仮面ライダージオウ~Crossover Stories~ (壱肆陸)
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キャラ紹介録(随時更新)

(2021/10/1:2018年、???、2017年を更新)
(2022/1/20:2014年、2005年を更新)
(2022/3/30:2005年にキャラを追加、2015年を更新)
(2022/5/15:2009年を更新、光ヶ崎ミカド、片平香奈の項目を更新)
(2023/8/17:2003年を更新)


ー2018ー

 

日寺壮間/仮面ライダージオウ

『現在進行形主人公』

 

「俺は……王になる!この力で、“俺”という存在を歴史に刻む!」

「俺が…主人公だからだ!!」

 

19歳→18歳。大学一年生の春、平成が終わった日に怪人に殺され、ウィルの手によって1年前にタイムリープした。性格は真面目で悪人ではないが極端に良い人ではない。運動は得意ではないが苦手でもなく、勉強は好きではないがまぁまぁな成績と、特段不得手も無いが突出したものも無い普通な能力値。物語の「主人公」に憧れていたが現実とのギャップに諦め、劣等感から物語を避けていた。仮面ライダージオウへと変身してから様々な時代を巡り、数多の主人公たちと接することで成長していく。2018年時点で年上の人には敬語で話す。2009年で己の才能を自覚し、「想像力」で主人公として一段階上に登った。目標は「王様になること」。

 

身長:171㎝

誕生日:4月10日

好きなもの:夏野菜、カレー、梱包材のプチプチ、テトリス

嫌いなもの:豆腐、絶叫マシン、芸術的活動(普通に下手)

ユニークスキル:特に無し→未来を想像する力

備考:キャラコンセプトは「ザ・普通」「理想」。モデルは自分と知り合い多数。

ここだけの話:好みのタイプは透明感と神秘感のある女性。両親が中国から帰って来たクリスマスのプレゼントが中国産パチモンキャラのグッズだった時からサンタは信じていない。

 

 

光ヶ崎ミカド/仮面ライダーゲイツ

『未来から来た革命少年』

 

「全てのライダーを倒す。それが俺の正義だ」

「未来から来た俺は………自由だ!」

 

18歳。仮面ライダーと怪人に支配された2068年から未来を変えるためにやって来た。家族や仲間を仮面ライダーと怪人に奪われていることから、仮面ライダーを殺してウォッチを手に入れることを目的としている。口癖のように「黙れ」「殺す」を連呼する物騒な奴。身体能力と頭脳共に優秀であり、2018年の学校程度のレベルなら難なくこなす。こう見えて方向音痴。仮面ライダーゲイツになった経緯は不明だが、2068年で何者かから力を受け取ったと思われる。「ライダーを全て殺せ」という使命を前に打ち砕かれるも、2012年で己が「自由」であることを選んで迷いを克服した。今の目標は「救世主になること」。

 

身長:174㎝

誕生日:11月5日

好きなもの:肉、珈琲、歴史、模型作り

嫌いなもの:幽霊、こんにゃく

ユニークスキル:対怪人用戦闘技術、サバイバル知識

備考:キャラコンセプトは「実は普通」「現実」。

ここだけの話:好みは年上より年下で、年下にはちょっとだけ優しい。2018年では夜間の警戒が必要無いため、過去に来てから寝不足が解消されてすごく健康になった。

 

 

片平香奈

『がんばれメインヒロイン』

 

「うん。私は、ソウマを信じるよ」

 

17歳。壮間の幼馴染の少女。頭はよくないが運動神経は抜群で、この上なく前向きで努力家かつ善人(たまに毒舌、性悪)な主人公らしい性格。可愛いものや恋バナが好きな少女的感性と、カッコいいものや戦いが好きな少年的感性を併せ持つ。壮間の嫉妬の対象でもあり憧れでもあった。ウィルによって2005年に行かされてからは、壮間たちと共に過去へ行くように。自分に出来る事を悩んでいたが、2015年で「消えた物語を伝えて世界をよくする」ことが目標になり、2012年でその方法に目星をつけた。

 

身長:158cm

誕生日:9月9日

好きなもの:ダンス、ジャンクフード、スクールアイドル、その他色々

嫌いなもの:勉強、ピーマン、レタス、雷

ユニークスキル:超人的状況適応、抜群な運動センス

備考:キャラコンセプトは「ザ・主人公」「非現実」。

ここだけの話:SNSでは4桁フォロワーを持っており、たまにバズっては壮間に自慢している。中学の頃は趣味が多すぎて誰とでも話が合い「聖徳太子」とあだ名が付けられた。

 

 

 

―???―

 

ウィル

『謎多き自称預言者』

 

「君が歴史を変え、夢を叶えるんだ。我が王よ」

 

年齢不明。一人称は「私」。2019年の壮間の前に現れ、彼をタイムリープさせた謎の青年。壮間にジオウとして戦うための装備を与え、彼を王にしようと企んでいる。時間を自由に移動できるらしく、いつどんな状況でも壮間の前に突然現れる。「誰かが言った~」と異なる物語から台詞を引用するのが癖。壮間を王にするのには力を尽くすが、それ意外の場面では冷酷な一面を見せることもある。どうやらタイムジャッカーの面々と顔見知りのようだが詳細は不明。ヴォード曰く「演じている」らしいが…?

 

身長:185cm

誕生日:???

好きなもの:我が王とその仲間、読書、ミルク

嫌いなもの:???、漬物、酒

ユニークスキル:時間を操る能力、「仮面ライダージオウ」を選ぶ権限

備考:コイツ多分だけど友達いない

ここだけの話:壮間に嫌われているのを自覚しており凹んでいる。暇な時間が多く、いない時はもっぱら使えそうな名言をリストアップしている。

 

 

ヴォード

『真面目に悪役メカニック』

 

「で、どうする?」

 

年齢不明。一人称は「僕」。歴史を改変し新たな王を擁立しようと企むタイムジャッカーの一人。気だるげな雰囲気でよく駄菓子を食べており、「気乗りしない」が口癖。タイムジャッカーの中ではメカニックを担当し、タイムマジーンの整備や改造を行っている。タイムジャッカーでは比較的常識人。アナザーライダーを作った後の面倒を見ることはほとんどなく、暇なときは2018年でアルバイトをしている(金はアヴニルやオゼに勝手に使われる)。温厚そうだが根は混沌で、嫌いなものや頭にくるものに対しては遠慮せず憎悪をぶつける一面も。

 

身長:169cm

誕生日:???

好きなもの:駄菓子、アルバイト、天体観測

嫌いなもの:熱いやつ、周りのやつら大体、筋トレ

ユニークスキル:広範囲の時間を操る能力、アナザーライダーを生み出す能力、メカニックの技術、???

備考:タイムジャッカーには明確なモチーフあり。

ここだけの話:過去に行くたびにその時代にしかない駄菓子を探す。稼いだお金であの2人がいない家を借りたが、バレてアヴニルの別荘兼オゼの倉庫になった。

 

 

アヴニル

『傲慢で高貴なる愚かしき理想主義者』

 

「貴公と吾輩とでは、生きる時間が違う」

 

年齢不明。一人称は「吾輩」。歴史を改変し新たな王を擁立しようと企むタイムジャッカーの一人。貴族や英国紳士のような風貌で、常にテンションが高く傲慢な性格。彼曰く「高貴」らしいが身分は不明。「大義」を基準に王を選んでおり、相応しい王を見つけたのならあらゆる手を使ってその王を育てあげ、そのためには自分や他者すらも一切厭わない。2018年にいる間はあらゆることに手を出すアクティブニートであり、よくヴォードの金を使い込んでいる。感情の抑制が効かず表裏が無いように見えるが、その腹の底の野望や本心は仲間にも明かしていない。

 

身長:183cm

誕生日:???

好きなもの:ほとんどの嗜好品(特に酒と炒飯)、ほとんどの道楽や趣味

嫌いなもの:労働、大義のない者、自分の邪魔をする者

ユニークスキル:時間を操る能力(ハイレベル)、アナザーライダーを生み出す能力、王を見出す審美眼、???

備考:夏になったので最近の趣味は昆虫採集

ここだけの話:自家用電車を買おうとしたら流石にヴォードに怒られた。高級品が好きだが馬鹿舌だから安物との違いは全く分からない。

 

 

オゼ

『形は綺麗な知的欲求の権化』

 

「“願い”故に!世界は愛しい美しいッ!!」

 

年齢不明。一人称は「わたし」。歴史を改変し新たな王を擁立しようと企むタイムジャッカーの一人。「~だよ」が口癖。サイズの大きい服を着た科学者の小柄な少女。その全ては知的欲求から構成されており、知るためならいかなる行動も躊躇しない生粋の狂人。落ち着いた口調も一度エンジンが入ると崩壊し、発狂して手が付けられなくなる。ただ欲求が反応しないものには無関心で覚えられず、そういうものは手帳に記している。裏表がなく人の言葉をそのまま受け止める純粋な人物にも見えるが、実際は自分の都合のいいように万物を解釈しているだけのエゴイストである。「願い」という言葉に強い執着を見せる。

 

身長:143㎝

誕生日:???

好きなもの:知的欲求を刺激するあらゆるもの

嫌いなもの:興味がないので忘れた

ユニークスキル:微細に時間を操る能力、アナザーライダーを生み出す能力、膨大な知識と科学技術、???

備考:なんでこの子あんな人気だったの???

ここだけの話:知識はあるので家事はできるし料理も上手い(興味本位で自分で虫とか動物とか料理してた時期もあり)。白髪は地毛。

 

 

令央/???

『破壊を描く者』

 

「贋作が私に話しかけるな」

 

年齢不明。様々な時代に現れ、仮面ライダーを倒してライドウォッチを奪う謎の芸術家。仮面ライダー達を「贋作」と呼んで嫌悪しているが、それ以外の人物には敬意を持って接することも多い。その目的は物語を破綻させてライダーの力を集めることのようだが、そのやり方にもこだわりがある様子。何やら「別の仮面ライダー」を知っていたり、怪人態に複数の年号が表示されるなど多くの謎に包まれている。

 

身長:182cm

誕生日:???

好きなもの:醜いものが壊れる光景、芸術、???

嫌いなもの:贋作、???、???

ユニークスキル:???

備考:本作最大のキーパーソン

ここだけの話:ウォッチが受け継いだライダーの力は「解釈」で変化するが、令央はそれによってアナザーライダーとしての能力を広げ、引き上げている。

 

 

 

―2017―

 

羽沢天介/仮面ライダービルド

『近所の天才科学者』

 

「俺は守りたいんだよ、アイツらの“いつも通り”を」

 

23歳。羽沢つぐみの義兄。自他共に認める天才科学者で、通称「天に二物しか与えられなかった男」「人当たりの良いマッドサイエンティスト」「悪意のない悪意」。自意識が高く明るい性格で人に接する。妹曰く「顔と頭がいいだけのロクデナシ」。人々の平和のために戦うヒーローだが、スマッシュを作ってしまったという責任感からか、過剰なまでに自分の命を投げ捨てて戦う癖がある。また、他人を戦いに巻き込みたくないため、自分で全て抱え込みがちで、秘密を共有することも少ない。実は酒に弱い。壮間の「戦う理由」を認め、ビルドの力を託した。

 

身長:178cm

誕生日:不明(2月21日ということになっている)

好きなもの:科学、いつも通り、音楽、ケーキ

嫌いなもの:ネズミ、ほうじ茶、非科学的なもの

ユニークスキル:天才的頭脳、その他諸々の才能、高いハザードレベル

備考:誰かのためにしか生きられない悲しきモンスター

ここだけの話:妹に悪い男がついた時用に、撃退用薬品を幾つも作っている(四谷さんが実験台)。商店街のマダムには人気だが若い子には全くモテない。

 

 

経堂東馬/仮面ライダークローズ

『笑わない筋肉』

 

「俺は……お嬢のために戦う」

 

23歳。弦巻家の使用人「黒服」の一人。通称「要するに馬鹿」「馬鹿真面目ではなく真面目馬鹿」「頭筋肉」。表情を顔に出すことが苦手で常に不愛想だが、誰よりも思いやり深い性格。かつて荒んでいた所を弦巻こころに救われてから、彼女に忠誠を誓っている。「世界を笑顔に!」を掲げるハロハピのためにも、いつかは笑顔を出せるようになりたいと思っている。自分の取り柄は肉体だけだと思っているため、普段からとにかく体を鍛えまくっていた。こう見えて内心では自分より他人をかなり高く評価しており、頭が良くて戦いも強い天介を尊敬していて、肩を並べて戦いたいと思っていた。

 

身長:180cm

誕生日:5月6日

好きなもの:お嬢、トレーニング、カップ麺、肉

嫌いなもの:鏡、カメラ

ユニークスキル:ネビュラガスに適応する肉体、高いハザードレベル

備考:メンタルとフィジカルが無敵の最強生物。

ここだけの話:雪山で遭難した時は普通に帰って来たが、スカイダイビングでパラシュート開かなかった時はちょっとだけ死ぬかと思った。天介主催の腕相撲大会にて総試合時間3秒で優勝した。

 

 

四谷西哉/ナイトローグ・仮面ライダーローグ/アナザービルド

『闇世界の凡人』

 

「貴方のような才能さえあれば…俺にだって成れたはずなんだ」

 

29歳。ネビュラガスを利用し、日本の支配を企む組織の一員。通称「天才的凡人」「神様が無難な感じで作ろうとして失敗した男」。ライブハウスで働いてた。全くと言っていいほどあらゆる分野において才能がない。父は裏社会を牛耳る政治家で、あらゆる才能に恵まれなかった彼は父から無慈悲に当たられた。当然自分に自信は一切なく、弱気な性格。ビルドに敗北し組織から捨てられた後は、スタークによってハザードレベルを上げられ、性格も寡黙で冷静なものへと変わった。仲間入り後は更年期中二病患者のポンコツが露呈して北斗に舐められる。

 

身長:177cm

誕生日:4月25日

好きなもの:ガールズバンド、乳製品、カッコいいもの

嫌いなもの:青汁、弟、犬や虫

ユニークスキル:高いハザードレベル

備考:天介の対極で壮間の類義語。おもしれー男。

ここだけの話:試しにギターを弾こうとしたら一瞬で指を切った。飼っているインコの名前が「キングダム☆村山君」。免許が無いから敵アジトへの突入作戦にバスで来た。

 

 

弥生北斗/仮面ライダーグリス

『ドルオタヤンキー人気タレント』

 

「証明してやるんだよ! 努力すれば叶わない夢は無いってな!」

 

22歳。通称「パスパレオタク終末期」「パスパレで生命活動を維持する男」「パスパレ公式ストーカー」。田舎育ちの元暴走族の頭だが両親と喧嘩して家を出て、そのまま東京に行き、無駄にいい顔と才能でいつの間にか芸能界入りし人気タレントになっていたという驚きの男。研修生時代から丸山彩を推しており、もちろんパスパレも箱推し。しかし千聖に共演NGを出されていたので話す機会が得られなかった。元ヤンの癖が抜けず襟足は伸ばし気味で、体育会系で年上の経堂には敬語で接する。四谷とは考え方が合わず仲が悪い。

 

身長:179cm

誕生日:12月21日

好きなもの:パスパレ、漢の生き様、鮭

嫌いなもの:陰気でなよなよしたやつ、ゴーヤ

ユニークスキル:ファンを獲得する才能、高いハザードレベル

備考:他所での出演が多いというか、他所でしか出演してない。

ここだけの話:ライブの度に髪の色が変わるパスパレファンの女の子に激しい対抗心を燃やしている。パスパレと北都にいた際、元ヤンだとバレたくないため舎弟を全員更生させた。

 

 

赤羽大地/ブラッドスターク・仮面ライダーエボル

『赤色破滅少年』

 

「やめだやめだ! 金にならない残業は嫌いなんだよ」

 

15歳。通称「ウェイ系侵略者」「存在するな危険」「人型ニトログリセリン」。地球外生命体に寄生されながら自我を保っており、子供ながら各陣営を行き来し暗躍する謎多き邪悪。湊友希那とは親密な関係で、彼女と接する時だけは歳相応の態度で話す。パンドラボックスの完成により「スカイウォール」を出現させ、日本を分断した。ある稚拙で個人的な目的のため、世界を変えることを決意する。名前の由来は天介の逆で「大地」。

 

身長:171㎝

誕生日:5月13日

好きなもの:友希那、人間の本性を暴くこと、はちみつティー

嫌いなもの:人間、退屈、甘いもの

ユニークスキル:地球外生命体と適合する特異体質

備考:「オレの頂天を否定するな」

ここだけの話:週に1回、四谷さんの鞄に毒蛇を入れて遊んでいた。仮面ライダーエボルの変身時、地球外生命体を完全に取り込んだ。

 

 

 

―2014―

 

栗夢走大/仮面ライダードライブ

『木組みの街のお巡りさん』

 

「この街の人々を守る…それが俺の使命だ!!」

 

24歳。木組みの街の交番に勤務する警官。警察官としての能力は極めて高く、頭脳や身体能力は超人の域。しかし、複数の過去の過ちが重なり、自分の「正義」というものを信じられなくなってしまった。また、その過ちの一つが原因で、ロイミュード=悪という考えには懐疑的で、人を傷つけないなら見逃すことも。女性免疫が全くと言っていい程無く、特に致命的な事に女性に対して口下手で、色々と誤解されがち。壮間の「仲間を信じる心」とミカドの「自分を信じる心」を認め、仮面ライダードライブの力を託した。名前の由来は「クリームソーダ」。

 

身長:183cm

誕生日:6月30日

好きなもの:ラビットハウスの珈琲、車、仲間

嫌いなもの:抹茶(無になるから)、女性(苦手なだけです。特に保登モカ)

ユニークスキル:飲み物で性格が変わる特殊体質

備考:刑事課ではなく地域課です交番勤務なので

ここだけの話:スープでは反応しないし、性格変化の基準が自分でも分からない。リゼや青山ブルーマウンテンと目を合わせられない。赤嶺甲とは面識があるが、性格が全く合わず大変仲が悪い。

 

 

津川駆/仮面ライダーマッハ

『最速の情報屋』

 

「いいじゃん、駆け出しの王様」

 

20歳。木組みの街の大学生。走大の東京での相棒だったが、マッハドライバー炎を手に入れて勝手に木組みの街にやって来た。情報屋を自称しており、時にはグレーな手段を使ってでも必要な情報を手に入れる。女好きでナンパ癖がある軽薄な性格だが、信条は「迷い=罪」であったり、「速さ」に執着するなど闇が覗く一面もある。高校時代は反社会的勢力に情報を売って生活するなど荒れた生き方をしていた。壮間の「怒りを制御する心」を認めて仮面ライダーマッハの力を託した。名前の由来は「カクテル」のアナグラム。

 

身長:179cm

誕生日:11月18日

好きなもの:可愛い女の子(チノは怖い)、秘密基地作り、パン・デピス

嫌いなもの:草の味がするもの、暇な時間、メンヘラおよびヤンデレ

ユニークスキル:独自に作り上げた広大な情報網

備考:自分からモテに行くタイプのイケメン

ここだけの話:フルールに最大週8で通っている常連客。ロイミュード004は駆の兄をコピーしており、木組みの街に来たのはその復讐を果たすため。誰にも明かしていない秘密が15個はある。

 

 

槙亜透矢/ロイミュード108・仮面ライダーダークドライブ

『機械仕掛けの心』

 

「僕は…お前がキライだ…!」

 

人間の体にバイラルコアを融合させることで誕生した108体目のロイミュード。通称「トーヤ」。肉体年齢は15歳。起動後は人間の感情を理解するために街に出て、最初に香風智乃と遭遇。彼女の誘いでバータイムのラビットハウスを手伝う事になった。自分を理解するため様々なものを「スキ」と「キライ」に分ける癖があり、「スキ」を害するものや「キライ」なものには非情に冷酷な態度を取る。ロイミュードとなる前は「ベルト」の養子であったが、ロイミュードと人間の融合実験の検体とされて今の体になった。名前の由来は「カフェ・マキアート」。

 

身長:165cm

誕生日:7月3日(人間だった頃のもの)

好きなもの:コーヒー、チノ(とその友達)、ロイミュード

嫌いなもの:仮面ライダー、005、ブロッコリー

ユニークスキル:ロイミュードとしての強大なポテンシャル

備考:すごくお気に入り。時間があれば最期まで書きたい。

ここだけの話:「皆の弟」として可愛がられる一方で時折見せる黒い部分がギャップを生んだ結果、ぶっちゃけ駆よりモテている。もう一人の主人公として進化し、最終的に「タイプネクストトライドロン」に至る。

 

 

リース=リング・モーゼル・シューベルト

『走大のベルトさん』

 

「頼んだぞ。この頭脳派気取りの、火の玉小僧が……!」

 

コア・ドライビアを開発した軍の科学者。同じく科学者だった友人のアイデアを基に、人造機械生命体「ロイミュード」を設計するも軍によって勝手に実用化され、暴走したロイミュードを止めるために奔走する。戦いの中で死亡した後も意識をドライバーに移し、仮面ライダーとして代わりに戦ってくれる栗夢走大を「ある理由」から見つけ出した。1年間の戦いの末、002との戦闘でデータが破損し戦死する。研究室時代に出会った科学者の妻と、養子のトーヤがいた。

 

備考:心恋さんありがとうございます…!

ここだけの話:彼が出したロイミュードの草案には「悪意の学習」なんて項目は無かった。ロイミュードと人間の融合理論を作ったのも、その実験台にトーヤを選んだのも、彼ではない。

 

 

 

―2005―

 

ヒビキ/仮面ライダー響鬼

『史上最強の鬼』

 

「俺はオマエ達の……“師匠”だからな」

 

27歳。本名は飛牛坂彦匡。妖怪「牛鬼」の先祖返り。猛士に所属し関東を担当する鬼の一人で、先祖返りを守る「妖館護衛班」に配属された。主な護衛対象は1号室の住人とSS。その戦闘力は全ライダーの中でもトップクラス。しかし何処か冷めた言動が目立ち、鍛えてはいるようだが魔化魍退治に対してもやる気を見せない。その理由は生まれ変わる前の400年前に出会った「槌口九十九」を救えなかったことに起因していた。渡狸卍里に弟子入りを志願され、妖館の面子と関わるようになってから、冷めていた時間が少しずつ動き始める。壮間の「強さ」を認め、響鬼の力を託した。

 

身長:181cm

誕生日:今回は9月1日

好きなもの:九十九、カップそば(たぬきよりきつね派)、柿、キャンプ

嫌いなもの:仕事、犬、先祖返りを囲う家の連中

ユニークスキル:鍛え抜いた故の最強、封印している「牛鬼」の力

備考:モチーフはリマジ響鬼で、尚且つ主人公な感じに。立ち振る舞いが若い精神年齢400越え。

ここだけの話:勉強はしてこなかったので普通に頭が悪い。正体を明かすとサバキからは牧草が、トウキからは牛肉が送られてきてあの人たちが割と性格悪いことを知った。

 

 

アマキ/仮面ライダー天鬼

『涼風委員長』

 

「貴方の素直なところは嫌いじゃないですよ」

 

19歳。本名は嵐山藍。関東支部のイブキの弟子で、イブキが東北支部に移ったのを機に襲名して妖館護衛班を引き継いだ。敬語口調で学級委員長タイプの真面目ちゃん。主な護衛対象は3号室の住人とSS。両親を「ヌエ」に殺されてから中学生時にイブキを見つけて弟子入り。しかし変身できるようになるまで長く音撃習得も順調ではなかったため、自分の才能にコンプレックスを持っている。かなりストイックな性格で私生活もしっかりしているが、自分の容姿に関しては無頓着(動きやすいので短髪でボーイッシュな服装)。

 

身長:166cm

誕生日:1月25日

好きなもの:茄子のみそ炒め、自然を感じられる場所、イブキさん

嫌いなもの:茨田漠人、ルール違反、魔化魍

ユニークスキル:超集中精密射撃(現役の鬼の中で最高精度)

備考:初挑戦の女性ライダー。香奈のポジションを脅かした戦犯。

ここだけの話:バンキへの感情の推移は「軽蔑」→「嫉妬」→「尊敬」(一瞬)→「嫌い」。可愛い子好きな野ばらにオモチャにされ続けてうんざりだったが、九十九に甘い辺り彼女の影響をとても受けている。

 

 

バンキ/仮面ライダー蛮鬼

『蛮鬼の蛮はロックの蛮』

 

「今日の俺! 満点! どーよ俺のロックン・ロール!」

 

21歳。本名は茨田漠人。関東支部のサバキの弟子で、金髪留年間際チャラ男大学生。ヘタレ、努力嫌い、女の子大好き、酒に弱い、浪費癖有りと揃いも揃ったカス男。修行の一環で妖館護衛班を強制された。主な護衛対象は4号室の住人とSS。自称ロックな男。高校時代にイブキの魔化魍退治を目撃しサバキに弟子入り。その後、一年足らずで音撃斬を習得し、師匠のサバキの副武器から独自の二刀流スタイルまで編み出したマジの天才。しかし努力はやはり嫌いで、後継にしようとするサバキから逃げる毎日を送っている。

 

身長:177cm

誕生日:4月14日

好きなもの:弱い癖に酒、少年漫画、カツ丼に海老天乗っけたやつ

嫌いなもの:努力、山、味の薄い和食

ユニークスキル:音撃斬二刀流、絶対音感

備考:戦闘手段は闇属性。なおキャラ性に闇は欠片も無い。馬鹿。

ここだけの話:機密にされてる歴代の響鬼を除くと、最短変身記録保持者。反ノ塚や蜻蛉、残夏とは仲が良く、妖館では「クソ男四天王」と呼ばれ男子高校生のノリを展開する(ほとんど二十歳越え)。

 

 

サバキ/仮面ライダー裁鬼

『師匠』

 

「0点だ。それを怠慢と言う」

 

38歳。本名は榊原作之進。煙草が似合う渋い男で見た目はそれなりに老けている。バンキの師匠で猛士の中で現役最年長の鬼。2号室の護衛を担当するが、蜻蛉が留守なので実質フリー。指導はストイックで、特に有名なのが「一週間シフト修行」。彼自身が三流派を全てマスターした唯一の鬼であるため、実際年中仕事は多い。周りから見ても謎が多く、「昔は軍人だった」とか「忍者の家系」とかあらぬ噂が乱立している。なんだかんだバンキのことは認めており、自身の後継にしようと厳しく接している。トウキとは同期。

 

身長:185cm

誕生日:11月3日

好きなもの:洋酒、修行、頑張る若者や子供

嫌いなもの:何も予定がない日、飛行機(そのため海外派遣を辞退)

ユニークスキル:どれも一流の鼓・弦・管の腕

備考:最強はヒビキだけど、完全無欠は多分この人。

ここだけの話:常に働いているが無敵すぎて誰も過労を心配しない。弟子は複数いたが、バンキの感覚で音撃を理解する天才肌に若い頃競ったトウキを重ねて後継を決めた。

 

 

トウキ/仮面ライダー闘鬼

『いつ見ても出張してる人』

 

「ちゅーわけで、背中頼むぞ親友!」

 

37歳。本名は戸倉寅正。音撃射屈指の達人だが過度な酒飲みが災いして人望は薄い男。離婚しており、来年中学生になる娘がいるが仕事でほとんど留守にしているせいで大分嫌われている。サバキは同期のライバルで20年来の付き合いだが、いつも出張していて戦いを見た人が少ないためライバルだと信じてもらえない。妖館護衛班だが、旅に出まくる蜻蛉の専属という特殊な役割を持っており、そのついでで海外で発生する魔化魍を調査している。が、やはり大部分の人には凄さを理解されない不憫な人。

 

身長:183㎝

誕生日:1月2日

好きなもの:娘、日本酒、焼き鳥(皮と砂ずり)

嫌いなもの:反抗期、もずく

ユニークスキル:自己流音撃射、音撃武器のメンテ技術

備考:響鬼編の実はすごい人枠

ここだけの話:「西のトウキ」と言っても誰もピンと来てくれない。蜻蛉と2人で飲みに行った日はまず帰って来ず、その辺の草むらとかで残夏に発見される(残夏曰く「ジグザグマくらいのエンカ率」)。

 

 

鎚口九十九/アナザー響鬼

『輪廻に囚われた病姫』

 

「ごめんなさい……私ずっと……気付けなくて……!」

 

18歳。妖怪「野槌」の先祖返り。常にマスクを着けた病弱な少女。病を司る妖怪である影響か、人と接するのは苦手。かつてヒビキの弟子だったが、破門され、実家である槌口家に押し戻されて軟禁生活を強いられたことで、ヒビキを激しく憎んでいた。細身で病弱であっても戦闘のセンスはヒビキをも凌ぎ、あのまま育っていれば最強クラスの鬼になっていただろうと言われている。過去複数回の前世でヒビキこと彦匡と出会っており、どの運命でも若くして死ぬ運命にあった。その後、実家の書庫で自身の前世の事を知って彦匡の真意を本人から聞いたことで和解。彦匡のため、今度こそ救われようと決意を固める。

 

身長:160㎝

誕生日:今回は6月4日

好きなもの:林檎、豚肉、犬、彦匡(ピンとは来てない)

嫌いなもの:不自由、鎚口家、地震

ユニークスキル:圧倒的な戦闘センス、災害級の「野槌」の力

備考:可愛いが取扱注意

ここだけの話:病弱と言えど腕相撲は蜻蛉より強い。彦匡が誠実だったからよかったが、浮気なんてしようものなら最悪パンデミックが起こる。

 

 

カブキ/仮面ライダー歌舞鬼

『歌舞く無両役者』

 

「老い先永い人生だ。精々歌舞いて、生きていこうぜ」

 

年齢不明(推定1000歳以上)。本名をはじめ、あらゆる記憶が時を経て消えている。まだ力が強かった頃の妖怪「千年桜」で不死になった男だが、その経緯も一切が不明。かつて悟ヶ原家に婿入りし、先祖返りのコミュニティで相応の力を持っているらしいのは確からしい。400年前に彦匡と九十九を救ってから彼の師匠となり、犬神命を引き取った、最終的にオロチの封印を解くことで彼らを殺害。行動原理や信念など人としての核と呼べるものが一切無く、その後も多くの鬼や人間や先祖返りを殺したため、彼を知る一部の者からは「祟り」として恐れられている。

 

身長:188cm

誕生日:忘れた

好きなもの:忘れた

嫌いなもの:忘れた

ユニークスキル:不死、なんか最強

備考:人様に絶対にお貸しできないタイプのクソキャラ

ここだけの話:無し

 

 

 

―2015―

 

朝陽/仮面ライダーゴースト

『真昼の幽霊』

 

「僕も英雄になれたかな。君みたいに……」

 

享年21歳。戦時中に眼魔に殺されて幽霊になり、2015年の春に仮面ライダーゴーストとして一時的に体を得た。長い時間を過ごしたためか達観した穏やかな性格だが、自嘲気味で死人ジョークは千歌たちに不評。自覚は無いが現代人からすると「センスが古い」「おじいちゃんみたい」らしい。生前は太陽の下で生きられないほど弱い体で、親にも捨てられて一人で死を待っていた所で高海一晴に出会った。壮間の「英雄への憧れ」、ミカドの「命を燃やす生き方」を認め、仮面ライダーゴーストの力を託した。名前の由来は「太陽」。

 

身長:175cm

誕生日:3月21日

好きなもの:太陽、みんな、命を実感できるもの全部

嫌いなもの:暗く狭いところ

ユニークスキル:幽霊(不死、透ける、浮く、念的な何か)

備考:コンセプトは「タケル+西園寺」

ここだけの話:生きてたらやりたかった事は全部で100ある。千歌、果南、曜のことは幼い頃から見ていて成長してる実感が無いため、3人の今と昔を見比べるたびに頭がバグる。

 

 

神楽月蔵真/仮面ライダースペクター

『直情ゴーストハンター』

 

「世界の秩序を乱し、俺の友を傷付ける存在を…俺は徹底的に排除する!」

 

20歳。日本中を転々とする怪奇現象管理協会の組合員で重度のオカルトマニア。背が高く顔が怖いため近寄られ難いが、情熱的で非常に仲間思い。しかし1か0で物を判断する性分で、敵と味方の線引きがはっきりしすぎていて、話を聞かず暴走することも多い。昔、内浦に居たことがあり、その時に3年生組と友人になった。そんな彼女たちを守るために「眼魔世界及びあらゆる危機の抹消」を願い、グレートアイの資格を得た。黒澤家に居候しているが学生じゃないため世間的には無職。名前の由来は「月」。

 

身長:191㎝

誕生日:10月30日

好きなもの:オカルトや都市伝説、綿菓子、カラオケ

嫌いなもの:敵、花粉症(スギ花粉は宇宙人の侵略作戦だと思っている)

ユニークスキル:対霊技能と特異体質

備考:コンセプトは「マコト+御成」

ここだけの話:拠点を移した際、まずはその地域の学校の七不思議から攻める(浦の星もやったが色々あって大惨事になった)。善子とはベクトルが違うらしく左程そりは合わない様子。

 

 

アリオス/仮面ライダーネクロム

『パーフェクトヒロイン』

 

「私は完璧な存在、眼魔世界の王女!」

 

18歳。眼魔世界の王族の末子だが人間世界出身。男装しているが女性。寒がり。信条にするほどの完璧主義者であり、能力も全体を通して高いハイスペック人間なのだが、かなり感情に流されやすく、自身も完璧になるべく雌雄同体を目指したり間違いを指摘されるとショックを受けて落ち込むなど、年相応に未成熟な部分もあるお嬢様。かつては「人間界を保存するための全能」を願いゴーストドライバーで変身していたが、朝陽に敗北。後に五王眼イーザルが作った「メガウルオウダー」で更なる力を得た。眼魔世界と離反してからは人間世界のことを学びながらバイトで金を稼ぎ、一人暮らしで自立している。名前の由来は「地球」。

 

身長:165㎝

誕生日:眼魔世界に誕生日の概念は無い

好きなもの:完璧、人間世界の空・諺・食べ物…その他たくさん

嫌いなもの:五王眼のジャグレン、刺激が強い食べ物、煙やガス

ユニークスキル:完全記憶、完全並列思考

備考:コンセプトは「アラン+アカリ+カノン」

ここだけの話:バイトを始めて労働の素晴らしさを語ったら、何故かダイヤと蔵真が喧嘩を始めた。ヨキソバとシャイ煮を食べた時は感動したが、堕天使の泪のせいでタコ焼きがトラウマになった。

 

 

 

─2009―

 

切風アラシ/仮面ライダーW

『基本クールな方の探偵』

 

「男は女に受けた恩を忘れねぇ。一生かけて命を捧げて返す」

 

18歳。育て親の切風空助が立ち上げた切風探偵事務所を受け継ぎ、相棒と共に探偵をやっている。普段はクールを表に出して他人を寄せ付けない悪人面をしているが、実際は感情豊かで特に怒りは分かりやすい。毒舌家だがデリカシーが無いだけで、他人を攻撃する意図は無い事が多い。仲間曰く「優しい」。元は事件の捜査で音ノ木坂の清掃員としてバイトしていたが、色々とやらかした末に初の男子生徒として編入。μ'sが9人揃ったのと同時に探偵部を(勝手に)立ち上げられ、マネージャー兼部長をさせられることとなった。主にライブの企画などを考えている。名前の由来はWのメモリの「切」札と疾「風」で「切風」鳴海探偵事務所の亜希子、来人(フィリップ)、翔太郎の頭文字をとって「アラシ」。

 

身長:177㎝

誕生日:12月21日

好きなもの:甘いもの、パズル(知恵の輪とか)、料理すること

嫌いなもの:動物(嫌われてる)、機械操作、金の管理、大人、その他たくさん

ユニークスキル:“J”のメモリの適合者、家事スキル、生存能力

備考:オリキャラ第1号

ここだけの話:Wの装備はダサいと思っている。学校に通ったことがなかったので初テストの時は一番絶望していた。編入時およそ17歳だったが後に正確な年齢と誕生日が発覚し、18歳なのに高2となったため留年男と弄られる羽目になった。

 

 

士門永斗/仮面ライダーW

『引きこもりニートな方の探偵』

 

「あぁもう面倒くさい───全部だ」

 

16歳。幼少期はガイアメモリ流通組織でメモリを開発する幹部だったが、「白い夜」事件をきっかけに記憶を失い切風探偵事務所に引き取られた。極度の面倒くさがり屋のオタク系引きこもりニート。口癖は「面倒くさい」。ガイアゲートに落ちたことで「地球の本棚」と接続できるようになったが、面倒くさいから依頼以外で滅多に使わない。ファングの事件で記憶を取り戻し、一度は暴走するもアラシたちとμ'sによって引き戻され、それからは“F”のメモリと一体化して不変の身体となり、償いとして永遠に戦い続けることを決意した。必要なこと以外考えない性分で、ある意味「冷徹」とも言われる。

 

身長:161㎝

誕生日:12月30日(多分)

好きなもの:オタク趣味全般、コスプレ、スナック菓子、凛(最推し)

嫌いなもの:運動、労働、ネットでオタクが嫌う人種は大体嫌い、ピーマン

ユニークスキル:“F”との一体化による不変、“地球の本棚”、超頭脳

備考:一番手に馴染んで動かしやすいキャラ。一番好き。

ここだけの話:天才ゲーマー『∞』として都市伝説になっている。巨乳が好きだが、恋愛対象は貧乳。

 

 

赤嶺甲/仮面ライダーアクセル

『正義の男』

 

「俺が正義を掲げるのではない、俺自身が正義だ!」

 

23歳。警視庁本部の「超常犯罪捜査課」に所属する刑事。階級は巡査で下っ端なのだが、態度は相手が上司だろうが民間人だろうが極めて尊大。「己自身が唯一絶対の正義」という信条を持ち、それに違わない行動、選択を貫いており、それができる頭脳とバイタリティも備えている。だが「正義は言葉ではなく生き様」と他人に説明をしない性分であるため、大いに誤解を生みやすい。ある事件をきっかけにA-RISEと関りを持ち、特に綺羅ツバサに気に入られたことで腐れ縁のような関係になった。

 

身長:183cm

誕生日:2月20日

好きなもの:正義(公言はしないがうな重)

嫌いなもの:不実、悪(公言はしないが小魚)

ユニークスキル:“A”のメモリの適合者、超人の身体

備考:信念で強くなったタイプのヒーロー、一種の中二病で信者

ここだけの話:正義を目指すようになった理由は誕生日。警察内では悪い意味でかなりの有名人だし、赤嶺も同僚の名前と顔は大体覚えている。

 

 

ミツバ/仮面ライダーエターナル

『地獄から来た怪盗』

 

「いいね、楽しくなってきた」

 

19歳。死した後に不死身の生物兵器として蘇った「NEVER」であり、怪盗団「cod-E」の頭領として世界中から「ガイアパーツ」を盗む怪盗。組織の研究によりNEVERになってからは、生物兵器として数多くの戦争に使われ、その残虐無比な戦いから「死神」と恐れられた。その生きる意味と評価基準は全て楽しいかどうかであり、それ以外の感情は欠落しているといってもいい悦楽狂にして戦闘狂である。高坂雪穂と絢瀬亜里沙に執着して振り回しているが、その理由は明かされていない。

 

身長:180㎝

誕生日:3月28日

好きなもの:楽しいこと全てが好き(戦いとかゲームとか美味しいものとか)、???

嫌いなもの:退屈

ユニークスキル:“E”のメモリの適合者、最強のNEVER

備考:史上最強のエンジョイ勢

ここだけの話:花見という文化を知り、ウキウキで桜の木を引っこ抜いてきた。あの時代で3指に入るレベルの最強(響鬼くらい強い)。

 

 

―2003―

 

荒木湊/仮面ライダーファイズ・シャークオルフェノク

『正しさを探す者』

 

「ずっと怖かった。いつか誰かを傷付けてしまうんじゃないかって」

 

20歳。幼い頃に海難事故で両親を失い、その後は喰種であるドナートの孤児院で育った青年。オリジナルに覚醒したミツルによって殺され、使徒再生を果たした。愛想が無いように見えるが実際はかなり面倒見がいい性格。立場上は喰種捜査官補佐となっている。喰種とオルフェノクに関わり続けた過去から「正しい生き方」を探して様々な区を転々としており、多くの喰種や人間、オルフェノクと接していた。暴走してミカドに殺されファイズの力を奪われたが、ミカドの「正しさ」を彼は認めていた。

 

身長:182cm

誕生日:7月15日

好きなもの:ボルシチ、ソロツーリング、家族

嫌いなもの:刺身含む生肉、酒、あんていくで食べる古間の料理

ユニークスキル:オルフェノク由来の嗅覚

備考:ミカドとはかなり顔が似てる設定。第一部主人公。

ここだけの話:サメのオルフェノクだが幼少期のトラウマで泳げない。食材には絶対に火を通す主義なので、土岐と焼肉に行ったときは焼き加減で激しく揉める。

 

 

樋下美鶴/アントオルフェノク/アナザーファイズ

『正しさに縋る者』

 

「僕は……『人間』だ!」

 

19歳。兄が殺人事件を起こし失踪、父が暴行で逮捕され獄中自殺、母もそれを追って自殺するという過去を経てドナートの孤児院に引き取られるも、ピエロの喰種に焼き殺されたことでオリジナルに覚醒した。喰種のような姿のオルフェノクで、Aレート『パラポネラ』として駆逐対象とされている。人間であることに固執しているがその性根は非常に暴力的になる。自分を人と認めない存在を殺して回るうちに捜査官とスマートブレイン両方に追われることになるが、ラッキークローバーの一人であるリューリに手を差し伸べられる。

 

身長:163cm

誕生日:12月7日

好きなもの:シロップたっぷりのパンケーキ、恋愛映画

嫌いなもの:自分以外の全て、林檎、ドナート・ポルポラ

ユニークスキル:『捕食態』、オルフェノク由来の怪力

備考:性別は女。第二部主人公。

ここだけの話:孤児院にミナトと仲が良かったのは、人間不信だったミツルをミナトが皆の輪に入れてくれたから。昔の一人称は『ミツル』だったが、オルフェノクたちに迫害される中で性格を変えた。

 

 

瀬尾潔貴/仮面ライダーカイザ

『佞悪潔白』

 

「邪魔なんだよ。俺の平穏を脅かす奴は」

 

25歳。白髪。オルフェノク対策課に所属する特等捜査官。元は二等捜査官だったが、カイザギアに適合した上に対オルフェノク戦闘に異様な適性を示したため、オルフェノク対策課の特等に異例抜擢された。自分以外全ての人間の内外を汚いと断言する病的な潔癖症で、自分の清潔と安全と平穏を何より尊重して行動し、そのためには排斥や迫害すら一切厭わない。世間的にはオルフェノク掃討の英雄と扱われており外面はいいが、その他人を一切肯定しないネチネチとした性格から、彼を知る人物全てから激しく嫌われている。

 

身長:187cm

誕生日:1月26日

好きなもの:清潔、金、名声、紅茶

嫌いなもの:不潔、努力、友情、血、他人、動物、虫、その他無数

ユニークスキル:カイザギア適合者

備考:マジのカス野郎。長生きします。

ここだけの話:飲食店などは余程の高級店以外は利用せず、食事はほとんど自炊で作っている。そして料理が無駄に上手い。

 

 



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Crossover Archives
憂鬱なホリデー


※注意
これは本作品ビルド編で扱った、「バンドリ×ビルド」の物語の一部を切り取ったものです。






















Access…[Archive 2017]

File:CROSS-Z






天介「天才科学者!この俺、羽沢天介は!仮面ライダービルドとなって日々スマッシュと戦っていた!」

 

??「誰にしゃべってるんだ?」

 

天介「この作品は初見さんに優しいをモットーにしてるからな。さっきも言ったけど、俺は羽沢天介。容姿端麗、文武両道、頭脳明晰、最強無敵の仮面ライダービルドだ!」

 

??「俺は焼鯖定食が好きだ」

 

天介「四字熟語言うコーナーじゃないからな!?

お前もちゃんと自己紹介しろよ?何せ今回はお前が……!」

 

??「?」

 

天介「おっと、ネタバレはNGだ!それじゃあ本編へGO!」

 

 

 

________

 

 

 

《封印のファンタジスタ!キードラゴン!!》

《イェイ!》

 

 

蒼の半身と金の半身。龍と錠前の複合戦士、キードラゴンフォームへと変身を果たした仮面ライダービルドは、敵幹部ナイトローグへと攻撃を開始した。

 

これは先日の戦闘の映像データ。

ビルドラボにて羽沢天介は、その映像とその時の自身のバイタルデータを比較し、引きつった表情を見せた。

 

 

「こーれはちょっと…とんでもない暴れ馬だ」

 

 

天介は机に置かれた蒼いボトルを見て、さらに表情を歪める。

 

もう1人の敵幹部、ブラッドスタークから渡されたこのドラゴンフルボトル。

天介はそれとロックフルボトルのベストマッチを発見し、キードラゴンフォームへと変身。ナイトローグに対し、初の白星を挙げた。

 

しかし、問題はその後。天介はキードラゴンの力を制御しきれず、自滅する形で変身を解除。ナイトローグを取り逃がしてしまった。

 

 

調べた結果、問題があるのはドラゴンサイド。このドラゴンボトルは他のボトルと比較しても、内包するエネルギー量が桁違いであり、ロックの力でドラゴンを抑えつけることにより制御しようとした。

 

が、使用してみると想定を大きく超えていた。

 

戦闘が続くことで力が増幅。ドラゴンボトルのエネルギーの75%を開放した付近でロックボトルが機能を停止し、左右のバランスが崩れたことで変身状態が自壊してしまった。これが暴走の真相である。

 

 

「100%を出してないってのが悩ましいな。現状、ロックボトル以上に鎮圧力があるボトルは無いし、そもそもベストマッチなんだからこれが最善の形ってことになる…同等の力のボトルと組み合わせればつり合いも取れるだろうが…そうなると俺の体が一分と持たないし……」

 

 

ぶつくさと独り言を吐きながら、思考を巡らせる。この状態が既に一晩続いている。

 

 

「ドラゴンボトルの力を補助する装備は完成した。やっぱりプランBで…ってヤバいもう12時か!」

 

 

ふと時計に目をやり、天介は我に返って慌てて机を片付ける。

計算用紙はゴミ箱に突っ込み、開発した装備もその辺にぶん投げた。

 

 

「兄さん?」

 

「お…おぉ、つぐみ!待ってたぞー?」

 

 

今日の正午は天介の妹、つぐみが来ることになっていた。

というのも、あまり家に帰らない天介を心配しての行動だ。

 

そして、天介は自分がビルドであることを、つぐみには秘密にしている。

 

 

「今何か隠したでしょ」

「別に何も隠してないって!で、来てもらったところ悪いけど、お兄ちゃん研究のあれやこれやでちょこっとだけ忙しいから!また今度勉強教えてやるから今日は帰って…」

 

 

あわあわと言い繕う天介を、正面からじっと見つめるつぐみ。

天介はいつもそうだ。相手が家族でも…いや、家族だからこそ、その本心を見せようとしない。それが彼女にとっては、不服で仕方が無かった。

 

そして、上手く隠せていると思い込んでいる所も、その苛立ちを募らせる。

 

 

「兄さん」

 

「ん、どうした?」

 

「服脱いで」

 

「はぁ!?いやいや、いくら俺がイケメンだからって兄妹でそういう事は…あっちょっとどこ触ってんの!つぐみのエッチ!」

 

「誤魔化さないで!昔から嘘つくの下手なんだから」

 

 

つぐみは天介の抵抗を振り払い、彼の衣服をまくし上げる。

露出した彼の身体を見て、つぐみは顔をしかめた。

 

 

「やっぱり…」

 

 

胸から腹にかけて焼けただれている。ドラゴンボトルの許容限界を超えたエネルギーが逆流した結果だ。しかも処置も雑。病院にすら行ってない事が丸分かりだった。

 

 

「なんで怪我したか、聞いても教えてくれないんでしょ。だったら少しは自分も大切にしてよ!私だって…みんなも兄さんのこと、すごく心配してるんだから!」

 

「…つぐみ……悪かった」

 

 

涙を溜めた目でつぐみは天介に訴えかける。

でもきっと、つぐみでは彼の根底にあるモノを変えられない。

 

つぐみには、天介を救えない。

その無力感が虚しくて仕方がない。

 

 

「……とにかく、まずは病院に行ってもらうからね!それと…」

 

 

つぐみは天介に一枚のチケットを差し出した。

 

 

「あの、つぐみ?これって…」

 

「こころちゃんから兄さんに、って。兄さんは安静にしてても無茶するんだから、そこで少しは楽しんできて!」

 

「えぇ…でもここって…」

 

 

そのチケットに書いてある名前を見て、天介は今日一番面倒くさそうな顔をした。

 

 

 

 

________

 

 

 

「っ…らァ!」

 

 

弦巻家所有のトレーニング場で、その男は拳を振るう。

相手は機敏な動きをするロボット。弦巻家が開発した最先端のトレーニングマシンだ。

 

ロボットの方も攻撃を仕掛け、その攻防は格闘家の試合と言うより、「喧嘩」という言葉が似合う。

 

性格無比なロボットの攻撃を躱した男は、弾丸のように鋭いカウンターを繰り出す。

 

 

「あ」

 

 

その一撃はロボットの頭部に直撃。

ロボットの頸は胴体から離れ、空中に打ち上げられてしまった。

 

慌てて千切れた頭部を拾い、男はキョロキョロと辺りを見渡す。

そして棚に置いてあった接着剤を見つけ、真顔で頭部に塗りたくった後、胴体に乗せて息をついた。

 

 

「よし」

 

 

ドヤ顔な男だが、全くよしじゃない。接着剤でロボットが直るわけがない。近代文明を何だと思っているのだろうか。

 

ちなみにこの時点で誰もが気付いているだろうが、この男は生粋の「馬鹿」である。

 

 

「ここにいたのね、東馬!」

「お嬢…うぁっと!」

 

 

そんな場面に駆け足で現れた少女は、弦巻家の令嬢、弦巻こころ。

彼女は男の姿を見るや、満面の笑みで飛び掛かるように抱きついた。

 

彼女を「お嬢」と呼ぶ、この男。

茶髪のオールバックだが、いかつそうな雰囲気を見せない若い顔立ち。

 

彼は経堂(きょうどう)東馬(とうま)

弦巻こころ専属の使用人にしてボディガードである「黒服」の一人。黒服は主に女性だが、東馬は特別。こころと輪をかけて仲がいい点も特別と言える。

 

 

「ねぇ東馬!今日はとっても楽しい夢を見たの!ハロハピのみんなで宇宙に行って、宇宙人といっしょに演奏したのよ!」

 

「へぇ、宇宙人って楽器できるんですね」

 

「でも東馬は後ろで見てるだけだったわ。いっしょに演奏できたら楽しかったのに!」

 

「お嬢がそう言うなら。歌なら歌えますよ、童謡とか」

 

「それは楽しそうね!じゃあ夢で会ったら一緒に歌いましょう!」

 

 

こんな会話がしばらく続く。

というのも、こころの次元の違う会話に素でついて行けるのは、使用人の中でも東馬だけなのだ。

 

 

「ところで東馬、明日の予定は空いてるかしら?」

 

「暇ですけど」

 

「それはよかったわ。それじゃあ明日、みんなでいっしょに遊びましょう!

ミッシェルの国、ミッシェルランドで!」

 

 

 

________

 

 

 

「なんっ…じゃこりゃ」

 

 

つぐみ監視の下、しっかり一日休まされた天介。

半強制的に行かされたその場所は、先日、広大な土地に突如として出現した遊園地。その実態は、弦巻家の力によって猛スピードで建設された「ミッシェルランド」である。

 

ポケーっと見上げる天介の横には、同じような様子な少女が。

 

 

「あ、美咲ちゃん」

「あ、天介さん」

 

 

ハロー、ハッピーワールド!のDJである熊のミッシェル…の中の人、奥沢美咲。

帽子にパーカーといういつもの風体だが、祀るかのように建てられたミッシェル(自分)のテーマパークを前に、何を思っているのだろうか。

 

 

「話には聞いてたけど…どうなってんの弦巻家」

「あたしに聞かれても困りますって」

 

 

「天介!美咲!来てくれたのね!」

 

 

続いて登場するのは、話題に上がっていた元凶のこころ。

その後ろには黒服姿の東馬もいる。

 

 

「あれ、今日は東馬さんも一緒なんだ」

 

「えぇ。美咲は前に来られなかったし、東馬は天介ととっても仲良しみたいだから呼んでみたわ!」

 

「付き添いお前かよ経堂!バカが増えると疲れるんだけど!?」

「疲れているのか天介。そういう時は肉を食べろ」

「誰のせいで早速疲れてると思ってんだ?」

 

 

天介と東馬は面識がある。今年の春、美咲が捕まりスマッシュ化させられるという事件が起こった。その時行動を共にして以来、何かと関りがある。いわば、腐れ縁のようなものだ。

 

 

「毎度お前が絡むとロクな事が無いからな!せっかくの休みだし、お前とは絶対一緒に行動しない」

「別に俺もお前とは一緒に遊びたくない」

「はぁー?上っ等だよ、俺には美咲ちゃんとこころちゃんいるし?両手に花で遊んじゃうから!」

「お嬢がいるなら俺も一緒だ」

「だからお前は嫌だって言ってんだろ!」

 

 

「ほら!あの二人、とっても仲いいのね!」

「こころ。あれは仲良しとは言わないんだよ」

 

 

 

________

 

 

 

「言った傍からなんでお前と一緒なんだよ!」

 

「お嬢のグーパーに文句があるのか」

 

 

まず一行が乗ったのはコーヒーカップ。こころの目に留まったという理由で決定した。

ミッシェルの顔を模したカップに2人乗りであるため、4人を2つに分けた結果こうなってしまった。

 

 

「ほんっと、せっかくの療養が台無しだっての」

 

「りょーよー?その腹の怪我の事か」

 

「…なぁ、俺ってそんなに分かりやすい?」

 

「何か嘘をついていたのか?嘘は良くないぞ」

 

「んん?なんだ経堂、煽りか?」

 

 

少しイラついた天介は、コーヒーカップの回転を速める。

 

 

「てか、こころちゃんは前に来たんだよな?お前はついて行かなかったのか」

 

「あぁ。ここに来るのはここを作った時以来だな」

 

「サラッと言うな。どうやってパパっとこんなもん建てるんだよ」

 

「頑張った」

「語彙力が日本語検定4級」

 

 

2人のカップの反対側では、こころと美咲のカップが凄いスピードで回転している。ついでに美咲の叫び声とこころの笑い声も聞こえた。

 

それを見た東馬は腕に力を込め、同じようにカップを猛スピードで回す。

同じように、というか更に速くカップが回転し、天介が絶叫。

 

東馬は凄まじい力でハンドルを無理矢理止め、その回転を一瞬で停止させた。

激しい静と動を味わった天介は、東馬に一言。

 

 

「死ぬわ!」

「分かっただろ」

「お前がおかしいってことが!?」

 

「俺の体だ。あの時…美咲を助けたとき、あの蛇野郎にガスを吸わされてから、なんというか…すげぇ強くなった感じがする」

 

「…ネビュラガスをたっぷり吸ったからな。残念ながら、お前はもう人間じゃない」

 

「そんなのはどーでもいい。つまりアレだ、

今の俺は超強いってことだ」

 

「何の話だよ」

 

「お前より強いと言っている」

 

「何かと思えば脳筋ゴリラのマウントですか!いいか?男は強けりゃいいってもんじゃないんだよ。そう、例えば…お前、友達いないだろ!人望大事!」

 

「俺にはお嬢がいれば十分だ。そもそも、お前だって友達いるのか?」

 

「いるし!超いるし!お隣の山田、常連の北田、あと八百屋の浜田に…」

 

「田が多いな」

 

 

そんな大声の会話はこころと美咲ペアにも届いていた。

 

 

「天介って友達がたくさんいるのね!でも、つぐみは“兄さんは全然友達がいない”って言ってたわ。これってどういうことなのかしら?」

 

「それ天介さんには言わないでね。あの人泣いちゃうから」

 

 

 

_______

 

 

そして次のアトラクション。

 

 

「知ってるかい?美咲ちゃん。幽霊ってのは科学的にほぼ証明されてて、プラズマだったり見間違いだったり。時には勘違い…ブラシーボ効果で幽霊がいるって錯覚しちゃうらしいんだ。大体、幽霊がいたところで俺達に実害があるわけじゃないし、呪いなんてそれこそ非科学的というか怖がる必要は全く無いわけで」

 

「あー、そういうのいいですから。

 

手、離してくれませんか?」

 

 

やって来たのはお化け屋敷。ここでも2人1組なので、再びグーパー。

今度は天介と美咲がペアとなった。

 

そして、天介は美咲の手を力いっぱい握りしめていた。

 

 

「怖いのは分かりましたから。ていうか痛いです」

 

「こ…怖いわけないじゃん!?確かに弦巻家が作っただけあって気合入ってるなーとは思うけど?これはあれだよ、君を強く抱きしめて離さないよ的な…つまり……そういうことだよ」

 

「薫さんみたいになってる所悪いですけど、全然決まってませんから。お化けが怖いから年下の女の子の手を握って前を歩かせるって…いい年して恥ずかしくないんですか!?」

 

「嫌だ!手を離したら俺だけ呪われる!どうせ呪われるなら他の奴も一緒じゃなきゃ嫌だ!」

 

「こころー!東馬さーん!この23歳児のお守り代わってくださーい!!」

 

 

ギャーギャーとお化け屋敷に似つかわしくない言い合いが繰り広げられる。

ひとしきり騒ぐと、天介も美咲も冷静になって息をついた。

 

 

「……貸し切りでよかったですよ。本当」

 

「…そういえば、美咲ちゃんは怖くないの?得意そうにも見えないけど」

 

「あたしは一回来てますから。奥沢美咲じゃなくて、ミッシェルとしてですけど」

 

「あぁ…言われてみれば聞いたわ。確かミッシェルが多すぎて遭難したって。

そういえば、美咲ちゃんはまだ4バカに正体明かしてないんだ」

 

「隠してるつもりはないんですけどねぇ…理解してくれないだけで。でも東馬さんくらいは理解してほしい」

 

 

ハロハピも結成してからそこそこ経つなぁ…と、しみじみ思う美咲。

そして3バカ+東馬の扱いも段々と手馴れてきた自分が少し嫌だ。

 

そんな時、美咲はふとこんなことを尋ねた。

 

 

「天介さんは、いつまで隠すつもりなんですか?

Afterglowのみんなに、ビルドのこと」

 

 

美咲とこころは、例の一件で天介が仮面ライダービルドだということを知っている。

そして、最も身近な人たちにそれを隠していることも、知っていた。

 

美咲は話すべきだと思っている。なにせ、天介が背負うソレは、一人で抱えるには重すぎる。誰にも理解されないまま、感謝も見返りも無く孤独で戦い続けることがどれだけ辛いのか。想像もしたくない。

 

美咲は天介と東馬に救われた。だから、他人よりは心配しているつもりだった。

 

でも、天介は明るく答える。

 

 

「ずっとだよ。名も顔も知らないヒーロー、ってのがカッコいいんだからさ」

 

 

つぐみと天介は血の繋がっていない兄妹。でも、よく似ている。

この兄妹は努力家で、他人思いで、頑張り屋。だから色々なことを背負い過ぎてしまう。

 

天介もそれを知っているから、ビルドの事は話さない。

知ってしまったらきっと、背負おうとしてしまうから。

 

 

「天介さんがそれでいいなら、あたしは別に…」

 

 

美咲の肩が何かにぶつかった。

天介は後ろを歩いているから、天介ではない。暗闇から現れたのは…

 

チェーンソーを持って、返り血を浴びたミッシェル。

 

そうだ、そういえばここお化け屋敷だった。

 

 

「ぎゃあああああああ!!!熊のお化けぇぇぇぇぇ!!」

 

「お、お、落ち着いてください!ミッシェルですよ、怖いけど!

あ!あの人、あたしを置いて逃げたんだけど!あんたそれでも男かぁぁぁぁ!!」

 

 

逃げた先には、更にミッシェルの大群が。

 

 

 

「「いやああああぁぁぁぁ!!」」

 

 

 

_______

 

 

 

「楽しかったわね、東馬!」

「ですね」

 

 

お化け屋敷から出てきた東馬こころペア。この2人にかかれば、お化け屋敷から出てきても満足そうな顔だ。

一方で天介の方は、ベンチでグッタリしている。

 

 

「ミッシェルが1匹…ミッシェルが2匹…」

 

「大丈夫ですかー」

 

「うわぁぁ!ミッシェル!」

 

「違います。いや、違わないけど」

 

 

美咲の顔を見て、天介は撃沈。

時刻は正午に近付いてきて、太陽も空高くで輝いている。夏も近いため、そろそろ暑さが鬱陶しくなってくる頃だ。

 

 

「お嬢、なんか飲み物買ってきます」

「あ、不安なんであたしも。天介さんはコーヒーでいいですよね。こころは…なんでもいいか」

 

 

走り去っていく東馬に、美咲も続く。

天介が気が付いた時には、こころと2人になっていた。

 

 

「今日はよくペアになる日だな…」

 

 

天介にとって、実のところ弦巻こころという少女はよく分からない。

天才気質同士の氷川日菜と天介は気が合うのだが、同じタイプでもこころは何か違う。

 

こころはいつも楽しそうだ。時に、悲しみや怒りの感情が欠落していると思えるほどに。

そして、心に全くの陰りが無い。それが、天介がこころと距離を置きがちな理由だった。

 

 

「どうしたの、天介?なんだか難しい顔してるわ」

 

(顔は可愛いんだけどなぁ…)

 

 

すると、こころは珍しく少し考えているような表情をする。

 

 

「やっぱり…天介と東馬って、まるで正反対ね」

 

「ん?そりゃあまぁ、超天ッ才の俺とバカ経堂だからな」

 

「東馬はいつもこーんな難しい顔してるけど、気持ちはずっと笑ってるわ!

でも天介は、お顔が笑っていても心はとっても辛そう。こんなに楽しいところにいるのに、よく分からないわ」

 

 

この少女はお嬢様で我儘で自分本位の癖に、気持ち悪いほど人が見えている。

あぁ、やっぱり彼女は苦手だ。

 

 

「でも、やっぱり東馬と天介はとっても仲良しなのね!」

 

「アイツと…?いやいや」

 

「そうなの?でもあなた、東馬とおしゃべりしてる時は……」

 

 

こころがそう言いかけた時、

派手に何かが砕ける音が、ミッシェルランドに響き渡った。

趣味の悪い演出じゃないのは、誰にでも分かった。

 

 

「こころちゃん、下がって!」

 

 

 

流石は弦巻家お手製遊園地。直ちに警報音が鳴り響く。

それ即ち、非常事態の発生を意味していた。

 

そして、ジェットコースターの柱を破壊し、こちらに近付いてくる姿。

 

 

「さて、最悪の状況だがどうするか…!」

 

 

悪い予感に現実がジャストミート。ミッシェルランドに現れたのは、ネビュラガスから生まれた人体改造の産物、その名もスマッシュ。

 

クネクネと動き、緑色の体色と触手を持った「ストレッチスマッシュ」と呼ばれるタイプの怪物だ。

 

 

「さぁ、実験を始めようか」

 

 

いつもの言葉を口にして、天介は自身のメンタルをリセットさせる。

ゆっくりと目を開け、両手のボトルをシェイク。計算式が天介の周りに出現した。

 

その様子に、こころは目を輝かせる。

それもそうだ。今この瞬間、正義のスーパーヒーローが誕生する。

 

 

《ラビット!》《タンク!》

《ベストマッチ!》

 

 

振り続けたラビットボトルとタンクボトルを、装着したビルドドライバーにセット。

天介がレバーを回し、スナップライドビルダーが展開。

 

 

《Are you ready?》

 

「変身!」

 

 

ポーズと掛け声が合図となり、生成されたアーマーが天介の姿を変えた。

遊園地で意気揚々と、「仮面ライダービルド」は触角をなぞって言い放つ。

 

 

《鋼のムーンサルト!ラビットタンク!!》

《イエーイ!》

 

「勝利の法則は決まった!」

 

 

 

_______

 

 

 

「人が働いてるときに呑気に遊園地ぃ~?ムカつくからぶっ壊してやんないとなァ」

 

 

監視カメラをジャックしたモニターを見て、蛇柄スカーフの少年は椅子の背もたれに体重を乗せ、吐き捨てるように呟く。

 

指で回していたコブラボトルを置いて、少年は頭だけを後ろに向かせ、振り返った。

倒れそうな体勢で少年が視線を向けるのは、もう一体のスマッシュ。

 

 

鋼鉄の巨躯をプロテクターで覆ったような、まさしく「兵器」の佇まい。

 

 

「コイツは“ブレイクスマッシュ”!ガーディアンのテクノロジーとネビュラガスを融合させた傑作だ!さぁさぁどうする、羽沢天介ぇ~!?」

 

 

過呼吸のように荒い笑い声の中で、

ブレイクスマッシュは、その破壊衝動を起動した。

 

 

 

 

 

 

 




後半に続く。


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滾れドラゴン

天介「仮面ライダービルドの羽沢天介は!可愛い妹に言われて嫌々、仕方なーく!ピンクのクマさん遊園地、夢の国ミッシェルランドにやって来た!そこで現れたスマッシュで大ピンチ!さぁどうなる!?」

 

東馬「おい、お嬢の誘いを嫌とか言うな」

 

天介「お前がいるから嫌なの。なんで休日にこんな筋肉と遊ばなきゃなんないの」

 

東馬「筋肉の何が悪い。重いの持ち上げるやつとか楽しいぞ」

 

天介「人類誰もがムキムキ至上主義じゃないの。世の女性はな、俺みたいな細マッチョインテリ系男子を求めてるんだよ。むさくるしいゴリラ野郎は帰った帰った」

 

東馬「お前モテないだろ。何を言ってるんだ?」

 

天介「ウルセーよ!!余計なお世話だよ!ただいまガーディアンにボコボコにされて絶賛気絶中の経堂くんの癖に!」

 

東馬「?俺、気絶してるのか?」

 

天介「ほら、どうやら何かスヤスヤ夢見てるみたいだぞ?それではゴリラの自分語りから始まる最新話!どぞ!」

 

 

 

_______

 

 

 

 

ガキの頃から、気持ちを顔に出すのが苦手だった。

 

笑わない、怒らない、泣かない、喜ばない。

学校の奴らからも、母さんからも気味悪がられた。俺は頭が悪いから、この気持ちを言葉にもできない。

 

だから、喧嘩でしかこの気持ちを伝えられなくて、

気付けば俺は、いつも一人になっていた。

 

 

 

『可哀想に…まだ若かったのに…』

『気の毒よね。女手一つで頑張ってたのに、息子があんなのじゃ……』

『気色悪い…親が死んだってのに、何とも無いみたいな顔してるぜ』

 

 

 

母さんが死んだ。

違う。俺は見たんだ。母さんは誰かに殺された。

 

 

こんなに怒っているのに、悲しくて仕方ないのに、

 

叩き割った鏡の中の俺は、いつまで経っても同じ顔だ。

 

 

この感情の赴くままに、俺は外れ者の中で拳を振るう。

外せない鉄仮面を被り、涙だけを流しながら。

 

 

 

「あなた、なんでそんなに悲しそうなの?」

 

 

 

…あれ、これいつの話だ。

確かアレだ。死ぬ寸前に昔のことを思い出すっていう。

 

そうま…いや、おうま?

 

 

「と…まさん!」

 

 

とうま?いや、違う。それ俺の名前だ。

なんだ、えっと…

 

 

「東馬さん!」

 

 

美咲の声で目を覚ます。

そんな彼女の背後には、腕を振り上げたガーディアンが。

 

東馬はすぐさま立ち上がり、ガーディアンに蹴りを叩き込んだ。

 

思い出した。飲み物を買っている時に、ガーディアン軍団が襲ってきて、不意に一発喰らって気を失っていたのだ。

 

 

「さっき何か考えてたような…忘れた」

 

 

東馬はポケットから出したボトルを振って、ガーディアンを殴りつける。

おおよそ人間離れしたその威力は、ガーディアンを一撃で粉砕した。

 

以前から護身用として天介に持たされていた、ゴリラボトルの力だ。

だが、東馬と美咲の前には未だ多くのガーディアンが立ちふさがる。

 

 

「どけ。お嬢のところまで戻らせてもらう」

 

 

 

_______

 

 

 

 

ビルドはドライバーのレバーを回す。

出現したグラフ型の固定装置がストレッチスマッシュの動きを完全に封じ込め、ビルドはラビットの左足で高く跳躍。

 

 

《Ready go!》

《ボルテックフィニッシュ!》

《イエーイ!!》

 

 

グラフをなぞって加速したビルドのキックが炸裂し、キャタピラーの起動で防御が抉り取られる。

爆発と共にストレッチは地に伏してその活動を止めたのだった。

 

 

「…よし、っと。これで終わってくれりゃいいんだが…」

 

 

ストレッチの成分をボトルに回収するが、嫌な予感はまだ消えない。

理論的にもそうだ。目的は天介の抹殺と考えても、このスマッシュ一体では戦力が半端過ぎる。

 

 

そして、その予感はまたも見事に的中した。

 

 

「仮面ライダービルド…発見」

 

 

隕石でも落ちたかのような衝撃で、その巨躯が豪快に降り立つ。

 

全身がプロテクターで覆われており、他のスマッシュと比べても圧倒的な迫力。共通点として目や口に当たる部分は見られないが、額から伸びるのは大きな一本角。

 

特に右腕は肥大化し、重装備が施されている。掴まれたら数秒後にはミンチだろう。

 

明らかに異質。そのスマッシュの名は、「ブレイクスマッシュ」。

 

 

「…なんかメカメカしてんな。こーいうデザインは好みじゃないんだよなぁ」

 

「標的を…捕捉。攻撃を開始」

 

「うあっと!」

 

 

振り下ろされた剛腕が足元を叩き割る。

見た目に違わぬパワーだ。いや、それよりも…

 

 

(このスマッシュ…喋った?)

 

 

スマッシュは普通、意識を持たない。喋ることも無い。

だが、ブレイクはカタコトではあるが言葉を発している。

 

 

「一味違うってことだよな。あの硬そうな体にはやっぱりゴリラモンドで…」

 

 

そこまで言ってビルドは気付く。東馬に渡しているため、手元にゴリラボトルが無い。

 

 

「あぁークソ!後で文句言ってやる経堂の奴!

今は…コイツだ。ミッシェルランドだから折角だし!」

 

 

半ば理不尽に文句を吐き、ビルドはまた別のボトルを取り出し、振り始めた。

蓋を正面に合わせ、ラビットとタンクのボトルとチェンジ。

 

 

《クマ!》《テレビ!》

《ベストマッチ!》

 

「ビルドアップ!」

 

《ハチミツハイビジョン!クマテレビ!!》

《イエェイ!》

 

 

腕を振り上げた熊とブラウン管テレビの形の複眼に入れ替わり、左肩や胸部、左腕には複数の黒いテレビ。黄金の右腕には大きな爪が備わっている。

 

美咲がスマッシュにされた際に採取した、クマボトルのベストマッチ。それがこの姿、クマテレビフォーム。

 

 

「フォームチェンジを確認。照合…クマテレビフォームと一致」

 

「おしゃべりさんだな!」

 

 

クマの爪がブレイクの装甲を斬り付ける。

だが、やはり一撃では傷も入らない。その上、ブレイクは動きも俊敏だ。

 

パワーはゴリラモンドに次ぐクマテレビだ。攻撃が決まれば勝てるはず。

 

ブレイクの攻撃は園内を破壊しながらビルドを狙う。そんな猛攻を躱しつつ、ビルドもそのパワークローで反撃。

 

 

(ここまで散々パワープレーを見せつけてきた。決まる!)

 

 

ビルドは右の手のひらに、黄金に輝く球体を作り出した。

粘性のある液体の球体。「ジャイアントハニーアーム」に蓄えられたハチミツだ。

 

このハチミツはすぐに硬化し、敵の動きを妨げる。

ビルドはそのハチミツ球を、ブレイクに向けて放った。

 

しかし、

 

 

「戦闘データと…一致。対抗…開始」

 

 

ブレイクの腕から発射された熱光線が、ハチミツ球を焼却した。

ビルドは驚くが、怯まず右足をブレイクに押し付ける。

 

クマテレビの右足「チャージスタンシューズ」は、テレビボトルの力で高圧電流を発生させることが出来る。

 

ブレイクの体に電流が流れる確かな感覚。だが、その電流は体を通って右腕に収束し、ビルドへと跳ね返されてしまった。

 

 

「どうなってんだ…?完全に手の内を知られてる。いや、知ってるなんてレベルじゃない。それならこっちも…」

 

 

ブレイクの右腕の攻撃は躱しつつ、弱い方の左腕の攻撃が来た瞬間に、それをビルドは左腕で受け止めた。

 

「リポートグローブ」は、接触した相手の情報を取得する能力を持つ。

ブレイクスマッシュの情報がビルドへと流入する。その概要を把握してしまったビルドは、言葉を失った。

 

 

「なん…だよ、それ…!」

 

 

 

_______

 

 

「あっ!こころ、そっちは…」

「お嬢。怪我とか大丈夫ですか」

 

 

ガーディアン達を退け、東馬と美咲はこころと合流。

こころを見つけた美咲を押しのけ、東馬は猛スピードでこころの元へと駆け寄った。

 

 

「平気よ!天介が助けてくれたもの」

 

「あ、ならよかった。それで、その天介さんは?」

 

「プールの方に行ったわ」

 

「わかりました。あっちですね」

 

「東馬さん、逆方向」

 

 

3人はこころが案内する方向へと走っていく。

東馬はともかく、こころはこの非常事態でもいつもと変わらない様子だ。美咲は取り乱しまくっているというのに。

 

 

(そう思うと、この子ちょっと怖いんだよね…)

 

 

しばらく走ると、激しい戦いの音が聞こえてきた。

火花を散らして戦っているのは、ビルドと重装備のスマッシュ。

 

だが、素人目にすら分かるほど、ビルドは押されていた。

 

 

「クソっ…!ビルドアップ!」

 

《彷徨える超引力!マグゴースト!!》

 

 

マグゴーストフォームにチェンジしたビルドは、磁力を帯びた人魂を飛ばす。

しかし、ブレイクが放ったエネルギー波により、人魂は全て消滅。

 

ビルドの攻撃全てに対し、最も有効な対策が為されている。トライアルフォームも全く通用しない。

さっき取得したブレイクの情報は、信じたくはないが真実と断定せざるを得ないようだ。

 

 

このブレイクスマッシュは、ビルドのあらゆる形態を完封できるよう、事前にシュミレーションされている。文句のつけようが無い対ビルド決戦兵器だ。

 

 

ビルド最大の武器である、戦法の多様さが完全に死んだ。

こうなれば、火力で押し切るしか勝機は無い。

 

 

「やるしか…ねぇよな」

 

 

ホルダーから外したのは、ドラゴンボトルとロックボトル。

何度目のチェンジか、ドライバーのボトルを入れ替えた。

 

 

《ドラゴン!》《ロック!》

《ベストマッチ!》

 

「ビルドアップ!」

 

《封印のファンタジスタ!キードラゴン!!》

《イェイ!》

 

 

有機物側は濃紺、無機物側は金。龍の半身に、鍵型装備を左腕に備えた形態、キードラゴンフォーム。変身と同時にドラゴン側が燃え上がり、その拳をブレイクへと叩きつけた。

 

 

「効かねぇ…それなら!」

 

 

ビルドはエネルギーを開放する。

 

50%

ブレイクの攻撃を躱す速度は出るが、攻撃はその防壁を貫かない。

 

70%

炎の出力が上がり、ビルドの肉体が軋み始める。

 

75%

ここが限界点。攻撃は勢いを増すが、それでもブレイクは倒れない。

 

 

「出力の…上昇…許容範囲…内」

 

「なめんなァっ!」

 

 

ビルドはロックボトルの抑制機能を完全に解除した。

その瞬間に、ドラゴンハーフボディの全てが解放される。

 

100%

 

身体を纏った青い炎が収束し、球体を形成。

超高密度で圧縮された炎球は着弾と同時に爆裂し、ブレイクの姿を跡形もなく吹き飛ばした。

 

 

 

「想定内…100%の出力…観測…」

 

「効いて…ねぇのかよ…!」

 

 

 

100%の力でも、ブレイクは煙を裂いて現れた。

天介はその状況を論理的に捉えてしまう。ビルドでは、このスマッシュを倒すことは不可能だ。

 

結果はどうあれ、行使した力の反動は無慈悲に襲い掛かる。

 

 

「ぐ…あ゛ぁッ!ああ゛ぁァあぁ!!」

 

「天介さん!」

 

 

ドラゴンの力がビルドへと逆流し、体を内側から燃やすような痛みが走った。

ロックハーフボディの力で、暴走する前に変身が強制解除。エネルギーが弾け、ドライバーとドラゴンボトルが地に転がる。

 

天介は力なく倒れながらも、震える腕でビルドドライバーへと手を伸ばす。

駆け寄った美咲は、思わず天介の腕を握って彼を止めようとする。

 

腕を握った美咲の手が血で濡れる。彼女の手を振り払えない程に疲弊しているはずなのに、その手と目は戦う事を諦めていない。

 

 

「手…離してくれ…!」

「正気じゃないですって…逃げましょう!あんなの勝てっこない!」

「だから言ってるんだ……俺が戦ってる間に……!」

 

 

その時、天介と美咲の前に飛び出したのは

ボトルを握りしめた東馬だった。

 

 

「美咲、お嬢と天介を連れて逃げろ」

 

 

東馬はゴリラボトルを振り、ブレイクを殴った。

だが、生身の人間がダメージを入れられるわけもない。

 

それだけじゃない。これまでの戦闘で、ゴリラボトルの力が弱まっている。

 

 

「燃料切れか…?」

 

 

東馬は咄嗟に落ちていたドラゴンボトルを拾い、攻撃を再開。

そんな東馬を、天介が黙って観ているはずがない。

 

 

「バカ、よせ!お前が勝てる相手じゃない!逃げろ!」

 

「俺はバカだ。でも、お前よりは強い」

 

 

東馬がボトルを激しく振り、青い衝撃を纏った拳を繰り出す。

当然、ブレイクにとってそんな攻撃は回避の必要も無い。一撃で葬れる虫に等しい存在だから。

 

しかし、不意に頭部に入ったその一撃が、

ブレイクの体勢を一瞬だけ崩した。

 

 

「効いた…!?ドラゴンボトルと経堂が共鳴して、相乗効果を起こしているのか…?でも無理だ。アイツを早く止めないと…!!」

 

「ねぇ天介」

 

 

立ち上がろうとする天介。経堂を見捨てられず、立ち止まってしまう美咲。

そんな2人の前に、普段と変わらない様子でこころが立つ。

 

 

「天介って、頭があんまりよくないのかしら?」

 

 

・・・・・?

 

 

「「はい?」」

 

 

すごくいい笑顔で、この状況で、出てきたのは爽やかな罵倒。思わず2人の口から素っ頓狂な声が漏れる。

 

 

「こころ?何言って…」

 

「天介が変身できなくて、戦えないのよね。それなら簡単だわ!東馬が仮面ライダーになればいいのよ!」

 

 

こころの提案は、闇に落ちかけていた皆の意識に響いた。東馬のハザードレベルが3.0を超えていることは分かっている。理論上は変身が可能。

 

それが唯一の光だ。少なくとも、美咲はそう思った。

 

 

「駄目だ」

 

 

だが、天介はそれを拒絶する。

 

 

「どうして?東馬はとっても強いわよ?」

 

「強さの問題じゃない!俺にはスマッシュを作った責任がある!戦う義務がある!ライダーシステムを使えば最後、そいつはもう兵器だ…そんなものをアイツが背負う必要は無い!」

 

「だから天介は辛くてもいいの?それは困るわ。だって、あたしはみんなに笑顔になって欲しいんですもの!」

 

 

こころは、血だらけの天介の手を握る。

戦いの最中だろうが、絶望の中だろうが、彼女の笑顔は色褪せない。

 

そんな彼女を見て、美咲も動かずにはいられなかった。

美咲も天介の手を取る。恐怖を感じないわけもなく、その手は震えている。それでもこの決意に、蓋をしてはいけない。そう思ったから。

 

 

「……隣で、ずっと重そうに苦しんでるのを、見て見ぬふりなんてできない。皆あたしより優しいから、きっとそう言うと思いますよ。だから…背負わせてくださいよ!戦うのは…まぁ、東馬さんなんですけど。でも、あたし達にだって!」

 

「辛い事や苦しい事は、みんなで分け合えばいいのよ!分け合っても大きいなら、みんなで楽しい事をすればいいわ!」

 

「それだよ、こころ!折れそうなときは、あたし達が支えになる。笑顔にする!

だってあたし達、“ハロー、ハッピーワールド!”なんだから!」

 

 

 

…やっぱり、彼女は…弦巻こころは苦手だ。

彼女の言葉と笑顔は人に伝播する。ほんの少しでも、それに救われてしまった自分がいる。

 

天介はそんな思いを悔しそうに飲み込み、ビルドドライバーを手に取る。

 

そして、その声を張り上げた。

 

 

「経堂!お前が口下手だろうが、知ったこっちゃねぇ!お前の言葉で聞かせろ!お前の…戦う理由はなんだ!!」

 

 

その声は、ブレイクと死闘を繰り広げる東馬に届いた。

走馬燈だろうか。呼び起されるのは8年前、こころと出会ったときの記憶。

 

彼女だけが、この感情に気付いてくれた。それだけで救われた。

 

笑えないこんな自分でも、暴れるしか能がない自分でも、

 

認めてくれた。全てを与えてくれた。ならば、戦う理由は一言で十分だ。

 

 

「俺は……お嬢のために戦う」

 

「あぁ…最っ悪だ!」

 

 

今日見せたどの笑顔よりも自然に、天介は笑って見せた。そして、天介はビルドドライバーを東馬に思いっきり投げ飛ばす。

 

ブレイクもその状況を把握し、東馬に攻撃照準を合わせる。

 

その瞬間、飛来した小さな自律行動ユニット。

青い龍のような姿のソレは、炎を吐いてブレイクの攻撃を妨げる。

 

 

「ボトルをそいつに入れて、ドライバーに叩き込め!」

 

 

その小さな龍───クローズドラゴンを掴んだ東馬は、天介の指示通りドラゴンボトルをクローズドラゴンのスロットに装填。

 

 

《ウェイクアップ!》

 

 

受け取ったビルドドライバーを腰に装着し、首と尻尾パーツを畳んだクローズドラゴンを、2本分のボトルスロットへと力強くセットした。

 

 

《クローズドラゴン!》

 

 

天介が変身した時の記憶を頼りに、まずはドライバーのレバーを回す。

スナップライドビルダーが展開され、両サイドにドラゴンのアーマーが現れる。

 

天介はここでポーズをしていた気がするが、よく思い出せない。

 

とりあえず肩を回し、右の拳を左手で受け止める。こんな感じだった気がする。だが、その言葉だけはハッキリと覚えていた。

 

 

《Are you ready?》

 

「…変身!」

 

 

その掛け声で、アーマーが東馬に覆い被さる。

両ハーフボディがドラゴンの、紺一色のビルド。そこに翼を広げたドラゴンのような追加アーマーが、胸部と頭部に加わり、その姿を別の戦士へと変えた。

 

 

《Wake up burning! Get CROSS-Z DORAGON!!》

《Yeah!》

 

 

ビルドとは異なり、各所に刻まれたオレンジの炎の意匠。龍の複眼が蒼く輝き、誕生したのは2人目の仮面ライダー。

 

 

「おぉ…変わった。すげぇな」

 

「データと照合…該当なし……殲滅を開始…」

 

 

ビルドではないその戦士に動きを止めたブレイクだが、すぐさま再起動し、剛腕を振り上げた。

超速で振り下ろされたその拳を、その戦士は完璧に受け止める。

 

更に、噴き出した青い炎で攻撃力を飛躍させ、そのパンチはブレイクの装甲を爆砕した。

 

 

「いいか経堂!そいつはドラゴンボトルのトランジェルソリッドを倍加させ、単独ボトルで変身を維持してる。ロックボトルみたいなファクターでの抑制を度外視し、ポテンシャルを最大化して…つまり発散させるって寸法だ。ブレイズアップモードでトランジェルソリッドをリミットバーストする機能を搭載してるから、その瞬間最大火力はビルド使用時の150%をオーバーする!」

 

「全く分からん。要するになんだ」

 

「超強いってことだ!

思いっきりブチかませ!仮面ライダークローズ!」

 

 

ブレイクが立ち上がる。エラーを起こしたように揺らぐその巨躯に、仮面ライダークローズは拳を突き出し、言い放った。

 

 

「覚悟しろバケモノ。今の俺は…負ける気がしねぇ」

 

 

ブレイクの肩に搭載された砲台が、クローズへと向けられる。

鋼鉄だろうが容易く削ぎ落す砲撃の連射を前に、クローズは避ける動作を見せずに直進。

 

自身へ向けられる攻撃は全て拳で叩き落し、本体へと辿り着いた瞬間から、怒涛のラッシュが文字通り火を吹く。

 

データに無い火力の攻撃。ブレイクは一度距離を置こうとする。しかし、クローズはその隙を与えない。どんな攻撃を受けても次の瞬間には肉薄し、無尽蔵の体力で拳を振るい続ける。

 

 

「測定不可…許容上限…超過……」

 

 

完全にガードが消えた胴体を捉え、クローズは蒼炎で爆発的に強化した一撃を叩き込んだ。

上へと吹き飛ばされたブレイクは、ジェットコースターのレールに激突し、遂にダウンした。

 

天介は驚きを隠せない。

クローズシステムは天介がドラゴンボトルを使うために設計したものだが、想定よりも遥かに強い。

 

 

「100%を超えている…やっぱり、経堂とドラゴンボトルの共鳴…」

 

「ほら、東馬はすごいでしょう!あたしの友達だもの!」

 

 

こころは自信満々に言うが、彼が凄いのは事実だ。

 

凄まじいエネルギーを閉じ込めて使おうとした天介に対し、東馬はドラゴンの力を己と一体化させ、どこまでも広がる炎のように、その力を存分に発揮している。

 

しかし、それで倒せるほど話は簡単ではない。

 

 

持ち直したブレイクは、肥大化した右腕にエネルギーを溜め、攻撃に転換。クローズは野性的勘か、咄嗟に回避。園内にインパクトの轟音が響く。

 

 

「デカ腕…これ喰らったらヤバいな」

 

 

地割れが起こるパワー。鋼鉄の剛腕から繰り出される一撃は、加えてスピードもあると来た。東馬も声には出せないが、内心焦る。

 

 

「ビートクローザーを使え!」

 

「ビー…なんだそれ」

 

 

天介の声に反応し、ドライバーから武器が転送される。

銀色の刀身を持つ、クローズ専用の剣。それがビートクローザー。

 

クローズはブレイクの二撃目を間一髪で回避し、生まれた隙に鋭く強烈な斬撃をお見舞いした。

 

 

「これいいな…なんつーか、そう。カッコいい」

 

 

更に剣を振り回し、ダメージを蓄積させる。剣は素人で型も何もあったものではないが、そのスピードとパワーにドラゴンの力も加わり、ただぶん回すだけでも強い。

 

 

《ヒッパレー!》

《スマッシュヒット!》

 

「…ッらぁ!」

 

 

斬れば斬るほど刀身の温度が上昇し、切れ味と攻撃の精度が増す。

予測から外れた状況において、パワーで制圧するしかなくなったブレイクに、もうクローズは止められない。

 

 

《スペシャルチューン!》

《ヒッパレー!》《ヒッパレー!》《ヒッパレー!》

 

《メガスラッシュ!》

 

 

ゴリラボトルをビートクローザーに装填。グリップエンドを3回引き、クローズから放たれた蒼炎とエネルギーが、宙に巨大な拳を練り上げる。

 

ビートクローザーの動きに合わせ、その拳はブレイクに叩きつけられた。

受け止めようとした両腕は破砕され、プロテクターも防御としての意味を失う。

 

 

「決めろ、経堂!」

「東馬さん!」

「頑張れー!東馬!」

 

 

声援に小さく頷いたクローズは、ドライバーのレバーを激しく回す。

活性化した蒼炎は、蒼い龍のエネルギー体「クローズドラゴン・ブレイズ」を形成。

 

両腕を広げたクローズは身をかがめ、ブレイクへと飛び掛かった。

 

クローズドラゴン・ブレイズの息吹がクローズの右足に収束。更には推進力へと変わり、加速したクローズが放つボレーキックが全てを焼き払う。

 

 

《Ready go!》

《ドラゴニックフィニッシュ!》

 

 

燃え上がる思いが、何よりも熱い蒼き炎となって力へと変わる。

 

激しく火を放った龍の一撃は、蹴りと言うよりもはや斬撃。

蒼炎に焼かれたブレイクスマッシュの体は、緑の爆炎を上げて爆砕した。

 

 

「…ッし!」

 

「東馬ー!」

 

 

変身を解除した東馬に、こころが元気よく飛びついた。

結構ダメージを負ったはずだが、その素振りを見せないのは仕事ゆえか、ただのバカなのか。

 

 

「やりました、お嬢」

 

「すごいわ東馬!それに…くろーず…だったかしら?」

 

「そうだ、仮面ライダークローズ。CROSS-Zと書いてクローズだ」

「それクロスズなんじゃ…」

「いいんだよ、細かいとこは勢いで発音!」

 

 

美咲に肩を貸してもらい、天介も戦いを終えた東馬に言葉をかける。

 

 

「やるじゃねぇか。80点ってとこだな」

 

「80点満点だな」

 

「100点満点だ何の自信だよ。いいか、変身したからって思い上がるんじゃねぇぞ。こっから俺がビシバシ鍛えてやるから覚悟しとけ」

 

「あぁ、わかった。あと天介…

ありがとう、俺にも戦わせてくれて」

 

 

東馬は真顔でそんな一言を口にする。

目を丸くした天介だったが、思わず吹き出してしまう。体が痛む。それでも、笑わずにいられなかった。

 

 

「言葉足らずなんだよ、お前は。一緒に戦いたいならそう言え」

 

「言っていたが?」

 

「言ってねぇよ。ったく…礼を言うのはこっちだってのに……」

 

 

「やっぱり仲良しね!」と笑顔で喜ぶこころに、美咲も微笑む。

楽しげに会話をする2人の横顔。戦友となったこの2人は、これからも笑いあい、励まし合って戦うのだろう。

 

 

「あれ…?」

 

「どうしたの、美咲?」

 

「いや…今、東馬さんが笑って……いや、無いね。無い無い」

 

 

 

 

 

________

 

 

 

「仮面ライダークローズ…これでやっと2人目かァ、苦労するよ…っと」

 

 

蛇柄スカーフの少年は、駅の改札を抜けてプラットホームに降り立つ。

その手に持っているのは、ブレイクスマッシュから採取した成分を浄化したボトル。

 

ロボットのレリーフが入った、鈍色のフルボトル。

 

ブレイクスマッシュでビルドを殺すことは出来なかったが、仮面ライダーが新たに誕生したのなら話は別だ。“計画”は順調に進んでいる。

 

 

獰猛に口角を上げる少年の視界に、ある人物が映る。

少年はボトルをポケットに仕舞い、嬉しそうにその人物へとスキップして近寄った。

 

 

「だーれだっ!」

 

 

背後から目を覆い、まるで子供のような声でその人物に声をかけた。

淡い髪色をした長髪の少女。物静かな雰囲気で、同時に近寄りがたい冷たさを放っている。

 

そんな彼女もその声を聞くと、少しだけ明るい声で振り向いた。

 

 

「あら、大地じゃない」

 

「やっほ。久しぶり、友希那お姉ちゃん」

 

 

その少女は湊友希那。ガールズバンド「Roselia」のリーダーにしてボーカルの少女。

そんな彼女に対し、その少年“赤羽大地”は邪悪さを見せず、まさしく無邪気に接する。

 

 

「また歌の練習?」

 

「えぇ、私たちは頂点を目指しているもの。貴方はどうなの?確か、来年で高校生だったわね」

 

「“私たち”ねぇ…オレのこと覚えてくれてるし、丸くなったね。オレ、嬉しいよ」

 

「…そうかしら」

 

 

大地は友希那の前までスキップし、歯を見せてニカっと笑った。

これは偽りの姿なのか、それともスタークとしての姿が偽りなのか。コインの表と裏ともとれる彼の2つの顔は、一体何を意味するのか。それはきっと、“彼自身”も知りえない。

 

 

「ねぇ、友希那お姉ちゃん。もし、この平和な世界が一つだけ…何かが違ったら。例えば、“この世界を大きな壁が隔てたら”…人はどうなっちゃうと思う?」

 

 

大地は不自然なほど明るく、彼女にそう問いかけた。

友希那は何の話か分かっていないようだが、これだけは、自信を持って声にできる。

 

 

「関係ないわ。どんな世界でも、私たちは最高の音楽を届ける。それだけよ」

 

「…そっか」

 

 

大地は線路前の白線を踏み、

人間離れした跳躍で、反対側の乗り場に飛び乗った。

 

列車がやって来る。大地と友希那を隔てる壁のように。

 

 

 

「期待してるよ」

 

 

 

列車が過ぎ去った後、大地の姿はそこには無かった。

 

 

 




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この街を守るのはだれか

※注意
これは本作品ドライブ編で扱った、「ごちうさ×ドライブ」の物語の一部を切り取ったものです。






















Access…[Archive 2014]

File:DRIVE






西暦2013年。首都圏を中心に、凍り付いた時間を駆け抜け、怪物から人々を守るために戦った、一人の戦士がいた。

 

彼の名は「仮面ライダー」。

不完全な漆黒のボディでありながら、彼は「107体」いる怪物のうち、106体を撲滅した。

 

そして、残った最後の一体との決戦。

その戦いは熾烈を極めた。互いに全力を出し切り、己の全てを曝け出した。

 

仮面ライダーに変身するのは、一人の若い青年。そして、そんな彼を支える「ベルト」。勝負を分けたのは、戦いの中でただ一人未熟だった、その青年。

 

彼の迷いが、心の矛盾が、いつしか埋められない大きな差となって

最後の怪物は仮面ライダーを下し、「ベルト」を亡き者にした。

 

 

「愚かだな、仮面ライダー」

 

 

その放った一言で、彼の目が覚めた。

相棒を失って初めて気づいた。足りなかったのは、「覚悟」だ。

 

一人で戦う覚悟。

己の弱さと向き合う覚悟。

人々の命を背負う覚悟。

他者の命を奪う覚悟。

正義を掲げる覚悟。

 

何一つ足りなかった。気付くのが余りに遅すぎた。

 

速さが欲しい。自分が遅すぎたせいで零れ落ちそうなモノを、今すぐに走り出して、救い出せるような「速さ」が

 

そう願った時、彼の姿は赤く輝いた。

そうして覚醒した赤き戦士は、全ての怪物の撲滅を完遂したのだった。

 

 

だが、その戦いは終わらない。

「核」は戦いを生き延び、更なる進化を求める。

 

そして導かれたように、戦いの地は移り変わり―――

 

 

 

_______

 

 

 

日本という国にヨーロッパが存在する。

一見、信じるも何も無いような支離滅裂な文章だ。だが、それは紛れもない真実である。

 

「木組みの家と石畳の街」。通称「木組みの街」。

住むのは日本人。言語も日本語。通貨は円。しかし、その名前が示す通りの外観は、まさしく北欧。そんな奇妙で素敵な街は確かに存在している。

 

そんな木組みの街の喫茶店、ラビットハウスは―――

 

 

「暇ですね」

 

 

今日も繁盛していなかった。

 

ラビットハウスのマスターの娘、香風智乃は、もう慣れ切った様子でそう呟く。

休日の昼だというのに、笑えるほど客がいない。従業員は三人だが、今日はまだこれより客が来たのを見ていない。今日はいつにも増して酷い。

 

いや、客が全くいないというわけではないのだ。

 

 

「ここ毎日来てるよな、あの客」

 

「チノちゃん、あの人が気になるの?もしかして恋!?」

 

「違います」

 

 

どうやらチノだけでなく、バイトのココアとリゼも「彼」が気になっているようだった。

今、一人だけいる男性客の事だ。背が高く、モデルにいそうなイケメンという奴だが、イマイチ顔に締まりがない若い男性。

 

一週間ほど前から、ほぼ毎日ラビットハウスに来店するようになった、新たな常連客だ。

ただの常連客なら歓迎するだけだ。だが、彼はいくつか不審な点があった。

 

一つ。今もそうだが、チノたち店員をガン見してくる。というか、他の客がいたらその客もガン見する。最近客が少ないのは彼のせいではないだろうか。

 

しかし、チノが彼を気にする理由は、別の所にあった。

 

 

「ご注文お伺いします」

 

「…じゃあ厚切りトースト一つ」

 

「ご注文は以上ですか?」

 

「以上で」

「本当に以上ですか…?」

「え、あ…はい」

 

 

オーダーを受けたチノは、強烈に不満そうな顔で帰ってくる。

彼の変な所、二つ目。彼は頑なにコーヒーを注文しない。

 

喫茶店に来ておいてコーヒーを注文しないというのは、まぁ別に珍しい話ではない。しかし、バリスタを志すチノ(とその頭上のウサギのティッピー)にとって、それがどうも気に食わないのだ。

 

 

「あんま気にするなよ、チノ」

 

「別に気にしてません」

 

「言葉とは裏腹に、すっごい気迫を感じるわね…」

 

 

猛烈なコーヒーアピールを経ても、結局彼がコーヒーを飲むことは無く、そのまま退店。今は客もいなくなり、友人のシャロが来て駄弁っている所だ。

 

 

「まぁ気持ちは分かるわよ。私もコーヒー苦手だし」

 

「シャロちゃんはカフェインハイテンションだもんね!」

 

「いつ聞いてもトンデモ体質だよな…」

 

「もしかしたら、あの人もシャロさんと同じなのかもしれませんね。お兄さんとかいたりしませんか?」

 

 

チノの冗談に、「いないわよ」と返すシャロ。

だが、その後に考え込むような素振りを見せる。すると、何かを思い出したように指を立てた。

 

 

「そういえば!私も見たことあるかも、その人!」

「あら?何のお話してるの?」

 

 

すごく自然に、その穏やかな声が割り込んできた。ワンテンポ遅く仕事を終えた千夜だ。いつの間にか来ていた彼女も、その会話に参戦する。

 

 

「え…っと。ちょっと前フルールの客に、クッキーだけ頼んで紅茶を頼まずに帰った男の人がいた気が…」

 

「もしかしてその人って、左腕に変わった時計付けてる人?」

 

「そういえばそんな気が…そうなんですかリゼ先輩?」

 

「確かにそうだけど、あれって時計…?

って千夜も知ってるのか?」

 

「その人なら、最近甘兎庵によく来てくれるわ。お茶は飲んでくれないけれど…指南書無しで注文をしてみせた、期待の新人よ!」

 

 

思わず皆が驚きを見せる。というのも、甘兎庵のメニュー名は初見殺しのキラキラネーム。素人にとっては余りに難解なはずなのだ。

 

ただの変わった客の話のはずが、ますます彼の謎が深まってきた。もうここまで来れば、彼女たちも気になって仕方が無い。

 

 

「もしかして…何かのスパイ!?一度捕まえて尋問してみるか!」

 

「スパイ…ではないと思いますが」

 

 

リゼが物騒なことを言い出し、チノが冷静に言葉を返す。

そこで悪ノリを重ねるのが千夜だ。

 

 

「そうね。もしかしたら妖怪かもしれないわ」

 

「妖怪!?」

 

 

その言葉に過剰反応した、怖がりのシャロ。

 

 

「昼間は人に化けて、夜になると乙女の生き血をすする…」

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 

「あと熱い飲み物が苦手…」

 

「あっ、最後ちょっと可愛い」

 

 

 

________

 

 

そんな会話の後、ココアの「謎のお客さん探しだよー!」という一声で、その男の人を皆で探す流れに。

 

チノは頭上にティッピーを乗せ、のんびりと川近くの道を歩く。ただ彼にコーヒーを飲んで欲しかっただけなのに、なんだか妙な話になってしまった。

 

 

「随分と気にしているな、あの男の事。チノも恋をする年頃か…」

 

「だからそういうのじゃないって言ってるじゃないですか。おじいちゃん」

 

 

渋い男性の声で、ウサギのティッピーが喋った。

これはチノの腹話術ということになっているが、実際は違う。亡くなったチノの祖父の魂が、ティッピーに乗り移っているのだ。荒唐無稽だが事実であり、こうして話すことも出来る。

 

 

「でも…本当は私にも分からないんです。コーヒーが苦手な人だってたくさんいるはずなのに、あの人だけ何か気になると言うか…」

 

「恋の季節じゃな…コーヒー嫌いなのは気に食わんが、一度会って話をしてみたいものじゃ」

 

「おじいちゃん話聞いてください」

 

 

散歩を始めて結構時間がたった。ココアたちは彼を見つけたのだろうか。

そもそもこの街は広い。神出鬼没な青山ブルーマウンテン先生ならともかく、そう簡単に会えるとはとても―――

 

 

いや、いた。普通にいた。

チノの目線の先、河川敷の芝生の上に寝転がっているのは、間違いなくコーヒー嫌いの男性客だ。

 

 

「…君は、ラビットハウスの店員さんだよね?」

 

 

少し近づいてみただけだったが、すぐに気配を悟られ、見つかってしまった。店の外で会うのは初めてだ。人見知り気質なチノは、少し委縮してしまう。

 

 

「…少し見かけたので、声を掛けてみようかと……」

 

「あぁそう。確か、香風智乃ちゃん…だったっけ」

 

「…!私の名前、知ってるんですか」

 

「まぁな。俺は栗夢走大、最近ここに来たばっかなんだ。よろしく頼むよ」

 

 

そう言って彼は気の抜けた笑いを見せ、白い飴玉を口に放り込んだ。

チノはそんな彼を不思議そうに見ていたが、その目線が彼の体に止まった。

 

気になったのは服装。いつも店に来る際の私服では無く、黒く硬い印象の制服だ。

 

 

「えっと…走大さん。その服…」

 

「お、気付いたか。俺って実はお巡りさんなのよ。そこの交番の刑事」

 

 

日頃事件なんて起こらないためチノも忘れかけていたが、この街には一つだけ交番があるのだ。さっき散々スパイだとか猫舌妖怪だとか好き勝手言っていたが、警察官だとは予想もつかなかった。

 

チノは正直高揚する。彼女は割と「ヒーロー」というものに弱いのだ。

 

 

「スパイでも妖怪でもなく、正義の味方だったんですね」

 

「は?スパイ?妖怪?何の話?」

 

「それで、その刑事さんがここで何してるんですか?」

 

「んー?そりゃまぁ、サボり。こんな平和な街じゃ、俺たちも暇なんだよ」

 

 

欠伸しながら答える走大。チノは思わずズッコケそうになる。

刑事、つまり「正義のヒーロー」という響きにカッコよさすら感じていたが、何か思っていた感じと違って拍子抜けというか、失望というか。

 

 

「そういえば…聞きたいことがあるんです。最近、色んなお店に行ってると聞きました。もしかして、何かの捜査だったりするんですか…!?」

 

「よく知ってるなぁ。うーん、目的って言われると…そうだな…」

 

 

走大は暫く考え込んだ後、目を輝かせるチノに気持ち申し訳無さそうに、こう答えた。

 

 

 

「可愛い女の子…とか?」

 

 

 

________

 

 

 

大きいガラス窓と木の棚。例外なく異国情緒に溢れたスーパーマーケットで、走大は飴を大量に買い物かごに入れ、さっきのチノとの会話を思い出していた。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!絶対勘違いされたよなアレぇ…言い方悪かったな。駆じゃあるまいし…ハァ…」

 

 

走大とて、女性と話すのは慣れていないし、かなり苦手な部類に入る。女児相手とは言え、若干テンパっていた感が否めず、激しく反省中である。

 

しかし、実のところチノの予想は当たっていた。走大は現在、ある事件を追っている最中だ。だが、それを一般市民に漏らすわけにはいかない。

 

 

「さて切り替えろ。ここでバイトしてる子も、可能性あるわな…」

 

 

走大が追っているのは、連続女性誘拐事件だ。この街でも最近になって3人、姿を消している。扱いは失踪となっているが、走大はこれが誘拐であると確信していた。そして、犯人の目星も付いている。

 

問題は、その「犯人」がどこに現れるかだ。

これまでに消えた人物の共通点は、「女性であること」、「美人であること」、「18歳以下であること」、「働いていること」。だから走大は、その共通点に当てはまる人物を観察し続けていた。

 

 

「被害者はまだ3人…いや、()()3人だ」

 

 

まだまだ遅い。急がなければ。

この平和が乱れてしまう前に、自分一人で終わらせてみせる。

 

 

 

 

 

一方、偶然ではあるがチノも食材の買い出しでこの店に来ていた。今日の特売狙いのシャロも一緒だ。

 

 

「チノちゃん…なんか不機嫌?」

 

「別に不機嫌じゃないです。ちょっとイライラしてるだけです」

 

「それ不機嫌って言うのよ。そんなにショックだったの?その…警察官の人のこと」

 

 

チノはいわゆるヒーローのようなものに憧れが強い節がある。警察官なんて話したことも無かったし、走大が警察だと知った時はワクワクもした。

 

しかし、蓋を開ければサボり癖のナンパ不真面目警官だ。これは彼女の意地やら好みの問題だが、おまけにコーヒー嫌いときた。わがまま言ってる自覚はあるが、なんというか、もっとちゃんとしていて欲しかった。

 

 

「確かにこの街は平和だし、警察が暇してるのも本当かもね。きっと事件とかの時はちゃんとしてるわよ」

 

「そうでしょうか…あの人は、何か気合が抜けきっていたというか…」

 

 

そんな風に話していると、非常にタイミング良く店の隅に走大の姿が。

 

 

「あっ!走大さんです」

 

「あの人が…でも、何かをずっと見てるみたいだけど…」

 

 

彼の鋭い視線を辿ると、その先には美少女のバイト店員が。

チノのがっかり具合が強まった。これにはシャロも何も言えず閉口する。

 

 

「日向ぼっこばかりで可愛い女の子が好きなんて、まるでココアさんです。あんな人がこの街の警官だなんて不安です」

 

「そう言われると確かに不安ね…」

 

 

シャロはそう言って笑った。

いつもの日常の一コマだった。

 

 

そのはずだった。

 

 

その瞬間、その日常は音を立てることも無く―――

 

 

 

止まった。

 

 

 

「え…?」

 

 

 

何かの衝撃が体を通り抜けたと思うと、一気に体が重くなった。意識もその例外ではない。段々と意識が遅くなる感覚が全身に回る。

 

 

そして、たまたま後ろを向いていたチノだけが気付いた。

この静止した世界で、何事も無いように動く侵略者の姿。

 

窓ガラスを突き破って現れた、ロボット怪人だ。

 

 

鈍化した頭じゃ、この異常な状況の理解なんて出来ない。

だが、怪人がこちらに手を向けた恐怖だけは、理解できてしまった。

 

 

「いや……!」

 

 

 

叫べない。そう思っていたチノだったが、恐怖に対する言葉が流暢に口から零れた。

 

 

「あれ…喋れる…動ける…!」

 

 

驚きより先に、体が動けるようになっていることに気付く。

でも周りは止まったまま。怪人も、動けるチノを見て驚きを見せているようだった。

 

一瞬動きを止めた怪人だが、確かに一言「まぁ、いい」と言うと、チノの体を振り払った。

 

 

その手がシャロに伸ばされる。体が痛い。何が起こっているのかまるで分らない。

 

だが、チノは何故かこう思ってしまった。

この日を境に、全てが変わってしまうと。平和な日常は、消え去ってしまうと。

 

 

「シャロさん!!」

 

 

チノは止まった世界の中で叫んだ。

自分と怪物だけが動ける、この世界の中心で。

 

 

いや、違う。動けたのは、二人だけじゃない。

 

 

チノの叫びで怪人の動きが再び止まる。

そこに駆け付けるのは、一人のヒーロー。

 

凍り付く時間の中でただ一人、怪物に立ち向かう戦士。

 

 

「大丈夫だ。俺に任せて」

 

 

怪人の体に蹴りを放ち、彼はチノにそう声を掛けた。

栗夢走大だ。だが、チノがさっきまで見ていた彼とは、まるで違った。

 

 

「走大さん…なんですか…?」

 

 

気合の入っていなかった顔は見違え、その背中から熱さすら感じる。まるで、「エンジンがかかった」ように。

 

 

「予想通りだな。やっぱり一番乗りはお前か、ロイミュード011!」

 

「貴様ァ…何者だ?」

 

「会ったことあるぜ?俺たち。忘れたんなら思い出させてやる」

 

 

走大はロイミュード011と呼ばれた怪物を店の外に押し出し、人が少ない道路に場所を変える。それを追ったチノが見たのは、右手にベルトを持った走大の姿。

 

 

「さぁ行くぜ、力貸してくれベルトさん…!」

 

 

「ただの機械」にそう語り掛け、彼は腰にベルトを装着。そして、ベルトのキーを回した。

その一連の動きで、ロイミュード011の様子が変わる。余裕から一転、切迫した声でその名前を口にした。

 

 

「貴様、まさか…仮面ライダー!」

 

「Start my engine…飛ばして行くぜ!」

 

 

飛来したミニカーを変形させ、ブレスに装填。

ドライブにギアを切り替えるようにレバーを上げ、その言葉を叫ぶ。

 

 

「変身!」

 

《DRIVE!》

《type-SPEED!》

 

 

駐車していた彼の車「トライドロン」からタイヤが射出。黒いアンダースーツと赤い装甲を纏った走大の体と合体し、彼は「変身」した。

 

 

「すごい……」

 

 

チノは知る由も無い。首都圏で暴れ回る機械生命体「ロイミュード」がいたことを。

そして、そんな怪物と戦う都市伝説のヒーローがいたということを。

 

彼こそが、その伝説のヒーロー。

その名も「仮面ライダードライブ」

 

 

「ひとっ走り付き合えよ!」

 

 

赤き戦士、ドライブはロイミュードに迷いなく駆け出す。

しかし、そこに現れる新たなロイミュード。蝙蝠のようだった011とは違い、コブラのような姿の073と、蜘蛛のような姿の093。

 

完全に数で負けている。それでも、ドライブは躊躇わない。

 

ロイミュード達の一斉射撃をスライディングで躱し、接近したと同時にパンチの一撃。

073の攻撃を両手で捌きつつ、背後から近寄る093の蹴りを右手でガード。そのまま脚を掴んで093を転ばせ、073の顔面には膝蹴りをお見舞いした。

 

 

素人目から見ても、強いのは明白だった。

訓練を重ねたことによる「慣れた動き」。これまで潜ってきた戦いの数を感じさせるような、そんな強さだ。

 

 

「相も変わらず、不快…邪魔をォ…するな!仮面ライダー!」

 

「俺から言わせりゃお前らが邪魔だ!こんな平和な街で悪さしようだなんて、普通考えねぇぞ!」

 

「理解が足りていない…平和、だから、こそ!崩すことが、尊い!」

 

「あぁそうかい。お前はそういう奴だったな!」

 

 

011とドライブの一対一。

011の動きは他の2体の上を行っており、ドライブでさえも先ほどのように圧倒できない。

 

ドライブの渾身のパンチ。しかし、011の腕が完璧にガードする。その強度は金属を遥かに超えており、まるでダイヤモンド。

 

 

()()は健在かよ!それならこっちも…本気で行かせてもらうか!」

 

 

 

ドライブがホルダーから取り外したのは、紫のミニカー。

変身した時と同じ手順でブレスに装填し、再びレバーを上げる。

 

 

《タイヤコウカーン!》

《MIDNIGHT SHADOW!》

 

 

トライドロンから飛び出した紫のタイヤが、ドライブのスピードタイヤと入れ替わる。

紫のタイヤのパーツが展開し、手裏剣のような形に。これがシフトカー「ミッドナイトシャドー」の力を宿した、ドライブタイプスピードシャドー。

 

 

「行くぜ!」

 

 

ドライブが飛び上がると同時に、その姿が分裂。

3人に分身したドライブが、複数方向から011を狙う。

 

体を硬化させて防御を図るも、全身を硬化させるわけにもいかない。必ず隙が生まれる。ドライブはその隙、つまり硬化していない死角を狙い、手裏剣型のエネルギー弾を放った。

 

 

「クっ……!」

 

 

そこに加勢に入る073と093だが、分身して3対3。数の利は消え去っている。

それどころか、ドライブは圧倒的な速度と攻撃力でロイミュードたちを翻弄。

 

 

《SHA!SHA!SHADOW!!》

 

 

レバーを3回上げ、シフトアップ。更に速度と手数を増やし、一気に三体を圧倒。

もう誰にも、ドライブを捉えることは出来ない。

 

 

その時、戦いを見ていたチノのポケットから、何かが飛び出した。

その瞬間、チノの体が突然重たくなる。

 

チノから離れたソレは、ドライブの手元に。

それは緑色のシフトカー「ファンキースパイク」だった。

 

 

「スパイク!?お前、どこ行ってたんだよ!

まぁいいや折角だ。お前の力も借りるぜ!」

 

 

キーを回し、ブレスのレバーをシャドーからスパイクに。

 

 

《タイヤコウカーン!》

《FUNKY SPIKE!》

 

 

今度は緑色の刺々しいタイヤにタイヤ交換。

ドライブはそこからもう一度キーを回し、ブレスの「イグナイター」を押す。

 

 

《ヒッサーツ!》

 

 

それに合わせてスパイクタイヤが高速回転。

待機するドライバーに合図を送るように、ドライブはレバーを上げた。

 

 

《Full Throtte!!SPIKE!》

 

 

超人的な脚力で高くジャンプしたドライブは、タイヤのように自身の体を回転。そこから発射される無数の棘が、3体のロイミュードに痛烈な雨となって降り注ぐ。

 

それにより防御が消え去った瞬間、エネルギーを帯びたドライブのキックが、ロイミュードに炸裂。ダメージ許容限界を超過したロイミュードのボディが爆発四散し、大爆発を起こした。

 

 

爆炎の中で、浮遊する073と093の数字の形をした「コア」が破裂。

体を硬化させて防御力を上げていた011だけが撃破を免れ、銀の翼で飛び去って行った。

 

 

「逃げられた…!けど、これで2体。残りは“105体”……とにかくひとまず、Nice Drive…かな?」

 

 

変身を解いた走大。戦いが終わると同時に、止まっていた世界も元に戻った。

チノの目に映るのは、紛れもないヒーローの姿。

 

 

「正義のヒーロー…仮面ライダー…!」

 

 

街の平和を怪物から守る、正義のヒーロー。

そんなありきたりな彼の戦いが、今再び幕を開けた。

 

 

 

 

_______

 

 

 

「仮面ライダー…お前も来たか」

 

 

青いコートとファーマフラーを身に着けた大柄の男が、ただ一人で呟いた。

研究施設のようなその場所で、彼の手元には「073」と「093」と刻まれた、二つの小さな「墓標」が。

 

彼の名は「ガイスト」。彼こそが、前の戦いでドライブと激闘を繰り広げ、「ベルト」をこの世から消した、最後の一体のロイミュードだ。ナンバーは「002」。

 

 

戦いに敗れた彼は、更なる「進化」を求め、この街に辿り着いた。

全ては、ロイミュードが支配する世界を実現するために。

 

そして、そのために必要な鍵が、この場所に眠っている。

 

 

「さぁ、目覚めの時だ。俺たちの…“最後の家族”よ」

 

 

建物の奥に立つ、大きなカプセル。

ガイストが掌に乗せた、ロイミュードの体の源「バイラルコア」が、吸い込まれるようにカプセルの中へと消えていった。

 

カプセルの内部に吸収されたスパイダーのバイラルコア。

それを号砲に、カプセルが開く。

 

カプセル内部を満たしていた液体が溢れ、その中から一つの体が倒れ込んだ。

ガイストはそれを受け止める。バイラルコアを取り込んだはずのその体は、生まれたままの姿の、少年の肉体だった。

 

 

いや、今まさに、彼はこの世界に生まれたのだろう。

 

 

少年の眼が開く。

ガイストは優しい眼差しで、まるで父親のように、彼に最初の言葉と「名前」を与えた。

 

 

 

「おはよう、108(トーヤ)

 

 

 

 




後半に続く。


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彼を熱くするものはなにか

「よぅ、お前だけでも生き残ってくれてうれしいぜ。011」

 

 

街の片隅にある使われていない倉庫。ガイストは嬉しそうにそこに足を踏み入れる。

その瞬間、倉庫の奥から彫刻刀がガイストに飛来した。

 

 

「挨拶にしちゃ乱暴じゃないか。もしかして鑑賞会の邪魔をしたか?そりゃ悪いことをした」

 

「002…いや、ガイスト。勝手に他人のアトリエに踏み込むなど、実に、相変わらず、理解が足りない奴だ」

 

 

彫刻刀はガイストの指で受け止められ、奥から一人の痩せこけた男が現れる。その男はうんざりした様子で姿を変えた。仮面ライダードライブが倒し損ねた、ロイミュード011だ。

 

 

「まぁ、いい。ところで、後ろのソレは、何だ?」

 

「あぁそうだった、コイツの紹介に来たんだった。俺たちの新しい家族だ」

 

 

ガイストの後ろに隠れていたのは、中学生から高校生くらいの少年。少年は011を前に、慣れない様子で口を開き、声を出した。

 

 

「……トーヤ…」

 

「それは『名前』か?新たな進化態、ということか」

 

「いや、これは誕生日プレゼントで俺が付けた。いい名前だろ?」

 

「なるほど、それは道理だ。やはり、お前は、理解が足りてない。

不愉快だ。その『半端者』、二度と、俺の前に見せるな」

 

 

011は少年―――トーヤに指の銃口を向けた。脅しではなく、本気で殺意があったのはガイストにも伝わっている。だがガイストは011の手を下ろさせ、諭すように言葉をかける。

 

 

「そう言ってやるな。いずれコイツは、俺たちロイミュードの希望となる」

 

「妄言は、聞き飽きた。それよりも、他の奴らの進化は、まだか。

すぐにでも『約束の数』を集め、俺は、東京に置いてきた作品たちを迎えに、行かねばならない…」

 

「『進化態プログラム』の適応に時間がかかっている奴らも多い。でもすぐに俺たちに追いつくさ。気長に待とうぜ、なぁ()()()()()

 

 

 

ガイストはトーヤを後ろに下げ、倉庫に飾られた彼の『作品』に目をやる。

それは悲痛の表情を浮かべた、少女たちの彫像だった。

 

 

 

_________

 

 

 

木組みの街に赴任した警察官、栗夢走大。彼の正体は機械生命体ロイミュードと戦う、仮面ライダードライブだった。そんな彼の正体を目撃してしまったチノは、戦いの後に交番まで連行されていた。

 

 

「私、捕まるんですか…!?走大さんの秘密、見ちゃったから口封じに…!」

 

「発想がマッドだな女子中学生。そう身構えなくてもいいよ、ただ見られたからには放置ってわけにもいかないから」

 

 

警戒は解かないままのチノは、交番の奥に連れ込まれる。

生活感が見える部屋で、交番というより駐在所が正しいか。走大はここで生活をしているらしく、私物も多い。私物が多いというか、部屋中ケースに入った高そうなミニカーだらけで交番を私物化しているのが分かりやすい。

 

 

「交番……?」

 

「コレクターの性なんだから仕方ないだろっ!ほらチノちゃん、こっち」

 

 

部屋の更に奥に、下に続く階段が。

そこを降りるた先のゲートをくぐると、狭い交番からは考えられない広さのメカニックな空間が広がっていた。

 

 

「ここは…秘密基地ですか…!」

 

「そ、ドライブピットってんだ。にしても重加速の中で動けてるの変だとは思ったけど、やっぱりスパイクの奴が勝手やってたんだな」

 

 

さっき011に襲われた時、重加速の中でもチノが動けたのは「ファンキースパイク」というシフトカーがチノのポケットに入り込んでいたかららしい。シフトカーにもそれぞれ性格があり、スパイクは気分次第でフラフラして困っていると走大がぼやいていた。

 

そんなスパイクは「ジャスティスハンター」というパトカーのシフトカーの見張りの下、小さな檻に閉じ込められている。

 

走大はスパイクの檻を軽く叩くと、ドライブピットの中央にある赤い車に手を乗せ、チノに視線を向けた。

 

 

「よし、本題に移ろうか。君はうっかり俺たちの戦いを見ちゃったワケだけど…」

 

「そうです!あのロボットや遅くなったのはなんなんですか!走大さんが変身したのは一体…」

 

「Be cool、それを話すためにここを明かしたんだ。まず約束だけど、ここで聞いたことは他言無用で頼むぜ」

 

 

一度口元に指を立てると、走大はチノに彼の秘密を明かした。

ロイミュードの事、仮面ライダードライブの事、つい最近ロイミュードがこの街に拠点を移した事。一片でも知られたからには、全て話すのが礼儀だ。

 

 

「信じられません…この街にあんな怪物が100体以上いるなんて…それに、あのロイミュードはシャロさんを狙ってました!それに、姿を真似れるなら街のみんなが危ないです!早くこのことを知らせないと……!」

 

「いや、それはダメだ」

 

 

怯えて焦るチノ。だが、その口から出るのは自分より他人の心配だ。しかし、走大は即座に彼女の言葉を否定した。

 

 

「なんでですか!?急がないと、ロイミュードが暴れだしてしまったら…」

 

「他言無用って言ったろ?奴らにとっても人間は有用。この街から皆で脱走でもしない限り、無暗に襲ったりしない。それより一番恐れるべきなのは、『ロイミュードの事を知られて疑心暗鬼に駆られる』ことなんだ」

 

 

それを聞いて、チノは面食らった表情を見せた。

人間の姿も記憶も真似られる怪物。そんなのを知ってしまえば、周りを疑わずになんていられない。

 

隣にいる彼がロイミュードかもしれない。そんな考えが波及し、街が滅茶苦茶になるには時間はかからないだろう。そんなものを、とても平和なんて呼べない。

 

 

「ごめんな、厳しいこと言っちゃって」

 

「…いえ、私が浅かったです」

 

 

そうなると、今度は悔しくて仕方がない。

チノはこの街で育った。この街が好きだ。ココアが、リゼが、シャロが、千夜が、マヤが、メグが、この街に生きるみんなが大好きだ。

 

だからこそ、木組みの街の危機に自分は何もできないのが、その小さな体には収まりきらないほど、悔しいのだ。

 

 

「走大さんは…すごいです。仮面ライダーになれて。戦えて。みんなを守る、正義のヒーローですね」

 

「正義のヒーロー…か」

 

 

悔し紛れと嫉妬と憧れ、そんな感情が混じった言葉だった。

しかし、走大はその賛辞を受け取りたくない。そんな様子だった。

 

 

「また言葉を返すけど、俺は…正義のヒーローには成れない。成っちゃいけないんだ」

 

 

その言葉の真意が分からないまま、全てがひっくり返ったその日は終わった。

 

 

 

______

 

 

 

仮面ライダードライブとロイミュードの事は、口外してはいけない。

その言いつけは守るのだが、あの衝撃的な出来事を忘れろと言われてもそれは無理と言うものだ。

 

チノはどうしても不安で、ついシャロの働くフルール・ド・ラパンまでやって来てしまった。

 

 

「珍しいわね、チノちゃんが一人でウチ来るなんて。ラビットハウスはどうしたの?」

 

「いえ、ちょっと…えっと…紅茶の気分だったんです!

お店は……ココアさんに任せてきました…」

 

「本当に珍しいわね!それ大丈夫なのっ!?」

 

 

シャロに言われて今思うと、早まった判断な気がしてならない。

ココアは揚々と「お姉ちゃんに任せなさーい!」と言っていたけど、最悪帰ったら店が爆発しているかもしれない。

 

流石にないと思うが、こんな冗談が少しでも現実味を帯びるのだから、あの自称姉は凄まじい。

 

 

「そ…それよりシャロさん。最近、少し物騒と聞きます。なにか…んーっと…不審者が出たり…って」

 

「そうなの?まぁ確かに。変な事と言えば、昨日はお店で体が急に重くなったけど…あれ何だったの…?」

 

 

チノが思わず顔に出る程度にドキッとしてしまう。

昨日、ロイミュードを目撃したのはチノだけ。重加速の当事者たちは、あの一件を何かの怪奇現象だと騒ぎ立てただけだった。

 

 

「と…とにかく。シャロさんはお嬢様っぽいから、特に気を付けなきゃダメですっ!」

 

「お…お嬢様っぽい…?」

 

「あんまり外も出ちゃダメです!なんならウチに泊まってください!バイトもお休みしてください!給料なら私が出しますから!」

 

「何もしなくてお給料が…ってダメよ!

チノちゃんどうしちゃったの。心配してくれるの嬉しいけど、今日のチノちゃんちょっと変よ?」

 

 

やはりダメだ。ロイミュード011がシャロを狙っていたのは明白なのに、それを伝えようとしても危機感の温度差が埋まらない。

 

シャロを一刻も早く保護しなければいけない。いっそ言いつけを破って、シャロだけにロイミュードの事を話すべきなんじゃないだろうか。というか、この期に及んで走大はどこで何を……

 

 

(走大さん……!?)

 

 

いた。普通にいた。

いや、チノはすぐにそれを撤回した。普通では無かった。

 

チノがふと窓に目を向けると、その先にサングラスと帽子で変装した姿の走大が隠れていた。アンパンと牛乳瓶に入った水を持って、じっとこちらを観察している。張り込みのつもりだろうか。

 

 

走大もチノに気付いているらしく、すごい圧で「言っちゃダメ!」とジェスチャーをしてくる。というか、そこまでするなら店に入ってくればいいのに。

 

 

「…チノちゃんの言う通り、気を付けるわね。特にストーカーとか」

 

「え…あ、お願いします」

 

 

シャロも走大に気付いたようで、早速ストーカー認定されたようだ。あの格好なら無理もない。

 

何だか予想しなかった方向で、シャロに危機感を持たせることには成功した。

 

 

 

_______

 

 

 

「チノちゃん言ってないだろうな…!シャロちゃん無事でよかったけど…」

 

 

ストーカー認定されているとも知らず、警戒心の高まったシャロの観察を続ける走大。しかし、しっかりと監視しながらも違和感を覚えていた。

 

 

「遅い…011がもう襲いに来てもおかしくないはずなのに…」

 

 

011が東京で起こした事件は、女子高生連続誘拐事件。その被害者は18人にも上る。そして捜査の末に見つけた奴のアジトからは、被害者たちの「彫像」が発見された。驚くことにその彫像からは脳波が検出され、彫像の正体は「生きたままの人間」であることが判明した。

 

011は物質の材質を変化させる能力を持つ。その力を使い、人間を彫像に変えていたのだ。事件は011の撃破で終わったが、コアは破壊出来なかったため、その彫像は未だ警察が厳重に保管している。

 

コピー元の人間は未判明なままだが、この事件を経て011の癖の強い性格は理解していた。彼は芸術家気質の精神的潔癖症。獲物を取り逃がしたとなれば、すぐにでも奪還しに現れるはずなのだが…

 

 

「…何か見落としてる気がする。致命的な何かを…」

 

 

かつて共に戦った「ベルト」が、こんな事を言っていた。

 

 

『ロイミュードの真の恐ろしさは『進化』だ。それを可能にするプログラムは、ある街に隠してある。それに気づかれる前に、私達でロイミュードを殲滅するんだ』

 

 

しかし、走大は彼の期待を裏切り、最後の戦いまでロイミュードのコアを破壊できる「赤いドライブ」に成ることは出来なかった。その結果、木組みの街にまで危険が及んでしまった。

 

そもそも「進化」とは何だ。ただ人間の悪意をなぞれば辿り着くものなのか、学んだ感情を満たせばいいのか。そうなると011の求める感情は「芸術欲」ではないのか。

 

 

「…俺が止めてやる。俺一人でも…絶対に」

 

 

まずシャロを襲いに来ない理由が知りたい。そのためには、こんなところで監視しているより店に入るのが手っ取り早いのだが…

 

 

「……もうちょっと観察してから入ろう。そうしよう」

 

 

栗夢走大 24歳。交際経験無し。女性への免疫無し。

この男、フルールに一度入ったっきり、衣装の刺激が強くて店に入れないのである。

 

 

 

______

 

 

 

今日の捜査が終了。情けないことに、走大はフルールに入ることが出来なかったが、シャロが襲われることも無かった。

 

しかし、その間にまた一人が行方不明になってしまった。

美少女、働いている、18歳以下、条件は一致している。ほぼ間違いなく011の犯行だ。

 

 

「…クソっ……!」

 

 

被害にあったのは葉切(はきり)(さくら)という新聞配達の学生バイト。

 

この街で攫われたのは、レストランで働いていた瀬良(せら)阿里紗(ありさ)、喫茶店でバイトしていた浜里(はまり)ミコト、塾のバイトの荷稲(かいな)紫亜(しあ)に続いてこれで4人目。東京の事件も合わせると22人も被害が出ている。

 

 

「011の性格を見誤った…これが焦りすぎた結果か。でも…急がなきゃダメなんだ。ベルトさんが愛したこの街を、今度こそ俺が……!」

 

 

周りに何も見えない、真っ暗な道。

その中心にただ一人。目的地さえも分からない。その先に一つだけ光り輝くのが「正義」。

 

でも、それを追ってしまったら最後だ。その光に当てられれば道を間違っても気付くことは無く、今度は眩しさで何も見えなくなり、果てには身を焦がす。それが戦うということだ。警察として、仮面ライダーとして、そうにだけはなってはいけない。

 

だから、走大は正義を名乗らない。

 

 

今の走大は、真っ暗な道で一歩も動けていない。正義の光から目を背け、踏み外す恐怖と動けないことの焦燥に心が蝕まれていく。

 

走大が戦ってこれたのは、彼が導いてくれたから。

彼を助け、支え、共に戦った「ベルト」は、もう居ない。

 

 

 

「…お疲れ様です」

 

 

その声と香ばしい匂いで、走大が顔を上げた。

 

 

「チノちゃん…と、コーヒー?」

 

 

走大の言葉の通り、ドライブピットにいつの間にか訪れていたチノが、走大の顔の前にコーヒーを運んでいた。ここがラビットハウスかと錯覚してしまいそうな空気だ。

 

 

「…いや。なんでチノちゃんが?あ、そういえば昼前に…」

 

「シャロさんには内緒のままです」

 

「あそう、てっきりバラした事を相談しに来たのかと…じゃあ猶更なんでここに?」

 

「この状況でわかりませんか?私はただ、走大さんにコーヒーを淹れに来たんです。お父さんからコーヒーメーカーを借りてきました」

 

 

いつもの起伏の少ない表情だが、ドヤ顔しているのは分かった。

しかし、それを聞いても顔に疑問符を浮かべている走大に、やれやれとチノが息を吐き出す。

 

 

「走大さんが凄いのは私にもわかります。でも、無理してるのだってわかりますよ。さっきもずっと考えこんでて、心配するのも当然です」

 

「心配……か…」

 

「走大さんは街のために戦ってくれます。走大さんは否定したけど、私にとっては正義のヒーローなんですっ。だから…私も力になりたいんです」

 

 

だから走大を元気づけるため、コーヒーを淹れた。走大はようやくその事を理解し、顔を伏せて「あぁ…」と声を漏らした。

 

再び顔を上げた走大は、緊張の解けた表情だった。

「力になりたい」、その一言で途端に体が軽くなった気がした。

 

 

「チノよ。この男はコーヒーが苦手なのではなかったか?」

 

「あ…そうでした!すいません走大さん…」

 

「別に嫌いなわけじゃないんだ。ただ、一人でちゃんとしなきゃって思うと…どうも飲む気になれなくてさ。というか今の腹話術?えらくダンディーだったけど」

 

 

そう言う走大の表情は、昨日サボっていた時よりも柔らかかった。

 

ずっと気を張っていた。この街に来てからずっと、一人で戦うしかないと思っていた。それがどうしても怖かった。

 

「やはり君は一人じゃ何もできない」って彼が見たら笑うだろうか。

いいさ、それでも構わない。一人じゃないって知るだけでこんなにも軽くなるなら、俺はもっと速く走れる。

 

 

「…って、それ何?」

 

「あっ…これはフルールのチラシです。お店で貰ったのをポケットに入れたままでした」

 

 

走大はチノのポケットからはみ出る紙切れを指さし、それを広げて見せてもらった。「心も体も癒します」がキャッチコピーのフルール・ド・ラパンのチラシだ。

 

 

「やっぱどう考えてもいかがわしいよな…入りづらいったらない。裏面には店員の顔写真と名前付きだし、絶対確信犯だよ取り締まってやろうか。あ、でもこの名前のとこ、これじゃ……」

 

 

チラシを見て、何かに気付く。

その瞬間。走大の記憶がパズルのピースのように意識を飛び交い、組み上げられていく。

 

 

『011が狙うのは働いている少女』

『011はシャロに興味を無くした』

『この街で攫われた4人の少女』

『進化に必要な感情』

『理解が足りていない』

 

『コレクターの性なんだから仕方ないだろっ!』

 

 

「繋がった…!」

 

 

チノのお陰だ。力を抜いて視野が広がったからこそ辿り着けた真実。

そうなると、011を捕えるには少し情報が必要だ。だが、011討伐までの道筋はほぼ見えた。

 

次に走大が掴んだのはチノの手。この作戦を成功させるには、彼女の力が必要不可欠だ。だから、走大は新しい「仲間」に誠心誠意の言葉を投げかける。

 

 

「頼みがあるんだ…()()

 

 

 

______

 

 

 

翌日。

走大の頼み通り、チノはチラシを持って通りに立っていた。ただし、若干普段より可愛らしい姿で。

 

 

「…これ本当に必要なんでしょうか…?」

 

 

ラビットハウスの制服ではなく、フルールのような若干際どい服。しかも何故か名札付き。出る前にココアからは「可愛いよっ!大丈夫!」と言われたけど不安だし恥ずかしい。

 

しかも配っているチラシは「Rabbit Horse」の誤字を直し忘れていたため、更に恥ずかしい。

 

しかし、やめるわけにもいかない。

「危険な役目だ。でも、絶対に俺が守る。だから力を貸してくれ」。走大はそう言ったのだ。

 

 

「そんなこと言われたら、断れるわけないじゃないですか…」

 

 

何より、チノが力になれる好機だ。彼女だって協力できることなら努力を惜しむつもりはない。小声ながらも頑張ってチラシを配る。

 

 

 

「………いい」

 

 

その声を零したのは、痩せこけた前髪の長い男性。その視線も興味も、間違いなくチノへ向けられている。

 

 

「ラ…ラビットハウスをよろしくお願いします…」

 

「いいや。素晴らしいのは、君だ。

決めた…君は、『水晶』だ」

 

 

手が伸ばされて、チノはその「悪意」を察した。

一瞬で指先にまで恐怖が広がる。叫びだしたくなるその感覚は、前にロイミュードと対峙した時と同じ。

 

 

 

「君は水晶?酷い口説き文句だなそいつは」

 

 

男の腕を掴む、別の腕。走大だ。

あの時とチノの恐怖は同じだった。でも、今はすぐそばに頼れるヒーローがいる。

 

 

「貴様、仮面ライダー…!」

 

「隠す気は無いみたいだな011!」

 

 

その男、011の人間態は誤魔化すこともせず、引きつった顔で走大を睨み付ける。ここに走大がいるということは、011はまんまと彼の罠に掛かったということだ。その事実が011に激しい屈辱を抱かせる。

 

 

「…何故、だ。俺の狙いが、何故分かった…!?」

 

「知りたいんだったら教えてやる。

まず、お前はシャロちゃんに興味を無くした。それが『いつ』だったのか、そいつは俺が思っていたよりも早い…そう、最初にシャロちゃんを襲った時。厳密に言えば『シャロちゃんの名前が呼ばれた時』だ」

 

 

スーパーマーケットにロイミュードが襲撃に来た時、重加速を免れていたチノがシャロの名前を叫んだ。その時、011は何故か動きを止めていた。

 

 

「その理由はこのフルールのビラを見て分かった。お前もこれを見たんだろ?このビラには店員の名前が漢字表記で書いてあるが()()()()()()()。お前はシャロちゃんの『紗』を『さ』と誤読していたんだ!」

 

 

シャロのフルネームは漢字で書くと桐間紗路。

被害者にいた瀬良亜里紗は、シャロと同じ「紗」の字で「さ」と読んでいた。011にとってそれが記憶に残っているはずだ。誤読しても不自然ではない。

 

 

「だからお前はシャロちゃんをターゲットから外した。何故なら、被害者の中に『紫亜』がいた。お前は既に『し』は持っていたからだ」

 

「貴様、そこまで…!」

 

「お前の進化のための感情は『芸術欲』じゃない。慢性的な犯行に見えて、そこには確かなゴールがあった。お前の目的は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまりアーティストじゃなくてコレクター、『収集欲』だ!」

 

 

東京での被害者の名前を確認したところ、見事に頭文字がバラけていた。シャロを諦めた直後に「桜」という女性をさらったのも、逃した「さ」を手に入れるためだろう。

 

あとは011が見たフルールのチラシが配られていた場所、他の被害者の職種や職場などを考えて調査すると、よく店のチラシ配りが行われているこの通りが浮かび上がった。

 

そして、まだ「ち」の被害者がいないことを確認し、これまで攫われた女性の傾向を考えてチノをコーディネート。確実に011が食いつくような条件を完璧に揃え、狙い通りこうして011は現れた。

 

 

「無粋、極まりない…!人間の女性とは、大人と、子供の、その違いに大きく隔てりが、ある。まるで変態する、昆虫のように。その境界にある、儚く尊い美しい女性、それを、品定めする格好の聖地を…汚すような真似を…!」

 

「やっぱり、お前の感性はどこか評論家寄りだ。だからこそ分かったんだ。同じコレクター同士だからその違和感に気付き、お前に辿り着いた。

どうだ?理解は足りてたか?」

 

「黙れ、この、冒涜者が…!!」

 

 

男が怒りを露にし、ロイミュード態へと姿を変えた。

更にもう一段階姿が変わる。石膏像のような頭部と胸部に、左腕。それ以外の箇所は機械的ではあるが、まるでスーツで正装をしているよう。そして左目のモノクルと右腕の彫刻刀のような装備で、その姿は完成する。

 

 

「俺は、スタチュー…!その少女は、水晶にして、必ず回収する。貴様は木像だ。粉にした後、兎のエサにでも混ぜてやろう」

 

「上等。なら俺も表明だ。お前のコアを砕いて、彫像にされた全員を救い出す!」

 

 

走大は言い切ると、持っていた紙コップのコーヒーを一気に飲み干した。これはチノに用意させたものだが、この期に及んで何故とはチノも思った。

 

しかし、これは彼の決意の証だ。

彼は彼らしく、己のやり方でこの街を守るという、決意の。

 

 

「Fire my engine!ゴールは見えた!全速全霊でぶっち切るッ!!」

 

 

走大のギアが入った。それも、エンジンは一気に灼熱に。

ドライブドライバーを装着してキーを回し、シフトスピードをブレスに装填。

 

 

「変身!」

 

《DRIVE!》

《type-SPEED!》

 

 

スタチューは重加速を展開し、走大は飛来したタイヤを装備しドライブに変身。間髪入れずにスタチューに拳を叩き付ける。

 

 

「ぐあァっ!」

「まだだ!」

 

 

《SP!SPEED!!》

 

 

材質変化による防御が間に合わず、吹っ飛ぶスタチュー。

ドライブは更にそこからシフトアップし、飛んで行くスタチューに追いつくと顔面を強打。防御の体勢に入らせない速度で連撃を浴びせる。

 

がしかし、胴体に決めた一発でスタチューの体は激しく吹っ飛び、ドライブの視界から消えた。スタチューが攻撃の寸前に体の一部をゴムに変化させ、攻撃の反動で距離を取れるようにしたのだ。

 

 

「逃がすか!」

 

 

すぐに追いかけた先は、公園の噴水。

噴水の中でドライブを待ち構えるスタチューは、ドライブの動きに合わせて足元の水をかき上げ、壁を作る。

 

水のカーテンは能力で鋼鉄に変化し、本当の壁となってドライブの攻撃を阻む。

 

能力が解除されると、今度はスタチューが手に含んだ水を投げつけ、水は瞬時に鋼鉄に。ロイミュードの腕力で放たれた鉄の雫は、弾丸の速度を優に超える。

 

 

「くっ…能力が強くなってやがる!これが進化態か!」

 

「その、通りだ。つまるところ、貴様は理解が、足りなかった。貴様に勝ち目は、無い」

 

 

隙をついてドライブが攻撃しても、既に全身の硬化が完了しているためダメージが通らない。スタチューに時間を与えればこうなることは想像していたが、予想を大きく上回っている。

 

攻撃を受けながら、ゆったりとスタチューは右腕の武装を振り上げ、猛スピードで振り下ろす。

 

すんでの所で避けるドライブだったが、その斬撃は背後の木を縦に一刀両断する破格の切れ味を見せた。

 

 

「避けたか。今度は、上手く避けられるか」

 

 

次に繰り出されるのは、鋭い突き。

またもドライブはギリギリで回避。向こう数メートルの木が綺麗に三角に抉り取れた。

 

最初は平刀、斬りは切り出し刀、突きは三角刀。腕の彫刻刀の形状を、攻撃に合わせて変形させている。これが進化で得た能力だとするなら、考えていたよりずっと進化態の脅威は深刻だ。

 

 

「あぁ…何も問題ねぇ。俺だって進化する!仲間と共に!一人じゃなけりゃ、お前らなんか余裕で追い越してみせる!」

 

 

チノは力を貸してくれた。彼女だけじゃない。深く考えなくたって()()()共に戦う仲間だ。

 

 

「Come on!シフトカー!」

 

 

ドライブが掴んだのは、リムジンのシフトカー「ドリームベガス」。

しかし、ロイミュードもシフトカーの危険性は理解している。スタチューは迷いなく土を掴み、鉄に変化させてドライブへと放った。

 

投げた土の一部を火薬に変化させることで、着弾と同時に爆破。ドライブは爆炎に飲み込まれたが…

 

 

《タイヤコウカーン!》

《Dream Vegas!》

 

 

ドライブの両手の「ドラムシールド」が攻撃を完全に防いだ。銃弾は跳ね返し、エネルギーは吸収する、驚異的な防御性能のドライブ最強の盾だ。

 

先ほど余波だけで木を抉った突きさえも、ドラムシールドは受け止める。

が、ベガスの真価は防御では無い。

 

 

「運試しと行こうか!」

 

 

ドラムシールドがタイヤと合体し、ドライブの体に3列のスロットが形成。スロットは高速回転し、走大の意志でピタリと止まった。

 

現れた文字は「777」。

 

 

「Jackpot!大当たりだ持ってきな!」

 

 

タイヤからコインが大量に噴出。スタチューにダメージこそ入らないが、コインの激流はスタチューの体を最初の通りまで押し流すのに十分だ。

 

 

《Massive Monster!》

 

 

次はマッシブモンスターに交換。破砕武器「モンスター」で、コインで体勢が崩れたスタチューに次々と追い打ちをかけ、遂には硬質化した体に亀裂が入った。

 

だが、スタチューも黙ってやられはしない。

ゴム化させた左腕を伸ばし、ドライブの足首を掴んだ。すぐに振り払うも、触れられた場所から宣言通り木材に変わっていく。

 

 

「木彫り仮面ライダーだと?冗談じゃねぇ!木彫りは熊で十分だ!来い、キャブ!」

 

《タイヤコウカーン!》

《Dimension Cab!》

 

 

タクシーのシフトカー「ディメンションキャブ」は、空間操作のスペシャリスト。

タイヤが真ん中で分裂し、それに合わせてボディも分離。下半身と左腕は完全に木像になってしまったが、上半身と右腕は分裂したタイヤと共に健在だ。

 

 

「姑息な、手品だ。馬鹿げた、能力を…!」

 

 

上半身をタイヤの中の亜空間に収納し、スタチューの攻撃を躱しながら地を這って接近。背後に回り込んでスタチューの体を這い上がり、胸の高さに到達したところで上半身を出し、右腕で連続パンチを浴びせる。

 

その場所は、ベガス、モンスターで集中攻撃したヒビの入った箇所。傷口に塩を塗るのと同義となった攻撃は、ようやくスタチューにダメージを与えた。

 

 

「ぐあ…ァ…っ!そんな、はずは…!」

 

 

分かれたボディを元に戻すと、木像となっていた下半身も戻っていた。前の戦いで分かっていたが、材質変化が定着する前にダメージを与えることで、能力は解除されるのだ。

 

 

「ふざけるな…俺の、崇高な、美の追求を…!それが、人間の正義とでも、言うのか!反吐が出る…!!」

 

「正義なんて守るつもりはないさ。俺たち警察が守るのは、いつだって街の人々だ!さぁ、お縄につけスタチューロイミュード!」

 

 

《タイヤコウカーン!》

《Justice Hunter!》

 

 

ジャスティスハンターにタイヤコウカン。苦し紛れのスタチューの斬撃を「ジャスティスケージ」で見事に防ぐと、スタチューに触れられる前にケージを投擲。

 

ジャスティスケージはスタチューの頭上で鉄格子を展開し、檻を形成してスタチューを閉じ込めた。

 

脆い材質に変えて脱出を図るも、ジャスティスケージの売りは強度ではない。この檻は触れた傍から高圧電流で投獄者を制圧する、脱出不能の電磁檻だ。

 

 

《タイヤコウカーン!》

《Max Flare!》

 

「トドメだ!」

 

 

燃え盛るタイヤ「マックスフレア」にタイヤコウカンすると、キーを回してブレスのイグナイターを押し、スタチューの反対方向に駆け出した。

 

ドライブは一本道の通りの端まで移動すると、身をかがめ、遥か遠くのスタチューに狙いを定める。

 

 

《ヒッサーツ!》

《Full Throttle!!Flare!》

 

 

レバーを上げると、ドライブとスタチューの間の道に、無数のタイヤの対が出現。

 

フレアタイヤが炎を噴出させ、高速で回転。ドライブは拳を握り固めて熱いエネルギーを宿す。そして、ドライブが走り出すと同時に二つのタイヤが体を挟み込んで、ドライブを弾き出して一気に加速させた。

 

それを複数回繰り返し、数秒と経たず残像を残す程に加速する。

燃え上がって一直線に駆けるその姿は、車でも銃弾でもなく、隕石と呼ぶに相応しい。

 

 

「おらぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

追突の寸前にジャスティスケージが消滅。超絶速度で迫ったドライブは、寸分の狂いも無く、スタチューの傷に炎を帯びた拳を叩き込んだ。

 

 

「認め、ない…!俺の、俺だけの、芸術が、こんなところで……!」

 

 

二つの焦げたタイヤ痕が残る通りの真ん中で、スタチューは屈辱の断末魔を上げる。ドライブの一撃で砕かれたボディは存在を維持することが出来ず、凄まじいエネルギーを放出して爆散した。

 

煙と共に浮かび上がる、011のコア。

火花を散らして破裂したコアと、隠れていたチノに向けたドライブのサムズアップが、この街の最初の事件を締めくくった。

 

 

 

_______

 

 

こうして事件は終結。彫像になっていた人々は元に戻り、011のアトリエから自力で脱出し、東京で保管されていた彫像たちも人間に戻ったと報告があった。

 

 

「ええっ!?コーヒーを飲んだら性格が変わる!?」

 

「そうみたいです。コーヒーじゃなくても色々変わって困るそうです」

 

 

コーヒーを意地でも飲まない男性客。その真相をチノから聞いたココアは、声を上げて驚いた。

 

ラビットハウスの一角で、走大は思わず目を逸らす。

この際にと正直に白状したのだが、走大は飲み物で性格というかテンションが変わるトンデモ体質。コーヒーだとテンションが上がり熱血になる。スタチューとの戦闘も、そう言えば口調が激しかった気がする。

 

 

「そうすると、チノの推理は割と当たってたんだな。ほら、シャロと似てるって言ったろ?」

 

「じゃあ、コーヒー以外を飲んだらどうなるか、チノちゃん知ってる?」

 

「いえ。聞いても教えてくれないんです。恥ずかしいとかなんとかで」

 

 

そんな会話が聞こえ、リゼ、ココア、チノの好奇の目線が刺さる。

 

 

「ちょ…何考えてるの。やめてよ…?」

 

「よしココア!ミルクを持ってこい!あと紅茶もだ!」

「サー!」

「ちょおおおおい!?ココアちゃんストップ!人の体質で遊ばないでくれませんか!?」

 

「冷蔵庫に野菜ジュースが残ってます。持ってきますね」

「チノまで何やってんだ乗っかってないで止めろ!」

 

 

わちゃわちゃし始めたラビットハウスで、ココアがその一言にピクリと耳を動かす。

 

 

「あれ?チノちゃんは呼び捨てなんだね」

 

「あ…っと。それは…色々と…」

 

「走大さんと私だけの秘密です。秘密の、仲間の証です」

 

 

上手く説明できない走大だが、チノが少し笑いを含んだ声でそう言った。「ずるいー!」とココアが漏らす不満を聞き流すチノは、いつになく自慢げだった。

 

 

 

______

 

 

 

スタチューとドライブが繰り広げた激闘。

それを見ていたもう一人の存在。ロイミュードの少年、トーヤだ。

 

ロイミュードの支配する世界を脅かす仮面ライダーという存在を認識した。そしてもう一つ、スタチューが発した重加速。あれを浴びた時、漠然と理解した。

 

あれは自分にもできる、と。

 

 

「じゅう…かそく…」

 

 

手を伸ばし、掌を広げる。

トーヤの掌から放出された波動は辺りを包み込む。いや、「辺り」どころではない。

 

 

 

「っ……!?」

 

 

ラビットハウスにいた走大たちも、その波動を感じた。

体がズシンと重くなる感覚。チノには覚えがある、重加速だ。

 

それが続いたのは僅か数秒。警戒しても、近くにロイミュードがいる気配はない。

 

 

「何だったんだ…今の…!?」

 

 

思い過ごしで済ませてはいけない。そう直感が告げていた。それほどに鮮烈で鮮明な、途轍もない胸騒ぎ。

 

 

その走大の予感は的中していた。

ラビットハウスだけではない。あの数秒だけ、トーヤが発した重加速は()()()()()()()()()()()()()()()

 

この静止した僅か数秒が、街のすべての人々の記憶に重加速の存在を刻み付けた。

 

 

 

そして、その波動を受け取った者たちは、人間だけではない。

 

 

「さっきの…スタチューくん死んじゃったなら、まさか?」

 

「あぁ。俺の息子の仕業だ。すげぇ奴だろ、アイツはよ」

 

 

スタチューの死を惜しみ、ガイストはあるロイミュードを訪ねていた。

スマホを弄る少年の姿をした彼は、ロイミュード004。

 

 

「そうだ004.お前もアイツには興味があるだろ?()()()()()()()()()()()()()()の、トーヤには」

 

「やっぱりそうか。彼の情報は嬉しいけどさ、対価に何を要求するわけ?」

 

「そんなつもりは無かったんだがな…まぁ、聞いてくれるんなら頼みくらいはあらぁ。

 

お前ならできるだろ?108(トーヤ)を、仮面ライダーにしてくれ」

 

 

 

新たな仲間を得て、一つ目の事件を突破した仮面ライダードライブ、栗夢走大。

その新たな戦いは始まったばかり。そんな彼の背後には、

 

「黒きドライブ」の存在が、すぐそこにまで迫りつつあった。

 

 

 

 




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歌舞く鬼

※注意
これは本作品響鬼編で扱った、「響鬼×いぬぼく」の物語の一部を切り取ったものです。






















Access…[Archive 2005]

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時代は戦国から江戸に移り変わる、そんな世。

世界の変化を意識に留めることも無く、裸足で闇夜を駆け抜ける影が『獣の姿』から『人の姿』へと変容した。

 

 

「…腹減ったな」

 

 

丸い眉と黒髪の、やせ細った少年。

彼は『犬神命』。妖怪『犬神』を先祖に持ち、その形質を受け継いで生まれた半妖の存在。犬神の『先祖返り』である。

 

先祖返りは家の繁栄を呼ぶと言われ、いわば縁起物、家具のように扱われることも多い。そんな風習により、彼は生まれて一度も自分の意思で外の世界を見たことなんて無かった。

 

 

だから命は家から脱走した。

追手から逃げ、人から金品や食物を奪う毎日。脱走したところで、自由なんて何処にも無かった。

 

 

「今夜の飯は…アイツから巻き上げよう」

 

 

先を考えずに山奥にまで逃げてしまったが、幸運にも人影が見えた。

犬神の姿に変身すると、命は唸り声をあげてその人物へと飛び掛かる。

 

 

「お前さん、先祖返りか。こりゃ面白いもん捕まえた」

 

「……は…!?」

 

 

気付けば命は組み伏せられていた。

何も食べていない命に抵抗はできない。ただ反抗の意志を表情に出し、その人物を睨み見上げる。

 

先祖返りである命に対し、弱者を見る眼。腹の内から感じる獰猛さ。腕から伝ってくる、世を生き抜くに足る大きな力。

 

その男は、まるで山犬のような奴だった。

 

 

 

「……で、お前さんどっから来たよ。家から逃げてきたクチか?」

 

「うっせぇ…おまえに関係無いだろ」

 

「飯食わせてやってんだぜ?話くらいしろってんだ…ったく」

 

 

その山犬のような男は、命を捕まえると持っていた握り飯を振舞った。ただし、逃げないように縄で縛りながら。

 

この男は何なのだろう。先祖返りを知っているかと思えば、家に差し渡すこともないから追手でもない。かといって逃がすわけでも無い。意味不明だ。

 

 

「俺ぁカブキ。鬼ってやつだ」

 

「鬼…?なんだそれ。おまえも先祖返りかよ」

 

「違うさ。似たようなもんだけどなぁ、従妹みたいなもんだ仲良くしようぜ」

 

「…わけわかんねぇ」

 

 

その後、一晩逃げる隙も無く。命の生殺与奪はカブキが掌握したまま再び日が昇った。

 

 

「おいなんだよ!放せ!俺を何処に連れてく気だ!」

 

「うるっさいうるっさい。ほれ着いたぜ」

 

 

命が連れてこられたのは、山奥に佇む小屋だった。

その庭で薪を割っていた一人が、帰ってきたカブキに駆け寄って来る。

 

 

「お師匠様…よかった…昨日帰ってこなかったから…心配で…」

 

 

前髪で顔も見えないような少女は、弱弱しい声でカブキの帰還を喜んだ。

しかし、庭にいるもう一人の人物は、少女の声を掻き消すように力いっぱい薪を割る。

 

 

「俺は別にどーでもよかったけどな!オマエが居ない分、飯が沢山食えて最高だったぜ!」

 

「え…でも彦匡さま…昨日はご飯に手も付けてなかった気が…」

 

「うるせーよツクモ!食ったよ!オマエが見てねぇ所でたらふく食ったんだよ!心配で飯が喉通らなかったみたいに言うんじゃねぇ!」

 

「よしよし、おめぇらが俺の事を好いてるのはよーくわかった!ほれ、頭なでてやっからこっち来な」

 

「誰が行くか!つーか誰だよそのチビ野郎!」

 

 

小屋に居たのは不気味な女と喧しい男。男の方はチビ呼ばわりまでしてきた。うざったい事この上無い。

 

だが、犬神の力で鼻が利く命は、彼らの正体を嗅ぎ分けていた。

 

 

「あいつらも先祖返り…!?」

 

「お、わかるか。だからお前さんを拾って来たんだ。喜べ彦匡、九十九、此奴は俺たちの新しい家族だ!」

 

「はぁ!?ざっけんな!俺は自由だ!てめぇらに飼い殺されるなんて御免だ!」

 

「そうだぜカブキ!こんなの増やして、これ以上飯が減るのは勘弁だぜ!」

 

「此奴も先祖返りなんだよ、そう言ってやんな彦匡。それに犬のお前さん。自由ったってどうすんだ?このまま逃げても、捕まって家に逆戻りか飢えておっ死ぬかのどっちかだ。解ってんだろ?」

 

 

それを言われると命も言葉が詰まる。

結局、先祖返りが逃げ出したところで自由は無い。その現実を痛感してしまい、己の運命が憎い。腹が立って仕方が無い。

 

 

「…私、槌口九十九…です。よろしく…お願いします…」

 

「るせぇ!俺に気安く触れんな!」

 

 

手を握ろうとした九十九の手を、命は思わず弾いてしまう。それに怒りを燃やした彦匡は、命の薄汚れた着物の襟を掴み、お互いが殴りつけるかの剣幕で命に言葉で噛み付いた。

 

 

「おいテメェ!ツクモに何しやがんだこのチビ野郎!」

 

「何?やるってのかよデカブツ!」

 

「おめぇら…喧嘩すんなっ!」

 

 

互いを睨み付けていた二人の顔が、カブキの手によって文字通り激突。結構な勢いで額を打った二人は、額を抑えた同じ格好でうずくまる。

 

 

「先祖返り同士で家族なんだから仲良くしろ!喧嘩すんなら、俺がおめぇらをたこ殴りにすんぞ!」

 

「「本末転倒じゃねぇか!」」

 

 

その後は、なし崩し的に一緒に暮らす流れになってしまった。逃げようとするとカブキが暴力的に止めてくる。命も逃げるだけ無駄だと思うようになり、抵抗するのをやめた。

 

 

共に過ごすうちに魔化魍の存在や、カブキたち鬼について知ることにもなった。その戦いに同行することもあった。

 

そうやって、案外退屈しなかった時間は過ぎ去って行った。それも不気味なほどに静かに。ある日、命はその疑問を言葉にした。

 

 

「俺の家も、おまえらの家も、全然追ってこないよな。こんな小屋一つ、見つけるのわけねぇだろ」

 

「それは…お師匠さまが昔婿入りした家が…先祖返りの家だったらしくて…その家の力で上手く誤魔化してる…らしいよ…?」

 

「って言っても、そんなのができる家なんて悟ヶ原家くらいだけどな」

 

 

洗濯をしながら、九十九と彦匡がそう答えた。

『悟ヶ原家』。妖怪『サトリ』の先祖返りを擁する家で、先祖返りを束ね、秩序を守る家。しかし命はその名前に要領を得ていないようだった。

 

 

「なんだよオマエ、先祖返りなのに悟ヶ原家も知らねぇのかよ!」

 

「読み書きもできない馬鹿牛に言われたくねぇし。サトリガハラって、どうせ書けねぇし読めねぇんだろ。知ってるうちに入るかよそんなの」

 

「うるせーよ!物覚えんのは苦手なんだよ!」

 

「お、なんだ。俺の話にそんなに興味あんのか?」

 

 

洗濯板で命を殴りかかろうとした彦匡の背後。いつの間にかカブキが仁王立ちしており、彦匡の手から洗濯板を取り上げる。

 

しばらく共に暮らして命も色々と理解してきた。

九十九は引っ込み思案だが優しい少女、一緒にいて悪い気はしない奴。それに対して彦匡は頭空っぽの暴力野郎、ただの馬鹿、牛なのに馬鹿だ。

 

だがカブキだけは上手く言葉で言い表せない。掴みどころが無く、心の底が見えない。ただ滅茶苦茶に強くて、力だけじゃなく立場もそれなりにあるらしいのは分かるのだが。

 

 

「そこまで言うなら教えてやろうじゃあねぇか。俺がカミさんと出会ったのは、桜舞い散るあのえらく綺麗な丘で……」

 

「興味ねーよ、おっさんの馴れ初めなんて。気分悪くなった罰でカブキと彦匡は夕飯の味噌汁抜きな」

 

「なぁっ!?そりゃ酷ぇぜ命!彦匡てめぇ!」

 

「おいなんで俺も!?てか俺が悪いの!?」

 

 

命も飯係という役割を押し付けられ、それなりに忙しい毎日になった。

毎日こき使われ、狩りにも行かされた。腹は立ったが、気分は不思議と悪くなかった。家にいた頃の置物として祀られる毎日よりは、随分と「生きている」感じが心地よかった。

 

 

 

「で?わざわざ昼飯前に何の用ってんだ彦匡?」

 

「見せたいものがある…って聞いたけど…」

 

 

ある日の昼時、命と九十九、カブキは彦匡に集められた。一際上機嫌な彦匡に対し、一際不機嫌だったのは命だ。

 

 

「おまえ、昼飯前に俺にご足労願ったんだから大層な用なんだろーな?つまらなかったら大罪だぞ。そん時は牛の火炙り死刑な」

 

「それほどの罪か!?いーや命、オマエも仰天だぜ。つまらねぇなんて言わせねぇ!」

 

 

彦匡はそう言って、音叉を展開した。

音叉はカブキが鬼に変身するのに使う道具。彦匡はカブキと同じように音叉を弾き、反響する波動を額に翳す。

 

 

そして彦匡の身体は紫に燃え上がり、鬼の姿へと変身して見せた。

 

 

「どうだ見たか!これで俺も鬼だ!」

 

「彦匡さまが…遂に鬼に…!」

 

「おいおい、すげぇじゃねぇか彦匡!先祖返りの鬼なんてとんでもねぇ事だぞ!“こんぐらっちゅれーしょん”って奴だな!」

 

 

何処からか聞いてきた南蛮語で喜ぶカブキ。感極まって涙を流す九十九。それも無理はない話だ。先祖返りが鬼になったという前例は未だかつて無かったのだから。

 

彦匡と九十九はカブキに鬼の修行をつけてもらっていた。命もそれを見ていた。だから、その努力が実ったことに素直に感動している。

 

 

「どうだ命、何とか言ってみろや?あぁ?」

 

「……いやつまんなかったな。どうしてくれんだおい、気分悪くなったぞ。早く市中引き回し打ち首獄門しろよ」

 

「罰重くなってねぇか!?」

 

 

それを認めると彦匡にデカい顔をされそうなので、命は悪態をついた。

これが自分の良くない部分だというのも、直したいと思うのも、誰かに触れなければ気付かなかった事で、愛おしく思う。

 

 

「命や、ちょいといいかい?」

 

「…なんだよカブキ」

 

「ん?お前さんが来てからしばらく経ったと思ってな。あれから飯は美味いし、彦匡も九十九も明るくなったし、俺にゃ良い事ずくめだった。命はどうだ?」

 

「別にぃ……」

 

 

楽しかったに決まっている。カブキは得体が知れなくても父親のようで、九十九と彦匡は兄弟のように接してくれた。家族なんか居なかった家より、ずっと暖かい日々だった。

 

命は、この生活がたまらなく気に入っていたのだ。

 

 

「俺ぁもう命が逃げるのを止めない。自由になりたきゃ、いつでも行っていい。お前さんが捕まらないように、これまで通り手も回してやるさ」

 

「今更ガキ一人で何ができるわけでもねえしな……まぁ…飽きる迄は居てやるよ」

 

 

命が選んだ生活が、それから数年続いた。

時には戦い、時には前のように逃げ、それでも楽しく満たされた毎日が続いた。

 

先祖返りに生まれた身には、過ぎた幸せかもしれない。

三人の半妖はそんな気持ちを共有しながら、願った。こんな時間がもう少し続けば……と。

 

 

 

しかし、ある時にその平穏は断ち切られた。

封印されていた最凶の魔化魍、「オロチ」の復活だった。

 

 

「なぁ本当に行くのかよ。カブキ、彦匡」

 

 

オロチの討伐に全国から鬼が駆り出された。その中には当然、彦匡とカブキの名前も連なっている。

 

 

「人間なんか救って何になるんだよ。それでおまえらが死んだら意味ねえだろ!?」

 

「なーに言ってんだよ命。俺も彦匡も死にゃしねぇさ」

 

「当たり前だろが。俺は最強の先祖返りで、鬼だからな!」

 

 

オロチは恐ろしく強い魔化魍と聞く。もう既に幾つもの村が滅ぼされた。これまでの魔化魍退治とは訳が違うのだ。

 

だが、そんな引き留めの言葉など焼け石に水なのは解っている。九十九もそれは理解していたようで、本音を飲み込みながら「それ」を彦匡に手渡した。

 

 

「…なんだよこれ。刀?」

 

「彦匡に…贈り物……私も何か…力に成りたかったから…」

 

 

九十九が街の鍛冶屋に頼み、作ってもらった彦匡の剣。ただ、そこに彫ってあったのは見慣れない名前だった。

 

 

「……!…?」

 

「読めねえんだろ馬鹿牛。それは“響鬼”って読むんだよ」

 

「彦匡の鬼としての名前…まだ決まってなかったから……命に字を教えてもらって…一緒に考えた」

 

「はぁ!?ツクモ、オマエ…命に読み書きを!?なんか変な事されてねぇよな!」

 

「するかよ。俺はもっと活発で空気読めないくらいの女が好きだ」

 

「“響く鬼”、いい名前じゃねぇか。俺の“歌舞鬼”には敵わねぇけどな!生きて帰る理由が増えちまったな、ヒビキ!」

 

「あぁ…まぁそうだな。ありがとうな。ツクモ、命」

 

 

何も心配する必要は無い。この戦いが終われば、また元に戻る。またあの毎日がやって来るはずだ。

 

 

戦いの末、オロチは討たれた。

あれだけ強大な魔化魍を相手に、犠牲者はただの一人で済んだ。鬼たちの必死の健闘の結果、オロチを相手に奇跡的な結果だった。

 

 

ただその戦死者が、飛牛坂彦匡だっただけの話だ。

 

 

 

「彦匡……が……!?」

 

 

遺体すらも帰ってくることは無く、戻って来たのは何の役にも立たなかった贈物の剣だけ。それからの九十九は、とても見ていられるような有様では無かった。

 

そして、程なくして九十九は、その剣で自ら首を斬って死んだ。

 

 

「……なんでこうなるんだよ。帰って来るって言ったじゃねえかよ」

 

 

あれ以来カブキは姿を見せない。

残された命は、また一人になってしまった。

 

こんな自由なんてもう要らない。またあの時間を過ごせれば。望むのは、たったそれだけの、果てしなく遠い願い。

 

 

「…………よくやってくれたな」

 

 

何も考えずに海辺を歩いていた命は、そんな声を聴いた。声の根元は海岸の洞窟。そこに居たのは……カブキだった。

 

命にとっては最後に残された家族。直ぐに駆け寄ろうとしたその足を、次に聴こえた言葉が止めた。

 

 

「主の力無しではオロチの封印は解けなかった。礼を言おう、カブキ」

 

 

よく聞くと、その声はカブキのものじゃない。

それよりも今なんと言った。オロチの封印を解いたのは、誰と言った。

 

 

「おい…どういうことだよ、カブキ……」

 

 

カブキの前に出て行った命が見たのは、カブキと一緒にいる別の二人。陰陽師のような男と鎧を着た白髪の化け物。その存在は間違いなく、悪と言い切れる威風を放っていた。

 

 

「命……」

 

「誰だよそいつら!おまえがオロチを放ったってなんだよ!それじゃ彦匡は…九十九は!おまえが殺したってことじゃねえか!」

 

 

カブキは何も答えない。

 

 

「…何か言えよ!カブキ───」

 

 

命の声はそこで途切れた。

カブキの刀が、彼の胸を貫いたからだった。

 

 

「なんっ……で……」

 

「だから言ったろ。逃げたきゃ止めねぇって。

お前も彦匡も九十九も、また生まれ変わるんだろ?

 

次生まれた時は、俺なんかに会っちまわねぇようにな」

 

 

事切れる寸前だった命を、カブキは海に放り捨てた。

命の目に映った最期の景色で、カブキは───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしい夢を見たなぁ。あの頃は……あぁ、楽しかったぜ」

 

 

あれから400年以上経った、2005年。

山肌から街の灯りを見下ろしながら、カブキは目を覚ました。

 

彼はこの400年を生き続けていた。いや、もっと遥か昔から、彼は生き続けている。

 

もういつだったか忘れた昔、カブキは『千年桜』という妖怪の力で不老不死となった。いや、なってしまった。それは未練のある時間をやり直す『代償』だった。

 

 

「色々と思い出して来た。あいつらにゃ悪い事したな。

でもまぁ仕方ねぇさ。俺は人間も、先祖返りも、みんな死んじまえばいいって思ってんだから」

 

 

なんで人間や先祖返りを恨んでいるのか、永過ぎる時間でそれすらも忘れてしまった。あの楽しかった時間も、こうして夢に見なければ思い出せない。

 

ただ心に住む鬼が「殺せ」と叫ぶ。その声に従うだけだ。それでいい。どうでもいい。

 

 

欠伸をするカブキの後ろで、怒号に似た唸り声がした。

それは魔化魍の声。『彼』の実験の失敗作が、暴れ出した声だ。

 

 

「あの親父の研究も、ちぃーっとも進歩しねぇなぁ。やめちまえばいいのに」

 

 

カブキは黒い音叉を開き、脚に当てて音を鳴らす。

 

 

「───歌舞鬼」

 

 

桜吹雪が巻き上がり、カブキの姿を覆い隠す。

現代の舞台に踏み入る古代の鬼。翠の身体に浸食する紅き狂気。

 

 

歌舞

 

 

暴れる改造魔化魍『ロクロクビ』。

歌舞鬼は巫山戯るように鬼傘を持ち、ロクロクビの攻撃を受け流す。まるで舞い散る桜の花弁のように。

 

 

「どいつもこいつもやめちまえばいいんだよ。

考えんのも、努力すんのも───生きるのも」

 

 

鬼傘の幻惑、『静』。

その次の一瞬で叩き込まれるは、激しく容赦の無い『動』。

 

音叉剣による一撃がロクロクビの頸を落とす。

音撃は使わない。完全に祓わないように、かといって再生もしないように、歌舞鬼はロクロクビを刹那で粉々に切り刻んだ。

 

 

「何やってんだろうなぁ、俺も。随分とつまらねぇ舞台になったもんだ」

 

 

先祖返りは不変と交わった存在。死んでも血縁の何処かで生まれ変わる。

 

最近生まれ変わった犬神命の話は、興味を惹かれた。

命はカブキと同じく千年桜を使って不老になり、悟ヶ原家の悟ヶ原思紋のために『百鬼夜行』という騒動を起こし、大勢の先祖返りを殺したらしい。それも、千年桜の力で時間を繰り返し、幾度となく。

 

その最期は、愛した者への未練を断ち切り、あったはずだった可能性に気付き、『次』への想いを胸に抱いて逝ったという。

 

 

「俺と同じ運命を背負った癖に、羨ましい最期じゃあねぇか。なぁ、命。いや……同じじゃねぇか。あいつは『いい奴』だったからな」

 

 

理由も忘れた。息をすること以外の全てを忘れた。それを忘れたところでどうせ死ねないのだから、カブキにとっては全てが無意味だ。

 

彦匡が好きだった。九十九が好きだった。命が好きだった。鬼の仲間が好きだった。遥か昔に居た妻や娘も好きだった。

 

人間を殺したかった。鬼を殺したかった。妖怪を殺したかった。先祖返りを殺したかった。

 

『歌舞伎』とは、日本の伝統芸能の演劇。

その起源はオロチの騒動があった丁度あの頃だというのに、彼はこの名をずっと昔から持ち続けている。ずっと知っている。

 

 

カブキは先祖返りじゃない。前世は存在しない。

でも永い時間できっと何度も感じた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

その何かを、ひたすらになぞって生きるだけ。

 

人を愛したい/殺したい

退屈したくない/全てがどうでもいい

巻き戻したい/もう戻りたくない

世界を見ていたい/もう見たくない

死にたい/まだ生きていたい

 

 

俺は歪んでいない。曲がっていない。

 

真っ直ぐだ。ただ『傾いている』だけ。

あの時だけ善に、今は少し悪に傾いているやじろべえ。

 

傾いているから、乗っかった奴がころころと奈落に堕ちて行くだけ。

 

俺は傾いている。俺は『傾き者』。

俺はおかしい。俺は『傾奇者』。

俺は歌舞鬼。俺は『歌舞伎者』。

 

 

殺して喰い尽くした骸の山頂が見えたら、また最初からやり直そう。

 

飽きることの無い永遠を、飽きるまで演じ尽くそう。

 

 

「老い先永い人生だ。

精々歌舞いて、生きていこうぜ」

 

 

撒き散らした千年桜の花弁が、街灯に溶けていく。

 

未だ惨めに繰り返す、かつての弟子がいる。

山頂の前の花道で、彼に背中を掴まれたのなら───

 

 

その時に改めて、輪廻の幕引きに期待しよう。

 

 

 




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切迫!命の刻限!

※注意
これは本作品ゴースト編で扱った、「ゴースト×ラブライブサンシャイン」の物語の一部を切り取ったものです。






















Access…[Archive 2015]

File:GOHST






僕は昔々に死んじゃった幽霊少年、朝陽。生き返るために、仮面ライダーゴーストとなって英雄の眼魂を集めている。

 

タイムリミットは僕が仮面ライダーゴーストになってから99日。僕を祓おうとする蔵真や、眼魔世界の刺客たちとの戦いの中、Aqoursのみんなの助けもあってここまでやってこれた。

 

残された時間は、あと4日───

 

 

_________________

 

 

夏が終わりに近づく。鬱陶しかった暑い日差しも鳴りを潜め、過ごしやすい季節になりつつあった。

 

 

「いい天気だなぁ…」

 

 

朝陽は屋根瓦の上に寝っ転がり、広げた全身で太陽の光を浴びて心地よさそうに目を閉じる。眼魂を手にしてから実体化できるようになり、こうして暖かさも感じれるようになった。幸せだと心からそう思う。

 

 

「あーっ、見つけた!なに寝てるの朝陽くん!」

 

 

千歌の声が聞こえたから姿を消そうとする朝陽だったが、もう屋根上まで来ていた。不意に目が合ってしまい、思わず逸らす。

 

 

「なんで逃げようとしたの!目逸らさない!こっち見る!」

 

「逃げようとしたわけじゃないよー…ほら、千歌ちゃんもどう?一緒に日向ぼっこ!僕が生きてたらやりたかった事、その2!」

 

 

ジト目で責め立てる千歌をなだめるように、朝陽はその手を引いて一緒に屋根上で寝っ転がった。雲一つない空が光をよく届けてくれる。

 

 

「気持ちいいー…」

 

「でしょ?だから怒ってなんてないで、一緒にお昼寝を…」

 

「って、その手には乗るか!寝てる場合じゃないじゃん!てゆうか、なんで朝陽くんはそんなに呑気なの!あと4日で……消えちゃうっていうのに!」

 

 

「僕寝れないけどね」といつもの死人ジョークを言おうとしていたが、早々に千歌に本題を持ち出されてしまった。そう、朝陽はあと4日でこの世から消えてしまう。

 

これまでの戦いで朝陽は眼魂を集めてきた。千歌からはムサシ、梨子からはベートーベン、花丸からはグリム兄弟…他にも多くの人との繋がりで眼魂は順調に集まり、他の仮面ライダーである蔵真との共闘、アリオスから眼魂の奪取を経て遂に15個の英雄眼魂を揃えることに成功した。

 

それがつい最近、ラブライブ地区予選ごろのこと。集めた英雄眼魂で叶える願いは「朝陽を生き返らせること」であるはずだった。

 

しかし、グンダリを引き連れた強力な眼魔が眼魂の強奪を狙って強襲を仕掛けてきたのだ。スペクターの協力で眼魔の撃退には成功したが、その激しい戦いに巻き込まれてメンバーは大怪我をし、街も半壊滅状態に。とてもライブができる状況では無くなってしまった。

 

そこで朝陽がグレートアイに願ったのだ

「戦いの被害を無かった事にして。Aqoursにライブをさせてあげて」と。

 

 

「本当はあの時、朝陽くんは生き返るはずだった…私たちのためにそれを…」

 

「僕はいい使い方だと思ったんだけどなぁ」

 

「いいわけないじゃん!そりゃ…朝陽くんが私たちを想ってくれたのは嬉しいよ!でも、ライブなんてまたできた!足だって治ったし街も直せた!でも朝陽くんは……!もう消えちゃうんだよ!?なんで…もっと自分のことを考えてくれないの…?」

 

 

千歌は実体化した朝陽の体に触れ、想いのまま叫ぶ。

背中に受ける太陽はこんなにも暖かいのに、彼の身体は悲しいほど冷たい。

 

 

「僕は…そう思わない。確かにライブは後でできたかもしれないけど、あの日、あの時しかあのライブはできなかった。みんながAqoursとして過ごすこの時間はほんの少ししかないから、一秒一秒の今を守ってあげなきゃ…そう思った」

 

「それが朝陽くんにとって、命より大事なこと…!?」

 

「うん。死人(ぼく)の命なんかよりも、ずっと」

 

 

朝陽の即答に千歌はもう何も言葉が出ない。

 

 

「千歌ちゃんの想いは伝わってるよ。だからそろそろ僕も働こっかなー、できれば生き返りたいのも本当だしね」

 

 

朝陽が霊体化して千歌の体を通り抜け、浮き上がって何処かに飛んで行った。何故かその姿を見れる千歌は、遠くなっていく背中が消えてしまうんじゃないかと目が離せなかった。

 

朝陽の言う事が分からない。少なくとも朝陽があれだけの事をしてくれたのに、Aqoursはあの地区予選で敗退してしまった。

 

想いは誰よりもあったはずだ。その想いは、小さな奇跡すら起こさなかった。朝陽が命を捨ててまで守ったものに、果たして意味はあったのだろうか。

 

 

「わからないよ……」

 

 

______________

 

 

 

朝陽が願いを叶えた後、15個の眼魂はそれぞれ別々の方向に散らばっていってしまった。朝陽が消える日まで夏休みであることを利用し、Aqoursは毎日一日中散らばった眼魂の捜索を続けていた。

 

 

「本当ですか!?…はい、はい!すぐに取りに行きます!

ダイヤさん!沼津の方で白い眼魂っぽいものを見つけたって電話が!」

 

「でかしましたわ梨子さん!武蔵坊弁慶の眼魂に違いありません!こちらも先ほど、果南さんから海中で坂本龍馬の眼魂を発見したと連絡が!」

 

「一気に2つも…!クックック…我が魔力に眼魂も共鳴を始めたようね…」

 

「善子ちゃんは不幸を呼び込むから引き続き待機ずら」

 

「強すぎる力の責任…これが堕天使の罪…ってヨハネよ!」

 

 

2つの眼魂発見報告を、不満そうな善子が表に書き込む。これで見つけた眼魂は10個。遂に2桁の大台に突入した。

 

 

「別の県にまで行ってたらどうしようと思ってたけど、どうやらそこまで遠くに行ってないみたいね。これなら…!」

 

「このペースならあと4日で間に合うはずですわ!善子さん!ネット上で更に情報の拡散を!」

 

「承知!今日のヨハネ生配信でも大々的に取り上げるわ!」

 

「マルも現場に行って探すずら!グリムさんの眼魂なら分かるかも…」

 

 

花丸が外に出ようとすると、前を見てなかったせいで入れ違いの人物と正面衝突してしまった。衝突といっても、身長差があるせいで花丸が彼の胸に頭突きしたような形だが。

 

 

「すまない、大丈夫か」

 

「あぁっこちらこそごめんなさ…蔵真さんずら!?」

 

「蔵真さん!?何故ここに!」

 

「決まっているだろうダイヤ。俺も眼魂を見つけたから届けに来たんだ」

 

 

仮面ライダースペクター、神楽月蔵真。普段は単独行動で群れない彼が持ってきたのは、群青色のフーディーニ眼魂だった。これで11個目だ。

 

 

「独自の方法で眼魂探しを続けていた。俺も朝陽が生き返るように手を貸そう」

 

「全く…少し前まで話もせずにいがみ合っていたのに…」

 

「それはお前達も同じだろ」

 

「いがみ合ってたのは鞠莉さんと果南さんで、わたくしは中立の立場を…!」

 

「まぁまぁ、幼馴染の似た者同士ってことでいいじゃないですか」

 

 

梨子がそう2人を落ち着かせる。蔵真は幼いころに内浦に住んでいた時期があり、今の3年生たちとはそこで知り合って以来の間柄だ。短い時間だったが蔵真にとっては掛け替えのない時間であり、彼女たちを守るために蔵真は仮面ライダーになったのだ。

 

蔵馬は朝陽ともぶつかり合った。怪奇現象管理協会である蔵真は死人が現世に留まっていることを認可できず、朝陽を祓おうとしていたのだ。

 

それだけじゃなく覚悟の方向性も大きく異なり、戦って皆を守ろうとした朝陽とは違い、蔵真はグレートアイの力で「眼魔及びこの場所を脅かす全ての存在の抹消」を叶えることで皆を守ろうとしていた。しかし、朝陽の「眼魔だって命、不必要に命を消し去る以外に道はある」という考えに絆され、彼に力を貸すことを決めたのだ。

 

 

「朝陽は甘い…!だが、俺の生き様を曲げた以上、その甘さで消える事なんて許さん!人の命を想うアイツが生き返れないのは道理が違うはずだ!」

 

「とにかく、蔵真さんがいるなら百人力ずら!マルと一緒にあっちへ探しにいくずら!」

 

「分かった。国木田にも見せてやる、怪奇現象管理協会が解析した超科学の技術…温泉をも掘り当てるダウジング術を!」

 

「やっぱりこの人大丈夫ずらか…?」

 

 

Aqoursやこれまで関わってきた人たちの尽力で、眼魂は驚異的な速度で集まっていた。

しかし、皆が気になっていたのは朝陽の様子。皆が頑張っているから自分も力を尽くすという姿勢は見えるのだが、ただそれだけに見えてしまう。消えるのは自分だというのに、いつも彼が見せる必死さが感じられないのだ。

 

誰も朝陽の気持ちが分からない。朝陽が本当に生き返りたいのかも分からないまま、迫る時間だけが焦りを積みあがらせ、皆を駆り出していた。

 

 

_____________

 

 

人間界とは別の何処かに存在する、赤い空の異界。それが人間界の侵略を企む眼魔たちの世界、眼魔世界。眼魔の多くは真っ黒な怪人かそれにパーカーを羽織った上位種くらいだが、階級の高い眼魔は人間と同じ姿をしていた。

 

 

半袖のジャケットに体を通した若者が、緊迫した空気の中で凛々しい瞳を前に向ける。眼魔世界を統べる大帝、その末子であるこのアリオスも人の姿をした眼魔だ。

 

 

「お呼びですか、兄上」

 

 

アリオスが兄と呼び跪く彼もまた、人の姿をした王族の眼魔。王族の長男、つまり眼魔世界のNo2である。尤も、死という概念がないこの世界では次期大帝など不必要なのだから、長男という肩書は意味を持たない。

 

アリオスが彼を恐れるのは、偏にその冷酷さと他を支配する手腕故だ。

 

 

「此度の失敗の件でしょうか。それならば必ず眼魂を奪取し…」

 

「その話は必要無い。力の根源を手中にしている我らが恐れる必要も手を出す必要も無い。英雄眼魂は捨て置け」

 

「…っ、しかし!」

 

「人間界の侵略に不必要だと言った。よってお前の失態に私は一切の興味を持たない」

 

 

英雄眼魂を奪われゴーストに願いを叶えられた。また、部下が勝手にやったこととはいえグンダリを浪費した挙句敗北した。心当たりのある失態のどれも咎められず、彼は淡々とアリオスに言葉を返す。

 

 

「では、なぜ私を…?」

 

「念を押すためだ。もういいだろ、アリオス。お前が我々の意に背き勝手なことをしているのは分かっている。十分に勝手ができてもう満足だろう」

 

「…お言葉ですが、英雄眼魂は十分脅威になり得ます。それにゴーストとスペクター、この両者はいずれ必ず我々の障害になるのは明白。今のうちに消しておくのが得策かと……!」

 

「私が無駄だと言ったのだ。二度と言わせるな。

私が言っていることが分からないか。アリオス、我々がお前を育てあげたのは戦力として使うわけでも、ましてや大帝の真似事をさせるためでもない。確認するが、人間界の征服は目的ではなく単に近づく『事象』だ。それまでに役割を請け負う準備をしておけ」

 

 

それ以上は兄の機嫌を損ねると感じ、アリオスはすぐさま席の前から立ち去った。

 

兄は他者を道具や駒、もしくは環境を取り巻く『要素』としか見ていない。思い通りにいかないモノを盤上からはたき落とし、必要な結果だけをそこに再現する。そういう概念かシステムと考えた方が自然に思えてしまう。

 

 

「やはり兄上に人間界を任せるわけにはいかない。あの世界は私が手に入れる。もう…時間が無い……!」

 

 

兄の目指すのは『維持』、アリオスが目指すのは『完璧』。その考えの違いだけは明確だ。少なくともこんな赤い空の世界を、アリオスは完璧だとは思っていない。

 

やはり大帝になるしかない。そして英雄眼魂はそのための力だ。

 

 

_____________

 

 

 

そして、眼魂を探すこと更に2日。募る想いとは裏腹に発見速度は失速し、あれから見つかったのはロビンフッドの眼魂と卑弥呼の眼魂のみ。

 

善子が書き入れていた眼魂発見表に丸が2つ未記入なまま、カレンダーの×印も未記入が2つに並んでしまう。

 

残された時間はあと2日を切った。しかも、ここに来て天候は最悪の豪雨。これでは満足に外にも出られない。

 

 

「Heavyなrainね…もう時間がないっていうのに…」

 

「もし雨が止んだとしても、思い当たる場所は既に探し尽くしましたわ。情報提供の連絡も無い。これ以上はもう……」

 

「お姉ちゃん…」

 

 

あの日、朝陽が願いを叶えた直後に15の眼魂は飛散した。それがかなり遠くに飛んで行った可能性もあるし、誰かが拾って黙っている可能性もあるし、海に落ちて流されてしまった可能性もある。見つからない理由なんていくらでも思いつく。

 

警察でもあるまいし、それらの可能性を全て調べ潰すのは不可能だ。

 

 

「だったらもっと探す範囲を広げよう。もっと街の方や、遠くの海。あと2日もあるんだよ、今すぐ探しに行けば間に合う!」

 

「千歌ちゃん!」

 

 

この豪雨に飛び出そうとする千歌の腕を曜が掴み、黙って首を横に振る。

誰だってそれが無謀と分かっている。それでも、そうでもしないと朝陽は……

 

 

「…ごめん。でも、諦めれないよ。諦めたくない。朝陽くんには絶対生きて欲しいから……!」

 

「落ち着け高海、その想いは皆が同じだ。動けないなら策を講じればいい。今できることを積み重ね、朝陽を救うんだ」

 

 

蔵真はそう諭すが、その朝陽が姿を見せないのが少し気になりはする。幽霊だからこの天候でも探しに行けるといえば、そうなのだが。

 

やり場のない焦りをを少しでも紛らわそうと、千歌は部室から体育館に出て深呼吸。このまま息を吐きだせば、一緒に叫びが出てしまいそうだ。しかし、その寸前に千歌はその息を思わず飲み込んだ。

 

 

「高海千歌、それに桜内梨子。怪我は治ったようでなによりだ。

全員揃っているな。そしてゴーストはいない…好都合だな」

 

 

外から来たのか、雨水を床に落とすアリオスがそこに立っていた。

蔵真が一気に臨戦態勢へ。何せ、アリオスはこれまでに何度も戦ってきた、Aqoursにとっての「敵」なのだ。

 

だが、その警戒は数秒後に驚きへと塗り替わることになる。

アリオスが取り出した2つの眼魂───グリム眼魂とサンゾウ眼魂によって。

 

 

「お前たちが探しているのはコレだろう」

 

「グリムとサンゾウの眼魂…!お前が持っていたのか!」

 

「あれで15個全部…お願い!それを貸して!それが無いと…朝陽くんが生き返れない!」

 

「驚いた、まさか既に13個も見つけていたのか。それなら話が早い。私も、最初からそのつもりで来たんだ」

 

「本当!?」

 

「騙されるな高海!眼魔世界の者だ、そんな旨い話があるわけがない!」

 

 

肌を刺すような敵意を剥き出しにする蔵真。それは蔵真だけじゃなく、ほとんどのメンバーもそうだ。

 

 

「そう激昂しないでくれスペクター。当然、タダで渡すわけでは無い。私はお前達と取引がしたい」

 

「取引だと?」

 

「私はこの2つの眼魂を渡し、願いを叶える権利を譲る。

その代償として要求するのはたった3つ。散らばった眼魂を集めるのに協力すること。次に願いを叶える権利を私に譲渡すること。金輪際、()の邪魔をしないこと。それだけだ。それ以降の協力は必要無い」

 

「馬鹿な。信じられると思うか?眼魔の言うことを」

 

「私は嘘をつかない。私の願いが叶うのならばゴーストの命を蘇らせるのを見送るし、邪魔をしないのであれば未来永劫お前たちの身の安全すらも保障してあげよう。スクールアイドルとやらも、好きなだけ続けるといい」

 

 

信じるに値するかどうかは置いておいて、聞いた限りでは悪い話ではない。朝陽が生き返ることを思えば、大抵の事象は許容の範囲だ。

 

本音を言えば今すぐに首を縦に振り、アリオスの手を取りたい。しかし、一つだけ確認しなければいけないことがある。はやる気持ちを抑え、千歌はそれを訪ねた。

 

 

「嘘つかないんだよね?だったら教えて。あなたは…どんな願いを叶えたいの?」

 

 

アリオスも朝陽や蔵真と同じく、英雄眼魂の収集者。何か一つ、その戦う理由を構築する大きな願いがあるはずだ。

 

アリオスはそれを隠そうともせず、一つの呼吸さえ挟むことなく答えた。

 

 

「私はこの世界を愛している。故に、他の王族…兄上たちの手にこの世界を渡したくない。私は、この美しい世界を『保全』したいのだ」

 

 

帰ってきたのは予想よりも澄んだ答え。これなら任せられる。千歌の目が輝いた。

しかし、そこで踏みとどまった。これまで敵対してきた過去が千歌を引き留めた。

 

そして、アリオスの言葉は続く。

 

 

「だから私はグレートアイで力を手に入れる。兄上も、他の存在全てをも撥ね退ける絶対的な力。そうして私は完璧な存在になり……

 

この世界を私が永遠に支配し、管理する。完璧な美しい世界を私が作る。『全てを支配する力』、それが私の望みだ」

 

 

千歌の、いや千歌だけじゃない。誰しも言葉と呼吸を思わず止めた。

アリオスの言葉から悪意は全く感じない。この願いが曇りのない最善だと信じている、そんな様子だ。

 

世界が違えば分かり合えないのか。アリオスが掲げたのは余りに歪で、稚拙な危険を孕んだ願いだった。

 

 

「じゃあ…やっぱりやめる。あなたの力は借りれない」

 

「なに…?どういうことだ。私の話のどこに不満がある」

 

「あなたにとっての完璧な世界ってなに?」

 

「我々の世界のように、全ての民が老いることも死ぬこともない、苦痛を感じることもない。変わらぬ幸福が永久に続く世界だ」

 

「うん…やっぱり違うよ。変わらないって良いなって思うことは多分あると思うんだけど、それじゃきっと輝けないって思うんだ」

 

 

千歌がアリオスの言葉を否定して突き返す。

 

 

「私も、そう思う。ここまで苦しいこともあったけど、だから見えたものや聞こえたものもある」

 

「そうだね。ちょっと悩んだりして間違えそうになったことも…今は必要な事だったって思うし」

 

「えっ、曜ちゃん悩みとかあったの!?」

 

「あーっはは…ごめん、こっちの話だから…」

 

 

千歌に梨子と曜も続く。他の皆もAqoursの一員になるまでに何かしらを飛び越えて来たのだ。完璧な世界では存在し得なかった歴史が、そこにはある。

 

アリオスの表情が不快を示す。もはや人間を見ているとは思えないような顔で、それぞれの言葉を鼻で一笑に付した。

 

 

「理解できない。完璧を拒むことに何の意味がある?」

 

「別に分からなくても構わない。要はお前を倒し、その眼魂2つを奪い取ればいいだけの話だ。下がっていろ!」

 

 

交渉決裂は明らか。もっとも、蔵真は最初からそのつもりだったようで、既にドライバーと眼魂を構えていた。

 

 

《アーイ!》

《バッチリミロー!バッチリミロー!》

 

「変身!」

 

《カイガン!スペクター!》

《レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!》

 

 

青ラインの入った黒いパーカーを素早く羽織り、二本角の鼓動する亡霊───仮面ライダースペクターへと変身。『見る者』とは音ばかり。彼が取るのは一に武力行使と決まっている。

 

アリオスも戦闘態勢に入ろうと、腰に手をかざそうとする。

しかし、それよりも先にスペクターの体が弾かれた。

 

アリオスとスペクターの間で壁となったのは、こちらも見慣れた顔。見て呉れから戦闘員と分かる洗練された闘気は、もはや彼の代名詞。

 

 

「アリオス様に近寄るな。下界人風情が」

 

「貴様…!ジャレス!やはり生きていたか!」

 

「ジャレス…私の前に現れるなと言ったはずだ。お前の勝手な行動を許した覚えは無いぞ」

 

「心配はいりません、アリオス様。直ちにこの不届き者を排除致します」

 

 

眼魂を強奪しようとグンダリを使って街を一度破壊したのは、他ならぬこのジャレスという男だ。その際に人間の不要な犠牲を良しとしないアリオスの怒りを買ったのだが、ジャレスは話を聞いていない。

 

ジャレスが眼魂を起動し、その姿が青い体の上位眼魔『眼魔スペリオル』へと変わる。ジャレスは更に別の眼魂を体に埋め込み、新たな力を纏った。

 

眼魔は英雄眼魂を模倣したシステムで、仮面ライダーのようにパーカーを纏う。

 

 

青い体の上から赤黒い鱗を帯びた朽ちたパーカーを纏った。

ジャレスは眼魔世界の一級兵士。纏う英雄の力は、ドラキュラ伯爵の逸話を生んだ言われる15世紀を生きた君主。

 

通称「串刺し公」ヴラド・ツェペシュの力を持った、眼魔スペリオル・スピアがスペクターに牙を向ける。

 

 

「一度は敗北したが…スペクター、貴様一人なら恐れるに足らない」

 

「死なないというなら、何度でも叩き潰す!闇に還してくれる吸血鬼め!」

 

 

_________________

 

 

「雨かぁ…今日は沼津の方でお祭りあるから、皆で行きたかったんだけどなぁ。いや、来てくれないかな」

 

 

透ける体で雨を避けながら、他人事みたいに朝陽が呟く。自分が消えるまであと2日だというのに、彼は誰よりも呑気なままだった。近づけばもう少し焦るものだと思っていたから、朝陽自身も驚いている。

 

 

「不思議だよね。あの時…千歌ちゃんに見つけてもらうまでは、あんなに生きたかったのに。今は何が何でも生き返りたいって、そう思えなくなってる。今はもう蔵真がいて、Aqoursも軌道に乗ってきて、僕がいなくても大丈夫って…そう思ってるからかな?」

 

 

もし眼魂が15個あっても、別に叶えるべき願いがあるんじゃないかと、そう思ってしまう。皆が頑張ってくれているのに自分勝手だとは思う。

 

でも、朝陽はとっくに死んだ人間なのだ。

昔の事を思い出すたびに考える。意味もなく生き、意味もなく死んだだけの男が現代に生き返る価値なんて、きっと無い。

 

 

「……!この感じ…!ジャレス!?」

 

 

物思いにふけっていた朝陽を現実に引き戻す、眼魔の気配。

結末がどうあろうと、朝陽は最期まで彼女たちを守り続ける。それだけは揺るがない。

 

 

______________

 

 

浦の星からスペリオル・スピアを追い出すことに成功したが、状況は一方的。前の戦いではゴーストとスペクターで協力してやっと撃退したのだから、スペクター単身で敵う相手ではない。

 

 

「ゴーストハンターもやはり所詮は下界人。程度が低いな」

 

「黙れ眼魔!」

 

 

スペクターがガンガンハンドを振りかざすが、スペリオル・スピアの足元から生えた鋼の杭がそれを弾く。

 

この眼魔の能力は自身が触れた場所、主に足跡からの棘の生成。マーキングした場所は全て把握しているため気を付けてはいるが、能力が極めて強いだけあってそれも限界がある。

 

何より注意力が割かれるのは致命的。棘攻撃の素振りを見せフェイントに引っかかったスペクターに、スペリオル・スピアが拳を叩き込んだ。

 

 

「ッ…!?マズい!」

 

「耐えてみせろ。脆弱な下界人」

 

 

吹き飛ばされた先は少し前に戦っていた区域。つまり敵の未使用の足跡が山ほど残ったマーキング地帯だ。

 

足跡から棘が発射される。ギリギリで飛び込んできたコブラケータイでガンガンハンドを鎌モードに変形させ、その連射を次々に弾いて斬り落とす。

 

 

「凌ぐか。しかし、それもいつまで持つかな?」

 

「蔵真!」

 

 

そこに朝陽が現着。追い詰められるスペクターに加勢しようとするが、スペクターは別の方向を指さす。その先には千歌たちとアリオスが。

 

 

「アリオス…!皆から離れろ!」

 

「ゴーストか。貴様がいると交渉にならない。失せてくれ」

 

「その2つの眼魂…そういうことか!眼魂を持ってるのは僕だ!狙うなら僕を狙え!」

 

「朝陽くん!?」

「なんで言っちゃうのよバカー!」

 

 

朝陽の言葉でアリオスの注意が逸れるが、Aqours側も朝陽を庇っていたのだから想定外。善子に関しては罵倒気味に呆れていた。

 

その情報はアリオスにとっては好都合だ。非戦闘員の一般人ならともかく、仮面ライダー相手ならば遠慮なく実力行使できるというもの。

 

 

「ゴースト貴様!誰の許可を得てアリオス様に近寄っている!」

 

「黙れジャレス!元よりお前の力を借りるつもりはない。

貴様が眼魂を持っているというなら、私の手で奪うまでだ」

 

 

朝陽がゴーストドライバーを出現させ、オレ眼魂を起動。同じくしてアリオスも同様に、その腹部にゴーストドライバーを出現させた。

 

 

《アーイ!》

《バッチリミナー!バッチリミナー!》

 

「変身!」

 

《カイガン!オレ!》

《レッツゴー!覚悟!ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!》

 

 

朝陽が仮面ライダーゴーストへと変身すると、アリオスも黒い眼魂を構える。ただし、その瞳の色は緑色。起動して浮かび上がるのは、0を模した『N』の文字。

 

 

《アーイ!》

《バッチリミイヤー!バッチリミイヤー!》

 

 

「変身」

 

 

ドライバーに眼魂をセットし、解放された緑のラインの黒いパーカーが宙を舞う。粒子を纏って『トランジェント』へと変わったアリオスの体に、パーカーが覆い被さった。

 

 

《カイガン!ネクロム!》

《ヒウィゴー!覚悟!ド・ロ・ド・ロ・ゴースト!》

 

 

3人目の仮面ライダー。翠の脈打つ亡霊───仮面ライダーネクロム。

これまで何度も立ち塞がって来た、ジャレスを超える難敵。凌いだことはあれど、勝利したことは未だ一度も無い。

 

 

「今日こそ私の理想を果たす。消えてもらうぞ、ゴースト!」

 

 

ネクロムから仕掛ける。ゴーストは質量を感じさせないような体捌きで攻撃を流すが、ネクロムの攻撃もまた流動的で無駄がなく絶え間ない。

 

 

「っ…ガンガンセイバー!」

 

「遅い。その程度は読めている」

 

 

手元に出したガンガンセイバーが一瞬でネクロムに奪われ、逆に斬り付けられてしまった。更に、剣を捨てたネクロムはゴーストに強烈な掌打。魂にまで響くような衝撃が、体を貫通した。

 

 

「ロビンフッドさん!」

 

「グリム」

 

 

互いに緑の英雄眼魂をドライバーにセット。ロビンフッドのパーカーと操られたグリムのパーカーが空中でぶつかり合い、それぞれが主と一体化する。

 

 

《カイガン!ロビンフッド!》

《ハロー!アロー!森で会おう!》

 

《カイガン!グリム!》

《心のドア!開く童話!》

 

 

浮遊はゴーストの特権。ガンガンセイバーを拾ってコンドルデンワーと連結、アローモードにして空中からの遠距離攻撃で制圧を狙う。

 

ロビン魂の力で寸分違わぬ精密射撃を次々に決める。しかし、ネクロムの対処はそれ以上に完璧を極め、伸縮自在の触手『ニブショルダー』で空中のゴーストに反撃する。

 

 

(ロビン魂には分身能力がある…背後からの不意打ちが決まれば…!

……いや、今はとにかく凌ぐんだ。蔵真と千歌ちゃんたちを連れて逃げないと!)

 

 

ゴーストは完全に防御の姿勢。なんとか隙を作って皆を救出できれば、後は分身能力で煙に巻く。それまでこの能力は見せないままにするべきだ。

 

 

「崩せないか…手法を切り替える。コレを持ち出して正解だったな」

 

「それは…!16個目の眼魂!?」

 

 

ネクロムが出したのは深紅の眼魂。英雄眼魂は15個と聞いている。あんな眼魂は見たことが無い。

 

 

「人間界の天文学者、ガリレオガリレイの眼魂だ」

 

「ガリレオって地動説の!?ちょっと朝陽!16個目があるなんて聞いてないよ!?」

 

「僕だって知らないよ果南ちゃん!確かに英雄眼魂は15個、その眼魂は()()()()()()()!」

 

「我々が独自に開発した眼魂だ。他の英雄眼魂とはルーツが異なる。

残念ながらグレートアイに干渉は出来ないが、今ここで貴様を倒すには効果的」

 

 

ネクロムがガリレオ眼魂をドライバーにセット。パーカーゴーストが望遠鏡を構えるようなポーズを取り、ネクロムのトランジェントを覆い包む。

 

 

《カイガン!ガリレオ!》

《天体!知りたい!星いっぱい!》

 

 

顔に表示された顕微鏡と月のシンボル。土星の環を帽子のように被り、星座が輪郭を描く深紅のパーカー。仮面ライダーネクロム ガリレオ魂。

 

 

「知っているはずだ人間。空というのは、天文学者の領域だと」

 

 

宙を浮かぶゴーストの周囲に複数のエネルギー球が現れた。それらはゴーストを中心に円運動を続けており、その様はまさしく惑星運動。

 

これが邪魔で仕方がない。ただでさえ障害物で狙いが定まらないのに、それぞれエネルギー球が引力を持っているため狙撃が引き寄せられてしまう。完全な狙撃手殺しだ。

 

 

「今、この惑星はゴーストを恒星として公転している。もしその公転が止まればどうなるか…分かるか?」

 

「どうなっちゃうの果南ちゃん!?」

 

「えぇっと…朝陽に引力が働いて公転してるなら…」

「公転の力と引力が釣り合っていることになりますわ。つまり、公転が止まれば…!」

 

 

心配が先に立ち千歌が思わず果南に尋ねる。

真っ先に答えに辿り着いたのはダイヤだったが、その先は誰もが察することができた。

 

公転が止まる。引力に逆らう力が消滅し、全ての惑星がゴーストに引き寄せられ衝突、爆発した。

 

だが、なんとか変身を維持するゴースト。空中で持ちこたえ、惑星が消えた隙に反撃を試みる。

 

 

「まだ落ちないとはな。だったら、私から向かってやる」

 

《ダイカイガン!ガリレオ!》

《オメガドライブ!》

 

 

またしてもゴーストの周囲に惑星が出現。しかし、今度は一番外側の地面を貫く軌道にネクロムが乗っていた。

 

その円が描く通りにネクロムも動く。つまり、宙を移動する。

ネクロムが起動の頂点、ゴーストの上空に達した瞬間、他の惑星も合わせて一列に並び直線を形成した。

 

ネクロムが外側の惑星を蹴り飛ばすと、その惑星は次の惑星を取り込み、その次も、その次もと次々に巨大化し、最後にゴーストを飲み込んで大爆発。変身が解かれた朝陽が地面に伏した。

 

 

「朝陽くん!」

 

「千歌ちゃん!来ちゃ駄目だ!

大丈夫…僕はまだ戦える。早く皆と逃げ…て……?」

 

 

千歌が駆け寄りその手を取ろうとしても、すり抜ける。

朝陽がわざと透過しているわけじゃない。実体化できないのだ。朝陽という存在が薄れていくのが分かる。

 

 

「朝陽くんが消える…!?なんで!あと2日もあるはずなのに!」

 

「何を驚く?仮にも一度グレートアイの力で願いを叶えたのだ、48時間程度の時間が奪われたって代償としてはむしろ安いくらいだ」

 

「そっか…やっぱ神様、そんなに優しくないか。ごめんね。なんかまた責任背負わせちゃったみたいで…」

 

 

千歌以外のメンバーにはもう朝陽は見えず、声も聞こえない。白い羽根が舞い落ち、千歌から見ても朝陽の体が光の粒子になって消えていく。

 

 

「いやだ…消えないで…!消えるな!死なないで朝陽くん!」

 

「そうだね、こんな時に…消えたくは無かったかな。本当にごめん。皆があんなに望んでくれたのに、生きてあげられなくて……」

 

「違う…違うよ!朝陽くんは、ずっと……!」

 

 

最期に見る景色だというのに酷い曇天だ。

お似合いかもしれない。ずっとそうだった。太陽は彼にとって、あまりに眩しすぎるから。

 

 

朝陽の体が景色に溶けて消えた。

 

 

___________

 

 

───約80年前

 

 

僕に『朝陽』と名付けた誰かは、きっと余程の屑野郎か大馬鹿に違いない。

 

その男児は一般的な民家に生まれた。しかし、その体は普通とは言い難かった。

体が異様に脆いのだ。腕や脚は走ることにも耐えられない有り様だが、特に酷いのは皮膚。太陽の光を浴びるだけで焼かれてしまうため、日中外に出る事すらできない。

 

率直に言って厄介者だろう。彼が生まれた家は裕福でもなかったし、親はそれほどの人格者でもなかった。医者に見せて治せないと知ったら、両親は泣きながら彼を山小屋に置いて逃げた。

 

 

あれから数年。親心のつもりか近くの住民に食料を届けるよう頼んでいたらしく、なんとか食い繋ぎ幸運にも生き延びてはいる。

 

もっとも、あれ以来親は一度も会いに来ないから、きっと死んでも構わないと思っているに違いない。そもそも脆い朝陽を山に捨てるような親だ。考えるだけ無駄だったか。

 

 

「死んだらいいのに」

 

 

息する以外することがなく、屋根の下で自然に出てくるその言葉。

親に向けられたものか、幸せに生きる他人に向けられたものか、自分に向けられたものか。幼く弱い体で出来るのは恨むことだけ。

 

小屋の戸が開いた。食料を届けに来たのだろう。入口は朝陽のいる部屋から離れており、届けに来る者の顔も見たことがない。あちらも会いたくないだろうし、大した興味も無い。

 

しかし、その日は少し違った。すぐに消えるはずの足音が遠のくどころか近づいて来て、その妙に強い足音と呼吸は朝陽の所にまでやって来てしまった。

 

 

「うおおおぉ!出たな妖怪…っ!?人じゃんか!あれ!?話が違う!」

 

「人…だけど」

 

「喋った!」

 

「喋れる、一応…」

 

 

声の勢いだけで朝陽が吹いて飛ばされ、そのまま死んでしまいそうな活気。自分以外の声を聴くのは久しぶりで、鼓膜がジンジンと痛む。

 

 

「おじさんがいっつも知らないとこに食べ物持ってっててさ、腰やったから代わりに行ってこいって言われてよ!そんで言うには山の妖怪にあげるって…あれぇ、言ってたっけ!?言ってたような気がするんだけど!」

 

「声、大きい」

 

「ごめん!お前なんだ!?なんでこんなとこいるんだ?」

 

「僕は…朝陽。体弱くて動けないし、太陽の下も歩けないから捨てられた…」

 

「なのに朝陽か!面白いな!いい名前なのに勿体ない!

俺は一晴!高海一晴だ!よしお前、俺の友達な!また会いに来るぜ朝陽!」

 

 

話を聞かず一方的に見つけて友達にしてきた。

これが朝陽の親友にして千歌の曽祖父、一誠との出会いだった。

 

今思うと随分と千歌に似ている。それにしても長い走馬灯だ。

今一度噛み締めるべきという事だろう。己の存在が、いかに命に値しなかったのかを。

 

 

 




後編に続く。


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闘魂!輝きの焔!

「朝陽いぃぃぃっ!元気か!おにぎり持ってきた!今日は鮭もあるぞ!」

 

「うん、元気。ありがとう一晴」

 

 

あれ以来、食料を持ってくる係は一晴になった。

 

彼は底抜けに明るく、朝陽とも気が合う少年だった。話すのが不得手で遊びにも付き合えない朝陽が相手でも、心から楽しんでいるのが伝わってきた。だから朝陽も、生まれて初めて楽しいと感じるようになった。

 

相変わらず外を歩けたりはしないが、朝陽の生活はそれだけで一変した。誰かがいるだけで息をすることに価値を感じられるようになった。

 

それだけに、一晴がいない時間は一層寂しく感じるようになった。

もし一晴が帰る時、自分もついて行けたなら。こんな小屋を抜け出して一晴と居られたなら。そんなことを夢にまで見るようになった。

 

そんな日々が続いて数年後のことだ。一晴は変わった話題を持ち出して来た。

 

 

「これ見てくれよ!この石みたいなやつ!」

 

「なにこれ…目玉?」

 

「だよな!朝陽もそう見えるよな!友達の家の蔵にあってよ!それで色々調べてみたらうちの蔵にもそれっぽい書物があったんだ!」

 

「友達…」

 

 

朝陽が言うには、かなり昔にこの内浦にやって来た異邦人が残した書らしい。その目玉は『眼魂』と呼ばれ、何やらとんでもないものだという。

 

それから一晴はその眼魂の謎にのめり込むようになった。たまに内浦を飛び出してまでその異邦人の足跡を追うこともあり、朝陽に会いに来る頻度が少しだけ減った。

 

それからまたしばらく経った。その日はいつにも増して上機嫌で元気に、朝陽の小屋に一晴はやって来た。

 

 

「わかったぞ朝陽!この眼魂の正体、誰が作ったのか!お前にも見せたいものがあるんだ!今日の夜は雲が厚い!外に出るぞ!」

 

 

言われたのは、これまたとんでもない一言。

 

外に出るぞと言われても全く実感が湧かなかった。別に出れなかったわけじゃない。月明りなら肌も耐えられるが、転んだり獣に襲われればそのまま死んでしまう。出る理由が無かっただけだ。

 

でも、その日は一晴が久しぶりに来てくれた。思いに応えたくて、意を決して外に出ることにした。

 

 

小屋の戸の前に立ったのはいつぶりだろう。体に包帯を巻き、一晴の手にひかれ、戸の先の世界に踏み出した。

 

 

「……っ…!」

 

「どうだ、大丈夫か?歩けるか?」

 

「うん…大丈夫。あぁ、うん…やっぱ駄目かも。ちょっと泣きそう」

 

「どっか折れたか!?肌大丈夫か!?」

 

 

外界と別れたのは物心もつかない頃。忘れていたのだ、こんなにも世界が広いという事を。

 

包帯を撫でる風を、足裏が踏む土から生を感じながら、一晴に連れられた場所にあったのは眼の紋章が刻まれた岩の板だった。

 

 

「聞いて驚け!これはなんと別世界のものらしいんだ!」

 

「別…世界…!…?」

 

 

この世界のことすら知らない朝陽にとって未知の概念だ。

 

 

「眼魂を作ったのもその別世界の人間で!この石板は別世界と通じてたんだ!この眼魂を使ってみたらなんと!眼魂を作った本人と話せた!」

 

「作った本人って、何言ってんのさ。そんな昔のもの作った人なんて生きてるわけない」

 

「別世界の住人は不老不死なんだ!なんでか分かるか?眼魂こそ住人の体なんだ!この眼魂に魂を移して永遠の命を創り出したんだ!」

 

「眼魂に魂を移す…って……!」

 

「そうだ朝陽!俺が眼魂を作れるようになれば、お前に丈夫な体を作ってやれる!」

 

 

望んでも望んでも足りなくて、いつしかそれすらやめた、そんな望みだった。

 

一晴曰く、眼魂を作った誰かを『先生』と呼び、教えを乞いているらしい。対話ができるのは日中のみらしく、朝陽は話すことができないのが少し残念だったが。

 

一晴の近況報告はいつも芳しく、朝陽の期待も高まっていった。

退屈だった一人の時間は、体を手に入れたら何をしたいかを考える事にした。まずは思いきり走りたい。次に太陽の下で昼寝がしたい。そんな妄想をする毎日が楽しくて仕方なかった。

 

 

それからまた数年が経過した。世の中ではまた大きな戦争が始まったらしい。戸籍を持たず労働力にもならない朝陽にとってはさほど関係の無いことだ。

 

 

「朝陽!これ何か分かるか!?そう、鞘だ!刀の鞘!先生が美作の地から持ち帰った、かの大剣豪・宮本武蔵の刀の鞘だ!」

 

「刀…?剣豪?みやもとむさし…?」

 

「あ、そうか。朝陽は歴史とかあんまし知らねぇか!でも歴史を知ることは大事だぞ!先人の意志を繋ぐことができる!過去を知るという行為そのものが偉大なんだ!」

 

 

その宮本武蔵の遺品を持ってどうするのかと尋ねたところ、一晴はこう答えた。「宮本武蔵の魂を眼魂にする」と。

 

 

「魂ってのは情報なんだ。この鞘に残った情報から武蔵を再現する。俺の考えとしては人々が持つ武蔵の人格像を総括すれば…そう、あとあの石板。先生が言うにはあの石板にはどんな願いも叶える力があるらしいんだ。その力を使って…」

 

 

彼の話は朝陽の理解をとうに超えていた。分かるのは後になるが、一晴は眼魂の研究において別世界から見ても天才と呼ばれる程だったらしい。

 

『先生』とやらが言うには、別世界の住人がこちらの世界に攻め込もうとしているとのこと。その対策を一晴と共に行っているらしいのだ。

 

石板に宿る『神様』と繋がるには、別世界にある15の『力』が必要。一晴はそれを偉人の魂を宿した眼魂で代用しようと提案した。先生の協力で偉人の遺品は続々と集まっていった。

 

 

「こっちが江戸の大泥棒、石川五右衛門の煙管!こっちは米国の手品師、ハリーフーディーニが手品に使っていた手錠!こいつは中華民国のお坊さん、三蔵法師が持ち帰った経典…の一部を先生が破ってきたものだ!」

 

「先生罰当たりだね…それに米国って戦争してる外国の?外国の歴史まで知ってるんだ一晴」

 

「先生が教えてくれたんだ!長く生きてるだけあって、色んな国の色んな話知ってるんだぜ!」

 

 

遺品は15個揃い、英雄眼魂の制作が始まった。これが完成すれば別世界への対抗力、もしくは抑止力になるらしい。世界を守る大儀すら一晴は背負っている。

 

だから朝陽は言い出せなかった。『僕はいつになったら体が手に入るの』とは。

 

 

朝陽は小屋の中で思いを募らせたまま、再び時間が経過する。

 

 

「俺、結婚する!」

 

「…はい?」

 

 

また眼魂研究の話かと思いきや、一晴が出した話題は斜め上を貫くものだった。なんでも眼魂を初めて発見した家の『友達』とやらが女性で、彼女といい関係になり結婚を決めたらしい。

 

 

「俺、もう大人になるだろ?そしたら戦争に行かなきゃいけねぇ。これまで誤魔化して眼魂の研究してきたけど、もう無理だ。その前に家族を持っておきたかったんだ」

 

「そ…っか。おめでとう、一晴」

 

「ありがとう!今度ここにも連れてくるよ!きっと気が合うぜ!」

 

 

めでたい報告だ。友人として喜ばしいことこの上ない。

…そう思うのが正しいのだろう。朝陽だって、心の底から喜びたかった。

 

 

真っ先に朝陽に浮かんだのが、妬みだった。

 

若くして英雄と呼ばれるに相応しい功績を残し、幸せを手にしようとしている一晴。では朝陽はどうだ?今この時間が幸せと呼べるか?

 

一晴と出会った日のことが、外に連れ出された日のことが忘れられない。あれから健康な体に焦がれ、太陽の光を求め、普通の人生が欲しくてしょうがなくなった。

 

このまま何もできないまま死にたくない。不平等だ。理不尽だ。

忘れかけていた恨みが激しく燃え始めた。死に対する恐怖もまた、朝陽を蝕んでいった。

 

 

一晴がとても嬉しそうに小屋に飛び込んできた。

子供が生まれるらしい。その時大きく開いた瞳に映ったのは、今にも折れそうな自分の腕と朽ちかけた肌。

 

 

「…うるさい」

 

 

そう、言葉に出してしまった。

 

 

「朝陽……?」

 

「なんで…なんで一晴ばかり!僕は?僕の体は!?一晴言ったよな!僕に体をくれるって!あれから何年経った?どれだけの時間、僕が焦がれたと思ってる!?」

 

「っ…!違うんだ朝陽!それは…!」

 

「求めるものは一向に手に入らない!こんな死んでしまいそうな体で毎日を生き抜き続けても、一晴だけが何かを成し遂げる!幸せになる!なんだよそれ…!眼魂の研究だって英雄眼魂ばかりだ!僕の事なんてどうでもいいんだろ!」

 

「話を聞いてくれ!俺はちゃんとお前を!」

 

「何も持てない僕に見せつけて悦に浸っているんだろ!君なんか…!!」

 

 

大きな声を出したせいで喉が耐えられず、激しい咳と共に朝陽の口から血が落ちる。成長したところで、朝陽の体にはこの程度も許されない。

 

 

「朝陽!」

 

「……来るなよ。もう…いい。こんな奴を構ってたって、君の人生には邪魔だろ…!」

 

「お前何言って…!」

 

「戦争に行くんだろ…さっさと行けよ。それで…そのままここに来なけりゃいい」

 

 

掠れた弱々しい声で、朝陽は下を向いたまま一晴を突き放した。

今はただ自分が惨めで、それ以外の事を考えられなかった。一晴がいなくなっていたことに気付いたのは夜になってからだった。

 

 

 

それから一晴は朝陽に会いに来なくなった。

 

食べ物だけは別の誰かが置いていく。結局のところ、一晴もあの糞両親と同じだったということだ。朝陽はそう結論付け、また一人の時間を過ごした。

 

 

1945年の夏。第二次世界大戦末期。

午前一時、アメリカ軍の飛行機が投下した無数の焼夷弾で、沼津の街は壊し尽くされた。

 

アメリカ軍の作戦では空襲の対象は沼津市のみ。

しかし、日本の人々はそんな事を知らない。()()()()()()()()()()()()()()()が敵国の仕業じゃないことを知る由も無い。

 

 

「何が起こってるんだ…!」

 

 

爆発の音が近い。小屋に入り込む光が赤い。パチパチと炎が散る音が聞こえる。

 

一晴から聞いたことがある。空襲だ。

そんな思考で一晴の名前が浮かんだ時、朝陽は何も考えられず小屋を飛び出していた。

 

その日も雲の厚い夜だった。戸を開けると山の麓の家々が燃えていた。

一晴は戦争に行っているのだから、自分がそう突き放したのだからここには居ない。そう分かっていても、朝陽は生まれて初めて走ったのだ。

 

 

「一晴…!一晴!」

 

 

体が炎に近づくほど、肌が激しく痛む。足を進める度に、死が近づいていたのが分かった。それでもいいと思った。自分が拒絶したくせに、一晴が来ないなら生きていてもしょうがないなんて思ったから。

 

人里が見えるところまで降りて来た朝陽が見たのは破壊された家、燃えあがる炎、人の死体。そして、人を狩る怪物たちの姿だった。

 

 

「貴様、見えているのか」

 

 

呆然としていた朝陽に、一体だけ異なる姿の黒い怪物が声を掛けた。

その時、朝陽は一晴が置いて行った眼魂を持っていた。だから眼魔の姿が見えてしまったのだ。

 

 

「見えているなら答えろ、高海一晴という人間は何処にいる」

 

 

全てを察するには十分な言葉だった。この怪物たちは別世界の存在。自分たちを脅かす一晴を殺すためだけに、ここを襲ったのだ。

 

 

「知らない……!そんな人、聞いたこともない!」

 

「そうか。奴と関連があると思ったが、稀にいる我々の不可視結界の対象にならない特異体質の人間というわけか。ならば此処には居ない可能性もあるな。あの愚弟め…面倒な要素を残したものだ」

 

 

怪物は独り言を吐くと、朝陽の体を眺めた。

そして、

 

 

「っは…ぁッ……!?」

 

 

朝陽の体を怪物の脚が蹴り砕いた。

それは、彼の脆い体を確実に死に至らしめる一撃。

 

 

「憐れだな。そんな不完全な体で生まれたこと自体が、消えない過ちだ。生きる意味もないだろう」

 

 

生きる意味もない。確かにその通りかもしれない。

違う。朝陽はきっと生きてすらいなかったのだ。

 

 

そして誰にも知られないまま、朝陽は死んだ。

 

 

 

不思議なことに、目が覚めた。

あの世かと思った。すぐに違うと理解した。そこは、あの別世界に通じる石板『モノリス』の前だったのだから。

 

 

しかし死んでいるのは分かった。体が透けて、浮かぶことができる。いわゆる幽霊になったのかもしれない。しかし不思議なことに、死ぬ前のような弱々しい体ではなくなっていた。

 

 

ただし、朝陽の体もモノリスも、人には見えないようだ。

誰にも気づかれないまま長い時間を過ごした。太陽の下で過ごすことができたのは嬉しかったが、光は朝陽の体をすり抜けてしまう。太陽を感じることはできなかった。

 

一晴に出会う前のあの時と、何も変わらないじゃないか。あの時と違って死ぬことができないだけ。

 

 

そしてまた孤独に、長い時間を過ごした。どうやら戦争は終わったようで、あの時のような惨劇が起こることはそれ以来無かった。なんで自分がこうして存在できているのかを考えるのもすぐにやめた。

 

 

「罰だよね、きっと…」

 

 

長い時間で考えた。自分がいかに愚かだったのかをようやく理解した。

朝陽はただ厚かましく望んでいただけだった。自分から何をすることもなく、偉大な友人に全てを期待して放棄していた。自分が世界で一番不幸だと思い込んでいた。

 

余程の屑野郎も大馬鹿も朝陽だった。意味もなく死んだように生きたまま、本当に死んだ。しかも幽霊にまで成り果てるしぶとさ。考えれば考えるほど嫌になる。

 

 

もし、もしもの話だ。あの時みたいに誰かに見つけられたのなら、今度は自分がその誰かの助けになってあげられるだろうか。

 

その時のために考えよう。今を生きるその誰かに、朝陽は何を教えられるのだろう。一晴が話してくれた世界の事を、見せてくれたその生き様を、ちゃんと教えられるように自分の中で言葉にしておこう。時間ならきっと、いくらでもある。

 

もし今度誰かに会えたなら、僕にとっての君のように───英雄になれるかな。

 

 

 

「おにいちゃん、だれ?」

 

 

 

______________

 

 

 

本当に長い走馬灯だった。刻限が訪れ、朝陽は消滅した。今度こそ本当に死んだのだ。

 

 

「ここは本当にあの世かな…あぁ、成れなかったなぁ。僕は何も出来なかった。やっぱり僕が英雄になんか……なれるわけなかったんだ」

 

「何言ってんだお前!ほんっと、馬鹿なのは変わってねぇな!」

 

 

久しく聞いていなかった。でも確かに聞き慣れた熱い声が、朝陽の肩を叩いた。振り返って、そこにいたのは彼だ。なるほど、やはりここはあの世みたいだ。

 

 

「一晴…!」

 

「よっ、久しぶりだな!いやぁ、久しぶりじゃねぇんだけどな。なんてったって俺は……」

 

 

身勝手に突き放したあの時を最後に会えなかった親友がいた。一晴が何かを言いかけたようだったが、朝陽はその姿を見るや否や、彼の前で泣き崩れた。

 

 

「おいおい、いきなり泣くなよ!」

 

「ごめん…ごめん一晴!ずっと謝りたかった!君にばかり期待して、僕は君に何も出来なかったくせに!ごめんなさい!僕は…僕は…!」

 

「大丈夫だよ。知ってるよ、お前の気持ちなんか。なにせ、ずーっと見てたからなお前のこと!」

 

「見てた…?」

 

「お前は知らねぇだろ?あの後、何があったのか」

 

 

________________

 

 

内浦が空襲の被害にあったと聞いて、一晴は勝手に内浦に戻って来た。

死人も少なくはなかったが、彼の妻と赤子の子供は無事だった。しかし、山に向かった彼は、眼魔に殺された朝陽の遺体を見つけることになる。

 

 

「朝陽…っ…!」

 

 

その次の行動を、一晴は迷わなかった。

朝陽の遺体をモノリスの前に運び、試作品の15英雄眼魂で紋章が描かれた紙の上に陣を作る。そして、目薬のような薬品を紋章に垂らし、儀式が始まった。

 

 

「悪かったな朝陽。お前の体を用意するって話、やろうと思えばできたんだ。でも、今そうしちまえばお前は戦争に行かなきゃいけなくなる。死なねぇ体ってことで、眼魂も戦争に使われる。お前が道具みたいに使われるのだけは…嫌だったんだ」

 

 

だから一晴はグレートアイの力で『戦争を終わらせる』という願いを叶えようとしてた。その後の世界なら朝陽が幸せに生きられると、そう思ったから。

 

 

「やっぱ不完全、これじゃ願いを叶えるのは無理だ。だったら一旦眼魂を遺品の形に戻すまで力を使って、できるだけグレートアイから力を絞り出して動力にする!遺品でもできたんだから遺体がありゃ簡単だ!朝陽、お前を眼魂にする!」

 

 

生きた人間ならともかく、死人を眼魂にするなんて神業に等しい。しかし英雄眼魂を作ってみせた一晴なら可能。

 

ただ、それは対象が死してなお生者を超える魂を誇る、英雄ならばの話だ。

 

 

「魂の強さが足りない…偉人ならまだしも、眼魂にするには朝陽の魂の情報が弱すぎる…!朝陽の魂で足りない分、別の魂を使えれば……」

 

 

一晴はまたしても迷う事をしなかった。

グレートアイから引き出した力の全てを使い、自分の命を使って眼魂を作り上げたのだ。

 

 

「悪かったな、遅くなっちまった。願いを叶えてやれなかった。だから今度は…生きろ、朝陽!」

 

 

 

______________

 

 

 

「…と、いうわけだ!つまりお前のオレ眼魂は俺の魂が宿ってたってことよ!…って、あんま嬉しそうじゃない!?」

 

「……そりゃ、そうに決まってる!なんで…君が死ななきゃいけなかったんだ!僕なんかのために!」

 

 

朝陽にとってその事実は耐えがたいものだった。

何も出来なかったどころか、自分のせいで一晴は死んだ。一晴には家族もいて、素晴らしい才能もあって、あの後すぐに戦争も終わった。輝かしい幸せな人生が待っていたはずなのだ。

 

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!誰のおかげで俺や、俺の子やカミさんが生きてたと思ってんだ?お前があの時、眼魔に嘘ついたからアイツらが退散したし、こっちに向かってた俺も見つからずに済んだんだ」

 

「僕の記憶見たんだ…でも、それで君が死んだら意味ないだろ!」

 

「いいんだよ!意味はあったんだ!だって、お前は今から99日間また復活するんだからな!」

 

「……え?」

 

「俺とお前の魂は繋がってる。お前が俺の眼魂で変身できてたのはそういうワケだ!つまり、今から俺がお前の身代わりになる。朝陽、お前はまた蘇るんだ」

 

 

言葉にできない感情が朝陽の中に湧き上がった。

 

また一晴が朝陽の代わりに死ぬ。

悲しい気持ちも当然あって、それでも嬉しいと思ってしまう自分もいて、怒りもある。何を外に出せばいいのかわからない。そんな中で、朝陽が言葉として選んだのは……

 

 

「……君が生き返ればいいじゃないか」

 

「あ?」

 

「僕じゃなくて、君が生き返ればいいだろ!僕じゃ戻っても何も出来ない!そうだ、君に会って欲しい子もいるんだ!千歌ちゃんだってきっと、君と会えた方が嬉しいに決まって……」

 

「んの…馬鹿野郎がぁっ!!」

 

 

一晴は助走をつけ、とにかく全力で一発、朝陽の顔面を思いっきり殴った。

現実を超えるような鮮烈な痛みの感覚。戦いで感じた痛みより、生きていた頃に感じたどの苦しみより、その一発は痛かった。

 

 

「あースッキリした!生きてた時はお前を殴ったら死んじまいそうだったけど、その無っっ駄に暗い面、一発ぶん殴ってやりたかったんだ」

 

「一晴…!?」

 

「お前いっつも不幸せみたいな顔しやがって!そんなに俺といるのが嫌なのかよ!なぁ!」

 

「…っ、そんなことない!君のお陰で僕は生きる意味が知れた!君がいなけりゃ、僕はずっと前に死んでた!君は…僕の英雄なんだ!」

 

「分かってんじゃねぇか!楽しかったんだろ?生きてて良かったって、そう思ったんだろ?千歌と…アイツらと一緒にいた時はどうだったんだよ!?」

 

 

そんなの考えるまでもない。千歌が見つけてくれた時からずっと幸せだった。仮面ライダーになってからは実体化もできるようになり、曜や果南とも触れあい、喋れるようになった。

 

梨子が東京から来て、Aqoursが始まった。そこに加わった花丸はお寺の子で、随分と興味を持たれた。あとルビィとダイヤからはスクールアイドルのことをたくさん聞いて好きになった。善子はよく分からない事をずっと言っていて、鞠莉はアメリカ人とのハーフらしく、時代は変わったなと驚いた。

 

皆と一緒に東京にも行った。蔵真が祓おうとしてきたけど、分かり合えた。初めて太陽を浴びて、海で泳いで、あんなにたくさんの友達と笑い合って……

 

「生きてあげられなかった」じゃない。ずっと望んでいたものは、とっくに手に入っていた。千歌が見つけてくれたその瞬間から、朝陽は確かに生きていたんだ。

 

 

「………死にたくないなぁ…」

 

 

今、生まれて初めて命が惜しい。何ができるかとかじゃなくて、ただ身勝手にあの場所へ帰りたい。皆にまた会いたい。

 

 

「だろ。だから帰るんだ」

 

「でも…一晴は……!」

 

「俺はいいんだよ!俺は人生をはちゃめちゃに楽しんだ!お前ができなかった分までな。だから今度は、お前が俺の分まで生きて来い!千歌を頼んだぞ」

 

 

朝陽の胸に一晴の拳が触れる。一晴の姿が光になって朝陽の中に吸い込まれ、笑顔のまま消えていく。

 

 

「英雄になれよ、朝陽」

 

「ありがとう一晴……君の想いは、僕が繋ぐ…!」

 

 

命を感じる。空を覆う雲が消えていき、暖かい光が朝陽を内から照らす。

ずっと焦がれていた太陽は、もう朝陽の中で燃え盛っていた。

 

 

_________________

 

 

 

「何が起こっている…!?」

 

 

ネクロムが驚嘆の声を漏らした。ついさっき、朝陽は確かに消滅したはずだ。

それは、余りに突然訪れた奇跡だった。雨が止んで雲が消え去り、眩いばかりの太陽が世界を照らした。その光から舞い降りたオレンジの風が、スペリオル・スピアとネクロムを弾き飛ばす。

 

 

「…ただいま、みんな!」

 

「朝陽くんが……生き返った!」

 

「馬鹿な!いや、問題ない。再び倒せばいい話だ」

 

 

千歌たちが英雄眼魂を持っている。朝陽が消えた後、ネクロムに渡さないよう抵抗していたのだろう。本当に、彼女たちの勇敢さには頭が下がる。

 

 

「やっぱり、君たちも立派に英雄だよ。僕だけだった、僕だけが何もかも半端で、本気で生きようとしてなかった。だから次は僕だ。僕だって、皆みたいに輝いてみせる!」

 

 

朝陽の魂は弱く小さく、眼魂を作るに至らなかった。それは昔の話だ。

長い時間と戦い、出会い、体験を経て、朝陽の魂は成長した。そして過去と向き合い、親友と向き合って、その魂は遂に完成した。

 

ゴーストドライバーの出現と同時に、一つの眼魂が誕生する。

黒い眼魂が起動と同時に燃え上がった。朝陽自身の魂を宿した燃える眼魂、その姿は太陽そのもの。

 

 

《一発闘魂!》

《アーイ!》

《バッチリミナー!バッチリミナー!》

 

「変身!」

 

 

印を結び、現れた黒と赤のパーカーゴーストが右腕を突き上げる。炎の中で朝陽が思うまま、パーカーは自由に激しく踊り続ける。

 

 

《闘魂!カイガン!ブースト!》

《俺がブースト!奮い立つゴースト!》

 

 

レバーアクションで朝陽の姿が真っ赤なトランジェントに変わり、そこにパーカーゴーストが一体化して全く新しいゴーストが誕生した。

 

意識に焼き付く黒と赤の二色。体とパーカー随所に燃える炎の意匠、闘志が漲る複眼模様とウィスプホーン。その全てが今の朝陽を表したような姿。

 

仮面ライダーゴースト 闘魂ブースト魂!!

 

 

「僕は初めて、心からこの言葉を言うかもしれない。命……燃やすぜ!」

 

「姿が変わったところで!」

 

《カイガン!ガリレオ!》

《天体!知りたい!星いっぱい!》

 

 

進化したゴーストに対し、ネクロムは再びガリレオ魂に変身。

しかし、気付いた時にはゴーストが肉薄していた。防御の隙も無く、黒い炎を纏った拳がネクロムに炸裂。

 

 

「なんだと…!?」

 

 

受け身だったこれまでのゴーストの戦闘とはまるで違う。最初から闘気を剥き出しにし、一撃でネクロムを沈めに来ていた。

 

 

(何があった!?本当に同一人物か?まるで別───)

 

 

思考している間にも、ゴーストは休まず攻撃を仕掛けてくる。

ネクロムは咄嗟にガリレオ魂の能力を発動し、ネクロムの体を中心にゴーストを反対側まで回転させた。

 

だが、ゴーストは勢いを止めずに方向を反転し攻撃を当てた。一切衰えない炎の連撃がネクロムを捕え、ガリレオ眼魂がダメージで弾き飛ばされてしまう。

 

 

「まだまだ!僕はここで必ず、君を倒す!」

 

「黙れ…!霊体のくせに!」

 

 

ネクロムに手段を選んでいる余裕はない。残った手であるサンゾウ眼魂をドライバーに叩き入れ、白い僧衣のパーカーを召喚し纏った。

 

 

《カイガン!サンゾウ!》

《サル、ブタ、カッパ!天竺を突破!》

 

 

背中の『ゴコウリン』を掴み、ゴーストへ投げつける。

それに対しゴーストは、ドライバーから新たな武器を呼び出した。

 

真っ赤な剣。少し風変りなのは、柄の部分に何故かサングラスが付いている所か。

 

 

「サングラスの剣!えっと……サングラスラッシャー!」

「千歌ちゃん採用!これは今からサングラスラッシャー!」

 

「朝陽さんやっぱり千歌ちゃんに甘いような…」

 

 

爆速命名式に梨子が呆れているうちに、ゴーストはゴコウリンをサングラスラッシャーで叩き切った。

 

太陽の光を受けて輝き燃える刀身。強く一閃、防御を崩す。激しく二閃、ネクロムを追い詰める。熱く三閃、その斬撃が深くネクロムに刻み付いた。

 

 

「アリオス、君が叶えたい願いってなに?」

 

「何度も…言わせるな!完璧な世界!それを創造し、支配する力だ!私は完璧な存在になり、世界を救う責務がある!」

 

「完璧な存在なんていないよ。人間は一人じゃ不完全もいいとこで、誰かの手を借りないと生きてすらいけない。でも、不完全を集めて繋げればなんだってできる。命が無い僕だって、生きていけるんだ!」

 

「ふざけるな…!認めないっ!一度死に、命すら持たない最も不完全な存在に!私が負けていいはずがないんだ!」

 

「君一人が正しい世界は絶対に間違ってる。僕は僕が生きる世界のため、皆が笑って生きられる世界のために!だから僕は、ここで君を倒す!」

 

 

《闘魂!ダイカイガン!》

 

 

レバーアクションで赤黒く燃える紋章が、ゴーストの後ろに浮かび上がった。印を結んで炎が収束するのは、ゴーストの右足。

 

雄叫びを上げ、ゴーストが強く一歩を踏み出す。次の一歩も、次の一歩も、踏みしめる大地から命を感じながら、その全てを右足に込めて飛び上がり、ネクロムに放った。

 

 

《ブースト!》

《オメガドライブ!》

 

 

闘魂ブーストの水平跳び蹴りがヒットした瞬間、溢れ出した炎がネクロムを飲み込み、大爆発。

 

息を切らしたように朝陽の変身が解ける。

吹き飛ばされたアリオスは激しく地面で体を汚し、敗北を自覚し絶叫した。

 

 

「馬鹿な…!私が…負けるはずが無い…!私だけだ!私だけが、この世界を正しく導ける……!その、はずなのに…!なんで……っ!」

 

 

その叫びが引き金だったか、アリオスのゴーストドライバーが砕け散って消滅した。畳み掛ける絶望に、アリオスの叫びは言葉にすらならない。

 

 

「お嬢様!くっ……ここは退かせてもらう!」

 

 

スペクターと戦い続けていたジャレスがアリオスを保護し、ゲートを開いて眼魔世界へと逃げ帰ってしまった。

 

目的は眼魔の殲滅ではない。今は退けただけ大金星としよう。

何より、99日のタイムリミットを越えて朝陽が帰って来たのだ。

 

 

「と、いうわけで。これからまた99日、よろしくね!」

 

「この…バカぁーっ!!」

 

 

泣きそうな千歌が朝陽の顔をパンチする。いつもならすり抜けて空ぶる場面なのに、今回は避けられずしっかりと当たった。

 

 

「あれぇ!?ごめん朝陽くん!」

 

「いいよ、千歌ちゃんにも殴られなきゃって思ってた。僕の方こそごめん。今度は僕、一生懸命生きてみるから。はい、皆も一発ずつ殴っていいよ!」

 

「じゃあ俺が」

「私も一発。顔面でもいいよね?」

 

「蔵真さんマルの分もお願いするずら。ルビィちゃんの分も」

 

「えぇっ!?ルビィはそんな…」

 

「いいえルビィ、こういう落とし前は大事ですわ。特に!自分の命を粗末にするようなドッキリ好きの大バカ者には!では果南さん、わたくしの分もやっておしまいなさい」

 

「OK!じゃあマリーはKickで行くね!」

 

「あれー僕もしかして死んじゃう?戻って来たばかりなんだけど……あ、そうだ。雨あがったし、お祭り行こう!ね!そうしよう!」

 

「じゃあこういうのは?みんな一つずつ、朝陽くんに好きなもの買ってもらうのは!」

 

「曜ちゃん!?」

 

「私はりんご飴で」

 

「梨子ちゃんまで!?」

 

「ならばヨハネは宝物迷宮に封印されし神器…新作のゲーム機を希望!」

 

「それくじ屋の景品だよね!?」

 

「いいじゃん!朝陽くんのお金で、屋台のくじ引き全部買ってみた!」

 

 

千歌がとんでもないことを言い出して、朝陽が顔を引きつらせながらスーッと消えた。無論、千歌には見えているのですぐに捕まったのだが。

 

 

(一晴…君からもらったこの命で、もう一回だけ生きてみるよ)

 

 

残された時間は、あと99日。

 

 

___________

 

 

 

眼魔世界に逃げ帰ったアリオスとジャレス。ゴーストドライバーは砕け、アリオスはグレートアイで願いを叶える権利を失ってしまった。

 

 

「…この程度で諦められるか…!無いのなら、作り出す!ジャレス!奴を…イーザルを呼べ。早急に予備の作戦を実行する!」

 

「なっ…!?しかしお嬢様!」

 

「私をそう呼ぶな!」

 

「…失礼しました。アリオス様の仰せのままに」

 

 

99日で消える幽霊がなんだ。時間が無いのはアリオスだって同じだ。

 

 

「あの空は必ず…私が手に入れる…!」

 

 

 

 




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File:Eternal


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Eの怪盗/人喰いカジノ

※注意
これは本作品ダブル編で取り扱った「ダブル×ラブライブ」の物語の一部を切り取ったものです。






















Access…[Archive 2009]

File:ETERNAL





カチリ…カチリ…

音が遠のく。旋回する思考が明後日を向き始め、頭が重くなるのが分かる。

 

 

『雪穂! 私、スクールアイドルやる! それで絶対、廃校阻止するんだ!』

 

 

そんな事を姉に言われて、もうかなり経ったような気がする。「廃校」という大人の決定に子供は逆らえないと諭した直後のことだったので、我が姉のことながら仰け反って驚愕した。

 

知らないうちに仲間も増え、自分の友人の姉まで巻き込んで、なんだかどうにかなりそうな感じになってきた。これが姉の凄いところだ。凄いとは思うし尊敬もするが、あぁなりたいとは別に思わない。もう少し地に足付けて生きる方が、自分含め多くの人にとっては合っていると思う。

 

そう思っていた。今も思っている。ただ、その考えを執拗に否定する存在が現れただけのこと。まどろむ眼の中。夢と現の境目。記憶は、過去から現在に流れて進む。

 

明るいどこかの風景に自分が溶けていく。そして僅かな痛みと共に、空の上で叩きつけられた言葉を、思い出した。

 

 

『雪穂ちゃん、太った?』

 

「…太るわけないでしょうがあああっ!!」

 

 

高坂雪穂、実家が和菓子屋の中学三年生。嫌いなアルファベットは『E』。

志望校は偏差値の高いUTX学院。どこにでもいる普通の女子中学生だと自負している。特異な事と言えば姉がスクールアイドルをしていることくらいだった……少し前までは。

 

目覚め一番とは思えない大声で、雪穂は目を覚ました。場所は自室。机の上のノートでは形を保てていない文字の上に落ちた涎がすっかり乾いていた。時間はもう朝。昨夜の受験勉強の最中、雪穂はいわゆる寝落ちをしてしまっていたのだ。

 

 

「どうしたの雪穂?」

「ごめんなんでもないお母さん。ちょっと独り言…大きめの」

 

 

通りがかった母に適当な言い訳をして、深く溜息。受験は近づく一方だというのに、ここ最近は生活リズムが狂っていくばかり。まぁ原因は明らかなのだが。

 

少し前、高坂雪穂と友人の絢瀬亜里沙は「ある宝」を巡って事件に巻き込まれてしまった。それがきっかけで出会ってしまったのだ、その宝を盗みに来た怪盗───「怪盗エターナル」に。

 

あれが不運の極みだった。あれがきっかけで雪穂の人生は崩れ去ったのだ。

 

説明は省くが雪穂に科されたのは30億円の借金。中学生にして超弩級の債務者になってしまった彼女は、それを返済するため怪盗のもとで働くことになってしまった。それから先は気分次第で呼ばれて小間使い、雑用、暇潰しの遊び相手、そして盗みの手助けまでさせられる羽目に。

 

 

(盗みは余裕の犯罪! バレたら捕まるんだよ!? 危ない場所にも普通に行かせるし、正直心臓がいくつあっても足りないってのに…あの人は私の気も知らないで!)

