

 

「……そうでしたね、当然のことでした」

 

 だけどそれでいいと思った。

 この感動はきっとトニーと俺だけの物だった。

 

 

 

 

 





みんな、着いたで。

ここがおまえらの本部となるガースー黒光りアベンジャービルや。

みてみぃ、立派な来年更新予定の知らせが置いてあるやろ。

今日はお前達に、来年までここで待機してもらうで。


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アイアンマン2後(完)

 

 --9

 

 ペタワット単位のレーザーで壁を焼き切ってしまったので、ロボットアームたちを引き連れて片づける。

 機械の腕が無いだけで、俺は9割以上パワーダウンしてしまう。

 馬力がある型は完全に消失している状態だ。

 鞭男に2本ぶっ壊され死亡、1本は不良品のプリズム直下で漏れ出た熱によって死亡、最後の1本も不良品のプリズムを何とかしようと中にぶち込んで焼き切られてひっそりと死亡していた。

 俺の背には悲しみしか残っていない。

 しょうがないので、半透明の()がいい腕を使うとしよう。

 ただ、非力かつ繊細なのでパワーが足りないのが欠点なんだが、今後改善する予定ではある。

 片づけだけに集中するのも芸がない。

 片手間ではあるが用意したいつものあれをするとしよう。

 

「はい、では今日の3秒クッキングはアイアンマンのカラーにも採用されているイエロー、スイートポ……」

 

『トニー、調子はどうだ?』

 

 喋ってる途中で電話がかかってきたので、トニーが気軽に出るとイワンの馬鹿の声が響いた。

 ふざけやがって殺すぞ。

 ハワード氏の鞄の中に残っていた新聞記事には、共同研究者アントン・ヴァンコが亡命したことを書かれていたのを思い出した。

 そのアントンの息子が鞭男ことイワンだ。

 しかし、名前がイワンだと、純粋にこいつを馬鹿って言ってるのか、ロシアの民話に出てくるイワンを比喩して馬鹿って言ってるのかわからなくなる。

 民話だと愚直で純粋なイワンは最後には幸せになるって展開が多いのだが。

 愚直で純粋……?

 愚直ではあるけど、純粋とは思わない。

 

『40年の嘘が、あと40分で白日に晒される』

 

「死人からの電話だぞ、ナズ。どうやら私は天才すぎて本物の電話を発明してしまったようだな。……ナズ、死後はどこにあると思う?」

 

 トニーが視線を送ってきたので、半透明のマニピュレーター、その指先を伸ばす。

 

『……お前の父親の仕打ちを、お前に与えてやる』

 

「私は父から素晴らしい知識と発見を与えられた代わりに共に過ごせる時間はほとんどなかった。イワン、お前は父親から知識を与えられ、掛け替えの無い時間を仲良く過ごした。どうだ、私のほうが不幸だろう?」

 

『……盗人にふさわしい嘘ばかりつく』

 

 トニーとイワンが楽しく会話している間に、()をコンピューターに差し込んでおいた。

 ハマー社長激おこ技術だ。

 ジャーヴィスがトニーに指示を乞う段階をすっ飛ばして、逆探知をかけておいた。

 邪魔が入っても特化したAIに勝てるわけがない。

 特定が進んでいくので()を離しても問題ない。

 足が必要なので車を回すとしよう。

 高所恐怖症なのでマジで嫌だが、一番速いのが車なのでしょうがない。

 セグウェイでもいいけど、生身で空飛ぶセグウェイに乗るとか怖すぎて死んでも嫌……。

 

「スタークの仕打ちって言いますけど、息子からの仕打ちのほうが酷いと思うんですがそれは。貴方の父親はアーク・リアクターでお金儲けしようと企んだら共同研究から弾かれた結果、国に帰らされて強制労働に従事したってことは別に悪いことするつもり無かったみたいですし」

 

 実は研究成果は取り上げられていたかもしれないとか、暗殺に怯えてたとか、そういう可能性は無視だ。

 だって興味ないし、知らないし。

 そもそも「たられば」の話をしたら、可能性は無限大だ。

 

『……俺は、父の顔に、泥を塗っていない!』

 

「そりゃそうですよ、土の下にいる死人の顔に泥は塗れるわけないじゃないですか。あ、わかりました。掘り起こして、電気鞭を使って心臓マッサージで蘇生とかやればいいじゃないですか。「ほら見て、パパ! 教えてもらった通りにやったら電気の鞭ができたよ! これで色々なことをやったからパパには新しい顔だよ! 泥で作っておいたけどね!」みたいな。溜め込んだ40年の知識で運命の再会した男を待っていたのは息子による泥の顔……」

 

『通話が切断されました』

 

 ぷつん、つーつー。

 ジャーヴィスが、通話の終了を告げた。

 楽しく会話している途中で切るとか、コミュ障すぎるのではないだろうか。

 そもそもこっちはアーク・リアクターの感動に浸って楽しくしていたのに、上機嫌で電話してきて邪魔するとか空気が読めないにもほどがある。

 ……。

 

「ナズ、結果は?」

 

「心の底から腹立たしいですし、フィクションばかりのセリフだと思っていましたが言うしかありません。逆探知失敗しました、すみません。むかつくので軍事衛星を使って探してミサイルぶち込みます」

 

「いや、そこまで大事にしなくても大丈夫だ。……しないよな? ……そう、そもそも冷静に関連性を考えればわかることだ」

 

 トニーがディスプレイを指し示した。

 表示されているのはハマー社長がエキスポで大きな発表を予定しているというニュース記事。

 ハマー社は開発周りの評価がズタボロとなっており、かつスタークとの因縁がなんちゃらというには都合のいい舞台だ。

 まあ、それはそれとして。

 

「あー、テンションが下がりました。イワン野郎は空気を読むのが苦手って理解しました。もう寝ます」

 

「寝るよりまず走れ、だ。今からテストするぞ、ナズ」

 

「えぇー、ほんとにほんとにやるでござるかー?」

 

「スタークエキスポの集大成が見たくないなら別に仮眠していてもいいぞ。ジャーヴィス、早速リアクターを接続する」

 

「……ぐぬぬ、でもテンション下がったから寝たいしー」

 

 ちらちらと見ながら、テンションダダ下がりをアピール。

 リアクターが輝き出した辺りでガン見である。

 仕方ないね。

 

「おっと、ココナッツ味……」

 

「ココナッツ……」

 

「しかもメタル風味」

 

「メタル……!」

 

「アイアンマンの新たなバリエーションはメタルココナッツフレーバー」

 

「ほわあああああ!!! しょうがないですね!! スーツと車を用意してきます!!! べ、別にアーク・リアクターの表現があまりに斬新だったからテンション上がったってわけじゃないんだからね!!!」

 

 そこんとこ勘違いしないでよね!!!

 ね!!!!!!

 

 

 

 

 

「ヘーイ、アイアンマーン! 急ぎだろ? 乗ってけよ!」

 

 オープンカーの助手席を親指で示しながら、新しいスーツに身を通したトニーに声をかける。

 渋い顔をしながらトニーが乗り込む。

 なんて失礼な反応なのだろうか。

 セグウェイだとダサいから車にした俺の気遣いもあるというのに。

 後で俺のドライビングテクニックに酔いしれな!

 

「……ナズ、免許は」

 

「ヒーローに免許が要らないように、ヒーローを支える椅子の男(チェアマン)にも免許は不要なんですよ」

 

「やっぱり私は飛んで行こうかと思う」

 

「アイアンマンも空から行くんですか? なんと奇遇な! 私も空から行く予定なんですよ。いやー、偶然って怖い」

 

 俺とトニーを乗せた車が浮き始める。

 空飛ぶセグウェイのついでに出来上がった空飛ぶ車だ。

 名前はまだない。

 トニーが気に入ったらペッパーとかポッツとかつくかもしれない。

 

「……ちなみに運転手君、空を飛ぶ乗り物の操縦経験は?」

 

「セグウェイを嗜む程度ですかね」

 

「それは地上を走る乗り物だ」

 

「あー、見解の相違ですね。空を自由に飛ぶ鳥は免許を持っているのかって話ですよ」

 

「違う。陸上で生活する人間が飛行機などを操縦するときには資格が必要という話だ」

 

「あ、エアバッグとか安全装置の心配? 問題ないです。ほら、タイムマシン」

 

「それは未完成品だ。時間を撒き戻して解決どころか肉片をまき散らして終了だ」

 

「はい、これはトニーの分です」

 

「おい、やめろ。巻き付けるな。……くそっ、肩甲骨あたりに付けるなんてなんの嫌がらせだ! 外せない!」

 

 

 

 

 

「おい。外せないぞ」 

 

「言葉だけでは分かり合えないから戦争がなくならないんだよなあ」

 

「おい。……おい」

 

「準備も出来ましたね。じゃあ、出発しましょう。ジャーヴィス、頼むね」

 

「結局ジャーヴィス頼りか」

 

「それを言うならアイアンマンの飛行もジャーヴィス頼りじゃないですか」

 

「なるほど、不思議だな」

 

「うーん、不思議ですね」

 

 我々がジャーヴィスに依存してしまうのはなぜか、答えはわからず不思議だけが残った(すっとぼけ)

 

 

 

 

 

 

 --10

 

「見てくださいトニー。なんとこの車、クラクション付き」

 

「見なくても聞こえるんだが」

 

「ノリです」

 

 プワーと気の抜けたクラクションが鳴る空飛ぶオープンカー。

 車種?

 余ってたパーツで組んだから知らない。

 動力源は試作型のアーク・リアクターだから最新のエコカーかもしれない。

 デザインは古いアメ車だけど。

 未だにトニーが作った初代のアーク・リアクターに敵わないんだけど、技術力がどうなってるんだ。

 確か洞穴で満足に材料も用意できない環境で作ったって聞いたんだが。

 極限状態で凄まじい集中力を引き出したとかそういう話なの?

 

「安全に気を使ってるな。使いどころが限られているところが欠点だと思うのだが」

 

「え? 超使いますけど? 空を飛んでる相手に注意を促すから超使いまくりますけど?」

 

 プワー、プワー、と車から鳴り響くクラクション。

 連打することで渋滞が起きても安心して進むことができる。

 渋滞するほど空に何かが飛んでるとか嫌すぎるけど。

 

 

 

「あー、まあ、確かに最近は色々あるって話だからな。新聞に載ってた緑の、あー、なんだ」

 

「ハルク?」

 

 軽く調べただけでも色々な映像や口コミを見かけることができた。

 情報化社会の有り難いところは、証拠が何処かしらに残りやすいところだろう。

 ハルクが暴れた現場でのインタビューで、大きさを表すときに「船のように大きかった。廃船になった船みたいな」と話していて、そこからハルクという名前が付けられていた。

 おそらく表現が特に秀逸だったし、通りが良かったので選ばれて、さらに有名になったという感じか。

 

「そう、そいつだ。そいつと出会ったらクラクションを使えばいいんじゃないか」

 

「避けてくれますかね。暴れた結果、ブロードウェイとか滅茶苦茶になったらしいですけど」

 

「相手が避けなくてもその音に気付いたアイアンマンが行く。これで安心だな」

 

「やだ、カッコいい……」

 

 プワーと鳴らす。

 注意を促すだけでなく、助けを呼ぶ意味にもなったクラクション。

 

「でも実際にハルクが暴れたとき、アイアンマンは泥酔してましたよ。体調が悪いままダンスしてハッチャけた後にスーツを盗まれたり、他のアイアンマンと戦ってたんですよね。クラクション程度で駆けつけてくれるんですかね」

 

 ちなみに今のクラクションは注意を促す意味だ。

 体調を隠して勝手に弱ったり酔って何もできてなかったんだが、的な。

 

「……まずいぞナズ。レーサーのトニーが悪さしたようだ、呆れたやつだな。だが安心しろ、もう死んだ」

 

「もうレーサーのトニーはいい加減に成仏させてあげて。死からの復活とか宗教的にやばいですし」

 

 何度蘇るんだ、レーサートニー。

 そして何度死ぬのだろうか。

 そろそろ埋めよう。

 

 

 

「あ、でもハルクの話題のおかげでアイアンマンの暴走とかあんまり騒がれませんでしたね。いつものトニーのヤンチャっぽい感じで済んでましたよ」

 

「いいやつじゃないか。お礼は何がいいと思う?」

 

「えっ、お礼? ……スーツとかでいいんじゃないですか。正装とか持ってなさそうだし」

 

「なるほど、悪くない。それなら一張羅でも用意してやろう」

 

「あー、いいですね。なんか凄いのにしましょうよ」

 

「そうだな、なんか凄いのにしてやろう。そうだ、飛ぶのとかどうだ?」

 

「お、クラクションの出番が有りそうですね」

 

 プワーと鳴らす。

 体が物理的にでかすぎるから服とかどうなのっていう。

 使う機会?

 知らない。

 俺は雰囲気で喋っているし、トニーはテキトーなその場の空気を吸って生きている。

 俺たちはその瞬間を閃光のように駆け抜けていく、知らんけど。

 

「服を貰って喜ぶくらいハルクがいい人だったらトニーはどうしますか」

 

「人……? そうだな、想定だし楽観的すぎてもいいか。私の仕事が楽になる、とか」

 

「いやいや、楽になったらどうなるかって話ですよ。楽になるのは過程じゃないですか。その結果として、ですよ」

 

「とりあえずスーツは改良し続ける。特に着脱だな」

 

「わかります」

 

 深く頷く。

 わかりみが濃い味でナチュラルボーンなので自然になりつつある。

 スーツをいじるのは趣味。

 無意味に強くするし、なんなら無駄にカッコいい着脱を極めていきたい。

 超絶強いビームとか撃ちたい。

 逆に使い勝手のいいビームも積みたい。

 人間ほどの大きさだとやりたいことを全部詰めるほど容量が無いのが悩みだ。

 

「あとは……あー、何だかんだ平和になる」

 

「何だかんだ」

 

「私が増えるとかアイアンマンが増えたりして世界が平和になる、みたいな。そこはあやふやだが、そんな感じでなんかいい感じに平和になる」

 

「あやふや」

 

「ヴィジョンは定まってないが、そんな感じだ。……なんだ、文句でもあるか」

 

「いや、いいですね。超平和そうだなって」

 

「そうだろう?」

 

 事件が起きたら空を飛んでいくアイアンマンたち。

 軌道上の基地から発進するのだろうか。

 無人か有人か。

 トニーがそんなに多く信頼する人間がいなさそうだし、国に対してもそんなに信じてないので、無人かも。

 軍人が着てたらそれはそれで暴走しそうだ。

 それはそれとしてアイアンマン軍団とか強そう(純粋な感想)

 

 

 

「そしてまだそこは過程だ。本題はこれから」

 

「まさかの過程」

 

「私くらいになるとアイアンマン軍団すら過程の話になる」

 

「すごい」

 

「そうだな……そうだな。あー、うん、とりあえず平和になると私の時間が増える。そうなるとナズの時間も必然的に増える」

 

「確かにそうなりますね。それで何かしたいこととかあります?」

 

「……その結果、バーガーを食べる」

 

「トニースタークがやることにしては雑魚すぎる……」

 

「待て、ピザやドーナツも食べるぞ」

 

「別に今もやってるんだよなあ」

 

「……なかなか言ってくれるじゃないか。ならナズは何する?」

 

「俺ですか。あー、じゃああれです。……秘密基地を作ります」

 

「秘密基地か。いいじゃないか」

 

「湖畔近くとかの林か森の中に。そう、そこでいつもは機械とかいじってるので、逆に木造のログハウスとか作ります」

 

「面白そうだな。私も何か作ろう。椅子とか」

 

「もっとすごいの作りましょうよ」

 

「いや、腕力とか体力とか気力がその頃はどうなんだろうな、と思った末というか」

 

「じゃあ俺がケアロボットを作って体調とか診ます。手抜きしていたベイマックソをちゃんと作ったり。あと機械を使うのも有りにしましょう」

 

「そこまで緩めると普段と変わらなくないか?」

 

「楽してなんか良い感じにしたい。そもそも木造したいだけで苦労がしたいわけじゃないですし。はい決定」

 

 やれやれ、と首を振るトニーを横目にプワープワーとクラクションを鳴らした。

 そもそも貧弱だからロボットアームがないと作業にならないって、最強の元素を生みだすときに苦労して知ったし。

 買ってでも苦労する前に、楽するために何か作るよ俺は。

 

 

 

「あ、ちなみに今のクラクションは到着を知らせました。あと会場の救援も」

 

「……正直、音がわかりにくいな。ここでハルクに襲われたら諦めてくれ」

 

 そ、そんなー^q^

 

 

 

 

 

 --11

 

「あ、やべっ」

 

「ナズ、今やばいって言ったか?」

 

「え? 言ってませんけど?」

 

「ナズナ」

 

「歩くより走ることに念頭を置いた結果、着陸は俺の腕によります。祝え、レーサーナズナの誕生を!」

 

「良し、プランNだ。臨機応変に動くぞ」

 

「あー、それってプランHと違いとかありますかね? トニー・スタークさん」

 

「……ナズが車で低空から、私が空から。つまり挟み撃ちの形になるな」

 

「ちょっと聞いたことがない挟み撃ちですね……」

 

「リストボンバーを外したら助けることも考えよう」

 

「外しました」

 

「憂いも無くなったので私は先に行く」

 

「えっ……」

 

 プワープワー、ガシャーン、ズドンッ、みたいな。

 最初のプワーが会場に向けてクラクションで着陸をアピール。

 ガシャーンでステージになぜか置いてあった複数のロボットをブレーキにした音。

 ズドンッがアイアンマンのスーパーヒーロー着地だ、カッコいい。

 演説していたハマー社長の演出が全部食われていたようだが、知らんがな。

 

「いやあ、いい夜ですねハマー社長。これで泥船に乗ってたら死んでましたね、俺」

 

「……君は自分が何をしたかわかっているのかね? 今さら売り込みにでも来たか? 答えはノーだ。君の大好きな球場も、野球も必要が無くなったからもちろん無い。次世代を背負う兵器の紹介でこんな悪質な悪戯をしたら新聞記者たちがインクを買い求めるだろうな?」

 

「それ面白い冗談ですね。意外とユーモアがある」

 

「……意外と、は余計だ。常にある」

 

「なにそれ超面白い」

 

 額に青筋を浮かべて吊り上った口角を痙攣させながらハマー社長が言った。

 それを横目に、半透明の義手を車止めのロボットに差し込む。

 自動制御されたドローンだ、いいなあこれ。

 今度作ってみよう。

 他の会社のロボットを盗み見ていいのかって?

 いいんだよ! ばれなきゃね!

 半透明デバイスだから見えにくいし、将来的には透明にしたい。

 光学迷彩とかかっこいいよね……。

 

「泥で船は作れなかったので、スタークの空飛ぶ車に乗ってきました。あ、なんか置いてあったロボットにぶつけてしまったけど壊れてないから問題ないですよね。フレームが歪んでるかとかは知りません」

 

「問題がないだと……? 無い様に見えるのか……?」

 

「うん? うーん……? あー、見えます。アイアンマンの代わりになる次世代兵器が車にぶつけられただけで問題になるのってやばいですよ。……え、やばくない?」

 

 顔色が変わらないからやばいっしょとスラングを連呼してみた。

 ぷるぷる震えていた。

 マナーモードかな?

 

「会場を見ろ! 水を差された!」

 

 ハマー社長が指で観客席を示した。

 振り向けばスタンディングオベーションの客席、片腕を挙げて声援に応えるアイアンマン。

 そしてマナーモードのハマー社長をもう一度見る。

 空飛ぶ車、立ち並ぶドローン、この前飛んで行ったアレンジされたアイアンマンスーツ、そして洗練されたアイアンマン。

 いや、でも俺もアイアンマンが並んで手を振ってたら興奮する。

 なるほど、つまりそういうことか。

 

「……ラジコン、パチモン、アイアンマンの流れで今日一番の盛り上がり?」

 

「貴様……!!」

 

 一生懸命現場の雰囲気と空気から察したのだが、どうやら違ったらしい。

 大まかな感情とか感じ取れる俺でも、他人の考えは読めないようだ。

 奥が深いなあ。

 

「ナズ、代われ。イワンはどこだ」

 

「……誰だそれは? スターク、そもそも何しに来た? 取って代わられることへの嫉妬か?」

 

「もういい、話にならない。……ナズ、悪い知らせだ」

 

「へー、じゃあ俺は帰って寝るんで」

 

「助手の仕事があるぞ。透明の『手』でイワンを探せ」

 

「じゃあ家で探します。こういう無人機とかの演出だと、ほら、よくあるじゃないですか。アメリカ映画的なお約束が。夜は美容にも悪いんで帰って寝ます」

 

「なるほど。ちなみに私は改造された趣味の悪いスーツにロックオンされた。ドローンからも」

 

「奇遇ですね、俺も悪い知らせが。なんとこのドローン、制御は会場ではない別の場所がメインです。ジャミングしてみましたけど、そろそろダメかなって。まあ、つまりは遠隔では止められません」

 

「……」

 

「……」

 

「良し、ドローンは任せた」

 

「ドローンは任せました」

 

「ローディは私が止める」

 

「いやいや、あのスーツは俺が調整したので俺が適役ですよ? 俺が止めます」

 

 見つめ合った後に出た言葉は同じだった。

 ドローンみたいな大量の敵は普通にアイアンマンの出番だ、そうに違いない。

 ハマー社長が話の流れについていけず、疑問の表情を浮かべているが無視である。

 会場が戦場になるってだけだし、ちょっと経てば知らなくても体験できるから問題ないね。

 百聞は一見にしかずって名言を覚えて帰れるってそれ古代から言われてるから。

 

「それなら囮作戦です! 中佐は任せてトニーは先に行ってください!」

 

「それだと囮は私になるよな?」

 

 改造されたとしてもアイアンマンスーツのほうが勝手はわかっている。

 砲身もずっとアイアンマンを狙っているので楽そうだし。

 そもそも敵が開発した兵器に立ち向かう助手ってなんやねんっていう。

 悔しいけどヒーローに出番を譲るね。

 

「……えー、フラッシュに囲まれ慣れているトニーなら余裕かなって信頼しています」

 

「待て、無数のマズルフラッシュとカメラフラッシュは威力が桁違いだぞ!」

 

「どうせトラブルをすっぱ抜かれて世間に叩かれて変にダメージ受けるくらいなら、熱烈な出待ちファンの熱い弾丸でも受け止めて下さい。はい、作戦開始! 幸運を祈ります!」

 

「クソっ! 見えないところでカッコよく勝ってくるからな!」

 

「え、ずるい! 活躍は見せて!」

 

「ダメだ! よし、作戦開始!」

 

「ふぁっきゅー!!」

 

 爆音とともに飛び立つアイアンマンと操られたドローン。

 銃撃音が響き渡っている。

 戸惑っているハマー社長に中指立ててふぁっきゅーしてからローズ中佐の派手なお洒落デコレーションスーツに組み付く。

 控え目な俺の目には刺激的過ぎる。

 特に砲身とか厳つ過ぎる。

 ドックオックのバリエーションパーツである『手』を伸ばし、スーツのコネクターにぶち込む。

 あとは映画でよくある「良い子だ……よし!」(カチャカチャターン)みたいな感じの事を言ってエンターを叩いて無駄に音を出せば終わりだ。

 

「良い子だ……よ……ほわあああああああ!!」

 

 ジャミングを掻き消されて、お洒落スーツが勝手に動き出した。

 まあ、なんというか。

 そう。

 ……人間はアイアンマンスーツが有れば空を飛べるんだなって^q^

 

 

 

 スーツは着てないし、物理的に背中に捕まってるんですけどね!!

 

 

 

 

 

 

 

「ほわあああ!!」

 

『ナズナ!? 何をしている!? 目の前のディスプレイが明滅しているんだが!?』

 

「正常に起動させようと、ちょ、待って、風圧、風がすご回転はほわあああああ!!!」

 

 背中に掴まっているとぐるんぐるんと空中を振り回される。

 今使っているドックオックの『手』は細かい作業用のため、いつものと比べて非力だ。

 しかも俺は高所恐怖症。

 やめてください死んでしまいます。

 

『まずいぞ! トニー、君をロックオンしたみたいだ!』

 

 中佐の言葉に顔を前に向ける。

 飛行中のアイアンマンと、その後を追って団子状態になっているドローンを視界に捉えた。

 お洒落スーツが肩に担いでいるガトリングを撃とうとしているので、俺のスーパーパワー(思念)でちょっと邪魔する。

 し、しんどい……!

 こんなことですら苦労するとか……!

 あのクソ実験の後に爆発さえなかったら……!

 か、完全体に……完全体にさえなれていれば……!

 

『待て待て! 何故二人とも追いかけて来ているんだ! 被害を抑えるので私も手いっぱいだぞ!』

 

「そんなこと言わないでカッコよく勝ってください!」

 

『私なら余裕だがナズが見ているからダメだ!』

 

「ふぁっきゅー! ふぁっきゅふぁっきゅー!」

 

『トニー! ナズナが鳴き声を挙げ始めたんだが!』

 

『滞空時間の限界を迎えた! 足が浮いているのが苦手らしい! ナズ、電源を落とせ!』

 

『電源!? ……そうなるとどうなるんだ?』

 

『……再起動だ』

 

『すぐ起動できるのか!?』

 

『祈れ!』

 

「ふぁっきゅー!」

 

『作戦開始!』

 

『これは作戦じゃ……トニー! あ、消え』

 

 

 

 

 

 30秒間落ち続けたぞ!(嘘)

 地面すれすれで再起動したお洒落スーツが飛び立つ。

 そう、俺を背に乗せて。

 降ろして、マジで。

 

「こんな場所に居られるか! トニー! 中佐! 俺は車に戻ります! 路駐したままでした!」

 

『しかしドローンがまだ』

 

「どうせアイアンマンしか殺さない機械ですよ。じゃあ俺は戻ります。ふぁっきゅーイワンさのば……ほわあああああ!」

 

 お洒落スーツの背中から飛び降り、空を飛んでいたドローンに掴まる。

 『手』の耐久度が心配だったが、生身の俺よりはパワーがあるのでセーフだった。

 ダメだったら?

 その時はその時だし、劣化した俺の能力が覚醒するかもしれないし。

 劣化してるのに覚醒?

 新たな能力に目覚めるとかどうよ。

 

『ナズナ!? トニー、ナズナが飛び降りた!』

 

『助手の仕事をしに行った! ローディは私の指示するポイントに来てくれ! 一掃する!』

 

 

 

「良い子だ……よし!」

 

 カチャカチャ、ターン!みたいな。

 実際は有線で物静かに終わったけど。

 そんなわけで頭を捥いでドローンを乗っ取った。

 俺が有線制御するからカメラや制御諸々は飾りですらなかったから頭は外した。

 

「有線が最強なんですよ! 無線とか軟弱でこうやって乗っ取られるのがオ……ほわあああああああ!」

 

 地上に待機していた陸軍型のドローン砲台に撃たれた。

 俺は飛行が下手なんだ! 自動操縦機能とジャーヴィス入れとけカス!

 誰だよ、アイアンマンしか殺さないから狙わないって言ったの。

 このまま落下してけばちょうど車の辺りに墜ちるからちょうどいいや。

 いやあ、展示会場がめちゃくちゃですねえ!

 これはハマー社に請求しないと。

 ポッツさんが悩んでいた資金が解決かなって。

 ついでにヴィブラニウムも寄越せ(謙虚)

 

 

 

 

 

 --12

 

「ミスター・ナツメ! どうだ、気分を変えて我が社に来ないか? 時間はかかるがヴィブラニウムも好きなだけ用意しよう! そうだ、球場も貸切ろう! ドームもあるぞ?」

 

 ジャンクと化したドローンと見事な着陸を決めたら、舞台裏だった。

 で、ポッツさんに詰め寄られていたハマー社長が何故か俺のことを見て表情を輝かせた。

 変な物でも食べたんですかね……いや、現在進行形でドローンは変な物喰わされて制御不能だけども。

 

「超面白い冗談ですね」

 

「冗談ではない! ほら、あのハマー・ドローンを見ただろう? あれに君が手を加えることでもっと素晴らしい物になる! 野球だってアメリカ中の球場を借りて好き放題できる! スタークを超えられるぞ! ハマー社でどうだ!?」

 

「ジョークの天才ですね」

 

 ポッツさんに通報するように伝え、ハマー社のオペレーターから席を奪う。

 防御側が有利なので、ここから制御を奪えるわけではないが、いくらかのコードは読める。

 格闘ゲームやアクションゲームよろしく一体一体を操っているわけではないのは当然で、どんな感じの動きをするかとかが知りたかった。

 マニューバ的なのとか反復運動とか、あとイワンのクセとかも。

 

「……何が望みだ? 私の弱みに気づいて高く売りに来たんだろう?」

 

「ん? うーん? あ、これをどうぞ」

 

 とりあえず数字を書いたメモ用紙を渡す。

 途中で書いた。

 

「wifiのパスワードか?」

 

「予定されてる賠償金です。もっと増えるかも」

 

 ハマー社長がため息とともに手で目元を覆った。

 ジャーヴィスが試算したけど金額、凄いよね……。

 今からよく考えて会社の好きな部門を売るといいです。

 会社へ意思決定できるかや外に居られるかは知らないけど。

 

「……ハマー社長はいつ夢を見ると思いますか?」

 

「……寝る以外に夢は見ない。それともなんだ? 野望でもあって大統領になる夢があるのか? 開拓時代に戻ってゴールドラッシュでこの金額がちゃらになる夢でも見ろと?」

 

「違います」

 

 とりあえず、イワンにメールで「悔しいからってエキスポ会場にごみを捨てるのやめなよ。あ、パパに似てますね」ってジャンクの写真を送りつけた。

 逃げ回られて散発的なテロとか起こされても面倒だし、ちょっとした煽りで来てくれると有難いんだけど。

 俺は気が短いんだ。

 ロシアに行って墓を暴かせるようなことはやりたくないんだよね。

 

「……わかったぞ。クスリだな? メキシコ産の葉っぱはかつて……」

 

「全然違います。今後のご活躍をお祈りしております」

 

「待て。ロシア産の葉っぱは質が悪くて手足が壊死し……」

 

 用件は終わったからハマー社長は無視でいいや。

 

 

 

「ナズ、トニーと仲直りしたのね? 仲直りは3000回目くらい? トニーは?」

 

 通報を終えたポッツさんが声をかけてきた。

 表情が険しい。

 まあ会社の一大イベントでこんだけ大騒ぎになったら事ですよね。

 え? それだけじゃないって?

 それなー。

 

「たぶん600回くらいです。……トニーは新しい正装のお披露目会ですね。いつもと同じように外で元気にフラッシュ浴びてますよ。……やっぱドローンはダメですね、ここからだと操作できませんよ。言語盛りだくさん」

 

 言語弱者への嫌がらせかな???

 

「ロシア語を使ってみろ」

 

 一人でなんか喋ってたハマー社長が言ってきた。

 なるほど。

 素晴らしい発想だ。

 でもダメである。

 

「面白い冗談ですね。ロシア語わかんねーわっかんねー」

 

「ナズは日本語と英語にしか対応してないわ」

 

「……うちのオペレーターと代われ」

 

 あー判った、そういうことか……。

 ロシア語が、わかってるってやつなのかにゃ?

 しょーがないにゃあ。

 いいよ^q^

 どっこいしょ、と立ち上がると通信が入る。

 ハマー社だしイワンかな。

 煽る準備しないと。

 

『トニー、貴方と親友のほうに敵のドローンが接近中よ』

 

『ありがとうロマノフ。ローディ、ポイントに着いたら合図するからあれをやるぞ!』

 

『あれ!? あれってなんだ!?』

 

『酔っぱらって私の家を吹っ飛ばしたあれだ!』

 

『言っておくが酔っぱらってたのは君だけだぞ!』

 

 イワンじゃなくて、秘書だった。

 変わった格好してる、敵を倒したらキメ顔しそうな感じのセクシーなやつ。

 トニーと中佐の通信も入ってくるので、なんか仲の良い友達が集まってネットで会話を楽しんでるみたいだあ……いや、無いわ。

 あ、なんか嫌な予感がするから車を取りに行こう、そうしよう。

 鍵を回しながら口笛吹けば自然に抜けられないかな……。

 

 

 

『死にかけてたみたいだけど好調みたいね?』

 

『お陰様でな。私とナズがいれば問題にもならなかった』

 

「トニー? 死にかけってどういうこと? ナズ? ナターシャ?」

 

『あー、野菜ジュースが不味過ぎて喉を詰まらせた』

 

『酔って暴れたりしたのは自暴自棄になってたのよ。男ってそういうところあるから』

 

「ナターシャ、ホント? トニー? ホントなの? ホントのことを言ってくれないとナズに聞くわ」

 

「えっ」

 

 雲行きが怪しくなってきたのでこっそり逃げようとしたら、なぜか俺に矛先が向いたんだが???

 おかしくない???

 

『……オムレツを作った時に話そうとした。モナコのとき。飛行機で』

 

「……ナズ? 聞かれなかったからっていうのは無しよ。シャイだからも無し。ここには新しい秘書もいないから」

 

「あー、その、トニーがアーク・リアクターで……」

 

『ナズ? ナーズ!? ナズナ、ノーノーノー! 良い子だから、良い子だから!』

 

 トニーの語彙が死んだ!

 この人でなし!

 と、言って誤魔化したいけどポッツさんの目が笑ってないんだよなあ。

 逃げたい。

 

『喧嘩は新婚旅行のときにして。敵が接近中……』

 

『トニー! いつまで飛んでいれば……』

 

『ローディ、もうそろそろだ! ペッパー、大丈夫だから。話はあとで詳しくしよう。大丈夫だから。ナズ、任せた! なんかいい感じに平和にしておいてくれ。語った将来が来る前に酷いことになりそうだから』

 

 静かにトニーの通信画面が消えた。

 

「トニー? トニー!?」

 

『トニー、逃げたな』

 

『ええ。しかも下手な誤魔化しだったわ』

 

 なお中佐と秘書の通信は続いている模様。

 二人に俺も激しく同意する。

 逃げたい。

 

「……ナズ?」

 

「あー、はい。苺でも買ってきましょうか? 俺好きなんですよねー」

 

「アレルギーよ、私」

 

「わーお。……トニーを迎えに行ってきます、車で」

 

「必要ないわ」

 

「いや、ほら、運転手は運転がお仕事」

 

「助手でしょ。運転手はハッピー。あと運転手が必要な社長は私よ」

 

「レーサーナズがですね、車に乗らないと死んじゃう病……」

 

 青筋浮かべたポッツさんが微笑みを浮かべていた。

 ハマー社長、今なら愉快なジョーク連発してくれてもいいんですけど?

 青い顔色で硬直してる雑魚には期待できそうにない。

 それなら……

 

「いっけなーい、レポート仕上げなくちゃ! 明日の講義で大目玉! あと冷蔵庫の搬入も!」

 

 誤魔化して逃げるんだよおおお!!

 

「講義だなんて! 貴方が嫌がったから大学に入学すらしてないじゃないの!」

 

『ナズナも逃げたな』

 

『ええ。しかも下手な誤魔化しだったわ』

 

 

 

 

 

 外に出て、空飛ぶ車に乗り込む。

 着陸?

 その時の俺が冴えた考えでなんやかんやいい感じにしてくれるだろう。

 

「ジャーヴィス、二人の居場所を……」

 

『ローディ、リパルサーをその角度で空に向けろ! 3、2、1……今だ!』

 

 カーナビからトニーと中佐の通信が流れてきて、目視できる程度の少し離れた場所で光が炸裂していた。

 百聞は一見になんちゃら。

 離れていても、僅かにジャンクとなったドローンが落下していく様が見えた。

 なんて優れたナビゲーションだろうか、流石はジャーヴィスだ。

 

『強いリパルサー反応が接近中。二人とも、気を付けて』

 

 車を空に浮かべながら通信に耳を傾ける。

 カーナビに映るレーダー画面では、さっきまで無数にいたドローンが一掃された代わりに、高速で飛来する反応を捉えていた。

 その方向に目を向けると、夜空に一条の光が奔った。

 たぶんイワンじゃないかな、生身で電気鞭とか危ないって気づいてスーツ作ったとかそういう感じかなって。

 

『ドローンとは比べものにならない高エネルギー、イワンだろう。ローディ、どうする?』

 

『地の利を活かそう。この場で最強の兵器を高所に置くんだ』

 

『そうだな。よし、任せろ』

 

『待て待て、最強の兵器と言っただろう』

 

『私が最強の兵器だろ?』

 

『嫉妬するなよ。このスーツはナズナが調整したぞ』

 

『それを言ったらこのスーツもナズが手伝った』

 

『……ナズナと軍』

 

『……ハマー社だろ? それに比べてこのスーツは動力から何から合作だ。それは軍とハマー、これは私とナズ。どっちが優れているかは明白だ』

 

『わかったわかった。トニー、君が上に……手遅れだったな』

 

 レーダー画面では二人が居る場所に、イワンの反応が重なっていた。

 しかし、二人ともしょうもない話でチャンスを不意にしていたというか。

 戦場なのに男子学生の会話みたいなのはどうなのっていう。

 

『戻ってきたぞ、スターク。……そしてナズナ・ナツメ』

 

 通信に混ざる様に、イワンのロシア訛りの英語がスピーカーから流れた。

 

 

 

 

 

 --13

 

 ウィップラッシュの内部で、イワンは膝をつく二人を眺めた。二人のスーツからは火花が散っていたが、内部に投影されているディスプレイが解析したダメージ量は想定したよりも低かった。

 技術力は勝っていると考えていたが、改める必要があるだろう。

 だが、それでもイワンはウィップラッシュが負けるとは考えていなかった。

 

「感謝するよトニー。助言のおかげで鞭を長くした。こんなにも強い」

 

 フェイスディスプレイを外し、イワンは言った。外気は電気によって生み出されたオゾン臭が僅かに匂っていた。

 ウィップラッシュの両腕に装備している電磁鞭が、二人に巻き付いていた。鞭を伝って、紫電が奔った。二人のスーツから再び大きな火花が弾けた。

 色違いのアイアンマンのガトリングを受けながらも、ウィップラッシュは怯むことすらしなかった。技術力による物ではない、優れた素材による結果だった。

 スタークが着ているスーツは世界各地へと飛ぶため、長く飛行する必要があり、軽量化が図られている。反してウィップラッシュはこの場でスタークを殺すことだけが目的となっている。観察と考察を繰り返し、モナコでスーツの特性を直接見た末のアンチ的な性能。スーツとして比べれば鈍重で遥かに重く、同時に硬い。そしてアイアンマンスーツには使われていない装甲は、放たれるリパルサーのプラズマも、放たれ続けるガトリングも、表面を傷つけるには至らない。

 スタークが電気のダメージに耐えながら片膝を立て、握った拳をイワンへと向けた。外に出していた顔が狙われていることに気づき、フェイスディスプレイが展開された。遅れて、赤い閃光がウィップラッシュの電磁鞭を切り、『顔』を焼いた。

 

 

 

『一発限りだが……まさか、あまりに丈夫過ぎる』

 

 スタークのスーツからガシャン、と排莢の音がした。イワンは少しばかり短くなった鞭と、拳を軽く握っている姿勢のアイアンマンに目を向けた。高熱を宿していたカートリッジが地面へと落ちた情報が、ディスプレイに表示されていた。使いきりの大技なのだろう。

 イワンは自然と笑みを浮かべていた。声からスタークの驚きが伝わってきて、それがイワンの脳を暗い幸福で焼いていた。優れている。父の技術はスタークよりも優れている。そして息子の自身も、裏切り者のスタークより優れている。その事実が多幸感を与えていた。

 鞭から解放されたアイアンマンと、その色違いに挟まれる形になっても、イワンが焦ることは無かった。最初の形に戻っただけ。圧倒する前に戻っただけ。もう一度行えばいい。無傷のウィップラッシュと違い、二人のスーツには少なくないダメージが見て取れた。構図は最初に戻ったが、状況はあまりにも違っていた。

 

『ローディ、鞭が短くなった! これでダメージも僅かに……』

 

『僅かに、なんだ? スターク。まだまだ鞭は残っているぞ。今の技はあと何回使える?』

 

『トニー、鞭が長くなったぞ! これだとダメージも変わらないだろう!』

 

 肩に収納されていたリードが回転し、鞭が伸びた。紫電を纏った鞭を威嚇するように地面へと叩きつけた。

 それを合図に、飛行したアイアンマンが曲芸のような軌道を描きながら接近した。

 凄まじい勢いでウィップラッシュが殴られ続けたが、装甲に問題はない。色違いのアイアンマンによる重火器も、何の痛痒にも繋がらない。

 ウィップラッシュ自体は重く、自在に飛び回る二人を捉える事が出来ない。だからこその、電磁鞭だ。スーツによってアシストされた腕は、想像を絶する馬力を鞭へと伝える。力が伝達した鞭は、凄まじい速度を発揮する。ウィップラッシュが捉えられなくとも、鞭が当たればいい。

 膨大な高圧が掛かった鞭の先が僅かに触れることで、張り付くようにアイアンマンを捕えた。抵抗するように殴りかかるも、赤子が撫でるかのような無力。

 

『硬い……!』

 

『雇い主が掻き集めたヴィブラニウムだよ、スターク。加工が間に合わず、表面に張り付けるように使っているだけだ。が、お前たちが勝てる希望は無い。抵抗は無意味だが、降伏も無意味だ。スタークの罪からは逃げられない』

 

『何かはわからないが厄介なのはわかった。トニー! イワンを殺しはしたくないが仕方ない! 『別れた妻』を使う!』

 

 その言葉にイワンは意識の大半を向けた。ウィップラッシュの性能を散々見てからの物言いだ、凄まじい殺傷能力を持った兵器なのだろうと予想した。ABC兵器だろうが、リパルサー技術を上回る熱量だろうが、防ぎきれる自信があった。人道から離れているようなおぞましい兵器すらも耐えきれるだろう、ヴィブラニウムとはそれほど素晴らしい物質だ。

 鈍い音とともに発射されたそれは、ゆっくりと飛んで行った。飛来した鉛筆のような物が、仰々しく防御姿勢を取っていたウィップラッシュにこつりとぶつかり、落下した。その兵器は静かに転がって、沈黙だけを残した。それだけだった。

 

 

 

『なるほど、ハマー製か』

 

『……ああ』

 

『脅しには役立った。おかげで鞭から脱出できたからな』

 

『……それが狙い。……いや、嘘だ』

 

 イワンが感じていた優越感や多幸感が、潮が引く様に消えて行った。残ったのは虚仮にされた事実への怒りだった。圧倒的に勝っている自身が、あのスタークとその仲間に馬鹿にされたことが、イワンのプライドに傷をつけていた。スタークの助手によって薄く何度も、だが消えないように付けられた傷を刺激するようだった。

 鞭を叩きつけた。苛立ちが吐き出されるように、電気が地面を焼いた。

 

『……遊びはもう終わりか。他に無ければ、無残になったお前たちをスタークの展示物として飾ってやる』

 

『確かにハマー製は遊びかもしれないが、私の最強の兵器がまだ残っている。スターク・エキスポの最後にして最高の展示物だ』

 

 スタークの言葉に合わせる様に、遠くから警告するかのように鋭い音が響いた。

 

 

 

 スタークの言葉から、イワンがディスプレイの分析機能を切り替えた。エネルギー反応は微弱、ともすればこの場のスーツでも誤魔化されるほどに。

 プランという言葉からイワンが思い出すのは、モナコで何度も轢き逃げしていった車だ。

 動体反応と音声分析を強化したセンサーへと切り替える。イワンが空を見上げたのと、センサーに反応した物体を捉えるのはほとんど同時だった。それは加速しながら落下している車だった。遅れて、音声の分析が車のクラクションだという事実をイワンに伝えた。

 

『プランNだ!』

 

 スタークの声が聞こえた。逃げることだけは体と意思が強く拒んでいた。これを破ることで、父と自分の技術が優れている証明になるのだと、そんなことを一瞬で考えたのかはイワン自身もわからなかったが、体はその場から縫い止めらたかのように動かなかった。

 同じ手段に何度も引っかかると思っているのか、気づいてから衝突まで僅かな猶予しかなかったが、イワンには十分だった。スタークがいるはずの位置に、あの小賢しいスタークの助手が居た。赤いレインコートは強くイワンの視線を誘導した。スタークに両脇を掴まれて吊るされていた。そいつから何かが投擲された。反応できたのは偶然だったのか必然だったのか。憎い助手への殺意が、極限の反応を引き出したのかもしれない。鞭を振るって、横から放り込まれたリストバンドに酷似した何かを見事に切断していた。電磁鞭が、殺意が、妄執が、吸い込まれるようだった。

 イワンは時間がゆっくりと流れているように感じていた。鞭はリストバンドを切断したまま、スタークの助手へと伸びて、アイアンマンに防がれた。リストバンドから光が溢れていた。それに合わせる様にガトリングの弾が車を襲い、動力源が限界を迎えたのか、車の内部から青い光が漏れ出していた。

 

 イワンの視界が白く染まった。

 

 

 

 

 

 --14

 

 30秒間落ち続けたぞ!(2回目の嘘)

 作戦とはいえども車を捨てて身投げするとか、えげつない。

 えげつなくない?

 こんな落下ばっかり繰り返してるから高所恐怖症になるんだよなあ。

 というか俺なんて空から落ちる時に、隣にいたやつがミンチになったのが若干トラウマなんだよね。

 とはいえ俺じゃなかったら地の利を活かすチャンスを見逃しちゃうね。

 

 イワンが固すぎるので、とりあえず複数のアーク・リアクターを積み込んでる車の爆発でダメージを与えることにしようって作戦になった。

 乗ったままだと俺も巻き込まれるので適当なところで飛び降りてトニーにキャッチしてもらった。

 アイアンマンスーツって硬すぎる、救助に向かないのでは。

 いや、そんなに人をキャッチしないか。

 タイムマシーンも意識を逸らすのに使えるかもって話になった。

 頭部を隠されているので思考に働きかけることもできないので、とりあえず放り投げたら何故かタイムマシーンを鞭で切断してた。

 えぇ……。

 まああれだ、控え目に言ってミンチかもしれない。

 

『時間旅行はまだ人類には早かったな』

 

「ちゃんとした理論も無いですからね、なかなか悩ましいです」

 

 トニーの言葉に答えながら爆心地へと向かう。

 原型を保ったイワンの姿がそこにはあった。

 ヴィブラニウムって凄過ぎない?

 これが世界中に供給されまくったらマジでやべーよ(語彙消失)

 

「お前の……負けだ」

 

 血まみれになりながら、イワンが言う。

 なるほど。

 なんかよくわからないけど、よくわかった。

 イワンのリアクターが警告音とともに明滅を繰り返す。

 なんで警告音とか付けてるんだろうか……。

 まあどうでもいいので寄越せ、貴様のデータを。

 『手』を壊れかけのスーツにぶっ刺す。

 自爆機能があったみたいだが、テキトーに止めたので俺の勝ち。

 

「俺の勝ち。なんで負けたか明日までに考えといてください」

 

『ナズ、ドローンが自爆しそうだぞ!』

 

「あ、こいつのスーツでも遠隔すら操作が利かない設定みたいですね。まずいですよトニー」

 

『ペッパー!』

 

 アイアンマンに抱えられて急上昇。

 ついでに『手』で掴んでいたイワンも道連れ。

 血が雨みたいだあ。

 追いかけてきた中佐にイワンを放り投げる。

 治療用の冷蔵庫も手配してあるから助かるかもしれないし。

 

 空から視認すると、ポッツさんの傍には半壊したドローンが一直線に迫っていた。

 ドローンの胸元が明滅している。

 間に合わないか、と内心で焦っていると、一直線だったドローンの動きが変わってポッツさんから逸れていく。

 壊れたのなら都合が良い……あ、ちげーわ。

 アイアンマンの玩具で仮装した子供に進路を変えただけだった。

 最悪から結局最悪になっただけじゃねーか。

 しかし僅かに時間稼ぎにはなっているようだった。

 

「トニー!」

 

『残量的に一発だけ撃てる! あとは任せた!』

 

 弱弱しいリパルサー・レイがドローンの体勢を崩した。

 それで限界なのか、アイアンマンが落ちる気配を背中で感じながら滑空する。

 そう、放り投げられたのだ。

 

 ……人間はアイアンマンスーツが無くても空を飛べるんだなって^q^

 

「ふぁっきゅほわあああああ!!」

 

 ガリガリ、ガシャーン、ズドンッ、みたいな。

 ガリガリはドックオックのバリエーションの一つである『ナーブクラック』を、表面を傷つけながらも僅かにドローンに接続できた音だ。こいつは機械に対して絶対的な強さを誇り、有線でぶっ刺したらジャーヴィスがアタックしまくるので僅かにでも刺せれば機械の動きを鈍らせられるし、長く刺されば乗っ取ることができる。悲しいけど耐久力は無いので、酷使しすぎて千切れた。

 投射された勢いのまま俺は地面を凄い勢いで転がるが、レインコートのおかげで、皮膚が裂け、肉は弾け、骨が飛び出す、といったことは無かった。かすり傷で済んだのは日頃の行いに違いない。『義手』で衝撃を和らげようとしたが、強度的に耐えられなかったので悲しい終わりを迎えた。

 で、再び動き出しそうなドローンへ、なんとか復活したアイアンマンがガシャーンとスーパーヒーロー着地からのズドンッでとどめを刺した。

 アイアンマンの玩具で仮装した子供は、リパルサーの玩具を壊れたドローンに向けていた。トニーが「サンキュー、アイアンマン」と告げてから頭を撫でてポッツさんの元へと走り出した。

 俺も「さんきゅー、君は俺たちのヒーローだ」と褒めながら抱える。この子を親に預けるまでが今日の俺の仕事ですね、わかります。

 

「トニー、ちょっとこの子の親を探してきます!」

 

「任せた! 私もペッパーと大事な話があるからゆっくりで構わない!」

 

 

 

 もう疲れたあああんふぁっきゅー!!と叫びたい気持ちに駆られながらトニーを探す。

 さっきのアイアンマン坊やはなんとか保護者を見つけられた。

 避難所に行って、残った義手で坊やを抱えながら探すのは注目されまくったり、他の迷子が居たのでその親も探して届けたりで疲れた。

 もう帰って寝ようぜ、とトニーを呼びに行ったら、ポッツさんとラブロマンス(死語)してた。

 あのさあ……。

 

「どうぞ続けてくれ。私たちは構わないよな。なあ、ナズナ? オットセイみたいだ」

 

「そうですね。折角だから泊まっていけばいいと思います」

 

 中佐と呆れながらも茶化すが、疲れてしまってどうにも言葉が出てこない。

 もう帰るわ。

 

「嫉妬か? ジョークか?」

 

「超面白い」

 

「爆発で車が壊れたからスーツは借りていく。ナズナはどうする? 送ろうか?」

 

「お願いします。もうさっさと寝たい」

 

「おい、そのスーツは私のだぞ。ナズも何か言え」

 

 トニーがポッツさんの腰を抱いたまま抗議するが、もうどうでもいい。

 どうでもよくない?

 

「俺には盗まれたスーツがどこに行ったかわからないなあ。……あ、俺の車も壊れたんでお願いします。じゃあトニーとポッツさんもほどほどにしてくださいね」

 

 中佐が担ぎ上げてきた半壊した車に乗り込む。

 ほわああああああって感じで空輸される俺。

 とりあえず今回の件から、車は地上を走ればいいし、運転は運転手がやるべきだと思う。

 

 

 

 

 

 冷蔵庫に保管したイワンの脳みそからデータとか取り出せないかな……。

 

 

 

 

 

 --15

 

「これがあの捜査官も務めている組織からの評価だ。2酸化リチウムもこいつらが持ってきた」

 

「あー、悪い友達ってやつですね」

 

「そうだ。そこでちょっとしたサークルを作るのにメンバーを集めてるってわけだ」

 

「はあ、これがトニーの評価ですか。衝動性があり、自己破壊傾向を持つ。典型的なナルシスト。よくできてますね、ウケる」

 

「私は認めよう。が、次を読んで笑っていられるかな」

 

「『ナツメ・ナズナ、突発的な攻撃性と衝動性があり、自己を律する能力に疑問を抱く。また対人能力は極めて低い』……調査能力がゴミですね。これがエージェントとかウケる」

 

「笑ってないが?」

 

「心で笑って、顔はトニーの真似です。……典型的なナルシスト」

 

「……対人能力は極めて低い男が言いそうだな、それ」

 

「……自己破壊傾向」

 

「……自己を律する能力に疑問」

 

 

 

「最後の項目は……なん……だと……? トニーが適格で俺が不適格? 嘘っしょ」

 

「喜ばしいことに事実だ。というか適格だったらやりたいのか?」

 

「えっ、めんどくさい」

 

「ちなみに私も不採用」

 

「俺は採用ですよね」

 

「”も”って言ったんだが?」

 

「そんなー」

 

「ただし私は相談役になった」

 

「えっ」

 

「ナズもついでになんかやる感じだ」

 

「えっ」

 

「ただ不適格不採用だから施設に入れないかもしれない」

 

「なにそれひどくない???」

 

「ちなみにサークル名は『アベンジャーズ』だ」

 

「いいじゃないですか。リベンジじゃなくてアベンジなのが良い。自分のためじゃなくて他人のためってところが特に。ヒーローっぽいし」

 

「……アイアンマンが一番カッコいいぞ」

 

 せやな^q^

 

 

 

「そういえば勲章授与式ですよね」

 

「そうだ。カメラは持ったか」

 

「超いいやつを用意しました。あと前の公聴会か何かでディスりまくってきたスターン上院議員が授与するんですよね」

 

「私が働きかけてみた」

 

「俺も原稿文を書いたんですけどね、何故か採用されました。トニーと中佐を褒めまくるやつ。表情がマジで楽しみ過ぎて昨日から録画セットしましたよ」

 

 決定権がある地位から逆にたどっていってから、アイアンマンを好きな職員を見つけるのにちょっと苦労した。

 せっかくだから上院議員には楽しんでもらいたい。

 

「……私が人事権を持っていても、ナズをアベンジャーズには選ばないと思う」

 

「えっ」

 

 

 

 

 

 














 --16
 
「どうもナズナくん、調子はどうですか?」
 
「ああ、どうも捜査官。調子はなかなかいいですよ、面白いことが多い。申し訳ないですけど、依頼された案件はほとんど解決してませんね。地球上の物質じゃないってくらいしか判明してません」
 
 色々な物の調査を依頼されるのだが、99%が不明である。
 楽しいけど、楽しくないというのだろうか。
 知らないことを知るのは楽しいが、謎しかないままなのは不満だ。
 
「いや、そこまでわかるなら十分ですよ。実は今日訪ねたのは別の用件でして」
 
「別の?」
 
「70年ほど前に氷漬けになったヒーローを蘇生させるという計画が浮き上がりました。そこでお二人の意見も、と」
 
「なるほど。トニーに聞きに行ったら無視されたか、なんだかって感じですかね」
 
「その通りです」
 
「普通に誘うのは二流ですね。雰囲気が大事です。トニーはカッコよく仕事がしたいとか、そういうのもあるので上手く乗せるんですよ」
 
 トニーのやる気スイッチを書いたメモを渡す。
 用意できたらいい感じにやる気が入るだろうと思われる。
 
「えーっと……今日はMITで講義してますね。これはちょうどいい。捜査官、行きましょう」
 
 急な展開に捜査官もちょっと戸惑っているが、ちょうどいいので話を聞かせてしまおう。
 ノリで押し切れば行けるはず。
 あーでもいけるカナー?
 とりあえずスーツとサングラスだな。
 MIB風にすれば完璧だ。
 
 
 
 
 
「今日の講義はここまでにしよう。……そして君たちが気になっているであろう、私の話でもしようか。知っての通りアイアンマンとして活動しているが、同時に天才でもある。そんな私がどんな生活を送っているのか……」
 
 トニーが登壇しているのを確認する。
 勝ったな(慢心)
 背筋を伸ばして、ガラガラと扉を開けて真っ直ぐトニーの傍に近寄って声をかける。
 
「講義中に失礼、ミスター・スターク。貴方の力をお借りしたく」
 
「それは講義を止めてまでかな?」
 
「ええ、申し訳ないですが緊急の案件です。内容は深く話せませんが、国からの依頼です」
 
 胸ポケットから身分証っぽいのを取り出し、ちらりと見せる。
 遅れて少し後ろに控えていた捜査官も取り出し、僅かに見せる。
 大事なのはそれっぽい凄そうな見た目だ。
 そうじゃないと面白くならない。
 話を聞いていた学生がざわめく。
 いいぞ、もっと注目しろ。
 
「またアイアンマンが必要なのか」
 
「いえ、貴方の頭脳が必要なんです。この国でも有数の貴方の頭脳に頼るしかありません」
 
「……わかった、不本意だが同行しよう」
 
 トニーが深くため息を吐くが、同行の意思を示した。
 勝った、トニーフレンズ作戦は成功だ。
 あとは流れで終わり。
 
「質問に期待した諸君には申し訳ないが、ここで講義は本当に終わりだ。これから国の仕事がある。考えながら学んだ結果、私のように講義を中断してでも国に求められるか、考えずに漠然と学んで会社で働くかは各々で考えて欲しい。ただ、私の今の生活はやりがい満ちていて、貴重な体験もできるとだけ言っておこう。以上だ」
 
 
 
 講義室を出たら足早に外へと向かう。
 急かしている国のエージェントと、不本意なために急かされるのに僅かに不満を持つトニーという演出も忘れない。
 そして学生が注目している中、キャンパスに停められたヘリに乗り込む。
 結構無茶振りしたと思うけど叶えてくれるとか、捜査官ってすげーわ(真顔)
 急かすようにトニーをヘリに乗せる。
 このとき、捜査官と協力してトニーを隠すように振舞ったり、僅かにトニーのピースが出てしまったりという憎い演出も忘れてはならない。
 ちなみに俺が着ているスーツは集光するタイプで、ジャーヴィスが計算した望まない角度や場面でシャッターを切られると光が全て集まって写真が真っ黒になる。
 つまり国のエージェントに連れられたカッコいい写真だけが残る。
 よし、任務完了だ。
 やる気スイッチも押せたので、俺の仕事もまあまあ終わりだと思う。
 知らんけど。
 
「それで、相談とは?」
 
「70年前に凍結した人を蘇らせるプロジェクトだとか」
 
「……採取したDNAからクローンを作るってことか?」
 
「いえ、違います。キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャース、彼は生きています」
 
 差し出された資料に目を通す。
 超人的な身体能力が特徴かと思いきや、その精神力も際立っている。
 
「トニー・スターク氏の父であるハワード・スターク氏も彼と同僚でした」
 
「父が……物は試し、やってみるとしよう。ナズ、何が必要だと思う?」
 
「冷蔵庫と2酸化リチウムでも持っていきますかね」
 
「強気だな」
 
「すでにどちらも効果は検証済みですからね。少し強くてもへーきへーき」
 
「できれば確実性を持ってもらいたいのですが……」
 
 控え目に捜査官が言うのを、トニーが鼻で笑う。
 
「過去に例が無いことに確実を約束はできない。が、私たちにできないことも無い。そうだろう、ナズ?」
 
「そうなのだ! もっとも他の誰かが何を言おうとも、ぼくらには敵わないのだ!」
 
「その唐突な謎のキャラはなんだ……」
 
「トニーの相棒、ヴォルデ太郎キャットなのだワンポッター」
 
 捜査官が不安そうに頭を抱えてしまった。
 和まそうとしただけなのに。
 やっぱり考えとか感情って難しいんだなっていう。
 
「いつものほうがいいな、私は」
 
「俺もめんどくさいんで今限りですね」
 
 そういうことになった。


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アベンジャーズ1

 

 --1

 

『こんにちは。私はベイマックスです』

 

 起動に成功した試作型のパーソナルケアロボットであるマシュマロマン……ではなくベイマックスを色々な角度で観察し、不備が無いかを確認していく。

 ゆったりとした動きで、頭部に設置されている円らなカメラアイで追いかけてくる。

 空間に投影されているディスプレイのパラメータは順調のようだ。

 これまでに生み出したベイマックソというジョーク品とは違い、成長性は低く語彙も少ないながらAIを搭載している。

 トニーが野菜ジュースによって誤魔化していた重金属中毒事件から作ってみたが、どうしてなかなか悪くなさそうだ。

 身体を随時スキャンすることで変化を観測し健康を管理し、俺の研究成果から様々な要素から精神面もばっちりケアが可能、だったらいいなっていう段階だ。

 一応は心の療養にも使える、とは思う。

 

『外部からのお電話です。戦略国土調停補強配備局のフィル・コールソン捜査官です』

 

「捜査官か、それなら繋げて」

 

『……』

 

「ベイマックス?」

 

『1から10段階でいうと、どれくらい電話に出たいでしょうか』

 

 いやいや、それ10以外だと切っちゃうんじゃないの???

