Lostbelt No.2.5 絶対■■帝国 ■■■ ~最■の男~ (>=)
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一節 アルンと王

より強く。

 

それが私の使命。

 

誇り高き我が民族が私に望んだものはただ一つ。

更なる強さ。

 

強さとは何者にも侵されない力。

強さとは如何なる敵をも殲滅させる力。

そして強さとは__________________。

 

私はその全てを実現させた。

そしてこれからも実現させる。

 

常に最強である、その為なら私は悪魔にだってなろう。

 

 

 

 

「着いたかぁ。あぁー全く面倒な仕事の始まりだ。」

 

男はめんどくさい感情を隠しきれない様子で言った。男はよく目立つ青髪を持ち、顔もそこそこ整っているという男なら大半が羨むような外見を持っていた。

 

男の名はアルン・ベッテルハイム。彼は汎人類史の裏切り者、所謂クリプターの一人であった。

他の七名と同じように自分の担当する異聞帯を管理することが彼の使命である。

 

そんな彼は数分ほど前、中西ヨーロッパに位置する異聞帯に初めて到着した。ここが言わずもがな、彼の担当する異聞帯だ。彼はこれからこの異聞帯の管理を始めるわけなのだが

 

「始めは王様との交流だっけか?うーん早速デカい壁だなぁ。」

 

アルンがしなければならないこと。それは異聞帯の王との対面である。その目的は王と協力関係を結ぶことにある。そしてこれこそがクリプター達が最も手を焼く仕事の一つと言っても過言ではない。と、いうのもこの異聞帯の王、王というだけあって癖の強い人物であることが殆どである(そもそも人でない王すらいる始末だ)。

 

そんな曲者達から信頼を勝ち取るのはかなりの難易度がある。敵と認識されなければ及第点といってもいいだろう。

 

 

「この異聞帯についてだって『中西ヨーロッパの異聞帯』ってことぐらいしか分かってないしな。異星の神様ももう少し手当をしっかりしてくれねぇと。」

 

現実アルンの現状は決して良いものとは言えない。

自分が今立っている場所についての知識も殆ど持たず、そのような状態で敵か味方かすら分からない国のトップと一人で面会しようというのだ。

ただ、それは他のクリプターも同じだ。これぐらい当たり前、という事なのだろう。

 

「ま、本当はソーセージと一緒に一杯してからのんびり行きたいけど、またオフェリア辺りに何か言われるかもだし。まずはある程度仕事してからだな。」

 

緊張感が感じられない彼だがこれがアルン・ベッテルハイムという男だ。

いざとなるとそのずば抜けた対応力、判断力で乗り越えてしまう。

その能力を買われ見事八人しかいないAチームの一人に抜擢されたのだ。

このテキトーさも自信からくるものだろう

 

 

「でもまずはこの国についての情報収集だな。取り敢えずこの辺の街をグルっと一周しておくか。ここが何処か位は知っとく必要がありそうだし。ってかこれ他の奴ら大丈夫か?明らかに失敗しそうな奴いるんだけど。カドックとか芥とか。芥はまぁ何とか上手くやりそうだが…カドックはなぁ…」

 

 

 

この「カドック」とは、アルンのAチームの仲間である「カドック・ゼムルプスのことである。アルンはカドックのことをからかい相手として気に入っており、鬱陶しいくらいに構っていた。

 

「よし、それじゃあまずは散歩でも____

 

 

 

 

 

 

「そこの青髪の男、止まれ!手を挙げてこちらを向け!さもなくば一斉射撃する!」

 

アルンが一歩踏み出そうとした瞬間、5名程の警官らしき男たちが銃を構えてアルンへ呼び掛ける。アルンはそれを見てため息をつく。

 

「はぁ…俺も人の事はバカに出来ねぇな…。何すか?」

 

「口を開くことを許した覚えはない!大人しく我々の指示に従え!」

 

適当に弁明するアルンだが警官たちは声を荒げてアルンを威圧する。

周りにいた市民も怯えてその場から離れる。

 

「あーあ、皆ビビッて逃げちゃって。てかこれ、立派な恐喝でしょ。

 

 

正当防衛ってことで別にいいよなぁ。殺しちまっても。」

 

アルンは自信たっぷりの笑みを浮かべ、手をかざし魔力を放出する構えを見せた。

 

 

しかし

 

「抵抗する気か!これが最後の警告だ!今すぐこちらの指示に従え!これは『わが国の最高権力者』からの命令でもあるぞ!」

 

「!!!」

それを聞くと、すぐに構えを解いて両手を上げる。

 

「なーんだ。この国の王様のご命令だったの?だったら早く言ってくださいよ。(国の最高権力、つまりこの異聞帯の王が俺に直接接触してきたか。かなり早いな。)」

 

「よし。そのまま我々についてこい。抵抗する素振りは見せないことだ。」

 

「はいはい。(順番は変わってしまったがまぁいいか。王との関係構築に取り掛かるとしよう。にしても成程、王様には優秀な目があるようだな。)」

 

 

 

 

 

そうやってしばらく警官に連れられておよそ20分。街の様子をチラチラ観ながらあるいているとやがて馬鹿でかい館の前についた。

 

「うわでっか。」

「私語を慎め。国の管理を行う場だ。広いに決まっている。館内へ入るぞ。ついてこい。」

 

 

「ええと、俺何処へ向かってんの?」

 

「あの方がおられるお部屋だ。お前と直々に話がしたい様だ。光栄に思え。」

 

「おぉそれは確かに光栄だ。」

 

あっさり第一関門がクリアできそうになり流石のアルンも多少は不審に思うも、どうこう言っていられる状況ではないので警官に着いていく

 

 

 

 

 

そうして館内を案内されるアルン。しばらく歩くと目的地に着いたようだ

 

「ここだ。こっからは一人で入れ。もう待っておられるだろう。」

 

「おう、ありがとさん。(随分と簡単に会わせてくれるな。しかも一対一で。暗殺とか考えてねぇのか?平和ボケした国なのか?)」

 

そうしてアルンは扉を開けて部屋に入る。

すると突然声がアルンの耳に届く。

 

 

 

 

 

「せめてノックくらいはしたまえよ。青年。」

 

 

扉の先にはデスクに座った黒髪の男が座っていた。

男はぱっと見た感じ20代辺りの青年だ。男は苦笑し、まるで手のかかる弟へ言うようにアルンに優しく語りかける。

 

部屋は少し大きめな書斎、というレベルで、男の他には誰もいなかった。

 

「!っと失礼しました。お初にお目にかかります。王よ。(うぉっビックリした。こいつがこの異聞帯の王か?なんかやけに人懐っこいな)」

 

アルンが少々かしこまりながら返すと男は

「なぁに構わないさ、私に用があるんだろう?そこに座り給えよ。そう堅くならないでくれ。君は私の部下ではないのだから。」

と笑顔で答えた。

 

「あ、あぁすまん。俺もそっちの方が助かる。」

アルンは戸惑いながらも答える。思っていた以上にフレンドリーな性格のようだ。

 

「あぁそうだ、失礼だが君の名前を訪ねても良いかな?」

 

「おう、俺の名はアルン・ベッテルハイム。よろしく」

 

「ベッテルハイム、か。よし覚えた、よろしくアルン・ベッテルハイム。さて、いきなりですまないが時間も惜しい。本題へ進ませてもらう。

 

 

 

 

わが帝国へ何しに来た?少年」

 

男にそう聞かれるとアルンは真剣な顔つきなり

 

「なるほど、やっぱり俺がよそ者だってことはバレバレだったわけだ。」

 

「すまないが、私には何よりも頼れる『目』があるからね。」

 

「…了解だ、話そう。まず信じてもらえないだろうが言わせてくれ。俺はこことは違う世界からやって来た。目的はこの世界、いや、この異聞帯を管理するためだ。」

 

「……ふむ。あぁなに、笑い飛ばすつもりは欠片もない。続けてくれ。」

 

「あぁ、少し長くなるぞ。まずこの世界はだな................」

 

そうしてアルンは語る。

この世界が異聞帯、誤った選択、繁栄による敗者の歴史であること

自身がクリプター、汎人類史の叛逆者であること。

異星の神によって汎人類史は侵略されたこと。

そして、クリプターの目的がその異聞帯を管理し、汎人類史より強固なモノに育て上げること。

その他、空想樹などのことについて彼の知る限りの情報を男へ与えた。

 

 

 

「なるほど、面白い話だ。私にではなく劇作家に出した方が儲かるんじゃないか?。」

 

「まったくだな。だがあいにくこいつはすべて事実だ。ただ、すぐに信じろってのも無理な話か…」

アルンがどうやって説得したものか、と考えていると王は意外な返答をした。

 

 

 

「いや、信じよう」

 

「…は?マジすか。」

 

「あぁ、大マジだ。おっと勘違いしてくれるなよ。何の根拠もなければ君の話など一蹴してる。獄に入れておしまいさ。

 

 

数日前のことだ。嵐の壁、とでも表現するかな?それがわが帝国の領域を分断する、という現象が発生した。嵐の壁の向こう側とも連絡が取れなくてね、困っていたところだ。君にはその現象に心当たりがあるだろう?」

 

「…あぁ。」

アルンがそう答えたのを確認すると王はにやりと笑う。

 

「ほら、君の話と私の帝国の状況が一致したんだ。信用せざるを得ないだろう。」

そう言い、柔らかい笑みを浮かべ、続ける

 

「と、なるとこの異聞帯とやらを守る為に私がとるべき手段は定まってくる。ひとまず君と協力する体制をとり、この異聞帯を発展させ拡大させる。そして、他の異聞帯と争いこれを侵略する。そして、最後の異聞帯になるまでこれを続ける。その後のことはまだ皆目見当つかないな。まさに神のみぞ知る、というやつだ。異星のだがな。フフフッ」

 

「それは本当か!?あっさり話が済んでよかったよ。話が通じる王様で助かったぜ。」

先ほどまで持っていた戸惑いと警戒心はどこへ行ったのやら、最初の難関をあっさり超えたことでアルンはすっかり気分が高揚していた。。

 

 

 

そして彼に生まれた隙を王は見逃さなかった。

 

 

 

「それだけ私も切羽が詰まっている、ということだ。短くはない付き合いになりそうだな。」

そう言って王は笑いながら手を差し伸べる。

 

「おう、よろしく頼む。」

そしてアルンもそれに応じ両者は握手を交わした。

 

 

 

すると王は笑みを保ちながら言った

「しかし今の手段だと君が提案してきたことをそのまま実行するだけで面白みに欠けるな。代わりにこんなのはどうだ?例えば

_______________________________________。」

「ッ!?」

                                     

 

 

 

 

 

 

 

 

                                     

 

 

 

 

部屋から出た彼は大きな笑みを浮かべ歓喜に満ちた声で言った。

 

「面白くなってきたなぁ。フフ…っ、クハハハハハッ!

さぁて始まりだ。最高に最悪な仕事の始まりだ。」

 

部屋に入ったときの好奇心旺盛なアルンではない。もっと何かに燃えているような、そんな姿だった。

 

「まずはサーヴァント召喚か。フフフ。」

 

 

 



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二節 男と会議

「おお、やっぱ街並みも賑やかだな。この街だけで勝負したら汎人類史にだってマウントとれるんじゃないか?」

 

「私は…帰っていいか?さっきから騒音で頭にガンガンくるんだが。」

 

サーヴァントの召喚に成功したアルンは官邸を出て散歩に出かけていた。彼の傍で悪態を吐く老人こそが彼のサーヴァント、『キャスター』である。

 

老人は彼の小さな体にはとても合わないサイズの白衣を身にまとい、眠そうな目で文句を言う。アルンはサーヴァントを召喚し、己の使い魔との親睦を深める為にこうして散歩に彼のサーヴァントを誘ったのだが、当の本人はかなりご機嫌ナナメな様子。

 

「ひでーなじーさん。もっと仲良くしようぜ。ほら、生前みたいに『陽キャ卍!』って感じで。」

 

「誰がじーさんだ。とにかくさっさ帰って研究に戻らせてくれ、あと一分以上ここにいるだけで私のIQ30位落ちるわ絶対。」

 

「でも、じーさんならIQが30程度落ちたところで十分天才でしょ?」

 

「ただの天才なんて星の数ほどいる。天才であることを誇る天才なんて最早凡人だろう?それじゃ、私はこれからも研究室に引きこもるつもりだ。必要以上に私に関わるな。」

そういい老人、もといサーヴァントは城の方へ去ってゆく。

 

「あーあ帰っちゃったよ。仕方ないから一人で散策するか。」

そういいアルンは一人で街中を歩き、一時間ほど町についての把握を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく経ち街を散歩し終えたアルンは屋敷へ戻り、自室へと向かう。

 

自室のドアを開けたアルン

するとそこにはピンク色の髪を持ち眼鏡をかけた女性がいた。

 

「はぁーい、失礼してまーす」

 

「ッ!誰お前?ここ俺の部屋なんだけど。」

アルンは警戒しながらそう尋ねる

 

「勝手に入ってすみませーん。でも『誰お前?』は酷くないですか?私ちゃんと自己紹介しましたよね?NFFサービスのコヤンスカヤですよ?アルン・ベッテルハイムさん。」

 

「…あぁ今思い出した。そういや居たわお前みたいなの。」

 

「えー私扱い酷いー。ま、それはともかく、

 

クリプターの皆様方相当お怒りですよ?特にオフェリアさんとか」

 

「え、なんで?」

 

「やっぱり忘れてたみたいですね、クリプター会議。各々異聞帯に到着してサーヴァントを召喚し次第、会議に参加する、と予め決められていたようですが?」

 

「え、マジで!?」

 

「…仕方ないですね。見たところ特に異常は無いそうですし、私の方からキリシュタリア様に伝えておきますね。次の定期会議は三か月後です。次は忘れないでくださいね。」

 

「ごめんごめん。」

 

「…それでは私はこれで、失礼しますね。」

そういいコヤンスカヤは消える。

 

 

 

 

「…さて、仕事仕事。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから三か月という月日が経過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『空想樹の発芽から90日、三か月もの時間が経過した、濾過異分史現象、異聞帯の書き換えは終了した、まずは第一段階の終了を祝おう。これらも諸君らの尽力によるものだ、と思っている。』

とある城の一室にて、金髪の男キリシュタリア・ヴォーダイムは威厳に満ちた声で報告した。

その一室には大きな円卓があり、その円卓の周りにはキリシュタリアを含む八人のクリプターのホログラムが囲う。

 

カドック・ゼムルプス

オフェリア・ファムルソローネ

芥ヒナコ

スカンジナビア・ペペロンチーノ

キリシュタリア・ヴォーダイム

ベリル・ガッド

デイビッド・ゼム・ヴォイド

そしてアルン・ベッテルハイム

 

「うん?そいつは大げさだ、キリシュタリア。俺たちはまだ誰も労われるようなコトはしちゃあいない。宇宙からの侵略もテクスチャの書き換えもぜんぶ異星の神さまの偉業だからな。俺たちがしたコトと言えば、異聞帯の王のご機嫌取りだけさ、本番はここからだろう。」

と、軽快な口調でベリルが言う。

 

「嘘だろお前。俺死ぬほど働いているんだけど。背中バッキバキなんだけど。」

と横槍を入れてくるのはアルン。

 

「分かってないのねベリル。異聞帯の安定と樹の成長は同義よ。そしてアルン、前の会議をサボった貴方にその言葉を言う資格はないわ。せめて最低限の仕事をしてから言いなさい。キリシュタリア様は異聞帯のサーヴァントとの契約の継続に全力を注げと言っているのです。アナタ達のように、まだ遊び気分が抜けていないマスターに対して。」

