機動戦士ガイバーSEED (雑草弁士)
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第001話:ヘリオポリスとGATシリーズ

拙作「強化人間物語 -Boosted Man Story-」の感想返しで、馬鹿な事を書いてしまい、それが原因で思いついた作品です。更新は「強化人間物語 -Boosted Man Story-」や「鋼鉄の魂」を優先するので遅くなりますが、少しづつでも書いて行きますので、よろしくお願いいたします。


 その白金の髪を持つ青年は、ぽつりとつぶやいた。

 

「……腹立たしいな。」

 

 傍らに控えるもう1人の黒髪の青年も、それに追随して言葉を発する。

 

「はっ。『血のバレンタイン』も愚かな行為でしたが、それに対する報復として行われた『オペレーション・ウロボロス』、そしてその結果としての『エイプリル・フール・クライシス』……。

 被害者は地球全人口の10%、10億人にのぼると思われます……。」

「……優秀な素体が、数多く失われた。それだけではない。「神将」メンバーとして目をつけていた者までもが、4名も喪われた。

 本拠地であるシラー島では、原子力発電……核分裂炉による発電に頼っていなかった。それ故に我々自身はさほど大きな影響を受けなかったが……。民草に紛れ込んで活動していた同志たちの窮状は、目も当てられん。」

「現状、「表」の世界の官僚、政治家、軍などに潜り込んだ者達、および「表」で経営している財閥組織などを通じ、同志たちやそれに準ずる者たち、および資金、物資、技術を取引している先などには急ぎ支援を行っておりますが……。なにぶん事態が事態ですので……。」

 

 最初の青年は、黒髪の青年に振り返って言った。

 

「多少「計画」が遅れてもいい。デッドラインさえ越えなければ……後から取り返せるならば、かまわんから、最大限の支援をしてやれ。」

「ははっ!」

「頼むぞ……。」

 

 白金の髪を持つ青年の傍らに控えていた黒髪の青年は、頭を下げると次の瞬間、その場から消えた。そして1人残された最初の青年は、はっきりとした苛立ちをその表情に出し、天空を……宇宙を見上げた。

 

「……ブルーコスモスの馬鹿者どもに賛同するわけでは無いが。だが、それこそ『青き清浄なる』母なる地球そのものに牙を向けた愚か者どもめ……。」

 

 その目には、宇宙に浮かぶP.L.A.N.T.……プラント、地球連合と事を構えるザフト軍、その本拠地であるスペースコロニー群が映っていた。青年は宇宙に浮かぶ砂時計を、母なる大地の上から、憎悪の目で見つめ続ける。どこまでも深く広がる、宇宙は広大であった。

 

 

 

 C.E.71年1月、あの青年はオーブ連合首長国の資源衛星コロニー、ヘリオポリスへとやって来ていた。白色に近い金の短髪、涼やかな紅の瞳、白人系の肌の色、すらりとした長身、ほんの少し尖った耳、キリリと引き締まった顔。

 いかにもな美形であるが、何故か彼に声をかける者はいない。と言うか、彼の気配は薄く、彼に気付けるものはほとんどいないのだ。そして彼に気付ける者は……気付いたとたん、ひれ伏しそうな威厳を感じ、声をかけられなくなってしまうのである。

 そしてそう言った者たちは、彼の威厳に動きが取れなくなり立ち尽くしている間に、いつの間にか姿を消してしまう。それは、彼に影の様に付き従っている、もう1人の黒髪の青年のしわざであった。

 

「……ご苦労、タカシ。」

「失礼ながら、ここはどこに耳があるか……。」

「そうか、つい、な。ご苦労、アルーミック・ミラービリス。」

「はっ。」

 

 地球にいた彼らが、いかにして宇宙にあるコロニーへやって来たのか……。それはわからない。普通に旅客船のチケットを買ってきたわけでは無い事は確かだ。彼らは身分証明のための偽造パスポートこそ持っているものの、旅客船の乗員名簿には彼らの名は無かった。どの時間帯の、どの旅客船であろうと、である。

 

「……で?」

「は。既に見つけて、データは極秘裏に奪取しております。」

「だが……。使い物になるか?」

「なりませんな。われわれの試作機よりも、数段劣ります。ましてや正式採用の量産機には。ただし、一部技術には見るべき物もありますが……。」

「やれやれ、ホレイシオが喜ぶかと思ったのだがな。」

「ドクター・ベサントが見れば、鼻で笑うか……。もしくは旧人類たちの努力は認め、上から目線で称賛するかでしょうな。」

 

 白金の髪の青年は、苦笑を漏らす。と、そこへ真っ赤なボールが転がって来た。そのボールは、青年たちの足元で止まる。そしてボールを追って、バタバタと幼い少女が駆けて来た。

 

「はぁ、はぁ……。あった!……?」

 

 ボールを追って来た少女は、立ち止まる。そして、立ちすくんだ。

 

「!!」

「……おもしろいな。この少女、わたしたちを認識できる様だ。」

「では直ちに……。」

「いや、母親と思しき者が探している。親子を引き剥がす真似は、望むところでは無い。素直に返してやれ。」

「は。」

 

 そして青年は、しゃがみ込んで赤いボールを拾うと、少女と目を合わせて話しかけた。

 

「……これを探していたのだろう?持って行きなさい。」

「あ、は、はいっ!あ、ありがとう、おじちゃん!」

「おじっ!……そ、そうか。気を付けてな。」

「はいっ!あ、わたしエルです!ボールひろってくれてありがとう、おじちゃん!」

 

 青年は、渾身の努力で笑いを堪えている自らの腹心、アルーミックを横目で睨みつけると、エルと名乗った少女に言った。

 

「エル、か。良い名だ。わたしはサマ…サミュエル・サザランドだ。おじちゃんではなく、できればそちらで呼んでくれ。」

「はいっ!サミュエルのおじちゃん!」

「……お母さんが君を探しているみたいだぞ?そろそろ行きなさい。気を付けてな。」

「さよーなら!」

 

 バタバタと走り去っていく少女を見送って、青年……サミュエルは立ち上がった。そして溜息を吐いて言う。

 

「笑ってもいいのだぞ?」

「さすがにそれは……。」

「どうせ、おじちゃんどころか実年齢は爺さんだ。ふ、お前のように実年齢まで若いやつが羨ましいな、くくく。」

「……むっ?」

「!?」

 

 サミュエルとアルーミックは、急に顔を引き締めると明後日の方角を向いた。その先にあったのは、グレーの巨大な人型機械だ。トサカ状の構造物を後頭部に持つソレが2機、コロニー内を飛翔し、手に持つ火器で工場区画を攻撃していた。これこそがザフト軍の主力兵器、MSである。

 

「ザフトのジン!ぬかった!こんな近くまで気づかないとは!気を抜きすぎたか!」

「申し訳ありません、サマエル。」

「良い、それよりもコロニーの人々を守らねばならん。」

「は。しかしそれは……。」

「シェルターに逃げ切るまでの時間を稼げれば良い。民草を……一般人を守らずして、何が新人類の指導者かよ。

 何よりここは、「本来なら」中立コロニーだ。それを最低限の建前も守らずして攻撃を加えるとは、嘆かわしい。」

「……了解しました。ヴァモアに調整された者が、ちょうど数名ばかり近くに。」

 

 サミュエル……サマエルとアルーミックは、精神を集中させる。十数秒の時間が経過した。そしてコロニーの工場区画より、閃光が奔る。その閃光は2機のMS……ジンのコクピット部に命中し、各々その装甲を融解せしめた。パイロットが蒸し焼きになったのだろう、ジンは動きを止めた。

 だが……。

 

「く、外の艦から増援が来ているな。」

「……コロニー内に入った物は、引き続きヴァモア隊に。外の敵は自分が。」

「……頼めるか?」

「御意。ゼルブブス!パナダイン!ゼンクルブ!」

 

 その呼びかけに応え、何処からともなく黒いスーツ姿の男3人が現れた。

 

「お前たちは、わたしが帰還して任を解くまで、サマエルをお守りしろ。その身に替えても、だ。」

「「「はっ。サマエル閣下の護衛、この上ない名誉にございます。」」」

「ではサマエル閣下、行ってまいります。」

「頼むぞ、アルーミック。」

 

 アルーミックは姿を消す。だが……。

 

「……!?」

「サマエル閣下!」

「こちらへ!」

「良い!く、あれは連合のGATシリーズ……。GAT-X102デュエル、GAT-X103バスター、GAT-X207ブリッツ、GAT-X303イージス……。ザフトのジンと合流しただと?ザフトに鹵獲されたか。」

 

 サマエルの視線の先では、4機のMSがのろのろと動いていた。時折ジンが手を貸している。白とブルーグレーの機体GAT-X102デュエル、緑とカーキ色の機体GAT-X103バスター、黒い機体GAT-X207ブリッツ、赤紫の機体GAT-X303イージスの4機は、のそのそ逃走をはかっていた。

 サマエルは目を閉じて集中した。ヴァモア隊と呼ばれた者たちに、念を送って通話しているのだ。

 

(……ヴァモア隊、優先目標変更。あの黒い細身の機体、GAT-X207ブリッツを撃墜せよ。他のGATシリーズに使われている技術は、いずれザフトでも開発し得るが、ブリッツに搭載されているステルス系の技術は、今ザフトに流出させるのはまずい。)

((((((御意!))))))

 

 そして工場区画から、再度閃光が迸る。それは、動きが明らかに鈍い黒いMSを連打した。急所にあたったのか、爆散するブリッツ。パイロットは脱出できなかった模様だ。

 

(ヴァモア隊、急ぎ撤退だ。ジンがそちらへ向かったぞ。)

((((((了解!))))))

 

 それきり閃光は止んだ。サマエルは、溜息を吐く。

 

「……む、あれは?GAT-X105ストライク?動きが他のGATシリーズと違うな……。」

 

 いかにサマエルと言えど、今の乗り手である少年が、ストライクのOSを適当にちょちょいのちょいで書き換えた事など、知る由もない。ちなみに適当とは、適切に当たる、の意味である。けっしてデタラメに、と言う意味ではない。ストライクは工場区画に向かったジンと対峙、圧倒的な力でそれをねじ伏せる。そしてジンは爆散した。

 

「……戦い方はデタラメ、か。正規の兵ではないか、あるいはパイロット教育を受けていないだけかも知れんが。む、灰色になった。フェイズシフトが落ちた、か。

 アルーミックの方はどうなったかな。アルーミックが倒される心配はしていないが……。やり過ぎていないかが心配だな。」

 

 失笑しつつ、彼は脱出していく3機のGATシリーズを見送った。赤紫の機体、イージスが何度も何度も名残惜しそうに、ブリッツが爆散した辺りを振り返っているのが、印象に残る。だがサマエルは同情しない。ザフトは民間人まで巻き込んで攻撃をしかけてきたのだ。それは彼にとって許せない事であり、赦せない事であった。

 

 

 

 ちなみにアルーミックは、やり過ぎていた。

 

 

 

 アルーミックは宇宙空間を、宇宙服も着用せずに飛翔していた。そして彼は、ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスを発見する。ヴェサリウスは僚艦のローラシア級MS搭載艦ガモフと共に、暢気にヘリオポリス近傍の宇宙空間へ浮かんでいた。自分たちが攻撃する側であり、攻撃される側であるなどとは思いもしない様だ。

 

(……サマエル閣下のため、沈んでもらうぞ。)

 

 ヴェサリウスのエンジン部付近に向かい翔んだ彼は、そこで叫んだ。いや、真空の宇宙空間だから声など出ないのだが。

 

(獣・神・変!!)

 

 アルーミックの額に埋め込まれたゾア・クリスタルが光り輝き、彼の姿が変わる。一言で言って、化け物だ。だが、ある意味では美しいとすら言えるだろう。均整の取れたマッシヴなスタイル。白を基調にして、黒でアクセントが付けられた美しいとも言える造形。更には肩と前腕部には金属製のプロテクターが装備され、醸し出される機能美を増幅していた。

 彼は右手刀を高々と掲げる。その手刀に光が収束していき、そして手刀が振り下される。必殺の切断波が放たれ、ヴェサリウスのエンジン部どころか、艦の尾部がさっくりと斬り落とされた。ヴェサリウスは、あっさりと爆沈する。

 

(次は僚艦の……む!?)

 

 どうやら間一髪でヴェサリウスの爆散から逃れ、発艦していたMSがいたようだ。白いMSである。ジンを更にシャープにした様な外観を持つ指揮官用MS、シグーだ。

 

(シグー乗りで白色の機体……。あれがラウ・ル・クルーゼか。)

 

 シグーは手に持った火器を発砲する。MMI-M7S、76mm重突撃銃……普通なら人間サイズの相手に使う武器では決してない。だがシグーの乗り手であるクルーゼは、敵……獣神将アルーミックの恐ろしさを、ひしひしと感じているのであろう。アルーミックの超感覚には、クルーゼの驚愕、恐怖、そして絶叫が手に取るように感じられていた。

 

(ふむ、何がしかの超感覚を備えているのかも知れんな。遺伝子コーディネートでは発現は難しいはずだが?元々の血筋が、そう言った因子を備えていたのかもしれん。)

 

 アルーミックはそう思いながら、重力バリアでシグーの放つ砲弾を軽々と受け止める。MSで人間大の存在に射撃しているのに、恐るべきことに外れ弾は1発も無かった。しかしそれ以上に恐ろしい事に、人間サイズでしかないアルーミックの纏うバリアは、MSが放つ砲弾の威力を、完全に殺していた。

 そうしながら彼はクルーゼ隊に残された最後の艦である、ガモフを葬り去ろうと右手を高々と掲げた。ふとその彼の目に、強奪されたGATシリーズのうち3機が、ガモフによたよたと着艦するのが映る。

 

(なぜ地球連合軍の機体が、ザフト艦に?……まあ、今はあの艦を沈めるのが先だ。わたしはサマエル閣下とは違って、優しくはないぞ。)

 

 そしてシグーの武器であるMA-M4が……重斬刀が、アルーミックに叩きつけられる。何度も言うが人間サイズに用いる武器ではない。何度も言うが、人間サイズに狙ってあてられる武器ではない。しかしクルーゼのシグーは、その奇跡を成し遂げた。

 そして、これ以上奇跡は起こらない。

 

(やれやれ。)

 

 重斬刀は根本からポッキリ折れた。否、バリアこそ破られはしなかったが、苛立ったアルーミックが切断波で斬ったのだ。

 

(それほど先に死にたいのなら、死なせてやろう。)

 

 アルーミックは、手を差し伸べる。その掌の上に、重力波が渦を巻く。そしてその渦が消え、突如クルーゼのシグーの周囲に再出現した。サイズ、威力、すべてをおそるべきまでに増幅して。

 

(ぎゃあああぁぁぁ!!)

(……五月蠅いな。)

 

 アルーミックの脳裏に、クルーゼの絶叫が響く。やはりクルーゼは、なんらかの形の精神感応力を持っていたのだ。それであそこまで正確に、アルーミックの位置を捉える事ができたのである。だが悲しいかな、クルーゼのシグーにはアルーミックの防御を貫く武器が無く、防御面でもアルーミック相手では……獣神将最強クラスの重力使い相手では、ちり紙に等しかった。

 爆散するシグーに背を向け、アルーミックはガモフを沈めんと向き直る。が、その時ガモフは既に回頭して、全速力で逃げているところであった。クルーゼの無様な死に様は、それほどの衝撃を与えたのだ。

 

(ふむ?こちらの姿は万一見えていたとしても、宇宙服か何か……。つまり機動歩兵ぐらいにしか思われていないはずだがな?まあ、気持ちの良い逃げっぷりだな。しかし……。

 しかし、逃がしてやる意味も無いな。)

 

 そしてアルーミックは、右手をかざし掛けて、そこで手を止める。消えかけている、しかし強固な、そして狂気に侵された、そんな思念を感じ取ったからだ。

 

(死ねない……。死ねん……。目的を果たさずして……。復讐を果たさずして……。まだ、まだ死ねん!!ま……だ……ま……。)

 

 先ほど撃破したシグーから、どうやって脱出したのか、ラウ・ル・クルーゼは宇宙空間にパイロット用ノーマル・スーツ姿で浮遊していた。アルーミックは慣性により明後日の方角へ飛び去ろうとしていたクルーゼを捕まえる。

 

(ふむ、これは……。すぐ死ぬ、か。だが、生きたままドクター・ベサントのところへ連れて行く事ができるならば……。

 む?)

 

 ガモフは既に遠く離れていた。アルーミックの力ならば、その気を抱けばガモフを撃沈、消し去る事も可能だが……。

 

(可能だが……。やめておこう。あの程度は構わぬだろうさ。それよりも今はこちらだ。ドクターが興味を持つかも知れぬ素体を、生かして連れ帰……!?こやつは……。)

 

 獣神将アルーミックが、本気で驚く事はそうは無い。今回はその稀な例外であった。

 

(こやつ、わたしの感覚が確かだとするならば……。ナチュラル……だと?)

