もしもハクの初期レベルが50、レベルキャップが100だったら (縦ロール兵装)
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偽りの仮面
全ての元凶


初投稿です。


 青白の光が、部屋を鈍色に照らす。

 光を放つ円柱状のコールドスリープマシーン、その中で眠りにつく男を、白衣を着込んだ男が見下ろしていた。

 白衣の男は、研究者であった。

 荒れ果てた地上から地下に逃れたが故に、環境適応能力を失った人類。男の同胞達を、地上へ戻れるようにする為の研究を行っていた。

 白衣の男は、死んだように眠る男の兄であった。

 同意を得ていたとはいえ、他に適任が居なかったとはいえ、未だ人類での実験例がない投薬を、実の弟に行った。

 白衣の男は、研究者で、死んだように眠る男の兄で。

 

 そして、過保護だった。

 いつ目覚めるかわからない弟は、地下に引きこもった他の人間達と比べても引きこもりであった。

 体力面が心配だったのでとりあえず身体機能を人類の限界まで引き上げた。副作用はない。

 いつ目覚めるかわからない弟は、どこか女性に対して一歩引いた態度を取っていた。

 弟の子供が見たかったので、とりあえず性欲を10倍にしておいた。副作用はなく、計算上は1日10発までなら毎日発射できる。

 いつ目覚めるかわからない弟は、言われてようやく動き出す怠け者であった。

 娘が楽しそうに弟の世話を焼いているので、怠け癖は治さないでおいた。代わりに学習能力を10倍にしておいた。当然副作用はなく、怠け者に変わりはないので娘も安心して世話を焼ける。

 過保護な研究者は、眠っている弟に微笑みかける。

 兄弟なのだからこれくらいは当然だ、と。

 

 これより遥か未来。眠りから目覚めた研究者の弟は、行く先々で騒動を起こすことになる。

 彼は、言い訳の最後に必ずこう言うのだ。

 

「大体全部兄貴のせいだ」と。

 

 

 

 ほう、と。

 吐く息が白く宙に溶ける。

 まるでこの地に来るものを拒むかのような肌を刺す冷たさに、 少女ーークオンはフードの下で僅かに身動ぎした。

 その顔を照らすのは青白の光。真っ直ぐに見詰めるクオンの瞳に、光の中で死んだように眠る男が映っていた。

 やや明るめの黒髪は肩まで伸び、柄のない奇妙な単色の服に身を包んでいる。

 まるで違う世界から迷い込んできたかのような浮世離れした出で立ちが、クオンの好奇心を刺激する。

 

「もしかして、この人は」

 

 微かな呟きは震えていた。それは寒さによるものであり、同時にこれからの未来への期待と興奮によるものであった。

 

 大いなる父(オンヴィタイカヤン)

 

 現在の人類が栄える遥か以前に、栄華を極めた人類。

 解放者(ウィツァルネミテア)による現人類の解放後、忽然と歴史の舞台から消えた、旧人類。

 まさかと思った。大いなる父(オンヴィタイカヤン)が消え去ってから、一体どれ程の時間が経ったのか。今クオンが立ち寄っているこの国、ヤマトが作られたのが数百年前と言われていることから、千年以上前の可能性もある。

 人は、そんな年月の間形を保っていられない。だから、この男が大いなる父(オンヴィタイカヤン)の作った装置を勝手に使い、寝ているだけと考えた方が自然なのだ。

 そんなことを考えていたクオンだから、その行為は意識して行われたものではなかった。

 何気なく伸ばした手が、男の眠る装置の透明な蓋に触れた瞬間、ぱし、と空気の抜ける音と共に蓋が消えた。

 

「え? えっ? うそ、私のせい……?」

 