 

 

そんな環境で太れる奴がいるかと、枕を掴んで布団に叩きつけた。

しかしこうして息を荒げていても仕方がない。あの迷惑千万な怪盗とは別に受験はやって来るのだから、せめて普通に過ごせている時間だけでも集中しなければ。

 

そう思ったのを見計らったかのように、雪穂の携帯電話にメール。噂をすれば怪盗だ。早朝からゴミ箱に携帯を投げ入れたくなったのを抑え、文面をチラ見。

 

 

「はぁ~……えっと、『こんばんは』…挨拶はできるんだよねあの人……なになに、『最近疲れてるみたいだから素敵なプレゼントを贈ります』?? 誰のせいで疲れてると思って……!!」

 

「雪穂ぉー! 雪穂宛になんか来てるわよー! 宅配便! 大きい板みたいだけど…」

「おはよ~! ってお母さんなにこれ? 新しい机!? 」

 

 

どうやら姉の穂乃果が起床したようだ。しかし雪穂は宅配便に心当たりがない。

 

 

「次から次に…ん? 届け物? 今? ってことはもしかして…」

 

 

もしや怪盗が言っていた贈り物だろうか。メールと同時にお届け、いかにも彼がやりそうだ。その時、寒気と共に浮かんだ、怪盗との初対面の記憶。彼は前に30億円の宝玉を和菓子代として投げ渡してきた事が……

 

 

「雪穂ー、これなにー? 開けていい?」

「ダメっ!!! 取りに行くから! 私が自分で運ぶから絶対触んないで!! 特にお姉ちゃんは絶対!!」

「えぇ~…でもそう言われると逆に気になって……」

「それ触ったら一生饅頭しか食べれない呪いかかるからね!!!!」

「呪い!?」

 

 

支離滅裂な脅迫をしてでも姉を止め、雪穂は手袋を装着してその「贈り物」を自室に運んだ。それはもう息を止めて誠心誠意丁重に。

 

なんとか部屋に運びこんだそれは、一見何かの板。恐る恐る封を解くと予想通りだった。

 

 

「絵画……高い、これ絶対に高いでしょ…!」

 

 

何かの動物が描かれているのが分かるが、まず間違いなく高価なものだ。多分単位は万じゃ済まない。あの男は30億じゃ飽き足らず更に借金をかさ増しさせる気なのか。いや、雪穂の予想が正しいのなら、これは「ただの芸術品」ではない。

 

手袋越しに絵画の中心に触れる。その瞬間に絵に引っ張られた。

床に置いた絵画に一切の抵抗力はなく、雪穂の体は重力に従って絵の中に吸い込まれていった。

 

 

________________

 

 

 

「……雪穂!」

 

「ってて……うぅ、頭がくらくらする…あれ、亜里沙…!?」

 

「大丈夫? もしかして雪穂のところにも絵が?」

 

「そうだけど…あー、なんとなく分かったかもこの展開」

 

 

縦に落ちたと思ったら、今度は横に吐き出されるという平衡感覚を超越した体験だった。不時着で痛めた首を抑えながら、雪穂の目に入ったのは友人の絢瀬亜里沙。そして予想通りに、その人物も後ろに控えていた。

 

 

「やぁ亜里沙ちゃん、雪穂ちゃん。日本の時間ではオハヨウだね!」

 

「カイトーさん!」

「やっぱりミツバさんの仕業だ! で、どうせここ船ですよね!?」

「その通り! サプライズプレゼントだよ、驚いただろうダブルのサプライズ! それでこそオレも楽しいってものだ!」

 

 

亜里沙が目をキラキラさせてはしゃいでいる横で、雪穂は唾でも吐きかけるような顔で視線を送る。派手な金に爽やかな青が差し込まれているのは頭髪だけでなく人間性も同じで、輝く悪意で雪穂をおちょくるこの美青年こそが「怪盗エターナル」、その名もミツバ。

 

そしてここはミツバ率いる「地獄の怪盗団」の根城、上空2万メートルに浮かぶ飛行船「コルヴォ・ビアンコ」の中なのだろう。絵を通ってここに行きついた理由は理解できないが。

 

 

「あの絵について気になるだろう? 気になるなら聞けばいいじゃないか」

 

「カイトーさん、さっきの絵はなに? 触ったらいつの間にかここにいたのだけど…」

 

「いいね、亜里沙ちゃんは素直だ。雪穂ちゃんと違って。じゃあシオン、説明」

 

 

むすっとする雪穂に一礼する、ミツバの後ろの褐色の青年。彼、シオンはミツバの執事のようなもので怪盗団の一員だ。

 

 

「B級ガイアパーツ『闘争する霊長』、その2と3でございます。元は名のある画家が描いた複数の生物を巨大な一枚に収めた絵画でしたが、作者の死後に悪質なブローカーがそれを複数に分割。それぞれが別の作品だと偽られて売られた代物です。制作段階でガイアゲートの作用を受け、この中心の人間の絵とその他が繋がるようになってしまったようです。先程お二人の元にお届けさせていただきました」

 

「あ、ありがとうございますシオンさん…」

 

「いちいち迎えに行くのもフベンだったでしょ。これからはあの絵に触るだけでここ来れるからさ」

 

「すごいね雪穂! いつでもここに来ていいんだって!」

「もう有り得ないことが不思議にも思えない自分が嫌だ…」

 

 

“地球の意思”と作用して特殊な力を帯びた物体、それが「ガイアパーツ」らしい。巷を騒がせている「ガイアメモリ」の天然版のようなものらしいが、雪穂にはよくわからない。分かるのは、今から自分たちが危険に晒されるであろうことだけだ。

 

 

「さぁ次のお宝を獲りに行こう。今回は『賢王の右目』以来のA級だ」

 

「やっぱり!!…ってA級?」

「その右目って、雪穂の中に入っちゃったっていうお宝…だったっけ?」

「そう30億のね……それより、そのA級っていうのはもしかして…いつもより危険ってことじゃ…」

 

「あぁ。今まで二人が獲りに行ってたのはCとかBとか、精々人が死ぬレベルのお遊びみたいなもんだから。Aは扱い間違えると国が亡びるよ、気張って行こうか」

 

「………」

 

 

そのお遊びレベルで何度も死にかけたんですが。ていうかそんな核爆弾クラスの危険物に絶対に関わりたくないんですが。そう声を大にして直ちに帰宅したい雪穂だが、そうできない理由がある。

 

彼らは怪盗。法の外側の存在。

そんな彼らに常識の次元の話は通用しないのだ。

 

 

_______________________

 

 

予告状を出し世間を騒がせる一方で、この怪盗の行動にはそれ以外の前置きというものが存在しない。思い立ったら即行動。空の船を降り、既にターゲットが眠る地に降り立っていた。

 

 

「カイトーさん、ここはどこ?」

 

「ヨーロッパ地域、秩序の国ドイツ。といっても今回は秩序の裏側のような場所を覗く旅になるだろうけどね。さぁまず何しようか」

 

「ドイツ…亜里沙はソーセージやザワークラウトが食べたい! 他には何があるんだろう、楽しみだね雪穂!」

 

「いや……いやいやいやいやいや! やっぱ慣れないんですけどいつものあれ…! もう、本当にっ……!」

 

хорошо(ハラショー)、雪穂とっても似合ってる! 素敵なドレス!」

「申し訳ありません高坂女史。その服装は窮屈やもしれませんが、これより向かいます場所、ドレスコードがこざいますゆえ…」

「さっきの半袖脚丸出しのゲヒンな薄着じゃお話にならないからね」

 

「誰の部屋着が下品…ってそっちじゃなくて! 降りる時のアレですよ…!」

 

 

上空2万メートルから地上に降りる方法、それはなんとスカイダイビングなのだ。危険のないように雪穂と亜里沙には彼が保有するガイアパーツやガイアメモリを使い、その降下に耐えられるようにしているのだが、そのせいでドレスのまま2万メートルを落っこちる羽目になった。目立つからパラシュートも使えないため怖いなんてものではない。

 

 

「私…高校入る頃には白髪かな…もしかしたら生きてないんじゃ…」

「雪穂、顔色大丈夫? 気分悪いなら飲み物とか買って来るよ」

「ありがとう亜里沙…でもそれより価値観とか危機感、合わせて欲しいかな…」

 

「まぁ、そうヒカンせずに行こうよ。ライムとロイはユーキューでいないから、今夜は4人旅。シオン、行き先を教えてあげて」

「有給て…」

「ここドイツに限らず、人が集まる都市には必ず生まれる街の夜を彩る栄華の館。欲望が渦巻くその場所は……そう、カジノでございます」

 

 

カジノ。これまた日本では馴染みのない単語だ。

 

 

「カジノ…亜里沙知ってる、トランプやルーレットでお金を賭けて遊ぶ場所。テレビで見たことある」

 

「いや…ダメですよね!? 賭博は違法だし私たちまだ未成年ですよ!」

「え、日本はギャンブルって違法なの? テレビではよく見るのに…」

「そうだよ! だから日本にカジノは無いの」

 

「いや、あるさ。知らないだけだ」

 

 

雪穂の言葉を遮り、ミツバが踏みつけるように否定する。

 

 

「パチンコや競馬はカジノじゃないですよ。あれはちゃんと国の許可が出たものですし」

 

「何も違わないさ。そんなものが公にある時点で、日本人の欲望は秩序でコントロールできていないってことだ。いつまでルールの中にいんのさ雪穂ちゃん。世界は広い、もっと楽しもう」

 

「一緒にしないでください! 私たちは…普通の女子ですから!」

 

 

共にいる時間も増えたが、このミツバという男に対する恐怖は増すばかりだ。この世の一切のルールを眼中にも入れてないような傍若無人さ。そんな余りに常識を逸脱した存在は、小市民にとっては恐怖以外の何者でもない。

 

 

「ご安心を。ここドイツでは州に許可を取れば賭博は合法でございます」

 

「ちぇっ、ヨケーなこと言わなくていいのに」

 

 

シオンがすかさずそこにフォローを入れる。奇人、変人、怪人揃いの怪盗団の中で、彼だけが唯一頼れる存在だった。

 

「今から何時間か模試やるから」と家族に連絡を入れた雪穂と亜里沙。伝言とは真反対に華やかなドイツの街並みを進み、珍しく寄り道もせずに目的地へ。

 

夜に佇む真昼のオアシス。確認せずとも分かるほど、そこは「カジノ」だった。

 

 

「さぁ着いちゃったよ、ほら首出して」

 

 

ミツバはカジノに近づくと、ガイアメモリを一本取り出し、専用の装置に入れると2人の首に押し付けた。撃ち込んだのは「言語の記憶」。この装置はガイアメモリの力の一部だけを体内に注入するものだという。

 

 

「これでお二人は聞こえる言語と使う言語が統一されました。聞こえる言葉は日本語に聞こえ、発する言葉はドイツ語として発声されます。口の動きとの齟齬は消えないので、お喋りになります際は口元を隠しますよう」

 

「毎回思うんですけど、これ体に悪かったりしないんですか…? だってこれガイアメモリ…」

 

「安全かどうかは大した問題じゃない。キミたちにはやる以外の選択肢は無いからね。さて…今回はどう攻めよっか。亜里沙ちゃん、リクエストあるかい?」

 

「亜里沙? うーん…せっかくカジノに来たんだから、亜里沙はゲームがしたいかな…? でもカイトーさんは遊びに来たわけじゃないし……」

 

「いいね、素敵だ。じゃあギャンブルで遊びながら内情でも探るで決まりだな。軍資金はそうだな…一人5万ユーロで」

 

「1ユーロは日本円でおよそ130円。5万は650万円でございます」

 

「ろぴゃっ…!? いや…やりませんよ!? 亜里沙もダメ! ここがドイツでも私たちまだ未成年ですから!」

 

「でもここでお金を増やせれば、一気に借金30億、返せるかもだぜ?」

 

「そ…それは……流石に無理ですよ! いくらなんでも、えーと…500倍だなんて…!」

 

「いや、できるね。何故ならオレたちが行くのは、このカジノの地下にある『裏カジノ』。人生の一発逆転をも現実にする幻のカジノなんだから」

 

 

ミツバがその仔細を楽しそうに語り、雪穂の顔から血の気が引いていく。

この国のどこかにあると噂される『裏カジノ』。そこに足を踏み入れた貧民が、勝利を掴んで億万長者になって帰って来たという噂は巷で有名な話だ。しかし、その詳しい情報が出回ることは少ない。金持ちが道楽のために多額でその情報を買ったり、闇の世界から噂が流れてきたりする程度で、その情報網は非常に閉じたものとなっている。

 

何故なら、圧倒的に少ないからだ。行った人数に対し、帰って来た人数が。人生の逆転という甘露の誘惑を幻想だと断じ、その噂を信じた者はこのカジノを『人喰いカジノ』と呼ぶ。

 

 

「さぁ行こうか人喰いカジノ。カイブツの腹の底にあるお宝を獲りに。いいね、楽しくなってきた」

 

 

ミツバという男は自称エンターテイナー。楽しさこそが己と他者の生きる指針だと、信じて疑わない怪物。怪盗は極めて傲慢な手つきで、平凡な女子ふたりを過激な道楽の沼へと誘った。

 

 

_________________

 

 

正面からカジノに入場し、予め手に入れていた合言葉をスタッフに伝えると、別の入口に案内される。その人喰いカジノは、やはり間違いなくここらしい。

 

ドレスコードは裏口の存在を周知されないための策。一発逆転、一攫千金を狙う一般市民たちは少ない元手で服装だけを揃えて勝負に赴く。それ以外に持ち物検査などはされなかった。それはきっと「何が起こっても対処可能」だからで、それだけの闇がここにはある。

 

 

「やめろっ!! 放せ!! 放してくれ! あと一回…あと一回だけ勝負させてくれええええ!!」

 

 

カジノ入店直後。凄まじく幸先が悪い事に、暴れる男性がスタッフに連れて行かれたのを見てしまった。運不相応な望みを持った者の末路がアレだ。ここは間違いなく怪物の巣の中なのだ。

 

雪穂の心臓が破裂しそうな中500万ユーロを配分すると、ミツバは場にそぐわないテンションでスロットマシンの方に駆け出していった。こう見ると子供っぽくて可愛げもあるというものだが。

 

 

「では絢瀬女史、高坂女史、初めてのカジノとのことで私がエスコートいたします」

 

「よろしくお願いします。シオンさん!」

「本当に…よろしくお願いします……!」

 

「では、まず何のゲームから始めましょうか。ご希望があればなんなりと。コツ程度であればお教え致します」

 

「えーとね…やっぱりトランプかな。あ、あのゲームは見たことない!」

「待って亜里沙、慎重に選ぼう。ギャンブルなんて連続で勝たないと儲けられないの。欲張って30億なんて言わず、せめてこの50万を減らさない方向で、少しでも勝つ確率が高いゲームを……」

 

 

友達と行くゲームセンターとは訳が違う。大金が手にあるだけあって、慎重さに拍車がかかるというもの。そんなことを言っているとまた馬鹿にされると身構えたが、ここにいるのはミツバではなくシオンだ。

 

 

「承りました。では『キノ』などいかがでしょう。ルールも非常にシンプルで、駆け引きの要素も無い、初心者向けのゲームです」

 

「……」

 

「いかがなされましたか?」

 

「いや…シオンさんって、なんで怪盗やってるんだろう…って。会社とかでもうまくやっていけそうなのに」

 

 

親切且つ丁寧に教えてくれるシオンに、雪穂は目を丸くする。彼だけはあの船の中で良い人なのだ。ミツバ本人がいない今なら、その謎について聞ける気がした。

 

 

「尊敬し、心より尽くしたいと思った。それだけでございます」

 

「あの人のどこにそんな魅力が……?」

 

「あ、でも分かります! カイトーさんって、不思議と信頼できるというか、優しいお兄ちゃんみたいな感じがするんです!」

 

「亜里沙まで…?」

 

 

亜里沙がミツバに懐いているのは前々から不思議だったが、こうなると一向に彼を好きになれない自分に問題がある気すらしてしまう。少数派の心理とは恐ろしい。

 

 

「…ですが、我々のいた地獄では……マジェスティが、ミツバ様こそが王であったのです」

 

 

歓声が沸き上がった。その中心にはルーレットの前に座するミツバが。

 

 

「オールベット。10万ユーロ!」

 

 

ここ人喰いカジノに賭けの限度額は無い。スロットマシンで早々に倍にした元手を、一気に賭けた。しかも番号をピンポイントで狙うストレートアップ。通常、36倍の倍率となるこの賭け方だが、このカジノではストレートアップのみ更に2倍の72倍。これを的中させれば720万ユーロ=9億円以上を獲得できる。

 

そこで見てなと、人生の楽しみ方を教えてやると、そう言っているようだった。賭けられた数字は「6」。球は放たれ、ルーレットは廻る。祈る亜里沙に、思わず雪穂も手を合わせた。球が止まった場所は───

 

 

「33番」

 

「あっはは、外れた!」

 

 

隣り合うわけでもなく普通に数字は外れ、無情にもミツバのチップはディーラーに全て回収されてしまった。するとそれを見ていたスタッフたちが、ミツバの腕を掴んで何処かに引きずって行った。

 

 

「じゃー皆あとは頑張れー!」

 

「え、ミツバさん!? ミツバさぁぁぁぁん!? あの人外したし連れて行かれたんですけど! こういうのって店に借金してみたいな流れじゃないんですか!?」

 

「ですので、こちらの5万が店から借りたものです。我々は軍資金として1ユーロも持って来ておりませんでした」

 

「はぁ!?」

 

「どうしようシオンさん! カイトーさんが…カイトーさんが連れて行かれちゃった!」

 

「ご安心くださいませ絢瀬女史。マジェスティなら心配に及びません。我々は我々のできる事を」

 

 

忠誠を誓っていると言った直後にこれだ。少なくとも雪穂にはシオンの事もよく分からなくなってしまった。しかしそれよりも、あの男は自分達を置いて負けただけでなく、店の負債を押し付けたという事が問題だ。

 

手にしている5万ユーロが重い。即刻店に返却して日本に帰りたい。だがこの執事、柔らかい物腰とは反対に雪穂をここから帰す気は無さそうだった。やはり怪盗は何処まで行っても怪盗。犯罪者なのだと実感する。

 

 

「この50万無くなったら私も連れてかれて……」

 

 

人喰いカジノ。連れて行かれた後の事なんて、想像もしたくない。

 

こういう時は、こういう時に限っては姉の向こう見ず具合が羨ましくなる。姉ならなんだかんだ勝ってここを切り抜けるのだろうなと思うが、残念ながらここにいるのは自分なので勝ち残れる気が全くしないのだ。

 

 

「…勝とう、雪穂」

 

「亜里沙……」

 

「カイトーさん言ってた。人生、楽しんだら勝ちだって!」

 

「その通りでございます。では御二方、どのゲームに致しますか」

 

 

亜里沙の言っている事が的外れな気もするが、こんな場所で正論なんて何の役にも立たない。覚悟を決めるしかないんだと、雪穂は己を奮い立たせた。

 

ゲームの択はたくさんある。ポーカーやバカラはルールをよく知らないから不利。シオンが勧めてくれた『キノ』や、スロット等なら運次第に持ち込める。受験なんて比にならないほど、比喩でも何でもなく人生を賭けた選択だ。猶予の無い時間で話し合い、2人は決めたゲームを指した。

 

 

「……なるほど、良い判断です」

 

 

選んだのは「ルーレット」。ついさっきミツバが負けた光景が当然ながら焼き付いている。でも、この何も知らないカジノという場所で、何も無い0よりもその1に賭けたかった。

 

 

「やるからには勝とう! さっさと30億稼いで、この地獄から抜け出すよ!」

 

「では高坂女史、まずは手持ちの現金をチップに。ルーレットは専用のチップで賭けを行います」

 

 

亜里沙と雪穂は手持ちの全額をチップに変換した。きっと何かの熱に浮かされた判断だが、今はこの熱に乗らなければ気がどうにかなってしまいそうだった。

 

 

「数字は0から36の37個。それぞれ赤と黒で色が分かれております。これらの数字を色や奇偶のグループで賭けるのがアウトサイドベット。数字に対して賭けるのが更に高倍率のインサイドベット。マジェスティのように単一の数字に賭けるストレートアップだけでなく、2つ、3つと複数の数字にベットする賭け方もございます」

 

「え…ストレート…インサイド…!?」

 

「では賭けの対象がお決まりになりましたら声をお掛けください。私がチップを置かせていただきます」

 

 

手元の大金に今更クラクラするが、座ってしまったからには勝負しかない。日本語に聞こえるだけで吹き替え映画のようなディーラーの掛け声を合図に、雪穂は亜里沙に耳打ちする。

 

 

「最初どうしよう…私と亜里沙で赤と黒にそれぞれ賭ければ、どっちかは勝てるけど…」

 

「でもそれはあんまり解決になっていないと思うの」

 

「だよね…結局どっちかが勝ち続けなきゃいけないんだから…」

 

 

目標を再認識して心を落ち着かせる。ミツバはここに宝を盗みに来たらしいが、雪穂はそんなものどうでもいい。連れて行かれた彼の事は一旦忘れ、今は勝つことだけ考えろ。思考放棄だって一つの処世術だ。

 

 

「よし…決めたよ。せーので賭けよう」

 

「うん……亜里沙も決めた! せー…のっ!」

 

 

選択を聞き届けたシオンがチップを置く。雪穂は「赤」に1000ユーロ、少なく見えてこれでも13万円だから体が震える。一方で亜里沙は1万ユーロを「偶数」に賭けていた。

 

ベットが締め切られ、ルーレットが回った。弾かれる球が入ったポケットは───「黒」で「14」。

 

 

「黒っ……! でも!」

 

「14…ってことは、やったよ雪穂!」

 

「はい。絢瀬女史、お見事です。配当は2倍、2万ユーロの返金となります」

 

 

チップが倍になって亜里沙に渡される。

この刹那の勝利だけで130万円を稼いだのだ。これを知ってしまえば労働を放棄したくなるのも頷ける。これこそがギャンブルの破滅的な魔力。

 

 

「次のゲームです。ベットする数字は?」

 

「次は私も……これって戦略とかあるのかな…? でも、外れる時はきっと外れる…だったらやっぱり勘で!」

 

「亜里沙も決めたよ! 次は……」

 

 

再びルーレットが回る。雪穂が賭けたのはさっきよりも倍率の高い、横3列あるチップ置き場のうち1列にある数字に賭ける「ダズン」。球が止まったのは「2」。雪穂は自身が賭けた列の中からその数字を探す。

 

 

「2……あっ、あった! やった!! 賭けたのは5000ユーロだから3倍で1万5000ユーロ!? 亜里沙は……!」

 

 

亜里沙が賭けたのは更に倍率の高い「フォーナンバー」。賭けたのは2万ユーロ。その対象は「0から3」の4つのみで、倍率は8倍だ。

 

 

「フォーナンバー的中お見事でございます。絢瀬女史、16万ユーロの返金となります」

 

「うそ……」

 

 

2回の賭けで獲得した15万ユーロを合わせ、亜里沙の持ち金は20万ユーロに。極めて珍しいというほどの勝ち方ではないのだろうが、勝負に慣れていなさそうな少女の亜里沙がここまで勝っているのは流石に珍事。ルーレットの卓が騒めいた。

 

シオンは表情を動かさないまま、このカジノの「空気」を感じていた。卓の周辺に集まる人だかり、籠る熱気、特にディーラーの呼吸の変化が目に留まる。

 

この手のカジノはルーレットの数字くらい技術で操る。そうやって客を適度に勝たせつつ、損をしないように立ち回るのだ。盛り上げるために次も勝たせるか、今度は外すか、何にせよ手を打ってくる可能性が高い。

 

 

「……湿った空気、気圧。『外』からの視線…」

 

「シオンさん…?」

 

「失礼、高坂女史。そして次のゲームですが、私からひとつ提案がございます。お二人の持ち金のうち25万ユーロほどをストレートベットしていただけますでしょうか」

 

「ストレートベットって…ミツバさんみたいに一つの数字にってこと!? 無理ですよ絶対無理! そんなの外したら一発アウトですよ!? 25万なんてほとんど全額じゃないですか!」

 

「問題はございません。次の勝負、当てればよいのです。少なくとも絢瀬女史にはツキが来ているように見受けられますが」

 

「っ…でも…!」

 

「私の言葉を信頼してくださいませ。必ずや貴女方を勝利に導きますゆえ」

 

 

ツキが来ているなんてそんなもの詭弁だ。何が信頼だ、人知を超えた犯罪者に背後を取られお願いをされるというのは脅迫と言うはずだ。哀れな小市民は結局、従うしかないのだ。

 

 

「…亜里沙が決めて。私は…亜里沙になら人生賭けられるから!」

 

「……わかった。シオンさん、賭ける! やっぱりここは…μ'sの「9」、9番で!」

 

「承りました」

 

 

ずるい選択をした、雪穂は頭を抱える。亜里沙は何故か怪盗たちを信頼している。こうなるのが分かっていて、選択の責任の全てを亜里沙に押し付けたのだ。人生の際でこんな選択をしてしまう自分が嫌だ。

 

後悔を他所にルーレットが廻る。ゆっくりと回転するルーレット、目が追うのは「9」のみ。しかし球はその反対側で速度を落とす。心臓が冷える。頭が揺れる。

 

その時、風が吹いたみたいだった。球は息を吹き返し、更に半周。そして───

 

 

吸い込まれるように「9」のポケットの中に収まった。

 

 

「や…やった……! 入ったあああああ!!」

 

хорошо(ハラショー)…入った…9番…雪穂! やったよ! お姉ちゃんたちが…μ'sが助けてくれた!」

「入った! 勝った! 当たったんだよ! 亜里沙っ! ありがとうお姉ちゃん!!」

 

 

今度はカジノ全体がひっくり返るように熱狂した。紛れもない奇跡の3連勝。配当は72倍で1800万ユーロ=23億円。人生を容易に作り替えられる巨額が、この一瞬で十代女子2人の手に渡ったのだ。

 

雪穂と亜里沙は気付いていないがディーラーが明らかに焦りを見せている。勝たせるつもりは無かった、そう言いたいのだろう。そしてそれは恐らく、これを見ている奥の人間も同じだ。

 

 

「ではこちらの1800万ユーロ、再びストレートベット致します」

 

「そうそうストレートベット…ってシオンさん!!???」

 

「今夜の勝利の女神は我が主人に微笑んでいるようです。このままこのカジノの全財産を絞り尽くすまで彼女は勝ち続けることでしょう。さて、いかがなされますか?」

 

 

何が起こっているのか分からない女子2人とシオンの前に、スタッフが道を作る。その先にあるのは敗北者が向かう扉とは別の扉。

 

 

「どうぞ奥の部屋へ。当カジノのオーナーがお呼びです」

 

 

_________________

 

 

「シオンさんどういうことですか!? オーナーって!? 私たち勝ったのに連れて行かれるんですか!?」

 

「高坂女史、お静かに」

 

「ダイジョーブよ雪穂! 亜里沙たちちゃんと勝ったんだから!」

 

 

勝利に浮かれる余韻も無く、次から次へと心臓に悪い展開は続く。奥に進めば進むほど内装は豪華になり、その先にいる「オーナー」なる人物の想像図が厳つくなっていった。

 

最後の扉を開く。パーティーをするような広い部屋の最奥にソファが一つ。そこに座っているのは女性だった。だがその圧しつけるような雰囲気は、権力者のそれだ。

 

 

「やぁ幸運な御一行、驚いたな。そうだろう」

 

 

口を開いたその女性は、雪穂を指してそう言った。

 

 

「オーナーが女だってことに驚いた。それが私史上最大の幸運だと思ってるさ。女であれば相手は2、3割は油断する。勝負ってのは得てして女が有利なんだ、実はな。それを身をもって体感したはずだ、えぇ? そうだろう君ら」

 

「やっぱりこの人がオーナー…」

 

「オーナーさん。このチップ、亜里沙と雪穂で勝った分です。これをお金にしてください!」

 

「亜里沙、今はそんなこと…!」

 

「いいな、その顔は何処の血が混ざってる? ロシアと見たよ。で、そっちの引っ付き虫は純正の日本人だ。日本ってのは嫌いなんだよ。日本のイディオムに『運も実力のうち』ってのがあるだろ。正しいがその実『でも運は運だよね』って予防線が前提にある。いけ好かないんだそういう日本人の国民性が。世の中の規格に収まろうとする部品根性ってやつがさ」

 

 

オーナーの女の話は逸れながら、更に軌道を長く描いて行く。

 

 

「違う、運とはメソッドだ戦略でしかない。運こそが実力。与えられた運を120%使えるヤツがのし上がり、与えられた運も見えねぇゴミが底に落ちてく。私は運というロジックをココに飼って生きてんのさ」

 

「大変意義深いお話、恐縮でございます。が、我々とて退屈だからここに来たわけではございません」

 

 

オーナーの女の言葉は狂いながらも、何か強い力を持っていた。理解できない、わからないというこの感じはミツバと似た感覚だ。そんな常識の世界の外にいる彼女に対し、唯一同じ常識外の存在であるシオンが言葉を返す。

 

 

「アンタら怪盗だな。このイカした予告状をありがとう」

 

「えっ…!? い、いや違います! 私たちは怪盗なんかじゃなくて…!」

 

「黙んな日本の雛鳥。これもギャンブル、()()()()()()()()()()()()()()()。それが根拠だ」

 

「……なるほど、力は本物のようです」

 

 

女がポケットから取り出したのは一枚のコイン。それに軽く口づけをした後、指に挟んで三人に見せつける。一見なんの変哲もない硬貨だが、それを見るシオンの目が明らかに違う。

 

 

「A級ガイアパーツ『神への賄賂』。運命を操る力を持つ硬貨…あれが今宵のターゲットでございます」

 

「あのコインがお宝なの!?」

「運命って……嘘ですよね、流石に……?」

 

「勝ち取ったお金はちゃんと渡すさロシアの姫様。ただその前に、肌の焼けるようなもっと面白い勝負をしようって話だ」

 

 

一難去ってまた一難とはよく言うが、実際に目の当たりにしたらたまったものじゃない。どうやらこの人喰いカジノはまだ雪穂たちを帰す気は無いらしい。

 

 

_________________

 

 

 

「さてと…上の皆は楽しんでるかな」

 

 

ルーレットで大外しをしてスタッフに連行されたミツバ。ここが何処か左程興味は無いが、恐らくあの地下カジノよりももっと下の階層だろう。

 

淀んだ空気が充満している。人間の肉体由来の異臭が、そこかしこから漂う。ほんの少し懐かしい感じがして、ミツバの口角が吊り上がる。

 

 

「いいね、ここがカイブツの腹の中か」

 

 

周囲に感じる同じ敗北者たちの目線。しかし、更に奥から感じる複数の存在は人の気配ではなく、もっと奥、もっと下に居るのはそれらを遥かに凌ぐ凄まじく強大な「何か」。

 

 

「…まずはアイサツしなきゃなぁ。ここの先輩に」

 

 

 




後編に続く。


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Eの怪盗/エターナル・コード

A級ガイアパーツ『神への賄賂』。

元はとある国家が戦争に勝利した際に製造された記念貨幣。しかし、その国はその直後に討ち滅ぼされ、途端に無価値なものとなった貨幣はほとんど失われた。そのうち偶発的に発生したガイアゲートへと落下した一枚が『神への賄賂』である。

 

それを手にした者は運命を操ると言われており、このコインを拾った兵士は最前線で傷すら負うことなく、天候さえも尽く味方し、一触即敗北の状況から敵国を討ったという逸話も残っている。

 

 

「……で、そのとんでもないコインが…」

「あちらに」

 

 

無理では? 雪穂はそう思った。運命を操るなんて反則にも程ってものがある。素人が描いた漫画だってもう少し自重する。そんな宝をどうやって盗めというのか。願わくば亜里沙が勝ちとったお金だけ貰って帰りたい。いや最悪お金もいらないから帰りたい。

 

 

「勝負の前に名乗るのが日本の礼儀だったか。そりゃ戦争なら名乗る前にズドンだが、ギャンブル勝負は相手の事を知った方が熱いからね。愛称だがギーラと覚えてくれ。そちらは? ロシアの姫様」

 

「亜里沙…こっちは友達の雪穂で、こっちはシオンさん」

 

「オーケー、アリサ。華麗な3連勝で人生を変えたアンタと勝負がしたい。私が勝ったらアンタら怪盗は私の手足になるってのはどうよ。地下から世界統べんのが私の夢だ」

 

「じゃあ亜里沙が勝ったら…ええと…」

「確かめる必要もございませんが、そちらの『神への賄賂』を頂戴いたします」

 

 

堂々とした怪盗がいたものだと、ギーラは口笛を吹いた。雪穂にとってはこんなのも慣れっこで、この地獄の怪盗団に凡そ戦略や作戦と呼べるものは存在しない。基本的に行き当たりばったりの力技でターゲットを強奪するのが彼らだ。

 

しかし、ここで黙って成り行きを見守っていては破滅一択。恐る恐る雪穂はその勝負交渉に待ったをかける。

 

 

「勝負って、ギャンブルですか…?」

 

「当たり前だろ能無しが。ここを何処だと思ってるのさ。その顔に引っ付いてるのがガラス玉だったら悪いから言っておくが、カジノだ」

 

「そんなの勝てるわけないじゃないですか! だって…そのコイン! 運命を操るなんてされたらギャンブルなんて100%勝てっこない!」

 

「弱い癖に自分都合で話が進むと思うな? ここは私の巣だから私が有利なのは当然だ。そもそもさ、このコインとアンタら強盗の身柄が釣り合うと思ってんのか?」

 

「では我々の存在に替えの効かない価値があると証明できれば、公平な勝負をしていただけるということでよろしいですか」

 

 

シオンはそう挑戦的に言い放つと、どこからかナイフを出す。その鋭利な切っ先を向けた方向は、自分の首筋。

 

 

「高坂女史、念のため絢瀬女史の目をお塞ぎください。あと汚れないよう私の後ろに」

 

「シオンさん何を……っ!?」

 

 

シオンは躊躇いなく自身の首をナイフで掻っ切った。

刹那に襲い掛かった衝撃的な光景。悲鳴を上げそうになったが、想像していた一秒後とは違う現実が広がっていた。シオンは一歩もたじろがず、血は吹き出ずにただ重力に従ってネクタイを赤く染めただけだった。

 

 

「『NECRO OVER』…研究内では『NEVER』と略されているようです。御存じでしょうか」

 

「……眼で見たのは初めてさ。死体ベースで作られた不死身の改造人間、『組織』が生んだ最高傑作の生物兵器」

 

 

細胞維持酵素を打ち込むとシオンの傷口が一瞬で閉じた。研究資料で見た通りの挙動で、最早その真偽は疑いようも無い。

 

 

「我々地獄の怪盗団、『NEVER』4体をベット致します。賭け金として不足でしょうか」

 

「まさか。いいさ、乗った。ついて来な」

 

 

勝負の交渉が終了し、場所を移動するようだ。しかしそれがどうでもよくなる程、賭け皿に出された情報はショッキングで、雪穂と亜里沙は当然問い質さずにはいられない。

 

 

「どういうことですか!? ネバー? 死体!? そりゃ妙に丈夫だと思ってたけど…特にロイさんとか…でも! えっ…!?」

 

「シオンさんもカイトーさんも…えっと…だから、ゾンビってこと…?」

 

「その通りでございます。我々は皆、一度死んだ身。ゾンビという表現、素晴らしいセンスです絢瀬女史」

 

「そんな…死ななきゃいけなかったなんて…だってミツバさんは、あんなに……? あれ…!?」

 

「……亜里沙?」

 

 

何故だか亜里沙の言葉が詰まる。出所の分からない悲しみが喉を塞いだようだった。そんな少女たちの感情を他所に追いやるように、シオンはさっぱりとこう言い切る。

 

 

「我々は死にました。そんな事は些事なのです」

 

「サジ…?」

「何が些細なんですか! 勝手に巻き込んで、危険に放り出して、挙句の果てにはそんな大事なことも説明しないで! 全然意味が分からないですよシオンさんもミツバさんも!」

 

「些事なのです。故に説明も不要。我々は命有ろうと無かろうと、マジェスティの望むままに。貴女がたも、そのための大切なピースなのです」

 

 

何も意味が分からない。周りで起こっている事の全てが分からない。分からないままに勝負の場にやって来てしまった。大きい円形のステージを挟み、恐らく両者が座るであろう座席がある。

 

 

「要は『神への賄賂』が手元に無けりゃ文句ないワケだ。だったら勝負するゲームなんて『コイントス』以外有り得ないと思わないか?」

 

「コイントス…? でもそんなの、いくらでもイカサマできそうじゃないですか!」

 

「五月蠅いな。話を最後まで聞けない子供は死んどけよ。いいかまずこのコイン、見りゃわかるけど両面全く同じ鳥の模様だ。表裏の判別は不可能。そこで、()()()()()でこのコインを磁化させてN極・S極で表裏を定義する」

 

「僭越ながら理解しました。そのような仕様上、空中のコインを見て表裏を判断する芸当は不可。コインを操作しようにも、自由落下運動に異変があれば一目瞭然…というわけでございますか」

 

「その通りさ。まだ疑うなら気なる部分は全て調べればいい。この勝負が正当な運によるギャンブルであることに一切の相異は無いからね。文句が無いなら座れ盗っ人たち」

 

 

______________

 

 

「……飽きたな」

 

 

ミツバが地下に放り込まれて時間が経った。ミツバを何処かに連れて行こうとするスタッフを伸して、喧しいカジノの敗者たちも黙らせ、地下を散策していたが退屈で欠伸が出る。

 

この地下空間は異常だ。監獄のような、何かの遺跡のような、少なくとも幾つもの物理法則を無視して作られた空間。ガイアメモリの能力によるものだろう。その主は恐らく、この中心で胎動する巨大な気配。

 

それと関係あるかは知らないが、そこかしこに人らしきものが転がっている。生気の感じない肉塊だが呻き声を出すくらいの意識は残っているようだ。

 

ミツバは分かりやすく舌打ちした。気分が悪くて退屈が飽和しそうだ。

 

だからその巨大な気配に向かって歩いていた。

しかし、その溜息を吐き出した一瞬。その気配は距離を一気に縮めた。

ミツバを軽く覆う影と威圧感。地下の主は待っていた、ミツバが張り巡らせた注意を緩めるその瞬間を。獲物を狩る獣のように。

 

 

「───いいね」

 

 

___________

 

 

 

勝負のルールはシンプルだ。自動で投げられたコインが頂点に達する前に「表」か「裏」を選択。落下後、ステージ上の装置が磁気を読み取って表か裏かを表示する。それを5回で1ゲームで的中数が多い方が勝ち。怪盗陣営に合わせ、3ゲーム行う。

 

ゲーム終了時、勝利側は相手からなんでも一つ奪うことができる。

 

 

「そっちは一回勝って『神への賄賂』を獲れば終わり。どう考えてもそっち有利のルール、文句は言わせないよ」

 

「痛み入ります。では代わりと言ってはなんですが、対戦相手は誰をご所望でしょうか」

 

「ほぉ、そう言うなら使命しようか。来なアリサ。最初はアンタだ」

 

「……うん、わかった。行くよ」

 

 

言われた通り亜里沙は着席し、ギーラが『神への賄賂』をステージ上に置いた。

 

 

「雪穂、表と裏…どっちにしたほうがいいかな…? これを失敗しちゃったらシオンさんたちが……」

 

「落ち着いて亜里沙! コイントスなんて1/2の運ゲーだよ。どうもこうも、5回選ぶしかない…こっちは3人いて有利なんだから!」

 

 

確立が収束すれば勝てる勝負だ。それでも、運次第で負ける時は負ける戦い。準備すればほぼ確実に勝てる試験とは違うんだ。今はただ勝てると言い聞かせるしかない。

 

コインが投げられた。亜里沙は「表」、ギーラは「裏」を選択。

落下。表示されたのは「裏」。

 

 

「そんな…!」

 

「悪いね、先に一点だ」

 

「大丈夫! まだ一回目だから! 次当てればいい!」

 

 

もう一度投げられる。今度も選択面は異なり、亜里沙は「裏」、ギーラは「表」。出た面は……「表」だった。

 

 

「これで2点」

 

「ど…どうしよう雪穂!」

 

「落ち着いて! ほら、さっきだって3回連続勝ったんだから、ツキは絶対亜里沙に……!」

 

「あ、さっきも言ったがズルは即バレだ。そっちの執事が()()()()()()()()()()()なんてのもドボンさ。あぁ表裏分かんないし無意味だったな失礼」

 

 

『風を操って』、その文言に記憶が引っ掛かった。さっきのルーレット勝負の事だ。あの時に勢いが死んだ球が、まるで()()()()()()()()()()()()()()()、亜里沙が賭けた数字に入った。

 

 

「シオンさん…もしかしてさっきのルーレットって、シオンさんが…!」

 

「さぁ3回目だ。選びなラッキーガール」

 

 

シオンは無言を貫く。もしさっきの勝負がイカサマだったとしたら、亜里沙の天命的な運も嘘ということになる。そう考えた途端、支えていた運の糸がプツンと切れ、

 

亜里沙の思考は止まってしまった。定められたタイムリミット、コインの軌道が頂点を通過する瞬間を過ぎても選択をすることはできなかった。

 

 

「タイムアップだ。ちなみに私が選ぶのは、表」

 

 

出た面は『表』。この瞬間、亜里沙は0的中に対しギーラは3的中。第一ゲームの敗北が決定した。

 

 

「そん…な…ごめんなさい…亜里沙が選ばなかったから…ごめんなさいシオンさん…カイトーさん…!」

 

「違うよ亜里沙のせいじゃない! そうよ、3回連続なんておかしい! イカサマしてるに決まってる!」

 

「はっ、みっともないな日本人。たかが1/8の確率。それに最後、勝負を放棄したのはそっちだ。悪くない? 違うねそいつが悪い」

 

「でも…!」

 

「鬱陶しいんだよ間抜け。お前みたいなやつが、運次第だ~神様に祈れば勝てる~って思考停止してドブに沈むんだ。勝てないかもしれない勝負に命賭けるヤツは全員ゲロなんだよ。私は違う。懇切丁寧に教えちゃやらんが、この勝負は100%私が勝つ理屈がある。いいか、運ってのはランダムって意味じゃない。ロジックって意味だ。ここで、覚えな」

 

 

運の勝負なんかじゃなかったことを、ようやく痛感した。これはれっきとした命の取り合い。怪盗陣営は目の前の怪物に何段も実力で劣るという窮地にあるのだ。

 

 

「さぁ私の要求を言う。持ってる細胞維持酵素を全て寄越せ」

 

 

シオンはアタッシュケースから2本、NEVERの活動を維持するための細胞維持酵素をギーラに渡した。船に帰ればあるとはいえ、これでこの場所でのシオンの生存権は握られてしまったのと同義だ。

 

 

「えらく余裕そうじゃないか。次はアンタだ執事」

 

「承りました」

 

 

不必要な言葉を交わさず、指名に応じてシオンは席に座った。

ゲームは滞りなく進む。流石にさっきのような一方的な展開にはならず、互いに当てて外してを繰り返して最終第5投にもつれ込むが、最後に選んだ面が分かれた。シオンは表を選択。しかし、出た面は「裏」。

 

 

「私の負けです。御見それいたしました。ご所望は?」

 

「潔いのもここまで来ると気持ち悪いよ。流石は死人ってとこか? で、貰うのは……『細胞破壊酵素』だ。持ってるんだろ? イザって時の自決用に」

 

 

不死身のNEVERにも死の概念は幾つか存在する。その中の一つが『細胞破壊酵素』で、NEVERはこれを打ち込まれると途端に身体が崩壊する。そしてそれはギーラの読み通り、シオンのアタッシュケースの中に。

 

 

「これで私はアンタらの『生』と『死』を手中に収めた。あとはガイアメモリさえ奪っちまえば怪盗NEVER軍団は私のものだ。さぁ日本の雛鳥、席につけ」

 

「……で、でも…」

 

「座れ!」

 

 

駄目だ、逆らえない。ここから逃げることもできない。雪穂は一寸先の運命から目を背けるように、席につく。

 

 

「アンタとアリサはNEVERじゃないね。死に慣れてない平和ボケした面だ。随分と育ちが良いと見た」

 

「……そうよ。私はあんなバケモノじゃない…普通に生きてた! これからも高校行って、普通に生きる…そのはずだったのに!」

 

「可哀そうに同情するよ。だが私の方が更に不運だ、お前らと比べられないほど泥水啜ったクソみたいな生き方をしてきた」

 

「……」

 

「色んな国を巡ったがドイツはいい。秩序の国じゃ合理性を極めれば勝ちが手に入る。肌に合った。それに比べて日本は最悪だったね。偽善と慣れ合いに浸かり、敗戦国で養殖された平和はドロドロ。吐き気がした。勝利に最も遠い国で生まれた時点で、お前の運は尽きてたのさ」

 

 

コインが宙を舞う。雪穂は表、ギーラは裏を選択。

出たのは裏。絶望が更に一つ歩み寄った。

 

 

「怪盗ってのは誰だ? そこの執事じゃないのか?」

 

「…ミツバさん。さっき、連れて行かれたけど……」

 

「あー、一人負けてたなそういえば。じゃあそいつも終わりさ。なにせ、地下にいるのは『組織』から貰った人喰いの怪物。負けた奴はそいつのエサになって、地下世界を広げる糧になる仕組みだ。機嫌が良いから教えてやるよ」

 

 

2投目。雪穂とギーラ、双方「裏」を選択。そして出たのは「表」。両方外れだ。

 

 

「『墳墓の記憶』、グレイヴメモリ。人間の生気、寿命、感情なんかを喰って『墓』を作るメモリさ。古代の権力者が奴隷でデッカい墓作ってたみたいにな。曰くロードメモリってやつの上位種らしい。そいつに過剰適合したのはかつて戦場で『死神』と呼ばれた軍人らしい。人に戻れなくなったそいつがこの地下に住んでるんだ」

 

「死神……ですか…?」

 

 

珍しくシオンが反応を見せた。勝利を前に気が乗っているのか、ギーラはそれに大きく返す。

 

 

「有名人だから知ってるか? まぁ兎角デタラメに強い。それに加えて、喰われた人間の『余り』は抵抗もせずメモリ・薬品・改造の馴染む恵体ってことで、色んな生物兵器の試作が転がってる。それこそNEVERみたいなのがな。つまり地下墳墓はバケモノ共の巣だ、生きて帰れないって理解しろ」

 

 

3投目。選択はさっきと全く同じで双方「裏」。今度は「裏」が出たため両方当たりとなった。残る勝負はあと2回。次に負ければ3対1で勝負が決してしまう。

 

 

「分かってるよな? 欲しいのはNEVERと、精々横に置く用のアリサだ。お前はいらない。負けた後に行くのは地下で、私の帝国の一部になってもらう」

 

 

脅すように言うと、ギーラは雪穂の頭を指して宣言した。こんな勝負はもう面倒だと言わんばかりに、勝敗を加速させる宣言を。

 

 

「私は表を宣言する。表でダブったとこで同じこと。勝って生き延びたければお前は裏って言うしかなくなったワケだ」

 

「…なにそれ、もう私にはできること無い…って? 死にそうだっていうのに…?」

 

「雪穂……どうしようシオンさん、このままじゃ…このままじゃ雪穂が!」

 

 

亜里沙が助けようとシオンに泣きついている。それでもシオンの表情は変わらない。泣きついたって無駄なんだ、ここに居る人間は雪穂と亜里沙だけだ。

 

何も出来ることは無くなった。あとは「裏」と言って全てを終わらせるしかない。もし姉の友人だというあの探偵の男子がいたなら、彼女の理不尽な幸運を看破してくれただろうか。姉ですらもきっとなんとかした気がする。

 

何もわからない。怪盗たちのことも、NEVERのことも、彼女の幸運も、自分がこんな目に遭っている理由も、自分が普通でいられなかった理由も、ここにいるのが自分じゃなきゃいけなかった理由も。

 

 

でも一つだけ。ただ一つ、なんとなく分かったことがあった。

 

 

「……ふざけんなっての」

 

 

コインが投げられた。

分かったこと。それは、ミツバたちにとって自分達の存在は些細なものだということ。風が球を導いたように、亜里沙と雪穂がどんな動きをしようと、それは彼らの行き先に何の影響も及ぼさない。だからシオンは無表情にこちらを見ているだけなんだ。

 

だったら、この恐怖は何なんだ。あれだけ心臓を鳴らした理由は、汗をかいた理由は、何度も何度も死を覚悟しなきゃいけなかった理由は何処にあると言うんだ。無いと言いやがるなら、文句言ってやる。相手が犯罪者だろうと知った事か。

 

 

「勝手に決めないで。私たちはここにいるだけの人形じゃない。何をするか、どこに行くか、通う高校だって自分で好きに決めるよ! 私の人生は私だけのもんだ!」

 

 

どうせ何をしても変わらないのなら、常識の中から必死に抗ってやる。このギャンブルにも、怪盗にも。だから雪穂が選ぶのは「表」ではなく、「裏」でもない。

 

 

「どっちでもない! そのコインは……表にも裏にも落ちない!」

 

「馬鹿だな。ユーモア気取りの汚い仇花だ!」

 

 

コインが落下を始めた。そして───ステージが、カジノが揺れた。

 

 

「地震…!? 有り得ないここはドイツだ、なんで今……!」

 

 

地震なんかじゃない。何かの音と脈動が下から迫ってくる。

ひび割れる床とステージ、座席。全てを破壊して現れた腕は、地面に落ちる前の『神への賄賂』を掴み取った。

 

「表」でも「裏」でもない結末。それは怪盗エターナルの手の中に。

 

 

「カイトーさん!!」

 

「おかえりなさいませ、マジェスティ」

 

「久しぶり雪穂ちゃん。楽しかった?」

「全っ然楽しくないですけど!?」

 

 

地下に居たはずのミツバが、床を突き破って『神への賄賂』をキャッチした。そんな有り得ない現実をシオンと雪穂だけが見据えていたのだ。

 

 

「……第4投、高坂女史の勝利でございます。これにて2対2。勝敗の行方は最終ゲームに委ねられましたが、いかがなさいますかオーナー様」

 

「ん? なにゲームしてたの雪穂ちゃん。いいね……楽しそうだし、ラストゲームはオレに交代だ。その()()()()()()()()()()()を賭けて、やろうよ」

 

「は……本物…!? もしかして、さっき使ってたコインは…偽物ってことぉ!?」

 

 

ミツバの手の中でコインが砕ける。更にギーラが懐から出した『神への賄賂』を見て、雪穂は今世紀最大の憤りを大口を開けて絶叫。道理で表裏が当たるわけだ、何がロジックだふざけんなと憤懣やる方ない。

 

 

「もー本当にあったま来た! 結局イカサマしてんじゃん!」

 

「当たり前だ、誰が馬鹿正直にホンモノを出すか! まさか地下から帰って来るとは驚きだけど、どーせ逃げて来たんだろ? じゃあすぐ追いつくさ、死神の足音はなぁ!」

 

 

ミツバが開けた穴をこじ広げ、フロアを粉々に砕きながら、その巨大な異形は一つ上の階層に這い出でる。過剰適合により人の姿を保てなくなった、異臭と嫌悪感纏う石と腐乱死体造りの8足歩行生物兵器。

 

 

「盗っ人を磨り潰せ、グレイヴ・ドーパント!!」

 

「Ого! 早いな、足が8本もあるもんな。シオン、やっぱさっきのナシだ。オレはこっちやるからラストゲームは任せた」

 

「承知しました。ではマジェスティ、こちらを」

 

 

シオンが『ロストドライバー』をミツバに投げ渡すと、何処からか飛来した白いガイアメモリがミツバの手に収まった。その記憶の名は『永遠』。

 

 

《エターナル!》

 

「変身!」

 

 

腰に装着したロストドライバーにエターナルメモリを装填し、右側のみのスロットを展開する。その瞬間、破壊されたフロアに広がる琥珀の波と、蒼い稲妻。

 

その一瞬だけ誰もが死相を感じ取らざるを得なかった。足元を這う蒼炎と白の爆発が命を吹き飛ばすイメージが焼き付いたのだ。何故なら、「仮面ライダーエターナル」がそこに顕現したのだから。

 

 

「───ッ! 殺せ、『死神』ッ!」

 

 

グレイヴの細胞がボコボコと増殖し、肥大化した腕が伸ばされる。その殴撃に対しエターナルはマントをなびかせると、握った拳一つで迎え撃った。

 

10倍はある対格差。それなのに、弾き飛ばされたのはグレイヴの方だった。

 

 

「カイトーさん…強い……」

 

「あそっか、亜里沙は初めて見るんだっけ…ほんと、めちゃくちゃなんだから…あの人は」

 

 

不可視の速度で高熱の鞭を繰り出すグレイヴ。触れた部分が一瞬で焼き切れるその理不尽に、エターナルは踊るように走って全てを躱す。小型ナイフ「エターナルエッジ」一本を手に懐に潜り込むと、刃渡り僅かの斬撃がその巨躯を引き裂いた。

 

 

「有り得ないだろ…! あの地獄の支配者の、『死神』だぞ……!?」

 

「アレが地獄? 随分と育ちが良いんだなお嬢さん。じゃあオレが……本物の地獄の作り方ってヤツを教えてやるよ!」

 

 

エターナルの胸のスロット、そのうちの一つにドーパントのメモリを一本装填。右腕を高く掲げ、倒れたグレイヴに全力の衝撃を叩きつける。

 

 

《エクスプロージョン!マキシマムドライブ!!》

 

 

『爆発の記憶』が目覚める。拳から反響した衝撃が、僅かな歪みで次々に破裂し、地下空間やゲームフロア、地上をも巻き込んで絶叫は爆ぜた。ただ一人の笑い声を中心に。

 

 

「……お楽しみになっている所、失礼します。我が主に命じられた通り、『神への賄賂』を賭けたゲームの続行を」

 

「はっ……ゲームだぁ…!? あぁいいさ、受けてやるよ…ルール無用の殺し合いでよけりゃな!」

 

「なるほど、良い判断です」

 

 

表情一つ変えず淡々と現れたシオン。目の前の惨状に半狂乱になり、ギーラは自分のガイアメモリを起動し、首に端子を押し付けた。

 

 

《エナジー!》

 

 

『エネルギーの記憶』をドープしたエナジー・ドーパントは、全身を巡る導線を電磁エネルギーで満たし、指先から最大出力で放つ。人間の体など数秒で炭化させる電圧を変換した、合金をも砕く威力を持った攻撃だ。

 

それをシオンは易々と指で受け止めた。

その姿が変貌していることに、エナジーは気付かなかった。

 

 

「メモリを使ってないだろ、どうなってんだよ…!」

 

「白亜紀を制した史上最大級の翼竜。名の由来は、古代アステカ文明で水の神と崇められ、いつしか火の神、風の神と習合された大自然を司る蛇神。その名を御存じでしょうか」

 

 

元はゴールドメモリとして存在していたガイアメモリの、潜在能力を引き出す研究。それ即ち秘められた記憶の解放。

 

巨大な翼を広げ、黒曜石の爪を備え、牙と鱗をも併せ持つ猛禽と爬獣を内包した絶対者。『ケツァルコアトルス』は、神の存在となって人の身に降りたのだ。

 

 

「不死身の神様…だからなんだって? 忘れちゃいないよな私には運が味方する!」

 

「失礼ながら───」

 

 

相手は不死身だが、エナジーの手元には細胞破壊酵素がある。これさえ撃ち込めば勝ちで、加えて運命を操る『神への賄賂』で勝機は盤石だ。ここまで運を操って勝って来た自分に敗北の未来なんて有り得ない。

 

そんな幻想は、翼を羽ばたかせた瞬間に霧散した。

太陽の光を間近で浴びているような破滅的な熱波。死の風。空気から水分が消え、命あるもの全てが干からびる。

 

水分が介在しない環境下。防衛本能で放った僅かな電流で、エナジーの体が発火する。途端に送り込まれる風が炎を成長させ、その姿は大火災に等しい炎獄の渦に消えた。

 

 

「私が貴女様に負ける未来など、万に一つもございません」

 

 

0の確率が前では神秘の力さえも無力。風で巻き上げられた『神への賄賂』は、戦いの最中に居たエターナルの手中へ。

 

 

「A級ガイアパーツ『神への賄賂』、確かに頂戴した」

 

 

その一瞬を見計らったグレイヴは、ありったけの熱光線、重力波、そして肥大化させた己の体躯を全てエターナルに圧しつけた。肉も骨も残さない、敗者に墓標すらも与えない残酷非道な死神の一撃。

 

当然、エターナルは死なない。蒼い炎は絶えない。闘いの中で彼の命は『永遠』を意味するのだから。

 

 

「いいね。さぁ、もっとだ!」

 

 

グレイヴ・ドーパントに残った極小の意識。その中で人間だった時の記憶が息を吹き返す。誰もが戦場で自分を恐れた傭兵時代、奪うだけで満たされた人生の絶頂を児戯のように蹴り崩したのは、少年の形をした悪魔。いや───

 

 

「………Смерть(死神)……!」

 

「戦場で会ったか? まぁ覚えてられないくらい弱かった、アンタが悪い!」

 

 

亀裂の入った建物が激しい戦いの余波で崩れ始める。終わりがそこまで来ていることにも気付かず、エターナルは殴ることに、蹴ることに、斬ることに没頭していた。恐怖や戦慄を感じない人間など、きっといるはずもなかった。

 

怪盗エターナルの正体は、誰がなんと言おうと常軌を逸した怪物だ。

 

 

《エターナル!マキシマムドライブ!!》

 

Давайте потанцуем(さぁ、踊ろうか)!!」

 

 

エターナルの親指が地を向いた。グレイヴの攻撃を正面から浴び、傷を負いながらその熱狂は上昇のみを続け、エターナルの右手がグレイヴの頭蓋を掴んで砕く。その巨大かつ強固な石の肉体にも破壊は連鎖する。

 

壊れ転がる絶対強者だった肉塊は、まだ意識を保っていた。

しかし、『最強』は紛い物が立つことを許さない。

 

 

「死ね!」

 

 

絶対的な言霊と共に叩きつけられた拳。

床が崩れ、人の命で作られた地下墳墓に巨体が堕ちて行く。墳墓の支配者の死が、パーティーの終わりを告げる爆発が、地下墳墓を消し飛ばし、その罪の全てを土の底に閉じ込めた。

 

 

「地獄で待ってな。さて……」

 

 

エターナルが勝利し、『神への賄賂』も奪った。目的は達成。一見すると眼前に死があったあの状況から2人は救われたように見える。しかし、そう喜べる状況じゃないのは明らかだった。

 

何故なら、戦いが激し過ぎてカジノが倒壊しそうなのだから。

 

 

「またやっちゃった。逃げよっか!」

 

「ですよね!? 何やってんですかほんとにぃぃぃっ!!」

 

 

大急ぎで逃げようとする怪盗たち。シオンに抱きかかえられてる亜里沙に対し、雪穂はどうやら走らなければいけないらしく納得できないが、良しとしよう。しかし、そんな感じで流せないほど大きな違和感が、胸の内に引っかかっていた。

 

 

「…どうしたの、雪穂?」

 

「いや……なんか忘れてるような気が……」

 

 

そんなことを言っていると瓦礫の底に生け埋めだ。取り合えず疑念に蓋をして地上に急ぐ。しかし、もう引き返せないところにまで来たところで、蓋は外れてしまった。

 

 

「あっ……!!」

 

 

その夜、ドイツのカジノが一つ、突如として崩壊した。

 

__________________

 

 

その後、なんとか船に帰ることができた4人。警官の追跡が無かった分、あれ以降特に苦労することは無かったのだが、雪穂の気分はあれ以降ずっと沈みに沈んでいた。

 

 

「元気出して雪穂! ほら、シオンさんがドイツのお土産くれるって!」

 

「そうだよ、そんな落ち込まないでよ雪穂ちゃん。ふふっ…」

 

「笑ってんじゃないですよ! だって…だって…! 亜里沙が勝った分の23億円が!」

 

 

雪穂の忘れ物とは、カジノから受け取るはずの23億円だった。あれがあったら今頃30億の借金の大半を返済することができ、命を懸けた意味もあったというものだ。しかしカジノが瓦礫になった今、死ぬ思いだった半日は完全に徒労へと変わってしまった。

 

一応確認したが、情状酌量で借金を低減なんてしてくれないらしい。雪穂はミツバのことが更に嫌いになった。

 

 

「いやぁー楽しかったね」

「私は全然楽しくなかったですけど」

「欲を言えばゲームでもうちょっと遊びたかったかな。3人がしたゲームってどんなのだった?」

 

「その事ですがマジェスティ。高坂女史が……」

 

「へぇ……雪穂ちゃんがそんなことを。ちょっとだけ変わったね、雪穂ちゃん」

 

「嬉しくないですよ褒められたって。ほら、もう日本に帰ろう。亜里沙」

 

 

この人たちを関わると損しかしない。これ以上何か失う前に立ち去ろうと亜里沙の手を取る雪穂だったが、今度は亜里沙が足を止めた。

 

 

「亜里沙?」

 

「カイトーさん。さっきのオーナーさんと、地下にいたって人たち…死んじゃったの?」

 

「あぁ、死んだよ。それが?」

 

 

あっさりと答えるミツバ。こういう不意の問答からも、彼と自分達は根本的に違うのだと思い知る。雪穂にとっては、それはあまり触れたくなかった部分だった。そっちはもう雪穂たちの世界じゃないから。

 

しかし人を水平な世界で見る亜里沙は、躊躇せず踏み込む。

 

 

「亜里沙、カイトーさんのことは大好きだよ。でも……お宝が欲しいからって、誰かを殺しちゃうようなことはしないで。それってとても悲しいことじゃないの?」

 

「悲しい、ねぇ。楽しい以外はいらないんだよ、オレ達には」

 

 

心臓が無くなったように。今日一番、その瞬間のミツバが怖かった。グレイヴ・ドーパントよりもギーラよりも遥かにだ。でも亜里沙は一歩も退かなかった。

 

するとミツバは笑い、今度は雪穂に視線を向けた。

 

 

「地獄の怪盗団、この名前も飽きた。新しいオレ達6()()の名前を考えてよ、雪穂ちゃん」

 

「へ…私!? なんの話!?」

 

「それが条件だ。じゃあまたねふたりとも」

 

 

急転した話題に追いつけないまま、ミツバが指を鳴らすとシオンに退出させられてしまった。何が何だか分からないが、彼らと関わると面倒しかないのは間違いないようだ。雪穂は絵の前で溜息を吐いた。

 

 

________________

 

 

 

「雪穂ぉー、お昼食べないのー?…ってどーしたの雪穂!?」

 

「お…お姉ちゃん…いや、点数が悪かったから、ついなんか変に…」

 

「その服は…」

「気分転換!」

 

「あ、そう…? そうだ私が教えてあげよっか!」

「大丈夫。期待してない。お昼は後で食べるから!」

 

 

絵を通って帰ってきた直後に穂乃果が現れたものだから、布団で絵を隠して頭のおかしな人みたいな体勢になってしまった。あの姉はなんでこうも絶妙なタイミングで来るのか。

 

 

「あーもー! 何よ名前って! 亜里沙も亜里沙だし! も―知らないから本当に知らない!」

 

 

半日のこの疲労感で勉強は何一つ進んでないのは控えめに言ってグロい。しかし次会うまでに名前を考えておかないとただじゃ済まなそうだ。亜里沙にも申し訳ない。

 

 

「名前ってお姉ちゃんたちのμ'sみたいな? アイドルじゃないんだから全く…」

 

 

ミツバ達のことを考えて出る結論は一つ。「分からない」だ。

 

彼らと過ごし、巻き込まれる時間の全てが、常識でできた脳みそでは理解できない。そもそもミツバの過去も知らなければ、その行動の意味も知らない。

 

宝を盗んでいる理由。

NEVERである理由。

「死神」と呼ばれた理由。

あんなに強い理由。

楽しみに固執する理由。

雪穂と亜里沙にこだわる理由。

 

ただ一つ確かだと感じたのは、「何か意味がある」「伝えようとしている」ということだ。ハチャメチャに見える彼の行動には、まだ言葉にはできないが何かの「柱」がある。

 

 

「これからも巻き込まれる。でもどーせ、私じゃ何もできっこない。だったら……私が暴いてやろうじゃん。そんで絶対あっと言わせてやる!」

 

 

巻き込まれるだけの小市民だって、怪物の「何か」になってやる。それが常識の中から放つ最大の仕返しだと、この滅茶苦茶な結論を雪穂は固く信じる。

 

高坂雪穂、実家が和菓子屋の中学三年生。嫌いなアルファベットは『E』。

 

理解できない一挙一動の行列。常軌を覆すテロリスト。

その名前を、空高く見下ろす船へと送信した。

 

 

________________

 

 

「驚きました。まさかマジェスティが、高坂女史に『名前』を託すとは」

 

「そうか? 『名前』ってのは…大事だからね。大事な人に決めてもらいたい」

 

「随分と気に入られたのですね。高坂女史のことも」

 

 

朝に送ったメールの返信として、携帯電話に届く雪穂からのメール。そこに書いてあった名を見てミツバは満足そうに再び笑う。

 

 

「いい名前だ。オレたちは、これからも世界に提示し続ける。誰も知らないエンターテイメントと、地獄と、死人(オレたち)の生きる意味を。

 

『Eの暗号』───オレたちの名前は『cod-E』だ」

 

 

秘められた意味を解くのは正義の警察か、街を守る探偵か、それとも日々を生きる少女か。いつか理解されるその時まで、白いカラスは世界を壊し、空を巡る。

 

 

 




NEXT Archive is 2003
File:FAIZ


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[逢宴]

※注意
これは本作品ファイズ編で取り扱った「ファイズ×東京喰種」の物語の一部を切り取ったものです。






















Access…[Archive 2003]

File:FIZE





 

 

「おい…これギャーギャーやってる余裕、ないんじゃねぇのか?」

 

「チッ……いいか、これは俺じゃなく君の発案だ。断じて俺の判断じゃない」

 

「なんでもいいよ。とにかく、一時共同戦線だ!」

 

 

〔CCG〕に所属する捜査官、瀬尾潔貴───『カイザ』。そして正体を隠しオルフェノクや喰種と戦う青年、荒木湊───『ファイズ』。2人は互いに相容れることの無い存在。

 

しかし、彼らと相対する強敵は、ラッキークローバーのS+レート『キャラビッド』。地を這う王、歩行虫『オサムシ』の特質を備えた重戦車の如きオルフェノクを前に、ファイズとカイザは一時的に同じ方角を向いた。

 

 

「ア゛アアアアアアッ!!!」

 

 

大地の震えと錯覚するようなキャラビッドの咆哮。最強の一角であるそのオルフェノクは、障害物も、間合いも、張り詰めた空気も、目の前の全てを喰らい散らして前進する。2人の戦士とキャラビットが激突し、圧縮された時間で死闘を繰り広げた。そして、

 

 

《Exceed Charge》

 

「はああああッ!!」

「…せあああッ!!」

 

 

二つの拳がキャラビッドの固く閉ざされた装甲を打ち砕き、青い炎が灯る。ファイズとカイザが同時に放った『グランインパクト』を正面から喰らい、キャラビッドオルフェノクは重なる「Φ」と「χ」のマークの後ろで灰化した。

 

こうしてラッキークローバーの一柱は陥落した。これが数週間前の話。

 

 

「報告が遅れたが、真桑木が死んだ」

 

 

山間の川に背を向けて話す強面の男という、妙な光景。

ラッキークローバーの一人、馳間練道が言葉を向ける相手は、その清くせせらぐ川の中心にいた。

 

 

「由々しき事態だが、ここで真桑木の代わりを補填できれば賛同派の信頼を高めることに繋がり、非賛同派には我々の戦力層を見せつけることができる。そこで……っ、聞いてるのか、(スイ)!」

 

「…真桑木……? 誰だ?」

 

 

そんな不思議そうな彼女の返答に、馳間は頭を痛めた。

ラッキークローバーには4人の席がある。『コンドル』、『カメレオン』、そして先日戦死した『キャラビッド』。残る一つの席こそが、馳間の背後で妖精のように水浴びをしている美しき少女、『レヴィアタン』だ。

 

翠と呼ばれた彼女は自由奔放で唯我独尊、強さという意味でも常識という意味でも世の水準から離れすぎている。故に馳間も探すのに手間取った。まさか山籠もりしているとは誰が思うか。

 

 

「そういえばどうした、なぜ背を向けている?」

 

「自分の年齢と条例や法律くらいは理解しろ。服を着るなら顔くらいは見てやる」

 

「相変わらず世の顔色を窺って生きているようだが、甚だ理解できんな。私なら屈辱で何度か世界を滅ぼしていように」

 

「…はぁ…大勢が生きる上で規則は必要で、秩序が無ければそれこそ世界は滅ぶ。オルフェノクの未来を慮るなら、少しはその辺りを理解して欲しいものだが」

 

「やはり解せんものだな。この世の中、尊重すべき生命など私以外にいないだろう?」

 

「時間の無駄だった。今の会話は忘れろ」

 

 

このやり取りだけでは、彼女はただの奇天烈な世捨て人だ。

しかしその強さと異常な精神性を示すように、川の付近には人間の死体が数多く転がっている。運悪く彼女に突っかかったか、水浴びを見たか、もしくは死臭を感じて彼女の縄張りに踏み入ったか。

 

数は少ないが、喰種の死体やオルフェノクだった灰もある。いずれも抵抗や戦闘の痕は無く、即死。瞬殺。

 

現存するオルフェノクで、彼女は間違いなく最強の一人だ。世界を楽々と変える力を持っている。故に馳間は彼女に敬意を払っているのだが、彼女と関わる上での気苦労はその敬意を掻き消して余りある。

 

 

「要点だけ伝える。ラッキークローバーに新たな顔を加えようと思う。予め選定済みの候補から絞り込む作業と引継ぎをしたいが、俺は別件の交渉が入っていて手が離せない。だから手伝いを求めに来たんだが」

 

「断る。お前の頼みで居てやっているが、ラッキー何某とやらに元来興味はない」

 

「……だろうな…香賀に頼む」

 

 

こうなることは分かっていても、一応で動かなければいけないのが管理職の辛いところだ。時間と体力を無駄にした末に、馳間は立ち去った。

 

ラッキークローバー。馳間が創設したオルフェノクの力と願いの象徴。

 

この世界は三つの種が争い、歪んで成り立っている。

非力ながら数と立場で世界の所有権を握る『人間』。

影に生き人を喰らう人ならざる社会悪『喰種』。

そして、まだ少数でしかない孤独な人類の進化系『オルフェノク』。

 

馳間が願ったのは、この世界でオルフェノクが生き残る、そんな『幸運』だ。そのために四葉を欠けさせるわけにはいかない。

 

 

______________

 

 

「どうかなミナトくん。魔猿のスペシャルコーヒーのお味は!」

 

「…豆の香りと苦み、仄かな酸味が上手く調和しながら、鼻の奥からグッと来る熱気が強い風味を連れて来る。強いて言うなら主張が激しめだけど、まぁ美味いんじゃないか」

 

「ふっ…まぁ当然だろうね。なにせこの魔猿が直々に淹れたコーヒーなんだから」

 

 

一息つきにコーヒーを飲んでいたはずのミナトだったが、目の前の丸鼻の店員がくどく得意げにするものだから本当に休めているのか不安になっていた。

 

ここは20区の一角に店を構える喫茶「あんていく」。ミナトがよく訪れる店だ。というのも、ただの常連という訳でなく、かなり特殊な理由があってのこと。

 

 

「少し久しぶりだったね、荒木君。また忙しくしているのかい?」

 

「芳村さん…や、俺が勝手にやってるだけなんで。こっちこそ忙しい時に邪魔して…」

 

「大丈夫だよ荒木君。今日はまだ開店前、荒木君が見えたから早めに店を開けたんじゃないか。しかし…忙しいと言えばそうだね。嬉しい事にお客さんも増えてきて、手が足りないくらいだよ」

 

 

ミナトに優しく語り掛ける老年の穏やかな男性は、この喫茶店の店主である芳村。彼は“喰種”だ。そしてついでに言うなら、さっきコーヒー自慢をしていた店員の古間円児も喰種だ。

 

ここ「あんていく」は今年にオープンした“喰種”の喫茶店。

といっても別に人間が調理されて出てくるどこかの宮沢賢治作品のような店ではなく、コーヒーが売りでごく普通の、人間と喰種の両方が訪れる喫茶店。

 

コーヒーは喰種と人間が共有できる数少ない品。

「あんていく」はひとときの安息を求める喰種たちの居場所であり、人間と喰種の社交場でもあるのだ。

 

 

「いやでも、久しぶりに来たら円児がコーヒー淹れるってんだから驚きました。あの万年掃除係の円児が」

 

「はは、そうだね。いまや古間君は掃除も一流、コーヒーの腕も一流の人気店員だよ。彼にはいつも助けられてる」

 

「聞いて驚けミナトくん。俺のコーヒーはあの翼ちゃんにも認められた一品なのさ」

「誰だよ」

「常連さんだよ、人間の」

「そしてこれがッ! 魔猿特製スペシャルナポリタンだ! たんと召し上がれ」

 

 

頼んだ覚えのないナポリタンが机に置かれるが、どうやら芳村の奢りのようだ。しかし朝からナポリタンとはいかがなものか。ミナトは怪訝な態度でフォークに麺を絡め、口に入れる。

 

 

「お味はどうだい?」

 

「……グニグニと歯に逆らうパスタ麺、絶妙な火の通り具合が不快な具材、何を混ぜたのかあまり詮索したくない味わいのベシャベシャなケチャップソース……クソ不味ぃ。なんすかこれ」

 

「…この店の悩みを知って欲しくてね。古間君はレシピ通りに作ってくれてるつもりみたいだけど、この通りだ。そもそもの話ではあるが、喰種というのは人間の食文化には疎い。料理と言うのは少し難しいらしい」

 

 

仕方のない話だ。喰種は人間の肉からしか栄養を摂れず、人間の食べ物の味はわからないのだから。ミナトはひとり料理ができる喰種を知っていたから錯覚していたが、よく考えれば当然だ。

 

 

「この間新しく入ってもらった子も料理は不得手みたいでね。そこで提案なんだけど…荒木君、この店で働いてくれる気はないかな?」

 

「……俺がっすか? でも俺は……」

 

「あんていくのモットーは互いに助け合うこと。それは喰種に限るつもりは無いよ。ここを君の帰る場所にしてくれればいい」

 

 

それは喰種でもなければ人間でもないミナトに対する、芳村の優しい提案だった。感情の話で答えを出せるならとても嬉しかった。しかしミナトは、不味いナポリタンを口に入れては返答を濁す。

 

 

「…すぐに返事はいらない。よく考えて決めてくれればいいよ」

 

「すんません……つか不っ味い! おい円児、お前レシピ通りに作ったって嘘…」

「おっとおかわりを持ってきたよミナトくん。魔猿からの心ばかりのサービスだ」

 

 

半分近く消費したナポリタンの横に新たな一皿が運ばれ、怒りか絶望かフォークを持つ腕が震えた。しかし運ばれた料理を無駄にするわけにもいかないので、ミナトは果敢に挑み続ける。そんな彼の気も知らず、古間は「ふぅ」と思わせぶりに溜息をつく。

 

 

「この魔猿、20区に数多の子分がいることは知っているね」

 

「溜息は無視したつもりだったんだけどな」

 

「その子分の一人が、労働を終えた俺様に泣きついて来たんだ…不甲斐なさで心がいっぱいになったよ。子分の涙は俺様の涙、伝説の魔猿として放っては置けない。そこで俺は腰を落とし、子分の話を聞いたのさ…」

 

「お前、話長いって言われねぇ? もういいよ話せよ」

 

「子分は猿面の内側に涙を溜めて、俺に縋りつく。『魔猿の兄ィ! そのカリスマで俺の妹を───」

 

 

揚々とそこまで言って、古間は言葉を喉に圧し留めた。

 

 

「…どうしたんだよ」

 

「いや、俺としたことが私語が過ぎたみたいだと反省したのさ。もうすぐお客が来る頃合い…魔猿スペシャルクリーニングで店をピカピカにしなければ!」

 

「あぁそうかい、朝から忙しくて結構なこった」

 

 

古間が急に話を止めたのは、ミナトが「妹」という単語に反応したのもあるが、それはきっかけに過ぎないものだ。主たる理由は単純。捜査官であるミナトに聞かせるべき話ではなかったことに尽きる。

 

ミナトは事情あって「喰種捜査官補佐」を務めている。それこそこちらも事情あって友好関係を築いているが、本来は古間や芳村とは命を奪い合う間柄だ。

 

 

(すまないねミナトくん…君のことは信頼しているが、億…いいや無量大数が一にも頭の失態で子分を危険に晒すわけにはいかないのさ)

 

 

しかし、勿体つけて話さないと言うのもモヤモヤする古間。

聞きたいだろう? 魔猿に飛び込んだ秘密のミッションを! と、イマジナリーオーディエンスにむけて古間は心内解説を始めた。

 

 

その話もまた妄想じみて長いため、要約するとこうだ。

古間の子分の妹…当然ながら喰種なのだが、彼女は近頃危ない遊びに手を出した始めたらしい。ある特定の店で人間の合コンに混ざり、釣れた人間の男を『喰う』というなんとも喰種らしい凶悪な遊びだという。

 

しかし、そんなことをしていれば当然ながら捜査官に目を付けられる。その店を捜査官が調べているなんて情報もあるとか。だからすぐにそんなこと辞めるように言ったらしいのだが、聞き入れてはくれないらしい。古間の子分という事は20区「猿面」の喰種集団の一員で札付きの悪だ。そんな兄が何を言っても説得力に欠けるというもの。

 

 

以上、説明終わり。

不良となった妹を改心させる。古間はこのマル秘任務を一人でやり遂げる事を決意した。なに、魔猿に不可能はないのだ。

 

 

一方で、掃除しながら適宜キメ顔を見せる古間を気味悪がるミナト。不味いナポリタンを嚙みながら「なんだアイツ」と呟くと、ファイズフォンに着信が。

 

相手は20区支部の喰種捜査官、土岐昇太だった。一応だがミナトの上司にあたる。喰種と一緒なタイミングで間が悪いと言うかなんと言うか。着信に応じると飛び込んできたのは、前後の文脈を排除した単文の砲撃。

 

 

『ミナト! 一緒に合コン行こうぜ!』

 

 

不味いせいが4割、5割は呆れで1割が吃驚。ナポリタンがミナトの口からボトボトと零れた。

 

 

_______________

 

 

 

「いやーまさかミナトが来てくれるとは! 絶対断られると思って連絡したけど、誘ってみるもんだな!」

 

「そう思ってるなら誘うんじゃねえよ…! 人足りないって電話越し土下座までしやがって……いるだろ、丸手准特等んとこの出っ歯とか…お前仲良かっただろーが」

 

「馬淵誘ったら丸手さんにブチギレ喰らっちった、しっかり。っぱ丸手さんも誘うべきだったかなー…?」

 

 

土岐昇太はアカデミーを出た二等捜査官だが、どこか間が抜けたパッとしない男だ。殺意と正義でギラつく〔CCG〕の中では異質ともいえるほど温厚で、一般人に近い感性を持っていると言える。

 

そして、強制参加を喰らったミナトともう一人、誰よりも気合を入れて合コンに臨む者がいた。

 

 

「出会いは電撃の如く。いざ吹かせん恋の風…ハイパーロマンチスト古間円児、参る!」

 

「でよぉ、なんで『あんていく』の古間さんが…?」

 

「人足りないって言ってただろ。瀬尾とどっちがいいんだ」

「そりゃ古間さんの方が遥かにマシだけどよ…まぁいいか」

 

 

ミナトから「合コン」の話を聞き、店の名前を確認し、古間に電撃が走った。それは件の子分の妹が「喰い場」としている店だったのだから。これは運命が引き寄せた不運か、それとも幸運か。少なくともその店に捜査官が行くのを見過ごすわけにはいかない。

 

 

『芳村さんっ! 今日の業務は早めに切り上げ、この魔猿にどうかお暇を!』

 

 

かくして合コンの男メンバーはミナト、土岐、そして古間となんとも言葉にしづらい組み合わせとなった。

 

 

「なんでっつうなら、昇太こそ急にどうしたんだよ」

 

「理由なんて仕事のストレスに決まってんだろ! 瀬尾特等のアレはパワハラってレベルじゃないからな。俺の事を公衆便所のカマドウマか何かと思ってるんだよ絶対」

 

「そんなに酷いのかミナトくん、例の特等捜査官というのは」

「否定できないどころか肯定したいくらいには酷い」

 

「もう死んだ顔でボゲーッとしてたんよ、そしたら駅前で可愛い女の子に話しかけられちゃって! で何かと思ったら合コンよ合コン! そんなん行くしかなくね!? いや行くしかないんだよ!!」

 

 

知人の誘いか何かかと思いきや完全に逆ナンパ方式だった。古間の中で疑惑が深まり、ミナトの中でやってられるかの気持ちが強まる。

 

ここで女の子とお近づきになりたい土岐、子分の妹を守りたい古間、どーでもいいからとっとと帰りたいミナトの三者三様の願望が渦巻く合コンが、いま始まる……!

 

 

 

_________________

 

 

合コン会場は入りやすい雰囲気の、客層も民間的なレストランだった。服装をある程度整えて会場に向かい予約席を見つけると、待っていたのは3人の派手な女性。

 

 

「ミオでーす!」

「ルリでーす!」

「ユーコでーす!」

 

 

いかにも男漁りに来ましたと言わんばかりの化粧。そして服装の大胆さ。ミナトの頭は早々にクラついた。一方で古間はというと、その中の一人であるミオを見て指を鳴らす。

 

 

(ふっ…ビンゴ!)

 

 

強めの香水で匂いを隠しているが、喰種特有の匂いを古間は感じ取った。子分に見せてもらった写真とも一致する。彼女こそ喰種で、古間が説得すべき子分の妹だ。となると、自分のことを含めそれを土岐に察せられると困ったことになる。難易度はべらぼうに高いミッションだ。

 

然し、魔猿の心は揺るがない。

頭としての責務を果たすべく、この窮地でも見事に立ち回ってみせよう!

 

 

「ミオちゃんっていうんだ! 今日は誘ってくれてホンットありがと! んじゃあ俺らも自己紹介…俺は土岐昇太っていいます!」

 

「俺は20区のまえ…ゲフンゲフン! 失敬、古間円児さ。今宵は素敵な思い出にしよう」

 

 

そこまで言って、しまったと古間は仰け反った。古間も匂いは強めに隠してはいるが、この魔猿の本名を名乗ってしまっては意味がないではないか。すぐに喰種だと気付かれてしまう。

 

が、しかし。そんな古間の後悔は杞憂に終わったらしく、ミオは魔猿=古間という名前の等式を知らないようで、特に動揺を見せなかった。バレなかったのは幸運だが、猿面集団の一人を兄に持ちながら知られていないというのは、古間にとっては少々ショックだった。

 

 

「なんで一人で忙しいリアクションしてんだよ、円児」

 

「俺は悩み多き男なのさ。それより君も自己紹介したらどうだ」

 

「んなこと言っても、あー……荒木湊だ。よろしく」

 

 

自己紹介が一巡したところで、現時点での状況はと言うと…

 

 

「ミナトくん歳いくつ?」

「20」

「へー年下なんだー! お酒飲めるんだね! お姉さんが奢ってあげよっか?」

「私の一つ上なんですね~! 大学生ですか?」

「学校には行ってない。働いてる」

「ねぇねぇ、好きなタイプはどんな子? この中だったら誰がタイプ?」

 

 

学級の隅で本でも読んでそうなパッとしない土岐、気取った割には世辞でもハンサムとは言い辛い顔立ちの古間を置いて、人気は顔も良くてクールっぽいミナトに一極集中。早くも合コンがミナトのハーレムに変わりつつあった。

 

 

「…古間さん、とりあえずビールでいいっすか」

 

「…いいや、俺は酒は飲まないタチでね。すまないね」

 

「そっすか……」

 

 

やることが無いので全員分の飲み物と料理を注文した土岐。

 

注文を受けた店員がキッチンに戻る際、その店員はカウンター席で店長が客と話している珍しい光景を見た。その相手は、忙殺されそうな業務の中でも止まって眺めてしまうような美青年だった。

 

 

「極上の料理を用意してはくれまいか…そうだな、肉料理が良い。彼…亡き真桑木のように力強く、俺を満たしてくれるようなスペシャリテを…」

 

 

こんな庶民的なレストランには不似合いなオーラを放つのは、ラッキークローバーの一人である香賀雪哉。

 

彼は死を超えて覚醒した全てのオルフェノクを愛する男。故に、自身と肩を並べる『キャラビット』の訃報に絶望していた。そんな彼の無茶なオーダーに対し、店のオーナーを務める男性はこう答える。

 

 

「誠に申し訳ございませんが…貴方の目に適うような料理はお出しできそうにありません。ですが、真桑木様の代わりにこの私が、貴方の心の穴を塞いでみせましょう」

 

「へぇ……いいじゃないか、綺麗で据わった瞳だ…!君が馳間の言っていた、新たなラッキークローバー候補か」

 

「えぇ、馳間様からこの店を任されております。強羅と申します」

 

 

__________________

 

 

土岐は後悔していた。そして自分の先見性の無さに失望が尽きない。

仕事のストレスを発散するために来たはずの合コンに、何の考えも無しにミナトを連れてきてしまった。忘れがちだが、彼は顔が良いのだ。だからこうなることは予測できたはずだ。

 

 

「ミナトくん、はいっあーん♡」

「ズルいですよ~私も私も!」

「ミナトくんの携帯電話変わってるー! そうだ、連絡先交換しない?」

 

 

「畜生……っ!」

 

 

土岐を誘ってくれた派手好きらしいミオ、一番年下らしくアイドルっぽい可愛さのルリ、大人なファッションに身を包むオシャレなユーコ。

 

そんな女子が全員ミナトに奪われた。当の本人は奪った自覚も心当たりもないので、心底困った顔をしているのが土岐にとっては余計に苛立たしかった。

 

 

「…おい、あんた」

 

「ん? なんですかぁ?」

 

「俺の一つ下ってことは未成年だろ。酒は飲んじゃダメだ」

 

「え~? 学校の子たちは皆もう飲んでますよ! だからだいじょーぶですって!」

 

「へー、ミナトくんってそういうの気にするタイプなのね。意外だわ」

 

「ダメなもんはダメだ。俺は医者じゃねぇから、なんかあった時に責任は取れない。自分は大事にしろ」

 

 

そう言ってミナトは、ルリの手からビールジョッキを取り上げた。

 

その会話が聞こえ、土岐が少し顔を上げた。そうだミナトだって完璧人間じゃない。彼はたまにお節介になるというか、年下に対しては真面目臭いことを言う事がある。イマドキの子はそういうの嫌うはずだと、土岐はガッツポーズ。

 

 

「ステキです…! カッコいいだけじゃなく、しっかりしてるなんて…!」

 

「面倒見がいい男の人も、いい…」

 

「私も叱ってほしい……」

 

 

あぁもう全然ダメ。むしろ逆効果で、女子の眼にもはや土岐は入ってない。行き場のない憤りを飲酒に傾け、頭と腹が熱くなってきた。

 

いやいや、まだ諦めるには早い。土岐はビールを飲み干し立ち直る。土岐にはこの戦況をひっくり返す切り札があるのだ。このまま不完全燃焼で瀬尾が待つ明日の職場に行けるものか。

 

 

「おーっし! はい注目! 料理も来たし場も温まって来た所で、ここらでいっちょ自己アピールってのはどうよ!」

 

「はぁ…自己紹介ならさっきやっただろ」

 

「名前言っただけだろ? 俺らはもっともーっとミオちゃんたちのこと知りたいんだって! じゃあまず俺からね! なにか質問ある?」

 

 

女子が明らかに興味なさそうに見ている。心臓がヒュっとなった。辛い。しばらくするとユーコが「じゃあ…お仕事ってなにされてますか?」と空気を読んでくれた。そう、それこそ土岐が待っていた質問だ。

 

 

「ふっふっふ…何を隠そう俺は、あの『喰種捜査官』やってます!」

 

「おい昇太!?」

 

「えぇっ、喰種捜査官! じゃあお給料って……年いくらくらい…」

「…こんくらい」

「こんなに!? いや…よく見ると土岐さんって結構ハンサムですよね! 私は好きだなー!」

 

「喰種捜査官って、あの喰種と命懸けで戦うお仕事なんですよねぇ? すごーい、憧れます!」

 

「ははははっ! いやぁそれほどでもないよ! 今日は特別に色んなこと教えちゃおっかなー!」

 

 

計画通り。女子が食いついた。喰種捜査官という肩書は、やはり強力な光を放つ。世の中やはり金と名誉だ。だがまぁ余りデカい声で言いふらしていい話でもないので、見かねたミナトが止めに入る。

 

 

「おいバカ落ち着け! 一般人にいらんこと漏らしたら、それこそ瀬尾の奴に…」

 

「えっ、ミナトくんも…もしかして捜査官?」

「っ…それはだな…」

「そう! コイツ、俺の部下なんよ! なんてったって俺…この辺じゃエースやってるからね。土岐一等っていえば、俺のことよ」

 

 

訂正するが、土岐は二等捜査官だし、そもそもオルフェノク対策課の下っ端である。だが土岐はどんな手を使ってでもモテたいという覚悟を決めて動いている。更に酔っている止まることはない。

 

ユーコとルリが土岐に興味を持ち始めた一方で、ミオだけは「喰種捜査官」という言葉に顔を強張らせた。そんなミオに、完全に一人取り残されていた……否、冷静に場を見定めていた古間が「今だ!」と声を掛けた。

 

 

「どうかしたかな? そんな浮かない顔、俺は放ってはおけないな」

 

「えっ…と、いやなんでもないですよ。古間さんも、もしかして捜査官だったり?」

 

「いいや、俺はとある至高の喫茶店に務める、しがない店員さ」

 

 

改めて確認するが、古間の目的は彼女。

ミオは喰種だ。その証拠に、頼んだ料理はシンプルな味付けかつ噛み切りやすくて飲み込みやすい、『喰種向け』の料理ばかり。飲んでいるのもお冷だけだ。人に紛れての食事が手慣れている。

 

古間は自身の子分の妹である彼女を説得し、人を捕食する遊びをやめさせなければいけない。ようやく手に入った一対一の会話権だ。どこから攻めるべきか、魔猿の頭脳を以てしても難しい。

 

 

「へぇ、喫茶店! 私コーヒーには目が無くて! 最近はインスタントじゃどうも満足できないっていうか…」

 

「実に惜しい。今ここに豆とミルがあったなら特性スペシャルブレンドを振舞えたのに…特に俺が敬愛するマスターのコーヒーは最高の一言。是非とも君に味わってもらいたいね」

 

「そこまで言うなんて凄いですね。なんていうお店なんですか?」

 

「よくぞ聞いてくれたね。そこは知る人ぞ知る20区の名店、その名も『あんていく』!」

 

「『あんていく』……? その名前、どこかで……!あっ!」

 

 

ミオの眼から笑いが消えた。数秒遅れて古間も気付いた。

『あんていく』、もうその名前は20区でも有名。今年開店したという、『喰種』がやっているという喫茶店。そして全く手が付けられていない古間の料理。

 

 

「古間さんも、喰種だったんですね…!」

 

 

やってしまったと天を仰ぐ。

魔猿、圧倒的失態───

 

 




後編に続く。


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[疾速]

かつて、この20区に凶暴極まる“喰種”がいた。

本来群れるのを好まない喰種達をその圧倒的な力で束ね、群れを率いて遊戯でもするかのように人の命を、捜査官の命を奪い続けた。

 

その喰種はある日出会う。無益な争いはやめろと、単身諭すように現れた老人に。獰猛な喰種がそんな言葉を聞き入れる訳は無い。瞬時に牙を剥き、その喉元に赫子を突き立てた。

 

 

その日、20区を恐怖に陥れたその凶暴な“喰種”は死んだ。

 

 

おっと昔話はここまでだ。話を現代に戻すとしよう。

 

古間が喰種であることがミオにバレた。

もうなんか逆に古間は悟ったように笑った。そんな彼にミオは、誰にも見えない角度で瞳を『赫く』染める。そして小声で、古間を問い詰めた。

 

 

「もしかして知ってました? 私が喰種だって」

 

「…ふっ、当然。なんてったって俺は、20区のま……」

「まぁそれはそれでいいんですよ。私が言いたいのは、このまま静かにしててって事なんです。私、今夜はあのアホそうな捜査官を夕飯にしたいんで」

 

 

まさかとは思ったが、彼女は捜査官である土岐を殺す気だ。

捜査官を殺すのは“喰種”にとってはタブーとされる。一人でも捜査官を殺し、〔CCG〕の捜査対象になれば普通の喰種ではまず生き残れないからだ。それに加えて、捜査官が死んだ区は警戒が強まる。つまり、その区全体の喰種が生息圏を狭められることとなる。

 

しかし、ミオはそんなこと分かり切った上で無責任な言葉を吐き連ねる。

 

 

「喰種ならわかりますよね? なんでヒトより強い私たちがビクビク生きなけりゃいけないの? そう思って好きなようにやってる奴らは沢山いますよ。私だってそうしてやるだけ」

 

「それは自殺行為じゃないのかい? そんな馬鹿なことはやめるべきだと、俺は思うわけだが…」

 

「馬鹿でいいのよ。自殺でもなんでも、退屈に生きていくよりかは全然いい」

 

 

何処から吹き込まれたのか、それは喰種にとっては余りに危険な思想だ。

古間は眼を閉じる。違う、これは誰かのせいなんかではない。彼女の兄は古間と共に悪さをした喰種の一人だ。その背中を見せてしまった責任は、他でも無い古間にある。

 

なんとしても彼女を止めなくてはいけない。魔猿の名にかけてでも。

多少強引にでも彼女を連れ出そうかと考えた時、堰が外れた様にミナトが声を上げた。

 

 

「あ゛ぁもう! 限界だ俺は帰るからな!」

 

 

女子にベタベタされ、土岐に上から目線でウザ絡みされ、ミナトが遂に我慢できなくなったようだ。出された料理を全て食べると、お代を置いて席を立つ。

 

そこで魔猿、閃く。席を立ったミナトを追いかけ、店から出る寸前の彼を捕まえた。

 

 

「なんだよ円児。お前だってあのアホに無理して付き合わなくても…」

 

「聞いて欲しいんだミナトくん。この魔猿に科されたスペシャルミッションを!」

 

「は?」

 

 

そして、古間はミナトに全部話した。

一から十まで聞かされたミナトは、まず当然メチャクチャ面倒そうな顔で古間を見る。

 

 

「…なんか企んでるとは思ってたけど、それを俺に聞かせちゃダメだろうがよ…」

 

「俺もそう思ったさ。しかし、ここで彼女を放ってはおけない。だからこそ古間円児、最後に信じたのは君との友情! 彼女に好かれている君ならば彼女を止められるはず!」

 

「あのなぁ、俺だって一応捜査官だ。前科がある喰種を見過ごせってのか?」

 

「それを言うなら、もう俺のことを見逃しているぜ?」

 

 

ミナトは古間の過去は知っている。

それを言われると返せないのが、ミナトという男だ。古間はそれをよく知っている。

 

 

「分かっているさ、人を殺した喰種は決して受け入れられない。俺たちは取り返しのつかない命を無慈悲に捻り潰したんだ。でも…俺は罪に気付けた。彼女にもどうか、そのチャンスを与えて欲しい」

 

 

誰を殺して、誰を許すのか。その線引きは難しい。一つ「これだ」と基準を決めてしまうのも、何も決めずに殺すのも、どちらも恐ろしい。だから悩むのだ。悩んで苦しんで、分かり切った答えに行きつくのだ。

 

ミナトは頭を掻きむしり、何も言わずに進行方向を変えた。

未だ土岐が喧しい合コンの席に戻ると、ミナトはミオに視線を合わせて、何も着せない言葉を向けた。

 

 

「お前、もう帰れ」

 

「……なんなんですか。急に帰って来たと思ったら…」

 

「話は円児から聞いた。こんなこともうやめろ」

 

 

ミオは耳を疑った。あの男、捜査官に告げ口をしたのか? 喰種と『白鳩』が繋がっているとでも? 咄嗟に反抗しようとしたミオの腕を、ミナトが掴んで止めた。

 

咄嗟とはいえ喰種の腕力が止められたことに、ミオは驚きを隠せない。どう考えても人間の膂力ではない。まさかミナトも喰種なのか、それとも……そんな混乱に、ミナトは諭す言葉を重ねる。

 

 

「兄がいるんだってな。だったら心配させんな、帰ってやれ。別に分かり合えなくたって、心まで離れ離れで最後ってのは……辛いだろ」

 

「…分かったような口叩いてんじゃねぇ! 兄がなんだよ…今更そんな事言われたくないんだよ!」

 

 

喰種は生まれながらに命を狙われる存在。多くの喰種は幼くして、家族の死を経験する。母も父も喪ったのに、先に裏切ったのはあっちの方だ。

 

 

「おいおいどーしたよミナトにミオちゃん! 喧嘩なんかやめて、お酒飲んで俺の話聞いてこーぜ!」

 

 

マジでコイツ空気読まねぇなと、ミナトは思った。土岐が余りに情けないから、捜査官の癖に喰われる喰わせないの話になっているのだが。

 

そんなこと知る由もなく、土岐はミナトの活躍を自分の事として吹聴しまくる。割と機密ギリギリのことも言いまくる。この男、女の気を引くのに手段を選ぶ気が無い。こいつもう放っといていい気がしてきた辺りで、ミナトはその来店者に気が付いた。

 

 

「で、その上司さんがどうしたんです?」

 

「そーそー、瀬尾特等ね! この間まで俺と変わんない階級だった癖に、急に特等になって偉そーにしやがってからに。やれ仕事が雑だ、やれお前如きが休むなだの、人をゴミ扱いのくせ潔癖なのよ!?」

 

「うわー…嫌な人ね。でも特等さんってことは、お給料凄いんでしょ? イケメンなんですか?」

 

「いやもうナイナイ! 人柄って顔に出るから! あの人絶対モテたことないし、小学校から一回も彼女も友達も居なかったタイプの人だって! 仕事だって本当は俺の方ができるし! 今度あの野郎が舐めた口効いたら、俺からガツンと───」

 

 

酒をがぶ飲みし、いい気になっていた土岐の顎は、その瞬間にカクーンと外れた。あと真っ赤になっていた顔も真っ青に様変わり。

 

 

「───連絡にも応じないで、俺の影口とは。局長ですら許されることではないんだが…その辺りどうだろうな、土岐二等」

 

「せ、せぉ…せおとくとう……!?」

 

 

鋭く抉るような眼光で土岐を見下す、白髪の捜査官、瀬尾潔貴。『白鳩』と呼ばれる所以の真っ白な仕事着からゴミを払いつつ、聞こえるような舌打ちが荒縄で首を絞められているようだ。

 

なんで彼がここにの疑問はその辺に放り投げ、急いで携帯を確認。合コンが楽しみ過ぎて気付かなかったが、確かに瀬尾からのメールが一件入っていた。寒気を通り越して全身氷河期凍死寸前である。

 

 

「規律の違反に加え、社会的集団の一員である意識の欠如。上司を『あの野郎』呼ばわり。社会人として致命的じゃないのかな。懲戒免職ものだろう。さらに陰口というのは余りに醜い。これで今後一切君の言葉や行動全てから信頼というものが消え去ったワケだが…俺が土岐二等をゴミかクズのように扱うことに異存は?」

 

「ナイデス…」

 

「悪口すらすぐに撤回。言葉に責任を持てない人間が生きている意味があるのか、疑問だね。ただでさえ並程度の仕事しかできない凡庸の癖に、プライドや自己まで持てないのなら機械の方が数倍役に立つ。それにしても、元から低い知能が低い生き物は何故酒で更に知能を下げたがるのか…生存戦略からして狂っているよ、家畜の方がまだ賢い。君はそこの皿の上の豚肉以下だ。おまけに場所も時間も間が悪い」

 

 

土岐がボコボコにされているのはいいとして、何故ここに瀬尾が来ているのかが問題だ。しかも仕事着で。後ろから続々とオルフェノク対策課ではない捜査官が大勢続いて店内が騒めく。

 

背を伝う嫌な予感に、ミナトは思わずミオの姿を隠した。

瀬尾の冷たい銃口のような視線が、そんなミナトと、背後のミオに止まる。

 

 

「……っ!」

 

 

しかし、瀬尾の視線はその後横に滑り、別の客に。店全体を見渡すように首を動かすと、何かを確信したように溜息を吐いた。そこに現れる、店長の強羅。

 

 

「困ります、お客様。店内では騒ぎを起こされるようでしたら、申し訳ありませんがご退店を」

 

「しらばっくれないでくれ。率直に行こう、この店には“喰種”が……いや、()()()()()()『喰種レストラン』である可能性が高い。根拠が欲しいというなら、『仕入れ』の疑いを提示するが───」

 

 

突如投下された衝撃の情報。その真偽が確かめられる前に、殺意が躍動した。話を聞いていた店員の数人が、『赫子』を展開して瀬尾に襲い掛かったのだ。

 

 

「…平行線の水掛け論をするよりは、いくらか建設的な展開で好感が持てるなぁ」

 

 

瀬尾はアタッシュケースを防御に用い、大破したケースから飛び出した『カイザブレイガン』で赫子を斬り付けた。そこで遅れて湧き上がる『人間の客』の悲鳴。そうでないおよそ2割程度の『喰種の客』は眼を赫く染め、臨戦態勢に入る。

 

パニックになった店内でミナトは古間の眼を合わせる。喰種である彼も気付かなかったようだ。無理もない、ここは酒や料理の匂いが充満しているせいか、距離があるとミナトの「鼻」も効きづらいのだから。

 

 

「昇太! そこの2人と他の客避難させろ!」

 

「うぇぇっ!? 俺が!」

「お前捜査官だろうが!! ミオと円児は俺が避難させる。早よ行け!」

 

「う…おっし分かったルリちゃんユーコちゃん俺に…って、あれ? ルリちゃんどこよ!?」

 

 

酔っていても土岐は立派に捜査官だ。きっちりと役目は果たしてくれる。ミナトの役目は、瀬尾の意識がこの喰種である2人に向く前に、捜査官の立場を利用して逃げ出すこと。

 

 

「っ…! 放して! なんのつもりよ、捜査官に…『白鳩』になんか助けられたくない!」

 

「あぁ、ごちゃごちゃ喧しい!」

 

「おっと困りますお客様。この店の秘密を知った人間は、誰一人帰すわけにはいきません」

 

 

避難しようとしたミナトたちの前に先回りした強羅。躊躇いの無いミナトの蹴りを易々受け止めると、顔に紋様を浮かび上がらせ鎧を纏ったような怪物へと変化を果たした。

 

平べったい兜に生えた鎖の触覚と、波打つような幾層もの装甲。シャコの特質を備えた『スクイラオルフェノク』が行く手を阻む。それに加え、店員の数名が別のオルフェノクに変異した。

 

 

「……やはりオルフェノクが糸を引いてたみたいだな」

 

 

カイザブレイガンの光の銃弾がスクイラを射抜くと同時に、瀬尾はカイザフォンに『913』のコードを入力する。

 

 

《Standing by》

 

「変身」

 

《Complete》

 

 

瀬尾がクインケの代わりに用いる装備『カイザギア』。ベルトにカイザフォンを装填して戦士カイザへと変身すると、ブレイガンにフォンから引き抜いたミッションメモリーを差してスクイラへと斬りかかった。

 

 

「この店は私の責務であり誇り。人間程度に潰させはしません」

 

「…強いな、レートはA+といったところかな? だが誰かに奉仕したいなら人間に尽くすべきだ。君を殺した金で高い店にでも行くとしよう」

 

 

だが、依然として店内には複数の喰種。ミナトや人間の客は狙われる立場にある。何よりも瀬尾が見ているから、ミナトも古間も正体を明かして戦えない。ミオや古間が人間のフリをして逃げようにも、捜査官も喰種を逃がすまいと血眼になっている。喰種と捜査官の二重関門は突破できない。

 

 

「円児!」

 

「あぁミナトくん…これは流石の魔猿も、ちょっとマズい気がしてきたさ!」

 

「そうかよ! つーかお前、喰種から狙われねぇだろ! お前がなんとかしろ!」

 

「承知!…と行きたいが、今やこの俺にも失うものがあるのでね!」

 

「悪かったな、失うもんが無くて!」

 

 

店内の人間が避難することを全く考えてない強引な作戦。手柄を欲しがった瀬尾が推し進めたのだろう。失敗した所で名分は『喰種狩り』だからオルフェノク対策課の瀬尾は助っ人扱いだ。あの男なら上手いこと責任を逃れるに違いない。

 

兎角、ここは捜査官のミナトがなんとかするしかない。椅子で喰種たちを殴り飛ばし、なんとか外への道をこじ開けた。店の外に飛び出すと、一先ずミナトと古間はそれぞれ別の方向に走り出す。

 

 

「俺が他の連中を惹き付ける! その隙に円児、お前は暴れろ!」

 

「御意! しかしそうなると彼女のエスコートは……」

 

「俺に任せろ! コイツはここじゃ死なせねぇよ」

 

 

ミオの腕を掴んで喰種や捜査官の目に付くよう派手に立ち回るミナト。その僅かな隙に古間は隠れ、鞄から「いつもの服装」を引っ張り出してそれを纏う。

 

毎日のように着ていたこのファー付き白フードも、今やご無沙汰だ。ミナトに使命を任された古間は最後に般若のような真っ赤な「猿面」を付けて顔を隠すと、再び店内にその姿を現した。

 

 

「……っ! アレは、何故ヤツがここに…!?」

 

 

その姿を見てカイザが、捜査官達が戦慄した。

古間は一息で細長い『尾赫』を放出すると、壁を蹴り、空間狭しと躍動する。

 

山風の如き俊足。人間を襲っていた喰種、ミナトにとって邪魔な動きをしそうな捜査官を一瞬で戦闘不能にし、息も切らさず机の上に着地。

 

事態を重く見たオルフェノク達が、標的を捜査官から古間へと変えた。

しかしオルフェノクたちではその動きは捉えられず、易々と背後に回られ、そして

 

 

「雑魚は退いてな!!」

 

 

右腕に心臓を貫かれ、尾赫に首を飛ばされ、2体のオルフェノクがいとも簡単に灰化した。その獰猛な戦いぶりと「猿面」を知らない者が、20区の捜査官にいるはずもない。

 

 

「瀬尾特等! ヤツはまさか…!」

 

「一々確認が必要か? SSレート喰種…『魔猿』。レートで言えば最高位のバケモノだ。ヤツの目的は知らないが…!」

 

 

猿面の喰種集団。20区を中心に優秀な捜査官を殺し回っていた、凶悪な一派。そのリーダー格こそがSSレート『魔猿』。

 

カイザも同様に標的を変え、スクイラを放って古間と刃を交える。古間は尾赫をうねらせブレイガンを弾き飛ばし、そのまま動きを繋いで店の備品もろとも赫子でカイザの装甲を叩き壊した。

 

 

「───なるほど、流石に強いか。分が悪い」

 

「全く…俺様が人気者なのは分かるが、魔猿と見るやどいつも目の色を変えやがって。今日の俺様は人間共の味方だぜ?」

 

「そんな妄言より貴様を殺した名声と報奨の方が遥かに価値があると思うのは、俺だけかな」

 

「ならば結構! 悪役として今日のところは去ることにしよう、魔猿だけに!」

 

 

勝ち目の薄い戦いだからか、カイザも戦意は弱いようだ。古間はとりあえず逃げ残っていた数名の客を赫子の峰打ちで気絶させると、その身体を抱えたまま捜査官の追撃も振り切って逃げだした。

 

 

(この魔猿が逃走に人助け…笑い種だな。だが此方もミナトくんに無理な頼みをしているのだ、応えなければ魔猿の名が泣くさ!)

 

 

芳村に出会うまで、何十何百と捜査官も民間人も殺したこの腕が、今や人間の命を抱えている。少し前では考えもしなかった状況に、古間は嘲笑のような笑いを飛ばすと同時に少しだけ誇らしく感じた。

 

だが、その腕の中の体は、気付いた時には体温と重さを失っていた。古間の腕から零れ落ちるのは、山のような灰のみ。

 

 

「早めに切り上げて飛ばして来たらこのザマ…だが20区の『魔猿』、会えて光栄だ」

 

「───何奴…!」

 

 

古間は刹那の記憶を手繰る。あの一瞬で、古間が運んでいた人間に一発ずつ、何かが「撃ち込まれた」のだ。それをしたのは間違いなく、魔猿の危険信号が反応するこの男。

 

 

「俺はオルフェノク、馳間という。『黒狗』『オニヤマダ』と並び悪名高い『魔猿』と見込んで取引がしたいのだが、我々オルフェノクと組む気は無いか?」

 

 

_____________

 

 

「…放せって、言ってんだろ!」

 

 

ミナトと共に逃げていたミオだったが、喰種の追跡も減ったところで我慢ができなくなった。この男に庇われる筋合いがない。いっそ、喰種としての乱闘に加わればよかったのだ。死んだって別に構いはしない。

 

 

「なんでアイツの…兄のこと知ってるの。そもそもアンタ人間?」

 

「円児がおまえの兄の親分らしいぜ。そういう義理で助けただけだ」

 

「はっ…じゃああのデカっ鼻が『魔猿』!? ケッサクね! 捜査官に喧嘩売ったメイワクなクソ野郎の親分があんな不細工だったなんて!」

 

「やっぱわかってんじゃねぇか。お前だって本当は、兄にそんな事して欲しくなかったんだろ。それが答えじゃないのかよ」

 

「そんなのお前なんかに言われなくたって分かってんだよ!!」

 

 

猿面集団は、ある日を境に活動を止めた。

その理由は頭領である古間が「あんていく」で働き始めたことにある。そしてそれは子分の喰種たちにも徐々に影響を与え始め、ミオの兄も人間の居酒屋で働き始めることになったのだ。

 

ミオの気持ちはただ一つ、「なんだそれ」だった。

 

彼女は懸命に生きようとしていたのだ。人間社会に溶け込むために働き、人間の友人を作り、空腹に耐えて耐えて密かに生きていた。兄はそんな苦労も知らず、ヒトを好き放題殺して食べて、捜査官を殺して警戒を強化させ、それを楽しんでいた。

 

それが突然「人と共に生きたい」だなんて虫が良過ぎるだろう。ミオが何度言っても聞きやしなかった癖に。あれだけ心配も迷惑をかけてきた兄が、何事も無かったように自分と同じように生き始めたのだ。

 

いくらなんでもあんまりじゃないか。

これまで我慢して苦しんで生きて来た自分が馬鹿みたいだ。

だったら今度はこっちの番だ。これからは我慢なんかせず、好きなように、例え死んだって喰種らしく生きてやる。

 

 

「やっぱりそうだ…そんな気がしていたんだ、奇遇だね。こんなところで会うなんて」

 

 

ミナトとミオの言い合いに割って入る、気味の悪い美麗な声色。舐め回すようなギョロリとした視線をミナトにだけ送るのは、カメレオンオルフェノク───香賀だった。

 

店内の騒ぎの中、ミナトを見つけた香賀は「強羅をサポートする」という仕事を全て棚上げしてミナトを追った。その理由は、ただミナトに対する興味が尽きないから。そして一つ聞きたい事があったから。

 

 

「カメレオン…! ふざけんなよ、なんで此処に!」

 

「やっぱり綺麗だなぁ、その瞳。それに引き換え…横の女は、誰だ? 生に執着しない実に醜い顔だ。喰種だね。それは道理が合わないよ…一つ聞かせてくれ、真桑木を殺したのは……ファイズ、君かい?」

 

「…なるほどな、アイツ真桑木って言うのか。強かったよ。そうだ、俺だ」

 

「そうか……美しい君に殺されたのなら、まぁ非難はしないさ。だが! 真桑木を殺しながらその醜い喰種を守っているのは、どうにも許し難い事実だ!!」

 

 

カメレオンが体に巻き付いた帯を伸ばし、憤懣を込めて鞭のようにミオに振るう。それは考えるという過程が欠如した行動。その間に体を挟み、ミナトはミオの盾となって彼女を守った。

 

生身で受けたオルフェノクの一撃は余りに強烈。ミナトの背中は服も皮膚も破け、大量の血液が流れ落ちる。

 

 

「…なんで…っ!?」

 

「そうだ何故ッ! 違うだろう、そうじゃない。俺はそんなつもりじゃない!? その女は喰種だぞ!」

 

「なんで……か…なんでだろうな…? 俺とは違うんだ…そう簡単に重ねていいもんじゃねぇってのは、分かってんだけどな……!」

 

 

流血する背中をミオに向け、ミナトはベルトを装着する。

信頼する材料なんて何もないのに、ミオの全てを信頼した行動だった。ここで彼女を見捨てたらきっと、二度と立ち上がれない気がする。そんなエゴの塊のような庇護欲だ。

 

 

「面倒だよな、家族ってのは…いっぺん離れりゃ、そっから長いんだ…! 許せねぇことだって分かり合えねぇことだってあって、そいつがどんどんデカくなる。でも……その言葉気持ち溜め込んだまま、勝手に死ぬわけにはいかねぇだろ!」

 

 

許せない父がいる。罪を償わなければいけない兄弟がいる。

その全てを果たすまで、足掻いて生き抜くしかないんだ。

 

ファイズフォンに「555」を入力し、ミナトはそれを高く掲げた。

 

 

《Standing by》

 

「変身!」

 

《Complete》

 

 

ファイズフォンがベルトに装着され、ミナトの体が赤い光と銀色の装甲に包まれる。戦士ファイズは黄色い複眼と赤いフォトンブラッドを闇夜に光らせ、変身を完了させた。

 

 

「死ぬも生きるも会ってからにしろ。それまでは…俺が死なせねぇよ!」

 

 

_______________

 

 

 

「俺の理想は、オルフェノクと喰種の完全な融和。そして人間の持つ社会権利の奪取だ」

 

 

馳間は古間に己の理想、その計画を語る。

20区の猿面集団。一体一体が捜査官を凌ぐ実力を持ち、非常にハイレベルに統制されたグループだ。馳間にとっては是が非でも欲しい戦力。

 

 

「喰種とオルフェノク…ねぇ、俺はオルフェノクってのをよく知らないが、あの喰種レストランの店長もオルフェノクだったな」

 

「あの店は俺が作った。オルフェノクと喰種の共存の起点にするためだ。近いうちに喰種が食える食事も提供する手はずだったんだが…どこから情報が漏れたか、やはり店員も客層もしっかりと選別すべきだった」

 

 

そこだけ聞くと「あんていく」とよく似ている。しかし、それを牛耳るこの馳間という男の思想に芳村のような温かさが無いのは、古間にも感じ取れていた。

 

 

「我々のバックには既に人間社会での大企業がついている。〔CCG〕との繋がりもある企業だ、同盟者の生活上での安全は保障しよう。我々が要求するのは猿面集団の───」

 

「いいや、もうその話は結構だぜ。帰っておねんねしなオルフェノクさんよぉ!」

 

 

話を遮り、古間の尾赫が馳間の影を斬り裂いた。

人間を淘汰すると聞いた時点で、そもそもこんな話など乗る気などない。「あんていく」は喰種が人間と共に生きるための場所だ。その芳村の理念に古間が逆らうことは、断じてない。

 

何より古間は、あの店で働いて人間というものを知った。子分たちもそれを知ろうと努力している最中だ。奪ってしまったという罪を償うため、もう少しだけこの美しい世界に存在するために、二度と同じ過ちは繰り返せない。

 

 

「交渉は決裂か……俺の計画と言うのは、いつも上手くは運ばないな」

 

 

手応えが無いのは古間も感じていた。しかし、そこに馳間の姿は無い。声が聞こえたのは古間の頭上から。月の光を遮断する大きな影は、その形を地上のアスファルト表面に映し出す。

 

 

「おいおい、オルフェノクってのは飛ぶのかい…!」

 

「交渉の中で言うつもりだったが、先に手を出したのはそちらさんだ。これが喰種がオルフェノクには決して勝てない理由の一つ。オルフェノクの力は地上に縛られない」

 

 

それは灰色の巨大な翼。飛行に適した洗練されたフォルム、狩りに適した鋭い脚爪、その姿は手にした長銃も相まって「スナイパー」そのもの。馳間の怪人態、コンドルオルフェノクの「飛翔態」だ。

 

コンドルは己の羽を一部分離し、銃に装填。それを古間に目掛けて発射する。銃声と同時の着弾は古間の反射神経を以てしてもギリギリの回避で、当たった場所が深く抉れた。

 

 

「速度だけだと、芳村さんの羽赫よりも速いか…!? 威力も派手さは無いが侮れん…ならば!」

 

 

古間は建物の壁を駆けのぼり、コンドルと同等の高度まで上昇。飛び掛かって尾赫でその脚を掴むと、そのまま建物の壁面へと叩きつける。

 

しかしそれからの追撃を許すほどコンドルも甘くはない。襲い掛かった古間の迫撃を翼と脚の爪で迎え撃つと、そのまま驚異的な力で古間を抑え込む。そして、そのまま低空飛行で地面に古間の体を擦りつけ、解放したところで今度は銃を構えた。

 

 

「これはマズい…!」

 

 

吹っ飛んで行く古間に対し、容赦の無い発砲。尾赫を使って上手く体勢を立て直し、なんとか回避するも、そのうち一発は古間の尾赫を、もう一発は右腕の外側半分を抉り取った。

 

 

「俺のレートはSSに分類されるが、喰種とオルフェノクでは基準が違う。同格だと見れば痛ぇ目を見るぞ」

 

「そのようだ…魔猿、本日二度目の不覚…! だが、勝機は俺にある。翼は頂いた!」

 

 

そこでコンドルは、自身の右翼が折られていることに気付く。先の近接戦で想像以上にダメージを負っていたようだ。これ以上飛行を続ければ間もなく墜落するだろう。

 

 

「チッ…侮っていたのは俺ってことか? 地上戦を続けてもいいが…泥試合だな、その前に捜査官に見つかると損の方がデカい…撤退だ。考えが変わればまた教えてくれ、『魔猿』」

 

 

僅かな時間だけ飛行し建物の屋上まで登ると、馳間は人間の姿に戻って退散した。一方で残された古間は傷の治りが遅い。このところ十分な「食事」を取っていなかったせいだろう。

 

 

「ふっ…名誉の負傷ってところさ…」

 

 

治らない傷もまた、贖罪だ。今の古間ならそう思える。

まぁいいさ。右腕が使えなくとも、魔猿スペシャルクリーニングに狂いは生じない。明日も「あんていく」は、誠心誠意をこめてピカピカだ。

 

 

「……コーヒーは、入見の奴に任せてやるとするか」

 

 

_______________

 

 

ラッキークローバーの一人、S+レート『カメレオン』。ミナトと彼は何度か交戦したことがあるが、ミナトが勝ち星を挙げた事は一度もない。実力で言えばこの間倒した『キャラビッド』より上を行く。

 

 

「さぁ…もっと見せてくれよ、君の命の燃焼を!」

 

 

カメレオンの鞭を躱し、潜り込んでその細い体に拳を叩き込む。そんな殴り合いを何度も繰り返す。いかにも虚弱そうなカメレオンだが、ファイズがいくら殴っても倒れる気がしないのが気色悪さを演出している。

 

 

「っはぁ…響くねぇ! 素敵だ! もっと苛烈にやろう!」

 

 

カメレオンは状況に応じて形質を変えるトリックスター。首回りの帯の数が減り、その分一本の長さが拡大していく。それに合わせて帯の硬度やカメレオンの腕回り、足回りも太くなる。

 

そして、剣のようになった帯でファイズを斬り裂く。その切れ味は凄まじく、余波で転がっていた鉄骨が切断される程だった。これが斬撃特化形態、カメレオンオルフェノクの「剛刃態」だ。

 

 

「くっ…!」

 

 

もう一度剣を振りかぶったカメレオン。それをファイズのバイクが変形した「オートバジン」の横槍が阻止した。その車輪の盾から連射される銃撃がカメレオンを後退させるが、それに対しカメレオンはまたも形態変化。

 

両拳と胴体の質量を上げた「格闘態」となり、強化された右ストレートの一撃はオートバジンを激しく後方へとふっ飛ばした。

 

ノックアウトされバイクとなったオートバジンからファイズはファイズエッジを引き抜き、再び剛刃態となったカメレオンに剣で対抗する。

 

 

「命無き機械なんて、喰種未満の汚物だ。怖気が走るよ。やはり生きることこそが素晴らしい! まだまだ、もっとだ…もっと死ぬ気で俺を殺しに来てくれ!」

 

 

剣技でもファイズはカメレオンに敵わない。ファイズとカメレオンでは『バケモノ』としての格が段違いなのが分かってしまう。

 

更に、戦場に新たな駒が投下される。店内からここまで移動してきた、カイザとスクイラだ。

 

 

「ファイズ!? それにカメレオン……話が違うなぁ。こんな怪物の巣窟に放り込まれるなんて聞いていないんだが」

 

「おいお前…この間みたいに、共同戦線ってのはどうだ」

 

「俺を友達か何かと勘違いしているのか? 喰種複数にオルフェノク2体、民間人の避難も大方済んだ。こんな奴らを相手取る理由は俺には無い。あの個体を始末し、あとは君に任せるとするよ」

 

「…ッ、そうかよ!」

 

 

カイザが狙うのはスクイラ一体のみ。カメレオンはカイザに興味を示さずファイズだけを狙う。奇しくも見事に戦場が分断されてしまっている状況にあった。

 

加え、カメレオンは常にミオも殺す気で立ち回っている。更に重ねて瀬尾が来たことで、ミオは喰種の身体能力で逃げるタイミングを失ってしまった。なんとも突然で無慈悲な窮地だ。

 

ファイズが剣技で競り負け、地を転がる。

そしてカメレオンの双眸がミオに向く。

 

そんな切迫した一瞬、その場にいた全員が、奇妙にも動きを止めた。

 

 

「……なんだ、この音…?」

 

 

何処からか音が聞こえる。音、というより「音楽」。

その発生源は建物の屋根の上で戦いを傍観していた、瀬尾も香賀も知らない謎のオルフェノク。

 

五線譜のような曲線が描く模様に覆われ、まるで旅人のようなゆったりとした雰囲気を持つ昆虫のオルフェノクだった。そのオルフェノクは灰色のバイオリンのような斧で音楽を奏でていた。

 

 

「なにこれ…!!」

 

「ッ……聞くに堪えない、酷い音だ……!」

 

「うッ……!」

 

「これは…音楽と言うには、少々綺麗さに欠けるな。だが悪くないよ、誰だい君は?」

 

 

各々がその音楽に苦悶の表情を浮かべるのを見下ろすオルフェノク。カメレオンの質問にも聞く耳を持たず、その目が見ていたのは、唯一その音楽に耳を塞がなかったファイズのみ。

 

そう、ファイズにだけこの音楽は華麗な旋律に聞こえていたのだ。

 

 

「………」

 

 

オルフェノクは演奏を止めると、何も言わずにファイズの足元に「何か」を落とした。動きが止まっている隙に拾ったソレは、デジタル腕時計のようなメカ。

 

 

「こいつは……どう考えても俺の、だよな…?」

 

 

何より、その腕時計にはミッションメモリーが差し込まれていた。それはこの装置がファイズギアの一つであることの証拠。何故オルフェノクがそれを持ち、渡して来たのかは知らないが、使うしか道はないだろう。

 

ファイズは左腕にそのギア、『ファイズアクセル』を付けると、ミッションメモリーをファイズフォンへと付け替えた。

 

 

《Complete》

 

 

『アクセルメモリー』から指令を受け取ったファイズの装甲が起動する。胸の銀色のアーマーが展開し、ファイズ胴体の内部機構が剥き出しとなる。それと同時にファイズは、全身のフォトンブラッドが激しく循環するのを感じた。

 

フォトンブラッドが加速し、エネルギーが満ちていく。加速は止まらない。熱を帯び、出力を増し、その色は赤から最大出力を示す銀へ。そして複眼の黄色は赤く。それは偶然にも、喰種の臨戦態勢と同じ風貌だった。

 

 

「……『アクセルフォーム』」

 

 

オルフェノクはそう呟き、音もなく飛び去った。

ファイズ アクセルフォームは低く姿勢を取ると、左腕のファイズアクセルに指を置く。

 

 

「そんな機能…俺は知らないぞ…!? 何が起こっている…」

 

「おぉ、なんだそれは! いったい俺に何を魅せてくれると言うんだ、ファイ───」

 

 

カメレオンが帯を伸ばし、攻撃を仕掛ける。

カイザがその未知の姿に対し、身構える。

スクイラが包丁のようなトマホークを構え、ファイズに駆け出す。

 

 

その如何なる全てを───ファイズは置き去りにした。

 

 

 

《Start up》

 

 

 

ファイズアクセルのスイッチを押し、カウントが始まる。

大気を染め上げる猛熱。一点へと狭窄する意識。その瞬間にファイズの眼に映る全てが止まった。

 

 

「こいつは……!」

 

 

力の正体は直ぐに理解できた。そして、脚に力を込めて走り出した。

「速くなっている」。それも、尋常ではなく。ファイズアクセルはファイズが持つフォトンブラッドを極限まで活性化させ、異常な速力と感覚を生み出す強化アイテム。

 

その速度、実に1000倍。

 

カメレオンの帯を躱し、蹴りを叩き入れ、

スクイラとの距離を詰めて拳の連撃を炸裂させる。

 

この速さには誰も追随不可能。ミナトだけが認識を許された、言うなれば圧縮された時間の別次元。そんな異次元の海を遊泳し、認識的死角から一方的に敵を屠る。それがアクセルフォームの能力。

 

 

《Exceed Charge》

 

 

速度=威力。殴り飛ばされたスクイラは、ファイズから見ると無重力に揺蕩う人形のよう。そんな無防備なスクイラをポインターで捕捉し、限界まで加速した一撃、『アクセルクリムゾンスマッシュ』を上空から叩き込んだ。

 

 

「───まだ行ける……!」

 

 

エクシードチャージは通常、全てのエネルギーを消費しきる一度切りの大技。だがアクセルフォームではその限りではない。最大出力のフォトンブラッドがファイズに供給するエネルギー量は無尽蔵、無限大。

 

アクセルフォームである限り、何度でもエクシードチャージは使用可能。

 

 

《Exceed Charge》

 

「でやあああああっ!!!」

 

 

カメレオンに向けて再びポインターを展開し、赤い閃光がキックと共に加速空間で弾けた。そしてファイズアクセルが示すカウントが、その残り時間を刻む。

 

 

《3…2…1…》

《Time out》

 

 

ファイズがその限界速度にダイブできる時間は、僅か10秒。

タイムリミットを過ぎるとアクセルフォームは強制解除され、胸アーマーが閉じてフォトンブラッドが冷却される。その背後で、スクイラオルフェノクは青く燃え上がり灰化した。

 

 

「……!? 何が起こった…何をした、ファイズ」

 

 

カイザの眼には何も見えなかった。ただの一瞬のうちにスクイラが灰化していた。もしあれがファイズの進化によるものなら、それは由々しき事態を意味する。

 

言葉を交わす必要は無い。ファイズはミオを連れ、その場から立ち去った。残された瀬尾はファイズの著しい強化に爪を噛む。

 

 

「よくないなぁ……本当によくない。Sレート、いや…『SS』レートオルフェノク『ファイズ』……! 俺の平穏を脅かす奴には、消えてもらわなきゃなぁ……!」

 

 

________________

 

 

 

「───っ! は、ははっ! なんということだ! 身体から……命が消えていくのを感じる、あぁ今俺は最高に美しい! 生きているッ!」

 

 

カメレオンという生物は動体視力に秀でている。故に香賀だけは、あの速度で動くファイズの姿を僅かながら捉えることに成功していた。それによってファイズの一撃も急所を外し、辛うじて生還することができたのだ。

 

侵害される己の生存権に興奮冷めやらない。目に焼き付いて離れない、赤い眼のファイズ。己の命の限界まで加速した一撃で、もう少しで香賀は死まで───

 

 

「はぁ…やはり君は綺麗だ……! 最高に……! 愛している、愛しているともっ! 君を心から……っ!!」

 

 

もっと彼を知りたい。彼の『二度目の終わり』に成ってあげたい。

灰の味がする呼吸器から、香賀は愛の言葉を吐き出した。

 

________________

 

 

魔猿との同盟結成に失敗した馳間は、痛みと同時に焦りを感じていた。新たなラッキークローバーの候補、強羅からの連絡がないということは死亡した可能性が高い。ラッキークローバーの再興どころか、この一夜で多くのものを失い過ぎた。

 

魔猿とは残忍な喰種で名が通っていたはずでは?

強羅が逃げもせずに一方的にやられたとでも?

そもそも香賀を向かわせていたはずだが?

第一、翠が表に出れば全てが解決するというのに。

 

何もかもが腹立たしい。このままではオルフェノクはいずれ廃れる。

 

 

「誰だ、用があるなら手短に話せ」

 

 

いくら苛立っていても追手に気付かないはずが無い。それにしても、随分と気配を消していたものだと感心して振り返ると、そこにいたのは音楽を奏でていた昆虫のオルフェノク。

 

そのオルフェノクは怪人態を解き、ヒトの姿へ。

現れたのは酒の匂いがする媚びた可愛さの少女。ミナト達と店にいた、ルリだった。

 

ルリは馳間と目を合わせると、ウィッグを取り上着を脱ぐ。

短い髪に線が細くはあるが女性のものではない骨格が露になる。

 

 

「わざわざ女のフリをしたのはどういう意図だ?」

 

「『処世術、と言えばいいのか。彼はコミュニケーションに難を有しているので、知り合いの真似をしないと上手く話せないのです』」

 

 

妙な雰囲気なオルフェノクだと、馳間は思った。

距離を詰めると感じる酒以外の香り。酸っぱい匂い、これは()()()の匂いだ。

 

 

「……『孤独に喘いでいます。何処を見ても同胞はいない。孤独を共に渡る家族は皆いなくなりました。王冠を失くし、国境を超えるのも叶わず、幼い歌い鳥では彼を満たせない』」

 

「用件は手短に……と言ったはずだが」

 

「『彼は言う。欠けてしまった“幸福”を埋めましょう。これは聖戦、不条理からの解放前線。PLO…パラダイス・ロスト・オルフェノク。是非とも手を取り、共に、秩序で有意義な新たな社会を』」

 

 

演じるような、朗読するような言葉を終えると、少年は深く呼吸して口元を隠し、声を弱くして馳間に本題を囁いた。

 

 

「僕は…リューリ。僕を、ラッキークローバーに入れてください」

 

 

そう言った謎の少年、リューリから何故か馳間は眼が離せなかった。無視できない渦巻くような引力と存在感が彼にはあった。そんなリューリは目を合わされて照れ臭そうに、小説本で顔を隠す。

 

 

「“高槻泉”…新人作家です、読みますか? 僕…彼女が大好きなんですよ」

 

 

 




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EP01 オリジンタイム2019
日寺壮間 19歳


ジオウ新作書いてみました。
ザックリ解説します。

この作品は多重クロスです。レジェンドライダーがそれぞれ一作品とクロスします。19のクロス小説の時代を巡る物語…みたいなのです。

登場するライダーは全員オリキャラです。

クロスするアニメは、基本日常系です。バトル系でやりたかったんですが、どうも先駆者がおられたので。


「この世界には、無数の物語がある」

 

 

 

真っ暗な空間に浮かび上がる、無数の画面。そこには様々な物語が映し出されている。

 

 

並び立つ赤青二色の戦士と、青龍の戦士。

 

砂漠を疾走する列車。

 

雨の中発進するスーパーマシン。

 

反転した世界で戦う戦士たち。

 

 

一方で、戦いのない世界も。

 

 

ステージで踊る、9人の少女。

 

欧風な街に佇む喫茶店。

 

学校に通う天使と悪魔。

 

ギターを持って歩く少女。

 

 

さらに奥には、五人のカラフルな戦士達、消防士のような戦士、金色の狼のような戦士、光り輝く巨人。激闘を繰り広げる金髪の男、ロボットに乗って少女と共に戦う少年、赤い本を持った少年、盤上に召喚されるモンスター

とても全てを数えきることはできない。

 

そして、その中心にいる本を持った青年は、再び口を開く。

 

 

「その物語は無限に枝分かれし、その中の命一つ一つにも、物語がある。

そして物語は時に交わり、一つとなり、新たな世界が創造される」

 

 

空間の数十枚の画面が男の手元に集まり、一枚の画面になる。

 

 

「それは神の導きか、それとも愚者の遊戯か───」

 

 

その画面に現れるのは、一人の戦士。

 

 

 

「見届けるとしましょう。全ての物語を統べる、王の誕生を」

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

幼いころ、俺は物語が好きだった。

好きなのはカッコいい戦いでも、手に汗握る冒険でも、微笑ましい青春でもない。

 

信念を持ち、他人に流されず、優しく、強く、勇気があり、努力を惜しまず、強い心を持ち、過ちを人のせいにせず、他人の痛みが分かり、誰かのために怒り、誰かのために泣き、誰かを救い、欲に溺れず、自分や仲間に自信を持ち、他人を心から信じ、覚悟があり、壮絶な過去や出会いがあり、人に好かれ、本気で悩み、本気でぶつかり、本気で突き進み、何より自分を持っている。

 

そんな主人公に憧れた。

それが人間として進むべき道なのだと、錯覚した。

 

少なくとも、陰で人を叩き、欲に溺れ、他人を盾に正当化し、平気で人を傷つけ、他人への礼を忘れ、自分の事しか考えないような奴には、物語で愚か者として描かれるような奴にはならまいと誓った。

 

 

でも、出来上がったのはそれ以下のものだった。

 

 

憧れを真似ただけで、他人に影響され、本心から優しくしたことはなく、大して強くもなく、困難からは逃げ、そこそこの努力しかせず、弱小メンタルで、自分のせいだと口で言うだけで、他人の痛みなんて分からないから干渉しないだけで、自分のためにも怒れず、自分以外のことで泣くこともできない、救う素振りは態度だけ、すぐ欲に流され、そんな自分に自信はあるはずもなく、他人は全く信じられず、何の覚悟も持てず、過去に困難や挫折はなく、人に嫌われてはないがそこまで好かれてはおらず、悩みは適当にカタを付け、傷つきたくないから争わず、しんどくなったら足を止め、薄っぺらい自分が嫌いだがそれを変えようともしない。

 

 

主人公らしくあろうと表だけ取り繕っても、中身は空っぽ。

 

 

 

 

 

これはそんな俺が、主人公となる物語だ。

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

2019年、5月1日。

 

 

「日寺ー!お前ゴールデンウィークは実家帰るんか?」

 

「どうせ帰っても誰もいないよ。前言っただろ?」

 

「そうだっけ?それにしても今日から新元号だってよ!令和…なんて、しっくりこねぇよな」

 

「そんなもんでしょ。じゃ、俺バスだから」

 

 

そう言って、俺は友人と別れ、バス乗り場に向かう。

俺は日寺(ひでら)壮間(そうま)。大学一年生だ。運動は得意ではないが頭はいい方で、まぁまぁ良い大学に受かった。

 

両親は世界中を転々としていて、ほとんど帰ってこない。まぁだが、普通に優しい両親だ。

 

俺は新しく買った教科書を見て、ため息をつく。正直なところ、勉強は好きではない。受験勉強では夜8時くらいまでは学校に残っていたが、家では睡眠欲やサボり癖が勝ってしまい、ほぼ勉強してない。だからか、合格した時もそこまでの達成感はなかった。

 

部活は3年間真面目にやった。だが、上達は人よりも遅く、特に活躍もなし。他の奴よりずっと練習は出てたはずなんだけど。まぁ、それ以上何かすることもなかったが…

 

 

「どうしてこうなっちゃったかなぁ……」

 

 

鞄に入った一冊の本を一瞥し、そう呟く。

 

俺は物語が嫌いだ。だから漫画やアニメもほとんど見ない。

幼いころは主人公に憧れた。人に優しくするようにしたし、ルールは守り、悪口を言うようなカッコ悪いと思われることはしなかった。あと多少キャラも立てた。

 

でも、世の中はそうはいかない。世界の危機なんて起こらないし、個性的な仲間もいない、都合のいいヒロインもいるはずがない。

 

だから物語は見ない。つまらない世界とのギャップを痛感してしまうから。

 

 

「さてと、今日の夕飯は何作ろうかな…」

 

 

もう少しでバス停というときに、曲がり角で一人の男が立っている。

夏も近いというのに厚手の変わった服を着ている。おまけにマフラー的のものを巻き、変な本を持っているときた。変質者だ。

 

 

「やぁ、ご機嫌いかがかな?」

 

 

なんか話しかけてきた。さっさと逃げよう。

目を合わせないようにし、素通りする俺。だが、男は構わず付いてくる。

 

 

「私は預言者ウィル、君の未来を導く者だ。君に一つ預言をしよう」

 

 

なんか聞いてもない自己紹介を始めた上に、意味が分からない。新手の詐欺だろうか。あなたは神を信じますか的な。

 

 

「連れないなぁ。でも、君は私の預言を聞くこととなる。何故なら、君は主人公になりたいからだ」

 

 

その言葉で、俺の足は止まる。馬鹿な事を言われているのは分かってる。

でも、思わずその男と目を合わせてしまった。

 

 

「やっと見てくれたね。そう、この日に君は主人公となるだろう!」

 

 

風が吹き、思わず目を閉じる。すると、その男の姿はいつの間にか消えていた。

 

 

「何だったんだよ、今の…」

 

 

少しして、バス停に到着した。

待っている間、嫌でもさっきの言葉が頭を回る。そして、少し期待してしまっているのも確かだ。

 

物語の導入にはありがちな展開。主人公はこの後謎の力を得る…みたいなのがセオリー。

 

まぁ、変質者の世迷言と言えばそれまでだ。とりあえず忘れるとしよう。

 

 

数分後、まだバスはこない。

遅いと思って時刻表を確認した

 

 

その時だった。

 

 

 

「△×〇#$!*%□Ψ!!?」

 

 

 

謎の奇声と共に、地面から化物が現れた。

カマキリみたいなのもいれば、牛みたいなのもいる。デカいカニの化物もいた。

 

世界の滅びが始まった。そう瞬間的に感じた。

 

 

「……!?なんだよコイツら!」

 

 

次は空が割れた。翼を持った蜂みたいな鳥や巨大な蛇みたいなのが現れ、街を破壊していく。

 

俺は荷物を捨て、一目散に逃げだした。

こういうのは戦いを挑んだら大体死ぬ。走るのは得意ではないが、一生懸命逃げた。

 

そんな時、男の言葉を思い出す。

主人公…もしかして、今のこの状況か?

この世界の危機を救うことができたら、間違いなくヒーローだ。それなら、そのための力が手に入るはず。

 

そういうことなら今は逃げるしかない。どこかでその力に出会うか、またあの男が現れるのだろう。きっと今の俺はどうかしている。でも、期待せざるを得ないんだ、つまらない人生を変える、このイベントに。

 

 

俺は逃げる。街が壊されていく。恐らくもう大勢の人が犠牲になっている。

なのに、力を手にする様子は全くない。

 

 

「どういうことだよ…このままじゃ本当に…」

 

 

すると、俺は住宅街に到着する。

そこは既に地獄。建物は壊れ、怪物達がのさばっている状況。

 

そんな中、声が聞こえた。

 

瓦礫の下に埋もれ、身動きが取れない小さな少年の、助けを求める声が。

 

 

「…マズい!今俺が……」

 

 

少年に駆け寄ろうとしたその時、その声に気づいたバッタの怪人が、少年の方に近づいていくのに気付く。

 

今行ったら、確実に殺される。行かなければ、少年が殺される。

 

 

 

俺の足は止まった。

 

 

 

オイ、どうすんだよ。このまま見殺しにするのか?俺が行ったところで何もできない。力をくれるなら今だろうが!じゃなきゃ誰か助けろよ!

 

分かってる。ここで迷わず助けに行くのが、主人公だ。

 

分かっていても、体が動かない。

 

 

結局、俺は主人公になんてなれない。分かっていた。

俺はそれっぽく器を飾り立てただけの空っぽ。人を助ける理由なんて、「主人公っぽいから」しかない、ただのクズだ。

 

ごめん、名前も知らない君。俺は君を助けることなんか…

 

 

 

その時、また声が聞こえた。

 

 

少年が叫んだ。そう、「助けて!」と。

誰でもない、俺に向けて。

 

 

 

俺の体はその瞬間、突発的に動いた。思考も恐怖も全て振り切って、少年の元へと駆け出した。

 

 

そして、背後のガラスから現れた鹿の怪人が、

 

 

 

俺の心臓を貫いた。

 

 

 

 

口から血が吐き出される。

 

あぁクソ、ここで死ぬのか。

薄っぺらい英雄願望に踊らされ、結局何もなせなかった。せめて、あの子を守って死ねたら、少しはカッコよかったのかな…

 

俺、何のために生きてたんだろう。

 

 

意識が薄れる。もう何も見えない。

 

 

ただ自分の血の生温さを感じる時間の中、薄っすらとこう聞こえた。

 

 

 

「おめでとう、君は資格を得た」

 

 

 

この人は…さっきの変質者……

 

 

 

「この世界は直に終わる。君がこれを変えたら、君こそヒーローだ」

 

 

 

分かってるよ。でも、俺はもう……

 

 

 

「誰かが言った。“自分の夢を叶えたいなら、自分自身で道を切り拓くがいい。俺たちがしてやれるのは、その露払い程度のことだけだ”

君が歴史を変え、夢を叶えるんだ。我が王よ」

 

 

 

王───

 

 

 

その言葉の意味も分からないまま、俺の意識は闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

「ッ…!!ハァ…!ハァ…!」

 

 

 

大量の汗を流し、荒い呼吸で俺は目を覚ました。

夢…だったのかな?まぁ、そう考えるのが妥当だ。それにしてもあんな夢を見るなんて、主人公願望もここまでくると笑えない……

 

って、なんだ?この違和感。

 

ていうか普通におかしい。この部屋、すっごい見覚えがある。だってここは、俺が引っ越す前の家。

 

 

「もしかして…」

 

 

まさかと思いつつ、俺は部屋の電波時計を見る。

時刻は朝7時。そして、表示された日付は5月1日。

 

 

ただし、“2018年”の。

 

 

 

「は…はぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 

 

どうやら俺は本当に死んだらしく、

ついでに、タイムスリップしたみたいです。

 

 

 

 

 

__________

 

 

次回予告

 

 

「王になれって…どうすればいいんだよ…」

 

「やぁ、また会ったね。我が王よ」

 

 

悩む壮間。そして再び現れる自称預言者。

 

 

「剣道…陸上選手…ベストマッチ…!」

 

「あの日誕生した王の代わりに、君が王になる。それが世界を救う方法だ」

 

 

課せられた使命。さらに、2018年にも怪物が現れる。

 

 

「今、俺の力で戦えるなら…」

 

「祝え!」

 

 

今ここに誕生する、その名も仮面ライダージオウ!

 

 

「俺が…やるしかない!」

 

 

次回、「リスタート2018」

 

 




プロローグでした。ウォズっぽい人も若干キャラ変えてます。まずは主人公(仮)の自分語り&超急展開にお付き合いいただき、ありがとうございました。
並列更新なので遅くなりそうですが、読んでくださるという方がいましたら、応援の程をよろしくお願いします。

本日の名言
「自分の夢を叶えたいなら、自分自身で道を切り拓くがいい。俺たちがしてやれるのは、その露払い程度のことだけだ」
「シュタインズ・ゲート」より。岡部倫太郎。


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EP02 リスタート2018
日寺壮間 18歳


変身もクロスもしてないのにお気に入り登録してくださる方がおられて、正直ビックリしてます146です。
今回は変身&ちょっとだけレジェンド(?)の顔出しです。


俺は日寺壮間。19歳……いや、今は18歳だった。

ついこの間、いや厳密にいえば未来なんだけど……あぁもうややこしい!

 

俺は大学生活を送っていた矢先、突如世界に異変が起こり、そこかしこに怪物が出現。結果として、俺は鹿の怪物に不意打ちをされ、死んだ。

と思いきや、目が覚めると一年前に戻っていた。タイムリープという奴だと思う。もう訳が分からない。

 

一応は色々確認した。自分の部屋は確かに一年前だったし、3年生で1㎝伸びた身長も元に戻っていた。間違いなく2018年だが、一年間の夢を見ていたとも思えない。

 

最初の一日は取り合えず取り乱しまくった。落ち着くまでもう一日。次の日からは開き直り、通っていた高校に行くことにした。

 

それから1週間が経過し、今日も高校に登校。見慣れた高校時代の友人がいる中、俺は自分の席に着く。そして、ポケットからある物を取り出した。

 

 

「そういえば、コレは結局何だろう?」

 

 

黒い、手のひらサイズの装置のような物。上にはボタンがついているが、押しても反応はない。前面には機械的なモールドが施されている。目が覚めた時、ポケットの中に入っていたものだ。少なくとも、一年前にこんな物は持っていなかったはず…

 

 

「ソウマおはよー!」

 

「おはよ……って、なんだ香奈か」

 

 

元気な声で俺の目の前に現れたのは、俺の幼馴染である片平香奈。

幼稚園、小学校、高校と同じで、親同士も仲が良かった間柄。俺達自身も仲はいいと思う。

 

 

「なんだとは失礼ね。って、それより聞いてよ!この間のテスト赤点とっちゃってさー。ソウマ勉強できるでしょ?教えてよ」

 

「別にいいけど…なんで?」

 

「なんでって…もう大学受験じゃん!ソウマは普通に大学入れそうだからいいけど、私はそうはいかないの!」

 

「大丈夫だと思うけどな…」

 

「そうやって無責任な…面倒くさがらずに教えてよー!今度ラーメン奢るからさ。ね?お願い!」

 

 

香奈は勉強の方はダメダメだ。しかし、運動神経はなかなか高い。小学校低学年の頃からダンスを続けており、将来はダンサーを目指している。しかし、親御さんから大学に行くように言われており、香奈は大学でダンスを続けるために勉強中。俺の知る未来が正しいなら、その結果、体育大学に合格するはずだ。

 

ダンス部は割と遅い時期まで3年生が引退しない。おまけに香奈は毎日可能な限りダンスの練習をしている。よくそこから大学に合格できたものだ。

 

 

 

その後、一日分の授業を受け、入っていた部活の練習に参加し、6時半に下校。

今日も今日とて何もなかった。一体なぜ俺は1年前に飛ばされたのだろう?それと、気になるのはあの変質者の言葉…

 

 

『君が歴史を変え、夢を叶えるんだ。我が王よ』

 

 

あの変質者がこの一件に関与している可能性は大きい。また会えたら話は早いんだけど、そう簡単には出会えるはずも…

 

 

「やぁ、また会ったね。我が王よ」

 

 

気付くと、本を持った変質者が目の前に立っていた。

 

 

「うわっ!?出たな、変質者!」

 

「変質者とは心外だなぁ、我が王。私の名はウィル。君を導く預言者だ」

 

 

そうか、この男もタイムスリップしてきたのか。

色々と聞きたいことはあるが…まずは何を聞けばいいんだ?えーっと…

 

 

「あ、そうだ!これどういう状況なんだよ!気づいたら過去って…お前がやったの!?」

 

「その通り!君の時間を戻させてもらった。君を王にするためにね」

 

「王?」

 

 

そういえば、さっきから“我が王”とか言ってたのが気にはなってた。

すると、変質者…じゃないウィルは、手元の本を開く。

 

 

「この本によれば、これからおよそ一年後、ある王がこの世界を支配する。あの怪物はその影響だ。その歴史を変える方法はただ一つ。それは…」

 

「それは?」

 

「あの日誕生した王の代わりに、君が王になる。それが世界を救う方法だ。同時に、君が“主人公”になる方法でもある」

 

 

俺が、主人公に…

でも待て、冷静になろう。そもそも王ってなんだ?一国ならまだしも、世界の王とか聞いたことない。

 

 

「王になれって…どうすればいいんだよ。それに未来の王って誰よ?そもそも王ってどうやって決めるの??」

 

「まぁまぁ、落ち着くんだ我が王。

誰かが言った、“とにかく笑って未来オレンジ”とね」

 

「なにそれ?」

 

「考えていてもしょうがない、という意味さ。明日は休日だろう?二度目の人生ということで、少し羽目を外すのはどうかな。その後コーヒーでも飲んでリラックスすれば、きっと道は見えてくるはずだよ」

 

「そんな適当な…ってもういないし」

 

 

瞬きするうちに、ウィルはどこかに行ってしまった。

羽目を外す…ねぇ。遊びに行こうにもカラオケは苦手だし、大体誘って迷惑に思われたら心が死ぬ。

 

などと考えているうちに家に着いた。

 

夕飯は…もう面倒だしカップ麺でいいや。

すると、LINEに通知が入った。俺は基本ネット上で会話はしない。顔が見えないと、感情が見えなくて不安だからだ。万一、言葉で人を傷つけたら…と思うと何も言えない。

 

 

そんな悩みに割って入るように、また通知が届いた。

誰かは分かっている。俺にメッセージ送ってくるのは詐欺業者かコイツくらい。

 

 

[明日、ダンスのイベントあるから、ソウマも来てね!]

[どーせまた忙しいって来ないだろうけど!(`ω´) ]

 

 

「やっぱ香奈か…部活あるって言ったじゃん」

 

 

覚えている限りでは、一年前にも同様のイベントがあった。その時は部活があって行けなかったのだが…

 

気まぐれにネットで検索してみる。あった、「Girls Music Festival2018」これだ。参加者は女子高生限定で、ダンスや歌、バンドなどで構成されたイベント。うちのダンス部はこれに呼ばれたのか。

 

羽目を外す…か……行ってみよう。そういえば、香奈のステージは一度も見たことがなかった。

 

 

「少しは気も晴れるかもだし…ね」

 

 

 

______________

 

 

 

同時刻。壮間の通う学校にて。

校門前で待っていた女子生徒のもとに、別の女子生徒が駆け寄る。

 

 

「遅いよー!」

 

「ごめんごめん。ちょっと部活が…剣道の大会近いから…

陸上はまだだっけ?」

 

「まぁね。そもそも、うちの陸上部弱いしさ~」

 

 

そんなことをしゃべりながら、2人の女子生徒は歩いて帰る。

 

 

「そういえば、この話知ってる?“赤い人攫い”」

 

「知ってるよ~。1年前くらいから噂されてる都市伝説で、二人組を攫っていっちゃうんでしょ?噂によれば、もう56人もいなくなってるとか…でも、私の聞いた話だと、青だったような…」

 

 

日は既に落ち、街灯の光だけが帰路を照らす。

そして、2人の後ろから奇妙な足音が聞こえてきた。ゆっくりとこっちに近づいてくるような、重い足音。

 

気味が悪くなった彼女たちは、後ろを見ずに走り出す。

すると、後ろの足音は突然聞こえなくなる。

 

ホッとして、足を止める2人。息を整え、顔を上げると……

 

 

 

「剣道…陸上選手……」

 

 

 

2人の少女は叫び声を上げる間もなく、瞬く間に姿を消した。

 

街灯が照らすその姿は、赤と青が歪に入り混じった異形。

その胸には「BUILD」の文字が。

 

 

「ベストマ~ッチ」

 

 

ただ一言、その不気味な声が夜道に響くのだった。

 

 

 

 

 

______________

 

 

ー壮間sideー

 

 

翌日。

 

 

「人、多っ!」

 

 

そのイベント会場にやってきた俺。混むだろうから早めに来たんだけど…既に結構な人数が集まっている。

すると、そこに香奈たちダンス部も到着した。

 

 

「あれ?ソウマがいる!なんで!?」

 

「なんでって…呼んだのお前だろ。部活サボってきたの」

 

「へー、なんか以外。でも、嬉しいな」

 

 

そう言って笑う香奈。ちょっと可愛い。

まぁ、元から美少女といって差し支えない程度には可愛いが…幼馴染だしなんともなぁ。

 

香奈はそのまま会場の控室に向かっていった。

さて、イベント開始は昼からだし、まだ大分時間があるけど……

 

 

 

「人いっぱいいるね~緊張する~?」

 

「別に。あたしたちは…」

 

「“いつも通り”だろ?」

 

「それじゃあみんな!はりきって行くよ~!えいえい…」

 

「それはちょっと早いんじゃないかな…?」

 

 

 

そんな会話をしながら、女の子5人組がすれ違う。楽器を持ってたし、多分イベントの参加者だろう。女の子にしてはやたらイケメンなのが2人ほどいたような…

 

 

 

 

それから数時間後。

 

 

 

 

なんとか割といい場所を取れた。ステージは野外。司会の開会宣言も終わり、パフォーマンスが始まる。香奈の出番は最初だ。

 

紹介が入り、香奈たちダンス部がステージに上がる。なんか俺まで緊張してきた。

当の香奈は…すごい緊張してるな。大丈夫だろうか。

 

 

そんな中、ダンス部のメンバーは所定の位置に並びだした。

そして、音楽が始まり、香奈が体を動かし始める。

 

 

 

そこから先は、圧巻だった。

 

観客がその踊りに魅了され、盛り上がる中、俺は何も言葉が出てこない。

 

 

分かっていた。アイツは昔からそうだ。本気で優しく、正直。

目標に向けて一直線で、躊躇いがない。当然のように努力を続け、結果が出ないからと言って凹みもしない。ただ次を考えるような奴だった。人の評価を気にせず、ただ前を向くような奴だった。

 

それを何度も繰り替えし、こんな大きなイベントに呼ばれるまでに成長した。

 

やっと気づいた、俺はわざと香奈のステージを避けてた。

香奈は俺の憧れた主人公に近しい存在だ。身近だから、ずっと一緒だったから、認めたくはなかった。

こんな姿を見てしまうと、自分がひどく情けなく思えてしまう。

 

 

分かる、この感情は“嫉妬”だ。

 

 

俺が望んでいたものは全部、自分から取りに行かなければ手に入らないものだ。それを俺は、周りのせいにした。社会のせいにした。それで自分の愚かさを隠したつもりになっていた。

 

俺の中で心のメッキがはがれていく。

 

 

俺は主人公から、憧れから最も遠い存在になっていた。

 

 

 

ダンスが2番に差し掛かる。

やめろ。もう見たくない、俺は……

 

 

 

その時、突如として音楽が止んだ。

会場がパニックになる。司会が慌てて確認するために舞台裏に戻ろうとする。

 

俺はなんとなく上を向いた。

すると、そこにあったのは落下してくる何か。赤…いや、青い石?いや、人?

違う。あれは……

 

 

 

「ダンサー…ダンサー……ダレダ……!」

 

 

 

怪物だ。

 

右腕と左足は赤、左腕と右足は青で、赤い右足にはバネのようなものが装備されている。

胸は赤青の2カラーで、文字が書いてある。片目ずつ赤青と色が違うバイザーの奥には、しっかり目が見え、鋭い牙を生え揃えた口を露出させている。あれは間違いない。俺が死ぬ直前、世界を侵食した怪物に似ている。

 

何だよこれは…こんなの、1年前には起きなかったはず!?

 

 

音楽が止まった時とは比較にならないパニック状態。観客は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 

ただ、怪物が降り立ったのはステージ上。つまり、香奈のいるステージ。

香奈たちは逃げようとするが、ダンス部の一年生の一人が、恐怖のあまり全く動けないでいる。

 

 

 

香奈はその子を守るように、怪物の前に立ちふさがった。

 

 

 

「オマエガ…ダンサー…」

 

 

ジリジリと怪物が近づいていく。

 

オイ、何してんだよ。早く逃げろよ!そんな人の事を気にしてる場合かよ!!

怪物は俺に気づいてない。助けに行くなら今しかない。だが…

 

 

あの時と同じだ。恐怖で足が動かない。また、俺は何もできない。

仕方ないんだ。俺が行ったところで、何も変わらない。助けることなんてできない。

 

俺は主人公でも何でもない。それなら……

 

 

俺の足が後ろに下がる。怪物は香奈に近づく。

 

 

その時、俺の脳裏にある記憶がよぎった。

それは幼少期の記憶、そして、これから少し未来の記憶。俺はずっと見てきた。アイツが雨の日も、雪の日も、毎日努力を重ねる姿を。

 

 

 

香奈が死ぬ?おかしいだろ。

 

努力したアイツが死んで、俺が生き残る?なんだよそれ。

 

アイツはこれからも努力して、夢を繋ぐんだ。だから…こんなとこで終わっていいはずがないんだ!!

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

近くのパイプ椅子を掴み、俺は何も考えずに走り出した。

そこには善意なんてなかった。もっとシンプルな感情が、俺を突き動かした。

 

パイプ椅子が怪物の頭部を強打。

 

だが、全く効いている様子はなく、怪物は造作もなく俺を片腕で弾き飛ばした。

 

 

「ソウマ!?」

 

 

香奈が俺を気にしているうちに、怪物が近づいてくる。

俺は立ち上がり、怪物に突っ込んでいく。

 

 

「早く…早く逃げて!!」

 

 

立ち上がれなかった一年生の子は、他の部員に連れられてなんとか逃げた。

でも、香奈は逃げだそうとしない。

 

 

「なんで…!」

 

「嫌だよ!ソウマを置いていけない!!」

 

「俺の事なんか気にすんな!お前は…報われなきゃいけないんだ!

お前は凄いやつなんだよ、努力のできない俺なんかより、何倍も!!本当に優しい人が救われて、努力した人が幸せになるべきだろ!?だから……香奈をここで死なせない!!」

 

 

抵抗虚しく、またしても俺は怪物に吹っ飛ばされた。

 

あぁ…俺何やってんだよ。やっぱり何もできず犬死にすんのか、カッコ悪い。

ていうか何だよコイツ、どんなパワーしてんだ、反則だ。

 

 

今、切に願う。

 

力が欲しい。主人公とかヒーローとか、そんなのはどうでもいい。

世界なんか守らなくたっていい。生きるべき人が生きる、その当然の権利を守れるだけの力が欲しい。

 

 

今、香奈を守れるだけの力が……!

 

 

 

「再び祝おう。おめでとう、我が王よ」

 

 

 

怪物が突如として吹き飛ばされる。

聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、そこに悠然と立つウィルの姿が。

 

それと同時に、俺のポケットの中が光り輝く。

ポケットに入っていたのは、あの謎の黒い装置。俺がソレを手に取ると、装置は変化し始めた。

 

正面に時計の針を思わせるようなエフェクトが現れ、一回転。すると、黒かった装置に白いカバーのようなものが現れ、模様が刻まれた。これは…時計か?文字盤にあたる場所には、「カメン」と「2018」の文字が。

 

 

「さぁ、選ぶといい。君は力を得る権利を手に入れた。

このまま何者にもなれず朽ちるか、王の覇道を進むか……」

 

 

ウィルは俺の前に跪き、別の装置を取り出した。

それは少し大きめの装置で、正面にはディスプレイがついており、これも時計に見える。

 

そして不思議なことに、俺はこの装置の使い方を知っている。

 

 

「王とかはよく分からない。でも…今、俺の力で戦えるなら…!」

 

 

俺はその装置───“ジクウドライバー”を手に取り、腰に装着。ベルトが展開し、自動的に腰に巻きつく。そして“ライドウォッチ”のカバーパーツを回転させ、上部のスイッチを押す。

 

 

《ジオウ!》

 

 

ライドウォッチを起動させ、ジクウドライバーの右側に装填。俺の背後にいくつも重なった時計が現れる。

 

さらに、ドライバーの上部スイッチを押し、ロックを解除。ドライバーが傾く。

俺は左腕を前に持ってきて、構えを取る。そして、心に浮かんだこの言葉を叫んだ!

 

 

 

「変身!!」

 

 

左腕でロックの外れたドライバーを一回転。その瞬間、背後の時計の針が止まり、10時10分を示すような位置に。時計のベルト部分のようなサークルが俺を中心に回転。背後の時計は「ライダー」の文字を刻む。

 

 

《ライダータイム!仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

俺の体にアーマーが現れる。胸から胴の中央を時計のベルトが走り、全体的に黒いボディ。時計の「ライダー」の文字は、俺の顔に刻まれた。

 

ドライバーに表示されるのは「ZI-O」、そして「2018」。

 

 

 

「祝え!全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろ示す時の王者!

その名も仮面ライダージオウ!まさに生誕の瞬間である!!」

 

「ソウマが…変わった…?」

 

 

ウィルと香奈がなんか言ってるけど、俺の耳には入らない。

集中しているとかそんなのではない。普通にパニクっていた。

 

 

「うわぁぁぁぁ!!なんだこれぇぇぇぇ!?」

 

 

なんとなく勢いでやっちゃったけど、ナニコレぇぇぇぇ!!??え、どうなってんの!?変身って何!!?

 

 

「カメン…ライダー……!」

 

 

怪物がなんか言いながら襲い掛かってきた。パンチをモロに喰らう俺。

 

 

「痛ってぇ…ってあれ、痛いけど…そんなに痛くない」

 

 

襲ってくる怪物の攻撃を躱し、試しにキックで反撃してみる。

 

 

「ハァっ!!」

 

「グアァァ!!」

 

 

キックを受けた怪物は体を抑えて悶える。間違いなく効いている。これなら…イケる!

 

 

「この力があれば…そうだ。俺が…やるしかない!」

 

「ウォォォォォ!!」

 

 

叫びながら怪物が突っ込んでくる。俺はその攻撃を捌き、パンチ。間髪入れずにもう一撃。最後にキックをお見舞いする。

妙だ。運動は得意じゃなかったはずなのに、動き方が頭に流れこんでくる。そんで、その通りに体が動く!

 

 

 

「ベスト…マ~ッチ!」

 

 

怪物は2つの小さな物体を取り出し、宙に放り投げる。そして、それらは怪物の口の中に。

すると怪物は腰のバックル部分のレバーを回した。

 

 

《陸上選手…、剣道…、ベストマ~ッチ…》

 

 

構わず攻撃をすると、一瞬で怪物の姿が消えた。

と思ったら、今度は俺の体に鋭い痛みが走る。殴られた痛みじゃない。これは…

 

 

「なるほど。用心するんだ我が王よ。彼は取り込んだ人間の能力を使うことができるらしい」

 

 

見ると、怪物の手には光る竹刀が握られていた。さらに目を離した隙に、一瞬で接近してくる。

取り込んだ人間とかよくわかんないけど、なんか厄介なのはよく分かった。せめてこっちにも武器があれば…

 

そんな考えに呼応したように、ドライバーから「ケン」という文字が現れ、形になる。

それは文字通り「剣」。「ケン」と書いてある「剣」である。

 

 

《ケン!》

 

「名は体を表す…ってか?」

 

 

高速移動を続ける怪物。だが、こっちに攻撃するときは接近してくるはず。タイミングを見計らって……今だ!

 

 

「せやッ!!」

 

 

怪物の剣撃が俺に届く前に、この剣──ジカンギレードで、怪物を斬り付ける。怯んだ隙にもう一発。もう高速移動の余裕は与えない!

 

だが、そう簡単には事は運ばない。

 

 

《DJ…、ジャグリング…、ベストマ~ッチ》

 

 

怪物を中心に爆音が鳴り響く。言葉で形容できない音量だ。足元の床にヒビが入っていると言えば分かるだろうか。とても近くにはいられない。

 

俺はいったん距離を取る。だが、それを見計らっていたかのように、怪物は自分の周りにボールやボウリングのピンみたいなの、あとリング状のエネルギー弾を作り出し、俺に放った。当たったところから爆発する。そこまでじゃないが、地味に痛い。

 

 

「ジャグリングって、そんなのじゃない気が…」

 

 

そんなこと言ってる場合ではない。近距離しか攻撃手段がない俺にとって、万事休す。銃とかあればなぁ…でも、そうは上手くいくわけが…

 

 

《ジュウ!》

 

 

ジカンギレードが変形。ケンって書いてある部分が「ジュウ」に変わり、銃の形に。

 

 

「なんか上手く行きすぎな気もするけど…まぁいいや!」

 

 

トリガーを引き、とりあえず乱射。めちゃくちゃ銃弾が発射される。

まずは攻撃を全て撃ち落とし、銃弾は怪物に炸裂。音が止んだ。

 

今がチャンス。一気に決める方法も、頭に浮かんできた。

 

ドライバーにセットされたウォッチのスイッチを押し、ドライバーのロックを解除。

 

 

《フィニッシュタイム!》

 

 

変身した時と同じように、ドライバーを一回転。時計台の鐘のような音が鳴り、俺の足にエネルギーが満ちていく。

すると、怪物の周りを囲うように、ピンク色の「キック」の文字がいくつも現れ、怪物の退路を塞いだ。

 

俺が飛び上がると、「キック」の文字は重なっていく。一つとなった「キック」は怪物を迎撃し、隙を生み出し、キックの構えを取った俺の足裏に刻まれる。

 

 

《タイムブレーク!!》

 

 

顔の文字、そして足裏の文字が順に「ライダーキック」と輝く!

 

 

 

「おりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「グワァァァァァッ!!」

 

 

 

必殺キックは怪物の胸部に突き刺さり、吹っ飛ばす。

飛んで行った怪物は断末魔を上げ、爆散するのだった。

 

 

 

「おめでとう!君の勝利だ」

 

「俺が…倒したのか…?あの怪物を……」

 

 

 

そう、忘れもしないこの日。

 

この瞬間から、俺の王への道は始まった──!

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

「かくして、仮面ライダージオウとなった我が王は、その覇道を進み始める。

しかし、彼の覇道の先は、まだ閉ざされたまま。その鍵は…失われた過去にある」

 

 

 

夕焼けの空の下、赤く染まった太陽を背中に、赤と青の戦士が佇む。

 

 

NEXT>>2017

 

 

 

__________

 

 

 

次回予告

 

 

「羽沢珈琲店…?」

 

「羽沢つぐみです。よろしければ、少し寄っていきませんか?」

 

 

怪物を倒した壮間。次に待っていたのは、始まりの邂逅。

 

 

「ミツケタ……!」

 

「お前、倒したはずじゃ!?」

 

 

何度も蘇る怪物。迫る悲劇。

 

 

「時を越え、全ての力を手にする。それこそが時の王者」

 

「この人もだ、なんでそうやって…」

 

 

歴史を変えるため、タイムスリップ再び!?

そして出会う、最初のレジェンド!

 

 

「俺は仮面ライダービルド。そこで見てな、未来人君」

 

 

 

次回、「アフターグロウ2018」

 

 

 

「さぁ、実験を始めようか」

 

 

 




はい、という訳です。とりあえずオリキャラだけの回は終わりで一安心。変身もできたし。
次回からはビルド編。クロス先はもうお分かりでしょう。

感想、評価などお待ちしております!


今回の名言
「とにかく笑って未来オレンジ」
「エレメントハンター」より、レン・カラス。


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ジオウくろすと補完計画 2.5話 「本家VS二次創作」

補完計画やってみた。一時間で書き上げたこれが平成最後の更新です、それでいいのか。
今回はオリキャラのみなので、キャラ崩壊はご愛敬。

このコーナーは台本形式となりますので、苦手な方ご遠慮ください。


壮間「日寺壮間は悩んでいた…」

 

 

日寺壮間の自宅。

この物語の主人公(仮)の日寺壮間は、「壮間補完計画」と書いてある本を持ち、何かを考えこんでいた。

 

 

ウィル「どうしたんだい、我が王」

 

 

そこに現れたのは、同じく「ウィル補完計画」の文字が入った本を持った、自称預言者ウィルだ。

 

 

壮間「俺、変身したんだよね?」

 

ウィル「その通りだよ。仮面ライダージオウの力を得た君は、これより覇道を進むこととなる!そう、王の覇道をね」

 

壮間「そうなんだけどさ…ちょっと気になることがあって…

いや俺、2話かけてやっと変身したわけだけどさ、これって遅くないか?」

 

ウィル「なんだ、そんなことか。二次小説ならこんなの早い方さ。テレビシリーズのように販促をする必要もないからね」

 

 

開幕メタいが、TTFC会員の方ならご存知の通り、これが補完計画のデフォルトである。

 

 

壮間「そう、そこなんだよ。この作品ってさ、いわゆる“仮面ライダージオウ”の二次創作なんだよね?それなのにソウゴもウォズも出ないって、それって詐欺だろ!?」

 

ウィル「問題ない。ちゃんとタグに“オリ主”って入ってるじゃないか。王となる者が、そんな小さいことにこだわっていては困るなぁ」

 

壮間「いや、この際ハッキリさせるべきだ。この作品と“仮面ライダージオウ”とどう違うのか!そして、この作品がジオウの都合のいい設定だけを盗んだ質の悪いパクリってことを!」

 

ウィル「作者が泣くからその辺にしようか、我が王よ。だが、我が王の望みとあらば…このウィル、一肌脱ぐとしよう!」

 

 

これだけ言ってウィルが退場。数分後、タブレットを持って帰ってきた。

 

 

ウィル「まず大前提として、ジオウの主人公は常盤ソウゴ。この作品の主人公は日寺壮間。そう君だ」

 

 

~比較映像~

 

 

ソウゴ「俺は、王様になる!」

 

壮間「俺は…主人公になりたいです…」

 

 

 

壮間「並べないで。下位互換臭が凄いから」

 

ウィル「まぁ、常盤ソウゴは普通の高校生とは名ばかりの、先輩ライダーに余裕でタメ口、将来の夢は王様、高校卒業後即無職の平成主役ライダーきってのヤベー奴だからね。それに、君が小物だというのは事実だ」

 

壮間「ちょ…そんなはっきり……」

 

ウィル「次はジオウの付き人」

 

 

~比較映像~

 

 

ウォズ「祝え!」

 

ウィル「祝え!」

 

 

 

壮間「同じじゃん」

 

ウィル「この本によると、作者はウォズのキャラがお気に入りらしい」

 

壮間「何それズルい!それなら俺もこんな英雄願望の卑屈野郎じゃなくて、魔王志望の高校生になりたかった!この自称預言者が一緒なら俺も一緒にしろ!」

 

ウィル「そして、ジオウにおけるヒロイン枠だが…」

 

 

~比較映像~

 

 

香奈「でも、嬉しいな」

 

ツクヨミ(無言で躊躇のない発砲)

 

 

 

ウィル「これでも本編ジオウと一緒がいいかい?」

 

壮間「わがまま言ってすいませんでした」

 

ウィル「この本によると、ツクヨミは(株)氏の“ぐだぐだジオウ時空”で「好きなものはジェノサイド」というパワーワードを…」

 

壮間「わかったから!俺が悪かったから!」

 

 

(株)さん作の「ぐだぐだジオウ時空」。ニコニコ静画で読むことができます。

ジェノサイドなツクヨミ、魔王なソウゴ、助っ人外国人ゲイツ、飛んでいくライドウォッチを見たいという方は読んでみてください!

 

 

壮間「↑コレ何?」

 

ウィル「布教という奴だよ。さて続きだ、所謂ゲイツ枠だが…まだ登場はしないらしい」

 

壮間「おかげで2人で長々と駄弁る羽目になったじゃんか。まぁ、これで全キャラクターを比較でき…」

 

ウィル「まだだよ我が王。大事な人物を忘れている」

 

壮間「大事な人物?誰かいたっけ?」

 

 

~比較映像~

 

 

アナザービルド「ベストマ~ッチ」

 

アナザービルド「ベストマ~ッチ」

 

 

 

壮間「アナザービルドかよ!てか同じじゃん!」

 

ウィル「この本によれば、アナザービルドは作者のお気に入りだそうだ。なんでも、理性のないところに愛嬌があるとか」

 

壮間「あぁ!もういい!こんな自分の好きなキャラだけそのまま出す作者なんて粛清だ!ちゃんと俺を本編ジオウやなろう小説みたいにチート主人公にさせて、魔王の力で全ライダーぶっ潰す無双ストーリーにしてやる!ただしヒロインはそのままで!いくよウィル!」

 

ウィル「やれやれ、やはりオリジナルキャラのせいか、キャラが定まっていないようだ。おいたわしや我が王…」

 

 

 

to be continue…

 

 




…なんとか魔王ソウマの襲撃をやり過ごしました。

ウィルによる悪意ある偏向報道がなされましたが、ツクヨミはちゃんと可愛いです!
あと、キャラが同じなのは割と理由があったりなかったりしますので、温かく見守っていただければ…
次回からはレジェンド(?)も出していきます。


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EP03 アフターグロウ2018
Hey‐day前奏曲


146です。令和最初の更新です。
今回からアニメ作品とクロスしていきます!まずは第一弾、バンドリ×ビルド!
ほぼ同時に、補完計画も投稿しました。頑張ってやりたい放題したつもりなので、よろしければ!


この本によると普通の大学生、日寺壮間は命を落とし、一年前にタイムリープ。普通の高校生となり、王となる使命を得た。

 

仮面ライダージオウに変身した壮間は、音楽イベントに現れた怪物を撃破。王への一歩を踏み出した。

 

王になるための鍵は、失われた過去にある。

その過去に繋がるため、今回出会うのは幼馴染の5人組バンド。そして、彼女たちの日常を守った天才ライダー。

 

 

 

 

____________

 

 

 

仮面ライダージオウが怪物を倒した日の夜。

怪物が飛んで行った先は雑木林。その中に倒れているのは怪物ではなく、一人の男。

 

木の葉を踏む音と共に暗がりから現れたのは、別の男。いや、少年といった方がいいだろうか。倒れている男よりも、容姿が幼い。そして緑っぽい変わった服を着ている。

 

 

「あー、まさかジオウが生まれるなんてね…」

 

 

少年はポケットからチロルチョコを取り出し、包装紙をはがして口に放る。

包装紙をその辺に捨て、少年は倒れた男に近づき、男の体に手を突き刺した。

 

男は小さな呻き声を上げるが、特に血が出ている様子もない。

少年が手を引き抜くと、その手には黒いライドウォッチが握られていた。その正面にはあの怪物の顔が。

 

 

「気乗りしないけど…仕方ないか」

 

 

《ビルドォ……》

 

 

少年はウォッチを起動。不気味な音声が流れると、少年は再び男にウォッチを埋め込んだ。

 

 

 

____________

 

 

 

俺があの謎の怪物を倒し、一日が過ぎた。今日は日曜日で、部活もない。

ただ…

 

 

「まだいるよ…」

 

 

今は朝の9時。朝食も食べ、どこかに出かけたいところなのだが…

2階のカーテンを開けると、我が家の前に仁王立ちする香奈が。

 

かれこれ1時間はいる。理由は分かっている、昨日のあの件だろう。幼馴染が変身したんだから、色々問い詰めたい気持ちはわかる。

 

でもなぁ…俺もわかんないんだよ。あの力も、怪物の事も。せめてウィルとか言った預言者がいてくれれば…昨日はいつの間にか消えてたし。

 

という訳で、俺は香奈に捕まりたくない。アイツのことだから、知らないって言っても納得してくれないだろうし、なんなら今日一日付きまとわれる可能性がある。それだけは避けたい。

 

 

「こうなれば…アレしかない」

 

 

俺は財布、鍵、携帯を持ち、最低限の装備で靴を履く。ただし、裏口玄関で。

アイツも裏口の存在は知っているはず。だから、気付かれるのを前提として、迅速に逃げる!

 

 

「あ、ソウマ!」

 

「気付かれるの早!」

 

 

裏口から数歩出たところで、こっちに回ってきた香奈に見つかった。

 

 

「あ、UFO!」

 

「え!?どこ!!??」

 

 

なんとも古典的な方法に引っかかる香奈。幼馴染として悲しくなってくる。

まぁ、彼女がアホだったのは僥倖。今のうちに俺は自転車に乗り、そのまま立ちこぎで全力ダッシュ。

 

 

それを見た香奈もダッシュ。てゆーか、普通に追いつかれそうなんですけど!?

俺は普段あまり使わない筋肉を酷使し、全力以上でペダルをこぐ。それはもう一心不乱に。

 

 

 

 

気付けば、俺は知らないところに来ていた。

 

 

 

 

「ここは…うわ、こんなとこまで来てたのかよ」

 

 

スマホで場所を確認。これはまた遠くまで来たものだ。自転車で40分くらい飛ばしたからな…

帰ろうと思えば帰れるけど…今帰るとアイツに見つかる可能性がある。少しブラブラするのもいいかもしれない。

 

それにしても街並みが妙に見慣れない。ここに来たことは何度かあったはずなんだけど…確かに、周囲に興味がない方と言われるが、これほどとは…少し凹む。

 

さてと、何をするか。運動したら小腹が空いたな。何か食べるか。

 

辺りを見回して目についたのは、香ばしい匂いを放つパン屋。店名は「やまぶきベーカリー」とある。よし、ここにしよう。甘いパンが食べたい気分だ。昼過ぎまで時間をつぶせば流石に香奈も諦めるだろうし、それまで色々回ってみるとしよう。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

店に足を踏み入れると、ポニーテールの可愛い女の子が迎え入れてくれた。バイトだろうか?かなり若い。

 

 

「えーと…そうだ、チョココロネを」

 

「すいません…チョココロネは完売してて…」

 

 

見ると、本当にチョココロネのコーナーだけ空になっている。まだ昼前だよ?そんなに旨いのかここのチョココロネ…

 

 

「ダメですよ~。ここのチョココロネは、常連のモカちゃんでも中々買えないんですから~。なんてったって…魔物がいますからね~」

 

「ま…魔物!?」

 

「そうですよ~。チョココロネが大好きな、可愛い魔物ちゃんです~」

 

 

なんか後ろから知らない人に声かけられた。またも美少女。あれ?この子どこかで…

 

 

「やっほー。さーや」

 

「ああ、モカ。いらっしゃい。今日は一人?」

 

「うん、これから皆で、つぐの家に行くんだ~」

 

 

随分と親しげに話す2人。学校の同級生か何かだろうか。

あ、そうだ。聞き入ってないで、俺も何買うか決めないと。

 

 

「へぇ、そうなんだ。今日もブリオッシュ?さっき焼きあがったところだよ」

 

「もちろんブリオッシュも欲しいけど…今日はモカちゃん、もっと食べたい気分なんだよね~」

 

 

すると、モカと呼ばれていた少女は慣れた手つきで、お盆を取り、パンを取りながら店内をスピーディーに一周。あっという間にお盆の上には山積みのパンが。

 

多すぎない!?あ、でも集まるって言ってたし、皆で食べるなら…

 

 

「今日はまた…久しぶりに多いね。一人で食べるの?」

 

「ヨユーですよ~」

 

 

一人で食べるっぽい、マジか。あの細い体のどこに入るスペースがあるのだろうか。

 

袋いっぱいのパンを抱え、彼女は出て行った。

何だったんだ…そうだ、俺も買わないと。

 

 

俺はクリームパンを一つ買い、店を出た。時間はまだあるし、ゆっくりして…

 

 

「いた!ソウマ!!」

 

 

嘘でしょ。

 

俺がパンを食べようとしたとき、遠くからハッキリ香奈の声が聞こえた。

恐る恐る振り返ると、いた。香奈だ。この距離を走ってきたとか、頭悪いにもほどがある!

 

俺は慌てて逃げる。それはもうダッシュで。だが、しばらくして気付いた。俺、自転車あったじゃん!

 

気付いたころにはもう遅し。しかもこの距離を走った後だというのに、香奈のスピードは俺の数段早い。何なの!?さっきの子といい、美少女は何かしら壊れてなきゃダメなの!?

 

 

「ヤバい、追いつかれる!」

 

 

そういえば、香奈との鬼ごっこは勝ったことなかった。その前に、勝負になったこともなかった。こんなことになるんだったら、普段から走っておけば…あれ?そういえば、俺なんで逃げて…

 

 

「うわっ!」

 

「きゃっ!」

 

 

 

一心不乱に逃げる俺は曲がり角に気付かず、そこから現れた女の子に勢いよくぶつかってしまった。

 

 

「あ、すいません!」

 

「いえ、こちらこそ…お怪我は?」

 

 

俺とぶつかり倒れたのは、茶髪の地味目な女の子。あれ?この子もどこかで…

あ、そうだ!昨日のイベントですれ違ったバンドの子たちだ!

 

 

「捕まえた!」

 

「へぶッ!」

 

 

ぶつかったこともお構いなし。香奈は女の子を起こそうとする俺に容赦なくタックル!

俺が手に持っていたクリームパンはその勢いで手から離れ、放物線を描いて近くの池にポチャリ。

 

 

「あ…俺のパンが…」

 

「やっと追いついた!なんで逃げるのよ!」

 

「なんでって…ていうか、今はそれどころじゃ…」

 

 

「あれ、もしかして…香奈さん?」

 

 

俺達のやり取りを見て、倒れていた女の子が起き上がり、そう言った。

それに対して香奈も目を見開く。

 

 

「つぐちゃん!久しぶり!元気にしてた?」

 

「お久しぶりです。みんな元気にしてますよ」

 

「何、知り合い?」

 

 

目の前で知らない少女と香奈が、手を取り合って和気あいあいと話している。少なくとも俺はこんな子知らない。それじゃあ…

 

 

「あ、ソウマは知らないよね。この子は…」

 

「羽沢つぐみです。香奈さんの中学校の後輩です」

 

 

やっぱりだ。俺と香奈は中学校だけ違う学校に通っている。なんか香奈の父さんの方針で、中学は女子校に通っていた。

 

 

「あ、そうだ。これからみんなで集まるんですけど…

よろしければ、少し寄っていきませんか?」

 

 

俺が香奈から逃げようとする中、羽沢さんがそんなことを言い出した。

寄るって…女子の家に!?俺も!?

 

 

 

____________

 

 

 

「羽沢珈琲店…?」

 

「私の実家です」

 

「つぐちゃんちのコーヒーおいしいんだよ!」

 

 

あ、寄るってそういう。まぁよかった、女子の家とかだったら、まともに息できる自信がないし。

 

店の外観は割と新しいけど、チャラチャラいている感じじゃない。なんというか…見てて落ち着く。それにしても、コーヒーか…

 

 

『その後コーヒーでも飲んでリラックスすれば、道は見えてくるはずだよ』

 

 

ふと、昨日のウィルの言葉を思い出す。いや…まさかな。

そんなことを思いながらも、羽沢さんに連れられ、俺達は入口の扉をくぐる。

 

 

「つぐ、おかえり。って片平さん?なんで?」

 

「本当だ。ご無沙汰してます、香奈さん!」

 

「蘭ちゃん、巴ちゃん!久しぶりー!」

 

 

中に入るとなんかイケメン女子が2人いた。片方は赤メッシュの子、昨日はギターを持ってた気がする。もう片方は赤髪のロングヘアーの子、この人も年下なんだろうか。とてもじゃないけど、そうは見えない。

 

 

「香奈ちゃん!遊びに来たの?」

 

「ひまりちゃん!相変わらず可愛いね~。体重減った?」

 

「もう!その話はしないでよ~!」

 

 

なんか、知り合い同士の全く分からない会話が始まってしまった。

店内にいたもう一人の女の子は、ピンクの髪を左右で結んだ子。またも年下とは思えない。何故って?スタイルがあり得んほど良すぎる。

 

俺が全く理解できない会話が続く中、またも扉が開く。

 

 

「お~、みんな来てる」

 

「モカ、遅い」

 

「そう怒んないでよ蘭~。あれ?香奈さんだ。あとさっきの人」

 

 

今度入ってきたのは、なんとさっきパン屋であった少女。モカとかいったはず。確かこの子も昨日すれ違っていたような…ていうか、さっきの袋詰めのパンが既に結構減っている。

 

どうやらこれで全員揃ったらしく、とりあえず座ることにした。

それにしてもアレだ。この知り合い空間&美少女空間、俺の疎外感が凄い。気まずい。早く帰りたい。

 

 

「じゃあ紹介するね。この人は日寺壮間」

 

「ど…どうも」

 

「話は香奈さんから聞いてます。アタシは宇田川巴です。よろしくお願いします」

 

「青葉モカで~す。ちゃんとパン買えました~?」

 

「美竹蘭…です。どうぞよろしく」

 

「羽沢つぐみです…って、もう言いましたね」

 

「私、上原ひまりって言います!それで!2人は付き合ってるんですか!?」

 

「ちょ…ひまりちゃん!そういうのじゃないって!」

 

 

あー。人名と顔とコミュ力の欠如で頭が飽和してる。逆にこの子たちはなんなんだろう。コミュ力がカンストしてるんじゃないか?

 

頭が半ショート状態になりながらも、注文を聞いてきた羽沢さんにチーズケーキを頼んだ。どっかの誰かのせいでパンが魚のエサになったからな。

 

その後、色々と話は続く。俺は聞いてるだけだけど。

どうやら彼女たちは羽丘女子学園の2年生。俺達の1コ下らしい。あと5人は幼馴染だとか。

 

 

「それにしても…Afterglowがここまで大きくなるなんてねー。昨日のイベント来てたなんて知らなかったよ!」

 

「Afterglow?」

 

「つぐちゃんたち5人で組んだガールズバンドだよ。中学の文化祭でライブ見せてもらったんだけど、それが凄くて!」

 

 

ガールズバンド…そんなのあったんだ。俺がそんな風に関心していると、赤髪の…宇田川さん?が恥ずかしそうに頬をかく。

 

 

「まぁ…今思うと少し恥ずかしいですけどね。前にその時の演奏聞いたんですけど、やっぱりまだ未熟だったっていうか…」

 

「知らない人がギター弾いてたもんね~」

 

「だから、それモカだって」

 

「つぐなんて泣きながら謝ってたし、蘭も顔真っ赤にして…」

 

「ちょ…ひまり!」

 

 

わいわいとガールズトークは続く。それにしても、何かいいな。この感じ。なんというか…会話だけでも彼女たちの積み上げてきた時間が感じられる。

俺はチラッと香奈を見る。コイツとも付き合い長いけど…他人から見るとこんな感じなんだろうか。

 

楽しい雰囲気が続く。俺は全くと言っていい程無言だが、居心地は悪くない。

 

 

 

「そういえば、天介(てんすけ)さんはどうしたの?」

 

 

 

香奈が放ったこの一言。

その言葉で、空気は時が止まったように凍り付いた。それぞれ目を背け、口を閉ざす。特に赤メッシュの子…美竹さんは強く拳を握り固めているのが分かる。

 

 

「え…?天介さん、どうかしたの?」

 

「あ、いや…実は……」

 

 

凍った空気の中、宇田川さんが口を開いた。

 

 

 

「天さんは…1年前から行方不明なんです」

 

 

皆が辛そうな表情を浮かべている。

俺は香奈に「天介さんって?」と小声で聞いた。

 

 

「羽沢天介さん。つぐちゃんのお兄さんで、昔はよくここを手伝ったりしてたんだけど…そんな……」

 

 

そうか、そんなことが…少し、胸が苦しくなる。香奈はまるで自分のことのように悲しそうだ。沈黙が漂う中、美竹さんだけが強く言い放った。

 

 

「天兄は帰ってくる。あたしたちを置いて行ったりなんて、絶対しない!」

 

「そうそう。皆、そんな真剣に考えなくていいから」

 

 

そう言ったのは、しばらく聞かなかった声。

俺が注文したチーズケーキと人数分のコーヒーを持った、羽沢さんだ。

 

 

「お待たせしました、チーズケーキとコーヒーです。

皆、考えすぎだよ。兄さんが帰ってこない時なんて何回もあったでしょ」

 

「確かに~、なんか山に石を探しに行ったり、変なもの作って何日も帰らないとかね~」

 

「そう。だから、またひょっこり帰ってくるよ」

 

 

 

そう言って変わらない様子でコーヒーを並べていく羽沢さん。

身内がいなくなって、一番応えているはずなのに…

 

 

その後もしばらく話は続いた。

当時、別の中学にいた怖そうな人が今は風紀委員やってるとか、宇田川さんの妹が高校に入学したとか。

 

でも、あの話の後から、会話にどこかぎこちなさを感じる。

 

一時間ほど後、自然に解散。

結局、俺は全くしゃべらないまま香奈と帰路につくのだった。

 

 

 

「まさか天介さんが…つぐちゃんも大丈夫かな…?」

 

「確かに驚いたけど…ああ言ってたし」

 

「ううん。つぐちゃん、いつもなら他人の事でももっと心配するんだ。それなのに…なんか無理してる感じがする」

 

「そうか…」

 

 

香奈も凄い心配そうだ。

その反面、俺はそこまで感情的にはなれない。顔も見たことがないうえに、今日会った人たちのことだ。人としてどうかは別として…俺は心配しているフリしかできない。そういう人間なんだ。

 

 

「ソウマ、なんか悩んでる?」

 

「いや、別に…」

 

 

本当に香奈は人をよく見ている。こういうところなんだろうな。

そんなことを思っていると、香奈は思い出したように言った。

 

 

「そうだ!ソウマ、なんで今日は逃げてたの!?」

 

「あ、そうだった…もう逃げられそうにはないし…

俺は何も知らないからな!変身とか、あの怪物とか!!」

 

「分かってるよ。私はただ…」

 

「あぁ、そうだよな。信じてもらえないってわかってたから、こうやって…

って、え?信じてくれるの?」

 

 

思わぬ返事に拍子抜けする俺。何を言ってるんだと言わんばかりの顔で、香奈は俺を見る。

 

 

「当たり前じゃん。ソウマは隠し事すると顔に出るからね、何も知らないってのは分かってた」

 

「じゃあ…なんで追いかけてきたんだよ」

 

「お礼がしたかったの。ホラ、私のこと助けてくれたし…」

 

 

ちょっと恥ずかしそうに香奈は言う。

なんだ、そういうことか…無駄に疲れてしまった。

 

 

「お礼…ねぇ。別にいいんだけど」

 

「そうゆう訳にはいかないの!じゃあ、夜ご飯は私が奢るから!何食べたい?ラーメン?ステーキ?そうだ、この辺に肉屋さんがあるんだけど、そこのコロッケがおいしくて…」

 

「それ香奈が食べたいだけだろ!」

 

 

さっき来たパン屋に到着し、俺は置いてた自転車の鍵を外す。

香奈は走ってきたわけだし…仕方ない、引いて帰ると…

 

 

 

ドォォォン!!

 

 

 

その時、何かが壊れる大きな音がした。

嫌な予感がする。そうだ、そもそも気になっていた。あの預言者が言っていた「王への覇道」。それは、あの怪物騒動だけで終わりじゃないってこと…

 

 

「まさか……!」

 

 

俺は香奈を置いていくように、全力で音のした方向に急ぐ。

その方向はさっき通った道。そう、つまり…

 

 

 

 

 

 

 

 

自転車を乗り捨て、全速力で走る。そして、見えた。

そこは羽沢珈琲店。店は壁と窓が崩れ、さっきまで話していた彼女たちが倒れている。

 

それだけではない。

 

そこにいたのは、紛れもない怪物。

 

 

 

「お前…倒したはずじゃ!?」

 

 

 

空が曇り、雨が降り出す。

雨粒を受ける歪なボディ、歯車のような目と不気味な牙。

 

昨日のイベントで倒したはずの、あの怪物──

 

 

 

「ミツケタ……!」

 

 

 

 

 




主人公がしゃべらない。いや、普通は美少女に囲まれたら喋れないでしょう。
最初っから何やら大変なことになってしまいましたが…アフロ好きの方、申し訳ございません。
ほぼ同時更新の補完計画も是非。

感想、評価等よろしくお願いいたします!


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逆転のタイムジャンプ

田舎出身のせいか、大学の同級生と全く波長が合いません。146です。
なんだろうね、ウェイ系の人たちと気が合う気が全くしない。まぁ恐らく僕が悪いんですけど。

愚痴は終わりにして、ビルド×バンドリ編の続きです。今回は仮面ライダービルドが……


「お前…倒したはずじゃ!?」

 

 

破壊の音が聞こえ、羽沢珈琲店に戻った壮間。

そこにいたのは、昨日倒したはずの怪物だった。

 

怪物は倒れるAfterglowのメンバーたちを見て、理性のない声で呟く。

 

 

 

「ミツケタ……」

 

 

 

ゆっくりと彼女たちに近寄る怪物。

壮間は咄嗟にドライバーを取り出し、怪物にタックル。一時的に引き離すことに成功した。

 

 

「まさか、またコレを使うなんてな!」

 

 

壮間はドライバーを腰に装着し、ジオウライドウォッチを手に。カバーを回転させ、ボタンを押してウォッチを起動。

 

 

《ジオウ!》

 

 

ウォッチをドライバーにセットし、ロックを解除。変身待機音が流れる。

 

 

「変身!」

 

 

《ライダータイム!》

 

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

ポーズを取りドライバーを360°回転させると、背後の時計から現れた「ライダー」の文字が、宙を舞う。そして壮間の体にアーマーが出現し、複眼の部分に文字が刻まれた。

 

 

《ジカンギレード!》

 

《ケン!》

 

 

仮面ライダージオウに変身した壮間は、手元にジカンギレードケンモードを出現させ、怪物に斬りかかる。

 

斬撃音と呻き声が交互に鳴り響く中、倒れていた羽沢つぐみが体を抑えて目を覚まし、立ち上がった。

 

 

「…!羽沢さん!よかった、無事だった!」

 

「その声…日寺さん?」

 

「説明は後!早く逃げて!!」

 

 

ジオウは戦いながらそう言うが、他の4人を置いてはいけない。

つぐみは近くに倒れていた蘭の腕を肩にかけ、なんとか持ち上げる。

 

 

「つぐ…み…」

 

「…蘭ちゃん!」

 

 

目を覚ました蘭。2人は倒れている巴とひまりを見て即座に駆け寄った。

一方で戦いを続ける怪物とジオウ。ジオウはジカンギレード上部のスイッチ「ギレードリューズ」を押し、ジカンギレードがオーバーロード状態に移行。ピンク色のエネルギーが蓄えられていく。

 

 

《タイムチャージ!5・4・3・2・1…ゼロタイム!》

 

 

「せやッ!」

 

 

《ギリギリ斬り!》

 

 

 

トリガーを押すと同時に、エネルギーが斬撃となって開放。怪物の胴体に鋭い一撃が入った。

ジオウが彼女たちの方を見ると、蘭とつぐみが目を覚まさない3人を連れ、なんとか逃げようとしているのが見える。このまま怪物を引き留めておけば、無事に逃がせる。

 

 

そう思った、一瞬の油断。

それが怪物の行動を許してしまった。

 

 

《鉄球投げ…、マジシャン…、ベストマ~ッチ…》

 

 

怪物の手に鉄球が現れる。怪物がそれを高く投げ上げると、空中で巨大化。逃げる彼女たちの前に落下し、商店街の道を塞いでしまった。

 

 

「しまっ…」

 

《ボクシング…、花火職人…、ベストマ~ッチ…》

 

 

今度は怪物の両拳にエネルギー状のグローブが現れ、ジオウを殴りつける。それと同時に大爆発。派手な音と爆発と共に、ジオウは吹っ飛ばされ、さっき投げられた鉄球に激突してしまった。

 

 

「日寺さん!」

 

 

吹っ飛んだ先には逃げられずにいる蘭とつぐみが。

さっきの一撃は、かなり深い。体が激しく痛む。でも、退路は塞がれ、彼女たちは逃げることができない。

 

 

「俺が…倒すしかない…!」

 

 

ジオウはドライバーからジオウウォッチを外し、ジカンギレードにセット。

先ほどの攻撃よりも、大きなエネルギーが刃に充填されていく。

 

 

《フィニッシュタイム!》

 

 

「はぁっ!!」

 

 

《ジオウ!ギリギリスラッシュ!!》

 

 

突っ込んでくる怪物に向かい、タイミングよく剣をスイング!

斬撃は時計盤のようなエフェクトを描き、怪物の体を横一閃。真っ二つに切り裂き、怪物の体は爆散した。

 

 

「やった……」

 

 

確かに倒した。間違いなく手ごたえがあり、実感もある。

 

安堵するジオウ。しかし、一方で蘭とつぐみの記憶には異変が起きていた。

爆炎を見つめているうちに、頭にノイズがかかる。いや、違う。“ノイズが晴れていく”。激しいめまいが襲い掛かり、既に満身創痍だった蘭は倒れてしまった。つぐみは意識を保っている中、晴れたノイズから記憶が呼び覚まされる。

 

 

「ビルド……兄さん…!?兄さんなの!?」

 

「羽沢さん!?ダメだ、危ないって!」

 

 

叫ぶつぐみ。訳が分からないジオウは、爆炎に駆け寄ろうとするつぐみを止めることしかできない。

 

その時だった。

 

雨で消えかけていた爆炎が、再び大きくなる。

と思うと、今度は炎が収束していく。そう、まるで時間が遡るように。

 

 

爆炎は一点に集まり、人の形を成す。

その姿を見たジオウの心に、絶望に近い感情が生まれた。

 

ついさっき、間違いなく倒したはずの怪物。その姿が何事もなかったように、再び現れたのだ。

 

 

「嘘…だろ…?」

 

 

怪物はまたジオウに襲い掛かる。さっきの戦いで体力を消耗したジオウ、苦戦を強いられる。しかし、それだけでは終わらない。

 

 

「ソウマ!」

 

 

置いてきたはずの香奈が、走って現れる。その瞬間、ジオウは思い出した。昨日のイベント、この怪物は香奈を狙っていた。そしてウィルの言葉。

 

 

『彼は取り込んだ人間の能力を使えるらしい』

 

 

香奈の姿を見た怪物は、不気味な口で醜悪な笑顔を見せる。背中に走る強烈な悪寒。ジオウは、ようやく理解した。この怪物が、何をしようとしているのか。

 

 

「やめろぉぉぉぉッ!!」

 

 

怪物が少しかがむと、左足のバネが縮み、伸びると同時に大ジャンプ。一瞬で香奈の前まで移動し、香奈の腕を掴んで放り投げた。吹っ飛ばされた香奈はつぐみや蘭のいる場所に。

 

 

怪物は手元に2つ、ボトルを出現させる。何も入っていない、透明なボトル。ソレを香奈たちに向けた。

 

 

「やめて!!」

 

 

その時、つぐみが怪物の前に立ちふさがる。

しかし、怪物は「お前に興味はない」と言わんばかりに、つぐみを跳ね飛ばし、つぐみは意識を失ってしまった。

 

再びボトルを向け、香奈と蘭の体が粒子に分解されていく。

 

駆け出すジオウ。だが、もう遅い。

 

粒子はボトルに吸い込まれ、2つのエンプティボトルを禍々しいモノへと変異させた。

そして、怪物はソレを放り投げ……

 

 

「ダンサー…、華道…」

 

 

ボトルは怪物の歪な口の中に。

 

 

「ベストマ~ッチ!!」

 

 

「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

香奈たちが入ったボトルは、怪物に喰われた。

怒りが壮間の心を支配する。殺意のこもった叫びをあげ、ジオウは強く握りしめたジカンギレードで、怪物へと襲い掛かる。

 

 

しかし、怪物の体から凄まじいエネルギーが放出され、ジオウの体が紙切れのように吹き飛んでしまった。

 

怪物の体が光り輝いている。体の色も赤青の2色から、濁った白に。全身に禍々しいボトルが突き刺さり、見るだけで痛々しい外見に変化。

 

1年前からこの怪物によるものと思われる行方不明事件の被害者は、58人。

そして、これで“60人”となった。

 

 

怪物は手のひらをジオウへと向ける。すると、数多の色が汚らしく混ざった衝撃波が、ジオウの体を激しく痛めつける。ジオウは声にならない叫びをあげ、変身が解除。生身の日寺壮間へと戻ってしまった。

 

 

降りしきる雨。その中で怪物は高笑いし、先ほどとは比較にならない脚力でジャンプ。圧倒的な余裕を表すように、壮間に背中を見せ、姿を消した。

 

 

 

それから何分経っただろうか。

空は曇り、雨はやまない。壮間は崩れた羽沢珈琲店の壁に力なく寄りかかり、座っている。

 

最早、怒りも湧いてこない。ただ何も頭に入らず、この惨劇を見つめるだけ。

 

そうだ。最初から無理だったんだ。

カッコよく生きたいがために上部だけを取り繕ってきた人間が力を得たところで、何かを為せるわけがない。誰かを守れるわけがない。ヒーローになんか、成れるはずがない。

 

大体なんだ、何度倒しても蘇る上に、反則パワーアップって。勝てるわけないじゃないか。仕方ないんだ。俺には何もできなかった。

 

 

そう言い聞かせた所で、失ったものだけは心に残り続ける。

 

 

雨が激しくなる。

 

 

彼の叫びは雨音にかき消され、誰にも届くことは無かった。

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

その後、意識を失った青葉モカ、宇田川巴、上原ひまりの3人は病院に搬送。羽沢つぐみだけが軽傷で済んだ。

 

3人はまだ目を覚まさない。

壮間は廃人のような目で病院内の長椅子に座っており、その横につぐみもいる。

 

既に、香奈と蘭が怪物に吸収されたことも伝えている。

 

 

「責めないんですか…?俺の事……」

 

 

つぐみは一言も壮間を責めることをしなかった。ただ悔しそうに、涙を流すだけだった。つぐみは、壮間のせいじゃないと何度も言ってくれた。偽善を振りまいてきた壮間には分かった。それが、紛れもない本心だと。

 

 

「なんで、こんなことになっちゃったんだろう…私たちはただ、皆で一緒に…」

 

 

涙を流しながらそう呟くつぐみ。

どう言い繕っても、壮間は救えなかった。そして、香奈を失った。守れるつもりだった。その慢心が招いたのがこの結果だ。

 

壮間の心に、悔しさが溢れる。だが、あの怪物はもう手が付けられない程強くなった。もう、逃げるしか方法は……

 

 

 

「逃げるしかない。そう思っているのかな、我が王よ」

 

 

その時、目の前に現れる背の高い人影。

壮間を「我が王」と呼ぶのはただ一人、預言者ウィルだ。

 

 

「ウィル…お前、こうなることが分かってたのか…!」

 

「どうだろうね。だが、これで分かったはずだ。君はまだ、あの怪物を倒せないと。

そしてあの怪物は1年の時を費やし、高位の存在となった。彼は直に暴虐の限りを尽くし、1日後にはこの街は荒地となるだろう」

 

 

力自体では負けていなかった。だが、何度倒しても生き返るのなら、何をしたって無意味。

 

 

「君に道を与えに来たんだ。よく聞くと良い。あの怪物を倒し、吸収された人々を救う方法が、一つだけある」

 

 

その言葉に、つぐみと壮間の顔が変わる。目の前の男がどれだけ胡散臭かろうが、期待せざるを得ない。この、最悪のバッドエンドを覆す方法が、本当にあるのなら。

 

 

「一体どうやって…」

 

「簡単な話さ。あの怪物が人々を襲う前に倒してしまえばいい。君も覚えがあるはずだ、その方法に」

 

「まさか……またタイムリープを!?」

 

「少し違う。今回、君がすべきなのは“タイムスリップ”だ」

 

 

その時、病院の外から飛行機が着陸するような轟音と、機械音が聞こえた。

外に出る壮間とつぐみ、そしてウィル。そこにあったのは、巨大なビークル。黒いボディにピンクの窓。

 

 

「“タイムマジーン”。文字通り、時を超えるマシンだ。ご所望とあらば、これを我が王、君に献上しよう。ただ、話はそう単純ではない。あの怪物を倒すためには“失われた過去”に行く必要がある」

 

「失われた…過去…?」

 

「そこの彼女なら、何か分かるんじゃないかい?」

 

 

ウィルはそう言って、つぐみを指さす。

 

 

「そういえば…さっき何かを思い出したような気がします。でも、もうそれが何だったのかは……」

 

「それこそ失われた過去の記憶だ。君にその記憶があるのなら、持っているはずだ。その“鍵”を」

 

 

“鍵”と言われ、つぐみは思い出した。ジオウが使っていた、時計型のガジェット。アレには見覚えがあった。

 

ハッとした表情を見せ、つぐみはポケットから、黒い装置を取り出した。

 

 

「これって…ライドウォッチ!?」

 

 

そう、それはライドウォッチ。色は真っ黒だが、前に壮間が持っていたブランクウォッチではない。

形状はジオウライドウォッチと同じ。ただ、正面にライダーの顔は無く、歯車のようなマークと、その下に「2017」の文字が。

 

 

「1年前…ちょうど兄さんがいなくなった頃、いつの間にか持ってた物です。なんでか分かんないけど、持ってなきゃいけない気がして、ずっと持ち歩いてました」

 

 

つぐみはそのウォッチを、壮間に差し出す。

 

 

「これで蘭ちゃんや香奈さんが…皆が助かるなら…!

お願いします。私たちの日常を…皆の幸せを取り戻してください!」

 

 

そのウォッチを、壮間は取ることができなかった。

理解できない。ついさっき救えなかったんだぞ?間柄だって、今日会ったばかりの薄いものに過ぎない。俺が悪人とか、黒幕とか、無能とか、どうして考えない。何故、自分たちの運命をこんな奴に任せられる。

 

 

 

(この人もだ。なんでそうやって…)

 

 

 

分かっている。今日会った5人は皆、強い絆を持ち、本心から優しかった。友達を守るため、全く迷わず自分を犠牲にするような人たちだった。その中には、確かな、ゆずれない“自分”があった。

 

彼女は壮間を信じている。彼が、決して悪人ではないと。歴史を変えるだけの力を持っていると。わずかな付き合いでそう断定できるほど、彼女の中には信じられる“自分”があった。

 

何より、彼女は自分に力がないことも分かっていた。他人に運命を委ねる勇気があった。

 

 

どれも、壮間には無いモノ。

 

主人公の素質だ。

 

 

 

今ここで、自分だけが中途半端だ。

差し出されるウォッチを見て、堪らなく悔しくなる。

 

やめてくれ。俺はそんな人間じゃない。

俺は他人のためになんか戦えない。あなたの足元にも及ばない人間なんだ。

 

 

それでも………

 

 

 

「俺が…やるしかない……!」

 

 

 

壮間はつぐみの差し出したウォッチを受け取る。

 

香奈が幸せになれないのは、いい奴が報われないのは、何より嫌だ。

これも結局自分のためだ。いい奴が報われない物語が認められれば、俺は何を信じていけばいい。

 

香奈を守れなかったままの無様な自分を抱えながら、生きていけるわけがない。

 

この悲しみを抱えたまま…生きていけるわけがない。

 

 

 

壮間はタイムマジーンに乗り込む。

すると、受け取ったウォッチが発光し、コックピットの年代表示モニターが「2017」を自動的に示した。

 

空中に穴が開く。タイムトンネルだ。

 

 

壮間は両手で左右のレバーを掴み、思うままに叫ぶ。

 

 

「時空転移システム、起動!」

 

 

タイムマジーンが浮かび上がり、タイムトンネルに吸い込まれるように進んでいく。

その様子を祈るように見るつぐみ。そして、ウィルは本を開き、高らかに笑う。

 

 

「旅立ちの君に、この言葉を贈ろう。

“思い立ったが吉日、その日以降は全て凶日”。今、君が旅立ったことに大いなる意味がある。

 

時を越え、全ての力を手にする。それこそが時の王者。祝え!我が王が新たな一歩を踏み出した瞬間を!!」

 

 

 

タイムマジーンがタイムトンネルの奥に消える。

 

そして時代は、一年前に遡る──

 

 

 

 

___________

 

2017

 

 

「ここ…は……」

 

 

全身の痛みに叩き起こされるかのように、壮間は目を覚ました。

場所は森林。後ろには煙を出したタイムマジーンが倒れている。

 

頭が痛い。記憶が曖昧だ。

 

そうだ、思い出した。2017年に来たと同時にタイムマジーンが操縦できなくなり、そのまま落下した。なんとか外に出られたが、すぐに意識を失ってしまっていたのだ。

 

幸先は最悪。とにかく、街に出なければ……

 

 

 

「あ~っれ?何で人がいるんだァ?」

 

 

 

声が聞こえた。

壮間は反射的に後ろを向く。いや違う、上だ。

 

太い枝に少年が立っている。

目の下には縫い目のようなタトゥーが。首に巻いたスカーフは蛇皮の柄をしている。

 

 

「誰も近寄らないって聞いてたんだけどなぁ…まいっか、消せば問題ナシ!」

 

 

少年はポケットからボトルを取り出す。薄い紫のボトルで、そこに銀色の蛇のレリーフが造形されている。少年はそのボトルを軽く振り、同じように取り出した黒色の銃のような装置に装填。

 

 

《コブラ…!》

 

 

「蒸血」

 

 

《ミスト…マッチ…!》

 

 

銃口から煙、いや黒い霧が噴出。少年の体を完全に覆い隠す。

霧の中で赤い閃光が輝いた。まるで、積乱雲の中で光る雷のように。

 

 

《コ…コブラ…!コブラ…!》

 

《ファイヤー!》

 

 

変異した少年の体から蒸気が噴き出たことで霧が散り、赤と緑の稲妻が弾ける。露わになったその姿は、血のように赤いスーツに、コブラを模した緑のバイザーと胸アーマーを備えた戦士。額に一本と、首周りにマフラーのようなパイプが。

 

 

「仮面ライダー!?」

 

「ん?あー、違う違う。オレは都市伝説の正義の味方サマじゃあ無ェよ」

 

 

壮間が知るはずもない、その姿の名は──ブラッドスターク。

 

 

「今日はボーナス出たから機嫌良いんだ。だから出血大サービスっつう訳で……髪の毛一本残さず消してやるよ!」

 

 

ブラッドスタークは別のボトルを取り出し、変身銃 トランスチームガンに装填。

 

 

《フルボトル!》

 

 

銃にエネルギーが充填されていき、壮間に照準が合う。

ブラッドスタークは笑い声を上げ、愉快そうに引き金に指を掛けた。

 

壮間は瞬間的に死を悟った。

咄嗟にライドウォッチとベルトを出そうとする。だが、間に合わない。

 

いつものような卑屈な思考も、回る時間がない。

 

 

「チャオ☆」

 

 

逃げることも不可能。何もなすことが出来ないまま、ブラッドスタークの指は、引き金を──

 

 

 

 

「ッ…!?」

 

 

 

その瞬間、銃声が聞こえ、ブラッドスタークの腕が弾かれる。衝撃でブラッドスタークは木から落下。

 

壮間の後ろから、バイクのエンジン音が迫ってくる。

ブレーキと共に音が止まる。後ろにあったのは、ヘッドライトにあたる部分に歯車のような物が付いた、赤いバイク。そして、ヘルメットをかぶった人物。手にはドリルのような銃が。

 

 

「君、無事か?」

 

「あなたは…?」

 

 

その人物はヘルメットを外し、投げ捨てた。赤味がかった茶髪で、整った顔立ち。身長は高く、靴は何故か左右別のものをはいており、着ているのはアシンメトリーなデザインなロングコート。

 

 

「俺は…近所の天才科学者だよ」

 

 

男はそう言って、ブラッドスタークに向き直る。

起き上がったブラッドスタークは、その姿を見てまた笑う。

 

 

「やっぱり!毎度毎度、邪魔ばっかりしやがってよォ……!」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 

男はロングコートからある物を取り出した。

壮間はソレが何かが何となくわかった。男はハンドルと2つのスロットが備わった装置__ビルドドライバーを腰に装着。黄色いベルトが展開する。

 

 

 

「俺はともかく、アイツらの日常を…邪魔するな!」

 

 

ブラッドスターク同様、男もボトルを取り出した。

但し、2本の。一本は赤、もう一本は青で、男はその2本のボトルを振り出した。すると、空間に異変が起きた。空間に現れたソレを見て、壮間は驚きを隠せない。

 

 

「なんだコレ…数式!?」

 

 

そう、ボトルを振ると同時に空間に具現化した数式が現れた。カシャカシャとボトルを振る音と共に、空間が白い文字の数式で埋め尽くされていく。

 

 

 

「さぁ、実験を始めようか」

 

 

 

十分に降ったボトルの蓋を正面に合わせ、ドライバーのスロットにセット!

 

 

《ラビット!》《タンク!》

 

《ベストマッチ!!》

 

 

ハンドルを回すと、ドライバーからパイプのようなものが伸び、枝分かれし、赤と青の液体で満たされる。そして、男の前後に半身のアーマーを作り上げた。

 

 

《Are you ready?》

 

「変身!」

 

 

右の握り拳を体の前に、左手を手前に。ポーズを取った彼は、その言葉を叫ぶ。それに呼応し、半身の2つのアーマーは、彼に覆いかぶさって一つの完全な戦士となる!

 

 

《鋼のムーンサルト!ラビットタンク!!》

 

《イエーイ!!》

 

 

2色が入り混じったアーマー。複眼は両目で異なり、それぞれ兎と戦車を模している。

それを見ていた壮間は確信した。この人は、自分と同じ、仮面ライダーであると。

 

 

「俺は仮面ライダービルド。そこで見てな、未来人君」

 

 

そう言うと、ビルドはブラッドスタークに駆け出す。

左足のバネにより、一気に跳躍したビルドは一瞬で間を詰め、左腕で戦車の砲撃のような一撃を叩き込む。

 

負けじと銃撃を行うブラッドスターク。だが、ビルドは再び跳躍し、木を足場にして不規則に移動。銃弾を避けながら接近し、死角に入った瞬間、右足でキックを放つ。

 

それに気づいたブラッドスタークは、片手でその攻撃を受け止めるが、ビルドの攻撃はそれで終わらない。

 

ビルドの右足「タンクローラーシューズ」には、戦車のキャタピラが備わっている。高速移動も可能ながら、その真価は攻撃力。

 

 

「はぁっ!!」

 

「グアァッ!」

 

 

攻撃が当たると同時にキャタピラを起動し、敵の防御機構を破壊、大ダメージを与える。腕を弾かれ、その蹴りを胴体に喰らったブラッドスターク。決して浅いダメージではない。

 

 

「ま~ったハザードレベルを上げたみたいだなァ?」

 

「守んなきゃいけないモノがあるからな!」

 

「あァ…そうかよ!」

 

 

ブラッドスタークはビルドの攻撃を蛇のような攻撃でいなし、地面を這うように距離を取った。

 

 

「やめだやめだ!金にならない残業は嫌いなんだよ。

それじゃ、後は頼むぜスマッシュ連中!」

 

 

トランスチームガンから蒸気を噴出させると、一瞬でブラッドスタークは姿を消した。代わりに、木の陰から2体の怪物が現れた。

 

一体は白と青のスマートな怪物、機械的な見た目で、体から生えた棘がその凶悪性を物語っている。

 

もう一体は両腕が大きな翼となっている、赤い怪人。頭部の副翼はまるで帽子のようだ。

 

 

 

2体の怪人、ニードルスマッシュとフライングスマッシュは、纏めてビルドに襲い掛かった。理性がないように見えるが、妙に統制の取れた連携で、ビルドを追い詰める。

 

 

「それなら、コイツでどうだ」

 

 

ビルドは別のボトルを2本取り出した。紫色のボトルと、黄色のボトル。急いでフルボトルを振り、キャップを合わせて使用待機状態に。

 

 

《忍者!》《コミック!》

 

《ベストマッチ!》

 

 

ドライバーのラビット&タンクと入れ替え、ハンドルを回す。先程と同様にビルドのアーマーが「スナップライドビルダー」に出現する。

 

 

《Are you ready?》

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

《忍びのエンタテイナー!ニンニンコミック!!》

 

《イェイ!》

 

 

さっきまで赤かったアーマーは紫に、青かった部分は黄色に変化。体の随所も変化しており、複眼は手裏剣型と原稿用紙+ペンとなっている。

 

すると、ビルドの手元にペンと四コマ漫画を模した刀 四コマ忍法刀が出現。襲い掛かるスマッシュを斬りつけながら、刀の「ボルテックトリガー」を一回だけ押した。

 

 

《分身の術!》

 

 

再びトリガーを押すと、ビルドの周辺にペンで書いたようなビルドが現れ、煙を出してなんと実体化。その数は本体と合わせて4人。数の利が一瞬で逆転した。

 

 

「やっぱ凄いよな~。コミックボトルの絵の具現化能力を、忍者ボトルと相性のいい4つの戦法に絞って簡略&自動化!しかも武器としても使える上に、何より忍者と漫画が見事に共存するこの完璧デザイン!ああ、ダメだ…我ながら最高すぎる…!」

 

 

ビルドがなんか言っている。独り言なのか、壮間に言っているのか。どっちにせよ、しゃべりながらも攻撃を止めず、なおかつ素早い動きと左腕の「リアライズペインター」で具現化された盾で、敵の攻撃を防いでいる。

 

そんな中、フライングは空中に飛び上がり、ビルドの攻撃から逃れた。

遠距離攻撃できないわけではないが、決定打に欠ける。しかし戦力をつぎ込みすぎると、ニードルにやられてしまう。

 

 

ビルドは考える。

 

 

敵の行動パターンを予測、所持ボトルの能力の把握、戦況に合った組み合わせを検索、物理学的に推測される事象の計算、自身の動きの最適化。

 

それらを脳内で行うこと“数秒”。

 

ビルドは顔を上げ、自信に満ちた声で言い放った。

 

 

 

「勝利の法則は決まった!」

 

 

 

ビルドはまた別のボトルを振り出す。今度は茶色いボトルと水色のボトル。2本のボトルを入れ替え、レバーを回転。

 

 

《カブトムシ!》《カメラ!》

 

《ベストマッチ!》

 

《Are you ready?》

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

《密林のスクープキング!ビートルカメラ!!》

 

《イエェイ!》

 

 

右腕にカブトムシ型ドリル、左腕に一眼レフカメラのようなユニットを装備した姿、仮面ライダービルド ビートルカメラフォームに変身。

 

 

分身が消えたことで自由となったニードルが、ビルドに攻撃を仕掛ける。その鋭利な棘で攻めるも、カブトムシボトルで生み出された外骨格アーマーには、傷一つ付けられない。

 

 

「そらよっと!」

 

 

ビルドの右腕のドリルが起動。ニードルに深い一撃を突き刺し、ニードルの体が衝撃で吹っ飛ばされる。

 

と、その隙にフライングが急降下し、凄まじいスピードでビルドに襲い掛かろうとする。

 

それを予想していたビルド。ボトルを変えず、再びハンドルを回す。

ボトルの成分が活性化し、ビルドの体にエネルギーが蓄積されていく。

 

 

《Ready go!》

 

 

急降下するフライングに、ビルドは左腕のカメラレンズを向けた。

構わず突っ込んでくる敵。一方ビルドの視界には、レンズから見える景色が映っていた。

そして、フライングにピントが合った瞬間、フラッシュとシャッター音が戦場を駆ける。

 

 

次の一瞬、フライングの動きが完全に静止した。

 

 

《ボルテックフィニッシュ!》

 

《イエーイ!!》

 

 

ビルドは止まったフライングに、高速回転するドリルを突き出した。

その破壊力を前に、スマッシュの防御は無意味。緑の爆炎を上げ、大爆発した。

 

 

カメラボトルの能力は“一瞬を切り取る”能力。写真を撮られた敵は、現実世界でもその一瞬が固定される。つまり、レンズの中の領域に限り、時間を止めることが出来るのだ。

 

そして、数値にして自重の100倍の馬力を持つカブトムシ。

そのパワーを最大限込めた必殺ドリル攻撃は、当たりさえすれば大抵の敵を倒すことが出来る。

 

 

カメラで止めて、カブトムシでトドメ。それ故にベストマッチ。

しかし、その分消費する体力は大きい。

 

 

「さて、次は…」

 

 

攻撃から起き上がったニードルスマッシュ。

しかし、ここまでビルドの想定内。

 

 

《ラビット!》《タンク!》

 

《ベストマッチ!》

 

《Are you ready?》

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

《鋼のムーンサルト!ラビットタンク!!》

 

《イエーイ!》

 

 

再びラビットタンクフォームにチェンジし、俊敏な動きで飛ばされる棘を避けながら、すかさずレバーを回転!

 

 

《Ready go!》

 

 

ラビットボトルの能力で、空高く跳躍。

すると、ビルドドライバーの機能で実体化された放物線グラフが、ニードルを挟み込む。

 

 

《ボルテックフィニッシュ!》

 

《イエーイ!!》

 

 

グラフの頂点まで飛び上がったビルドは蹴りの構えを取り、右足を突き出し、グラフを滑るようにニードルに向かっていく。

 

 

ラビットタンクは最も親和性に優れた形態。故に、より少ないエネルギーで必殺技を放てる。2度目であっても、スマッシュを倒すのに十分な火力を出すことが可能。

 

 

グラフに囚われ逃げられないニードルに、ビルドの必殺キックが炸裂、さらにキャタピラーが起動。装甲を穿ち、そのダメージがスマッシュの許容限界を超える。

 

ニードルスマッシュは爆散。フライングスマッシュ同様、動けないまま地面の上に倒れるのであった。

 

 

 

「凄い…」

 

 

 

その戦いを見ていた壮間。驚嘆せざるを得ない。

単純な形態、単純な武器しか持たないジオウと違い、ビルドは多彩なフォーム、技、武器を持つ。

 

そして特筆すべきはビルドに変身している、あの男の力だ。

能力に合わせて戦法や動きを変え、最も有効な技を構築している。あの多彩な能力に対する完璧な理解がなければ不可能だ。

 

そして計算し尽された、“勝つべくして勝つ”戦い方。

 

壮間とは、次元が違う。

 

だが何だ?この力に対する、この嫌な感じは…

 

 

 

「さて、これで一丁上がりっと」

 

 

 

必殺技を受けたスマッシュは、姿を保ったまま倒れている。

ビルドは2本の空のフルボトル エンプティボトルを取り出し、倒れているスマッシュに向けると、素体となった人間を残してスマッシュの力はボトルに吸い込まれていった。

 

 

その光景を目にすれば、嫌でも思い出す。

 

 

ついさっき、壮間の前で起こった悲劇。この時間にやって来た理由。

 

怪物が蘭と香奈を吸収した光景と、一致する。

 

 

そう考えると、仮面ライダービルドの能力、姿、ベルトのバックル。何故気付かなかったのか不思議なほど、あの怪物と瓜二つだった。

 

 

「立てるか?」

 

 

ビルドはその姿のまま、壮間に手を差し出す。

そんなビルドに、壮間は一言だけ

 

 

「アンタ、名前は」

 

 

その質問に戸惑いながらも、ビルドは答えた。

 

 

「俺は羽沢天介。天才科学者だ」

 

 

羽沢天介。話に出てきた、羽沢つぐみの兄。

 

 

“怪物と瓜二つのライダー”

 

“羽沢天介は一年前から行方不明”

 

“あの怪物は一年かけて人間を吸収した”

 

 

聞いた話から得た情報が、噛み合った。

器が大きいわけでも、冷静でも、かといって無情でもない壮間の精神状態は、既に極限。一度結論を得てしまったら、もう止まることが出来ない。

 

 

「そうか、お前が……!」

 

 

壮間はジクウドライバーを装着し、ジオウライドウォッチを起動する。

 

 

《ジオウ!》

 

 

そう、壮間が得た結論はこうだ。

 

 

“仮面ライダービルド 羽沢天介が、あの怪物の正体である”

 

 

「ここで終わらせる…お前を消して、歴史を変えて見せる!!」

 

 

ウォッチを装填し、ドライバーを回転!

 

 

 

《ライダータイム!》

 

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

 

仮面ライダージオウに変身した壮間。手元にジカンギレード剣モードを呼び出し、怒りを込め、強く握りしめる。

 

もう既に、ジオウの目に周りは写っていない。

ただ目の前にいるビルドを、倒すべき敵として捉えているだけ。

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

迷いと足りない覚悟をかき消すように叫び、ジオウがビルドに斬りかかった。

 

 

 

 

 

_______________

 

 

次回予告

 

 

「俺が倒すんだ…俺がやるしかない!」

 

「悪いけど、まだ死ぬわけにはいかないな!」

 

 

ジオウVSビルド。戦いの行方は…

 

 

「不器用でも、あたし達はらしく生きる。足跡を残すために叫ぶ。そうでないと、生きている意味がない」

 

「俺は守りたいんだよ。アイツ等の“いつも通り”を」

 

 

2017年の物語。そして、アナザービルドが誕生する。

 

 

「兄さん……」

 

「俺の…戦う理由は……!」

 

 

その答えが、王への道を開く!

 

 

「祝え!その名も仮面ライダージオウ ビルドアーマー!」

 

 

 

次回 「ビルドアップ2017」

 

 

 

「俺は貴方を越えて行く!」

 

 




スタークも出してみました。ていうか、主人公がブレッブレで卑屈で矛盾だらけで多分皆さんイライラされてると思います。まだ壮間は“自分”が掴めてないんです。次回以降はそれがテーマです。

感想、評価等よろしくお願いします!


今回の名言
「思い立ったが吉日。その日以降は全て凶日」
「トリコ」より、トリコ。


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ジオウくろすと補完計画 3.5話 「3つのネタバレ」

補完計画です。レジェンドゲストが割と出てきてキャラ崩壊して帰っていきます。ご覧になる場合は要注意です。




壮間「圧倒的な怪物の力に打ちのめされた、日寺壮間。吸収された人々を救うため、俺はタイムマジーンで2017年に飛ぶのであった。だが…」

 

 

時は2017年…ではなく、謎の黒い空間。

壮間は「壮間補完計画」の本を持って、立ち尽くしている。

 

 

 

壮間「ここどこ?俺は確か、2017年へのトンネルに入ったはず…」

 

ウィル「ご都合空間である!」

 

壮間「うわビックリした!」

 

 

突然、横に2018年にいるはずのウィルが現れた。

 

 

ウィル「この本によれば、ここはご都合空間。ストーリーの進行上、いい感じにメンバーが集まる場所がないタイミングで生まれる空間…とある」

 

壮間「また都合のいいものを…それで?また2人でグタグタ駄弁るの?」

 

ウィル「いいや?今回は私たちだけではない!」

 

 

真っ黒空間の一点に、スポットライトが当たる。

そこには一人の人影が。ついでに何故か、周りは虹色のペンライトの光が。

 

 

ーコード、あたしが先に巻き終わりましたけどー

 

 

“反骨の赤メッシュ” 美竹蘭☆☆☆☆

 

 

 

蘭「……何これ」

 

 

壮間「確定演出キターーーー!」

 

ウィル「星4蘭たそキターーーー!」

 

蘭「いや、じゃなくて。何であたしがこんなところにいるんですか!?」

 

 

現れたのは美竹蘭。Afterglowのギターボーカル。ちなみに勘違いされやすいが、アフロのリーダーは彼女ではなく、おっぱいお化けこと上原ひまりである。

 

 

ウィル「台本通りの反応ご苦労。そう!今回のゲストは、いわばレジェンド!これぞ補完計画である!」

 

壮間「でも大丈夫なの?オリキャラはともかく、原作キャラで遊んじゃって」

 

ウィル「問題ない。大体こういう本編とは全く関係ない話は、UAが低くなる傾向があるからね。

だがしかし!この補完計画では、本編に深く関わる設定、ネタバレをゴリゴリに捻じ込んでいく!」

 

壮間「おぉ!授業中に寝ている奴がいる時に重要事項を話す先生の心理だね!」

 

ウィル「その通りだ、我が王よ。全国にどれだけ、その悪意のある制裁に苦しめられた学生がいたことか…」

 

蘭「2人で盛り上がらないでください!ゲストの意味全然無いし…」

 

 

 

ー仕切り直しー

 

 

ウィル「話を戻そう。この本によると、美竹蘭。君には言いたいことがあるようだね」

 

蘭「はい。やっと台本通りに戻ってくれた…えっと…」

 

つぐみ「この作品色々意味わかんない!です!って、これでいいのかな…?」

 

 

 

壮間・ウィル・蘭「………」

 

 

 

蘭の後ろに、台本を持った羽沢つぐみの姿が。

 

 

 

ウィル「き…貴様!いつからそこに!」

 

つぐみ「ずっといましたよ!?」

 

壮間「全く気配を感じなかった…流石は“大いなる普通”。これがミスディレクションか!?」

 

蘭「つぐみ…いつの間に…?」

 

つぐみ「蘭ちゃんまで!?」

 

 

というわけで、2人目のゲスト羽沢つぐみちゃんです。

 

 

 

つぐみ「今回のBanG dream!回ですが、なんかバンドリ要素薄い他、色々と説明不足が多い件について議論したいと思います」

 

蘭「さすが生徒会」

 

壮間「確かにね。なんかエンカウントも雑だったし」

 

ウィル「仕方ないじゃないか。まだアナザーライダーが復活することを知らないんだから、偶然出会うしか方法がない。雑になるのも必定だ」

 

蘭「最初が雑になるのは分かりました。でも何でそれがあたし達なんですか!?それって、あたし達のことを適当に見てるってことですか!」

 

つぐみ「ら…蘭ちゃん?」

 

蘭「それに、吸収されたのは百歩譲って良いとして、なんで“華道”なんですか!?それって、あたしがギタリストやボーカルとして、取るに足らないってことですか!?」

 

壮間「おぉ…生イキリ赤メッシュだ。拝んどこ」

 

ウィル「素晴らしい…そう見れるものではない…!」

 

 

手を合わせて正座する2人。イライラの頂点に達したのか、蘭の台本でシバかれる。

 

 

ウィル「まぁまぁ、それに関してはあのアナザーライダーの主観に尽きるだろうね。それに、まだ前半だからね。扱いが雑が否かを判断するのは早計というものだ」

 

つぐみ「じゃあ、あの白い怪物はなんなんですか?あんなの原作にもなかったはずですよね?」

 

ウィル「いい質問だね!流石は生徒副会長だ。

アレはこの作品の独自設定。アナザージーニアスビルド。つまり、より高次なアナザーライダー…いわば“ハイクラスアナザー”」

 

壮間・蘭・つぐみ「ハイクラスアナザー?」

 

ウィル「ネタバレ設定というやつだね。より王へと近づいた姿といえるだろう」

 

壮間「アナザーライダーが王?」

 

ウィル「ネタバレその2である!この本によれば、この物語は日寺壮間が王となる物語!」

 

蘭「それは台本に書いてあるけど…」

 

壮間「王になるには、平成ライダーの力を受け継ぐんだっけ?」

 

ウィル「否。君の目的は2019年に生まれる王を倒し、君が王に成り代わることだ」

 

つぐみ「まさか…その王様っていうのが」

 

ウィル「そう!アナザーライダーである!!我が王は1年後に王となる、いずれかのアナザーライダーを倒す必要がある。さらにネタバレすれば、正史ならば最後に残った一体のアナザーライダーが王となった。その歴史を変えるためタイムリープしたのが君だ」

 

壮間「じゃあ、今戦ってるアナザービルドが王になるかもしれない…ってこと?」

 

ウィル「その通り。何にせよ、ハイクラスアナザーに成ったということは、王に近づいたという証拠に他ならない」

 

壮間「それを止めるためにウォッチを集めるってことだね!よし、それじゃあ後編頑張ろうか!」

 

 

ガッツポーズで気合を入れる壮間。

 

 

蘭「でも…少し気になるんですけど。

何で日寺さんが来た直後にあの怪物が来たんですか?」

 

 

その言葉に、壮間の動きがピタリと止まり、顔が引きつった。

 

 

ウィル「よろしい。ならばネタバレその3である!

王の資格を持つ者は、引かれあう。つまりアナザービルドは我が王の残り香に引き寄せられて来たという…」

 

壮間「ちょっと待って、この展開……」

 

 

蘭の冷ややかな視線が壮間に刺さる。

すると、遠くからジャージ姿の人物が走ってきた。

 

 

 

ユキナ「美竹さん!怪物を寄せ付けるなんて、この人はめちゃくちゃ悪いやつよ!なんかすごい力でシバき倒しましょう!」

 

壮間「うわー!全く登場しないのに友希那さん来た!」

 

ウィル「エイプリルフール版のぶっ壊れバージョンである!」

 

壮間「言ってる場合じゃないって、この展開は…!」

 

 

蘭「シュトーレン、イスト、ブロート!」

 

 

なんか輝いて、蘭の台本が「魔法少女補完計画」に。

 

 

蘭「罪を憎んでパンを憎まず!

パンと正義の魔法少女、マジカルラン参上!」

 

壮間「エイプリルフールネタまだ引っ張るのかよ!

あー姿全然変わってないけど、なんかオーラ的なものが見える!!」

 

つぐみ「ちょ…蘭ちゃん!?」

 

蘭「止めないで、つぐみ。ここで日寺さんを倒さないと次の被害が生まれてしまう。今あたしがここで…悲劇を断ち切る。この魔法少女マジカルランが!」

 

壮間「美竹さんまで補完計画に毒されたー!!作者マジふざけんなよ!」

 

 

ユキナ「さぁ美竹さん!今こそチョー凄い必殺技でぶっ飛ばすのよ!」

 

蘭「母なる大地より生まれし小麦よ。大海の水によって練られ、地獄の業火に焼かれし者よ。仮初めの肉体を捨て、我が前に真なる姿を示せ!

 

ヴァイツェン・ミッシュブロート!!」

 

壮間「うそぉぉぉぉ!??」

 

ウィル「我が王ぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

必殺技が直撃し、壮間とウィルが蒸発。

なんかパンが出てきた。

 

 

??「よくやった~。魔法少女マジカルラン~」

 

蘭・ユキナ「モカ神様!?」

 

モカ「うむ、そのパンは貰っていくぞ~。これからもパンのため、精進するのじゃぞ~」

 

蘭「そっか…このご都合空間は、モカ神様が作り出した世界の一つだったんだ…」

 

 

天に現れたモカ神様は、パンだけ拾って姿を消した。

蘭とユキナが空に手を振る中、つぐみは台本をそっと閉じ、呟く。

 

 

 

つぐみ「2018年に帰ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、レジェンドのイキリ赤メッシュ、常識人、パンの妖精、パンでした。補完計画において、いかなる不満も文句も受け付けません。ただのおふざけとして読み飛ばしてください。


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EP04 ビルドアップ2017
継承のプロローグ


146です。今回はかーなーり短いです。多分補完計画より短いです。
最近気づいたんですよ。皆さんの作品読んでると、割と一話が短いんですよね。それで思ったわけです。

あれ?一話で10000やら20000やら書く必要ないんじゃないか?と。

というわけで今回5000字もないです。サクッとどうぞ。
あ、あと活動報告の方で名言募集とレジェンドライダーのクロス先募集かけてるんで、その辺もよろしくお願いします!


「この本によれば、普通の大学生、日寺壮間。彼は1年前にタイムリープし、王となる使命を得た。怪物によってもたらされたバッドエンドを変えるため、2017年へと赴いた我が王。そこで彼は仮面ライダービルド、羽沢天介と出会う。2017年での出会いと戦いで答えを見つけた我が王は、仮面ライダービルドの力を……

 

おっと、先まで読みすぎてしまいました」

 

 

 

_________

 

 

 

「ここで終わらせる…お前を消して、未来を変えて見せる!」

 

「ちょ…何よ急に!うぁっと!」

 

 

ジカンギレードでビルドに斬りかかるジオウ。ビルドは回避するも、攻撃は続く。

ジオウ──日寺壮間は、2018年に現れた怪物が、羽沢天介だと解釈。未然にあの惨劇を防ぐため、仮面ライダービルドを倒そうとしていた。

 

 

「俺が倒すんだ…俺が…やるしかない!」

 

「落ち着けって!まずは話を…」

 

 

ビルドは回避を続けるが、ジオウの動きの方が早い、段々と回避が厳しくなり、ついに重い一撃を喰らってしまった。

 

 

「なんて、言ってる場合じゃないか…!」

 

 

叫びながら攻撃を続けるジオウ。話を聞いてくれる感じではなさそうだと判断したビルドは、反撃を開始した。

 

振りの大きい攻撃を跳躍で避け、死角に潜り込んでキック。

 

だが、ジオウがそこまでダメージを受けている様子はない。手加減したとはいえ、予想外の耐久性だった。

 

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 

ビルドは再び斬りかかるジオウの腕を狙ってキック。ジカンギレードが宙に放り出される。武器が失われ、これで五分の戦いとなった。

 

ビルドとジオウは互いに拳を握り固め、殴撃を繰り出した。

お互いの攻撃がクリーンヒットし、ダウンする。しかし、ダメージはビルドの方が大きいようだ。

 

 

(ラビット側とはいえ威力で負けた。スペックはこっちが上っぽいが、やっぱ連戦の後だと厳しいか…)

 

 

このまま半端な戦いをすれば、先に崩れるのはビルドの方。

 

 

「悪いけど、まだ死ぬわけにはいかないな。

というわけだ。ちょっと本気出すけど、文句言うなよ?」

 

 

ビルドが取り出したのは、大きめの装置。フォームチェンジ用のボトルというより、その風貌は“缶ジュース”。ビルドがその装置を振ると、炭酸のようにシュワシュワと音が鳴る。

 

上部の“シールディングタブ”を開けると、活性化されたエネルギーが解放され、変身システムが起動。

 

ビルドはドライバーのボトルを引き抜き、その装置──ラビットタンクスパークリングを装填した。

 

 

《ラビットタンクスパークリング!》

 

 

レバーを回すと、スナップライドビルダーが展開。その形状は歯車のようなビルドのライダーズクレストを模しており、その中が気泡を含んだ液体で満たされていく。

 

 

《Are you ready?》

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

《シュワっと弾ける!ラビットタンクスパークリング!!》

 

《イェイイェーイ!》

 

 

アーマーが装着され、その姿を形成する。

赤、白、青の3色ギザギザアーマー。ウサギと戦車の複眼は刺々しく変化し、全身に白いバブルが描かれている。

 

進化したラビットタンク。仮面ライダービルド ラビットタンクスパークリングフォーム!