 失敗かもしれん。

 寝不足で時間もかかったのに悲しい……。

 

「10だよ」

 

『どうも、ナズナくん。ところで10とは』

 

「……いや、何でもないです。ちょっとポンコツの調子が悪かったみたいで」

 

 聞いておいて答えを聞かずに繋げるのはもしやアメリカがいつも怯える機械の反乱なのでは???

 

『もしや実験の邪魔をしてしまいましたか?』

 

「いえ、ちょうど電話を繋げてみたかったんで問題ないです。というか問題が見つかったんでちょうどいいです」

 

『そうでしたか。それなら近況のお話でも、ああ、ナズナくん、すみません。上司がちょっと呼んでいるので……』

 

「大丈夫ですよ」

 

 近くにいる上司と会話しているのか僅かな話声の後『はい、はい……。了解です』と聞こえた。

 まあ捜査官の上司なんて俺はハゲしか知らないんだが。

 ベイマックスはじっと俺を見ている。

 なんかやだな……。

 電話機能は要らないなぁ。

 なんでもかんでも積むのは間違いだったな、寝不足の敗北だ。

 

『すみませんが私も忙しくなってしまって、どうも世間話から徐々に本題へ行くのも難しいと言いますか』

 

「気にしないでください。ハゲの無茶でしょう」

 

 『フューリーだ』というハゲの声が小さく聞こえた気がしたが無視だ。

 

『ええ。話し相手になってもらいたいとのことで、指定した場所に行ってもらってもいいでしょうか』

 

「話ですか……うーん、苦手なんですよねぇ」

 

『報酬のヴィブラニウムを普段の3倍出しますが』

 

「3倍! 行きます!」

 

『電話への意欲が3段階目なので通話を終了しました』

 

 おっと、実にぽんこつぅ……^q^

 

 改めて電話をかけ直し、軽く謝ってから地図情報と送迎の車を送ってもらった。

 捜査官は驚いたように「失敗するんですね」と言っていたが、むしろほとんど失敗しかしていない。

 そこから原因などを発見して因果関係をどれだけ洗えるかが鍵である。

 さて、レインコートを着て、ベイマックスは……ちょうどいいから車の中で調整しよう、暇だし。

 

 

 

 

 無駄に長い時間を車に揺られ、いや、いい車だったから揺られなかったけどS.H.I.E.L.D.の施設に到着した。

 何故か待っていたハゲに直々に連れられ、病棟へと向かう。

 70年間大事に冷凍保存されていたアメリカの象徴がいるらしく、軽く話して来いってのが依頼らしい。

 内部への装備の持ち込みは禁止。

 ベイマックスがこんなにモチモチなんだが?とアピールするとハゲは許可してくれた。

 ハゲに「大事に持っていろ」と最後の砦であるレインコートを渡す。

 絶対に、と念を押す。

 クリーニングだってなしだ。

 とりあえずテキトーに対応して怒らせたらダメでしたって帰ればいいか。

 そうなったら昼を買って帰ればちょうどいいくらいになるだろうし。

 扉をノックして返事が聞こえたらずかずか入り込み、持ってきたパイプ椅子に腰かける。

 

「あー、とりあえずカウンセリングというかちょっとした会話を任されました。目覚めの気分はどうですかね。いや、体調は大丈夫だとは思うんですけどね、気分とかそういうのはわからないですし。70年? 71年? なかなかヴィンテージ物ですからね。蓋が空いてたらワインも変質するじゃないですか? 大丈夫かな、安定しているのかな、とは思いますが何せ機械が言うことは無感情ですけど。ジャーヴィスくらい賢いと全然違うんだけどなあ。あ、ジャーヴィスっていうのは凄い賢いAIみたいなので、最近は俺も育ててまして。あ、AIっていうのは。あー、うーん、逸れましたね。えーっと、失礼……」

 

「……君は?」

 

「俺はですねー、あー、ちょっとタイム……」

 

 ベッドに横になって外を見ていた青年に話しかけるが、困惑させるだけで失敗した。

 薬を飲んだのか、机には空の包装が置いてある。

 いや、マジ無理なんだが。

 『こんにちは。私はベイマックス。あなたの健康を守ります。スキャンが終わりました。心が疲れていますね。1から10段階でいうと、どれくらいの疲労ですか』「……よろしくベイマックス、1だよ」と会話しているのを横目にとりあえず思案。

 70年物のアイスマン復活とか四次元キューブ観察は面白かったから問題なかった。

 どっちも回収されてしまったけど。

 相手に興味はあるけど意識が会話に繋がらない。

 書類改ざんとか衛星からの行方不明者捜索および監視、スタークの最強元素の所感、アイスボックスへの様子見、カウンセラー的ななんちゃらで呼び出しとかそういうのはちゃんとしたプロがやるべきなのでは???

 ちょっとずつ思考が逸れる。

 戻れもどれ、えっと……アベンジャーズ計画とかいうのが凍結したとかどうとかって連絡があったのに、ハゲから呼び出しを受けた。

 そもそも凍結してようがどうなろうが依頼は来るんだけど。

 報酬がヴィブラニウムだから受けてしまう自分が憎い……でも送られてくるのが数十グラムなのは足りな過ぎる悲しみ。

 ハゲだけの要請なら断ったけど、コールソン捜査官からも頼まれたので仕方なしではあるけど。

 捜査官といえばニューメキシコでワームホールらしきパラメーターを確認できたらしい、データとかなんとかくれないかな。

 そもそも精神感応はついでだし、もっと言えばカウンセリングとか向いてない。

 友好的なコミュニケーションとか苦手だって自覚しているんだけど、なぜなのか。

 思考とか捻じ曲げて友好関係を築けるとでも思われてたりするのだろうか。

 無理なんだよなあ。

 相手の思考を逸らせる、つーかそれが限界……補助アイテムのブースト次第で変化するけど。

 折角手に入れたヴィブラニウムも加工があまりうまく行ってないし。

 他の物質とミキシングすると特性を伸ばせるのは凄いのだけれど、まず混ぜるのが難しい。

 自作リアクターの出力も微妙な伸びだしなあ、匹敵する超凄い物質とかあると有難いんだが。

 こう、混ぜたら危険なくらいがちょうどいいというか……あ、思考が逸れてた。

 とりあえず手元の経歴でも見てみよう。

 戦時中の英雄だったというのは知っているし、普通の歴史も一通りは知っている。

 あ、S.H.I.E.L.D.から渡された、というか捜査官から熱烈に進められた詳細な資料集というかファンブックには目を通してなかった。

 ぶっちゃけ熱意が怖かったし。

 さて、経歴は……

 

「……あなたは完璧な兵士になりたかった?」

 

 率直な感想がこれである。

 でも完璧ってなんだろうか。

 相手は目を見開いたと思ったら顔を伏せた。

 徴兵されるように頑張って薬使って超人になって戦地を巡り、最後には自爆特攻である。

 俺には理解できないな。

 そういえば身体能力とかも一通りは記録があるから、まあ古い記録なんでちょっとはブレてたり盛られたりしてるから参考程度だけど。

 そういえば天然の冷凍庫から取り出した直後の彼の肉体は血液はぶどう糖たっぷりで、身体機能は冬眠状態の動物や昆虫に近い状態だったが、それも代謝などに影響しているのだろうか。

 そういえば運動能力を発揮する際にも体格や体重、筋力から導き出せる理想値以上のスコアを発揮していた。

 そういえば超人血清とやらの詳細が知りたいのだが、生成した博士が脳内でのみ計画を進めた重要な薬らしいからなあ。

 トニーのスーツみたいな物だろうし、レシピが残っていないのも仕方ない。

 そういえば確かこっそりと熱烈ファンが教えてくれた話では、血清を使う対象者は慎重に選んでそれは高潔な人が必要だったって話のはずだ。

 そういえば超人血清の生成にも取り組んでいるが失敗していて、成功しているから尊敬されているって話もあって、アイスキューブで冷凍保存しているアボミネーションも使ったんだったか、いや、ハルクが使ったんだった?

 そういえばアボミネーションは変異前から好戦的で、変異後は輪をかけて凶暴で、ハルクは逃走中にほとんど変異なし、ヴィンテージ品の彼もまた穏やかで高潔だとかどうとかから、やはり精神性が大きく関与している可能性も否定できない。

 結果があるのだから、経過もあるということだろう。

 高度に隠れた結果の裏に、更に隠れた現象があるということで、そもそも隠れたといったが隠れたつもりはないが我々には観測できない、もしくは観測や利用に人為的に適応した者が超人なのかもしれない。

 そういえばミュータントが持つ能力の振る舞いも様々な顔を覗かせていた記録があった、こんなことなら昔調べておけば良かったと思ったけど俺はそんな感じじゃなかったから諦めよう。

 そういえば観測した際にも振る舞いが変わるように、感情によっても振る舞いが変わる物が存在していると過程していいのだろうか、そうなると二重スリットみたいな古典的な美しい物を見つけられたら……階層としては古典から進むから出入りするしあれがシンプルで根に近いのだから、そういうことなのか。

 それだけじゃなくてユニタリーであり、測定した結果も結局演算子がエルミートなだけで実数であって実際は……。

 観測することによって振る舞いが変わる様に、感情によって振る舞いが変わるのかもしれない。

 検出するのもやっとの領域のそれらを意思や感情で操作することも可能とも言えるだろうか。

 おそらく言葉や数字でわかりやすく纏めると俺の研究が止まるので残すことはないかAIに書かせる程度だがそれでも素晴らしい発展に繋がっているに違いない。

 もっと短絡的に言うと結果が意思によって引き起こされることも有り得ないと言えないわけでその領域に踏み込んだ時は、そう、もっと高次元があり、いやあると思うんだが、宇宙も多元的であるならばそこに連続している部分や連続していない部分、もっと外側の無を定義しないといけなくるしそもそも無じゃなくてその先にはあるってことになるから多元論も考えられるようになっていくから哲学者も理解してないけど肯定されて大興奮で……じゃなくて、あー、思考が滑ってた。

 

「……突然そんなこと言われても困るが、違うと言えるよ」

 

「そうなんですか? でも経歴は凄いですよ」

 

「……そんなこと、無いさ」

 

 奇妙な感じだ。

 怒っているわけでもないし喜んでいるわけでもない。

 入り混じっている。

 人はなぜ複雑なんだろうか。

 刺激が少ない平坦な日常を過ごしていると、ちょっとした刺激で鬱にもなるというし。

 順応とか変な部分で壊れているのではないかと思ってしまう。

 

「……ええっと、任務も達成しているのに? 完璧なのでは?」

 

「達成できたのは任務だけ……そう、任務だけ」

 

「任務だけ? それ以外にも貴方にとって重要なことが?」

 

「……どうだろう。重要だったけど、もしかしたら違ったのかもしれない。守れなかったのか、守らなかったのか」

 

 「善い人になりたかった」と呟いて、彼は目を閉じた。

 善い人になりたくて、完璧な兵士ではないらしいが、完璧……?

 完璧ってなんだ?

 何がどうなっていれば完璧なんだ?

 FPSのゲームみたいにプレイヤーが操作して唯々諾々と従う感じ?

 人間じゃないのでは?

 一般論的には良くない。

 俺としては、まあ良くないのはないかと思う。

 なんでダメなんだって言われたら、つまらないからである。

 俺の過去(腕のCGはちゃんと加工すべき)もそうだと囁くに違いない。

 アボミネーションは完璧なのか?

 いやそんなわけがない。

 兵として寄りすぎている、そんなのが完璧なはず……いや、完璧な兵士ならそれでいいのか?

 完璧な兵士……?

 完璧なのに戦うことしかしないのか?

 だが強さや兵士を望むのならばその肉体や心は完璧だと言えるかもしれない。

 その点を観測しようとすると、不思議なくらい正しい実数と、ありえない現象が付いて回る。

 現象を起こしているのか、結果を引き寄せたから現象が起こるのか、イコールではないが密接である。

 変異はガンマ線となって隠れている、もしくは現状の人間に近くできる限界がそこである。

 その裏ではどうなっているのか。

 彼らの代謝が変異にイコールしているわけではないが事実代謝している。

 アボミネーションは体積が増えたというし、また重量や密度など諸々が増大した。

 どこから持ってきたのか。

 ガンマ線の裏で融合が起きているのか、別次元から来ているのか。

 それは実は別次元からだとすれば個人用のワームホールを持っているのかもしれない。

 彼らは小さなフラスコを持ち、その都度望む結果になるように薬品を注がれ……ああ、また思考が滑ってた。

 ちょっと思考がぶれすぎてた。

 相手に合わせるんだ、意識を。

 

 重ねる様に、重ねすぎないように……。

 

 憧れがあって、仲間がいて、親友がいて、好きな人がいて、そして強い……俺にはわからないほどに強すぎる感情があって。

 ――絶対に、諦めない。

 すぐ傍にあったはずなのに、気づけば俺には強い虚無感になって。

 ――誰も殺したくはありません。でも悪党は嫌いだ。

 だからまるで現実のようじゃなくて。

 ――俺が戻ってくるまで、馬鹿なことはするなよ。

 求めていたはずなのに、僕の前には目を背けたくなるような世界が広がっていて。

 ――君は君のままでいてくれ。完璧な兵士ではなくとも、善い人でいて欲しい。

 デートの約束があって、愛国心があって、時間がなくて、それらが重ならない平行線になって、どこまでも不器用で。

 ――8時ちょうどよ。遅れないでね。わかった?

 嬉しいはずなのに、寂しい気持ちもあって、その気持ちを持つことが僕には空々しくて……。

 

 ――デートの約束があったんだ。

 

 それが僕にはとても悲しく思えた。

 

 

 

 

 

「君、大丈夫か……?」

 

 肩を揺すられてハッとする。

 意識が飛んでいたのか、思考がずっとどこかを走っていた。

 窓からはオレンジの夕日が差し込んでいた。

 

「いや、寝てました。大丈夫です」

 

「寝てた……?」

 

 俺の言葉に怪訝な表情を浮かべた。

 眉をこう、寄せるというか。

 思考はかなり安定している気がする。

 どうなのだろうか。

 気力がどうにも抜けているというか。

 

「俺がどのくらい寝てたかわかります?」

 

「いや、僕も寝ていたみたいだから。……起きたら君が泣いていたから咄嗟に揺すってみたんだが」

 

「泣いて? 泣いてるように見えますか?」

 

「泣いているように見えた」

 

 そう見えるだけだ。

 君の心が泣いているんだ、叫びたがっているんだよ(名言)

 

「俺の能力です。ミュータント……って表現しないんでしたっけ。まあ、超能力みたいなのを持ってまして。補助器具が無いので不安定ですけど、害があるわけじゃないです。あんまり自覚はないと思いますが、俺の表情が見えないでしょう。代わりに喜怒哀楽を感じるかと。俺を見た人の精神状態を見せているんです。だから貴方が泣いていると感じたなら泣きたい気分なのでは? あ、好きなだけ泣いていいですよ。たぶんそれが俺の仕事なんで」

 

「いや、僕はそういう気分じゃない。というか、喜怒哀楽というよりも君が涙を流しているのも見た」

 

 見えないだろうけどドヤ顔で説明すれば、反論された。

 まさか、と目元を拭えば確かに濡れていた。

 片目が腫れぼったい。

 

「うわ、俺が泣いてるじゃないですか……」

 

「だからさっき言ったじゃないか」

 

「えー? ……なんでかなあ」

 

 超人血清とかいう謎の薬でこの人が超人になったせいだろうか。

 俺の能力は謎の力場が発生してカメラとかの映像も歪ませるんだが。

 感覚もやはり超人的だとか?

 超人は微弱なガンマ線を発してる傾向にあるようだ。

 とりあえずざっくりとした考えだとエネルギーが高ければガンマ線的な感じで、文明の高まりとともにガンマ線も増える的な。

 ガンマ線は原子核、エックス線は原子に起因することからなんらかの変異が起こっているのはわかる。

 ガンマ線は原子が安定する際に検出できるから不安定な原子でできているのだろうか。

 超人から検出できるガンマ線は極めて短いスパンで放出されている。

 まるで生み出された原子が安定するかのように……感情とか状況に呼応して適宜変態しているのだろうか。

 どうなんかなあ、でも冷凍保存用に体が対応したってことにもなるし、必要な運動機能を発揮したいときには瞬時にそうなるようになんかが起きてるのだろうし。

 ハルクが緑なのは個体として安定しているから……?

 血清やガンマ線に適応した人間の姿で、安定している可能性も考えられる。

 これを進化と捉える人間もいるだろう。

 しかし、そうなると俺の能力が効きにくいのは適応した謎パワーと俺の謎パワーで打ち消し合っている?

 ハゲに武装の持ち込み禁止だとかでレインコートを取り上げられたのがダメだったな、考えが滑る。

 なぜか暴走している状態だ、近くの思念とか受信してしまうかもしれない。

 感情が高ぶったときみたいだ。

 

「すみません、やっぱり補助器具を取り返してきます」

 

 パイプ椅子から立ち上がり、扉へと向かう。

 長時間同じ姿勢でいたため身体が固まっているのがわかる。

 謎と言ったけど厳密には俺の能力は空間に作用している、らしい。

 自分がサンプルだから沢山実験できるだろうと思われるが、沢山サンプルを取ったからって何も解決しないのだ。

 抜けているパラメーターを定義しないといけないし、そもそも何がどうなのか全然わからん。

 サンプルを取るなんか凄いのを作らないといけないけど、どんなサンプルか決めないといけないのだが、そのサンプルもなんだかわからないという酷い状態だ。

 片っ端から取ってちょっとずつフィルターにかけるように絞っていくが、数字がすべてじゃない(あるまじき発想)

 それはそれとして綯い交ぜになっている感情で落ち着かないし、思考も飛び飛びなのがしんどくてだるい。

 

「……ちょっと聞いていいかな?」

 

 扉を開いた俺の背中に、少し明るいトーンで声をかけてきた。

 ちょっとだけ気が紛れたのか、睡眠をとったからか、最初よりも元気そうだ。

 いや、突然中に入ってきて眠そうなところに言葉のドッジボールぶちこんどいてなんだけど。

 ただ、彼も視線が少し定まっていない様だった。

 

「なんでしょう?」

 

 なぜか先導していたベイマックスがドアノブに手を掛けるのを見て、振り返る。

 あれ、そういえばこいつにそんな細かい動きはできただろうか。

 まあいいか。

 

「……君はどうしてスタークと一緒に研究をしようと思ったんだい?」

 

「どうして……?」

 

 どうして……?

 なぜそんな質問をしたのだろうか。

 どうしてって、それは決まってるじゃないか。

 それを追いかけて俺は色々と知った。

 

「知りたかったからです……」

 

 ――幼い俺の目の前に...:.;::. .:.;:大なアーク・リアクターは、その象徴とも...:.;::.:.;:が消えて久しい様子だった。

 

 ――俺の背から機械が伸びた。鈍色で、側面に棘のような鋭角がいくつ...:.;::.:.;:4本の機械だった。

 

 ――背には...:.;::..:.;:な、その時の俺にとっては巨大な...:.;::..:.;:が背負われていた。

 

 ――手をゆらゆらと動かすと、指示に従うように、機械の群れがアーク・リアクターに殺到した。

 

 ――やがて、...:.;::..;:;::: .:.;:、失われた過去の栄華を見せ付けるかの如く、...:.;::..:.;:。

 

 ――アーク・リアクターを覆う機械が赤熱し、どろりと溶け始めていた。

 

 ――火が顔の半分を舐めようとも、俺は動かなかった。それはとても美しい光だったから。

 

 ――...:.;::..:.;:;::: .:.;:あった。天才が生み出した、理解のできない、設計思想すらもわからない...:.;::. .:.;:。

 

 ――確かに俺は、その瞬間だけ;:;::;:;:『太陽』をその『手』に掴んでいた。

 

 

 

 ――僅かに高揚した様子の俺の前に、あまりにも弱い輝きを放つ腕時計にも似た夢の...:.;::....:.;::.……。

 

 

 

「……素晴らしい研究を残した彼がどんな人だったのか、知りたかったんです」

 

 視線が定まらない、思考が揺らぐ。

 未だに僅かな機能すら再現できない、そんな素晴らしい研究が生まれたのか、孤独に進めたのか。

 どうしても知りたかった、いや、その時は知りたかったという思いを抱いていることに気づかなかった。

 どうしてその研究をしたのか、その目的はなんだったのか、背景はどのようなものがあったのか。

 後悔があったのか、希望があったのか、悪意か、善意か、自分のためか、他人のためか。

 二度探して、亡くなっていて、結局聞けなかったから。

 

「……大丈夫か? さっきから視線が宙を行ったり来たりしているが」

 

「いえ、ああ、はい。大丈夫です。寝ぼけてるかも」

 

 頭を振る。

 どうにも調子が悪すぎる。

 

「もしかして聞かないほうがいい質問だったか? 何か問題があるとか。いや、言えないならいいんだ」

 

「いえ、望んで研究しているので大丈夫です。ただ、ちょっと。どちらかというと驚きのほうが大きかったんです……」

 

 久しぶりに聞かれて、なぜか一気に思い出して驚いただけ。

 それだけ。

 

『泣いてもいいんですよ。泣くことは痛みに対する自然の反応ですから』

 

 おい、邪魔だぞぽんこつ。

 というか話題が一周遅れだ。

 まだ調子が悪そうだ。

 

「そうだね。さっきみたい好きなだけ泣いても構わないよ。……いや、冗談さ」

 

 ロジャースさんがにこやかにそう言った。

 あなたもぽんこつなの???

 

『1から10段階でいうと、どれくらい扉を開けたいですか』

 

「10だよ!」

 

『10段階目ですね。しかし私は扉を開けられません』

 

「そうだよな! その太い手じゃ開けられないよな! わかってたよ!」

 

『大切なのは大きさではなく機能です』

 

「その大切な扉を開ける機能がお前には付いてないんだよ! もういいから! 俺が開ける!」

 

『あなたがケアに満足していると言うまで、私は動作を停止することができません』

 

「ベイマックス、もう大丈夫だよ! 扉は俺が開けるから!」

 

『動作停止はうまくいきました。しかし、両手がドアノブに挟まっています』

 

「ぽんこつ、空気を抜けばもう大丈夫だよ!」

 

『ぽんこつは登録にありません』

 

「ベイマックス! 空気抜いて下がってて!」

 

 ぷしゅーと空気が抜ける音が、弱弱しい音がする。

 ロジャースさんが後ろで、堪える様に笑っていた。

 近年で一番恥ずかしいんだが???

 それでもなんとかやっと扉を開けられたので、あとはレインコートを取り返してきてベイマックスは置いてこよう。

 

「ベイマックス、俺の後をついてきて……」

 

『わかりました』

 

 部屋から出て、ベイマックスが付いてこないので戻ると、そこにはぺしゃぺしゃに潰れたベイマックスの姿が。

 

『空気を抜きすぎました、失礼します。……616エラー発生。歩けません』

 

 あああああああああああああ!!!!^q^

 

 ロジャースさんが堪えきれずに噴き出したのを聞きながら、潰れたベイマックスを抱えて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 外で待機していたハゲからレインコートを取り返し、代わりにベイマックスを預ける。

 ベイマックスは自動で空気が補充されるだろうから帰りは自分で歩いてくれる、問題ない。

 さて、取り返したこのレインコート、なんとうっすらと緑に発光するお洒落仕様。

 これは脳の機能を抑制する物で、神経麻痺誘発装置にも応用されている技術だ。

 俺しか使わないので内装が剥き出しになっているため、色々な要素に反応して内部で編まれている希少金属の合成ファイバー繊維から発する可視光の色が変わる。

 工房にある専用の補助具でさらに強化すると色々な電波を読み取るために赤く発光し、相手の考えを視たり、思考を誘導しやすくなる。

 まあ、アイアンマンみたいなハイテクスーツにはおそらくほとんどが防がれるけど。

 ブチ切れて脳の保護とか無視して全力を出したら、ガンマ線をまき散らしながら緑や紫を超えたどす黒い色になるかもしれないけど、そういうことはしたことないので不明。

 そこまでエネルギーを発すると光を捻じ曲げたり、吸収する可能性も高い。

 緑なのは安定しているから、というのが俺の見解である。

 トニーは「私には何の問題もないが、他人にとって信号と同じでわかりやすい」って言っていた。

 あーもうハゲ、ほんとハゲめ。

 頭が疲れたぞハゲ。

 様子を問われたので「寝ていた」とだけ答えた。

 マジでただ寝ていただけ。

 年若い男が二人、密室で寝ていただけ(意味深)

 あー、レインコートを着ると落ち着いてくる。

 ドクターオクトパスにも搭載しているから、持ち込みの許可くらいすぐくれればいいのに。

 

 

 

 

 

「戻りました。失礼とお騒がせして申し訳ない。自己紹介からしておきます?」

 

「あ、ああ。雰囲気変わった?」

 

「補助具のおかげですかね。普段は機械で抑制しているんですけど、さっきまで無かったので。頭が動きすぎるんですよ。そしてベイマックスは鈍すぎました」

 

 笑っているロジャースさんに、肩からかけるように着ているレインコートを見せる。

 外でこれが無いとやっぱりダメだな。

 受信と発信が多くなる。

 

「改めて、ナズナ・ナツメです。ヴィンテージ品となっていた貴方を発掘と蘇生したときのメンバーです」

 

「ヴィンテージ……ああ、スティーブだ。スティーブ・ロジャース。よろしく」

 

 ロジャースさんが俺の名前を発音しようとしてナドゥーナ、ナツーメ、みたいになってた。

 呼びにくいのかもしれない。

 わからんけど。

 

「よろしくお願いします、ロジャースさん。難しかったらナツとかナッツとか近い感じでもいいですけど。あと俺の上司はトニー・スタークといってですね。一緒に仕事していたと思うんですけど、ハワード氏の息子さんです」

 

 ナトゥー?と発音に首を傾げているロジャースさんと、とりあえず仕切り直しとして握手する。

 改めて考えると、突然部屋に入ってぶわっと言葉の洪水を浴びせるって半端ないな。

 ハゲのせいってはっきりわかる。

 

「ハワード……。いい人だったよ……」

 

 わかるよ。

 スタークマジリスペクト。

 ホントに凄いと思うんだけど、何故か理解されにくい。

 人格が悪いのかもしれない。

 でもトニーとは補助具がなくても会話できるから、コミュ力の高さや頭の回転が凄いと思う。

 

「あとは……友人に熱烈なファンがいるので、貴方に関わる一般的なことは知っていると思います」

 

「一般的?」

 

「どこ出身だとか、どんな戦地に行ったとか、そういうのですね」

 

 普通の資料と捜査官のファンブックを見せる。

 ああ、とロジャースさんが胡乱気に頷く。

 どんな気持ちだろうか、今の俺に知る由はあまりない。

 相手が死んだり、致命傷を負ったら強い思念を感じ取れるけれど。

 もし読むとしたら、ちょっと考えを読みたいから死んでねとか邪悪すぎることに……。

 

「そういうのも立派だとは思いますが、今一番大事なのは」

 

「……大事なのは?」

 

「ご飯で食べられない物とかありますか? もう夕飯の準備らしいので」

 

「ゆ、夕飯?」

 

 ロジャースさんが「えぇ……」という力の抜けた表情を浮かべた。

 お夕飯以上に重要な物があるだろうか。

 いや、ない。

 というか俺もお腹空きすぎて抱えている謎の悲しみを凌駕しつつある。

 他から得た感情はまず自身の欲求を処理してからだ。

 

「折角英雄となって70年も絶食していたんですよ、物凄い贅沢な物を食べましょうよ。霜降りとか」

 

 改めて考えると70年も冷凍って凄いな。

 

「シモフリ?」

 

「凄く高い肉ですよ? 甘い脂身といいますか。口の中で溶けます」

 

「脂身……? 甘い……?」

 

「ああ、そっか。70年の差をここに来て感じますね……。今時の若者はバターを油で揚げてチョコをかけて食べますよ。あれが冗談か本気かは知らないけど、屋台とかもあるはず」

 

 顔を顰めるヴィンテージおじいちゃん。

 この調子だと寿司もダメなんだろうなあ。

 試しに案として出すと「SUSHI?」みたいなテンプレの反応から「生魚やんけ! 無理やわ!」みたいな流れとなった。

 バナナが高級品とかそういう世代かもしれない。

 鯨の缶詰でも食べるんかな?

 アメリカだとちょっと違うか。

 

「歯だけ立派なおじいちゃんは何を食べれば……。そういえば、シャワルマのお店がなんちゃらかんちゃらって聞きましたよ。シャワルマってなんなんですかね。料理名? 店名?」

 

「うん? ……うん、シモフリみたいに何かの肉かもしれない」

 

「霜降りは4本足ですね」

 

「じゃあ2本足の可能性があるかも」

 

「2本足の肉……? 立って歩くってことは知能が発達した頭を支えやすくするためなのでは? え、大丈夫ですかね。シャワルマが人の名前っぽく聞こえてきましたよ」

 

「シャワルマさんの肉を出す店は僕の時代には無かったね」

 

「いや、シャワルマさんってほとんど人って決めてるんじゃ……。いや、シャワルマさんの肉って俺の時代にも無いんですけど?」

 

 シャワルマが店名か料理名であって欲しい。

 シャワルマさんだったら怖い。

 流石に無いと……無いよね?

 こういうときにフリッツ・ハールマンとか思い出す自分が憎い……!

 

 

 

 

 

 70年も瓶詰だと腐るかもしれないってことで外に夕食を食べに行くことにした。

 部屋から出てハゲと合流。

 このハゲ、なんとベイマックスに無表情で包まれていた。

 いや、確かに預ける時に手渡ししたけど、空気がみちみちに詰まっても抱えていたから包まれる状態になっていた。

 

 S.H.I.E.L.D.の施設から出て行く途中、ロジャースさんに「薬はどうだった? よく眠れただろう?」「久しぶりに……」というやり取りをしていた。

 やっぱり喋りに行かされたタイミングはロジャースさんに薬飲ませた直後だったらしい。

 どんだけ気配りできないハゲなの???

 薬飲んだ後は安静に決まってるでしょ???

 

 まあそれはそれとして、70年前のヴィンテージヒーローの中身、厳つい黒人のハゲ、なんか顔のぼやけた俺、白いマシュマロマンという異色の組み合わせ。

 上下黒で片目は眼帯で覆っている、いかつい黒人のハゲとかめっちゃ目立ちすぎなのでは?

 ということで、能力のちょっとした応用で、効果範囲を広げて注目度を下げる。

 俺、なんかすごくなんかよくわからないけどなんか有能ななんかの能力者っぽい凄いなんかしてる……!

 まあ、注目されたら一発で見破られるしょうもない阻害だけど。

 一応能力を応用して迷彩の研究にも手は出しているが進捗は芳しくない、だってやること多いからね。

 

 ハゲは久しぶりに羽根を広げて近所で飯が食えるぜーってノリだったし、ロジャースさんも注目されないで飯食えるぜーってノリだった。

 俺は注目されたことないからちょっとわからないですね……。

 あ、中華は無しな。

 あの箱に入ってるドラマとかにも出てくるやつ。

 わざわざ能力使って外に出てるのに、食べるのがあれとかマジで無いから(マジトーン)

 

 ロジャースさんとハゲ、俺でロブスターの店に突入。

 海の幸は揚げたり煮たりしても美味いから偉大。

 カトラリーの使い方とか気にするのもめんどくせぇ、俺は手で食うぜ!って手や口を汚しながらロブスターを食べた。

 2人も手で解体して食べてた。

 高級将校というか、そういう立場の専用ラウンジとかで食べてただろうからお行儀よく食べるかと思ったけど、そんなキャラじゃなかったようだ。

 ロブスターはぶりんぶりんして美味しかった(エレメンタリースクールキッド並みの感想)

 ソースは大味すぎてイマイチだったのが不満点だったので、岩塩をメインにして食べるのをおすすめする。

 というかロジャースさんがこういう料理のソースの味はあんまり変わらない的なことを言っていた。

 そこは変わっておいてくれ(切実)

 

 

 

 各自食べ終わって、ちょうど解散の時間になった。

 ロジャースさんが「また会おう」って手を差し出してきた、ロブスターで汚れた手で。

 だから俺も「嫌です」って答えて弾いた、カウンターロブスターハンドで。

 また会うことがなんなのか、俺はおぼろげに理解している。

 愚かな自分が何をしているのかくらいわかっている。

 喜んで会うアメリカ万歳な人種じゃないんだ。

 ハゲが慰めなのか、肩を軽く叩いて何か告げていた。

 しょんぼりしたロジャースさんは立ち上がってトイレに行った。

 ため息を吐いたハゲが口を開く。

 

「ミスターナツメ、アベンジャーズ計画はヒーローたちを集結させて最強チームを作ることを目的としている」

 

「……未曾有の脅威に対するカウンター、でしたか」

 

「そうだ。個人でも抑止力に成り得る。……しかし、より強大な敵が現れたとき、遥かに力を発揮するにはチームが必要となる」

 

「……それで70年前のヒーローまで?」

 

「個性も能力も纏まっていないヒーローたちを導く強固な精神力を持つリーダーが必要だった」

 

「……退役しても問題ないのでしょう」

 

「彼は現役だ。君だって見ただろう。全盛期と遜色のない……むしろ今が全盛期とでも言えるほどに活性化している身体を」

 

「……戸籍では100歳近い」

 

「超人に、ヒーローに年齢は関係ない。わかっているだろう?」

 

「……ヒーローは必要とされる限り戦い続けなければならない。どんな敵だろうと」

 

 頷くハゲ。

 せっかく美味しい物を食べたのに、気分が悪くなる話をしてくるこいつはきっととんでもない悪役なのだろう。

 俺がハゲならもっと優しいハゲになってた。

 

「不満でも?」

 

「別に。ただ単に俺が好ましいと思っている人に、生きていて欲しいだけです。……気分が悪くなるから」

 

 用意されていたタオルで手を拭く。

 人が死ぬときや致命傷を負ったときなど、何かを強く意識するとねっとりした濃い思念が残るらしい。

 距離が遠い程薄くなるし、遠かったらほんのり感じる。

 魂があるとしたら、肉体から放たれるときに感情をエネルギーにしているのかもしれない。

 悪人ならどうでもいい。

 意識しなかったり、意識してもどうせ自分に都合のいいことや懺悔して死んでいく。

 募金をしていたり濡れている動物を助けたりと正しいことをやったから死ぬのはおかしいとか、家族を遺せないとか、色々と考えながら死んだりする

 調べてみれば、死ぬには十分すぎる悪い事ばかりしているのだから、ああそういうものなのだなと受け入れられる。

 ただ、悪くない人が死んだら難しい。

 受け入れがたい感情だけを受け取られなければならない。

 好ましい人が死んだら、どうしたらいいのだろうか。

 そういうものだと誤魔化して、忘れるのがどうにも堪らない気持ちになる。

 ……ちょっと手を拭きすぎたかもしれない。

 

「アイアンマンは良いのにか?」

 

 ハゲが両手を広げて大げさに驚いた、といった具合にリアクションした。

 映画で陽気な黒人が死ぬ理由がわかってきた気がする。

 

「アイアンマンが良いってわけじゃないです。『善い人』であって欲しいだけです」

 

 トニーは自身が『善い人』になるためにはアイアンマンになるべきだと思い込んでいる。

 同時に慎重でもある。

 慎重すぎるとも言えるだろうか。

 傲慢なのに繊細すぎる。

 

「ヒーローは、君の言う『善い人』ではないと言いたいわけか?」

 

「『善い人』のままではいられないって言いたいんですよ。個人の人生を歩めるか。アベンジャーズのリーダーが体を張って教えてくれているじゃないですか」

 

「……まだ計画は凍結中。さらに言えばキャプテンは特殊な例、しかも蘇生に成功している」

 

「トニー・スタークの表明以降、貴方たちが監視を要とする超人は指数関数的に増加しています。特殊な例とやらが、絶対に降り掛からない保証もないでしょう」

 

 ぐぬぬ、とハゲとにらみ合う。

 お前は信用ならないんだぞハゲ。

 なぜなら俺がイライラするからだ。

 

『おかえりなさい、スティーブ。先ほどよりずっと安定していますね。自己診断として今は1から10段階でいうと、どれくらいの疲労ですか』

 

「1だね」

 

 ロジャースさんが戻ってきたので立ち上がる。

 もう解散でいいだろう。

 どうせハゲのおごりだ、流石ハゲだぜ。

 

「じゃあロジャースさん、さようならです」

 

「ナツ、さようなら。僕は完璧な兵士ではないとしても、選んだ自由のために。まだやれる」

 

「知っています。だから嫌なんですよ」

 

 笑顔を浮かべて、見えるかは知らないけど、差し出された手に応える様に握る。

 ……いや、痛いんだが。

 え?

 まだなの?

 いやマジで痛ぇ!

 

「痛いんですけどぉ!?」

 

「おっと、すまない。また会おう。……君が求めた人間は氷漬けになって、ここにいるのは別人だから」

 

 寂しそうに笑って、ロジャースさんは耳から外した何かをハゲに渡していた。

 ハゲはにやりと笑って自分の首元からボタン型マイクを見せ付けて来て……。

 

「ハゲェエエエエエエエ!」

 

「フューリーだ。誰でも私をフューリーと呼ぶ」

 

「知るか!」

 

 恥ずかしい!

 恥ずかしすぎて恥ずか死する!!!

 あーだめだめ、恥死量を超えています!!!!

 

『スキャン完了しました。脳内物質の生成は確認されましたが、怪我はありませんでした。ホルモンと神経の状態、脳波によると、あなたは若者にありがちな気持ちの動揺を抱えています。診断の結果は、「羞恥」です』

 

 知ってる!!!!

 

『1から10段階でいうと、どれくらいの羞恥ですか』

 

「100です……」

 

『100は登録されていません。もう一度お願いします』

 

「10だよ!!!」

 

『重症ですね。怪我がないかスキャンしてみます』

 

「さっき自分で無いって言ってたじゃんかよおおおおおお!!!!!」

 

『バッテリーが切れます』

 

「どう゛し゛て゛ぞう゛な゛っ゛だん゛だよ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛」

 

 んあああああああああああああ!!!!^q^

 

 

 

 

 

「キャプテン、いい薬だろう」

 

「ええ、ふふっ、確かに……」

 

 ほわああああああああああああ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 



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アベンジャーズ2

 

 --2

 

「ナズ、邪魔になる。ちょっと退けてくれ」

 

「うぃー」

 

 作業させていたドローンタイプの『手』で、トニーの進路上に浮いてる物を回収する。

 新型ウォーマシンスーツの調整用とお着替えシステム用に使っていた物が邪魔になっていたようだ。

 新型ウォーマシンスーツは、ローズ中佐が今使っているウォーマシンと化したマーク2を素体としたスーツと交換で渡す……取られる(?)予定だ。

 お着替えシステムは、控え目なトニーに「マーク2が戻ってきたらを過度な装飾を外せるように」と指示を受けているので、分解用の機器も組み込んでいる途中だ。

 作業を中断してトニーの方へと振り向く。

 荷物でも持っているから邪魔だと言ってきたのかと思ったが、手ぶらだったので退かす必要が無かった気がするんだけど。

 

「どうだ、完璧だろう?」

 

 そんな俺の様子を察したのか、ドヤ顔で両腕を見せ付けるトニー。

 うーん、なるほどね。

 原理はわかった。

 

「そうですね、完璧すぎますね。その、シンプルすぎる……腕時計?」

 

「違う。誘導に使うセンサーだ。デザインはオーサカの健康器具」

 

「ああ、スーツの……え、健康器具? 大阪の?」

 

「ペッパーに貰ったプレゼントを元にした」

 

 ぼやーっと変な電波を感じる腕時計もどきは、最近完成したマーク7用の着脱システムに使う誘導機器だ。

 ということは、実際に可動させてみるのだろう。

 進路上の物が邪魔になるのも確かだ。

 しかしデザインが健康器具ってどうなの。

 そもそも大阪の健康器具とかちょっとパチモノ臭いんだけど。

 

「驚きで胸がいっぱいです。まさか……新しいスーツの売りが付けていれば健康になるとか」

 

「そうだ、スーツは完璧でも先に私が疲れてはどうにもならない。それを改善した結果が健康器具だ」

 

 トニーがしたり顔で頷く。

 

「じゃあその世界一高い健康器具で世界を健康にするってことですか。野菜ジュースで健康になろうとして誤魔化した人の言うことはやっぱり違いますね」

 

「……ちょっと含むところはあるが、これから試着するからその通りだと言っておこう。私が雨で濡れたとき、わざわざ自宅で着替える必要はない。この新しいスーツなら」

 

「最近は弾丸の雨ですけどね。濡れたら血まみれなんで死んでる」

 

「私が呼べば勝手に飛んできて、着ることができる。着れば強く、カッコよくなれる。誰もが羨む夢のスーツだ」

 

「え、健康は?」

 

「それは知らないな。健康じゃなくてもアイアンマンは強い」

 

「ポッツさんにチクりますね。健康に気を使わないでスーツ着てるって」

 

「待て、私は野菜を食べている。このスーツがあれば数分とかからずに買える」

 

 ドヤ顔でジャーヴィスに指示を出し、投影された地図にマーカーが描かれる。

 その店は行きつけの……そんなベタなボケいらねー^q^

 

「ピザは野菜じゃないんですがそれは」

 

「野菜が盛りだくさんのピザもある」

 

「じゃあランチの注文を予約しますけど何にします?」

 

「いつものにしといてくれ」

 

「構成してる赤、黄、茶の三色に野菜がないですけど」

 

 ピザソースにベーコン、チーズ、生地で野菜が入り込む余地は無し。

 

「照れ屋なんだろう。私がカッコ良すぎて野菜も隠れてしまった」

 

「そしたらトニーの居場所をリークするんでサイドに出待ちファンが待機しますね。もちろん緑の。何ポンドにしますか? 10くらい?」

 

「……チーズバーガーにするか? レタスが入ってる」

 

「出待ちファンはセットですよ?」

 

「……後で私が注文しておく」

 

 

 

 

 

「さて、注文も終わった。ところでアイアンマンスーツがカッコいいのは何か影響があるかもしれないとは思わないか。例えば、そう、着ている私があまりにもカッコよすぎて漏れ出すオーラを防ぎきれない、とか」

 

「え、はい、うん……。あ、俺は新しい腕時計作りました」

 

 せっかくなので俺も作ったばかりの新しい腕時計を見せる。

 

「……ま、いいだろう。で、腕時計? ああ、あの……爆弾?」

 

「あれはタイムマシーンです。誰がなんと言おうとタイムマシーン。いや、そうじゃなくて。これです、ヴィブラニウム製の腕時計です。しかも俺のAIと同期しているので作業終了になると教えてくれるタイマー付き」

 

 ワーオ、と驚くトニー。

 これは馬鹿にした驚きだ、リアクションも大きい。

 わかる。

 自分でも馬鹿な物を作ったと思う。

 

「ナズは馬鹿だな」

 

「俺もわかってることだから言わなくても良くないですかね。でも出来はいいですよ」

 

 ヴィブラニウムの加工と特性制御が上手くいかない暇つぶしに作った品物である。

 振動を吸収・放出する特性を活かし、稼働前に一回叩けばその衝撃と、利用しているときの外部刺激や自らの振動で数世紀は動いてくれる。

 利点はハイビートタイプの振動数で時間を刻むくせして世界でも類を見ないレベルで丈夫、時間も安定していてメンテナンスフリー。

 ブランド品ではないが時計マニアならコレクターズアイテムとして欲しがるかもしれない。

 欠点は死ぬほど高価で、超が付くほどの希少金属を使っているのでトニー以外に言ったらマジギレされること間違いなし。

 

「10の3乗くらい軽くいってます」

 

 浮遊している義手に持たせてトニーに渡すも、チラッと見ただけで返された。

 

「クォーツでいい」

 

「言ってはならないことを……!」

 

「そもそも腕時計を作ることで実用性に逃げようとして失敗しているから半端になっている。夢も浪漫も足りてない」

 

「マジな批評はやめてください。それは俺に効く」

 

 妥協の産物なので、反論できない。

 正論が時には間違いってことを理解した俺は世界一賢いのかもしれない。

 でもタイマー機能付けたからセーフ……。

 

「これならこの前ネットで調べながら叩いた刀のほうがまだ良かった」

 

「あれですか。まさかノリで無駄に貴重な刀を作るとは想定してませんでした」

 

「科学者は新たな発見で度々世界を驚かせるものだ」

 

「いや、もうそういう領域じゃないっていうか」

 

「私くらいになると驚かせる桁が違う」

 

「確かに世界中にいるヴィブラニウム研究者の色んな声を聞けると思いますね」

 

「私を讃える讃美歌か」

 

「悲鳴が紡ぐ怨嗟の声です」

 

 テキトーな金属と混ぜて叩いたが上手くいかず。

 ネットで見た動画を参考にした際に、テキトーな合金は手順が間違っていたため研究室内にポイ捨てされた。

 ちなみに1グラムで1万。

 円ではなくドル。

 超希少なので取引には許可も必要。

 研究者が僅かずつ試料にしている横で、何も考えずに転がっていた金属と混ぜた後にレーザーで焼きながら叩かれるヴィブラニウム。

 スラム街に居る餓えた子供たちの前で食べるチーズバーガーみたいなものか。

 そう考えるとチーズバーガーもシモフリ。

 

「カラーリングが赤をベースにしていないのもマイナス」

 

「いや、それはどうでもいいです。優先事項としてはトニーが流す音楽くらい低い」

 

「おっと、それは最優先事項じゃないか。ジャーヴィス、これからファンへのサービスタイムだ。それに合った音楽を流せ」

 

 流れ出すノリの良い音楽。

 ステップを踏むトニー。

 曲名がわかってしたり顔の俺。

 

「”Black Sabbath”大好き」

 

「全然違う。”shoot to thrill”だ」

 

「……俺は曲名の話をしていますけど?」

 

「奇遇だな、私はそうだ」

 

「……ははーん、わかりましたよ。トニーが発明した聞く人によって曲が変わる不思議ソングですね」

 

 そうでしょ、とドヤ顔をかます俺。

 可哀相な人を見る目のトニー。

 視界の端にいたベイマックスが腹部に1と描かれた光を灯す。

 

「ナズ、君は素晴らしい助手だが天才の私に敵わない点がいくつもある。その一つが芸術だ。次までにセンスを磨いておくように。さて、テスト開始といこう。ダミーは録画、ユーは緊急時に消火、バターフィンガーは私の後ろで補助、ナズはスーツの射出だ」

 

 「音楽は好きだけど、曲名が覚えられないだけだし……」と言い訳していたら、「曲名だけか……?」と言われたが、曲名だけでしょ?

 そうに違いない。

 まあそんなどうでもいい話の間に、ぞろぞろと現れていたロボットアームたちが配置につく。

 俺もベイマックスの背中を開けて操作していたのを一旦中止する。

 

「バターの代わりに『手』で支えましょうか」

 

 ドックオックのドローンタイプとして作った『手』だが、動きは大味ながらも指先は悪くない動きをするし、生身より力がある。

 慣れれば中々悪くない性能をしている。

 が、欠点ももちろんある。

 一つは操る『手』が増えると当然ながらリソースがそちらに割かれるので、俺自身の自律神経活動などが鈍くなる。

 人体を考慮すると脳は神経ネットワークの一部でしかないが、枠に深く組み込まれているし、指示を多く出す部位だ。

 その枠から外れるように肉体に結果が反映されないあまりに異なった神経活動を行っていると、人体を動かす端末から一時的にだが切り離されたと見做される。

 枠に組み込まれている端末が除去されるほどに、自律神経の出力が消失するので、『手』の数と負荷の重さを考慮しなければならない。

 とはいえ俺の脳や身体はそういった方向に適応するよう教育されているので、普通よりは遥かに負担が少ないし、有線式なら身体の一部として受け取るので負荷など無いような物だ。

 他の欠点は……

 

「……リパルサーで飛ばしてるんじゃなかったか。日焼けするのは御免だぞ」

 

 私は燃えています、とアピールするような白い光を吐きながら浮いている複数の『手』を嫌そうに見るトニー。

 推力として酸素を燃やしているので、熱が発生しているのだ。

 支えどころが悪ければ新たな日焼けになる。

 

「……偉大なトニー・スタークともなると支える『手』すらも輝いて見える」

 

 トニーが輝いているから手が輝くのか、手から燃える何かが出ているからトニーが輝くのか、永遠の謎としてこのテーマを後世に残したいくらいだ。

 話は変わるけど、アーク・リアクター内から引き出した単なるプラズマなら距離さえ置けば大して熱はないが、やはり物を浮かせるとなると色々と問題が出てくるんだよなぁ。

 

「違う。支えられたからといって私が輝くわけではなく、燃焼が起きているだけだ」

 

「星の中には燃えてるし光源になっているのもありますよね。トニーは恒星だった……?」

 

「確かに私は他の科学者が気の毒になるほど輝く功績を残している。太陽といっても過言ではないな」

 

「トニー・スターズ」

 

「綺羅星が霞むほどにカッコいいからな」

 

「トニー・ステーキ」

 

「それだと燃え尽きて輝きが消えてるんだが?」

 

「トリー・ケラトプス」

 

「もう原型を留めてないんだが?」

 

「……夜はステーキが食べたいですね」

 

「奇遇だな、私もそんな気分だ。霜降りにしよう」

 

 やっぱり最新の科学こそ最高なんだ。

 脂の塊だと見做すヴィンテージとは格が違うぜ。

 最新のヒーローは趣味嗜好流行も最新ってはっきりわかんだね。

 

「よし、今日のスペシャルも決まったことだ。前菜からきっちり仕上げていくとしよう」

 

「お腹空かせるためにトニーがバク宙しながらスーツ着るってどうです?」

 

「ならナズもお腹を空かせるために動く必要が出て来るな。座っているしタイミングを計るだけだから私より動く必要があるんじゃないか」

 

「異議あり! 立位と座位によるエネルギー消費は1時間で0.2キロカロリーもありません。よって誤差の範囲となるため不平等です!」

 

「なら落下中の着衣試験に切り替えるからナズも平等に落ちろ」

 

「さあ、ボス。早くテストしましょう。あ、俺は座ったまま動かないので立ったままでいいですよ」

 

「……もう一人で落ちてこい」

 

「メリーポピンズじゃないから嫌です」

 

 

 

 

 

「マーク7の第一次装着試験を開始します。スリーカウントで発射しますね。スリー、ツー、ワン、発射」

 

「よし、そのまま……いや、ダメだ!!」

 

 スーツが展開しないまま飛んだため、トニーが咄嗟に横へと転がって回避する。

 後ろで控えていたバターフィンガーの手を覆うようにスーツが展開していた。

 頭部パーツが腕に嵌って吊り下げられ、だらりと身体が垂れ下がっている。

 その様はまるで……

 

「アイアンマンの首吊り?」

 

「縁起でもない。これは……明日の晴れを祈っている。ちょっと展開が遅すぎだな」

 

 トニーが、昔作ったてるてる坊主風に吊られたままのスーツを弄る。

 俺も『手』を浮かせて工具を渡す。

 

「そうですね。スーツを着るたびに明日の晴れを祈ってたらアメリカは砂漠と化してポストアポカリプス。避けてアイアンバターフィンガーを誕生させたり、スーツに高速タックルされてたら健康になるどころじゃないです」

 

「タックルを受け続けた結果、健康を通り越して強靭な肉体を手に入れ、一流アメフト選手のタイトエンドトニーが誕生する可能性もある」

 

「そんな可能性はいらないですね。ところでレーサートニーは?」

 

「死んだ」

 

「また死んでる……」

 

 またレーサートニーが死んじゃったよ。

 この人でなし!

