それで例え死んだとしても (くま)
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藍染 ひまり 110年前
真央霊術院、特進学級──席官を目指し、優秀な生徒達が日夜練磨を続ける場所だ。
このクラスに在籍する若者は、護廷十三隊への入隊が決まっていると言っても過言ではない。
故に講義だけでなく、様々な実践や演習がある。
だからこそ只の講義を全力で受ける輩は少ない。
しかし、今日だけは別だった。
何故か──など聞かずとも見ればわかる。
部下への人望が厚く、カリスマのある好青年。
それでいて優しさも併せ持った
「──斬魄刀との対話を続けることが始解、そして卍解へ繋がっていく。これを欠かさないことが強さへの近道だと思うよ」
基礎から発展まで語った後に、自分の見解を述べて講義を締める。
その後には最後に、と付け足して鏡花水月を使う。
もう何十年も繰り返してきたことだった。
そして、違ったのはここからだった。
隊長格による始解の解放。
一生に一度見ることができるか、という光景をのめり込むように眺める生徒達。
にも関わらず、一人だけ鏡花水月から目を背けた女がいた。
入念に目まで瞑っている。
「っ!……砕けろ、鏡花水月」
偶然かと思い暫し待つが、こちらを見る気配はない。
藍染は注目を浴びたまま黙っているわけにもいかず、解放せざるを得なかった。
まだ能力を悟られたわけではない。
発動条件について知られているだけなら誤魔化せる。
後で機を窺って完全催眠を掛ければ良いだけだ、と自身に言い聞かせる。
だが同時に、それだけで終わらない、という確信もあった。
──目ぼしい経歴を持つ死神が居なかったので油断していた。
虚化実験の処理に予想外に手間取ったのもある。
隊長格を八人同時に消したことで、忙しくなり資料を読み返さなかった。
ギンからの報告にも気になる死神はいない、とのことだった。
だが、そんなことは言い訳にはならない。
あの女について調べて、最悪消す必要がある。
それほどまでに危険な相手のはずだ。
だが、完全催眠を回避されるという予想外の出来事に慌てるわけでもなく、藍染は口角を上げ小さな笑みを溢した。
「……少しは退屈しないで済みそうだ」
調べると意外なほど簡単に情報は出てきた。
早乙女ひまり――特進学級の元主席で、鬼道に優れる。
流魂街六十二地区『花枯』出身。
非常に霊圧の変動が激しく不安定、病弱な一面も見られるが、常に落ち着いて行動できる、とのことだ。
ギンが真央霊術院を1年で卒業したことで、話題になっていなかったのだろう。
霊圧こそ大したことなかったが、既に八番隊の席官に内定済み。
あの講義を受けた後すぐに隊舎室へ入ったらしい。
そこなら手は出せないとでも思ったのだろうか。
それとも仲間がいるのか。
先手を打たれているのは明らかで、こちらを挑発している可能性もある。
……マークしておくべき相手だった。
既に始解を会得しているとのことで、其れによって鏡花水月の情報を知ったのかもしれない。
他に繋がりがあると厄介、情報を漏らされても困る。
だからこそ今動く。
どんな相手だろうと躊躇いなく殺せる、その自信が藍染にはあった。
調べものをしたその足で八番隊隊舎へ行き、近くの隊員に確認をとる。
「新入隊員の早乙女くんは居るかい?」
「あっ、藍染副隊長ッ!?昼間からどうしてここに?」
急な藍染の来訪で他の隊員達も唖然としている。
その後に慌てて敬礼の形をとった。
「今は藍染『隊長』だよ。仮だけどね。それで、彼女はどこに?」
「も、申し訳ありませんっ!平子隊長のことはほんとに残念で……っ!──早乙女は確か自分の席官室にいるはずです」
確か七席だったか。
部屋にいると分かれば十分だ。
その隊員へ一言礼を述べて、気配を殺しながら部屋の扉の前まで来たところで──
「……中入れば?」
凜とした、ハッキリした声でそう言われたのだ。
藍染の消した気配すらも察知するということは、隠密起動よりも索敵能力が上なのか。
それとも、此処に来ることまで予想されていたのか。
まだ予想の範囲内だが──面白い。
「君がそこまで面白い人だと思っていなかったよ」
最早取り繕う必要はない、バレているのだろう。
悠然とした態度で彼女の前に姿を現す。
彼女は此方を見ると、長い黒髪を揺らしながら、嬉しさも悲しさも混じったような顔で問いかけてきた。
「──あ、団子食べる?」
言った後に、少し後悔したように口を尖らせた。
随分余裕のあることだ。
藍染はもう一度、小さく笑った。
「じゃあ一つ頂こうかな」
そういって目の前の男──藍染惣右介は団子の刺さった串を手に取った。
目が笑っていないし、凄まじい霊圧。
さすがラスボス……!