そう厳しい口調で言うのはオフェリア

 

「そうね。私もそこには同意したいわ。」

オネェ口調で同意するのはペペロンチーノ

 

「一番初めの会議をサボるなんて洒落にならないわよ。各々がそれぞれの異聞帯で上手くやれたかを確認するための大事な会議だったんだから。みんな冗談抜きでドン引きよ。」

 

「サボってねぇよ。忘れてたの。いいじゃん結果オーライだから。」

 

「結果の話じゃありません。貴方にやる気があるのか、という話です。」

 

「あぁ、こいつは冗談抜きで仕事をほっぽり出すぞ。そういう奴だ。」

とアルンを非難するのはカドック・ゼムルプス

 

「おうおう、酷い言われっぷりだなぁアルン。ま、こいつはどうか分からんが、少なくとも俺はかつてないほど真剣だよ、お嬢さん。何しろ一度死んで来た訳だしな?こうして蘇生したものの、異星の神とやらの恩情が二度あるとは思えない。なら生きているうちにやりたいことはやっておきたい。」

とベリルは獰猛な笑みで語る

 

「殺すのも奪うのも生きていてこその喜びだ。なぁアンタもそう思うだろ、デイビット?」

 

「同感だ。作業の様な殺傷行為はコフィンの中では体験できない感触だった。俺とお前の担当地区は原始的だからな。必然その機会に恵まれる。」

とベリルの振りに返すのはデイビット

 

「無駄話はそこまでにして。キリシュタリア。要件は何?」

そう文句を言うのは芥ヒナコ

 

「そうだな、遠隔通信とはいえ私が諸君らを招集したのは異聞帯の成長具合を確かめる為ではない。」

キリシュタリアが本題に入る

 

「1時間ほど前、私のサーヴァントの一騎が霊基グラフと召喚武装の出現を預言した。」

「「「「「「「!」」」」」」」

 

「霊基フラグはカルデアのもの。召喚サークルはマシュ・キリエライトが持つ円卓だろう。南極で虚数空間に先行し、行方を晦ましていた彼女らがいよいよ浮上する、という事だ。」

 

「死亡していなかったのですね。三か月もの間、虚数空間に漂っていたというのに…」

 

「そうねせっかくコヤンスカヤちゃんが色々と手回ししてくれたのに。人選ミスじゃないヴォーダイム?私のサーヴァントだったら基地ごと壊せていたわよぅ。」

 

「いや、あれが最適解だった。コヤンスカヤの計画はよくできていた。問題があったとすればあのサーヴァントが積極的に働かなかった事だ。だがそれはカドックの責任ではない。使者である三体のサーヴァント、彼らは我々のサーヴァントではないのだから。」

 

「…それで、連中はどこに出るのかは判明しているのか?」

 

「そこまでは予言されてはいない。あと数時間でこちらに出現する。という事だけだ。」

 

「…出現場所はロシアだ。異聞帯の中に浮上する。」

 

「それはなぜ?」

 

「なぜも何も道理だろう。彼らが現実に出るための縁はカルデアを襲ったサーヴァントだけだ。オプリチニキは彼らにとっての座標でもある。」

 

「…ふん。因果応報とはね。やられたらやり返せだ。奴らにとっちゃ僕は真っ先に倒すべき敵ってわけだ。」

 

「ようカドック!なんなら俺が助太刀に行こうか?お前さんは荒事には不慣れだろう?俺でよければレクチャーしてやるぜ?」

 

「結構だ。あんたはあんたの異聞帯に引っ込んでろ。兄貴分を気取るのはペペとアルンだけで充分だよ。」

 

「えー?本気で心配してんだけどなぁ、オレ。っていうかペペロンチーノは親父役だし、アルンは近所の悪ガキって感じだろ。」

 

「なに俺のその微妙な役割。兄貴だろ俺。頼れる兄貴だろ俺。」

 

「ま、本人がやる気なら口出すのは粋じゃねぇな。がんばれよカドック。皇女様への男の見せ所だしな。」

 

「カドック、言うまでもないが我々の使命は異聞帯による人理再編。もう一度、人類が神とともにある世界を作り上げることにある。異星の神による侵略が終わった今カルデアの抹殺は余分な仕事だ。雑務と言っても差しさわりはない。しかし、障害であることも否定できない、カドック、君の手腕に期待している。」

 

「アンタに言われるまでもない。僕だって負けるつもりはないからな。通信はここで切る。奴らが来るなら迎え撃つまでだ。」

そういい、カドックは消える

 

「私も玉座に戻るわ。こちらの王は探求心と支配欲の塊だから。ほっておくとどんな展開を望むか分からない。」

そういい芥ヒナコも消える。

 

「んじゃ俺もこの辺で、ロシアからのSOSがあったら知らせてくれ。」

そういいベリルも消える。

 

「私も失礼するわ。こっちもちょっと様子がおかしいの。報告は上げたけど、デイビットにも意見を聞きたいわ。アナタ、私の異聞帯の四角についてどう思う。」

 

「アキレス腱だ。これ以上はない急所だろう。おまえにとっても、その異聞帯にとっても。俺やヴォーダイムであればすぐに切除する。だがお前であれば残しておけペペロンチーノ。そういう人間だろう、お前は」

 

 

 

「あらそう。じゃあ様子を見ましょうか。ちなみにアルン、アナタはどう思う?」

 

「四角?知らんよ、んなもん。サイコロでも転がして決めとけば。四角だけに。」

 

「ふふ、それもいいわね。」

そうしてペペロンチーノも消える

 

「んじゃ俺も消えるわ。特に生産性のない時間だった。」

 

「おい、アルン。」

通信を切ろうとしたアルンにデイビットが声をかける。

 

「おう、どした。」

 

 

 

 

 

 

「お前、異聞帯で何があった?」

デイビットが鋭い眼光でそう尋ねる。

 

 

 

「なんだ?いきなり。俺の異聞帯に特に異常なんて____

「お前の異聞帯ではない。異聞帯で『お前』に何があったかを聞いている。」

緊迫した雰囲気が漂う

 

 

 

「…さぁな。」

ただそういいアルンは消えた

 

「…では通信を切る。予定通り、次の会合は一月後だな。」

そしてデイビットも消える

 

「ではキリシュタリア様、私もこれで失礼します。」

そしてオフェリアも通信を切る

 

一人残ったキリシュタリアは一人呟く

 

「空想の根は落ちた。異星の神はじき降臨する。この三か月で異聞帯の書き換えも終わった。この惑星は、次代の人類史は我々の者だ。」

「だが、そんなもので私は満足しない。私は決して手を緩めない。」

「神秘が途絶え、世界の基盤が人間に渡ってから二千年。

 今まで、あらゆる賢人が到達しなかった世界に私は挑む。」

「見ているがいい、マリスビリー・アニムスフィア。アナタが描いた机上の空論を、この私が完成させて見せる。」

 

 

 

 

 

 

 

会議を終え、通信を切ったアルンは深くため息をついた。

「ふーっ、取り敢えず目的は大分果たせた。一つ山は越えたな。」

 

席を立ったアルンはそのまま自室を去り、エレベーターで地下へと向かう。

地下には独房があり、その独房にアルンが求める人物がいる。

 

カツーン、カツーン

 

アルンの軍靴が音を鳴らす。そして、その音は彼が一つの独房にたどり着くと同時に止む。

 

「やぁ」

アルンが声をかける

 

「………。」

 

「クリプターの奴らと会話したよ。」

 

「………。」

 

「お前の情報通りだよ。助かった、もう完全にこれからの方針が固まった。」

 

「…………。」

 

「お前が現れてくれて本当に良かった。これからも良き協力者でいて欲しい。」

そういいアルンは立ち去る。エレベーターに乗ろうとしたとき。

 

「………これからどうするつもりだ。」

アルンは足を止め

 

「そうだな、まずは

 

 

 

カルデア粉砕に全ての労力を注ぐ。それが今分かっている最大の山場だ。

 

 

この争いの一番の脅威、それが分かってるクリプターがどれだけいるのやら。」

アルンはそういいエレベーターに乗る。

 

「ロシアはだめだな。カドックのあの面の感じじゃあすぐ落ちるだろう。」

 

「となると問題はその次だ。場所的に考えたら次に来るのはオフェリア、もしくは俺のトコだよな。」

 

「何しろ相手は世界の救世主サマだ。俺とは永遠に相容れることはないだろう。」

 

「百回殺しても足りないだろうな。まったくピンチでたまらないよ!カハハハハハハ!」

 

 

 

男は笑う。

 

来るべき、運命を背負った者たちとの闘いを見据えて。

 

そしてその先にあるものを見据えて

 




三か月あっという間に経ち過ぎだろ何かエピソード入れろよ。


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三節 カルデアの侵入

「と、いうことだ。だからカルデアを潰すなら今のうちがベストだと思うんだが。」

 

とある作戦室。

そこにはアルン、彼のサーヴァント、そして複数人の黒ずくめの男がいた。

異聞帯の王は欠席している為、司会はアルンが行っている。

彼らは今後の方針を決めるべく会議をしており、もう結論に至るころだろう。

 

「なるほど、空想樹もこれ以上育てる必要は無し。ならば向こう側の手札が少ない今が絶好の機会、ということですか。」

黒ずくめの男のうちの一人が言う。

 

「そゆこと。いつ彼らに強力な助っ人が来るかも分からない。実際、彷徨海辺りで怪しい動きもある。始末するなら今がいいだろう。」

アルンが答える。

 

「こちらの戦力は?奴らを確実に迎え撃てるほどの準備はできているのでしょうか?」

また別の黒ずくめの男が答える。

 

「それを俺たちこの三か月間頑張ってきたんだよ。俺の優秀なサーヴァントのおかげでその辺の準備は完璧だよ。ホント俺たち最強のコンビ。」

その質問にアルンが再び答え、隣に座っている彼のサーヴァントに同意を求める。

 

「まぁサーヴァントとしてはまだ赤子の私にしてはうまくやれた、という自負はある。」

そうサーヴァント『キャスター』は満足げに返す。

 

 

 

「空想樹の管理は完璧、兵器の貯蔵も十分、町の偽装もオッケー。後は兵士の君たちが大丈夫だというならば、俺たちは今が『最強』なはずだ。」

そうアルンは黒ずくめの男たちを挑発的に見るが

 

「ハッ、我らは常に戦争の準備はできております。それは愚問というものです。」

男たちはそれを笑って返す。

 

 

「それは頼もしい。期待しよう。黒い騎士さん達。

準備は整った。それではカルデアを歓迎するとしよう。解散!」

アルンが手を広げながら笑みを浮かべて言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい。かくしてスカサハ=スカディは敗れ、北欧異聞帯は空想樹を失い、人類史から切除されました。残念ながらオフェリアさんは帰らぬ人となったのです…よよよ。」

場所は再びクリプター会議。

前回は未参加だったコヤンスカヤがわざとらしくそう事情を報告する。

 

「見え透いた嘘はやめてコヤンスカヤ。カルデアへのいら立ちより、アナタへの嫌悪がはるかに上回るだけよ。」

そう刺々しく返すのは芥ヒナコ

 

「キャーー、バレバレとか恥ずかしーーい!これでも同胞を失った皆さんに気を遣ってリップサービスならぬクライサービスをしたんだぞ☆」

コヤンスカヤは一転し、ふざけた態度で言い、さらに続ける

 

「オフェリアさんは私にとっても貴重なお客様でしたから。あの『宝石の魔眼』を私に譲っていただければ、私も全力で生存の手助けをしたのですが。」

 

「そう、ならそれがせめてもの救いね。彼女の瞳があなたのコレクションにされていたかも、なんて、想像するだけで目が眩むから。」

それに再び芥が嫌悪感をあらわに返す

 

「おや、人間嫌いの芥女史がオフェリアさんの死を悼むとは驚きですねぇ。失ってから初めて気づく親愛というヤツかしら?でもそれ、個人には何の救いにもなっていませんよ?

ただ見ていただけの貴女がいまさら友達面とは毛並みが良すぎるのでは?」

 

コヤンスカヤは急に真剣な表情になり、芥に語る。

「何も行動しなかったのなら何も言うべきではない。これ、人間社会の常識でしょう?そんなところにずっと引きこもっているからそんなコトも忘れてしまうんですよ、貴女は。」

 

そうコヤンスカヤが告げると、芥は激昂し、コヤンスカヤに憎しみの眼を向ける

「っ、女狐風情が…」

 

 

 

「うるせーよ、メス豚共が。」

そうアルンが呟いたことで、全員の視線がアルンに向く

それを確認したアルンは続ける

 

「女ってのはスゲーな。どーでもいい事で十分も二十分も話していられる。けどその特性をわざわざここで披露しなくてもいいから。」

 

そう辛辣に言い放つとペペロンチーノがそれに反応

「どうでも良くはないでしょ。私たちの仲間が死んだのよ?」

 

「戦争だぞ、一人死んだくらいで後ろ振り返ってたら首がもげ落ちるわ。」

 

「…サボり魔の貴方がそこまで言うのは珍しいわね。まぁその点に関しては私も賛成。私は異聞帯の報告をしに来ただけ。それも済んだのだから退席する。」

アルンの主張に賛同した芥はそのまま退席を宣言する

 

「ペペ、キリシュタリア。間違ってもそこの女狐を私の異聞帯に寄こさないで。その女は国を滅ぼすことしかできない女よ。」

そう要求し、芥は通信を切った。

 

 

 

「いいのか、ヴォーダイム。芥は僕のロシアとオフェリアの北欧が落ちた事に強い怒りを持っていた。“この役立たず”と叱責されてもおかしくはなかった。…実際反論できない立場だが。」

狼狽えるアルンを無視して自虐的に語るカドック

 

その言葉にベリルが反応する

「あーそれな。俺はそこも流せねえな。カドックは生還した。それはいい、喜ぶべきことだ。

 

でもさぁなんで生きてるんだ?カドック?