 

 そして彼は、希少なサンプルを生かして連れ帰るため、クルーゼのために瞬間移動能力までも発揮してコロニー内に転移し、早急に応急手当を行ったのであった。




「血のバレンタイン」を引き起こした地球連合軍も地球連合軍ですが、ニュートロンジャマー使って10億人殺しといて、「血のバレンタインの被害者の怨みを~」って叫んでるザフト兵士やなんかも薄っぺらく感じますね。もう報復は充分すぎるほどやったろうに、と思うのですよ。


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第002話:強殖装甲

 直径が2mほどもある強化ガラスのシリンダーに満たされた液体の中で、全裸の男が浮いていた。その男の名は、ラウ・ル・クルーゼと言う。

 

「ホレイシオ、どうだ?この男の様子は。」

「ははっ、我が主サマエル。一言で言えば、ボロボロですな。この者は、誰かのクローンとして創り出されたと思われます。ですが、テロメア遺伝子の減少短縮問題を解決できない、失敗作の短命クローンとして生れ出たものであると。」

「ふむ、哀れなものだな。」

「確かに。」

 

 クルーゼの入ったシリンダーを前に、サマエルとアルーミック、そして老年に見えるが、異様に生命力に溢れた男が話し合っていた。この男、ドクター・ホレイシオ・ベサントは、サマエルに率いられる組織、「秘密結社クロノス」の科学技術面での頭脳と言える人物である。

 クルーゼを拾って来たアルーミックが、ドクター・ベサントに訊ねる。

 

「ドクター・ベサント。どうにかならないか?」

「なるとも。と言うか、もうどうにかしたぞ?獣化兵への調整処置の応用、後天的遺伝子操作技術で、どうにでもなる。しかし誰だろうな、こんな雑なクローニングをした愚か者は。」

「それはユーレン・ヒビキ博士ですね。ただいま戻りました、我が主サマエル。」

 

 そう言いつつこの部屋、ドクター・ベサントの研究室に入って来たのは、優秀なサラリーマンと言った風貌をした、東洋系の黒髪黒目の男である。そこそこの長身であるが、サマエル、アルーミック、ドクター・ベサントがそれを超える高身長であるため、背が低く見えてしまうのはご愛敬だろう。

 

「タカダ、帰ったか。」

「おう、アルーミック。」

「ユーレン・ヒビキだと?あの三流か。たしか今は、生死不明の行方不明であったな。」

「ご苦労だったな、アルベルト。頼んでいた、GATシリーズの追跡調査はどうなった?」

 

 この男、アルベルト・タカダは「秘密結社クロノス」の諜報を一手に握っている人物だ。なんでも今は東アジア共和国の一部になっている日本国の戦国時代に、ある忍者集団の頭領をしていたが、そこでサマエルにスカウトを受けてクロノス入りしたと言われている。だがそれが事実であれば、彼は既に数百歳にはなっているはずである。

 

「はっ。まずザフト側に渡ったGAT-X102デュエル、GAT-X103バスター、GAT-X303イージスの3機ですが、完全に解体されてパーツの1つ1つまで徹底的に解析中である事が確認されております。

 一方……GAT-X105ストライクですが、妙な事がわかりました。ヘリオポリスで戦闘行動を行った後に、地球連合軍第8機動艦隊所属、強襲機動特装艦アークエンジェルに載せられ、地球連合軍総本部アラスカ基地へと向かっている途上なのですが……。」

「妙な事?」

「まず第1に、ヘリオポリスでザフトのジンを撃破した際のパイロットは、正規の兵士どころかヘリオポリスの一介の学生だったのです。コーディネーターでこそ、ありましたがね。

 で、その彼……ああ、男で名はキラ・ヤマトと言いますが。彼とその友人たち、サイ・アーガイル、カズイ・バスカーク、トール・ケーニヒ、ミリアリア・ハウは連合軍の機密兵器であるストライクを見てしまったと言う事で、逮捕拘束されてアークエンジェルに収監されてしまいましてね。そのまま艦を降ろされずに、連れていかれてしまった模様です。

 恩知らずなだけでなく、国際法や国家間の取り決めにも疎いと思われますな、連合軍……いや、大西洋連邦軍人は。」

 

 サマエルは、にっこり微笑んだ。その笑みは、周囲を魅了する優し気な笑みだったが、その場に満ちた空気は底冷えのするものだった。が、サマエルは頭を振って、自らが生み出したその空気を払拭する。

 

「確かにな。その場合、まず責められるのは中立国のコロニーにそんな物を持ち込んだ連合?いや、今の言い方だとその内でも特に大西洋連邦か?だろうに。次に国家の理念として中立を謳い、他国同士の戦争に加担することを法で禁じてもおきながら、おそらく何か浅い考えがあるのだろうがそんな物を自国コロニー内で作らせたオーブ連合首長国そのものだ。

 そして何より、その機密兵器は既に3機ばかり敵国に……プラントのザフトに奪われてしまっている。機密も何も、あった物では無いだろうに。

 とどめに……。わたし自身も現場にいたからわかるが、あの場で機密兵器を見てしまうのは不可抗力であり、常識的な国家間の取り決めでは、緊急避難的な条項が充分に適用できるはずだ。……彼奴等が常識を知っていれば、だがな。」

「ではどうしますかな?我が主サマエル。実力行使で救出でもしますかな?」

「冗談はやめておけ、アルーミック。今のわたしは少々苛立っている。冗談に付き合う気力など湧いて来んよ。

 我々クロノスは、別に正義の味方ではない。最大限優先されねばならんのは、自分たちクロノス構成員の生命と利益だ。あのときヘリオポリスでコロニー防衛の一端を受け持ってやったのは、クロノスの理念と、新人類の長たる者の矜持、そして何より……あの程度では、クロノス構成員の脅威では無いからだ。」

 

 そしてサマエルは、だが苛立たし気に人差し指を立てて、それで宙にくるくると円を描く。

 

「しかし何もしないのも、腹立たしいものだ。」

「では、なんなりとお命じ下さい。クロノスの長として完璧を求めるその姿は素晴らしいものですが、覇者たるもの多少の我儘も許されぬのは、何か違うでしょう。」

「くくく、そうか?ではその言葉に甘えよう。そう、だな。

 アルベルト!汝に命じる。オーブ連合首長国の石頭に、この一件をリークしろ!オーブ国民が、不当に大西洋連邦の軍艦に拘束されている、とな!しかも大人ではない、学生が、だ!こちらが掴んでいる証拠も、汝の裁量で開示、場合によっては石頭に渡しても良い!」

「御意に!」

 

 そしてサマエルは、今度こそにこやかに微笑むと、続けて言った。

 

「そして保険をかけよう。あの「お人よしども」なら、勝手に動いてくれよう?いや、働かせておいて、こちらから何も出さないのも申し訳ないと言う物だな、くくく。

 ホレイシオ!」

「はっ。」

「例の物の量産は、見通しがついたと言ったな?欠陥も改良できたと。」

「ははっ。……もしや?」

 

 ドクター・ベサントは驚きの表情を浮かべる。だがその中には、自分の試作品を実地で試せると言う抑えきれない喜びが、あきらかに見て取れた。

 

「うむ。人造コントロール・メタル改を用いた、試作『ユニット』の、「お人よしども」への譲渡を認める。数はホレイシオ、お前とアルベルトで相談して決めると良い。アルベルト!先に命を下して置いてわるいが、片手間で良いからホレイシオを手伝ってやってくれ。」

 

「はっ。自分の配下を動かし、あの者たちに試作『ユニット』を譲渡いたします。それと、その後の監視も、ですな?」

「うむ。」

 

 その時、シリンダーの中のクルーゼが身じろぎをした。ドクター・ベサントがシリンダー脇に設置されている机上の端末に歩み寄り、表示を見極める。

 

「ふむ、処置は完了いたしましたな。とりあえずは調整槽から出すといたしますか。」

「ドクター・ベサント。精神制御は施しましたか?」

「いいや?しておらぬ、アルーミック。やってしまっては、希少かつ貴重な才である、精神感応の応用による空間認識力に瑕がついてしまう可能性があるでな。こう言った貴重品は、交渉などで従わせるのが最善。洗脳の類は、従わない事がわかってからで良いとも。」

「なるほど。了解しました。」

 

 サマエルは部下たちの様子を見て、ふっと笑うと踵を返し、自室へもどるために扉に歩み寄る。すかさずアルーミックが付き従い、ドクター・ベサントとアルベルトが深々と頭を下げて見送った。

 ごぼり、と音を立てて、シリンダー……調整槽の中のクルーゼが、口から大きな泡を吐く。彼は再度、身じろぎをした。

 

 

 

 地球連合、大西洋連邦宇宙軍強襲機動特装艦アークエンジェル級1番艦アークエンジェルの艦底部に、なにやら人型の物が貼り付いていた。だがそれは、人間だろうか。いや、明らかに違う。それはどことなく、あのアルーミック・ミラービリスの獣化形態である、獣神将を思わせる姿をしていた。

 そしてそれはノロノロと艦の装甲板の上を這っていき、非常用エアロックへたどり着く。そしてそれが何やらゴソゴソとしていたかと思うと、エアロックは開き、人型物体はその中へと滑り込んで行った。

 

 

 

 アークエンジェルの営倉では、ヘリオポリスの戦いでMSストライクを動かしたキラ・ヤマトをはじめ、その友人たち4人を含めた計5人が、各々個室に捕らわれていた。そのうちの1人、カズイ・バスカークの大きな溜息が聞こえる。

 

「俺たち、これからどうなるんだろ……。シェルターに行き損ねて、連合軍の機密兵器を見ちまって……。」

「お国同士の話し合いに賭けるしか、無いんじゃねーの?って言うか、何度目だよ、その台詞。」

 

 トール・ケーニヒが、一生懸命お道化た台詞で沈んだ空気を引っ掻きまわすが、皆の気持ちは晴れない。特にストライクを使って戦ったキラの気持ちは、どん底である。自分がいなければ、とまで思いつめているらしく、一言もない。

 さしものトールも、限界が近づいていた。トールは考える。

 

(国同士の話し合い、だって?何言ってるんだよ、俺ぁ。あんなところに連合軍の機密兵器工場作るなんて、ウチの国の上の方が関わってないと出来るわきゃねーだろ。両方の話し合いの結果、「お互い無かったことにしましょう。」「では証拠や証人も消しますか。」なーんて事にならないなんて、誰が言える?

 ……なんとか独力で脱走して、どこか連合でもオーブでもないところに逃げ込まなきゃ。だがどこに逃げる?プラント?冗談じゃない、やつらが警告も無しにヘリオポリスに攻撃しかけてこなきゃ、こんな事にゃ……。くそ、いや逃げ込む先も大事だけど、どうやってここから逃げるよ?)

 

 トールは自分の個室の扉にある窓から、向かいの個室に目を向ける。そこには彼の恋人である、ミリアリア・ハウが閉じ込められているはずだ。ここ数日間着替えもなく、味の濃い不味いレーションを毎食与えられ、男の彼でもキツい暮らしを強いられている。女の子には、余計耐えがたいだろう。

 

(なんとかミリィを出してやらなきゃ、なんとか……!!)

 

 そこへ営倉の第1扉が開く音がした。営倉は、第1扉を開いた後で、各々の個室の扉を開かねば出られない。それはともかく、トールは思った。

 

(食事か……。不味いけど、食って体力つけとかなきゃ……。)

 

 そう、食事の時間であった。

 

「……あれ?いつもの人と違いますね?」

 

 トールは従順を装って話しかける。

 

「ああ、ちょっといつもの人は体調を崩してね。俺が代わり……。」

 

 そこまで食事当番の兵が喋ったときだった。キラの個室扉が音を立てて解放され、中からキラが飛び出して来たのだ。

 そう、キラは諦めて落ち込んでばかりでは無かったのだ。衣類についた金属製のボタンがタネである。こっそり後ろ手で監視カメラから隠して壁をこすってボタンを削り、即席の工具を作る。それを使って、壁のパネルをこっそり外し、配線をいつでもショートさせられる様に細工して、食事当番の兵が来るのを待っていたのだ。

 キラの拳が唸る。食事当番の兵は、ぼーっとしている様に見えた。勝った、とトールは思った。

 

 

 

「やめてよね。君に本気でやられたら、こっちが手加減できなくなっちゃうだろ。」

 

 

 

 負けた。コーディネーターであるキラが、単なる食事当番の兵にあっさり小手返しで投げ落とされた。相手はキラに受け身を取らせる余裕すらあった。愕然とするキラは、しかし立ち上がる気力も尽き果てていた。それはトール、ミリアリア、サイにも言える。カズイ?彼は唖然としていただけだ。

 だが兵士の次の台詞に、皆は驚くことになる。

 

「俺の名はショーン。東アジア共和国から来た。と言っても、政府や軍とはまったく関係ない。ちょっとした大規模民間団体?と、協力関係を結んでる中小民間団体の者さ。……今ならカメラの類を、俺の仲間が黙らせてる。時間が無い、逃げるぞ。」

「な、え、え!ええ!?ちょ、政府同士の話し合いでどうにかならないと、逃げだしたりしたら、俺たち犯罪者に、え、え、え!?」

「……えっと、写真からすると君がカズイ君か。残念ながら政府同士の話し合いでどうにかなる段階は過ぎてる。オーブ連合首長国のウズミ・ナラ・アスハ代表首長は、オーブ国民……君たちが不当にアークエンジェルに捕らわれている事について、強硬に抗議を大西洋連邦に行った。『何処からか』手に入れた証拠写真や証拠動画まで付けてね。

 だが大西洋連邦は、黙殺したよ。事実無根だ、ねつ造だってね。ウズミ代表は切り札を切った。大西洋連邦と取り交わしていた、新兵器開発における協力体制を破棄する、とね。ま、元々そんな協力体制があったからこそ、君らがこんな目に遭っているわけだけどさ。」

 

 そしてショーンは、苛立たし気に言った。

 

「大西洋連邦の返答は、『どうぞご勝手に。と言いますか、新兵器開発における協力体制って、何?』だ。要約して言えばね。……新兵器の開発データは、最新の物を除き全て大西洋連邦が持っている。最新の物も、この艦が運んでいる。オーブを怒らせるのもまずいはまずいが、君らと言う不法行為の証人を逃がしてしまって騒がれるより面倒が少ない、そう考えたんだろうね。」

「そ、そんなぁ……。」

「と言うわけで、逃げるぞ。急いで準備してくれ。」

 

 説明をしながら扉の鍵を解除していたショーンは、最後にカズイの個室の扉を開放した。

 

「じゃ、行こうか。」

「「「「「はい……。」」」」」

「元気が無いな。ああ、だけどやり直さなくていいからな。」

 

 そして彼らは艦の通路を飛ぶ様に移動した。と言うか、無重力だから実際飛んでいるのだが。彼らが格納庫まで来ると、そこは既に制圧されていた。大型機械を係留するためのワイヤー類で、気絶した作業員らが縛り上げられている。そして赤いメビウスゼロを、ガンガンと素手で破壊している人間?がいた。ショーンがその男?に呼び掛ける。

 

「アルヴィン!」

「クラサワか、遅いぞ。……急げ、そこのシャトルのエンジンに火を入れておいた。」

「わかった!君らはそこのシャトルでこの艦を脱出するんだ!航路は既にセット……してあるよな?アルヴィン。」

「あたりまえだ。オーブの首長に話は通っている。オーブの領海に降下する様になっている。」

「だそうだ!俺たちは別便で行くから気にするな!行け!」

 

 トールは急ぎミリアリアの手を引きつつ、シャトルへ乗り込む。だがエアロックをくぐる直前、彼は後ろを振り向く。ミリアリア、キラ、サイもそれに倣った。一拍遅れてカズイも。

 

「あ、あの、ショーンさん!ほんとにありがとうございました!」

「ほ、ほんとうに……。どうお礼を……。」

「ありがとうございます。きっと逃げ切ってみせます。」

「ありがとうございました。」

「あ、ど、どうも、ほんとに……。」

 

 そんな彼らを見て、ショーンは付け加える事があるのを思い出す。

 

「君たち……。万一、そう万一追手に追いつかれたら……。シャトルの中に、3つばかり危険な……本当に危険な「武器」が置いてある。なんて言ったらいいのか……。その「武器」は、敵を撃退してくれるだろう。だけど間違いなく君たちを、日常から切り離してしまう、そんな武器なんだ。

 使わないで済んだなら、返してもらいに行くから、下手に触ったりしないで置いといてくれな?一応使い方は、説明書きを書いといたから。」

「「「「「はい!ありがとうございました!」」」」」

「お、おおう……。」

「ガキども、はやく行くんだ。お前らが行かなきゃ、俺たちも逃げる事ができん。」

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 そして発艦用ハッチが解放される。シャトルはそこから、宇宙空間へと飛び出して行った。

 

 

 

「行ったな……。」

「ああ、行った。」

「じゃあ……。この艦が彼らを追えない様にしないとな。」

「ああ、やるか。」

「ああ。……ガイバーーーッ!!」

 

 

 

 地球連合軍第8機動艦隊所属、強襲機動特装艦アークエンジェル級1番艦アークエンジェルは、「内部よりの」ビーム兵器による攻撃を受けて中破。全エンジンを破壊され、長期の漂流を余儀なくされる事となる。ビーム兵器に高い効果を誇るラミネート装甲であっても、艦内からの攻撃には何の意味も無かった。

