内気なメイドはヒミツだらけ (ローリング・ビートル)
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プロローグ

「ご、ご主人様……お目覚めの時間ですよ」

「…………」

「あの……」

「起きてるよ」

「そうでしたか……よかったです。昨晩遅くまで起きてらっしゃったので、その……てっきりいかがわしい……」

「いや、何もしてねえよ」

「何もせずに深夜まで……ご、ご主人様……暇人なんですね」

「そういう意味じゃないんだが……まあ、いいや。顔洗ってくる」

「わかりました……あの、お手伝いしましょうか?」

「いや、顔洗うのに手伝う事なんかないだろ」

「そう、ですね……では失礼します」

 

 メイドはぺこりと頭を下げ、部屋を出ていった。

 何の変哲もない朝……と言いたいところだが、日本の普通の家庭にメイドがいる状態で、やはりどこか変だ。どうしてこうなった?

 そう……時は数日前に遡る。

 

 *******

 

 ある日の夜……

 

「とりあえず、明日から家頼むな」

「頼んだわね」

「……マジか」

 

 帰ってくるなり何言ってんだ、この両親。前々から言動が奔放すぎるとは思っていたが、なんかまたわけのわからない事を言ってる……。

 俺は溜め息を吐き、何かの聞き間違いと信じて、もう一度両親と向かい合った。

 

「それで、何だって?」

「おいおい、聞いたか?妻よ。この息子、僕らの話をまったく聞いてないぜ?」

「そうね。悲しいわ。そうやって人の話を聞かないからモテないのね。かわいそうに……」

 

 テンションがうぜえ!ひたすらうぜえ!

 だが、この二人にいちいち苛ついていては話が一向に進まない。

 俺は気持ちを落ち着け、もう一度確認した。

 

「いや、何で急に家頼まれなきゃいけないんだよ。二人して旅行にでも行くのかよ」

 

 だとしたら可愛い一人息子を連れていくのが普通じゃないだろうか。

 すると父さんは、チッ、チッと指を振り、得意気な表情を見せた。

 

「実はな、父さんは海外に転勤することになったんだよ」

「はあ…………は!?」

「実はね~アメリカに行かなくちゃいけなくて」

「アメリカ……?」

「ああ、アメリカっていうのはね、国の名前で……」

「知っとるわ!てか、海外に転勤なのに何でそんなに動じてないんだよ!」

「まあ、よくあることだし。ねえ?」

「ねえ?」

「いや、ねえよ!」

「それで、だ。」

 

 急に父さんは真面目な表情をつくり、顎の無精髭をざらざら撫でた。

 

「まあ、3年ぐらいで帰ってくるから、お前には日本に残ってもらうことにした」

「……ちょっと……」

「ああ。皆まで言うな。お前が家事ができないのは知ってる。でもな……」

「…………」

 

 重たくなった空気に、俺はごくりと唾を飲み込む。な、何だ……何を言おうとしているんだ?

 

「僕は母さんと離れたくない。だから母さんだけは連れていく」

「言うと思ったよ!」

 

 はい、ここまで予想通りだと、いっそ清々しい。なんて無邪気な笑顔を浮かべているんだ、このクソオヤジ。

 俺は嘆息し、それでも気を取り直し、深く頷いた。

 

「まあ、別に一人暮らしの練習と思えばいいから、別にいいんだけど」

「ははは、まあ話は最後まで聞きなさい。それで、だ。まあお前が一人暮らしで寂しい思いをしないように、僕達が海外に行っている間、メイドを雇うことにしたんだ」

「ああ、メイドね…………メイド!!!?」

 

 もう斜め上な展開でも驚かないと思っていたら、まさかの展開すぎて驚いてしまう。

 

「あの……メイドって……」

「ああ、メイドっていうのは……」

「いや、だから知っとるわ!てか、何でメイド!?」

「いや、ほら……お前、家政婦よりはメイドのほうが好きだろ?そういう小説ばっか読んでるし」

「そりゃあ、まあ……って、そっちじゃねえよ!別にメイドとか雇わなくても一人で何とかなるわ!あと、息子の本棚勝手に漁るな!」

「そう照れるな。親子じゃないか。それより、もうその人には来てもらってるんだ。さあ、入ってきなさい」

「……は、はい」

 

 オドオドした返事と共に、ゆっくりとリビングのドアが開き、メイドさんが臆病な猫のように、そっと入ってくる。

 

「し、失礼します……」

 

 うわ……マジでメイドだ。

 メイド喫茶とかに行ったことのない俺には、人生初のメイドだ。人生初のメイドという言葉もアレだが、まさか人生初のメイドを自宅のリビングで見ることになるとは思わなかった。感想?戸惑いしかありません。

 年は……多分同じくらいだろうか、背は小柄で、腰くらいまである長い茶色い髪を先端で束ねている。

 俯いているので顔は見えづらいが、すっとした形のいい鼻と、もにゅもにゅ動かしている薄紅色の唇が、やけに可愛く見えた。

 

「こちらが、今日からメイドとしてウチで働いてくれることになった、霜月あいさんだ」

「よ、よろしく、お願い、します……ご主人様」

「え?あ、ああ、よろしく……」

 

 メイドさん……霜月さんは怯えた子犬のように顔を上げる。

 すると、くりくりした二つの瞳が、ようやくこちらを見た。

 何より……今、ご主人様って言った……何だ、この感じ……。

 

「あ、あの……そんなに見られると、恥ずかしいです」

「ご、ごめんなさい!」

 

 これが、平凡な高校生の俺と、変わり者メイド・霜月さんとの、何とも気まずい初対面の思い出だ。

 

 

 

 



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同居決定

「父さん、くだらない冗談はいいから。わざわざこんな手の込んだ真似して……」

「「…………」」

 

 父さんと母さんは顔を見合わせる。どうやら息子の聡明さと勘の良さに驚いているようだ。そういつもいつも騙されると思うなよ。

 しかし、二人からは予想外のリアクションが返ってきた。

 

「ど、どうしよう!息子が馬鹿だよ、母さん!!」

「そうね~かわいそうに……」

「うるせえよ!」

「…………ふふっ」

 

 何気にメイドさんが笑いを堪えている。いや、笑ってる場合じゃないだろ。

 

「悪いね、霜月君。息子は……童貞なんだ」

「……わ、わかります」

「おい」

 

 いきなりメイドさんに息子の童貞事情を話すのとかあり得ないし、大体「わかります」って何だよ!!オドオドしてるかと思えば、やけに失礼じゃねえか。

 ……こうなったら、意地でもこの話はなかったことにしてやる。

 

「……メイドと同居するには条件がある」

「……ほう」

「なぁに?」

「あわわわ……」

 

 俺はテーブルに肘をつき、堂々と宣言した

 

「俺に……腕相撲で勝ったら認めよう」

「う、腕相撲……?」

 

 霜月さんはキョトンとしている。そりゃそうだろう。

 いち日本男児たる俺が、小柄で細身な霜月さんに腕相撲を挑もうとしているのだ。正直自分でもどうかと思う。

 

「母さん、見てくれよ。息子がわかりやすく卑怯な真似しているよ」

「姑息ね~。我が息子ながら恥ずかしいわ」

「ぐっ……う、うるさいよ!」

「?」

 

 俺らのやり取りに霜月さんは小首を傾げる。まだ現状が把握できていないような表情だ。だが悪いな。いくら顔が可愛くったって……あれ?よく見たらかなり可愛い気が……目はぱっちりと可愛らしいが、どこか憂いを帯びていて、色気がある。鼻は小さく整い、薄紅色の唇は形がよく瑞々しい。胸の膨らみは華奢な腰つきには不釣り合いなほど……

 

「は、恥ずかしいです……ご主人様……」

 

 彼女はドアの陰にさっと隠れ、怯えた目をこちらに向けてくる。

 べ、別にいやらしい視線を送ったつもりはないんだが……

 

「母さん、息子がメイドさんを視姦しているよ。見てくれ、あの上から下まで舐め回すような目つき」

「あらあら、これは警察を呼ばなくちゃ」

「おい」

 

 反論したものの、少し不安になる。えっ?俺って女子を見る時にそんな目付きになってるの?とりあえず警察はやめてください。

 とりあえず、俺は精一杯の笑顔を向けてみる。

 

「っ!」

 

 霜月さんはビクリと肩を跳ねさせた。何でだよ。

 別に俺は強面系の顔はしてないし、ルックスは平均(と自分に言い聞かせている)だと思うのだが……もしかして……

 

「あ、それはないです」

「先を読まれた……てか、はやく始めましょうよ」

「……いいんですか?」

 

 何故か心配されている。きっと優しい女の子なんだろう。

 とはいえ、ここはきっちり勝たせてもらい、のんびりシングルライフを満喫しよう。

 そんな決意と共に、さっそくスタンバイする。

 彼女もそっと確かめるように俺の手を握ってきた。

 ……あれ?何だ、この感触……

 なんかものスゴく……固い。

 どんなに押してもびくともしない壁のような……き、気のせい、だよな……。

 妙な不安はあるが、とにかく勝負を始めることにする。

 

「よし、じゃあ……レディーゴ「えい」あああああああああああああああぁぁぁぁっ!!?」

 

 今、腕がねじきれるんじゃないかと錯覚した。もちろんそんなことあり得ないとわかっているんだけれども。

 とにかく、俺は一瞬で負けていた。

 こんなにもオドオドした女の子に。

 

「あ、あの、だ、大丈夫……ですか?」

 

 霜月さんは心配そうに俺の手にそっと触れた。

 不意打ちの柔らかさに思わずドキリとしてしまう。

 

「べ、別に?このぐらい何でもないですよ」

「そうですか……」

「母さん、見たかい?我が息子は一瞬でやられてしまったよ。しかも、メイドさんに惚れかけてるよ」

「二重の意味でやられたのね」

「いや、別に上手くねえからな……」

 

 てか、息子の腕の心配をしろよ……バカ両親。

 こうして、僕とメイドの同居生活が強制的に始まりを告げた。



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朝食

 翌日、自宅前にて俺は二人を見送った。

 二人はまるで、ちょっと近所に買い物にでも行くようなテンションだから、まったく実感が湧かない。

 

「じゃあ、霜月さん。幸人を頼んだよ」

「は、はい……」

「襲われそうになったら、程々に去勢していいからね」

「わかりました……程々に」

「おい」

 

 そこまで息子が信用できないか。てか、去勢に程々とかあるのか。あとあっさり了承しないでくれ。

 そんなツッコミをする間もなく、二人はさっさとタクシーに乗り込み、行ってしまった。

 車の音が完全に聞こえなくなると、家の中は普段よりしんとしていて、耳が疼くような静寂が訪れる。

 しかし、今はそんな静寂を寂しいと思う余裕はなかった。

 

「「…………」」

 

 さて、どうしたものか。

 こうなってしまった以上、俺の一存で帰ってもらうわけにもいかないし、とはいえ年頃の男女が一つ屋根の下というのも……。

 いや、勝負に負けた以上、そこばっかり気にしていても仕方がない。

 まずは話しかけて、少しずつ……

 

「あの……」

「わひゃいっ!」

「…………」

「あ、ご、ごめんなさい……いきなり話しかけられてびっくりしちゃって……」

 

 どうやらハードルは高そうだ。ていうか、こんなんでメイドとしての仕事は大丈夫なんだろうか?

 なんか掃除中に壺とか割りそうだし、塩と砂糖間違いそうなんだけど……。

 前途多難な共同生活に、不安いっぱいになっていると、霜月さんは「あの……」と口を開いた。

 

「お食事にしますか?お風呂にしますか?それとも……」

 

 それはメイドじゃなくて、新妻じゃないのか?しかも今は朝だぞ?

 ていうか、それとも……って、まさか……!

 思春期男子特有の邪な期待が膨らむのを感じながら続きを待つと……霜月さんは、言いづらそうに言った。

 

「また寝ますか?」

「いや、さっき起きたばかりなんですけど」

 

 二度寝を許してくれる優しさは評価しよう。寝ないけど。

 

「で、ですよね……では、朝御飯の支度をしますので、少々お待ちください」

「手伝おうか?」

「い、いえ、ご主人様にそのような真似はさせられませんっ」

 

 首をぶんぶん振りながら断った霜月さんは、パタパタと速歩きでキッチンへ向かう。

 その後ろ姿を見ていると、果たしてこんな状況に慣れる日が来るのかが疑わしく思えた。

 ……ま、まあいいや。とりあえず流れに身を任せよう。

 

 *******

 

 手伝いはいらないとのことだったので、自分の部屋で緊張しながら待っていると、割りとすぐに「できました」とドアをノックされた。

 果たして……どんな料理が並んでいるのだろう?

 覚悟を決め、リビングのドアをゆっくりと開ける。

 

「おお……」

 

 そこには、いかにも朝食という感じの料理がテーブルに並んでいた。

 ぷるっと半熟の目玉焼きに、カリカリのベーコン。ほうれん草のおひたしに、キャベツやトマトのサラダが並び、味噌汁がいい匂いで鼻腔をくすぐってくる。

 いや、待て。

 まだ味はわからないじゃないか。

 俺の怪訝そうな視線を見た霜月さんは、不安そうにあわあわしだした。

 

「あ、あの……苦手なものとかありましたか?」

「いや、大丈夫ですよ。好き嫌いとかないんで」

「ほっ……よかったです。事前に聞いた通りでした。じゃあ、冷めない内にどうぞ」

「あっ、はい……いただきます」

 

 その辺は聞いてるんだな……父さん、母さん。余計な事言ってないよな?

 両親の口の軽さに一抹の不安を感じながら、とりあえず味噌汁を啜る。

 すると、自然に感想が零れた。

 

「……めちゃくちゃ美味い」

 

 な、何だ、この味噌汁……今まで食べたどんな味噌汁より……いや、比べようのないくらい……うっかり服がはだけたり、周りの服をはだけさせたりするレベルの美味さ……!!

 俺の感想に、メイド服がはだける気配のないまま、霜月さんは頬を染めた。

 

「あ、ありがとうございます……」

「ていうか、本当に俺の好みの味とか聞いてるんですね」

「ええ。お母様から、ご主人様の情報はほとんど……身長や体重……学校の成績……お宝の隠し場所……」

 

 おっと不穏な単語が聞こえてきましたよ?

 俺はベーコンと白米を口の中に押し込み、ゆっくり咀嚼して飲み込み、気持ちを落ち着けてから口を開く。

 

「霜月さん。お宝の隠し場所っていうのは何の事でしょうか?」

「……ご主人様の……エッチな本、34冊の隠し場所です」

 

 冊数まで把握していやがる!あ、あの母親、いつの間に!ていうか、メイドさんに報告する必要あった!?ないよねぇ!?

 

「えっと、あとは……」

「もういいです!もういいですから!」

 

 何だ!あとは何なんだ!?

 聞きたいけど怖くて聞けない!身に覚えもないし!

 結局、自分の秘密やら何やらを頭の中で確認しながら、俺は美味い朝食をゆっくり味わう暇もなく、さっさと平らげた。

 

 *******

 

「ねえ、本当に大丈夫かしら?あの二人……」

「大丈夫だよ。幸人は僕達の子だ。あの子ならきっと彼女を……」

 

 *******

 

 時計を見ると、いつも家を出る時間を少し過ぎていた。そろそろ出ないとまずい。

 すぐに身支度を整え、靴を履いていると、霜月さんがリビングから出てきた。

 

「それじゃあ、いってきます」

「あっ、私も行きます」

「いや、さすがに学校まで来なくてもいいですけど」

「いえ、わ、私も今日からご主人様と同じ学校に通いますので」

「……は?」



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登校

 まさかこんな事になるとは……。

 俺は、いつもの通学路をメイドさんと並んで歩いている。

 どうなってんだ、今日は……尋常じゃない。ていうか、これ異世界じゃない?俺、異世界転移したんじゃないの?