連中はカルデアを制圧したサーヴァントのマスターであるお前さんを生還させるほどお人好しなのかい?それとも

 

いまさらあっちに寝返ろう、なんて考えてないよなぁ、カドック・ゼムルプス?」

不気味な笑みを浮かべて尋ねるベリル。

 

「ハ。アンタらしい厭らしさだ。逆に安心するよベリル。

 

安心しろ。利用価値がないやつを引き抜くほど連中に余裕はない。僕は負け犬と無視されてここまで逃げ延びただけの敗北者だよ。」

カドックが自虐的に笑いそう答える。

 

「負け犬、ねぇ。

 

いやいや、ただの冗談、冗談!お前さんが生きていてうれしいよカドック!しかしまあ、お前さんもオフェリアも運が悪かったなぁ。いや、あちらさんの運が良かったのか?カルデアのマスターはまだピンピンに生きているときた!余程周りに大切に扱われているようで。ブタもおだてりゃ何とやらだ!」

先ほどの不気味な雰囲気と一転陽気に語るベリル。

 

「………」

その様子をアルンは冷ややかに見る。

 

「報告の限りでは私も同意見と言わざるを得ないな。デイビット。カルデアのマスターを君はどう見る。」

キリシュタリアが尋ねる

 

「そうだな、よくやると呆れている。普通、人は戦場に立つ時、確かな武器を手にしていなければならない。しかし、カルデアのマスターは自分に武器がない事を理解しながら戦場に立っている。よほど緊張感のない女か、それとも___

 

 

「………それしかないから、だろ。あいつは魔術師としては三流以下だ。だからバカ面のまま前線にいるしかない。震えている脚を誤魔化して必死に見栄を張っているんだよ、あいつは。」

カドックがそう声を少し震わせて言う。

 

少しの沈黙が流れる

 

「コヤンスカヤ、北欧を離脱したカルデアはどうした?」

デイビットが尋ねる

 

 

 

「はい。彼らはまだ欧州におります。しかし今も北海に向かって移動中です。1,2日でたどり着くかと。」

 

「北海、一体何が目的かしら。」

 

「何かあてがあるのだろう。妨害したいところだが、一日二日では難しいな。」

デイビットが手を頭に当てながら言う。

 

「そうね、こちらも戦力をすぐ整えられる訳じゃないし、

じゃあしばらくカルデアは放っておいて、私たちは自分たちの異聞帯に専念しちゃい_

ペペロンチーノがそう結論を出そうとすると

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そいつはナシだぜペペロンチーノ。」

ベリルが割って入る。

 

「仲間が二人もやられたんだ。これ以上は放置できない。一刻も早くカルデアの残党を潰す。

 

なぁコヤンスカヤさん、確かに俺たちじゃあすぐには干渉できねぇ。っていうか俺たちは自分の異聞帯で精一杯だ。

けどアンタなら出来るだろ、コヤンスカヤさん。

あんたの単独顕現ならあいつらのもとに今すぐにでも行けるはずだ。」

 

「はい♡もちろん可能です。契約金に含まれていないサービスですが承りました。

ご依頼はカルデア残党の処理、でよろしいですね?

 

とはいえ、このご依頼は少々お高くなります。ベリル様にはお支払いできないでしょう。

なのでここは安価で確実な手段を取らせていただきますが、よろしいでしょうか。」

 

「へぇ具体的にどんな。」

 

「カルデアを無力化すればよろしいのでしょう?であれば、カルデアのマスターは一人しかいないのですから。誰にも気づかれることなくサクッと、暗殺してまいりますわ。」

そういいコヤンスカヤは去ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、その必要はねーよ。」

アルンがそこで久しぶりに口を開く。

 

「アルン?どういうことかしら?」

 

「そのままの意味だ。コヤンスカヤ、お前は何もするな。」

アルンはペペロンチーノにそう答える。

口調も普段のふざけたものではなく、真剣なソレだ。

アルンの珍しい雰囲気に周りも驚きを見せる。

 

「ほう、ではカルデア残党の無力化、という依頼はキャンセルという事でよろしいのですか?」

コヤンスカヤが尋ねる。

 

「あぁ、キャンセルでいい。その依頼は俺が変わりに受けよう、ベリル。報酬なんてもんもいらん。」

 

「…へぇ、珍しいなお前さんが自ら動くのは。すぐに戦力を送れるのか?てか、自分の異聞帯はどうすんだ?何か策でもあんのかい?」

ベリルが挑発的に尋ねる。

 

「策がなかったら言わねぇよ。あいにくとこちらは戦力を送る気もないし、異聞帯をほっぽらかすつもりもない。

 

 

 

 

 

俺が行くんじゃねぇ

あいつらがうちの異聞帯に来るんだよ。」

 

「「「「「「!?」」」」」」

その場にいた全員が困惑する。

“奴は何を言っているのだ”と

 

「どういうことだ、アルン。カルデアを誘導する気か?だが奴らはすぐに_____!?まさか、お前は」

追求しようとしたデイビットが一つの可能性に気づく。

 

 

 

「それじゃあ、オレ今から準備するからここで通信切るぞ?」

アルンがそういいデイビットを無視し、通信を切る。

 

「アルンお前は__、…もう議題はなさそうだ。俺もここで通信を切るぞ」

アルンに逃げられたデイビットはそのまま退席する。

 

 

 

 

 

 

 

「………いったい何を考えているのかしら、アルン。」

ペペロンチーノが不安げに呟く。

 

 

「ク、ク、クハハハハハ!アイツがここまで積極的に出るとはな!いやぁ面白くなってきたねぇ。一体何をしてくるのやら。」

ベリルが楽しそうに笑う。

 

「キリシュタリア、いいのかあいつ放っておいて。普段はイラつく程に何もしないが、暴走するときはとことん暴走するやつだぞ、あいつ。」

カドックが尋ねる

 

「そうだな、隠し事をするような人間ではないが、私もすこし不安を___何があったコヤンスカヤ。」

カドックの問いに返答するキリシュタリアだが、途中で何か信じられないものを知ったような様子で目を見開くコヤンスカヤに気づき、状況説明を命じる。

 

「…これは一体!?…皆さま、緊急連絡です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルン様の西ヨーロッパ異聞帯が急激に領域を拡大しております。」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

通信を切り、クリプター会議から退席したアルンは即座にとある人物を呼び、尋ねる。

 

「____君。準備は?」

 

「いつでも。」

 

男の返答を聞いたアルンは電話を何処かへ掛け

 

「もしもし?俺だ。

 

 

やれ。」

 

 

 

その瞬間、轟音が鳴り響く。

アルンが窓から外を見ると、彼の異聞帯を覆っていた嵐の壁が急速に遠くへ去っていくのが見える。

 

アルンはひとりでに呟く

 

 

 

「デイビット、そのまさかだよ。

 

言った筈だ。俺はこの3か月間かけて死ぬほど異聞帯を育てることに取り組んだ。結果、異聞帯は凄まじい速度で成長したよ。本来ならば1か月経つ頃にはオフェリアの北欧、カドックのロシアを取り込んでいただろう。ただまぁ2国ともカルデアと戦闘中だったし、こっちも情けをかけて、『異聞帯の領域だけを拡大させず』、取り込まないでやった。

 

そうだな…どんどんデカくなるスポンジがあると想像してくれ。そのスポンジを手で握り続けたらどうなる。スポンジはどんどんデカくなろうとする。しかし手がスポンジを握り続けている限り、スポンジは圧縮されサイズは変わらない。

そう、俺はスポンジを手で握り続けていただけだ。

ま、ちょっと特殊な『手』で握ったがな

 

あとは手を放してやれば、スポンジは本来の大きさに戻る。

簡単な話だ。

 

 

 

幸いまだ奴らは欧州にいるんだろ?こっちはカドックとオフェリアの二人に挟まれて場所的にもきつかったからな。今まで我慢してやったんだが、その二人の異聞帯も無い今、もう開放しても構わんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

という訳で、異聞帯の領域を広げてカルデアを飲み込んじゃいまーす。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって場所は北欧。一面真っ白な大地の上で、孤高に走る黒い物体。

これこそが「シャドウ・ボーダー」。

人理継続保障機関フィニス・カルデアの現本拠地である。

 

彼らは先ほど、第二の異聞帯、北欧異聞帯にて激しい戦いの上勝利し、空想樹の切除に成功した。

現在は北海へ向かっている途中だ。

 

その車内では重苦しい雰囲気が漂っていた。

「………」

「………」

「………」

「………フォウ」

 

そんな重苦しい雰囲気の中、一人の男が耐え切れないように口を開く。

「だーーーーっ!もう、なんすかこの空気~~~~!

さっきから黙りこくって。俺だってそりゃ落ち込みますけど、ハンドル握っている以上しっかりしないといけないので。所長!行先は北海でいいんですよね!?」

男、ムニエルはそう所長に問い詰める。

 

「う、うむ。北海だな。そうしてくれたまえ。

 

…はぁ、私は又こんなことを。

私は見ての通り冷酷な貴族主義、選民思想の権化だが…それでも無垢な子供の笑顔を無かった事として忘れるのは難しいのだよ…」

そう呟くように答える現所長、ゴルドルフ。

 

 

彼らは異聞帯にて、大勢の子供たちを『無き』ものにしたという罪悪感に苛まれ、そして何より一人の少女が何も知らずに消えていく様を目の当たりにし、心に深い傷を負った。

 

「………そりゃあな。おっさんの言う通りだけどさ。こんな気持ちになるなら、異聞帯の住民とは関わらない方がいいかもだ。」

 

「………いや、それは」

このカルデア唯一のマスター、藤丸立香はその提案を却下しようとする。

 

「それは最も卑劣な行為、だろう?いけないよ、ムニエル君。それは顔も知らない相手だから殺せる、と言っているようなものだ。それはただの思考放棄、かつ自己防衛にすぎない。『人間は顔を知っている』ものとだけ戦うべきだ。

 

そうでなければ自分の正義も薄くなる。責任の取り方は人それぞれだけどね。」

藤丸立香の言葉を遮ってそう言う少女の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

「見なかったフリで進む方が辛いってことか…いや心が死ぬって話だな。

 

ってダ・ヴィンチ!?ボーダーの制御はいいのか?虚数潜航の準備は!?」

 

 

「なぁに、空想樹ソンブレロの伐採、切除に伴い、北欧を覆っていた嵐の壁は消滅した。

虚数潜航の必要はしばらくないさ。

 

彷徨海があると推測されるのは北海の沖合だ。あとしばらくは快適な陸路の旅を____」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ビーッビーッビーッ』

 

突如非常用サイレンの音がボーダー内に響き渡る。

 

「うん?この警告は何かな?ムニエル君?」

 

 

 

「なにって、ダヴィンチに分からないものが俺に分かるかって____はああああ!?

後方1kmから接近する物体を確認!ってこれは___

 

 

 

嵐の壁だぁぁぁ!!!」

そう狼狽えながら報告するムニエル。

 

 

「あ、あの…Mrムニエル?心労疲労が最も大きかったのは…」

そう言いムニエルの精神状態を心配するのはマシュ・キリエライト。

 

 

「そうじゃない!ほんとだって!後ろから嵐の壁が急速に接近しているんだって!」

 

「馬鹿を言うな!ソンブレロが切除され北欧異聞帯の嵐の壁は消滅したんだろう!?」

 

「違う!その嵐の壁じゃない!北欧異聞帯の嵐の壁とは全くの別物だ!!!

 

 

北欧異聞帯とは全くの別の、

 

新たな異聞帯に飲み込まれるぞ!!!」

 

 

 

 

「ウソでしょぉぉ!?さっき異聞帯を攻略したばっかだよ!?」

絶望に打ちひしがれ、オレンジの髪を掻きむしる藤丸立夏。

 

「ええい!北海まではあと何キロだ!?死ぬ気で逃げ切れ!」

 

「あと12キロだ!無理だ!絶対追いつかれる!無茶言うなおっさん!」

 

「と、というか何故嵐の壁が、異聞帯が迫っているのだね!?」

 

「それなんだけど、マップを見る限りだと異聞帯が急速に拡大してるみたい!そんなことも出来るの!?てか何のために!?何でいま!?」

 

「なるほど、まだまだ異聞帯には謎が多く隠されているようだ。

 

しかし、まずいな。このままだと嵐の壁に押しつぶされ我々は木っ端みじんだ。」

冷静にそう分析するのは、稀代の名探偵、シャーロック・ホームズ。

 

「な、何を恐ろしいことを平然と言っているのだね?経済顧問」

 

「駄目だ!あと3分以内に追いつかれるぞ!衝突は避けられない!」

 

「何とか逃げ出す事は出来ないのかね!?」

 

「残念ながら。速度は完全にあちらが上回り、なおかつ我々に長距離の虚数潜航をする程のエネルギーはありません。

 

ですが、生き残る手段なら一つあります。

 

 

 

 

嵐の壁の幅はおよそ2キロ。その距離分だけ虚数潜航で移動することです。」

 

「え、という事は…」

 

「その通りだ。ミス藤丸。我々は嵐の壁を虚数潜航ですり抜け、今より第三の異聞帯、

 

接近してくる西欧異聞帯に侵入する!」

 

「え、ちょ、まだ心の準備が____」

 

「ちょちょ、待ちたまえ!い、いきなり過ぎないかね?さっき第二特異点攻略したばかりでは__」

 

「そうも言っていられない状況です。もっとも、嵐の壁によって粉々になるのをお望みなら___」

 

「そ、そういう物騒なことを言うのはよしたまえ。ゴホン、それでは仕方ない。我々はこれより第三の異聞帯に突入する!技術顧問、ゼロセイルの準備を急いでくれたまえ。」

 

「ミス藤丸」

 

「うん、大丈夫。心の準備も整った。かなりきついけど、今度も絶対やってみせるよ。

行こう、マシュ!」

藤丸立香はそう覚悟を決め、隣にいる相棒に声をかける

 

「はい!今回もきっと大変な任務になると思われますが、頑張りましょう!先輩!」

 

「もう出来てるよ!みんな、急な展開で仕方ないけど、今回も休みはナシだ!ぶっ続けで行くよー!

 

ゼロセイル、潜航開始!!!」

 

 

 

 

 

 

「あと、みんな席ついて、幽体離脱に備えてねー。」

 

「嫌だ、私あの感覚ムリ!」

 

「まだ木っ端微塵の方がマシに思えてくるってどうゆうことなのか説明しなさいよね!ホント!」

 

 

異聞深度E−  A.D1■4■

 

Lostbelt No.2.5 絶対■■帝国■■■ 

 

      最■の男

 

 



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四節 カルデアと老人

こっからはカルデアメインです。


城の一室に備え付けられたベランダ。そこで外の風景を感慨深く見つめるのはクリプター、アルン・ベッテルハイム。

そこへ歩み寄る一人の低身長の男。

「異聞帯の北西部にて反応がありました。カルデアが異聞帯潜入に成功したようです。」

 

「そうか。無事やって来てくれたか。会議であんなにドヤ顔したのに失敗したら恥ずかしいったらありゃしない。」

 

「兵を出して直ちに殲滅いたしましょうか?すでに準備はできております。」

 

「おいおい、それは一番の愚策だぞ?何万もの英霊を従え、何億もの敵を倒し、何兆もの命を救ってきたホンモノのヒーロー。そんなもので殺せるはずがないだろ。」

 

「ですが、戦力も整っていない今が好機では__」

 

「そんなもん、何とかしてしまうのが本物だ。第一兵たちは俺が近くにいないと本領を発揮できないじゃん。下手に戦力さらしてこっちの正体バレたらそれこそ興ざめだ。折角向こうはこっちの情報が皆無なんだ。そこをうまく利用したい。

ネタバレはフィナーレの直前が一番盛り上がる。」

 

 

「…承知しました。それでは失礼します。」

そう言い男は去る。

 

「あの女狐もすぐやってくるだろう。それまでに片付けなければならない課題が山ほどあってマジ萎える。君たちに会えるのはそれが終わってからだ。それまではこの異聞帯を好きに観光していてくれ。カルデア諸君。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、無事着陸成功!みんな、着いたよ!」

 

「あの先輩、大丈夫ですか?」

 

所変わって場所はシャドウボーダー。無事異聞帯に侵入出来たことを伝えるダヴィンチだが、船員はみんな虚数潜航による酔いでやられている。

マシュが今にも死にそうなマスター、藤丸立夏に心配そうに声をかける。

 

「う、うん大丈夫。ありがとうマシュ。」

 

「大丈夫なわけがあるか!何回やっても慣れんわこんなの!というかこれを後五回はやらなきゃいけ___

 

「ミスターゴルドルフ。それはこの異聞帯を無事に攻略出来たらの話です。まずはこの異聞帯から生還することに全力を注がなくては。」

 

「う、うむそうだな。それでは藤丸立香。着陸して早々だが、任務を与える。まずは外へ出て辺りを捜索してくれ給え。ただ、ボーダーから離れることは許可しない。まずは民間人との接触を図ること。いいな?」

