元スクールアイドル高坂穂乃果は、元カノ……。 (ナックルボーラー)
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プロローグ
まだ今年の桜は我慢強く、桜がまだ散り切らない公園に御坂陸はある女性に呼び出された。
曙の時刻故に人の影はおらず、4月の肌寒い気温に白い息を吐きながら陸は公園を歩く。
首にはオレンジ色のマフラーを巻き、寒さに耐えながら進んでいると。
数か所の穴が空いた、中は空洞になっているドーム状の遊具に凭れる女性を発見。
陸はその人物が視界に入ると速足で歩み寄り。
「よう穂乃果。こんな時間に呼び出すなんて、朝が弱いお前にしては珍しいな」
山吹色の髪をサイドテールで結った髪の女性。
陸と同じ首にオレンジ色のマフラーを巻くその者の名は、高坂穂乃果。
陸の昔から付き合いがある幼馴染であり、陸からすれば最愛の彼女である。
陸とは同い歳だが別の学校である東京にある音ノ木坂学院の2年生で、剣道部に所属をしている。
「リっくん、ごめんね、こんな朝早くに呼び出して……」
陸はこの時に穂乃果の違和感に気づく。
いつもなら自分が近づけば、持ち前の元気一杯の笑顔を向けてくれるはずだが。
今日の穂乃果は何処かよそよそしかった。
「別にいいってことよ。お前の気まぐれはいつものことだしな。それよりも穂乃果。お前なんか目の下に隈が
ないか? 眠れてないのか?」
寝る子は育つを心情に睡眠を重要視する穂乃果には無縁に思える目の下の隈に首を傾げる陸。
女性として恥ずかしかったのか、穂乃果は眼の下を指で擦るも、少しマシになったとはいえ、それでも痕は残っていた。
「ううん。別に眠れなかったって訳じゃないんだけど……まあ、今日は寝付けなかったのは認めるけどね……」
ハハッ、と元気のない無理して作る笑顔に更に陸の疑心が重なる。
「まあ、別にいいんだけどさ。それよりもどうしたんだ? 昨日のメールでは来てくれって内容だけだったが。こんな早くに呼び出した理由とかはなんなんだ?」
陸が穂乃果に呼び出されたのは昨晩。
いつも穂乃果からお休みのメールが送られてくるが、昨晩のメールは『明日の朝6時に○○公園に来て』という内容だった。
「それにしても流石にこんな時間だと誰もいないなこの公園。夕方らへんになれば多くなると思うが。昔よく海未やことりとよく遊んだりしたけど、思ったよりも小さかったんだな、この公園って」
2人、否、もう2人の幼馴染を含めた思い出に耽る陸だが、穂乃果は無言で俯くだけだった。
口を紡ぎ、何かを言い出せずにいる様子の穂乃果に陸は彼女の瞳を覗き込む様に屈み。
「おいおい穂乃果。何か言いたいんだったらハッキリ言えよな。俺とお前の仲だろうが、隠し事は無しって、お前が言ったんだろ?」
尋ねる陸だが穂乃果の表情は険しくなるだけで口を開かなかった。
暫く無言の時間が流れると、耐え切れなくなった穂乃果はやっと口を開く。
「ね、ねぇ……先に言っておくね。穂乃果、りっくんの事が大好きだよ」
突然の大好きって言葉に陸は頬を赤めらして。
「い、いきなり何を言い出すんだお前は……。まあ、俺もお前の事好きだが……」
満更ではないが唐突過ぎると目を逸らして頬を掻く陸。
だが、穂乃果は陸の言葉に返答ではなく、まるで自分自身に問答しているかの様に続けた。
「本当はこの先の言葉を言うのは嫌で。本当に悩んだ。悩んで悩んで悩んで。馬鹿な癖に本当に悩んで、そして、穂乃果は答えを出したんだ」
今まで俯き、表情を見せなかった穂乃果はここで初めて顔を上げた。
だが、その眼には哀しみで染まり、涙を流していた。