 付け加えて言えば、搭載機で唯一ザフトに奪われずに済んだGAT-X105ストライクだが、至近距離からの高出力レーザーと思しき攻撃を受け、半壊状態となる。これらの事件により、最終的にはアークエンジェルは廃艦処分、ストライクも破棄された。

 

 

 

 ショーンとアルヴィンという2人の手引きでキラたちは、強襲機動特装艦アークエンジェルからの脱走に成功した。しかし好事魔多し。シャトルが大気圏に突入する直前に、彼らのシャトルは地球連合軍の宇宙軍主力MAである、メビウスの部隊に発見されてしまったのだ。

 その部隊がどんな部隊かはまったくわからない。しかしアークエンジェルか、はたまた別のもっと上からか、何かしら通報を受けているのではないだろうか。なんとか誤解を解こうと、何度も交信を求めているのにも関わらず、相手は一切応答してこなかった。

 キラは、頑なな相手に苛立ちを募らせ、歯を食いしばっていた。今にも奥歯が砕けそうだ。シャトルのブリッジの窓をぎりぎりで掠める様に、1機のメビウスが飛んで過ぎて行く。そしてまたもう1機。カズイが気弱な声で言った。

 

「き、キラぁ……。もうだめだ、降伏しよ?な?」

「だめだカズイ!やつらは俺たちの降伏なんて、認めやしないっての!」

「そうよ!あいつらはこっちを殺すことしか考えてないわ!」

「だ、だけどよ?まだ撃ってこないじゃ……。」

「……降伏を許すなら、既に降伏勧告してきてるよ。あいつらは……。」

 

 サイの疲れ果てた声が、狭いシャトルのブリッジに響いた。

 

「あいつら、僕たちを、なぶっているんだ。」

 

 キラの中で、憤りが頂点に達する。何か、脳裏に種の様な物が浮かんだ。そしてそれが割れて砕ける。急に頭がすっきりとし、この事態を解決する方策が見えた……気がした。キラはブリッジを駆けだし、船室へと飛び込む。慌ててトールとミリアリアが付いて来た。

 キラはロッカーを引っ掻き回し、そして厳重に封のされた箱を引っ張り出す。これがショーンが言っていた「武器」だ。キラは箱の封を手近にあったコンバットナイフで破壊し、中から3つの物体を取り出す。それは金属製のケースに封じ込められた、何か生体組織の様に見える。ケースの中心には、球状の金属が付いていた。キラは一緒に付けられていた説明書きを斜め読みした。

 

「……これは、生物兵器だ。」

「せ、生物兵器だってぇ!?そ……。」

「違う、細菌兵器とかじゃない。これは……「生きたパワードスーツ」なんだ。生き物であって、調整とかは全部この「パワードスーツ」側でやってくれるから、装着して訓練なしでもある程度扱える。」

「ね、ねえキラ。それって……。」

「ああ、物凄く凄いよ。説明書きに書いてあるのが本当なら、MAなんて……メビウスなんて目じゃない。ただ……。」

 

 キラの口調は重くなる。

 

「ただ、これをいったん着用したら、これは着用した当人専用になってしまって、解除の方法は完全に失われているそうなんだ。一時的に脱ぐことはできるけれど、だからと言ってこれは手放す事はできない。不可能なんだ。

 着用者は、これに取り憑かれる事になる。」

「んで?使い方は?」

「トール!僕の言った事を聞いてたのか!?」

「おう。けどよ、このままじゃ皆、死んじまう。死ぬよりゃ、マシでしょ。」

 

 トールはキラに笑ってみせた。……世の中には、死ぬよりつらい事が、いくらでもある。だが、それでも生きてる方がいい。キラにはトールがそう言っているように聞こえた。

 

「わかった。じゃ、そのユニットを持って、その球状のコントロール・メタルに手を触れて軽く押し込んで……。」

「えいっ!」

「ミリィ!?」

「ミリアリア!?」

 

 ミリアリアの持つユニットから、スライム状の生体組織が飛び出し、ミリアリアを絡め取る。慌てる男2人に、ミリアリアは笑いながら言った。

 

「何よあんたたち。自分たち2人だけでこの生体パワードスーツ?着るつもりだったんでしょ?3つあるんだから、1人でも多い方がいいでしょ。メビウスは、1機や2機じゃないのよ?」

「だ、だけどよ!カズイやサイだって!」

「あの様子みたら、駄目だってわかるでしょ。やれる人間が、やるしかモゴ……。」

 

 生体組織が、ミリアリアの口を塞ぐ。ミリアリアは苦しくなり、もがく。そしてトールは意を決して、自分の持つユニットのコントロール・メタルを押し込んだ。キラもまた、それに倣う。そして3人は、しばらくもがき苦しむことになった。

 

 

 

 メビウスのパイロットは、操縦桿に手を添えた。そろそろザフトのスパイとやらを嬲るのも飽きて来た。どうせ相手はスパイ、との事だ。充分すぎるほど、卑劣な活動の報いをくれてやった。スパイどもは、いつ殺されるかと、それこそ本当に生きた心地もしなかっただろう。そろそろとどめをくれてやろう。メビウスのパイロットは、そう考えていた。自分が正義だと、欠片も疑ってはいなかったのだ。

 そして彼は僚機に通信を入れると、隊列を組んで機をシャトルに向かわせた。一撃で終わる。……そのはずだった。

 シャトルのエアロックから身を乗り出した、3人の見慣れないタイプのノーマルスーツ姿をした人間が、その胸元から閃光を放つまでは。

 

 

 

 ガイバー3体の胸部粒子砲を受け、メビウスの2個小隊は消滅。キラたち5人が乗ったシャトルは、無事にオーブ領海に降下、オーブ軍に回収された。




あー、原作主人公とその仲間たち、規格外品にしちまいました。
はっはっは。
でも原作主人公、これからがつらいです。危ないのはサイとカズイですが。
キラとトールとミリアリアはコントロール・メタルやられなければ不死身ですが、サイとカズイは普通にタヒにますからねー。


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第003話:ラウ・ル・クルーゼ

 暖かな日差しが、窓から差し込んで来る。小鳥の鳴く声が響く。ラウ・ル・クルーゼはゆっくりと目を開いた。

 

(……生きている。)

 

 彼はゆっくりと毛布を除けると、寝台から起き上がる。自分の身体を見下ろしてみると、病院で支給されるような、病人服を着用していた。いつになく、身体の調子が良い。手足をぐるぐると回し、首を回し、一通り全身の動きをチェックする。何処にも故障は無い模様だ。

 

(わたしは……。あの化け物、人間サイズだったが、決して人間ではないあの化け物に撃墜された……。まるで悪夢だった。いや、まさか本当に夢、か?あれだけの重傷を負ったはずが、後遺症も何も無く……。

 いや、まさかこちらの方が夢なのでは無いだろうな。)

 

 クルーゼは窓に近寄り、外を眺める。青い空、輝く海、白い砂浜。この建物は、海辺近くに建てられている様だ。ここは断じてコロニーではない。プラントのコロニーの様な砂時計型でもないし、ヘリオポリスの様なシリンダー型でもない。こんな平坦で広大な……。水平線まで見えて、その水平線が微妙に丸く見えるなど……。これは、地球の風景だ。

 

(……日差しが、暖かい。……!?仮面、が、無い!?)

 

 彼は顔にあたる日差しの柔らかい暖かさから、彼が仮面を着用していないことに気付く。しかし彼は一瞬焦ったが、すぐに落ち着きを取り戻した。と言うか、開き直った。

 

(何をいまさら……。ここにわたしを運んだ者がいたとして、その者たちが、わたしを着替えさせたのだろうさ。仮面はその時に取られたのだろう。いまさらどうにもならん。

 ……?誰か、来たな。)

 

 己の憎んでも憎み足らない血筋に秘められた、超感覚とも言える能力で、クルーゼは何者かが部屋の外の廊下を歩いて来るのに気づく。そして、扉がノックされた。

 

「……どうぞ。」

「失礼する。……もう大丈夫な様だな。一度ならず、心の臓が止まっていたのだがな。運が強い……。」

「貴方は……。何処か、で?……!?」

 

 覚えのある気配に愕然とし、クルーゼは身構える。それを相手は笑い飛ばした。

 

「ははは、馬鹿な真似をするな。丸腰どころか、うすっぺらい病人服一着しか着ていない裸同然の恰好で、わたしに勝てるわけが無いだろう?」

「……たしかにそう、だな。生身で宇宙を飛翔し、シグーの攻撃は何一つ効かず、逆に一瞬でシグーがズタボロにされるのだからな。」

「まあ、こちらは「獣神変」していたのだがな。」

「じゅう……しん……へん?」

 

 そう、クルーゼの部屋を訪ねて来たのは、クルーゼを撃墜した上で、ここクロノス本拠地シラー島まで連れて来た、アルーミック・ミラービリスであったのだ。

 アルーミックは、クルーゼをそれでもあまり刺激しない様に、やわらかい口調で用件を告げた。

 

「さて、我が主……いや、我々の組織のトップが君に会ってくださるとの事だ。けっしてご機嫌を損ねない様に。懐の深いお方だが、だからと言って怒らないわけでも無いし、怒らせたら最後、命は無いからな。」

(普通、自分の組織の上役について語る時は、その対象について敬語は使わないものだが……。いや、そこまで常識無しの人物には思えん。となると、その相手とこいつの間には身分的にとんでもない差があるのかもな。)

 

 クルーゼは口に出したわけではなかった。心の中だけで思ったに過ぎなかった。しかし……。アルーミックは口を開く。

 

「ああ、その通りだ。あのお方とわたしでは、地位に天と地の差がある。まあ、これでも組織のNo.2ではあるのだがな。」

(読まれた!?)

「読んだわけではないさ。そちらが思考を垂れ流しにしているに過ぎんよ。精神感応力を持っている以上、わたしにとって君は、静かな場所で全力でもって絶叫しているのに等しい。もう少し訓練したまえ。くくく。」

「……放っておきたまえ。と言うか、貴方もなんらかの形で精神感応力を持っているのだな。

 さて、だがこの格好でそのお方にお会いするには、失礼ではないのかね?」

 

 微笑んだアルーミックは、壁に多数ならんだスイッチ類……灯りやエアコンのスイッチも含まれていると思われるが、それのうち1つを押す。すると壁の一部が、ガコンと音を立てて観音開きに開いた。その中は、ウォークインクロゼットになっている。

 そしてクルーゼは、そのウォークインクロゼットから、階級章の類がついていない、礼服としても使用できそうな軍装を選んで引っ張り出す。彼はさっさと着替えると、ウォークインクロゼット入り口扉の裏に姿見の鏡が付いているのでそれを使い、着こなしをチェックする。

 いや、しようとした。

 

「……!!」

「どうしたね?」

「か、顔が……。わたしの顔が!!」

 

 そう、本来クルーゼの顔は年齢に見合わず老いており、それを隠すためもあって彼は仮面を身に着けていたのである。だが鏡に映ったその顔は、怨敵ムウ・ラ・フラガに良く似ていた。否、そうではない。恨み重なる彼のクローン元、アル・ダ・フラガの「若い頃」に酷似していたのだ。そう、「若い頃」だ。

 彼はピタピタと自らの顔を叩く。その掌には、彼が失敗作クローンであったが故の急速な老化によるシワが、まったく感じられない。明らかに彼は若返っていた。

 

「ああ、わたしたちの仲間、ドクター・ベサントが君の負傷の治療をするついでに、愚か者ユーレン・ヒビキの行った雑なクローニングによるテロメア問題等々、いろいろな身体トラブルを治療してくれたそうだ。片手間だがね。」

「馬鹿な……。片手間、だと?」

「うむ。片手間、だ。」

 

 クルーゼは激昂する。

 

「アレが……。わたしが苦しみ、嘆き、死を恐怖し!!この20と余年もの間、ずっと……ずっと思い悩んできたアレが、アレが!!片手間で解決できるほどの!!そんなモノでしか無かったと言うのか!!わたしの20年は、アレはなんだ!!何故もっと早く、現れてくれなかったのだ!!そんな!そんな!!」

「わたしには君の苦しみ悩み恐れはわからんよ。そこまでわたしの精神感応は強くはない。……だがな。君には悪いが、われわれにとっては……。」

 

 そこでいったん言葉を切り、アルーミックはとどめを刺す様に言った。

 

「「片手間」に過ぎんよ。ラウ・ル・クルーゼ……いや、「ラウ・ラ・フラガ」と呼んだ方が良いかね?」

「!!うぅ……。

 うぉ、ぐうううぅぅぅおおおああああ゛あ゛あーーーッ!!あああーーーッ!!」

 

 クルーゼは崩れ落ち、そして号泣しつつ床を拳で何度も殴りつける。それを見遣りつつ、アルーミックはため息を吐いた。

 

 

 

 そして薄暗い、しかし「主演」の周囲だけは明るく照らされている、まるで謁見の間の様な広い部屋に、クルーゼは通された。彼は思う。

 

(いや……間違いなく謁見の間、なのだろうな。)

 

 彼は「主演」ではない。いいところ、「ゲスト出演」だろう。彼はそう感じる。「主演男優」は、既にそこに居た。彼は玉座の様にも見える、高機能端末が供えられたシートに座っている人物を、無礼にならない程度に見遣る。アルーミック・ミラービリスの話によると、その人物の名はサマエル……この秘密結社クロノスの、頂点に立つ人物であるらしい。

 クルーゼは、その人物を一目見て理解した。

 

(ああ、これは駄目だ。勝てない。)

 

 そして彼は、赤絨毯の上に膝をつき、頭を深々と下げて臣下の礼を取った。本音では、床に伏して服従を誓いたいところであったが。

 

 

 

 サマエルは、眼前で臣下の礼を取っている男の評価を少々上げた。

 

(一般の民草程度しかプレッシャーを感じさせない様にしていたつもりだが……。その欺瞞を貫き、わたしの本質に気付くか……。)

 

 そして彼は、クルーゼに声を掛ける。

 

「顔を上げたまえ。」

「ははっ!この度は閣下と部下の方々のお力添えを持ちまして、九死に一生を拾い、なおかつ……。」

「ああ、やめたまえ。気恥ずかしくて、背中が痒くなる。……それで、これからのお前の事なのだが、残念ながら我々の事を知られた以上、素直にプラントに返してやるわけにはいかぬのだ。勝手に連れて来ておいて何を、と思うかも知れぬがな。」

「いえ、もはやザフトに居る理由は無くなりました。わたしは……今まで怨讐のためだけに、燃え尽きようとする命を強引に薬物で繋ぎとめておりました。そして世間に……人類社会に対する復讐を成し遂げるため、ザフトを利用していたのです。ですが……。」

 

 彼の前に跪くクルーゼの瞳は、恨みや憎しみから解放された、澄んだ水色をしていた。ただ、未だ怒りはあったが。

 

「……正直、いまだに何が起こったのか理解できておりません。自らの感情さえも制御できていないのです。怨讐も憎しみも、以前までの自分を支えていた柱でありました。その梯子が外されてしまい、己の立脚すべき場所が見いだせなかったのです。ザフトに戻る事には、もはや何の意味も感じられません。

 サマエル閣下、いえ我が主サマエル。どうかわたしを、このクロノスに置いていただけないでしょうか。そして我が主のため、働ける場所をいただければ、幸いにございます。」

「……ラウ・ル・クルーゼ。その言葉、相違ないか?「これ」を見ても、同じ台詞を吐けるか?」

 

 サマエルは右手を掲げた。次の瞬間、その場にいた者達全てが……サマエルを含めた全ての者が、異形へと変じる。

 獣化兵、超獣化兵……そして獣神将。秘密結社クロノスの主戦力であり、そしてその根幹を成す存在だ。

 

「お前がこの組織に留まると言うならば、お前も我らと同じ異形の存在となってもらわねばならぬ。くくく、我らから言わせれば、獣化できぬ者たちの方が旧人類であり、半端者なのだが、な。ことに、宇宙に浮かぶ砂時計に住まう、新人類を標榜する輩たちは、道化にも劣る。

 してクルーゼ……。いかがする所存か?」

「わたしの意思は変わりません、我が主よ。どうか、わたしをクロノスの末席に加えていただければ、この上ない幸いに存じます。どうか、お願いいたします。」

「……よかろう。ホレイシオ、お前にこの者を預ける。編制中のMS・MA部隊を率いる指揮官型超獣化兵として、調整のプランを早急に作成し提出せよ。そして資質のチェックは最大限に行え。その結果如何によっては……。目をつけていた者が『エイプリル・フール・クライシス』で喪われてしまったのでな。浮いているゾア・クリスタルを授けるやも知れぬ。」

 

 ドクター・ホレイシオ・ベサントと、クルーゼが頭を下げる。

 

「御意に……。」

「ははぁっ!感謝いたします、我が主よ!」

 

 サマエルは満足げに頷いていたが、ふとある事に気付き、再度クルーゼに声を掛けた。

 

「ところでな。本当にプラントに未練はないのか?」

「……ザフトには、欠片もございません。なれど……。

 我が主サマエル、この上お願いをするのは厚かましいと言うものでございますが……。ザフトではなく、プラントそのものには1つだけ……2人だけ、心残りがございます。実は……。」

 

 そして、クルーゼは言葉を続ける。その言葉を聞いたサマエルは、自らの考えがあたっていた事に対する小さな満足を感じつつ、クルーゼの願いを叶えるための命を下した。

 