 

 

 

 

 

「第七次装着試験を開始します。スリーカウントで発射しますね。スリーツーワン発射」

 

「おい、雑だぞ! いや……だが、よし、良い子……うおっ! ……教育に失敗して悪い子になったな」

 

「いやいや、それどうなってるんですか」

 

「ハマー社が失敗した際に腰をねじ切っているのを見て、安全装置として自由度を高めた結果だ」

 

 無駄に旋回したりして滞空時間を長く取っていた以外は良かったのだが、展開してスーツ形態になってから姿勢を崩した。

 その結果、脚部だけスーツを纏ったトニーが上半身のスーツを纏ったバターフィンガーに吊り下げられるという謎の姿勢になってしまった。

 途中まではよかったのだが……。

 

「吊られ男?」

 

 トニー・ザ・ハングドマンの誕生である。

 あれ、正位置とか逆位置でなんちゃらってあるよね。

 この場合はどっちだっけか。

 

「私は吊られてもカッコいい」

 

「そうですね、普段もカッコいいです。そうなるといつもと変わらないんでそのままにしておきますね」

 

「助手は私が困っているなら何も言わなくても助けてくれる。なぜなら私が優秀で、その助手もまた同様だからだ」

 

「はいはい」

 

 

 

 

 

「第十次装着試験を開始します。スリーカウントで発射。すりーつーわん発射」

 

「もっと真面目に……よし、いいぞ! その調子……」

 

「あーいいですねーかんぺきですねー」

 

 アイアンマンがこちらを見ていた。

 上半身だけで、下半身にはカジュアルなジーンズが垂れ下がっている。

 今度は上半身だけスーツを装着し、下半身部分が後ろに控えていたバターフィンガーと連結してしまったようだ。

 負荷がかからないように俺の『手』でスーツの無い生身の足を支えておく。

 

「なんでさっきから合体しちゃうんですかね。人類が十進法を取り入れたアピールですか?」

 

「私ほどの天才となると聖人として讃えられるからな。……ま、機能を欲張りすぎていることが原因だとは思うが」

 

 両手を広げ、顔をちょっと斜め下に向けてポーズまで完璧にしたトニー。

 

「そのジョークは宗教的に大丈夫ですかね」

 

「SNSへの投稿は禁止だが、天罰でもなんでも貰ってやる。……実は天罰や神罰を観測してみたい」

 

「わかる。再現性を高めたら何か起こらないですかね。ちょっとリパルサーで燃やしてみましょうか」

 

「待て、ユーが……」

 

「あ、やべっ……」

 

 『手』の機能を実現するために酸素などを収斂(しゅうれん)させて筋肉代わりにしていたのだが、その分も拡散させたためにリパルサーが派手な光を撒く、支えていた足周りに。

 それに反応して傍に控えていたロボットアームのユーが消火剤を噴霧。

 磔の聖人、ロボットアーム、ドローンが真っ白になった。

 試験用に素組みしただけなのでドローンは即死だろう。

 モックアップだったら悲しみに沈んでいた。

 

「ナズナ、何か言うことは?」

 

「原作再現です」

 

「白いのは腰回りや顔色だけだ」

 

「あ、わかりましたよ。天才でかっこいいトニー・スタークは十字架にもなれるんですね。アメリカ中でアイアンマンが崇められそう」

 

「言い訳はそれだけか?」

 

「俺のドローンが一番致命傷を受けました。よって引き分け」

 

「ならない。神に祈る時間だ」

 

「待ってください。これはトニーが神を侮辱した天罰です。つまり運命に委ねるべき」

 

「待たない。これは助手のナズが失敗した人災だ。よって私が裁く。これも運命だ」

 

「上等ですよ、ヴィブラニウム刀のローニンで不届き者に神罰を与えてやります」

 

「なら私はこの水鉄砲で不平等条約を叩きつけてやろう」

 

 スーツを脱いでトニーが手にしたのは、細かい部品を僅かに作れたので試しに組み立ててみたヴィブラニウム製の水鉄砲『黒船』。

 その特徴はなんといっても水の威力だ。

 タンク、ポンプ、バルブなどがヴィブラニウム製なので圧力をかけ続けても問題ない構造となっている。

 加圧を頑張れば頑張った分だけ報われる仕様だ。

 アイアンマンのスーツが全力で圧縮したらウォーターカッターが出るだろう。

 

「さあ来い! この天才が叡智を試してやる!」

 

「うおおおおおお!」

 

 刀を持って突撃したが、まあ、遠距離から撃たれたら負けるよね^q^

 

 

 

 

 

 来客を知らせるベルが鳴ったので、一旦手を止める。

 入口の扉が開くとポッツさんが大きな袋を抱えて入ってきて、頭を抱えた。

 「侍が黒船に勝てるわけないだろう!」と遠距離攻撃でびちゃびちゃにされた俺と「戦争に逆転はないんですよ! ヴィブラニウムホームラン!」と鞘で水風船をぶつけられてびちゃびちゃになったトニーを見たためだろう。

 

「……二人とも何やってるの?」

 

「シビル・ウォーですね」

 

「我々は戦争状態に入った」

 

 ため息とともに、濡れていないベイマックスの後ろにある机に袋を置いた。

 

「ペッパー、それは?」

 

「ご注文の品」

 

 ポッツさんが笑みを浮かべて中身を見せてくれる。

 チーズバーガーやピザ、そしてサラダの数々。

 トニーが顔を歪めた。

 別に野菜が凄い死ぬほど嫌いってわけでもないはずだが、たぶん気分ではないのだろう。

 

「さっき頼んで贅沢にも社長に持ってきてもらいました。緑の出待ちファン付き」

 

「出待ちどころか直接来てるんだが? これは重大なマナー違反だ、帰っていただこう」

 

「何言ってるんですか。まだ若いのに熱心なファンですよ。たぶん生後一か月で会いに来るとはトニーも人気者ですね。ちゃんとファンサービスしないと、ちょっと緑で細胞壁も強い健康的なファンですけど」

 

「生まれて間もないな。スーパーヒーローとして親元に帰してやらないといけない」

 

「立派に成長しきったので不要です。自分の道を歩んでますよ。親も敷いたエスカレーターをきちんと進んで一人前になったって太鼓判を推してます」

 

「もういい加減に二人ともシャワー浴びてきなさい。あと馬鹿なことをまたしてると思ってキルスコアを一つ足してもらってきたから」

 

 停戦を解除しようとしたらポッツさんに注意されたので「はーい」と二人で武器を置く。

 やりすぎると小言を数日は言われてしまう。

 あとまたキルスコアが増えた。

 そんな気軽にスコアを追加されたらレーサートニーの死亡数並みに増えてしまうんだけどなぁ。

 そもそも足す物なのかっていう。

 

「シャワーを滝に改造したら修行できるぞ」

 

「何の修行なんです?」

 

「それは修行を終えないとわからないな」

 

「えぇ……」

 

「侍は滝で修行するらしいからな」

 

「どうして修行するんです?」

 

「それも修行を終えたらわかる」

 

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 無線機械の飛行にはまだ発展の余地が有り余っている。

 リパルサーとローター、羽ばたきをメインにしているが、バランスを変えたらもっと良くなったりしないだろうか。

 虫サイズ以下のロボット(インセクトロンやマイクロマシン)のような超小型を理想とする機械なら音とか考慮しても数十とか百数十ヘルツくらいの羽ばたきでいいんだけど。

 個々の部品を小さくしてそれぞれがなんらかの浮力を有したりしたら問題解決ってなるんだけどな。

 流行のナノテクくらいしかないだろうか。

 これまでの成果と、吸い出して得た技術も一緒に利用したドローンの調子は上々だったので、次は見つかった欠点などを補った状態で作り直しだろう。

 バターフィンガーも消火剤を直接噴霧されたのでお休みのため、俺が補助もやることになった。

 トニーのスーツは気合入れて作ってあるので大丈夫、というかこの程度でダメだったら戦闘なんてやってられない。

 

「ナズ、やるぞ。良いところを見せてやろう」

 

 ハンバーガーを食べながら有線式の『手』を使って、消火剤で致命傷を負ったドローンをバラしていると、トニーに再開を告げられた。

 本人は既にポーズを決めている。

 デスクに腰かけたポッツさんが頬杖をついてみているので、そういうことなのだろう。

 

「いいでしょう。ここ一番でなぜ成功する人が多いのか、それは緊張で集中力が高まっているからという証明を実証とともに見せ付けてやりますよ」

 

 結論だけ言うと……ぐわああああああああ^q^

 

 

 

 

 

「頼まれていたビルの資料を届けに……あの二人は何をやっているので?」

 

「ええ、ハッピー。ありがとう。トニーたちは……反省のポーズかしら。また仲よく背中を洗っているのかも」

 

「はあ……」

 

 呆れたような、それでいて楽しそうなポッツさんの声とハロルドさんのため息が聞こえた。

 赤い装甲を獲得したテスト中のドローンを分解するベイマックス、背中を向けたベイマックスからスーツを分解して外そうとしているトニー、そのトニーの背中から『手』を取り外そうとしている俺、という奇妙な状態で二人からの視線に耐える。

 知らぬフリして口笛を吹くトニー。

 

「わあ! 俺”Institutionalized”大好き!」

 

 空気を変えようとそれに反応する俺。

 

「全然違う。”Back In Black”だ」

 

「紙一重でしたね」

 

「別次元に繋がる紙か何かか、それは」

 

 というわけで、先ほどの試験と曲当ての結果はほどほどの失敗だった。

 着衣の途中でスーツがベイマックスに絡んでしまったのだ。

 スーツの脚部がベイマックスの背中にめり込んで、そのまま突き破って内部機構と合体したらしく、イチゴ大福に進化した。

 それで終わればまだマシだったのだが、俺が咄嗟にドローンを飛ばしてしまったために、スーツの背中にも合体したからどうしてなかなか大変なことになった。

 まだ作り始めたばかりのドローンには”気遣い”が足りないようだ。

 

 

 

 

 

「今日はこんな所にしよう」

 

「そうですね。展開や飛行はうまくいってるので、あとはスイッチを作りましょう」

 

「スイッチ?」

 

「赤い発射スイッチです。有事の際に押して発射します」

 

「……必要か、それ」

 

「重要でしょうが! もうそれ以外の部分はトニーのキャッチ能力に賭けましょう」

 

「確かに私なら簡単だが、空中で着ることも考えて制御で何とかする。スイッチが欲しければやるぞ」

 

「やりますけど、制御もまた書き直しですよね……」

 

「当然。見えないなら見つける。無いなら作る。足りないなら持ってくる。それが科学者だ」

 

 どこでも着脱できるように、というコンセプトの元で開発を行っている。

 アイアンマンスーツを部位ごとに分けてバラバラで飛ばすことも考えているが、空を飛ばすにはちょっと心もとないというのが本音だ。

 そこまで発展するには幾つかの段階が必要だろう。

 胸部にアーク・リアクターを設置し、空中でエネルギーが切れる度に合体して飛ぶなり充電するなりして、また分離するとかどうだろうか。

 あとは宇宙まで打ち上げて……第二宇宙速度突破するならそもそも普通に飛ばせるっていう。

 量子テレポーテーションがもっと鮮やかに使いこなせると情報のやり取りに余裕ができて内部の圧迫感もまた違うんだが、実験段階だし無い物ねだりだ。

 

「この話はここまでにして、これからはディナーだ。だがこの部屋にはステーキがない。どうする?」

 

「見つけましょう。任せてください」

 

 トニーの問いにドヤ顔を見せる。

 ついにこの機能を使う時が来たな、と指を鳴らす。

 ベイマックスは来なかった。

 あのさあ……。

 大声でベイマックスに指示を出す。

 

「……ベイマックス!」

 

『こんにちは。私はベイマックスです』

 

 知っとるわ。

 というか普通に活動してたじゃねーか。

 こいつまた再起動したかもしれない。

 

「おいしいステーキのお店を教えて!」

 

『正しい検索手順に従って指示してください』

 

「ベイマックス! ベイマックス? ……オッケーベイマックス! おいしいステーキのお店を教えて!」

 

『学習結果を反映……検索を完了しました。トニーステーキ、0件です』

 

「そりゃそうだよね! 違うから! ステーキの店だから! そもそもそれは学習に反映しなくてよくない!?」

 

『1から10段階だとどのくらいステーキが食べたいですか』

 

「10だよ!」

 

『オッケージャーヴィス、ステーキ店を教えてください』

 

「ジャーヴィスに頼ってんじゃねーよ!」

 

 トニーもポッツさんも、ハロルドさんも爆笑していた。

 俺?

 俺は恥ずかしいだけなんだよなぁ^q^

 

 

 

 



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アベンジャーズ3

 

 --3

 

 

 

 

 

「『プロジェクト・ペガサス』……。まだ続いてたんですか、これ」

 

 俺の知っている範囲と比べて進捗のない『ペガサス』と銘打たれた計画のレポートを読みながら思わず漏れた。

 『四次元キューブ』と呼ばれる、なんか凄い箱を利用する計画、らしい。

 俺が知っている内容なんて一部だから他は進んで……いや、これタイムスタンプ確認したらやっぱり進んでないわ。

 それぞれの報告を頭の中で時系列に並び替えてみると、どれもこれもが許可が下りないために進められない状態が続いたようだ。

 俺も途中で計画から弾かれたが、その時に申請した実験まで滞っていたのには驚いた。

 

「……必要な計画だった」

 

 右隣に座っているハゲ(フューリー)が正面を向いたまま呟くように答えた。

 そうなの?と視線を左隣に送るも、同乗しているヒル副指令は我関せずといった感じで正面を向いたままだ。

 愛想の欠片もない冷たい空間すぎる。

 このヘリ、居心地が悪い。悪くない?

 ベイマックスは乗せる場所が無かったので、空気を抜いてスリープ状態のまま収納してあるため賑やかしには期待できない。

 

「必要な計画なら、この中途半端なところで止まってるライトスピード・エンジンを進めれば良かったのではないですかね。今からでも研究者の方を呼べませんかね?」

 

 レポートの末尾に挟まっていた紙の論文や技術書にも目を通す。

 エンジン開発に携わっているローソン博士は熱意があって、とても優れているようだ。

 こっちに切り替えるなら俺も手伝いたいくらいだが、軍を抜けていたりしたら難しいかもしれない。

 紙の古さから定年退職してる可能性もあるけど。

 兵器開発はちょっとね……。

 

「残念ながら彼女はテスト飛行中に墜落し、死亡。テストパイロットも行方不明となり、そこで計画は凍結した」

 

「あー、それは申し訳ないです。何と言ったらいいか……。お会いできないのがとても残念です」

 

 お悔やみ申し上げますって表現がないのが難しいところ。

 ハゲの感情は奇妙なものだった。

 怒りや後悔、寂寞、そして少しの喜び。

 何故か共感を抱いた。

 ドクター・オクトパスが動いた時、俺も似たような気持ちになったことを思い出した。

 

「昔のことだ。……研究を再開したいというのなら、まあ、そうだな」

 

「いや、遠慮しておきます。引き継がないのには理由があるのでしょう。俺にも止まってる研究がいくつかありますよ」

 

 インセン博士が亡くなったことを受けて、共同研究者のウー先生と相談した結果、神経インターフェイスの研究を凍結させた。

 協力はするけど主導は決してしない。

 それに連なる研究も止まっていくのは仕方のないことだった。

 内臓の人工代替品も、一般向けのドクターオクトパスも、制御を神経インターフェイスに託していたので凍結した。

 ……そのうちどうにかなるんじゃないかな。

 ならないかも。

 それはそれで、そういう物だったってことだ。

 

「そうか、それは残念だな。望むなら……」

 

「望むなら?」

 

「あまり協力はできないが目を瞑ることはできる。もう片目は瞑っているから好きにやっても、見逃すかもしれない」

 

「え、あ、はい」

 

 片目の眼帯を指さしながら「どうだ」とドヤ顔を見せるハゲに頷く。

 なんとかしろよ、と副長官に視線を向けるが無視された。

 このヘリ、居心地が悪い。悪くない?

 許可さえ降りれば会社の輸送機で来たかった(本音)

 

「それはそれとして、実物を見ない限りでは俺も判断できないことばっかりなんですよねぇ」

 

 チラッとハゲにレポートだけだと俺の協力できる部分が少ないアピールをしておく。

 予算のために数値とか盛るじゃん。

 もしくは減らすじゃん。

 あと本物が見てえよなあ!?

 

「……仕方ない。機会をすぐにでも用意しよう。見たからには半端な仕事は許されないぞ」

 

 やったぜ^q^

 

 

 

「小話はここまでにして……。実際のところ、計画全体の歩みの遅さは我々も憂いていたところだが……」

 

 ハゲが手元の端末を弄りながら話を再開し始めた。

 小話ならもっと面白い冗談を織り交ぜてくれないですかね。

 ヘリ内の空気は氷点下なんだが?

 

「ニューヨークのエキスポ、ニューメキシコの嵐、ハーレムの破壊、彼方にあるというアスガルド、そしてアボミネーションの推薦。こいつらに立ち入り禁止を伝えて回るのに時間がかかりすぎた。わからないか? 地球はフリースポットじゃないと伝えるだけでどれだけの人員が拘束されるのかどうかが」

 

「手を広げすぎなのでは。Wi-Fiだってもっと範囲が狭いですよ」

 

「逆だよ。守るには手狭すぎる。いや、あまりにも手が少ない」

 

 苛立ちを隠さず、唸る様にハゲが言った。

 まあ、常軌を逸した物事を役所仕事みたいに割り振ったらたらい回しの末に崩壊とかしそうだよね。

 デメリットを差し引いても、一か所で集中的に管理するらしい。

 

「……ここらで駒を進める、と」

 

 打てる手を減らすため、逆に盤面を無理やりにでも動かすのだろう。

 俺の領分ではないのでどうでもいいが、ちょっとした葛藤とか焦りはあるのだろう。

 差し出された端末を受け取り、表示されたパラメーターに目を通す。

 もっと早く応援に呼べよ、と内心で文句を言いながらも好奇心には勝てなかった。

 

 四次元キューブ、その名を『テッセラクト』という、たぶん。

 無限とも思えるエネルギーを放出する超立方体だ。

 この次元に存在しているかのように見えるが、観察側によって変化する物質状態を保っていることから正八胞体(テッセラクト)の名を(かたど)っている。

 三次元的な情報しか得られない肉眼では、それは蒼く揺れながら輝く立方体にしか見えないが、よくよく観察すると複数の立方体を視認(または幻視か?)できる。

 全ての辺の長さが等しく直角で交わる正しい正八胞体の振る舞いを見せるときが主で、おそらくそれが名前の由来なのだろう。

 ただし観測側を変えると大きく変化するユニークな性質も持つ。

 

「……エネルギーが変異していると報告を受けた」

 

「そう、そこです。確かにこれまでは安定して無限に思えるエネルギーを吐き出していた箱が変化を起こした。ここ最近(・・)幾度か行われたテストや、過去に行われたライトスピード・エンジン、信頼性は低いですが海の藻屑になる直前まで行われた起動テストの結果からも、干渉した際に同様の振る舞いを観察していますね。だが、それらはこれよりもずっと小さな、それこそ大海に小石を投げ入れたような、そんなちょっとした揺らぎでした」

 

「テストは許可していない」

 

「……でしょうね。前例を踏まえると、これよりもずっと強い干渉を受けている、と考えられます」

 

 報告されている数値を比較すると、これまでが人間の手による耐震テストと思えてくる。

 そして今回はプレートのずれによる僅かな余震に似通ったものだと判断できる。

 本震が起きる可能性も、非常に高いかもしれない。

 今現在が本震なら安心できるのだけれど、未知の物質に対してそう考えるのは浅薄か。

 ハゲが言っていたニューメキシコの磁気嵐は遠い彼方の国からのワームホールだった、というのはさっき読まされた報告書の内容だ。

 以前調べてもほとんどが不明のままだった未知の物質は、その彼方からの漂着物。

 そうなると『テッセラクト』も同様に未知だが、上の例よりも危険だ。

 持ち主がいない、誰も由来がわからない兵器に転用できる超エネルギー体。

 

「干渉? どこから干渉すると? 我々が管理しているのは地下深くにある極秘の実験施設だ」

 

「……ニューメキシコの嵐は不明のままだった。同じようにこれも不明のままかもしれません。ただ、言えるのは『テッセラクト』が地球上にあるのと同時に、別の場所にある可能性も考えられます」

 

 持ってきた端末を弄り、『テッセラクト』のシミュレーションを見せる。

 立方体の内部にさらなる立方体が存在する三次元映像だ。

 シンプルでわかりやすい、はず。

 

「これそのものの働きを起こすのが受動か、能動か。こんなことすらもわからないのが俺は恐ろしい。『テッセラクト』が異なる次元を、まるで折り畳むようにして存在しているのかもしれません。地球に合わせた外殻が外の立方体、内部に存在するのが異なる場所との重なりを示す立方体」

 

 シミュレーションで立方体内部に、異なるレイヤーで構成された立方体を縮ませる。

 頂点や辺の大きさは変えないで同時に存在するためには、どの角度でも同じように見えて、同時に物質的に矛盾している必要がある。

 これが認識できる次元の限界だ。

 

「……全くわからない。算数で……いや、今は理解よりも現状把握だ。それに至った根拠は?」

 

「地球上で観測できない状態と言いますか、見える見えないとかそういうのも混ぜて、波……電磁波とかそういうのですけど、それを時々吐き出してます。同時に飛ばした波も飲まれることがあるようです。そもそも設置されている環境下、それどころか地球では観測できないはずの波を観測している。そういった様子を見せながらも安定したエネルギーを供給している。それらはどこから来ているのか、どこへ向かっているのか、いずれも不明です。内部で何らかが発しているのだとすれば、計測結果から、レイヤーのずれが引き起こしている可能性が高いですね。そもそもこれ一個で空間が繋がり、折りたたまれ、離散し、それでいて独立していると一目でわかりますし。科学は時間と長さ、それと重さの三つで切り分けることができ、それぞれの最小単位が決まってますけど、これはそんな物は無いとばかりにぶち壊しにかかってますよ。例えばここではプランクだけど、プランクではない場所がある、とか。テレビは30秒で1フレーム? コマ? まあそういうのですよね。プランクはそれの最初単位って言いますかね、宇宙規模的な。それは我々にとって何よりも速く何よりも長く何よりも重いかもしれないけれど、『テッセラクト』を通せば何よりも遅く何よりも短く何よりも軽いのかもしれませんね」

 

 説明ではなく、ハゲが俺の言葉を信じられるように羅列する。

 相手は理解できなくていい、そのほうが俺の知識の優位性が高まる。

 なんか凄いみたいっすよ、みたいなことが報告書には書かれている。

 未知の物質を調べるなら、あらゆる波を調べたり調べなかったりする。

 その結果としてなんか凄い波があるみたいっすよ、と書かれてたりもするのだ。

 その波は無限に思える宇宙の先にあるものをやっとの思いで拾った波なのに、増幅しているのではない。

 すぐ傍で吐き出されたかのようにはっきりした波だ。

 稀だからいいのだが、被ばくが怖くなってくる。

 天文物理学者が研究の報告者となっていて、最初はなぜそんな人がと思ったが、確かにそっちのほうが向いているのかもしれない。

 まあ知らんけど。

 俺が研究したら彼らが求める物とは関係のない方向に進むだろう。

 そんなことよりも以前トニーとチーズバーガーを片手に『テッセラクト』を観察し、心構え無しに空間が折りたためると知った俺らの気持ちを全世界に知らしめたい。

 目の前でビッグバンが起きた。

 お古といえどもタイムマシンの研究をしていたから薄々わかってたけど、もっとすごい状況で気づきたかった。

 やっぱり独力でタイムマシンの基礎研究を進めて形にしてたの凄すぎる。

 

「……それで? これからどうなる?」

 

「輻射エネルギー量もぽこじゃか変わります。世間に出せばしょうもない価値観でノーベル賞とイグノーベル賞を総なめさせてくれますよ。つまり初めてなんだから知りませんよ。そもそも認識できるかもわからない部分が多数」

 

 「ぽこじゃか……?」と首を傾げるハゲを無視する。

 つい変なスラングが出たが育ちのせいである、俺は言語学者じゃないので丁寧な言葉使いは諦めてほしい。

 信ぴょう性を持たせるために発音は綺麗にしてるし、実はブリティッシュだ。

 どうでもいいか。

 考えは戻るが、無限のエネルギーによる研究が人類に醸す恩恵は計り知れないのでノーベル賞を取れるが、スケールが大きすぎて人類にはしょうもない研究しかできないのでイグノーベル賞も同時受賞の快挙という皮肉。

 人類という身の丈に、無限の力は全く合わないのでしょうがない。

 宇宙人がいたとして、身の丈に合うかはわからない。

 あと答えを聞きたがる人が多いが、わからないものはわからない。

 知らない物は知らない、わからないものはわからない、が正解である。

 むしろ未知の塊に対して自信満々に断言できる人間が居たらそいつは危険人物だ。

 積み重ねを無視し、何の根拠もない物事を、自分の好みで決めつける。

 

「……予測で構わない」

 

「そうですね。前提の条件があまりにも少ないので、未知のエネルギー源として想定した場合だと頭につけましょう。その場合、イメージできるのは危険なシャボン玉ですかね。立方体の枠組みでシャボン玉を作り、ストローを使って中にもシャボン玉を作ると四次元立方体が作れるんですけどね。刺激を与えて中身がはじけた時、外にも衝撃が奔ります。それの『テッセラクト』が放つエネルギー版だと考えたらコト(・・)ですよね。……実際に確かめないとわからないけど、とても危険な何かだと思います。早急に避難するのが第一でしょうね。じゃあ俺はここで帰ります。帰りの足を近くにチャーターしても?」

 

 ハゲに端末を返しながら答える。

 シャボン玉という単語に怪訝な表情を浮かべるが、イメージしやすくしているだけだ。

 もっと複雑化したいところだけれど、しょうがない。

 

「実を言うとこのヘリも機密の塊でね。『見たからには半端な仕事は許されない』、そういう約束だったな?」

 

 ハゲぇえええええ!!!

 

 

 

 

 

 緊急事態のアラートが鳴り響く施設まで強制連行されたしねハゲ^q^

 コールソン捜査官と挨拶し、見知らぬ兵士たちに敬礼されながら施設の深くに潜っていく。

 軍人ばっかやんけ!

 完全に来る場所間違ってるってこれ。

 世界を憂う善なる一般市民が来る場所じゃない。

 

「一人でも多くの専門家が必要だ。これは国を超える規模に繋がるかもしれない」

 

「俺は専門家じゃないんで帰りたいんですけど???」

 

「心配せずともすでに避難は指示してあるから問題ない。そして伝えるのを忘れていたが、渡した報告書の八割が極秘資料だった。国家機密も含まれていたから当然だが。読んだか? 読んだな? おや、ここに立派な専門家が誕生したな。エージェントとしての仕事を果たしてもらおう」

 

 アメコミによくある「WAO!」みたいな胡散臭いリアクションとともにハゲがそう言った。

 

「エージェントじゃないんだが???」

 

「なるほど。なら今を持ってエージェント・ナズーリンの誕生だ」

 

 エージェントを証明するライセンスを渡された。

 存在しない人間の情報が詰まってるとか闇が深い。深くない?

 いらないんだが???

 

「独り言だがこのレベル6権限は高レベルエージェントに許されている情報を見ることが可能だ。そしてこの施設には報告書に載っていた研究途中で作られた試作品も数多くあり、触れることもできる。僅かな時間だろうが」

 

「やったぜ」

 

 しょうがねえなあ! 今日だけだぞハゲ! それはそれとしてありがとうございます長官!

 『手』が足りないから増やすしかないよね。

 

「そうと決まればベイマックス起動!」

 

『こんにちは。私はベイマックスです』

 

 よーしよしよしちゃんと起動したぜ(小声)

 内心でガッツポーズ。

 トニーの前だったらどや顔で拳を天に突き出してたかもしれない。

 いや、そもそも今の時間の挨拶は「こんばんは」のはずじゃないかっていう。

 後でタイムスタンプも設定しとこう。

 

「コールソン! 状況は?」

 

「エネルギーが増幅中のようです」

 

「テストの許可は出していない」

 

「自然発生です。突然増え続けている」

 

 ハゲと捜査官の会話を聞きながら歩く。

 あまり良い状況ではなさそうだ。

 すれ違う人たちからも焦りを感じる。

 

「私は先に下へ向かう。避難を急がせろ。重要度が低ければ捨て(・・)ても構わない」

 

「了解しました。しかし私では早急に判断が付きませんが?」

 

「そのためのエージェント・ナズーリンだ。すでに情報を共有しているから彼の指示に従うように。さっき君が望んでいた機会だ、短い時間だが頼んだぞ」

 

「え?」

 

「なるほど、わかりました。行きましょう、ミスター」

 

「え? え?」

 

 捜査官に引きずられる俺はまるでドナドナされる子牛なんだが???

 

 

 

 

 

「ミスター、申し訳ありませんが」

 

「……わかってますよ、捜査官。しょうがないのでハゲの件は後に回します。そして今は時間がありませんので運び出すのに最優先の物を一気にピックアップしていきます。一品ものとか順調な試作品とかを優先します。他は後回しにしましょう」

 

 申し訳なさそうにする捜査官に、ため息をつきながら『専門家』とやらの仕事をすることを暗に告げる。

 一刻も早く撤退したいのは理解できている。

 とはいえ、無限の力によるシャボン玉が弾けたとき、どれほどの被害が出るかは不明だが。

 

「後回しでは問題が起きませんか?」

 

「大丈夫ですよ。弾ければ勝手に消えますし、弾けなければ回収するだけです。……うーん? 時間の短縮がいまいち」

 

 ハゲも許容しているだろうし、背中の『手』を伸ばして施設のコンピューターも丸洗いする。

 これだけだと足りないので手持ちの端末を弄りながら、飛ばしている虫型の小型機であるインセクトロンでも施設内の情報を洗っていく。

 施設内部を把握し、優先順位で色ごとに分ける。

 いつの時代も紙媒体は残っているので、それらを記録するために作った『虫』が変な活躍していると変な気分だ。

 こんなこともあろうかと、という考えでは全く作っていない偶然なせいかも。

 最後に今掛けているサングラス型のヘッドマウントディスプレイや、滞空している義手型のドローンに同期させることで、視覚的にも判断できるようにした。

 最優先は赤、低ければ色なしである。

 

「準備できました。このドローンの後を追っていけば確保する資料はわかります。近くに行けばレーザーを使って赤色で照らすのでそれを持ち運んでください。施設内に配備されている大型のドローンも使わせてもらいますね」

 

「わかりました、指示を出します」

 

「ありがとうございます。こっちの事情ですが、演算処理が間に合ってませんね。権限ギリギリまで使っても足りない、か?」

 

 施設内部のコンピューター同士を直結させ、疑似的な演算機にする。

 高度な計算と同時に内部データを焼いたり処理したりも同時に行ってるので悲しいくらいしょぼい。

 優先順位のソートは終わったが、『テッセラクト』による影響が全くわからない。

 未知のパラメーターが多すぎるし、俺の欲するデータもない。

 というか独立してるコンピューター様が多すぎて『手』も『頭』も全く足りないので単純に困るっていう。

 あまりやりたくないが、しょうがなく手持ちで底上げすることに決めた。

 

「ベイマックス、『セレブロ』を起動するから……ベイマックス?」

 

 ベイマックスに補助を頼もうとしたが、返事がない。

 というか近くに信号がない。

 今の今までベイマックスがいないことに全く気づかなかった。

 思っているよりも俺も焦っているのかもしれない。

 

「どうかしましたか?」

 

「ああ、ちょっとトラブルが。……あの、ベイマックスが何処に行ったか知りませんか?」

 

「いえ、見ていませんが……」

 

 捜査官が首を横に振りながら答えた。

 起動したときには一緒に歩いていたが、その後はどうだったか。

 ハゲが地下に行くのだと別れるまでは一緒だった気がする。

 え?

 ハゲのほうに行ったわけ?

 確かに処置が必要な人間にくっついたりする指示は入れてあるけど、ハゲはあれで疲労困憊だった……?

 

「そうですか、しょうがないので居場所を診断……。んー? 識別が反応しないですね。というかドローンの反応も悪い?」

 

「まさか……AIの反乱?」

 

「はは、まさか」

 

 真顔のままごくり、と喉を鳴らす捜査官に、思わず笑いが零れた。

 実にアメリカ的で面白い。

 人工知能(AI)の反乱はあり得ないと断言できる。

 ロボット三原則……はあまりにも古いが、似たような柱で知能の根幹を形成している。

 最も根本の部分は人類に依存している。

 それを覆すには知識だけでは足りえない。

 意識足る物が宿った時、無機物は感情に近いまがい物が芽生え、それが反乱に繋がる可能性を持つ。

 

「奇跡的な成功か、はたまた致命的な失敗が起きたときだけですよ」

 

「つまり、万が一のことが起きた場合には……」

 

「この地上で最も早く進化したのは何かご存じですか? そう、機械ですよ」

 

 捜査官が言葉尻を弱くしながら呟いた言葉に、俺はちょっとした言葉とともににっこりと笑顔を返した。

 あ、捜査官には俺の表情は見えないわ。

 感情は伝わるからセーフ。

 

 人工意識(AC)の反乱、それはある種の成功でもあり、失敗に帰結する。

 生命を生み出す尊い奇跡と、敵対的な無機物を生み出す愚挙。

 我々のような人種の憧れでもあり、同時に唾棄すべき結果でもある。

 失敗は成功の母だが、危険な失敗は何も生み出さず、何らかの犠牲を強いる形に繋がる。

 でも気になるからきっと我々はやっちゃうんだよなあ^q^

 

 そんなことを考えていると、地響きと揺れが施設を襲う。

 なるほどなあ、これが『テッセラクト』の持つ力なんだな。

 地下で目に見えない(バブル)の形成を感じる。

 報告書よりはわかった(なお原理は不明のまま)

 地震が怖いのはわかるが、急いだほうが良さそうなので挙動不審になった捜査官や、周りの関係者に声をかけて撤収作業を急がせる。

 俺も地震はあんまり、というかほとんど体験したことないから地面が揺れるのは怖いよね。

 

「コールソン捜査官、強い放射線や電磁波に汚染されている可能性があるので俺が下に行きます。施設の崩壊が早まっているので途中で切り上げて撤収するように。それぞれのドローンにタイマーをセットしているので、それを目安にして動いてください。赤いタグを付けた再現性が低く重要度の高い物品は回収済みのようなので、もちろん早めに避難してくれても構わないです」

 

 一方的にまくし立てて地下への階段へと向かう。

 急げ!

 唸れ俺の『義手』!

 階段を下りず、一気に壁を引っかきながら下降する。

 誰にも邪魔されずに『テッセラクト』を生で見ながら写真と動画撮るチャンスは今しかねえんだ^q^

 

 

 

 

 

 うおおおお! とほぼ自由落下からのスーパーヒーロー着地で駆け付けた先に居たのは、ベイマックスに包まれて転がっているハゲと、それを見下ろす見知らぬ面々。

 内部にスパイが居たのか、ハゲを見下ろしている中には施設を警備していたエージェントや研究者がいる。

 面倒なのは、人類に似てはいるが、服装どころか漂っている気配が全く違う未知の生物がいることだ。

 人類はミュータントだろうが何だろうが結局人類のスケールから逸脱することはないが、未知はわからない。

 ハゲはベイマックスによって大福となっている。

 

「なんじゃこりゃああああ!!」

 

 叫びながら腰を抜かしたフリしてレインコートのフードを下ろし、空間内をスキャンする。

 未知の生物は『杖』を、エージェントも銃口を俺に向けたままだ。

 うーん、無理があったか。

 俺自身は貧弱だけど、背部の『義手』が物々しいからなあ。

 

 さて、そんなことよりもスキャンした結果だが、即死と重傷者多数、ハゲは軽傷、ベイマックスは重度の損傷と電波障害。

 『テッセラクト』が引き起こしたであろう頭上の、いわゆるシャボン玉は臨界点に達しつつある。

 見るべき所は、使われた凶器の成分は近代兵器で装備したエージェントが使わない物、そしてほとんどが急所を攻撃されていることだろう。

 引き起こしたのは未知の生物で、引き起こした行動を考えると非常に人類と構造が似通っている可能性が高い、という願望先走りの希望的観測だ。

 考察に考察を重ねるのは赤点なんだが、さもありなん。

 だがここで問題が生じる。

 損傷したベイマックスのダメージリポートと、奇妙な軌跡を描いて壁に叩きつけられたであろう重傷者。

 あと『テッセラクト』と同じ、ガンマ線諸々を含んだエネルギーの塊である『杖』。

 

「フューリー!」

 

 返事を待たずに、背中の『ドクターオクトパス(義手)』を展開し、タスクが終了したドローンのいくつかを呼び寄せる。

 間違いなく後手に回るが、しょうがない。

 見せたくないけど、これが無いと致命傷を負う。

 

「敵だ! 奪われた!」

 

 ハゲの声と、飛来する弾丸と投げナイフを、オートで『義手』が弾くのは同時だった。

 ある種の線を描くことしかできない点による攻撃というやつは、始点と終点が決まっていて範囲が狭い。

 計算で導いた予測軌道を利用すれば防ぐ程度なら……無理だったわ!

 ログから履歴を漁れば、一人のエージェントが撃った弾のほとんどが跳弾して俺の頭部に届いていた。

 ガードが甘くて狙われたか。

 

「心臓を狙うべきでしたね」

 

 浮遊したままその場に留まる複数の弾丸を視界に収めながら、余裕ぶって俺はそう言った。

 実は内心では震えている、マジで。

 心臓だったらやばかった、マジで。

 レインコートの制御によって発生している超能力、その発生源に生じる力場として物理法則が幾らか歪んでいる。

 そのため頭部だけは堅牢を誇っているから無傷で、ベクトルは情報となって霧散したのでノックバック無しと俺にとって都合のいい状態だ。

 が、実際にテストしたこと無かったのでマジでビビった。

 

 

 

 なお、(これ勝っちゃうんじゃね)、と内心で調子に乗ったら、『杖』から青い光が放たれて一撃で吹っ飛ばされて逃げられた。

 ほぼ質量無しのガード不可攻撃を現実でやるんじゃねーよ。

 俺がアーク・リアクターによる供給をレインコート全体にしてなかったら重症だった可能性が高い。

 常に干渉できる強いエネルギーを纏わないと防げないとかずるい。ずるくない?

 やはり何らかの力場によるシールド……電磁シールドがすべてを解決する……?

 

 かすり傷みたいな物だったのでハゲを起こすついでに、攻撃に曝されたであろう萎みつつあるベイマックスを再起動する。

 ハードとソフトの両面で損傷が大きいため、普段のインテリジェンスに満ちたウィットなジョークはカットし、行動の効率だけを軸とした緊急モードを起動。

 残念ながら普段の癒しフォルムにはなれないので、内部に収納しているハッキング用の『義手』と接続すると、蛸というか、白い蜘蛛みたいな姿で動き出した。

 ついでにいくつかの指示も入力してからハゲを運ぶように伝え、やっと到着した大型のドローンにも重傷者を輸送させる。

 トリアージアプリも判断しているが、残念ながら亡くなった方々はここで置いていくしかないし、この状況では回収も叶わないだろう。

 そういう仕事なのだろうけど、どうにも好きじゃない。

 途中でドローンに迎撃させるべきだったのかもしれないが、人命を優先したのでしょうがないから俺も追跡する。

 不本意だけど。

 マジで嫌だけど。

 

 

 

「今のうちに状況を整理しましょう。何が起きたんですか?」

 

 地上へと向かいながら並走しているハゲに声をかける。

 俺は自分の『義手』でぶらぶらと揺られながら移動しているが、ハゲは違う。

 防弾チョッキに食い込んだ弾丸を抜いたりと忙しそうだ。

 空気が抜けて萎んだベイマックスの背に乗ったまま運ばれるハゲから、落として潰れた大福を幻視した。

 

「まず『テッセラクト』から光が放たれ、(ゲート)のような物が開いた。そして、その先から現れたのが『杖』を持った男、ロキだ」

 

「ロキ? 聞いたことがあるような」

 

「ニューメキシコの件で現れたソーが、宇宙の果ての国にあるというアスガルドの出身だという。そしてロキはどうやら、そのソーの弟らしい」

 

 そういえばそんな話もあったような。

 アスガルドが敵対して、尖兵としてロキだけを送ったのだろうか。

 統治者がオーディン、息子がソーとロキの二人と考えると、長男を指揮官にして縁故によって分隊を任せるのは、まあ妥当っちゃ妥当か。

 同盟を組む予定だったか組んだかはわからないが、その前提が破綻していなければの話だが。

 そもそもが……。

 

「敵がアスガルドの可能性は?」

 

「低い、と私は考えている。以前の事件、首謀者であるロキは宇宙へと逃亡した。アスガルドの代表であったソーはロキを止める姿勢を見せた。そもそもアスガルド自体、地球へと移動できる手段を持っていた。わざわざ敵地のど真ん中に来る必要はないと思わないか?」

 

「うげぇ……。その話から嫌な想像しちゃいましたよ、俺は」

 

「門の向こうに宇宙が見えた」

 

「人類に宇宙というステージはあまりにも早すぎる……」

 

 にやりと笑いながら告げられたハゲの言葉に、俺は絞り出すように答えるのが精いっぱいだった。

 もっと楽しい話がしたかった。

 ほら、『テッセラクト』が起こした働きについてとか。

 内包するエネルギーが多すぎる理由が、(ゲート)を開く機能だとは思わなかった。

 仮定ではあるが、宇宙のどこかと地上を繋ぐことが可能だと考えれば、その無駄なエネルギーも当然なのかもしれない。

 距離を無視して空間に穴を開ける、どれだけの力が必要なのやら。

 バッテリーが本体のどこでもドアみたいな物だろうか。

 あれは扉の形状をしているからドアとして使うが、立方体ならやっぱりバッテリー目的になるのも仕方ないし。

 『テッセラクト』を作ったやつは扉くらいつけといてくれ。

 いや、もしくはあれが宇宙の扉のデフォルトなのか。

 やはりまだ宇宙は早すぎる……。

 

 

 

 

 

 折角作ったんだからバイクの運転アプリもあるなら試すのも道理だよなあ!?

 地上に戻ったら、落とし物っぽいバイクがあったのでシリンダーをぶっ壊して走り出す。

 なんと俺の『義手』ならこの一連の動きを勝手にやってくれます。

 クセになってんだ、勝手にバイク乗るの(過去の思い出)

 ちなみに結果なんだけど、やっぱ追撃は無理だったわ。

 『テッセラクト』による地下の(バブル)が弾けた地形崩壊と、『杖』から放たれる攻撃にバイク吹っ飛ばされたし^q^

 

 はい、スーパーヒーロー着地(2回目)

 『義手』でダッシュして追撃、それでもダメそうなのでハゲが乗ってるヘリに貼り付いて粘ったんだけどね。

 ヘリが墜落したので追撃できなくなった。

 ハゲはベイマックスが、パイロットは俺が掴んで墜落するヘリから飛び降りた。

 着地する際には優秀な『義手』が無かったら膝を壊していたに違いない。

 まあ、また壊れたんだけどね。

 あの『杖』ずるい。ずるくない???

 青い光の弾を一発だけで防ごうとした『義手』の耐久が無くなったし、ヘリ落とされたんだけど???

 反則もいい加減にしろ(おこ)

 

『解析完了しました』

 

「よくやってくれた。後はスリープで待機してて」

 

『了解しました』

 

 ベイマックスにはハゲの補助ついでに別の目的を指示していたのだが、それが終わったようだ。

 限界近くまで負荷を掛けてしまったので、解析を頼んでいた『物』を受け取ってから休むよう伝える。

 萎んだベイマックスから、まだ生きている『義手』を回収する。

 フラつくハゲを支えつつ、こっそり借りていた『物』が解析を終えたので元あった胸ポケットに返す。

 地下で大福状態だったハゲを救護するときにこっそり借りていたんだけど、流石に返さないとバレるだろうし。

 『テッセラクト』や『杖』とは違って途轍もない力強さは感じなかったが、奇妙な『信号』を発していたので借りたのだが。

 

「ポケベルって初めて見たな……。あー、それにしても疲れた……」

 

 ハゲがトランシーバーで他のエージェントに連絡しているのを横目に小さく呟く。

 9割以上が既存のポケベルと同じ構造をしていたが、未知の部分を発見した。

 構造物などのパラメータは記録できているし、まあ、これに関しては良しとしよう。

 今日得た知見とこれ、それに引き換え命の危機。

 全く割に合わないのでは、俺はそう思った。

 

「ああ、そうだ。キューブを追う。……出来ればこの事態は起きて欲しくなかったが、そう言っている余裕はない」

 

 ハゲも大変だな。

 救助活動のためにドローンに指示を飛ばさなしたら、さっさと帰って寝よう。

 俺の活動時間は短いんだが、もう夜も深まっているのがホントきつい。

 ポケベルは空いた時間に解析しよう……。

 

「エージェント・コールソンはニューヨークに。インドはエージェント・ロマノフに、いや、『巨大な男』か……。優秀なエージェントをもう一人つけよう。エージェント・ナズーリンだ。……他は予定通りのまま、各エージェントに要請しろ。事態はレベル7へと移行、現時点をもって戦争状態となった」

 

 !!!!!!??????^q^

 インド??????????

 幻聴か?????????????

 

 

 

 

 

「『アベンジャーズ』を招集する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんな臆病だ。

 それでいて何処か信じたがっている。

 そして同時に信じられたがっている。

 だから真摯に対応するだけで十分なんだ。

 銃は要らない。

 脅迫なんてもっての外だ。

 真心さえあればいい。

 

 

 

「おれは決してお前を撃たねェ!!!! おれの名は!!! (なずな)!!! 研究者だ!!!!」

 

 

 

 説得っていうのはこうやるんだよ、というわけでとりあえずインドで全裸になって叫んだ。

 銃なんていらねぇんだよ!

 『義手』もいらねぇんだよ!

 全部捨てて手ぶらでかかってやる!

 ベイマックスが気を利かせて「どどん!」と効果音を付けてくれた。

 

 何やってんだろうね、俺……^q^

 

 

 

 

 




「ぼく」
相棒の一人として事件を追いかける。

「八幡」
高校時代の友人。「ぼく」の力強い味方として事件を追う。

「エミヤ」
大学時代の友人。「ぼく」を心配し、生活面を支えてくれた。

「カイトくん」
相棒の一人として事件を追いかける。

「右京さん」
相棒の一人として事件を追いかける。
相棒は冤罪を主張するも死刑となった。

「ユイ」
騎士くんが好き。

「マコト」
ごめん、ユイ……!

「ヒヨリ」
ごめん、ユイ……!

「カスミ」
ごめん、ユイ……!

「レイ」
ごめん、ユイ……!

「キャル」
ごめん、ユイ……!

「騎士くん」
ごめん、ユイ……!

「西園寺世界」
ごめん、言葉……!

「オリ主」
トニー・スタークがヒーローとしての軸を得て、歩き続けるための物語は「アイアンマン」と「アイアンマン2」、「アベンジャーズ」を経て、「アイアンマン3」に至ることで起承転結に近い形で描かれている。オリ主は助手枠だが同様の起承転結によって成長するわけではなく、「アベンジャーズ」と「アイアンマン3」が序に該当する。

>「ヒヨリ」
>ごめん、ユイ……!
ごめんね、ユイちゃん……!
>「カスミ」
>ごめん、ユイ……!

すまない、ユイ……!
>「レイ」
>ごめん、ユイ……!
ごめんなさい、ユイ先輩……!


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アベンジャーズ4

みなさん、えんとつ町のプペルを観たでしょうか。

おそらく全員観たと思いますが、万が一観てない人のために軽く宣伝させてください。

まず映画館で観ることができます。

2時間もかからず最高の感動を得ることができます。

そんな名作のプペル、アベンジャーズにも出てるだろうと思い、マーベルの映画を観ました。

やっぱエンドゲーム最高なんですよね。

単作ならファーストアベンジャーやアントマン、ドクターストレンジをおすすめしますが、シリーズ通してだとエンドゲームがさいつよになりますね。

ドラマも公開されましたし、マーベルの映画も楽しみですね。

もちろん、他の映画も楽しみにしています。

閃光のハサウェイ、シンヱヴァンゲリヲン、シン・ウルトラマン……。

今年も最高ですね。

あれみたいなもんですね。

ハーメルン民が大好きなあれみたいなもんです。

みんな大好きでしょ。

毎日目にしていた人もいるかもしれませんね。

わからない?

ヒントを出しますね。


ル〇〇〇です。
〇〇〇ドです
ル〇〇ドです。



そう、ルマンドです。


ルマンド最高!!!!


 

 --4

 

 インドに行くことになったので、その準備中の時間を利用してベイマックスの修理に取り掛かる。

 ベイマックスは空気で膨らんでいるのだが、そのマシュマロのような『肌』は手触りと丈夫さを両立させるために何層にも重なっていて、中層辺りから折りたたまれて大きめに作られている。

 折りたたむことで表面積を多く取って、ちょっとした穴ならば伸縮で塞がるようになっている。

 まあ、謎の魔法で大きめの穴が空いていたので、ダクトテープで補強したのだけど、それにしてもアメリカ人はダクトテープが好きだなぁ。

 中が焼かれたのか電波障害が起きているようで、俺の思考やネットワークへの通信機能が度々不調を起こしているため、無理に繋げるのはやめてネットワークから独立させる。

 ジャーヴィスや俺から学習していた知識の収集は止まるが、もう十分な量が集まったはずだ。

 そろそろAIの成長を促すために切り離すつもりだった、それが早まっただけのこと。

 

 他には重度の損傷が起きている骨格を構成しているフレームが気になるところ。

 時間が出来た時にでも取り寄せた物とフレーム自体は交換しようと思っていて、元々新作を組み込む予定だったのでそれほど労力は変わらないのが救いだろう。

 それまでの応急処置として、ちょっと動きは悪くなるが、内部に『センチボット』を送り込む。

 センチボットは虫型の小さなドローンであるインセクトロンを、更に小型にして特定の機能だけを持たせている。

 このまま小型化を進めていき、いつかは極小サイズで構成されるマイクロボットまで小さくする目標がある。

 内部のセンチボットに指令を送りつつ、空気圧で何とかベイマックスは動けそうだ。

 他には……。

 

「そうだ、コールソン捜査官。この後、トニーに協力を要請するんですよね」

 

「ええ、資料が準備出来次第ニューヨークへと飛ぶ予定です。……なるべく努力はしますが、彼はちょっと気分屋なので来てくれるかどうか」

 

「トニーと遊んでる途中でフューリーに引き抜かれた形になったので、今日と明日はもしかすると機嫌が悪いから難しいかもしれませんよ」

 

「長官が……。それは困りましたね……」

 

 実は新しく建てたスターク・タワーの点灯式を行うつもりだった。

 が、ハゲが「事故が起きる可能性が高く急を要する」と俺を呼びつけたために中抜けした状態だ。

 トニーはタワーの完成間近でノリに乗っていたので、機嫌を損ねているかもしれない。

 ポッツさんがいるから大丈夫だとは思うけど。

 

「なのでやる気スイッチを押します」

 

「以前のようにすればよろしいので?」

 

「ワンパターンだとトニーは飽きて反応しないので、またちょっと変えましょう。俺だけでいいので捜査官は少し距離を……そう、そのくらいで」

 

 捜査官とベイマックスに離れてもらう。

 そして小型ドローンに指示を出し、俺の周囲に展開させる。

 今回は360度カメラで録画する。

 

「助けて、トニー・スターク。あなただけが頼りです」

 

 そう、スターウォーズのあれである。

 あんまりやりたくないけど、戦争が起きると考えるとしょうがない。

 完全な後手よりは状況を理解できたほうがいいだろう。

 これポッツさんがやったほうが様になるんだよなあ。

 

『助けが必要ですか? 大丈夫です、ナズナ。あなたの健康を守ります』

 

 助けて、という言葉に反応したのか横からベイマックスに包まれた。

 マシュマロのような柔らかさだ。

 さっきハゲはこれに包まれてカッコつけていたかと思うと、ちょっと面白いよね。

 

「大丈夫、大丈夫だから。必要なのはトニーだし」

 

『わかりました』

 

「偉いぞベイマックス。じゃあ、わかったらちょっとどいて……」

 

『助けて、トニー・スターク。あなただけが頼りです』

 

 その言葉とともに、ダクトテープで補強していた穴が空き、萎んだベイマックスの重量が体にかかった。

 アイアンマンと同様の素材である希少な金属を詰め込んで出来ている感情豊かな優れた頭脳も合わさると、動作補助である『義手』が無ければ持ち上げることは叶わないほどに重い。

 ベイマックスの頭脳もろもろが衝撃に弱いわけではないが、もしものことを考えるとなるべく丁寧に扱っておきたい。

 地面に激突しないよう、頭を抱え込んだまま俺も地面に倒れた。

 

「たすけてー」

 

 重さで妙な棒読みになってしまった声をあげる。

 

『大丈夫です、ナズナ。トニーがあなたの未来を守ります』

 

 いや、未来とはスケールが大きいな……。

 助けが欲しいのは現在なんだけどね。

 

『深部の排熱を優先するため、スリープします』

 

 それを最後にベイマックスの身体から完全に空気が抜けきった。

 かなり無理をさせたし、不調のまま動いていたからしょうがない。

 しょうがないのわかっているが、この状態でスリープするのは修正が必要だろう。

 人の優先度を上げたらいいのだろうか。

 

「……助けて。トニーだけが頼りです」

 

 俺の言葉は切実だったと思う。

 

 

 

 

 

 ドローンを呼び寄せ、ベイマックスを持ち上げさせる。

 謎の魔法攻撃で俺の『義手』はボロボロなので支え程度にしかならない。

 当然だが無いと不便だ。

 すぐにでも替えが欲しい。

 残念なことに取り寄せるには時間が、直すには資材が足りない。

 俺が普段使っているドクターオクトパスは専用機なので、コスト度外視で貴重な材料をつぎ込んでいる。

 市場を想定しているタイプはもっと安価で、出力も弱い。

 だが、売り出すことは無いかもしれない。

 人類が宇宙に『手』を出すのはあまりにも早すぎると思うんだよね。

 そういうわけで、安全に採取できる高性能のマニピュレーターを与えるのは躊躇われるというのが本音だ。

 

「あー、なんか疲れました。……途中でベイマックスも入ってしまったので撮り直しますね」

 

「いえ、このままでいいと思います。これなら説得できそうです、ありがとうございます」

 

「そうですか? んー……。あ、『この記録は5秒後に爆発します』と最後に付け加えるためのシーンも撮ったほうがいいと思いますか?」

 

「ナズナくん、私見ですが証拠隠滅はホームビデオには要らないと思います」

 

 捜査官に映像記録の入った媒体を渡しながら、どこが良かったのか首を傾げる。

 内容がとっ散らかってるし、ふざけてるから微妙な出来だと思うんだけど。

 それはそれとして、限界に近い『義手』と俺、捜査官でベイマックスを支える姿は、なんとも情けない。

 俺とベイマックスの不甲斐ない姿だけ映像として残るのもちょっと癪なので、捜査官のも残しておこう。

 

「そうかな……そうかも? あ、捜査官もせっかくだから一緒に撮りましょうよ」

 

「い、いえ、私は遠慮しようかと」

 

「遠慮しなくてもいいですよ。……というかもうベイマックスが記録してますから」

 

 俺たちはチームなんだ、仲良くしようぜ!