絶対に京楽さんが覗きに来たと思っていたので、凄いお気楽気分だったのに!
突如邂逅した黒幕を前に、なんでこうなったという気持ちが込み上げてくる。
BLEACHが大好きだった当時の自分は、転生したことに気づくと跳び上がるほど喜んだ。
女の体には違和感があったが、女の体だろうと卯の花さんみたいに強くなれるのだ。
毎日欠かさず霊力を使う練習を繰り返し、流魂街でくすねた斬魄刀で刀禅を続けた。
お陰で始解を手に入れることもできたし、同年代の中では誰よりも鬼道は上手いつもりだ。
そんな自信を持って原作介入しようとした時に、事件は起きた。
明らかに自分の霊圧が弱まったのだ。
それは違和感では済まず、そのまま私は喀血した。
直感的に分かった。
──原作には関わるな、そう神に告げられたのだ。
それ以降、諦めて寂しく暮らしていたのだが……、この最強の男に目をつけられてしまったらしい。
鏡花水月を食らわないのは無理があったか。
ヤバいと思って真央霊術院から八番隊隊舎まで逃げてきたが、無意味だったようだ。
兎に角、相手はあの藍染惣右介。
下手な誤魔化しなんて聞くはずがないので、口数はできるだけ少なく、ボロを出さないようにするしかない。
今はこの動かしづらい表情筋に感謝だ。
「率直に聞く。君はどこまで知ってるんだい?」
目の前の霊圧が更に強くなる。
余裕ぶった顔をするのもキツくなってきた。
「大体全部……かな?」
あくまで知識としてだけど、と付け足しておく。
原作で語られたことなら大体記憶している。
王建創成の詳しい理由とかまでは覚えてないので、未来予知とかではないと伝えておく。
藍染はほう、と呟いた後に考え事を始めたらしい。
私の殺し方でも考えているんだろう。
不味い。
フォローを入れておかないと。
「誰にも言うつもりはないけどね」
「言う言わないなんか気にしてないさ。それより君に興味が湧いてきたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、胃の中から何かが迫り上がってくるのを感じた。
比喩ではない、本当に口から血を吐いたのだ。
霊圧も少し減った。
ここがターニングポイントだとわかる。
これ以上原作に関わるのはやめておけ、と体が私を止めてくれているのだ。
死神に関わらず、流魂街で静かに暮らせというお告げだ。
「……っ!……こんな風に、体が時限爆弾でね。放っといてもすぐ死ぬよ……っ」
「霊圧の低下、いや完全な減少……?面白い病気を抱えてるみたいだね」
君を使えば計画はより上手くいくかもしれない、と微笑みかけられる。
笑えないしどう反応しろと。
……結局いつ死ぬかの違いだな。
なら原作じゃ分からなかったことを知りたいな。
「っ研究に使いたいならどうぞ……。でも、私はあなたが知りたい……」
藍染の過去に何があったのか。
どうして崩玉まで至り、何が欲しかったのか。
一護が感じた孤独とは何だったのか。
原作では語られることのなかったことを知りたい。
──それで例え死んだとしても。
またちょっと霊圧が減ったけど、後の鍛練でその分増やせば問題はないはず。
痛みなんて耐えればいい、既に痛覚が麻痺するところまで来てるし……。
きっと成長期だし何とかなるさ。
ここを乗り越えられなければ、何の意味もなく無駄死にするだけだ。
「信用できないなら、完全催眠も受けるよ。だから知りたい」
「……なるほど。確かに君は面白い子だね」
また身体中を襲う痛みが強くなった、視界が暗くなる。
そんな中、薄ら笑いを続けていた藍染の顔が少しだけ歪んだのが見えた。
くそっ、イケメンの顔は目を細めてもイケメンなんだな。
そう思いながら私は意識を手放した。