 

 

 士官アカデミーに在学中の候補生レイ・ザ・バレルは、身元引受人であり保護者である遺伝子工学者、ギルバート・デュランダル博士の元に呼び出されていた。そこには3名の黒服の男たちが同席している。レイはデュランダル博士に問いかけた。

 

「今回の急な呼び出し、いったい何があったのです?この人たちは?」

「レイ、何も言わずこの荷物を持って、彼らと共に宇宙港へ向かえ。わたしも後から行く。」

「ギル!?」

「詳細は、荷物の中の手紙に書いている。」

 

 デュランダル博士は、アタッシュケースをレイに押し付けると、黒服の男たちのリーダーに、小さく頭を下げる。

 

「レイを頼みます、ガシュタル殿……。」

「任せてくれ。必ず彼は送り届ける。」

「ま、待ってください!ギル、せめて……。」

「クルーゼが……ラウが、生きていた。お前を待っている。」

「!?」

 

 ヘリオポリス襲撃作戦においてMIAとなり、まず死亡したと考えられていたラウ・ル・クルーゼが生きていて、自分を呼んでいる。レイの心は決まった。

 

「わかりました。ガシュタル殿……でしたね?よろしくお願いします。」

「ああ。時間が無い、急いでくれ。デュランダル殿、本当ならば貴方も連れて行く様に命じられておるのですが……。」

「何、ちょっとした感傷さ。決着をつけてからでないと、共に行く事はできない。」

「……意思は固い様ですな。では……。」

 

 ガシュタルは2名の部下と共に、レイを促して歩き始めた。レイは一度だけ振り返り、そして前を向いて歩きだす。目指すは宇宙港だ。

 

 

 

 そしてレイは今、銃撃戦の真っただ中にいた。遮蔽物の陰で、ガシュタルが溜息を吐く。

 

「やはりデュランダル博士邸は、見張られていたか。」

「見張られていた!?なんで!!」

「パトリック・ザラ評議員は、身内でも信用していない、と言う事だよ。それにデュランダル博士にプラントを去られては、色々と困るのだろうさ。」

「……ギル!!」

 

 急ぎ、デュランダル邸に戻るべく踵を返しかけたレイの右腕を、ガシュタルの部下が掴む。

 

「放してくれ、ギルが!!」

「大丈夫だ。自分が行って、救出してくる。ラモチスC-108、ラモチスC-109、あらかじめ獣化を許可しておく。必要な場合はためらわず使い、追手を殲滅しろ。……ではな、レイ君。わたしは博士の救出に向かう。まあ、その前に今撃って来ている連中は、わたしが片付けるがね。」

 

 次の瞬間、ガシュタルの姿が変わる。ビリビリと黒服を突き破り、2mを軽く超えるトカゲと人のあいの子の様な姿があらわになった。レイは一瞬、恐慌状態に陥る。悲鳴を上げなかったのが、奇跡だ。

 

「では行って来る。」

「「ご武運を。」」

「くくく、あの程度の相手に言う言葉じゃないな。ではな。」

 

 ステルス機能を使い、透明になった超獣化兵ガシュタルは、間断なく銃撃を送り込んで来る敵兵4名を瞬殺し、そのままデュランダル博士の確保に向かった。レイは自失状態であったが、必死に自分を取り戻し、落ち着こうとする。ラモチス、と呼ばれた者たちの片方が、レイを急がせようと声をかけた。

 

「プランBに移行する。近場の緊急用エアロックから脱出するぞ。そちらに迎えが来ているそうだ。」

「あ、あの人は……。あ、あなたたちも?」

「?……ああ、獣化の事かね。その通りだとも。我々2名は通常型の獣化兵、ガシュタル殿は正式採用タイプ中では最高峰の超獣化兵と言う差はあるがな。」

「頭がパンクしそうだ……。」

 

 ラモチスC-108は笑った。

 

「慣れておいた方がいいぞ。これから君が行く世界では、あたりまえの、と言うよりも基本的な事柄だからな。」

 

 レイは、とりあえず考えるのをやめて、促されるままに近場の緊急用エアロックへと向かった。

 

 

 

 そしてプラントから、レイ・ザ・バレル、ギルバート・デュランダルと言う稀有な才能を持った2名が失われた。何者かによる誘拐と判断されたこの事件は、しかし未解決に終わる。デュランダル博士が失踪直前に会っていたとされるザフト士官タリア・グラディスは、この事件への関与を疑われて一時拘束された。だが後に彼女は、証拠不十分で釈放されている。




クルーゼ、陣営乗り換えです。と言うか、下手するとゾア・クリスタルですよ(笑)。
まあ妄執も晴れているので妙な事にはなりませんが。ただいかに妄執や怨讐が晴れたと言っても、それで全ての怒りを捨てきれているわけでは無いのですがね。


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第004話:それぞれの日常

 モルゲンレーテ社の社屋でキーボードを叩きつつ、キラはある事を考えていた。それは端末の画面に映し出されている、オーブ連合首長国のMS、MBF-M1・M1アストレイの事だ。一言で言ってしまえば……。

 

(弱い。)

 

 そう、弱いのである。原型機であるP0アストレイからの再設計において、オプション交換機能の省略、装甲箇所の縮小はまだいい。だが可動域の縮小は失敗だ。センサー機能のダウングレードは言語道断。

 同数ならばザフトのZGMF-1017・ジンは当然として、GAT-X105・ストライクを原型機として大西洋連邦が用意しつつあると間諜が掴んできた、地球連合のMSであるGAT01・ストライクダガーをも圧倒できる機体。……ではあるのだが、戦いは数だ。

 最低限相手に通じるレベルの能力であれば、そして相手を圧倒できる数を揃える事ができれば、戦いは勝利できる。そして今や仮想敵である大西洋連邦は、それができるのだ。1体1では圧倒できるストライクダガーも、こちらの1機に対し相手が3機揃えてくれば、相手を1機すら削る事もできずにM1アストレイが敗北する。

 

(オーブはMS数を揃える事が困難だ。特にパイロット調達の面で。国を護るには、邪道だけどもっと単機あたりの性能を高めなければならない。1機で、せめてストライクダガー3機と相打ちに持って行ける性能が欲しかった……。)

 

 苦悩と共に溜息を吐き出し、キラはコーヒーを飲む。不味かった。

 

(僕たちを表に出す事は、しばらくできないと言われた……。それは当然だよね……。)

 

 キラ、トール、ミリアリア、サイ、カズイの5人は、大西洋連邦の追及を逃れるために、オーブ政府にかくまわれる事になった。しかし、オーブ国内ですら大っぴらに大手を振って歩き回る事はできない。週1度の家族との面会が、彼らにとってわずかな慰めになっていた。家族たちは口を揃えて、ヘリオポリスのカレッジなんかにやらなければ良かったと言う。

 

(だけど、いまさら仕方のない事なんだよね。

 さて……仕事に戻るか。)

 

 オーブ政府は、彼らをかくまっているだけではなく、彼ら……ことにキラに対し、仕事の依頼をしてきた。彼らを保護した際の聞き取り調査で、キラがGAT-105・ストライクのOSを土壇場で改修、戦闘に勝利した事を知った政府担当者は、大枚の報酬と引き換えに、オーブ国産MS1号の、M1アストレイに使われる、ナチュラル用OSの構築を依頼してきたのである。

 

(できる限り……。できる限り、OSの機能を高く……。だけどプログラムとしては軽く……。そのギリギリのラインを見極めないと……。OSで、機体の能力を余さず発揮しきれれば……。

 ストライクダガーのOSは、結局はコーディネーターである僕用に構築したストライク用OSが元になってると推測される。それを一般のナチュラルが操縦するなんて、無茶もいいところだ。あのショーンさんみたいな人なら、ナチュラルでも操縦できるだろうけどさ。

 いや、それよりも。ストライクダガーは、OSの未熟さもあってナチュラルのパイロットでは、せいぜいが移動砲台でしか無いだろう。ならば、こちらが完璧なOSでもってM1アストレイの機能を、パイロットが完全に使いこなせれば……。1回は戦場で勝てるだろうさ。そう、1回は……。)

 

 1回の会戦で勝利したところで、もし鹵獲されたM1のOSを解析でもされたならば、そしてそれをストライクダガーに組み込まれでもしたなら、OS面での優位はあっと言う間に崩れ去るだろう。だが少なくとも、1回は勝てるのだ。

 

(その1回の勝利で国がなんとか、相手との交渉に持ち込むことができれば……。また軍備を再度整える時間が稼げるだろうさ。……血を吐きながら続ける、悲しいマラソンだけどね。

 ……さて、そろそろ時間だな。ジュリさん、アサギさん、マユラさんはもう来てるかな。僕のM1はOSそのままでいいけど、みんなの機体は最新版に書き換えなきゃ。)

 

 キラは更に、M1アストレイのOS構築だけでなく、そのテストパイロット兼、パイロットの教官職までも引き受けている。MSの実機に乗って、敵機を撃破した経験というのは、貴重なのだ。それ故、彼はこれからM1アストレイに乗り、テストパイロットに志願したトール、ミリアリアたちと組んで、正規のテストパイロットであるジュリ・ウー・ニェン、アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツらとの模擬戦に挑まねばならないのだ。

 

 

 

 トールは、シミュレーターの中で仮想空間のM1アストレイを駆って、同じく仮想空間内のジンを次々に撃墜していた。だが、彼は苛立っていた。

 

(乗るたびに思うけど、嘘だろコレ。ヘリオポリスで見たジンの動きはこんなもんじゃなかった!!これで練習してやがんのか?駄目だろ、オーブの兵士ェ……。)

 

 彼は何度も、シミュレーターでの敵機を強くするべきだと進言していた。その進言は退けられもしなかったが、受け入れられもしなかったのである。

 

(コレに慣れちまったら、実戦でポコポコ死ぬんじゃね?いや、偉そうに考えてるけど、俺も初心者マーク付きなんだけどよ……。)

 

 初心者マーク付きだ、と彼は考えているものの、実のところ初陣は済ませているに等しい。彼、ミリアリア、そしてキラの3人は、殖装者……ガイバーとして、連合のメビウスと一戦交え、全機撃墜で勝利していたのだ。そして彼は、自分が人殺しになった事を重々理解している。

 

(ミリィを……守らなきゃ。アイツ、一人でこっそり泣いてやがった。人殺しになっちまった、って……。表では、自分が選んだことだからって、ケロッとしたフリ、してやがったけど。まあ、俺やキラもキツい思いしたけどよ……。俺が、アイツを、護らないと。

 いや、いざ危ない目に遭いそうになったら、ガイバー……って叫べば、殖装しちまえば、身体は守られる。でも、心は……ミリィの心は、俺が護ってやらなきゃ。)

 

 シミュレーター画面に突然、「Here comes a new challenger.」の文字が表示される。そしてミリアリアの声がシミュレーターの筐体内に響いた。

 

『CPU戦してても、逆に腕が低いレベルで固まっちゃうだけでしょ?対戦でやりましょ。』

「お、おう!んじゃあ、やるか!」

『行くわよ!』

 

 画面内にミリアリア機のM1アストレイが表示される。トールのM1アストレイは、ミリアリア機に猛然と襲いかかった。

 

 

 

 ミリアリアは、仮想空間内のM1アストレイを操縦しつつ思う。

 

(愛国心が無いわけじゃあ、無いのよね、みんな。)

 

 自分、トール、キラ、サイ、カズイはオーブにかくまわれた。そして特にキラはその才能に対する、大きな、それは大きな依頼を受けている。このオーブ連合首長国自体の命運を左右しかねない仕事を与えられたのだ。それに比べ、他の自分たち4人は、結局はただの学生に過ぎない。

 

(だからただボーっと生きて、週1で面会に来る家族と会って、そうやって暮らしてもいいんだけど……。国のために何かしたいって気持ちが、皆に無いわけじゃないのよね。)

 

 オーブ政府からの依頼を既に受けているキラはともかくとして、残りの4人も何か国のために仕事がしたい、と志願した。そして彼らは軍属として扱われる事となる。

 

(でも、本音を言えば国のためだけじゃあ無いって言うか……。と言うよりも、仲間たちのため、なのよね。トールなんか、メビウスを撃墜した直後ははしゃいで見せてたけど……。その後でこっそりトイレで吐いてたし。うなされてたし……人を殺したって。キラも元気にみせてたけど、そう見せてただけだし。

 キラにも、誰かいればね。ごめんね、キラ。わたしはトールだけで精一杯なの。ほんとに、キラに良い人誰かいないかしら。)

 

 そう無駄な考えをしながら、ミリアリアはいつの間にか、トールのM1アストレイを撃墜していた。

 

「あ。」

『うわあああぁぁぁ!?』

 

 少なくとも、人型機動兵器に対する適応力は、トールよりミリアリアの方が上であるらしかった。

 

 

 

 モルゲンレーテ社の無駄に広い敷地内にある森林を、キラ、トール、ミリアリアの乗るM1アストレイが隊列を組んで進軍する。サイは戦術オペレーターとして、後方の建物から彼らに指示を与えていた。

 

「こちら0-0。0-1、0-2、0-3、レーダーには敵影なし。されどニュートロン・ジャマーによるノイズが多くて、細かくはわからない。注意して進むんだ。」

『こちら0-1、了解。0-2、0-3、新しいOSのバージョンは、どんな調子?』

『こちら0-2。俺には前のバージョンの方がしっくり来るな。いや、新人にはこっちの方が絶対いいと思う。だけど俺程度に慣れた奴には、補助が多すぎてウザいって言うか……。いや、せっかく作ってくれたのに、悪い。』

『こちら0-3。わたしも同感。ねえ、キラ?パイロットを補助する機能を、段階的にカットできない?』

『こちら0-1。できなくも無いけれど……。このOSの売りである、ソフトの軽さがね。チップに焼いて、パイロットの慣れのレベル毎に交換する様にするかなあ。

 あ、来たよ。散開。』

『『了解!』』

 

 自分よりもキラの方が先に気付き、指示を飛ばしている。自分のやる事は、地形情報などの送信ぐらいしか無い。そんな若干の劣等感に苛まれつつ、サイは周辺地形情報を各機に送る。

 

(僕にできる事は多くない。でも、まったく無いわけでもない。パイロットたちは視野が狭くなりがちだ。だから……。)

 

 ふとサイは気付く。敵機3機の動きが、ミリアリア機をキラ機、トール機から引き離そうとしているのだ。サイは急ぎ、周辺地形をネット検索で調査する。

 

「そうか、敵の狙いは……。

 こちら0-0!0-3、注意するんだ!敵機は君を沼地、脆弱地盤の地形へ誘っているぞ!」

『了解!ありがとう、0-0!それじゃあ作戦に引っ掛かったフリをして……。』

『こちら0-1、0-3は引っ掛かったフリをしなくてもいい。この訓練は、一気に確実に勝敗をつける事が目的じゃない。互いに色々考えて実行し、実力を磨き合うのが基本だからね。

 0-3は初期位置に戻って。敵には、また何か考えてもらおう。それまでは戦法は正攻法、正面から削り合うよ。』

『はーい。』

 

 隣席に座っていたオーブ国軍の中尉が、にやりと笑って称賛の言葉をくれる。

 

「やる様になったな。」

「は、はい!……気付いてたんですか?」

「本職だからな。お前さんの成長のために、黙ってるのも自分の任務の内だ。……だが、本当によく気付いた。頑張ったな。」

「はいっ!」

 

 サイは高揚感を感じる。今までの彼は、挫折を知らなかったと言っていい。人生は順風満帆だった。それがいきなり蹴躓いた。本当なら、倒れたまま二度と立ち上がれなくなり得る。志願したのだって、半ばやけになっての事だ。仲間の事を考えていなかったわけではない。その気持ちが大きかったのだって、本当だ。

 だがこれまでの人生で、今褒められたほどに充実感があっただろうか。実は無かったとは言えない。しかしそれが、これほどまでに心に響いたかと言うと、否だ。彼は今まで、できてあたりまえの課題を、できてあたりまえにこなして生きて来た。頑張った事はあったが、「一生懸命に」頑張った事は無かった。

 今日、彼は本当に必死で「一生懸命に」頑張って、その結果として成功したのだ。心に響くのは当たり前だろう。

 

(……僕にも、できる事があるんだ。こんな嬉しいことはない……。)

 

 サイは何か忘れている様な気持ちに捕らわれたが、今は仕事中、訓練中だ。気を張って、サイは引き続き戦術情報を精査していった。彼の中で、フレイ・アルスターの面影は、彼が気付かない内に、遠い、それこそ遠い物になっていた。

 

 

 

 格納庫に、M1アストレイが帰って来る。カズイは整備班の一員として、それを出迎えた。

 

「ジュリさん、アサギさん、マユラさん、お帰りなさい。」

「ただいま。あー、悔しいったらありゃしないわ。」

「あの教官役のコーディネーターの子だけならともかく……。2番機、3番機の子にまで追い抜かれちゃったものね。」

「OSが新しくなって、すっごく使い易くなって、これなら!って思ってたんだけどねー。」

 