 

「えっと、霜月さん……ここ、どこだっけ?」

「……と、東京ですけど……」

「あー、ですよね……」

「どうかしましたか、ご主人様?……あ、あの、頭は大丈夫ですか?」

「…………」

 

 今、すごく失礼な事を言われたような……き、気のせいだよな。

 霜月さんは、やたらおどおどしながら、こちらを気遣わしげに見てくる。

 まあ、せっかくだし彼女について色々聞いてみるか。彼女は俺について色々聞いてるらしいが、こっちは何も聞かされていない。改めて、彼女自身について聞いてみることにしよう。

 

「あの、霜月さんはどこに住んでるんですか?」

「……ご、ご主人様と、同じ家です」

「えっと、そうじゃなくて……ウチに来る前はどこで……」

「あの……秘密、です」

「そっか」

 

 なら仕方ない。

 ただ、できれば「禁則事項です」と言って欲しかった。この気持ち、理解してくれる人はどのくらいいるだろうか。

 まあいい。次の質問に移ろう。

 

「学年は?」

「は、はい……ご主人様と同じ学年、同じクラスです……」

「クラスまでわかってるんですか?」

「はい……お父様がそのように取り計らってくれました」

「……そうですか?」

 

 父さんにそんな力があるのだろうか?家では母さんに絶対服従の契約をしてるんじゃないかと思えるくらいに従順だけど。

 いや、それより他に聞くことは……

 

「あー……何て言うか、家族からは何も言われなかったんですか?その、年頃の男子のいる家で住み込みで働くとか……」

「……申し訳ございません。秘密です」

「そっか。ならいいです」

 

 あまり個人的なことは聞かないほうがいいのかもしれない。

 

「えっと……じゃあ、今さらだけど……制服は?」

「私はメイドですので……」

「…………」

 

 もう何も言うまい。

 

 *******

 

 学校が近くなるにつれ、人通りは多くなる。人通りが多くなるということは、人目も気になりだす。

 現在、俺の隣を歩くメイドさんに周りからの視線が集中していた。

 しかも、本人が堂々としているのならともかく、すっごい恥ずかしそうに身を捩っているから、見てて居たたまれない。

 

「霜月さん……やっぱり着替えた方が……」

「わ、私は…メイド、ですから……うぅ……」

 

 何故そこまでメイド服にこだわる……てか、そろそろ俺も並んで歩くの恥ずかしいんだけど。

 そこで、ふと周りの会話が耳に入ってくる。

 

「おい、アイツ……」

「あんな可愛い子に無理矢理メイド服着せて歩かせるとか……」

「一体どんな鬼畜なのかしら」

 

 あ、あれ?何故か冷たい視線が刺さってくるんですけど……。

 俺、むしろ優しさを見せたんですけど!

 しかも、霜月さんはさりげなく半歩ほど俺から距離をとりやがった。おい。

 

「ご主人様、鬼畜なんですか?」

「えっ?初めてハキハキ喋る言葉がそれなんですか?かなりショックなんだけど……」

「も、申し訳ございません!つい……」

「あの子……あんなに謝ってる」

「かわいそう……」

 

 やばい。

 このメイドさんの話し方からして、本当に俺が無理矢理この服装を強要しているように見えている。じょ、冗談じゃねえよ……!

 とにかく少しでも嫌な視線から逃れる為(無理だけど)、無言で気持ち速めに歩く。夢なら覚めてくれよ、マジで。

 

 *******

 

「わぁぁ……」

 

 ガリガリHPを削られながら校舎に入ると、霜月さんは「わくわくむもんだぁ♪」と言いたげな表情で、キョロキョロと視線を動かす。まるで幼い子供みたいで微笑ましい。

 すると、廊下の角から一際熱い視線を感じる。

 

「ね、ねぇねぇ……あ、あれ!……ふふっ」

「おうっ、……か、可愛い!」

 

 あれは確か……校内でも有名なオタクカップル。確か名前は発条太一と村瀬ユリ……どちらもそれなりにルックスはいいのに、目が血走っていて、ちっとも爽やかじゃない。てか、朝っぱらから羨ましいな。オタクに恋は難しいんじゃなかったのかよ。

 リア充に対する嫉妬心に苛まれていると、霜月さんが袖を揺らしてきた。

 

「ご、ご主人様……これが学校なのですね。何だか不思議です」

「あれ?学校通うの……初めてなんですか?」

「っ!?」

 

 彼女は俺の質問に対し、自分の口を両手で覆い、何かを飲み込んだ。

 その何かが気になったものの、とりあえず聞いてはいけない気がして、俺はそのまま歩き続けた。

 

「ふぅ……」

「霜月さん?」

 

 呼びかけると、当たり前のように彼女もすぐに後を追ってきた…………周りの驚きの視線を集めながら。父さん、母さん。勘弁してくれ。

 

 



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自己紹介

 霜月さんが「先生に挨拶します」というので職員室に行くと、彼女は5分も経たない内に出てきた。

 

「やけに早いですね」

「は、はい……先に行っていいと言われました」

「……そうですか」

 

 普通、転校生は教師と一緒に入ってくるのでは?という疑問はあったが、まあいいんだろう。転校の手続きとかよくわからんし。それより……

 

「メイド服に関しては?何も言われなかったんですか?」

「はい……ろ、論破してきました」

「…………」

 

 このおどおどした口調で、何をどう論破してきたというのか。

 彼女の目を見たが、すぐ気まずそうに逸らされた。あっ、多分ウソだ。ウソついてる、この人……。

 

「本当に論破してきましたか?」

「っ!?ほ、ほ、本当……ですよ?」

「…………」

 

 ……まあいい。

 どこまでウソを突き通せるか見届けよう。別に俺には何の被害もないし……できれば着替えてもらいたいけど。

 ひとまずこのまま教室に向かうことにした。

 

 *******

 

 ……朝っぱらからやけに教室がざわついている。

 それ自体はよくある光景なのだが、今はそのざわめきがどこか遠い。

 もちろん、理由は一つしかない。

 

「あ、あれ、何だ?」

「メイドさん……だよね?」

「稲本……ついにそこまで」

「さすいな」

 

 おい。何が「さすいな」だ。ふざけんな。

 ナチュラルな変態扱いに忸怩たる思いを抱きながら、隣の席に座るメイドさんを見る。

 霜月さんは当たり前のように俺の隣の席に座っている。しかし、もちろんそこは彼女の席ではない。そこは自称・クラスで10本の指に入る美少女、夢野ありすさんの席だ。自信の微妙さがわかるキャッチフレーズはさておき、夢野さんは何ともいえない表情で教室の隅っこから、メイドさんの様子を窺っている。ごめんなさい、本当にごめんなさい。

 

「なあ、霜月さん。さすがにその席からはどいた方が……」

「わ、私は……ご主人様のメイドですので……はい」

 

 おどおどしてる割に、本当に自分の主張は守り通す。

 何だかんだハート強すぎるんだけど、このメイドさん。あとついでに力も強い。

 そして、その言葉に周りから再びどよめきが起こる。

 

「こ、こういうプレイなのか……」

「羨ましい」

「稲本君……最低」

「FANTASTIC」

 

 くっ、些細なやりとり一つだけで、面白いくらい好感度が下がっていく。理不尽すぎるだろ、これ。

 すると、誰かが気さくに肩をぽんぽん叩いてきた。

 

「お、おい、幸人……隣の子は……誰だ?」

「えっと……そっちこそ誰だ?」

「いや、親友の名前忘れんなよ。横田だ横田!てか、本当にその子、お前のメイドなのか?」

 

 横田雅司。高校に入ってからの友人だが、その気さくな人柄から、変人と誤解されがちな俺にも普通に接してくれている。高校デビューで染めた茶色い髪はあまり効果を発揮していないが、本当にいい人だと思う。

 だが、そんな彼からの質問にも、俺は上手く答えることができなかった。 

 

「……いや、俺もよくわからん」

「ぴゃうっ!あ、あの、私はご、ご、ご主人様のメイドです!メイドですよ!な、何なりとご命令をお申し付けください!」

 

 メイドである事を否定されていると思ったのか、いきなり肩をガクガク揺さぶってくる霜月さん。いや、いきなり主人揺さぶるとか、どんなメイドさんだよ。あと、この人やっぱり力強ぇ……!さらに、アンタ何気に俺の言うこと聞かねえだろ。

 そんな霜月さんの言葉に、さらに周りが盛り上がる。何人かが殺意のこもった目付きをしているのが怖い。

 

「ねえ、ちょっと稲本君」

 

 明らかにこちらを責めるような声音。

 振り向くと、学級委員長の竜宮寺奈央が腰に手を当て、じろりとこちらを睨みつけていた。

 彼女は成績優秀、品行方正とか、その辺りの真面目そうな四字熟語が似合う人物として、クラス内で程々に恐れられ、程々に敬われている。

 普段挨拶を交わすでもない彼女が、わざわざ俺に話しかけてきた理由は言うまでもなく……

 

「誰、その人?何で制服じゃないの?」

「えっと……」

「メ、メイドだからです……」

「…………」

 

 まさかの返事に竜宮寺が固まる。無理もない。俺もこのハートの強さがどこにあるのかを知りたい。

 竜宮寺は、標的を霜月さんに変えたのか、彼女の正面に立った。

 

「あなた、そもそもこの学校の生徒なの?初めて見る顔だけど」

「は、はい」

「えっ、本当に?」

「……本当です」

 

 霜月さんはおどおどしながらも、しっかり答える。

 その返事に納得したのかはわからないが、竜宮寺は黙って霜月さんを見つめた。

 ……とそこで、担任の花下先生が入ってきた。

 

「おーい、どうしたー。席に着けー……ん?えっ……あの子、本当に転校生?本当に?どっかのクラスの生徒がふざけてたんじゃないの?」

 

 先生は霜月さんを見て、驚きに目を見開いた。

 ……論破したんじゃねえのかよ。

 霜月さんに目を向けると、何故か向こうを向いていた。

 おい。ていうか、そろそろ席返してやれよ。

 

 *******

 

 結局、空き教室から新しい机と椅子を運んでくる羽目になった。な、何故俺が……しかも、席の位置は俺の隣のままだ。彼女は今、窓際に追いやられている。夢野さん、ほんっとうにごめんなさい!

 ちなみに、メイド服に関しては、後でゆっくり話し合う事になった。

 

「はい。というわけで、今日からこのクラスの一員になる霜月あいさんだ。皆、仲良くしてやってくれ」

「あ、あの、その……霜月、あいでしゅ……~~!」

 

 噛んだ。

 霜月さんは助けを求めるようにこちらを見るが、ここからではどうしようもない。する気もない。せめてホームルームくらいは心を休ませてくれ。

 彼女はあたふたしながらも、再び口を開いた。

 

「えと……趣味は、読書で……特技は、掃除、炊事、洗濯、腕相撲、流鏑馬です」

 

 教室内がどよめく。

 俺も自分の耳を疑った。腕相撲、特技に挙げちゃうんだ……。

 ざわつくクラスメートの様子を見て、また霜月さんがあたふたし始める。

 

「あ、あの……本当ですよ!掃除も炊事も洗濯もできます、メイドですので……」

 

 そっちじゃねえよ。

 ていうか、特技に腕相撲挙げるのか……確かにバケモンじみてたけど。流鏑馬は……うん、ノーコメントで。

 すると、近くの席の誰かが椅子を倒す音と共に立ち上がった。

 

「腕相撲?……そりゃあ、黙っていられねえなあ!?」

 

 え?……何、このテンション。めんどい予感しかしないんだけど。

 

 



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あいむすとろんぐじゃぱにーずめいど

 立ち上がったのは、ウエイトリフティング部のエースと呼ばれている小山大介だ。見るからに力自慢っぽいので、おそらく霜月さんの特技が腕相撲と聞いて黙ってられなかったのだろう。何故か学ランを脱いで夏服になった。暑苦しい。

 小山はのしのし歩き、霜月さんの傍までやってきた。つまり、俺の傍にやってきた。暑苦しい。

 

「アンタ、俺と勝負しろや。どっちが上かはっきりさせとこうぜ!!」

『…………』

 

 小山君の熱い言葉にクラスが凍りつく。いや、さすがに……ねえ?

 

「小山、サイテー!!」

「合法的に女子と手を繋ぎたいだけだろ!」

「朝から暑苦しいぞ!」

「爆発しろ!」

「くたばれ!」

「……ちょ、ちょっと皆ひどくない?そこまで言う?」

 

 皆からの心ないバッシングに、小山はダメージを受けていた。意外と繊細な心の持ち主なのだ。俺もさりげなく言ったんだけど、さてどれでしょう?

 小山は哀しそうな顔をしながらも、霜月さんに向き直る。

 

「俺は腕相撲学年一で知られている。その俺を差し置いて学年一位を名乗るのは許せねえな」

「え、あ、あの……そのような事は言ってませんが……えと、あ、頭は大丈夫、でしょうか?狂ったりしてませんか?」

「…………」

 

 あ、小山の心が折れかけてる。ちなみに霜月さんの言ってる事が正しい。そのような事は一言も言ってません。

 すると、小山は黙って教卓に肘を乗せた。あ、喋ったらドツボに嵌まりそうだから、さっさと力勝負に出た。ちなみに、先生は椅子に座ってスマホを弄っている。もう少し興味を持て。

 

「ほ、本当に、腕相撲するんですか?あの……」

「さあ、来い」

 

 小山の見た目と物言いは男らしいが、行動はアレなのはさておき、これは止めるべきか否か……彼の為にも。

 ……ま、いっか。

 見るだけなら楽しそうだし。

 霜月さんはしばらく逡巡してから、決心がついたのか、そっと教卓に肘を乗せた。依然として表情は頼りないが、何となくわかる。これ、徐々にエンジンかかってきてますね。

 そして、両者見合って……おい、小山。ちょっと照れてんじゃねえよ。童貞かよ。仲間かよ。

 彼は深呼吸し、ゆっくり口を開いた。

 

「よし、じゃあ、ready……「……えい」ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」

 

 凄まじい轟音。叫ぶ小山……マジか。ウエイトリフティング部相手にも……もうこの人、ターミネーターなんじゃね?

 感心していると、霜月さんの周りには、どっと人だかりができた。

 

「すげえ!瞬殺かよ!!」

「ねえねえ、何か部活やってるの!?空手興味ある!?」

「メ、メイドさん、可愛い……」

「是非とも我がウエイトリフティング部に~~!!!」

 

 いきなり大勢に囲まれた霜月さんは、顔を真っ赤にしてあたふたしていたが、やがて控えめな笑みを見せた。

 その瞬間、小さくて可憐な花がぱあっと開いたような、何ともいえない心地よさが教室内を包み込む。

 皆が温かく見守る中、霜月さんはそっと口を動かした。

 

「……あ、あいむ、すとろんぐ、じゃぱにーず、めいど」

 

 なんか微妙に調子乗ってる!!!

 ていうか、何で英語!?しかもすげえヘタクソ!!

 

「なあ、そろそろホームルーム始めてもいいか?」

 

 *******

 

 こうして霜月さんの学生生活が幕を開けた。少しデビューが派手な気もするが。

 彼女は夢野さんから奪った席に座り、俺の隣で無駄に存在感を放っている。うーん、隣の席の人が、そこそこの美少女から変人メイドにチェンジか……何か残念だ。

 えっと、今日の一限目は現代文か。

 

「ご主人様……」

「どうしたんですか?」

「あ、あの……教科書忘れたので見せてください」

「あっ、そうか。まだ持ってないんですよね?」

「……いえ、家に忘れてきました」

 

 メイドさんから教科書を忘れたという報告受ける日が来るとは……てか、普通に忘れたのかよ。

 

「えと……今度からはしっかり置き勉しておきますので……」

「…………」

 

 まさかメイドさんから置き勉という言葉を聞く日が……もうこれキリがねえな。止めとこう。

 霜月さんは、「し、失礼します……」と言って、ガタガタと机を動かし、くっつけてくる。

 彼女が再び腰を下ろすと、肩と肩とが微かに触れ合う。

 ふわりと漂ってくる香りは、同じシャンプーを使っているはずなのに、やけに甘く感じた。

 

「……あの、ちょっと近くないですか?」

「あぅ……でも、見えないので……」

「……ですよね。はい」

 

 教科書が見えないなら仕方ない。助け合い大事。

 結局、今日の授業は全て彼女と机をくっつける事が決定した。



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腹ペコメイドはかなり失礼

 昼食の時間になり、二人で学食に向かったが、正直居心地が悪い。

 

「おい、あれ……」

「メイド……だよな」

「学校の職員さん?」

「確か転校生らしいよ」

 

 視線がグサグサ突き刺さっている……霜月さんに。

 彼女は居心地悪そうに身を捩らせながら、大盛りのカレーを頬張っていた。食欲だけはあるあたり、やはり大物なのかもしれない。

 

「ご、御主人様……さっきから見られてますけど……な、何かしたんですか?」

「霜月さん。現実を見ましょう」

 

 むしろ俺は二次災害の被害者である。なんか俺がコスプレ強要したみたいになってるし。たまに聞こえてくる「さすいな」とか「変態魔神」の称号が、ガリガリ心を削ってくる。

 ……あれ?これって俺のほうが被害多くね?