 

 

ジオウがその変化に驚いている一瞬、ビルドの姿が消えた。

前よりもずっと早い。しかし、ジオウは横にその姿を補足。キックを放つ。

 

だが、その攻撃は空振りに終わった。

 

 

「な……!?」

 

 

それは残像。“ラピッドバブル”によって限界まで速度を上げたビルドは、残像を残すほどのスピードを誇る。

 

 

「ちょっと我慢しろよ!」

 

 

攻撃の後の隙に、ビルドはジオウの正面に現れた。そして、タンク側の右足をジオウに突き出し、それと同時に“インパクトバブル”が炸裂。

 

 

「グハァッ!」

 

 

先程までとは比較にならない威力の蹴撃がジオウを貫く。

ジオウの体は立ち並ぶ木を薙ぎ倒しながら吹っ飛んでいき、数十メートル先で変身が解除された。

 

 

「やっべ。強く蹴り過ぎた」

 

 

 

__________

 

 

 

小さい頃に一度、本物のヒーローを見た。

それが現実だったのか虚構だったのか、その姿すらも思い出せない。

ただ一つ、俺はそれに憧れてしまったのは覚えてる。

 

追えば追うほど、人としての至らなさが浮き彫りになる。

真似をして塗り固めるほど、本当の自分が見えなくなる。

 

 

例えば誰かが落とした消しゴムを拾ったとしよう。

俺は迷わず拾う。しかし、真っ先に動いた思考は“拾ってあげたら相手は楽だろうな”じゃない。

俺はただ、いい人になりたかった。

 

じゃあ本当はどうしたかった。拾わず無視したかったのか。そうも思わない。いい人として認知されるための行動が自然になってる。いい人になった何がしたい。そう思ってる時点でヒーローになんかなれやしない。そんなこと分かってる。みんなみたいに好きに生きるか。不良にでもなるか。でもそれの何が楽しいんだ。そもそも何したら楽しいんだ。善行は楽しくなんてない。誰かのためになんて無理だ。自分だけの事も考えられない。憧れとは根っこが違う。俺はいい人なのか。クズなのか。何がやりたいのか。何になりたいのか。何が好きなのか。全部捨てて自由になりたい。自由ってなんだ。

 

 

薄い正義感の仮面を剥いだ先に、俺の顔はあるのか?

 

 

 

 

 

「ッ…!はぁッ…はぁッ…」

 

 

 

目が覚めた。悪夢でも見てたのか汗が凄いけど、よく覚えてない。

確かビルドに蹴られて気絶して……

 

 

「お、起きたか」

 

「羽沢…天介…!」

 

 

思わず身構えるが、体が痛んで立ち上がることが出来ない。

 

 

「無理しない方がいい。結構キツめなキックだったからな、多分まだ痛いだろ。それに関しては…悪いと思ってる」

 

「…!ここは…」

 

「ビルドラボ、俺の研究室だ」

 

 

辺りを見回すと機材や実験道具や色んな部品が無秩序に散らばっている。何より目を惹くのが、部屋中に貼り付けられた計算紙。見るだけで頭痛がするほどの威力を放っている。

 

羽沢天介は俺を気にもせず、2つのカップ麺に湯を注いだ。

 

 

「さて、ラーメン待ちのついでに聞きたいことがある。まず、君は何年の未来から来たんだ?」

 

「…なんでそれを」

 

「偶然君が空に空いた穴から出てきたのを見たんだ。あとは、その靴。そいつは今はまだ売ってないモデルのはずだ」

 

「それだけで……」

 

「天才ですから?天才たるもの、ファッションにもこだわるんだよ」

 

 

そういう彼の靴は片方ずつ違う。…これをファッションというのかと言われると分からないが。

 

しかし、その知識と観察眼は本物だ。俺は彼に事の一部始終を話した。それこそ、俺がビルドを襲った理由も。

 

 

「なるほどなぁ、2018年か。もうすぐ俺が怪物になって、一年後に人々を襲うと。

俺は頭も性格も顔もいい完全無欠の天才で通ってるが…確かに、あり得ない話じゃない」

 

 

驚くほどすんなり受け入れた。普通は自分が怪物になるなんて信じたくないし、否定するものとばかり思っていた。

 

するとタイマーの音が鳴った。羽沢天介がカップ麺の蓋を剥がすと、熱い湯気と醤油スープの香りが部屋を満たし、嫌でも俺の腹が唸る。

 

 

「2つあるから食えよ。ここに入り浸ってる奴が山ほど置いてって、処理に困ってんだ」

 

 

カップには「プロテインラーメン昇竜 醤油味」とある。美味しいの?

一つ手に取り、上にのせてある割り箸を割って食べてみる。あ、結構いける。

 

それにしてもどんな状況だ。さっきマジで殺しに行った初対面の相手を介抱し、食事まで共にするなんて。この人、やっぱり普通じゃない。

 

 

「さて、君の言い分は分かった。でも、俺もまだ死ねない。俺には…するべき事があるんだ」

 

 

羽沢天介はラーメンのスープまで飲み干した後、そう言った。

するべき事ってのが何かは知らないが、俺も未来を変えない事には帰るわけにはいかない。やはり、俺が倒すしか……

 

でも、また負けた。俺は弱かった。

このままじゃ、未来を変えるなんて到底…

 

 

 

「天兄、いる?」

 

 

ビルドラボの奥にある階段の方から声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。

 

 

「美竹…さん」

 

 

螺旋階段を下りてきた姿を見た俺は、思わずそうこぼした。そう、彼女はあの怪物に吸収されたはずの少女、美竹蘭。その後ろには羽沢つぐみもいる。

そうか、2017年ならあの惨劇は起こってない。つまり香奈も…

 

状況は何一つ変わっていないが、何故だか安堵してしまった。

 

 

「兄さん!ちゃんと家に帰ってご飯食べてって言ってるのに!カップ麺ばかりじゃ体壊すよ!?」

 

「ちょ…つぐみ、そんな怒んなくてもいいじゃん。最近は週4回は帰ってるだろ?もしかして、お兄ちゃんがいなくて寂しいのか?」

 

「そういう事じゃないの。CiRCLEの地下にこんなの建てるどころか、住むなんて言語道断!家賃とかオーナーに払ってないでしょ?」

 

「そんなハッキリ言うなよ、お兄ちゃん悲しいぞ!」

 

「最近はライブにも来てくれないし…蘭ちゃんすごく怒ってたんだからね!」

 

「つぐみ何言ってんの!?あたしは別に怒ってなんか…」

 

「おっとぉ?寂しがってるのはコッチだったか。可愛い奴だな~」

 

「天兄、やめて」

 

 

なんかすごい和気あいあいとイチャつき出した。何アレ、ハーレムか?羨ましい。

 

 

「あれ、この人は?」

 

 

羽沢さんが俺に気付いた。当然だが、やはり俺の事は知らないようだ。

いや、でもどう説明しよう。貴方のお兄さんを倒すために未来から来ました…信じられるかそんなの。

 

 

「え…えっと…」

 

「あー、そこの彼は俺の助手だ」

 

 

 

 

 

はい?

 

 

「えっ!?兄さんの助手になるんですか?」

 

知らない知らない。

 

「いやー、俺も驚いたんだけどさ。どうしてもって言うから、仕方なくね」

 

何言ってんのこの人。

 

羽沢天介は俺と肩を組み、「話を合わせろ」と言わんばかりの目線を送ってくる。いや、そんな目されても話が全く…

 

 

「天兄の助手…?やめた方がいいですよ、絶対」

 

「そうですよ!兄さん、顔と頭がいいだけのロクデナシですから!お金に困ってるなら私の家で喫茶店やってるんで、ウチで働きましょう!」

 

「そこまでボロクソ言わなくてもよくない!?」

 

 

どれだけ信用がないんだこの人は。

その前に何が狙いなんだ。俺を助手にするなんて、意味が全く分からない。

 

 

「ま、そういう訳だ。明日は帰るから蘭もつぐみも帰った帰った!」

 

 

2人を無理やりラボの外に出し、ガチャッと鍵の閉まる音が聞こえた。

 

 

「話は分かったな」

 

「いや、全然。一体何のつもりで…」

 

 

羽沢天介の顔が一転する。お茶らけていた、気の抜けたような顔から、覚悟を感じさせる顔に。さっき、あのコブラの怪人に向けていたような、そんな真剣な眼差しで、彼は俺に告げた。

 

 

 

「お前は俺の助手になれ。そんで、24時間俺を査定してくれ。

もし少しでも俺が怪物になりそうだと、お前の言う通り、つぐみや蘭を襲うようなことになると思ったら…

 

その時は一切抵抗しないと約束する。俺を殺してくれ」

 

 

 

 

____________

 

 

 

つぐみと別れ、ギターを背負い一人夜道を進む蘭。

 

もうすぐライブだ。緊張はしない。Afterglowのライブは“いつも通り”を届けるだけ。

しかし、気になるのは天介が来るのかどうかだった。

 

 

「いや、別に天兄がいなくたっていいし。別にあたしは…」

 

 

「美竹蘭、だね」

 

 

瞬きの一瞬で、街灯の光の中に誰かが現れた。

思わず逃げようとする蘭だったが、振り返った先にもその人物が現れる。

 

茶髪に翡翠の瞳の男性。黒いジャケットを着こみ、腰には絵の具や筆が複数携帯されている。その風貌は異様。強いて言葉にするならば…“異物”という言葉が似合う。そんな男だ。

 

 

「華道とギター、ボーカル、さらには作詞まで並外れた才能を持つ。まさにジーニアスだ。それに加えて友を想う心、譲れない信念。素晴らしい」

 

「誰…あんた」

 

「名乗ったところでどうせ忘れる。この物語は…もうじき消えるからね」

 

 

また一瞬で姿を消した。辺りを見回してもその姿は無い。

ただ、一つの言葉を蘭に残して。

 

 

 

「それじゃあ、また会おう。

世界が終わる頃に」

 

 

 

街灯の光に照らされるは、アスファルトに描かれた、アート。

乱雑で単純なのに目を惹き付けられる。

 

入り混じる赤と青を裂くように塗りつぶす、ピンクの絵の具。

その上に、8時17分を示す懐中時計が横たわっていた。

 

 

 

 




2017年のお話はもう少し続きますよ。ビルドの継承ももうちょい先です。
次回、「That is How I Roll!」。お楽しみに!

感想、評価等よろしくお願いします!


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That Is How I Roll!

レポートもエッセイもぶん投げていくスタンス146です。
割とお久しぶりですが、もう少し開けるつもりでした。例の某和人さんの作品に触発されなければね…
まぁ、要は僕程度の奴はもっと書けってことだと思いました。


 

 

この時間のお父さん、お母さん。お元気ですか?日寺壮間です。

2018年から2017年にやって来た俺は、どうしてこうなったのか、仮面ライダービルド、羽沢天介さんの研究助手をすることになりました。

 

上司の天介さんは優しく、給料もいいアットホームな職場で、とても充実してます。

それでもただ一つだけ、声を大にして言いたいことがあります。それは…

 

 

「助けてくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 

「おー、いい感じみたいだな。スピード上げるぞ!」

 

「待って死ぬ!死にますからぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

今、背中には機械の翼が装着され、俺は超スピードで空を飛んでいる。まるで飛行機にしがみついている気分で怖いなんてもんじゃない。楽しかったのは最初だけで、今ではもう泣きたくなってきた。ていうか泣いてる。それどころか吐いてる。

 

なんでこうなったのかというと、事の発端はこの間の戦闘で手に入ったボトル。

あのスマッシュとかいう怪物の力を封じ込めたボトルは、浄化することで変化するらしい。

 

空を飛ぶスマッシュの成分は、ジェットのボトルに変化。その結果、その力の研究の一環でこんな事になっている。

 

 

「お疲れさーん」

 

「うっ…気持ち悪い…また吐きそう……」

 

 

天介さんは翼からジェットフルボトルを取り外し、嬉々として何やらデータを取っている。

 

 

「ジェットボトルは案の定ジェットエンジンの代用として機能するか…ボトルを振るスピードと生み出すエネルギーは比例すると考えていいだろう。果たしてこれが飛行以外でも使えるのかどうか…」

 

 

なんかぶつくさ言ってるけど最早どうでもいい。

この人は確かに優しい。悪意は全く感じない。何が質が悪いって、一切の悪意無しでこの悪魔じみた所業を行っているという事だ。よくもこの有様であんなことを言えたものだ。

 

 

『少しでも俺が怪物になると思ったら、その時は俺を殺してくれ』

 

 

あの言葉の真意を、今も考えている。

怪物になると告げた時も、天介さんは強く否定しなかった。自分が怪物になる可能性を、肯定しているようにも見えた。

 

あの人は一体、何を思っているのだろう……

 

 

「よーし、じゃあ次の実験だ」

 

「…次?」

 

 

そう言って天介さんは、俺の手に一本のボトルを握らせる。もう既に嫌な予感しかしない。

 

 

「昨日説明したように、フルボトルは振ることで力を発揮する。そして、その力はボトルによって違うんだ」

 

「それは覚えてますけど…」

 

「それはトゲトゲのスマッシュから出来た、ハチのフルボトル。君にはこのボトルの能力を調べて欲しい」

 

 

言われるままに今度は森に。天介さんは石を掴み、俺の後ろに向けてソレを投げる。

完璧なコントロールで投げられた石は、吸い込まれるように

 

 

蜂の巣に直撃した。

 

 

「え?」

 

 

当然、巣を壊されて怒ったハチが大量に出てくる。

一方で天介さんはというと、いつの間にやら自分だけ安全な距離まで避難してやがった。

 

 

「うそぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

襲い掛かるハチの大群に、俺は逃げる。一心不乱に逃げ惑う!

 

 

「おーい!ボトル!ボトル振ってみ!」

 

「何も起きませんけど!?」

 

「えー?ハチを使役する能力だと思ったけど違うのか…

じゃあ後は頑張って逃げろよ!そいつらスズメバチだから二回刺されたら死ぬぞ!」

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

あの時、羽沢さんたちが俺を止めた理由が本当に分かった。

この人の助手は、冗談抜きで死ぬ!!

 

 

 

 

___________

 

 

 

「し…死ぬかと思った…」

 

 

命からがらスズメバチから逃げた俺は、また天介さんに連れられて何処かに向かっていた。

 

 

「次は何ですか?人体実験?生物兵器ですか!?」

 

「何言ってんだ。そんな酷い事するわけないだろ?」

 

「どの口が言ってるんですか」

 

 

天介さんは完全に警戒100%の俺を引っ張り、到着したのは…

 

 

「ここって…」

 

「俺たちの家、羽沢珈琲店だ」

 

 

2018年でも来た、羽沢珈琲店だった。外見は変化なし。当然だが、一年後に破壊される壁もきれいなままだ。

 

 

「これからつぐみ達の手伝いをする予定なんだけど…

そいつを君に任せる!」

 

「はい!?」

 

「じゃあ頼んだぞ!俺はちょっと所用があっから!」

 

 

文句を言わせないスピードで、天介さんはどこかに行ってしまった。

なんなんだあの人…人使い荒いし適当だし…

 

それでも、何故か分からない。人としてクソなのは分かったけど、怪物になるかと言われると疑問が残る。

何より、俺はあの時の目が。天介さんが変身する前に見せた目が忘れられない。

 

 

「まぁいいか。まずは手伝いってのを…」

 

 

俺はドアノブに手をかけ、そのまま停止した。

 

 

(アカン!なんか恥ずかしい!)

 

 

窓をのぞき込むと、Afterglowの5人がいる。いや、5人しかいない。

この空間に入っていくの?俺が?1人で?女子しかいない空間に?ムリムリムリ!

 

あー楽しそうに話してんな…余計入りづらいよ。知り合いですら話しかけんのちょっと恥ずかしいのに、これはハードル高いわ。よくよく考えれば俺が天介さんに付き合う理由がないわけで、もうこのまま帰って良いんじゃないか?

 

よし、そうしよう。俺にここに入っていく勇気はない!俺はかえ…

 

 

窓越しで5人と目が合った。

 

見つかったっぽいです。

 

 

 

____________

 

 

 

羽沢天介は人目がつかない場所まで移動し、軽く息を切らす。

壁に寄りかかり、変形スマートフォン ビルドフォンである番号にかける。

 

数秒と経たないうちに相手が受話器を取った。天介は少し笑い、ビルドフォンに語り掛けた。

 

 

「よっ、生きてるか?」

 

『……別に死んでないぞ?』

 

 

ビルドフォンからは、少し低い男の声が聞こえる。

 

 

「お前どこにいるんだよ。ハロハピのみんなも一緒か?」

 

『オーストラリアだ』

 

「オースト…またどうして」

 

『“コアラさんと一緒にライブ”というお嬢のご提案だ。俺は遅れて出発したから、まだお嬢達とは会ってない。さっき川に入ったら魚に足を食われて止血中なんだ、今忙しい』

 

「オイ、お前そこオーストラリアじゃくてアマゾンだ。ピラニアに襲われてんじゃないか」

 

『アマゾンってオーストラリアにあるんじゃないのか?』

 

「どっからツッコめばいいんだよ…」

 

 

天介はため息をつきながらも、一連のやりとりに慣れを感じさせる。そして少し躊躇った後、聞いた。

 

 

「なぁ、俺がスマッシュみたいな化け物になるとしたら、どうする?」

 

『あり得ない。お前はいいやつだ』

 

 

天介は小声で「どうするって聞いてんだろ」と言うが、それをかき消すように笑った。

まぁそうだろう。この男なら、そう即答するに決まっていた。

 

 

「今日ばかりは、そのバカさが嬉しいよ」

 

『バカって誰の事だ』

 

「お前だよバカ。じゃあな」

 

 

天介は電話を切った。少し名残惜しそうに。

ビルドフォンをバイクに変形させ、ヘルメットをかぶり、またがる。

 

そしてエンジンをかけ、商店街を出る方向にバイクを走らせた。

 

 

 

__________

 

 

 

「えーっと…」

 

「どうしたんですか。するなら早く始めてください」

 

 

美竹さんに急かされ、状況を確認する。強引に店内に引き込まれた俺は事情を説明。天介さんの代役だと伝えた。

で、今は5人が机を囲んで教科書や問題集を開いている。

 

 

「これは…夏休みの宿題?」

 

「そうですけど…それが何か」

 

 

美竹さん怖い…てか、手伝いって家庭教師かい!!

 

 

「すいません、日寺さん…でしたっけ?

兄さんの助手ってだけで大変なのに、こんなことまで…」

 

「あ、いえ。こっちこそすいません。その…」

 

「蘭は天さん来なくて不機嫌みたいだけど…気にしないでください」

 

「巴…余計なこと言わないで」

 

「ひーちゃん以外は大体終わってるんで~後で日寺さんも一緒にスゴロクしましょ~!」

 

「ちょっと待ってモカ、私だけ仲間外れ!?」

 

 

そんなこんなで宿題が始まった。こんなことをしてていいのか?とも思うけど。

それにしても夏休みだったのか…2018年は春だったけど、ピッタリ1年戻ったってわけでもないのか。

 

2018年でこの5人は2年生だったから、今は1年生か。ざっと見たところ、のんびりしてそうな青葉さんは案外できてる。あれ?俺が1年のときここまで頭良かったか?

 

本当に皆けっこう終わっているが、上原さんはヒーヒー言いながら解いている。そのくせ集中力は散漫。こっちの方がシンパシーを感じる光景だ。

 

 

「……」

 

 

俺の出番無くね?

 

これお茶でも入れた方がいいのか?いやでも淹れ方分かんねぇし、大体ここ珈琲店だ。珈琲こそ分からん。

やることがない。まるで空気のよう。泣きたくなってきた。

 

 

「すいません、ここなんですけど…」

 

「ハイ、今行きます!」

 

 

羽沢さんのヘルプに、待ってましたと言わんばかりの俺。気を使ってくれたんだろうが、今はそれでもありがたい。

 

 

「これはね…ここで置換して……」

 

 

数学の問題だったが、なんとか教えられた。ていうか、仮にも難関に引っかかった大学生(元)だからね。できないとヤバい。

 

すると、羽沢さんは意外そうに。

 

 

「日寺さん、賢いんですね!」

 

 

それは馬鹿に見えるってことですか?

おっといかん、少々卑屈過ぎだ。あっちはそんなこと思ってない…はず。

 

 

「兄さんの助手をしたいって言うくらいだから…将来は研究者ですか?」

 

「え?」

 

「あ、それ私も気になる!」

 

「ひまりは手を動かして」

 

「ちぇ~、蘭のケチ」

 

 

将来…か。そういえば、大学を目指したのも何でだったか。

別に就職に有利とか考えてたわけでも、夢があったわけでもない。こんなので難関に受かってしまった。

俺がいなければ、夢のある人が1人、目標に近付けていたかもしれない。そう思うと、申し訳ない気持ちになる。

 

ダメだ。考えれば考えるほど、自分を否定してしまう。

 

 

「俺の夢なんかよりさ、君たちの夢とか…そういうのは?」

 

 

誤魔化すように話しを強引に変えると、皆の視線が羽沢さんに集まる。「私?」「言いだしっぺじゃん」みたいな会話の後、羽沢さんは少し改まって口を開いた。

 

 

「武道館…です!」

 

 

その言葉を理解するまでに少しかかった後、思わず口に微笑を浮かべてしまう。

 

 

「へ…変ですか!?」

 

「いや、ごめんなさい。そういうのじゃなく、なんか…やっぱり凄いなって…」

 

 

この5人はバンドを組んでるんだった。中学生の頃に組んだとは聞いてたけど、それが夢にまでなるとは。それが本気なのは見ればわかった。

 

やっぱり彼女たちは主人公の器だ。

 

 

 

「俺なんかとは…違うよな」

 

 

 

思わず口からそんな言葉が出てしまった。

馬鹿か、そんなことを彼女たちに言ってどうするんだ。

 

空気を戻そうと、問題の解説を続けようとする。そんな時、

 

 

バン!

 

 

机を叩く音が部屋に響く。静寂が漂う中、美竹さんが机に手を置き、立ち上がっていた。

 

 

 

「それ、どういう意味ですか」

 

 

 

知っている限りだが、美竹さんはいつも少し怖い。

でも今は明らかに違う。その眼は俺に向けて刺々しい何かを放っていた。そう、それは嫌悪感のような。

 

 

「…そのままですよ。本気になれて、強い意思があって、夢があって、覚悟があって…

俺にはどれも無い。あなた達と俺なんかじゃ、比べるのも失礼だ」

 

「つぐみに勉強教えてたじゃないですか。それを言ったら、あたし達も日寺さんより勉強はできません」

 

「そんな奴はどこにでもいる。そんなのには…意味なんてないんです」

 

 

美竹さんが増々イラ立っているのが分かる。周りの4人はなだめているが、依然として敵意を放っている。

そうだ、拒絶すればいい。俺はその程度の人間だ。主人公になんてなれやしない。

 

 

「さっきから聞いてれば、自分なんかとか意味がないとか。自己否定がそんなに楽しいですか!?そんなのは傷付きたくないだけの、ただの自己満です!」

 

 

美竹さんがそう言った。

そうか、自己満足か。そうだよな、俺の考えることなんて所詮はそんなもんなんだ。

 

 

「うん…やっぱりそうだよな」

 

「ッ…!」

 

 

諦めたのか、失望したのか。美竹さんの肩の力が抜けたように見えた。

 

すると美竹さんは周りの4人と目を合わせた。まずは青葉さん、その次に羽沢さん。宇田川さんに、少し遅れて上原さんが何かを理解したようで、笑ってオッケーサインを出す。

 

そして美竹さんは少し冷たい表情を俺に向け、こう言った。

 

 

 

「今日の夕方、CiRCLEに来てください」

 

 

 

 

_____________

 

 

 

そして夕方。

 

あの後も天介さんから連絡は無し。依然として俺はフリー。

言われたとおりにライブハウスCiRCLEまでやって来た。ここの地下がビルドラボなんだよなぁ…そっちに来いってことかな?いやでもCiRCLEまでって言ってたし…

 

取り敢えず扉を開けると、今日の朝には閉まっていた奥の扉が、スタジオの扉が開いていた。そこからギターの音が漏れ聞こえてくる。

 

まさかと思い扉をくぐった。そこには、練習着に着替えた彼女らが。Afterglowの5人が各々の楽器をセッティングし、待ち構えていた。

 

 

「そこ座ってください」

 

 

美竹さんが結構冷たく言い放つ。言われたままに床に体育座りした。

そういえば彼女たちの楽器担当も知らなかった。羽沢さんはキーボード、上原さんはベース?だっけか。宇田川さんはドラム、青葉さんと美竹さんはギターだ、2人いるのか。いや、美竹さんの前にはマイクが置いてある。ギターボーカルってやつか。

 

宇田川さんがドラムスティックでテンポを取り始める。まずはギターとドラムがメロディを刻み、キーボードとベースが加わって勢いが加速する。

 

そして、激しい音と詩が一つになる。

 

 

彼女たちは俺にこの音楽を聴かせたかった、というのはすぐに分かった。

それだけに心に響いた。

 

 

 

──僕は僕、君は君。生きよう。

 

 

──say! “That is how I roll”!!

 

 

 

 

思えば、音楽を真剣に聞いたことも無かった。こんなにも強い力を持つことを知らなかった。演奏を終えて少し汗をかいている美竹さんは、マイク越しに問いかける。

 

 

「不器用でも、あたし達はらしく生きる。足跡残すために叫ぶ。そうでないと、生きている意味がない。そう思ってます。日寺さんはどうなんですか」

 

 

分かった。俺になかった最も大きなもの。それは“自分”だ。

俺の行動も、考えも、主人公という憧れの質の低い模倣。他人に依存した人格。否定して、矛盾して、自分が分からないとかほざいてた結論がこうだ。

 

最初からそこに、俺なんていなかった。

 

 

「やっぱり、俺には何も…」

「そうじゃない!」

 

 

美竹さんの言葉が、俺の思考を断ち切った。

下を向いていた俺は、ふと彼女たちを見た。その目は真っ直ぐ、俺に向かっていた。

 

 

「考えを押し付けるつもりはありません。でも、日寺さんは自分を低く見過ぎてる。まるで、自分に価値がないみたいに。そうじゃないと思います。誰の中にだって、誇れる“自分”があるはずです」

 

「俺の中にも……」

 

 

 

それが本当なのかも、何が自分なのかもまだ分からない。

でも、やっぱり人に依存しすぎなんだろうか。誰かにそう言ってもらえるだけで、こんなにも嬉しいなんて。

 

 

「そうそう~モカちゃんはカロリーをひーちゃんに遅れるんですよ~」

 

「ちょっとモカ!?」

 

「そういう話じゃないと思うぞー」

 

「え~そうなの?」

 

 

特技紹介とでも思ったのか、青葉さんがなんかよく分からないことを言い出す。不覚にも少し笑ってしまった。

 

 

「なんで俺にそこまでしてくれたんですか。会ったばかりなのに」

 

「それは…」

 

 

そう、彼女らと会ったのは未来。今の彼女らは俺が仮面ライダーということも知らない、ただの一般人のはずだ。それがどうしても気になっていた。

 

言いあぐねている美竹さんを見て、羽沢さんが。

 

 

「多分、思い出したんだと思います。兄さんと初めて会った頃のこと」

 

「初めて会ったって…みんな幼馴染なんじゃ…」

 

 

すると、羽沢さんは黙って首を横に振った。

 

 

「兄さんは6年前、私の両親が引き取った養子。血の繋がってない兄なんです」

 

 

驚いたが、少し腑に落ちた。天介さんと羽沢さんはあまり似てなかったのは気のせいじゃなかった。容姿もだが、雰囲気も。

 

その後、羽沢さんから詳しい話を聞いた。

 

天介さんは記憶喪失の状態で羽沢家に引き取られたという。身元も全く分からず、自分の事が一つも分からない。周りの人たちは家族だったり友達だったりと輪が出来上がってて、そこに自分の居場所は無いと思っていたらしい。

 

羽沢さんたちも近づこうとしたのだが、「僕がいたって邪魔なだけ」の一点張りだったと。店の手伝いを誘ったときも「僕なんかができるわけない。余計な事をして迷惑かけたくない」と言ったらしい。今の彼からは考えられない過去だ。

 

天介さんは何も欲しがろうとせず、ただ迷惑をかけないように、食事もとらずに何もせず部屋の隅に引きこもってたらしい。家出も何度もし、そんな状態が半年続いたという。

 

 

「その時の蘭ちゃんも、そんな兄さんを見てはイライラしてました。多分そこが日寺さんと重なったんだと思います」

 

「あの時は楽しかったな!天さんを毎日無理やり引っ張り出しては、色んな遊びで皆でボッコボコにしたっけ」

 

「まぁ、すぐに才能が開花して勝てなくなったんだけど…」

 

「蘭は今でもたまに泣かされるよね~」

 

「今も昔も泣かされたことないし」

 

 

あの自信満々の問題児ぶりは、ここから来てたのか。きっと天介さんも変わらないといけないと思って、あんな極端なキャラになったんだろう。今でも家に帰らないことが多いのは、昔の名残なのか。

 

という事は天介さんも、最初は俺と同じだったのか?

 

 

その時、俺の携帯にメール着信が入った。

確認すると、天介さんからだった。集合場所が書かれてある。

 

 

「俺、ちょっと用事が」

 

 

俺は急いでスタジオから出ようとするが、少し立ち止まった。

そうだ、お礼を言わなきゃいけない。“俺”を肯定してくれた、彼女たちに。

 

 

「ありがとう」

 

 

いつぶりだったろうか。その時の俺は、とても自然に笑えた気がした。

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

「遅いぞ!」

 

「す…すいません…」

 

 

指定された場所までダッシュで行くと、バイクにまたがった天介さんが待っていた。天介さんからヘルメットを受け取り、俺はその後ろに乗る。

 

エンジンがかかり、バイクが動き出す。

 

 

「俺、羽沢さん達から聞きました。天介さんのこと」

 

「そうか」

 

「聞いてもいいですか?天介さんの“自分”って、何なのか」

 

 

しばらくエンジン音だけが聞こえていたが、天介さんは前を向いたまま語り始めた。

 

 

「6年前の話は聞いたんだよな?今から話すのは、1年前の話だ。

俺は父さんや母さんに恩を返すため、独自で研究をしてた。したら、都内の研究所からスカウトが来たんだ。

しばらくはそこで働いて、成果も出した。でも、結論から言うと、そこはネビュラガスの研究所だった」

 

「ネビュラガス?」

 

「パンドラボックスっていう箱に入ってるガス。仮面ライダービルドの力の源にして、人を怪物に変えるガスだ。研究自体は昔からあったが、俺はそれを取り返しのつかないところまで進めてしまった。

 

そういう意味じゃ、スマッシュを作ったのは俺だ」

 

 

その後も話は続いた。それに気づいた天介さんはデータを破棄しようとするが、時はすでに遅し。拘束され、証拠隠滅のために高濃度ネビュラガスを体内に注入された。たまたま耐性があったため一命はとりとめたが、体の構造は人間から離れてしまったという。

 

これで怪物の話を肯定した理由が分かった。天介さんはきっと、自分がいつスマッシュのような怪物になってもおかしくないと思ってる。

 

 

「俺は怪物を作り、挙句の果てに怪物になった。因果応報だな。皆には、恩を仇で返すことになっちまった。それでもアイツらは…もう一度、“いつも通り”俺を受け入れてくれたんだ。その時、覚悟が決まった。

 

この命が尽きるまで…いや、尽きたとしても。俺は守りたいんだよ、アイツらの“いつも通り”を。それが俺の“自分”。戦う理由ってやつだ」

 

「戦う理由…」

 

「結構大事だぞ。仮面ライダーは、力だけ見りゃ兵器と変わらない。理性のない怪物との違いってのは、結局はそこだけだ。お前には無いのか?」

 

「俺の…戦う理由は……」

 

 

それが、“自分を見つける”ってことなのか?

なんて考えていると、バイクが止まった。もう日が落ちて暗くなる空の前に、高層ビルが佇んでいる。

 

 

「さて、おしゃべりの時間は終わりだ。ここにはパンドラパネルっていうヤベーのが置いてある」

 

「何ですかソレ」

 

「スカイウォール計画の鍵…って言っても分からないか、暇があれば教えてやるよ。

俺達の仕事は、パンドラパネルを敵から守ることなんだが…ちょっと遅かったか?」

 

 

 

登りかけた月が揺れるほどの爆発音。ビルの最上階の窓ガラスが砕け散り、黒煙が上がっている。

そして、そこから飛び去る黒い翼。

 

 

「あれって…」

 

「派手にやったな。どうやら、もう奪われたらしい」

 

「早く追わないと!」

 

「いや、いい。ここまで計画通りだ」

 

 

妙に落ち着いた口調で、天介さんは言った。

そういえば、ビルの大きさに対して逃げ出てくる人の数が少ない…気がする。

 

 

「パンドラパネルには発信機を付けておいた。これで敵の本拠地を掴む」

 

「最初からそれを…でも、そんなの気付かれるんじゃ!?」

 

「まぁ気付かれるだろうな。でも、それでいいんだ。

邪魔な俺が攻めてくるなら、スタークなら逃げずに戦力を投入して応戦するはず。そこで俺達が戦力を削ぎ落す。幸いにも、アイツらはお前の力を知らないからな。手を貸してくれるか?」

 

 

流石だ。俺が来たのは予想外だったに違いないのに、短時間でこんな作戦を用意するなんて。

Afterglowのライブも近いと言っていた。きっと天介さんは一刻も早く敵を倒し、彼女たちの日常を守りたいんだろう。この危険な作戦には、それだけの覚悟を感じた。

 

まぁ、それに割と部外者な俺を巻き込むのも流石だと思うが。

きっとこれは、仮にも力を得た者の責務というやつだろう。俺は黙って頷いた。

 

 

 

「やっぱり…違う」

 

 

この時、俺はなんの証拠も無しに心から確信した。

これだけの人があんな化け物になるなんて、思えない。

 

 

2018年のあの怪物は、天介さんじゃない。

 

 

 

 

その時、俺は天介さんの呟きに気付かなかった。

 

 

「これが…最後の戦いだ」

 

 

気付くべきだった。そうすれば、きっと未来は…

 

 

 

 

____________

 

 

 

日が落ちて数刻、月も登りきった頃。

男はとあるライブハウスに入ろうとしたが、扉を開けずに引き返した。

 

 

身長は平均的で、少しクセのついた黒髪。服装は会社帰りのようなスーツ姿。その表情からは自信のなさが感じられる。パッと見は残業終わりのサラリーマンだ。しかし、それにしては少し若い印象を受ける。

 

 

「よォ、お疲れさん」

 

 

男の前に現れたのは、蛇柄のスカーフを巻いた少年。天介が呼ぶところの、スタークだ。

 

 

「パンドラパネルに発信機が付けてあった。近いうちに攻めてくるだろうよ。殲滅はオマエに任せるぜ。そうだな…勝てば親父さんも認めてくれるかもなァ?」

 

 

それだけ言ってスタークは消えてしまった。

 

男はポケットからボトルを取り出す。コウモリのレリーフが彫られた、薄い紫のボトル。

父親がくれた、唯一の信頼。

 

いや、分かっている。父は自分を信頼なんてしていない。

 

 

幼いころからあらゆる手を尽くした教育を受けた。それで分かったのは、自分に才能がないことだけだった。

父はそんな息子に失望し、毎日のように罵声を浴びせた。

 

そして回ってきたのは、こんな汚れ仕事だった。

きっと今回の作戦もそうだ。万が一失敗しても損失のない駒として、利用されただけだ。

 

 

「違う…俺にももっと才能があれば…!俺だって本当は……!」

 

 

男はコウモリのボトルを握りしめ、叩き付けるように手から放った。

 

 

しかし、ボトルは地面に激突することは無かった。

 

男は驚き辺りを見回すと、再び驚く。

ボトルだけじゃない。飛んでいく木の葉、街灯に群がる虫、道路の車。全てが自分を残して静止している。

 

 

「何だ…これは…?」

 

「聞いたよ、アンタの願い」

 

 

緑の変わった服を着て飴をなめている少年が、前に立っていた。

状況が理解できないまま、少年は男の前に歩み寄ってくる。

 

 

「僕はタイムジャッカーのヴォード。嫌いなんだけどね、この名前。さてと、才能が欲しいんだっけ?あんまり気乗りしないけど…」

 

 

少年は黒い装置を、ブランクライドウォッチを取り出した。

すると、ブランクウォッチは瞬く間に姿を変えた。その文字盤には、ビルドを歪めたような怪物の顔が。

 

少年はソレを男に差し出し、一言だけ囁いた。

 

 

「で、どうする?」

 

 

 

____________

 

 

 

預言者ウィル。彼は本を開いて悠然と語る。

 

 

「今、ここが歴史の転換点。この結末を変えられるかどうか…全ては我が王、ジオウに委ねられました」

 

 

本を閉じた。

 

 

これは、少し未来の光景。

 

 

 

「天介さん!」

 

 

アナザービルドはビルドの首を掴み、高く持ち上げる。

ビルドの体からは力が抜けていき、抵抗することもできない。

 

叫ぶジオウ。しかし、その手が届く距離ではない。

その叫びはアナザービルドに聞こえていないのか、意にも介さずその手に力を籠める。

 

そして、アナザービルドはビルドを手から離す。

倒れるビルド。そして、アナザービルドの踏みつけるような蹴りが

 

 

 

ビルドの体を粉砕した。

 

 

 

 




ヴォードの名前は、ロシア語で「今日」を意味する「シヴォードニア」からです。本当はツァイトが良かったんだけどね~先越されたんですよ。

評価、感想お願いいたします!


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ビルドは受け継がれる

テストを諦めた男、146です。
また触発されて書きました。サブタイトルから分かる通り、あの回です。10000字でここまで時間かかるとは…相当退化してますね。

今回は壮間が一皮剥けて若干踏み外します。


時刻は昼過ぎ。ビルドラボの電気は消えており、誰もいない。

 

ただ天介の開発用デスクに、水色でスパナのようなハンドルが備わったドライバー、そして青い龍が描かれたゼリーパックのような物が、メッセージの書かれた紙と共に置いてあった。

 

天介がいたのは羽沢珈琲店。今日が定休日だというのは分かっていた。もちろん、今日はAfterglowのライブで、つぐみはいないということも。

 

 

言葉はいらない。ただ深く息を吸い、ここに来てからの6年間を噛みしめるように思い出す。

そして目を閉じ、背を向けた。

 

 

「どこ行くの」

 

 

店の奥からその声が聞こえた時、天介は「ギクッ!」と声に出すようなリアクションで振り返った。誰なのかは見なくても分かってる。

 

 

「つぐみ…お前、ライブに行ったんじゃ」

 

「忘れ物」

 

「そうか、それは珍しいな。それじゃ…」

 

「待って!」

 

 

足早に立ち去ろうとする天介を、つぐみは袖を掴んで引き留める。

 

 

「ライブ、来てくれないの?みんな、今日は兄さんが来るからって楽しみにしてたんだよ!?」

 

「ちょっと遅れるけど、ちゃんと行くって。だから…」

 

「嘘。だって兄さん、昔みたいな顔してる」

 

 

つぐみは周りをよく見ている。自分の事より人の事に関心があるタイプだからだ。血は繋がっていなくても、そこは天介とよく似ていた。

 

やっぱり、彼女に嘘は付けない。

 

でも、ここで退くわけにはいかなかった。

そして、それはつぐみも分かっていた。

 

だから

 

 

「また演奏するから。兄さんのために、みんなで。

だから絶対……」

 

「あぁ、帰ってくるよ。約束だ」

 

 

天介は泣きそうなつぐみの頭に手を乗せ、笑った。

こんな約束が楔になんてならないのも分かっていた。

 

それでも言わずにはいられなかった。言わなければ、“その後悔すら忘れてしまう”気がして…

 

顔を上げた時には、そこに彼の姿は無かった。

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

「すごいな、なんだよあのガーディアンの数」

 

「だよな。なんでも近々、仮面ライダーが攻めてくるらしいぜ」

 

 

地下の研究室で、防護服を纏った2人の男が気楽そうに話している。

ここでは、ネビュラガスで人間をスマッシュ化させる研究がおこなわれている。まさに悪のアジトといったところだ。

 

 

「あの数を相手取るのかよ!正義のヒーロー様が可哀そうに」

 

「それもそうだな!死んだあと念仏でも上げてやるか?」

 

 

冗談を言って頭が悪そうな笑いを上げる研究員。そんな片方に、フラフラと歩いてくる人影がぶつかった。

 

しかし、その人物はぶつかった事に気付いていないように歩き続ける。そんな姿を気味悪そうに見る研究員。

 

 

「ありゃ四谷か?我らがナイトローグ様がなんてザマだ」

 

「惨めだよなぁ。才能が無くて親に見放され、こんな危ない仕事しかできないなんて」

 

 

そう言ってまた笑う。

そして、その笑い声を耳にも入れず、ただフラフラと歩き続ける生気の無い男──四谷(よつや)西哉(せいや)

 

 

「この戦いで…この戦いで俺は……」

 

 

取り出したコウモリのフルボトルを軽く振り、変身銃トランスチームガンに装填する。

 

 

《バット…!》

 

「蒸血…!」

 

《ミスト…マッチ…!》

《バット…!バ…バット…!》

 

《ファイヤー!》

 

 

 

______________

 

 

 

「落ち着け落ち着け…下手したら死ぬとか考えるな落ち着け。本番前はちゃんと練習や復習を…あれ?とにかく今は素数を数えて気を…あと手に人書いて…」

 

「お手本かってくらいビビってるな。こんなんで寿命縮んでたら、仮面ライダーやってけないぞ?」

 

「この力貰ったの最近ですよ!?いや、ま正確には来年だけど。とにかく、すぐにホイホイ順応する方がおかしいんです!」

 

 

バイクでしばらく走り、バイクから降りて歩く天介と壮間。

向かう先は言うまでもなく、パンドラパネルの発信機が示す場所。すぐにソレは姿を現した。

 

 

「さてと、随分と豪勢なお出迎えじゃないの」

 

「うっそぉ…」

 

 

眼前にいるのは、数百にも及ぶ機械兵士 通称“ガーディアン”。その中には少数ではあるがスマッシュの姿も確認できた。

 

 

「行くぜ、助手君!」

 

「あぁもう!やるしかない!」

 

 

天介はビルドドライバーを、壮間はジクウドライバーを装着。それぞれフルボトルとジオウライドウォッチを取り出す。

 

 

《ラビット!》《タンク!》

《ベストマッチ!》

 

《ジオウ!》

 

 

それぞれアイテムをベルトに装填し、変身待機状態に。

ポーズを構え、戦いのゴングを叫ぶ!

 

 

《Are you ready?》

 

 

「「変身!」」

 

 

《鋼のムーンサルト!ラビットタンク!!》

《イエーイ!》

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

 

仮面ライダービルド、仮面ライダージオウはそれぞれ、ドリルクラッシャーとジカンギレードを持ってガーディアン軍団に斬りかかる。

 

ガーディアンは一体一体は弱く、容易に破壊できる。しかし、数が多い。遠方からのライフル攻撃が着実にダメージを蓄積させていく。

 

 

「それならコイツだ!」

 

 

ビルドが2本の青いボトルを取り出すと、ジオウはそのうち一本を見て「ゲッ…」と物凄く嫌そうな声を出した。

 

ビルドはそれらのボトルを振り、ドライバーに装填。レバーを回してフォームチェンジ。

 

 

《クジラ!》《ジェット!》

《ベストマッチ!》

 

「ビルドアップ!」

 

《天翔けるビッグウェーブ!クジラジェット!!》

《イェイ…!》

 

 

ビルドにしては珍しい、両サイド青系統のベストマッチ。空中を駆け巡るジェットと海を制するクジラの力を併せ持つ、難攻不落の飛行要塞。仮面ライダービルド クジラジェットフォーム。

 

 

飛行ユニット「エイセスウィング」を起動させ、亜音速の衝撃波で周囲のガーディアンを粉砕し、飛び上がる。

空中では胸部アーマーから戦闘機型ドローンを多数出撃させ、制御しながら自身もドリルクラッシャーガンモードと右腕の「スパウトグローブ」から放たれるウォーターカッターによる遠距離攻撃でガーディアン達を殲滅していった。

 

 

「すげぇ…」

 

 

なんて感心していると、拳を握り固めたような姿のスマッシュ、ストロングスマッシュの剛腕がジオウに襲い掛かる。

 

重いのを一発喰らったが、ビルドがガーディアンを減らしたおかげでスマッシュに集中できる。大ぶりの攻撃を落ち着いて躱し、ジカンギレードで一閃。

 

 

《フィニッシュタイム!》

 

「これでどうだ!」

 

《ジオウ!ギリギリスラッシュ!!》

 

 

ジカンギレードにウォッチを装填し、必殺技を発動。ピンク色の斬撃がストロングスマッシュと周囲のガーディアンを薙ぎ払った。

 

スマッシュは成分を採取しない限り姿はそのまま。邪魔なので適当にストロングスマッシュをぶん投げ、ジオウは他の敵へ向かった。

 

 

何よりビルドの的確な攻撃が敵の数を順調に減らしている。未だ相当数残っているが、これは時間の問題。

 

そう思った、その時だった。

 

 

「ッ…!」

 

 

空中のビルドに黒い飛翔物体が激突。その一撃でジェットサイドにダメージが入り、そのまま落下してしまう。

 

 

「来やがったな…ナイトローグ!」

 

 

黒いボディにコウモリを象った黄色いゴーグルと胸アーマー。体から上向きに生えるパイプはガスを排出する煙突を彷彿とさせる。

 

その名はナイトローグ。トランスチームシステムで変身する、もう一人の悪の戦士。

 

 

「スタークも出せよ。ここで全て終わらせてやる」

 

「それは…俺など眼中に無いとでも言いたいのかッ!」

 

 

ナイトローグが右腕を上げると、待機していた数十体のガーディアンが集まり、重なり始める。まるで大がかりな組体操のように規則的に積みあがっていくガーディアンの体は脚の形状となり、瞬く間にボディを形成。

 

そこに出来上がったのは、全長7mを超える破壊兵器だった。

 

 

「決着といこうか、ナイトローグ!」

 

《ラビットタンクスパークリング!》

 

 

ラビットタンクスパークリングを取り出しタブを開け、ドライバーに装填。スパークリング用のスナップライドビルダーが展開される。

 

 

「ビルドアップ!」

 

《シュワっと弾ける!ラビットタンクスパークリング!!》

《イェイイエーイ!》

 

 

「勝利の法則は決まった!」

「捻り潰せ、ガーディアン!」

 

 

仮面ライダービルドはクジラジェットからラビットタンクスパークリングフォームにビルドアップ。合体ガーディアンはその巨体と重量でビルドを踏みつぶそうとするが、

 

 

「遅い!」

 

 

一瞬で合体ガーディアンの背後に回るビルド。それもそうだ、ラピッドバブルとラビットサイドが生み出す圧倒的運動速度。それこそがスパークリングの最大の武器。

 

さらにビルドは空中に泡を作り出し、それを足場にして跳躍。

ドリルクラッシャーにハチボトルを装填し、合体ガーディアンに突き出す。

 

 

《ボルテックブレイク!》

 

 

スズメバチの力を帯びた刺突が、合体ガーディアンの右足付け根を粉砕。かろうじて立っているが、これで機動力は奪った。

 

 

「すっげ…もう天介さんだけでいいんじゃないかな?」

 

 

余ったガーディアンに対処するジオウだが、ビルドのあの強さを見るとそう思ってしまう。

自分にできるのは残りのスマッシュの撃破。幸い、前に見た個体よりも弱い。これならジオウの力でも十分戦える。

 

 

「行くぞ!」

 

 

ジカンギレードを銃モードに切り替える。ガーディアンに命中すると、「ジュウ」の文字が刻まれ爆散した。

 

一方でビルドVSナイトローグ。ナイトローグはコウモリボトルの力で翼を展開し、スチームブレードで斬りかかる。

 

 

「ビルドぉッ!」

 

《エレキスチーム!》

 

 

電撃を放ち、空中を蹴るように移動するビルドを攻撃。怯んだところをトランスチームガンで撃ち落とそうとするが、防御機能も大幅に上がっているスパークリングの前には、大した意味を成さない。

 

 

「スタークがよく言ってるだろ。俺はもう、お前のハザードレベルを超えている!」

 

「黙れ黙れ黙れェッ!!」

 

 

合体ガーディアンの援護連続射撃もかわしつつ、ビルドは海賊レッシャーフォーム専用ベストマッチウェポン カイゾクハッシャーを呼び出し、電車型攻撃ユニット「ビルドアロー号」を引いてエネルギーを充填。

 

 

《各駅電車》《急行電車》

《出発!》

 

 

カイゾクハッシャーから三つのエネルギー弾が放たれ、ナイトローグに命中。

その瞬間を見計らい、ビルドはドライバーのレバーを回した。

 

ビルドの全身から赤青白の泡が溢れ出し、ナイトローグの背後にワームホールの幾何学構造が現れる。ワームホールの吸引力に抗ったところで、ナイトローグに出来るのはその場で往生することのみ。

 

 

《Ready go!》

 

「これで終わりだ!」

 

《スパークリングフィニッシュ!》

 

 

弾けた泡が推進力と変わり、ビルドを加速させる。ビルドの必殺キックが炸裂すると同時に、無数の青いインパクトバブルが破裂。さらに赤いラピッドバブルを破裂させ、凄まじい勢いでナイトローグをワームホールに放り出す。

 

白い泡──ディメンションバブルが空間を歪めた先には、合体ガーディアン。

 

 

「グアァァァァッ!!」

 

 

ビルドの着地を待っていたかのようなタイミングで、ナイトローグは合体ガーディアンと激突し、大爆発。断末魔を上げ、その姿は爆炎の中に消えた。

 

 

 

「喰らえ!」

 

《ジオウ!スレスレシューティング!!》

 

 

ジオウの砲撃がミラージュスマッシュを撃破し、残すは10数体のガーディアンのみ。勝敗は…誰の目にも明らかだった。

壮間が安堵する一方で、天介は油断しない。奴らが易々とアジトを手放すとは思えない。スタークが何か手を打ってくるはず…

 

が、しかし。まずはナイトローグの確認が先決だ。ビルドは爆炎から現れる影に目を凝らす。

そこに浮かび上がってきたのは、見覚えのある男の姿だった。

 

 

「な…四谷さん!?」

 

 

四谷西哉は、閉店したライブハウスSPACEによく顔を出していた人物だ。Afterglowとの直接な関わりは少ないが、Poppin'Partyともよく絡んでいた天介とは顔なじみだった。

 

ジオウも「え、誰?」と近寄る。炎の中で四谷は力なく佇んでいたかと思うと、突然走り出した。

 

 

「追うぞ!」

「え…あ、はい!」

 

 

四谷が走っていった先は、発信機が示す場所の方向。そう、アジトの内部だった。

罠を警戒して変身したまま追うが、到着したのは中心部。人間をスマッシュ化させる水槽のような装置が安置されていた。

 

 

「なんのつもりだ四谷さん…いや、ナイトローグ!」

 

「羽沢天介…俺は貴方が羨ましい。俺は才能がないせいで、父にも反抗できず、何一つ自由なんて無かった。貴方のような才能さえあれば…俺にだって成れたはずなんだ。彼女たちに誇れる、正義の味方に!」

 

 

その言葉を聞き、壮間は既視感を覚える。その正体はすぐに分かった、自分自身だ。

主人公に…正義のヒーローになりたいがために、奇跡と力を望んでいる。

 

彼もまた、“自分”がない人間だ。

 

それを否定することは、壮間にはできなかった。

 

 

「だから…今、俺は変わる」

 

 

そう言って四谷が取り出したモノを見て、壮間は戦慄した。それは恐怖か、絶対に忘れることのできない顔が…2018年に現れた怪物の顔が刻まれた、黒いライドウォッチ。

 

 

 

「今日から俺が!“仮面ライダービルド”だ!!」

 

《ビルドォ…》

 

 

 

ウォッチを起動させ、自信の体に埋め込む。

不気味な軌道音と共に、四谷の体が変異。見なくたって分かる。そこに現れるのは、赤色と青色の異形。背面には「2017」、正面には「BUILD」の文字。

 

 

「まさか、アレが…」

「はい……俺達の時代に現れた…美竹さんと香奈を取り込む怪物です!!」

 

「ウォォォォォォ!!」

 

 

怪物の咆哮で空間に衝撃波が走る。それを受けた2人、ビルドはラビットタンクへと戻ってしまう。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「平気だよ。それにしても…そうか……

俺じゃなかったんだな…」

 

 

身を隠しながらも、ビルドは安堵の声を上げた。

それを機に、ビルドはあることを打ち明ける。

 

 

「この作戦の結末は3つ用意しててな。一つは普通に失敗。もう一つは…作戦成功した後、俺は死ぬつもりだった」

「はぁっ!?」

 

「暴走してアイツらを襲うくらいなら…って話だよ。でも、違った。だったら俺は…約束を守れる」

 

 

ビルドは怪物に駆け出し、キックをお見舞いする。その一撃は怪物を怯ませた。

 

 

「最高だ!あとは四谷さんを元に戻せば、万事解決ってことだろ!」

 

 

ビルドはさらに攻撃を続ける。この怪物は、2018年ではジオウでも2回倒せている。復活するしくみは厄介であるが、天介なら問題なく倒せるはず。

 

そう思っていた。

 

 

「フンッ!」

「ガァハッ!」

 

 

怪物の一撃がビルドの腹部にヒット。すると、ビルドは不自然なほどに吹っ飛び、壁に激突した。

 

 

「天介さん!」

「なんだコイツのパワー…ナイトローグん時とは…比べ物にならない…!」

 

 

ジオウも応戦しているが、それほどのパワーは感じない。なんなら1年後よりも少し弱くも感じる。しかし、ビルドに対してだけダメージは大きく、反対にビルドの攻撃はダメージがほとんど残っていない。

 

 

「おかしい。一体何が……」

 

 

「教えてあげよう、我が王」

 

 

その瞬間、ビルドに襲い掛かる怪物の動きだけが止まった。まるで、時間が止まっているように。

声を聞いてわかってはいたが、その姿にジオウは驚く。

 

 

「ウィル!?なんで、ここ2017年だよ!?」

 

「王たるもの、細かいことは気にしないものだよ。

君が仮面ライダービルド、羽沢天介だね。私はウィル。我が王、ジオウの未来を導く預言者だ」

 

 

ビルドは色々言いたそうだが、とりあえずそれどころではない。

 

 

「何か知ってるんだよな、あの怪物の事…」

 

「無論。彼はアナザービルド、この物語に現れた“アナザーライダー”、つまり紛い者だ」

 

 

改めて見ると、確かにビルドを怪物にしたような姿をしている。アナザーとはよく言ったものだ。

 

 

「この本によれば、アナザーライダーは同じライダーの力でしか倒せない…とある」

 

「だから復活したのか…でも、それなら天介さんなら倒せるはずじゃ」

 

「もう一つのルールがある。

アナザーライダーの前では、そのライダーの力は大幅に弱体化されるんだ」

 

 

ビルドとジオウは納得したが、同時にその状況も理解した。

ビルドの力でないと倒せないが、ビルドの力は効かない。つまり、アナザービルドを倒すことはできない。

 

 

「なるほどな、でも……

打つ手はあるんだろ?」

 

 

ビルドがそう言ったのを聞き、ウィルはその口に笑みを浮かべる。

 

 

「もちろんだ。それは君が…」

 

 

その時、アナザービルドを縛っていた時間停止が解け、動き出した。

 

 

「私の力ではこれが限界のようだ」

 

「えぇっ…もうどうすれば……!」

 

 

兎に角、ビルドにアナザービルドは相性が悪い以上、ビルドに戦わせるわけにはいかない。ジオウはアナザービルドに攻めかけようとするが…

 

銃声が鳴り、ジオウの背中に痛みが走る。

さっき取りこぼしていた十数体のガーディアンが、ここまで追ってきたのだった。

 

 

「あぁもう!こんな時に!」

 

 

ガーディアンに対処しているうちにも、アナザービルドはビルドに襲い掛かる。明らかにビルドを狙っている。このままではマズいのは考えるまでも無かった。

 

アナザービルドの蹴りがビルドに入る。反撃も片手で受け止められ、拳を掴んだアナザービルドはそのままビルドを地面に叩きつけ、倒れたビルドを蹴り飛ばす。

 

 

「ハハハッ!あの仮面ライダービルドが!俺の前に太刀打ちすらできなイ!

俺ハ成ったんダ!天才二…カメンライダー二!!」

 

 

アナザービルドの理性が崩れ始める。

ジオウは感じていた。あれが…不相応な力の末路……

 

“戦う理由”を持たない、“自分”を見つけられなかった兵器──

 

 

そして、ビルドも。

その力は既に崩れつつあった

 

 

「悪い、つぐみ……」

 

 

 

____________

 

 

 

「天兄…来ないんだ」

 

 

今日のライブ会場。Afterglowの出番は直前に迫る中、忘れ物を取りに帰ったつぐみが戻り、天介の事を伝えた。

 

 

「えー!今日は来るって言ってたのに!」

 

「まぁまぁ、そう珍しいことでもないだろ?これもまた“いつも通り”だと思えばさ」

 

「ほらほら蘭~、そんな落ち込まないで~」

 

「落ち込んでないし」

 

 

そうはいいつつも、蘭の機嫌が他の3人よりも悪い。

そんな中、ひまりはつぐみの様子が気にかかる。

 

 

「つぐ、どうかした?」

 

「え…?いや、なんでもないよ!」

 

 

すぐにいつもの調子に戻るが、やはり少し顔が曇っている。

それでも、出せるだけの元気で、つぐみは言った。

 

 

「約束したから、帰ってから聴いてくれるって。

だからまたみんなでやろう!兄さんのためのライブ!」

 

 

5人はその胸に誓う。

 

今日じゃないかもしれない、少し遅くなるかもしれない。

 

それでも、彼が帰ってきたとき

“いつも通り”の自分達の音楽を届けることを──

 

 

 

 

___________

 

 

「セヤッ!」

 

 

ガーディアンを全て処理したジオウ。

しかし、アナザービルドはビルドに攻撃を続ける。頭を掴んで壁に打ち付け、さらに殴打で飛んで行った体を目掛けて飛び上がり、タンク側の脚でキックを突き刺した。

 

一撃一撃が重すぎる。もう変身解除どころか死んでもおかしくない。

それでもビルドは立ち上がった。ここで諦めれば、近い未来で守りたかったモノが壊されるのを知っているから。

 

 

 

「天介さん!」

 

 

アナザービルドはビルドの首を掴み、高く持ち上げる。

ビルドの体からは力が抜けていき、抵抗することもできない。

 

叫ぶジオウ。しかし、その手が届く距離ではない。

その叫びはアナザービルドに聞こえていないのか、意にも介さずその手に力を籠める。

 

そして、アナザービルドはビルドを手から離す。

倒れるビルド。そして、アナザービルドの踏みつけるような蹴りが──

 

 

 

どうする。届かない。天介さんが死ぬ。また救えない。

俺は弱い。俺には何もできない。倒せないなら結局はこうなる。どうしようもなかった。

諦めるのか。主人公になりたくないのか。とにかく動けよ。何かしろよ。

それに意味は無い。無駄だ。俺も死ぬ。逃げたい。俺は悪くない。

何で俺が。死んでほしくない。死にたくもない。俺何しに来たんだっけ。

こんなの反則だ。歴史は変わらない。ごめんなさい。あきらめるなよ。

なんとかしろよ。なにもできないだろ。仕方ないんだよ。どうすればいいn

 

 

『そうでないと、生きてる意味がない』

『それが俺の“自分”、戦う理由ってやつだ』

『みんなの幸せを…取り戻してください!』

 

 

いい加減気づけよ。

 

そうやって、考えて、否定して、肯定して、

一歩でも前に進めたのか?

 

 

 

 

愚図(おれ)は──黙ってろ!

 

 

 

 

「うあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

アナザービルドに何かが当たり、その動きが少し止まる。

それは黒いライドウォッチ。ジオウが投げつけた、つぐみから受け取り、2017年に来る際に使ったライドウォッチだった。

 

 

「才能だとか…素質だとか。偽善とか、正義だとか、憧れだとかどうでもいい!!

何も成して無い奴の戯言なんて、何の意味もないんだよ!」

 

 

アナザービルドの意識がジオウへ向いた。

この言葉は四谷西哉へか、それとも自分自身に向けたものか

 

 

「天介さんも、美竹さんも…香奈も!俺の知ってる主人公は、己の中の“自分”で何かを成してた。その先なんか知らず、己の進んだ場所を道にしていったんだ。それが主人公なんだ!だから俺は………」

 

 

思い出せ、幼き日の俺。なんでお前は主人公に憧れた。

 

誰かのためになりたかった?正義を信じていた?

そんなキレイな人間じゃないだろう。

 

俺はただ

特別になりたかった。誰かの上に立ちたかった。誰かに認めてもらいたかった。

 

普通でいたくなかった、そんな普通の愚かな人間。

 

認めろよ。それが“自分”だ。

 

 

こんな俺は誇れるかな?誰かが認めてくれるか?

当たり前だ。文句なんて言わせない。

 

方向は預言者に示されていた。

 

 

今までありがとう俺の英雄願望。使い古された道路はもう、いらない。

 

 

ここからは──俺の道だ

 

 

 

「俺は……王になる!この力で、“俺”という存在を歴史に刻む!

それが俺の戦う理由だ!」

 

 

ジオウの拳が、アナザービルドの顔面を強打。吹っ飛んだ体は壁に激突して、平伏すように倒れた。

 

ジオウは満身創痍のビルドに近付き、体を起こす。

気が抜けたのか、ビルドは変身が解けて、血だらけの羽沢天介の姿に戻った。

 

 

「天介さん!」

 

「ハハ…最っ悪だよ。王になるためって、究極の自分のためじゃねぇか。でも、そう言っても変える気は無いんだろ?」

 

 

天介は立ち上がり、ジオウが投げて落ちていたライドウォッチを手に取る。

すると、黒かったウォッチは発光し、その姿を変えた。

 

カバーパーツとスイッチは赤、ボディパーツは青。歯車のようなビルドのライダーズクレストと2017の文字はそのままだが、文字盤に無かったはずの模様が描かれている。

 

 

「これは…?」

 

「さっき言ってた打つ手だ。そうだろ預言者」

 

「その通り!」

 

 

ただ佇んでいたウィルが、嬉々として語り始める。

 

 

「アナザーライダーの前で弱体化するのはそのライダーのみ。

ならば方法は一つ。ライダーの力をジオウに移すんだ」

 

「なんでかわかんないけど、その仕組みはなんとなく知ってた。

これが3つ目の結末、お前にビルドの力を託すことだ。俺はこの作戦で、お前がそれに足るかどうかを見定めてたってわけ。

 

まだ未熟もいいとこだが…自分の中のブレないモノ、“戦う理由”。そいつがあるなら及第点だ」

 

 

天介はそのウォッチ──ビルドライドウォッチをジオウに差し出す。

 

 

「俺達の物語を…受け継ぐ覚悟はあるか?」

 

 

進む道は決めたんだ。だからもう、迷わない。

 

 

「当然……!」

 

 

躊躇う事もなく、ジオウはビルドウォッチを受け取った。

カバーを回転させ、ビルドの顔が浮かび上がる。

 

そしてボタンを押し、ウォッチを起動させた。

 

 

《ビルド!》

 

 

立ち上がるアナザービルド。

ジオウはその姿を見据え、ジクウドライバーの左側のスロットにビルドウォッチを装填する。

 

スイッチを押してジクウドライバーのロックを外し、ドライバーを回転!

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

ドライバーの液晶から3文字のカタカナが具現化し、アナザービルドを牽制する。

 

ジオウの前にフルボトルのようなビジョンが現れ、その中に生成されるフルプレートアーマー。姿はビルドに酷似し、右手にはドリル武器を装備してポーズを取っている。

 

ジオウがそのアーマーに触れると、アーマーは分解し四散。

と思うと、今度は姿がジオウに重なるように装着されていく。

 

最後に飛んで行った三文字、「ビルド」が複眼に収まり、

物語の継承者が降誕した。

 

 

《アーマータイム!》

 

《ベストマッチ!》

《ビ・ル・ドー!》

 

 

ビルドの特徴を受け継いだ赤と青のアーマー。肩にはビルドドライバーの意匠が取り込まれており、それぞれ赤と青のボトルが刺さっている。そして、右手に装備される武器「ドリルクラッシャークラッシャー」。

 

ドライバーに表示される「BUILD」と「2017」が、その歴史を物語る。

 

 

「祝え!全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろ示す時の王者!

その名も仮面ライダージオウ ビルドアーマー!まず一つ、ライダーの力を継承した瞬間である!!」

 

 

その力に呼応するように、荒々しい雄叫びを上げるアナザービルド。

最早、恐怖も迷いもそこにはない。

 

その力を託した戦士と、受け継いだ戦士は並び立ち、意志の無い破壊兵器(アナザービルド)に言い放つ。

 

 

 

「「勝利の法則は決まった!」」

 

 

 

 




ビルドの継承条件は「自分」「戦う理由」でした。本編でのビルドも、偽りのヒーローで記憶も存在自体も曖昧なアイデンティティゼロスタートだったというのと、Afterglowのテーマ(?)を合わせて考えてこうなりました。他にもいろいろビルド要素ぶち込めるだけぶち込んでます。

今回壮間が見つけた戦う理由は、ソウゴが否定した道なんですよね。ソウゴは「みんなを幸せにしたい」が理由だから。まだギャップは大きいですが、温かく見守っていただければ…

さて、天介は死ななかったわけですが、物語はハッピーエンドとはいきません。フラグはバッチリ回収していく146クオリティです。

感想、評価などお待ちしております!


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さよならムーンサルト

146です。追試終わ…ってはないけど書きました。
ビルド編ラストです。まずはあらすじコントからどうぞ。

あ、最後グロ注意です。本当に最後読まなくてもいいので。


天介「天才科学者、羽沢天介は!仮面ライダービルドとなって日々スマッシュと戦っていた。そんな中現れた未来人の日寺壮間。戦う理由を見出した彼に、俺は仮面ライダービルドの力を託すのだった!」

 

壮間「俺は王になる!王になれば、誰がなんと言おうが俺が主人公だ!」

 

天介「すっごいエゴなのはもうこの際いいとして、王になってどうすんの?色々大変よ?政治とか分かんの?」

 

壮間「いや…それはアレですよ、比例代表制とか官房長官とかあと…」

 

天介「助手君、さては社会苦手だろ?どーしよっかなー、頭悪い奴にビルドを託すのもなー」

 

壮間「今このタイミングでやめてくださいよ!?もうホラ、アナザービルドそこ来てますし!それじゃビルド編ラストどうぞ!」

 

 

 

__________________

 

 

 

「「勝利の法則は決まった!」」

 

 

 

咆哮するアナザービルドに対する、2人の戦士の勝利宣言。アナザービルドにそれを理解するだけの理性があったのかは分からないが、それを聞くや否やジオウに飛び掛かる。

 

相対するは、仮面ライダージオウ ビルドアーマー。飛び掛かってくるアナザービルドに、右手のドリル武器「ドリルクラッシャークラッシャー」で反撃。

 

 

「グガァ!」

 

 

更に左足でアナザービルドに蹴撃を叩き込む。ビルドアーマーの肩部「タンクサイド」で威力が跳ね上がっているため、アナザービルドの体は軽々と吹っ飛び、壁にクレーターを作った。

 

 

「凄い…これがビルドの力!それならジャンプも!」

「あ、おい。ちょっと待て!」

 

 

ラビットタンクの跳躍力も継いでいるのでは?と思い、ジオウは吹っ飛んだアナザービルドに向かってジャンプ。

 

が、勢い余って天井に激突。無様な声を出して格好悪く落下した。

 

 

「痛い……」

 

「あちゃー…まぁ、調子に乗んなってことだ。ビルドの力だからな、ちゃんと考えて使え」

 

 

その隙にアナザービルドが体制を戻す。攻撃に備えるジオウだが、どうやら様子がおかしい。

アナザービルドは警戒している。この数回の攻防で、アナザービルドの方が劣っていることに気付いたようだ。

 

アナザービルドは背中を向け、階段で下の階に逃亡した。

 

 

「あ、待て!天介さんはそこに!」

 

 

 

 

 

「おい、上で何が起こってるんだ?まさか四谷、ここに仮面ライダーを入れたのか!?」

 

「ふざけんな!何やってんだあの無能!」

 

「いいから早く逃げるぞ!このままじゃ俺達まで!」

 

「上で戦ってるのにどこに逃げろってんだ!」

 

 

作戦前、余裕そうに話していた研究員2人が、防護服を着たまま大慌てで右往左往している。他の研究員たちも動揺しており、この地下フロアは大パニックに陥っていた。

 

そして、そこに現れるのは、上階から逃げてきたアナザービルド。

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!なんだコイツ、スマッシュか!?」

「やめろ押すな!あ…あぁ……来るな…来るなぁぁあぁぁッ!!」

 

 

アナザービルドは朧げな記憶を辿る。

この研究所で自分への陰口と共に聞こえてきた、彼らの自慢話。そして、その才能への嫉妬を。

 

 

「オマエタチノサイノウ…ヨコセ…」

 

 

2人の研究員にアナザービルドはエンプティボトルを向ける。

身体は瞬時に粒子へと分解され、その断末魔と共にボトルへと吸い込まれていった。

 

 

「はぁっ!」

 

 

そこに追ってきたジオウが乱入。しかし、ボトルは完成してしまっている。

アナザービルドは2本のボトルを口に投げ入れ、ドライバーのレバーを回した。

 

 

《水泳選手…、弓道…、ベストマ~ッチ…!》

 

 

能力の発動を警戒したジオウは、即座にドリルクラッシャークラッシャーで攻撃を仕掛ける。しかしその瞬間、アナザービルドの体が消失した。

 

 

「えっ!?」

 

 

と思いきや、今度は背後に現れ、手元に生成した弓で矢を発射。ジオウに攻撃が突き刺さる。

 

振り返ると、またしても姿が消えた。しかし、今度はそのカラクリを確認できた。

 

 

(今アイツ、地面に潜った。水泳選手ってそういうことか!)

 

 

そう、アナザービルドの得た能力は弓矢の射出能力と、地中を泳ぐ能力。死角に現れ遠距離攻撃し、瞬時に消えるヒットアンドアウェイ戦法を可能にする、非常に厄介な組み合わせだ。

 

 

なんて考えているうちにも攻撃を受け続けるジオウ。一発は軽いが、そう何度も喰らってはいられない。

 

 

「クッソ…一体どうすれば!」

 

「我が王、随分と苦戦しているじゃないか」

 

 

そんな時、この地下フロアにウィルが現れる。攻撃を喰らわないよう、少し離れて安全エリアにいるのがちょっと腹立つが。

 

 

「ライダーの力を受け継ぐ…その意味がまだよく分かっていないようだね。

そんな君にこの言葉を贈ろう。“たまたま勝つな。勝つべくして勝て”」

 

「勝つべくして…?それは一体…うおっ!」

 

 

また背後から一発喰らった。ジオウはとにかく思考を落ち着かせる。

さっきのはどういう意味だ?たまたま勝つなって?考えろ!

 

その時、さっきの天介の言葉が脳裏によぎる。

 

 

『ちゃんと考えて使え』

 

「そうだ…考えるんだ、俺!さっき言ったじゃないか、勝利の法則って!」

 

 

そう。仮面ライダービルドは“智”の戦士。

 

状況を俯瞰し、問題解決に向けて思考する。そして得られるのは、撃破までの道筋。その白星を当然のものに変える“勝利の法則”。

 

それこそが、ビルドの真の力。

 

 

(考えろ!まだ攻撃は受けられる。まず地面に潜られないのが絶対条件。アイツが沈んでから出てくるまで5秒前後、遠くには行かない。地上に出てきて撃って戻るまで2秒弱。そんで俺の死角に出てくるってことは、逆に出てくる場所は予想できる。でも瞬発力の調整が…いやそうか、それなら…)

 

 

 

考えること十数秒。今のジオウの頭には、その道筋がクッキリと見えている。今この瞬間に、“勝利の法則は決まった”。

 

 

矢の攻撃を喰らい、カウントを始める。今の自分の座標を踏まえ、わざと分かりやすい死角を作る。当然、奴はそこに食らいつく。

 

 

「そこだ!」

 

 

ラビットの聴覚で、予想した場所の近くにアナザービルドが出現したのを確認。瞬時に床を蹴って距離を詰めるが、細かい場所を確認できなかったため、向かう先がズレてしまう。

 

それを見て不気味に笑うアナザービルド。

 

しかし、そこまでが想定内だった。

 

 

「はぁっ!」

 

 

過剰なジャンプ力は壁にまで届く。ジオウはその前に空中で一回転し、壁を足場にして反射するように方向転換。相手が水泳を使うなら、こちらも水泳。いわゆるクイックターンのモーションだ。

 

そのままジオウは突っ込んでいき、弓矢を構えて空中で待ち構えていたアナザービルドにドリルが突き刺さった。

 

 

「グアァッ!!」

 

 

アナザービルドの体が空中で放物線を描く。

そして空中にいる今なら、()()()()()()()()

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ビルド!》

 

 

ジオウ、ビルドの順でウォッチのボタンを押し、必殺技待機状態に。

ビルドアーマーの能力で空間に数式が具現化、ただし円の公式だったり波の位置を求める式だったりと、高校レベルの数式ではあるが。

 

 

「あれ、なんか違う?まぁいいや」

 

 

さらに、アナザービルドの真下を原点とし、x軸とy軸の平面グラフが出現。そこに描かれているのはx軸y軸両方に漸近する分数関数。

 

ジオウは具現化されたグラフに飛び乗り、分数関数をレールのように滑り、なぞりながら重力に逆らって昇る。

 

そして、グラフによって空中に固定されたアナザービルドに到達。そのまま推進力は止まらず、ドリルクラッシャークラッシャーでアナザービルドを押し上げていき、天井までも貫いていく。

 

地面に垂直に伸びる漸近線は、ついに研究所の屋根をも突き抜けた。

 

 

「ハァッ!」

 

 

外の世界に出たところでグラフは途切れ、アナザービルドが放り出された。

太陽は半分ほど沈み、雲一つないオレンジ色の空が広がる。

 

グラフから外れたタイミングを見計らい、ジクウドライバーを一回転。

 

地平線に消えゆく太陽を背に、ジオウはドリルクラッシャークラッシャーを構え、その右腕をアナザービルドに突き出した!

 

 

「貴方は今までの俺と同じだ。だから……

俺は…貴方を越えて行く!」

 

《ボルテックタイムブレーク!!》

 

 

渦巻く光刃がアナザービルドの装甲を抉り、体を貫く。

火花を散らして地面に落下し、理性の消え失せた叫び声と共にその体は爆散した。

 

元の姿に戻った四谷西哉は気を失っている。

そして、それと同時に排出されたアナザーウォッチは、木端微塵に崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 

____________

 

 

 

アナザービルドを倒し、全ての戦いが終わった。

天介も地上に戻り、太陽が沈むさまを笑って眺めている。

 

 

「これで助手君の目的は達成。アナザービルドに蘭たちが襲われる未来も変わったはずだ」

 

「ですけど……」

 

「だったら早く行け。

王になるんだろ?だったら、こんな所に留まっている暇なんてない」

 

 

天介の言う通り、当初の目的も果たし、ビルドの力も手に入れた。もう2017年にいる意味はない。ただ…少し名残惜しいというのも事実だ。

 

そんな壮間の心とは裏腹に、タイムマジーンが自動操縦で降りてくる。これはウィルの仕業だろうか。何にせよ、早く戻れということだろう。

 

 

「迎えが来たみたいだな。それじゃ最後に

お前が王様を目指すのは勝手だ。でも、これだけは忘れるな。

理不尽な悪から、人々の自由を守る戦士。それが“仮面ライダー”だ」

 

「はい。……この時代で貴方に出会えて、本当によかった」

 

 

タイムマジーンの入り口ハッチが開き、壮間はそこに足をかける。

 

 

「壮間!」

 

 

その時、天介の口からこの言葉が溢れる。

 

 

「……つぐみを。アイツらをよろしくな」

 

 

その言葉を聞き届けると、ハッチが閉まった。

タイムマジーンが飛び立ち、2018年へのトンネルの中へと消えていく。

 

 

「さよならだ」

 

 

それが、正真正銘最後の…別れの言葉だった。

 

 

 

 

___________

 

 

 

2018

 

 

壮間は2018年に帰還。時間的には、2017年に飛び立った直後に戻ってきたのだが、白いアナザービルドによる破壊の痕は見る影もない。

 

そして、壮間には一つ気になっていたことがあった。

スマッシュ騒動といい、ビルドといい、結構近所であるはずなのに壮間は全く知らなかったということだ。

 

 

「時系列的には一昨年…じゃない去年のことなのに…」

 

 

そして、それは歴史を変えた今でもそうだ。インターネットで検索しても、不自然なくらいビルドの情報は出ない。戦いの場になった研究所にも行ったが、ごく普通の研究施設だった。それも、何年も前から。

 

 

そんなことを考えているうちに、目の前に見覚えのある店構えがそびえ立つ。

天介の最後の一言が気になり、つい足を運んでしまった。

 

そう、羽沢珈琲店だ。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

扉を開けると、珈琲の香りよりも先に彼女の挨拶が耳に届く。

羽沢つぐみだ。そして、奥にはAfterglowの皆も揃っている。当然、美竹蘭も。

 

 

「よかった…ちゃんと、変えられた」

 

「どうかされました?」

 

「いや、なんでも…」

 

 

壮間はこのやり取りに少し違和感を感じる。

そこまで深い関りは無かったのだが、それでも気になってしまう。まるで、初対面の相手に対する態度だということに。

 

気になりはしたが、とりあえず席に座る。

そして、気になっていた事をつぐみに尋ねた。

 

 

「天介さん、元気ですか?」

 

 

時を越えたといっても一年。ここに来れば、羽沢天介にも出会えるはず。そう壮間は考えていた。

 

しかし、つぐみから帰ってきた言葉は予想もしてないものだった。

 

 

「すいません…どなたの話ですか?」

 

「え……?」

 

 

その反応は、紛れもなく天介を知らない反応だった。

その時、壮間は気付いてしまった。この時代では“仮面ライダービルド”が存在した歴史が消えてしまっている。

 

いや、敵勢力も騒動も全部。あの物語自体が無かったことになっている。

 

原因はウォッチを継承したから?アナザービルドを倒したから?

詳しいことは分からない。

 

恐らく、天介が記憶を失うプロセスに敵が絡んでいたんだろう。その敵まで歴史から消えたため、天介は記憶を失わず、羽沢家に引き取られることは無くなった。

 

 

(俺が力を受け継いだから、天介さんは…あんなに大切だって言ってた人達に出会えなかった。そんなのって……)

 

 

「あの…お客様?」

 

 

つぐみに声をかけられ、壮間は我に返る。

彼女の顔を見ているうちに、少し考えてしまう。血は繋がってないのだから、やはり似ていない。それでも……

 

いや、違う。天介は分かっていた。こうして忘れられることも、忘れることも。傍にいられないことも。だから最後に、壮間に託したんだ。

 

 

「託されるには、ちょっと重いですよ…」

 

「…?」

 

「い…いや、なんでもないです。

来たばかりでこれ言うのも変ですけど、今言っておきたくて…」

 

 

お盆を持って困惑顔をするつぐみに、壮間は少し深呼吸して言った。

 

 

「また来てもいいですか?つぐみさん」

 

 

名前を知られていることには驚いてなさそうだが、やはり困惑している。よく分からない様子でお辞儀をし、Afterglowの皆の方へ行ってしまった。

 

2017年で、消えた物語の中で、色々な事を教えてもらった。

だから壮間も変わらなければいけない。これは、その一歩目。

 

 

(女子に名前呼びキッツ……)

 

 

内心死ぬほど恥ずかしがってはいるが。

 

 

 

 

 

 

珈琲を飲み、壮間は店を出た。

そこには、嫌というほど見た顔が立っていた。

 

 

「あれ?ソウマ。なんで?」

 

「香奈……」

 

 

会いに行くのが怖かった。救えてなかったらと思うと、どうしても。

分かってはいた。それでも、彼女が目の前に変わらずいるということが、たまらなく嬉しい。

 

 

「香奈!」

 

 

つい感情的になってしまい、壮間は香奈へ駆け寄り、そのまま──

 

抱きつこうとしたところを華麗に避けられ、壮間は顔から地面に激突した。

 

 

「何やってんの!キモイよ!?」

 

「あ、そっか…こっちもあの戦い覚えてないのか」

 

 

危うく変質者になる所だった。いや、もう十分目立ってはいるが。

 

 

「いや…そうか、やっぱ俺のいつも通りはこうだよな」

 

「なんで笑ってんの?受験勉強でおかしくなっちゃった!?

おーい!ソウマ?聞いてる?」

 

 

壮間の顔の前で腕をブンブン振る香奈を見て、また笑いが止まらない。

そんなやり取りを楽しそうに重ねる2人の後ろで、一人の男が羽沢珈琲店の前を横切った。

 

 

その男は少しクセのある髪型で、左右別の靴を履いており──

 

 

 

誰も覚えていない、あの約束。

 

それが果たされる日はきっと、「おかえり」の一言と共に。

 

 

 

 

____________

 

 

 

「かくして、我が王は仮面ライダービルドの力を手に入れた。しかし、これは大いなる覇道の一歩目に過ぎません。次なる物語との出会い。そして、新たな来訪者はすぐそこに……」

 

 

暗闇の中、赤い装甲と黄色い複眼が輝く。

顔に刻まれたその文字は──「らいだー」。

 

 

 

そして、次なる物語のページが開く。

 

 

ヨーロッパの雰囲気を感じさせる街並み。木組みの家と石畳、そして賑やかな人々。

一匹のウサギが河川敷に飛び出し、そこで寝ていた男の顔にチョコンと座る。

 

男はウサギを顔から下ろし、そっと膝上に乗せると体を起こした。

 

警察の制服を着崩したその男は、大きくあくびをし、白いアメを口に放って呟いた。

 

 

「今日も平和だ…」

 

 

 

NEXT>>2014

 

 

 

____________

 

 

次回予告

 

「「木組みの街!?」」

「歓迎しますよ。ですが、十分にお気を付けて」

 

壮間&香奈は木組みの街へ!しかし…?

 

「仮面ライダーは悪の象徴。人類の敵だ」

「俺は仮面ライダーゲイツ。全てのライダーは…俺が倒す!」

 

2068年から襲来、仮面ライダーゲイツ!そして次なるレジェンドは!

 

「Start my engine!トップギアで行くぜ!」

「ドライブ…車の仮面ライダー!?」

 

この男、刑事で…

 

「嘘つかないでください」

 

この男、交番勤務で仮面ライダー!

 

 

次回、ラビットハウス2068

 

 

「ひとっ走り付き合えよ!」

 

 

 




ビルド編決着+エピローグでした。バンドリ勢は多分準レギュラーポジになると思います。
歴史改変の仕組みとか色々ツッコミどころはありますが、把握できる限りは補完計画で順次説明していきますので…

そんで、次のクロスオーバーは…もう先人様がやってるとか気にしない!ごちうさ×ドライブです!性懲りもなくまた日常系です!エグゼイド?知らんな。

感想、評価等よろしくお願いします!


今回の名言
「たまたま勝つな。勝つべくして勝ち獲れ」
「BLUE LOCK」より、絵心甚八。














































































「あぁ、まだ見てるのか。
そうだな…折角だ、少し見て行ってくれないか」

黒いジャケットを着た翠眼の男__あの時、蘭の前に現れた青年は、片手をポケットに突っ込み、右手でライドウォッチをお手玉のように遊ばせる。

龍のライダーやワニのライダー…全部で五つのライドウォッチが宙で回っている。


「贋作に有終の美なんて要らない。クソみたいな理不尽に塗りつぶされ、意味もなく消えてしまえばいい」


青年の前には、吊るされた体が。
脚を切り落とされ、血が床に滴り落ちる。顔が潰され、誰なのかも分からない。

そこにある意味すら失った、残酷なアート。



「そうだ…この作品のタイトルは__“蛇足”」



青年は死体の傷に指を入れ、血の赤色でその文字を壁に描く。


fin.





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ジオウくろすと補完計画 4.5話 「ライドウォッチ大解剖」

速攻投稿、補完計画です。今回はほとんど設定集なので、あまりおふざけはしてないと思います。


壮間「2019年から2018年、さらに2017年へとタイムスリップした日寺壮間は、王になる決意を固め、ビルドの力を受け継いだのだが…」

 

 

壮間がいるのは羽沢珈琲店。横にはウィルも台本を持って立っている。

 

 

ウィル「祝え!今こそ仮面ライダージオウの物語が始まった瞬間である!」

 

壮間「いや、リアルならもう最終回近いでしょ。

って、そうじゃなくて。俺がウォッチを貰ったからビルドの歴史が消えた…これってどういうこと?」

 

ウィル「それなら私よりも適任がいる。さぁ共に呼ぼう!せーの!」

 

壮間・ウィル「「天介先生~!」」

 

天介「呼ばれて参上、天才科学者!羽沢天介だ!」

 

 

店の奥から登場!羽沢天介が台本を持って現れる。

 

 

壮間「本当に出てきたよ。いいの?歴史消えたんじゃないんですか?」

 

天介「細かいことは気にしない!それより、今回のテーマはこの…ライドウォッチだ」

 

 

天介はビルドライドウォッチを取り出す。

カバーを正面に回転させ、ビルドの顔が浮かび上がった。

 

 

天介「さて問題だ!このウォッチに入っているのは何?」

 

ウィル「はいはーい!」

 

天介「はい、預言者くん!」

 

ウィル「仮面ライダービルドの力だと思いまーす!」

 

天介「いい答えだ。でも、ブッブー!不正解!」

 

壮間「え?何このノリ」

 

天介「厳密にはビルドの“力”が入ってるんじゃない。

このウォッチはビルドの“物語”の結晶なんだ」

 

 

天介は大きいホワイトボードを引っ張ってきて、ペンで大きく丸を書いた。

 

 

天介「これがライドウォッチ。そんで…」

 

 

さらにその中に「仮面ライダー」「ネビュラガス」「パンドラボックス」「地球外生命体」「筋肉」…みたいなワードを入れていく。

 

 

天介「その中にはこのように、“仮面ライダービルド”の要素が詰まっている。ストーリーから設定までな。ここ本編とちょい違うから要注意だ!」

 

壮間「つまり…ウォッチを継承したから、バンドリの世界からビルドの要素が消え去った。クロスオーバーが無かったことになった…ということですか?」

 

ウィル「その通りだ我が王!そして…」

天介「そしてウォッチの継承条件!それもまた肝だ!」

ウィル「私の台詞…台本……台本では私が…」

 

 

いつのまにか「本日の主役」タスキをかけた天介のテンションは止まらない。

 

 

天介「なぜライドウォッチが生まれたのか、それもこの天才科学者が解明しました!拍手!」

 

壮間「もう出番最後だから必死に爪痕残そうとしてますね」

 

天介「そこ、講義中に私語しない!

ライドウォッチの誕生条件、つまり物語が消滅する条件は至ってシンプル。そう、“物語の破綻”」

 

ウィル「だから…それ私の台詞…」

 

壮間「物語の破綻ってどういうことですか、先生」

 

天介「まぁいわば最終回ってことだ。打ち切りって意味でもあるか。まずシンプルなのがラスボスが倒される。あとは…主人公が死ぬ」

 

 

ジオウが介入しない歴史では、アナザービルドによって天介は殺されていた。

それによってビルドの物語が終わり、ライドウォッチが生まれ、歴史が消えたのだ。

 

 

壮間「あれ?でもタイムジャンプ前のライドウォッチ、あのつぐみさんが持ってた奴。黒かったですよ?」

 

天介「正史で俺が殺された時は、器が他にあったからな。そう、アナザービルドの体内のウォッチだ。そっちにビルドの物語が吸い込まれてったんだろう。

んで、何も入らなかった器だけがつぐみの手元に残ったってわけだ」

 

 

今度は黒いウォッチを机に置く天介。改めて見ると色のついてないビルドウォッチだ。

 

 

ウィル「ならばこれはどうだ!黒いウォッチの役割とは!?なぜ歴史が消えたはずなのに、前半では羽沢天介についての記憶が彼女たちに残っていた!?私の台本にだけ書いてある情報だ、答えられるか羽沢天介!!」

 

天介「黒いウォッチは消えた歴史と現代を結ぶファクター。コレ無しで2017年に行ってもビルドの消えた歴史にしか行けない。でも、コイツのおかげで別の時間軸への扉が開くという訳だ」

 

壮間「じゃあレジェンドライダーの時代に行くには、その黒いウォッチをいちいち探さなくちゃいけないってことですね。面倒…」

 

天介「そして!記憶が残っていた理由も…この!天ッ才☆科学者にかかれば容易に説明可能!フッフゥー!」

 

 

何やらテンションがマックスハザードオンしているが、もう気にはしない。

 

 

天介「アナザーライダーがオリジナルを倒しても物語は消しきれない。何故なら、アナザーライダー自信が物語の要素だからだ。今回なんかは変身者が天才的凡才でお馴染みの四谷さんだったから分かりやすい」

 

 

天介はホワイトボードの丸の中に「ナイトローグ」と書き込む。

物語の設定と変身者の繋がりがあると、物語の消滅と同時にアナザーライダーの存在に矛盾が生じる。自分の存在を保つためにも、微妙に物語の要素が残留するのだ。

 

 

ウィル「くっ…完璧だ。私の完全敗北を認めざるを得ない……」

 

壮間「でも、アナザービルドが倒されたんなら、そもそもジオウが生まれることも無かったんじゃ…あれ?それだとアナザービルドが倒されないことになって…」

 

天介「これだから近頃の若いもんは。そうやってすぐに整合性やらを求めたがる。

いいか?某青いネコ型ロボット漫画だって、親が違っても別のところで釣り合いが取れるから問題ないとセワシくん言ってたろうが。このくらいの根性でやんないと時間モノなんてできないぞ?」

 

壮間「さっきまでの文字数マシマシ説明なんだったんですか」

 

天介「いや、割と設定は考えてるから説明は出来るんだぞ?ただ、ちょっと図とかないと分かりづらいというか…文字しか見えない媒体だし」

 

壮間「どこ目線の台詞なんですか。ていうか、そういえば天介さん死んでないのにウォッチできましたけど、なんで?」

 

天介「物語の破綻って言ったろ?条件は他にもある。“主人公が主人公であることを放棄する”とかな」

 

壮間「それって…」

 

天介「そう、俺はお前を主人公として認めた。その時点でビルドの主人公は消滅し、ウォッチが生まれたんだ。まぁ、物語が消えるまでは微妙にタイムラグがあったみたいだけどな」

 

ウィル「つまり!この本によればこの物語は、日寺壮間が全ての物語の主人公となる物語である!さぁ、まとめとしよう!」

 

 

この物語のルール

 

①同じ時代に同じライダーの力は共存可能。ライドウォッチ誕生+アナザーライダー撃破でライダーの物語は消滅する。

 

②アナザーライダーの前でオリジナルは弱体化。ただしジオウは例外。

 

③物語の破綻でライドウォッチが誕生する。

 

④アナザーライダーは同じライダーの力でしか倒せない。

 

⑤タイムパラドックスに突っ込むやつは馬に蹴られる。

 

 

 

天介「それでは今日はここまで!起立!気を付け!礼!」

 

ウィル・壮間「「ありがとうございました!」」

 

天介「じゃあビルド編打ち上げだ!夜は焼肉っしょぉぉぉぉぉっ!!」

 

壮間「見てて不憫だから、また出番とか貰えないのかな?」

ウィル「どうかな?」

 

 

 

to be continue…

 

 




とりあえず一通り補完しきったと思います…タイムパラドックスはちゃんと考えてますからね!できるだけ寛容にお願いします。


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EP05 ラビットハウス2068
謎だらけの街で「らいだー」に会ったんだけど


並行連載が下手くそな146です。ごちうさってサブタイトルが地味に難しいんですよね。
今回から、ごちうさ×ドライブ編でございます!の、前に…まずはジオウに欠かせない公式ヒロイン(?)枠をご用意しております。


「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。王となる決意を固め、ビルドの力を継承したのも束の間。次に現れるのは兎の喫茶店の、赤い車のライダー。そして…50年後の未来からの来訪者もまた、彼の身に迫っていた…」

 

 

 

____________

 

 

 

「でさー!現文の川本先生がさー!」

 

 

平日の夕方。壮間と香奈は学校帰りに、羽沢珈琲店に訪れていた。

コーヒーに砂糖を入れて飲む壮間。香奈は客が少ないのをいいことに、つぐみに愚痴っている。

 

 

「おい香奈、仕事の邪魔しちゃダメだろ。ごめんね、つぐみさん」

 

「あ、いえ。ひまりちゃんもよく話しに来ますし、聞きますよ」

 

「つぐちゃんいい子だねー!部活で貰ったアメちゃんあげるよ!」

「おばちゃんかよ」

 

 

あれから壮間たちは、割と頻繁にここに来ている。天介の言葉によるものもあるが、ここにいるとバイトの子とか色んな人に会えて楽しい。

 

壮間は王になると決めた。でも、決して独裁者であってはいけない。

そのためにも、もっと人と関わるべきなのだ。

 

 

(王様…やるべきことは、もっとライダーの力を集める……それでいいのか?)

 

 

なんて考えながらコーヒーを飲むと、思った以上に甘かった。砂糖を入れ過ぎていたようだ。

 

少し経って、香奈と一緒に勘定をする。支払うと、つぐみが2人に数枚の紙を差し出してきた。

 

 

「ここの商店街の福引券です。サービスです。帰りにでもぜひ」

 

「ありがとね、つぐちゃん。ごちそうさまー!」

「じゃあちょっと寄るか。案外こういうのって、3等の商品券とか当たるんだよな」

 

 

 

__________

 

 

 

「残念!6等ポケットティッシュ!」

 

「ダメダメじゃんソウマ」

「知ってた……」

 

 

有り難く受け取った福引券は、既にほとんどが鼻ちり紙へと変わってしまった。

残る福引券は一枚。すると、香奈は壮間を押しのけ……

 

 

「私に任せて。こう見えて、昔は福引の香奈って呼ばれてたから」

「聞いたことないよ」

 

 

香奈は勢いよく最後の一枚を渡し、深呼吸して抽選機をガラガラと回す。

壮間も思わず息を殺し、顔を出す球に目を凝らす。

 

カランという音と共に出てきたのは

光り輝く、金色の球。

 

 

「出ました!一等です!!」

 

 

店員が鐘を鳴らし、周囲の注目が一気に集まる。

 

 

「やった!ホラ言ったでしょ!」

 

「マジ…?って、それはそうと一等って…」

 

 

一等の景品は旅行券。場所は──

 

 

「「木組みの街!?」」

 

 

 

___________

 

 

 

木組みの街。国内でありながら、ヨーロッパの文化の影響を色濃く受けた街並みをしている。いや、もはやヨーロッパの街そのものと言っても過言ではないだろう。交通手段は列車のみであり、外部からのアクセスは利便とは言い難い。

 

が、そのことも手伝い、木組みの街はいわば国内の独立国家。秘境とさえも言える雰囲気を味わうことが出来るだろう。

 

 

「なるほどね…」

 

 

壮間は観光雑誌の文章を黙読し、顔を上げた。

そこには雑誌にある通りの街並みが広がる。木組みの家と石畳。日常を逸脱した風景。

 

列車で走ること数時間。一行は木組みの街に上陸した。

 

 

 

「見てソウマ!家!家がなんか違う!」

 

「確かに…全然見たことないのに、何故か落ち着く感じっていうか…」

 

 

ちなみに旅行券は4人用。香奈の3人家族に壮間も同行させてもらう形となった。今の時間は2人で自由行動を許されている。

 

無論、このイベントは壮間の知る2018年には無い。壮間も内心ワクワクしていた。

もっとも、香奈は内心どころか全身ワクワクが抑えきれておらず、あちこち動き回ってはピョンピョン跳ねてはしゃぎまくっている。

 

 

「この食器ステキ!カップも!つぐちゃんにお土産で買って帰ろうよ!」

「いや、でもつぐみさん前に来たことあるって言ってたし、持ってるんじゃ…」

 

「こっち凄いよ!川が広い!あとキレイ!」

「船も通ってんのかな?」

 

「お店並んでるよ!お祭りかな?おばさーん、みかん一つくださーい!」

「確かクリスマスだとクリスマスマーケットをするとか…って何買ってんの」

 

「見て!このウサギさん超かわいい!」

 

「落ち着きが無さすぎる!!」

 

 

壮間の予想を遥かに上回ったテンションで、香奈は壮間を振り回す。

あまりの目まぐるしさに酔いそうになる壮間だが、香奈は全く気にすることもなく、ウサギを追いかけて駆けて行ってしまった。

 

 

「あ、オイ!ちょっと待て…って速いな!」

 

 

建物が多いせいもあり、気付いたころには香奈の姿は見えなくなっていた。

 

 

 

___________

 

 

 

「毎度あり!」

 

 

露店で買った果物をカゴに入れて抱え、その少女は物憂げに石畳を歩く。

透き通るような水色の長髪。幼くも凜とした顔立ち。見た目は高校生低学年のように見える。

 

 

「もう、あれから3年と半年ですか…」

 

 

少女は空を見て呟いた。

“あの日”から、彼女の時間は止まったまま。この街の皆もそうだ。忘れたフリをして動き続けているだけ。

 

それでも、理屈は分からないが。

今日、何かが変わってくれる。そんな気がしていた。

 

 

そんな時、角からウサギが飛び出してくる。そして、自分と同じくらいの歳の少女が、そのウサギを追って楽しそうに走っていくのとすれ違った。

 

そんな少女の様子が、彼女の止まった時間と重なる。

 

 

「ココアさん…?」

 

 

 

「待て!ってあぁー!またいないし!」

 

 

上の空で少女の影を見ていた彼女を、後ろから少年の声が叩き起こす。

少年は酷く息切れをしながら、そこに立っていた彼女に問いかけた。

 

 

「あの…ウサギ追いかけた女の子見ませんでした?髪は肩ぐらいまであって、割と可愛いけどアホそうな…」

 

 

疲れているせいか、誉めと貶しがごっちゃになって少年の口から流れ出る。少女は少し笑みを浮かべて、彼女が走っていった先を指さした。

 

 

「この街は初めてですか?」

 

 

不意に聞かれた少年は、思わず黙って頷く。

 

 

「歓迎しますよ。ですが…十分にお気を付けて」

 

 

少女は長い髪を風に揺らし、静かにその場を後にした。

残された壮間は暫くボーっとしていたが、我に返ると、香奈の走っていった方向にしんどそうに駆け出した。

 

 

「はぁ…はぁ…香奈…お前…!」

 

「あれ?ソウマどうしたの、そんな疲れて」

 

「馬鹿スピードで消えてったのどこのどいつだよ…」

 

 

やっとウサギを抱きかかえた香奈を見つけ、辛そうに歩み寄る壮間。罪は無いのは分かっているが、「お前のスピードも大概だよ」と、ウサギにまで腹が立ってきた。

 

 

「あはは~ゴメンゴメン。テンション上がっちゃってさ」

 

「遠足の子供かよ」

 

「いやさ、壮間って遠くの大学行くんでしょ?もうちょっとであんまし会えなくなるじゃん。

まだ修学旅行もあるけど、こういう機会が嬉しくって…」

 

 

それを聞き、壮間は面食らったような表情を浮かべる。確かに、壮間は易々とは会えない距離の都市に進学するはずだ。だが、その時に壮間は特に何も感じなかった。

 

大切だとは思っていても、そこに感情を注げてはいなかったから。

 

 

(そうだ。せっかくの二週目なんだ。同じ道を辿っても変化はない…)

 

 

王になるという大それた目標のためにも、向き合わなきゃいけない。まずは、一番身近な存在である香奈から。

 

 

「そうだな…じゃあ観光しようか。

……出来ればついて行けるスピードでお願いしたい」

 

「ありがと!それじゃまずは聖地巡礼しよ!ここって“うさぎになったバリスタ”っていう小説の舞台で、私大ファンなの!作者の青山ブルーマウンテンさんもこの街出身らしくて……」

 

「変な名前だな…」

 

 

壮間がため息をつき、歩き出した香奈について行こうとした、その時。

 

 

眼前に謎の白い物体が飛来。

 

 

「うおっ!?」

 

 

思わず腰を抜かし、尻もちをついた壮間のポケットから、ジオウライドウォッチが転げ落ちてしまった。

そして、その白い物体は着地すると、ジオウウォッチを頭に乗せてピョンピョンと逃げて行ってしまう。

 

 

「あ…ヤバ!待て!」

「ソウマ!どこ行くの!?」

「えっと……後で連絡するから!先行ってて!」

 

 

いくらなんでも、ジオウウォッチを無くすのはマズい。壮間は全速力でその白い物体を追いかける。

が、追いついたと思うと、白い物体は角を曲がるとさらに先に。いくら追いかけても距離が縮まらない。

 

 

「今日はずいぶんと走るな…!」

 

 

運動があまり得意ではない壮間。体力も限界に近付いてきた。

しばらく必死に追いかけていると、人も少なくなっていくのが分かる。

 

そして、壮間は「立ち入り禁止」の張り紙とロープがある場所にたどり着いた。

 

白い物体はその先でウォッチを乗せたまま待ち構えている。

躊躇する壮間。だが、やはりウォッチを捨ておくことはできない。

 

 

「あぁもう!仕方ない!」

 

 

ロープを乗り越え、立ち入り禁止の区画へと足を踏み入れた。白い物体はさらに奥へと進んでいく。

 

やはりと言えばそうだが、人の気配が全くしない。不自然なほどに静寂だ。

しかし、その景観だけは他の場所に負けない程美しいのが、よりその不自然さを演出する。

 

 

白い物体を追い続け、狭い路地裏を抜けた。

壮間の視界に日の光が差し込む。白い物体の姿は消え、ウォッチだけが地面に転がっていた。

 

 

「どこ行ったんだ?ていうか、ここは…?」

 

 

壮間はウォッチを拾いあげ、顔を上げた。

 

 

 

そして、その瞬間、得も言われぬ恐怖が壮間を襲う。

なぜこの場所が立ち入り禁止だったのか…それを漠然と理解できてしまった。

 

 

 

「なん…だよ…これ……!」

 

 

 

そこは止まった世界。

 

比喩でも何でもない。笑って話している学生も、玄関先を掃除している主婦も、楽しそうに遊んでいる子供も

その日常の一瞬のまま、全ての生命が動きを止めていた。

 

これが悪趣味な作り物ではないことは馬鹿でもわかる。

だが、そうだとすると、時間が止まっているとしか思えない。

 

 

「でも…それなら!一体いつから…」

 

 

すると、壮間も少しの異変に気付いた。

恐らくはこの場所に立ち入ってから。少しずつ、ほんの少しずつではあるが…

 

 

「体が…重い?」

 

 

情報量でパニックになる壮間の頭上を、大きな影が覆った。

雲一つない快晴。壮間の頭上のソレは、雲ではない。

 

 

響く轟音。上から吹き付ける風。それは確実に近づいてくる。

 

壮間は恐る恐る上を見る。

赤くはあるが、壮間はそのボディに見覚えがあった。

 

 

「なんで…あれって…」

 

 

壮間はもう訳が分からなくなり、自分の目と脳を疑う。

 

だが、それは紛れもない現実。

降りてきたのは、赤いタイムマジーンだ。

 

ハッチが開き、その中から何者かが現れる。

 

 

「アナザーライダーを探しに来たが…幸運だ。

やっと見つけたぞ、仮面ライダージオウ!」

 

 

降り立ったのは黒と赤の服を着た、オールバックで刈り上げに剃りこみの入った少年。

その鋭い目つきが、理解の追いついていない壮間を睨みつけている。

 

 

「気に入らないな…その顔。平和ボケしたマヌケ面だ」

 

 

少年が取り出したモノに、壮間はまたしても目を疑う。

正面にディスプレイ、両サイドにスロットが備わった、壮間の持っているのと正真正銘の同型のジクウドライバー。

 

少年はドライバーを腰に装着し、当然のようにライドウォッチも取り出す。

ジオウのものとは形状の違う、赤いカバーパーツ。「カメン」のクレストと「2068」が刻まれている。

 

 

「教えてやる。温い奴に明日を生きる資格は無い。俺の時代では常識だ」

 

《ゲイツ!》

 

 

カバーを正面に回してウォッチを起動し、ドライバーに装填し、ドライバーのロックを外す。

少年の背後に、赤く「0000」と表示されたデジタル時計が出現。

 

両腕を前に突き出し、大きく回す。両手でそれぞれ逆方向のスロットを掴み、この“言葉”を叫んでドライバーを回転!

 

 

「変身」

 

 

電子音が鳴り響き、背後のデジタル時計に現れる、黄色い「らいだー」の文字。

ジオウと同じようなエフェクトで、少年の姿が変わり、その複眼に文字が収まった。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

壮間は相変わらず、驚きのあまりリアクションさえもまともに取れない。

アーマーはジオウに似ているが、色が全く異なり、赤を主体としている。中央に走るバンドは黒く、ラバーのバンドのよう。

 

そして、覆面を大きくはみ出す平仮名の「らいだー」が、ジオウとは非なる者であることを語っている。

 

 

「お前は一体……」

 

「この名は戒めだ、最期に胸に刻んでおけ。

俺は仮面ライダーゲイツ。

 

全てのライダーは…俺が倒す!」

 

 

 

木組みの街、謎の少女と白い物体、止まった世界、赤いタイムマジーンとドライバー

そしてジオウに似た仮面ライダー…その名もゲイツ。

 

 

(ライダーを倒す??仮面ライダーなのに?!)

 

 

 

全ての謎は、過去と未来をまたにかける。

 

第二章、開幕──

 

 




木組みの街で何が起こったのか…バッドエンドはライダーが死んで終わりではありません。
彼女とかアレとかバレバレですけど、想像以上にツンツンしてたゲイツ枠の過去(未来?)には一体何が…それは次回。

感想、評価等お願いします!


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彼らの時間はなぜ止まったのか

自動車学校に通い、ドライブへの理解を深めた146です。ドライブ面白いっすね。見返すつもりがかなり見てました。そのせいで遅くなったんですけどね、はい。

仮面ライダー絶許のゲイツと、今回もまた迷うジオウ。そんで木組みの街フリーズ&アナザードライブです。どうぞ。


「全てのライダーは…俺が倒す!」

 

 

壮間の目の前には赤い装甲の戦士、仮面ライダーゲイツ。周囲は時間が止まったような空間。壮間は今の状況を再び振り返る。

 

白い毛玉を追ってきたら、人形みたいに動かない人たちを見つけ、タイムマジーンから降りてきた少年が変身して襲ってきた。

 

あまりの急展開に頭痛がしそうだった。しかし、相手はそれを気にするはずもなく、生身であるにも関わらず、壮間へと殴り掛かった。

 

 

「危なっ!」

 

 

これは本当に殺しにかかっている。そう感じた壮間はドライバーを装着し、ウォッチを装填。

 

 

《ジオウ!》

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

即座にジオウへと変身し、ゲイツの拳を受け止めた。

 

 

「ッ…!仮面ライダーなんだろ!?なんで俺達が戦うんだよ!?」

「貴様に理由が無くても俺にはある。仮面ライダーは悪の象徴…人類の敵だ!」

 

 

ゲイツの蹴りがジオウに刺さる、反撃はすんなりと躱されてしまい、その隙に顔面に殴打を、さらにモロに回し蹴りを喰らってしまった。

 

 

(強い…なんというか、訓練されたって感じの動き…)

 

 

戦闘の技術では勝ち目はないのは分かる。

しかし、壮間にはそれよりも、さっきのゲイツの言葉が気になっていた。

 

「仮面ライダーは悪」。壮間の知るライダーは、自分と仮面ライダービルドの羽沢天介のみ。その彼が、最後にこう言ったのを覚えている。

 

 

「悪…?そんなわけない。理不尽な悪から、人々の自由を守る戦士…それが仮面ライダーだ!」

 

「世迷言だな、ならば教えてやる。俺は2068年から来た。俺の時代では二つの脅威が人類を支配している。

 

一つは怪人、もう一つは…それを上回る力を得た人類──仮面ライダーだ!」

 

 

《ジカンザックス!》

《Oh!No!》

 

 

ゲイツは「おの」と刻まれた赤い斧型の武器、「ジカンザックス おのモード」を生成し、ジオウに振りおろす。

重く空を切る音が聞こえ、残像を残す勢いでジオウへと落ちていく。

すんでの所で避けることが出来たが、ジカンザックスの衝撃は石畳をも粉砕する。

 

 

「俺には家族が3人居た。両親は仮面ライダーの操る怪物に喰われて死んだ。そのライダーは別のライダーに殺され、そいつは俺から金と食料…最後に妹を奪っていった!」

 

 

続くゲイツの攻撃は次第に速度を増し、ジオウの装甲を抉っていく。

 

壮間の知っている仮面ライダーとは全く異なる話。いや、壮間が知らないだけで、それが本当の“仮面ライダー”なのかもしれない。そんな思考がよぎる。

 

 

「……嘘だ」

 

「貴様がどう思おうがどうでもいい。俺は俺の思うまま、仮面ライダーの存在を歴史から永遠に消し去る。仮面ライダージオウ、まずはここで貴様を殺す!」

 

 

ゲイツがジカンザックスに備わったスイッチ「ザックスリューズ」を押すと、リミッターが解除され、オーバーロード状態に移行。

 

 

《タイムチャージ!Five・Four・Three・Two・One…》

 

 

刃が赤く染まっていき、カウントと共にその一撃が迫る。

しかし、その迷いがジオウの体を縛り付ける。

 

仮面ライダーが悪の存在。だとすれば、その力で王になろうとする壮間は、他から認められる主人公どころか、悪以外の何者でもない。

 

 

《ゼロタイム!》

《ザックリ割り!》

 

 

寸前まで避けることが出来ず、怒りのこもった斬撃がジオウを横一閃に叩き割った。

体が軋む音と共に、ジオウの変身が解除されてしまう。

 

そして壮間の眼前には、未だ殺意を放つゲイツの姿が。

 

 

「自分が悪と同種であることが不快か?所詮はその程度という訳だ偽善者。貴様に堕ちてまで戦う覚悟は無い!」

 

「それは……」

 

「この力を使うたび、己の首を掻っ切りたいほどの憎しみが俺を襲う。自分が仮面ライダーであることが耐えられないと、俺の魂が暴れ狂う!

だが俺は違う!俺は例えこの腐った力と名を掲げてでも、歴史を変える!」

 

 

生身の壮間を前に、ゲイツは斧を振り上げた。

死の恐怖が壮間の体を蝕んでいく。足りなかった覚悟を呪いながら、短い人生が走馬灯のようにフラッシュバックし、一際大きい機械音が、壮間の脳裏を駆け抜け…

 

 

「……機械音?」

 

 

 

明らかに幻聴ではない機械音と金属音の後に、チェーンソーが回転するような音が聞こえた。

次の瞬間、ゲイツの死角から棘の付いた円盤のような物が飛来し、火花を散らしてゲイツの体を弾き飛ばした。

 

 

「何ッ…!?ガハァッ!」

 

 

 

壮間は音の先を振り返る。だが、命が助かったわけではないというのは、すぐに理解した。

そこにいた機械人形の怪物が、それを雄弁に語っていた。

 

 

「あれって…」

「アナザーライダーか」

 

 

赤いアーマーを纏った左右非対称の姿。装甲の隙間からは機械の内部機構がいくつも見えるが、左肩のマフラー、左腕の“keep out"テープが貼られたドアから、それが自動車のものであることは想像に難くない。

 

切れた配線、バックル部分の壊れたスピードメーター、割れたマスクから覗くアンドロイドの右目。

まさしく事故車両の擬人化とも言える姿。

 

そして、白線でスタイリッシュに描かれた左胸の「DRIVE」、それに繋がるように左肩には「2014」。

 

その異形“アナザードライブ”は、鉄の体を動かし、壊れた電子音声のような声を響かせる。

 

 

「ドライブ…車の仮面ライダー!?」

 

「暴行、器物破損、殺人未遂の現行犯を確認。

悪は残らず処刑する……!」

 

 

歪ではあるが、アナザービルドよりも理性を感じさせる口調。

アナザードライブはゲイツに向け、右腕のドアのようなパーツから銃弾を放った。

 

 

「チッ、仕方ない!」

 

《You!Me!》

 

 

弾を避け、ジカンザックスをゆみモードに変形。引き金を素早く引いて放し、3発の矢がアナザードライブに迫る。

が、その瞬間、アナザードライブが右腕を伸ばすと、何かの波動が空間に広がった。

するとエネルギー矢、そしてゲイツの動きがまるで水中のように鈍化する。

 

 

「重加速か…!」

 

 

体がうまく動かせないうちに、アナザードライブは接近。動けないゲイツへ一方的に攻撃を続け、最後に腹部へ連続キックを浴びせた。

 

その瞬間に重加速が解除。ゲイツの体は衝撃のまま跳ね飛ばされ、木組みの家に激突し、変身が解除されてしまった。

 

 

「ッ…!しまった……」

 

 

壮間もただ見ていたわけでは無い。逃げようとするが、身体がうまく動かせない。

変身中は感じなかったが、やはり時間経過と共に体が重くなっている。今の壮間は、10㎏以上の重りが体についているのと同じ状態だった。

 

一人なら逃げられるかもしれない。だが…

 

 

「俺が…やるしかない!」

 

 

壮間は立ち上がり、吹っ飛ばされた少年のもとへ駆け出した。

アナザードライブは少年にしか気が向いていない。重い身体が悲鳴を上げるなか、死角から少年のもとへと辿り着いた。

 

 

「貴様…何のつもりだ!」

 

「うるさい!それどころじゃないだろ!」

 

 

少年の腕を掴み、壮間は建物の裏に逃げ出し、一時的にアナザードライブの視界から消えることに成功する。

 

 

(あの鈍くなるやつ使われたら終わりだ!とにかく巻かないと!)

 

 

機械音で追ってきているのが分かる。鉄の塊の癖に動きは妙に素早かった、すぐに追いつかれるのは自明。

 

 

「体が重くなってる…このままじゃ……」

 

 

逃げる壮間と少年、金属の足音はすごそこにまで迫っていた。

走り寄る絶望。その時、建物の影から伸びた腕が、有無を言わせないまま壮間たちを攫った。

 

 

「!?」

 

 

壮間の腕を掴む人物に導かれるまま逃げる。入り組んだ道や、人が通る場所ではないような所も通り、木の柵に囲まれた場所に辿り着いた。

 

木の棒と紐の簡易的な物干しがあり、ある建物に面している。どこかの裏庭のようだ。

柵に囲まれているため、周りからは見えない。暫く続いていた機械音も消えた。

 

 

「逃げきれたみたいですね」

 

「ありがとう…って、君は…」

 

 

逃げる際中、壮間はその水色の長髪に見覚えがあった。

落ち着いて改めて見ると、壮間たちを連れだした人物は、先ほど香奈の行った先を教えてくれた少女だった。

 

 

「君はさっきの…でもなんでここに?」

 

「それはこちらのセリフです。

でも話は後、今はここから逃げる方法を考えましょう」

 

 

少女はこんな状況でも落ち着いている様子で言った。

そんな中、一緒に逃げてきたゲイツに変身する少年が、壮間の胸ぐらを掴んで声を荒げる。

 

 

「貴様!なぜ俺を助けた!!」

「うわっ!何!?」

「答えろ!情けを掛けたつもりか!」

 

「静かにしてください。気付かれます」

 

「黙れ女。知ったことか!来るなら来い、奴らアナザーライダーも俺の敵だ。次は絶対に倒す。さぁ答えろ!貴様一人なら逃げられたはずだ、今更善人アピールか偽善者!」

 

 

少女が2人をたしなめるが、少年の勢いは収まるどころかさらに燃え上がる。

壮間は目を逸らしつつも、答えた。

 

 

「お前の言う事は…理解できる。だから、許せないわけじゃない」

 

「同情か?どこまで俺を侮辱するつもりだ!」

 

「違う!お前は悪い奴じゃない…と思う。だからお前を見捨てれば、王になんてなれない。そう思った」

 

「王だと?」

 

「仮面ライダーが悪で、その力で王になろうとする俺が悪でも、俺はまだ…やっと見つけた“自分”を諦めたくない!」

 

「結局は己のためか。やはり貴様も奴らと同じ、俺の敵だ!」

 

「はい、二人とも落ち着いてください」

 

 

パンと手を叩く音が、2人を戦いから呼び戻した。

少女を見ると、少し怒っているようにムスッとした顔をしている。

 

 

「協力しないとここから出れませんよ。まずは仲直りです」

 

「仲直り?ふざけるな、貴様らと慣れ合うつもりは…」

「私は智乃、香風智乃といいます。二人も自己紹介してください」

 

 

少女──智乃の淡々とした口調に、思わず流されてしまう。

 

 

「日寺壮間。お前は」

 

「……ミカドだ」

 

「苗字?名前も言えよ」

 

「黙れ」

 

 

少年──ミカドも渋々名乗る。怒りもいくつか冷めたようだ。

なんというか、一発で智乃のペースに持っていかれた。そんな感じがした。

 

 

「あまり時間がありません。3年半前の事件の影響が残っているみたいです」

 

「事件って…?」

 

「やっぱり知らないみたいですね…

2014年、あの怪物が現れて、その力でこの街の実に4分の1を静止させました」

 

 

2014年。ミカドと壮間には心当たりがあった。アナザーライダーの体に刻まれた年号は、誕生した年を示している。

 

 

「当時中学三年生だった私は、範囲外の学校に忘れ物を取りに行っていたお陰で、難を逃れました。その時の余波が残り、今でもこの区域にいると体が重くなっていくんです。

体の次は意識が重くなり、多分1時間ほどで完全に止まってしまいます」

 

「え…ちょっと待って…てことはつまり…」

 

「はい。もう20分を切って…」

 

「智乃さん今19歳!?年上!?」

 

「そこですか。あと12月生まれなのでまだ18です」

 

「何…?どう見ても中学生だろう」

 

「どこで意気投合してるんですか」

 

 

壮間とミカドの言い分も分かる。智乃の身長は150やそこらに見える。容姿も美しくはあるが、成人手前というにはやけに幼い。壮間は驚きのあまり、智乃の顔をまじまじと見つめる。

 

 

「どうりで落ち着いていると…これが大人の冷静さか」

「顔が近いです」

 

「とにかく話は分かった。脱出するだけならタイムマジーンを使えばいいが、根本的な解決にはならない」

 

「あ、その手があったか!」

 

 

本気で気付いてなかった壮間に、ミカドは苛立っている様子で呆れた視線を送る。

一方で智乃は何の話か分かってない様子だ。

 

 

「俺がここに来た目的は一つ。2014年に飛び、アナザードライブと仮面ライダードライブを消す。改ざんされた時間に飛ぶためには、その時間のアーティファクトが必要だ」

 

「えっと…アレか!」

 

 

壮間の頭に浮かんだのは、前回つぐみから貰った黒いライドウォッチ。ウィルはあれを「鍵」と呼んでいた。

 

 

「この街のどこかにあるはずだ。貴様が探してこい」

 

「はぁ!?探すってどこを…ってうおぉっ!?」

 

 

有無を言わせず、ミカドは壮間の体を持ち、そのまま柵の外側に放り投げた。

鈍い音を立てて地面に落下した壮間。体が重い分痛みも相応だった。

 

 

「ミカドさ…むぐっ!?」

 

 

ミカドは何かを言おうとした智乃の口を手で塞ぎ、外で文句を言っている壮間に返す。

 

 

「止まる前に一旦逃げればいいだけの話だ。止まっているだけ時間の無駄だと思うが?」

 

「お前……あぁもう!」

 

 

なんだかんだ言いくるめられ、壮間は体を引きずって駆け出した。

壮間が行ったのを確認すると、ミカドは智乃の口から手を離す。

 

 

「ミカドさん、まさか…」

 

「どう見ても華奢な貴様が、この空間で問題なく動けているのを見て気付いた。

ドライブの力が残留した黒いウォッチ…プロトウォッチを持っているんだろう」

 

 

智乃はポケットから「2014」と「R」を象ったエンブレムが刻まれた、黒いウォッチを取り出す。

 

 

「あの一件のしばらく後、この近くで拾ったものです。

話から大体の事情は分かりました。壮間さんを行かせたのも、これを手に入れるためですか」

 

「そうだ。そいつを渡せ」

 

「さっきの戦いも見てました。確かに、ミカドさん達ならあの怪物を倒せるかもしれません。ですが、さっきの会話を聞いて私も思いました。

 

ミカドさんは私と同じで、自分の中の時間が止まったままなんです。どうしようもない悲しみと、後悔のせいで」

 

 

智乃はミカドの顔を見上げ、その目を真っ直ぐに見つめる。

ミカドは目を逸らさない。自分が悲しみに、後悔に囚われたまま?

 

愚問だ。

 

 

『来るな…お前は…生きるんだ……』

 

『逃げて…貴方たちだけは……!』

 

『助けて…!助けてお兄ちゃん!』

 

『嫌だァッ!死にたくない…死にたくない!』

 

『こうやって…何も残せず死んで…

俺達の命に、意味なんてあったのかなぁ…?』

 

 

 

焼き付いて離れない憎悪が、ずっと心で燃え盛っている。

時間が止まっている。そんなこと、言われるまでも無い。この歴史を消し去るまで、一歩たりとて動けるはずがない。

 

 

「──知ったことか」

 

 

 

ミカドは智乃の目を見たまま、その小さな手からプロトウォッチを奪い取った。

 

 

 

「時計の針が止まったままならば……

一秒ずつ、この手で動かすだけだ」

 

 

 

____________

 

 

 

「4分の1って言っても相当広いぞ。見つかる気がしないんだけど…」

 

 

一方、律義にプロトウォッチを探す壮間。茂みやら建物の間やらを頑張って探ってはいるが、身体の重さも増してきて、タイムリミットが近づいているのが感じられる。

 

少し焦りながら、止まった人の間を縫うように進み、植木の裏など絶対に無い場所まで探し始めた。

 

体を動かすのが辛くなり、眠気のような感覚が襲ってくる。

壮間はベンチに座ると、そのまま動かなく──

 

 

「ッ!あっぶねぇ!」

 

 

受験期に何度も襲い掛かった睡魔と戦ってきた壮間。なんとか自分を叩き起こす。

これが意識の鈍化と考えると、長居は危険。そろそろ撤収の頃合いと考え、ダメ元で座っていたベンチの下をのぞき込んだ。

 

 

「無いよなぁ…遠目で分かってたけど。……ん?」

 

 

暗くてよく見えないが、視線を上に向けた先…ベンチの裏に何かが貼り付いている。

ペリペリと剥がしてよく見ると、何やらよく分からない文章が。

 

 

「なんだこれ。暗号?」

 

 

その瞬間、壮間の体を重力の波動が包み込んだ。

しまった。そう思う頃にはもう遅い。

 

 

「公務執行妨害…お前も執行対象だ…!」

 

「うっそでしょ…!」

 

 

物陰から現るアナザードライブ。

重加速を先手で使われてしまったのは大きい。今からタイムマジーンを呼んだところで、間に合わないのは明白。

 

アナザードライブはその銃口を壮間に向ける。

 

 

 

「誰かが言った。“撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ”」

 

 

 

銃弾が壮間の寸前で止まり、逆再生するように方向転換。身動きのできないアナザードライブに命中し、退けた。それと同時に壮間にかかっていた重加速が消える。

 

 

「我が王に銃口を向けるとは。身の程を弁えろ機械人形」

 

「ウィル…もうなんでいるとはツッコまないけど」

 

「さて、話をしている暇はなさそうだ。あれを見ると良い」

 

 

ウィルが指さしたのは上空。

いつの間にやら空に開いていたのはタイムトンネル。そして、赤いタイムマジーンがその中に消えていった。

 

 

「ああぁぁぁッ!!あいつ抜け駆けしていきやがった!!」

 

「既にタイムマジーンは呼んでおいたよ、我が王」

 

「準備が早すぎる!まぁいいや、ありがとう!」

 

 

壮間はアナザードライブが起き上がる前にタイムマジーンに乗り込み、ミカドを追って逃げるようにタイムトンネルへと向かった。

 

残されたウィルは、本を開いてその姿を思い返す。

その時の彼は、どこかいつもの雰囲気とは違って感じられた。

 

 

「仮面ライダーゲイツの力…一体誰が……」

 

 

 

_____________

 

 

 

タイムトンネルに突入し、壮間の視界に赤いタイムマジーンの形が映った。

ミカドも壮間に気付いた様子だが、壮間は全く気にせず付いて行こうとする。

 

 

「邪魔はさせない」

 

 

ミカドは機内を少し操作。するとタイムマジーンは体勢を変え、パーツの分離、変形を繰り返していく。

そして現れたのは胸に「ろぼ」と書かれた機械仕掛けの巨人。顔にはゲイツのライドウォッチが収まっていた。

 

 

「何それ!?」

 

 

壮間は知らなかったが、これこそタイムマジーンの真骨頂、「ロボモード」。その巨体が方向を変え、壮間のタイムマジーンに迫りくる。

 

なんとなく状況を察してしまい、壮間もロボモードへの変形を試みる。

がしかし、使い方の見当もつかず、モタモタとしているうちに…

 

 

大きく振りかぶった鉄の拳が、壮間のタイムマジーンに叩き込まれた。

 

 

「ちょ…ええぇぇぇぇぇぇっ!!??」

 

 

軌道を外れた壮間の機体はコントロールを失い、フラフラとタイムトンネルの壁にぶつかっていく。

ガンガンと激突を繰り返した末に

 

タイムトンネルの壁を突き破った。

 

 

「マジか」

 

 

無情にも壮間の機体は、時空の間へと吸い込まれ──

 

 

___________

 

 

 

ミカドと壮間を見送った智乃。僅かに重くなり始めた体を動かし、背後にあった建物の扉を開いた。

 

 

「ミカドさんは私と同じ。でも知ってますか?

そういうのを気にもしないで、図々しく距離を詰めてくる人って、結構いるんですよ」

 

 

扉を開けた先にも静止した世界。

智乃は、そこにいた店員と思しき一人の少女に近付く。

 

 

2014年(そこ)に行けば出会えるはずです。きっとみんなが、ミカドさんに見せてくれます」

 

 

少女は何かに躓いた状態で止まっており、お盆からカップとコーヒーが飛び出し、空中で舞っている。

 

この喫茶店の日常を切り取った写真のよう。

ただ、それ以上時が進むことは無いという事実が、智乃の胸を詰まらせる。

 

 

「ですよね、ココアさん」

 

 

涙は最初の一年で嫌というほど流した。だからもう泣かない。

敬愛する姉の前で、もう弱い自分を見せられない。

 

ただ一緒に、信じて待つ。彼らが全てを変え……

 

 

 

この止まった時間を壊す、その時を──

 

 

 

 




主人公(仮)が悩みっぱなしで腹立ってきた(笑)。
今回は大学生チノちゃん活躍でした。あの一件で茶目っ気を失い、なおかつ少し大人っぽいイメージでしたが…難しい。
そして中々エグかった2068年。そんで次回は遂にレジェンド2人目が!

感想、評価等よろしくお願いいたします!評価とか!(2回目)

今回の名言
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」
「コードギアス 反逆のルルーシュ」より、ルルーシュ・ランペルージ。


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情緒がやかましい交番勤務 これがこの街の仮面ライダーです

自動車学校祝卒業!146です。ドライブを更に見返した阿呆は私です。
今回は色々詰め込んだので、情報量注意です。例にもよって世界観と設定だけ力を入れました。


2014年9月

 

 

『終わりだ…ルパン!』

 

『ここまで長かった……遂にッ!来い、仮面ライダードライブ!』

 

 

赤い彗星が、煌びやかに怪盗の影を貫く。

夜空を背に火花を散らした激闘の末、その怪盗と赤き戦士の戦いは、街を一望する時計台の上で決着した。

 

そのボディを何か所も破損させながら、怪盗は天を指し、閉幕の挨拶のように最後の言葉を発した。

 

 

『警察及び市民の諸君!そして…仮面ライダー。最期に諸君らの正義が私の心臓を貫いたことに、心より敬意を表する!

 

世紀の大怪盗アルティメットルパン…この命、生涯最高の宝と共に──』

 

 

怪盗アルティメットルパン──仮面ライダールパンは、星と共に夜空を彩る花火となって、その伝説に幕を下ろした。

 

 

 

 

「以上が、仮面ライダードライブとルパンの戦闘アーカイブです」

「ご苦労」

 

 

一室に整列する10数名の軍服を着た者たち。そして、一つだけ置かれた椅子と机に座する、襟と肩、胸に勲章を讃えた将校の男。

 

 

「嘆かわしくも、我々ロイミュードは減少の一途を辿っている。

しかし、仮面ライダードライブの力は全て把握した。近いうちに街を巻き込んだ戦争を起こし、奴を討つ。異論はあるか、ソルジャー、コンバット」

 

 

将校の男の横に立つ側近の2人は、前を向いたまま微動だにしない。

そんな中、後ろにいた男が別の一人、女の軍人の手を引き、顔を真っ赤にして将官の男に詰め寄った。

 

 

「冗談じゃない、俺と018は降りる!これまでどれだけの連中がやられてきたと思って

る!お前だって“前”の戦いでこっぴどくやられただろうが、006!」

 

 

男は机に手を叩きつけ、その姿を変えた。

骸骨のような頭部で、口は虫のよう。蜘蛛の脚を思わせるような赤いラインは、「019」と書かれた胸のプレートから伸びている。

 

 

「今の私は“バーン”だ。この名が“前”との違いというのは分かるだろう」

 

「お前だけで戦えばいい話だ!それとも俺に死ねってのか!」

 

「その通りだ」

 

 

将校の男──バーンの手のひらから発せられた衝撃波が、019の体を弾き飛ばす。バーンがその眼を018と呼ばれた女に向けると、彼女は怯え切った様子で、抵抗もせず敬礼を掲げた。

 

 

「将が表立って戦う戦争がどこにある?支配者とは、戦わずして力を誇示するもの。

それとも、使えない兵の一つや二つ、ここで砕いても構わんのだぞ?」

 

 

019は金髪の軍人の姿に戻り、無力にもその頭を地に伏せた。

 

その時扉が開き、また新たな軍人の男が敬礼を見せる。

 

 

「同志バーン、客人がお見えです」

「客人だと?」

 

 

軽い足音と共にその姿が現れた時、そこにいた一同が異質な何かを感じ取った。

筋書通りに進んでいた本が、そのページを境に塗り替えられていく。そんなイメージが過った。

 

 

「……何者か、貴様」

 

「さすらいの芸術家さ」

 

 

黒いジャケットと翡翠の瞳。芸術家を名乗るその男は、まるで背景に張り付けた絵のような、明らかな違和感を放っていた。

 

 

「ここに来る前、中々良い作品を見て刺激されてしまったんだ。そうだな…次の作品タイトルは──」

 

 

芸術家の男は、案内した軍人の男の首を掴む。

途端に男の姿はコブラのような怪人に変わったかと思うと、その機械仕掛けの肉体が崩れ落ちていく。

 

呻き声を上げる間もなく、瞬く間にその体は霧散。

「085」と象られたコアが空中に浮かび上がり、破裂してしまった。

 

 

 

「決まった。“邂逅と狂騒”」

 

 

 

___________

 

2014

 

 

「モタモタしていても仕方ない。早く終わらせる」

 

 

2018年での出来事を経て、アナザーライダーによって消えた時間軸の2014年に到着。

その少年、ミカドは茂みから姿を現し、休日の喧騒の中に姿を隠した。

 

2018年では、アナザードライブによって静止している木組みの街。この時間では当然ながら、変わらぬ情景でその時間は動き続けている。

 

 

「事が起きる前に飛べたようだ。ならば成すべきことは一つ。

アナザードライブより先に俺が仮面ライダードライブを殺し、その歴史を手に入れる」

 

 

ドライブが消えた時点で歴史はウォッチに収束。仮面ライダードライブ及び、コア・ドライビアから生まれる全ての存在は抹消される。ミカドの目的は全てのライダーの歴史を消し、2068年の悪を消し去ることだ。

 

 

「まずは仮面ライダードライブを探すのが先決だ。だが……」

 

 

ミカドは不快さを隠そうともしない表情で、辺りの人々を見回した。誰もかれもが楽しそうに、幸せそうにその時間を謳歌している。間もなく自分達が永遠に静止するとも知らず。

 

仮面ライダードライブの歴史ならば、この時間にはロイミュードと呼ばれる機械生命体も存在するはず。2068年では、彼らの持つ精巧なコピー能力、そして重加速により、無力な人々は蹂躙されるがままだった。

 

なぜその脅威をまるで知らないような顔で過ごしている。

なぜ隣にいるそいつが怪物だと疑わない。

なぜ当然のように、今日も明日も生きられると思い込んでいる。

 

 

「……生温い」

 

 

ミカドにはどうしても理解できなかった。居心地の悪さすらも感じた。

悪がのさばる世界、それは2068年と同じはず。それなのに、この人々の無条件な安らぎは何だ?

 

 

「下らない。こんな腑抜けた街さっさと…」

 

 

──体が動かない。

 

風が吹いたような、波が通り過ぎたような。重力とも違う、どんよりとした空間。

妙でいて身に覚えのある感覚が、周囲の人間全てに襲い掛かった。

 

 

「重加速…ドライブか、それともロイミュードか…どちらにせよ僥倖だ」

 

 

その空間で、ミカドだけが正常に戻る。ドライブのプロトウォッチが上手く作用しているようだ。

重加速の中、ミカドはその発信源へと急ぐ。間もなく、動きの遅い爆炎が空へと上がるのが見えた。

 

 

爆炎の中心には4体のロイミュード。

コブラ型ロイミュード082、バット型ロイミュード040、そして2体のスパイダー型ロイミュードの018と019。

 

その中の040がミカドに気付き、野太い声で無機質に問いかける。

 

 

「貴様、仮面ライダーの仲間か」

 

「俺をその名で呼ぶな!」

 

 

腕のホルダーからゲイツライドウォッチを取り外し、ドライバーに装填。そのままドライバーを装着し、構えを取った。

 

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

ミカドは仮面ライダーゲイツへと変身を遂げ、040へと殴り掛かった。

 

 

「コア・ドライビアの反応無し。データに無い存在。何者だ」

 

「名乗る必要は無い…が、俺は貴様らの事を知っている」

 

 

逃げようとする019をジカンザックスゆみモードで狙撃。040の指先から放たれる銃弾も装甲で受け切り、おのモードで040に深い一撃を叩き込んだ。

 

 

「人間の悪意を学習し進化する機械生命体、ロイミュード。総数はナンバー持ちが108体。動きだけでなく精神まで鈍化させる現象、重加速を操る。未来の世界では義務教育だ」

 

 

更に襲い掛かる082、018を迎撃。その後の戦闘も、4体を圧倒し続ける。

 

 

「貴様らの存在は“アンデッド”、“ワーム”に並んで厄介。当然、優先的に対策を立てる。

分かるか?下級ロイミュードの手の内など知り尽くしているという事だ」

 

 

ゲイツが倒れている019に黄色い複眼を向ける。

019は苦し紛れの粘着糸を放つも、そんな想定内の攻撃はゲイツには届かない。

 

 

「ふっざけんな…こんな訳の分からない奴にやられてたまるか!

止まれ!止まんねぇと…この人間がどうなってもいいのか!」

 

 

偶然視界に入った女性を捕らえ、指先の銃口を突き付ける019。

一瞬ゲイツの動きが止まった。だが…

 

 

「勝手にしろ。貴様らを殺せるなら微々たる犠牲だ」

 

「なっ…く…来るなァッ!」

 

 

019の銃弾を弾きながら、ゲイツは斧を構えて駆け出した。

迫る殺意に、019は思わず女性を盾に──

 

 

「ガアァッ!」

 

 

突如、何処からか放たれた炎弾が、019と女性を引き離した。

遠方より近づく軽い駆動音が3つ。空中に敷かれた細い道を駆け、謎の援軍は姿を現した。

 

 

「車…?」

 

 

ゲイツと019に割って入ったのは3種のミニカー。それぞれ炎を帯びて突進、棘の連射、手裏剣の投擲で019を追い詰める。

 

追加でやって来た黄色いタクシーのようなミニカーは、円形のゲートを発生させ、女性をその中に逃がす。

 

 

そして、遅れて重加速の中を走ってくる、大きなエンジンの音。

静止した世界をものともしない、赤きスーパーマシン。

 

 

「4人組か、随分と景気がいいな!」

 

 

ドアを開け、カップに刺さったストローから口を離した男が車から降り立つ。

着崩された警察の制服、きっちり締まったネクタイ。目の覚めるような眼差しを向ける、赤味がかった茶髪の男。

 

男が左手に持っていたソレで、ゲイツはその正体を確信した。

 

 

「そうか、貴様が…!」

 

 

左手の“ドライブドライバー”を装着し、エンジンをかけるようにイグニッションキーを回す。

 

 

「Start my engine!さぁ…トップギアで行くぜ!」

 

 

手元に飛来した赤いミニカー、シフトスピードを変形。

左腕のシフトブレスに装填し、レバーを上げる。

 

かかったエンジンの振動が、熱が、闘志となって燃え上がる。

重くのしかかる全てを振り切り、アクセル全開で走り抜ける戦士。

 

その名は──

 

 

「変身!」

 

《DRIVE!》

《type-SPEED!》

 

 

体の周囲に生成された赤いアーマーが、男の体を変貌させる。赤いスポーツカー“トライドロン”から射出されたタイヤが、最後に左肩からタスキ掛けで突き刺さるように装着され、その変身が完了した。

 

仮面ライダードライブ。

戦場を切り開いて爆走する、車の仮面ライダー。

 

 

「ひとっ走り…の前に、っと」

 

 

ドライブが自分に向けられた別の敵意に気付く。敵意の主、ゲイツを上から下まで少し眺め、そのドライバーと顔に目が留まった。

 

 

「あー、なるほど。お前がそうか」

 

「何の話をしているかは知らん。だが、見つけたぞ仮面ライダードライブ!今ここで貴様を!」

 

 

ロイミュードから攻撃対象を変更し、斬りかかるゲイツ。しかし、気付くとドライブは銃を装備し、その銃口をゲイツに向けており…

 

 

「悪い。少しじっとしててくれるか?」

 

《ヒッサーツ!》

《Full Throttle!!》

 

 

発射された銃弾を防ごうとするゲイツだが、銃弾は寸前で四散。ゲイツの全身に付着し、瞬く間に固まっていく。

シフトカー“スピンミキサー”の力を添加したセメント弾は、ゲイツの体の自由を完全に奪った。

 

 

「貴様…!」

 

「さぁ、待たせたなロイミュード!ひとっ走り付き合えよ!」

 

「緊急事態発生。退却は不可能。戦力を行使し応戦を上策とする」

 

 

040の姿が変化する。

ロイミュードは人間の姿や感情をコピーし、学習する。そして、それの高まりに応じ、その才能や悪意の具現化ともいえる姿へ進化する個体もいるという。ミカドもその存在は知っていた。

 

 

「あれが……進化態」

 

 

胸部分、両肩のプロペラと背中のウィングが戦闘機を彷彿とさせ、両腕にはミサイル。体の随所に爆弾と弾丸を装備したあからさまに戦闘特化の形態。

 

コンバットロイミュード。それがバット型ロイミュード040の進化態。

 

ミカドは知っている。進化態が一体いるだけで、その戦況は一転する。

しかし、ドライブは動じない。ただ4体の敵を見据え、駆け出した!

 

 

「クッ…やってられっか!」

 

 

再び018と逃げ出そうとする019。が、赤い閃光が視界を横切ったと思うと、ドライブは既に目の前に立っていた。驚いて動きを止めてしまったのが大きな過ち。ドライブはその一瞬で2体に連続パンチを叩き込む。

 

 

「排除」

 

 

コンバットと082の発射する銃弾も全て躱す。姿勢を低くし視界から消え、またしても一瞬で接近。スライディングで082の足を狙い、空中に浮いた瞬間タイヤ痕を刻んでターンし、082にキックを突き刺した。

 

 

「速い…!」

 

 

仮面ライダーゲイツでは到底及ばない速度に、ゲイツは思わず関心してしまう。

 

飛び上がるコンバット。銃撃と爆弾で援護を行い、他の3体はドライブを相手取る。

ドライブは圧倒的に挙動が素早いが、同時に相手にするとなると分が悪い。

 

そう思っていた。

 

 

「まだまだ!」

 

 

ドライブはキーを回してシフトレバーを3回上げる。

 

 

《SP!SP!SPEED!!》

 

 

そこから先は凄まじかった。一歩目が見えると、二歩目にはもはや目で追えない速度に達し、攻撃の際に赤い残像が残る程度。上空からの攻撃も意味を成さず、あっという間に3体が制圧されてしまった。

 

 

「さっきのが最高速度じゃなかったのか…」

 

「言っておくが、俺のマックススピードはこんなもんじゃないぜ?」

 

 

ドライブは腰のホルダーから、ソーラーカーのシフトカーを取り外し、レバーに変形。シフトスピードと入れ替え、レバーを上げた。

 

 

《タイヤコウカーン!》

《BURNING SOLAR!》

 

 

トライドロンから新たなタイヤが射出され、スピードタイヤと入れ替わる。

青いソーラーパネルが備わった、太陽マークのような形のタイヤ。

 

 

「太陽サンサンお日様パワーだ!」

 

 

太陽の光を吸収し、変換する。それがバーニングソーラーの能力。

エネルギーはドライブの速度に変換され、さらにスピードを増す。

 

 

《ヒッサーツ!》

《Full Throtte!!SOLAR!》

 

 

キーを回してブレスのボタン“イグナイター”を押し、レバーを倒して必殺状態に移行。

3体を接近戦で退け、一旦距離を取る。そして、ドライブ内部の圧縮エネルギーと太陽光をタイヤに集め、超高密度光線を放った。

 

咄嗟に082を盾にする019。しかし、地面を焦がすほどの威力を防ぐことは出来ない。

 

 

「クッソがぁあぁぁぁ!!」

 

 

3体のボディは熱に耐えきれず爆散。爆炎の中でかろうじて、082のコアが破裂するのが見えた。残すはコンバット一体。

 

 

「火力を開放。爆撃開始」

 

 

仲間も消え、威力を抑える必要が無くなり、コンバットは頭上から無数の爆弾を投下する。

避けきれる数ではないのは明白。さらにドライブ目掛けミサイルを放ち、その姿は完全に炎に閉じ込められた。

 

街を揺らすほどの衝撃と轟音。それだけの威力を喰らい、無事であるはずがない。

コンバットもゲイツも、その死を確信した。

 

そう、無事であるはずがない。

だが……

 

 

《DRIVE!》

《type-WILD!》

 

 

無事でなくとも、その男は立っている。

 

 

「馬鹿な!」

「全然足りねぇな!この燃え上がったエンジン、止めれるもんなら止めてみやがれ!」

 

 

ドライブの姿は赤いタイプスピードから、バギー車の力を宿す黒いボディのタイプワイルドに。

更に右肩のタイヤはレッカー車のシフトカー、フッキングレッカーに交換しており、そのフック付きロープで空中のコンバットを捕らえた。

 

 

「来い!ハンドル剣!」

 

 

トライドロンから専用装備ハンドル剣が射出。名前そのままの見た目をしている。

 

ドライブはロープを巻き戻してコンバットを引き寄せる。

当然、相手はミサイルや銃撃による抵抗を続け、ドライブのボディは既に焦げや損傷が激しい。

 

それでもコンバットを放すことなく、倒れもしない。

 

 

「脱出不可能!このパワーの根源、理解不能!」

 

「警察官と仮面ライダーの威信って奴だ!覚えておけ!!」

 

 

キーを回してシフトワイルドをハンドル剣に装填。刀身にエネルギーが蓄積されていく。

 

 

《ヒッサーツ!》

《WILD!Full Throttle!!》

 

 

間合にコンバットが到達した瞬間に拘束を解き、刃のエネルギーを開放。

タイプワイルドの剛腕から繰り出される一撃は、コンバットの装甲を破砕した。

 

 

「ロイミュードに…我が同志バーンに栄光あれぇぇぇッ!!」

 

 

コンバットのボディは木っ端微塵に爆発。狂気さえも感じさせる断末魔を上げ、040のコアも砕け散った。

 

ドライブは変身を解除し、赤髪の男の姿に戻る。

 

 

「あー疲れた。完全にガス欠だな、こりゃ」

 

 

男はトライドロンに寄りかかり、セメントで固めたままのゲイツに視線をやる。

 

 

「邪魔者は消えた!俺と勝負だ仮面ライダードライブ!」

 

 

今にも殺しに来そうな勢いに、思わずため息を吐いた。

この暴れん坊をどうするか、エンジンが切れかかった頭で少し考える。

 

眠そうな目で少しハッとした表情を作ると、男はトライドロンに乗り込んだ。

 

 

《タイヤフエール!》

 

 

トライドロンの後輪に、フッキングレッカーのタイヤを装備。

ゲイツを固めたままロープで括り付け──

 

 

「もうこれでいいや」

「何をする貴様ぁぁぁぁ!!」

 

 

ゲイツを引きずって発進した。

 

 

 

___________

 

 

 

「……おい、なんだよアレ!聞いてねぇぞ!」

「俺達だって知りませんよ!あんなバケモンがいるなんて!」

「そ…そうっすよ!高尾さん!」

 

 

ドライブとロイミュード達の戦いを陰から覗いていた、3人の男たち。

髭を生やしたリーダーと思しき男、高尾。そしてその子分の2人。

 

 

「ど…どうします?逃げますか!?」

 

「馬鹿言うんじゃねぇ!警察もロクに居ねぇっつうから逃げ込んだら、こんなモン見つけちまったんだ。放っておくわけにはいかねぇだろうがよ」

 

「ルパンの宝の地図…暗号ばっかですけど、これホンモノなんですか?」

 

「間違いねぇ、このサイン。前に見たことあるが、確実にルパンのモンだ。

この街のどこかに…ルパンの生涯最高の宝が眠ってる!そいつで一攫千金だ!」

 

 

 

__________

 

 

 

「ただいま~」

「貴様…ッ…放せ!」

 

 

男に手錠を掛けられたミカドは、男に連れられてある喫茶店に入る。

扉の上には、ぶら下がったウサギとコーヒーカップのマークが。

 

コーヒーの香りとその年季を感じさせる店内には、店員と思しき2人の少女がいた。

 

 

「おかえり、走大くん!」

「おかえりじゃないですココアさん。走大さんもです、ちゃんと交番に帰ってください」

 

 

一人は桜のヘアピンを付けた、オレンジ色の髪と紫の瞳の小柄な少女。

もう一人は…

 

 

「貴様…香風智乃か…?」

 

「…?なぜ私の名前を?」

 

「えっ!?チノちゃんの友達!!?

もしかして彼氏!?お…お姉ちゃん許しませんからね!!」

「違います。全然知らない人です」

 

 

もう一人の、白い大きな毛玉を頭に乗せた少女は紛れもない。さらに小柄ではあるが、その面影は間違いなく、2018年で出会った香風智乃と同一のものだ。

 

狼狽しまくる少女──ココアを見て、男──走大が割って入って諭す。

 

 

「落ち着けココア。コイツはチノっていうよりは、多分アイツの…」

 

「おじゃましまーす!心愛さん、智乃さん、小麦粉買ってきましたよ…

ってお前!!」

 

「貴様…何故ここに!!」

 

「こっちのセリフだ!」

 

 

走大のセリフに食い気味に入ってきたのは、お使いから帰ってきた日寺壮間だった。

 

驚くミカドと、そのやりとりに戸惑う一同。

どうしてこうなったかというと、遡ること二週間前。

 

タイムトンネルでミカドの攻撃を受けた壮間は、時空の間を彷徨い、気付いたころには見知らぬ場所に不時着していた。それが二週間前の木組みの街だった。

 

その後ロイミュードに出くわし、変身したはいいが重加速に対応できずボコボコにされていたところを、ドライブに助けてもらい、事情を説明してドライブに変身する彼の手伝いをすることになった…というわけだ。

 

その縁で走大の行きつけの喫茶店、ラビットハウスの一同と知り合いになり、こっちも手伝うようになった。

 

 

 

「で、なんでそんなに厳重に縛ってるのかな?」

 

「こうでもしないと俺や走大さんに襲い掛かりますからね。実際殺されかけましたし」

 

 

手錠に加えて手足を縛り、椅子に座らせた上からもロープでぐるぐる巻きにする様子を、ココアは不思議そうに眺めている。実際暴れるのを必死に抑えているので、信ぴょう性は高いのが分かる。

 

 

「壮間から話は聞いてるぞ、危ない奴なんだってな」

「黙れ、仮面ライダードライブ!仮面ライダーは悪、必ず貴様も俺が殺す!」

 

「おっと、随分な言われようだな。それじゃあ自己紹介しとくか。

俺は仮面ライダードライブ、栗夢(くりむ)走大(そうだい)。この街を守る刑事で…仮面ライダーだ!」

 

「嘘つかないでください。刑事は刑事課や生活安全課の警察官、走大さんは地域課の交番勤務です」

 

「チノはいちいち厳しいんだよ。交番勤務で仮面ライダーって…なんかカッコ悪いだろ!?あーもう疲れた。ココア、アイスコーヒー頼む」

 

 

ココアからカップを受け取った走大は、眠そうに上半身を机に寝かせる。

一方、壮間はミカドから目を放さず、瞬きもしない勢いで監視していた。

 

 

「あのアナザードライブもまだ見てないし、ウォッチを手に入れるまで大人しくしてろよ」

 

「ふざけるな。ドライブを殺して俺がウォッチを手に入れる。それでこの時代とはおさらばだ」

 

「良いわけないだろ!?歴史を消すのが目的なら、何も走大さんを殺さなくたって…」

 

「甘い。仮面ライダーは世界を食いつぶす邪悪、貴様は害虫をわざわざ逃がすのか?

そもそも貴様なんぞに力を得させはしない。王になろうだなど、貴様も所詮は悪の一端だ!」

 

「それは……」

 

 

「違います。仮面ライダーは正義の味方、この街を守ってくれるヒーローです」

 

 

壮間とミカドの口論に割って入ったのは、透き通るように美しい、幼い声。チノだった。

 

 

「何?」

 

「仮面ライダーは悪者じゃないです。走大さんや駆さんは、いつも私たちのために戦ってくれる優しい人です。……悪く言わないでください」

 

「仮面ライダーがどれだけの悲劇を生んだのか、知りもしない子供の分際で…!」

 

「そちらが知らないだけじゃないんですか?」

 

「貴様……!」

 

 

「け…喧嘩はダメだよ!チノちゃん!」

 

「心愛さんの言う通りです、走大さんも何か言って……」

 

 

2人をたしなめようとするココアと壮間。争点である走大に助けを求めるが…

 

 

「眠い…もう動きたくない…もう働くのやめた……」

 

「走大さん!?」

「走大くん!?」

 

 

走大はいつの間に寝そべっており、完全にエンジンオフの状態になっていた。ドライブに変身したときの覇気は微塵も感じられず、顔のいたるところが緩みまくっている。

 

 

「ココアさん、何飲ませたんですか」

 

「え~!?私ちゃんとアイスコーヒー出して…あっ!これミルクだ!」

 

「コーヒーでエンジンがかかって、逆にミルクでギアが落ちる体質……何度見ても極端ですよね……しっかりしてください走大さん!交番どうするんですか!」

 

「そんなの…ココアとか千夜…あとマヤとかに任せるよ…」

 

「そんな急に言われても困るよ~!」

「その人選だと、明日には交番が無くなってそうで怖いです」

「ちょっと走大さん!?寝ないでください!心愛さん、コーヒー持ってきて、コーヒー!」

 

 

険悪なムードから一転、ラビットハウスはドタバタと大騒ぎに。カウンターに置かれた白い毛玉のようなウサギが眠たそうに欠伸をする一方、つまづいたココアが熱々のコーヒーを走大の頭にぶちまけた。

 

 

「こんな奴が仮面ライダーだと…?」

 

 

怪訝そうな顔で呟くミカドにも、ココアによってコーヒーがぶちまけられるのだった。

 

 

 

____________

 

 

 

2014年、警視庁捜査一課。

 

 

「強盗殺人で指名手配中の高尾信広、藤川高重、木嶋堅太郎の潜伏場所が分かりました。即刻向かうべきです」

 

 

書類をデスクに叩きつけ、威勢よく課長に詰め寄る若い刑事。

警視庁捜査一課巡査、相場(あいば)連二(れんじ)

 

しかし、課長は無慈悲にその資料を押し返す。

 

 

「駄目です。我々はこの一件には関与しない、それが決定なんです」

 

「何故ですか課長!あの街には交番が一つあるだけで、とても十分には思えません!

それに加え、あの街の手薄さを良いことに、犯罪者たちがあの街に逃げ込んでいるとも聞きます。先日のルパン騒ぎもあったばかりです。いくら犯罪率が異様に低いからといって、放置するのは愚策としか思えません!」

 

「ですが、検挙率も極めて高い。そうですよね?」

 

「それは……」

 

 

そう、木組みの街での検挙率は異常。それに加え、一年前に大量発生した機械生命体犯罪は、なぜか今では木組みの街に収束している。しかし、それにしては被害があり得ない程少ないのだ。

 

あそこにいるのは数人の警官のみのはず。その数字はどう考えても不自然だった。

 

 

「あの街にはあの街のやり方があります。我々が下手に口を突っ込んでも、足手まといにしかならない」

 

「ですが…!納得できません!」

 

「相場くん、君のその情熱は正義ですか?それとも私怨ですか?」

 

「……!それは…」

 

「その答えが出るまで、君を動かすわけにはいきません。

今は信じてくれませんか?あの街の番人を」

 

 

話は終わった。相場にとって、とても納得できないような形で。

 

3人組の一人、藤川高重は11年前に事件を起こし、追跡に来た刑事を殺害してそのまま逃走した。

その刑事こそ、当時捜査一課で活躍していた相場昭三。相場連二の父だった。

 

何故だ。

 

父の仇がそこにいると分かっているのに、何故自分は指をくわえて見ていなければならない。

それでは、一体何のために警察になったのかも分からない。

 

 

「ふざけるな……ふざけるなぁッ!!」

 

 

どうしようもない怒りを吐き出すように、相場は資料を破り、投げ捨てた。

ヒラヒラと宙を舞う紙切れが自分を煽っているようで腹立たしく、人目もはばからず紙を踏みにじって叫んだ。

 

 

その時だった。異変に気付いたのは。

 

 

これだけの事をしたのに、誰もこっちを見ていない。それどころか、誰も動いていない。

紙切れはいつの間にか、宙に置かれたように止まっている。

 

 

「どんより…?いや、でもなんで俺は…」

 

「正義の味方になりたくはないか!憐れな公僕よ!!」

 

 

相場の前に空間に割り込むようにして現れた、謎の男。

風変わりなスーツとでも言うべき青紫の服で身を包み、時計のデザインを取り入れたシルクハットに、ステッキを身に着けた若い青年。

 

その風貌は、まるで紳士や貴族のよう。

 

 

「なにもんだ…アンタ」

 

「吾輩はタイムジャッカーが一人、名をアヴニル!貴公の願いは把握した。

貴公は絶望している!幼き頃から夢だった警察官…その実態が、こんな怠惰にまみれた職場だとは!子供たちの夢を守るため、力を手に入れ、この組織を正しき姿に統率する!それが願いであろう!違うか?」

 

「何の話だ…?」

 

「……違うのか?

まぁ、そんなことはどうでも良い!」

 

 

タイムジャッカーと名乗る男、アヴニルは少し焦った様子で、手袋を着けた手の上にブランクウォッチを乗せる。

 

 

「貴公のその熱いマインドにシンクロした!

仮面ライダーの力は正義の力!これより貴公の成すことは全て!この力と名の下に正義となる!!」

 

 

アヴニルはステッキを回しながら、クルクルと舞うように相場の前まで距離を詰める。

ウォッチを起動させると、その文字盤は変化を遂げ、醜悪な怪物の顔が浮かび上がった。

 

 

《ドラァイブ…》

 

 

アナザーウォッチを相場の体に埋め込む。

体内から焼かれていくような苦痛が彼を襲うが、その力が自分を別の存在に変えていくのも実感していた。

 

 

「あ…あァ…ア゛アァァァァッ!!」

 

 

割れたマスクの瞳が輝き、“変身”が完了した。

赤き暴走車両──アナザードライブが誕生した瞬間だった。

 

 

 

「歴史を喰らえ!世界をその手に!今ここに大義の王が降誕した!

貴公こそが…仮面ライダードライブだ!!」

 

 

 

 

____________

 

 

次回予告

 

 

「木組みの街、連続殺人事件…」

「一枚1000円。やっぱシャロちゃん可愛いし?」

 

 

事件発生、駆けつけたのはチャラ男カメラマン!

 

 

「目指すはルパンの秘宝!チマメ隊withお姉ちゃんズ、出動だよ!」

「何故俺まで……」

 

 

事件の鍵は、ルパンの最期の宝──

 

 

「アナザードライブはどうして、4年も同じ場所に留まっていたんだ?」

「正義って…どこにあると思いますか?」

「繋がった。犯人は──」

 

 

熱い魂と己の正義で、全ての謎を解き明かせ!

 

 

「そんな歪んだ正義で、仮面ライダーを騙らせない!」

「全てのライダーを倒す。それが俺の正義だ!!」

 

 

次回「ナイスドライブ2014」

 

 

「仲間がいれば迷わない。誰よりも早く、お前の道を走り抜けろ」

 

 

 




バーンは006。無論別人ですので、あの出オチロイミュードではありません。
重加速は意識も鈍化する、というのが改ざん点です。ご了承ください。
考えた設定とバトルシーンでも尺食いそうだし…事件パートと日常パート大丈夫かなぁ…長くなりそうだなぁ…

あ、今回はベルトさんをオミットしました。歴史消滅による別れは毎回やると重いっていうのと、ベルトさんはクリム以外だと違和感凄かったので。苦肉の策として走大にキャラを統一させました。はい。ちゃんとバックストーリーも考えてますので、靴を投げないで!

感想と評価、評価、評価をよろしくお願いします!(高いやつ)


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ジオウくろすと補完計画 5.5話 「ミカドのライダー判定!」

早くも補完計画なのに補完を辞めました。ミカドレギュラー入りの補完計画です。
ちょい長め。


 

2018年、静止した木組みの街で、3人の人物が台本を持って立っている。

 

 

壮間「木組みの街に旅行!と思いきやアナザーライダーが!そこで出会った謎の男は…」

 

ミカド「仮面ライダーは悪だ!俺がこの手で殲滅する!」

 

壮間「仮面ライダー絶対殺すマンこと、仮面ライダーゲイツ、ミカドだった。

って、冗談じゃないよ!」

 

 

壮間は台本を床に叩きつけた。

すぐに拾ったが。

 

 

壮間「やっっっとゲイツ枠が来るって聞いて、ようやく自称預言者のW氏とおさらば!と思ってたのに…こんな危ないやつだなんて!」

 

ミカド「何が不満なんだ。初期のゲイツだってこんな感じだったはずだ」

 

壮間「初期ゲイツだってこんなに殺す連呼してないよ!何?アマゾンズの世界から来たの!?」

 

 

智乃「私を無視して話を進めないでください」

 

 

壮間、ミカド、そして今回のレジェンド、大人チノちゃん。

今回の補完計画はこの3人でお送りします。

 

 

壮間「あれ?智乃さんなんだ。じゃあやっぱ、あのストーカーW氏はクビ?」

 

智乃「みたいですね。後で遺影に花を飾って拝んでおきましょう」

 

 

3人仲良く合掌し、某W氏のことは頭から吹き飛ばした。

 

 

壮間「さて、じゃあ今回の本題だ。ミカド、君は仮面ライダーを全て倒すって言ったよね?」

 

ミカド「無論だ。あの男や、当然、貴様もな」

 

智乃「それなら問題ありません。

ドライブは仮面ライダーじゃないですから」

 

ミカド「お…おま…それ、聞く人が聞いたら怒るぞ!?」

 

智乃「仮面ライダードライブは車に乗る戦士です。だからライダーではなく、仮面ドライバーのはずです」

 

ミカド「いーや!ドライブは?車に?rideしている!

そう、rideしているなら間違いなくライダーだ!問題ない、殺す!!」

 

 

鼻息を荒くしたミカドだったが、壮間と智乃はまだ得意げにしていた。

 

 

智乃「まだ大丈夫です。なぜなら…」

壮間「俺は車にもバイクに乗ってない!」

 

ミカド「貴様…ライドストライカーがあるだろう!何故乗らん!」

 

壮間「だって免許持ってないし」

智乃「ジオウ本編だって、ほとんどバイク乗ってなかったはずです」

 

ミカド「普通二輪免許くらい取っておけ!」

 

智乃「そもそも、ミカドさんの中ではどこまでライダーなのか、はっきり決めるべきです。というわけで…」

 

 

場所が変わって、保健室のような部屋。というか保健室。

保険の先生の恰好をした智乃が前に立ち、ミカドと壮間は視力検査のアレを目に当てていた。

 

 

智乃「ミカドさんは、これから出すパネルがライダーだと思ったら、その“ライダー札”を上げてください」

 

ミカド「なんだこれは!?」

 

智乃「ライダー視力検査です。では行きます」

 

 

ジャン!

『仮面ライダージオウ』

 

 

ミカド「殺す」

 

 

ミカドは一瞬で「ライダー!」と書かれた札を上げた。

 

 

壮間「なんでよ!」

 

ミカド「顔にライダーと書いてあるだろうが。大体、タイムマジーンに乗ってるならライダーだ」

 

智乃「壮間さん、残念ですがそういう訳です。

それでは次」

 

壮間「俺の抹殺ジャッジ軽くない!?」

 

 

ジャン!

『仮面ライダーキックホッパー』

『仮面ライダーブレイブ』

 

 

壮間「両方ともバイクどころか専用ビークルは無し!これは……」

 

ミカド「殺す」

 

壮間「あれ!?」

 

 

またしてもライダー判定が下った。

 

 

ミカド「キックホッパーの必殺技は“ライダージャンプ”と“ライダーキック”。ブレイブのレベル1変身音は“I'm a 仮面ライダー”。言うまでもなくライダーだ。

大体、登場こそしていないが、キックホッパーは専用バイク“マシンゼクトロン”を持っている。そのくらいは勉強してこい」

 

壮間「詳しいな…」

 

ミカド「未来では義務教育だ」

 

智乃「それでは次です。まだとっておきを残してあります」

 

 

ジャン!

『仮面ライダールパン』

『アナザーアギト』

 

 

壮間「作中で仮面ライダーの名前を返上したルパン。流石にこれは…」

 

ミカド「殺す」

 

壮間「だと思った…」

 

 

智乃のとっておきの2人にも、無情なライダー判定。

 

 

ミカド「ルパンは公式名称に仮面ライダーってついてるから、仮面ライダーだ」

 

壮間「それ言うのズルくないですか!?

じゃあ、アナザーアギトはどうなんだよ!」

 

ミカド「確かにアナザーアギトはゴライダーの時点では、公式名称に仮面ライダーを冠していなかった」

 

壮間「ホラ!」

 

ミカド「しかし、ジオウに怪人としてアナザーアギトが登場したのを機に、木野薫が変身する戦士を“仮面ライダーアナザーアギト”と呼称すると公式が設定したはずだ。そもそも非公式ではあったが、デザイナーの出渕氏の画稿には“仮面ライダールデス”とあったとされている。

貴様、ジオウのくせにそんな事も知らないのか」

 

壮間「そっちが詳しすぎるんだよ!」

 

ミカド「未来では常識だ」

 

智乃「まだです。まだ負けません」

 

壮間「勝負じゃないですよ、智乃さん…」

 

 

ジャン!

『オルタナティブ・ゼロ』

 

 

壮間「香川栄行が作成、変身した疑似ライダー…バイク乗るし、ベルトで変身するし、これはミカド的には完全に…」

 

ミカド「許す」

 

壮間「あっれぇ!?」

 

ミカド「なんか違う」

 

壮間「なんか違うって何!?」

 

 

初めてのNOライダー判定。智乃は天を仰いでガッツポーズ。

 

 

智乃「やりました。勝ちましたよココアさん」

 

壮間「それでいいんですか、智乃さん」

 

 

そんな時、3人にカンペが出された。

智乃が読み上げる。

 

 

智乃「次でラスト…ですか。どうやら、スペシャルゲストで本人が来ているらしいです」

 

壮間・ミカド「「本人?」」

 

 

突然現れた垂れ幕。スポットライトが当たり、シルエットが浮かび上がった。

ブレスや装備、ドライバーの形はドライブのように見える。

 

 

壮間「ドライブはさっきジャッジしたような…あ、でもタイヤが無い。プロトドライブ?」

ミカド「プロトドライブはバイクに乗るし、この上なくライダーだ。どんと来い」

 

 

幕が上がって、出てきたのは。

 

 

???「私はロイミュードの生みの親、そして剛と霧子の実の父親。

 

これからはゴルドドライブと呼べぇッ!アーッハッハッハッハ!アーッハッハッハッハ!フゥハハハ、フヘァ、フヘァ、アーハッハッハッヘェアハハハ!!!」

 

壮間・ミカド「「蛮野かよ」」

智乃「まさかのレジェンドですね」

 

 

想定外4人目のレジェンド、仮面ライダードライブ本編より、特撮外道父親シリーズの最高傑作こと蛮野天十郎、ゴルドドライブの登場です。

 

 

蛮野「仮面ライダーか否かを問う催しにおいて、ゴルドドライブは非情に曖昧。そして、ドライブ編の補完計画。私が介入する余地は十分にあった!ネットワークの神である私の手によれば、この時空に介入することなど容易い!!ハッハッハッハ!」

 

ミカド「アリなのか?」

智乃「エボルトと蛮野は二次創作では定番です。アリです…多分」

 

蛮野「ゴルドドライブは公式呼称に仮面ライダーは付いていない。当然、専用ビークルも存在しない。分かるか?仮面ライダーではない私を、ここで裁くことはできないというわけだ!アーハッハッハッハ!」

 

壮間「なんかメチャクチャ言い出したぞこの人」

 

 

息切れしそうな高笑いを繰り返す蛮野。

 

 

蛮野「復活の余興に、この世界の全てを私の物にしてくれる!

それが理解できないバカは死ね!二次創作の世界も全て!私の前に跪くがいい!!アーハッハッハッハ!フゥハハハ!!」

 

 

壮間「これどうする?」

智乃「放置すると本編に割り込んできそうですね。一応ごちうさ世界なので、あんなマッドサイエンティストはゴメンです」

ミカド「ならば手段は一つだろう」

 

 

ミカドは持っていた札を捨て、別の札を上げた。

 

 

ミカド「イッテイーヨ」

 

壮間・智乃「「イッテイーヨォォォッ!!」」

 

 

紫の札に白い文字で、「イッテイーヨ!」と書かれた札。

智乃と壮間は2人でシンゴウアックスを振り上げ、いつの間にかボディが消滅してドライバーだけになった蛮野の前に立ちふさがっていた。

 

 

蛮野「馬鹿な!仮面ライダーではない私を、この時空で倒せるはずが……!」

智乃「蛮野はイッテイーヨ。これは常識です」

蛮野「待て!待つのだ香風智乃!偉大な私の頭脳を…この世から消しt」

 

 

《フルスロットル!》

 

 

蛮野「うあぁぁぁぁぁぁッッ!!?!」

 

 

お決まりのセリフは最後まで言わせず、智乃と壮間によって蛮野が真っ二つに。

かくして、蛮野のジオウくろすと侵略は未然に防がれたのだった。

 

 

ミカド「めでたしだな」

壮間「めでたいかな?」

 

 

 

to be continue…

 

 

 

 




何一つ補完していませんが、ご了承ください。
次回こそは…次回こそは補完しますから!


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EP06 ナイスドライブ2014
少年少女よ、正義に燃えろ


一か月ぶり更新です146です。
今回からはドライブ×ごちうさ編後半戦!結構詰め込んだエピソードとなっております。今後一切使う予定の無い設定も盛りだくさんでお送りいたします。

あ、ビルド×バンドリはクローズ変身回を書くことに決定いたしました!ドライブ編終わったくらいに書き始めると思います。皆さん、アンケート回答ありがとうございました!


 

体を失った“ただの情報の塊”とも言えるソレが、データの海をかき分けて、消えそうな思念でそこに辿り着いた。

 

端末のスクリーンから飛び出してきたのは、液状合金のボディを不安定に揺らめかせた、019のコア。

ドライブとの戦闘でボディは失ったが、コアだけは破壊されずここまで逃げ延びてきた。

 

019のコアの前に座り込んだ、濃い青のコートとファーマフラーを身に着けた男。

彼は019に蜘蛛を模したミニカー、スパイダー型ロイミュードのボディであるスパイダーバイラルコアを投げ与える。

 

そしてもう一つ、ある物を019に与えると、019は再びスクリーンの中に消えていった。

 

 

「よぅ、久しぶりだなバーン」

 

 

その直後、入れ替わるようにして現れた軍人の男。

幹部ロイミュードの一人、その名はバーン。彼の姿を見て、コートの男は嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

「私は挨拶に来たわけでは無い。ここに私の部下が来なかったか、ガイスト」

 

 

コートの男も幹部ロイミュード、進化して得た名はガイスト。

 

 

「ついさっき019に体をやった所だ」

 

「やはり…是が非でも逃げようとするか。未だに進化態も持てぬ軟弱者が」

 

「まぁ、そう言ってやんな。誰もお前みたいに強いわけじゃあない」

 

 

「そーそー、バーンくんは強いんだから、さっさと戦争起こして超進化しちゃえばいいんだよ。観戦用のポップコーンも用意してるんだからさ」

 

 

バーンの背後に座り込んだ、スマホを弄るヘアピンを付けた少年。スマホには様々なストラップやキーホルダーが付いており、大変なことになっている。

 

 

「004…相変わらず不気味な奴だ」

 

「004、そろそろお前の“名前”を教えてくれねぇか?俺もお前もいつ死ぬか分からない。名前を持っている奴は少ないんだ、せめてそれだけでも覚えておきたい」

 

「ヤだよ。情報は有益、そんで刃なんだ。そう簡単にはあげないよ、ガイストくん。

そーいえば、また同胞が死んじゃったね。バーンくんのとこで珍しいって思ったんだけど……何があったの?」

 

「……死んだのは085、082、018。そしてコンバットだ」

 

 

それを聞いたガイストはマフラーを握りしめ、口元を隠して目を閉じる。

まるで、鎮魂の祈りが聞こえるようだった。

 

 

「085と082は、どちらも寡黙だったが楽しい奴らだった。018…お前は戦いは苦手で、いつも後ろでバーンを支えてくれたな。コンバット…040は愚直で口下手だが、その忠誠心だけで進化して見せやがった誉れ高い男だ…惜しい奴らを亡くしたな、バーン。

お前たちのことは忘れねぇ。お前達が満足に死ねた事を、心から祈る」

 

 

ガイスト、ロイミュードの頭領ともいえる男。彼にとって他のロイミュードは家族も同然。仲間が死ぬ度に彼はその記憶を心に刻み、墓を作る。自分が死んだ後も、彼らの存在が忘れられてしまわないように。

 

しかし、仮面ライダーを恨みはしても、憎むことはない。

ロイミュードは人間を越えるため、その命を容易く奪う。ならば、人間がロイミュードを殺すのも道理。

 

そしてガイストは知っている。彼ら仮面ライダーは、同胞の死に場所として足る存在だ。彼らと戦い、敗れ、死ぬのであれば、その死は満足できるものであろう。

 

 

「…我々のもとに現れた、芸術家のような男……奴はなんだ。まるで底の見えない存在感、この世界に“いてはいけない”存在のような」

 

「芸術家か…ハッ、スタチューの奴を思い出すなぁ……」

 

「そして、またコア・ドライビアを持たない仮面ライダーが現れた。

一体どうなっている。この一連の流れ…少なくとも、好ましいものではない」

 

「そうだな…もしかすると、この世界をひっくり返す、いや…

世界を塗り替えるような何かが……起こっているのかもしれねぇな」

 

 

あくまで好奇の目線で呟くガイスト。

そんな中、バーンの話を聞いた004は、酔いしれるような、恍惚とした表情を見せていた。

 

 

 

「そうか……ついに手が掛かる。この世界の…物語の真理に……!」

 

 

 

__________

 

 

 

「動くな!動いた奴から撃つ!

身代金が来るまで、お前らは人質だ!」

 

 

木組みの街。そこは穏やかで、平和な街として知られている。

しかし、そこにいる警官もそれに伴って少数。それをいいことに、外から逃げこんでくる悪党も少なくはないのだ。

 

休日昼の喫茶店。逃げ込んだ強盗グループが立てこもり、銃を持って喫茶店内の十数名を人質にした。

 

人質の中には小さな子供もおり、とても怯えている。

見張りを続ける強盗犯の一人は、その中で何やら怪しい挙動の男を見つけた。

 

 

「お前!何をしている!!」

「わ…ちょ!」

 

 

その前が開いていない白パーカーの青年は、片手に携帯電話を持っていた。

 

 

「いや、誤解!誤解ですって!ちょっと彼女に、デート遅れるって送ろうとしただけで…」

 

 

携帯電話を取り上げた強盗犯の一人が画面を確認すると、弁明の通りの内容が未発信の状態で残っていた。

 

 

「チッ!こいつは没収だ。今度一人でも怪しい動きをしたら、全員撃ち殺すからな!」

 

 

脅迫と共に人質に銃口を向ける男たち。

その緊迫した状況の中、その空気に耐えかねた子供が、大声で泣き出してしまった。

 

 

「オイ、そのガキ黙らせろ!」

 

 

母親が必死に泣き止ませようとするが、子供は大声で恐怖を喚き散らす。それが主犯の男を苛立たせていく。

 

 

「うるせぇ!もういい…そのガキ撃ち殺してやる!」

 

 

主犯の男が銃を子供に向けた。

母親が子を守るように覆いかぶさるが、頭に血の昇った主犯の男は構わず、その引き金を…

 

 

 

パァン!

 

 

 

銃声が響いた。

 

 

音を立てて、主犯の銃が床に落ちた。

その手に感じたのは、銃だけを正確に撃ち抜かれた衝撃だった。

 

 

 

「まさか…!」

 

 

 

店の扉が開いている。

気付くと、強盗犯の一人がその場で気を失って倒れた。

 

そこにいたのは、この街の唯一の警官にして街の交番勤務員、栗夢走大。

 

 

「警察!?いつの間に…」

 

 

別の強盗犯が、さっきの白パーカーの青年を捕らえ、銃口を突き付ける。

しかしその瞬間、手を上げる動きのフリで、青年は強盗犯の顔面に裏拳をお見舞いした。

 

一瞬怯んだ隙に腕を振りほどき、バク転で強盗犯の頭上を通り過ぎ、即座に背後に。腕を捻って銃を放させ、落ちた銃を遠くに蹴り飛ばした。

 

 

「クソがァ!!」

 

 

そして気付いた頃には、走大は他の強盗犯を制圧しつつ、人質を主犯の男から引き離している。まさしく神業ともいえる、信じられない迅速さ。

 

最後に残った主犯は、ヤケクソに走大に向けて銃口を向ける。

しかし、撃ち慣れていない者には躊躇が入る。

 

その一瞬でしゃがみ込んで、滑り込むように間合いを詰める。

相手が視界から消えたパニックで更に反応は遅れる。そして数秒後には…

 

 

 

「立て籠もり犯、緊急逮捕!」

 

 

主犯の男は組み伏せられていた。

何をされたのか理解が出来なかった。そして、抵抗しようにも何故か体が全く動かない。

 

そのまま成す術もなく、男の両手には手錠が掛けられた。

 

 

 

 

__________

 

 

 

「ふへぇ…疲れた」

 

「お疲れ様です。…また今回も随分と早かったですけど」

 

 

強盗犯を外部の警察署に引き渡した走大は、交番に戻っていた。ミルクキャンディでギアを落とした走大は、机に突っ伏していた。

 

そんな彼の代わりに、交番を手伝う壮間。この数週間見てきたが、やはりこの事件解決までの早さには舌を巻く。

 

この街の人々は、とても穏やかだ。安心しているのが見るだけで分かる。

事件が少ないわけじゃないし、ロイミュードもいる。それでも人々がそうなのは、恐怖が広がる前に、超速で走大が事件を解決するからに他ならない。

 

 

(これが仮面ライダードライブ…車のライダー、文字通り速すぎる)

 

 

頭脳、フィジカル、メンタル、戦闘技術にバイタリティー。どれを取っても優秀。若くして、その歴戦の風格が浮かび上がるようだった。だからこそ、この街を少数で守り、地域課にして刑事事件を請け負うという特例が許されているのだろう。

 

 

「それにしても…立て籠もりを一人で解決するなんて」

 

「ん?あぁ、今回は色々好条件だったのと、中の様子が分かってたってのが大きいな」

 

「つまり、俺のおかげってわけよ。でしょ?ソウさん」

 

 

当然のように交番の椅子に腰を掛ける、白パーカーの青年。

走大からアメを取り上げ、ポケットに仕舞った。

 

壮間も彼の事は知っていた。

彼の名は津川(つがわ)(かける)。この街の大学に通う青年で、走大とは昔からのコンビらしい。

 

 

「お前の写真があったから、あれだけ迅速に動けた。礼を言うよ」

 

「見つかった時はヒヤッとしたけど、ついでにダミー文章打っといてよかったよ。

あ、礼ならブツで。一枚千円ね」

 

「…金取るんですね」

 

「当たり前でしょ壮間くん。今回は5枚写真を送ったから、5000円。ハイ」

 

 

走大は疲れた様子で財布を開け、中身に少し苦い顔をする。壮間も見たが、5000円札と小銭しかなかった。

 

仕方なく5000円札を駆に差し出した。少し差し出す指に力がこもっていたが、構わず駆は走大から札を奪い取り、満足げにポケットに仕舞った。

 

 

「お前、それでまたフルール通いか?ロクな大人になんないぞ」

 

「そりゃもう。シャロちゃん可愛いし?大体、いい大人なのにミニカー集めてるソウさんには言われたくないね」

 

「あー!触んな俺の1/64ランボルギーニムルシエラゴ・ロードスター!!」

 

 

交番は走大の私物化が激しく、給料で買った高級ミニカーが飾ってある。

チノによれば、一か月昼飯を抜きにしてミニカーを買ったこともあるらしい。重度の車オタクだった。

 

 

「大変だ!走大は…ってなんだこの状況!」

 

「リゼ!いい所に来た、コイツを何とかしてくれ!」

「あ、リゼちゃん!元気?あ、今からヒマなら、お小遣い貰ったし一緒にどっか遊び行かない?」

 

 

走大と駆が取っ組み合っている所に現れたのは、紫髪のツインテールの少女。ラビットハウスでバイトをしている女子高生、天々座理世。

ツッコミ気質な彼女は、思わず声を荒げた。

 

 

「私は今からバイトだ。ラビットハウスなら歓迎するぞ?」

「え、嫌だ。チノちゃん怖い」

「おい大学生」

 

「えっと理世さん?さっき大変って言ってませんでした?」

 

「そうだった!さっきウチの近くで、指名手配中の逃亡犯を見たって奴がいたんだ、早く来てくれ!」

 

 

 

__________

 

 

 

「何故俺がこんなことを…」

 

「文句言わないで働いてください」

 

「客がいないじゃないか。どうなっている」

 

「じゃあ掃除してください」

 

 

喫茶店ラビットハウス。

そこで働いているのは、故人であるマスターの孫、香風智乃。ここにホームステイをしている少女、保登心愛。

 

そして、2068年より仮面ライダーを殺しに来た少年、ミカドだった。

 

 

「ふざけるな。俺は仮面ライダードライブを殺す。こんな事をしている暇はない!」

「私だって、貴方のような人は願い下げです。走大さんが言うから、仕方なくです」

 

「うぅ…労働環境がギスギスだよぉ…」

 

 

チノとミカドの仲は険悪だった。というのも、仮面ライダーを憎むミカドと、仮面ライダーである走大を慕うチノ。そんな2人が反発するのは当然だった。

 

そんな彼がラビットハウスで働くことになってしまった訳。それは

 

 

「もとはと言えば、ミカドさんが無一文だったせいじゃないですか」

「黙れ。この時代の紙や金属の金など残っているはずがない」

 

 

ミカドが金を持たず、食料及び寝泊まりの場を確保できなかったためである。2068年は紛争状態であっても電子マネーを使っているようであり、この時代でも使えるものを持ってきたミカドだったが、

 

なんと、木組みの街に電子マネー取り扱い店舗が無かったため、走大から引き離すことも考え、ここに住み込みで働くことになったというわけだ。

 

 

「ふたりとも、喧嘩はダメだよ!

そうだ!仲直りのためにも、シャロちゃんや千夜ちゃんも呼んで、今からみんなでピクニックしようよ!」

 

「仮にも休日の昼時だぞ、商売を舐めているのか貴様」

「ココアさん、真面目に働いてください」

 

「なんでこういう時だけ息ピッタリなのかな!?」

 

 

涙目のココア。そして、顔を合わせないチノと、睨みつけるミカドだった。

 

 

 

____________

 

 

一方、トライドロンに乗り込み、天々座邸に向かう走大と壮間。

走大はカフェオレのアメを口の中で転がしている。コーヒーだとテンションが上がりすぎ、ミルクだと下がりすぎるため、平常時はカフェオレ飴でテンションを保っているのだ。

 

ちなみに、コーヒー牛乳だとカフェオレよりも少しテンションが下がる。

また、アメより飲料の方が効力は大きい。

 

 

「壮間、ロイミュードとは?」

 

「えっと…全部で108体、人間をコピーして感情で進化する機械生命体。進化態は人間と共謀するタイプもあり、人間と融合した融合進化態や、さらに上の超進化態も存在する……でしたっけ」

 

「Exactly!正解だ」

 

 

壮間はロイミュードについての書類を読み込んだ。勉強は好きではないが、苦手ではないためそれほど苦ではなかったようだ。

 

目的地も近づく中、壮間は走大にこんなことを問いかける。

 

 

「走大さん…ミカドは仮面ライダーが悪だって言ってました。きっとアイツが来た未来でそれは本当です。俺はこの力を…使ってもいいんでしょうか」

 

 

壮間は悩んでいた。ジオウとして戦うべきか、その力を受け継ぐべきか。

走大は殺させたくない。夢は諦めたくない。でも、それで自分がこの力を振るうのは悪じゃないと言えるだろうか。

 

 

「……俺が悪に見えるか?」

 

「…いえ。でも、俺は走大さんや天介さんとは違う。他の仮面ライダーもそうかもしれない。本当に仮面ライダーは正義なのか…自信が持てません」

 

「力には責任が伴う、それが分かってるなら上々だ。それじゃあ壮間、ロイミュードだとどうだ?アイツらは悪って言えるか?ロイミュード108人にも一人一人に自我がある。俺達と変わらない」

 

「それは…ロイミュードは人に危害を加えるから」

 

「じゃあ守られる人間は正義か?その正義を守るため、ロイミュードを殺す俺達は?そういう意味では、確かに俺達は悪なのかもしれない」

 

 

壮間は黙り込んでしまう。そんな壮間を見て少し笑い、走大は言った。

 

 

「ドライブの力ってやつを渡すにはまだまだだな。

お前はまだ、他人の正義に縛られてる」

 

 

その言葉の意味を考えているうちに、走大たちは目的地に到着した。

 

 

「はっは、いやーいつ見ても…デカいなぁ」

 

「え。これ家ですか?」

 

 

天々座邸はまさに豪邸だった。壮間も彼女が金持ちなのは聞いていたが、驚いてしまう。

 

 

(そういえば理世さん、拳銃持ってたり、たまに物騒なこと言ったりするけど…危ない家業なのでは…)

 

 

壮間がビビり始めた。その目撃情報を聞くため中に入ろうとするが、

待ち構えていたのは、黒服サングラスのいかつい男たちだった。

 

 

(あ、これ危ないヤツだ)

 

 

 

 

 

そして数分後。

 

 

「凄く紳士的な人たちだった…」

 

「まぁ、初見でビビるのも分かるけどな」

 

 

丁重に案内され、壮間と走大は情報を聞き出し、現場である庭の隅に来ていた。

当然、庭もとても広い。

 

走大は一応、リュックサックとヘルメット、そしてアンテナの装置で辺りを周回する。

 

 

「…重加速粒子なし。ロイミュードは関係ないか」

 

 

走大は辺りを観察する。薄っすらと残っている足跡は、同じ場所でも深さに差がある。その重なり具合から、複数名ここに来ていたのだろう。そして折れてから時間の経っていない、高い位置にある枝。

 

 

(つまり、ここに侵入したのは3人、身長180㎝以上の奴が一人以上…聞いた情報だと、顔を見たのは一人だが、その特徴は合致している。ここに逃げ込んだって通達があった、3人組の強盗殺人犯だ)

 

 

逃げてきたにしては、人の多いここに来る理由がないし、何より荒らされ過ぎている。

一度穴を掘り、それを埋めた形跡がいくつもある。この広い庭を、広範囲に隠れて移動した形跡もあった。

 

 

「まるで、何かを探していたような…」

 

 

 

_____________

 

 

 

時は少し経って、日が落ちる頃。

バイトを終えた金髪少女、桐間紗路。通称シャロ。彼女はハーブ専門の喫茶店、フルール・ド・ラパンでバイトをしてきたところなのだが、その様子は普段より疲れているようだった。

 

 

「全く…カケルってば何時間いるのよ!」

 

 

どうやら疲れの原因は、あの後フルールに行った津川駆のようだ。

ちなみにあの男、クッキー1枚を食べるのに、シャロを見ながら10分かける。

 

そしてバイト終わりのシャロに「遊ぼう」「ウチ来ない?」「家行ってもいい?」等の言葉を浴びせること18回。シャロは心身共に疲れきっていた。

 

 

「はぁ…今日はもうお風呂入って寝よう…」

 

 

帰路に着こうとしたその時、シャロは街道の木の陰に座り込んだ、一つの人影を見つけた。

近付くと、その人影は女性だった。歳はシャロと同じか少し上くらいだろうか。息を荒くし、辛そうな表情で胸を押さえている。

 

シャロは思わずそんな彼女に近寄り、声を掛ける。

 

 

「あの…大丈夫で……きゃっ!?」

 

 

その女性は近づいてきたシャロに鋭い視線を向け、辛そうな様子を崩さないままシャロの肩を掴んだ。そして立ち上がり、シャロを木の幹に抑えつける。

 

 

 

女性の姿が変わった。

骸骨頭の蜘蛛のような姿、スパイダー型ロイミュード。

 

ナンバーは、018。

 

 

 

___________

 

 

 

また時が経って、月が昇りきった夜。

 

この街にやって来た指名手配犯の一人、藤川高重。彼は他の2人と共にルパンの秘宝を探していたが、警察に勘付かれないように、別々に分かれることとなった。

 

その手にはルパンの宝の地図のコピーが。しかし、書いてある内容は分からず、しばらく当てずっぽうに街をうろついていた。

 

 

「本当にあるんだろうな…クソ、高尾め偉そうにしやがって」

 

 

色々と訳あって、彼は共に逃げてきた高尾に逆らうことが出来ない。それがどうにも気に喰わないようだった。

 

 

そんな時、誰もいなかったはずの茂みから、何者かが現れた。

その姿は警察の制服を着た男性。

 

 

「サツ!?マズい……!」

 

「ふ…はは……!感謝するよ。こんなにも早く、この男が見つかるなんてな…!」

 

 

違う、藤川は反射的にそう感じた。

警察の雰囲気じゃない。もっと心臓に直接訴えてくるような、鋭利な感覚。

 

激しい憎悪と、殺意。

 

 

「覚えているか?11年前の事件を。お前に分かるか?父を労うために、なけなしの金で買ったネクタイと待っていた食卓で、訃報を聞かされた時の俺達の気持ちが!!」

 

 

その警官、相場から重加速が発生。

そして、その姿は変わり、赤い装甲を纏いし異形、アナザードライブに。

 

 

「死んで親父に詫びろ」

 

 

もはや意識が鈍化し始め、藤川は恐怖を叫ぶことすらもできない。

 

遠吠えにも似た叫びをあげ、藤川の首を掴んだアナザードライブ。

その復讐心は腕に力を込めさせ……

 

 

 

何かが砕けた音がして、藤川の体は動かなくなった。

 

 

 

なんだ、終わってみれば簡単な事だった。

父を殺した犯罪者は死んだ。この手で悪にふさわしい裁きを下した。

 

これで全てが終わった。

 

いや、何も終わってはいない。

世の中から、悪が一つ減っただけだ。

 

 

この世界の人々は美しい。しかし、その中には生きる価値など無い悪が、ゴミどもが巣食っている。それが許せない。

 

しかし、この仮面ライダーの正義の力があれば、世界をも変えられる。

 

そうだ、悪は全て同じように消してしまえばいい。

そうすれば、この世界から、一片の悪も残すこともない。穢れのない、完璧な美しい世界を創造できる。

 

 

そう、この力は正義の力。

正義の名の下に、悪は残らず討ち滅ぼす。

 

 

 

「まずはこの街だ。

全ては…正義のために……!」

 

 

 

 

 

 




今回登場した(名前だけも含む)オリジナルロイミュードは、過去に私が考えたものでございます。無茶ぶりで他の方のオリジナルロイミュード募集に投げつけたものも、そのまま流用しております。…よくこんなの応募したな、と今なら思います。

さて、今回は強盗殺人犯逃亡事件、幹部ロイミュード、白パーカーの男、ミカドinラビットハウス、シャロとロイミュード018、アナザードライブ、ルパンの秘宝とえげつないくらい詰め込みましたが…大丈夫かなぁ……

とりあえず、感想や評価(大事な事なのでn回言います)よろしくお願いいたします!!


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その姿を偽るのはだれか

イエス、146です。
ゼロワンドライバー、ショットライザー、フォースライザー。3種の神器コンプリートしました。高い。

今回は文字数の割りに内容薄い気がします。ご了承ください。
ドライブ編は情報量お化けだから…反省したから。


「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た」

 

 

2014年、木組みの街。人ごみの中で、ウィルは本を開いて語る。

 

 

「ドライブの力を得るため、2014年にやって来た我が王。しかし、仮面ライダーを憎む少年、ミカドもまた時空を超えてやって来た。仮面ライダーゲイツの力を持つ少年…彼はいったい何者なのか…

 

そしてどうやら、我が王には大きな試練が待ち受けているようです」

 

 

 

_________

 

 

ミカドがラビットハウスで働き始めてから数日。

結論から言って、客が増えた。

 

 

「釈然としないです」

 

 

普段より少し忙しい様子に、何故かチノは不満げだった。

 

 

「それにしても、ミカドがこんなに仕事が出来るなんてな。いっそココアと代わってもらったらどうだ?」

 

「ひどいよリゼちゃん!」

 

 

リゼが感心して言う。

ミカドは言動こそアレだが、礼儀はわきまえており、接客も非常に丁寧。仕事ぶりにも無駄がない。

 

リゼやチノは初期のココアを思い返してみる。どちらも初経験だというのに、残酷なまでの差があった。少し悲しくなる。

 

ちなみに、壮間が手伝ったときはココアといい勝負でグダグダだったのを思い出してしまった。

 

 

「そういえば、ミカドくんって未来から来たってホント?」

「壮間さんも言ってましたね。確か4年後から来たと…」

 

「何故お前達に答える必要がある」

 

 

休憩時間でも、ミカドは一人離れた席に座っていた。

接客の時も表情の変化が乏しいが、そうでない時はさらに険しい。少なくとも、出会ってからこの数日、彼が笑ったところを見たことが無い。

 

 

「私は信じてません」

 

「お、意外だな。チノってこういうの好きかと思ってたけど」

 

「4年後の私は、今のココアさんよりも小さいそうです。

……そんなはずないです。牛乳だって毎日飲んでます」

 

「事実だ。奴は2018年、俺は2068年から来た」

「なんで今言い直したんですか」

 

「大丈夫!ずっと小さいチノちゃんも可愛いよ!!」

「褒めてるんですか?」

 

 

驚くココアとリゼ。そして、チノの頭上の白い毛玉のようなウサギ、ティッピー。

チノは驚きより凹みが勝っているようだった。

 

 

「じゃあ!未来ってどんな感じ?やっぱりウサギメカとか飛ぶウサギとかいるの!?」

 

「なんでウサギ限定なんだ…

チノも興味あるんじゃないか?例えば…未来のコーヒーとか」

 

「あるけどないです。ミカドさんの話は聞きたくないです」

 

 

ミカドとはやはり折が合わないようで、チノは顔をそっぽに向けた。チノにしては珍しく嫌いを押し出しているのが、他の2人からしたら珍しい。

 

 

「そこまで言うなら話してやる」

「天邪鬼か」

 

「未来では気候変動、世界紛争でコーヒー豆は高級品だ。そもそも嗜好品自体が俺達レジスタンスには滅多に回ってこない」

 

 

ミカドはそう言って、懐から袋を取り出した。

透明なパックの中には、茶色い粉末が入っている。

 

 

「タンポポの根の粉末に化学合成した物質を加えたものだ。味と匂いは本物のコーヒーに限りなく近づけてある」

 

「タンポポの根っこ…?」

 

「タンポポ茶だな。昔のドイツではよく飲まれてたって、親父に聞いたことあるぞ。

ってことは、ミカドはコーヒー飲んだことないのか?」

 

「カフェインは薬剤で摂取できる。わざわざコーヒーを飲む必要性が見当たらない」

 

 

「なんじゃと!?」

 

 

突然ダンディーな声が聞こえ、驚いたミカドは声が聞こえた方向を向く。

そこにはティッピーの口を押えるチノがいた。

 

 

「今その兎、喋らなかったか?」

「私の腹話術です」

 

「いや、声が全く…」

「腹話術です」

 

 

ココアやリゼも驚いた様子はない。半ば疑いながらも、ミカドはそれ以上考えるのをやめた。

 

しばらくすると、チノがミカドの前に湯気が立ち上るカップを置いた。

 

 

「なんの真似だ」

 

「ウチのオリジナルブレンドです。ホンモノの味を知らないなんて、人生8割損してます。バリスタを志す者として、そんな人を見過ごせません」

 

 

チノはそう言って、ミカドにコーヒーを手渡す。

ココアも欲しがっていたが、チノに「インスタントとの違いが分かってから出直してください」と諭されると、涙目で引き下がっていった。

 

ミカドはチノの理解できない行動にため息をつきつつも、渋々そのコーヒーを口に含んだ。

彼の本能を謎の緊張の中で見守る3人+一匹。

 

 

「味は変わらん」

 

「そんなわけないわい!そんな違いも分からんのかデコ助!」

 

 

また聞こえた低い声に、思わずミカドはコーヒーを吹き出しそうになる。

 

 

「その兎、喋っただろ」

「腹話術です。それより、変わらないわけありません。もう一回、もう一回だけ飲んでください!」

「ふざけるな。断る」

 

 

ワイワイと客がいない中で賑わうラビットハウス。

その中で、ミカドは確かな焦りを感じていた。

 

 

(こんな事をしている暇は無い。一刻も早く、仮面ライダードライブを……)

 

 

 

___________

 

 

 

「これは……」

 

 

交番に通報を受け、走大がトライドロンで駆けつける。

街の外れにあったのは、男性の遺体。とにかく現場を保存する走大だったが、妙だった。

 

 

「おかしい、なんで誰も応援に来ない」

 

 

大概の事件はロイミュード絡みである木組みの街で、捜査のほとんどは走大や駆に一任されている。しかし、殺人事件ともなれば話は別だ。普通なら、本庁から応援が駆けつけるはずだが、一向に音沙汰がない。

 

 

「首の骨が砕けてる…死因はそれによる窒息か。首に掴まれたような跡もある。どんよりの市民通報とも一致してるから…ロイミュードの仕業と見て間違いないか。俺だけで分かるのはこのくらいだな」

 

 

そしてこの遺体、身元はすぐに分かった。この街に逃げ込んだとされる、指名手配犯の一人、藤川高重だ。

 

 

「ロイミュードがコピーした…ってわけないか。それなら死体を隠すはずだ。一体、ロイミュードの目的は…いや」

 

 

走大の頭にこんな思考が過った。

状況は間違いなく機械生命体犯罪だ。しかし、何かが違う気がしていた。ロイミュードに限りなく近いが、確かに異なる…そんな像が走大の中で線を結ぶ。

 

走大はコーヒーアメを口に入れ、歯を立てて噛み砕く。

 

 

「Alright!上等だ、絶対に逃がすか!」

 

 

 

___________

 

 

 

その頃、壮間は。

 

 

「……平和だなぁ」

 

 

ラビットハウスの手伝いとして、野菜や果物のお使いに行っていた。

ロイミュードがこれだけ密集しているというのに、平穏が続いている。これも全て、栗夢走大という交番勤務員によるものだと考えると、その凄さが身に染みる。

 

 

「走大さんは凄い人だ。天介さんもそうだった。仮面ライダーになるのが、そんな人ばかりならいいのにな…」

 

 

そうはならなかったから、ミカドがいた未来に辿り着いてしまったのだ。

ミカドがいたのは、世界が崩壊した2019年5月1日の先の世界。一体あの後、何が起こったというのだろう。

 

その世界を支配した王、それは怪人か、仮面ライダーか。何にせよ、そいつを倒すしかない。

 

世界の理を覆すほどの力、消えたビルドの歴史。

 

 

(その王ってのが、もしかしてアナザーライダーなのか?)

 

 

考えに耽っていると、角の先から悲鳴が聞こえた。

急いで駆けつける壮間。その悲鳴の主は女性で、彼女が指さす先にはバッグを持った男が走り去っていた。

 

 

「ひったくりか…!」

 

 

走る壮間。忘れないように言っておくが、壮間はそこまで足は速くない。

 

 

「こういうのは…香奈の専門だから……」

 

 

全く差が縮まらないどころか、引き離されている。

すると、ひったくり犯の前に男が立ちふさがっている。

 

 

「どけぇ!」

 

 

その男は警察の制服を着ている。

走大以外の警官はいないはずであるため、壮間は息切れしながら疑問符を浮かべた。

 

男は叫ぶひったくり犯を前に一歩も動かず、

 

 

「お前のようなゴミは…排除する」

 

 

ひったくりの顔面に、薙ぎ払うような殴打を叩き込んだ。

吹っ飛び、家の壁に激突するひったくり。壮間は思わずその光景を二度見した。

 

 

「えっと……とりあえず、ありがとうございま…」

「うおぉぉぉぉッ!」

 

 

警官の男に礼を言おうとしたとき、吹っ飛んでいったひったくりが、唸りを上げて立ち上がった。奪ったバッグを放り投げ、体が変異していく。

 

現れたのは、バット型ロイミュード。ナンバーは104。

 

 

「うっそでしょ…ロイミュード!?」

 

 

ロイミュードは重加速を展開。周りの人々と壮間の動きが鈍化する。

しかし、駆けつけたパトカー型のシフトカー、ジャスティスハンターが壮間のホルダーに収まり、重加速域の中での自由を得た。

 

ジオウウォッチを構える壮間。だが、その時違和感に気付く。

この重加速の中で、警官は何事も無いようにロイミュードへと近寄っていたのだ。

 

 

「機械生命体…人々を襲う、悪の権化!」

 

 

警官の男の目線は、鋭く104を刺し貫く。

怯みながらも襲い掛かる104。しかし、その攻撃は軽々と受け止められる。

 

黒い靄のような物が男の体から溢れ出し、その全身を包み込んだ。

ドライブが変身するエフェクトが逆再生するように、警官の男は“変身”した。

 

 

「正義は…お前たちの存在を許さない」

「アナザードライブ!?」

 

 

間違いない。2018年で交戦し、間もなくこの街を静止させるアナザーライダー。アナザードライブだ。

 

アナザードライブは104の体を蹴り倒し、その胴体を力を込めて踏みつける。

 

 

「死ね」

 

 

アナザードライブの脚が104のボディを貫通し、その肉体は爆散。

逃げ出そうとする104のコア。だが、アナザードライブはそれを見逃さない。

 

そのコアはアナザードライブに掴み取られ、粉々に握り潰された。

 

 

「壮間!」

 

 

遠くから近づいてくる声が聞こえる。

その声は走大のものだ。重加速を確認したため、既にドライブに変身しており、ドア銃をアナザードライブに向ける。

 

 

「何だコイツ?そうか…これがアナザーライダー!?」

「…!ダメです走大さん!コイツと戦っちゃ!」

 

 

アナザーライダーの前にでは、オリジナルのライダーの力は減衰する。それを知っている壮間はドライブを止める。

 

 

(そもそも、あの人はロイミュードを倒しただけだ。敵かどうかはまだ…)

 

 

「栗夢…走大……そうか。お前も警察も、温過ぎる。この俺が…正義を正してみせよう」

 

 

アナザードライブの左肩のマフラーから黒煙が排出され、アナザードライブの全身を覆い隠す。煙が晴れた頃には彼の姿は消えていた。

 

変身を解除した走大は、怪訝な顔つきでさっきの言葉の意味を吟味する。

 

 

「正義……か…」

 

 

そう呟き、走大は壮間を一瞥するのだった。

 

 

 

___________

 

 

 

その後、特に捜査が進展することは無かった。

走大を襲いに行かないように、ミカドはラビットハウスでしっかりと監視。夜の間も拘束されるという徹底っぷりで走大と引き離していた。

 

そして、再び夜がやって来る。

 

 

「街の周りに現れる、自動車の幽霊…トライドロンに似てるんだよなぁ」

 

 

街の近くの山にある小屋。そこでクッキーをかじりながら写真を眺めるのは、津川駆。

その写真に写るのは、赤黒い車両の残像。今日の昼間から現れたこの車は、外部から侵入する者を弾いているらしい。

 

実際、殺人事件捜査の応援に来たパトカーは全て、この偽トライドロンに襲われて門前払いを受けている。

 

 

「いや~な予感がする。そう思ったら、行動あるのみ!」

 

 

駆はカメラを持ち、立ち上がった。

走大の迅速さに並び、追い越し、誰よりも先に情報を掴む。それこそが、最速の情報屋である、津川駆の仕事だ。

 

ドアノブに手を掛けようとした瞬間、

 

 

「…居る」

 

 

駆は即座にドアから身をずらした。

駆がさっきまでいた場所は、ドアを貫通した弾丸が通過。壁に貼っていた写真を射抜いた。

 

ドアを蹴破り、異形のドライブが姿を現した。

 

 

「勘弁してよ。トライドロンの次は、ドライブの偽物?」

 

「津川駆、その罪で汚れた身で正義を騙るお前も、許されざる悪だ!」

 

「なるほどね…その“黒歴史”、どこで知ったのかは知らないけどさ!」

 

 

駆は懐に仕舞っている“ある物”を取り出そうとする。

手を入れた瞬間、アナザードライブは躊躇の欠片もなく、左腕の銃を発砲した。

 

銃弾は駆の肩、脚、腹、そして心臓を貫通。

 

 

血を吐いた彼の身体は、穴の開いた無惨な姿で木の床に伏した。

 

 

 

_________

 

 

月の下、壮間はなんとなく外を散歩していた。

 

 

「アナザードライブは…悪い人なのかな」

 

 

彼はロイミュードを倒した。一見すると正義だ。

しかし、彼によってこの街が重加速域に包まれるのは事実。そもそも、2018年では普通に殺されかけた。

 

でも、嘘をついたり、悪意だったり、そういうのは何故か感じられなかった。

 

 

「それを言ったら、ミカドだって正しい。アイツはアイツの正義でこの時代に来たんだから」

 

 

ドライブは人を守るために戦う。ロイミュードは自らが進化するために戦う。アナザードライブは己の正義を遂行するために戦う。ミカドは未来を変えるために戦う。

 

 

「俺は…王になるために戦う。並べてみると、すごい自分勝手だな。

でも…天介さんと蘭さんが教えてくれた。これが俺なんだ。それが間違っているとは思わない」

 

 

一体、何が間違いで、何が正しいのか。

どれも正しい、それかどれも間違っているのだとしたら、一体誰と戦えばいいのだろうか。

 

そんな考えが壮間の頭で公転を続ける。

そんな時、壮間の携帯電話にメールが届いた。

 

 

「……これって」

 

 

 

 

メールの指示通り、壮間は近くの山道の先に小屋を見つけた。

 

 

「駆さん!?」

 

 

その中には、自分で自分の体に包帯を巻き、手当てをしている津川駆がいた。

床を見れば、その出血量が分かった。駆も相当辛そうだ。

 

 

「どうしたんですか、その怪我!」

 

「誰にも言ってないな?」

 

「え…はい、指示通り一人で来ましたけど。それより一体何が…」

 

「ドライブみたいなロイミュードにやられたんだよ。対面一番で撃たれた。心臓の一発はトマーレが、後はサーカスとコマーシャルの演出で何とか騙せたけど…フザけてるよ全く…」

 

「それって、アナザードライブ!?」

 

「…心当たりあるんだ」

 

 

壮間は駆に説明した。アナザーライダーについて、そして彼が昼間にも現れたことを。

 

 

「なるほどねぇ…歴史が消えて、未来では木組みの街は止まっちゃうわけだ」

 

「駆さんはあまり会えなかったので、説明してなかったですけど」

 

「ホントだよホント!情報屋なのに俺だけ知らなかったってことでしょ?ショックだわー」

 

「あ、でも歴史の事は走大さんにも言ってません。今は場合が場合なので伝えた方がいいかと…」

 

「それで正解だと思うよ。俺は全然へっちゃらだけどさ。歴史変わっても、可愛い子いるとこに俺有り!って感じだし。ソウさんはそうはいかないと思うからね……“前”の戦いのことや、ロイミュード達のことだって消えるわけだから」

 

「ロイミュードが消えるのは、良いことなんじゃ……」

 

「俺もそう思う。でも、ソウさんはそこちょい違うわけよ。ま、壮間もそのうち分かるでしょ」

 

 

駆はそこまで言うと、咳払いして話を戻した。

 

 

「んで、本題だ。そのアナザーってのがロイミュードと近い存在、つまり記憶と姿のコピーが可能だと仮定するよ」

 

「はぁ……」

 

「この家の場所知ってる人って、割と少ないんだよね。それに、俺の昔の事も知った上で、ピンポイントで俺を殺しに来た。

 

その両方を知っているのは、ソウさん、ココアちゃん、チノちゃん、千夜ちゃん、シャロちゃん、リゼちゃん。あとマヤちゃん、メグちゃんに青ブルマ先生、タカヒロのおっちゃん。正確にはあと一人いるんだけど…まぁそんな感じ」

 

「それって…!」

 

「残念ながら、今は身内が全く信用できないってわけ。

でも新参の壮間だけは、どっちも知らない唯一の味方サイドとして、確実に信用できる」

 

 

犯人は駆と親しい人物をコピーした。

その目的は分からないが、駆を襲ったことから、まず間違いなく敵だというのはハッキリした。

 

まずその正体を暴かなければいけない。それを考えた壮間は

それに気付いてしまった。

 

 

「駆さんは命を狙われてるから、しばらく雲隠れ。ってことは……あれ?俺が……やるしかない…!?」

 

「その通り。大事なダチの姿と記憶パクってる偽物野郎を、壮間は表から、俺は裏から絶対に暴き出す!2人だけの大捜査線だ!!」

 

「マジですか……?」

 

 

 

それこそが、2014年で壮間に課される最大の試練。

それはただ一人で、その正義と真実を以って、己の目で敵を見極めること。

 

試練の火蓋は、既に切って落とされていた。

 

 

 




ミカド空気…?いや、動かしたら走大殺しに行きますもん。もうちょいじっとさせます。
さて、謎解き要素をここで入れましたが…長くなるなぁ。あと3話くらいかな。お付き合いください。

感想、評価、どうか何卒…何卒よろしくお願いします!


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魔法の解けないシンデレラでもいいじゃない

いや、今回はキツかった。146です。
特になんやかんや無かったにも関わらず遅くなりました。何故なら本来入れる予定の無かった話だから。それがこんなに長引くなんて思ってなかった。

あ、質問コーナー作ったんで何かあれば是非!

今回は壮間とシャロメイン回です!


 

 

「これより!木組みの街捜査本部、定例会議を始める!!」

 

 

ココアや壮間たちの前で、走大は声を張り上げる。

学校の終わった夕方、何故か皆が集められていた。

 

 

「走大くん!」

 

「どうしたココア!」

 

「なんで私たちまで集められたんですか!」

 

「なんやかんやあって、外部から応援が来れない状況!よって人手が足りない!

それより千夜はどうした!」

 

「千夜ちゃんはいつになくお店が忙しいから来れないって!」

 

「そうか!」

 

 

元気ハツラツで仕切る走大。なんとなく気味が悪かった壮間は、小声でリゼに尋ねる。

 

 

「理世さん、走大さんテンション高くないですか?」

「さっきコーヒー3杯飲んでたからな。ホントは捜査で徹夜したらしいぞ」

「あぁ…だから目が充血してるしフラフラなんですね。ミカドは?」

「流石に連れてこれないからな…ティッピーと一緒に店番頼んだ」

「律義ですね」

 

「そこ!私語しない!」

 

 

注意する走大の目の下には、クマもくっきり付いていた。一晩中頭をフル回転させたのだろう、今にも倒れそうだった。

 

 

「俺の徹夜の甲斐なく、殺人事件も逃亡犯もあの偽ドライブも何も分かってないわけだが…何か分かり次第お前たちにも手伝って貰いたい。

それより、駆の奴はどうしたんだ?この大変な時に……」

 

 

その一言に壮間はギクっとなる。走大がこちらを見てきたので、即座に目を離した。

 

というのも、壮間は津川駆の居場所を知っており、なおかつ誰にも話せないからだ。

昨日の夜、駆はアナザードライブに殺されかけた。そこで得たヒントで、アナザードライブがコピーした人物の候補を絞った。

 

そう、ちょうど今ここに居るメンバーは全員含まれている。

というわけで壮間は先程から、その一挙一動に目を光らせている。が、見れば見るほど怪しくも見えるし、そうでないようにも見える。早い話、全く目星は付いていなかった。

 

 

「えっと…ちょっと用事あるから私はここで……」

 

 

遠慮気に立ち上がったのは、シャロだった。

 

 

「シャロちゃん!タイムセールは戦争だよ!」

「違うわよっ!?」

 

 

ココアの天然失礼発言を振り切って、シャロは行ってしまった。

その外見から溢れ出る気品オーラとは対照的に、シャロが貧乏なのは事実であるが。

 

それを見た壮間、思わず立ち上がる。

 

 

「あ…すいません!俺もえっと…トイレ!」

「おい、トイレは中に…って」

 

 

走大の言葉が終わる前に、壮間はシャロを追って出て行ってしまった。

 

 

 

_________

 

 

 

「つい追いかけちゃったけど…」

 

 

身を隠しながらシャロの後をつける壮間。隠れ方も上手ではないため、傍から見れば完全にストーカーである。

 

シャロが商店に入った。本当にタイムセールだったのだろうか。

 

 

しばらくすると出てきた。

金が無いにしては、随分とたくさん物を買い込んでいる。

 

 

「怪しい…」

 

 

シャロもその視線を若干怪しみながらも、家まで帰ってきた。

改めて見ると、シャロの家は小さい。隣の和菓子屋、甘兎庵はココアたちの友人である宇治松千夜の実家。ココアの言う通り繁盛していた。

 

壮間はシャロの家の敷地に入り、窓を覗こうとする。

普通にカーテンが閉まっている。

 

壮間の中ではシャロは既に怪しさの塊。ここまで来たらと、壮間は木の外壁に耳をつけ、室内の音に聞き耳を立てる。

 

 

中から会話が聞こえる。

 

 

「本当に遠慮せずに食べるわね…」

 

「大食いの人間だったようだ。…おかわりを寄越せ」

 

「変な感じね、だってアンタ……」

 

 

(誰かと話してる…?千夜さんかな?いや、でも口調が…)

 

 

そこまで考えて、ふと壮間は我に返った。

独り暮らしの女子高生の後をつけ、家での会話を盗み聞きする。つまり

 

 

(ひょっとしなくても今の俺って…変質者なのでは?)

 

 

 

_______

 

 

 

「で、帰ってきちゃったんだ」

 

「…はい」

 

 

街の片隅にある小屋。まず偶然ではやってこれないような場所にある、まさに隠れ家。

山にある小屋はアナザードライブに知られたため、駆はここに拠点を移した。こんなこともあろうかと、彼は誰にも教えていない拠点を複数持っていた。

 

 

「情けないな!俺なら何時間だろうがやれるけど?」

「通報されますよ?」

 

「まぁ、とにかく現時点ではシャロちゃんが一番怪しいってことね。会話ってことは、アナザードライブを匿ってるのかもね。何か訳アリで」

 

「それだと紗路さんがチクったってことになりますけど。なんか恨まれることしたんですか?」

 

「心当たりが在り過ぎる」

 

「駄目だこりゃ…」

 

 

ちなみに、アナザードライブが誰の記憶もコピーしてない可能性も考えた。しかし、あんな短時間で駆の昔の事や、家の場所を特定するのはほぼ不可能。

 

加えて、アナザードライブは変身前の姿を見せている。記憶をコピーしたのなら、姿もコピーした方が動きやすくなるはずだ。

 

 

「よし。明日からはシャロちゃんの件は俺に任せて」

 

「いやいや、駆さんは休んでましょうよ!3か所も撃たれてるんですから…」

 

「シャロちゃん見れば治るから、マジで。

大丈夫、四六時中シャロちゃん観察して一挙一動を写真に収めればいいんでしょ?余裕余裕!」

「通報しますよ??」

 

 

 

結局、駆は体が痛すぎて外には出られなかった。

 

 

__________

 

 

 

それからほとんど捜査も進展することなく数日。

逃亡犯の居場所も分からず、アナザードライブの件も同様。シャロのことは怪しまれず、社会的に問題のない程度で調べているが、中々ガードが堅い。

 

というわけで、壮間はシャロの家の隣にある甘兎庵にいた。

 

 

「んー!おいしいね!」

 

 

何故かばったり会ってしまったココアと一緒に。

 

 

「聞いて…ココアちゃん…壮間くん……」

 

 

ついでに意気消沈している千夜を添えて。

 

 

「千夜さん…仕事しなくていいんですか?」

 

「あのね……最近シャロちゃんが……」

 

「あ、話聞いてない」

 

 

壮間は早々に諦め、ココアと一緒に千夜の愚痴を聞くことにした。

少し話したことがある程度だが、宇治松千夜という少女はかなり自分本位。基本的にはお淑やかな大和撫子なのだが、物凄いマイペースで天然なのだ。

 

彼女が命名しているこの店のメニュー名からも、彼女の性格が見て取れる。

今ココアが食べているのが、特盛りフルーツ白玉ぜんざい「兵どもが夢の跡」。壮間の食べている桜餅は「黒曜を抱く桜花」である。初見に厳しすぎるメニュー名だ。きっと彼女は大物になるだろう。

 

 

「ってあれ、紗路さんの話ですか?」

 

「そういえば…シャロちゃん最近忙しそうだよね」

 

「そうなの……ウチにも全然来てくれないし、遊びに行っても家に入れてくれないし…

毎朝玄関先に牛乳置いても、怒るどころかツッコんですらくれないの!」

 

「嫌がらせが地味に陰湿!」

 

 

内容はどうあれ、シャロの様子がおかしいのは皆も感じているようだ。

 

 

「シャロちゃんのツッコミが無いと…私…私……!」

「論点そこですか?」

 

「大丈夫だよ!チノちゃんに壮間くん、ツッコミの若い芽は強く育ってるよ!」

 

「そう…そうね!諦めるのは早計だわ、ココアちゃん!

ツッコミ界の新世代、ニュージェネレーションズが必ずシャロちゃんを連れ戻してくれるわ!」

 

「何の話でしたっけ!?」

 

 

ココアと千夜を放置しておくと、元の話題や目的が跡形もなくなるのは珍しくない。放置しておくとどこまでも暴走を続ける、混ぜるな危険コンビなのだ。

 

 

「話を戻しますよ。とにかく、紗路さんの事が気がかりなのは俺も同じです。ここは一つ…探りを入れてみませんか?」

 

 

「黒曜を抱く桜花」を平らげ、壮間は指を立てて2人に提案する。

 

この二人のどちらかがアナザードライブの可能性もある。が、今この流れならシャロのことを調べるのは自然。怪しまれないはず、というのが壮間の考えだった。

 

 

 

そして数分後。

 

 

 

「だからって正面突破は無いでしょう!?」

 

「そんな弱腰じゃダメよ!人生、時には真正面からぶつからないと壊せない壁もあるの!」

 

「千夜ちゃんの言う通りだよ!スクープは己の足と、熱い魂でつかみ取るもの!

おーい、シャーローちゃーん!あーそーぼー!」

 

 

隠密どころか、ドアを叩いてシャロを呼ぶココアと千夜。

この2人なら情報収集もノリノリで手伝ってくれると思っていたが、誤算だった。今の2人の気分的に、そういうのは面倒だったらしい。壮間はこのコンビに相談したことを即座に後悔した。

 

シャロはなかなか出てこない。だが、中では何やらバタバタしているようで、留守という訳ではないようだ。

 

 

「アンタは早く隠れて……」「まずはその恰好を……」のようなシャロの小声が聞こえる。やはり、もう1人別に誰かいる。それも、壮間たちに隠しておきたい誰かが。

 

 

(今すぐ中を確認したいけど…鍵かかってるし、ドア壊すわけにも…)

 

 

そんな中、

千夜が普通にドアを開けた。

 

 

「そういえば、合鍵持ってたわ♪」

 

 

ずっこけそうになるが、壮間は急いで中を確認する。

そこにいたのは何かをクローゼットに押し込もうとするシャロと、

 

 

青い首元の蜘蛛怪人。

ロイミュードだった。

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

「なるほど、それでこの状況と……ハァ……」

 

 

走大は深いため息を吐いた。

余りに抵抗が無かったため、そのロイミュードを走大のいる交番まで連れて来てしまったからだ。

 

シャロといたロイミュードは女性の姿になり、取り調べのように椅子に座っている。

茶髪のロングで、スレンダーな女性な姿をしており、表情はどこか鋭い。

 

 

「えっと…これはその…違うの!彼女はその……」

 

「シャロちゃん、正直に全部吐いたら楽になるよ」

「疲れたでしょう?コーヒーでもどう?」

 

「カフェインで吐かせようとしない!」

 

 

完全に取り調べテンションの2人、千夜は笑顔で缶コーヒーを差し出した。

走大と似ていて、シャロはカフェインでベロンベロンに酔う体質なのだ。

 

そんな中、ロイミュードが口を開いた。

 

 

「殺すなら殺せ。仮面ライダードライブ、お前もこのナンバーには見覚えがあるはずだ」

 

 

女性の姿からロイミュード態に変化、すぐに人間態に戻る。

その時一瞬だけ見えたナンバーは、「018」だった。

 

 

「018…ミカドの奴と会った時に暴れてた奴か。コアが残ってたのか…」

 

 

 

「そうか、なら話は早いな」

 

 

その場にいる誰のものでも無い声が聞こえた。

壮間がその存在に気付き、声を上げる。

 

 

「ミカド!?お前…ラビットハウスで働いてるんじゃ」

 

「俺がいつまでも女に後れを取ると思うか?

ドライブを倒しに来たが、これはこれで好都合だ。ロイミュード、今度こそ俺が殺す」

 

 

ミカドが018に殺意のある鋭い視線を向ける。018も同様だ。火花が散って爆発しそうな雰囲気に

 

 

「ちょっと待ってください!」

 

 

焦った様子のシャロが間に入った。

 

 

「確かに彼女はロイミュードだけど、一度も暴れてないし…実際襲われなかったし…

とにかく、私の話を聞いて!」

 

 

 

 

 

話は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

「あの…大丈夫で……きゃっ!?」

 

 

夕方、木陰に倒れた女性を見つけたシャロ。

 

その女性は近づいてきたシャロに鋭い視線を向け、辛そうな様子を崩さないままシャロの肩を掴んだ。そして立ち上がり、シャロを木の幹に抑えつける。

 

女性の姿が変わった。

骸骨頭の蜘蛛のような姿、スパイダー型ロイミュード。

 

悲鳴が溢れそうになるシャロ。

 

しかし、そのロイミュードはすぐに倒れてしまい、人間態へと戻った。

全身に深い傷がある。血は出ていない代わりに火花が散っており、傷口から見える配線が人間との違いを訴えている。

 

思わず息をつくシャロ。彼女はロイミュード、言うまでもなく危険のはずだ。ならばすぐにここから離れるべき。

 

しかし、シャロは今にも消えそうな吐息の彼女を、見捨てることはできなかった。

 

 

 

翌日。

 

 

「ここ…は……」

 

 

018は目を覚ました。

記憶情報を探る。芸術家のような男が現れ、追っていくうちに仮面ライダードライブと対峙。019と082と共に撃破された。そこからの記憶は定かではない。かろうじてボディも残っているようだが、損傷が激しい。

 

辺りを見渡し、位置情報を検索する。

四方が木の壁に囲まれ、窓もある。

 

 

「どこかの小屋か…?もしくは物置」

 

「家よ。狭くて悪かったわね」

 

 

後方に生体反応を感知。食事を持ったシャロだった。

018は彼女に見覚えがあった。仮面ライダーとの関りが疑われる人物の一人だ。

 

 

「…私を拉致したところで、バーンは気にも留めないぞ」

 

「拉致って…違うわよ。なんとなく放っておけなかっただけ。

誰にも言ってないから、安心しなさい」

 

 

自分の身体を見ると、傷の手当てがしてあった。機械の身体であるため人間の治療は意味を成さないが、それでも治そうとしている気持ちは事実のようだ。

 

 

「私が敵意を持っているとは思わないのか?今ここで、お前を始末してしまってもいいんだぞ?」

 

「それを考えなかった…ってのは嘘だけど。ウサギに比べればちっとも怖くないわよ」

 

「……変わった人間だな。そして運が良い。

このままバーンから逃げられるなら好都合だ、私はしばらくここで身を隠す。

だが勘違いするな。私はいつでもお前を殺せる。全ての主導権は私にある」

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、こんな感じで…」

 

「いや、シンプルに脅されてません?」

 

 

壮間が冷静なツッコミを入れる。

 

 

「まぁ、そうなんですけど。この数日で良いところも色々見えたというか…」

「安い食い物と狭い建物、すぐ大声でツッコミを入れる変な貧乳女に目をつむれば、まぁまぁな隠れ蓑だった」

 

「早速意見食い違ってますけど。DV夫と嫁みたいになってますけど」

 

 

「何の問題も無いな。今すぐ殺す」

 

「ちょ…ちょっと待って!」

「そうだよ!なんでお前はそうやってすぐに…」

 

 

ドライバーを装着したミカドを慌てて止めるシャロと壮間。

そんな2人に乱雑な視線を向け、ミカドは言い捨てる。

 

 

「逆に生かしておく理由が無い。ロイミュードは人の悪意を遂行する、そういうモノだ。人が死んでからでは遅いのが分からないのか?」

 

「それは……」

 

「この子は誰も襲わない!ロイミュードと人間だって…友達になれるって信じてる!」

 

 

言い淀む壮間とは逆に、シャロははっきりと言い放った。

ミカドの眼が今までに無いほど鋭くなる。思わず震えてしまうほどに。

 

 

「シャロちゃんが素直……!?」

「ココアちゃん!これはウサギの雨が降るに違いないわ!」

 

「そこの二人うるさい!」

 

 

空気を読まないココアと千夜。そんなカオスな雰囲気に、思わず走大が吹き出す。

 

 

「ハハ……そうだな、どっちも正しい。

お前はどうなんだ?ロイミュード018」

 

「……別に死にたいわけでは無い。生かしてくれるなら勝手にしろ」

 

「最後に。お前は“前”の戦いで、人を殺したか?」

 

「……殺してない。私の力は戦闘向きではないからな、戦いは好きじゃない。

だが、人を殺すことに抵抗はない。命じられれば殺すだけだ」

 

 

その言葉は、必然的に空気を凍らせた。

ミカドはゲイツのウォッチを取り出すが、そこを走大が止める。

 

 

「正直な奴だ!よし、彼女の処遇は…壮間が決めろ」

「はい!?俺ですか?!」

 

「そーいうこと。じゃあ俺は捜査に戻るから」

 

「え、ちょま…走大さん!」

 

 

壮間の叫びは届かず、走大はスタスタと何処かへ行ってしまった。

シャロの慈悲を求める視線と、ミカドの鋭すぎる殺意を一身に浴び、壮間は肩を落とすのだった。

 

 

 

________

 

 

一先ず保留となった、018の処分。シャロは帰り道で一人安堵に浸る。

 

 

「…何をそんなに緊張したんだ」

 

「あんたはもう少し緊張しなさいよ…ほんと馬鹿正直というかなんというか…」

 

「私がコピーした人間がそうだったからな。ロイミュードの人格など、所詮はその程度。

そんなロイミュードと友達など、お前はいつもそんな妄言を吐くのか」

 

 

018は特に感情を乗せない口調で言う。

シャロもまた、淡々と答える。

 

 

「なれるわよ。私だって昔は千夜くらいしか、友達って言える人いなかったもの」

「だろうな。食器に興奮する変態だからな」

 

 

相変わらず歯に衣着せぬ018の言葉に、シャロはむくれて小突く。

 

 

「でも今は、ココアやリゼ先輩、チノちゃんやカケル…たくさんの友達ができた。

本当は優しいあんたなら、みんなと同じように友達になれるわ」

 

「優しい?」

 

 

その言葉は、018にとってあまり触れたことのないものだった。

 

018はコピー元の人間の記憶を探る。遡る事数年前、腹部を刺され、死ぬ寸前だった女性を018はコピーした。同種に殺されるほどの経緯や感情に興味があったからだ。結果として得たのは、つまらないものだったが。

 

この桐間紗路という女は、コピー元の記憶にある人間のどれとも違う。彼女が知るのは、同胞で騙し、殺し合い、ロイミュードですら嫌悪感を覚える、もっと醜いものだった。

 

 

(少し、興味があるな)

 

 

018はシャロの頭にそっと触れる。

その一瞬で、おおまかな彼女の記憶と感情を読み取った。

 

記憶回路に流れる温かい感情は、全身を流れる血液のように、彼女の体に熱を持たせた。

 

 

「……ガイストが焦がれる訳だ」

 

 

018は道端のウサギに怯えるシャロを見て、彼女に見えないように小さく微笑んだ。

 

 

 

_______

 

 

一方で、人目の付かない裏路地で電話で話をする壮間。

もちろん相手は駆だ。

 

 

『とりま、シャロちゃんの疑いは晴れたってことね』

 

「まぁ…でもアナザードライブを探す以外に、こんな難題が来るなんて…」

 

 

いつもの通り悩む壮間。相手はロイミュード、当然倒した方がいいに決まっている。しかし、018は悪い奴には見えなかっただけ、倒すべきなのかが悩ましい。

 

 

「駆さんなら…どうします?」

『倒すね。ソッコーで』

 

 

ミカド、シャロ同様、駆も即決だった。

 

 

『善人をコピーしたって、ロイミュードが善人になるわけじゃない。その辺の確率とシャロちゃんの命を天秤に掛ければ、もちろんシャロちゃんの方が大事さ』

 

「確かにそうなんですけど…それでも……」

 

『迷いすぎ。一分一秒迷った分だけ、取り返しのつかない“遅れ”になる。だから俺は…速さを求めたんだ』

 

「駆さん…?」

 

『…あぁ、ゴメン。ま、俺は全身ズッキズキだからね。ソイツの事とアナザードライブ、任せるよ』

 

 

それだけ言って通話を切ろうとする駆を、壮間が引き留める。

 

 

「あちょっと!俺、走大さんに言われたんです。“お前は他人の正義に縛られてる”って……駆さんは、正義って…何だと思います?」

 

『さぁ?』

 

 

悩みを打ち明けたつもりだったのだが、帰ってきたのは拍子抜けな返事だった。

 

 

『ソウさんが何を言いたいかは、何となく分かるけどね。はっきり言えるのは、ソウさんは“正義”って言葉を使いたがらなかった…ってとこかな?』

 

 

その意味を聞き返す前に、駆は通話を切ってしまった。

壮間はまた、深くため息をついた。

 

_________

 

 

また時間が経って翌日。

018にアナザードライブ、まずは心を落ち着かせるため、ラビットハウスへと足を運んだ。

 

 

「さぁ、どっちが本物のシャロちゃんでしょうか!」

 

「こっちです。気品オーラを感じます」

「コーヒー飲ませれば分かるんじゃないか?」

 

 

店内では、2人のシャロがいて、ココアが取り仕切る「シャロ当て大会」なるものが開催されていた。

まぁ、言うまでもなく片方が018だというのは、壮間にも分かった。

 

 

「馴染み過ぎじゃないですか!?」

 

「あ、壮間くん!018ちゃんがシャロちゃんになれるっていうから、ちょっとやってみたくて!そうだ、次私になってみて!」

 

「コピーもそれなりに時間と力を使う。そう何人も同時にはできない。その点、この女の記憶は容量の無駄だったな。メロンパンと食器とそこの女だけが生きがいの、つまらん記憶だった」

 

「え…私か?」

 

「おバカー!」

 

 

シャロの姿のままリゼを指さす018、それに激しく動揺するシャロ。

なんというか、既に018はこの空気と一体になっているようだった。

 

困惑する壮間は、平静にコーヒーを淹れているチノを見つけ、尋ねる。

 

 

「あの…これは何が?」

 

「朝からずっとこんな感じです。みんな働かなくて困ったものです」

 

「いや、そこですか?」

 

「彼女は良い人です。コーヒーおいしいって言ってくれたから、ミカドさんよりも優しいです」

 

「あれ…そういえばミカドは」

 

 

いた。一人だけ離れた席に座っている。

話によると、最初は物凄い衝突したらしいが、皆の説得で一先ず落ち着いたという。それでも凄まじい眼光で018を見ているが。

 

しかし、呆れて放り出さず、しっかり監視しているあたりは流石だ。

 

 

「正直…俺はまだ疑ってます。ミカドの居た未来では、仮面ライダーと怪人が人々を虐げている。それが俺や彼女の本質なんじゃないか…って」

 

「壮間さんは、王様になりたいんですよね。王様になって、どんなことがしたいですか」

 

「俺は……決して褒められる人間じゃない。でも、認めて欲しい。この世界の主人公は俺だって。こんなこと言いながら、ずっと迷ってばかり。俺がどうするべきなのかも…」

 

 

シャロたちの方から歓声が上がった。

どっちの手にコインが入っているか、という遊びを、018が百発百中で当てている。

 

 

「触れたものの思念をある程度読み取れる。私の力だ」

 

「すごいな、どんな捕虜の尋問でもイチコロじゃないか!」

 

 

リゼが物騒なことを言って、また笑いが起こった。

和やかだった。ロイミュードと人間が笑いあう、そんな世界が、数平方メートルの中で実現している。

 

そんな光景を見て、チノは口元に手を当て、笑う。

 

 

「私は…みんなが友達になって、コーヒーを飲んで笑える。そんな世界がいいです。

誰でも友達になれるって、ココアさんに教えてもらいましたから」

 

 

ココアのモットーは「会って3秒で友達」。壮間と打ち解けるのも早かった。

 

 

「いっそみんながココアさんみたいな人なら……

いや、それは大変そうですね」

 

「……ですね」

 

 

少し想像して、壮間もつられて笑う。

 

 

「温いな」

 

 

会話を聞いていたミカドは、そう吐き捨てた。

 

 

「そんな理想論で片が付くなら、俺はこんな時代に来てはいない」

 

 

 

________

 

 

 

一度外に出て、018はその姿をシャロ以前にコピーしていた女性の姿に戻す。

大きく息を吸った。淀んでいたとも思えた空気が、嫌に澄んで感じた。

 

 

「変な人間ばかりだ。いや、変なのは私もか」

 

 

彼女たちは018を受け入れた。まるで人間の友のように。

きっとそれは理屈や時間がそうさせるのではない。ただ親しくなれると信じているだけだ。甘ったるい、それでいて居心地は悪くない感情だった。

 

これはシャロをコピーしたせいだろうか。

いや、きっと違う。

 

 

「美しい街だ…考えたことも無かった。この世界で、私達も普通に生きることが出来るなら……」

 

 

叶うなら、もっとあの場所に居たい。

そんな感情が、彼女の中には芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢は覚めたか、018」

 

 

そんなエソラゴトは、触れた途端に瓦解する。

希望の残骸は、一瞬で彼女の足を奪い、絶望へと叩き落す。

 

突然現れた男が、018の首を握った。

 

服装や気配を変えているが、間違いない。

何よりその眼光を間違うはずがない。

 

 

「バーン……!」

 

 

幹部ロイミュード、バーン。

018の知りうる中で、最も残酷なロイミュード。018の直属の上官。

 

 

「2つ驚いたぞ。貴様が生きていたこと、そして人間どもと慣れ合っていたことだ。

誉れ高き我らロイミュードが、人間と並んでいる光景は見るに堪えなかったぞ。恥知らずもここまで来るとコメディだな」

 

「か…ハッ…!」

 

 

バーンの腕に力が込められる。そしてそれは、018の喉を焼くほどの激しい熱となる。

 

 

「だが、これは好機だ。貴様のその芥に等しい数刻を、我らが戦火の種火としてやろう。

貴様がコピーしたあの女を、今すぐ殺して成り代われ」

 

「なっ……!?」

 

 

シャロを殺して、スパイとして潜入しろ。そういう意味だ。

018には、その言葉が理解できなかった。たった数日、それでも掛け替えのない施しをくれた。そんな彼女を、なぜ殺さなくてはならないのか。

 

だが、そんな意思は暴君が関することではない。

 

 

 

「選べ。今すぐ焼け死ぬか、女を殺すか」

 

 

 

_________

 

 

 

 

「あ、どこ行ってたのよ」

 

 

ラビットハウスを出たシャロは、そこで立ち尽くしていた018を見つけた。

 

 

「一旦帰るわよ。その前に買い物しなきゃ、歓迎会するってココアたち張り切ってたし。

あんたの歓迎会なんだから、手伝いなさいよね」

 

 

彼女の声が聞こえるたびに、バーンの声が反響する。

018は部下で唯一、バーンの処刑を知っている。筆舌に尽くしがたい痛みと絶望を文字通り全身に焼き付け、死の実感を味わわせながら朽ちさせる。

 

 

彼女を苦しめるのは死の恐怖ではない。バーンは彼女にとって、死よりも遥かに恐ろしい存在だ。

 

 

「って、聞いてる?」

 

「…あぁ」

 

 

シャロの言葉など、すでに耳を通過するだけ。息をする度、瞬きをする度、人間らしい動きをする度にその恐怖の中に沈んでいく。

 

彼女がバーンを忘れられなかったように、彼も018を忘れない。死んだと思わせても、人間と時間を過ごしても、逃げる場所など最初から無かった。

 

018の視界には、背中を向けたシャロが居る。

018は人の姿を捨て、機械仕掛けの肉体を見せる。

 

 

「…死んでくれ」

 

 

その怪物は、揚々と歩みを進めるシャロに、腕を伸ばした。

 

 

 

 

「本性を見せたな、ロイミュード」

 

 

 

018の腕が届く寸前、その腕を掴んだのはミカドだった。

ミカドは018をシャロから引き離し、蹴りを入れる。シャロはその状況に驚きを隠せないが、それでもシャロはミカドの前に立ちふさがる。

 

 

「待ってください!これは…きっと何か理由があるはずです!」

 

「理由がどうあれ、このロイミュードがお前達の厚意を裏切ったのは事実だ。

これ以上、奴を生かしておくわけにはいかない」

 

 

ミカドはジクウドライバーを装着し、ゲイツライドウォッチをホルダーから外す。

そこに現れたのは、騒ぎを聞きつけた壮間だった。

 

 

「ミカド!これは…」

 

「018が桐間紗路を殺そうとした。もう貴様のような愚図の判断など、聞くまでも無い」

 

《ゲイツ!》

 

「変身!」

 

 

ドライバーにウォッチをセットし、ミカドが仮面ライダーゲイツに変身。

倒れた018の腕を持ち、胴体に膝蹴りを叩き込む。

 

 

「俺としたことが甘かった。このツケは今すぐ返させてもらう」

 

 

ジカンザックスを装備し、おのモードで次々に無抵抗な018を斬り付ける。

止めるように叫ぶシャロだが、ミカドがそれを聞き入れることはない。

 

壮間もジオウウォッチを構える。

だが、そこから動くことが出来ない。

 

 

「無理なのか…?怪人と人間、仮面ライダーが分かり合うなんて……」

 

 

今ここに居る者の中で、壮間だけが迷いの渦中にいる。

チノたちに教わったその理想は、目の前で崩れ去った。何を信じればいいのか、何が正しいのか。

 

正しくあるために、殺すべきなのか。

本当にそれしかないのか。

 

 

018はゲイツに抵抗しない。死を望んでいるようにも見えた。

ゲイツがとどめを刺そうとしたその瞬間。

 

018とゲイツの間に爆発が起こった。

 

 

「何だ!?」

 

 

018は爆発の正体を知っている。これはバーンの能力。

これはバーンからの、「このまま死なせはしない」というメッセージ。

 

 

「私は…お前を殺そうとした。殺さなければならない」

 

「待って!千夜やココアたちは、あんたを受け入れてくれる!私だって!

本当に…一緒にはいられないの!?」

 

 

018が一瞬だけ、人間態に戻った気がした。

その口から出た言葉は

 

 

「無理だ」

 

 

 

018の姿は、2度目の爆発に紛れて消えた。

 

 

 

 

_________

 

 

 

夜になっても、炎に消えた018の影が頭から離れない。

そんな壮間は交番で走大の代わりに番をしていた。

 

 

「紗路さんを狙って、彼女はまた来る。その時は…戦わなきゃいけないのかな」

 

 

交番には誰もいない。机には、走大が好きなミルクアメの箱が置いてあった。

一つ頂戴して、壮間は天井を仰ぐ。

 

 

「走大さんは、なんで俺に委ねたんだろう。あの人なら…いや、天介さんやAfterglowの皆なら、ミカドや紗路さんみたいに答えを出せるんだろうな」

 

 

分からなければ空欄で済ませてはくれない。制限時間は長くはないだけで不確定。選択肢は2つのようで無数にある。一問でもミスれば自分も他人もきっと許してはくれない。机に向かって過ごした夜の方が、何十倍も楽だ。

 

考え込む壮間の頭に、外から帰ってきたシフトカーのランブルダンプがタックルをかます。

 

 

「痛った!でも、ダンプが帰ってきたってことは」

 

 

シフトカーはそれぞれ意思を持つ。壮間はダンプがクラクション音で伝えんとすることを、なんとなく理解していた。

 

 

「見つかったんだな…018が」

 

 

 

________

 

 

 

「なァ…姉ちゃん、金貸してくれよ…」

 

 

裏路地で女性を抑えつけ、平和な街には不似合いな台詞を吐く中年の男。

男は更にナイフを持ち、女性の首にその刃を密着させた。

 

そんな状況でも、辟易したような表情で男を見る女性。

ロイミュード018の人間態だ。今の彼女にとっては、この男など周囲を飛びまわる蠅程度の存在だった。

 

 

「もうルパンの宝なんて知ったことか!最初からこうすりゃ良かったんだ、適当に誰か殺せば金なんて手に入る。藤川の奴も殺されたんだ、俺が誰殺したってバレるもんか!」

 

 

この男は、この街に逃げ込んだ3人の指名手配犯の一人、木嶋。彼は力を込め、刃を018の首に立てる。

痛みが走る中、018は木嶋の腕に触れ、能力を使う。

 

 

(ついさっき一人殺してるな、顔も知らない女を)

 

 

立てた刃は皮膚を切り裂けど、ロイミュードの体から血は流れない。

 

 

「人間が皆、お前のようなクズなら…まだ楽だったのだろうな」

 

「おい、誰が声出していいって……」

 

 

018はロイミュード態に姿を変え、木嶋を跳ね飛ばす。

突如目の前に現れた人外に、木嶋の感情は一瞬で塗り替えられた。

 

 

「バ…バケモノぉぉぉッ!?」

 

「そうだ。もっと罵れ。もっと人間に失望させろ!」

 

 

018が吐いた糸が、木嶋の首を強く締め付ける。

糸を握る腕に力を込める。すぐに抵抗はしなくなり、呼吸が消えていくのが糸から伝わってくる。

 

 

 

『本当は優しいあんたなら』

 

 

 

「……!?」

 

 

その命を奪う寸前、シャロの声がフラッシュバックする。瞬きをする瞼の裏には、彼女の姿がハッキリと映っている気さえした。

 

018は首を絞める糸から手を放し、怪人態から人間態に姿を戻す。

 

 

「こんな人間さえ、殺せないというのか…」

 

 

近付いてくる早い足音が聞こえた。シフトカーが近くにいることにも気付いていた。

 

 

「私を殺しに来たのか?」

 

「…それは……」

 

 

日寺壮間だ。018も知っていた。バーンからも知らされた、コア・ドライビアを搭載しない仮面ライダーの一人。

 

 

「戦闘が始まればバーンにも伝わる仕組みだ。私を殺したいなら暗殺を薦める。

あの女を殺されたくなければ、手早くすることだな」

 

「……死にたいのか?」

 

「死にたい…か、そうだな。

人間の中では生きられず、ロイミュードとしては人ひとりも殺せない。こんな中途半端に苦しむくらいなら、死んだ方が楽だろうな」

 

 

 

018は右手で頭を抱え、そんな自嘲を吐く。

握り固められた左手、酷い悲しみでその整った顔が崩れそうになる。

 

壮間が生きてきた普通以下の人生で、こんな悲しみや絶望は見たことが無かった。

 

ただの機械人形が、こんな顔をするのか?殺人マシーンが、こんな人間みたいに悩むのか?人類の敵が、こんなにも優しいのか?