 カズイは思う。そら意味ねーだろ、って。OSが新しくなったのは、トールとミリアリアも同じ。しかも作っているのは、あっちの隊長で教官のキラだ。

 ……カズイはトールとミリアリアが、OSの補助がウザいと思うほどに腕を上げているのを知らない。

 

「あ、と、ところでそのキラたちはどうなりました?」

「まだバッテリーに余裕があるから、もう少しランニングしてくるって言ってたわ。」

「こっちはバッテリー空に近いのに。」

「よっぽど上手く、節約してたのね。追い抜かれただけじゃなく、どんどん技量でも先を突っ走ってるわね。」

 

 その言葉に、カズイは同調を覚える。あの時……大気圏突入直前でメビウスに襲われたとき、サイと自分は怖気づいて諦めてしまった。だがキラ、トール、ミリアリアの3人は諦めなかった。そして強殖装甲を殖装し、ガイバーとやらになってメビウスの編隊を消し飛ばした。聞くところによると、アレは一時的に脱ぐ事は可能だが、一生アレからは逃れられないらしい。

 それ以来、ガイバー組と普通人組の間には、何かしら壁の様な物ができた。向こうでは気にしていない様だったが、カズイとサイはメビウス相手に諦めてしまった負い目もあり、ついつい彼らと自分を比べ、卑下する事が多くなっていた。

 そして自分で意識しているかどうかは分からないが、そんな壁を叩き壊そうと努力を始めたのがサイであり、壁の存在を受け入れてしまったのが自分だ、とカズイは思った。だからこそ、乗り遅れたら大変的な感覚で皆に続いて志願した際に、提示された様々な働き場の内から、整備班を選んだのだ。

 仲間たちから、ある程度の適切な距離感を保て、なおかつ仲間のため働いていると自分を騙せる位置だと信じて。

 果たして、仕事は忙しかった。通常の修理、整備の他に、模擬戦で得られたデータをまとめて本部に送信したり、あるいはM1が動いて、そのために機体に出た様々なハードウェア的なトラブルなどもまとめ、これも本部に送信したりしている。ひいこら言いながら、だがカズイは比較的充実した時間を送っていた。……仲間達への劣等感や罪悪感に蓋をして。

 

 

 

 直径2mはある巨大な強化ガラスのシリンダー……調整槽から、培養液が抜かれる。ごぼごぼと響く音が聞こえる。ごほごほとせき込みながら、肺から培養液を吐き出したレイ・ザ・バレルは、放られたバスローブを受け取って着込んだ。

 

「ごほっ……。これには慣れそうにありませんね……。」

「何、慣れてもらわねば困る。お前も、そのうちに獣化兵になるのだからな。調整や再調整、作戦で重度の損傷を被った場合の修復など、何度でも調整槽に浸かる事になる。

 いや、獣化兵どころでは無いな。少なくともその身体の素質と、今まで受けて来た訓練により、サマエルへの忠誠度合いさえ心理チェックで確認できさえすれば、超獣化兵は間違いあるまいて。」

 

 そう言ったのは、ドクター・ホレイシオ・ベサント……。秘密結社クロノスの誇るマッド・サイエンティストだ。少なくとも、レイの認識ではそうだった。

 レイは隣の調整槽を見遣る。そこには若々しい青年が、調整措置を受けるためにその中へと封じられていた。……ラウ・ル・クルーゼである。レイがここシラー島のクロノス本部基地に到着したのは、ラウの調整措置が始まる直前であった。そのためラウとは少ししか話す事ができなかったが、ラウはまるで生まれ変わったかの様に、憑き物が落ちたかの様に、今まで漂っていた暗い想念が綺麗さっぱり消え去っていた。

 無論、彼自身やレイを生み出した者たちに対する怒りが消え去ったわけではない。いや、怨念や妄執として人類全てに向けられていた物が消え去った分だけ、その怒りは鋭さと力を増している様に、レイには感じられた。

 

「ラウは……どの様な存在に調整されるのですか?」

「ふふ、聞いてくれるかね。直接的な戦闘能力は、獣神将の中ではさほどでも無い。平均以下だ。

 だがその持ち味は、単純な戦闘能力では無い。元々持っていた空間認識力と精神感応に磨きをかけ、更にそれと獣神将が必ず持っている獣化兵への精神支配力の相乗効果で、極めて広範囲の領域を知覚し認識し、その中にいる全獣化兵に対して的確な命令を下す事ができる。

 つまりは、指揮官機能を超、超、超、超、ちょーーー強化されている、と言う事だな。」

 

 ドクター・ベサントは、人差し指を振りながら続ける。

 

「そして目玉は、機械との親和性だな。無論その様に特に設計もしくは改造された機械に限るのだが……。水上艦でも航宙艦でも、自動車でも飛行機でも、MAでもMSでも、その制御コンピューターと自身の神経組織を直結する事で、その機体の性能を120%発揮する事ができる。

 そう、だな。たとえば地球連合軍のメビウスとザフトのジンでは、キルレシオ5対1でジンが有利だ。そうだな?だがな。ラウが制御系を特別に改造されたメビウスに乗り、ジンには最高レベルのコーディネーターが乗ったと仮定して……。そのキルレシオは10対1でラウのメビウス有利だ。」

「メビウスが!?」

「おうよ。ましてや奴自身専用として最初から建造開始されているMSに乗せようものならば……。単体としての獣神将では我が主サマエルを除けば最強の力を持つ、獣神将アルーミック……。それに下手をすると匹敵しかねん。そして奴は、外付けの機体が強く改良されて行くに従い、どんどん強くなるぞー。アルーミックの奴も努力と根性で鍛錬し、その持てる力をどんどん増強しているのだがな。しかし機体の進歩の速度には追いつけまい。

 ま、アルーミックには最後の切り札があるから、それに勝つのは難しいが、な。」

 

 レイはいつの間にか、ドクター・ベサントの説明に引き込まれていた。そして誇らしい気持ちになった。ラウがその様な超存在へと進化するのだ!他でもない、自分の信頼し慕う、このラウ・ル・クルーゼが!!

 

「……ところでドクター・ベサント。」

「む?なにかな?」

「ラウは獣神将になるのですか?」

「……誰か、お前に言っておかなんだか?」

 

 ちょっと空気が白けたが、クルーゼの調整は慎重に、しかし丁寧に進んで行ったのである。




キラたち5人組、プラスしてクルーゼとレイの日常です。
キラは一番忙しく、トール、ミリアリアは訓練に余念がない。
サイは必死に今、立ち上がろうとしており、カズイは居心地がいい場所を見つけてそこに閉じこもろうとしています。
クルーゼは大金星。生体の検査の結果、天才的な素養が認められたため、獣神将確定!
最後にレイですが、治療はあっさりと終わりました。


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第005話:いくつかの決意

 東アジア共和国の一角、かつて日本という国家があった列島の、センダイ・シティの喫茶店で、ショーン・クラサワとアルヴィン、そしてもう2人……アキヒト・マキムラと言う青年と、ミツ・オズマと言う女性がコーヒーを飲んでいた。

 店は彼らが貸し切りにしており、その周囲を黒服の男たちが警備している。喫茶店のマスターは彼らの知り合いではあるが、彼らの「同志」ではないため、今日は他所に出かけてもらっている。彼らが飲んでいるコーヒーは、アルヴィンが淹れたものだ。

 ショーンは、アキヒトに問うた。

 

「「ゼウスの雷」の方は、どうなんです?」

「……残念ながら、あまり良くはない。必死の調整作業で延命してはいるが、初期に調整を受けたリベルタスたちは、寿命が近い……。彼らも覚悟はできている様だが……。」

「……そうですか。」

「来たぞ、クラサワ。」

 

 新たに3杯のコーヒーを淹れつつ、アルヴィンが言葉を発した。直後、喫茶店の扉が開き、そこから3人の男が入店してくる。ドクター・ベサント、アルーミック、そしてサマエルである。ショーンたちは、彼らに複雑な視線を送る。サマエルが口を開いた。

 

「お招きに預かり、光栄だ。」

「好きで招いたわけではないがね。」

「そう言うな。こちらとて、それは理解しているとも。だが、必要があった。そうではないかね?サマエル閣下自らが出向いたのが、こちらの誠意だと思って欲しい。」

 

 アキヒトの台詞に、アルーミックが微笑みながら返す。ショーンは苦し気な表情を一瞬見せた。

 

「キムラさん……。」

「何かね?」

「……いえ。」

 

 アルーミックは、彼は彼で何かしら複雑な心境があるのだろう、苦笑を漏らした。そこへアルヴィンがコーヒーを運んでくる。

 

「飲め、コーヒーだ。」

「驚いたの。お主にこの様な芸当があったとはの。」

「ぐだぐだ言わずに、飲め。冷める。毒を心配しているのか?それが効く身体ではあるまいに。」

「お互いに、の。」

 

 ドクター・ベサントとアルヴィンも、軽口の裏に抑えきれない物がある様で、何処と無しに棘が感じられる口調だった。そしてサマエルが言葉を発する。

 

「さて、では始めよう。タカシ、例の物を。」

「は、了解しました。ショーン君たち、アキヒト君たちも、これを見てくれ。」

 

 アルーミックが出したそれは、アフリカ大陸の地図だった。彼はその上にチェスの駒を並べながら、言葉を続ける。

 

「2月13日、ザフト軍は地球連合軍ビクトリア基地を陥落せしめた。ビクトリア宇宙港のマスドライバー施設は、ザフトの手に落ちた。」

 

 そう言ってアルーミックは、ビクトリア湖に置かれた白のルークの駒を、黒のナイトの駒で倒す。

 

「それだけなら、まだ良いんだ。いや、正直なところ我々クロノスとしては良くはないがね。Xデーのために、ビクトリア基地に一般軍人を装って潜入させておいた多数の獣化兵が、一般の連合軍人として戦死した……。」

「……。」

「だが、赦せないのはその後だ。ザフト兵は、基地陥落時に投降した地球連合軍兵士捕虜を、整列させ銃殺した。これが証拠映像から切り取った、写真のプリントアウトだ。」

「!!」

 

 サマエルが再度、口を開く。

 

「彼らには、いざと言う時のために獣化の許可を与えておいた。だが彼らは、Xデーにおける地球制圧作戦の成功率を少しでも上げるため……。一般の人間として、死んでいった……。

 ザフトの蛮行、決して赦すわけにはいかん。何が『血のバレンタイン』の報復、だ。報復ならば、とっくに済んでいるだろうに。『エイプリル・フール・クライシス』で、奴らは何人殺した?10億人だ。我らの同志も、お前たちの仲間や隣人も、そのとばっちりで幾人も死んだであろう。

 今日この日、こちらから申し込んだ会談を受諾してくれて、改めて礼を言う。本日の用件だが、改めて我々の協力関係の確認をするとともに、今まで以上の協力体制の構築を願いたい。具体的には、地球制圧作戦において、ガイバー・ギガンティック2体の協力を願いたいのだ。そして全地球を制圧完了したならば、返す刃でザフトを叩く。」

「クラサワ、返答はお前にまかせる。」

「マキムラさん……。」

「我々ゼウスの雷は、お前「ショーン・クラサワ」に協力しているのだ。お前がクロノスと完全に手を結ぶ事を選ぶなら、必然的に我々も同じ道を辿る事になるだろう。逆の場合も、また然り、だ。

 別に無責任で言っているつもりは無い。俺は今までの経緯により、お前とお前の判断を信頼しているからこそ、言っているのだ。」

 

 いったん目を瞑り、そして決然と目を開いたショーンは言葉を紡ぐ。

 

「俺は……。あんたたちクロノスが憎いし、あんたたちが今までやって来た事は、やってはいけない事だと思っている。俺の父さんを獣化兵にして操り、俺に殺させた事……。キムラさんを洗脳して俺たちの敵に仕立て上げ、そして今もまだ解放していない事……。地球を征服しようとする作戦の過程で、様々な悲劇を生みだして来た事……。けっして許しても、赦しても、いけない事だと思う。」

「……。」

「だけど、それも生きていてこそ、だ。俺たちだけの事を言っているんじゃない。俺もマキムラさんも、遺跡宇宙船の制御球から知識を得た際に……。「降臨者」について知る事ができた。その無慈悲さ、そして奴らがこの「地球」に対して何をやろうとしてるのかも……。

 それは、太古の時代に地球の破滅を自ら防いだ、あんた自身がよく知っているだろ?サマエル。」

 

 サマエルは深く頷く。ショーンは続けた。

 

「今、世界は、地球は再度破滅の危機に瀕している。だけど大多数の人類は、その事を知っちゃいない。だからと言って、今の段階では知らせる意味もない。証拠を示す事ができないからな。

 だけど、俺たちは「知って」いる。急ぎ、全地球圏の力を束ねてまとめる必要があるんだ。そして「降臨者」にその全てを叩きつける必要がある。なのに、こんな馬鹿な事を……。知らないって言っても、限度がある。」

「……うむ。その通りだな。今、憎しみが憎しみを呼び、地球連合側でもザフトの捕虜を虐殺しているとの情報が入って来ている。どちらもどちらだ。」

「キムラさん……。

 サマエル、俺はあんたが嫌いだ。けど、俺は……。俺たちは……。クロノスの地球征服に全面的に協力しよう。地球を……護らなければならない。俺たちの決着は、その後だ。」

 

 その場にいた全員が、頷く。サマエルは、左手を差し出した。ショーンは、一瞬きょとんとして、しかしすぐに理解して、同じく左手を差し出す。2人は、握手を交わした……左手をもって。

 こうしてクロノスはショーンたち、およびゼウスの雷と、完全な協力体制を築く事に成功した。ことに人造コントロール・メタル改によるガイバーでは実現できないガイバー・ギガンティック2体と、かつて離反した究極のバトルクリーチャーの再参入は、極めて心強かった。

 

 

 

 トールは何度目かの溜息を吐いた。

 

「やれやれ、軍の偉いさんから頼まれて、こんなアフリカの砂漠までやって来なきゃならないなんてな。」

「そう言わない。「モルフォ」の実戦データ収集、必要あるでしょ?」

「まあ、な。俺たちゃ「軍属」ではあっても「軍人」じゃない。オーブは軍は外に出せないけど、俺たちなら簡単に軍籍を外せるもんな。あと操縦は正規のパイロットと遜色ないし。オーブ政府としては苦肉の策って事か。」

「ま、あんまり大声で言わない方いいわよ。誰かに聞かれたら、まずいし。あたしたちは、ただの傭兵部隊。オーブとは、関係なし。」

 

 ミリアリアの言葉に、苦笑を返すトールだった。彼は傍らの巨人兵器、MSモルフォを見上げる。これはザフトのジンを、ナチュラルでもなんとか才能のある者なら扱える様に改修した機体……そう言う事になっていた。だが実は、モルフォの中身はM1アストレイである。

 M1アストレイは未だ完成品とは言い難い。実機による実戦データは、モルゲンレーテ社としてもオーブ政府としても、喉から手が出るほど欲しい物だった。

 

「……だけど、実戦データの収集だけならまだしもなー。」

「言わないで。アタマイタイ……。」

 

 彼らの母艦として与えられた、小型陸上艦ベイリー……。そちらの方から、数人が歩いて来た。その中に、ショートの金髪を振り乱して何やらまくし立てている少女がいる。彼女はカガリ・ユラ……。正式名称カガリ・ユラ・アスハと言い、オーブの代表ウズミ・ナラ・アスハの娘だ。今現在彼女は世話役のキサカ一等陸佐……身分は隠しているが、彼と共にレジスタンス「明けの砂漠」に強引に参加していた。

 

「まーた何か無茶言ってやがんのか、あの爆弾娘。」

「あの娘を、それとなく陰から護衛しろだなんて……。無茶よね。」

「……だから、余ってるMSを貸せっていってるだけだろうが!」

「何か勘違いしていないか?僕たちは君の部下でもなんでも無いんだよ?それに「空いている」MSはあっても、「余っている」MSなんて無いよ。

 それにMSは、僕らの大事な商売道具だ。僕らは傭兵部隊で、「明けの砂漠」と契約を交わして、君らの作戦を手伝っているだけなんだ。商売道具を貸せと言うなら、契約金を上乗せしてもらわないと承知できない。それこそMS1機、余裕で買えるほどの額をね。」

 

 アフリカに来て「明けの砂漠」と合流した最初の頃は丁寧な対応をしていた隊長のサイだが、流石に最近はいいかげん冷たい言い方になってきている。キサカ一等陸佐は黙しているが、困っている雰囲気がひしひしと伝わって来る。

 

「金、金、金!金と命と、どっちが大事なんだ!」

「命だよ。僕らの仲間のね。君らとは、それこそ金の上での繋がりしか無いんだ。それを理解してくれないか?」

「き、きさまあっ!」

「そこまで。」

 

 サイに殴りかかろうとしたカガリの拳を、掌で横から受け止めた者がいる。キラだった。

 

「サイ、無事?」

「おかげでね。」

「はなせ、はなせっ!」

 

 流石にキサカが、カガリを羽交い絞めにして制止している。サイ、キラ、そして少し離れて見ていたトールとミリアリアが、大きな溜息を吐いた。

 

 

 