 なんだかんだ言って、霜月さんは「可愛い」とか「萌え~」とか言われてるし……。

 霜月さんに目をやると、確かに可愛いのは可愛いと思う。失礼だけど。

 自信なさげな垂れ目も、すらっとした鼻も、形のいい薄紅色の唇も……あれ?改めてじっくり見ると、この人……。

 すると、カレーを平らげた彼女はスプーンを置き、頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい……」

「は?」

 

 何だ?何でいきなり謝られるんだ?

 

「私はメイドですので、御主人様とお付き合いすることはできません……あとタイプじゃないですし」

「うるせえよ!そんな事思ってねえよ!」

 

 なんて勘違いしてやがるんだ、この人頭おかしいんじゃないか!?

 

「隣失礼しま~す」

 

 横田がうどんの載ったお盆を置き、隣に座ってきた。また面倒な予感がする……。

 

「あのさ、いきなりなんだけど、二人って付き合ってんの?」

 

 予想はあっさりと的中した。ここまでくると、いっそ清々しいまである。

 

「違うっての。あと本当にいきなりすぎるわ。もっと前置きとかあんだろ」

「いや、やっぱり気になってな。それで、霜月さんはどうなの?」

「だ、断じて違います……御主人様の気持ちは嬉しいですが」

「おい」

 

 いや、気持ちも何もないんだが……。

 

「あはははっ!!残念だったな、幸人!!ふられたな……!」

「…………」

 

 ああもう、こいつらうぜえぇ!!

 

 *******

 

 今日の授業は全て終了した。

 教室内には弛緩した空気が漂い、その心地よい空間の中で、ぼんやりと放課後どうするかだとか、これから部活だとか、クラスメートが会話を交わすのが聞こえてくる。

 しかし、今の俺にそのほんわかした空気を楽しむ余裕はなかった。

 俺は隣の席に目をやる。

 すると、隣に座っている霜月は、ビクッと姿勢を正した。

 

「……ご、ご主人様、そろそろ帰りましょうか、はい」

「待てい」

 

 何がはいだよ。一人で納得してんなよ。

 俺は溜め息を吐き、瞑目し、今日の授業を振り返る。

 しかし、すぐに頭が疲れてオーバーヒートを起こしそうだったので、かぶりを振って中断する。

 まさか、彼女がこれほどまでとは思わなかった。

 これほど…………おバカだとは。

 一限目の現代文の時間はまだよかった。

 数学なんて、教科書を開いた途端寝やがった。そりゃあもう安らかな寝息をたてながら。先生がほっこりした笑顔で起こしても……

 

『ふふっ、霜月さん。起きなさい』

『ね、寝てません……』

『…………』

 

 などとのたまう始末。しかも、後で俺が廊下に呼び出されて怒られる始末。どうなってるんだ。いや、仕方ないのか。てか、メイド服は普通に受け入れられるんだな……自由な校風、素晴らしい。

 まあ、とにかく……これを放っておく訳にはいかない。

 

「あ、あの……私、部活に行かなくては……」

「…………」

 

 あまりにも大胆すぎる嘘に言葉を失う。何だこのメイド。その嘘大胆すぎるだろ。どうして通じると思ったんだ。

 俺は彼女の前の席に腰かけ、彼女と向き合った。 

 

「よし。とりあえず復習くらいはして帰るか」

「えぇっ……!?」

「いや、霜月さんは今日の感じだと、ここでしっかりやっとかないと、一年後にはやばいことになりそうな気がする。面倒なのはわかるけど」

「あっ、面倒とかではなくて!」

「?」

「そ、その……失礼ですが、ご主人様は私より頭が……はい……」

「本当に失礼だな!!!」

「えと……その……悪い意味じゃなくて、キャラ的に……」

「より失礼だよ!えっ?ていうか、俺そんなにバカキャラですか?」

「はい」

「…………」

 

 まさかこんな時だけ即答されるとは思わなかった。しかもふざけて言ってる気配がまったくない。ガチの感想。

 とりあえず黙ってデコピンをかます。

 

「あうっ」

「とりあえず軽く復習だけでもしていくぞ。学年77位の実力を見せてやる」

「えっ?ご、ご主人様……77位なんですか?……微妙」

「アンタ、本当に失礼だな!!」

 

 何なんだよ、このメイド!

 いや、まあ威張って人に教えるほどでもないのは自覚してるんだけどさ……。

 

「とりあえず始めようか」

「で、でも、ご主人様……お腹、空いてますよね。空いてますよね。空いてますよね?」

「え?いや、空いてませんけど、別に。昼は学食で結構がっつり食ったし。あとそんなに繰り返さなくとも」

「いえ、そ、そんは事は……」

 

 突然ぐぅ~~~~~っと間の抜けた音が響く。

 その音は哀愁漂う余韻を残し、教室内に残念な空気を生み出した。

 すべての発生源となった霜月さんは、顔を真っ赤にし、ふるふると震えながら、ぽそぽそと口を開いた。

 

「……ほら」

「…………」

 

 ほらじゃねえよ。さらっと人のせいにすんな。ここまで堂々と嘘つけるとかすごい。すごすぎてドン引き通り越して感心しちゃう。

 結局俺達はそのまま帰宅することになった。

 



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メイドとの日常は慣れる気がしない

「ご主人様……お、起きてください……」

 

 肩を優しく揺すられる。

 色々ポンコツな部分が露見した霜月さんではあるが、この起こし方は本当に素晴らしい。

 オドオドしているが、落ち着いた声音が心地よく耳に響き、優しく揺すられると、不思議とパッチリ目が覚める。

 目を開くと、ぼんやりした視界の中に、小さな笑みが見える。

 ふわふわ優しく包まれる感覚が、胸の奥を締めつけた気がした。

 しかし、それは幻だったのか、目の前にあるのは、やたらオドオドした顔だった……っていうか……!

 

「近っ!!」

「はわっ!」

 

 慌てて寝返りを打ち、距離をとる。あー、びっくりしたぁ……。てか、睫毛が意外と長かったような……いや、それより……。

 

「な、何やってるんですか?」

「あ、あの、これは、その……中々起きないから……じ、人工呼吸を……」

「いやいや、しなくていいから!大丈夫だから!ほら、困るじゃん!いざクラスメートとかとキスする展開になった時、『ごめん。俺自分のメイドとファーストキスしちゃったんだ』なんてバレたら……!」

「え?あ、あの、何を……言ってるんですか?ご主人様、朝から……頭おかしいんですか?」

「やかましいわ!あと、おはようございます」

「あ、はい……おはようございます。あの……ちなみに、クラスの中で彼女を作るのは……無理かと」

「いや、朝っぱらから何言ってくれてんですか。適当な事を……」

 

 突然の発言に苦笑いで返しながら、内心びびっていると、霜月さんは哀しそうな表情でふるふると振った。

 

「私くらいのメイドになれば、誰がご主人様に好意を抱いているかくらいわかります……ち、ちなみに……クラスの中に、ご主人様に好意を抱いている方は一人もいません」

「えっ?マ、マジですか?」

「は、はい!マジのマジの大マジです!!」

 

 何でやたら元気に言うのか。朝から元気なのは良いことだけど、こっちはテンションだだ下がりなんだが……。

 本当にチートなのかポンコツなのか、よくわからないメイドさんだと思う。

 

「そういえば、読心術とかどこで覚えたんですか?」

「っ…………ヒ、ヒミツです」

 

 あれ?このリアクション……もしかして……。

 

「……本当に読心術使えるんですか?」

「ほ、ほ、本当ですよ?はい……」

「じゃあ試しに俺の心を読んでもらっていいですか?」

「……はい。じゃあ……読んでみます」

 

 そう言ってから、彼女は俺の頭を両手で挟み込んだ。何気に痛い。ていうか怖い。この人の力でこんなことされると、命の危険を感じるんだが……。

 

「…………」

「…………」

 

 自然と至近距離で見つめ合うことになり、何だか落ち着かない。

 顔は可愛い。

 顔だけは素晴らしい……。

 少し頭のおかしな言動さえなければ……。

 

「御主人様……前も申し上げましたが、御主人は正直言ってあまりタイプではないといいますか……」

「いや、考えてねーから。とりあえず読心術ができないのはわかりました。あんま変な事ばっか言ってると学校で他人のふりしますよ」

「あうぅ……そ、それは困ります~!そうなったら、わ、わ、私はただの可愛いメイドコスの痛い美少女じゃないですか~!」

「あんた案外自己評価高いな!!」 

 

 *******

 

 やはりきつい。

 何がって?

 登校中に周りから浴びる視線がだよ。

 この状態が当たり前になる日がくるのを想像できない。ていうか、もしそうなったら、この地域の人達の頭を疑う。

 

「ご、御主人様……日本は、そ、その……あちこち萌え萌えキュンな、メイドで溢れているというのは、都市伝説に過ぎないのでしょうか?」

「都市伝説どころか、ただの妄想ですよ。誰がそんなおかしな事を言ってたんですか?」

「えと……その……だ、旦那様が……」

「クソ親父~~~~!!!」

 

 何考えてんだよ、あの父親!

 本当は自分がメイド見たいだけじゃねえのか!?

 いや、だとしたら今の状況はおかしいか……って、何を朝っぱらからくだらない事を考えるのに時間を割いているんだ。

 

「……やれやれですね」

「ていうか、無理せずに本当に脱いでもいいですよ?」

「あわわわ……」

「どうしたんですか?」

「前から言ってるように……」

「いや、もうそのくだりはいりませんから。別に無理矢理着る必要はないですよ……」

「で、でもでも……いきなり……『お前、さっさと脱いで俺を満足させろ!』だなんて……」

「いやいや、耳腐ってるんですか!?ちょっ……あ、違いますよ!」

 

 近くを通りすぎた若いお姉さんが冷たい目を向けてきたので、慌てて弁解してみたものの、彼女はさっさと走り去ってしまった。

 

「くっ……また一つ誤解が……」

「あの……ご、御主人様……元気をだしてください。誰にでもそんな日はありますよ」

「ですよね……って、ないですよね!!こんなシチュエーション!!」

 

 本当にこんな日が慣れるようになるとは思えなかった。

 しかし、こんなのは序の口でしかなかった。



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メイドさんは押し入れが大好き

 最近、おかしな事が起こるようになった。いや、おかしな事しか起こってないだろ、とかいうツッコミはいらない。

 そのおかしな事の一つは、街もすっかり寝静まった深夜に起こる。

 

 バリッ、パリッ、パリッ……んくっ。

 

 まただ。また聞こえてきた。

 何かを裂くような音。そして、心地よいリズムで響く何かを噛み砕くような音。どれもどこか遠く、しかしはっきりと聞こえてくる。

 もしかして……心霊現象だろうか?いや、まさか……。

 焦りを「ゆうれいなんかこわくない!」と念じて、ひとまず落ち着く。本当に幽霊が怖いとかじゃないけど、いざ自分がそういったものに遭遇するとなると、身がすくむ思いだ。

 ……霜月さんは大丈夫だろうか。

 いくら豪腕のクレイジーメイドでも、幽霊相手では為す術なしじゃなかろうか。

 

 ピュー……ドンッ!

 

 こ、今度は、謎の効果音が……これは、いよいよヤバいんじゃないのか?

 

 アウチっ……!「あっ、また負けた……」

 

「…………」

 

 あれ?今聞き覚えのある声が聞こえてきたような?

 もう一度息を潜め、しっかり耳を澄ませる。

 

  ピピッ、ピッ……!「……これ、壊れてるのかな?ご主人様の頭みたいに」

 

 ……何やら真相が掴めてきた。

 俺はゆっくりと体を起こし、音を立てないように押し入れまで近づいた。

 すると、徐々に音がはっきり聞こえてくる。

 

 バリッ、バリッ、ゴクッ、「ふぅ……」ポチポチ「あっ、また……」

 

 俺は思いきり押し入れの戸を開いた。

 

「ひゃわっ!!!!!」

 

 そこにいたのは…………いや、溜める必要はないか。霜月さんだ。

 彼女は、コーラにポテトチップスという干物妹スタイルのアイテムを脇に従え、ゲームに興じていた。

 その目は驚きに見開かれ、「どうしよう、どうしよう!」という内面が見てとれた。

 俺も、正直戸惑いが隠せず、彼女の出方を待つしかない。むしろ、どんなリアクションをするかが楽しみだ。

 すると、霜月さんはゲームの電源を切り、ペットボトルの蓋を閉め、ポテチの袋を畳み、ウェットティッシュで手を拭き、居住まいを正した。

 

「ご、ご、ご主人様……いかがなさいましたか?」

「うん。とりあえずそこから出てきましょうか」

「……はい」

 

 霜月さんは割と軽やかな動きで押し入れから出てきて、ちょこんと正座した。どうやら素直に白状する気はあるらしい。いい心がけだ。

 

「えっと……何をしてるんですか?」

「メ、メイドとして、いつでもお仕えできるよう、お傍に……」

「ゲームをしていたようですが?」

「……えと……あっ、ご、ご主人様の好みのゲームを探していました」

「…………」

 

 今思いついたみたいな表情で嘘をつくのは止めていただきたいのですが……本当にすげえな、この人。

 まあ、とりあえず一番の気になるのは……

 

「そもそも何で押し入れにいるんですか。いつからいたんですか?」

「……初日からです」

「マジで!?」

 

 全然気づかなかった!!

 

「えっ!?だって……自分の部屋は?」

「も、物置として使わせていただいています。やはり、その、メイドとしていつでもご主人様にお仕えできるよう……」

「い、いや、そんなに気は使わなくても「拒否します」あっ、はい……」

 

 やはり自己主張はしっかりするらしい。内気で強気なメイドさんである。

 そこで、俺はハッとある事実に思い至った。

 

「あ、あの、霜月さんって、初日からそこで寝てたんですよね?」

「……はい」

「…………」

 

 俺は急いで脳内の記憶を掘り返す。えっと、えっと、ここ最近の夜は……ど、どうだったっけ?

 そんな俺の様子で何かを察したのか、霜月さんは微妙な笑顔を浮かべる。あ、嫌な予感……

 

「あの、大丈夫です……私……その……気にしませんから!」

「こっちが気にしますよ!!!」

 

 俺が頭を抱え、過去を消したい衝動に駆られていると、霜月さんは俺の肩に手を置き、微妙な笑顔のまま口を開いた。

 

「そんなに……落ち込まないでくだ、さい……私、ご主人様がゴソゴソし始めたら、イヤホンを付けましたから」

「最初から付けてくれませんかねえ!?」

「も、申し訳ありません!次からはしっかりイヤホンを付けますので!」

「いやいや、押し入れから出ていってくださいよ!!俺のプライバシーゼロじゃないですか!」

「じゃあ……わ、わ、私は……明日からどこでゲームをすれば……」

「自分の部屋でしろや!!」

「…………」

「あっ、このタイミングで何押し入れに戻ってるんですか!ちょっ……開けてくださいよ!」

「……御主人様のエッチ」

「うぜぇ!!ていうか、鍵かかってる!いつの間にとりつけたんですか!」

 

 ……こうして、俺の部屋の押し入れは霜月さんに占領されてしまった。

 いや、すぐに取り返すけどね?