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京楽 市丸 107年前
魂魄消失事件から二年。
隊長格が七人、副鬼道長も消えるという前代未聞の事件の影響は戸魄界に色濃く残っていた。
被害が大きかった十二番隊は、未だに完全復旧の目処が立っていない。
八番隊も副隊長、矢胴丸リサを失った。
話かけやすい態度、聡明ながら面倒見が良く、多くの隊員から愛された副隊長だった。
その席は空白のままだ。
それでも八番隊が立ち直れたのは、その穴を埋めようと奔走した新人──早乙女七席の存在が大きい。
貯まりつつあった執務室の書類仕事を一心に請け負い、空いた時間には病体に鞭を打つかの如く訓練を続ける。
そして隊に蔓延る暗い雰囲気を払拭しようと、笑顔を作る姿は隊員達の目を惹いた。
前副隊長の代わりに、子供に本の読み聞かせをする姿なども目撃されている。
──病弱な身の新人に、これ以上無理をさせるわけにはいかない。
その気持ちが全員に波及することで、八番隊は立ち直っていったのだ。
「ひまりちゃん、今日も精が出るねぇ」
「──京楽隊長……っ!おはようございます」
白打の練習をしていたひまりの手が止まる。
息を整えるよりも先に頭を下げるのがこの少女らしい。
……はだけた服すらも直さずに。
咄嗟に京楽は目を背ける。
「あーえっと、今日は白打の練習かい」
「はい。鬼道は霊力がなくなったら使えないので」
そうは言いつつも納得いかない表情から読み取るに、白打は上手くないらしい。
真央霊術院時代は鬼道が得意だったと聞いた。
子供の頃から霊力を使っていたらしく、彼女にしてみれば一番の武器に違いない。
いつも霊圧を隠しているが、実際は身に余るほど持って居るはずだ。
にも関わらず霊力がなくなった時を想定した訓練をする辺り、やはり彼女はズレているのだろう。
向上心があるというべきなんだろうか。
「で、隊長はなんでここに?」
「なんでって、副隊長要請だよお。何度もしてるじゃない」
「……何度も拒否してるじゃないですか」
「でも八番隊には入ってくれたよ」
副隊長を失い気丈に振る舞う京楽を慰めたのが、当時学院の六回生だったひまりだった。
度々団子屋で出会い、何でもない話で笑いあった。
自分が隊長だから、学生が胡麻を摺っているだけだとしても、落ち込んでいる自分を気遣ってくれるのは嬉しかった。
そして
『──もう死神になる気はないですよ。適当に就職するつもり』
寂しげな笑顔で、寂しそうに目を伏せて彼女はそう言った。
治ることのない病気を抱えているから、入っても隊に迷惑をかけるだけだと。
その言葉を聞いた日から、京楽によるひまりへの
「隊長からの入隊要望を4回も断るなんてキミくらいだよ」
やれやれ、と肩をすくめる。
「最初から副隊長なんて、誰でも嫌がりますよ」
ひまりが京楽に批難がましい視線を送る。
「だから七席にしたじゃないか」
一年だけのつもりだったんだけどね、と呟く京楽は飄々としたままだ。
いなくなった人の影を追い続けるわけにはいかない。
隊長は割りきることも仕事だ、そう励ましてくれたのも彼女だった。
だからこそ、彼女が副隊長として欲しい。
彼女だって副隊長就任を嫌で拒否をしているわけではないし、何か切っ掛けがあれば頷いてくれそうなのだ。
だからこそ切り札を切る。
「──それに、副隊長になれば、キミの病気を卯ノ花さんに看てもらえるかもしれないよ?」
「っ──!!」
病気の詳しい内容までは京楽は知らない。
だが、その効果は覿面だった。
柔らかかったひまりの表情が一瞬だけ強ばり、同時に考え事を始める。
彼女は決して生を諦めているわけではない。
1%でも生き残れる可能性が上がるなら、飛びついてくると確信していた。