 ちなみにカズイは、小型陸上艦ベイリーの艦内に設えてあるMS格納庫で、MSの予備機を調整していた。この艦には、MSモルフォがキラ機、トール機、ミリアリア機、予備機の計4機、そしてオンボロに見える様に偽装されたモビルスーツ指揮支援装軌警戒車が1輌積んである。いざ戦闘になればカズイはこの車両の運転手として、指揮官兼戦闘オペレーターのサイと共に、前線に出なくてはならない。

 ちなみに小型陸上艦ベイリーはその間無人になってしまうが、ベイリーには火砲は小型の機銃程度しか装備されていないので、戦力価値は低いとして後方で置いておく事になっている。

 

「あーあ、まーたやってるよ。あのお嬢さん。」

 

 カズイの声に応える者は、今この艦内にはいない。

 

「整備を選べば、戦場に出ずに済むと思ったんだけどなあ……。」

 

 それは甘い考えであった。サイと共にMS指揮車でゲリラたちに随伴して、サイがキラたちに指示を出すのを横目で見ながら、彼は何度もそう思ったものだ。敵がMS指揮車輌を狙って攻撃をかけて来た事など、何度もある。キラ、トール、ミリアリアが護ってくれなければ、サイと一緒に、とっくに昇天していただろう。

 

「あーあ……。」

 

 カズイはMS予備機の調整を終わらせると、今度はそのMS指揮車の整備を開始した。

 

 

 

 アスラン・ザラは、プラントに帰還する艦、ガモフの自室で、思い悩んでいた。

 

「キラ……。いや、偶然だったと思いたい……。」

 

 彼はオーブ連合首長国の資源衛星コロニー、ヘリオポリスで出会った、幼馴染の少年の姿を、脳裏に描く。

 

「あの時キラは、民間人の装いをしていた……。地球軍の軍服は、着ちゃいなかった。ただ……。

 あのとき、ミゲルのジンを撃破したのは、たぶんキラだろう。それ以外に、考えられない。ナチュラルどもに、あの機体のOSを急ぎ書き換えて、あそこまで操るなんて、そんな事が出来るわけが無い。」

 

 彼はそして、あの時喪われたもう1人の親友の事を思い浮かべる。

 

「ニコル……。あのとき迸った閃光に貫かれて、ニコルが奪った機体は爆散した……。なんだったんだ、あの閃光は。地球軍にあんな武器が……。ニコル……。」

 

 何かできなかったか、作戦において自分の行動に不備は無かったか。アスランはそう何度も自問していた。そして結局最後は、地球軍へ……と言うよりも、ナチュラルへの憎悪に結びついてしまう。

 ギリっと、歯ぎしりの音が鳴った。

 

「アスラン!アスラン!血圧上昇!心拍数増加!」

「アスラン……?また自分を責めているのですか?」

「あ……。ラクス、いえ……。と言いますか、何故入ってこれたのです!?ロックはかけてあったはずなのですが……。」

 

 ラクスは、柔らかく笑う。

 

「あら、ノックはしましたわよ?」

「インターホンを使ってくださいませんか。艦のドアは、気密漏れを防ぐためもあり、音は伝わりづらいのです。」

「まあ……。今度からそう致しますわ。かけても、よろしいかしら?」

「あ、どうぞ……。」

 

 毒気を抜かれたアスランは、ラクスが椅子に座るのを許可する。

 

「アスラン?貴方が来て下さらなかったら、わたしを含めたユニウス7慰霊団の皆様方は、助かりませんでしたわ。何をそれほど苦悩していらっしゃるのかは、お話してくださらないから分かりません。ですが、貴方はわたしたちを救ってくださったのです。その事は、胸を張って誇ってくださいまし。」

「そう……ですね。申し訳ありませんでした、ラクス。」

「元気を出してくださいまし。」

 

 アスランは、自分の手の甲に置かれた、彼女の柔らかな掌の感触に、つい赤面する。

 

(その救出作戦だって、父が命令しなければ、ラクスを救う機会すら与えられなかったんだけどな……。「英雄」になって来い、か。

 いや……。今はただ、ラクスを無事救い出せた事だけを喜ぼう。マイナスの気持ちに引き摺られてばかりいたって、結局は何もできない。それでいいよな、ニコル。それでいいよな、キラ。)

 

 彼はふと立ち上がって、船窓から宇宙を見遣る。隣にラクスが付いて来て、そっと彼に寄り添った。彼は暗い宇宙の深淵に、微笑むニコルとキラの姿を幻視するのだった。

 いや、ニコルは死んだけどキラは生きているのだが。

 

 

 

 ガモフ艦内に設けられたジムで汗を流しながら、2人の少年が言葉を交わしていた。

 

「これでアスランの奴は、ザフトの英雄様、か。」

「仕方ねーんじゃねえのー?我らが英雄、クルーゼ隊長がガモフを救うために身を挺して地球軍の新兵器と戦ってよ。そんで相打ちで死んだんだからよ。

 死んだ英雄もいいけど、シンボルとして生きた英雄が欲しいんだろうさ。」

「フン!」

 

 銀髪の少年イザーク・ジュールが、苛立たし気にジムの機材を打ち捨て、立ち上がる。褐色の肌の少年ディアッカ・エルスマンが苦笑し、追随して立ち上がった。

 

「ま、何にせよこれでザフト全体の士気は上がろうってもんさ。でもよイザーク。俺たちゃそんな今回のアスランみたく、お飾りの英雄になりたいわけじゃねーだろ?正直、アスランの奴もご愁傷様ってとこだな。

 そう思うだろ?ニコ……ル……も。

 ……あ。」

「……。」

 

 ディアッカは、つい口に出してしまった名前に動揺し、押し黙る。イザークも、気まずげな顔になって黙ってしまった。こんなとき何時もアスランを庇って、隊のバランスを取っていたもう1人の仲間、ニコル・アマルフィはもう居ない。地球連合のMSを奪取する作戦の半ばで、地球軍の歩兵用と思われる新兵器による攻撃で、奪取したMSもろとも爆死したのだ。

 

「……さて、アスランの様子を見て来るか。」

「あ、え、め、珍しいな、イザーク。」

「ニコルはもう居ない。クルーゼ隊長もだ。隊全体のバランスを取らねばならん。たとえそれが気に食わんザラ隊……アスラン・ザラ隊であろうともな。

 俺は……。俺は死ぬ気はない。アスランを超えてみせる。士官アカデミーでは叶う事の無かった思いだが。そして他の誰も死なせはしない。ディアッカ、お前もだ。そして……アスランだろうと、死なせはせん。俺の周りでは、もう誰一人として、欠けさせはしない。

 そのためには、ニコルの奴がいつも言っていたアスランとの「歩み寄り」だろうと、やってみせる。」

「そう、だな。ああ、そうだ!」

 

 イザークは続ける。

 

「そしてナチュラルだからと侮るのも、やめだ。俺たちが奪取したあのMS3機……。OSなどのソフト面はまったく駄目だったが、ハードウェアは恐るべきものだったと聞く。MSの手持ち兵装として使う事ができるまでに小型化されたビーム兵器。エネルギーが続くかぎり圧倒的な防御力を誇るPS装甲。いや、基本構造や各種センサー類でさえ、我々のジンを遥かに上回っていた。」

「あれにゃ驚いたな。俺が奪ったバスター、だっけ?あれが持ってた狙撃ビームライフル……。」

「あれが味方機や味方艦に向けられると考えただけで、怖気が走る。それにナチュラルは、数が圧倒的に多い。普通のナチュラルがピラミッドの底辺だと仮定すると、ピラミッドの頂点にいる者は並のコーディネーターを超える高度な能力を持っていたとしても、不思議じゃあない。

 ディアッカ、ナチュラルを侮るな。それこそ天文学的な偶然で、「素」でコーディネーターを超える能力を持つナチュラルとて……。天文学的な確率で、コーディネーターを超える超絶的、芸術的な遺伝子配列を持ったナチュラルが、生まれないとも限らんのだ。」

「……おう。」

 

 イザークは、シャワー室へと去って行く。とりあえず汗を流してから、アスランの部屋を訪問するつもりなのだ。ディアッカも苦笑を顔に張り付けて、イザークの後に続く。だがふとディアッカは振り向く。

 

(……なあ、これでいいんだろ?ニコルよぉ……。)

 

 誰もいないジムの空間に、ディアッカはそっと立って微笑む、ニコルの姿を幻視した。




クロノスと手を結ぶ、ガイバー一行。いいよね?本編のガイバーでもそんな雰囲気になってきてたし。
アフリカに移動したキラたち。そこには例の爆弾娘ががが。危うし、キラ一行!
そしてイザーク覚醒。がんばれイザーク。負けるなイザーク。未来は君のために……あるのか?(笑)


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第006話:戦う資格

今回カガリを思いっきりイジメます。ファンの方、どうかご容赦を……。


 その日、アズラエル財閥の御曹司、国防産業連合理事、大手軍需産業の経営者であり、そして反コーディネーターを掲げる政治団体ブルー・コスモスの盟主であるムルタ・アズラエルは、取引先の大会社社長の紹介で、ある人物と会談の予定を持っていた。取引先の会社社長によるとその人物も、画期的な新技術を幾つも開発した会社を複数持っている、やり手の経営者だとの事だ。

 アズラエルの秘書の1人である女性が、会長室へと入って来る。

 

「アズラエル様、お客様がお見えです。」

「ほう、きちんと30分前行動、ですか……。好感が持てますねぇ……。それと今日はウチの会社のトップとして会うのですから、「様」ではなく「会長」と呼んでくださいな。」

「し、失礼しました、会長!」

「それで良いですよ。では少々早いですが、お客様を呼んでください。」

「は、はい!」

 

 慌てて去って行く秘書の後姿を眺めつつ、アズラエルはあの秘書を替えるべきかどうか、内心で検討する。この程度で慌てふためく様では……と、彼は少々悩んだ。しかしまあ、害になるほどでもあるまい、と思い直す。

 首になる瀬戸際だったとは知らず、秘書は表面的には落ち着いて、問題の客を案内して来る。それは嫉妬するほどの美丈夫であり、体格も良い壮年の男性であった。アズラエルは思う。

 

(まさか……コーディネーターじゃないでしょうね?いや、大西洋連邦内で、コーディネーターが幾つもの会社の経営者になれるわけがない。制度的には不可能じゃ無いさ。だが下っ端や中堅ならともかく、そんな上にまでいけるわけが無いんだ。)

 

 その男は、軽く会釈をすると右手を差し出して来た。

 

「お初にお目にかかります、アズラエル会長。わたしはクリストファー・プロウライトと申します。」

「これはこれは。僕がムルタ・アズラエルです。よろしく、プロウライト会長。くくく、お互い会長なのです。「会長」はやめて、フレンドリーに行こうじゃありませんか、プロウライトさん。

 ……早速ですが、今日の用件は何か技術の売り込み、とラムゼイ氏から聞いておりますが?いえ、貴方には失礼かもしれませんが、なにぶん僕のスケジュールは分刻みで詰まっておりまして。可能な限りお時間を取りたいのですが……。」

「ああ、理解しておりますともアズラエルさん。今日はわたしの組織が持つ、ある技術の「成果」を買って欲しいのですよ。」

 

 アズラエルは不審に思う。そして彼は、その疑念を口に出して見た。相手がどう答えるかで、相手を計ろうとしたのである。

 

「技術の「成果」ですか?技術そのものをお売りいただけるのではなく?」

「ええ。「人類」に施すことを目的とした、「遺伝子操作」技術の成果、ですよ。」

「!!」

 

 一瞬頭が呆けた。この男は、何を言っているのだ?それがアズラエルの最初の思いだった。次に頭が沸騰した。この男は、よりにもよって、ブルーコスモス盟主であるこの!ムルタ・アズラエルに向かって!遺伝子コーディネート技術の成果、つまりはコーディネーターそのものか、それを作る新たな手法を売りつけようと言うのだ!少なくとも、彼はそう理解した。

 必死で気持ちを落ち着け、彼は秘書に命じる。だが声が引き攣り、裏返るのは抑えきれなかった。

 

「お客様のお帰りだ。お送りしてくれ。」

「……。」

「何をしている?はやくお送りしてくれと、言っているんですよ!」

「幼少期……。」

「お帰りくだ……。」

 

 プロウライトは、そして致命的な言葉を放つ。

 

「コーディネーターである子供に敵わず、多人数で袋叩きにしようとしたが、返り討ちにあう。そして母親に「何故自分をコーディネーターにしてくれなかったのかと」言ってしまい、打擲される……。」

「!!」

「なるほど、それが心の傷になり、コーディネーターを嫌い憎むようになった。自然保護団体であったブルーコスモスが、異様なほど反コーディネーター思想に染まったのは、いやお前が染めたのは、それが原因なのだな。くくく。アルベルトの調査報告書は、いつも正確で助かるよ。」

 

 その言葉を聞き、アズラエルの目が血走る。彼は絶叫した。

 

「き、貴様あっ!!帰れ、帰れよ!帰らないと、人を呼んで放り出すぞ!」

「くくく……。」

「おい!何をしているんです!ガードマンを呼んで、この男を放り出すんです!」

「……。」

「ええい、君はクビだ!自分で呼……。」

「……「後天的」遺伝子操作技術。」

 

 そして、アズラエルは硬直する。今この男は、何を言ったのだ?「後天的」……だと?アズラエルの思考は、ぐるぐると回ってまとまらない。

 

「我々は、「調整」と呼んでいるがね。かつて太古の昔、「あるモノ」の素体として、人類は創り出された。人為的にね。……いや、創り手は人類ではないから、人為的と言うにはあたらないかな。」

「な、なに……を……。」

「だが創り手……「降臨者」たちは、人類を完成間際で、何らかの理由で捨て去り、故郷である星々の彼方に去った。

 そして幾星霜。人類は自らの力で、自らを完成させる方法を手に入れた。」

「あ、ああ……。」

 

 プロウライトは歌う様に続けた。

 

「どうだね?コーディネーターを圧倒する能力、圧倒的な身体能力、圧倒的な頭脳、それが欲しくは無いかね?お前がかつて望み、そして手に入れられなかった物が、今お前の前に転がっている。

 だが、うかうかしていると他の所へ転がって行ってしまうかもな?「また」お前の手の届かないところに……。」

「あ、ああ……あああ……。」

 

 アズラエルは苦悩する。そうだ、本当に欲しかったのはソレなんだ。だが、今の自分はブルーコスモスの盟主……。コーディネーターを打倒し、撃ち滅ぼす……。その自分が遺伝子操作技術で「完成」の道を歩む?だがそれは……。彼の思考は、いつもは明晰な彼の頭は、ぐるぐると回るばかりで一向に答えを出さない。

 彼は隠し持っていた小型拳銃に手をやる。そしてそれを構えた。

 

「ソレが答えかね?」

「……。」

 

 そしてアズラエルは、小型拳銃を床に落とす。フカフカの絨毯で、それが落ちた音はどこへも響かなかった。

 

「……何故だ。」

「ん?」

「何故、もっと早く現れてくれなかったんだ!なぜだよぉ!僕は、僕はずっと待っていたんだ!それ、それなのに!それなのにさ!何故さ!何故ぇ……。うぐっ……。くううぅぅ~……。」

 

 蹲って泣き出したアズラエルに、律儀にプロウライトは答える。

 

「お前が……君の地位が、高かったからね。我々の手は長い。けれど、即座に届くほどでもない。まず、周囲から外堀を埋める必要があったのさ。

 まあ、なんだ。コーディネーターなど……。新人類を標榜するあの薄っぺらな処置しかしていない改造人間どもなど、たいした物でもない。そんなに苦しむことは無いさ。新人類を名乗るなら……。このぐらいはやって欲しいものだな。」

 

 そしてプロウライトの姿が変わった。

 

 

 

 そしてプロウライトは、元の姿に戻った。秘書の女性が、彼のために用意した着替えを着用すると彼は、唖然とする……いや、呆然とするアズラエルに、右手を差し出す。

 

「さあ、この手を取るかね?これが最初で最後のチャンスだよ?」

「……この手を取ったら、僕はどうなる?具体的な事を言えば、どのぐらいの位置、どのぐらいの地位に?」

「まあ、最下級の獣化兵と言う事は無いだろう。それは保証する。君は聡明で身体能力も優れているからな。超獣化兵でなければ、もったいないと言うものだ。

 だが、獣神将は……難しいだろう。獣神将は、素質的に優れているかどうかも問われるが、我が主サマエルのお気持ち次第だからね。」

「サマエル……。毒天使、か……。」

「くくく、あの方は確かに毒だな。甘美な、甘美な毒だ。で?」

 

 アズラエルは、おずおずと右手を伸ばすと、差し出されたプロウライトの右手を最初はそっと、そして固く握りしめた。秘書の女性が、花が咲く様に微笑みをこぼした。

 

「で、僕を篭絡したあとは、何をさせるんです?僕はいったい何をすれば?」

「ほう?流石、わかっているな。まあ、ブルーコスモスの連中をどうにかして欲しいのがあるな。大量殺人されては、「人材」が……「素体」が減ってしまう。優秀な遺伝子資源もな。

 それと、適切な「素体」の供出……。今我々の組織、秘密結社「クロノス」は、大きな作戦を控えている。1人でも……1体でも、優秀な獣化兵、超獣化兵が必要なのだ。可能ならば獣神将も、ね。

 君自身については、可能な限り早急に1週間から10日程度の休暇を取って欲しい。何かしら、理由付けしてね。君を調整する。」

「「毒」をくらわば、皿まで、ですよ。全部、飲みましょう。ええ、甘美な「毒」ですねぇ。」

「くくく。」

 

 大きくため息を吐きながら、ここでアズラエルは秘書の女性に目を遣る。

 

「でもって、「毒」を飲んでなかった場合は「彼女」の出番ですか?」

「さすがに分かるかね。見せてあげたまえ。」

「……。」

 

 次の瞬間、秘書の女性の姿が変わる。だが先ほどの事で免疫ができていたアズラエルは驚かない。と言うか、一生分驚いて感情がマヒしている。

 

「これは……。美しいですねぇ。」

「ありがとうございます、会長?」

「いや、まさしく美獣ですよ。」

 

 秘書は、2mを超えるしなやかな体躯をした、美しい毛並みを持つ直立した獣に変じていた。両肩は大きく張り出し、甲羅で覆われている。胴体は女性的なラインを保っており、芸術品的な美しさを持っていた。

 

「彼女は君のところに入社する、ずっと前から我々の手の者だったのだよ。超獣化兵へと調整されたのは、ごく最近だがね。女性の調整体は、数少ないんだが、是非にと強く志願されてね。

 筋力増幅度は常人の25倍、敏捷性も極めて高く、防御力は戦車砲の通常弾をはじき返す。両肩には生体レーザー砲が仕込まれており、その威力は厚さ1mのコンクリート壁を1秒で貫通する。他にも様々な能力があるが……。唯一の泣き所は……。

 まー、なんだ。正式名称が決まっていない事でね。」

「は?は、はは、ははははは。あははははは!