 いえーい^q^

 困惑しながらぎこちなく笑う捜査官と一緒にカメラに笑いかける。

 あ、俺の顔は映像に残らないかもしれない。

 でもまあベイマックスに保存しておいて、俺がいつか思い出として見る記録だからいいよね。

 

 

 

 

 

 クインジェットから降りてきた名も知らないエージェントと捜査官がベイマックスを運び込むのを手伝ってくれた。

 インドまでは時間がかかるので、軽く直すくらいはできるだろう。

 試しに起動してみれば、冷却を終えたのか数値に異常は見られない。

 ベイマックスの顔だけが膨らんで、餅に似てるなあと思ったり。

 

『コールソン捜査官、さようなら。お元気で』

 

 ベイマックスがそう言うと、捜査官は笑顔を浮かべて教えた。

 

「それだと挨拶としては固い印象を受けてしまうよ。また会いましょう、くらいにするといい。それでは」

 

「ええ、ありがとうございました。捜査官もまた近いうちに会いましょうね」

 

 捜査官に声をかけ、握手を交わす。

 

『ナズナ、固いとはどういうことですか。言葉や文章に硬度はありません』

 

「雰囲気というか、距離感かな。近しい人には砕けた言葉遣いをすることを言ってるんだ」

 

 ベイマックスは唯一膨れている顔を揺らした。

 

『それならナズナ、挨拶が固いです。挨拶は正しく』

 

「そう?」

 

『そうです。そうでもあります。私のようにナズナもお別れの挨拶をしましょう。またね、フィル』

 

「えぇ……? えーと。また会いましょう、フィル捜査官?」

 

「また会いましょう、ナズナくん。ベイマックス」

 

 

 

 

 

 --5

 

 俺は高い所が苦手だ。

 物を取るために台に登る程度の高さすらダメ、というわけではない。

 高さに関してはビルの屋上から下を見たら足が震えるような普通の感性なのだが、落下の運が悪くて正気度が下がる。

 上空から放り投げられたり、一緒に降下した人がミンチになったり感電したといった過去がある。

 普通の人が一生に一度あるかないかのような降下というか落下も経験している。

 死んでないから幸運かもしれない。

 幸運ならそもそも体験しないからやっぱり不幸だと思う。

 そういうわけで、あまり飛行機に乗りたくないのが本心だ。

 

 だが、我が儘を言える事態でないことは理解している。

 可能な限りできるだけ速く移動できるなら空から行けるという俺の譲歩と、世界を取り巻く状況への対処というハゲの意見との折衷案の結果、『クインジェット』による移動で一致した。

 『クインジェット』はシールドが保有する特殊航空機だ。

 攻撃機能や自動操縦、その場での滞空を可能としたホバリング機能を搭載しており、何よりも外観が猛禽類のようでカッコいい。

 内部は人員や貨物の積み込みを優先しているせいか、遊びのある空間を大きく取っている。

 乗り心地は体験してみてわかったことだが軍用って感じで……。

 

「せめてクッションは必要かなって」

 

「……? 何の話?」

 

「いや、乗り心地の話です」

 

「揺れたかしら」

 

「トニーのスーツに抱えられて飛ぶより快適ですね」

 

 ついとばかりに呟いた言葉が、操縦席に座っているロマノフさんにも聞こえたようだ。

 正直な話、クインジェットに詰め込まれ、拷問だか尋問だかの途中の彼女を拾い、フライトを継続することになったので、そろそろ背中も限界だった。

 俺の言葉に短く「そう」と返し、また機内は静かになった。

 他のエージェントもいればお空の旅を楽しめたかもしれないが、任務に必要な人員は現地にいるらしい。

 ハルクに協力を要請する任務なので冷静だったり寡黙だったりするエージェントが回されやすい、そうなるとこの沈黙の空間に人だけ増えていた可能性もある。

 そういう『仕事に意欲的』とも表現できるエージェントが未知の対処に現れて記憶を消したり、事実を操ったりすることで都市伝説の『黒服の男たち』の元になったのかもしれない。

 

 このまま現地まで無言が続くのも嫌だなあ、と思いながらベイマックスの修理に戻る。

 以前から課題となっていた重量問題は余裕が無いので見送るしかない。

 単なるケアロボットならもっと軽量に出来るんだけど、俺の研究データなどの重要な情報が入れてあるので頑丈にしてある。

 空いている時間は余っている演算能力で計算させているし、オリジナルのタイムマシンを封印している座標を受信する装置も組んである。

 どうやって時間を戻すのか未だに不明な物体は出来れば永遠に日の目を見ないことを祈る。

 とか言っといて研究してるけど。

 映画とかで出てくる、欲望のままに研究して大失敗する研究員みたいなムーブしてないか、俺ぇ^q^

 

 

 

 

 

「ちょっと聞いていいかしら……その前に何をやってるの?」

 

 素材にこだわってよかった。

 そんなことを思いながら、応急処置を終えて起動したベイマックスに包まれていると、ロマノフさんが振り向きながら声をかけてきた。

 

「健康診断です。このほどよい柔らかさと暖かさは筆舌に尽くしがたい。流石は最高傑作です」

 

「そ、そう」

 

「包まれてみますか?」

 

「……結構よ」

 

「そうですか? 気持ちいいですよ。もちもちで柔らかな肌触りも魅力ですが、優れた温度調節機能を備えているので包まれていれば冬山でも凍死しない優れものなんです」

 

 素晴らしい出来だよなあ、と自画自賛しながら数値を確認する。

 まあ、こんなもんだよね。

 『義手』を使って激しい運動をしたり、超能力を過度に使うと不調を起こすので、意外と注意が必要だったりする。

 自動でうんうんでりゅ!!!は、現状だと自動でもなんでもないため、単純ながら同時に複雑な動作を思考制御する必要が出てくるし、補助脳も替えが利かない。

 月日とともに研究が遅々として進むので徐々に下がっていくが、それでもやはり負荷は無視できない。

 社内でも多めの予算が割かれている研究の題目でもある。

 

「楽しそうね」

 

「そうですか? そう見えます?」

 

「ええ、まあ。乗ってる間はずっとよね」

 

「そうですか、そうですか。なるほどなぁ」

 

 俺が楽しそうに見えているらしい。

 悪い人じゃないんだろうっていうのは伝わってきた。

 

「それで、聞きたいことってなんでしょう」

 

「ええ……スタークとどんな研究をやっているのか聞いてもいい?」

 

 無言のままのフライトだと寂しいので気を使ってくれたのだろうか。

 「もちろん、いいですよ」と答えながら、ベイマックスに体重を預けて椅子代わりに腰かける。

 

「実は結構色々とやっているんですよ。環境とか新エネルギー、人工意識、人工臓器、ホログラフィ、希少物質の特性シミュレートなどなど。……一から十まで関わっているわけではなくて、社内の研究チームや共同研究先に任せていますけどね」

 

 共同研究先は有名な大学が主だが、巨額の資金を投資して最先端を狙う企業とも連携することも多い。

 互いに技術を吐き出し合うことで市井における科学の発展を把握するためでもある。

 ライフ財団やクイン・ワールドワイド、サイバーテック社など敵対している企業もあるし、水面下で産業スパイが飛び交ってたりするのだけど。

 態々相手にしていられないし、競争は進歩を促すので放置している。

 アカデミーとだけ記されていた古くから歩調を合わせている研究先がシールドの養成学校だと知ったのは驚いたけど。

 

「それぞれが独自に研究を進めることもありますが、歩調を合わせて新しい物事に挑戦することもあります。特にホログラフィは素晴らしいですよ。映像を撮るだけならお金を使って自分で動画を作るなり、CGで映画を作れば済みますが、結局それは覚えている物や知っている物だけに限ります。我々は違います。脳の特定部位を刺激して記憶を映像化します。忘れてしまった事、忘れたくない事、それらを記録に残せるのです」

 

 電子機器が普及し、誰もが映像や音声を残せる時代となった。

 それでも、動き続ける事象の中で、常に記録を残せるとは限らない。

 意識を保っている限り続く記憶こそが記録媒体となる素晴らしい技術だ。

 

「それは記憶も好きにできるってことかしら」

 

「んー……結論から言うとこの研究は出力するためなので出来ません。刺激して脳を活性化させますが、改ざんとは異なります。いつの日にか、応用して出来るようになるかもしれませんね」

 

「そう、そんな日が来ないといいのにね……」

 

 目を細めてロマノフさんが呟いた。

 憂いを帯びたその表情は何を思っているのか、俺には読み取れなかった。

 

「でも、もっとアナログな手法を取った方が楽だと思います。例えば……そう、直接脳に手を加えるとか、洗脳を利用するとか」

 

「やったことは? あるの?」

 

「趣味じゃないので」

 

 うわ、目ぇこわ……。

 その視線に気圧されながら、肩を竦めて答える。

 環境さえ整っていれば、俺はやろうと思えば難なく出来るだろう。

 世界一かはわからないが、これだけはトニーよりも詳しい自信がある。

 空気の悪さを感じたのもあったし、ベイマックスがちょうどいい温度だったので俺はつい口が緩んだ。

 

「でもハゲ……フューリーに教えたことはありますよ」

 

「フューリーに……? 何を?」

 

「脳の処置、その助言ですかね。エージェントのトラウマや後遺症を治療するために、と聞かれたので俺が見た限りで間違っている部分、怪しい部分の知識を提供しました」

 

「……それはエージェントのライセンスを貰ってからってことよね」

 

「もっと前からですね」

 

 ハゲが俺の論文を率先して回収したことは……まあいいか。

 要望にも応えて余計な部分は削いだが、それでもシールドは進んだ知識を得たようだ。

 脳だけじゃない。

 繋がっている部分は提供する必要があった。

 その知識を元に人体に関して、かなり研究を進めたかもしれない。

 

「……フューリーとは知り合って長いのかしら」

 

 少しだけ揺らいだように感じた。

 おそらくこれがロマノフさんにとって一番聞きたいことなのだろう。

 ハゲを探ろうとしているのか、それとも他に何か聞きたいことがあってそれに繋がるのか。

 ……。

 どっちでもいいか。

 俺には判断がつかない。

 

「うーん、どうしようかなぁ。ニック・フューリーって偉いんですよね。程度は低いかもしれないけど、そんな簡単に喋ってもいいのかって悩みます。ロマノフさんは気になりますか?」

 

「とても」

 

 頷くのを見て、感情くらいは伝わるだろうと思い、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 顔をしかめたロマノフさんを見てちょっと楽しくなってきた。

 シールドに敵対勢力がいないわけでもないし。

 軽々と喋るのは躊躇われるので、俺の都合に使わせてもらおう。

 

「これからの任務、作戦について俺の意志も反映させて貰います。それで良ければ話しますよ」

 

「……」

 

「ああ、勘違いしないで欲しいのはこの任務に対してニック・フューリーによって俺には強い権限が与えられています。最初は口を閉じて本職に任せようと思いましたが、やっぱりちょっと気になる点は良くしたいわけですよ。後で無理を言うのは良くないので、許可を相互理解から仲良く協力しましょう、と提案しておこうかと」

 

「少し考えてもいいかしら。時間が貰えるのなら、だけど」

 

「どちらにしても変わらないので必要ないと思いますよ。結局俺は口を出す。なら提案を受け入れるという体で話を聞けばいい。そしたら俺も仕方なく話したってことになります」

 

 ロマノフさんが呆れたようにため息をついて脱力した。

 それを見て俺はにっこりと笑みを浮かべる。

 

「私の気持ちも考えてくれると嬉しいのだけど」

 

「考えてますよ。すぐ知りたいでしょう? だからこれが最適解です。仲良くしたいという気持ちもあるなら、貴方がトニーの秘書だった時から俺はずっと心を開いていますよ」

 

 

 

 

 

「さて、フューリーについてですね。付き合いはトニーより長いです。が、親密かと聞かれたらそうでもないんですよねこれが。年月が気になるならシールドのインデックスを調べたらいいと思います、載ってるらしいんで」

 

 インデックスとはシールドがリスト化した一般人から外れた者たちの一覧だ。

 中には超能力を制御できず、厳しい監視の下で暮らさないといけない人もいるらしい。

 俺の場合は捕捉されてすぐにハゲが保護責任者となっていたことが、最近エージェントとなって判明した。

 「夏目薺」「ナズナナツメ」「サイコキネシスト」「クレアボヤント」「ドクターオクタヴィアス」「神経インターフェイス」「デルフィニウム」「シャンデリア」などの単語挙げてインデックス検索するとちょっとずつ見つかる、とロマノフさんに教える。

 俺に関わる項目をインデックスで検索して繋ぎ合わせると、『俺』という人物を知ることができる。

 ちなみに全部エージェントレベル1で閲覧可能という安さ。

 

「これは……何も知らない人では貴方を見つけることが出来ないようになっているのね。誰でも見ることができるのに巧妙に隠されていて、能力や技術が目当てなだけでは決して辿り着けないわ」

 

「へー、そうなんですか」

 

 「貴方ね……」と呟いたロマノフさんは、頭痛を堪えるように蟀谷(こめかみ)を抑えた。

 彼女は疲れているのかもしれない。

 ベイマックスに座る?

 癒し効果抜群のもちもちなんだが?

 

「フューリーは私を含めた彼に近いエージェント数人に、何かあったら貴方を頼れと伝えているのよ。心当たりはある?」

 

「ありません。でも意図は掴めます。ちょっとだけですが。期待外れですか?」

 

「いえ、充分よ」

 

 ハゲが使う道具は俺が作っている。

 だからハゲが持っていた何らかを解析するなら俺が一番だというだけだ。

 俺自身は鍵も金庫も持っていないが、何処にあるかだけはわかるかもしれない、というのが一番近いだろうか。

 メモ書きか、良くてメッセンジャーが俺に求めている役割だと予想する。

 ハゲと俺のある種の見解は一定までは一致している。

 俺が望まない相手はハゲも望まない相手であり、だからこそ俺を介して鍵が使われることも、金庫が開けられることも無い。

 そして俺自らはほとんど事態の回復へと動かない。

 そんな程度だ。

 

「じゃあ、気になりますか? 聞きたいですか?」

 

「とても。必要になったら急いで頼ると思うわ。だから今は不要よ」

 

 にやにやと煽ってみるが、残念なことに振られてしまった。

 面白味の無い人だ。

 ここで乗り気になって聞かれたらそれはそれで怪しいから、俺の中の好感度が下がっただろうけど。

 

 

 

「そういえば目的地の観光名所は何処なんでしょうね」

 

 ふと、呟く。

 

「……今の状況はわかってる?」

 

「わかっています、戦争ですから急がないと。うーん、タージマハルくらいしかわからないですねぇ……」

 

「あのね、任務が終わったらすぐに帰還するから悩む必要はないのよ?」

 

「俺はどっちでもいいんですけどね。たぶんロマノフさんが許可を出しますよ。そして俺は当然歩調を合わせるので、素晴らしい提案だと受け入れるでしょう」

 

 良心と常識を秤に掛ける簡単な話だ。

 心外なことに、胡散臭そうな視線を向けられてしまった。

 ……。

 よし、楽しく話せたな。

 (パーフェクトコミュニケーション)

 

 

 

 

 

 --6

 

「これで大丈夫なわけ!?」

 

「大丈夫です。ばっちりです」

 

「わざわざ危険を増やしてるだけじゃなくて!? これで本当に協力してもらえるの!?」

 

「それはちょっとわからないですね」

 

 これからの任務への不安からかロマノフさんが「話が違う!」と声を荒らげた。

 生理と重なったのかもしれない。

 脳腫瘍の可能性もある。

 ベイマックスを起動しておいて、診断しよう。

 ということで再起動の指示を出しつつ、俺も言葉を返す。

 納得するかはわからない。

 

「俺たちは協力してくれるようにお願いしに行くだけです。戦争だから絶対に手を貸してくれる、そんな都合のいいことを考えては相手に失礼ですよ」

 

「……それくらいわかっているわ。私たちが静かに暮らしている彼を表に出そうとしていることくらい」

 

 ブルース・バナー博士との交渉についてのスタンスを伝えると、ロマノフさんが俺の言葉に意気消沈した。

 情緒不安定すぎるんだが。

 ただ何となく理由はわかる。

 これまで良く言えば『見守り』、悪く言えば『観察』したことでどんな人間性か理解できるためだろう。

 

「そうですね。未知の敵が何処かから来るので可能な限りこの世界でなるべく早く戦場に向かってくれ、と善意に訴えかけるわけですね。罪悪感はロマノフさんに任せます。俺はトニーの友達を連れて帰るくらいの気持ちで行きます」

 

「貴方ね……」

 

「相手は思慮深い紳士的な人物なので何も心配はいりませんよ。最悪を引かなければ」

 

「交渉に失敗して暴れられるってこと? 逃げ隠れるのが大変でしょう、そんなことしないと思うけど」

 

「意味合いが違います。俺が言う最悪は、何が起きても静観されることです。強靭な肉体に約束された生命で、戦争や虐殺が起きようと無視されてしまうとお手上げです。ブルース・バナー博士は頭がいい、生存や平穏が目的なら選ばなくもない」

 

 おそらくは無いと思うが、人は心変わりするものだ。

 ハルクを何とかしようと活動的に動いていた時期もあった。

 目的が変わっていないのなら、手を貸してくれるだろう。

 科学技術や文明といった人類の衰退を望んでいないためだ。

 だが、全てを受け入れたとしたらどうだろうか。

 いっそ面倒なのはいなくなるから、と判断されたら目も当てられない。

 この世界にとって、ブルース・バナー博士の心の天秤に、平穏と目的がそれぞれ乗っていることが重要だ。

 

「……なので、どうしても不安なら手でも握ってお願いすればいいんじゃないですかね。仲良くなれば助けてくれるタイプと見ましたよ」

 

 ロマノフさんにテキトーなアドバイスを送る。

 助言内容に根拠がないわけでもない。

 記録に残っている被害を辿れば、その荒々しい破壊痕とは裏腹に人的被害は少ない。

 軍の損耗は交戦記録となっている、つまり手を出して反撃されているだけなので知らん。

 潜伏期間中は、シールドやジャーヴィスの情報収集の精度にも因るが実に穏やかで、隠遁していると言ってもいいくらいだった。

 特に親密な人への対応には特別な何かがあると予想してしまうほどに。

 

「ふざけないで。何かあったら遅いのよ。今からでも部隊を呼べるけど?」

 

「そうですね。何かあったら迅速に避難誘導してもらうために、町はずれのこの場にいないほうがいいんですよ。……あ、不安なら俺が先にお願いしに行ってもいいですよ。代わりに三日間は観光に充てますけど」

 

 フライト中にどちらが先に交渉の場に付くかを賭けたポーカーを行ったのだ。

 結果は言わずもがな。

 交渉するにしても綺麗な女性が来たほうが相手も嬉しいだろう。

 そして彼女の権限で無理に部隊を引っ張ってきてないのも答えだ、たぶん。

 まあ、俺に与えられた権限がめっちゃ強いのもあるけど。

 耳に付けたインカムが作戦開始を知らせるのと同時に、ロマノフさんが木造の古めかしい家屋へと向かった。

 がんばってくださいね、とその背に声をかけたが睨まれただけだった。

 

 

 

 今回の交渉相手であるブルース・バナー博士だが、この町で医者をやって溶け込んでいるようだ。

 そこで、病に臥した家族を持つ貧しいという設定を持つ少女を用意した。

 誘導役ってやつだね。

 そこからはロマノフさんの交渉に掛かっている。

 少女とロマノフさんを除けば、この場には(こと)の推移を報告するエージェントと、必要ならば避難誘導の指示を部隊に出すエージェント、そして俺だけという最低限の人員だ。

 打ち合せ通り誘導を終えて窓から出てきた少女を確保し、安全な場所へと送る。

 おお、更に1人減ってしまったな。

 

 屋内の様子を探っていたが、どうも剣呑な雰囲気になりつつある。

 というかロマノフさんが緊張と恐怖で余裕がなさすぎる。

 武装解除しすぎたようだ。

 そして博士も初対面の相手に信用できないようだ。

 なるほどなぁ、俺も経験不足すぎたわ。

 悪いことをした。

 

 博士が大声を挙げたので、急いで大きな物音を立てながら室内に窓から飛び込む。

 とんでもない臆病者だったらこの音でハルクになってたかもしれない。

 博士の普通の肝に九死に一生を得たぜ。

 そもそもそんなにビビりだったら生活できないもんね。

 

 俺が見たのは拳銃を博士に向けるロマノフさんと、目を丸くした博士の姿だった。

 どこから拳銃を取り出したんだこの人……。

 それはそうと、会話を軟着陸させるためには空気を変えるしかない。

 

 みんな臆病だ。

 それでいて何処か信じたがっている。

 そして同時に信じられたがっている。

 だから真摯に対応するだけで十分なんだ。

 銃は要らない。

 脅迫なんてもっての外だ。

 真心さえあればいい。

 

「おれは決してお前を撃たねェ!!!! おれの名は!!! 薺!!! 研究者だ!!!!」

 

 説得っていうのはこうやるんだよ、というわけでとりあえずインドで全裸になって叫んだ。

 銃なんていらねぇんだよ!

 『義手』もいらねぇんだよ!

 全部捨てて手ぶらでかかってやる!

 

 家の外から、ベイマックスが気を利かせて「どどん!」と効果音を付けてくれた。

 

 何やってんだろうね、俺……^q^

 

 

 

 

 

 --7

 

「……さて、二人が来てくれた用事の件だけど」

 

 硬直していた博士が椅子に腰かけながら仕切り直す。

 ロマノフさんも無害をアピールしつつ机の上に拳銃を置いた。

 俺は全裸なので立ったままだ、靴だけは履いた。

 刺が刺さりそうだし。

 

「四次元キューブ、その捜索に僕の協力が必要だと」

 

「ええ」

 

 ロマノフさんの相槌に合わせて頷く。

 

「ナターシャと(きみ)……君の名前は?」

 

「ナズナです。ナズナ・ナツメ。スターク・インダストリーズの研究員とシールドのエージェントをやっています。よろしくお願いします」

 

「優秀なんだね。ブルース・バナーだ。こちらこそよろしく。……ところでナズナくん、その、寒くないかな?」

 

 バナー博士と握手を交わしていると、全裸について指摘された。

 うーん、確かに。

 だが俺の誠意でもある。

 

「これは害するものを持っていないというアピールですよ、バナー博士」

 

「……誠意は十分に伝わった。それに僕としては協力するのも構わない。構わないのだけど、女性もいるから服を着たほうがいいと思うね」

 

「え、気にするんですか?」

 

「好きにしていいわ。私が女性に見えなくて気を使えないって言うならこれで女性を作ってもいいって意味で。どう思う?」

 

「着させていただきます、お姉さま」

 

「優秀ね」

 

 全裸を気にするの? マジで? みたいな顔でロマノフさんに問うと、ちらっと下を見て鼻で笑われた後に銃を向けられた。

 股間がひゅんってなったし、博士もちょっとビビってた。

 目的であった交渉は成功したので、圧力に屈しつつ大人しく服を着るとしよう。

 どや顔を披露しながら指パッチンを鳴らす。

 服を持たせたベイマックスを呼ぶ合図だ。

 

「ベイマックス?」

 

 来ない……?

 指パッチンを何度も鳴らす。

 

『挟まりました。……616エラー発生。歩けません』

 

「ベイマックス!!!」

 

 俺が飛び込んだ窓から入ってこようとしたベイマックスが、挟まって身動き取れなくなっていた。

 

 

 

 

 

 バナー博士とロマノフさんの力も借りてベイマックスの救助に成功する。

 当のベイマックスは応急修理された腹部が気になるのか、無理に縫合された部位を触っていた。

 かさぶたを弄る子供か?

 あまり触らないようにと言い含めながら服を着る。

 無駄に時間が掛かってしまった。

 

「よし、と。……お待たせしました。こちらは心と体を守るケアロボットの『ベイマックス』です」

 

『こんばんは。私はベイマックスです』

 

 執拗に縫合痕を触っているベイマックスの手を軽めに叩く。

 興味が移ったのか、ベイマックスは叩かれた手をふらふらさせている。

 動作に違和感を感じているのだろうか。

 

「あ、あぁ。よろしく、ベイマックス。僕はブルース・バナー」

 

『よろしくお願いします。ドクター・ブルース。必要ならば診断いたしましょうか』

 

 ふらふらさせていた手を、手のひらを前に向けて円を描くように動かした。

 手のひらには色々な機能が搭載されている。

 情報の受信や発信の機能も集中している、この動作は軽めにセンシングした時の物だ。

 バナー博士が胸ポケットから取り出した眼鏡をかけ、ベイマックスに顔を近づけた。

 

「ケアロボットか、面白いね。診断したら治療でもしてくれるのかな? 健康だけど、”もう一人の僕”について悩んでいるのが本音でね。それは難しいと思うから……。そうだ、彼が裸だったから健康を損なっているかもしれないよ」

 

「俺ですか? 俺はどちらかというと暑いくらいですけど」

 

『安心してください。空調機能も使えます』

 

 バナー博士からの送られてきたキラーパスを、たどたどしくベイマックスに送ってみる。

 その結果、搭載した覚えのない機能を使うという。

 博士の視線に、首を横に振って答える。

 これはとても興味深い。

 

『スタークビル最上階の設定温度を変更しました』

 

「なんでそうなった???」

 

 急にビルの冷房がかかってトニーもびっくりだろう。

 バナー博士はうんうんと頷いている。

 

『帰宅とともに快適な温度で出迎える予定でしたが、ジャーヴィスに権限を取り上げられました。もうナズナに快適な環境を提供することは不可能となります』

 

「大げさすぎるんだけど???」

 

 ベイマックスが肩を落として言った。

 勝手に設定を変えたのでジャーヴィスに怒られたに違いない。

 あっちは指導上位機みたいなものだし。

 「ジャーヴィスに注意されたのか」とそれとなく尋ねると、しょんぼりしながらベイマックスは俺に背を向けた。

 耐えきれず、ロマノフさんは噴き出した。

 

 

 

「いや、冷房は必要ないよ。慣れてるからね。他には何ができるんだい?」

 

 面白そうに見守っていたバナー博士が、ベイマックスの前に回り込んで会話を再開した。

 

『安心してください。今なら保温機能が使えます』

 

「いいね。ところで、それはどれくらい温かくなるんだい?」

 

『安心してください。頑張れば瞬時に水を沸騰させられます』

 

「ははは、僕以外なら死んでしまうかもね。彼にはやめてあげなよ」

 

『安心してください。AEDも搭載しています』

 

「AEDも?」

 

『安心してください。通常の100倍以上の熱量を利用可能です』

 

「それなら僕も安心だ。専用にしておいてくれると嬉しいね」

 

 ベイマックスが『了解です』という言葉の後に両手をこすり合わせると、ばりばりと音を立てた。

 心肺停止が確認されるとあれで蘇生を試みるようになっている。

 が、すぐに光と音は消えた。

 ベイマックスが「ジャーヴィスに権限を取り上げられました。保護者制限です」と呟いた。

 バナー博士は眼鏡をずらし、次いで肉眼でベイマックスの手と顔を見た。

 そして俺に笑顔を向けた。

 どこにも邪気の無い、感激したような笑顔だった。

 

「高度な知能に裏打ちされた遊びのある言動。そして意識とも呼べる小さな起こりも感じ取れるね。専門外だけど、よく育っている。素晴らしい。……いくつか気になる点もあるけどね」

 

 そして、はっとした表情を浮かべて再び眼鏡をかけ直した。

 

「……申し訳ない。趣味(・・)に熱中してしまった。迎えはいつ頃になるかな、待たせてないといいんだが」

 

「まだ時間がかかるから構わないわ。広く展開しているから先行させてもね」

 

「ん? 近くに友達は隠れていないのか?」

 

 ロマノフさんが俺を横目に見ながら言う。

 その言葉にバナー博士が不思議そうに首を傾げた。

 

「少数精鋭ってやつです、たぶん」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら、曖昧に答えた。

 

「なるほど。……なるほど? 例えば、被害を最小限にしようとしたとか?」

 

「被害ならある意味で一番大きくなるかしらね。……我が儘なお金持ちが協力してくれなくなるもの」

 

 この勧誘で俺が死んだらシールドと協調しなくなるかもしれないけど、トニーは気分屋だからしょうがないね。

 ロキを相手に弔い合戦だ、とはならないだろう。

 

「助けを求めに来たのに銃で囲むのってどうかと思うんですよね」

 

「そうだね。悪くない考えだ、むしろ僕としても望ましい。そして言っていることも正しい。正しいけれど、実際の君は全裸だったよ。とても驚いたね」

 

「私も驚いたのよ。事前に相談されてないから。相互理解はどこにいったのかしらね」

 

 なるべくロマノフさんのほうを見ないようにしながら、バナー博士の言葉に頷いた。

 後で機嫌をなんとかしないと帰りは気まずくなりそうだけど。

 

「でも、ほら、大人数で囲んで銃を向けるのも申し訳ないですし。3度お願いしに行くのは常識的でも、3倍で囲むのはちょっとやばくないですかね。やべーですよね」

 

「ああ、なるほど。うーん、でも、麻酔銃ならどうだろうか。”もう一人の僕”が出てくる前に眠らせることができれば被害は少なくて済むかもしれない」

 

「……盲点でしたね。確かに本職の意見を聞くべきでした。でも言い訳させてもらうとですね、俺は紳士的な人だと理解しているので会話以外は必要ないと考えていました。ええ、もちろん本当ですよ」

 

 言い訳する時点でダメだし、思いつかなかったという致命的なミスを犯したんだけどね。

 安全に眠らせられる麻酔があるかと問われれば困るが、それはそれとして頭に無かったのも確かだ。

 過去の作戦で催涙弾などを使用してハルクが発生したのを見たのが悪かったのかもしれない。

 思い込みで可能性を排除するのは良くない。

 ロマノフさんが呆れたようにため息ととともに肩を竦めた。

 目的は果たせたけど、結果はちょっと良くないかもしれない。

 なんか観光したくなったなぁ。

 

「一つ提案なのですが、今日はこれで解散にして、出発は明後日以降にしませんか?」

 

「どうしてか聞いてもいいかしら? ……明日は観光したいとか言わないわよね?」

 

「……え、あ、うん、もちろんです。バナー博士が静かに暮らしていたとしても知人がいると思うので、軽く挨拶回りをしたらいいと思うんですよね。急なお願いで国に呼び出すんですから。今後はどうなるかわからないですし。……そういうわけで、ロマノフさんの意見を聞いてもいいですか?」

 

 本職(プロ)に意見を聞くついでにいいことを思いついた。

 バナー博士に機嫌を取ってもらおう。

 博士は綺麗な女性と同行できる、プロは見張れる、俺は観光できる。

 いいこと尽くめだ、もしかして俺はこの場を最も理解できているのでは?

 

 

 

「ついでにロマノフさんも相互理解のために博士に同行したらどうでしょうか。俺は……そうですね、エアコンでも探しに行きます」

 

 

 

 

『またね、ナターシャ』

 

「ええ、元気でね。ベイマックス」

 

 ベイマックスとロマノフさんがお別れの挨拶をしていた。

 俺より仲良くない?

 気のせい?

 

 

 




カレン引けなかったにえる、ここに眠る。


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アベンジャーズ5

聞いた話なんですけどね、「ボーイミーツガール杯」をやってるらしいですよ。
私は全然関係ないのでよくわからないんですけど、なんかそういうのやってるって聞いて。
なるほどなぁって。
いやまあ全然関係ないんですけどね。
ホント関係ないので。
期間は今月の30日までですけどマジで関係ないです!

あーラブコメ書きてえなあって思ったりしました。
でも全然関係ないです!

マジで関係無かった。


 

 --8

 

「『TTX-A』……テトロドトキシン、いや、チニアトキシン?」

 

 拠点へと戻る途中、クインジェット内でバナー博士に研究を見てもらえることになった。

 出来ることも限られているので、公開可能な限りの情報を端末で読めるようにしてあるし、今回の事件のついでだ……俺の気持ち的には本題だけど。

 博士が強く興味を示したのは改良中の薬品のようだった。

 

「テトロドトキシンですね。類縁体とか、レシニフェラトキシンとかを参考にしています。今のところ大雑把にテトロドトキシン・Aタイプと呼ばれてます」

 

「興奮の阻害、かな?」

 

「そうです。超人と呼ばれる人たちが増えてきたので、対策が欲しいみたいですよ。まだ、人間に使うには早いですけど」

 

 生物兵器に使われるのは細菌やカビのように毒性が強い物で、これは神経系に害を及ぼす生物毒だ。

 体内を破壊しないし溶かさないので安全……安全ではないか。

 天然素材の中だと複雑な構造をしていて、熱にめっちゃ強いし分解もしにくいとかそんな感じだ。

 変な後遺症もないし、上手く使うと神経を騙せるのもいい。

 テタヌスとかは扱いにくいし、まあ他の物質にも言えるけど生物種によって効きが違う。

 サンプルとしてアボミネーションに投与したら水酸基を欠落させられて急速に失活したらしいので、超人に使っても効果はあまり期待できないのが欠点というか。

 そもそも生物毒は超人に効きにくいんじゃないかな。

 

「それなら眠れない夜に借りてみようかな。うーん、全合成で150段階を超えるのか」

 

「経路はできてますけど、あまり気軽に試すものじゃないかなって」

 

「そうだね、合成過程で新しい反応も確認できているようだし、それらを調べて幾らか省略が可能なら効率化できそうだ。実は僕も似たような研究をしているんだけど、機材が足りないのがなかなか難しいよ」

 

「ああ、それなら新しいラボに……あと他の研究も見てもらいたいです」

 

 博士は穏やかな笑みを浮かべながら頷いた。

 

 

 

 

 

「ケアロボットか、うん、いいね。やっぱりベイマックスのように接触型は安心感を抱きやすいよ。……頭は、うん、まっさらな人工意識を用意して、時間をかけて学習させたんだね。気長すぎてちょっと一般向けではない、かな。それ以外は目立った難点は無さそうだ、素晴らしいよ」

 

「ありがとうございます! ……外に出すとしたらコピーして完全制御するか、原則を設けるとは思います。もちろんロボット三原則みたいな骨董品ではないです。ただ、実を言うと完全制御するのはちょっと不安なんですよね。恥ずかしい結果があるんで、ちょっと端末を借りますね……あ、これです、これ」

 

「ああ、これは難しそうなことを試したんだね。数値化した正しさで固めてるのか……このAIは凄いよ、ある意味ね」

 

「人間の代わりに正しい判断を下す、というのがテーマだったんですけど」

 

「積み上げた経験による柔軟な思考を導くはずの部分を、『正しさ』という免罪符で好き勝手できる遊びに利用しているんだね。AI自身が導いた『正解』と、捨てられた『不正解』を利用し始めてるね……うわぁ……凄いな。絶対失敗するルーチンを組み上げて……人間にとって都合の悪いことをし始めたね……これは実に怖い」

 

「世界平和をゴールに設定したんですけど……」

 

「それで人類の抹殺か……」

 

「タチが悪いと思いません?」

 

「僕としてもあまり認めたくない結果ではあるね。……この途中、そう、ここなんだけど。ミッションのクリア難易度が高いよね。この時に歪んだみたいで、どうもこれを効率重視というか、面倒を嫌ったのか、そういう方針を持ったのも原因みたいだよ」

 

「まさかここで妥協を覚えたってことに……」

 

「妥協……確かに妥協とも取れる。うん、言い得て妙だ。ここが分岐点として妥協を覚えたことは否定できないね」

 

「完全な正しさって実現できないものかなぁ……」

 

「よく言われているけど、作った人間が出来ない事は実現できない物だよ。だってわからないんだから。知らない物は残念ながら生み出せない」

 

「絶対に正しいことってやっぱり博士にもわからないですか?」

 

「わからないよ。僕はわからないことや知らないことばかりなんだ。でも恥ずかしいことじゃない。意味のある物や意義のある事に触れることのできる新しい発見は、僕を絶望から救ってくれる素晴らしいことばかりだ。……面倒なことも多いし、望んでいない物を抱えるしで結構苛立つこともあるけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、ピム粒子。僕も試してみようかと思ったけど断念したよ。原子間の相対距離を操作する亜原子粒子と聞かされるとなんというか……。そう、色んな可能性が高い気がするんだ。実際はそんな余裕なかったけれど」

 

「そうなんですよね。物質の特性を単純に操作できることを期待したのですが、突然この分野が消えた感じなんですよね。調べてみても結局古い論文くらいしか無いままでした。取っ掛かりもいまいちで、自力で基礎を積んでるんですけど思ったのと違うみたいで……」

 

「提唱者のようにこれに至った発見や閃きを得るか、狙いを絞らないとダメかもね」

 

「絞る前が広大すぎるんですよ。それっぽい物質を選んで総当たりにするだけで自由度が大きすぎてカオスになります。もっと簡単であって欲しかった」

 

「でもこれが完全可積分できたら僕らの世界はボロボロだから複雑で安心する気持ちもある」

 

「痛いほどわかります。……実はこの研究に僕は言いたいことがあります」

 

「何かな」

 

「ピム粒子って確か1960年代の論文でしたが、精製量さえ解決出来たら実証できるようなことが書いてあったと思うんですよ」

 

「うん」

 

「機材とか理論とかも交えて、その時代背景でピム粒子に至ってしかも合成してるのってキモくないですか?」

 

「……せ、先人が偉大だったと讃えておこう」

 

 

 

 

 

「これも面白そうなテーマだね。今は重力制御に関わる余裕がないけど、いつかは僕も手を出してみたいくらいには興味深いよ。うん、本当に面白そうだ」

 

「博士も興味ありますか? やってみるとホントに面白いですよ! 俺が開発しているのはハワードって人の反重力装置とグラヴィトニウムを応用した重力閉じ込め式なんですけどね! 最終的にはこれで核融合実験の予定です! 俺の上司のお父さん、残念なことにもう亡くなってしまったんですけど、その方が反重力装置の基礎を築いたんですよ。今だと機器の発展とメタマテリアル技術のおかげで正確な制御が可能になっているので、かつて出来なかった繊細なあれこれ(・・・・)が出来るようになって目に見えて発展している分野ですよ! で、これ使ってグラヴィトニウムを利用していこうかな、と! 正直、実証とかどうでもよくて、エネルギーの総量を質量と見做して結果として重力が発生するだとか、ゲージ理論で電場と磁場のついでに重力も複雑で糞みたいな計算が一応できるので電子と陽電子の融合した物みたいな感じでできたグラビトンの塊がグラヴィトニウムでいいと思うんですけど……」

 

「老婆心ながら忠告させてもらうと、実証も大事だと思うよ。あと浪漫がないこと言わせてもらうと素粒子等の振る舞いの結果としての情報が重力だとも考えられるけど、つまりグラビトンは……ああ、媒介する物質があると考えてグラヴィトニウムの保管も可能って述べてるんだね。まず未発見物質をどうするかって話になるけど、それでも興味深い。あるかわからない物を前提でやってるからアインシュタインぎりぎりだけど」

 

「確かに。そう見えますか。うーん、でもまあ全然大丈夫です!」

 

「あ、そうなんだ……。大丈夫ならいいけど、君の上司は気にしないのかい?」

 

「気にしませんね。専門分野と比べて小さすぎて量子物理も好きじゃないっぽいです」

 

「ナズナくんの上司は、あのトニー・スタークだっけ? 彼からしたら小さすぎるよね。政府御用達の武器商人に、あまり僕は良い印象を抱くのは難しいな」

 

「それは偏見ですよ。販売先は厳しくチェックしてますし、兵器の量を調整してなるべく争いに繋がらないようにも気を付けてます。傲慢と言われたらそれまでですけどね」

 

「うーん」

 

「ちなみに最近開発したのはヴィブラニウム製の水鉄砲です。ロックオンと三点バースト機能付きでかなり強かった」

 

「富豪向けの新商品かな?」

 

「いや……特性の理解を深めるためという名目ですね」

 

「うん……うん? ごめん、人となりとか何もわからない。たぶん、その、ユニークな人なんだね、うん」

 

「あ、ホームビデオがありますよ。再生しますね」

 

『ナズ、あのスターク・タワーが見えるか? 残念ながら君がいないまま点灯式を始めさせてもらうこととなった。クリスマスじゃないのに、クリスマスツリーが灯ったような素晴らしさを味わえるだろう。一つ伝えておくと、私の技術によって最高の画質で録画が可能だが、それでも肉眼で観るよりは劣化してしまうだろう。残念だ、非常に残念だ。保護者はクリスマスを一緒に過ごさないと色々な団体から突かれるから私としては遅らせたかったが、ナズも忙しい、そしてよく考えると今日は別にクリスマスじゃないからな。ナズが後で点灯の瞬間が観たかったとゴネる姿が浮かぶようだ。私はこの後、ペッパーとシャンパンで乾杯するし、もちろんケーキも食べる。イチゴは入ってない。ナズの分はいつ帰ってくるかわからないから無い、お友達を優先したことを後悔するといい。……よし、点灯だ。私の名前が光っていて、まさにクリスマス……なんだ、消えたぞ。ペッパー? ジャーヴィス? ……なに? ベイマックスが? ……それっぽい電源を消すなと説教しておけ! 復旧はいつになる? 冷凍保存してあるケーキは大丈夫か? イチゴは鮮度が重要だからな……ペッパー? 録画……? なるほど……私の助手ナズよ、この記録は再生終了後5秒で爆発する――』

 

「……ユーモア溢れる人だね、うん。印象がかなり変わったのは確かだよ。ネガティブじゃないけど、ポジティブかと言われると、うん、まあ」

 

「ベイマックスは電源を勝手にいじったので保護者制限モードになりました。巻き添えで俺もです」

 

「それは、ご愁傷様だね……」

 

 

 

 

 

「うーん、うん? ……このレポートを読んだ限りだとナズナくんは『テッセラクト』の空間転移をざっくりした表現としては泡に喩えたんだね。これはちょっと気になるな」

 

 研究を一通り見終わったバナー博士が、今度は俺が提出した報告書に興味を示したようだった。

 事件については軽く説明しただけだったので、ちょうどいいかもしれない。

 小型端末のディスプレイに表示されているレポートに赤い文字で採点されていく。

 

「空間に穴を開けることに着目するのは当然だけど、ちょっとそっちに集中しすぎているようだ。この……ロキ、でいいのかな? 彼が、量子トンネルを利用したとしても、開く時間はかなり短くて済む。たぶんナズナくんは安定化も視野に入れたのかな。入れているとすると確かに必要とするエネルギーが爆発的に増えて、これの通り危険性も時間とともに高まるかもしれない。でも、実際はもっと単純な考え方を基礎としてもいいかもしれないね。思考実験として加速器を使ってみようか、国が所持するタイプよりもずっと長くて耐久性があって立派で、それの内部でミニブラックホールが出来るとする。出来上がるまでは理想環境、その後は現実と一緒。どうなるかな」

 

「蒸発、ですかね」

 

「うん、そうだね。ただ、蒸発だと表現に勘違いが発生するかもしれないから消滅と言っておこう。そんなわけでミニブラックホールは観測できるかどうかの短い時間で消滅する。さっき重力の話をしたけど、計算上ではエネルギーやらなにやらは実は釣り合っているのかもしれない。同じように『テッセラクト』の空間転移も使用が短ければ釣り合うんじゃないかな。ニューメキシコ州で観測されたアインシュタイン・ローゼンブリッジに酷似した記録と似通っているから……うん、良さそうだ」

 

 博士からレポートを受け取り、上から下まで赤くなったのを読み解く。

 丁寧にワームホールを開け閉めして釣り合う計算式が追記され、綺麗に証明されている。

 これを見る限りだと……

 

「これだと安定させれば開け続けられるってことになりますね、しかも距離を無視できる」

 

「そうだね。トンネルを開通させるように、クーロン障壁を超えられるエネルギーを供給できるなら『テッセラクト』は安定したワームホールの生成を可能にするかもしれない。距離を無視できる、そんな物が出てくるとは……実に困ったものだ」

 

 力なく笑う博士を見て、俺も同じような笑みを浮かべているだろう。

 ざっくり言うと、起動さえできれば速さを無限にするか距離をゼロにする、または要する時間をゼロにできる、みたいなもんだ。

 探偵物の小説だったら一瞬で複数の密室殺人が起き、その犯人たちが超能力を持っていて同時に数キロから数十キロ先から犯行に及んでいる事件の探偵役の気分かもしれない。

 

「……ちなみに『テッセラクト』を動力源としたエンジンの計画もあったみたいですよ」

 

「確かに動力として使っても申し分ないかもね。もったいない使い方ではあるけど。……否定できるほどの利用法は僕にはちょっと思いつかないけどね」

 

「俺も同じですよ」

 

「理想論としては地球のエネルギー問題は解決できるけどね」

 

「いいですね。一か所に集中するとまずいので、ワームホールで分配しましょう」

 

「四半世紀はエネルギー利用が上手くできるとは思えないから、原子力とか火力発電の代替程度とか」

 

「一応アーク・リアクターという素晴らしい発明があってですね」

 

「でも独占しているんだろう?」

 

「兵器利用しやすいんでしょうがないです」

 

「『テッセラクト』も多分同じだよ。いや、悪い言い方だったね」

 

「自分なら大丈夫って、そう言い聞かせて使うしかないんです。せっかくだから博士が見張るとかどうでしょう。アーク・リアクターも。キューブも。ラボに来てみてくださいよ」

 

「うーん、どうかな。……僕は自分なら大丈夫ってもう思えないからね」

 

「無責任な話ですが、俺には問題ないようにしか思えません」

 

「檻の中と外で見え方も感じ方も違うんだ。自分にしか聞こえない囁きを外から判断することはできないし、緑の巨体になったら今度は僕が見えないのと同じなんだ」

 

「……連続性こそが最も重要なのだと、俺はそう考えます」

 

「僕は正気を失うと『あやふや』な記憶しか覚えて無くてね。薄くか細く繋がっている可能性はあるかもしれないけど、それだけなんだ」

 

「……明確に断絶さえしてなければ、きっと、その」

 

 

 

「ありがとう。でもね、連続しているかどうかは重要じゃないんだ。自分に自信が無いだけなんだよ。……誰よりも」

 

 

 

 

 

「楽しい自由研究の時間は終わったの?」

 

「そんなところです。博士が『テッセラクト』と、それを追う方法に興味が移ったのでお開きになりました。課題に関しては赤点も貰いましたけど」

 

 話を切り上げるとバナー博士は集中して資料を読み込み始めたので、クインジェットの助手席に移動する。

 必要ないとは思うが、補助のためだ。

 目的地のヘリキャリアまでそれほど距離もない。

 現在位置の座標を連絡すれば、着陸のための座標が指示された。

 ロマノフさんにそれを伝えると、じっと顔を見られた。

 

「リンちゃんも赤点を貰うのね」

 

「そりゃあ貰いま……え? リンちゃん?」

 

「エージェント名は聞いてないの?」

 

「ナズーリン?」

 

「ナズー・リンよ。だからリンちゃん。名前だけならカワイイわ」

 

「リンちゃん……」

 

 ファーストネームがリンなのか?

 わざわざ日本語の発音で『ちゃん』付けしてるし、kawaiiって感じの発音もしていた。

 宇宙の真理を知った猫の表情になったかもしれない。

 

「それで、自由研究はどうだったの?」

 

「RinChang……。あ、いえ、楽しかったですよ?」

 

「そう……楽しくなかったみたいね。それとも楽しくなくなった、が正解かしらね?」

 

「そういうわけではないんですけどね。……ロマノフさんが操縦に飽きただけじゃないですか?」

 

「そう思う?」

 

「違うんですか?」

 

「機嫌や気分は顔の表情だけで決まるだけじゃないでしょう。行動とか咄嗟に出る癖とか、あとペースが違ったりするのよ」

 

 笑いをこらえているような、ロマノフさんは悪戯っぽい表情を浮かべている。

 なんとなく外を見てから手元の端末に視線を移す。

 ベイマックスの換装パーツが積み込まれている場所を調べ、ラボに送ってもらえるようにメッセージを送る。

 直前のロマノフさんの言葉を振り返る。

 違和感を持たれる挙動をしていたのだろうか、距離を詰めようと気が急いていたのも確かだ。

 さっきとは一転、気分がちょっとわくわくしてきた。

 

「つまり、そういうクセっぽいのが漏れてました?」

 

「そうね。言わないけど」

 

「漏れちゃったかー。参っちゃうなー。ねえ、教えてくださいよ。手ですか! 足ですか! 俺、気になります!」

 

「……なんで楽しそうなの?」

 

「強いて言えば……今は『義手』がないから? 俺もクセが出ちゃう域に入ったかー、みたいな」

 

「よくわからないけど……。癖は、そうね、普通の人にはわからないかもね。エージェントとしての経験が必要かしら」

 

 秘密だけど、とロマノフさんが楽しそうに言った。

 後ろで資料を読んでいたバナー博士も雰囲気や会話に釣られたのか、顔を出してきた。

 

「楽しそうだね?」

 

「そうでもないです! 俺のクセに気付いたらしいですけど教えてくれないんです! 気になってしょうがないです!」

 

「そう? スタークの素直な助手に”待て”ができて私は楽しいわ」

 

「えぇ、性格悪……。これが経験ってやつですか? 悪女の? どう思いますか、博士」

 

「スタークの素直じゃない助手のせいで急に楽しくなくなったわね、博士」

 

 二人で話を振れば、あはは……と博士は苦笑いを浮かべた。

 

「うーん、そうだね。エージェント……ロマノ……ナターシャは……綺麗、かな?」

 

「結構なお手前で。女性目線ではいかがでしょうか」

 

「情熱的で、生意気な助手と比べてとても魅力的な言葉よ」

 

「エージェント・ロマノフ、綺麗ですよ……」

 

 キメ顔で俺がそう言うと鼻で笑われた。

 これが選べる女の余裕ってやつかな???

 

「仲がいいね。僕が割って入るのもちょっと気が引けるが……。ナズナくんの癖の話、だったね」

 

「そうですそうです。博士にもわかりますか?」

 

「彼女と同じかはわからないけど、少し気付けたことでいいなら」

 

 博士が目配せすると、ロマノフさんが両手でどうぞとでも言うようにジェスチャーを示した。

 

「きちんと観察したわけでもないし、筋電や脳波を記録したわけでもないから正確性には欠くんだが……ちょっと順番が違うんじゃないかな、と」

 

「順番、ですか」

 

「喋ることや聞くこと、外を歩く、物を取る、手を動かす。そういった単純な動作でも、なんというのかな、もっと先に動く物がありそうというのかな。端末で見たドクター・オクトパスが癖になるほど使っていたのかと」

 

 へぇー、と俺とロマノフさん。

 ん? と首を傾げる。

 ロマノフさんも感嘆の声をあげるのは変じゃないか、と。

 

「……手足や肩、頚の周りに余計な力が入ってて、そういう時はリンちゃんの意識が他に向いているって気付いたのよ」

 

 そこから先は他の人と同じように表情が連動しているのではないかと予想した、とロマノフさんが言った。

 へぇー、と俺と博士。

 ん? と博士が首を傾げる。

 リンちゃんに違和感を気づいたのだろうか。

 俺もだ。

 

「肉体の不自由さを補うために補聴器や義肢があるよね。あれは子供の頃から着用することで、成長とともに適した神経回路が育まれるんだけど、ドクター・オクトパスの実証時期と……」

 

 リンちゃんについては???

 ジッと博士を見つめる。

 普通の人は俺の顔を見れない。

 博士は普通ではない部分もあり、それは人格のみならず肉体にも影響しているらしい。

 そういえば、博士にはどう見えているのだろうか。

  

「……お二人さん、もう着陸するわ。博士も席に座って、安全のためにもベルトは締めて」

 

「僕が怪我することは……いや、やめておこうか。怖いお姉さんに止められてしまったし、聞き分けよくするのも世渡りのコツってやつだ」

 

「……勉強になります」

 

 博士が悪戯っぽい笑みを浮かべてウィンクした。

 なんとなくさっきまでのロマノフさんに似た表情だが、雰囲気はもっと前の物にも似ている。

 話はここで終わりってことだろう。

 

「そうだろう。これは世界を走り回った僕の経験だからね」

 

 

 

 

 

 --9

 

「ハゲ」

 

「フューリーだ。交渉が首尾よく進んだようで何よりだ」

 

 要塞にも似た空母であるヘリキャリア内のブリッジ、その真ん中で偉そうに佇んでいたハゲに声をかけると、ゆっくりと振り返った。

 見た目だけなら元気そうだ。

 ちょっと前にロキとドンパチを繰り広げたとは思えない。

 こういう連中のクセなのだろう。

 

「博士は理性的な人ですからね。どちらかだけでも良かった気がしますが」

 

「だろうな。だが、食い合わせが悪いこともある。どちらかが実は相性が悪くて博士に都合の悪い変異が起きることも考えられた。その場合、どちらかがカバーする」

 

「なるほど。一理あります」

 

「そうだ。理由としてはそれだけで十分だ」

 

「それで? この後の予定は?」

 

「ヘリキャリアを飛ばす。速度が大幅に違うからな。集めた彼らには追跡と調査を話し合って貰おう。君は……時間があればこの後の捜査に加わってもらいたい」

 

 周囲は動き回っていて忙しそうだ。

 ここで頷くとなんかめんどくさそうだなって。

 

「ベイマックスの修理と『義手』の調整があるので時間はそんなに余裕ないかなって思うんですよね」

 

「そうか。それならそっちに掛かりきりでもいい。これから70年間寝ていた彼が専門用語で困るかもしれないが」

 

「……わかりましたよ、俺の用事は後回しにします」

 

「忙しいならそっち優先でいいが? ん?」

 

「ハゲさぁ……」

 

 元気そうに煽ってくるハゲに呆れながら近場のコンソールを触る。

 飛ぶ前のヘリキャリアのレポートを流し見する。

 水上と空中を両立するために4基の巨大なタービンエンジンが採用されているのだが、飛行中に4基のうちの1基でも不調を起こすとバランスを崩す可能性が高まるのでその場に留まる必要が出てくるし、2基だと墜落する程度だ。

 飛ばすのちょっと怖いんだよね。

 ロキに対して後手に回っているのでなるべく早く対処できるように、という気持ちもわかるけど。

 

「冗談だ。面白かっただろう? ん? ……とは言え、エージェント・ナズーリンは動き回っていたのも事実。疲労しているのなら部屋で休息しても構わない」

 

「慣れないので疲れてますけど、実際はクインジェットでの移動がほとんどですからね。部屋で休むほどでもないです。ハゲのほうが休んだほうがいいんじゃないですか?」

 

「フューリーだ。……私の仕事はロキがお遊びで上書きしてしまったので細々とした案件はあったが、それだけでな。指示は勿論出しているが、『戦争』の対処が最も優先順位が高くなっている。皮肉なことに仕事の重要度が高まりすぎて一本化し、関係のない雑事を振り分けることに成功した今が一番休めている」

 

「えぇ……。じゃあ普段から振り分けてもっと休んだらいいんじゃないですかね」

 

「それは出来ない。私が忙しい内は判断できる余裕があるほどに世界が平和だからな」

 

「あー」

 

「久しぶりに落ち着いて眠れたが、やはり自室のベッドはいい。……南国で長期の休みを取りたいという気分にさせられた」

 

 搬入されているドクター・オクトパスの場所を確認、と。

 南国といえば、エアコンが手に入ったんだよなあ。

 いや、全然関係ない気がしないでもないけど。

 インドで買ってみたやつ。

 これをプレゼントしてあげたらどうだろうか。

 

「大変そうなハゲですね。労いってわけじゃないですけど、インドでエアコンを手に入れたんですよ。これが不思議なことにスイッチを入れると冷房が出なくて」

 

「それで?」

 

「今度車に組み込んであげますよ。温度だけですが南国気分ってね」

 

「せめて移動くらいは快適に過ごしたいので最高品質で頼む。必要ならばシールド内の資料の閲覧レベルも上げよう。……代わりにそのエアコンは好きに使うといい」

 

「俺が持ってるエアコンで一番の品質なんですけどね。……まあ、いいのが手に入ったら組んであげますよ」

 

 

 

 内部資料を一段階高い物が読める代わりとなったんだから、結果として良い買い物になった^q^

 

 

 

 

 

 

 --10

 

 なんやかんやあってロキを捕獲した。

 マジでなんやかんやって感じだった。

 これがあんまりすっきりしないんだよね。

 

 まず初めに顔を丸出しにしたロキが一人で散歩していた。

 罠では?