 

「わ、私も同行します!先輩!」

 

「うん!ありがとうマシュ。それじゃあ行こうか。」

 

「二人とも、気を付けるんだよ。前回みたいに着陸して即戦闘、という事も十分あり得るからね。」

ダヴィンチの忠告を頭に入れ、二人はハッチ前へ移動する。

 

「前回も前々回も雪がすごい場所だったけど今回はどんな所だろうね?」

 

「はい、出来れば適応しやすい場所がいいですね。」

 

『安心してくれ給え。外気温、摂氏23度。湿度30%。微風。外に異常な魔力反応無し。

今までの異聞帯とは違い普通の環境だ。』

 

「本当ですか!先輩良かったですね!」

 

「そうだね。じゃあ行こっか!」

 

そういい二人は開けられたハッチをくぐり外を出る。

すると

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ブゥゥゥゥ!」」」」

 

 

 

 

 

 

「「…へ?」」」

 

「「「「ブゥゥゥゥゥゥゥ!!」」」」

 

「こ、これは…豚、ですか?」

 

「豚、だよね?」

 

そこにいたのは十頭を超える数の豚だった。

シャドウボーダー周辺を取り囲む豚たちに困惑の表情を見せるマシュと藤丸。

 

「ええと…ここは牧場って事でいいのでしょうか?」

 

「うん…流石に豚が支配する異聞帯ってのは無いと思うし…。」

 

アホな発想と思うかもしれないが彼女達はロシア異聞帯にてヤガという狼男の様な生物が支配する世界を見ているので完全に否定できないのも仕方がない。

 

彼女らが困惑していると突然一人の少年の声が聞こえる

 

「おーいうるせぇぞ!さっき飯やっただろ…ってハァァァァ!?」

 

恐らくこの豚の世話をしているであろう少年が驚きの声を上げる。

いきなり自分の家の牧場に巨大な黒い戦車のような物体が現れればそりゃそうなる。

 

「ななな何だこりゃ!?戦争か!?宣戦布告とか聞いてねぇぞ俺!」

混乱する少年。

 

「あ、先輩。丁度あの方に話を聞いてみましょう!」

 

「う、うん。…すごく説得するのに苦労しそうだけど。

あのー、すみませーん!」

 

「あぁ!?って誰だテメェら!?敵か!?どこの国のモンだオラ!!」

そういいいきなり少年は懐から拳銃を取り出し藤丸に向ける。

 

 

 

 

「え、ちょ、ちょっと待ってください!いきなりどうしたんですか!?」

 

「何で子供が拳銃なんて持ってるのー!?」

 

「子供だろうが俺はれっきとしたゲルマン人だ!敵に立ち向かわずしてどうする!」

 

「敵って…我々に敵対意識はありません!落ち着いてください!」

 

「黙れ!じ___

 

少年が引き金を引こうとしたその瞬間。少年の持つ拳銃が宙を舞った。

舞った拳銃が地に落ちることはなく、一人の男の手の上にて着地する。

 

「全く、エレメンタリースク―ルに通う様な歳の少年が持っていいモノじゃない。この国の法律はどうなっているのか、心配でたまらないよ。」

 

「「ホームズ!」さん」

得意のバリツで少年の身に余る凶器を蹴り飛ばしたホームズはその拳銃を手で遊ばせながら困ったように呟く。

 

「やぁミス藤丸。どうやら危ない状況だったようだから出しゃばらせてもらったよ。といってもミスキリエライトがいたのなら不要な真似だったかな?」

 

「い、いえ!そんなことは…」

 

「フフ。さて、少しは冷静になってくれたかな?」

そういいホームズは少年の方へ視線を戻す

 

「チッ、てめーらが俺の_____

 

 

 

 

 

 

 

 

「クゥルルルァァ!!!アイクゥゥゥ!!てめぇ仕事ほっぽり出して何してやがる!!!

 

 

って何だコリャ!!!」

 

緊迫な雰囲気を壊したの一人の老人の怒声だった。雷鳴の様な声を響かせて銃を片手に民家を飛び出し、二秒でシャドウ・ボーダーに腰を抜かす老人。

まるで先ほどの少年ことアイクのようだ。

 

「お、おい!アイク!なんだこりゃ!?説明しろ!」

 

「ジジイ!敵国の襲撃だぞ!!早く連絡を!」

 

「は?敵襲だぁ!?」

信じられない、というように目を見開く老人。

 

「私たちに敵意はありません!武器を下ろしてください!」

懸命に説得しようとする藤丸達。

 

「…」

じーっと三人を見る老人。

 

「おいジジイ!さっさとそのMP40あいつらにブチかませって言っt___

 

 

 

 

「この馬鹿野郎!!!」

 

「痛ってぇぇ!!!」

老人はこともあろうかアイクの頭に向かってその機関銃を思いっきり叩きつけた。

 

「おめぇって奴は本当に話を聞かねぇな!あともうちょっとでお陀仏だぞ!」

 

「どういうことだよ!アイツらが俺らを__

 

「もういいお前は一旦部屋へ帰れ。当分出てくんじゃねぇぞ。」

 

「はぁ意味わかん__

 

「いいな?」

 

「うっ、分かったよ。」

始めは反抗したアイクだが老人の圧力に押され大人しく民家へ戻る。

 

「いやぁ。すまんね嬢ちゃん達。あいつはどうも話を勘違いしていけねぇ」

 

「い、いえ。丸く収まってよかったです。」

 

「孫が迷惑かけた。詫びといっちゃあ何だが、一杯やろうや。うちのビールはうまいぞぉ?」

 

「いやー私たち未成年だから__

 

「是非ともご一緒させていただきたい。」

 

「ってホームズ!?」

未成年に酒を飲ませようとするホームズに対し軽蔑の視線を向ける藤丸だが

 

「何を勘違いしているのだね?彼はどうやら話が通じる男に見える。ならば質問するには絶好の男だ。この機会を逃せばこの異聞帯の情報を得ることができなくなってしまう。」

 

「え、ああそういう。」

理由あっての行動なのに犯罪者扱いされるホームズに同情したいところだが、薬物に手を出しているような人間なので警戒されるのも仕方ないっちゃあ仕方ない。

 

「それじゃ着いてきな」

 

「すまない、あと2人程連れてきても構わないかな?」

 

「あぁ?そのでっけえ潜水艦の中にいる訳か。全然構わねぇよ。」

 

老人の許可を得たので、藤丸達はダ・ヴィンチとゴルドルフも連れて老人の民家の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

家の中へ入った一行はリビングルームへ案内される。彼らが席に座ったことを確認した老人は「んじゃあ酒とつまみ持ってくらぁ。」と言い、キッチンへと向かった。

 

5人だけになった彼らは小声で会話を始める。

 

「まずはご老人の誘いに甘えてこの席を楽しませてもらうとしよう。いきなり質問責めにするとご老人の折角の厚意が台無しだ。」

 

「それはいいけど…ホームズただお酒が飲みたかったわけじゃないよね?」

 

「全く、少しは信用してくれたまえMs藤丸。アルコールは人を饒舌にさせる。情報収集にはもってこいの武器と思うのだが。」

 

「そうですね。お酒は飲めるかどうかわかりませんが…おつまみの方も楽しみですね!」

 

「その点は期待してもいいと思うよ!なんせここはソーセージの名産地として有名だからね。」

 

「ダヴィンチちゃん、ここの場所が分かったのですか?」

 

「あぁ分かったとも。ここは西ヨーロッパ、現代のポーランドの北側に位置する場所だ。正確にはポーランドとドイツの境目あたりかな?」

 

「ポーランド、か。」

 

「ええと、ポーランドで有名な人物っていうと……」

 

「ショパンやコペルニクス等が挙げられますが、どれも異聞帯の王とは思えませんね。」

 

「この国がポーランドと決まったわけじゃないよ。ここの隣国のドイツやそのまた隣国のフランスの可能性だってあるんだ。時代によって国境は違うからね」

 

「なるほど!ドイツやフランスだったら強い影響力を持つ王は山ほど挙げられるな!有名どころだと、カール大帝やルイ14世などか。」

 

 

 

 

 

五人が様々な可能性を考えている間に老人が戻ってくる。

 

「よぉし!準備はできたぞ!楽しみにしてくれ、家よりうまいソ-セージを作る奴はこのあたりにはいねぇよ。」

 

「おぉ!それは期待できそうだ!」

 

「よっしゃあ!んじゃあ、いっちょ乾杯といくか!」

 

そういい6人は飲み会を始める。

と言っても実際に飲んでいたのはホームズ、ゴルドルフ、老人の三名であり、残りの女たちは未成年な為つまみを齧っているだけである。

 

さて、一時間近く飲み続け酔いが回った三人。最も、ゴルドルフは開始数分で倒れてしまったが。

藤丸立香は質問タイムへ移ろうとする。

 

「ええと、そういえばこの家はお爺さんとお孫さんだけなんですか?」

 

「……あぁ。俺のかみさんは60数年前に死んだ。こっから東の国の兵に殺された。

アイクの両親は10数年前にに死んだ。こっから西の国の兵に殺された。」

 

「あ…ごめんなさい。」

嫌な記憶を思い出させてしまったことに謝る藤丸。

 

「いや、構わねぇ。アイクは生まれてから実の親の顔を見ていねぇ。ただ、自分の親父、お袋が敵国の兵に殺されたという事実は知ってる。俺が教えたからな。」

 

「なるほど、それから彼はよそ者に敏感になってしまったということか。」

 

「あぁ。さっきのことを許してくれとは言わねぇが、アイツの事も分かってやってくれ。」

 

「あぁもちろんさ。幸い誰もケガしていないわけだし、こうしてご馳走までしてもらったんだ。礼を言う事はあっても攻める要素などありはしないさ。」

 

「あぁすまねぇな。そういえばあんたら旅の途中なんだろ?だったらここら辺の事で分からない事もあるだろ。俺に分かることがあれば何でも聞いてくれ。」

 

「(やりましたね先輩!この異聞帯の事についてもっと分かるかもしれません。)」

 

「(そうだね)ええとそれじゃあ、この国の中心って何処ですか?」

 

「おう、ベルリンだな。こっから車で一時間ってとこだな。」

 

 

 

 

そうだ。お前ら何なら今からベルリン行くか?車で送っててやるよ。」

 

「え、いいの!?」

いきなりこの国の王がいるであろう場所に案内してくれると言われ、喜ぶ藤丸。

 

「あぁ構わねぇ。折角この国に来たんならベルリンに行かなきゃな。んじゃ車用意してくるから外で待っててくれ。」

そういい老人は部屋を出る

 

 

 

 

「こんなに世話を掛けてしまってよいのでしょうか?」

 

「そうだな。なぜここまで親切なのかは分からないが。

 

Ms藤丸。このままベルリンへ行くべきだろうか?敵の本拠地に戦力もないまま侵入することになるが。」

 

「騒ぎを立てずに夜までに帰れば大丈夫だと思う。」

 

「そうか、分かった。ゴルドルフ氏はすっかり潰れてしまったので同行は難しそうだな。」

 

「そうだね!私もこの辺りの霊脈とかその他色々をリサーチするからボーダーに残ろうかな。」

 

「分かりました。それでは私と先輩とホームズさんの三人で行ってきます。何かあれば通信をください。」

 

「了解。キミたちこそ気を付けてくれよ。キミたちがこれから行くのは紛れもない敵のアジトだ。捕まったってなにも不思議じゃない。」

 

「分かったよ。ダヴィンチちゃん。」

 

そういい三人は外へ出て老人が用意する車へ乗った。

ダ・ヴィンチはゴルドルフを連れてシャドウ・ボーダーに戻った。

 

 

 

 

 

車内で外の景色を見ていると、マシュがとあることに気づく。

 

「先輩、そういえばこの異聞帯でも空想樹は見当たりませんね。」

 

「確かに、あのすみません。ここら辺ですっごく巨大な大樹を見たことはありますか?」

藤丸がダメ元で老人に尋ねる

 

「ん?それってあの黒くて空まで届いているあのでっけぇ柱の事か?何だあれ樹だったのか。」

 

「はぁ…やっぱり無いですか…

 

 

 

 

 

 

って見たんですか!?」

 

「お、おう。見たぞ。割と最近の話だな。いきなり地面からグワーッって柱が飛び出してきてよ、村のやつ全員が家から飛び出して口をあんぐり開けて見てたな。」

 

「ど、何処でですか!?」

 

「確か北の方だったな。って言ってももう無いぞ多分。一日経ったら急に消えやがったあの柱。いやーあんな事は80数年生きていて初めてだったな。」

 

「なるほど、北欧の時と同じように既に隠蔽されたようだ。」

 

「それでも痕跡は残ってるかもしれない!一回そっち側へ行って調べy___

 

 

 

 

 

「そいつはやめときな嬢ちゃん。」

それまで陽気だった老人の態度が一変し、無表情になる。

 

「え、何故ですか?」

 

「北側へ向かうのは勧めねぇってことだ。体を向けることさえ躊躇う所だ。あそこにはな、『悪魔』がいるんだよ。」

 

「ほぅ、それはどういうことかな。ミスター。我々とs___

 

ホームズがその件について追及しようとすると、老人は再び大きな笑みを浮かべて大声を出した。

 

「さぁて、そろそろベルリンだぜ!さぁ窓開けて目に焼き付けな。ここが我らが誇る世界最高の都市だ!」

 

シリアスな雰囲気を吹き飛ばすように声を張らせた老人に少し驚きながらもマシュと藤丸は車の窓を開ける。

 

 

 

 

 

 

「「うわぁぁぁ!凄い!」」

 

そこにあったのは超巨大なビル棟、整備された道路、そして溢れんばかりの活気だった。

 

ビルは見上げると首が痛くなる程の高さであり、そんなビルが密集している。

ビルたちが光を求めてより高くあらんとするその光景はまさに都会のジャングル。

一つ抜きんでたそれは神々しく光を反射させる。

 

広く、そしてフラットなコンクリートの上を走るのは数多くの車。その数多い車の全てが美しいデザインをしており、性能面でも騒音も立てずに静かにエレガントに走っている。街中を走る全ての車が高級車のようだ。

そんな最先端でまさに『都会』といった輝きを見せる車道とビル棟。その両端には緑あふれる歩道が目を癒す。これ程の発展都市なのに所謂『都会の喧騒』というものを全く感じなかったのはこの木々が連なる歩道が一役買っているに違いない。

 

その歩道では市民が会話を弾ませる。歩道の脇では芸をやってみせる者や歌を歌う者、楽器を演奏する者などがおり、人だかりを作る。ゴミ等も無く清潔な街で市民の民度の高さも伺える。そして何より、彼ら全員の顔には笑みがあった。

 

これはまるで

 

「汎人類史、いや…下手したらそれよりも栄えている?」

 

「おうよ!ここより栄えてる都市なんぞ地球上にはありゃしねぇよ!何たって世界の中心だからな、ここは。」

 

「ねぇねぇマシュ!あの車凄いよ!あんなの見たことない!」

 

「はい!どれもこれも本当にビックリするものばかりです。」

 

「確かにこれは大変興味をそそられるな。汎人類史でも中々見ないレベルだ。この国の指導者の手腕の高さが伺える。」

 

「盛り上がっているところすまねぇが、こんな狭い車の中じゃあベルリンを測りきることは出来ねぇぜ。分かったらさっさと降りな。夜になったら拾ってやるよ。」

 