 慌てるクオンの目の前。男が立ち上がった。否、正確に言うなら勃ち上がった。

 薄い、柄のない服を下から押し上げているのは、紛れもない男性の象徴であった。男の名誉の為に言うなら、これは仕方のないことだった。

 何せ最低でも数百年もの間男は欲望を吐き出していないのだ。おはようございますしたところで、一体誰が男を責められるというのか。

 しかし事情を知らないクオンは帰ろうか暫し迷った。性欲をもて余す男を連れて帰って、もし間違いがあったりしたら。

 クオンも戦闘に関してはかなりの自信があり、そこらの破落戸が襲ってきても纏めて伸すことなど訳ない。

 だが、もし男がクオンよりも強かったら。

 本物の大いなる父(オンヴィタイカヤン)で、古の御技で手込めにされてしまったら。

 大いなる母になってしまったら。

 クオンの脳裏に浮かぶのは過保護な母親達と、皇で暗部最強の父親。

 どう考えても男の死は不可避である。

 

「でも……放っては、おけないかな」

 

 頬も凍りつくような寒さだ。このまま放っておいては、万に一つも生き残れないだろう。

 クオンの中にある、男を見捨てたくはないという思い。

 そして、未知の人物に対する好奇心が、この場を離れることを許さなかった。

 どんな人なのだろうか。

 どんな声をしているのだろうか。

 どんな風に笑うのか。

 本当に大いなる父(オンヴィタイカヤン)なのか。何故この時代まで生きていられたのか。どうしてこんな場所で、独りで眠っていたのか。

 まるで恋する乙女のように、目の前の男の事で頭が埋め尽くされる。

 

「知りたい。貴方の事が、知りたい」

 

 言葉が、胸にストンと落ちる。

 恐らくは、最初で最後の機会。これを逃せば、きっと二度と神話の真実に触れることはできなくなる。

 だから、クオンはもう迷うことなく、男を抱えあげた。

 この場所では暖を取れない、だからテントを張った場所までテントを張った男を連れていくことにした。

 話がしたい。知りたいことが一杯ある、聞きたい事が山程ある。

 だから、まずは覚悟を決めよう。

 

 襲われたら、最悪己に宿る解放者(ウィツァルネミテア)の力を使う覚悟を。




反響があれば続きを考えます(見切り発車)


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いいえ、ケフィアです

2000文字ちょいの文章量でお気に入り61件、感想3件だと?!
評価も8人にしてもらったし、これは次を書かねば!

すまない、また2000文字ちょいなんだ……
そんだけしか文章量ないのに、2週間以上も掛かってしまったんだ……
本当に、すまない……


 降り積もる雪に隠された山道を、男が歩いていた。

 素足のままふらつき歩くその姿は幽鬼のようで。

 何も映していない瞳が、男が正気にない事を示している。

 頼りのない歩みは遅く、それでも無意のまま進む男の目の前に。

 ふと、木々が途切れたその先に、広大な雪景色が飛び込んで来た。

 連なる山々は白く。

 静まり返る木々が雪を繁らせ。

 気紛れに吹いた風が、白銀を纏って大地を駆ける。

 人の手が入らない、自然そのままの悠久の景色。

 それらを見下ろせる丘の上で、ようやく男は立ち止まった。

 

「……」

 

 何か、感じ入るものがあったのか。

 言葉もなく、ただ眼下の景色を眺める男。

 瞬き一つ。

 

「……ぁ、え? 寒っ?!」

 

 目の前の光景に対する理解よりも先に、寒さによる痛みに腕を抱える。

 ようやく意識を取り戻したのか、体を震わせながら辺りを見回して一言。

 

「ここ、どこだ……? なんで自分はこんなところに……っ!」

 

 肌を刺す冷たさと、理解不能な現状。混乱の極みに陥った男は、だからこそ次の行動が遅れた。

 音が、聞こえた。

 男の後ろから、まるで硬質な鋼同士を擦り会わせたような、不快な音が。

 

「なんだーー?」

 

 男が振り返った先に、ソレは居た。

 一言で言うならば、赤色の甲殻を纏った百足。

 厚さだけでも男の背丈を超える巨体を起こし、口の横から伸びる金色の牙を向けるその姿に、男は反射的に身を屈めた。

 直後、男の真上を百足の身体が通過する。

 男は百足が飛んでいった方を見る。着地し、こちらへ振り返った百足と目が合う。

 