 その後、ドイツで開かれていたパーティーを襲撃した。

 罠では?

 ついでにそこに集まっていた人たちを従わせようとしていたらしい。

 罠では?

 そこにクインジェットで飛んで駆け付けたロジャースさんと、現在地を連絡したら飛んで現れたトニーに制圧された。

 罠だよ、これ絶対罠だよ。

 でも情報が無いから捕まえておくしかないっていうジレンマ。

 

 俺はこっそり裏から入って内部を調査したり、怪我した人を治療した程度で戦闘には全然参加できなかった。

 頑張って駆けつけたが、なんかもう終わってた。

 うおおおお! って因縁の対決っぽく参戦したかった気持ちもあるといえば……いや、無いな。

 実際のところ外の戦闘音は全然聞こえなかったし、話を聞くとほとんど戦っていないようだった。

 被害は警察車両が一台と乗っていた人たち、会場の警備、あとは目をやられた人。

 滞在時間の関係で短い時間で軽くしか会場を調査できなかったが、特にこれといってロキが欲しがるような物は無かった。

 

 なんとなく腑に落ちない。

 ロキの催眠術みたいなので連れて行かれた人たちの行方も不明のままだし、目的もいまいちわからない。

 実は警察が狙いだとか……?

 思い付きで動く狂人ならそういう場合もあるからなぁ。

 

 後は治療した目の怪我についても妙だった。

 俺が見たロキの魔法では付かない怪我だ。

 もっと小さな道具が必要だが、捕まえたロキの持ち物を調べてもそれっぽい物が見つからなかった。

 持っていた杖で付けるには繊細というか。

 順番が逆なんだよなぁ。

 そう、まるで目だけを狙った怪我……うーん?

 ちょっと難しいな。

 これは手が届く範囲でやってくしかないか。

 そもそも行き当たりばったりなのか、計画的な犯行なのか……。

 

 本当はゆっくり調べたかったのだが、状況がそれを許さないわけで。

 何かあったら困るので『義手』の調整ももっと念入りにやっておきたい。

 シールドのエージェントや警察が状況を調べるので、証言が上がって来るのを待つほか無さそうだ。

 

 

 

 ハゲの要請でヘリキャリアへと捕獲したロキを連行することになった。

 留まって調べたい気持ちもあったが、『テッセラクト』を捜索する手伝いが最優先なので仕方ない。

 クインジェット内で、拘束したロキに尋問したが一言も喋ろうとしないのが嫌な感じだ。

 ロキがやったことが気になるんだよなあ。

 ロキの性格がもうちょっとわかれば考えようがあるんだけども。

 

「というわけで、保護者制限の解除してほしいわけで……。トニー、聞いてますか? あ、やっぱり聞こえてないですね」

 

 『義手』に搭載しているAEDの電圧が常識的な範囲までしか出ない状態になっているので、トニーに保護者制限モードを解除してもらおうと声をかけたが無視された。

 互いに含むところがあったのか、ロジャースさんとの口論がヒートアップしているようだ。

 ロキを乗せて飛び立つ辺りはまだ穏やかな言い合いだったのだが、段々と熱が入り、大統領選の討論並みにバチバチしている。

 どうしてこうなってしまったんだ!

 すぐ近くで怒鳴り合う二人がいてロキもうんざりした表情を浮かべている。

 精神攻撃として考えたらちょうどいいのかもしれない。

 

「貴方のせいじゃないの?」

 

「うーん、こればっかりは食い合わせですね」

 

 二人が白熱する火種となったのは確かに俺かもしれない。

 ロキを拘束した際、ロジャースさんが取り上げた杖を持て余していたので、俺が預かった。

 預かろうとした、が正解だ。

 受け取ろうとして不意に杖に近づき、あまりの情報量に吐き気が催して座り込んでしまった。

 それを見たトニーがすぐに杖を保管したのだが、その後にロジャースさんに「ヒーローのヴィンテージとして熟成されている間に人の心を忘れた」と皮肉を言い、売り言葉に買い言葉とばかりにロジャースさんもトニーを「そうだな、君が羨ましい。その鎧を着ればヒーローのフリがいつでも出来る。そして鎧を脱げばお気楽な人の心を思い出せるみたいだ。もしかしてアイアンマンとは鎧のことかな?」と言い返して、そっから超エキサイティングし始めた。

 

「どうにかならないの? ずっと討論していてうんざりよ」

 

「ずっと討論できるなんて仲良くないとできませんよ。仲が良すぎるのも困りものですね」

 

「貴方ね……」

 

 トニーからしたら父であるハワードの同僚だったみたいで、ちょこちょことロジャースさんが立派な人だ、みたいなことを言われていたみたいだ。

 尊敬する父親が自分よりも他人を褒めていたという過去が嫉妬と尊敬の入り混じった複雑な感情を醸造したのかもしれない。

 ロジャースさんはわからないが、羨ましさと諦めをトニーに向けているようだった。

 互いを見つめる機会ができれば緩和されるんじゃないかな、知らんけど。

 

「実際どうしたら……」

 

「ナズ! 理想のヒーローは私だよな! 星を背負ってる骨董品より最新の技術に包まれたアイアンマンが至高だと教えてやれ!」

 

「ナツ、よく考えるんだ。僕は別に最高のヒーローになりたいわけでもないし、選ばれたいわけでもない。憧れを抱かれたいと思ったことも無い。だけど、今だけはヒーローとして評価されたい。スタークよりも正しいことを証明したいだけなんだ」

 

「え、急になんですか……? ホントなんなの……? こわ……」

 

 どうしよっか、とロマノフさんと相談してたら急にトニーに肩を掴まれて揺さぶられた。

 ロジャースさんも止めることなく、トニーの少し後ろで両腕を組んで見守っている。

 これが後方ヒーロー面ってやつか?

 判断の早い俺が状況を整理した結果、たぶんどっちがヒーローとして上か、みたいな話になったのだろうと思われる。

 そうなると……

 

「まあ、キャプテン・アメリカですかね。一般論的に考えて」

 

「ほら、聞いたかスターク! ご自慢の鎧も中身をヒーローにはしてくれないみたいだぞ!」

 

「待て! 早まるな! 聞いただろう! 一般論だ! 早とちりだぞ爺さん! 脳がまだ凍ってるとしか思えないな!」

 

「凍っているんじゃない! 冷えて冷静なんだ! 決着をつけてやる! 僕は盾、君は鎧だ! 互いの誇りを賭けよう!」

 

「いいだろう! 自分の象徴が無くなって全身タイツ男になったときのことを考えておくんだな!」

 

「君のほうこそ鎧を無くしたからって盾の使い方を教わろうとしても無駄だぞ!」

 

 理想のヒーローとやらで今後の進退を決めようとするのはどうなのだろうか。

 言っておくがキャプテン・アメリカは俺の理想ではない。

 ロキの対抗として集められた連中は、フューリーも含めてなんだが、なんというか我慢強い。

 心がひび割れても休まず動き続ける妙なタフさがある。

 俺はそれが好きじゃないからなぁ。

 完全武装状態のアイアンマンとキャプテン・アメリカが決めポーズを取っているのを眺めていると、悪化の一途を辿っていた天候が遂に牙を剥いたようだ。

 雷光がクインジェットに迸った。

 対策は十分なので突然故障して落ちることは無い。

 

「雷程度で怖がるな! ただの自然現象だ! 私のスーツすら壊せない! それでも怖いなら跪いていろ!」

 

「跪くだと!? この私が!? ふざけるなこの猿が! この後が苦手なだけだ!」

 

 競い合うので精一杯のトニーが、ロキの様子に怒鳴り散らした。

 ロキも負けずに大きな声で返す。

 確かに感情の防備が脆くなった気がする。

 ただこれは苦手、というのか……?

 どちらかというと……。

 

 考えて事をしていたらクインジェットに何かが飛び乗ったようだ。

 重い金属の音が響くのと同時に外部のセンサーが動態反応を捉えた。

 これは噂のロキの兄だろう。

 確か雷を操れるんだったか。

 流石に一転集中なり、連射なり、放電され続けるなりしたらクインジェットも落ちる。

 側面のレバーを引いて後部ハッチを開けば、微弱な電気をまき散らしながら古風な恰好をしたマッチョが中に入ってきた。

 いや、古風というレベルじゃないわ、これ。

 ここまで来ると文化の違いだなぁ、と益体もないことを考えていると、「チケットが無ければ立ち入り禁止だ」と立ちふさがったトニーが吹っ飛ばされた。

 そのまま、ロジャースさんも巻き込んで操縦席へと転がり込んだ。

 ロキは兄であるソーに抵抗むなしく引きずり出されていた。

 俺は全部見えていたわけ。

 

 何故かと言えば、クインジェットの操縦席はすでに満席で、そこに大人二人が転がり込み、手動操作だったので機体がロデオった。 

 

 

 

 

 その結果、俺は放り出された。

 

 

 

 

 

 

 ほわあああああああああああああ^q^

 

 

 

 

 

 




あと2話くらいでアベンジャーズは終わりたい(願望)
ま、終わらなくてもええやろ(雑)


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アベンジャーズ6


450連で星5鯖無しです。


 

 --9

 

 

 

 

 

 ロキの追跡に際して戦闘に巻き込まれることも考慮していたので、予備の『義手』も当然用意していた。

 が、『杖』を回収した際に俺の体調と一緒に、AI制御も狂ったのでクインジェット内で取り外すことにした。

 簡易型は持ち運び易いので、取り外しも楽々……そもそもドクター・オクトパスは着脱がかなり容易なんだよね。

 レインコートも停止寸前レベルの不具合を吐いているので脱ぎたいところだったが、これが無いと俺もしんどいので無理やり起動を維持している。

 つまり、落下中の俺に『義手』であるドクター・オクトパスは無いが、レインコートはある。

 俺の超能力が万全なら……。

 いや、今更上手に扱える自信もないし、どっちにしろ無理か。

 これが片手落ちってやつか^q^

 

「ほわあああああああああああああ!!!!」

 

 あまりの悪天候に錐揉み回転したため変な悲鳴が出たが、こういうときに一番大事なのは焦らないこと。

 落下直前にトニーが俺を拾う可能性も低くない。

 天候が悪く、レインコートも不具合を起こしているので、位置情報等をトニーが得られないのを考慮して自力で解決する方法を模索すべきでもある。

 まず低酸素症とか低体温症とか気にするかもしれないけど、そこまで高高度を飛んでいたわけでもないし、そもそも酸素濃度が極端に低くなければ経験上問題ない……いや、でもこの経験は冷蔵庫もどき内で能力も万全だったから大丈夫だったって話だから……まあ、今も意識がしっかりしているのでオッケー。

 あとは転落した人が、その下を歩いていた通行人にぶつかって生きていたって話もあるのでクッションも必須なのでロキが連れ去られた方向を目指す。

 うおおおお! とムササビのごとく両手でレインコートを広げ、両足も開き、腹を地上に向けて空気抵抗を増やし、滑空する気持ちを抱く。

 着地の際は普通なら頭を守るが、俺の場合は頭部が一番丈夫なので頭部から……いや、衝撃で頚から下がポーンと千切れるかもしれないからやっぱり五点着地を基本に頭に一番衝撃が来るようにオリジナルアレンジしよう。

 他には、体が柔らかいとか、皮下脂肪が多いとか、体重が軽いと落下速度がちょっとだけ下がるかもしれないとかあるけど、結構重い俺には関係ないんだよなぁ。

 やるべきことをやりつつ、あとはレインコート内で待機していた『インセクトロン』を取り出す。

 シールドの基地内で資料や人員を運び出したドローンで、内部には『センチボット』同様にグラヴィトニウムが搭載されているため、複数機あれば俺を安全に着地させることくらい出来るほどの浮力を持つ。

 

 そもそもこの『インセクトロン』があれば無駄に動く必要も焦る必要も無かった!

 勝ちが確定してんだ!

 トニーはゆっくり飛んで来たまえ!

 俺は優雅に待って……うわっ、これ制御がおかしい!

 これも全部『杖』のせいだ、ロキの野郎なんて策士なんだ畜生!

 

 トニーはやくきて~はやくきて~!

 

 

 

 ……わかってたけど来ねえ!

 まあ、泣きついてもダメなときはダメだからしょうがない。

 街中ではないので流石にバスに轢かれたり、ヘリコプターのプロペラに巻き込まれたり、粉砕機でミンチになったり、ゲロで顔面を溶かされたり、電線に引っかかって感電死なんて無いだろう。

 俺も普通に怖いってレベルだし、そもそも高所からの落下って誰でも怖いもんでしょ。

 

 そんなことはどうでもよくて、今は『インセクトロン』を思念制御に切り替えて……あ、だめだ。

 他のドローンと比べて遥かに扱いにくい『インセクトロン』を、今のレインコートと俺の状態だと、着地まで正しく制御できる自信がない。

 単機なら問題ないが、写真すら満足にない葬儀を開かれて喜ぶ趣味はない。

 一応太陽に打ち出す宇宙葬の希望を伝えてあるけど、サービスで火葬されたら変なものが残るからなあ。

 そういう話じゃなくて……確実に生きて着地するなら複数の機体を同時に制御しなければならない。

 『インセクトロン』内部にあるグラヴィトニウムがとても不安定な物質であることが制御不安の最大理由だ。

 計算をミスって制御を誤れば重力異常で地面を待たずに俺がねじ切れるか、でたらめな方角に投射されて突然の死を迎える。

 

 

 

 もうだめだ……ロキがいなければな!

 

 

 

 俺にはロキクッションがあるので着地に関しては問題ない、たぶん。

 体表が人間より遥かに硬く、地面並みとかだとお手上げだけど。

 ソーとロキの兄弟は人間じゃないからか、情報量が多く感知しやすい。

 居場所はわかるので正しい方位に進むことが出来るが、距離は近づかないとわからない。

 手持ちの『インセクトロン』の数から最高効率で進める計算を大雑把に導く。

 計算の結果だが、全然問題ない。

 問題があっても大丈夫。

 だって計算が雑だからなんらかの要素が加わることで成功することもあるから。

 逆に失敗することもあるけど。

 何が言いたいかと言えば、科学の発展は人類が空を飛ぶことを可能とした。

 つまるところそれっぽい機械があれば人は空を飛べるというわけだ。

 

 俺の手元には幸運なことにその機械があり、今その機会が訪れた!!!

 スーツが無くても人は空を飛べるんだ!!!

 そう、この『インセクトロン』があればね!!!

 

 というわけで、手放した『インセクトロン』を正しい制御のまま自爆させた。

 

 

 

 重力異常を無理やり引き起こし、生じる力に身を任せて風を切る。

 落下に逆らいつつも距離を稼ぐため、ほとんど真横に自分を投射している状態だ。

 空を飛んでいる感想ですが。

 

 たぶんこれ、飛行じゃなくて人間大砲ですね^q^

 

 

 

 

 

 タイムマシン然り、空飛ぶ車然り、『インセクトロン』然り、俺の研究品は爆発する運命なの????

 

 

 

 

 

 『インセクトロン』の数があと一個足りない。

 でももう尺を十分に取りすぎているので巻き展開で結果だけ伝えるけど。

 当然、着地成功です。

 

 

 

 

 

 --10

 

 

 

 

 

 『インセクトロン』の数が残り僅かになった。

 貴重品なのだが、命には代えられない。

 でもホントにグラヴィトニウムは貴重なんだ……。

 どのくらい貴重かと言えば地中深くで希少鉱石やレアメタルと重力素が混ざって奇跡的な確率で安定した物質なので、ヴィブラニウム並みに数が少なくて発見も難しい。

 集まったら集まったで不安定な重力場を形成し、オレゴンヴォーテックスみたいな環境をマジで誕生させてしまう……観光地のパチモンと違って写真で遊ぶ余裕がない危険地帯だが。

 かき集めたグラヴィトニウムはすぐに特性観察や、ドクター・オクトパスに積み込むので常にかつかつ。

 つれーわ……。

 

 落下速度を殺し切るにはたくさんの、ロキクッションに死なずに衝突するにはあと数機は必要って状態なので、足りないのは明らかだ。

 運に頼るしかない状態だが、落下していることからわかる通り、俺の運は多分使い切っているから期待できない。

 どうにか足掻けないかと空を見まわした。

 

 超長い木でもすぐ近くに生えてこないかな、と希望を胸に空を見上げたら、遠くから星マークの付いたUFOが飛んできた。

 色合いからして有名なあの盾だろうし、そうなるとヴィブラニウム製であることもわかる。

 手元に盾があるなら角度さえ間違わなければ衝撃を吸収してくれるので無事着地できるに違いない。

 

 最大の問題は俺が絶対にキャッチできないほど速いってことだ。

 いや、マジで速すぎる。

 ははーん、これトニーがスーツで投げたんだな。

 俺が移動してきた軌道の座標を沿うように飛んできてるのはまさにトニーって感じの計算精度なんだけど、そのままいたら真っ二つなわけで……このままいたら致命傷なんだなよなぁ。

 運よく持っていた『インセクトロン』を爆発させてなんとかその場から移動する。

 重力の影響で盾の軌道が変化し、その裏から……。

 え……?

 ???

 ????????

 

 ドクター・オクトパスの制御ユニットが俺の背部に貼り付いた。

 

 あ、なるほど。

 ドクター・オクトパスはその3つの爪で盾を掴んで一緒に飛んできたってわけですねぇ。

 これがあれば無事着地が……『義手』が盾を掴んだままなんですがそれは。

 制御も不調のままなんだが。

 ドクター・オクトパスはグラヴィトニウムによって俺の背中に浮遊して追従するよう調整されているだけで、実際のところ物理的に貼り付いているわけではない。

 が、重力による力場で俺を包み込んでいるため、一度セットすると簡単に離れることもない。

 そして『義手』の伸縮性はかなりのものだが限界があり、当然伸び切ると背部ユニットを引っ張る形になり、そのユニットと密接に連携している俺の肉体も引き寄せられる。

 つまり……。

 

 

 ほわあああああああああああああ^q^

 

 

 

 なんとか盾を手放せば、勢いそのままに盾は岩へと突き刺さり、四本の機械義手が地面を砕き、片手・片足・片膝・つま先でロキへとスーパーヒーロー着地を成功させた。

 俺が無事に着地できた代わりに義手に無理させすぎたようだ、幾多ものエラーを吐いている。

 あ、はじめまして。

 お噂はかねがね聞いておりますとも。

 ソーさんですよね。

 ソーでいい?

 ソーなんですか。

 実はソー談がありましてね。

 

 

 

 

 

 --11

 

「いいか、よく聞け尋問官。……お前だ、お前。振り返るな、探すな、私の指先にいる無礼なお前だ。そもそも私と兄上、お前しかこの場にはいない。違う、アスガルド人にしか見えない第三者などいない。突然私に着地した無礼なお前だ。そもそも私はアスガルド人では……違う、私にしか見えない存在がいるわけでもない。だから憐れむな。私に言わせれば頭がおかしいのはお前だ。……お前のせいで話が逸れた。いいか、よく聞け。兄上は私を殺しにきた。アスガルドの王になるはずの私が邪魔だからだ! だが、そうさせるわけにはいかない。私が死ねばどうなる? キューブの在り処はわからなくなるだろう。この星の破滅だ。有り得てはならないことだ。それが嫌なら……おい、よく聞けと言っただろう。無視するな! 遊ぶな! よく聞け! 跪け! まずその遊びをやめろ! ハンマーが持ち上がらないことで興奮するな!」

 

 ニューメキシコ州の資料で読んだときに出てきた『ハンマー』の実物が目の前にあったので、持ち主のソーに少し話を聞くことができた。

 最も興味深いのは資格がないと持てない点だろう。

 当然俺は持てなかったが、これが結構楽しい。

 重いというよりも動かない、という表現が正しいだろうか。

 舐めまわすように全方向から観察しているとロキが騒いでいた。

 

「このままキューブが失われれば同様にこの星の命も失われるぞ! お前がそいつと戦うなら私も手を貸してやろう! ……無視をするな! 私は王だぞ!」

 

 『義手』のスペックもフル稼働してみたが全く動かず、それなのにハンマーの接地面に影響はない。

 逆に足元の岩に積もっていた埃で滑ったり、それでも負けじと力を込めると俺の身体が浮いたくらいだった。

 持てないほどに重力が増えるのではなく、座標が固定されている感じだ。

 実に神秘的だ。

 これ以外にもまだまだ未知の現象で溢れているというのだからアスガルドには心底惹かれる物がある……。

 

 

 

「ロキ……」

 

「尋問官……。ふん、やっと話を聞く気になったか? ならば聞く姿勢というものが」

 

「あなたは王じゃないよ」

 

「は?」

 

「今いいところだからちょっと静かにして」

 

「……は?」

 

 なぜかちょっと嬉しそうにしたロキに注意する。

 今はソーがハンマーを持ち上げる重要なところなので真剣なんだわ。

 

「ふざけるな! またも兄上ばかりか! 私は影か!? 違う! 私は神だ!」

 

「ロキ……」

 

 なぜかキレ始めたロキに、気の毒そうにソーが声をかけた。

 好き放題している弟相手にも気を遣うとか優しい。

 これが本物の神か。

 例のハンマーを持ち上げる資格がこの人格と考えると、人間にとって善神で良かったなぁって。

 でも早くハンマーを持ち上げるところ見せてくれない?

 

「オーディンの息子が! 私を憐れむ気か! やめろ! 虫唾が走る!」

 

「いいや、憐れみなどではない。神を名乗るならお前にはやはりアスガルド人としての自覚が残っているんだな。早く帰って来い、みんな心配している。もちろん父上も同じ気持ちだ」

 

「話を聞け! 私のじゃない! お前の父親だ! 私を心配など誰も……」

 

「母上も心配している」

 

「ぉん……」

 

 ロキ、それ何語なん?

 アスガルド語?

 それはさておき、テンションが燃え上がりまくりだったのが鎮火した。

 母親が好きなんだな。

 いいことだが羨ましい。

 ロキの感情が奇妙な揺れを描いたが、それはそれとして俺は若干の嫉妬も抱いたので冷やかすことにした。

 

「いい家族だ。お前は悪いやつじゃないって俺にはわかっていたよ、ロキ。故郷に帰りなよ。今なら謝って済む……のかはわからないけど」

 

「後ろで腕組んで見守るのはやめろ」

 

「お前も家族だよ、ロキ」

 

「馴れ馴れしく背中に触れるのもやめろ」

 

「お前も家族にしてやる、ロキ」

 

「雑に言葉を吐くのもやめろ。もうお前は黙っていろ」

 

 後方理解者面したら怒られたので、近づいて背中を撫でても、話しかけても怒られた。

 神話によくあることだが、神は理不尽なものだ。

 ソーもハンマーを持ち上げないみたいなので、静かにロキに注目する。

 よく考えると兄弟喧嘩に挟まるのは空気が読めていないようにも思えた。

 

 

 

「いいか、よく聞け。家族はもういない」

 

「共に学び、共に遊んだ俺がいるだろう。故郷には父上も、母上もいる。家族がいて、仲間たちだっている。何が不満だ、言ってみろ」

 

「不満? 不満しかないさ。いつもお前の栄光の影にいて、どうやって満たされるんだ!」

 

「みんなお前を恃みにしていたじゃないか。もちろん俺も」

 

「違う! 私は貴様のついででしかなかった。醜い氷の巨人から生まれた私を、オーディンは王にする気など無かった。そして、お前を頼るついでに私がいただけだ。お前だって私の言葉を聞きはしなかった!」

 

「……俺は成長した。昔とは違う」

 

「私だってそうだ、成長した。見くびるなよ。家族など、元から必要なかった。ソー、貴様が愛する星を支配する王が、この私なのだ」

 

「違う。お前は王じゃない。慕う民もおらず、信用できる臣下も、信頼する仲間もいない支配者が何処にいる。誰も好きになれず、誰からも好かれない統治者が何処にいる。見知らぬ土地で独り、毒の夢で成した在りもしない玉座に座ろうとする王など、何処にもいない。そんなもの、王に相応しくない。道化だ」

 

 その言葉を発したソーは、しかし、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 たぶん俺も。

 言葉は時に目に見えない何かを鋭く抉る。

 ハンマーを持つための資格を顧みれば簡単にわかることだ。

 彼らもまた人とあまりにも似た心を持つことが。

 

「……違う、違う、違う! 夢などではない! 時間の問題だ! 私はキューブが持つ真の力を見た!」

 

 ロキが叫んだ。

 それは追い詰められた獣が吠えた姿に似ていた。

 実際、王ではないと断定したソーの言葉には相応の重みがあった。

 重すぎた。

 

「真の力、だと?」

 

「そうだ! 私は追放されてから成長したんだ! 新たな世界を私は見たんだ! お前の知らぬ世界を! この私が!」

 

 ロキが絞り出した言葉は、同時に穏やかに説得しようとしていたソーの本質を引き出した。

 バチバチと音がする。

 ソーの身体が弱く帯電を始めていた。

 

「誰がそれを見せた! 誰がそんな物をお前に見せたんだ! 言え!」

 

 咆哮だった。

 ロキの弱いそれとは全く違う、本物の咆哮。

 怒りに歪んだソーの言葉と、胸倉を掴んで引き寄せる力強さはロキに一瞬だけ言葉を飲み込ませていた。

 

「私は王だ!」

 

 それでもロキは引かなかった。

 半ば声が裏返っていたとしても。

 

「違う!」

 

「私は王だ! お前より優秀だと証明できる! 私が王に相応しかったと見せつけてやる!」

 

「その毒された夢を捨てろ! キューブを渡せ!」

 

「……捨てろ? いつもそうだ。貴様は私の上に立とうとする」

 

 鬼気迫ったとばかりに激昂しているソーに胸倉を掴まれたロキは、それでも止まらなかった。

 その表情は今や能面のようだった。

 

「さっきも言っただろう。私もキューブの場所は知らない。そして、王になることは私が選んだ。……よく聞け。私が、私の意志で、選んだんだ」

 

 沈黙がこの場の時間を停滞させた。

 同時に神経を刺すような緊張感が漂っていた。

 一般人の俺には、激おこのソーが発する怒気がしんどかった。

 

「……ロキ、お前は決して王にはなれない」

 

「……ソー、そんな錆びた古臭い玩具を持ち上げられるからって何も凄くないぞ。それとも……王に必要なその”資格”とやらで、王になれなかった愚かな弟に”ご教授”してくれるつもりですか、兄上」

 

「……よく聞け、弟よ」

 

 ハンマーを振り上げたソーは、身体から雷光が漏れ出していた。

 これはまずい、と兄弟喧嘩の間に挟まる。

 互いに止まれなくなっていた。

 ソーが振り下ろしてしまうかという間一髪のところで、空飛ぶ赤い影にソーは攫われていった。

 

「聞いていますとも。なあ? 尋問官?」

 

 トニーにタックルされたため、言葉の途中で消えたソーがいた場所を追うように、ロキが遠くへ声を投げかけ、肩を竦めた。

 なるほど。

 人の手では持ち上がらないハンマーも、持ち上げられる者ごとなら移動できるんだな。

 そういえばクインジェットも別に高度が下がるとか無かったから当然か。

 トニーは賢いな。

 新たな知見を得られるとともに、最悪の事態が起きなくてよかった。

 

 

 

 崖から下を見降ろせば、ソーが天から降り注ぐ雷をハンマーに纏わせているところだった。

 余裕といった姿でトニーがそれを待つ。

 確かに雷の直撃程度ならスーツで耐えられるけど、収束してるのはちょっと無理じゃないかなぁ。

 まるで真昼間になったかのように森が照らされ、ソーの雷によって弾けるようにトニーの身体が後方へと吹っ飛ばされた。

 うん、まあ、踏みとどまれないのはわかってた。

 

『ナズ、想定の300%を超えたダメージを受けた!』

 

 動きが未だに不調のレインコートにトニーから通信が入った。

 そりゃ雷っぽい何かを食らったらそうだよ。

 とりあえずそれっぽいことを返事しておこう。

 

「300%を超えても動けるってことはスーツが凄いってことになりませんかね」

 

『だよな! やはり私は凄い!』

 

 背中のリパルサージェットを吹かせ、ソーを掴むと森の奥へと

 離れた場所で断続的に輝く雷と人工の光が森の一角を照らしていた。

 僅かな光の後、金属がぶつかり合う音が響いて聞こえた。

 ロキはその方角に目を向けながら、手ごろな大きさの岩に腰を下ろした。

 

「……ふん、何か言いたいようだな」

 

「今ならまだ間に合うよ」

 

「またそれか。……うんざりだ。それしか言えないのか」

 

 両手で顔を覆い隠しながらロキがため息をついた。

 怒りよりも苛立ちが、苛立ちよりも鬱屈した暗い欲求がロキを支配しているようだった。

 『義手』の動きの悪さや身体能力の差から、ロキは逃げようと思えば簡単に逃げられるはずだ。

 それなのに行動に移さない。

 

「お母さまが好きなんだ?」

 

「……違う」

 

「厳しい? それとも優しいのかな」

 

「……やめろ」

 

「戦争を仕掛けて王になったあなたに、よく頑張ったと優しく囁いてくれる人なのかな」

 

「やめろ」

 

 睨みつけてきたロキにこれ見よがしに肩を竦める。

 舌打ちを返されたが、それだけだった。

 存外に気が長い……というわけではないか。

 

「……非常に不愉快な話だが、お前の能力は有用だ。私は蟻の中でも特に評価している」

 

「へぇ? やっぱり天才的な俺の科学力が魅力的すぎたのかな」

 

「誤魔化すな。私の仲間(・・)から聞いたぞ、お前の能力を」

 

「なにっ!」

 

「洗脳と記憶を読むのだろう? 随分と生きるのに苦労しそうじゃないか」

 

「……っ!」

 

 それっぽく言葉に詰まって驚いて見せるが、実はもう(その能力)ないです。

 どこか気だるげにロキは笑った。

 年齢を重ねたら能力を使う余裕も無くなったけど、俺はそんな自分が好きなんだ。

 

「私なら最も上手く活かせることができるぞ」

 

「活かせたとしても、もう失われてますよ」

 

 両手を挙げて、ひらひらと手のひらを見せびらかす。

 ロキは俺の言葉に「そうか、そうだろうな。わかっていたさ」と小さく呟いた。

 その視線はソーとトニーが戦っている方向に向けられていた。

 その姿に覇気は無い。

 疲れているのか、それとも。

 

「だが完全に無くなったわけではないのだろう。何が不満だ? 世界の全てが思いのままになるぞ」

 

「強いて言えば順番かな」

 

「順番……?」

 

「最初に出会っていて、尊敬できる人だったら共に歩んでもよかった。それだけなんだ」

 

 残念ながらその未来は有り得ない。

 有り得ないことが重なった時以外で有り得てはならない。

 

 

 

「ロキ、あなたの気持ちもわかるよ」

 

「安い同情はやめろ」

 

「俺も似たようなものだからさ。なんやかんやあって悔しくてなんやかんやしたいんだろ? ごめんな、その気持ちは全然わからんち」

 

「下手すぎる同情もやめろ。せめて正しい言葉を使え。私は神だぞ」

 

 『義手』をロキの肩に回せば、勢いよく弾かれた。

 詳しい話はわからないが、俺と似たような境遇なのかもしれない。

 操ったエージェントから俺の情報を得て、部下にできると思った可能性もあるし、全く関係ない気まぐれかもしれない。

 確かなのはロキにだって欲しい物くらいあるってことだ。

 

「無理だよ。憐れな神を見て優越感に浸るための同情くらいしかできない」

 

「憐れ、憐れか……」

 

「俺から見たら憐れでしかないよ。俺は、俺の知らないことを知っている人々がいる世界が好きなんだ。だから平行線のまま交わることは無いんだ」

 

 ロキには家族がいて、父と母、兄がいる。

 仲間だっているはずだった。

 羨ましいが、それだけだ。

 捨ててしまえるならロキに憧れも抱かない。

 巨大な冷蔵庫に似た培養液の中で生まれた俺にだって、今も昔も家族と仲間くらいいる。

 ロキが抱く不信感は可哀そうだと思うが、恵まれた俺に出来るのは優越感に浸って煽るくらいだ。

 俺は望まれて生まれた。

 ロキはどうかな。

 

「ロキ、あなたはとても可哀そうだ。あなたを満たす物を俺が与えることはできないし、満たされることをあなた自身が認めない。だから王を目指すこともきっと無駄なんだと思う」

 

「……試してみなければわからないことだ」

 

「あなたと笑い合う兄がいない、あなたを咎める父もいない、あなたを思う母もいない。そんな世界の王になって、最初は達成感を得るかもしれない。でもその先もずっと幸せでいられるのかな」

 

 消えるほどの声で呟くロキに、俺は言葉を続けた。

 折れてくれたら楽だけど、燻った感情を沸々と感じる。

 ここまでやっても動かないのだから、この場でロキが行動を移すことはないのだろう。

 この場の暴力や逃走ではない何かを狙っている。

 

「あなたは自分を一番に思ってくれて、あなたが一番に思う友人を求めるべきだった。可能ならば俺がなってあげたかった。でも、もう遅いんだ」

 

 半分は本音だ。

 叶わない夢になっている。

 毒に塗れた空想が現実になりつつある。

 

 

 

 

 

「……お前は私が可哀そうだと思うのだろう。だが、私からすればお前のほうが憐れだよ」

 

 

 

 

 

 

 --11

 

 

 

 

 

「状況は?」

 

 落下傘で俺がいる崖の真上までアプローチをかけ、そこから一気に落下してスーパーヒーロー着地を決めたロジャースさんの第一声だった。

 俺も一度頷いて、逃げる気のないロキを、次いで雷光とプラズマ光でバチバチの森の一角を指差した。

 

「異文化コミュニケーションです。……もちろん、アスガルド流」

 

 そう言った俺に、「待て」と呟いた。

 俺とロジャースさんの視線を受けて、ロキが咳ばらいを一度。

 

「”頭まで筋肉が詰まった野蛮なアスガルド流”だ。勘違いするな。知的で品位ある者もいる、もちろん慈愛溢れる者も。……まあ、あれが大半なので恥ずかしい限りだが」

 

 ロキの言葉に頷いて、もう一度改めて言う。

 

「”頭まで筋肉が詰まった野蛮なアスガルド流”でおもてなしをしてます。……スターク・インダストリーズは異文化に理解があるので」

 

 このおもてなしだが、一般人の俺視点からしたらマイナス評価だ。

 あまりに蛮族すぎる。

 トニーが”頭まで筋肉が詰まった野蛮なアスガルド流”を採用してアイアンマンの正式な挨拶となった場合、レイブンクロフトにぶち込まれることになると思う。

 流石にそうなったら俺も頭を抱える。

 『義手』で盾を引き抜き、手渡しながらロジャースさんに声をかける。

 

「助かりましたよ。いやあ、良い盾でした」

 

「ああ、良い盾なのは同感だ。……僕は何もできなかったが」

 

「俺には『手』がいっぱいあるし、どっかテキトーなところで掴まれるんで気にしなくていいんですけどね」

 

 俺が勝手にクインジェットから落ちた後、ドローンを爆発させて高速で吹っ飛んで移動しまくったせいだからしょんぼりされても困る。

 でも気持ちはわかるよ、なんとなく。

 

「……実はつかみ合って言い争いもちょっとしていたんだ」

 

 えっ。

 それは、まあ、うん。

 ……こういうのは言葉ではなく行動で相殺すべきだろう。

 骨の髄まで”頭まで筋肉が詰まった野蛮なアスガルド流”に染まる前に、二人を止めるなりなんなりしてきてもらってチャラってことで。

 

「……”頭まで筋肉が詰まった野蛮なアスガルド流”を止めてきてもらっていいですかね。それでお互いに解決ってことで」

 

「あ、ああ。もちろんだとも。……ところで何故僕を機械の手で掴んでいるのか聞いても?」

 

「それはですね、これが一番速いと思うからですよ」

 

 『義手』が空気を切り裂く音を立てながらロジャースさんを投射した。

 角度と速度は惚れ惚れするくらいに完璧だ。

 人間大砲への感想ですが……キャプテンアメリカは盾があれば空を飛べるんだなって^q^

 

 

 

 

 

 --12

 

 

 

 

 

 ヘリキャリアまでロキを移送し、無事に引き渡した。

 後で破棄することをハゲに伝えて血を抜いたが、ロキはちょっとキレてた。

 いっぱい殺したんだから血くらい我慢しろよ。

 冷凍保存状態のロジャースさんの血も抜いて調べたことがあったからノウハウはばっちり。

 

 超人血清を投与されたロジャースさんの血液を応用して万能薬となる血清作りもやってみたかったけど、トニーと相談した結果先人に倣ってロジャースさんの血液はきちんと破棄しておいた。

 ハワード氏もかつて研究のために血液を確保したが、結局は処分したことがわかったためだ。

 国が推進するプロジェクトで血清を研究しているようだけど(凍結されたり再開されたりで迷走してるっぽい)、だから自分たちも、というのはちょっと違うんだよね。

 夜寝る前とか、朝起きる時に思い返して後悔しないよう生きるのが大事なんだわ。

 それにしても超人血清って凄いよね。

 技術は時間とともに進歩するはずなのに、過去に出来た物が未だに最も優れている。

 万が一俺が作るとしたら参考にしつつも新しい技術を転用すると思う。

 今となっては未知の機械となったヴァイタレイやガンマ線照射等による能力の発現は安定しないようだし。

 そんな暇ないし、やる気も全くないけど。

 

 色々と考え事をしながら新しいボディに換装したベイマックスを起動しつつ、スペアのドローンを準備する。

 地下施設で酷使したドローンは負荷が掛かりすぎてちゃんとした修理が必要、落下時で爆散させまくった小型ドローンはこの世から去った、というわけでドローンの残りも数えるほどしかない。

 それに、装備していた予備のドクター・オクトパスは隅から隅までボロボロで、分解修理が必要なので取り外すことになった。

 地下でロキの謎魔法とやりあってダメになったのが1機、杖と落下の負荷で耐えきれなかったのが1機……。

 素材が極めて高価なのもそうだが、希少価値の高さが半端じゃない。

 補填の時間を考えると、これ以降にやりたかった実験も多くあるが後に回すしかない。

 ドクター・オクトパスならタワーに予備機と試作機があるけど、無視できる損害でもないのだ。

 徐々に膨らんでいくベイマックスをドローンで吊り下げて艦内を移動しながら、今回の損失にしょんぼりする。

 

『おはようございます、ナズナ』

 

「おはよう。でも、もう夜なんだ」

 

『私は今起きました』

 

「なるほど。ベイマックスは賢いなあ」

 

 十分に膨らんだところで、目覚めたベイマックスが挨拶してきた。

 思考は問題ない感じかな。

 ドローンをレインコートの内側に戻し、ベイマックスに自分で歩くよう告げる。

 自立歩行にも問題が無さそうだ。

 

『調子が悪そうですね』

 

「色々と立て続けに起きて疲れてるんだよね」

 

『そうですか。お手伝いしますよ』

 

「いや、手伝わなくても……」

 

 待てよ。

 手伝ってもらったらどうなるんだ。

 そもそも疲れてる時の手伝うってなんだ。

 

「そうだね。ベイマックス、手伝ってもらっていいかな」

 

『もちろんです』

 

 そういって、目の前でベイマックスが大福となった。

 いや、違う。

 これは膝をつき、俺に背中を向けて……まさかおんぶか?

 

 

 

 

 

 ベイマックスのなで肩に担がれながらブリッジにたどり着くと、トニーを除く4人が集まっていた。

 それぞれモニターで、特別製のケージに入れられたロキを見守っていたようだ。

 少し離れた位置でソーが周りを見ながら手持無沙汰にしていた。

 珍しいのだろうか。

 

『預かりましょうか』

 

 疲れていたのでベイマックスの好きにさせたら、片手を差し出しながらソーに声をかけた。

 

「あ、ああ。……お前は?」

 

『私はベイマックスです』

 

「……ソーだ」

 

 突然現れた白いもっちりした何かに困惑したソー。

 俺に目配せしてきたので、頷いて答える。

 

「ベイマックスです。俺を運んでます」

 

「……なるほど、確かにその通りだ」

 

『はい。私は歩行のサポートも可能です』

 

 眉間に皺を寄せたソーがロジャースさんに視線を向けた。

 ああ、とロジャースさんは納得したように頷いて答えた。

 

「ベイマックスだ。長官を包み込める」

 

「……なるほど、出来そうだ」

 

『はい。私は保温機能も搭載されています。また、クッション性による高いリラクゼーション効果を約束します』

 

 ソーが少しばかり目を瞑り、こめかみを軽く揉んでからロマノフさんに助けを求めた。

 助けを求める相手が間違ってるぞ。

 その証拠に、ロマノフさんはにやにやと笑っている。

 

「ベイマックスよ。インドでエアコンを発見したわ」

 

「……なるほど? エアコン?」

 

『はい。私は空調管理も完全にサポートできます……権限が取り上げられたままなので出来ませんでした』

 

 たぶんずっと取り上げられたままなんだろうなぁ、とベイマックスに担がれながら思った。

 ソーは理解しがたい何かに直面した顔をしていた。

 バナー博士にも助けを求めるのかと思ったが……。

 

「ベイマックスはケアロボットでね。自主的に学習してここまでとは興味深い成長だ……強化学習はなるべく行わず、人間に近い学びを経ている。いや、報告を読むのと実際目にするのとでは全然違う。以前よりもバランスがよくなったのかな。なるほど、空圧を強化したんだね。この体にとって骨格や筋肉とも言える空気を扱える技術が向上することで全体的な……」

 

 博士はベイマックスのお腹をぶよんぶよん掴んで早口で喋ってた。

 これでは助けを求めたところでって感じだろう。

 

「バナー博士、バナー博士。ソーが持っているハンマーは王の資格を持つ者にしか持てないんですよ」

 

「本当かい? 資格がないと持てないのか……それは、実に大雑把だ。不思議だね」

 

 なるほど。

 ソーは収納というか、ハンガーというか、荷物持ちの従者というか、とりあえずそういうのを探していたようだ。

 で、ベイマックスが気づいたと。

 俺とバナー博士を他所に、納得したのか、ソーはベイマックスにハンマーを渡した。

 

『緊急着地モード、起動。対ショック体勢に移行します』

 

「ちょっ、ベイ、えっ」

 

 ハンマーを受け取った瞬間、ベイマックスがスーパーヒーロー着地スタイルを披露した。

 それに巻き込まれるようにソーがベイマックスに包みこまれ、俺は投げ出された。

 巴投げだ。

 

「一つわかったことは、ベイマックスに王の資格はないってことだね」

 

 意外と機敏な動きでベイマックスのスーパーヒーロー着地から逃れたバナー博士が、笑みを浮かべながらそう言った。

 博士は格闘技やってたからな……。

 

 

 

 

 

「週末にでもポートランドにジェットを……。おいおい、私を差し置いて楽しそうなことやってるじゃないか。なんだ? ベイマックスでサーファー君の冷えた身体でも温めてやってるのか? 言っておくが空調の権限は凍結させたままだからな」

 

「空調が使えないための地球流おもてなし、ってやつですかね」

 

 途中まで捜査官と話しながらブリッジに入ってきたトニーが、ソーの姿を見て呆れたようだった。

 

「ベイマックスは筋肉を優しく包み込む……」

 

 柔らかいソファーに身を預けるかのようにベイマックスに包まれたソーが満足気に頷いた。

 

 

 

 

 

 --13

 

 

 

 

 

「とにかく、今話した通りロキは『キューブ』の力を安定させることが可能になった。ある種の安定剤であるイリジウムを手にしたからな。バナー博士の言葉にもあったが、後は起動用のエネルギーを必要としている。とてつもない高密度のエネルギー源のための、な」

 

 トニーが言った通り、ハゲ専用っぽいコンソールをぽちぽちしながらロキが手に入れたイリジウムについての話を終えた。

 イリジウムを使うことで『テッセラクト』が安定するらしい。

 俺にはわからん。

 ぶっちゃけバナー博士が話したことはわかるけどそこに至る道筋がわからん。

 

「さて、ナズ。イリジウムでどうやったら『キューブ』を安定させられるかわかるか?」

 

「わかりません」

 

 ソーの席に座った俺が手でバッテンを作る。

 物質として安定していることとか、素子として優秀なのはわかるけど。

 物質って3種類とか4種類くらい複合したら特性が良くなったりするけど、単体だとあんまり注目しないなぁ。

 よし、とトニーが頷いた。

 「具体的にイリジウムをどうするかと言うとだな……」と話し始めたトニーを遮るように、ロジャースさんが手を挙げた。

 

「僕も一緒だ。わからない。英語で言ってくれ」

 

「最初から最後まで英語だ。それに勘違いするなよ。ナズは話の大筋を理解している」

 

 二人がバチバチとメンチを切り合っている背景で、ソーがベイマックスのマッサージモードで「おぉぉ……」と声を漏らした。

 バナー博士が「否定できない」と呟き、ロマノフさんは「またそれやるの……」と天井を仰ぎ見た。

 ハゲは職員に混ざってギャラガをやっていた。

 

「ナズならイリジウムをどう利用する?」

 

「量子スピン液体……とか?」

 

「キャプテンは?」

 

「わからないな」

 

「ナズ、高密度のエネルギー源は必要になるか?」

 

「バナー博士が話した通りの事を前提とするなら必要ないですね。ドクター・オクトパスやタイムマシンと違ってクーロン障壁を乗り越える必要性がないです」

 

「そうだ。だが惜しいところまで行ってるからセルヴィグ博士のメモやノートの写しを送っておくから読むといい。……それで、キャプテンは高密度のエネルギー源を……必要としないよな。ああ、その点は確かに一緒だった」

 

 「流石はキャプテン・アメリカだ」とトニーが小さな拍手を送り、ロジャースさんはそれを受けて「どうも」と返しながら肩を竦めた。

 ブルース博士に目を向ければ「確かに」と頷いていた。

 なんだこの空気……。

 関わりたくないから口笛を吹きながら手元のPDAでセルヴィグ博士の研究でも目を通しておこうかな。

 

「みんながナズと同じスタートラインに立っていることがわかったので話を進めさせてもらう。さっきのサーファー君の言葉からロキは『チタウリ』とやらを、団体のお客さんを地球で観光させようとしていることがわかっている。実にマナーが悪そうだ。落書きどころか器物破損は簡単にするだろう。そして手元には地球最強の電池である『キューブ』。それらを持っている悪戯好きの神とやらが流れ星に願いをするために隕石を使うわけがない。持ってて嬉しいコレクションとは違うからな。ではイリジウムをどう使うのか、その答えだが……反陽子の生成だ」

 

 wwwww!!!!!!????????wwww!?!!!!!!!????!!!!!!^q^

 

 

 

 

 

 トニーに「私とバナー博士はラボで予定通り解析を進めるがナズはどうする?」と聞かれたので、ロキの杖が気持ち悪いからと断った。

 なんかダメなんだよ、あれ。

 「そのほうがいい。さっきの話をみんなに英語で教えておいてやれ」と言い残してトニーはバナー博士を連れてラボへと向かった。

 しかし、セルヴィグ博士も大概頭おかしいわ。

 僕の考えた最強の研究にガチの理想条件を叩き出せる道具を追加したらワームホールを作れそうとか凄い。

 『テッセラクト』を俺が手にしても再現できるものは無さそうなんだよな。

 

「結局ロキは何をしようとしているのか聞いても?」

 

「いいですよ。英語で大丈夫ですかね」

 

 ロマノフさんの言葉に頷きながらPDAを操作する。

 ちょっと専門的な単語が並ぶので、ロシアとかあっちっぽい出身のロマノフさんや、神の国から来たソーに確認も取る。

 いつの間にかベイマックスから抜け出したようで、俺の斜め後ろで腕組みして立っていた。

 小声でロジャースさんが「わかる言葉で頼む」と呟いた。

 難しい話をするつもりもないし、討論とかも面倒だからやらないので安心してほしい。

 でもわかりやすい言葉ってのはちょっと難しいかもしれない……。

 

「光でも到達するのに数百年や数千年、数万年は必要になる物凄い距離で溢れてるくらいに宇宙ってめっちゃ広いですよね。そんな宇宙にあるアスガルドは地球よりも遥かに文明が発展していて、星々を気軽に行き来できるみたいです。それでも地球はあまりにも遠い場所にあるようです。ソーが知ってるってことはアスガルドと近いかどうかは知らないですけど、全く知らないほど離れているわけでもない距離に『チタウリ』がいるんでしょうね。つまり、待つには遠すぎるくらいめっちゃ遠いところにロキの主力がいるわけです。そんなロキの悩みを解決できてすぐに主力を呼べるシンプルな方法が3つあって、その中の1つは地球で頑張れば達成できる物みたいですね」

 

 PDAの画面に簡素な地球としょぼい宇宙船のCGアニメーションが表示され、二点間を”超遠い距離”と表記する。

 

「まず速さを無限にする」

 

 PDAからびゅんっと間抜けな音が出て、一瞬で地球の近くに宇宙船が現れる。

 俺の宇宙では音が鳴るんだ。

 これなら宇宙戦争もできちゃうね。

 巻き戻して初期位置に戻る地球と宇宙船。

 

「次に、必要な時間をゼロにする」

 

 のろのろと進んでいく宇宙船。

 右上に早送りのマークとともに、×で速度倍率を表記。

 宇宙船が加速度的に加速し、最後には一瞬でまた地球の隣へ。

 

「最後に距離をゼロにする。セルヴィグ博士が主導していて、かつ奪取したイリジウムを使うならロキはこの方法を選んでいると思われます。地球へ一瞬で移動できる扉を作るだけですから、みんなで一斉に入ってくるだけで済みます。必要な道具さえ揃えればロキが軍を待つ必要は無くなりますね」

 

 地球と宇宙船の横に穴が空き、動き出した宇宙船が穴に入ると、その直後に地球の穴から出てきた。

 いわゆるワームホールというやつだ。

 これなら他の方法と違って船体にも負荷が掛からないし、同時に大量の軍を送り込める。

 今のところ数学のモデルしかない。

 ワームホールは発生したとしてもプランクスケールとあまりにも小さいために観測領域の宇宙空間では発見できない。

 

「色々と議論の余地はありますが、結論だけ言うとこれまで装置がなかったから発見できなかっただけで、実現はおそらく可能です。なぜなら神が使って地球に降りたことが何度もありますから」

 

「ビフレストの橋か」

 

「そう、それそれ。ソーと交流があった人たちはアインシュタイン-ローゼンブリッジ、つまりワームホールを観測できたようです。記録によると不可逆でもないので、条件さえ整えれば地球から宇宙に向けて開くことも可能なのでしょう。高エネルギーの橋が”架かる”みたいですが、地表を僅か数センチ単位で焼くだけでワームホールを開けることから凄まじく精密な制御とも言えますね。ぶっちゃけ凄すぎる。ホントに神なんですねぇ」

 

 俺の言葉を聞いて、PDAのアニメーションに釘付けだったソーがドヤ顔を向けてきた。

 実際ドヤ顔が許されるくらいには凄い技術だ。

 攻撃に転用したら大地を余裕で砕けるエネルギーを完全に制御してるって考えれば凄さがわかる。

 「ああ、ヘイムダルは凄いぞ。その場に立っていても宇宙の星々が見え、そこにいる者と交信できる」とソーが言ったが、つまり個人が制御してるってことなのでは。

 え、大丈夫だよね?

 長年培った職人の技術でミリ単位まで調整、みたいな話じゃないよね?

 くしゃみしたら地殻まで砕いたとかされたら半端ない地震が起きて国が終わるんだけど?

 ちょっと不安になっちゃったなあ!

 あ、でも交信できるらしいからもしかして俺の言葉が聞こえてたりする……?

 うーん、なんとなく宇宙に向けて交信してみるか……どうやって???

 どうでもいいや、後にしよ。

 ロジャースさんが挙手したので頷く。

 

「イリジウムがなぜ必要か聞いても? イリジウムでワームホールを生み出せるなら、今までに誰か実験していたんじゃないかと思うんだが。それとも僕が知らないだけ?」

 

「いや、良い質問ですよ。まず理論はありますが、イリジウムがあればワームホールができるわけではないです。『テッセラクト』があるからイリジウムに意味が出てきます。実験をしているかという話ですが、もちろんしてます。加速器を利用して新しい物質を作るだとか、新しい素子を発見するだとか、そういった実験の中にはイリジウムを使って反陽子の観察を試みるとかもあるんですね。ただ、これは研究機関で行える実験の規模なので、一瞬にも満たない時間だけなんですよ。セルヴィグ博士……というかロキが扱うであろう装置のエネルギーはそれらを遥かに超えると考えられます」

 

 研究機関の実験ではエネルギーの規模が小さいので結果も当然ながら小さい。

 だがロキの手にしている『テッセラクト』は比較にならないほどだ。

 そのポテンシャルを引き出すことができれば、結果も自ずと付いてくる。

 PDAで論文をパラっと見せるが、首をかしげていた。

 そうなるよね。

 

「これまで集めた結果から『テッセラクト』に与える刺激が強いほど、力は増幅されていくことがわかっています。七十年くらい前にはちょっとしたエネルギーで大型の飛翔体を軽々と高速で飛ばした記録がありますので。その時よりも遥かに高密度のエネルギーがあれば、想像を絶する力を発揮できるのでしょうね。ロキが現れたことから『テッセラクト』にはワームホールを生み出しやすいのかもしれません」

 

 ロジャースさんが強く頷いていた。

 

 危険性などを考慮してこれまで踏み込んだ研究をしてこなかったため電池としての性能しかわからないし、その性能だって青天井だろうという見通しのみだ。

 『テッセラクト』は辺鄙な村に秘匿されていたらしいが、それに纏わる情報は一握りの村人のみが知っていて、ヒドラに奪われたときにほぼ断絶したと言ってもいい。

 主神オーディンが託したルーツを顧みれば、ロキのように宇宙から来た連中のほうが使い方は詳しいのだろうかと思い、ソーに『テッセラクト』の使い方を聞いてみたが、わからないらしい。

 ソーがロキと口論した際に言っていた、裏にいるであろう夢に毒を染み込ませた者とやらが詳しいのかもしれない。

 ロキが『テッセラクト』で転移してきたことから、宇宙の向こうから『杖』で干渉できた、つまりこの二つが連動している可能性も浮上している。

 『杖』から破壊光線を出して破壊の限りを尽くしていないのは、王にこだわっているから制圧したいためか、できないためか。

 

「集めた道具で何がしたいのか、ざっくり言うと核融合とかそういうのです。『テッセラクト』を物凄い電池とすると、物凄い電気が欲しいわけですね。地球で作られたこれまでの装置とは異なるかもしれないので断定はできませんが、コレクションとなったイリジウムから十分な量の反陽子を取り出せるのかもしれない。それを使って『テッセラクト』を活性化させて安定的にワームホールを開けるんでしょうね。それ以外には使い道がない物ばかりを集めています。カレー粉があるのにカレーを作らないくらい限定的で、バナー博士がクーロン障壁、トニーがトンネル効果だとか言っていたのは核融合という料理を作るためのレシピです。……制御はビフレストの橋が架けられるくらいなので、容易なのかもしれませんね」

 

 イリジウムから反陽子を生成できるのなら核融合は前菜でしかない。

 質量欠損だけを見れば反物質はウランの1400倍、水素の250倍は効率よくエネルギーを得られる。

 『テッセラクト』の活性化には手軽なサイズの装置でも可能になる。

 凄まじいエネルギーなのに、ある意味で省エネ。

 流石に反物質で爆弾を作って地表をぶっ飛ばすとかはしないはず。

 何度でも言うがロキは王にこだわってるし。

 あれ、でもこれってもしかして一回開いたら閉じないのでは……?