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おーばーざ、とっぷ

「ふぅ……」

 

 つい溜め息を吐いてしまう。

 押し入れを乗っ取られて以来、落ち着かない夜が続いている。

 マイペースすぎるアホメイドとはいえ、見た目だけは美少女なのだ。見た目だけは。大事なことなのでもう一度言う。見た目だけは。

 とにかくそんなのが押し入れの向こうで寝ていると思うと、思春期男子としては落ち着かない。

 まったく……やれやれだぜ。

 

「ご、御主人様……あの……どうかしたんですか?顔がいやらしいです」

「いや、顔がいやらしいとかないですから。それよか、予習のほうはちゃんとやりましたか?」

「…………や、や、やりました、よ?げほっ、げほっ!」

 

 ここまでわかりやすい嘘も珍しい。自分でついた嘘に耐えきれなくて咳き込んでるし。まあ、徹夜でゲームをして、家事をしっかりこなしてたからな。働き者なのか、怠け者なのか、よくわからんぞ。まあ、多分初めてメイド服で欠点者集会に参加した女子として、未来永劫語り継がれることになるだろう。可哀想に……。

 すると、勢いよく教室の扉が開く音がした。

 

「霜月あい~~!!勝負しろや~~!!!」

 

 いきなり教室内にこだまする野太い声。扉の方に目をやると、やたら厳つくゴツく暑苦しい男が立っていた。もうこれだけで要件はわかりきっている。

 男はメイド服姿の霜月さんを、鋭い視線でロックオンすると、ズカズカ歩み寄ってきた。ぶっちゃけ今までの奴よりだいぶゴツくて、少し怖い。

 そして、そいつは俺と霜月さんの傍で立ち止まった。

 ……えー、何だ、この大ボス感。てか、どんだけ腕相撲に情熱燃やしてんだよ。

 

「お前が霜月あいか……」

「ご、ご主人様……怖いです……」

「…………」

 

 嘘つけ。

 むしろアンタに腕をしっかり掴まれている俺のほうが恐怖を感じている。割と本気で。ギリギリと腕から音が……折られたりしないよな?

 まあ、一応主人なので、メイドが絡まれているのを黙って見ているのも気が引ける。十中八九大丈夫だろうし、何なら目の前の男の心配をするまであるけど。

 俺はなけなしの勇気を振り絞り、間に割って入ってみた。

 

「あのー、この子ウチのメイドなんで、話なら俺が……」

「うるせえぞ!校内一の変態野郎が!!邪魔だからすっこんでろ!!」

「っ!」

 

 彼の言葉に俺はとてつもないショックを受けた。

 え?変態?し、しかも、校内一、だと?

 ……もしこの人が言ってるだけならいい。

 だが、これが校内全体で言われていたら?

 ショックを受け、ぽかーんとしていると、頬の近くで風を切るような何かを感じた。

 

「「え?」」

「ご主人様を侮辱する者は速やかに始末いたします」

 

 それは一瞬の出来事だった。

 霜月さんは、無表情で男の喉元にフォークを突きつけていた。

 男の方は、何が起こったのかわからないような顔をしていたが、首筋に突きつけられた三つの突起物の冷たさを理解すると、足がガクガクと震えだした。

 はっとなった俺は慌てて霜月さんに声をかける。

 

「ちょっ……待てよ!」

「ご主人様。今そんな下手なモノマネはやめてください。ちっとも笑えません」

「違うわ!教室で武器使わないでくださいよ!」

「いえ、これは……食器です」

「何故ドヤ顔!?とにかくやめてください!」

「いえ、止めないでください」

 

 霜月さんは、普段のオドオドが完全になくなった表情で、真っ直ぐに俺を見た。

 その眼差しは、やけに冷たかった。

 そう……ぞっとするくらいに。

 

「ご主人様が変態だとばらされた恨みは倍返し……いえ、百倍返しでしゅ……あ」

 

 自分がモノマネしてんじゃねえか!しかもクオリティ低っ!最後噛んでるし!!

 霜月さんは赤面しながら、あたふたしだした。やめてっ!あなたがモジモジ動く度に、フォークがツンツンと食い込み、されてる側も見てる側もヒヤヒヤするから!

 

「と、とにかく、フォークを下ろしてください」

「じゃあナイフで……」

「ナイフもダメ!もっとダメ!」

「じゃあ……スプーン」

「なんか一番危険な気がする!ていうか、腕相撲で勝負すればいいんじゃないですか?それが目的みたいだし」

「そ、そうなんですか?」

 

 霜月さんが遠慮がちに聞くと、男はコクコクと頷いた。いや、最初からそう言ってたじゃんか……。

 

「……ご、ご主人様……怖い」

「いや、そういうのもういいですから。ちゃっちゃと済ませて、穏やかな朝を過ごさせてください」

「……ご主人様の人でなし」

 

 何とでも言え。誰のせいで寝不足だと思ってる。

 俺は名も知らぬ男子生徒の無事を祈りながら、大きな溜め息を吐いた。

 両者机に肘をつき、しっかりと手を握り合うも、男の方からは戦意のようなものは、すっかり消え、始まる前から負け戦の雰囲気がガンガン漂っている。

 

「さ、さっきの借り、返してやるよコラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 そして、当たり前のように一瞬でケリがつき、教室内に喝采が上がった。皆ノリ良すぎだろ。

 挑戦者は手を押さえ、思いきり床を転げ回っていた。腕相撲でこんなになるの初めて見た……。

 

「……し、霜月さん?ちょっとやりすぎでは……」

「だ、だって……御主人様が、悪く言われたので……つい……」

「…………」

 

 そう言われると、何だか気恥ずかしくなってしまう。何だ、この人結構良いとこあるじゃんか……俺、誤解してたかもしれない。

 思わずじんとしていると、霜月さんはあっという間にクラスメートに囲まれてしまった。

 

「すごいよ、霜月さん!やっぱり柔道部に入ってよ!」

「あの人、アームレスリング部の部長だぜ?それをあんなにあっさり……」

「師匠って呼ばせてください!」

「ぼ、ぼ、僕のメイドになって……」

 

 賞賛の言葉や、気持ち悪いお願いが飛び交い、霜月さんはすっかり萎縮してしまう。てか、ウチの学校にアームレスリング部なんてあったのか……知らなかった。

 ……それと、霜月さんがクラスメートと普通に会話してるとこ、あんま見た事ないな。

 顔を真っ赤にして俯く彼女に助け船を出そうとすると、彼女は俯いたまま、人差し指を天に向けた。

 

「……お、おーばー、ざ……とっぷ」

 

 クラス中に歓声が舞い上がる。

 うわ、懐かしい……じゃない!またなんか調子乗ってる。うぜえ。まあ、楽しそうにしてるのはいいことだけど。

 そんな喧騒の中、俺はさっきの霜月さんの表情を忘れられなかった。

 普段の表情の裏に隠した闇を、確かに垣間見たから。

 ……いや、今はまだいいか。別に気になる事もあるし。

 

「霜月さん。その……ありがとうございます。俺の為に怒ってくれて」

「い、い、いえ、メイドとして当然の事を、したまでです」

「そうですか。ちなみに、いつもの俺に対する暴言は侮辱には当たらないんですか」

「……すぅ……すぅ」

「立ったまま寝たふりすんな!」

 

 そもそも普段の言動からして、だいぶアレなメイドさんだった。



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霜月さんは意外と……

 あの腕相撲の試合が終わってからは、特に何事もなく授業は終わった。

 霜月さんは、あの時の鋭さなど忘れたようにオドオドしながら、その日の学校生活を過ごした。

 そして、今は普通に台所で料理をしている。家事だけはテキパキやるあたり、さすがはメイドさんである。

 だが……あの時の冷たい声。刃のような視線。

 あれは一体何だったのだろうかという疑問が、頭の中で蟠っていた。

 常人離れした怪力。

 暗殺者のような身のこなし。

 父さん、母さんのギャグテンションで有耶無耶にされたけど、本当に彼女はただのメイドなのか……いや、最早考えるまでもないな。

 絶対に彼女には何か秘密がある。

 それが何なのか、俺みたいな高校生にはわからないけど。

 

「あの、霜月さん……」

「あうっ、ぜ、絶対に嫌です……」

「…………」

 

 まだ何も言ってないんだが……ていうか、今のはただ声をかけただけなのに……。

 すると、彼女は一歩後退り、胸元をかばう仕草を見せた。心なしか頬が赤い。

 

「わ、私はそのようないやらしいお願いは聞けません……」

「まだ何も言ってねーよ!いや、今後もきっと言わねーよ!てか、前から思ってたんですけど、何で俺がアンタに惚れてることになってんですか!」

「え?ち、違うんですか?」

「オドオドしてんのか、自分に自信があるのかハッキリしろや!」

「あうぅ……ま、まあ、それはそれとして、できれば今朝の事に関しては、ス、スルーの方向で」

「いや、そうは言っても……」

「……お願いします……ちらっ」

 

 そう言いながら、霜月さんは胸の谷間をチラ見せしてきた。いや、オドオドしながらやることじゃないだろうに、まったく……。

 俺にそんなしょうもない色仕掛けが通じると思ったのだろうか?

 女の子の体をいやらしい目で見つめるなんて、男として最も恥ずべき行為であり、俺はそのような魂の汚れる行為はしない。

 よし。とりあえず前置き終わり。

 霜月さんは着痩せするタイプです。あと肌白っ!はい、終わり。

 

「いや、何くだらないことしてんすか。そんなんで誤魔化されると思ったら大間違いですよ」

「そ、そうは言いましても……さっきの御主人様、す、すごい顔してました……てっきり、襲われるかと」

「いやいや、霜月さん相手にそんなことしたら、命が幾つあっても足らんわ」

「…………」

 

 そんな『私みたいな可愛い女の子つかまえて、なんてこと言うんですか』みたいな目をされても……。

 すると彼女は、あからさまに何か閃いたような顔をして、棚からビンを取ってきた。何だ?何をするつもりだ?

 霜月さんは、警戒する俺の前に立ち止まり、オドオドしながらビンを差し出してきた。 

 

「御主人様……ビンの蓋が開けられないので、い、いいですか?」

「…………」

 

 まさか、今年一番の嘘をこんなところで聞く羽目になるとは思わなかった。

 とはいえ女子から力仕事を頼まれてやらないわけにはいかない。

 俺は霜月さんからビンを受け取り、さっさと開け、さっさと渡した。

 

「あ、ありがとうございます……でもモノローグではさっさとって書いてましたけど、何気にてこずってましたね……」

「やかましいわ!」

 

 言わなきゃわからないからいいんだよ!てか、自分で開けろや!

 霜月さんは、オドオドとドヤ感の混じった器用な表情をしていた。どんな気分なんだよ、その表情。

 結局、美味しい夕食が色々と有耶無耶にしてしまった。

 

 *******

 

 三日後。

 霜月さんがクラスに溶け込み始めたのか、クラスの女子達と昼飯を食うことになったので、俺は横田と教室の端っこで弁当を広げていた。

 

「それで、どうなんだよ?」

「何がだ?」

「何がだ?じゃねーよ。美少女メイドとのドキドキワクワク二人暮らしの事に決まってんだろうが。ぶっちゃけどうなの?」

「お前が期待してるような事はなんも起こってないぞ」

「え~、学園三大変人のお前が、あんな可愛いメイドとひとつ屋根の下にいて、何もしないとかあり得ないだろ」

「いや、まず学園三大変人とかいう称号があり得ないから」

「…………」

「えっ、何その反応?マジで言われてんの?」

「それで霜月さんに関してだけど……」

「いやいや、話進めんなよ!気になるだろうが!」

「まあ、ほら……知らなきゃよかったことってあるじゃん?」

「お前が言わなきゃもっとよかったんだけどな」

 

 無駄なやりとりをしながら、霜月さんとの数日間を色々思い出してみると、確かに美味しい状況といえなくもない。状況だけは。

 しかし、俺も命は惜しい。わざわざ死に急ぐような真似はしない。いや、そもそも最初から狙ってないんだけど。

 

「あの……」

「うおっ、びっくりしたぁ!」

 

 突然の声に振り向くと、さっきまでクラスの女子と談笑していたはずの霜月さんが立っていた。

 

「ど、どうしたんですか?てかいきなり背後に立たないでくださいよ……」

「いえ、その……何だかお二人の会話の中で、私の名前が出てきたので……」

「ああ、気のせいですよ。気のせい」

「そうですか……」

 

 危ない危ない……また変な勘違いをされるところだった。この人、俺が自分に好意を抱いていると信じて疑わねえからな。何ならタイトルを『内気なメイドさんは勘違いだらけ』に変更するまである。

 

「ああ、そ、それと御主人様……」

「?」

「昨日部屋で見つけてしまったいかがわしい本は、その……ど、どうすればいいでしょうか?」

「それ、今言う!?」

 

 傍にいた横田の笑い声がやけに大きく響いた。



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内気なメイドさんは馴染んできた

 帰り道、まさかメイドさんと一緒に帰ることに、こんなに早く慣れるとは思わなかった。人がチラチラこっちを見ていようが気にならない!むしろ、もしかして……あの人俺の事好きなんじゃね?くらいに思えてくるわ!

 ……ふぅ。もう考えないようにしよう。

 俺は、右斜め後ろをトコトコ歩く霜月さんに目をやった。

 すると、ばっちり目が合う。

 その気まずさを紛らすように、ひとまず口を開いた。

 

「そういや、もうだいぶクラスに馴染んでるみたいですね。友達もいるみたいだし」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

 何故謝るのか。

 

「いや、別に謝らなくてもいいんですけど……」

「だって……御主人様より、メイドの私のほうが……と、友達が多いだなんて、御主人様に恥をかかせてしまいます……」

「いや、アンタ何言ってんの?」

 

 このメイド、ちょっと友達ができたからって調子に乗ってやがる。

 相手してやるのも面倒くさいが、とりあえず反論しておくか。

 

「霜月さん。さすがに失礼ですよ。転校して日が浅い霜月さんより友達が少ないとか、どんな冗談ですか」

「ええっ!?ち、ちち、違うんですかっ!?」

「またやけに驚き方派手ですね。どんだけ信じられないんだよ……」

「えと、あの……だって、御主人様……教室では横田さんと話してるところしか見ていないのですが……」

「……気のせいだ」

「えっ?あ、ああ、ごめんなさい。忘れていました……二言三言くらいは話してましたよね。でもあまり親しげではありませんでした。会話の内容や距離感からは、友達とはいえないような気がします」

「何でそういう時だけ饒舌になるんだよ……いや、待て。そもそも会話内容とか聞いてたの?」

「はい。ね、念のために……ちなみに、次の授業は何かとか、宿題の内容しか話さないだけの関係を友達というのは……」

「やめろやめろやめてくださいおねがい!なんかとんでもない事実を突きつけられてる気がしますから!」

「あっ、御主人様……きょ、今日は御主人様の好きな物をお作りしますよ。ね?」

「ね?じゃねえよ!何急に優しく慰めようとしてるんですか!ていうか、そのテンションムカつく!」

「あわわ……も、申し訳ないございません。た、多分悪気はないんです」

「多分って言いましたよね!?今、多分て言いましたよね!?」

「あっ、流れ星……」

「いやいや、誤魔化し方下手すぎか!あっ、今度は耳栓付けやがった!」

 

 とまあ、こんな感じで賑やかで楽しい帰り道です。

 

 *******

 

 翌日のお昼休み……。

 ここからはほんの少しだけ私目線になります。皆さん、お待たせしました。霜月あいです。美女メイドのお姉さんです。

 あっ、さすがにモノローグでは噛みませんよ?当たり前です。

 しかし、いいのでしょうか?私目線なんて……。

 これでまた御主人様の影が薄くなったら、目も当てられないのですが……。

 いえ、私はメイド。御主人様のメイドなのです。

 メイドは御主人様を陰ながら支えるものなのです。なので、メイドらしく、こっそり私目線で物語を展開していきます。

 

「ねえねえ、霜月さ~ん」

「は、はい……」

 

 おっと、いきなり声をかけられました。人気者は忙しいですね。

 目を向けると、クラスメイトのA子さんとB子さんがいました。すいません。まだ名前覚えていないんです。べ、別に、興味ないとかじゃないんだからねっ、です。まだ余裕がないだけです……色々と。

 A子さんは、何か面白そうに私の顔を覗き込んでいます。何でしょう?