「待て、待て待て待て! なんだこいつ!?」

 

 叫んだ直後、悪寒。

 どうすればいいのかわからないまま横っ飛び。再び襲いかかってきた百足の身体を間一髪のところで避け、そして男はそのまま丘の下まで転げ落ちた。

 幸いな事に雪がクッションになり、男は痛みもなく立ち上がる。

 

「あいつは……!」

 

 振り返り見上げると、当然のように此方に狙いを定める百足の姿。

 

(冗談じゃないっ!)

 

 逃げる為に走り出す。眼前にある森ならば隠れる場所があるかもしれないと、

 その一歩目。

 男は『飛んだ』

 

 

 

「ーーは?!」

 

 

 

 そう、錯覚するほどの大跳躍。

 男にしては長めの髪が風に靡き、数瞬前に遠くに感じた木々の間へと着地する。

 

(なんだ今の……いや、今はそれどころじゃない)

 

 混乱は一瞬。迫る百足の気配を感じ、振り返ることなく駆け出す。

 一歩。音が遠くなる。

 二歩。音が聞こえなくなる。

 三歩。気配が感じられなくなる。

 人間の身体能力じゃないだろ、と未だ人間のつもりの男はひとりごちる。

 

(でも、この調子なら)

 

 疲労感は皆無。後ろを振り返っても百足の姿は木々に紛れて殆ど見えない。

 逃げ切れる、と。

 そう確信し、長い滞空時間を経て着地する。

 

 

 

 足元の雪、その下にあるはずの地面が、無かった。

 

 

 

「はーー」

 

 

 

 一瞬で上へと消える景色。残ったのは全てを呑み込まんとする暗闇だけ。

 元々空いていた洞窟の天井部分を雪が覆い隠していて、運悪く男がそこに着地してしまったのだ。

 特にこの季節、周辺に住むヒトの死因の多くを自然の落とし穴が占めるなど、男が知るよしもない。

 

 ただ、男の生物としての感覚だけが、その先にある死を知覚した。

 

 

 

(なんで、自分がこんな目に)

 

 

 

 暗闇の中、地面に立つ感覚にすらも縋れない男は。

 

 

 

(訳の分からないまま、化け物に襲われて)

 

 

 

 願うように、祈るように。

 

 

 

(こんな、暗闇の中でーー)

 

 

 

 救いの手を必死で掴むかのように、叫ぶ。

 

 

 

「死んで、たまるかっ!」

 

 

 

 意志が、孔を、穿った。

 目には見えない孔から力が溢れだし、男の身体を満たす。それは人の身に余る困難に打ち克つ為、天が与える力。

 それは運命に抗う力、それは宿命に立ち向かう力。

 即ち天命の楔。

 

「ーーぐぅっ!」

 

 直後に衝撃。

 男の身体が着地点にあったスライム状の物体を、百を越えるまでに粉々にし吹き飛ばす。

 痛みは、ない。傷もない。

 いくら男が人外に至るまでの強化を受けたとしても、受身も取らないままあの速度で落下すれば捻挫は免れなかっただろう。

 それを無傷で乗り切れたのは天が与えた力が男の身体を強化したからだ。

 

「なんとか、なったか」

 

 溜め息一つ。雪が落ちる音が、静かに洞窟内に反響する。どうやら男は洞窟の天井に空いた穴に運悪く飛び込んでしまったようだ。

 男は周囲を見渡してから、自らが落ちてきた天井を見上げる。

 巨大百足と、目があった。

 

「ーーいい加減しつこいぞ!」

 

 叫び、逃げ出す。

 進路上にあった鍾乳石を数本まとめて蹴り砕きながら駆ける。

 視界が悪く、鍾乳石を角砂糖を砕くように壊して進む男に対して、百足は夜目が効くのか的確に男を追跡する。先程のように容易に振り切れるような差は、無かった。

 