 

 

 

(なんで気付かなかったんだ…こんな単純な事に!)

 

 

 

壮間は気付いた。

ロイミュードとか、人間とか、仮面ライダーとか、どれが正しいとか間違ってるとか。そんなの最初から違った。

 

 

 

「お前は…ロイミュードだよ」

 

 

壮間がそんな言葉を口にした。

018がそれを聞いて笑う。彼女の口から自嘲が飛び出す前に、壮間は力強い口調で続ける。

 

 

「ロイミュードだから、人を殺さなきゃいけない?そんなわけない!どうしようもなくクソみたいな人間だっている。仮面ライダーのくせに人を苦しめる奴らや、いつまでもウジウジ悩んでる奴だっている!だったら…!優しいロイミュードがいたっていいだろ!」

 

 

壮間は項垂れる018に手を差し伸べた。もう迷いは無い。

握り固めていた左手が開く。だが、その腕は上がらない。

 

 

「お前は人間の中で生きたっていいんだ!ミカドの事は…俺に任せろ!アイツも悪い奴じゃない!」

 

「やめろ…そんな夢を私に見せるな!例え誰が許しても、バーンがそれを許すわけない!」

 

「じゃあ俺達がそのバーンって奴を倒してやる!俺は…ちょっと弱いけど、ミカドは俺よりずっと強いし、走大さんはその何倍も強いから!まぁミカドが協力するかは…頑張る!」

 

 

壮間は精一杯の言葉で018に呼びかける。地味に地に足付いた考えなのが実に彼らしい。だからこそ、その迷いのない声は彼女に伝わった。

 

 

「ロイミュードだろうと…関係ないというのか。お前達は。

馬鹿げた理想論だ。でも、

 

そんな世界なら、きっと……」

 

 

018はその手を伸ばす。彼女の顔は、皆に負けないくらいの笑顔で…笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳を劈く銃声が、その身体を貫くまでは。

 

 

 

 

「018!」

 

 

闇に隠れた銃手の弾丸が、018の身体の中央、すなわち胸を射抜いた。

倒れる彼女を壮間が抱える。

 

影を踏んで迫るは、軋んで醜い機械音。聞き覚えのある、嫌な音。

壮間の中で、今まで希薄だった感情が、一気に限界まで達したのを感じた。

 

それは言うまでもない、「怒り」だ。

 

 

 

「アナザードライブッッ……!!」

 

 

銃口から煙を上げたアナザードライブが、そこには立っていた。

倒れた木嶋を見つけたアナザードライブは、冷たい鉄の眼を向け、

 

 

「死ね」

 

 

何の躊躇もなく木嶋の脳天を銃で撃ちぬいた。確かめるまでもなく、即死だ。

 

 

「お前…そんな簡単に人を…!」

 

「正義のためだ。悪の存在は、世界から一つ残らず消さなければいけない」

 

「018もかよ…彼女は誰も、傷つけてないんだぞ!」

 

「当然だ。正義は全て、俺にある」

 

 

018は消えかける意識で、アナザードライブの姿を見据えた。

視界の片隅に映る壮間の顔は、怒りに満ちている。

 

 

(怒っているのか、私のために…そうか、こんな死に方が…出来るなんて……)

 

 

銃弾は018のコアを貫いている。例えどんな治療を施しても、復元は不可能なのは分かっていた。

018は壮間に触れ、能力を使う。壮間の頭に浮かんでいるアナザードライブの情報を把握。

 

そして壮間の腕を振りほどき、アナザードライブに向けて駆け出した。

 

 

 

「うあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

そんな捨て身の攻撃だろうと、アナザードライブは感情を持たない拳で彼女を振り払った。コアが消えかけ、ボディを維持できない。

 

だが、018はさっきの一瞬で、アナザードライブに「触った」。

彼女の能力がアナザードライブの思念を読み取り、彼の扮する姿、その正体を、彼女の記憶に焼き付かせた。

 

 

 

「最期に…伝える……奴がコピーしたのは…!」

 

 

 

その状況に焦りも見せず、ただ作業をするかのように再び銃声が響く。

次に貫いたのは、彼女の喉。

 

018の発声機能が、完全に消失した。

 

最期の言葉すらも、その「正義」は許しはしない。

 

 

彼女はロイミュードだ。それでも、「最期に思い残した事」なんて、人間のようなことを考えてしまう。

 

 

 

(最期に…一言、謝りたかった、礼を言いたかった…ただ一度だけでも、お前の名前を呼びたかった……)

 

 

 

壮間は018に駆け寄る。しかし、運命はそれを待たない。

消える腕と指先で、018は地面にある“文字”を描く。

 

アルファベットの「R」。

 

 

「待てよ…死ぬな!死ぬな!!」

 

 

018の指先がRの上に運ばれた瞬間、

3度目の銃声が、彼女の頭を貫く。

 

涙で濡れた視界。壮間が瞬きした後の世界で、

 

 

018の身体とコアは、何も残すことなく消え去っていた。

 

 

 

壮間は無念を叫ぶ。

今になってようやく理解した。迷いとは、罪だ。

 

もっと早く、答えを出していたら。もっと早く、彼女を信じられたら。もっと早く、アナザードライブの正体を掴めていたら。

 

存在し得ないイフだとしても、存在できたはずの可能性だ。それを奪ったのは、彼女の処遇を決めることのできた、アナザードライブの思惑を知っていた、壮間自身だ。

 

 

 

「何を嘆いているんだ?そいつは怪物だ。存在そのものが悪、死んで当然だ」

 

 

アナザードライブの声だ。

 

怪人だろうが、人間だろうが、仮面ライダーだろうが、そんなカテゴライズに意味は無い。ただ力を持った「悪意」が、誰かを傷つけるだけ。

 

 

 

「悪?人間じゃないのに、あんなに優しかった彼女が…?

だったら俺も、彼女を殺したお前も!!救いようもない極悪人だ!!」

 

《ジオウ!》

 

 

壮間はジクウドライバーにジオウウォッチをセットし、装着。

 

 

「変身ッ!!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

「俺が悪…?その言葉、撤回しろ!」

 

 

ジオウに変身し、アナザードライブに殴り掛かる。

怒りの込められた拳で、赤い装甲を殴りつけ、さらに顔面を殴打。

 

アナザードライブは炎の纏ったタイヤを放ち、さらに銃撃で牽制。

ジオウは両腕で防ぐも、勢いを殺しきれない。

 

 

「お前は絶対に…許さない!!」

 

《ビルド!》

 

 

ビルドウォッチを起動し、ドライバーにセット。

出現したビルドアーマーを蹴飛ばし、飛散した装甲を装着する。

 

 

《アーマータイム!》

 

《ベストマッチ!》

《ビ・ル・ドー!》

 

 

 

複眼に文字が刻まれ、ドリルクラッシャークラッシャーが炎のタイヤを弾く。

高速回転する光刃が生み出した波動はジオウを加速させ、敵の攻撃を受け付けない。

 

脚のキャタピラー機能をフル稼働させ、アナザードライブにドリルを突き出して突進する。

 

 

「俺の邪魔をするお前も…裁かれるべき悪だ!」

 

 

アナザードライブのドアを模した盾は、その攻撃を寄せ付けない硬さを見せつける。

空いた右手に生成された手裏剣のようなタイヤは、軌道を変えながらジオウを何度も斬り付けた。

 

 

強い。アナザービルドよりも確実に。

とてもじゃないが、ドライブの力を持たないジオウの手に余る相手だった。

 

 

「でも…引き下がれるか!絶対に!」

 

「正義を理解できない子供風情が!」

 

 

戦いに再びが火が付き、激しくぶつかり合う両者。

空間を暴れるような闘気が支配するようだった。

 

両者が気付いていなかった。そこに現れた“彼”に。

 

 

 

「静かにしてくれねぇか」

 

 

 

一言で、ジオウとアナザードライブの身体が止まった。まるで土の中にいる感覚。

威圧感か、恐怖か。どちらも正解だった。ただ、「本当に身体が静止している」のも、また事実。

 

 

(重加速!?シフトカーを装備してるのに?)

 

 

現れたのは、青いコートの大男。彼は018が消えた場所にしゃがみ込み、その地にそっと触れ、目を閉じた。

 

 

「すまねぇな、もう一度会ってやれなくて。ただ一言、生きていてくれたことに礼を言わせてくれ」

 

 

その男、ガイストは噛みしめるように息を吸い込むと、立ち上がった。

 

 

「018を殺したのは、テメェか?」

 

 

その眼光が向けられたのは、アナザードライブ。

一瞥で死んだとさえ錯覚してしまうほどの迫力が、アナザードライブを刺し貫いた。

 

その威圧は、ジオウにすら伝わっていた。

少なくとも、壮間はこれほどに強い生命体を、他に知らない。視線だけでそう断言できる。

 

その空気の中で動いたのは、アナザードライブの口だった。

 

 

「貴様もロイミュードか…!平和を乱す悪の因子、世界を汚す存在!正義のために、お前達の存在なんか…」

「もういい」

 

 

辺りを覆っていた超重加速が解除される。

その瞬間、ガイストの手から放たれた衝撃波が、アナザードライブの全身を砕いた。

 

 

「死ぬ前に心に刻め、“正義”は何よりも重い言葉だ。貰った紛い物の玩具に喜ぶだけの男が、世界の代弁者にでもなったつもりか?笑止千万!!」

 

 

ガイストの姿が、怪人態へと変化する。

発達した四肢に燃え上がる蒼い炎。植物の枝のように、背中から突き出た鉄骨。機械的な肉体には、背骨や肋骨といった人体のモールドが刻まれている。半透明な頭部に目は存在せず、鬼を想起させる二本の角が伸びる。

 

まさしく「霊」や「魂」の具現化。それは「ガイスト」を名乗るに相応しい姿。

 

 

「その姿も不快だな、栗夢走大は…一度として己を“正義”と名乗ったことは無い!」

 

 

ガイストの胸の空洞から蒼い炎が噴出し、彼の手の中で戦斧を形作る。

燃え上がる戦斧がアナザードライブの盾を軽々と破壊。大地を割るような一撃は、鉄槌にも似た斬撃。

 

たった一撃でアナザードライブの体は地に叩きつけられ、ナパーム弾の炸裂の如き爆発を起こした。

 

 

アナザードライブの変身が解け、相場連二の姿が地を転がる。

 

 

ガイストロイミュード。今のジオウの力では全く手の届かない領域の力。その差はまさに天地。

戦う気すら起きない圧倒的な力を目の当たりにし、壮間はただ立ち尽くしていた。

 

 

「018の最期を看取ったのは、お前か?」

 

 

ガイストがそう声をかける。

壮間は萎縮しながらも、頷いた。

 

 

「優しい奴だっただろう。018は…人間の中で、どんな顔をしてた」

 

「……笑ってた」

 

「そうか。それを覚えておいてくれねぇか。

最期まで、俺達には見せてくれなかった笑顔だ」

 

 

 

視線を落とすと、相場の姿は無かった。逃げたのなら、ガイストが見逃すはずがない。

まるで、「時間を止めて逃げ出した」ような。

 

ガイストも去っていった。敵と言えど、壮間はそれを追いはしなかった。

 

 

 

「忘れられないさ…例え、歴史が消えても」

 

 

 

 

_________

 

 

カフェのテラスで、ハーブティーを嗜む青年。

分厚い本を持った預言者ウィルは、カップを置いて本を開いた。

 

 

「誰かが言った、“勇気とは怖さを知ること、恐怖を我が物とすること”。私と同じく、ウィルの名を持つ者の言葉です。

我が王はこの一件で、理想と命が持つ優しさを知った。また同じく、迷うこと、失うことへの恐怖を、溢れ出す怒りを、届かない絶対的な力を知った。それらは必ず、我が王を強くする」

 

 

本を閉じた。

 

 

「ただ…このまま我が王が、ドライブの力を受け継ぐことが出来れば良いのですが……」

 

 

 

 

 




まぁ、ドライブ編だし必要かなって思って。
次回はミカドメインで、アナザードライブの正体を明かします。ドライブ編は残り3話の予定!最後までどうかひとっ走りお願いします!

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名言提供は名もなきAさんでした!ありがとうございました!


今回の名言
「“勇気”とは“怖さ”を知ることッ!“恐怖”を我が物とすることじゃあッ!」
「ジョジョの奇妙な冒険」より、ウィル・A・ツェペリ。


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日常に潜む真実とはなにか

2020年最速の土下座!146です!あけまして申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!!
ラブダブルも更新しないし、何をしてたかと言いますと…

ポケモンしてましたぁ。

人生初ポケモンなんです…アンタらがダイヤモンドだのパールだのやってるとき、こっちはトレジャーガウストのガンブレードとデジローダーで死ぬほど遊んでたんです……許してください。(極一部にしか伝わらないネタ)

まあ、僕は対戦ゲーム苦手なのでポケモンも落ち着いてきたし、こっから投稿再開しますので、よろしくお願いします。

今回はアナザードライブの正体ですね。時間空けたけどクオリティはアレです。ご了承ください。


長い夜が明けた。壮間は冷え込む朝の空気を吸いこんで、石畳を踏みしめて歩みを進める。眠れない夜を過ごしたのは、生まれて初めてだった。

 

ロイミュード018、大事なことに気付かせてくれた彼女は、アナザードライブによって命を奪われた。この後悔と痛みは、絶対に一生忘れることは無い。

 

悩み、落ち込んでいる間にも消える命があると知った。躊躇も迷いも、今の彼にとっては時間の無駄だ。

 

壮間は合鍵で、ラビットハウスの扉を開ける。

皆が寝静まっている早朝に、彼だけがそこに立っているのを、壮間は知っていた。

 

 

「ミカド、話がある」

 

 

 

 

___________

 

 

 

「さ、定例会議始めるぞ」

 

 

交番にいつもの面々が集まり、走大の仕切りで定例会議が始まった。

が、そこには前とは違う面子が一人。

 

 

「ミカドさんも来たんですか」

 

「文句があるか、香風智乃。心配せずとも手荒な真似をするつもりは無い」

 

 

腕を組んでそう吐くミカド。彼がここに来た理由は、今朝壮間から聞いた話に起因する。

 

アナザードライブの容疑者は、駆の過去と居場所を知っている人物。容疑者から外れるのは被害者である駆と、新参者である壮間。そしてもう1人、ミカドだ。だからこそ、壮間はアナザードライブの事と、018の一件を全て話した。

 

 

「今はアナザードライブへの対処を優先する」それがミカドの判断だった。ミカドは壮間に目をやる。随分と気を張っているのが、見ただけでも伝わってくるようだった

 

 

「発見された指名手配犯の木嶋が所持していた物の中に、こんな物があった」

 

 

走大が会議を進める。走大が取り出したのは、一枚の紙。コピー用紙に何やら文章とサインが書かれていた。

 

リゼがそれに反応し、その紙を見つめる。心当たりはすぐに結論に変わったようだった。

 

 

「やっぱり!これって“シスト”じゃないか?」

 

 

“シスト”とは、この街で有名なゲームの一つ。街の各所に誰かが作った地図が隠されており、プレイヤーはその地図の謎を解いて宝箱を見つけ、中身を自分の物と交換するという宝探しゲームだ。

 

が、ミカドにとってそんな事はどうでも良かった。

走大たちの会話は耳に通すだけで、頭では思考を巡らせ、ここにいる人物を観察している。

 

 

(あのロイミュードが残したという、“R”のダイイングメッセージ。率直に考えればイニシャルだ。となると怪しいのは天々座理世か)

 

 

「そう、これはシストだ。しかも、このサインはルパンで間違いない。つまり指名手配犯の3人は、ルパンが残した宝を探し回ってるってことだと思う」

 

 

さっきは「見つかった」と走大がぼやかしていたが、既に指名手配犯の2人がアナザードライブに殺されている。残りの一人を保護し、逮捕するために、この宝が有効手段になるかもしれない。

 

 

「俺は直接高尾を追う。だから、お前たちにはルパンの宝を探して欲しいんだが…」

 

 

走大がそんな事を言うが、ミカドは全く気に留めない。観察に集中しているようだ。

そんなミカドの集中を断ち切るように、元気な声が響き渡った。

 

 

「はい!私やりたい!」

 

 

ココアが手を上げ、身を乗り出す。

ミカドは少し呆れながらも、気を取り直して考えを巡らせる。

 

 

(言動に不自然さは見られない。やはりまずは天々座理世を徹底的に…)

 

 

「ルパンのお宝見つけるよ!私と…チノちゃんとミカドくんで!」

 

 

 

ミカドの思考が一瞬で全て崩れ落ちた。

 

 

 

 

_________

 

 

 

「目指すはルパンの秘宝!チマメ隊withお姉ちゃんズ、出動だよ!」

 

 

 

一人地図を持ってはしゃぐココア。その両サイドに、死んだ目で顔を合わせない2人が立っている。局所的テンションの高低差が最高値を観測しそうな勢いだった。

 

 

「何故俺まで…どういうつもりだ、保登心愛!」

 

 

それでもはしゃぎ続けるココアに、ミカドの怒号が炸裂する。

 

 

「一緒に遊べば、チノちゃんとミカドくんも仲直りできるかなって」

 

「そもそも仲良くなった覚えはない。俺は暇じゃないんだ、帰らせてもらう」

 

「だーめっ!ルパンの秘宝を見つけるまで逃がさないからね!」

 

 

ミカドは心底面倒くさそうな表情を見せるが、この女が死ぬほど面倒なのはこの数日で分かってきた。ココアの狙いは、同じく機嫌の悪いチノに向く。

 

 

「ほらほら!チノちゃんもテンション上げて!」

 

「嫌です。ミカドさんとシストなんて、気分が上がりません。大体、マヤさんとメグさんはいないんですか」

 

 

チノの同級生の女子、マヤとメグ。ここにチノを加えて「チマメ隊」と呼ばれている。

今日は所用が重なり、結局ミカドとココアとチノの3人になった。そこで、ココアは「うーん」と少し頭を悩ませる。

 

 

「じゃあチマメ隊じゃなくて、“ミチコ隊”だね!」

 

「ミチコって誰ですか」

 

 

ミカドとチノは頑なに近づこうともしない。

ココアは少しだけ不満そうな顔をするが、すぐに明るい表情を見せ、2人の前に出て胸を張った。

 

 

「ミカドくんはシスト初めてで不安だと思うけど、大丈夫!仲直りもぜーんぶ!お姉ちゃんにまかせなさーい!」

 

 

暫く沈黙が続いた。

ミカドはそのうちこの空回りに巻き込まれてしまうことを危惧しつつも、冷静に思考を戻す。

 

 

(まぁいい。こうなったらまずは、香風智乃と保登心愛から確かめる。

この2人のどちらかがアナザードライブならば、すぐにでもこの手で…)

 

 

 

 

___________

 

 

 

「ハンター、モンスター、トラベラー、高尾を探してくれ」

 

 

壮間は預かっていたシフトカーを放ち、捜査に向かわせる。

シフトカーはそれぞれ自我を持っており、指示すれば正確な捜査をしてくれる。

 

シフトカーが居なくなったのを見届けると、壮間は紙を取り出した。

 

 

「ダイイングメッセージのR、ルパンの宝にアナザードライブの未来での言動…」

 

 

思いつく限りの情報を書き出す。壮間は特別頭がいいという訳ではない。こうやって文字に起こして記憶に叩き込み、考えを整理するというのが受験期からのやり方だった。

 

ここで、壮間は少し前の駆との会話を思い出す。

 

 

 

「この偽トライドロンは今日も徘徊してるっぽいな、シグナルバイクからの情報だと」

 

「その偽物が、警官を街に入れないようにしてるんでしたよね」

 

 

駆はベッドの上に腰を掛け、壁一面に貼られた写真を指さして考える。

一方で、昨日までとは顔つきが違う壮間の事も気になっていた。

 

 

「018の事考えてる?」

 

「…はい。でも今はただ一秒でも早く、アナザードライブの正体を突き止めます」

 

「…へぇ」

 

 

駆は少し感心した。会った時よりも確実に成長している。

たった一度の出会いと別れを必要以上に重く受け止め、悩む。死にも戦いにも悪意にも慣れていない、“普通の人”であるが故の進歩。

 

それでいて、その悩みから逃げないだけの強さがある。片方を悪と決めつけず、考えを止めないだけの心がある。

 

その骨組みを作ったのは、彼の中にある英雄像。いや、仮にも力を持ったことに対する責任か。だが、その借り物の骨組みに、間違いなく彼自身の血肉が宿りつつある。

 

 

「話進めよっか。問題はなんで偽ドライブがそんなことしたのかだけど…」

 

「何故なんですか?」

 

「それは……警察が来ると正体バレるかと思って焦った…とか?」

 

 

・・・

 

 

「それだけですか…?」

 

「推理はソウさん担当なの!そんな目で見んな!」

 

 

 

 

 

駆の話も紙に綴る。結局、アナザードライブが警察を嫌がる理由はハッキリしなかった。動機は「悪人の処刑」で間違いないから、逮捕されると困るというのが最もそれらしい推理だ。

 

ひとしきり書いた後に、壮間はふと思い出す。

 

 

「そういえば、アナザードライブはどうして、4年も同じ場所に留まってたんだ?」

 

 

アナザードライブは「世界から悪を消す」と言っていた。静止した街なら、その中の悪人を殺すのにそうは時間がかからないはずだ。例えあの大規模重加速を使えなくても、あの場所にこだわる必要は無いはずだ。

 

あの場所でまだ、やることが他に残っていた?

 

 

「待てよ、そういえばあのシストの地図……」

 

 

この時代に来る直前の記憶。アナザードライブに襲われ、ウィルがそこに現れた時、確か…

 

 

 

 

_________

 

 

 

「美味しいね!」

 

「…はい」

 

 

屋台で買ったクレープを満面の笑みで頬張るココアと、戸惑いつつも少し口にするチノ。

 

 

「何をしている。ルパンの宝とやらを探すんじゃなかったのか」

 

「ミカドくんは食べないの?おいしいよ!」

 

「食わん!」

 

 

苛立っているためか、若干ツッコミに熱が入るミカド。差し出されたクレープを突き返す。

 

地図の暗号を解くことはできず、文章の単語から推察される場所に行くことになった。

元々ダメ元ではあったのだが、ココアが脱線するのが想像以上に早かった。

 

 

「やはり俺は降りる。こんな遊びに付き合っている時間は無い」

 

「道草もまた青春、こうやってみんな仲良くなれるんだよ!」

 

「だから…慣れ合うつもりはないと何度言えば分かる!

俺は貴様らとは違う。仮面ライダーを消し去り、歴史を変えるという使命があるんだ!」

 

 

ミカドはそう言い放ち、思わずココアの肩を強く突き放す。

体勢を崩し、ココアは尻もちをついてしまう。その直後、悲しそうな顔を見せるココアに、

 

 

ミカドは一瞬だけ、その表情を歪めていた。

躊躇するような、戸惑ったような、そんな顔。

 

 

その顔を見たココアは、安心したようにゆっくりと立ち上がり、

背伸びして目一杯伸ばした腕で、ミカドの頭を優しく撫でた。

 

 

「……何をしている」

 

「やっぱり、本当は優しいんだね。ミカドくんって」

 

「何だと?」

 

「みんなのために辛いのも我慢して、たった一人で戦ってる。

でもミカドくんだって、いっしょに楽しんだり、誰かに甘えたりしたっていいんだよ」

 

 

その様子を見ていたチノは、やれやれとでも言いたげだ。

でも、彼女も理解している。他人の事でも躊躇なく、土足で元気いっぱいに入り込んでくる。それがココアという少女なのだ。

 

 

「本当に…しょうがないココアさんです」

 

 

ミカドは心の中ではココアの言葉を一蹴する。下らない、そうやって何度も言い聞かせても、何故か彼女の言葉は嫌に反響してしまう。

 

 

「何が分かる…苦しみも絶望も知らない、お前達なんかに」

 

「わからないよ。でも、私もチノちゃんも、ミカドくんのこともっと知って、仲良くなりたい!」

 

 

何もかもが意味不明だった。ミカドが走大を殺そうとしているのは知っているはず。それでも敵として見るどころか、仲良くなりたいだなんて。

 

ミカドの頭が痛む。

だが、不思議と不快な痛みでは無かった。

 

 

 

「というわけで、さぁ!ミカドくんもお姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで!」

 

「…俺は18だ」

 

「でも未来から来たんでしょ?だったら私の方がお姉ちゃん!ミカドくんは弟だよ!」

 

「じゃあ私も、ミカドさんよりお姉ちゃんですね」

 

 

そこにチノもそんな事を言い出した。

少しドヤ顔なのがミカドの癇に障る。

 

 

「でもミカドさんは2068年から来たらしいので、どちらかと言えばお婆ちゃんですね」

 

「じゃあミカドくんは孫だね!よしよーし」

 

「撫でるな」

 

 

チノも頑張って背伸びし、ミカドの頭を撫でる。

 

 

「よしよし」

 

「撫でるなぁッ!」

 

 

 

ミカドは相変わらず笑ってはいない。

だが、そのしかめっ面が、チノには少しだけ柔らかくなったように見えた。

 

 

 

そんな時間を断ち切るように、嫌な波動がミカド達の体を貫いた。

 

 

「重加速!」

 

 

草むらをかき分け現れたのは、やはりロイミュード。

スパイダー型の019。ミカドと以前戦い、生き延びた個体だ。

 

 

ミカドだけがウォッチの力で正常に動けるが、シフトカーが無いため、ココアとチノの動きが止まってしまっている。

 

 

「ロイミュード019…!」

 

「お前、あの時の仮面ライダー!なんでこんな所に!」

 

 

ミカドはドライバーを装着し、ウォッチを起動して変身。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

ゲイツが攻撃を仕掛けるが、ロイミュードは既に逃げ腰。

反対方向に走りながら弾丸を乱射している。

 

 

「ふざけんなよ!こっちはまだ“見つけてない”ってのに!」

 

 

逃げる019よりも速く、ゲイツの攻撃が決まっていく。

焦った019が右手を構え、変化させる。右手に備わったのは、赤く鋭い爪。

 

しかし、その程度の強化ではゲイツとの力量差を覆すことはできない。

発射される斬撃も躱され、ゲイツの拳が019の顔面に炸裂した。

 

その衝撃で放たれた斬撃の起動が逸れる。

無駄に大きく旋回しているため、避けられない程ではない。

 

だが、その斬撃の向かう先はゲイツではなく、重加速で身動きの取れないチノだった。

 

 

「くっ…!」

 

 

反射的にゲイツはチノへと駆け出す。

彼女を庇って斬撃を弾くゲイツ。それを見た019は笑い声を上げる。

 

 

「今度は守るのかよ!それなら!」

 

 

019は止まっているチノに攻撃を連射する。

いずれ庇いきれなくなるのは明白。ココアもいる。

 

迷う暇もない。ゲイツはホルダーのドライブのプロトウォッチを外し、チノに持たせた。

それと同時に、チノにかかっている重加速が解除される。

 

 

「それを持ってあの女と逃げろ!」

 

「でも…これが無いとミカドさんは…」

 

「邪魔なだけだ。早く行け!」

 

 

ゲイツがチノを強引に引き離すと、ゲイツに重加速が襲い掛かる。

019は待ってましたとばかりに斬りかかる。動きが止まった相手など、勝てない理由が無い。

 

だが、その考えは大きく外れた。

 

 

ゲイツの動きは確かに鈍っている。それでも、想像よりも遥かに機敏に動けている。

重加速の中でジカンザックスを装備し、攻撃を弾き、反撃まで行う。

 

理解できない019だが、それも当然。

未来ではロイミュードは脅威となる存在。となると、そのメインウェポンである重加速に対する訓練も行われる。

 

しかし、それはあくまでも急場凌ぎに過ぎない。

すぐに防御が追いつかなくなる。怯んでいた019だがすぐに威勢を取り戻し、攻撃も激しくなっていく。

 

 

「何をやっているんだ、俺は……!」

 

 

ウォッチを渡さなければ問題なく倒せていた相手だ。それなのに、あんな他人を守るためにウォッチを手放した自分の行動が理解できない。

 

だが、そんなことを考えていても仕方がない。

思考も重加速に呑まれ始める。攻撃も喰らい始め、状況は切羽詰まったと言ってもいい。

 

 

 

「ハッハ!みっともないな仮面ライダー!」

 

「黙れ…俺をその名で呼ぶな!!」

 

 

その卑劣な言葉を聞くたび、全身に染み込んだ人外の悪意が心を蝕む。

怒り強く握り固められた拳が、019に叩き込まれた。

 

 

「ぐあァ!」

 

「貴様のような醜いバケモノは、どんな歴史にも居させない!

あんな腐った未来…俺が壊してみせる!」

 

 

狂気にも近い闘志に、優勢なはずの019がたじろぐ。

その時、空を駆ける小さな車両が飛来し、ゲイツの手に収まった。

 

モンスターカーのシフトカー、マッシブモンスターだ。

それにより、ゲイツの体が重加速から解放された。

 

 

「や…やばい!」

 

 

《フィニッシュタイム!》

 

 

ほぼ反射的にゲイツライドウォッチのボタンを押し、必殺待機状態に。

ゲイツは助走をつけて飛び上がると、ドライバーを一回転させ、019に蹴りを放つ!

 

 

「喰らえ!」

 

《タイムバースト!!》

 

 

019まで真っ直ぐ続く「らいだー」の文字を複眼に重ねるように、ゲイツのキックは加速して019へと向かっていく。キックが炸裂し、エネルギーが解放され、大きな爆発が空間を震わせた。

 

 

しかし、そこにあったのは予想していた手応えではなかった。

 

 

「また逃げたか…逃げ足の速い奴だ」

 

 

恐らくボディすら破壊できていないだろう。少し苛立ちながらも、ミカドは変身を解除した。

 

 

すると、草陰からひょこっと、隠れていたチノとココアが顔を出した。

 

 

「…逃げろと言ったはずだが」

 

「ミカドくん強いね!百戦錬磨のツワモノだよ!」

 

 

もはや話を聞かないココアには、ミカドも慣れてきた。

 

 

「さすが仮面ライダーだね!」

 

「その名を呼ぶな。俺は奴らとは違う」

 

「いえ、同じですよ」

 

 

そこに入ってきたチノは、少し悔しそうでもあったが、嬉しそうだった。

 

 

「みんなを守って、街の平和を守るかっこいいヒーロー。

ミカドさんも走大さんと同じで、ちゃんと仮面ライダーです」

 

 

小さな笑顔を見せて、チノはミカドにそう言った。

「仮面ライダーと同じ」、彼にとっては吐き気のするようなセリフだ。でも、その言葉にあるのは悪意ではなく、優しさだというのはミカドにも伝わった。

 

 

 

「……理解できないな、この時代の人間は」

 

 

 

ふと遠くに目をやる。戦闘で、少し離れたところまで来てしまったようだ。

 

白いボートが浮かぶ、美しい湖。水面は青空を映し出し、輝いている。

空を舞う小鳥も、踏みしめた芝生も、地を駆ける兎も、何もかもが光に祝福された世界。

 

生まれた時からすべてが終わっていた。争いと痛みだけが生きた証だった。

そんな彼に、その景色は眩しかった。

 

「何事も無い日常」が当たり前な世界。優しい人が生きられる世界。

もしもあの日。世界が崩壊したあの日さえ来なければ、未来にもこんな世界が広がっていたのだろうか。

 

 

思い出した。ミカドが、本当に欲しかったのは──

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

その数時間後。

結局、ルパンの秘宝は見つからなかった。というのも、そこから先もココアの脱線が続きに続いたためであるが。

 

日も落ちて、一同はラビットハウスへと戻った。

 

 

相変わらず客の居ない喫茶店に、一人の男が入店した。

 

 

「お、どうだ。儲かってるか?」

 

「見て分からないか」

 

 

皮肉交じりに現れたのは、捜査途中の走大。

店内にいたのは、カウンターで退屈そうにしているミカドだけだった。

 

 

「俺を殺そうとはしないんだな」

 

「仮にも店員だからな。客を殺すと面倒だ」

 

 

店内をウロウロと見て回る走大に、少し渋りながらも、ミカドはコーヒーを差し出した。

 

 

「…毒とか入ってるわけじゃなさそうだ」

 

 

走大は席に座り、カップを机に置く。

コーヒーの香りを楽しみながら、しかめっ面のミカドに問いかけた。

 

 

「今日一日ココア達と一緒にいて、どうだった?」

 

「どうもこうもない。笑ったり、叫んだり、走り回ったり、度し難いほどに喧しい奴だ。

香風智乃も同じだ。この街の奴らは、どいつもこいつも平和ボケなマヌケ面を晒している。

 

だが…想像していたより、悪くない世界だった」

 

 

ミカドがそう吐いたのを聞くと、走大は嬉しそうにコーヒーを飲み干す。

そして力強くカップを置き、勢いよく立ち上がった。

 

 

「よっしゃ!こっから捜査再開だ!気合入れていくぞ!!」

 

 

コーヒーでテンションが上がったのだろうか。目が覚めるような大声と共に、走大は店を飛び出していった。

 

ミカドはカップを持ち上げ、強い口調で呟いた。

 

 

「礼を言う、これでハッキリした。俺が、本当に求めているのは……!」

 

 

 

 

__________

 

 

 

遡る事数時間前、壮間はシストの地図について、ある事を思い出した。

それはこの時代に来る前、つまり2018年でも同様の物を見たという事だった。

 

しかし、その時はアナザードライブに襲われたため、そのまま地図を手放してしまっていた。

そこで、この時代の同じ場所に向かってみたところ…

 

 

「あった!間違いない、この地図だ」

 

 

壮間は2018年の地図と全く同じものを発見した。ルパンのサインも刻まれていた。

しかし、先ほど見た走大が押収したという地図とは、書いてある文章が全く異なっている。

 

 

「つまり、ルパンのシストは2枚あったのか…って、もしかして!」

 

 

壮間の頭に一つの可能性が浮上した。

すぐさま駆へと連絡し、推理を話した。

 

 

壮間の考えはこうだ。

 

 

アナザードライブの目的は、ルパンの秘宝。

「世界から悪を消し去る」が目的なら、犯罪者であるルパンの遺産も当然その対象。それを狙っていてもおかしくは無い。

 

そしてアナザードライブが長期間、木組みの街に居座っていた理由。それは、「ルパンの秘宝が見つからなかったから」ではないか、ということだ。

 

018の事を知っていたのは、走大の会議に駆り出されたメンバーしかいない。

1枚目の存在は、あの場にいた誰かをコピーしているアナザードライブなら知っているはず。

 

しかし、2枚目を知っているのは壮間しかいない。

2枚目の存在に気付かず、宝を見つけられなかった結果、半ば理性を失っていたため地縛霊のようにあの場に留まり続けていた。

 

そしてダイイングメッセージの「R」。これは「ラビットハウス」の「R」だとすれば…

最も怪しいのは、あの時率先して宝を探しに行った、ココアだ。

 

 

「そうだ。うん…やっぱりこれしかない」

 

 

疑問は残る。アナザートライドロンなんかもそうだし、ダイイングメッセージもしっくりくるとは言い難い。

だが、迷っている暇は無いはずだ。

 

 

「やるしか…ない!」

 

 

迷いを払拭し、ココアを問いただす覚悟を決めた。

前を向いたその時、前から歩いてくる小さな姿が見えた。

 

 

「捜査はどうですか?」

 

 

その姿は、鞄を持ったチノのものだった。

ラビットハウスも近い。チノがいるのは特に珍しいことではないはずだ。

 

 

だが、瞬間的に、確証に近い予感が壮間に降りてきた。

聞かなければいけない。恐怖が過りながらも、汗のにじむ手を握って、そう思った。

 

 

「智乃さんは…なんでここに…?」

 

「宿題を忘れてしまったんです。だから、学校まで取りに行こうかと。

…恥ずかしいので、ココアさんやリゼさんには内緒ですよ」

 

 

 

 

『当時中学三年生だった私は、範囲外の学校に忘れ物を取りに行っていたお陰で、難を逃れました』

 

 

 

 

2018年のチノの言葉が、壮間の脳内で再生される。

しっかり者な彼女に、何度もこんな事は起こらない。

 

つまりこれは、実質的な「タイムオーバー」。

 

 

また間に合わなかった。止められたはずなのに。

壮間の意識が強く打ち鳴らされる、鐘のように何度も何度も。

 

そんな壮間に追い打ちをかけるように、空気を震わす衝撃が走る。

 

 

バッドエンドのスタートを切るように、遠くで派手な爆発音が響き渡った。

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

「クソっ!また仮面ライダーに見つかったらマズい…早く“コイツ”の使い道を見つけねぇと!」

 

 

ボディを半壊させ、逃げ惑うロイミュード019。

その手には何かを握っており、人間態にも戻れずに裏路地を彷徨っている。

 

誰でもいい、まずは誰かコピーできる人間を。

そう考えていると、少し先の角に人影が見えた。

 

 

「しめた…!」

 

 

だが、その人影は妙に動きが速い。次々と視界から消えられ、捕まえられず、誰にも会えないまま随分な距離を移動してしまった。

 

焦る019。だが、ようやくその時が来た。

一本道の先に人間が見える。019は駆けだし、その人物に飛び掛かった。

 

 

その人物が、さっきまで追っていた者とは別人とも気付かずに。

 

 

019をここまで引き付けていた男──ウィルは、本を開いて笑みを浮かべる。

 

 

「ここからが歴史の転換点。君には我が王が覇道を歩むための、肥やしとなってもらおう」

 

 

019が飛び掛かった男は、その存在に気付くと019の身体をジャンプで躱す。

人並外れた身体能力に驚愕する一瞬で、019は光の鎖で動きを縛られてしまった。

 

 

「この力…嘘だろ!シフトカーの連中か!」

 

 

019の周りを旋回するのは、光を操るデコトラベラー。

それに気付いた頃には、トラベラーに引っ張られて019の身体は宙に。

 

あっという間に場所は、街を一望する時計台の頂点。

 

先程019の攻撃を躱した人物もそこに立っており、いつの間にかその横には、同じく鎖で縛られた男がいた。

 

 

「さぁ、お楽しみの時間だ!」

 

 

時計台の風を受けてフードを脱ぐ。

鎖で縛ったロイミュードと男を両手に備え、その男──津川駆は声を上げた。

 

 

壮間の推理を聞いた駆は、その推理の正誤よりも、「2枚目の宝の地図」という情報に着目した。

 

最速でアナザードライブを炙り出す最適解は、「釣り」だ。

そこで「2枚目の宝の地図」は、アナザードライブを釣り上げるためのエサを釣り上げるエサとして利用した。

 

駆とて、この数日休んでいたわけでは無い。早々にこの作戦に目をつけ、耽々と準備を進めていた。

 

具体的に言えば、巧妙に逃げ回るエサの居場所や行動の情報収集。

そして誘い出すための最高のネタを掴めば、そのエサを確保するのは、駆ならば容易。

 

 

アナザードライブを釣る極上のエサ、即ち、残る一人の逃亡犯である高尾。

 

 

 

(今ここには指名手配犯の高尾、偶然見つけたロイミュード、最後のエサは殺し損ねた俺自身!この悪人欲張りセットなら絶対に奴は食いつく!)

 

 

駆が指を鳴らし、019と高尾を晒し上げる。

シフトカーのアメイジングサーカスがド派手にクラッカーを鳴らし、ご機嫌なサウンドを街に響かせた。

 

 

「レディース!アーンド!ジェントルメーン!!」

 

 

真昼の空に花火が咲き誇る。

その爆発音は街の隅々まで木霊し、人々の視線を独り占めにした。

 

 

 

 

_________

 

 

 

「あれって……」

 

 

爆音が聞こえてきたのは、時計台の上。

遠くてよく見えないが、どうやらあそこにいるのは駆のようだ。

 

 

「駆さんですね…最近いないと思ったら何やってるんですか」

 

 

呆れた様子なチノだが、壮間の心境は穏やかではない。

駆の意図は壮間でも分かった。このまま彼に任せれば、上手く行くかもしれない。

 

だが、壮間の知る歴史では、ドライブの歴史は消滅している。

2017年でもそうだった。壮間の行動が、未だに何の歴史も変えていない可能性は大いにある。

 

とても放置できない嫌な予感が連続で襲い掛かる。

また迷う。今すぐ決定打を打たなければ、全てが終わるかもしれない。でも、今の答えでいいのか?間違っていれば取り返しがつかない。

 

あの悲劇を受けて、まだ変われない。焦りだけが先行し、ギアが空回りするような感覚だ。

 

 

 

「遅くなってしまいます。私はこれで」

 

 

駆のあんな行動も珍しくないのか、チノは冷静にこの場を去ろうとする。

 

正史なら、チノが学校に行っている間に木組みの街は静止した。

それを未来の彼女は、深く後悔していたのを感じた。

 

チノをここで止めるべきか?いや、もし失敗すれば、チノまで永遠に止まったままになってしまう。

 

 

(また迷うのか…俺は…!)

 

 

止めなければチノだけでも助けられる。止めれば後悔させてしまう。

打算的に考えるべきか、感情論で捉えるべきか。もうこの理論的な思考が間違いなのか。

 

時間が過ぎる。背中が遠のく。

 

 

(そうだよ、分かんないよ。そう簡単に人は変われないんだ)

 

 

そうやって諦めたのは、前までの壮間だ。

でも、出会ったんだ。主人公と言える人たちと。そんな価値のある出会いを、無駄にはしたくない。

 

 

(虚勢でもいい、俺が変わったっていう証を!ここで見せなきゃいつ見せる!)

 

 

 

弱音を噛み殺し、チノの腕を掴んだ。

 

 

「智乃さん!」

 

 

迷ったら直感を信じろ。重いプレッシャーをブッ飛ばせ。

その選択が間違いかどうかなんて、決めるのは未来の自分自身だ。

 

 

「説明は省く。でも、今ここを離れたら絶対に後悔する!

俺を…違う、俺達を信じて!この戦いを見届けて!」

 

 

舌足らずもいい所な台詞に、チノは困惑する。

きっとこの選択は間違いだ。ここは人の命を優先させ、逃がすべき場面だ。

 

だが、結論から言って、この時の壮間の決断は

歴史の路線を切り替えることとなる。

 

 

 

「俺がやるしかない。ここで必ず…歴史を変える!」

 

 

壮間は駆けだして再び思考を回す。

早く結論を出せればいいってもんじゃない。やはりさっきの結論は捨てるべきだ。

 

再考すべきはアナザートライドロン、ダイイングメッセージ、あの4年の意味。

ルパンの宝も要因の一つとしては考えられる。だが、ずっと探し続けてあの地図が見つけられなかったとは考えにくい。

 

 

「考えがまとまらない…俺が天介さんや走大さんみたいに頭が良ければ…いや、いっそ変身したら多少は…って何考えてんだ俺は……」

 

 

自分が放った言葉に突っ込みを入れる壮間。

その時、その言葉が少し引っかかった。

 

 

「変身…したら…?」

 

 

 

『そのアナザーってのがロイミュードと近い存在、つまり記憶と姿のコピーが可能だと仮定する』

『ホントは捜査で徹夜したらしいぞ』

『コピーもそれなりに時間と力を使う。そう何人も同時にはできない』

『最期に…伝える……奴がコピーしたのは…!』

『警察が来ると正体バレるかと思って焦った…とか?』

 

 

 

一つの仮定の下に、記憶がパズルのピースのように組みあがっていく。

 

 

 

「繋がった。犯人は──」

 

 

 

________

 

 

 

時計台の上で、駆は2人の身柄を晒してその時を待つ。

 

 

(必ず食いつく。怪人態で現れても、この目立つ場所ならソウさんと俺、あと壮間くんや、あのミカドって子で制圧できる。今この状況で不自然な行動をした奴が、アナザードライブだ!)

 

 

下から足音が聞こえる。

来た。今ここに来ること自体が、自白も同義……

 

 

「お前…こんな所で何やってるんだ!?」

 

「ってソウさんかよ!」

 

 

わざわざ時計台を上って来たのは、うんざりした表情の走大だった。

 

 

「お前最近顔見せないと思ったら…そいつ高尾じゃないか!しかもロイミュード連れてるし」

 

「いやーこれはね、なんというか…ソウさん空気読もう?」

 

「何言ってるか分かんないけど、とにかくそいつらを渡せって!」

 

「いやだから、そういう訳には…」

 

 

 

「駆さん!」

 

 

走ってくる足音と、そんな声が聞こえた。

息を切らした壮間が、そこに現れる。

 

 

「壮間くん!?君まで来てどーすんの!色々察して!?」

 

「壮間…まぁいいや、ここは俺に任せてくれれば…」

 

「違う。ようやく分かった。全ての真相が」

 

 

走大と駆の言葉を遮るように、壮間は語り始めた。

 

 

「そもそもの考えが間違いだったんだ。アナザードライブは、ロイミュードの能力を持っている。

でもアナザードライブだって、やってる事は“変身”で俺達と同じだ。そんで、変身したって中身は変わらない。

 

俺達の時代でアナザードライブが4年も動かなかった理由、それは…“記憶のコピーを使いこなせなかったから”」

 

 

018曰く、ロイミュードでも記憶のコピーには容量を割く。

ならば、人間なら尚更。人一人分の記憶が書かれた辞典を記憶するようなものだ。

 

 

「アナザードライブは半ば理性が崩壊していた。だから、より効率的な手段を取れず、しらみ潰しで一人ずつ記憶を探るしかなかったんだ。そのせいで4年も身動きできなかった。

当然、駆さんが襲われた夜も、姿をコピーして演技するためにそれ相応の労力を使ったはず」

 

 

次に壮間は空中にRを描く。

 

 

「これは018が残したダイイングメッセージ。普通、ダイイングメッセージは、2文字で特定の人物を表せるイニシャルを使うのが自然。それだと理世さんが怪しいことになる。

 

でも、彼女は最期、Rを描いた後に指を“上”に持って行った。つまり、次に続く一文字を書こうとしたのではなく、“上に何かを足そうとしていた”」

 

 

Rの上、そして下に付け足すことで完成するマーク。それを壮間は一つだけ知っている。

 

 

「イニシャルを使わなかった理由も簡単。

紗路さんと018は友達だった。もし、見た犯人のイニシャルが紗路さんと同じだったとしたら……」

 

 

紗路を庇うため、そのイニシャルを避けるのは想像に難くない。

そして最後にアナザートライドロンの件だ。

 

 

「記憶のコピーが覚える前提なら、アナザートライドロンを使った理由も分かる。どれだけ頭がよくっても、所詮は一夜漬け。自分をよく知っている人物、例えば同僚ならバレるかもしれない。そう、駆さんの推理は当たってたんです。つまり……」

 

 

 

アナザードライブが出現した次の日に疲れを見せ、

「R」の上下に括弧を付けたクレストを持ち、

イニシャルがシャロと同じ「K・S」で、

警察と言う同僚を避け、ココア達との接触もなるだけ避けていた人物は、一人しかいない。

 

 

 

「アナザードライブはアンタだ、栗夢走大!!」

 

 

 

走大を指さし、壮間は言い放つ。

そもそもそうだ。考えれば、コピーする上で動きやすく、都合がいい点を考えれば、走大が最も妥当だ。ただ、余りに精巧に真似られていて、気付くまで時間がかかってしまった。

だが、そう簡単に認めるわけがない。

 

 

「ちょっと待てって。何の話か知らないけど、証拠も無いんだろ?」

 

「いや、証拠ならある」

 

 

その台詞は、壮間の口から出たものでは無かった。

時計台の上にはもう1人。ラビットハウスの制服を着たミカドだ。

 

 

「ロイミュードのコピーには幾つか穴がある。例えば、コピーできるのは姿と記憶だけだ。

貴様が店に来てうろついてくれたお陰で、じっくり観察できて確証が持てた。

 

気付かなかったか?初めて会った時に比べ、貴様の重心や細かい動きの癖が異なっていた」

 

「…そんなの、何の証拠にも!」

 

「だから仕掛けた。貴様はロイミュードと同じで、体の構造まではコピーできない。

つまり、“体質”は演技で誤魔化すしかない。そして最後に、貴様はボロを出した」

 

 

ミカドは取り出した小袋を見せつけた。茶色い粉末が入っているその袋は、以前ココアたちに見せたもの。

 

 

「貴様に飲ませたのはコーヒーじゃなく、このタンポポから作った疑似コーヒーだ。

当然、成分はコーヒーと全く異なる。貴様がこれを飲んで、いつも通りの変化が出るのはあり得ない!」

 

 

ロジックとエビデンス、2つの刃が走大、いやアナザードライブの首元に突き付けられた。

この時計台に逃げ場はもう、無い。

 

 

「何故邪魔をする…悪は存在すべきじゃない、俺こそが正義なんだ!!」

 

 

走大の姿が一瞬にして歪んでいき、叫びと共鳴するように姿を偽りのドライブへと変えた。

 

 

「正義も悪も、俺には分からない。だけど…018を殺したお前を!俺は絶対に認めない!」

 

「貴様のお陰でハッキリした。俺が求めていたのは恨みじゃない。“革命”、歴史を覆すだけの“力”だ。その為ならば、この仮面ライダーという名を、甘んじて受け入れよう」

 

 

2人がジクウドライバーを装着し、ウォッチを起動する。

 

 

《ジオウ!》

《ゲイツ!》

 

 

「そんな歪んだ正義で、仮面ライダーを騙らせない!」

 

「この世界に支配者も、理不尽な力も必要ない。力で他者を矯正する貴様も、今ここで俺が倒す!」

 

 

2人の背後にエフェクトが展開。

その針がその瞬間を刻むとき、2人はその言葉を叫んだ。

 

 

「「変身!!」」

 

《ライダータイム!》

 

《仮面ライダー!ジオウ!!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

複眼に「ライダー」と「らいだー」が刻まれる。

ドライブの姿を偽った者の前に、時の戦士がここに並び立った。

 

全ては、彼のその正義を、否定するために。

 

 

 

この歴史に、バックギアは無い。

ドライブの物語は転換点へ。

 

 

 




ルパンの暗号は、作るだけ作って尺とテンポの都合上全カットしました。考えた時間がキングオブゴミになりました。泣きたい。

まぁ、要素を詰め込んだ代償でかなり歪ですが…まぁ、あと2話お付き合いください。

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だれがドライブの力を受け継ぐのか

少しぶりです146です。修羅の国に帰ってきました。
ポケモン対戦でタイプ相性をご存じでない案件を連発し、恥を晒しまくりの今日この頃、僕は元気です。

今回は遂に…遂に決着!長い!ここまでもだけど、今回の話も長い!
反省したから次のレジェンドからはもうちょい短縮します。
ついでにキャラ紹介どぞ。あと質問コーナーも活動報告からどぞ。


アナザービルド
2017年の四谷西哉が変身したアナザーライダー。改変された歴史ではビルドを倒し、一年に渡って60人の人間をボトルにし続けた。
ラビットの跳躍力、タンクの破壊力といった基本能力に加え、ボトルの中に人間を才能ごと閉じ込める能力を持つ。また、ベストマッチと組み合わせることで、その才能を行使できる。一定の条件化で撃破しない限り、何度でも蘇る。




「なぁ、俺はいつになったら本当のドライブになれるんだ?」

 

 

時は2013年。黒いシフトカーを弄りながら、走大は“彼”にそう尋ねた。

 

 

『君の頭脳、身体、能力は間違いなく超人だ。

しかし、“心”が足りなければドライブを使いこなすことはできない』

 

 

走大は聞き飽きたようにうんざりした様子で、シフトカーを机に置いた。

 

 

「心ねぇ…一体何がダメなんだよ、アンタなら分かるだろ?」

 

『それは君自身が考え、答えを出すべきだ。

君がその答えを見つけ、“真のドライブ”として共に戦える日を、私は心待ちにしているよ』

 

 

“彼”はそう言った。

 

そしてやって来た最後の戦い。

残る一体のロイミュード、002との戦いで、走大は赤きドライブに覚醒した。

 

 

 

“彼”の存在と引き換えに。

 

 

 

 

 

(……こんな時でも、夢って見るんだな。しかもとびきり趣味が悪い…)

 

 

全身の痛みで走大が目を覚ます。

腕はロープで縛られている。口はガムテープで塞がれ、声が通らない。

 

アナザードライブに攫われ、この状況が数日続いている。

何が起こっているのか、走大には大体察しがついていた。

 

それでも、走大はここから脱出することが出来ていない。

心身共に、衰弱がピークに達しそうだった。

 

 

(はは…分かるさ、笑ってんだろ?“私が居なければ、君は何もできない”って…

あぁ、そうさ。俺は一人じゃ…何もできなかった…)

 

 

一年前の走大が抱えていた、心の欠陥。

それは、自分が正しい、強いという「過信」と、一人で戦うことを拒む「依存」。この相反する心の矛盾。

 

 

失ったものは大き過ぎた。一生忘れることのない、消えない過ち。

だが、それは過去の話だ。

 

 

(あの日に誓った。俺の…使命は!)

 

 

嗅ぎなれた香りが、走大の鼻を貫いた。

 

 

 

_______

 

 

 

時計台の上で、歴史を賭けた決戦が始まった。

アナザードライブに対するは、並び立つジオウとゲイツ。

 

 

「俺が…正義を体現する!!」

 

 

呪言のように繰り返し、アナザードライブが攻撃を仕掛ける。

放たれた棘タイヤを2人が回避。時計台の屋根が抉れ、なおも勢いを止めない威力。まともに喰らうのは敗北に直結する。

 

 

「まだ撃ってくる…それなら!」

 

 

構えられた炎のタイヤが放たれる前に、ジオウが接近し、ジカンギレードで斬りかかる。

盾で防がれて有効打には欠けるが、その背後にはゲイツがいる。

 

ゲイツはジカンザックスをゆみモードにし、ジオウに手間取っているアナザードライブを…

 

連射でジオウごと撃ち抜いた。

 

 

「痛った!何すんの!」

 

「邪魔だ。上手く動かない貴様が悪い」

 

 

なんにせよ、アナザードライブにダメージが入った。

機動力を生かせないこの場所を嫌ったのか、逃げ出そうとするアナザードライブ。

 

 

「あっ…待て!」

「逃がさん!」

 

 

同時に駆け出したジオウとゲイツは、見事に激突。

躓いた結果、時計台の上から仲良く落下した。

 

 

「邪魔をするなと言ったはずだが…!?」

 

「ごめん」

 

 

アナザードライブも着地し、戦いの場は機動力が生きる地上に。

一旦アナザードライブが駆け出すと瞬く間に加速し、数秒の間に何発かを喰らってしまった。

 

一度停止したかと思うと、すぐさま銃撃に転換。

距離を取られながらの連射に、ジワジワと削られていく。

 

 

「前より強くなってない!?」

 

「想像以上に厄介だ。死にたくなければ、上手く俺に合わせて連携しろ」

 

「んなこと言ったって…あぁもう!やるしかない!」

 

 

ジオウとゲイツは一旦分かれて、攻撃を分散させる。

銃撃はゲイツの方に集中。防御が甘くなった側のジオウは、距離を詰めて斬撃を浴びせた。

 

 

「よし!」

 

 

背後から近づくゲイツは、ジカンザックスをおのモードに。

小さく舌打ちするが、ゲイツは苛立った声を張り上げる。

 

 

「しゃがめ!」

 

 

その声に合わせ、ジオウは慌ててしゃがみ込む。

その頭上をかすめ、横一閃のゲイツの攻撃がアナザードライブにヒット。

 

攻撃で怯んだ所に、しゃがんだジオウがジカンギレードをジュウモードに変形させ、ノーガードの敵に銃撃を炸裂させた。

 

 

《タイムチャージ!》

 

 

その隙にゲイツとジオウはそれぞれリューズを押し込む。

 

 

《5・4・3・2・1…》

《Five・Four・Three・Two・One…》

 

 

斧と剣の刃に力が集まり、カウントを刻む。

そして蓄積されたエネルギーを、アナザードライブに開放した。

 

 

《ゼロタイム!》

 

「せやッ!」

「はあッ!」

 

《ギリギリ斬り!》

《ザックリ割り!》

 

 

二つの斬撃がアナザードライブの装甲を穿つ。

火花を激しく散らし、地に倒れたアナザードライブが爆散した。

 

 

が、しかし。

 

 

「ウ…ウオァァァァァァ!!」

 

 

爆炎は一瞬で収束し、アナザードライブが復活する。

さっきまでのダメージも当然のように消えているようだ。

 

 

「復活した!」

 

「早いな。タイムジャッカーが近くにいるのか」

 

「タイムジャッカー…?」

 

「そんな事も知らないのか…まぁいい、説明は後だ」

 

 

アナザードライブが復活した。

いや、何かが違う。

 

 

 

 

『お父さんはね、悪い人をやっつけて皆を守る、とってもすごい人なの。だから…わかってね』

 

アナザードライブ__相場の脳裏で再生される、懐かしい声。

仕事上、父とはほとんど会うことが出来なかった。その度に、母がこう相場に言い聞かせていた。

 

特に不満は無かった。むしろ、父がとても誇らしかった。

将来は自分も同じように、警察官になりたいと思った。

 

 

だがあの日、父は死んだ。

 

 

そして彼は警察官になった。

全ては父の仇を討つため。復讐のため。

 

 

違う。

 

 

全ては、父が果たせなかった使命を受け継ぐために。

 

 

 

「俺は…警察官だ……!この世界から悪を排除する…その使命を!俺が果たす!!」

 

 

とんでもない量のエネルギーがアナザードライブに蓄えられている。

ジオウとゲイツは、そのエネルギーの正体を感覚で感じ取った。

 

 

「あの力、重加速を展開する気か!」

 

「あんなの…四分の一どころか街全部が止まる!早く止めないと!」

 

「言われるまでも無い!重加速が効かずとも、あんなエネルギーが放出されれば辺りは更地だ!」

 

 

 

 

その少し前、時計台から降りた駆は、019と気絶した高尾を連れて逃げていた。

 

 

「クソっ!放せ!」

 

「放すわけないだろ!お前、変に動いたらスパイクで風穴開けっからな!」

 

 

抵抗する019だが、駆の持つシフトカー、ファンキースパイクを見るとその動きを止めた。

シフトカーは、下級ロイミュードならば単体で撃破できるほどの力を持つ。身動きが取れない今なら尚更だ。

 

 

「まずコイツらどうにかして、それから本物のソウさん見つけないと…」

 

 

少し焦る駆。そこに、カツンという音が聞こえた。

足音。いや、杖の音だ。

 

一瞬で目の前に現れたのは、シルクハットを持って首を垂れる、紳士のような青年。アナザードライブを作り出した、タイムジャッカーのアヴニル。

 

上げた顔には、全てを下に見るような余裕に満ちた笑みが浮かんでいた。

 

 

「誰だ?味方…じゃないな」

 

「即決とは心外!吾輩はアヴニル。貴公の敵ではないが、味方でもない。

貴公と吾輩とでは、生きる時間が違う」

 

 

駆が仕掛けるよりも速く、アヴニルがステッキを地面に突いた。

音と同時に、見えない衝撃が駆の体を吹き飛ばす。

 

 

「起きるのだ。貴公にはまだやってもらうことがある」

 

 

アヴニルは気絶した高尾の顔の前で指を鳴らす。

時間が巻き戻るように、高尾は目を覚ました。

 

 

「んだよ、ここ…何が起こって…」

 

 

その時、近い場所で爆発が起こった。

街が震える。さらに高尾の横眼に映るのは、縛られたロイミュード。

 

 

「な…なんだよ!バケモノ!?わけわかんねぇ!」

 

 

いつの間にかアヴニルの姿は無い。

状況はまさしく天変地異。普通の人間なら死さえ想起する。それは高尾も例外ではなかった。

 

 

「ふざけんなよ…俺はまだ死にたくねぇ…そうだ、なんで俺がこんな目に合わなきゃいけねぇんだ!!」

 

 

逃げ出そうとしていた019が、その言葉に反応して動きを止めた。

そこにいるのは凶悪指名手配犯、そして自分と同じ感情を強く抱いている。

 

「条件」は揃っていた。

 

 

「おいお前」

 

「く…来んな!バケモノ!」

 

「待てよ。別に殺そうってわけじゃない、逆だ。

俺とお前が、生き延びる道を教えてやる!」

 

 

019が高尾に差し出したモノ。

それは、赤いバイラルコア。ソレは高尾が持つと、濁った赤い輝きを放ちだした。

 

 

「これは…!?」

 

「心の闇がシンクロした!さぁ兄弟、俺と一つになれ!」

 

 

深紅のネオバイラルコアは、「ロイミュードと人間を一つにする」。

高尾の体に019が同化し、その姿は異形と化す。

 

 

現れた紅き異形は、その衝動と力のまま破壊を続け、力を誇示するように騒ぎの中心へと向かって行った。

 

 

「ハハハ!!力が漲ってきやがる!すげぇ…すげぇぜコイツは!」

『これなら仮面ライダーも怖くねぇな!さぁ見せつけろォ!』

 

 

眼前にいるのは2人の仮面ライダーとアナザードライブ。

ジオウとゲイツもその姿に気付いた。

 

 

「チッ…ロイミュードか、しかも融合進化態…」

 

「アナザードライブもヤバいってのに…!」

 

 

全身が深紅のボディに、長い腕。肩から手にかけては、ネジが幾つも突き刺さったようになっており、両肩にはドライバー、胸にはスパナ。配線がむき出しの頭部には、角のような2本のはんだごて。

一言で言えば、修理用具の塊。

 

 

『名付けてリペアーロイミュード!ぶっ壊しちまえ!』

「おぉ!!」

 

 

リペアーの破壊が一層激しくなっていく。

アナザードライブの方も重加速エネルギーが暴走を始め、今にも放出されそうだ。しかし、いくら攻撃してもエネルギーが散る様子も無い。

 

 

「あのロイミュードも放っておけない!一体どうすれば!」

 

 

慌てふためくジオウ。戦闘経験が豊富なミカドにとっても、この状況は万事休すと言わざるを得なかった。

 

2人では、この状況を覆せない。

 

 

 

《ドロン!トライドロン!》

 

 

 

暴れまわるリペアーが、その音声の直後に吹き飛ばされ、建物の壁に激突した。

突如現れたマシンのアームに弾き飛ばされたのだ

 

 

ジオウとゲイツは思わずその方向を向く。

壮間が資料で見た、トライドロンのタイプテクニックだ。

 

 

トライドロンのハッチが開き、中から飛び出したその男がアナザードライブに飛び蹴りを叩き込む。

 

生身と言えど、その一撃はアナザードライブの動きを止めた。

 

 

「なんで……なんでお前がここに!

栗夢…走大!!」

 

 

アナザードライブが怒りの声を唸らせる。

そこに現れたのは、囚われていたはずの、正真正銘本物の走大だった。

 

 

「残念だったな!俺を捕まえておきたけりゃ、こんなもんは置かないことだ」

 

 

走大が投げ捨てたのは、空になったコーヒー豆の瓶。

手に持っていた数粒のコーヒー豆を、走大は口に入れて噛み砕いた。

 

ゲイツは少し呆れ気味に言う。

 

 

「コーヒー豆を直接食べてドーピングしたというのか。ふざけた体質だ」

 

 

だが、それで体力が回復したわけではない。極度の興奮状態でアドレナリンが異常分泌しているだけだ。それはいわば、命の前借。

 

走大の体はボロボロで、壮間が前に見たときより少し痩せている。極限状態は顔にも現れており、体力が限界を超えているのは自明だった。

 

 

「そんな状態で戦う気ですか!?」

 

「…当たり前だ。いいか壮間、俺は自分が正しいなんて全く思っちゃいない。

でも一つだけ!俺には信じる正義ってやつがある!」

 

 

走大はドライブドライバーを装着。

しかし、その極度の疲労で走大が倒れそうになる。

 

 

「走大さん!」

 

 

そんな走大を支え上げたのは、その現場に急行した白い姿。

 

 

「駆…」

 

「悪い。変な紳士に襲われてさ、俺じゃなかったら気絶してたね全く…」

 

 

少し遅れたと言いつつも、爆速で駆けつけた津川駆。

走大の体を起こし、持っていた銃でアナザードライブを牽制する。

 

 

「壮間くん、ソウさんを止めようたって無駄だよ。こーゆー時は、思いっきり突っ走らせるに限る」

 

「分かってるじゃないか…行くぞ、駆!」

 

 

駆は懐から青い装置を取り出した。壮間とミカドはそれが何かをすぐに理解する。

 

 

「あれは…ドライバー!」

「まさか奴も……」

 

 

駆は「マッハドライバー炎」を装着。それを追って駆けつけたシフトスピードとシグナルマッハが、2人の手の中に収まった。

 

そんな中、激情に駆られたアナザードライブが、彼らに怒号を投げかける。

 

 

 

「邪魔するな!お前達、正義の仮面ライダーなら分かるはずだ!我々の使命がッ!!」

 

「当然だ!俺は仮面ライダーで、この街の交番勤務!この街の人々を守る…それが俺の使命だ!!」

 

 

イグニッションキーを回し、シフトスピードを変形させてブレスにセット。シフトレバーを上げる。

 

駆はマッハドライバーのスロットにシグナルマッハを差し込み、スロットを叩き込んだ。

 

 

《シグナルバイク!》

 

 

「レッツ…」

 

「「変身!!」」

 

 

《RIDER!》

《MACH!》

 

《DRIVE!》

《type-SPEED!》

 

 

装甲を纏いし、二人の戦士。

仮面ライダードライブと仮面ライダーマッハ。

 

襲い掛かるアナザードライブに、マッハのゼンリンシューターが火を吹く。

アナザーライダーのルールはマッハにも適応されるのか、攻撃は全く効いていない。

 

勝ち目が無いと、ジオウが2人を止めようとするよりも早く、ドライブとマッハは躊躇なく加速する。

 

 

《SP!SP!SPEED!!》

《ズーット!マッハ!》

 

 

そのスピードは、傍で見ているジオウとゲイツの意識を置き去りにする。

攻撃が効かないアナザードライブをも翻弄し、赤と白の風が敵に連撃を決めていく。

 

その攻撃は10秒と少し続いた。

余りの速度、凄まじい勢いの攻撃。たったそれだけの時間にどれだけの攻撃が繰り出されたのかは、計り知れない。

 

ただ、この圧倒的に理不尽なルールを前に、彼らの攻撃はアナザードライブの纏った重加速の力を半分近く散らしていた。

 

それでも立ったままのアナザードライブを見て、マッハがため息をつく一方、ミカドは驚嘆を顕わにしていた。

 

 

「速すぎる。見くびっていた…これが奴らの全力か」

 

 

敵がアナザーライダーでなければ、とっくに勝負が決まっていた。

2068年では見たことのないレベルの力量。これが、この時代の仮面ライダー。

 

 

呻くアナザードライブ。だが、その逆方向で瓦礫が崩れる音と、咆哮が聞こえた。

 

 

「俺を無視してんじゃねぇ!」

 

 

さっき吹っ飛ばされたリペアーが、崩れた建物の中から起き上がっていた。

突っ込んでくるリペアーに、マッハが応戦する。

 

 

「俺が撒いた種だからな。お前の相手は俺だ!」

 

 

リペアーの胴体にゼンリンシューターで殴撃。長い腕で掴まれる前に飛び上がって、すんでの所で躱す。

 

敵のリーチが長く、苦戦を強いられる。

それだけではない。リペアーの腕のネジが分離し、弾丸となってマッハに飛んでいった。

 

その攻撃で体勢を崩されたマッハに、リペアーが腕を伸ばす。

 

その腕が届く寸前、斬撃がリペアーの腕を切り裂いた。

 

 

「大丈夫ですか!」

 

「壮間くんナイス!」

 

 

リペアーVSマッハにジオウが加わり、形勢は一気に傾く。

しかし、リペアーは全く動じていない。

 

 

『2対1だと思ったか?こっちにも2人居るんだよなぁ!』

「俺達の力を見せてやる!」

 

 

ジオウに斬られた腕が再生していく。それだけでなく、これまでマッハが与えたダメージも同様に消えていったようだ。

 

高尾と019を結び付けた感情は「生存欲」。「死にたくない」という強い恐怖心が、「再生能力」として顕現したのだ。

 

 

「なるほど、こいつは面倒だ!」

 

 

そして一方、アナザードライブとドライブ。

アナザードライブの重加速エネルギーは健在で、いつ街が静止してもおかしくは無い。

しかし、ドライブとゲイツがエネルギーの開放をなんとか妨害している。

 

2つの戦いが激化する。

歴史の激流に逆らい、4人の戦士が奮闘する。

 

 

 

そんな様子を鼻で笑うかのように、

その男はステッキを突いた。

 

 

 

その瞬間を切り取ったように、戦いが完全に止まった。

重加速なんて次元ではない。まさに、時間が止まったというのが妥当だ。

 

ただ、その場にいる者の意識と感覚は正常に動き続けている。

そしてジオウとゲイツ、彼と同じく時間を越えた戦士は、止まった時間の中で動くことを許されていた。

 

 

 

「お初にお目にかかる。吾輩の名は、タイムジャッカーのアヴニル!!」

 

 

2人の前に現れた、タイムジャッカーを名乗る男。

この現象の主は、この男だというのは2人にも分かった。

 

 

「タイムジャッカー…さっきミカドが言ってた」

「あぁ。アナザーライダーを生み出している連中だ」

 

「その反応…ヴォードの奴、挨拶もしてないのか。実に…怠慢ッ!極まりない!」

 

 

クルクルと舞いながら叫ぶアヴニル。思わずジオウはポカンとしてしまう。

ゲイツは攻撃体勢で、アヴニルに問いかけた。

 

 

「タイムジャッカー、一体何のつもりだ」

 

「問うのは吾輩の方だ。どうして貴公らは、吾輩が擁立したこの王、アナザードライブの邪魔をする?」

 

 

ステッキを回してステップを踏んだ後、アヴニルはジオウにステッキを向ける。

 

 

「貴公は王になりたいんだったな?だが掲げる正義も大願も無い。王としての器は余りに矮小、論外だ!果たすべき正義も無く、一体何が王だというのか!」

 

 

次にアヴニルが指したのは、ゲイツだ。

 

 

「貴公はまだ見どころがあると思っていたが、それがどうだ。仮面ライダーを憎み、根絶やしにするはずが、今はこうして共闘している。実に嘆かわしいッ!貴公の正義はその程度のものだった!」

 

 

劇のような口調でひとしきり叫んだ後、アヴニルは天を仰ぐ。

 

 

「大した正義も持ち合わせない貴公らに、吾輩の王を否定する資格は無い!違うか?」

 

 

もう一度強くステッキを突く。

カンと高い音が石畳を貫き、辺りに響いた。

 

彼の言葉は暴論でありながら、正論だ。

 

その言葉を受け、壮間が口を開く。

 

 

「そうだ…俺にはまだ、何が正義かなんて分からない。だから、例えどんな正義であっても信じて突き進んでるあの人は…正直凄いと思う」

 

 

王として、壮間はアナザードライブに劣るのかもしれない。それがずっと感じていた、壮間の正直な思いだった。

 

でも、王は暴君であってはいけない。民を守る存在でなければいけない。そうでないと、認められるわけがない。

 

分かっている。だからこそ、壮間が出した答えは__

 

 

「何が正義かなんて迷ってるうちに、取り返しのつかない命が消える。だったら…そんな急ごしらえの正義なんて、俺にはいらない!」

 

「やはり論外ッ!正義も無く人の上に立つなど、出来るものか!」

 

「今の俺は正しくなんてない。それでも!俺の周りには、色んな正義があると知った!

何度も悩むし、何度も食い違うと思う。けど、俺以外の皆が正しければ、いつかそれが俺の正義になる!それが俺の目指す王だ!!」

 

 

ジオウはそう言い放った。

アヴニルは引きつった顔でジオウを睨みつけ、呆れた声で叫んだ。

 

 

「他力本願な王、実に不愉快だ!」

 

「あぁ、同感だな」

 

 

その声は、ミカドのものだった。

 

 

「誰か王かなんて下らない。理不尽な力があるから世界は崩壊する、それだけだ。

そんな力は全て封印する、そのために仮面ライダーを歴史ごと消し去るしかない。

全てのライダーを倒す、それが俺の正義だ」

 

 

この時代に来ても、ミカドの正義は変わらなかった。仮面ライダーに対する憎しみも、怒りも、消えることは無い。

 

でも、一つだけ、この時代で知ったことがある。

 

 

「だが…真に守るべきものを見失う程、“今の”俺の正義は腐っちゃいない」

 

「やはり軽い!貴公にとって、正義とはその程度か!」

 

「黙れ。それを決めるのは…俺自身だ!」

 

 

ゲイツがジカンザックスでアヴニルに斬りかかる。

しかし、その斬撃は空を斬り、アヴニルはその背後に。

 

アヴニルはステッキに両手を乗せ、シルクハットを深くかぶる。崩れた表情を隠すように。

 

 

「まぁ良し!貴公らが取るに足らん存在と知れたのは、吾輩としても実に僥倖!!だった。この借りはいずれ返すとしよう!」

 

「待て…!」

 

 

ゲイツとジオウが一歩を踏み出すと、その姿は消えていた。

それと同時に時間が動き出す。

 

その瞬間、ドライブが地面に倒れこんだ。

 

 

「走大さん!」

 

 

ジオウが駆け寄る。間もなくドライブの変身が解けてしまった。

それはダメージの限界か、体力の限界か、それとも

 

先の言葉で、安心したからか。

 

 

止まった時間の中で聞いた、彼らの正義。

壮間が持っていたのは、自分だけではなく他人の正義をも信じる心。ミカドが持っていたのは、自分自身を信じて貫き通す心。

 

そのどちらも、あの日の走大が持っていなかった「心」だ。

 

 

「これでいいんだろ…?なぁ、“ベルトさん”」

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

『俺達を信じて!この戦いを見届けて!』

 

 

その壮間の言葉の通り、チノはその場所に留まっていた。

間もなく爆発と騒ぎが起こり、彼の言葉の意味を、何となく理解した。

 

 

「逃げませんよ。走大さんたちが戦ってるのに、私だけ逃げられません!」

 

 

チノはまずラビットハウスに向かおうとする。

その時、ポケットに入っている何かが熱くなるのを感じた。

 

それは、昼にロイミュードに襲われた時、ミカドに渡されたプロトウォッチ。

薄く赤い輝きを放っており、その光はみるみる強くなっていく。

 

 

「これ…は……?」

 

 

プロトウォッチに色が宿り、文字盤に模様が刻まれる。

ドライブの力が、ウォッチに宿った瞬間だった。

 

チノはドライブウォッチを強く握りしめ、成すべきことを漠然と把握した。

 

 

「届けないと、これを…」

 

 

チノは走り出した。騒ぎの中心へ、より恐怖を感じる方向へ。

流れに逆らって人ごみをかき分け、息を切らし、髪を乱したその先に、彼らはいた。

 

歪なドライブと赤いロイミュード。そして、ジオウとゲイツの姿が見えた。

 

ウォッチが語り掛ける。ドライブの歴史を受け継ぐに相応しい者に、この力を渡せと。

選ばなくてはいけない。だが、チノの心に迷いは無かった。

 

 

震える小さな体は、精一杯息を吸い込んで、その名を叫んだ。

 

 

 

 

「ミカドさん!!」

 

 

 

 

 

チノの手から放られたウォッチが、宙で放物線を描く。

彼女の声を聞き、ゲイツはそのウォッチを確かに受け取った。

 

驚きはある。しかし、その行動の意味も分かる。

ゲイツはそんなチノを見て、少し笑うのだった。

 

 

「やはり、分からん女だ」

 

 

ウォッチのカバーを回転させ、ボタンを押して起動させる。

 

 

《ドライブ!》

 

 

浮かび上がるのはドライブの顔。ゲイツは左のスロットにドライブライドウォッチを装填し、ドライバーを回転。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

ドライバーから4文字の平仮名が具現化し、ゲイツの背後にタイヤのビジョンが現れる。

アナザードライブに駆け出すゲイツ。ビジョンもそれを追い、その中にアーマーを生成させた。

 

しゃがみ込むようなポーズをとったアーマーは、ゲイツがアナザードライブに一撃を叩き込むと同時に四散。

ゲイツの姿とそのアーマーが重なり、最後に複眼に刻まれた「どらいぶ」の4文字が琥珀に輝いた。

 

 

《アーマータイム!》

 

《DRIVE!》

《ドライブ!》

 

 

赤い体の中央を走る、2本の白いライン。両肩アーマーにはスピードタイヤを持ち、両腕にはシフトブレスを模した装備が煌めく。

 

 

「まさか、こんな結末になるとは…」

 

 

そこに見計らったように現れた、預言者のウィル。

ジオウの継承を祝いに来たのだろうが、そこにいるのはもう一人の戦士の姿。

 

 

「仕方ない。予定とは外れたが、祝う他あるまい!」

 

 

ウィルは本を開き、その場にいる全ての者に高らかに言い放つ。

 

 

「祝え!全ライダーを打ち倒し、新たな未来へ我らを導くイル・サルバトーレ!

その名も仮面ライダーゲイツ ドライブアーマー!不本意ながら…ライダーの力を継承した瞬間である!」

 

 

力を受け継いだ赤き戦士。その姿を見て走大は立ち上がり、ゲイツの横に立った。

余計な言葉はいらない。ただ最後まで、選ばれた彼と共に戦うだけだ。

 

 

「ひとっ走り…」

「付き合ってもらうぞ!」

 

 

 

________

 

 

 

ゲイツがドライブの力を継承した。

つまり壮間は選ばれなかった訳だが、今の彼には一先ずどうでも良かった。

 

アナザードライブは彼が倒す。そして、今の自分が相手すべきなのは、こっちの方だ。

 

 

「駆さん」

 

「分かってるならオッケー。さーて、出だし遅れた分、こっからゴボウ抜きだ!」

 

 

マッハはリペアーを指さし、高らかにその口上を言い放つ。

 

 

「追跡!撲滅!いずれも~マッ…ハー!

仮面ライダー……マッッハァァァ!!」

 

 

見事にポーズまで決めるマッハに、ジオウは困惑気味に聞く。

 

 

「それいります?」

「いるの!ホラ行くぞ!」

 

 

マッハとジオウがリペアーに攻撃を仕掛ける。

上手く決まるが、やはり数秒と経たずに再生してしまった。

 

 

『無駄無駄!もう俺達がダメージを受けることは無い!』

「サイコーだぜこの力!」

 

 

リペアーは乗り捨てられた車を見つけ、一度完全に破壊する。

そして鉄くずとなった自動車のパーツを一瞬で溶接し、自身の体に装甲として装備した。

 

 

「おいおい、そんなのアリ!?」

 

『アリなんだよ!』

「死ねぇ!」

 

 

リペアーに追加された2本の腕が、マッハを狙う。先端がペンチのようになっており、一度捕まれば腕を切断されてしまうだろう。

 

マッハを援護するようにジオウも動く。が、腕が増えたことでリーチが大幅に広がり、対処が困難を極めている。

 

 

「これなら…!」

 

 

腕を躱しながら、ジオウは銃弾を放つ。

問題なくヒットするのだが、瞬く間に再生してしまう。しかしその様子を見て、気付いた。

 

 

(遠距離の攻撃に対して弱い…いや、そもそも再生にかまけて動きが遅いし、銃を防ぐ手段が無いんだ!)

 

 

受けても平気、そう思っているなら話は早い。

マッハもジオウの意図を汲み取ったようだ。

 

ジオウはホルダーからビルドウォッチを取り外し、ジカンギレードのジュウモードにセットした。

 

 

《フィニッシュタイム!》

 

 

リペアーに照準を合わせ、引き金に指を掛ける。

銃口にガトリングガンのようなエネルギーが出現し、引き金を引いた。

 

 

「これでどうだ!」

 

《ビルド!スレスレシューティング!!》

 

 

銃口から放たれるのは、鷹の形状をした無数のエネルギー弾。

ビルドホークガトリングフォームの力を宿した技が、一斉にリペアーへと襲い掛かった。

 

その総数は100。空間を埋め尽くす銃弾を余さず受けたリペアーは__

 

 

何事も無かったように立っていた。

 

 

「効かねえんだよ!そんな攻撃いくらしようともなぁ!」

 

 

体に受けた全ての傷が既に再生している。圧巻の再生力と認めざるを得ない。

だが、そこまでは想定内だ。なにせ、さっきの攻撃は()()()()()()()()()()

 

 

「そいつはどうかな!」

 

 

次の瞬間、マッハがリペアーの懐に潜り込んだ。

先程の攻撃の狙いは「マッハから注意を逸らす事」、そして「アームを破壊すること」だ。いくら再生が優秀であろうと、完全に破壊されたものはすぐには修復しない。

 

アームが無い事で、マッハに気付いても妨害する手段が無い。

まんまと接近され、完全攻撃態勢のマッハのインファイトが牙を剥く。

 

 

「再生能力持ちの敵への攻略。そんなの追っつかない程の連打って、相場が決まってるんだよ!!」

 

 

マッハの連撃は音速をも超える。まさしくマッハだ。

焦るリペアー。そして、再生よりも削れるスピードの方が上回り始めた。

 

 

「おい待て!嘘だろ!?」

 

「こいつでフィニッシュだ!」

 

《ゼンリン!》

 

 

ゼンリンシューターのタイヤを回し、光の刃がリペアーの体を切り裂いた。

リペアーの体に亀裂が入り、マッハはそこから融合した高尾だけを引き剥がした。

 

融合進化態は、人間と融合しなければ能力を発揮できない。

高尾を失ったリペアーはその姿を保てず、019の姿に戻ってしまった。

 

 

「ま…待ってくれ!殺さなくてもいいだろ!?なぁ、見逃してくれよ!」

 

 

019は手のひらを返し、ジオウにそう懇願する。

ジオウは黙ったまま019を見る。マッハもその様子をただ見ていた。壮間がどんな選択をするのか、見極める必要があると感じたからだ。

 

 

「そ…そうだ!お前、018のこと知ってるんだろ!?」

 

 

その名前を聞いて、ジオウが明らかに反応した。

藁にも縋る019は、そこに付け入る。

 

 

「俺と018は同時に生産された、いわば兄弟みないなもんだ!だったら俺のことも見逃してくれって!」

 

「018は…優しいロイミュードだった。お前はそうじゃない…!」

 

「同じだ!あぁ同じだよ!俺も誰も殺してないし、人を襲いたいわけじゃない!だから…」

 

 

その言葉が発せられた瞬間、壮間の中で何かが込みあがってきた。言うまでもない、怒りだ。

ジオウはジカンギレードを掲げ、その刃を019へと向ける。

 

 

「おい、やめろ!やめろ!助けてくれ!信じてくれって!」

 

 

その一言一言が壮間の心を煽り続ける。叫び声を上げ、ジオウの剣が019の身体を…

 

 

 

貫く寸前で、止まった。

 

 

「今の俺じゃ…お前を裁けない。こんな感情で…命を裁いちゃいけない。

多分、歴史が消えてロイミュードも消える。でも、いつか必ず…俺は王になって、この歴史を元に戻す。ロイミュードと共存できる世界を作る。

 

お前を裁くのは…その時だ」

 

 

剣を下ろす。マッハはその選択を見届け、変身を解除した。

 

 

《オツカーレ》

 

 

自分なら迷わず殺していた。それが間違いだとは思わない。なぜなら、駆は1年前に019が起こした殺人事件を知っているからだ。

「誰も殺していない」そんなのは真っ赤な嘘だ。

 

壮間は、その事実を「感覚的に」見抜いた。見抜いたからこそ、あの時壮間は激昂した。

駆が驚いたのは、そこだ。

 

しかも、その侮辱ともとれる弁明に対する怒りを、彼は制御した。

 

 

彼の選択は甘い。だが、「人の本質を見抜く力」と、「感情に流されない力」。それはまさしく、主人公どころか王の資質だ。

 

まだお世辞にも、もしかするとなんて言えない。

それでも──

 

 

「いいじゃん、駆け出しの王様」

 

 

駆はカメラを構え、その姿をレンズに映す。

その時、ジオウのブランクウォッチの一つに、白い力が宿った。

 

 

 

 

________

 

 

 

 

ゲイツの姿が、赤い残像を残して消えた。

これまでを遥かに超えるスピードで、アナザードライブに激突。それでも勢いは止まらず、さらにタイヤを高速回転させ、アナザードライブの装甲を削り取った。

 

 

「ふざけるな…!俺が正義だ!“仮面ライダードライブ”だ!!」

 

 

重加速エネルギーが収束を始めた。街を静止させるつもりだ。

しかし、今のゲイツにとってそれは何の脅威でもない。

 

 

「遅い!」

 

 

エネルギーの開放より先に、接近したゲイツのアッパーが突き刺さる。

その勢いで宙に浮いたアナザードライブに、更に追撃。地面に落とすことすら許さない連撃が叩き込まれていき、最後に渾身の蹴りが決まった。

 

吹っ飛んだアナザードライブを追って、ゲイツはジカンザックスを構える。

 

 

「はぁッ!」

 

 

斧の斬撃は、アナザードライブの盾が完全に防ぐ。

反撃に転じようとするアナザードライブだが、ゲイツの動作は止まらない。

 

斧を構えたままドリフトするように高速で回転。複数方向から斬撃が飛び交い、威力は増していく。遂に盾は完全に粉砕され、その一撃が完璧に決まった。

 

その衝撃が全身に伝播し、ドライブの力と重加速の力が相殺。

アナザードライブの重加速エネルギーは、完全に霧散した。

 

それは即ち、あの歴史が覆ったことを意味する。

 

 

 

「認めない…認めない!俺の力が、正義なんだ…!!」

 

 

アナザードライブが逃げ出した。

速度は一級品。建物も多く、あっという間に見失った。

 

 

「正義を名乗りながら、敵に背を向けるか」

 

 

ゲイツの両腕から、シフトカー型ユニット「シフトスピードスピード」が分離し、アナザードライブを追跡。それを追ってゲイツも走り出す。

 

木組みの建造物の間を縫って繰り広げられる、戦士たちのカーチェイス。

 

巧みに逃げ回るアナザードライブだが、シフトスピードスピードはその速度を凌駕し、その動きを妨害する。

そして、ゲイツの複眼はその姿を捕らえた。

 

 

その時、横から聞こえる禍々しいクラクション音。

黒い煙を出して追突してくる、暴走車両のアナザートライドロンだ。

 

 

「やれ!トライドロン!」

 

 

アナザードライブはこの隙に逃亡するつもりだろう。

ゲイツは動じない。なぜなら、それをかき消すクラクション音が聞こえたから。

 

 

「おらぁぁぁぁぁ!!」

 

 

アナザートライドロンがゲイツに激突する前に、さらにその横の死角から別の車両が突っ込んでくる。

 

 

「全く…無茶苦茶な奴だ」

 

 

こちらもある意味では暴走車両。満身創痍の走大が乗る、本物のトライドロン。

トライドロンはアナザートライドロンと衝突。偽物は脆いと言わんばかりに、アナザートライドロンは木っ端微塵に破砕された。

 

逃げるアナザードライブ。しかし、逃げた先は開けた広場だ。

 

 

逃げる先にはトライドロンが回り込む。逃げ場はもう無い。

 

 

「俺は警察官なんだ…悪を倒し、悪の無い世界を作る…そんな理想を、俺の正義を!どうして理解しない!」

 

「覚えておけ。正義は強い方が絶対、未来の世界では常識だ」

 

 

アナザードライブを牽制し、ライドウォッチのボタンを押して必殺待機状態に。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ドライブ!》

 

 

「貴様の正義は、俺の正義が打ち砕く!」

 

 

走大はアクセルを踏み込み、一気にトライドロンを加速させる。

ゲイツを中心に高速で周回するトライドロンは、速度のあまりタイヤが地面から離れ、それはさながら赤いサーキット。

 

 

「決めろ、ミカド!」

 

 

アナザードライブの周りに4つのタイヤが出現し、逃げ場を無くすと同時に、アナザードライブをそのサーキットの中に弾き出した。

 

 

飛び上がったゲイツは、トライドロンを足場に方向転換。勢いを強めて、円の中央に来たアナザードライブにキックを入れる。

 

しかし、その威力では鋼鉄のボディを破壊するに及ばない。

ならば、何度だって叩き込むのが道理。

 

ゲイツは更にトライドロンを蹴って方向を変え、再びアナザードライブに蹴りが炸裂。

更にその先にもトライドロンが来るため、もう一度必殺キックが決まる。

 

更にその次も、その次も、加速しながら何度だって叩き込む。

 

サーキットの中央で、四方八方から繰り出される連続蹴り。防ぎようも無ければ、反応できる速度でもない。

 

これこそがドライブの必殺技、「スピードロップ」!

 

 

「終わりだ!」

 

《ヒッサツタイムバースト!!》

 

 

仮面ライダードライブは“心”の戦士。

卓越したテクノロジー、誰よりも強い力、全てを振り切る速さ。それらを操るだけの心こそが、ドライブの資格。

 

 

受け継がれた赤い輝きが、神速の速さで敵を貫いた。

スライディングでブレーキを掛けるゲイツに、トライドロンが並走する。

 

その背後で、アナザードライブが断末魔を上げて爆散。

 

気を失って倒れる相場。爆炎の中からアナザードライブウォッチが浮かび上がり、空中で破裂した。

 

 

戦いを終えたゲイツに、走大は窓を開けて拳を向ける。

そんな走大に、ゲイツも少し渋った後、その拳を突き合わせた。

 

 

 

「「ナイスドライブ」」

 

 

 

 

 

 




終わったぁぁぁ!最後はエピローグでドライブ×ごちうさ編完結です!
設定盛り過ぎは良くないですね。反省しました。

力を受け継いだのはミカドでした。それはそうと、なんかミカドがネタキャラ化しつつあるのは気のせいですか?(Twitterを参照)

評価、感想よろしくお願いいたします!!お気に入り登録も!よろしくお願いいたします!!


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木組みの街 シークレット・ミッション

四谷西哉
アナザービルドに変身した青年。通称「天才的凡人」「神様が無難な感じで作ろうとして失敗した男」。父は裏社会を牛耳る政治家で、あらゆる才能に恵まれなかった彼は父から無慈悲に当たられた。ナイトローグの資格者だったが、その才能へのコンプレックスからアナザービルドに。理性を失い、亡霊のように才能をボトルとして集めることとなった。

本来の歴史では・・・
ナイトローグとしてビルドに敗北し、戦力外通告を受ける。その後、仮面ライダーローグとして戦場に舞い戻り、その人生に色々と黒歴史を刻む(詳細は省略)。




暇すぎてヒマワリになりました146です(は?)
嘘です。やること多すぎて暇じゃないです。テストあるし。

とりあえず、今回はごちうさ×ドライブ編、完結です!


2018

 

 

『楽しかったねー、木組みの街!』

 

「…うん、そうだな」

 

 

何事も無い、休日の夜。

自宅へと戻ってきた壮間は、電話越しの香奈の声に答えた。

 

アナザードライブを倒し、歴史は変わった。

ドライブの力はミカドが手に入れてしまったが、2014年で成すべきことは全て果たした壮間は、彼らに別れを告げて2018年へと戻ってきていた。

 

 

2018年の木組みの街は、完全に平和な街になっていた。

静止していた街の4分の1も元通り。そのためか、歴史を変える前よりも活気があったようにも見えた。

 

帰ってきたのは、壮間が香奈を探しに行った直後の時間。

経過したのは恐らく数分程度だが、壮間にとっては数週間の…いや、もっと長く、重い時間だった。

 

 

(こっちに帰ってきて、心愛さんや紗路さんには会わなかったけど…元気にしてるだろうか。ま…俺の事は覚えてないか)

 

 

壮間はコップに入れたコーヒーを口に運ぶ。

やはり、つぐみや智乃が淹れた方が断然うまい。というかこのコーヒーマズい。

 

 

『あ、そうだ!これこれ、これ見てよ!』

 

 

夜だというのに、元気のいい香奈の声が響く。

すると間もなく、壮間の耳に通知の音が入ってきた。

 

通話している携帯の画面をトークアプリに切り替えると、香奈から画像が一枚届いている。

 

それを見た壮間は、目を見開いた。

 

 

「これって……!」

 

『もうすぐこの辺に来る甘味処のチラシなんだけど、なんと!木組みの街にあったお店なんだって!タイムリーじゃない?えっと…庵兎…甘?』

 

「逆。甘兎庵だよ。昔の書き方で左右逆だけど」

 

『へー、よく知ってるね。ここ行っておけばよかったなー…』

 

 

そう、それは近々開店する、甘兎庵のチェーン店の宣伝広告だった。

まだ千夜も2018年では大学生だろうから、とても小さな店だ。

 

 

(そういえば、全国チェーンが夢って言ってたな…さすが千夜さん、行動力凄い)

 

 

その下には、相変わらず奇抜な名前の和菓子のサンプル画像が並んでいる。

壮間は苦笑いする半面、彼女が元気そうで安心した。

 

さらに見れば、バイト店員の写真もあった。ホストクラブかよ、と壮間は小声でツッコむ。やはり彼女のセンスはどこかズレている。

 

 

(紗路さんは…いないか。甘兎庵では働かないって言ってた気がするし…)

 

 

目を離そうとしたとき、壮間の目は一番端の店員の写真に釘付けになった。

 

 

「この人…!」

 

『ん?どしたのソウマ』

 

 

無我夢中で写真をズームする。

表情が違って雰囲気が違うが、間違いない。

 

 

「そっか…これも何かの巡り合わせかもな…」

 

 

その店員は、茶髪でスレンダーな女性。そして、若干鋭いその目つき。

018の人間の姿と、よく似ていた。いや、きっと彼女がコピーした人間だろう。

 

壮間は知らないが、018の記憶によれば、彼女は本来の歴史なら死亡している。

ロイミュードがいなくなったことで起こった改変が、彼女を生かしたのだ。

 

甘兎庵の2号店で働くなら、シャロと会うかもしれない。

 

018が生き返ったわけでもない。シャロが覚えているわけでもない。

でも、なぜだか壮間は、この奇妙な出来事がたまらなく嬉しかった。

 

 

 

壮間は再び、2014年での出来事に思いを馳せる。

そして別れの時、走大は壮間にこう告げた。

 

 

『仲間がいれば迷わない。誰よりも早く、お前の道を走り抜けろ』

 

 

2014年と壮間を繋ぐ証である、いつの間にか持っていた白と黒のライドウォッチを持って、壮間は呟いた。

 

 

「仲間…か……」

 

『おーい!聞こえてる?電波大丈夫?ソウマー!』

 

「聞こえてるって。もう遅いし、明日学校だろ?切るぞー」

 

 

通話を切り、電気を消す。

布団に入って、さっきの言葉を反芻するように目を閉じた。

 

 

(仲間…そういえば、ミカドの奴……)

 

 

ミカドは戦いの後、壮間から“ある物”を受け取って、挨拶もせずに去って行ってしまった。

チノが寂しそうだったのを、壮間は覚えていた。

 

アイツともまた会えるだろうか、そう心の中で言うと、壮間は沈むように眠りに落ちた。

 

 

 

_________

 

 

 

戦いを終え、2018年に降り立つミカド。

止まっていた街は、活気に溢れている。前は感じたあの嫌悪感も、今はむしろ心地いい。

 

 

「相変わらずだな。あそこまでしたんだ、そうでなければ困る」

 

 

ミカドはポケットから2枚の紙を出した。

一枚は、あの時から持っていたシストの地図。もう一枚は、別れの間際に壮間から貰った、二枚目のルパンのシストの地図だ。

 

二枚目がある事で、ミカドはその謎を解くことが出来た。

 

 

暗号を解くと、ある一文が浮かび上がる。

 

 

「“Is it a Hopeless World?”か…怪盗というのも、くだらない事を考える」

 

 

ミカドはある場所に足を進める。

この文章の意味と、そこから導き出される答え、そして、そこに込められたメッセージ。それは、以前までのミカドならば理解できなかっただろう。

 

 

“希望無き世界か?”

 

今のミカドが出した答えは、「×」だ。

 

 

「これがルパンの人生最高の宝か」

 

 

ミカドは“そこ”に辿り着いた。

 

「×」。それが意味するのは、ある「地図記号」。

地図記号で×とは、「交番」を意味する。

 

 

この街の交番はただ一つ。

そこには、この街の人々と平穏を守り続けた、“あの男”がいた。

 

情緒が喧しい、あの交番勤務が。

 

ミカドは、4年経っても変わらないその場所を前に、ドライブウォッチを持って口を開く。

 

 

「…仮面ライダーは倒す。俺の正義は変わらない。だが、認めてやる。今の俺では、貴様には勝てない。

 

貴様は……大した男だ」

 

 

 

ミカドは交番に背を向け、その場所を後にする。

もう一つだけ、行かなければならない場所があったから。

 

 

 

 

 

 

 

兎とコーヒーカップの看板。その外観は何も変わっていない。扉の隙間からコーヒーの香りがするその喫茶店の名は、ラビットハウス。

 

店に入ることは無く、ミカドは腕を組んで、ラビットハウスを眺める。

きっと歴史が変わっても、4年経った今でも、あの甘ったるい程に平和な世界が、この中に広がっているのだろう。

 

 

「お客さん…ですか?」

 

 

踵を返したミカドは、そんな声に呼び止められた。

水色の制服を着て、紙袋を抱えた長髪の少女。

 

消えた歴史で後悔に囚われ、自分の時間を止めていた彼女の姿は、もうそこには無かった。

 

 

ミカドに見降ろされながら見つめられ、若干怖がる少女。そんな彼女を見て、ここで過ごした僅かな時間を思い出す。

 

 

「コーヒー…美味かった」

 

 

そんな言葉が、ミカドの口から零れた。

更に困惑する彼女を横目に、ミカドはポケットに手を入れて去っていく。

 

 

遠のいていくミカドの背中を見て、少女は小さく笑みを浮かべる。

 

 

元気に跳ね回るウサギが彼女の視界を横切り、

チノは、ラビットハウスの扉を開けた。

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

木組みの街での戦いが終わり、普段通りの平日がやって来る。

壮間は教室に入り、欠伸をして席に座った。

 

仮面ライダーになろうが、王を目指そうが、学生の宿命からは逃れられないと実感する。

 

 

「えー、突然だが。いや、本当に突然だが……転入生を紹介する」

 

 

教壇に立った担任が、そんなことを言いだした。

頭を押さえて、なにやらすごく疲れている様子の担任も気になるが、生徒の関心はまず転入生だ。

 

 

(3年のこのタイミングで転入か…俺の知ってる歴史ではこんなイベントは…って!?)

 

 

入ってきたその姿に、壮間は思わず立ち上がってしまう。

 

 

「えー、彼が今日からこのクラスに転入することになった…

光ヶ崎(こうがさき)ミカドくんだ」

 

 

別人だと思いたかったが、あんな殺気に満ち満ちた顔をする現代人なんているわけない。

間違いなく、壮間の知るミカドだった。

 

 

(というか…ミカドって苗字じゃなくて、名前だったんだ…)

 

 

思考停止してそんな感想しか出てこない壮間。

 

 

「どうぞよろしく」

 

 

全くよろしくする気のない眼光に睨みつけられ、壮間は日常にすら待ち受ける波乱を予感するのだった。

 

 

 

_________

 

 

 

「かくして、木組みの街で繰り広げられた、ドライブの力を巡る戦いは終わりを告げた。

力を受け継いだのは我が王ではなく、あのミカドと言う少年でしたが…我が王がドライブに認められたことに変わりはありません。まぁ、今は良しとしましょう」

 

 

暗闇の空間に佇むウィルは、次のページを開く。

 

 

 

「我が王が歩む、次なる物語は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星も見えない暗い夜空を、舞い散る無数の桜の花びらが彩る。

 

その塚に生える、一本の桜の樹。

 

悠久の時を生きるこの樹の名は、「千年桜」。

人の時間を奪い、未練ある過去に引きずり込むと言う、「妖怪」だ。

 

そんな千年桜を清め、鎮めるように、

その男は桜吹雪の中で“打ち鳴らす”。

 

 

 

地を清め、邪気を祓い、全ての生命を祝福する

 

 

“清めの音”を。

 

 

 

“響”

 

 

 

 

NEXT>>2005

 

 

__________

 

 

次回予告

 

「あの転校生くん、モッテモテだね!勉強教えてくれるかな?」

「俺は慣れ合いに来たわけじゃない」

「はっ、頼んでも無いのに人助けか。暇つぶしご苦労なことだ」

「彼女を守りに、きっとヤツは現れる」

「ボク達は繰り返すんだよ~同じ人生、同じ命を」

「次は鬼退治というわけか」

 

「響鬼、見参」

 

 

次回、「オニとぼく2018」

 

 

 




オワタぁぁぁぁぁ!2つ目のレジェンド、いかがでしたでしょうか。次からはもっと単純な形にします!(反省)

そして次の物語…ライダーの方は皆さんご存知の、あの人です。
アニメの方は…大人気ですがハーメルンではマイナーと言っていいでしょう(元々女性向けですし)。ググれば出てきます。
この作品とライダーをクロスオーバーさせる奴は、多分後にも先にも僕だけになるでしょう!だって自分でもよく分かんねぇし!クロスオーバーに限界はねぇ!

まぁ、そんな作品を選んだのにも理由があり…ジオウをする上で、避けては通れない事を真っ向から突き付けてくるものとなる予定です。


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ジオウくろすと補完計画 6.5話 「ネーミングを追え」

補完計画~!
それはそうと、一瞬だけ評価バーが赤くなりました。ありがとうございます!
まぁ、今は見ての通りですが……評価してくださった皆さん、本当にありがとうございました!これからも何卒よろしくお願いします!

よっしゃ補完。


ウィル「あの人は誰?」

 

駆「忘れたくない人!」

 

ウィル「忘れたくなかった人!」

 

駆「忘れちゃ駄目な人!」

 

ウィル「君の名前は!」

 

駆「名前は!!」

 

 

テレテレテレテテーテレテテテテッテレテレテレテレッ!

デッデッデッデッデ!

 

 

走大「やっと~目を~覚ま~しt」

壮間「アンタらが目ぇ覚ませ!」

 

 

走大に壮間のスマッシュがクリーンヒット。

 

 

駆「俺たち!」

ウィル「私たち!」

 

駆・ウィル「「入れ替わってる~!?」」

 

壮間「もうえぇわ!」

 

 

駆とウィルもしばき倒し、補完計画始まります。

ここはラビットハウス。台本を持ち、ウィル・駆・走大・壮間が立っている。

 

 

壮間「で、何してたんですか皆揃って馬鹿みたいに」

 

駆「いや、俺たち2014年の人間じゃん?だから…ね、ソウさん?」

 

走大「そうそう。少しでも未来に進めようとだな…」

 

壮間「いや、もう大分古いですからね。これやってるの2020年ですから!

それなら未来人のウィルは何やってんの。てか、クビじゃなかったんだ」

 

 

(預言者W氏クビ説に関しては、前回の補完計画を参照)

 

 

ウィル「私と言う存在無しに、補完計画を語れるとでも?今回は、ミカド少年の出番が無い分、私の独壇場というわけだ!」

 

壮間「ミカドに殺されても知らないからな……」

 

走大「OK、それじゃあ本題だ。今回のテーマは…“名前”だ!そう……」

 

駆・ウィル「「君の名は!!」」

 

壮間(進まねぇ…)

 

 

元々ツッコミ気質ではない壮間。ボケ3人は完全に手に余っている。

とりあえず走大にはミルクを飲ませ、テンションを若干下げてもらった。

 

 

壮間「そういえば、前回の2017年も喫茶店だったよね。ワンパターン?」

 

ウィル「喫茶店が登場する仮面ライダー作品は多い。電王のミルクディッパー、キバのカフェ・マル・ダムールなんかは2年連続…とこの本に記されている。なんの問題も無いよ。

 

作者がPurazuma氏の「サプライズ・ラビット」が大好きで、その影響でドライブ×ごちうさやりたくて、ドライブ出すタイミングが今しか無くて、結果として喫茶店が被ったとかそういう理由ではない!!」

 

壮間「裏事情ストップ!これ以上は俺が扱いきれないから、平常運転の走大さん仕切って!!」

 

走大「運転を代わるぞ!今回のTopicは“俺達の名前”。気にならなかったか?

俺の名前なんか変じゃね?って」

 

 

走大が全員の名前が書かれたパネルを取り出す。

そして、自分の名前を指さした。

 

 

壮間「いや…まぁ、どう考えたって“クリームソーダ”ですからね」

 

 

ごちうさ世界では、キャラの名前は「飲み物」などが由来となる。

 

例えば、保登心愛は「ホットココア」。香風智乃は「カプチーノ」。

天々座理世は「テデザリゼ」という茶の一種が名前となっている。

 

同様の法則で、栗夢走大は「クリームソーダ」から取られているのだ。

 

 

走大「一応、クリム・スタインベルトの“栗夢”と、車っぽい感じで“走”も入ってるんだけどな」

 

駆「それじゃあ俺の方が気にならない?俺の名前に飲み物入ってないじゃん!ってさ」

 

走大「津川駆…確かに、飲み物が入ってるって感じはしませんね」

 

ウィル「この本によれば…」

 

 

ウィルが出しゃばり、パネルの「津川駆」の文字を全部ローマ字に変換する。

どういう原理かはツッコまない。

 

 

ウィル「ローマ字変換で“TUGAWAKAKERU”。実はこれを並び替えると…」

 

駆「そ、“KAKUTERU”。つまり俺の名前の由来は“カクテル”ってわけ。

いやー悪いね!クリームソーダなんてお子ちゃまな名前じゃなくってさ、ソウさん♪」

 

 

イラつく走大。

だが、そこで壮間が気付く。

 

 

壮間「あれ?でもそれだと、“川”の部分が余りませんか?それに、なんか他と比べて分かりにくいような……」

 

 

黙る駆とウィル。走大も黙る。

 

 

壮間「……妥協したな、作者」

 

ウィル「やめるんだ我が王。マッハ枠の名前には相当苦労したんだ。

まず、最初の案が“賀来輝”」

 

駆「流石にないわ」

走大「安直が過ぎる」

 

ウィル「そして次が、“龍芽陸”」

 

駆「ターメリックか。もう飲み物ですらない」

走大「一応、メグちゃんも“ナツメグ”っていう香辛料モチーフだが…コレジャナイ感凄いな」

 

ウィル「このように三日三晩試行錯誤を重ね、香辛料や酒の名前まで探した結果!全くいい名前が見つからずにこうなった…というわけだ」

 

壮間「実際は?」

 

ウィル「…自動車学校の演習中に10分で考えた、とある」

 

壮間「そんなんだから評価1付けられるんだよ」

 

走大「やめろ壮間。やめてやってくれ」

 

 

走大が止めに入り、話題は壮間の名前に。

 

 

壮間「俺の名前?」

 

ウィル「そう、我が王の名前にも、ちゃんとした由来がある。分かるかな?」

 

走大「……繋がった。“時間”だな」

 

ウィル「その通り!」

 

 

ポカンとする壮間と駆。

 

 

駆「どゆこと、ソウさん?」

 

走大「まず“時”という漢字をバラすと、“日”と“寺”になる」

 

壮間「あ!“日寺”って…そういうことか!」

 

走大「そんで、本家ジオウの“ソウゴ”から“ソウ”を取って、余った“間”をくっ付ければ、“日寺壮間”だ!」

 

壮間・駆「「おー!」」

 

ウィル「この作品の出番が少ないヒロイン、片平香奈にも由来がある。

ジオウと言えば“文字”。つまり“カタカナ”と“ひらがな”。2つ合わせて“片平香奈”」

 

壮間「なるほど…安直な気がするけど、確かに納得できる。

じゃあ、ミカドは?」

 

駆「それなら俺にも分かるぜ!仮面ライダーゲイツ、つまり“ゲート”で“門”。“門”で“王様”といえば“御門”だ!」

 

ウィル「本家補完計画でも言及された由来である!ゲイツ枠の名前としては、この上なく噛み合ってると言えるだろう」

 

走大「他にも前回のビルド勢は、各バンドに対応した地名の苗字と、名前にそのライダーがいた“方角”が入ってる。クロスオーバーってだけあって、俺達の名前一つ一つにも世界観が織り込まれているんだ。そうだよな、預言者」

 

ウィル「その通り!これこそが、異なる19の物語を巡る、我が王の覇道の真髄である!」

 

 

ウィルが音を立てて本を閉じた。

閉幕の雰囲気の中、釈然としない壮間。ポツリと呟く。

 

 

 

壮間「それなら、ミカドの苗字の…“光ヶ崎”の由来は?」

 

 

再び黙り込む一同。

 

 

壮間「まさか…」

 

ウィル「“明光院”から“光”を取り……あとはそれっぽく苗字にした、と書いてある」

 

壮間「……ウィルは?」

 

ウィル「私の名前は、シンプルに未来を表す“Will”から…」

 

壮間「令ジェネでアナザーゼロワンに変身するヒューマギアの名前、ウィルだったよね」

走大「被ってんな」

 

 

 

・・・・・・

 

 

安直ですいません(天の声)

 

 

 

壮間「こだわるなら最後までこだわれ?」

 

走大「壮間、なんか作者に厳しくないか?」

駆「ドライブウォッチをミカドくんに取られたこと、根に持ってんでしょ」

 

 

 

to be continue…

 

 




タイムジャッカーのアヴニル氏は、ギリシャ語で明日を意味する「アヴリオ」から取ったつもりだったんですが…いつのまにか「アヴニル」になってた(テヘッ☆)

…はい。またやらかしました。次からはちゃんと確認します。


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EP07 オニとぼく2018
偽る鬼


春休みなのでコロナの影響皆無の146です。

今回から響鬼編!クロスするのは…妖狐×僕SSでございます!
何故かハーメルンではマイナーなこの作品…女性向けって言われるけど、割とバトルしてるし凜々蝶めっちゃ可愛いんだけどな…そんなにハーレムが好きか貴様らァ!!(見当外れの怒り)

原作知らなくても大丈夫なように、善処いたしますので見守っていただければ幸いです。

うまいことクロスさせられるよう、原作も繰り返し追いながら頑張りますので、響鬼×いぬぼく編を最後までよろしくお願いします!

ではどうぞ!


「この本によれば…普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。2068年より来訪した少年、光ヶ崎ミカドこと仮面ライダーゲイツ。彼がドライブの力を継承したことで、2014年での戦いは幕を閉じたのでした。

 

しかし、そんな彼らに迫る“妖”の気配。何やら…鍛える予感がしますね」

 

 

 

_______

 

 

放課のチャイムが鳴り、一気に教室が騒がしくなる。

そんな教室の隅で、壮間はコンビニのおにぎりを食べながら、ついさっき渡された紙を見ていた。

 

 

「C判定。うん、まぁだよな」

 

 

前回の模試の結果による、志望校合否判定の用紙だ。

とはいっても、この模試を行ったのは壮間がタイムリープした時点よりも前。その結果は一週目で覚えているし、どんな内容だったかは全く覚えていない。

 

そんな事よりも、壮間が気になっているのはジオウとしてのことだ。

2014年ではドライブの力を貰い損ねた。今思えば、それって結構重大なミスなのではないだろうか。今のままで大丈夫なのか…と、流れるように不安が出てくる。

 

 

不安と言えば、その言葉と縁の深い人物が、もう1人…

 

 

「香奈、部活行かなくていいの?」

「……え。あ、あーはい!部活ね!部活!行くよ?行きますけど!?」

 

 

自分の席でこの世の終わりみたいな顔をしていた香奈に声をかけると、あからさまな反応が帰ってきた。心配するところだろうが、壮間はその理由を知っている。

 

 

「…D判定」

「ちょ、ソウマ!?何、見たの!?」

 

 

慌てて机の上の判定用紙を隠す香奈。

 

見てないけどタイムリープしてるから知ってます。とは言えない。

そうでなくても、このタイミングでそんな顔をしてれば大体察しはつくものだ。

 

 

「いや、全然平気だし。D判定はあれよ、デラックスのDだから。全然大丈夫!そう、大丈夫のD!」

 

「その言い訳はどうかと思うけど…まぁ実際大丈夫だと思うよ。俺も言うてCだし」

 

「ソウマは難関校じゃん!なんで幼馴染でこうも差が付くかなー!?もうダメだぁぁぁぁ…DはダメダメのDなんだぁぁ……」

 

 

情緒不安定になる程度には追い詰められているようだ。

 

実際大丈夫なのは事実だ。壮間の知る未来では、香奈はダンス部引退後に猛勉強し、一般入試で体育大学に合格する。

 

だが、それを伝える訳にもいかないので、今は放置しておくしかない。

 

 

「とにかく大丈夫だから、今は…ぐおっ!?」

 

 

そんな風に励まそうとしたところに、別の男子生徒が壮間に激突。その生徒は壮間には目もくれず、ある席へと慌ただしく直進していった。

 

よく見れば、その席には異様な人だかりができている。

 

 

「痛っつ……ってなんだ、またアイツか」

 

「あの転校生くん、モッテモテだね!あ、そうだ。勉強教えてくれるかな?」

 

「香奈、アイツはやめといたほうがいい。“そんな事も分からないのか、貴様に生きる価値は無い”とか言い出すよ絶対」

 

 

その席に群がる生徒は口々に「ウチの部活に来ない?」とか「バスケ興味ないか?」とか勧誘のセリフをぶつけている。

 

その中心にいる生徒こそが、先日編入してきた編入生。

未来から来た仮面ライダーの、光ヶ崎ミカドである。

 

 

こんな事態になっているのも、ここ数日のミカドの活躍のせいだ。

 

 

数学は暗算で、しかも爆速で解く。

化学と歴史は教科書暗記してる。

英語はペラペラだし、なんなら別の言語もできる。

 

しかも運動はそれを凌駕するときた。ダンクするわ、ホームラン打つわ、一人でサッカー部全抜きするわ。

 

 

高校最後の大会も近いため、皆が血眼になって誘うのも分かる話だ。だが、そんな事情をミカドが気にする訳もなく。

 

 

「邪魔だ。俺は馴れ合いに来たわけじゃない」

 

 

冷たく強引に突き放し、寄ってくる彼らを散らす。

そんなミカドが睨みつけるのは、香奈の席でその様子を見ていた壮間。

 

 

「来い」

 

 

 

_______

 

 

 

「ジオウ」

「ジオウはやめて。色々と面倒だから」

「チッ…じゃあ日寺、貴様はここで何をしている?」

 

「何って…勉強だよ。学校なんだし。

そういうミカドはなんで編入なんかしてきたんだよ」

 

「決まっているだろう。貴様の監視だ」

 

 

拳を握り固めたミカドは、壮間の目の前をかすめて壁を殴りつける。

その音で視線が集まってしまい、壮間は慌てて場所を移動した。ミカドは面倒くさそうに息を吐く。

 

 

「仮面ライダーはこの俺が殺す。だが、貴様は現時点では余りに軟弱で甘く、力に溺れるほど大した欲も持っていない。その癖、力を捨てるつもりも無いときた」

 

「あ…そう。お前の都合はよく知らないんだけど…」

 

「勘違いするな。現時点で貴様は脅威でも何でもない。今すぐ殺す理由が無いだけだ。それで監視することにしたが…なんだその腑抜けた体たらくは!」

 

 

なんかいきなり怒られた壮間。つい姿勢を正して目を逸らしてしまう。

 

 

「頭脳も半端、運動能力は微妙、存在自体が至って地味!王になると啖呵を切った男がその程度で、そんな奴のために俺がこんな所に来たと思うと単純に腹が立つ!貴様、戦士としての自覚があるのか!」

 

 

グサグサと音を立てて、言葉の槍が壮間に突き刺さった。自分で思っていたことではあるが、改めて他人の口から聞くと、なんというかキツいものがある。

 

 

「…何か言い返したらどうだ!」

「理不尽!」

 

 

壮間が言葉でボコボコにされているところに、コンコンと音が聞こえた。窓に何かが当たっている。いや、小さな赤い鳥のようなロボが、窓をつついて壮間たちを呼んでいるようだった。

 

 

「何あれ?ミカドの鳥?」

 

「タカウォッチロイド、俺の時代の索敵ユニットだ。念のため街に放っておいた」

 

「索敵…ってことは!」

 

「アナザーライダーだ。来たければ勝手にしろ」

 

 

そう言うと、ミカドは勢いよく窓を開け、躊躇なく飛び降りた。

 

 

「えぇ…ここ2階…」

 

 

平然と着地し、走り去るミカド。彼は人間なのか疑問すら湧く。窓から遠い地面を見下ろした壮間は、駆け足で階段を下って行った。

 

 

 

 

________

 

 

 

公道に停車する、黒く長い高級車。いわゆるリムジンというものだ。そこから慌ただしく出てくる黒服の男性たちは、手際よく扉を開け、その足元を整備する。

 

 

「足元にお気をつけください」

 

「はっ、ご苦労とでも言っておこうか。他人の顔色を伺う人生は、随分と楽しそうだな」

 

 

厳重に守られながら出てきた声は、とても尊大。

しかし、その地に足をつけた体は小さく、可愛らしい少女。恐らく齢12歳にも満たないだろう。歳に不釣り合いな表情を除けば、まるで人形のようだ。

 

 

そんな彼女が車から降り、足を進めた瞬間、カキンと軽い音が遠くから聞こえた。

公園で野球をやっている少年たちだ。

 

そんな彼らを、彼女はぼーっと眺める。

自由に対するお嬢様の典型的な憧れとは、また違うような感情。悲しみと悔しさを含んだような感情が、その幼い顔から溢れ出ていた。

 

 

「僕は……」

 

 

もう一度その音が響く。

しかし、打ち返された球はあらぬ方向へ。

 

その球は、物憂げな彼女の視界に入り、顔を目掛けて真っ直ぐ……

 

 

激突する寸前、球は炎に焼かれ、灰となって消え去った。

 

 

土を踏みしめる音、呼吸の音…

全ての音が畏れを奏でるように、その異形はそこに立っていた。

 

仁王像のような出で立ちの紫の肉体。肩の鬼瓦。纏う羽衣。歪な二本角が額からは伸び、生え揃った牙の奥には別の口が覗く。

 

まるで鬼面を被った人間にも思えるが、その瘴気にも似た風貌は限りなく人ではない。

 

 

「妖怪…?いや、君は……!」

 

 

“何かを知っている”ような少女だが、そんな彼女には目もくれず、異形は公園を見据える。

 

 

「ぁあ……!」

 

 

小さく声を漏らした異形は、背中から二本の棍棒を引き抜く。そして、炎を纏わせた棍棒で空を一薙ぎ。

 

公園は、一瞬で焦土と化した。

 

 

「白鬼院様!」

 

 

“白鬼院”。そう呼ばれた少女は、大人たちに守られ、安全な場所へ連れていかれる。

しかし、やはり異形は気にも留めず、その足は阿鼻叫喚の地獄となった公園へと向けられた。

 

泣き喚く子供たち。その中で、異形は一人の子供を見つけた。少女に当たりそうになったボールを打った子供だ。

 

泣き叫ぶ子供に向ける感情も無く、ただ作業的に

異形は棍棒を振り上げた。

 

 

《サンダーホーク!》

 

 

その瞬間、飛来したタカウォッチロイドが異形に電撃を放つ。異形は「痒い」と言わんばかりに、易々と一撃で叩き落とす。

 

しかし、それは僅かな時間を生み、その二人を呼び寄せた。

 

 

「早く逃げて。コイツは俺達が」

 

「なるほど、次は鬼退治というわけか」

 

 

駆けつけた壮間とミカドは、子供が逃げたのを見届けると、ドライバーを装着。ウォッチを起動させ、ドライバーに装填する。

 

 

《ジオウ!》

《ゲイツ!》

 

「「変身!」」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

二人の背後に時計のビジョンが出現し、ドライバーを回転。ジオウとゲイツに変身を変身を果たした二人は、各々が異形へと攻撃を仕掛ける。

 

異形が放つ棍棒の一撃。

ゲイツはそれを躱すが、ジオウには直撃。ジオウは燃え盛る炎の中に吹っ飛ばされた。

 

ゲイツはそれを全く気にせず、攻撃を続行。

異形の猛攻をかいくぐり、体に刻まれた“文字”を確認する。

 

 

胸から腹にかけて「hibiki」、背面には「2005」と赤く縦書きで記されていた。

 

 

「ヒビキ…アナザー響鬼か」

 

 

叩きつけられた棍棒を踏みつけ、動きを止める。その隙にゲイツは顔に一発、胴体に一発の攻撃を入れ、反撃はジカンザックスでガード。アナザー響鬼の攻めの隙間を狙い、斧で斬撃を刻み込んだ。

 

 

「……!」

 

 

アナザー響鬼が棍棒を握り直した。ゲイツは咄嗟に身構える。放つ雰囲気がガラリと変わった。呪いのような陰の気配から、まるで燃える炎へと。

 

 

「本気を出すとでも言うのか。それなら…」

 

《ドライブ!》

 

 

ドライブウォッチを起動させ、アーマータイムを発動。

ドライブアーマーを身に纏ったゲイツは、滑るように加速して攻め入る。

 

 

《アーマータイム!》

《ドライブ!》

 

「はぁッ!」

 

 

先程よりも精度も速度も増した連撃。ドライブの力から放たれる、超速の猛攻。

さらに、それだけでは終わらない。

 

 

《アーマータイム!》

《ビ・ル・ド-!》

 

「おらぁぁぁぁ!!」

 

 

炎を突き破り、吹き飛ばされたはずのジオウが戻ってくる。ビルドアーマーを装備したジオウは、ドリルでアナザー響鬼目掛けて突進。

 

その瞬間にゲイツはしゃがみ込み、アナザー響鬼の視界から消える。

ビルドアーマーの貫突と、ドライブアーマーの死角からの斬撃。この二つが、アナザー響鬼へと完璧に決まった

 

 

 

かに思えた。

 

 

 

「バカな…!?」

「マジかよ!」

 

 

その両方ともが、棍棒による防御で受け止められている。反応もそうだが、余裕をもってあの攻撃を受け止める程の、凄まじい腕力。

 

アナザー響鬼は強くその場で踏み込み、地響きを鳴らす。ゲイツとジオウの、驚きと防御への転換を含んだ“無”の一瞬が、命取りとなる。

 

 

「ぁ…ッ!」

 

 

声を出す暇も無い。意識の隙間に切り込むような一撃が、二人を襲った。

体に波紋する、鋭く鮮烈な痛み。これは打撃ではなく、“斬撃”。

 

アナザー響鬼の赤い腕が、変貌している。

そこだけ別の生き物のよう。鱗に覆われた腕に、長く鋭い、刃のような爪が。

 

 

「ッ…!あれもアイツの能力かよ…!」

「油断するな来るぞ!」

 

 

ゲイツが言い終わらないうちに、アナザー響鬼は目の前に。訓練を積んだ彼でさえも、受け切ることが出来ない打撃が決まる。

 

 

「ミカド!」

 

 

ジオウが態勢を整える前に、アナザー響鬼が投げた棍棒がジオウに突き刺さった。

ジンジンと響く重い痛み。だが、それに慣れるのを敵は待ってくれない。

 

反撃をすることも叶わず、振りかぶられたもう一つの棍棒が、ジオウを打ち上げる。

ジオウに投げた方の棍棒を拾い上げたアナザー響鬼は、息を切らすでもなく、ただそこに立っていた。

 

いい加減、壮間も理解する。

 

 

(このアナザーライダー…強い。今までの奴よりも桁違いに…!)

 

 

だが、それで諦める訳にもいかない。

 

 

《フィニッシュタイム!》

 

《ドライブ!》

《ビルド!》

 

 

立ち上がったジオウとゲイツは、必殺待機状態に移行。

双方が爆発的に加速し、挟み込むようにアナザー響鬼に狙いを定める。

 

 

《ヒッサツタイムバースト!》

《ボルテックタイムブレーク!》

 

 

アナザー響鬼は両足を広げ、棍棒を持った両腕を交差させるような構えを取った。

気がそこに収束するように、アナザー響鬼の棍棒に炎が宿る。

 

 

「異・音撃打……爆殺破獄の型」

 

 

左右から迫りくるジオウとゲイツ。その眼前に現れるのは、鼓の幻影。その鼓を打ち鳴らすか如く、アナザー響鬼は左右に棍棒を薙ぎ払った。

 

二人の必殺攻撃の勢いを容易く打ち消し、音と共に襲い掛かる爆風と衝撃は、二人の変身を解除させるには十分だった。

 

 

強すぎる。壮間は気を失い、ミカドはなんとか立ち上がるも、既に戦う体力はない。

しかし、アナザー響鬼は興味が無いことを示すように、一瞥すらせず飛び去ってしまった。

 

 

「待て……!」

 

 

ミカドは悔しそうに、拳を焼け焦げた地に叩きつける。

そんな彼らを、木の陰から観ていた子供がいた。

 

 

 

「見つけた」

 

 

 

赤毛の幼い少年。歳はあの“白鬼院”と呼ばれていた少女と同じくらいだろうか。

右目を包帯で隠しているが、その左目は気味が悪い程、“何か”が見えているような、そんな目だ。

 

幼いながら、達観したような顔のその少年は、ポケットからソレを取り出して微笑む。

 

 

「君たちは救ってくれるのかな~?()()()()ボクらを。仮面ライダーさん♡」

 

 

その手に握られていたのはプロトウォッチ。

刻まれていたのは、三つ巴の紋章と“2005”の文字──

 

 




あ、原作知らない人いると思うので補足しておきます。
途中に出てきた偉そうな幼女と、最後のメカクシ少年が原作キャラとなります。
原作を読めばなんやかんや分かると思いますが、見ないのもまた一興…かなぁ?いや、やっぱ見て。面白いから。

感想、お気に入り登録、評価(高い奴)、お願いしまぁす!!


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在りし日の僕ら

ういっす146です。響鬼×いぬぼく編2話です。
今回も短めで、いぬぼくの方を掘り下げる感じになってます。

注意が2つありまして、
①前回重大ミスったので、しれっと書き替えた部分があります。
②今回の話はいぬぼく本編のネタバレが含まれております。




「んヴォードッ!!怨敵に対し挨拶は愚か、顔も見せぬとは実に怠慢ッ!」

 

「うるさいなぁ、アヴニル。別にいいじゃんか、気乗りしなかったし…」

 

 

洋館の扉を蹴破って嘆く、紳士のような姿の青年。

ガムを噛みながら、ウンザリした様子で少年は突っ伏している。

 

彼らこそ、アナザーライダーを生み出すタイムジャッカー。アヴニルとヴォードである。

 

 

「あーそうだ。“オゼ”が怒ってたよ。例の重加速エネルギー圧縮機能…グローバルフリーズの再現?できるアナザードライブウォッチ、無駄にしちゃってさ」

 

「知らぬわ!吾輩ではなく、あんな出来損ないを寄越した彼奴が悪いッ!

大体、あの半端な王の器…ウィルが選んだ王とやらが邪魔をしなければ、万事!上手くいっていたのだ!違うか?オゼの奴にもそう伝えておけ!」

 

「えー…嫌だ。僕あの子苦手だし。お前も苦手だけど…」

 

「ふはははッ!心外ッ!」

 

 

アヴニルは楽しそうに机に脚を乗せ笑うが、ヴォードは疲れた様子でガムを吐き捨てる。

 

 

「…オゼと言えば、貴公でなければ響鬼はあの小娘が選んだのか。実に悪く…ないっ!強さだけは吾輩が認めてやっても良い!」

 

「そだね。ホント、これで終わってくれればいいんだけど…」

 

 

 

_______

 

 

「よし。片平、ここ答えろ」

 

「はいっ!酢酸ナトリウムです!」

 

「片平、今数学な」

 

 

 

 

 

「ダメだぁぁぁぁ~……!」

 

 

放課後。チャイムが鳴ったとたんに壮間に泣きつく香奈。なんというか、今日は香奈のポンコツ具合が輪をかけて酷かった気がする。

 

 

「香奈、今日あんまり寝てないでしょ」

 

「ギクッ」

 

「声に出しちゃったよ。無理は良くないって、しかも空回りしてるし」

 

「そんなこと言ったってさぁ…」

 

 

香奈は行動が分かりやすい。思い立ったら本当に行動までが早いのだ。

今回のように恥をかくことも多いが、その点は壮間も深く尊敬しているし、見習うべきだと思っている。

 

 

「じゃあさ、今日の夜にウチで勉強教えてよ!」

 

「えぇ…両親に教えてもらえよ」

 

「今日はどっちもいないの!ね、お願い!ご飯作るからさ!」

 

 

若干距離が近すぎる気もするが、幼馴染らしい会話が続く。そんな普段通りのやり取りの中でも、香奈の中の違和感がやっと堰を切った。

 

 

「で、ソウマ。その怪我なに?」

 

 

香奈が指さすのは壮間の体。日常に支障が出るほどでは無いが、打撲や擦り傷が多く、湿布や包帯まで付けている。

 

 

「……転んだ」

 

「はい嘘」

 

 

秒でバレる。しかし、正直に言う訳にもいかない。

昨日アナザー響鬼に一方的にボコボコにされました、なんて例によって言えないのだ。

 

壮間はミカドの方をチラリと見る。

同じくボコされたはずだが、ミカドは平気そうに見えるのは何故だろう。

そして、今日も今日とてミカドの席には人だかりが生じていた。

 

 

「転校生くんと喧嘩した…わけないよね、ソウマだもんね!」

 

「悪かったよ、貧弱で」

 

 

ミカドは昨日と同じように人の手を振り払い、教室から出ていこうとする。

咄嗟に立ち上がり、ついて行こうとする壮間。しかし…

 

 

「来るな日寺、足手まといだ」

 

 

切れ味の鋭い言葉が壮間を刺し、ミカドは冷たく去っていく。アナザー響鬼を探りに行ったのは間違いないが、壮間とてここでじっとしている程、落ちぶれてはいなかった。

 

 

「転校生くんとソウマって、どーいう関係…?

って、ソウマ。どこ行くの?」

 

「え…っと、部活!そう、部活だから!」

 

 

急いで立ち上がった壮間は、それだけ香奈に答えて、駆け足で教室から出ていった。

 

 

「珍し。ソウマが部活サボるなんて…」

 

 

 

________

 

 

 

そして、壮間が向かった先は

 

 

「調べものといったら、やっぱここだよな」

 

 

図書館だった。この学校の図書館は中々に充実していて、ネットで調べるよりも深い情報が出てくる…らしい。実際のところ分からないが。

 

壮間が机に積み上げるのは、「妖怪図鑑」や「怪談」といった本。探してみると案外多くの本が見つかった。

 

 

「えっと…塗り壁、お歯黒べったり、河童…袖引き貉?これは初めて見たな。お、あった。といっても色々種類があるのか……」

 

 

壮間は「鬼」のページを開いた。

 

アナザー響鬼は確かに「鬼」のような見た目をしていた。現状、壮間はあのアナザーライダーの正体に見当もつかないし、目的も分からない。しかし仮に「鬼」の能力を持つなら、弱点や力の詳細が分かるかもしれない。

 

突飛な発想だが、何もしないよりマシだと信じたい。そんな思いで壮間はページをめくり、読み進めていく。

 

 

(赤鬼、青鬼、酒吞童子、鬼童丸、大嶽丸……鬼ってこんなにいるのか。あのアナザーライダーはどの鬼だ?あとは…)

 

 

壮間は紙に思い当たる情報を書き出す。戦闘中、アナザー響鬼が使っていた能力は「火炎」と「棍棒」。これは鬼から連想しやすいものだ。

 

しかし、解せないのは「腕の鱗」と「爪」。

奴が手に入れたライダーの力は、一体どんな力だ?

 

 

「中々に慧眼だ。流石は我が王」

 

 

音もなく、生えてくるように耳元から声が聞こえた。

つい大声を上げそうになるが、ここが図書館だと思い出し、なんとか大声を飲み込んで小声で返した。

 

 

「なんか久しぶりな気がする…ウィル」

 

「そんなことはないさ。私はいつだって君を見守っているよ。それはそうとして、“鬼”という観点は実に的を得ている」

 

 

どこにでも現れる男、ウィルは本を開きページをめくり始めた。

 

 

「奴が奪った歴史は“仮面ライダー響鬼”。“響く鬼”と書いて“響鬼”だ。この本によれば、響鬼は鍛えた人間が鬼の力を得た戦士であり、音を使って敵を倒す……とある」

 

「音…そういえば、太鼓みたいな技を使ってた」

 

「それだけではない、アナザー響鬼はある幼い少女を守っていた。その少女の名は“白鬼院凜々蝶”。その名前には“鬼”が刻まれている」

 

 

苗字はその家の発祥に深く関連づいている、という話はよく聞く。“白鬼院”。珍しい苗字だ。その可能性は高い。

 

 

「つまり、白鬼院っていう子の家と響鬼に関連がある…ってこと?例えば、響鬼と血縁とか」

 

「悪くない考えだね。しかし、どうやってそれを調べるつもりだい?響鬼の歴史は既に消えてしまっているというのに」

 

「……うん、きっと記録も記憶にも残ってない。でも、手掛かりは一つだけある」

 

 

壮間は図鑑を閉じ、立ち上がった。

響鬼と白鬼院に関連があるのなら、それを調べるしかない。それも、より確かで、濃い手掛かりを探る方法が、壮間にはある。

 

 

「過去に…2005年に行くしかない。歴史が変わった時間でも、事が起きる前に行けば、アナザー響鬼の正体も分かるかも」

 

 

ビルドの時、天介の存在が消えてなかったように、歴史改竄のバグが生じている可能性もある。そう思い、壮間は図書館を出ようとするが、ウィルの言葉がそれを引き留めた。

 

 

「誰かが言った。“嘆いて強くなれるなら苦労はない”。今の君に必要なものは何か、努々忘れないことだ」

 

 

 

 

その言葉を心の片隅に置き、壮間はタイムマジーンに搭乗。時空転移システムを起動させ、年代を設定する。

 

 

「2005年…いや、その年のいつかまでは分からない…

もしかしたら2005年の正月ってことも!?」

 

 

変なところで注意深い男だ。

 

 

「それなら確実に、2004年の12月31日!」

 

 

プロトウォッチ無しでの初めてのタイムジャンプ。少しだけ緊張する心を抑え、壮間はタイムトンネルを潜り抜けた。

 

 

_______

 

 

 

放課のチャイムが鳴る。

小学生は騒がしく群れ始める中、彼女はいつも独りだった。

 

白鬼院凜々蝶、彼女の家はいわゆる名家だ。教養のある大人なら誰でも知っているような、栄えた金持ちの家。

 

 

「……」

 

 

凜々蝶は顔に貼られた絆創膏に触れる。

今日はクラスメイトに殴られた。昨日は水をかけられた。当然だ、自分は人より多くのものを持っているから。持っている分は傷付けられても文句を言えない。

 

大人はいつも守ってくれた。当然だ、彼女は人より多くのものを持っているのだから。その寵愛を向けた分だけ、大きなものが返ってくると知っているから。

 

皮膚の近くで傷だけがジンジンと痛み、その手が触れた絆創膏は冷たい。

 

 

生まれて十二年しか経っていないのに、虚しくて淋しくて仕方がない。

持っているモノしか見られない人生も、それ以外何も持ってない(自分)自身も。

 

 

憂いながら彼女は廊下を歩む。

その時、曲がり角から伸びた手が凜々蝶を捕らえた。

 

 

「声を出すな」

 

 

その言葉だけが聞こえ、彼女の意識は暗転した。

 

 

 

_______

 

 

 

2004

 

 

14年前の12月31日。壮間はその日に降り立った。

過去に飛ぶのは4度目だが、今回は一気に昔の時間。壮間がまだ5歳の頃だ。これまで希薄だったタイムスリップの実感というものを感じざるを得ない。

 

時刻は日が落ちてすぐ。この夜を過ぎれば年が明け、2005年が幕を開けようとしている。

 

 

(まずは…ウィルの言ってた“白鬼院”って子を探そう。

いや、待って。でもおかしくないか?)

 

 

ウィルは確かに「幼い少女」と言っていた。14年前のこの時間に、果たして「2018年で幼い少女」は生まれているのか?

 

 

(もしかしたら直接の関係は無いのかもしれない。じゃあ行くべきは、“鬼”と関係あるかもしれない白鬼院の家!)

 

 

壮間は目的地を定め、走り出した。壮間が持つスマホはこの時代では使えない。家の場所は人に聞くしかない。

 

 

現在地は山。まずは街に出なければ話にならない。

タイムマジーンで移動する距離でもない。だから走った。夜道を走った。

 

 

「疲れた…確か、ウォッチの中に“バイク”って書いてあるヤツあったけど…俺、免許持ってないし…」

 

 

落ち着いたタイミングで免許を取るのもアリか、なんて考えながら走る。こんなことなら、予め白鬼院家の場所くらい調べておけばよかった。

 

 

 

 

―――いる。

 

 

 

山道で足を動かしながら、壮間はその気配を確かに感じ取った。

後ろから何かが迫ってくる。いや、違う。ピタリとすぐ後ろを付いて来ている。

 

直感的に、振り返ってはいけないと思った。

 

全速力で走っても、背後にいるだけ。振り切ることも、追いつかれることもない。

 

 

恐怖と焦り。そして山道は足場が悪い。

壮間の足が何かに引っかかり、滑るように転んだ。

 

 

「っ……!?」

 

 

慌てて振り返った壮間の目に映る、その()()

人ではない。動物だが、そんな有り触れたモノではないと語り掛けてくる。

 

口は裂け、無数の牙を向けて涎を垂らす、灰色の狼。

痩せているが、その体格はまるで人間のよう。

 

 

「っがァッ!」

 

 

唸りを上げ、狼は壮間に襲い掛かった。

咄嗟になんとか躱すが、完全に壮間を喰いに来ている。事態は理解できないものの、壮間はポケットのジオウウォッチに手を…

 

 

「あれ…!?嘘だろ!ウォッチ忘れた!!?」

 

 

タイムマジーンに落としてきたか、2018年に置いてきたか。なんにせよ、この狼を退ける手段は無くなってしまった。

 

そんな都合も知らず、狼は壮間に飛び掛かる。

手元にあった木の棒で応戦しようとするが、一瞬で噛み千切られた。

 

 

冷や汗が止まらない。心臓が五月蠅い。こんなところで死にたくない。でもコイツを組み伏せる腕力は無いし、逃げ切れるほど足は速くない。

 

 

変身できないと、己の命も守れない。

 

 

狼は一心不乱に、壮間へと再び襲い掛かる。

 

 

(あ、死———)

 

 

 

どこが喰われた。頭か、脚か、体か。

でも痛くない。死んでない。

 

眼を開けると、狼は遠くに。

 

壮間と狼の間には、人が二人立っていた。

長身の茶色がかった白髪の男と、小柄な黒髪ロングの少女。

 

 

「犬…あれが“犬神”でしょうか?」

 

「いや、あれは“送り狼”。夜道で転んだ人間を喰う妖怪だ」

 

 

そう話す二人の姿が変わっていく。

白い桜の花びらが外套に変わっていくように、着物姿へ。

少女の方は羊のような角が、男には獣の耳と九本の尾が現れる。

 

 

(何が起こってるんだ…?)

 

 

仮面ライダーの歴史は消えているはず。

ならばこの狼と、“変身”した彼女らは何者なのか。

 

 

「こんな雑魚に構っている暇は無い。

早く片付けて髏々宮さんのもとへ急ぐぞ」

 

「承知しました。では、凜々蝶さまは僕の後ろに」

 

「守ってくれなくて結構だ。腕には自信があると、何度も言っているだろう」

 

 

壮間は聞き逃さなかった。今確かに、少女は「凜々蝶」と呼ばれた。

この凜々蝶がウィルの言う人物と同一ならば、2018年では大人になっているはずだ。

同名の別人?こんな珍しい名前で?

 

 

「そうですか。では凜々蝶さまは、僕に存在価値など無いとおっしゃるのですね…」

 

「なっ…!?そうは言ってない!そもそも、護衛だけがシークレットサービスの仕事では…」

 

「ご安心ください。命に代えても僕が凜々蝶さまをお守りします。髪の毛一本でも傷つければ、即座に死ぬつもりですので…」

 

「だから死なんでいい!」

 

 

二人はそんな言い争いをするが、それを悠長に見ている獣ではない。送り狼は牙を剥き、二人に喰らいかかり…

 

 

少女の薙刀、男の刀の斬撃が、

送り狼を一瞬で切り刻んだ。

 

 

「間もなく頃合いです。急いだほうがよろしいかと」

 

「うん、分かっている。百鬼夜行は必ず、僕たちが止める…!」

 

 

壮間が声をかける前に、二人は飛び去って行ってしまった。

 

目の前で起こったあの超常は、必ずアナザー響鬼と関係があるはずだ。何より、凜々蝶と呼ばれていた少女の“角”。嫌でも鬼を想起させる。

 

 

「やっぱり今のは、白鬼院凜々蝶…?でもなんでこの時代に……」

「あっれ~?君、ちよたんのこと知ってるんだ~☆」

 

 

呆然としていた壮間の前に、その人物はひょっこり現れた。ウィルみたいな登場で、壮間は今度は派手に声を上げる。

 

赤毛の男性。スーツを着て、右目は包帯で隠れている。

そして何故か頭に着けた黒いうさ耳。端的に不審者だった。

 

 

「今見たことは忘れた方がいいかもね~♡妖怪は怖~い存在だか…ら……」

 

 

パニックになっている壮間の顔を見つめ、その男の言葉が止まった。表情も変わる。読めない笑顔から、一瞬だけ驚いたような、悲しいような顔に。

 

しかし、すぐに笑顔へと戻し、明るく壮間に告げた。

 

 

「ボクは夏目残夏、みんな仲良くがモットーの優しいおにーさんだよ☆ もし君がまた、ボクらに会いたいなら…“妖館”に行くといい。ボクらは()()()()、そこにいるからね~♬」

 

 

それは誰が聞いても分かるような、明らかな“アドバイス”。全てを見通したようにそう言い残した残夏は、もう一度笑って軽やかに去っていく。

 

手を振りながら遠のく背中を、壮間はただ眺めていた。

 

 

 

______

 

 

2018

 

 

2004年での不可思議な経験を経て、壮間は2018年へと戻って来た。過去で得たのは、死の恐怖と、無力の自覚と、幾つもの謎。そして確かなアドバイス。

 

 

「反省してたって始まらない。動かなきゃ。

まずはミカドに連絡を…」

 

 

連絡用にと、なんとか手に入れたミカドの電話番号にかける。すぐに通話が繋がった。

 

 

「あ、ミカド!さっき過去に行って、アナザー響鬼の手がかりを見つけた。まずはこの時代にいる、白鬼院凜々蝶って女の子なんだけど…」

 

『白鬼院…それなら話が早い。たった今、その女を

 

 

 

 

誘拐したところだ」

 

 

倉庫で椅子に括り付けられた凜々蝶。それを片目で見ながら通話するミカド。

「はぁ!?」という声が携帯から聞こえるが、ミカドはそれを聞く前に通話を切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ミカド、ロリコン疑惑浮上。

とりあえず、今回の2004年の話は原作漫画の38話直前に当たるものです。
原作未読の方も、次回に詳しい解説入れるので。

そんで、次回は遂にタイムスリップする(と思います)。ただ、今回は今までとは一味違うパターンに……

感想!高評価!お気に入り登録!よろしくおねさーっす!


今回の名言
「嘆いて強くなれるなら苦労はねぇな」
「双星の陰陽師」より、神威。


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先祖返り

アナザードライブ
2014年の相場連二が変身したアナザーライダー。改変された歴史ではドライブを抹殺しており、木組みの街の4分の1を静止させた。
重加速、記憶と容姿のコピーといったロイミュードの能力と、シフトカーの力や高速移動といったドライブの能力を併せ持っている。ドア銃を模したシールドは、仮面ライダーの必殺技さえも耐える強度を誇る。一定条件下で撃破しない限り、何度でも蘇る。

あつ森してたら遅くなった146です。
今回は2005年にタイムジャンプ!初見さん用に解説も増やし、今回からは響鬼要素が一気に増えます。


2005年で重要な情報を掴み、ミカドと合流しようとした壮間。しかし、電話越しにミカドから聞かされたのは衝撃的状況。急いで駆けつけた壮間が目にしたものは―――

 

 

「何をやっている。遅いぞ日寺」

 

 

倉庫にロリを拉致したミカドだった。

 

 

「いや、出オチ感すごいな!?」

 

 

 

_____

 

 

 

「ほら、大丈夫?」

 

「おい貴様、何を勝手に拘束を解いている」

 

「拉致の方が遥かに問題だわ。頼むから感覚を現代人に合わせてくれ」

 

 

とりあえず椅子に括り付けられていた凜々蝶の口元を自由にした壮間。当然、彼女の第一声はミカドに向けた文句だ。

 

 

「だ…誰だか知らないが、誘拐だぞ!?こんな事をしてただで済むと思っているのか!」

 

「そんなわけあるか。俺のやり方に楯突く奴は全員ただでは済まさん」

 

「さらに加害を!?」

「発想がヤクザ過ぎるんだよお前は!」

 

 

なんて騒いでいたら外から人の気配が近づいてきた。

咄嗟に壮間が凜々蝶の口を塞ぐ。何を隠そう、この場所は学校の体育倉庫。人通りも多いし、見つかったら最後、拉致監禁という重罪を着せられる。

 

 

「…ふぅ、行ったみたいだ。本当…何で話を聞くだけのために、こんなビクビクしなきゃいけないんだよ」

 

「話…?君たちは身代金が目当てなんじゃないのか?」

 

「君たちて…まずヤバいのはコイツだけだし、俺は君に聞きたいことがあるだけだって」

「そうだ。誰が貴様の家の財産になど興味があるか。俺が問い質したいのは貴様自身だ」

「誘拐犯が言っても説得力がなぁ…」

 

 

その話を聞いて、凜々蝶は驚いた。実のところ、彼女の短い人生の中で、誘拐されたのは初めてではない。というか、割とある。身代金目当てが大抵で、偶に毒舌美幼女という属性を好む稀有な変態からの歪んだ愛情が少々といったところだ。

 

だかたミカドの「貴様自身」という単語に、安直にも喜びさえ感じてしまった。

 

 

「はっ。大の男が二人がかりで幼子に頭を下げるとはな。そこまでするというなら、その生き恥に免じて話をしてやらんこともない」

 

「なんだとこの餓鬼」

「落ち着け!話してくれるんだからそれでいいだろ!」

 

 

反射的に威嚇し手を上げるミカド、を抑える壮間。凜々蝶は怯えながらも、逃げ出そうとはしない辺り話をする気はありそうだ。

 

 

「っと…まず俺はさっき14年前に行ったんだけど…」

「何を言ってるんだ君は」

「気持ちは分かるけど飲み込んで。そんで、俺はそこで“白鬼院凜々蝶”に会った。会って分かったけど、容姿も声も口調も君そっくりだった」

 

 

荒唐無稽な話ではある。混乱するか一笑に付すのが普通。だが、彼女はそんな話に“心当たり”があるかのように真剣な驚きを見せていた。

 

 

「会ったのか…?“前の”僕に」

 

「“前の”だと?貴様、それはどういう…」

 

「そのままの意味だよ、おにーさん☆

ボク達は繰り返すんだよ~同じ人生、同じ命を」

 

 

3人しかいなかったはずの倉庫に、別の声色が響いた。

跳び箱の上に座り、足をぶらつかせているのは包帯で片眼を隠した赤毛の少年。

 

その少年に対し、壮間だけは違った反応を見せた。

 

 

「夏目残夏…?」

 

「あったりー♡ボクも知ってるよ~日寺壮間、光ヶ崎ミカド、そんで…ちよたん。今回では初めましてだね~」

 

「…!君は“前世”の記憶があるのか?」

 

 

壮間が2004年で出会った青年、彼とこの少年は余りに似通っていた。この事と凜々蝶に関する事の共通点に、当の凜々蝶の反応…壮間やミカドの中でも、うすぼんやりと話の輪郭が見え始めてきた。

 

 

「生まれ変わっている…とでも言いたいのか」

 

 

それがミカドの弾き出した結論。それに「正解」と相槌を打つように、残夏は指を鳴らした。

 

 

「“妖怪”は知ってる~?無限の存在である妖怪と、有限の存在である人間が愛し合い、交わったらどうなるか…その血は脈々と受け継がれ、まれに妖怪の血を濃く受け継いだ子孫が生まれる。その子は血だけでなく、同じ性質同じ容姿同じ運命も受け継いでいるのです。それがボク達…“先祖返り”」

 

 

即ち、妖怪と人間の混血。

壮間が過去で見た光景も、これで頷ける。過去の凜々蝶とあの男性も先祖返りだとするならば、あの変身は妖怪の力を使った姿ということ。そして、この2人は過去の彼らの「生まれ変わり」。

 

アナザーライダーが誕生していることから、先祖返りのシステムは響鬼と無関係と考えるべきだ。信じがたいが、事実と見て間違いないだろう。

 

 

「妖怪“百目”の先祖返りであるボクは、どんなものでもお見通し~♪過去未来、君や自分の前世のお話、ちよたんの今日のパンツも♡」

 

「なっ…!?」

 

「だから“コレ”に触れた時は驚いたよ。なんてたって、コレの記憶はボクが視た歴史とは全く違ったんだから――—」

 

 

残夏が手に出したのは、三つ巴と2005の文字が刻まれたプロトウォッチ。それはアナザー響鬼の年代とバックルのマークに一致する。確実に、響鬼のプロトウォッチだ。

 

 

「ひょんなことから手に入れてね~♪

君達が“守り鬼”と戦っているのを視て、全部分かった。仮面ライダー、歴史の改竄、そして君たちの言う“響鬼”の物語も」

 

「待て。守り鬼とはアナザー響鬼のことか」

 

「そーそー、アレは13年前くらいから出てきた新種の妖怪で、先祖返りをちょっぴし過激に守る…って思われてたんだよね~☆」

 

「なるほどな。聞けたいことは聞けた、もうこの時代での活動は無意味だ。夏目残夏、そのウォッチを寄越せ」

 

「ハイハーイ。喜んで~♡」

 

 

残夏はミカドに言われるがまま、ヘラヘラとウォッチを手放す。空に投げ捨てられたウォッチを壮間がキャッチした。

 

 

「随分とあっさり手放すんだな」

 

「これがボクの役目だからね~♪そもそも、ボクが視定めてたのは“君たちが誰かのために全力を尽くせるかどうか”だけ。後の事は前世のボクらに任せるだけさ☆」

 

「そっか…ありがとう、残夏さん」

 

 

ウォッチを強く握り、壮間タイムマジーンへ向かおうとする。

 

 

「いや、待て!」

 

 

そうツッコミ口調で呼び止めたのは凜々蝶だった。

 

 

「さっきから前世だことの、アナザーなんとかやら、仮面ライダーがどうとか…一体何の話をしている!誘拐しておいて放置とはどういう神経してるんだ!」

 

「黙れクソガキ、貴様に割く時間は無い」

 

「ぼ…暴力反対……」

 

 

残夏の登場で話に置いて行かれた凜々蝶。やっぱり不満だったようだが、そんな文句はミカドのアイアンクローで握りつぶされた。

 

傍らで「暴力だ~」と笑っていた残夏の表情が、一転した。外から異質な思念を、百目の力が感じ取った。

 

 

「伏せ───!」

 

 

轟音。爆炎。

一瞬で体育倉庫の半分が消し飛んだ。

 

焦土に足を踏み入れる、鬼の姿。アナザー響鬼だ。

 

 

「やはり来たか…」

 

「やはりって何!?もしかしてミカド、凜々蝶ちゃん攫ったのって…」

 

「この女を守るのは分かっていた。情報収集も兼ね、この女を攫えば…」

 

「彼女を守りに、きっとヤツは現れる…って!?お前ホント思考回路クレイジー!」

 

 

アナザー響鬼は先祖返りの二人に目もくれず、壮間とミカドを狙う。ミカドは抗戦しようとするが、壮間がそれを止めてタイムマジーンを呼んだ。あれほどボロ負けした後だ、普通の感性の壮間には勝ち目なんて見えちゃいない。

 

 

「前世での“アドバイス”、覚えてる?」

 

 

壮間に残夏が呟いた。過去で出会った姿とは違う、幼い体。つまり、あれから長くは経たず、凜々蝶も残夏も一度死んだという事だ。

 

壮間は強く頷いて、ハッキリと返す。

 

 

「前世の残夏さん達を、絶対守ってきます!」

 

 

少し曲がっているが、清々しい程に澄んだ善意を視て、残夏は笑った。

その去り際、凜々蝶も壮間の腕を掴む。

 

 

「……前世の僕に会いに行くんだろう?

それなら…“一生のお願い”だ、頼まれてくれないか」

 

 

凜々蝶の口からその願いを聞き届ける。頷く前に、アナザー響鬼の吐いた炎が二人を隔てた。もう言葉を交わす余裕は無い。

 

壮間とミカドは飛来したタイムマジーンに急いで搭乗。アナザー響鬼の攻撃で揺れる機体の中で、壮間はプロトウォッチを起動した。

 

消えた歴史に繋がるゲートが開いた。年代を2005年に合わせ、そのゲートへと逃げ込む。

 

 

「「時空転移システム、起動!」」

 

 

 

鬼の炎を振り払い、タイムマジーンはゲートの中へと消えた。

 

 

_____

 

 

2005

 

 

なんとか2005年へと辿り着いた壮間とミカド。しかし、逃げ際にアナザー響鬼の攻撃を喰らいまくったタイムマジーンは、決して無事とは言えない状態だった。

 

率直に状況を説明すると、タイムトンネルを抜けた途端に両方のタイムマジーンが機能を停止。ほとんど墜落するような形で、どこかの山に不時着したのだった。

 

 

「まだ着かないの…?本当に道合ってる?」

 

「貴様がへばらなければ一日で到着するはずだった距離だ。それ以上無駄口を漏らすな殺すぞ」

 

 

タイムマジーンには自動修復機能が備わっている。しかし、その機能自体が酷く損傷していたため、動くようになるまでは短く見積もっても5日はかかる。よって、ミカドと壮間は山道を徒歩で移動すること二日目。一向に都市部が見える気配が無い。

 

 

「貴様が聞いたという“妖館”、そんな名前の建物はこの時代に存在しない」

 

「だからそれらしい“メゾン・ド・章樫(あやかし)”っていうマンションを目指してるんだろ?」

 

「ここまでさせておいて見当違いならば許さんという話だ」

 

 

二人が目指す「メゾン・ド・章樫」とは、高額な家賃を払う能力・家柄・経歴を併せ持つ選ばれた人間しか入れないという、最高級マンション。話によると、一世帯に一人のシークレットサービスが付くという、最強セキュリティを誇るマンションらしい。

 

しかし、ミカドが持つタイムジャンプ対応の情報端末によると、噂では変人揃いの館やら、お化け屋敷やら、変な噂が飛び交っている。それらの噂とマンションの名前も相まって、巷では「妖館」と呼ばれているとか、いないとか。

 

 

「全然山を抜けないな…あれ、さっきこの木を見たような…」

 

「木なんてどれも同じ形だ」

 

「そんなわけあるかい。って、やっぱり…この道さっき通って…」

 

「気のせいだ」

 

 

いくら風景が変わらないとはいえ、すごく既視感のある木々が続く。壮間はミカドの後をついて行っているだけだから、当然こんな疑念が浮かんだ。

 

 

「…ミカドって方向音痴?」

「黙れ死ね」

 

 

食い気味に罵倒された。図星らしい。知って良かったのか悪かったのか、反応にとても困る情報だ。このままコイツに任せれば、到着するのはいつになるやら。

 

 

「夜になる前に街に出たいんだけどな…夜の山道というと、あの狼を嫌でも思い出す」

 

「狼だと?イヌ科の動物だな、食料に丁度いい」

 

「お前は何日サバイバルする気だ!」

 

 

壮間が絶望しかけた所で、木々の奥に人影が見えた。それも二つ。登山観光客だろうか。ともかく彼らについて行けば、間違いなく街には出られるはず。

 

渋るミカドを説得し、壮間はその人影に近付こうとする。

 

 

「…あれ、あの人たちもこっちに来てない?あっちも遭難してたら困るな…」

 

「俺は遭難などしていない」

 

「無理しないで人に頼ろうよ。おーい!すいませーん、道教え…て……!?」

 

 

近寄って来た二つの人影は、男女二人組。

着物を身に纏い、男の方は長い布を腕に巻き、女の方は羽衣のような薄い布を羽織っている。

 

格好も不思議ではあるが、壮間を閉口させたのはその不気味さ。生気が感じられない佇まいに、虚ろに壮間たちを見つめる眼。少なくとも、友好的ではないのは確かだ。

 

 

「人、いたね」

「いるね、二人も」

 

 

二人組が声を発した。だが、女の方から野太い男の声が聞こえ、男の方から甲高い女の声が聞こえた。

 

二人組は壮間とミカドを挟み込むように立ち、ジリジリとにじり寄ってくる。

警戒する壮間。一方ミカドは、寄ってきた女の方を容赦なく殴った。

 

 

「ちょ…ミカド!?一般人だったらどうすんの!」

 

「バカか貴様は。この二人組、データベースで見た情報と特徴が一致する。コイツらは…“童子”と“姫”だ」

 

 

殴られた女が飛び跳ねるように立ち上がり、男と共にその身体を変質させる。

衣装は首元に吸い込まれるようにまとまり、マフラーのように。肉体は黒く変色。頭部は濃い黄色の甲殻から目と口が露出しており、それぞれの太い片腕には一本の鋭く長い針が伸びる。

 

 

「子供が、腹を空かせてる」

 

「餌になって、お願い」

 

 

変質した童子と姫、“怪童子”と“妖姫”が壮間とミカドを襲う。今度は壮間もウォッチを持っている。二人は一旦距離を取り、ドライバーにウォッチを装填。

 

 

「「変身!」」

 

《仮面ライダー!ジオウ!!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

変身したジオウとゲイツは、怪童子、妖姫にそれぞれ反撃。吹き飛ばされた二体は、同時に首を傾げた。

 

 

「お前たち、鬼か」

 

「鬼じゃ、ないのか」

 

 

怪童子の殴る動きに合わせ、針が伸びる。針に刺された樹木は抉られると同時に、煙を出して溶解している。どうやらあの針には猛毒があるらしい。

 

 

「鬼だと?人違いだ」

 

「あぁもう!なんで山道はこんなのばっかに遭うんだよ!」

 

 

怪童子と妖姫は、針に気をつければ大した強さじゃない。落ち着いて攻撃を回避し、殴打と蹴りで攻撃。ゲイツは妖姫をジオウに蹴飛ばして、一時的にその相手を押し付けた。

 

「はぁ!?」と言いたげなジオウではあるが、二対一は普通に苦戦を強いられる。その隙にゲイツはドライブウォッチをジカンザックスにセット。ゆみモードにし、二体目掛けて矢を放った。

 

 

《ドライブ!ギワギワシュート!!》

 

 

シフトカー ファンキースパイクの力を帯びた矢は空中で分裂し、無数の緑の棘に変化。棘が怪童子、妖姫に突き立ち、土塊の破片となって爆散した。

 

変身を解除した壮間は、「危ないだろ!」とミカドに責め立てる。実際、棘が何本か被弾しているため至極真っ当な言い分なのだが、ミカド曰く「避けない貴様が悪い」らしい。

 

 

「うおぉぉぉぉ!すげぇ、童子と姫を倒しやがった!」

 

 

山道を爆走し、興奮した様子でそんな声が近づいてくる。息を切らした金髪の少年。年齢はミカドや壮間と同じくらいだが、身長は少し彼らより低い。前を開けたボタンの無い学ランの下には、「つっぱる事が男のたった1つの勲章」と書かれたTシャツが。

 

突然現れた少年に疑問符を浮かべる壮間だが、そんな事を気にせずに少年は言葉を続ける。

 

 

「おまえら、もしかして仮面ライダーか!?」

 

「仮面ライダーを知ってる…ってことは!君、響鬼について何か知ってるの?」

 

「なんだ、ヒビキさんに会いに来たのか?」

 

 

童子と姫を知る少年、そして「ヒビキさん」。これらが響鬼に無関係なはずがない。

 

 

「何者だ、貴様」

 

 

ミカドの問いかけに、少年は親指を自分に向け、ポケットに手を入れてその名を名乗った。

 

 

「俺は渡狸卍里。ヒビキさんの一番弟子で…不良(ワル)だぜ!」

 

 

 

______

 

 

 

物語を、壮間が2004年12月31日から2018年に戻った時点に巻き戻そう。

 

部活に行くと嘘をつき、そのまま何処かへ行ってしまった壮間。そんな彼を、幼馴染である香奈は気にかけていた。

 

 

「ソウマが嘘ついて部活サボるなんて…やっぱ最近ちょっと変わった?」

 

 

そんなことを呟きながらランニングをする香奈。

その時、視界の奥を壮間の姿が横切った。

 

 

「あ、ソウマ!何やってんの…?」

 

 

壮間は建物の陰から現れた。彼の姿は見失ってしまったが、香奈はどうにも気になって仕方がない。ランニングのコースから外れ、その建物に走っていき、裏に回って反対側を覗き込んだ。

 

 

「うっわぁ…なにこれ…!?」

 

 

そこに安置されていたのは、壮間のタイムマジーン。予想だにしてなかった巨大な物体に、香奈は思わず腰を抜かしてしまった。

 

が、それで引き下がる彼女ではない。むしろ見当もつかない用途や、溢れ出る近未来感に刺激され、香奈のテンションが上がっていた。彼女は可愛いものも好きだが、こういった感性は少年に近いものを持っている。

 

 

「これ入って良いのかなぁ…いや、でもソウマこっから出てきたってことは、これソウマのだよね?だったら私もオッケーだよね!幼馴染だし!」

 

 

「おじゃましまーす」と小声で一応挨拶をしたところで、ハッチが開いたままのタイムマジーンに潜入。

 

 

「うっはぁ~!すごい!なにこれ!メカだ!」

 

 

タイムマジーンの内装に大興奮。その割には語彙力がアレだから、出てきた感想が簡素ではあるが。香奈はあちこちウロウロしながら、女子とは思えないリアクションを繰り返す。

 

 

「ソウマってば何か秘密にしてると思ってたけど、コレのことかー。いや~ズルい!腐れ縁の私に教えないなんて、罰としていろいろ物色してやるー!」

 

 

壮間より興奮している。心底楽しそうだ。

 

 

しかし、首裏を突いた衝撃で、香奈の意識が一瞬で暗転した。

倒れる香奈。彼女は気付いていなかった、この場所にいたもう1人の存在に。

 

 

「旅は道連れ。君には、我が王の旅に同行してもらう事にしよう」

 

 

それはウィルの姿だった。

そして、香奈が気を失ったままタイムマジーンは再び壮間の元へ。

 

アナザー響鬼に襲われ、死ぬほど慌てていた壮間は、機内で倒れている香奈に気付くことが出来ず、そのまま2005年に出発。

 

タイムマジーンから降りる瞬間まで香奈に気付くことは無く、山奥で置き去りにされた機体の中で、眠り姫は眠ったままだった。

 

 

「ふははは!こんな機械の中で監禁プレイか!悦いぞ悦いぞー!」

 

 

そんなけたたましい声で、香奈は目を覚ました。

目を開ける。視界に飛び込んできたのは、目元に仮面を着けた長髪の男性。貴族のような服にマントを羽織るという、派手というか馬鹿みたいな恰好をしている。

 

彼の姿を見た衝撃で、欠伸よりも先に香奈の口から出てきたのは

 

 

「変質者!?」

 

「一言目に罵倒とは、中々にドS!」

 

 

その男は一挙一動がとにかく楽しそうだ。そんな彼は横になっている香奈の手を取って、これまた楽しそうに声高に言った。

 

 

「私の名は青鬼院蜻蛉。決めたぞ、貴様は今日から私の奴隷だ!」

 

「なんて!?」

 

 

______

 

 

壮間たちと同じく、2005年の物語に降り立ったウィル。小川のせせらぎが聞こえる河原で、白い小石たちを踏みつけて本を開いた。

 

 

「僭越ながら…私の思惑通り、舞台の役者は揃いました。おっと失礼。私としたことが、この物語の“主役”の紹介を忘れていましたね」

 

 

 

 

テントの前に置いた折りたたみ椅子に座り、男は顔を上に向け、いびきをかいて爆睡している。男の腰には銀色の円盤がまとめてあり、反対側には鬼の顔を模したような形状の装置が。

 

 

「んぁ……?」

 

 

不意に目を覚ました男は、机に置いていたカップ麺の蓋を開ける。スープをたっぷり吸い込み、完全に伸びきった麺を見て、男はため息をついた。

 

 

「昼飯…食いそびれた」

 

 

 

 

 




今回新たに登場した原作キャラは、不良(笑)の渡狸くんと、史上最悪の杉田智和こと蜻蛉でした。そして最後に少しだけ登場した彼。次回登場する魔化魍も、暇な人は予想してみてください。

次回は三人目のタイムジャッカー「オゼ」が姿を現します。女の子です。

感想、評価、その他諸々よろしくお願いします!!!


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冷める響鬼

相場連二
アナザードライブに変身した青年。警視庁捜査一課巡査。11年前の事件で警察官だった父親を亡くしており、アナザードライブとなってその犯人を殺害した。そして「悪人を裁く」ことが警察官の使命だと解釈し、父に代わってその使命を全うするという歪な大義を掲げ、殺人鬼として暴走を始めてしまう。

本来の歴史では・・・
指名手配犯が木組みの街に逃げ込んだと聞き、無断で捜査を開始。ロイミュードや悪人を許さないという考えで走大と衝突していたが、018とシャロの絆を見て考えを改め、走大と和解。藤川も殺さずに、己の手で逮捕した。その後は走大たちの良き協力者となる。


最近キャスで声を初公開した146です。
今回は響鬼×いぬぼく編前半ラスト。ちょっと訳あって文字数多いです。
ついに響鬼が登場、魔化魍とバトル!そんで例の三人目も……


あ、今回はいぬぼく最終話のネタバレあるんで注意。


「俺は渡狸卍里!ヒビキさんの一番弟子で……不良(ワル)だぜ!」

 

 

金髪の少年——卍里が胸を張ってそう名乗った。

ヒビキの弟子というのは驚いたが、不良とはなんなのだろうか。不良って名乗るものだったっけ?といった思考が壮間の頭を巡った。

 

 

「それなら丁度いい。響鬼のもとへ案内しろ」

 

 

道を教えてください、とは絶対に素直に言わないミカド。案内してもらう分際で偉そうだ。

 

 

「嫌だね!俺は不良だ、誰の指図も受けねー!」

 

「黙れ。案内しろ」

 

「な…なんだ!やるってのか!かかってこいよ俺は…ぎゃああああ!」

 

 

卍里の言葉を聞くまでも無く、ミカドが首根っこを掴んで勝負は決した。何度も思うが、この男は初対面の相手に厳しすぎる気がする。

 

壮間は慌ててミカドを止め、卍里は土の上に雑に解放された。

 

 

「大丈夫…ですか?」

 

「し…心配いらねーぜ。俺は鍛えてるからな、不良だから!」

 

(この人も大概変な人だ…)

 

 

ひとしきりの不良アピールが終わったみたいで、立ち上がった卍里はなんだか満足そうだった。

 

 

「俺はヒビキさんの弟子として、この山にいる“魔化魍”を倒しに来た。ヒビキさんに会いたけりゃ、それが終わってからだ。ついて来な!」

 

 

こうして、壮間とミカドは卍里に同行する事となった。

歩きながら、壮間はふと気になった事を口にする。

 

 

「“魔化魍”って…何?響鬼がそれと戦ってる…ってのは察しがつくんだけど」

 

「おうよ。魔化魍ってのは…」

「魔化魍とは名の通りの怪物だ。自然環境の中に発生し、人間を喰って成長する。俺の時代では滅多に発生しないから詳しいことは不明だが、さっき倒した童子と姫が育て親らしい」

 

「そ…そうだ!ヒビキさんたち鬼は、そいつらを倒すヒーローなんだぜ!」

 

 

ミカドに説明を取られ、少し落ち込んでいる卍里。それを誤魔化すように、こんな事を言い出した。

 

 

「でもお前の説明には一つ間違いがある」

 

「そんな訳があるか。俺は冗談が嫌いだ」

「ちょ!ミカド落ち着け、話聞こう!?」

 

「本当だ!最近の魔化魍は自然発生じゃねぇ…本物の妖怪に動物の遺伝子と人を喰わせ、凶暴にした怪物なんだ」

 

 

「そんな話は聞いたことが無い」と反発するミカド。卍里とミカドの言い合いが続く。

しかし、壮間が違和感を感じているのも事実だ。卍里が悔し紛れを言っているようにも見えないし、ミカドが情報を間違えるのも変。この認識の齟齬は何だ?

 

そんな違和感を意識から流し去るように、木々の隙間から雨粒が落ちてきた。

数滴の雨粒はすぐに土砂降りとなり、山道を歩く三人に降り注ぐ。

 

 

「やべぇ、雨だ!」

 

「おいミカド、飲み水確保とか言わないだろうな」

 

「川があるのにその必要が何処にある。馬鹿なことを言う前に走れ」

 

「…なんか釈然としない。あ、あれ見て!」

 

 

ぬかるんだ土を走っていると、木の少ない開けた場所に、古い木の小屋を見つけた。人の気配は無い。三人は急いでそこの屋根の下へと避難する。

 

歩いているうちに日も暮れてきた。このまま雨が降り止まなければ、今日これ以上の活動は難しい。

 

 

「どうしよう…また野宿か」

 

「少し行ったら俺たちの拠点があるけど…ヒビキさんのテントは狭いし、こんなに泊まれねぇぞ」

 

「ならば此処で寝る他無いだろう。どうせ誰も使っていない空き家だ」

 

 

ミカドの思考がサバイバルに特化しすぎているが、意見は的を射ている。本当に人の気配は感じないし、この際物件に文句を言っている場合でもないだろう。

 

 

「おい、一応挨拶した方がいいんじゃないか?こういう空き家も、持ち主がいるって聞いたことあるし」

 

「卍里さん…もしかして育ちが良かったりします?」

 

「ナメんなよ!俺は不良だ!」

 

 

出会って少しで「不良」の肩書が型落ちし始めた。壮間は薄々思っていたが、多分イキりたい年頃のお坊ちゃんなのだろう。

 

「おじゃましまーす」と気持ち程度の挨拶を小声で口にすると、壮間はガタつく引き戸を開けた。

 

空に雲がかかり、一気に薄暗い闇が広がる。不安定になる視界で、その戸の先に彼らの双眸が捉えたのは

 

 

闇に浮かび上がる、大きな「顔」だった。

 

 

 

「「ひぎゃああああああ!!」」

 

 

ミカド以外の二人が阿鼻叫喚。途端に小屋が震えだし、屋根、壁、全てを突き破り、雨の中にその巨体が飛び上がった。

 

 

「喚くな。よく見ろ、ヤツは魔化魍だ」

 

 

六本の腕に、四枚の翅。濃い黄色の体に、下半身は白い腹部となっており、先端には針が。早い話が「巨大な蜂」。さっき顔と見間違えたのは、腹部に黒い線で刻まれた、人の顔のような模様だ。

 

 

「あれが魔化魍!?デカいなんて聞いてないよ!?」

 

「出やがったな“オオクビ”!お前ら手出しは無用だぜ。アイツを倒して、俺も鬼になってやる!」

 

 

「大首」。山道などで空中に現れ、人を驚かす妖怪。名前の通り大きな女性の首の見た目をしており、お歯黒をつけているとされる。

 

卍里の話が確かなら、その「大首」に蜂の遺伝子を融合させ、人を喰って成長したのが、あの魔化魍「オオクビ」ということになる。

 

 

「魔化魍だって怖くねぇ。ヒビキさんの鞄から持ってきた、この音撃鼓があれば!」

 

 

卍里はポケットから鼓のような装置を取り出し、頷く。

だがオオクビはそれを待たない。棘の生えた腕で、卍里を串刺しにしようと襲い掛かる。

 

オオクビの腕が届いた瞬間、ボンと煙を立て、卍里の姿が消えた。

 

煙の中から飛び出したのは、頭に木の葉を乗せた、枕くらいの大きさの小さな狸。

 

 

「化けただと…!?」

 

「まさか…卍里さんも残夏さんたちと同じ、先祖返り!?」

 

 

渡狸卍里は、妖怪「豆狸」の先祖返り。

他の妖怪や先祖返りと比べ、体が小さく戦う力は全く持たないが、「化かす」という一点においてなら、最強の妖怪である「九尾の狐」にも比肩する。

 

 

「愛玩動物上等だ!食えるもんなら食ってみやがれ!」

 

 

二度目の煙を立てて、狸姿の卍里が無数に分身した。

それはもう多数。背中に背負った音撃鼓まで再現しているため、目視ではどれが本物かを見破る術は無い。

 

 

「おぉっ!前の凜々蝶さんや、あの男の人も凄く強かった。やっぱり卍里さんも…!」

 

 

無数の卍里はオオクビを翻弄している。

が、卍里が飛んでいるオオクビに接近する方法は無いし、卍里の分身は攻撃がかすりでもしたら瞬時に消滅してしまう。

 

というか、あっという間にその数は両手で数えきれるようになり……

 

 

「やっぱダメじゃないですか!変身っ!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

ジオウに変身した壮間は、ジカンギレードを出し、剣脊でオオクビの腕を受け止める。

 

 

「手出し無用だって言っただろ!」

「言ってる場合ですか死にますよ!?」

「そうじゃない!おまえらじゃ魔化魍は倒せねぇんだ!」

 

 

そこに同じくゲイツに変身したミカドが参戦。

ジカンザックスでオオクビの腕の一本を切り落とし、オオクビを空中に退けた。

 

 

「貴様が言いたい事は把握している。だが、案ずるに及ばん。

魔化魍は本来、鬼石を用いた清めの音でのみ撃破が可能だ。しかし、ジクウドライバーには敵に対して有効打となるよう、攻撃を変質させる適応機能が備わっている」

 

「え、つまり!?」

 

「物分かりも悪いのか貴様は!俺も貴様も、ジクウドライバーの仮面ライダーに倒すことが“不可能”な敵はほぼいないということだ!」

 

 

その言葉を真実と示すように、ゲイツの放った一撃がオオクビの体を抉った。

危険と判断したのか、オオクビは翅を震わせ、更に高度を上げた。

 

腹部の針のような器官が、風船の口のように広がる。

蜂の針は産卵管が発達した器官と聞く。しかし、ベースとなった大首が仮にも哺乳類だからか、そこから出てきたのは卵ではなくオオクビの幼体。しかも怖気が走るほど大量に。

 

 

「なぁミカド。俺、実は虫が苦手だって言ったことあったっけ?」

 

「知るか」

 

 

恐怖紛れの軽口も雑に返され、とうとう立ち向かうしかなくなった。

いつの間にか雨が止んでいるが、それを喜ぶほど馬鹿にはなれない。

 

オオクビの幼体――仮に子蜂とすると、子蜂が塊になってジオウとゲイツの姿を覆う。

 

剣と斧の斬撃では子蜂の集合体を散らすことは出来ても、全部斬ってたらキリが無い。

隙を見つけ銃と弓でオオクビ本体を狙うが、敵が巨大すぎて当たった所で意味を成さない。

 

しかも、子蜂が通り過ぎた樹木の表面が溶けている。子蜂一匹一匹が猛毒持ちであるため、変身を解除した日には即死だ。オオクビ本体よりも遥かに厄介が過ぎる。

 

「勝てない」そう真っ先に判断したのは卍里だった。

変化を解いて人間の姿に戻ると、卍里は声を張り上げてオオクビの注意を引き付けた。

 

 

「俺はこっちだぜ!!」

 

 

先祖返りは半妖半人という性質から、妖怪に襲われやすい。オオクビも元は妖怪。卍里を前に子蜂を産み落とすこともなく、直線的な動きで口を広げて突っ込んでいく。

 

卍里は自称不良だが頭は良い。

目的を持った足取りで、全力で走る。攻撃を変化でかいくぐり、それなりの距離を走った。そして、限界もまたやって来る。

 

奇声を上げ、オオクビが卍里を目掛けて突進。右側三本の腕は卍里の足元を削り、ぬかるんだ泥に放り込んだ。

 

 

「…!やべぇ!」

 

 

卍里が絶望の声を漏らした。

音撃鼓が卍里の手から離れた。勢いのまま音撃鼓は、宙で放物線を描き……

 

 

その人物の手に、収まった。

 

 

 

「卍里ぃ!勝手に音撃鼓持って行きやがって!失くしたかと思ったろうが!」

 

 

そう叱りつける彼の姿を見て、悔しいが卍里は心の底から安堵した。

登山用パーカーにジーンズ姿の、若い顔立ちの男。何故か手には湯を注いだカップ麺とタイマーを持っている。

 

 

「ヒビキさん!」

 

「ありゃやっぱりオオクビか。全く…空飛ぶバケモンは藍ちゃんやトウキさんの管轄だってのに。卍里、これ持ってろ。絶対こぼすなよ」

 

 

この男こそ「ヒビキ」。卍里はヒビキのキャンプ地を目指して走っていた。近づけばその音で、ヒビキが気付いてくれると踏んだから。

 

ヒビキは卍里にカップ麺とタイマーを手渡し、腰のホルダーに手を伸ばす。

渡されたカップ麺は「たぬきそば」で、三分を計るタイマーは、もうじき残り一分を示そうとしていた。

 

 

「卍里さん!」

「チッ…手間取った」

 

 

そこに子蜂を片付けたジオウとゲイツが合流。

複眼越しの視界に映るその男は、腰から外した装置を手首のスナップで変形させた。金の鬼の顔から、銀の二本角が伸びたような「音叉」。

 

 

―――キィィィン

 

 

音叉を木の幹に当てると、高く、清らかな音が、木々の間に響き渡る。

音を発する音叉を顔に近付けると、共鳴するようにヒビキの額に鬼の紋様が浮かび上がった。

 

ヒビキの体から蒸気が立ち昇る。その体は赤く輝く。

そして、燃える。燃え上がる紫の炎が、衣服を燃やし、肉体そのものを焼き尽くす。

 

違う。紫苑の炎とは妖の炎。

妖気を帯びた肉体は音と響き合い、炎をその身に宿し、

 

 

人を……“鬼”へと変える。

 

 

「はぁぁぁ………たぁっ!」

 

 

腕を振って残り火を振り払い、その姿が顕現した。

鍛え抜かれた紫紺の肉体、胸部に被さる銀の金具、額には二本の角。目、口を形作るように顔に刻まれた紋様は、燃える炎が如き紅。

 

 

「響鬼、見参…ってな」

 

 

音撃戦士 響鬼。

アナザー響鬼の面影を探す前に、その背中が目に焼き付いて離れない。なんて逞しい姿だろうか。

 

 

「あれが…」

「あの男が響鬼か」

 

 

卍里の持つタイマーが、残り一分を示した。

鬼を知っているのか、妖気を感じ取ったのか、オオクビが子蜂をまたしても大量に産み落とし、一斉に響鬼に飛び掛かる。

 

 

「知ってるよ。オオクビと“何度”戦ったと思ってんだ」

 

 

走り出すと同時に息を吸い込み、子蜂の群れに到達する寸前で吐き出した。

ただし、吐いたのは息ではなく「火炎」。

 

「鬼幻術 鬼火」。紫の妖炎は一瞬で群れ全体に燃え移り、子蜂は響鬼の足を止めることすら出来ずに灰塵と化す。

 

ギィィィと甲殻が軋むような咆哮。オオクビの針は鞭のように伸び、響鬼を刺し貫こうとする。毒を帯びた一撃、「生身」の響鬼が喰らえばひとたまりもない。

 

 

当然、喰らえばの話だ。

淡々とオオクビの攻撃を躱し、木が密集している区域に踏み入ると、響鬼は木の根を足場にして跳躍。さらに木の幹や枝を次々と足場にしていき、あっという間にオオクビの高さまで飛び上がった。

 

 

「さて…と」

 

 

最後に太い枝に体重を乗せた。しなる枝の反動が、響鬼をオオクビの元へと連れて行く。

 

知能が無いとはいえ、オオクビとて向かってくる獲物を見逃す道理は無い。

避ける素振りは見せず、五本の腕を飛んでくる響鬼に向ける。その挙動を目視した瞬間、響鬼が動いた。

 

 

「…馬鹿な」

 

 

ミカドの口から感嘆が漏れた。

瞬きの間も無いうちに、オオクビの二対の翅が焼き斬れている。

 

響鬼が両手に持っているのは、先端に赤い鬼石が付いた太鼓のバチ「音撃棒 烈火」。

そこから伸びるは炎の刀身。圧縮した炎を音撃棒から放出し、剣として敵を斬る「鬼棒術 烈火剣」という技だが、問題なのはその速度。

 

斬る動作は愚か、抜刀の瞬間でさえ、ミカドの目にも捉えられなかった。

 

 

飛行能力を失ったオオクビは、響鬼に伸し掛かられ、そのまま地面に墜落。落下の衝撃が全てオオクビに反転し、身動きが取れなくなった所に、響鬼はバックルの音撃鼓を押し付けた。

 

音撃鼓が起動し、オオクビの胴体の上で巨大化。

響鬼は音撃棒を片手で回した後、強く握り、両手を振り上げた。

 

 

「音撃打 火炎連打の型!」

 

 

刹那の静寂。

それをかき消すように、響鬼は音撃棒を鼓へと打ち付けた。

 

一定の鼓動を刻むが如く次々と繰り出される音撃は、一撃一撃が魔化魍の体の芯にまで反響し、魂をも清める。それこそが音撃打。

 

「火炎連打」は連撃の型。邪な気を全て焼き尽くすまで、何度も、何度も、打ち付ける。鼓が奏でるのは、さながら燃え盛る火炎の音。

 

 

連打が止み、再び腕を振り上げる。

音撃棒を打ち合わせ、軽い音が鳴った。そして、最後の一撃を―――

 

 

「はぁっ!」

 

 

振り下ろした。

 

 

爆散。オオクビの体が、内側から破裂。

肉片の代わりに飛び散る、木葉、土塊。彼らは無限の存在。いずれまた“妖怪として”生じるだろう。

 

 

「やっば…あれが、この時代の仮面ライダー…」

 

「アナザー響鬼が強かったのも頷けるな。この男は…強すぎる」

 

 

ピピピピ。卍里の手元から音が鳴った。

タイマーの音だ。今丁度、三分の計測を終えたようだ。

 

それを聞いた響鬼が、ともすれば戦闘時よりも必死に走り出し、ジオウとゲイツを押しのけて、卍里の手からカップ麺を奪い取った。

 

 

「ハイ仕事終わり!よっしゃ時間ジャスト。そんじゃ、いただきまーす」

 

 

響鬼の顔が光に包まれたかと思うと、顔の部分だけ変身解除していた。ヒビキは割り箸を口と手で開け、カップそばを嬉しそうにすする。

 

 

「あぁ~、やっぱ仕事の後はカップ麺だな。昼飯抜いた腹に染みるわ。たぬきそばね、たぬきそば。たぬき美味いなー」

 

「誰が狸だ!」

 

「いや狸だろ、どう足掻いても。ごちそーさん」

 

 

わざとらしく狸連呼するヒビキに噛みつく卍里。ヒビキはそんな卍里を軽くあしらい、スープまで飲み干してカップ麺を完食。空の容器を卍里に押し付けると、ヒビキは突然振り返り、ミカドと壮間の方を向いた。

 

 

「そういえば、オマエら誰?」

 

「「今!?」」

 

 

ミカド以外の二人が、またしてもハモった。

 

 

 

______

 

 

「連絡もせず突然帰ってくるドS!!ただいま!我が肉便器達よ!!」

 

 

高級マンション メゾン・ド・章樫。無駄に無駄を重ねる程元気に、青鬼院蜻蛉は勢い良く扉を開けて帰宅した。旅が趣味であるため滞在しないが、彼はこのマンションの2号室の住人である。

 

笑う蜻蛉。だがその反面、

広いロビーで彼を迎え入れたのは、ただ一人だけだった。

 

 

「ふははは!人が少ない!なるほど放置プレイか、ドS!」

 

「急に帰ってきて何を言っているんだ、君は」

 

 

冷たい目をしてそう答えたのは、現在マンションにいるただ一人の住人。

壮間が言う所の、「前世の」白鬼院凜々蝶だった。

 

 

「他の家畜共はどうした?特に双熾が貴様を置いていないのは珍しいな」

 

「御狐神くんは買い出しだ。彼だって四六時中僕の近くにいるわけでは…」

 

 

そこまで言って、凜々蝶は言葉を濁した。

思い返さなくても、放っておけば24時間体制でベタベタな気がする。初対面で「貴方の犬になりたい」と言い出すような男だ。

 

 

「…雪小路さんは霊障相談。反ノ塚はそれに同行してる。髏々宮さんはバンキくんに連れて行かれたのを見たな。雷堂さんは河住くんと遊んでいる。渡狸くんは…」

 

「卍里はヒビキと山籠もりか。奴はM家畜の癖に中々骨がある」

 

「そっちこそ何故一人なんだ。夏目くんと鴉丸さんはどうした」

 

「帰国してすぐにトウキの奴に仕事が入ってな。クロエとトウキはロクロクビを倒してから帰るらしい。あの二人の御目付役として、残夏が残ったというわけだ」

 

「つまり役に立たない君だけが帰されたと」

 

「ふははは!辛辣だな、やはり貴様にはSの素質がある!と見せかけて…その実、反逆されたいドMだ!悦いぞ悦いぞー!

 

そうだ、喜べ!貴様にも土産を持ってきてやったぞ!」

 

 

マントを翻し、笑い声を上げながら、土産とやらを取りに蜻蛉は出ていった。

 

話によると、今回は海外の先祖返りに会いに、アメリカまで行って来たらしい。だが、土産には全く期待できないだろう。というのも彼が持ってくる土産は、決まって蝋燭や三角木馬や鞭といった、旅行先関係ない上にいかがわしいラインナップばかりなのだ。

 

またしても派手に扉を開け、蜻蛉が戻って来た。どうせ今回は荒縄あたりを渡してくるのだろう…そう思っていた凜々蝶だったが、彼が渡してきたのは

 

 

「あ…ど、どうも……」

 

 

強引に腕を掴まれ、すごく疲弊した様子の女の子。

片平香奈だった。

 

 

「友達のいない貴様に奴隷のプレゼントだ!!」

「元居た場所に帰して来い!!」

 

 

 

事情説明、その他諸々。

とりあえず蜻蛉は外に追い出しておいた。

 

 

「災難だったな…君も」

 

「え?あ、いや、そんな事ないよ。蜻蛉さんはちょっと変だけど…良い人だったし!ずっとよく分からないこと言ってるから疲れちゃったけど…」

 

「アレを“ちょっと変”で済ますのか…逞しいな」

 

 

山道で蜻蛉に拾われ、その勢いで振り回されつつも、なんだかんだ打ち解けていたらしい。勢いのまま状況確認もロクにせず、こんな所まで来てしまったが。

 

香奈は凜々蝶が淹れてくれたコーヒーを口に含む。

美味しい。苦いだけの印象だったコーヒーとは別物だ。淹れる際、物凄く細かく分量を量っていたが、それほどのこだわりがあるという事か。

 

 

「私、片平香奈。よく分かんないことだらけだけど…ここで会えたのも何かの縁!よろしくね!」

 

「あ……ふ、ふん。僕は白鬼院凜々蝶だ。宜しく…とでも言っておこうか。無論、宜しくするつもりは無いからそのつもりで………あ」

 

 

口から流暢に流れてきた悪態とは逆に、「やってしまった」と物凄い落差で落ち込む凜々蝶。「しゅーん…」の擬音が見えそうな程度には落ち込んでいる。

 

無駄に虚勢をはって、悪態をついてしまう。それが彼女の悪癖。

 

このマンションで仲間と出会って一年が経ち、治ったと思っていた悪癖だが、やはり初対面の相手にはまだ上手くいかない。

 

 

「可愛い…」

 

「は…?何の話だ」

 

「顔も綺麗だし、小っちゃくて可愛いし、落ち込んでるとこも可愛い!凜々蝶ちゃん可愛い!」

 

「な…!?お世辞を言っても何も出ないぞ!?」

 

「そんなんじゃないって!その、ツンツンして落ち込むやつ…ツンデレじゃなくて…そう、ツンしゅん!これは新たな萌え属性だよ!」

 

「雪小路さんみたいな事を言うな!?」

 

 

香奈は可愛いとカッコいいには目が無い。カッコいいの感性が幼児なのに対し、可愛いの感性がおっさん寄りなのは玉に瑕だが。

 

とはいえ、凜々蝶も褒められれば気分がいい。根は素直だから、お世辞じゃなければ相応に返してしまうのが彼女だ。

 

 

「もう夜が近い。家が遠いというなら、今日はここに泊っていくと良い。コンシェルジュの猫月さんには僕から話をしておこう」

 

「本当!?でも…連絡がつかないんだよね。さっきからスマホが使えなくて…」

 

 

香奈はそう言って、黒いままのスマホ画面を触って見せる。

それを見た凜々蝶は小首を傾げた。見覚えが無いものと言わんばかりに。

 

 

「それは何だ?玩具か?」

 

「スマホだよ。もしかして知らないの?携帯電話」

 

「携帯電話とはこういう物ではないのか?」

 

 

凜々蝶が出したのは二つ折り式の携帯電話。

 

 

「え?今時ガラケー使ってる人いたんだ!?」

 

「今時…?僕の所持品は全て厳選を重ねた物だけだ。当然、これも最新機種のはずだが…」

 

「いやいや、そんなわけ…だって今は……」

 

 

そこまで言って香奈は気付いた。

頭の足りない香奈でも、これだけの状況が重なれば不自然に思う。変な近未来的な乗り物、使えないスマホ、定番ともいえる携帯電話の認識の差。映画やドラマで見覚えのある展開だ。

 

香奈は震える唇で、恐る恐る定番の質問を尋ねる。

 

 

「今って、何年……?」

 

「……2005年の7月だが?」

 

 

めまいがした。

普通の女子高生を殴りつけた唐突な非現実。パニックに耐えられず、香奈は卒倒した。

 

 

 

 

______

 

 

 

「なるほど。事情は分かった…ような分らんような」

 

 

壮間とミカドはヒビキのキャンプ場で詳しい事情を説明した。

横で聞いていた卍里は驚きの連続だったが、ヒビキの方はリアクションが薄く、壮間も反応に困る。

 

そんな中、拳を固めて声を上げたのは、卍里だった。

 

 

「とにかく、その偽響鬼をぶっ飛ばせばいいんだろ!

ちよも残夏も死なせねー。全員俺が守ってやる!」

 

「弱いくせに何言ってんだ卍里。そんで、オマエらの目的は…」

 

「はい。俺達はこの時代で…」

「貴様を殺して響鬼の力を奪う。勝負しろ響鬼」

「違う!俺達はあなたから響鬼の力を貰いたいんです」

 

「ふーん…」

 

 

壮間がヒビキにプロトウォッチを手渡す。

ヒビキはそれを、興味が有るのか無いのか分からない表情で眺め、あちこちを触っている。

 

 

「すぐ受け取れるとは思ってないです。さっきも言いましたけど、アナザー響鬼を倒せば響鬼の歴史は消える。それだけの力を渡すってことだから、まずは…」

 

「ん。ほらよ」

 

 

壮間の話を遮り、ヒビキはプロトウォッチを投げ返してきた。

受け取った壮間は、自分の目を疑った。

 

なにせ、プロトウォッチに色が付いている。響鬼の顔も刻まれている。

紛れもなく、響鬼ライドウォッチが完成していたからだ。

 

 

「え…はぁ!?」

 

「それが欲しいんだろ?持ってけよ」

 

「いや、そうですけど…こんなにアッサリ継承しちゃっていいんですか?」

「そうっスよヒビキさん!これ渡したらヒビキさん、鬼じゃなくなるんスよ!」

 

 

卍里も反発する。当然の反応だと思う。ミカドだって驚いている。

だが、ヒビキは眠たそうに淡泊に答えた。

 

 

「それで魔化魍が消えるんだろ?俺の仕事も無くなる、オマエら嬉しい、ウィンウィンじゃないか。俺は強くなりたかっただけで、魔化魍と戦いたいわけじゃない」

 

「いや、でも…俺を信じちゃっていいんですか!?」

 

「面倒な考えしてんな…別にどうだっていいんだよ。オマエがどんな奴かなんて」

 

 

あの熱い戦いぶりから想像もできない程、ヒビキの言葉は冷めていた。だが、継承してもいいという意思自体は本物だ。ライドウォッチに力が宿ったことが、その証拠。

 

 

(じゃあそれでいいんじゃないか?本人がそう言うなら…)

 

 

そんな考えが過った。だが、そんな甘えを砕くのはいつだって現実だ。

 

仮にこのまま「形だけの」継承をしたところで、アナザー響鬼に勝てるのか?

奴は強かった。奴だけじゃない、2014年で出会ったガイスト・ロイミュード、彼の強さも極限に近いものだった。

 

そんな敵と相対したとして、これから先、戦っていけるのか?

「弱い奴と戦いたい」。そんな甘えが王の道で通用する訳がない。

 

 

『嘆いて強くなれるなら苦労はない』

 

 

ここに来る前に聞いた、ウィルの言葉だ。

その通りだ。今の壮間に足りないのは、心でも、知性でも、反省や後悔でもない。もっとシンプルで、具体的なもの。

 

 

足りないのは「強さ」。そして、それを手に入れるための「行動」。

 

 

 

「ヒビキさん」

 

 

壮間が口を開いた。

歯を食いしばり、決意の言葉を形作る。

 

 

 

「俺達を、弟子にしてください」

 

 

 

 

______

 

 

御狐神双熾。4号室の住人、白鬼院凜々蝶の専属シークレットサービス。

スーツ姿で買い出しを終えた彼は、帰路に着いていた。

 

長身銀髪のオッドアイ。柔らかな笑みを浮かべる顔は、間違いなくイケメン上位の部類。だが、彼の頭の中にあるのは、冗談でも何でもなく主人である凜々蝶のことだけである。

 

そんな彼が、近道である裏路地に立ち入った。

他に人は居ない。不自然なくらいに。身辺警護の専門職だけあり、一瞬で表情が警戒へとシフトチェンジした。

 

 

「何方ですか」

 

 

背後に生じた気配を察知し、双熾は刀を抜いた。

双熾の姿が変化している。彼もまた、先祖返りの一人。「九尾の狐」の先祖返りらしく着物姿に九本の尾を生やし、手に持った刀はその人物の首に接した時点で止まった。

 

止めたわけじゃない。「止まった」のだ。

双熾は首を刎ねるつもりだった。自然発生するように現れたその気配、妖怪の類と判断したが、目にしてそれが誤りだと確信した。

 

 

「存じませんが…ただの人間では、無さそうですね」

 

 

そこに立っていたのは一人の少女だった。

穴の開いた濃い空色の変わった衣装を、白衣のように羽織り、その下は簡素な白いシャツ。羽織った衣装は大きいのか、袖がかなり余っている。

 

凜々蝶ほどでは無いが、小柄な少女だ。雪のように柔らかな白の長い髪を、雑に輪ゴムで留めてポニーテールにしている。

 

凜々蝶にしか興味が無い双熾の目にどう映っているのか定かではないが、その容姿は人の目を惹く程度には美少女と言えるだろう。

 

 

「わたしはオゼ。“3人目”、タイムジャッカーのオゼだよ」

 

 

双熾の体が動かない。それもそのはず、彼女は顎以外の関節の時間を止め、双熾の動きを止めている。

 

オゼは刀身が首に接したまま、一歩ずつ双熾に歩み寄る。

首の皮が切れ、血が流れようが、全く意にも介していない。

 

 

「誰だっけ…そう、確か。これだ、御狐神双熾。12月19日生まれ、AB型、186㎝、九尾の先祖返り、4号室のシークレットサービス」

 

 

オゼは服の下に手を入れ、ヨレヨレな手帳を取り出し、そこに書いてある情報を読み上げた。そしてもう一つ、袖の上にブランクウォッチを乗せる。

 

 

「主人を守る力、欲しくないかい?どんな時でも絶対に守り抜く、鬼の力」

 

 

ウォッチが起動し、アナザー響鬼ウォッチが誕生した。

双熾もオゼの言う事がぼんやりと理解できた。

 

彼女を守れなかったことは、無い。だが、“有る”のだ。そのifは確かに存在した。

守る力があれば。その願いは最強の先祖返りである彼の中にも、懇願として存在する。

 

 

だが

 

 

「お断りしましょう」

 

 

双熾ははっきりと、その誘いを拒絶した。

 

 

「凜々蝶さまを守るのは僕の役目です。その為なら、僕は手段を選びません。

ですが…今の僕は犬ではなく、凜々蝶さま…いえ、凜々蝶さんの恋人です」

 

 

直接出会って一年。その中で彼らは来世まで巻き込み、繰り返された長い戦いの時に終止符を打った。気付き、気付かされ、触れて、触れられて、重ねる時間の重みを知っている。

 

今の彼にとって、凜々蝶と並び立てない未来など、無価値だ。

 

 

「え?」

 

 

オゼがウォッチを手にしたまま、呆気にとられている。

もう双熾の顔なんて見えてないように、瞳孔を震わせ、その呼吸は嗚咽にも似て。

 

 

「拒絶?響鬼の力を拒絶?使用者が望まなければ大した結果は得られない。ハイクラス到達は不可能。もうこの人をアナザー響鬼にはできない。最強の妖怪を逃した?計画は頓挫?ウォッチに施した術式も立てた計画も仮説も展望も全てが無駄?無意味?無価値?無意義?」

 

 

オゼが向けた手から衝撃が発せられ、双熾の体が吹き飛ばされる。

そんな彼を見もしない。なにせ、これは癇癪。ただの八つ当たり。

 

 

「有り得ない在り得ないあり得ないありえないアリエナイっ!わたしがどれだけの時間をかけたと思っているんだ!この最高の研究が実を結ばないのは理不尽!不可解!あぁウザい憎い恨めしい腹立たしい!なんで思い通りに行かないなんでナンデ何で何故にッ!!わたしの“願い”は成就しない!!」

 

 

叫ぶと同時に近くのゴミ箱が破裂し、壁にヒビが入り、飛んでいた烏が落ちる。

身動きが出来ない双熾が見ているのは、その地獄絵図だ。

 

 

「いや、待とう」

 

 

突然。実に突然。その一言を最後にオゼの叫びが停止した。それに伴い破壊も止まった。まるで時雨が止んだ瞬間。

 

叫びを止めたオゼは別人のように、落ち着いた口調で続ける。

 

 

「結果が分かっている実験に何の意味がある?研究とは不確定要素の介入により、時に予期していなかった結果を創造する。それこそが醍醐味のはずだよ。歴史的発見の多くはその法則が適用されている…つまりこの人の拒絶は、わたしにとって発見の兆し。むしろ僥倖」

 

 

それを言い終わらないうちに、オゼは今度は笑った。

そこだけ切り取れば、年相応の少女の笑顔だ。しかしその本質は、ハッキリ言って異常でしかない。

 

 

「いい良いイイ!超いい!ヤバい!今日はなんて素晴らしい日だろう!新たな発見で世界の視方が変わる!“願い”に一歩近づく!なんという快感!愉悦!興奮!この悦びに勝るモノはきっと存在しない!ありがとう嬉しいよ御狐神双熾!あなたの名前とこの教えはわたしの脳に記憶しておくよっ!」

 

 

飛び上がったオゼが、空中に「着地」し、消えた。

最後に一言、彼女なりの祝言を残して。

 

 

 

「Hello, world!“願い”こそが世界の最小単位!

“願い”故に!世界は愛しい美しいッ!!」

 

 

 

 

______

 

 

次回予告

 

 

「働かざるもの、食うべからず!ですっ!」

「君は自分のやっていることを、本当に理解しているのか?」

「今日のオレ!満点!どーよオレのロックン・ロール!」

「命を…あいつを…お前なんかと一緒にするな!」

「髄の髄まで貪って!喰って!舐って!わたしの子供、最強の魔化魍ッ!」

「俺は行きますよ。ヒビキさん、貴方を倒して」

 

「時間は重みだ。僕は、そう思う」

 

 

次回「カサネル、ジカン2005」

 

 

 




タイムジャッカーオゼ、登場です。何でこうなったんでしょうね。最近リゼロ見始めたからかな?影響って怖いですね、可愛い女の子作ってたはずなのに。

オゼの名前の由来は韓国語で「昨日」を意味する「オゼ」からです。

そして次回からは後半戦ですが…今回名前出した鬼も出しますよ。オリジナル魔化魍も。
ジオウのテーマにも言及するつもりなんでよろしくです。

感想、高評価、お気に入り登録、そしてオゼをよろしくお願いします!(引かないで的な意味で)


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ジオウくろすと補完計画 7.5話 「出張SM判定フォーラム」

今回の補完計画!タイトルで察しないで!
レジェンドはあの人で、いぬぼく初見さんのために原作解説回にしました。一応ネタバレ注意。

なお、解説を真面目にするかは不問とします。


 

場所は山中。補完計画始まります。

 

 

壮間「ビルドの力を俺が、ドライブの力をミカドが継承し、俺達は3つ目の力…響鬼の力を手に入れるため、2005年にやって来た」

 

ミカド「どの歴史だろうが関係ない。俺はライダーを殺すだけだ」

 

壮間「お前のスタンスまだそれでいくのか…

さて、今回はいぬぼくと響鬼のクロスだけど…俺、実はいぬぼく知らないんだよね」

 

ウィル「なんと嘆かわしい事かっ!我が王!」

 

 

茂みから呼ばれてないのに飛び出てくるのは、今回もしれっと2005年に来ていたウィル。壮間はもう驚かないレベルで慣れているようだ。

 

 

ウィル「無反応とは悲しいじゃないか。ミカド少年とは初対面のはずだが?」

 

ミカド「貴様との関係を話すとネタバレになるだろう」

 

壮間「あ、そういう配慮はするのね。意外」

 

ウィル「それはそうと、我が王。妖狐×僕SSを知らないとは、実に嘆かわしい事この上ない!」

 

壮間「えぇ…そんなこと言ったって、いぬぼくってハーメルンじゃマイナーよ?」

 

ウィル「その通り!作品検索をすると、出てくるのはたった8作品。総合評価で検索しようものなら、あろうことかこの作品がトップに来る始末だ。

 

だが、それがどうしたというのか!そんな事で妖狐×僕SSの魅力は色褪せない!知らないというのなら、今ここで知らしめるだけである!」

 

 

熱く語るウィル。その勢いは止まらない。

 

 

ウィル「ということで今回の補完計画は、予定を変更して妖狐×僕SSの紹介をしていくとしよう!」

 

壮間「…マジで?そういえば、ミカドはいぬぼく知ってるの?」

 

ミカド「俺の時代では義務教育だ」

 

壮間「うっそぉ…」

 

ウィル「それでは行こう。まずは概要から。

妖狐×僕SSとは、妖怪との混ざり者である先祖返りが集うマンション『メゾン・ド・章樫』で繰り広げられる、輪廻転生妖怪ラブコメである!」

 

ミカド「妖館の住人の紹介だ。まずは主人公の白鬼院凜々蝶から」

 

壮間「あれ、ミカドまさかの乗り気?」

 

 

『白鬼院凜々蝶(しらきいんりりちよ)

4号室の住人。身長145センチ。「鬼」の先祖返り。ツンしゅん系僕っ娘。貧乳。黒髪ロング。総じて可愛い。原作での寝起きシーンや部屋でのシーンは適度にエロく、超かわいいので必見。あとやたらツッコミが上手い』

 

 

壮間「上の何?」

 

ウィル「作者が用意した布教文だよ」

 

壮間「あ、そう」

 

 

『渡狸卍里(わたぬきばんり)

1号室の住人。身長165センチ。「豆狸」の先祖返り。自称不良のお坊ちゃん。不良だけど将来の選択肢を増やすために勉強している。盗んだバイクで走る免許を取るため家でお手伝いをしてお小遣いを稼いでいる。個人的に第二の主人公』

 

 

壮間「卍里さんめっちゃいい子じゃないか」

 

ミカド「どの辺が不良なんだ」

 

 

『反ノ塚連勝(そりのづかれんしょう)

3号室の住人。身長180センチ。「一反木綿」の先祖返り。凜々蝶のお兄ちゃん枠。一見ヤクザだが実際は脱力系で、肝心な時にふざけてんのかってくらいカッコいいことするイケモメン。志望進路はドモホルンリンクル』

 

 

ウィル「まだ登場してないキャラだね」

 

壮間「さて、住人はあと一人…えっと……?」

 

 

『青鬼院蜻蛉(しょうきいんかげろう)

2号室の住人だ!身長183センチ!上から下民どもを見下ろすドS!私は見下ろすのが大好きだ!凜々蝶とは元許嫁の間柄だが、今の彼奴は私の性奴隷だ!私は元許嫁殿と同じく「鬼」の先祖返りだ、いわば親戚のようなものだな!近親相姦!悦いぞ悦いぞー!何?私が童貞だと?貴様、なかなかにえげつないドS!』

 

 

壮間「え、何この文。まさか…」

 

蜻蛉「ふははは!勝手に出て来てやったぞ、流石のドS!悦べ我が肉便器ども!」

 

壮間「うわ出たぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

木の陰から飛び出して来たマントとマスクの変人長身男。

妖狐×僕SSの問題児、青鬼院蜻蛉である。本人である。

 

そして今回のレジェンドは彼である。

 

 

壮間「レジェンド居ないなとは思ったけどさ!」

ミカド「タイトルの時点で察しはついていた」

 

蜻蛉「そう悦ぶなM奴隷ども!私が来たからには、この世界をSとMに染め上げてやろう!」

 

壮間「Mって誰?俺!?」

 

蜻蛉「その通り!森羅万象、あらゆる物はSとMに分かれている。私はそれを一目見ただけで判別できるのだ!ふははは!貴様はM!それも調教されたい真性のドMだ!」

 

 

唐突にMの烙印を押され、凹む壮間。

今度は矛先が残りの二人に向いた。

 

 

蜻蛉「赤い方!貴様もこの私が判定してやろう!」

 

ミカド「下らん。戦いに愉悦を乗せるのは素人だけだ。腕が鈍る。

俺を突き動かすのは革命への使命感と、怒りのみだ」

 

蜻蛉「話がつまらん、S」

 

ミカド「黙れ」

 

ウィル「私はどうかな?青鬼院蜻蛉」

 

蜻蛉「貴様は主人に従順なMに見えるが、双熾と同じで腹黒いドSだ!」

 

ウィル「ありがたき幸せ」

 

壮間「それでいいんだ」

 

 

完全に主導権が蜻蛉に移り、今度は妖館のシークレットサービス紹介に。

 

 

蜻蛉「この私自ら!我が肉便器どもの紹介を、輪姦して輪姦して輪姦しまくってやる!はい行きます!!」

 

 

『御狐神双熾(みけつかみそうし)

4号室のSSだ!元許嫁殿の従順な下僕だったが、最近恋人になったらしいぞ!身長186センチ私より高いS!「九尾の狐」の先祖返りだ!表に出さないねちっこいドS!爽やかそうに見えて(ピ―――)のプレイを(ピ―――)する(ピ―――)な(ピ―――)で元許嫁殿を夜な夜な(ピ―――———』(不適切な表現があったので伏字)

 

 

壮間「誰かこの人止めろ!年齢制限かかるぞ!」

 

蜻蛉「ふははは!年齢制限で止まるようなSではない!」

 

 

『雪小路野ばら(ゆきのこうじのばら)

3号室のSS!身長168センチ!「雪女」の先祖返り、メガネ巨乳のメス豚だ!男に厳しくすぐに凍らせるぞ!ドS!その反面、女が大好きだぞ!私もドン引く変態だ!メニアーックっ!!』

 

 

蜻蛉「ここからは一気に私の家畜の紹介だ!ついてこいM奴隷よ!!」

 

壮間「誰がM奴隷」

 

 

『髏々宮カルタ(ろろみやかるた)

この私の可愛いSSだ!身長151センチ!キュートな女子高生だが「がしゃどくろ」の先祖返りだ!強いぞー!怖いぞー!無口だが大食い、食べられるより食べたいS!卍里の奴と幼馴染でいい感じだ。私の前でいちゃつく辺り、実は相当図太いドS!』

 

『夏目残夏(なつめざんげ)

1号室のSS!身長179センチだ私より低いなM!「百目」の先祖返りで人の過去や心が見えるせいで達観ぶっているが、実はそうでもないぞ!今は先祖返りの運命を変えるため、私と旅に出ている!ホモ(蜻蛉視点)のドMだ!』

 

 

蜻蛉「我が肉便器はまだまだいるが、今回はこんなもので勘弁してやるか!」

 

壮間「やっと終わったか…」

 

ウィル「では次は…」

蜻蛉「私たちの波乱万丈、ドSな物語を紹介するとしよう!まだまだ行くぞ肉便器たちよ!」

ウィル「私のセリフ…」

 

 

妖狐×僕SSは、三部構成。

第一章は凜々蝶が妖館に入居してからの物語。

 

 

蜻蛉「人とうまく接することの出来ない我が許嫁殿だったが、双熾や家畜共、そしてこの私と接する事で徐々に打ち解けていくのだ」

 

ミカド「貴様のお陰では無いな」

 

蜻蛉「だがそこに現れる、『犬神』の先祖返り…『犬神命(いぬがみみこと)』。奴は先祖返りを調教し、無理矢理殺し合わせる『百鬼夜行』を行っていたのだ。

 

 

おっと!ここから先は重大なネタバレだ!聞きたがりなドM以外は去るがいい!

 

 

その百鬼夜行によって…私たちは一度死んだ」

 

壮間「え、死んだの!?」

 

ウィル「そう。それ故に、第二章はその23年後。生まれ変わった彼らの物語だ」

 

蜻蛉「もう1人の私の話も残夏から聞いたが、なかなかにドSな人生だった!卍里と犬神も仲良くなってたらしいな!だがここではその話は伏せるとしよう。肝心なところは言わない焦らしプレイだ!悦いぞ悦いぞー!」

 

ミカド「そして百鬼夜行は再び起こった。百鬼夜行を止めるため、奴らは『千年桜』に思いを託した」

 

ウィル「千年桜とは時間を司る妖怪だね。触れた者の時間を奪う代わりに、未練ある時間へ飛ばすという。そして始まるのが第三章、話は百鬼夜行が始まる前の23年前に遡る」

 

壮間「こうして見ると…ジオウとちょっと似てるね。タイムスリップとかするし」

 

ウィル「犬神との決着、この“長い時間の戦い”の結末は君自身が見届けてくれ。今なら『マンガUP』というアプリで全話無料で読むことが出来る…と、この本に書いてある」

 

 

響鬼×いぬぼく編は原作の話もゴリゴリ絡んでくるので、読んでおくと分かりやすいかもです。

まぁ初見さん向けに頑張りますけどね!

 

 

蜻蛉「さぁ我が肉便器達よ!最後にドSな合唱を響かせようではないか!行くぞ!」

 

壮間(M)「これは…?何しようと…」

 

ミカド(S)「恐らく原作アニメ第五話、第十話のEDで流れた“SM判定フォーラム”を唄おうとしている。酷過ぎる歌詞もさることながら、スタッフ・キャスト・関連企業がSM判定されるという徹底っぷりで伝説となった。現に今、貴様の名前にもMと付いているぞ」

 

壮間(M)「え、わっ!本当だ!」

 

 

前奏が流れ始め、蜻蛉(S)、ウィル(S)がノリノリで歌おうとしている。

 

 

ミカド(S)「何をしている。止めた方がいいぞ」

 

壮間(M)「え、何で」

 

ミカド(S)「あの曲はJASRACとNexToneの管理楽曲では無いからな。

歌詞使用が出来ない。歌ったら規約違反で最悪垢BANだ」

 

壮間(M)「そう言う事は早く言えよ!なんつーもん歌おうとしてんだこのS共!!」

 

蜻蛉・ウィル(S)「家~畜どもが~」

壮間(M)「言われても止めない!ドS!

って言ってる場合かぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

to be continue…

 

 

 




蜻蛉「ふはははは!終わったと思ったか!もう一回出てくるドSの復活だ!!む、この後書き尺が短い!S!に見せかけて尺稼ぎされたいM!ならば私が、今回出てこなかったまだ見ぬ性玩具どもを分別してやるとしよう!」


片平香奈(S)、ヴォード(M)、アヴニル(Sッ!むしろMッ!)、オゼ(超ドS)、ヒビキ(M)、羽沢天介(ドS)、経堂東馬(服はLサイズだ)、四谷西哉(M)、赤羽大地(☝՞ਊ ՞☝イェーイ)、栗夢走大(自称S)、津川駆(M!)、芸術家の男(*)


感想!嬉しいぞ、なかなかのM!評価!嬉しい反面、貰うのが怖いな!焦らしプレイだドS!お気に入り登録!献身的だな貴様はドMだ!!また会おう肉便器たちよ!!


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EP08 カサネル、ジカン2005
叫ぶ蛮鬼


遅くなりました146です。
何をしてたかと言いますと…

ピクミン2してましたぁ(前科2犯)

今回は仮面ライダー蛮鬼登場です。正直言って丸々カットしてもいい15000字ですが、このキャラ書きたくて書きました。反省はしてるけど後悔はしてません。


「この本によれば…普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。3つ目のライダーの力を手に入れるため、我が王は響鬼の歴史に降り立った。強敵、アナザー響鬼を前に無力感を募らせていた我が王は、仮面ライダー響鬼ことヒビキに弟子入りを志願し……ですがこの男、なかなか曲者のようで…」

 

 

 

______

 

 

魔化魍「オオクビ」を撃破した響鬼。ヒビキと卍里はキャンプを撤収し、下山。夜も遅かったため、麓の宿で一泊することにした。

 

 

「よかったんですか?俺達まで泊まらせてもらって」

 

「いいんだよ。ここは俺の顔がきくからな」

 

 

宿から出た壮間の言葉に、ヒビキは軽く答えた。

寝泊まりする場所が無かったミカドと壮間だったが、ヒビキのお陰で宿に入れてもらえることになった。

 

それでは悪いと財布を開ける壮間だが、入ってたお札が全て2005年以降に作られた可能性もあるため、そっと財布を閉じた。もしそうなら、この時代では出来の悪い偽札以下の価値しかない。バレることはまずないとは思うが。

 

 

「オマエらは妖館に行きたいんだろ?俺と卍里も今から帰るつもりだし、送ってやるよ」

 

「本当にすいません…何から何まで。それにしても驚きましたよ、卍里さんが妖館の住人だったなんて」

 

「妖館は全国各地に点在する、先祖返りのマンションだからな。凶暴だったり力を持て余した先祖返りを護衛にして、卍里みたいな弱い妖怪を守らせる…悟ヶ原が上手いこと考えたもんだ」

 

「それが妖館…この時代の事情も教えてくれて有難いです。

それで、俺達を弟子にして…」

「嫌だ」

 

 

話の流れに乗って話題を出したつもりの壮間だったが、ヒビキに食い気味に拒絶された。

 

昨日、決意して弟子入りを志願した壮間だったが、今と同じく「嫌だ」の一言で突っぱねられてしまった。その後も猛アタックを続けるが、頑なに考えてすらくれない。

 

メンタルは人並の壮間。もう挫けそうだが、その度にアナザー響鬼の記憶が現実を叩きつける。アナザー響鬼は今までのアナザーライダーとは一線を画する強さだった。

だが、それは響鬼も同じだ。恐らく、今までに出会ったビルド、ドライブ、マッハと比べても、響鬼は頭一つ抜けて最強。アナザー響鬼を倒すには、響鬼に弟子入りするしかない。

 

 

「お願いします!ヒビキさんしかいないんです!」

 

「そんな事言われても俺はなぁ…」

 

 

ヒビキのポケットから流れる着信音が会話を中断させた。

壮間も黙り、ヒビキは二つ折りの携帯を開いて着信に応じた。

 

 

「もしもし…どうしたんですか、サバキさん。はい…アイツが?はい…はい……え、俺ですか?今から…?嫌ですけど。俺昨日オオクビ倒したばっかで……いやだから、嫌だって……いやそんなこと言われても……えぇ……」

 

 

通話が終わり、ヒビキは物凄く大きなため息を吐き出した。

心底面倒くさそうに髪をかき乱すと、壮間に決定してしまった次の行き先を伝えた。

 

 

「…今から栃木に行く」

 

 

 

_______

 

 

 

“霊障相談”。所謂、怪奇現象を鎮めたりする仕事。

この現代社会において、それを副業とする女性が存在する。

 

 

「今回限りはアンタを呼んで良かったわ。あたしだと子供相手出来ないから。礼を言ってあげる」

 

 

雪小路野ばら。22歳。グラマーな体型な眼鏡美女。

「野薔薇霊障相談所」の仕事で幼稚園に出るという妖怪の調査を終えたところだ。

 

 

「おー、そりゃどうも」

 

 

反ノ塚連勝。19歳。褐色肌の青年。左目から首にかけて刺青が入っていることもあり、カタギには見えないが、実際は気のいい男だ。

 

 

「てゆか、子供苦手なの治ってなかったんだ」

 

「治るも何も、うるさいし汚すから苦手って言ったじゃない。ただし幼女は除く」

 

「あ、そ」

 

「何よ。あの未発達な小さな身体が秘めた無限の可能性に興奮しない方がおかしいわ!メニアックよ!」

 

「理解したいのは山々だけどさ、この面でロリコンはマズいでしょ」

 

「それもそうね。通報しておくわ」

 

「可能性の話な」

 

 

本当に電話を取り出した野ばらを止める反ノ塚。

誤解が無いように述べておくが、彼女はロリコンではない。彼女は女性をこよなく変態的に愛する女体ソムリエである。その反動か、男性、主に反ノ塚には非常に手厳しい。

 

 

「今回は本当に妖怪だったからよかったけどさ、そろそろ霊障相談も控えた方が良いんじゃないか?」

 

 

反ノ塚が歩きながら言う。その口調は棒読みのようだが、そこには確かに感情が込められている。それは野ばらも分かっていた。

 

 

「…そうね。最近は魔化魍絡みの相談も増えてる。魔化魍にはあたし達じゃ何もできないわ」

 

「そうじゃなくてさ。藍にも再三言われてるように、あんまり危ないことには出向かない方がいいんじゃないかって」

 

「何、あたしを心配してるの?」

 

「そりゃ心配するよ。野ばらのことは大事だしさ」

 

「黙れ連敗」

 

 

優しさに対して暴力が返ってきた。

なんて話しているうちに、二人はメゾン・ド・章樫の扉をくぐる。

 

野ばらは「雪女」、反ノ塚は「一反木綿」。

二人とも先祖返りであり、三号室のシークレットサービスと住人の関係である。

 

 

 

「お帰りなさいませぇぇぇぇ!!ご主人様ぁぁぁぁぁ!!」

 

 

帰ってきた二人を迎えたのは、その元気に満ち溢れた声だった。

聞き馴染みの無い声だ。さらに見覚えのない女子が、メイド服を着て立っていた。

 

 

「誰」

 

「ここでメイドとして働くことになりました、片平香奈と申します!不束者ですが、よろしくお願いします!」

 

 

「あー」と驚いているのかよく分からない表情をする反ノ塚だが、隣の野ばらは内心穏やかではないようで、掴んでいた反ノ塚の腕を叩きつけ、香奈に駆け寄った。

 

 

「メニアーック!!元気健康系美少女かと思わせておいて出るとこは出た抜群スタイル、スリーサイズは上から83・59・80ね!それでいてメイド服が奇跡的相性!あなたヤバいわよ!?」

 

「え…えぇ!?」

 

「あたしは雪小路野ばら。そこのダメ男のSSをしてるわ。仲良くしましょ、性的な意味で」

 

「性的な意味で!?」

 

 

ハァハァ言いながら手を握って語りかけてくる。変態美女という知らないジャンルの人物と出会い、香奈も相当困惑しているようだ。

 

話が進まないため、野ばらが落ち着くのを待つと、反ノ塚が話を切り出した。

 

 

「それで、どうしてまた急に新しいメイドなんて…」

 

「それなんですけど…すごーく言いにくいんですが…」

 

「え、何。なんかやらかした?」

 

「い…いえ、そうではなく。それがその……」

 

 

「もういい、埒が明かない。僕から話そう」

 

 

話に入ってきたのは階段を下りてきた凜々蝶。その後ろには、彼女のSSである御狐神双熾もついている。

 

 

「ごめんね、凜々蝶ちゃん」

 

「ふん、気にすることは無い。君はここに来たばかりなんだからな。

僕もとても驚いたが…彼女は未来から来たらしい」

 

 

「未来」。その単語に二人は大層驚いているように見える。だが、それは非現実を突き付けられた顔ではなく、何か心当たりが在る故の驚きに見えた。

 

無言が続いた後、反ノ塚が恐る恐る口を開く。

 

 

「千年桜を…使ったのか?」

「そんなわけないでしょう?アレはあたしと悟ヶ原家で厳重に管理してるわ」

「わかってるけどさ…タイムスリップって聞くと、やっぱ思い出すよ」

 

「僕もそう思った。でも蜻蛉と彼女が言うには、片平さんは乗り物に乗っていたらしい。所謂、タイムマシーンという奴だろう」

 

「僕が先程、蜻蛉さまの案内で拝見しましたが、確かにそれらしい乗り物がありました。何か作動しているようでしたが動く様子は無く、我々ではどうすることもできないかと」

 

 

双熾が言うなら間違いないだろう。とにかく千年桜を使ったわけではないようで、反ノ塚は安心したようだった。あれは危険な妖怪だ。あの力で起こってしまった悲劇を、妖館の仲間はよく知っている。

 

 

「そこで僕が、帰る方法が見つかるまでここに滞在してはどうか、と提案した次第だ」

 

「それなら普通に客として住めばいいじゃない。あたしの部屋なら大歓迎よ!嫌なら反ノ塚を追い出すからその部屋を使って頂戴」

 

「やだ野ばら姉さん冷たい」

 

 

本人にそのつもりが無く時間を超えてしまったのなら、それは事故だ。いわば被害者である。そんな彼女に寝泊まりを提供することくらい、広さは有り余っているこのマンションなら容易い。だが、香奈は凜々蝶からも受けたその誘いを強く断った。

 

 

「いえ!どんな状況であろうと、働かざる者食うべからず!ですっ!

というわけで、本日よりメイドとなりました片平香奈です!改めてよろしくお願いします!」

 

 

胸を張ってそう宣言する香奈と、横で呆けている反ノ塚を交互に見る野ばら。

 

 

「どっかの家事手伝いという名のニートに聞かせたいわ」

 

「家業な」

 

 

_______

 

 

早朝からかかってきた電話により、ヒビキは次の仕事に直行。

卍里とヒビキを乗せた車は、栃木の山地に到着した。

 

 

「なんでオマエらも来てるの…」

 

「ウチのバイク担当、ミカドですよ。妖館に着くわけないじゃないですか」

「黙れ」

 

 

ヒビキは別れたつもりだったのだが、バイクに乗ったミカドとその後ろに壮間も付いて来ていた。ちなみにミカドもこの時代の免許は持っていないのだが、それを壮間が知るのはまた後の話。

 

 

「弟子にしてください。俺達じゃアナザー響鬼に勝てません。このままじゃ、ヒビキさんも死んじゃうし卍里さんだって…」

 

「じゃあ俺じゃない奴に頼むんだな。俺は鍛えるのが趣味なだけだ、弟子なんて絶対にいらないんだよ」

 

「それなら、なんで卍里さんは…」

 

「勘違いしてそうだから言っておくけど、アイツは弟子じゃないぞ。毎度毎度、勝手に魔化魍退治に付いて来てるだけ」

 

「えっ!?」

 

 

壮間とミカドの視線が、車から降りてきた卍里に向く。

その言葉に卍里も驚いている。本気で弟子になったつもりだったようだ。卍里はしばらく黙っていたが、突然自信満々になって言い張る。

 

 

「ヒビキさんは俺の『心の』師匠だ!」

 

「何を言ってるんだ」

「さぁ…?あ、じゃあ俺もそれでいいですか?」

 

「そうそれそれ…とはならないだろ。

仕方ないな…そこまで言うなら、これでどうだ」

 

 

鞄を開けて音撃棒を持つと、ヒビキは木の少ない開けた場所に出た。

ついてきた壮間とミカドに音撃棒を向け、ヒビキは少し気だるそうに話す。

 

 

「こうしよう。オマエらは変身して二人がかりでいい。オマエたちの攻撃が俺にかすりでもしたら、弟子入りを認める。無理だったら弟子入りは諦めるんだな」

 

「え…かすりでもいいんですか?どうするミカド」

 

「仮面ライダーに弟子入りなど御免だ。だが勝負するというのなら、俺はただ響鬼をここで殺す」

 

「お前なぁ…今はそれでいいや。よし、行くぞ!」

 

 

《ジオウ!》

《ゲイツ!》

 

 

ドライバーを装着し、ジオウとゲイツに変身。

しかし、ヒビキは音撃棒を手に慣らすように回すだけで、音叉に手を伸ばそうとしない。

 

 

「変身…しないんですか?」

 

「ん?あぁ、服が無駄になるからな」

 

 

舐めるなと言わんばかりに、一切の躊躇なくゲイツがヒビキに殴り掛かった。しかし、体を傾ける程度の動作で避けられ、二撃目、三撃目も完全に見切られてしまう。

 

 

「何をしている貴様も攻撃しろ!」

「え、でも生身だし…」

「力量差も分からないのか!本気で行かなければ返り討ちに遭うぞ!」

 

 

遠慮がちにジオウが攻撃するも、そんなものが当たるはずも無く、隙だらけのジオウに音撃棒が叩きつけられる。ヒビキの攻撃の隙にゲイツが攻め入るが、背後に目が付いているように死角からの攻撃も難なく躱されてしまった。

 

 

「そんなもんか?」

 

 

炎を帯びた音撃棒がゲイツを薙ぎ払った。ジオウの蹴りも音撃棒で受け止められ、体勢を直す前にヒビキのカウンターがジオウに決まる。生身とは思えないパワーだ。下手な怪人より腕力があるのではないかとすら思ってしまう。

 

 

《You!Me!》

 

 

徐々に焦りを見せるゲイツ。もう手段を選ぶ段階ではない。

ジカンザックスゆみモードの照準がヒビキに合わされ、矢が放たれた。

 

 

「ちょ、ミカド!?武器はダメだろ死ぬって!」

 

「最初からそのつもりだ。

大体、武器を使っただけで倒せるなら苦労はしない」

 

 

常人の眼では捉えることすらできない速度の矢を、ヒビキは軽々と音撃棒で叩き落した。さらに距離を取るどころか、挑発するように猛スピードで接近してくる。

 

 

「とはいえ…これは規格外だ…!」

 

 

矢を連射しても、生身とは思えない俊敏な体捌きで全て躱され、髪の毛すら射抜くことが出来ない。あっという間に肉薄され、おのモードに切り替える隙すら与えず、ゲイツの胴体に音撃棒が打ち込まれた。

 

 

「ミカド!」

 

 

ダウンしたゲイツを気に掛けているうちに、ジオウにもヒビキが接近。慌ててジカンギレードを構え、生身のヒビキに向けて振り下ろした。

 

 

「剣で勝負か?いいぜ」

 

 

ヒビキは音撃棒の片方を投げ捨て、ジオウの剣戟を一本で完璧に捌いて見せた。その動きは棍棒を振り回すというより、まるで「剣術」のように洗練された動きだった。

 

ヒビキの攻撃が速まり、押され始めたジオウの重心が後ろに傾く。それを見たヒビキが足元を狙うと、思惑通りにジオウの姿勢が崩壊し、倒れてしまった。

 

 

「やっべ……ッ…!?」

 

 

倒れたジオウの首元に音撃棒が突き付けられた。

勝負は決した。ヒビキの圧勝だ。

 

 

「強すぎる…この人、本当に人間…?」

 

「鍛えてるからな。とりあえず、これで約束通り弟子入りは無しってことで」

 

 

満足そうな安心したようなヒビキだが、約束は約束。

しかし、そんな彼に突っかかったのは壮間ではなく、ミカドだった。

 

 

「ふざけるな…ここまで一方的に打ちのめされて、黙って引き下がると思うか!このままでは終わらせない。覚悟しておけ響鬼!」

 

「え…えぇ…?」

 

 

力の差を見せつけて諦めさせるつもりが、ミカドには逆に火を着けてしまったようだ。引き気味に戸惑うヒビキを見て、壮間も何か思いついたようだった。

 

 

「ヒビキさん。さっき、攻撃が当たったら弟子にするとは言ったけど、『いつまで』かは言ってないですよね」

 

「あ…」

 

「また引き続きヒビキさんを狙います。攻撃が当たったら弟子にしてください」

 

 

正直自分で言っててもクソみたいな屁理屈だとは思うが、間違ったことは言ってない。そもそも、あんな強さを見せられたら、より弟子入りしたくなるに決まっている。

 

 

「そんなのアリかよ…」

 

「割と悪知恵は働く方なんで。よろしくお願いします」

 

 

根負けしたヒビキは一旦諦めたようだ。それも、攻撃を当てられない自信があるからなのかもしれないが。

 

そんなやり取りをしていると、ここに来た目的を思い出した。

わざわざ栃木まで、こんなことをしに来たのではない。

 

 

「そうだった!えーっと…でも話だとこの辺だって…」

 

「ちょーぉっと待ったァァァっ!!」

 

 

急接近する足音が草むらをかき分け、戦いを見ていた卍里の後ろから、その男は現れた。

金髪に編み込みを入れたチャラチャラした頭に、首から下は地味なジャージ姿。腕に鬼の顔を模したブレスを着けた青年。

 

 

「見つけたぜ魔化魍!ここで会ったが百年目、耐えに耐えたこの山籠もりの鬱憤!ここで晴らしてやるぜ…ってヒビキさんに狸!?ナンデ?」

 

「おー、バンキ。元気してるか」

 

さっきの戦いを魔化魍と勘違いしたのか、その男―――バンキは顔をキョロキョロさせ、ヒビキと卍里の姿に大きなリアクションで驚いていた。

 

その後ろから、また別の人物が顔を出す。

赤みがかったふわふわした髪の、ぼんやりとした雰囲気な可憐な少女。そんな彼女を見て、バンキ以上の驚きを顕わにしたのは卍里だった。

 

 

「カルタ!?」

 

「渡狸……食べる…?」

 

 

その少女、妖館2号室のSS 髏々宮カルタは、卍里にメロンパンを差し出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでヒビキさんがここに…あ、もしかして助けに来てくれたんですか!?」

 

「違うよ。サバキさんに、バンキがサボってないか監視しろって言われてな。

それがどうしてカルタちゃんがいるのか聞かせてもらおうか」

 

 

彼はバンキ。ヒビキと同じ鬼で、大学に通いながら魔化魍退治をしているという。

 

バンキのキャンプに合流し、問い詰められたバンキが目を泳がせる。

一方、バンキと一緒にいたカルタは卍里に問い詰められていた。

 

 

「カルタ、あいつに変なことされてないか!?」

 

「変なこと…?宇都宮餃子なら…くれた」

 

「宇都宮餃子!?おまえまたカルタを食べ物で釣ったのか!このチャラ男ヤロー!」

 

「うれせぇ狸!女の子いないとやってらんないのこんな修行!カルタちゃんも餃子食べれたし、俺も可愛い子いて嬉しいし最悪危ないときに助けてくれるからウィンウィンなんだよ!勝ち&勝ちなんだよ!かちかち山なんだよぉぉぉぉ!!」

 

 

バンキが泣きそうな勢いで喚き散らす。山籠もりが長くストレスが溜まっているのだろうが、それにしても成人男性とは思えない光景である。とりあえずこの限界状態を放っておくわけにもいかないので、壮間は少しでもバンキの機嫌を直そうと話題を探ることにした。

 

 

「えーと…バンキさん?ヒビキさんは“響く”に“鬼”だったけど、バンキさんはどんな字なんですか?数字の万?」

 

「いい質問だよ!ヒビキさんの弟子志望の…誰くんだっけ」

 

「壮間です。こっちはミカド」

 

「気に入った!いいぜ教えてやる。俺、バンキのロックな漢字を!

“野蛮”の“蛮”、即ちワイルド!“南蛮”の“蛮”、即ちオシャレ!“蛮勇”の“蛮”、それ即ちロック!!それがこの俺、『蛮鬼』だ!」

 

 

エアギターでノリノリな自己紹介をするバンキ。その後ろでは、カルタが「チキン南蛮ー!」と声と腕を上げている。一発で機嫌が直るどころか、最大にまで跳ね上がった気がする。チャラくてチョロいとはこれいかに。

 

 

「いい子じゃないですかー!ヒビキさん、弟子にしてあげましょーよ」

 

「何言ってんだよ。俺は弟子なんて御免だ。

そうだ、オマエがやればいいじゃん。弟子取れよ、バンキ」

 

「えぇっ?俺ですか?いやでも、俺って独立したばっかっていうか…でも弟子かー。バンキ師匠……あれ、カッコいいぞ。いいっすね弟子!」

 

「冗談だよ。そんな事言ってるとサバキさんに怒られるぞ」

 

「いやいや!弟子取って立派に師匠すれば、師匠も認めてくれるはずですよ!そうすれば休日返上毎日シフトも虫だらけの山籠もりにもおさらば!単位も取って留年回避!完璧!完璧すぎてマジ完璧!よーし少年たち、俺についてこい!!」

 

 

ここまでのバンキの会話で、既にヒビキのような頼もしさは全く感じない。ミカドは「誰が貴様なんかに」と割と大きな声でぼやいているが、壮間とて余りこの人の弟子になりたいとは思わない。

 

高笑いしているバンキだが、そんな彼を叱るように、草むらから飛び出たカエルが頭に衝突した。

 

 

「あたっ!?…っと、お帰りか」

 

 

カエルにしては鈍い音だと思ったが、そのカエルはバンキの手元で円盤に変形。

これは鬼が探索に使用する「ディスクアニマル」。バンキはディスクとなった「セイジガエル」をブレスに乗せ、回し、ディスクアニマルに保存された記憶を聴き取る。

 

 

「……来た。来た来た来たぁ!アタリだ!」

 

「お、丁度いいな。どっちだ?」

 

「童子と姫は倒したんで、バケモンの方です。

よっしゃ見とけよ二人とも!俺のシビれる戦いっぷりをな!ヒャッハー!」

 

 

カルタが火打石を鳴らし、「切り火」で魔除けを行う。バンキはテントからギターを取り、駆け足でディスクアニマルの案内する方へ消えてしまった。壮間とミカドも仕方なくそれを追う。

 

 

「オマエらは留守番な」

 

「なんでっスか!俺も行きますよ、今度こそ俺が魔化魍を倒してやる!」

 

 

ヒビキの言葉にカルタは黙って頷くが、卍里は反発する。

いつもの反応だ。説教をするのも何か嫌だし絶対聞いてくれない。だが、カルタがいるならこの少年の扱いはとても楽なのだ。

 

 

「卍里。カルタちゃんを任せた」

 

「っ…!俺が…カルタを…!

分かりました!絶対何があってもカルタは俺が守ります!」

 

 

目をキラキラさせて諦めてくれた。

渡狸卍里と髏々宮カルタは幼馴染。卍里はカルタのことになると、死ぬほどチョロい。

 

 

 

______

 

 

 

「そろそろ昼飯の時間かー。じゃ俺…」

「お昼ご飯ですね!私、注文してきます!」

「お…おぅ。カレーうどんで」

「承知しました!」

 

 

反ノ塚の呟きに瞬時に反応し、即座に調理場へ向かう香奈。さっきからずっとこんな感じで、オーバー気味に気合を入れて働いている。

 

 

「元気だなー、あいつ」

 

「君が相手だと使いっぱしりのようだがな」

 

 

凜々蝶は皮肉ついでに感心していた。

過去に来た驚きで卒倒したにも拘らず、もう完全に溶け込んでいる。凄い順応力だ。

 

 

「凜々蝶ちゃん!水無くなってるね、持って行くよ!」

 

 

香奈はグラスに水を注ぎ、凜々蝶のテーブルまでダッシュ。見るからに気合が入り過ぎている動きだ。住人たちが心配するも先に、香奈の足がもつれ、手から放られたグラスが―――

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

グラスは水を抱えたままキャッチされ、香奈の体も地面に伏す前に受け止められていた。オッドアイの双眸が、優しく香奈に微笑みかける。

 

 

「す…すいません。御狐神さん…」

 

「凜々蝶さんの身の回りのお世話は僕がしますので、片平さんはお気になさらず」

 

「いや、でも…」

「お気になさらず」

 

 

凜々蝶の専属シークレットサービスである双熾は、その一言を焼き付けるように繰り返し、にこりと笑いかけた。その笑みと声に、思わず香奈の背筋が凍る。悪意はないのだろうが、とてつもない圧を感じた。

 

 

 

そんなことがあり、時間は昼過ぎに。

香奈は箒を持ったまま廊下で立ち、何かを考えているのか、さっきの気合いから一転して上の空のようだ。

 

 

「その…さっきはすまなかった。御狐神くんの言ったことが気に障ったのなら、僕が謝ろう」

 

 

少し気恥ずかしそうな凜々蝶の声が、香奈の意識を現実へと引き戻した。こんな事でもわざわざ謝りに来る辺り、素の彼女の律義さが見て取れる。

 

 

「自分で言うのも変だが…彼は僕に尽くす事を生きがいにしているような男なんだ。自分の場所を君に取られたくなかったんだろう。大目に見てやって欲しい」

 

「あ…そうなんだ。それ聞いて安心したかな。御狐神さんってちょっと怖い感じだったから、可愛いところもあるんだ…って。でも大丈夫だよ。悩んでたのはそれじゃないんだ。

私、これからどうしよう…って」

 

 

凜々蝶は香奈の本音に少しドキッとした。

なんともないように振る舞っていたように見えたが、そんなわけがない。家にも帰れず、心を許せる人がいない。そんなの不安に決まっている。

 

 

「それは…無責任な事は言いたくないが、僕らも片平さんが帰れるように善処する。だから…」

 

「これからどうやって、みんなと仲良くなればいいと思う?」

 

「は?」

 

 

思わず雑に聞き返してしまった。だが、その真剣な眼差しに、つい凜々蝶は吹き出す。

彼女は真面目なんだ。不安なのは本当だろうが、こんな状況でも被害者ぶるのではなく、周りに馴染もうとしている。

 

自分ならきっと、周りを傷つけないように距離を取ろうとするだろう。

そんな凜々蝶には、香奈が少しだけ羨ましかった。

 

 

「あ、今笑ったでしょ!ひどいよ私だって真面目に悩んでるのに!」

 

「…変わった人だな、君は。

そうだな…君には言っておいた方がいいだろう。僕らのことについて」

 

 

凜々蝶は香奈に、「先祖返り」の事を話した。

凜々蝶は正直な性格だ。自分達が人でもなく、妖怪でもない、歪な存在であることを何一つ包み隠さずに話した。

 

 

「……すごい。妖怪のご先祖さま!?なにそれ!カッコいいじゃん!え、しかも生まれ変われるってすごい!うん、すごいよ!野ばらさん雪女なんだ!綺麗な人だもんね、ちょっと変だけど!」

 

 

帰ってきたのは、この上なく前向きなリアクションだった。

正直なところ、この話をするのは怖かった。どんなにいい人でも、自分とは違う存在であることに変わりはない。だから、拒絶される気がして。

 

 

「はっ。君は思った以上に酔狂だな。これを普通の人に話せば、決まって気味悪がられるんだが」

 

「そうかな?本当は凜々蝶ちゃん、あんまりそれ話したことないでしょ。

みんな羨ましがると思うよ。“特別”って、すっごくすごいことだもん!」

 

 

楽しそうに香奈はそう胸を張って言い切った。

こんな存在を受け入れる自分が特別だなんて、思ってもいないように。彼女は子供のように無邪気で、純粋で、大人びた優しさも持っている。

 

 

まるで、物語の主人公のような人だ。

凜々蝶は、そう思った。

 

 

 

______

 

 

バンキとヒビキ、壮間とミカドも森の中を進んでいき、テントに残されたのはカルタと卍里。

二人きりの時間というのは、あまり珍しいことではない。珍しくは無いのだが、甘酸っぱいとも言い難い淡い空気が充満して、卍里はどうにもむず痒かった。

 

 

「なぁ、本当に何もされてないんだよな。あのチャラ男ヤローに」

 

「渡狸……ヤキモチ?」

 

「ち…ちげーし!」

 

 

カルタは感情の薄い表情で、ポテトチップスを少しずつかじって小首を傾げた。

 

 

「ご飯は…好きな人といっしょに食べた方がおいしい…

だから今度は…渡狸も一緒に餃子食べよ…?」

 

「なっ…!?カルタ!?」

 

「ちよちゃんや御狐神もいっしょに…」

 

「あ…お、おう!そういうことならヨユーだぜ!」

 

 

友達以上恋人未満。そんな二人の関係を意識しているのは卍里だけなので、何の気なしに放たれるカルタの言葉は、その都度卍里の心を刺激する。

 

動揺した卍里の腕が、バンキの荷物に当たり、何かが倒れた。

倒れたソレは、ここにあってはいけないモノだという事は、二人も知っていた。

 

 

「バンキ…忘れものしてる…」

 

「あのアホぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁァァァァ!!忘れてきたァァァァ!!無理無理無理!!」

 

 

魔化魍を見つけるや否や、「俺の背中見てな!」と壮間とミカドに息巻いたアホ(バンキ)。そこまでは良かったが、忘れ物をした事に気付き彼の威勢は霧散した。

 

今は顔を真っ青にして全速力で逃走中である。

 

バンキを追う魔化魍は、「ヌリカベ」。カタツムリに似た頭部が伸びる貝殻のような壁が、のしのしとバンキに迫る。速さは大したことはないが、足元から太い根の触手が容赦なくバンキを襲う。

 

 

「っとあぁぁぁっ!?俺、生身!分かる!?いや生身の人間ボリボリ食ってんだったな!そうでしたそうでした!だぁクソ!もうやってやらぁ!!」

 

 

バンキはヤケクソ気味に腕に巻いた「音錠」を開き、弦を弾く。額に鬼の貌が浮かび上がり、黒い雷がバンキの体を貫いた。

 

闇に包まれたその姿は、鬼の体に変質する。

黒い肉体に、胸部の羽織るような弦の装飾は、右は五本で左は四本。響鬼だと赤かった顔の紋様は黄色で、額の二本角と合わせると四本角だが、左角だけが長く伸びる。この左右非対称な姿は、彼の言うところの「オシャレ」なのだろうか。

 

ギターの音撃装備「音撃弦」を使って戦う、弦の鬼。

 

 

蛮鬼

 

 

 

「しゃあらぁ!」

 

 

伸ばされた根を音撃弦の刃で一刀両断。

音撃弦の戦い方は、中距離での剣戟。大きく分けて三つある音撃の中で、最も力に優れた流派だ。

 

しかし、どうにも蛮鬼の動きが鈍い。

慣れていないようなぎこちなさを感じる。慌てる壮間の横でヒビキは苦笑い。ミカドは呆れたのか興味が無いのか、真顔で帰ろうとしている。

 

 

「おーいバンキ、助けに入ろうか?」

「あ、はい!お願いします!」

 

「即答かよ…」

 

 

必死にヌリカベの攻撃を凌ぐ蛮鬼。ヒビキの言葉を遮る勢いで助けを求めた。

「俺の背中を見てな!」とは何だったのか。プライドを一切感じさせない清々しさだ。

 

やれやれと息を吐き、ヒビキは音叉に手を伸ばす。

 

その時、木が騒めいた。

風ではない。だが、本当に木々をかき分けて巨大な何かが近づいてきている。

 

 

「ヒ…ヒビキさん!?あ、あれ…あれなんすか!」

 

「巨大な骸骨だと?新手の魔化魍か!」

 

 

魔化魍と同じくらい、それか一回り大きいほどの全身骸骨が、壮間たちの前に出現した。身構える壮間とミカドだが、ヒビキは少し表情を動かす程度。蛮鬼に至っては動きが嬉しそうだ。

 

ヒビキは頭を掻いて、その骸骨に自然に声を掛けた。

 

 

「どーした、カルタちゃん」

 

 

「カルタ」と聞き、壮間とミカドの頭の中で可愛らしい少女と目の前の骸骨の比較が始まった。即座に有り得ないと断じたかったが、肩に卍里が乗っていたのでどうやら真実のようだ。

 

蛮鬼を襲うヌリカベを骨の腕で薙ぎ払った骸骨は、その姿を小柄な少女に戻した。

 

髏々宮カルタは「がしゃどくろ」の先祖返り。変化すれば、元の人型は原型を無くす。雪小路野ばらやバンキ曰く、ギャップ萌えらしい。

 

 

「バンキ…これ」

 

 

起き上がったヌリカベが、再び蛮鬼を狙う。これまで以上の根を伸ばし、圧倒的手数で一気に勝負を決めるつもりだ。

 

余りの驚きに動きが停止しているミカドと壮間を素通りし、カルタは蛮鬼に「忘れ物」を投げ渡す。蛮鬼はそれを受け止めると、逃げるのをやめた。

 

 

「グッジョブ、カルタちゃん!」

 

 

空気が変わった音がした。

次の瞬間。ヌリカベの根は全て切り落とされ、抜刀した蛮鬼が大地を堂々と踏みしめる。

 

その右手には音撃弦。左手にもまた、カルタが届けた「もう一本の音撃弦」。

 

 

「やっぱしっくり来るぜ!俺の武器は唯一無二!それ即ちロック!!