そういい老人は車を止めてドアを開ける。

 

「はい!本当にわざわざありがとうございます!」

マシュたちは車を降りて老人に礼を言った。

 

「おう!たっぷり堪能しな、我らが『ドイツ』の首都をな!」

 

「「「!!!」」」

 

そういい老人は車を走らせ、三人の前から去っていく。

 

 

「…ドイツって言ってたね。」

 

「はい、これでフランスという線も無くなりました。」

 

「だがそれでも選択肢が多いことに変わりはない。ドイツと一言で言っても様々な時代に存在する。ゲルマン人の民族移動から始まり、フランク王国や神聖ローマ帝国などの中セにおけるドイツ、プロイセン王国などの近世におけるドイツ、そしてWWⅡの発端であるドイツ第三帝国…」

ドイツの歴史について語るホームズだが途中で言い淀む。

 

「ホームズさん?」

 

「いや…何でもないよ。とにかくそれでも候補である国及び王は大勢だ。」

 

「そ、そうですね。この潜入捜査で出来る限り候補を絞れればよいのですが。」

 

「街頭調査とかどう?顔も割れてないだろうし、直接聞いた方が得られるものも大きいと思うよ。」

 

「それはいいですね!やってみましょう!」

 

「そうだな。それは二人でやった方がいいだろう。私は別行動をとらせてもらう。」

 

「え、ホームズさんはどうするんですか?」

 

「私は住宅街の方を探ろうと思う。恐らくここはオフィス街だ。ここから数キロ離れた場所に住宅街がある。私はそこへ行って彼らの生活スタイルから推理していこうと思う。」

 

そういいホームズはタクシーを拾って去っていく。

 

「あ…行ってしまいましたね。」

 

「まぁホームズだから大丈夫だよ。調査においては超一流だしね。私たちも始めよっか。」

 

そうして二人は街頭調査を開始した。

 

 

 



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五節 カルデアと発展都市

『はい。私が話したのは五人でした。女が三人、男が二人です。男は片方が20代の青年でもう片方が30から40の中年の男でした。女は二人が10代後半といったところ、残りの一人は家の息子と変わらねぇ程の子供です。』

 

「他に人はいたか?」

 

『恐らく。彼らが乗っていた車はかなり巨大でしたので。』

 

「五人の中にリーダーらしき者はいたか?」

 

『私には分かりませんでした。しかし先ほど言った中年男性が立場的には上かと。』

 

「分かった。情報提供感謝する。」

 

そういい低身長の男、アルンの側近の一人は電話を切る。

電話を切ると彼は振り向き、口を開く。

 

彼が向いた先にはソファーで悠々とくつろぐアルンの姿があった。

 

「アルン様。北西部にある集落の男から情報提供がありました。」

 

「オッケー。そんじゃメモそこら辺に置いといて。後で見とくから。」

 

「承知しました。それと一つお耳に入れておきたいのですが…」

 

「あいつらが今ここ、ベルリンにいるって事だろ?ホントいい度胸してるわ。」

 

「ご存知でしたか。して、如何なさいますか?」

 

「無視だよ当然。街中でのドンパチは絶対NG。被害総額とかいくらかかると思ってんの?」

 

「…了解しました。」

 

「それじゃあ、少し散歩にでも出てくるよ。何かあったら連絡よろしく。」

 

「分かりました。」

 

そうしてアルンは部屋を出ていった。

 

「…相変わらず考えの読めないお方だ。」

男は一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

場所は戻ってベルリンのオフィス街

藤丸とマシュは散歩していた女性を捕まえ、質問をしている最中だった。

 

「この国の王?」

 

「はい。王に限らずこの国を代表する人物なら誰でも構いません。」

 

「そうね…オリ〇―・カーンなんてどうかしら?ドイツを代表するGKよ。」

真剣な表情で女性はそう言う

 

「ええと、それってサッカー選手だよね?」

 

「あの、出来れば国を指導する、または国を統べるような人物でお願いできますか?」

 

 

マシュがそう条件を付けくわえると女性は途端に真剣な表情になる。

「…そんな人いないわ。いえ、『今は』いないわって言うほうが適切ね。」

 

「えっ、それってどういうことですか?」

 

 

 

 

「現在謎の失踪中なのよ。一部では暗殺されたという噂まで立っているわ。」

 

「え!?失踪中!?一体いつから?」

 

「三か月ほど前からね。今は何とかなっているけどこれから彼無しでやっていけるのかしら…。国民全員の悩みの種なのよね。」

 

「あの、その彼…という方の名前は_____ッ!

 

「あ、そうそう。ちょうど彼が失踪してからね、正体不明の男が首相官邸に現れるようになったのよね。」

 

「っ!まさかそれってクリプターじゃ…」

 

「クリプター?かどうかは知らないけど、今ドイツで最も注目を集めているわ。青髪がトレードマークの謎の男、ってね。彼とその男に何かしらの関係があると言われているわね。」

 

「なるほどなるほど。」

忘れまいとメモを取る藤丸。

 

そうして女性に礼をして藤丸は女性と別れた。

 

「割とたくさん情報は集まったね。ってマシュ?大丈夫?」

会話の途中からずっと俯いて震えていたマシュを藤丸が心配する。

 

「っ!はい大丈夫です。すみませんぼーっとしちゃって。」

 

「そう?ならいいけど…。そろそろお昼だし、ご飯食べよっか。」

 

「はい、そうですね。(私が王の名前を訪ねた時、女性が一瞬だけ見せたあの表情…。あれは一体…。まるで何かに操られていた様な…)」

 

 

 

 

 

その頃ホームズは住宅街へ移動し、調査を進めていた。

 

「なるほど、高い生活水準だ。オフィス街に富が集中している可能性も考えたがそれも無さそうだ。」

ホームズは時に留守の家に侵入してまで、隅々と生活実態を調査するホームズ。

 

「一回りしてみたが、多少の貧富の差はあれど決して問題となる程ではない。ここまで国民の生活水準が均一な国は私も見たことが無い。」

ホームズもまた、この国の完成度に高い評価を持っていた。

 

 

「しかし気になることも幾つか出来た。あの『黒電話』と『謎の棒』は一体…」

 

ホームズがそれぞれの家宅を調査した所、全ての家に共通して置いてあったものが二つあった。

それが『黒電話』と『謎の棒』だ。

 

「電話に関しては家の中にあるのは決して変なことではない。しかしこの辺りの家の中には受話器が必ず二つある。片方は家ごとに違うごく一般的なものだったが、もう片方はみな共通してあの『黒い電話』だった。まるであれが特定の者の為に設置されている様な…そんな雰囲気だ。

 

そして扉の前に設置されているこの『謎の棒』。全ての家に同じモノが同じ場所にあっては中々不気味に感じられるな。しかしこれに関してはある程度の予測がつく。恐らくは___」

 

「おいそこのおっさん、見ねぇ顔だな。お前。」

「てめぇここら辺のヤツじゃねぇだろ。」

 

ホームズが推理をしていると、現地の者であろう複数の若者がホームズに近寄る。

 

「あぁ、私はベルリンを観光しに来た者だ。キミたちは見た所ハイスクールストゥーデントのようだが、学校はどうしたのかな?」

 

「あぁ?おっさんには関係ねーだろ。」

 

「お前、ちょっとこっち来い。」

 

「ここら辺のルールを教えてやるよ。」

明らかに不良学生の類の若者たち。普通なら逃げるなり何らかの拒否的な行動をとるものだがホームズは敢えて彼らに乗ることにした。

 

「あぁ構わないよ。私も誰かと会話がしたかった所だ。」

 

そういいホームズは人気のない裏路地へ連れていかれる。

 

「なんも抵抗せずについてきたなこのおっさん。俺らの事舐めてねぇか?あぁん?」

 

「こんな人気のない所まで連れてこられたんだ。俺達がなに求めてるか分かってるよなぁ」

 

「分かったら財布だせや。丸ごとな。」

 

 

 

 

「ふぅ、悪いがその提案は断らせてもらうよ。もっとも、君たちが私の質問に答えてくれるのであれば、多少のチップは渡そう。いかがかな?」

 

「あぁ?いい訳ねぇだろ!」

 

「財布丸ごとよこせっつってんだよ!」

 

「やっぱ舐めてんだろ俺らのこと!いっぺんシメてやんねーと分かんねぇみたいだな!?」

そういい不良たちはホームズへ襲い掛かる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「はい!すみませんでした!!!」」」

 

まぁ当然こうなる。

ただのぐれた不良程度がバリツの達人に勝てる筈もない。

 

 

「ははは。構わないよ。それでは私から質問させてもらっても構わないかな?」

 

「「「勿論です!何でもお答えします!」」」

 

ホームズはこの機会を好機と捉えた。この機会にこの国の正体を暴こうと考えたホームズ。

 

いきなり核心に触れず、まずは身近な質問からしていくホームズ。

「まず、君たちは学校に通っているのかな?」

「はい!国立アルバルト高等学校に通っております!二か月前から通っていませんが!」

「なるほど、明日から再び登校することを勧めよう。さて、二つ目だが君たちの両親はどうしているのかな?」

「はい!父はただいまオフィス街の方で働いていると思います!夜になれば帰ってくると思います!」

 

と二問程無関係な質問をし、ホームズは本命を尋ねる。

 

 

 

「そういえば、この辺の家全ての玄関前に用途が謎の棒きれが置いてあるのだが___

 

 

 

ホームズがそう語りだした途端、今まで苦々しくも笑っていた不良たちの表情が顔から消えた。顔だけではない、纏う雰囲気まで激変した。そして何より特徴的なのは彼らの眼の色だ。今の彼らは人間の形をした別の何かの様だ。

 

「(ッ!!これは!?)その棒きれだけでは無い。全ての家に存在するあの黒い電話もだ。あれらは一体何なのか、何の為にあるのか、教えてもr_____

 

「「「大変申し訳ありませんがその質問にお答えすることはできません。」」」

無機質な口調でそう言う不良たち。

 

「…私は先ほどバリツで君たちを撃退した。同じように暴力的手段をとる、といっても?」

 

「「「はい。如何なる手段をもってしても我々は口を閉ざすことはありません。」」」

 

「…そうか、承知した。

 

 

 

失礼する。」

 

そういいホームズは不良のうちの一人に膝蹴りを食らわせる。

 

「なっ!!!」

 

しかし驚愕したのはホームズの方であった。

蹴りを食らった不良はうめき声も出さず、そればかりか口から血を出しながら無言で立ち上がったのだ。他の二人は仲間の負傷に目もくれなかった。

 

 

「……すまない。大変大人げないことをしてしまった。質問に答えてくれたことに感謝しよう。すまないがこれで私は失礼する。」

 

そういいホームズは踵を返し、路地裏を出る。

その間も不良たちはじっとホームズを見つめていた。

 

路地裏を出たホームズは焦った表情を浮かべる。

 

「(この場所は、Ms藤丸の旅路の汚点だ。

 

この異聞帯は、この国は、狂気で満ちている。)」

 

ホームズは速足でオフィス街へと向かった。

 

 

 

 

 

一方場所は戻ってオフィス街。

マシュと藤丸は昼食を食べる為にレストランを探しているのだが、どこも満員の様だ。

 

「どこの店も混んでますね。」

 

「オフィス街のお昼なんてこんなもんだよ。」

 

「わ、私、ちょっと向こうの方も見てきますね。」

そういい駆け足で去るマシュ

 

「あっマシュ!待っ…はぁ、一人になっちゃったな。」

そう一人ため息をつく藤丸

一人になった藤丸は改めてベルリンという街を意識する。

 

「だけど本当にすごい街だなぁー。キレイで発展してて活気があって。」

恐らく今まで訪れた異聞帯、特異点の中でも随一の街であろうベルリンに惜しみない評価を下す藤丸。

 

 

「一体何をしたらこんな街が出来るんだろう?」

今まで訪れた異聞帯や特異点の中で最も栄えているであろう世界。それだけにこの異聞帯におけるターニングポイントが気になっている様だ。このような大きな変化がもたらされたのだ。相当昔なのだろうか、と藤丸は考える。

 

「…っていうか、こんな世界のどこが間違っているんだろう?なんで剪定なんてされたんだろう?」

 

そう、藤丸の本音はそこにある。少なくとも見た限りこの世界に滅ぶべき要素などない。豊かな暮らしを都市田舎関係なく全員が送れている。そんな世界が何故剪定されてしまったのか。何ならこちらの方が汎人類史よりも見込みがあるといってもおかしくはない。

そんな世界が何故。

それが藤丸立香の本音だ。

更に言うと彼女は

 

「…こんな世界を消さなきゃいけないの、いやd____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正しい世界、そんなものが存在すると君は思うかね?」

 

「えっ?」

ふと、藤丸の背後から声が聞こえた。

勢いよく振り返る藤丸。

 

 

 

しかしそこには誰もいなかった。

 

「今のは一体…」

 

 

 

 

藤丸が背後を見つめているとマシュが走って帰ってくる。

 

「先輩!あちらの方に席の空いているレストランがありました!急いでいきましょう!」

 

「あ、本当!?ありがとうマシュ!じゃあ急いで行こっか。」

 

 

 

そして二人は少し人目のつかない場所にある店の前へ到着した。

店の看板には『ZIONs』とあった。

 

「これなんて読むのかな?ジオンズ?」

 

「シオンズではないでしょうか?取り敢えず入りましょう。」

 

二人は店内へ入る。

そこには客は一人もおらず店内も薄暗い。本当に営業しているのだろうか、と二人が疑っていると真後ろから声が聞こえた。

 

「…客か…久しぶりだな…」

 

「「うわぁぁぁ!!!」」 

いきなり無警戒の背後から声を掛けられ驚く二人。そこにはウェイターと思われる中年の男性が立っていた。

 

「…席へご案内いたします…」

「は…はい。」

 

そういい男性は二人を席に案内し、メニューを渡す。

その後男性は二人の前から立ち去ると思いきや、席の前に仁王立ちして注文を急かすように二人をギロリと睨む。

 

店員は「それでは注文が決まり次第お呼びください」の一言でも掛けて厨房へ戻るのが普通だ。そんな異様な男性が放つプレッシャーと先ほどから襲ってくる空腹に負けた藤丸はふと目についたメニュー覧の端にある「ポークソテー定食」を注文した。

 

「ポークソテー定食でお願いします。」

「…セットにライスかパンが付いてきますが…」

「あ、ライスで。」

「サラダの種類は…シーザーサラダとシーフードサラダがございます。」

「じゃあシーザーで。」

「ドレッシングは?」

「えぇと…胡麻で…」

「スープは?オニオンとコーンがございます。」

「じゃあコーンで。」

「お肉の焼き加減は?」

「ええとウェルダンかな?」

「火は?」

「え?火?はぁ…じゃあ弱火?」

 

やけに注文の多いウェイターに若干引く藤丸。

その後も幾つか割とどうでもいい注文を聞かれて最後にドリンクを聞かれ藤丸が水と答えると店員は深々と頭を下げて「かしこまりました。」と返事をする。

 

「あ、私も先輩と同じのでお願いします。」

藤丸の様に注文責めを受けたくないマシュがそう注文すると、またもや男性は深々と頭を下げて「かしこまりました」と返事。

 

そう言い厨房へ戻る男性。

 

「アハハ・・なんか特徴的な店だね。注文もやけに多いし…。」

 

「きっとお客さんの要望に少しでも応えようとしてくれているんですよ。期待できますね、先輩。」

 