 

「霜月さんってさ、ぶっちゃけ……どうなの?」

「はあ……メ、メイドですが」

「ち、違うよ!そういうのが聞きたいんじゃなくて!彼とはどうなの?」

「え?え?彼、とは?」

「そりゃあ、あなたの御主人様よ」

「そうそう、稲本君!……だっけ?」

 

 御主人様……名前すら覚えてもらってないなんて……哀れな。

 でも安心してください、御主人様。私はしっかり覚えてますから。

 

「そんな……ご、御主人様はただの御主人様です。それ以上でも以下でもありません」

「そうなんだ。あっ、じゃあ稲本君からアプローチとかは?」

「……よくありますが、すべてお断りしています。あうっ」

 

 頭に衝撃が走ったので振り向くと、御主人様が立っていた。あれ?怒ってる?何故でしょうか?

 

「人が目を離した隙に、何嘘をばらまいてんですか」

「えっ?ご、御主人様……私の事、ほ、本当は好きだったんじゃ……」

「まだそのくだりかよ!アンタ本当に好きだな!」

「い、いえ、その……私は、別に、御主人様の事は好きじゃ……」

「……話してるとこっちが頭おかしくなりそうなんだが……とりあえず、何度も言ってるように、霜月さんに対する特別な好意とかないから」

「そんな……御主人様、私に押し入れで寝ていいって……い、言ったじゃないですか」

「ちょっ……」

「はぁっ!?稲本君、霜月さんを押し入れで寝かせてるの!?」

「さいってー!」

「いや、違うって。これには色々深いワケがありまして……」

「…………」

 

 どうやら押し入れの件は言ってはいけない事のようでした。なるほど。学びました。

 さて、じゃあこの場をさりげなく離れましょう。

 

「あっ、霜月さん、逃げないでくださいよ!」

 

 こうして私は、また一つ学校生活に……人としての穏やかな生活に馴染んでいくのでした。

 

「だから纏めんなー!!」



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メイドさんは右から来たものを左へ受け流す

「なあ、幸人。もうそろそろ歓迎会やろうぜ」

「え?」

「え?じゃないよ。霜月さんの歓迎会、やろうぜ」

「……ああ。そうだった」

 

 そもそも同居がいきなりだったから、歓迎会とか完全に忘れてた。何なら、あまりの毒舌で傍若無人なメイドっぷりに、歓迎ムードなぞなくなりそうだ。むしろ、そろそろ上下関係をきっちり叩き込むまである。無理だけど。

 

「……もしかして、何も考えてなかったのか?」

「そ、そんなわけないじゃん?いつやろうか、常々考えてたし?」

「……ま、まあいい。じゃあ霜月さんにも話しといてくれよ」

「おう。わかった」

 

 歓迎会か……まあ確かにいいかもしれない。

 まだ俺も霜月さんの事、よくわからないし。

 

 *******

 

 帰り道、さっそく霜月さんに話す事にした。

 予想どおり、彼女はきょとんと目を丸くした。ちなみに、車道を挟んで向こう側にいるサラリーマンは、霜月さんのメイド姿を見て、目を丸くしていた。

 

「歓迎会……ですか?」

「ああ、クラスメイトと企画したんだけど……」

「そ、そうなんですか……でも、クラスメイトと企画したんだけどって言ってましたけど、間違いなく御主人様の提案ではないですよね」

「ぎくっ!ま、まあ、それは置いときましょう」

「わかりました……でも、いいんですか?わ、私、ただのメイドなんですけど……」

「まあ、別にいいんじゃないですか。俺にとっちゃメイドでも、クラスの奴からしたら、変わったクラスメイトだし」

 

 まあ、普通のメイドとは違うけど。いや、そもそも普通のメイドとは?これは中々奥が深いな。今度考える必要がありそうだ。

 

「あ、あの、御主人様……くだらない事を考えている最中申し訳ありませんが、ちょっといいですか?」

「失礼だな、オイ!」

「あわわ……ごめんなさいっ、それより、場所は……ど、どこでやるんですか?い、い、居酒屋ですか?」

「いきなりそこチョイスするんですか……いや、居酒屋はないですよ。俺達未成年ですから」

「そ、そうですね……ふぅ」

「ていうか、こういう時って、『メイドの意地を見せます!』とか言って、はりきって料理するんじゃないんですか?」

「え?何言ってるんですか?頭おかしいんですか?私、時間外労働はしない主義なんですけど」

「…………」

 

 うわあ……言ってることは悪くはないのに、ドヤ顔が無性に腹立つ。しかも、こういう時だけオドオドが減るのも腹立つ。

 あと未成年の癖に、酒飲めないのが残念そうなのは何でだよ……。

 

「そ、そ、そういえば、御主人様……」

「?」

「さっき……私がクラスの皆さんから、変わったクラスメイトと思われてるとか言ってましたけど……ほ、本当ですか?」

「はい」

「そ、即答ですか!?」

「そりゃあ、クラスどころか、学校全体で」

「……がっでむ」

「やめい、はしたない。ていうか当たり前でしょうが。理由はあえて言いませんが」

「……あの、どうすればいいんでしょうか?このままでは、私も御主人様みたいに変人扱いされてしまいます」

「さらっと失礼な事いってんじゃねえ!!……でも、そう考えると俺達って変人コンビなのか……」

「ふぅ、ま、まあ仕方ないですね。あまり気にしないようにします。それに、じ……実は、単純に私にモテ期がきたのかもしれません」

「ポジティブになるの早いですね。てか何すか、その無駄にデカイ自信。ありえないでしょ」

「……うぅ……ご、御主人様のいじわる」

 

 何でこの人との会話はいちいち脇道に逸れるんだろうな。もうだいぶ慣れてきたけど……慣れたくない。

 

 *******

 

 その日の夜……。

 

「御主人様、少しよろしいですか?」

「はい?どうかしましたか?」

「あの、よろしかったら……い、一緒に……」

 

 頬を染めて、モジモジと恥じらう姿からは、同い年とは思えない色気が漂ってくる。

 ……うわっ、なんかエロっ。この前も思ったんだけど、ちょいちょいこういう姿見せるんだよな。

 ……い、いかん。危うく毒舌メイドに欲情するとこだったぜ……。

 ここは主人とメイドの間柄を保つべく、毅然と振る舞わねば。

 

「あ、あの……本当にいいんですか」

「はい……こ、攻略してください」

 

 おっと、自分からヒロイン宣言してくるとは。

 

「……どうしても、ですか?」

「……はい。私、もう我慢できないんです」

 

 もう発情していらっしゃるとは!これはこれは!

 

「私、こういうの初めてで……」

 

 俺も初めてですよ!心配しないで!一緒に勉強していけばいいじゃないか!

 

「だから……お願いします」

「わかりました」

「このゲーム、途中まで攻略してください!」

「…………」

 

 いや、もちろんわかってましたよ?気づかなかったのは読者くらいのもんじゃないですか?だって手にゲーム機持ってるし。

 

「まあいいですけど……ていうか、攻略しちゃっていいんですか?」

「よろしくお願いします……」

「いや、言い直します。アレを倒してしまって構わんのだな?」

「……滑ってますよ?で、でも、応援してます……御主人様の数少ない特技を見せてください」

「やかましいわ!まだ他にも色々あるだろうが!」

「えっと……右から来たものを左へ受け流すくらい、でしょうか?」

「…………」

 

 ……ちょっと懐かしいネタ出してんじゃねえよ。

 てか、俺の話を右から左へ受け流してんのはアンタじゃねえか。



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夢野さんは突然すぎる

「稲本君、ちょっといい?」

「……誰だっけ?」

「夢野よ!夢野ありす!あんたのメイドから席を強奪された夢野ありすよ!」

「すいませんっしたぁ!!」

 

 俺は机に頭をぶつける勢いで頭を下げた。

 いかん、すっかり忘れていた!うちのメイドがほんっとうにすいません!

 念の為紹介しておこう。この子は夢野ありす。霜月さんに席を強奪されたクラスメートである。

 霜月さんとは対照的なふわふわした長い茶髪は、触れたら気持ち良さそうだ。絶対やらないけど。

 顔立ちもそこそこ可愛く、スレンダーな体型と美脚が素晴らしい。

 ちなみに、去年同じクラスだったこともあり、そこそこ交流がある。フラグは立っていないが……。

 そんな感じで、謝罪のついでにモノローグで紹介を済ませていると、彼女がやや引いている気配がした。

 

「ちょっ……そんな大声でやめてよ。皆見てるじゃん……べ、別にいいわよ。気にしてないから……」

「そっか。ならよかった。霜月さんなら、今職員室に呼ばれてるけど、何か用?」

「えっ?職員室って……あの子また何かやらかしたの?」

「いや、メイド服のことで呼ばれてるだけ」

「……ああ、なら納得」

 

 納得……しちゃうのか。仕方ないか、このクラスはだいぶ感覚が麻痺してるし。

 まあ、もうじき『論破』して帰ってくるだろうな。もしくは腕相撲で撃破してくるだろう。うん、どっちでもいい。俺に迷惑がかからなければ。

 

「それで、夢野さんは何の用?」

「ああ、忘れるところだったわ。ちょっと今日の放課後付き合ってくれない?」

「……ごめん。今好きな人いるから。」

「そういう意味じゃないわよ!アンタみたいな変態好きになるわけないじゃない!」

「誰が変態だ!誰が!」

「アンタよ!学校にメイドをつれてくるメイドフェチだって評判よ!」

「ぐっ……」

 

 それに関しては反論できない。かくなるうえは……

 

「それで、夢野さん。何の用だっけ?」

「気持ちいいくらいの話題転換ね。ま、いいけど。ちょっと買い物付き合ってよ」

「……はあ?何で俺が……」

「荷物持ちしてくれたら、アンタのメイドの件は水に流すわよ」

「了解しました」

 

 くっ……メイドの失態は主人の責任かもしれないが、何で俺が……!あとで霜月さんに仕返ししてやろう。風呂覗くとか……いや、やめておこう。バレたら間違いなくただの屍にされてしまう。

 すると、ちょうど霜月さんが教室に入ってきた。

 

「た、ただいま戻りました……御主人様」

「先生から何言われたんですか?」

「……も、問題ありません。論破、してきました」

「…………」

 

 絶対に嘘だ。何なら今度目の前で論破してもらおう。どんな地獄絵図が展開されるか楽しみだ。

 霜月さんは、俺と夢野さんを交互に見て、不思議そうに首を傾げた。

 

「御主人様……女の子と話してるなんて、珍しいですね」

「やかましい。ああ、霜月さん。今日俺、放課後用事があるから」

「……御主人様、ご、ご冗談を……」

「いや、冗談じゃねえよ。てなわけで、今日は一人で帰ってください」

「……私も……今日はデート」

「対抗しようとして変なウソつかなくてもいいですから」

「わかりました……では、お気をつけください……夢見さん」

「どういう意味だよ!」

「てかあたしの名前間違ってるわよ!」

「あわわ……!いえ、その……御主人様と二人きりだなんて、夢山さんが心配と言いますか……」

「いい加減、俺を性欲の権化みたいに言うのをやめろ!」

「だから、まだ私の名前間違ってるわよ!」

「あわわ……あっ、チャイムが鳴りましたので、席に……」

「「鳴ってない!」」

 

 *******

 

 放課後……。

 俺は夢野さんと並んで、駅前のデパート内を歩いていた。ざわざわと混んではいるものの、その喧騒もどこか遠い。

 いかん。突然のラッキーイベント発生で、授業にまったく身が入らなかったぜ。

 

「まったく、アンタんとこのメイドはどうなってんのよ」

「夢見さんちのメイドほど優秀じゃあないかもな」

「うちにメイドなんていないわよ!ていうか、アンタまで名前間違わないでよ!」

「失礼、噛みました」

「嘘つき。わざとでしょ……って、このやりとりやめたほうがいいわ。色んな意味で」

「はいはい。それはそうと、買い物ってどこに行くんだ?」

「ついてくればわかるわよ」

 

 ……やばい。

 これはモテ期に入って、恋が攻めてきたのかもしれん。

 まさかその第一弾が夢野さんとは……悪くない。むしろいい。

 

「……何ニヤニヤしてんのよ。気持ち悪い」

「いや、ほんのちょっと空想に浸ってニヤニヤしてただけだよ」

「それが気持ち悪いのよ。たまに教室内でもなってるから改めなさい」

「はい」

 

 マジか。そういうの人から教えられると、滅茶苦茶恥ずかしい!

 

「てか、そんなの見ないでくれよ。あとその場で教えてくれればいいと思うんですが」

「いやよ。私まで変人扱いされそうだし……あ、着いたわ。ここよ」

「ようやく着いたか……は?」

 

 目をぱちくりさせ、何度も確認してみるが、現実は変わらない。

 夢野さんが指差したフロア。それは……下着屋だった。

 



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……あれ?

『ねえ、稲本君……稲本君はどんな下着が好き?』

『私、それ履いて明日から登校するわ』

 

 オーマイガー!!

 ま、まさかこのような展開になるとは……!

 霜月さんはふざけた事ぬかしてたけど、それ見たことか。こうして俺に下着を選ばせるクラスメートが……

 

「ちょっと……!何下着コーナー見てニヤニヤしてんのよ、気持ち悪い!!一緒にいる私まで恥をかくじゃないのよ、この変態!」

「あ?いや、だってあのランジェリーショップに行くんだろ?しょ、しょうがねえなあ……」

「違うわよ!隣の洋服屋よ、バカ!」

「…………はぁあ!?」

「え、何?その逆ギレ。ドン引きなんだけど」

「……あ、そろそろ家に帰らなきゃ。宿題あるし」

「待てい!このタイミングでそんな言い訳通用するかぁ!ていうか、クラスの男子に下着なんて選ばせるわけないでしょうが!」

「へいへい、どうせハナから期待していませんよ」

 

 いきなりアテが外れてしまった。

 こうなったら、なるたけ露出度高いやつを選んでやろう。

 

「いや、アホな事考えてる最中、申し訳ないんだけど、アンタ荷物持ちだけでいいからね?」

「……わかってるよ」

「どうだか。鼻の下伸びてたし」

「…………」

 

 *******

 

「ふぅ……」

 

 ……さて、どうしたものでしょうか?

 御主人様が心配になり、あとをつけてみたら、さっそく恥を晒しています。メイドは恥ずかしいです。

 しかし、それでも御主人様は御主人様です。

 今晩の夕食、エビフライを一本追加しておきましょう。

 それにしても……本当にただの荷物持だったとは、残念極まりないイベントですね。てっきり私へのプレゼント選びだと思ってしまいました。

 いえ、そのような図々しいことを考えるのはやめておきましょう。謙虚さが大事です。てへぺろっ♪

 

「あの~、お客様?」

「はひゃいっ!?」

 

 あわわっ、いきなり声をかけられてしまいました!

 振り向くと、そこには苦笑いの女性店員がいます。しかも、これは不審者を見る目です!

 

「な、なな、な、なんですか?」

「いえ、その……何故お客様はマネキンの後ろに隠れていらっしゃるのでしょうか?それもメイド服で……」

「えと……そ、それはその……失礼します!」

 

 とりあえず、逃げるが勝ちです!

 御主人様!……ご武運を!