二本で一つ!二刀流!二本揃って…刀・弦・響っ!!」

 

 

音撃弦「刀弦響(とうげんきょう)」を両手に、蛮鬼の猛攻が始まった。

一切勢いを止めず、根を切り倒し続け、本体へと接近。ヌリカベがその巨体を倒し、蛮鬼を圧し潰そうとするが、蛮鬼は倒れかかったヌリカベの体に刀弦響を突き刺し、その体重を完璧に受け止め支えて見せた。

 

 

「重い重い重い!が、今の俺は超・無敵!一気に決めるぜ、あんま動くなよ壁!

喰らいやがれ、二本で二倍!俺の音撃!」

 

 

音撃弦の先端に埋め込まれた鬼石は、ヌリカベの体にしっかりと刺さっている。条件は整った。

蛮鬼はもう一本の刀弦響を、刺さった刀弦響の上に合体させ、ダブルネックギター型の武器を完成させる。バックルの「音撃震 地獄」を刀弦響に取り付け、蛮鬼の爪が弦に掛かった。

 

 

「音撃斬!冥府魔道(めいふまどう)!」

 

 

蛮鬼の激しく動く腕が、派手な音を掻き鳴らす。

それは敵を奈落へと叩き墜とす、冥府からの騒音。それは悪魔が奏でる、喚き声にも似たサウンド。

それは二つの音撃弦が織りなす、美しささえ帯びた不協和音。

 

それが、それこそが、蛮鬼の十八番

 

 

冥府

  魔道

 

 

「ゴー・トゥ・ヘル!!」

 

 

鬼石から響く黒い波動が、ヌリカベの体を粉々に粉砕した。

刀弦響を突き立てた蛮鬼が、腕を高く上げる。

 

天を指した悪魔の角(コルナ)。そのウイニングポーズで、彼は己の勝利を掲げた。

 

 

 

______

 

 

「今日の俺!満点!どーよ俺のロックン・ロール!」

 

 

顔だけ変身を解除し、この上ないドヤ顔を見せつけるバンキ。

確かに、刀弦響が二本揃ってからの彼は強かった。あの巨大な魔化魍を余裕で下す程の力に、二刀流を完璧に操る才覚。しかし…

 

 

「条件付きの強さなど本物と言えない。そもそもが戦場に武器を忘れる間抜けが自慢出来たことか」

 

「ヒビキさーん、ミカドだっけ?この子全然可愛くないんですけど。サバキさんみたいな事言うんですけど。じゃ、壮間くんどうよ!俺の弟子、やってみる気ない?」

 

「いや…でもやっぱり、ヒビキさんの方が強いかなー…と」

 

「そりゃな!猛士最強の鬼に勝てるわけねぇし!?」

 

 

正論でバンキがノックアウトされた。バンキが弟子を取る話は無になったようで、ヒビキも少し残念そうだった。

 

思った以上に早くバンキの仕事が終わり、栃木に来たのがほぼ無駄足になってしまった。そんな事を憂いていると、カルタの携帯電話がメールを受信した。

 

 

「蜻さまから…今、帰ってきてるって…」

 

「蜻蛉が帰ったのか!?」

 

 

その声は、ヒビキのものだった。

普段の冷めた口調からは想像できない、飛びつくような声。カルタの携帯を覗くと、ヒビキは急いで荷物を車に積み始めた。

 

 

「大至急帰るぞ。妖館に」

 

 

 

______

 

 

 

場所は埼玉県。そこにもまた、仕事を終えた鬼が一人。

 

 

「いやぁ、意外とあっさり片付いちまったな。もう一体行っとくか?」

 

 

人の少ない山地の河原で、昼からビールをのどに流し込む中年の大男。

音撃戦士 闘鬼。銃撃による遠距離戦を専門とする、「管」の鬼。

 

 

「強者とのバトルが出来るのなら、(わたくし)どこまでもお供いたします♡」

 

「ダメダメ~早く帰らないと。蜻たんすねちゃうよ?」

 

 

トウキの隣に座る、少し虚ろな目をした黒髪の女性。

腰からは黒い翼が生えている。彼女は蜻蛉の旅の同行人である、鴉丸クロエ。「烏天狗」の先祖返りであり、生粋のバトルフリークである。

 

読めない笑顔で帰路に促すのは、この時間の夏目残夏。

彼もまた、蜻蛉の旅の道連れである。

 

 

「では、またトウキさまにお手合わせ願いたいです。ここのところ強い魔化魍と出会えず、欲求不満ですので」

 

「いやクロエたん。そもそも魔化魍と先祖返りが戦うもんじゃないからね?」

 

「おーおー、酔っ払い相手に大人げねぇなぁ。

んでも、昔は東のヒビキ、西のトウキなんて呼ばれた男だ。こんなおっさんで良ければ相手するぜ?」

 

「わー乗り気だ。もういいや、やれやれ~☆」

 

 

暴走気味なこの二人。残夏が目付け役を放棄するのも、珍しくない光景だ。

しかし、そんないつもの空気にやって来る、招かれざる来客。

 

姿を見ずとも解った。

その一瞬で、空気の色が変わったようだった。まるで、この世界が、時間が、風が川が全てが「彼」を拒絶しているようで。

 

 

「画になるね。夏目残夏に鴉丸クロエ、物語の延長線…嫌いではないな」

 

 

翠眼の男。これまでの物語にも現れた、芸術家のようなその男は、彼らに絵の具が付いた筆先を向ける。

しかし、その目がトウキに向けられた瞬間、雰囲気が肌を貫くような冷たさに一変した。

 

 

「お前だよ。完成された世界に沸く蛆虫。お前達がいるせいで、この物語は『駄作』となってしまった。だから塗り潰すのさ。腐った林檎は箱ごと捨てる」

 

 

残夏の「百目」の力が、彼の内側を覗いた。

幾度となく覗いた人間の記憶、心。その百色眼鏡は人の醜い部分も、飽きる程見てきた。

 

だが、彼の中にあったものは違う。

例えるなら「黒」。ただの黒ではなく、あらゆる色が重なり、混ざり合った混沌とした黒。

 

底知れない心の闇が、残夏の意識を飲み込もうとしている。

眩む意識の中で、残夏がその一言を絞り出した。

 

 

「何者なのかな…キミは…!?」

 

「ペンネームは決めてないな…敬愛する天才、レオナルドダヴィンチから名前を取ろうか。

 

私は令央(レオ)。世界の終わりを描く、さすらいの芸術家だ」

 

 

 

筆が落ちた。

物語に、彼の色が零れた。

 

 

 

______

 

 

 

「いた」

 

 

タイムジャッカーの少女、オゼ。

街中に降り立った彼女は、ぼんやりとそこに立つ人物に目を向ける。

 

服の下から出した手帳とその人物を見比べ、オゼは短く裏返った笑い声を上げた。

 

 

「いた…見つけた!御狐神双熾に勝るとも劣らない力響鬼への感情鬼の力への適性不確定要素を孕んだ進化の可能性!素晴らしいすばらしいスバラシイ完璧ッ!!必ず成れる出来るして見せる!ハイクラスアナザー!貴女こそ君こそ、アナザー響鬼に相応しい!」

 

 

我に返ったように声を止めたオゼは、アナザー響鬼ウォッチを差し出す。

 

 

「ごめんよ。でもね、わたしは嬉しいんだよ。

あなたはただ、感情のままに動けばいい。成りたかった鬼になって、響鬼に復讐するんだ」

 

 

その人物は、オゼの手からウォッチを受け取る。

 

 

《ヒビキィ…》

 

 

ウォッチを己の体に埋め込み、体が炎に包まれた。

火炎から出ずる妖鬼。異の響鬼。

 

 

「あなたの“願い”が叶いますように。

仮面ライダー…響鬼」

 

 

 

 

 




蛮鬼のキャラは原点を把握したうえでのキャラ造形なので、悪しからず。
文字演出入れてみましたが…どうですかね。次回から無くなってるかもしれません。

そして、ようやく名前を出せた芸術家の男、令央。(名前決まってなかったとは言えない)
本名ではないです。タイムジャッカーでもないです。彼の正体については、響鬼編の後に触れるかと。

アナザー響鬼誕生で、次回から動きます。

感想、高評価、お気に入り登録していただけると気持ち悪い笑いしながらめっちゃ書くのでよろしくお願いします!


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時間の重さ

Twitterで嬉しいことがあって機嫌がいい146です!

というのもですねぇ…キャラの絵書いてくれたんですよ!香奈とオゼの!
蒼人さんとワトさんに書いてもらいました!本当にありがとうございます!(蒼人さんはハーメルンで活動中、ワトさんは垢凍結されて今は暁で活動中の作家さんです)

さぁ、それで頑張った最新話。
話的には繋ぎの回ですね。アナザー響鬼の正体判明と、新キャラ二人出ます。


メゾン・ド・章樫でメイドとして働くこととなった香奈。

そんな彼女は、凜々蝶と隣にいる双熾を合わせて見つめていた。

 

 

「ずーっと一緒にいますよね。あの二人。シークレットサービスっていっても、反ノ塚さんたちはべったりじゃないし、蜻蛉さんはシークレットサービスの人見ませんし…」

 

 

香奈の呟きは事実であり、この二人は特に一緒にいる時間が多い。香奈も、朝の6時から凜々蝶の部屋の前で待機する双熾を見て、戦々恐々としたものだ。

 

 

「あそっか、香奈ちゃん知らないんだねー。

あの二人、付き合ってるんだよっ!」

 

「えっ…えっ!?御狐神さんと凜々蝶ちゃんが!?え…ラブなんですか?」

 

 

香奈の言葉に答えたのは、このマンションのもう一人の女性メイド。「コロボックル」の先祖返りである、小人村ちの。

 

 

「実はこのマンション、カップル多いんだよー。私も彼氏いるし、反ノ塚さんも雪小路さんにプロポーズし続けてるらしいし!」

 

「あの二人ってそういう関係だったんですか…!?じゃあ、蜻蛉さんも…」

 

「いや~、青鬼院さんのシークレットサービス、カルタちゃんっていうんだけど、それはちょっと違うかなぁ。カルタちゃんは渡狸くんと良いカンジだから」

 

 

「君たち…今、何してるか忘れてないか?」

 

 

ちのと香奈の会話を凜々蝶が断ち切る。

二人は顔を見合わせた後、

 

 

「「談笑」」

 

「勉強会だ!」

 

 

妖館で定期的に行われる勉強会。今回は期末試験に備えるためのものだ。

いつもはここにカルタと卍里が加わるのだが、今回は勉強に不安があるという香奈と、それを教えるため、高校卒業済みのちのが参加している。

 

 

「黙って聞いてれば、人の恋愛事情をペラペラと…片平さん、少しは進んでいるんだろうな?」

 

「はい!全くわかりません!」

 

「それ二年生のテキストなんだが。それなら小人村さんに教えてもらえばいいだろう」

 

「はい!まるで分りません!」

 

「なぜ教え役を買って出た。」

 

 

ちのが全く役に立たないことが判明し、凜々蝶が教えることになってしまった。二年生といえど、セレブ校の学年トップである凜々蝶が勉強ダメダメな香奈に教えるのは造作もないことだった。

 

 

「とてもじゃないが…大学に入れる学力ではないな」

 

 

率直な評価に、香奈の精神が一撃で葬られた。

事実である分、何も言い返すことはできないのだが。

 

 

「…ごめん。つい言い過ぎた」

 

「いや…合ってるからいいよぉ…分かってたけど、今から大学目指すのはイバラかぁ…」

 

「そこまで大学に行きたいのか…将来は何を?」

 

「うーん…というか、お父さんに言われてるからかな。私ダンスやってるんだけど、大学には行けって。ダンスは楽しいから続けたいし…でもダンサー目指すなら大学行かず、ダンス一本でやるべきじゃん?やっぱ私、中途半端だよね…」

 

 

香奈は机に顔をつけて、ペン先を弄りながらそんな内心を吐く。それでも一生懸命になれることは大したものだと感じるが、どうも香奈にはその自覚が無いようだ。

 

 

「ふん。それなら僕だって将来の目標はあれど、夢なんてない。家業を手伝うかどうかも考えてすらない半端者だ。君が憂う必要なんてないな」

 

「…そっか、ありがとう。でも、私はちゃんとこの迷いに決着を付けたい。まぁ、未来に帰ってから考えるよ。今はとにかく働いて勉強だー!」

 

「その通り!さぁ勉学に励め!馬車馬のように働け!ふははははー!!」

 

 

自然に会話に入ってきた人物を思わず二度見する。

確かめるまでもないが、蜻蛉だ。

 

 

「邪魔をしに来たのか君は」

 

「事情も聴かずに悪者扱いか!悦いぞ悦いぞー!急用が出来たのだ、貴様も来い元許嫁殿!愛の逃避行だ!」

 

 

そう言って凜々蝶の手を取る蜻蛉。

だが、そんな蜻蛉の逆の手を取り、引き留めたのは双熾だった。

 

 

「お戯れが過ぎるのではないですか、蜻蛉さま。凜々蝶さんは勉強会の最中です」

 

 

爽やかな声と顔だが、清々しい程に作り物だということが分かる。目が全く笑っていないし、双熾が握った蜻蛉の手が「めりっ」と音を立てている。痛そう。

 

 

「貴様は相変わらずのドSだな双熾。略奪愛とは中々に唆ることをしてくれる」

 

「今の僕は凜々蝶さんの恋人です。略奪はそちらのはずですが?」

 

「家畜の分際で私に身の程を弁えろと?」

 

「そう聞こえましたか。では弁えていただける幸いです」

 

 

双熾はずっとにこやかだが、全く容赦なく殺意を放ってくる。傍から見ている香奈にも寒気が走ってしまう。

 

当の蜻蛉は馬鹿なのか図太いのか、まるで応えていないようだ。

 

 

「いいだろう!ならば貴様も来い、双熾!今回はカップル揃ってSとMの世界を魅せてやる!」

 

 

勢いのままに双熾と凜々蝶が蜻蛉に連れて行かれてしまった。嵐が過ぎ去った後には、白紙の問題集とメイドだけが残されていた。

 

 

 

______

 

 

 

蜻蛉が帰ったという連絡を聞き、急いで妖館に返ることとなったヒビキ一行。しかし、ここでカルタがこんな事を言い出した。

 

 

「蜻さまにも…お土産」

 

 

というわけで、蜻蛉たちへのお土産を買うため、サービスセンターまでやって来た。

 

 

「カルタは何買うか決めたか?」

 

「私は…饅頭…!」

 

 

饅頭の箱を山積みにして抱えるカルタ。「自分が食べたいだけでは」というツッコミを、卍里は諦めて飲み込んだ。

 

 

「渡狸は…?」

 

「食いもんはカルタが買うからな、俺は物にしたぜ!

見ろ、この封印されし竜の刀を!」

 

 

卍里が自信満々に見せたキーホルダー。観光地に必ずと言っていいほどある、中学生が買いそうな竜が巻き付いた剣みたいなヤツである。

 

 

「はっはー!そんなもんにご執心とはお子ちゃまだな狸!」

 

「んだとチャラ男ヤロー!俺は不良だ、子供じゃねー!」

 

「そのセンスが子供って言ってんの。刀のキーホルダー?笑わせてくれるぜ。見やがれこの二刀流の竜剣をぉぉぉぉ!!合体してパワー特化にもなるんだぞ、まさしくロックっ!!」

 

 

卍里(高校二年生)とバンキ(大学三年生)が剣のキーホルダーを振り回して燥ぐ。男子の琴線は分からないのか、カルタは首をかしげてスタスタとレジに向かった。

 

 

 

「ったく。お土産なんていいだろ…」

 

 

一方、早く帰りたいヒビキは車前で待機中。

少しイラついているのか、貧乏ゆすりと時間確認を繰り返している。

 

 

「隙あり!」

 

「声出す奴があるか」

 

 

背後からの壮間のパンチを、振り返りもせずに避けた。

その直後、隠れていたミカドも攻撃を仕掛けるが、易々と腕を掴まれ、軽く投げ飛ばされてしまった。

 

 

「陽動はいいけど、気配は隠せよな」

 

「クソっ……!」

 

 

「ヒビキに攻撃を当てれば弟子にしてくれる」、この約束は続行中で、壮間とミカドは暇があればヒビキを狙っている。しかし、結果は見ての通り、全く相手にすらならない。

 

ヒビキが携帯を開いて囲碁のゲームをやり始めた。これでも攻撃が当たらないのだから、いい加減心が折れそうになる。

 

そんなヒビキの元に、一通のメールが届いた。

それを見たヒビキの表情が変わる。どうやら、またしても目的地が変わってしまったようだ。

 

 

「…嘘だろ」

 

 

再び襲い掛かる二人を伸して、ヒビキはバンキの車に張り紙を残す。一人で車に乗り込んだヒビキは、新たな目的地へと進路を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

「トウキさん!」

 

 

ヒビキがやって来たのは、埼玉の病院。

「トウキがやられた」。その残夏からの連絡を聞きつけ、ヒビキはトウキへの病室へと急行した。

 

 

「おぅ、ヒビキ。久しぶりじゃねぇか」

 

「元気じゃないすか…驚かせやがって」

 

 

ベッドに寝てこそいるが、比較的元気だったトウキに、ヒビキは毒づきながらも安心しているようだ。

 

 

「見舞いだ!貴様の好きな酒を持ってきてやったぞ!

ついでに土産だ!トウキ、貴様にはアイアンメイデン!!」

 

 

安心も束の間。次の瞬間には扉を破壊する勢いで、蜻蛉が病室に突撃してきた。

後ろでは凜々蝶が申し訳なさそうに立っている。蜻蛉を見る双熾の目も怖い。

 

 

「なんだ、貴様も来ていたのかヒビキ!

貴様にも土産だ!三角木馬!!」

 

「蜻蛉…病室な、一応」

 

「本当にすまない。僕が止めるべきだった…」

 

「凜々蝶さんが気に病む必要はありませんよ。

全面的に悪いのは蜻蛉さまです」

 

 

周りの病人の視線も痛くなってきた所で、本題に移る。

クロエと残夏は席を外しているようなので、トウキ本人の口から事態が語られた。

 

 

「令央?」

 

「あぁ。そう名乗る男が俺たちの前に現れた。気味の悪い奴だったよ」

 

「では、その令央なる人物が君を倒したということか」

 

「信じられませんよ。トウキさんに勝つなんて」

 

「俺の倍は強いくせによく言うぜ、ヒビキよぉ。それに話は最後まで聞くもんだ。俺を負かしたのはそいつじゃねぇ…響鬼に似た魔化魍だ」

 

 

令央の前に割り込む形で現れたという、その「響鬼に似た魔化魍」にやられ、こうして怪我を負わされたらしい。クロエの飛行能力が無ければ、怪我では済まなかっただろうとトウキは語る。

 

その状況にピンとこない一同だが、当のヒビキだけは違った。

 

 

「アナザー響鬼…」

 

 

その単語が自然と口から出てきた。

壮間から聞いた、未来の話。そこに出てきた響鬼の偽物が、既にこの時代に生まれていたとしたら…

 

 

「歴史が消えるってことか」

 

 

ヒビキの口から零れたその言葉を、凜々蝶は聞き逃さなかった。

 

 

 

 

______

 

 

勉強会が中止になってしまい、香奈は仕事に戻っていた。マンションの外を掃除しながら考えるのは、ちのから聞いた話の事。

 

 

「恋人かぁ…凜々蝶ちゃん年下だと思ってたけど、意外と大人なんだ…」

 

 

2018年ではあの二人はどうなっているのか、それを考えると少し楽しくなった。しかし、それと同時に少し羨ましくもある。

 

恋というのは健全な女子ならば憧れるものだ。香奈とて例外ではないが、イマイチ想像がつかない。

 

 

「恋…恋……愛かぁ…愛…」

「アマキです」

 

 

香奈の独り言に別の声色が踏み入って来た。

顔を上げた香奈の前には、挑戦するような鋭い目つきの女性が。

 

 

「誰ですか。貴女のようなメイドは知りません」

 

「えっと…先日から働くことになった、片平香奈です。あなたは…」

 

「質問してるのは私です。メイドというなら貴女は何の先祖返りですか。働くようになった経緯と詳しい身分を示してください」

 

 

物凄くグイグイと質問で攻めてくる。表情といい、声といい、圧が凄い。もうこれは疑念を超えて敵意とも言える。

 

 

「そんくらいにしとけな、藍」

 

「…アマキです」

 

 

その女性の肩に手が置かれ、言葉が止まった。

怒涛の圧に怯える香奈を救ったのは、反ノ塚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。未来から来た、ですか」

 

 

妖館に入って、丁寧に事情を説明した。

ミルクを一口飲み、その女性―――アマキは一言。

 

 

「信用できません」

 

 

香奈と、一緒に説明してくれた反ノ塚が肩を落とす。さっきからアマキはこの一点張りである。

 

 

「タイムマシンというのも、いかにも安直です。そもそも、未来から来たという証拠は何一つ無いはずです」

 

「そりゃスマホは繋がらないし…今に限って財布は無いし…」

 

「先祖返りであることにかまけ、妖怪以外へのセキュリティが甘すぎます。童子や姫、魔化魍だって日々進化しているんです。いつ人間に化ける能力を持ってもおかしくはありません」

 

 

敵味方構わず厳しい目線と言葉を投げかけるアマキ。一旦落ち着いてから見ると、ボブカットで凛々しい綺麗な人だ。あまりまじまじと見ていると睨まれてしまうのだが。

 

しかし、この完全な説教ムードをものともしない人物が、一人だけいた。

 

 

「そんな険しい顔しないの。せっかく可愛い顔してるんだから、藍ちゃん」

 

「アマキです!先月やっと襲名したって、何回言わせるんですか!」

 

「威吹鬼は継がなかったのよね?それで正解よ、あたしあのキザ男嫌いだから」

 

「イブキさんはまだお若いですし、イブキさんはイブキさんだからいいんです…ってそうじゃないです!雪小路さんもですよっ、この期に及んで霊障相談を受けていると聞きました。もっと危機感を持つべきです!」

 

「そんな事より、またそんな恰好…ニーソが似合うポテンシャルを持ってるのに勿体ない!でもその短パン半袖も悪くないわ。ショタは嫌いだけど、ボーイッシュな服装とアマキちゃんの意外とあるバストに美しい太ももがギャップ萌えで変化球メニアックよ!!」

 

「何の話ですか!?」

 

 

雪小路野ばら。彼女は妖館でアマキに対抗できる唯一の存在。彼女の変態トークの前では、アマキもされるがままである。

 

 

「…いいです。私の考えも少々突飛すぎますし、今まで何の行動も起こしていないのであれば、敵の間者である可能性は低いでしょう。それでも完全に信用したわけではないので、そのつもりで!」

 

 

そう言って、アマキは野ばらから逃げるように席を立った。その後ろ姿を見て、香奈は野ばらに小さな声で尋ねる。

 

 

「あのアマキって人も、住人さんなんですか?」

 

「そうね、香奈ちゃんにも教えておくわ。

アマキちゃんはあたし達とも違った存在。人間でありながら、妖怪に近い力を得た…『鬼』よ」

 

 

アマキの腰にぶら下がった『音笛』が、窓の光を反射する。

 

「鬼」。その名前を口ずさみながら、香奈の視線はアマキの背中を追った。

 

 

 

_____

 

 

「なんにせよ、トウキさんが無事でよかったよ。無事ついでにそうだな。土産話聞かせてくれよ、蜻蛉」

 

「私の話を聞きたいかヒビキ。いいだろう、欲しがりのドMに私のドS旅のドSな旅路を語ってやるとしよう!」

 

 

偶然にも、蜻蛉がここに来た。そうなればこの流れになるのも必然だ。ヒビキの当初の目的は、()()()()()()()()()

 

 

「アメリカに行ってきたんだろ。見つかったのか?先祖返りの運命を変える方法」

 

 

蜻蛉の旅に同行するのは、クロエと残夏。

クロエと残夏は先祖返りであるため、幾度となく生まれ変わっている。そしてどの人生でも、経緯はどうあれ短命であることに変わりは無かった。それもそのはずだ、先祖返りは同じ運命を繰り返す。

 

しかし、そんな先祖返りの運命から外れる者も存在した。蜻蛉たちはそんな先祖返りを探し、運命を変える術を探すため、世界中を旅しているのだ。

 

 

「アメリカにはバックベアードという妖怪の先祖返りがいたぞ!黒い塊の妖怪だった!デカい図体のくせに見られるのが恥ずかしいドMだ!話してみると中々に楽しい奴だったぞ!」

 

「そんで、運命を変える方法は…」

 

「全くわからん!」

 

「そっかぁ…」

 

 

ヒビキは頭を指で押さえて浅く息を吐いた。

感情に熱を込めないヒビキも、この話を聞くたびに落胆を見せる。双熾はそんなヒビキを疑念の目で見ていた。

 

 

「ヒビキさん。お聞きしたいのですが、先祖返りでもない貴方が、なぜ先祖返りの運命にそう関心を持たれるのでしょうか」

 

「…ただの興味本位だよ。やめてよそんな目で見るの。双熾怖いんだから」

 

 

ヒビキは軽くそう話すが、双熾には解っていた。

彼はかつての双熾と似ている。言葉に嘘を織り交ぜることに躊躇いが無い。人生に対して熱を持たない。

 

だが、「最初から熱を持たない」双熾とは、どこか違う気がした。

 

 

「そういや、凛々蝶ちゃん行っちゃったね。話さない方が良かったか?」

 

「何か思われる事があったのでしょう。時間を変えるというのは、少なくとも僕らにとって些事ではありませんから」

 

 

 

 

_____

 

 

 

ヒビキの車を追ってきたミカド、とバイクに乗っかって付いてきた壮間。

病院に到着し、焦って車から出たヒビキを見て驚いたものだ。

 

 

「ヒビキさん、どうしたんだろうな」

 

「知るか。それより今がチャンスだ、奇襲を掛けに行くぞ」

 

「ここ病院だぞ!?お前ほんっとに戦場脳だな!」

 

 

病院に特攻しようとするミカドを止める壮間。

そんな二人に向かって、病院から近づいてくる少女が見え、二人の動きが止まった。

 

その姿には、見覚えがあった。

 

 

「白鬼院凛々蝶…!?」

 

 

壮間とミカドが2018年で出会った凛々蝶、その前世の姿。ミカドは前世の彼女に会うのは初めてだし、壮間だってしっかりと見たことはない。

 

しかし容姿も、雰囲気も、尊大な立ち振る舞いも、まるで瓜二つ。凛々蝶は二人の前に立ち、その顔を見上げて、

 

 

「君たちか。歴史を奪う少年というのは」

 

 

「奪う」という単語が少し気になるが、壮間は率直に答える。

 

 

「はい。俺も知ってますよ、凛々蝶さん。来世のあなたに会ったので」

 

「そうか。ならば、なおの事聞かなければいけないな。

君は自分のやっていることを、本当に理解しているのか?」

 

 

凛々蝶の言葉は壮間の胸を刺す。

嫌な予感がした。目を逸らしたくて仕方が無かった。でも、その事実は口にされてしまう。

 

 

「君が歴史を変え、僕たちが死ななければ、

君が会ったという来世の僕らは消える」

 

 

考えたくは無かった。

この可能性に気付かないほど壮間は馬鹿ではない。気付かないふりをしていたのだ。色々なことで心を埋めて、精一杯なふりをして。

 

 

「それは…」

 

「君が歴史を変えれば、鬼の存在は消える。僕らも彼らとは出会わなくなる。その時間は無かったことになる。出会いも、その未来も」

 

 

じゃあどうすればいいんだ。その典型的な文句を壮間は吐き出せなかった。

そうとも、言われなくても解ってる。

 

 

「黙れ。知ったことか、そんな事」

 

 

ミカドがそう言い放った。

凛々蝶とミカドの視線がぶつかるが、衝突はしなかった。凛々蝶の口調に、少なくとも敵意は無い。

 

 

「君たちを非難するつもりはない。元凶は君たちじゃないし、魔化魍が消えればどれだけの命が救われるか、それは僕らも知るところだ。ただ…

時間は重みだ。僕は、そう思う。消えた時間の中で生きた者たちがいたことを、忘れないでくれ」

 

 

忘れるわけがない。

天介も、走大も、駆も、018も、

歴史が変わらなければ、それぞれが各々の未来を描いていたはずだ。彼らの覚悟、決断、戦い、その全てを無かったことにしたのは、壮間だ。

 

「知ったことか」。そう言えるミカドが羨ましかった。

 

 

『時間は重みだ。僕は、そう思う』

 

 

壮間は、その時間の重さを撥ね退けられるほど、強くなんてない。

 

 

 

「避けろ!日寺!」

 

 

項垂れる壮間をミカドの声が叩き起こす。

背後から感じる激しい熱。壮間は咄嗟に体を動かし、振り下ろされた鉄塊を躱した。

 

畳み掛けるような展開に息が詰まる。

壮間の目の前にいたのは、紛うことなきアナザー響鬼だ。

 

 

「響鬼に似た魔化魍…そうか、あれが!」

「っ…凛々蝶さん逃げて!」

 

 

悩んでいる場合ではない。壮間とミカドはウォッチを構えた。

生まれて間もなければあるいは、そんな期待を砕くような強者の気迫。遭遇が早過ぎた。到底勝てる気がしないというのが、脳内を支配する本音だ。

 

 

敵意を感じ取ったアナザー響鬼が、ミカドと壮間に狙いを定めた。しかし、直後にその動きを止めた。その注意は、彼らよりも後ろに向けられているようで。

 

 

「ヒビキ……!」

 

 

アナザー響鬼の口から、はっきりとした口調でその名前が飛び出した。飛来したアカネタカがアナザー響鬼を牽制。地響きを聞いて駆け付けたヒビキが、音叉を手に取る。

 

 

「オマエがアナザー響鬼か。トウキさんを狙いに来たか?」

 

「もう…どうだっていい。あんな男。

また、こうやって…()()会えたんだから…!」

 

 

アナザー響鬼が武器を下ろし、その変身を解除した。

鬼の姿を破って現れた姿。腰まで伸びる黒髪をゴムで纏め、マスクを着け、憎悪を目に宿らせた少女。

 

アナザー響鬼が女性であることは驚きだった。

だが、それ以上に驚いたのは、ヒビキの様子。

 

アナザー響鬼の正体を見たヒビキは、目を見開き、汗を垂らし、何かに絶望したように体から力が抜けている。動揺を超えた何かが、ヒビキの心を揺さぶっているのは分かった。

 

ヒビキは止まった呼吸の中で、声を絞り出す。

震える声で、その名を呼んだ。

 

 

「ツクモ……!!?」

 

「私も忘れない…ヒビキ…あんたを絶対に許さない…!」

 

 

炎に包まれ、ツクモと呼ばれた少女の姿が消えた。

ヒビキは膝をついて、その陰を見つめて動かない。あれほど逞しかった姿が嘘のように、彼女の存在に打ちのめされていた。

 

 

「なんで……っ!なんでだよ……!」

 

 

悲しみと絶望を帯びた声が、大地に打ち付けられた。

誰の言葉も届くことなく、鬼はただ叫んだ。

 

 

 




新キャラのアマキ。そんでアナザー響鬼のツクモでした。ツクモはオリキャラです。アナザー響鬼を原作キャラにしようかとも思ったんですが、最終回後の時系列でそれするのは違うかな…と。

ちなみに今までのオリキャラを纏めますと
バンキ・・・本名「茨田漠人(ばらだばくと)」
アマキ・・・本名「嵐山藍(あらしやまあい)」

で、ツクモのフルネームが「槌口九十九(つちぐちつくも)」です。

次回は壮間のメイン回。歴史を受け継ぐことに迷いが出来た壮間は…

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始まる少年

146です。うっすうっす。
サブタイは既視感ありますが…というか原典をちょこっと変えただけですが、これしか思いつかなかったんで勘弁してください。

今回は響鬼らしく、鍛えます。「成長する主人公」をテーマにした本作にとっても、これは真のスタートになるかと(一年経ってやっと)。

あ、オリジナル魔化魍出してみました。


俺、日寺壮間は2005年で鬼になって戦う仮面ライダー、ヒビキさんに出会いました。俺たちの弟子入りを頑なに拒否するヒビキさんですが、アナザー響鬼に変身した少女を見た途端、様子が変わってしまって…

 

 

_____

 

 

山奥で川の流れに混ざって聞こえる打撃音、そして、二人の少年の荒い息。

 

 

「はぁっ!」

 

「せやっ!」

 

 

木刀を持ち、壮間とミカドが一人の男に斬りかかる。

男は両手に持った短い木刀でそれを防ぎ、まずは壮間の腹部に一撃。次に残ったミカドの動きに冷静に対処し、生じた隙に木刀を叩き込んだ。

 

壮間とミカドは、2005年に来てからヒビキに一撃を加えようと狙っている。

しかし、この場合においては、相手はヒビキではなかった。

 

 

「27点、まだまだだな。

起きろ。次だ」

 

 

打ちのめされた二人の体に、鋭い眼差しが浴びせられる。

 

この男は「サバキ」。弦の鬼の一人で、バンキの師匠らしい。

一目瞭然であるように、これは「特訓」である。何故二人がサバキに修行をつけてもらうことになったのか。それは数日前に遡る。

 

 

 

 

 

トウキの見舞いの後、ヒビキたちは妖館に帰ってきた。

壮間としてはやっと目的地に到着して嬉しいのではあるが、それ以上にヒビキが気になって仕方が無かった。

 

 

「あっ、ヒビキさん!ヒドいじゃないですか、勝手に行っちゃうなんて!見舞いなら俺も行きますよ、水臭いっすねホント……」

 

 

ヒビキたちが妖館に入るとほぼ同時に、待ち構えていたようにバンキが大声で歩み寄ってきた。しかし、そんなバンキの言葉がすり抜けるように、ヒビキは表情一つ変えないでバンキを素通りしてしまう。

 

 

「え…無視…!?ちょ、壮間。ヒビキさんどうしちゃったワケ!?」

 

「それが…俺たちにもよく分かんなくて…」

 

 

アナザー響鬼の正体、ツクモと呼ばれた少女と対面してから、ヒビキはずっとこうだ。ほとんど口を利かなくなり、時折酷く辛そうな顔を見せるようになった。

 

ミカドはそれでも構わずヒビキに奇襲をかけたのだが、この状態でも全く相手にならなかった。自分を負かしたアナザー響鬼の正体が女だったことへのショックもあってか、ミカドもどこか落ち込んでいるように口数が減った。

 

ヒビキとミカドだけじゃない。

トウキの事や、アナザー響鬼の概要を知らされたこともあり、妖館にいる人たちが皆、明るいとは言い難い雰囲気になっていた。

 

 

「どいつもこいつも辛気臭い顔しやがって…

いいぜ!こーゆー時こそ俺のギターで盛り上げてやるぜ!ヒャッハーっ!!」

 

「重い空気を気にしないドS!ならば私がボーカルだ!

怯えるM奴隷どもよ!貴様らを耳から従順な身体に調教してやるぞー!」

 

 

バンキと蜻蛉を除いて。

こういう時、馬鹿って楽でいいな、と壮間は思った。

 

えげつない温度差も気にせず、刀弦響を振り回すバンキ。

その背中に、彼より一回り小さい体がぶつかった。

 

バンキが振り返った瞬間、汗が噴き出す。

そこには、恐ろしく冷たい表情をしたアマキの姿が。

 

 

「あ、ゴメ―――」

「邪魔」

 

 

弁明が口から出る前に、アマキの脚が彼の鳩尾に突き刺さった。

白目剥いてダウンするバンキ。イブキ以外の誰にでも厳しいアマキだが、バンキに対しては特に容赦がない。

 

 

「何かが折れる音が聞こえたぞ!なかなかにドS!」

「あんたもいい加減黙りなさい」

 

 

今度は雪女に変化した野ばらが、蜻蛉を凍らせた。

妖館は再び静かになったが、ここの女性陣が恐ろしすぎる。余計な事言わないよう、壮間は強めに口をつぐんだ。

 

 

「呼ばれたから来てみれば、何を寝ているお前は」

「ギャアァァァっ!?」

 

 

気絶していたバンキを、思いっきり踏みつけるという雑極まりない方法で叩き起こした。飛び起きたバンキはその人物の顔を見て、かつてないほどの顔面蒼白を見せた。

 

 

「し…師匠…!?いや…今のはアマキの奴が!」

 

「だとすると一撃で伸びたお前が貧弱ということだ。

それに聞いたところによると、また太鼓の修練を怠ったらしいな」

 

「いやでも夏の魔化魍出るまでまだ一か月も…」

 

「0点だ。それを怠慢と言う。今度は一か月山籠もりするか?」

 

 

無精髭を生やした、前髪の長い強面の中年男性。煙草がこの上なく似合いそうな風貌をしたこの男は、バンキの師匠である「サバキ」である。

 

 

「これでみんな揃ったね~☆じゃ、始めよっか」

 

 

残夏の声で、一同が席に着く。

出席者は壮間とミカド、4人のシークレットサービス、4人の鬼。

会議が始まった。議題は当然、一つしかない。

 

 

「アナザー響鬼とやらの出現。それに伴う時間消滅…か。いつものお飾り定例会じゃ考えられない重さの議題だな」

 

 

サバキが話を切り出した。皆の雰囲気が一気に緊張する。

心臓が縮むような思いをする壮間だったが、これが普通なのだ。これまでの歴史では偶然無かっただけで、普通ならばこの過程は生じる。

 

次に発言したのは残夏だった。

 

 

「突飛な話だけど、未来少年の記憶を見る限り確かな話だよ。驚くことに、来世のボクや別の時間軸のボクとも会ってるみたい」

 

 

この時代の残夏とは2004年12月31日のタイムジャンプで会っているはずだが、あれは似ているようで響鬼の物語が消滅した時間軸の残夏だ。

 

残夏の百目の能力には何度も助けられた。彼が言うのであれば、信用せざるを得ない。だが、そうなると今度は野ばらが声を上げる。

 

 

「あたしは嫌よ。皆のこと忘れたくない。

イマイチ話の全体像が見えないけれど、時間を変えないで済む方法は無いの?」

 

「私も…野ばらちゃんと同じ…忘れたくない…」

 

 

カルタもそう言うが、視線を向けられた壮間にも詳しいことは分からない。ハッキリしているのは、アナザーライダーが倒されれば歴史が消えるということだけだ。

 

 

「ならば、我が王に代わって私が説明しよう」

 

 

パタンと本を閉じる音が聞こえ、壮間の後ろに彼は現れた。

預言者ウィルだ。誰もが驚きを見せるが、壮間はその限りではない。どうせ今回も来るとは思っていた。

 

 

「貴方は誰ですか」

 

「仮面ライダー天鬼、嵐山藍。君のことも知っているよ。

私はウィル。我が王、日寺壮間のシークレットサービスだと思ってくれればいい。

 

この本によれば、歴史が消える条件は一つ。『物語の継承者が決定した時』とある」

 

 

耳馴染みのない言葉に、ほとんど理解は得られていないようだ。

ウィルは言葉を続ける。

 

 

「継承権を持つのは、我が王やミカド少年か、アナザーライダーの二通り。そしてアナザーライダーの体内のアナザーウォッチが破壊された時か、ライドウォッチがアナザーライダーの手に渡った時、物語の継承者は決定する。

 

これまでの物語ではアナザーライダーがライダーを殺し、ライドウォッチを強奪していた。だが、今回は既に響鬼から力を受け取っているようだね。そうなれば、もうヒビキは蚊帳の外ということになる」

 

「つまりこういう事でしょうか。

彼がそのライドウォッチという物を持って逃げてしまえば、時間は書き変わらない」

 

 

双熾の言葉に、ウィルは微笑みで返す。

確かに歴史を維持する方法は存在するようだ。しかし、

 

 

「ですが、未来では凛々蝶さんと夏目さんは生まれ変わっていると聞きました。ならば、なんとしてもアナザー響鬼を排除するのが僕の役目です」

 

「そうね。問題の先送りは好きじゃないし、そんな危ないヤツ放置しておくわけにはいかないわ」

 

「忘れちゃうのは嫌…でも、みんな死んじゃうのはもっと嫌…!」

 

「オッケー♪じゃ、決まりだね。鬼の皆々様はどう?」

 

 

「アナザー響鬼を倒す」。それが妖館のシークレットサービス達が決めた結論だった。

反応を見る限り、鬼の面々もそう心境は変わらないようだ。

 

 

「わかんねーけど、要は偽響鬼ぶっ潰すんだろ?余裕余裕!」

 

「となると、我々の役割も見えたな。アマキ」

 

「はい。イブキさんにも連絡しておきます」

 

 

サバキは立ち上がり、壮間とミカドの腕を掴む。

バンキがその光景に冷や汗を垂らす中、サバキの口からこう告げられる。

 

 

「アナザー響鬼を倒せるのはこの小僧共だけだったな。

ヒビキの奴がやらないなら、俺達がコイツ等を鍛え上げる」

 

 

 

 

 

 

 

 

それから山籠もりでサバキの修行を受ける事、数日が経った。

サバキの修行は、実戦を通して動きと戦い方の向上、そして体力づくりを図るというもの。サバキは音撃打、音撃斬、音撃射の全てが熟練しているため、壮間にとって武器の扱いの参考にもなった。

 

非常に実りある修行ではあったのだが、問題はそのスパルタ具合。

休みは最低限。手加減容赦は一切無し。ミカドでさえも消耗を隠せないほどハードな特訓。バンキがあぁなるのも納得はできる。

 

 

「茨田は才能だけはあったが、お前達はてんで駄目だな。センスが無い分、ゲロ吐いてでも喰らいつけ」

 

 

そしてサバキは言葉も容赦が無い。それで逆に燃え上がるミカドはともかく、壮間は心身ともにズタボロだった。

 

 

「特に日寺。お前に関しては体作りから始めたかったが、そんな悠長を許してくれそうにも無い。一旦実戦から外れてこい」

 

 

その言葉を最後に、サバキは壮間とミカドの修行を止めた。

サバキの代わりに呼ばれたのは、バンキとアマキ。バンキはミカドと実戦訓練の続行らしいが、壮間はアマキが担当するようだ。

 

 

「サバキさんから話は聞いています。

では、着替えてください」

 

 

アマキと対面して数秒。

壮間の前に白装束が差し出された。

 

 

 

_____

 

 

 

アマキの修行はサバキよりも典型的と言うか、イメージしやすいものだった。

滝に打たれながら精神統一を行う修行。所謂「滝行」だ。

 

正直、甘く見ていた壮間だったが…

 

 

(無理。死ぬ!)

 

 

それは想像を絶する過酷さだった。

まず滝に打たれるのが想像の何倍も痛い。そんで寒い。しかも音が凄い。こんな状況で集中なんて出来ない。

 

アマキ曰く、「苦痛で雑念をかき消すなんて誰にでもできる。苦痛の中で真に集中することで、戦闘で力を発揮できるようになる」だとか。要は彼女に言わせれば、滝行の苦痛を感じているうちは雑念らしい。

 

 

「集中。途切れてますよ」

 

 

横でアマキも滝に打たれているのだが、彼女は壮間の心理状態まで的確に読んでくる。これが真の集中という物なのだろうか。

 

壮間も頑張ってはいる。しかし、そう簡単には苦痛に慣れはしない。そもそも、横に水に濡れた装束姿の美女がいるのだから、壮間とて心が穏やかではない。こんな調子では集中なんて夢のまた夢だ。

 

 

「集中…!」

 

 

 

 

この修行を続け、また数日が経過した。

アマキが思ったより優しく、壮間の身体的精神的なケアも含め、修行スケジュールを管理してくれた。そのお陰もあって修行は充実を極め、滝行の最中でも思考の余裕が生まれ始めた。

 

眼を開いたまま、精神の海の中に沈む。

痛み、寒さ、音。それらの苦痛に慣れるのではなく、乗りこなす。自在に操作するイメージ。

その先に広がる凪。水面を立てず、必要な思考だけを紡ぐ―――

 

 

 

『時間は重みだ。僕は、そう思う』

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

水辺から離れ、髪をタオルで拭いて落ち込む壮間。

結局、今日も集中には至れなかった。

 

思考がクリアになればなるほど、あの言葉が、迷いが蘇る。

歴史を変えることで消える存在がある。分かっていたはずなのに、それは壮間にとって余りに重い。

 

壮間とは違い、努力で力を掴み取った「鬼」の仮面ライダー。彼らの積み上げた時間を、無かったことにしていいはずがない。その重圧が鋭い風になって、壮間の心をかき乱す。

 

 

「随分と大人しいんですね」

 

 

タオルを被ったまま止まっている壮間に、アマキが声をかけた。

 

 

「こんな地味な修行です。普通なら修行に文句をつけたり、実戦に逃げようとするものです。かくいう私が、イブキさんに弟子入りしたての頃そうでしたから」

 

「えっと…いや、アマキさんがそう言うなら間違いないかと」

 

「素直なんですね。目上の言葉を信じられるというのは、無条件にとは言いませんが美点です。だから白鬼院さんに言われたことを、必要以上に考えているんですか」

 

 

やはりアマキには壮間の心中がお見通しなようだ。

気休めにもなりはしない。だが、壮間はこれを聞かずにはいられなかった。

 

 

「アマキさんは…時間が消えるって聞いて、どう思いましたか」

 

「…そうですね。イブキさんやバンキと出会わなくなり、鬼になることも無くなる。妖館の皆さんとも出会わない。事実上、今の私は消えるわけです。正直、余命宣告を聞いた気分になりましたよ」

 

 

アマキは淡々と言葉を発する。分かってはいたが、当事者の言葉は何より重く、壮間に圧し掛かる。

 

 

「やっぱり…でも、俺がやるしかないんです。だから……」

 

「少し違いますよ、日寺さん。私たちは妥協の選択肢を取ったわけじゃありません」

 

 

それは予想してない言葉だった。

アマキは壮間の目を見て、確固たる意志を言葉で示す。

 

 

「人を見通す夏目さんが、あなた方を信じた。皆あなた方だから信じたんです。でなければ、別の方法を遮二無二探していたはずです。そういう人たちですから、皆さん」

 

 

その後に「過去に手紙を送るような人たちですよ?」と続け、アマキは初めて笑顔を見せた。

 

 

「ともかく、文句や弱音を言わない、貴方の素直なところは嫌いじゃないですよ。私は貴方を信じます」

 

 

心に染み渡るような笑み。濡れた髪と白装束から透けて見える肌が美しく扇情的で、壮間の心臓が突発的に跳ね起きた。

 

「集中」と呟く壮間。

そんな紅潮する心を踏み荒らすように、荒く太い声が二人の間に割り込んで来た。

 

 

「い゛や゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!ちょ無理無理無理!!?助けてアマキぃぃぃぃッ!!」

 

「待て…!109戦54勝55敗、勝ち逃げは許さんぞ勝負しろ!」

 

「嫌だね!お前、組手でガチで命取りに来んじゃん!?殺す気じゃん!!

もう無理!限界!アマキ代わってぇぇぇぇぇ!!」

 

 

聞き覚えのある声が喧しい足音で近づいてくる。

当然バンキだ。その後ろに彼を追うミカドの姿が見える。

 

笑顔から一転、すごく嫌そうな顔をした後、

アマキはバンキに無造作な蹴りを放った。

 

 

「テメ…何すんだこの暴力女!」

 

「うるさい。修行を放り出すなんて、それでも鬼?戦績もほぼ互角、年下相手に情けない。才能だけしかない男。軟弱者。恥知らず。ヘタレ金髪男。留年間際。カス。」

 

 

さっきまで励ましてた口から放たれる、一切躊躇の無い罵詈雑言。言葉の暴力でボコボコにされたバンキは地面に伏し、そのままミカドに連れて行かれてしまう。

 

アマキが少しだけ怖くなった壮間だった。

 

 

 

_____

 

 

 

その後もアマキによる精神統一修行、バンキやサバキによる組手修行が続いた。

基本的に山に籠りっきりな壮間とミカド。そんな彼らに来訪者も現れた。

 

 

「ふん。負けられて困るのはこっちだ。僕らも力を貸してやる」

 

 

やって来たのは凛々蝶を始めとした妖館の先祖返りたち。

彼らも組手を始めとして、壮間たちに修行をつけてくれた。

 

若干甘く見ていたが、まずシークレットサービスでもない凛々蝶が相当手強い。双熾が過保護でほとんど実戦は出来なかったが、変化した状態なら恐らくバンキと張る強さだろう。

 

更に甘く見ていたカルタやクロエは、更にとんでもなかった。

 

カルタは変化すると魔化魍レベルで巨大化する。体の一部だけを変化させることもでき、しかも空間操作の能力を持っているようで、死角から巨大な骨の腕が攻撃を仕掛けてくる。動きも完全に玄人だった。

 

クロエはかつて先祖返りの頭目の護衛だったらしく、その分強さも凄まじかった。烏天狗の能力で暴風と衝撃波を自在に操る上に、空中を駆けるような常識離れした動き。壮間だと変身しても勝てず、ミカドですら怪しいレベルだ。

 

野ばらも一度だけ来てくれた。男嫌いなこともあってか、凍らせては吹っ飛ばしての連続。サバキより容赦なかった。しかし、それでも稽古は付けてくれる辺り、優しさも垣間見える。

 

 

そして、御狐神双熾。彼はハッキリ言って強すぎた。

刀を武器とするのだが、その剣捌きには一分の隙も無い。一人でもとんでもないのに、それが分身で更に増えるのだから冗談じゃない。最強の先祖返りと呼ばれるだけはある。

 

 

そんな修行が続き、二週間が経った。

 

 

 

「ピクニックしよー♬」

 

 

 

今日も修行だと意気込んでいた時、

壮間たちの前に現れた残夏が、突然そんな事を言い出した。

 

 

_____

 

 

 

「ピクニックかぁ…いいですね!」

 

 

今日の妖館は人がいない。というのも、今日は皆で揃ってピクニックに行っているようだ。香奈は皿洗いをしながら声を間延びさせ、羨ましそうにする。

 

妖館で働くようになって、半月が経過した。

未来に帰る手がかりだった謎の機械は、一週間少し前に姿を消してしまい、結局まだ妖館に留まっている。香奈はそれに不満は無いようだが、不安そうではあった。

 

 

「仕事終わったら行ってもいいってー!でもサボってると童辺さんに怒られちゃうよ~」

 

「うぅ…それは…頑張ります」

 

 

横で皿を洗うちのが、怪談でも話すようにその名前を出した。

童辺あゆむ。ガタイのいいオカマのメイド。これで「座敷童」の先祖返りというのだから、人は見た目によらない。

 

 

「ピクニックには妖館の皆に、あの鬼っていう人たちも来るんですよね?」

 

「うん。それと、最近シークレットサービスや鬼の人たちの弟子になったっていう、男の子2人も来るみたい」

 

「へー…弟子かぁ…知らない人もいっぱいいるんだ。仲良くなれるといいなぁ」

 

 

浮かれた様子で、香奈の皿を洗うスピードが上がる。

そんな彼女の視界の隅に、ある物が映る。

 

 

「これって…弁当箱だ。忘れて行っちゃったのかな?」

 

 

確かに用意された弁当は多かった。一つくらい置いて行っても無理はない。

弁当を持ち上げて「うーん」と頭を悩ませる香奈に、何かを思いついたちのが肩を叩く。

 

 

「その弁当持って、一足先にピクニック行ってなよ!」

 

「えっ…でも、いいんですか?」

 

「童辺さんには説明しておくから。あとは先輩に任せて!」

 

 

いい笑顔にウインクとサムズアップ。

そんな彼女に感じるべき不安を感じることもなく、香奈はサムズアップを返して駆け出した。

 

 

 

_____

 

 

 

「いいんでしょうか…この非常時にピクニックなんて」

 

「まーまー、休息も修行のうちっていうじゃない。あいたん☆」

 

「アマキです」

 

 

残夏によって半ば強引に集められ、久しぶりに山を下りたと思えば、突然のどやかなピクニック。公園は金と権力に物を言わせて貸し切ったらしく、妖館のメンバーと鬼、壮間たち以外には誰もいない。

 

壮間とミカドは辺りをぐるっと見回す。

稽古をつけてくれたシークレットサービスの人たちに、凛々蝶、卍里。あとは妖館で凍らせられていた仮面マントの変な人(蜻蛉)。それに四人の鬼を加え、知らない人は二人だ。

 

 

「おー、お前が弟子になったっていう」

 

 

そのうちの一人、褐色肌の青年=反ノ塚に話しかけられるミカド。

ビジュアルが堅気では無かったため、思わず身構えてしまう。

 

 

「ちょちょ…警戒しないで?俺、無害なイケメン一反木綿よ。略して無害イケモメン」

 

「…?」

 

「無反応かー。お兄さん悲しい」

 

 

野ばらの隣に座る反ノ塚。ミカドも誘われるまま、警戒は解かずにレジャーシートに腰を下ろす。

 

 

「貴様も先祖返りだな。何のつもりだ」

 

「せっかくだろ?楽しくおしゃべりしたいだけだって。

俺、反ノ塚連勝ね。そこの野ばらちゃんの雇い主」

 

「ちょっと、あたしは鳴ちゃんのSSよ。デタラメ言わないで。

魔化魍のせいであんたが妖館出て行かないから、仕方なく片手間で護衛してあげてるの」

 

 

野ばらがそう言って抱きしめているのは、金髪の幼い女の子。壮間とミカドが知らないもう一人の人物。彼女は雷堂鳴。この春から妖館に住むようになった、「雷獣」の先祖返りである。

 

 

「そういえば…魔化魍が消えれば反ノ塚が出ていく世界になるのね。いいじゃない」

 

「うわー冷たい」

 

 

別のシートでは、壮間が卍里や鬼たちと盛り上がっていた。

バンキとサバキ、蜻蛉は既に酒を飲んでおり、特にバカ二人が昼間からテンションが酷い。

 

そんな中、一人だけ次々と弁当を口に運ぶカルタの隣で、卍里はちびちびとコップの中身を啜っている。

 

 

「卍里さん、お酒飲んでたりは…」

 

「そんなわけねーだろ。未成年の飲酒は法律で禁じられてるんだぜ」

 

「あんたどの辺が不良なんですか…」

 

 

コップを覗いたらただのオレンジジュースだった。

放っておくとカルタに全部弁当を持っていかれそうなので、壮間も手元の弁当を開けてみた。白米に肉そぼろで「肉便器」と書いてあったので閉じた。蜻蛉の作った弁当だ、センスが逸脱している。

 

 

「穏やかだな…いいな、こういうの」

 

 

壮間は楽しげな彼らの姿を見て、呟いた。

この時間が続けばいいのに。そう思うと同時に、時間を変えることの罪悪感がこみ上げてくる。

 

こんな時間が続くべきなんだ。これからずっと先まで、時間は流れのままに進むべきだ。楽しいことだけじゃない。辛いことも悲しいことも、その証を全て積み上げて未来に進むべきなんだ。そこに手を加えていいわけがない。

 

こんな事、キリが無いのは理解している。全てを上手く運ぶことなんて出来はしない。でも、そうやって割り切れない壮間自身がいるのも事実だ。

 

 

「浮かない顔をしているな。今は楽しむことに集中しろ。休めるときに休んでおくのも、強くなる秘訣だ」

 

 

悩みの渦中にあった壮間に、サバキの声が届いた。

その声から伝わる頼もしさや力強さは、酒が入っても変わることは無い。

 

 

「不安か?」

 

「え…まぁ。正直、まだ全然勝てる気がしません…」

 

「そうか。それだけ強いわけだな、そのアナザー響鬼とやらは。

そういう事ならば、本当はヒビキに教えを請いたいんだろう?」

 

 

サバキにそう言われ、壮間は咄嗟に言葉を濁す。

正直なところ、図星だ。ヒビキの強さは、まだ鮮烈に頭に焼き付いている。しかし、ヒビキはこの二週間、一度も壮間たちの前に現れることは無かった。当然、このピクニックにも来ていない。

 

 

「…すいません」

 

「何故謝る。猛士が誇る最強の鬼だ、憧れるのも分かるさ。

奴は弟子を取らない主義でな。前はそうでも無かったんだが…」

 

「ヒビキさんに弟子がいたんですか?」

 

「あぁ。五年ほど前の事だ。まだ中学生の女だったが。名前は…槌口九十九」

 

 

「ツクモ」。その名は記憶に残っている。

その名を呟いた時の、ヒビキの表情も。

 

 

「ツクモって…アナザー響鬼…!?」

 

「何?それは確かな話か!?」

 

「…はい。人の姿のアナザー響鬼を見て、ヒビキさんがそう呼んでました」

 

「あの阿呆…!何故そんな重要な事を言わない!

ならば強さも納得だ。あの女は、率直に言って戦いの天才だった。

 

だが、強力な魔化魍に襲われ、死の淵に立つという事故が起こった。その直後だ、ヒビキが槌口を破門したのは。その際、ヒビキは彼女を徹底的に叩きのめしたとも聞いたが……」

 

 

「奴の考えは俺には分かりかねる」。と、サバキは話を締めくくった。

 

アナザー響鬼がヒビキの元弟子だった。だとすると、何故ヒビキはあの時、あれほどまでに動揺していたのか。ヒビキの破門は、彼女を守るためとも捉えられるが、彼女にあそこまで憎まれる必要があったのか。ヒビキが頑なに弟子を取らない理由に、その事件は関係しているのか。

 

壮間は、あの会議から一度もヒビキの言葉を聞いていない。

彼は今、どこで何をしているのか。あんなにあっさりとウォッチを継承した理由も、何かある気がしてならない。

 

壮間は響鬼ウォッチを空に翳し、思いを馳せる。

強くなるために鍛えているはずなのに、あの背中が遠のいているように感じて―――

 

 

「……ん?」

 

 

眺めていた空の奥。芝生の向こうから誰かが来る。

貸し切りだから部外者とは考えにくい。となると、妖館の従業員だろう。

 

全速力で走っているのが伝わってくる。女性なのは分かったが、壮間的には見覚えのある走り方だった。

 

視力はAの壮間。その姿を確認し、眼をこする。

そして一足先に、目ん玉が飛び出る程の衝撃を味わった。

 

 

「みなさーん!お弁当忘れてますよ…ん…!?」

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」」

 

 

弁当を持ってきた香奈と対面した壮間。手から肉便器弁当が落ちる。

互いに指さした壮間と香奈の息の合ったシャウト。死ぬほど驚くとは、こういう事を言うのだろうといった光景だ。

 

 

「…ソウマ?いやでも過去だし、そっくりさん?」

 

「いや壮間です。日寺壮間です。ちょっと待って、香奈?」

 

「はい香奈ですけど…」

 

「「え?どういうこと??」」

 

 

二人が顔馴染みだったことに驚く妖館一同。気づいてて黙ってた残夏は楽しそうに笑っている。ミカドは香奈と会ってはいるのだが、覚えていないのか気にせず弁当を食べていた。

 

この上なく混乱している香奈と壮間を落ち着かせ、取り合えず壮間に状況を説明した。

 

 

「マジか……!まさか香奈も付いてきてたなんて……」

 

「私だってビックリだよ!いや同時にほっとしてもいるからフクザツだよっ!なんかアイスクリーム乗っけたパンケーキみたいな気分!」

 

「うっわそのアホな言い回しは香奈本人だ…」

 

「ちょっとソウマ!?

ってことは、あのタイムマシンはソウマのなんだよね?アレ何なの?ちゃんと説明して!」

 

 

当然の展開だが、壮間は問い詰められて少し困ってしまう。

説明すれば、きっと理解してくれる。でも、それは彼女を戦いに巻き込んでしまう選択だ。

消えた歴史の中だが、香奈は一度アナザービルドによって殺されている。出来れば彼女を関わらせたくない、それが壮間の思いだ。

 

 

だが、香奈は変に頑固なのはよく知っている。

どうやら、「出来れば」が通じる展開ではなさそうだ。

 

 

「…分かった。じゃあ聞いてくれ、俺は―――」

 

 

意を決し、その全てを言葉にしようと口を開いた。

 

しかし、彼女の耳に届いたのは声では無く、土が抉れる音。

陽光を浴びていた芝生のあちこちで土煙の柱が上がり、不快な鳴き声と共に異形が姿を現した。

 

 

「えっ!?何!!」

 

「香奈、下がって!あれは…魔化魍…?」

 

 

緑の複眼と黒い体色。翅と鋭い嘴に触角、風貌は蝉に近い魔化魍だ。

だが、壮間の知る魔化魍と違うのは、それが人型で大きさも人に近いという点。

 

そして、個体が多数存在するという点だ。

 

 

「こんな街中に魔化魍…?それにあれは夏の魔化魍、いくらなんでも早すぎます!」

 

「ちんたら驚いている暇は無さそうだ。念のために鼓と棒を持ってきておいて正解だったな」

 

 

酔っている上に太鼓が使えないバンキを放っておいて、アマキとサバキが戦闘態勢に。アマキは音笛を吹き、サバキは音錠を弾く。額に鬼の紋様が浮かび、それぞれ体が風と闇に包まれた。

 

 

「はっ!」

 

「せいっ!」

 

 

風を切って現れるは、黒い肉体、青い紋様、三本角の管の鬼。

闇を払って現れるは、茶の肉体、赤い紋様、四本角の弦の鬼。

 

 

天鬼

裁鬼

 

 

先祖返りたちも変化し、戦えない卍里や残夏、香奈を守りながら魔化魍「ウワン」に対処する。

 

 

「俺達も行こう!」

 

「言われるまでもない」

 

《ジオウ!》

《ゲイツ!》

 

 

夏の魔化魍といえど、ジオウとゲイツならば撃破が可能。

壮間とミカドもドライバーを装着し、ポーズを構える。

 

 

「「変身!」」

 

《ライダータイム!》

 

《仮面ライダー!ジオウ!!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

ウォッチを装填し、鬼と先祖返りに続き、彼らも変身。

ジオウとゲイツは次々に地面から湧いて出るウワンに向け、拳を振るった。

 

目の前で突然戦いが始まり、誰よりも激しく慄いているのは香奈だ。

ピクニックに来たつもりが、何をどう間違えばこんな事態になるなんて予想できるだろうか。

 

しかし、それ以上に驚いたのは、壮間が「変身」したことだった。

 

 

「あれが…ソウマ…?」

 

 

香奈の目に映る、怪物に果敢に立ち向かう背中。

それは、香奈の知らない壮間の姿だった。

 

 

《タイムブレーク!!》

 

 

ジオウの必殺パンチが、ウワンを一体撃破した。

しかし、まだ地上には多数のウワンが。先祖返りは魔化魍にトドメを刺せないため、数で押されてしまう。

 

ジオウは加勢に行こうと、駆け出す。

だが、そんな彼の足元が揺れた。また何かが地上に出てこようとしている。しかも、ウワンよりも遥かに大きな何かが。

 

 

「なにあれ…!!」

 

 

芝生に空いた大穴から出てきた巨体が、香奈の言葉を失わせた。

オオクビやヌリカベのような、巨大な魔化魍。シャコの甲羅を纏った巨大芋虫に、オケラの前脚を付けたような魔化魍が、ジオウの前に立ちふさがる。

 

 

「あれは…まさかヒダルガミですか!?」

 

「文献では見たことあるが、実物見るのは俺も初めてだ。厄介な相手だが…」

 

 

裁鬼は辺りの状況を確認する。

天鬼は太鼓に慣れていないため、動きが鈍い。バンキは使い物にならない。先祖返りたちはウワンを倒せない。人員に対してウワンが多すぎる現状で、これ以上戦力を減らすのは愚策だ。

 

ジオウが、壮間が、

一人でヒダルガミを相手するしかない。

 

 

「俺が…やるしかない!」

 

 

壮間はオオクビには勝てなかった。巨大魔化魍との対面で、嫌でも緊張が駆ける。

 

遅い動きで迫るヒダルガミに、ジオウは拳を繰り出す。

だが、見た目通りの硬さが攻撃を受け付けない。その装甲に苦戦しているうちに、ヒダルガミの前脚がジオウを弾き飛ばした。

 

それだけで終わらない。立ち上がったジオウの体に異変が起きた。

体から力が抜け、手足の痺れが襲ってくる。その絡繰りは理解できた。ヒダルガミを中心に放出される瘴気、いわば毒ガスだ。

 

 

―ヒダル神―

山道などを歩く人に取り憑く妖怪。取り憑かれた人は極度の空腹状態になり、最悪そのまま死に至るという。「ダル」とも呼ばれ、一説によると「ダルい」の語源であるとも言われている。

 

 

魔化魍「ヒダルガミ」は、特殊な毒ガスで獲物の動きを封じ、地中から現れて人間を捕食する。その毒ガスの症状は、空腹状態に近いものであるとされる。裁鬼をして「厄介」と言わしめた理由がこれだ。

 

 

(ヤバい…頭がクラクラしてきた…)

 

 

ジオウの足取りがおぼつかなくなり、ヒダルガミの前脚叩き付けを喰らってしまう。

その惨状に悲鳴を上げるのは香奈だ。

 

 

「ソウマ!!」

 

 

壮間を助けようにも、周りの誰もがそんな余裕が無いことくらい分かってしまう。何より、涙を流すほど悔しいのは、香奈にはどうすることも出来ないことだ。

 

 

「大丈夫ですよ。彼は…そんなに弱くは無いです」

 

 

そんな香奈に、ウワンを一体倒した天鬼が声を掛ける。

生真面目な彼女は嘘を吐けない。彼女が知りうる彼を、言葉にして香奈へと伝えた。

 

ジオウがヒダルガミの腕を払いのけ、立ち上がった。

眼を開き、息を整え、意識を集中させる。

 

 

(滝修行を思い出せ…苦しいのは無視できない、仕方ない。

だから、苦痛と思考を別の場所に分ける…!苦しくても、考えを止めるな!)

 

 

毒は命に関わるレベルではない。精々動きを鈍らす程度だ。

だが、時間をかければかける程不利になる。打開するには、一気に畳み掛けるしかない。

 

 

「拳でダメならドリルだ!」

 

《ビルド!》

 

《アーマータイム!》

 

《ベストマッチ!》

《ビ・ル・ドー!》

 

 

ビルドアーマーを纏ったジオウは、ドリルを甲羅へと突き出した。

砕くことは出来ないが、攻撃を受けた場所が削れている。やはり、アーマータイムによる強化は効果的だ。

 

ヒダルガミの反撃を跳躍で躱し、毒ガスを出来るだけ吸わないように考えながら、俊敏に動き回ってヒダルガミを翻弄する。動きの鈍いヒダルガミの懐に入り込んだ所で、タンクの馬力が巨体を押し倒した。

 

 

「動ける…前よりずっと上手く!」

 

 

サバキやバンキ、先祖返りたちとの実戦訓練によって、戦闘の知識や基本的な動きの矯正が成された。それにより、ライドウォッチに内包されたライダーの戦いの記憶を、より鮮明に読み取れるようになった。

 

 

「頭が冴える。鍛えた分、ちゃんと力になってる…!」

 

 

遠くで、また黒い影が地上に這い出る。

それと同時に悲鳴が響いた。香奈の声だ。鬼や先祖返りが手一杯な状況で、見計らったようにウワンの魔の手が香奈に迫る。

 

 

「香奈!!」

 

 

その時、頭によぎった敗北の記憶。

アナザービルドに、蘭と香奈を殺された、消えた時間の記憶。

 

焦燥と恐怖。悪寒が走る。

 

でも不思議だ。頭だけは澄んでいた。

香奈を救う未来を、あの時掴み損ねたその未来を、今度こそ手繰り寄せる―――

 

 

(そのための力が……今の俺にはある!!)

 

 

ウワンの手が香奈に触れる。

その寸前、砂を取り込み、巻き上がる旋風がウワンを飲み込んだ。

 

風を纏って駆け付けた戦士は、香奈を守るためにそこに立つ。

両肩にバイクタイヤ、赤いライン、白い装甲。音速の戦士の力を受け継いだジオウ。

 

 

《アーマータイム!》

 

《MACH!》

《マッハ!》

 

 

「マッハ」の複眼がウワンを見据え、超速でその両拳を叩き付ける。

2014年で、壮間のブランクウォッチに宿っていたマッハの力。試しに使ったのだが、その凄まじいスピードに壮間自身がついていくことが出来なかった。

 

しかし、あの修行を経た今なら、完全でなくとも使うことが出来る。

 

 

「追跡!撲滅!あと…なんか色々マッハ!!行くぞ!」

 

 

圧倒的速度で戦場を駆け巡り、ウワンに攻撃が突き刺さっていく。

再び香奈を狙うウワンたちにも余裕で追いつき、ジカンギレードのジュウモードで迎撃。発射された銃弾は空中で拡散し、ウワンの群れに降り注いだ。

 

 

「今だ!」

「はい!」

 

 

裁鬼と天鬼が音撃鼓を取り付け、ウワンに音撃打を叩き込む。

 

 

《ゲイツ!ザックリカッティング!!》

 

 

更に、ゲイツの円を描くような斬撃が、三体のウワンを烈断。

それにより、全てのウワンの殲滅が完了した。

 

残されたのは、巨大魔化魍のヒダルガミのみ。

 

 

「ミカド、ドライブのウォッチを」

 

「チッ…今回だけだぞ!」

 

 

ヒダルガミに駆け出したジオウは、ジカンギレードをケンモードに。

前脚の打撃を全力で受け止め、弾き返す。生まれた隙に、ジオウは思いっきり地面を蹴り、飛び上がった。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《マッハ!》

 

《フィニッシュタイム!》

 

 

ドライバーのジオウウォッチ、マッハウォッチを必殺待機状態に。

そしてジカンギレードにはドライブウォッチを装填。

 

あの硬い防御を破るには、壮間の思いつく限りの最高火力で!

 

 

「駆さん、走大さん…力借ります!」

 

 

剣を振り上げ、全身を使ってタイヤのように回転。

回転の度に速度が増し、ジオウは激しい熱気と赤い稲妻を帯びる。

 

 

《ヒッサツタイムブレーク!!》

《ドライブ!ギリギリスラッシュ!!》

 

 

赤と白が入り混じった刃の車輪。

誰にも止められない暴走機関(デッドヒート)が、ヒダルガミの体を抉り、切り裂き、一刀両断した。

 

 

「すごい……」

 

 

爆散した土塊の雨を受ける壮間の姿が、そこにあった。

それは紛れもない、強者の姿だった。

 

 

「香奈…俺は……」

 

 

毒で朦朧とする意識の中で、壮間は香奈に歩み寄る。

説明しなければいけないと思った。自分に起こったことや、これから香奈を巻き込む戦いのこと、色んなことを。

 

何から話そうか。それを考えた時、壮間の頭には一つしか浮かばなかった。

ずっと近くで見てきて、ずっと憧れてきた君に、やっと見つけた胸を張れる自分の話がしたい。

 

 

「俺は―――王様になりたい」

 

 

そう真剣な眼で言った壮間の言葉に、疑念なんか微塵もなかった。

香奈は笑った。香奈の知らないうちに、幼馴染はヒーローになっていたんだ。そう思うと、笑えて仕方なくて、返す言葉も一つしか浮かばなかった。

 

 

「うん。私は、ソウマを信じるよ」

 

 

『時間は重みだ。僕は、そう思う』

今なら、この言葉に対する答えが出せる。

 

 

(俺もそう思いますよ。だから…)

 

 

壮間は自分を信じられない。自分がその重さを受け止められるとは思えない。

 

でもアマキやサバキ、妖館の皆。そして、香奈。

心から尊敬し、憧れる皆が、壮間を信じてくれた。

 

だったら、それに応えたい。

 

皆が信じた自分を信じる。

いつか、その重さを受け止めるほど強くなって、その信頼に足る王になろう。

 

 

その日が来ると信じて、鍛えて、時間を重ねていくんだ。

それが、日寺壮間の物語だ。

 

 

______

 

 

「誰かが言った。“信じると言われたなら、それに応えること以外考えるな”。どうやら私如きの助言など、我が王には必要なかったようです」

 

 

本を閉じ、ウィルは木の陰に姿を消す。

その奥では別の戦いが繰り広げられていた。そこには、魔化魍「ツチグモ」と戦う、響鬼の姿が。

 

 

「音撃打 一気火勢の型」

 

 

響鬼の一撃で、ツチグモは成す術もなく爆散した。

姿を見せなかったこの二週間、ヒビキは一人で鍛え続け、魔化魍を破竹の勢いで次々と討伐していた。

 

ずっと昔からそうだ。

ヒビキは思いつめた時、戦いの渦中に飛び込むことで、それを忘れようとする。

 

だが、そんな抵抗は虚しく、現実は彼の意志なんて尊重しない。

 

 

「やっと…見つけた…ヒビキ…!」

 

 

戦いを終えたヒビキの前に現れる、アナザー響鬼。

対話の姿勢なんて欠片も見せず、握りしめた棍棒をその頸に向けて振り下ろす。

 

 

「ツクモ…なんで…どうして!どうしてオマエが!」

 

「どうして…?そんなの、そっちが一番分かってるだろ…!」

 

 

アナザー響鬼の棍棒が、ヒビキでは無い何者かに受け止められた。

その姿を見たアナザー響鬼は、腕を下ろし、敵意を胸に抑え込んだ。

 

 

「同胞を…傷つけるつもりはない。御狐神…双熾」

 

 

刀を向ける白い九尾の狐、双熾がヒビキを守る。

ヒビキの様子がおかしかったため、双熾は分身をこの半月の間尾行させていた。それが功を奏し、やっとアナザー響鬼へと辿り着いたのだ。

 

 

「やはり貴女も先祖返りでしたか」

 

「そう…私は鬼の道に踏み入って、自由を手に入れた…私を受け入れてくれる世界で…」

 

「元々妖怪の力を持つ先祖返りは、鬼にはなれないはずです」

 

「分かってる…でも、それでよかったの。どれだけ辛くても…死にかけたとしても…私はそれで満足だった!それなのに!この男は…私を鬼の道から追放し、再びあの家に閉じ込めた!それが私たちにとって、どれだけの仕打ちか…あなたなら分かるでしょう……!」

 

 

先祖返りを持つ家は栄えると言われている。だから先祖返りの家の中には、そんな彼らを縁起物としてしか扱わず、軟禁状態で一生を終えさせようとする家もある。双熾の実家の御狐神家がそうだった。

 

先祖返りは孤独な存在だ。だからこそ身を寄せ合い、妖館が生まれた。

仲間も自由も、彼らにとって当然のモノではないのだ。

 

 

「だから…私はヒビキを許さない…!次に私の邪魔をするなら…同胞でも話は別だ……!」

 

 

同じ先祖返りには非情になれなかったようで、アナザー響鬼は飛び上がって姿を消した。変化を解いた双熾の目線は、今度はヒビキへと向けられる。

 

 

「今の話…真実なのでしょうか」

 

「あぁ、俺はアイツを家に追い返した。二度と自由なんか与えないようにな。

オマエも俺を許せないか?同じ先祖返りとしちゃ」

 

「まさか。僕は他人の話には露程の興味もありませんし、同情もしませんよ。ですが…貴方に関しては、その限りではないかと」

 

 

ヒビキの表情が固まる。

双熾はこの半月、謎の多いヒビキという男について徹底的に調べた。そして、ある一つの情報が浮かび上がった。

 

 

「先ほど、僕は先祖返りは鬼になれないと言いました。しかし、凛々蝶さんや蜻蛉さまのように、元々『鬼』の力を持った先祖返りではどうでしょう」

 

「さぁな。それで?何が言いたい」

 

「白鬼院家と青鬼院家以外に『鬼』の血を引く家を探したところ、少し異なる妖怪ですが、確かに『鬼』の家系を見つけました。そして、その先祖返りは二十七年前に生まれ、姿を晦ましている…

 

『牛鬼』の先祖返り、飛牛坂(ひうしざか)彦匡(ひこくに)。これは貴方ですね?」

 

 

響鬼とアナザー響鬼。

先祖返りという宿命が生んだ師弟の物語。

 

これは『ヒビキ』が積み重ねた、

長い長い時間のお話である。

 

 

 




壮間、香奈、ミカドが揃い、俺たちの戦いはこれからだ!(終わりません)
とりあえず壮間が悩みを吹っ切り、マッハアーマーのサプライズ登場でした。

そしてヒビキの本名も明らかになり…次回から響鬼×いぬぼく編クライマックスです。

感想、お気に入り登録、高評価、お願いしまーす!!

今回の名言
「信じると言われたなら、それに応えること以外考えんじゃねぇ!!」
「鬼滅の刃」より、嘴平伊之助。


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百物語を越えて

デュエマのデッキ作ったら3500円消滅してた146です。
最近カードゲーム再燃してましてねー、相手がいない事だけが難点です。

今回は響鬼×いぬぼく編クライマックス!
いぬぼく本編ありきの台詞多いので、ネタバレと解説多め注意です。


昔々、ずっと昔、あるところに。とても凶暴な人食い鬼がいました。

その鬼は人里に出ては暴れ回り、人に化けては人を騙し、村人たちからは大層嫌われていました。

 

 

ある日、鬼はある弱い妖怪と出会いました。

 

人間に捕まっていたその蛇の妖怪は、鬼を見ても怖がりませんでした。

面白がった鬼は、人を襲う代わりに、毎日その妖怪に会いに行くようにしました。

 

 

怖い鬼とも仲良くなって、妖怪が言いました。

「いつか鬼さんといっしょに、自由になれたらいいのに」と。

 

そんな優しい妖怪に心を動かされ、鬼は力の限り暴れ、人間たちから妖怪を逃がしてあげました。

 

しかし、一緒に逃げた鬼は、真っ赤な血を流し始めます。

今まで自分のために生きてきた鬼は知りませんでしたが、鬼は人助けをすると死んでしまうのです。

 

妖怪はまた人間に捕まってしまいます。

ずっと悪さをしてきた鬼は、結局何もできずに死んでしまうのでした。

 

 

 

 

 

「―――罪を犯した者は決して救われない。随分と残酷な昔話ですね。

もし、この話の続きがあるとしたら…貴方なら、どんな物語を綴りますか?」

 

 

 

_____

 

 

 

「アナザー響鬼が…!?」

 

「はい、ヒビキさまを襲いに来ました。もう幾許の猶予も無いかと」

 

 

双熾の口から語られた事実に、妖館は騒然とする。

妖館には鬼も壮間たちも全員が集合していた。壮間がこれまで二度見た光景、物語の終わりの予感だ。

 

双熾が語った事実は二つ、

一つはアナザー響鬼がヒビキを明確に恨み、殺そうとしていること。

もう一つは、ヒビキの本名。そして、彼が「牛鬼」の先祖返りであることだ。

 

近くにいながら何も知らなかった卍里は、その事実に沈む。

 

 

「俺、何も知らなかった…前に弟子がいたってことも…

残夏は知ってたのかよ…?」

 

「まぁね~でも詳しい過去までは視えなかったよ。

知ってたのは、そーたんが言ったように、彼が飛牛坂家の先祖返りだってことだけ」

 

 

飛牛坂家と言えば、不動産業で莫大な富を築いた家だ。名前は割と知れ渡っているのだが、飛牛坂が先祖返りを擁した家だというのは、双熾が調べなければ分からなかった。

 

しかし先祖返りの面々が気になっていたのは、サバキと壮間が証言した、アナザー響鬼の正体の名前だった。

 

彼女の名は「槌口九十九」。双熾によると、彼女も先祖返りだという。

 

 

「槌口家か…」

 

「…ご存じなのですか、凛々蝶さん」

 

「軟禁されていた君が知らないのも無理はないな。槌口家と言えば、先祖返りのコミュニティの中でも指折りで異端な家だ。表向きは至って普通なバイオ企業だが、昔から何かと黒い噂が絶えない」

 

「妖怪の力を軍事に悪用しようとしてる、なんて話はあたし達の中では常識よ。本当に虫酸が走るわ」

 

「私も…よく言われてた。槌口家だけには…絶対近づいちゃダメって…」

 

 

野ばらとカルタの言う通り、槌口家は先祖返りの中では悪名高い存在だ。

 

しかし、そうなると何故先祖返りであるヒビキが、そんな槌口家の先祖返りを弟子にしたのか。そして一方的に突き放した理由は何なのか。あそこまで動揺した理由は。

 

思いつくのは、ヒビキが槌口家の危険性を後から知り、彼女を拒絶したという可能性だ。これなら全ての辻褄が合ってしまう。

だが、壮間には信じられなかった。少なくともヒビキが、そんな自分勝手な人間だとは思いたくない。

 

 

「貴様らの界隈の話など、どうでもいい。問題はアナザー響鬼の居場所だ。

響鬼を見張っていれば直ぐにでも来るはずだ。響鬼はどこにいる」

 

 

苛立つミカドの問いかけに、双熾は首を横に振る。

ヒビキほどの手練れだと、一度気付かれれば最後ということだろう。

 

完全に手詰まりだ。刻一刻と不安が募る。

 

 

ピピピピピピ

 

 

質素な着信音が鳴った。

ポケットの振動に気付いたのはサバキだった。

 

 

「……猛士本部からだ」

 

 

このタイミングで、鬼の本部から連絡。

嫌な予感が走った。目を閉じ、歯を食いしばるサバキの口から、その予感は事実として語られる。

 

 

「鬼が二人……トドロキとザンキが…重体で発見された」

 

「嘘だろ…!?ザンキさんと…トドロキ先輩が…!?」

 

 

バンキは驚きを口にして、気付く。

まだ何かを言い残している。サバキはアマキを視界の中心に据え、迷いながらも言葉を作った。

 

 

「こっちに向かっていたイブキが……消息を絶った。恐らく……」

 

「…そんな…っ……イブキさん……っ…!!…」

 

 

痛々しく泣き崩れるアマキ。バンキに抱えられながら、彼女は声を上げて泣いた。

 

これがアナザー響鬼の仕業だとするなら、もう一秒とて放っておくわけにはいかない。しかしその焦燥に反して、アナザー響鬼もヒビキも、行方を探る方法が存在しない。

 

いずれ、ウォッチを奪いに壮間のもとへ現れるだろう。

しかし、それは何人もの鬼やヒビキが犠牲になった後だ。今の彼らには、それを黙って待つことしか出来ない。

 

 

「贋作にしては画になる表情だ。タイトルを付けるなら…“泣いた青鬼”かな?」

 

 

泣き叫ぶアマキを侮蔑するように、彼女の眼前にその男は現れた。

残夏の目に再び映る、「醜い黒」。残夏とクロエは彼の事を知っている。

 

 

「君は…令央、だったかな~?」

 

「記憶に留めてくれて光栄だ、先祖返りの皆様方」

 

「令央…あいつが……!」

 

 

令央は凛々蝶たちに向かって首を垂れる。

壮間も残夏から聞いていた。トウキの前に現れたという、芸術家気取りの男。正体は分からないが、少なくとも「仲間」や「味方」という言葉で表現してはいけない相手、そう聞いている。

 

 

「さて、私が皆様方の前に馳せ参じた理由は他でもない。アナザー響鬼が現れる場所を、伝えに来たんだ。

 

私もあの芸術が失われるのは心が痛む。それはこの物語で最も美しく、儚い光景…貴方らもよくご存じのはずさ」

 

 

身構えていた一同に飛び込んで来た、アナザー響鬼の居場所という朗報。令央の言い回しは変に抽象的だが、凛々蝶の頭には「その場所」しか浮かばなかった。

 

 

「まさか……千年桜…!?」

 

 

「千年桜」。先祖返りの頭目、悟ヶ原家が管理する時間を司る妖怪。凛々蝶たちは過去にこの妖怪を巡り、激闘を繰り広げた。

 

その名を聞いた令央は、満足そうに背を向けた。

消えようとしているのは分かった。壮間は直感的に、投げつけるように言葉を発した。

 

 

「待って!あんたは一体…」

「贋作が私に話しかけるな」

 

 

首筋に牙を立てられたような。もしくは、心臓を掴まれたような恐怖。

一歩でも食い下がれば、ただ「壊れされる」。そんな感覚が壮間の声を止めた。

 

令央の姿が、ぼやけるように消えた。

 

 

 

_____

 

 

「…ねぇ、オゼ。まだ?」

 

「異なる物語の接合性を加味し能力の性質を同化かつ部分的に異化この仮説が立証されれば更なる拡張を見込むことができ同一の器の可能性を最大限以上に…これだっ!これだよ!」

 

「ダメだ聞いてない。どーするアヴニル?」

 

「ウィルの差し金で妨害は入ったが、なればこれを利用するのが得策ッ!ここに王たるハイクラスアナザーが誕生するのは必然だ!そう!まさに!今こそ!吾輩は感動に震えているッ!」

 

「こっちも聞いてないや」

 

 

2005年、埃っぽい洋館に揃った三人のタイムジャッカー。

ヴォード、オゼ、アヴニル。

 

 

「気乗りしないなぁ…もうやめで良くない?この作戦」

 

「たわけ者!我々は同じ時間に二度と存在出来ないのだ。後の未来からの妨害を防ぐため、千年桜は破壊しなければならないッ!」

 

「時間を奪う存在、千年桜。確かな“存在”がある妖怪は珍しいし、わたしはとっても興味があるんだよ。何でやめるとか言うの?絶無僅有の度し難い馬鹿なの?」

 

「こういう時だけ会話成り立つのやめて欲しいんだけど」

 

 

ヴォードは煩わしそうに、チューイングキャンディを噛み千切る。

作戦が始まろうとしている中、オゼはぼんやりと、霧に惑うように天井を見上げていた。

 

 

_____

 

 

アナザー響鬼の目的が千年桜だと判明した今、いち早く悟ヶ原家に向かい、敵を迎え撃つのが上策だ。それはつまり、最終決戦の到来を意味していた。

 

 

「この時間は危険だ。片平さん、君は未来に帰った方がいい」

 

 

凛々蝶は香奈にそう忠告する。

壮間とミカドのタイムマジーンの修復は完了している。もう未来に帰ることが出来る以上、巻き込まれただけの香奈は避難するのが筋だ。しかし、

 

 

「嫌だよ。そりゃ私はソウマみたいに戦えないけど…友達見捨てて逃げたくない!」

 

 

香奈はそう言って譲らなかった。

「友達」、その言葉が心の底から出てきたものだというのは、凛々蝶も感じた。

壮間も香奈には避難してほしい。だがそれを聞いてくれるほど素直なら、壮間は何も苦労していない。

 

 

なんとか香奈を留守番させる形で落ち着き、悟ヶ原家に行くのは妖館のSSと住人+クロエ、鬼の三人、壮間とミカドの14人となった。

 

 

「千年桜…か。あの時以来だな…あの時より、俺は強くなれてるのか…?」

 

「あの時…百鬼夜行。俺も聞きました、卍里さん」

 

 

卍里が目を閉じると、今でも思い出すあの終局の刹那。

 

大勢の先祖返りが自我を失い、暴走する事件。それが「百鬼夜行」と呼ばれる事件で、それを引き起こしていたのが、「犬神」の先祖返りの「犬神命」。千年桜の代償で不老となった彼は、千年桜で過去に戻って、何十、何百、何千回と同じ時間を繰り返し、その度に百鬼夜行を起こしていた。

 

しかし、彼の気まぐれで、彼は百鬼夜行が起きた後の23年間を時間を遡らずに生きた。その時間の中で出会ったのが、来世の卍里だったらしい。

 

来世の卍里から「手紙」を受け取った卍里は、犬神を止めようとした。

 

結果として、犬神は死に、百鬼夜行は阻止された。

卍里の声が届いたのは、最期の一瞬だけだった。

 

 

『また 会えるのか…』

 

 

その言葉と流した涙が、犬神の最期だった。

長い時間を生きた「あの」犬神は、最期に救われたのかもしれない。だが、もっとしてやれることがあったんじゃないのか、卍里がそう思うのだって、自然だ。

 

もっと強くなれれば。だから卍里は、その後に出会ったヒビキに憧れたのだ。

 

 

「行くぞ。今度も、僕らの未来は僕らで勝ち取るんだ!」

 

 

不安や迷いで足を止める暇はない。

凛々蝶の言葉で、最終決戦への一歩目は踏み出された。

 

しかし、その一歩先に、彼は立ちはだかった。

 

 

 

「待て」

 

 

一行の前を塞いだのは、ヒビキだった。

 

 

「ヒビキさん…あんた今までどこ行ってたんだよ!」

 

「落ち着け渡狸。が、俺も言いたいことは大体同じだ。

言い方が悪いが、元はと言えばお前が撒いた種なんじゃないのか?」

 

 

誰もヒビキに責任を押し付けようとしているわけではないが、サバキの言う事も最もだ。何より、彼が居なかった事で手をこまねくことになったのは事実。

 

極論、イブキ達が犠牲にならずに済んだ可能性もある。それが分かっているアマキは、歯を食いしばり、自分が下手をしないようバンキに抑えてもらっている。

 

 

「お前達を行かせない。ウォッチを俺に渡してくれ」

 

 

だが、ヒビキは会話をする気が無いように、一方的に腕を伸ばしてウォッチを要求する。

妖怪に取り憑かれている、とは考えなかったわけではない。だが、まだ逢魔が時には遠い。それに、彼の濁っていながらも強い眼差しが、ヒビキ本人の意思だと確証づけている。

 

 

「お前らじゃツクモには勝てない。全員死ぬだけだ。

ツクモは俺を恨んでいるだけだ。俺が死ねば、あいつだって無暗に襲ったりしない」

 

「自分は生まれ変わるし、歴史が消えて忘れるから平気☆それで先祖返り(ボクら)が納得すると思う?」

 

 

心を視た残夏の言葉の通り、誰一人としてヒビキにウォッチを渡す気は無い。

しかし、ヒビキも退く気はない。彼も、本気で『死ぬつもり』だ。

 

 

ヒビキの声も顔も、全てが冷めていた。

ただ、壮間の頭に焼き付いて離れないのは、響鬼の戦いに染み付いた、体を内から焦がすような確かな「熱」。

 

それを確かめなければいけない。

だから壮間は、一歩前に出た。

 

 

「ウィル!」

 

 

名を呼ばれ、虚空から現れたウィル。

彼は壮間の考えを読み、伸びるマフラーで壮間とヒビキを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「どこだここ…」

 

 

ヒビキと壮間が転送された場所は、森を抜けた崖の上。

どうやら、妖館からそこまで距離は離れていないようだ。

 

 

「足止めのつもりか?」

 

 

顔を合わせるヒビキと壮間。

威圧感に委縮しそうになるが、壮間は地面を強く踏み、響鬼ウォッチを取り出した。

 

 

「聞かせてください。ヒビキさん、あなたの話を」

 

 

 

_____

 

 

 

先祖返りの中で最も力を持つ、悟ヶ原家。

しかし「サトリ」の先祖返りである悟ヶ原思紋は死去し、現時点でこの家に力は皆無。

 

そんな悟ヶ原家に攻め込む者がいるなんて、誰が予測できただろう。

 

 

「千年桜を…壊す…」

 

 

アナザー響鬼が正面から現れ、千年桜の塚へと突き進む。

護衛だったクロエが不在ということもあり、誰もがアナザー響鬼を前に薙ぎ倒されることしか出来ない。

 

障害を全て破壊し、アナザー響鬼は千年桜の塚に辿り着いてしまった。

 

 

「そこまでだ!」

 

 

振り下ろされた棍棒を、凛々蝶の薙刀が受け止めた。

更に先祖返り達と鬼の猛攻、最後にゲイツの一撃がアナザー響鬼に決まる。

 

危機一髪の瞬間で、凛々蝶たちも千年桜へと到着した。

 

 

「うわー、なんでバレてんの」

 

「逆に僥倖!展開が早まってくれるだけだ、違うか?」

 

「いやラッキーではないでしょ。別に」

 

 

アナザー響鬼の隣に降り立った、二人の男。

ゲイツはその片方に見覚えがある。彼らの正体は、容易に推理出来た。

 

 

「タイムジャッカー…」

 

「また会ったか生半可な正義論者よ!吾輩の前に再び立つとは、実にッ!不愉快なり!」

 

「あーそういや会ってないか。僕はヴォードだけど…まぁ自己紹介いらないよね」

 

 

ヴォードが手を伸ばし、敵の時間を停止させる。

だが、動きが止まったのはたったの一瞬。すぐに束縛は消失した。

 

 

「桜の変な力場のせいで時間が止まらない…これ面倒だね」

 

 

だからと言って、タイムジャッカーが無力化されるわけではない。

ヴォードとアヴニルが放った衝撃波が、ゲイツたちの陣形を散らす。

 

 

「珍妙な術だが不発に終わったな!そして格好もまた珍妙!この羞恥プレイ好きのMは私に任せるがいい!」

 

「それなら私もお供致します。Mでもお強い方なら大歓迎です♡」

 

「高貴な吾輩を貴様如きの世界で語るなッ!」

 

 

アヴニルに斬りかかる蜻蛉と、それに続くクロエ。

また、ヴォードには野ばらの氷結攻撃が容赦なく浴びせられる。

 

 

「こいつはあたしが受け持つわ。覚悟しなさいクソガキ」

 

「だから気乗りしないって言ったのに…」

 

 

残った人員は、壮間が来るまでアナザー響鬼から千年桜を守り、足止めする。沸き立つ殺意を向けるアナザー響鬼に、双熾と凛々蝶は剣先を向け返した。

 

 

「下がれ、とは言わないんだな」

 

「言っても聞き入れては下さらないでしょう?」

 

「安心しろ、僕は絶対に君を置いてはいかない。約束する」

 

「違えることは許されませんよ?嘘ついたら針千本…」

 

「君が飲むんだろう?望む所だ、君を死なせはしない」

 

 

双熾と凛々蝶の、契約を超えた固い結束。

アナザー響鬼の頭に滲む嫌悪感が、咆哮となって解き放たれた。

 

衝撃波が直撃して一人離れてしまったゲイツも、戦線復帰を図る。

そんなゲイツの頭を悪戯するように踏み付け、残されたタイムジャッカーが軽く着地した。

 

 

「貴様もタイムジャッカーか!」

 

「うん。わたしは三番目の想像主、タイムジャッカーのオゼ。君は…そうだ、仮面ライダーゲイツ。聞きたいことがあるんだよ」

 

 

手帳を取り出し、ゲイツの名前を確認するオゼ。彼女の問いかけに耳を貸す気は無く、ゲイツは躊躇なくオゼに殴りかかる。

 

だが、オゼはゲイツの体に触れると、一秒間だけ腕の関節の時間が止まった。

千年桜の影響ですぐに解除されるが、その一瞬でオゼはゲイツの背後に。

 

 

「使命ともいえる目的と、衝動的な欲望…わたしにとって、どっちも『願い』なわけだけど、どっちを優先すればいいのかな」

 

「貴様らの願望など知ったことか!」

 

 

オゼに攻撃を仕掛けるも、同じ手法で何度も躱される。

しかし、オゼはゲイツが吐き捨てた台詞に対し、何か考え込んでいるようだった。

 

 

「なるほど…わたしの欲望は第三者は愚か第二者にすら価値を見出されない。つまり、わたしの中でしか欲望は成立し得ないわけで、わたし自身がそれを尊重すべき…そうか!そうだ!その通りッ!ありがとう仮面ライダーゲイツ!わたしに大事なことを教えてくれて!」

 

 

ゲイツが振り返った先でオゼが消えたかと思うと、瞬きの後にはその顔が目の前に。虚ろな眼は語りかけるように、その願望を吐き出す。

 

 

「人間の三大欲求って知ってる?食欲・性欲・睡眠欲。違うよ、食べて盛って寝て、それは『動物』でしかない。わたしたちが『ヒト』であるならば!そう!一に知欲!二に知欲!三も四も五も六も!知欲!知欲!知欲!知欲ッ!わたしは全てを見たい!知りたい!明かしたい!試したい!」

 

 

オゼの口から氾濫するように言葉が溢れた。その少女は、実に楽しそうに狂う。

その時、辺りに異変が起きた。地面が隆起し、木が激しく揺れ、風が暴れる。

 

その異変の中心はアナザー響鬼。彼女の咆哮に呼応するように、地の底から数多の化け物が唸り声を上げる。

 

そして、千年桜を囲うように生じたのは、

巨大なものから等身大まで入り混じった、魔化魍の群れだった。

 

 

「アナザー響鬼ウォッチにはある現象を術式に変換し、使用者の感情をトリガーに起動するように組み込んだ!その名も『オロチ現象』!!半永久的に自然発生する魔化魍があらゆる生命を蹂躙し大地へ還す!わたしは嬉しいよこれが見たかった!この物語で言うところの…そう、『百鬼夜行』の再来だッ!」

 

 

ヌリカベ、ヤマビコ、オトロシ、カシャ、カッパ…

あらゆる魔化魍が戦況を一瞬で地獄へと塗り潰す。魔化魍を倒せる鬼が対処するも、圧倒的に戦力が足りない。

 

 

「百鬼夜行…?ふざけんな!」

 

 

地獄の中心で、オゼが発した言葉に、卍里が牙を向けた。

 

半年前に犬神が起こそうとした、もしくは繰り返した「百鬼夜行」。それは絶対に許されるべきではない。

 

だが、あれは幼少期より自由を与えられなかった悟ヶ原思紋が、「他人の人生の記憶」を欲しがったが故の行動だ。「サトリ」の先祖返りである彼女は、死人からその人生の全てを読み取れる。

 

犬神は彼女を愛したからこそ、その歪んだ願望に何千回と応えたのだ。

それが、彼の繰り返した「百鬼夜行」。

 

 

だが、目の前で起こっているこれは何だ。

醜い化け物たちが命を踏みにじろうとしている。その中心にあるのは、狂った少女の愉悦だけ。

 

 

「命を…あいつを…お前なんかと一緒にするな!」

 

 

卍里の叫びは、オゼには届かない。

怒りをぶつける卍里を歯牙にもかけず、混沌の坩堝の中で、オゼは舞う。

 

 

「わたしは触れたい!味わいたい!感じたい!

物語の終焉の……その、先を!!」

 

 

 

 

_____

 

 

 

「俺の話…?急になんだよ、オマエ」

 

「俺たちは、誰もヒビキさんの事を知らなかった。納得できないままヒビキさんを行かせて、死なせて…そんなバッドエンド、俺たちは絶対認めません」

 

 

壮間は響鬼ウォッチを握った腕を崖に伸ばし、投げ捨てるような所作を見せる。手が震えているが、こけおどしでも無さそうだった。ヒビキの眼は冷たく、壮間を貫く。

 

 

「教えてくださいヒビキさん。五年前、槌口九十九との間に、何があったのか」

 

 

ヒビキの記憶が呼び起こされる。あの時に目の当たりにした、梃子でも動かない厄介な馬鹿の顔だ。ヒビキが最も好きで、最も嫌いな奴の眼に似ている。

 

もう怒りも焦りも沸いてこない常温の心から、深い溜息と共に、真実が吐き出された。

 

 

「五年前じゃない。俺がツクモと出会ったのは遠い昔。

記憶にある限りじゃ……四百年も前の話だ」

 

 

 

 

 

 

遡る時は、江戸時代と戦国時代の間。

妖怪「牛鬼」の先祖返りを擁することで、貴族にまで成り上がった家。それが飛牛坂家。

 

だが、伝承での悪名高さを継いだのか、飛牛坂の先祖返りは気性が荒く、子供でありながら誰もが手を焼いていたという。

 

 

「何が友好関係だよ。糞でも食ってろ木偶の坊共が」

 

 

牛鬼の先祖返り、飛牛坂彦匡。先祖返りの家同士の交流をしに来たのだが、退屈に耐えかねてすぐさま抜け出し、盗んだ果実を片手に喰らう。

 

この家、槌口家の先祖返りは女だという。家の力を強めるため、政略結婚しろとでも言わんばかりの交流会。彦匡はそんな家に辟易していた。

 

 

「冗談じゃねぇ。いっそもうあんな家捨てて、自由にでもなってやる」

 

 

食いかけの果実を投げ捨て、この家もついでに潰してやろうかなんて事も考える。実際、彦匡にはその力がある。「牛鬼」とは、それ程の力を持つ妖怪なのだ。

 

 

「おい、何してんだオマエ」

 

「……っ」

 

 

彦匡は視界の隅に入り込んだ、その影の腕を掴んだ。

とても長い髪は顔どころか全身を覆う程で、肌も汚れて黒ずんでいる。よく見なければ、人間と分からないくらいだ。

 

驚いたのは、そのやせ細った腕に掛けられていた、妙な腕輪だった。

気になって触れてみると、彦匡の体が力が抜けていく。

 

 

「封魔の呪い?こんなの付けてるってことは…嘘だろ、オマエがここの先祖返りか!?」

 

「あ…あなた……は……え…っと……」

 

 

彦匡がその髪をかき分けると、痩せた少女の顔が見えた。

顔を見られた彼女は酷く動揺し、弱弱しくも強引に、彦匡を引き離そうとする。

 

 

「み…見ちゃ…駄目……!」

 

「は?聞こえねぇよ」

 

「わ…私のご先祖様の……妖怪は…見るだけで……病気になる…って…母様が……だから…私も……」

 

 

「腫物のように扱われている」。その言葉の続きは、容易に想像できた。

彼女は彦匡が捨てた果実に手を伸ばしていた。きっとその伝承のせいで誰からも距離を置かれ、ろくに世話もされていないのだろう。

 

彦匡にも、理解は出来た。「触らぬ神に祟りなし」とはよく言ったものだ。そんな気味の悪い物と関わりたいのは、熱心な宗教論者くらいだろう。

 

しかし、彦匡には彼女の気持ちも、よく知っていた。

 

自分が何をしたわけでも無いのに勝手に期待され、恐れられ、疎まれ、自由を奪われる。神が考えたのか知らないが、先祖の化け物の尻拭いをさせられるなんて、随分と迷惑千万な仕組みだ。その仕組みも、鵜呑みにする人間共も、苛立たしくて仕方が無い。

 

 

「オマエ、名前」

 

「…え……?」

 

「名前言え。次聞き返したら強めにはたく。声小さくてもはたくぞ」

 

「え…!?あ……あの…私は…槌口……九十九…です。『野槌』の…先祖返り……」

 

 

『野槌』。口だけの蛇の妖怪。牛鬼と同じく、人食いの伝承も残る妖怪だ。彦匡とは境遇が近い少女とも言えた。

 

だが、それよりも脳髄に反響するのは、「野槌」という名前。その刹那、衝動的な感情が彦匡を動かした。

 

 

「逃げんぞ」

 

 

九十九の腕を強く握り、彦匡は駆け出した。

牛鬼に変化した彦匡は、立ち塞がるものを全て跳ね飛ばす。九十九を縛っていたものも、力づくで引きちぎった。

 

 

出会ったばかりの少女のために、馬鹿としか言いようがない。

彦匡を突き動かしたのは、その体に流れる忌々しい化け物の血。

 

 

「手前を恨むぞ、御先祖様…!」

 

 

その日を境に、二人は槌口と飛牛坂から姿を消した。

 

当然、それを家が黙認するわけがない。その噂は先祖返りのコミュニティに広がり、二人は先祖返りの家全体に追われることとなってしまった。

 

人間の追手など、彦匡の敵ではない。

しかし、そんな彼の自信を揺るがす怪物が、彼らの前に現れた。

 

 

魔化魍。妖怪の名を冠したその異常生物は、余りに強大だった。

まるで敵わない凶暴さ。それに加え、人間や先祖返りでは、どう足掻いても倒すことは出来ないと来た。彦匡は、生まれて初めて己の非力さを憎んだ。

 

 

「どいてな」

 

 

その一言と足音の次に、鉄を鳴らした音が聞こえた。

そこに立ったのは人間の男だった。だが、彼はその姿を「鬼」へと変え、圧巻の強さで魔化魍を討ち祓ってみせた。

 

 

彼は名を「カブキ」と言った。

身を守る強さを得たい彦匡、九十九は、彼に弟子入り。偶然にも鬼の力を持っていた彦匡は、修行の末に音撃戦士へと変身を果たす。

 

鬼となった彦匡は瞬く間に強くなり、魔化魍から九十九を守るだけの強さを得た。

 

 

「彦匡…さま……ごめん…なさい…助けてくれたのに…私……力に…なれなくて…」

 

 

九十九は華奢だが、腕っぷしには目を見張るものがあった。

しかし、鬼には成れず、封魔の呪いのせいで妖怪の力も使えない。彼女が彦匡に並び立つことは出来ないだろう。

 

 

「…助けてねぇよ、勝手に連れ出したんだ。いい加減、先祖返りの柵にはうんざりだったからな。言っとくが今の気分は最高だ」

 

「でも……彦匡さまは…」

 

「だから、さま付けはやめてくれ。俺はオマエを攫った。その詫びとして……あぁ、俺がツクモを、ずっと守ってやるよ。それで堅苦しいのは無しだ」

 

 

彦匡は九十九の髪を後ろで結び、その眼を見て約束した。

涙を流しながら、九十九は初めて笑顔を見せた。目を奪われるほど愛おしい、そう思ったのはそれが初めてだった。

 

 

そして、鬼となって数年が経ったある日。

伝説の魔化魍、オロチが復活した。

 

オロチは比類なき強さを見せ、村を襲っては人間を喰らい尽くす。

それに対抗出来るのは、鬼のみ。彦匡もまた、鬼としてオロチへと立ち向かった。

 

激闘の末、オロチは討たれた。

但し、ある音撃戦士の命と引き換えに。それが響鬼―――彦匡だった。

 

 

彦匡が死に、生きる気力を失った九十九は、自ら命を絶ったという。

 

 

それが、「一回目」の二人だ。

 

 

 

その数年後。

飛牛坂家の本家に、「飛牛坂彦匡」が生まれた。

 

先祖返りは死んだとしても、その血族のどこかからまた生まれ変わる。それが「不変」に片足を入れた人間の宿命。

また、先祖返りは同じ容姿、同じ力、同じ運命、稀に記憶をも受け継ぐ。

 

そう、彦匡には、前世の記憶が鮮明に残っていた。

 

 

彦匡は前世の無念を抱いたまま成長した。

そして、運命が二人を引き合わせ、彼はまた出会った。

 

 

「ツクモ……」

 

 

九十九もまた、再び生まれていたのだ。

だが、彼女は彦匡と違い、記憶を継いではいなかった。

 

同じ運命を辿るわけにはいかない。今度は家から逃げることをせず、彦匡は自分から槌口家の先祖返りとの政略結婚を志願。家に守られつつ、九十九を守ろうと考えた。

 

自由が無くたって、幸せにはなれるはず。

そう信じて、二人は平穏な日々を送った。彼女も幸せそうだった。実際、そうだったのだろう。

 

だが、彦匡は気づいてしまった。

 

槌口家は彦匡に隠れて、九十九を実験台に妖術の研究を行っていた。

あろうことか、それは「人工的に魔化魍を生み出す」研究。半生物半妖怪の先祖返りの体組織と野槌の力を使い、「妖怪と生物の融合」を企んでいたのだ。

 

 

彦匡は、九十九を連れて家から逃げ出した。

槌口家に囚われている限り、九十九に幸せは無い。彼女を守るため、彦匡は再び鍛錬し直し、鬼の力を得た。

 

 

それでも、追手は二人を狙ってやってくる。

魔化魍ばかりを警戒していた彦匡は、人間の刺客への意識が薄れてしまう。その結果、彦匡は槌口家の暗殺者に不意を突かれ、九十九がそれを庇い、凶刃に倒れた。

 

己の油断で九十九をまたしても守れず、抜け殻のようになっていた彦匡は、その直後に妖怪に襲われてあっけなく死亡した。

 

 

 

今度は十年後、彦匡はまた生まれてしまった。

記憶は前々世のものまでハッキリと残っている。どうやら鬼になったことで妖の力が濃くなり、確実に記憶を引き継ぐようになってしまったらしい。

 

九十九は何があっても鬼には成れない。また出会ってしまった九十九は、何一つとして覚えてはいない。深い孤独に囚われたまま、彼と出会ってしまう。

 

三回目はまず鍛えて響鬼になり、そこから九十九を連れ出した。

だが、今度は事故で九十九の能力が暴発。病に臥せた彦匡は死亡し、一回目と同じく九十九もそれを追う。

 

四回目は強い身体を欲した。しかし、前世の恐怖か九十九に寄り添いきれず、そのせいで野良の妖怪に九十九を殺される

 

五回目は逃亡に成功し、波風立たない生活を送るが、大災害により二人とも命を落とす。

 

 

何度も何度も死に、その度に生まれ変わり、決まって九十九と出会って鬼となる。そして、どうやっても九十九を救うことは叶わない。

 

これは彼の魂に刻まれた運命。どこまでも残酷な運命だ。

 

彦匡は諦めなかった。幾度となく繰り返される人生の中で、運命を変える方法を模索した。運命を引きちぎるほど強くなるため、鍛えて鍛えて鍛え続けた。

 

しかし、努力は彼を裏切り続ける。

 

運命を変えたという先祖返りの話は聞く。悟ヶ原にも何度も話を聞いた。思いつく限りの手は尽くした。それなのに、何故自分はそうならない。

 

 

数百年の時間を経て、その魂の炎は摩耗し、

いつしか、冷めきった心だけが残っていた。

 

 

何度目の人生か。時は二十世紀の終わりを目前としていた、平成の時代に。

 

彦匡は、九十九と出会うべきではないと考えていた。

自分が彼女と会ってしまうから、彼女は死ぬ運命を辿る。四百年前のあの日、九十九を連れ出したのが間違いだった。そう思うしかない。

 

 

しかし、そんな彦匡の決心さえも、運命は裏切る。

 

 

「ヒビキさん…ですよね……私を…弟子にしてください…!」

 

 

自力で脱走した九十九が、彦匡―――ヒビキの下に現れてしまった。

自由が欲しくて、強さに憧れたという。今までの記憶で、これほどの憤りと絶望を味わったことは無い。運命は、どうしても彼女を殺したいらしい。

 

 

何度も鬼には成れないと説明した。残酷な現実だって見せた。それでも、頑なに九十九は離れようとはしなかった。

 

受け入れないまま、九十九は事実上の弟子となってしまった。

 

だが、驚くほどに何も起こらなかった。

槌口家は昔に比べて九十九に執着せず、それでいて封魔の呪いはより強固になっているため、暴発の心配はない。妖怪も江戸の頃に比べると、随分と弱くなった。

 

そうして九十九と過ごせることが、嬉しくないわけが無かった。それこそ、ヒビキがずっと焦がれてきたものなのだから。

 

こんな日が続けばいい。

そう思い始めた時に限り、運命は決まって牙を剥く。

 

 

魔化魍「ノツゴ」の出現。強力な魔化魍だが、最強の座にいるヒビキにとって、恐れる敵ではなかった。

 

油断は全くしなかった。全力でノツゴを倒しにかかった。九十九を守ることに、全身全霊を注いだ。

 

それでも、不自然に引き寄せられるように、ノツゴの顎が九十九を襲った。

 

 

「……っ…ツクモ!!」

 

 

命に別状は無かった。だが、その事実はヒビキの目を覚まさせる。

やっと、運命を変えるほど強くなったのではないか。一瞬でも期待した自分は愚かとしか言いようがない。

 

何も変わっていないじゃないか。

このままでは、何度も見た最悪の結末が訪れてしまう。

 

 

「ツクモ。オマエみたいな役立たずは弟子じゃない。出ていけ」

 

 

ヒビキは、九十九を一方的に突き放した。

何を言われても弟子を辞めようとしない九十九。何度拒絶しても、涙を流してすがりつく。

 

 

ヒビキだって離れたくはない。

愛しているんだ、四百年前のあの時からずっと。だからこそ、愛されることがこんなにも苦しい。

 

だから、ヒビキは九十九を叩きのめした。愛の欠片も無い、暴力で。

心にも無いことを吐き連ねた。九十九の居場所を槌口家にリークした。

 

これだけの仕打ちをすれば、九十九はヒビキを憎むはずだ。

復讐しようにも、絶大な力の差を見せつけた。もう彼の前に現れることは無いだろう。

 

 

「これで…いいはずだ…」

 

 

その時は、そう思っていた。

彼女が響鬼を殺す力を得るなんて、思いもしないで。

 

 

九十九が憎しみを抱えて戻ってきた、あの瞬間

ヒビキの心は、先祖返りの運命の激流を前に、完全に砕け散った。

 

 

 

 

 

 

「納得できたな?俺はもう死ぬのなんて怖くないし、鬼も魔化魍も消えればいいと思ってる。それに、俺が大人しく死ねば…他に誰も死なないんだろ」

 

 

ヒビキの話が終わった。

想像を絶するほど永く、壮大な物語。同時に納得も出来た。ヒビキがあっさりとウォッチを継承したのは、響鬼の歴史を消して、己の運命を書き換えるためだったのだ。

 

ヒビキはきっと、今の九十九に対して激しい負い目を感じている。だから死んで詫びようとしている。

 

その上、2018年ではアナザー響鬼が出現したことから、九十九は生存しているのだ。

ここで命を捨てれば、九十九を守ることが出来る。四百年越しの約束を果たせる。それが、冷めきったヒビキが出した最善の結論。

 

 

「…それでいいんですか」

 

 

壮間はヒビキを理解した。彼の生き様を非難するつもりはない。

でも一つだけ、飲み込むことが出来ない事があった。

 

 

「ヒビキさんは…九十九さんを生かしたかっただけなんですか?」

 

「そうだよ。そのための人生だ」

 

 

即答だ。ヒビキの言葉に迷いはない。

それでも、壮間はどうしても納得できない。

 

これまで先人から教わるだけだった壮間は、今初めて

他の「主人公」を、否定した。

 

 

「違う…ヒビキさんも…九十九さんも!一緒に生きたいんじゃなかったんですか!」

 

「…話聞いてたか?それが出来ないから、俺はアイツを突き放したんだろ!」

 

 

激昂が込められた、ヒビキの言葉。

それは壮間じゃなく自分に向けられた、悲しい怒り。

 

 

「俺は…さっきの話を聞いて、心からヒビキさんを尊敬しました。守るために、どこまでも鍛え続ける生き様。それこそが『響鬼』なんだって。貴方がちゃんと凄い人で、安心しました」

 

「…でも俺は、約束の一つも果たせない」

 

「そんなわけない!」

 

 

再び、ヒビキの言葉を否定する。

 

壮間は知った。彼は、誰よりも鍛えた男だ。誰よりも強い男だ。

きっと運命だって、捻じ伏せる男だ。

 

 

「守れます。そうに決まってる。

貴方がそう信じて、鍛え続けて、積み重ねた時間の重さを!貴方以外に誰が信じるんだ!」

 

 

努力は必ず報われる。

そんな温い若者の信条なんて、ヒビキには届かない。

 

だから壮間も、心を決めた。

 

 

「分かりました…貴方が信じないなら、俺ももうヒビキさんを信じない。

だから、俺がやります」

 

 

壮間の言葉に目を向けたヒビキに向け、ライドウォッチを握った拳を突き出した。

 

 

「ヒビキさんの努力も約束も勝手に継いで、俺が九十九さんを止めます。

俺は行きますよ。ヒビキさん、貴方を倒して!」

 

 

 

 

 




冒頭の昔話は、「牛鬼は人助けをすると絶命する」という伝承を元にしました。

今回の話でオリジナルのヒビキとはだいぶ差別化できたと思います。
響鬼編だからと、七人の戦鬼要素も入れたくて…(あっちは戦国時代ですが)。僕は歴史がだいぶ苦手なので、細かいツッコミは無しです。

次回で多分響鬼×いぬぼく編完結です。エピローグやるかもですけど。
またかなり詰め込んでるので、まだまだ急展開にご期待ください。

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目覚める約束

羽沢天介
仮面ライダービルドに変身した青年。23歳。羽沢つぐみの義兄。自称天才科学者で、通称「天に二物しか与えられなかった男」「人当たりの良いマッドサイエンティスト」「悪意のない悪意」。アナザービルドによって殺害されたことで、ビルドの歴史が消滅した。2017年では壮間の「戦う理由」を認め、仮面ライダービルドの力を託した。修正された歴史では記憶を失うこともなく、つぐみとの出会いは無かったことになった。

本来の歴史では・・・つぐみ達を守るために、過剰なまでに命を懸けてスマッシュとの戦いに身を投じる。しかし、スカイウォール計画の阻止に失敗し、彼女たちの「いつも通り」は瓦解。天介は自分の存在に理由を失い………


デュエマに目覚めた精神年齢12歳、146です。
今度は5000円使ってデーモンコマンドデッキ作りました。あとはプレイする相手ですね!問題は!

今回で響鬼×いぬぼく編終わるといったな。あれは嘘だ(土下座)。
最後にエピローグだけ書かせてください…とりあえずアナザー響鬼戦決着です。祝え。


大地から湧き出る魑魅魍魎、「オロチ現象」。

この世の終わりと化した千年桜の塚で、物語を巡る決戦が繰り広げられる。

 

 

「インチキ過ぎでしょ!魔化魍がクソ程出てきやがる!」

 

「無駄口を叩くな茨田。手を休めれば喰われるぞ」

 

 

蛮鬼は刀弦響、裁鬼は専用の小型音撃弦の二刀流で魔化魍を斬り付ける。

 

魔化魍に対処できるのは、蛮鬼、裁鬼、天鬼、ゲイツのみ。ゲイツはタイムジャッカーのオゼに手間取っているため、鬼の三人でこの無数の魔化魍を相手しなければならない。

 

 

「邪魔はさせません…私達が必ず…!」

 

 

天鬼は音撃管で魔化魍「ウブメ」を撃破するが、それを区切りに意識が揺らぎ、膝を地につけてしまう。天鬼は若手であり、女性の鬼。血を吐きそうなほど悔しいが、体力の限界が現実だった。

 

空を飛ぶ魔化魍には裁鬼も対応できるが、そうすれば地上の魔化魍に防衛線を突破されてしまう。

 

 

これ以上他の皆に負担はかけられない。

血の味がする呼吸を肺に取り込み、音撃管「烈風」を空に向けた。

 

 

「無理すんなって、若いのが」

 

 

速い銃声。魔化魍の群れに、寸分違わぬ精度で鬼石が撃ち込まれる。

その直後、暴風の如き勢いの音撃が魔化魍たちを木っ端に還した。

 

聞き覚えがある音撃だった。背後で腕を伸ばすのは、銃身の長い音撃管「嵐」を構えた、橙色で八本角の鬼。

 

 

「トウキさん!怪我は…」

 

「平気だっての。自称生涯現役、甘く見るなよ後輩ちゃん!」

 

 

音撃戦士 闘鬼。

管の鬼が追加で一人、それも屈指の実力者が加わったことにより、状況は一気に好転。

 

熟練の手際で魔化魍を次々討伐し、鉈を振りかざした闘鬼は裁鬼と並び立つ。

 

 

「こうやって古い人間が出しゃばるってのも、どうにもいかがなもんかねぇ。なぁサバキよ」

 

「どうせ消える伝統だ、どうでもよかろう。

それより酔いどれ男に背中を預けるというのは、少し心臓に悪いのだがな」

 

「流石に飲まんわい。ちゅーわけで、背中頼むぞ親友!」

 

 

戦いの火は更に広がる。

アナザー響鬼は凛々蝶、双熾、カルタに妨害され、千年桜の破壊に至っていないが、ここに石を一つ投げ込むだけで一変するような戦況だ。

 

加勢に向かおうとするオゼを、ゲイツが全力で阻止。

というより、ゲイツはオゼを本気で殺しに行っている。

 

 

「行かせんぞタイムジャッカー。貴様は今ここで、俺が殺す!」

 

「邪魔?妨害?妨碍?いいよいいよ!きみたちの干渉で実験はわたしの知らない方向に進む!わたしは今!その結末が観測したくてしたくてしたくて!仕方が無いッ!!もっともっとわたしを誘って!興奮昂奮亢奮冷めやらぬ願いの渦に!!」

 

 

その狂った叫びを掻き消す熱量で、千年桜の防衛戦は続く。

この戦いの行方は―――未熟な王へと委ねられた。

 

 

 

________

 

 

 

「俺は行きますよ。ヒビキさん、貴方を倒して!」

 

 

声高に宣言した壮間に対し、ヒビキも並々ならぬ気迫を向ける。

壮間にはすべてを話した。それを聞いたうえで邪魔立てするのであれば、敵と見なすしかない。

 

ヒビキは腰から音角を外し、角を展開して指で弾く。

壮間に対し、初めて本気を出すつもりだ。息を吞み、ジクウドライバーとジオウウォッチを構える。

 

 

《ジオウ!》

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

ヒビキは紫の炎を振り払い、仮面ライダー響鬼へと変身。

それに向かい合うのは、壮間が変身した仮面ライダージオウ。

 

ゴングを待つもりはないと、響鬼の腕は躊躇なくジオウに伸びる。

 

生身ですら相手にもならなかったヒビキの強さは、壮間もよく知っている。

だが、その攻撃を回避したジオウは、続く二撃目、三撃目もなんとか躱して見せる。

 

 

「本気で勝つ気みたいだな」

 

「当たり前ですよ。鍛えましたから!」

 

 

「戦えている」。その感覚は確かなものだった。

ジカンギレードを持ち、銃と剣を上手く使い分ける。そう簡単に揺るがない集中力も手に入れ、それに対応する体や戦闘知識も身についている。響鬼も素直に驚く程だ。

 

 

しかし、それは「前よりは」の話に過ぎない。

 

 

 

「っ…!あぁッ……!」

 

 

響鬼の拳がジオウを打ち付ける。異常ともいえる馬力は、ジオウの体を軽々と吹き飛ばす。

音撃棒から放たれる炎弾はジカンギレードの銃撃を容易く撃ち落とし、烈火剣での剣捌きは特訓相手の誰ともレベルが違う。

 

更に一撃がジオウに入った。

余りの衝撃で、手から響鬼ウォッチが離れる。放られたジカンギレードが地面に突き刺さる。

それでもジオウは痛む体で、再びウォッチを強く握り、立ち上がった。

 

 

「もうやめろ。勝てるわけないだろ、俺に」

 

 

響鬼の言葉は事実だけに、重く圧し掛かった。

 

事実、響鬼の攻撃にギリギリ耐えているのが現状。扱いは赤子同然。

ジオウは、響鬼に一度だって攻撃を掠めることすら出来ない。

 

勝てるわけがないのだ。

壮間が鍛えたのは精々二週間やそこら。それまでの人生は、人並みの努力しか出来なかったような男だ。そんな人間が、四百年も鍛え続けた男に勝てるわけがない。

 

積み重ねた時間の重さが違う。

それでも、壮間は言葉を吐き続ける。

 

 

「…勝ちますよ。自信なんて無くても、『アナザー響鬼を倒せる』って、色んな凄い人が俺を信じてくれたんです。だから俺は、九十九さんに勝てます。

 

九十九さんと向き合おうとしない、ヒビキさんにだって」

 

 

気分が悪かった。響鬼の胸に、悪臭が立ち込めるような気分。

こいつに何が分かるんだ。四百年も足掻いてきた苦しみが分かるのか。

分からないなら黙って消えてくれ。やっと、あの日の罪を償えるのに。約束を果たせるのに。

 

 

「…暑苦しいな。オマエは、そういうタイプじゃないと思ってた」

 

「俺だって…背伸びしてますよ。今まで通りだったら、ヒビキさんを前に俺は絶対に折れてた。でも…そうはいかない理由があるんです。ヒビキさんの足元にも及ばない、しょーもない理由が」

 

 

これだけ一方的に叩きのめされた。天地程の力の距離を見せつけられた。いかなる努力も策も無意味だと知らしめられた。これだけやっても、何故この「普通の少年」は倒れない。

 

そのどうしようもなく熱い声が、ヒビキの視界を曇らせる。

 

理解できない響鬼の前で、ジオウは拳を振り上げ、地面を蹴った。

 

 

「俺の…自慢の幼馴染に啖呵切ったんです。王様になるって。

だったら…とんでもない虚勢張ってでも!俺は絶対成し遂げるしかない!」

 

 

彼を突き動かすのは、ただの「意地」。

だが、そうだった。積もった記憶の底で思い出した。

 

ヒビキだって、彦匡だって最初はそうだった。

「守りたい」「運命を変えたい」そんな大した物じゃない。

 

暴れる力しか無かった自分を見て欲しかった。

ただ愛した人に、格好つけたかっただけの少年だ。

 

 

壮間のその思いと、若さ。

それに動揺したヒビキの意識と集中が一瞬だけ鈍り、地面に刺さったジカンギレードに足を取られる。

 

実力では決して届かなかった。

だが、壮間が諦めず、ヒビキに僅かな迷いがあり、そこに幾つかの偶然が重なって―――

 

 

ジオウの拳が、響鬼へと届いた。

 

 

 

「……ッ!…」

 

 

顔面に入った、たった一撃。力の入ってない、不意の一撃。

それでいて、初めて届いた壮間の一撃。

 

響鬼はその一撃の勢いに身を任せ、倒れた。

天を仰いだまま、響鬼は仰向けのまま動かない。

 

 

「…ありがとうございます」

 

 

自分の拳を見つめ、ジオウはそう言い残して走り去って行った。

 

残された響鬼の顔に残る、ジンジンとした感覚。

久しぶりに感じる熱い痛みだ。

 

 

「何十回も生きてて、子供に殴られるのかよ…」

 

 

陽光が木々をすり抜けて降り注ぐ。

「自分の重ねた時間を信じろ」。彼のその言葉に、響鬼は笑って吐き捨てた。

 

 

 

「やっぱ俺、弱いじゃねぇか…」

 

 

 

_______

 

 

 

アナザー響鬼から千年桜を守る戦いは続く。

肝心のアナザー響鬼を主に相手するのは、最強のシークレットサービスである双熾。しかし、アナザー響鬼の強さがはっきり言って出鱈目過ぎる。

 

 

双熾の戦闘力は極めて高い。百鬼夜行の首謀者である犬神をも下す強さ。更にそれが、九尾の狐の能力によって何人にも分身している。

 

そこに凛々蝶、カルタが加わっているというのに、

その圧倒的な実力を前に、劣勢を強いられていた。

 

 

「ちよ、カルタ…!何やってんだよ狐ヤロー!」

 

 

屋内の人々を避難させ、残夏と共に卍里が千年桜へと戻ってくる。

しかし、そこは既に混沌とした戦場。非力な先祖返りである卍里が出来ることなど、無い。

 

 

「クッソ…っ!俺は…!」

 

 

爪が手に食い込むほど拳を握る卍里。

その悔しさなど知る由もなく、戦いは激しさを増す一方。

 

アナザー響鬼はった二本の棍棒で、五人の双熾の刀、カルタの骨腕、凛々蝶の薙刀を完璧に捌ききっている。それどころか、気を抜けば反撃どころか一瞬で千年桜を抉り取られる。

 

 

「異・音撃打……紅蓮撃砕の型」

 

 

短く深い呼吸の後、棍棒が振り下ろされた衝撃で地面が爆裂。

桁違いのパワーの上に、俊敏な動きのおまけ付き。一瞬で双熾との間合いを詰め、刹那の隙に音撃打を叩き込んだ。

 

攻撃を喰らったのは分身だ。

だが、双熾の分身は卍里とは違い、感覚や状態を共有する。本物の双熾にも、並大抵では言い表せないダメージが刻まれてしまった。

 

 

「御狐神くん!」

「来ては…いけません!」

 

 

心配が先に立った凛々蝶は、アナザー響鬼を前に無防備な背中を晒す。

瞬間、アナザー響鬼から伸びる四本の爪。響鬼の「鬼闘術 鬼爪」を模した能力だ。

 

九十九の警告に嘘はない。その爪は無慈悲に、無作法に、障害となる同胞の首筋へ振り下ろされ―――

 

 

 

「―――凛々蝶ちゃん!」

 

 

 

木の陰から飛び出した体が凛々蝶を押し飛ばし、鬼爪は虚空を切り裂く。

目を開いた凛々蝶に生じるのは、安堵を掻き消す切迫感。

 

 

「片平さん…!?」

 

「ごめん!やっぱり私、黙って待ってるなんて出来なかった!」

 

 

他の従業員と妖館に残ったはずの香奈。勝手に妖館から抜け出した彼女は、何が出来る訳でも無いと分かっていながら、全速力でこの戦場へと赴いた。

 

丸腰のただの人間が此処に来るのは、控えめに言っても自殺行為。見つからなかった、もしくは巻き込まれなかっただけ奇跡と言える。しかし、その幸運を自ら捨てた香奈を襲うのは、秒読みの死に対する恐怖。

 

 

「君は…早く逃げるんだ!僕らは先祖返りだ、また生まれ変わる!

せめて…この時代に関係のない、君たちだけでも!」

 

 

双熾がやられ、もうこれ以上千年桜を守ることが出来ない。

戦況は瞬く間に瓦解していき、このままでは魔化魍とアナザー響鬼に皆が殺される。

 

だが、きっと誰もが戦うことを止めない。それは自分も同じ。

だから、凛々蝶は未来から来た香奈たちだけでも、逃げて欲しかった。

 

 

「…嫌だよ!来世とか前世とか知らない!私の友達は…今ここにいる凛々蝶ちゃんで、今のみんなだから!」

 

 

香奈は腕を広げ、アナザー響鬼の前に立ちはだかった。

涙を堪え、震える脚で立つ彼女は、とても優しくて凄い少女だ。「死んでほしくない」、誰だってそう思う。

 

しかし、歯止めを失った殺意には、彼女の「素質」は届かない。

 

 

届くとすれば……

 

 

 

「香奈から…離れろっ!」

 

 

 

死角に現れた戦士の、全体重をかけた全身全霊の不意打ち。ヒビキを倒し、彼はようやく千年桜へと辿り着いた。

 

 

「ソウマ!」

 

「香奈、凛々蝶さん、双熾さん。九十九さんは…俺に任せて」

 

 

ジオウは態勢を戻したアナザー響鬼を前に、右腕のホルダーに手を伸ばす。

 

暴走した彼女に届くのは、また別の主人公の素質。

勇気と資格を伴った、「力」だ。

 

 

《響鬼!》

 

 

ジオウは響鬼ウォッチのカバーを回し、ウォッチを起動。

響鬼の顔が刻まれたウォッチを左スロットに装填し、ジクウドライバーを回転させた。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

ジオウの前に現れる、音撃鼓のビジョン。

その中に形成された響鬼アーマーにノックするように触れると、アーマーは分解して宙を駆ける。

 

だが、そんなあからさまなパワーアップを、敵が黙って見ているはずもない。

アナザー響鬼はジオウに向けて、赤い炎を吐き出した。超高密度、高出力、高温の妖気を帯びた炎は、対象を炭化させるまで消えることは無い。

 

 

「炎が…日寺くん!」

 

 

ジオウの全身が炎に包まれる。

思わず名を呼んだ凛々蝶だが、不思議と不安は感じなかった。

 

炎の上から鎧が覆い被さり、炎に巡らされた妖気が書き換えられる。

赤い炎を紫に染め上げ、それを振り払って出でるのは英雄の姿。

 

 

そう、何も恐れることは無い。

ぼくたちには、ヒーローがいる。

 

 

《アーマータイム!》

《ヒビ・キー!》

 

「はぁぁぁ……たぁっ!」

 

 

両肩に音撃鼓の装備。「ヒビキ」の複眼。額の二本角にジオウの触角を合わせて、四本角の鬼のよう。纏った炎は手の平で具現化し、二本の音撃棒を形作った。

 

彼をここまで送り届けた、自称シークレットサービスのウィルは、その姿を盛大に祝福する。

 

 

「祝え!全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来を知ろしめす時の王者!

その名も仮面ライダージオウ 響鬼アーマー!また一つ、ライダーの力を継承した瞬間である!!」

 

 

響鬼の力を継承したジオウは、音撃棒を両手にアナザー響鬼へと立ち向かう。

前に戦った時は惨敗を喫した。だが、壮間は「鍛えた」。成果はどうあれ、その事実が壮間の心から恐怖を消し去った。

 

 

「はぁっ!」

 

 

アナザー響鬼の棍棒攻撃。それを受け止めるのではなく、一瞬だけ音撃棒で受けて、相手の攻撃に合わせて受け流す。

 

防御が甘くなった右腕方向に素早く回り込み、斬り付けるような一撃と蹴り。そして、めった打ちにするような乱雑かつ不規則な連打、連打、連打。

 

勢いで圧して、最後に体目掛けて両方の音撃棒で強打。

あの強さのアナザー響鬼に対し、ジオウの粗削りな攻撃は見事に決まった。

 

 

「あの力…姿…ヒビキ…!私は…絶対に許さない……!」

 

 

生き返るように立ち上がるアナザー響鬼。

どうやら、先の攻撃も防御されていたようだ。さっきのラッシュが成功したのも、アナザー響鬼の動揺に畳み掛けたに過ぎない。やはり、一筋縄どころの相手ではない。

 

 

(あんなこと言ったけど…このままじゃ負けるのは俺だ。やっぱ強い…だったら…!)

 

 

音撃棒から発射した炎弾で、アナザー響鬼を足止め。

ジオウは一旦距離を取り、さっき視界に捉えた卍里に駆け寄る。

 

 

「卍里さん!」

 

「壮間、おまえ勝ったのか…ヒビキさんに…!」

 

「頼みがあります。アナザー響鬼を倒すには、皆さんの力が必要です!」

 

 

卍里はジオウの言葉を聞き、思いついた事を簡潔に耳打ちする。ジオウも、それに賭けることを即決。

すぐにアナザー響鬼との戦闘に戻り、その間に卍里は手が空いている先祖返りたち、そして鬼に作戦を伝え回った。

 

 

「オッケ~☆じゃ、まずはボクの番だね~」

 

 

残夏が顔の包帯を解く。これは封魔の呪いが施されており、これを外すことで百目の力が解放される。掌、腕に無数の「目」が現れ、残夏はその全ての視線をアナザー響鬼へと向けた。

 

 

「右側に三歩動いて、左に防御、そっから三回目の攻撃はフェイントだから気を付けてね~♬」

 

「…っ!はい!」

 

 

残夏の言うとおりにアナザー響鬼が動く。

ジオウはそれに合わせて動くことで、防御と攻撃の質が格段に向上した。

 

残夏の体に大きな負担が掛かるため滅多にやらないが、これが百目の能力。

敵の思考、思念、場所、過去、未来、本気の彼に視えない物はない。

 

残夏の指示で、大勢は大きく好転した。隙が無かったアナザー響鬼にも攻撃がヒットし始め、逆にジオウが一方的にやられることは皆無に。

 

 

「九十九さん…貴女を、必ず止める!」

 

「人間に…私の何が分かる……!!」

 

 

アナザー響鬼の攻撃精度が、確実に荒くなっている。

激情と動揺。そして恐らく、女性である上に長く軟禁されてきたが故の、スタミナ不足だ。

 

 

「今だ!」

 

《フィニッシュタイム!》

《響鬼!》

 

 

必殺待機状態へと移行し、両肩の「音撃鼓ショルダー」からエネルギー状の鼓が具現化。音撃棒の動きに合わせて鼓はアナザー響鬼に飛んで行き、数回の突撃の後に重なり合って一つとなり、アナザー響鬼の胴体に音撃鼓を形成した。

 

この音撃鼓は、接着した敵の動きを妖気で拘束する。

しかし、アナザー響鬼はそれでも動きを止めず、その状態のままジオウへと襲い掛かる。

 

 

「私に…任せて…!」

 

 

今度はカルタが変化。がしゃどくろになって巨大化したカルタはアナザー響鬼を食い止め、巨腕を地面に叩きつけて土煙でアナザー響鬼の視界を奪った。

 

ジオウを一瞬だけ見失った。

だが、土煙の中ですぐにその気配を捉えた。闘気を向け、こちらに突っ込んでくる。

 

 

「終わりだ…!」

 

 

アナザー響鬼は棍棒に炎を纏わせ、煙を裂いて現れたジオウの頭に振り下ろした。

殺った。ところが、その確信は次の瞬間に蒸発して消える。

 

 

「不良…なめんなぁっ!!」

 

 

頭を砕くはずの棍棒は、空振りに反転。

目の前にいたジオウは消滅し、代わりに現れたのは豆狸。最後の最後で、彼女は狸に化かされた。

 

渡狸は豆狸の姿でアナザー響鬼の顔に張り付き、再び視界を奪う。

 

渡狸の偽物特攻で、勝負を決めるのに十分な隙が生まれた。

一反木綿の反ノ塚に乗って空中で待機していたジオウは、その瞬間にアナザー響鬼を目掛けて飛び降り、胴体の音撃鼓に向けて渾身の飛び蹴りを放つ。

 

 

「おらぁぁぁっ!!」

 

《音撃タイムブレーク!!》

 

 

「鼓は桴で鳴らすもの」。その固定概念を利用した、上空からの不意打ち。

ジオウは勢いを止めず、連続蹴りで音撃鼓を打ち鳴らす。その連撃は確かに音撃となって、アナザー響鬼の全身に響いていく。

 

だが、想像以上の耐久。この調子だと、アナザー響鬼を倒す前にジオウの限界が来る。

 

 

「俺らを忘れんなよ!行くぜロックンロール!」

 

「文字通り支えてやる。しっかり叩き込め!」

 

 

そこに駆け付けたのは、蛮鬼と裁鬼。

ジオウの連続蹴りで隙だらけのアナザー響鬼の背中に、それぞれ音撃弦「刀弦響」と「閻魔」を突き刺し、音撃震「地獄」と「極楽」を取り付けた。

 

 

「助力します、日寺さん!」

 

「折角だ、派手に行こうや!」

 

 

更に天鬼と闘鬼が続いて、アナザー響鬼の体に鬼石を打ち込んだ。

二人の音撃管「烈風」、「嵐」。そこに合体させるは、音撃鳴「鳴風」と「つむじ」。

 

 

今ここに揃う、四人の鬼と、響鬼を受け継ぎし者。

鼓・弦・管の三つの音撃が一つとなり、偽りの響鬼を討ち祓う。

 

 

「音撃斬!冥府魔道!」

「音撃斬!閻魔裁き!」

 

 

師弟が掻き鳴らす、闇のビート。

如何なる強者であっても、この死神の爆音から逃れることは出来ない。

 

 

冥府

  魔道

 

閻魔

  裁き

 

 

「音撃射!疾風一閃!」

「音撃射!風神怒髪!」

 

 

威吹鬼から受け継いだ技と、闘鬼が編み出した豪快な奥義。異なる風は互いに強め合うことで、鬼をも刈る旋風となる。

 

 

  

  

  

  

 

 

物語の最後を彩る多重奏。その主役を飾るのは他でもない、次代の王。

その新米の「鬼」は、炎の音撃を全ての己で叩き込む。

 

 

「行っけぇぇぇぇっ!!」

 

 

音撃時空連打

 

 

共鳴する五つの清めの音が、アナザー響鬼の全身を駆け巡る。

それでも、尚も倒れないアナザー響鬼。鬼もただ、全力の音をぶつけるのみ。

 

そして、全ての音撃が完全に一つになった時

アナザー響鬼の体が、爆炎の中で弾けた。

 

 

 

「負けた……私が……!?」

 

 

土塊を撒き散らし、人間の姿になった九十九が膝から崩れ落ちる。

鬼の仮面ライダーの勝利で、勝負は決した。

 

いや、まだ終わってはいない。

 

例え消える時間だとしても、九十九とヒビキの確執が残ったままだ。

それを伝えずして、バッドエンドを覆したとは言えないはずだ。

 

 

「九十九さん、聞いてください。貴女の前世…いや、もっと遠い昔の話を」

 

「私の……?」

 

「否ッッ!!聞く必要など…全く!皆無であるッ!」

 

 

壮間の言葉を罵るような口調で遮る声。

クロエと蜻蛉から逃れた、アヴニルだ。

 

 

「お前確か…タイムジャッカー!」

 

「この若輩極まる愚か者の言葉など、聞く価値は一切ッ無い!貴公はヒビキを恨んでいるのだろう?それがどうだ、こんな志半ばで折れるつもりか?」

 

 

ジオウは無視できない大きな二つの違和感を覚えた。

一つ、タイムジャッカーがまだ何かしようとしていること。

 

そしてもう一つが、「彼女の体からアナザーウォッチが排出されていないこと」。

 

 

「そうだ…私はヒビキを…!」

「ダメだ九十九さん!俺の話を聞いてくれ、ヒビキさんは九十九さんを!」

「前世の話?そういえば先祖返りは同じ運命を繰り返すのだったな!ならばヒビキは、前世でも貴公を裏切り続けたに決まっている!幾度の人生を汚された恨み、許せるはずがあるまい!違うか!」

 

 

アヴニルの言葉は虚偽も甚だしい。もし真実を知っているのなら、ヒビキに対するこの上ない侮辱だ。しかし、その煽りは九十九の憎悪を増大させるには十分過ぎた。

 

ジオウの説得など、九十九の憎悪の前では触れた途端に消え去ってしまう。

 

 

「あぁ……うあ゛ぁぁぁぁッ!!」

 

《ヒビキィ…》

 

 

九十九が声にならない叫びを上げ、体内のウォッチが再び起動。

 

アナザー響鬼が、復活を遂げてしまった。

 

復活だけで留まらないのを、その場にいる誰もが感じていた。アナザー響鬼の体から放出される、異常な熱気。腕だけだった紅が、全身に浸食していくように広がっていく。

 

ジオウは一度、これに似た現象を見たことがある。

それは拭えない敗北と絶望の記憶。白い怪物へと変貌した、アナザービルドと同じだ。

 

 

「素晴らしいィッ!吾輩の見立て通り、この娘はハイクラスアナザーへと進化を果たす!さぁオゼ!奴に『刀』を持たせるのだ!今ここに最強の王が誕生するッ!」

 

 

ゲイツを退けたオゼの視線の先には、アナザー響鬼にやられた際に手放された、双熾の刀が。

 

オゼは刀に向かって歩みを進める。

タイムジャッカーの目的の一つである「ハイクラスアナザーの覚醒」。それが目前に迫っているというのに、オゼは意外にも浮かない顔をしていた。

 

 

「……ダメ!」

 

 

オゼの手が届く寸前で、何かを感じた香奈が刀を取り上げた。

目を丸くして驚くオゼは、黙って手を差し出す。だが、香奈は唇を噛み、抱きかかえるように刀を持って離さない。

 

 

「それ…必要なんだ。渡してよ」

 

「いや!絶対に渡さない!もうこれ以上、あんた達の好きになんてさせないから!」

 

「つまり…それはわたしを妨害するってこと?

何の力も無いただの人間が?わたしの邪魔?この不愉快な障害にも意味があり、実験を高次なものに導くとするのなら…あぁそうか、そうか!そうだ!そうに違いない!そうに決まっている!何故ならナゼならなぜならッ!今、わたしは溺死寸前の知的探求心に酔いしれているのだから!」

 

 

悪い方向に吹っ切れた、もしくは何かが外れたようだった。

オゼは刀に興味を無くし、興奮しきった笑みを浮かべてアナザー響鬼の前に降り立つ。

 

 

「ありがとう!やっぱり予期せぬトラブルはわたしに世界を教えてくれる!あなたには感謝するよ、名前も知らない少女A!」

 

 

進化の最中にあるアナザー響鬼。その熱気を一身に受け、

 

オゼの手が、アナザー響鬼の体を貫いた。

 

予想外の行動に、全員が身構えた。

その中で最も激しく感情を震わせたのは、アヴニルだ。

 

 

「貴様ぁッ!何をやっているオゼぇぇぇッッ!!」

 

「アヴニル。わたしはね、思うんだよ。

今の彼女に刀を渡せば、ハイクラスアナザーが誕生する。でも…それは『やらなくたって分かること』なんだよ」

 

 

オゼはアナザー響鬼を殺したのではなく、彼女の体内の別次元―――アナザーウォッチが存在する次元に手を入れたのだ。そしてオゼは、そこでアナザーウォッチを握り、

 

砕いた。

 

 

アナザー響鬼の姿が崩壊し、再び九十九の姿へ。

それと同時に、オゼが袖越しに彼女の手首に触れる。その時、彼女の体に刻まれた「封魔の呪い」が、消え去った。

 

 

「妖怪『野槌』はウサギも鹿も人も食べる大喰らいの妖怪。何百年も封じ込められた妖の魂は、飢えて飢えて仕方無いよね。さぁ起きて、近くにご飯がいっぱいだよ」

 

 

九十九の様子が急変する。これまでとは比べ物にならない、悲痛に満ちた呻き声。腕や首に蛇の鱗が生じ、着けていたマスクも朽ち果て、変化して裂けた口が露になる。

 

永らく封じ込められていた野槌の力は、本能のまま餌を探す。餌はあった。オロチ現象で湧き出た、無尽蔵の魔化魍だ。

 

 

「体内でウォッチを破壊することで短時間ライダーの力は体内に留まる。そこで妖怪の力を解き放ち外から吸収される魔化魍の力で霧散を抑制。それどころか先祖返りという特異かつ強靭な肉体全部を媒介として魔化魍妖怪ハイクラス化寸前のアナザー響鬼全ての力が混然一体となって顕現する!あぁヤバいやばいヤバイ!これしかない!この上なく至上に凄く…楽しいっ!」

 

 

魔化魍たちが九十九―――野槌の口に吸い込まれ、その肉体を変貌させていく。

完全に妖怪化した九十九の体に、アナザー響鬼の力も融合し、骨格から肢体まで異形の存在に。

 

巨大魔化魍を遥かに上回る巨体。紅の鱗で覆われた胴体から、蜘蛛のように生える八本の腕。背中からは棍棒を持った人間の腕が二本伸び、魚類のような尾は動くだけで大木を薙ぎ倒す。

 

顔は響鬼のような紋様と歪んだ角、口元を封じる拘束具は引き裂かれ、顔を二分する程の大きな口が開き、喚き声を上げた。

 

紅く、醜く、規格外のその姿は、

見る者に「太陽」をも想起させる。

 

 

「もうこれはアナザーライダーという定義で測れない!髄の髄まで貪って!喰って!舐って!わたしの子供、最強の魔化魍ッ!そうあなたの名前は…魔化魍『ソラナキ』っ!!」

 

 

―空亡―

黒雲を帯びた太陽の姿で描かれる、百鬼夜行の終わりに現れる最強の妖怪。全ての妖怪を踏み潰す万能の力を持つ。その正体は百鬼夜行が明けて昇る太陽を妖怪として見なした、2006年以降に認知されるようになった創作妖怪であるとされる。

 

 

「嘘だろ……どうすればいいんだよ、あんなの……!」

 

 

どれだけ心が強くあっても、この暴力と理不尽が具現化したような化け物を前にすれば、誰だって絶望せずにはいられない。

 

しかし、折れれば何かが変わるわけでも無い。

各々は己の武器を握り直し、最強の魔化魍「ソラナキ」に抗う。

 

 

「やるしか…ない!」

 

 

野ばらが脚を凍結させ、凛々蝶とクロエ、蜻蛉がそれの切断を図る。

しかし、凍結状態は一秒と保たず、ソラナキの身体は隅々まで刃の立たない鋼鉄の強度を誇る。

 

残夏でも理性の無い存在の思考は視えないし、動きが見えたところでどうこう出来る物ではない。その圧倒的な大きさに対しては、変化したカルタでも足止めにすらならない。

 

ソラナキの腕が地面に刺さるだけで地割れが起き、大地が崩壊する。触れた場所から生命が吸われるように、足元の草木は瞬く間に朽ち果てる。

 

ジオウ、ゲイツ、そして四人の鬼。彼らの攻撃もまるで意味を成さない。

魔化魍である以上、音撃でしか倒せないのだが、この図体でありながら音撃を叩き込む隙がまるで無い。

 

 

ソラナキが大きく動いた。棍棒を持った、背中の腕。

 

 

「―――避けろォっ!!」

 

 

刹那後の死。それを感じ取った裁鬼と闘鬼が、ソラナキの攻撃軌道から全員を逃がした。

 

大きく振りかぶった、ソラナキの一撃。

 

響く轟音。

棍棒が叩きつけられた大地は塵になり、塚の半分と悟ヶ原家の屋敷が、一撃で破砕された。

起こった熱風に触れただけでも、植物は瞬く間に灰に還る。

 

 

強さを測る次元ではない。災害と言うにも生温い。

これは、一つの終末や終焉と言って然るべき存在だ。

 

 

「げぇ…ちょっとこれヤバいでしょ。どーしよ」

 

「退くに決まっておろう!あんなモノに王としての価値など無いわッ!」

 

 

ヴォードとアブニルは、恍惚と笑うオゼを置いてこの時間から消え去った。

 

オゼが作り出したソラナキを倒さなければ、アナザー響鬼を倒したことにはならない。しかし、端的に言ってそれは不可能だ。勝てるはずがない。

 

それでも戦うしかない。世界を喰らう化け物を野放しには出来ない。

 

何より、壮間は約束した。

香奈に「王になる」と、ヒビキに「九十九を救う」と。

それを投げだすことは、今の壮間には出来はしない。

 

 

ソラナキが再び動いた。

今度はさっきの逆方向に腕を向ける。次の一撃で、ここら一帯は完全に崩れ、千年桜も木端微塵だ。

 

覚悟を決める暇もないまま、無造作に

その腕は振り下ろされた―――

 

 

 

「遅くなった、すまない」

 

 

 

軽い音。その後に轟く衝撃音。

ソラナキの一撃を、彼はただ一人で弾き返した。

 

逞しいその背中は、眼前の絶望の化身よりも、大きく見えた。ソラナキを前に誰もが絶望したように、彼の背中は誰もを鼓舞し、希望を与える。

 

 

「ヒビキさん!」

 

 

卍里がその名を呼ぶ。

仮面ライダー響鬼。壮間に負けた彼は、ある事に気付かされた。

 

 

「壮間、卍里。オマエらは、俺を強いって言ったな。

でも違う。気付いたよ。俺は何も強くなんか無い」

 

 

壮間の拳に、たった一撃に、ヒビキは完敗した。

 

何百年も鍛えた。これだけ強くなっても無理なら、諦めるしかない。とんだ驕りだ。二十年も生きていない彼にさえ、勝てないくせに。だから、

 

 

「もう少し足掻くさ。弱い奴なりに、みっともなく。俺はオマエ達の……“師匠”だからな」

 

 

彼女に好かれるために走った、始まりの日。

あの日の少年、飛牛坂彦匡は強さを得て、今そこにいる。

 

 

「見てな、俺の背中を」

 

 

響鬼の手に握られた、「響鬼」と彫られた短い刀。

一度目の人生で、死を迎える前日。九十九に渡された物だ。

 

響鬼の妖気に反応し、刀が大きく燃え上がる。

四百年の時を経て錆びついた刃が、息を吹き返すようだった。

 

そして、その刀は赤い刀身の機工剣に変化を果たす。

 

 

「―――響鬼、装甲」

 

 

響鬼の身体が、今一度炎に包まれた。

燃え盛る烈火の炎は、響鬼の身体を紅く染め上げる。

 

「牛鬼」の力、「響鬼」の力、彼が積み上げた「時間」が一つとなり、練り上げられる究極の「装甲」。

 

 

装甲(アームド)響鬼

彼が辿り着いた、強さの極地。

 

 

「もう約束を違えない。さぁ…勝負だ」

 

 

欠片も無い理性の代わりに渦巻く、果てしない憎悪。

ソラナキは、奥底から湧き上がる感情を絶叫した。

 

二本の腕が、響鬼の命を奪わんと迫る。

 

響鬼は刀―――装甲声刃(アームドセイバー)を下げ、片脚を後ろに滑らせ、回避の素振りを見せない。

彼の全ての神経は、敵を屠るために、限界まで研ぎ澄まされた。そして、

 

一瞬きの間に、ソラナキの脚が三本、腕が一本、

攻撃の一つも響鬼に届かせることは出来ず、音を立てて地に落ちた。

 

 

「え……?」

 

 

その光景に、オゼの笑いが止まった。

ソラナキの身体は当然のように再生する。だが、その隙に響鬼は懐に潜り、ソラナキの胴体を燃える刃で切り裂いた。

 

 

「ありえない…なんで!どうして!わたしのソラナキは最強のはずなのにっ!?」

 

 

オゼの叫びなんて、響鬼にとっては心底どうでもいい。

 

ソラナキは腕を振りかぶり、またあの一撃を放とうとする。それに合わせ、響鬼も剣を構えた。

 

 

「……はぁっ!!」

 

 

同時に解き放たれた衝撃は、空気を震わせて鍔迫り合う。

響鬼が放つ全力の斬撃は、地形さえ変えるソラナキの鉄槌をも凌駕し、それどころか十分な威力を残したままソラナキへ到達。棍棒を粉砕し、そこから伝播するように腕や胴体の半分を消し飛ばした。

 

 

仮面ライダー響鬼は“強”の戦士。

強さとは、時間であり生き方そのもの。憧れたその背中はやはり、まだ遥か遠くに。

 

 

「鬼神覚声」

 

 

変形させた装甲声刃に、響鬼の声を注ぎ込む。

音撃の到達点。それは、己の「声」を刃に宿して邪気を断つ、究極奥義。

 

 

 

音撃刃

鬼神覚声

 

 

 

業火の刃がソラナキに迫る。

オゼは時間を止めようとするも、千年桜の力場がそれを許さない。

 

 

「帰って来い……ツクモ!!」

 

 

鬼神覚声はソラナキの体と、彼女に巡る魔化魍とアナザー響鬼の力だけを断ち切る。

その斬撃は次元をも超え、崩れたアナザーウォッチの核を打ち砕いた。

 

 

 

 

 

声が聞こえる。

 

 

闇を裂いて近づいてくる声は、

とても懐かしい、熱い声だった。

 

 

 

「………彦匡……」

 

 

 

ソラナキの体が弾けた。

 

偽りの太陽は消え、百鬼夜行が明ける。

千年桜の桜吹雪の中で、鬼に抱きかかえられた少女は、彼の顔に触れて涙を流した。

 

 

「ごめんなさい……私ずっと……気付けなくて……!」

 

「あぁ…お互い様だ」

 

 

遥かな時を超えて、ようやく届いた約束。

その日、一つの長い戦いが終わりを告げた。

 

 

 




響鬼は最強のライダー。だからこそ、最強の装甲響鬼を出しました。
はい、響鬼アーマーの影薄いとか言った奴、謝るから職員室に来なさい。

魔化魍「ソラナキ」は、本文にも書いた通り、創作妖怪「空亡」がモデルです。妖怪として認知されるようになったのが「仮面ライダー響鬼」よりも後の事なので、この作品で魔化魍として出すのは丁度いいかなって。

次回はエピローグで、今度こそ終わりです!

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もし、君が運命なら

経堂東馬
仮面ライダークローズに変身した青年。23歳。弦巻家の使用人「黒服」の一人。通称「要するに馬鹿」「馬鹿真面目ではなく真面目馬鹿」「頭筋肉」。ハロハピの皆を追ってオーストラリアに行ったつもりがアマゾンに行っていたため、アナザービルドとの戦いには関与しなかった。しかし、クローズのウォッチは……

本来の歴史では・・・仮面ライダークローズに変身した彼は、ビルドと共にスマッシュやブラッドスタークと戦う。その後、スカイウォールが出たり、敵ライダーが現れたり、自身の秘密も明らかになるが、基本的にメンタルは鋼なのでスタンスと馬鹿さは変わらない。


ポケモンの鎧の孤島が楽しみな146です。
あと高評価嬉しいです。すごく嬉しいので執筆速度上がりました。

一気に書きました、響鬼×いぬぼく編エピローグ!これで本当に終わりです!




戦いが終わった。

未来をかけた戦い。そして、ヒビキの運命が生んだ戦い。

 

タイムジャッカーによって歪められた運命を、ヒビキはその手で断ち切った。

 

アナザー響鬼、及び魔化魍ソラナキは倒れ、

最後に記憶が蘇った九十九は、戦いの末にヒビキ―――彦匡と再会したのだった。

 

だが、九十九は力の代償として眠りについた。

少なくとも、歴史が書き換わるまで、目覚めることは無いだろう。

 

 

「…ヒビキさん。これ、返します」

 

 

夕焼けを浴びる妖館の庭で、壮間はヒビキに響鬼ウォッチを差し出した。

 

ヒビキが壮間のウォッチに「物語」を託したように、その逆も出来るはずだ。再びヒビキを主人公に据えれば、この物語は存続できるかもしれない。

 

 

ヒビキは黙ってウォッチを受け取った。

 

それでいい。壮間は結局、アナザー響鬼を倒せなかった。ヒビキがいたから、タイムジャッカーの思惑を打ち砕けた。今の壮間では、ヒビキの強さには遠く及ばない。

 

しかし、ヒビキはすぐに壮間の手を取って、

響鬼ウォッチを壮間の手に握らせた。

 

 

「え…?」

 

「今度は成り行きでも、諦めでもない。俺の『響鬼』は、オマエに託す」

 

 

果たされた二度目の継承。

嬉しくはあるが、納得が出来ない。何より、壮間が気にかける大きな事が一つ。

 

 

「でも、それだと九十九さんは…」

 

「いいんだよ。それは、鬼じゃない俺に任せた。

諦めなければ、必ずその日は来る。必ず二人で笑える日が来る。先祖返り(おれたち)に自由の代わりに与えられたのが、そのための長い時間だ」

 

 

最後の最後で、ヒビキは運命に打ち克った。

ヒビキの四百年への報いは、それだけで十分だ。

 

そして、それを成せたのは、壮間がいたからだ。

だからヒビキは、壮間の中の「強さ」を認め、信じた。

 

 

長い時間を鬼として生きた男は、「響鬼」を継ぐ者にこの一言を捧げる。

 

 

 

「強くなれよ、少年」

 

 

 

_______

 

 

戦いを終えたミカドは、惜しむことも無く妖館を後にした。

タイムマジーンを呼び、2005年から去ろうとする。その去り際に、ミカドを呼び止める少年がいた。

 

 

「ミカドー!」

 

 

煩わしそうに振り返った先には、卍里がいた。

別れを惜しまれるような関係でもない。構わず去ろうとするミカドに、卍里も構わず大声をぶつける。

 

 

「壮間はヒビキさんに勝った!そんで…俺もおまえも、最後まで…ヒビキさんの弟子にはなれなかった」

 

 

卍里の言葉で、考えないようにしていた感覚が沸き上がる。

 

この時代に来て、誰よりも無力感を味わったのはミカドだ。

2005年のライダーには、誰にも敵わなかった。一見競り合うように見えた蛮鬼も、殺す気で来られれば負けは見えていた。

 

それどころか、ライダーですらない先祖返りにも勝てない。

アナザー響鬼を倒すことは愚か、女のタイムジャッカーに手間取って貢献すら出来なかった。

 

果てには壮間にヒビキを倒された。

ミカドはこの時代で、一体何が出来たというのか。

 

 

「俺とおまえは弟子に成れなかった同士。つまりマブダチだ!」

 

「…貴様と一緒にするな」

 

 

そうは言いつつも、ミカドだって認めている。

卍里は土壇場で根性を見せ、アナザー響鬼の討伐に一役買った。彼は強い。

 

それ故に、ミカドは血を吐きそうなほど、悔しくて仕方がない。

 

同じ悔しさを味わった卍里は、彼なりのエールを送るためにここに来た。

この出会いが、無になってしまう前に。

 

 

「負けんじゃねーぞ!」

 

「……当然だ!」

 

 

終わる者から、進む者へ。

その言葉を確かに受け取り、ミカドは卍里に背を向けた。

 

 

________

 

 

そして、物語の終わりを共に迎える者たちは、ここにも。

 

 

「お別れ…だね」

 

「ふん。人が減って少しは落ち着くな。

と言っても、僕らはそれを忘れてしまうのだがな」

 

 

歴史が変わり、妖館と鬼の面々との関りは消える。

そして、香奈がこの時代に来たという事実も。

 

香奈と凛々蝶は、その別れを惜しむ。

 

思えば、凛々蝶にとって、普通の人間の友達は初めてかもしれない。

運命で繋がれていない友情。凛々蝶は、それがどこか不安だった。

 

 

「私…さっき凛々蝶ちゃん助けた時、言ったよね。

『私の友達は、今の凛々蝶ちゃん』って。ごめん、あれ訂正。

 

前世でも、来世でも、違う世界の凛々蝶ちゃんでも、きっと私は好きになる。絶対友達になる!だから…全然寂しくない!」

 

 

そう自信満々に言いながら、香奈は泣きそうに声を震わせる。

 

何も不安を感じることは無かった。

人間と先祖返りは違う。でも彼女はきっと、そんな境目なんて踏み越え、馴れ馴れしく会いに来る。また会える。凛々蝶には、それがたまらなく嬉しかった。

 

 

「…そうだ、ソウマから伝言があるんだ」

 

「伝言?」

 

「伝言の伝言…かな?ソウマが会ったっていう、来世の凛々蝶ちゃんから。

『君は今、幸せですか?』…って」

 

 

来世の凛々蝶。時間が変わり、その存在はifとして消えることが確定した。そんな彼女が残した、もう一人の自分へのメッセージ。

 

かつて凛々蝶が受け取った、未来からの手紙とも違う。悲しいメッセージ。

 

凛々蝶には分かった。

彼女は、きっとまだ出会えていなかった。愛されることを知らなかった。愛されていることを知らなかった。

 

誰にも気づかれない、寂しい存在。それは紛れもなく自分だ。

 

でも大丈夫。きっと出会う。

仲間に会えた。愛する人に、愛してくれる人に出会えた。幸せになれた。

だから、君もきっと―――

 

 

「僕からも…伝言を頼まれて欲しい。日寺くんへ、光ヶ崎くんへ、ifの僕たちへ、未来の僕たちへ。これは夏目くんの受け売りだけど………」

 

 

出会いは無になんてならない。意味のない時間は無い。

きっと巡り巡って、全てが繋がるんだ。

 

 

「君が運命なら、きっとまたどこかで生まれる。出会える。いつか来るその日を、胸を張って迎えられる様に…君は、君の時間を重ねていけばいい」

 

 

 

いつかまた出会う。この時間に、そう約束して。

2005年。鬼と先祖返りの物語は幕を閉じた

 

 

 

 

________

 

 

2018

 

 

「おはようソウマ!」

 

 

2005年から2018年。

半月以上の時間旅行は終わり、帰ってきた三人に待ち受けるのは日常だ。

 

香奈は教室に足を踏み入れるや否や、座っていた壮間に、手を上げて大きく挨拶をする。

 

 

「お、おはよう…元気だな」

 

「私、決めた!将来とかわかんないけど、とりあえず勉強頑張るよ!次に凛々蝶ちゃんに会った時、恥ずかしくないように!」

 

 

清々しく宣言する香奈を見て、壮間も奮い立つ。

 

手に握る響鬼ウォッチは、とても重く感じた。

壮間も香奈と同じだ。ヒビキが重ねた四百年、今回も重いものを受け継いでしまった。だから、これから強くならなければいけない。彼らの信頼に足るように。

 

 

「香奈はずっと頑張ってるだろ」

 

「じゃあ超頑張る!D判定でもかかって来いやー!」

 

 

そして、意外なことが一つだけあった。

ミカドだ。この時代に帰ってきたミカドは、驚くほど大人しく登校してきた。「馴れ合い」とか「腑抜けた」とか言ってたにも関わらずだ。それが今では誰より早く着席して、予習までする始末。

 

どうしたのか聞いたところ、ミカド曰く、

 

 

『俺はこの時代の仮面ライダーに勝てなかった。貴様にさえ負けた。何故奴らがあれほど強かったのか、何故俺が勝てないのか知らなければならない。貴様らの時代での生き方の中に、その答えはあるはずだ。それを見つけて、俺が貴様と仮面ライダー共を叩き潰す!』

 

 

…らしい。

不器用だが、彼もまた自分のやり方で鍛えようとしている。壮間も負けてはいられない。

 

毎日を積み重ねて、鍛えて、

いつか師匠の背中に届く日を、自分の力で勝ち取るために。

 

 

 

_________

 

 

2018年。メゾン・ド・章樫、通称「妖館」。

13年の時が過ぎ、あの頃の住人やSS、従業員は、ほとんどここを出て行ってしまった。

 

そこは今も変わらず、先祖返りたちが集う場所。

この高級マンションに、今日もまた一人先祖返りが訪れる。

 

 

「4号室……ここ…だよね……?」

 

 

マスクを着けた、髪の長い小柄な少女。

彼女は今日からここに住む転居人だ。

 

大きな荷物を持ち上げようとした時、後ろから別の手がそれを持ち上げる。

 

黒いスーツ姿の、少し威圧感のある風貌をした少年。

彼は少女の顔を覗き込み、その顔に微笑を見せた。

 

 

「会いたかったよ。今日から俺がオマエのシークレットサービスだ。名前は―――」

 

 

 

_______

 

 

「かくして、我が王は響鬼の力を受け継ぎ、王の玉座へ歩みを進めた。これでようやく三つ目…王への道のりは、まだまだ長いようです。私も気長に導くとしましょう」

 

 

ページがめくられる。

ウィルはそのページに触れ、不敵に笑う。

 

 

「鬼の次は…なるほど。これはまた、興味深い物語になりそうです」

 

 

 

 

 

心地よい水の音。

青空を反射して輝く水面は、小さな波となり、砂浜を滑る。

 

大空の中心に鎮座する太陽は、優しく砂浜と海を平等に照らす。

 

そんな砂浜と海の境目に、誇らしく刺さる「旗」。

 

 

その旗に刻まれた名誉の名は―――「LoveLive!」

 

 

どこからともなく吹いたオレンジの風は、まるで意志を持つようにその旗を通り過ぎ、海に笑い声を残して消えた。

 

さながら、「幽霊」のように。

 

 

NEXT>>2015

 

 

 

_______

 

 

2004

 

 

美しく終わる物語もあれば、望まぬ結末の物語もある。

これは、そんな物語の一つだ。

 

 

「…っはぁッ……!があ゛ァッ…!」

 

 

不死の生命体「アンデッド」。

その力を封印して戦う、スペードの紫紺の戦士。

 

仮面ライダーブレイド。

 

一つの物語の「主人公」である彼を見下すのは、芸術家気取りの謎の男、令央だ。

 

 

「お前は…友と世界、どちらを取る?」

 

 

ブレイドは深い傷を体に負い、とても戦える状態ではない。ここまでブレイドを痛めつけたのは令央だ。だが、彼はまだその殺意を突き立てる。

 

そんな時、令央の口から出てきた問いかけ。

「友」か「世界」か。その問いはどういう意図があるのか、霞む意識で思考する。

 

だが、すぐに答えが出てこないのは既に「間違い」だ。

癇癪を起こすように、令央はブレイドの体に刃を突き刺した。

 

 

「なんで答えられない?『世界』も『友』も、己が犠牲になることで救う。それだけが答えだ!芸術的な、美しい結末だ!それが出来ないお前は、やっぱり贋作でしかない」

 

 

ブレイドの変身が砕け、体を貫かれた青年が、血と臓物と共に命を散らした。

 

すると、令央の手に青い光が収束。

光は、仮面ライダーブレイドのライドウォッチとして実体化した。

 

 

「愚作は塗り潰す、それが私の芸術。次は…どんな作品を創ろうか」

 

 

令央の腰にぶら下がる、三つのウォッチ。

それはどれも「2005」と刻まれた、「威吹鬼」「轟鬼」「斬鬼」のウォッチだった。

 

令央は筆を抜き、真っ黒なインクで

壁に、「眼」を描いた。

 

 

 

_____

 

 

次回予告

 

 

「修学旅行…!?」

「やって来ました!静岡ぁー!!」

 

 

いざ修学旅行!行き先は何故か…?

 

 

「ちょっと前に廃校になった校舎…噂じゃそこに…」

「幽霊だと?下らんな」

 

 

怪談に潜む、アナザーライダーの影!?

 

 

「輝きは…確かにそこにあったんだよ」

「彼はゴースト…魂、則ち彼岸の存在だ」

 

 

次のレジェンドは―――幽霊(ゴースト)

 

 

「芸術は……破壊だ!」

 

 

次回、「レッツゴー・サンシャイン!2018」

 




ラブライブ編をやるとは言った。
だがラブライブサンシャインの方だ!仮面ライダーゴーストだ!

というわけで、次からラブライブサンシャイン×ゴースト編始まります。これ普通に先駆者が知り合いにいる組み合わせなんで、若干緊張はしますが…ともかく、意識するのは「長くなり過ぎないように」ですね(猛反省中)。

ゴーストやサンシャイン見返してから書くので、遅くなるかもです。

まぁ、その前に書きますよ。
ごちうさ×ドライブのアーカイブ!アンケート結果は「ドライブ編」!いわゆる第一話を書かせていただきます!さらにその前に補完計画もありますが…


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ジオウくろすと補完計画 8.5話 「教えて!補完計画!」

注意
・今回の補完計画は今までで一番酷いです。
・そのくせ一番文字数が多いです。
・いないと思うけど小中学生はご遠慮ください。
・二次作家仲間を頼った結果、奴らがやらかしました。
・というか大体の事を許せる人だけが進んでください。


ウィル「祝え…!ネタ切れであるッッ……!」

 

壮間「第一声が酷い」

 

 

2005年での激闘を制し、無事に響鬼の力を継承した壮間。

そしてやってきた、お決まりの補完計画だが…ウィルは本を放り出して突っ伏していた。

 

 

ウィル「これまで数々の補完を行ってきた補完計画だが、今回は本当にやることが無い…当初は男女に分かれて打ち上げで焼肉でもするつもりだったが、冒頭で3000字を越えて泣く泣く没にしたとか…」

 

壮間「いつも大して補完してないじゃん…

でもどうすんの?今回は休みにしちゃうとか?」

 

オゼ「ううん。その必要はないよ」

 

 

台本を持たずに空間に割り込んできた人物。

タイムジャッカーのオゼである。

 

一応補足しておくが、彼女は今回の響鬼×いぬぼく編で起こったほとんどの事件の元凶。それでいてタイムジャッカーの紅一点かつ屈指のド狂人である。

 

 

壮間「タイムジャッカー!?お前何しに来たんだ!」

 

オゼ「そんなに拒絶されると、わたしも寂しさを禁じ得ないよ。

ネタ切れと言ったよね、ウィル。だったら、わたしの知的探求心に付き合って欲しいな」

 

ウィル「私は君のことが嫌いだが…ネタ切れ回避のためなら已むを得まい。では、君が持ってきた企画とやらを聞かせてもらおうか」

 

壮間「え?二人って知り合いなの?」

 

オゼ「嬉しいよウィル。じゃ、今回の補完計画は題して…『教えて!補完計画!』」

 

 

『教えて!補完計画!』とは、

読者の方々から質問に答え、あとは作者が個人的に補完したい設定を垂れ流す企画である。

 

 

オゼ「いくつか質問を受け取ってきたよ。わたしも知りたいことだらけだし、早速この溢れ出る好奇心を満たしにいこうか」

 

壮間「うーん…なんかこの子に仕切られるの釈然としない…」

 

 

※質問をくれた方々に大分アレな人もいたため、一部センシティブな質問も含まれます。ご注意ください。

 

 

ウィル「それでは、まず一つ目だ」

 

 

Q:この物語の猛士ってどうなってるの?

 

 

オゼ「猛士は、仮面ライダー響鬼に登場する組織だよ。異なる物語と交わり、その設定にどのような化学変化が生じたのか…実にとてもすごくっ!興味深いな」

 

壮間「このテンション苦手…」

 

ウィル「私もだ、我慢したまえ我が王。これに関しては、レジェンドに話を聞いてみよう」

 

 

ウィルが運んできたモニターに映るのは、ヒビキの顔。

ご時世に配慮し、一部リモート補完計画でお送りします。

 

 

ヒビキ『猛士の話?あぁ…今回そんな感じなのか。

えっとな、猛士の構造は大体原典と一緒。まぁ発足時期は江戸時代以降だから、原典より遅めかな』

 

壮間「ヒビキさんが響鬼になった後、ってことですか?」

 

ヒビキ『そーそー。2005年では関東に鬼は十一人…これは原作の威吹鬼んとこに藍ちゃんが入ってる形ね。原典と違うのは、そのうち俺と藍ちゃん、バンキが『妖館護衛班』に配属されてるってとこ』

 

オゼ「先祖返りは半妖の性質上、妖怪ベースの魔化魍に狙われやすいんだね。それを守るために全国の妖館に鬼が配置される…理に適った仕組みだ、ありがとうヒビキ!」

 

ヒビキ『ちょっと待ってなんでその女!?てゆか、もしかして俺の出番これだk』

 

 

A:『妖館護衛班』が存在します。

 

 

壮間「レジェンドなのに扱いが不憫」

 

ウィル「では次だ。次の質問は…」

 

 

Q:ビルド×バンドリ編の、名前だけ出てきた「弥生北斗」って何者?

 

 

壮間「俺、その人知らないんだけど」

 

ウィル「裏話として名前は明かされてた、仮面ライダーグリスに変身する青年のことだ。今回は彼についての詳細情報を作者から預かって来たよ」

 

オゼ「いいねウィル!早く見せてよ!」

 

 

弥生北斗

仮面ライダーグリスに変身する青年。22歳。通称「パスパレオタク終末期」「パスパレで生命活動を維持する男」「パスパレ公式ストーカー」。2017年では人気イケメンタレントだが、実は田舎育ちの元暴走族の頭。両親と喧嘩して家を出て、そのまま東京に行くはいいが、路頭に迷う。そんな時に研修生時代の丸山彩に出会い、心奪われ、半ストーカー行為をしているうちに芸能事務所の人間に見つかり、無駄にいい顔と才能でいつの間にか人気タレントになっていたという驚きの男。その後パスパレが結成してからはメンバー全員にゾッコンであるが、何故か全く共演が出来ないため血涙を流す日々を過ごしていた。パスパレの人気も軌道に乗り始めたころ、夢にまで見た共演が決定。しかし、その北海道ロケの最中に、赤羽大地が「スカイウォール計画」を実行してしまい…

 

 

壮間「これが仮面ライダーグリス、弥生北斗か…ビルド勢なんか変な人多くない?」

 

ウィル「ちなみに、彼のライドウォッチはビルド×バンドリ編ラストで令央という男が持っている。彼の登場シーンの描写を鑑みるに、恐らくは…」

 

オゼ「あのヘンな落書き男のことだよね?わたしアイツ嫌いなんだよ。だってそもそもアイツが…」

ウィル「おっとネタバレはやめてもらおうか」

 

 

A:パスパレ狂いの元ヤン人気タレントです。

 

 

壮間「割と真面目に補完してるじゃん。ネタ切れとか言ってたけど、これ前回より大分まともだよ?」

 

ウィル「この調子で行こう。次の質問は…」

 

 

Q:片平さんの好きな男性像は?

 

 

壮間「言ったそばからこれだよ!」

 

オゼ「うん。とっても気になる話題だね」

 

壮間「嘘ぉ!?」

 

オゼ「彼女はわたしに新しい価値観を与えてくれた。そんな彼女が、何を感じ!何を生き!何を愛したのか!それが人生をどう構成し、どんな変革をもたらしたのか!まさしく人格創造の命題!これほどまでに知欲が刺激されることは滅多やたらと存在しないんだよっ!きみは幼馴染なんだよね、何か教えてよ!」

 

壮間「えー…!?そんなこと言われても、俺だってあいつの事そこまでは…」

 

オゼ「……使えない」

 

壮間「おい今なんて言ったこのクレイジーサイコロリ!?」

 

ウィル「彼女にはきつく言っておくから、落ち着きたまえ我が王。それはそうと、この質問に関しては私が本人から答えを預かっている。姫君曰く…

 

A:『優しくて、いい人で、何よりすっごく頼りになる人!あとできればイケメン』

 

だそうだ。残念ながら我が王、君は『イケメン』という点では…うん」

 

壮間「うっさいなぁ!俺は悲しいよ、幼馴染が面食いでさ!正直なのはいいけど!」

 

 

ちなみに、他の女性陣からも回答を貰っております。

 

 

アマキ『聡明で誠実かつ、真面目で、努力を怠らない方が好ましいです。逆に、才能に胡坐をかいて女なら誰彼構わず手を出そうとするチャラチャラした留年間際の自称ロック男なんかは出会いがしらに首をへし折ってやりたいですね』

 

九十九『え…好きな…男性…ですか…?それは……その………彦匡……です…っ』

 

 

オゼ「わたしは異常な精神状態及び体質の人間が好きだよ。人間という規格から外れた存在であればあるほど良し」

 

壮間「理想の実験材料の話はしてない!てか誰もお前の好みなんて興味ないでしょ!」

 

オゼ「そんなことは無いよ?ほら、こんな質問もあるし」

 

 

Q:オゼちゃんのスリーサイズを教えてください。

 

 

壮間「誰だこんな奇特な趣味持った奴!」

 

オゼ「スリーサイズっていうと、胸・腰・尻の数値だよね?測ったことないけど、細い方だと思うよ。正直自分のことには興味ないかなぁ」

 

ウィル「これに関しては作者が答えを用意したらしい。以下の数値だ」

 

 

A:79・57・81です。(優秀な考察班が算出)

 

 

壮間「考察班って何!?怖い!」

 

※言い遅れましたが、ここから一気に質問がセンシティブになります。

 

 

Q:オゼちゃんって性的興奮を覚えることってあるんですか?

 

 

壮間「これ質問したの同一人物だろ!誰この特殊性癖のド変人!」

 

ウィル「この本によれば、現在ウルトラマンとラブライブのクロスオーバー、『タイガ・ザ・ライブ!〜虹の向こう側〜』を連載している、蒼人氏らしい。彼は他にも『ビルライブ!サンシャイン!!〜School idol War〜』などの作品を生み出しているが、ハッキリ言って彼は変態だ。類は友を呼ぶというやつだよ」

 

壮間「素直にヤバい人じゃんか!」

 

ウィル「それがどうして、彼の作品は素晴らしい物揃いだ。是非一度見ていただきたい。彼は絵も描けるし、かなり才能に満ちた男なのだが…」

 

壮間「嘘つけ!この人絶対性癖丸出しの小説とか絵書いてるって!」

 

 

※書いてます。

 

 

オゼ「それで、わたしへの質問だったよね?性的興奮…というと発情から生じる本能的快楽のことかな?わたしの全ては知りたいという欲求に帰結する!新たな世界が脳髄を通り!全身に注がれる!あの!快楽!悦楽!愉悦に!!勝るものなんてあるはずがないんだよ!」

 

 

A:この子は知識に欲情します。

 

 

壮間「ヤバイわ。この子ヤバい」

 

ウィル「だから嫌いなんだ彼女は。今日は会話が成り立つだけまだマシだよ。気を取り直して次の質問だが…」

 

 

Q:オゼちゃんと香奈ちゃんは処女ですか?

 

 

壮間「おい蒼人ぉ!!お前いい加減にしろよ!」

 

ウィル「落ち着くんだ我が王!これは一見彼のようだが…また別の人物からの質問だ」

 

壮間「はぁ!?こんなトチ狂った質問送る人、他にいるわけ…」

 

 

※います。かつてハーメルンで「ラブドライブ!~女神の守り人~」や「BanG Dream!〜異形の仮面と〜」などを連載されていた、希ーさんです。

 

 

ウィル「かの大魔王はpixivで連載を続けているという。作品は相当面白いので、こちらも全員読むように」

 

壮間「大魔王て…俺ジオウなんだけど。俺差し置いて魔王ですか。いや間違いなく普通の思考回路はしてないんだろうけど…」

 

オゼ「つまり交尾経験があるか否かという質問だよね」

 

壮間「仮にも女の子がそんな言葉を使うんじゃありません!

言っとくけど香奈は彼氏いたことも無いからな!まぁ中学の時は知らんけど!多分そういう話も無い!…と思いますぅ!」

 

ウィル「なぜ最後に自信無くしてしまったんだい」

 

オゼ「わたしに関しては…ふふ、秘密にしておくよ。そっちの方が魅力的じゃないかな?ウィルもそう思わない?」

 

ウィル「私に話を振らないでくれるかな」

 

 

A:香奈は処女。オゼは秘密。(暫定回答)

 

 

ウィル「さて最後の質問だ」

 

壮間「まだあるの…?かなり胃もたれしそうなんだけど」

 

ウィル「これもさっきの質問と同じく、希ー氏の質問だね」

 

 

Q:壮間とミカドは処女ですか?

 

 

壮間「待って無理意味わからんどゆこと!?怖い怖い怖い怖い!」

 

オゼ「なるほどね、それは興味があるよ。普通に×××の話ならば男性視点の体験談はわたしじゃ知り得ないし、質問の内容的にこれは男性同士の×××のメタファーの可能性も…×××を×××に×××したとしたらそれに伴う×××の×××は…いいよっ!その話詳細に明確に綿密に克明に!知らないなら今ここで記憶に焼き付けてっ!今すぐわたしに聴かせてよ日寺壮間!」

 

ウィル「彼女の台詞に不適切な表現があったため、一部伏字とさせていただきました。それでは今回の補完計画はここまで。またお会いしましょうさようならー」

 

壮間「挨拶いらないから助けてウィル!待って帰らないで助けて!ちょっと待て何持ってんのお前!いやぁぁぁっ変人女に襲われるぅぅぅぅ!」

 

 

A:童貞で処女です。(暫定回答)

 

 

to be continue…

 

 

 

壮間「もうマジで質問コーナーなんてやらないからな!ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 




お目汚し失礼しました。本当に。
ネタ切れした時、このコーナーは蘇ります。


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EP09 レッツゴー・サンシャイン!2018
UTIURA


赤羽大地
ブラッドスターク、仮面ライダーエボルに変身した少年。16歳。通称「ウェイ系侵略者」「存在するな危険」「人型ニトログリセリン」。湊友希那とは親密な関係。壮間が過去で出会った最初の人物で、その後は四谷を焚き付け捨て駒にしようとした。エボルのウォッチは現在令央が所持している。

本来の歴史では・・・「スカイウォール計画」を実行し、日本を争いの渦中に誘った全ての黒幕。地球外生命体に寄生されていたが、後に自分の意志で仮面ライダーエボルへと変身。地球を滅ぼすべく行動を開始した。


ハッピバースデー、トゥーミ~!ハッピバースデートゥーミ~!ハッピバースデーから二か月~!(遅くなりました)(二十歳になりました)(146です)

というわけです。ちょうど2か月前ですが、度近亭心恋さんより「仮面ライダージオウ~Crossover Stories~ 掌編」という三次創作小説を誕生日プレゼントに頂きました!ビルドリ編の内容となっており、天介の物語の一部を覗けるようになってます!ハーメルンでも読めるのでよろしくお願いします!

もう一つ。ハーメルンでここすき機能が実装されました。
好きな文章の所で、スマホならスライド、PCならクリックすれば「ここすき」を投げられます。投げられると大変うれしいので軽率に投げましょう。

今回からゴースト×サンシャイン編!開眼です。


「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。響鬼と先祖返りの物語の中でまた一つ強くなった我が王は、また一つのバッドエンドを覆し、三つ目のライダーの力を継承するのでした。

 

さて、息つく間もなく次の物語のようです。四つ目の物語のキーワードは『輝き』、そして『幽霊』。我が王が過ごすのは夏前ですが…少し早めの怪談話と洒落込むとしましょうか」

 

 

砂浜の上で本を閉じたウィル。

彼が手放した紙飛行機は、青空に向けて真っ直ぐに飛んで行った。

 

 

 

______

 

 

 

響鬼ウォッチを受け継ぎ、しばらく経ったある日。

ミカドが学校にいる光景にも慣れ始め、新たなアナザーライダーも出現することなく平凡な一日が始まる予定だった。

 

 

「よーし。今日の一限は修学旅行のあれこれ決めるぞ。3人か4人で班作って、自由研修の行き先の候補提出するようにー!」

 

「修学旅行…!?完全に忘れてた…」

 

 

朝一番で担任が声を張る。

この学校ではこのタイミングで修学旅行が入るのだ、珍しいかどうかは壮間には分からないが、思い出すと壮間もそれなりに楽しみではある。

 

行き先は沖縄。タイムリープした壮間は既に一度修学旅行に行っているが、二回目なら二回目で落ち着いて楽しめそうだ。仮面ライダーになってから時間も経ったし、こういったリラックスイベントがあってもいいだろう。

 

 

「沖縄と言えば、水族館のナポリタン美味しかったんだよなー。また行ってみるか」

 

「レポート書いてもらうからな!各自、静岡で研修になるところしっかり探せよー」

 

「そうそう静岡と言えば……ん??」

 

 

「静岡!!??」と叫びそうになった壮間、すんでで声を止める。

驚きで立ち上がったため、抵抗虚しく目立ってはしまったが。

 

 

 

 

 

「ちょい香奈、え、どゆこと?沖縄じゃないの!?」

 

「急に変わったって結構前に集会で言ってたじゃん。しっかりしてよー王様志望!」

 

 

壮間は記憶を探るも、やはり覚えがない。そもそも一週目ではちゃんと沖縄に行ったのだ。これはリープ地点よりも前に何かしらの改変があったということか。

 

それは後でウィルに聞くとして、どうして静岡なのかが気になって仕方ない。変更するにも京都やら北海道やら色々あるだろうに、妙に不自然に感じる。

 

ちなみに班は壮間、香奈、そしてミカドの三人で組むこととなった。というか、香奈が即決で班を組んだ。

 

 

「何故俺が貴様らと…」

 

「一緒に時も越えた仲じゃない!硬いこと言わないの!」

 

「日寺と仲良くする筋合いは無いが、貴様と仲良くする筋合いも無い。離れろ」

 

 

強く突っぱねるも、磁石かってくらいくっつこうとする香奈。

いつもの数段テンションが鬱陶しく、ミカドも心底面倒くさそうだった。

 

 

「気になってたんだけどさ、なんか香奈テンション高くない?」

 

「えー?そりゃそうでしょ、だって静岡だよ!?超とスーパーとウルトラが付くほど楽しみに決まってんじゃん!」

 

「バイブス馬鹿上がりは分かったけど、どうしてよ。沖縄の方が良くないか?」

 

「何言ってんの静岡だよ?静岡には……あ、もしかしてソウマ知らないのか…

うんヨシ!それなら、修学旅行行ってからじっくり教えてあげるからっ!覚悟するようにお二人さん!!」

 

「え、何?このモヤモヤお預け?」

「だから何故俺まで…」

 

 

そんなこんなで、香奈の指揮によって修学旅行の予定などは組みあがっていった。

 

 

 

その後も準備は滞りほとんどなく進み、遂にその日を迎えた。

 

 

「やって来ました!静岡ぁー!!」

 

 

静岡駅に降り立って開口一番。香奈は他との温度差を気にすることなく、嬉しそうに叫んだ。

 

クラスの面子は「沖縄が良かった…」という声で溢れかえっているのに対し、この少女はと言うと「しゃー!」「おらー!」と虚無に向けて拳を突き出す程度には喜んでいる。

 

 

香奈のテンションは下がらないまま静岡大学見学の研修が終了し、一日目の自由研修の時間がやって来た。

 

 

「さぁ来たよ自由研修!早速沼津にレッツゴー!待ってて内浦ぁぁぁぁ!」

 

「香奈」

 

 

勢いよく飛び出した香奈を呼び止めた壮間。彼女が止まらないことは分かっていたので、腕を掴む。

 

動きを止められた香奈は何かを訴える目で壮間を見つめるが、壮間は表情を変えず冷めた目をして逆方向を親指で指した。無慈悲である。

 

ここで真相を明かすと、香奈は勢いで乗り切ろうとしていたが、実は彼女が提案した研修は教師にことごとく却下されたのであった。

 

 

「嫌だぁぁぁぁぁ!!絶対内浦行くもん!ソウマの馬鹿!ケチ!頭でっかち!彼女いない歴=年齢!ミカドくんはいいって言ってくれたのにぃぃぃぃ!!」

 

「いいわけないだろ!内浦までどんだけ時間かかると思ってんだ研修時間終わるわ!それにミカドの『いい』はどうでもいいの『いい』だろどうせ!」

 

「一瞬でいいの時間無くたっていいから!一呼吸でいいから内浦の空気吸わせて!じゃなきゃ死んでも死にきれないよ!」

 

「死なないから安心しろ!てかその場合は困るの俺なんだわ!どうせレポート書くの俺なんだから!」

 

 

泣き叫ぶ少女と叱りつける少年。その後に付いていく人殺しみたいな目をした少年。静岡の駅で目撃されたこの光景は、後にSNSでプチバズりしたという。

 

 

 

_______

 

 

 

香奈が行きたかった内浦は時間の都合上却下され、壮間班が自由研修で向かったのは静岡市美術館。その後はウロウロと街を見て回り、静岡城を見に来たところだった。

 

思ったよりもずっと楽しく、壮間は驚く。木組みの街でもそうだったが、そもそも自分にとって未開の土地に足を踏み入れるというのは心が躍るものだ。

 

 

「お父さんお母さんの気持ちも分かるな。旅好きになっちゃいそう」

 

 

壮間の両親は旅行好きであり、色々あって世界を転々としている。全てが平凡な壮間にとって唯一特殊なのはこの両親だろう。

 

そして、その楽しさよりも驚きだったのは、ミカドだった。

 

 

「日寺。まだ時間がある、次は動物園に行くぞ。絶滅種を見ておきたい」

 

「動物園って…静岡市立日本平動物園か。結構遠いぞ。つか、それなら静大が近いんだし最初に行けばよかったじゃんか」

 

「黙れ。つべこべ言わずに出発だ」

 

 

消極的だったミカドが予想を貼るかに越えて満喫していた。

 

美術館や城。研修レポートが書きやすいように、歴史的だったり文化的だったりの場所を選んだのだが、それが彼の琴線に触れたようだ。

 

 

「俺の時代では、文化遺産は馬鹿が破壊し尽くしてほとんど残っていない。だがこうして実物を見ると、馬鹿の中にいた英雄が歴史を繋いできたと実感できる。この遺産は未来永劫残されるべきだ」

 

 

との事だ。脳筋の戦場頭な面ばかり目立っていたが、彼の素は意外と学術的なのかもしれない。

 

一方で香奈は最初のテンションは見る影もなく、完全に二足歩行する炭と化していた。

 

 

「……それで、結局なんだったわけ?その、香奈が内浦に行きたかった理由って」

 

 

日寺壮間。空気は読める男。

そろそろ聞いておいた方がいいと思い、香奈の放置を止めて問いかけた。

 

すると少しだけ息を吹き返したように、暫く閉じられていた口から声が零れる。

 

 

「Aqours…」

 

「ア…なんて?」

 

「静岡といえば…内浦といえば!Aqoursの聖地でしょ!だからどーしても行きたかったの!」

 

 

「Aqours」その名前を熱い口調で語る香奈だが、壮間は何のことだか分かっていないようだ。

 

 

「アクアって…ミカド知ってる?」

 

「ラテン語で水を意味する」

 

「まぁ水ってのは分かるけど…」

 

「はぁー……やっっぱり知らないかぁ。だと思ったソウマだもんね。確かに!田舎出身だし東京じゃ若干マイナーなスクールアイドルかもしれないよ?でもラブライブ優勝もした超・凄いスクールアイドルなワケ!なんっでみんなして知らないかなーナゲカワシイよ全くもって本当にさ!」

 

 

ため息と同時に堰を切った言葉の激流。それを聞いてもイマイチ分かってない様子の壮間だが、その理解の及ばなさは香奈の想像を超えていた。

 

 

「スクール…アイドル?」

 

 

壮間が放った疑問符付きの一言で、香奈はここしばらくで一番の驚愕顔を見せた。この間うっかりタイムスリップした時より驚いている可能性すらある。

 

壮間とて驚かれていることに驚いている。確かにそういった文化には人並み以上に疎いが、スクールアイドルなんて単語は聞いたことも無い。

 

 

「え、本当に知らないの??じゃ、じゃあAqoursのライバルのSaint Snowは?」

 

「知らない」

 

「それならA-RISEは?」

 

「聞いたことない」

 

「μ'sは!?」

 

「それは知ってるかも…石鹸?」

 

 

余りに想像を絶する有り様に、香奈は頭痛がしたのかフラフラと足元がおぼつかなくなる程だった。

 

壁に寄りかかって見た壮間の顔は、何がそんなにと言いたげでポカンとしている。そんな幼馴染の姿に、香奈は凡そ女子が出すとは思えない声と共にえげつない大きさの溜息を吐き出した。

 

 

「…ソウマってさ、もしかして息だけして生きてきた系の人?」

 

「おっと急に切れ味抜群だね」

 

「いやいやいやだって有り得ないでしょ!このご時世で?いくらなんでもスクールアイドルを知らないってぇのは、ちょっと世間知らずじゃ済まされませんよ。人としてダメ。論外。アウト・オブ・ザ・ガンQだから」

 

「最後の多分色々違う」

 

「あーもういい!大丈夫!そんなダメっダメなソウマはAqoursの動画でも見てお勉強しなさい!あ、WATER BLUE NEW WORLDは最後に聞くのがオススメね」

 

 

そう言って香奈は壮間のスマホで動画サイトを開くと、力強い足取りでどこかに走って行った。

 

と思ったらすぐに戻ってきた。壮間も何処行くつもりだろうとは思ったが。

 

 

 

______

 

 

あの後、時間の限りミカドに連れ回された結果ギリギリでクラスに合流。夕方の講演会を終え、旅館に到着した一同は休息の時間を迎えていた。

 

 

「日寺ー、トランプやんねぇの?」

 

「ごめん、俺パス。ちょい忙しい」

 

 

旅館の部屋の隅で、壮間はスマホから流れる音楽にイヤホン越しで耳を傾けていた。

 

例のAqoursというアイドルの曲は全て動画サイトで無料で見れるようだった。というか、スクールアイドルがほとんどそうらしい。

 

明日にでも香奈に感想を聞かれそうなので仕方なしに聞き始めたのだが、これが相当に想像以上だった。学生だからという妥協は微塵も感じられない。アイドルには詳しくないが、プロと比べてもなんら遜色ない事は分かった。

 

 

何より壮間の目を引くのは、画面の中で踊る彼女たちの、眩しい程の「輝き」。

 

 

「凄いな…これが高校生って」

 

 

香奈に最後にと勧められた「WATER BLUE NEW WORLD」なんて圧巻だ。ラブライブという全国大会で披露されたこのステージを見るだけで、彼女たちが必死に足掻き、苦しみ、それでも駆け抜けてきたその道が、ハッキリと見えるようだった。

 

普通の感受性しか持たない壮間にも、そのイメージが頭に焼き付く。

それは表現物の一つの極致と言ってもいいかもしれない。

 

 

「この真ん中の子なんて、いかにも普通って感じなのに。

『普通の高校生』が、『何か』になった瞬間…か…」

 

 

飲み物を買いに部屋から出た時も、自販機を前に画面から目が離せない。

はっと我に返り、財布を出して顔を上げる。どうしてか、やけに感情移入してしまった気がする。

 

 

「……あれ?」

 

 

カタンと自販機の中で飲み物が落下。壮間はそれを気にも留めず、呆然としていた視界を右手で拭うように擦る。

 

画面から目を離したはずなのに、さっきすれ違いで見えたのは……

 

 

「いや…気のせいだろ」

 

 

_______

 

 

 

その頃、今日一日に不満しか無かった香奈は、まだ内浦の聖地巡礼を諦めきれずにいた。

 

 

「せっかくここまで来たのに…私に資格ナシってことなんですか、Aqoursさん…」

 

 

香奈がスクールアイドルにハマったのは、3年前。

秋葉原でその年のラブライブ決勝を、大スクリーンで目にした時。Aqoursのステージを見た、その瞬間だった。

 

あんなふうになりたいと思った。

あれ以来、ずっと追いかけている。あの輝きを探しに行きたい。

 

 

「ねぇねぇ、そーいえばさ。静岡って言えば最近…」

 

「あ、あの都市伝説だよね。ちょっと前に廃校になった校舎…噂じゃそこに…っていう。何人も消えちゃってるって…怖いよね」

 

「でも大丈夫っしょ。静岡っていっても、それってかなり端っこらしいし」

 

 

部屋の隅で燻っていた香奈の耳に、そんな会話が入ってくる。

必死こいてワンチャンを狙っていた香奈はいつにない理解力を発揮。それが「どこ」の話なのか、すぐに理解して食いついた。

 

 

「その話!もっと詳しく聞かせて!」

 

 

 

________

 

 

 

「もうそろそろ消灯だし、早めに寝るか…」

「失礼します!ソウマ!ミカドくん!集合!!」

「うぉい!?何事!?」

 

 

消灯時間直前、男子部屋のふすまを勢いよく開けた香奈。なんだなんだと騒ぐ男子たちを押しのけ、寝る前の壮間と筋トレをしていたミカドの首根っこを掴んで連行していった。

 

 

「何の用だ貴様。俺のトレーニングを邪魔するだけの用なんだろうな」

 

「どうせロクな用じゃないと思う…」

 

「いいから聞いてってば!さっき聞いた話なんだけど、この近くに幽霊が出る廃校舎があるらしいんだって。ちょっと調べに行かない?」

 

 

「幽霊」の単語で壮間はのけ反りそうになる。想像以上にしょうもない用事だった。しかも香奈がスマホで見せた件の学校を見れば、その魂胆が透けて見える。

 

 

「お前…この学校って初代Aqoursの学校じゃん。浦の星女学院。全然近くじゃないし」

 

「チッ…それは知ってたか」

 

「出てるぞ本音。そこまでして行きたいのは分かるけど、もうちょっとマシな理由用意しろって」

 

「幽霊だと?下らんな。与太話なら間抜け同士でやっていろ。俺は戻る」

 

「ちょちょちょ、違くて!別に肝を試しに行こうって話じゃないの。

時は平成。もう平成も終わるって時代ですよ?そんな現代に幽霊見たって人が大勢いて、何人もカミカクシにあってる。絶対おかしいと思う。それって、その…あなざー、ライダー?の仕業なんじゃないかって!」

 

 

香奈の推理にしては珍しく筋が通っている。強い願望は人の能力すら引き上げるのだろうか。

 

 

「でもそんなアナザーライダーいる?だってそれが幽霊のアナザーライダーとして、元になった仮面ライダーも幽霊ってことでしょ?死んだ人がライダーなんてそんな…」

 

「死人の怪人は存在する。仮面ライダーも同様だ」

 

「いるんだ」

 

「だが有り得ん。仮に百歩譲って幽霊のアナザーライダーだとして、偶然旅行にやって来た場所で偶然出くわすなどとても現実的ではない」

 

 

ミカドがそう反論するが、壮間は木組みの街に行った時もアナザードライブに遭遇している。なんか現実味を帯びた話になってきた。

 

が、ミカドはその反対の姿勢を崩さない。香奈もそれに全力で抵抗する。

 

 

「いいじゃん行こうよ!絶対アナザーライダーだから!レッツゴー浦の星!」

 

「ふざけるな絶対に却下だ!どうせ馬鹿どもの話が尾ひれを持っただけに決まっている、時間の無駄だ!」

 

 

そんな言い合いは結構な大声で繰り広げられ、間にいる壮間は従業員の人に怒られるんじゃないかと、頑張って二人を止めようとする。

 

そして、壮間の予想通りになってしまったのか、口喧嘩の騒ぎで誰かが駆けつけてきた。しかも着物姿、旅館の仲居だ。

 

 

「ちょっと、今の話!」

 

「わあぁぁぁぁ!スイマセン!コイツらすぐ止めますから!」

 

「そうじゃなくて!今、浦の星に行くって言ってなかった!?」

「あ、いたいた!ちょっと君、話聞いてもいい?」

 

 

想定外の反応。止まった壮間と口喧嘩を続ける二人の下に、更にもう一人、追いかけてきた人物が現れる。

 

壮間の前にやって来た二人の女性。両方壮間より年上なのは分かる。大学生くらいの、綺麗な女性だ。片方はさっき見たように仲居さん、もう片方はラフな格好をして眼鏡をかけている。

 

 

「え……ちょっと待て。もしかして……!!」

 

 

というか、見たことがあった。それもついさっきまで見てた顔。

音楽とダンスの画面の中にいた顔と同じ顔が、二つ。

 

香奈も誰か来たことに気付き、すぐに目を見開いて腰を抜かした。

「何故」とかが思い浮かぶ前に、余りの驚きと喜びで体が震え、香奈は自然とその名前を絶叫した。

 

 

「ア…Aqoursの……高海千歌さんと、渡辺曜さん!!??」

 

「あはは…」

「ヨーソロー!」

 

 

輝きを追って出会った、憧れの存在。

この出会いから始まった戦いで、少女は奇跡を目撃することとなる。

 

 

 

______

 

 

 

月を反射する水面に視線を滑らせ、砂浜を踏みしめる男。

風に運ばれ何処からかやって来た紙飛行機は、風が止まらない限り進む。

 

男―――令央は、飛んできた紙飛行機を握り潰し、砂浜へと墜とした。

 

 

「見えた。描き(壊し)に行こうか、次の作品を」

 

 

振り返った視線の遥か先にあるのは、3年前に終わったはずの学校。浦の星女学院。

 

風が強く吹いた。

砂が、月夜を覆った。

 

 




千歌と曜にエンカウント!次回は浦の星ですが、ミカドの様子が…
ちなみに沖縄の水族館のナポリタンが旨いのはマジ話です。実は僕よく沖縄に行くので。自慢です。静岡には行ったことありません。

つい最近ランキングにも載り、評価が上がっては下がってを繰り返し最終的に下がっています!何卒、感想、お気に入り登録、そして高評価をよろしくお願いします!


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怪奇!廃校舎の幽霊!

アナザー響鬼
2005年の槌口九十九が変身したアナザーライダー。改変された歴史では響鬼を倒し、妖怪「守り鬼」として13年間先祖返りを過激に守護し続けた。
音撃、鬼爪、鬼火などの鬼の能力を備えているが、特殊な能力は持ち合わせていない。しかし、変身者の九十九はヒビキの元弟子であり、極めて優れた才覚を持っていたため、戦闘能力は他のアナザーライダーを圧倒するレベルである。一定条件下で撃破しない限り、何度でも蘇る。

千年桜のソラナキ
アナザー響鬼紅が妖怪「野槌」の能力で他の魔化魍を喰らうという、極めて特殊な生育環境で生まれた魔化魍。巨大魔化魍をも凌駕する巨躯を持ち、振るう棍棒は大地を砕き、触れた生命を無に還すと言われる。正真正銘最強の魔化魍。
デザインモチーフは「牛鬼」+「オロチ」+「ツチグモ」+「ロクロクビ」


キャラ紹介長くなりました146です。
遅れたのはマリオしてたからですね。はいすいませんでした。マリオギャラクシーは一週目全クリ致しました。

今回は前回のタイトル詐欺の名誉挽回、本当に内浦へ行きます。
一応補足を入れますと、今話が進んでいるのは「(ほぼ)原作通りに劇場版で完結したラブライブサンシャインの時間軸」です。

「ここすき」(詳細は前回の前書きで)、是非ともよろしくお願いします!


「Aqoursの高海千歌さんと、渡辺曜さん!!??」

 

 

静岡に修学旅行に来た壮間たち。そこで香奈がスクールアイドルAqoursの母校、浦の星女学院に行こうと説得をしていたところに現れたのは、元Aqoursの二人だった。

 

 

「え…でも、そんな事って…っうあっ!?」

「す…すいません!あ、あ、あの…サイン…ください!」

 

 

どこからか取り出した色紙を差し出す香奈。緊張と動揺の様子だが、裏腹に目の前の壮間を突き飛ばしたほど血眼になっている。

 

 

「サイン…!?えっ…どうしよう、曜ちゃん書いたことある?」

 

「前に何回か…なんか文字アートにするのがいいって聞いたことあるよ。って千歌ちゃん大きいって!そっち半分は私が書くから!」

 

 

一方、千歌と曜は突然のことに若干浮かれているようだった。功績に反してサインは慣れていないらしい。

 

 

「ありがとうございます!えへへ…どうしようソウマ、サインもらっちゃったぁ」

 

「うん…そりゃよかった。すごい嬉しそう」

 

「こっちこそありがとうだよ!あっそうだ、ついでに握手もする?」

 

「こらこら、あんま調子乗らないの千歌ちゃん。本題それじゃないし」

 

 

曜の言葉に、緩み切った顔の香奈以外は気を取り直す。

幽霊が現れると噂になっている浦の星女学院の廃校舎。彼女らは、その話に食いついてきたのだ。

 

咳払いの後に話を切り出したのは、千歌だった。

 

 

「さっきの噂…浦の星に幽霊が出るっていう話。それに合わせて、人が消えるって話も知ってるよね?それで消えた人っていうのが…廃校当時の生徒の子たちなんだ」

 

「……それ、やっぱりもしかして!」

 

 

香奈がスマホを取り出し、ある画面を見せた。

それはあるSNSアカウントのページ。半月ほど前から一切の更新が止まってしまっている。

 

 

「これAqoursの津島善子さんのツイッターアカウント。その後は小原鞠莉さんと黒澤ダイヤさんと黒澤ルビィさんのインスタも止まってる。これってまさか…」

 

「……うん。最初に内浦にいた善子ちゃんと花丸ちゃん、梨子ちゃんがいなくなって、心配して帰ってきた当時三年生の三人とルビィちゃんもその後…まだ消えてないのはもう私と曜ちゃんだけ。でも、何も考えずに行ったら私たちもきっと…

 

私たちはみんなを助けたい!だからお願い、私たちと一緒に浦の星に来て!あなたたちなら、よくわかんないけど大丈夫な気がするんだ」

 

 

見ず知らずの相手に頼むことではない。しかし、仮面ライダーの力を持つ壮間たちにそれを頼むのは、結果として最適だ。容易く起きた奇跡に壮間は目を見開きつつも、香奈と視線を合わせ、お互いの決断を確認した。

 

 

「わかりました、俺たちで良ければ―――」

「駄目だ」

 

 

その言葉に横入りしたのは圧のあるミカドの声。話を聞けど、反対の姿勢を崩さないミカドに、香奈は隠す気の無い難色を見せる。

 

 

「はぁぁぁぁ?Aqoursの御二方の頼みだよ?やるに決まってんじゃん、やる流れなの!無駄に反対しないでくれる?テンポ悪いよ?」

 

「そもそも距離がある上に探索も時間を割く。睡眠時間を削ってまで調べる価値があるのか。それとも昼間に行く気か?それこそ論外だ。例え旅行と言えど集団行動を乱す者は立場と信用を失い、最悪重大な損害を招く。仮にも集団の一員である以上、その行動は余りに軽率だ」

 

 

饒舌に繰り出される理論武装の全弾発射。それに対し香奈の足りない頭に浮かんだのは、苦し紛れの反撃だけだった。

 

 

「へ、へーんだ。えらく抵抗するじゃん。もしかして…ミカドくん幽霊怖いんじゃない?」

 

 

またも正論が返ってくると思っていた。

しかし、返ってきたのは彼らしくない沈黙。

 

 

「……」

 

 

香奈はここぞとばかりに即座に理解した。苦し紛れがまさかのラッキーパンチだ。そして、彼女は弱みに平気でつけこめる程度には性根が悪い。

 

 

「あー、はいはい。そーゆーことならオッケーオッケー。てか、そもそもミカドくんいなくてもソウマいるじゃん!幽霊も平気な強ーいソウマに頼っちゃうし。ねー、ソウマ」

 

「いや俺はミカドいた方が安心というか…」

「ねぇぇぇぇぇぇっ!?」

「あっはい。そっすね」

 

「とゆーわけで、幽霊が怖いミカドくんは大人しく!引きこもって!みじめーに留守番!ソウマだけでアナザーライダー倒しちゃうから!さー行きましょう皆さん!」

 

「待てッ!!」

 

 

釣れた。香奈の煽りが的確にミカドのプライドを貫いた。

 

 

「怖いだと?そんなわけがあるか。行けばいいんだな、上等だ」

 

 

言い終わる前に無駄に強い足取りで旅館の出口に向かう。

何はともあれ、浦の星行きは決定。千歌と曜は胸をなでおろすと同時に、並ぶ三人の背中に消えた仲間たちの影を重ねていた。

 

 

 

 

「……で、どうやって行くの?内浦まで」

「曜ちゃん何言ってんの。そんなの電車とバスに決まって……

あーっ!こんな時間に走ってるわけないじゃん!」

 

 

頼んだ身であるが。交通手段がない事に千歌は今更気付いたようだ。

しかし、それは壮間とて分かっている。だから少し離れた広い公園まで移動したのだ。

 

 

「さっき呼んだので、そろそろ来るはずなんですけど…あ、アレです」

 

 

壮間が指さすのは上空。指先が示す方向から星が、いや、何かしらの大きい飛行物体が向かってくる。その光景は砂浜でのデジャヴを感じさせるが、降りてきたモノはあの時よりも想像を絶していた。

 

 

「…未来ずら……」

「花丸ちゃん乗り移ってるよ千歌ちゃん」

 

 

移動手段はもちろんタイムマジーン。最高速度は時速722.3km。東京から15分足らずで静岡に来る圧巻のスピードだ。

 

ちなみに内浦まで行くには5分で十分。

「時間無いって何だったの?」という香奈のツッコミと、「それはそれだ」というミカドのガバガバ反論が赤いタイムマジーン内で繰り広げられた。

 

 

 

______

 

 

 

あっという間に内浦へ到着。それはつまり心の準備をする暇も無いということで、目的地の浦の星女学院を前にして狼狽しまくってる人物がいた。

 

 

「あぁぁぁぁっ!!浦の星…浦の星だ…!本物だ…!いや、分かるよ。今は喜んでる場合じゃないってことは。Aqoursの皆さん助けに来たんだから。でもさぁぁぁ…あの浦の星に、元Aqoursの初期メンバーお二人と一緒に来れるってもう…もうさ…あぁっ!」

 

 

言うまでも無く香奈だ。校門の前で左右ウロウロしながら、数秒おきに悶えている。楽しそうで何よりだと壮間は思う。

 

心の準備が出来ていないのは香奈だけではない。

千歌と曜もそうだ。ここに来るのは、Aqoursとして先に進むことを決意した、あの日以来。

 

 

「開いてる…」

 

 

千歌がそう零した。校門が少し開いていた。

あの日もそうだった。でも、千歌はそれを閉じ、ここを思い出の中に仕舞った。お別れをしたはずだった。

 

校門に手を伸ばすのが、少し怖い。

身勝手な考えだとは理解してる。でも開けてしまえば、楽しいままで終わった浦の星での時間が、上書きされてしまうようで―――

 

 

 

「何をしている早く行くぞ」

 

 

引きつった顔と凄まじい眼力で、ミカドが校門を開けた。勇み足な彼に壮間と香奈も続く。

 

 

「そうだよね…ここに懐かしみに来たんじゃない」

 

 

彼らと一緒に来て、本当に良かった。思い出も何も関係のない彼らがいたから、気付くことが出来た。

 

楽しい思い出を汚さないようにするんじゃない。

楽しい思い出のまま、先に進むため戦いに来たんだ。

 

 

「行こう、曜ちゃん。みんなを助けよう」

 

「……うん」

 

 

力強く進む千歌の姿。ずっと見てきて、ずっと変わらない背中。

やっぱり遠い。曜はそう感じてしまった。

 

 

______

 

 

 

校舎は長らく使われていないのに鍵も何も掛かっていなかった。つまり、ここに誰かが来ていたという証拠。幽霊かどうかはともかく、本気で調べる必要がある。

 

そこで、壮間たちは二つのチームに分かれることになった。

提案+強行したのはミカド。幽霊が怖くないとアピールしたいのか、早く帰りたいのか、とにかく心情穏やかじゃないのは伝わった。

 

 

そうして分かれたチームの一つ目、壮間と曜は二階を散策していた。

 

 

「広い…ですね」

 

「だよねー!これ私たちがいた頃、教室すごい余ってたんだよー」

 

 

これで会話が終わった。気まずい。

壮間は人見知り、曜もそんなにグイグイ来るタイプではないので、さっきからブツ切りの会話が続き、その度に微妙な空気になっている。

 

夜も深まってきた。懐中電灯を頼りにしているが、それがかえって不気味だ。壮間はさも平気な風に振舞っていたが、実際は怪談すら苦手な部類。何かが出たら曜を置いて逃げない自信がない。とりあえず内心謝っておく。

 

 

「壮間くんってさ…」

 

「は、はいっ!すいません!」

 

「なんで謝るの…?」

 

「いや、つい…それで、なんですか?」

 

「あ、うん。壮間くんって、何か得意なことってある?お姉さんに教えてみなよ」

 

 

曜から投げられた、突拍子もない話題。気を使ってくれたのか分からないが、壮間は変に勘繰らず素直に答えた。

 

 

「いや…別に」

 

「やっぱり。でも変わりたいって思った。それで今、夢中になってることはあるよね?」

 

 

やっぱりと言われたのが少しグサリと来たが、その次の言葉に少し思考が止まった。

 

前までなら即答で「無い」だった問いだ。でも今は、心当たりが確かにある。

既に三つの物語を巡り、たくさんの主人公を見てきた。自分もそうなれるんじゃないかと、僅かに思い始めている。

 

「夢中」。その単語は、驚くほど壮間の心を的確に表していた。

 

 

「…はい。詳しいことは…ちょっと恥ずかしいんで言えないですけど」

 

「ふーん。じゃあ壮間くんも普通怪獣だね」

 

「普通…怪獣?」

 

「普通星に生まれた、普通怪獣。自分を普通だと思ってて、ずっと変わりたがってた、君みたいな女の子がいたんだ」

 

 

そう話す曜の視線の先は、廊下の奥。その瞳に移しているのは過去の光景だと、なんとなく分かった。

 

 

「でも私はそんな風には思わなかった。普通なんて嘘っぱち。ひたすらに夢中になって、みんなを巻き込んで…その子がいたから私たちは輝けた。学校は救えなかったかもしれない。それでも…輝きは確かにそこにあったんだよ」

 

 

誰の話をしているのか、それも分かった。

曜が抱いているのは多分憧れだ。それも、近くで輝くものに対する憧れ。壮間の香奈に対するそれと、よく似ているように感じた。

 

 

「でも、それはもう3年も前。楽しかった記憶も遠くなってきて、あの時いっしょに輝いてたみんなも…いなくなっちゃった。そんなわけないって分かってるんだ。それでも…たまに思っちゃうんだよ。あの時間は、ただの夢だったんじゃないか…って」

 

 

きっと溜め込んでいたのだろう。千歌には言えなかった、関係の無い壮間にだから言えた、溢れ出すような曜の言葉。

 

 

「…悲しいですね」

 

 

いくら努力したって、やりたいように一生懸命になったって、その輝きは永遠じゃない。太陽だっていつかは死ぬ。人間の短い命ではどう頑張っても、すぐに終わりが来る。その後はきっと何も残りはしない。

 

これを悲しいと言わずして、何と言うのだろうか。

 

 

珍しく会話が続き、曜について行った先はある教室の前。

曜自身も、ここに来てしまったことを驚いているようだった。

 

 

「ここって…」

 

 

そこは、3年前に彼女たちが過ごした教室。

誘われるように、そっと、曜はその扉に指先を乗せる。無意味に早まる鼓動を感じながら、扉に掛けた手をゆっくりと横に……

 

 

『おはよう、曜ちゃん』

 

 

誰かの声が、そう囁いた。

瞬間、視界に飛び込む光。その眩しさが、夜闇の黒一色を塗り替える。

 

そこに広がるのは明らかな非現実。0時を示す時計が呼んだ明晰夢。

 

 

二人は、女生徒で賑わう教室の中に立っていた。

 

 

_______

 

 

一方、ミカドと香奈と千歌のチームだが。

 

 

「これで俺たちが担当する区域の調査は終わった。そこの女が言う消えた人間など影も形も無い。幽霊の噂も虚言と証明された。早急に帰るぞ」

 

「ちょ…ミカドくん…速いって…」

 

「そうだよ…曜ちゃんたち、まだ二階に…はぁ…」

 

 

香奈と千歌はミカドの極端な速足に引き回され、息も絶え絶えに。

実際特に何も見つからなかったのだが、それにしてもミカドの焦りが顕著すぎる。これには思わず千歌も一言。

 

 

「ミカドくん…だよね。そんなに幽霊怖いの?」

 

「馬鹿を言うな怖くなどあるはずがない殺すぞ貴様」

 

「いやいや無理あるって…そんな恰好で言われても」

 

 

千歌と香奈がミカドの姿を今一度確認。

白装束に線香を大量に持った両手。塩水を体にかけたらしく、磯の匂いがプンプンする。誰がどう見たって除霊態勢MAXだ。

 

 

「これは装備だ。この時代の対幽霊武装を揃えたに過ぎん」

 

「それ怖いってことなんじゃ…」

「うんうん」

 

「揃いも揃ってこの時代の女は馬鹿しかいないのか。幽霊は敵だ!しかも物理攻撃無効、防御透過、浮遊能力持ち、その上攻撃手段は呪術で回避のしようがない!こんな厄介な相手に対策をしない方が遥かに愚かだ!そもそも一度殺した敵の魂が再び襲いに来るなど悪夢以外の何者でもない!」

 

 

「あー怖いってそういう…」と、二人は揃って心の中で呟いた。流石は未来人の戦場育ち。幽霊の怖がり方も現代離れしている。

 

 

「…あれ?」

「ッ!?」

 

 

香奈の視界を何かが通過した。漏れ出た声に一瞬で反応し、塩を手に握るミカド。

 

 

「誰かいた!?」

 

「千歌さん…今、確かに何かがそこに…」

 

 

現在一同がいるのはある教室。香奈は黒板の前、教卓を指さした。それを千歌が確認に行こうとした瞬間―――

 

 

「死ねぇ!!!」

 

 

ミカドが放り投げた机で教卓が吹き飛んだ。

衝撃の光景に香奈と千歌の口が開く。というかこの男、今幽霊に死ねと言った気がする。

 

激しい音と共にひしゃげた教卓の影から飛び出したのは、幽霊……ではなく、犬だった。

 

 

「犬…スコットランド原産 シェットランド・シープドッグ、通称シェルティか。驚かせやがって」

 

「驚いたのはこっちなんだけどなぁ…でも、いまどき野良犬なんて珍しい…って、どうしたんですか千歌さん?」

 

「ううん、でも…鼻の毛色が左右で違う。こんな感じの犬、誰かから聞いたような…」

 

 

何処かで聞いた。その記憶は、一番楽しかった時間の何処か。それを手繰り寄せるため、千歌は犬に手を伸ばす。

 

しかし、その指先は犬の黒い毛をすり抜けた。

目を凝らすとその体は半透明。それは正しく、幽霊のようで。

 

 

「千歌さん!」

 

 

時計は0時を過ぎている。香奈の叫び声の向かう先には…

 

醜悪と恐怖の象徴のような、真っ黒な体に瞳を宿す、本物の『幽霊』が浮かび上がっていた。

 

 

 

「……」

 

「え…?」

 

 

千歌が振り返り、悲鳴を上げるよりも早く、幽霊は千歌の耳元で何かを囁いた。

次の瞬間、千歌の姿は淡い光に包まれて消失。闇に浮かび上がるしわくちゃな太陽のような、その顔が次はミカドに向けられた。

 

 

「ッ……!」

 

 

ミカドは叫んで怖がるような真似はしない。ただ真っ先に全速力で教室の出口に向かう。しかし、開いていたはずの扉は閉まり、鍵ではない何かによって固く閉ざされている。

 

すると今度は迷いなく窓に向かってダッシュ。身を屈めて窓に飛び込むが、窓の前の透明なバリアに阻まれ、激突&墜落。香奈とミカドは、一切の逃げ場を失った。

 

 

「千歌さんを…返せぇぇぇっ!」

 

 

塩を撒きながらアクロバティックに逃げ惑うミカドに対し、香奈は掃除用具入れのホウキを固く握り、幽霊に立ち向かう。興味がないように背中を向ける幽霊に、香奈は全力でホウキを叩きつけた。

 

当然、それで撃退できるのは小動物が関の山。ホウキは軽い音を立てて幽霊に当たっただけ。背中を小突かれた幽霊の首はグリンと回り、漆黒の眼が香奈を見つけた。

 

だが、香奈の心に恐怖より先に浮かんだのは、大きな発見。

幽霊なのにホウキが当たった。つまり()()()()。そして、暗闇の中で目立つ、背中のロゴのような模様。

 

 

「『GHOST』、『2015』…!ってことは!

ミカドくん!こいつ、幽霊なんかじゃない!年が書いてある!アナザーライダーだよ!」

 

 

一呼吸の後には、幽霊―――否、アナザーゴーストの体は勢いよく蹴り上げられ、天井に張られた己の結界に衝突。

 

 

「殲滅だ」

 

 

アナザーゴーストを踏みつけたミカドは、殺意に満ちた気迫でドライバーにウォッチを装填した。

 

 

 

______

 

 

 

「なんだよ…これって…今真夜中のはずだろ!?」

 

 

曜と壮間が迷い込んだ、不思議な空間。窓からは太陽の光が指し、この廃校舎の中で普通の学校のように半透明な幽霊の女生徒が集まり、楽しそうに過ごしている。何を取っても虚構でしかない光景だ。

 

 

「みんな…どうして…!」

 

 

曜の眼差しに込められたのは、驚きと、喜び。その反応で壮間も察した。

ここにいるのは行方不明になった人々。廃校当時の浦の星女学院の生徒たちが、当時の姿でここにいるのだ。

 

懐かしそうに、フラフラとその中心に向かおうとする曜を、壮間の手が掴んだ。

 

 

「駄目です曜さん!こんなの絶対おかしい!」

 

「でも…みんながそこに…!」

 

「分かってます!でも、こんなのアナザーライダーの仕業に決まってる!だから、こんな空間ぶっ壊して、俺が皆さんを助けます!」

 

 

迷いは罪。2014年で学んだ心を反芻し、壮間はドライバーとウォッチを構えた。

 

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

「壮間くん!?なに、それ…!?」

 

「さっきの、夢中になってる事。それがこれです!」

 

 

壮間の変身に曜は目を丸くする。その衝撃は思い出に惑っていた曜を叩き起こし、その胸に高揚と期待を抱かせた。

 

この心地の良い空間は、あの時間そのものだ。でも決して現実じゃない。人知を超えた何かで友達が捉えられている、それこそが現実なのだ。

 

曜の心はまだ揺れている。でも、彼ならこの幻想も、輝きへの未練も断ち切ってくれるかもしれない。

 

 

「さっき君たちと会えたの、やっぱり奇跡だったんだ…!」

 

 

ジオウが扉を開けても、日差しが照った非現実。この空間は学校全域に広がっているようだ。そうなると、変身したはいいが打つ手が思いつかない。

 

 

「まずアナザーライダーを見つけないと。きっと学校のどこかに…」

 

 

そう思った矢先。本当に直後の事。

幻想空間にヒビが入り、ガラスが割れるように暗闇から二つの影がジオウに突撃した。

 

一つは仮面ライダーゲイツ。もう一つは…まさに今探そうとしていた、アナザーゴーストの姿だった。

 

 

「痛った…ミカド!どうなってんのかわかんないけど気を付けろよ!って聞いてねぇし!」

 

 

ジオウに目もくれずアナザーゴーストと戦闘をするゲイツ。無駄に怖がらせたことへの仕返しか、いつもより怒りのオーラが激しい気がする。

 

 

「あぁもう!俺も戦うって!」

 

「なんだ貴様、この幽霊もどきは俺が始末する!貴様はそこで寝ていろ!」

 

「二人の方がいいだろどう考えても!いい加減、ちゃんと協力ってのを…」

 

 

ジオウとゲイツで揉めている間に、アナザーゴーストの姿が消える。

と思ったら死角に出現し、衝撃波で二人の体を弾き飛ばした。

 

幸い、大したダメージではない。そこでジオウとゲイツはそれぞれ反撃を試みるも、無重力的なぬるりとした動きで回避されてしまう。まるで煙に殴りかかっているようだ。

 

 

「貧弱な部類だが、厄介さは一級だ。それなら…」

 

 

ゲイツはジカンザックスを装備。そのままジオウに投げ渡した。

 

 

「時間短縮だ、協力させてやる。狙撃で奴の動きを封じろ」

 

「お前なぁ…まぁいいや」

 

 

ジオウは渡されたジカンザックスをゆみモードに。言われた通り、宙に浮かんでゲイツを翻弄するアナザーゴーストに照準を合わせた。

 

しかし、放たれた矢はアナザーゴーストから反れ、あらぬ方向へ。

 

 

「下手糞か貴様!!」

 

「弓矢初めてなんだよ仕方ないだろ!」

 

 

見事に外れた壮間人生初の矢。だが、その結末は予想外のものとなった。

反れた矢が壁を貫く前にアナザーゴーストが割って入り、その体に矢が突き刺さったのだ。

 

 

「なんだと…!?」

 

「学校を…守った?」

 

 

その上当たり所が悪かったのか、アナザーゴーストは倒れたまま起き上がらない。

なんにせよ好機だ。今のうちにトドメを刺さんと、ゲイツがドライブウォッチを構えた。

 

 

 

刹那、ゲイツの体を刺す、電撃のような戦慄。

 

 

「ッ…!?」

 

 

アナザーゴーストが、ゾンビのように、心臓に引っ張られるように立ち上がった。その虚無を見る眼に変わりはない。だが、ゲイツは克明に感じ取ってしまった。

 

 

アナザーゴーストの、『開眼』を。

 

 

「グッド、モーニング…」

 

 

震えて淀んだ声で、アナザーゴーストが声を発した。

それはまるでバンシーの宣告。死を告げる叫び声。

 

 

「ハハ…ハハハッ!」

 

 

亡者の動きから一転。アナザーゴーストは地面を蹴り、一瞬でジオウに接近。ビビッドとも言える体捌きでジオウに回し蹴りを放つと、そこから一切の無駄がなく、且つ予測不能な柔軟な動きで、途切れさせずジオウに連撃を叩き込んでいく。

 

 

「なんだコイツ…急に強…すぎるっ!」

 

 

カウンターを狙うも全て読まれる。今度はアナザーゴーストが浮かび上がったかと思うと、ジオウの頭を掴み、放たれるのは首を狙って残像が生じる速度のボレーキック。

 

まるで死神の鎌。生身で喰らえば斬首不可避を予感出来てしまう。

 

だから、ジオウはその瞬間にジカンギレードを呼び出した。

その場所は首元。剣はその時だけ盾となり、アナザーゴーストの必殺を防御する。

 

 

「やっと隙を見せたな」

 

 

手練れは一瞬の好機を見逃さない。

そのタイミングを見計らい、ゲイツはアナザーゴーストに熱を帯びた拳を炸裂させた。

 

 

《タイムバースト!》

 

 

その一撃でアナザーゴーストは校舎の壁に叩きつけられ、爆発。

 

裁鬼との修行で身に着けた防御が無ければ負けていた。もう少し戦いが伸びていても同様だ。それほどにアナザーゴーストの豹変は狂気だった。

 

怪奇としか言えない戦いだったが、なんとか勝利を収めることが出来たのだった。

 

 

「まだ終わっていない。幽霊の正体を見るまではな」

 

「そうだった!早くしないとすぐに復活して…」

 

 

壮間の心配は的中し、煙の中から人影が逃げ出した。その姿を見ることも叶わず、廊下の曲がり角へ。

 

 

「あっ…待て!」

 

 

壮間もミカドも気付いていない。2018年でアナザーライダーを倒すという事が、別の時間軸への切り替えを発生させることを。

 

アナザーゴーストが一時的に撃破されることで、「アナザーゴーストが存在した歴史」が消え、「仮面ライダーゴーストが存在する歴史」が蘇る。

 

それにより、アナザーゴーストが作り上げた幻想空間は崩れ去り、幽霊にされていた人々の魂も、安置されていた肉体に還された。

 

 

「そうだ…私は…!」

 

 

その中の一人は、目を覚ますと同時に思い出した。

かつての戦いを、記憶を、心を、己の使命を。

 

再生を証明するように、その手には緑色の『眼』が握られていた。

 

 

 

______

 

 

 

 

「一足、遅かったか…」

 

 

二階から上がる爆炎と書き換わった世界を感知し、令央は奥歯を噛み締める。

彼が佇むのは浦の星女学院の屋上。厚い雲の先にある月に筆先を重ね、『彼女』が作り上げた世界に思いを馳せた。

 

 

「ハハハハッ!!どこまでも素晴らしい!いや、目覚ましいと言うべきか!泥臭く、それでも精巧に創られた結末を!土足で踏みにじる愚行…神々しいレベルで冒涜的だ!怒りを通り越し、私はこれを芸術として賛美しよう!」

 

 

令央は手に持ったスケッチブックから、二枚の絵を破り取る。

描かれているのはどちらも怪人。刺股を持ったクジラの怪人と、籠を被った青い鳥の怪人だ。

 

令央が二枚の絵を投げ捨てると、陽炎のように像が揺らぎ、その絵は現実へと昇華する。即ち、「ホエールイマジン」と「ブルーバードイマジン」―――「仮面ライダー電王」の歴史に存在した二体の怪人が、この時間に顕現した。

 

 

「見守らなければ。美しく、愚かしい、呪いの操り人形(ピノッキオ)を」

 

 

 

______

 

 

 

爆発に紛れて逃げたアナザーゴーストの変身者を追う、ジオウとゲイツ。タイムジャッカーが介入する前にという焦りに反し、予想外の障害が現れてしまった。

 

令央が送り出した、二体のイマジンだ。

 

 

「怪人!?なんでこんなところに!」

 

「恐らく奴らは『イマジン』だ。だが、この時間に存在するはずが…」

 

 

ホエールとブルーバードが二人の進路を妨害。聞こえていた足音はあっという間に遠のいてしまう。ここで取り逃せば、またアナザーゴーストが復活する。また同じことの繰り返しだ。

 

 

「くっそ…なんだよコイツら、地味に強い!」

 

 

焦りが募るジオウの耳に、背後から別の足音が聞こえた。

 

 

《Stand by》

 

 

微かな電子音の後に、闇から生じた浮遊体がイマジンを退かせる。

幽霊のようにも思えたが、ヒラヒラと空中を舞う挙動と形状は、まるで風に飛ばされた服。いや、詳細に言えばそれは…

 

 

「空飛ぶ…パーカー?」

 

 

黒と緑のパーカーは、イマジン達の前に降り立った白い体に被さり、一体化。

そうして誕生した戦士は、瞬く間に二体のイマジンを蹴散らした。

 

フードを脱いだその戦士は、黒と白、そして緑の三色で構成された、単眼の仮面ライダー。

 

 

《テンガン!ネクロム!》

《メガウルオウド!》

《Clash the Invader!》

 

 

2015年の時間から追放された戦士の一人。

完璧なる戦士、仮面ライダーネクロム。

 

 

「彼の…朝陽の心は私が繋ぐ。

私の、心の叫びを聞け!」

 

 

 




最後に登場、仮面ライダーネクロム!本当に今回の章はいつにも増して「やりたい放題」を心がけるつもりです。お祭り男です。ちょっと雑感否めませんが…

色々と謎も残りますが、それは次回。まずはアナザーゴーストの目的と、令央の正体に迫りたいと思います。

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0→1ステップ

槌口九十九
アナザー響鬼に変身した少女。妖怪「野槌」の先祖返り。かつてヒビキの弟子だったが、破門され、実家である槌口家に押し戻されて軟禁生活を強いられたことで、ヒビキを激しく憎んでいた。アナザー響鬼となってからはヒビキに復讐することを目的に行動する。

本来の歴史では・・・
タイムジャッカーが介入しなくてもヒビキを憎んでいることは変わらず、ある魔化魍を追っている時にヒビキと再会。それをきっかけに、ヒビキの過去が妖館の仲間に知られることとなる。結局、この世界線では前世の記憶は戻らないまま。


146です!マリオ楽しい!ルイージ使いづらい(ギャラクシーやってる人にしか伝わらないネタ)

今回はゴースト×サンシャイン前半戦ラストです。今回も色々詰め込みました。
ラブライブといえば虹ヶ咲アニメ見ましたか?とんでもなかったですねいやマジで(尺長くなるので以降省略)

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


かつて、ある幽霊が命を得るため、英雄たちの力を集める物語があった。

そんな物語の中にいた一人の戦士。完璧を求め、異世界から来訪した仮面ライダー。

 

アナザーゴーストが倒れたことで、2018年に仮面ライダーネクロムが蘇った。

 

目覚めたばかりのネクロムは、その単眼で現状を見据える。

背後に二人の仮面ライダー。顔に文字が書いてある素っ頓狂な容姿だが、反応を見るに恐らく敵ではない。

 

眼前には二体の怪人。中距離武器を持ったクジラと、飛行能力を有する鳥。場所は廊下。長物を持ったクジラの方は脅威だ。

 

記憶が戻る前の状況も把握した。今ここで、自分が何をすべきかも、完全に理解した。

 

 

「分析完了」

 

 

突進するイマジンを淀みの無い動きで対処。動きから理性は薄いと見て間違いない。そうなれば、ネクロムにとって既に敵は赤子同然。

 

動きを読み切って最適な反撃。機動力が活きないブルーバードを数撃で打ち倒した後、ホエールに対してはネクロムが呼び出した「ガンガンキャッチャー」を使う。

 

刺股をロッドモードで受け止め、銃モードに変形することで刺股を掴んで無力化。動揺に畳み掛ける連射をホエールに浴びせる。

 

最後にネクロムの両腕から放出した緑色のゲルで、二体のイマジンを完璧に拘束した。

 

 

「……凄くね?」

 

「関心している場合か」

 

 

ゲイツもそう言うが、否定はしない。実際、ネクロムの動きは正に理想の形。戦いに教科書があれば、まず間違いなく模範解答通りの満点だろう。

 

しかし、今はそんな場合ではないのも確か。アナザーゴーストを追わなければいけない。

 

 

「待て」

 

 

行こうとするジオウとゲイツを、ネクロムが呼び止めた。

イマジンを拘束するゲルが掠れている。自分の姿も同じだ。高い分析能力こそ完璧の所以。故に、自分の存在が直に消えるのも分かってしまう。

 

その前に、彼らに伝えなければならない事がある。それがきっと、自分の使命だ。

 

 

「教室は見たな。アレは、歪な世界にして、『完璧な世界』だ」

 

「完璧…?アナザーライダーが作った、あれがですか?」

 

「この学校が廃校になった時、誰もが願った。ずっとこの時間が続けばいいのに、と。それだけじゃない。あの時間の中で零した物はたくさんあって、心のどこかでまだ願いを捨てきれてなかった」

 

 

思い出が薄くなって、忘れてしまうのが怖くなる。全てが過去になってしまいそうで。あの教室は、曜が吐露した思いこそが正体だった。

 

 

「…私がそこにいたことが証明だ。お前たちが見たこの学校は、私たちの未練の結晶。それを知る私たちの中の誰かが作った、理想の思い出なんだ」

 

 

だから『完璧な世界』。真夜中でも太陽が昇り、終わることのない、全て満たされた世界。まるで死後の天国だ。でも、完璧だというのなら一つ疑問があった。

 

消えた人々の中には、その時に内浦どころか静岡にいなかった人も含まれた。それなのに、ずっと静岡にいたはずの千歌と曜だけが残された。

 

 

「千歌さんと曜さんは…どうして、思い出に招かれなかったんですか」

 

「…曜の望みは、千歌と一緒にいること。でも、千歌の望みは『朝陽』と共に生きることだった。その望みだけは…絶対に叶わない」

 

「朝陽…?」

 

 

タイムリミットが近い。ネクロムは、直感的にそう判断した。

全てを伝えきることは出来ないようだ。それなら、最期に彼の心を繋ぐ。

 

 

「どうか過去に囚われた彼女を救ってくれ。それが、私と朝陽の願いだ」

 

 

ネクロムはイマジン達を窓から放り出し、自身もそれを追って消えてしまった。

言葉が真っ直ぐそのままを示しているのは、理解できた。それに応えるべきだというのも。

 

 

「行こうミカド」

「言われるまでも無い」

 

 

 

______

 

 

 

「千歌さーん!Aqoursの皆さーん!浦の星の皆さーん!どこですかー!」

 

 

ゲイツがアナザーゴーストとの戦闘に入ると、当然だが一般人の香奈は置いてけぼりにされた。それでも黙って待つなんて出来ないのが彼女だ。今は当初の目的を果たそうと頑張っている。

 

一番気になるのは千歌だ。さっきまで一緒だったが、アナザーゴーストに消されてしまった。心から無事を祈りつつ、香奈は浦の星をくまなく探す。

 

 

「…!千歌さん!」

 

 

浦の星の中庭。そこに残っていたのは、色とりどりのペンキで壁や窓に描かれた、校舎への「寄せ書き」。

 

その一角。九色の虹の前で、千歌は気を失っていた。

 

 

「香奈…ちゃん…?」

「気が付いた…!よかったぁぁぁぁ…本当に…うぅっ…」

 

 

目を覚ました千歌が最初に聞いたのは、香奈の腹の底から出たような安堵の声。幽霊にも会って怖かっただろうに、心配を先にしてこうして探しに来てくれたのだろう。

 

 

「優しいね…ありがとう、香奈ちゃん」

 

「へ…?」

 

「私も怖かったんだ。ここに来てからずっと…でも、おかげでもう大丈夫!」

 

 

消されるかもしれない。一人になるかもしれない。何もかも失うかもしれない。怖くて当たり前だ。それでも大丈夫と思える、そんなお互いが不思議で頼もしい。

 

もう一度あの教室に行こうと、千歌は香奈を支えて立ち上がる。

気になっているのはアナザーゴーストの囁き。

 

 

『ごめんね…まだ、待ってて』

 

 

確かに千歌にそう言った。そして、この安全な場所に飛ばした。

敵意は無い?千歌を知っている?あの聞き覚えのある声は?