「そうかなぁ…。まぁいっか!取り敢えず今までの整理をしようか!」

 

「そうですね。ホームズさんもいれば良かったのですが。」

 

「じゃあまずは基本情報から。

ドイツ、首都ベルリン。異聞帯の王は未だ不明。クリプターも不明。

…うーん。進歩はしたけどまだ分からないことだらけだなぁ。」

 

「異聞帯の王は三か月ほど前から失踪と聞きました。今から三か月前と言えばアナスタシア皇女のカルデア襲撃の時期と一致しますよ。先輩。」

 

「そうだね、同時にクリプターが各異聞帯へ移った時でも…あっ!!!そうだ!!マシュ、クリプターの中で青髪の人って心当たり無い!?」

 

「え、ええと…Aチームの中で私に思い当たるのは…アルンさんですね。アルン・ベッテルハイムさん。彼の青髪はかなり目立ちましたから。」

 

「そっか。多分だけどその人が今回のクリプターの可能性が高いよ。三か月前、ちょうど異聞帯の王が失踪した時期からベルリンで度々見かけられている人物らしいよ。」

 

「なるほど…アルンさんですか。それは…厄介ですね。」

 

「その人ってどんな人なの?」

 

「そうですね…一言で言うと『とても重い腰を持った獣』といった所でしょうか。」

 

「それって_______」

 

「お待たせしました。ポークソテーセット二つ」

 

藤丸が口を開きかけた所でウェイターが食事を持ってくる。

 

「あ、はい。先輩、アルンさんについてはボーダーに戻ってからにしましょう。」

 

「うん。分かった。」

 

そういい二人は食事にありつく。

 

「あ、おいしいですね!」

 

「ホントだ!ジューシー!」

 

二人がそうして食事をとっている様子をウェイターはじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

「あぁ~おいしかった。」

 

「そうですね。おなかにもちょうど良かったです。」

 

食事を終えた二人。

マシュがふと時計を見ると既に夕方近くになっていた。

 

「せ、先輩!ゆっくり食べていたらもうこんな時間です。ホームズさんと合流する時間を過ぎています!」

 

「え!ウソホントだ!やば早く行かなきゃ!」

 

「あ、先輩!お会計は…」

 

「あっ!もうお釣りいいや、机においとけば後で回収してくれるよきっと!」

 

「分かりました!急ぎましょう先輩!あ、ごちそうさまでした!」

 

「ごちそうさまでした!」

そう叫び二人はダッシュで店を出ていった。

 

 

二人が元々いたテーブルへ歩み寄るウェイター。

 

 

「…何しに来たんだあいつらは。」

 

 

 



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六節 カルデアの会議

『シオンズ』を出た二人はすぐにホームズと合流。その後再びベルリンまで三人を送ってくれた老人の車に乗り、ボーダーのある国境付近へ戻った。

 

車内にて藤丸やマシュが老人にベルリンの感想を身振り手振りで伝えている中、ホームズはただ窓の外を眺めているだけだった。

 

 

そうしているうちに到着。老人は三人を車から下ろしたら「残りの期間もたっぷり楽しんでくれよ!」、と明るい笑顔で別れを告げて立ち去った。

 

 

「お爺さん…陽気でとてもいい人でしたね。」

 

「そうだね…これ以上私たちといると迷惑になるだろうし…もう関わらないべきだよね…」

 

「…そうですね。」

 

「…Ms藤丸、Msキリエライト。話はあとにしよう。取り敢えずシャドウボーダーに戻ろうか。」

 

「そうですね。私たちも新情報はかなり手に入れました。ダ・ヴィンチちゃんと所長も交えて情報交換しましょう。」

 

そうして三人はシャドウボーダーへ戻った。

 

 

 

「お帰りみんな!なかなか帰ってこないから心配したよ!」

戻るとダ・ヴィンチが満面の笑みで出迎えた。

 

「はい、心配をお掛けしました。」

 

「敵襲も無く全員無事だよ。」

 

「(私は少々手荒な歓迎を受けたがね。)」

 

「それは良かった!ささ、ずずいと奥まで。こっちも収穫は得たよ。じっくりと情報交換といこうじゃないか。」

 

 

 

そういい4人は操縦室へ向かう。

操縦室へ入るとそこにはムニエルと顔を真っ赤にさせた所長、ゴルドルフがいた。

 

「おいそこの3人!特にそこの経営顧問!所長である私の許可も取らず勝手に敵国の首都へ向かうとは何事だ!大体キミたちは____」

 

「でもその時所長酔い潰れてましたよね?」

 

「よ、酔ってなどいない!あの…その…あれだ!虚数潜航のせいで体調がだな…」

 

「おっさん、今はそんなことよりも状況把握だろ?」

ムニエルが脱線しそうな流れを元に戻す。

 

「おっさん言うな!そんなことは分かっておる!…コホン。では全員着席してくれたまえ。」

 

全員が座ったのをゴルドルフが確認すると再び口を開く。

 

「それではこれより第一回西欧異聞帯対策会議を始める。司会は言うまでもなく所長であるこの私が引き受けよう。それじゃあまず藤丸立香。君から報告してくれたまえ。」

 

「はーい。私とマシュが首都ベルリンを調査して分かったのは主に三つ。

 

この国、少なくともベルリンは汎人類史を上回る街であったこと。

異聞帯の王は三か月前から失踪中であること。

クリプターはアルン・ベッテルハイムである可能性が高いこと。

 

この三つだよ。」

 

「な、何!敵のクリプターが判明したのか!」

 

「立香ちゃん、詳しく説明してくれ。」

 

そして藤丸は語った。

ホームズと別れてから『ZIONs』というレストランで食事をとるまでの全ての行動について、その場にいる全員に説明した。

 

「なるほど…それは実に興味深い。」

 

「ガハハハハハ!!中々の進歩じゃないかこれは。敵の弱みとクリプターについて分かったんだ。よくやったぞ諸君!」

 

「おっさん、都合のいいとこばかりに耳傾けてるけどさ。ベルリンって街はめっちゃ凄かったんだろ?そんな国力持った国に勝てんのか?」

 

「う、うるさいわ!貴様はさっきからねちねちと!」

 

 

「まぁそれはともかくとしてだ。なるほどね、今回のクリプターはアルンくんか~。」

ダ・ヴィンチがため息をつきながらこぼす。

 

「ダ・ヴィンチ、アルン・ベッテルハイムという人物について教えてくれ。」

 

「りょーかい。アルンくんはね、スペックだけで言えばAチームでも屈指の実力を持った人物だよ。それこそキリシュタリア・ヴォーダイムにも匹敵するだろう。」

 

「な、なにぃぃぃ!!キリシュタリア・ヴォーダイムと同格ということか!!わ、私はそんなことは聞かされていなかった!名前だけしか聞いていないぞ私は!」

 

「彼は…ちょっと特徴的だったからね。」

 

「はい。特徴的な方が多いAチームの中でもアルンさんは特に不思議な方でしたから…。あ、いえ!性格的に問題がある方ではなかったんですが…」

 

「そうだな。Aチームの奴らとは普通に会話してたし、他のマスターやスタッフとも交流はあったしな。性格は普通だったな。」

 

「はい。特にカドックさんとはかなり親しくしていました。いつもアルンさんがカドックさんをからかって、ベリルさんが便乗して、カドックさんが激怒して、それをペペロンチーノさんがなだめて…。」

 

「日常と化していたよな、そのパターン。」

 

「そうだね。カルデアのデータにも『性格面に問題は見られない。』とあるよ。」

 

「ふむ。性格に問題が無いというのならば何に問題があったのだろうか?」

 

「あれかな?よくラノベで見る『普段はめんどくさがりだけどいざとなれば…』的な人かな?」

 

「いえ、アルンさんは決してめんどくさがり、という訳ではないと思います。どちらかというと…」

 

「『緊張感が欠如している。』といった感じだよな。何かそこら辺のネジが外れたやつだったよ。」

ムニエルがマシュの言葉を遮って言う。

 

「はい、そうですね。Aチームの任務でとても難易度の高いものがあったんです。私も含めて他の八人も手こずっていて、中には息を切らしている人もいました。ですがアルンさんは……そんな状況下でも…カドックさんの…その…ズボンを下ろしてふざけていました。」

 

少し赤面しながら語るマシュ。

 

「は?ズボンを?」

 

「はい。カドックさんとオフェリアさんはもちろんですが、普段冷静なキリシュタリアさんでさえ少し怒っていましたね。」

 

「ねぇマシュ…それってただのバカじゃ____

「ですがその任務、最大の功労者はアルンさんだったんです。」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

「殲滅数、被害、殲滅速度、どれもアルンさんがずば抜けてトップだったんです。」

 

「な、なに!?じゃあつまり、アルン・ベッテルハイムという男はそんな舐めた態度をとったまま大活躍した、ということか!?」

 

「はい。彼は終始その態度を崩すことはありませんでした。そんな彼が本気になれば…私にも分かりません…。」

 

「「「「「………」」」」」

重い空気が流れる操縦室。

 

 

 

 

 

 

 

 

その空気を破ったのは名探偵の一言だった。

 

「勿論クリプターは脅威であることには間違いないが…絶望的、という訳ではないだろう。」

 

全員がホームズの方を向く。

ホームズは更に続けた。

 

「マスターにとって戦闘力、魔術回路などは確かに大きな武器だ。しかし、実際にサーヴァントを使役するマスターにとって重要と言えるものはそれだけではないだろう。

 

現にMs藤丸に魔術の才能は殆ど無い。しかし彼女は人類最後のマスターとして数多くの英霊を使役し、人理焼却を防いだ。」

 

「そ、そう言われると照れるなぁ…あはは…。」

 

「デレデレするな!…だがまぁ確かにそれもそうだな!たまにはいい事を言うじゃないか経済顧問!」

 

「そうですね!確かにアルンさんは強敵ですが先輩なら…いえマスターならきっと勝てる筈です!」

 

「あはは…流石に魔術師としてはぼろ負けだと思うけどね…。」

 

ホームズの一言によって活気づいた藤丸達。発端であるホームズはその姿を微笑ましく見つつ、考え込む。

 

「(そう。本当に恐ろしいのはアルン・ベッテルハイムではない。本当に恐るべきはこの…)」

 

 

「よし。藤丸立香の報告については了解した。ご苦労だった。

 

さて、次はホームズ経済顧問!君の報告を聞かせてもらうぞ?まさかのんびり散歩でもしていたわけではあるまいな?」

 

司会であるゴルドルフがホームズへ報告を求める。

 

「わかりました。それでは…」

 

そうしてホームズは自らの調査について話した。

住宅街を回って人々の生活について調査したこと。

気になるものも発見したこと。

チンピラに絡まれたこと。

そしてそのチンピラが発した異様な雰囲気、言動について

自らが過ごした半日について全て語った。

 

藤丸達は堂々と家の中に侵入したり、チンピラをボコす等、犯罪紛いのことをドヤ顔で行うホームズにドン引きしつつとある事に引っかかった。

 

「その…不良学生の急に態度が急に変わった、というのはどういうことかね?」

 

「そのままの通りですよ。口調、雰囲気、仕草、全てが別人…いや、人ですらない。まるでロボットになったかのように様に豹変したのです。」

 

 

ホームズの言葉を聞き、マシュが反応する。

 

「あ、あの!それって目の色なども急変したり…」

 

「あぁ、その通りだ。どうやらMsキリエライトにも覚えがあるようだね。」

 

「はい…先ほど話したアンケートを受けていただいた女性なのですが…私が『王の名前は何ですか?』と質問すると、一瞬だけ…そのような雰囲気に…」

 

「なるほど、これはこの国の民に備わっている特徴、と考えた方がよさそうだ。」

 

「なるほどね、まぁそれについては追々調べていくことにしようか。」

 

「そうだな。分からないものを無理に考えた所で答えは出ないしな…

 

 

 

って待て!!!経済顧問!君の報告はそれだけか!?」

 

「はい。これで以上です。」

 

「な、何ぃぃ!!何か判明したこととかないのかね!?藤丸立香たちですら敵のクリプターを暴いたのだぞ!?」

 

「ははは、どうやらMs藤丸は私以上に優れた探偵のようだね。ははは。」

 

「このヘッポコ探偵!!この私が苦しい思いをしていたというのに貴様ぁぁ____

 

「落ち着いて。そもそもキミは一日中酔いつぶれていただけでしょ?」

悪びれる様子もないホームズに憤慨するゴルドルフをダ・ヴィンチがなだめる。

 

ゴルドルフを落ち着かせるとダ・ヴィンチは再びホームズの方に向き直る。

 

 

 

 

 

「ホームズ。キミは世界最高の探偵だ。そんなキミが何の収穫も無しに帰ってくるなんてありえないと思うのは私だけかな?」

 

「と、いうと?」

 

「何かあるんだろう?名探偵であるキミが導き出した真実が。」

 

「………」

 

「………」

 

互いに見つめ合う二人。

その異様な雰囲気に周りも口を開かない。

 

 

 

 

 

先に折れたのはホームズだった。

 

「はぁ、その通りだ。私は一つの結論を導き出した。」

 

「だけど『語るべき時ではない』と?」

 

「あぁ。」

 

「そっか。でも何が分かったのかだけは教えてほしいな。」

 

ダ・ヴィンチがそう尋ねるとホームズは十数秒程考え込む。

そして口を開いた。

 

「そうだね。Ms藤丸。実を言うとだ

 

 

 

 

私はこの異聞帯の正体について確信に近い答えを持っている。無論この異聞帯の王についてもだ。」

 

 

「「「「「「!!!」」」」」

ホームズの放った衝撃の事実に一同が驚愕する。

 

「この異聞帯について分かったのか!?ここは何処なんだ!?は、早く言いたまえ!!!」

 

「ははは、その答えに関しては『今は語るべき時ではない』としか。」

 

「貴様ぁぁ!ぐぬぬぬぬ!!」

 

答えを催促するゴルドルフの問いを笑いながら拒否するホームズ。

ホームズには『確証がない限りは推理を語れない。』という制約がある。

いくら確信めいた答えが浮かび上がっているとはいえ、確証がない限り語ることはできないのである。

 

 

「無論、全てが分かったわけではない。そこについては追々と調べていくことにしよう。」

 

 

そうしてホームズの報告が終わる。

 

 

「ふん!次だ次!貴様を交えて話すと碌なことがおきん!