 

 *******

 

 なんか向こうの売り場騒がしいな。まあ、いいけど。それより……買い物の待ち時間ってヒマだなぁ。

 このままさりげなく帰れないだろうか。そもそも霜月さんにやらせればよかったのでは?今さら考えても仕方ないけど。

 いや、待て!まだ諦めるな!もしかしたら…

 

『ねぇ、稲本君。背中のファスナー閉めてくれない?』

 

 なんて展開があるかもしれない。信じる者は救われる。

 

「よし、試着終わり!買ってくるから待ってて!」

「…………」

 

 ガッテム。

 そして、彼女は会計を済まして、買い物は終了した。

 それと、さっきから向こうの売り場から、メイド服とか何とか聞こえてきたけど、メイド服売り場でもあるのだろうか?

 ……いや、まさかね。もしこの嫌な予感が本物でも、俺は知らない。

 

 *******

 

 彼女が買った洋服を入れた紙袋は、ちっとも重くなくて、荷物持ちとしてはこれでいいのかと不安になるくらいだった。

 

「それで、買い物はもういいのか?」

「ええ。買い物はいいけど、あと少し付き合って」

「お、おう……」

 

 まだ何かあるのかと思いながら、彼女の後ろをとぼとぼついていくと、その足が向かう先には、ケーキ屋があった。

 

「……ケーキ、買うのか?」

「ここで食べるのよ。今日付き合ってくれたお礼」

「お礼?いやだって今日は……」

「いいの。気にしなくて。いいから、席確保しといて」

「あ、はい…」

 

 きっぱりとした口調に、つい敬語で返してしまう。まあ、そこまで言うなら、ここは素直に奢られよう。

 夢野さんはすぐにケーキを載せたトレイを運んできた。

 

「お待たせ」

「……ありがとう」

 

 こんな楽な荷物持ちでケーキまで奢ってもらうとか、むしろ申し訳ないんだが……。

 しかも……美味い。

 ここまで好みのケーキが食えるとは……まるで、事前に下準備でもしたかのような……いや、考えすぎか。

 

「ほら、ほっぺにクリームついてるわよ」

「……え?」

 

 彼女は、俺の口元についたクリームを指で拭い、そのままその指をペロリと舐めた。

 ……はい?

 

「…………」

「何よ」

「……い、いや、何でも。いきなりすぎて驚いただけだよ」

「そう?それより、こっちのチーズケーキ、美味しいわ。はい」

「…………」

 

 何故か彼女は、ケーキを少し削り、フォークにそっと突き刺し、こちらに向けてきた。

 

「……え?」

「ほら、さっさと食べなさいよ。この姿勢疲れるんだから」

「あ、どうも……」

 

 言われるがままにケーキを頬張るが、何だか味がよくわからなかった。もふもふと柔らかい物を飲み下し、ポカンとしていると、彼女はそっぽを向いてケーキを頬張っていた。

 

「……どうしたの……か、顔紅くない?」

「……別に」

 

 その後、二人して無言でケーキを食べ、淡々とショッピングモールの前で解散したのだが、途中から幻覚を見ていたかのような気分になった。

 

 *******

 

 そのままぼんやり歩きながら帰っていると、いつの間にか家に到着していた。

 いまいち現実味のない見慣れた風景に囲まれ、俺はぼんやりと家の中に入った。

 しかし、そこに飛び込んできたのは……

 

「ただいまー……霜月さん?」

「お、おかえりなさいませ、御主人様……」

 

 霜月さんは、長い黒髪をやたらボサボサにしていた。

 しかも、メイド服が所々汚れている。まるで草むらにでも入ったかのようだ。

 

「ど、どうしたんですか?ボロボロですけど」

「あ、こ、これは……その……ポケモンに遭遇しまして」

「そんな嘘じゃ幼稚園児すら騙せませんよ。それで、どんなモンスターだったんですか?」

「……アグモンです」

「それ、デジモンだから」

 

 まあ、追求しても無駄だろう。それに、今はそんな気分じゃない。

 ……なんか今日はよくわからん日だったな。



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内気なメイドさんは声がでかい

 歓迎会当日。

 金曜日の放課後、場所は霜月さんの希望により、カラオケで行われる事になった。

 ……この子、何を歌う気なんだろうか。いや、今はそれより……

 

「あの……やっぱりメイド服は脱がないんですか?」

「はひゃあっ!?ぬ、ぬ、脱げなんて、ご、御主人様、何を考えてるんですか!?」

「言ってない。言ってないよー」

 

 このメイドさんは俺をやたら変態扱いしてくるが、それ以上に、この人こそドスケベだと思えてきた。だって、やたらそっち方向に持っていきたがるんだもん。

 くだらないやりとりをしながら歩いていると、いつの間にか店の近くまで来ていたらしく、クラスメートが店の前でワイワイガヤガヤと話をしていた。もちろん、全員来ているわけではないが、半分の20人くらいはいそうだ。まあ、新しいクラスの懇親会も兼ねているのだろう。

 横田が俺に気づき、片手を挙げる。

 

「あ、来た来た!おーい!」

 

 やたら爽やかにこちらに向け、大きく手を振っている。できれば女子にやってもらったほうが嬉しいんだけど……まあ、とりあえず乗っかってやるか。

 

「ごめーん、待ったー?」

「ううん。今来たとこ」

 

 そんなお決まりのやりとりをしていると、霜月さんが「ほえ~」と店の看板を見上げていた。

 

「いい、非常にいい……!」

「やめい。そんなキャラじゃないでしょうが。てか、挨拶忘れてますよ」

「は、はい……あ、あの本日はお日柄もよきゅっ!?」

 

 思いきり噛んだ霜月さんに、温かな笑い声が溢れる。

 しかし、俺達はまだ知る由もなかった。

 この後、とんでもない目にあう事に。

 ……まあ、霜月さんだし、何かおかしな事が起こるとは思ってたけどね?

 

 *******

 

 宴会用の大部屋に入り、それぞれ適当な席に座ると、当たり前のように隣にいる霜月さんは、キョロキョロと室内を見回していた。その瞳は、初めて新幹線や飛行機を見た子供のようで何だか微笑ましい。

 そして、いつの間にか右隣には夢野さんが座っていた。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 この前の謎の行動については、結局理由はわからずじまいだが、自分からあれこれ聞く気にはならない。ていうか、あまりに現実味がなさすぎて、半分くらい思春期の幻覚だと思っている。

 

「はわわ……中はさらにすごいです……。御主人様、カラオケ、カラオケですよ!」

「そうですか。てか本当に大丈夫ですか?」

「な、何がでしょうか?」

「いや、カラオケに来たのはいいけど、歌える歌なんてあるんですか?」

「…………だ、大丈夫だと思います。ほら……私、御主人様と違って、キチンと音とれますし……」

「…………ん?今聞き捨てならない事言われた気がするんだけど」

「いや、あの……すいません!たまに御主人様の部屋から歌声が聴こえてくるのですが、これがまた絶妙に音を外していまして」

「えー、またまたー……マジですか?」

「……マジです」

「…………」

 

 何ということだ。カラオケそんなにいかないから、あんま気にしてなかったのだが……そんな外してたのか。

 まあ、これはカラオケ行かないやつあるある……かな?

 

「まあまあ、稲本が歌下手なのは周知の事実だし」

「…………」

 

 新事実発覚。

 まさか皆からそう思われていたなんて……ショック!幸人ショック!

 すると、フォローのつもりだろうか、夢野さんが口を挟んできた。

 

「……まあ、声は悪くないんだけどね?うん……」

「…………」

 

 ……ナイスフォロー。

 

「霜月さん、何歌う?」

「私、霜月さんとデュエットした~い♪」

「何か食べたい物ある?」

「こ、今度、ウチでメイドしない?」

 

 あれ?霜月さん、もしかして本当に人気者?御主人様を差し置いて?

 すると、霜月さんと目が合い…

 

「……ふっ」

「っ!!」

 

 今、鼻で笑いやがった!しかも、すげえドヤ顔!

 そんな周りの空気に背中を押されたのか、彼女はマイクを持ち立ち上がった。

 そして、可愛らしいイントロが響きだす。割と最近の曲だ。こういうの聴いてたのか。

 だが、そこでふっと頭に浮かんだ。

 あれだけのパワーを持つ人は、どんな声量なのだろうと……。

 

「すぅ~…………ーーーー!!!」

『っ!?』

 

 不安が胸をよぎった頃には、もう遅かった。

 爆発音のような声が響き、俺の意識は途絶えた。 

 

 *******

 

「はっ……!」

 

 目が覚め、慌てて身体を起こすと、倒れたクラスメートとポカーンとしている霜月さんが視界に入った。

 彼女は気まずそうに頬をかき、下手くそな愛想笑いを浮かべた。

 

「あの……これはどういう演出でしょうか?」

「……とりあえず現実を見ましょうか」

「は、はい……あわわ、どうしましょう、どうしましょう!」

 

 普段はマイペースに流す霜月さんだが、今は珍しく慌てていた。まあ、これはさすがに予想していなかったのだろう。

 しかし、すぐに何かを思いついたように「あっ」と手を叩いた。

 

「……あっ、帰ってお掃除しないと」

「待てい」

 

 ナチュラルにゲスい!さっきまで仲良くやってたじゃん!

 霜月さんは、「うぐぅ……」と落ち込んだ顔を見せ、肩を落とした。ころころと表情が変わるのは微笑ましいが、今はそれどころではない。

 

「ていうか、無駄に声でかかったんですけど、誰を意識したらあんな声出るんですか?」

「は、はい、カービィとジャイアンです……」

「最悪じゃねえか!」

 

 ツッコミを入れながら時間を確認すると、幸いまだ10分しか経っていなかった。

 ……よかったぁ。残り10分とかだったら、シャレにならんかったわ。

 

「……とりあえず、皆を起こしますか」

「……はい。ごめんなさい」

 

 その後、霜月さんはマラカスとタンバリンを懸命に鳴らし、盛り上げ役としてのポジションを確保していましたとさ。めでたしめでたし……という事にしておこう。

 

「ご、御主人様……」

「はい?」

「……私達はもっと、加減を覚えなければいけませんね」

「しれっと俺まで含めんなや!」

 

 あまり反省はしていないようだった。

 まあ、でも……ちょっとくらいはクラスに馴染んで……きたよな?

 



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メイドさんはこっそり○○してた

 あの後、家に帰ってから、霜月さんは庭でぼんやり星を眺めていた。わざとではないし、皆気にしていないとはいえ、自分のやった事がああいう結果を生んだのがショックなようだ。

 遠目に見ても、肩を落としているのがわかり、何だか調子が狂う。

 いつもみたいに、オドオドしながら憎まれ口をたたけばいいのに……。

 

「はあぁ……」

「まだ落ち込んでるんですか?横田達も言ってたじゃないですか。むしろ貴重な体験ができた」

「御主人様……」

 

 霜月さんは、いつものオドオドした雰囲気とは違う、どんよりした表情でこちらを見た。その瞳はわずかに濡れていて、そこには幼さと妙な色気みたいなのが同居していた。

 一瞬……ほんの一瞬だけ胸が高鳴った気がしたのをただの気のせいだと思い込み、ひとまず棚に上げた。

 

「ありがとうございます……」

「……あ、ああ、どういたしまして」

 

 あれ?なんか可愛い……ああ、もう!このままだとワケわからん事考えそうだ。絶対に嫌だ。何が嫌かもわからんけど。

 

「じゃあ今日は俺が晩御飯作りますよ」

「えっ……いいんですか?」

「まあ、たまには……いつも頑張ってくれてるし」

「あ、ありがとうございます……でも御主人様、料理とか出来るんですか?……下手そう」

「おい。最後さりげなく付け加えんな」

 

 まあいつもの調子が戻ってきたのはいい事だと思う。

 さて、久々に腕を振るいますかね。

 腕まくりをした俺は、棚からカップラーメンを取り出し、霜月さんにドン引きした目で見られたので、大人しく焼きそばを炒めた。

 

 *******

 

「なあ幸人。今日お前の家行っていいか?」

「ん?別にいいけど。どうかしたのか」

「久々に思いきりゲームやりたい」

 

 まあ、こちらとしては特に断る理由もない。

 それに、横田がウチに来るのは割と久々な気がする。こいつ、部活の助っ人やらで忙しいからな。

 そこで、ある事を思い出した。

 

「一応言っておくが、ウチには……」

「ああ。霜月さんいるんだろ?わかってるよ。何なら、霜月さんも混ざればいいじゃないか。ねえ?」

 

 横田はそう言って、いつの間にか隣にいた霜月さんにも声をかけた。

 すると、霜月さんは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「す、すいません……私はゲームをやった事がありませんので」

「あ、そうなんだ。やっぱ幸人の世話が大変なんだ?」

「あ、いえいえ、その……それは大変なんですが。まあ、他にも色々と用事が……」

「…………」

 

 くだらねえ嘘ついてんじゃねえ!!!

 毎晩夜な夜なゲームやりまくってんじゃねえか。俺の部屋の押し入れで!お菓子を食べながら!あと最近独り言がうるさいんだよ!

 

「どうしたんだ、幸人?そんな嘘つきを見るような目をして」

「いや、何でもない」

 

 横田がこちらを見ている間、霜月さんは人差し指を唇に当て、し~っと俺に向けてやっていた。この、ポンコツメイド……。

 

 *******

 

「お邪魔しまーす」

「どうぞ」

「じゃ、じゃあ私はお茶とお菓子の用意をしてきますので……」

 

 霜月さんは、パタパタと台所の方へ向かった。

 その後ろ姿を見ていると、横田が肘でつついてきた。

 

「なるほど。こんな風にいてもご奉仕してもらってるのか」

「言い方が誤解を生みそうなんだが……てか、そんなんじゃねえよ。いつもはまだのんびりしてるし」

「まあ上手くやれてるならいいじゃん?」

「どうだろうな」

 

 実のところ、あまりよくわからないというのが事実だ。

 いきなり両親が海外に行くことになり、メイドと同居と言われる。

 口にすると単純だが、実際はかなり気を使うし、めんどい事もある。最近は押し入れに水道を取り付ける計画を立てていたので、何とか阻止した。

 すると霜月さんがドアをノックした。

 

「あの……御主人様、お茶が入りました」

「あ、ああ。ありがとうございます」

 

 今日は来客が来ているからか、やけにメイドしている気がする

 いや、いつも家事は完璧なんだ。家事だけは。

 

「霜月さんも一緒にやりませんか?」

「えっ、いいんですか?……じゃなくて……も、申し訳ございません、私、ゲームはやった事が……」

「いや、つまらん見栄は張らなくていいですから。どうせなら一緒にやりましょう」

「そうだよ、霜月さん。クラスメートなんだから、堅苦しいのはなしで」

 

 すると、やる気になったのか、霜月さんは控えめな笑みで袖をまくり、俺の隣に腰を下ろした。

 

「……し、し、仕方ありませんねぇ。まだ仕事がありますけど……ちょっとだけなら付き合うのも、やぶさかではないといいますか……ほ、本当に御主人様はしょうがないですねえ……あはは」

「…………」

 

 前置きがウザいです。

 苦笑しながらその様子を見ていると、霜月さんはキラキラした目をこちらに向けた。

 

「それで、何をしますか?○トロイドですか?ゼ○ダですか?」

「落ち着いてください。それ一人用のやつです」

 

 何故メイドのゲーム攻略を観戦せにゃならんのか。そういうのはYouTubeで配信しててくれ。

 俺達の冷めた視線に気づいたのか、霜月さんは「あわわ……」とあわてふためいた。

 

「す、すいません……つ、つい、いつも動画配信する時のクセで……」「もうやってんのかよ!ていうか、最近押し入れで独り言多いと思ったら、そのせいか!」

「あわわ……い、今のは聞かなかった事に……」

「あはは……まあ、いいじゃないか。幸人」

 

 新事実発覚。聞きたくなかったわ……。



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メイドとゲーム

「あ、本当にあった」

「マジか。見せてくれ」

「あうぅ……」

 

 俺と横田は、霜月さんが動画共有サイトに投稿しているゲームプレイ動画を発見した。ちなみに、アカウント名は『美少女ゲーマーメイド』。まんまである。ていうか、自分でよく美少女とか名乗ったな。

 霜月さんの方に目をやると…………まあ、美少女に見えなくもない。肌も長い黒髪も綺麗だし。胸も割とあるし……いや、今はそんなのどうだっていい。

 気を取り直し、もう一度確認してみた。

 

「えっと……登録者、2名……」

「…………」

「ま、ま、まだ始めたばかりなので……」

「で、ですよね」

「そうだよ。ここからだよ、なあ」

 

 フォローになってるんだかよくわからないフォローをしながら、次は動画数を確認した。

 

「23本……思ったより上げてますね」

「あ、このゲーム俺も知ってる」

「さ、さあ、お二人とも……紅茶が冷めないうちに……」

 

 霜月さんが話を逸らそうとするのをスルーし、動画の再生を開始した。すると……

 

「ど、どうも……うぅ、暗い……今度ご主人様に電球を付け替えてもらわねば……」

 

 ……真っ暗で何も見えない。なんだ、これ。

 すると、ゲームの電源が入ったのか、ぼんやりと画面の明かりで彼女の輪郭が映し出され、なんかホラーっぽい。俺達は何を見ているんだ?