(厳しいか……? いや、だとしても諦めるわけにはいかん)

 

 内心の弱気を振り払おうと気合いを入れ直す男。意識を内に向けた一瞬に、男の目の前に生き物の気配が現れる。

 

「ボロギギリ?! 目を閉じて!」

 

 言われるがままに目を閉じ、鍾乳石に足を取られスッ転ぶ男。同時に凄まじい光量が洞窟を照らし、ボロギギリと呼ばれた百足の視界を奪う。

 

「走って!」

 

 立ち上がった瞬間に手を引かれ、再び駆ける男。

 暗闇でスライディングを決め込んだ衝撃からようやく立ち直った男を確認するかのように、男の手を引く者が振り返った。

 フードから覗くのは、未だ幼さを残すものの、整った顔立ちの女性。

 

(ーー女?)

 

 その瞬間、男は前屈みになりスピードが急激に落ちる。

 

「ちょっと、大丈夫かな?!」

 

「問題ない!」

 

 

『 天 命 の 楔 』

 

 男の身体を力が満たす。

 その力を使い、膝から上をなるべく使わないまま手を引く女の速度に追い付く。

 所謂、十傑集走りである。

 

「なにその走り方?! しかも速いし!」

 

「気にするな!」

 

「無茶言わないで欲しいかな!」

 

 二人揃って、異なる十傑集走りをしながら洞窟を出る。

 ボロギギリの追跡を警戒し、洞窟から離れて十分程走り続け、男は雪の上に腰を下ろす。

 

「ごめんなさい、かな!」

 

 そんな男に、フードの女は頭を下げる。

 頭を下げられる覚えはなく、逆に謝りたいくらいな男は目を白黒させた。

 

「い、一体何のーー」

 

 

 

「で、でも仕方なかったかな! 貴方が熱い、水……って呻くから! あ、お、男の……あ、アレが! 凄く熱いのはカルラお母様から聞いてたし、冷ましてあげようと思っただけかな! そしたら、あんな白いのが……て、天井まで……臭いも凄いし!」

 

 

 

「ま、まてまて! 色々聞きたいことはあるが、その前に!」

 

 熱が十分に冷めた事を確認した上で、男は立ち上がる。

 

「自分と会った事があるのか? 悪いが、その……自分の認識では、初対面なんだが」

 

 

 

 

 

「……えっ?」




ナニに水を掛けたんですかねぇ……

ちなみに、二人の十傑集走りの違い
クオン:腰から上を固定して太股を大きく動かす
ハク(勃):腰から上を固定して太股を殆ど動かさないで膝から下を主に動かす
これで気にするなと言われても……


今回はネタだけで押しきれなかったです。流石にこのシーンでギャグのみは無理でした。
ボロギギリに飛び乗ったハクがタタリに特攻かけるシーンとか酔った勢いで書いてみたけど、ボツになりました(残当)


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暴かれる真実

前回更新から何日経ったんだゴラァ!すいませんっした!!!
という訳で令和初投稿です。
なんで令和になってから休みが1日もないんだよぉ……

祝、お気に入り100件突破!
作者がタイラントに追いかけ回されている間に、こんなにもお気に入りが増えていて
正直、申し訳ない気持ちで一杯です

今回は長めの4000字超え
多分、これからちょっとずつ長くなってくる
かも

アンケートあります


 分厚い雲が太陽を隠し、昼間にも関わらず薄暗い山道。雪木をかき分けるように、クオンは男とウマを連れて、活動拠点にしていた村への帰路を急いでいた。

 

『自分の名前は……なんだ?』

 

 男は記憶喪失だった。自分の名も、生まれた場所も、家族も友も想い人も、投げ掛けた問いの全てにおいて、男はわからないと答えたのだ。

 

『自分はなんで、こんなところにいるんだ……?』

 

 男の言葉が、胸に刺さる。不安に揺れる瞳が、心に刺さる。

 自分が何者かわからないというのはどういう気持ちなのだろうか。

 きっと、本当の意味で理解することはできないとクオンはウマを繋いだ縄を握りしめる。

 そして、クオンは理解している。

 恐らく、男は大いなる父(オンヴィタイカヤン)だ。

 ならば、他の大いなる父(オンヴィタイカヤン)は?