ダ・ヴィンチ技術顧問、本日の成果を聞かせろ!」

そうゴルドルフがダ・ヴィンチに話を振ると、ダ・ヴィンチは待ってましたと言わんばかりに胸を張る。

 

「ああ!任せてくれたまえ!こっちも中々の収穫だよ!」

そういいながらダ・ヴィンチはマップを起動させる。

 

「これはこの異聞帯の全体図だ。

異聞帯の中心はベルリン辺りだね。大きさも中々のものだ。ヨーロッパの中央を丸々を飲み込んでしまっている。イギリスにもあと少しで届きそうな程だよ。」

 

 

「異聞帯の全体図か…これは使えるな。これだけ広いと自分の位置を把握することが非常に困難だ。」

 

そしてダヴィンチは更に続ける。

 

「この地図が一つ。

もう一つの成果がここだ!」

そういいダ・ヴィンチはマップの一か所を指さして言う。

 

「ここは今いる場所から百キロ程離れた場所にある山だよ。『コシャリン山』と言う。そしてこの山の麓に霊脈の反応を観測した。」 

 

「おぉ!それはつまり___

 

「あぁ!サーヴァントを召喚できる、ということ。明日はこのコシャリン山まで行ってサーヴァント召喚をしてもらおうと思っている。それでいいかな?マスターちゃん。」

 

「うん、了解です!」

 

「うん!いい返事だ。じゃあメンバーは今日の三人と同じでいいかな?」

 

「私はそれで構いません___

 

 

 

「いや、すまない。私は別の行動をとらせてもらうとするよ。」

 

「…その内容は言えないものかい?」

 

「そうなってしまう。なに、今後の為の保険のようなものだ。」

 

「はぁ。まぁ君の言うことだから私は構わないけどね。」

 

「すまない。だから霊脈へは二人だけで行くことになってしまうが構わないだろうか、Ms藤丸。」

 

「うん、大丈夫です!戦闘もなるべく避けるよ。」

 

「それが賢明だろう。いざ召喚さえすればその英霊の助けも借りられる。Ms藤丸なら大丈夫だろう。」

 

「うむ。話はまとまった様だな。明日の方針も決まったようだし会議はこれで解散としようか。」

 

「あれ、所長ホームズに対して怒らないんですね。」

 

「もう慣れたのだよ!!!このヘッポコ探偵の勝手な行動ぶりにはな!!!」

そう顔を真っ赤にさせながら船長室へ戻るゴルドルフ。

 

「ははは、これは手厳しいな。そういえばダ・ヴィンチ。偵察機はあるだろうか?可能ならば私用に一つ用意して欲しいのだが。」

ホームズがそう尋ねるとダ・ヴィンチは気まずそうな顔をする。

 

「うーむ。すまないが偵察機は破壊されてしまってね、残っていないんだ。」

 

「!!!」

その言葉に驚くホームズ

 

「ダ・ヴィンチ、その破壊された場所は?」

 

「ここから北側さ。本当は異聞帯全域を軽く偵察しようと思ったんだ。そこでまずは北側の方へ偵察機を送ったらある場所で破壊されてしまった。恐らく銃による破壊だろうね。」

 

「やはり北側か…」

 

「何か心当たりでも?」

 

「あぁ。だが今はどうでもいいことだ。」

 

そうしてホームズは自身の工房へ戻る。

 

「(Ms藤丸たちの情報がかなり役に立った。『異聞帯の王が失踪中』というのは気になる話だ。また彼女らが言っていた『アレ』は___の可能性が高い。正直一か八の賭けだが…やってみるしか手はないだろう。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッフンフンフンフフフンフンフン♪」

アルンは机に座り、鼻歌を歌いながら手元のノートに目を通していた。

 

そこに一人の男が現れる。

男は2mを超えんばかりの大男で、筋骨隆々とした体つきは軍服からでも容易に分かる。その顔つきは若々しくも凛々しい。男女関係なく惹かれるであろう顔立ちだ。

 

「…アルン様、ご報告が…」

 

男の声を聞くとアルンは目線を男に向ける。

 

「あぁ、お前か。珍しいな、お前が俺に報告とか…。」

 

「そうですか…ところでそれは?」

男がアルンの持つノートについて質問する。

 

「あぁこれ?カルデアについての情報。今までに三人が情報提供してくれてさ、まとめてもらったからそれに目を通しているわけ。」

 

「なるほど…」

 

「ちょっとまずいことになった。どうやら少なくとも一人、奴らの中に知恵者がいるらしい。うちの正体がバレそうだ。」

 

「!それは…緊急事態なのでは?」

 

「いや、まだ大丈夫だと思う。ただ正体がバレるだけなら許容範囲内。正体がバレた後の彼らの策略次第ってこと。

 

ただ、その知恵者に好き勝手動かれると厄介だからさ、出来れば捕縛しておきたい。そしてその役は君に任せたい。どうやら相手も戦闘手段を持っている様だから。」

 

「承知しました。」

 

「うん頼むぜ。似顔絵を後で描いとくから見といて。

それでさっき言ってた報告って何?」

 

「はい。官邸付近にて空間の歪みを観測しました。アルン様の言う化け狐が到着した、と考えてよろしいかと。」

 

「あぁそっか。オッケー。じゃああいつが官邸に押し入る前に、ちょっと出かけるか。」

 

「承知しました。どちらへ。」

 

「こっから離れた所にある山に行ってくる。おじいちゃん連れていくから。」

そういいアルンはコートを羽織り部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

無理な戦闘はしない事・日暮れまでに帰還すること

この二つに注意し、マシュと藤丸は霊脈反応があるコシャリン山へ向かった。

 

ダ・ヴィンチによるナビゲートも受けて、数時間でコシャリン山へ到着した。

 

「やっと着きましたね、先輩。体調は大丈夫ですか?」

 

「うん、アメリカを横断した時に比べればこんなのへっちゃらだよ!」

 

「あの時は本当に大変でしたからね…」

 

『二人とも!思い出話はあとあと!君たちが今いる場所が霊脈だ。じゃあさっそくで悪いんだけど、召喚に取り掛かってくれるかな?二人とも。』

 

「あ、はい。分かりました。それでは盾をセットしますね。少々お待ちください。」

 

『あ、そうそう。今回は『ダ・ヴィンチちゃん特製ブースト』を使ってもらうよ!これを使うとあら不思議、サーヴァントが二体召喚可能、という優れものだ。戦力増強を惜しんでいられないからね。』

 

「おぉー!それは凄い!」

 

「先輩、準備完了しました!」

 

「オッケー!それじゃ召喚しよう。」

 

そういい藤丸は召喚の儀式を行う。

すると盾は光を放ち、その光が盾を覆う。

 

「…今回はどんな英霊の方が来てくれるんでしょうか?」

 

「強くて、頼りがいのあって、常識的な英霊がいいなぁ」

 

「そんな理想的な方は中々いらっしゃらないかと…」

 

「だよねー。そんな英霊いる訳______

 

その瞬間、盾を覆っていた光が消え、二体の英霊が姿を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

「円卓の騎士、ガウェイン。今後ともよろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってベルリンの路地裏にポツンとあるレストラン、『ZIONs』

 

ある一人の男性が来客した様だ。

 

「…いらっしゃい。」

中年ウェイターは男を席まで案内する。

 

そして席に着いたことを確認すると、メニューを尋ねた。

 

すると男性は落ち着いた口調で言う。

 

「ポークソテー定食。ライスで。サラダはシーザーでドレッシングは胡麻だ。スープはコーンで肉の焼き加減はウェルダン。弱火で頼もう。他にも………」

男はそう一分以上の時間をかけて注文する。

 

異様な光景の筈だがウェイターはその言葉を真剣な表情で聞いた後、「かしこまりました。」とだけ告げて厨房へ戻ろうとする。

 

しかしそこで男性がウェイターを呼び止めた。

「いや、料理は持ってこなくていいよ。そんな形式上のモノにこだわる程我々に時間はないのでね。」

 

「…何の用だ。」

 

 

 

 

 

 

 

「カルデア、という組織について。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたガウェイン卿?私の顔に何か付いているのか。」

 

「…いえ、決してその様な事は。」

 

「ならばなぜ私を見る。」

 

「…我が王よ。…私は______

 

「以前にも言っただろう。ガウェイン卿、貴公は貴公が是と思う道を進みなさい、と。」

 

「…はい。大変申し訳ありません。」

 

「それに、我らは此度は共にマスターのサーヴァントとして現界したのだ。その様な因縁を抱えて戦いの場に赴いてはマスターの足かせとなるだろう。我らはマスターに召喚されたサーヴァント同士。それを努々忘れるな。」

 

「了解しました。我が王よ。」

 

 

『うんうん。生前因縁のある二人だからちょっと心配だったけど、どうやら杞憂だったようだね。』

 

「二人とも、召喚に応じてくれたありがとう!」

 

「はい。これより私はマスターの剣です。如何様にでもお使いください。」

 

 

 

『それじゃあ今の状況とか説明したいんだけど、いいかな』

 

「そうですね。日も暮れてしまうので帰りながらにしましょう。」

 

「はい。よろしk____

 

 

 

 

そうアルトリアが返答した瞬間、「ズシン、ズシン」といった巨大な足音が鳴り響く。

 

『立香ちゃん!!敵の反応だ!足音で分かるだろうけどかなり巨大な敵の様だ!!』

ダ・ヴィンチがそう焦った様に報告する。

 

「敵って何処に!?」

 

「マスター!後ろです!」

 

ガウェインの声に反応し、全員が一斉の後ろを振り向く。

するとマシュ、ダ・ヴィンチ、そして藤丸にとって信じられない者がそこにあった。

 

 

 

 

「こ、これは…!?」

 

『北欧異聞帯にいた巨人たちじゃないか!!!何でここに!?』

 

「先輩!それだけじゃありません!ロシア異聞帯にいたクリチャーチもいます!」

 

そこにいたのは彼らが以前いた二つの異聞帯に存在する特殊生命体だった。

本来その異聞帯にいる筈のないモノが現れ、動揺する三人。

 

「マスター!考えるのは後です。指示を!」

アルトリアの声に意識を敵に戻す藤丸たち。

 

『そうだね、理由は後で考えるとしよう。今はラッキーと考えようじゃないか。二人の英霊の腕前を測る機会ができたんだからね!』

 

「よし、ガウェイン、アルトリア!一匹残さず倒して!マシュは後方で私を守って!」

 

「そのように。」「承知。」「了解しました!」

 

そうして初手の攻撃を加えるべくアルトリア達が一歩踏み出そうとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

凄まじい轟音が響く

爆風が吹き荒れ、敵の周りには煙が舞う。

巨人、そしてクリチャーチ達が突然爆発したのだ。

 

巨人たちは悲鳴を上げながら消滅した。

 

 

「…これは、一体!?」

 

「ええと…今のアルトリア達の攻撃…じゃないよね?」

 

「…はい。私も我が王もこの様な攻撃手段は持ち合わせていません。」

 

 

 

 

そんな中アルトリアが口を開く。

 

「…他方からの射撃でしょう。…恐らくこの山の頂上から。このような遠距離射撃には見覚えがあります。」

 

『アルトリアの言う通りだろう。こっちでもそういう反応を確認した。このコシャリン山の頂上に恐らくこの攻撃をした犯人がいるだろう。』

 

 

 

「…先輩、どうしますか?」

 

「…行ってみよう。新たな手掛かりを得られるかもしれない。」

 

『そうだね。日が暮れるまでまだ時間はあるし。でも危険と感じたらすぐに逃げるんだよ。』

 

「大丈夫だよダ・ヴィンチちゃん。」

笑いながらそう言うマスター

 

 

 

その姿を見た藤丸は安心したように笑い

「それじゃ行こっか!」

と歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、大丈夫ですか?ペース少し落としましょうか?」

 

「ううん。大丈夫だよマシュ。ありがとう。」

 

『あと少しで頂上だ。頑張って立香ちゃん!』

 

 

「…それにしても今度は異聞帯…ですか。」

アルトリアが口を開く。

山を登る道中マシュから濾過異分史現象について聞き、思う所があった様だ。

 

「マスター、貴方は再び人理の為に戦う運命にあるのですね。」

 

「まぁ…ね。私しかマスターはいない訳だし。私なんかが背負えるのか、今でも不安しかないけどね…」

 

「いえ、きっと、貴方の様な…長所もあり短所もある。そんな普通の人間だからこそ、なのでしょう。」

 

「セイバー…」

 

「何より、貴方は既に一度人理を救っているのです。それは他の誰にもなしえなかった事だと思います。そう、それこそ他のクリプター達にもです。それだけのことをやってのけたのだから、どうぞ胸を張って下さい。

 

私もいつ力になれるか分からない身ですが今回こうして力になれる機会を頂きました。今回は少しでもマスターの負担を減らせる様に精一杯務めさせていただきます。」

 

「うん!改めてよろしくね!」

 

「先輩!そろそろ頂上が見えてきました。」

 

「え!?ホントだ。よし!あともう一息!」

そういいダッシュで頂上へ駆けあがる藤丸。

 

「あっ!待ってください先輩!」

 

 

 

「…お疲れだったのでは…」

 

「行くぞガウェイン卿。頂上に敵がいるかもしれないのだ。二人だけにさせてはいけない。」

 

 

 

 

「やっと着いたぁぁ!」

 

「お疲れさまでした、先輩。」

 

『お疲れ様!早速で悪いんだけど、辺りに人影はいるかい?』

 

「曇りがかっていて少し分かりづらいですね。」

 

「歩き回ってみようか。」

 

そう全員が決めた時、突然人の話し声が耳に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじいちゃん、どう思うよこのスケッチ。かなり自信作なんだけど。」

 

「私に聞かないでくれ。こんな所まで連れてきて、お前は何がしたい?」

 

「折角こんな山のてっぺんまで来たんだぜ?ここいらの風景を描き止めたくなるのは当然だろ?」

 

 

 

 

その声のする方向を良く見てみると人影が見えた、それも二つ。

一人は腰の曲がった老人。

もう一人は青髪の青年のようだ。

 

 

 

そしてその人影は藤丸達にどんどん近寄っていき、次第にその姿が明らかとなる。

 

「しかし困った。折角の傑作なんだから誰かの感想を聞きたいな。お前はどう思う?

 

 

 

 

 

マシュ・キリエライト。」

 

 

「ッ!アルン…さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 



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七節 天才と男とカルデア

「よう、マシュ。久しぶり。」

 

「…お久しぶりです。アルンさん。」

 

一年以上ぶりの再会を果たす二人。

本来ならばもっと爽やかなものとなる筈だが、クリプターとカルデアという二人の立場が久方ぶりの再会をギスギスした雰囲気にさせる。

 

しかしそんな雰囲気知ったことかと言わんばかりにアルンは笑顔でマシュに問いかける。

 

「それで?どうよこのスケッチの出来は。割と自信作なんだが?」

 

そういいアルンがマシュ達に見せたのは絵画だった。

どうやらこの山からの風景を描いたもののようであり、クオリティは素人にしては上々の出来の様に見える。

 

「は、はい。大変お上手だt___

マシュが素直に賛辞しようとすると、ダ・ヴィンチが横から入ってくる。

 

『何これー!?へったくそー!タッチも雑だし遠近法も適当だしバランスも滅茶苦茶!!こんなクオリティが低い絵見た事な―い!風景が可哀そーう!』

 

けちょんけちょんに駄目だしするダ・ヴィンチ。

まぁ絵描きの頂点であるダ・ヴィンチから見たらアルンの絵はお粗末なものだったのかもしれないが…

 

「あ、あの…ダ・ヴィンチちゃん…」

 

『マシュも見てよ!あの雲とか傑作!!今どきの幼稚園児でももっとマシなの描くよ!!』

 

「あの…ダ・ヴィンチちゃん…アルンさんが投身自殺しそうなのでその辺に…」

 

 

「割と自信作なのに…皆にドヤ顔したのに…しかもその相手がレオナルド・ダ・ヴィンチって……」

 

あまりのショックと恥ずかしさに蹲る。

(見た目)小学生の何気ない一言に撃沈するアルン・ベッテルハイム、25歳。

 

 

『まぁまぁあまり傷つかないでくれ給え。そんなキミに今だけの限定お得サービスをだそうじゃないか。

 

 

 

 

 

今すぐにこの異聞帯を諦めて我々に協力するのなら、ダ・ヴィンチちゃんスペシャル絵画教室を君だけの為に開いてあげても構わないけど?』

 

 

ダ・ヴィンチは通信越しに真剣な表情でアルンに停戦勧告を呼び掛ける。

 

その場にいる全員がアルンの返答を待つ。

 