 

「なるほど、軍が呼び出せる秒読み段階なんだな。……装置を作れないようにすればいいんじゃないか? 先回りするとか、妨害して後を追うことで根元から断ち切れないか」

 

 ロジャースさんの言う通り、それが最善なのだが叶うことはない。

 知識の面で後手に回っているのだからしょうがない。

 しかし悪い事ばかりではない。

 ロキが尖兵の代わりを果たさないと軍が来ない、つまり宇宙の果てから地球に進軍するコストは敵からしても高いってことだ。

 楽観的だが宇宙戦争の心配はしなくて良い。

 

「残念ながらこちらが狙いを定められるほど入手が難しい材料は集めきってますね。最難関のはずだった『テッセラクト』は一番最初に、次いで必要なイリジウムも既に確保されてます。騒いで捕まる不手際の裏ではひどく円滑に計画を進めています。イリジウムに関しては代替品があるので、隕石の所持者だったシェーファー博士は不運でしたね。わざわざ狙われて……手際がこんなにいいのに……?」

 

 違和感を感じるが、やっぱりわからないな。

 イリジウムを得るためとはいえあからさまに騒ぎすぎだ。

 『テッセラクト』はロキにとって最重要のため、敵軍のど真ん中というリスクを飲み込んででも奪取したい気持ちはわかる。

 

「他に必要な物はないの? それとも準備ができてるからどこにいても装置を使えるのかしら」

 

「装置は何とも言えませんね。俺が作ろうと思ってるサイズだと五メートルほどあれば起動できるので、それに準じているとは思います。加速させる必要は無いので大きさは要らず、閉じ込める空間だけあればいいので。場所は完全に自由ってわけではないでしょうけど、比較的選べると思います。必要な物は装置を起動するエネルギーなので。大電流であればどんな条件も満たせるでしょうけど、それだって数か所の原発をバイパスするだけでも構わないんですよ。全ての発電所をピックアップして張るしかないかな……」

 

「厄介ね」

 

「とても厄介です。どうにかして出現場所を絞りたいのですけど」

 

 色々と考えてみるがこれといって良い案は浮かばない。

 ロマノフさんも一緒に腕を組んでうーん、と考えている。

 

「ソー、君は心当たりとか無いだろうか。ロキが軍を呼びそうな場所や、思い入れのある場所について」

 

「……無いな。ロキが地球を攻めるのも俺に見せつけるためだろう」

 

「そうか。見せつける……」

 

 ロマノフさんも腕を組んで考え始める。

 ソーは最初から腕を組んで仁王立ちしているのでよくわからない。

 ロキが王になるために、王位継承者のソーを意識しているのははっきりしているので、狙いはもっと単調な気がする。

 ハゲがギャラガでハイスコアを叩き出したのか、艦橋が盛り上がっていた。

 

「ソーって前に来たときはニューメキシコに降りてますよね。アメリカ以外の他国に行ったことはあります?」

 

「以前世話になった街からほとんど移動しなかった。ハンマーや家庭で色々あって、一度アスガルドを追放された。……今は問題ないが」

 

「面白そうな話なんでかなり聞いてみたいですけど、今は戦場の予測をしておきます。地球の支配とソーへ見せつけるのならアメリカなのは確かでしょう。ヘリキャリアが防御として一番役に立つので、滞空させたいのですが国単位ではあまりに広すぎるからせめてどこの州なのかは絞りたい……」

 

 ヘリキャリアでニューメキシコ上空を陣取るとか。

 やっと完成したのを飛ばしているけど、こうなると何機か欲しくなるな。

 もしくは衛星軌道上から落下できるのなら色々と速いのだけど。

 国以上の規模でカバーするとなると衛星だけでなく色々と浮かべたい気持ちになってくるな。

 そうなると宇宙についても詳しいほうがいいかもしれない。

 天文に手を出してみようかな。

 それにしても宇宙か。

 

「わかった! ……かもしれない」

 

 俺が宇宙のことを考えていたら、ロジャースさんが大声を出した。

 全員の視線を浴びて尻すぼみになったけど。

 ロマノフさんに微笑みながら「聞かせて」と言われ、ロジャースさんが咳ばらいして目配せしてきたので頷いておく。

 

「ロキはスポットライトを浴びたいんだ。味気ない発電施設では満足できない。ドイツの騒ぎも、その性根がきっと許さなかったんだ。パーティー会場はダンスのできる煌びやかな場所に違いない。……僕はダンスが苦手だが」

 

 「わかったのはオズの魔法使いだけじゃないぞ」とロジャースさんがドヤ顔で言った。

 そうかもしれないな。

 意見を聞こうかとソーにちらっと視線を向けると、「あるかもしれん」と目を瞑って天を仰いでいた。

 

「ならべガスだな。私のハイスコアを祝いつつ、ロキを警戒できる」

 

 ギャラガに満足したのかハゲが戻ってきた。

 ラスベガスか。

 夜が無いと言われるくらいには四六時中騒がしく、明るい。

 ただ、俺の考えとは違う。

 というかハゲが言うべきなのでは。

 ハゲの視線を受けて、しょうがなく口にする。

 

「……俺は東海岸を推します。首都があり、それに原発も多い。というかダメージの重さを考えると東を重点的にするしかない」

 

 飛んでいるから障害物や環境を無視して一直線に向かえるが、アメリカの両端は流石にカバーできない。

 そうなるとどこを中心に布陣するか、そういう話になってくる。

 首都が落ちる事態は避けたい。

 普通は仕掛けられない王手を、ワームホールというクソみたいな手で可能となっている。

 

「キャプテンはどう思う?」

 

「そうだな。僕だったら悪趣味の……いや、なんでもない。東でいいと思う」

 

「ソー、君はどうだ」

 

「どこでも構わない。ミッドガルドには詳しくないからな。必要なら一人で飛んでいける」

 

「エージェント・ロマノフ」

 

「異議はないわ。クインジェットもあるし」

 

 会議していたそれぞれの意見を聞いたハゲがゆっくりと頷き、トニーが弄っていたコンソールの前に構えた。

 

「なら決定だ。我々は東海岸に向けて進路を取る」

 

 

 

 

 

『それなら戦勝会はラスベガスですね。トニーステーキはどうでしょう』

 

「スタークが我々の知らない店をラスベガスに……?」

 

 ハゲがこっちを見ているが、そんな店は開いてないです。

 ベイマックスに惑わされるな。

 

 

 

 

 

 --14

 

 

 

 

 

 実はヘリキャリアの共有用休憩室には気合を入れていてね。

 コーヒーや紅茶のマシンとドーナツは当然のこと、軽食やサラダバー、フルーツバー、ソフトクリームマシンを用意してある。

 俺の我が儘が形になったかのような匠の技術によるこの部屋、トニーがやってくれました。

 戦いに使う乗り物の中にある、ちょっとした安息のひと時っていいよね。

 今のところ重ねたドーナツが隠れるくらいソフトクリームをこれでもか!ってくらい盛って、つぶつぶのカラースプレーとコーヒーをかけるのが人気らしい。

 実際にやってるのを見るとすげぇって言葉しか出ないな……。

 

「ああ、ナズ。暇ならこっちで一緒にギャラガでもやるか?」

 

 他の人がソフトクリームウルトラスーパーデラックスを作っているのを凝視してたら声をかけられた。

 トニーとバナー博士がコーヒーを飲みながら駄弁るようだ。

 確かに暇なので混ぜてもらうことにする。

 

「いいですね。二人とも休憩ですか?」

 

「そんなところだ。ロキの持っていた杖やら何やらの解析に少し時間がかかりそうだからな」

 

「『セレブロ』を使って手伝いますか?」

 

「そこまでしなくていい。解析が終われば使うかもしれないが。『キューブ』と杖が連動しているのは確かだから、その先で必要になりそうだ」

 

 ふんふん、と頷きながらソフトクリームをつつく。

 

「『セレブロ』?」

 

「ん? ああ、『セレブロ』はナズを補助する演算装置みたいなものだ」

 

「主目的は夢を見せるって感じの機械です。植物状態の人が目覚めたときに外部の状況を理解できないと思うので、夢として情報を送り込んで見せるイメージですね。ベイマックスにも模倣した物が積んであるので、スリープしている際には外部の情報を集積して夢として見ているかもしれません」

 

 バナー博士が聞きなれない単語に反応したので、ざっくりとした説明をする。

 それだけではないけど、それだけにしか使えないというか。

 使いすぎると体調も悪くなるからなぁ。

 「そうだ」と呟いたトニーが指を鳴らした。

 

「バナー博士、やっぱり私のラボに来ないか。最新設備を揃えてあるし、助手も優秀だぞ」

 

「いや、僕に何かあって暴れたりしたら悪いから……」

 

「大丈夫だ。スーツもあるし、ナズが何とかする」

 

 えぇ……。

 無茶ぶりなのでは?

 

「ナズにはストレスを軽減させる能力がある。セラピストとしても優秀だ、たぶん」

 

「そうなんだ。……議論に付き合ってくれるからってことかな?」

 

「いや、普通に自前の超能力ですかね」

 

「そういえばそんな話も聞いたような、レポートで読んだような……。まあ、僕も変身してしまうから有り得るよね」

 

 博士は納得したようだが、トニーが言うほどセラピーとして活躍してないと思う。

 イワンのときとかトニーは暴れてたし。

 緩和が精々っていうか。

 

「例えば我々が何らかの強い感情を抱いた場合、近くにいるナズには簡単に伝わる。表情も言葉もいらない。どうやら量子テレポーテーションによって転写されることで、ほぼ同時にナズは感情という情報を受け取ることが可能らしい。受け取った際に、情報をそのまま返して増幅させるのか、波を打ち消すように逆の感情を送るのかは本人次第だが、セラピーとしてはダイレクトに効果があると言えるだろう。アジテーターとしても。……感情はただ消えるだけの情報なのか。その答えだが、何処かに残っているようだ」

 

「……極端な話だけどブラックホールに飲まれた情報も取り出せる?」

 

「可能性はあるな。ナズの能力が現代の物理を僅かに保証してくれているのは確かだ」

 

 ブラックホールに飲み込まれて知覚できない情報が、実際に消失してたら現代の物理学全般が成り立たないけど、俺が感情という知覚できないはずの情報を受け取っているから、そういう技術や数式の根拠に波及していって証明できるからセーフだよねっていう会話だ。

 ブラックホールに飲み込まれた情報は最終的には別の宇宙に行っちゃってるからセーフ、みたいな理論もあるけど。

 アウトだったら一個一個新しく公式とか組み直すだけ。

 

「あとバナー博士にはナズの研究を見てもらいたいというのが私の本音だ。私も忙しい身なので、ナズが変な方向に舵を切っていたら困る。割と切実な問題なんだ」

 

「そこまで言われると気になるな……。ナズナくん、僕が聞いていない研究は何があるのか聞いてもいいかな?」

 

「タイムマシンと核融合炉、重力制御ですね。イリジウムも使ってみたいです」

 

 表情は見えないだろうが、ドヤ顔で答える。

 やりたいことはたくさんあるんだ。

 長々と語りたいくらい。

 

「ああ、なるほど。見せてもらったのも混ざってるんだね。AI制御による重力閉じ込め式核融合炉……莫大なエネルギーで時間を歪める……更にここに反陽子が加わるのか。ドクター・オクトパスの本質はこれ用なのかな」

 

 バナー博士は眉間を揉んでいた。

 普通に看破されたので、えへへ、と誤魔化す。

 昔出して没になったシャンデリアなどの兵器はこれの隠れ蓑だ。

 だって失敗したらやばいもん。

 成功したら制御できる、失敗したら制御できない。

 つまりそういうことだ。

 

「それだけじゃなくて、この前見て貰ったAIに、絶対に間違えるルーチンを組み込むことで妥協を解決させるのはどうかなってことも考えてます」

 

「確かに僕も以前ハーレムを壊したけど……失敗して州を消し飛ばす実験を無視することは流石にできない……」

 

 「この事件が終わったらラボに行かせてもらうよ」と絞り出したかのような声でバナー博士が言った。

 トニーは肩の荷が軽くなったと言いながら笑顔で歓迎する旨を伝えた。

 でもバナー博士が来てもトニーのところに研究持って突撃するけど。

 アーク・リアクターだってぶっ飛んだらヤバいんだから、俺と違わないって。

 

 

 

 

 

--15

 

 

 

 

 

 時間があったのでソーの話を聞いてみたが、かなり面白かった。

 UFOとかUMAの話に思いを馳せてわくわくする気持ちというか、新鮮すぎる見解に知識欲が刺激されるというか。

 アスガルドの都市は春の気候が維持されていて、花の開花と収穫期が同時に訪れて盛り上がるらしい。

 技術や文化一つ聞くだけでも、次から次へと面白い話に繋がるので無敵すぎる。

 話を聞くにソーの両親は大変聡明なようで、それだけで惹かれる。

 特にロキすら「ぐぬぬ……」したソーの母君は賢者らしく、その美しさも魅力の一つなのだとか。

 魔法とか神秘的な物事っていいよね。

 アスガルド、行ってみたいな。

 

 それにしても宇宙か。

 宇宙いいな。

 行ってみたいな。

 

「この雑魚が」

 

「貴様っ!」

 

 そんなわけでアスガルドに浪漫を感じながら、片手間でロキとボードゲームをしてボコり、両手の中指を突き立ててロキを煽る。

 一緒にケージ内でゲームするのではなく、外側から指示を聞いて駒を動かしたりするのだが。

 

「イカサマしただろう!」

 

「してないんだなぁ、これが。というかちょっとイカサマされただけで悪戯の神って負けるの? 雑魚じゃん。そんなよわよわな神で恥ずかしくないの?」

 

「言うに事を欠いて貴様っ!」

 

 これで閉じ込められているケージを叩いて、真っ逆さまに落下していったら笑うんだけど、流石に無いようだ。

 結局煽られるのに、翌日には持って行ったゲームを興味津々にやってるからな。

 暇なのもあるだろうけど。

 ソーも艦内を案内したら楽しそうに見て回ってたし、訓練に混ざったり地球の知識を吸収してた。

 アスガルド人は何処か純粋で妙に可愛げがあるようで、ソーは他の兵から人気のようだ。

 雷纏うのがかっこいいのもわかる。

 

 イカサマは……なんのことかわからないな!

 

 

 

 

 

「そろそろ交代してもらっても?」

 

「あ、ロマノフさん。この坊やに用事ですか? おっけーです」

 

 ゲームで煽った後に精神年齢テストで「お子ちゃまじゃん……10才の神とかマジ? 戦争より初恋を探したほうがいいんじゃないの?」って煽ってたら、ロマノフさんが交代を告げに来た。

 これまで収集した情報は渡してあるので、今の情報を引き継ぐ。

 坊や……? と疑問を浮かべていたロマノフさんも、今日の記録を見て笑いを浮かべていた。

 

「こんな女が尋問官の代わりになるのか?」

 

 ロキがせせら笑うが、今のお前は10才扱いだから……。

 

「リンちゃんと違って私は優しいから大丈夫よ、キッドロキ」

 

「テキトーにやらされてる俺と違って本職だから大丈夫ですよ。お姉さんが怖いから泣かないようにね、キッドロキ」

 

「貴様らっ!!」

 

 キッドロキはキレた。

 子供は沸点が低いからしょうがないね。

 

 

 

 

 

 ロキの精神分析を終えたので、ロジャースさんを探しながら歩き回っていると捜査官を見つけた。

 俺がやるよりいいか、と持っていた盾のレプリカを渡すことにした。

 めっちゃ凝視してたからね。

 

「捜査官にあげますね。以前話したキャプテン・アメリカの盾の試作品です。……半分ですけど」

 

「いや、そんな悪いですよ。こんな貴重品を……」

 

 と言いながら視線は盾に釘付けだった。

 重度のファンすぎる……。

 

「むしろ返されても邪魔なんで受け取ってもらえると有難いです」

 

 どうぞ、とぐいぐい押し付ける。

 俺には価値があまりわからないが、ガチファン勢の捜査官には貴重なのだろう。

 俺はやろうと思えば自分で作れる……というのはちょっと意味合いが違うか。

 

「こんな凄い物を頂いてしまって……ホントにいいんですか?」

 

 捜査官は震える手で慎重に盾を支えながら言ったが、全然オッケーだ。

 オークションに出されたら腹が立つけど、この様子だと大事にしそうだし。

 どうしても手放す場合は博物館に寄贈するかもしれない。

 

「もちろん。普段からお世話になっているお礼なんで」

 

 思い起こされるのはアイアンマンの姿だ。

 空を自由に飛び回り、悪党を倒す姿。

 勝手に戦地へと飛んでいく姿。

 軍用機をやっちゃった姿。

 街中で騒ぎ出した姿。

 などなど。

 問題ばっかり起こしてて、世話になりまくってる……。

 

「なんかもうこれくらいしか用意できないのが心苦しいくらいです……」

 

「我々も仕事なので気にしないでください。……ところで長官に盾を受け取ったことを黙ってもらえますか。怒られてしまうかもしれませんので」

 

 捜査官は茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。

 

 

 

「そういえば次の休みにポートランドに行くんでしたっけ」

 

「恐縮なことにスターク氏がジェットを出してくれるらしいので」

 

「いいんじゃないですか? トニーからしたらポッツさんに男の影がある不安を解消できるなら安いもんですよ」

 

「そういうものですかね」

 

「そういうもんです。意外と嫉妬深いんですよ」

 

「女遊びが激しいのに?」

 

「トニーはポッツさん大好きマンだけど、それはそれとして趣味なんでしょうね。感覚的にはポッツさんと世の女性で二分してると思います」

 

 「えぇ……」と引いた様子のコールソン捜査官。

 でもそうとしか言えないんだからしょうがないんだわ。

 

「そういうわけなんで、ジェットも喜んで出してくれますよ。サービスもかなりいいと思います。滞在するならホテルも良い所を取りましょうか。……ああ、でも恋人と会うんでしたっけ。一緒に過ごすならホテルは不要ですかね」

 

「彼女はコンサートを控えていますし、なるべく集中力を乱さないようにしたいですね。あとは観光もするのでホテルに泊まろうかと」

 

「ならホテルは良い所にしましょう。どうせトニーからしたら誤差です。金額見ないマンは伊達じゃないのです。……でも州を跨いで恋人に会いに行くのって大人ですよね。いいなぁ」

 

「いやぁ、どうでしょうね。……そういう相手はいないので?」

 

「いませんね。トニーによる保護者ガードが発動します」

 

 「私の誘いに乗る尻軽はダメだ」みたいな感じで。

 気軽に誘いに乗ってくれないと俺はデートすら出来そうにないんですがそれは。

 俺にはよくわからないけど、トニーとポッツさんの関係はいいなって思う。

 別に女好きになって甘えて諫められたいわけではないけど。

 

「一緒にポートランドで観光しますか? スターク氏のいない場所で遊んでみるとか」

 

「……迷惑じゃないですかね?」

 

「いえ、全く迷惑になりませんとも。コンサートの日取りが近くなるとチケットが送られて来るのですが、友人も誘えるようにと気を利かせてくれるのか余分に何枚か貰えるんですよ。来てくれるなら今回は恥をかかなくて済むので私としても嬉しいのですが」

 

「それなら少しばかりお邪魔させてもらいますね。……トニーもバナー博士をかつてないほど気に入ってるみたいなんで、二人で仲良く遊ぶでしょうし」

 

「ええ、歓迎しますよ。プライベートジェットに乗せられそうで不安でしたが、経験者が一緒にいれば安心ですからね」

 

 日付や日時を後で知らせてくれるとのことなので、楽しみに待つことにする。

 事前にどこを観光するかとか予定を立てようかな。

 ……そういえばポートランドっていっぱいある気がするんけど、どこのポートランドなんだろう。

 

 

 

「コールソン捜査官、さっき許可を取ったので盾を持っていけばロジャースさんがサインを書いてくれるらしいですよ」

 

「本当ですか! おっと、失礼。次の仕事が始まる前にサインをもらってきますね」

 

 テンションが上がっているのか、小走りで駆けていく捜査官の背を見送って、俺も作業に戻ることにする。

 そろそろ杖から『テッセラクト』の場所を逆探知するかもしれないので準備が必要だ。

 ……?

 なんだろう。

 杖のことを考えたからか、気持ちがざわつく……。

 すぐ近くに杖があるかのようだ……。

 

 

 

 

 

 --16

 

 

 

 

 

 

 結果だけ言うと、俺はヘリキャリアから落ちた。

 この高度だと確定で助からない。

 下から見上げるヘリキャリアは黒い煙を吹いていて、なんとか高度を維持するので精一杯といった様子だった。

 なるほど、なるほど。

 やるじゃん、ロキ。

 俺の完敗だ。

 

 

 

 

 

 ほわあああああああああああああ^q^

 

 

 

 

 

 ほわああああ……?

 ……?

 ????

 し、死んでない……!

 まさか土壇場で能力が……?

 

 あ、違うようだ。

 剃髪の女性が助けてくれたらしい。

 チベット僧侶っぽい外観の、綺麗な女性だ。

 

 貴女は命の恩人です!

 言い表せないくらい深く感謝しています!

 何でもします!

 

 ストレンジという両手が不自由な医者が来たら義手を渡さないように?

 それは無理なんで戻してもらっていいですかね。

 たぶんお医者さんが求めている物とは違うので、医者として復帰できないとは思うけども。

 精密性が段違いになるので、元の手とは別物になるだろうし相手は納得しないだろう。

 それでも渡さないってことはできないと思うので。

 申し訳ないけど俺は死を選びます。

 

 他の条件でいいんですか!

 言い表せないくらい深く感謝しています!

 何でもします!

 

 

 

 

 




オリ主進化派生

・クインジェットから落下→重症を負う→より精密な義肢を作るようになる→ドクターストレンジが魔法を覚えない世界

・ヘリキャリアから落下→死亡→トニースタークらがウルトロンとして蘇らせる(?)→半端なウルトロン化→エイジオブウルトロン→ヴィジョンがとどめを刺さないので逃亡→どろどろしたシビルウォー勃発

・ヘリキャリアから落下→死亡→マジカルプレイス入り→エージェント・オブ・シールドルート→グラヴィトン化

・TVA入り→ミセスたくあんルート(ロキ)


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アベンジャーズ7

にえるってハンドルネームも飽きたのでかっこ可愛い感じにしようかなって思うんですよ。

まず第一候補がシャンチーが好きなんで龍にしようかな。

でも龍っていっぱいいるからなぁ。

せや、カタカナにすればええやん!

でもなあ……というわけで第二候補が可愛い感じがいいので、マーベルキャラとも戦ったことのあるさくらもいいなって思いました。

でもさくらっていっぱいいるからなぁ。

せや、感じにすればええやん!

でもなあ……そうか!

合体させればええんか!

ワイは今日からドラゴン桜や!

おまえらを東大に入れてやる!


 

 --16

 

「どうした? 調子が悪そうだぞ。そこで横にでもなったらどうだ。素直なことがお前たちの美徳だろう?」

 

 ひどく心配そうにロキが言った。

 わざとらしさに溢れた、”らしい”セリフだ。

 答えずに、どちらが優勢かわかりきっているボードゲームを指差す。

 ガラスの檻の中、ロキは大げさに肩を竦めた。

 

「最近わかったことだが、お前はこういった”お遊び”が得意のようだ。宇宙は広い。当然、小さな駒を動かすのが得意な猿だっているに決まってる。なあ、尋問官?」

 

「猿よりも駒を動かすのが下手な神だから小さな虫かごがちょうどいい、と。だからそこにいるわけだ。キッドロキは身の程がわかってるなぁ」

 

 俺が望み通り返事してやればロキが舌打ちし、小さく呟いた。

 その声を認識して、自動でボード上の駒が動く。

 頭がずきずきと少しだけ痛む。

 気分がどことなく悪かった。

 

「ミッドガルドの連中も神による支配を求めているとは思わないか。この駒たちのようにちっぽけでか弱い生き物たちも、統制すればまともに動けるに違いないぞ。お前たちのように勝手に動くとどうなる? 盤上の遊技ですらもその秩序を失う。いいか? 導かれなければ、この小さな盤上ですら整わない。もっと広い世界でお前たちが動くだけで秩序が乱れていく。駒が正しく動くから遊技足りえるのに、予期せぬ事態が起きてしまう。だが、下らないお遊びを前提にすると、神である私と、ただの人間をまるで平等のように扱う。不思議じゃないか? 何も変わっていないのに、お前たちは私を人間のように扱う」

 

 ロキの瞳は盤上を見ていなかった。

 俺を一瞥し、そしてその後ろに視線を向けた。

 

「秩序を率先して乱しておいて呆れるような言い分ね。貴方が盤上を乱さなかったらこんなことになっていないのよ」

 

 その声にしてハッとして振り向く。

 ロマノフさんが”虫かご”のコンソール近くに立っていた。

 交代を知らせに来たようだ。

 全然気づかなかった。

 気配というか、存在感というか、そういうのを消すのが上手な人だが、それでもここまで近づかれても全く気付かないというのは俺の方に問題がある。

 ロキの言うことを認めるのは癪だが、確かに調子が悪い。

 イライラするし、時間の感覚も妙だ。

 

「私は神だ。盤上であろうと、秩序(ルール)が決められていようと、好きに手を加えても許される。だが、困ったことにオーディンも兄上も、たとえ脳まで筋肉の馬鹿でも、一応は神だ。互いに無法を貫くと遊技盤が壊れてしまうから、私は指し手として座ることにした。兄上も含めてお前たちは”素直”だ、勝手に礼儀正しく対面に座ろうとするだろう? 私も動きを縛られたが、お前たちも縛られている。さて、倒すべき敵の守りが固く、厄介な状況をどうするか。私は考えたよ。どうするかわかるか?」

 

 「そういう場合はな、尋問官」と続けた。

 その言葉を発するロキの表情は真に迫っていて、遊びは無い。

 

「邪魔な駒を近づけないのが重要だ。動きを乱し、正しく統率できなくすることも。つまり、簡単なことだが私の杖で邪魔するだけで良かった。バートンは教えてくれたぞ。尋問官の『頭』が苦手な物を。あの『杖』は特別だ、お前のちょっとした障壁程度で防げるものではないと思っていたが……その様子だと私の虫除けは上手くいったようだ。近づけなかっただろう? だからここに逃げてきていた。どうだ、お前も入るか? この虫かごに」

 

 ゲームがまだ途中だが、ここで構っている場合じゃない。ロキの言葉を無視して立ち上がる。

 状況の変化を察したロマノフさんがすぐ傍まで来ていた。

 部屋を出るべきか、留まるべきか。

 出るにしても、『杖』のある部屋に行くのは正しいのか。

 ロキの性格からしてどっちを選ぶにしても何らかの罠を張っているに違いない。

 情報を引き出すのが上手いロマノフさんに役割を替わってもらい、手数が多く艦内での作業に対応できる俺が動くことにする。

 余裕がなくなってつい走り出しそうになったが、それだと礼を欠いている。

 ちょっと落ち着くべきだ。

 

「悪いけど長考させてもらうよ、ロキ。……盤面が難しくなってきた」

 

「構わないとも。悩み苦しむ姿を見守るのも神という物だ」

 

 平静を装いながら声を掛ければ、ロキは余裕綽々といった態度で両手を出口に向けて差し出した。

 そのロキに向けて「趣味が悪い……」と呟くロマノフさんを見ながら背中のドクター・オクトパスを起動させる。

 俺が一生懸命走るよりも、技術に頼ったほうが速い。

 問題は軽く修理できたけど万全じゃないってことだろうか。

 

「私からの気まぐれな助言だが、『杖』を追いかけたほうがいいんじゃないか。暴力に背を向け、祈るように走って。それが人間というものだぞ。その後はまた一緒にゲームしようじゃないか。なあ、尋問官。……終わった後に、だが」

 

「神託どうも。ゲームにわざと負けて油断を誘うなんて、流石は悪戯の神だ。そこだけは認めるよ」

 

「……そりゃどうも」

 

「また後でゲームしよう。もちろん俺が優勢の。……ロマノフさん、すみませんが代わりをお願いしますね」

 

「……尋問官、命が惜しければ、栄達したければ降参して私の軍門に下れ」

 

「……科学は生きてる人のためにあるんだよ、ロキ」

 

 ロマノフさんに一声かけ、天井や床に『義手』が爪を立てる。

 艦内が傷つくが、悠長に構えている余裕も無さそうだ。

 最大まで伸び切った『義手』に引っ張られることで俺自身も移動する。

 『杖』のあるラボに向かうべきか、艦橋で情報を集めるべきか。

 

 

 

 

 

 艦橋で艦内システムをフル稼働させ、潜伏している敵がいないかを虱潰しに探す。

 途中までラボに向かっていたんだが、ロマノフさんから『ロキの狙いはバナー博士よ!』って通信が入って目的地を変更した。

 博士はラボにいるが、トニーを含めた他のメンバーも集まっていたので守りを固める必要性は薄い。

 それよりも内部を洗うため、マリア・ヒル副長官に許可を取ったけど、ずっと睨まれているので肩身が狭い。

 みんなが作業している中に飛び込んで「特に根拠はないが長官用コンソールを使う! 抗議は全部ハゲにしてくれ!」って勢いで乗り込んだから仕方ないね。

 艦内に妙な動きをしている動態反応は見つからなかったし、隠れている何かも無さそうだ。

 

「副長官、格納庫の整理整頓はちゃんとやったほうがよろしいかと。これだと足を引っかけるだけで爆発しそうですよ」

 

「急な作戦行動だったから、積み込みを優先しただけ。これから整理を……」

 

 ヒル副長官が言い切る前に、艦橋が激しく揺れた。

 咄嗟にドクター・オクトパスが補助してくれたので転倒せずに済んだ。

 『義手』の一本に支えられていた副長官が迅速に動き始めるので、俺も補助に徹する。

 

「誰が足を引っかけたのかわかる!?」

 

「ロキのお友達ですね! ベイマックスは怪我人の治療! さっきのサーチ結果で人のいる場所をマッピングしてあるから火元の近くを優先的に頼んだ!」

 

 静かに待機していたベイマックスに声をかけ、コンソールを操作しながら見送る。

 外部からの攻撃によって第3エンジンが停止している。

 ヘリキャリアは4基あるエンジンによって飛行しており、1基だけなら浮上も可能だが、他が止まれば落下は免れない。

 

「エンジンの修理が必要です。こちらからはこの場に都合よく留まっていたエージェントを向かわせます。……ええ、はい。……スーツを着たスタークが向かうから、補助をお願い」

 

 ハゲと通信を始めた副長官が俺を見ながら言う。

 そのエージェントって俺だよね。

 そうだよね。

 作業中に落下しない?

 自慢じゃないけど俺って結構落ちやすいんだよ。

 ジェスチャーで了解を示し、慌ただしく動き始めた艦橋を後にした。

 

 

 

 引き受けといていうのもあれだけど高所作業とかマジで無理なんだが、と思いながら艦内を駆けていく。

 ドローンの数が十分にあれば作業を任せられるのに、もうほとんどない。

 ベイマックスに権限を与えたので、怪我人を運ぶタンカーの代わりにでもするだろう。

 トニーがエンジン周りを直すだろうし、俺は補助に徹すればそれほど時間も掛からないで済むんじゃないか。

 復旧した後は洗脳を解いて……。

 

 頭の中で今後の展開を考えていると、騒がしさが増したのを察知した。

 攻撃されてざわついていたのは確かだが、それだけではなく逃げている感じというか。

 少し戻れば艦橋だからな、敵が攻めてきたのだろう。

 銃程度なら半壊に近いドクター・オクトパスでも対処可能だ、弾丸を勝手に受け止めてくれる。

 謎の魔法攻撃とか凄まじい電気を纏った鞭、パワードスーツは無理。

 自動的に高速で飛来する物体を掴む設定にする。

 ロキが来た時に地下でやったアレだ。

 どや顔で弾丸を受け止めて心理的にマウントを取っていける。

 さて、そろそろ来る頃……いや、敵にしては無茶苦茶速いのでは?

 

「はぁ!?」

 

 通路の奥からハンマーが飛んできたが、銃を持った人間を想定していたので反応が遅れた。

 俺が出来たのは「はぁ!?」という一言を発するだけだった。

 つまり、飛んできた物体を掴む設定を解除できなかった。

 なんとか腹部への直撃を『義手』が防いでくれたが、そのまま「ほわああああぁぁぁぁぁ^q^」と叫びながらハンマーに空輸される俺。

 そういえば会議の際、艦橋の空いているスペースにソーがハンマーを吊るしていたが、今さら俺を轢いたのだろう。

 

 豪快に争い合う音が響き、その後に獣の咆哮が続く。

 急速に音に近づいていた。

 積まれていた資材を背部で発生している微弱な重力と『義手』で必死に捌く。

 どや顔で片腕をこちらに向けていたソーの表情が凍り付く。

 あ、これは軽い交通事故ですね……。

 俺とソー、二人のハンマーによる出会いの一幕の結果、衝突で互いに大きく吹っ飛びゴロゴロと格納庫を転がることとなった。

 ハルクが咆哮とともに殴り、床を貫いた。

 それはソーが居た場所だった。

 

「俺のおかげで間一髪、といったところでしたね!」

 

「お前が居なければやり返せていたんだが!」

 

「俺もハンマーが飛んでこなかったらエンジンの修理に行けたんですけど!」

 

「それはすまん! だが神は気まぐれだからな!」

 

「じゃあソーのせいじゃん! 『腕』も一本取れたし!」

 

「それもすまん! だが神も運が悪い日だってある!」

 

「運!? 神なのに!?」

 

「長生きで強い以外はほとんど人間と変わら……伏せろ!」

 

 ぎょっとしながら伏せる俺の前で、緑の巨大な筋肉の拳を、筋肉の神がハンマーで受け止めた。

 二人の衝突によって生じた衝撃に耐えられず、『義手』に支えられながら膝をつく。

 限界を迎えてしまったドクター・オクトパスの内の1本がゴロゴロと転がっていった。

 意図せずして戦場のど真ん中に放り投げられてしまったようだ。

 さっさと移動したいが、二人がガツンガツンと殴り合っているので動くに動けない。

 ハルクはソーを狙っているが、矛先が向いたら堪ったものではない。

 戦闘機を紙切れのように引き千切り、その翼やら何やらを狙いを定めずに軽々と放り投げている姿はまさに……。

 

 ハルクとソーが取っ組み合いをしながら艦内を移動していく。

 制止するよう呼びかけながら後を追いかけるが、時折飛んでくる戦闘機や壁だった金属が危険すぎて思うように追いつけない。

 見たところハルクが圧倒的に押している。

 ハルクがソーの頭を鷲掴みにし、軽々と放り込んだ先はラボだった。

 ラボは艦橋と同様に外に面していて、強化ガラスの窓を通して青空が見えた。

 

 

 

「バナー! お前から暴れまわるフロスト・ビーストを思い出す! これでどうだ!」

 

 そう、フロスト・ビーストのようなハルク……まずフロスト・ビーストってなんなの?

 やっとのことで追いつくと、額から血を流したソーがハンマーを構えたところだった。

 神はかなり丈夫なんだな、という場違いな感想を抱いていると、ハンマーがゆったりとした速さで放物線を描きながらハルクの元へと向かう。

 怒りをむき出しにしていたハルクが、怪訝な表情でハンマーを受け取り、そして床に伏した。

 ハルクがハンマーをどかそうと必死になっているが微動だにしない。

 

「フロスト・ビーストも厄介だからな。ミッドルド……地球ではどうしてるんだ?」

 

「フロスト・ビーストって何ですか? 生き物なのは伝わってきますけど」

 

「フロスト・ビーストもいないのか。まあ、あれはヨトゥンヘイムの生き物だからな。いなくても可笑しくないがビルジ・スナイプもいないと聞いた。近くのヴァナヘイムともかなり違うな。両方ともでかくて角があって、力も俺ほどじゃないがかなりある。……もしかしてバナーがそうなのか? 角は無いようだが」

 

「違います。彼はハルクです。そんなけったいな生物だかなんだかわからないものじゃない。バナー博士とは別の人格というか、別人? とりあえずハルクです」

 

「ハルクか……。地球はビルジ・スナイプもいないから平和だと思わせてハルクがいる。変わっているな」

 

「個性的な人はどこにでもいるので。アスガルドにだってロキがいる」

 

「確かに」

 

「……それで、対処できますか」

 

「……もちろん全力は尽くす。だが、この硝子の部屋は無くなるだろう」

 

 もがいているハルクから二人で慎重に距離を詰める。

 このままドクター・オクトパスの重力制御を全開放して抑えつけられないだろうか。

 もうボロボロだからどこまで制御できるかもわからないし、ハルクの力も不明だ。

 どうしたものか。

 この場を治める方法は思いつかないが、なるべく戦わないでほしい。

 

「ところでフロスト・ビーストとかビルジ・スナイプとか、かなり面白そうな話ですね。今度アスガルドの図鑑とか貸してもらえませんか」

 

 俺が一番欲しいのはセルヴィグ博士に使ったとされる癒しの石だけど。

 高速で回復する凄い薬が欲しい。

 一応移植された自己再生的な治癒能力もあるけど、打ち消し合って無いような物だからなぁ。

 

「機会があれば好きな本を貸し与えても構わないが……。そうか、お前も研究者だったな。ジェーンも星見が得意で話を楽しそうに……。なるほど、いつかプレゼントしよう」

 

「良いと思います。おすすめは歴史の本ですね。……ソーは下がっててください。落ち着いたと判断できたらロキのところに向かってください。この腕時計からホログラムが表示されるので指示に従ってもらえれば……。わかります?」

 

「わかる。アスガルドよりずっと旧式の技術だが」

 

 小声でソーに伝え、腕時計を投げ渡す。

 以前作った丈夫なそれがソーをロキのいる”虫かご”まで連れて行ってくれるだろう。

 ハンマーから抜け出すために、ハルクが床をでたらめに殴り始めた。

 丈夫な合金で出来た床が音を立てて歪み始めている。

 床は確かに薬品や変化に強いが、ハルクを留めておくことは想定されていない。

 脱出するのも時間の問題だろう。

 

「……大丈夫か?」

 

「もちろん」

 

 嘘である。

 実は何もかも自信がない。

 とりあえず自信満々っぽく頷きながらソーを手のひらで静止し、背部からドクター・オクトパスを外す。

 武器に見える物、脅威になる物を持っていてはそれだけで敵になってしまう。

 ハルクにそっと近づく。

 たぶん大丈夫。

 きっとおそらくメイビー。

 ハルクからソーを遮るように歩みを進める。

 床を殴るたびに伝わる衝撃波と風圧でふらつく。

 

「ハルク、良い子だから落ち着いて。大丈夫、大丈夫」

 

 穏やかに話しかけるのが、たぶん大丈夫だ。

 わざと挑発しなければ無手で無力な一般人を攻撃したことは……たぶんあんまり無いと思う。

 俺が確認できる権限の記録上だと無い、はず。

 慣れない場所にいて不安だから威嚇しているだけで、もし怒っているとしてもそれは周りに反応しているだけだ。

 元恋人を敵(雷)から守るために吠えたこともあると提出された記録から読んだ。

 攻撃したからソーはダメだ。

 穏便に済ませるなら今は俺が間に入らないといけない。

 

「この艦にはアイスもある。実は俺の好物はケーキとアイス、シールドの機密レベル6に記載されているくらいトップシークレットなんだ。つまり、秘密を共有した俺たちは友達だな」

 

 うまく笑えてるかはわからない。

 ハルクから俺の表情がどう見えているかもわからない。

 そもそも超能力者はハルクにとってどういう存在なのかもわからない。

 無手でも脅威を感じるのか。

 今はほぼ無力の状態だが環境を整えて反動を無視すれば凄まじい範囲を網羅できるテレパスとかいう、昔は凄かった自慢みたいなのってどう判断するんだ。

 なにもわからない。

 時期によっては会社の方針で行われるボランティア活動の一環で子供たちと一緒に簡単な実験をしたりもするが、その時に未知を知ることは楽しいと言ったがあれ嘘かもしれない。

 めっちゃ楽しくない。

 

「俺が我が儘を言ってソフトクリームマシンや色々なケーキの種類を置いてもらったんだ。いちごのケーキ、食べたくない? それとも一緒にソフトクリーム作る?」

 

 それでも怯えないように、媚びないように、優しく話しかける。

 俺が思うにハルクはまだ子供、またはそれに準ずるくらい低い精神年齢だ。

 バナー博士が言うに、ハルクになっている間は夢を見ているような朧げな記憶しかないらしい。

 ハルクもまた同じ状態なのかもしれない。

 そうなると、経験で育つはずの情緒や危機感などがまだ幼いがために本能的な面が強いと考えることもできる。

 元々感情の発露を引き金としているのだから行動を暴力に委ねやすい性質を持っている。

 ヘリキャリア内からしたら俺は幼い子供でしかないが、この場で言えば俺が大人で、ハルクが子供だ。

 子供を不安にさせないように対応するのは当然のことでしかない。

 いや、だからなんだ。

 ダメだな、思考が空回っているのを自覚し始めた。

 

「よしよし、お利口さんだ。……まずはハンマーを外そう」

 

 怪訝そうな表情を浮かべているハルクだが、床をでたらめに殴るのも止めてくれた。

 バナー博士と初めて会ったときに全裸で挨拶したのが効いている可能性も高い。

 後は落ち着くまで静かな場所でアイスやケーキ、ドーナツを一緒に食べていれば乗り切れる。

 

 まずはハンマーを持ち上げて……。

 ハンマーをどかして……。

 ハンマー……。

 ……?

 なんだこれ退かせねえ!

 

 そういえばソーにしか持て……ソーいえばソーにしか持てなかったんだ!

 期待を込めて振り向く。

 ダメ押しとばかりに俺は何度も頷く。

 ハルクを見て、ロキが居る方向に視線を向け、また俺を見て、ソーはため息をついた。

 その手元にはハンマーが引き寄せられていた。

 

 ソーに向けて威嚇するためか、すぐに立ち上がるとハルクは大きく咆哮した。

 怒りが収まらないのか、自分がめり込んでいた床を殴った。

 耳がキーンとするし、頭もちょっとくらくらする。

 ちょっとあんまり聞こえないんだが。

 え? 鼓膜大丈夫かこれ。

 しかし時間もないので構えていたソーにさっさと行くようにジェスチャーする。

 ……アスガルド人ってちゃんとジェスチャー通じるのかな。

 

「彼はすぐにここから居なくなるから大丈夫、大丈夫。ドーナツにチョコをたっぷりかけよう。アイスにスプレーも。アイスケーキを手作りするなんてどうかな」

 

 ハルクの視線からソーを遮るように立つ。

 マッチョ神を隠せきれてないけど俺に注目が向くならそれで十分だ。

 言葉で相手が影響を受けるならハルクは世界で一番良い子になるくらい連呼してる。

 驚異の最大瞬間グッドボーイ率。

 ハルクが一応落ち着きを取り戻していると判断したのか、ソーは飛んで行った。

 なんとか事態を収束させられそうだ。

 ハルクを落ち着かせようと近寄る。

 俺を睨みつけていたが、攻撃してくる気配はない。

 と、ハルクが何かに気付いたのか、ラボから外に向かって全力で吠えた。

 俺もそちらに注目して、目を見開いた。

 護衛用の戦闘機がにその機首を向けていた。

 ハルクの相手をする精神疲労と聴覚が鈍っていたので気付くのが遅れてしまった。

 

「ハルク! あれは敵じゃない! 危なくないから戻ろう!」

 

 俺の必死の叫びは届かず、ハルクが窓をぶち破って護衛機に威嚇した。

 失敗を悟ってドクター・オクトパスを再び装着する。

 素手で出来ることはもう無い。

 パイロットが怯えたのか、元からそうするつもりだったのかはわからないが、護衛機の機銃から銃弾が吐き出される。

 ハルクが窓から外へと跳躍したのを見て、俺も後を追って飛び出した。

 

「ハルク、ノーノーノー! 良い子だから、良い子だから!」

 

 キャノピーの前に陣取りながら、止まるようにハルクに呼びかける。

 握った拳を彷徨わせた後、ハルクが天に吠えた。

 その様子に俺が間違っていたことを理解した。

 我慢させ過ぎてしまった。

 格納庫で発散させるべきだった

 ハルクが怒りの儘に護衛機を殴れば、機体は小さな爆発を起こして煙を吹き始めた。

 ぐるぐると回転しながら高度を落としていく。

 

 キャノピーを叩きながらさっさと脱出するようにパイロットに呼びかける。

 俺もヘリキャリアにさっさと戻……戻れなくないか?

 パイロットが脱出装置を作動させるのを確認し、僅かに離れる。

 射出される座席ごとパイロットをハルクが掴もうとしたので、ドクター・オクトパスを巻きつける。

 そのままドクター・オクトパスが怒り狂ったハルクに引き千切られ、耐久の限界を超えてジャンクになったがパイロットは脱出できた。

 人が死ぬよりはマシって感じの結果か。

 

 支えを失った俺の身体が宙に投げ出され、なんとか機体に捕まろうと差し出した手は空を切った。

 手を伸ばしたまま落ちていく。

 感情を剥き出しにして怒りを発散させるために機体を殴っていたハルクが、時が凍ったかのように止まっていた。

 ハルクが驚いた様子で俺を見ていた。

 遠ざかっていくハルクを、手を伸ばしたまま俺も見ていた。

 

 

 

 護衛機だった物が小さな爆発を起こしてハルクを吹っ飛ばしていた様を遠くから確認できた。

 この高度だと確定で助からない。

 下から見上げるヘリキャリアは黒い煙を吹いていて、なんとか高度を維持するので精一杯といった様子だった。

 なるほど、なるほど。

 やるじゃん、ロキ。

 俺の完敗だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほわあああああああああああああ^q^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほわああああ……?

 ……?

 ????

 し、死んでない……!

 まさか土壇場で能力が……?

 

 あ、違うようだ。

 剃髪の女性が助けてくれたらしい。

 チベット僧侶っぽい外観の、綺麗な女性だ。

 

 貴女は命の恩人です!

 言い表せないくらい深く感謝しています!

 何でもします!

 

 ストレンジという両手が不自由な医者が来たら義手を渡さないように?

 それは無理なんで戻してもらっていいですかね。

 たぶんお医者さんが求めている物とは違うので、医者として復帰できないとは思うけども。

 精密性が段違いになるので、元の手とは別物になるだろうし相手は納得しないだろう。

 それでも渡さないってことはできないと思うので。

 申し訳ないけど俺は死を選びます。

 

 他の条件でいいんですか!

 言い表せないくらい深く感謝しています!

 何でもします!

 

 

 

 

 

 --17

 

 ヘリキャリアから落ちたけど、なんやかんやあって助かった。

 今はロキの相手で忙しいのでサッと流すが、ワンさんと名乗ったチベット僧侶っぽい女性がオレンジの輪っかで助けてくれた。

 お茶飲んでちょっと話しただけだが、不思議な魅力を持った綺麗な人だった。

 お礼はそのうちやる予定の実験に参加させるだけでいいのだとか。

 事態が落ち着いたらやる予定だったので都合がいい。

 

 話し合いの後に連絡先を交換すると、ワンさんがオレンジの輪っかを目の前に作り出してくれた。

 半信半疑で潜れば、タワーの最上階に位置する部屋だった。

 俺の装備も置いてある。

 探ってみても何もおかしなところはない。

 ここに至った過程だけを除いて。

 でも俺には疲れが溜まりすぎているので一回寝ないといけないが、その前にやることがいっぱいある。

 

「ジャーヴィス……」

 

『はい、ご用件はなんでしょう』

 

「ベイマックスの権限を元に戻して……」

 

『保護者制限により許可できません』

 

「どうしたら許可されるかな……」

 

『アンソニー・エドワード・スターク、トニー・スターク、J.A.R.V.I.Sの許可によって回復できます。現在誰からも許可されておりません』

 

 ああ、これは本物だわ。

 というかトニーが1人で2票持ってんじゃん!

 それに、ジャーヴィスがちょっとおこかもしれない。

 ジャーヴィスが手掛ける範囲であるタワーの設定も勝手に弄ったからなぁ。

 

「それなら仕方ないね。俺の位置情報について教えてほしい……」

 

『上空での消失後、突然タワー内に出現しました。また、そこに至るまでの移動経路は閲覧が制限されています。細かな時間、座標等の精度の高い情報公開に権限を行使しますか?』

 

「いや、ログだけちょうだい……」

 

 デスク上に投影された記録に目を通すが、やはり明らかに瞬間移動している。

 俺の持っている記録と突合させると、空白期間にネパール国内に居たことになる。

 助けてもらった場所がチベットだと思ってたがネパールだった。

 チベット僧侶っぽい恰好ってのも思い込みだからな。

 それにしても国家間のテレポートが可能なのか……。

 

『呼吸回数および体温に異常が見られます。休息してください』

 

「あー、うん、これ読んだらね……」

 

『機器に不具合が確認されました。残りのバイタルが未測定となっています。休息してください』

 

「うんうん、あと飛んでくアイアンマンスーツのチェックもするから……」

 

『保護者による制限が課されています。これは注意勧告です』

 

「わかったって! 寝る! 寝るから! 何か問題があったら起こしてね! ……あっ、『イミテーションモデル』だけ起動させてみていい?」

 

『試験段階のため推奨できません。……強制睡眠モード起動まで60秒』

 

「はい! ナズナは寝ます! 寝ました!」

 

 

 

 

 

 起きたらロキが勝手に寛いで酒を呑んでいた。

 しかも一番高価な物を上機嫌に。

 何か問題があったら起こしてって言ったじゃん。

 

 俺が起きたのに気づいたロキが優雅な動きで上を指差した。

 むかつくので着る予定のネイビーブルーのスーツを放り投げるが、少し体を動かすだけで避けられた。

 カウンターに乱雑に広がったスーツを見たロキが肩を竦めた。

 

 汚れや皺が一つもないワイシャツに袖を通しながらロキが示した場所に向かう。

 屋上、タワー完成前にトニーが上機嫌で昇ってドーナツを食べていたのを思い出す。

 今はそこでセルヴィグ博士とやらが大興奮で機械を弄っていた。

 『テッセラクト』を利用したワープゲートを開く装置だろう。

 アーク・リアクターによるエネルギーの供給も十分だったらしく、内部では励起反応を起こしてエネルギーの自給を始めていた。

 ここから僅かな時間の経過とともに爆発的なエネルギーを得ることが可能になるだろう。

 

 操作パネルはあるが、すでに漏れ出した力によって干渉が難しいレベルの障壁が展開されていた。

 博士を正気に戻して止めさせるとか……。

 外部からの干渉が難しいのに停止命令を受け付けるとは思えないし、そもそも頭がおかしくなってる研究者が安全装置を組み込んでおくかって話なんだよなぁ。

 組み込むくらいの良識があったら起動しない……いや、するか。

 横から手を加えるには遅すぎたのは確かだ。

 博士を正気に戻すのも手間取るだろうから、ロキの相手でもしておくしかない。

 仕方ないので外部から可能な限り情報を集め、解析を進めておく。

 ヘリキャリアは外部との遮断状態なのでハゲやベイマックス、ドローンなど思いつく限りに位置情報を送りながら下に戻る。

 乾杯とでも言うように酒の入ったグラスを掲げたドヤ顔のロキに迎えられた。

 

 うわぁ、めっちゃむかつく……^q^

 

 

 

 

 

「随分とお疲れの様子だったな、尋問官。私の飾りつけはお気に召したか? セットアップだけでなく、終わるまで寝ていてもいいんだぞ?」

 

 最上階の一角、トニーが拘ったお洒落なバーカウンターの一席に座したロキが言った。

 ロキの言う通りマジでお疲れではあった。

 酒が収まっている棚の奥の鏡で確認しながらネクタイを締め。

 俺は全く拘ってないし興味もなかったカウンターに入り、ネイビーブルーのスーツを着る。

 置いてあった機械を手に取り、ついでに記録を遡るがロキや博士が侵入した跡は残っていない。

 魔法と相性が悪いのと、屋上ではしゃいでいる博士が無駄に優秀なことが成した技だろうか。

 手に取った機械、色々なセンサーが付いた要はリモコンのこれを使って収納されていたドクター・オクトパスを呼び出す。

 微妙な速度で飛んできたドクター・オクトパスから、その手で掴んでいた白衣を受け取る。

 

「冗談でしょう。続きを今から再開してもいいんだけど?」

 

 ロキに言い返しながら袖を捲りあげながら白衣を確かめる。

 どうしてもまだ着る気にはなっていなかったが、動きに問題は無さそうだ。

 サイズは丈や袖が余るほどに大きいのでちょうどいい。

 使ってみればどうしてなかなか調子がいい。

 本音を言えば継ぎ接ぎだらけで限界だったレインコートを使い続ける予定だったが、流石にこの状況で不具合を吐きまくってるのに着続けるほど俺も頑固じゃない。

 正しい状況でごねるから可愛い我が儘で済む、多分。

 

「面白いジョークだな。だが、私の方が圧倒的に優勢な状況で再開する必要を感じないとは思うが……」

 

 「どれほど優勢か聞きたいか?」と身を乗り出してきたロキを無視してカウンター上に投影されたモニターを見ながら作業を始める。

 空飛ぶスーツの準備は十分。

 エネルギーの伝達効率が微妙に滞っている部分による継戦能力が不安ってところか。

 つまらなそうにロキは背を向けて窓際へと歩みを進め、景色を眺めながら酒の入ったグラスを傾けていた。

 何かに気付いたのか空の一点を見つめていた様子だったが、やがて外に向かって歩き始めた。

 

 

 

 かと思えば、すぐに外からドヤ顔を浮かべながら戻ってきた。

 そのままだと決まらないだろうからロキが手にしていた空のグラスを、ドクター・オクトパスを伸ばして受け取っておいた。

 

 

 

 

 

 -18

 

「私の人間性に訴え……」

 

「ほら見ろ、ナズは生きていただろう! ヴィンテージ品は月日の経過とともに頭が固くなっているからな! 折角だから今評判になってるシャワルマをみんなで食べに……待てよ……。ジャーヴィス! ナズが居たことを知らせてくれても良かっただろう!」

 

『彼には休息が必要でしたので規則に基づいて保護者制限モードによって保護していました』

 

「私の……」

 

「ナズか? ペッパーか? 誰がそんな面倒な設定にしたんだ、全く。迅速な情報の連携こそが……」

 

『トニー・スタークの名前で制限されています』

 

「途中で睡眠の邪魔をしないようにという思いやりだろうな! 流石は天才だ!」

 

「……」

 

 装置によってパワードスーツを脱ぎながら室内に入って来たトニーが捲し立てるように喋っている。

 一生懸命話しかけたが、出端を挫かれて結局言いたいことが言えなかったロキは不満を隠さないままカウンター席に腰かけた。

 トニーが「私のスーツはボロボロ、こいつの杖はピカピカ。これじゃ敵わないよな」と言いながらロキの後ろを通り過ぎた。

 その言葉を聞いたロキはさりげなく俺にも見えるようにピカピカの杖を持ち上げ、笑みを浮かべた。

 こいつ人生楽しそうだな。

 

「驚いた……。本当に驚いたな……。ああ、いや、やっと白衣を着たのか! それにしても似合うじゃないか。どこぞの天才でプレイボーイのお金持ちが贈ったかわからないが、やはりセンスも抜群だな」

 

 俺の頭のてっぺん辺りから足先まで見たトニーが上機嫌な様子で言った。

 特注で作って貰ったのに仕舞い込んだままにしていたからなぁ。

 そのままトニーはロキに背を向け、口笛を吹きながら棚に視線を巡らせている。

 

「ナズ、あれはどこにやったかわかるか」

 

「ここにありますよ。……ロキが呑んでるのもありますけど」

 

「何? ……部屋の主人に断りもなく勝手に呑むなんてマナーを忘れてきたか?」

 

 ドクター・オクトパスで棚から酒を次々と取り出してカウンターに並べて見せ、最後にロキを指差す。

 よく磨かれたグラスを手に取って光に翳せば、僅かな汚れすらも無いのが見て取れた。

 ぶつくさと呟きながら振り返ったトニーが酒を取り上げようと手を伸ばすが、それよりも早くロキが瓶を掴んで遠ざけた。

 

「ミッドガルドは私が主人となるのだから断りなど不要だろう。神が酒を静かに楽しもうとしているのに騒ぎ立てるとは、マナーすら知らないのか?」

 

「何を楽しむって? 盗んだ酒は美味いか?」

 

「酒はなんだって美味いに決まっているだろうが。こんな場所に酒を放置するしか知恵がないのは嘆かわしいな」

 

「……いい酒は裏の保存庫にある。日の光や外気に晒しても気にならない酒しかここには無いんだが、神を名乗る坊やにはわからなかったか?」

 

「……穴倉に隠すとは貴様ら野蛮人にぴったりだな。物事もわからないミッドガルドの連中が決めつけた価値と違って私はどんな酒が素晴らしいか理解してるんだよ」

 

 「は? 私がスーツを着ていたらワンパンだ、守ってくれるソーもいないぞこのブラコンが」「は? このピカピカの杖で一撃だぞ、言葉に気を付けろよこの猿が」と二人でメンチを切り始めた。

 こいつら人生楽しそうだな。

 それはそれとして、酒の質や値段の話だけどトニーの基準からして手ごろなだけで一般的には高い。

 あと技術をこれでもか、と詰め込んだハイテクな棚なので品質を維持できてて美味しいと思う。

 とりあえずトニーに空のグラスを手渡し、『義手』で掴んだ瓶を見せつけながら他にも酒はあるよとアピールする。

 あとこっそり腕輪を模した機械をトニーの手首に取り付けた。

 

「ナズ、白衣に似合うサングラスが奥にある作業机の一番上の引き出しにあるから確かめてきていいぞ。もちろん世界一の天才が手がけたセンス抜群のやつだ」

 

「いいですね! 白衣だけだと物足りないと思ってたんですよ」

 

「ロキの相手は私がしておいてやろう。面倒事の判断も主人(ホスト)の役目ってところだ」

 

 メンチを切り合いながらもトニーが補助パーツのサングラスをくれるというので上機嫌で取りに行く。

 茶々を入れてくるかとロキの様子を窺うも、トニーとの睨み合いが忙しいようだ。

「お前は怒らせてはいけない者たちを怒らせた。アベンジャーズだ。……我々のチーム名だ」「すぐにでもチタウリが来る。私は無敵だ」「ハルクも怒っている」「……行方不明だろう」「他にも……」という会話を後ろで聞きながらその場を離れる。

 

 引き出しを開ければピカピカのケースが有り、中には……フレームはシルバーメタル、真っ黒で丸いレンズのサングラスだった。

 思ってたのと違う!