 そのままゲームの進行に合わせ、「ていっ」とか「えいっ」とか聞こえてくるが、問題はそこからだった。

 

「よし、ようやくここまで……行け、幸人っ、がんばれ幸人!」

 

 こいつ……俺の名前をキャラクターにつけてやがる!しかもなんかテンションたけえ!

 横田が隣で吹き出すのが聞こえ、それから霜月さんの小さな口笛が聞こえてきた。

 

「よし……幸人、そこっ。幸人!……ああ、幸人が死んじゃった」

 

 幸人が死んじゃった……じゃねえよ!このメイド独り言多すぎだろ!

 なんかもう他の動画の仕上がりも容易に想像できた。

 とりあえず、もう見なかった事にしよう。

 あとでキャラクターの名前については聞かせてもらうがな!

 

 *******

 

 気を取り直して楽しい楽しいゲームスタート。

 皆で大乱闘をするゲームをセレクトしたのだが、何故か二人は渋い顔をしていた。

 

「どした?」

「なあ幸人……自分から来といてなんだが、そろそろ○4から切り替えないか?」

「さ、さすがに古いです……」

「は?何言ってんの?」

 

 こいつらは言ってはならないことを言いやがった。

 俺は立ち上がり、二人に向き合う。

 

「○リオカートも○ンキーコングも○スタムロボ面白いだろうが!」

「……それは確かに否定できない」

「……むむむ、それはそうなんですが……」

 

 二人ともこちらの気迫に押されていた。俺にも譲れないものはある。

 2人は苦笑いしながら、コントローラーを握った。

 

「まあ幸人はレトロゲーム好きだしな。未だに○ームボーイやってるし」

「た、たしかに……ご主人様はレトロな顔立ちと言いますか……」

「どんな顔立ちだよ!」

 

 レトロな顔立ちとか初めて聞いたわ!よくわからんうえに、しっかりと失礼なニュアンスだけは伝わってきた。それだけは絶対に間違いない。

 あんま言うなら、さっきの動画をクラスメートに教えてやろう。

 

 *******

 

 結局そのままゲームをやりまくり、しばらくしてから窓の外を見ると、すっかり陽も落ちていた。

 それを見た横田は立ち上がり大きく伸びをした。なんだかんだ熱中していたようで何より。

 

「よし、そろそろ帰るか」

「おう、そうか」

 

 俺も立ち上がり、玄関まで見送るべく階段を降りる。その後ろを霜月さんがついてきていた。まあ、こうしてクラスの仲間と親睦を深められたのは、彼女にとっていいことだったんじゃないだろうか。

 

「じゃあ、霜月さんもまた明日学校でね。今日は楽しかったよ」

「い、いえ……帰り、お気をつけて」

 

 横田は爽やかな笑みを見せると、こちらにはサムズアップしてみせた。なんだ、何を期待しているんだ。

 玄関のドアが閉まると、僕は霜月さんの肩に手を置いた。

 

「それで、霜月さん。あのゲームの主人公の名前なんだけど」

「ひゃうっ!?あ、あのあの、私、食事の支度をしなければいけませんので……!」

「あとで大丈夫です。とりあえずじっくり話しましょう」

 

 その後、霜月さんは動画配信をしなくなったとか。

 

 *******

 

 最近、小さな楽しみが一つだけ増えた。それは……

 

「ご主人様、お、起きてください……朝ですよ」

 

 そう、この時間だ。

 霜月さんは朝起こす時だけ優しいのだ。他は余計な事しか言わないけど。とりあえず朝起こしてくれる時だけ優しい。

 不思議な事に、彼女から起こしてもらうと、すっと自然に起きれてしまうのだ。

 普段いかに失礼極まりない言動が目立つとはいえ、やはりメイドとしての能力は高いのだろう。

 だが何事も慣れた頃には気が緩み、ミスが起こりやすくなるもの。

 彼女のようなドジっ子メイドが何かをやらかさないわけがなかった。

 目を開けると、彼女の顔がすぐそこにあった。

 

「…………は?」

「…………あ」

 

 状況がよくわからず、目をぱちくりとさせてしまう。こういう場面って、もっとドキドキするもんだと思っていたんだが……普通にビビる

 すると、彼女は普段のように狼狽えるでもなく、何事もなかったように距離をとった。

 

「なんでもありません」

「まだ何も言ってないですけど」

「……あ、見てください。雀が飛んでいます」

「……えー……何ですか、その雑な誤魔化し方」

「し、失礼します!」

 

 霜月さんは、電光石火の如く部屋を飛び出した。

 僕はしばらくの間、ベッドの上で呆然としていた。 

 

 



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メイド?家族?

「…………」

「…………」

 

 気まずい。

 朝食のウインナーを頬張りながら、先程の出来事を思い出す。

 さりげなく霜月さんに目をやると、彼女はさっと目を逸らした。どうやらこちらを見ていたようだ。

 触れないのが正しいのかもしれないが、こっちとしては疑問は早くぶつけておきたい……じゃないと気まずいもん!思春期男子なめんなよ!

 うだうだしてても埒があかないので、こちらから聞こう。

 

「あの、霜月さん。さっきの事なんだけど……」

「はひゃいっ!?」

「いきなりすぎたので、説明してもらえるとありがたいのですが……」

「あ、さ、さっきの……ですか?」

「まあ、そう、ですね……はい」

 

 間近で見た彼女の顔を思い出したせいか、こちらの顔が赤くなる気配がした。

 それでも彼女を見続けていると、ようやく気持ちの準備ができたのか、口を開いた。 

 

「あの……私、初めてなんで」

「……そうですか。俺も初めてでした。でも、いきなりキスとかそういうのはちょっと……」

「ええっ!?キ、キ、キス!?ち、違います違います違います!あれは、そ、そういう意味ではなくて……ご、ご主人様、何を言っているのですか!冗談は顔と性格だけにしてください!」

「お、おう……」

 

 なんか今、さらっと俺が全否定されたんだが、あわてふためいている事だし、今はつっこまないでおこう。あわてふためいた拍子に、うっかり締め落とされたりしたらイヤだし……。

 まあ、もちろん霜月さんが俺に惚れてキスしようとしたわけじゃないのはわかっている。本当だよ?だって、ねぇ……タイプじゃないとか言ってたし?

 とにかく、今度こそ彼女が本当の事を言うまで待とうと決め、目を合わせると、霜月さんは落ち着きを取り戻し、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「あの……私……実は、こういう生活が初めてなもので……」

「こういう生活?」

「はい……家事をしたり、学校に行ったり、お友達と遊んだり……」

「そう、なんですか?」

「はい……それで、その……誰かとこういう形で一緒に暮らすというのも初めてで……」

 

 こういう形で、という言葉からして以前はまったく違う形だったのだろうが、そこはあえて気にしないようにした。話したい時に話してくれればいいと思っている。

 霜月さんは、気恥ずかしさを紛らわすように髪を指で弄び、おどおどしながらも言葉をしぼりだした。

 

「それで今朝……メイドとはいえ、その……この人が、今、同じ家の下で暮らしてる家族、なんだなあ、と思いまして、じっと見てたんです……す、すす、すみません、メイドの分際でおこがましいことを……」

 

 ……なんだ。そんなことか。

 彼女の事情に関してはよくわからないが、こちらの言う事は決まっている。

 

「……いや、全然そうは思わないよ」

「え?」

「その……なんて言えばいいかはわからないですけど、霜月さんの思うようにしたらいいと思いますよ。あの、実際そう思ってもらって悪い気はしないですし……それに、霜月さんはまあ、たまに口が悪いけど……いい人だと思いますし……」

「…………」

 

 いつもの霜月さんみたいに噛みながら言うと、彼女はそれを珍しい何かを見たように目を丸くしていた。

 

「……あ、ありがとうございます。ご、ご主人様、優しいんですね」

「惚れんなよ。たった今からメイド&家族なんだから」

「は、はい……大丈夫です。やっぱり、その……男性として全然タイプじゃないですので」

「…………」

 

 そこまでばっさり切られると、なんだか寂しい気もするが、まあいいだろう。こっちのほうが霜月さんらしいし。

 ようやく穏やかな空気が戻ってきた事に安堵していると、霜月さんはとんでもない事実を告げてきた。

 

「そういえばご主人様……きょ、今日は、遅刻ですね」

「そうですね、ってええええっ!?」

 

 目を向けると、時計の短針は既に8に到着していた。これは完全に遅刻コースである。

 ていうか、朝からする話じゃなかったな。こういうのはもっとこう雰囲気のある夜中にするべきだった。いや、雰囲気が必要なのかはわからんけど!

 

「ご、ご主人様……考え事をしてる最中に、申し訳ございませんが……どんどん時間が経ってますよ……」

「うん。今日はもう諦めた。まあ仕方ないよ。霜月さんも諦めてくれ」

「ええっ、わ、私、無遅刻無欠席を目指してたのに……」

「メイドとして達成してください」

「うぅ……まあしょうがないですね。ご主人様ですから」

 

 それから二人して遅刻して先生に叱られた。

 それと、何故か夢野さんから霜月さんと何かあったのかをめっちゃ聞かれた。

 あとは……霜月さんと少しだけ仲良くなった、かな?

 

 *******

 

「ねえ、稲本君。ちょっといいかな?」

「どうした?」

 

 昼休みになり、夢野さんが机の前まで来たかと思えば、何やらもじもじしている。頬がほんのり赤い気がするが、もしかして……

 

「トイレは奥行って右だけど」

「あら、ありがとう……って、違うわよ!しかもトイレそっちじゃないし!」

 

 どうやら、俺のジョークはお気に召さなかったようだ。残念。でもこのリアクションは可愛いので、いずれまた使おう。

 夢野さんは、周囲を窺うようにキョロキョロしてから、俺の左耳に顔を近づけてきた

 

「今日、アンタの家に行ってもいいかしら」

 

 うわ、声近っ!あと息が耳にかかってるし、なんか甘い香りが…………は?



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梅野じゃない、夢野だよ

 下校時刻になると、夢野さんが真っ直ぐにこちらへやってきた。

 

「じゃあ、行こっか」

「あ、ああ……」

 

 マジか。やっぱり夢じゃなかったのか。今から本当に来るつもりなのか。あれ?部屋片づけたっけ、大丈夫かな。

 考えていると、背後からこっそり霜月さんが話しかけてきた。

 

「夢じゃなかったんですね」

「ああ……てか、聞いてたんですか、霜月さん?」

「い、一応隣なので……最初聞いた時は、ご主人様が催眠術でもかけたのかと思いました……」

「真っ先にそこ疑われるって中々ないですよね!」 

「……本当に何もされてないんですね……ど、どうしたのでしょうか、梅野さんは」

「夢野、な。まだクラスメートの名前覚えてないんですか?」

「はわわ……えと、その……梅野さん、ですよ?ご、ご主人様、頭がおかしいんじゃないですか?」

「いやいや、どうしてそれで通そうとしてんの?そっちのが頭おかしいからね」

「……ご主人様、絶対にそうと言いきれますか?」

「あれ?そう言われると自信が……」

「アンタ達、全部聞こえてるわよ!私の名前は夢野ありすよ!」

「だよな。俺は知ってたよ、もちろん」

「ふん。自信なさげになったくせに」

「わ、わ、私は……知ってました、よ?」

「アンタは絶対に嘘でしょ!」

「ううぅ……ごめんなさい」

「ま、いいけど。いや、よくないけど。とにかく早く行くわよ」

「あ、ああ……」

「は、はい……」

 

 *******

 

 帰り道、クラスメートの女子と、クラスメートでメイドで家族な女子と一緒に歩くというレアなイベントにドキがムネムネな状態でいると、夢野さんが霜月さんに声をかけた。

 

「あの……なんで霜月さんは稲本君ちでメイドしてるの?」

「えっ?……あ、その……」

「…………」

 

 まさかこの質問が来るとは……いや、今まではメイド服姿の転校生というインパクトのでかさに隠れていて、横田以外は特に聞いても来なかっただけだが。

 意外なくらい真面目っぽい雰囲気に、ついごくりと唾を飲んでしまう。こんなタイミングで本当の事を言うとは思えないが……かといって、この人が上手くかわす事ができるとも……

 

「はい。実は私は……孤児院で育てられたのですが、そこが閉鎖される事になり、どうしたものかと悩んでいたら、ご主人様のご両親が手をさしのべてくれたのです」

「…………」

 

 なんかめっちゃ流暢に喋ってる!普段のオドオドはどこ行った!?

 だがその言葉には、あらかじめ打ち合わせして作った文章を淡々と読み上げるような空々しさがあった。

 すると、霜月さんはこそっとこっちを見て、人差し指を唇に当てた。まあ、嘘だからそういうことにしといてくださいとか、そういう意味だろう。

 ……事前に父さん母さんと打ち合わせしてたのかな?

 彼女の落ち着いた目つきから、何となく察する事しかできなかった。

 

 *******

 

 そして、それなりに会話をしていると、いつの間にか家に到着していた。

 見慣れているはずの家は、これからクラスメートの女子を家に上げるというだけで、どこか違う建物に見える。

 

「……どうぞ」

「お邪魔します」

「わ、私はお茶を、い、入れてきます……」

 

 ぱたぱたと台所へ向かう霜月さんを見送ると、夢野さんは丁寧な所作で靴を脱ぎ、我が家の床を踏みしめた。

 その足取りからは、どこか緊張みたいなのが見えるが、彼女もクラスメートの異性の家に来るのは初めてなのだろうか?

 その様子を見ていると、きっと睨まれた。

 

「それで……稲本君の部屋はどこなの?」

「あ、ああ、悪い。こっちこっち」

 

 いつも通りを心がけ、階段を上がり、自分の部屋のドアを開け、中が散らかってないか確認し、彼女を部屋に通した。

 

「へえ、ここが稲本君の部屋か……」

 

 どこに興味深い要素があるのか、彼女はそわそわと部屋のあちこちに視線を送っていた。

 

「そういや、今日は一体何の用があったんですか?」

「何故敬語……まあ、その……」

「失礼します」

 

 霜月さんが持ったお盆には、普段は見ないティーカップが載っていた。さらに、普段とは違う上品な香りが鼻腔をくすぐる。ウチに紅茶なんてあったのか……。

 そして、テーブルにカップが置かれると、夢野さんはお礼を言って、苦笑した。

 

「なんか不思議な感じね。メイドさんにもてなしてもらうのって。稲本君いつもこんな感じなの?」

「まあ、最初は慣れなかったけど」

「霜月さん、大丈夫?変な命令とかされてない?」

「は、はい……今のところは」

 

 おい。今後もその予定はねえよ。俺だって自分の命は惜しい。

 すると、視界にある物が入った。あれは……。

 

「あら、押し入れからコンセントが出てるわよ」

 

 そして、親切心から直そうとしてくれたんだろう、そのまま押し入れの扉に手をかけた。

 

「はわっ……」

「あっ……」

 

 夢野さんが押し入れの扉を開けると、彼女の前には霜月さんのゲーム部屋のカオスな光景が広がった。てか、おい。なんだ、あれ……小型のエアコンみたいなのついてるし、なんか内装が西洋風になってるし、色々アップデートされてやがる!