たっぷり時間をかけて逡巡した後に、ひまりが口を開く。
……その口端から血が漏れる、喀血してるのだ。
彼女が大きな決断する時、体調が悪くなることを京楽は知っていた。
「私は、──こんな風に体が弱いです」
「知ってるよ。大丈夫、浮竹もだよ」
「矢胴丸副隊長のように皆に慕われるようなタイプじゃないですよ」
「キミは十分慕われてるとも」
自己肯定感が低い彼女だが、少なくても八番隊で君を嫌がる人はいない。
むしろこれからキミと関わる人は、皆きっとキミを好きになるだろう。
「……伊勢七緒が立派になるまでの代理。それくらいなら務めてみせましょう」
「ああ、十分だよ。ありがとね」
もう一度、ひまりが痰が絡んだ咳と共に血を吐き出す。
だが、その瞳には何かの決意が浮かんでいた。
何かを呟くが京楽には聞き取れない。
でもきっと何か、決意宣言でもしたのだろう。
「原作……変えてやったぞ……っ!ざまーみろ」
もう一度血を吐いた後、彼女は不敵に笑った。
「ギン、君は彼女のことを知っていたんじゃないかな?」
「──やだなぁ藍染隊長、ボクのこと疑ってはる?」
その細めた目、薄い笑いからは何も窺いしれない。
しかし藍染には、ギンと早乙女ひまりが知り合いである、という半ば確信に近いものを抱いていた。
「今に至るまで、六十二地区『花枯』から真央霊術院に入ったのは君と彼女の二人しかいない。君が死神になると決めたのは、前年に入学した彼女という前例があったからじゃないか?」
他にも、彼女が休学する直前に帰郷した記録が残っている。
この日はギンも帰郷していたはずだ。
「……覚えてないなぁ。もしかしたら挨拶くらいは交わしたかも知らへんよ」
忘れてたら堪忍な、と言うがその顔色は変わらない。
「別に怒ってないさ。むしろ興味深い存在を残してくれたことに感謝してるとも」
──ただ、その興味の対象である彼女は、事あるごとに体調を崩して床に臥せている。
病気のはずがない、調べたが
一般的に霊圧に変化が起きると、それは鎖結と魄睡に異常が現れる。
しかし、藍染ですら異常を見つけることは出来なかった。
つまりこれは何者かが恣意的ではなく、痕を残さないように計画的に彼女の霊圧を奪い続けているのだ。
一体どんな術か呪いか、これを解き明かせれば尸魂界を落とすのが更に容易くなるはずだ。
藍染は本気で解毒法を考えていた。
そこに邪な思いはない。
黙っていたギンが、はっと思い出したかのように口を開いた。
「そういえばひまりちゃん、ゲンサクっての人へ恨み節吐いてはったなぁ」
あれは盗み聞きでもわかるほど、明確な怒りを持っていたなぁ。
ギンの表情からは何も窺い知れない。
「!――じゃあギン、一緒に彼女の身元でも調べ直そうか」
何か分かるかもしれないよ、と藍染は歩幅を大きくして外へと歩いていく。
対するギンははいはい、と覇気のない声で藍染の後ろについた。
「……あの子も、難儀な人に目をつけられたもんやね」
記憶にあるのは、自分の袖を掴む少女だ。
死を覚悟して藍染の元へ着くと決意した夜の事だ。
『それ以上藍染に関わると、君は死ぬよ』
『……は?』
その時は、聞き間違えたかと思ったほどだ。
肩で息をするその姿から、少女の方がよっぽど死にそうに見えた。
そんな縋るように止めてくれた少女を無視したのも自分だ。
だからこそ、自分の身を案じてくれた早乙女ひまりを、できるだけ藍染から遠ざけてやりたかった。
しかし、その願いは通じなさそうだった。
「困ったもんやなぁ」
もう市丸ギンにできるのは、彼女の呪いが解けるのを祈ることだけだった。
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