 そう、男以外の大いなる父(オンヴィタイカヤン)は居ない。居ないのだ。

 家族も友も想い人も、例え記憶を取り戻したとしても、男は誰一人取り戻せないのだ。

 

(守らないと)

 

 辛い道を歩むであろう男を、救いのない未来を迎えるであろう男を、クオンは支えると決めた。

 後ろを振り返る。男と目が合い、そして逸らされる。

 

(それが、この人を起こした私の責任)

 

 

 

 

 

 クオンと目が合い慌てて目を逸らした男は、クオンの様子からどうやらバレた訳ではないと胸を撫で下ろす。

 クオンが前を向いたのを確認してから、視線をもとに戻す。

 

(尻尾だ)

 

 男は、前を行くクオンの尻と尻尾を凝視する。

 尻尾。人にあるはずのないそれは真っ白で、毛並みも凄くいい。

 勿論男も最初は真面目に自分の置かれた状況を考えていた。だが如何せん情報が少なすぎたのだ。

 真面目に考えてもどうしようもないので、男はすぐに考えるのをやめて目の前の謎に挑むことを決めたのだ。

 

(本物な訳がない、ということは……コスプレ?)

 

 鎌首をもたげた性欲を抑え、思考に耽る。

 性癖という可能性は除外しておく。そうだった場合、色々な意味で困るからだ。

 

(風習とか、か? ……それにしても、いい毛並みだ )

 

 まるで生きているみたいだ、と内心で感心し、特に意識することなく揺れるクオンの尻尾(コスプレ)を握る。

 

 

 

(あれ、温かーー)

 

 

 

「ーー!?」

 

 

 

 弾かれたように前方へ跳躍し、そのまま尻尾を隠すように此方に反転するクオン。

 ハッキリとした敵意を向け戦闘の構えを取るクオンの姿に動揺しながらも、男は先ほどの尻尾の感触。明らかに作り物ではあり得ない温かさに混乱していた。

 

「いきなり女の尻尾に触るなんて、どういうつもりかな?!」

 

「……ほ、本物?」

 

「偽物の尻尾なんてあるわけないかな! ……ぁ」

 

 男の言葉に怒鳴り返し、その直後に視線をさ迷わせる。

 動きを止めたクオンのフードが風に捲れ、白い毛に覆われた耳が覗く。

 

「その耳も、本物なのか?」

 

「あー……うん。本物かな」

 

 耳 が忙しなく動き、尻尾がゆらゆらと揺れる。

 確かめてみる? と差し出された尻尾を軽く握ると、さらりとした毛が掌を滑った。しっかりと手入れされている事が窺える柔らかさと芯のある程よい硬さ、そして確かに感じられる体温。男は夢中で尻尾をなで回した。

 

「い、一体いつまで触ってるつもりかな?! 確認したら終わり!」

 

 うねる尻尾に手を弾かれ、男はクオンと向き合う。

 少しだけ顔を赤らめたクオンは、咳払い一つ。

 男の頬を両手で掴んだ。

 

「ふーん……」

 

「にゃ、にをーー」

 

「確認するだけかな。ちょっと屈んで」

 

 頬を引っ張り、眼を観察したり、鼻を摘まんでみたり。好奇心のままに動くクオンに、男は体を硬直させている。

 

「耳は……毛がない、変な形」

 

「……むしろ毛がある方が変だろ」

 

「次は尻尾かな」

 

「尻尾って、おいクオンちょっと待っ」

 

 男の静止の声より早く、男の後ろに回り込んだクオンが尾てい骨を擦る。

 

 

 

『 天 命 の 楔 』

 

 

 

 運命に抗い宿命に立ち向かう為の力が、理性よりも強く男の性欲を抑え込む。

 男は……性欲を抑えることを強いられているんだっ!