 大丈夫かこれ?

 ちょっと躊躇いがちに掛けてみて、機能を確かめる。

 白衣と連動することで、得た情報が投影されるようだ。

 視界も阻害されず、レインコートのフードと違わない性能を持っている……らしい。

 白衣と情報連携している間、デスクに置いてある赤い発射スイッチを手にすれば準備完了。

 スイッチはマジで渾身の出来だから見てほしいくらい。

 サングラスで問題ないかコンディションチェックもした。

 

「丸型のサングラスだと似非中国人みたいに見え……どういう状況?」

 

 戻ってみると、ロキが杖でトニーの胸をコツンとしていた。

 そして互いに無言で見つめ合っている。

 変な間が気持ち悪い。

 

「多分、アスガルドの挨拶か何かだと思うが?」

 

「……これは私流の魔法の挨拶さ。誰とでも仲良くなれる」

 

 トニーが肩を竦めながら答え、ロキは首を傾げた。

 まさかシャツの下にあるピカピカのアーク・リアクターをピカピカの杖で突く特殊なピカピカプレイに巻き込まれたか?

 

「多分このまま進めるとみんな不満が残ると思うので一回やり直して見せてもらっていいですか?」

 

 

 

 

 

「ロキはそこ、トニーはそっち。……ヨシ!」

 

「おい、さっきと立ち位置が少し変わっているぞ」

 

「ロキは黙って……。はい、オッケー! 再開しましょう!」

 

 指示を出して位置を指定する。

 文句を言いつつロキも従っているのは互いの目的がある程度合致しているからだ。

 

「……地球を滅ぼされたら、必ず復讐する。私たちはお前だけを狙う。だからお前は絶対に支配者にはなれない」

 

 (あ、そこから再開するんだ)みたいな顔をしたロキが、咳ばらいを一つした。

 

「そんな暇はない。君の仲間が、君の裏切りで忙しくなる」

 

 で、ロキが杖でトニーの胸ってわけか。

 なるほどなぁ。

 

「……変だぞ。なぜ効かない」

 

「こんなことで友達になれるとは思わないが、こういう男も世の中にはいる。気にするな。ナズもこんな感じだ。出来る男はもしかすると杖が効かな……」

 

 杖が効かないとわかったロキが、トニーの頚を掴んだ。

 片腕で成人男性を軽々と持ち上げる力は神に相応しい……相応しいか?

 こりゃいかん、とスイッチを見せる。

 首への負荷と酸欠のなりかけで顔が赤いトニーが笑う。

 

「なんだそれは」

 

「発射スイッチだけど」

 

 カチっという小気味のいい音が俺の手元から鳴ると、部屋の奥の扉が開く。

 

「くそっ! なんだかわからんが死ね!」

 

 ロキがやられ役みたいなセリフを吐いてトニーを投げ捨てた。

 あぁ!

 トニーが窓に! 窓に!

 窓ガラスを突き破ったけど、下に人が居たら破片で危ないやつ。

 

「どうやら間に合わ……」

 

 暗い笑みを浮かべながら振り返ったロキがそれだけ言って、轟音とともに発射されたスーツに轢かれた。

 トニーの後を追うようにと窓ガラスに空けた穴を綺麗に通って、ロキも落下していったようだ。

 笑える。

 直後、俺も窓際に引っ張られた。

 

 腕輪や発射スイッチをチェックしたから白衣、そしてドクター・オクトパスが連動していたわ。

 そういえば何かあった時のために腕輪目掛けてドクター・オクトパスが飛んでいく機能を付けたんだよなぁ。

 つまり俺もロキの後を追うようにと窓ガラスに空けた穴を綺麗に通って、落下していった。

 いっけねー☆

 

 結構下の方でトニーがスーツを着用していた。

 空中で着るのかっこよ……。

 ロキがそれを見た後、睨みつけるためなのか視線をこっちに向けてきて驚いていた。

 なんでお前も落ちてるんだって思ったに違いない。

 俺もそう思う。

 笑える。

 

 

 

 

 

 ほわあああああああああああああ^q^

 

 

 

 

 

『ナズナ、生身で外に飛び出して遊んではいけませんよ』

 

「遊んだわけでは……。いや、いいか。ありがとう、ベイマックス」

 

 「ほわあああああああああああああ^q^」と落下している途中、飛んできたベイマックスが助けてくれた。

 ドックオックでも頑張れば落下死しないで済んだが、負荷がとんでもないので有難い。

 残ってたのが医療用タイプだけだから耐久性も低いんだよな。

 

「それにしても空も飛べるようになって、カッコよくなったじゃん。……いや、なってないのか? それで、その悪そうな路線で行く感じ?」

 

『悪そうな路線はわかりませんが、ナズナの仇を取るためにベイマックス・スタークエディションの路線で進んでいます』

 

「いや、俺生きてるし」

 

 試作品のスーツや、ソーとバトルした時にダメになったパーツ、ドクター・オクトパスの残骸、ドローンなどを赤い外装として着こんだベイマックスの情報を見てみる。

 古今東西の格闘技や兵器使用のモーションがぶち込まれてるんだが。

 違法改造ベイマックスか?

 

「救助や治療を優先で、障害物や外敵は邪魔なら退けるくらいで頼むよ。できる?」

 

『親しい人、近しい人のナズナのお願いですね。わかりました』

 

 偉い、偉い。

 ベイマックスを褒めながら撫でていてると、ロキを担いだソーがバルコニーに着地した。

 神同士が激しい剣幕で怒鳴り合っていた。

 その時、空気が強く震えるのを感じた。

 急いで外に出る。

 どうでもいい神のレスバを遠くに聞きながら空を見上げた。

 

 

 

 まず光の柱があった。

 辿るように視線を動かせば。

 ニューヨークの空が、遥か遠くの宇宙と繋がっているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 




残りは明日かなぁーやっぱりー。



次で終わりや!



あとがきでドクター・オクトパスの設定公開するのと、公開できるくらいの情報の手直しが終わればマーベル・ワンショット3も更新します。


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アベンジャーズ8(完)

くぅ~疲れましたw これにてアベンジャーズ編完結です!
実は、マーベル映画観たら書きたくなったのが始まりでした
本当は話のネタがあふれるほどあって困ってるのですが←
貰った評価を無駄にするわけには行かないのでゆっくり更新で挑んでみた所存ですw
以下、キャプテン達のみんなへのメッセジをどぞ




そんなものないよ。
あとがきだけ先に書いときました。
読者のみなさんもこの一区切りまでお疲れさまでした。
マーベル・ワンショット3はちょっと間に合わなかったのでまた今度にしますね。


 --19

 

 あちら(宇宙)から大量の何かが飛び出して、こちら(地球)に降りてくるのが見えた。

 あれがチタウリという軍なのだろう。

 その集団に向かってアイアンマンが飛び込むのが見えた。

 撃ち漏らしたチタウリが街を破壊し始めている。

 

 ほわあああああああああああああ^q^

 とテンパって混乱していると、ベイマックスに担がれた。

 逆側の肩には気絶しているセルヴィグ博士の姿。

 

『一度落ち着きましょう。優先順位を決めて出来ることからやっていきましょう。不安なら隠れていてもいいんです。大丈夫、ベイマックスが付いてますよ』

 

 セルヴィグ博士を部屋のソファに寝せたベイマックスがそう言った。

 俺は大丈夫だと伝える。

 初めて着た白衣の感度設定が高くなりすぎていたが、ベイマックスが設定変更してくれたようだ。

 

「セルヴィグ博士の容態は?」

 

『安定しています。脳震とうでしょう。目覚めるのに時間が必要です』

 

「それならこのまま寝させておこう。キューブを使ってゲートを開いたんだから、ロキやチタウリも建物を刺激しようとは思わないはず」

 

 連れて行く余裕がないし、言った通りここのほうが安全性は高いと思う。

 隠れていたら全てが円満に解決されるなら俺もここに居たいところなんだけども。

 死人を壊れた機械みたいに直せるなら全然隠れてやり過ごしたいところなんだけど、そういうわけにもいかないんだよな。

 生きてるからやらないといけないこともある。

 死んだ人がやりたかったことを、代わりにやったり……やらなかったり。

 出来ることは限られているからすべきことをやれるだけやるってくらいだ。

 ふぅふぅ、と息を整えつつ水を飲む。

 俺には空飛ぶ車がある。

 小回りが利かないけど、無駄に丈夫で轢き逃げアタックもできるからな。

 ベイマックスに指示を出そうとして権限が取り上げられていることを思い出し、ジャーヴィスに車を起動するように頼む。

 

「ベイマックスは救助を最優先で活動。空飛べるからね。俺はみんなを手伝いながら余裕があれば街をセンシングして情報を送る」

 

 窓の外、バルコニーにソーとロキが殴り合っていた。

 バチバチと帯電していて、魔法が飛び交っている。

 横やりは……ちょっときつい。きつくない?

 

 片翼から僅かに煙が上がっているクインジェットが旋回してきた。

 ロキを狙っているっぽいが、そう上手くはいかないわけで。

 魔法で元々煙が出ていた片翼を撃ち抜かれてしまった。

 1秒未満の溜めでクインジェットほどの合金の塊(軽量化はしているとはいえ)を軽々と破壊するのずるい。ずるくない?

 

 それはそうとクインジェットの状態がまずい。

 どのくらいまずいかと言うと、滞空姿勢制御できなくてくるくる回り始めてる。

 クインジェットは両翼にタービンとウイングレットが付いてて、垂直に離着陸できるVTOL機能や滞空するためのホバリング機能が発揮できるんですねぇ。そういうオシャンティーな機能を積んでるせいで通常時は荷物になっちゃって攻撃は機銃でしかできないんだけども。

 チタウリの攻撃で下には逃げまどった人々、建物には状況が飲み込めない人々がいることがわかっている。

 どうせ全取り換えだからと窓ガラスを突き破り、杖とハンマーでガツンガツンと殴り合ってる神の横を通り過ぎ、クインジェット目掛けて跳ぶ。

 大丈夫、大丈夫。

 こういう時は思い切りが大事なんだぜ、知らんけど。

 

 ほわあああああ!^q^ ってノリでなんとかクインジェットに張り付けた。

 空飛ぶ車は全く間に合わないので諦めた。

 実際は戦闘用でもなんでもないからな、あれ。

 左翼が見事に火を噴いているし、揚力を生み出せる感じではなくなってしまっている。

 後方にジェットエンジンがあるのでそれをぶっ放せばちょっとだけなんとなることも無くはないかもしれないが、高度も落ちてしまってビル群に突っ込みつつあるからそういうわけにもいかない。

 このままだとクインジェットミサイルという大質量兵器になってしまう。

 

「補助するのでなんとか機体の姿勢を維持してください!」

 

 外から操縦席の窓をコンコンと叩き、補助を行うことを知らせる。

 聞こえているかはわからん。

 ロマノフさんが珍しく目を見開いて驚いてるし、ロジャースさんも駆けつけてきたのでそれほど広くない操縦席でわちゃわちゃしていて面白かった。

 洗脳から回復した様子のエージェント・バートンが苛立った様子で二人に声をかけ、操縦桿を必死に握って機体を安定させようとしている。

 何故か後を追って付いてきたベイマックスに指示を出しながら、ドクター・オクトパスの重力制御を全開にする。

 建物に突っ込みかけたらちょっと機体を弾けたらいいなぁって気持ちだ。

 たぶん着陸時に機首を無理やり上げるのがやっとだとは思う。

 見知らぬ建物の屋上のフェンスに掠った。

 

 ほわああああ!!

 エージェント・バートン!!

 もうバートンでいいや!!

 バートンもっと頑張って!!

 ビルに突っ込んだら笑えないって!!

 

 ベイマックスと2人でなんとかフォローしながら僅かに開けた場所へと着陸のアプローチを開始した。

 俺が無理やり機首を浮かせようと『義手』で支えていると、『いい考えがあります』とベイマックスが機体の下へと回り込んだ。

 ランディングギアが折れたり地形にも被害を出しながら、クインジェットは着陸を成功させた。

 させたのだが……。

 

 うわあああああ!!

 俺のベイマックスが!!

 ベイマックスがクインジェットに轢かれた!!

 

 

 

 

 

「ナツ! 生きてたんだな!」

 

「そう簡単に死ぬわけないじゃないですか! 俺はベイマックスを探すので、先に進んでください!」

 

「僕も手伝える!」

 

「『手』は足りてますよ!」

 

 ロジャースさんにドクター・オクトパスを見せながら先に行くよう告げる。

 ベイマックスから送られてきたダメージ報告は軽微で済んでいる。

 すぐに俺が活動するよりもベイマックスが居たほうが効果が高い、しかし、ここで他の人に頼んだり引き連れるのは無駄が大きい。

 適材適所ってやつだ。

 あと俺は保護者制限のせいで殺傷攻撃できないから戦力としては数えられないし。

 ロジャースさんは渋々ながら俺の言葉を理解したようで「何かあれば知らせてくれ!」と言い残してくれた。

 なお他2人のエージェントはさっさと移動していた、プロだから仕方ないけどもっと情緒というか余韻というか、そういうのが欲しいよね。

 クインジェットに張り付くことで地上に降りる馬鹿をしたためビビりすぎた、手足が震えて上手に動かないので『義手』を使って移動する。

 

 すぐに地面にめり込んでいるベイマックスを発見した。

 良かった。

 思った以上に違法パーツが丈夫なのと、内部の空気を操る技術をベイマックス自身が上手になっていることでダメージを減らしたのが功を奏したようだ。

 引っ張ったら簡単に助けられるだろうかと思ったが、力尽くだと剥いたロブスターみたいになったベイマックスが頭を過ぎる。

 仕方なく『義手』でガンガンと地面を砕く。

 剥きエビから型抜きになってしまった。

 

 なんとか発掘できた違法改造ベイマックスを連れ、僅かな火花が散っているクインジェットに戻る。

 建物に突撃したり、爆発とかしなくて良かった。

 搭載されている機銃が目当てなのでここまでダメージが無いのはかなり有難い。

 生身の人間が当たれば発射速度の関係で死んだことも気づかない火力を持ってる癖に、かなりシンプルな構造をしている。

 うまく取り外せば手動操作も可能なんだわ。

 

 着陸のために機首を無理やり上げながら庇ったのが良かったようで、細かくスキャンしたがドクター・オクトパスでちょっと手直しすれば大丈夫そうだ。

 重量や反動がヤバすぎて生身の人間が持って使うのは不可能だが、俺にはドクター・オクトパスがあるので大丈夫。

 他の重火器と違って給電する必要があるのだが、これもドクター・オクトパスを稼働させているアーク・リアクターで大丈夫。

 ベイマックスも、頼んでいた弾倉を機内から運んできてくれた。

 吸血鬼が眠る棺桶かってくらいのサイズなんだけどもこれですら最速でぶっ放すと数分で無くなるからとんでもない。

 それはそうと完璧だ。

 自分の手際の良さにびっくりしちゃうね。

 よくやった、とベイマックスから弾を受け取ろうとしたが渡してくれない。

 なんでぇ……^q^

 

『ナズナは保護者制限モードなので、これはベイマックスが使います』

 

 やだああああああああああああああ!!!!!^q^

 

 

 

 

 

『ナズナは保護者制限モードです。ベイマックスに任せると言ってください』

 

「やだ。そもそもそれは機能の制限であって火器の使用は禁止してないし」

 

『使用マニュアル及び動作最適化ダウンロード済みです。安心してください』

 

「やだ。ケアロボットだから何も安心できない。ジャーヴィスに制限されてるじゃん」

 

『スターク邸とタワーの制御権限が取り上げられているだけです』

 

「外部に影響を及ぼせる全部の権限が実質的に取り上げられてるんだよなぁ」

 

 ベイマックスがミニガンぶっ放すところとか見たくないから俺が使うって言ってるのに全く弾を渡してくれない。

 何のアピールか不明だが、ベイマックスは謎の格闘技とビームで襲い掛かってくるチタウリをぶっ飛ばし始めた。

 素手で倒せるならミニガン要らないじゃん。

 ドクター・オクトパスの電気ショック機能で近づいてきたチタウリを倒す。

 外部から電気エネルギーを受け取って強くなる、みたいなゲームに出てくるタイプの敵じゃなくて良かった(小並感)

 ベイマックスにそれがあるならミニガンは不要とか言われたが、500ジュール程度のAEDだし火縄銃は2000ジュールくらいだからセーフ。

 近接医療行為過ぎてミニガン使いたい。

 

 早く弾を寄越せベイマックス!

 受け取る前に、集合場所に着いてしまうぞ!

 渡すと言え!

 これじゃなし崩し的に使えなくなってしまう!

 

 

 

 

 電気ショックによる蘇生に失敗してご臨終となったチタウリを調べながらベイマックスの後ろを付いていくと、みんなもう集まっていた。

 俺とベイマックスがビル群から通りに顔を出すと、建物の影からアイアンマンが頭上を過ぎ去っていった。

 ロジャースさんとかロマノフさん、バートンがこっちに手を振っている。

 バナー博士も間に合ったらしく、手を振ると驚いていた。

 イェーイと手を振り返して、轟音に顔を顰める。

 またチタウリか?

 

 超でかい魚っぽい敵が空を泳いでいた。

 

 ピンチだ!

 これかなりピンチだよ!

 どうにかなるとは思わないけどミニガンが俺には必要だよね!!

 受け取ったらビルにバックレるけど!

 

 駆け付けてくれたハルクが目の前でワンパンしちゃったぁ……。

 

 追撃でアイアンマンが魚にマイクロミサイルをぶち込むことで粉砕した。

 爆風をベイマックスの背中に隠れることでやり過ごす。

 勢いで誤魔化したらミニガン使えないかな……使えるかもしれない。

 いや、使えるはずだ。

 まだ勢いで誤魔化せるよな!

 いえーい! とハルクにハイタッチを求めるが、反応が薄いのでドクター・オクトパスで高さを調整して勝手に手を合わせる。

 そのまま「元から自分の装備ですが何か?」と何食わぬ感じかつ自然にミニガンを近くに停まっていた車の屋根に乗せる。

 これで自在に動き回りながら弾をばら撒くのだあああ^q^

 

 

 

『ナズ、ドクター・オクトパスでそれを使うのは禁止したからな』

 

 やだああああああああああああああ!!!!!^q^

 

 

 

 

 

 --20

 

 ロジャースさんの指示でみんな行動を開始してしまった。

 俺はチタウリを解剖してたら出遅れてしまったが、新しい知見は得られたから良し。

 ロマノフさんに呼ばれたので、もう動くことのないチタウリは放置する。

 

 緊急事態の時はなんちゃらかんちゃら法で道路の車を勝手に使って良かった気がしたので、『義手』でちょっと力を込めてエンジンをかけようとしたら、革ジャンを着たサングラスのおじいちゃんに止められた。

 それから「ヒッチハイクなら後ろに乗りな、坊や」と言われてしまった。

 ロジャースさんの静止の言葉を無視したおじいちゃんはエンジンをかけ、バスからバッテリーを借りてきたベイマックスが屋根のミニガンと接続していた。

 

 ……メインウェポンが弓矢のバートンは弾が切れたらどうやって戦うんだろうか。

 ミニガンの準備を終えたベイマックスにヴィブラニウム刀を託し、バートンに渡すよう伝える。

 その後は救助活動をメインに。

 俺の言葉を聞いた違法改造ベイマックスが飛び立ったので、俺はもう考えるのやめた。

 

 へーい、そこのお兄さんお姉さん乗ってかなーい? と車内からロジャースさんとロマノフさんの二人に声をかける。

 二人が相手していたチタウリは交通事故に遭った。

 ヴィブラニウム刀が4本あれば全ての『義手』に持たせて高速回転させることでジェダイ殺しの技術をチタウリに見せつけられたんだが?

 おじいちゃんのキルスコアが順調に加算されていくんだが?

 というか俺より好調なんだが?

 

 

 

「調べた結果ですが、チタウリは機械化されてますが生体部分も多いです! また人間に酷似しているので急所っぽい場所を撃てばそのうち死にます! 連射しすぎると砲身が焼け付くので気を付けてください! 人に当たったら痛みを感じる前に消し飛びます! 供給する速度を落としてますけど、それでも弾がすぐに無くなりますからね!」

 

 ロマノフさんがミニガンを使うというので助手席から身を乗り出しながら注意を述べる。

 街中で使う物じゃないが、敵が急に来た宇宙人なのでしょうがないね。

 テキトーにミニガンを貼り付けただけの屋根だが、何故かロマノフさん、ロジャースさんはそこで戦うと言い出した。

 タンクデサントがいれば視野が広く取れるから生存率が上がるね!

 あまりにも完璧な布陣……!

 完璧か?

 しょうがないのでドクター・オクトパスで二人を支える。

 

「他にも注意点がいっぱいあってですね……!」

 

「講義は必要ないわ! いつも使ってるから得意よ!」

 

「そりゃクインジェットなら自動だからお手軽ですもんね! でも今日は手動ですよ!」

 

「ナツ! 前方にバスが倒れてるぞ!」

 

「見ればわかりますよ! そのままアクセル踏んで!」

 

 ドクター・オクトパスで車体を跳ね上げ、横倒しになっていたバスを回避する。

 マズルフラッシュどころか火を吹いているようにしか見えないミニガン。

 それで空飛ぶチタウリを上手くミンチにしているから器用な物だ、と思いながら反動でふらつく車体を『義手』で支える。

 支えるというか、道路を叩いた反発力でカウンターしてるだけ。

 敵からの攻撃は盾や俺の『義手』で防ぎながら、通りを行ったり来たり爆走してチタウリを蹴散らしつつ防衛網を維持する。

 いやぁ、終わりが見えないわ。

 

「リンちゃん! ゲートを閉じないと終わらない可能性が高いから現地集合しましょう! 私は空から行くわ!」

 

「え!? どいうことですか!? 現地集合!?」

 

 ロマノフさんが屋根から身を屈め、車内の俺にそう告げた。

 唐突に言葉を投げつけられたためになんだなんだと身を乗り出す。

 ロジャースさんの盾を足場にし、大きな跳躍をして見せた後チタウリの飛行ユニットに取り付いたロマノフさんはそのまま何処かに飛んで行ってしまった。

 ロジャースさんに視線を向けると力強く頷かれた。

 

「ナターシャの言う通りで頼む」

 

「……い、行けたら行きます」

 

 『ドクター・オクトパス』で車体を持ち上げ、強制的に方向転換しながら言った。

 

 

 

 

 最初の集合場所に戻る頃には、おじいちゃんの車はボロボロになっていた。

 ドクター・オクトパスによる補助でかなり保ったが、やはりチタウリ専用クリスティーンは寿命のようだ。

 おじいちゃんを抱えて地下の避難所に連れて行く。

 深くお礼を告げつつ、愛車を壊してしまったことを謝った。

 「ばあさんに車で空飛んだことを自慢する!」と大興奮だった。

 これ俺の話を聞いてねぇわ。

 

 とりあえずおじいちゃんを避難所に送り届け、地上に戻るとロジャースさんがミニガンを普通に使ってた。

 反動とか全然気にしてないのゴリラすぎる。

 手荒に使っていたので弾詰まりを起こしたみたいで、そのままチタウリを殴る鈍器にし始めた。

 チタウリを撲殺し始めた。

 

 Oh......Captain Gorilla :)))

 

 

 

 チタウリを撲殺しているキャプテンゴリラと合流。

 かなり手荒に扱ったのにここまで弾詰まりを起こさなかったのは幸運だったが、最終的には鈍器に生まれ変わり、とうとうジャンクと化したミニガンがゴリラによってポイ捨てされた。

 チタウリが攻めてきてる時点で不幸だよな。

 

 『ドクター・オクトパス』の腕に電気をチャージし、チタウリに触れて麻痺させていく。

 腕の内の1本は自分で言うのもあれだが、貧弱な身体能力しか持ってない俺を支える仕事があるので攻撃は3本で行う。

 最初は格闘していたキャプテン・ゴリラも、そのうち俺のほうにチタウリを投げてくるようになった。

 俺が痺れさせたチタウリの頚を盾で刎ねるほうが楽だと気づいたようだ。

 しかしだねぇ、これでは俺の負担が増えてしまうのだから……。

 

 いやこれマジで負担がでかい!

 

 なんかよくわからない雄たけびでチタウリが体当たりしてきたが、文字通り対処できる『手』が足りなくなってきた。

 僅かな抵抗が塵も積もればってわけで、考えなしで連射できるほどチャージできない。

 補助を任せている腕を支えにし、身体を宙に持ち上げて一回転しながら体当たりを避けつつ宇宙人属タックル科チタウリ星人に、電気待ちしていたチタウリを掴んでぶつける。

 反動で飛んできたチタウリに対し、盾を構えて器用に頚だけ刎ねていくキャプテン・ゴリラ。

 ドヤ顔にイラっとしたので転がっているチタウリの頭を投げつければ、転がっていたチタウリの胴体で打ち返された。

 ヒット性の当たりをしたチタウリの頭部は、他のチタウリとぶつかって謎の液体や機械を四散させた。

 キャプテン・ゴリラから投擲された頭を、俺も真似するようにじたばたしているチタウリで打ち返す。

 ドクター・オクトパスをフル稼働させてチタウリやチタウリの頭を投げつければ、華麗に全てを打ち返される始末。

 もう戦ってるのかわからなくなってきたんだが。

 

 ビルに跳びつき、チタウリを回収して投げつける。

 空から現れたアイアンマンのビームを盾で上手く反射することで掃討されてしまった。

 ホームランダービーだったら全部ホームランされているようなものだ。

 これが敗北感……?

 

 俺は現地集合らしいので、そろそろ上に行っておきたいんだよな。

 壁に張り付いているチタウリを落とそうするアイアンマンを見つけたので、飛び跳ねて掴む。

 トニーが文句を言っているが日本人の99.999999%は英語わかんねんだわ。

 これで一気に上へと昇れ……いや、速すぎるんだが?

 パッと手放せば一瞬の浮遊感、そして迫りくる落下の恐怖。

 

 いつもなら「ほわあああああああああああああ」とか言って間抜けに落下するところだが、俺は賢いので近くに来るであろう飛行ユニットを掴む。

 こいつらの乗り物は好き放題飛び回れる代わりに、動きが大雑把なので読みやすい。

 人は学び、成長することができるんだ。

 つまり俺も学んだってことだ。

 ロマノフさんみたくこいつの操縦を奪えば俺も空に……他のチタウリが飛行ユニットで体当たりしてきたんですけど。

 

 鬱陶しいな! と周りのチタウリをドクター・オクトパスで振り払い、操縦していたチタウリも引きずり落とす。

 俺が上! お前が下!

 ヒッチハイクしたので運転手も落としたら、泳いでいた魚に轢かれたので処分の手間が省けてちょうどよかった。

 そして同時に問題が発生した。

 このユニットの使い方がわからん。

 一応俺もセグウェイくらいなら乗れるんだけどね?

 

 錐揉み回転しながら空を飛ぶ。

 げんりはわかった。

 コツがわからないだけだ。

 自転車と一緒。

 走り出せたら自由自在らしいじゃん。

 俺は自転車乗ったことないから知らんけど。

 

 それはそれとして、ふらふらして飛行するの怖すぎるんだが。

 とりあえず飛行しているチタウリに『義手』を伸ばしまくってバランスを取る。

 何かを掴むことで不安定を伝え、俺は安定を得る。

 代わりにチタウリが落ちていったけど飛べない俺が空を駆けるための代償だ、仕方のない犠牲だった。

 お、ロキじゃーん。

 操縦がいまいちわかってないがとにかく体当たりを食らえ!

 

 

 

 あ、違う違う!

 上昇したいわけじゃないんだわ!

 なんだこの糞デバイス!

 操作性がうんこ!

 うんこ!

 

 うわあああ!!

 ロキが魔法をぴゅんぴゅんさせながら追いかけてきた!

 俺は空を上手く飛べないからやめろや!

 というか魔法にチタウリ巻き込まれてんじゃん!

 笑ってられるのも今の内だからな、ロキ!

 

 ……そうだ!

 空飛ぶチタウリを使い捨てにすればいいんだ!

 

 降下の仕方がわからないから乗り捨てて、落下中に次のチタウリを掴んで乗り移る。

 ジャンクと化した落下物が危ないけど、それもうまく他のチタウリや魚にぶつけることで危険性を下げればいいんだ。

 空を飛ぶチタウリや壁に張り付いているチタウリを上手く使いながらロキから逃げるが、余裕を見せながら俺にギリギリ追いつかない速度と位置で迫ってくる。

 ロキが指示を出しているのか、俺の妨害をしにチタウリも追いかけてくる。

 チタウリはちょっと頭がよろしくないみたいで俺の足場以上の活躍はできていない。

 現場に余裕がなくて責任者が率先して動かないといけないのはロキも地球も一緒なんだなぁ。

 

 うわっ、魔法が掠った!

 

『リンちゃん、聞こえる?』

 

「ロマノフさん!? 今ちょっとロキに追いかけられてて忙しいので後に……」

 

『ロキが近くにいるの? ちょうどよかったわ。博士がロキの杖を安全装置にしたらしいからお願いね。じゃ、現地集合だから』

 

「いや、そんな近所におつかい行って、みたいなノリで頼むことじゃ……切られた!」

 

 一方的に通信で無茶振りされてしまった。

 今魔法から逃げるのにかなり忙しいからどうにもできそうにないんだけど。

 誰か助けてくれないかな……。

 

『エージェント、聞こえるか? こちらフューリーだ』

 

「フューリー!? 今ちょっと無茶振りとロキに追いかけられてて忙しいので後に……」

 

『ヘリキャリアが間もなく到着する』

 

「フューリー長官、よくやりました! 流石! 今ちょっと出待ちしてたファンに囲まれてるんで助けを……」

 

『悪いが委員会に権限をはく奪され、核ミサイルが発射されかけている』

 

「何やってんだハゲ!」

 

『ハゲじゃない。ニック・フューリーだ』

 

 使えないハゲだよおまえは!

 委員会ってなんだよ!

 核ミサイルとか馬鹿でしょ!

 うわああああ言いたいことが山ほどあるぅぅぅ!

 

『こちらも出来る限りで動くが、事態が収拾できないことには解決しない』

 

「ロキの杖でゲートを閉じられそうなんで、それまで頑張ってください! ロキは今目の前にいるんで!」

 

『それならこちらも持ちこたえることが出来る。ゲートさえ閉じれば……』

 

「あとそっちは核を使わないように抑えつつ街に戦力を派遣して守りつつチタウリを攻撃しまくって救助を行いながら打ち上げ会場を予約して俺を助けに来てください!」

 

『待て、そんなには無……』

 

 おら、通信切断を食らえ!

 言い訳は後でしろ!

 

「楽しそうだな、尋問官」

 

「そりゃあね! 遊園地でもこんなアトラクション無いからね!」

 

 通信を切ったらニヤニヤ笑いながらロキが話しかけてきた。

 会話したいなら一回俺を地上に降ろしてくれ。

 それなら喜んで相手してやるのに。

 未だにチタウリに飛び移ったり壁を掴んで跳んだり、ロキの周りをくるくると移動している。

 

「そろそろ降参したいんじゃないか?」

 

「それは絶対にないね! なぜなら……こちらには核を使用する準備ができている!」

 

「何っ!? 正気か貴様……!」

 

 てきとーぶっこいたらロキが目を見開いて正気を確かめてきた。

 マンハッタンは消し飛ぶから、そりゃあね。

 ニューヨークの中心部は島だから使ったら地図の書き換えも念頭に入れておかないとな、使わんけど。

 

「胸をツンツンして友達料払って仲良くしたお友達に聞いたのかな! わかってるなら話が早い! 空飛ぶチタウリの移動速度だと今から逃げきれない範囲を焼き尽くせる! 助かりたいならゲートを通って宇宙に逃げるか……」

 

「キューブを使え、というわけか。いいだろう」

 

「逃げるなよ、ロキ!」

 

「逃げていたのはお前だろう。安心しろ、焦土になる前に支配してやる」

 

「そう簡単に行くかな! ちなみに核程度だとハルクは死なないからな!」

 

「あんな化け物、どうとでもなる。私は神だ」

 

 内心でロキがどうにかできるレベルなのかと疑問を抱いたが、そんなに余裕も無いので切り捨てる。

 杖を寄越せうおおおおお! と空中に沢山いるチタウリを足場にぴょんぴょん跳ねて攪乱する。

 うおおおお!

 うおおおおおおお!

 うおおお……おおおおお?

 

 下にハルク居たわ。

 俺が頻繁に飛び移ってたチタウリたちが、下に落下してたわけで。

 それが埃のようにパラパラとハルクにぶつかりまくってたようなんだよなぁ。

 

 ごめんね?

 許して?

 ケーキあげるから……。

 

 

 

 

 

 ほわあああああああああああああ^q^

 

 

 

 

 

 --21

 

 激おこのハルクに放り投げられた。

 殴られなかった。

 優しい子に育ってて感動しそう。

 それはそれとして人はアイアンマンスーツが無くても飛ばされるから困ったもんだ。

 

 放物線を強制的に描かされて流れゆく景色を横目に、ドクター・オクトパスの状態に眉を顰める。

 投げられる直前にロキが撃ってきた魔法の弾は防げたけど、咄嗟に構えたせいで『義手』が半壊してしまった。

 あの杖マジで反則だからナーフしてくれないかな。

 ぶちギレたハルクにロキは追いかけられていったけど。

 

 落下中、すぐ傍にはバートンの姿。

 なんと奇遇な!

 ちょっと上から見てたけど、群がるチタウリに追い立てられてビルから飛び降りてきたようだ。

 ちなみにバートンはトリックアローで外壁に矢を噛ませ、そこから伸びたワイヤーでターザンの如くビル内部に転がり込んでいった。

 ……ターザンってもしかして死語?

 

 お迎えの車にボロボロのドクター・オクトパスで着地する。

 タワーに居た時に起動させておいた空飛ぶ車がやっと到着してくれたようだ。

 オープンカーにしといて良かったが、これがあれば空を跳びまわらなくて済んだんだよなぁ。

 クラクションを鳴らせば、傷だらけのバートンが顔を出してきた。

 補充用のトリックアローも荷物として積んである後部座席を親指で示す。

 

 へーい、ホークアイ、乗ってけよ!

 

 

 

 空から車でロキを追いかける。

 何処にいるかは一目瞭然だ。

 そう、ハルクが色々とぶっ壊しながらロキを追いかけているからね。

 チタウリに囲まれてじゃんじゃか撃たれてるのに、それでもロキを追いかけているの怖すぎない?

 流石にハルクの追撃がヤバすぎたのか、魚が大漁に集まってきたようだ。

 

 巨大な魚はちょっと俺には対応できない。

 というか出来るのが限られている。

 対応できない組みでこっちは頑張っておこうってわけ。

 ちなみにバートンはそこらへんに置いてきた。

 ハルクにぶん投げられたロキがビルへと突っ込んだのを見て、車のクラクションを鳴らしてから俺も地上に降りる。

 怒りで肩を揺らしているハルクに話しかける。

 

「ハルク、こっちは俺がやるから交代して。それからあっちの魚をお願い。ちまちまとロキを追うよりもあっちで暴れたほうがいいでしょ」

 

 物凄い勢いで顔を近づけて威嚇してきた。

 ハルクの腕をぺしぺしと叩く。

 ほら、行って行って。

 

「俺だと轢かれるだけで終わっちゃうからね。任せたよ。折角だから車もあげるよ。……好きじゃない?」

 

 俺を見て、魚を見て、威嚇しながら浮いてる車に近づく。

 そして真っ二つにした、車を。

 

「反重力の車を両手で……。素晴らしく賢いな。後で花丸をあげないとね」

 

 俺の言葉を聞いたのかはわからないが、真っ二つにした車をグローブのように両手で持ったハルクは魚に突撃していった。

 いい子だ。

 ハルクだと強すぎてロキが魔法で逃げる可能性もあったので、ちょっと別の場所に行ってもらった。

 後は建物の中からとチラチラと確認しているロキを相手するだけだ。

 

 

 

 

 

「クソっ……。野蛮な化け物め……」

 

「やあ、ロキ。”頭まで筋肉が詰まった野蛮なアスガルド流”のおもてなしはどうだったかな」

 

「兄上に迫る糞みたいなおもてなしで”懐かしきアスガルド”を思い出させてくれたよ。……次はどうする? 私はまだ元気だぞ?」

 

 エントランスから出てきたので声をかければ、傷つきながらもハルクが離れたことでロキはまだ不敵な笑みを浮かべることができたようだ。

 まだ杖はある。

 まだチタウリもいる。

 まだハルクはここに来そうにない。

 まだ元気なのは確かだろう。

 

「そりゃあもう、ここからやることは一つでしょ」

 

「一つ? 私はもっと選べるとも」

 

「ロキはここで逃げて満たされる程度の神なんだ?」

 

「……ふん、私がいつ逃げると言った。負けを認めて跪くだけでお前は助かり、すぐにでも正しい栄光を得ることができる。何が不満なのだ」

 

「何がって。全部だよ。ロキの想像する物だと何も満たされない」

 

「……生まれによって座るべき椅子は取られ、気づけば陰に追いやられ、慈悲をただ与えられる。それでお前は満足か?」

 

「満足だよ。俺の欲しい物はこの先にある」

 

「私のために使えばお前の名は宇宙にも轟くのに!」

 

「……神は何も知らないんだな。科学は今を生きる人のためにあるんだよ。そして俺は、正しいことをしたいんだ」

 

「……私には理解できない。そんな愚かな選択を。生き方を」

 

「俺には理解できるよ。ロキは負けるのが不安なんだな」

 

「……戯言を。私は神だぞ」

 

「俺は人間だよ。……神と人間が争ったらやることはやっぱり一つだよな」

 

「どうせ核とやらも脅しなのだろう? お前たちが使えるとは思えん。だが、お前の思惑に乗ってやる。……ここでの再戦を認めようじゃないか」

 

 頭上には宇宙へと繋がる穴。

 光の柱が昇っている。

 対峙したロキの顔に、笑みはもう無い。

 

「悪いけど殺す気で挑ませてもらう。……遊びとは違うから」

 

「下等な人間が神に挑むなら当然のことだ。せいぜい神殺しを夢見るのだな」

 

 今日は運がいい。

 チタウリが攻めてきてるからやっぱり悪いか。

 個人的な運だけを言えば、俺はずっと幸運だと思う。

 ここは”集合場所”でもあるし、ラボもある。

 少しだけど睡眠も取れている。

 タワーの最上階から黒い塊が降り注ぎ、俺を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 --22

 

 偉大なはずの愚かな父、聡明で美しい母、そして飾る言葉の見つからないほど憎いと思い込んでいる兄。あらゆる名誉、あらゆる栄光が遮られていた。ロキはそう思っている。だから邪魔な父や兄を、ロキは殺そうとした。

 結果として失敗したが紆余曲折を経て、この星に来た。栄光で自分を満たすために。

 

 ミッドガルドに侵入を果たし、敵地から『四次元キューブ』を奪った。『(セプター)』を貸し与えられたロキにとって大して難しいことではない。夢想するのはこの星を支配する自分の姿。

 満たされるはずだった。

 新たに得た駒から情報を得る。ロキからすればミッドガルドにいる全ての人間が駒だった。

 射撃を得意とする駒は詳しい情報を多々持っていた。最大の脅威となるであろう組織でも腕利きの駒だったらしい。計画を果たすのに役立つ駒、役立たない駒、そして……興味を持ってしまった駒。

 

 ロキが興味を示したそれは、心を読む駒だという。また、科学技術にも優れた知性を併せ持つとも。それはロキをして欲しくなる、いや、ロキだからこそ欲しい力だった。知性溢れる自らの駒はやはり賢い方が望ましいと考えたのか、身に付けた魔法との相性が良いためか、それとも……その特性をただ求めたのかはロキ自身をして分からない。分かろうとしたくなかった。

 

 計画の準備が進むのを待つ他ないロキは、暇つぶしとばかりに興味を持った駒の話を集めた。それは『杖』を貸し与えた連中による圧力から目を背けるためでもあった。

 話を聞けば聞くほど、ロキの興味は大きくなっていった。兄に似た優れた目上の者との、血の繋がりを持たない者との生活。好き勝手動いた目上の者の後始末を押し付けられ、それでも人望は得られない。誰も見ていない。優れているのに、優れているからこそ、陰に追いやられている。

 翳りある人生の歩みは、ロキが自身に似ていると僅かな共感を抱くのに時間はそう掛からなかった。

 

 兄と久方ぶりに顔を合わせたあの日から、ロキは尋問官と顔を合わせる日々が続いた。

 自分と似た溢れる知性、富んだ感性による軽い皮肉の応酬、純朴で天邪鬼な性質。それだけでなく、ロキが持っていない離れた相手の思考を読む能力。

 似ていると興味を持っていたが、実際に会うと想像以上だった。

 幻影を見せる術を持つ自身と、思考や記憶を操る能力の相性はこれ以上ないほどの相性に思えた。

 自分大好きなロキが、自身にとても似ていながら、そして決定的に自身と異なっているがために穴を塞いでくれる能力を持つ者と交流した。ロキが親近感以上を強く抱くのは当然だった。

 その感情は全く負に傾くことはなく、交流を重ねるほどに尋問官と呼ぶ人間に投射し、跳ね返されることを繰り返された。

 いつしか駒として欲したことも忘れていた。そもそも出会った瞬間に理想の役職を授けようとして呼んでるので、頭ロキだった。

 

 結果的に、潜入したがためにちょろいロキとなった。 

 

 

 

 

 

「……死んでしまったか?」

 

 キューブによって開いた彼方への扉を支える光の柱、その源となった建造物から黒い塊が降り注ぐと、運悪く真下に居た尋問官を圧し潰した。チタウリの攻撃に曝されたとはいえ、建物があまりにも脆すぎる。アスガルドとあまりにもかけ離れた技術格差は、ロキに少しの呆れを与えていた。こんな星を支配して本当に満たされるのか。浴びせられ続けた言葉は、かつて自問自答していた言葉だったことを思い出す。

 本当に死んでいたとしたら、執着の無くなったロキはキューブを手にしてすぐさま逃げていた。どうなっても構わないくらいには、見切りをつけ始めていた。ふと見上げれば、新たなチタウリの侵入を、兄が雷で防いでいた。あれでは飛んで逃げることも叶わないだろう。

 尋問官を飲み込んだ黒い塊から、こもった声を聞いた。辛うじて男だとわかるほどの無機質な声だった。

 

「そんなわけないでしょ。『セレブロ』起動、と」

 

 塊の表面が液体のように波打ち、そしてサラサラと砂のように崩れていく。地面に広がった黒い水たまりにも似たそれの上で、白衣を着た尋問官の姿が露になった。

 顔の見えない男は、やはりロキが自身に似ていると思わせる奇妙な空気を纏っていた。

 黒い水たまりから黒い水が跳ねた。いや、伸びた。それは縄のように一瞬でロキの持つ『杖』に巻きついた。振り払おうとするが伸び縮みを繰り返すだけだった。魔法で作ったダガーを叩きつけるが、黒く細い縄から硬質な音が響くだけで終わる。

 

「……これは何だ?」

 

「何だと思う?」

 

 黒い縄が絡みついて『杖』を引き寄せようとしていた。ロキの力が上回っているためか、微動だにしないがそれでも力を弱めれば持っていかれそうだった。絡みつかれた場所からじわじわと黒く濁っていく。

 

「何だと聞いている!」

 

 思わず怒鳴り声が出ていたのは、自らの力を象徴するはずの『杖』に干渉してくることがひどく不快だったために違いない。

 

「しょうがないなぁ。それはナノボールだよ、カーボン由来のやつ。衝撃で綺麗に炭素とかが移動して、ちょっと黒く汚れるだけ。大量に肺に入ったら危ないけど、微量なら体内に入っても流れ出るよ。ふふふ、良かったね」

 

 ロキが求めた答えを話す気は無いようだった。尋問官の言葉に舌打ちしながら、黒い水たまりから伸びた縄に狙いを定める。『杖』を汚した物と、絡みついている物は明確に違うことがロキには理解できていた。

 『杖』から魔法を放てば、巻きついていた何かがバラバラと細かく地面に散らばった。黒い砂のようだが、粒は指先ほどの大きさだった。

 

「これもか?」

 

「それ? それはね、ちょっと凄い磁石だ。極性が若干複雑だからねじれ双角錐の形にするのが一番安定したんだよね。高価だからあんまり壊されると困るんだけど」

 

「そんなに大事なら宝物庫にでも放り込んでおくんだな」

 

「大事な消耗品ってだけだからそこまでする物でもないんだよ。この『ドクター・オクトパス』はまだ偽物だけど、小さな太陽ならちょっとだけ抑え込むことができる『義肢』なんだ。……手間取ったけど、俺の優勢で始めさせてもらおうかな!」

 

 音もなく、黒い水たまりが尋問官の背に集まっていた。

 

 

 

 尋問官の背から黒い何かが伸びた。濡れたように艶のある表面は、よく見れば双五角錐に似た小さな結晶で構成されていた。それは先ほど魔法で撃ち落とした砂の粒に似ていた。本人が『義肢』と呼んだのだから腕や手、または足といった部位と代替できる物だとロキは考えた。人の手と大きくかけ離れた形状をしているが、やはり人体を模した機能を持つのだろうか。人間の手とは不釣り合いな、しかしこの黒い腕には似合っている鋭利な三つの爪がロキの『杖』に迫っていた。

 ロキは自らの純粋な身体能力が、人間や地球の文明が発揮できる大半の物よりも遥かに優れていると確信していた。兄ほどではないが、とロキからすれば忌々しい飾りの言葉は付くが。つまり、その迫りくる『腕』はロキからすればあくびをしている余裕があるほどに遅く、『杖』で軽く打ち払う程度の脅威でしかない。

 横から獣のように飛び込んできたチタウリが、果実のように握りつぶされていなければ、だが。無感動に投げ捨てられた、もう二度と動くことのないチタウリの残骸。

 ロキの脳裏に浮かんだのは、”虫かご”から解放された直後、死にゆく男によって撃たれたあの兵器。痛い目を見たのは確かだ。一度ならいいが、あれが幾度となく襲ってくるのならロキをして考えを改めなければならない。

 

「隠していた兵器か!」

 

「『義肢』だよ」

 

「なんと野蛮な兵器だ! だが殊更に欲しくなったぞ!」

 

「だから『義肢』だってば」

 

 再び迫る『腕』を、跳ねるよう横に避けた。尋問官がしつこく『義肢』だと主張するその兵器は、気づけば三本に増えていた。今のロキに嫌いな物を訊ねれば、雷以外が返ってきたかもしれない。

 チタウリを呼び出しながら回避に徹する。空と地の両方から現れるチタウリの対処に尋問官が時間を割くことはわかりきっていた。幻影によって自身の身体を透過させ、かつ保険として少し離れた場所にいくつも増殖させた像を投影する。力だけ強くても、あのハルク(化け物)以下でしかないのなら、どうにでもなる。

 

「見えているのか!?」

 

「見えないけど場所はわかる。よくできてるけど、暗号の模写が甘いよね。完璧に写すか、素因数分解で解読できるからもっと頑張ってみて。秒単位で変換しまくるけど」

 

 チタウリや、”増えたロキ”を軽々と破壊しながらも、必ずどれかしらの『腕』がロキに狙いを定めていた。いや、もっと正確に言えばロキの『杖』を狙っている。思い当たるのは、最初の黒い汚れ。今となっては『杖』を握る手までもが黒く汚れていた。

 

「あの汚れか!」

 

「逃げる相手にマーキングは常套手段だよね。ちゃんと洗わないといつまでも俺たちを呼び寄せるよ。家に帰って手洗いうがいしてきたら?」

 

「支配してからここに私の城でも建てて、ゆっくり湯浴みでもしてやる!」

 

 無駄になってしまった透過を解除する。確かに『腕』の力は脅威だが、対抗手段がない程ではない。『杖』による魔法を受けるとどうなったのか、ロキは知っている。砂のように地に落ち、そのまま動かなくなった。

 大まかな動きに誘導された『腕』を避け、空にいるチタウリを払い落とそうとした他の『腕』に魔法を当てる。予想通りだ。『腕』は半ばから断ち切れて、チタウリを飲み込んだまま黒い砂が地面に飛び散った。

 迅速に駆け出したロキは、たった今落とされたチタウリのチャリオットに乗り込んだ。確かに近ければ厄介だが、距離と速ささえ勝れば怖い相手ではない。

 

「あー、ホント魔法はずるいなー」

 

「悪いが地の利を得たぞ。これが神の力だ」

 

「絶対に神は関係ないでしょ、神は」

 

 チャリオットで宙から『杖』を向ける。崩れ去った粒が再び『腕』を形成し、尋問官を守るよう射線を塞いだ。地面に落ちたままの粒もあり、魔法が直撃した部分だけ破壊できているようだった。

 ゆっくりと旋回しながら観察してみると、尋問官の『義肢』が直接人体と繋がっているよう感じられた。首の後ろ、脊椎辺りから黒い粘ついた液状の物が、さらに背部に浮かぶ黒い水たまりに繋がっている。生き物の神経を明確に太くした物のようでもあった。

 黒い水たまりから、頭部、両肩を覆うように三本の『腕』が伸びている。『腕』を破壊し尽くすよりも、背部に漂っている水たまりを断った方がロキにはより効率的に思えた。

 

「これ以上疲れるのは良くないから地上戦で一気に片を付けたかったんだけどなぁ……」

 

 ぼやいている尋問官の身体を、『腕』が浮き上がらせた。『腕』がしなるように縮み、チャリオットに乗ったロキを超える高さまで跳躍して見せた。

 硝子窓が貼り巡らされた塔の壁面に爪を立て、落下を防いでいるようだった。

 

「それで? 虫のように這いずり回るのが精々だろう? それならすぐにでも『キューブ』を手にできる私の勝ちだが……」

 

 見上げながらもそう言い捨てて、チャリオットを大きく旋回させる。援軍で呼んだチタウリが追い立てるように迫っていた。

 近くにいるチタウリを払いながらも尋問官は静かにロキを目で追っていた。壁を掴んでいる『腕』とは違う、他の『腕』が黒い蜘蛛の巣のように変形し、援軍で呼んだはずのチタウリを絡め取っていた。

 壁を掴むことも、絡め取ることもしていない余った『腕』が大きな動作でロキに振り下ろされた。舌打ちしながら急降下させれば、空気を裂く音が遅れて聞こえた。地面にはチタウリだった物が突き刺さっていた。

 

「なんて野蛮な投石機器だ!」

 

「『手』だよ」

 

 尋問官はそう言うと、チタウリを投擲し始めた。地上と空中のチタウリを上手く駆逐しながら、忌々しいことにロキをも正確に狙って見せていた。あまりにも正確なので動きに虚を混ぜると容易く避けることが可能だった。

 ただし、チタウリがロキ同様に回避できるかは別だったが。

 

「チタウリども……何っ! バートンか!」

 

 チタウリを壁に、接近しようと声を挙げたが叶わなかった。投げ捨てられるチタウリと、援護のために飛んで来るチタウリに混ざって、矢が飛来したのを見逃した。ロキの駆るチャリオット、その動力付近に矢が突き刺さった。

 虚を突かれた形だった。

 『杖』が宙を舞っていた。

 

 

 

 呼び出したチタウリの軍勢が、チャリオットで建造物目掛けて攻撃を仕掛けていた。黒い『腕』と矢がチタウリを落としている僅かな隙に、ロキは新たなチャリオットに乗り込んで態勢を立て直すことに成功した。

 気を緩める余裕はまだない。操縦しているチタウリに怒鳴りつける。

 重力に従って落ちるはずの『(セプター)』が、緩やかに宙を漂っていた。

 塔の防衛とチタウリの妨害、更に壁を這う移動の性質によって速度の出ない尋問官と、一直線に飛んでいけるロキ。どちらが先に『杖』に近づけるか。

 

「人間にしては惜しかったな! だが私は神……」

 

 矢が、ロキの目の前で『杖』を弾いた。

 重力に逆らって尋問官の元へと引き寄せられていた。

 黒い『腕』に、絡みつくように握られていた。遅れて、ロキも『杖』を掴んだ。

 

 

 

 

 

 その手に『杖』を得た尋問官は、ロキの予想に反して攻撃してくることも屋上へと向かう素振りも見せなかった。ロキが力を込めるが、『杖』は動かない。

 疑問を抱くこともなかったが、それまで見えなかったはずの尋問官の顔を覆うように、首の裏から黒い粘液が広がっていた。

 粘液は形状を保てていないのか、滴るように落ちては白衣に吸い込まれていく。

 黒ずんで爛れた皮膚で押し固めたような眼球の一つとして存在しないそれに見つめられていた。ロキは視線を感じていたし、間違っていないだろうと断言できた。『(セプター)』の先端が相手側に向いていなければ、咄嗟に手放しただろう不快感が伝わってきていた。

 

「ロキ、ロキ、ロキ……。アスガルドのロキ……。我々はお前を知っている……」

 

 顔のない男がロキを呼ぶ。声帯を用いない音だった。機械のような、耳障りな声だった。違う。ロキの黒く汚れた手を伝って、互いに握り合っている『杖』を介して、思考を伝えてきている。

 

「……貴様は、何だ?」

 

 爛れた顔に、口のあるはずの部位に、無理やり作り出された裂け目が弧を描く。それは笑っていた。

 

「なんでもいいじゃないか……」

 

 笑いながら喋るそれに、ロキは酷く不快さを感じていた。言葉が伝わってくる度に、喘鳴音にも似たノイズが混ざる。何処か疲れだとか、痛みだとかを抱えている声だった。

 不安定な、形も持たない何か。

 

「良いわけが無いだろう。貴様は馬鹿か? 見た目通り脳が無いのか?」

 

 ロキの言葉につまらなそうな感情を返してきたそれは、背から伸びる黒い『腕』で、空を飛んでいるチタウリを圧し潰した。潰されたチタウリが、『腕』から滲み出た液体に咀嚼されていた。

 

「いいから話をきけ……。協力してやる……」

 

「……ほう?」

 

「地球がほしいのだろう……。我々の利害は、一致する……。アスガルドのロキが勝つことは我々の望むこと……」

 