いつも太陽の様に周りに元気を与え、人には弱みを見せない穂乃果の涙を見たのはいつぶりだろうか。
陸は驚いて思わず喉を鳴らす。
「ねえ、りっくん。穂乃果が通う音ノ木坂学院の噂、聞いたことがあるかな……?」
力なく尋ねる穂乃果の問いに陸は”あの噂”なのかと思い。
「それって……確か音ノ木坂が廃校するかもってやつか……?」
穂乃果は頷く。
「おばあちゃんも、お母さんも通ったあの学校が……入学志願者数によって、もしかしたら、来年から入学志願を止めるかもって。ことりちゃんが言ってたんだ」
ことりとは、陸と穂乃果の幼馴染の1人である南ことり。
ことりの母親は現在穂乃果の通う音ノ木坂学院の理事長を務めている。
故に、そういった学校の情報は娘であることりに一早く知らされ、ことり経由で穂乃果にも伝わる。
「だけどよ。その廃校ってのはだいぶ前から囁かれてなかったか?」
「うん。少なくとも穂乃果が入学する前からね……。だから穂乃果は、何とか廃校を阻止しようって、何かしらの実績を作って入学数を増やそうと思って、剣道を始めたんだけど」
穂乃果は昔からやると決めればとことんやる性格をしていて。
穂乃果が剣道を始めた理由は前から知っていたが、穂乃果のやる気は目まぐるしい物だった。
高校から剣道を始めた初心者同然の穂乃果だが、練習に熱を持ち、実力を上げ。
最後には一年も経たない内に剣道の大会で表彰される程の実力になっていた。
だが……穂乃果の努力は報われず、現状は変わらなかった。
「だから穂乃果は、色々と考えた。そして、偶然にも、輝けて、皆が注目するかもしれない物を見つけた」
そう言って穂乃果が見せたのはスマホ。
画面には『A-RISE』とロゴの入った3人の女性グループが映りだされている。
これは……と思う陸に穂乃果が、
「これはUTX学園のスクールアイドル『A-RISE』。今、かなり注目されている人たちなんだ」
スクールアイドル。
その言葉に陸も多少の聞き覚えのある。
部活でありながら、その影響力は凄まじく、所謂学校単位のアイドルグループ。
この『A-RISE』と呼ばれるグループも秋葉原を歩けばポスターなどを眼にする機会もある。
「それは分かったんだが……お前、まさか!?」
穂乃果が何故スクールアイドルの話題を出したのか、その先を察した陸は眼を見開く。
そして穂乃果は静かに頷くと、自分の胸を握りしめ。
「穂乃果……スクールアイドルを始めようと思うんだ」
陸の予感は的中した。
穂乃果の目的はこうだろう。
スクールアイドルは頑張り次第では学校の看板にもなり得て広告塔にもなる。
そうなれば、スクールアイドルの噂を聞きつけ、入学志願者を増やすというもの。
確かに、剣道で地道に活動をするよりも、成功すれば大きな波紋を広げられる。
「……そうか。分かった穂乃果。俺も彼氏としてお前を―――――」
陸の言葉を遮る様に、穂乃果は陸の胸に飛び込む。
そして陸の胸に顔を埋めながら体を震わす穂乃果は口にする。
「穂乃果的には、ずっとりっくんに応援してほしい。りっくんにずっと傍にいて欲しい……。けど、アイドルは絶対に純潔じゃないといけない。皆を笑顔にする、皆に輝きを届ける人が、彼氏に現を抜かしちゃいけないんだ」
陸の胸が騒めく。
穂乃果が何を言おうとしているのか嫌でも分かってしまったから。
その先を聞きたくない。だが、穂乃果を覚悟を無碍に出来ないジレンマで陸は固まる。
穂乃果はそっと陸から離れると、朝日を背に神々しく輝く彼女は涙を溜めながら言った。
「だからりっくん……ごめんね、別れよ、私たち……」
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