 

幽霊の正体は、もしかして―――

 

 

その答えが出る直前に、爆音が鼓膜に響いた。二階でアナザーゴーストが撃破されたことによる爆発だ。

 

 

「えぇっ!?ちょ、何!?もしかしてミカドくん!?」

 

 

ビクッと体を跳ね上がらせる香奈。心当たりはあるので驚きはしなかったが、視線を前に向けると別の驚きが香奈を再び跳ね上がらせた。

 

 

「千歌さん!?」

 

 

爆発に呼応し、千歌が香奈に倒れ込んでしまった。

さっきとは違い、すぐに目を開けた。しかし、その目には「別の時間」を映している。

 

アナザービルドの時、つぐみの記憶に異変が起きたのと同じだ。

 

 

『―――皆と会えて、本当に良かった』

 

 

記憶の砂浜をかき分ける。誰かの言葉が蘇る。

 

 

『たとえどんな結果になっても、皆には今がある。生きて欲しい。生きているなら、全部がある』

 

 

言葉で姿が像を結ぶ。記憶の輪郭が浮かび上がる。

 

 

『ありがとう。僕に、命をくれて』

 

 

「朝陽くん……?そうだ…なんで、忘れてたんだ…!」

 

 

涙が落ちるよりも早く、千歌は走り出した。

その目的地は、千歌たちにとっての過去の象徴。

 

体育館をこじ開け、駆け抜け、その場所へ急げ。

 

部屋のプレートは外れたまま。それでも、漢字の間違えた「部」が見えるようで。

そこは浦の星女学院スクールアイドル部の部室。

 

 

歴史が変わって現実に現れた「それ」を、千歌は部室の机から拾い上げ、愛おしそうに両手で包み込んだ。

 

 

「大事な…ものなんですか…?」

 

 

千歌を追ってきた香奈は、Aqoursの部室ということで興奮を隠せない顔をしつつも、問いかける。

 

「それ」は、まるで目玉のような球体。

 

 

眼魂(アイコン)…っていうんだ。私たちの、大事な人の形見」

 

 

全部を思い出した。いや、少し違う。

まるで「さっきとは別人になったような感覚」。きっと今まで覚えていた過去は正しくて、でもこの記憶を間違いと言いたくない。

 

そうじゃなくて、ふとした瞬間に別の自分を理解したような。

 

それでも千歌は、「彼」を大切だと、思い出してよかったと、そう思った。

 

 

「思い出せたんだ。その人の名前は、朝陽くん。明るくて、優しくて、ちょっとだけ影の薄い、普通の男の子……それで、私たちの『英雄』」

 

「英雄…?」

 

「たくさんのものを貰った。色んなことを教えてくれた。ずっと守ってくれた。ずっと…みんなのために戦ってた。一番救われたかったのは、朝陽くんだったはずなのに……」

 

 

記憶にある彼は、ずっと悩んでいた。誰かの命を守りたいのに、()()()()()()()()()。それでも彼は求めるより、繋ぐことを選択し続けた。それが「朝陽」という少年だった。

 

そんな彼を、千歌は―――

 

 

「私は…朝陽くんを助けられなかった……」

 

 

いくら手を差し伸べても、生きて欲しいと願っても、

その物語に奇跡は起こらなかった。

 

 

 

消えた物語が蘇った。

ある者は使命を果たし、ある者は己の非力を思い出して嘆く。

 

しかし、それはバッドエンドのエピローグに過ぎない。

運命の引力は、物語を無へと引き戻す。

 

 

 

「遅かったね。気乗りしなかったし、結構待ってあげたんだけど」

 

 

逃げた影を追いかけたジオウとゲイツ。彼らを待っていたのは、棒付きキャンディーを噛み砕く少年、タイムジャッカーのヴォード。

 

そして、黒い泥のような霧の中心で再生を果たした、アナザーゴーストの姿だった。

 

 

物語は再び、「仮面ライダーゴーストが存在しない歴史」へ。

アナザーゴーストが作り上げた世界は元に戻り、助かったはずの人々の魂は、過去という棺に吸い込まれていく。

 

 

「ここまでか…後は、託した」

 

 

イマジン達を撃破したネクロムも、消える自身の姿を見て絶対的な最後を悟り、時間から消えて行った。

 

それは千歌も同じだった。

嘆いているうちに後悔すら薄れていく。彼の顔すら記憶から去っていく。

彼の形見(アイコン)も、手の中から消えていく。

 

 

「嫌だ…嫌だ!忘れたくない!」

 

 

「過去は0にはならない」

違う。今だけはそうじゃない。全部が無かったことになってしまう。本当に、0になってしまう。

 

 

「朝陽くんは生きてる!朝陽くんの声も、癖も、言葉も!全部覚えてる!だからずっと、私の中でずっと!生きてる…!生きてて…ほしいのに……!」

 

 

もう、誰の話をしているのかも分からない。空になった感情が叫んでいるだけの言葉が、虚しく時間に溶けていく。

 

どうしてこんなに悲しいのか。それはもう、誰にも分からない

 

 

「生きてますよ」

 

 

はずだった。

崩れそうな心を必死に受け止めるように、その手を取ったのは香奈だった。

 

千歌の手に握られていた「眼魂」は消えた。

ただし、形見は形を変えて残り続けている。眼魂は「2015」と刻まれたゴーストのプロトウォッチに変化していた。

 

 

「無かったことになんて、なってません。ここにちゃんとあります。だから…」

 

 

壮間から聞いた話を覚えている。この黒いウォッチがあれば、アナザーライダーが消してしまった物語に行ける。

 

前に凛々蝶や、鬼の人たちに会えたように。歴史から消えてしまった「朝陽」にも会いに行けるはずだ。

 

 

「私たちが見てきます!変えてきます!千歌さんが忘れちゃった、朝陽さんのこと!」

 

 

千歌の手からプロトウォッチを受け取り、夜闇をかき分けて香奈は走る。

その物語の交差(クロスオーバー)は消えてしまった。千歌の記憶からも、もう真っ白に抜け落ちてしまっているだろう。

 

それでも、「0」じゃない。

「1」に満たない僅かな欠片でも、それは彼女の手の中にある。

 

 

 

 

「くっそ…フワフワ浮きやがって!」

「撃ち落とせ。また外したら殺す」

「無茶言うなって」

 

 

アナザーゴーストVSジオウ&ゲイツの戦闘は、屋上にまで場所を変えていた。

ようやくここまで追い詰めた、と言う方が妥当かもしれない。校舎の中で余裕を与えると、壁を透過して逃げられてしまう。

 

しかし、屋上に来たからと言って状況はさほど好転せず、未だアナザーゴースト攻略の糸口は掴めないままだ。

 

 

「なぁミカド。これ一旦逃げた方がいいんじゃないか?」

 

「逃げじゃない撤退だ、二度と間違えるな。だが、撃破不可能なのは事実だ。このまま無意味な戦闘を続けるべきではないが…」

 

 

退避しようと、そう思った時には遅い。既に屋上はアナザーゴーストの結界によって閉鎖空間となってしまっている。

 

 

「逃がすわけないじゃん。その子にとってもお前らは邪魔なワケだし、僕もオゼに喚かれると困るからね」

 

 

そう言いながら、ヴォードも遅れて屋上に現れた。この拮抗した状況も、彼に時間を止められでもすれば話が変わる。

 

何より恐れているのは、アナザーゴーストの「開眼」だ。

この状況で、さっきのようにアナザーゴーストが豹変すれば死ぬのがどちらか、そんなのは明白。

 

 

「で、どうする?」

 

「……は?」

 

 

そんなタイミングで、ヴォードの口から出たのは簡素な問いかけだった。

 

 

「僕はさぁ、どーでもいいんだよ。アヴニルみたいな理想も無いし、オゼみたいな狂った欲求も無い。良いカンジのアナザーライダー作って、アイツの代わりに王に出来ればそれで。お前らなんて心底どーでもいい」

 

「それで…俺たちに何を聞きたいんだ」

 

「逃がしてやってもいい、ってこと。僕らの邪魔をもうしないように…そのベルトとウォッチ、捨ててくれたらね」

 

「逃がす…?」

「冗談じゃない。誰が貴様らと取引など…」

 

「あー、そっちの会話できない方は黙ってて」

 

 

ヴォードが指を鳴らすと、ゲイツだけ時間が止まった。

残されたジオウに対し、ヴォードは食べ終わった飴の棒を突きつける。

 

 

「で、どうすんの?」

 

「一つ…確認したい。お前らの目的は、あの2019年の王を倒すことなのか?」

 

「なんでお前が2019年の事を知ってんの?もしかしてお前って…

まぁいいやどーでも。そうだよ。僕はアイツが死ねばどーでもいい」

 

「だったら……そんなのお断りだ!」

 

 

ヴォードの手を撥ね退け、ジオウは剣先を彼に向ける。

交渉は決裂。壮間の心は揺るがない。

 

 

「俺が王になる!俺たちの時間を壊した王も俺が倒す!それが今、俺が追いかける『輝き』だ!」

 

「はぁ…あっそ。お熱いところ悪いけど君には無理。仮面ライダーが王になろうなんて馬鹿馬鹿しいのに、お前みたいなフツーな奴に出来る訳が無い。もしかして身の程もわきまえずに突然降ってきた力でハーレム無双とか夢見ちゃうタイプ?気色悪い。どいつもこいつも分かってない。お前らが夢見るのは全部虚構だ、フィクションだ。どうせ何にも成れはしないんだから、テキトーに都合よく迷惑かけずに死ねばいい」

 

 

ゲイツの時間が元に戻った。しかし、ヴォードの敵意は鋭さを増す。

タイムジャッカーのアヴニル、オゼ。このどちらも狂気じみた何かを曝け出して来たが、彼も同じだ。無気力の中に渦巻く、薄汚れた憎悪が、二人に向けられる。

 

だが、憎悪の矛先が刺さるより前に

空気を読まない鉄の塊が、結界を突き破り、ヴォードの体を遥か彼方に跳ね飛ばした。

 

 

『あぁっ!?今なんか当たった!?大丈夫!?ソウマ無事!?』

 

 

割れた結界から覗き込んでいたのは、巨大なロボ。

しかし、そこから聞こえる声は聞き慣れたどころではない声。

 

 

「もしかして香奈!?」

 

『あ、ソウマ無事だ!よかった…』

 

「よかったけどよくない!何それ、まさかタイムマジーン!?前にミカドが俺をぶん殴ったロボのやつ!?」

 

『そうなんだよ!なんか動けーって色々やってたらなんか変形した!

それよりさ!千歌さんから貰ったよ、えっと…あの、黒いウォッチ!これで2015年に行ける!』

 

 

グッジョブを通り越して、本当にとんでもない少女だ。詰みかかっていた状況が一瞬でひっくり返った。これで、アナザーゴーストを倒しに行ける。

 

 

『びっ…くりするじゃん。だよね、お前らもソレあるんだったら…』

 

 

うっかりとはいえ、あの一撃を喰らって死ぬどころか、余裕のあるヴォードの声が帰ってくる。

 

しかし、戻ってきた姿は別物。

タイムマジーンに対抗する鋼の巨体。四本のうち二本の腕と足はタイムマジーンのものだが、その胴体(コア)は別のマシンのもの。

 

ヴォードが操縦する専用のタイムマジーン。色や形状、武装は異なっているが、元となったマシンは「パワーダイザー」。かつて「仮面ライダーフォーゼ」の物語に存在した、戦闘用メカだ。

 

 

『僕もそれなりの手段、使うべきだよね』

 

 

パワーダイザ―がタイムマジーンに突撃。圧倒的な馬力の差に、タイムマジーンと香奈は地面に叩き落されてしまった。

 

 

「香奈!」

 

 

ジオウは割れた結界をくぐり、屋上からダイブ。墜落したタイムマジーンへと搭乗する。香奈はさっきの衝撃で気を失っているようだが、目立った外傷は無い。

 

 

「あの野郎…!俺が、やるしかない!」

 

 

ジオウが操縦を代わり、タイムマジーンの顔パーツがジオウウォッチへと変化する。タイムジャッカーVS仮面ライダー、巨大戦力戦の開幕だ。

 

パワーダイザーを改造したヴォードのタイムマジーンは、本家とは異なり飛行能力を有している。

 

屋上の高さから急降下したパワーダイザーの一撃がタイムマジーンに重々しくヒット。しかし、地上戦は更に危険。助走をつけたことにより、先程よりも破壊力のあるタックルがタイムマジーンを襲う。

 

 

「くっそ…空中に逃げた方がマシか」

 

『あー、そう。地上操作は疲れるから、そっちの方が僕も楽でいい』

 

 

再び高度を上げるタイムマジーンに対し、パワーダイザーは腕と脚に新たな装備を展開。腕にはドリル、脚にはランチャーミサイル。これも、本来のパワーダイザーには無い機能だ。

 

 

「そんなのアリかよ…!?」

 

『科学者はオゼでいいけど、タイムジャッカーのメカニックは僕だ。どう?この情報で諦める気になった?』

 

「うるさい!そりゃ聞きたくなかったけど…」

 

 

距離を取ればランチャーが火を吹き、接近しても鉄の拳しか持たないタイムマジーンではドリルに及ばない。そもそも腕の本数がダブルスコアなのだから、手数で圧し負けてしまう。

 

最初のロボ戦なのに、ついていなさすぎる対戦カードだ。

だが、それで終わらない。悪い状況は更に重なり、アナザーゴーストまでも浮遊してこちらに向かっている。

 

 

「こっちは手一杯どころじゃないってのに…!」

 

 

アナザーゴーストなんて手に負えない。独り言でそう漏らしかけた時、アナザーゴーストの動きが止まった。それは、タイムジャッカーと同じ時を止める能力だった。

 

いつも忘れかけたタイミングで、ピンチの時に現れる。

今回も今回で、的確過ぎるタイミングだ。

 

 

「ウィル!」

 

「待たせたね我が王。それにヴォード君。しばらく見ないうちも機械いじりは捗ってたみたいで何よりだ」

 

『あー、ウィルか。お前はなんでそう邪魔ばっかするかな?』

 

「邪魔とは心外。私は君たちと同じさ。王を作り、歴史を変える。私の場合は日寺壮間がそうだっただけの話だ。それに、私の場合は()()()()()()()()()()()だが?」

 

『それ引き合いに出す?その権利、侵害されて怒り狂ってんのは僕らなんだけど』

 

 

ウィルとの会話をしながらも、ヴォードが操るパワーダイザーに隙は生まれない。タイムジャンプの余裕すら与えてもらえず、タイムマジーンは防戦一方だ。

 

 

「誰かが言った。“生きていた時に叶えられなかった願いが、死んだ後に叶うことはない”」

 

 

ウィルの吐いた言葉で、初めてパワーダイザーが動きを止めた。

表情が見えなくても分かるような敵意を前に、ウィルは言葉を続ける。

 

 

「君たちにピッタリの言葉だと思ってね。死人で無くても、人間の生を諦めた君たちも同じさ。いくら望んだって、欲しかったものは手に入らない。何も叶わない」

 

『あーそう。そう、それは……お前も同じだろ!!』

 

 

ヴォードが怒りを露見させ、パワーダイザーの拳は生身のウィルを貫かんと爆進。時間停止で一時的に動きを縛るも、ウィルの力では長くは持たない。

 

 

「我が王!状況打開の一手は、既に君の手の中にある!」

 

 

切羽詰まった状況で出された、ウィルのヒントだ。

壮間の手の中。そう言われても、壮間が今持っているものと言えば、ライドウォッチくらいしか……

 

 

「そうか、ウォッチか!もしかして!」

 

《ビルド!》

 

 

ビルドウォッチの起動を確認し、タイムマジーンが姿を変える。

顔パーツはジオウからビルドウォッチに。更には右腕にドリルまで装備し、パワーアップを果たした。

 

タイムマジーンもテクノロジーはジクウドライバーと同一。ライドウォッチの力を引き出せるのも道理だ。

 

 

「ドリルにはドリル!これならいける!」

 

『…安直。別にいいけど、蜂の巣になっても知らないよ』

 

 

接近戦で分が悪いなら、遠距離戦にすればいいだけの話。パワーダイザーはランチャーだけでなくガトリングも腕に装備し、火力を飛躍させてきた。これでは近づくこともままならない。

 

 

「考え無しに突っ込んだら本当に蜂の巣だ…

いや、そうだ。それでいいんだ!」

 

 

ビルドの力を使ったが故か、ジオウの頭脳に閃きが走る。

タイムマジーンはドリルを構えると、刃に合わせて体ごと高速回転させ、回転量を増やして突貫力を底上げ。

 

更に、そうすることでドリルから放出されるエネルギー波がベールのようにタイムマジーン全体を覆い、パワーダイザーの弾幕を遮る防壁となっている。

 

勢いは止まることなく、パワーダイザーが装備した盾をも突き破り、巨大なドリルの一撃は敵の装甲を穿つ決定的な一撃となった。

 

 

『回ればなんとかなる…って?滅茶苦茶だよ』

 

 

タイムマジーンは攻撃の勢いのまま、タイムトンネルへと向かっている。このまま過去に飛んで逃げる算段だ。

 

しかし、防御が功を奏し、パワーダイザーの破損率はさほどではない。目を回してフラフラのタイムマジーン一機程度なら叩き落せる。

 

 

そう判断したヴォードだったが―――

 

 

『…あークソ、忘れてた』

 

 

ジオウの妨害に入ろうとした瞬間、死角から飛び出た赤い残像が、パワーダイザーにトドメの一撃を喰らわせた。

 

巨大戦が始まってから姿が見えないと思ったら、ずっと好機を伺っていたようだ。

最後を攫って行った立役者―――ドライブモードに変化したゲイツのタイムマジーンは、ジオウ機に続いてタイムトンネルの中に消えて行った。

 

 

 

 

大破したパワーダイザーから這い出たヴォードは、消えゆくタイムトンネルを眺め、次に残されたウィルに視線を移す。鼻で息をするしたり顔が腹立たしい。

 

 

「どうするヴォード君?気に入らないのなら喧嘩でもするかい?」

 

「やめとく。お前はムカつくけど、勝てない事するのは性に合わないし。そもそも今回はオゼの案件だし、僕はもういいや。どーせあいつら殺せないしね」

 

「賢明だよ。やっぱり君は他の二人に比べ、話がしやすくていい。それでも君が我が王の覇道を邪魔立てするというのなら、私も容赦はしないけどね」

 

「あっそう。どーでもいいんだけど、やっぱり気になるんだよね

 

 

()()()()()、いつまで続けてんの?」

 

 

吐き捨てた言葉と共にヴォードが振り返ると、そこにウィルの姿は無かった。

 

 

「都合が悪いと逃げる、そこだけは気が合うよね」

 

 

______

 

 

2015

 

 

「朝陽さんを探そう!」

 

 

2015年に到着し、目を覚ました香奈が最初に発した言葉がそれだった。

 

 

「朝陽…それ、あの白い仮面ライダーも言ってた」

 

「千歌さんから聞いたんだ。朝陽って人が、英雄だって。みんなのために戦ってたって!」

 

「つまりその朝陽という人物が、この時代の仮面ライダー…『仮面ライダーゴースト』という訳か」

 

 

タイムマジーンを隠して街に出た一同の目的は、「朝陽を探す」で決定した。目的が定まっているのは大きいが、香奈には気になることが一つ。

 

 

「そういえばミカドくん!仮面ライダー絶対殺すマンだってソウマから聞いたんだけど」

 

「どんな説明をしている貴様」

「事実じゃん」

 

「今回はダメだよ!だって千歌さんの大事な人なんだから!乱暴ダメ絶対!」

 

「無駄な心配だ。今回は手荒な真似はしない」

 

「えっ…嘘でしょ。お前本当にミカド!?」

 

「勘違いをするな。ゴーストと言うだけあって、奴は恐らく幽霊だからな」

「あっ、ミカドくん幽霊怖いから」

「違う!既に死んでいる人間を、殺しようが無いという事だ」

 

「その通り。彼はゴースト…魂、則ち彼岸の存在だ。どうやって探すつもりかな?我が王」

 

 

考えていたことを言葉にされたようで驚き、その姿を見て再び驚く。

横の香奈は更に驚いていた。もう恒例だが、ウィルもいつの間にかタイムジャンプしていたようだ。

 

 

「ソウマ、この人誰!?」

 

「えっと…ウィル。俺の付き添い預言者」

 

「何それ。あっでも、なんか千年桜のときにいたような…」

 

「ちゃんと自己紹介するのは初めてだね。私はウィル、我が王を導く者だ。覚えてくれると幸いだ。姫君に…ミカド少年」

 

 

ウィルの視点がミカドに止まる。ミカドは無関心を貫いているようだ。

何か言いかけたようなウィルだったが、結局何も言わずにお辞儀をして消えてしまった。彼はたまに何をしに出てきたか分からない時がある。

 

 

「うん…でも、確かにどうやって探そう。幽霊だし夜まで待つか?」

 

「せっかく過去に来たのに、何もせず待機は無いでしょ!今は2015年ですよ!つまり……」

 

 

タイムジャンプをした先は、2015年の内浦。かなりの田舎であるため、3年遡った程度で街並みは大して変わらない。

 

しかし、決定的な違いはある。2018年には無くて、2015年には有るもの。

ウキウキ顔の香奈を前に、それはもう壮間とミカドにも分かっていた。

 

 

「行きましょう!絶賛稼働中、まだ元気だった頃の浦の星女学院に!」

 

 

 

______

 

 

そういう訳で浦の星女学院に到着。

しかし、香奈の期待を裏切り、2018年と同じもぬけの殻だった。

 

 

「なんでえぇぇぇぇぇ!??」

 

「そりゃまぁ…ほら、日付」

 

 

壮間がミカドの端末に表示された日付を見せる。

プロトウォッチでのタイムジャンプは日付を選べないので仕方は無いが、よりにもよって現在は土曜日。学校は当然休みだ。

 

 

「ぐがあぁぁぁぁっ!なんでなの!なんでこんなタイミング!

いや…まだだよ!休日ってことは、むしろラッキー!だって、Aqoursが練習してるかも!」

 

「おい香奈!どこ行く!?」

 

 

雄々しく叫んだと思うと、可能性を見出して表情を明るくし、善は急げと校門から正面突破で校舎に走って行った。

 

感情豊かで行動力強めなのは良いが、普通に不法侵入だ。真っ先に香奈を追いかけた壮間に続き、ミカドも2015年の浦の星女学院に踏み入った。

 

 

「……ん!?」

 

 

校舎に入ろうとしていた香奈の姿が、角を曲がった一瞬で消えた。

 

驚いて立ち止まった瞬間、壮間の体が宙に浮かぶ。

自分の体に縄が巻かれ、隣に同じく木に吊り上げられた香奈がいることに気付いたのは、その数秒後だった。

 

 

「何の真似だ、貴様」

 

 

後に続いたミカドにも同じ魔の手が迫る。が、流石は生粋の戦闘員。そんな彼を簡単には吊るせず、縄を持った男がミカドによって制圧された。

 

 

「何の真似だと?それはこっちの台詞だ」

 

 

男もまた一瞬でミカドの腕を払い、敵意満タンな視線でミカドと火花を散らす。

 

その男は顔が怖かった。まず目につくのはそこだ。

次に背が高い。総じて威圧感が凄く、なんだかミカドと似た雰囲気を持っている。

 

彼は警備員なのだろうか。なんにしても、二人仲良く宙づりのこの状況は何とかしたい。

 

 

「あの…勝手に学校入ったのは謝りますから、縄解いてくれませんか?」

「そうですよ!いくらなんでも縛らなくてもいいじゃないですかー!」

 

「お前達は俺の監視下に置かれてもらう。俺は怪奇現象管理協会組合員、神楽月(かぐらづき)蔵真(くらま)。怪奇と世間の秩序を管理する者だ。お前達が空飛ぶ奇怪な乗り物から出てくるのを目撃した。お前達は……

 

宇宙人だな」

 

 

物凄く神妙な顔で、なんかトンチキな事を言い始めた。

よく見たら格好も変だ。僧衣なのか現代服なのかよく分からないデザインの服を着ている。少なくともオシャレではない。

 

 

「宇宙人だと?貴様ふざけているのか」

 

「隠しても無駄だ。言語は使えるようだが、俺は確かに目撃した。アレは間違いなく未確認飛行物体であり、それに乗っていたお前達は宇宙人以外有り得ない。秩序のため、我々が一時身柄を確保する」

 

「冗談じゃない。貴様に捕らえられるくらいなら、ここで貴様を始末して行く。俺の邪魔をするな」

「わー!!!ちょ!待て!お互い話聞け!ミカドはウォッチしまえ!」

「私たち宇宙人じゃないです!ただAqoursの皆さんと、朝陽さんっていう幽霊を探しに来ただけの未来人です!」

「わっバカ!余計なこと喋んなややこしくなるから!」

 

 

状況のカオスさが煮詰まってきたが、香奈の発した単語を聞き取った蔵真の様子が変わった。壮間は「未来人」発言で更に面倒になると思っていたが、どうにもそこではない。

 

 

「Aqours…?それに朝陽だと?何故アイツを知っている」

 

「え、ウソ。まさかのお知り合い?」

 

 

まさかの展開に目を見開く壮間。横で香奈が「私の手柄」とドヤ顔している。縄を解いたら文句を言ってやろうと固く決意する。

 

蔵真の方はと言うと、こちらも相当驚いた後、何かを決心したようだ。

 

 

「ついて来い。詳しい話はそこでする」

 

 

ミカドに手招きをし、蔵真は何処かに向けて足を進めていった。

 

 

「あの、ここから降ろしてくれません…?」

 

 

壮間と香奈を置いて。

 

 

 

______

 

 

 

蔵真に連れられるまま、ミカド及び縄からなんとか抜けた壮間と香奈がやって来た場所。それは体育館だった。

 

 

「ここだ」

 

 

蔵真の後に続き体育館に一歩を踏み入れる。

コンマ一秒にも満たない眩い光の後、三人は目を疑った。

 

外から見えていた内装とは明らかに違う空間が、そこに広がっていた。

この感覚は2018年で体験したアナザーゴーストの虚構空間と似ているが、そこは教室では無く、もっと煌びやかなもの。

 

 

「劇場…!?」

 

 

壮間が呟いた通り、目の前に広がるのはミュージカルや演劇をやるような、大きな円形劇場。

 

ステージでは何か演目をやっているようだが、目に留まったのはその演者。

 

 

「おい、アレは渡辺曜ではないのか」

 

「…あぁ。俺らが会ったより若いけど、間違いない。2015年の曜さんだ。でも…何してんだ?つかこれ何?あ、もう訳わかんない」

 

「あぁー!凄いよソウマ!曜さんのお姫様姿ステキ!しかも…王子様やってるのって黒澤ルビィちゃんだ!珍しい組み合わせだけど良いっ!これロミオとジュリエットだよね!」

 

「あ、確かに。動画で見た、あのルビィって人…俺らの一個上だっけ。でもなんかイメージ違うな。これキャスト逆じゃない?」

 

「いや、ミスキャストではない。それが()が定めた配役だからな」

 

 

蔵真がステージ手前の席を指さす。観客は居ないと思ったが、そこに一人だけ座っている人影が見えた。明るい黄色のパーカーを羽織った、黒ずくめの…人かどうかも定かではない何か。

 

 

「シェイクスピアだ」

 

 

蔵真はあの黒タイツを指してそう言った。

壮間が数秒後に一応聞き返す。

 

 

「はい?」

 

「16世紀の英国の天才劇作家、ウィリアム・シェイクスピアだ」

 

「や、知ってますけど。何言ってんですかアレがシェイクスピアって…てか絶対生きてるわけが……」

 

 

そこまで言って壮間は思い出した。

この物語は「仮面ライダーゴースト」。「幽霊」が存在する物語だということを。

 

 

「…シェイクスピアの幽霊……?」

 

「正確には魂だ」

 

「うっそぉ!!??」

 

 

本日一番の驚きを見せる壮間と、誰か分かっていない香奈。何よりミカドが言葉も出ずに目を見開くというレアな状況。

 

音響がイマイチでステージの声はあまり聞こえないが、熱演が繰り広げられているのは分かる。

 

しかし…王子が必要以上に荒ぶっている気がする。姫もなんかやけに女々しいというか感情的というか押しが強いというか。更にイメージ違うし、これは本当にロミオとジュリエットなのだろうか。これには作者のシェイクスピアも怒り心頭なのでは……

 

 

 

「素晴らしいっ!ワタシはこれが見たかった!表現とは、全ては己の過去から溢れ出るモノ。かつて俳優として舞台に立ったこともあるワタシには分かる。自分の奥から絞り出した『嘘』ではない『演技』を貴女たちに見た!」

 

 

シェイクスピアはまさかのスタンディングオベーション。壮間たちにまで聞こえる大声で褒め讃えると、フラッシュが空間を覆う。

 

劇場空間は消え去り、ありふれた体育館が現実へと戻ってきた。

蔵真を見つけ、駆け寄ってくる曜の手には、黄色い眼魂―――シェイクスピア眼魂が握られていた。

 

 

「蔵真くん!やったよ!シェイクスピアさんが力を貸してくれるって!これで朝陽くんを助けられる!……って、誰?」

 

「宇宙人だ」

 

「違います。ちょ、香奈は一旦興奮ストップ。

事情は後で話します。それより、さっき朝陽さんを助ける…って」

 

 

自己紹介をすっ飛ばすほど、壮間はその文言が気になってしまった。

確認しておかなければならない。この、どうしようもない嫌な予感を。

 

 

「知っての通り朝陽は幽霊だ。だが、アイツは最近になって俺たちの前から姿を消した。文字通り誰にも見えない。一人を除いてな。そして……

 

 

朝陽はあの7日で、この世から完全に消滅する」

 

 

幽霊と輝きを追って訪れた、4つ目の物語。

しかしその物語は「既に壊れかけた物語」だった。

 

残された時間は、あと7日―――

 

 

 

 

______

 

 

2018

 

 

 

「“生きていた時に叶えられなかった願いが、死んだ後に叶うことはない”。かの『七番目の怪異』の言葉か…的を得ているよ」

 

 

壮間たちもタイムジャッカーも去った浦の星女学院。

未だそこに留まり続けていたのは、未練に縋り付くアナザーゴースト。そして、それを嘲笑う、もしくは敬意を払うように笑みを浮かべる、令央だ。

 

 

「私たちも同じだと思うのさ。人を捨てた者は誰もが死んだも同然。何も叶わないなら、全部壊してしまえばいい」

 

 

この世界は不運だった。だからこれは、どうせ消える物語。

消えないのなら、消してしまう物語。

 

令央の筆が触れた場所から、校舎が崩れていく。

残骸になっても崩壊は止まらない。全てが砂に還っていく中で、アナザーゴーストが吐き出した嗚咽を令央が笑い飛ばす。

 

 

「芸術は……破壊だ!貴女もそう思わないか」

 

 

アナザーゴーストの力が霧散し、その変身者である女性が目を閉じた。

崩れる過去から目を背ける彼女に、令央が手を伸ばした。

 

過去とは、人の記憶そのもの。

消えた物語の記憶を持つ彼女は、いわば物語への異端の裏口。

 

その体に縦一閃の亀裂が入り、緑色の異次元が開かれた。

 

扉となった彼女に歩み寄る令央は、この「決まり文句」を口ずさむ。

 

 

 

「貴女の望みを言え。どんな望みも、叶えてやろう」

 

 

 

______

 

 

次回予告

 

 

「あと7日…それまでにゴーストの力を手に入れる」

「私は絶対に認めない。時間を無かったことになんてさせない」

 

迫るタイムリミット。衝突する仮面ライダーたち。

 

「見えるんだ、僕のこと」

「僕は朝陽。影の薄い、ただの幽霊だよ」

 

仮面ライダーゴースト。彼の心とは―――

 

「また別の…アナザーライダー…!」

「破壊もまた芸術。私の前から消えろ、醜い贋作ども!」

 

令央、参戦。時を超えた狂気VS壮間の魂

 

「やっと分かった気がする。ライダーの力を受け継ぐって、どういうことなのか」

 

 

次回、「オレがゴースト!2015」

 

 




前半戦終了です!最後らへんの劇場はいわばカオス回なので、アーカイブで書く日が来るかもですねー希望があれば。

一話ごっそり削った分、ちょっと今回長くなっちゃいましたね。
令央の正体が割と浮かび上がってきました。アナザーゴーストの正体もそろそろでしょうか。

そんで、言っておきます。今回のバッドエンドは「99日時間切れエンド」。奇跡が起こらなかった世界です。

次は補完計画でお会いしましょう!
感想、特に高評価!あとお気に入り登録とかもお願いします!


今回の名言
「生きていた時に叶えられなかった願いが、死んだ後に叶うことはないんだ」
「地縛少年花子くん」より、花子くん/柚木普。


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ジオウくろすと補完計画 9.5話 「スクールアイドルを学ぶ」

補完計画遅くなりました。
今回はあの人主役の回です。ラブライブシリーズの補完を行います。僕自身そんなに詳しくないので、あまり期待しないように…あと解釈違いについては先に謝っておきます。すいません。


 

静岡の旅館。壮間はいつもの通り台本を持ち、座布団に座らせられていた。その横にはミカドもいる。

 

 

壮間「あ、今回の補完計画はここなんだ」

ミカド「浦の星女学院だと思っていたがな。まぁ場所など何処でも…」

 

 

香奈「はいドーーーーーン!!!」

 

 

障子を蹴っ飛ばし、文字の大きさまで変えて香奈が参戦。

飛んだ障子は壮間の頭部に激突した。

 

 

香奈「片平香奈は怒っていた!」

 

ミカド「なんだ貴様」

香奈「片平香奈は!怒っていた!!!」

ミカド「あ、はい」

 

香奈「なんで怒っているか分かりますかっ!!??」

 

壮間「出たー。女の面倒くさい質問ランキング第二位」

 

ミカド「一位はなんだ」

 

壮間「私と仕事どっちが大事なの?ってやつ」

 

ミカド「そうか」

 

香奈「うるさーーーい!!私は怒っています!!私はメインキャラなのに!なんで今の今まで補完計画の出番が無かったの!!?EP02から出てるのに!!私一応メインヒロインですよーーー!!??」

 

 

怒り狂う香奈の言う通り、彼女は今回が補完計画初登場。

実に登場まで一年半を要している。

 

 

壮間「え?そんなこと無いって。ほら、2.5話と8.5話にもちょっとだけ出てるじゃん」

 

香奈「イメージ映像と伝言でしょうが!アレを出番を言い張るならソウマは次回から立て看板での出演にするよ!?」

 

壮間「字しか見えない媒体でやる嫌がらせじゃないだろ」

 

香奈「というわけで今回は私の独壇場!本日の主役はこの私ですっ!

今回明かされた設定として、私はアイドルオタク!つまり私といえばアイドル!今回はそこの男二人にスクールアイドルの神髄を叩き込む!覚悟はいいか!」

 

壮間「今回いつにも増して導入が雑だな…」

 

香奈「口答えしない!分かったら返事!」

 

壮間・ミカド「押忍…」

 

香奈「声がぁ…小さぁいっ!!」

 

壮間・ミカド「押忍ッ!!」

 

 

壮間とミカドに正座をさせ、香奈のアイドル講座が始まった。

出番が無いのがよほど頭に来てたのか、眼が血走っている。

 

 

ミカド「…今回のレジェンド枠はいないのか」

 

香奈「当初はアイドルオタクアイドル代表、黒澤ダイヤさんに出てもらう予定だったけど、話の構成が大幅に変わったり展開を削ったりしたからダイヤさんのダの字も無くなっちゃった…らしいよ。

 

レジェンドさんの出番は後に回して!まず最初はやっぱりこのグループ!」

 

 

【Aqours】

 

 

香奈「御存じ私の最推しスクールアイドル!浦の星女学院のAqours!」

 

ミカド「Aqoursとはラテン語で水、そこに『Ours』を足した造語だな」

 

壮間「学校は辺境で廃校寸前。そんな0からのスタートでラブライブ優勝まで果たしたっていうんだから、とんでもない人たちだよな」

 

香奈「そう!住んでいる場所も、境遇も、能力も、何もかも平凡から無二の『輝き』を作り出したのがAqours!その道のりには幾多の挫折があって…例えばAqoursが初めて出場した東京スクールアイドルワールドっていうイベントでは得票数が0で…それで…」

 

壮間「オタク特有の早口」

 

ミカド「彼女らの解説は本編でも散々した。補完はもういいだろう」

 

香奈「えー、私あと5万字は語れたよ?」

 

壮間「地獄じゃねぇか」

ミカド「スクロールバーで全員ブラウザバックするぞ」

 

香奈「チッ…じゃ、次はこのグループ!」

 

 

【Saint Snow】

 

 

香奈「まぁこれもみんな知ってるよね」

 

壮間「いや俺Aqoursしか知らないし」

ミカド「興味無いな」

 

香奈「はぁ!?Aqoursのライバル、北海道函館聖泉女子高等学院が生んだ姉妹にして最強スクールアイドルのSaint Snowをご存じで無い!!?」

 

 

香奈は言葉と同時にSaint Snowの壁紙を貼りだした。

このグループは姉の「鹿角聖良」と妹の「鹿角理亞」のコンビ。Aqoursとは異なり、メタルな雰囲気が特徴的だ。

 

 

香奈「セイスノは名前に反してとにかく激しくクール!理亞ちゃんのラップも印象的だよね!不運なミスでラブライブ本戦には出場できなくて、Aqoursとの最終決戦は叶わなかったわけだけど…」

 

壮間「あ、そうなんだ。てっきり決勝でバチバチやったのかと」

 

香奈「でも!聖良さん卒業後に奇跡が起きた!それはAqoursとSaint Snow、遠隔地での疑似的ラブライブ決勝戦!この熱い伝説ライブの詳しくはラブライブサンシャイン劇場版を参照!」

 

ミカド「メタいな。まぁ今更だが」

 

壮間「そういえば…Aqoursのライブ動画で、この人たちいたな。なんだっけ…Awaken the power?だっけ」

 

香奈「それがセイスノ最重要ポイント!めざパ妹ね!」

 

壮間「なんだその略称」

 

 

(めざパ=めざめるパワー、妹=ルビィ+理亞。こういう略称もあるらしい)

 

 

香奈「ラブライブコンテンツ初の11人体制の曲、それがめざパ妹!他にもセイスノは直接対決が少ない代わりに、Aqoursとの交流が深いのが特徴で、果てには『ちょっと喝を入れる』ために内浦まで来るレベル!これはもう愛ですよ。愛!尊い!りあルビ尊いッ!!」

 

壮間「香奈が発作起こした…」

 

香奈「しかもセイスノの快挙といえば、主役グループ以外で初の声優ライブの実現!しかも北海道函館!これがとんでもない事だってわかってる!?わかってますっ!?」

 

壮間「は…はい。わかってます……てか声優って何…」

 

ミカド「いつものメタだ。気にするな」

 

 

壮間が締め落とされたところで話題転換。

 

 

ミカド「これで今回の物語に登場する2グループの補完は完了した。この茶番もお開きだな」

 

香奈「そうはさせるかぁぁぁぁ!!」

 

 

立ち去ろうとするミカドに香奈のドロップキック。連鎖的に壮間にも被弾。

彼女の前に男二人の死屍累々が積みあがった。

 

 

香奈「これで満足すると思った!?たった2グループで!?残念でしたwwww一年半も出番飛ばされた怒りはこんなもので収まりませーんwwwwww」

 

 

香奈、大暴れ。下がらないテンションで別のポスターを貼り付け、次の補完に入る。

次に補完するのは、Aqoursと同じく9人組のスクールアイドル。

 

 

【μ's】

 

 

香奈「スクールアイドルを補完するなら、この方々をすっ飛ばしちゃダメゼッタイ!誰もがご存じの超伝説級スクールアイドル、音ノ木坂のμ's!」

 

壮間「石鹸の」

 

香奈「そのボケもうやった!」

 

ミカド「神話の女神だな」

 

香奈「間違ってないけど違ーう!μ'sは第二回ラブライブで優勝したスクールアイドル!そしてAqoursと同じく廃校問題にぶち当たりながら、それを半年も費やさずに撤廃させたトンデモアイドルなんだよ!」

 

壮間「それは凄いな…でも伝説ってほどかな?」

香奈「なんだァ?てめェ……」

 

香奈、キレた!!

 

ミカド「キレるな落ち着け」

壮間「お前が言うか?沸点アルコール人間が」

ミカド「黙れ」

 

 

香奈「はい、ここでμ'sクイズ!μ'sの中で一番凄い人は誰でしょうか!」

 

 

香奈がμ'sのポスターを指さす。ミカドと壮間には誰が誰だか分からないのだが。

 

 

壮間「いや分からんけど…この人じゃない?真ん中いるし」

ミカド「高坂穂乃果だな。台本に書いてあるが、事実上のμ'sのリーダーらしい」

 

香奈「はい残念!ブッブーですわ!正解は全員凄い!全員最高!」

 

壮間「うっわ汚い」

 

香奈「だまらっしゃい!いい!?μ'sはもう至る所が神なの!神!

バレエの神童絢瀬絵里さん!宇宙No1アイドル矢澤にこさん!身体能力最強の星空凛さん!伝説のメイド南ことりさん!天候を変える高坂穂乃果さん!プラス・ゴッド・エトセトラ!」

 

ミカド「最後何か違う気がするぞ」

 

香奈「Aqoursと決定的に違うのは、μ'sは神に愛され、天に愛され、世の中全てに愛されるようになったパない最高のスクールアイドルってとこ!彼女たちの歩んだ道は、夢見る数多の少女に眩しく焼き付いた!それだけ鮮烈で、伝説になるだけのパワーがあった!奇跡みじん切りして才能で炒めて努力と混ぜて丸く握って絆・可愛いに夢をまぶして揚げたのがμ's!」

 

壮間「途中コロッケ作ってなかったか?」

ミカド「キャベツはどうした」

 

 

【A-RISE】

 

 

壮間「まだやるのね…」

 

香奈「何事も原点は大事オブ大事!UTX高校の三人組スクールアイドル、A-RISEは第一回ラブライブ優勝グループにして、スクールアイドルという文化の源流にいる存在なの!」

 

 

スクールアイドルはA-RISEに憧れた女子高生たちが彼女たちの真似をし、全国に広まっていったのが始まりと言われている(所説あり)

 

 

香奈「このグループはUTXの芸能学科が運営してて、毎年メンバーが入れ替わっていくっていうガチ仕様。その辺はほぼプロと同じなんだよ。その中でも私的最高の時期は、やっぱりラブライブ優勝を果たして、μ'sとぶつかり合った綺羅ツバサさんたちの世代!あの時期は可愛いμ'sに対し、超絶クールなA-RISEって感じで幸せだった……まさにゴールデンエイジ」

 

ミカド「台本によると、彼女たちは卒業後もプロとしてアイドルを続けているらしい」

 

壮間「ほぇー…なんか一気にスクールアイドルの見方変わるな」

 

香奈「A-RISEの存在はスクールアイドルを『本気』にした。学生のアイドルでも、遊びなんかじゃないってハッキリ示したからこそ、昨今のスクールアイドル文化があるわけ。その功績を成し遂げたA-RISEは、正しく全スクールアイドルのバイブル!至高のアイドルってわけよ!」

 

壮間「お前さっきμ'sが最高って言ってなかったか?その前はSaint Snowが最強って言ってたし…」

 

香奈「至高も最高も最強も最推しも全部違うの!!はぁーこれだから素人は」

 

壮間「最高だの最強だの、オーズの最強フォーム論争みたいだな」

 

ミカド「最強フォームはプトティラだろう」

 

香奈「は?タジャドル以外有り得ないんだが??」

 

壮間「俺的には最終回の10枚目タトバが最強だと思うんだけど…」

ミカド「それは無い」

香奈「虫一匹倒しただけじゃん」

壮間「はぁ!?」

 

 

スーパータトバの勢力で混沌を極める前に閑話休題。

 

 

ミカド「結局4グループも解説したぞ。お前の昔馴染みはいつもこうなのか」

 

壮間「いつもじゃない…いや割といつもこんなのかも。まぁお陰でスクールアイドルについてよく知れたし、香奈も楽しそうだったしいいんじゃないかな」

 

ミカド「そうか。俺はもう絶対に勘弁だがな」

 

壮間「それは俺も同意……」

 

 

疲れ切った表情を見合わせ、二人はそっと台本を置いたのだった。

 

 

to be contin((

香奈「終わらせるかぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

香奈の清々しい右ストレートがto be continuedを殴り壊した。

 

 

香奈「なに終わろうとしてんの!?尺?文字数?テンポ?んなもん知らん!作者が勝手にカットするでしょソウマたちはまだ逃がさないよ!」

 

ミカド「今この女、文字を殴った気がするが」

壮間「…今まで出番無かったわけだ。香奈は補完計画で無敵すぎる……!」

 

 

ここで壮間はウィルがいないことに気付く。あの男、香奈から逃げたに違いない。

 

 

香奈「じゃあ次の講義は今話題の虹ヶ咲スクールアイドル同好会!スクスタや今やってるアニメも熱いけど、くろすとらしくここは虹の二次小説について話そうか!まずハーメルンの『中須を泣かす』と『大好きが咲いている』を……」

 

ミカド「よせ!何故か知らんがそれはマズい!」

壮間「待て待て待て待て!!」

 

 

 

 




最後の作品タイトル二つは、「虹ヶ咲 虐待」ってハーメルンで検索かけると出てきます。察しましたでしょうか。察した上で気になる人は読んでみてください。

非常に正直な作品()の布教でした。


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EP10 オレがゴースト!2015
襲来!未来の侵略者!


栗夢走大
仮面ライダードライブに変身した青年。24歳。木組みの街の交番で働く警察官。女性免疫は無し。飲み物でテンションが変わる特異体質。アナザードライブとの戦闘では重加速エネルギーを半分以上削るという奮闘を見せるも、殺害されたことでドライブの歴史が消滅した。2014年では壮間の「仲間を信じる心」とミカドの「自分を信じる心」を認め、仮面ライダードライブの力を託した。修正された歴史では東京での戦いも無くなったため、木組みの街に行くことも無くなった。

本来の歴史では・・・街の平和を守るため、事件を起こすロイミュードたちと戦い続ける。数年間の戦いで107体のロイミュードを撃破し、最後に残ったのは人間として友情を結んだトーヤ(108)だった…


新年あけましておめでとうございます。146です。
かなり間が空きましたが、コツコツ書いておりました。今年も書いていきますのでよろしくお願いします!

今回からはラブライブサンシャイン×ゴースト編の後半戦。時系列はサンシャイン二期の6話です。

今回も「ここすき」よろしくお願いします!




 

「この本によれば…普通の青年、日寺壮間。彼は2018年へとタイムリープし、王となる使命を得た。スクールアイドルAqoursと仮面ライダーゴーストの繋がりを見つけた我が王は2015年へとやって来るも、仮面ライダーゴーストこと『朝陽』は姿を消し、この世から消え去ってしまうという危機にあった。残された時間は、あと7日…」

 

 

______

 

 

 

「対象の生存を確認。消去再開」

 

 

猛烈な竜巻が道路を抉りながら、一人の戦士に迫る。

黄色の球体が青緑の風を帯びたような人型の怪人は、風を操る謎の存在『ガンマイザー・ウィンド』。

 

圧倒的に規格外の力に対するのは、2015年の仮面ライダーネクロム。

 

 

「私は朝陽を探さなければいけない…邪魔をするなっ!」

 

《Destroy!》

《ダイテンガン!ネクロム!》

《オメガウルオウド!》

 

 

荒ぶる暴風の中にある一筋の隙間。そこを狙った正確無比な一撃がガンマイザーを打ち砕いた。

 

精神力と体力が音を立てて削れていくような一戦だった。消耗が激しいがネクロムは休めない。一刻も早く、消えた朝陽を見つけなければ。

 

 

「見つけたよ。今のがガンマイザー、君は仮面ライダーネクロムの…名前はなんだっけ」

 

 

疲弊したタイミングを見計らってか、ネクロムの前に新たな刺客が姿を現す。しかし、謎の存在であるガンマイザーに比べてもそれは異質と言わざるを得ないような、違和感を放つ少女がそこにはいた。

 

2015年にやって来た、タイムジャッカーのオゼだ。

 

 

「眼魔世界の冥術学には興味があるんだよ。あなたはゲートを開けられるんだよね。わたしを眼魔世界に案内してくれないかな」

 

「何者かは知らないが…敵と見て良さそうだな」

 

「…わたしの願いに応えてはくれないみたいだね。じゃあ、英雄の眼魂だけでも貰って帰るとするよ」

 

 

オゼは生身だが何かが計り知れない。そう判断したネクロムは白い眼魂を取り出し、使おうとする。だが、それはオゼの期待通りの展開だった。

 

ネクロムが眼魂を起動する前にオゼは時間を止め、ネクロムの手から眼魂を取り上げる。

 

 

「中国からインドの陸路を踏破した僧、玄奘三蔵の眼魂だね。信仰によって強大化した死者の情報を規格化して再現・召喚する技術は知ってるけど、死者の魂を物体に定着させて端末とし、強化した肉体に下ろすという発想!技術!それ即ち生命の物質化!あぁなんという神秘!奇跡!魔術!そして科学ッ!!これがこれこそがこの物語の願望器、グレートアイの力!!」

 

 

しかし、オゼの狂った恍惚に反発するように、サンゾウ眼魂の周囲の時空が歪んでいく。歪みはそれでも眼魂を放そうとしないオゼの腕を飲み込み、時間が巻き戻るように眼魂はネクロムの手の中に戻っていってしまった。

 

 

「何がどうなっている…!?」

 

「ペナルティだよ。この程度の干渉も駄目なんて…まぁそうか。それが無かったら仮面ライダーゴーストは生き返れないんだったよね」

 

 

歪みによってオゼの右袖は消し飛び、細い腕には指先から肘にかけて、割れる寸前のガラスのようなヒビが刻まれた。だがオゼは苦痛の素振りを見せず、愛おしそうに割れた指先に舌を滑らせる。

 

そうして消えようとするオゼに、漠然とした切迫感を覚えたネクロムは叫んだ。

 

 

「待て!貴様は何者だ!」

 

「自己紹介…なるほど、自己紹介を経て関係を縮めれば眼魂世界に連れて行ってくれるということ?それもそうか努力なしに願いが叶うことは無い…その発想は無かったよ、仮面ライダーネクロム!

 

わたしはオゼ。未来からあなた達の存在を歴史ごと奪いに来た、知的侵略者だよ。わたしの王が目覚める頃にまた会おうね」

 

 

そう残してオゼは時間の狭間に消えて行った。

変身を解除したネクロム。幾つもの不安が渦巻く中、緑のマフラーが風に揺れた。

 

 

「未来からの侵略者…!?」

 

 

_______

 

 

 

壮間たちは2015年の浦の星女学院に赴き、そこで朝陽があと7日でこの世から消滅することを聞いた。

 

 

「これが武蔵の眼魂で、こっちが弁慶。これは五右衛門と龍馬で…これ誰だっけダイヤ?」

 

「発明家トーマス・エジソンと物理学者のアイザック・ニュートンですわ」

 

「ですわ…?」

 

「で、こっちが新しく力を貸してくれることになった、ナイチンゲールさんにコロンブスさん、ガリレオさん、カメハメハさん、最後にシェイクスピアさんの眼魂ずら!」

 

「ずら…!?」

 

 

Aqoursの松浦果南から眼魂の説明を受けていた壮間。黒澤ダイヤと国木田花丸の語尾に若干戸惑いを見せるが、それ以上に目の前の偉人たちの魂に驚きを抑えられない。

 

 

「教科書に載るような偉人ばかり…これだけの偉人の魂があれば、人ひとりを生き返らせられるってのも…まぁ納得しちゃうよな」

 

 

彼女たちから色々と話を聞いて、ようやく状況が理解できた。

 

まず、仮面ライダーゴーストである朝陽という男は既に死んだ幽霊。仮面ライダーゴーストになってから99日で消滅する運命にあるらしく、15個集めると願いが叶う英雄眼魂の力で生き返ろうとしているらしい。

 

眼魔という敵との戦いの末に15個の眼魂を集めたはいいが、今度は「ガンマイザー」という謎の力によって願いが叶えられなくなってしまう。

 

そのガンマイザーの力を少しの間でも抑え込めば、その隙に朝陽を生き返らせられる。そのために必要な力の数は、追加の英雄眼魂5つ分。

 

そして、朝陽が消滅する7日前。ついに英雄眼魂15+5個が集まり、全ての準備が整ったが…当の朝陽の姿が見えない、というのが今の状況だという。

 

 

「ありがとうございます皆さん。急に押し掛けたのに、こんなに丁寧に説明まで…」

 

「構いませんわ。未来人という話も驚きましたが…説明も無くよく分からないものを連れてくる蔵真さんには慣れっこですから」

 

 

話題に出てきた蔵真という男だが、部室の隅で狂犬未来人のミカドと何やら揉めっぱなしだ。

 

 

「ダイヤ、余計な情報を彼らに与えるな。未来人が知るべきではない情報を与えると正常な歴史の流れを乱す恐れがある。俺たちがとるべき行動は彼らが知る歴史から各地に残った予言の正誤を確認し対策をいち早く立てることだ。協会本部からポリグラフ装置が届くまで彼らを拘束する」

 

「予言だと?馬鹿馬鹿しい。貴様のような愚か者にくれてやる情報など一片も無い。貴様も何をしている日寺!情報が欲しければ殴って叩き出せばいいだけのこと!」

 

「深淵を監視する者VS未来の狂戦士…ファイッ!」

「3人ともやめるずら」

 

 

眼魂を構える蔵真、ウォッチを構えるミカド、便乗する津島善子。花丸が一旦落ち着かせたが、少し目を離すとあの二人は殺し合いを始めそうだ。

 

そして、もう一人の未来組の香奈は

 

 

「こここっここここんにちわ!私2018年から来ました片平香奈ですっ!現役時代のAqoursの作曲担当桜内梨子さん…!?感激恐縮感動です!!あの…サインと握手いいっすかっ!?」

 

「曜ちゃん、この人は…?」

 

「未来から来た私たちのファン…らしいよ。うん…握手してあげて」

 

「え未来?え…えぇ…握手くらいするけど…えっ…!?」

 

「おっほぁぁぁ!?やっべぇありがとうございます!うおぉぉぉっ!」

 

 

オッサンみたいなテンションで喜ぶAqoursファンの香奈。興奮のあまり、そのまま死んでしまいそうで怖いまである。

 

あのテンションが今度はこっちに向かうんだろうな、と若干怯えるダイヤと果南。壮間が申し訳なさそうに軽く頭を下げる。

 

 

「それで、あなた達が来たのは3年後からなんですよのね。なぜこの時代に来たのか、なぜ朝陽さんを知っていたのか、今度はそちらが答えていただけます?」

 

「それは…えっとですね…」

 

 

壮間は少し言葉を濁す。というのも、あの神楽月蔵真という男がいる状況で「仮面ライダーゴーストの歴史を貰いに来ました」なんて言えば面倒事に一瞬で発展するのは明白だ。かなり慎重に言葉を選ばなければ。

 

 

「俺たちのいた時間では仮面ライダーゴーストは消滅している。俺たちはそれを回避しに過去に来た。貴様らに力を貸してやる」

 

 

そんな壮間の懸念を蹴っ飛ばすように、ミカドがストレートな言葉で一突き。

 

状況的に嘘は言っていないが、ミカドが「仮面ライダーを助ける」と言うなんて絶対に本心じゃない。壮間は慌ててミカドに小声で問いただす。

 

 

「どういうつもりだよミカド。協力するのはいいけど、それならもっと詳しい事情とかアナザーライダーの事とか言っておかないと」

 

「馬鹿正直に伝える必要がどこにある。貴様は状況が分かっていないのか?」

 

「状況?」

 

「俺たちの時間軸ではゴーストは消滅し、アナザーゴーストに歴史を奪われている。片平が聞いた高海千歌の話が本当なら、『助けられなかった』というのはゴースト消滅の瞬間に立ち会ったということだ。つまりゴーストが見つかりはするが、生き返らせる作戦は失敗が確定している」

 

「そんな…いや、ちょっと待て。じゃあゴーストの歴史が消えたのって!」

 

「アナザーゴーストが何もしなくとも時間経過でゴーストは消え、歴史の所有権がアナザーゴーストに移動する。つまりあと7日…それまでにゴーストの力を手に入れる必要があるんだ。奴らより先にゴーストを見つけてな」

 

 

確かにそうだ。事情を説明し、信用を得ている時間は無いかもしれない。ミカドはそれを踏まえ、Aqoursを既に「敵」と見なしている。

 

 

「壮間さん?」

 

「あっ…いや何でもないです!ミカドの言う通り、朝陽さんを探すのを手伝わせてください!」

 

 

ダイヤは少し考えたが、信用してくれたのか首を縦に振った。

壮間の心中が罪悪感で曇る。だが、2018年の浦の星を救うにはこれが最善のはずだ。

 

一方で興奮のあまり話を聞いていなかった香奈。壮間とミカドの考えなんて一切の興味は無く、ただ部室とメンバーを凄い熱量で見渡している。

 

 

「そういえば千歌さんいない…鞠莉さんもいないですね」

 

「鞠莉ちゃんはアリオスと一緒に朝陽くんを探してる。千歌ちゃんは…特訓かな?」

 

「特訓…?」

 

 

曜の口から出てきた知らない名前と「特訓」の二文字に、香奈は首を傾げた。

 

 

_______

 

 

曜と梨子に連れられて、香奈は学校から離れた海岸に。

その砂浜には、派手にすっ転ぶ千歌の姿があった。

 

 

「千歌さん…現役時代の千歌さんだっ…!」

 

「おーい千歌ちゃーん!」

「特訓の調子はどう?」

 

 

曜と梨子に気付いたのか千歌が手を振って応えてくれる。

が、近づくと何故か涙目で震えている知らない女子がいたので、千歌はまず一言。

 

 

「誰?」

 

 

2015年のAqours2年生組が揃って感極まった香奈が泣いている間、曜が千歌に状況を説明。全然理解は出来て無さそうだったが、目の前の彼女がAqoursのファンで良い人だというのは分かったようだ。

 

 

「えーと…とりあえずこの香奈ちゃんは置いといてもいいのかな…?」

 

「はいっ!放置して結構です!私なんぞに構わず御三方でお話をどうぞ!」

 

「うん…ありがと。それで曜ちゃん、眼魂は…」

 

「ばっちりであります!これで20個揃ったよ!でも朝陽くんはまだ…」

 

「そっか…私が探しに行けたらいいんだけど……」

 

「今からセンター代わるなんて無理だし…やっぱりあのパフォーマンスはやめにした方が…」

「ダメだよ梨子ちゃん!絶対成功させる!私ができることを、ちゃんと形にしたい!それを…生き返った朝陽くんにも見て欲しい。だから絶対!」

 

 

3人が何かを話し合っている間、香奈は激しく感動しながらも何かに気付いた。この時期、千歌が転んだ様子、会話の内容。思い当たった愛を、ファンやオタクという人種は我慢できない。

 

 

「MIRACLE WAVE!」

 

「え?」

 

「MIRACLE WAVEですよね!2回目のラブライブ地区予選で披露した新曲!」

 

「確かに曲名は合ってるけど…」

 

 

梨子が千歌と顔を見合わせて驚く。スクールアイドルの全国大会 ラブライブの地区予選は朝陽が消滅する日と同じ7日後。そのために用意した曲こそがMIRACLE WAVE。しかし曲名はつい最近決まったもので、作詞の千歌と作曲の梨子しか知らないはずなのだ。

 

 

「すごい!本当に未来から来たんだ!疑ってはなかったんだよ?でもやっぱりすごいよ!」

 

「実は私…ちょっと疑ってた」

「私も。でも私も知らない曲名知ってたし、本当に未来のAqoursのファンなんだ」

 

「もちろんです!MIRACLE WAVEといえば千歌さんのアクロバット!私ダンスやってるんですけどあれ何回も見て練習したんですよ!ちょっと待っててください確かこうやって…」

 

 

テンションが上がり切って沸騰直前の香奈は、勢いに乗って砂浜に手を付けて脚を上げ、そのままロンダートからのバク転を完璧に……

 

 

「あ」

 

 

決めてしまった。

 

MIRACLE WAVEの最大の見せ場、センターである千歌のバク転パフォーマンス。現在3年生の3人が考案しながらも成功せず、それを受け取った千歌もまだ練習中だった「この時点では未完成だったパフォーマンス」を部外者が勝手に披露してしまった。

 

 

「あわわわわわすいませんすいません!自慢とかアピールとかそういうのじゃなくて私のは千歌さんのバク転を見て学んだ言っちゃえば猿真似みたいなもんで凄いのはこれを完成させた千歌さんたちで私なんかが真似することすら本当はオコガマシイっていうかなんとゆーか…」

 

「すごいよ!」

 

「へっ!?」

 

 

千歌は絆創膏だらけの腕で香奈の手を握った。唐突な握手に瞬間爆発する香奈だが、千歌は構わず熱い感情をぶつけ続ける。

 

 

「私、何回やってもできなくて…それをやっちゃうなんて絶対すごい!」

 

「曜ちゃん、これって…」

「あーうん。私も千歌ちゃんの考え分かる。でもそれっていいのかな…?」

 

 

感情の暴風にやられて混乱する香奈だけが、千歌の無茶苦茶な考えを理解していない。それはきっと、常識を超えた反則行為。

 

 

「香奈ちゃん!私にさっきの動き教えて!」

 

 

あまりの衝撃展開に香奈が卒倒した。

 

 

______

 

 

 

「朝陽をこれで実体化させて捕まえる!」

 

「怪奇現象管理協会特製、不知火マークⅱ改ver3ずら!」

 

 

壮間とミカドは果南と花丸から掃除機のような装置を手渡された。朝陽がいそうな場所にこれを発射しろということだろう。

 

 

「そもそも、なんで朝陽さんは消えちゃったんですか?」

 

「そうだ。まず貴様らは幽霊が見えていたのか」

 

「朝陽は確かに幽霊だったけど、見えたし会話もできたし触れたよ。なんか気持ち次第で実体化できるんだって」

 

「そうか…なら問題ないな」

「お前今ほっとしただろ。やっぱ幽霊怖いんだろ」

「黙れ。実体があるなら殴れる、それを確認したに過ぎん」

 

 

「殴る」なんて物騒な事を言い出すので、壮間は慌ててミカドを黙らせて愛想笑いで誤魔化す。どう考えても怪しすぎて凄く嫌だ。

 

 

「でもちょっと前に朝陽さんが実体化しなくなっちゃったずら。それはもう突然に。どうも本人が実体化したがらないみたいで…」

 

「そうそう。千歌には見えてたみたいだけど、千歌が言うには逃げるみたいにどこかに飛んで行っちゃったって」

 

「ちょっと待て。高海千歌にはゴーストが見えていたのか」

 

「うん。朝陽が眼魂を持つより前から…というか昔からかな。昔から幽霊の友達の話は聞いてたけど、本当に見た時は驚いちゃったよ」

 

「じゃあ千歌さんに探してもらえば…」

 

「千歌ちゃんは今、地区予選ステージのために練習してるずら。廃校のタイムリミットも地区予選も、朝陽さんが消えちゃうのもあと7日ずら……」

 

「私はまだ反対だよ、あのフォーメーションを無理してやるべきじゃない。本当は千歌を諭すか、そうじゃなくても支えるべき時だってのに…なんで消えて千歌の負担増やしてるのよあのバカ朝陽!」

 

 

果南は憤りを発散させるように、虚空に不知火を発射した。空間に舞い散る金色の粒子は美しいが、それはただ降るだけで何も映さない。

 

花丸は「廃校のタイムリミット」と言っていた。それが朝陽の余命と同じとも言っていた。

 

 

(3年後では朝陽さんは消えてた。学校も廃校になっただけじゃなく、あんな未練だらけの棺桶みたいに……)

 

 

あれだけ必死に努力して、あれだけ輝いたのに、彼女たちは二つの大切な存在を同時に失ってしまった。

 

「悲しい」「虚しい」「切ない」

 

2018年の曜の話を聞いた時にも浮かんだ、たった三文字の簡単な感情の羅列。他人事でもこんなに苦しいのに、これから待ち受ける悲劇で彼女たちはどれだけ辛い思いをするのだろう。

 

あれだけやっても報われないのなら、「輝き」は何のためにあるのだろう。

 

 

「驚いたじゃないか果南。あまり不知火を無駄打ちするな」

 

 

聞かない声が壮間の思考を断つ。清涼感のある声で果南の不知火の銃身を押し下げる、凛々しい人物。その姿を見て、壮間とミカドの頭に共通の疑問が生じる。

 

 

「アリオス…ごめん、朝陽に腹立っちゃって。あれ?鞠莉と一緒じゃなかったっけ?」

 

「鞠莉は廃校を止めるのに少し動くらしい。あとやはり朝陽はまだ見つからないか…それはそうと、そこの二人は何者だ?」

 

 

名前はアリオスらしい。背はまぁまぁ高い、170くらいか。服装は今風な重ね着に緑のマフラーを着けた厚着で体のラインが見えづらい。髪はウェーブがかかっているが、そこまで長くはない。

 

色々と容姿を文字化させると迷うが、実際見てみると顔立ちというか、所作というか、立ち振る舞いというか、諸々を総評して結論は直感的に出る。

 

 

「女の人…ですよね?」

 

 

壮間の結論に、アリオスは頭を打ったようなリアクションでのけ反り、銃で撃たれたように膝から崩れ落ちて果南の脚に縋りついた。

 

 

「果南…私は……やはりそんなに女々しいか…!?」

 

「えっ…もしかして男性でした?」

 

「いや、合ってるよ。アリオスは女の子だし、女の自分が嫌だとかそういうのでもなくて。ただ…ちょっと…凄くこじらせててさ」

 

「大丈夫、リオちゃんはしっかりイケメンずら!」

 

「リオはやめてくれないか花丸…ちゃん付けもやめてくれ…アリオスで頼む…やはり私は完全な存在にはなり得ないのか……」

 

 

悩んだ末に果南がひねり出した大雑把な紹介に、花丸の丁寧かつ雑なフォロー。それにまた凹むアリオス。

 

よく見ると靴は厚底だし、服のポケットから「男らしさとは」というタイトルの本が見える。事情は知らないがこの人は面倒くさそうな印象が拭えない。

 

 

「所詮私は不完全……完璧にはなれない……」

 

「なんだこの面倒な女は。というよりこの時代の女は何なんだ、どいつもこいつも訳が分からん。置いて行っても構わないか」

 

「おいやめろ女を連呼するな、アリオスさん悶えてるから。すいませんアリオスさん、ちょっと信じてもらえないと思うんですけど、俺たち未来から来ました。壮間とミカドって言います」

 

「…未来だと……!?」

 

 

壮間の取り繕いの自己紹介で、アリオスが急に立ち上がった。しかも一瞬で雰囲気まで変わり、一転して壮間たちに向けられたのは明確な敵意。

 

 

「花丸、果南、奴らから離れろ」

 

「ずら!?」

「ちょ…どうしたのアリオス!」

 

「ガンマイザーとの戦闘の後、彼らのように未来から来たという人物が現れた。そいつはこう言っていた…『存在を歴史ごと奪いに来た侵略者』と」

 

 

ミカドが舌打ちする一方で、壮間は息が止まるような苦しみを感じた。何せ、彼女の言う事は「壮間が敢えて言わなかったこと」なのだから。

 

 

「…違う。それは恐らくタイムジャッカー、俺たちの敵だ。俺たちはゴーストを救うためにこの時代に来た」

 

「お前は兵士だな。任務のためなら虚偽も厭わない軍人の言葉だ。私はそっちの少年に問いたい。お前達の目的は何だ、我々の存在を消すために来たのか?」

 

 

壮間は声を出せない。ゴーストの歴史を消したいわけでは無いのだ、否定したい気持ちはある。だが、彼女の指摘は何も間違ってはいない。どう言い換えても、壮間はゴーストの歴史と存在を奪いに来たのだ。

 

 

「沈黙は雄弁だな。お前達は私の…敵だ!」

 

「チッ…馬鹿が」

 

 

アリオスが左腕にブレス型変身装置『メガウルオウダー』を装着。同時にミカドもジクウドライバーを装着する。双方ともに最初から殺意に満ちあふれている。

 

 

《Stand by》

《ゲイツ!》

 

「「変身!」」

 

《テンガン!ネクロム!》

《メガウルオウド!》《Clash the Invader!》

 

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

ミカドは装甲を纏い、アリオスは空飛ぶパーカーを纏って仮面ライダーへと変身。その姿には壮間も見覚えがある。

 

 

「あの仮面ライダー…浦の星に出てきた一つ目!」

 

 

ゲイツとネクロムの戦闘が始まると、どこからか駆け付けてきた人影がゲイツに突撃。誰だと確認するよりも早く、その人物は容赦なくゲイツと壮間に襲い掛かる。

 

 

「あ…って蔵真さん!?」

 

「やはり危険因子だったか。怪奇現象管理協会の名において、お前達未来人を捕縛する!」

 

「ちょっと話を…って言ってる場合じゃない!」

 

 

蔵真が眼魂を取り出すのを見て、壮間も慌ててウォッチを構えた。薄々勘づいてはいたが、やっぱり彼も仮面ライダーだ。

 

蔵真が腰に手をかざすと『ゴーストドライバー』が出現。カバーを開いて脚を大きく開くと、起動させた青目の眼魂を投げ入れてレバーを引く。

 

 

「変身!」

 

《カイガン!スペクター!》

《レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!》

 

 

ドライバーが『開眼』し、出現した黒いパーカーが蔵真が変身した『トランジェント』と一体化。

 

二本角の青いライダー、仮面ライダースペクターが顕現した。

 

 

______

 

 

 

「うーん、見つからないなぁゴースト」

 

 

階段を上って長浜城跡まで来たオゼは、右手の指で作った円を覗き込んで辺りを見渡す。田舎だから高い建物が無く、探し者も見つからず段々と退屈になってきた。

 

 

「このままゴーストが見つからなければ勝手に歴史は消える。それもまた一つの計画通りだけど、そうして得られるのは当然の結論のみ…」

 

 

オゼの身体を底から震わせ、火照らせるのは、2005年での出来事。響鬼によって失われてしまったが、土壇場での思いつきで生まれた規格外の産物(ソラナキ)が、その刺激と興奮と悦楽が忘れられない。

 

 

「あぁ…やっぱりわたしは我慢できないよアヴニル!何より今回の彼女は…わたしの()()()()()だからね」

 

 

オゼは再び内浦の景色に視線を移す。そして、その視界に見据えた一点を……未だ目覚めぬ王の居場所を指さした。

 

 

「見つけたよ」

 

 

______

 

 

 

《テンガン!グリム!》

《メガウルオウド!》

《Fighting Pen!》

 

 

ネクロムが呼び出したのは、かの有名なグリム童話の編集者『グリム兄弟』のゴースト。原稿用紙とペンを模したようなパーカーを羽織り、単眼が開いた本のような形状に変化する。

 

両肩からペンの形をした触手『ニブショルダー』を伸ばし、距離を保ったままジオウに変身した壮間を追い詰める。

 

 

「くっそ…なんでこんなことに!」

 

「貴様が弁明をしなかったせいだろう!黙る馬鹿がどこにいる!」

 

「うっ…それは…ごめんだけどさ…」

 

 

ジオウがちょっと落ち込んでいる隙に、スペクターがゲイツを退けてジオウにも蹴りを入れた。避けようとするが、想像以上に脚のリーチが長く感覚が狂う。

 

壮間は戦闘経験が極端に浅く、性格も最初は様子見をするタイプだ。初見の相手だとどうしても動きが鈍ってしまう。

 

 

「戦う気が無かろうが容赦はしない。こいつで終わりにしてやる!」

 

 

言い切ったスペクターが出したのは紫の眼魂。ドライバーから出現したその英雄ゴーストの姿は、服の特徴といい髷といい、見るからに思い当たるような姿だった。

 

 

「ちょっと待てあんなの俺でも知ってるぞ!英雄にも程がある!」

 

「眼魂の力がこれほどとはな。アレは戦国の世を力で切り開いた英雄…第六天魔王、織田信長!」

 

《カイガン!ノブナガ!》

《我の生き様!桶狭間!》

 

 

ノブナガ魂にチェンジしたスペクターは、火縄銃モードのガンガンハンドをゲイツに向けて発砲。カバーに入ろうとしたジオウの腕を、ネクロムのニブショルダーが絡め取る。

 

 

「捕えた!観念しろ!」

 

「すっげぇ今更だけど…偉人の力使えるって反則じゃない…?いや俺も他のライダーの力使ってたわ……」

 

「下らん事を言ってる余裕があるなら備えろ!来るぞ!」

 

 

スペクターはガンガンハンドをドライバーにかざし、必殺待機状態になった銃を構える。そこにノブナガ魂の「武器複製能力」が発動。歴史上の「長篠の戦い」を彷彿とさせる大量の火縄銃の列が、一斉に狙いを定めた。

 

 

《ダイカイガン!》

《オメガスパーク!》

 

 

激しく熱された銃口が向けられ、その蛮勇の英雄が放つ覇気に死さえ脳裏に過ぎる。

 

がしかし、引き金が引かれる前に異変が現れる。

それはスペクターやネクロムにとっても無視できない異変。目の前の未来人よりも、自分たちの存在を脅かすような負の予感。

 

 

「そこかぁッ!!」

 

 

全ての銃口を逆側に向け直し、予感を吹き飛ばす勢いで一斉射撃。圧巻の火力は一瞬先に大爆発を生み出し、そこにあった何もかもを消し炭に変えた。

 

その爆炎が揺らぐ。陽炎の中から生じた、もしくは気付かぬうちに煙が人型になったような、

 

 

少なくとも、それは『招かれざるゴースト』だった。

 

 

「アナザーゴースト!?もう生まれてたのか!」

 

 

現れてしまったアナザーゴースト。だが、アナザーゴーストは無気力に浮かび上がっているだけで、こちらに視線を向けようともしない。

 

見るからに偽物のゴースト。その容姿にネクロムも動揺を見せる。

 

 

「アレはなんだ、お前達の仲間か!」

 

「違います!俺たちは…アイツを倒すために2015年に来たんです!」

 

「出たのなら幸運だ。奴を捕らえて正体を明かるみに出してやる」

 

 

心を淀ませる不和感に従い、ネクロムとスペクターは頷いて協力という選択に舵を切った。

 

4人の敵に囲まれても、アナザーゴーストはどこを見るわけでも無い。それなのに、捕まえようとしたり攻撃したりすると、スルリと間を抜けてしまう。

 

まるで宙に浮かぶ風船、もしくはウナギを掴もうとしているような。なんともじれったくて苛々する時間が過ぎていく。

 

 

「逃げんな…くそっ!」

 

 

腕を掴もうとしたジオウ。だが、風に揺られるようにアナザーゴーストは流れて行ってしまう。

 

苛立ち故に強く握った手の中、虚無ではない何かを掴んだ。手を開くと零れ落ちていくそれは、アナザーゴーストの体から出ている物。

 

 

「……砂?」

 

 

「捕まえたぞ、朝陽のドッペルゲンガー!」

「腹立たせやがって…叩き斬る!」

 

 

スペクターとゲイツ、二方向の殺意がアナザーゴーストの逃げ場を完全に封じた。

 

アナザーゴーストは抵抗しない。はっきりとしない記憶と感覚、その奥底から何かが来る。この世界を蝕む何よりも大きな……歪が。

 

 

アナザーゴーストのパーカーと、やつれた体の間。そこから大量の砂が溢れ出た。砂は爆発したように飛び散り、撒き散らされ、

 

 

そしてやがて一つに集まり、人間の姿になった。

 

 

「よくもまた集まってくれた。わざわざ来てやったよ、この…贋作博覧会に」

 

 

突然現れては迫っていたスペクターとゲイツを一蹴したその人物は、2005年の妖館で見た顔、令央と名乗った芸術家風の男だ。

 

令央が指を鳴らすと、闇の渦がアナザーゴーストを飲み込んで消えた。鳴らした指を今度はジオウに向け、忌々しそうに周囲に視線を走らせる。

 

 

「世界は美しいのに、芸術性に欠ける贋作が!全てを汚している!嘆かわしい程に駄作だが…駄作には駄作に相応しい結末というものがある。それを描くのは……私だ」

 

 

確認の必要は無い。躊躇も同様。スペクターとネクロムは、相手が生身だろうが構わず即座に「殺しに」かかった。そうしなければいけない程、この男は危険だと世界が警報を鳴らしている。

 

再び砂嵐が起こり、全ての者の視界を奪う。令央の影がその中に消える。竜巻の中心で練り上げられていく、赤い狂気。

 

 

「望む結末を描くため、殺しはしない。だが私は()()()()()()()だ」

 

 

初めての現象。一つの時代に『二人目のアナザーライダー』。

砂嵐を掻き消した異形の赤鬼、炎の翼と鎧を纏った悪魔、時間を壊す歪の仮面騎士。

 

 

「赤い角…あれが…あいつの正体…!?」

 

 

思わずジオウもゲイツも戦慄する。

腰の鎧に刻まれた年号と名前は

 

 

『2007』『DEN-O』

 

 

「失敬、決まり文句は大事だな。

―――俺、参上」

 

 

2007年、時間改変を企てる未来人『イマジン』と戦った、時の列車を乗りこなす仮面ライダー。その名前は今や、彼の物。

 

始まりも終わりも、全てはいつも突然。

アナザー電王、時を超えて参上。

 

 

 

 




そういえば虹ヶ咲アニメ終わっちゃいましたね…あれは良いアニメでした。栞子ちゃんも出して二期はよ。

今回はいつもより意見がぶつかりますし、いつもより話を聞かない人が多いです。未来人介入による歴史改変も結構生じます。アナザー電王も出たし色々と大変ですが、予定では3話くらいで終わればなぁ…と。

今年も感想、お気に入り登録、高評価などよろしくお願いします!


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激突!譲れぬ想い!

津川駆
仮面ライダーマッハに変身した青年。20歳。ロイミュード事件を追い、2014年では木組みの街の大学に通っていた。人呼んで「最速の情報屋」。ナンパ癖がある。2014年では壮間と共にアナザードライブの正体を探り、壮間の「怒りを制御する心」を認めて仮面ライダーマッハの力を託した。修正された歴史では暴力団の下で働いていたことで逮捕されるも、とある警官との出会いで更生。2018年ではフリーのカメラマンとして活躍している。

本来の歴史では・・・上述の通りグレていた時期があったが、ある事件で走大の協力者となり、木組みの街にも来たかと思うとマッハに変身して走大を驚かせた。最終局面では超進化した004との激闘の末、自爆という形で004を道連れにし……


あけましておめでとうございます146です。今日と明日はセンター試験ですね。居ないと思いますけど、受験生で読んでる人が居たら、さっさとブラウザバックして寝るのが吉です。

今回は喧嘩回?です。マジでAqoursメンバーは台詞が分からん…
あと、壮間がまたウジウジ悩むので…そこはちょっと我慢していただければ…

今回も「ここすき」よろしくお願いします!




 

 

「こんなところにいた。探したよ?ゴースト」

 

 

内浦にある寺で、オゼは墓場に完治した右手の指を向ける。

傍から見れば、ただ墓石を指さす少女。しかしオゼの双眸には、その姿がクッキリと映っていた。

 

 

「幽霊には興味があるんだよ。ちょっとでいいからわたしの実験材料になってくれないかな?ダメだというのなら…そうだ、お友達というものから始めよう」

 

 

言い慣れない単語を出したせいか、少しぎこちなくオゼは手を差し出す。笑みを浮かべてはいるが、その笑顔は観察対象に向ける好奇のそれだ。

 

 

「ごめんねお嬢さん、そのお願いは聞けない。

みんなのこと、ちゃんと見届けなくちゃいけないんだ」

 

 

『幽霊』は、ぼやけた声でそう答えた。

オゼは笑顔を引きつらせるも、今回は機嫌が良いのか発作のような発狂はせず、もう一度幽霊に尋ねる。

 

 

「…じゃあゴーストの力をわたしに頂戴。わたしの王に渡す前に、色々と実験がしたいんだよ」

 

「うーん…それもできないかな。この力は()()()()()()()()()()

 

 

そう言うと、幽霊の姿は消えてしまった。

風の音のように、こんな言葉を残して。

 

 

「この力をどうするか、この世界をどうするか、この先の未来をどうしたいか……それを決めるのは僕じゃなくて、この時代に生きるあの子たちだ」

 

 

________

 

 

アナザーゴーストの体から出現した、謎の芸術家風の男 令央。彼は4人のライダーの前に立ちふさがると、なんと二人目のアナザーライダーへと変身した。

 

2007年の歴史を奪ったアナザーライダー。

その名も、アナザー電王。

 

 

「破壊もまた芸術。私の前から消えろ、醜い贋作共!」

 

 

アナザー電王は腰回りの短剣を取り外し、両手に構えてライダー達に襲い掛かる。

 

先陣を切って飛び出したゲイツとスペクター。それぞれジカンザックスとガンガンハンドを使って応戦するが、戦闘開始数秒で彼らは全力の防御を強いられる。

 

 

「ふざけるな…なんだこの勢いは!?」

 

 

ゲイツから苦悶の言葉が漏れる。

アナザー電王の戦闘スタイルは、まさしく「最初からクライマックス」。一撃目から渾身の殺意を込めた全速全開で、初手を甘く見ていると一瞬で戦いの流れを持っていかれてしまう。

 

防御体勢も万全では無かったためすぐに崩され、ゲイツとスペクターに刃が炸裂した。

 

 

「脆い」

 

 

アナザー電王は倒れたゲイツに足を進め、逆手に持った短剣を心臓に突き下ろす。しかし、流石にジオウが寸前でアナザー電王を殴り飛ばし、そのトドメを防ぐ。

 

 

「こっちにもいるぞ…来い!」

 

「語る価値も無いな。それで虚勢を張っているつもりか?」

 

 

ジオウとの距離を詰めたアナザー電王が、荒々しく両手の剣を振るう。

避けつつジカンギレードを装備しようとしたジオウだったが、剣が手元に出現した瞬間にアナザー電王に蹴飛ばされてしまった。

 

その動揺は最小限だったが、アナザー電王にとっては十分。その一瞬で右に一閃、袈裟斬りで一閃。最後に投げつけた短剣がジオウの体を斬り付け、変身解除まで追い込んだ。

 

 

「模範的だが芸術性に欠ける不意打ちだ。これ以上、私を不快にさせるな」

 

「なんだと…!?」

 

 

ジオウを倒した油断を突いた、ネクロムの不意打ち。アナザー電王は空いた右手で三本目の短剣を抜刀し、一撃でそれを返り討ちに。

 

体勢を崩したネクロムを痛みを刻み込むように踏みつけ、その首元に短剣を押し付けた。

 

 

「あまりに質が低い。仮面ライダーネクロム、お前は女だな。受けが軽い上に非力で話にならない。ゲイツもそうさ。鍛錬を積んだ所で本物には全く才能が及んでいない粗悪品だ」

 

 

刃から伝わってくる感情は、純粋な殺意以外に無い。「殺しはしない」と彼は言った。だが、その激しい憎悪によって自分は数秒後に死ぬ、そう恐怖してしまうほどの気迫と強さだ。

 

 

「特にジオウ。何なんだお前は。理想も、野望も、力も才能も素質も何もかもが贋作というにも粗末!ジオウは、時代を統べる圧倒的な『魔王』でなければならない。お前の存在がジオウに対する冒涜だ」

 

「魔王…!?」

 

 

アナザー電王が並べる理解のし難い文言たち。分かるのは、それが強烈な「思想」の下にあるということだけ。今はただ、その思想の理解に苦しみ、強さの前に平伏すことしかできない。

 

 

《Dive to Deep…》

《アーイ!》

《ギロットミロー!ギロットミロー!》

 

 

アナザー電王が最後の一人に目を向けようとした瞬間、そこで放たれた力に戦慄した。それはアナザー電王も知る『深淵の力』なのだから。

 

 

「既に()()を持っていたのか…」

 

「お前の話を聞くつもりはない!世界の秩序を乱し、俺の友を傷付ける存在を…俺は徹底的に排除する!」

 

《ゲンカイガン!ディープスペクター!》

《ゲットゴー!覚悟!ギ・ザ・ギ・ザ!ゴースト!》

 

 

怪物の瞳のような眼魂『ディープスペクター眼魂』を使い、スペクターは銀色のトランジェントへと変化。そこに新たなパーカーゴーストを羽織ることで、仮面ライダーディープスペクターへと強化を果たした。

 

しかし、スペクターの力の激流は留まらない。

目の前の存在の危険性。己の腹から溢れる怒り。それらを加味して、スペクターは己の命を滅ぼすリスクを軽々と踏み越えた。

 

 

《ゲンカイダイカイガン!ゲキコウスペクター!》

《デッドゴー!激怒!ギ・リ・ギ・リ!ゴースト!》

《闘争!暴走!怒りのソウル!》

 

「俺の生き様…見せてやる!」

 

《キョクゲンダイカイガン!ディープスペクター!》

《ギガオメガドライブ!》

 

 

ディープスペクターの更に一段階上、それがゲキコウモード。ゲキコウモードになったスペクターは鋼の翼を手に入れ、己の激しい怒りと生命力を引き換えに、絶大な力を発揮できる。

 

その力は一縷も余さずアナザー電王に向けられる。

空間を裂くような雷で短剣が朽ち果て、アナザー電王は武器を失った。

 

 

「悪鬼退散!!」

 

 

その身一つとなったアナザー電王に、スペクターが全身全霊のライダーキックを放つ。アナザー電王のエネルギー波とぶつかりあった結果、この空間が耐え切れずに地面が爆砕し、双方の姿は土埃に隠された。

 

 

「強さだけは…まぁマシな贋作もいるようだ」

 

 

息を切らしたスペクターの前に、アナザー電王は健在だった。

だが、さっきまでの見下した余裕は感じられない。さっきの一撃は、間違いなく彼に痛手を負わせたようだ。

 

 

「この借りは返す…せいぜい私が描く結末を楽しみにしていろ…!」

 

「ッ…逃がすか!待て!」

 

 

立ち上がったゲイツがアナザー電王に拳を振るうが、軽くいなしてアナザー電王は飛び去ってしまった。

 

 

 

________

 

 

 

「それで…なんでこんな事態になったのか、ちゃんと説明していただけます!?」

 

 

アナザー電王が去った後、戦闘中は隠れていた果南と花丸によって千歌と鞠莉以外の全員が集められた。それで、今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気を見たダイヤに問い詰められているのが、今の状況だ。

 

 

「説明なんて必要ない。奴らは歴史改竄を企てる侵略者だという話だ。きっとタイムマシンが開発された未来では歴史管理を目論む秘密結社が存在し、こいつらはその手先に違いない」

 

「蔵真さんは少しお黙りなさい!わたくしは壮間さんたちから話を聞きたいのです」

 

 

詰め寄られた壮間は横目でミカドを見る。全く協力も説明もする気が無さそうな顔で、相変わらず敵意を隠す気も無い。

 

だが、その態度を貫けば状況は悪化してしまう。ゴーストの力を手に入れるためにも、ちゃんと膝を合わせて話すしかない。

 

 

「分かりました…説明します」

 

「何を言っている。説明の必要は無いと言ったはずだ」

 

「ダイヤさんたちは敵じゃないだろ!これまでだってそうしてきた、きっと…話せば分かってくれるはずだ」

 

「……もう知ったことか。勝手にしろ」

 

 

そうして、壮間はいつも通り、ライダーの力の継承やアナザーライダーのシステム、壮間が王になるためライダーの力を集めているなどの事情を説明した。

 

ただし、未来で浦の星は廃校となり、アナザーゴーストがそこを根城にしているという具体的な事実だけは伏せて。それは今の彼女たちにとって、余りに残酷だから。

 

話を聞き終わった彼女たちは、それぞれが思い悩んでいる様子だった。壮間たちに視線を合わせず、中には泣きそうな者もいれば、理解が及んでいなさそうな者もいる。

 

 

「…やっぱり、話を聞く必要は無かったな」

 

 

最初に声を発したのはアリオスだった。

が、次の言葉を口に出す前に、その腕が壮間の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「ゴーストの記憶が消える?眼魂システムが消える?それは朝陽も眼魔世界も消滅するということだ。それで私たちが納得するとでも思っていたのか!?」

 

「…っ、それは……」

 

 

アリオスの言葉を誰も否定しない。それは、誰もが同じ考えであることの証明。

 

壮間は自分の考えの甘さを痛感した。

これが当然の反応のはずだ。ミカドの言う通り、自分たちの存在が脅かされるというのに快く協力する方がおかしい。

 

壮間は無意識のうちに、これまで会ってきた彼らの優しさに甘えていた。

 

 

「未来を救いたいなど馬鹿馬鹿しい。お前達はゴーストの力を欲しがるだけの敵!ただの略奪者だ!」

 

 

アリオスは壮間を突き放すと、ネクロム眼魂を掲げる。

抑えきれない心を敵意として向けるアリオス。何を言い返すことも出来ず、その敵意を受けるしかない壮間。

 

しかし、その間に両手を広げて黒澤ルビィが割って入った。

それも…壮間を守るように。

 

 

「ルビィ…なんのつもりだ!そこを退け!」

 

「ダメだよリオちゃん!確かに…ルビィは未来とかよくわかんないし、さっきのお話はショックだったけど…でも…ちゃんと正直に話してくれたよ!」

 

「…だからどうした!そいつらは敵だ!」

 

「さっき壮間さん、おねえちゃんたちは敵じゃないって言ってたよ。ちゃんと信じて話してくれた。だからルビィも…壮間さんが悪い人だとは思えない!」

 

 

誰もルビィを止めようとしないのもまた、皆が彼女と同じ気持ちを抱えている証明。確固たる意志で壮間の前を離れないルビィに、アリオスも眼魂を下げた。

 

 

「アナザーゴーストは私たちが倒す。朝陽も生き返らせる。お前達の出る幕は無い」

 

 

荒事にはならなかったようで、壮間とルビィ、他のメンバーも安堵の息を吐く。だが、壮間の選択のせいで状況が悪化したことに変わりはない。

 

一人で出て行ったアリオスの背中を目で追いながら、壮間の思考は暗闇に沈んでいった。

 

 

_________

 

 

壮間たちとAqoursの間に亀裂が入ったまま、日は沈んで夜を迎える。

 

一方で事情を全く伝えられないまま、千歌と香奈はあれからずっとパフォーマンスの特訓を行っていた。

 

 

「行くよ香奈ちゃん!」

 

「ばっちこいです!」

 

 

息を大きく吸って駆け出し、勢いをつける。

側転の動きからのロンダートは完璧。そこからバク転でフィニッシュだが……

 

勢いが付きすぎた千歌の体は、香奈にヒップアタックを決めてふすまを突き破ってしまった。

 

 

「こらー!夜は練習やめろって言ったでしょ!もう寝ろ!」

 

 

千歌の姉である美渡に二人ともどやされ、練習はそこで打ち切りになってしまった。一連のやり取りからも分かるように、香奈はこの時代にいる間、千歌の実家である十千万という旅館に泊まらせてもらうことになった。もっとも、客間では無く千歌の部屋だが。

 

ちなみに香奈だが、あろうことか千歌と一緒に寝泊まりできる展開を受け、二分近く呼吸を忘れて倒れそうになっていた。

 

 

「千歌さんの家って旅館だったんですね…そういえば未来の千歌さん、仲居さんの格好してました。すっごく綺麗でしたよ!ここの旅館じゃなかったですけど」

 

「じゃあ未来の私、大学行きながらどこかの旅館で修行してたりするのかな?未来かぁ……そうだ!未来の私たち…Aqoursってどうなってるの?」

 

「未来のAqoursですか!?それは…!」

 

 

嬉々として語ろうとしていた香奈だったが、そこで咄嗟に口ごもった。Aqoursがラブライブで優勝したという名誉を、今の千歌に伝えていいのだろうか。

 

それだけではない。未来のAqoursというなら、浦の星女学院が廃校になってしまったという事も伝えなければいけない。

 

 

「いや…やっぱやめた!言わなくていいよ!」

 

 

不自然に黙っていた香奈を見て何かを思ったのか、千歌はそう言って香奈の口元に指を立てる。

 

 

「いいんですか…?」

 

「未来の私たちはきっと、未来で頑張ってる。それを聞いちゃって楽するのは、未来の自分に失礼かなーって。不安はあるけど……それは今の私で乗り越えなきゃ!」

 

「でも、未来から来た私と練習するのは…あ、すいません!私程度で千歌さんの意見に口出してしまいました!切腹しますっ!!」

 

「それはそれ、これはこれ!早くこのフォーメーションを完成させたいってのもそうだけど、ホントはこうやって一緒におしゃべりがしたかったんだ。Aqoursのファンって人、ちゃんと会ったこと無かったから!」

 

 

すると千歌はベッドの上であぐらをかき、指を立てて誰かのモノマネをするように言った。

 

 

「美味しいものは食べれる時に、やりたいことはできる時に!モタモタしてても、お化けになってからじゃ遅いんだぞ~」

 

「…近所のおじいさん…ですか?」

 

「やっぱりおじいちゃんみたいだよね!これ、朝陽くんっていう男の子がよく言うんだけど…香奈ちゃんは知ってるんだっけ」

 

「幽霊の朝陽さん!ですよね?今はいないって聞きましたけど…」

 

「大丈夫!朝陽くんは帰って来るよ。だから私は、香奈ちゃんとたくさん練習して、たくさんおしゃべりして、一緒にたくさん頑張りたいんだ!多分それって、今しかできないでしょ?」

 

 

そう言って微笑む千歌が、なんだか大きく見えた。今はまだ香奈の方が年上のはずなのに、まるで長い間生きてきたような言葉。

 

多分、それは朝陽の影響だろう。千歌はそれだけ、朝陽のことが好きなのだ。

 

そんな彼女を凄いと、羨ましいと思うと同時に、可哀そうだと思ってしまった。この先、千歌に待っている未来が辛いものだと知っているから。

 

 

「一緒に…頑張ります!明日からはもっと…!」

 

「…うん、そうだね…?」

 

 

浦の星は廃校になり、朝陽は消滅する。2018年で聞いた、千歌の声にならない悲しみが忘れられない。

 

こうして自分が来たことが変化になるはず。浦の星は存続する。朝陽は消えない。そんな未来にできるのは自分しかいない。

 

 

(変えれるよね?変えて…いいんだよね…?)

 

 

________

 

 

 

今日は月も出ず、夜道は暗闇に満たされている。

そんな中でもアリオスは足を止めず、朝陽、もしくはアナザーゴーストを探し続けていた。

 

 

「いたか蔵真!?」

 

「いや、いない。今日はそろそろ退くべきだろう、お前も傷を負っているはずだ」

 

「平気だ!私に疲れなどない!一刻も早くアナザーゴーストを倒す。奴らの好きにさせるわけにはいかないんだ!」

 

 

アリオスは鬼気迫る様相で、蔵真の進言を意地でも突き返す。

一方で蔵真はアリオスの想像よりも遥かに冷静な様子で、彼らに対し怒りを見せていないようにさえ見えた。アリオスにはそれが解せない。

 

 

「蔵真。まさかとは思うが、ゴーストの歴史を渡してもいいなんて思ってないだろうな!?」

 

「そうとは言ってない。だがどうする気だ?未来人は、俺たちにはあのドッペルゲンガーを倒せないとも言っていたぞ」

 

「そんなもの嘘に決まっている!」

 

「歴史が消えるという話は信じるのに…か?俺はあの話が全て真実だと思っている。もしお前も俺と同じ感覚を味わったなら、お前もそう感じているはずだ」

 

 

アリオスの言葉が詰まる。蔵真の言う通り、壮間の話は驚く程に理解できてしまった。近頃感じていた疑問や違和感、その答え合わせそのものみたいで、疑う気が起きなかったのは事実だ。

 

 

「しかし…!私は絶対に認めない!時間を無かったことになんてさせない!」

 

「……そんなに孤独が怖いか、アリオス」

 

 

それは彼女の心を的確に指す言葉。

そのまま蔵真は去り、残されたアリオスの頭では、蔵真の言葉が何度も何度も繰り返される。

 

 

「孤独が怖い…か…」

 

 

足が勝手に動くように、アリオスは海辺まで来てしまった。

砂浜に力無く座り込むと、空を閉ざしていた雲が裂け、海に月が映る。美しい光景だ。アリオスがいた眼魔世界にこんな景色は無い。

 

この感動も、忘れてしまうのだろうか。

 

 

「こんなところにいたのね、リオちゃん。珍しく堕天使センサーが当たってた」

 

「だから言ったでしょう?我がリトルデーモンの居場所など、自分の手相を見るよりも容易くわかると!堕天の絆が私をここに導いたのです!」

 

 

静謐に満ちていた世界が途端に喧しくなった。

蔵真からアリオスの事を聞き、梨子と善子が様子を見に来たのだ。

 

 

「梨子…善子…だからリオはやめてくれ」

 

「いいじゃない“リオちゃん”って可愛くて。梨子とリオってなんか似てるし」

 

「それを言うなら私もヨハネよ!そんなに気に入らないのなら、堕天使の名の下に新たな名を授けましょう…リトルデーモン、アリエル!」

 

「洗剤みたいね…」

 

「アリエル…!」

 

「リオちゃん的にはアリなんだ…」

 

 

思わず目を輝かせてしまったが、慌てて目を逸らすように前を向くアリオス。とにかく思ったより元気そうで、梨子と善子も安心した。

 

 

「…私は、完璧になりたかった」

 

「どうしたのリオちゃん?」

 

「さっき蔵真に言われて気が付いた。私は完璧どころか、自分勝手な存在。私はただ…怖いんだ。奴らの言う通りなら、眼魔の世界は消えてしまうから…」

 

「そんなの怖くて当たり前じゃない。アリオスはあっちの世界の王女、眼魔もみんな家族みたいなもんなんでしょ?」

 

 

善子はそう励ますと同時に「口に出すと魅力的な設定…」と、ある種の憧れまで呟く。だが、アリオスは首を横に振る。

 

 

「あちらの世界の住人は、皆が完璧な存在だ。遥か昔から眼魂システムで生き続けている。眼魂が無くなれば、皆は遠い昔に死んでいることになるだろう。とても寂しいが、私はそれは不幸なことだとは思わない」

 

 

アリオスはこちらの世界に来て、命の儚さというものを知った。

精一杯生きて、それでもいつかは死ぬ。悲しいことだが、それが命のあるべき姿だとも思っている。

 

 

「だが…あの世界で私だけが完璧ではない…!」

 

「リオちゃん…」

「アリオス…」

 

梨子と善子は、それを聞いて彼女の恐怖の正体に気付いた。

眼魔は古代にグレートアイから力を授かった人々。だがアリオスだけは違う。アリオスは事故によって人間世界から眼魔世界に流れ着いた赤子で、眼魔世界の大帝がそんな彼女を自身の末子としたのだ。

 

 

「家族は居ないことになり、お前たち友にも出会えない…変わった時間の中で、私だけが孤独なんじゃないか……そう思うと怖くて仕方がない…!こんな風に私は、自分の事しか考えていない勝手な存在なんだ…」

 

 

その時、梨子と善子は「例えそうなっても、絶対に一人にはしない」と、そう言いたかった。「何が変わってもまた会える」と、言いたかった。

 

でも言えなかった。何故だか分からないが、それが嘘になってしまうと予感してしまったから。

 

むせび泣くアリオスを、梨子はただ、目を閉じて抱きしめた。

 

 

_________

 

 

ルビィが庇ってくれたおかげで事なきを得たが、はっきり言ってAqoursやアリオスとの関係は悪化した。このままでは朝陽を探すのもままならず、あれこれ悩んでいるうちに夜になってしまった。

 

 

「だから言ったんだ。適当に誤魔化していればいいものを」

 

「そんなこと言ったって…それはなんか違うだろ?」

 

「貴様の偽善に振り回されるのは御免だからな、ここから先は別行動だ。俺はゴーストを探す。仮面ライダーどもが邪魔をするようなら…殺す」

 

「えぇ…お前って、そこのスタンスは変わんないよな…」

 

 

とにかく今は宿を探さなければ。このままでは、またミカドと野宿する羽目になる。いや、別行動と言っていたし最悪一人で野宿だ。それは嫌すぎる。

 

スタスタと歩くミカドに付いて行こうとする壮間。そうして踏み出した一歩目だったが、前に出した右足は体の重さに負け、そのまま倒れてしまった。

 

 

「…何をしている貴様」

 

「ごめん…すぐ…起きる………」

 

 

言葉とは逆に、倒れてしまったことで一気に意識が暗くなっていくのが分かる。

 

よく考えれば修学旅行で丸一日動いた後、夜になってから浦の星に行って戦い、そこから2015年に行って半日動き回った後、更に戦った上に叩きのめされたのだ。人並みの体力しか無い壮間に耐えられるスケジュールではない。

 

 

「おい…貴様はどれだけ俺の足を引っ張れば気が済むんだ」

 

 

ミカドの言葉にも反応は示さず、壮間の瞼はキッチリと閉じられて死んだように動かなくなってしまった。過労で気絶したのだろう。

 

知ったことかと放置しようとするミカド。壮間が何処で野垂れ死のうが、ミカドにとって問題ではない。息は荒く、とても健康とは言えない様相で眠る壮間に背を向け、ミカドはどこかへ―――

 

 

「チッ……」

 

 

聞こえるくらい大きな舌打ちをして、ミカドは壮間の体を持ち上げた。といってもほとんど引きずっているようで、雑な扱いは否めないが。

 

適当な宿にでも放り込めば看病してくれるだろう、しかし何故俺がこんなことを…という風に、苛立ちながらも壮間を運ぶミカド。

 

そんな彼の前に、少し危なっかしい動きで一台の車が止まった。しかも初心者マーク付き。すると窓が開き、その素人運転手が顔を出した。

 

 

「貴様は……」

 

 

 

_________

 

 

 

「………あ」

 

 

妙に充実した寝心地の中で、壮間が目を覚ました。

夢も見ないほどの熟睡だった。自分が体力切れで倒れたのは分かっていたが、それにしては思ったよりも気分は悪くない。

 

 

「てかどこだここ…ホテル…!?なんで…?まさかミカドがここまで俺を…いや百歩譲ってあったとしても看病は流石に……」

 

 

体を起こして前を向く。そこに居たのはミカドでは無く、金髪美女。一瞬夢かと思って二度寝しようとしたが、それは見たことのある最近知った顔だった。

 

 

「おわあぁぁぁぁッ!?」

 

「Good morning!」

 

「え嘘、俺朝まで寝てた!?ってまだ深夜じゃないっすか…小原鞠莉さん」

 

「It's joke!聞いてた通り悪い子じゃなさそうだね、もう一人のKiller Boyはこーんな目で睨んできたけど」

 

 

目じりを指で吊り上げてミカドを表す彼女は、Aqoursのメンバーの一人である小原鞠莉。これまで姿を見ていなかったメンバーだ。

 

 

「ここは私の実家、ホテルオハラ!ルビィとダイヤに言われて、アナタたちをSupportしに来たのデース!」

 

「実家ホテル!?金持ちなんですね……」

 

「ちなみに一泊このくらい…」

 

「じゅ…はぁッ!?高っ!いや無理無理無理!無理ですって!」

 

「It's joke!」

 

「なんなんですかもう…」

 

 

寝起き直後からトップギアなテンションに、とてもじゃないが付いていけない壮間。からかい甲斐のある反応をするせいか、鞠莉はなんだか楽しそうだ。

 

 

「それより…ミカドは?」

 

「Killer Boyは“貴様の世話になどなるか。その荷物はくれてやる”って行っちゃったよ。もしかして喧嘩してる?ちゃんと本音で仲直りしてLet's shake hands!」

 

「…聞いてないんですか。俺がゴーストの歴史を消しに来たって」

 

「聞いたよ。ダイヤから全部」

 

 

お茶らけていた鞠莉の雰囲気が、その一言を皮切りに一転した。真っ直ぐに壮間を見つめる視線が、どこか怖くも感じてしまった。

 

 

「朝陽もアリオスも蔵真も、私の大切な友達。だから…忘れるなんて絶対に嫌。でもルビィとダイヤがアナタは信じられるって言ったから、私はダイヤたちを信じたの」

 

 

ダイヤも壮間を支持してくれたことに驚き、素直に嬉しさがこみ上げてくる。だがきっと信頼を得たわけじゃないし、許してくれたわけでもない。それは多分、目の前で険しい顔を見せる鞠莉も同じだ。

 

 

「憎いですよね…俺たちのこと」

 

「憎いよ。悪いのはアナタたちだとは思わないけど、アナタたちが来なければ…って思っちゃう自分がいる。だからもし、本当に私たちの歩んだ物語をゼロにするって言うなら……私は絶対に許さない」

 

 

背筋を寒気が這う。罪悪感に心を刺される。

2005年で時間の重さは分かったつもりだった。それを受け継ぐに足るだけの王になろうとも誓った。だが、こうも拒絶されてしまうのは初めてで、自責とは比べ物にならない苦しみに息もできなくなってしまいそうだ。

 

 

「でも…俺は……!」

 

 

その先の言葉が出せない壮間に、鞠莉は表情を緩めてデコピンを一発。本当に豆鉄砲を喰らったようで混乱する彼をからかうように、また笑う。

 

 

「It's joke!大丈夫、壮間も蔵真と同じMasked Riderなんでしょ?つまりOur hero、千歌っちや朝陽が言うところの“英雄”ってことデース!」

 

「ヒーロー…英雄…?どういう…」

 

「期待してるってことだよ。それでは、Shiny!」

 

 

去り際は明るく鞠莉は退室。最後に残した相反する二つの言葉のどちらが本音なのか、壮間には前者がそうであるように思えてならなかった。

 

一人残された深夜のルームで、壮間は考える。

 

 

(眼魂の願いを叶える力なら歴史を消さずに済むんじゃ…でも朝陽さんが生き返らない。じゃあ叶える願いを3つくらいに増やせば…って流石に無しだろそれは)

 

 

体はまだ疲れているのに寝付けない。一人になるといつもこうやって悩んでしまうのは、壮間の治らない悪癖だ。

 

電気を消そうと立ち上がった壮間。だが、いつの間にか壁に寄りかかっていた存在に気付き、驚くよりも嫌悪感を全面に表す表情を出した。

 

 

「こんなに良き夜だというのに、何を悩んでいるのかな我が王」

 

「…どこにでもいるよね、ウィル」

 

「鍵が開いていたからね。そればかりは君の不用心だ」

 

「戸締まりすればいいんだ…それはいいこと聞いた!じゃあ出てって不審者!」

 

 

大きい身体を押して部屋から追い出そうとする壮間に、本を閉じたウィルは抵抗しながら一つの問いを投げかける。

 

 

「まさかとは思うが、君は物語を受け継ぐことに躊躇しているのかい?」

 

「っ……それは…」

 

 

図星だ。これまで状況を受け入れてくれたレジェンドとは違い、あくまでも拒絶するというのなら…壮間は自分の野望のために、それを無下にすることはできない。そうしなくてもいい可能性があるなら、それを探したい。

 

結局また気付かされた。成長していたつもりだったが、壮間はこれまで出会った主人公たちの選択に甘えていたのだ。

 

 

「はぁ…あまり落胆させないでくれるかな。

いいだろう。この際だから明言をしておくとしよう。まず一つ“朝陽が死んだのは第二次世界大戦の戦時中”。ゴーストの歴史が消えれば、彼は生きて高海千歌に出会うことも、幽霊として出会うこともない」

 

 

新たにまた一つ、壮間の迷いに重しが圧し掛かる。

歴史を変える=命が消える。その事実は2005年でも一片を突きつけられたが、そう簡単に割り切れるものでは決してない。

 

 

「二つ目“例え君が王となっても、この物語を元に戻すことはできない”。2014年ではその旨を宣言していたが、不可能だ。淡い期待を持つのはやめたまえ。

 

そして三つ目“君がここで立ち止まれば、どのみち未来は滅びる”。君はそれを、その目で見たはずだ」

 

「分かってる!でも…なんかないの!?俺がゴーストの力を受け継いで、それでも歴史は消さずに…みんながハッピーエンドになれる方法が!」

 

「それは強欲とは言わず、愚かと呼ぶんだ。では君は、寿命で死にゆく者も助けたい。それが正しいと思うのかい?人類が不老不死になることこそがハッピーエンドだとでも?いくら王とはいえ、助けられない命は存在するんだ。それから逃げることはできない」

 

 

壮間の言葉がまた詰まった。反論も来ないことに落胆したのか、ウィルは溜息を吐いて本を開いた。

 

 

「誰かが言った“才能だけで偉人になれるはずもない”。君が目指すのはあくまでも王。この先、君がライダーの力だけを求めるというのなら、その覇道に未来は無い」

 

 

壮間が顔を上げたら、ウィルは居なくなっていた。

 

 

「どいつもこいつも…言うだけ言って消えるなよ……!」

 

 

頭が痛くなる。悩みの夜は続く。

 

とはいっても一度は倒れるほど疲労した壮間。ホテルオハラは田舎にしては相当の高級ホテルだということもあり、30分もすれば自然と眠りについてしまった。

 

 

そして、目覚めたのは次の日の昼前だった。

 

 

「最悪だ…あんだけ悩んでて結局グッスリかよ…マジなんなんだ俺…」

 

 

この恐れ多い高級ホテルからさっさとチェックアウトし、バスを使って浦の星に。色々と調べているうちにバスを一本逃し、30分ほど待ちぼうけを食らってしまったが、正午になる前に到着することができた。

 

 

「あ、鞠莉さんにお礼言ってない…結局宿泊費は負担してくれたし、看病もしてくれたんだろうな多分…」

 

 

浦の星の校舎に入り、部室のある体育館に行くまでの間にそんな事を思った。よく考えればホテルに美少女と二人きりと、昨晩はかなりとんでもない状況だったことに気付いてしまう。部室に鞠莉がいたとして、まともに顔を見れる自信が無い。

 

というか、このまま部室に行って誰かいたらどんな反応をされるのか。

そもそも何故、部室に行こうとしているのだろう。話せば分かってもらえると、許してもらえると思っているわけでも無いのに。

 

ダイヤだったり鞠莉だったり色々と世話にはなったが、まず良い感情を持たれていないのは確かなのだ。本音を言えば会いたくない。

 

だが、ここで逃げたら本格的に自分を許せなくなる。

 

 

「頭がごちゃごちゃしてきた…っと着いちゃったよ。誰かいます…?」

 

 

ガラスを覗き込むと、誰かがいた。

見える背中は思ったよりも小さく、髪型は印象に強く残っているツーサイドアップ。

 

 

「ルビィさん…?」

「ピギィ!?」

 

 

変わった驚き方で跳ね上がり、物陰に隠れるルビィ。だが、振り返った先にいたのは壮間で、一安心という風に物陰から出てきた。外見は他のメンバーより幼いと壮間は思っていたが、見た目に反さず臆病な気質らしい。

 

 

「壮間さん…よかった、元気になったんですね。倒れたって聞いたから…」

 

「あ…その節はありがとうございました。鞠莉さんに頼んでくれたって」

 

「い…いやいや…ルビィは何も…」

 

「え…っと、他の皆さんは……」

 

「一回みんなで集まったんですけど…今は朝陽さんを探したり、練習をしたり…ルビィは忘れ物を…」

 

 

ルビィから見れば壮間は年上の三年生で、壮間から見ればルビィは自分より早く生まれた年上。そんな感じで互いに敬語で互いに人見知り。会話が全く進展しない。

 

とはいえ、居たのがルビィで壮間も少し安心している。ルビィはあの時、アリオスから壮間を庇ってくれたのだから。

 

だがきっと、内心は言葉にし辛い感情で溢れかえっているはずだ。

 

 

「みんなのこと、嫌いになっちゃいましたか…?」

 

「え?」

 

 

ルビィが発したそれは、予想してなかった言葉だった。

 

 

「いろんなことにびっくりしちゃって、自分のことだけでいっぱいになっちゃっただけなんです。本当はみんなも、壮間さんはやさしい人だってわかってますから」

 

「あ、嫌いってそういうことか…」

 

 

壮間は納得と同時に解せなかった。Aqoursのことが嫌いになる?自分たちの全てを奪って王になろうとしている男なんて、非難されて当然だ。それをどうして、そんなロクデナシのフォローをしているのだろう。

 

 

「嫌いになんて…駄目なのは俺なんです。王になるなんて言いながら、俺は朝陽さんもこの時間も救えない。ゴーストの歴史を踏み台にしかできない。ルビィさんだって、無理して俺のこと許さなくたっていいんですよ」

 

「ルビィは…朝陽さんが消えちゃうのも、忘れちゃうのも悲しいです。もっといっしょにいたい…けど、これって許せないとか、どっちが悪いとか…そうゆうことじゃないのかなって。

 

みんなも、ルビィも、最後まで朝陽さんのことをあきらめない。でも壮間さんも、自分の目標があってそれはゆずれない。それって、ルビィたちがラブライブで他のスクールアイドルと競い合うのと似てるな…って思ったんです。だから壮間さんも…がんばルビィ!ですっ!」

 

 

この状況を部活で例えるなんて、優しいが過ぎる。

彼女たちはこんなにも優しく、健気で、努力している凄い少女たちなのに、未来では報われない。

 

 

「ルビィさん。俺は…」

 

 

礼をして出て行こうとするルビィを呼び止めた壮間。だが、何かを言いたいのに、

何を言えばいいか分からない。もうどうすればいいのかも分からない。

 

だから、ルビィが言ったように。一つだけ断言できる正直な気持ちを伝えた。

 

 

「俺はAqoursのことが大好きです!知ったのは香奈のおかげだし、しかも昨日とかだけど…ライブ見て、こうして会って、すごい人たちだって知ったときからずっと!大好きです!」

 

「大好き…!?あ、ありがとう…!ございま…す…?」

 

 

少し顔を赤くして、ルビィは駆け足で逃げて行ってしまった。

壮間も恥ずかしい事を言ったと数秒経ってから気付き、誰もいなくなった部室で悶絶する。

 

 

「あぁ…なんで俺って勢いで変なこと言うんだろう……」

 

 

悩みと恥ずかしさが頭の中でかき混ぜられ、脳が熱い。

しゃがみ込んで一人で頭を抱えていると、バランスを崩して尻もちをついてしまう。何から何まで、今日はなんだか調子が良くない気がする。

 

尻もちをついて、感じたのは痛みともう一つ。

何かを踏んだ感触。少なくとも床ではないそれに触れ、壮間の様相が変わった。

 

 

「砂…!?」

 

 

部室の一か所に、小さな砂の山があった。

白く細かい砂。海岸にある砂とは一目で違うと分かる。

 

その感触には覚えがあった。昨日、アナザーゴーストから噴き出て、アナザー電王になった砂と全く同じ感触だ。

 

 

「ルビィさん、一回皆集まったって言ってた。てことは…アナザーゴーストの正体って……!」

 

 

砂が壮間の手から零れ落ちた瞬間、影から這い出たような気配が、背後に立つのを感じた。確かめるまでもなく、壮間は咄嗟にジクウドライバーを装着する。

 

 

「ッ…!やっぱり!アナザーゴースト!」

 

「あ゛ァ……ひでら…そうま…!」

 

 

アナザーゴーストは前とは違い、明確に壮間を狙って攻撃を仕掛ける。

 

 

《ジオウ!》

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

腕を振り回す単純な攻撃を躱し、壮間はジオウに変身。だが、ジオウはアナザーゴーストの攻撃を受けるだけで反撃を躊躇っていた。

 

 

「くっ…目を覚ましてください!あなたは…誰なんですか!」

 

「わ…たし……あな…た…だれ……」

 

 

口に出す言葉から、これまでのアナザーライダー以上に自我が無いのは分かる。昨日出現した時に何もしなかったのも、ただ目的が無かっただけなのだろう。

 

だが今回は違い、自我が無い中で、恐らく無意識的に壮間を狙っている。壮間はその理由も分かっていた。

 

揉め合っているうちに部室から出て、学校の外の道路に。

そこに駆け付けた新たな影が、ジオウとアナザーゴーストを殴りつけた。

 

 

「見つけたぞアナザーゴースト!私が…貴様を討つ!」

 

 

現れたのは、既にネクロムへ変身したアリオス。アナザーゴーストに追撃しようとするネクロムを、ジオウが腕を掴んで止める。

 

 

「何をする!やはりお前も、あのタイムジャッカーの仲間か!」

 

「違います!貴女じゃ勝てない!それに…アナザーゴーストの正体はAqoursの誰かです!」

 

 

アナザーゴーストの軽い攻撃がネクロムを跳ね飛ばし、次はジオウに向かう。さっきのネクロムの一撃はまるで効いていないようだった。

 

ネクロムがジオウに問い質すのを待たず、アナザーゴーストは姿を消した。だが、それは逃げたわけでは無く「透明化」しただけで、ジオウは姿の見えない敵から攻撃を浴びせられ続ける。

 

 

「そんなのできるのかよ…!クソ、集中!」

 

 

ジオウはジカンギレードを装備。痛みを思考から離し、意識の海に身を沈める。

 

どこから攻撃されているのか、次はどこから来るのか。2005年での修行の成果で、本能的なアナザーゴーストの攻撃に対してなら、カウンターを入れるのは可能だ。

 

 

「そこだ!」

 

 

だが、ジオウは刃を振り切れない。その一瞬でまたアナザーゴーストの気配を見失ってしまった。

 

ここで倒してもアナザーゴーストは蘇る。さらに、恐らく変身者は無意識のうちにアナザーゴーストになっている。ゴーストウォッチが無ければ、いくら倒したところで変身者を苦しめるだけだ。

 

ただ痛めつけられるジオウ。

ネクロムの眼にはアナザーゴーストが映っている。ジオウがアナザーゴーストに反撃を躊躇っているのも見えていた。

 

どうして躊躇するのかが、アリオスには分からない。

いや、分かる。何故なら、あの事実を聞けば自分だって躊躇する。だがそれを考えると、壮間は自分と同じ思いを持っていることになってしまう。アリオスはそれを認めたくない。

 

認めたくないが……

 

 

「……受け取れ!」

 

 

ネクロムはグリム眼魂をジオウに投げ渡す。

眼魂を握ったジオウはアナザーゴーストを視認できるようになり、攻撃を躱した上で、最低限の力でアナザーゴーストを退けた。

 

影の下に入ったアナザーゴーストは、その中に溶けるように姿を消した。今度は本当に逃げたようだ。

 

 

「アリオスさん…ありがとうございました」

 

「…どういうことだ!アナザーゴーストがAqoursの誰かだと!?私の友が、未来で悪事をするとでもいうのか!」

 

 

変身を解除し、グリム眼魂をアリオスに返す壮間。そんな壮間の胸ぐらをまたしても掴み、アリオスは言葉と感情を壮間にぶつけた。

 

 

「そうじゃないです!多分、アナザーゴーストは変身者の深層心理で動く亡霊なんだと思います。今はゴーストの歴史が消える怒りと悲しみから俺を殺しに来た…未来では…」

 

 

それを言いかけて、壮間は踏みとどまった。

だが、言うべきだと思った。友を想うアリオスなら、絶対に分かってくれる。

 

 

「隠してたことを話します…2018年では浦の星女学院は廃校になり、アナザーゴーストはその校舎に当時の生徒の魂を集め、永遠に終わらない学校を作っています。俺たちは、それを変えるためにこの時代に来ました」

 

「何を…ふざけるな!浦の星が廃校だと!?そんなわけがあるか!」

 

「嘘じゃない!!」

 

 

怒りで力が入ったアリオスの腕を、壮間もまた強く握り返して胸ぐらから引き剥がす。アリオスを見下ろす壮間の眼は、その思いを叫んでいるようだった。

 

2018年の未来の事を考えた時、壮間の中で怒りが沸き上がった。

あんなに優しい彼女たちの行く末があの結末だなんて、絶対におかしい。ルビィの言う通り誰にも譲れないものがあって、タイムジャッカーもそうだとしても…

 

勝手な怒りかもしれない。それでも、

あんなバッドエンドだけは、許せるはずがない。

 

 

「俺はゴーストの力を継げないかもしれない。この先で死ぬかもしれない。歴史が消えれば朝陽さんは消えるし、ネクロムの力も消える。それは分かっているはずです。

 

でも…そうじゃない人は違う!ガールズバンドのつぐみさんたち、木組みの街のチノさんたち、妖館の凛々蝶さんたちも!Aqoursの皆さんだって!歴史が変わって、記憶が変わっても、その時間の中で前に進んでいるんです。そんな人たちが苦しむ未来だけは…絶対にあっちゃいけない!」

 

 

2017年で壮間は「自分が王になるために戦う」、そう決意した。

それから多くの主人公に触れて、その思いは大きく育った。しかしその中でもう一つ、育っていた思いもあった。

 

 

「俺は王になりたい!そのためにゴーストの力が欲しい、これは本当です。でも…それ以上に!俺はアナザーゴーストになった誰かを助けたい!未来の皆さんを救いたい!この思いは……きっと嘘じゃない!!だから…力を貸してください、アリオスさん!」

 

 

アリオスの手から力が抜けた。奥歯を食いしばりながらも喉から言葉は出ず、未来に思考を動かそうとする度に、孤独の恐怖で息が止まる。本心は正直に、この男を認めたくないと、嘘だと断じたいと叫んでいる。

 

それは余りに傲慢な選択だと分かっている。が、恐怖との決別はできない。だからこそアリオスには、確かめたい事があった。

 

 

「一つだけ…答えろ。私は……未来の浦の星に、私はいたか…?」

 

「はい。俺は、未来で仮面ライダーネクロムに会いました」

 

「……そうか」

 

 

壮間の答えで決心がついた。

未来の浦の星にアリオスが居たという事は、アリオスの願いもアナザーゴーストを動かしたことを意味する。

 

孤独は怖い。だが、自分のせいで友が未来を奪われるのは、それ以上に怖い。

 

 

「お前を認めたわけじゃない。歴史の改変を阻止することは諦めないし、朝陽は必ず生き返らせる!しかし…私は友を救いたい。そのために、お前が私に協力しろ」

 

「…分かりました。必ず、バッドエンドは変えて見せます」

 

 

互いに悩みと恐怖(見たくないもの)から目を背けた選択かもしれない。それをただ、別のもので塗り替えただけかもしれない。

 

だが、確かに同じ思いが、アリオスと壮間の心を繋げた瞬間だった。

 

 

「…おい」

 

「なんですか、アリオスさん?」

 

「手…手を、放せ…」

 

「あ…」

 

 

そういえばアリオスの腕を掴み返してから、ずっと掴みっぱなしだった。壮間は慌てて手を放し、誤魔化そうと言葉を連ねる。

 

 

「すいません…えっと…なんというか、そういえばアリオスさんって女性だったって忘れてたと言うか…特に変な気持ちは無かったワケで…てかさっきも俺恥ずかしい事言ったし…今日の俺メンタルボロボロだぁ……」

 

「…忘れていた?日寺壮間、つまり私が男に見えていた…という事か?」

 

「え…あ、そう…かもです。昨日からずっと怒鳴られっぱなしだったし、今日も迫力凄かったから…」

 

「そうか…そうかそうか!うむ、やはり完璧な存在…その一つが雌雄同体だというのは正しかった!どうだ日寺壮間、私は完璧に近づいているように見えるか!?」

 

「完璧…?まぁ、雌雄同体っていうか、中性的って意味なら多分…見えるんじゃないですか?」

 

「ふふふ…そうか!いや、全く嬉しくないがな、お前なんかに褒められても嬉しくはないぞ!だがしかし減るものでもないだろう。もう少し褒めていくといい!私が完璧…えへへ…」

 

 

凄い笑顔ではしゃぐアリオス。なんだか可愛らしく見えてきてしまい、一気に男らしさが霧散した。と言ったら落ち込みそうなので言えない壮間だった。

 

 

________

 

 

 

時は少し戻って、部室にAqoursの皆が集まっていた時。

千歌に同行し、香奈もそこに来ていた。というか、全員集合の光景に過呼吸になって死にそうになっていた。

 

 

「美しい…神々しい…ヤバいって…!うんヤバい…マジなんというか…ヤバい!」

 

 

残念過ぎる語彙力で悶える香奈を、取り合えず見ないふりする一同。同じ未来人でも壮間たちとは違い、何故か彼女に対しては「ただのファン」という印象しか湧かない。

 

そんな中、千歌があることに気付いて声を上げた。

 

 

「あー!家に替えの練習着忘れちゃった!あとタオルとか色々一緒の袋に入れてたやつ!ちゃんと寝る前に準備してたのに!」

 

「はいはいはい!私!私が走って取ってきます!」

 

 

生き返った香奈が手を挙げ、率先して名乗り出る。

とはいえバスはさっき来たばかり。香奈の言う通り走って取りに行くしかないが、それには結構な距離がある。

 

 

「でも…もう冬だし、替えの練習着はいらないんじゃないかな?汗だってそんなにかかないし…」

 

「いいえ!Aqoursの皆さんには、万全な状態で練習してもらわなければ困ります!ソッコーで取って帰ってお届けしますので、私にお構いなく!ではっ!」

 

 

梨子の意見を弾き飛ばし、台風のような勢いで香奈は行ってしまった。

 

まさに目にもとまらぬスピード。まるで、やる気をそのまま速度にしたよう。しかし、走り出してしばらく経ってから香奈の脚が止まった。

 

 

「ここどこ…」

 

 

迷った。行きはバスで来てたし、千歌の顔しか見てなかったから景色も覚えてない。タイムスリップの影響か、例によってスマホは使えない。

 

しかし、そんな彼女に光明が差す。

動き回っているうちに、道を歩くミカドに出会ったのだ。

 

 

「ミカドくーん!よかったー!」

 

「…なんだ貴様。朝から喧しい事この上ない」

 

「キサマじゃなくて、香奈だよ!

そんなことよりミカドくん、千歌さんの家知らない?十千万っていう旅館なんだけど!」

 

「とちまん…数字の旅館か。それなら昨日見たか…」

 

「本当!?どっちの方向か教えてくれない!?」

 

 

面倒だから無視しようとしたが、この感じだと答えるまで放してくれなさそうだ。ミカドは少し考えた後、南の方角を指さした。

 

 

「ありがとう!」

 

 

香奈は二つミスを犯していた。

一つは、十千万は海沿いにあるのを忘れていたこと。つまり海岸を進んだ方向にあるのは間違いないのだ。

 

そしてもう一つは、ミカドが方向音痴だと知らなかったこと。

ミカドが指した方角は、海からまるっきり反対だった。

 

 

「だからここどこぉ…!」

 

 

結果、また迷った。

日曜日だというのに、不運にも誰にも会わない。人を探して、香奈は通りがかった寺を訪ねた。

 

しかし、やはり誰もいない。墓場を通り過ぎ、寺の敷地の隅で思わずしゃがみ込んだ。なんだかやる気が空回りしているのが、自分でも分かってしまう。

 

 

「千歌さんたちのために、何かできると思ったんだけどなぁ…」

 

 

思いにふけっていると、本殿の方に誰かの姿が見えた気がした。

飛び上がった香奈は見えた方向に全力ダッシュ。藁にも縋る情熱で声を掛ける。

 

 

「すいません!道をお聞きしたいんですけ…どぉ……!?」

 

 

確かに、そこに人はいた。

しかしその姿は半透明で、しかも宙に浮いていて、端的に言えば「幽霊」だった。

 

 

「ギャアァァァァァ!!幽霊!ゆーれい!お化けぇ!?」

 

「あははっ。その反応…久しぶりかも。見えるんだ、僕のこと」

 

「へ…?」

 

 

冷静になって見てみると、幽霊の姿は自分と同い年くらいの男の子。見た目は地味。普通さは壮間と近いが、雰囲気は長い時間を生きたような、達観している感じがした。

 

他に分かる特徴も、千歌の話で聞いたものと一致する。

 

 

「もしかして…!」

 

「うん、僕は朝陽。影の薄い…ただの幽霊だよ」

 

 

 

 




…響鬼編と同じこと悩んでね?ってのは禁句で。
厳密に視れば違うように書いたつもりなんですが、ぱっと見同じに見える時点で僕の構成力不足ですね…

とにかく、色々と設定を明かしつつ、また悩む壮間に苛立ちつつも、やっと「バッドエンドを覆す」という考えに辿り着かせることができました。

アナザーゴーストの正体にも迫り、朝陽も現れ、最後に奇跡は起こるのか。壮間は「消える命」にどう向き合うのか。次回でクライマックスになる予定です。

感想、高評価、お気に入り登録など!よろしくお願いします!


今回の名言
「『才能』だけで偉人になれるはずもない」
「リィンカーネーションの花弁」より、ハンス=ウルリッヒ=ルーデル。


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AqoursHEROES

槙亜透矢(トーヤ)
バータイムのラビットハウスで働いていた少年。その正体は、人間の体にバイラルコアを融合させることで誕生した108体目のロイミュード。仮面ライダーダークドライブに変身した。肉体年齢は15歳。ルパンとの戦闘でスリープ状態に陥ったため、アナザードライブの事件に関与しなかった。名前の由来は「カフェ・マキアート」。

本来の歴史では・・・ダークドライブとして走大と敵対するも、正体を隠しながらラビットハウスで働くことで人間を愛する心が芽生え始める。しかしロイミュードを家族として愛する心も捨てきれず、ロイミュードか人間のどちらとして生きるかの選択を迫られた。世界を凍結させようとする001をドライブと共に撃破するが、最後に彼が下した決断は「ロイミュードとして生きること」。最後に残されたロイミュードとして、ドライブとの最終決戦に臨む。


テスト前に生き急ぐ146です。テストまでに書ききれて本当に良かった…
というわけでゴースト×サンシャイン編ラストです。

あとこれ言うの遅くなってすっげぇ申し訳ないんですけど、ただいま名もなきA・弐さんの「仮面ライダーロワ~歴史を守護する仮面の王~」に、本作一章のビルド×バンドリの物語が出張しております!是非ともよろしくお願いします!

今回も「ここすき」よろしくお願いします!




「香奈ちゃん遅いねぇ…もしかして、道に迷っちゃった!?」

 

「いやさすがにそれは……」

 

 

浦の星女学院の屋上で、Aqoursは普段通りの練習を続けていた。

千歌は心配そうに実家のある方向を見つめる。というのも、千歌の忘れ物を取りに行った香奈が一向に戻らないのだ。

 

海沿いに行けば到着するのだから、流石に迷っている事はないだろう。そう思った曜だったが、香奈の空回り暴走っぷりが曜を含めた全員の脳裏を過ぎ去る、

 

 

「…あるかもね」

「ありそうですわね」

「ありそうずら」

 

 

果南、ダイヤ、花丸の予想通り、香奈はしっかりと道に迷っていた。

とはいえ人に聞くなりすれば大丈夫だろうと、練習は再開。

 

朝陽を探していたメンバーも合流。まだ千歌のパフォーマンスが完成していないが、MIRACLE WAVEの通し練習をする事になっている。

 

 

「……どうしたのみんな、何かあった?」

 

 

その動きのぎこちなさに、千歌が気付いてしまった。

違和感の正体は千歌以外で共有した迷い、則ちゴーストの歴史が消えるという事実にある。

 

これ以上千歌には負担をかけないようにと黙っていたが、もう欺き続けるのは無理だ。意を決して、曜が千歌にその事実を伝える。

 

 

「あのね、千歌ちゃん―――」

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

「僕は朝陽。影の薄い…ただの幽霊だよ」

 

 

道に迷った先で、香奈は幽霊に出会った。

千歌から話を聞いた、幽霊の「朝陽」。仮面ライダーゴーストに変身するという千歌の「英雄」。

 

そんな彼に、のっけから香奈は飛び掛かった。

すり抜けて額から地面にダイブしたが。

 

 

「ちょちょ、いきなり何!?」

 

「なんでもなにも無いですよ!皆さん朝陽さんを探してるんですから!なんで消えちゃったんですか朝陽さん!」

 

「うーん…確かにそれは正論。でもいきなり掴みかかるなんて、可愛い顔して意外に大胆だね」

 

「そんなこと言っても誤魔化されませんからね!さぁお縄について皆さんにごめんなさいしてください!」

 

 

懲りずに捕まえようとするも、全く同じ失敗を繰り返す香奈。

いい加減に疲れたらしく、地面に伏せて朝陽を見上げながら言葉を零す。

 

 

「なんで何も言わずいなくなっちゃったんですか……千歌さん、すごく寂しそうだったんですよ?強がったって、朝陽さんがこのまま消えちゃうんじゃないかって……」

 

 

朝陽も何か思う事があったのか、浮かび上がるのをやめて胡坐で香奈の前に座った。実体化した体で香奈を起こし、互いに互いの眼を見て膝を突き合わせる。

 

 

「言葉を交わそうか、未来から来たお嬢さん。君と話すのは僕にとっても、多分君にとっても意味のある事になる。さぁ、何をお話したい?」

 

「えっ…?あ、えっと……じゃあはいっ!朝陽さんはなんで消えちゃったんですか!?」

 

 

突然始まった幽霊相談室。なんとなくで雰囲気を感じ取った香奈は、場のノリに合わせて元気よく挙手する。それに答えるのは、こちらも楽しそうな朝陽だ。

 

 

「人の命って儚いんだ。知られないうちに消えちゃってるものなんだよ、例えば生前の僕みたいに」

 

「全然面白くないです!ちゃんと答えてください!」

 

「死人ジョークだって。これ千歌ちゃんにも不評だったなぁ…

えっとね、僕の望みは生き返る事なんだ。生き返って千歌ちゃんたちと一緒に生きたい……でも、これは千歌ちゃんがくれた望みなんだよね。何十年も漂ってた僕を、千歌ちゃんが見つけてくれた。僕にもう一度『命』をくれたのは千歌ちゃんだ」

 

「さすが千歌さん……!あれ、でも私見えちゃってますけど。朝陽さん」

 

「それは、その鞄の中に秘密があるんじゃない?」

 

 

朝陽が指さしたのは香奈のカバン。

カバンを漁ると、中から出たのはゴーストのプロトウォッチだった。

 

 

「そういえば現代の千歌さんから貰ってからずっと……って、結局教えてくれないじゃないですか!消えちゃった理由ですよ!あれだけ迷惑かけて、何も無いなんて言わないですよね…!?」

 

「これから話すからさ。それで、僕は英雄眼魂を集めた。蔵真やアリオスにも出会って、色々あったけどようやく生き返るところまで来た。これからは千歌ちゃんと同じ時間を生きられる。一緒にご飯を食べて、笑って、泣いて……ずっと夢見てたんだ。でも………それは叶わないんでしょ?」

 

 

幽霊とは思えないような夢見る瞳。それが僅かにくすんだのを見て、香奈の威勢が途切れてしまった。それを慰めるように、朝陽は言葉を続ける。

 

 

「僕は何十年も前に死んだ人間だから、これでいいんだ。生き返れないのに僕が傍にいれば、皆が苦しむことになる。満足した幽霊は幸せそうに人知れず成仏した…それでいいんだよ」

 

「まだ…まだわかりません!朝陽さんは生き返ります!私が頑張れば……未来は変わるはずです!」

 

「幽霊は色んなことを聞ける。君の友達の話は盗み聞きさせてもらったよ。それによると、僕どころかゴーストがいた歴史はどうやっても消えちゃうらしいね」

 

 

香奈だって分かっていた。

この戦いの結びは二通りしかない。朝陽が消えてアナザーゴーストが力を得るか、壮間たちがゴーストの力を受け継ぐか。ゴーストの歴史が存続する選択肢は存在しない。

 

 

「でも……それじゃあ私は…!私には何もできないんですか!?私は何のためにこの時代に来たんですか…?朝陽さんのこと見てくるって、変えてくるって…千歌さんと約束したのに……!」

 

「……優しいね、香奈ちゃんは」

 

 

2018年で、千歌も同じことを言っていた。

優しいとしても、優しいだけなんだ。仮面ライダーの力を持つ壮間とは違い、香奈にはやれる事を探すことしか出来ない。見つかりっこないと、薄々分かっているのに。

 

 

「大丈夫。君はやるべき事をちゃんとやれてる」

 

「何ができたっていうんですか……このまま私は、朝陽さんが消えて、皆さんが忘れるのを見てることしか……」

 

「それでいいんだよ。君たちだけは僕たちを覚えててくれる。僕たちを見て、何かを感じて、考えて、精いっぱい生きてくれればそれでいい。人間の想いは、そうやって繋がるんだから」

 

 

香奈が握っていたプロトウォッチを拾い上げ、朝陽が香奈の肩を叩く。顔を上げたその時には、香奈の前からその姿は消え去っていた。

 

 

__________

 

 

 

「千歌ちゃん……どうする?」

 

 

千歌は曜から全ての事情を聴いた。

朝陽は消えてしまい、覚えておくこともできない。今の彼女にとっては何より辛い現実だろう。

 

 

「朝陽くん……!」

 

 

ここにいる誰もが朝陽の命を諦めたくなくて、奇跡が起こることを信じている。でも、朝陽はいつも言っていた。

 

 

『奇跡は信じたい。でもね、奇跡が起こらなくても命は続く。続けなくちゃいけないんだ。叶わなかったその先から、目を背けちゃいけない』

 

 

きっと迷っている時間は無い。悲しむ時間も無い。

奇跡は信じ続けて、足掻き続ける。問題はその先の未来のこと。それを決断する勇気。

 

千歌の心は、決まっていた。

 

 

「みんな聞いて!私は―――」

 

 

それが言霊になる寸前、屋上に上がってきたのはアリオスと壮間。

その珍しい組み合わせに誰もが目を丸くする。知る限りでは一番衝突していたはずの二人が、何かを決意した様子で立ち並んでいるのだから。

 

 

「リオちゃんに……えっと、香奈ちゃんと一緒に未来から来た人だよね。ライオンみたいな男の子がミカドくんで、亀みたいな方が…っと……ソウマくん!」

 

「か…亀……!?」

「リオはやめてくれ千歌……」

 

 

一言で同時にダメージを受ける二人。こう見ると似たもの同士なのだろうか。とはいえ茶番劇をしている暇も無いようで、すぐにアリオスが話を切りだした。

 

 

「いいか皆、私は彼と協力することにした。だが断じて朝陽の命を諦めるという訳ではない。私たちは『アナザーゴーストを倒す』という点で目的が一致している、それだけの事だ」

 

「天界と魔界、束の間の停戦同盟……ククッ」

 

「善子ちゃん空気読むずら」

「お話進まないよ?」

 

「ヨハネよ!でもどうする気よ。その偽りのゴーストの正体、目星でも付いてるって言うの?」

 

 

平常運転の善子に、こちらも平常運転の花丸とルビィの正論が炸裂。

だが善子が出した意見は尤もだった。

 

答えは既に用意されている。が、これを言うべきかどうか。

しかし壮間は即決した。明かすことで亀裂が入るのは怖いが、何より未来を変えるために、ここから先の隠しごとはナシだ。

 

 

「アナザーゴーストはAqoursの誰かです。ここにいる誰かが、タイムジャッカーに操られています。俺たちはそれを救いたい」

 

 

壮間の告白で、全員に必然の動揺が走る。

覚悟はしていたが、壮間は思わず目を瞑ってしまう。こんな信じたくない現実、受け入れられなくて当然。とても残酷なことを伝えたのは承知の上だから。

 

 

「ソウマくん」

 

 

目を瞑っていた壮間が感じたのは、右手を包む温かい感触。

驚いた壮間が目を開けると、千歌の両手が壮間の手を強く握っていた。

 

 

「ありがとう。これで私たちも、ちゃんとリオちゃんたちの力になれる!一緒に戦える!」

 

「……怖くないんですか。自分がアナザーゴーストかもしれないのに」

 

「その時はホラ、うんと我慢すればなんとかなったりしない?それにソウマくんやリオちゃんが助けてくれるよ!だって仮面ライダーだもん!英雄だもん!」

 

「千歌ちゃんの言う通りだよ。あんな話でも、二回も真っ直ぐに話されたら……信頼しちゃうしかないよ」

 

「そうそう。私はちっとも姿見せない朝陽なんかより、こっちの方が頼もしく見えるね!どっかの誰かはまーだ意固地になってるみたいだけど……?」

 

「What's!?ちょっと果南、私はちゃんと『期待してる』って言ったよ!?」

 

「あれ本音だったんですね……」

 

「Of course!仮にも浦の星女学院理事長、嘘はつきまセーン!」

 

 

千歌に続き、曜、果南、鞠莉も壮間に言葉をかけてくれる。

やっぱり彼女たちは凄い、そう尊敬せざるを得ない。鞠莉の「嘘つかない」発言だけは、It's jokeを連発された身として少しツッコミたいが。

 

 

「揃っているみたいだな。遅れてすまん」

 

「その声……蔵真さん!……!?」

 

 

予め招集の連絡をしていた蔵真の声が聞こえたが、聞こえた方向は屋上入り口の反対側。振り返ると、何故か変身した状態のスペクターが。

 

しかも脱出王ハリー・フーディーニの力を纏った「フーディーニ魂」に変身しており、バイクが変形した翼で宙から屋上に舞い降りた。

さらに言うなら、スペクターが持っていたのは鎖で拘束されたミカド。やっぱりこっちも変身していた。

 

 

「道に迷っていたようだったからな、抵抗するから力づくで連れて来た」

 

「襲い掛かって来たのは貴様だ!それに、貴様に負けたわけじゃない!俺が、付いてきたやったんだ!」

 

「どうせ蔵真さんから手を出したに決まってますわ」

「そう…ですかね…?」

「多分どっちもですよ」

 

 

そのビジュアルでは無理がある言い訳を放つミカド。一方の蔵真の言い分も全く意味が分からない。前科があり過ぎるのか蔵真を庇わないダイヤと梨子だが、多分お互い目が合って5秒でバトルしたんだろうな、と壮間は思った。

 

 

「……その様子だと、吹っ切れたみたいだな。アリオス」

 

「どうかな。私は未だに恐怖の渦中にいるのだと思う。

だが、この恐怖と向き合わなければ未来は無かった。ありがとう、蔵真」

 

「礼はいい。早速聞かせてもらうとしよう。その、アナザーゴーストを祓う妙案とやらをな」

 

「わかった。まずはアナザーゴーストと、それを使役するタイムジャッカーを呼び出す。そのために……朝陽を生き返らせるぞ!」

 

 

・・・・・

 

 

「えぇっ!?」

 

 

沈黙の後に一人驚いたのは壮間だった。

アリオスから考えがあるとは聞かされていたが、詳細は知らなかったからだ。いや、そもそもの疑問は別の所にある。

 

 

「え、アリオスさん、朝陽さん生き返らせられるんですか!?」

 

「当然だ。眼魂は揃っているし、ゴーストドライバーを持つ蔵真もいる。いつでもグレートアイを召喚できる」

 

「なんでそれをしなかったんです…?」

 

「朝陽が消えたことに、何か理由があると思ったからだ。まずは当人の事情を聞いてから…と思っていたがこうも隠れるのなら話は別だ。あっちにその気が無かろうが勝手にやらせてもらう。これが『死人に口なし』という奴だな、梨子!」

 

「うーん…使い方が微妙に合ってるようで違うかな?」

 

「な…やっぱり人間のことわざは難しい……」

 

 

オゼはアリオスに「王が目覚める頃にまた会おう」と言っていた。つまり、時間切れにせよなんにせよ、ゴーストが消滅する瞬間には立ち会おうとしているのは間違いない。生き返らせるのなら、それを妨害しに来る可能性が高い。

 

ともあれ、作戦が決まったのなら実行あるのみ。

大きく場所を移動し、十千万の近くの山へ。ちなみにここまでの道のりで香奈は見なかったが、どこで迷っているのだろうか。

 

 

「ここだ」

 

 

蔵真の案内である地点にやって来た。だが、壮間の目に映るのは木と土と石と、強いて言うなら草や苔くらい。ただの山の一角だ。

 

そんな壮間に、蔵真がツタンカーメン眼魂を差し出す。

まさかと思い眼魂を握って再び見てみると、そこにはさっきまでは無かった祠と岩の板が現れていた。

 

 

「なんじゃこりゃ…」

 

「これは……『モノリス』か。本来はただの一枚岩という意味だが、いつしか神秘の力を持った謎の板状人工物をそう呼称するようになったという。これは後者か。現物を見るのは初めてだ」

 

「ミカドが生き生きしてる……でも、なんでさっきは見えなかったんだろう」

 

「このモノリスには眼魂と同じ視認接触妨害の結界が張られている。更に、破壊しようとすると結界が強制発動し、見ることも触れることもできなくなる仕組みだ。何十年も前に作られた結界だが、今もこうして形を保ち続けているとは……術者は人類史に残る天才だろう」

 

「蔵真さんも生き生きしてる……」

 

 

饒舌に語る血気盛んコンビ。なんだか香奈がスクールアイドルを語るテンションに似ている。

 

彼らに構っていると日が暮れそうなので、早速アリオスが15個の眼魂をモノリスの前に並べ始めた。このモノリスが、願いを叶える存在『グレートアイ』を呼び出す扉となるらしい。

 

しかし、定規を使ってミリ単位で眼魂を並べる様はなんともシュールだ。

 

 

「あの、アリオスさん…」

 

「ダメずらよ。集中してるリオちゃんの邪魔すると、鬼が出るずら」

 

「花丸さん?鬼って…」

 

「前にリオちゃんの砂のお城を壊した善子ちゃんが、そのまま埋められたずら。地に堕ちたならぬ、めりこんだ堕天使ずら」

 

「善子さん……」

 

 

ふと善子の方を見ると、善子はアリオスを気にしながら目を逸らした。ヨハネと訂正しない辺り、相当アリオスを怖がっているように見える。触らぬ神に祟りなしだ。

 

 

「じゃあ花丸さん、一つ聞きたいんですけど」

 

「マルに!?でも答えられるかどうか…」

 

「あ、そんな難しいことじゃないんです。昨日鞠莉さんに言われて、今日は千歌さんに言われて…英雄ってなんだと思いますか?まぁアリオスさんや蔵真さんならまだしも、俺が英雄って言うのは変ってか、まだ何もしてないんじゃ……と」

 

「英雄…ですか。朝陽さんは眼魂の偉人さんを英雄って呼んでるずら。そうだとすると、仏教徒のマルにはよく分からないというか……」

 

「そうですか?仏教と言うと、なんか幽霊とか詳しそうですけど」

 

「実は仏教に霊魂という考えはほとんど無いずら。それに眼魂になった偉人さんたちにも、極楽どころか地獄行きになるような悪い人もいる。英雄の定義っていうのは、少し難しいずら」

 

 

確かに言われてみれば、織田信長は数多くの人間を殺めた魔王として悪名高い。新たな5つの眼魂の中にあったコロンブスだって、奴隷商人の略奪者と聞いたことがある。現代だと間違いなく極悪人だ。

 

 

「だからこれは教えじゃないずら。英雄っていうのは……何かを成し遂げるだけの力と奇跡があって、限られた時間の中で精いっぱい、自分なりに『輝いた』人なんじゃないか…って。これがマルの思う英雄、ヒーローずら!」

 

「自分なりに輝く…ですか。そう言えばここに来る前に言ったっけ。王になることが俺の輝きだ……って。じゃあ俺にとっては、Aqoursの皆さんも英雄(ヒーロー)ですね。あ、それを言うならヒロインか…」

 

「おしゃべりはそこまでだ。準備は整った」

 

 

花丸との会話を断ち切るアリオスの声。

目のような陣形で、モノリスの前に並べられた15個の眼魂。全員が所定の位置につき、蔵真はモノリスの前に立ってドライバーを出現させた。

 

 

「変身!」

 

《カイガン!スペクター!》

《レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!》

 

「来い!グレートアイ!」

 

 

スペクターが眼魂の陣をなぞるように線を描くと、眼魂は浮かび上がり、モノリスの『眼』を囲った円を作り始める。

 

次に眼魂がそれぞれ『印』へと変わり、菱形に並び変わった。そうして出来上がったのは、神々しく輝く一つの紋章。その光景に壮間は思わず目を奪われる。

 

 

「あれがグレートアイ……!」

 

「油断するな、来るぞ。ガンマイザーの干渉だ!」

 

 

アリオスの声と同時に、紋章の中央の眼が開く。

その瞬間、眼魔世界からガンマイザーの力が解き放たれようとしていた。それを許せば、願いを叶える前に紋章は消滅してしまう。

 

そのために手に入れた5つの眼魂だ。

 

 

「コロンブスさん、力を貸して!」

 

「お願いしますシェイクスピアさん!」

 

「頼むよナイチンゲール!」

 

「堕天使の呼びかけに応えよ…ガリレオ・ガリレイ!」

 

「キング・カメハメハ!Shiny!」

 

 

曜はコロンブス、ルビィはシェイクスピア、果南はナイチンゲール、善子はガリレオ、鞠莉はカメハメハの眼魂に願いを託す。それぞれの手から飛び立った眼魂は新たに陣を形成し、反発するガンマイザーの力を抑え込んだ。

 

 

「今だ蔵真!」

 

「あぁ!」

 

 

グレートアイがスペクターのゴーストドライバーに反応。その巨大な眼がスペクターの体を吸い上げて行く。あの眼の中にさえ入れば、願いは叶う。

 

 

「いい瞬間だよね。願いが叶う時っていうのは」

 

 

スペクターの体が空中で止まった。さらに発生した衝撃波がスペクターをグレートアイの下から弾き飛ばし、代わりにその場所に立ったのは……オゼだ。

 

 

「アリオスさんの作戦通り…来たなタイムジャッカー!」

 

「あなた誰だっけ。でもあなた達ふたりは覚えてるよ!仮面ライダーゲイツ、光ヶ崎ミカド!仮面ライダーネクロム、アリオス!わたしに新しい学びを教えてくれた、そう即ちわたしという雌しべに知識の花粉を運んできてくれたミツバチのような存在!とっても感謝しているんだよ!だからお礼として見せてあげる。わたしの、『願い』が成就する瞬間を!」

 

「ッ…!マズい!アイツの狙い、グレートアイの力で願いを叶えることです!」

 

「奴を止めろ!ゴーストドライバーを持たない者が願いを叫んだところで、グレートアイの怒りを買って消されるだけだが…今あいつに消えられるのは困る!」

 

 

アリオスの言う通り、グレートアイはオゼの呼びかけに応じない。

だが、()()()()()()()。オゼが消えることも無かった。

 

 

「あ…あああぁぁぁぁぁッ!!またも!またしても!何度も幾度も幾たびも!わたしの願いは成就しない!報われない!こんなにも体の奥から底から芯から欲しているというのに!わたしという器は満たされない!なんでなのグレートアイっ!?」

 

 

その発狂にもグレートアイは応えない。ただ、()()()()()()()()()ように、空中で輝いていた。

 

その様子を見てオゼの叫びがピタリと止まる。

 

 

「そうか……なんだ、そういうことか。

ちょっと不親切過ぎるんじゃないかな?でもそっちがその姿勢なら、諦めるしかないんだよ」

 

 

グレートアイから興味が逸れたのか、オゼは別の場所に視線を向け変える。その先に居たのはAqoursの9人だ。

 

アナザーゴーストを呼び出す気だ。それをみすみす見逃す手はない。

アリオスと壮間、ミカドが妨害に入るが、それを掻い潜ったオゼは『ある人物』の前に立った。

 

 

「おはよう、わたしの王様。そしておやすみ……桜内梨子」

 

 

オゼの指が梨子の胸元を指すと、黒い波動が梨子の全身を包む。

内から湧き出る制御できない何か。胸元の黒い光から出現したパーカーが彼女に取り憑くように覆い被さり、その姿を変貌させた。

 

 

《ゴーストォ…》

 

 

「梨子が…アナザーゴースト…!?」

 

「狼狽えるなアリオス!解っていたことだ!」

 

「行きましょうアリオスさん!梨子さんを助ける!」

 

「あぁ……当然だ!」

 

 

アナザーゴーストに変身した梨子を前に、壮間、アリオス、ミカドが変身体勢に入る。

 

 

「「「変身!」」」

 

《テンガン!ネクロム!》

《Clash the Invader!》

 

《仮面ライダー!ジオウ!》

 

《仮面ライダー!ゲイツ!》

 

 

そこにスペクターも並び、戦士が出揃う。

物語の継承者を巡る戦いが、ここに開戦した。

 

 

アナザーゴーストが放った波動がグレートアイの紋章を消滅させ、20個の眼魂が地に散らばる。それによって眼魂の束縛が消え、人間界に侵攻しようとしていたガンマイザーの力もまた、解放されてしまった。

 

 

「脅威を確認。排除」

 

 

顕現したのはネクロムが倒したはずの「ガンマイザー・ウィンド」。ガンマイザーは不滅の存在。何度倒したところで進化して蘇り、完全に撃破する手段はない。

 

 

「ガンマイザーは俺が引き受ける!手伝え未来人!」

 

「ごめんミカド!そっち頼む!」

 

「貴様ら……俺に指図するなッ!」

 

 

とは言いつつもガンマイザーの強大さはゲイツも感じ取っている。揉めている場足ではないと判断し、歯ぎしりしながらもスペクターの加勢に入った。

 

ジオウはアナザーゴーストの対処。完全撃破の手段が無いのはこちらも同じだし、こっちは梨子が中にいるため必要以上の攻撃はご法度だ。今は耐え抜き、やり過ごすしかない。

 

 

「また会ったなタイムジャッカー、オゼ。お前の相手は私だ」

 

「相手?意図が読めないんだよ。あなたの願いは何?」

 

「決まっている…お前にアナザーゴーストを止めさせることだ!」

 

 

ネクロムが相手取るのはオゼ。

彼女たちは決してゴーストの歴史を諦めていない。そのためにアリオスが切り拓いた手段こそ、梨子からアナザーゴーストの力を抜き取ること。それが可能なのは恐らく、タイムジャッカー本人だけだ。

 

 

「なるほど。確かにアナザーゴーストの妨害が無ければ、グレートアイの力でゴーストは生き返る。あなたは中々に明達だね、アリオス!」

 

「お前を殺せばアナザーゴーストは消えるのか?それとも拷問が必要か?私は友のためならば、どんな残酷な行為だろうが厭わない。お前のような狂った悪人ならば猶更だ!」

 

「拷問か、苦痛というのも多種多様。それもまた一つの興味ではあるけれど……手法に知性が無いのは良くないなぁ。じゃあ…そうだ、願いの等価交換を提唱しよう!あなたの願いと引き換えに、わたしは眼魔世界の全てを知りたい!これでどうかな?」

 

「馬鹿にするな!今は袂を分かったとはいえ、眼魔世界は私の故郷だ。私は完璧な存在、眼魔世界の王女!その誇りにかけ、家族を売るような真似はしない!」

 

 

時間を止め、ネクロムの攻撃を難なく躱し続けるオゼ。

それでも決して諦めずに食らいついて来る様に、可笑しかったのかそれとも惚れ惚れしたのか、オゼは狂った笑いを上げていた。

 

 

一方でアナザーゴースト対ジオウの対戦カードも、苦戦を強いられていた。

 

 

「くっ…攻撃できないって結構キツい……!」

 

 

アナザーゴーストは積極的に攻撃を仕掛けてくる。その上、梨子に呼びかけても反応は無い。梨子の意識は完全に眠ってしまったのだろうか。

 

 

「寝てる……ってことは!目覚まし時計、いや目覚まし太鼓だ!」

 

《ヒビキ!》

 

《アーマータイム!》

《ヒビ・キー!》

 

 

策を思いついたジオウは響鬼アーマーにフォームチェンジ。

物理で攻撃できないなら、「音」で梨子に呼びかければいい。それも心の奥底まで震わす大音量で。

 

 

「行きますよ!鬼の師匠たち直伝、清めの音!」

 

 

地面に音撃鼓を出現させ、音撃棒で力いっぱい打ち鳴らす。

山奥で奏でられる音は木々を揺らし、戦場の隅にまで行き渡る。それを耳にしたAqoursの一同は口を揃えて呟いた。

 

 

「下手…」

 

「太鼓は教わってないんです!すいません!」

 

 

太鼓の専門家であるヒビキからは修行をつけてもらえなかったし、アナザー響鬼戦では太鼓を脚で鳴らした。壮間に太鼓の経験なんて無い。

 

だが予想通り音撃は有効だったようで、アナザーゴーストが苦しみ始めている。中の梨子が騒音で苦しんでるだけな気もするが、それで意識が目覚めるなら結果オーライだろう。

 

 

「ぐ…あ…ァ…!」

 

「あっ…!待て、逃がすか!」

 

 

逃げ出そうとするアナザーゴースト。ジオウが放った炎で一時的に退路は断ったが、その可能性を失念していた。

 

考えてみれば、アナザーゴーストがここで戦闘をする必要は全くない。何故ならタイムジャッカーの勝利条件は「ゴースト消滅まで逃げ切ること」。このまま逃げられて梨子ごと雲隠れされるのが最悪の展開だ。

 

これまでそれをしなかった点から、アナザーゴーストに変身しっぱなしというのは出来ないのだろう。つまり、逃げられれば梨子は直に意識を取り戻してしまう。

 

 

「ここで逃がせば梨子さんは、時間切れでゴーストの記憶が消えるまで、真実と罪の意識に苛まれながら、いつ暴れ出すか分からないアナザーゴーストに怯えることになる……なんだよそれ!ふざけんな!」

 

 

それを仕組んだオゼは、こちらに興味が無いようにネクロムに夢中だ。罪悪感なんて問い質すまでも無いだろう。

 

しかも未来では未練丸出しで学校の地縛霊になっているなんて、侮辱もいいところだ。壮間は知らないが、例え廃校になったとしても、彼女たちなら答えを出して前に進むはずなのだ。

 

それを歪めた。どうせ、オゼの勝手な興味のために。

 

 

「俺が言えたことじゃないかもしれない。でも……!タイムジャッカーのオゼ、アイツだけは許せない!」

 

 

アナザーゴーストが姿を消す。ジオウは落ちていたムサシ眼魂を拾ってすぐに視認し、炎を吹いてそれを止める。

 

しかし、今度はアナザーゴーストが浮かび上がろうとしている。

これはマズい。ジオウには遠距離攻撃の手段はあれど、飛行はできない。浮遊されればいずれ逃げられてしまう。

 

 

「―――ダメぇっ!」

 

 

ジオウの手が届かない距離にいたアナザーゴースト。地面から離れたその脚にしがみついたのは、千歌だった。

 

 

「梨子ちゃん行っちゃダメ!目を覚まして!梨子ちゃん!!」

 

 

千歌に続き、他の皆もアナザーゴーストを逃がすまいと、その身体を抑えつける。アナザーゴーストは振り払おうとするも、体が上手く動いていない。意識内で梨子が抵抗しているのだろうか。

 

 

戦う力を持たない、普通の女子高生のはずだ。

それなのに、なんて勇敢なのだろう。どこまで強いのだろう。

 

 

オゼはネクロムが釘付けにしているが、それもいつまで保つか分からない。時間を止められて逃げられればお終いだ。

 

時間が無い。方法は一つしかない。

壮間がやるしかない。

 

 

「千歌さん……今から俺がすることを、恨んだっていいです。上手くいかなかったらどうぞ馬鹿にしてください。これが特大のエゴだとしても、俺はここでアナザーゴーストを倒します!」

 

「……恨まないよ。約束する。だってそれは、私たちのためでもあるんでしょ?奇跡が起こらなくても未来に道は続く…だから、私たちの答えは決まってた!」

 

「ありがとう…ございます……!」

 

 

やっぱり敵わない。こんな凄い人たちが、消えた歴史の中にもたくさんいる。Aqoursは、いや、これまでに会った人たち、仮面ライダーたち……そんな主人公たち全てが、壮間にとって英雄だ。

 

 

「聞いてますか朝陽さん!未来を変えたい、皆を救いたい。色々思ったけど、やっぱり俺は自分勝手でした。俺はAqoursや朝陽さんのような、英雄になりたい!」

 

「勝手な事を言っているな。私はまだ諦めてないぞ!」

 

 

ジオウの叫びにネクロムが答える。

諦めていないのは本当だ。でも、感じてはいた。自分とオゼが勝負にすらなっていない事を。その願いは届かない事を。

 

 

「日寺壮間、お前が欲しいのはゴーストの力か!?その力で英雄になる気か!」

 

「…違います。確かに力があれば王になれるかもしれない。でも、力だけじゃ駄目なんです。俺のせいで皆さんの歩んだ道が消えるなら、それを糧にして俺が進みます。皆さんが果たせなかった望み、信念、正義、それも全部受け継ぐ。俺が英雄の心を、未来に繋ぎます!」

 

「心を繋ぐ、そうすれば魂は未来を生きる。魂は永遠に不滅……か」

 

「はい。あなた達の物語を無意味になんてさせません。

だから…安心して忘れてください!」

 

「言うじゃないか……ずるい男だな、お前は!」

 

 

ジオウとネクロムは背を合わせ、互いを守るように自身の敵と向き合う。

 

壮間の心は決まった。

報われない努力、救えない命、消えゆく輝き…それらは確かに悲しい。でも、全ての物はいつか失われる。ただ同情しかしないのなら、それこそが侮辱だ。

 

消える歴史、消える命、消える存在。それらを絶対に忘れない。英雄から学んだ心を胸に、王座への階段を駆け上がる。

 

 

「……やっと聞かせてくれたね」

 

 

ジオウが聞いたその声。一瞬だけその姿が線を結び、現れた幽霊―――朝陽はジオウに笑いかける。

 

 

「貴方が朝陽さん…!」

 

「これは皆の選んだ未来だ。だから、どうか自信を持って受け継いで欲しい。僕が繋いだこの力…今度は君だ。君自身の想いを……未来に繋げ!」

 

 

朝陽が手渡したプロトウォッチに色が宿る。

カバーパーツはオレンジに。文字盤に浮かび上がる、橙に輝く幽霊のライダーの顔。

 

 

《ゴースト!》

 

 

ゴーストの継承が完了した。それをオゼが黙って見ているはずがない。

 

 

「ゴーストのライドウォッチ!それをわたしに!」

 

「行かせるか!彼の……壮間の邪魔はさせない!」

 

 

なりふり構わないオゼは時間停止を発動。無理矢理ウォッチを奪うつもりだ。

だが、すぐにその状態は解除される。木陰から現れたのは、祝福をしに来たウィルだ。

 

 

「さぁ我が王、継承の儀を」

 

「ありがとうウィル、アリオスさん、朝陽さん!」

 

 

響鬼ウォッチを外し、ゴーストウォッチを左スロットに装填。響鬼アーマーが消滅し、代わりに出現したゴーストのアーマーがジオウの前で印を結ぶ。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!》

 

 

分解したアーマーは踊るように宙を動き回り、ジオウの姿に覆い被さった。最後に複眼に刻まれた「ゴースト」の文字で、継承は完了する。

 

 

《アーマータイム!》

《カイガン!》

《ゴー・ス・トー!》

 

「祝え!全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来を知ろしめす時の王者!その名も仮面ライダージオウ ゴーストアーマー!」

 

 

壮間は見たことが無いその姿。だが、彼の勇姿を知る者は、その姿に目を奪われる。

 

額の一歩角、オレンジのフェイスアーマー、胸の眼のライダーズクレスト。まさにゴーストの力を継承した戦士の姿だ。

 

自身を脅かす存在を感知したアナザーゴーストは、形相を変えて逃げ出そうとする。その姿に先回りし斬撃を浴びせたのは、ガンマイザーとの戦闘から離脱したゲイツだった。

 

 

「またしても先を…!ッ……日寺!さっさとコイツを仕留めろ!」

 

「あぁ、ここで終わらせる!」

 

 

浮かび上がって再び逃走を図るアナザーゴースト。

だが、ゴーストアーマーを纏うジオウは浮遊能力を有する。アナザーゴーストに追いついたジオウはジカンギレードで一撃を加え、逃げる幽霊を地に落した。

 

落下したアナザーゴーストは空を見上げる。だが、そこにジオウの姿は無い。

 

 

「こっちこっち」

 

 

不意に肩を叩かれ、振り返った方向から拳が飛んできた。

ゴーストは幽霊。気配を完全に消すことも容易い。

 

怯んだ隙にジオウはもう一度浮かび上がり、風に運ばれる布のように移動しつつ、次々に斬撃を決めていく。

 

 

「がアぁ…あぁッ!」

 

 

アナザーゴーストは腕を振るってジオウを捕まえようとするが、ジオウはそれを体をよじって回避。

 

地面を滑るような動きでアナザーゴーストを翻弄し、体力が削れたタイミングを見計らい、低く浮かび上がってから強烈な蹴りを入れた。

 

 

「偉人の皆さん、力を貸してください!」

 

 

印を結び、ジオウの「眼魂ショルダー」の能力が解放される。

起き上がったアナザーゴーストがジオウに反撃しようとするが、そこに割り込むは二閃の斬撃。

 

 

「その折れない心、この眼でしかと見届けた!」

 

 

二本の刃を持った赤いパーカー。ムサシ眼魂から召喚された大剣豪・宮本武蔵のゴーストだ。

 

眼魂ショルダーは英雄ゴーストを召喚する能力を持つ。

そしてこの場合、呼び出されるのは眼魂に封じられた「本物」の英雄たち。

 

 

「王になるとは、まっことデカい夢ぜよ!気に入った!」

 

「儂も叶えられなかった天下の夢。温い道ではないぞ」

 

 

続いて坂本龍馬と織田信長のゴーストが、アナザーゴーストを牽制。そして次に現れたのは光輪を背負った白いパーカー、三蔵法師のゴーストだ。

 

 

「貴方の信念、それが果てしなく続く一本の旅路となる……」

 

 

サンゾウゴーストの光輪がアナザーゴーストの動きを封じた。

召喚されたゴーストたちはジオウと共に空へ。合計20の英雄が、ジオウの周りで宙を舞う。

 

 

「やっと分かった気がする。ライダーの力を受け継ぐって、どういうことなのか。力だけじゃなくて心も受け継ぐ。それってつまり…代わりに俺がそのライダーに『成る』ってことなんだ」

 

 

歴史を受け継ぐ。しかしライダーの歴史は消える。

そこだけ見ればジオウはアナザーライダーと変わらない。いや、多分存在としては同じようなものなのだろう。

 

違うとしたら、心や想いを受け継ぐかどうか、ただそれだけ。

その違いを、強く魂に刻み込む。

 

 

「今日から俺が…『仮面ライダーゴースト』だ!」

 

《フィニッシュタイム!》

《ゴースト!》

 

 

ドライバーを一回転させ、必殺技を発動。

ジオウが両手を上に掲げると、英雄ゴーストたちがそこに集合。幾つものパーカーが一つとなり、練り上げられたのは一つの『巨大な眼魂』。

 

 

《オメガタイムブレーク!!》

 

「はあぁぁぁぁぁ…たぁッ!」

 

 

巨大眼魂をアナザーゴーストに放った。

サンゾウの拘束から放たれたアナザーゴーストは、その眼魂を受け止め、押し返そうとする。しかし、込められているのは20人の英雄の魂。そう簡単に弾き返せる代物ではない。

 

 

「俺はいつか、あなた達のような英雄になる。王様になる!

そのために…この命が尽きるまで、俺自身が精いっぱい輝くために……」

 

 

巨大眼魂が一気に重くなる。

それは、壮間の心の叫びに呼応するように、どこまでも巨大化していく。

 

 

「命、燃やすぜ!!」

 

 

巨大眼魂がアナザーゴーストの体を完全に飲み込み、爆発。

アナザーゴーストは吹き飛び、肉体とパーカーが分離。体から転がり出たアナザーゴーストウォッチが破裂した。

 

 

__________

 

 

 

「梨子ちゃん!」

 

「千歌…ちゃん…私…」

 

 

アナザーゴーストは完全に撃破され、梨子の姿に戻った。オゼは撤退。ガンマイザーは撃破できなかったがゲイツとスペクターの二人がかりで機能停止まで追い込み、今はツタンカーメンの力でピラミッドに封印されている。

 

こうして戦いは終結。そして、ゴーストの歴史は消滅することが確定した。

 

 

「壮間さん…お願いしてもいいですか」

 

 

目を覚ました梨子は、ジオウに声を掛ける。

この未練は覚えてはいられない。だから、物語と一緒に託すことにした。

 

 

「未来に帰ったら…リオちゃんと私たちを会わせてあげてください。覚えてはないだろうけど、そんな可能性もあったんだよって…教えてあげてほしい」

 

「梨子……」

 

「もちろんです。蔵真さんも探して、必ず教えます。きっと未来でも仲良くなれますよ」

 

「いや、俺は結構だ。未来の俺は怪奇現象調査に奔走しているだろうからな。邪魔をしてやるな」

 

「全く…素直じゃないですわね、蔵真さんも」

 

 

笑いながらスペクターを小突くダイヤ。梨子と笑い合うアリオス。

忘れたってきっと変わらない。壮間たちが覚えている限り、ゼロになんてなりはしないんだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来の悪い結末だ。チェーホフの銃を知らないのか?」

 

 

幸福の刹那に侵略する声。別れの時を踏みつぶす声。

そして刃。物語の最後に滴り落ちる赤。

 

 

血。

 

 

スペクターを貫いた短剣。変身が解かれた蔵真の胸を貫き、傷と口から泥のように血液が溢れ落ちた。

 

 

「蔵真さん!?」

 

 

ジオウが叫ぶ。突然の出来事に、多くは叫ぶこともできない。

蔵真から出た青い力が、刃が刺さった方向に収束していく。

 

 

《スペクター!》

 

「借りは返したが…おっといけない。どうせ物語が消えれば生き返ってしまうのか。私としたことが趣の無いことをした」

 

 

スペクターウォッチが生成され、それを握り潰すように持つのはアナザー電王。何故忘れていたのだろう。この、危険過ぎる存在を。

 

 

「貴様あァァァっ!!」

 

 

怒りに囚われたネクロムが、単身アナザー電王に突撃。それと同時に封印されていたガンマイザーも活動を再開した。まるで、彼をこの物語から排除しようとしているように。

 

 

「なぜだ…なぜ蔵真を!」

 

「何故?芸術家が作品を創るのが、そんなに可笑しいか?」

 

 

鬼気迫る勢いで攻めるネクロムだったが、怒りのあまりその完璧に綻びが生じていた。そこを突いて、切り裂き、アナザー電王は僅か数撃でネクロムを変身解除に追い込む。

 

最後に、生身のアリオスの身体に入り込む、一筋の斬撃。

終わりかけた世界に再び赤が染められた。そして、ネクロムのウォッチも彼の手によって奪われてしまう。

 

追撃に迫るガンマイザーも易々と退け、アナザー電王から出た6()()()()が銃弾のように食い込んだかと思うと、ガンマイザーは木端微塵に爆発四散した。

 

 

全てが終わったと思っていた。

何もかもが丸く収まったと思っていた。

このまま終わってくれると、そう思っていた。

 

 

「なんて…ことを……!」

 

 

蔵真とアリオスを止血しようとする千歌たち。バッドエンドを変えたかったのに、最後に残ったのは阿鼻叫喚の最悪。その悪夢の光景に、ジオウは言葉を失う。

 

言葉を失ったが、体は動いた。

行き場を見据えたこの激情のままに、ジオウはアナザー電王へと斬りかかる。

 

 

「何を怒っているのか理解できないな!どうせ消える物語、何より…こんな駄作の結末なんてどうだっていいだろう!」

 

「黙れ!お前が…お前なんかが…!うああぁぁぁッ!」

 

「贋作同士の愛で合いだと?なんだそれは悪夢か!?ハハハッ!」

 

 

ゲイツは今、蔵真たちをなんとか止血しようとしている。残された戦士はジオウただ一人。

 

壮間がやるしかない。

だが、余りに強大で、届く気がしない。

 

 

「僕に任せて」

 

 

アナザー電王の身体が、虚無から生じた衝撃で弾き飛ばされた

予め拾っておいたナイチンゲール眼魂で、アナザー電王はその姿を捕捉する。最後に残された、この物語の守護者の姿を。

 

 

「変身!」

 

《カイガン!オレ!》

《レッツゴー!覚悟!ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!》

 

「君たちの命は、僕が繋ぐ!」

 

 

実体化した幽霊が黒いパーカーを羽織り、フードを取った顔が怪しく、それでいて勇ましく光る。

 

ウォッチに刻まれたものと同じ顔。

あれがこの物語の主人公、仮面ライダーゴースト。

 

ジオウとゴースト、これで二対一。

怒涛の勢いで立ち回るアナザー電王に対し、愚直に攻め込んでいくジオウ。隙を突いて的確に攻めるゴースト。朝陽のお陰で連携は取れている。

 

 

「贋作がいくら集まったところで、所詮はガラクタの山にしかならない!不愉快でしかない!塵になって風に吹かれて、惨めに消え失せろ!!」

 

「なんで……なんでこんな奴が強いんだ!」

 

「それも人間の可能性。どこまでも邪に落ちる命だってある…その可能性だけは、絶対に認めちゃいけないんだ!」

 

 

連携を取っても尚、埋められない力の差。

だからゴーストも決意した。今ここで彼らの未来を勝ち取る。この『命』は、そのためにだけ存在する。

 

 

《グレイトフル!》

 

「彼は絶対に、ここで止める!」

 

《ゼンカイガン!グレイトフル!》

《ケンゴウハッケンキョショウニオウサマサムライボウズニスナイパー!》

《大変化!》

 

 

ゴーストはアイコンドライバーGを装着し、15眼魂の力を束ねた究極の英雄の姿、グレイトフル魂へと変身を果たす。

 

ガンガンセイバーとサングラスラッシャーの二本を装備し、その本気がアナザー電王へと牙を剥いた。

 

 

「時代を繋いだ英雄の力で…お前を倒す!」

 

「偽りの時代を繋いだ英雄擬きが何だって!?程度の低い想像力で紡がれた歴史など、私にとっては塵同然だ!」

 

 

そこから先は、とてもジオウが入れるような戦いでは無かった。

今のジオウがいる次元より、確実に一段上にいる者同士の熾烈な戦いだ。

 

ゴーストは英雄ゴーストを召喚するが、その度にアナザー電王が一撃でそれを消し飛ばす。しかしその瞬間に隙が生まれるため、そこに確実な一撃が叩き込まれる。

 

グレイトフルの力により、ゴーストとアナザー電王の力が拮抗し始めた。

 

 

「……これで仕上げといこう」

 

 

アナザー電王が腰の3本目の短剣に手を掛けた。強い一撃が来る、そう感知したゴーストは防御の体勢を取った。

 

空気を裂く抜刀。しかし、その斬撃は空を斬っただけでゴーストには届かない。

 

 

「さァ、聞かせてもらおう。私の作品の感想を」

 

 

ゴーストに走る強烈な悪寒。

背後から感じるソレは、斬撃音として彼の鼓膜に響いた。

 

アナザー電王の抜刀の瞬間、刀身から放たれた赤いエネルギーの刃。それは剣の動きに合わせて遠隔操作される刃だった。

 

つまり、さっきの抜刀はゴーストを狙ったものではない。

狙ったのはゴーストの背後。蔵真たちの応急処置を行っていた、ゲイツだ。

 

 

「何っ……!?」

 

「ミカド!!」

 

 

ジオウが助けに入ろうとするが、とっくに遅い。

 

刃はゲイツの装甲に突き刺さり、魚を釣り上げるようにゲイツを連れて、空中を四方八方に暴れ回る。

 

木々、岩、あらゆる障害物に叩きつけられたゲイツは空中で変身解除。ミカドは生身のまま地面に落下し、最後にアナザー電王の刃が―――

 

 

彼の身体を貫いた。

 

 

「なっ……!?そん…な……」

 

「どうだ!?未来?心を繋ぐ?命を繋ぐだったか?貴様らを覚えていてくれる命とやらは、たった今一人減ってしまったな!未来を守れなかった気分を聞かせてくれるか!?仮面ライダーゴースト、朝陽ィ!!」

 

「ッ…!!」

 

 

ゴーストはサングラスラッシャーに闘魂ブースト眼魂、オレ眼魂を装填。抑えきれない怒りを剣に乗せ、燃え盛る刃をアナザー電王へと振り下ろす。

 

 

《闘魂ダイカイガン!》

《メガ!オメガシャイン!》

 

「お前だけは……絶対に許さないッ!!」

 

「在り来たりな台詞だな!やり直しだ!」

 

 

ガンガンセイバーの一撃がアナザー電王の装甲を抉るも、15英雄の力を集中させた本命の一撃はアナザー電王の両短剣に受け止められる。

 

ぶつかり合う刃と、迸る破壊の波動。

だが、刃を激突させたからこそ感じる。アナザー電王―――令央の、絶望的なまでの底知れぬ力を。

 

 

サングラスラッシャーの刀身にヒビが入る。その破壊の激流は止められず、ゴーストの剣が粉々に砕け散ってしまった。

 

それはゴーストの敗北を意味する。しかし、この芸術家は勝利で満足する人間ではない。彼が次に意識を向けたのは、破壊された剣から飛び出た『オレ眼魂』。

 

 

「―――やめて!!」

 

 

千歌が思わず走り出し、手を伸ばす。

いけない。あの眼魂を砕かれたら、きっと朝陽は………

 

 

「お前はゴーストでありながら、最期に生きるのを諦めた。消えろ、醜い贋作」

 

 

赤い波動がオレ眼魂を通り過ぎる。

激しい衝撃が通過した眼魂は、それに耐えきれず、火花を散らし、砕け散った。

 

 

「朝陽くん!!」

 

「ごめん……千歌ちゃん……!」

 

 

千歌が手を伸ばす。叫ぶ。涙を流す。

そのどれも朝陽には届かない。ただ悔しそうに、朝陽の姿は光の粒となって消滅してしまった。

 

 

「はははははッ!!そうだ、これだ!稚拙に塗り固めた結末を、何も分かっていない贋作の世界が褒め称えるこの瞬間!この私がキャンバスに筆を入れ、塗り潰し、描き換える!破壊する!それが私が求めた芸術!私が描く結末は、あと数手で完成に至る……」

 

 

時を同じくして、戦場を遠くから覗いていたオゼ。

令央の乱入に始めこそいい顔をしなかったが、今となってはどうでもいい。彼女の思考は脳内麻薬に侵され、その興奮を抑えきれない程だからだ。

 

 

「想定外の結果、あぁ…これだから世界は素晴らしいんだよ!」

 

 

ジオウとの激しい戦い、令央というイレギュラーの出現。そして何より、一度撃破されたことで()()()()()()()()()()

 

 

「「この時を待っていた!!」」

 

 

2人の狂人が、全く同時に同じ言葉を叫んだ。

 

畳み掛ける絶望を目の当たりにした壮間たちの前に、更なる絶望はしたり顔で現れる。アナザーゴーストから分離し、何故かそのまま残っていた『パーカー』が、ひとりでに宙に浮かんでいた。

 

 

「ふざけんなよ…何なんだ!何が起こってんだよ!」

 

 

ジオウの憤りを他所に、浮かぶパーカーに切れ目が入った。切れ目から解け、包帯のような布に分解されたパーカーは、全く別の形に再構築を始めた。

 

最初に作られたのは足元、次に腰、体、腕、頭、アナザーゴーストとは異なる人型が構成されていく。

 

 

「また別の…アナザーライダー…!?」

 

 

歪な複眼、鋭い牙や爪。それらの特徴は紛れもないアナザーライダーのもの。だが、何より特徴的なのはその「色」。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

脚に刻まれるのは『2009』、『DOUBLE』。

 

 

《ダブルゥ…》

 

「グッド、モーニング…!いい…朝だね」

 

 

その台詞、この雰囲気、壮間には覚えがある。

2018年で浦の星女学院にてアナザーゴーストと戦闘した時、攻撃を引き金に起こったアナザーゴーストの『開眼』。それと全く同じだ。

 

つまり、梨子をアナザーゴーストとして操っていたのは、このアナザーダブル。アナザーライダーの中に、もう一人アナザーライダーがいたのだ。

 

 

「お前からも感想を聞きたいな、日寺壮間。答えを出してゴーストの力を受け継ぎ、一件落着かと思ったか。都合のいい事実だけを見ていた結果だよ、何も終わっちゃいないのに御目出度い愚か者だ!」

 

 

心が崩れそうなジオウを煽り、変身を解除する令央。

 

 

「この世の終わりか?これが最悪か?考え得る最低の、底の、底の、底に堕ちたつもりか?甘い甘い甘い。私が描くのは完膚なきまでに甘美なバッドエンドだ。さっき言っただろう、何も終わっちゃいないと」

 

それ以上は考えたくない。壮間の思考は停滞を望む。だが、令央はそれを残酷に嗤いながら突きつける。

 

令央が闇の渦から取り出したのは、眠りについた香奈だった。

 

 

「………やめろ…」

 

「断る。お前はまた、繰り返すんだ」

 

 

令央が指を鳴らし、香奈が目を覚ました。

 

 

「あれ……私、なに……を………」

 

 

眼を開けた途端に飛び込んで来る惨状。

蔵真とアリオス、ミカドが倒れ、朝陽の眼魂が砕け、千歌が泣き叫ぶ。

 

そして、アナザーダブルが香奈に腕を伸ばす。

 

 

「いや……ソウマ……!!」

 

「香奈あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

アナザーダブルの身体が再び布状に分解され、香奈の腕に巻き付いた。そのまま彼女の身体を食らっていくように、布は体や脚にも浸食。

 

布が全身を覆い尽くすと、砕けていたはずのアナザーゴーストウォッチが逆戻りするように再生し、香奈の身体に埋め込まれた。

 

 

《ゴーストォ…》

 

 

新たなアナザーゴーストが誕生し、令央がその体に時間のゲートを開く。辿るのはアナザーダブルの記憶。その行き先は、2009年だ。

 

 

「今ここに予告しよう。私が描く最高の大作で、日寺壮間という最低の贋作を無き者に」

 

 

残ったのは数多の絶望と無力感、

そして、朝陽が消えて力を失ったゴーストウォッチと

 

何も持たない、壮間ただ一人だった。

 

 

 

____________

 

 

 

「運命はいつ、誰に牙を剥くか分からない。それは誰に落ち度が有るわけでも無い。ただ今回は、向けられた狂気が恐ろしく強大過ぎただけの事……私にも想定外でした。この試練は、我が王には少し早すぎる」

 

 

ウィルが本を開き、ページを遡る。

物語は2015年から一世代前、2009年に。

 

 

「ですが、力が足りなければ増やせばいい。この結末を覆すため……新たなライダーの力を借りるとしましょう。

 

闘いと知性。二つの力で何度も最悪を覆した、彼らの力を―――」

 

 

 

 

校門を突き破る勢いで、その少年は飛び出した。

今は咲いていない桜の木。校門に掘られた名前は「国立音ノ木坂学院」。

 

 

「おいコラ!テメェ学校サボって何処に居やがる!あ゛ぁ!?秋葉のゲーセン?丁度いい、そっちでドーパントだ!今そっち行ってついでにぶん殴ってやっから首洗って待ってやがれ、()()!」

 

 

その少年、『切風アラシ』は、怒号と共に街へ駆け出す。

 

彼らは二人。

彼らは探偵。

 

彼らは、二人で一人の仮面ライダー。

 

 

 

NEXT>>2009

 

 

 

____________

 

 

次回予告

 

 

「香奈もミカドもいない。俺が絶対に助ける!」

「思い出したんです。あれは…私が内浦に来る前だった」

 

事件は終わらない。手掛かりは2009年、東京。

 

「2009年…スクールアイドル黄金期ですわ」

「事件の始まりを辿るんだ。伝説のスクールアイドル、μ'sを探すといい」

 

仮面ライダーダブル。スクールアイドルμ's。

風を探し、音を追い、その物語を辿る。

 

「さーて、検索を始めようか」

「冷やかしなら帰れ。ここは俺の探偵事務所だ」

 

疾風×切札。そのライダーは、二人で一人の探偵!

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

次回、「Wのタンテイ/2009」

 

 

これで決まりだ!

 

 

 




未回収の描写たくさんありましたからねー。もうちょっとだけ続きます。

てなわけで、多分皆さんお気づきでしょうが…次回からは僕が連載していますもう一作「ラブダブル!~女神と運命のガイアメモリ~」とのセルフコラボ、ダブル×ラブライブ編になります!今連載している話より、少し未来の彼らが登場する予定です。

完全に僕が楽しい奴ですが、どうかお付き合いの程をよろしくお願いします!

感想、高評価、お気に入り登録も、よろしくお願いします!


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ジオウくろすと補完計画 10.5話 「ライダーの日常・冬編」

遅くなりました補完計画です。久しぶり投稿なので気合入れました。
「例の件」にはあまり触れない方向で行きます。


ゴーストの力を受け継ぐも、衝撃の結末で幕を下ろしたゴースト編。

そして、そんなゴースト編の補完計画になるわけですが……

 

 

蔵真→令央に刺されてダウン。

アリオス→令央に斬られてダウン。

ミカド→令央の必殺技を喰らってダウン。

朝陽→令央に眼魂を壊されて消滅。

香奈→アナザーゴーストになった。

壮間→ウィルと二人きりは嫌。

ウィル→我が王に嫌われて悲しい。

 

 

こんな感じで補完キャストが不在の事態に…

 

てなわけで、今回も予定を変更。

これまで登場したレジェンドたちの補完と称して、これまで巡った物語の日常を覗いてみることにしましょう。

 

 

 

__________

 

 

EP.01 バレンタインを制するのはだれか

 

 

それは木組みの街の、2月14日のこと。

 

 

「ソウさん!今日は何の日かわかる!?」

 

「なんだよ駆。こんな穏やかな昼間に騒がしいな」

 

 

事件も無く暇をしていた栗夢走大。津川駆は交番に飛び込んできたかと思うと、そんな彼に質問を叩きつけた。と言っても、木組みの街の2月14日と言えば、答えはこれ以外に有り得ない。

 

 

「リゼの誕生日だろ?ラビットハウスでサプライズパーティーするって言ってたぞ」

 

「んんんんんん!?そうだけどッ…!違う!

バレンタインデーだよ!つまり俺が可愛い女の子からチョコをたくさん貰う日!」

 

「あー…そうだったそうだった。忘れてた」

 

「へー、モテない人はバレンタインが頭に無いって本当だったんだ」

 

「……あ?」

 

「ジョークだって。謝るから拳銃から手ぇ放して」

 

 

走大はモテない。これは周知の事実。

東京に居た間も彼女がいたことは無い。二十代中盤になっても女性免疫が無いのは、そういう理由である。

 

 

「それで、今更バレンタインがどうしたっていうんだ。去年みたくココアたちがチョコをくれるだろ?俺にもお前にも」

 

「そ・れ・だ・よ!それがスッキリしない!バレンタインっていえば、モテる男がモテない男に一生消えないマウントを取る、血で血を洗う戦争の日であるべき!」

 

「やめろ危険思想。取り締まるぞ」

 

「白黒ハッキリさせる時が来たんだよソウさん!俺から言わせりゃ友チョコなんて甘え!本命チョコの数でどっちがモテる男なのかを決めよう!名付けて…バレンタイン大戦争!!」

 

「………昼寝してちゃ駄目か?」

 

 

というわけで開戦してしまった、バレンタイン大戦争。

一週間前からココアたちには「今年は一人の男性にチョコを渡すように」と伝えてある。走大と駆、チョコ獲得数が多い方が勝者の座を手にするのだ。

 

 

「勝った……!」

 

 

開始数分。既に駆は勝利を確信していた。

自慢だが、駆は結構モテる。東京に居た頃、バレンタインには毎年相当数のチョコを貰っていたものだ。

 

いつかのバレンタインには、ヤバめの彼女から届いたチョコで爆発物処理班が動いたり、毒物事件に発展しそうになったりもした。そのくらいモテると、確たる自身がある。

 

 

「帰りたい……」

 

 

一方で走大。既に戦意喪失。

走大はモテない(二回目)。バレンタインで貰ったことがあるのは、その辺のコンビニで買えるようなあからさまな友チョコ義理チョコ。

 

同僚の女性から、朝の挨拶ついでに机に「受験合格祈願のキットカット」を一つだけ置かれた時は絶句したものだ。当然勝てる気など全くしないが、負けたら負けたで男としての何かを深く傷つけてしまいそうで怖いのが嫌だ。

 

 

「よし…やるだけやるか!いくぞバレンタイン!」

 

 

覚悟して向かった先は甘兎庵。狙いは千夜か。

皆が集まりやすいラビットハウスに行かない辺り、既に雲行きが怪しい。

 

 

「あら、走大さんいらっしゃい。何かご用事?」

 

「お…おう千夜。いや…別に……和菓子食いたくなってな!」

 

 

走大、チキる。

 

 

「ご注文は?」

 

「え…あぁ!そうだな……」

 

 

まだ巻き返せる。そうだ、「注文は君の本命チョコ」とか言ったらカッコいいのでは?

少なくとも脳内走大はそれがカッコいいと確信している。それで行くしかない。

 

 

「そのチョ…いや…甘苦くて……思いのこもった茶色い……」

 

 

走大、チキり方がダサい。

 

女子高生相手に情けない姿を見せる警察官男性。

しかし、千夜は意図を汲み取ったようで、店の奥に品を取りに行った。

 

 

「はい!こちら、ご注文の栗の渋皮煮『忘れ去られし愛』よ!」

 

「茶色くて甘苦いけど!」

 

 

出てきたのは栗の渋皮煮。バレンタインの「洋」の要素が微塵も介在しない見事な「和」。そして名前が縁起でもない。

 

 

「ふふっ、冗談よ。はいこれバレンタインのチョコレート」

 

「…え!?お前…これ…俺に?」

 

「甘兎庵の常連さんに、ささやかなお礼の気持ち。本当はすぐ渡すつもりだったけど、困ってるのが面白いって青山さんが……」

 

「どうもー」

 

「うわあぁぁぁぁっ!翠さん!?アンタどこにでもいますね!?」

 

 

気付かぬうちに後ろの席に座ってたのは、作家の青山ブルーマウンテン。

ちなみに彼女は新作のキャラのモデルに走大を狙っており、しばしばストーキングされる間柄だ。

 

 

「色々と参考にさせてもらいましたー、ありがとうございます。

そうだ、ハッピーバレンタインというわけで、私もチョコを用意したんです。どうぞ走大さん」

 

「マジか…2つも貰っちゃった。あれ、中に何個か入ってる…?」

 

「飲み物で性格が変わる体質が気になるので、いろいろ混ぜたチョコアソートにしてみました。あとで変化を教えていただければと」

 

「私と青山さんの合作!甘兎印のロシアンチョコよ!」

 

「恋人たちの日になんてもん作り出してんだ!大丈夫だよな!?人体に有害じゃないよな!?」

 

 

その後、青山を追いかけに来た担当編集の真手凛からもチョコを貰い、なんと走大のチョコ獲得数は3に。

 

一方で自信満々だった駆はというと……

 

 

「馬鹿な……この俺がチョコたった2つだと……!?」

 

 

チョコ目当てにリゼの所へ押しかけた駆。手に入ったチョコは、リゼと彼女の同級生の狩手結良からの2つのみ。

 

その後、チノたちと遭遇するも「別の人にあげる」とキッパリ言われ、チョコ獲得ならず。

 

 

「マズい…このままじゃソウさんに負ける!あのソウさんにまで負ければ…俺は…俺は……!男として存在意義を失ってしまう!」

 

 

とんでもない言い様である。

と、悶えている駆が見つけたのはシャロの姿。手に持っているのは十中八九チョコレートだ。

 

それを見た駆が取った行動は一つ。

持ち前の瞬発力で駆け出し、一切淀みの無い動きでシャロの前まで移動し……

 

 

「チョコをくださいお願いしますッッッ!!!」

 

「きゃあぁぁっ!?土下座通り魔ぁ!?」

 

 

土下座した。それはもう見事な土下座だった。

 

 

「何やってるのよカケル……らしくないことして」

 

「分かってくれシャロちゃん。どんな手を使ってでも、男には負けられない戦いってのがある。ソウさんなんかに負ければ俺は男の恥さらし。一生お天道様の下を歩けません」

 

「そこまで言わなくても…ていうか、あんたが始めた勝負なんだし自業自得じゃない」

 

「ソウさんに勝ってマウント取りたかっただけなんです…こんなはずじゃなかったんです…」

 

「男らしさの欠片も無いわね。そんなんじゃ、貰えるチョコも貰えないわよ。

ほら、私のチョコあげるから元気出して。……最初からそのつもりだったし」

 

 

落ち込む駆に、シャロはチョコを差し出した。

子供のように表情を明るくする駆。思い出した、このドキドキと喜びこそバレンタインデーだ。

 

 

「シャロちゃん……!大好き!一生幸せにする!」

 

「大げさね…ってくっつかないで!やっぱナシ!そのチョコ返して!」

 

 

これでチョコ獲得数が3つで並んだ。

次なる戦いの地はラビットハウス。そこで走大と駆は相見えた。

 

 

「駆、気が変わった。俺はこの戦いに本気で勝ちに行く。俺にチョコをくれた皆の想いを…無駄にはしない」

 

「俺もだよソウさん。モテに驕ってた俺は死んだ。なりふり構わずガチで行くよ」

 

 

「「このバレンタインの王者になるのは俺だ!」」

 

 

いざラビットハウスに突入。

そこで待ち構えていたのはココア。

 

 

「はい、カケルくん!ハッピーバレンタイン!」

 

「しゃあああああああッ!!!」

「クッソがぁぁぁぁぁ!!」

 

 

ココアからのチョコは駆が獲得。

歓喜する駆。絶叫する走大。普通に客がいるため凄く迷惑である。

 

 

「あと走大くんにはこれだよ!お姉ちゃんから手作りチョコパン!」

 

「モカぁ゛ぁぁぁッ……!ありがとうっ…!!」

 

「はぁぁ!?モカ姉さんの手作りぃ!?ソウさんズルい!そんなの最強じゃん!」

 

「うるっせぇ触んな!お前はイースト菌でもかじってろ!」

 

 

チョコ獲得数4対4。未だ均衡は破られない。

だが、まだ2月14日は終わらない。雌雄が決するその時まで、男たちはチョコを求めて戦い続ける。

 

彼らは次なる戦場へ。チョコをくれた彼女たちの想いに、応えるために───

 

 

 

 

「結果発表です。駆さんチョコ4個。走大さんチョコ4個。

 

 

トーヤさんチョコ38個。トーヤさんの圧勝です」

 

 

「「……は?」」

 

 

チノの口から発表された勝敗に双方唖然。

 

勝者はラビットハウスの少年バイト定員、槙亜透矢。

あの後一つもチョコをゲットできなかった二人に対し、トーヤはチノたちやチノの同級生、ココアの同級生、店の常連さんから大量にチョコを貰っていたのだ。

 

 

「ちょいちょいちょいちょい!は!?トーヤの奴が優勝!?有り得ないでしょ!」

 

「ルールには従ってます。『今日最もたくさんのチョコを手に入れた人が優勝』って言ったのは駆さんです」

 

「いやチノ、確かに駆はそう言ったかもだけどな…!

てかそのトーヤは何処にいるんだよ!」

 

「トーヤさんならもう帰りましたよ。いつまでも潔くないお二人とは違います」

「そういうところが男としての差かもしれんな」

 

 

チノとティッピーからトドメの一言。

敗北者たちはその場で塵になって崩れ去ったのだった。

 

 

 

「おうトーヤ、それどうしたんだ?」

 

 

トーヤが持ち帰った大量のチョコを見て、ガイストが笑いながら驚く。

 

 

「ガイスト…チョコレートなんだけど、今年はたくさん貰っちゃった…

そうだ…これ、ガイストにもあげるよ」

 

「嬉しいが…駄目だ。そいつは人間の、お前に対する気持ちって奴だ。ちゃんと食ってやんな」

 

「…わかった。でも、さっきから食べ過ぎて鼻から血が………」

 

「あ……もう頑張った後だったか」

 

 

バレンタインの勝者も、それはそれで苦しそうだった。

 

 

_________

 

 

EP02.豆撒く鬼

 

 

それは妖館の2月3日のこと。

 

 

「今日は節分の日…か。鬼は外、というのは少し複雑な気分だな」

 

 

『鬼』の先祖返りである凛々蝶は、笑いを含んで呟く。

凛々蝶は節分の豆撒き用の大豆を買い、妖館に帰るところだ。

 

他にも恵方巻の材料も揃えたりと、中々に入念な用意をしている。

というのも、先祖返りは妖怪に襲われやすい。近頃では魔化魍も出る。いくら半妖の身とはいえ、厄払いに頼りたくなるのも仕方あるまい。

 

 

「鬼の役を今年はどうするか…去年は蜻蛉だったな。あれは酷い節分だった…」

 

 

蜻蛉もまた『鬼』の先祖返りであるため、鬼役としては適任。

だが、蜻蛉は今、海外に旅に出ている真っ最中である。

 

 

「となると僕がやるべきだろう。しかし、御狐神くんがなんと言うか……」

 

 

超過保護な彼の事だ。凛々蝶に豆を投げて追い出すなど、許すはずが無い。凛々蝶に投げられた豆を全部斬り落とし、豆を投げた者を斬り捨てるのが目に見える。

 

妖館の建物が見えてきた頃、物陰に隠れる姿を見つけた。

あの頭の悪そうな金髪は───

 

 

「あれはバンキくんか。そうだ、鬼といえば今年は彼らがいるじゃないか」

 

 

豆を投げられる役を押し付けるのは少々気が引けるが、仕方あるまい。

凛々蝶は隠れるバンキに近づき、肩をちょんちょんと叩く。

 

しかし、振り返ったバンキの顔は、何故か恐怖に青ざめていた。

 

 

「…失礼だなバンキくん。人の顔を化け物を見たみたいに」

 

「凛々蝶ちゃん!?あ…っと、しーっ!静かに。場所がバレちゃう!

今日は節分だろ?鬼の間では節分の日は、互いに豆を投げ合って戦うっていう修行があるんだよ!で、今俺が隠れてるってワケ!」

 

「もう大人だろう君は……戦士ともあろう者が、豆撒き程度でビクビクと───」

 

 

その瞬間。僅かな発砲音とほぼ同時に。

凛々蝶とバンキの顔の間に、何かが命中した。

 

恐る恐る視線を移し替えると、破裂した大豆が。

 

 

「バンキくん。これは……」

 

「そういう事なんだよ。これが鬼の豆撒き」

 

 

つまりアレである。大豆が銃で発砲されたということである。

なんて話しているうちに再び発砲音。今度はバンキのチャラチャラとした金髪が射貫かれた。

 

 

「ギャアぁぁぁっ!確実にヘッドショット狙ってきてやがる!」

 

「これはアマキさんか!?さっきと違う方向から撃って来たぞ、プロのスナイパーの動きだ!」

 

「逃げよう凛々蝶ちゃん!妖館に入れば狙撃は無い!」

 

「ちょ、なぜ僕まで!?」

 

 

意見は聞かず、凛々蝶を連れて妖館の庭に逃げ込むバンキ。

 

 

「放せ!僕は部外者だ!君たちの頭のおかしい豆撒きに参加するつもりは無い!」

 

「そんなこと言わないでさぁ!助けてよ凛々蝶ちゃん強いでしょ!このままじゃ俺、1日かけて蜂の巣にされる!」

 

「知らん!君は本当にそれでも男か!」

 

 

言い合いをしていると、強い足音が近付いて来る。

逃げようとしても既に遅く、バンキの前に師匠であるサバキが。

 

 

「師匠……」

 

「覚悟しろ茨田。もう逃げられると思うな」

 

「……君が持っているソレはなんだ?」

 

「豆用ピストルだ。離れてないと怪我するぞ、白鬼院の嬢ちゃん」

 

「節分に使う道具じゃない!」

「全くもって同意だよ!」

 

 

基本的に過激思考のサバキ。先祖返りがこの程度で怪我をするわけも無いので、割と容赦なく発砲。逃げようとするがバンキが凛々蝶を逃がさない。この男、この期に及んでまだ彼女に助けてもらおうとしている。

 

 

「君も応戦したらどうだ!ほら、君は二刀流だろう!豆くらい斬り落とせ!」

 

「石川五エ門じゃないんだよ無理!」

 

 

「おっ。サバキさんとバンキ発見」

 

 

そこに新たに現れたのは、豆を握ったヒビキ。

バンキを相手にして隙があったサバキに向けて、ヒビキは右手に握った大豆を思いっきり投げる。

 

サバキはすかさず、持っていた板で防御。

しかし、超高速で投げられた多数の豆は凄まじい威力を生み出し、板を完全に破壊してしまった。

 

 

「武器もなくただ豆を投げただけで…」

「まるで散弾銃の威力…」

 

 

いよいよ命の危機を感じざるを得ない状況に。凛々蝶が逃げようとすると、バンキが涙目でそれを引き留める。心底面倒くさい。

 

しかし、そんな状況も最後の真打によって崩れ去った。

 

 

「凛々蝶さんと何をしておられるのですか、バンキさま」

 

「あ……御狐神、これは……」

 

 

恐らく今日一番の恐怖。

冷ややかな笑みを浮かべた御狐神双熾が、彼の手から凛々蝶を引き離す。

 

 

「さて、凛々蝶さんをこんな危ない所に居させるわけにはいきません。マンションの中で、皆さんと一緒に恵方巻の仕込みでもするとしましょう」

 

「御狐神くん…彼は……」

 

「今日は節分ですので。凛々蝶さまを盾に使うような悪い鬼は、『鬼は外』ですよね?」

 

「…そういうことらしい。すまないバンキくん」

 

「え、嘘!?ちょっと待って見捨てないでぇぇぇぇ!!?」

 

 

凄く爽やかにバンキを見捨て、双熾は凛々蝶と室内に。

その後1日中、妖館近辺で青年の叫び声が聞こえっぱなしだったという。

 

 

 

____________

 

 

EP03.突撃!聖なる夜!

 

 

 

「メリークリスマス!今夜はあなたの幽霊サンタ!朝陽です!」

 

 

それは沼津の12月25日の夜。

幽霊に眠るという概念は無い。常に退屈な夜を過ごす朝陽だが、今日だけは特別。何せ、今夜はクリスマスなのだから。

 

 

「生きてたらやりたかった事、その63!それがサンタクロース!

というわけで今日は、皆の枕元にプレゼントをお届けしちゃうよ!」

 

 

サンタ衣装を身に纏い、プレゼントの入った袋を持って準備は万端。

ソリとトナカイが用意できなかったのが不満だが仕方ない。幽霊らしく浮いて行くことにする。

 

 

というか、何故25日の夜なのかと疑問に思うだろう。

朝陽も本当は24日に合わせたかったのだが、その日の夜はAqoursとSaint Snowの合同ライブで彼女たちは北海道に居た上に、蔵真やアリオスは居残りをしていたのだ。流石に北海道と静岡を往復はしんどい。

 

 

「まずは善子ちゃんの家から。イマドキの家には煙突なんて無いし、壁をすり抜けて行くしかないか…サンタも色々と不自由な時代になったなぁ」

 

 

部屋に侵入。

目に入って来る中二全開の内装。何に使うのか全く不明な黒い羽根が、至る所に飾られている。

 

 

(すごく黒い部屋だけど、目とか悪くならないのかな…?)

 

 

なお、朝陽は昔の人間であるため、この部屋が「痛い」ことを知らない。

 

善子が眠っているのを確認。

枕元に黒魔術ショップで買った開運アクセサリーを置き、朝陽は撤退。

 

 

「次はアリオスか…ちゃんとお金稼いで部屋借りてるんだから、本当に立派だよね」

 

 

アリオスの部屋に侵入。こうして勝手に年頃の女子の部屋に入るのは抵抗があるが、それ以上に朝陽はサンタがしたくて仕方ないので作戦続行。

 

アリオスの部屋はお手本のような内装をしており、効率的に生活ができるように家具が並べられている。棚にあったノートを開くと、やたら丁寧な日記やその日の食事のカロリー、栄養バランスまで細かく記録されていた。怖いくらいの完璧主義だ。

 

ベッドの中心から微塵もずれずに眠るアリオス。

しかし、ベッドの近くに赤い靴下が置いてある。しかも丁寧な文体の手紙付き。眼魔世界には無いサンタの話を聞いて、ワクワクが抑えられなかったのだろう。

 

 

「『かつて眼魔の兵士として人間界で行った悪事は許されるものではないが、身勝手が許されるならば私の枕元に現れて欲しい…』か。大丈夫だよアリオス。君がいい子にしてたのは、僕らがちゃんと見てたから」

 

 

アリオスにはあげたいものが多くて迷ったため、便利グッズの詰め合わせをプレゼントすることにした。迷った末に踏み外した気がしないことも無いが、喜んでくれるだろう。多分。

 

 

これで沼津組の配達は終了。続いて内浦に向かう。

 

 

「よーし、どんどん行こうか!」

 

 

曜には彼女が東京のショップで気にしていた制服。

花丸には朝陽が生きていた頃に持っていた小説。

果南には室内プラネタリウム。鞠莉には朝陽オススメのロックのCD。

 

 

「よし…次はダイヤちゃんとルビィちゃんの番。姉妹で一つのプレゼントで申し訳ないけど…これが一番大変だったな、今思えば」

 

 

二人へのプレゼントは「伝説のアイドル伝説DVD全巻BOX」。スクールアイドルファンの中では「伝説の伝説の伝説」、略して「伝伝伝」とも呼ばれる代物だ。

 

これだけは何処を探しても無くて、内緒で東京まで探しに行ったものだ。そこで偶然出会った女性と色々あった末に「保存用」らしい一セットを譲り受けることができた。

 

 

「親切な人に会えて良かった。家にあと2セットあるらしいし、凄い人もいるもんだな。

うーんと、問題はここからかな……」

 

 

黒澤家から一旦出ると、その庭に陣取っているテントに目を向ける。

この家に届けなければいけないプレゼントはもう一つ。居候をしている蔵真だ。

 

しかし……

 

 

「来いサンタクロース。今年こそお前を捕らえて見せる」

 

 

寝てプレゼントを待つどころか、血眼になって仁王立ち。彼の眼を盗んで一回この家に入るのにもかなり苦労した。

 

 

「流石は怪奇現象管理協会、もう25日なのにサンタを捕まえる気満々だー……なんか、僕を祓おうとしてた最初の頃を思い出すなぁ……」

 

 

蔵真のプレゼントは適当な場所に置いて行くのも手だ。

しかし、それは朝陽の憧れが許さない。枕元にプレゼントを置いて消えるのがサンタ。そのこだわりは譲れない。

 

 

「よーし……いざ尋常に、勝負だ蔵真!」

 

 

朝陽は正面突破の覚悟を決めた。

付け髭と深くかぶったサンタ帽で顔を隠し、プレゼントを持って突撃!

 

 

「…!ついに出たなサンタクロース!」

 

 

当然、即座に気付く蔵真。殺意に似た執念が襲い掛かる。

迫る彼の腕を、朝陽は素早い身のこなしで潜り抜ける。それは戦場と見紛うほどの紙一重の一瞬。

 

蔵真が振り返った時には、テントの中にプレゼントが置かれ、サンタは消えていた。

 

 

「…プレゼントの礼は言う。だが、次こそ勝つ。来年も必ず来い、サンタクロース…!」

 

 

彼へのプレゼントは「綿あめマシーン」。飴玉を入れるとそれを綿あめにするタイプのやつだ。神楽月蔵真はこう見えて、大好物は綿あめである。

 

 

「一つ作ってみるか」

 

 

そんなこんなで朝陽は最大の鬼門を突破し、ほっと一安心。サンタも楽ではない。

 

 

「肝が冷えたよ…肝動いてないけど。よし、最後はあの二人」

 

 

まずは梨子。彼女が持っていた「壁ナントカ」とかいう本と似たものを幾つか用意した。朝陽は入念にリサーチし、喜ばれるものを用意したつもりだ。まぁそんな朝陽の想いとは裏腹に、それを見た彼女は複雑な叫びを上げるだろうが。

 

そして最後はその隣の家、千歌のプレゼントだ。

 

 

「ごめんね千歌ちゃん。君へのプレゼントは最後に決めようって決めてたんだけど、皆のプレゼントに思ったよりお金がかかっちゃって……」

 

 

千歌へのプレゼント、それは朝陽が作ったぬいぐるみ。彼女が好きなミカンを模したキャラにしてみたが、やはり朝陽から見れば他のプレゼントに見劣りしてしまう。

 

 

「来年はちゃんとしたプレゼントを用意するよ。クリスマスだけじゃなくて、誕生日も、色んなイベントも、色んな季節も……また来年も一緒に生きよう、千歌ちゃん」

 

 

全てのプレゼントを配り終えた朝陽は、寺に戻って一休み。

余りに楽しくて、思ったよりも早く終わってしまった。夜はまだ明けなさそうだ。

 

 

「疲れた気になっちゃうなぁ…お疲れ、全国のサンタさん」

 

「おやおや、あと一人プレゼントを届け忘れておるぞ?」

 

「まさか。僕はちゃんと皆にプレゼントを……」

 

 

真夜中の境内に聞こえた、朝陽以外の声。

 

 

チリン

 

 

振り返るよりも先にベルの音が聞こえ、朝陽の意識がぼやけていく。

瞼が閉じる寸前、大きなソリとトナカイが見えた気がした───

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?僕、何を…」

 

 

気が付くと朝だった。

夢を見ていた。ずっと昔にいなくなった『親友』に会う夢を。そんな彼と朝陽が、蔵真やアリオス、千歌たちとも一緒に笑って生きる夢を。絶対に叶わない、それでもとびきり幸せな夢を。

 

 

いや、おかしな話だ。幽霊で眠ることもない朝陽が『夢』を見ていたなんて、そんなことあるはずが……

 

 

「これ……あーそっか、これは敵わないなぁ」

 

 

朝陽の傍に置いてあった『赤い眼魂』が奇跡を物語る。

そう、奇跡だ。この夜だけ朝陽は、生者のように眠り、夢を見れたのだから。

 

 

「最高のプレゼントをありがとう。のんびり屋のサンタさん」

 

 

 

 




教えて!くろすと博士!

Q.トーヤは貰ったチョコ結局どうしたの?てかトーヤって誰?
A.何日かかけてちゃんと食べたよ!トーヤに関しては前話のキャラ紹介と、CrossoverArchivesドライブ編を参照!

Q.バンキはなんであんなにカスなの?
A.才能あっても努力しないとあぁなるんだよ。知らんけど。

Q.アリオスのプレゼント、ちゃんと喜んだの?
A.アリオス「見ろ朝陽!これはスリッパや手袋とモップが一つになって楽に掃除ができるぞ!なんと素晴らしい発想だ!これは是非とも眼魔世界に持ち帰らなければ!こっちは…!」

Q.天介「俺らの話は?」
A.ガイドラインって知ってる??????




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EP11 Wのタンテイ/2009
Wを探せ/女神の足跡


ヒビキ
仮面ライダー響鬼に変身した男性。27歳。本名は飛牛坂彦匡。妖怪「牛鬼」の先祖返り。猛士に所属する中で史上最強の鬼で、その戦闘力は全ライダーの中でもトップクラス。アナザー響鬼に殺害されたことで響鬼の歴史が消滅した。2005年では自ら死ぬことで歴史を変えようとしていたが、壮間の「強さ」を認めて響鬼の力を託した。修正された歴史では2018年で二十歳前後で、妖館にてシークレットサービスとして働いている。

本来の歴史では・・・
九十九の記憶は戻らなかったが、響鬼編とは別の方法で過去や運命との決着を付けた。魔化魍頻出の大元を探るうちに見えてきたのは、かつての師匠のカブキ。再び過去と向き合い、今の仲間と共に悲劇の断絶に挑む。


146です。今回からダブル×ラブライブ編やっていきます。
僕が連載してるラブダブルの話になりますが、まぁ読まなくても大丈夫です。まずはラブライブっぽいパートから進めていきましょう。

今回も「ここすき」よろしくお願いします!


「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。幽霊の仮面ライダーの物語にて、我が王は消えゆく命と向き合った末に仮面ライダーゴーストの力を受け継いだ。

 

しかし、アナザー電王こと令央が介入。そして撃破したアナザーゴーストからはアナザーダブルが現れてしまう。こうして物語は最悪のバッドエンドを迎えてしまいました」

 

 

ウィルが瞼と共に本を閉じた。

彼にも予想できなかった最悪の事態。あの令央という男は、タイムジャッカーよりも遥かに危険過ぎる。

 

だが、まだ終わりではない。物語の大いなる流れは無数の本棚として、預言者の前に現れる。

 

 

「バッドエンドは覆す。それが我が王が歩む覇道です。

そのために必要なのは別の戦士の力……新たなるキーワードは『女神』と『探偵』。そして───」

 

 

__________

 

 

 

「ミカド……」

 

 

あの惨劇の後、なんとか負傷者を病院に運ぶことができ、彼らの命をつなぎとめる事はできた。だが、未だに予断を許さない状況。壮間には、こうして治療室で眠るミカドを見守ることしかできない。

 

アリオスと蔵真も意識が戻らない重篤状態。

このまま現代の治療を続けていても望みが薄い。だが、人体の治療が可能なナイチンゲール眼魂は令央に持ち去られ、打つ手が無い。

 

それに、朝陽は令央に眼魂を砕かれて消滅してしまった。

香奈はアナザーゴーストに取り込まれてしまった。

 

 

「最悪だ。最初と同じだ、また俺だけ残されて……!」

 

 

嫌でも思い出すアナザービルドの惨劇。

令央も言っていた。『お前はまた、繰り返すんだ』と。

 

 

「逃げるしかない…とはもう思わないだろうね。我が王よ」

 

 

あの時と似た台詞で、ウィルが壮間の背後に立つ。

 

 

「ウィル…お前、なんで何もしてくれなかったんだ!お前は時間を止められるし強い!お前なら……皆を救えたんじゃないのか!?」

 

「お言葉だが我が王。それは私が干渉する場面ではない」

 

「は…!?なんだよそれ!」

 

「これは君の物語だ。君を守ることは物語の守護を意味するが、ミカド少年や姫君は違う。君を王にするためには力を尽くすが、それ以外を期待するのはお門違いというものだよ」

 

「……そうかよ分かった。だったら、お前は当てにしない」

 

 

壮間はもう道の提示を待たない。

繰り返すのなら上等だ。また前と同じように、覆してみせる。

 

 

「香奈もミカドもいない。俺一人だとしても、絶対に助ける!」

 

 

それを言葉にした時、壮間の心に一つの不安が浮かび上がる。これまでの戦いで、何か一つでも一人で成し遂げられたのか、と。

 

湧き出る不安は腹の内に留めた。

 

 

__________

 

 

 

戦いの最後に起こった惨劇。その中に謎が多いが、何より優先すべきは二つ。

 

一つは令央が持ち去ったナイチンゲール眼魂だ。それさえ取り戻せばミカドたちを救える。

もう一つはアナザーゴーストに取り込まれた香奈。だが、ゴーストウォッチは力を失ってしまった。そしてアナザーゴーストから生まれた『半分半分のアナザーライダー』の正体も分からない。

 

令央はアナザーゴーストの中に消えてしまい所在不明。

ならばまず手を付けるべきはあのアナザーライダー。あのアナザーライダーをその時代のライダーの力で撃破しなければ、アナザーゴーストを倒してもさっきのように復活してしまうだろう。

 

 

「あのアナザーライダー……体に書いてあった年代は『2009年』、名前は…『DOUBLE』、アナザーダブル……!?」

 

 

2009年に行くため、プロトウォッチを手に入れなければならない。

これまでの傾向通りなら、アナザーライダーを追っていればプロトウォッチが見つかるはずだ。

 

 

「2009年は今よりも前だから、アナザーダブルがアナザーゴーストを操っているとすると……その元を辿るならうってつけの人がいる」

 

 

アナザーダブルが何処から来たのか、それを知るにはアナザーゴースト本人に聞くしかない。香奈が入れ替わった事で解放された、本人に。

 

 

「……話を聞かせてください。梨子さん」

 

「話さなきゃいけないって思ってました。私のせいだとしても…今こうして力になれるなら」

 

 

アナザーゴーストとして2018年まで暴走していた、桜内梨子。

記憶が無かった上に無意識だったとしても、その罪悪感は計り知れないだろう。酷かもしれないが、手掛かりはここにしかない。

 

 

「話さなきゃいけないって…じゃあ…!」

 

「思い出したんです。私の中に『誰か』が居て、私の心にずっと囁いてた。その『誰か』がいつ私に入ったのか。あれは…私が内浦に来る前だった」

 

「梨子さんは引っ越して来たんですか。その元居た場所っていうのは…」

 

「東京です。前の学校にいたとき、さっきも現れた白い髪の女の子が、私の中に時計を……」

 

 

白い髪の女の子、オゼだ。

 

 

「彼女が関わったという事は煩雑な事件であることの証左だ。だから私が一つ助言をしよう」

 

「ウィル…だからお前は当てにしないって…」

 

「そんな事を言ってる場合かな?意地の使いどころは選ぶべきだよ。

色々と情報が錯綜しているが、君が追うべきはアナザーダブルだ。そして、それは彼女の前の学校に答えがある」

 

 

その名が出たのが合図のように、ウィルがそこに口をはさむ。

彼の事を何処まで信じていいかは分からない壮間は、ウィルではなく梨子に尋ねる。

 

 

「それで梨子さん、前の学校って……」

 

「音ノ木坂女学院です。一年の時はそこに」

 

「音ノ木坂女学院……2009年の音ノ木坂…!?どっかで見た名前だけど…」

 

「2009年…スクールアイドル黄金期ですわ」

 

 

答えたのは様子を見に来たダイヤだった。

それを聞いて壮間も思い出し、目を見開く。それはAqoursのことを調べていた時に出てきた、スクールアイドル界隈で伝説と呼ばれるグループ。

 

 

「μ’s…ですね。ダイヤさん」

 

 

『μ’s』。香奈も名前を出していた、第二回ラブライブにて優勝を果たした9人グループ。結成から解散までたったの一年未満だが、廃校の危機にあった音ノ木坂を救い、その後のスクールアイドル文化発展にまで大きく影響を及ぼした伝説のスクールアイドルだ。

 

 

「そうですわ壮間さん。2009年で音ノ木坂といえばそれ以外有り得ません。その白髪の女性が壮間さんのように未来から来たのなら、梨子さんがスクールアイドルになるのも知っていたはず。標的の共通点にスクールアイドルがある可能性は高いですわ」

 

「流石は黒澤ダイヤ、慧眼だ。彼女の言う通りだよ我が王。事件の始まりを辿るんだ。そのために伝説のスクールアイドル、μ’sを探すといい」

 

 

突飛な推理とは言い切れない。アナザーゴーストになった梨子と香奈の共通点は『女子高生』と『スクールアイドルと関りがある』くらい。最も、香奈はただのファンなのだが。

 

何よりウィルのお墨付きだ。なんだかんだ言っても、彼が嘘を教えた事は一度も無い。

 

 

「分かった。俺が今から東京に戻ってμ’sを……」

 

 

そこまで提案をしかけて、壮間は思い止まった。

今は壮間以外に戦闘要員が居ない。もしそこにアナザーゴーストが現れれば、最悪の事態になるのは目に見えている。

 

 

「どうしよう…俺が守らないといけないのに、それじゃダブルのウォッチを探しに行けない。俺がやるしか無いのに……!」

 

「心配には及びませんわ、壮間さん。わたくし達を守ってくださる戦士はちゃんと健在です」

 

「そういう訳だ壮間。守護は私たちに任せろ」

 

 

ダイヤの言葉に合わせて颯爽と病室に入って来たのは、重症を負っていたはずのアリオス。そして、蔵真だった。

 

 

「アリオスさん…蔵真さん!?動けるような怪我じゃなかったのに…!?」

 

「…そっか!眼魂の身体ね、リオちゃん!」

 

「その通りだ梨子。本当の身体は動けなくとも、眼魔眼魂を使えばアバターを使って行動可能だ。眼魔世界から予備を二つ持ち出しておいたのが功を奏した!」

 

「誰かが言った“備えあれば多少憂いあれど問題なし”。素晴らしい心がけだよアリオス」

 

「でも、大丈夫じゃないはずです。あんなボロボロの身体で意識を外すなんて…」

 

 

壮間の中ではやはり懸念は拭えない。こうしている間にも、アリオスたちの心臓がいつ鼓動を止めるのかも分からないのだ。

 

 

「私は…朝陽が消えたと聞いた」

 

「それは……!っ…はい、俺は…朝陽さんが消えるのを見てるしかできなかった……」

 

「私はその最期を見ることもできなかった。怒りに身を任せて無様に敗北した。私たちの歴史が消えてしまうのならば…命など惜しくは無い!今度こそこの眼で…壮間、お前が作る結末を見届けたい!私たちに協力させてくれ!」

 

 

アリオスが壮間に手を差し出す。

今は何よりも事態の解決を優先すべきだし、アリオスと蔵真が手を貸してくれるのは有難い。

 

 

「…はい、内浦は任せます」

 

 

迷う余地は無い。なのに、この胸を覆うようなモヤは何なのだろう。

 

 

「待て、カタカナ未来人」

 

 

カタカナ未来人とは壮間のことだろうか。これまで黙っていた蔵真がそう呼び止めた。

 

 

「東京に行くと聞いた。それなら…アリオスを連れて行け」

 

「なっ…何を言う蔵真!所詮は仮初の身体だ、お前一人に任せるわけにはいかない!」

 

「そうですよ蔵真さん!東京の方は俺一人でも…」

 

「俺一人で護衛には十分。今は攻めの姿勢に力を投じるべきじゃないのか。それともなんだ、アリオスは俺が信用できず、未来人はアリオスじゃ手助けにもならないと?」

 

 

そう言われると二人とも言葉が止まってしまう。

黙って壮間に目を合わせるアリオスに、蔵真は笑って背中を押す。

 

 

「人間界を見てこい、アリオス」

 

「……恩に着る。ありがとう」

 

 

壮間の後に続くアリオスを見送った蔵真に、ダイヤは呆れつつも、微笑むような目線を投げる。

 

 

「全く…蔵真さんは甘いですわね。アリオスさんを可愛がりすぎですわ」

 

「かもしれないな。良いだろう、妹煩悩はお互い様だ」

 

 

__________

 

 

 

アリオスの出発準備を待ち、タイムマジーンで15分足らず。

二人は2015年の東京に到着した。

 

 

「よし、μ’sを探すぞ壮間」

 

「いや、待ってください。俺まだ納得してないですよ!やっぱりアリオスさんは内浦に戻って皆さんを守った方が!」

 

「私がいると不都合か?」

 

「そういうわけじゃないんですけど…!2009年のアナザーライダーについては俺がやるべきというか…アリオスさんがやるのは畑違いというか……」

 

「あの赤いアナザーライダーを追うのだろう?奴は朝陽の仇だ、私も借りを返さなければいけない。それに……」

 

「それに?」

 

「不謹慎だと分かっているが…私は東京に来るのは初めてなんだ。だからその……新天地に多少高揚している」

 

 

アリオスの表情から溢れる、隠しきれないワクワク感。壮間にとってはただの地元だが、彼女の気持ち自体はよく分かる。というか、ほのぼのするし何でもいいやみたいな気持ちになってくる。

 

壮間も団体行動を拒否する理由は考えないことにした。

どうせ自分勝手な理由なのは間違いない。皆を救えるのなら、それでいいはずだ。

 

 

 

数時間後

 

 

 

「見つからねぇよ……」

 

 

捜査難航。手掛かり皆無。壮間は頭を抱える。

 

 

「まさか音ノ木坂に何も無いなんて……元μ’sメンバーの連絡先どころか、その後を知ってる人すらほぼいないとは……」

 

 

音ノ木坂女学院には行った。だが、私物、ラブライブ優勝の記念品、記録など、μ’sの足跡は何一つとして残ってなかった。立つ鳥跡を濁さずは立派だが、今に限ってすごく恨めしい。

 

これまではアナザーライダーを追っていたら、自然とプロトウォッチが手に入っていた。だが自分からそれを探しに行くとなると、途端に難しくなるのを痛感する。

 

 

「順当に進学したのなら、当時の一年生はまだ大学にいるのだろうが……流石にこうも代が離れると行った大学までは伝わってなかった。どうするか…」

 

「あのアリオスさん。真剣な口調と間抜けな行動&表情の温度差凄いんですよ。何食ってんですか!?」

 

「知らないのか、『かき氷』だ!氷を削って蜜をかけただけの食物がこうも美味だとは…!夏に食べるモノと聞いていたが、この時期にも人気なのは驚いた!」

 

「そういえば流行ってたっけ、2015年にかき氷……」

 

 

ふわふわとした氷を口に入れるたび、頭を抑えながらも幸福オーラを撒き散らすアリオス。壮間が一口貰おうとすると、狂犬の剣幕で手を弾いてくる。氷の結晶一つとてくれてやる気は無いようだ。

 

 

「それにしても変わりましたねアリオスさん。会ったのはつい一昨日だけど、初対面ではもっとキッチリしてた気がするんですけど」

 

「私は完璧を求め続ける。その姿勢に変わりはない。

ただ…少し見栄というものをやめ、自分なりに正直になってみているだけだ。上手くいっているかは…わからないけど」

 

「正直…ですか?」

 

「蔵真は私に世界を見て来いと言った。それは多分、遅かれ早かれ歴史から消える私という人格が、最期の瞬間まで楽しめるようにという心遣いなのだろう。だが、私はそれに大した意味があるとは思わない。

 

壮間、お前に私の全てを見て欲しいんだ。そして未来に繋いでくれ。そうすれば私は不滅だ、そうだろう?」

 

 

完璧を求めて虚勢を張る顔も、真面目過ぎる顔も、未知への好奇心が抑えられない顔も、全部彼女の顔だ。ライダーたちの心を繋ぐと決意した壮間には、それを見届ける義務がある。

 

いや、見ていたい。そう思った。

 

 

「そういう事なら…ばっちり見ます!アリオスさんをガン見しながらμ’sを探します!そうだメモと写真も撮った方がいいっすかね」

 

「おいやめろ見つめるな!お前も大概真面目だな……」

 

「いや頑張らなきゃって思うとつい…香奈の影響受けたかな」

 

 

アリオスに顔を無理やり逸らされ、壮間の目にあるポスターが映った。

そこに記されていたのは女性の姿。Aqoursを調べた時に見たその姿と不意に出した「香奈」の名前が偶発的に結びついた。

 

 

「アリオスさん、あのポスター。3人組アイドルで、前に香奈から聞いたスクールアイドルの中にあの人たちが。名前は…」

 

「あれは…A-RISEだ。2009年で卒業したUTX学園のスクールアイドルで、ラブライブ最初の優勝グループ。卒業後もプロとして活動しているらしいな」

 

「そうそれです!同期ってことはμ’sとはライバル関係にあったかも…だから!」

 

「そうか!連絡先を知っていてもおかしくない!」

 

 

ようやく見えたμ’sの手掛かり。

しかしそれは余りに高嶺の花だ。どうやって芸能人である彼女たちに会えばいいのだろう。

 

なんて壮間が悩んでいるうちに、アリオスが席を立つ。

 

 

「行くぞ。A-RISEに会いに行く」

 

「会うって…どうやって!?」

 

「芸能人に会う方法は一つ。前にテレビ番組で見たことがある。

『パパラッチ』だ!!」

 

 

仮にもお嬢様から活発に飛び出したのは、思ったよりも汚い単語だった。

 

 

___________

 

 

 

アリオスに連れられてやって来たのは雑誌の出版社。

そこで刷られる雑誌は、所謂ニュース系の週刊誌。有名人の不祥事など、テレビでは流しにくい情報を取り扱っているらしい。

 

半ば強引に押しかけてどうなるかと思ったが、何故か会社の中に通されてしまった。

 

 

「それで、若い二人が今日はどのような用件で?窓口からは、どうしても対面で情報提供したいと伺ったのですが」

 

 

壮間とアリオスの前に現れた記者。

「若い」と言われたが、逆にこっちも同じように言い返したくなるような若々しい男性記者だ。新人なのだろうか。

 

渡された名刺には「嘉神留人」と名前が記されていた。

 

 

「情報提供というのは嘘だ」

 

 

アリオスが初手爆弾発言。出された茶を吹き出しそうになる壮間。

 

 

「…へぇ、それで本当の用件ってのは?」

 

「情報を提供してほしい。どうしても会いたい人物がいる」

 

「それでウチにねぇ。どうしてまた」

 

「他人の個人情報やプライベートを一切の躊躇なく食い物にする道徳心の低さを持つこの会社なら、プライバシーという概念を取り払った取引ができると思ったからだ」

 

 

再び爆弾発言。今度は吹き出した壮間。

声が大きいせいで社内がザワつく。しかし、当の嘉神は一層興味を惹かれたように、アリオスの取引に食いついた。

 

 

「ははははっ!その通り、情報は何にも代えがたい資源、命を賭して心を失ってでも得る価値がある。目と鼻と口と耳さえあれば世界を支配できる。何を知ろうともしない猿をペンで指揮する、それが記者なのさ。よく分かってますねお嬢さん」

 

「お嬢さん…!?壮間、私は……!」

 

「すいません今はスルーします。

それで嘉神さん。俺たちが欲しい情報っていうのは、この3人と会える場所なんですけど……」

 

「ふーん、綺羅ツバサ、藤堂英玲奈、優木あんじゅ…A-RISEの3人か。今時どうしてまた」

 

「……μ’sに会いたいんです。そのためにA-RISEの誰かから話を聞きたい」

 

 

「なーるほどねぇ」と一旦席を外す嘉神。

すると、彼はお菓子を持って帰って来た。塩味の焼き煎餅。壮間たちにも一つずつ、それを渡す。

 

 

「よし、じゃあいくら出せる?元トップスクールアイドルの個人情報、結構いいお値段するけど、取引できるの?」

 

「そっかお金……どうしよう、俺万札しか…」

 

「1000万出そう」

 

「1000万!!!????」

 

 

アリオスがカバンを開けると、1㎝ほどの厚みの札束が10個。これで社内に通された魔法も納得した。金の力は偉大だ。

 

 

「そんな大金どこから…!?」

 

「東京に行く前、自宅や所有物全部を担保に入れてある人物から借りた。これで足りないのなら、私が出せるものなら何でも出そう。これでどうだ」

 

「…お願いします!俺も出せるものなら出します!どうしてもμ’sに会わなきゃいけないんです!」

 

 

頭を下げる二人に、嘉神は……

 

 

「すいませーん。ウチはそういうの取り扱ってないんで、お引き取りを」

 

 

人が変わったようににこやかに、わざとらしく二人を会社から追い出してしまった。

 

 

「そんな……行けそうな流れだったじゃん…」

 

「仕方が無い。次は別の出版社か、最悪警察か……」

 

 

意気消沈した壮間は、気を紛らわせるように貰った煎餅の袋を破こうとする。

 

 

「……これって…!?」

 

「どうした壮間」

 

「見てください!さっき貰った煎餅の裏側!」

 

 

袋の裏に手書きの文字が書いてある。

壮間とアリオスが貰った2つを繋げて読むと、出てきた文章は「時刻」と「場所」。

 

 

「取引成立…ですよね!」

 

 

___________

 

 

 

街を照らすのが太陽から街灯に変わり、指定された時間ピッタリに指定場所に到着。そこは駅から少し離れたホテルで、人の少ない「穴場」とでも言うべき場所だった。

 

 

「お待たせぇ。昼間は悪かったね、君らとは個人的な取引をしたかったんだ」

 

 

ヘラヘラと現れた嘉神に、アリオスが若干イラつきを見せる。指定時刻より数分遅れているからだろう。

 

 

「これが約束の1000万です。確認してください」

 

「毎度アリぃー。色々と貰いたいもんは他にもあるけど…若い子にあくどい商売はしないさ。これで取引終了だ」

 

「待て!A-RISEの情報を教えるという約束だったはずだ!」

 

「声大きいよお嬢さん。君らはμ’sに会いたいんだったよね。それならもう情報なんていらないはずさ。ただ静かに待ってればいい」

 

 

壮間は少し不自然に感じていた。どう考えても裏の取引をするのに、人が少ないとはいえ一般のホテルを選んだ点。しかも場所はロビーだ。

 

外で車が止まったのを確認すると、嘉神は去ってしまった。

追おうとした二人だったが、入れ違いで現れた人物を見てその足は止まる。

 

 

「あれって……」

 

 

その女性はチェックインするでもなく、ロビーの一角にあったピアノに向かい、椅子に腰を掛けた。

 

そこは誰でも自由に使える、ストリートピアノだった。

しかし、そこで奏でられたのは道端に相応しくない美しいメロディ。楽譜は広げずに慣れた手つきで。見せびらかすのではなく、まるで「確かめる」ように旋律を紡ぐ。

 

それは数分にも満たないひと時だったが、聞き終わった壮間とアリオスは思わず拍手を送っていた。

 

 

「あ…ありがとう…」

 

 

女性もそれに気付き、驚きながらも礼を返す。

席を立とうとする彼女を、二人は引き留める。容姿とこのピアノの腕前で、彼女の正体を確信したからだ。

 

 

「μ’sの作曲担当。お前の事は梨子と千歌から聞いていた」

 

「綺麗な演奏でした……元μ’sの、西木野真姫さん」

 

「久しぶりね、そうやって呼ばれるのも」

 

 

写真で見た大人びた雰囲気は、今になると年相応にも見える。現役時代よりも美しさに磨きがかかり、夜が似合う雰囲気を纏う女性に成長している。

 

μ’sの当時一年生の一人、作曲担当の西木野真姫。

足跡を辿り、その姿をようやく捉えた。

 

 

___________

 

 

 

「月に一回、ここで演奏させてもらってるの。もうアイドルは続けてないけど、あの頃の音楽は大事にしたいから」

 

 

嘉神の言っていた事がようやく腑に落ちた。

彼は最初からA-RISEではなく、μ’sに直接合わせようとしていたのだ。それにしても月に一回をピンポイントで引くとは、幸運だった。

 

 

「私に用って何?記者やファンには見えないけど…」

 

「いくつか聞きたい事があるんです。えっと……2009年かその辺か、音ノ木坂で怪物とか見たこと無いですか?こう…左右で色が違う…」

 

 

「左右で色が違う」という言葉に、少し頭が痛むような反応をする真姫。だが、これは何かを隠しているような反応ではない。

 

 

「…意味わかんない。見たこと無いわよ、そんなの」

 

「じゃあ私も質問がしたい。その頃に音ノ木坂や付近で不可解な事件が起きなかっただろうか。それか、見知らぬ白髪の女子を見たとか」

 

「知らないわよ!もういい?私もそんなに暇じゃないの」

 

 

手応え無し。アナザーライダーの痕跡は見えない。

音ノ木坂でスクールアイドルという観点が違っていたのだろうか。アナザーダブルが2009年に生まれているのは間違いないし、そうである以上何かしらの惨劇を起こしているはずなのだが……

 

 

「待ってください!そうだ、じゃあこれは!これを持ってませんか!?」

 

 

ようやく得た好機を逃すまいと、壮間は力を失ったゴーストのプロトウォッチを真姫に見せる。彼女がダブルのプロトウォッチを持っている可能性は十分なはずだ。

 

 

「これ……!」

 

 

反応を見せた。ヒットだ。

このまま一気に釣り上げれば、2009年に行って元凶であるアナザーダブルを倒せる。

 

 

「持ってないわ」

 

「マジか……」

 

 

駄目だった。ここまで来て新たな情報無し。振出しに戻ってしまった。

 

 

「でも、見たことはある。多分、昔に…一度だけ」

 

「えっ!?本当ですか真姫さん!」

 

「その話を詳しく!誰だ、誰が持っている!」

 

「ちょ…話すから!落ち着きなさいって!」

 

 

μ’sから離れるしかないと思っていた矢先、真姫の口から出た吉報。二人は掴みかかる勢いで真姫に詰め寄る。

 

一旦二人を落ち着かせた真姫は、今一度考える。

これを彼らに言うべきか。できれば部外者には言いたくない情報なのだから、吟味したい。

 

 

「あなた達は…それを手に入れて何がしたいの?理由も聞かずに教えられない」

 

「…目的は色々ありますけど、今は何より大切な人たちを助けたいです。どうしようもない状況かもしれないけど、俺に出来るのはそれしかないから…!」

 

「そう…不思議ね。ちょうどそれを持ってる彼女もだけど、他にも一人誰かいた気がする。今のあなたみたいに、疑う気も起きない愚直で正直な事を言う人」

 

「その、持っている彼女…というのは」

 

 

アリオスが尋ねる。

真姫も決心した。彼らなら悪いようにはしない。それに、仲間ですら分からなかった彼女のことも、明かしてくれる気がする。

 

 

「μ’sを知ってるなら、知ってる名前よ。

高坂穂乃果。私たちのリーダーだった人。μ’sが解散して新しい部が始まった頃……穂乃果がそれを持ってたのを見たわ。よく覚えてる。だって、穂乃果の様子が変わったのは、その日からだったから……」

 

 

高坂穂乃果はμ’sの当時二年生。彼女が言ったように、μ’sの事実上のリーダーだった人物。

 

そんな彼女がどうしたのか、それは真姫の口から語られ続ける。

 

 

「穂乃果は3年生になってから、時々黙って何処かに行くようになったの。その頻度は段々と短くなっていって、最後にはスクールアイドルの活動もやらなくなった」

 

「μ’sのリーダーが…アイドルを途中で辞めた…?」

 

 

これまでアナザーライダーによるバッドエンドは沢山見てきた。才能を持つ60人の消滅、街一つの完全停止、百鬼夜行の再来、廃校になった学校の亡霊……

 

それらに比べれば規模は小さく、被害が出る訳でもない。それなのに、この出来事が途轍もなく大きな「歪」であると、そう感じてしまう。

 

 

「最終的には学校もやめたわ。家族や仲間に書置きを残して、そのままどこかに……行き先は誰にも分からない」

 

「…大事件じゃないですか!穂乃果さん行方不明ってことですよね!?」

 

「しかし参ったな。高坂穂乃果の場所が分からなければ、ウォッチは手に入らない…」

 

「でも、全く分からないわけじゃない。穂乃果は消える直前に、私にお金の相談をしに来たわ。あの時は真剣な顔で、言ってた。『ごめん。でも、私がやらなきゃいけない。そう頼まれたから』…って」

 

 

話を聞けば聞くほど、謎は深まっていく。

高坂穂乃果の失踪とアナザーダブルに関連性があるとして、穂乃果はアナザーダブルの何を知っていたのか。

 

 

「その時の金額や準備から行き先は推測できたわ。でも、誰も探しに行かなかった。穂乃果がそこまでするなんて、考えられなくて…どうすればいいか分からなかったから……」

 

 

そこまで言うと、真姫の携帯電話に着信が入る。

 

 

「もしもし…岸戸先生?もうこんな時間…!ごめんなさい、今すぐに…」

 

 

少し焦った様子で真姫は通話を切る。どうやら用が入ったようだ。

 

 

「もう時間みたいだから、手短に伝えるわね。私たちは、一人でいたいっていう穂乃果の意志を尊重したい。でも私たちに黙っていなくなったことに納得は出来ない。理由を知りたい。こうやって葛藤して何年も過ぎたわ。今も…葛藤してる。

 

だからあなた達に伝えるのはこれだけ。穂乃果が行ったのは───アメリカよ」

 

 

真姫は席を立ち、壮間に紙の束を渡す。

それは、曲名の無い楽譜だった。

 

 

「もし穂乃果に会えたら渡してちょうだい。またいつか、皆で歌いたい…って」

 

 

ピアノ椅子を仕舞い、ロビーの従業員に礼をして真姫は去って行った。最後まで優雅な人だ。穂乃果といい、μ’sは立つ鳥跡を濁さずがルールなのだろうか。

 

いや、今回は幾つも残してくれた。

手元に残った楽譜、それに穂乃果の居場所。

 

 

「μ’sの新曲…ですよねこれって。香奈が見たら倒れそう」

 

「ダイヤとルビィは気絶するかもしれないな…それより、彼女はアメリカ合衆国にいると言っていたがどうする気だ?」

 

「それですよね…いくらなんでも広すぎというか……」

 

 

国を指定されても居場所特定できたかと言われると、否だ。アメリカは日本の何倍広いと思っている。せめてもう少しヒントが必要だ。

 

 

(考えろ俺…今のところアリオスさんに頼りっきりだぞ!?真姫さんが楽譜を俺に持たせたってことは、それなりに会う望みがある…ってことだと思う。多分。てことは真姫さんの言葉に何かヒントが……?)