 

「うーん、やっぱり尻尾はない……あっ」

 

 集中線により強調された男の表情にクオンが気付き、身を離した。

 気まずそうな顔をするクオンと向かい合い、男は口を開く。

 

 

 

「いきなり男の尻尾に触るなんて、どういうつもりかな?」

 

 

 

「尻尾ない癖に! しかも裏声で……腹立つ!」

 

 

 

 地団駄を踏み悔しがるクオンだったが、暫くして溜め息を吐く。

 

「全くもう……こっちは貴方の事で色々と真剣に悩んでたのに、いきなり尻尾に触るから変な感じになったかな」

 

「まあ、どうにかなるだろ」

 

 風が吹き、クオンのフードが揺れる。

 なんでもないように。本当になんでもないように男は笑った。

 

「自分の事で悩んでくれたのはありがたいが、今難しく考えたって何もわかりっこないだろ。温かい風呂に浸かりながら一杯でもやれば、自然といい考えが浮かんでくるってもんだ」

 

「楽観的過ぎるとは思うけど」

 

 目の前に立つ男の事を、クオンは守るべき対象としか認識していなかった。

 記憶を失い、途方に暮れていた男を助けてあげたいと思った。

 辛い道を歩むであろう男を、救いのない未来を迎えるであろう男を、クオンは支えると決めた。

 

(全部、早合点だったかな)

 

 少なくとも、なんでもないように酒が飲みたいと笑う目の前の男は、ただ守られるだけの存在ではなかった。

 辛いことがあっても、明日は良いことあるさと笑っていられる、皆を引っ張っていける器を持っていると。

 クオンは、男を見てそう思った。

 

 

 

「……うん。お風呂に入りたいのは、私も同じかな」

 

 

 

 この時初めて、クオンは男を一人の人間として認識したのだった。

 

 

 

 

 

「ならさっさと村へ向かおう。いい加減雪景色は見飽きた」

 

 クオンを追い越し、男は前に進む。

 クオンが追い付き、横に並んだ。

 

「風情があっていいじゃない。それより貴方の名前を決めたいんだけど、いいかな?」

 

「ああ、確かに名前がないと不便……待てよ、考えようによってはこれはチャンス! 自分の名前を好きに決められるって最高じゃないか」

 

 はしゃぐ男の横顔を見上げ、クオンは母親達から聞かされた話を思い出していた。

 それはとある異邦人の話。

 とある村に現れた、記憶を失った男の話。

 此処より遥か遠く、神々の眠る島国にうたわれしものの話。

 

「決めた、貴方の名前はハク」

 

「お洒落要素としてミドルネームは外せないだろ……っておい! なんでクオンが自分の名前を決めるんだ!?」

 

 慌てる男に、クオンは笑いかける。

 

「だって、ハクは私が拾ったから」

 

「自分はペットか! しかもハクって、景色が白いからって安直過ぎやしないか?」

 

 瞬き一つ。男の言葉に、クオンは首を振る。

 

「その名前はうたわれしお方から継がれた、由緒正しい名前かな」

 

「由緒正しいって言ったって……」

 

 困ったように頭を掻く男に、クオンは意地悪そうに笑う。

 

「いいのかな、そんなこと言って」

 

「なんのことだ?」

 

 男の問いには答えず、クオンは落ちた木の枝を拾い先端で雪をなぞる。

 

「これでハクって読むんだけれども……ハクは読めるかな?」

 

「うげ……マジか」

 

 クオンの書いた文字は、男にはただの記号にしか見えなかった。

 つまり、男は文字が読めないのだ。

 いかに自分が不味い状況にいるか、ようやく理解し呻く男。

 

「記憶喪失で文字も読めない、地理もわからない。こんな状況で私の庇護なしで生きていけるのだったら、好きに名前を決めたらいいかな」

 

「き、脅迫までするか……?」

 