 霜月さんの方を見ると、窓の外を向いて、ヘタクソな口笛を吹いていた。よし、事情は後でじっくり聞いてやろう。

 そして、風変わりな押し入れを見て固まっていた夢野さんは、ようやくこっちを見て、引き気味な表情を見せた。

 

「……何、これ」

 

 俺が聞きたいです。

 



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夢野さんは料理がしたい

「なるほどね。じゃあ、決して稲本君はメイドを押し入れに住まわせるような鬼畜じゃないと」

「当たり前だろ」

「……は、はい、そこまでひどくはありません」

 

 事情を丁寧に話したら、夢野さんはようやくわかってくれた。あと霜月さん、『そこまで』とはなんだ。俺は一回もひどい事はしていない。

 夢野さんはもう一度押し入れに目をやると、盛大に溜め息を吐いた。

 

「しかしまあ、こんなとこで夜な夜なゲームしたり、寝たりしてるとか、あなた本当に変わってるわね」

「ご主人様ほどではありません」

「おい」

 

 何自然な流れで罵倒してくれてんだ。しかも、最近罵倒の時はオドオドが減ったのが憎たらしい。あとに見てろよ……いや、仕返しはこっそりしないと、ガチで命に関わる。

 まあ、それはさておき……夢野さんは、とりあえず納得してくれたようで、一人で頷いていた。

 

「……まあ、変な関係じゃないってのは、本当みたいね」

 

 ……俺ってそんなに疑われていたのか。忸怩たる思いだ。

 

 *******

 

「そういや、結局どんな用事があったんだ?」

 

 落ち着いたところで、とりあえず用件を聞いてみると、夢野さんは考える素振りを見せた。もしかして今考えてるとかじゃないよな。

 彼女は赤みのある茶色い髪を、そっと指で弄りながら、口を開いた。

 

「ほ、ほら、あれよ……クラスメートの家にいきなりメイドが来たんだから、クラスメートとしては?心配じゃない?色々と……ねえ?」

 

 ねえ?って言われても……まあ、気になるなら仕方ないが。

 ちらりと霜月さんの方に目をやると、彼女は夢野さんをじぃ~っと見つめていた。

 

 *******

 

 とりあえず、せっかく来てくれたわけなので、霜月さんを交え、一緒に課題を終わらせ、ゲームで対戦をしたりしながら、妙な感覚のまま過ごした。

 そして、6時を過ぎたあたりで霜月さんが立ち上がった。

 

「えと……わ、私はそろそろ夕食の準備を……」

「あ、あの……」

 

 すると、何故か夢野さんが手を上げた。

 

「どしたー?」

「?」

「あー、その……実は、その……あ、そうそう、私、今日はめっちゃ料理作りたいんだよね~。あ~、料理作りたい!」

「「…………」」

 

 思わず霜月さんと目を見合わせる。なんだ、この露骨すぎるアピールは。これ、とりあえずこちらから提案しないといけないやつだよね。

 

「あの……それじゃあ、料理、していきますか?」

 

 霜月さんがおそるおそる提案した。いや、お前が言うんかい!という感じがしないでもないが、まあ今はほとんど霜月さんが使っているからいいだろう。あとちらちらゲーム機を見るのをやめろ。本当は自分がゲームやってたいだけだろ。だが……

 

「しょ、しょうがないわねえ!!じゃあ、思いきり作らせてもらおうかしら!!」

 

 夢野さんはなんかめっちゃやる気だしてた。しかもツンデレまじりなんだけど……。

 その様子を見て、俺と霜月さんは再び顔を見合わせた。

 

 *******

 

 とりあえず、食材を買いに行きたいという夢野さんの要望もあり、近所のスーパーに行くことになった。ちなみに、霜月さんは家の防犯の為、留守番をしたいと言ったが、今頃ゲームをしているだろ 

 買い物カゴを載せたカートを押していると、野菜を手に取りながら、彼女は呟いた。

 

「まさか、稲本君と一緒にスーパーで買い物する日が来るとはね」

「まあ、たしかに……」

 

 成り行き(?)とはいえ、同級生とスーパーで夕飯の買い物をする事になるとは……うん。リア充っぽいな。俺が青春ポイントとか計算するマメな奴だったら、ポイントを加算してるだろう。

 今度は牛肉を手に取り、こっちを見ずに口を開いた。

 

「ねえ、普段からこうして霜月さんと買い物してるの?」

「たまに、だけど……まあ霜月さんはあの格好だし、無駄に目立つから」

「まあ、確かに……私は慣れてきたけど」

 

 本人もメイドとしての矜持があるのか、俺が行こうとすると結構拒否するんだけど、ゲームをエサにして、俺一人で買い物に行く日もある。

 てか最近は、学校だけではなく、この近辺の人も少し霜月さんに慣れてきた気がする。こっちの感覚が麻痺してるだけかもしれんが。

 

「あ、そこのカレー粉取って」

「はいよ」

 

 ……なるほど。カレーを作ってくれるのか。

 

 *******

 

 スーパーを出ると、夕陽はさっきより傾いていた。辺りはじんわり暗くなり、さっきまでベンチで駄弁っていた小学生もいなくなっている。

 そこでふと気になる事を思い出した。

 

「そういや、今さらだけど……家に電話は入れた?」

「ああ、いいのよ。ウチの親、忙しいから」

「……そっか」

 

 向こうがいいと言うなら、こちらからは特に何も言うつもりはない。まあ、我が家も両親は家を空けているしな。家庭の事情は人それぞれだ。メイドを置いていく親はなかなかいないと思うが。

 改めて我が両親の奇想天外さに感心していると、夢野さんは伏し目がちになり、何か呟いていた。

 

「それに……うかうかして胃袋掴まれたら、たまったもんじゃないからね」

「え?何て?」

「ふふっ、なんでもないわよ。さ、早く帰らないとね」

 

 赤い夕陽に照らされたその横顔は、やけにはしゃいでいるように見えた。



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メイドさん、今日は怠けたい

「ただいま~」

「もっかいお邪魔します」

 

 家に帰ると、ぱたぱたと奥から霜月さんがお出迎え……してくれるかと思えば出てこない。あれ?どした?ゲームに熱中して気づいていないのだろうか。まあ、別にいいけど……。

 そう考えながら、買った物を置きにキッチンまで行くと、リビングのソファーで、ゲーム機を片手に眠っている霜月さんがいた。

 普段はわけのわからない言動が多いメイドだが、こうして眠っている姿はまるで天使のようだ。

 本当に……なんで我が家に来たんだろうな……。

 すると、彼女の口がもごもごと動きだした。

 

「んん、い、いけません、ご主人様……そ、そんなとこ触っちゃ……」

「は?」

「え?」

 

 ど、どんな夢見てんだよ、このメイド……。

 隣にいる  さんから、何やら冷たい視線を感じるが、気のせいだと信じたい。

 そして、霜月さんはさらに口を動かした。

 

「だ、だめです、ご主人様……私はメイドです……CAの服は着れません……」

 

 夢の中で俺はどんなプレイをしてんだよ!!てか、この人実は起きてんじゃねえの!?

 眠っている人間に対して、どうツッコんだものかと思案していると、夢野さんに胸ぐらを掴まれ、がくがく揺さぶられた。

 

「ア、アンタ本当にこの子とは 何にもないんでしょうね!?夜な夜なコスプレさせてウハウハしてんじゃないでしょうね!?」

「し、してないから!あとウハウハって……」

「とてつもなくいやらしいことよ!!」

 

 ウハウハにはそんな意味があったのか。知らなかった。ていうか、苦しい……。

 そうこうしていると、霜月さんが目をこすりながら、むくりと起き上がった。

 

「ん~、騒がしいです……がってむ」

「し、霜月さん、助けて……」

「ん……あわわっ、ご、ご主人様、おかえりなさいませ……あ、こ、これはゲームをしながら寝落ちしていたわけではなくて……あの、その……せ、精神統一をしてました……!」

「そんなのどうでもいいから……助、けて……」

 

 今時小学生でもそんな言い訳しねえよ!などというツッコミをする余裕もなく、この後、しばらくこの状態が続いた。なんなんだ、この真逆の二人……。

 

 *******

 

「なるほどね。じゃあ、さっきのあれは本当にただの寝言で、それ以上でも以下でもないと」

「当たり前だろうが」

「も、申し訳ございません……あ、そ、そういえば、そろそろお腹が空いてきましたね……」

 

 さりげなく腹が減ったと自己主張する、霜月さんをスルーし、夢野さんは何故か安心するような溜め息を吐いた。

 

「まあ、そうよね。稲本君にそんな度胸があるはずないものね。あたしったら、何考えてたんだろ」

「…………」

 

 なんだろう。解決はしたんだろうが、すげえ複雑なんですけど。

 ちなみに、霜月さんの目はさっきからずっと食材の方を向いている。この人って割と本能のまま生きてるよな。

 

 *******

 

「よし、少しトラブルはあったけど、気を取り直して始めるわよ」

「任せた」

「いや、せめてあんたは手伝いなさいよ」

「…………マ、マジ?」

「マジよ。自分から料理すると言い出しといてアレだけど、私ここで料理するの初めてだから、調味料は場所とか知らないわよ」

「あ、そうか」

 

 確かにそのとおりだった。それに、同級生に料理を作らせといてまったく手伝わずに食うのも申し訳ないしな。ここはしっかり働いておこう。

 気合いを入れ、腕まくりをすると、霜月さんから声がかかった。

 

「ご、ご主人様、夢野さん、頑張ってください……」

 

 応援してくれるのはありがたいが、せめてゲーム機から顔を上げて欲しいものだ。

 手を洗い、夢野さんに目を向けると、彼女は既に野菜を洗い始めていた。

 よし、自分も手伝うか。

 そう思い、野菜に手を伸ばすと、次の野菜を取ろうとした夢野さんの手に触れてしまった。

 白く細い指先のひんやりと柔らかな感触に、胸がどきりと高鳴った。

 

「っ!」

「あ、ごめん!」

 

 お互いに慌てて手を引っ込めると、何故か彼女は明後日の方向を向いていた。

 

「……悪くないシチュエーションだわ」

「え?」

「な、なんでもないわよ!さあ、指示だすから言うとおりにして」

「りょ、了解……」

 

 どうやら忙しくなりそうだ。

 ん?なんかリビングから視線が……いや、霜月さんはねころがってるから気のせいか。



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メイドさん、張り合う

「じーー……」

 

 ご主人様が料理をしています。クラスメートの……野さんと一緒に。

 ただそれだけの事なのですが、つい目で追ってしまいます。

 どうやら私は意外と心配性なのかもしれません。まあ、ご主人様の事ですし、うっかり砂糖と塩を間違えたり、鍋を爆発させたり、とにかくギャグ漫画ばりの失敗をするかもしれませんし……あ、ゲームの続きしなきゃ。

 

「稲本君、そこの野菜取って」

「はいよ」

「味見お願い」

「ん」

「…………」

 

 中々の連携です。……野さんはご主人様に最低限の指示しか出さず、目一杯自分の料理上手をアピールしています。目的は何でしょうか。

 ……………………はっ!まさかこの家のメイドになろうとしてる!?

 こ、これは由々しき事態。……野さんにそんな目的があろうとは!

 しかし、この家のメイドはこの私!残念ながら譲るつもりはありません。

 

「……なんかアホな事考えてる気がする」

「私は名前を忘れられてる気がするわ。一応言っておくけど、夢野だからね」

「ご主人様、夢野様……あー、掃除をしてきます」

「何でこのタイミング!?いや、別にいいだけどさ!」

「…………」

 

 驚くご主人様と無表情でこちらを見ている夢野さんに頭を下げ、私はとりあえずご主人様の部屋を掃除することにした。

 

 *******

 

「霜月さん、一体どうしたんだ?まあ、掃除してくれるのはありがたいけど」

「……ねえ、私もメイド服着ようか?」

「何で!?いや、別にいいよ!これ以上メイドいてもリアクションに困るし」

「……あっそ」

 

 何故か不満げな夢野さんに首を傾げると、二階からガタンっと大きな物音が聞こえてきた。

 

「な、何?」

「わからん。ちょっと見てくる!」

 

 どうせ霜月さんが、何かに躓いて転んだんだろう。

 そう思いながらも、つい早足で自室まで向かうと、そこには……

 

「ご、ごめんなさい……」

「…………」

 

 霜月さんは、開口一番謝ってくる。

 彼女の前には、真っ二つになった俺のベッドがある。

 ……落ち着け。俺は何か見間違いをしているのかもしれない。

 俺はかぶりを振って、もう一度確認してみた。

 だが、当たり前のように目の前の光景は変わらない。

 ……落ち着け。落ち着け、俺。とりあえず事実確認をしようじゃないか。

 

「どうしてこうなったのか聞こうか?」

「……Gを見かけたもので」

「…………」

「…………」

 

 まだ季節は春だというのに、木枯らしが吹いたような沈黙が、二人の間を支配した。

 そしてこの時、俺は頭の片隅で、本能的な恐怖を感じていた。

 



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メイドさんにやや怯える

あー怖かった……。

とりあえずベッドのことは後で考えよう。漫画みたいにいつの間にか直ってないかなぁ。あるわけないけど。

てか、やっぱりあのパワー……桁違いだよな。

あれが自分に向けられたら……。

その先を考えないように俺はかぶりを振った。

いや、何考えてんだ俺は。

霜月さんの何を考えているかわからない表情を浮かべながら、自分の考えかけたことをきっぱり否定した。

 

「あの、ご主人様……」

「…………」

「ご、ご主人様?」

「うわぁ!びっくりしたぁ……」

 

 どうやら考え事に耽っているうちに、霜月さんから呼ばれていたらしい。

 その目はやたらおどおどしていた。

 

「あの……怒って、ますか?」

「…………」

「ご、ご主人様……」

「怒ってないと言えば嘘になる。でも、Gが出たなら……仕方ないか」

「はい、仕方ないです」

「おい」

「わ、私、今からベッド直してきます」

「え?そんなスキルあんの?」

「いえ、なんかできそうな気がしますので……」

「やめて、不安だから!次は部屋が壊れちゃう!」

「は、はい……」

 

 まったく、何を考えているのか……。反省はしているんだろうが。

 二人して台所に戻ると、夢野さんがこちらを見た。

 

「あ、戻ってきた。どうだったの?」

「……まあ、大丈夫だった。何でもない」

「その割には疲れきった顔してるけど……」

「ははっ、いつもこんな感じだし……」

「そ、そう、じゃああえて聞かないことにしとくわ」

「……いい匂いがします」

「確かに」

 

 どうやら二階でドタバタしているうちに、意外と時間が経ったらしい。夢野さんは料理を作り終えていた。

 カレーのいい匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を刺激してくる。

 

「ドタバタしてるうちに作っちゃった」

「うん、ごめん」

「いいわよ。作りたいっていったの私だし」

「じゃあ、皿に盛るくらいは俺がやるよ」

「ありがと」

「……よろしくお願いします」

 

 おい、メイドさんよ。そこはとりあえず形だけでも「私がやります」とか言わないんかい。いや、いいんだけどね。

 さっさと皿にカレーライスを載せ、テーブルに並べると、自然と三人同時に「いただきます」と手を合わせる。

 そして、カレーを一口頬張ると……

 

「……うまい」

「……美味しいです」 

 

 自分で作ったやつより明らかにうまい。何だ、これ。夢野さんにこんな特技があったなんて……!

 霜月さんも料理は上手だが、驚きで目を丸くしていた。

 さらに彼女はぽつりと呟いた。 

 

「ラ、ラ、ライバル出現……私のポジションが……」

「いや、別に稲本家のメイド目指してないから」

 

 真っ先にそこかよ。安心しろ、こんな唯一無二のメイドいないから。

 一人で勝手に震える霜月さんを、夢野さんは呆れた目で見ていた。

 

 



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