 

 

彼女との会話を思い出してみるが、特にそれらしき文言は見当たらない。そもそもちゃんと覚えているかも怪しい。

 

違う。伝えたいのならそれとなく言うなんてしない。壮間がそこまで切れ者に見えるか?絶対に見えない自信がある。

 

もっと答えは単純かもしれない。真姫にとっては、言わなくても分かる程度のこと。感覚としては常識に近い、そんな感じ───

 

 

「アリオスさん!スマホ持ってますか、至急検索したいことがあるんですけど!」

 

「当然だ。私のスマートフォンは最新機種、高性能新機能搭載の完璧な代物だ。ただし借金をする際に売ってしまい、手元には無いのだが……」

 

 

ここぞという時に発揮されない完璧主義。

 

 

「俺のスマホはタイムスリップで使えないし、せめて通信機器があれば…」

 

「お困りかな、我が王」

 

「ウィル…ほんと生えてくるなら事前に言って……」

 

 

またしても無から発生したウィル。警戒するアリオスを他所に、ウィルは壮間に大きめの携帯電話のようなものを差し出す。

 

 

「王となる身にスマホなど不釣り合いだ。そろそろ君も、相応の物を持つという意識を持った方が良い。というわけでコレを君に献上しよう。未来の携帯ガジェット、『ファイズフォンⅩ』だ」

 

「ゴッツイな…スマートブレインって知らない会社だし。てかこれガラケー!?本当に未来の携帯なんだよな!?」

 

「もちろん。時を超えての通話すら可能で、非常時には銃器としても使える優れものさ」

 

「携帯に付ける機能じゃねぇよ…でも、これで通話ができる!」

 

 

アリオスからダイヤの電話番号を聞き、発信。

スクールアイドル好きの彼女ならば、きっと何か知っているはずだ。

 

 

『もしもし?』

 

「もしもしダイヤさん!俺です、壮間です!」

 

『壮間さん!?それで、μ’sのメンバーには会えたんですの!?あ、ちょっと蔵真さん!今はアリオスさんのことよりμ’sの事を……』

 

 

何やらあっちで揉めているようだ。

結局主導権はダイヤが握ったようで、会話が再開する。

 

 

「はい、会えましたけど…その話はまた後で!

一つ聞きたいんですけど……μ’sでアメリカと聞いて、何か思いつくものあります?」

 

『愚問ですわね!μ’sはラブライブ優勝後、海外のメディアに日本のスクールアイドルのプロモーションをするため、アメリカでライブを行いましたわ!』

 

「それです!その詳しい場所は!?」

 

『ニューヨーク州、タイムズスクエアとセントラルパーク!ちなみに曲名は“Angelic Angel”!μ’sのライブは世界的にも大反響を起こし、アキバドームでのラブライブ開催を盤石なものに……』

 

「ありがとうございます!おかげで先が見えました!」

 

『お待ちなさい!まだ話は終わっ───』

 

 

ダイヤの熱弁は、通話の断絶で終わった。

壮間に悪意は無かったにせよ、あのままではスクールアイドルの歴史まで語られそうな勢いだったのだ、結果として切って正解だった。

 

 

「μ’sは一度、アメリカに行ってる。穂乃果さんが消えたのが『ある特定の場所に行くため』じゃなくて、場所を問わず『どこか遠くに行かなきゃいけなかった』んだとしたら…俺なら思い入れのある場所に行く」

 

 

その行き先を知って、仲間たちは察したのだ。

思い出を辿る、まるで自分探しの旅。彼女は、離れていても思い出に触れられる唯一の場所を選んだ。

 

そういえば真姫も言っていた。それが仲間たちが出した結論。

穂乃果は「一人になりたい」のだと。

 

 

「つまり行き先は……!」

 

「はい。行きましょう、μ’sを探してニューヨークに!」

 

 

吹き抜けた風は羽根を巻き上げ、ふわりと遥か天空に。

女神の足跡が続く先は、海を越える。

 

 

「大変だ壮間!パスポートを持ってるか!?」

 

「持ってません。海外初めてですし…ってもしかして密入国!?」

 

 

大騒ぎする真面目コンビだった。

 

 

 




キャラの贔屓を覚えました。アリオスがここまで出しゃばる予定は無かったんですが、壮間一人じゃアナザーダブルまで到達しねぇよ……彼にはまだ一人は早いってことです。

次回は壮間とアリオスの旅番組「タイムマジーンの車窓から」をお送りします(大嘘)。

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あとアンケートも新しくなったので、よろしくです。


今回の名言
「備えあれば多少憂いあれど問題なし」
「SERVAMP」より、露木修平。


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Wを探せ/ハードボイルド・レディ

実家に帰りラブライブ劇場版の録画が奇跡的に残っていた146です。これがなければこの話書けなかった……マジラッキー。

今回はニューヨーク編。もちろん行ったことないので捜索描写はガバガバです。

今回も「ここすき」よろしくお願いします!


壮間たちが東京で出会った、元・μ’sの西木野真姫。彼女からウォッチを持つ高坂穂乃果はニューヨークにいるかもしれないという情報を得た。

 

思い立ったが吉日。そして、東京からタイムマジーンで15時間以上。

 

 

「これバレませんよね!?めっちゃ密入国ですけど!ああああ…ごめんなさいお母さん、俺は犯罪者になりました……」

 

「パスポート発行まで待てないのだ、仕方が無い。気を落とすな壮間。…私も人間界の法を犯したという事実は心にきているが」

 

「歴史変わるし、仕方ないってことに……

でも、来ましたねアリオスさん…!ここが……!」

 

 

タイムマジーンの窓から見える背の高いビル群。海外ドラマで見た街並み。何よりも象徴的な自由の女神像。

 

景色が叫ぶその単語を、二人も目を輝かせて叫ぶ。

 

 

「「ニューヨーク!!」」

 

 

__________

 

 

 

「壮間!この国の言語は喋れるか!私は人間界の主要言語として履修済みだ!」

 

「俺は英検2級持ってます!面接ギリだったけど、今はテンションでイケる気がします!」

 

「よし!まずどこから遊…探そうか!私はセントラルパークに行きたい!」

 

「採用!」

 

 

上陸と同時にテンション爆上がりの二人。

アリオスは異世界の箱入りお嬢様だし、壮間もこうなると予想していた。

 

しかし、予想外だったのは壮間自身の方。

初の外国だが、この未体験領域というワクワク感が思いのほか高火力だった。

 

自分の中に流れる旅好き両親の血が、はしゃげと囁く。

 

 

「セントラルパーク、あと自由の女神見て…タイムズスクエアは外せませんよね!そうなると順路は……時間が無い、動きながら考えましょう!ヤッホー!」

 

 

壮間、旅好きの遺伝子の前に完全敗北。

ここからは男女二人のニューヨーク観光記をダイジェストでお送りしよう。

 

 

ブルックリン・ブリッジにて。ビルを見上げるように橋を見上げる二人。

 

 

「橋だ!そうか…これがあのレインボーブリッジか!?」

 

「それ日本です。てかデッカぁ……!眺め、良っ!」

 

 

ロックフェラー・センターの展望台、トップ・オブ・ザ・ロックにて。今度は上からニューヨークを一望。

 

 

「エレベーターに4000円かかったんですけど…でも眺め、良っっ!!」

 

「これは…感動だ。私は今世界を一望しているぞ…!」

 

「地平線までビルがビッシリですよ!あれ見てください自由の女神!」

 

 

船に乗って島に上陸。自由の女神像の前にて。

 

 

「「本物だ…!」」

 

「凄いですよアリオスさん!本物!本物の自由の女神像!」

 

「壮間!写真を撮るぞ!ポーズだ、ポーズを取れ!そうだ、右手を上げて…よし!次は私を撮ってくれ!完璧な一枚を頼むぞ!」

 

 

こうして他にも色々回って楽しんだ。それはもう、命をかける勢いでニューヨークという異文化を堪能した。そして……

 

 

「何をやっていたんだ私たちは」

 

「いやもう全く本当に」

 

 

ほとんど丸一日遊んだ後、二人はようやく我に返った。

今の彼らは、ただの密入国で観光しに来た迷惑な人。日本人の恥でしかない事に気付き、言葉にできない羞恥の感情がこみ上げてくる。

 

 

「完全に意識を持っていかれていた…恐るべしニューヨーク。はっ!これが話に聞く『アメリカンドリーム』というものなのか…!」

 

「全然違いますアリオスさん。俺は現状ただの馬鹿ですよ…この状況に及んで浮かれに浮かれた、馬に鹿と書いて馬鹿です。あはは……」

 

「壮間をサポートするつもりが情けない…『穴があったら入りたい』…これは合ってるか?」

 

「合ってます。あ、アリオスさん。合ってるけど穴は探さないで大丈夫ですよ」

 

 

とは言いつつも、二人がいるのはファストフード店。

なんやかんや未だにしっかり楽しんでいる最中のようだ。

 

 

((ハンバーガーめちゃくちゃ美味しい))

 

 

流石は本場のファストフード、また幸福に意識を持っていかれそうになる。この街は食べ物やら景観やら楽しむ要素が余りに多くて参ってしまう。

 

 

「…駄目です。このままじゃ本当にただの旅番組ですよ!俺たちの目的は!」

 

「高坂穂乃果を探しに来た!そうだまだ間に合うはずだ、今から挽回するぞ!夜の街で情報収集だ!」

 

「でもどうやって…もう夜になりますよ?ニューヨークって場所によっちゃ治安良くないって聞いた気が…」

 

「…?それがどうした。いいから行くぞ」

 

「少しは気にしましょうよ…アリオスさん女の子なんですから……」

 

 

 

_________

 

 

 

「えっと…Excuse me. Do you know this Japanese person?」

 

 

探り探りの英語で道行くアメリカ人に尋ねる壮間。高校二年生時代の高坂穂乃果の写真を見せるも、手掛かりは見つからない。というか、なかなか取り合ってくれすらしない。

 

 

「アリオスさんは…大丈夫かな…」

 

 

結局別々で聞き込みをすることになったが、やはり夜の街に真面目そうな女性が一人というのは心配になってしまう。

 

と思ったが、よく考えればアリオスだ。女性とはいえ腕っぷしはかなり立つ。その辺のゴロツキにいいようにされる事は無いだろう。

 

 

「あれ、でも俺は?足速くない、変身できなきゃ雑魚、英語もそこそこ……むしろ危ないの俺の方じゃ……」

 

 

その心配はすぐに具現化してしまう。

オロオロとしている日本人少年は夜の街で目立つ。ので、壮間はいつの間にかガタイのいい黒人男性3人くらいに囲まれてしまっていた。

 

 

「あ…Hello…や、違う。Good evening…?」

 

 

凄まじく緊張する壮間のリスニング能力は、平常時の10分の1。黒人男性たちが何を言っているのか全く分からない。

 

すると、彼らは何やら、壮間にCDのようなものを押し付けてくる。

 

 

「え…CD?いやいらない…No thank you…」

 

 

駄目だった。彼らは拒絶を受け入れる気はないようで、更にグイグイとCDを売りつけようとして来る。ちなみに値段は300ドルらしい。いくら壮間でもCDに3万円がおかしいのは分かる。

 

 

ここまで来て壮間はやっと気付いた。

今、自分はカツアゲにあっているのだと。

 

 

まぁまず逃げられないのを確認。壮間は早々に降参し、財布を取り出した。この男、こんなでも一応仮面ライダーなのだが。

 

 

「300ドルですよね…え、600!?いやでも300って…」

 

 

財布の中を見て男たちが値段を変えてきた。しかし600まで行くとほぼ全財産だ。アリオスも嘉神に1000万を渡しているため、このままでは明日以降の生活が不可能になってしまう。

 

男たちは更に強気に金を要求。壮間は更に縮こまる。

 

 

そんな時、壮間の前に立っていた男の体が吹っ飛んだ。

 

 

「…!?」

 

 

多分だが誰かが男の顔面を蹴っ飛ばした気がする。

しかし新たに現れた人物は、その派手な事象に反して一人の女性だった。

 

 

「日本人だ!だよねだよね!ちょっとお話いいかな!Japanの話いろいろ聞きたいんだけど!」

 

「日本語!?」

 

 

この女性が男を蹴り倒したのだろうか。当然他の男たちがそれを黙って見ている事は無く、嬉々として壮間に話しかけている女性に襲い掛かろうとする。

 

しかし、そのうち一人が音を立てて倒れた。

 

 

The last straw breaks the camel's back(ラクダの背骨を砕くのは最後の一本のわらだ)、手を出すのも相手を選ぶことだ。さもなくば死ぬぞ。いや…日本語は分からないのか」

 

 

英語のことわざを口に出したのは、また新たに現れた男だった。恐らく彼がカツアゲの男を倒したと察せられた。なんというか、『やってそうな』雰囲気が凄い。

 

カツアゲ集団が逃げたのを見届けると、男は女性に怒りの眼差しを向けた。

 

 

「全く、お前はまた…なるほど彼か。

身勝手、軽率、傍迷惑。いい加減に日本人を見たら連れて行こうとする癖を直せ」

 

「え~いいじゃん!そこまで言うならJapanに連れてってよ!アタシもう25歳だよ、早くしないとオバアチャンになっちゃうよ~」

 

「却下だ」

 

 

何やら壮間を放って言い合いを始めた。多分ノリ的にはペットを拾った時のような感じだと思う。自分がペットって、考えてて悲しくなる。

 

 

「そうだ…あの、お礼をしたいんで話くらいなら……俺でよければ」

 

 

壮間がそう話を切りだし、女性の目が輝く。

このまま言い合いを見ていても時間の無駄になる。そもそも彼女は恩人になるし、彼女に付き合うしかない。

 

 

そうして適当な店に入り、ケーキを注文。さっき食べたばかりだが、6万円のCDに比べれば安いものだ。

 

 

「で、で、で!キミはどこから来たの!?ナゴヤ!?ホッカイドウ!?まさかのオキナワ!?」

 

「えっと…東京…ですね。一応直前には静岡に」

 

「シズオカ!それどんなところなの!?食べ物は?楽しい場所とかオマツリとかある!?」

 

「俺も住んでるわけじゃないんで…あ、でも海はすっげぇ綺麗でした。本当に」

 

「Ocean view…!あ~やっぱりいいなー!ねー行こうよJapan!仕事なんかいいじゃんかー」

 

「駄目に決まっているだろう。何度言わせる」

 

 

室内だと二人の容姿がよく分かる。

女性の方は日本人のように見えた。口を開くと八重歯が見え、ふわふわした茶髪。体は意外とガッシリしている印象で、総じて猫…というより『豹』や『虎』のような人だ。

 

また、男性の方は明らかな外国人。背は高くて眼鏡をしている、冷たい雰囲気の仕事人といった感じか。発する存在感は絶対に堅気ではなく、時たま凄まじい殺気を感じる。こっちは例えるなら『蛇』だろうか。

 

 

「日本人…ですよね?」

 

「アタシ?そうだよ、でもちょっとワケアリでJapanに行った事ないんだよね。だからこうやって話聞くだけでガマンしてるの」

 

「そうなんですね…で、その仕事って……」

 

 

と、ここまで言って壮間は止めた。なんとなくだが、そこに踏み込んじゃいけない気がする。具体的には闇社会的な何かを、この二人から感じてしまう。

 

 

「勘がいいな。草食動物的直感か」

 

「そう…ですかね…!?」

 

「まぁいい。話は十分だろう、そろそろ行くぞ」

 

「あ、っと…ちょっと待ってください。折角だし…この人、見たこと無いですか?」

 

 

壮間は二人を呼び止め、高坂穂乃果の写真を見せた。

もし本当に裏の人間なら、それなりに人の顔を知っているはずだ。それに、日本人に強い関心がある彼女のことだ。少しでも見ていたのなら必ず……

 

 

「あ!この人知ってる!」

 

「本当ですか!?どこにいるかとか分かります!?」

 

「タイムズスクエアの近くで…確か…ね、覚えてるでしょ?ちょっと前に歌を歌ってた……」

 

「…あぁ、彼女か。場所はブロードウェイ近くだが、劇場の無い市街路の外れで目立たない場所だった。同じ場所で何度か見かけている、そこに行けば会える可能性は高いな」

 

 

ビンゴだ。まさかここまで詳細な情報が手に入るとは思わなかった。カツアゲから助けてもらったことといい、運の良さには感謝しかない。

 

 

「あの本当に…色々とありがとうございました!」

 

 

男性から詳しい場所を聞くと、壮間は急いでそこへ向かった。

そんな壮間を見ていた彼女は一言。

 

 

「フツーの子だったね」

 

「そうだな。珍しくも無い普通だ。だが妙に気になる少年だった」

 

「ふーん…まぁわかるかも。それでさ、やっぱJapanに行くのはナシ?いいじゃん一日だけ!一日だけでいいからさ!」

 

「…日本で仕事があったらな、ミヤコ」

 

「言ったからね、クリフ!

…?なーんか、久しぶりに名前呼んでくれた気がする……気のせいかな」

 

 

__________

 

 

 

アリオスに連絡し、壮間は先に教えてもらった場所の近くをうろついてみる。全く知らない街並みだが、そこから先はそう時間がかからなかった。

 

動くと徐々に近づく歌声が、その居場所を教えてくれたから。

 

 

「……本当、俺って運だけはいいかもしれない…!」

 

 

マイクを立て、少ない観衆の前で歌う彼女は、数年の時で雰囲気は変われど不思議と見間違えはしない。

 

 

「μ’sの高坂穂乃果さん…ですよね!」

 

「へ……!?」

 

 

突如現れた日本人少年に名を呼ばれ、痙攣したような派手なリアクションを取る。マイクを直方体のケースに仕舞い、後ずさりし、そして彼女は……

 

 

逃げた。

 

 

「あっ…!逃げないでください!なんで逃げるんですか!!」

 

「ごめーん!でも…っと…ほんとにごめん!」

 

「説明に…なってないですよ!」

 

 

それなりに足は速い彼女だが、流石にマイクケースを持っていたら手ぶらの男からは逃げられない…はずなのだがかなり追いかけっこが続く。壮間の体力が無いのか、彼女が凄いのか。

 

しかしこのままでは民衆から誤解され、警察に捕まりかねないのは壮間だ。

 

 

「あっ」

 

 

そんな心配をしていると、壮間の視界の奥で彼女が転んだ。それはもう普通に転んで、その勢いでマイクケースも転がる。

 

 

「いけない、マイクは…!よかったぁ…壊れてない」

 

「…すいません。捕まえました」

 

「あ」

 

 

マイクの心配で壮間の事を忘れるという、脅威のうっかり。

こうして逃走劇は早々に終結した。

 

 

_________

 

 

 

「彼女がμ’sのリーダー、高坂穂乃果か…あの伝説の…」

 

「あっははー…どうも…あなたは?」

 

「申し遅れた、私はアリオス。静岡のスクールアイドルAqoursの友人だ」

 

 

穂乃果を捕まえ、アリオスもそこに合流した。

二人が会話している間、壮間は2015年の穂乃果を観察する。そこまで大人っぽくなったという感じではないが、雰囲気は別人のようだ。髪は長くなっており、高校時代とは違って結んでいない。

 

 

「Aqours!知ってるよ!人気急上昇で話題になってたよね!」

 

「なっ…あの高坂穂乃果に認知されているとは…流石は私の友…!」

 

「スクールアイドルは、ここにいる間もずーっと見てきたんだ。私たちの時よりもずっと高いところで、もっとたくさんの子が頑張ってて…安心した。スクールアイドルは飛べたんだ…って」

 

「飛べた…ですか」

 

「うん。それで…わざわざ私に会いに来た理由って?」

 

 

壮間とアリオスは、まず何を言うべきか考える。何せ、彼女の行動や現状は謎しか無いのだから。だが、やはりここは本題から触れるべきだろう。

 

 

「これ…持ってませんか?西木野真姫さんから、穂乃果さんが持ってるって聞きました」

 

「真姫ちゃんに会ったんだ!これ……は…

うん、持ってる。これのことだよね」

 

 

意外にもあっさりと、穂乃果はカバンからソレを取り出した。

黒いウォッチで、「2009」と白黒別れた「W」のクレスト。間違いなく仮面ライダーダブルのプロトウォッチだ。

 

 

「やっぱり!穂乃果さん、それを俺にくれませんか?」

 

「これを知ってるんだね。でも…ダメかな。私にもこれが必要なんだ」

 

「それが必要?どういうことだ壮間、このウォッチには何か特別な力があるのか?」

 

「いや…普通の人が持ってて何かあるなんて、聞いたことないけど…どういうことですか穂乃果さん?」

 

「…そうだよね。こんなところにまで来てくれたんだから、話すよ。信じてもらえないかもしれないけど……

 

声が聞こえたんだ。この、時計から」

 

 

穂乃果は語り始める。μ’s解散後の日々に、何があったのかを。

 

 

 

 

高坂穂乃果、高校三年生の夏。

 

 

「うへぇ…疲れたぁ…でも、今日もパンが美味い!」

 

 

音ノ木坂の生徒会長は彼女が続投されることになり、忙しい毎日が続く。そんな彼女は今日の分の仕事を終え、アイドル研究部の部室で一人パンにかぶりつく。

 

そう、その日は珍しく一人だった。皆が部室来るまでの間、穂乃果は部屋を眺めて思いを馳せる。

 

 

数か月しか経っていないが、『μ’s』の面影はもうほとんど無い。今はもう全く違うグループを始め、妹の雪穂たちも入部してきて、あの時とはまるで違う日々が流れてゆく。

 

悲しくはない。寂しくはない。

μ’sはすべてをやりとげた。あの日々に忘れてきたものなんて、何も───

 

 

 

『昼間っからボケっとしやがって。さっさと練習行けバカ穂乃果!』

 

「…誰……!?」

 

 

どこからか怒鳴りつけるような声が聞こえた。そんな気がした。

でも誰もいないし、知らない声だ。少し考えているうちに、その言葉はセミの鳴き声に紛れて記憶から溶け落ちていく。

 

でも、どうにも気になってしまう。あの声を忘れぬうちにと、キョロキョロ辺りを見渡す穂乃果。今まで気にしてこなかった棚のダンボール箱の隙間に、何かがあるのを見つけた。

 

 

「これ…なんだろ?時計……なのかな」

 

 

時計というには無理のある見た目の装置だが、無意識に「時計」とそう呼んでしまった。その時計をじっと見ていると、

 

 

「───!?」

 

 

何かの腕が意識だけを引っ張ったように、時計の中に全ての感覚が引きずり込まれる。そして、そこから一瞬の出来事が、穂乃果の記憶や心を覆した。

 

 

『俺は■■■■■、こっちは……』

 

『その4人に俺は入ってねぇだろうな?』

 

『いつ何時でも、俺たちを信じろ。命に代えてでも、お前たちは必ず守る』

 

『ありがとな。ずっとそうだった…お前に会えて、俺は───』

 

 

『■■…テメェが俺の罪だってんなら、俺がテメェの罰になってやるよ』

 

 

『後は頼んだぞ、穂乃果───』

 

 

理解したというにはとても不確か。

夢を見たというにはとても克明。

 

 

思い出した、というのは少し違う気がした。何かを見たという方が正しいか。

でも一つだけ確かなのは、知らない大切な誰かが、穂乃果に何かを託したということ。

 

 

「行かなきゃ……!」

 

 

穂乃果は使命感に駆られ、動き出した。

 

頭に浮かび上がってきたのは、近頃頻発しているスクールアイドルの不祥事。不正やいじめ、暴力事件に至るまで、ここ数ヶ月でスクールアイドルが起こした騒ぎは不自然なほど多く、そのせいで社会ではスクールアイドルの存在を疑問視する声も増えてきていた。

 

悲しい偶然だと思っていたが、違うと知った。

あの時計は覚えていた。その事件の()()()を、その犯人を。

 

 

「あなたが犯人。そうだよね、■■さん……」

 

 

気付けば、穂乃果はその人物の前に立っていた。

犯人はスクールアイドルたちを操り、転落させている。その秘密は『アナザーダブルウォッチ』。二人で一人の仮面ライダーの力を持つそのウォッチは、他人に使わせることでその人物の悪意を自在に操ることが出来る。

 

このまま犯人を放っておけば、スクールアイドルは終わる。

 

μ’sが守りたかったスクールアイドルの未来は断たれることになる。

それだけは絶対に許せない。あっちゃいけない。

 

これ以上、スクールアイドルが不幸にならないように。

だから穂乃果は、確かな自分の意志で───

 

 

犯人が持つウォッチを、自分の体に取り込んだ。

 

 

 

 

 

「「はぁ!?」」

 

「…やっぱ信じてくれない?そりゃそうだよね…時計の声とか犯人とかめちゃくちゃだよねぇ…」

 

「いやそこじゃないですよ!え、だってウォッチで人を操る犯人なんですよね!?それを体に…って、えっとつまり……穂乃果さん、大丈夫なんですか??」

 

「そうなんだよ!あの後、私の中にその子が入って来て、私を飲み込もうとした。でも、この時計を持ってると力が出たんだ。負けるなー!って励ましてくれてるみたいで。それでも…いつ変になっちゃうか自信が無くて、そうなっちゃうと今度は別の子が~って思うと…みんなとは一緒にいない方が良い、そう思ったんだ」

 

 

これが穂乃果の行動の真相だ。

話によると、すぐに犯人の名前も顔も忘れてしまい、ウォッチに残っていた記憶も覚えていられなかったらしい。ただ彼女に残ったのは『みんなを守りたい』という衝動のみ。そんな状態で話をして納得させるのはとても不可能だ。

 

 

「とにかく、スクールアイドルから離れて生きなきゃ…って思ってこの街に決めたんだ。ここなら思い出が残ってる。寂しくない。一人で戦える。もしかしたらこのマイクも返せるかも……なんて」

 

「マイク?」

 

「預かりものなの、このマイク。この街で出会って、大事なことを教えてくれた人の忘れ物」

 

 

ともかくこれで大体の事情や状況が見えてきた。目立った事件が起こらず、アナザーダブルが認知されてすらいなかったのは、穂乃果がその行動を制限していたから。全ての悲劇を一人で背負っていたからなのだ。

 

壮間から逃げた理由は、ファンや別のアイドルを巻き込まないため。

ウォッチを渡せない理由は、これからもアナザーダブルを止め続けるため。

 

 

「穂乃果さんは6年もの間、アナザーダブルを腹に留め続けた。それで煮えを切らした犯人が、タイムジャッカーによってアナザーゴーストに()()()()、同じように梨子さんに取り憑いた…ってことか」

 

「己は姿を見せず、内から人を不幸に落とす……卑劣な外道だ!」

 

「待って!それってどういうこと?あの犯人さんが、別の人に取り憑いてる……!?」

 

「…今度は俺たちから話します。こっちも信じにくい話ですけど」

 

 

壮間は自分が未来から来たことや、アナザーゴーストの一件の詳細、そのウォッチで過去に行き歴史を変えようとしていることを説明した。

 

 

「そっか…それじゃあ、私はもう戦えないんだね…」

 

 

穂乃果は自分の役目が終わったことを悟る。だから未練も無い。穂乃果は、ダブルのプロトウォッチを壮間に持たせた。

 

次の時代に思いを託すのは、これで二度目。どちらかといえば辛い日々だったはずなのに、少し寂しく感じるのは何故だろう。それはきっと、ウォッチの中の『誰か』と、もう会えないと思ったから。

 

 

「後はお願い。スクールアイドルを守れるのは、あなたたちしかいない!」

 

「高坂穂乃果…貴女は偉大だった。貴女が守り抜いたこの6年が無ければ、Aqoursは無い。私がこうしてこの世界を愛することも無かった。感謝の意を込め、必ず……!」

 

「はい。必ず変えてきます。穂乃果さんのためにも、ミカドと香奈のためにも…俺のためにも。あ、そうだ…穂乃果さんに会えたら渡して欲しいって、真姫さんから……」

 

 

真姫から受け取った新曲の楽譜を、穂乃果に渡す。

懐かしそうな、嬉しそうな、泣きそうな顔で楽譜に視線を滑らせる穂乃果。だが、穂乃果は満足そうに楽譜を壮間へと返した。

 

 

「この曲は昔のμ’sに渡して。多分、そっちの方がいいと思う」

 

「そう…ですか?そういうことなら…」

 

「あ、あとそうそう!これもお願い。昔の私に伝言なんだけど……」

 

 

今から壮間たちが出会う穂乃果は、この言葉を知らないはずだ。

 

 

「もし私が悩んでたり、迷ってたりしたら言ってあげて。

『いつだって飛べるよ。あの頃みたいに』。多分……大丈夫だと思うけど」

 

 

マイクケースだけ持ち、穂乃果は行ってしまった。

これから彼女はどこに向かうのだろう。役目を終え、仲間たちの所に戻るのかもしれない。でも違う気がする。この時間軸では、もう「あの頃」は戻ってこない。そんな気がした。

 

たった一人でスクールアイドルを守り続けた。その代償は大きい。

だから戻って、変えてこなければいけない。高坂穂乃果の6年を取り戻すために。

 

 

「本当に行くんですか?アリオスさん」

 

「ここまで来れば当たり前だ。今の私はとても怒っている!とてもだ!

しかし…それにしても彼女は凄いな。友を突き放し、独りで未来を守る…私には不可能だ」

 

「そうですかね?俺は…できるんじゃないかって思いますけど」

 

「過大評価が過ぎる。私は彼女のようにはなれないさ。私は高坂穂乃果を尊敬する…あぁいうのを確か……『ハードボイルド』と言うらしいな。合っているか?」

 

「ハードボイルド…って言うにはちょっと穏やかというか…」

 

 

ハードボイルドと言うと、探偵小説なんかで聞く単語だ。冷酷非情で強い心と体を持つような、非道徳的で独りで完結する完全無欠な性格。言われてみればアリオスの理想である「完璧」が、それに近いのかもしれない。

 

だが穂乃果と照らし合わせると、どうしても「冷酷非情」の所で躓く。そもそも彼女は存在が道徳的だし違う気がする。しかし、その勇気と行動は確かにハードボイルドと言いたくなる。

 

 

「『ハーフボイルド』…なんじゃないですかね。いやこれもなんか違う気が…」

 

 

ハーフボイルド、つまり『半熟』。二人はそんな彼女を讃え、ウォッチを起動した。

 

 

「時空転移システム、起動!」

 

 

2009年への扉が開く。その瞬間に感じた、あの異質な力。

間違いなく居る。この扉の先には、あの令央という男が待っている。

 

 

『私が描く最大の大作で、日寺壮間という最低の贋作を無き者に』

 

 

彼はそう言った。ならば、戦いの場はこの時代だ。

アナザーダブルを倒して香奈を救う。アナザー電王を倒してミカドを救う。

 

壮間自身のバッドエンドを覆す戦いが始まる。

 

 

 

____________

 

 

2009

 

 

タイムトンネルを抜けて驚いた。なにせ、出発地点はニューヨークだったのに到着したのは東京だったからだ。タイムジャンプ先の日付や時刻も選べない辺り、プロトウォッチでのタイムジャンプは特殊なのが分かる。

 

とにかく2009年の東京には辿り着いた。

ここでタイムスリップに興奮しないわけがない人物が一人、アリオスだ。またしても旅番組のようになるかと思いきや……

 

 

「寒い………」

 

 

降りた時点は12月末、2009年の終わりだった。つまり真冬なわけで、そうなると雪が降っていてもおかしくはない。それが結構な吹雪でも、まぁおかしくはない。

 

ただ、その厚着から分かるようにアリオスは相当な寒がり。

そんな彼女にとって、この環境は過酷を極めていた。

 

 

「これが人間界の冬…なんと恐ろしい…壮間、私に構わず先に……」

 

「アリオスさん!?倒れた!え、ちょ…寝たら死にますよ!」

 

「心配するな眼魂の体だから死ぬことは無い。だがやはり長官の部屋から盗んできた前世代の眼魂、エネルギー保持に食事が必要なうえにこうした不要な感覚に苦しむことになる…人間らしいのは嬉しかったが、それがここに来て仇になるとは……」

 

「凄い喋りますね、元気ですか。

あ違う。これ喋らないと気が保てないのか…ってしっかりしてください!」

 

 

大げさな反応だが確かに寒い。地球温暖化の影響か、未来の方がまだ暖かかった。

 

 

 

 

いや、大げさなんかじゃない。寒い。そりゃ防寒着は何も無いから当然だが、そう考えても寒すぎる。息がし辛くなり、肌が痛むほどの寒さ。

 

その異常に気付いたのは、垂れた鼻水が凍った時だった。

あとアリオスは完全に冬眠モードだ。

 

 

「これはマズい…!死ぬ!本当に凍死する!何がどうなってんだよ…ここ日本だろ!?」

 

 

よく見れば誰も外出してない。真っ白な背景の中で彷徨うたった二人の影は、日本では無く北極か南極で遭難をしているようだ。

 

 

「ウケる。だれもいないと思ったら丸腰がいんじゃん!」

 

 

ホワイトアウトの中で聞こえた女性の下品な笑い。

吹雪の中で遭難すれば出会う女性と言えば『雪女』だが、壮間は本物の雪女(雪小路野ばら)を知っている。

 

少なくとも、目の前に現れたそれは、雪女と呼ぶには醜すぎた。

 

 

「あたしの雪祭りにようこそ!雪像になっちゃいな!」

 

「…やっぱり…!怪人か!」

 

 

吹雪が一つに収束し、雪だるま怪人の姿を造り上げた。

 

体から生やした木の枝が甲冑のようで将軍のようにも見える。他にもペンギンの要素も入っているだろうか。これまで出会って来た怪人と比べると、なんとも奇妙な雰囲気だ。

 

『吹雪』『雪だるま』『冬将軍』『ペンギン』

まるで『冬』という要素を人の形に固めたような怪人。それが地球の記憶をドーピングした人間の姿、『ドーパント』。この怪人は『冬の記憶』で変身した『ウィンター・ドーパント』だ。

 

 

ジクウドライバーにジオウウォッチを装填し、腰に巻く。しかし機能停止状態のアリオスを持っているわけにもいかないので、仕方なく歩道の脇に安置。

 

 

「すいませんアリオスさん…変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

「はぁ、仮面ライダー!?聞いてないしそんなの!意味不明!」

 

「俺の台詞だよそんなの!いきなり凍ってたまるか!あーもう寒い!」

 

 

既に寒さの限界が来ているジオウ。ろくに拳に力も込められない状態だった。

まずはこの異常な気温に対処しなければ戦いどころではない。

 

 

《ヒビキ!》

 

「とにかく火を!」

 

《アーマータイム!》

《ヒビ・キー!》

 

 

ジオウは響鬼アーマーにアーマータイムし、音撃棒を振り回して炎を撒き散らす。ウィンターを牽制するのと同時に凍てついた大気が溶けていくのを感じる。これでようやく普通の真冬だ。

 

 

「うっざ!?顔カタカナとかダサいし火ぃ使うしマジ有り得ない!」

 

「顔カタカナは関係ないだろ!このっ!」

 

「熱っ!こっち近づけないでよ!来んな変態!」

 

「誰が変態だ!?」

 

 

ウィンターはペンギンの翼を模した双剣『ウィンザーベル』を手にし、ジオウは音撃棒から炎の刃を伸ばし、互いに二振りの剣を装備した。

 

鬼の炎と炎をも凍らせる超低温の戦い。だがそれはウィンターが力を100%発揮できればの話だ。

 

ドーパントには『適合率』という概念が存在する。端的に言えば、変身者と地球の記憶との相性のこと。結論から言って、このウィンターの適合率はそれほどでは無く、本来ほどの低温を操ることができないのだ。

 

 

「ああぁぁマジ最っ悪!もういいし!全然楽しくない帰る!」

 

「逃がすわけないだろ!当てずっぽうだけど…鬼棒術、烈火弾!」

 

 

逃げ出そうとするウィンターに向け、ジオウは炎を音撃棒に集中して炎弾を発射。サバキから聞いただけの技だが、なんとかイメージ通りに技が出て安心する。

 

しかし炎はウィンターの体をすり抜けてしまう。ウィンターの体組織は能力によって氷片に変化させることが可能で、それによりウィンターは吹雪となってまんまと逃げおおせてしまった。

 

 

「逃げた……あれがこの時代の怪人か。となると早く探さないと…仮面ライダーダブルを───」

 

 

アリオスを回収しに行こうとした瞬間、首裏に響く強い衝撃。

「トン」なんてものではない。「ドン」とか「ドカ」とか「ゴギガァン!」とかの方が合ってる痛みで、壮間の意識が瞬時に暗転した。

 

 

 

____________

 

 

 

気を失っていた。目覚めた壮間が最初に思ったのはそれだった。

そして次に思ったのは、「痛い」だ。

 

 

「って……痛い!?待ってここどこ!?」

 

「やっと目ぇ覚ましやがった。手間かけさせやがって」

 

 

気を失う前とは違い明らかな屋内。そして痛みは、目の前の男に腕を掴まれてるから。しかも鉛筆を折るくらいのパワーで。あとアリオスは壮間の後ろで機能停止したままだ。

 

段々と状況が分かってきたが何も見えてこない。だが、そんな壮間に与えられたのは答えでは無く、問いだった。

 

 

「答えろ。テメェどっから湧いてきた。人の留守中に空き巣かと思えばグッスリってのはどういうことだ?」

 

「は、空き巣!?いや、違くて…俺たちは猛吹雪にあってたとこで、急に意識が無くなって気付いたらここに……」

 

「誰が信じるかそんなもん。大体、ドーパントが暴れてるから外出んなって赤嶺……じゃねぇ、警察が呼びかけてたろうが。外出する方がめっぽう怪しい」

 

「そう…なんですか。いやそれには事情があって……ちょっと話聞いてくれません?ほら、そもそも誰も外出してないのに空き巣するって方がおかしくないですか!?」

 

「…確かにそりゃそうだ。分かった、話くらいは聞いてやる」

 

 

壮間は出来るだけ正直に置かれていた状況を説明した。ただし流石にタイムスリップとか仮面ライダーのことは伏せたが。

 

説明している間、壮間はこの青年を観察する。

目つきが悪い。非常に悪い。ヤンキーとはまた異なる殺気や凄みが、壮間の全身にビシビシ刺さってくる。なんとなく『野性っぽい』感じが漂う青年だ。

 

 

「なるほど。まぁ一応筋は通ってるな」

 

 

壮間の必死の弁解が実を結んだようで、浴びせられていた敵意が少しだけ穏やかになった気がした。気がしただけかもしれないけれど。

 

 

「つまりテメェらは本当にいつの間にかここに居た。ここが何処かも分かんねぇ…と」

 

「そう!そうです!」

 

「じゃあもう用はねぇな。冷やかしならさっさと帰れ。

ここは…俺の探偵事務所だ」

 

「探偵…事務所…?」

 

 

そう言われ、壮間は辺りを見回す。

いまいちピンとこないが、机の上にチラシが置いてある。やけに可愛らしいイラストと柔らかな字体は気になるが、そこには確かに「切風探偵事務所」と書いてある。

 

 

「帰る前にどうせだから覚えていけ。

俺は切風アラシ……探偵だ」

 

 

 

 

 




今回登場したのはτ素子さん考案の「ウィンター・ドーパント」です!あ、これラブダブルの方でやってるオリジナルドーパント案募集のやつです。
今回は知らないキャラが出てきましたね。それは多分ラブダブルにいるやつです。

今回の疑問点は大体ラブダブル読めば解決するんで、途中からで良いのでよろしくお願いします!

感想、お気に入り登録、高評価など、よろしくお願いします!


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Aから始まる/王様探偵

アマキ
仮面ライダー天鬼に変身した少女。19歳。本名は嵐山藍。敬語口調で学級委員長タイプの真面目ちゃん。主な護衛対象は3号室の住人とSS。イブキを師匠に持ち、修行の末にアマキの名前を貰ったが、変身できるようになるまで長く音撃習得も順調ではなかったため、自分の才能にコンプレックスを持っている。2005年では壮間の修行相手を務め、アナザー響鬼討伐にも貢献した。修正された歴史では高校時代の先輩と交際することになったが、ダメ人間の彼に手を焼いているらしい。

本来の歴史では・・・自分と他人に厳しい性格が災いし最初は周囲に馴染めなかったが、妖館護衛班の仕事を通してそれも改善され、毎日が楽しいと思うようになった。しかしそんな時、両親の仇である強豪魔化魍「ヌエ」が出現し……



もうじき大学3年になる146です。シンプルにしんどいです。
前回アラシと邂逅した壮間ですが…アイツはこれまでの主役レジェンドとは訳が違い、死ぬほど厄介です。今回はラブダブル読者にも馴染みのないキャラが数名出ますので、頑張ってついて来てください。

前回と今回登場のウィンター・ドーパントの考案者、τ素子さんからウィンターメモリのロゴを頂きました!

【挿絵表示】


今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


2009年、年末の東京で、超局地的な「厳冬」が訪れるという事件が勃発。それにより低体温症で病院送りになった者が多数。被害は甚大。その始まりは数日前、ビルの足元で雑誌記者が凍死していたことから始まったとされる。

 

その犯人はウィンター・ドーパント。

謎の仮面ライダーから逃走したウィンターは変身を解除。東京のスクールアイドル「AERO-Castle」の鳩原(はとはら)円佳(まどか)として、東範女学院の学生寮に戻って来た。

 

 

「おっそーいですよ円佳先輩、わたしのコーラちゃんと買って来ましたー?」

 

「う…うん。ごめんごめん!外凄い吹雪じゃん?ちょっと迷っちった!マジウケない!?」

 

「ウケるウケる。というか凄い暇なんだけど、怪物って本当迷惑。…そうだ!トランプしよ!ババ抜き!どう?」

 

 

だが、何食わぬ顔というわけでは無いようだ。寮で待っていた他4人の不審を訴える視線に耐えかね、鳩原はコーラを投げ渡して部屋から出て行ってしまった。

 

あの子たちは鳩原がドーパントだと知らない。知らないまま変わらない友愛を向けてくる。

 

そう、あの子たちのほとんどは。

 

 

「どう?今度は何人凍らせて来たの?」

 

 

鳩原を追って来た一人のメンバーが、膝を抱える鳩原に普段と違う口調で話しかける。全ては彼女が始めたことだ。鳩原にウィンターメモリを渡したのも、彼女。

 

 

「……もう無理。返すよ!このメモリは返す!もうウィンターにはならない!」

 

「何を言ってるの。あんなに楽しそうにしておいて」

 

「違う!確かに最初は発散だった…全然注目されなくて、μ’sにも話題取られてイライラしてて…ウィンターになってる間は全部忘れられた!でも……」

 

 

最初は気付かれないように、吹雪になって空を飛んだり。いたずらで物を凍らせたりする程度だった。あのガイアメモリを使っているというスリルを楽しむ程度だった。

 

しかし、AERO-Castleがラブライブ地区予選で敗退し、素行が良くないからと目を付けていた悪徳記者がそれをきっかけに出鱈目な記事を書いたせいで、世間からの評価が地に堕ちた。

 

そんな怒りを、メモリは増幅させる。

 

 

「あの記者を凍らせてから…もう抑えられないの!誰かを凍らせたい、ウィンターになって暴れたくてしょうがなくなって……気付いたらメモリ使ってて、知らない人が冷たくなってて……!」

 

「それでいいじゃない。あなたがやったことで街は大騒ぎ、みーんなあなたを怖がって意識してる。最高に目立ってアイドル冥利に尽きない?」

 

「そんな───」

 

 

反発の言葉はそこで途切れた。

そのメンバーが出したのはアナザーダブルのウォッチ。それを起動させ、鳩原に埋め込んだのだ。

 

 

「が…あぁ゛っ…いや゛あぁ…!」

 

「我慢しちゃダメ。聖人になれない私たちは落っこちるしかないんだから。一緒に行きましょう?赤信号の向こう側に」

 

 

 

《ダブルゥ…》

 

 

 

__________

 

 

 

「探偵……!?」

 

 

2009年に来た壮間。突然現れたドーパントとの戦いの直後に気を失った彼は、気が付くと探偵事務所に。そしてそこにいた切風アラシという青年は、「探偵」と名乗ったのだった。

 

探偵と言われると思いつくのは、パイプ片手に虫眼鏡を覗くシャーロックホームズみたいなイメージ。それに比べると目の前の彼はイメージと離れている。というか悪人面だ。

 

 

「…やっぱ見えないなぁ」

 

「んだとコラ。文句垂れる前にさっさと出てけ。ほら、そっちのテメェもさっさと起きろ」

 

 

アラシはクッションを掴み、寒さでシャットダウンしているアリオスに向けて投げつける。その剛速球はアリオスの頭部に直撃し、殴った古いテレビのように彼女は目覚めた。

 

 

「……なんだ…私はどこに……?な…寒い!猛烈に寒いぞ!屋内なのに!」

 

「あ、起きた。そりゃびしょ濡れですからね…風邪ひきますって、俺もだけど」

 

「…んだその目は。いいぜ別に、服くらい貸してやるよ。一着1000円、二着で2000円だ。しっかり金は取るぞ、俺は慈善事業ってのが大嫌いなんだ」

 

「なんなんだこの男は。初対面で悪いが、私はあまり彼が好きではないぞ」

 

「探偵…らしいです。知らないですけど」

 

「俺だってもうテメェが嫌いだ。おら、着替えたけりゃそこの部屋に小さめの服あるから適当に見繕ってこい」

 

 

アラシはアリオスを奥の部屋に押し込み、壮間をタンスの前に蹴飛ばす。一挙一動が乱暴な男だ。

 

言われた通り適当に服を選んだが、少しサイズが大きい程度で助かった。乾いた服に安心を覚えるのも束の間、アラシの視線が怖いので壮間は慌てて財布を開ける。

 

 

「……ドル札でいいですか?」

 

「いいわけねぇだろ日本人舐めんな」

 

 

持ち金全てアメリカ仕様の壮間、詰む。

そんなピンチにはハプニングが重なるもので、奥の部屋から高い悲鳴が上がった。

 

かと思うと、鈍い打撲音の後に何かが壁に衝突。ボロい事務所が揺れる。

 

思ったよりも悲鳴が高かったせいで、それがアリオスのものだと気付くのに時間がかかった。

 

もっと言うと、誰かがアリオスの着替え中に部屋に入り、その誰かが蹴っ飛ばされたという状況だと気付くには更に時間がかかった。

 

 

「…なんだ、テメェ女だったのか」

 

「貴様…!何食わぬ顔で入って来るな!壮間!お前は見るんじゃない!見たら殺す!」

 

「見ませんよっ!」

 

 

わざとらしく背を向ける壮間に対し、アラシは本気で興味が無いという顔で部屋を覗いて状況を確認している。感情が死んでいるのだろうかと心内ツッコミをする壮間。

 

それよりも気になるのは、激しく蹴っ飛ばされた誰かの方だ。あのアリオスが本気で蹴ったのだから、骨くらい折れてても不思議ではないが……

 

 

「あのー…部屋に戻ったらイケメン女子が着替えてて、半裸美女に蹴られるって僕は喜んだらいいんでしょうか悲しんだらいいんでしょうか。いや声に出すとご褒美要素しかないね」

 

「死んだらいいんじゃねぇか?」

 

 

何事も無かったようによっこらせと起き上がったのは、ヘアピンを付けた気だるげな少年だった。

 

なお、着替えたアリオスにまた蹴られた。

 

 

 

 

「コイツは士門永斗…………働かない社会のゴミだ」

 

「迷った末の紹介がそれってどうなの。

僕はこの極悪顔面太郎の相棒やってます。よろしく。で、この人たち依頼人?」

 

「いや、ただの迷子なんで…もう帰ります」

 

「あ、そっすか。なにそれ自己紹介し損じゃん」

 

 

新しく現れた二人目の探偵、士門永斗。

アラシに比べると彼は、なんというか無職引きこもりの雰囲気が漂っている。少なくとも身なりに気を付けるタイプの人間ではなさそうだ。

 

細身なのにアリオスの蹴りを痛がっている様子もない辺り、こう見えて腕っぷしは立つ方なのだろうか。

 

 

「じゃ俺ら帰りますんで…お金は揃い次第すぐに返しに来ます」

 

「濡れた服は洗濯しといてやる。追加料金500円で合計2500円だ」

 

「おい早く行くぞ。恩には着るが、金にがめつい男は嫌いだ」

 

「聞こえてんだよ男モドキ。さっさと行け」

 

「ステイ!アリオスさんステイっ!すいません!ではさようなら!」

 

 

アリオスが殴りかかる前に、壮間は颯爽と退場。

したかと思うと、すぐに壮間が扉から顔を出した。

 

 

「すいません…探偵っていうんで、折角だしちょっと聞きたいんですけど…」

 

「なんだ」

 

「仮面ライダーダブル…って知ってます?俺たち、その人を探してるんです」

 

「…聞かねぇな。依頼ってことで調べてやってもいい。ただし報酬は別途支払いだ」

 

「えぇ……でも、わかりました。お願いします」

 

 

礼をすると、今度こそ壮間は事務所を後にしたようだ。

来訪者は特に何を残すわけでも無く消えた。

 

 

「永斗、気付いたか?」

 

「もちろん。あの子…意外とスタイル良かった」

 

「くたばれ。凛に言いつけるぞ」

 

「冗談に決まってるじゃないっスかやだな~も~。

彼、『ダブル』って言ったよね。その名前知ってるのは大分臭いってことでしょ。まぁ…()()()()()()()()()()()()()()()、面倒くさいワケありなんだろうけど」

 

「ウィンターを追ってたら見た。アイツは仮面ライダー、しかも多分()()他所者だ。面倒事になる前に手を打たせてもらった」

 

 

アラシは隠していたソレらを、永斗の前に置く。

ジクウドライバーにライドウォッチ一式。壮間が気絶している間に盗み取った、変身装備だ。

 

 

「本棚とコイツで奴らの正体を調べてくれ」

 

「わー、相変わらずの手癖の悪さ。さーて…今度も世界の危機?勘弁して欲しいよね」

 

「どうだろうな。勘だが…世界の危機っつーか、もっと大事なもんが揺れる。もっとどうしようもねぇ事が起きる…そんな気がするんだ」

 

「……アラシの勘って基本当たるの分かってる?」

 

 

自分の中で渦巻く違和感。探偵である彼らは、それを敏感に嗅ぎ取れてしまう。

 

これまでとは比べられない何かが訪れるのは分かった。

だが、彼らの選択は揺れない。彼らの選択の指針は、了然にして不変なのだから。

 

 

___________

 

 

 

「何なのだあの探偵たちは!変態と凄く嫌な奴!」

 

「確かにイメージとは違いましたけど…というかアリオスさん、男物の服でも薄着だと女性っぽさ際立ちますね」

 

「上着を借りられなかったのは痛手だ……何より寒い!早く音ノ木坂に行くぞ!」

 

 

ウィンターが去ったことで猛吹雪こそ消失したが、それでも雪は降ってるし積もってるしで真冬なりに相当寒い。

 

彼らにダブルを調べるように依頼はしたが、それを当てにし過ぎるのは良くない。というわけで壮間たちは、μ’sのいる音ノ木坂学院に向かうことにした。

 

 

「2015年でも行きましたけど、変わってないですね…」

 

「だがこの時代には伝説のアイドル、μ’sがいる」

 

「…待ってください!校門の前、誰かいます。あれは……」

 

 

ここまで不気味なほど誰もいなかったが、音ノ木坂が見えると同時に複数の人影が確認できた。背の低い3つの姿と、その前に立つ大きい姿。近づいて確認すると、その正体の大方は判明する。

 

 

「穂乃果さんだ…!後の二人も見たことあります」

 

「矢澤にこと星空凛だな。しかし、あの男は誰だ?」

 

 

項垂れるμ’sの3人。彼女たちを威圧感たっぷりに睨み付けているのは、長袖革ジャンで腕章を付けた男。ニューヨークで会った男やアラシも怖かったが、彼らの野生生物のような怖さとは違い、彼のオーラはまるで拳銃といった武器のようだ。

 

 

「答えろ頭の弱い女学生3人。警察から外に出るなと通達があったはずだが、校庭に出て何をしていた」

 

「……せっかく雪が降ってるんだから遊ぼうって…凛ちゃんが」

 

「違うにゃ!どーしても雪合戦がしたいって言うから!…にこちゃんが」

 

「はぁ!?一番最初に飛び出したのは穂乃果じゃない!」

 

「俺には全員楽しく遊んでいるように見えたが気のせいか」

「「「おっしゃる通りです」」」

 

 

状況を把握。どうやら説教を受けているらしい。

 

 

「ドーパントを撃破するまで民間人の外出は禁じる。事情がある場合は警察に連絡をすれば電話一本で護衛を付ける。そう言ったのは聞こえていたはずだ、そこの民間人2人」

 

「…っ!?バレてた……」

 

 

男の説教の矛先は、木影に隠れていた壮間とアリオスにも向けられた。観念して2人も穂乃果たちに並ぶ。

 

しかし、そこで食い下がるのがアリオスだ。

 

 

「待て。貴様は何者だ。知らない男に説教をされる謂れは無い!」

 

「黙れ。俺は正義だ。俺は万人に正しさを説く義務と権利がある」

 

「……この人は赤嶺甲って言って、刑事さんなんです…一応」

 

「刑事…!?この人が!?」

 

 

穂乃果から彼の正体を耳打ちされたが、その派手さと奇特さに肩書が似合わず思わず二度見。やっぱり刑事には見えない。

 

 

「ドーパントによる被害者は多数。既に死者も出ている状況だ。これ以上の被害者を出さず平穏な年末を送らせるためにも徹底する必要がある。よって警察の指示に従わない貴様らは、警告に沿って警察監視下のもと牢により保護する」

 

「それ投獄じゃないですか!?」

 

「警察とはいえ、いくらなんでも横暴ではないのか!」

 

「そもそも、いつまで引きこもってろって言うのよ!」

 

「犯人が出てこないんだったら意味ないにゃ!」

 

「もっといい作戦があると思いまーす!」

 

「黙れ貴様ら。俺が正義だ」

 

 

口々に飛び出す不平不満を一言で断絶。基本的に「正義だ」の一点張りのため、赤嶺に口論を挑むという事は岩に相撲を挑むことに等しい。

 

 

「心配せずとも今日中に片を付ける。街を徘徊する私服警察官がドーパントに遭遇すれば、すぐにでも……」

 

 

融通が利かない男、それが赤嶺甲。頑固にも5人を投獄しようとパトカーを呼ぼうとした矢先、氷点下の風が肌を切った。それを赤嶺は逃さない。

 

 

「連行の必要は無くなった。今ここで騒動を終わらせる」

 

 

一気に寒さが増した。ウィンターの到来だ。

甲高い笑い声を上げる吹雪が、通り道にある命を凍らせんと温度を更に降下させる。特に不自然に風が集まるのは壮間の場所だ。

 

降雪の中でウィンターの不意打ちを予測できる者は居ない。本気を出されれば、気付いた頃には体内の水分が全て凍らせられてしまう。

 

しかし、そこにはウィンターのミスがあった。仮面ライダーである壮間を見つけて考え無しに攻撃を仕掛けた事と、赤嶺を放置した事だ。

 

 

「甲さん!」

 

「俺を名前で呼ぶな、女学生」

 

 

赤嶺の名を呼ぶ穂乃果。それに応えるように、赤嶺はバイクから外した鋼の大剣「エンジンブレード」で吹雪を切り裂いた。

 

圧倒的重量の剣と赤嶺の腕力により、ウィンターが壮間から引き剥がされる。そして現れるドーパントの姿。

 

 

「俺の前で市民を襲うか。その目には正義は眩しすぎたようだな」

 

「なんなの…!邪魔!邪魔!邪魔!あたしの前、出てくんな邪魔すんな…このオッサンがぁぁぁああああああッ!マジぶっ凍らすっ!」

 

「メモリに呑まれたか。つまり貴様はそちらに行くべきでは無い人間ということだ。すぐに叩き戻してやる」

 

 

赤嶺が赤い装置を鳴らす。あのUSBメモリのような装置こそ、地球の記憶を内包したガイアメモリ。そして赤嶺のメモリに封じられているのは…『加速の記憶』。

 

 

《アクセル!》

 

「変……身!」

 

 

ドライバーを装着し、メモリを装填。バイクのスピードメーターのようなドライバーにはハンドルも存在する。熱を帯びるドライバーのエネルギーを解放するように、赤嶺はハンドルを回した。

 

 

《アクセル!》

 

「さぁ…振り切るぜ!」

 

 

真っ赤な装甲と激しい熱を纏い、赤嶺甲は仮面ライダーへと変身した。その仮面ライダーはまるでバイクの化身のようで、同じバイクライダーのマッハとは違い、こちらは見るからに重戦士の出で立ちだ。

 

 

「あれがこの時代の仮面ライダーか…!」

 

「でもアナザーダブルとは見た目が違い過ぎます。あれはダブルじゃない…?」

 

「あんた、ダブルを知ってるの!?」

 

 

疑問を口に出す壮間、アリオス。それに答えを与えたのは、既に半分隠れていた矢澤にこだった。

 

 

「あれはダブルじゃないわよ。あの赤いのは……」

 

「仮面ライダーアクセルにゃ!」

 

「凛!それ私のセリフ!」

 

 

Aの単眼を持つ加速戦士、仮面ライダーアクセル。

 

彼女たちがわちゃわちゃやっている内に、なんだか肌寒さが薄れていることに気付く。戦いの中で加速していくエネルギーを、アクセルが熱として大気に放出しているのだ。

 

 

《スチーム!》

 

 

エンジンメモリをブレードに装填し、三つの機構のうち「蒸気」を選択。エンジンブレードから放出される高温の蒸気が、更に気温を上昇させる。

 

ウィンターの双剣が折られ、重い一撃が次々に刻まれる。だが、ウィンターは逃げることが出来ない。

 

ウィンターが体を吹雪にしようものなら、この蒸気に触れてたちまち溶けてしまうだろう。ウィンターの逃走手段は完全に封じられた。

 

 

「熱いっ…あたしの…あたしの雪が!何してくれんだクソがああぁぁッ!」

 

「相手が悪かったな。その程度の寒さでは、俺のエンジンは凍らない」

 

《アクセル!マキシマムドライブ!!》

 

 

もう一度ハンドルを回すと、最高潮に達した加速に急ブレーキがかかる。そうなると全てのエネルギーは一気に出力され、冬を掻き消す熱は足元の雪を溶かし尽くす。

 

もはやウィンターの攻撃は意味を成さない。動きが鈍ったウィンターに向け、アクセルが放つ必殺の回し蹴り「アクセルグランツァー」が炸裂した。

 

 

「絶望がお前のゴールだ」

 

 

積もった雪に倒れたウィンターが爆散。その姿は雪煙が隠したが、飛び出た水色のメモリは空中で破裂したのを確認する。

 

壮間が助けに入るまでも無く、決着は速攻でついた。

しかし、雪煙の奥で悪意は途絶えていないことを、誰もが感じていた。

 

赤い双眸が怪しく輝く。そして、今度は純粋な「風」が、雪煙を吹き飛ばす。

 

 

《ダブルゥ…》

 

「ああははははははっ!マジ最高!あたし目立ってる!最っ高に楽しいじゃん!」

 

 

感情の箍が外れたような笑いで現れたアナザーダブル。やはり既に誕生していた。未来の穂乃果を動かした事件の発端は、この時点だ。

 

 

「あの格好…まるでダブルみたい…!?」

 

「構うものか。もう一度倒す」

 

 

動揺する穂乃果だが、アクセルの方は躊躇なく戦闘を再開する。だが、すぐにさっきまでとは訳が違うことに気付く。

 

攻撃の精度は変わらないのに、威力は段違いで攻撃が防ぎきれない。その上、速度はウィンターを遥かに上回る。ただ暴れているだけで、アクセルには手が付けられない。

 

 

「マズい、俺が行きます!アリオスさんはμ’sの皆さんを───」

 

 

アナザーライダーの前で物語は減衰する。そのルールがある限り、アナザーライダーはジオウでしか倒せない。しかし、壮間はそこで初めてドライバーが消えていることを知る。

 

気付いて動きが止まった時には、竜巻が目の前に。

壮間の体は吹き飛ばされ、音ノ木坂の校舎に叩きつけられてしまった。

 

 

「あぁー……気持ちイイーっ!もうなんでもいーや!全部何もかも、あたしが吹き飛ばしてやる!なにその世界マジ爽快!あははは!

 

 

………違う。え、なにこれ。あたしこんなの知らない…いや、頭痛い…!やめて!あたしに入ってこないで!!いやああああああっっ!!」

 

 

まるで八つ裂き寸前。相対する二つの人格が、アナザーダブルの中で反発を続ける。脳が右と左に引っ張られるような苦痛に耐えきれず、アナザーダブルは荒れ狂いながらどこかへ飛んで行った。

 

運良く助かったが、ドライバーが行方不明の窮地は続行している。しかし、内心激しく平静を欠きながらも、壮間の頭は一つの可能性を示していた。

 

壮間は底抜けなほどお人好しではない。疑うべきは一人だ。

 

 

「あちゃ、ちょっと遅かったね」

 

「悪かったな赤嶺、別件で調べ事があった。凍ってなさそうで何よりだ」

 

 

壮間の脳裏に浮かんだ二人が、待ち合わせたように現れた。その懐疑の意識をアラシも壮間に向け返す。ヒヤリとした空気のせいで、心臓が縮まるみたいに苦しい。

 

 

「切風、あのドーパントは何者だ。まるでお前達のような容姿をしていた」

 

「…!てことは、アラシさんが…!?」

 

「聞いたか赤嶺。どうやら、俺よりそっちの奴の方が詳しそうだぞ」

 

 

アラシが投げたジクウドライバー、ライドウォッチが壮間の前に落ちる。そしてアラシが持って見せるのは、ダブルのプロトウォッチだ。

 

 

「やっぱりアラシさんが盗ったんですね。俺を拉致したのも…」

 

「俺に決まってんだろ。文句あるなら聞くぜ、未来の仮面ライダー」

 

「…!?自己紹介した覚えはないですけどね……仮面ライダーダブルさん」

 

「探偵舐めんなよ。まずこの状況で薄着で外出てる時点で現在の状況知らねぇで確定。ドル札しかねぇってんだから外国帰りかと思ったんだが、テメェが持ってたデバイスに4桁数字が入ってた。ダブルのマークが入ったコイツが『2009』だから年でほぼ間違いねぇ。一番先で『2018』、一番昔で『2005』、2018の奴はテメェが変身した姿のカタカナ顔面になってたから、大方テメェは2018年出身。他のは色んな時代の仮面ライダーってことか?」

 

 

2017年での天介も、ちょっとしたきっかけで壮間が未来人だと当ててみせた。だが彼らはもっと堅実に、外堀を埋めていくように真実に侵攻してくる。

 

 

「永斗がパッと見で何も分かんねぇデバイスってのもそうだ。しかも本棚に本が出てないってことは、()()()と違って異世界じゃねぇ。となると後は未来しか有り得ねぇってわけだ。

 

更に素性を考えると、未来から他の仮面ライダーの力を貰うってとこだろ。理由はさっきの偽ダブルか?脚に年代とダブルの文字があった。ナンバリングがあるってのは他もあるってことだからアイツもタイムスリップ絡みだ。さて、推理はこんくらいでいいだろ」

 

 

積み上げられた情報の山を、推測のハーケンで登り進める。それが探偵。その推理は恐るべき精度で当たっている。

 

 

「ちなみに推理の割合は僕が6割、アラシが4割くらいです」

「余計なこと言ってんじゃねぇ。で、実際のとこどうなんだ。答えろ」

 

「……あれはアナザーダブル。アイツを倒すために仮面ライダーダブルの力が必要です」

 

「わざわざダブルを探せって頼んだ辺り、ライダーの力は直接受け取らないといけねぇってことか。それで、何のためにヤツを倒したいんだ?」

 

「俺の仲間を二人、助けたいんです。一人はアナザーダブルを倒さなきゃ助けられない。もう一人は今の俺の力じゃ勝てない敵を倒さなきゃいけない。どっちもダブルの力が必要です。だから…ダブルの力を俺に下さい」

 

「……そうか。知ったこっちゃねぇ」

 

 

壮間の言葉を聞いたうえで、アラシは一切の情を感じさせず、その懇願を拒絶した。これまで出会った誰とも違う。今目の前にいる男の感覚は、先輩戦士というより立ちはだかる敵だ。

 

 

「テメェ、まだ何か隠してんだろ。具体的には力を渡すデメリットだ」

 

「隠してるつもりは無いですよ。その代償もちゃんと伝えた上で力を貰います」

 

「貰えなきゃテメェが困るからな。でも俺らがそいつを聞いてやる筋合いはねぇ。他の奴らがどうだったかは知らねぇが、俺は知らねぇ野郎に協力してやる気は皆無だ」

 

「…でも、俺がやるしかないんです。納得できないっていうなら…力ずくでやり遂げます。どんな手を使ったって…!」

 

「ゴミみてぇな威勢で抜かすな。力ずく?じゃあ今ここで殴り合いでもするか?俺は別に、テメェを殺したって何も思わねぇぞ」

 

 

向けられていた殺意が一気に濃くなり、壮間の体を走る恐怖が汗を押し出す。これまでの誰とも違う敵意。そして比べ物にならない暴威。

 

人間と会話しているように思えない。まるで獣と向き合ってるような異様な空気に鼓動が早まる。

 

 

「はいストップ。警察の前で殴り合い宣言は流石にマズいでしょ。ですよね赤嶺刑事?」

 

「決闘罪で現行犯逮捕だ」

 

「だってさアラシ。名実共に犯罪者になっていいわけ?」

「誰が犯罪者だ」

 

 

空気を断ち切ったのは永斗の軽い声。このギスギスに耐えかねたらしく、永斗は面倒くさそうに一つの提案をした。

 

 

「力ずくがお望みなら、こういうのはどう?互いのメンバーで10話に分けて五番勝負……」

 

「ざけんな。クソ展開しか見えねぇから没だ」

 

「じゃあこうしよう。先にあのアナザーダブルの正体を掴んだ方の勝ち。僕らが負けたらダブルの力を渡す。君らが負けたら諦めて未来に帰る。これでどうよ」

 

 

永斗が持ち掛けたのはいわば「探偵勝負」。

あちらは本職、言うまでもなく能力には差がある。勝てる気は全くしない。しかもこれを受けて負ければ、香奈とミカドを救えない。

 

でも、この切風アラシという男に譲歩を期待するだけ無意味。条件を取り付けられただけ幸運だ。壮間はもう、この試練を乗り越えるしかない。

 

 

「分かりました。約束は守ってくださいよ」

 

「心配しねぇでも嘘は嫌いだ。手加減もな」

 

 

______________

 

 

 

「どーしましょう……」

 

「しっかりしろ壮間!友を救うのだろう!今すぐアナザーダブルの正体を掴みに行くぞ!」

 

「でもアリオスさん。一体何をどうやって調べればいいのか…相手は探偵ですし…」

 

 

早くも壮間が弱気に。冬休み中の音ノ木坂に入れてもらい、廊下を歩きながらぶつぶつと頭を抱えている。いつも以上にお先真っ暗だ。

 

そんな壮間を興味深そうに見つめるのは、穂乃果、にこ、凛の3人。

 

 

「未来から来たって本当!?」

 

「2018年って9年後?すごいにゃ!やっぱり車が空飛んでたりするのかな?」

 

「たった9年でそんな変わるわけないでしょ。それよりアイドルの話よ!あんた、矢澤にこって知ってる?知ってるわよね!?」

 

 

思ったよりもグイグイくる3人。特に穂乃果は2015年で会った姿とかなり印象が違い、驚いた。写真で見てはいたが、実際に会うと未来よりも元気ハツラツ具合が強い。

 

その間に割り込み、アリオスは壮間と3人を引き離す。

 

 

「すまないが私たちは忙しい。先を越される前に行動をしなければいけないのでな。行くぞ、壮間」

 

「何よ。別にいいじゃない、どうせアラシたちに勝てっこなんてないんだから」

 

「なんだと?」

 

 

にこがそう毒づく。しかし、穂乃果と凛も概ね同意見という顔をしていた。

 

 

「確かに…アラシ君たちはすごい探偵です。これまでたくさんの事件を解決してきたし、世界を救ったこともありますし…」

 

「世界!?」

 

「永斗くんはもっとすごいにゃ!地球の本棚っていって、世界中のことを知ってる世界一頭のいい人なんだよ!」

 

「世界!!??」

 

「そうよ!いくら未来から来たっていっても、あんた達なんかが勝てる相手じゃないの!あんたの仲間のことは気の毒だけど、別の方法を探すことね!」

 

 

思ったよりスケールの大きい話が飛び出てきて、壮間が「世界…」と呟くだけの粗大ゴミと化してしまった。

 

 

「ひどいよにこちゃん!かわいそうだよ!」

 

「言い方っていうのがあるにゃ!」

 

「私が悪いっていうの!?そんなに言うなら、あんた達がアラシを説得しに行きなさいよ!」

 

「えぇー…あ、待って!アラシ君からメールだ!」

 

 

穂乃果の携帯がメールを受信。それを読んだ穂乃果は声を出して驚き、それを凛とにこにも見せる。

 

その内容に顔を見合わせて頷いた穂乃果と凛は、意気消沈した壮間の肩を叩いた。

 

 

「穂乃果さん…?」

 

「私たちもあなたを手伝います!一緒に犯人を見つけましょう!」

 

「みんなで一緒に打倒切風探偵事務所にゃ!」

 

 

穂乃果が持つ携帯に表示されていたのは、『力を貸してやれ3バカ』という文面。力の差を考慮しての、援軍の指令だった。

 

心強いかどうかは分からないが、人手が増えることは有難く、壮間は喜んでその手を取る。しかし、にこだけはそこに加わろうとしなかった。

 

 

「私は嫌よ」

 

「そんなこと言わないでよー!にこちゃんがいれば百人力だよ!」

 

「嫌ったら嫌。私たちはね、暇じゃないのよ。ラブライブ決勝大会の準備もしなきゃってのに、そんなことしてていいわけ?」

 

「……さっき雪遊びして怒られてなかったか?」

 

「うるっさいわね部外者のくせに!そもそもこんな時期に余計な事をさせるなんて、一応マネージャーの癖に何考えてんのよアイツ!」

 

「そんなに文句あるなら、アラシくんに直接言えばいいにゃ」

 

「言えばいいんでしょ!?いいわ、徹底講義してやるから!」

 

 

にこは強気な態度で電話をかける。繋がった途端に怒鳴り声の不平不満から始まり、そこからガミガミと口論開始。しかし間もなくにこの口数が減り始め、今度は顔を真っ赤にして噴火の如く罵詈雑言が。

 

携帯を壊す勢いで通話を切り、にこは一言。

 

 

「行くわよあんた達!あの最低脳筋男の鼻っ柱を折ってやるんだから!」

 

「急にやる気になったんですけど…」

 

「多分アラシ君と喧嘩したんじゃないかな?」

 

「今の一瞬で!?」

 

「にこちゃんはチョロいにゃ」

 

 

____________

 

 

 

「光栄に思いなさい!この、宇宙最強No1アイドルの矢澤にこが!あんた達の力になってあげるわ!」

 

「…頼もしいです」

 

「だったらもっと嬉しそうな顔をしなさい!死んでんのよ、顔が!」

 

 

鼻息を荒くするにこ。安心感があるかと聞かれれば確実に「否」である状況に、壮間はつい視線を逸らしてしまう。

 

 

「でも嬉しいです。俺たち二人よりも、皆さんの力を借りた方が強いに決まってますから」

 

「そうだよ!だって私たちは音ノ木坂探偵部!」

 

「アラシくんや永斗くんからも認められた、立派な探偵にゃ!」

 

「そうなんですか!?」

 

「これは幸運だぞ壮間!思っていたよりもずっと強力な助っ人だ、流石はμ’s!それで、私たちはまず何から始めればいい!?」

 

 

素人かと思いきや予想外の情報が飛び出て、絶望的状況から一気に歓喜へと急上昇する未来人組。目を輝かせて3人に指示を乞う。

 

しかし、3人の目が泳ぐ。というのも、彼女たちが探偵として活動してきたのは事実だが、それらのほとんどはアラシたちの指示のもと行ってきたものなのだ。

 

だが目の前には、自分たちに期待する一応後輩。頭を悩ませ、穂乃果が一つの言葉を捻りだす。

 

 

「現場百回!現場に行こう!」

 

 

というわけで、先程アナザーダブルと戦った場所に逆戻り。常識の無いアリオスは「なるほど…」と感動しているが、壮間は知っている。それは刑事の心がけで、刑事ドラマでよく聞く単語だということを。

 

 

「やっぱ大丈夫かなこの人たち……」

 

 

心配になりながらも、手掛かりを探す。先の戦闘で一部が溶けているものの、足場のほとんどは深く雪が積もったままであり、動くのにも一苦労だ。アリオスは既に寒さでキツそうだし。

 

 

「…何もないわよ穂乃果。どうすんのよ、あんなこと勝手に言っちゃって」

 

「でも私たちだって探偵部だよ!それに…友達を助けるって言ってたし、力になってあげたいんだ」

 

「凛もそう思うけど…なんで永斗くんは協力してあげないんだろう?アラシくんは…まぁ……いっつもすぐ喧嘩するし」

 

「うーん…でも、アラシ君は私たちに『手伝え』って言ったから。何か考えがあるんじゃないかな?私たちはそれを信じればいいと思うよ!」

 

「ほんと、穂乃果はあんな奴をよく信じられるわね。すぐ悪口言うしデリカシー無いし冷たいし超鈍感だし男として最悪よ最悪。まぁ…気持ちはわかるけど」

 

 

何やら喋っている3人を気にしながら、壮間が雪の中に何かを見つけた。

 

 

「これ……なんでしょう?」

 

 

見つけたものを穂乃果たちとも共有。

それは袋に包まれた飴玉。しかし見たことの無い袋だ。

 

 

「これの上に積もってた雪の量から考えて、多分落ちたのはさっきです。穂乃果さんたちはこれに見覚えは?」

 

「ないかな…ということは、これは犯人の落とし物ってこと…?」

 

 

恐らくウィンターを撃破し、変身者がウォッチを取り出した時に落ちたものだろう。ウィンターの影響でこの辺りを通った者がほぼいない以上、これは大きな手掛かりになる。

 

 

「これって…どこかで見たことが…

そうだ!ふっふっふ……この美少女探偵にこにーを崇めなさい!犯人がわかったわ!」

 

 

自称宇宙No1アイドル矢澤にこ、アリオスの羨望の目線とそれ以外の疑いの目線を受けながら、早くも勝利宣言を掲げた。

 

 

__________

 

 

 

「アラシにしては露骨だよねー」

 

「何がだ」

 

「色々。助っ人出したり色々だよ。でもなんであの3人?」

 

 

アラシと永斗も事務所に戻り、アナザーダブルの捜査を始める。

持ち得る情報はウィンター=アナザーダブルという事実のみ。だが前々からウィンターの正体を探っていたアラシにとって、この勝負は有利以外の何者でもない。

 

 

「決まってんだろ。比較的ポンコツを寄越しただけだ」

 

「大人げない…ってわけでもないか。わかんないなぁ。アラシは勝ちたいの?負けたいの?」

 

「全力で負かす。あの3バカもろともな。じゃねぇと意味がねぇだろ」

 

「……まぁ、そうだね」

 

 

アラシと永斗の中に渦巻く違和感は、仮面ライダージオウの存在によって実像となった。力を継承させる代償も、なんとなく予測できている。

 

だからこそ勝つ。未来と存在を賭けたこの戦いに。

 

 

「頼むぞ永斗」

 

「分かってる。さーて、検索を始めようか」

 

 

 

___________

 

 

 

壮間が見つけた飴玉について、にこは以下のように語った。

 

 

「これはスクールアイドル『AERO-Castle』のメンバーが配ってる特製キャンディーよ。ライブに来るファンの一部や身内に配られて、しかもやたら美味しいってことでファンの中では有名なの!」

 

「流石は矢澤にこ!μ’sの3年生にしてアイドル研究部部長!博識だ!」

 

「ふ…ふふん。あんた分かってるじゃない!名前は?」

 

「私はアリオス。未来のスクールアイドルを友に持つ者だ。貴女のことは友から聞いていたが、やはり素晴らしい人物だった。尊敬する!」

 

「やっぱり未来でも有名なのよ!この!にこにーは!それほどでもあるわ、もっと尊敬しなさい!」

 

 

アリオスの羨望が止まることを知らない。あと有名なのはにこというよりμ’sそのものなのだが、それは言わない方が良さそうだ。

 

 

「AERO-Castleかぁ…確かこの間の地区予選にも出てたよね」

 

「知ってるんですか、穂乃果さん」

 

「もちろん!ライブは見られなかったけど…一人凄い子がいたの覚えてるよ!」

 

「そうと決まれば出発だよ!そのエアロなんとかっていうスクールアイドルに殴り込みにゃ!」

 

 

というわけで一同は、AERO-Castleを擁する東範女学院に向かった。

とはいえ一般人では学校に入ることすら難しく、捜査どころではない。そこで穂乃果は警察である赤嶺に協力を要請した。

 

 

「超常犯罪捜査課巡査の赤嶺だ。事件解決のためこの学校の生徒に事情聴取を行う」

 

 

ウィンターの変身者を逮捕するためならばと、赤嶺は協力を快諾。無事に捜査を進めることが出来そうだ。

 

 

「俺は別の事件を追う。協力はここまでだ」

 

 

だが、赤嶺はそれ以上踏み込むことなく、壮間にそう伝えた。

 

 

「え…いいんですか?警察が民間人に捜査を任せても…」

 

「切風から『お前は手を出すな』と言われている。そもそも切風たちが犯人を追っている以上、俺は別の事件に向かうのが正義というものだ」

 

「そう…なんですか。いいなら有難いですけど…」

 

「仲間を助けたいと言ったな。ならば何故他人に許しを請うている。人の命か体裁、お前が守りたいのが前者ならばただ己の最善を貫けばいい。

 

ただし、ルールを破ることは巨大な責任が生じるのと同義。やるからにはそれら全てを零すことなく完遂しろ。それが正義だ」

 

 

走大とは違い、随分と「正義」の圧が強い男だった。警察で仮面ライダーといっても色々いるようだ。

 

しかし彼の言うことも最も。壮間は香奈やミカドを救うためにここに来たのだから、今はただそのことに集中するべきだ。この事件はあくまで通過点。勝って必ずダブルの力を手に入れ、アナザーダブルとアナザー電王を倒してみせる。

 

 

 

幸い、アラシと永斗はまだここを嗅ぎつけていないようだ。

追いつかれる前に早速、事情聴取開始。

 

 

「あ、そうですそうです。私です、その飴ちゃん作ったの」

 

 

文面では伝わりづらいが関西訛りが入った口調。AERO-Castleのメンバーの一人、二年生の国見(くにみ)舞雨(まう)。大阪からの転入生らしく、悩みは東条希とキャラが被ることらしい。

 

最も犯人に近いであろう彼女に、壮間は積極的に質問を投げる。

 

 

「これ見て何か分かります?」

 

「間違いなく私が作ったってのと…あ、そうだ。もしかして誰か舐めたりされました?」

 

「いえ…一応証拠品ですし」

 

「よかったー!実は今日の飴ちゃんは下剤混ぜたドッキリ仕様なんですよー。えらいことになる前で一安心です」

 

「鬼畜ですね。そんなもんファンに配ってるんですか」

 

「いえいえ!流石に身内だけですよ。今日はメンバーの皆だけ」

 

「…てことは!?」

 

 

その話を聞き、壮間は穂乃果やアリオスと協力して寮のゴミ袋を調べた。話によるとゴミは昨日回収されており、今ゴミ捨て場のある袋は今日のゴミだけ。

 

調べた結果、証拠品と同じ飴の袋が3枚あった。

AERO-Castleのメンバーは5人。飴を配った国見を除けば、飴の袋は合計4枚あるはず。

 

つまり飴を食べなかった1人が、現場で飴を落とした。それが犯人だ。

 

 

「どれがどこのゴミ箱だったのか分かれば良かったんですけど…」

 

「でも大きな前進だよ!この調子で行こう!」

 

「穂乃果の言う通りよ。このままアラシが来る前に解決するわよ!」

 

 

犯人はAERO-Castleの中に居る。劇物飴ということで余分は作らなかったらしく、もう飴は手元に無いらしい。国見の偽装工作だとしても、誰か1人だけが飴を食べてないという前提なのは無理がある。

 

よって犯人は4分の1、一気に狭まった。

 

 

その捜査状況を立ち聞きし、焦るのはウィンターメモリを使った張本人である鳩原だ。

 

 

「どうしよう……このままじゃバレる…!あたしは嫌って言ったのに、なんで…!」

 

 

どう言い繕った所で、感情に任せメモリを使い、人を殺めさえしたのは事実。なんとか誤魔化さなければ何もかもがおしまいだ。

 

言われてみれば国見が飴を皆に配っていた気がする。メモリのせいで気が動転していたせいか覚えが無いが、そのままポケットに仕舞って現場に落したという事だ。最悪すぎる。

 

だがまだ特定はされていない。今はとにかく話を合わせるだけ。

 

 

大丈夫。きっと()()も協力してくれるはずだ。

 

 

__________

 

 

 

「忙しいところすいません。ちょっと話を聞かせてもらっていいですか?」

 

 

AERO-Castleのメンバーを呼び、壮間が話を切りだした。容疑者は4人、早くも詰めに行くつもりだ。

 

 

「忙しい…って、それ皮肉ですかぁ?」

 

「やめなよナオミ、失礼じゃない」

 

「だって冷羅先輩!これみよがしにμ’sなんて連れてきちゃってさ!嫌味ですよそうに決まってますよ!いいですねぇ、人気者は楽しそうで!」

 

 

一緒にいる穂乃果たちに噛み付く一年生、(たき)奈桜美(なおみ)。それをたしなめる三年生の伊佐田(いさだ)冷羅(れいら)

 

東範と音ノ木坂は学校も近く、AERO-Castleがμ’sに人気を奪われたというのはあながち間違いではない。実際、先日のラブライブ地区予選でAERO-Castleは敗退している。

 

 

「…アラシくんがいなくてよかったにゃ」

 

「絶対揉めてたわね。穂乃果も気にしなくていいの、あんなの逆恨みなんだから」

 

「でも……あ、来たみたい。最後の1人!」

 

 

遅れてやって来たのは二年生の小杉(こすぎ)涙愛(るあ)。壮間たちが来た時点で既にいなかったため、急いで呼び戻してもらったのだ。

 

 

「すいません……おそくなっちゃって!」

 

「よし…これでメンバーが全員揃いましたね。まず最初に確認が…」

 

「でさぁ、あんた誰なんです?偉そうに仕切っちゃってますけど」

 

「誰…って言われると…」

 

 

瀧に言われ、壮間の言葉が止まる。警察じゃないのは明らかだし、壮間が仕切っているのが不自然なのはまぁ分かることだ。

 

言い淀んでいる壮間の代わりに声を上げたのは、穂乃果だった。

 

 

「探偵です!」

 

「…高坂穂乃果さんには聞いてないんですけど」

 

「壮間さんは私たちと同じ、事件解決に向けて頑張る探偵です!だから協力してください、お願いします!」

 

 

一緒に頑張りましょう!と、犯人かもしれない瀧に訴えかける穂乃果。その勢いに瀧の反抗的態度も少し勢いを失ってしまった。

 

絶対に容疑者に向ける態度ではないが、こういう愚直さが彼女の優れた所なのだと理解できる。そう思うと、アラシはしっかりと助っ人を寄越してくれていたのだ。

 

 

「しっかりしなさい、アラシに勝つんでしょ?今だけはあんたも、音ノ木坂探偵部の一員よ」

 

「俺が探偵……にこさん、ありがとうございます。俺も頑張りますよ、皆さんの足を引っ張らないように」

 

「敬語…!にこ『さん』…!?くぅ~…久々の快感っ…!」

 

 

先輩禁止のμ’sでは満たされない何かが、アリオスと壮間の尊敬で満ち満ちていくのを感じる。にこにとっては先輩マウントは動力源に等しく、あからさまに機嫌が良くなっていた。

 

 

「さぁ壮間!早速事情聴取よ!何もかも明るみに出しちゃいなさい!」

 

「え…あ、はい!まずこの飴、皆さんこれを貰いましたよね?」

 

 

壮間が出した飴を見て、メンバー全員が頷く。第一関門は突破だ。

 

 

「吹雪を操る怪物がこれを落としていきました。つまりあなた達の中に怪物がいます。この飴をどうしたのか、1人ずつ聞かせてください」

 

 

できるだけ鋭く、壮間は4人の容疑者たちにそう言った。

犯人がこの中にいるという事実は暫くのパニックを起こしたが、その後なんとか証言の獲得に成功する。

 

 

「その飴…食べたよ。袋も自分の部屋に捨てた」

 

「私も……同じ」

 

「わたしも食べましたよー。でもこれ食べたらなんかお腹痛くなってぇ…舞雨先輩なんか入れたんじゃないんですか?」

 

「下剤入れました」

 

 

舌を出して謝る国見に全員絶句。同学年の小杉だけは彼女の性格をよく知ってるからか、特に驚くわけでも無く「やっぱり…」と頭を抱えていた。

 

 

「円佳はどう?食べたよね」

 

「冷羅…!?あっ…うん。食べた食べた!すっごいお腹痛くなってマジウケる!みたいな…?」

 

「鳩原円佳さん…ですよね。袋は学生寮に捨てましたか?」

 

「う…うん。もちろん」

 

 

壮間の質問に鳩原は怯えながらそう答えた。

 

飴を配った国見を除き、それぞれの証言はほとんど同じになった。

でもこれで誰かが嘘をついていることが確定。そこからもう一つの情報で、容疑者の絞り込みを図る。

 

 

「アリバイを確認させてください。昼頃、警察から外に出ないように言われてた時間、全員がアリバイを主張できますか?」

 

 

昼頃は壮間がウィンター・ドーパントと戦闘している。幸い、その時間は赤嶺によって外出自粛令が出されていた時間だ。アリバイの有無がハッキリするはず。

 

しかし、そんな壮間の思惑とは反対に、4人はどうにも言いづらそうにしていた。

 

 

「それが…実はちょいちょい外出てたんですわ。鳩原センパイは買い出しに行ってたりもしましたし…」

 

「というか、舞雨先輩の下剤飴のせいでみーんな腹痛起こしてましたからね。今思うと頻繁に誰かしらトイレ行ってたんじゃないですかぁ?」

 

「昼頃のアリバイ…は全員言えないですね。もう少し詳しい時間が分かれば……」

 

 

国見の衝撃発言。からの瀧、小杉の発言でアリバイ作戦は崩れ去った。そもそも急に出された外出自粛令など誰もが律儀に守るわけがない。

 

壮間たちがタイムジャンプした時点の時刻は確認していなかったし、その後すぐに気絶したせいで推測もしにくいのが痛い。

 

 

「それなら…さっきはどうですか!?一時間くらい前、皆さんはどこで何を?」

 

 

負けじと壮間は、二度目のウィンター・ドーパントとの遭遇を攻める。壮間が最初に視線を向けたのは、さっき遅れてきた小杉涙愛だ。それは先ほどまで不在で、アリバイが存在しないことを示している。

 

 

「私は…お仕事の話を。どうしても外せなくて…一時間前もいなかったです」

 

「仕事?」

 

「涙愛先輩は声優さんの卵なんですよ。最近になってお仕事貰えるようになったとかなんとか」

 

「声優学校行ってるからあんまり部には顔出さないんだけどね。でもルアはよく練習してくれてたし、地区予選でも頑張ってくれたよ。あと、自分は一時間前は自室で勉強してたよ。多分誰も見てないと思うね」

 

「わたしは皆で集まってた部屋にずーっといましたよ?舞雨先輩がそこで寝てたの見てましたし」

 

「飴作るのに徹夜でして…奈桜美ちゃんは寝た時も起きた時もいましたよ。あと寝てたっていっても、うたた寝ってやつでちょっとです。そんで、円佳さんはどうです?」

 

「えっ……トイレ…かな!うん!舞雨のせいで腹痛ヤバくて!」

 

 

瀧奈桜美と国見舞雨が一緒の部屋にいたということは、瀧のアリバイは保証されているということ。国見が寝てたとはいえ、うたた寝ということは睡眠薬ってことも無いだろう。瀧は容疑者から外せそうだ。

 

残り3人のアリバイを徹底的に洗えば、必ずボロが出るはず。

 

 

「あーっ!そうでしたそうでした。忘れてました大事なこと!」

 

 

そう思った壮間だったが、国見が急に大声を出して思考が中断される。

 

 

「何ですか?」

 

「飴ですけどね、実はもう一人配ってたんですよ。引きこもりっぱなしは気が滅入るから、散歩してた時に知り合いにバッタリ会いまして」

 

 

滅茶苦茶に重要な情報でのけ反りそうになる壮間。これが本当なら、今すぐその人物に確認する必要がある。下手すれば推理を一からやり直し、そんなことをしている間にアラシたちが追いついてしまう。

 

 

「誰ですか!?その、飴を渡したもう一人っていうのは…!」

 

「大阪にいた頃の友達で、今は山梨でスクールアイドルやってる子です。名前は……火兎(ひうさぎ)ナギちゃん」

 

「ナギちゃん!?」

 

「知ってるんですか穂乃果さん?」

 

「うん!前にイベントで会ってからのアイドル友達なんだ!」

 

「場所も近いし、よく会うんだよ!でも今こっちにいるなんてビックリにゃ!」

 

 

新たに浮上した容疑者は、山梨のアイドル「火兎ナギ」。

穂乃果たちの知り合いを疑うのは気が引けるが、そうも言ってはいられない。

 

 

「そのナギさんの連絡先って分かりますか?今すぐ話を聞かないと!」

 

「あ…それなら私が。実はファンで…」

 

 

そう言って手を挙げたのはμ’sの3人ではなく、容疑者の1人である小杉だった。

 

 

____________

 

 

火兎ナギ。国見と親交がある関係上、鳩原も顔見知りの人物だ。

しかし、彼女に注意が向くというのは鳩原にとって最悪の展開でしかない。

 

 

「ナギは…さっき会った……!?それが知られたらあたしは…!」

 

 

今日二度目にウィンター・ドーパントとして人を襲い、アナザーダブルに変身していた時。正気を取り戻して撤退した直後に、学校への帰り道で火兎ナギと遭遇してしまったのだ。

 

その時間はお手洗いに行っていることになっている。それが嘘だと判明すれば、犯人だとバレたも同然。

 

 

 

───黙らせればいいじゃん

 

 

 

自分の中で誰かが囁く。

もうやりたくないとか罪悪感の問題ではない。やらなければ、自分自身が終わるだけ。

 

怪物になった人間は、後には引けない。

 

 

_____________

 

 

 

留守はアリオスに任せ、壮間はμ’sの3人と行動開始。

小杉の仲介で、その後すぐに火兎ナギと会えることになった。

 

 

「ここです…すいません、私はちょっと仕事のお話が」

 

「いえ、ありがとうございます」

 

 

何故か指定された場所はファストフード店。小杉が去っても火兎ナギが一向に現れないため、適当に注文し、壮間たちは向かいの席を空けて着席。

 

 

「話なら電話でよかったんじゃないですか?」

 

「ナギちゃんが会いたいって。私もナギちゃんに会いたいし!」

 

「穂乃果、遊びに来たんじゃないのよ?」

 

「わかってるよー」

 

 

本場のハンバーガーを食べたばかりの壮間。流石に見劣りしてしまうため、仕方なくポテトをかじりながらこの待ち時間を思考で潰す。すると、一つ言っておくべき重要事項を思い出した。

 

 

「そういえば…皆さん!俺にも一つありました、この事件に関する大きい手掛かりが!」

 

「本当なんでしょうね?アラシに勝てるくらいじゃないと話にならないわよ」

 

「にこちゃんイジワルだよ!」

 

「そうにゃ。一人じゃアラシくんに勝てないからって、壮間さんに当たるのはよくないよー」

 

「いや、大丈夫です。ちゃんとそのくらい大事な情報ですから。

今回の犯人……雪の怪人=アナザーダブルとは限りません」

 

 

3人の頭上に疑問符が無数に見えた気がした。

実際にウィンターがアナザーダブルに変身したのを目の当たりにしたのだから仕方が無いが、壮間が言っているのは少し違う。

 

 

「俺は未来で聞きました。真犯人の狙いはスクールアイドルを暴走させることで、それを裏から操ってるらしいです。確かに信頼できる情報です」

 

「そっか、わかったにゃ!じゃあアラシくんと永斗くんは今の事件の犯人を探してるけど、もし先を越されてもそれは真犯人じゃないってことだよね!」

 

 

これが、未来から来た壮間しか持ち得ない最大のアドバンテージ。未来の穂乃果だけが知るこの情報を知らなければ、アナザーダブルに辿り着くことは出来ないのだ。

 

 

「つまり私たちは捕まえた犯人からこっそり真犯人を聞き出して、それをアラシに見せつければ勝ちってわけね…めちゃくちゃに有利じゃない!苦節半年……あの口悪に振り回され、デカい図体で上から見下ろされる日々ももう終わり!ついに年貢を納めてもらうわよ!」

 

「やや。血気ご盛んですね、矢澤せんぱいっ!」

 

 

ドヤ顔でイマジナリーアラシを見下していたにこの額を襲う、二発同時の衝撃。ダブルデコピンの痛みから顔を上げたにこの眼前には、煽るようなピースサインが。

 

人懐っこい笑顔かつ、人を馬鹿にするようなウインク&ピース。街ですれ違ってもアイドルかと思ってしまうような、分かりやすい可愛らしさと魅力を帯びた少女がそこにいた。

 

 

「ナギちゃん!」

 

「穂乃果ちゃーん!やっほ、呼ばれて来ちゃったよ!地区予選もおめでとう!A-RISE倒しちゃうなんてすごいじゃん!」

 

「凛も知ってるよ!ナギちゃんも地区予選突破したんだよね!これで決勝大会で会えるにゃ!」

 

「そうだね。絶対負けてあげないから覚悟しといてよ!

ややっ、そっちの男の子!話は聞いてるよ。どうも!ぴょぴょんと登場、火兎ナギです!ぴーすっ☆」

 

 

アイドルらしさの圧が強い少女だ。今まで会った誰よりも「可愛さ」を装備して殺しに来ている、そんな印象を受ける。というか壮間はなんだかんだ女性免疫は無いせいか、顔を近づけられジロジロと観察され、思わず目を逸らしてしまった。

 

 

「かわいい!ね、ちゃんとこっち見てよ!ほらほらっ!」

 

「すいません……それで話、いいですか…?」

 

「もちろん。そのために来たのはわかってるよ」

 

 

他の容疑者同様、壮間はナギに証拠品の飴を見せる。

 

 

「これ、貰いましたよね?」

 

「舞雨ちゃんに昼くらいに会ってね」

 

「それ…食べました?」

 

「ううん。あの子がいたずらする時、顔に出るんだ。だから絶対変なモノ入ってるって思って、その辺にポイって捨てちゃった☆」

 

「ポイ捨てはよくないよ!」

 

「ごめんごめーん。もう、穂乃果ちゃんは真面目なんだから。

あ、そういえばぁ……」

 

「どうしました?」

 

「んー、その前にハンバーガー追加してきていいかな?あとシェイクおかわり!」

 

 

気付けば机のハンバーガーが全滅していた。あと壮間のポテトも。主にナギと穂乃果が元凶である。アイドルだが食生活のあれこれは気にしないのだろうか。

 

穂乃果と凛も追加のバーガーを欲しがり、ナギが代表して買いに行った。

 

 

「…よく食べますね」

 

「そうかな?」

 

「普通だよー。凛はラーメンならもっと食べれるにゃ!」

 

「あんた達ねぇ…アイドルの自覚が無さすぎ!特に穂乃果!あんたまたダイエットしたいの!?」

 

「くっ…にこちゃん…その話はやめてぇ…!」

 

 

穂乃果が耳を塞いで現実逃避しようとしたその時、塞いだ手を貫通して複数の悲鳴が店内に響いた。不自然に吹き抜けた嫌な風が、その正体を見せずとも知らせていた。

 

 

「っ…ナギさん!?」

 

 

荒れた店のカウンターの隅で、アナザーダブルがナギの首を掴んで壁に押し付けていた。アナザーダブル襲来からわずかだが、既にナギの体は痣だらけ。体には幾つもの風の切り傷が。

 

標的は明らかにナギだ。しかも、確実に殺そうとしている。

 

 

「ナギちゃん!」

 

「クソっ……その人を放せ!!」

 

 

壮間がジクウドライバーを装着し、臨戦態勢に移行。

しかしアナザーダブルは壮間でも分かる逃げ腰。ウィンターの時とは違い戦う意思はさほど見えず、その読み通りナギを放して逃げ出してしまった。

 

追うよりもまずはナギの容態だ。と言っても、壮間に出来ることは救急車を呼ぶことくらい。

 

 

「大丈夫!?しっかりしてナギちゃん!ナギちゃん!」

 

 

必死に呼びかける穂乃果たちだが、気絶したまま目を開けないナギ。

息がある事だけが唯一の救いだ。なんとしてでも救わないと───

 

 

(俺、今何を思った…!?)

 

 

壮間の頭を過ぎた思考が、内から嫌悪感を呼び覚ます。

それを掻き消すようにサイレンが近づく。救急車が到着したようだ。

 

 

余計なことは考えない。壮間はただ、ナギの無事を祈った。

 

 

 

____________

 

 

 

火兎ナギが搬送されてから数分。

 

救急車は謎の怪人───恐らくアナザーダブルに襲撃され、火兎ナギは行方不明。車両に乗っていた医師及び運転手は全員死亡した。

 

 

「クソ……なんでこうなったんだよ…!」

 

 

疑問は愚問に等しい。仮にも殺人事件を追っているのだから、死人が出てもおかしくはない。

 

それが赤嶺が言っていた「責任」。

探偵として悪を追うということは、そう言うことだ。

 

壮間が関わって、誰かが傷つく度に思い出す。

バッドエンドの足音が近づく。惨劇が実像に変わりつつあるのを感じた。

 

その実感は、壮間に複雑な焦燥をもたらす。

 

 

___________

 

 

 

「───なるほど」

 

 

『検索』を終えた永斗が現実世界に戻ってくる。

電話の先にいるアラシも、永斗の検索結果を聞いて確信したようだ。

 

 

「決まりだな、決めに行くぞ永斗。

犯人はスクールアイドルAERO-Castleの鳩原円佳だ。だが、真犯人は別にいる」

 

 

方向は違えど、二組の探偵はどちらも同じ場所に辿り着いた。

真実まで残り半歩。それを先に踏み出した方が、未来を決定する。

 

 

 




事件捜査展開あるある、名前が増えて分かりにくい。

というわけでまとめます。
赤嶺甲が仮面ライダーアクセル。火兎ナギがオリジナルライバル枠。この二人がラブダブルの(ちょっと先の)レギュラーです。あとは全員今回のみ登場の事件関係者たちです。

次回でダブル×ラブライブ編の前半が終わりです。知らないキャラが多いし壮間地味だしでごちゃついて来ましたが、頑張って次回で巻き返します。

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Aから始まる/犯人はお前だ

バンキ
仮面ライダー蛮鬼に変身した青年。21歳。本名は茨田漠人。金髪留年間際チャラ男大学生で、ヘタレ、努力嫌い、女の子大好き、酒に弱い、浪費癖有りと揃いも揃ったカス男。主な護衛対象は4号室の住人とSS。自称ロックな男。カスだが高校時代の一年で音撃斬を習得し、師匠のサバキの副武器から独自の二刀流スタイルを編み出した天才。2005年ではミカドの修行相手を務め、アナザー響鬼討伐にも貢献した。修正された歴史ではサバキに出会わずダメ生活を送っているかと思いきや、厳格な彼女に性根を叩き直されているらしい。

本来の歴史では・・・カスで頼りない彼だが、魔化魍退治や妖館護衛を通じて『やる時はやるカス』へと成長を果たした。魔化魍「ヌエ」が現れアマキが単身挑みにいった際は真っ先に飛び出し、負傷した彼女を庇いながらも単独でヌエを討伐する。


今回はやらかしたかもしれない146です。
前回もそうでしたけど、ちょっと勢いでやりすぎた…申し訳ないですけど瞬瞬必生のテンションで読んでください。

今回も「ここすき」よろしくお願いします!




「俺たちは消えるだろうな」

 

「あ、やっぱり?アラシもそう思うなら間違いないよね」

 

 

この物語における仮面ライダーダブル、切風アラシと士門永斗は、あっけらかんとした口ぶりでそう言った。

 

何も突拍子の無い妄言ではない。未来から来た仮面ライダーと偽のダブル、そして起こっている事象を考えると、近頃渦巻いていた妙な感覚が輪郭を得ただけの話だ。

 

 

「歴史から消えて、無かったことになる。俺たちにとっちゃ別に眉唾な話でもねぇ。ただ確かめる必要はあるな。百聞は一見するまで虚像だ」

 

「でもさ、その場合はどうするの?推理通りなら、僕らの後を継ぐのはあの人だけど」

 

「それを見極めるための勝負だ。端から出来ねぇ信用なんかよりよっぽど分かりやすくて良い」

 

「脳筋ー。ま、これで何も出来ないようなら…この先は無理なのもそうか。それにしても他の時代の仮面ライダーかぁ…アラシが一番捻くれてるよ絶対」

 

「うるせぇよ余計なお世話だ。まぁ、他の連中が認めただけの奴なんだってんなら、見せてもらおうじゃねぇか」

 

 

雪は止んだが、今日は随分と風が強い日だ。

勝負の決着を付けるため、風に逆らって二人は進んだ。

 

 

__________

 

 

容疑者はスクールアイドルAERO-Castleの国見舞雨から飴を貰った3人。しかし、そこに追加の容疑者が現れる。その人物の名前は「火兎ナギ」。

 

彼女はμ’sの面々の友人らしく有用な情報が聞き出せると思ったが、アナザーダブルに襲われて行方不明となってしまった。

 

 

「ナギちゃん、大丈夫かな……」

 

「…今は事件解決に専念よ。犯人を引っぱたいてナギの居場所を聞き出すの」

 

「そう…だよね。うん、早く犯人を見つけないと…!」

 

 

不安に駆られる凛、にこ、穂乃果。友人が行方不明なのだから当然だ。だがこれまで歩んできた道がそうさせるのか、不安に反して姿勢は前向きだった。

 

話によれば、μ’sは切風アラシたちと共に探偵として活動しているらしい。場数で言えば壮間よりも圧倒的に上を行っているのから、ある程度の慣れは生じてしまうのかもしれない。

 

彼女たちは強い。だがやはり年相応の少女、強くありきることはできないのは分かる。

 

 

「アラシさんだったら、不安にもさせなかったのかな…」

 

「何を言っているんだ壮間。お前は出来る事をやっている。弱気になることは無い。しかし…前から思っていたが、お前は王を目指すというには少々謙虚が過ぎるな。もう少し胸を張った態度を取ればいいのに」

 

「アリオスさんみたいに…ですか?アリオスさんも眼魔世界の王様目指してるんでしたっけ……でも、やっぱり思いますよ。色んな人を見たから、もっと思う。俺なんかよりもずっと凄い人ばっかだって」

 

 

そんな自分を遥かに超える人物に、今回は勝たなければいけないのだ。

今までは先人から学び自分を変えていくことで乗り越えてきた。だが今回は、今ある自分を発揮して挑まなければいけない。

 

定期テストみたいだと少し思った壮間だったが、それを考えると気が抜けるのか緊張するのか、妙な心境に包まれる。

 

 

「…アリオスさん。俺たちがナギさんに会いに行ってた時、あの2人はどこにいましたか」

 

「伊佐田冷羅は私の目の届く範囲で勉学に励んでいた。抜け出したタイミングは一度もない」

 

「小杉さんが通ってる声優学校にも確認したけど、ちゃんと仕事の打ち合わせに参加していたらしいです。つまり、ウィンター・ドーパントに変身していたのは───」

 

 

ただ一人、一切のアリバイが存在しない鳩原円佳しか有り得ない。

後は鳩原円佳に問い詰め、その裏にいる「スクールアイドルを狙う黒幕」を炙り出せば勝ちだ。

 

しかし、相手は歴戦の探偵。最初から最後まで一刻の猶予も無い。

そんな焦りが、壮間の中に一つの選択肢を生み出す。

 

 

「そうだ……!だったら……っ……

あ、あぁー…俺、こういう所ですよねホント……!ダメだ、大分追い詰められて素が出てる感じがする」

 

「素?なんだ、演技でもしていたのか?」

 

「いや…俺って昔から主人公になりたい!って痛い奴だったんですよ。それで意識だけ高くて、自分がその時思ってた理想の『フリ』だけしてました。そんで…多分今もそうなんだって分かったんです。

 

勝とうって思った時に、このまま鳩原円佳を犯人ってことにして突き出せばいい、ってそう思いました。そんな事をしても解決にはなってない。そんなのただのズルだって…分かってるんですけど……」

 

 

人はそう簡単には変わらない、というのを痛感する。

火兎ナギが襲われた時も、彼女から有用な情報を聞きそびれた事に焦りを覚えた。彼女自身の安否よりも、壮間が咄嗟に欲したのは事件解決のための手掛かりだったのだ。

 

あくまで育ってきたのは「こうありたい」という理想像と、それに対する姿勢と意識。壮間自身の根本は何も変わってはいないのかもしれない。

 

極限まで追い詰められた時に見えるのが、その人の本性なのだ。

 

 

「それは妙案だと思うぞ」

 

「…はい?」

 

 

アリオスが出したのは肯定の言葉。自嘲のつもりだった壮間にとって、それは余りに予想外だった。

 

 

「意外でも無いだろう。よく知らない人間たちか、私たちの事を覚えてくれると同時に友人であるお前たちか。打算的に考えても感情的に考えても、どちらを優先するかなんて熟考する余地もない」

 

「まぁ…そうなんですけど…」

 

「私はお前が思うような立派な人間ではない。私以外だってそうだ。お前が見てきた先人たちも、それぞれ悩んで生きて育つうえで、数えきれない過ちを犯し、取返しのつかないものを何度も捨ててきたはずだ」

 

 

私たちとお前は何も変わらない。そう言っているような気がした。

余りに自分都合な聞こえ方だったとしても、彼女は壮間を認めているという事実が心強い。

 

 

「未来を今知る事はできない。だったら、理屈じゃなくて心で選べ」

 

「心で……」

 

「心の声に従うんだ。お前の心の叫びを、私は絶対的に肯定しよう」

 

 

壮間は自分の胸に手を当て、考える。

自分。戦う理由。正義。自信。感情。強さ。決意。心。命。

それらは全てここに積もっている。

 

喧しい理想を黙らせろ。愚存な自分も愚図な自分も黙らせろ。

日寺壮間の本性は何を望む?

 

 

「アリオスさん、留守番をお願いします!」

 

 

その答えを見つけた時、壮間は再び外に飛び出していた。

走っていく背中に、アリオスは僅かだが朝陽と似た何かを見た。いがみ合っていた時には無かった、その面影。

 

 

「お前はちゃんと『ゴースト』を継げている。

壮間、お前が全てのライダーの心を繋いだ時…お前ならきっと───」

 

 

_________

 

 

 

「大丈夫……これで目撃者はいない…あたしを見た火兎ナギは……!」

 

 

メモリを使った時も、アナザーウォッチを使った時も、それが終わると途端に反動が襲い掛かる。嫌悪感や恐怖心、物理的な毒素や負担に至るまで一気に襲い掛かる苦痛は、一周回って快楽と誤認してしまいそうなほどだ。

 

激しい動悸と眩暈に襲われながらも、鳩原は必死にもがく。

鳩原は人を殺した。それを知られてはいけない。隠して、誤魔化して、黙らせて、逃げて逃げて逃げて、

 

 

嘘で一生を生きるしかない。

 

 

 

「鳩原円佳さん!」

 

 

突として湧き上がった果てしない恐怖に、波長を合わせたかのような声で鳩原は激しい所作で顔を上げる。しかし、その声の主である高坂穂乃果は、拍子抜けするほどに明るい顔をしていた。

 

 

「あ、高坂穂乃果ちゃん…?」

 

「はいっ!私、μ’sの高坂穂乃果です!ってさっき言ったんだっけ……」

 

 

何なんだこの子は。自己紹介すらも腹立たしく感じてしまう。何故なら、今スクールアイドルでμ’sを知らない人なんて居ないも同然なのだから。

 

あのNo1スクールアイドルA-RISEを倒し、地区予選を突破した規格外のダークホース。しかも結成は今年の春で、それも廃校寸前の学校で。これまでの自分たちを一笑に付すように、話題も結果も一瞬で奪っていった気に入らないグループだ。

 

しかし、敵意を前に出している場合ではない。

彼女はどういうわけか「探偵」としてここに居るのだ。そんな彼女がわざわざ鳩原に声を掛けたという事は……

 

 

(バレた……!?)

 

 

穂乃果が両手を鳩原に伸ばす。思わずポケットのアナザーウォッチを意識するが、穂乃果が握ったのは鳩原の両手だった。

 

 

「私、円佳さんファンなんです!」

 

「……は…?」

 

 

また何を言っている。バカにしているのか。

この殺伐とした状況で、友人である火兎ナギの行方も知れない状況で、何を言い出すかと思えば「ファンです」なんて、頭のネジが飛んでしまったのだろうか。

 

でも、その手を振り払う気にどうしてもなれない。

その眼差しが余りにも真っ直ぐで、疑念なんて持つこともできなかったから。

 

 

「ファンっていうか…練習の時に色んなスクールアイドルのステージを見て、その中でも特に歌が凄かったのがAERO-Castleの円佳さんでした!なんというかこう…綺麗な声で奥から響いて来るみたいな…とにかく私感動しちゃって!」

 

「あ…ありがとう…?」

 

「海未ちゃんにも言って、歌の練習の参考にしてました!

こんな事件になっちゃったけど…それでも私はAERO-Castleが大好きです!全部終わったら、また一緒に歌ったりしませんか!?」

 

 

握手した腕をブンブン上下させ、凄まじい熱気で気持ちをぶつけてくる。

どうしてもこの気持ちを伝えたかった、ただそれだけなのだろう。そんな彼女を見ていると思い出す。

 

 

『祝!スクールアイドル部結成!マジヤバすぎ!言えばできるもんだね冷羅!』

 

『そうだね。マドカは歌が上手だし心強いよ。で、グループ名とかどうするの?』

 

『決めてある!AERO-Castleなんてどうよ!』

 

『金曜ロードショー見て決めたでしょ』

 

『そう!マジイカしてない?ビビッと来たんだ!

空の城みたいに目立って、ファンタジーで、楽しませるアイドルに!』

 

 

これは一年生の時、伊佐田と一緒に部を結成した時の会話だ。

あれから思うように理想はなぞれなかったけど、たくさん練習してファンもできて、楽しい時間だった。

 

ふと、その過去に理想が現実と重なり、途方もないくらい悲しくなった。

 

 

(なんで…こうなっちゃったのかな…?)

 

 

穂乃果はどこまでも正直で誠実で、未熟ながらも明るく、自分とファン両方のために努力して、才能や運や経験の全てを振り絞って結果をも勝ち取ったアイドルの鏡。鳩原の理想そのものと言っていい。

 

自分はどうだ?そんな彼女に尊敬されるだけの人間なわけが無い。

快楽に溺れた愚か者。彼女が握る手は怒りのまま命を奪って汚れた手。彼女が褒めてくれた喉は最早嘘を垂れ流すだけの器官。仲間もファンも何もかも裏切った、アイドルとして最低な人間。

 

アイドル未満で終わった自分がこのまま嘘で生き続け、一体何になるというんだ。

 

 

「…うん。あたしも、一緒に歌いたい。あたしもμ’s大好きだから……」

 

「本当ですか!?いやぁ~照れちゃうなぁ~」

 

「だから聞いて!本当は……あたしが───」

 

 

真実を告白しようとした。全てを話し、前のように戻りたかった。

でも、その奥に『彼女』がいる。その視線がこちらに向けられ、心臓が委縮し、何も声が出なくなってしまう。

 

 

「円佳さん……?」

 

「ごめん……なんでもない…」

 

 

恐怖で鳩原は立ち止まった。その先には自分では進めなかった。

そんな時に必要なのだ。心に閉じ込められた真実をこじ開け、それを照らし出す存在が。

 

 

「待たせたな穂乃果。どうやら、俺らが先着みてぇだな」

 

「あちゃー。ま、仕方ないよね。ちょうどある程度の人は揃ってるみたいだし…」

 

「あぁ、早速だが決着の謎解きと行くぞ。

鳩原円佳、犯人はお前だ」

 

 

人はそれを『探偵』と呼ぶ。

勝負の決着を付けるため、もしくは彼女を苦しみから救うため、切風アラシと士門永斗が現着した。

 

 

 

______________

 

 

 

現場に突然現れたもう一組の探偵、アラシと永斗。彼らは何かを調べに来たわけでも、参戦しに来たわけでもない。既にその答えは用意されており、犯人を指さすためだけに現れた。

 

そこに続々と駆け付ける関係者たち。詰め寄られている鳩原を真っ先に庇ったのは、同級生である伊佐田だった。

 

 

「待って!マドカが犯人なんてあり得ないよ!急に出てきて何言ってるの!?」

 

「証拠があるからここに来たんだ。

犯行はドーパントになって無差別に凍らせたりだとか色々やってたみてぇだが、一際目立ってたのはこの間の記者を凍らせて殺した事件。そいつだけは明確な殺意を感じた。同機はその直前に被害者が書いた記事って考えられる」

 

「私たちを散々に書いてたあの記事ですよね?でも、そんなん決めつけと違います?」

 

 

そこに国見も反論する。それに対し、アラシは頷いた。

 

 

「考えられる。可能ってだけだ。普通に考えりゃこの記事一本でウゼぇ殺すなんて、メモリ使ったと言えど多少なりともオツムがマシな人間様は考えても行動には移さねぇ。あの殺人には別の動機があると見た。あの記事はただトリガーを引いただけだ」

 

「それがマドカにあるとでも?」

 

 

伊佐田の問いかけに、推理はアラシから永斗にバトンチェンジ。

 

 

「伊佐田冷羅。同級生なら知ってるかな、鳩原円佳の母親は元アイドルだった。熱愛報道のスキャンダルでアイドル引退に追い込まれた後、特定のファンから陰湿な嫌がらせを受けるようになった彼女は夫の不倫が発覚した直後に自殺した。娘である鳩原円佳が小学生の頃の話だ」

 

「それが何か関係あると…?」

 

「その嫌がらせや誹謗中傷を何年も続けていたクソ野郎が、今回の被害者である記者だ。そしてそれを鳩原円佳は知っていた。アイドルの血筋かな、生まれ持った過剰なエゴサ精神ってやつ?

 

ネット掲示板からそいつが使っていた出会い系サイトも特定し、身元を隠して親の仇を探してた。いい年こいたオッサンが女子中学生に釣られて複数件、会話の内に遂にそいつの素顔を拝見できたってわけだ。それが三年前の話」

 

「疑うなら警察やら弁護士やら使って確認すりゃいい。IPアドレス…だったか?そいつが証拠になる。鳩原の中学時代の同級生からも、そいつが毎回違う男と歩いてたって証言は取れた」

 

 

証拠となる掲示板の書き込みや、その出会い系サイトが印刷された紙を見せる。

普通の捜査では、ましてや私立探偵程度の権限では知り得ない情報だらけだ。それらは全て、士門永斗がアクセス権を持つ「地球の本棚」によるものだ。

 

地球上で起こったあらゆる事象の記憶が「本」として保存されるデータベース。それが地球の本棚。地球の意思と繋がることが出来る永斗は、そこで「検索」を行うことであらゆる情報に手が届くのだ。

 

そのためのキーワードを探し、その情報を第三者にも刺さる「証拠」に変換するのがアラシの役目だ。頭脳の永斗と脚のアラシ、これが二人で一人の探偵の全容。

 

 

「だとしても!それは円佳先輩に動機があったってだけで、本当にやったって話にはならないんじゃないですかぁ!」

 

 

今度は瀧がアラシたちに噛み付く。だが、ここに来た以上、それに対する返答も準備済みだった。

 

 

「犯人の目星がつけば後は簡単だ。今日最初にウィンターが出没した時、お前はコンビニに買い出しに行ってたらしいな。確かに監視カメラにはその姿が映ってた。でも、店に駆け込んできたのは『学校の逆方向から』だ。一回コンビニを素通りして戻って来るルートじゃねぇと、それは有り得ねぇ」

 

「円佳先輩は道に迷ってたって…!」

 

「だったらこの写真を見てみろ。監視カメラの写真だが、迷ってた割には随分と綺麗な恰好だな。髪も整って服に雪もほとんど積もってねぇ。変身して移動してた証拠だ。これが説明できねぇなら今度こそ、鳩原円佳…お前が犯人だ」

 

 

もう一度その指が鳩原を指す。

もはや、彼女は何も抵抗はしなかった。これでいいんだ、これでもう誰にも嘘をつかなくていい。

 

 

「……もういいよみんな。はい…あたしが全部やりました。あの人を殺したのはあたしです」

 

 

鳩原は驚きと悲しみに打ちひしがれる仲間たちを眺め、その目は次に穂乃果を見た。彼女も仲間のメンバーと同じくらい悲しそうに、それでも受け入れると言わんばかりに、こちらを見ていた。

 

 

「…俺たちの勝ちだ。男モドキ」

 

「相も変わらず無礼な男だ。だが推理は見事だったと認めよう」

 

「そりゃどうも…そんで、勝負相手の彼がいないみたいだけど?どゆこと」

 

「決まっている。まだ、勝負は終わっていないということだ」

 

 

アリオスが強く言い切った、その時。

まるで結婚式の乱入。一つの真実が全てに認められ、決定してしまうその寸前に、彼は盛大に待ったをかける。

 

 

「逃げたと思ったぞ」

 

「そんなわけないじゃないですか…!逃げたくても逃げられませんよ!」

 

 

息を切らした日寺壮間が、事件の渦中へと戻って来た。

そして間違いなく、何かを掴んで。

 

 

「円佳さん!確かにあなたは人を殺して、怪物になってたくさんの人に迷惑をかけたかもしれない!でも…それを全てあなたが背負う必要なんてない!」

 

「どういう意味だ?」

 

「真犯人は別にいます!円佳さんがメモリを使うように仕向け、アナザーダブルの力を彼女に与えた真犯人は……この中にいる!」

 

 

現場が衝撃で湧き上がる。その中で彼に全霊の期待を寄せるμ’sの3人、そして笑っていたのはアリオスと…アラシだった。

 

その光景に相棒である永斗も驚く。少なくとも、彼が事件の中で笑うのは珍しい。

 

 

「そこまで言うなら根拠はあるんだろうな!?言ってみろ探偵見習い!」

 

「さっきの騒動は知ってますよね。アナザーダブルがファストフード店を襲撃したあの時、生身の人を一人殺すくらい一瞬で出来たはずなのに、俺たちは間に合ったんです。あの時のアナザーダブルは人殺しを躊躇してた。それなのにその直後。負傷者を搬送してた襲ったアナザーダブルは、中の医療スタッフを皆殺しにしてます。俺にはこの二つの出来事が、同一人物の犯行とは思えなかった!」

 

「そろそろ教えろ。テメェはさっきまで何を探しに行ってた」

 

「無実の証拠です。あの近くでもう一度聞き込みをすると、一つ証言を得られました。ファストフード店襲撃の直後、逃げ去る円佳さんに会った女子高生がいたんです」

 

「だったら決まりだ。鳩原円佳はあの場所にいた、犯人だから当然じゃねぇか」

 

 

穂乃果たちも少し不自然に思っていた。というか、やはり珍しかった。

アラシは悪意を向けてくる敵に対し、ほとんどの場合敵意以外の感情を向けはしない。むしろ誰にでも敵意を向けて噛みつくのがアラシだ。

 

そんな彼が笑っている。必死に対抗する壮間を見て、嬉しそうにも楽しそうにも見えた。

 

 

「違います。その女子高生はAERO-Castleのファンだったんです!円佳さんは握手をした後、一緒に写真を撮ったそうです。それがその写真です!撮影時刻は救急車襲撃の時とピッタリ重なります」

 

「じゃあ僕からもいい?それなら、なんで言わなかったんだろうね。そんな立派なアリバイを」

 

「相手がファンだったからですよ。円佳さんは、自分都合の誤魔化しのためにファンを利用したくなかったんです。人は追い詰められた時に本性を出す。彼女は追い詰められても、そのアイドルとしての誇りは捨てなかった!」

 

 

壮間の言葉に、鳩原は満たされたように感じてしまった。

彼の言う通り。あの時、火兎ナギを殺せなかった鳩原は『彼女』に見つかってウォッチを渡した。そして言われたのだ。『こっちで始末してあげるから、そっちはアリバイを作ってて』と。

 

言われた通りにアリバイを作ったが、それを盾として使うことは出来なかった。

 

こんな自分だと知りながらも彼は、穂乃果と同じようにアイドルとして認めてくれた。過ちを犯した身には十分すぎる施しだ。

 

 

「お優しいな。わざわざ犯人のフォローか?」

 

「そんなんじゃないですよ。ただ、これは『アナザーダブルは2人いた』確たる証拠です。こればかりはこの中に居るっていう確証も無かったけど、改めるて考えると一つ違和感がありました。それは、ある人物の証言」

 

 

犯人の絞り込みが始まった。

アリオスの見張りの下にいた伊佐田冷羅に犯行は不可能。同様の理由で今ここにいない小杉涙愛もそうだ。ならば残るは瀧奈桜美。

 

いや、そうとは決まらない。二度目のウィンター出現が鳩原だと確定したのだから、飴に関する議論は白紙に戻る。そうなると黒幕の容疑者として、彼女も数えられる。

 

 

「あの時あなたは『飴に余分は作ってない』って言いましたよね、国見舞雨さん」

 

「…?はい、そりゃあんな危ないもん…」

 

「だったら何で部外者に渡す分があったんですか?飴は全部で4個しかなかったはずなのに」

 

 

国見の顔色が変わった。なんにせよこれは、彼女が嘘をついていることの証左。

ナギは確かに飴を受け取っていた。ゴミ箱には袋が3つあった。つまり、飴は全部で5個以上あったはずなのだ。

 

そもそもなんで下剤飴なんて作ったのか。言われてみれば、そのせいで容疑者がトイレに頻繁に行くようになったためこの状況下でもアリバイがあやふやになったのだ。万が一に備え、それを狙った可能性はある。

 

 

「彼女が何か円佳さんに不利になる証拠を持っていると知っていたから、そっちに目が向かないように飴は4つだと偽った。でも円佳さんが飴を現場に落したって聞いて、作戦を変えたんです。その場でアリバイを作って、円佳さんを容疑者から外す作戦に」

 

「でもそれは失敗した。自分が代わりにその証拠人を殺そうとしたんだろうが、大方鳩原円佳がテンパって先走ったんだろ。それで救急車襲撃で挽回しようとした…まぁ、鳩原がアリバイを作っても言わなかったお陰で、それも破綻したんだがな」

 

 

壮間とアラシによって、彼女に疑いの焦点が合っていく。しかし所詮は推測の域を出ない妄想推理だ。そんな中、推理を聞いていた穂乃果が、不意に声を出す。

 

 

「壮間君…そのアナザーダブルって、仮面ライダーダブルと似てるんだよね…?」

 

「えぇ…まぁレプリカみたいなもの…ですかね?」

 

「それで犯人は2人…だったら、アナザーダブルも2人で1人なんじゃないかな!誰かが変身してる間、もう一人の誰かは永斗君みたいに気を失ってるとか…!」

 

 

仮面ライダーダブルについての初知り情報だ。しかしそれが本当で、アナザーダブルがその性質を持っているなら…一つの情報がここに来て光り輝く。

 

 

二度目のウィンター襲来時、アナザーダブルが初めて出現した。

その時の国見舞雨のアリバイは

 

『瀧奈桜美が見ているそばで、国見舞雨は眠っていた』

 

 

「まさか黒幕まで見つけるとはな。俺はてっきり、鳩原円佳を吊るして終わりにすると思ってた。実際こっちもそれがゴールだと思って乗ってやったんだ」

 

「俺も最初そうしようと思いました。でも、それじゃ満足できなかったんです。消える歴史はどうなってもオーケー、最後に残る自分たちが助かればいい。そんなの小さすぎる。俺が目指すのは王様だから、もっと偉大に、道中出会った人たちをついでに余裕で皆救うような主人公になりたいんです。

 

でも今の俺はそんなに凄くないから…俺はただ、目の前に広がる瞬間瞬間を必死に生きる。過去でも未来でもなくて『今』、そう決めました!」

 

「王様だぁ?どこの中二病だよ全く。

馬鹿馬鹿しいが、仮面ライダーならそれでいいんだ。強いだけの仮面ライダーに価値はねぇ。自分の中にニートを一人飼ってるくらいが丁度いいんだよ」

 

 

何が完璧か、何が正解か分からないから、

どうせ分からないなら優しさを持ちたいと、壮間は思った。

 

その優しさで見つけ出した真実を、壮間は叫ぶ!

 

 

「犯人はお前だ!国見舞雨!」

 

 

 

 

アイドルは夢を与える偶像。

頑張らなきゃ駄目。恋愛をしちゃ駄目。清廉潔白じゃなきゃ駄目。聖人君主じゃなきゃ駄目。

 

楽しそうって、目立ちたいって思っただけなのに、どこを見ても駄目だらけで息が詰まる。

 

知らない奴のために我慢するのは耐えられない。

そう思った時、たまたま力が手元にやって来た。だから我慢をしなくなった。それだけだ。

 

 

「…本当に。スクールアイドルってクソね。どっかの誰かとキャラは被るし、我慢しても見向きもされない。目立ってる奴もどーせ、私と同じ汚物だって決まってるのに」

 

 

追い詰められた国見の口調が変わった。

その様子に鳩原が激しく怯えているのも分かる。もう疑う余地は無い。黒幕は彼女だ。

 

 

「皆もそう思わない?上手く隠れて汚い事をした子ほど成功する。そりゃそうよ、赤信号を待つより無視した方が目的地に早く着くもの」

 

「アホ抜かせ。そんなに信号が嫌なら南アフリカの先住民とでも暮らすんだな。道路も無い快適な生活が過ごせるぞ」

 

「円佳さんにメモリを渡したのも、アナザーウォッチを渡したのもお前だな。我慢できなかったなら自分一人でやればいいだろ!」

 

「こんな素晴らしいことを独り占めなんてそんな!私は親切に教えてあげたの。チャラそうなくせに真面目な円佳先輩に、もっと楽になれる素敵な方法を。ここで終わらせなんてさせない。これからもずっと、一緒に我慢せず生きていきましょう!」

 

 

国見は鳩原のポケットからアナザーウォッチを奪い取り、起動させて自身の体に埋め込んだ。呻き声にも聞こえる風の音を全身に纏い、その姿をアナザーダブルへと変える。

 

 

《ダブルゥ…》

 

 

「うわっ、直接見ると気持ち悪さ5割増しだね。あれ本当にモデル僕ら?」

 

「元のデザインも大概だろ。そういやテメェ名前は…確か壮間だったか」

 

「日寺壮間です」

 

「半分だけ手ぇ貸してやる。精々気張れよ、壮間」

 

 

《ジオウ!》

 

《サイクロン!》

《ジョーカー!》

 

 

壮間がジクウドライバーを装着するのと同じく、アラシもダブルドライバーを装着。それと同時に永斗の腰にも同じドライバーが出現した。

 

ジオウが使うのはライドウォッチ。ダブルが使うのはドーパントやアクセルと同じガイアメモリ。彼らが起動させた記憶は…『疾風の記憶』と『切札の記憶』。

 

 

「「「変身!」」」

 

 

壮間が左腕を前に構え、アラシと永斗はメモリを持った片腕同士で『W』を形作る。

 

アラシがジョーカーメモリを装填すると、永斗が装填したサイクロンメモリがアラシのドライバーに転送される。それにより、ドライバーは二本のメモリが刺さった状態に。

 

壮間がドライバーを回転。アラシがドライバーを展開。

2人の仮面ライダーが今ここに並び立つ。

 

 

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

《サイクロンジョーカー!》

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

「皆さん決め台詞ありますよね…俺も何か考えようかな…」

 

「呑気か後にしろバカ。行くぞ!」

 

 

開戦と同時にアナザーダブルが竜巻を放つ。寮の壁を取り払って吹き抜けにし、そこから外へ逃走。どうやら開けた場所での戦いがお望みのようだ。

 

着地を待たず、ダブルは空中で攻撃を仕掛けた。ジョーカーの身体能力増強により、その動きは空中で行っていい動作を遥かに凌駕している。しかし、着地までに叩き込んだ数撃が効いている様子は無く、その後の反撃で軽々とダブルは吹き飛ばされてしまった。

 

 

「…妙に強ぇな」

 

『こりゃ僕らに強烈なデバフが掛かってるね。アイツの能力…って感じもしないけど』

 

「なるほど。あの気が弱そうな壮間が、意地でも自分の力で倒そうとしてる理由がこれか。俺たちにはコイツは倒せねぇってワケだ」

 

「すいません…説明するの遅れちゃいました。大丈夫ですか?」

 

「誰の心配してんだ。お前はお前の戦いに集中しろ。こっちは勝手にやらせてもらう」

『無理ゲーには無理ゲーのやり方があるんだ。僕らに任せてよ壮間くん』

 

 

心配する余裕を与えてはくれず、アナザーダブルは倒しやすそうなダブルから狙う。それを庇うジオウだが、あちらもジョーカーの身体能力を持つためパワー負けしている。

 

 

「あんたもいかにも真面目そう!だからそんなに弱いのよ!全部忘れて逃げちゃえば楽なのにそうしない、バカで損する可哀そうな人!」

 

「逃げないし逃がさない!俺はお前を倒すためにここに来たんだ!俺がやるしかないから俺がやる、それが俺だ!」

 

 

アナザーダブルの正拳突きを真正面から受け、ダメージを負いながらもジオウは反撃。しかしアナザーダブルはサイクロンの力で俊敏な動きを見せる。ジョーカーのパワー+身体能力に、サイクロンの機動力、この組み合わせが肉弾戦最高峰の強さを生み出すのだ。

 

 

「俺たちの攻撃は効かねぇ。それならアレだ」

 

『OK、メモリチェンジだね』

 

 

ダブルは複数のメモリを持ち、それらを組み合わせることであらゆる戦況に対応することが出来る。今回ダブルが選択したメモリは『幻想の記憶』のルナメモリと、『銃撃手の記憶』のトリガーメモリ。

 

 

《ルナトリガー!》

 

 

ダブルの右半身が黄色に、左半身が青色に変化。出現した専用装備『トリガーマグナム』から無数に放たれる光弾は、奇怪な軌道を描きながらアナザーダブルに向かう。

 

 

「そんな豆鉄砲効くわけ……」

 

 

この攻撃もダメージにはならないと感覚的に察知しているアナザーダブルは、防御を取らない。その見立ては恐らく間違ってはいない。

 

だが、銃弾はアナザーダブルに当たることなく、ただ周囲を旋回したり近くを過ぎ去ったりするのみ。妙に思ったその瞬間、アナザーダブルにジオウの攻撃が叩き込まれた。

 

 

「よしっ!当たった!」

 

「なっ…なんで…!?」

 

 

それからも同じ展開が続く。銃弾は当たらないが、その代わりにジオウの攻撃がヒットするようになる。そして上手い具合に機動力が活きなくなっているのに気付き、その絡繰りをようやく察した。

 

周囲を動くダブルの光弾は、当てるのが目的では無く「アナザーダブルの動きを制限する」のが目的。ジオウの動きは妨げず、アナザーダブルの動きだけを妨げるように軌道が設定されている。

 

意識すれば動きが鈍り、受けても効かないと思って防御をしなければジオウに対して無防備に。無視できれば楽だが、やたらと目立つ蛍光色の銃弾は存在するだけで意識を割かれる。

 

 

「壮間、お前そのクソダサライダー文字以外にもあんだろ。別のライダーの力を使うアレだ」

 

「アーマータイムですか?まぁ色々ありますけど…」

 

『力と速さ、両取りの奴とか無い?あとは属性攻撃があれば尚良し。それで一気に楽になるんだけど…』

 

「そんなウォッチは多分…あ、あった。ミカドから勝手に借りて来たこれ!」

 

 

ジオウが選択したのはドライブウォッチ。マッハよりも速さでは劣るがパワーはある。ダブルの要求にはもってこいの力だ。

 

 

《ドライブ!》

 

「走大さん、力を借ります!」

 

《アーマータイム!》

《DRIVE!》

《ドライブ!》

 

 

ディスプレイには2014。赤いアーマーと両肩のタイヤが装着され、カタカナの「ドライブ」が複眼に収まる。仮面ライダージオウ ドライブアーマーが爆誕した。ウィルが居たら祝っていたことだろう。

 

 

「ひとっ走り…付き合えよ!」

 

「なるほど『ドライブ』か、そりゃ適任だ」

 

 

ダブルは再び弾幕を射出し、ジオウがそれを合図に加速。

その速度はアナザーダブルの反応を瞬間的に振り切り、低い位置から放たれた蹴りがアナザーダブルの足元を奪う。

 

そして、ドライブアーマーによる超スピードには、その速さに対応した情報処理能力も備わっている。静止した世界の中で、ジオウはダブルの弾幕の意図を読み取った。

 

さっきとは異なる弾丸の軌道。無数の弾丸が一つの場所に収束するような軌道だ。それがタイミングをずらして複数組見える。

 

ジオウは体勢が崩れたアナザーダブルを、その弾丸の収束点へと押し飛ばす。

それに合わせた正確なタイミングで、光弾は束になってアナザーダブルに炸裂。いくら弱体化しているとはいえ、これだけ重ねればある程度のダメージにはなる。

 

 

「これでいいんですよね!」

 

「鈍間にしちゃ上出来だ」

 

 

ドライブアーマーの速度はアナザーダブルよりも少し速い程度。しかしダブルが用意した『置き弾』が、敵に慣れるまでの猶予と立て直しの隙を与えない。

 

ダブルはこれまで幾度となく強敵と渡り合ってきた。例えばヒビキの積み重ねた故の揺るぎない強さとは違い、ダブルはその場その場を情報と工夫と限界突破で乗り越えてきた。言うなれば桁外れの適応能力。

 

その力は即興の阿吽の呼吸すら生み出し、ジオウの力を最大以上に引き出した。

 

 

「小賢しいっ!吹っ飛べえええっ!」

 

 

ヤケクソ気味に放たれたのは強烈な竜巻。火事場の馬鹿力的なとんでもない出力のせいか、それが中々に厄介な一手となり、ジオウと距離を取られてしまった。

 

 

「適当かよクッソ、そう簡単には行かねぇか」

 

『いや、そうでもないよ。壮間くん、ちょっと耳貸して欲しいんだけど…』

 

「はい…?」

 

 

アナザーダブルが反撃を繰り出す前に会話を終え、ダブルは一旦退避。

殴りかかるアナザーダブルに対し、ジオウが最初に防御を取る。肩アーマーで受け止めた攻撃を、タイヤをフル回転させて弾き、その勢いのままタックルでのカウンターが決まった。

 

 

「ドライブの力をイメージ…走大さんの資料で見た力…タイヤ交換!」

 

 

ジオウがイメージしたのはマックスフレアのタイヤ。

そのイメージは形となり肩アーマーに出現した。しかし、肩のタイヤと入れ替わることはなく、燃え盛るフレアタイヤはアナザーダブルに勢いよく突撃してしまう。

 

 

「あれっ?でも…これはこれで!」

 

 

その勢いを逃さぬまま、ジオウは次々にタイヤをイメージ。

ファンキースパイク、ミッドナイトシャドー、ランブルダンプ……それらが次々とアナザーダブルにぶち当たっていく。

 

たまらずにアナザーダブルは最大出力の風を展開。彼女を中心に凄まじい勢いの竜巻が昇り、その風はあらゆる攻撃を遮断する防壁となる。

 

が、それこそがジオウの狙いだった。さっき永斗はジオウにこう言った。

 

 

『絶えず攻撃してアイツを追い詰めよう。もし竜巻で完全防御に入ったら…僕たちの勝ちだ』

 

 

《ヒートトリガー!》

 

「チェックメイトだ」

 

 

『熱き記憶』のヒートメモリでダブルの右半身が赤く染まった。炎の力を帯びたダブルは、その竜巻にマグナムからの火炎放射を注ぎ込む。ジオウもそれに合わせてフレアタイヤの炎を投下。

 

その結果、アナザーダブルを守る風の壁は一変。防壁から炎の牢獄へと姿を変えた。

 

 

「チィッ…!いちいち鬱陶しいのよ!」

 

 

熱で体力が削れていき、竜巻の解除も視野に入って来た。しかしそれでは奴らの思う壺。

そんな時、竜巻の外側から強引に近づいて来る気配が二つ。

 

 

「しめた…!気付かないとでも思ったの!?大人しく待ってれば良かったものを…死ねぇッ!!」

 

 

右腕に風を纏わせ、左腕には力を込める。来る方向さえ分かっていれば同時に相手取ることも容易い。しかも、面倒なダブルはこの一撃で確実に沈められる。

 

その推測も正しく、アナザーダブルは接近する影を二つ同時に撃退した。

片方の姿は黒、もう片方は赤。その手ごたえは余りに軽く……

 

 

「…しまった……!」

 

「信号嫌いはいいが、轢かれても文句言えねぇよな。終わりだクソ女。決めろ、壮間!」

 

 

二つの影はそれぞれダブル ヒートジョーカーの半身ずつだった。ジョーカーの能力でダブルは右半身と左半身を分離できる。それを利用し、アナザーダブルが完全に無防備になる瞬間を作り上げたのだ。

 

そして、ジオウが来るのは右でも左でもなく、上。

上空から竜巻に侵入したジオウはジカンギレードを握り、落下の勢いで斬撃を叩きつける。

 

 

《フィニッシュタイム!》

 

「俺たちの……勝ちだ!!」

 

《ジオウ!ギリギリスラッシュ!!》

 

 

炎の竜巻が行く手を阻む。この台風の目に逃げ場はない。

ジオウの斬撃は時計盤のようなエフェクトを描き、アナザーダブルを縦一閃に切り裂いた。右と左を烈断するような一撃は竜巻をも消し飛ばす。

 

爆炎の中から国見の姿が這い出て、転がったアナザーウォッチに手を伸ばす。

しかし変身解除したアラシがそれを踏み潰し、彼女の意識はそこで途切れたのだった。

 

 

「あ、力渡してねぇけどこれでいいのか?」

 

「あーそれは…また後から。多分完全に倒せてはないんですけど、今のうちに彼女を無力化すれば大丈夫だと思います」

 

「んじゃ腕折るか。いや脚の方がいいな。そしたら改めてボコボコにし易い」

 

「とんでもないこと言いますね……あ…っと、そうだまだ終わりじゃない!ナギさんの居場所を聞き出さないと!」

 

 

タイムジャッカーが邪魔しに来ないかと身構えるジオウ。

それに対し、アラシは───

 

 

 

「今、ナギって言ったか…!?まさか火兎ナギか!?」

 

「え…はい。ファストフード店で襲われた参考人ですけど…言ってませんでしたっけ」

 

「聞いてねぇよバカ!おい、この事件のことを手っ取り早くかつ詳しく教えろ!できるだけ早く詳しくだ!」

 

「そんな無茶な…」

 

 

ナギの名前を聞いてアラシの形相が変わった。

そして事件の詳細を聞くほどに、その表情は険しくなっていく。まるで想定し得る最悪を目の当たりにしたような、自分を責めるような怒りの様相に、壮間は思わず震えた。

 

 

「……手掛かりになった飴、落ちたのはウィンターからアナザーダブルになる間ってことになる。んなわけあるか、遠くの俺からも見えたくらいの竜巻だぞ?変身する時に落ちたとしても、そんな小さい飴玉なんか吹っ飛ばされてる決まってる!」

 

「あ…!じゃあなんであそこに飴が!?円佳さんが落としたんじゃないとしたら……!」

 

 

ゴミ箱に3つ包装紙はあった。鳩原が本当に飴を無くした、もしくは国見が飴を渡していなかっただけだとしたら、あの場所に飴を置けるのは一人しかいない。

 

そもそもアナザーダブルは2人で1人と推理したはず。それなのに、この国見は一人で変身をした。しかも戦い方が壮間の知る『アナザーゴーストの中身』とは違い過ぎた。

 

黒幕が別にいるとしたら。国見の体で変身していたもう一人の黒幕は、ここに必ずやって来る。

 

 

「悪かったな壮間、こいつは勝負になんねぇ。お前が気付くわけねぇし、俺たちはアイツのことをよく知ってる。最初から全部仕組まれてたんだよ…アイツが、化け物に襲われたくらいで怪我もするわけがねぇんだ!」

 

 

アナザーライダーは、ライダーの対極を成す存在。

才能しか持たない天介と才能以外持った四谷。市民を守る走大と正義を守る相場。全て知っていたから愛したヒビキと何も知らずに恨んだ九十九。命を繋ぐ朝陽と今に執着した梨子。

 

仮面ライダーダブル、切風アラシ。

『嵐』の対極は、風一つ吹かない静寂の『凪』。

 

 

 

「グッドイブニング、お疲れですか?アラシせんぱーいっ☆」

 

 

凪と呼ぶには喧しすぎる彼女は、無邪気な笑顔のままアラシの前に降り立った。引きつった表情の彼を労わるように、ナギは顔をアラシに近づけ───

 

 

口づけの寸前、アラシがナギの首を掴む。そのままへし折るくらいに強く。

だが、ナギは足をアラシの首に絡め、無理矢理体勢を崩して引き離した。そこまでが挨拶と言わんばかりに、ナギは艶めかしく笑う。

 

 

「やっぱガード硬いなぁ。他の娘もそうやって突っぱねてるの?かわいそ」

 

「安心しやがれテメェだけ特別扱いだ。もうテメェとは会わなくていいと思ってたが、やっぱり逃げちゃいけねぇって事なんだろうな……ナギ…!」

 

「あはは嬉しいっ!私にはわかるよ、それってアラシの最初で最後は私ってことでしょ!」

 

 

戦闘で結構な距離を移動したようで、ここに穂乃果たちはいない。それだけがアラシにとって安堵の対象だった。

 

現れたナギに対し、ジオウは動けない。前に会った時の『可愛らしさ』はそのままに、内側から溢れ出る気味の悪さが生理的嫌悪感を呼び覚ます。少なくとも壮間には、彼女が人間だとは思えなかった。

 

彼女とアラシの間にどんな因縁があるかは知らない。それでも、間違いなく彼女は敵であると、壮間の記憶に前提が刻まれる。

 

 

「ナギさんが黒幕…もう、疑いようも無いけど…!」

 

「やや…っと、そこにいるのはぁ…あぁ、さっきの童貞臭い男の子か。どうだった?探偵ナギちゃんの名サポート、おかげで犯人わかってよかったね!」

 

「どうせ全部仕組んでやがったんだろ。今思えば国見舞雨の()()もいかにもテメェの仕業だな。何が目的だ」

 

「そ、こないだ変わった男の子からコレもらって、誰か一緒じゃないと使えないらしいから舞雨ちゃんにあげたの。ついでにメモリも。でもさぁ、そしたらまた違う女に渡してるじゃん、そーゆーとこだよねこの子って」

 

 

ダブルが砕いたはずのアナザーウォッチが再生し、持ち主であるナギの手元に浮かび上がる。気絶した国見の顔を持ち上げ首を指でなぞると、ナギはウォッチを起動させた。

 

 

「溜まってるのに一人じゃ発散もできない。快感も罪悪も誰かと共有したいだなんて、クッソつまんない性癖!だからμ’sを呼んだんだ。今のままじゃぜーんぜんもの足りなかったから。

 

あー目的だっけ?そりゃ簡単だよっ、舞雨ちゃんと一つだけ気が合ったとこ。私さぁ………スクールアイドル大っっっ嫌いなんだよね!!!」

 

 

国見の体にウォッチを埋め込み、その姿が再びアナザーダブルに。だが、その立ち姿はさっきまでとは明らかに異なっている。国見の意識が無い分、ナギの人格が前面に出ているのだ。

 

 

「壮間逃げろ!お前が勝てる相手じゃねぇ!!」

 

「えー待ってよ。ちょっとくらい遊んでくれてもいいじのに!」

 

 

ジオウが一歩引いた瞬間、アナザーダブルがジオウの頭を掴んだ。

手から全身に伝播する寒気。高く上げられた膝蹴りが顔面に突き刺さり、次の一瞬で首に足が絡まったかと思うと、腕を掴まれ背後に回られて背中を蹴りが襲った。

 

多分これで合っていると思う。予測できたものではない一瞬の暴力に、苦痛さえも後から追いかけてくるようだ。

 

 

「反応できてないけど?不感症ですかァっ!?」

 

 

この鮮烈で絶え間のない狂気的な動きは、2018年で目にしたアナザーゴーストの開眼と一致する。そこから先も出鱈目で滅茶苦茶な連撃が続いた。体の動きや関節の曲がり方が異次元の域だ。

 

 

「ッ…ぐっ……あぁ~っ!!あははは痛いっ!舞雨ちゃんのカラダだったっけそういえば。でもそれ快感っ!痛さが痺れるこの慣れないカンジ!このカラダがグチャグチャになるまで、私が遊んであげる!」

 

 

逃げられない迫撃が再開しようとした時、ダブルに再変身したアラシがそこに割って入った。それを悦で濡れた笑いで喜ぶアナザーダブル。攻撃の矛先がダブルへと移り変わる。

 

 

「やっぱアラシとが一番気持ちいいよ!その逞しい肉体を殴って、アラシの細胞が潰れるたびに私の奥で何かが這い上がってくるの!」

 

「気色の悪ぃ表現は変わんねぇな!あぁ本当に……テメェは昔から変わらねぇ!!」

 

「私をこんなにしたのはアラシなんだよ!?責任取ってよ、ねぇっ!」

 

 

アナザーライダーの前で弱体化するルールは変わらない。ナギの圧倒的な力とそのルールを前に、ダブルは一切の成す術が無い。

 

 

「でも今はこんなに差がついちゃってる…嫌だよ、これじゃ愛の無い一方的な蹂躙じゃん。私が一方的にアラシを踏みにじって、物言わぬ体になるまで引きずって…本当に……悲しいなぁああああっ!!あっはははははははははっっ!!」

 

「うるせぇんだよ…この変態女が。例え死んでも、テメェの好きなようにはなってやんねぇよ!」

 

「じゃあさじゃあさっ、もしそうなったらアラシは私の何になってくれる?恋人?愛人?ペット?お兄ちゃん?何でもいいよ!私…アラシのこと大嫌い(だいすき)だからさぁっ!!!」

 

 

ダブルが叩きのめされるこの悪夢に、ジオウは入る隙も無い。

 

またこれだ。上手く行った、これで終わると思ったその瞬間からの、突然襲い掛かる理不尽な最悪のデウスエクスマキナ。今の壮間はそれに抗うことができない。

 

 

「ふざけんな…!こんなので…終わらせてたまるかよ!」

 

《フィニッシュタイム!》

《タイムブレーク!!》

 

 

考えても恨んでも何も変わらない。その怒りを無理矢理にでも通さんと、ジオウは反撃覚悟でアナザーダブルにライダーキックを放った。

 

恍惚としていたアナザーダブルの視野にそれは入っておらず、不意打ちの形で一撃が決まった。そして幸運が味方したか、その一撃をきっかけに酷使した肉体が限界を迎えたようだ。

 

 

「あーこれは無理っぽいかぁ…また来るよ。グッドナイト、おやすみアラシ」

 

 

ナギの身体を抱え、アナザーダブルは飛び去った。

またしても助かった形だ。何度も幸運に命を救われている。壮間はただ、今の自分の非力を恨んだ。

 

自分一人で全てを守り、叶える力。

それがあったらどんなに良いのだろうと、そう思う。

 

 

_____________

 

 

 

事件は犯人不在の形で解決した。勝負の決着については、ナギが黒幕だと見抜いたアラシ達の勝利になりそうだが……今はそんなことを気に出来るほど悠長にはなれなかった。

 

ナギの話を聞かせたくないのか、アラシは穂乃果たちをアリオスの付き添いで帰らせた。今はアラシと永斗、壮間が探偵事務所に戻っており、この状況にまず永斗が一言漏らす。

 

 

「最悪だね」

 

「あぁ…最悪だ。まさか最後に立ちはだかんのがナギとはな。朱月や憂鬱の方がなんぼかマシだ、アイツは質が悪すぎる」

 

「分かりますよ…あの人はとんでもなく強かった。下手したら九十九さんより強い。しかもまだ令央もいるってのに……!」

 

「話がイマイチ見えねぇな。お前の事情、詳しく教えろ」

 

 

そういえば詳しい話はまだだったと、いつものように全てを話す壮間。継承に関してはほとんどアラシたちの推理通りだったのだが、それ以外の状況も大概に酷く、永斗の方は分かりやすく顔をしかめていた。

 

 

「えーと、つまりもう一人ヤバいのがこの時代に来てて、2015年では君の友達に取り憑いた火兎ナギが暴れてて、現状どちらも倒す手段が無いと…何それなんて地獄?」

 

「だから令央が持つナイチンゲール眼魂を取り返してミカドを助け、こっちでアナザーダブルを倒してから2015年で香奈を助けようと……消えちゃったゴーストの力は、グレートアイがあれば元に戻せるかも…と」

 

 

『主人公が死ねば物語は消える』とウィルは言っていた。もし朝陽の消滅でゴーストの歴史が消えたのならば、アリオスや蔵真がそのままだったのはおかしい。

 

つまり、理由は分からないがゴーストの物語はまだ消滅していない。グレートアイもまだ健在であるという訳だ。

 

 

「確かに机上論じゃ完璧かもな。でもお前にナギが倒せんのか?あと、ナギが取り憑いてるっつうお前の幼馴染、そいつ助けんのも結構至難だぞ」

 

「え…アナザーダブルを倒せれば、後はアナザーゴーストを倒せば解決なんじゃ…」

 

「ナギのことだ。もしトドメを刺すとこまで行ったとしても、その直前に変身解除してその香奈ってやつを身代わりに。嘲笑いながらまんまと逃げおおせる…なんて普通にしてみせるだろうな」

 

「そんな…でも、それなら香奈が取り込まれる前に戻れば!」

 

「それは出来ないよ、我が王」

 

「出たよ…」

 

 

こういう話をしていると決まって現れる男、それがウィル。本を持っている繋がりか永斗に軽くおじぎした彼は、得意げに本を開いた。

 

 

「なんだコイツ。今度はちゃんと不法侵入だな」

 

「まぁ落ち着きたまえ。私はただの解説役、ルールに誤解があってはいけないから来たまでさ。我が王よ、結論から言うと君は一度行った時間に戻ることはできない」

 

「なっ…!?なんで!」

 

「当然じゃないか、それで何度もやり直しが効いてしまっては、試練として成り立たない。レジェンド継承という一連の試練はやり直しも一時停止も無効。もし君が今から2015年に戻っても、それは2009年で過ごした分の時間だけ先の2015年になる」

 

「何だよそれ!じゃあ香奈を助けるにはどうしろって……」

 

 

文句を言おうとした時には、ウィルは消えていた。あの男はいつも言いたい事だけ言って逃げるのが本当に気に食わない。

 

 

「まぁ、方法は一つだ。ナギとそいつを一旦分離してからぶっ倒すしかねぇ」

 

「できるんですか、そんなこと…?」

 

「それを今から考えんだよ。分離の方法も、お前がナギを倒す方法も、この事態を全部丸く収めるための全部を、俺たちがお前と一緒に考えてやる」

 

「これは珍しい。アラシが他人のために熱心になるなんて。さっきも笑ってたし、壮間くんのこと気に入った?」

 

「笑ってねぇしそんなんじゃねぇ。コイツは依頼の一環ってだけの話だ」

 

「依頼…ですか?」

 

「忘れたのか?お前が頼んだことだろうが」

 

 

壮間は思い出そうとするが、そもそもアラシとの会話は大体喧嘩腰だった。何かを頼んだ覚えなんて一度も無い。

 

そう思った壮間だったが、一つだけあった。でもそれは、もう既に終わったはずの依頼だ。

 

 

「『ダブルを探してほしい』、俺はお前からそう依頼された」

 

「あ、やっぱりそれですよね。でもそれがどうして…ダブルはアラシさんと永斗さんだったし」

 

「俺たちはもうダブルじゃなくなんだろ?だったら俺たちは次のダブルを見つけるしかねぇ。少なくとも俺は、お前にギリギリだが可能性を見た」

 

 

切風アラシと士門永斗、彼らの選択の指針は単純明快。

それは『μ’sを守れるかどうか』。そのためなら自分の存在が消えようが、その先を任せられる人物がいるなら構わない。

 

 

「だからお前を『次』として信じられるようになるまで、依頼は終わらねぇ。依頼人のために戦うのが探偵だ。最後まで付き合ってやる」

 

「アラシさん……!…若干こじつけな感じしますけど」

 

「僕もそう思う」

 

「うるせぇぞボケ2人。余計な事言ってねぇで考えろ」

 

 

____________

 

 

アナザーダブルの変身が綻ぶように解け、意思の無い肉塊となった国見の体が乱雑に地に放られた。

 

 

「おつかれ舞雨ちゃん。次は…どのアイドルにしよっかなー☆」

 

 

別に誰でもいいという訳でもなく、アナザーダブルの体として使える人間には一定の条件がある。それに、未成熟かつ綺麗で純潔の象徴であるスクールアイドルを穢すのがナギの『性癖』だ。

 

悦に震えるナギの指から、細かい砂が流れ落ちた。

逆行しない時の砂時計。それは取り返しのつかない最悪に、更に最悪を重ねる。

 

 

「お兄さんだれ?」

 

「私は令央。君の冒涜極まる作品に感化された芸術家…君に魅入られた滑稽な男の一人だよ」

 

「へぇ、全然好きですよ。お兄さんみたいな破滅的な男性(ヒト)

 

 

 

_____________

 

 

 

「片平香奈とナギの最大の相異点はどこだ?そこを突けば切り離せねぇか?」

 

「僕に聞いてる?うーん…その辺の仕組み知らないからなんともだけど、精神で主導権奪い合ってる感じなら、心がまるっきり別のベクトルを向いたら分離できるかも…?」

 

「本当ですか!?香奈との相異点……どっちも女子で、年齢は同じくらいで、あとまぁ可愛いってのと…」

 

 

状況の打開案を必死に探る3人。アラシの思いつきで見えた光を、壮間は必死で掴もうとする。そして、思考の末に結論を一つ弾き出した。

 

 

「スクールアイドル!そうです、香奈はスクールアイドルが大好きです!」

 

「その反対にナギはスクールアイドルが死ぬほど嫌い…それだ!μ’s(アイツら)のライブでも見せれば分離できるんじゃねぇか?μ’sは未来でもそれなりに有名なんだろ?」

 

「確かに!香奈はμ’sも好きだって言ってました!」

 

「いやいやお二人さん、それはオタク心舐めすぎよ。所詮は見たことのあるライブ映像で感動も無い。いくらなんでもその程度じゃ大した効果は出ないと思うけど」

 

 

だったらと、アラシは壮間のカバンを指さす。

一度壮間の荷物を全て調べた際、アラシはそれの存在を確認していた。

 

 

「壮間、お前のカバンに入ってたあの楽譜。あの筆跡は真姫のもんだろ」

 

「忘れてた…!そうです、未来の真姫さんから穂乃果さんに渡すよう言われて、穂乃果さんに昔のμ’sに渡すように言われてたやつです!もしかして……!」

 

「あぁ、これならどうだ永斗!存在するはずのねぇμ’sの新曲でライブはデカいインパクトになる!」

 

「いやぁ……どうだろ。確かに人によっちゃ発狂ものだけど、そもそも香奈ちゃんってそんなにμ’sのこと好きだったの?」

 

「そう言われれば…一番好きなのはAqoursって言ってました。μ’sがどのくらい好きなのかは俺にも……」

 

 

せっかく見えた希望を掻き消すようなことを言ってしまった。沈んだ空気になるかと思えば、アラシはその台詞の中で聞こえた名前に目を見開く。

 

 

「Aqoursだと?」

 

「あ、はい。そういえばこれも言ってなかったっけ、2015年でアナザーゴーストの事件に巻き込まれたスクールアイドルっていうのがAqoursで、そもそも香奈がそこに首を突っ込んだとこから始まったんですけど…ってどうしました?」

 

「いや…偶然って言うのかこれ。まさかAqoursがここで…か」

 

「どっちかというと運命でしょ…とんでもないね、あのグループは世界が違っても仮面ライダーが仲間なんだ。もしかしたらμ’sも…割とありそうな話だね」

 

 

アラシと永斗はAqoursのことを知っているようだ。

その話の詳細を聞こうとしたが、壮間の興味はすぐに移り変わった。その時、アラシが何か閃いた顔で、口元に笑みを浮かべたからだ。

 

 

「相手はスクールアイドル大好き少女。最推しのAqoursか、超スクープのμ’sの新曲か……馬鹿言うんじゃねぇ事態が事態だぞ?そんな二択、無粋ってもんだろ」

 

「アラシ…まさか…!?」

 

「なるほど。素晴らしいアイデアだ切風アラシ!」

 

 

アラシがそれを言おうとした時に、ウィルがまた現れた。なんだか今回は我慢できなくなったかのような登場だ。

 

 

「だからなんだテメェ!こいつもお前の仲間か、壮間」

 

「いや、知り合いですけど仲間…かどうかはちょっと。友達ではないです」

 

「酷いね我が王、私泣きそうだよ。

まぁ良しとしよう。何故なら、私は彼のアイデアに感動しているんだ!

せめてささやかながらヒントを献上しよう。複数のグループ、ソロアイドルが一つのイベントを織りなすまさに宴!未来でとある少女が考案した、そのイベントの名は───スクールアイドルフェスティバル!」

 

 

そこまでする必要は無いかもしれない。もっと効率的な方法があるかもしれない。それでも、アラシはやらせてやりたいと願った。歴史から消える自分たちが残す、最後の贈り物だ。

 

 

「もしかしたら無粋かもな。でも知ったこっちゃねぇんだよ。これまで歩んできた道も、選択も、矜持も、文脈も、何もかも知った事か。どうせ無かったことになるんだ。最後くらい…ド派手に花火上げて祭りと行くぞ!

 

μ’sとAqours、時を超えた合同ライブ!スクールアイドルフェスティバル ライダーズedition開催だ!!」

 

 

2018年、2015年、2009年

三つの時代がスクールアイドルで交錯した。

 

みんなで叶える奇跡が、最低最悪の結末を覆す時だ。

 

 

 

____________

 

 

次回予告

 

 

「未来のアイドルと一緒にライブ!?」

「μ’sと合同ライブですってえぇぇええええっ!!!??」

「おい!しっかりしろダイヤ!」

 

奇跡のイベント開催!香奈を救え!

 

「君が士門永斗だよね?わたしはその知識が欲しいんだよ」

「贋作共が、奇跡や夢だなんて笑わせてくれる!」

「もっと気持ちいいこと教えてよ!そのクソ気取った仮面剝ぎ取ってあげるからさぁっ!」

 

集う邪悪。立ち向かうは仮面ライダー!

 

「信じられる相棒がいる」

「命を燃やす」

「最高最善の王になる」

 

「俺たちも…仮面ライダーだ!」

 

今こそ、積み重なった最悪を覆せ!

 

「μ’s!ミュージックスタート!」

「Aqours!サンシャイン!」

 

次回、「フェスティバル!2015/2009」

 

 

 




ナギちゃん普通に敵でした。ラブダブルでは今後登場する予定の超つよつよ敵で、アラシとは並々ならぬ因縁持ちです。察しの読者は色々読み取れるかもです。

次回からは補完計画を挟んでクライマックス。合同ライブ実現とナギ撃破に向け、全員が一丸となって戦います。未回収の色々は一気に回収していきたい感じです。

アラシ達がAqoursを知ってた理由は、ラブダブルでただいま進行中のコラボ編を是非ご覧ください!

高評価、感想、お気に入り登録、お待ちしています!


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ジオウくろすと補完計画 11.5話 「第一次ヒロイン戦争」

色々と醜いです。寛大な心でキャラ補完と思って読んでください。
あと無駄に長いです。


 

 

時空の狭間に集う、選ばれし少女たち。

彼女たちは自らの尊厳を駆け、その仁義なき戦いに身を投じる。今こそ最強の「くろすとヒロイン」を決める時───

 

 

ウィル「さぁ始まりました!補完計画のネタ切れにより急遽開催されたヒロイン決定戦!司会進行はこの私、預言者ウィルがお送りします!今回は解説役に作者をお呼びしています!」

 

作者「預言者ウィルってライトブリンガーみたいですね」

 

ウィル「作者は最近デュエマに首ったけだそうです。なんならデュエマ小説書きたいなんて抜かしているとか…未完二作抱えてるのに何を考えているのやら!」

 

作者「対戦してくれる人いたらTwitterにてご一報ください」

 

 

くろすとに登場する女子キャラの中で、ヒロインの座に相応しいキャラを決める戦い。まずは参加者がその姿を現す。

 

 

ウィル「エントリーNo1!響鬼×いぬぼく編にて登場した、真面目気質のクールビューティー、アマキこと嵐山藍!」

 

アマキ「アマキでお願いします。ていうかなんですかコレ!私たちの歴史消えましたよね!?」

 

作者「作者権限です。ネタ切れ脱却のため頑張ってくださいお願いします」

 

アマキ「そんなこと真顔で言わないでください!なんですかそのゲンドウポーズ!」

 

 

ちなみに作者はシンエヴァは見てません。

 

 

ウィル「エントリーNo2!またしても同じエピソードから登場、お強い虚弱女子は好きですか?槌口九十九ぉ!」

 

九十九「アマキちゃん…?ヒロインって…どういう…?」

 

アマキ「槌口さんまで呼んだんですか!」

 

ウィル「そしてエントリーNo3!絶賛大活躍中の最強ルーキー!ツンからデレの落差は誰にも負けない正妻面、アリオス!」

 

アリオス「なんだその解説は。その『ツン』やら『デレ』とはどういう意味だ」

 

アマキ「後輩まで……」

 

作者「ボーイッシュな女子って…いいよね」

 

アマキ「貴方の性癖は知らないんですよ!」

 

 

頭を抱えるアマキ。そもそもヒロイン決定戦とは何なんだ。そんなもの決める必要も議論する余地だってどこにも……

 

 

ウィル「エントリーNo4!彼女を置いてくろすとヒロインは語れない!元祖女子キャラ、体育会系オタク幼馴染!片平香奈!」

 

香奈「平伏せ雑魚共がァーっ!私こそがヒロインだぁ!」

 

ウィル「一人だけ俄然やる気です!」

 

アマキ「そうですよ片平さん!貴女は初期からヒロインとして登場してるじゃないですか。ゲストキャラの私たちと比べるまでも……」

 

作者「だって香奈って全然ヒロインっぽい動きしないし。食われたり置いてかれたり奴隷にされたりオタク語りして敵をロボでぶっ飛ばしたり───」

 

 

瞬間、香奈の膝蹴りが作者の顔面にクリティカルヒット。

 

 

アマキ・アリオス「作者が死んだ!」

 

ウィル「この人でなし!」

 

 

※作者が死んだので、この先の出番もありません。

 

 

香奈「そうです私がヒロインなんですよ!誰にも負けませんからね!ポッと出のゲストなんか蹴散らして、私がヒロインの座に返り咲くんだから!」

 

アマキ「その座、全然いらないんですけど…」

 

ウィル「では残りの参加者を一気に公開!」

 

 

まだいるのかと空気を重くする一同。

しかし、現れたシルエットで更に嫌な予感が流れる。見えたのはポニテの影と、喧しい立ち姿。

 

 

オゼ「ヒロイン決定戦…なかなか見ない試みだね。わたしも混ぜてよ」

 

ナギ「私を差し置いて誰が可愛い、誰がヒロインだなんて!アイドルの私が一番に決まってるじゃないですかっ!全員その面の皮剥いで汚い中身ぶちまけてあげますよ!」

 

ウィル「エントリーNo5&6、マッドサイエンティストタイムジャッカーオゼ、ヤバいし死ねる系アイドル(今回のレジェンド枠)火兎ナギ!」

 

アマキ・アリオス・香奈「帰れっっ!!!」

 

 

__________

 

 

ウィル「これで全員出揃ったね」

 

アリオス「正気なのか!?あの2人は私の知るヒロインには絶対に当てはまらないぞ!」

 

アマキ「あんなのヒロインに据えれば主人公が2話の冒頭で肉塊になって最終回打ち切りですよ」

 

オゼ「そう言われても仕方がないんだよ。わたしはそこの正統派ヒロイン(笑)より人気あるのだから、不参加とはいかないからね」

 

香奈「あ゛ぁ?」

 

九十九「喧嘩は…良くないよ…?」

 

ナギ「そうそう。喧嘩するなら互いに毒と解毒剤入りの箱を飲んで、相手の腹を掻っ捌いて解毒剤取った方が勝ち!くらいやらないと物足りないじゃん!」

 

ウィル「収集つかなくなって来たからヒロイン要素に関するお題を提示しよう。そのトーク次第でヒロインを決定するというルールだ」

 

 

 

お題①『可愛さ』

 

 

ウィル「自分が可愛いと思う者、挙手」

 

 

腕をピンと挙げるナギ、それを見て手を挙げたのは香奈だ。

 

 

アマキ「二人ともよく挙げますね…」

 

ナギ「だって私かわいいし」

香奈「言ったもん勝ちなら挙げるよ!絶対勝ち取ってやるんだから、ヒロインの座!」

 

九十九「でもみんな可愛い…と思うけど…」

 

アリオス「私が目指すのは可愛いよりも『格好いい』、つまり男らしさだ。やるからには勝利を目指すが、この催しは私の思想とは異なっているな……」

 

アマキ「意外にもオゼさんが挙げてませんね。自意識過剰タイプかと思ってました。実際内面に反して容姿は無駄に綺麗なんですが……」

 

オゼ「わたしは見た目に気を使った事は無いよ。この無限に広大な世界と時間を解き明かすのに、自分のことに興味を持つ暇なんて無いんだよ。しかし容姿を気にする者の思考・心理は気になるかな。誰かわたしに教えてよ」

 

アリオス「私は容姿には気を遣うぞ。何故なら目指すは完全な存在、人間の肉体になってからは髪や肌、歯や爪に至るまで手入れを欠いたことは一度も無い」

 

ウィル「おっとこれは新たな一面。アリオスに女子力ポイント加算です!」

 

 

アリオスの頭上に「ポイントUP!」と表示される。どうやらこれもヒロイン決定における一つの参考点となるらしい。

 

 

香奈「ぐぬぬ小癪な…そうだ!容姿なら顔だけじゃなくてファッションも!これならどうよ!その辺の衣装固定キャラ共にオシャレは分かんないでしょ!」

 

アリオス「確かに私は梨子に選んでもらった数着のみだが……」

 

ナギ「だったら私だよね!相手の男性やシチュに合わせて服装をチョイス、その場その場でペルソナを切り替えるのが女の条件だよ☆」

 

九十九「香奈ちゃんとナギちゃん…すごいね。オシャレさんなんだ…」

 

香奈「そりゃーもう現役の女子高生舐めてもらっちゃ───」

 

 

その時、香奈は思い出した。

よくよく考えれば服そんなに詳しくない事に。ほとんど親に選んでもらってるし、お小遣いは服よりもラーメンやお菓子に消えていっている事に。

 

 

香奈「……さーてそろそろ次のお題かな!?」

 

ナギ「え、なになに誤魔化した!?自分で出した話題なのにまさかの見切り発車!もしかして大口叩いて女子力皆無のクソダサ女子なのぉ?現役JK真っ盛りの片平香奈ちゃーんwww」

 

香奈「う・る・さーい!本編で私に取り憑いてるからって調子乗っちゃってさ!」

 

 

 

お題②『スタイル』

 

 

オゼ「この話題には少し馴染みがあるね。前の補完計画でわたしのスリーサイズが公開された気がするよ」

 

アマキ「あぁ、あの回ですか……」

 

香奈「私が出てない補完計画の話はNGです!」

 

ナギ「それほとんど全部じゃん」

 

香奈「うっさい!で、そこの萌え袖の数値は79・57・81だったっけ!?私の戦闘力は83・59・80!Bは私の方が上!70族の雑魚は退場退場!!」

 

オゼ「なんだろう。事実を言われてここまで感情が淀んだのは初めてだよ。それはそれで、研究者として数字に興味はあるよ。なにせ人体は宇宙!さぁ他の皆も開示してよ!」

 

 

香奈の血走った目線が他のメンツに、というか主に胸に行く。これが女子同士じゃなかったら通報も辞さない状況だ。

 

 

九十九「私…計ったこと無い…」

 

香奈「シャラーップ!今更そんな逃げは通用しませんよ!まぁ所詮は虚弱ヒロイン、ただ細いだけが取り柄の負け犬で……あれ、なんか思ったよりガッシリしてる……?」

 

アマキ「そりゃヒビキさんの元お弟子さんですよ?スタイルとしては引き締まった部類に入ります。その理論で行くと、私もそうなんですが……」

 

オゼ「なるほどこれは神秘だよ。その細い身体に対しての筋肉密度……そこのたるんだ少女と比べても素晴らしい仕上がりだね」

 

九十九「あ…ありがとう…?」

 

香奈「私だってダンスやってますけど!?」

 

 

アマキ・九十九にポイントUPが表示される。

 

 

ウィル「鬼組の二人にポイント加算、どうやら胸が大きければいいというものでもないようだね」

 

香奈「ギャアアアア!!」

 

ナギ「そもそもアマキちゃんって胸も香奈ちゃんくらいない?その上、香奈ちゃんより腰は細いしこれ完敗でしょ」

 

香奈「うぐっ…!?そういうアンタは…ああああっ!胸無駄に大きい!しかも細い!」

 

ナギ「用途にあった大きさって言ってよね。卑し豚共を釘付けにする90・57・87でスタイル可変!引っ込め私の下位互換っ☆」

 

香奈「可変って何!?ズルくない!?」

 

ウィル「彼女は並行連載中のラブダブルに登場する予定だからね、その辺の未公開設定と関係しているのだろう」

 

オゼ「なるほど実に興味深いんだよ。こんな催しよりわたしの実験に付き合ってくれないかな?最後には元に戻すと保証するよ」

 

ナギ「いいねいいねっ!じゃあその代わりにこんなの作れない?例えば…感度3000倍にする麻薬とか、こう内側からこんな感じに抉る玩具とか!」

 

 

くろすと屈指の混ぜるな危険ガールズ。彼女たちが話すと途端に倫理観や対象年齢がボロボロになるため、一旦閑話休題。

 

 

香奈「待って。まだ一人、スタイルについて触れてないよね」

 

 

一同の視線が向けられるのは、先程から沈黙を貫いていたアリオスだ。

 

 

アリオス「…なんだ。そんな目で私を見るな!」

 

香奈「やたらと男っぽい恰好してるけど、体つきは見れば女の子って分かる程度にハッキリしてるんだよね…実際のとこ数値はどうなんすか…!?」

 

オゼ「ふむ…その厚着は体温調節に見た目の調整も兼ねているとみたよ。しかし目算では数値が計りにくいね。本編で『スタイルはいい』と言及されているけど…これが『着痩せ』という現象!メカニズムが気になるよ!」

 

ナギ「お?じゃ脱がせますか!ねー司会のお兄さん、力づくで脱がすのと脅して自分から脱がせるのどっちが好み?このシチュ女騎士みたいでいいねー!縄、使おっか!」

 

アリオス「訳の分からない二択と文言を並べるな!おいやめろ!その手つきはなんだ!私に触るなあああ!」

 

アマキ「槌口さんは見ないでください。教育に悪いです」

九十九「アマキちゃん…?あの子、今どうなって…ナギちゃんの声で『りょうじょく』って……」

アマキ「火兎さんは女版青鬼院蜻蛉みたいなものです。大した意味は無いですよー」

 

 

ちなみにアリオスのスリーサイズは87・61・89です。

ガチ男装時はさらし巻いてます。

 

 

香奈「結構負けてるっ…!?」

 

ウィル「例によって優秀な考察班が一晩で算出してくれたようだ」

 

アマキ「本当に何者なんですか考察班……」

 

 

 

お題③『性格』

 

 

アマキ「閉廷です!もう議論いらないでしょう!これに関しては槌口さんの優勝です!」

 

九十九「私……?」

 

香奈「何言ってんですか!理想のヒロインの性格といえば、この私です!作者だって昔どっかで言ってましたよ!」

 

アマキ「本編ではそうでも補完計画では絶対違います!貴女さっきから滅茶苦茶やってるの自覚無いんですか!?」

 

アリオス「その意見には私も同意だ。私は自分で性格がいいとは思っていないし、この中で一番優しい者を決めるとすれば、槌口九十九しかいない」

 

 

言うまでも無く、これまでの醜いやり取りの中で九十九は唯一良心を貫いていた。声を荒げるでも、誰かを否定するわけでも無い。まさしく優しさの権化である。

 

 

ナギ「ちょっとちょっと」

オゼ「わたしたちを置いて話を進めないでよ」

 

アリオス「何故戦いに参加できると思っているんだお前たちは。まず倫理観を身に着けてから出直して来い」

 

ナギ「えー私アラシにも言われるよ?いい性格してるって」

 

アマキ「皮肉って知ってます?」

 

オゼ「別にそういう話をしているんじゃないよ。わたしはアナザー響鬼として彼女を見初めたからね、彼女の中にはそれに足るだけの悪意が存在しているということだよ」

 

香奈「言われてみれば全体的に酷い目にあった気が…と言うか殺されかけた気も……」

 

 

(過去話の『目覚める約束』を参照)

 

 

九十九「あの時は…本当にごめんなさい…!裏切られたと思ってて、あの時の私は何も見えてなかった…何も知らなかったのは私の方だったのに……」

 

香奈「ほらねー!私知ってるんだから、この子ってばこーんな怖い顔で『ヒビキを許さない…!』とか言ってたの!性格いいどころか危なすぎるでしょ!」

 

アリオス「彼女、喋る度に株が下がっているような……」

 

アマキ「でも反省できるのはいい子の証です!そもそも、そこのオゼさんが余計なことをしなければ良かっただけのこと!悪いのはオゼさんなんですよ!」

 

アリオス「彼女も槌口九十九に対して甘いのでは…?」

 

オゼ「それは心外。わたしが介入しなければ槌口九十九の記憶は戻らなかったと明言されているのを知らないのかな?むしろ恋のキューピットと呼んで感謝してよ」

 

九十九「確かに……彦匡に会えたのはオゼさんのおかげ……?」

アマキ「騙されちゃ駄目ですよ!魔化魍食べさせられて劇的ビフォーアフター極悪ライザップで結果にコミットしたの忘れたんですか!?」

 

ナギ「性格がいいと言えば、この間イベント一緒だった子がめっちゃいい子だったんだよねー!そういう子ほど染色したくなるってゆーか、結局我慢できなくて薬漬けにしちゃったんだけどぉ…」

 

 

オゼが開き直った辺りから性格論争は混沌を極めた。

結局、梨子をアナザーゴーストにした黒幕であるオゼ&ナギを空気を読んで放置してあげているアリオスに、延々とポイントが加算されていったのだった。

 

 

 

お題④『恋愛』

 

 

ウィル「やはりヒロインといえばこれは欠かせない要素!トキメキドキドキを持たないキャラはヒロインに非ず、とも言うからね」

 

ナギ「ややっ!これは私の独壇場かな!?そこらへんのお子ちゃまとは経験が違うからぁ?」

 

香奈「出たエロアイドル!どんだけ私のヒロイン道を邪魔すれば気が済むの!」

 

アリオス「ほとんど自滅ではないか?」

 

ナギ「いいから!ほら見て私の出番!この儚くも激しいアラシとのイチャラブシーンを!」

 

 

(『Aから始まる/犯人はお前だ』を参照)

 

 

アマキ「イチャもラブもしてませんよ」

 

オゼ「一概にそうも言い切れないんだよ。生物の求愛というのは実に多様で、カマキリは交尾中に雄の体を食いちぎるとも言う。これも一つの愛の形態……興味深いよ」

 

香奈「人ですから!一応、この人も!つまりただの暴力猟奇女ってこと!」

 

オゼ「愛というのはやはり極めて興味深い題材だよ。そうだ、参考にしたいから好きな異性がいる人は教えてくれないかな!」

 

九十九「えっと…私は…彦匡が好き…です」

 

香奈「おおっ!やっぱりそこのカップルは素敵で……あーダメだ!このままじゃ九十九ちゃんにヒロインを……でもこの抑えきれない恋バナ衝動っ!!」

 

 

基本的に単細胞生物の香奈。感情に果てしなく従順であるため、脳がバトルモードから恋モードに瞬時に切り替わった。

 

 

香奈「ずっと昔からのカップルなんだよね!ヒビキさんのどの辺が好きなの!?」

 

九十九「え…!?その…私を連れ出してくれたのは彦匡だし…何回生まれ変わっても迎えに来てくれて、その度に私を守ってくれたし…」

 

アマキ「素敵ですよね。時を超えた愛というのは」

 

香奈「告白とかどっちだったの!あと結婚した時もあったんだよね!」

 

ナギ「結婚初夜ってやっぱ激しいの?」

オゼ「先祖返り同士での繁殖はどんな風になるのかな?」

アマキ「すいません本当に黙ってください」

 

九十九「私は毎回忘れてたから、告白はいつも彦匡からで…結婚した時もそうじゃない時も、何回も私のことを綺麗って……」

 

香奈「おっはあああああっ!ヤバいですね!ヒビキさんカッコいい!イケメンだし、私も彼氏作るならヒビキさんみたいな人が…」

 

九十九「……は…?」

 

香奈「冗談です……」

 

 

裏切られたら殺そうとしたり、ヒビキが死んだときは自分も迷わず死んだり、どうにも九十九にはヤンデレの気があることに気付く香奈。さすがは病を司る『野槌』の先祖返り。

 

 

香奈「藍さんもバンキさんと付き合うって、最近キャラ紹介で判明したじゃないですか!その辺どうなんですか!」

 

アマキ「アマキです。それに遺憾です。あの金髪と付き合うなんて、歴史が変わった私は気が狂っているとしか言えません。それにあくまで示唆です!よく似た別人の可能性もあります」

 

香奈「とかなんとか言っちゃってー!実際バンキさんとどうなんです?」

 

アマキ「何もありません!まぁ強いて言うなら、彼の鬼としての才能には敬意と嫉妬を覚えますが…それ以外はゴミカスです!有り得ません!」

 

ナギ「2005年組はお盛んですねー!」

 

ウィル「妖狐×僕SSは恋愛ものの作品だからね。クロス先の要素を取り込むのは必然だ。このまま恋話もいいが、仮にもヒロイン論争なんだ。少し仕切らせてもらうよ。

 

ズバリ、この作品の主人公である我が王、日寺壮間に関して。君たちヒロイン候補は彼をどう思っているかな?」

 

 

ウィルにより提示されたお題。それに対し、各々あまり悩む様子も無く……

 

 

九十九「あんまり興味は…」

香奈「ソウマはいい子だけど、もっとイケメンが好き」

アマキ「アリよりの……ナシですね」

オゼ「実験対象にしても余りそそられない人物だよ」

ナギ「全然無理。金貰ったらできなくはないけど」

 

 

「お労しや我が王…」となりそうになるウィルだが、アリオスがコメントしていない。

 

 

ウィル「君はノーコメントかい?それはつまり多少は気があると…?」

 

香奈「はぁっ!?」

 

アリオス「違う!確かに壮間は大切な友だが、その……なんだ。私はそういった話に疎いんだ。朝陽も蔵真も家族のような存在だし異性という意識はあまり……そもそも私が目指すのは完璧な存在!伴侶など必要としない!」

 

ナギ「あっはっは、何言ってんのこの子。発情しないって完璧どころか生命として欠陥だよね。睡眠欲・食欲に並ぶ欲求知ってる?言っちゃうとセッ」

アマキ「わーっ!そこまでです!年齢制限かかります!」

オゼ「交尾だよね」

アマキ「なんで言うんですか!」

 

オゼ「でも直近の彼女の動きを見ると……俗にヒロインらしいと言われる行動が多いんだよ。例えば落ち込む主人公を励ましたり、いつの間にか主人公を名前で呼んだり」

 

ウィル「一緒に旅行ではしゃいだり、着替えを覗かれたりの定番もこなしているね。しかも背中を預けられる戦うヒロイン。素晴らしいよ」

 

香奈「かーっ!卑しか女ですよ!人の幼馴染に何してくれちゃってんの!」

 

アリオス「そんなつもりは断じてない!私はただ友として壮間を信頼し、隣にいたいと思うだけで……!」

 

九十九「それって…あんまり恋と変わらないような…」

 

アリオス「何故そうなる!?」

 

ウィル「誰かが言った、『小さな幸せやラッキーに出会った時、真っ先にそれを教えてあげたくなる相手に恋をしている』。さぁ考えるんだアリオス、ワンチャン姫君ではなく君が我が王の姫君になるかもしれない」

 

オゼ「そういう話なら俗説にこんなのもあるよ。性欲か恋愛か見極めるには、一度性的欲求を発散させてから相手のことを考えればいいらしい。口に出すと面白い研究テーマだ!」

 

アマキ「だからなんでそっちの話にするんですか!?」

 

ナギ「そーゆーことなら私が手伝ってあげよっか!だいじょーぶ私どっちでもイケるから!任せて!」

 

アリオス「何の話だ!?友愛か恋愛の話では…いや恋愛ではないぞ絶対に!だから私に触るなあああぁぁぁっ!!」

 

香奈「なに!?なんでソウマ取られたみたいになってるの!?幼馴染ポジよ!最初からずっと出てるんだよ!?私がメインヒロインなのにぃぃぃ!!」

 

 

それから先、時間の流れから外れた戦いはずっと続いた。

というか、香奈の虚しい抵抗と奮闘、あとはオゼとナギの暴走が三日三晩は続くのだった……

 

 

to be continue…

 

 

__________

 

 

アマキ「原作キャラにもヒロインっぽいことしてた人いたと思うんですけど、今回はオリキャラ勢だけでしたね」

 

ウィル「一部都合で出せないキャラもいたし、あの辺出すと面倒なセコムが付いて来そうだからね」

 

アマキ「あぁ……」

 

 

近所のシスコン天才科学者、半機械の小っちゃいものファンクラブ会長、変態過保護シークレットサービス、Aqours保護者の幽霊───

 

この醜い戦いから原作キャラを守った彼らに、敬礼。

 

 




ナギが全部悪い。


今回の名言
「小さな幸せやラッキーに出会った時に、真っ先にそれを教えてあげたくなる相手は誰だ?誰の顔が浮かぶ…?」
「ニセコイ」より、舞子集。


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EP12 フェスティバル!2015/2009
僕のノーベル賞


サバキ
仮面ライダー裁鬼に変身した男。38歳。本名は榊原作之進。煙草が似合う渋い男で見た目はそれなりに老けている。バンキの師匠で現役最年長の鬼。指導はストイックで特に有名なのが「一週間シフト修行」。彼自身が三流派を全てマスターした唯一の鬼であるため、実際仕事は多い。周りから見ても謎が多く、「昔は軍人だった」とか「忍者の家系」とかあらぬ噂が乱立している。2005年では壮間とミカドに修行をつけ、アナザー響鬼討伐にも貢献した。修正された歴史では、様々な分野でコーチを請け負っては結果を残す謎の男として、都市伝説にもなっているとか。

本来の歴史では・・・才能しかない弟子に手を焼いていたが、彼の成長を見て自分はもう必要ないと思うようになる。そして、バンキの魔化魍「ヌエ」の討伐をきっかけに、サバキは引退を宣言し……


遅くなった理由はレンティル地方で写真を撮ってたからです146です。僕のアップリューが内定してないのだけが解せない、あの神ゲー。

今回からはダブル×ラブライブ編……というかラブライブクロス編の最終章です。ゴースト編から続いてきた話も終わりに近づいていきます。まずは彼の掘り下げから。


今回も「ここすき」よろしくお願いします!


「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。2015年で最悪の結末を迎えてしまった我が王は、救いを求めて2009年へ。そこで突き止めた全ての元凶の正体、その名は火兎ナギ。

 

スクールアイドルが繋いだ二つの時代。それぞれに生きる仮面ライダー。我が王が試練に打ち克った時、奇跡が起こる───かどうかは私にも分かりません。ただ、信じて祈るとしましょう」

 

 

 

______________

 

 

 

拳銃を作っている工場の人間は犯罪者か?

違う。使って悪事をする人間が悪い。

 

僕はそうは思わない。理由はどうあれ、火の無い所で火事は起きない。

誰に許され、誰に愛されようとも、僕は僕という悪魔を永遠に許すことは無い。

 

 

「って…思ってたんだけどねぇ…」

 

「永斗くんどうしたの?」

 

「ん、いや。何でもないよ凛ちゃん」

 

「全員集まったな。色々あってデカいライブする事にした。雑に説明すっからよく聞けよ」

 

 

探偵事務所に集まったのはμ’sの9人。

これまで会っていたのは所謂3バカと未来での真姫だけであったため、その光景にμ’sをよく知らない壮間ですら感動を覚えていた。

 

 

「これがμ’s……やっぱこう…オーラが違いますね。流石伝説のスクールアイドル」

 

「μ’sの衣装デザイナー、南ことり。スクールアイドル界トップクラスのダンサー、綾瀬絵里……話に聞いていた伝説が勢ぞろいだ…!」

 

 

アリオスと壮間が感激している間に、アラシがμ’sの9人に本当に雑に説明。ナギの事や歴史消滅の事を伏せても十二分に常軌を逸していたその内容に、それぞれ頭上に疑問符を浮かべるか頭を抱えるかしか出来ないようだ。

 

特に頭痛が酷そうだったのは園田海未だ。

 

 

「全く分かりませんが分かりました。それで、そちらの方々が…」

 

「未来から来た仮面ライダーだ」

 

「またですか……!今度は何が起こるというのですか!」

 

「別に何も起こんねぇよ。ただお前らには、未来のスクールアイドルとライブをしてもらいたい」

 

「未来のアイドルと一緒にライブ!?」

 

 

嬉しそうに声を上げたのは海未ではなく穂乃果。『未来のアイドル』という単語にソワソワしだしたのは、アイドルマニアの小泉花陽とにこ。他のメンバーの感触も悪くは無い。突拍子の無い内容で半数はフリーズしているが。

 

 

「未来のアイドルって…もしかしてAqours!?」

 

「本当に偶然にもな。説明省くが未来って言っても前とは違ぇから、アイツらは居ない未来だぞ」

 

「なっ…高坂穂乃果!Aqoursを知っているのか!?」

「初代Aqoursが千歌さんの時ですから、この時代にはまだ無いですよね!?」

 

 

ちなみに壮間の言う初代の前にも、ダイヤ達3年生が短期ではあるがAqoursとして活動していたのだが、Aqoursを知ったばかりの壮間がそんなマニア情報を知る由もない。

 

 

「前に色々あったんだ、気にすんな。

そんでライブ方法だが……壮間、お前らのタイムマシンは何人乗りだ?」

 

「μ’sを2015年に連れて行くつもりかい?それはお勧めできないな、切風アラシ」

 

 

似たような顔でウンザリする壮間とアラシ。説明のタイミングで決まって現れるウィルだ。新鮮な驚きをしているμ’sの9人が羨ましくも感じる。

 

 

「なんでだ解説ロングコート。タイムパラドックスってやつか?」

 

「大雑把に言えばね。詳しくは言えないが、特定の条件を満たす者以外がタイムジャンプをするのは危険なんだ。μ’sを2015年に連れて行って時間の修正が始まってしまうと、彼女たちはいるべきじゃない時間にいることになり、時間の復元力でも直せない大きな歪みが生じてしまう。最悪の場合、存在自体の消滅にも繋がり得るんだ」

 

「…待て。そうなると私はどうなる?」

 

「もちろん君も危険だよ、アリオス」

 

「はぁ!?なんでそんな大事なこと言わなかったんだよ!」

 

「今回は事態が事態だからね、やむを得ないと判断したまでさ。言ったはず、私は君を王にすることを最優先とする……と」

 

「その割には親切だな、有難ぇことだが。そうなりゃナシだ。コイツらを危険に晒す訳にはいかねぇ」

 

「…全然話がわかんないにゃ。真姫ちゃん絵里ちゃん教えてー!」

 

「いや私にもさっぱりよ…多分誰も分かってないんじゃない?」

 

 

絵里の返答に淡い期待を込めて真姫を見る凛だが、真姫はどうせ聞いても分からないと、完全に興味を失って毛先で遊んでいた。しかし流石に医者志望。話の要点は理解している。

 

 

「結局未来には行けないってことでしょう?だったらその未来のアイドルとのライブ…?できるわけないじゃない」

 

「うるせぇよ。やるって言ったら意地でもやるんだ。こっちで方法考えてる間、お前らは文句意外にも色々考えとけ」

 

「穂乃果さん…アラシさんの態度、喧嘩になったりしないんですか?」

 

「うん?大丈夫だよ、アラシ君って本当は優しいから!」

 

「口の悪さだけはどうしようも無いのは…否定できませんが。聞いた内容を丁寧語に翻訳すれば本人の言いたい事と大体合うと思いますよ」

 

「初めての人は怖がっちゃうかもだけど…やっぱり慣れ…かな?」

 

「にこさんめっちゃ喧嘩してますけど…」

 

「アレはお約束です」

 

 

壮間の心配をあしらう2年生組。これは信頼と呼ぶべきなのか。

ちなみに彼の悪態に逐一噛みつくのはにこだけ。今もあれこれ反抗している。

 

ラブライブ本戦はどうするだとか、もっと状況を教えろだとか、そんな急に言われてもだとか…にこ本人も未来のアイドルには興味津々の癖に、アラシに言われると素直になれないのが彼女だ。

 

 

「───だから!ライブしろって言われても曲もダンスもどうするのよ!」

 

「言ったろうが、未来の真姫が書いた曲がある。丁寧に歌詞付きだ。こいつは多分…未来の海未が書いたんじゃねぇか?」

 

「なっ…!?未来の私が!?勝手に見ないでください!恥ずかしいです!」

 

「未来の真姫ちゃんの曲…真姫ちゃん本人も気になってるんとちゃう?アラシ君に『見せてー!お願い♡』ってやらんでええの?」

 

「な、なに言ってるのよ!そんなこと言うわけ…

ていうか!合同ライブなら相手グループと話し合わなきゃ始まらないわよ!いつライブするのかは知らないけど、話し合いくらいは早くしないと」

 

 

真姫に言われてアラシも考えこむ。言われてみれば話し合いが出来なければ何も決められない。

 

 

「時間を超えた通信か…過去から未来はともかく、双方向となると無理だ。そこなんとかしねぇと話が進まねぇ」

 

「二つの時代で会話できる夢みたいな方法なんて、皆目見当も……」

 

 

壮間もアラシと一緒に頭を悩ませていたが、アリオスとウィルが何やらキョトンとした顔でこちらを見てくる。その視線に合わせ、壮間も自分のカバンに目を向けた。そして、気付いた。

 

 

「あーっ!あります!ありました!時間通信機器、ファイズフォンⅩ!」

 

「良かったよ。てっきり我が王は私のプレゼントなど覚えていないものと…」

 

「面倒臭いこと言わないで。とにかく、これがあれば2015年と通信できます!相手が普通の携帯でも時間を選択すれば!ビデオ通話も多分できますし!」

 

「これで話が進むな。いや待てよ。双方向コミュニケーションが可能で、ビデオ…つまり映像も可能ってことは……これだ!永斗…!……!?」

 

 

永斗の名を呼んだ。しかし、返事は無いどころか姿も無い。

妙だとは思ったのだ。全く会話に入ってこないから。

 

 

「永斗さんどこに…?」

 

「永斗くんなら、買いたい漫画があるってさっきコンビニに……」

 

 

アラシとにこの喧嘩腰が恒例行事なら、永斗のサボり癖も恒例行事。呆れているのはアリオスだけで、見慣れた彼女たちは苦笑いか無表情のどちらかだ。

 

一方でアラシの反応もいつも通り。凛の報告を最後まで聞かず、事務所を飛び出していった。壮間が一瞬だけ見たすれ違いざまの顔は、鬼の様相をしていたという。

 

 

____________

 

 

 

「なんでテメェはこんな大事な時にサボってんだ?あ゛ぁ?」

 

「いやだってなんか話決まらなそうだったし…それならちょちょいと漫画買うくらい許されるかなーと…」

 

「分厚い単行本立ち読みしてた奴が何言ってんだ!一大イベントなんだよ働けクソニート!」

 

 

表情で「働いたら負け」と訴えかける永斗。それを蹴り飛ばすアラシ。

 

士門永斗。『2人で1人の仮面ライダー』であるダブルの片割れ。そういえば、壮間は彼の事をあまり知らない。知っているのは頭が良く、地球の本棚を持つGoogle人間ということ。後は今知ったこの面倒くさがり屋という一面くらいか。

 

 

「壮間、携帯寄越せ」

 

「あ、はい」

 

「コイツが時間を超えて通信できるガジェット。コイツを見てライブ方法も思い付いた。『合成映像』だ!μ’sのライブとAqoursのライブをピッタリ重ねて一つのライブにする!」

 

「そりゃ凄い。でもそれ僕の出番ないじゃん。タイムカプセルにでも入れて未来に映像残せばいい話でしょ?」

 

「歴史が消えるんだ。あっちでは俺たちのやった事は綺麗さっぱり無くなってんだよ、映像なんか残せるか。それに映像残せばいいって話でもねぇ。合同ライブの体で作るんだから、それを合成でやるとなるとかなりの精度が必要になる。そこにこんな携帯のビデオ付き通話じゃ練習効率もあったもんじゃねぇ」

 

 

歴史が消えるという所だけ小声で言い、後はにこや絵里から聞いた意見を永斗に伝えた。そうなると必要になるのは追加の機材。

 

 

「ここでお前の出番だ。この携帯を分析して、テレビくらいデカい画面で全身見ながら通話できる機器を作ってくれ。体感、Aqoursの連中と同じ場所にいるみたいな環境がベストだ」

 

「無理」

 

「あぁ?」

 

 

天才と聞いていたが、その返答は即答且つ簡素なものだった。これには壮間とアリオスも拍子抜けしてしまう。

 

 

「そんな未知のテクノロジーを解析して改造?短時間で?地球の本棚にも載ってないんだから無理なものは無理よ。そんな面倒なこと、いくら僕みたいな天才でもね~じゃ僕、録画したアニメ見てくる」

 

「士門永斗…本当に無理なんだろうな!?ただ貴様が働きたくないだけなのではないのか!?壮間の友人を救うため、皆が一丸になっているんだ!それなのにその態度は……!」

 

「アリオスさん!落ち着いて!」

 

 

逃げようとする永斗にアリオスが掴みかかって激昂する。壮間も止めるが、正直な話をすると永斗をイマイチ信頼しきれないのは事実だ。アラシの相棒と言うが、頭脳にかまけた怠惰な少年にしか見えない。

 

 

「そうだ落ち着け男モドキ」

 

「誰が男モドキだ!」

 

「分かった。じゃあ永斗、何が必要だ?」

 

 

アラシはさっきのように叱りつけるでもなく、淡々とそう問いかけた。先程までとは永斗に向き合う姿勢が明らかに違う。その簡単な問いには、奥の部屋に行こうとする永斗も淡々と返す。

 

 

「知識がいる。未来の科学技術に明るい人間が欲しい」

 

「上等だ。すぐ用意してやっから働けよ」

 

 

それだけ残し、永斗は欠伸をしながら奥の部屋に消えてしまった。

このやり取りで壮間が感じた、得も言われぬ関係性。この二人は友人なのか、ビジネスパートナーなのか、よく分からない。

 

 

「とにかく未来の科学に詳しい人がいればいいんですよね!それならウィルが…」

 

「勘違いしないでほしいな我が王。私にそこまでの知識を期待するのは無駄というものさ」

 

「なんだこの解説ロングコート、役立たずじゃねぇか」

 

「酷い言われようだね。ならば早速名誉挽回と行こうじゃないか。

未来と言わず消滅した歴史まで、あらゆる知識を求めて貪る存在……未来から来た2人には心当たりがあるんじゃないかな?」

 

 

そう言われてすぐ、その姿は脳内で輪郭を描いた。

狂気的なまでに知識に執着し、そのためにあらゆる権利の侵害をも厭わない知的侵略者。壮間とアリオスは、その名前を同時に口に出す。

 

 

「「タイムジャッカー、オゼ!」」

 

 

_____________

 

 

 

「ふぇっくち!」

 

「うわ、なに?オゼってば風邪…なわけないか。誰かが噂したのかな?」

「噂をされるとくしゃみが出る!?その二つの事象にどんな相関関係が…そうかバタフライエフェクト!詳しく教えて欲しいんだよヴォード!」

 

「あーごめん忘れて。適当言った僕が馬鹿だった」

 

 

興味に瞳をギラつかせるオゼを引き剥がし、ヴォードは長いヒモ状のグミをかじる。オゼが相手だと何が原因で彼女の感情が暴発するか分からないため、非常に気が疲れて嫌だ。今はアヴニルが居ない分、面倒を見る猛獣が少ないから楽ではあるが。

 

 

「そういや、アナザーダブルのことだけど。アナザーゴーストってアナザーダブルから作ったんだ。というかやっぱそういうのも出来るんだ。僕知らなかったんだけど」

 

「物語を繋げる要素があってこそだよ。アレを作るのに多くの興味深い仮説を立証でき、非常に有意義だった!それにより誕生した『二つの力を持つ不死身の王』、これはソラナキにも匹敵する最高、最強、覇王的な成果なんだよっ!わかるかな!?」

 

「わかるわかる」

 

「二つのアナザーウォッチに耐えうる素質!桁外れの悪意!尚且つライダーの力との親和性も高い!火兎ナギは逸材だったよ!彼女無しではこの研究は成就しなかった!」

 

「選んだの僕だけどね。アナザーダブル」

 

 

ヴォードが選んだ王をわざわざ横取りし、ここまで手の凝った仕掛けを施した。その一連の動きに、僅かながらヴォードは違和感を覚えていた。興味が根源なのは間違いないが、その矛先はもっと先にある感じがする。

 

 

「で、どうするのオゼ?こっからさ」

 

「決まってるよ。物語を繋げて幾重にも惨劇を起こした。あの落書き男も来た。それ即ち、わたしが介入しても釣り合うくらいのカオスが生成されたんだよ。全てはこのために!わたしの興味は!欲望は!渇望は!永遠に枯れ果てることのない無限の湖!

 

世界の全てが収集された集合的無意識(アカシックレコード)、地球の本棚はわたしが手に入れるよ!」

 

 

______________

 

 

 

行動の方向性は決まり、一安心できたのはほんの一瞬。すぐに「オゼからどうやって情報を聞き出すか」という大問題に顔面を打たれる。相手は時間停止ができるサイコ少女、捉えるのですらほぼ不可能なのだ。

 

あれこれ頭痛がするほど考えていたら、腹の虫が鳴った。そういえば今日はウィンター事件解決に奔走したのだ、疲れもするし腹も減る。

 

そんな時、壮間たちに声を掛けたのは星空凛だった。

 

 

「一緒にご飯食べに行こうよ!」

 

 

その一声で勢いのまま壮間とアリオス、ついでに花陽と真姫を加えた一年組が強制連行。その行き先はというと……

 

 

「醤油ラーメンチャーシュー大盛りの焼き飯セットにゃ!」

 

 

ラーメン屋だった。

伝説のスクールアイドルの一人ともあろう人物が選ぶ店ということで息をのんでいたのだから、凛が迷わずこの店に入った時は大袈裟なアクションで二度見をしてしまった。

 

しかも入店着席と同時に即注文。常連だというのがよく分かる。

 

 

「これがラーメン屋…!飲食店には幾つか行ったが、ここは独特な雰囲気だ…」

 

「え、リオちゃんラーメン屋初めて!?」

 

「あぁ、それどころかラーメンというものを食べたことも…待て、何故リオ呼びが既に定着している!?」

 

「リオちゃん絶対人生損してるにゃ!おっちゃん!この子ラーメン初めてなんだって!」

 

「そりゃ気合も入るってものよ!お嬢ちゃん、日本一のラーメンってのを味わわせてやるからね!」

 

「よっ!大将日本一にゃ!」

 

「店主と仲いいですね…」

 

 

妙に高いテンションに包まれながらも各々が注文を済ます。真姫はともかく、花陽は謎に強調して「ご飯大盛り」と注文していたので驚いた。スクールアイドルは思ったより大食いが多いのだろうか。

 

ラーメンを待つ間、前に座る真姫の様子がよそよそしい。あからさまに何か聞きたいですと目が言っている。

 

 

「…質問タイムですよね」

 

「そうこなくっちゃ!ほら真姫ちゃん、聞きたいことあるなら聞いとくにゃ!」

 

「私は別に気にしてはないんだけど…未来の私って、どんな感じ?ほら、確認しとかなきゃじゃない!進路とか色々と…」

 

「結婚とか?」

 

「何言ってるのよ凛!け…結婚って…誰とっ!?」

 

 

真姫は否定しながらも、今日一に血走った眼で壮間の言葉に耳を傾ける。

 

 

「指輪はしてなかったと思いますけど…ピアノは弾いてましたよ。忘れないように定期的に弾いてるって。身だしなみは綺麗だったのでいい生活はしてそうでした」

 

「なんか普通にゃ、未来の真姫ちゃん」

 

「いいでしょ別に。安定した将来が一番よ」

 

「かよちんは何か聞かなくても……」

 

 

話を振ろうとしたが、花陽は何やらブツブツと独り言ちって止まらない。多分だが、時を超えたライブという言うまでもなく前代未聞のイベントに興奮しきっているのだろう。やけに視線が鋭く、声をかけるのもはばかられる。逆に凛はよく彼女を誘えたものだ。

 

 

「じゃあ俺もいいですか?一つ聞いても」

 

「もちろん!どんと来いにゃ!」

 

「永斗さんのことなんですけど…彼って、どんな人なんですか?」

 

「それは私も聞きたい。切風アラシといい、この時代の仮面ライダーは私の仲間たちとは随分と違ったからな。現状、あまりいい印象は持っていないのが事実だが」

 

 

永斗のことを聞かれると思って無かったのか、凛は軽い態度から少し悩める表情に。慎重に言葉を選んでいる様子だったが、出てきたのは一言だった。

 

 

「面倒くさがり屋さんにゃ」

 

「それは…まぁ。分かりますけど」

 

「凛、それ逆効果よ」

 

「あぁごめんごめん!違くて、えっとね…面倒くさがり屋さんだからやりたいこととかやらなきゃいけないことしかしなくて、アニメとか大好きでゲームがすごく上手でずっとやってて……あれっ!?もしかして永斗くんってそんなに良い人じゃない!?」

 

「そうね、良い人ではないわよ。アラシと永斗ってアラシが怖がられがちだけど、実は永斗の方が断然冷酷なのよね。アラシは優しいし」

 

「すいません、結局どうなんですか。俺、あの人信用しても良いんですか!?」

 

 

全然フォローになってない紹介が続き、流石に不安になってしまう。永斗が動いてくれなければ香奈を救うこともできないのだから。

 

しかし、信用してもいいかという問いに対しては、一切の迷いなしに凛は言い切った。

 

 

「大丈夫にゃ。永斗くんはちゃんとしてくれるから」

 

「…分からないな。そう言い切れる根拠が今のところ見えないのだが」

 

「永斗くんは面倒くさい面倒くさいって言ってても、やらなきゃいけないことは絶対にやる人なんだ。それに言い忘れてたけど、永斗くんはカッコいいんだよ!」

 

「カッコいい…ですか?なんかボケーっとしてますけど…」

 

「凛は永斗くんに何回も助けられたんだ。あとね、永斗くんは優しくはないかもしれないけど、だからこそ言うことは絶対正しいにゃ。そんな永斗くんが褒めてくれたから、凛は怖くても勇気が出せた」

 

 

『弱虫なんかじゃないよ。凛ちゃんは』

『前にも言ったでしょ。凛ちゃんは可愛いって』

 

彼の言葉があったからここまで来れた。事件に巻き込まれ、怪物との戦いに巻き込まれ、死と不幸の渦の中で怖くて怖くて仕方なくなっても、勇気を持ってここまで進み続けられたのだ。

 

 

「凛は永斗くんのぜーんぶを、とびっきりに信じてるにゃ!だって凛は、永斗くんのこと……」

「はいよっ!ラーメンお待ち!」

 

 

その続きは店主の声に重なって聞こえなかった。

凛もラーメンが来た喜びに表情がすっかり変わってしまっており、何を言おうとしてたのかは分からない。アリオスもラーメンを前に、さっきの話はもう気にもしていないようだ。

 

 

「まぁいいか。聞くのも多分、野暮だろうし…」

 

 

凛の行きつけというだけあり、ラーメンはとても美味しかった。

妙にナルトが大きかった気がしたが、気のせいだろう。

 

 

____________

 

 

 

夕飯も終え、事務所に戻ると再びどん詰まりがぶり返す。と思いきや、戻って来てアラシを見ると、何かに気付いた顔つきをしていた。

 

 

「やっと戻って来たか。聞け、さっき解説ロングコートにそのオゼってヤツの事を色々と聞いた。要は快楽欲が知識欲にすげ変わっただけのナギだろ?」

 

「そう言われればヤバい感じは確かに似てますけど…」

 

「そんな奴が永斗を放置は有り得ねぇ。必ず永斗の『地球の本棚』を狙って来るはずだ。そこをとっ捕まえればいい」

 

「地球上の全てを記した書庫…だったか。彼女は眼魔世界の冥術学も求めていた。知っていれば必ず欲しがるのは間違いないだろう」

 

「問題はいつ来るか、どうやって本棚を奪おうとするか、だ。一応永斗にも聞いたが、皆目見当もつかんらしい。だが一つ断言できることはある。そいつを利用して……」

 

 

アラシが引っ張り出したのは、途轍もなく嫌そうで眠そうな顔で縛られた永斗。それを見て未来組も色々と察した。

 

 

「楽しい釣りの時間だ」

 

 

____________

 

 

 

「いや、釣りしようぜ!餌はお前な!って酷くない?普通に考えて」

 

「俺もそう思いますけど…でもこれが一番可能性ある方法なんで…」

 

「壮間くん結構エグいね。いや僕が嫌われてるだけか」

 

 

オゼが永斗を狙ってくるなら、その動向を観察している可能性は高い。永斗が引きこもっていては埒が明かないので、こうして夜の街を散歩するという狙われやすい状況を作ったのだ。

 

しかも護衛は壮間だけ。連絡すればすぐに来れる場所でアラシ達も待機しているのだが、それにしても拭えない心許なさが狙ってくださいオーラを更に醸し出している。

 

 

「言われてみればだけど、見られてるって感じはしてたんだよね。ここ最近。でもどうなるんだろ、僕を攫ったとこで歴史消えて僕も消えるんだけど」

 

「さぁ…?地球の本棚…って、盗めるものなんですか?」

 

「インターネットって強奪できると思う?それと同じ。僕は本棚へアクセスできるってだけで、僕が何か持ってるわけじゃない」

 

「凄いですけどね十分に。なんでも調べれるインターネットなんて……でも、永斗さんはどうやってそんな凄い物を?」

 

「それ聞いちゃう?理屈抜きに背景だけにしても、嫌な話になるけど」

 

「はい。言いたくなくてもお願いします。俺はそれを、ちゃんと知って受け継がなきゃいけないので」

 

「面倒くさい人だね…ま、ちょうどいいよ。僕は正直、どっちでもいいんだけどさ」

 

 

溜息を吐いた永斗が、少し目を閉じた。

その一瞬だけ過去に思いを馳せるように。

 

 

「歴史からドーパントが消えて、僕がやったことも全部無かったことになる。たくさんの人がこれで幸せになる。でも僕は、それで許されちゃいけないって思った。僕の怠惰が生んだ罪は、永遠に償い続けるべき罪だから」

 

「……もしかして、ドーパントのメモリを作ったのって…!」

 

「察しがいいね。そう、物心ついた時には地球の本棚を持ってた僕は、生まれてからずっと組織でメモリを作ってた。でもそれだけじゃないよ。僕は責任から逃げようとして、結果大勢の人をこの手で直接殺した。多分だけど僕以上に人を殺した悪人はそういないと思うよ」

 

 

永斗が必要以上に自分を悪く言っているのは分かる。でも、その全てに嘘は含まれていないことも、話しぶりから分かってしまう。

 

 

「壮間くんはさ、拳銃を作る工場の人は悪人だと思う?同じようにダイナマイトの発明で戦争を激化させた死の商人、アルフレッド・ノーベルは?」

 

「思いません。そんなの結果論じゃないですか。使う人が悪人ならどうしようもない」

 

「僕はド悪人だと思うね。だって普通分かるでしょ、そんなの作ったら悪いヤツが欲しがるなんて。ノーベルは分かった上で見ないふりして研究を推し進め、巨万の富を築いたんだ。ダイナマイトが積み上げた屍の山は、ノーベルの怠惰が生んだ大罪でしかない」

 

「でもノーベルは…!」

 

「そう、ノーベルは勤勉だった。ノーベルは絶望しながら死に、その遺産をほとんど使ってノーベル賞を創り、それは後世の科学発展を急激に加速させた。彼にしかできない永久の償いだよ。だから僕もそれに倣って、絶望しながら永遠に償い続けるって決めたんだ。でも、僕の罪は消えて許される。君はそんな面倒くさい罪も受け継ぎたいって…本当にそう思う?」

 

 

凛の言っていたことが分かった。確かに彼は優しくはない。

とぼけた雰囲気をしながら重苦しい刃を平気で向けてくる。他人にも、自分にも。

 

そして、彼はやはり面倒くさがり屋だ。余計な事を考えようともしない。会ったばかりの他人である壮間が自分の後を受け継ごうが、どうだっていい。多分だが香奈を救う話に関しても、どうだっていい。

 

彼にとって大事なのは罪の償いと守りたい人たちだけ。罪の塊である自分は記憶が消えようが、その歴史が全て消えようが、どうだっていいのだ。

 

でも、こうも感じた。彼もきっと、尊敬できる主人公だ。

 

 

「思いません」

 

「だよね」

 

「でも…やるしかないんです。永斗さんは無かったことにはしたくない、ってそう思うんですよね?じゃなきゃそもそも話しません。だったら嫌でも俺が受け継ぎますよ。俺が『ダブル』になるって決めましたから」

 

「はぁ~勤勉。真面目だねぇ」

 

「それに、別に初めてじゃないです。今まで行った時代にもいました。永斗さんみたいに怪物を作った罪を償おうと戦ってた…天才科学者が。あの覚悟だけは、あれからずっと揺らいでません」

 

「それで妙に察しが良かったわけね…へー、世界は広い」

 

「そう、世界は広いんです。前の俺は世界は普通なんだと思ってて、そうであって欲しいと思ってました。でも違ったんです。俺の想像を飛び越えた物語なんて身近に沢山あって、そこにはとんでもない主人公がウジャウジャいて…だから永斗さんだけが世紀の大悪人なんて、そんなの違いますよ」

 

 

アリオスも言っていた。壮間が眩しいと憧れる人たちだって完璧じゃない。過ちを犯して、それでも進み続けた人は沢山いた。

 

 

「世界から見れば、永斗さんも案外普通かもしれませんよ。だから最後くらい…少しは自分に優しくなってもいいんじゃないんですか?」

 

 

突然の励ましに、永斗は面食らって目をぱちくりさせる。

永斗に復讐しに来た者、永斗の罪を受け入れた者、様々な相手に会ったが、よりにもよって『普通』と言ってのけた人物は初めてだ。思わず腹から笑いがこみ上げてくる。

 

 

「普通…普通かぁ…!いい響きだね。ずっとそうなりたかったのかもしれない。普通にグータラ生きて、何の運命も関係なく普通に誰かを愛したかった…なんて」

 

「できますよ、変わった時間で必ず。永斗さんを縛り付けた罪は、全部俺が引き受けますから!」

 

「……そうだね。何にも考えずにニート生活…楽しみ…って痛っ!?」

 

 

しんみりとしていた永斗が顔面から何かに激突。しかし、壮間の目には何も映っていない。映っていたのは、随分と人気のない辺りの風景のみ。

 

 

「散歩のつもりが辺鄙な場所に…ってこれ、透明な壁?」

 

「いてて…どうやら求めてない方の面倒が釣れたみたいだね」

 

 

透明な壁は壮間たちの前後にあり、左右は建物の壁。四方が塞がれて逃げ場のない状態に陥ってしまった。そこに現れたのは、いかにもヤンチャしてそうな風貌の若者たち。

 

 

「ようこそ!オレ達のナワバリへ!」

 

「ナワバリ…この壁張ったのお前達か!?」

 

「すぐ分かる。時間計っとけよお前ら、今日こそレコード更新行くぞ!」

 

 

一人だけ壁の内側にいる銀髪の青年の手が開き、見えたのはドーパントの歪なガイアメモリ。内包する記憶を表す『文字』は、這うトカゲが形作る『L』。

 

 

《リザード!》

 

 

『蜥蜴の記憶』が内包されたリザードメモリを手の甲に挿入し、青年の姿が鱗に包まれた。鰭や羽毛が半身を駆け抜け、爬虫類らしい質感のもう半身に舌が巻き付く。その隙間から見える、鱗から伸びた鎧のような棘。

 

 

「だよねー、ドーパントだよねそりゃ」

 

「トカゲ…!?前のは『ウィンター』だったのに、法則どうなってんですか!?」

 

「メモリは本棚から抽出した地球の記憶。本棚はクソデカ百科事典みたいなものだから、辞典に載ってるものなら大体メモリになるよ。『絞首台』とか『静寂』とかもいるし」

 

「ドーパントって滅茶苦茶すぎません!?」

 

 

壮間がどうでもいい文句を垂れている間、リザード・ドーパントのギョロリとした眼は壮間と永斗を交互に品定め。しかし、その目線はすぐに壮間に止まった。

 

 

「そっちの奴に決めたぜ!条件どうする?」

 

「昨日と同じでいいんじゃない?両手足の関節壊すで」

 

「よし、それで。記録は17秒だったよな!タイムアタック開始だ!」

 

 

リザードが外の仲間と物騒な会話を交わすと、尻尾を伸ばして壮間を捕えにかかった。そしてまんまと左腕を掴まれた壮間。このまま引き寄せられれば、宣言通りに関節が壊されるのは明白。

 

 

「こんなチンピラに黙ってやられてたまるか!」

 

《ジオウ!》

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

幸運にも片手は自由のままだったため、ドライバーを装着してウォッチの装填までできた。そして、十分に近づいたところでドライバーを回転。

 

ジオウに変身した壮間はリザードの尻尾を振りほどき、油断だらけの体に蹴りをお見舞いした。

 

 

「おぉぉっ!仮面ライダー…!マジか!条件変えっぜ、コイツぶっ倒したらボーナスタイムだ!今日は追加で2回ずつ、エクストラゲームさせてやんよ!」

 

 

リザードの宣言に仲間たちが湧き上がる。

その会話の内容で、永斗は彼らの正体を察した。赤嶺たち超常犯罪捜査課が追っていたウィンター事件とは別のもう一つの事件、それがコイツらによる暴行事件だ。

 

犯人の集団は全員がガイアメモリを所持しており、毎晩通りがかった一般人を相手に様々なルールを課して『ゲーム』を行っているという。いかにもな街のチンピラ集団だ。

 

 

「多分そいつがリーダーだ。頑張れ壮間くん、ファイトだよー」

 

「何言ってんですか手伝ってくださいよ!」

 

「そうしたいのは山々なんだけどね。どうもあの中の誰かが妨害電波出してるっぽくて、アラシに連絡取れないのよ。あっちがドライバー付けてくれないと変身できないし…というわけで1人でガンバ」

 

「えぇ…あぁもう!やりますよ!全然やれますし!」

 

 

気合を入れて反撃しようとすると、リザードは後ろに飛び上がったかと思うと、空中に()()()()()。さっき永斗がぶつかった透明な壁だ。

 

 

「トカゲってそういう…!」

 

 

ジオウもジカンギレードのジュウモードで応戦。高い位置にいるリザードを撃ち落とそうとするも、素早い動きを捉えきれない。

 

壁を蹴り、ジオウに飛びつくリザード。しかし流石に多少は鍛えられた反射神経で、ジカンギレードを瞬時にケンモードへと変形させる。そして、迫るリザードの右腕を易々と断ち切った。

 

 

「いや斬れやすすぎる…!嫌な予感が……」

 

 

斬れやすいということは、つまりくっつきやすいか再生しやすいということ。その後の展開は予想通りで、腕は瞬時に生え変わり、千切れた腕がジオウを掴んでリザードに引き寄せる。

 

 

「チンピラと思いきやまぁまぁ強いのジワるなぁ。しかもあの壁、変身前で使ってたしハイドープでしょ。流石にこの時期まで来るとインフレ酷いなー」

 

「いや冷静に分析してる場合じゃ…ヘブぅっ!」

 

「はっはー!そんなもんかよ仮面ライダー!」

 

 

腕を引き剥がすまでに引っかかれたり、殴られたり、とにかくかなりの痛手を負った。永斗の見立て通りこのドーパントは、普通のアナザーライダーやスマッシュ、魔化魍と比べてもかなり強い。

 

 

「せめて少しでも動きが止めれれば……」

 

「…見てらんない。面倒くさいけど、さっきのお礼にちょっと動こうか」

 

「永斗さん…?変身できないのに何を…」

 

 

リザードはジオウにのみ意識を向けており、その暗闇対応の視野でも永斗は見えていない。一切の警戒心を備えることも無く、戦いの流れのままリザードは永斗の付近に降り立った。

 

その瞬間、永斗はリザードの体にしがみついた。尻尾だけ切り離されないよう、全身をがっちりと固定するように。

 

 

「隙あり…なんつって」

 

「んだテメ……放せ!」

 

 

しかし所詮は女子に比べても非力な永斗。永斗の体はすぐに放り出され、リザードの苛立ちの矛先が向けられた。怒りはリザードの爪先にまで満ち───

 

爪の一閃が、永斗の体を引き裂いた。

 

 

「ッ……!」

 

「永斗さん!!?……クソっ!」

 

 

一見無駄な犠牲が生んだのは、確かな隙。

ジカンギレードにマッハウォッチを装填したジオウは、腕にこみ上げる力を全て速度に変換し、背を向けたリザードに刃を振るう。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《マッハ!ギリギリスラッシュ!!》

 

「再生能力持ちには追っつかない程の連打…ですよね!」

 

 

リペアー・ロイミュードの時と同じように、目にも止まらぬ連続攻撃ならぬ連続斬撃が再生能力ごと細切れにする。最後に白い横一閃がタイヤ痕を刻みこみ、リザードの体は爆発四散した。

 

 

「リーダーがやられた…!?」

 

「おいざけんな…逃げろ!逃げるぞ!」

 

「待て…!……っ…」

 

 

今は奴らを追うよりも永斗だ。リザードの攻撃を生身で喰らって無事で済むはずがない、最悪即死だ。深く痛々しい三本の傷から、血が………

 

 

「血が……あれ、血?あれぇ!?」

 

 

こんな状況で出てきた間抜けな声も仕方がない。確かに斬られた瞬間は血が噴き出していたのに、確認してみると血だまりなんて何処にも無いからだ。

 

 

「ドッキリ大成功。テッテレー」

 

「わあぁっ!?永斗さん生き返った!?」

 

 

しかも永斗が普通に起き上がったのだから驚くなという方が無理だ。服は斬られたままだが、傷に関しては完全に塞がっていたし。

 

 

「ドッキリって…なんかのトリックですか?マジック的な…まぁ無事でよかったんですけど……」

 

「いや、僕じゃなきゃ死んでたよ。僕は色々あって完全データ人間なんだ。だから死んでも死ぬ直前がロードされる。同じ理屈で年もとらない。不変の存在ってわけ、凄いでしょ」

 

 

傷も流血もリセットされたということだろう。正真正銘の不老不死だ。それを聞き、永斗が言う『永遠の償い』も理解できた。

 

彼は死なない。その永遠の時間を孤独に絶望しながらでも、償いに捧げ続ける。それが士門永斗の選んだ道なのだ。

 

 

「凛さんの言う通り、本当に面倒くさがりですね…自分の体なんてどうせ治るから、大事にするのも面倒くさい…って、滅茶苦茶だ。でも助かりました。ありがとうございます」

 

「いいよ別に。てか凛ちゃんから聞いたんだ、僕のこと。なんて?」

 

「良い人ではないって」

 

「辛辣。凛ちゃんそういうとこあるよね、意外に毒舌って感じ。でも正直どうよ、そういうとこも超可愛くない?凛ちゃんって」

 

 

そう言った永斗の表情は、事務所で見た眠たそうな表情よりもさらに柔らかく、心からの安息を感じた。きっと彼にとってのμ’sは、そういう特別な存在なのだろう。

 

 

「可愛いと思います。猫みたいで」

 

「でしょ。でも実は魚嫌いだしお外で元気いっぱい少女だし、犬っぽいんだよね。しかも猫アレルギー。それとショートカットね、プラス貧乳。萌える」

 

「そこ大事ですか…?」

 

「大事。でもロング凛ちゃんも見てみたい…あとは凛ちゃんって、あぁ見えてマジで自分に自信が無かったんだよ。あんなに可愛いのにさ、『凛はみんなみたいにアイドルっぽくない』とか『可愛くない』とか『スカート似合わない』とか、何言ってんだクソ可愛いけどふざけとんのかって話なんだけどね」

 

 

段々と加速していく口調。俗に言う『オタク』という奴だろう。香奈に似た物を感じた。

 

 

「しかも人の事ばっか見て、人にばっかり優しい。僕なんかを受け入れるし、友達として引くくらい距離近いし、他人のいい所たくさん挙げてって言ったら一番多く言えちゃうタイプ。本当に…尊いと思う」

 

「好きなんですか?凛さんのこと」

 

「好き。大好き。永遠に、僕の最高の推しだよ」

 

 

面倒くさがりの永斗が、これだけ熱心に見て、感じて、それだけで飾りの無い本音であることが壮間にも分かる。

 

しかし、ファンとアイドル。不死者と生者。罪人と無垢。近いように見えて、この二人の距離は永久に遠い。

 

 

「…恥ずかしいこと言ったとこで、仕方ないし仕事しようかな。タイムジャッカーさんも来ないみたいだし、とりあえずさっきのチンピラ集団の足取りでも探ろっか。壮間くん、検索するから周囲の色々お願い」

 

「検索?あ…!」

 

「そ、本棚使うの。まぁ見てて」

 

 

そう言って永斗が持ったのは分厚い本。それを右手に持つと目を閉じ、腕を開いて深く呼吸をする。壮間目線では何も変わっていないが、永斗の意識は確かに肉体から抜け出て、別の次元へと移動していた。

 

眼を開けると、そこは無数の本棚が浮かんだ白い空間。見慣れた景色、これが無限のデータベース『地球の本棚』。

 

 

「さーて検索項目は…っと……」

 

 

何から探しに行こうかと考えるが、今回は直接犯人の姿も見ている。適当に検索しても絞り込みに難航はしないだろうと考え、適当に検索ワードを入れていく方針を定めた。

 

だが、そこでピタリと止まった。それは動きだけでなく、思考も。

有り得るはずの無い感覚。孤独でしかないはずのこの空間で感じる、『誰かの気配』。

 

 

「なるほどね……冗談でしょ。そう来るのは流石にさ」

 

「君が士門永斗だよね?わたしは三番目の想像主、タイムジャッカーのオゼ。わたしはその知識が欲しいんだよ。そうだね…まずはお友達から始めようか」

 

 

_____________

 

 

 

「壮間!永斗は…!」

 

「ここです!本棚に入ったっきり戻って来ません。今も話してます…タイムジャッカーのオゼと」

 

 

携帯電話が復活し、壮間はすぐさまアラシに連絡した。

何故なら本棚に入った永斗が明らかに誰かと会話を始めたから。その内容を聞いていれば、相手がオゼだというのはすぐに分かる。

 

 

「まさか地球の本棚にカチコミかけてくるとは思わねぇよ」

 

「出来るんですかそんなこと!?」

 

「知らねぇが現に出来てんだろうが。こうなりゃ俺たちに出来ることはねぇ」

 

 

オゼの本体が見つけられるなら最初からそうしている。本棚に干渉できない者たちはここから先、戦いの舞台に立つことすらできない。

 

 

「信じるしか無いってことですよね…永斗さんを」

 

 

____________

 

 

 

「君がオゼちゃんか。思ったよか大分可愛くて驚いてる。まぁ見た目と人格に大した相関無いのはよーく知ってるけど」

 

「あなたに褒められると悪い気はしないんだよ。それよりさぁ、さっきの返事を」

 

「焦らないで。ここにお客さんなんて初めてなんだ、ちょっとお喋りしようよ。そうだ、君どうやってここに来たの?」

 

 

何か意図があるのか、永斗は会話を持ちかけた。邪悪ではあるが無垢で裏の無いオゼは、相手の言葉の裏を読むということをしない。聞かれたままに、嬉々として自身の研究を語り始めた。

 

 

「地球の本棚!それは地球の意思と深く繋がった者のみが入れる究極至高の書庫!とっても苦労したんだよ。世界をわたしが介入できる状態に調整し、なおかつ身体を君のようなデータの組成に寄せなきゃいけなかったからね」

 

「組成を寄せた…?ガイアゲートにでも飛び込んだワケ?」

 

「わたしも死にたいわけじゃないんだよ、そんなことしない。だから地球の意思を()()したんだ。具体的に言えば『ガイアパーツ』だよ!地球の意思の影響を受け特異な力を持つようになった物質!肉体の40%をガイアパーツから生成した有機情報制御器官試作体ガイアプログレッサーと置き換えることで、こうして地球の本棚に入れるようになった!すごいでしょ!」

 

「なーるほどねドン引き。君がしっかりめにイカれてるのはよく分かった」

 

 

だが、オゼは不満そうに本棚の本に触れる。その手は本をすり抜けてしまい、読むどころか持つこともできないのだ。

 

 

「生命活動維持限界まで移植したけど、シンクロ率が足りないんだ。わたしはこの知識たちに触れることができないっ!実に!真に!疑いようも無く!これはこの上の無い無念!!わたしの『願い』は目の前にあるのに!漸近線の如く無と有の境を超えることは叶わないッ!」

 

「うわびっくりした。急に叫ばないでよ」

 

「そこで相談なんだよ。あなたにはわたしの助手になって、本を開いて欲しい。見るだけならわたしもできるから。どうかな?悪い話じゃないんじゃないかな?」

 

「どこが?可愛いくても悪いヤツの手下として本開きバイトなんて、全体的にナシだと思うけど」

 

「どうして?わたしと一緒に来るのは幸福じゃないの?

あなたの出生は知ってるよ。ダブルの物語が消えれば、あなたは()()()()()()()()()()()()のに」

 

 

オゼが発した一言に、敢えて永斗は反応しなかった。

ここで言葉を発せば外の壮間たちにもこの事実を知られてしまう。そもそも、永斗だって自分の出生は知っているのだ。そんなことは壮間の話を聞いた時から察していた。

 

 

「わたしならあなたと地球の本棚だけは保存させられる。それでも嫌?何が不満なのかな?欲しいものがあればなんでも言って欲しいんだよ」

 

「欲しいもの……ねぇ。そこまで言うなら聞いてもらおうかな」

 

 

アラシ達とは違い、永斗は存在そのものが消滅するだろう。それが嫌じゃないといえば絶対に嘘だ。どんな手を使ってでも生きたいに決まっている。

 

それでも、生きるよりも譲れないことが永斗にはある。

 

 

「同調に時間がかかった。シンクロ率操作なんて初めてだからさ」

 

 

オゼの場所まで浮かび上がり、意図的にオゼとシンクロ率を合わせた永斗が、彼女の頭部を両手で掴んだ。

 

その瞬間、オゼの全身に何かが吸い取られる感覚が駆けた。今の両者の体は完全なデータ。吸い取られるとすれば情報、つまり記憶しかない。

 

 

「やったらできるもんだね。君の知識をコピーして僕の記憶にペーストする。消える前に仕事があるんだ、そのためにちょっと知見を貰うよ、物理的に」

 

「っ……!イイ…すごいよ士門永斗!あなたはわたしの想像を超えてる!でもやっぱりわからないんだよ!わたしの交渉の何が足りなかったのかなぁっ!?」

 

「そんなの決まってる。死を覆してまで働きたくない、ってだけさ」

 

 

永斗の捨て台詞を聞いたオゼは恍惚と笑い出し、それを捨て台詞にはさせなかった。オゼも同じように永斗の情報へと干渉し、記憶のコピー&ペーストを始めたのだ。

 

 

「やっば」

 

「不変の身体、無限の知識量に卓越した頭脳!そして揺らがない信念っ!あなたは心も頭脳も身体も全部完璧だよ!あなたの同意は得られないことは分かった!でもわたしはあなたが欲しい!絶対に!」

 

 

双方共に尋常じゃない知識を持った存在。それを読み解き、自分の記憶に定着させるなんて情報処理能力がいくらあっても足りない。これはどちらが先に脳の限界が来るかの勝負だ。

 

しかし、オゼも永斗も分かっている。

それは単純な生きた時間の差。タイムジャッカーとして時間を超え、無尽蔵の時間を研究に投じてきたオゼの方が圧倒的に知識量が多い。このままでは必要な情報を探ることもできない。

 

 

「あぁ…っ!身体が熱い!これはなんだろう!そうか、これが恋というものなのかな!?わたしはあなたが好きかもしれないよ、士門永斗!」

 

「ただの熱暴走だから安心して!あと僕は君みたいな面倒くさい女の子大嫌いだから!」

 

「恋人はダメならやっぱりお友達でどう!?さっき言ったみたいに助手は!?なんでもいい、あなたとお近づきになりたいんだよ!」

 

「猛烈なアプローチどうも!でもね、生憎様なわけ」

 

 

オゼの体に流れ込む情報量が、急激に増した。

これは永斗の記憶ではない。もっと一塊に纏まった、例えるなら情報の鈍器。

 

永斗は情報を読み取りながら本棚を操作。そして、この攻防と同じ要領で本から情報をコピーし、オゼにペーストしているのだ。それも片っ端から見境なく叩き込んでいく。

 

 

「好きな人。好きだった人。友達。相棒。それに後継者。

狭い部屋で怠惰だった僕は、どれも欲しいとすら思わなかった。それが今はどこも満席だ。僕の中で君が入れる場所なんて……どこにも無い!」

 

 

オゼの意識が情報で押し流される。

押し勝つだけじゃ何も達成できてはいない。目的はオゼの知識なのだから、この膨大なデータの中から必要な情報を選ばなければ。

 

 

「最期までこんな感じかぁ…本当、僕ってなんだかんだ働き者だよね」

 

 

永斗は消える。オゼを拒絶した今、それは確定した。

それによって永斗が犯した罪は消えてしまう。それでも壮間は、その罪は消させないと、永斗の罪は自分が向き合うと言ってのけた。

 

もし、永斗のおかげで王様になった壮間が世界を平和にすれば、それは永斗の償いの代わりになるだろうか。

 

 

「そうなれば壮間くんは僕の……いや、ふざけたこと言ってないでやるか。さーてどっから探して………」

 

 

最後くらい自分を許してもいいんじゃないか。壮間の言葉が過ぎる。

そこまで言うなら思いのまま、最後の祭りを楽しもう。そのために、知るべきことなんて絞り込めない。何故って最後なんだから。

 

 

「あぁもう面倒くさい───全部だ」

 

 

オゼの知識の全てが永斗に押し込まれていく。

地球の本棚が拡大し、更新される。その有り得ない光景の中心で、永斗は溜息を笑い飛ばした。

 

 

_____________

 

 

 

「永斗さん……大丈夫ですかね」

 

「大丈夫だ。それより水とか持ってきてやれ」

 

「水?って熱っつ!!」

 

 

壮間が不意に永斗に触れると、ジュッと熱が肌にこべりつく音がした。言われてみれば若干気温も上がっている。

 

 

「なんですかこれ!?人間ストーブ!?」

 

「話聞いてたろ、情報処理で脳みそがフル回転してんだ。細胞が焼き切れたとこから再生して辛うじて無事って感じだな」

 

「無事ではないですね。あそっかだから水!」

 

 

それを聞くと壮間はすぐに水を取りに行った。

アラシは永斗が戻ってくるのを黙って待つ。だが、心配なんてするまでもない。

 

 

「………ふぅ、疲れた」

 

「やっと帰って来やがった。勝手に何おっ始めてんだお前は」

 

「流れよ。仕方ないでしょ、あそこまで熱烈歓迎されたんだから。僕の家だけど」

 

 

目を開けると同時に永斗は倒れ込んだ。

永斗が戻って来たということは、オゼの知識の全てをダウンロードしたということ。にわかに信じ難い事ではあるが、探偵はお互いが常識外れなんてことは知り尽くしている。

 

 

「ご苦労さん」

 

「おっ、アラシが労わるなんて珍し。でも休ませては?」

 

「駄目だ。お前にしかできないんだ働けボケ」

 

「オゼちゃん見つけたのも僕なのに…まぁいいよ。今回は楽しむって決めたからね。たまには僕もやる気出して───」

 

 

永斗の口からレアな台詞が飛び出しそうだったその時、永斗の顔面を大量の水が横殴りした。フライパンに水をかけたみたいな音を出し、全身がびしょ濡れに。ついでにアラシもびしょ濡れ。

 

犯人は言うまでもなく水を取って来た壮間だった。

 

 

「いきなりぶっ放す奴があるか。テロだぞそれは」

 

「壮間くんって実は結構おバカ?」

 

「えっ…えぇっ!?」

 

 

_______________

 

 

 

地球の本棚での壮絶な情報争奪戦が終わり、一夜明けて翌日。

 

 

「僕が一晩でやってくれました」

 

「うおおおおっ!?」

 

「まさか本当に…これで梨子たち、2015年の者と会話できるのか!?」

 

 

あそこから徹夜した永斗が音ノ木坂の屋上に持ってきたのは、超大画面テレビを改造した時間通信機器だった。

 

 

「事務所のテレビじゃサイズが話にならなかったから、テレビはあるルートから見繕いました。ウィルさんにファイズフォンⅩの追加も貰って、あとの足りないパーツはリボルギャリーとか色々と分解して……なんでもいいや死ぬほど疲れた」

 

「永斗くんすごいにゃ!お疲れさま!」

 

「ありがと凛ちゃん…頭なでなでして」

 

「気持ち悪い」

 

 

疲弊した永斗にも容赦が無いのは真姫だ。

あとのメンバーは驚いているか、その通信が待ち遠しくて仕方ないという様子。

 

 

「それでそれで!もう話せる!?Aqoursと一緒に練習できるんだよね!」

 

「ほのちゃんストップ。がっつかないで、色々設定とかあるから」

 

 

穂乃果やにこ、後は花陽を抑えて永斗は機械の裏に回る。そこで設定をするのかと思いきや、永斗はちょいちょいと壮間に「こっち来て」のサインを送る。

 

 

「なんですか?」

 

「いや、実はオゼちゃんの記憶から面白いもの見つけてさ。これ知ってる?」

 

「……?あー、はい。知ってます。2015年で見ましたけど…それならアリオスさんに聞いた方が」

 

「無理。女子に話しかけるのキツい。

それなんだけど、それ使えたら一つ作りたいものがあって……」

 

 

永斗は壮間にもう一度耳打ちをする。その内容を聞いた壮間は、驚きの余り思わず大声でシャウトしてしまうところだった。それが本当に作れるのならば、目の前のコレが見劣りするくらいの奇跡だ。

 

 

「で、でも…なんでそれを俺だけに?」

 

「皆に言ってから無理ですってなったら気まずいでしょ。それに壮間くんならなんと言うか…気楽っていうか。適当でいいみたいな」

 

「なんすかそれ。褒めてます?」

 

「わかんない。考えるのも面倒くさいし。

さて、僕しばらくサボるから。聞いたからには代わりに頑張ってね、僕の………」

 

 

永斗は手の平をヒラヒラとさせながら、欠伸をして屋上の日陰に走って行った。色々と言いたい事はある壮間だが、台詞の末尾に聴こえたような気がした単語が、何よりも気になる。

 

 

「ノーベル賞…?」

 

 

ある天才は死と呼ばれ、後世の科学者に平和を託した。

また別の天才は悪魔と呼ばれ、それでも受け入れてくれた大切な人たちの幸せを願い、

 

その願いを、一人の普通の少年に託すと決めた。

 

 

 

______________

 

 

 

「オゼ、おーいオゼ。ダメだこりゃちっとも動かない」

 

 

ヴォードの前で地球の本棚に入った後、急にオゼが倒れたかと思うと、目を開けたまま声にも衝撃にも一切反応しなくなってしまった。永斗によって送り込まれた情報処理に、頭が全く追いついていないのだ。

 

 

「これでしばらく大人しくなるならいっか。アナザーダブルもアナザーゴーストはいい仕組みだし、上手く行けばあの男を出し抜けたり」

 

 

あの男、今は令央と名乗る彼のことだ。

タイムジャッカーと令央には巨大な因縁がある。だから彼の恐ろしさ、嫌らしさはよく知っている。仮面ライダーたちがオゼを退けたからといって、ナギと令央の二段構えをどうこうできるとは思えない。

 

 

「アイツら頑張っても無駄だと思うけど…どーせゴーストの方は()()()()()だし。あぁもう本当、何もかも気乗りしない……」

 

 

ヴォードは過ぎる時間が鬱陶しそうに、さきイカを口に入れた。

 

 

ゴーストの物語は緩やかに終わりへと近づいている。

戦いの芽は、2015年にも残り、静かに根を張り始めていた。

 

 

 




今回登場したのはMrKINGDAMさん考案の「リザード・ドーパント」でした!なぜ今リザードかと言いますと、Twitterで馴染みの人がイラスト貰ってたので影響受けまして…

ラブダブル見てない人用の永斗の掘り下げ回でした。いや、あっちでもこんなに掘り下げてないからほとんど新情報です。

次回は場面を変えて2015年の話を少しだけする予定です。不十分だったゴーストサイドの掘り下げですね。ドンドン掘っていきましょう。



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みんなの力で

トウキ
仮面ライダー闘鬼に変身した男性。37歳。本名は戸倉寅正。音撃射屈指の達人だが過度な酒飲みが災いして人望は薄い男。原典とは異なり離婚しており、来年中学生になる娘がいるが仕事でほとんど留守にしているせいで大分嫌われている。サバキは同期のライバルで20年来の付き合い。妖館護衛班だが、旅に出まくる蜻蛉の専属という特殊な役割を持っている。2005年ではアナザー響鬼に敗れるが戦線に復帰し、アナザー響鬼討伐に貢献した。修正された歴史でも酒癖の悪さで離婚するダメ親父、娘が結婚する際には大泣きしながら30年来の友人と一晩飲み明かしたらしい。

本来の歴史では・・・
出番が少ない。蜻蛉が帰ってきたとき限定のゲスト扱い。故にあんまり活躍しないが、実は海外で発生する魔化魍の討伐及び調査という立ち位置で、1人で猛士の研究をかなり進めた凄い人。


デュエマでガイギンガを当てた146です。凄いです。幸運で生きていく男です。
永斗メインの前回から、なんと今回永斗の出番ほぼ無し!出番は平等理論!できるだけスクールアイドル方面に寄せて行きたかった回です。

ラブダブルでご無沙汰の「アイツ」も出ます。

今回も「ここすき」よろしくお願いします!