 

 

そしてアルンはゆっくりと立ち上がりながら口を開く。

 

「何だそれ…最高じゃん。ちょっと迷っちゃったじゃんか。

 

 

 

まぁ、0.1秒にも満たない間だがな。」

 

アルンによるはっきりとした拒絶。その解答を聞いた藤丸達の間に緊迫した雰囲気が生まれる。

 

『そっか、それは残念だ。風変わりなキミはひょっとしたら…って思ったんだけどね。』

 

「すまんな、ダ・ヴィンチ。俺はこのドイツという国の犬と化したんだ。」

 

 

それまで口を閉ざしていた藤丸がアルンに問う。

 

「つまり貴方は私たちの敵として立ちはだかる訳ね?」

 

「その通りだ世界の救世主。用件をまだ言っていなかったな。俺は今日挨拶に来たんだ。」

 

「挨拶?」

 

「世界を救った人間がわざわざ自分の異聞帯までお越しくださったんだ。そりゃ菓子の一つでも持って媚び売るのが常識だろ?」

 

『よく言うよ。自分からおびき寄せた癖に。』

 

「まぁそういうなって。おっとそうだ。こいつは土産だ。つまらないモノだが受け取ってくれ。」

そういいアルンは懐に手を入れる素振りをする。

そしてその次の瞬間。

 

 

 

低い銃の発砲音と高い剣の金属音が同時に響き渡る。

 

 

 

「ドイツ産の鉛玉だ。」

 

「なるほど、確かにつまらないものだな。」

 

拳銃を構えたアルン。

見えない剣を構えたアルトリア。

一瞬の攻防を交えた両者が睨み合う。

 

「ありがとう、アルトリア。」

 

「お気になさらず。それよりマスター、私に指示を!」

 

「オッケー。アルトリア」

 

「おじいちゃん、命令だ」

 

 

 

「「あのマスターを倒して/潰せ」」

 

 

 

 

「了解した!」

 

そういいアルトリアはキャスターに突撃しようとする。

 

しかしその瞬間、アルトリアは自身の体に異変を感じた。

 

 

 

 

「これは!?体が…重い!?」

 

「如何されましたか!?我が王!」

 

ガウェインがアルトリアの異変に気付き駆け寄る。

 

しかしそのガウェインも途端に膝をつく。

 

「くっ!!一体何が…」

 

膝をつく二人。

その様子を見た藤丸は焦る。

 

「え!?どうしたの!?二人とも動かないよ!」

 

『…どうやら二人に重力負荷が掛かっている様だ。

 

 

恐らくあのサーヴァントの仕業だろうね。』

 

ダ・ヴィンチは通信越しにアルンの横に立つ老人をにらむ。

 

キャスターがゆっくり口を開く。

「物は動くと重くなる。動く速度が上がればその分さらに重くなる。

 

物理界の常識だよ。

 

もっとも、20世紀からの常識だがね。」

 

『…相対性理論、というヤツだね。』

 

「その通りだ。私のスキルはそれを利用したまで。君たち二人は私に向かって攻撃するべく移動した。それはもう…私が20代だったとしても到底不可能なレベルの速さでだ。

 

 

 

だが私の前ではその速さが命取りだ。君たちは、早く動けばその分重くなる。現に止まっている今は重力を感じないだろう?残念だが私との相性は最悪のようだね。」

 

キャスターがそう説明するとダ・ヴィンチが重々しく口を開く。

 

「…その相対性理論を発見した人物、それがキミのサーヴァントか。アルン君。」

 

 

「あぁその通り。紹介しよう彼が俺のサーヴァント。

 

 

 

 

20世紀最高の天才。アルベルト・アインシュタインだ」

 

 

 

「アルベルト…アインシュタイン…。」

 

「はい。現代ではその名を知らない方はいない程有名な学者です。活躍した時代も私の達の時代と近いですね。

相対性理論を始めとする数多くの理論を証明し、現代物理学の父とまで言われています。」

 

『なるほど、これは我々にとっても難敵だ。なんせ相手は私だって認める大天才だ。そんな『知の英霊』が相手となると今までのように私やホームズが『知』においてマウントをとることが困難になってしまう。』

 

ロシア異聞帯、北欧異聞帯の両異聞帯にてダ・ヴィンチやホームズの戦略、知恵、推理、発明は常にカルデアに多大な利益を生み出してきた。しかし此度の相手はそんな二人に勝るとも劣らない知力の持ち主だ。

 

 

 

「どうだ、俺のサーヴァントは?クッソ最強だろ?なんせ動けば動くほど体に負担が掛かるんだからな。」

ドヤ顔でアルトリア達を見下すアルン。

 

「くっ、確かにあのスキルは脅威だ。何か策はあるか?ガウェイン卿。」

 

「いえ、申し訳ありませんが…。ですが一つだけ分かったことが。

 

 

どうやらあのスキルは術者自身にも効いている様です。現にマスターと術者である御老人はあの場を一歩も動いていない。」

 

「…なるほど。つまり奴らも動くことはできない、ということか。」

 

どうやらアルベルト・アインシュタインのスキルは諸刃の刃の様だ。

 

 

「ふむ、そこを突かれると痛い。何せ物理現象は万人に対して平等に起こる。神にでもならない限りえこひいきなど不可能だ。」

アインシュタインは頭をポリポリと掻きながら言う。

 

「私のような老いぼれではこのように頭を掻くだけの動作でもう腕がプルプルしてしまうのだよ。」

 

 

「つまり、攻撃手段を持たないってこと?」

藤丸がそう仮説を立てるとアインシュタインはそれは違う、と首を振る。

 

 

「お嬢ちゃん、君は一つ大事なものを忘れているよ。

 

私のスキル、『相対性理論』は速度と重さという比例関係にαという係数を加えたものだ。結果、重さは速度に掛けたα分だけ重くなる。」

 

 

「う、うーん?」

決して理系ではない藤丸の頭はショートを始める。

しかしそんなことお構いなしと言わんばかりにアインシュタインは手を挙げながら続ける。

 

「しかし、その影響を受けない物が一つある。それは、『質量をもたない物質』」

 

突然、アインシュタインの背後の空間が歪み黒い空間が現れる。

 

『あれは!?疑似的なブラックホール!?』

 

「すなわち、『光』だ」

 

そう言いアインシュタインが挙げた手を振り下ろすと同時にブラックホールから光線が放出し、アルトリアの腹を貫く。

 

「ぐあっ!!」

 

「「アルトリア/さん!!!」」

 

「我が王!ご無事ですか!?」

 

「くっ!大丈夫です…これしき。」

 

 

「光に質量は無い。故に最速。これを私は特殊相対性理論と名付けた。

 

 

それ二発目だ」

 

そういい再びブラックホールからビームが放出される。

 

アルトリアはその方向などを予測して躱そうとするが

 

「体がっ…」

 

躱しきれずに足を貫かれる。

アインシュタインのスキルによって体が思うように動かないのだ。

 

「お、割といいダメージ与えられてるんじゃないか?」

 

「ここで畳みかけるが吉の様だ。もう一発いくぞ。」

 

そういいアインシュタインは再び光線を放出する構えをとる。

 

 

「アルトリア!下がって!」

 

「我が王!」

 

周りが声をかけるもアルトリアの耳には入ってこない。

彼女の意識は今『如何にあの光線を防ぐか』という問いのみに注がれている。

 

 

 

「(どうする!速さは活かせない、体も思う存分動かない。どうすれば…)」

必死で対策を練るアルトリア。

 

その時、アルトリアの頭に一人の男の言葉がよぎった。

 

 

 

『力も気合も其方が上。となれば此方の見せ場は巧さだけよ』

 

「!!!」

 

 

キィィィン

 

 

金属音が響く。

 

何が起きたのか誰一人として理解できなかった。

ただ一人を除いて

 

「なるほど。流石は騎士王様だ。」

 

「…何が起こった、マスター。」

 

ただ一人状況を把握しているアルンがアインシュタインに説明する。

 

 

「あのブリテン人は最低限の動きだけで光速のビームを剣で弾いたのさ。一切の無駄な動きはなかった。恐るべき剣技だ。」

 

最低限の動き。それはつまり、最低限の速度で対処するという事に他ならない。

 

そしてそれはアインシュタインのスキルには最適の動きだ。

なにしろ最低限の速度、ということはその体に掛かる『重さも最低限という事だ』

 

つまりアルトリアは可能な限り己の体に負荷する重さを減らして、ビームをはじいたという事だ。

 

 

「は?何だそれは。しかも光の速度だぞ?そんな簡単に対処できるはずが___」

 

「二度も食らったのだ。既にその攻撃は見切った。次はその光線を貴様の元へ打ち返して見せよう。

 

 

この重さにもじきに慣れる。もはや時間の問題だ。」

 

勇ましく剣を構えるアルトリア。どうやら形成が逆転した様だ。

 

「すごいです!アルトリアさん!」

 

 

 

 

 

「っ!流石は騎士王といった所か…ならば、君はどうだ!」

 

そういいアインシュタインは光線をガウェインの方へ放つ。

 

そして光線はガウェインに直撃しその体を貫く、そう思われたが

 

「申し訳ない御老人。太陽の出ている間、私の防御力は鋼をも上回ります。

 

少なくともこの程度の光線で傷つくことはないでしょう。」

 

「なんて!?」

 

恐るべきガウェインのゴリラっぷりに口をあんぐりと開けるアインシュタイン。

 

 

 

 

「カハハハハハ!ドンマイだなおじいちゃん!流石に決闘で騎士に勝つのは無理ゲーか。」

 

「………学者だからな所詮。戦士というのは化け物だな。私には戦いは向いていないようだ。」

 

諦めたような態度で軽口を叩くアルンとため息をつくアインシュタイン。

 

 

 

ピピピピピッ ピピピピピッ

 

 

その時、携帯の着信音の様なものが鳴った。

どうやらアルンの携帯の様だ。

 

「もしもし。あぁ、あぁ、分かった。すぐ行く。」

 

十数秒ほど会話した後電話を切ってアルンは藤丸達に向き直る。

 

 

 

「さて、いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

 

そう不気味な笑みを浮かべながら藤丸に問うアルン。

 

「…いいニュースからで。」

 

「オッケー。用事が出来ちまってな、悪いが今回はお開きだ。正直こっちもじり貧だったしそちらも無駄な戦いは嫌だろう?」

 

アルンが停戦を宣言する。それと同時にアインシュタインは己のスキルを解除する。これで全員が普通に移動することが可能となった。

 

「逃げるのか?」

 

「おう逃げるとも。これ以上やってお互い手の内晒すよりはずっとマシだ。」

 

アルトリアが挑発するもひらりと躱すアルン。

 

「それで悪いニュースだ。

 

 

そっちの陣営の名探偵…シャーロック・ホームズだったか。

 

逮捕されたってよ。」

 

『「「!!!」」』

 

それはカルデアにとって大打撃となるニュースだった。

 

「ベルリンで歩いてるところを捕まったって。

何してたんだろ?ヤクでもやってたのかな?」

 

そう笑いながら言うアルン。

 

「ッ!ホームズさんを____」

 

「『返してください』なんて言ってくれるなよ?マシュ・キリエライト。これは戦争だ。世界の救世主を相手にそんな甘ったるい事出来る訳ねーだろ。」

 

「……ホームズをどうするつもり。」

 

「まぁ取り敢えず首相官邸の地下にぶち込むわ。あ、いい事考えた

 

 

 

そこにいる人類最後のマスター、藤丸立香と交換なんてどうだ?」

 

試すような口ぶりで尋ねるアルン。

 

「ッ!」

 

『それこそ有り得ない選択だ。我々の最後の希望をみすみす死なせるわけないだろう。』

 

「カハッ、だろうな。言ってみただけだ。

 

それじゃあ俺たちは帰るわ。行くぞおじいちゃん。」

 

そういいアルンとアインシュタインは背を向けてヘリコプターに乗ろうとする。

 

「行かせると思うか?」

 

アルトリアが聖剣を構えて威圧をかけてくる。

 

「ここで貴方たちを捕まえてホームズと交換して貰うっていう手もあるよ。」

 

「残念だったな救世主。この異聞帯の王はアルン・ベッテルハイムを失っても何も損を

しない。無駄なことだ。

 

 

 

だがそれはそれとして、こうして威圧されると怖いな。ヘリも撃ち落とされそうだし。

 

仕方ない。一つ切り札を晒すとしよう。

宝具を解放せよ、アルベルト・アインシュタイン。」

 

そう命令するとアインシュタインはコクリと頷き地面に転がっていた小石を拾う。

 

 

「何をするつもりですか。まさかその小石を投げつける訳では無いでしょう。」

 

「すまんな…

 

 

その通りだ。」

 

そういいアインシュタインは石をポイッと上空へ放り投げる。

 

そして放り投げた瞬間にアルンとアインシュタインは素早くヘリコプターに乗り込みヘリを飛ばした。

 

「なっ、逃がすか!マスター、宝具をしy___

 

『それどころじゃない!マシュ宝具展開して!今すぐ!』

 

アルトリアが追撃を食らわせようとするも、ダ・ヴィンチが焦った声で緊急事態を知らせる。

 

「え?なぜd

 

『理由はすぐ分かるから!早く!』

 

石は空に美しい放物線を描き地面へと落ちてくる。

 

石が地面に触れるコンマ秒前にマシュは宝具を展開する。

 

 

「真名、凍結展開。これは多くの道、多くの願いを受けた幻想の城。

 

 

 

 

いまは脆き夢想の城!!!」

 

マシュが宝具を展開した直後

 

言葉にならないような轟音が響き渡り、それと同時に凄まじい爆風がマシュの盾を襲う。

災害が如き大爆発だ。

 

「ああああああああああああああああ!!!」

 

必死の思いで爆発から自分を、そして敬愛するマスターとそのサーヴァントを守るマシュ。

 

「マシュ!頑張って!!」

 

「あ、ぁぁ(ここで私が負けたら…先輩が…皆さんが!!!)あああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、えぐいなこの宝具。」

 

一方ヘリコプターに乗り移ったアルン達は爆発の様子を上空から見下ろしていた。

 

「『E=mc2』。それが私の宝具だ。何、単純だ。この計算上の式を現実に移しただけ。

 

僅かな質量にも膨大なエネルギーが潜んでいる。しかしそれを表に出す事は大変難しいんだ。そんな秘められたエネルギーを直接引き出すのが私の宝具だ。

 

あの爆発程度から見るとあの小石は恐らく0.1g程かな。」

 

「…じゃあもし、1kgのダンベルを投げ捨てたりしたら?」

 

「地球が滅ぶだろう。安心してくれ、流石に制約がかかっている。

 

…それにこの宝具は私のトラウマでもある。なるべく多用は避けたい。」

 

「フフフ、そうかそうか…

 

 

 

 

 

 

 

だがそれを決めるのはマスターである私だ。」

 

 

「!?お前…」

 

アルンの雰囲気が急変し、アインシュタインは少し警戒する。

 

「アルベルト・アインシュタイン。ベルリンまでまだ時間がある。少し話をしよう。実は隠し事があるんだ。

 

 

 

 

君が自分を殺したくなるほどの秘密だ。覚悟するといい。」

 

 

 

 




戦闘描写でした。ぶっちゃけ滅茶苦茶なのは自覚してますがこればっかりは私の苦手分野で…。最後まで見てくださった方ありがとうございます。


次の投稿は相当先になると思います。
忘れたころに今回みたいにふらっと現れて一気に投稿すると思います。


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