 それでは、僭越ながら。音感と語路とインスピレーションだけで決めた名前ですけれどね。「エリノラ」は、いかがでしょうかねぇ?」

「ほう?ふむ……。……。今、ドクター……ああ、我々の仲間だが、それとも精神感応で連絡し、了解を取った。彼も気に入ったらしい。

 お前は今日から、エリノラ……「超獣化兵エリノラA-001」だ。その名に恥じぬように、今後ともアズラエル君との連絡役をこなす様に。アズラエル君、君も彼女のクビは無かったことでいいね?」

 

 プロウライトの言葉に、超獣化兵エリノラA-001は、深々と頭を下げる。アズラエルも、頷いた。

 

「こんな有意義な人材、辞めようったって逃すものですか。クビは撤回ですよ。」

「それは良いのですが。」

「「む?」」

 

 アズラエルとプロウライトは、首を傾げる。エリノラA-001は致命的とも言える言葉を言った。

 

「アズラエル会長に見せるため獣化したのはよろしいのですが、最初の予定ではプロウライト閣下の獣神変で済ませるはずでしたので……。その、わたしの分の着替えが無いのです。」

「「あ。」」

「獣化を解けば、裸になってしまいます。いえ、お二方にお見せするのは自分としてはかまわないのですが……。そして着替えを誰かに持って来てもらうにも……。」

 

 獣化を解いて、そこへ着替えが届いたなら……。偉い立場の男2人が、権力を乱用して秘書の女性にセクハラを働いていたと見られかねない。もし獣化を解かないで着替えを待ったら、獣化した姿を視られたら大騒ぎになること必定。

 他にも調整されたりされていなかったりのクロノス構成員が、アズラエルの会社の社屋内に多数いる事をプロウライトが思い出すまで、ぐだぐだな雰囲気は続くのであった。プロウライトは、他のクロノス構成員が近場にいるのを失念した事で、がっくり来ていたが。

 

 

 

 2連装レールガンの弾をぎりぎりで回避して、キラは自機であるモルフォを後退させる。必死を装って、ビームライフルを1発無駄撃ちする。その火線は、ザフトの四つ足MS、バクゥの肩口を掠めて消えた。

 

「くうっ……。はぁっ、はぁっ。」

 

 無線は封鎖している。キラは1人きりだ。だが彼は、仲間を信じていた。また1歩、そして2歩、モルフォは砂漠地帯を砂に足を取られない様にして、後ろに下がった。

 

「あと少し。はぁっ……。ふうっ……。」

 

 バクゥの隊長機……「砂漠の虎」アンドリュー・バルトフェルドの専用機が、高速で疾走してくる。その火砲が、キラのモルフォを掠めた。続けて随伴機が2機、ミサイルを乱射してくる。キラは必死……に見えて、余裕はそこまで無いが、さりとて難事でもなく、普通に躱す。

 そして、バクゥ3機は突進してきた。

 

「よし、かかった……何!?」

 

 その瞬間、ビームライフルの火線が走った。バクゥの1機、バルトフェルドの隊長機ではなく、その随伴機の1機が直撃を受けて爆散した。能天気な声が無線から聞こえる。

 

『ははは、やった!やれるじゃないか、わたしも!』

『ばばば、馬鹿野郎!!』

『なんてことしてくれてるの!!』

『無線封鎖解除!全機、吶喊せよ!』

 

 次の瞬間、IR偽装網を吹き飛ばして、トールとミリアリアのモルフォが砂地から立ち上がり、跳躍しつつビームライフルを乱射した。キラの機体も三味線を弾くのはやめて、今までとは見違えるような機動でバクゥ部隊に迫って行く。

 トールのビームライフルから放たれたビームが、随伴機のバクゥを爆散させた。しかしそこまでだ。バルトフェルド機は、一瞬だけ逡巡する動きを見せたものの、高速で逃げ去って行った。

 

「……。」

 

 キラは、機体を振りむかせもせずに、センサー情報だけで射撃した。それは1機のモルフォの足元に着弾し、その動きを止めさせる。いや、その必要も無かったかもしれない。そのモルフォは砂に足を取られ、もがいていたから。

 

『う、うわっ!何をする!味方撃ちなんて……。』

「味方じゃない。味方だったら、味方から泥棒なんてしないよ。カガリ・ユラ……。」

 

 いっそのこと、名前の最後に「アスハ」を付けて呼んでやろうか。キラはその気持ちを必死で抑えた。彼の機体と、トールとミリアリアの2機のモルフォ、そしてサイとカズイのMS指揮車が、MS泥棒を機体から引きずり下ろすために4機目のモルフォに向かい、近寄って行く。はるか彼方から、1台のジープがこちらに向かい、走って来るのが見えた。

 

 

 

 MSから引きずり降ろされたカガリが喚いていた。それを全員が、白けた目で見ている。いや、1人は悔恨の思いを湛えた目で見ていた。ジープでやってきた、キサカ一等陸佐……レドニル・キサカだ。

 

「なんだよ!余っていたMSを借りただけじゃないか!それにわたしは、1機墜としたぞ!?お前らなんか威張ってたくせに、3人がかりで1機墜とすのが精一杯だったじゃないかよ!」

 

 キラは思う。初心者の訓練用に、素人にも扱えるOSのバージョンなんか、初期導入プログラムなんか作らなきゃよかった、と。まあ出来る事は、のこのこと、のろのろと歩かせて、手持ち武器の制止射撃をするぐらいなのだが。いや、実は簡便性を考えて、ディップスイッチで各モードを切り替えられる様に作っていたのだが、こんな事ならROMの差し替え式にするんだったと、キラは強く悔いていた。

 サイが疲れた顔で言う。

 

「キサカさん。キサカさんなら、この爆弾娘が何をやったか分かっているでしょう。説明してやってくれませんか。」

「なんだよ爆弾娘ってのはよ!!」

「……いい加減になさい!今回貴女がやった事は、限度を超えます!」

「!!」

 

 キサカ一等陸佐の怒声に、カガリはぎょっと目を見開く。キサカは続けた。

 

「彼らの作戦は、1番機が敵の攻撃を誘い、2番機、3番機が身を隠して十字砲火のキルゾーンを作っているそこへ、敵をおびき寄せると言う物です。ですがそこへ充分引き付ける前に、貴女のMSが現れて、攻撃を開始した……。結果、1機は貴女が、もう1機は2番機が撃墜した……。」

「……だ、だけどよ!勝ったじゃないかよ!敵を追い返して……。」

「いいえ負けです。敵の隊長機を撃墜できませんでした。アンドリュー・バルトフェルド機を、ね。」

「!!」

 

 ここで再びサイが口を開く。

 

「この作戦は、僕らの足りない技量、足りない戦力、足りない頭で、なんとかしてバルトフェルドを倒すための、最初で最後の賭けだったんだ。バルトフェルドは名将だけれど、MS同士の戦いは慣れていない。だからこそ、こんな初歩的な作戦に引っ掛かった。そして2機も部下を失った。でも……。

 もう2度と、バルトフェルドは罠になんか、かからない。今後バルトフェルドが殺す人たちに、君はどう言って謝るつもりだ?カガリ・ユラ。自分はバルトフェルドを倒すチャンスを潰したかわりに、取るに足りない敵機を墜としました、って言うのかい?」

「く……。」

「君が邪魔しなければ!バルトフェルドを!倒せていた可能性は高いんだよ!なんのために、僕らで一番腕がいいキラが、必死になって!囮になって!それなのに、それなのに!!

 ○○○○っ!」

 

 サイが口汚く、四文字言葉を吐き捨てる。彼らしくない下品な言葉遣いに、だがキラは少しだけ慰められた。サイがキラを始め、仲間達を強く思っている事が感じられたからだ。そしてキラはサイの肩を叩く。

 

「その事は、とりあえずここまでにしよう。後からもう1度、きちんと「明けの砂漠」の人たちも含めて問題にさせてもらうけどね。

 次はもう1つの問題を話さなきゃ。」

「も、もう1つの問題?」

「君が盗んだ4番機の事さ。」

 

 カガリは血相を変えて叫んだ。

 

「盗んだんじゃない!余ってる機体を借りただけだ!単純な算数だろう!浮いてる戦力を出さないで、どうするんだ!」

「僕らは、貸さないって言ったよ?それを黙って持ち出すのは、盗んだってことさ。」

 

 そう言ってキラは、腰から拳銃を抜いた。そしてそれをカガリへ向ける。カガリは目を瞠った。

 

「これが普通の軍隊ならば、君がやった事は銃殺物だ。」

「な、ま、本気か?」

「さあね?だけどね、借りた借りないって、それは言葉遊びに過ぎない。君がやったのは、友軍からの窃盗さ。まったく……。機体に火を入れて置いたのは、緊急時に備えてなんだけどな。」

 

 ここで再びサイが説明をバトンタッチした。キラは、拳銃の照準をカガリから外さない。

 

「それに、僕らは何度も言ったはずだ。「空いている」機体はあっても、「余ってる」機体は無い、ってね。……MSは消耗が激しい。だから予備機を用意しているんだ。特に一番操縦の上手いキラは、それに比例する様に機体を酷使する。……どうだい?カズイ。」

「うん……。ちょぉっと、膝関節がヤバいかな?今ざっとチェックしただけだけどさ。」

「そう言う事だよ。予備機が無かったら、キラはその持ち味を殺して戦わなきゃならない。本来の実力の、何割程度かな?同じ事は、トールとミリアリアにも言える。予備機があるから、いざと言う時は機体を壊す覚悟で動かせる。でも予備機が無ければ……。

 予備機がある事での戦力上昇は、新兵1人が予備機を持ち出して戦線に加わるのの、何倍もあるんだ。ましてや……ましてや初期導入プログラムのままで機体を歩かせて、戦線に投入するド素人の、何倍の戦力価値があるのか、わかってるのか!!」

 

 サイは、再び激昂する。キラの拳銃の銃口はピクリともカガリの眉間からズレない。サイの怒声が響いた。

 

「戦術をちょっとかじった程度の僕にも及ばない知識と理解度しか無いくせに!こんな単純な「算数」も分からないくせに!君には戦う戦わない以前に、戦う資格が無い!!

 君はあぶなっかしい!いつか君は、味方を殺す!繰り返すぞ、君には戦う資格が無い!!」

「な、い、言ったな!!」

「動かないで。僕に引き金を引かせないでくれるかな。」

「く!!」

 

 カガリは危うい所で、サイに殴りかかるのを思い止まる。キサカは、キラが撃たないだろうと思ってはいるが、気が気では無い様だ。

 その時、地平線の方から爆炎が上がった。それはゲリラ組織「明けの砂漠」のアジトの方だ。トールとミリアリアが叫ぶ。

 

「あ……。おいぃ!!お前さん、アジト出発するときに、MSを静音モードにしたよな!?」

「IR偽装網、被ってたわよね!?」

「え、あ、あ?」

 

 その反応で分かった。キラは拳銃をホルスターに戻すと、自機の方へ歩き出す。

 

「初期導入プログラムが走ってる状態じゃ、静音モードにはならないし、IR偽装網なんて持って被れるほど器用に手は動かないよ。」

「くそ!」

「ああ、もう!」

「……。」

 

 トールは苛立ちを吐き捨て、ミリアリアは天を仰ぎつつ、サイは無言で、各々の機体や車輛に走る。慌ててカズイがサイを追う。そしてトールの2番機とミリアリアの3番機が、今はパイロットのいない4番機を担ぎ上げた。キラの1番機が、ビームライフルを油断なく構え、周辺警戒しつつ、急ぎ帰還の途に就いた。

 残されたカガリは、唖然としている。いつの間にかジープに乗ったキサカが、車体をカガリの傍らに停車させた。それを後方センサーで確認しつつ、キラは自機モルフォ1番機を、「かつてゲリラのアジトがあったはずの場所」へ向けて歩ませた。




うん。今回はカガリの悪いところを思いっきり増幅させて、表面に出してみました。ちょっとどころじゃなく、やりすぎたと思います。ですが、これが後々の成長の糧に……ならなかったら酷すぎるので、ちゃんと成長させたいと思います。
頑張れカガリ。

あと頑張れアズラエル。我らが盟主王。


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第007話・金持ちと貧乏人、または後方と前線

 くすぶる硝煙の匂い。その中で、キラたちは大破状態の小型陸上艦ベイリーを手分けして調べていた。サイがカズイに問いかける。

 

「どうだい?カズイ。」

「どうもこうも……。レールガンに貫かれて、積んでた弾薬の類に火が回ったんだね。もう少し調べてみないと分からないけど、まあ駄目だと思うよ。」

「そうか……。」

 

 彼らは黙々と、残骸あさりを続ける。彼らはそれ以外に、何もやりたく無かった。いや、この地から脱出するために装備が必要だから残骸をあさっているだけであり、本当なら何もしたくない気分であったのだが。

 トールがため息混じりに、言葉を吐き出す。

 

「……全滅、か。皆殺しかよ。」

「女子供まで、容赦なし……。わかってたつもりだけど、これが戦争なのよね。」

 

 それにミリアリアが応える。トールが言った通り、彼らが帰還して来た時には既に、レジスタンスのゲリラ組織「明けの砂漠」の根拠地は、MSの火力をもってして完膚なきまでに破壊され、人員は皆殺しになっていた。軍事用語の「全滅」ではなく、一般的な概念で言う完膚なきまでの「全滅」である。

 遠くから、叫び声が聞こえた。

 

「動けよおおおぉぉぉ!!なんでだ!なんでだよ!さっきは動いたのに!!」

「まーたやってるよ、あのお嬢さん。」

「放っておきなよ。さすがに今度はキサカさんが動くさ。……今度こそ、動いてもらわないと。」

 

 呆れたようなトールの言葉に、キラがぶっきらぼうに返した。彼ら全員、気持ちがささくれ立っている。彼らは黙々と、作業を続けた。

 

 

 

 カガリは目の前の物が、信じられなかった。いや、信じたく無かったと言うのが正解だろうか。破壊され尽した拠点……レジスタンス組織「明けの砂漠」の皆が住み、そこで生き、笑い合い、語り合った家々の「焼け跡」が、彼女の眼の前に広がっていた。

 人型の炭があちこちに転がっている。彼女は奇跡的に原型を留めている幼児の屍を抱き上げた。動かない。死んでいる。重い。その重さが、ひたすらに悲しい。

 彼女はその死体を、両親と思しき人型の炭の側に、そっと横たえた。いつの間にジープから降りて来たのか、キサカが彼女の脇に立ち、屍に向かい祈りの姿勢を取った。

 

「くそっ!」

「……。」

 

 カガリは駆けだす。向かう先は、キラたち傭兵団の擁するMS「モルフォ」の1機だ。彼女は急ぎ開けっぱなしのコクピットに飛び込んだ。これで、レジスタンスの仲間たちの、仇を討つのだ。彼女は操縦訓練用の初期導入プログラムを走らせて、MSの起動シーケンスを開始する。

 否、しようとした。

 

「え?」

 

 機材の電源が、入らない。

 

「あ、あれ?」

 

 彼女は何度も、MSの起動シーケンスをやり直した。

 

「う、動かない?……くそっ!」

 

 別の機体に、彼女は飛び込む。そして起動シーケンスを行う。動かない。また別の機体に乗り込み、動かそうとする。動かない。

 

「何故だ……。なんでだっ!動け、動け動け動け動け動け!今動いてくれなきゃダメなんだ!皆の、皆の仇を討てないんだ!だから動け!」

「……。」

 

 彼女の乗る機体の、開きっぱなしのコクピット出入り口に、キサカがやって来た。それにも気づかず、彼女は絶叫する。

 