 見つめ合い数秒、クオンの目に本気の色を感じた男が両手を上げる。

 

「わかったわかった、自分はハクだ。これでいいだろ?」

 

「うん。よろしくね、ハク」

 

 ジト目のハクと笑うクオンが雪道を進む。

 遥か昔より定められた出会いが終わり、運命が動き出す。

 ここから始まるのは全ての因縁に終止符を打つ物語。

 かつて語られ、今を受け継ぎ、未来にうたわれるものの叙事詩。

 

 序章は偽りの仮面。真実を覆う仮面の物語を、今はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「予定通り、日暮れ前には着けたかな」

 

 見下ろす先、クオンが拠点にしている村があった。

 振り返ると、伸びをして体を解しているハクと目が合う。

 

「ようやく村にたどり着けたか」

 

「ようやく、って言う程歩いてないんだけれど」

 

「一日歩きっぱなしだったじゃないか」

 

 その言葉に、クオンは再び自分とハクの常識の違いを実感する。

 ハクは白という単語の別の読みをハクと言ったが、クオンが普段使っている文字では白をレタルと読む。

 白と書いてハクと読むのは、大いなる父が使っていた神代文字の方だ。

 今のハクの言葉もそう。この時代、村から村へ移動するのに、整備された道を使っても最低4日。獣道を行けば、1週間掛かったとしてもおかしくはない。

 男は、そんな事も知らないのだ。

 

(これは、骨が折れそうかな)

 

 独り立ちできるようになるまでどれだけかかることかと、未来の苦労を考え溜め息を吐く。

 

「まずは、旅籠に向かうかな」

 

「了解」

 

 再び歩き出すクオンとハク。これからの事を考えていたクオンは、ふと気付く。

 

(そういえば、襲われなかったかな)

 

 ハクの性欲が強い事は、クオンも理解している。なにせ今もハクの熱い視線が尻とうなじに突き刺さっているのをしっかりと感じ取れるのだから。

 時々微妙に前屈みになる姿に、男も大変かな、という感想を抱くくらいには、クオンはそっち方面に理解があった。

 

(私が恩人だから、耐えているのかな?)

 

 聞くのも変だ、と言葉にするのをやめて村道を進む。

 交わされる他愛ない話。ハクの何気ない質問にクオンが苦笑しながら答える。そんな緩やかな時間が旅籠に辿り着くまで続いた。

 

「ここが、私が利用している旅籠かな」

 

「中々に、いい雰囲気じゃないか」

 

 ハクの言葉にクオンは頷き、旅籠の中へ入る。

 

「女将さん、ただいまかな」

 

「あら、おかえりなさい」

 

 

 

「ーーぐっ、腹がっ!」

 

 

 

 唐突に腹を押さえて前屈みになるハクに、クオンと女将は何事かと駆け寄る。

 

「だ、大丈夫かい……?」

 

「あ、あぁ……痛っ、腹が……クオン、厠はどっちだ?」

 

「厠ならあっちだけど……あっ」

 

「すまない女将さん、ちょっと厠をお借りする……あいたたた」

 

 クオンの指差す方へ、微妙な演技をしながら前屈みのまま走るハク。

 

「……あのお兄さん、何か変な物でも食べたのかい?」

 

 その後ろ姿を眺め、疑問を口に出す女将。それには答えず、クオンは半目になり溜め息一つ。

 

「成る程、そういうこと」

 

 かくして偽りの仮面の下の真実(性癖)が暴かれ。

 クオンの中でハクは、年上に盛るペットにまで格下げされるのだった。




1話と2話をちょこっと訂正しました
ハクの描写がなかったりとか、急に出てきた解放者というパワーワードの補足とか
まあ、ようするに原作知らない人も見れるように、という考えです
ここわかんねーよ! とか、ここの説明いるだろ! みたいなのがあれば、ご指摘頂ければ直します
一応、終わりへの道筋はザックリですが立てられたので、完結目指して頑張りたいと思います


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