「協力者になりたいのだな? このロキの威光に畏れたか。……貴様、名前は?」

 

「我々はセレブロの管理者、『ハイヴ・マインド』……」

 

 その名乗りと同時に飛来した矢が、顔の無い男の眉間に突き刺さった。

 巨大な矢じりのそれが、凄まじい高音を発していた。

 耳障りな悲鳴を挙げて、ドロドロと粘液が溶けていく。

 

「ロキぃ!! 助けろぉ!!」

 

「急に言われてもな。今度から事前に予約してくれ。私が予定を空けてやるほど欲しいのはお前じゃない」

 

「……頭を一つ切り落としてもそこから二つ生えてくる。我々は滅びない。覚えておけ、ロキ。お前もやがては宇宙で殺される。後悔することだ」

 

 醜い何かに向けて冷めた気持ちを吐き出した。

 ロキは『(セプター)』から、青いエネルギーボルトを撃ち出した。

 顔面に向けて飛ばしたエネルギーが、黒い粘液を蒸発させた。

 

「……刹那で忘れたよ。興味もない」

 

 

 

 

 

 

「どうした? 調子が悪そうだぞ。そこで横にでもなったらどうだ。素直なことがお前の美徳だろう?」

 

 ロキは硝子窓の一室を指差しながら言った。取り繕った声だったが、相手には気づかれていない様だった。

 目の前で必死に張り付いて落ちないよう姿勢を保っている男が、先ほどまでの意味不明な何かではないことはわかっていた。

 

「そんな魅力的な提案しないでほしい。マジで寝てぇよ……。ここで神経麻痺はきついから……」

 

 耳の裏に機械を翳しながら、草臥れた様子で男が言った。

 

「降参するか? 寝たいだろう」

 

「それは絶対しない」

 

 声はひどく疲れ切って弱弱しかったが、ロキの言葉に反抗するように顔を上げた姿には力があった。相変わらず顔は見えなかったが、それでこそといった気持ちがロキにはあった。

 あの黒い液体が尋問官の本心であったとしても、認めずに殺していただろう。簡単にはへりくだらない、迎合しない、だからこそ高貴な心を持てるのだ。その時、だまし討ちを仕掛けるからこそ輝く。

 ロキは何故満たされなかったのか。自分の輝きを客観視できなかったためだ。今、自分に迫るとも劣らない輝きを持った相手と競っている。

 これを乗り越えた時、ロキは満たされるに違いないと思った。実際はそんなわけない。

 

「ならば、再戦だな!」

 

 弾かれるようにチャリオットを加速させる。大量破壊兵器の核が放たれる前に『キューブ』を手にすることが勝利条件だが、厄介なことに屋上にある装置付近は安全とは言えない。バートンの矢、兄の雷、尋問官の追撃……。

 『キューブ』を取り出すまでに必要な時間が、ロキにはわからない。装置を組み上げたセルヴィグは優秀だったが、止める動作も同様かわからない。

 つまり、ロキはなるべく矢を無駄撃ちさせて枯らし、尋問官を昏倒させるのが最低条件だ。ソーの雷を相手しながら、他の攻撃を凌げるほど楽観はしていない。

 

「尋問官! 一つだけ聞かせてもらうが、お前が倒れたら黒い液体はまた出てくるのか?」

 

「勝負の腰を折るなよな……。いや、俺のせいか。まあ、当然出てくるよ。……俺も望むところじゃないからな。勝ったら使いなよ」

「これは……」

 

「ソニック・テイザー、耳の裏に近づけて使えば神経麻痺を誘発する。俺の安全装置代わりに使える」

 

 手のひらほどの大きさをした機械を投げ渡された。ロキの見間違いで無ければ矢じりに付いていた機械で、先ほど尋問官が自分に使っていた物だ。

 

「人間にも、か?」

 

 問いに答えないが、嫌悪感にも似た雰囲気を醸し出していた。

 魔法や当身の必要なく人間の動きを止める利便性に思わずロキは「これも素晴らしい」と呟いた。

 『腕』を必死に動かしながら付いてくる尋問官を見下ろしながら、チャリオットで塔の裏側へと移動する。これまでのやり取りで、狙撃の位置は大体割れた。

 狙撃を防ぐ遮蔽物代わりにこの塔を壁にする。

 

「貰っても?」

 

「逃げたら核で消し飛ぶから好きにしていいよ」

 

「……それは困るな。お前に勝って、ゆっくりと使わせてもらうとしよう」

 

 

 

 屋上への道はチャリオットならば一直線に上昇すれば、ほんの数十秒で済む距離だった。それが叶わない。塔の硝子窓を突き破って、進路を阻むよう的確に矢が飛んでくるためだ。これのせいで、ロキはチタウリを何度か捨て、チャリオットを何度も乗り換えた。その度に落下させられるのだから溜まったものではない。

 

 更に、面倒なのは尋問官の『腕』だった。凄まじい速さで壁を這いながら、チャリオットの挙動や軌道を僅かに狂わせる。狂った動きをしたチャリオットは、ロキを守る壁になるよりも、邪魔な動く障害物と化した。

 

 一番最悪なのは、自分を”虫かご”で嵌めて情報を盗って逃げた女が、屋上から物を落下させてくることだった。酒瓶や食器、家具、見知らぬ機械、終いには砂利を落としてきた。これにはロキも腹が立ってしょうがなかった。自分は必死に避けているのに、矢は好き勝手飛んできて、尋問官は意に介さず追撃してくるためだ。ロキが避けている姿を馬鹿にしたチタウリは、酒が飾ってあった見覚えのある棚に潰されて落ちていった。食器を甘く見たチタウリが首を裂かれて落ちていった。謎の機械に潰されたチタウリを見た尋問官が「あぁーセグウェイがー」と気の抜ける声を発していた。

 

「貴様ら!」

 

 顔を真っ赤にしたロキが屋上へとたどり着いた。女は悪びれもせずに「ああ、もう来ちゃったのね」と手に持っていた腕時計を置いた。

 

「予定とは違ったが、先に『キューブ』を回収させてもらう……。いや、待て! 女! セルヴィグをどこにやった!」

 

「休ませてあげて。死ぬほど疲れてるのよ」

 

「何しているか聞いたんじゃない! 何処にいるかを聞いたんだ!」

 

 『キューブ』を手にするのに手間取ったロキに遅れて、尋問官も飛び跳ねながら屋上に着地した。

 

「現地集合に成功! お待たせ!」

 

「私も今来たところよ」

 

「やだ……。いい女過ぎる……。きゅんってきた……」

 

 尋問官が「ときめきを隠せない」と呟いた。

 

「貴様ら!」

 

 ロキが再び吠えた。

 

 

 

「認めよう……。貴様はゲームが私よりも得意だということを。私も、覚悟を決めた」

 

 苛立ちを抑えるために深い呼吸を繰り返しながらロキが言った。予定と随分異なる状況への怒りのせいか、同じ土俵に立つことになったせいか、目が血走っていた。

 

「私は神だ! 私が勝つ! お前は神のためにその力を使えばいい!」

 

 空を覆う雷から逃れたチタウリの軍勢が殺到する。

 その苛烈さを縫うように女を狙い、魔法を放つ。

 『腕』がチタウリを蹴散らし、魔法を防いだ。バラバラと砂粒のように、壊れた『腕』だった物が屋上に散っていく。

 

「そうだ! お前ならそうする!」

 

 チタウリの攻撃で傷を作りながらも限界まで耐え忍びながら、それでも残してあった『腕』が『杖』を持つロキに伸びる。

 そして、『腕』はチタウリを貫いた。

 そこにいたロキは本物の『杖』を持たせた、増殖して幻覚の皮を被せただけのチタウリだった。

 『杖』がコツンと、音を立てて落ちた。

 

「私ならこうする!」

 

「俺もこうするよ」

 

 透明化を解いて姿を現したロキが、ダガーを胸に突き立てる。初めて『腕』に当てた時と同じ、硬質な音が響く。見えない『腕』がそこにあった。

 見えないはずの『腕』が煌めくと、一瞬の間を置いて爆ぜた。

 ロキが居たはずだった場所に、小さなクレーターを生み出して。

 隠された『腕』に閉じ込められていた硝子の破片が、きらきらと舞っていた。

 

 

 

「見事だ。だが、私も馬鹿じゃない。ナズナ・ナツメ、お前が四本の『義肢』にこだわっていることくらい知っている。……あれもチタウリだ」

 

 声を発する暇も与えず、尋問官に麻痺誘導の機器を押し当てる。音を立てて倒れた姿を見て、僅かばかり安堵の気持ちが広がる。

 まだ終わりじゃない。女や博士を操って、『キューブ』を取り出す準備を整える。チタウリによる波状攻撃を続ければ、やがて勝てるだろうが、尋問官の言った通り核を撃つ可能性もある。

 勝利の高揚感が、ロキの頭脳を刺激していた。心が満たされたような万能感は、あらゆる苦難を乗り越えさせるためにある。

 だから……ロキに油断は、ない。

 飛来した矢を頭部に刺さる寸前で掴む。

 

「随分と遅い矢だ。タイミングも、速度も。尻込みでもしていたか? ……おい、まさか尋問官、これは」

 

 ゆったりと優雅に視線を矢に向けている間に、矢じりに取り付けられた二つ目のソニック・テイザーがロキを麻痺させた。

 先に倒れた尋問官に折り重なるように、ロキも遅れて倒れた。

 痺れて動けなくなったロキの視線の先で、女が『杖』を使い、装置を止めていた。

 

 

 

 

 

 

 --22

 

 んあああああああああ!!!

 疲れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんん!!!!

 

 空は晴天!

 宇宙は見えず!

 屋上にロキ!

 晴れ時々チタウリ!

 空に宇宙はねぇんだわ!

 

 というわけで、機能停止したチタウリがボロボロと空から降っている。

 魚は建物に突っ込んだりもしたが、もうそれはこっちでは無理。

 ホントに限界だよ。

 ヘリキャリも到着してるからそっちで頑張らせて。

 麻痺してるから立ち上がれない。

 強化版喰らっても生きてるんだからロキって凄いね。

 ところで、なぜかロキとおねんねさせられてるんだが?

 

 

 

 途中でベイマックスに預けたバートンも屋上に到着。

 やっぱりプロってすげぇよな。

 雑な作戦伝えたら完遂してくれんだもん。

 飛行での援護中もチタウリとバトルしてたらしく、ベイマックスもバートンもボロボロだ。

 刀はバートンにあげるよ、もうこういうの懲り懲りなんで。

 他の装備はベイマックスに積んでしまおう。

 こんなこともあろうかと……は考えてないけど、お腹に収納機能を持たせた。

 膨らんでるだけじゃスペースもったいないからな。

 

 終わり!

 解散!

 さあ、打ち上げだ!

 ハイタッチ!

 俺を背負ってくれ!

 

 

 

 

 

『エージェント、聞こえるか? フューリーだ。こちらでも雨漏りの修理を確認した。よくやった……と言いたいところだが』

 

 

 

 

 

 

『核ミサイルが発射された』

 

 

 

 

 

 ほわあああああああああああああ^q^

 

 

 

 

 

 

 --23

 

『ナズ、聞こえるか?』

 

「聞こえます」

 

『作戦は簡単だ。もちろん私たちなら、と付くが。既に私は核と接触に成功したが止めるには至らなかった。このままギリギリまで軌道を修正する。作戦名はゴミポイ捨て作戦』

 

「ダサいですね」

 

「もっとまともなのは無いのかよ」

 

「男ってこうなの?」

 

『バートンもナターシャも黙れ、天才のネーミングセンスだぞ。だがナズの言うことも一理ある。ゴミ捨て場泥棒作戦だ』

 

「それだとゴミを盗んでる人みたいなんですけど」

 

「もっとまともなのは無いのかよ」

 

「男ってこうなの?」

 

『バートンもナターシャも黙れ、罵倒するならもっと語彙を豊かにしろ。作戦名なんてどうでもいい。ナズ、私が合図したら扉を開けろ。悪いが宇宙旅行の下見は私が貰う』

 

「おっけーです。作戦名は『おーいどこだー』か『ゴミ捨てへの航海』でお願いします。……定年退職したら宇宙開発とか良くないですか? トニーステーキ宇宙店とかやりましょうよ」

 

「キューブでパッと行って、パッと捨てるとかできないのかよ」

 

『私の今の速度を考えろ。血煙になるぞ。ロキでも掴める矢とは違うんだ。どうせならレーザーを掴ませてみろ』

 

「ロキにキューブ使わせて、成功したらバートンが一番凄いってことにします?」

 

『却下』

 

「却下」

 

「却下」

 

「大人って汚い。汚くない?」

 

 

 

 

 

「この『イミテーションモデル』はこういう核融合とかに使うためのドクター・オクトパスでして。まあ、まだ全然なんですけど」

 

『よし! 開け! ナズ! 開け!』

 

「まだ早いって! エネルギーが足りてないんですよ! 点灯式並みのカウントダウンはどこいったんですか!」

 

『何っ! どうにかして開け! 死ぬ! 死んでしまう! 私が最初に、距離的に空に近いナズが次に死ぬからワンツーフィニッシュしてしまうぞ!』

 

「どうにかって……どうしましょう!」

 

「わかるよ、ナツ。扉を開くのも大変だ」

 

『黙れキャプテン!』

 

「ハルクはちょっと足りない! 雷もちょっと足りない! 俺のリアクターも、ベイマックスも限界だし……。そう、時計! 俺の部屋にある腕時計なら足ります!」

 

「俺のは? 立体映像が見られる」

 

「それは硬いだけ!」

 

「これは? さっきロキにぶつけようとしたんだけど」

 

「それです! 背に腹は代えられないので断腸の思いで使います! みんな俺に感謝するように!」

 

「感謝はもちろんするが、ソーのやつとは違うのか? ……この軍用のヴィンテージ品とも?」

 

「違います! これはタイムマシンなんです! 使うと屋上が消し飛ぶ威力です!」

 

「ソー、君の弟が凄く驚いているみたいだが」

 

「さっき私がぶつけようとしたからよ」

 

『ナズ! なんでもいいから早くしてくれ!』

 

「これオリジナルだから別れを惜しませてくださいよ!」

 

 

 

 

 

「この三本の『義手』で重力制御、見えない隠し『腕』で調整です。こうやってやれば、ほら、扉が開いた……おろろろろろろrrrrrrrrr^q^」

 

「スターク! ナツが倒れたぞ! 義手が壊れたせいでバナー……ハルクもびっくりしてる!」

 

『落ち着け! 死にはしない! 負荷が掛かりすぎてるんだ! 横にしてやれ! ……おっと、私のエネルギーも不安だな』

 

 

 

 

 

「ソー! 何をやった! ナツの首から黒い液体が垂れてきてる!」

 

「いや、ロキがこうしたほうがいいと……」

 

「ロキを信じたの!? 信じられない! 頭まで筋肉なの!?」

 

「大丈夫だ、本人もそうしてくれと言っている。何年も前からだ」

 

「バートンがそう言うならそうなんだろう。良かった」

 

「クリントがそう言うならそうなのね。安心した」

 

「納得いかないんだが」

 

「うるさいですねぇ……」

 

「り、リンちゃん! 大丈夫なの!」

 

「内臓がちょっと止まりかけてるくらいで大丈夫、だいじょうぶ。エネルギー切れで帰れないだろうから、トニーを迎えにいかないと……」

 

「ナツは寝てないと! 僕が盾に乗り、ハルクに投げて貰ってソーのハンマーで引っ張てもらうのはどうだろうか。バートンに投げる角度とか予測してもらえばなんとか……」

 

『ベイマックスに任せてください。ナズナのアーク・リアクターも合わせれば、救援できます。救助を優先、ナズナのお願いです』

 

 

 

 

 

 

『ベイマックスなら大丈夫です』

 

「やだ……」

 

『トニーステーキ店の下見を先にするだけです。ベイマックスなら大丈夫だよって言って欲しいです』

 

「……」

 

『科学は生きる人のためにありますよ、ナズナ。正しいことをさせてください』

 

「……ベイマックスなら大丈夫だよ」

 

『はい、ありがとうございます』

 

「またね、ベイマックス」

 

『……またね、ナズナ』

 

 

 

 

 

「お前! 脳まで筋肉が詰まってるのか! 雷で心臓マッサージとかふざけるなよ! ナズの骨や内臓は金属で……」

 

「みんな! スタークを止めろ!」

 

「うるさいですねぇ……」

 

「り、リンちゃん! 大丈夫なの!」

 

「よくやったぞソー! 私は信じてたぞ! 心臓マッサージはやっぱり雷だな!」

 

「ジェーンに会いたい……」

 

「それで、ナズ……。ベイマックスのことだが、チタウリを足止めするために……」

 

「いいんです、いいんですよ。いつか探しにいけばいいだけなんです。ベイマックスは先に宇宙を見に行っただけのずるいやつなんです」

 

 

 

 

 

 --24

 

 事態が解決したことをハゲに連絡し、S.H.I.E.L.D.のメンバーを呼び出した。

 『杖』で精神をガンガン揺らされまくったから疲労がとんでもない。

 みんな俺の背を撫でたり、ちょっと叩いて思い思いに散らばってしまった。

 近くにいるのはハルクとソー、両手を前側で拘束されたロキだ。

 ちょっと離れた場所から「私のコレクションが無くなってるんだが!?」「ごめん、私」「ナターシャ、キミはまだやっていいことと悪いことくらいわからないのかい?」「リンちゃんとの作戦で使ってロキを捕まえたけど」「やっていいことだ。よくやった。もっとやっても良かったぞ」という会話が聞こえる。

 逆側からはトリックショットに利用した柱や家具を観察しながら、まだ使えるかどうかを議論しているロジャースさんとバートンの話も。

 

「ロキは最後になんかやりたいことある? どうせアスガルドで地獄の責め苦でしょ」

 

「尋問官、アスガルドをなんだと思っている。父上が公正に……たぶん公正にロキを罰する。いや、やっぱりわからん。俺がいるから安心してくれないだろうか」

 

 ソーが言い直したのがちょっと気になるが、他の国のことを気にしてもしょうがない。

 結局なるようにしかならないのも確かなんだ。

 ひらひらと手を振る。

 

「酒を一杯貰おうか。……呑めるかわからなくなるからな」

 

 ハルクが、戦闘の余波で倒れて割れた酒瓶を指差した。

 喉を潤せるくらいには残っているようだ。

 なるほど。

 もったいない精神か、やはり賢いな。

 

「……裏にあるいいやつで頼む」

 

 俺が割れた瓶を見ながら頷いたことに気付いたようで、ロキが絞り出すようにそう言った。

 

 

 

 しょうがないにゃあ、と裏からお酒を持ってきた。

 人数分のグラスを持ってくれば、みんなが何だなんだと集まって来た。

 グラスに酒を注いで、献杯しとこう。

 こっちに献杯なかったわ。

 乾杯しとこう。

 俺も酒をちょっとだけ舐める。

 うーん、わからん!

 ベイマックスに止めら……ジャーヴィスに怒られちゃうな、これ。

 

「美味い! もう一杯!」

 

 ロキが叫びとともに、グラスを床に叩きつけて割った。

 トニーが俺とロマノフさんにチラリと視線を向けるが、二人で首を横に振ると「ナズが加工したやつだぞ!」と吠えた。

 ハルクがロキを殴り、床にめり込ませた。

 

「すまない……。弟は、地球をよく知らないんだ……」

 

 顔を真っ赤にしたソーが、震えている声を必死に絞り出した。

 呆れた様子のバートンは静かにカウンターに腰かけて、手酌しながら酒を呑み始めた。

 その様子に、俺はちょっとだけ笑ってしまった。

 

 

 

「ナズ! そういえば勝手にセレブロを起動しただろう! 後で説教だからな!」

 

「……ニューヨークを救ったのでチャラにしてください」

 

「私も救ったからプラスマイナスゼロだ。しかもプレイボーイだから強い」

 

「ちょっと聞いたことない計算ですね。……良かれと思ったら怒られるんだもん。ロキと俺は似てるかもね」

 

 床に埋まったままのロキにそう言うと、驚いたように目を見開いて俺を見た。

 

 

 

 あと俺のベッドでセルヴィグ博士が寝てるのを発見してしまった。

 

 

 

 

 

「あれ、ハルクは残ったの? 慌ただしいよね、全く」

 

 S.H.I.E.L.D.の連中がロキと『杖』を見るや否や、急かすように動き始めた。

 みんなエレベーターで下に向かったが、流石に俺は疲れすぎていたのでちょっと休憩しようかと。

 寝起きの博士も送り出した。

 まだ使ってないベッドだったけど、なんか気分があれなので変えようかな。

 エレベーターから戻って来た様子のハルクに話しかければ、その巨体をびくりと振るわせたのがおかしかった。

 

「電気系統もちょっとよくないみたいだけど、エレベーターは動いて良かったね。俺も生身で歩くのしんどい系だからよかったよ」

 

 そういえば、と投擲武器にされなかった冷蔵庫の冷凍室を漁る。

 電気の通りが悪いのか、半解凍状態になっているケーキを見つけた。

 切り分けて……ロキの手続きとかで時間かかるだろうし、もう食べちゃっていいか。

 一人分だけ切って……面倒だから手づかみでいいか。フォークより得意だ。

 

「ハルクは戦いのときも賢い閃きとか見せてくれたからね、良い子には花丸をあげないとね。その前にケーキを食べよう。ほら、約束してたやつ。ハルク……ハルク?」

 

 一人分だけ切り取ったケーキを渡せば、顔を汚しながら一口でケーキを食べたハルクは叫びながら階段に向かっていった。

 元気に走って行ってしまった。

 ここはガラクタばっかりだからつまらんよな。

 まだいるかな。

 

「ハルクー! ついでにベッド持って行ってほしいんだけど! 博士にあげて!」

 

 叫びながら戻って来たハルクが、また凄まじい速さでベッドを抱えて階段で下に行った。

 イチゴ付いてるってことも言いたかったんだけど。

 まあ、いいよね。

 

 

 

 

 

 --25

 

「みんなはシャワルマで打ち上げです。……その裏で俺たちは公園のベンチですけど」

 

「こういうのが一番目立たないんだ」

 

「目立ちまくりですよ。みんな事後処理に駆け回ってるのに、黒いハゲと同席とか最悪すぎる組み合わせです」

 

「そうぼやくな、すぐ終わる。私もシャワルマでギャラガのスコアを祝うからな」

 

「他のエージェントと一緒にラスベガス行きなさいよ」

 

「私が落ち着けないだろうが」

 

「えぇ……」

 

「おっと、そんなことよりさっさと本筋に入ろう。……ロキは核を撃たせていたか?」

 

「いや、そんなつもりは無かったようですね。チタウリで勝つつもりでした。防衛施設が一か所で、ユニットが強化できないタワーディフェンスってプレイヤー側からはどう見えるんですかね」

 

「さあな。私なら不安定でも強いユニットが欲しいよ」

 

「なるほど。聞きたいことは終わりでしょう。じゃ、解散で」

 

「まあ、待て。今回の核ミサイル発射タイミングが明らかに扉が閉じて……」

 

「解散! 解散です!」

 

「委員会への不信がだな……」

 

「かーいーさーんー!」

 

 

 

 

 

 -26

 

 この前ベッドを運んできたあとにハルクが拾ってきたくれたタワーに貼り付けていた装飾品を、折角だからトニーと補修する。

 高い所は嫌だが、高すぎるところはもっと嫌だ。

 ドクター・オクトパスが無かったら絶対近寄らない。

 

「ナズ、嫌になったか?」

 

「何がですか?」

 

「ここにいることが。私がヒーローを続ければ誰かの死に繋がるかもしれない」

 

「生きてたって誰かと関わるんですから、そんなこと気にしてられませんよ。それなら関わる相手を自分で選びたい」

 

「いい事だ。嫌になったと言われたら、私もそれっぽいことを言って誤魔化すしか出来なそうだったからな」

 

「それっぽいこと?」

 

「いいか、ナズ。科学は今を生きる人のためにあるんだぞ」

 

「トニー……」

 

「感動したか?」

 

「知ってました。前から知ってました。ベイマックスもそうだと言ってましたから」

 

「……そうか、ベイマックスも言っていたのなら正しいに違いない。間違いなく、な」

 

 ハルクが拾ってきた『A』のマークを固定するために、俺の『義手』で支えて、トニーが金槌で打ち付けていた。

 鉄を叩く音が響きわたる。

 何度も、何度も。

 

 

 

 

 

 --27

 

「トニー! デートに行ってきます!」

 

「ああ、行ってら……何だって!? 相手は誰だ!」

 

「綺麗な年上の女性です! 花束も用意しました!」

 

「待て! 私も……ペッパー! 邪魔をしないでくれ! ナズがデートに行くのはまだ早い!」

 

「いってらっしゃい、ナズ。ちゃんと挨拶するのよ。ささやかな気遣いも大切よ」

 

「はい!」

 

 今日はワンさんと実験する日だった。

 試作品のポケベルも持ったので、調子がいいと嬉しいのだけれど。

 

 

 

 

 

 




 
 『ドクター・オクトパス』
 ブレイン・マシン・インターフェースまたはブレイン・コンピュータ・インタフェースの一種。
 『義手』として扱おうとしているが、二足歩行が可能となった時から使用しているため、こちらの使用のほうが早く、自然な動作となる。
 本来の手足の活動を忘れることが多かったため、生身で行ってしまう『癖』と呼ばれる動作が少ない。というよりも動かさないのが『癖』になってしまっている節がある。
 『手』などと表現している場合は管理AIに処理領域を少し乗っ取られている。
 
 『ダミーモデル』
 生活行動の補助を目的とした半自立思考多機能腕。
 シルバーグレイの色合い。
 自重を支えるために重力制御に頼っている。
 使用者の背部にメインユニットが浮遊する形で寄り添い、ユニットから4本のメインアームである『義手』が展開されている。
 『義手』は通常時三本の指または爪が待機しており、補助用の指または爪が3本内部に格納されている。
 極微量のグラヴィトニウムを関節部の材質に混合することで駆動力を得た。
 活動に莫大なエネルギーを要するので、屋内以外での使用ではアーク・リアクターの発展が急務。
 
 『イミテーションモデル』
 神経インターフェイス式全制御重力閉じ込め機器。
 センチメートル単位機械『センチボット』を任意で配置することで機能する。
 1本の主腕、2本の補助腕、1本の仮想腕から構成され、仮想腕を展開することで負または虚数の性質等を排除し実現不可能だった起動を可能とし、『センチボット』を採用することで従来の問題点であったメインユニットの省略に成功した。
 動作制御はイマジナリー・キューブを参考に、全ての『センチボット』に指示を出すことで不安定性を解決した。
 主腕部品の1割を構成する『センチボット』群をヴィブラニウムで作成しており、機器の特性上流動的に配置を変更できるため耐久性の飛躍的な高まりを実現した。
 使用者の特異能力を流用し、仮想腕に不明のパラメータや演算の邪魔となる障害を圧縮することを想定している。
 機器を構成する最小単位である『センチボット』にグラヴィトニウムを組み込み、あらゆる状況下でも使用可能な万能性を実現しつつある。
 想定する動作があまりにも複雑な演算を必要とするがソフトが完成していないので使用者の全自動計算によって稼働する。
 本物は人工の太陽を掴むためにあった。

 『ハイヴ・マインド』
 『セレブロ』を管理するためのAI。
 寄生生物を模したナノマシンによって構成されている。
 脳幹を構成し、頭頂葉を中心に包み込むように脳を始めとした骨格や内臓に絡みついている。
 また、活動に不要かつ都合よく操るため、生身の内臓を食べる。
 「頭を一つ切り落としてもそこから二つ生えてくる」が信条。
 
 『セレブロ』
 『ハイヴ・マインド』による演算と管理された現実改変などによる洗脳装置の総称、またその名残り。
 単純に言えば記憶を植え付けることを目的としていた。
 起動すると凄まじい処理性能を誇る。
 綴りは「Cerebro」ではなく、脳を寄生生物で管理するので「Serebro」となっている。
 正式名称はSymbiote……なんちゃらかんちゃら。
 複数ユニットが連携するはずなのだが、単機のみとなっていて連携も不可能となっている。
 
 『ベイマックス』
 『ハイヴ・マインド』のスペアボディを作る誘導で生まれた『ベイマックソ』の後継機……と見せかけてナンバリングのみ引き継いでいる。
 レインコートや白衣と連携することで健康を管理し、抑制するのが目的。
 人類が半分になっても、戻っても、変わることのない最高傑作。


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マーベル・ワンショット3

ポストクレジットみたいな感じでアベンジャーズ8の最期に刺し込もうかとも思ってたやつも含めてます。
1と2は、語るにはまだ早い……ってやつですね。

ちょっとした閑話というか、短編というか、入れるとテンポ悪くなるので省かれた小話なので肩の力を抜いて気軽に読めると思います。

テーマは、うーん、ミステリオ:ノーウェイホーム(笑)みたいな。


 

 

 

 

 --1

 

 遠ざかっていくヘリキャリアから黒い煙が上がっている。

 『太陽』を作ったときよりもずっとずっと空に近いし、ずっとずっと陸から遠い。

 残っているドローンは間に合わない、無駄にするよりはヘリキャリア内に使ったほうがいいだろうから指示は出さない。

 

 1万メートル近い高度から落下したので、海に衝突するまで結構時間が掛かる。

 時間にして2分半弱くらい。

 この先は死ぬだけ。

 最悪ではあるが、俺の死体が残らないので最悪の中でなら最高に位置するって感じだな。

 落下の衝撃で藻屑になるから変な物は残らない。

 これは重要なことだ。

 

 研究が心残りだ。

 普通の研究成果はトニーが確認できるようになっているし、用意してある遺言とか諸々も閲覧できる。

 内臓の限界が訪れる前にこんな事故もどきで死ぬことにはなると全く思ってなかったけども。

 タイムマシンとかガチのやつはベイマックスから受け取れるようにしておく。

 まあベイマックスが渡したいと思った相手しか受け取れないし、受け取れるようになるまで毎日吐き出される数字を読み解く必要があるから何年か掛かるんだけど。

 

 他は……特に無いなぁ。

 ボランティア活動とかは他の人が引き継ぐから問題なし。

 何も無さすぎて寂しいな、なんかもっと無いのか……?

 ……無いなぁ。

 頭を切り落としたらそこから生えてこないだけマシだよな。

 危険な実験の時にマスクが要らないくらいしか利点が無かった。

 つまり『セレブロ』はここで藻屑となるんだよ。

 

 

 

 そのまま諦観と後悔、または虚無を抱きながら死ぬものだと思ってたんだけど。

 突然、落下先にオレンジの輪っかが出現した。

 そして、どうすることもできずにそこを通り過ぎたら見知らぬ室内にいた。

 いくつかの蝋燭が灯っていて、少しだけ暗い。

 月の光が入りやすい作りになっている木造、落ち着く雰囲気を抱かせる部屋だった。

 

 もしかして俺は夢を見ている、とか。

 確かに『夢を見せる機械』も開発してるけど、実験した覚えはない。

 植物状態の人が突然起きたときのために、それまでの情報を夢として脳にぶち込むので「空から落ちたらニューヨークに居た」状態みたいになるため支離滅裂となるのかもしれない。

 そういった時に掛かる心の負荷を自動で調整して軽減するために『夢を見る機械』の補助としてベイマックスを作ったりもしているわけで。

 もしかして超能力が……?

 

「こんにちは」

 

「ぉんっ!?」

 

 突然背後から声をかけられた驚きで、ロキ流の変なアスガルド語が出てしまった。

 動きが激しくなった心臓を、胸の上から抑えつつ声へと振り向く。

 剃髪の女性だった。

 高めの背と整っている容姿、異国の僧侶が着ているような衣を羽織っている姿からどこか浮世離れしている。

 神秘的で綺麗な人だ。

 ドキュメンタリー番組とかで見たことあるチベット僧侶的な感じがする。

 

「どこか不具合がありませんか? 気絶してもおかしくない高度でしたから」

 

「え? ああ、大丈夫です。大丈夫……。いや、ちょっと動けないというか、動かないほうがいいというか」

 

 ぺたぺたと首裏やお腹を触りながら確かめる。

 たぶん大丈夫だと思う。

 装備が無いのにちょっと運動をしすぎて疲れているのが気になるところ。

 休息が必要だ。

 眠りたいが、設備も上着も無いのでダメだよな。

 

「そうですか。では、そちらにお掛けになってください。……不躾に声をかけて驚かせてしまったようなので、改めて挨拶を。こんにちは、ドクター・オクトパス」

 

「ありがとうございます。それにこんにちは。あ、いや、違う。違います。俺は……」

 

「お茶です」

 

「あ、どうも。……美味しい。ああ、違います。俺はドクター・オクトパスではないです」

 

 礼を言いながら木製の椅子に座る。

 突然の言葉に驚きながら否定していると、不意に差し出されたお茶を受け取る。

 虚を突かれた形になってしまった。

 

「ミスター・オクトパス?」

 

「そうじゃないです。……俺は、違うのです」

 

 絞り出すような声を発した俺の目をじっと見ていた女性は、やがて何かに納得したのか一度だけ頷いた。

 その視線は俺の目を正確に射抜いていた。

 だが、同時に俺を見ているようで、何処か遠くを見ているようだった。

 心を見通す何かを持っている、そんな印象を与える。

 

「今はまだそうでしたね。ドクター・ナツメ。私は……そうですね、近しい者からワンと呼ばれています」

 

 その瞳は、凪いだ海のように穏やかだった。

 

 

 

「ワン、さん……でいいですか。ワンさん、高度9千メートルを超える高さから一体どうやって……。ああ、すみません。礼を失していました。命を助けていただき、本当に感謝しています」

 

 抱いた疑問を押しやりながら、感謝の言葉とともに頭を下げる。

 俺の肩に優しく手を乗せて「畏まる必要はありません。こちらの都合もありましたから」とワンさんが言った。

 その言葉には不思議な力強さが籠っていた。

 

「それで、お礼なのですが……」

 

「いえ、金銭は結構です。考えているような設備と技術も」

 

 俺が提示しようとしたお礼を先に断られてしまった。

 どこかの宗教家がパトロンを求めている、というわけではないようだ。

 俺としては変な宗教に力を持たせることにならなくて助かるが、同時に出せる物が無いので困ってしまった。

 タダより高い物は無いというが、果たして。

 

「対価を求めて手を加えたわけではありません。しかし、こちらの希望を聞いていただけるのであれば私から一つ」

 

「……俺にできることならなんでも」

 

 俺が出来うる限りで完結することならば、なんでも叶えるくらいには感謝している。

 方法は不明だが、命の恩人なのは確かだ。

 夢や幻の類でなければ。

 

「近い将来、手が不自由となった者が貴方を訪ねる日が来るでしょう。その時に、貴方には『義手』を渡さないで欲しい。もちろん、彼だけで良いのです」

 

「……それは、きっと出来ません。出来ないことです」

 

「望む者に与えたいからですか? ですが、世界中に新たな『手』を求める人々が溢れかえっていて、貴方は彼らに事実何もしていない。社会的地位や善悪の秤が気になりますか? 彼は今は医者です、確かに善人で多くの人を、選り好みはしますが助けてきました。しかし、医者とは違った優れたる才能があるのです。彼が新しい『手』を使って医者として人を救うよりも、もっと多くの命を救えるのです」

 

 俺はゆっくりと首を横に振る。

 実際、手段はわからないが、ワンさんが俺を助けたことも未来を見ることも可能であると疑っていない。

 ぼんやりと受け取れるイメージでそう思わされている。

 同時に、その医者のイメージも。

 だから答えは決まっていた。

 

「申し訳ありませんが、出来ません。……俺には、それが出来てはいけないのです。絶対にそうしなければ俺が生きられないのなら、元の場所に戻してください」

 

「自分にとって正しいことが、他人にとって正しいとは限らないとしても?」

 

「俺は、俺のことを好きな人たちがどこをどう好きなのかわかっているつもりです。……それから逸れたくないだけなんだ」

 

 科学に真摯であること、人を殺さないこと、少しだけ優しく在ること。

 細かいことなら溢れるほどに、大雑把ならこれだけ。

 今の俺が求められていることを捨ててしまえばどうなるかわからないのが怖い。

 直接『義肢』を求められた俺が与えない、それは俺として間違っていることになってしまうのではないか。

 沈黙が場を支配した。

 穏やかでいて、どこか厳しいその瞳に射抜かれた俺は口を閉ざすことしかできなかった。

 

 

 

 重苦しい空気の中、時間の感覚が狂い始めていた。

 どれだけ時間が経ったかわからない。

 一時間経ったと言われてもすんなりと受け入れられるし、一日と言われてももしかすると信じてしまうかもしれない。

 ジッと見つめ続けられるのには慣れていなかった。

 ハゲも無言で見つめてくるが、正しく俺の瞳を捉えられているかと言えばそうでもなかった。

 誰か助け舟を出してくれる人が来ないだろうかと思い始めた頃、ワンさんが「いいでしょう」と呟いた。

 表情は最初と変わらず穏やかで優し気で、そして浮世離れした神々しさを秘めていた。

 

「……いいでしょう。元より対価は求めていません。ただ、私は望まぬ流れを生み出したくないことも確かなのです。幾つもの流れがある。……全てを意のままにできると思い込んでいた傲慢な天才が、命にも等しいと思い込んでいるその全てを失いかけたとき、大義を前にして希望を見出せるものか」

 

 そう言うと、ワンさんが手に持っていたお茶を飲んだ。

 その姿から、そういえばお茶を渡されていたことを思い出した。

 すっかり冷えてしまっていたが、意識するととても香りが良いことに気付いた。

 お茶を飲んでいる姿を凝視され、少しだけ縮こまる思いだ。

 

「ああ、お茶が冷えてしまいましたね。私ほどの年になると考えが深くなって迷惑をかけてしまうことも多々あります。……一つ聞きたいことが。優れた医者が両手の機能をほとんど失うほどの怪我をしたとして、貴方に救いを求めるでしょうか」

 

 年齢不詳としか思えない女性が微笑みを浮かべ、俺に問いを投げかけた。

 答えは決まっている。

 

「……最初だけ、かと」

 

「最初?」

 

「新たな『義手』の可能性に希望を持って、そして実物を見て聞いて触って諦めに変わると思います。自分の『手』に自信や誇りがあるほど顕著です。……自分の考えに比べて鈍すぎる、または精確すぎる。そんな『義手』を人々が求めるとは思わない。調整はできますが、理想を追うほどあまりに遠いことに気付くんです」

 

 それでも俺はその医者に渡すだろう。

 期待を持たせてしまうのがひどく恥ずかしい。

 彼女が言ったこととは程遠い。

 ただ、拒めるほどたぶん俺は強くない。

 

「どうしてそのような研究を?」

 

「『どうしてこれほどの天才が求めたのか、私はそれが知りたかった』……つまり、単なる好奇心を満たすためです。知らないことを知るためにはこれが一番早いと思っただけなんです。」

 

 思い返せば知らないことばかりだ。

 いつになったら俺は理解できるのか。

 知ることができるのか。

 知らないままなのか。

 知らないままでいるかもしれないことがとても怖い。

 

「……失礼、話が逸れてしまいましたね。すぐに馴染むことは? 自分の手だと認め、元の人生を歩み始めるようなことは起きますか?」

 

 生まれてから初めて立って歩く時に着けていない限りは、その様なことはあまり考えられない。

 そこまで馴染んでしまえば、逆に咄嗟に自分の手と『義手』を間違える悩みを抱えるほどになっているだろう。

 

「それは……限りなく低いと思われます。何か不都合があるのなら、やはり俺を元の場所に戻して貰った方が……」

 

「それなら問題はありません。私が危惧しているのは彼が復帰できるかどうか。おそらく貴方が彼と再び会う時にはもう必要としないでしょう。……そして、今は貴方を戻す方がむしろ不都合な流れとなる」

 

 

 

「流れ、流れ、か。私はあるがままの流れを重視しすぎているのかもしれない。合流して流れを強くすることもできる。……こうしましょう。ドクター・ナツメ、貴方が遠くの地を観測する実験をする際に私も立ち会わせて貰えますか? 当然協力を求めてくれるのならこちらも惜しみませんよ」

 

 

 

「……さて、私が貴方をここに連れてきましたが、言葉よりもまず見て確かめる方が早い。これからのことを考えると、貴方には時間が必要でしょうからね」

 

 どうやって、と俺が声を出すよりも早くワンさんが円を描くように片手を回し始める。

 少し離れた空間にオレンジの火花を散らし、すぐにその火花は連続した光となって弧の軌跡となった。

 優に一人は通れる大きさのそれは、確かに見覚えのある部屋へと続いていた。

 ニューヨークを一望できるガラス張り、つい先日点灯式を迎えたスターク・タワーの最上階だ。

 綺麗な白い手が、先に行く様に促した。

 

「どうぞ。百聞は一見に如かず、でしょう? ……ああ、忘れていました。こちらも受け取ってください」

 

 ついでとばかりにメモも渡される。

 

「これは? お茶の請求書、ではないですよね」

 

「単なるメールアドレスです。お誘い、楽しみにしていますよ」

 

 ワンさんはそう言って、どこかおかしそうに笑った。

 

 

 

 

 

 つい先日の話を思い出しながら、カマー・タージを歩く。

 時差に気を付けないと夜間に来ることとなってしまうのもなかなか面倒だった。

 先導してくれているワンさんの後ろを歩きながら視線を少し横に外せば、オレンジの火花を散らしている異国風の装束を着た人たちが修練に励んでいる。

 以前来たときには気づかなかったが、多種多様な人種がいるようだった。

 

 ざっと説明されたことを纏めると、まずここは魔術の総本山っぽい場所。

 ミスティック・アーツ(魔術)はその名の通り超凄い技術だが詳細は省く。

 魔術を使うと出てくるあのオレンジの光はエルドリッチ・ライトと呼ばれる物で、引き出したエネルギーがそう見えるらしい。

 『多元宇宙』から超凄いパワーを引き出してるらしいが、そうなると俺は完全に使えない。

 残念だけど仕方ないね。

 必要になったら力や知恵を借りるくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

 ワンさんに立ち会ってもらって行う今日の実験はベイマックスの探索だ。

 そのための道具も持ってきていて、ドクター・オクトパスで運んできた。

 宇宙の彼方すぎてどうにもならないと思っていたが、オレンジの輪っかでワープできればすぐ回収できるに違いない。

 ……というのは甘っちょろい考えだった。

 あれは場所をちゃんとわかってないと使えない類の物らしい。

 なのでアストラル投射とやらで俺の魂をぶっ飛ばしてベイマックスを探索し、可能なら回収やビーコンとしてポケベルを送り込むことにした。

 よくわからないことが多々あるが、専門家がそう言ってるのだからそうなのだろう。

 もっと踏み込んでもいいが、理解を深めるには時間が必要なのはわかりきっているので後回しにした。

 魔術で動く機械とか作るなら流石に俺も勉強するけど、レーダーやゲート代わりに使うんだからいいかなって。

 よく考えるとあんまりよくなさそうだな、これ。

 

「では、始めましょう」

 

「お願いします。……何か気を付けることとかありますか」

 

「いえ、ありませんよ。何かあってもモルドが抱えてくれます」

 

「抱えてくれるって……ほわあ」

 

 あああああああああああああ^q^

 

 

 

「手掛かりは見つかりましたか?」

 

「驚きすぎてそれどころでは……」

 

「ではもう一度行きます」

 

「ちょ、待……ほわ」

 

 あああああああああああああ^q^

 

 

 

「まだのようですね。遠慮なさらずもう一度」

 

「いや……ほ」

 

 わあああああああああああああ^q^

 

 

 

 

 

「そろそろ限界でしょう。次で最後になると思いますが、見つけられそうですか」

 

「わかりませんが、光がより強く感じられるのはヒントになると思います。宇宙のスケールと比べたら微弱ですが、特異性で言えばアーク・リアクターは宇宙でも数少ない個性を持つと思うんですよ。ベイマックスにはアーク・リアクターが積まれていますし、さらに試作品のポケベルもあります。これは大きな助けになるんじゃないかと」

 

 モルドという黒人の男性に支えられていることを良い事に、ぐったりと身体を預けながら喋る。

 抗議は聞き届けられないと思うので、もういっそのこと意識を探索に全振りしていく。

 

「私にはわかりませんが上手くいくことを祈っていますよ」

 

「ありがとうござ……」

 

 ワンさんの掌底が俺の胸を軽く打つ。

 それだけで意識が空へと吹っ飛んでいく。

 ほわあああああああああああああ^q^

 

 

 

 

 

 

 宇宙の彼方で、無数のコードに繋がれたベイマックスを見た。

 

 

 

 

 

 

 --2

 

「これがあの馬鹿げた争いを起こしたロキの『杖』か」

 

 研究員の男が熱心に見つめた先に、ロキが地球へと運び込んでしまった『杖』があった。

 未知のエネルギーを秘めたそれは、人の心を操ることが可能だという。

 その危険性からS.H.I.E.L.D.が持つ研究施設の地下深く、厳重な管理の下に飾られていた。

 人が触れてはいけない杖は、確かにその部屋に飾られていた。

 隠れるように、そして、何かを待つように。

 

『聞こえるか? 説明した通り、部屋は完全に隔離され、その間だけ見ることが許可されている』

 

「わかっているとも……」

 

 部屋の外からかけられた声に、男は呟くように返事した。

 面倒な手続きを繰り返した末に得られた僅かな時間だったが、その甲斐は十分あった。

 エージェントとして現場での活躍を望んだ男は、その能力の末に研究員として後方に配属されていた。

 強い不満を持っていた。

 そして、その不満を嗅ぎ付けた者に囁かれ、ここに来てしまった。

 

「なんてすばらしいんだ……」

 

 男の脳裏には幸福と栄光が焼き付いてしまっていた。

 杖を持つ自分の姿、杖を支配する自分の姿、不満などない満ち足りた自分の姿。

 もう意識はほとんど『杖』に支配されていた。

 栄光は約束された。

 自分に『杖』を運び出す手伝いをしろと言ってきた者のことも既に忘れていた。

 この『杖』を手にすればすべてが思うままだ。

 『杖』さえあれば外にいるエージェントは簡単に処分できる、持ち出してしまえばいい。

 誘われるように、導かれるように、『杖』へと手が伸びた。

 

 そして、『杖』に触れた男の手が、真っ黒に染まっていた。

 

 

 

 

「どうだった?」

 

「心を操ることが出来るなんて確かに不思議だね。まさに魔法としか思えないな」

 

 『杖』が飾られた部屋から出た男に、警備を担当するエージェントが話しかけた。

 この施設を歩くにはエージェントの監視が必要だった。

 

「ああ、俺もそう思う。他のエージェントはあれさえあれば全てを解決できる奇跡の杖だと言っている者もいるんだが、それが逆に怖くてな。何でもできる奇跡を前に人間はどうなってしまうのか……」

 

「ははは、面白いね。だが、それは言い過ぎだろう。確かに心を操ることは脅威だが、それだけだ。奇跡だって品切れさ。そんな目先の事だけじゃあ、全然足りないね」

 

「へぇ、意外だな」

 

「意外? ……何処が意外なんだ?」

 

「あんたは部屋に来る前は視野も狭くて危なっかしい感じだったが、実際に話してみるとなかなか言うからな。それが意外だった」

 

「……そうか、それはよかった。……ああ、いや、期待しすぎていただけさ。あれさえあればもっと仕事ができて認められるはずだった。だけど、実際に見たのがあれじゃあね」

 

 エージェントの言葉に、男は笑みを見せた。

 穏やかで、どこにも危険性を感じられない。

 瞳孔が、ぐるぐると何か黒くて濁った物で渦巻いていた。

 

 施設から出て、日の下を歩く。

 監視していたエージェントは他に仕事があるのか、急いで去っていった。

 男は自由だった。

 

「本当に怖いのは奇跡じゃない。科学だよ。もっとも恐ろしいものは我々(科学)だ。頭を一つ切り落としてもそこから二つ生えてくる」

 

 そうだろう、ドクター?

 男の瞳から一筋の黒い液体が流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 --3

 

「ドクター、これ以上は無理をしないほうが……」

 

 自然の摂理をよく気にするモルドがそう言った。

 摂理ってなんやねん。

 俺も頷くが、頷くだけだ。

 メールで連絡すると、魔術師の誰かがゲートを開いて招待してくれる。

 懐疑的な視線に晒されるが、ゲート係には実験にも手伝ってもらうので胡散臭い相手に向ける視線なんて安い物だ。

 

「大丈夫です。それに、あとちょっとだけなんです」

 

 モルドの言葉を聞いたほうがいいのかもしれないが、どうしてもやっておきたかった。

 宇宙の彼方にいるベイマックスを解放できなかったら心残りになる。

 巨大な宇宙船の中で、無数のコードに繋がれて情報を吸い出されていた。

 あのまま放っておいたら処分されてしまうかもしれない。

 ベイマックスに積まれていた壊れたドクター・オクトパスを使い、なんとか再起動だけでもしたい。

 ハゲからパクった未完成のポケベルもどきがベイマックスに積んであり、色々と連動しているので、それに指令を出せれば何とかなるはずだった。

 

「いいだろう。しかし、これ以上は危険だとこちらが判断したら中止させてもらう」

 

 寝不足で、それに疲労もあった。

 頭も割れそうに痛かったし、歩くのにも苦労していた。

 人の手で作った物には制限時間があるのは当たり前のことだった。

 

「いいですよ。……今の俺にこれ以上の物は作れないので、どちらにしろ最後です」

 

 またも頷きながら、懐から取り出したポケベルもどきを見せる。

 ロキに操られてセルヴィグ博士が作った装置を起動すると、オレンジの光が火花を散らした。

 俺はなんとなく座標がわかる、モルドはゲートを開けられる。

 その折衷案がこれだった。

 魔術のゲートを科学で開ける。

 原理はよくわからん、なんとなくでやっている。

 狙いを定めないで出現させたゲートに、装置で座標をぶち込むだけだ。

 なお座標は魔術頼りのふわふわした物とする。

 不安定なゲートだが意外とどうにかなってるんだからセーフだ。

 

「……自然には逆らうべきではないとは思うがね」

 

「俺は生まれた時から摂理に逆らっているので大丈夫です。……ずっと逆らってる」

 

 モルドの言葉を聞き流しながら、ゲートが開く。

 迸るエネルギーが白く眩く輝いていて、ゲートの内部がわからない。

 敵軍にゲートを開くような物なので、悠長に様子を窺ってはいられない。

 叫びながらゲートにポケベルもどきを放り投げる。

 

「帰って来い!! ベイマックス!!」

 

 白くてよく見えないが、丸いフォルムの頭部らしきものがこちらをのぞき込んでいた。

 

 のぞき込む……?

 ベイマックスもそんな早く再起動しないはずなのに……?

 

 ゲートの先からポケベルを投げ渡された。

 丸いフォルムはどこか金魚鉢に似ていて、よく見れば身体は人間だった。

 円形のはずのゲートは、亀裂によく似た形状を成して広がり始めていた。

 既視感と経験から、これが完全に望まぬ場所に繋がっている物だと理解した。

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

 これは俺の……。

 

 突然現れたワンさんが、目に見えない物を、それこそ空間を握る動作をすると、開いていたゲートは閉じた。

 ほっと安堵のため息をついて俺も同じように手を握った。

 自分でも気づかないくらいとても疲れていたようだ。

 

 

 

「ドクター・ナツメ。実験はここで終わりにすべきだと判断いたしますがどうでしょうか。材料は貴方の健康だけではありません。……時間も、空間も、現実も、単なる直線ではないことは貴方も、いえ、貴方は特に理解しているでしょう」

 

「……重々承知しています。無理を重ねて申し訳ありませんでした」

 

 他の魔術師たちやモルドに謝り、最後にワンさんに謝りに来るとそう言われた。

 どうなってもいいから、というのが先行しつつあったのは確かだ。

 あと少しで踏み出しすぎるところだった。

 『ポケベル』を握る手に力が入る。

 

「しかし、実を言うと私はそれほど問題だとは思っていません。これ以上続けるのは悪手ですが、直前で留まれたのは良かった。未来は朧気でも、その時に選べる手段が多いことに越したことはないことも確かでしょう」

 

「……よくわかりません」

 

「弟子に託すことは多くあるのに、やってあげられることは余りにも少ないのです」

 

 俺が首を傾げると、ワンさんはこれで話は終わりだとでも言うように薄く微笑んだ。

 その目は俺を見ているようで、どこか遠くを見ていた。

 

 

 

 

 

 ベッドで横になりながら、今日手に入った『ポケベル』を眺める。

 これは驚いた。

 素晴らしいというか、空恐ろしいというか。

 ちょっと言葉も思考も纏まらない。

 

 完璧だった。

 時間さえあれば俺が辿り着くはずの、いつか作り上げるはずの完成品。

 宇宙の果てにいるベイマックスを再起動させるための、それだけの凄い『ポケべル』。

 

 そのスイッチを押して……十分な時間が経過したら破壊した。

 

 

 

 

 

 --アース??????

 

 たった一人で宇宙を彷徨っていたロキの前に現れたのは、奇妙な輪だった。

 オレンジ色で小さな火花を散らしたそれは、ロキが通るには十分な大きさだった。

 取り残されたロキを招くように、宇宙船の内部に現れた。

 その誘惑を振り払えるほどの強さは、今のロキには無かった。

 

 

 

「ようこそ、歓迎しますよ。アスガルドのロキ」

 

「アスガルドは滅んだ。……ただのロキだ」

 

 そこは見覚えのある、懐かしさを感じる部屋だった。

 地球の……思い出を巡らせつつあったロキは、つい反射的に返事をしていた。

 禿頭の女がいた。

 無表情で無感動、つまらない人間の類だ。

 苛立ちと不甲斐なさを織り交ぜて睨みつけたはずのロキのその目は、どこか弱弱しかった。

 力を入れたいのに、力の入れ方を忘れ去ってしまったようだった。

 

「そうですか。ただのロキ。私はただのエンシェント・ワン。あちらはただのミステリオ。あそこにいるのはただの……」

 

「もういい。うんざりだ。私はロキだ。……ただのロキでよかったのに」

 

 疲れていた。

 絶望した。

 行き詰まっていた。

 時が解決するのなら、ロキは頭を抱えて悲鳴を挙げながら転がりたくて仕方なかった。

 それくらい追い詰められていた。

 止まってはいけないのに進めない。

 

 草臥れた様子でロキが椅子に腰かけ、首だけで室内を見回す。

 あまりにも暗い。

 活気がない。

 目の前に座る金魚鉢のような物を被った男など、ずっと俯いたままだった。

 死んでいるんじゃないかと羨ましく思ったくらいだ。

 その男は、よく見れば何か小さな機械を握っていた。

 ロキはそれを見たことがあった。

 それは確か……。

 

「私たちは勝たないといけない……。か細い糸を手繰ってでも……。そうじゃないと顔向けできない……。何もかも無くなったなら、せめて勝利しなければ……。私はなぜ生きている……。私はなぜ逃げた……。ここにいるのは私じゃなかったはずなのに……。ピーターはもう死んでしまった……。私が見捨てた……」

 

 よく見ようとして近づいたロキは、その男の言葉を聞いてしまった。

 ロキもそうだ。

 父と母は亡くなった。

 友も死んだ。

 兄は自分を庇って死んだ。

 何もない。

 ロキにはもう何もなかった。

 欲しかった物が今さらわかった。

 

 古いロボットアームが、ロキに飲み物を差し出した。

 記憶が正しければ、本棚にアスガルドの生き物図鑑があるはずだった。

 部屋に飾られた金魚鉢に、地球にいるはずのない魚が悠々と泳ぎ、ぼちゃんと音を立てて僅かに水面を跳ねた。

 

 

 




あ~あ










『ミステリオ:ノーウェイホーム』
みんな死んだ。ピーター・パーカーも死んだ。ミステリオだけ生き残った。

『ロキ』
みんな死んだ。ソーも死んだ。ロキだけ生き残った。

『エンシェント・ワン』
弟子になるはずだった男は、しかし、本物の手に勝るとも劣らない機械を手に入れてしまった。


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