「動けよおおおぉぉぉ!!なんでだ!なんでだよ!さっきは動いたのに!!」

「お気が済みましたか?」

「キサカ!動かない、動かないんだ……。MSが……。」

「当然でしょう。サイ君たちが、キラ君に言ってOSにロックを掛けましたからな。……緊急時に早急に動かせなくなるのを承知の上で。」

「!!」

 

 それを聞いたとたん、カガリはコクピットを飛び出す。その手をキサカが掴んだ。

 

「は、放せ!」

「どちらへ行かれます。どちらへ行って、何をなされるのですかな?」

「決まっているだろう!OSのロックを外させるんだ!」

 

 カガリは叫ぶ。キサカはため息を我慢して、更に問う。

 

「そしてOSのロックを外して、どうなされます?」

「何を……。おまえは、この様子を見て、何も思わないのか!?バルトフェルドを、仇を討つんだ!皆の!」

「無理でしょう。」

「!!」

 

 キサカの言葉は、冷たかった。カガリは思わず彼の眼を凝視する。そこには悲しみが湛えられていた。

 

「サイ君に……しっかりとした戦術教育を受けた小隊指揮官に率いられたMS小隊でも、罠を使ってなんとか倒せる相手。あなた1人では、モルフォ1機では、返り討ちどころか、その部下にも遊ばれて墜とされるだけです。

 バルトフェルドは名将です。それを倒す千載一遇の機会を、貴女は浅慮で潰してしまったわけですが。」

「き、キサカ……?」

 

 キサカの言葉は冷たい。ただひたすらに冷たい。

 

「それを貴女が単機で討つ?うぬぼれも、いいかげんにしなさい。戦場は、貴女のわがままで貴女のいいように動いてくれる物じゃない。そして自分がしくじれば仲間が死ぬ、仲間が死ねば次に自分が死ぬ、そう言う場所です。増してや……。

 増してや貴女は、またMSを勝手に借りて……いえ、盗んでいこうとしました。今度こそ、キラ君は引き金を引きます。そして、わたしはそれを止める事ができない。止めては、いけないのです。」

「じゃあ、じゃあどうす……。」

「他人の言葉を遮らないでいただきたい!!まだわたしの話は終わっていない!!わたしが、ここの皆とは本来何も関係ない貴女に言われるまでもない、ここの出身であるわたしが!なにも!なにも思っていないと、何も感じていないとでも言うのですか!!」

「!!」

 

 表面を覆っていた薄氷を突き破り、キサカの中に圧し込められていた溶岩が噴出する。

 

「サイ君やキラ君は言った!貴女には戦う資格が無いと!言いたくは無かった!だがわたしも言おう!貴女には、皆の仇を討つ資格もまた、無い!!」

「そ……。」

「まだ理解しないのですか!皆を「殺した」のは、バルトフェルドの部下、別動隊だ!だが皆を「死なせた」のは、貴女だ!サイ君たちは細心の注意を払って、発見されない様に拠点を出たのに!その心遣いを無駄にして、騒々しくMSの機械音を鳴らし、地響きを響かせて、あげくにIR偽装網すら被らないで、堂々と隠れもせずに出撃したのは!

 ここが見つかったのは、貴女のせいです!そんな貴女は、もし生存者がいたなら仇として討たれる側の人間だ!けっして仇討つ側の人間ではない!貴女に、仇を討つ資格は無いっ!!」

 

 キサカの強い台詞に、カガリは立ち尽くす。そしてキサカは、ぽつりと呟く様に言った。

 

「そしてそれは、わたしも同罪です。貴女を、主家のご息女だからと言って、甘やかしてしまった。うかつにも、こんな最前線に連れて来て、あげくにレジスタンスに加入などさせてしまった。……貴女を、止める事ができずに、皆を死なせてしまった。」

 

 先程までとは真逆に、キサカは今にも消え入りそうな様子で、訥々と言葉を絞り出す。カガリは、強い自責の念に襲われた。今更、ではあるが。

 

「キサカ……。わたしはどうすればいいんだろう……。」

「何もしなくていいさ。」

「!?」

「……キラ君か。」

「機体を見に来ました。」

 

 唐突に現れたキラは、カガリを押しのけてコクピットに入る。この機体は、キラが駆る1番機であったのだ。キラは早急にOSを立ち上げて、メンテナンスモードにして機体チェックプログラムを走らせる。

 カガリはそんなキラに、小さな声で問いかけた。

 

「な、何もしなくて……いいって?」

「聞いた通り。……君が何かしら、したいって言うのはさ。もしかして、赦されたいとでも思ってるんじゃないの?……おこがましいよ。」

「!!」

 

 言葉も無く立ち尽くすカガリに、キラはコクピットの中で作業しながら毒づいた。彼とて、苛立っているのだ。ナーバスになっているのだ。大量の無惨な死者に、打ちのめされているのだ。誰かに当たり散らしたい気持ちを、必死で抑えていたのだ。……彼とて、いまだ若輩の、いわば子供であったのだ。言いたい事は、山ほどある。

 彼はどろどろとした気持ちを抑え、冷静に見える口調で語る。

 

「僕らは君に大変な迷惑を被った。勝手に予備MSを使われて、各部の部品を損耗させられた。乾坤一擲の作戦を、台無しにされた。そして後金をまだ貰ってない雇い主を全滅させられた上に、母艦であるベイリーは大破させられた。赦せるはず、ないだろう?

 そして雇い主の「明けの砂漠」の人たちからすれば、君の不注意という、たったそれだけのせいで彼らが死ぬ羽目になったんだ。赦せるはずがない。命を落としてしまったんだから、物理的に赦せるはずも無いんだけどさ。

 ……君が今更何しようが、僕らも、彼らも、君を赦さない。そして死んでしまった彼らはともかく、僕らは君をもう信用しない。お願いだからさ、何もしないでくれないかな。単にお荷物になってくれてるだけでいい。それが一番「害」が少ない。」

「くっ!!」

 

 自分のした事を思い知らされ、いたたまれなさに駆けだして行くカガリ。それを尻目に、キラはモルフォ1番機のチェック作業を続ける。キサカはそんなキラに言う。

 

「優しいのだな。」

「どこがです?」

「あの方に、君からすれば何か言う必要など無かった。それを嫌われてでも、しっかり言ってくれた。優しいと言わずして、なんと言うのかね?」

 

 笑みをこぼして、キラはキサカに言った。

 

「追ってください。貴方の仕事でしょう?キサカ一等陸佐。」

「そうだな。」

 

 小走りでカガリの後を追うキサカに、キラは心の中でエールを送る。

 

「今度こそ、きちんと仕事してよね。」

 

 いや、思わず口に出してしまっていた様だ。キラは仲間たちから頼まれていた、モルフォ2、3、4番機のチェックをすべく、1番機のコクピットを降りた。

 

 

 

 今、アズラエルは精力的に働いていた。その仕事量は、以前の3倍以上にも及ぶ。しかし超獣化兵へと調整された彼の肉体は、獣化前の生身でさえも圧倒的なポテンシャルを秘めている。その程度の仕事量は、まさしくお茶の子さいさいであった。

 

「ゴールドスミス君、国防産業理事会の次の会合は、何時だったかな?」

「はいアズラエル様、3日後の14時からですね。」

「ありがとう、エリノラA-001。くくく。」

「その名前は、下手なところで言わないでくださいね。ゼクトール改A-001部隊長。」

 

 アズラエルは苦笑する。そう、アズラエルは生体熱戦砲タイプの極地、ゼクトール型の更に改良タイプに調整されていた。ちなみにゼクトール改は、旧ゼクトールがドクター・ベサントに強化改造されて、ゼクトール、ザンクルス、エレゲン、ダーゼルブ、ガスターと言う最高位の超獣化兵5体の特質を全て備えた状態と、ほぼ等しい性能を持つ。

 画期的なのは、旧ゼクトール改が損種実験体に身を落としていたのに対し、ゼクトール改は正式採用タイプであると言う事だ。ドクター・ベサント直々の、芸術的なまでの調整技術の賜物である。流石に獣神将にこそ敵わないが、並の獣化兵、いや並の超獣化兵とは一線を画す存在である。

 

「一本取られましたね。とは言っても、どうせこの部屋は防諜的にクリーンですがね。」

「そろそろお茶にいたしましょう。カロリーを摂取しなければ、保ちませんわ。」

「圧倒的な能力と引き替えの、唯一と言っていい欠点ですねえ……。カロリー消費が大きいと言うのは……。」

「ダイエットは楽ですわよ。」

 

 彼らは、甘いジャムをたっぷり使ったロシアンティーと、こちらも特別製のカロリー300%増しのケーキで、お茶の時間を楽しむ。しかし因果な事に、お茶の時間の話題も結局は、ある意味仕事の事であった。

 

「ふむ……。とりあえず一段落つきましたか……。」

「はい、ブルーコスモス正式会員の中で、「コーディネーターへの嫉妬」からブルーコスモスに加入していた面々のほとんど、ことに上位の者たちには隠密裏に接触し、既に調整完了しております。まあ、ですがほとんどは調整が簡単なラモチスかグレゴール、運が良い者がヴァモアですけれどね。」

「超獣化兵になれた者は、3名だけですか……。まあ、ラモチス型やグレゴール型でも、生身の段階ですらコーディネーターを超える身体能力を得られるんです。悪くは無いでしょう。」

 

 そしてアズラエルは、手元の書類を捲る。そこにはGATシリーズではない、新たなMSの設計仕様が記載されていた。

 

「……獣化兵が搭乗する事を前提にした、新たなMSの量産計画。獣化した獣化兵ならば、その反応速度や知覚力からして、同じジンに搭乗しようとも、コーディネーターなど物ともしない戦力になる。ましてや、獣化兵専用機ならば……。

 まさしく圧倒的になりますね。我らがクロノスのMS戦力は。はぁ~……。GATシリーズを開発して悦に入っていたのが、恥ずかしくなりますね。これを見ると。これ、要求仕様書じゃなく、完成した実機の仕様でしょう?」

「試作機の段階で、ジンはおろかGAT-X105ストライクをはるかに凌駕していますわね。増してや量産機では、更なる改良が加わっていますから……。」

「……ほう、この書類によるとラウ・ル・クルーゼ、もとい。クルーゼ閣下は獣神将に……。え゛、閣下はナチュラルだったんですか!?そ、それはともかく……。

 クルーゼ閣下の専用機と、閣下直属部隊の専用機……。閣下の機体だけはシラー島の本部基地で建造されますが、直属部隊の機体生産は、我々にお任せいただけると……。ふむ、僕の会社の利益としても大きいですねえ。プロウライト閣下には、足を向けて寝られませんですね。」

 

 まあそれでなくとも獣神将は、獣化兵に対し絶対的な支配力があるので、結局は足を向けて寝られないのだが。

 

「ふう、む。そして表向きのGAT-01ストライクダガーにも、クロノスの技術をわずかばかり導入する事をお許しいただける、と。ただしOSにバックドアを噛ませて、クロノスの機体に対してはロックオンできない様にする、と。

 ふむ、ふむ……。まあ、ナチュラルだとFCS切って攻撃なんて真似は、そうそうできませんけどねえ。ですが、絶対にできないとも言い切れません。」

「であれば……。クロノスの機体からなら、OSに干渉してシステム自体を落とせる様にしてみたらいかがでしょうか?」

「それがいいですかね。GAT-01Gストライクダガー改、と言ったところでしょうかね?01A~01Fは既になんらかの実験機や量産機で埋まってますし。」

 

 ゴールドスミス秘書はお茶の後片付けをすると、極秘書類を金庫に仕舞った。アズラエルは、次の予定を尋ねる。

 

「ゴールドスミス君。次の予定は何になっていますか?」

「え……と。ビルの地下に急ぎ造らせた秘匿ジムで、獣化形態における格闘術の訓練時間を取っておりますわ。時間はそれほど取れませんでしたけれど、アズラエル様の御身をお護りするのに必要な技能ですからね。訓練密度を濃くして乗り切りましょう。」

「は、は、は……。お手柔らかにね……。」

 

 この女秘書、超獣化兵エリノラA-001は、アズラエルの部下であり、クロノスが関わる事柄を唯一任せられる秘書であると共に、アズラエルの訓練教官でもある。獣化時のスペック及び特殊能力ではアズラエルの方が上回る、と言うよりも圧倒していた。

 しかしながら、訓練においてはアズラエルは、一度もエリノラに勝利した事が無かった。と言うか、徹底的に痛めつけられて降参するのが毎度の事である。理由を尋ねると、「それは弛まぬ訓練の成果ですわ。」と返って来た。アズラエルは思う。

 

(僕と彼女の間の能力格差は、あの時のコーディネーターと僕の能力格差よりも、著しく激しいはずだ。しかし僕は現に、一度も彼女に勝てていない。

 ……もしかしてあの時、もっと効率的に、ぎりぎりまで頑張って、ぎりぎりまで踏ん張って鍛錬していたら。いや、僕は自己鍛錬や勉強をサボった事は無いけど、それでももっと自分を追い詰めて学び、鍛えていたら。

 そうしたら、勝ち目はあったのかもな?あのコーディネーターってだけで強く賢さを誇っていやがった、あいつに。)

「行きますわよ、アズラエル様。」

「あ、ああ。すみませんね。今行きますよ。」

 

 アズラエルは、慌てて秘書の後を追って行った。

 

 

 

 カズイがサイに報告を行う。

 

「幸いなことに、ベイリーは動かせるだけは動かせるよ?積んでる弾薬が爆発して上半分が吹っ飛んだのは痛いけど、ほんと~~~に、ほんっとに幸いな事に、主動力のダメージはそこまで深刻じゃない。

 いや、そこまではってだけで、深刻な事には変わりないけどさ。でも、かろうじて艦を動かせるし、僕らのモルフォのバッテリーをチャージするのも、なんとか可能。ああ、でもキャタピラをはじめ、駆動系とかにもダメージあるんで、全速力は出せないよ?」

「モルフォの運用は可能なんだね?実体弾兵器は、全部弾薬吹っ飛んだから使えないけど、バッテリーチャージができればビームライフルは使えるか……。」

「ああ、ちょっとまった。誤解があるよ。バッテリーチャージャーも4基のうち3基やられてるから、一度にチャージできるのは1機。交代で順番にチャージしたとしても、主動力の出力が落ちてる……と言うより全力回転させたら吹き飛ぶから。

 だから、整備方からの意見として言わせてもらえば、モルフォは同時運用は2機、平常時は1機出すだけにして、3機出すのはほんとのほんとに最後の手段にして欲しいよ。」

 

 サイは考え込む。モルフォは……中身M1アストレイだが、最大戦力であるソレは一度に1機しか使えないと考えておいた方がよさそうだ。そこへキラがやってくる。

 

「サイ、モルフォの1機は……。1番機の膝は、ちょっとまずそうだよ。予備部品も全部吹き飛んだのが痛いね。4番機をバラして、その膝関節を使って修理したいんだけど。」

「重機はあるのかい?」

「電源コード直結で、2番機を重機代わりに使いたい。カズイ、可能?」

「一度に1機動かすレベルまでなら、なんとでも。それ以上になると、たちまち困るけどさ。」

「……わかった。トールやミリアリアにも諮って、その件は処理してくれ。」

 

 キラはサイの了承が得られたと見るや、作業に戻ろうとする。だが当のサイが、キラを呼び止めた。

 

「待ってくれ、キラ。ちょっと君と相談しておきたい事がある。」

「何だい?」

「脱出路の選定さ。今、僕らは地図のここにいる。」

 

 サイはそう言って、広げてあった地図の上に小石を置いた。そして彼は海岸線沿いのある地点に、もう1つ小石を置く。

 

「そして安全圏まで脱出するには、この港町で船を有り金使って買い叩いて、それにモルフォを載せて海路を行かないと。……せっかく生き残った機材だけど、その時点でベイリーは爆破する。

 場合によっては、バラしたモルフォ4番機のメイン部分も爆破処理。機密を知られるわけにはいかないからね。残りモルフォ3機は、MS指揮車にある戦闘記録や機体から抽出したデータと共に、なんとしてもオーブ本国へ持って帰る。」

「うん……。あれ?」

 

 キラは脱出路と言うか、逃走路の半ばにある谷のところに小石を置いた。

 

「ここ……。危険じゃ無いかな?」

「ああ、危険だ。だけど、僕らには時間が無い。あえてこの道を征く。……カズイ、母艦の燃料は、それほど無いんだろう?」

「ああ、うん。だけど途中で買える場所、無いのかい?」

 

 サイは深刻な表情で言う。キラ、カズイは息を飲んだ。

 

「金が無い。引き替えにできるものも、無い。持っている金は、なんとしても船を買い叩くのに必要なんだ。」

「「……。」」

 

 非常に世知辛かった。しかし、命に関わって来るとなると、そうも言っていられない。キラはサイに頷く。サイは無言で、頷きを返した。カズイはおろおろしている。

 そしてキラは、モルフォ1番機の修理のため、トールとミリアリアを呼びに言ったのである。




キラたちとアズラエルたちの、貧富の差が激しい……。
これが格差社会か。

カガリ、ほんの少しずつ、自覚して自省する様になってきています。
でも、まだまだ先は長いです。


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