窓から陽の光が指し、一日の始まりを告げる。

寝ぼけまなこで始まるいつもとは違い意識ははっきりとしている。なのに、起き上がれる気がしないのは何故だろう。

 

それはきっと、高海千歌の太陽はそこに昇っていないから。

 

 

『ごめん……千歌ちゃん……!!』

 

 

朝陽の最期の言葉だけが耳に残る。

このまま歴史も消えてしまう。何をしたところで先に残ることはないという虚無感に囚われ、ここから一歩も進めない。

 

 

「朝陽くん…やっぱり私…朝陽くんがいないとダメみたい」

 

 

虚無感のせいじゃない。動けないのは単に恐怖のせいだ。

眼魔やガンマイザー、アナザーゴーストにアナザー電王。朝陽という『守ってくれる人』が消えた今、普通なら到底耐えるはずのない恐怖が鮮烈に心を刺す。

 

 

「もう2日もこうしてる。朝陽くんに怒られちゃうなぁ…『若いんだからお日様浴びて遊んできなさい』って、おじいちゃんみたいなこと言って……」

 

 

気まぐれか自分でも分からない。それでも呼ばれているような気がして、千歌はふらりと立ち上がって扉を開けた。

 

 

 

無気力なまま、導かれるまま、山道を進んで足が向かう先は幼いころ何度も行ったあの場所。今は何も見えないが、間違えようも無い。モノリスが佇む地だ。

 

千歌が幼いころ冒険と称して辿り着いたこの場所で、千歌は朝陽と初めて出会った。

 

 

『おにいちゃん、だれ?』

 

『僕が……見えるの……!?』

 

 

よくは覚えていないが、これだけは記憶に焼き付いている。朝陽は千歌の顔を見て、泣きそうな顔をした。幽霊だから涙が出なかっただけで、きっと泣いていたのだろう。

 

 

「なんで泣いてたのか、最後まで教えてくれなかったよね…」

 

 

そこから志満や美渡、曜や果南にも朝陽を紹介しようとしたが、朝陽を見ることができたのは千歌だけだった。いつだったかそれがふと気になって、朝陽に尋ねたことがある。

 

 

『どうして私にだけ朝陽くんが見えるの?』

 

『それは千歌ちゃんが凄い子だからだよ』

 

『もー、そればっかり!もっとちゃんとした理由が知りたいよ!はっ…!もしかして才能かな!?えくそしすとの才能があるんだよきっと!』

 

『エクソシストだと祓われちゃうんだけど…まぁそうかもしれないね。だとしても本当に凄いのは才能じゃなくて、千歌ちゃん自身だと僕は思うな』

 

『えー、どうして?』

 

『僕に命をくれたから。あの日、千歌ちゃんが僕を見つけてくれたから、僕は今こうして()()()()。僕という命を生み出したのは君だから、千歌ちゃんにしか見えない…そう思うよ』

 

『うーん……?わかんない!』

 

『千歌ちゃんは僕を見る天才ってこと。もし僕がどこかに消えちゃっても、千歌ちゃんがそこにいると思えば僕はそこにいる。千歌ちゃんが思ってくれる限り、僕は永遠に不滅なんだ』

 

 

翳んでいた景色が色づいたように感じた。

やっと思い出して、理解した。朝陽はまだ消えてなんていない。

 

 

「朝陽くんが居た証はここにある。ちゃんと私が覚えてる!朝陽くんはそこにいるって、私のこと見てくれてるって…信じればいいんだ!」

 

 

姿は見えない。声も聞こえない。

それでも『いる』。だからもう怖さなんて忘れてしまえばいい。

 

砕けてしまったオレ眼魂を握りしめ、千歌は大きな歩幅で走り出した。

 

 

_____________

 

 

Aqoursの集まりに一人目立つ大きな姿、神楽月蔵真。

慣れているはずのメンバーも、今は全員が彼に注意を向けざるを得ない、何故なら…

 

 

「……蔵真さん。いい加減貧乏ゆすりはおやめなさい」

 

「すまん」

 

「って言いながら加速する一方…よっぽどリオちゃんのことが心配ずらね…」

 

 

この2日間、蔵真は尋常ではないくらい落ち着きが無かった。昨日に関してはたこ焼きと間違えて眼魂を食べようとしていたくらいだ。

 

 

「そんなに心配ならリオちゃんを送り出さなきゃよかったのに」

 

「曜さんの言う通りですわ。それでその始末なら世話ありません」

 

「馬鹿を言うな。アリオスにはもっと外の世界を見せてやりたい。しかし心配なものは心配だ!男と二人で東京とニューヨークと過去だぞ!?ダイヤ、アリオスに電話をかけろ。今すぐにだ」

 

「過去に連絡できるわけありませんわ!大体つい先ほどもこの話をしたばかりで……」

 

 

願いは天に届くと言うが、ここまで早いと神の勤勉さに引くレベルだ。

壮間のファイズフォンⅩから着信。未来の携帯電話なら過去から未来に電話するのも頷けてしまう説得力がある。2009年からに違いない。

 

 

「俺が出る!!」

 

「ちょっと蔵真!重要な連絡かもしれないんだからストップストップ!鞠莉、そっち抑えて!」

 

「OK果南!ハーイ蔵真~Stayよ~!」

 

「完全に犬の扱いずら」

「地獄の番犬…ケルベロスペクターね」

「それカッコいいと思ってるずら?」

 

 

なんとか蔵真の暴走が収まったのを確認すると、ダイヤは落ち着いて電話に出た。荒ぶっている人を見た後だと、より冷静になるというのは本当らしい。

 

 

「もしもし壮間さん?今回はどんなご用事で……えぇ、本当に過去からかけているんですのね……えぇ…えええぇぇぇぇっ!!!????現役の…み、みゅみゅ、みゅ、μ'sに会ったあぁあぁぁ!!???」

 

 

落ち着けと諭していた人物は何処に。驚きと絶叫で激しく取り乱すダイヤを見て、蔵真が若干静かになるくらいだ。それはそうと、受話器越しの壮間の鼓膜も危ぶまれる。

 

そこから先の壮間の報告は、2015年の真姫と穂乃果に出会い、2009年に行ってμ's全員に会って1年組とラーメンも食べに行ったという爆弾連投案件。羨ましさのあまりダイヤが血涙を流す前に、梨子がダイヤから電話を取り上げた。

 

 

「ごめんなさい、ダイヤさんちょっと動揺してるみたいだから私が…え、香奈ちゃんを助けるために……時間を超えてμ'sとAqoursで合同ライブ!?」

 

「μ’sと合同ライブですってえぇぇええええっ!!!??」

 

「おい!しっかりしろダイヤ!ダイヤぁぁぁぁぁっ!」

 

 

喜びと衝撃が脳天から噴出し、倒れたダイヤは蔵真に受け止められる。

 

 

「これは夢……!?そうですわこんなの夢以外にあり得ません!蔵真さん、わたくしの顔を全力で殴りなさい!」

 

「よし分かった。行くぞダイヤ!」

 

 

それで気を確かに持ってくれるならと、拳を握り固める蔵真を全員で止める。

 

 

「ルビィちゃん、しっかりずら」

 

「μ'sとライブ……?ルビィたちが……!?」

 

 

妹のルビィはダイヤのように叫びはしないものの、やはり姉妹揃ってアイドルファンの黒澤姉妹、現実が呑み込めないのか思考が機能停止している。妹の方はなんとかお嬢様の威厳を保てているから良いが。

 

総じてカオス。突然の爆弾情報により、この場に冷静な精神状態の者は誰もいない。

 

 

____________

 

 

 

「ごめんなさい。お見苦しい所を……」

 

『いや分かりますよ。落ち着いて…はいないみたいですけど、とにかく説明しますね』

 

 

テレビ電話に切り替え、音ノ木坂の生徒だったからか比較的冷静な梨子が壮間との会話を再開する。

 

 

「合同ライブをアナザーゴーストに見せれば香奈ちゃんを救える…ってこと?」

 

『理論上…ですけど。今詳しい計算をこっちの仮面ライダーがやってくれてます』

 

「多分合ってると思う。私もそうだったから分かるの。アナザーゴーストになってる時、私の中の誰かが色んな事を囁いて来て、まるで私と一つになろうとしてたみたいだったから」

 

『それでライブの方はどうです?やってくれますか?』

 

「もちろんですわ!!!やります、やらせていただきます!!」

「うん!ルビィも!ルビィもやりたい!μ'sとライブ!」

 

 

ここぞとばかりに出しゃばる黒澤姉妹。

しかし、ふとある事を思い出してその勢いも減衰した。断る理由は無いのだが、一つの懸念要素が皆の決断を鈍らせているのだ。

 

 

『…どうしました?』

 

「やりたいけど…千歌ちゃんが。朝陽くんが消えちゃってから、千歌ちゃんずっと顔も見せてくれないし、そんな状態じゃとてもライブなんて……」

 

「……大丈夫っ!!」

 

 

保留の流れを張りのある大声で断ち切ったのは、汗をかいて息を切らした千歌本人だった。眼魂を握ったその姿を見れば、懸念要素はもう消えたことなんて仲間なら分かる。

 

 

「千歌ちゃん!」

 

「大丈夫だよ梨子ちゃん!みんな!

やろう!μ'sとAqoursのライブ!やってみんなで奇跡を起こそう!」

 

 

朝陽が見ている。だから情けない姿は見せられない。

 

千歌が来たことでAqoursの決意は固まった。

スクールアイドルフェスティバルの開催が、ここに決定したのだ。

 

 

_____________

 

 

 

「……というわけです!」

 

 

Aqoursの参加意思をμ'sに伝え、否応にも彼女たちの士気が高まる。

 

 

「やった!本当にAqoursとライブできるんだよ、みんな!」

 

「穂乃果は適応力が高すぎます…私はまだ飲み込みきれてないんですよ?」

 

「その割には冷静じゃない。この1年、非現実が多すぎて皆随分慣れたでしょ?」

 

 

真姫の言葉に海未も思わず納得。

本当にその通りだ。殺人事件、密室事件に怪盗や世界滅亡まで非現実が毎日のようにやって来る日々。もう未来と言われても困惑の体裁を保つくらいで終わってしまう。

 

 

「盛り上がってんな。後は打ち合わせの内容に即して俺たちでライブ準備か。俺がアイツらのライブにあれこれ口出すのも最後だしな」

 

 

それを見守るアラシも、なんだか嬉しそうだ。μ'sのためにこのライブを企画したのはアラシなのだから、当然か。

 

話によると、アラシはμ'sのライブ企画やスケジュール調整を担当していたらしい。振付けやコーチなどμ'sのために彼に出来ることを模索していった結果、ここに落ち着いたとか。粗暴に見えて、仲間のために献身的な男だ。

 

アラシも永斗も、この一大イベントの中で役割を持っている。それを見れば、壮間だってじっとしてはいられない。

 

 

「アラシさん、俺に出来ることは無いですか!?俺の役目はアナザーダブルを倒すこと…そのために俺はどうすれば…!」

 

「出来ること?無ぇよ。アイツらのドリンクでも作っとけ」

 

 

先輩戦士からのアドバイス等を期待していたが、返答は凄まじく雑だった。

 

 

「アラシさんめちゃくちゃ強いじゃないですか!修行とかつけてくれたり…」

 

「ライブまでの高々数日で修行もクソもあるか。ただまぁ仮に、短い時間を圧縮して連戦修行する方法があったとしても、お前じゃ大して強くなれねぇ。荒療治で強くなれんのは日頃から人殴って来た奴だけだ」

 

「それじゃ俺はどうすれば……」

 

 

先人に答えを求めるのは身勝手かもしれない。

それでも今はそうするしかないのだ。今を切り抜けるためにも、これから戦っていくためにも、壮間には一人で戦える強さが必要なのだから。

 

切り詰めた表情があからさまな壮間に、アラシは首をかきながら少し悩む。こういう『誰かにアドバイス』みたいな真似は、なんとなく柄では無く困ってしまう。

 

 

「……言っておくが、俺ならあのクソルールが無けりゃナギにギリ勝てる」

 

「え、はぁ…」

 

「だからだな……っと、アレだ。そもそもあんな力を持ってるお前が、負けるわけねぇ。それで勝てねぇって思うんだったら、それはお前に何かが足りてないって話だ」

 

 

舌足らずな感じが否めず、アラシはそれ以上話してくれなかった。

しかし、壮間はこう捉えた。とどのつまり、単なる壮間の力不足でしかないと。

 

アラシならナギに勝てる。つまり、継承したレジェンドの力を完全に使えたのなら、どんな相手だろうと戦えるはずという話だろう。しかし現状、壮間はレジェンドライダーの力を半分も使いこなせていない。

 

 

(俺に何が足りないか……そんなの、多すぎて分かるわけない)

 

 

足りてなさ過ぎたから、今こうして最悪の中に居るのだ。香奈を失うというバッドエンドを無様に繰り返してしまったのだ。壮間には全てが足りてなさ過ぎるから、いつも誰かに教えてもらい、助けてもらわなければ先に進めない。

 

思考が何一つ前進しない。このままじゃ勝てないという焦りだけが、チェーンの外れた自転車みたいに無意味な藻掻きを続ける。

 

 

「あー!アラシくんが壮間くんをイジメてるにゃ!」

 

「凛さん、やっと帰って来た」

「おいコラおつかいにどんだけ時間かけてんだ。小学生かテメェは」

 

 

永斗に頼まれて買い物に行っていた凛が帰ってきて、μ'sも面子が揃う。しかし、凛の方を向いたアラシと壮間は、そこに並んでやって来た姿を見て、心の像が揺らぐほど戦慄した。

 

 

「はいっ壮間くんにもお菓子買って来たよ!これ食べて元気出すにゃ!」

 

「凛さん……なんで、その人達と一緒に……!?」

「………クソが」

 

「ややっ、そっちの男の子は昨日の!改めてこんにちは、スクールアイドル火兎ナギです!……よろしくっ☆」

 

「やぁ()()()()()。私は令央、ただの彼女の付き添いさ。邪魔はしないからそう怖い顔をしないでくれ」

 

 

少しも目を離すべきじゃなかったと、アラシは後悔した。

事情を知らない凛に引っ付いて白昼堂々現れたナギと令央、この2人こそこの絶望の根源。

 

凛と引き離そうとした壮間だが、アラシがそれを止めた。

今、ナギと令央は凛の近くを陣取っている。下手に動けば凛に何をされるか分かったものではない。それを分かっているナギは、激情を煽る笑顔で人差し指を口元に立てた。

 

 

「さっきばったり会ったんだ!あんな事があったから心配だったけど、なんかもうバッチリ元気みたいにゃ!」

 

「キュートでポップで不死身のアイドル、ナギちゃん!もう歌ったり踊ったりもできちゃうよ!ちょっとデート中だったんだけど、嬉しくてつい押しかけちゃった!」

 

「アイドルが堂々と彼氏を連れ歩きって、相変わらずみたいね…」

 

「恋愛禁止とは言わないけど…そういうのは気を付けなきゃダメだよ!ナギちゃんはスクールアイドルでも有名なんだから!」

 

 

呆れる絵里に、慣れた様子で釘を刺す花陽。アラシがナギの事を話さないため、恐ろしい事にμ'sにとっては彼女はただの友人でしかない。

 

 

「私も彼女のライバルに興味があるから来てみたが…何か取り込み中みたいだな。邪魔になるなら帰ろうか」

 

「いえいえ!せっかく来てくれたんですから、令央さんもゆっくりしていってください♪」

 

「今度は不思議な人ね。あなたのタイプって本当に分かんない」

 

「ささっ、ここにどうぞ!海未ちゃーん!お茶とお菓子持ってきて!」

「穂乃果の分はありませんよ!?」

 

 

そんな友人が連れて来た人物を必要以上に勘繰ることもなく、ことりはいつもの柔らかな態度で令央を歓迎。真姫は令央を観察しているが、疑っているわけではない。

 

令央までも受け入れる雰囲気が出来上がっている。彼を知り、憎む壮間にとって、この状況は控えめに地獄だ。

 

 

「いや、長居はしないさ。彼女もそのつもりだ」

 

「色々忙しいんだよねーこっちも。私は凛ちゃんが言ってた『凄いこと』が気になって付いてきただけだし?」

 

「え、凛そんなこと言ったっけ……」

 

「言ったじゃーん!もったいつけてないで教えてよ!」

 

「おい待っ……!」

 

 

アラシの言葉も、ナギの動く素振りを見て止まってしまう。2人がここにいる間、余計な言葉を挟むことも許されない。

 

 

「それで?」

 

「あ…えっとね。詳しくは言いにくいっていうか、信じられないようなことなんだけど…とっても遠くのスクールアイドルと一緒にライブすることになったんだ!その時はナギちゃんにも見て欲しいにゃ!」

 

「へぇ…()()()()()()()()()()()ねぇ。分かった!それはぜひとも……楽しみにしとくね☆」

 

 

アラシの意図を汲んだわけではないだろうが、凛はぼかした表現でナギに伝えた。しかしそれも無駄だったか、ナギは全てを理解したように頷き、振り返った先のアラシと壮間に見せつけるのは下卑た笑み。

 

 

「あれ、ナギちゃんもう帰っちゃうの?海未ちゃんがお茶持ってきてくれるのに…」

 

「ごめんねー穂乃果ちゃん、今の時間勘違いしてて。もう行かなきゃ。ほら行こ、令央さん?」

 

「あぁ。そのライブ、必ず見に行かせてもらうよ。μ'sの皆様方」

 

 

立ち去るナギと令央。ようやくμ'sから離れてくれたが、ここで手を出して戦いになれば合同ライブじゃなくなる。相手が何もしないのなら、ここは黙って見送るしかない。

 

 

「……テメェが令央か。壮間から聞いた通り、気色の悪い雰囲気だな」

 

「気安く話しかけるな贋作風情が。ただのヤクザ崩れと交せるほど安い言葉は持ち合わせていない」

 

「俺には冷てぇじゃねぇか。それにヤバいオーラだだ漏らしの割には何もせず帰る辺り、さてはただの女好き変態か?」

 

「これだから贋作は。キャンバスに乗せる絵の具にも順番がある。私の思い描くバッドエンドのため、一筆ずつ慎重に乗せていくんだ。今、私が描くべき一つ目の絶望はこの時代じゃない」

 

「何…?」

 

「蒔いた種が実った頃だ。落ちた果実は醜いグラデーションで世界を塗り潰す」

 

「意味わかんないけどそーゆーこと。じゃ、また会おうね2人とも!」

 

 

知らぬ者から見たら活気のいい挨拶。

知る者から見たら邪悪極まる『犯行声明』。ナギはそんな言葉を残して消えた。

 

ナギがライブに対して何かしらの妨害を行うのは明白。しかし、それよりも気になるのは令央の言葉。奴は既に、何かを完遂した後だ。

 

 

「……永斗に急がせる。一刻も早く練習環境を確保するぞ」

 

 

幾度も感じた胸のざわつき。嫌な予感。

アラシの本能はそれを正確に嗅ぎ当てる。一度も外したことのないその『勘』が、更なる最悪の到来を予見していた。

 

 

___________

 

 

 

「鞠莉さん!テレビは!?」

 

「とびっきり大きいのを用意したよ!画質もso beautiful!」

 

「曜さん!接続の手順の方は!?」

 

「有線で携帯をテレビに繋げて、カメラも別に用意して…うん、できそうだよ!」

 

「果南さん!花丸さん!千歌さん!」

 

「「「なに!?」」」

 

「あなた達は機材に触れることも許しません!良いですか?これは奇跡の通信なのです!現役時代のμ'sと!伝説の中にいるμ'sと会話できるという、人類史に刻まれるべき偉業!もし雑に扱って通信が途切れるようなことがあれば……!」

 

「わかったから落ち着けダイヤ。荒ぶったって電話が来るわけじゃない」

 

 

壮間から2015年側で必要な手順は聞くことができた。時を超える通信はあちらで特殊な装置が使えれば、こちらは受信した映像を画面に映すだけでいいという。

 

そうと決まれば爆速で準備が進められ、後はあちらからの着信を待つのみ。しかしダイヤにとってこれが長く、ソワソワが地震レベルになっては蔵真が諫めるの繰り返しとなっている。

 

 

そんなこんなで待つこと暫く。

待ちに待った着信が、ついに音を鳴らした。

 

 

「来たぞダイヤ!」

 

「お、おおお姉ちゃんどうしよう!出ていいんだよね!?」

 

「おおおおお待ちなさいルビィ!気を確かに!深呼吸!そう深呼吸ですわ!気を落ち着かせて、もしμ'sが現れても礼儀よく挨拶から入れるように……」

 

「いざ……堕天!」

 

「「あぁっ!?」」

 

 

こういう時に空気を読まないのが善子。取り乱しまくる黒澤姉妹をよそに、テレビ電話は開始された。

 

そして、大画面テレビに映る屋外の景色。恐らく学校の屋上。

その中央には、穂乃果のこの上ないワクワク顔がデカデカと映し出された。

 

 

『あ、繋がった!Aqoursのみなさんこんにちは!スクールアイドルμ'sの、高坂穂乃果です!』

 

「ほ…穂乃果さんだ…!!凄いよ本当に……!…!?」

 

 

千歌がダイヤとルビィの方を見ると、完全に脳がパンクしている状態だった。端的に言うと体を震わせてフリーズしていた。ただただ目の前の理想的非現実に打ちのめされ、そして……涙したのだった。

 

 

礼儀云々よりも会話にすらならないため、Aqoursチーム(主に黒澤姉妹)のテンションが落ち着くまで割愛。続々とμ'sのメンツも現れたため、本当に時間がかかった。

 

 

『えーっと……お話しても大丈夫?』

 

「大変な失礼を…申し訳ございません。わたくしはAqoursの黒澤ダイヤ、不肖の身ながら浦の星女学院の生徒会長を務めております!こっちは妹の……」

 

「く、黒澤ルビィです!ルビィもお姉ちゃんも、μ'sの大ファンなんです!これからよろしくお願いします!」

 

『うん!よろしくねルビィちゃん!』

 

「穂乃果さんが…穂乃果さんがルビィの名前を…!」

「わ、わたくしも!どうか『ダイヤちゃん』と……!」

 

『へぇ、生徒会長。奇遇ね、穂乃果と私も新旧の生徒会長なの』

 

『絵里ちゃんと合わせて3人…同じ生徒会長アイドルでも全然違うタイプ…興味深いです…!』

 

「エ…エリーチカ……!」

「花陽ちゃんだぁ……!」

 

『すいません。これ多分頭数増やすと一生進まないので、一旦穂乃果さんだけ話す感じで』

 

 

壮間の仕切りで穂乃果以外退場。ファン波動は少しずつ慣らしていく方針を固め、取り合えず打ち合わせを進める事を優先する。

 

 

『元気そうでよかったです、千歌さん』

 

「もう大丈夫!今はもうμ'sとのライブ頑張ろう!ってなってるから!それに、朝陽くんはきっとまだ消えてない。私はそう信じてるから、消えてないんだよ!」

 

『…?は、はい。俺もそう思います…多分。

ちょっと聞きたいんですけど、今のとこそっちに何か異常は?』

 

「異常って…?別になんともないけど……あれ?みんなどうかした?」

 

「千歌ちゃんは昨日いなかったけど…あったんだ、異常。それもちょっとしんどいのが…」

 

 

耀の言う通り、千歌以外はその異常というものに心当たりがあるようだった。それを思い出そうとすると、視線は自然と蔵真の方に向けられる。

 

 

 

 

昨日のことだ。

あの戦いで姿を消したと思われたアナザーゴーストが、再び街中に現れた。それもこれまでのような無気力な状態ではなく、明確な衝動のままに暴れる姿を見せていた。

 

恐らく香奈とナギの精神がぶつかり合っているのだろう。被害を食い止め、アナザーゴーストを捕縛すべく、蔵真が現場へと向かった。

 

 

「最早戦えるのは俺だけだ。それも万全とは言い難い。だが、俺は俺の魂に懸け、俺の生き様を遂行する!」

 

 

アナザー電王の不意打ちに敗れ、仮面ライダースペクターの力はライドウォッチとして令央の手に渡ってしまった。しかし、戦う手段は健在だ。

 

蔵真が腕に装着したのは『プロトメガウルオウダー』。アリオスが持つ正規のものを真っ黒にしたブレスに、青いネクロム眼魂を装填する。

 

 

「変身!」

 

《Loading》

《ネクロム!》

 

 

蔵真は黒い身体に青い単眼のネクロム、『ダークネクロム(ブルー)』に変身。苦しむように荒れ狂うアナザーゴーストの拳を受け止め、カウンターで退けた。

 

受け止めた腕が痛む。所詮は応急処置扱いの予備戦力、性能はスペクターに何段も劣る。

 

 

「日寺壮間が俺たちの後を継ぐなら、その少女は俺たちのAqoursの意志を継ぐ者だ。お前如きが縛っていい存在じゃない!失せろ、悪霊!」

 

「あく…りょう…?ひ、ははははは!!」

 

 

香奈の声で寒気を催す笑いが鼓膜に響く。ナギの邪心が、彼女の理性を飲み込もうとしているのだ。

 

その狂った殺意がダークネクロムへと集まった瞬間、凪いだ戦場を搔き乱す風が吹き荒れた。空に浮かぶ紋章は、畳み掛ける災厄を意味する。

 

令央に倒されたガンマイザー・ウィンドが、復活して人間世界へと再び舞い降りた。

 

 

「だれ?」

 

「ここでガンマイザー…!いや……!?」

 

 

ガンマイザーの様子が妙だ。コンピューターのような正確無比な所作に、大きな歪が見える。アナザーゴーストにも似て、内側から別の存在に食い破られそうに、感情の無い存在は確かに苦しむ。

 

 

「解析不能…消去、消去、消消消消消───」

 

 

身体が崩れ去る。四肢も頭部も砕け、その内から出でる別の存在()()がガンマイザー・ウィンドを作り替えていく。

 

金の紋様が入った黒い身体に手足は深緑の爬虫類の肌。そこに巻き付く青いプレートには炎の模様。片腕には白い爪と銀色の刃だが、片腕には銃が埋め込まれ、胸の黄色い球体を覆う機械装甲など人工的要素も確認できる。

 

そして、それらのパーツを繋ぎ合わせる緑のチューブと、鋭い牙から視線を上に映すと見える二本角に気付き、蔵真はその正体を確信した。

 

 

《スペクター》《ネクロム》《ギルス》《カリス》《ゾルダ》《クローズ》

 

「解析不能、六の力を確認……制御、不可能、破壊、排除、消去」

 

「奴は…俺たちの力を吸収したのか!」

 

 

令央はガンマイザーを倒す際、6つのライドウォッチを吸収させた。それが再生の過程を経てガンマイザーと同化し、常識の埒外にある化物を誕生させたのだ。

 

6人の仮面ライダーの力と融合したこの物語の冒涜者は、もはやガンマイザーというよりアナザーライダーに近い存在。『キメラアナザー』と呼んで然るべき存在だ。

 

 

「その力、返してもらうぞ!」

 

 

そう意気込んでキメラアナザーに照準を変えた瞬間、その敵意に反応したのか、蒼炎を帯びた黒い竜巻がアナザーゴーストもろともダークネクロムを吹き飛ばした。

 

攻撃に備える隙を与えず、炎で塞がれた死角から鞭が縦横無尽に襲い掛かる。アナザーゴーストがそこで逃げ出したことで、キメラアナザーの標的はダークネクロムに絞られてしまった。

 

 

《SHOOT VENT》

 

 

仮面ライダーゾルダの巨大大砲武器『ギガランチャー』が、ノブナガ魂の武器複製能力によって二門に。本来両手で扱うその装備を両片手に同化させ、ダウンしているダークネクロムに対し、

 

 

「マズい……!!」

 

 

無慈悲に砲撃を放った。

 

地面が弾け飛び、砲撃の前にあった物全てが塵へと還った。

反動でキメラアナザーの両腕も吹き飛んだが、ネクロムの液状化能力で瞬時に再生。

 

片やダークネクロムは変身解除し、全く動くことができない。

むしろ変身解除で済んだだけ幸運だ。この強さ、スペクターの力があったとしても勝てるかどうか分からない。

 

アナザーゴースト、アナザーダブル、アナザー電王に続く更なる障壁が誕生してしまった。

 

 

 

 

 

「……というわけだ。あくまで仮称だが、あのキメラアナザーの強さは計り知れない。破壊兵器という意味では、間違いなく俺の知る何よりも強大だ」

 

『それでそのキメラアナザーは!?蔵真さん無事…いや現に無事なんですけど…どうなったんですか!?』

 

「その後ほどなくして活動を停止、どこかに消えた。恐らく急激な進化による反動かエネルギー不足だろう」

 

「なんだ…よかったぁ」

 

『全然良くねぇよアホか。そいつがいつ攻めてくるか分かんねぇ、しかも敵の策略がプログラムされてんならお前らを狙ってくるってことだぞ。分かってんのか高海千歌』

 

「ご…ごめんなさい……って、誰!?壮間くんじゃない!」

 

『こちら切風アラシさん、こっちの時代の仮面ライダーです…口悪いのは慣れてだそうです』

 

 

男の声だから壮間かと思ったが、よく考えなくても壮間にしては口が悪すぎる。と思ったら別人のアラシだった。その後ろには作業を終えた永斗と、付き添っていたアリオスもいた。

 

ある程度あの話を聞いたのなら、当然アリオスが通話画面に食らいつく。

 

 

『無事か蔵真!』

「無事かアリオス!」

 

「一緒に心配してどうするのです」

 

「俺は無事だ、眼魂の体にも異常はない。それよりもアリオスは…!」

 

『私の事などどうだっていい!そんな敵が現れたのなら、蔵真一人で戦うのは危険だ!私も今すぐ元の時代に戻る!』

 

「駄目だ」

 

『なっ…何故だ!』

 

「お前もネクロムの力を失っているだろう。来たところで結果は大して変わらない。俺たちの後継者のため、その時代で出来ることがまだあるはずだ」

 

『しかし…蔵真一人では!』

 

「心配するな。戦力が無いなら増やせばいい。ちょうど、そいつが目を覚ます頃だ」

 

 

アリオスを鎮めるための気休めではないと、壮間は直感した。新たな戦力が目を覚ますと聞けば、それなりに聡明な壮間には一つの可能性が思いつく。

 

 

「話は聞いた。例は言っておくぞスペクター、眼魂の体も悪くない。これで俺は戦える」

 

『……やっぱり…ミカド!!』

 

 

通話画面に新たに現れたのは、昏睡状態だったはずのミカドだった。本人が言う通り眼魂の身体を使っているだけで、回復したわけじゃない。それでも、壮間にとってこれは喜ばしい以外の何でもなかった。

 

 

『蔵真、眼魂は2つしか無かったはずじゃ…』

 

「怪奇現象管理協会が保管していたものを無断で持ち出した。魂のダウンロードにはそれなりに時間がかかったがな」

 

「蔵真さんも滅茶苦茶するようになりましたわね…」

「割と前からこんなのだったずら。でも、壮間さんとミカドさん、時を超えた感動の再会……!って感じでもなさそうずら…」

 

 

壮間の方は喜びが分かりやすいが、ミカドの方は全くそうではない。どっちかというと壮間の顔を見たくないし、この空間自体に喜びの要素が無いと言っているようだ。

 

 

「日寺。俺が眠っている間に過去に行き、ライダーと接触か。それで出し抜いたつもりか?」

 

『出し抜く…?いや、言ってる場合じゃないだろ』

 

「ふざけるな!俺も今すぐその時代に向かい、ダブルを殺して力を手に入れる!貴様の好きにはさせない!今度こそ、ライダーの力は俺が手に入れる!」

 

 

勝手なことを言い出して誰もが頭を抱えた。少しでもこの男を知っていれば分かるが、ミカドをライダーに協力させるなんて割と無理難題なのだった。

 

 

『はぁ!?何言ってんだよ、ミカドにはそっちの時代で頑張ってもらわないと!キメラアナザーとまともに戦えるのミカドしかいないんだぞ!俺がアナザー電王倒してミカドを回復させるから、協力してくれよ!』

 

「知った事か!ゴーストは消え、この時代にはもはや何も残されていない!アナザー電王だって俺が倒せばいい話だ!貴様の手など誰が借りるか!」

 

『いやだからさ…!』

 

「貴様のお膳立てになど二度とならないと言っている!俺は俺の目的のためライダーの力を手に入れ、俺一人で戦い抜く!貴様に俺を決める権利は無い!俺に歯向かうというなら、その時代で真っ先に貴様を殺す!」

 

『だから……お前ダブルのプロトウォッチ持ってないじゃん。来れないよねって話なんだけど……』

 

 

ヒートアップしていた論争が一気に冷えた。

論点が違ったことが判明し、ミカドも唇を震わせて目線を逸らす。逸らした先に笑いをこらえる鞠莉がいたのが更に不運だった。

 

 

「っ……!貴様が俺を迎えに来ればいい話だ!出し抜くつもりが無いのなら来れるだろう!来い!今すぐに来い!来なければ殺す!!」

 

『行くわけないだろ馬鹿なの!?』

 

「誰が馬鹿だ!もういい、とにかく俺は好きにやらせてもらう!どけ!」

 

『あっ、おい…!なんでアイツはこうも……』

 

 

ロクに話も聞かずにミカドは出ていってしまった。

しかし状況の解決にはなっていないものの、ミカドが戻ってきてくれたのには壮間も表情が緩む。これで共に戦ってくれれば有難いのだが。

 

 

『すいませんウチのミカドが…』

 

「ミカドさんは余り頼りにしない方が良さそうですわね。あの感じでは」

 

『そうだな。もしかすると呑気にライブの話し合いしてる暇も無いかもしれねぇ。そっちもこっちも、敵に居場所を把握されてるって事だからな』

 

「えーっ!?そっちの場所もバレちゃってるんですか!?ヤバいじゃん!」

『そうなのアラシ君!?てゆうか敵って誰だっけ?』

 

『アナザーダブルだ。ちょっと静かにしてろオレンジ馬鹿コンビ』

 

「『オレンジ馬鹿コンビ……』」

 

 

場所が割れているこの状況では、敵の気まぐれ次第でライブの計画など容易く崩れ去る。そんな状況下でライブ成功+香奈救出は無謀な賭けにも程がある。

 

その戦況でアラシが出した結論は、

 

 

『なるだけ遠くに逃げるぞ。ライブ準備はそこでする』

 

「逃げる!?って…どこに?沼津くらい?」

「千歌ちゃん、それは近すぎ……」

 

「お待ちなさい。逃げるのはいいですが、逃げた先でライブ練習をするとなれば話が変わりますわ。土地勘のない場所では練習はおろか寝泊まりですら一苦労。長距離移動にも時間がかかります。そんなことをしている暇は無いと思いますが」

 

「あと、この画面を持ち運ぶのはちょっと……」

 

「仕方ないわね……堕天使ヨハネの空間転移の出番!」

「本当にできるなら頼りにするずら」

「うっ…」

 

『んなもん現地で調達しろ。どうせ無かった事になんだ、全財産はたいてでも買え。移動手段は……飛行機の荷物にでも紛れ込めばいいだろうが』

 

 

ダイヤ、梨子の常識的意見を脳筋犯罪意見で捻じ伏せるアラシ。

まぁ流石にそれを実行するのはマズいということで、誰も賛同はしなかった。

 

 

『それよか問題はこっちだ。こっちは永斗の作ったコイツを運ばなきゃだからな。一旦バラして現地で組み立てさせるか』

 

『永斗さん過労死しますよ……』

 

「あーもう何か無いの!?こう一瞬で移動できる魔法のアイテムとか、必殺技とか……ああぁっ!!」

 

 

頭をわしゃわしゃしながら声を張ると一緒にアイデアも飛び出して来たようで、千歌が「これだ!」と立ち上がった。

 

 

「先生に頼もう!今こそその時だよ!」

 

『そうか…兄上の力を借りれば!それだ千歌!』

 

 

千歌にアリオス、2015年組はそのアイデアに揃って指をさすが、それ以外の者には何が何だか分からない。

 

 

『兄上?先生?何の話だ説明しろ』

 

『私の兄上、眼魔世界の第二王子のことだ。兄上は人間界が好きすぎる余り眼魔世界を百年単位で留守にする放蕩息子……意味は合ってるか梨子?』

 

「大体合ってる……と思うけど」

 

『よしっ!……と、すまない。それで兄上は今、浦の星で社会教師をしている。そして兄上は人間界の各地を転々とするため行った先にゲートを繋げているのだ。一度眼魔世界を経由する必要があるが、それなら一瞬で長距離移動が可能になる!』

 

「その話聞いて、先生に旅行連れて行ってって頼んだんだけど…『ズルは認められない!』『交通機関に金を落とせ!』って怒られちゃったんだよね」

 

『兄上は何でもできるが故に規則には従順らしいから……千歌はもう少し真面目になった方がいいと思う』

 

『よし、それならそいつに手伝わせろ。断るようならこめかみに銃口でも突きつけてやれ』

 

『人の兄上になんて真似を!?』

 

『言ってる場合じゃねぇんだよ』

 

 

どこに行くかという問題は残るが、ひとまず2015年側の移動手段は確保できた。後は2009年組。このクソデカい機材を運びつつ、移動先の練習場所、寝泊まり場所も用意する方法があればいいのだが。

 

壮間も考えるが、両方の時代の事情もよく知らない壮間には何も思いつかない。黙って議論を見守るしかできないのが、何だかムズムズする。

 

 

『そっちは凄いねぇ、こっちもそういう凄い人いたらいいんだけどなぁ』

 

「人脈?ってやつですよ!もしかして人脈に関してはμ'sに勝ってる…!?」

「千歌さん!?穂乃果さんに対してなんて口を……!」

 

『でもでも!こっちにも色んな人がいるよ!μ'sのみんなだって真姫ちゃんピアノ上手だし、ことりちゃん絵が上手だし、海未ちゃん怖いし……あと情報屋の留人先輩とか…』

 

『今そいつ役に立たねぇだろ…いや待て。人脈……そうか!どうせ無かった事になるんだ、やれることやらせるしかねぇよな』

 

「それなら俺も思い付いた。練習場所諸々、奴らの力を借りたらどうだ」

 

 

アラシの思考に光が射す。蔵真もそれを聞き、提案を掲げる。それぞれが各々の陣営に考えを伝えると、グループの熱意に火が灯ったのを感じた。

 

こんな絶望的ピンチなのに、更に盛り上がっていくような、そんな予感がこみ上げる。

 

 

『ライブのためだ。使えそうな奴は使い倒す作戦で行くぞ』

 

「言い方!もっとあるでしょ他に!」

『そうだよアラシ君!使うとかそうゆうのじゃなくて……!』

 

「『みんなの力で、悪い未来をやっつけよう大作戦!!』」

 

『ダセぇ』

 

 

千歌と穂乃果のセンスはアラシに一刀両断されたが、向かう先は整った。μ's+Aqours+仮面ライダー、ここに上乗せされるのは、これまでの物語が繋いだ絆だ。

 

 

___________

 

 

 

2015年ではなんとかアリオスの兄に話をつけられたらしく、移動の手はずは整った。が、2009年ではそれを遥かに凌ぐ難易度が立ち塞がる。

 

令央とナギに気付かれれば終わり。ライブまでバレては駄目のかくれんぼ、これはそういうゲームだ。そのためには、まずは鬼に「もういいかい」して貰わないと始まらない。

 

鬼の目を30秒塞ぐ役割は、()()が請け負ってくれた。

 

 

「わざわざ潰れに来てくれるとは好都合。ちょうど、贋作と同じ空気を吸い込むのが不快になってきた所だ」

 

「贋作ではない正義だ。俺は正しい。俺が誤りであることは有り得ない、有り得てはならない。俺という唯一絶対の真理を、貴様という悪に刻み込んでやる!」

 

《アクセル!》

 

 

令央を相手取るのは仮面ライダーアクセル、赤嶺甲。他者の時間を踏みにじる令央という悪を知って、この男が一秒とて黙っているはずがない。

 

そしてもう一人の鬼、火兎ナギは。

 

 

「…ツイてるっ!まさかあなたに会えるなんて!どんな風の吹き回し!?」

 

「愚問だねгоспожа(お嬢さん)

ただ、なんでもない風が吹いただけさ。風の吹くまま、風が呼ぶまま、オレは『楽しい』がある所に舞い降りる」

 

 

軍服とスーツが合わさったような、黒い衣装。仮面の後ろで笑う青い瞳が、ナギの身体の奥を見据える。

 

探偵、警察、そこに一つ加えるとするなら『怪盗』。

彼こそが、現代に生きる怪盗にして2009年最強の仮面ライダー。

 

 

「予告状の無いブレイを許してくれるかい?

怪盗エターナル、キミの中の『時計』を頂きに参上した」

 

《エターナル!》

 

 

地獄の怪盗団頭領、彼の名は『ミツバ』。

最強であり不死身の生物兵器NEVERである彼にとって、命の基準は曖昧である。故に彼が定めた生きるという定義は『楽しむ』ということ。

 

楽しんでなければ死んでいるのと同義。

今この瞬間、楽しみの気配…則ち『命の匂い』が最も濃いのは彼女だ。

 

 

「私、怪盗エターナルのファンなんだよね!不死身だなんて、そんなの最高に壊し甲斐あるじゃん!」

 

「いいね。さぁ……一緒に地獄を楽しもう!」

 

 

ロストドライバーにエターナルメモリを装填し、展開。

黒いマントと蒼き炎を纏った白い死神。永遠を司る戦士、『仮面ライダーエターナル』が舞い踊る。

 

 

 

____________

 

 

 

「赤嶺さんとあと一人、ミツバさんでしたよね。大丈夫ですかね……」

 

「赤嶺は死んでも死なねぇし、クソ怪盗は心配するだけ時間の無駄だ。さっさと練習環境作りに取り掛かるぞ。壮間もこれ運べ」

 

 

大きい通信装置を運ぶのに使ったのは、地獄の怪盗団の飛行船『コルヴォ・ビアンコ』だ。何故怪盗と連絡が取れたかと言うと、穂乃果の妹の雪穂が怪盗と知り合いだからである。どの程度の関係なのかはアラシも知らないのだが。

 

移動も飛行船を使い、迅速かつ隠密に済ませた。μ'sの現在地は東京から西に向かって大阪。何故ここに来たかと言うと、大阪なら『彼女たち』が環境を用意できるとのことだからだ。

 

 

「おかげで上手く事を運べそうだ。ありがとな、ツバサ」

 

『何を言ってるのかしら?μ'sは私たちに勝ったの。強者に相応の利得が入るのは当然のことだと思うけれど』

 

「流石元絶対王者、器が違ぇな」

 

 

アラシの電話の相手は、スクールアイドルランキング不動のトップ『A-RISE』のリーダー、綺羅ツバサ。A-RISEは学生ながら全国ツアーもする関係上、全国各地に顔が効く。こんなに急でも練習場所を確保できた。

 

A-RISEとコネクションがある理由は、赤嶺だ。ある事件をきっかけに、それ以来赤嶺とA-RISEは深い関係を築いている。奇跡的に繋がった関係性のおかげで、なんとか希望が途絶えずに済んだ。

 

 

「A-RISEって知ってますよ、この時のトップアイドルですよね。流石トップ、こんなふざけた状況もすぐ理解して動いてくれるなんて……」

 

「それは若干違ぇぞ壮間。赤嶺曰く、トップらしくあろうと常にクールの表情作るのがツバサの癖らしい。実際のとこ内心パニクってるからあんま刺激してやんなって赤嶺に……」

 

『聞こえてるわよ。甲といい、なんで男の人ってこうもデリカシーが……』

 

 

ツバサの素顔も見え始めたところで、壮間の心配は2015年の方に移る。移動の方は大丈夫そうだが、こちらのA-RISEのようなコネクションがあちらにあるのだろうか。

 

 

 

壮間の心配は半分外れ、半分当たった。

コネクションはある。それを頼りにAqoursは、眼魔世界を経由してはるばる北海道までやって来た。

 

幸運にもゲートと目的地が近く、向かったのは函館聖泉女子高等学院。冬休み期間だが、またしても幸運。彼女たちはそこにいた。

 

 

「聖良さん!」

 

「あ…Aqoursの皆さん!?どうしてここに…!?」

 

 

鹿角聖良。Aqoursのライバルグループ『Saint Snow』の一人。

東京のライブで会ってからも連絡を取り続け、千歌と聖良に関しては今や友人の域。Aqoursはそんな彼女を頼ることにしたのだ。

 

 

「蔵真さんも…!言ってくれたのならおもてなしの準備くらいしたのですが……」

 

「すまない聖良、事態が事態なんだ。お前たちに頼みがある」

 

 

聖良と蔵真には別途で面識があるため、事情の説明は蔵真がすることになった。まず理解はできないだろうから要点だけ、つまりかなりピンチだという事と、Aqoursの練習に協力して欲しいとだけ伝える。

 

 

「なるほど……分かりました。そう言う事なら私は協力しましょう」

 

「聖良さん…!ありがとうございます!」

 

「私は嫌」

 

 

上手く行きそうだった流れが止まった。その流れを一言で堰き止めたのはSaint Snowのもう一人のメンバー、聖良の妹の鹿角理亞。

 

 

「理亞……Aqoursのみなさんと蔵真さんの頼みです。引き受けてもいいじゃないですか」

 

「姉さまは特に蔵真に甘すぎ。私たちだって暇じゃない。余所者に構ってる余裕なんて無いんだから」

 

 

姉が最後のラブライブということもあり、理亞の意識は非常に高い。実際は歴史が消えるのだからラブライブ予選がどうとか言ってる場合ではないのだが、この感じだと説明しても納得して協力……なんて流れにはならなさそうだ。

 

今は一秒でも惜しい。こんな所で詰まっていられないという焦りが汗のように滲み出る。そんな時に千歌の携帯に着信、相手は壮間だ。

 

 

「もしもし壮間くん?」

 

『こっちは全部終わりました!そちらはどうですか?』

 

「それが……ちょっとかくかくしかじかでございまして…」

 

 

かくかくしかじかで壮間に伝わるわけが無く、結局状況を伝えることになった。伝えられたはいいものの、またしても壮間には何もできない議題で参ってしまう。

 

 

____________

 

 

 

「それはもう皆さんに頑張ってもらうしか……」

「ふむ、話は聞いたよ我が王。Saint SnowとAqoursの不和、由々しき事態だ」

 

 

大阪にまで付いてきたらしく、ここぞとばかりに出しゃばるウィル。この男は壮間に付属する概念的何かなのだろうか。

 

 

「Saint Snow鹿角理亞はAqoursの黒澤ルビィと友情を築く。本来なら協力を取り付けるのは容易だったろう。しかし、今はその出来事が起こるより前の時間軸……今の彼女を口説き落とすのは至難だ」

 

「それ言いに来たのかウィル」

 

「心外だね、私にも考えというものがある。

Aqoursの中に交渉材料が無いのなら、あらゆる場所から引っ張って来ればいい。例えばまさに、μ'sとの時を超えた合同ライブは非常に魅力的だと思うが?」

 

「そうか…合同ライブの話をしましょう千歌さん!それならもしかすると!」

 

『うーんどうだろう…?だって確かSaint Snowさんって、μ's好きじゃなくてどちらかと言えば───』

 

 

その言葉の続きに、お宝は眠っていた。いくら壮間でもこれが使えるということには気付く。

 

 

「アラシさん!もう一回ツバサさんに連絡を!」

 

「……そう言う事か。思ってたより大分、とんでもねぇことになりそうだ」

 

 

____________

 

 

 

壮間からの報告で、千歌の表情も晴れる。

チャンスは生まれた。しかも、考え得る限り最大で最高のチャンス。もし自分なら、いや実際そうなったが、この話に食いつかない手はない。

 

 

「理亞ちゃん!一つだけお話があるんだ、それだけ聞いて?」

 

「何?どんな話されても、私は手を貸す気なんて……」

 

 

千歌からの耳打ちで、理亞の怪訝な顔が180度反転した。眼を見開き、無意識に口角が上がる。喜びと高揚が隠しきれず、遂には口から言葉が漏れる。

 

 

「時間をまたいで、A-RISEと合同ライブ……!?」

 

 

____________

 

 

 

『…えぇ、そういう事なら引き受けるわ。これが私たちの最後の使命というなら、未来のアイドルと合同イベント、A-RISEは全力を尽くすことを約束する』

 

「あぁ…恩に着るぞツバサ!」

 

 

アラシと壮間のアイコンタクト。両者が同時に頷く。

スクールアイドルフェスティバルにA-RISE、Saint Snowの2グループの参戦が決定。いよいよ本格的にハチャメチャなお祭りらしくなってきた。

 

 

「スクールアイドルフェスティバル、全容が見えてきましたね」

 

「この4グループのライブだ、絶対に成功する。アイドル側の心配は微塵欠片もねぇ。後は荒事を請け負う俺たち仮面ライダー次第だ」

 

 

ライブが完成に近づくにつれ、決戦の足音も近づく。

戦いが肩を叩くその瞬間までに何も変われなかったら、その時は全てが終わる。

 

これ以上頼るわけにはいかない。壮間自身の手で、ひっくり返す以外に道は無い。

 

 

「俺がやるしかない……やってやる…!」

 

 

壮間の心に火が点く。

その心が音を立てて燃えてくれるその瞬間を、壮間はまだ待つしかできない。

 

 




キメラアナザー!もう収集つかねぇよどうしよう!
でも必要な情報量は大体出せたので、次回からは話を一気に進められそうです。

さぁ後は増えに増えたキャラを僕が処理できるか。ライブ準備とライブ描写が上手くいくかの勝負です。しれっと復活したミカドも、そろそろ少し掘り下げの時間です。

ミツバに関してはラブダブルの「アイツはK/永遠を盗んだ怪盗」をよろしくお願いします。それだけなので。その1話しか出てないので!恥ずかしながら!

お気に入り登録、高評価、感想、あとここすきもよろしくお願いします!


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僕らを繋いだ風

カブキ
仮面ライダー歌舞鬼に変身した謎の男。年齢不明(推定1000歳以上)。本名は本人も忘れた。千年桜で不死になった男だが、その経緯も一切が不明。ただかつて悟ヶ原家に婿入りし、先祖返りのコミュニティで相応の力を持っているらしいのは確か。400年前に彦匡を救ってから彼の師匠となったが、最終的にオロチの封印を解くことで彼を殺害。行動原理や信念など人としての核と呼べるものが一切無く、その後も多くの鬼や人間や先祖返りを殺したため、彼を知る一部の者からは「祟り」として恐れられている。2005年での戦いは静観していた。修正された歴史でも千年桜を使ったらしいが動向は不明。どの記録にもその後の彼は記されていない。

本来の歴史では・・・魔化魍の研究を続ける男の手足として動いた。ヒビキが九十九と向き合い始め、魔化魍頻出の黒幕に近づいてきた頃を見計らい、カブキは妖館の住人の渡狸卍里と接触する。


試験が一旦終わった146です。暇なうちに書いちゃいたいです。
壮間の前にクソ高い壁がそびえる回です。あと混乱のタネになるからハブってたアイツがどうなってるかもちょっとだけ。

あと最近とにかくガバが多いので、見つけた時は指摘をお願いします。歴史改竄します。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!



「はーい、皆さんに良いお知らせと悪いお知らせがあります」

 

 

2015年と2009年のスクールアイドルの合同イベント、スクールアイドルフェスティバル。あれやこれやでなんとか練習環境を確保できた頃、遅れてやって来た永斗がそう話を切りだした。

 

 

『あっ、この男の子が…』

 

「永斗くんにゃ!遅いよー!」

 

『凛さんの言う通り、ほんとに獲れたてのワカメみたいな人ずら…』

 

 

短い会話で既に仲良くなっていた花陽と凛に、受け取り方に困る形容を投げつけられたが、今は一旦置いておいて話を続ける。

 

 

「えっと、まず僕はなんやかんやで更に天才になったわけです。そこで感情・精神理論やらアナザーライダーの構造やら諸々考慮して計算した結果…視覚から取り入れた映像で強い精神変位を引き起こして宿主と寄生者の精神平衡状態…あるいは支配的状態に歪を与えられれば結合が弱まり、そこから比較的小さい外力によって片平香奈ちゃんとアナザーゴーストを分離が十分に可能ってことがわかった」

 

「……あれ、もしかして分かってないの私だけ?」

 

『はいっ穂乃果さん!私も全然分かりません!』

 

「さすが千歌ちゃん!」

 

「似た者同士で安心しないでください…」

 

「じゃあ海未ちゃん分かったの!?」

 

「それは……まぁ計画続行ということは」

 

「というか永斗、あんたわざと難しい言い方して遊んだでしょ。ちゃんと教えて」

 

 

真姫に図星を突かれ、目を逸らして舌を出す永斗。

Aqours側にもこの男がまぁまぁいい加減なことが知れ渡ったところで、本題へ。

 

 

「海未ちゃんの言う通り、ただ計画続行ってだけだよ。アラシの見立てが正しくて、ライブでの分離は可能だった」

 

「それはめでたいにゃ!」

 

『で、それ多分良いお知らせだよね?悪い方は?』

 

 

可能かどうかも分かってなかったことが発覚し、『ちゃんとしてる側』の絵里がダイヤと目を合わせて苦笑い。しかしまだダイヤの方は動揺してしまうため目を合わせてくれない。絵里は少し凹んだ。

 

そして問題は曜の言う通り、悪いニュースの方だ。

 

 

「…えー、壮間くんから聞いた話で、その片平香奈ちゃんの人格をシミュレーションしたわけ。まぁ聞いた限りだと、香奈ちゃんのアイドル好き好き係数は甘く見積もっても85前後……」

 

「めちゃくちゃ頭悪そうな数字出てきたけど大丈夫なんでしょうね!?」

 

「多分にこちゃんよりは頭いいから大丈夫にゃ」

 

「なんですってぇ!?」

 

「で!その係数を元に計算したところ、分離に必要なライブ時間は……ざっとぶっ続けで98分になりました……」

 

 

思ったよりも重たい数字に、ほとんどのメンバーの雰囲気が沈む。

一方、全然そんなこともない例外もいた。

 

 

『一時間半ちょっとね…全然いけそうでよかったよかった!』

「そうですね…少し辛いかもしれませんが、今から特訓すれば!」

 

 

果南と海未だ。

 

 

「ハラショー…」

「この子たち正気…!?」

 

『残念ながら正気ずら。果南ちゃんはマルと正反対の体力オバケずら…』

 

「海未ちゃんも特訓で全部解決すると思ってる古き良き少年漫画思考!こっちも似た者同士の海属性やね!」

 

「海合宿の時も大変だったよね…確かランニング15km、腕立て腹筋20セット、発声、ダンスレッスン、精神統一に遠泳15km…!」

 

「かよちんよく覚えてるね」

 

「大変過ぎたから…」

 

『これが噂に聞くμ'sの魔教官、園田海未…!あれ、今のメニューどこかで……』

 

 

善子の記憶に封じ込められたままになったが、Aqoursも夏合宿でダイヤ持ち込みの同じメニューを行っている。どこから流出したのか知らないが、μ'sが残した負の遺産だ。ちなみに果南はこれをこなして平然としていた。

 

 

「でもやっぱり100分もずっとライブは…ちょっと厳しいかな?永斗君、なんとかならない?」

 

「そういうと思ったよことり先輩。漫然と踊って歌うだけじゃなく、常に感動を届けるライブを98分続けるのは流石のバケモノ2人でも無理があると思う」

 

『「バケモノ…」』

 

「でもそれは単に初見のインパクトが薄れるから長くなるだけに過ぎないんだ。これを解消するためには、香奈ちゃんにとってのμ's&Aqoursの合同ライブと同じくらいの衝撃を、小出しにして定期的に与えてあげればいい。つまり……」

 

「そう。そのために私たちがいる」

 

 

交渉材料に過ぎなかったはずが、計画に欠かせないピースになっていた。やはりそれだけのパワーがその存在に秘められているという事だろう。

 

待ち構えていたようなタイミングで画面に現れたのは、A-RISEの綺羅ツバサ。

 

 

『綺羅…ツバサさん…!ホンモノですわ!まさか本当に…!!』

『μ'sとA-RISEが一緒に…!!』

 

『流石に知ってるわよ、ネットでもテレビでも有名なアイドルの…!』

 

「あら、嬉しい事が聞けたわね。ありがとう可愛い堕天使さん」

 

「頼んだらすぐに大阪に来てくれたし、そっちのメンバーも説明済み。流石のトップアイドル、フットワークの軽さも対応の柔軟さも尋常じゃないね」

 

「そういえば私たちの参加で協力を承諾してくれたグループがいるって聞いたけど……」

 

『あー、一応そこにいるんですけど…』

 

 

練習場所を提供してもらったはいいが彼女たちが姿を見せず、千歌が画面の外に視線を向ける。通信に入って来る音からは「早くしなさい理亜…」や「姉さま、本当に変なとこ無い?大丈夫…?」などの会話が聞こえてきた。

 

そんなメチャクチャに動転した様子の理亜と、申し訳無さそうながらも少し緊張しているような聖良、2015年のスクールアイドル『SaintSnow』だ。

 

 

「あんじゅと英玲奈もすぐに合流するわ。これで全参加グループが集合したみたいね。μ'sと一緒のステージに立つ日が来たのも驚きだけど、まさかスクールアイドルの未来まで見ることになるとはね」

 

『は…はい!落胆させるつもりはありません。やるからには全力で、私たちも本気で行きます!』

 

『Saint SnowにA-RISEまで力を貸してくれるんでしょ!もう誰にも負ける気しないよ!』

 

「だよね千歌ちゃん!よーし絶対いいライブに…って、いつなんだっけ?ライブの日程」

 

『何言ってるんですか穂乃果さん!そんな大事なこと忘れるわけ…あれ、いつだっけ?てゆうか決まってたっけ?』

 

 

4グループの代表者の声明が一つになったはいいが、そういえば最も大事なことが決まっていなかった。ずっこけそうになるところにウィルが補足しに現れる。

 

 

「この本によれば、彼岸の者が此岸の者との縁が続く限り、消え去る事は無いとある」

 

「シガン…ヒガン…?何それ?」

 

「つまりは死者と生者ということ。仮面ライダーゴースト、朝陽の話さ」

 

『朝陽くんの…!?』

 

「朝陽は消えていない。仮面ライダーゴーストの歴史が消滅していないのが、その証拠だ。それは高海千歌、君が朝陽のことを想い続けているからに他ならない」

 

 

思っている限り、そこにいる。

やっぱりそれは真実だった。朝陽はまだ消えていない、疑っていたわけじゃないが、言葉として聞くと堪らなく安心してしまう。

 

 

『そっか…だよね。朝陽くんはまだ……』

 

「だがそれにも限界がある。タイムリミット、99日の縛りだ。その時が訪れた瞬間に朝陽は消滅し、ゴーストの物語は消える。それまでにアナザーゴーストを撃破しなければならない」

 

 

安心と同時に突き付けられた明確な崖っぷち。

 

壮間たちが来た時点が土曜で、朝陽消滅のタイムリミットは次週の日曜。アナザーゴーストを一度倒したのが日曜で、アリオスと壮間が東京とニューヨークに行ってμ'sを探して月曜、ウィンター事件に奔走したのが2015年視点で火曜、そして今が水曜だから……

 

 

『あと3日しかないじゃん!』

 

 

ライブ一つを仕上げるのには余りに足りなさ過ぎる時間。

しかし、千歌に比べて穂乃果の方はそこまで焦っているようではなさそうだった。

 

 

「平気だよ!こっちには永斗君もいるし、今は4つのグループがいるんだよ?絶対できる!」

 

「まぁこれまで無茶なスケジュールこなしてきたからね…音源やら設備は僕に任せて。君らはライブの完成度に注力してくれればいい」

 

「彼に任せれば大丈夫よ、この綺羅ツバサが保証するわ。それでも信用ならない?画面の端で縮こまってる理亜さん?」

 

『い…いえっ!信用してないわけじゃ…』

『すっごい疑いの目だったずらよ』

『うるさい!信用とかそういうのはその人じゃなくて、今はどっちも敵に狙われてるって話だったでしょ。追いつかれたらライブどころじゃ…』

 

「それも心配いらないよ。そっちのキメラアナザーっていうやつ、推測する限り索敵も移動もさほど優れて無さそうだったし。こっちも別に」

 

「そう、私たちの時代には甲がいる」

 

「あと怪盗もね」

 

 

ナギと令央を足止めしているのはアクセルとエターナル。

特にアクセルの赤嶺甲に対して、ツバサは全幅の信頼を置いていた。正義の名に於いて、彼は役目を完遂し、生きて帰って来る。それ以外の結果を誰より彼が許さない。

 

対して永斗はエターナルのミツバを疑いもしない。

信頼なんかではなく、確信だ。相手がどれだけ強かろうと、ミツバが足止めさえできない相手なんて存在しない。存在してはいけない。何せ彼は『最強』の一角なのだから。

 

 

 

______________

 

 

アナザー電王に変身した令央と、仮面ライダーアクセルに変身した赤嶺。街中で刃を交えて既に一時間。令央はその違和感をとっくに感じ取っていた。

 

 

「つまらない真似をしてくれる。時間稼ぎが見え見えだ」

 

「その通りだ」

 

「笑えないくらいに正直だな」

 

「不必要な虚偽は正義ではないからな」

 

「そうか、贋作の分際で正義を掲げるな!反吐が出る!」

 

 

これまで何人もの仮面ライダーを葬ってきたアナザー電王の猛攻。しかし、アクセルはその速度とパワーに渡り合っている。

 

アクセルは『加速の記憶』。その性能は時間経過と共に強化される。

普段は迅速な解決を主義とする赤嶺であるためその力を見ることは少ないが、長期戦において彼の右に出る者はいない。

 

 

「違う。俺が正義を掲げるのではない、俺自身が正義だ!」

 

「ならば教えてもらおうか、この時間稼ぎは何が狙いだ?

いや…私としたことが、『質問は無駄』だったな!」

 

 

そしてまた別の場所では、アナザーダブルとエターナルが災害にも等しい戦いを繰り広げていた。ナギとミツバ、人類にとっての天敵がどちらなのか、一概には言えないような2人だ。

 

 

「あははっ!話と違うなぁ。仮面ライダーは弱くなるって聞いてたんだけど!?」

 

「いいやお嬢さん、そうでもないさ。オレも自分のテイタラクにとても驚いている」

 

 

エターナルはそう言いつつも、その強さはアナザーダブルから見てもバケモノじみていた。これでも強烈なデバフが掛かっているというのだから恐ろしい。

 

アナザーダブルが旋風を巻き起こすと、エターナルはそこに秒で突っ込んでいき、内側から掻き消す。そして接近されて、気付いたらエターナルエッジで三回は斬られていると来た。

 

しかし攻撃の効きはやはり弱く、勝負が決めきれない。

しかもナギはアナザーダブルに変身する際、近くに通りがかった一般の少女の体を使った。それが問題だった。

 

 

(頑張れば体ごと吹き飛ばして時計を取り出せそうだけど…)

 

 

そうなると脳裏にチラつくのは、普段自分が振り回している雪穂や亜里沙の姿。そしてもう一つ、自分が戦う理由のこと。

 

彼女たちに嫌われてしまうのは、やっぱり嫌だ。

 

 

「いいね、楽しくなってきた」

 

「そう?私は全然!別に私はさぁ、いい戦いしたいとかそういうおアツいのじゃないんだ。ただ一方的に、原型なくなるまでグチャグチャにしたいだけだから!」

 

「リガイのイッチってやつだね。それなら踊ろう。

さぁ…死神のパーティータイムの始まりだ!」

 

 

エターナルのサムズダウン。アナザーダブルの右半身が赤く染まり、拳に炎が宿る。双方の拳がぶつかり合い、エンターテイメントは閉幕を迎えた。

 

ここから先は、戦争の時間だ。

 

 

____________

 

 

μ's、Aqours、A-RISE、Saint Snowが一つになり、イベントは完成に向けて進行している。アクセルとエターナルの時間稼ぎも上手く行ったようで、今のところは完全に計画通りだ。

 

ただ、それも壮間がアナザーダブルを倒せなければ無意味に終わる。

 

 

「くそ…うあああああっ!」

 

 

壮間はジオウ ビルドアーマーに変身して、覚えている姿を頼りに体を動かす。アナザーダブルとの戦いを想定し、2017年で共に戦った羽沢天介のように……

 

 

「…ダメだ」

 

 

思ったように動けない。イメージと現実が一向に近づかない。ビルドのような分析能力も知識も無いのだから当然だ。

 

ドライブも響鬼も同じだ。アラシはライダーの力を完全に使いこなせればナギに負けるわけがないと言っていたが、やっぱり彼らのようにはいかない。でもやらないわけにはいかない。何も進まないまま、そうやって時間だけが過ぎていく。

 

 

「何やってやがんだ。人手が足りねぇんだ、お前も手伝え」

 

「アラシさん…いや、でもこのままじゃ…」

 

 

様子を見に来たアラシが倒れた壮間の額を叩く。

乱暴に叩き起こされた壮間だったが、その表情は依然として暗いままだ。

 

 

「鍛えたってしょうがねぇって言っただろ。お前が今から変えられるとすれば、心の持ちようくらいだ」

 

「…それで駄目だったらどうするんですか。俺は正直、その日までに強くなれる気はしません。駄目だったじゃ済まないんです」

 

「これまで駄目だったで済んだ戦いがあったか?そうじゃねぇなら、今回も同じように乗り越えるだけだろうが」

 

「それは……」

 

 

そう言われればそうかもしれない。でも今の壮間には、どうしてこれまで生き抜いてこれたのかさえも分からなくなってしまっているのだ。

 

成し遂げたと思ってからの、最悪への急転直下。眠る度に何度だって夢に出る。

 

 

「ミカドがいれば…」

 

 

不意に零れた弱音に、壮間は自身の弱さを恥じた。

これまで戦ってこれた理由なんて、近くに誰かがいたからに決まっている。壮間はいつだって一人じゃ戦ってこれなかった。

 

 

「ミカドってのは、あの未来にいた犬みたいなヤツか」

 

「…ライダー殺すばっかり言う危ないヤツですけど、なんだかんだ俺が戦えて来たのってアイツのお陰なんです。ミカドは俺より重いものを背負ってて、俺よりもずっと強いですから……」

 

「じゃあ連れてくりゃいいじゃねぇか。それで勝てるっていうならな」

 

 

雪崩れ込む弱音に、アラシはあっさりとそう言った。

皮肉めいた呆れではなく至極真面目な意見として、アラシは話を続けた。

 

 

「何でもかんでも一人で出来りゃいいのに。そう思ってんだろ」

 

「そりゃ…そうに決まってます。一人で全部解決できるくらい強かったら、こんな事にはなってなかった。王になるんだったら…俺はそうならなきゃいけないんです」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ。そんな完璧な奴がいてたまるかよ。

完璧がねぇから人は群れてんだ。足りない部分を補う相手がミカドっていうなら、未来の都合も何も関係なく頼ればいい。こいつは結局、お前が中心の戦いなんだからな」

 

 

ミカドを呼べば2015年でキメラアナザーと戦える者はいなくなる。攻め込まれればそこで終わりだ。でも、壮間がナギに勝てなければそもそも話にすらならない。

 

ミカドを呼ぶべきか否か、それに悩んでしまう壮間の弱さ。アラシはそれを肯定した。

 

 

「お前は弱い。誰かを頼るのも、頼らねぇのも、見方によっちゃどっちも弱さだ。お前が成りたいのはどっちの弱虫だ?」

 

「俺は……」

 

 

答えは出ない。そんな壮間を見てアラシは少し歯がゆくも感じた。

答えを教えるのは簡単だ。でもそれじゃいけないと勘が言っている。いつもは今のことだけしか考えないアラシだが、今だけは未来を見ざるを得ない。

 

 

『出会うことだ。好きな女でも、競い合うライバルでも、何でもいい。

コイツになら全てを託せる。そう思える相手に出会って初めて、人間は進化できる』

 

 

アラシの記憶に深く刻まれた言葉が聞こえてくる。

壮間が誰の力を頼るか、頼らないのか、それは出会いを重ねてきた彼が決めなければ意味が無い。

 

彼が『相棒』とどう向き合うか、それが全てを決定する。

 

 

「ハードボイルド…だろ?分かってんだよクソ親父…」

 

 

____________

 

 

正解が見えないままμ'sの練習場所に戻ると、怪盗の飛行船には乗らなかったアリオスがいた。タイムマジーンを貸して欲しいと頼まれたのだが、その後の足取りは分かっていない。

 

 

「アリオスさん…タイムマジーンで今までどこに?」

 

「内浦だ。士門永斗に頼まれ、この時代の眼魔世界にコレを取りに行っていた。壮間から渡しておいてくれ」

 

 

永斗の予測によると、2015年から見て2009年の歴史が消えていたとしても、その逆はそうじゃない可能性が高いとのことだ。実際、アリオスの眼魔の体が動かせている。それはグレートアイがこの時代にも存在することを意味するらしい。

 

アリオスが渡して来たのはシェークスピア眼魂。それを見て壮間も察した。永斗が言っていたあの発明品だ。

 

 

「でも、よく取りに行けましたね。顔パス的なやつですか?」

 

「他の民とは違い、私はこの時代ではまだ幼子だ。顔は使えない。だから…少々乱暴な手を使った。相当心苦しいが…あれは最小限の被害だったはずだ…そうに違いない…」

 

 

ネクロムの力を失っているのに大丈夫だったのかと尋ねると、「切風アラシの仲間が1人、年末年始で沼津の実家に帰っていると聞いたから彼の力を借りた」とのこと。どんな人物だったかというと、アリオスは少し困り顔しながら「…似ていた」とだけ返した。

 

 

「それはそうと…浮かない顔をしているな、壮間」

 

「分かりますか…?」

 

「話は聞くぞ。力になれるかどうかは……分からないけど」

 

 

ここで黙っているのも失礼だと思ったし、悩んでいる暇が無いのは分かっているから、壮間は話してしまった。後で考えればどう考えてもおかしい判断だったと思う。

 

こんなこと、天秤の上に乗っている彼女に話すことではなかった。

 

 

「……そうか。彼を呼ぶべきか否か、それで悩んでいると」

 

「ッ…!忘れてください…!やっぱ俺どうかして……」

 

「私は壮間の心を全面的に肯定する。それは今も変わらない。お前がそれで正しいと思うのなら私はそれに従い、欠けた戦力を埋めに2015年に帰るだけだ。そして蔵真と共に命を散らしてでも、使命を果たそう」

 

 

心が痛む。壮間が弱いばかりに不要な事で悩み、他者にも苦痛を撒き散らす。

しかし肯定されて壮間の心が傾いたのは事実だ。やはりアラシの言った通り、壮間は弱い。

 

 

「…この時代で私に出来る事、それがこれなんだな…蔵真」

 

 

息を深く吸い込んだアリオスは、落ち込む壮間の腕を持ち上げ

思い詰めた息苦しそうなその面を殴り飛ばした。

 

何をされたのか理解が追いつかなかった。親しいと思っていた人に殴られたのは、壮間にとって初めての経験だったから。衝撃と痛みで、理解よりも先に涙が出そうになる。

 

 

「泣くな!立て壮間!お前はそれでも私が見込んだ男か!」

 

「アリオス…さん…?」

 

「確かに私はお前を肯定する。だが、そんな情けない弱音を許すとは言っていない!来い。お前が1人では勝てないと抜かすのなら、私が鍛えてやる!」

 

《Stand by》

 

「変身!」

 

 

アリオスが変身したのは、蔵真と同じダークネクロム。

 

変身したダークネクロムR(レッド)が放つ本気の戦意。壮間も反射的にドライバーを出し、変身する。何が何だか分からず縮こまるジオウに、ダークネクロムは容赦なく攻撃を浴びせた。

 

 

「どうした!反撃してこい!」

 

「あぁっ…!くっ、あああああっ!!」

 

 

迷いを忘れようと、弱さを忘れようとジオウも我武者羅な戦いを始めた。全力を出したつもりだった。それでもダークネクロムには易々と動きを捌かれる。大きな性能差があるはずなのにまるで敵わない。

 

 

「…その程度ではアナザーダブルには勝てないぞ。本気を出せ」

 

 

ダークネクロムの一撃を受け、ジオウは変身解除までしてしまう。

冷たい言葉と現実。壮間はもう何も見たくなかった。

 

 

「勝てるわけ…ないじゃないですか…!」

 

 

仰向けになって地面で体を汚す壮間は、腕で涙目を隠し、震える声で溢れる本音を吐き出す。

 

 

「俺は何もしてこなかった!俺は……ただ生きてただけなんです。何も特別なものなんて持ってない!皆さんとは違うんです!」

 

 

色んな時代で多くを学んだ。先人の生き方をなぞり、成長は出来たと思う。でも、少しだけ前に進めてしまったからこそ見える、ナギやアラシのような本物との絶望的な差を前に、もう壮間は動くこともできない。

 

 

「ずっと分かってた…変われると思ってた…!でも、変われてなかったからどうしようもなくて!俺はもうミカドや他のライダーを頼るしかできない!俺は……普通なんだから……!普通にしかなれないから……!」

 

 

壮間は『普通の青年』だ。どこにでもいて、たまたま預言者に導かれてここに来ただけの男。ここまでの道筋だって、壮間だから超えられた場所なんて一つも無い。

 

もし俺じゃなかったら、危なげなく先に進めただろう。

もし俺じゃなかったら、今頃もっと先に行けているはずだ。

 

もし俺じゃなかったら、香奈がこんな目には遭ってない。

 

少なくとも壮間には、そうとしか思えない。

 

 

「普通…か」

 

 

変身を解いたアリオスが呟く。

比較的聞き馴染みのある言葉だ。そして、この世界で最も理解に苦しんだ言葉だ。

 

 

「来い、壮間」

 

 

壮間の腕を引き、アリオスが踏み入れたのはμ'sの練習場。

そこでは大画面の前でダンスレッスンをする組や、ファイズフォンⅩでの通話で作詞やメロディの調整をする組に分かれ、急ピッチでイベント準備が進められていた。

 

 

「見ろ。今4グループが力を合わせ、片平香奈を救おうと頑張ってくれている」

 

「……はい。凄いと思います…」

 

「何も見えていない。壮間、お前は自分を普通と言ったな。そして私やAqours、μ'sはそうじゃないと言った。私にはそれが理解できない。

 

お前は千歌が自分を『普通』と言って悩んでいたことを知っているか?」

 

 

そういえば、2018年で曜からそんな話を聞いたのを思い出した。

『普通星に生まれた普通怪獣』。アリオスにとっても聞いた話でしかないが、夢も何も持たず転機を待っていただけの時期が千歌にもあったらしい。

 

 

「それでも千歌はスクールアイドルを始めた。その後、力不足に苛まれることが何度あってもこれまで続けてきた。異常だ。完璧だと思っていた私の世界では考えられない存在。私にとっての普通という定義に、あんな人間は存在しない」

 

「それは…でも…!」

 

「高坂穂乃果もスクールアイドルを始めた2年生以前に、これと言って目立った功績は無い。彼女も梨子や千歌の言う普通の域を出ない少女だった。それでも伝説に上り詰めたんだ」

 

「だから、千歌さんや穂乃果さんが特別だったってだけで…!」

 

「逃げるな壮間!!はっきりと言ってやる、お前は弱くない。強い!特別な存在だ!お前はただ普通であり続け、強者の責任から逃げようとしているだけだ!」

 

 

練習と打ち合わせに取り組む彼女たちに目を向ける。

 

 

「またミスにゃ!そこのステップはこのテンポでこう、こう、こうだって!もうこれで5回目だよ!」

 

『ごめんなさーい!でもやっぱどうしても足がなぁー!』

 

「それなら振付をワンテンポずらして余裕を作るっていう手もあるけれど…」

 

『ううん、大丈夫!今の方が絶対いいと思います!私ができるようになれば…!』

 

 

ダンスの方では千歌が苦戦していた。でもすぐに立ち上がり、自分を平気で追い詰めて上に行こうとしている。

 

 

『穂乃果さん、その音はもう少し高い方がいいと思うず…ます』

 

「分かったよ花丸ちゃん!あ~♪こんな感じ!?」

 

『余計にズレてますね』

 

「あれぇ?ごめん!もう一回最初から合わせてもいい?」

 

 

花丸と聖良のダメ出しに上手く対応できなくても穂乃果は折れない。彼女が見据えている完成形までの道のりで、一歩たりとも休みたくない。そんな風に見えた。

 

それは壮間が思っていたよりも、ずっと泥臭い光景だった。

 

 

「俺も千歌さんも穂乃果さんも、同じだって言うんですか。だったらなんでスクールアイドルなんて始めたんですか……?」

 

「私も同じ疑問を返そう。壮間、お前は自分が普通だというなら、何故仮面ライダーになんてなったんだ。何故これまで逃げ出さずに戦ってきた」

 

「それは俺が、俺も…特別になりたいって、主人公になりたいって思ったから……」

 

 

成りたいと思ったから。本当にそうだろうか?

間違いじゃないけど間違いな気がする。逃げずに戦ってこれたのは隣に誰かがいたから?それも何か違う気がする。違ってないけど、多分壮間はそんなに綺麗じゃない。

 

 

分からない。やっぱり答えは見えない。

壮間の思考を足止めしている何かが、どうしても見えない。

 

 

「…私が言えるのはここまでだ」

 

 

アリオスは苦悩ではなく思考に沈んだ壮間を見届け、その場所を後にした。

 

 

 

_______________

 

 

 

2015年。合同ライブの段取りが順調に決まる中、Aqoursの中で姿が余り見えない人物が1人。

 

 

「そういえば鞠莉ちゃんは?」

 

「ミカドくんを探しに行ったらしいけど…どこまで行っちゃったんだろ?」

 

 

千歌の問いに曜が答える。

ミカドを半ば無理矢理北海道に連れてこさせられたのは良かったが、すぐに姿を消してしまった。何故か鞠莉はそんなミカドに随分とご執心のようだ。

 

 

「見つけたよ!Killer Boy!」

 

「わざわざ探しに来るとはな…時間を持て余しているのか、運転手の女」

 

「小原鞠莉デース!ちゃんと覚えてよね!」

 

 

タイムマジーンでどこかに行かれていてはお手上げだったが、ミカドは比較的近辺で彼にとってはほとんど異国である北海道の街を散策していた。

 

ミカドと鞠莉は、倒れた壮間を預けた時くらいしか関係性が無い。何故わざわざ時間をかけてミカドを追ってきたのか、意味が分からなかった。

 

 

「どけ。貴様と話すことは何も無い」

 

「私にはあるよ。アナタはどうして一緒に戦ってくれないの?」

 

「チッ…その話か。言ったはずだ、好きにやらせてもらうと。俺は俺の目的のために動くだけだ」

 

「へぇー、そんなMasked Riderもいるんだね。蔵真や朝陽、アリオスとは違うね。ライダーは人々を守るHero!英雄!そう思ってたんだけど?」

 

「貴様もか…!俺を仮面ライダーと呼ぶな。俺は奴らとは違う!」

 

「ミカドは仮面ライダーが嫌いなの?」

 

「あぁ嫌いだ。俺は仮面ライダーを殺すためにこの時代に来た。

確かに、悪党とは言えない仮面ライダーがいることも知った。だが過ぎた力は人を変え、力の本質を変え、人と時を経て世界を滅ぼす悪になる!力を持つ者は消すべきだ!これが俺の全てだ、これ以上話すことは無い。消えろ」

 

 

鞠莉との会話は時間の無駄としか思っていないのか、言うだけ言ってミカドは鞠莉を突き放した。

 

 

「あぁー…もうイライラするっ!なんで本音で話さないの!?」

 

「何だと…!?」

 

 

顔を引きつらせたミカドが足を止めた。

鞠莉がミカドにこだわっていた理由はそこにある。会った時間は短いながらも、鞠莉はミカドから既視感のあるソレを鮮烈に感じていたのだ。

 

ダイヤ、果南、鞠莉で最初のAqoursを結成し、解散してから2年後。内浦に帰ってきてから、すれ違ったまま過ぎたあの時間で何度も合わせた、本心を強情で隠した不器用すぎる互いの顔を。

 

 

「ミカドはただ臆病で信じられないだけ。未来の事も信じられないし、自分の事も信じられない。似てると思ってたけどやっぱり違うね。果南もダイヤも私のことを想ってくれてた…強い言葉で本心を武装して、もう誰のために戦ってるか分からなくなったミカドとは大違い」

 

「黙れ…!貴様に何が分かる!俺たちの時代を見て、この世界の何を信じろと言うんだ!」

 

 

激しい敵意を剥き出しにして、ミカドは鞠莉の言葉を拒絶する。

その心を自分よりも適格に言い当てて来て、それが本心だと納得しそうになってしまう。この時代はそんな奴らばかりだ。どいつもこいつも、触れたくない場所にベタベタと指紋を付けてきて鬱陶しい。

 

 

「だったら望み通り本音を聞かせてやる。俺は貴様らが大嫌いだ!一つの目的を目指し戦うというのなら、何故笑っている!何故慣れ合っている!血反吐を吐いて戦えない弱卒が偉そうな口を叩くな!俺は貴様の言うヒーローなんかになるつもりは無い。嫌いだから、貴様らを守らない!これで満足か!」

 

 

そんな言葉で突き放し、鞠莉の体を押しのけてミカドは立ち去った。自分の口から出てきた幼稚な怒りに苛立ちながら土を蹴り、奥歯が軋む音を聞く。

 

 

「この地域は寒いな…!」

 

 

風で乱れた衣服を直し、白い息を飲み込む。

ミカドはまた一人になって当てもなく歩き続ける。

 

 

_______________

 

 

 

それからライブの構成も決定、レッスンも順調に進んだ。

ライブの音源作成も永斗が「1日あればできる」と言ったものを、アラシの「半日でやれ」の一言で速攻完成。設備も用意完了し、2015年側のライブ会場も蔵真が奔走してくれたおかげで仕上がった。

 

こうして3日の時間をかけ、イベントは問題なく完成に近づいていた。

一方でライダー側にも動きがあった。

 

 

「…その怪我でよく動けますね…赤嶺刑事」

 

「当然よ。だって甲ですもの」

 

「俺を名前で呼ぶな、綺羅」

 

 

包帯だらけの重傷で大阪まで来た赤嶺に、激しく引きながら驚く海未。それに何故かドヤ顔で返すのはツバサだ。

 

 

「ご苦労だったな赤嶺。怪盗のヤツはどうした?」

 

「すんでの所をヤツに助けられ、情けなくも撤退した形だ。逮捕しようとしたが逃げられた。重ね重ね不覚だ…!!」

 

「ブレねぇなお前」

 

 

アラシも身体の丈夫さは大概だが、赤嶺はそれに加えて正義への執念が異常なのだからアラシも気色の悪さを感じてしまう。まぁ、ここにミツバも来て大騒ぎになるよりはマシだ。

 

 

「怪盗は逃げおおせたが、俺はあの男に敗れアクセルの力を奪われた。変身は不可能だ」

 

「赤嶺で負けんのかよ…まぁ元々倒せないって話だったが」

 

「俺が敗れたことに変わりはない。それでどうだ、この作戦の鍵となるあの少年の具合は。ダブルの力とやらはもう渡したのか」

 

「いやまだだ。もう時間はねぇんだけどな…どーにもあと一歩ってとこで躓いてる」

 

 

その一歩の答えは幾通りにもある。アラシや赤嶺が思う正解を提示したところで、それで勝てるようになるとも限らない。それは壮間が向き合い、自分で弾き出して初めて意味を持つものなのだと思う。

 

 

「酷な設問だと思うか?」

 

「何も難しいことは無い。俺は正義である俺自身を突き進むだけだ」

 

「まぁお前はな。お前に関しちゃ分かりやすいわな」

 

 

 

答えを探す壮間は、今度は永斗のもとに足を運んだ。

 

 

「出来そうですか、例の発明…?」

 

「多分。まぁ片手間だからギリになるだろうけど。

で?そんな確認しに来たわけじゃないでしょ?」

 

「そう…ですね。ちょっと分からないことが多すぎて…」

 

 

ミカドを呼ぶべきかどうか。その争点で、アラシとアリオスは真反対の教えを壮間に与えた。アラシは「壮間は弱い」と言い、アリオスは「壮間は強い」と言う。これまでのように先輩ライダーの生き方を沿う解き方じゃ、絶対に答えは出ない。

 

 

「永斗さんは、どっちだと思います?」

 

「別に…どっちでも。ていうかどーでもいい」

 

 

第三の答えを押し付けられた。なんとなく予想は出来ていたのだが。

 

 

「まぁでも…強いて言うなら。二択の答えにはなってないんだけど。

期待は大いにしてるよ。今弱くても強くても、君はもっとすごい人になれる。進化できる。壮間くんはまだレベル1の魔王だからさ」

 

「…なんで魔王?」

 

「いや…ゲームで例えるなら魔王じゃない?王だし、勇者って感じじゃないし」

 

「そう…ですかね…?」

 

 

 

一方で物語の崩壊を目論む悪も、黙って出し抜かれるわけがない。

アクセルウォッチを手に入れた令央は、エターナルを取り逃した事が不満そうに、鉄棒の上で歩くナギを睨む。

 

 

「なにぃ?文句?私だって気持ちよくなれなくてイラついてんだからおあいこでしょー?あーやだやだ怒りっぽいヤツって楽しくなさそ」

 

「楽しいわけ無いだろう。別に私は君が好きなわけでもなんでも無い」

 

「えぇーびっくり。え、本当に好きじゃないの?こんな可愛いのに?もしかしてゲイ?ウケる」

 

「うるさい。私は私の思い描く結末のため、アナザーダブルを利用するだけだ。終われば君からダブルとゴーストの力を奪い取るさ」

 

「ふーん。結末なんだか知らないけどさ、結局のとこそれって気持ちいいわけ?」

 

「快楽主義者の猿と一緒にするな。私の行動原理はより崇高な思想だ」

 

「なにそれ。思想とか?教えとか?あと復讐がー、未来のため―、くっだらない。生は瞬間の爆発、快楽、エクスタシー。それを満喫もしないでさぁ、お兄さん生きる意味あんの?」

 

 

ナギの鼻先を斬撃が撫で、鉄棒が真っ二つに割れた。

令央の核心に触れた感触がその激昂する瞳から伝わって来て、死と隣り合うゾクゾクとした感覚にナギの頬が緩む。

 

 

「前言撤回する。お前は嫌いだ」

 

「そんな事言わず仲良くしよーよ。私、お兄さんのこともっと好きになっちゃった☆」

 

 

ウォッチを持つ者同士は引かれ合う。それもルールの一つ。

アナザーウォッチを体内に宿す2人は、感じるその波動から少しずつ壮間のもとに近づいていた。

 

 

 

決戦の時が近づき、アリオスも自分の役目が終わったことを悟った。

あちらの時代の戦力を少しでも増やすため、アリオスは2015年に帰る事を決意する。

 

 

「これを渡せばいいんだな」

 

「はい。永斗さんが、そっちの時代のシェークスピア眼魂でも使えるはず…って」

 

 

アリオスのプロトメガウルオウダーに眼魂を分析し、そこにオゼの知識を応用することで完成したそのガジェットをアリオスに持たせ、壮間は彼女を2015年の地に下ろした。

 

壮間が戦うのは2009年。きっと、これ以降はもう会うことは無いだろう。

 

 

「アリオスさん…俺…!アリオスさんがいたから…!」

 

「違う、私は何もしていない。自信を持て。道を切り開いたのはお前なんだ」

 

 

伝えたい感謝は山ほどあるのに、彼女はそれを必要ないと言う。彼女とは一度激しくぶつかり、そして肩を並べ、支えてすらももらった。別れが辛い。

 

彼は繊細だから、悲しみで調子が出ないなんてあってはいけない。

最後までそんな心配をして、アリオスは壮間にこんな言葉を伝えた。

 

 

「壮間…お前は必ず王になる。ただの王じゃない、私が目指した完璧な……いや、最悪を覆して理想の未来を創造する王に、最高最善の王になれ!」

 

 

それを最後に、アリオスは手を振って壮間に別れを告げた。

タイムマジーンの速さでは小さくなっていく姿も見えない。寂しくないのは絶対に嘘だ。

 

でもその言葉は、壮間の胸にかかっていた何かを消し飛ばしてくれた。

追い風が吹いているような気分だった。時間を早め、一歩を広げてくれるような、心地の良い追い風が。

 

 

 

「…なんだ」

 

 

単独行動を続けていたミカドのファイズフォンⅩに、メールの通知が届いた。

 

 

「日寺……!?」

 

 

それは壮間の決断の一つを示したメールだった。

 

 

______________

 

 

スクールアイドルフェスティバル、当日。

2015年ではAqoursとSaint Snowは眼魔世界を経由して内浦に戻って来ていた。

 

 

「う゛…あぁ゛…っ…」

 

 

蔵馬の誘導でアナザーゴーストが現れる。そこはライブステージが設置された場所、スクールアイドルフェスティバルの特等席だ。

 

ステージには永斗が作った投影機のようなガジェットがセットされ、言われた通りにシェークスピア眼魂が装填されている。そのガジェットの正体とは…

 

 

『スーパー演出マシーン、ってとこかな。アラシの言う通り合成映像でも良かったんだけど、それだとやっぱ不自然が残る。だから、2009年で撮った映像をシェークスピア眼魂の力でドンピシャで質量を持った立体映像…ソリッドビジョンとして2015年に出力するメカを作った。つまり…その場にはいなくても、別時代のアイドルは“同じステージ”で踊れる』

 

 

シェークスピア眼魂の幻想空間を利用した演出機、永斗はスクールアイドル達にそう説明した。

 

その効果はシェークスピアの試練を体験したAqoursなら体感済みだし、リハーサルでもまるで本当に同じ空間にいるかのような感覚だった。その上、ライブ演出のレベルも数段上がったと言っていい。

 

2009年の陣営は凄さに驚きこそすれ、意外そうでは無かった。「やる気になった永斗なら何してもおかしくない」だそうだ。

 

 

また、ライブステージも戦場に野ざらしというワケではない。

 

 

『朝陽から教わった簡易結界でステージを覆ったから、流れ弾などは遮断できるはずだ。直接攻撃に耐えられるほどの強度は無いが、そこは俺達の役目だ。何があってもそんな事態にはさせない』

 

 

蔵真がそう言うのだからと、誰もその提案に反発はしなかった。

このようにしてライブイベントの準備は整った。後はそのパフォーマンスを発揮するだけ。

 

 

2015

 

 

ライブ前の円陣を組み、曜は一言だけ千歌に尋ねた。

 

 

「怖い?千歌ちゃん」

 

「全然!リオちゃんも蔵真さんもいる!私たちは最高のライブを、香奈ちゃんに見せればいい!」

 

「そうね。歴史には残らないこのライブ、しっかり見てもらわなきゃね!」

 

 

アナザーゴーストとして利用されていた梨子も、力強く答えた。

いくら操られていたとはいえ、自分の未練で仲間を悲しませたのは事実だ。そしてそれは梨子じゃなくてもそうだった、Aqoursの全員がそう思っている。

 

もう大丈夫だ。繋いでくれる誰かがいるなら、

Aqoursはもう亡霊になんてならない。

 

 

2009

 

 

「凄いね。μ'sは…ここまで来ちゃった」

 

「思ってた場所とは少し違いますが…私たちは私たちが繋いだ未来と並び、共に戦える。こんな奇跡、私たち以外に誰も味わえません」

 

「やっぱりスクールアイドルって凄いよ!人を救って、きっと世界も救うんだから!よーし…みんな!奇跡のライブ、楽しもう!」

 

 

ことり、海未、穂乃果が円陣の中で胸の内を語る。

イレギュラーはあった。しかしそれを受け入れ辿り着いたのがこの場所なら、それも最高だったと胸を張れる。

 

これまでの奇跡に、ここから先も奇跡を紡ぐ。そして未来を繋ぐ。

笑えるほど無謀なのはいつも通りだ。でも、アラシはスクールアイドル達にこう言った。

 

 

『そっちも同じだろ未来の連中。可能性を…未来を拓くのはいつだってお前ら(スクールアイドル)で、そいつを守るのが俺達(仮面ライダー)だ。思う存分に魅せつけてこい!』

 

 

それならμ'sも変わらず信じるだけ。

さぁ、無謀な賭けに勝ちに行こう。

 

 

「戻って来たんだなアリオス」

 

「私の役目は果たした。壮間は必ず乗り越える!

行くぞ蔵真…最後に残った使命を果たす!」

 

 

キメラアナザーはAqoursを探しに遠方に向かったはずだ、そこを眼魔ゲートの瞬間移動で裏をかいた。しばらくは戻ってこれないその間に、アナザーゴーストと香奈を分離する。

 

ライブを見せるその間、アナザーゴーストの動きを止めるのは蔵真とアリオスが請け負った。

 

 

「見ぃーつけたぁっ!!なにわの地に発見、カワイ子ちゃーん!」

 

「手間はかかったが構うまい。ここが終点だ贋作の物語」

 

 

μ'sとA-RISEがライブを収録する会場に到達してしまった、令央と変身用の一般人の体を引きずったナギ。時間稼ぎもギリギリでタイムアップを迎えた。

 

 

「ロスタイムを知らねぇのか特殊性癖コンビ。お前らの終点はここだ、こっから先には死んでも行かせねぇ」

 

「まぁ僕は死なないけどね。面倒くさいけど、最後の一頑張りと行こうか」

 

 

当然、その守護者としてアラシと永斗が仁王立ちする。その隣に並ぶのは壮間だが、その顔から自分に対する明確な回答が出ていない事は明らかだ。

 

 

「壮間」

 

「わかってます…やるしかないって事は…!」

 

「焦んじゃねぇぞ。生きる、守る、それだけは譲るな。もし心臓が動いてるうちにその答えが見つかったなら……切り札は必ずお前の所に来る。勝てると思ったその瞬間、そいつを引け」

 

 

3つの時代を繋いだ戦い、その最終決戦が始まる。

 

 

《Stand by》

 

「「変身!」」

 

 

《サイクロン!》

《ジョーカー!》

 

「「変身!」」

 

《ジオウ!》

 

「変身!」

 

 

《Loading》

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

ダークネクロムB、ダークネクロムR、ダブル、ジオウ。

アナザーゴースト、アナザー電王、アナザーダブル。

 

火蓋が切られた激しい戦場の裏で、もう一つの戦いもまた幕を開ける。

 

 

「「1!」」

「「2!」」

「「3!」」

「「4!」」

「「5!」」

「「6!」」

「「7!」」

「「8!」」

「「9!」」

 

 

2015年、9人の指で形作られた「0」は、それぞれの「1」となって天を指す。

2009年、9人が作ったピースサインが描く星が弾け、開演のベルを鳴らした。

 

 

「Aqours!サンシャイン!」

「μ’s!ミュージックスタート!」

 

 

 




イベント開始!勝利条件は香奈の分離とアナザーダブル撃破です。壮間のレベルアップではなくランクアップが鍵になります。

あと鞠莉がちょっとだけ目立ったのは誕生日だからですね。ハッピーバースデー。

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主人公をはじめよう!

ガイスト
ロイミュード002の進化態。人間態は蒼いコートを羽織った大柄の青年。事実上ロイミュードの頭領のような存在だが、人間に対する敵対心は少ない。しかし、ロイミュードを家族として愛しすぎているため、ロイミュードの世界を作るために人間の支配を目論む。自身の生命エネルギーを攻撃力に変える能力を持ち、最強のロイミュードとして相応しい強さを誇る。進化に必要な感情は『怒り』、しかし彼が怒りを覚えることは滅多になく超進化には至れていない。2014年では018を殺したアナザードライブに怒りを覚え、一撃で叩きのめした。デザインモチーフは『骨』『魂』『仮面ライダーゴースト』。

本来の歴史では・・・『ベルト』を葬った宿敵として走大の前に立ちふさがる。ある事件をきっかけに超進化を果たしたガイストは人間に宣戦布告を行い、シングルナンバーのロイミュード3体を率いてグルーバルフリーズを決行。木組みの街の外へ侵略を開始した。



テン・ゴーカイジャー楽しみ過ぎる146です。
やっぱレジェンド作品はいいよ…好きじゃねぇとこんなの書いてませんもん。

長かったラブライブクロス編もクライマックス。まずは第1話みたいに壮間の長ぇ自分語りから始まります。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


多分誰もが考えたことあると思う。自分は特別な人間じゃないかって。

でもそれは皆が同じだから、自分以外の誰かが特別なのが嫌だから、中二病とか痛いとか運とか普通とかそんな言葉で他人を下げたがる。その言葉が自分に刺さっているのに気付いて、そうやってみんなが特別を諦める。

 

そして諦めた人は自分が負けたと思いたくないから、後から来る人に普通を強制する。それが主人公不在の普通世界を作ったんだろう。

 

仕方ないことだと思う。こうやって世間のせいにするのも、仕方ないと思う。

 

俺は普通だ。普通の人生だった。

これといった挫折も大きな失敗もしてない、痛みに欠けた人生。でもそれは出来ない事を避け続けてたってだけで、別にただ勇気が無かっただけだ。

 

これを言うとたまに友人に怒られたりする。具体的に言えば大学に落ちた友人で「じゃあお前より点数悪い俺はなんなんだ」って。でもお前彼女いるじゃん。凄いじゃん。

 

そういえば最近も似たようなことで怒られたな。学習しないな。俺の中にも誇れる自分があるって言われたけど、やっぱ分かんないよ。俺は楽器できないし。コーヒー淹れれないし。妖怪の血を引いてないし。踊れもしない。

 

「彼らだって何度も過ちを犯し、何度も捨ててきた」。違う。そんな人たちにはなれない。そんな勇気は無い。俺は間違いを避けて来たし捨ててもこなかったし。

 

主人公ってみんな、俺に出来ないことばっかり出来て、そうなれるわけ───

 

 

───あれ?

 

 

_____________

 

 

令央によって捉えられ、理解が何もできないまま香奈はアナザーゴーストに取り込まれてしまった。それ以来、ハッキリとしない意識の内側で嫌な声が絶え間なく語り掛けてくる。

 

 

『しぶといねぇ。もう楽になっちゃお?あー、もしかして今が気持ちいいの?マゾ?』

 

「だから…あなた誰…!?私から出てってよ…!」

 

『いやだ。私ね、昔は自分の体あったんだけどさー。嫌いな子にウォッチ取られたせいで何にもできなくなっちゃったんだ』

 

「なに…?なんの話…!?」

 

『しょーがないからもっかい契約して体ポイしたの。でもやっぱ体無いと気持ちよくなれないんだよね。だからあなたの体ちょーだいっ☆一緒に気持ちよくなろ?』

 

「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!来ないで!誰か…助けて……!」

 

 

ここが何処かも分からないのに助けを求める。藻掻く。体が思うように動いている気はせず、感情の出口すらも選べない。でも抵抗しないと彼女に蝕まれ、そのまま永久に消えてしまう。そんな気がして怖かった。

 

死にたくないから手を伸ばす。ここから出たくて手を動かす。

全身を吸うように巻き付く手から逃れることは出来なかったが、その指の隙間から僅かな光が見えた。その光景が、香奈の感覚を一斉に呼び覚ました。

 

 

「あれは……!?」

 

 

荒地に不自然に建てられたライブステージ。そこに立つのはAqoursと…μ's。

 

 

『は、μ's?もしかして過去から来たワケ?何しに?』

 

「Aqoursとμ'sが一緒のステージに…!!?でもなんで、早く逃げて…!」

 

 

ステージにいる千歌と視線が合った。アナザーゴーストとなった香奈に怯えもしない決意の瞳と声が、その意思を香奈に訴えかける。

 

 

「こんにちは!私たちは浦の星女学院のスクールアイドル、Aqoursと…」

 

「音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sです!」

 

 

穂乃果の声も続く。勘違うワケも無い、伝説通りの本物の穂乃果だ。

 

 

「時代も場所も全然違う、遠い憧れだった存在」

 

「私たちのずっと先にいた、スクールアイドルの未来そのもの」

 

「こうやって出会えた奇跡を…更に未来に繋ぐために!

楽しんでいってください!私たちのお祭り、スクールアイドルフェスティバルを!」

 

 

シェークスピア眼魂の力で煌びやかなライブ空間が広がる。香奈とアナザーゴーストを分離し、バッドエンドを覆す大作戦。スクールアイドルフェスティバルが遂に開幕した。

 

 

 

「始まった。まずは動きを止める!来い、フーディーニ!」

 

「ベートーベン、力を借りるぞ!」

 

《Loading》

 

 

ネクロムとスペクターの力を奪われたとはいえ、これまで越えてきた英雄たちの試練が無くなったわけではない。英雄の心は依然として繋がっている。

 

フーディーニ魂を羽織ったダークネクロムBが鎖でアナザーゴーストを拘束。ダークネクロムRは腕を大きく広げ、指揮の構えを取った。

 

スクールアイドルフェスティバルのトップバッターはAqours。本来は今日披露するはずだったラブライブ地区予選用のあの曲を、ベートーベン魂の力で増幅して香奈の意思を引っ張り出す。

 

 

一曲目『MIRACLE WAVE』

 

 

(この曲…!)

 

 

アナザーゴーストの内側で香奈の感情が動いた。

イントロを聞けば体が動き出しそうな高揚。それもそうだ、何度も何度も聞いたのだから。好きすぎて振付も完璧に真似てしまうくらい。

 

曲が進み、あっという間にサビ前に到達。千歌のソロパートに入る。

この瞬間はその場にいた全員の意識が向いた。何故なら、ここはAqours史上最難関、千歌のバク転パフォーマンスのパート。

 

 

─『悔しくて じっとしてられない』

─『そんな気持ちだった みんなきっと わかるんだね』

 

 

メンバーが作った波を受け、遂に千歌の番。

緊張なんてしない。香奈に笑顔を向け、一気に波に乗る。

 

側転、ロンダート、バク転、

そして着地。千歌はあのフォーメーションを完璧に成功させてみせた。

 

 

「よし…!」

 

「やったな、千歌…!!」

 

 

蔵真とアリオスも拳を握って喜びを噛み締める。

本来の歴史であれば、千歌は本番前日まで必死に練習し、ギリギリで完成に辿り着いた。

 

このイベントのため、他の曲も並行して練習する必要があったのにも関わらず成功に漕ぎつけられたのは、完成を知って身に着けていた香奈が直々にレッスンをしてくれたからに他ならない。

 

 

─『あたらしい光 つかめるんだろうか?』

─『信じようよ(YEAH!)』

─『“MIRACLE WAVE”が“MIRACLE”呼ぶよ』

 

 

掴みは上々。香奈の感情は大きく動き、アナザーゴーストの中のナギが抵抗しているのが見て取れる。

 

MIRACLE WAVEは確かに奇跡を呼び込む『呼び水』となってくれた。

次はそこに、冷たくも優しい感情の渦を創り出す。

 

 

「穂乃果さん!」

 

「うん、千歌ちゃん!次は私たちの番だね!」

 

 

マイクを受け取ったのはμ's。幻想空間が再び再構築され、一面を覆った二次元的な青い光が、三次元的に空間を包む『白』へと変わった。

 

それは降りしきる雪の光景。吹雪の中でもなお翳まない、圧倒的な伝説の輝き。

 

 

二曲目『Snow halation』

 

 

こちらもラブライブ地区予選で披露した楽曲であり、μ'sはこの曲でA-RISEに勝利し、ラブライブ本戦出場を勝ち取った。

 

当然そのライブは未来にも語り継がれており、μ'sの伝説の中でも一二を争う。奇跡のバトンを加速させるのにこれほど相応しい一曲は無い。

 

 

─『届けて 切なさには』

─『名前をつけようか“Snow halation”』

 

 

μ'sのメンバーの想いを一つに結び合わせた歌詞。μ'sの絆の形そのもの。

Aqoursのライブとはまた根本的に違う。ナギの苛立ちを煽り、香奈の正の感情を扇ぐ神の啓示。夢を現実にする神話の一節。

 

強い輝きを受けた雪が、見る者全てを幻想へと導く光暈(ハレーション)

 

 

─『微熱のなか ためらってもダメだね』

─『飛び込む勇気に賛成 まもなくStart!』

 

 

μ'sが初めて綴ったラブソングは誰に向けられたものだろう。

友愛、親愛、その愛の種類は定かではないが、微熱を含んだその感情を向けるべき相手は、彼女たちの心の中に同じ姿として存在した。

 

奇跡のリレーの走者はスクールアイドルだけではない。

 

 

______________

 

 

2009年、μ'sが時間遠隔でライブを行っているのを守護するため、ダブルはアナザー電王を相手取る。

 

歌声が鼓膜には届かないが、確かに聞こえてくる。

彼女たちのライブを直接見る機会はついぞ少ないままだったが、その歌が、存在が、彼らを支えたのは紛れもない真実だ。

 

 

「お前、アイドルは嫌いか?」

 

「何…?」

 

 

令央の予想を上回る互角の打ち合いの末、ダブルの左側が問いかける。

 

 

「愚門だな。私は彼女たちには敬意を払っているつもりさ。彼女たちは物語に存在するべくして生まれた、選ばれし存在なんだよ。貴様ら贋作によって汚されなければ私が害を成さずにも済んだんだ。罪深いのは貴様らさ」

 

『僕らからすりゃ八つ当たりもいいとこなんだけど…』

「まぁ…言いたい事は分かるぜ芸術家気取り。要は俺らがいなけりゃアイツらは真っ当に道を進んでた。余計な痛みも別れも知らずに済んだ…ってことだろ。俺だってそう思うよ」

 

 

アラシと永斗の負い目として、令央の言葉もまた真実。

彼女たちを巻き込んだばかりに辛い思いをさせた。スクールアイドルとしての道を歪めたのはアラシ達かもしれない。

 

だからアラシは『消える』ことに対し、抵抗しなかった。

 

 

「あの時の俺は何者でも無かった。それでも生きて欲しいと、そう言ってくれたんだ」

 

「何の話をしている?」

 

「男は女に受けた恩を忘れねぇ。一生かけて命を捧げて返す。親愛なるクソ親父から教わった『ハードボイルド』って生き方だ。よく知らねぇけどな」

 

「安い…贋作にその台詞は不釣り合いだ。撤回してもらおうか!」

 

 

短剣がダブルの首筋に軌道を描くが、紙一重で回避したダブルは淀みない最速の蹴りをアナザー電王へと突き刺した。

 

ダブルはそこで攻めを止めない。一度崩した防御を更に砕くイメージで、暇を与えず連続の蹴りを放つ。体の捻りが風を巻き起こし、連鎖攻撃が風の勢いを強め、連鎖の終着点は突風の砲撃。渾身の回し蹴りが決まった。

 

 

「この話するたびアイツらは言ってくれる。巻き込まれて良かった…ってな」

 

『ある意味恐ろしいよね。物怖じしない物好きもいいとこ。アラシみたいな顔面犯罪者でも僕みたいなガチ罪人でも受け入れて楽しく生きる。それがμ'sだ』

 

「都合のいい解釈はやめてもらおう。贋作如きに彼女たちの何を理解できる!」

 

「そっくりそのまま返すぜ。テメェこそμ'sを舐めんな!」

 

 

アナザー電王が投げた刃を体に受けながらもダブルの体勢は揺らがず、今度はその顔面を蹴り飛ばした。

 

 

「少なくとも…俺達はμ'sに出会えて幸せだった!その誇りに懸けて、テメェはここでぶっ倒す!」

 

 

____________

 

 

スクールアイドルフェスティバルは2曲目が終了した。

雪はまだ止まない。次にマイクを受け取る彼女たちは、吹雪を一層激しく、冷たく、そして熱く盛り上げる。

 

 

「見ててください。これが私たちの本気です!」

 

「…負けないから」

 

 

μ'sという伝説にも牙を剥く強い意思。次はSaint Snowがステージに上がった。

彼女たちはこのイベントに対する想いは弱いのかもしれない。だからこそ、この2人だけはこのステージに戦いに来たのだ。

 

どのスクールアイドルよりも記憶に刻み付くライブをする。

Saint Snowは勝つために来た。その力を象徴するため、2人が選んだのはこの曲。

 

 

3曲目『SELF CONTROL!!』

 

 

(Saint Snowも来てくれたんだ…すごい…!)

 

 

Aqoursと直接対決をした場面こそ少ないが、それでもAqoursのライバルとして名高いグループ。感激ものだ。

 

しかし、それに反してナギの意思も強まっている。抵抗する香奈や、踊るスクールアイドルをたちを下卑た声で嘲笑うように。

 

 

─『最高だと言われたいよ 真剣だよWe gotta go!』

 

 

これまでの2曲の余韻を打ち倒す、強い歌声。

手を引いてくれたμ'sとAqoursとは違い、Saint Snowの曲はあらゆる弱さに発破をかける。

 

彼女たちにとって歌は、ダンスは、武器。

目の前の相手を屈服させ、弱い昨日の自分を打ち倒す。香奈の知る限り、最強のスクールアイドル。

 

 

それを見て刺激されないわけがない。香奈の意思が強まった影響か、ナギの悪意も反発を強める。その結果、フーディーニの鎖が破られてしまった。

 

 

「くっ…!」

 

 

溢れる感情が悪意に誘導され、攻撃として現れてしまう。

アナザーゴーストが放ってしまったエネルギー波はステージに向かって行く。そこにはパフォーマンスを続けるSaint Snowが。

 

結界を張ってあるとはいえ、攻撃が迫るのは怖いに決まっている。

それでも2人は足を、声を止めない。自分たちの強さの次に信じられるとするなら、それは命を張って戦う仮面ライダーの強さだから。

 

その結果、衝撃波は結界に阻まれて消えた。

 

 

「聖良、理亞…!よく信じてくれた!」

 

 

ダークネクロムRがロビンフッド魂でアナザーゴーストの歩みを止め、そこにダークネクロムB ツタンカーメン魂がガンガンハンド鎌モードで虚空を切り裂く。

 

 

「鎮まれ悪霊!邪気封印!」

 

 

ツタンカーメンの力で生み出されたピラミッド型亜空間が、アナザーゴーストを封じ込めた。蔵真は己の体力を削り、その封印を保ち続ける。

 

 

─『ふるえる指先 知ってても見ないで』

─『大切なのは SELF CONTROL!!』

 

 

Saint Snowは踊り切り、最後まで己の強さを誇示し続けた。

怯えてる場合じゃないと感じた。それは蔵真という強さともう一つ、負けたくない強さがここに来ているから。

 

 

「見事なステージだった」

 

「これは私たちも負けられないわねぇ」

 

「えぇ、当然よ。頂点の強さ…見せてあげる」

 

 

吹雪が一瞬にして消え、紫色の光が暗闇を切り裂く。

聖良と理亜、どちらも負けたライブをしたつもりは微塵もない。それなのにすれ違うだけで感じる戦慄に、敗北を予感して体が震える。

 

絶対強者、A-RISEがステージに立つ。

 

 

4曲目『Shocking Party』

 

 

ラブライブ一次予選、μ'sとの初の直接対決で披露した曲。

その時μ'sが披露した『ユメノトビラ』も未来ではトップクラスに人気を集めているが、その勝負において4位通過のμ'sに対して、A-RISEはダントツのトップ通過。

 

スクールアイドルの頂点に立ち続け、何人をも寄せ付けなかったその強さ。

彼女たちにとって勝ちや理想は獲りに行くものではない。既にその手中にあるものだ。

 

 

─『誰かのせいじゃない 心はfreedom』

─『主役は自分でしょ? わかるでしょ?』

 

 

(A-RISE…!すごい、本当にすごい…!!)

(ホントだよねぇ…ホンット、気に食わないったら仕方ない…!)

 

 

スクールアイドルをやっていたナギもA-RISEの強さは知っている。決して折れない誇り高き強者、誰もが彼女たちに憧れて上を向く。ナギの対極にいるアイドルだ。その眩い力は万人を惹き付ける。

 

 

A-RISEはμ'sに敗北した。それは然るべき結果だったと思っている。

でも悔しくないのは違うはずだ。だから今度こそ、これを見る香奈の記憶に何よりも強く焼き付け、頂点として物語の結末を迎えたい。

 

敗北を知って強くなるのは、強者の特権だ。

 

 

─『もっと知りたい知りたい 過剰なLife』

─『だから…Shocking Party!!』

 

 

強くある。それがA-RISEの正義。

 

本来起こり得ない出会いが化学反応を生み出し、互いの力を引き出したパフォーマンスを発揮させていた。理想的な結末へのバトンは風に乗って走り続ける。

 

スクールアイドルは奇跡を繋いで───

 

 

 

______________

 

 

 

「もう終わりぃ?」

 

 

2009年、もう一つの戦い。

仮面ライダージオウはアナザーダブルに叩きのめされ、無様にその体を地に転がしていた。

 

奇跡はあくまでも奇跡。いくら繋がろうと、それがいつどこで切れてもおかしくない。ましてや弱者が紛れ込めば猶の事。

 

今の壮間は、その奇跡に応えられるほど強くはなかった。それだけの事。

 

 

 

______________

 

 

2015年にも悪意の使途は訪れる。

これまでの幸運を取り立てるかのように、幻想空間を突き破り、あの存在が襲来してしまった。

 

 

「発見…ハイジョ…排除…」

 

 

ステージの切り替わりの瞬間、キメラアナザーが青い炎で大地を焼き焦がして降り立つ。想定よりも圧倒的に速い襲来に絶望に近い感覚が襲い掛かった。

 

頭に入れていたが、この可能性は『捨て』以外の処置を取れなかった。

つまり、この状況に対して出せる回答は手元にない。

 

 

_____________

 

 

ライブ会場には、キメラアナザーに対抗出来る力は無い。

一方で2009年も同じだ。ジオウVSアナザーダブルの戦いは余りに一方的で、終始ペースを掴むことすらできず攻撃を受ける事しか出来なかった。国見が変身していたアナザーダブルとは強さの次元が異なる。

 

2つの時代でバトンが地に落ちた。

 

 

「起きてる?」

 

 

倒れたジオウを蹴っ飛ばし、呻き声が聞こえたのを確認してアナザーダブルは喜んでしゃがみ込む。戦いでは退屈だからと、対話を求めているようだ。

 

 

「なんだっけ?ダブルの力を…とかなんとか。それ使わないの?」

 

「……うるさい…!」

 

「あもしかして貰えなかった!?やだお気の毒~!そりゃそーだよね、君笑っちゃうほど弱いもん。なんでここに来たの?もしかしてマゾ?」

 

 

壮間は結局ダブルウォッチを貰えなかった。アラシが言っている切札も、手元にはやって来ない。

 

 

「話聞いてたよ。王様になりたいんだって?なれるわけないけどさ、仮になれたら何したい?やっぱ男の子だしハーレム作りたい?夢の話なら私はねー、クソな王様の愛人になって寝首を切り落としたい。そしたら私はバカを殺してバカに褒め称えられる最高に気持ちいい人生を送れる!」

 

 

なんの話をしているのだろう。壮間の夢を小馬鹿にして遊んでいるのだろうか。今となってはやはり遠い夢、馬鹿にされても悔しくもない。

 

 

「夢…夢が叶うねぇ、アラシもμ'sもんなこと言って廃校やめよーって頑張ってたんだっけ?バカだよねぇ。何成し遂げたって人は快楽に堕ちる。私が墜とす。君が好きな王もさ、欲でやらかして終わったヤツの方が多いじゃん。

 

世界はゴミ箱で、私たちはその中で発情するハエでしかないのにさっ」

 

 

この世界は屑だと彼女は言った。自分を含め世界に生きる全ては所詮虫けらだと、彼女はそう言い切った。

 

 

「…違う」

 

「は?」

 

 

何を諦めてもそこだけは聞き捨てならなかった。

あれだけ必死に生きて、繋がれてきた物語を壮間は見てきた。それを受け継ぐ覚悟だけは揺るがない。

 

 

「弱くない。虫けらなんかじゃない!お前が何をしようが…アラシさんも永斗さんも、μ'sも、負けてないだろ!お前は最後まで勝てなかった。俺の憧れは……お前とは違う!」

 

「あっはっははっ!急に喋るじゃんおもしろ!で、どうするわけぇ?ザコ一人が呼吸できたって、なんにも変わらないけど!?」

 

 

アナザーダブルが立ち上がったジオウを蹴り飛ばす。

でも、今度は倒れない。ジカンギレードを地面に突き立て、その体をしっかりと向き合わせた。

 

 

「一人じゃない。俺は…天介さんや、アラシさんや、あの人たちみたいに強くなれないかもしれない…!でも、アイツは!アイツだけは俺の隣にいる!」

 

 

戦いの前、答えが見つからない壮間の前に現れたのはウィル。

彼はいつもの調子で壮間にこの言葉を授けた。

 

 

『誰かが言った“一人でいい。唯一無二の誰かを見つけろ”』

 

 

壮間にとっての唯一無二は誰だろう。

アラシの場合は永斗だろう。あの2人は最高のコンビ、相棒同士だ。走大の場合は駆。ヒビキは…少し違うかもしれないが九十九がそうかもしれない。天介にもそんな存在が居たのだろうか。

 

ナギの言う通り誰もが屑だったとしても、誰かと出会うことでそれは変わると断言できる。壮間にとって最も刺激的で、唯一無二の出会いはどこにあった?

 

 

『教えてやる。温い奴に明日を生きる資格は無い。俺の時代では常識だ』

 

 

きっとそれはミカドだと、壮間は思った。

 

 

「ミカドは強いけど、遠く感じたことは無かった。ミカドだけは…俺と並び立って戦ってくれた!俺に相棒がいるとしたら、それは多分ミカドだ!」

 

「で、その相棒君は来てないみたいだけど?」

 

「呼んでない」

 

「はぁ!?」

 

「俺はそこにだけは答えを出せた。ミカドは強いのに、なんか俺と張り合ってるのは分かった。アイツがそう思ってくれてるなら…俺だって弱くないはずだ」

 

 

自分を信じれなくて呼ぶんじゃない。自分を信じて呼ばないのでもない。

ミカドを信じて、隣り合う自分を信じて、最高の未来へ続く最も険しい道を選択したのだ。

 

 

_________________

 

 

 

キメラアナザーに単身立ち向かうダークネクロムR。ダークネクロムBはアナザーゴーストの拘束に手を取られ、その必死の抵抗を見ているしかできない。

 

 

「行かせない…!絶対に貴様を止める!」

 

「対象、脅威の範囲外」

 

 

冷たい事実を発声し、キメラアナザーの銃撃がダークネクロムR ベンケイ魂に降り注いだ。絶対的な戦力差が虚しいこの危機に、もう一つの影が幻想空間を突き破る。

 

 

「仮面ライダーの寄せ集め、不快な姿だ。俺がこの手で叩き潰す!」

 

 

仮面ライダーゲイツがキメラアナザーを前に言い放つ。

その姿が舞台裏から見え、希望の灯に再び風が吹き込まれた。

 

 

「来ると思ってたよ、ミカド!」

 

 

分かっていたからこそ鞠莉の喜びは簡潔だった。

鞠莉が似ていると感じたのだから、その眼に狂いは無い。彼の心には必ず、愛する友と同じ何かが宿っている。

 

ミカドはあれから姿を晦まし、ついぞ見つからなかった。

わざわざタイムマジーンで北海道から内浦まで直交した理由は、壮間から届いたメールにある。

 

 

『俺は戦う』

この一言だけのメールでミカドは逃げ道を塞がれたのだ。

 

 

「ふざけるなよ日寺…!俺が逃げると、そう思っているのか!?乗ってやるさ。目の前の全てを倒してでも、俺は俺の理想に必ず到達してやる!この怪人の次は貴様だ日寺!」

 

 

______________

 

 

「そうだ…忘れるところだった。俺じゃお前に勝てなくても、俺達ならお前達に勝てる!俺とミカドで絶対に勝つ!」

 

「へー、いいよ。やってみなよ!!」

 

 

飛び上がったアナザーダブルの鞭のような蹴り。ジオウはそれを避けられないが、剣でブレーキをかけることで吹っ飛ばされるのを防ぎ、カウンターが決まった。

 

 

《ジュウ!》

 

 

ジカンギレードを銃モードに切り替え、銃撃でアナザーダブルの足元を崩した。走りながら射撃していたジオウはすぐに肉薄し、今度は剣モードに切り替えて斬りかかる。

 

 

「昂ってきた!そうこなくっちゃ!」

 

 

アナザーダブルの左側が黒から銀に変わり、歪な骨のような棍棒、文字通りの『鉄骨』で斬撃を防いだ。サイクロンメタルの力を得たアナザーダブルは、全形態の中で最大の防御力を発揮する。

 

 

「負けるかぁっ!!」

 

《響鬼!》

《フィニッシュタイム!》

 

 

響鬼ウォッチを装填することでジカンギレードの刀身が燃え上がり、強靭な斬撃が鉄骨を焼き切った。しかしその瞬間、銀は青に染まり、今度は銃がジオウに向けられる。

 

風を帯びた銃弾の連射、その速度は不可避。銃撃を受けて攻撃の姿勢が崩れた。そこに飛び掛かるアナザーダブル。それなら……

 

ジオウはなりふり構わない。今見せつけられる全力をここで出す。

その崩れた体勢から放たれる、虚を突いた一撃。剣に宿った全ての力を解放する!

 

 

「喰らえぇッ!!」

 

《響鬼!ギリギリスラッシュ!》

 

 

_______________

 

 

ゲイツがキメラアナザーを引き受けたため余裕が生まれ、ライブは再開された。各グループ一曲ずつの披露が終わり、ここからはメンバーが代わる代わるで各々の曲のショートバージョンを歌うメドレー形式。いわば衝撃持続の段階。

 

そのパフォーマンスを背に、ゲイツは圧倒的なキメラアナザーに立ち向かう。

 

 

「新たなタイショウ出現…分析カイシ」

 

「勝手にやっていろ。そんな暇があればだかな」

 

 

ゲイツが繰り出す強烈な連撃。しかし、仮面ライダースペクターと仮面ライダークローズの力を持つキメラアナザーも格闘戦は得手だ。

 

ならばとゲイツは攻撃を加速させる。仮面ライダーギルス、仮面ライダーカリスの斬撃を初見で躱し、風の防壁と鋼の装甲を突破して胴体に拳が炸裂した。

 

 

「セントウを遠距離に移行…」

 

「望む所だ」

 

 

退いたキメラアナザーの腕に『醒弓カリスアロー』が出現し、放った矢は複雑かつ凶暴な軌道で地面を抉りながらゲイツに強襲する。

 

弓があるのはゲイツも同じ。ジカンザックス弓モードで正確に敵の攻撃を相殺し、チャージした一発がキメラアナザーに突き刺さった。

 

そして、すかさずウォッチを装填し斧モードへ。

エネルギーが満ちたその戦斧を、投擲武器としてキメラアナザーに投げ放つ。

 

 

《フィニッシュタイム!》

 

「仮面ライダーは俺が殺す。その力を前に負けるわけにはいかない!」

 

 

キメラアナザーを斬り付け、巧みなコントロールでゲイツの手元へと戻るジカンザックス。余った力と怒りを重さとして乗せ、上方から粉砕の一撃を叩き込む。

 

 

《ゲイツ!ザックリカッティング!》

 

 

どちらも遥か格上の存在との戦い。しかし、100%以上の力を発揮することでそれに喰らいついてみせた。これもまた一つの奇跡だ。

 

離れていても別の戦場でも、その存在が互いに力を与える。それが相棒という存在。

 

 

 

 

「残念でしたァ」

「分析カンリョウ…脅威対象外…」

 

 

全力120%の一撃だった。

それでもアナザーダブルとキメラアナザーは平然と目の前に現れた。

 

仮面ライダーカリスの『不死』と仮面ライダークローズの『超速成長』。ゲイツの攻撃は全て見切られ、それ以降通用しない。

 

所詮は崩れた体勢での苦し紛れ。並の敵なら倒せても、ナギはその程度じゃ動じない。この瞬間に残ったのは無防備なジオウと、完全攻撃態勢のアナザーダブル。

 

 

奇跡は無駄に終わる。

夢は消える。

 

 

「じゃあね。グッドナイト」

 

 

キメラアナザーの砲撃がゲイツの装甲を破壊し、眼魂の体が消滅。

そして、アナザーダブルの蹴りがジオウの全てを粉々に砕いた。

 

 

_______________

 

 

 

目の前でミカドが消え、キメラアナザーの目標は再びステージへ向けられる。アナザーゴーストの封印も限界が近く、蔵真もアリオスもまともに戦える状態にない。

 

ここまで分かりやすい絶望が他にあるだろうか。

 

 

「……歌おう」

 

 

ステージの上で、千歌がそう呟いた。

この最悪の展開の中でも歌い続けようと、そう言ったのだ。

 

 

「まだ終わってない。みんな生きてる!だから…!私たちは繋げるんだ!」

 

 

信じられる誰かが戦っているのはここにいる誰もが同じ。だから恐怖は忘れ、応えるために体が動き出す。スクールアイドル達はステージに立ち、歌い始める。

 

それを見て仮面ライダーが倒れているわけにはいかない。

ダークネクロムRがキメラアナザーの前に再び立ち塞がり、その全身全霊を以て止める。

 

 

「歌っているんだ私の友が、友の憧れが…!お前如きが触れていい輝きではない!」

 

 

ムサシ魂にチェンジし二刀流で斬撃を浴びせるが、奪われたネクロムの能力『液状化』で一切のダメージすら通らない。

 

だが、アリオスは諦めない。エジソン魂、サンゾウ魂、ニュートン魂、ガリレオ魂、持てる全てでたとえ一歩ずつだろうとキメラアナザーを止める。一秒でも長く戦う。

 

 

今歌っている彼女たちが唯一の可能性の光。

でも0にはなっていない。いや、例え0になったってそこから1にすればいい。

 

諦めない限り夢は叶う。奇跡は起こる。

 

 

(そうだよね朝陽くん…私は私を信じる!)

 

(アラシ君が戦うから私も戦う!絶対あきらめない!)

 

 

千歌と穂乃果が思い描いたそれぞれの姿。

そして、次に想像したのは……その未来、壮間だった。

 

 

________________

 

 

 

変身が砕け、壮間の意識が揺らぐ。自分がいま地に臥せていて、血の味がして、アナザーダブルが自分を見下ろしているのは分かる。もしかしたら踏まれているかもしれない。

 

 

「残念だったね。まぁそこそこカッコよかったんじゃない?」

 

 

ミカドはどうだろうか。自分が負けたから、負けたかもしれないな。さっきの理屈なら。こんな事を考えるのは薄情だろうか。

 

ナギはまた何かしゃべり始めた。しゃべるのが好きなのだろう。こんなクソみたいな思考が巡るのはいつぶりか、2017年の時か、いや…

 

あの時。一回目に死んだとき。2019年のあの時だ。

 

 

(あれ…何か違う…?あの時とは何か……)

 

 

アラシに弱いと言われ、アリオスには強いと言われた。だから壮間は考える。壮間の強さってなんだろう?

 

思い当たらない。壮間は失敗を避けて、叱られるのを避けて、失望を避けて、挫折を避けて、避けて避けて避けてそればっかだった。出来る気がしないことはしなかった。

 

どこが同じなんだろう。アリオスは千歌や穂乃果と並べて言っていたけど、挑戦しなかった自分は対極だ。

 

 

違和感がする。死にかけた今だから感じる理論の矛盾。主人公は自分に出来ない事ができる。だから主人公。千歌や穂乃果はこれまで普通だったけどスクールアイドルに挑戦した。だから強い。

 

逆は?あっちからはどう見える?

 

壮間はまだ挑戦してない。でも今から挑戦できるよな?

他の主人公から見たら壮間にしかできないことってあるんじゃないか?

 

何だ?

 

大学には行ったそこそこいいとこ。これまで生きてきた運がいい?

なんで失敗しなかったんだ。なんでこれまで生きてこれたんだ。なんで逃げなかったんだ。なんで王様になるなんて突拍子もないこと決めたんだ。

 

これまで何度か問いかけられた。俺の強さについての答えが、見えるかもしれない。

 

 

今、どうだ。死を目の前にして答えが見えないのか。

見えないな。死ってその程度のものなのか。走馬灯も見えない。

 

ガチで死んだと思ったのは2019年と2005年、送り狼に襲われた時か。ウォッチ忘れてヤバかった。あの時は見えた気がする、走馬灯。でも割と怖くは───

 

 

(あぁ、そうだ。俺は……あの1回以外、死ぬって思ったことが無いんだ)

 

 

これまで何度も死にそうな場面はあった。

今もそう。でもなんでだろう、ここで死ぬ気がしない。死ぬことが想像できない。

 

失敗しなかった人生。挫折しなかった人生。失敗を避けられたのは自分が何ができて何ができないかなんとなく分かったからなんだ。これに手を出せば失敗して、これならできそうって思えたからやった。

 

だとしたら。ここでまたこんな事を思う卑屈ぶりが嫌だ。なんで香奈が取り込まれ、朝陽が消える最悪が予測できなかったんだろう。ナギの襲来もそう。今のコレもそう。

 

俺を凡人にしている欠陥は………

 

 

『俺は普通にしかなれない』

『俺はあなた達とは違う』

『普通の人間』

『普通』

『普通』

『普通』

 

 

もし俺の強さがそれだとするなら。俺の思考を、才能を止めていたのは、

『普通』。この二文字。他人のことになると途端にこうだ。臆病で保険を張りたい俺は俺の想像に、見誤った弱い俺を組み込んでいた。

 

自信が無くて蓋をしていた。あの大きな失敗体験ばかりを思い出し、身をすくめていた。さっきの俺の答え『俺は弱くない』、違う!バツだ!赤ペンででっかくペケを書いてやる!

 

 

俺は『強い』。俺には才能がある。俺は特別だ。

俺はあの主人公に並ぶんじゃない、継ぐんじゃない、超えるんだ!できる!

 

 

だって『俺は未来が想像できる』。俺の強さはその『想像力』。俺自身の強さを頭にぶち込んで自分を1から作り直せ。

 

 

2015年で受け取ったこの言葉。そんなものは必要無いと、言うまでもなくみんなが突き進んでいたから、それは壮間の胸に仕舞っていた。

 

今なら分かる。これは、俺のための言葉だ。

 

 

『いつだって飛べるよ。あの頃みたいに』

 

 

あの頃?知らないしいらない。想像すればいい。

千歌さんと穂乃果さんもそうだったんだ。出来ると思ったから、これしかないと思ったから飛び出した。

 

なろうとしてなった主人公なんていない。最初からそうだっただけ。そうなっただけ。俺もそうだと思え。この物語は俺を中心に回っている。はばたくチャンスは、訪れた今このとき。

 

飛べ。この才能で今度こそ、俺は飛ぶ!飛べる!

俺だけが届く、想像の未来へ───!

 

 

 

 

 

 

「───でさぁ、次なに話そうか?昔話でもしよっか!そういうの好きでしょ?クソ悪党がこうなっちゃった理由とか、境遇みたいな?私が生まれた家は……」

 

「うるせぇ」

 

 

死体に話しかけているつもりだった。立ち上がった壮間を見て、言葉が止まる。

その声は明らかに違った。その短い言葉の奥に聴こえたのは、ナギが何度も聞いてきた音。

 

人間の人格(ペルソナ)が変わる音。

 

 

「誰も…お前の話に興味ねぇよ。黙ってろ脇役(モブ)

これは……俺の物語だ」

 

 

何かを始めるには地道な努力から?自信の無い凡人の考えだ。

まずは才能に形を与える。カッコつけろ。イキれ。

 

壮間は再びジオウウォッチを起動させ、ドライバーに装填する。

 

 

《ジオウ!》

 

 

そして、ポーズを取る。まるで生まれ変わった気分だった。

だからこの言葉に力が入る。この瞬間から、壮間は変わる!

 

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

時計盤が回り、『ライダー』が時と名を刻み込む。

響く鐘の音。仮面ライダージオウが顕現した。

 

 

「生き返った…!?あっはっははああ!!やっぱさぁ!いいよね!それ本性!?仮面!?じゃあさっ、もっと激しく行こうか!!」

 

「…来いよ。もう俺は負けない」

 

 

アナザーダブルの猛攻が幕を開ける。

武器を捨てたジオウがそれに真っ向からぶつかっていき、放たれる蹴りを、拳を、弾き飛ばして受け止めて、そして互角に渡り合った。

 

 

「はぁっ…!?」

 

「…想像通りだ。俺は俺の力に…仮面ライダーの力を自分に合わせようとブレーキしてた。卑下しすぎてたんだ。俺はもう…俺を見くびったりしない。俺はまだ先に行ける!」

 

「…あぁ、なるほどねっ!イライラさせてくれんじゃん!」

 

 

ジオウの動きが格段に上がっている。その理由も壮間の想像通り。

 

壮間は人を見通し、いま自分を見通し、未来を俯瞰する強靭な想像力を自覚した。凡人が己の非凡に気付いた時、その先の道は二つ。自己満足の石ころにするか、磨き上げて宝石にするか。

 

今、壮間はそれを磨こうと、その力を全力で使おうとしていた。今の壮間は限界集中状態にある。

 

 

「強くなったのはいいけどさぁ、いいの!?このカラダ一般人のだよ?傷付けちゃっていいのかなヒーローの王様ァ!?」

 

「そうならない。その可能性が、俺には分かる」

 

 

その可能性も事前に予測はしていたが、結局対処は『力加減でなんとかしよう』だった。永斗曰くアナザーゴーストほど仕様が厄介ではないため割と可能らしいが、今の壮間に見えているのはそれ以外の可能性。

 

壮間はジカンギレードを引き抜き、マッハのウォッチをセットした。

 

 

「何する気かしらないけどさぁぁぁっ!気に食わないんだよ、その自信に満ちた態度!!」

 

「だからお前は…俺に負ける!」

 

「言ってくれるじゃん!さァ、感じさせてよその強さ!!」

 

 

最大出力の暴風がジオウを襲う。しかし、アナザーダブルならどこに現れるか、それも想像の範疇。さっきのような不格好な攻撃はしない。

 

風で身体が浮き上がった。その刃にイメージを乗せ、予測したその瞬間に合わせ、精度の高い一撃を叩き込む。

 

 

《マッハ!ギリギリスラッシュ!!》

 

 

反応不可能、音速の一閃。それだけじゃない。

ライダーの力を引き出せなかったのも想像力の欠如だ。ライダーの力を使うために必要なのは『解釈』。

 

壮間は見ている。マッハが融合進化態と人間を分離した瞬間を。

そして想像できる。それを剣に乗せ、能力を再現する未来を。

 

帯びたのは分離の能力。アナザーダブルの中から女性の体が浮き出し、ジオウはそれを引っ張り出した。

 

 

「…よし!」

 

 

女性の体を置くと、体を失ったアナザーダブルの姿が消えた。

しかし壮間は良い未来ばかりを想像できるわけじゃない。そのウォッチの破壊の前に、彼女が来ることも分かってしまう。

 

 

「やるじゃん。意味わかんないくらいにさぁ」

 

《ダブルゥ…》

 

 

ナギはアナザーダブルウォッチを起動させ、己の体に埋め込んだ。

アナザーダブルには精神と体が別で必要と永斗は言っていた。つまりこの行為は反則に等しい。

 

 

「あぁっ…!や…っはっははは!やっぱり、自分の体じゃなきゃ気持ちよくもなんともないよねぇっ!いいっ、やっぱサイコーだよこの力!」

 

 

一人でアナザーダブルに変身したナギ。戦いはまだ終わらない。

正直な話をすると、壮間はあのアナザーダブルに勝てると思えなかった。だから分離した。

 

分離すればこの状況になる。二人用の力を一人で抑え込んでいる今のアナザーダブルは、理論上さっきの半分程度の強さしかない。

 

今なら想像できる。壮間がナギに完勝する未来が。

 

 

「未来の私はさぁ、別のアナザーライダーなんでしょ。それを止めようと頑張ってる。でも無理だよねぇ!私は負けない!絶望するのはそっち!」

 

「いいや。俺たちは勝つ」

 

「勝てるわけ無いじゃん!そんな奇跡起きるわけ無い!!」

 

「奇跡は起きる!」

 

「どうして!?」

 

 

その答えに悩んでいた。今じゃ馬鹿みたいだと笑えてくる。

だから、戦いの中で初めて笑って言い放つ。

 

 

「俺が……主人公だからだ!!」

 

 

強く吹いた風に乗り、その二色の光は壮間の足元に落ちた。

『答えが見つかった時、切札は必ず手元にやって来る』。それは正真正銘、待ち望んだ切札。ダブルライドウォッチだった。

 

 

《ダブル!》

 

 

______________

 

 

壮間もまた、奇跡のバトンを繋いだ。

主人公の目覚めは時を超えて影響を及ぼす。止まっていた物語の歯車が、動き出す。

 

それは幾層にも重なった必然と覚悟が生み出した、最大級の奇跡だ。

 

 

「───久しぶり、神様。僕のお願いを聞いてくれる?」

 

 

眩い光に満ちた場所で、彼は『眼』に願いを述べた。

 

 

______________

 

 

アリオスが決死の覚悟で時間を稼いだ。しかしそれも限界が来て、アナザーゴーストの封印も消滅してしまう。

 

変身が解けるアリオスと蔵真。もう眼魂の体を維持するだけで精一杯だった。

でも、もう何も問題は無い。物語は逆転を始めたのだから。

 

 

「俺は、目覚めるはずが無かった」

 

 

幻想空間に踏み入った存在。キメラアナザーが感知したのは確実な『生体反応』。それは、敗北して消えたはずのミカドだった。

 

眼魂の体じゃない。しかし、治らないはずのその傷は消えている。

 

彼を救うことができるとしたなら、それはもう奇跡という言葉で語れない。神の力にのみ許された、偉大なる『神秘』の力。

 

ふと目覚めたミカドは、不思議と理解できた。

自分が誰に救われたのか。そして、自分のそばにあったソレで、何を成すべきなのか。

 

 

「恩は返す。これで二度目だ。俺は…お前達を侮っていた」

 

 

ミカドを蘇らせたのは、一重にスクールアイドル達の想いの強さ。それがこの結果を生み出したのだ。

 

それだけ命を尽くして繋がれたのが、この奇跡。

 

 

「今だけだ。今だけは負けを認めて、お前達の理想を背負ってやる。お前達もまた時代を作った英雄だと言うのなら…もう負けるつもりは無い、俺は俺の未来のために闘い抜く!」

 

 

アリオスがこの時代に戻った際、壮間はゴーストのプロトウォッチを持たせた。それをミカドのそばに置いて欲しいと。それもまた想像力の片鱗だったのだろう。

 

結果、今ミカドが握ったプロトウォッチに力が宿った。

それはゴーストの物語が蘇った証。

 

 

《ゴースト!》

《ゲイツ!》

 

 

「変身!」

 

 

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

《アーマータイム!》

 

 

ゲイツに変身したミカド。その後ろに現れ、印を結ぶゴーストアーマーが宙を舞い、ゲイツの姿を怪しくも勇敢な英雄に変える。

 

 

《カイガン!》

《ゴー・ス・トー!》

 

 

______________

 

 

 

《仮面ライダー!ジオウ!!》

《アーマータイム!》

 

 

ダブルウォッチをドライバーに装填し、アーマータイムが訪れる。その眼前に現れたのはいつもの全身鎧ではなく、黒と緑、2人の直方体戦士。

 

 

「あれ?なんだあれ…」

 

 

さすがにこれは想像できず、いつものとぼけた声が出てしまった。

そこに現れたのはもちろんウィルだ。

 

 

「素晴らしいよ我が王。どうやら、私の想像を超える成長をしたようだ。アレは…その証とでもいうべきかな。君は一つ上のランクに到達したんだ」

 

 

サイクロンメモリとジョーカーメモリを模した自律起動アーマー『メモリドロイド』。サイクロンが軽快な動きでアナザーダブルを翻弄し、ジョーカーがそこに攻撃を加えて牽制する。

 

そして、ジオウの前で『W』の文字を描き、それぞれが変形。

右と左。挟み込むようにアーマーが装着され、『ダブル』の文字が複眼に収まった。

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

《ダ・ブ・ルー!》

 

 

「祝え!全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来を知ろしめす時の王者!その名も仮面ライダージオウ Wアーマー!2人で1人のライダーの力を継承した瞬間である!」

 

 

右は緑、疾風の記憶。端子はサイクロンメモリ。

左は黒、切札の記憶。端子はジョーカーメモリ。

 

ジオウとレジェンドの力が溶け合った新たな王の形態。

仮面ライダージオウ Wアーマーの降誕だ。

 

 

2つの時代で鎧を纏った仮面ライダー。双方が受け継いだ想いを、繋いだ心を、その魂を己の言葉へと昇華し、偽りの存在に投げかける。

 

 

「火兎ナギ。お前はその狂気で何人もの物語を穢した!俺が見た悲劇の未来まで…お前の罪を教えてやる!」

 

「覚悟しろ悪しき力。命を燃やし、貴様を殺し尽くす!」

 

 

 




壮間はようやく主人公になりました。王様になれば主人公と思ってた当初からすれば逆転した感じですね。これが遅いか早いかの判断は読者様に委ねます。

ダブル継承、ゴースト継承、そしてあの男の姿も……
次回、「無限大エクストリーム」。全ての戦いが決着!

お気に入り登録、感想、高評価!よろしくです!

今回の名言
「一人でいい。唯一無二の誰かを見つけろ」
「ノラガミ」より、夜ト。


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無限大エクストリーム

バーン
ロイミュード006の進化態。人間態は軍の将校のような姿の男。多数のロイミュードを従えて軍を編成しており、ロイミュード随一の兵力を誇る。進化に必要な感情は「勝利」であり、他人を屈服させるために手段は選ばない。熱や炎、爆発を操る能力を持つ。2014年では木組みの街で戦争を起こすことを画策し、018に裏切りを強いた。デザインモチーフは『将軍』『銃火器』。

本来の歴史では・・・018の死をきっかけに仮面ライダーとバーン軍の全面戦争が勃発。一夜人知れず続いた激しい戦いの末、勝利を目前にしたバーンは超進化の領域に手をかける。しかし、最期はベルトが残した最後の遺産「青いドライブ」に覚醒した走大の手によって討伐された。


デュエマ新弾でお休みをいただいていました、146です。
最近暑いし課題多いしで大変です。学生諸君は夏休みまで頑張りましょう。

前回、ついに覚醒した壮間。予告通り全ての戦いの決着が今回で決まります。細かい描写は勢いで読み進めてほしいです。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


「普通の青年、日寺壮間。彼は自身の力を認識し、その一歩を踏み出した。そして物語の歯車は動き出し…止まっていた時間が大きく動く。

 

……しかし、破壊が止まることは無い」

 

 

その姿は預言者では無かった。

どこからか戦場を見渡す、仮面の人物。

 

 

「優雅に可憐に踊ると良い。愛しい下位存在たち」

 

 

終局に向かう戦いを遥か上から眺める。その男もまた招かれざる介入者。

 

 

______________

 

 

「この世界に普通の人間なんて、多分いないんだと思う」

 

 

仮面ライダーダブルの力を受け継ぎ、Wアーマーを身に纏ったジオウ。あらゆる感覚が人生で初めて経験するくらいに冴え渡り、アナザーダブルという強敵の前でも余裕さえ感じていた。

 

そんな彼は、自分の真価を確かめるように浮かんだ思いを口に出す。

 

 

「ただ…生涯をかけてもその特別を見つけられる確率が低すぎるだけ。そんな気が遠くなる奇跡を探して生きるのは簡単じゃない。俺は幸運だった。その幸運も含めて特別で、それを超えた者を主人公って呼ぶんだ」

 

「あーぁ、そう!?もういいよそのクソ下らない理論!語るなら肉体言語が一番!御託よりもっと気持ちいいこと教えてよ!そのクソ気取った仮面剥ぎ取ってあげるからさぁっ!」

 

 

突風が吹き抜け、前傾姿勢のアナザーダブルの左腕がジオウに迫る。ジオウはその風をまた風で受け流し、軽い足取りからの強烈な左の蹴りを放った。

 

怪物クラスの強さを持つナギに対し、壮間が持つ力は「想像力」。その一点だけで飛躍し、互角の戦いを繰り広げるにまで至っている。

 

 

「主人公ねぇ、いいよ好み!そういうつけ上がってる子も可愛くて大好きだよっ!でも気に入らないのは、そのいかにもな小綺麗さ。アラシとは匂いが全然違うんだよね。穢れを知らない童貞クンって感じぃ?」

 

「あぁそうだ、俺の過去には何も無い。真面目に生きてきたんだ」

 

「そういう子を汚すのが最っ高に気持ちイイんだ!どうやって汚して欲しい?可愛い愛人と裸で語り合おうよ!」

 

「裸で語り合う…?」

 

 

壮間の想像力は予測だけじゃない。2014年で019の嘘を見破ったように、元々彼は人を見抜く力に長けている。今の壮間の想像は、ナギの心理の深くまでにまで及んでいた。

 

そこで壮間は、彼女の『素顔』の片鱗を感じ取った。

 

 

「お前が言うなよ。まず素顔で話すとこから始めれば?」

 

「……何を見たの?その、想像力で!!?」

 

 

 

_______________

 

 

2015年の戦いもまた、局面を迎えている。

グレートアイの力で蘇ったミカドは、同じく蘇ったゴーストウォッチを継承してゴーストアーマーへと変身した。

 

ゲイツと相対するのはアナザーゴーストとキメラアナザー。

特に後者はすぐさまゲイツに照準を向け、銃口から火力の豪雨を浴びせた。

 

 

「無駄だ。幽霊に銃火器が通用すると思うか」

 

 

キメラアナザーが感知した生体反応は上空。

ゴーストの力で浮遊したゲイツは、キメラアナザーを無視してアナザーゴーストの傍に着地した。

 

力任せに暴れるアナザーゴースト。コイツが動いていると不都合なのはゲイツも分かっていた。だからまずはアナザーゴーストを再び拘束する。

 

 

「幽霊には金縛りという力があると聞いている。じっとしていろ!」

 

 

眼魂ショルダーから数体のパーカーゴーストが現れ、アナザーゴーストにしがみついた。金縛りと言うには嫌に具体的で不格好だが、時間を稼ぐという役割は果たせる。

 

ここから先はゲイツの戦いじゃない。時代や彼岸此岸を越えて継がれてきたバトンを、もう一度ステージ上の彼女たちに受け渡す。

 

 

「今のうちだ!さっさとしろ!」

 

「もちろん!ありがとうミカドくん!」

 

「素直じゃないねKiller Boy!」

 

「黙れ!!」

 

 

千歌が礼を言うが、鞠莉が一言余計だったもんでゲイツの機嫌が悪くなった。でもキメラアナザーから守ってはくれそうなので安心ではある。

 

何があっても絶えずパフォーマンスを続け、ここまで来たスクールアイドルフェスティバル。永斗の計算の理想値を沿えているのなら、次がラストステージになる。

 

ステージに残ったのはμ'sとAqours。

綺麗な空が広がる。果てしない海が広がる。

 

空から舞い落ち、水面に無数に浮かぶ青と白の羽。

 

 

これは穂乃果が去った未来のμ'sが作った一曲。

心の中に残っていた記憶、思い出、夢、それらを音と詩に変えたこの曲を、真姫は過去のμ'sに託したのだ。

 

これは「あの日」のμ'sの曲だから。

でもそのμ'sはそこに留めておくことはなく、この曲を未来への懸け橋とした。

 

 

『この曲、私たちが歌っていいのかな…?』

 

『当たり前だよ千歌ちゃん!こんな素敵な曲、一緒に歌わなきゃもったいないよ!』

 

 

穂乃果がそう言ったのにはもう一つ理由があった。

話しているとわかったのだ。Aqoursにも、感謝を届けたい誰かがいると。その想いはμ'sも同じで、今伝えなければいけない。そんな気がする。

 

この想いが消える前に。無かった事になる前に。

 

 

ずっとそばで応援してくれた『あなた』に

 

命懸けで戦い、支えてくれた『あなた』に

 

この想いを未来に繋いでくれる『あなた』に───!

 

 

─『ありがとうを、君に』

 

─『ありがとうを、君に』

 

─『ありがとうを、君に』

 

 

─『ありがとう!』

 

 

最終曲『A song for You! You? You!!』

 

 

風を受け羽が舞う。揺れた水面と水飛沫が生き生きと輝く。

μ'sとAqoursが相乗りする奇跡。スクールアイドルという歴史の片隅に生まれた夢のライブが光を放つ。

 

 

―『君がいて 僕がいるよ』

─『当たり前の景色が 見たくって』

 

 

歌声を聞いていると、透き通るように見えてくる。知るはずのない物語、彼女たちが経験した奇跡の出会いと、今この瞬間までの想いが。

 

 

─『風の色 空の青さ』

 

 

風の色。それを問われれば、彼女たちは口を揃えて『二色』と答える。

街を守る探偵。口が悪い基本クールな彼と、引きこもりニートの彼。彼らは間違いなくμ'sという物語を揺らした風だった。

 

 

─『精一杯生きてるんだよ』

 

 

誰よりも精一杯生きていたのは誰か。死んでいたからこそ未来を夢見て戦った彼だろう。不思議な人だった。どんな恐怖の中だろうと皆の心を繋ぎ、心を未来に繋いできた彼こそ、紛れもないAqoursの英雄だ。

 

 

─『出会い…それこそ大事なタカラモノなんだよね』

 

 

その出会いは消えてしまうのかもしれない。

でも『あなた』が覚えてくれるから。この物語は永遠を生きる。

 

千歌と穂乃果の手が、アナザーゴーストに───香奈に差し出される。

 

『あなた』の未来は必ず繋ぐ。救いの声に手を伸べる。

物語の淵で出会った『あなた』に、この歌を捧げる!

 

 

─『あきらめない限り 奇跡は何度でも起こるんだ』

─『君には もう伝わってるね』

 

─『あきらめない 本気で夢を描くんだよ』

─『君からもらったね たくさんの応援のコトバ』

 

 

─『こんどは僕らが返すよ』

 

─『新しい勇気』

─『新しい歌を』

 

 

 

纏わりつく闇の中で、香奈は奇跡を目にし、涙した。

このステージはスクールアイドルという歴史の一つの終局なのだ。

 

 

「私は、スクールアイドルが大好きなんだ。Aqoursを初めて見て、そこからμ'sを知って、気付いたらどうしようもないくらい好きになってた」

 

 

自分を縛る影に、その「大好き」を香奈は語り掛ける。

 

 

「だから…!こんなところで立ち止まれない!Aqoursとμ'sと…スクールアイドルの歴史が作ってくれたこの光を!私だけは忘れちゃいけないから!それが…私にできることだから!」

 

 

腕に絡む影が消えた。足もそうだ。纏わりつく闇は光から逃げるように香奈から離れ、遠くで一人の少女の形になった。

 

 

「ごめんね…」

 

「なんで謝るのさ。やめてよその眼」

 

 

ステージ上のアイドルを見る程、その姿は遠のく。

香奈がナギを見る目は哀れみなんかじゃなく、悲しみの目。友との別れを惜しむようなその目に、ナギは乾いた笑いを上げる。

 

 

「知らないだろうから教えてあげる。罪や穢れは伝染して遺伝する病なの。どいつもこいつも…お前らが清く正しく生きるたびに、一体何人の病人が惨めさに苦しむか、考えたこともないんでしょ?」

 

「うん、無い」

 

「だったら早く消えなよ。穢れがうつるのは嫌でしょ、お嬢様」

 

 

香奈は完全な自由の身。足を止めることなく光に進む。

だが、一瞬だけ振り返り、闇に向かって声を張る。

 

 

「でも…!きっとあなたも分かり合えた!私は、あなたのことも忘れない!」

 

 

笑う気も起きない。しかし、どこかでそれを聞いた気がする。

浮かんでは消えるこの記憶。心から気に入らない主人公が吐いた、あの言葉。

 

 

『お前も最後まで───でも俺は───』

 

 

「最期まで会いたくなかったよ、余所者のくせにさ……」

 

 

____________

 

 

 

アナザーゴーストの体が解け、そこから香奈が飛び出して来た。

しっかりとした足取りで土を踏みしめ、自分の体が思い通りに動くことを噛み締める。そして、涙を流しながら、笑ってステージに手を振った。

 

 

スクールアイドルフェスティバル、ここに閉幕。

香奈の救出は無事に達成されたのだ。

 

 

「異常事態をカンチ…排ジョ…!」

 

 

しかしキメラアナザーの標的は依然スクールアイドル。アナザーゴーストも中身の抜けた悪霊として、目に入る者を消し去ろうと暴れ回る。

 

アナザーゴーストを喰いとめたのはゲイツ。

キメラアナザーの対処にも入ろうとしたその時、別の姿がその巨体を弾き飛ばしていた。

 

 

「……ありがとう。ここからは、僕らに任せて」

 

 

光の存在が感謝を声に出し、千歌が持っていた眼魂の欠片がそこに集まっていく。

 

 

「……朝陽くん!!」

 

 

オレ眼魂が元の形を取り戻し、青年の姿が色を得て、実像を結んだ。

想いが起こした最大の奇跡。Aqoursの想いが、彼を再び現世へと呼び戻したのだ。

 

そして彼がこの世に持ち帰った奇跡は、もう一つあった。

 

 

「仮面ライダーゴースト…!新たな脅威、排除!」

 

「いいや君にはできない。だってみんなが想ってくれてる。

その心が僕の命を輝かせる限り…僕はもう、絶対に負けない!」

 

 

朝陽の体から飛び出した白い光が、虹を帯びた眼魂へ変わった。

それは奇跡の力。その名は、ムゲン。

 

 

______________

 

 

 

「お前も感じただろ?アイツの覚醒を。時間は動き出した、もうお前には止められねぇ!」

 

「黙れ贋作風情が!私を決めつけるな!」

 

 

アナザー電王とダブルの戦いは拮抗を保っていたが、ダブルが僅かに押され始めていた。そんな時アラシと永斗が感じ取った、壮間の目覚め。だからダブルは力をウォッチに込め、風に乗せたのだ。

 

 

『君の正体は彼女の記憶から検索済みだよ。だから赤嶺刑事も怪盗も、瞬樹も呼ばなかった。君は僕らの手で倒すべき存在だ』

 

「それは侮辱か!?私の正体を知るならば分かるはずだ、貴様らがいかに質の悪い贋作なのか!その存在に一片の価値もないことを!貴様らは仮面ライダーなどでは無い!!」

 

「知らねぇな!仮面ライダーがどんなもんかなんて辞書にも載ってねぇもんでな!

でも、お前みたいな危険な奴を野放しにはできねぇ。アイツらの未来を守るため、死んでも喰らいついてテメェをここで倒す!それが仮面ライダーとしての、俺の最後の使命だ!」

 

「軽い!貴様如きがその言葉を吐くな!」

 

 

アナザー電王の刃がダブルを切り裂き、吹き飛ばす。

戦いの後はいつも全身の痛みと傷のせいか、風が感じやすい気がした。その度に思う。この世界に生まれてよかった、守れてよかったと。

 

 

この世界を守る後継はようやく空に飛び立った。ならば、飛ぶ姿の手本を見せてやるのが先輩と言うものだ。

 

 

「見せてやるよ赤鬼野郎。後輩に負けてちゃ先輩の名折れだからな!」

 

『君もよく知る力だ。こっちもマナー通り、全力の究極で君を倒す』

 

「来い!エクストリーム!!」

 

 

奇妙な鳴き声は響き、光り輝く鳥が空を舞う。

ダブルドライバーがひとりでに閉じ、サイクロンメモリから緑の光が、ジョーカーメモリから紫の光が空に伸びた。

 

鳥の名はエクストリーム。永斗の体をデータとして格納したエクストリームメモリは天に昇る光を滑走路とし、ダブルドライバーと一体化する。

 

 

「この力も手にしていたのか…!究極の…ダブル!」

 

 

《エクストリーム!》

 

 

展開したエクストリームメモリが風を受け、『X』のタービンが激しく回転。ダブルの体を二つに分かつラインが更に広がっていき、無数のアルファベットと共に虹色に輝く光が、ダブルの体を作り替えた。

 

緑、黒、そして体の中央に広がった新たな透明な層。

触覚でWを象ったマスクも一新し、左右上下斜めの角が『X』を象徴する。

 

『極限の記憶』で永斗の体をアラシの体と一体化させた、『2人で1人』の極致。

人呼んで『究極のダブル』、仮面ライダーダブル サイクロンジョーカーエクストリーム。

 

 

_________________

 

 

 

《ムゲンシンカ!》

《アーイ!》

《バッチリミナー…!バッチリミナー…!》

 

 

白い新たな眼魂をドライバーに装填し、朝陽は印を結んで構えを取る。この力から湧き出るのは文字通り無限の可能性。神にも届く光のゴースト。

 

 

「変身!」

 

《チョーカイガン!ムゲン!》

《KEEP ON GOING!》

《ゴ・ゴ・ゴ!ゴ・ゴ・ゴ!ゴ・ゴ・ゴ!GODゴースト!》

 

 

神々しい白のパーカーが太陽を覆う。白い羽根が舞い落ちる。

その神衣を羽織り、虹色の炎が幽霊を再誕させた。彼岸と此岸を繋ぎ渡し、死を超えて生に到達した白い奇跡は、仮面ライダーゴースト ムゲン魂。

 

 

「千歌ちゃん…ずっと見てたよ。あの頃みたいに真っ暗などこかから」

 

「朝陽くん!私…私たちは、Aqoursは…!見せてあげられたよね!?私たちの英雄に、最高の輝きを!」

 

「うん、その光が僕を呼び戻した。ありがとうは僕の方だ。僕を英雄と呼んでくれるなら、Aqoursは僕の太陽だ。これからも…何があってもずっと!」

 

「観察…分析フカノウ。消去を実行」

 

 

瞬間、光の粒子となったゴーストが香奈の体をステージ上に運び、アナザーゴーストの体を弾き飛ばした。

 

キメラアナザーの背後に実体化したゴーストをキメラアナザーが感知。一切の出し惜しみが無い弾幕がゴーストを爆炎の海に沈めるが、その光は薄れることなく炎の中から抜け出してくる。

 

そこから接近戦に移行し、爪と卓越した近接格闘でゴーストを叩き潰そうとするが、全ての動きが見切られているかのように躱され、受け止められる。

 

 

「無駄だよ。君のツギハギの可能性じゃ僕たちには届かない!」

 

 

液状化したキメラアナザーがゴーストを縛り付けた。動きを止め、溺死すらさせる凶悪な一手だが、ゴーストはエネルギーを全身から解放してそれを退けた。5人の仮面ライダーの力をものともしない、まさに無限大のエネルギーだ。

 

 

一方、アナザーゴーストとゲイツの戦いも風向きが変わっていた。

意思を失ったのかアナザーゴーストの動きに戦略性が無い。この世にしがみつく亡霊そのもののように、目に入るゲイツをこの世から弾き出そうとしているだけ。

 

香奈の救出も終わった。こうなれば敵を止める必要はなく、ゲイツに課された使命は亡霊の駆除だ。

 

 

「今度こそ最後だ!幽霊だろうがこの手で殲滅するのみ!」

 

 

そういえば幽霊嫌いだったゲイツ。気持ち力が入っている気がする。

アナザーゴーストの大振りの攻撃を体をよじって回避すると、軽く地面を蹴って浮き上がったゲイツは空中から斧の一撃を放った。

 

まるで無重力下にいるようなアクションはゲイツの攻撃に大きな幅を持たせる。理性の無い亡霊如きに、その動きを凌駕することはできない。

 

 

 

_________________

 

 

エクストリームへと変身したダブルを見て、アナザー電王は剣を握って即座に潰しにかかった。このダブルに時間を与えることは敗北に直結すると、令央は知っている。

 

ゴーストを一度叩き潰した、破壊の波動を帯びた短剣の一撃。

しかしそれはダブルに到達すること無く止まった。ダブルを守ったのは体中央の『クリスタルサーバー』から出現した盾と剣の専用装備『プリズムビッカー』だ。

 

 

『アナザー電王、令央。君の全てを閲覧した』

 

 

永斗の宣告は検索の完了を意味する。

エクストリームは地球という無限のデータベースと直結した形態であり、変身した状態で即座に検索、分析、理解が可能になっている。今、アナザー電王の全てがダブルの知識に蓄えられた。

 

 

「私の何を理解しただと…?ならば見せてみろ!」

 

 

激昂したアナザー電王の攻撃は過激を極め、全てを破壊し尽くすような速度と威力でなりふり構わず連撃を仕掛けてくる。しかし、それらを全て読めているダブルは盾で必要最低限の攻撃を防ぐと、あるメモリを起動させた。

 

 

《プリズム!》

 

 

プリズムメモリを装填した『プリズムソード』を抜刀。

 

 

《プリズム!マキシマムドライブ!!》

 

 

『結晶の記憶』を解放し、ダブルが防御から攻撃の姿勢に転じた。

荒ぶる破壊の津波。それに真正面から向かうダブルは、光の火花が散る剣戟の末、それを完全に捌ききった。そして、防御機能そのものを断ち切る斬撃がアナザー電王を斬る。即座の反撃も盾で防がれ、今度は二度の斬撃が刻み込まれた。

 

 

「馬鹿な…!!『電王』が『ダブル』に剣術で負けただと…!?」

 

『君が言うダブルと僕らは違うってことだよ。悪いね』

 

「違う…?そうとも違う!貴様ら贋作が勝っているものなど何一つ無い!大人しく壊れろ!私の結末の一部となり、絶望に塗り潰されて死ね!」

 

「さっきから誰と比べてんのか知らねぇけどな、そのお前が知ってるダブルとやらに伝えとけ!俺たちはスクールアイドルμ'sの奇跡に魅入られ、アイツらを守ると決めた『仮面ライダーダブル』だ、お見知りおきを…ってな。

 

お前が何を否定しようと関係ねぇ。俺には信じられる相棒がいる!仲間がいる!俺たちも…仮面ライダーだ!」

 

「黙れ…!黙れ!贋作共が奇跡や夢だなんて笑わせてくれる!茶番はお終いだ、これよりこの物語を、理不尽で、脈絡も希望の無い、未来すら喰い潰すバッドエンドに沈める!」

 

 

アナザー電王の殺気が膨れ上がるのが分かる。空を斬った剣の余波でアスファルトが砂に変わった。奴は全ての力を解放し、何もかも見境なく破壊するつもりだ。

 

 

『…君は災害だよ。全てを破壊するために生まれた、悲しい存在だ』

 

「同情のつもりか!!?侮辱も甚だしい!分かったような口を利くな!」

 

「そんなわけあるか。同情なんてしねぇ、この世界で悪事を働く野郎にくれてやるのはこの言葉だけだ」

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

ダブルとアナザー電王の戦いの動向はジオウにも伝わっていた。空を突き抜けた光の柱、そして感じる破壊の衝動。あちらの戦いは一つ上の次元に存在している。

 

 

「ほらほらぁっ!よそ見してる場合!?」

 

 

アナザーダブルの攻撃がジオウをかすめた。能力が半減しているというのに恐るべき強さだ。それどころか、長引くにつれて段々と強さを取り戻しているようにすら感じる。

 

ジオウとアナザーダブル、同じ力を持った拳が同時に炸裂。だが、ジオウを襲ったのは斬られたような痛みだった。白く変わりつつあるアナザーダブルの半身とその痛みは、そのまま恐怖を伴う想像として壮間に降りかかる。

 

 

「ははっ、今のイイ感じじゃなかった!?なんかこうさ、生まれ変わるって感じするよ!」

 

「何回か見たことあるな、そういうの。そんで…お前がそれに目覚めたら駄目だ。そっちの方向には勝てる未来が見えない」

 

「正直じゃん。でもさぁ、君にできたなら私にもできるよねっ!進化ってやつ!」

 

 

戦いが長引けば負ける。その未来も想像できる。

想像力が冴えているというのも便利なことばかりじゃない。だが、眼前にまで迫る絶望にも、壮間は微塵とて臆するわけにはいかない。

 

 

「それでも俺は負けない。敵を倒してハッピーエンドを勝ち取って、その先に進んで!俺は……最高最善の王になる!」

 

「馬鹿らし!何が最高最善!?夢なんて叶わない!皆がいるからなに?一人じゃないのがそんなに偉いの?誰がどれだけ清らかに繋がろうと!人は最期に、浅ましく、たった独りで死んでいく!だったら夢なんて捨てて一緒にトリップしようよ!身を溶かすほどの快楽に!」

 

 

出鱈目に向けられた激しい感情は暴走し、一層戦いを激化させる。アナザーダブルが走り抜け、叩き込まれた膝蹴り。そして遅れてやって来る暴風。余りの速度にジオウも避けられず体勢を崩してしまう。

 

顔を上げるともうアナザーダブルの姿が無い。

しかし、風が彼女の動きを教えてくれる。そうして出現を感知したジオウは、その先に左の蹴りを突き出す。

 

 

「やはっ!効くねぇ!」

 

 

確かに突き刺さった一撃にしがみつき、アナザーダブルはその脚に全身で絡みつく。そこからは想像の範疇を出た常識外れの柔軟で動きを制され、ジオウの首が足に捕まった。

 

想像するのは首がへし折られる未来。ジオウは残った右足と風の補助で跳躍し、建物の壁に自分ごとアナザーダブルを叩きつけ、その未来の回避に成功した。

 

壁を破壊したほどの衝撃で引き剝がしはした。しかし、アナザーダブルは一瞬も留まることなく、軟体動物のように姿勢を変えてはジオウを上方向に思いきり蹴り上げる。その威力は凄まじく、建物の天井を突き破ってジオウを上の階層にまで送り届けるほどだ。

 

 

「やっぱ強いなあの人…!あぁクソ、いるんだよなこういうバケモノってこの先にも!」

 

 

吹っ飛ばされながらも想像はやめない。まだ勝てる未来は見える。

天井を蹴り、一気に急降下。全身に受ける風を吸収し、下の階層で待つアナザーダブルにかかと落しを叩きつけた。

 

壮間は右利き。Wアーマーにおいて高威力の左側を十分に使えないのが痛い。だからジオウは右側で拳を突き出し、激しい突風でアナザーダブルを外に吹き飛ばす。

 

 

「勝負だ火兎ナギ。俺かお前…この先の物語を生きるのはどっちか、今この瞬間に全てを決めよう」

 

「勝てると思ってるの?君が、私に!?」

 

「言っただろ。勝てる。俺は主人公なんだ!」

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ダブル!》

 

 

______________

 

 

 

「身に余る幸せだったよ。あの日、何も守れずに死んだ僕が、またこうやって生きることができただなんて」

 

「理解フノウ。対象の生体反応は0。間違いなく死者であると断定」

 

「君には分からないよ。生きてるっていうのは心臓が動いてることでも、息をしてることでもない。誰かが覚えてくれてて、誰かが僕のことで笑ってくれる。それ以外に何もいらないんだ」

 

 

キメラアナザーの腕の銃器がゴーストの一撃で粉砕された。そして追撃の拳が胴体に決まり、液状化でも受け流せない衝撃がキメラアナザーの内部に反響する。

 

 

「僕という存在を継いでくれる誰かがいる。僕の命はそうやって未来を生きる。こんなに喜ばしいことは無い!だから僕も命を燃やす!人間の可能性は…無限大だ!!」

 

 

《イノチ!ダイカイガン!》

 

 

レバーを操作しゴーストドライバーの瞳が切り替わる。出現したガンガンセイバー ナギナタモードが光を放ち、その光は斬撃となって大地を伝い、キメラアナザーの防御を縦一閃に切り裂く。

 

 

「はぁっ!」

 

《ヨロコビストリーム!》

 

 

大きく振りかぶり薙ぎ払う一閃。『喜』の感情を司るその必殺攻撃は、一度放たれれば光で『∞』の軌道を描き、敵の全てを打ち砕く。

 

鎧も装備も全てが砕け、5つのウォッチが体から解放される。キメラアナザーのライダーの力は全て削ぎ落された。

 

 

「そして…千歌ちゃん、Aqoursのみんな!僕に命をくれたみんなに、僕を愛してくれたみんなに!僕も心から溢れる愛を!」

 

《イノチ!ダイカイガン!》

 

 

ナギナタモードにクモランタンが合体し、ハンマーモードに。舞い踊るように回転しながら威力を増すその衝撃を、力を失ったガンマイザーウィンドに叩き込む。

 

 

《ラブボンバー!》

 

 

『愛』を司る、何よりも重く、尊い一撃。

∞の光が浮き上がり、ガンマイザーの本体であるプレートが爆散。例え相手が不滅の存在だろうと、その無限の感情は理をも打ち破った。

 

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ゴースト!》

 

 

アナザーゴーストを岩盤に押し付けジカンザックスで不可避かつ痛烈な一撃を刻み、必殺シークエンスを起動。武器を投げ捨てると印を結び、眼魂ショルダーから15のパーカーゴーストを召喚した。

 

 

「力を貸せ、歴史を作った英雄たち!」

 

 

ゲイツの言葉に頷いたパーカーゴーストは、宙に階段を作るように整列。そんな彼らに背を向けて浮かび上がったゲイツは次々とパーカーを羽織っていき、15の重ね着が完了すると背後に完全な眼の紋章が浮かび上がった。

 

 

「あの世に還れ、亡霊!」

 

《オメガタイムバースト!!》

 

 

15英雄の紋章が足先に収束し、英雄の力が束ねられたライダーキックが岩盤と共にアナザーゴーストを木端微塵に破砕する。

 

 

仮面ライダーゴーストは“命”の戦士。

命ある限り命を求め、命に代えても命を繋ぐ。時を越えて繋がれてきた想いそのものが力の根源。

 

 

着地したゲイツが見たのは土煙の中で僅かに浮かぶ幽霊。その影は興が冷めたような、嘲るような短い笑いを残し、消えた。そして地に落ちたアナザーゴーストウォッチが砕けるのだった。

 

 

_______________

 

 

アナザー電王が放つ破滅の波動が辺り一帯を覆い尽くし、万物を潰すような殺意の圧が重く圧し掛かる。そんな正気の沙汰ではない場所でも、ダブルのデータベースは正確に目の前の怪物を分析した。

 

 

『アラシ、アナザー電王は異様にタフだ。防御っていうか単純にHPが馬鹿げてるって感じだね』

 

「エクストリームの力じゃ断ち切れねぇってことだな」

 

『ここはお得意のゴリ押しで行こう。

3回だ。3回の必殺技で僕たちの勝利は確定する』

 

「あまり夢を見るなよ愚かな贋作が。私の力は最高潮だ、存在の一片すら残さない!無に帰れ!貴様らの物語は、ここで打ち切りだ!」

 

 

アナザー電王の短剣からエネルギー状の刃が切り離され、軌道上の全てを砂に還しながら無差別に荒れ狂う。

 

仮面ライダー電王の『俺の必殺技Part2』。その技に禍々しい悪意が織り交ぜられ、殺戮兵器とも呼べるほどの凶悪攻撃と化しているのだ。

 

 

『1回目、まずはアレを受け止めるよ!』

 

「上等だ!」

 

《サイクロン!マキシマムドライブ!!》

《ルナ!マキシマムドライブ!!》

《メタル!マキシマムドライブ!!》

《トリガー!マキシマムドライブ!!》

 

 

この圧倒的破壊力を受け止めるという永斗の決断に、アラシは欠片の疑念も持たない。相棒が言うのならそれが最善手であり、紛うことなく可能なのは自明だからだ。

 

プリズムビッカーにセットしたのは4本のメモリ。プリズムメモリの力によって最大4本までのメモリの力を収束させ、一つの技として解き放つことができる。

 

上空からダブルを叩き割ろうと迫る赤い刃。ダブルはビッカーシールドに出現した光の装甲でそれを迎え撃った。

 

桁外れの威力と重さに受け止めるダブルの足元が砕け始め、伝播した破壊の力でダブル周囲の空間が砂塵となって消えていく。それでも一歩も退かずに砂を踏みしめ、迫る刃を見事に押し返して見せた。

 

 

「馬鹿なッ…!?」

 

「お返しだ!」

「『ビッカーファイナリュージョン!!』」

 

 

この4本の組み合わせは防御+反射のコンボ。受け止めた有り余る威力を4色の光線としてアナザー電王に跳ね返し、一本に収束したビームがその体を抉り取った。

 

 

「がアァっ…!!っ…!まだだ…!」

 

「あぁ…最初からそのつもりだ!」

 

 

ダブルの手元にやって来た小型の恐竜のようなガジェット『ファングメモリ』が変形し、ガイアメモリに。そして白い光の後、ガジェット部分は消えてひび割れた白いメモリに変化した。

 

そうして変化したファングメモリ、赤嶺から預かったアクセルメモリ、そしてさらに二つのメモリをプリズムビッカーに装填する。

 

 

《ファング!マキシマムドライブ!!》

《アクセル!マキシマムドライブ!!》

《ヒート!マキシマムドライブ!!》

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

「『ビッカーチャージブレイク!!』」

 

 

全てを攻撃に振り切った力が刀身に宿り、虹色の輝きを斬撃として、アナザー電王の深くにまで刻み付けた。

 

しかし、それでもアナザー電王は耐えてみせた。尚も消えない殺意の炎を再び灯し刃を握る。

 

 

『ここまで予測通り。正直君の耐久も執念もドン引きだけどね』

 

「でも次でおしまいだ。正真正銘の引導ってやつを渡してやる」

 

「黙れ…!薄汚れた口を開くなあぁぁぁ!!」

 

 

エクストリームメモリを一度閉じ、再び展開。

風がダブルへと集まっていく。まるでこの世界の全ての風がそこに集まっているかのような激しい嵐がドライバーから解放され、黒と緑の稲妻を帯びてダブルの姿と一つになる。

 

その瞬間、アナザー電王は刃を向ける先を見失った。

規格が違う、そう感じた故の一瞬だけの戦意喪失。眼前に迫るこれに立ち向かうことは、世界を変える程の災害に挑むことに等しい。

 

 

「そんな…馬鹿な……!」

 

「『ダブルエクストリーム!!』」

 

 

暴風と一体化したダブルの蹴りがアナザー電王を貫き、凄まじい爆炎と断末魔すらも風が全て吞み込んだ。

 

砂を巻き込んだ風も収まり、着地したダブルが見たものは意識を失う寸前ながらも立っているアナザー電王。呆れるほどの執念だが、もはや戦う力が無いのは明らかだった。

 

 

「ふざ…けるな…!私が負けて…いいはずがない!贋作如きに!存在する価値のない…塵芥の存在共に…!」

 

「知らねぇよ。価値がどうとかは、未来のアイツらが決めてくれる」

 

 

アナザー電王の姿が歪む。怪人としての体が掠れ、乱れ、体の随所が出鱈目に別の姿に切り替わり、次々と体に文字が現れる。

 

『2007』『2011』『2002』『2004』───

 

吹いた風が砂を巻き上げて、揺らぐ姿を覆い隠す。

最後に現した『真の姿』を見せることは無く、令央はこの物語から姿を消した。

 

 

 

そして、最後の一戦はジオウVSアナザーダブル。

ダブルウォッチの力を全て解放し、必殺シークエンスが発動。巻き起こる風でジオウの体が浮かび上がる。

 

しかし、その力は当然相手も有しており、最終局面にして空中戦が幕を開けた。

 

 

「俺は未来で二度、お前の罪を見た!一つはAqoursの覚悟を踏みつけにし、今を生きる命を過去に縛り付けた罪!」

 

「それが!?いいじゃん!懐かしめる過去があるって幸せじゃん!むしろ感謝して欲しいけどな!」

 

 

二つの風がぶつかり合う様はまるで天変地異の大災害。

アナザーダブルがジオウの脚を掴み、その体をしなる腕で思いっきり叩き付ける。

 

回転しながら地面に向かって行くジオウだが、落下の寸前にジカンギレードを再出現させて無防備なアナザーダブルに投げ飛ばし、相打ちの形に持ち込むことに成功した。

 

刃を受けたアナザーダブル、墜落したジオウ、再起のタイミングはほぼ同時。

再び空中で火花が散る。真っ直ぐ向かってくるジオウを叩き潰そうと拳に力を込めるアナザーダブル。しかし、

 

 

「っ…!?」

 

 

ジオウはアナザーダブルの眼前で跳躍した。

空中を蹴って跳ぶなんて不可能だ。ジオウが足場にしたのは、その直前にウォッチから変形させた専用バイク『ライドストライカー』。

 

アナザーダブルの虚を突き、頭上を取った。その隙に蹴り下ろした一撃が、アナザーダブルを地に墜とす。

 

 

「もう一つも同じだ。お前はたくさんのアイドルの人生を歪め、穂乃果さんの未来を歪めた!お前が誰かの人生を台無しにするのに固執する理由なんて興味は無い。でも、これだけは分かる!お前は諦めた!真っ当に生きることを諦めて、そして負けたんだ!誇り高く生きるスクールアイドルの魂に!」

 

「何が…分かるって言うのさ!諦めた?負けた!?正義論の押し付けだよねぇそれは!穢れた命に生きる資格が無いって言ったのはあんたらだろうが!私は負けないよ!光も闇も右も左もっ!馬鹿しかいないこの世界で最期に笑うのは私だ!」

 

「分かったよ、じゃあ勝負を決める!これで…決まりだ!」

 

 

ジオウのWアーマーが分離し、二体のメモリドロイドとなって落下したアナザーダブルに突っ込んでいく。

 

 

《マキシマムタイムブレーク!!》

 

 

風を発生させ、凄まじい推進力で蹴りを叩き入れるサイクロン。その威力で大きく退きながらも、アナザーダブルはサイクロンを押し返した。

 

だが、そこに間髪入れずに追撃を加えるのはジョーカーだ。極限の身体能力から繰り出される蹴りが生み出した段違いの衝撃が、腕から足に突き抜けた。

 

快楽か痛覚か、五感はもはや狂気の領域。アナザーダブルは全身が砕け千切れる感覚を噛み殺し、ジョーカーをも弾き飛ばしてしまった。

 

 

「はっ、あっはははははっ…ははは!」

 

 

傷を撫でるような風で、二度の攻撃を凌いだアナザーダブルが顔を上げる。

そこには弾かれたメモリドロイドを再び装着したジオウの姿が。ダブルの二段攻撃を超えた、限界突破の三段攻撃。

 

 

「ジオウエクストリーム!!」

 

 

仮面ライダーダブルは“双”の戦士。

全てを壊す力、全てを知る知性。愛を知らない者、抗うことを知らない者。それに憧れる者、それを憎む者。歪な不完全を掛け合わせたその風は、いつかは運命をも突き抜ける。

 

 

最後の一撃がアナザーダブルの胴体を打ち抜いた。

風が止んで訪れる凪の瞬間。未だ姿を保つアナザーダブルに、ジオウは言葉をかけた。

 

 

「お前の境遇なんて知らない。葛藤も何も知らない。

でもお前は強かった。お前も最後まで、確かに『主人公』だったよ。でも俺は……ここで貴女を越えて行く」

 

「…はははっ、なにが主人公だよ。クソ喰らえ!

ようこそ地獄の入口へ、あんたは平凡に死ぬ権利さえも失ったんだ!バッドナイト!あんたの未来に…不幸を願ってるよ!死んじまえ主人公!」

 

 

笑い声で悪意を撒き散らし、アナザーダブルは悲鳴を上げることなく爆散。それから笑い声は徐々に薄れていき、何かが砕ける音が()()()聞こえたのだった。

 

 

_______________

 

 

2015年。ゲイツはアナザーゴーストの撃破を確かに確認する。アナザーダブルが中から現れる様子もない。つまりアナザーダブルの撃破は成功したということだ。

 

 

「終わったか。日寺の思い通りに動かされたのは、気に食わないがな…」

 

 

分からないがミカドの心が妙にざわつく。あんな奴を最初は意識すらしていなかったはずが、この戦いで大きく差を付けられてしまったような気がする。

 

焦りと怒りを抱え、ミカドはこの時代を去ろうとする。

そんな彼の前にひょっこり現れたのは浮かぶオレ眼魂。驚く間もなく、ミカドの姿が眼魂の中に吸い込まれてしまった。

 

 

「っ…ここは…!?」

 

 

ミカドは眼を開けて辺りを見回す。現代と比べて更に古い町並みだが、その雰囲気はミカドが居た2068年に似たものを感じた。少なくとも現実ではないのは明らかだ。

 

 

「やぁ、始めまして。僕は朝陽。君の事も見てたよ、ミカド君」

 

「朝陽…貴様が仮面ライダーゴーストか。俺を復活させたのは貴様だな」

 

「うん。ガンマイザーに異常が出てたおかげで神様の力を使えた。君ならやってくれるって、そう思ってたよ」

 

 

眼魂の中の空間に現れた朝陽は、地に足をついてミカドに歩み寄り、彼の肩に触れた。ミカドはすぐに振り払ったが、その一瞬で朝陽は何かが分かったようだった。

 

 

「…そっか。君も色々と大変だったんだね」

 

「特殊能力の類か。何を見たのかは知らんが、仮面ライダーに同情される謂れは無い」

 

「違うよ。いや…違うくは無いかな?僕も君がいたような世界はよく知ってるからね。未来から来たみたいだけど、歴史は知ってる?」

 

「馬鹿にするな。その話しぶりやこの光景から、貴様が生きていた時代は第二次世界大戦かその付近だろう。記録でしか知り得ないが荒んだ時代だ」

 

「へぇ歴史好きなんだ」

 

「黙れ」

 

「歴史は良いよね。僕も好き。といっても僕より僕の友達が偉人好きで、そっちに引っ張られて好きになったんだ。過去を知るという行為そのものが偉大だって…」

 

「そんな与太話をするために俺を助け、ここに呼んだわけじゃないだろう!何のつもりで俺の前に現れた仮面ライダー!過去を知ったのなら、俺の憎しみもわかるはずだ!」

 

 

朝陽の軽い態度にミカドは怒り心頭のようだった。その様子に朝陽は肩をすくめ、それがかえってミカドの怒りを煽る。

 

 

「余裕がないよねミカド君は」

 

「あるわけがない!俺は未来の者たちの痛みを背負ってこの時代に来た!俺が変えなければ未来は愚かな強者に貪られるだけの地獄になる!焦りを覚えて当然だ!」

 

「そうじゃないよ。君は生きてるんだ、だから怒りに呑まれてちゃ損だって思うんだよね」

 

「怒りは何も生まないとでも言いたいのか!?」

 

「怒りも大事な感情さ。でも人生には喜びも、楽しみも、悲しみも、いろんな感情が溢れてる。怒りだけじゃないんだ。ちゃんと目を凝らせば世界は無限に広がってる」

 

 

腕を広げて眼を輝かせる朝陽に、ミカドはその言葉が飲み込めないようだった。ただ生き生きと話す彼が死人だとは、どうしても思えなかった。

 

 

「生きてる限り可能性は無限なんだ!僕が叶わなかった分、君には命を謳歌してほしい。壮間君よりも君にそうして欲しいんだ」

 

「押しつけがましい考えだ。やはり同情じゃないか、下らん」

 

「君にも分かるよ、そのうちね」

 

 

そう言って笑った朝陽が、ミカドの目の前で光の粒になって消えていく。99日のタイムリミットがやってきたようだ。

 

 

「…もう時間か」

 

「消えるのか、貴様。奴らに何か言ってやらなくてもいいのか」

 

「おっ、優しいこと言うんだね。やっぱり根はいい子だ」

「黙って消えろ」

 

「みんなに言いたい事はもう全部言った。それに僕が何を言わなくたって、Aqoursは未来を生きてくれる。それだけで満足だ。

 

それに、僕の最期にいたのが君でよかった。みんなの未来を頼んだよ」

 

 

ミカドが眼魂の世界から弾き出され、消えた。

一人になった朝陽は時と共に消えていき、思い出や感情が光として空に散る。

 

幸せだった記憶の海を遡っては、生まれてよかったと、そう思う。

全てが消えてしまう瞬間、源まで遡った先にあった思い出は、かつて生きる理由と命をくれた大切な友人の姿。

 

 

「僕も英雄になれたかな、君みたいに………」

 

 

友人の魂が宿るオレ眼魂と共に、光は天に溶けて消える。

最期にその答えが聞こえた気がして、幽霊は幸せそうにこの世を去った。

 

____________________

 

 

2009年。アナザーダブルを倒し、こちらも全てが終わった。

壮間は同じく令央を退けたアラシ、永斗と合流する。顔を合わせて、アラシはまず素直に驚いた。

 

 

「変わり過ぎだろ、顔つき」

 

「そうですか…?まぁ、確かに心当たりはありますけど」

 

「そうだね。おめでとう、レベル2の魔王だ」

 

「魔王は魔王なんですね…」

 

 

他のライダー達にも負けないと息まいたはいいが、やはり敬語はやめられないらしい。これは自意識どうこうより礼儀の問題だろうか。

 

 

「壮間、ナギの奴は…どうだった」

 

 

アラシは「どうなった」とは聞かなかった。聞くまでもないか、聞く必要もないからだ。どうせ消える歴史の中でも、彼女は確かに壮間に大きな何かを残した。その事実に対し、例え悪でも壮間は礼儀を持って率直に向き合う。

 

 

「勝ったとは思いません。俺が彼女の何かを変えられたわけでもないし、何より…彼女は最後まで笑ってました。戦いの中で叫んだ通りに」

 

 

壮間がなんとなく感じていた予感がもう一つあった。

それは「ナギは別の力を隠していた」ということ。もしそれを使われれば敗北は必至だっただろう。

 

しかし、ナギはアナザーダブルの力にこだわり続けた。

 

 

「ナギさんは、アラシさんやμ'sみたいになりたかったのかもしれません。でも…最後までそうなれなかったとしても、俺から見れば紛れもない主人公でしたよ」

 

「そう思ってくれるなら十分だ。お前に任せて正解だった」

 

 

アラシは少し安心したようにそう返した。

アナザーライダーとは、則ち「主人公になれなかった者」。理由に差はあれど、物語の中心に成りたかった者たちなのだ。

 

そんな超えるべき大きな壁たちは、これから先に幾つも立ち塞がる。

超えて行くしかない。超えられる。そうやっていつか、最高最善の王になる。

 

 

「じゃあもう喋ることもねぇ。さっさと行け。俺たちの最後の依頼は達成された」

 

「…はい。ありがとうございました!いつか超えますよ、あなた達のことも!」

 

「しっかり頼むよ。王様になったら名誉大臣として僕の似顔絵貼っといてね」

 

 

タイムマジーンの巨体が降り立ち、壮間がそこに入るとアラシと永斗の姿はもう遠くなっていた。

 

背中を向けたまま、アラシは軽く手を振る。

壮間もそれ以上言葉を発することなく、例え見えなくても精一杯に大きく手を振って、現代へのタイムトンネルへと飛び込んでいった。

 

 

______________

 

 

活動報告書

 

 

年末のクソ忙しい時期に飛び込んできた依頼は、切風探偵事務所最後の依頼になった。その依頼は「Wを探すこと」。これがこんなに苦労するとは夢にも思わなかった。

 

だがまぁ、苦労して見つけた次のダブルは気に入っている。危なっかしいところもあるが、信じられる誰かがいるっていうなら何も心配はない。俺たちはただ、黙ってアイツらに任せるだけだ。

 

なんの記録にも残らないのに、俺はなんで活動報告書なんて書いてんだ?仕方無いだろ。仕事終わった後の癖みたいになってるんだ。なんもかんもクソ親父の癖がうつったせいだ。アイツ頭いいくせに英語じゃなくてローマ字で報告書書いてたんだぜ?

 

永斗はというと、μ'sのとこに行ったみたいだ。μ'sには歴史が消える事を伝えてないから、アイツらと何か会話することを最後に望んだらしい。俺との対話はもう済んでるからな。

 

その内容もまぁしょーもない世間話みたいなものだった。最後と言われても喋ることなんて特にない。アイツだけ消えるならまだしも、俺も一緒に消えちまうっていうんだから泣けばいいのか笑えばいいのか分かったもんじゃない。積もる話はこれまでに散々した。最後だからってもったいつける話なんて、俺達には無い。

 

歴史が消えれば親父は俺を拾わなくなり、俺はきっと生きていけずにガキの頃に死んでる事になるだろう。何がどう間違っても永斗と出会うことがないのは少し寂しい気もするが、別の俺のことなんて知ったことか。生きてたら精々出会いに幸あれくらいだ。

 

そうだ、μ'sだ。永斗は最後に会うのを選んだが、俺はこの事務所にいることにした。俺は最後まで探偵としてこの場所を見ていたい。それに、これでも割と悔いているんだ、お前らを巻き込んだこと。最後の償いはこれでいいだろ?

 

 

 

「やっぱりここにいた、アラシ君」

 

 

事務所のドアを叩き、返事をする前に入ってきたのは穂乃果だった。

俺は思わず書きかけの活動報告書を隠す。いや何焦ってんだ、恥ずかしいが別にいいだろ忘れるんだから。

 

 

「どうした穂乃果。Aqoursの連中や永斗と喋ってんじゃなかったのか」

 

「ちゃんとアラシ君ともお話したいなーって。だって忘れちゃうんでしょ?」

 

 

さらっと核心を突いてきやがった。Aqoursには口止めしたつもりだが、救出した香奈ってやつが喋ったか?いや、多分これは…

 

 

「なんでそう思った?」

 

「んーっと、アラシ君や永斗君の姿勢っていうか態度がいつもと全然違ったし、壮間君がAERO-Castleの事件のときに言ってたことを考えると、これが自然と思い付いたっていうか…」

 

「流石。もうお前十分に探偵だよ」

 

「ほんと!?いやー探偵部ですしそれほどでも…って、そうじゃなくて!なんで言ってくれないのそんな大事なこと!アラシ君そういうのばっかりだよ!」

 

「言わねぇ方がスマートだろうが。それとも何だ?最後だからって何か言いたいことややり残したことでもあるって……」

 

「今までありがとう。大好きだよ、アラシ君」

 

 

…またコイツはさらっと。なんつーいい笑顔でそんな台詞吐きやがる。まさか最後にこんな笑いたくなるなんて思いもしなかった。

 

 

「……そりゃこっちの台詞だバカ!だから言いたくなかったんだ、こんな時になってお前らに言えなかった言葉が次々浮かんできやがる」

 

「えー、なになに教えてよ!ほら、まだ忘れそうにもないし!そうだパン持ってきたよ!これでも食べながらじっくり…」

 

「修学旅行の夜じゃねぇんだよ!つーかおかずパンじゃねぇか、甘いヤツ持ってこい!ったく……本当に、お前らに出会えて良かったよ。お前らのために戦えて良かった。ありがとな、穂乃果」

 

「うん、それでそれで?」

 

「渾身の一言だ!次を期待してんじゃねぇ!」

 

 

思ってたのとは違うが、馬鹿みたいに騒がしい最後も悪くない。

そうだな、もし俺の願いを叶えてくれるなら…俺は同じ出会いが欲しい。永斗と、μ'sと出会う、そんな馬鹿げた確率を神に祈りながら最後にしよう。

 

 

この出会いだけでよかった。それだけで俺は、俺の物語を愛せたんだ。

 

 

 




やっとバイク使ったね!(足場)
ラブダブル(とゴースト)の一つの最終回ということで、また最終フォームを出してしまいました。いや…ラブダブル本編の方は終わる気配すら見えないというのに…

朝陽の過去の詳細はまたどこかで明かします。質問が来ればそこで、もしくはアーカイブか…ラブダブルの方は気長に待ってくださいとしか言えずすいません。

次回にエピローグを入れて、ラブライブクロス編完結です!

感想、高評価、お気に入り登録、あとここすきをよろしくお願いします!!


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いつかは正義の風が吹く

スタチュー
ロイミュード011の進化態。人間態はやせ細った30代後半くらいの男。東京で複数の女性を誘拐して彫像に変えるという事件を起こし、木組みの街で進化態プログラムを得てからガイストの次に進化を果たした。触れたものの材質を変化させる能力を持ち、シングルナンバーに近いこともあって戦闘力や地位は高い。進化に必要な感情は「収集欲」であり、彫像の名前の頭文字で50音を揃えようと犯行を重ねていた。口癖は「理解が足りない」。デザインモチーフは「彫刻家」「美術学芸員」。


さっきぶりです146です。エピローグなのでちゃちゃっと書いちゃいました。これにてラブライブクロス編は完結です。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


2018

 

 

過去での戦いを終えて2018年に戻るのはもはやお馴染みだが、その落差には未だ慣れずにいる。具体的に言えば、壮間たちは修学旅行の最中だったことなんてすっかり忘れていた。

 

帰ってきたのは一日目の夜で、戦いの余韻を引きずったまま二日目のプログラムに向かうことになってしまった。しかし歴史が変わった影響か少し日程に変化があり、壮間、香奈、ミカドの班は内浦に来ることができたのだった。

 

 

「浦の星、廃校になったんだ…」

 

「…みたいだな」

 

 

2018年の浦の星女学院に訪れた壮間と香奈は、歴史が変わる前と同じ風貌の浦の星を見て呟く。アナザーゴーストが関与しなくてもAqoursは奇跡を起こせなかった。

 

でも、形あるものはいつか失われる。世界のどこにも変わらないものは無くて、失ったものばかりを数えていては前に進めない。そう教わった。

 

少なくとも亡霊はもういない。Aqoursはこの過去を乗り越えて、思い出をここに仕舞って、それぞれの未来を歩んでいる。それでいいんだ。

 

 

 

「そういえば香奈。別れる前、スクールアイドルの人たちと何話してたんだ?」

 

「いやぁ…今思うと至福だったね。Aqoursとμ'sにA-RISEとSaint Snowだよ!?そりゃもう喋りたいこと盛りだくさんよ!ほんとに楽しかった!」

 

「最後までそのテンションだったのか…ブレないな」

 

「あの4グループのライブ。ソウマも見てないし、ミカドくんは興味無さそうだったし、観たのは私だけなんだよね。消えちゃった過去のアイドルを知ってるのは私だけ…うん、決めた!」

 

 

香奈は声を張ると浦の星を指さし、そして今度は天を指す。

消えた過去にも届くような、高らかな宣言を天に叫んだ。

 

 

「あんな素敵なライブ、私しか知らないなんてもったいない!だから私は私が見た全てを世界に届けたい!それで誰かの未来が明るくなるなら、それが私のできる事だと思うから!」

 

「…やっぱ凄いな香奈は。いい夢じゃんか」

 

「ちなみに方法は未定!」

 

「未定かよ。穂乃果さんたちみたいにアイドルでもすれば?」

 

「恐れ多いって。てか3年からラブライブ優勝は無理…いや希さんもこの時期加入だけど…そもそもウチの学校スクールアイドル部ないし!」

 

「しっかり優勝狙ってるのも流石だわ」

 

 

あれだけの事があって、それでも怖がらずに前だけを見る姿勢も流石だ。取り戻すことができて本当に良かったと安心する壮間に対し、香奈は天に向けた指を彼に向けた。

 

 

「それはそうとソウマ!」

 

「はいっ!?なんですか?」

 

「変わったよね。すごく。会った時ほんとに別人かと思ったもん」

 

「クラスの奴らには言われなかったんだけど…え、マジでそんなに変わってる?」

 

「そりゃ顔も違うし…オーラが。うん、オーラがまるで違う」

 

 

ふわふわした意見で参考にならない。しかし、壮間が大きく変わったのは確かだ。

 

2015年と2009年を跨いだ戦い。これまでの旅の中で最も深く、過酷な戦いだった。それを経て壮間は自分の非凡を自覚し、見える世界すらも変わったのだ。

 

 

「じゃあ改めて聞こうか!ソウマ、将来の目標は!?」

 

「最高最善の王」

 

「即答!前はちょっと間が開いてたけど、やっぱ変わったね!あとでその話じっくり聞かせてもらうから!それも世界に届けたいし!

 

あ、あと確認だけど。今回かなり危なかったから、次から私は居残りとか…そんなこと言わないよね!?」

 

 

ギクッと心臓が音を出し、思わず目を背けた。

それは壮間の頭にも浮かんだし、考えもした。そりゃ当然だ。守り切るにも限界がある。しかし……

 

 

「いや…お前も見たいんだろ、たくさんの物語を。だったら止めるなんて出来ない。それに……」

 

「それに?」

 

「俺はまだ自分が王になる姿をハッキリと想像できない。でも、これだけは見えるんだ。もし俺が王になったら、その隣には香奈がいる。それだけは想像できる」

 

 

主人公たちを受け継いで、乗り越えて、幾つもの出会いを越えて現代を生きる彼らの物語は続いて行く。

 

 

「そういえばミカドくんは?」

 

「迷子じゃね?アイツ方向音痴だし」

 

「あ、道理で教えてもらった道が違ったわけだ…」

 

 

_______________

 

 

壮間の失礼な想像は少し違い、ミカドは2人とは別の場所に来ていた。

そこは消えた2015年でモノリスが立っていた場所。もはやそこに結界もモノリスも存在するわけがなく、代わりに一つの大きい墓石が置いてあった。

 

 

「…何のためにここに来たんだ、俺は」

 

 

墓石に彫られた名前は「朝陽」。一族の墓というわけでもなさそうだ。彼は天涯孤独の身だったのだろうか。

 

しかし、どうやら誰かが定期的に来ているようで、妙に綺麗にされているし花も供えられていた。

 

 

「代わりに生きろ…だと?言われずともそのつもりだ。貴様に俺の生き方を決める権利なんて無い」

 

 

供える花も水も持ってない。代わりにミカドは、2015年にて気まぐれで撮った写真を取り出した。本来消えた過去の写真など存在するべきではない。あの時はどうかしていたと忘れる意味も込め、捨てるように墓石に置いた。

 

 

「これで礼は返したぞ。押しつけがましいのはお互い様だ」

 

 

ミカドが立ち去ってすぐのこと。すれ違うように別の人物がそこに訪れた。

静岡市の旅館で働いている彼女だったが、姉たちの都合が悪いというので休みを利用して内浦に戻ってこの墓を見に来たのだ。

 

 

「あれ?もしかして誰か来てた…?」

 

 

この墓が誰のものなのか詳しくは知らない。曾祖父の大切な友人が眠っているというので、代々墓石の面倒を見ているのだ。ただ、これだけ入念に大事にされているのだから、きっと優しい人だったのだろうと思う。

 

そんな人物の墓に用事がある人なんて、全く心当たりがない。

 

気にしながらいつものように軽く様子を確認して帰ろうとすると、吹き飛ばされそうだった一枚の写真に気付いた。

 

 

「わっとと…飛んじゃうとこだった。え、この写真…!?」

 

 

その写真は間違いなく高校時代のAqoursの写真だ。何かを成し遂げた後のような表情だが、撮った覚えどころかいつだったのかも記憶にない。

 

それに見覚えが無い人物も数人いる。顔つきの怖い男性と、中性的だが多分女性である人物。あとは誰より泣いている少女。

 

不思議そうに眺めていると、うっすら何かが見えた気がした。

空の部分にぼんやりと輝いた、笑う幽霊のような姿が。

 

 

「これって心霊写真!?みんなにも見せてあげなきゃ!」

 

 

驚きと喜びと好奇。その中に混ざった薄い懐かしさを不思議に思いつつ、千歌はその写真を鞄にしまうのだった。

 

 

_______________

 

 

 

修学旅行はそれ以上何事もなく終わった。

そうやって確かな変化を経て平穏に戻って来てから、数か月後のこと。

 

壮間は過去で交わした「約束」を果たそうとしていた。

 

 

「突然お呼びしてすいません。俺が日寺壮間です。あなたが…」

 

 

東京の街で待ち合わせの相手を探していた壮間。しかし、その時間は長くは続かなかった。遠目からでもすぐに分かったからだ。

 

ウェーブのかかった長髪で、草原に吹く風のような印象の綺麗な女性だった。その姿がいくら変わっていても見間違うはずがない。

 

 

「はい、始めまして。莉生(りお)といいます」

 

 

先の戦いで壮間を支え、激励してくれた完璧を目指す少女、アリオス。「そこにあった可能性を教えて欲しい」という梨子との約束を果たすため、壮間は彼女を探し、そして見つけたのだ。

 

 

 

「すいません、お待たせしました!」

 

「あ、いえいえ。それは…」

 

「タピオカというものらしいです!なんでも芋のデンプン質を練り上げたものを紅茶と共に飲むとか…面白いものを考えますよね!」

 

 

敬語&女性口調なのと厚底靴を履いて無い分目線が低いのが気になるが、目をキラキラさせて嬉しそうに未知に触れる姿は変わらないようだ。

 

この時間軸ではアリオスは眼魔に拾われることはなく、孤児として育ってきたらしい。彼女を見つけ出すために、それこそ探偵さえ雇ったくらいだ。あれこれしているうちに数か月も経ってしまった。

 

 

「それで日寺さん。今日はどのようなご用事で…?」

 

「ああ、そうですよね。不審に思ったと思うんですけど、ていうか今からもっと不審な話するんですけど…とりあえず一旦聞いて欲しいんです」

 

 

そういえば、現代の誰かに包み隠さず話すのは初めてだ。というか、そもそもあちらで会ったライダーと現代で会うこと自体が初めてか。

 

とにかく、壮間は2015年で経験した「もう一人の彼女」の全てを余さず伝えた。その事実を押し付けるのではなく、一つの可能性の提示として。ある物語を読み聞かせるように。

 

 

「別の人生を歩んだもう一人の私…ですか。異世界の王女…なかなかイカしますね。それに仮面のヒーローですか!いいですね、私憧れてたんです!」

 

「…気に入ってくれたようで何よりです」

 

 

お気に召したようで分かりやすくワクワク顔だった。世界の存亡やら戦争やらを背負わなければ、こうも無邪気というか感情豊かだったのだろうか。

 

 

「それでAqoursというスクールアイドルに、仮面ライダーの仲間たち…一人は幽霊でもう会えなくても、そうですね…会ってみたいです。そしたらもう少し、もう一人の私の気持ちが分かる気がします」

 

「そう言ってくれると思ってました。思い出せだなんて言わないし、あっちが正しいなんて全く思いません。それでも、1人でも多くの記憶に残ってくれれば…アリオスさんも喜んでくれると思うんです」

 

 

荒唐無稽な話もタピオカミルクティーと一緒に飲み込んで、思い出話という名の物語を交えて笑い合う。もっと時間があればアリオスや他の彼らのことももっと知れて伝えられたのに、それだけが壮間の悔いだった。

 

 

「私、スクールアイドルというものはよく知らないけど興味は出ました。休暇があれば静岡に行ってみたいと思います。どうです?ガイドとして日寺さんも」

 

「いや、俺は……」

 

「冗談ですよ。学生さんは忙しいでしょう?それに、そういうのは私の兄がうるさそうです」

 

「兄…ですか?」

 

「同じ孤児院で育っただけですけどね。そっか…私の知らない出会いがあって、私の知らない世界で、きっと辛いこともたくさんあったと思う。それでも……

 

この空は美しいと、もう一人の私も思っていたでしょうか」

 

 

雲一つない快晴を見上げ、莉生は思いを馳せて呟いた。

その横顔を見て壮間も思い出す。アリオスと一緒に行動していた時、暇さえあれば彼女は、この青い空を愛おしそうに眺めていたことを。

 

 

「あっはは…すいません、急に変なこと言っちゃって。空が好きなんです。どんなに辛かったり悲しかったりしても、空を美しいと思える限り生きていける。そう思ってて…」

 

「多分…好きだったと、愛してたと思いますよ。この空を、アリオスさんも」

 

 

会ってよかった。彼女の素顔をまた一つ知ることができたのだから。

壮間の約束は果たした。今日の事の礼を告げ、壮間は席を立とうとする。

 

そんな壮間に対し、莉生はいたずらっぽく笑って咳ばらいを一つ。

 

 

「しゃんとしろ!」

 

「っ…!?」

 

「ずっと応援しているぞ、壮間!」

 

 

振り返ると笑って手を振る莉生。その姿と声の中には、確かにアリオスがいた。

 

 

「どうでした?こんな感じで合ってますか?」

 

「えぇ…完璧でしたよ、莉生さん」

 

 

もう一度深くお辞儀をして、泣きそうな顔を隠す。

別れは辛い。繋いでいけると分かっていても、悲しいことは変わらない。

 

でも違ったんだ。何もかも消えたわけじゃない。生きてくれていることへの感謝というものが、壮間の胸の中を温かく満たした。

 

 

________________

 

 

 

壮間と別れ、今日はいい話を聞けたと嬉しそうな莉生。しかし、帰り道にいた鋭い目つきを見つけて顔をしかめた。

 

 

「…おい莉生、さっきの男はどうした。何の用件だったんだ」

 

「やっぱり来てた…別にちょっと思い出話しただけだから。心配性なんですよアラシ兄さんは」

 

 

この時代のアリオスの名前は「切風莉生」。莉生が「兄さん」と呼ぶ彼は、2018年の切風アラシだった。

 

2人とも捨て子であり、ある男に拾われて兄妹となったのだ。

 

 

「暇なんです?なんでしたっけ、何でも屋みたいな事やってるんでしょ?」

 

「暇で悪かったな。かれこれ一か月は依頼無しだ。アイツがホームページやらなんとかアカウント作るっていうからもっと知名度上がると思ってたんだが…」

 

「アイツ…あぁ、あの人ですか。警察からスカウト来るくらいの天才なのに、ずっと蹴って兄さんと仕事してるっていう…でもほら、ホームページなんてやってませんよ。SNSもこの通り」

 

「はぁ!?んの野郎…途中で面倒くさくなってやめやがったな!」

 

「自分で確認とかすればいいのに…って機械音痴だったそういえば」

 

 

その仕事仲間に怒りを噴火させるアラシ。そんな彼を呆れた様子で見ていた莉生だったが、そこで少し思い付いた話を持ち掛けた。

 

 

「そうだ。どうせ暇なら一緒に静岡行きません?どうせなら姉さんや父さんも一緒に」

 

「静岡?なんでまた」

 

「Aqoursっていうスクールアイドルに会ってみたいんです」

 

「あ?お前アイドルとか好きだったのか?」

 

「いえ別に。今日知りました」

「なんだそりゃ」

 

「じゃあ一緒に詳しくなればいいじゃないですか。ほら、これがAqoursで…」

 

「…?こりゃなんて読むんだ?u…」

 

「ミューズ…じゃないですかね」

「あぁ石鹸か」

「違うと思いますよ」

 

 

_______________

 

 

 

「かくして、我が王はこの最大の試練を乗り越えてみせたのだった。新たに2つ受け継いでこれで5つ目…我が王の成長は著しく、嬉しい限りです。

 

おっと、私としたことが。物語の大切な1ページを読み忘れるところでした」

 

 

預言者ウィルは閉じかけた本を再び開き、ページを遡った。

それは2009年の歴史が消える直前のこと。仮面ライダーダブル サイクロンジョーカーエクストリームがアナザー電王こと令央を打ち倒した場所で起こった一幕。

 

 

あの戦いの爆発で、ソレは砂に埋もれて隠されていた。

赤角の怪人が描かれた黒いウォッチ───アナザー電王ウォッチは形を保ったまま存在しており、誰もいなくなった後に現れた『彼』がそれを拾い上げる。

 

 

「待つんだ。それを私に渡してもらおうか。君は何者だ?」

 

 

それを咎めたのはウィル。アナザー電王ウォッチを拾ったボーダーシャツの青年は、軽快なステップを刻むとウォッチを空に投げ上げる。

 

再び手元に戻ったその時、アナザー電王ウォッチの色が変化し、白と赤の『電王ライドウォッチ』になった。

 

 

「食料、金、君という存在だ」

 

「何の話かな?」

 

「さっきの3つの要求に対する対価さ。驚いたものさ、初対面の僕に対して要求ばかりとはとんだ欲張りだ。まぁ嫌いじゃないから僕も君が欲しいと思った次第だけどね」

 

 

突然ペラペラと喋り出す青年に、ウィルは警戒を強めた。

ミカドもそうだったが、ウィルは彼を知らない。預言者の意識外から侵入した『介入者』に違いない。

 

 

「仲間になれということかな?それなら断ろう。私には既に主君がいるのでね」

 

「それは失礼。その忠誠の美学に敬意を示し、そうだな…最後の要求には応じよう。僕はそう…悪役(ヒール)

 

 

足元で小さな爆発が幾つも起こり、青年は姿を消した。

悪役。そう名乗った青年が物語にどんな波を生み出すのか。それは誰にも分からない。

 

 

____________

 

 

 

「絶対に逃がすな!必ず奴を討伐するぞ!」

 

 

真っ白な隊服を着た人間たちが、何かを追って夜の東京を駆け抜ける。

 

その手に持つのは『アタッシュケース』。何が入っているのかは定かではないが、少なくとも()()()()()()だというのは、彼らの顔を見ればわかる。

 

 

血の匂いがする。何かが焦げる炎の匂いと共に。

 

 

幾つもの死体と灰の山に囲まれて、蒼い炎がその姿を映し出す。

 

 

「Sレートオルフェノク、『ファイズ』を駆逐する!」

 

 

街の光に群がる蛾、そこに混じった美しいモルフォ蝶。

知らない者でも知る者でも、それは等しく虫けらに過ぎない。

 

この世界は間違っている。歪めているのは───

 

 

 

NEXT>>2003

 

 

 

__________

 

 

次回予告

 

 

「ヒトを食糧として狩る存在、それが“喰種”」

「喰種という種が大きな行動を起こす前兆だと、私は思うけどね」

 

人を喰らう存在、喰種。その世界に踏み込むのは…ミカド。

 

「あれがファイズか。ウォッチは俺一人で手に入れる」

 

彼は迷い込んだその世界で、何を見る───

 

「だめですよ~。これからとっても危ないお祭りなのです」

「トレッッビアンッ!!ムッシュ・ファイズの謝肉祭に、是非とも君を招待しようッ!」

「ようこそ僕の宴へ。みなさん手を合わせてぇっ……!」

 

歪んだ世界。狂った世界。もつれた糸の根元は2003年に。

 

「君にはどう見える?喰種のこと」

「あれは……オルフェノク…ッ…!?」

「人間、喰種、オルフェノク…一体誰なら生きていいんだろうな」

 

 

次回「アンビバレンツ2068」

 

 




やっと終わった…(毎回言ってるなこれ)、個人的にはくろすとの一つの目標を書き終えて満足です。楽しかったです。

次回のクロスは一気に雰囲気が殺伐とします。マジでガラッと雰囲気変わると思います。ついて来てください。


高評価、感想、お気に入り登録お願いしまっす!


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ジオウくろすと補完計画 12.5話「ラブダブルもよろしく」

21歳になりまして、度近亭心恋さまから今年も誕生日プレゼントとして三次小説を頂いてしまいました。今回はごちうさ×ドライブ編の過去編を書いてくれました。感謝です。
https://syosetu.org/novel/229517/

また、ラブライブ(虹ヶ咲)×仮面ライダーゼロワンも書いておられますのでそちらもどうか。めっっっっちゃ面白いです。1000%よろしくお願いします。
https://syosetu.org/novel/247349/


 

ウィル「祝え!我が王が主人公として覚醒した瞬間である!」

 

壮間「そうだ!俺が主人公!俺の想像力で王への道を駆け上がる!」

 

ウィル「もはや我が王に敵なし!」

 

壮間「俺最強!俺主人公!」

 

ウィル・壮間「イエーイ!!」

 

 

ミカド「やかましい!」

 

 

切風探偵事務所ではしゃぐ壮間とウィルに、台本を持ったミカドが遂にキレた。

 

 

ミカド「さっきから何だ!?やれ主人公だやれ覚醒だパワーアップだ…当てつけか!?出番が少ない上に成り行きでゴーストを継承した俺への当てつけだろう!そうなんだろ!」

 

香奈「ミカドくんはいいじゃんか!問題は私!一応私のメインエピソードも兼ねてたはずなのに、蓋を開ければダブル編での出番最後の方でちょっとだったし!誰あのアリオスとかいう泥棒猫!私はヒロインだぞ!!」

 

永斗「そうそう分かるよ。ラブダブルで僕の掘り下げ回だった“F編”も、僕の出番ホントに少なかったしね…過去編に至っちゃ放置されっぱなしよ?」

 

 

不満を撒き散らすミカド、香奈にいつの間にやら仮面ライダーダブルの右側担当、士門永斗が参戦していた。左側担当の切風アラシもいる。

 

 

ウィル「君たちが今回のレジェンドというわけだね」

 

アラシ「そうみてぇだな。壮間の成長に浮かれるのもいいが、俺が来たからにはここ最近みたいな品の無い補完は許さねぇぞ。ちゃんとするんだ」

 

壮間「なんか、やっとまともな事を言ってくれるレジェンドが来た気がする…」

 

永斗「アラシはラブダブルの方でもツッコミ役だからねー。その顔でも一応常識人として通ってるからさ」

 

香奈「はいはーい!さっきから言ってる“ラブダブル”って…なんですか!?」

 

アラシ「そうだな…ちょうどいい。今回はそいつを補完して、俺らの戦いを雑に振り返るとするか」

 

 

「ラブダブル!~女神と運命のガイアメモリ~」

作者が同時に連載している作品であり、ラブライブ(無印)×仮面ライダーダブルのクロスオーバー小説である。

 

 

ウィル「今回のダブル編はその作品とのセルフクロスオーバーというわけさ。しかし…」

 

アラシ「ぶっちゃけダブル編するからってラブダブル読もう!とはあんまなんねぇだろ。現時点でほぼ70話、合計文字数80万字超えだぞ?その量で許されるのはジャンプ漫画くらいだ」

 

ミカド「普通の感性ならば読む気も失せるだろうな」

 

永斗「でも今回のダブル編、本編読んでる前提の描写とか台詞とかモリモリだったわけね。その辺を解説しようっていう企画となっています」

 

アラシ「どう考えても全部終わった後でやる内容じゃねぇけどな…」

 

ウィル「この企画に応じ、私がこんなものを用意した。ダブル編において『?』となる要素を詰め合わせた箱だ。姫君、ここから一枚抜き取ってくれたまえ」

 

壮間「準備いいな…てか何だよその形。人型?誰?」

アラシ「知らねぇよ」

 

 

香奈が箱にズボっと手を突っ込み、取り出した紙に書いてあったのは…

『切風アラシって名前で左側なのなんで?』

 

 

壮間「名前が風風してるのに切札だからな…確かに変」

 

ウィル「ちなみに作者が友人に本当にされた質問らしい」

 

永斗「僕らの名前はなんでか知らないけど歴代ライダーから取られてて、アラシは切札&疾風に鳴海探偵事務所の亜樹子、来人(フィリップ)、翔太郎の頭文字から取られてるからこうなったらしいよ」

 

アラシ「当初は去年活動休止した某アイドルグループから取られてるとか、永斗も関西のアイドルグループから取られてるとか言われてたけどな」

 

ウィル「メタ的な話だと、ラブダブルの構想をしてた作者は当時中学生だったから、あまりそこら辺が気にならなかったんじゃないかな」

 

壮間「しっかりしろ作者」

 

 

『メモリ音声がカタカナなのなんで?』

 

 

ミカド「英語の方が締まるだろう。何故カタカナなんだ?ドライブは英語なのに」

 

ウィル「作者が英語苦手で、いちいちスペルを調べるのが面倒だったらしい。そこから変えるに変えれなくなったとか」

 

アラシ「しっかりしろ作者」

 

 

『オリジナルドーパントってなに?』

 

 

香奈「ウィンターとかリザードとかだよね?あれ作者以外が考えてたの?」

 

永斗「ラブダブルの方じゃ、活動報告でオリジナルドーパント案を募集してるんだよね。完結までに集まっても10数件だろと見積もってたらえげつない数が来て、消費しきれないからくろすとにも出したってことでしょ」

 

ウィル「ちなみに毎度ドーパント案の返信を半年くらい放置するらしい」

 

壮間・アラシ「しっかりしろ作者ァ!」

 

 

オリジナルドーパント案いつも本当にありがとうございます。もちろん全てに目を通させてもらってますが、返信するとなると滞ってる執筆優先したい気持ちが強く出てしまい中々返信できませんでした。大変申し訳ありませんでした。(作者)

 

 

壮間「現状作者がダメダメな話しか出て来てないけど大丈夫か!?」

 

アラシ「大丈夫なわけねぇだろ。話題変更だ!おいその箱貸せ自称ヒロイン!」

 

香奈「いーやーだー!私がやりたい!」

 

 

子供みたいに駄々をこねる香奈から箱を取り上げ蓋を引っぺがすと、中身を全部机にぶちまけて箱を放り捨てた。ランダムなんてまどろっこしい事をしない効率厨アラシ。早くも企画倒れ。

 

 

アラシ「よしじゃあこれだ。『2015年のニューヨークにいた男女は誰?』」

 

壮間「あー、俺をカツアゲから助けてくれた人たちか。モブって感じしなかったけど」

 

アラシ「あいつらは俺たちの敵組織のエージェント部隊の奴らだ。男の方がNo4『ラピッド』、女の方がNo5『ルーズレス』。それぞれドーパントとして絵里加入くらいのときのバトった奴らだな」

 

ミカド「怪人というわけか。ならば絶殺あるのみだ」

 

永斗「それが彼ら『憤怒』の部隊は完全悪人ってわけじゃなくてね。その後も何かと揉めたり時には協力したりと、なんかライバル的ポジションに収まってたよ。2015年で真姫ちゃんが電話してた岸戸っていう医者も、憤怒のNo3『ハイド』だし」

 

アラシ「ちなみに壮間とアリオスが会った嘉神って記者も俺らの知り合いだ。探偵部への悪徳情報提供者で認識は間違いねぇ」

 

永斗「アラシと旧知らしいけど詳しい事はまだ不明だねー」

 

 

ラピッド、ルーズレス初登場は『Tが来た』。ハイド初登場は『怠惰なるF』。嘉神初登場は『Pは牙を剥く』。彼らとの共闘は『Hの審判』を参照。

 

 

ミカド「それよりも『憤怒』とはなんだ?キリスト教に伝わる七つの大罪、その一つに聞こえたが」

 

ウィル「この本によれば…ラブダブルにおける敵組織の大幹部は七人。それぞれ七つの大罪を冠しているという。『罪』というワードもダブルにおいては重要だからね」

 

 

七幹部『憤怒』、コードネーム『ゼロ』。

組織最強の戦士でエージェント部隊『憤怒』を率いる謎の男。初登場は3話で意味深に重機の上からダブルを見ていたが、理由は不明だし多分無い。現在部下に暗殺されて退場中。

 

七幹部『傲慢』、朱月王我。

若くして暴力団“朱月組”の組長の座に座る青年。飄々としているが本性は自分以外の全てを一切厭わない戦闘狂。使うメモリは『ゲート』。ワームやインベスなど異世界の怪人を従える。現時点で劇中殺人数ナンバー1。初登場は13話。

 

七幹部『暴食』、正体は不明。

音ノ木坂に生徒として潜伏しており、街にメモリをばら撒く張本人。犯罪シンジケート『悪食』の管理人。使用メモリは『キメラ』で、ドーパントを食べてその能力を吸収する。現状作中最大のド外道。その詳細は54話にて。

 

 

永斗「ちなみに怠惰は僕ね」

 

壮間「気になる情報に気になる情報を畳み掛けないでください…!メモリ作ってたとは聞いてましたけど…」

 

ウィル「嫉妬は暗殺者たちを束ねる老いた男性だが、詳しくは明らかになってない。強欲と色欲に関してはほとんど不明だが…今回登場した火兎ナギが『色欲』との関連性を示唆されている」

 

香奈「ゲッ…あのエロアイドル」

 

アラシ「他には『憂鬱』のエルバなんてヤツもいるな。昔、異世界に追放された大幹部だが…それはこのトピックに合わせるか」

 

 

『μ'sがAqoursを知ってたのなんで?』

 

 

壮間「アラシさん、ジオウを見た時とか事情聴いたときのリアクションが、なんか慣れてた感じしたんですよね」

 

アラシ「そりゃ前に未来の異世界から来たソニックっていう仮面ライダーがいやがったからな。そいつらがAqoursとつるんでて、穂乃果たちはそいつからAqoursを聞いたんだ。俺は会ってるしな」

 

永斗「詳しい話は現在進行中の仮面ライダーソニックコラボ編をよろしく。憂鬱のエルバもそこで出てるよ」

 

 

『瞬樹って誰?』

 

 

アラシ「中二病患者」

永斗「自分のことを竜騎士と信じてやまない一般男性」

 

ミカド「何も伝わってこんぞ。そいつも仮面ライダーか?ならば殺す」

 

瞬樹「フッ…呼んだか我が見習騎士たちよ」

 

香奈「なんか出た!?」

アラシ「帰れ中二病!」

 

瞬樹「出てきただけで!?」

 

 

そんな感じで登場。ラブダブルにおける2号ライダー、仮面ライダーエデンの津島瞬樹です。

 

 

瞬樹「天界への呼びかけに馳せ参じ、天より出でて地上に君臨した神聖なる天竜騎士シュバルツ君臨……!」

 

香奈「苗字が津島ですけど善子さんとは何か関係あるんですか!」

ミカド「そもそもダブルの2号ライダーはアクセルのはずだ」

ウィル「この本によれば、仮面ライダーエデンとは劇場版仮面ライダーゼロワンREAL×TIMEに登場した敵ライダーのはずだが…」

 

瞬樹「ヨハネは我が血を分けた愛しき眷属だ。今回の戦い、俺は懐かしき故郷…則ち天界に帰郷していたため参加できなかったが…未来からの翡翠に使者と共にカタストロフな新世界に秘宝を奪い取りに行くという使命は完遂した」

(訳:善子は私の妹です。私はこの戦いの間、沼津に帰っていました。アリオスと一緒に眼魔世界に行ってシェークスピア眼魂を取りに行くのに協力しました)

 

 

アラシ「アクセル…赤嶺の野郎が出てきたのは大分遅かったし、本編じゃまだ対面すらしてねぇ。エデンが出た時は多方から『アクセルはよ?』ってツッコまれたもんだ」

 

永斗「アクセルは序盤に出すと強すぎるし、物語の折り返しくらいじゃないと持て余すって判断したんだろうね。でも考えたのは高校生だからダブルの世界観じゃ名前も設定も浮いちゃったんだけど…」

 

壮間「その結果、ゼロワン劇場版と被った…ってわけですか」

 

ウィル「名前が被ることは本家でもあることさ。例えば仮面ライダーアークと仮面ライダーアークゼロ、及びアークワン。雑誌『宇宙船』で描かれた龍騎の仮面ライダーブレイドと仮面ライダー剣。仮面ライダーセイヴァーとセイバー。闘鬼と凍鬼なんて同シリーズで読みが被っている」

 

アラシ「そもそも被ったからなんだ。馬鹿不運ボッチ中二病と伊藤英明だぞ?格が比べるまでもねぇ。何をどう考えたってパチモンはこっちだ分を弁えろ」

 

瞬樹「パチモンじゃない!唯一無二の竜騎士だ!」

壮間「竜騎士もセイバーと被ってません…?」

瞬樹「“剣士”と“騎士”は別なの!!」

 

 

『アラシが言ってたクソ親父って誰のこと?』

 

 

アラシ「クソ親父はクソ親父だ」

 

永斗「説明しようよ…」

 

 

切風空助

アラシの育て親にして探偵事務所創設者。ダブルドライバーやロストドライバーといったダブルの戦力の開発者でもあり、戦闘力も高いという、あらゆる分野においての天才である。劇中ではなんらかの事件で既に死亡している。詳しくは永斗過去編で。

 

 

壮間「天介さんに名前似てますね」

 

永斗「モチーフというかコンセプト同じらしいからね。くーさんの方は天介くんより余裕綽々というか、掴みどころのない感じだけど。CV神谷浩史さんのイメージ?他にも僕らの物語にはとにかくオリキャラが多くて、瞬樹の相棒の性別不明ドSや、真姫ちゃんのシスコン兄貴や、侍、社畜、偏向報道ジャーナリストなどなどより取り見取り」

 

ミカド「カオスだな」

 

永斗「あんま長々もアレだし、次最後にしようか。最後なんか気になることある?」

 

壮間「あ、それなら。やっぱこれじゃないですかね」

 

 

壮間が選んだ紙は、本編でも気になっていたこと。

『永斗が不死身なのは何故?』

 

 

永斗「不変ね。不死身じゃないくて不変。僕の体はこれ以上変化しないのよ。背が伸びないけど爪も髪も伸びないから楽だよ」

 

アラシ「それは永斗が『メモリと一体化したから』だな。俺たちが使うメモリには種類があって、普通のガイアメモリ、ドーパントメモリ、そんで『オリジンメモリ』だ」

 

香奈「オリジン…?あー外国人みたいな!オリ人!」

 

ミカド「起源という意味の英単語だ」

 

永斗「地球の意志が26に分離して地表に出たもの、それがオリジンメモリ。敵組織の狙いはそれを26本全て揃えること。それぞれが自我を持っていて、人類の中から適合者を選ぶんだ。僕はその中の“F”に選ばれた」

 

 

オリジンメモリは“J”がジョーカー、“C”がサイクロン、“A”がアクセル、“E”がエターナル、“F”がファング。他にも“D”ドラゴン、“O”オーシャン、“L”ライトニング、“R”リズム、“B”ブレッシング、“H”ヘブン、“K”キル、“S”スラッシュが既に登場している。

 

 

ウィル「ダブル劇場版のT2メモリを意識した設定だね」

 

永斗「オリジンメモリは地球の意志だから死の概念は無い。もしそんなオリジンメモリと融合してしまえば…その体は悠久の時を生きるのに適した体に修正されるってわけよ」

 

壮間「でもなんで融合なんて…」

 

永斗「話すと長くなるし、ラブダブルの『怠惰なるF』~『終幕はX』を読んでね!」

 

壮間「今回そのパターン多いですね」

 

アラシ「結局のとこ俺らの物語を見て欲しいからな。覚えててくれるのがお前らだけってのも別に構わねぇが、多いに越した事はない」

 

 

各々が台本を閉じる。

久々にちゃんとした補完をした補完計画は、こうして無事に終わった。

 

しかし壮間は想像できてしまった。アラシと永斗が何かを隠したまま終わろうとしていたことを。

 

アラシが捨てた謎に人型をした箱の中を覗くと、疑問紙が一枚だけ残されていた。

 

 

『ラブライブ要素少なすぎじゃない?』

 

 

壮間はそれを見てそっと箱に戻し、箱を物陰に隠した。

まぁ、この箱───『かすみんBOX』がラブライブ要素ということで、ここはどうかひとつ……

 

 

to be continue…

 

 




没案としてμ'sVSAqoursVSジオウ陣営のお仕事五番勝負がありまして、生け花対決でジオウ陣営が助っ人として海賊の格好でタンバリン持ったシオリコヒスイイロツイカーを召喚してました。気の迷いなので没にして正解だったと思います。


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EP13 アンビバレンツ2068
巣と卵


アナザーゴースト
2015年の桜内梨子が、火兎ナギの思念を持ったウォッチで変身したアナザーライダー。改変された歴史では浦の星女学院の元生徒たちの魂を集め、過去の浦の星を再現していた。
幽霊らしく浮遊、壁抜けなどが可能で、他人の魂を操ったり結界術を使ったりと超自然的な霊能力も備えている。変身者の深層心理の望みに従って動く亡霊だが、望みが叶っていくにつれ成仏するように自我が薄れ、火兎ナギが変身者の体を乗っ取るという仕組みだった。一定条件で撃破しない限り、何度でも蘇る。


夏休みとバイトが始まった146です。今回から東京喰種×ファイズ編、始まります。
一応注意。東京喰種という作品は調べれば出ますが、それなりにグロです。当然そういった描写も出てきますので苦手な方はご注意ください。

…とは言いましたがそこまで表現する文章力は無いので、割と安心して読んでいただければ。今回はファイズ要素ほぼなしです。

今回も「ここすき」よろしくお願いします!
あとアンケートもよろしくお願いします!




『慣れた、疲れた、いつもの場所に背をもたれる』

『もしも穴が開いたら目を開けて』

『あぁ、愛しい隣人がこちらを見てる』

 

 

「……おっと失礼、私としたことが。少し読書に耽っていたようです。

気を改め…この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。2015年と2009年、2つの時代で試練を乗り越えゴーストとダブルの力を継承するとともに、我が王は己の才能を自覚し、主人公として遂に目覚めるのだった。我が王の成長は著しい、もはや焦る必要もないでしょう」

 

 

ウィルが再び読書に戻る。その本の作者の名を見て、彼は興味深そうに笑いを含めた呼吸を吐き出す。

 

 

「…なるほど。しかし、運命とは思惑など聞いてはくれないようです。

それは紛れもない王の物語にして、“悲劇”。その主人公になるのは───」

 

 

___________

 

 

長かった2つの時代の戦いが終わり、壮間は仮面ライダーとして、『主人公』として、奇跡とも言える歩幅で大きく成長した。継承したライダーの力はこれで5つ。

 

あの修学旅行を終えた後は、拍子抜けするほど平和な日々が訪れた。

何も無かったとまでは言わないが、これまでのようなスパンで騒動が起きることもなく、タイムスリップやどこにでも出る預言者ともご無沙汰に。

 

そうして壮間たちは、平和に夏休みを迎えた。

 

 

「俺は免許を取る」

 

 

夏休み前の学校が終わり、帰宅の直前に壮間が香奈にそう宣言した。

 

 

「あ…そう」

 

「バイクの。やっぱこれから戦っていくのに、出来ることって多い方がいいと思うんだよ。特にバイクに乗れたら色々と便利だろ?折角バイクあるんだしさ」

 

「うん、頑張れ」

 

 

香奈の反応が想った以上にそっけなく、壮間の覚悟が一瞬で風に吹かれて飛んで行った。香奈も香奈で夏休みにダンス部の引退ステージがあり、精神状態がそれどころではないのだ。

 

 

「ミカド、俺はバイクの…」

 

「聞いた。興味がない。勝手にしろ」

 

 

今度は三言で会話が終了。壮間は「俺、主人公…」と呟きながら鞄を背負って一人で帰宅した。壮間の夏休みは幸先最悪で始まったようだ。

 

一方で壮間をスルーしたミカドも、単に壮間が気に食わないのが理由ではない。

2005年、2015年と無力感を味わわされ、壮間の思う通りに動かされた挙句にダブルの力も取られてしまったのだ。

 

 

「俺がこの時代に来て、何を成し遂げた…!?これ以上不覚を取るわけにはいかないんだ…!」

 

 

しかし挽回しようにもアナザーライダーは音沙汰もない。極めつけには、2009年から帰還した壮間との間に感じた、漠然とした『差』。早い話、ミカドは焦っている。このままでは未来を変える前に、壮間に蹴落とされて消えてしまう。

 

 

「俺があんな奴に……そんなこと、あっていいわけが無い!」

 

 

ミカドの夏休みに安息は無い。その目は常に、まだ頭角を現さぬ敵を探っていた。

 

 

_____________

 

 

 

この時代の夏はいくらか過ごしやすい。現代人にとっては十分に悲鳴を上げる暑さでも、温暖化の進んだ世界で生きるミカドにとっては涼しいものだ。

 

夏休みが始まって早数日が経過した。昼夜問わずにアナザーライダーを探しているが、手掛かりは見えない。難航していると、ミカドにドライバーとウォッチを渡した『あの男』の言葉を思い出す。

 

 

『王の資格を持つ者は惹かれ合う。過去ではただ座していればいい』

 

 

その結果が今の状況だというなら焦りもする。あの男の言葉をどこまで信じていいのか、ミカドには計りかねていた。

 

 

「いくらこの時代の人口が集中しているとはいえ、東京都に何体のアナザーライダーがいるのか…そもそもアナザードライブもアナザーゴーストも他所で遭遇したんだ。もう少し調査の範囲を広げるか……」

 

 

作戦を呟きながら、ミカドは熱々の鉄板の上のハンバーグを切り分け、口に運んだ。

 

 

「…美味いな」

 

 

焦っていたはずのミカドも思わず感動の声を漏らす。

腹ごなしでミカドが訪れたのは「ビッグガール」という名のレストランチェーン店。アメリカ発というだけあってステーキやハンバーグが有名らしく、試しに頼んでみたら大当たりだ。

 

フォークやナイフからも伝わる上等な肉質。いざ食べてみると口の中で暴れる熱気と肉汁、スパイスの香りが火花を散らし、胃袋に到達する頃には得も言われぬ満足感が脳髄に反響する。

 

これほどの肉がレジスタンスに出回ることはまずない。ミカドの時代でこれを食べようとすれば人の命が関わって来るだろう。それが最も安価な紙幣一枚分強だというのだから、全くいい時代だ。

 

 

「これが食えるなら飢えて死ぬ者もいなくなる。ライダーを殺し、あの王を殺し…俺たちの時代をそんな未来に変えてみせる。必ずだ」

 

 

肉と共に決意の言葉を噛んで飲み込み、ドリンクバーのコーヒーも一緒に飲み干すと、鉄板を見つめたまま意識を背後に向けた。

 

 

(……視線を感じる。殺気…ではないが、少し妙だな)

 

 

ここ最近、たまにこうして見られている感覚に陥ることがある。恐らく視線の発信源は同一人物。その誰かが、執念深くミカドを観察している。

 

敵意は感じないから長らく無視していたが、食事のひと時を邪魔されるというなら話は別だ。

 

ミカドは皿に残った米とハンバーグを平らげると、後ろをチラリと向いて気付いた素振りを見せ、足早に会計に向かった。手早く会計を済ませた直後、ミカドがレストランから見えなくなる前に客が1人席を立った。追って来る。

 

速度を抑え、巻かない程度に足を速める。尾行させる。人の気配が少ない区域に足を踏み入れた瞬間、

 

 

「何者だ貴様。俺に何の用だ?」

 

 

見えない追跡者にミカドは問いかけた。

返答は聞こえない。代わりに聞こえてきたのは、パシャリという音。シャッター音だった。

 

 

「うーん、イマイチ」

 

 

デジタル一眼レフカメラを下ろし、残念そうに肩を落とす追跡者の姿を見て、拍子抜けと驚きが立て続けにミカドに倒れ掛かる。

 

そこにいたのはちんまりとした小柄な少女。可愛らしいという表現とは少し異なり、小学生ほどに見える様を表すなら「幼い」が最も妥当だろう。

 

 

「質問に答えろ子供。なぜ俺を尾けてきた?子供の悪戯だというなら、素直に謝れば許してやる」

 

「私27だよ」

 

「嘘まで吐くとは見下げた餓鬼だな……何……!?」

 

 

呆れて詰め寄るミカドに、その自称27の少女は一枚の写真を見せる。それを見たミカドは思わず言葉を失った。その写真は、仮面ライダーゲイツと仮面ライダージオウの写真だったのだ。

 

 

「この赤い方、君だよね?半月くらい前に撮れたんだ」

 

 

半月くらい前、というと心当たりはある。というか、この時代での戦いのほとんどが時間修正で歴史から消えている以上、変身後の姿を見られたとしたらそれしかない。

 

 

_______________

 

 

2週間前

 

 

「ようやくお出ましか、アナザーライダー!」

 

「アイツ、人を…!行くぞミカド!」

 

「命令するな!」

 

 

騒ぎを聞きつけた壮間とミカド。彼らが見たのは、()()()()()男性から紫の宝石を取り出す、濁った赤色の石で構成されたようなアナザーライダー。

 

ボロボロのマントに刻まれた名は『WIZARD』。

 

 

「アナザーウィザードか!俺が叩き潰す!変身!」

 

「おいミカド落ち着けって…あぁもう!変身!」

 

 

壮間とミカドはそれぞれすぐさま仮面ライダーへと変身し、アナザーウィザードに攻撃を仕掛ける。しかし、アナザーウィザードは戦う気が無いのか飄々と躱し続ける。

 

 

「コイツ…ちょこまかと!」

 

《ブリザード》

 

「ッ…!?」

 

 

正面から突撃するゲイツに対し、アナザーウィザードは左手の指輪を腰にかざす。すると、ゲイツとアナザーウィザードの間で激しい冷風が吹き抜け、ゲイツの体が凍り付いてしまった。

 

 

《グラビティ》

 

「…!動けない……コイツ、もしかしてかなり強い…!」

 

 

今度は見えない重力波がジオウを壁に押さえつける。

アナザーウィザードの能力は、名前から察するに『魔法』だというのはジオウ、ゲイツともに分かっていた。しかし、その出力と多彩さはいざ敵にすると余りに脅威。

 

 

「ここまでだ」

 

《ライト》

 

 

眩い光が視界を奪い、次の瞬間にはアナザーウィザードは姿を消していた。

その短い戦闘以外アナザーウィザードが尻尾を出すことはなく、手掛かりも得られないままだった。

 

ただ、その戦いの最中にシャッターが切られていたことなど、気付くはずもなかったのだ。

 

_______________

 

 

「…まさかあの戦いに目撃者がいたとはな。人が襲われているのに悠長にカメラとは…命知らずはどの時代にもいるものか」

 

「私はただ、面白そうなものが撮れそうだったからちょっと見てただけ。別に命知らずじゃないよ。死にたくないし。で、あれ何?あの赤いの喰種っぽくなかったし、君も捜査官じゃないよね?」

 

「グール…捜査官…だと?」

 

「…もしかして知らないの?へー、そんな人もいるんだね」

 

 

少女はもう一度ミカドにシャッターを切るが、どうも納得いかないようで不満そうに写真を消す。

 

 

「君って、なんか存在からスクープ臭がするんだよね。だからしばらく見てたんだけど、やっぱりなんかピンと来ないんだー」

 

「盗撮犯の心理など知るか。それで、あの写真で俺を強請ろうとしているなら見当違いだ。いくら子供でも悪人というなら俺は手を上げるぞ」

 

「だから27だって。別に強請ろうとかそういうのじゃなくて、君からはもっと面白い写真が撮れる!ってそう思うんだ」

 

 

話が見えてこない。結局、この少女の目的はなんなのか。

それを考えようとしていた時、少女の方からミカドに話を切りだした。

 

 

「何か探してるんでしょ?しばらく見てたから分かるよ。

あの赤いやつのことは知らないけど、『あれと似てるっぽいやつ』のことなら、少しだけ知ってるかも」

 

「なんだと!?」

 

「おっ、食いついた」

 

 

ミカドが探し回っても手に入らなかったアナザーライダーの手掛かり。こんな少女が知っているとは考えにくいが、ピンポイントでゲイツの写真を撮るあたり幸運に関しては侮れないものがある。

 

 

「その話、詳しく教えろ」

 

「その代わりに近くで写真を撮らせてよ。これでも情報売って生活してるんだから無料は困るし」

 

「好きにすればいい」

 

 

ミカドは話に乗ることに決めた。足踏みしているよりはマシなはずだ。

少女は小さくガッツポーズすると、名刺代わりにと運転免許証を取り出す。

 

 

「貴様…本当に27歳なのか。掘ちえ、27歳…信じられん」

 

「だからそう言ってんじゃん。あ、あと“ホリチエ”でいいよミカド君」

 

 

盗撮するくらいだ、名前が知られていても驚かない。

免許証を仕舞うとホリチエが「ついて来て」と言うので、早速かとミカドも身構えてそれを追う。

 

 

______________

 

 

しかし、連れてこられたのは喫茶店だった。

苛立つミカドを前に、ホリチエはパソコンを開いて何やら作業をしながらパフェを食べている。しかも27歳の淑女というには、ガツガツとした下品な食べ方で。

 

 

「貴様…さっきレストランにいただろう!まだ食うのか!」

 

「デザート食べる前にミカド君が出て行っちゃうからじゃん」

 

「尾行中に呑気にデザートまで食う奴があるか」

 

「次パンケーキ頼も。あとカルピス」

 

「まだ食うのか!?」

 

 

どうやら情報料の一環としてお代はミカドが持つことになっているらしい。ミカドも本日二杯目のコーヒーを口に含み、少しでも気分を和らげようとしていた。

 

 

「コーヒー好きなんだ。さっきも飲んでたし」

 

「…嫌いではない」

 

 

コーヒーを飲むミカドをまたしてもレンズに収めるホリチエ。今時店内で写真を撮るのは珍しくないが、一眼レフとなると流石に目立つ。しかし、やはりお気に召さなかったようだ。

 

 

「そう勝手にパシャパシャ撮るのなら少しは教えろ。貴様はアナザーライダーの何を知っている」

 

「アナザーライダーっていうんだ、アレ。ちょっと待ってホットケーキ食べちゃうから」

 

 

小さいのによく食べるものだ。なんだかホリチエが餌にがっつく齧歯類に見えてきた。

 

綺麗に皿の上とコップの中身を平らげると、満腹になったようで少し深めに息を吐いた。ようやく話に入ってくれるようだ。

 

 

「ミカド君はカラスの死骸って見たことある?」

 

「…なに?」

 

「スズメとかは結構道に落ちてたりするじゃん。でもカラスはあんなにいるのに死骸を見る人が少なすぎじゃない?」

 

 

話が始まったと思ったら話題は明後日で、ミカドがキレそうになる。言われてみればカラスの死骸は見たことが無いが、それが何だと言うのか。

 

 

「…カラスの死骸を回収する秘密結社がいるって聞いたら、信じる?」

 

「馬鹿を言うな、そんなことをして何の意味がある。いい加減アナザーライダーの事を話さなければ、そのカメラを叩き壊すぞ」

 

「知らない世界って意外と身近にあるって話だよ。

本当に知りたいなら見せてあげるよ、その知らない世界」

 

 

つまりホリチエはミカドが知らない世界を知っていて、アナザーライダーはそこにいるという事か。その口ぶりからハッキリと感じた。ミカドとホリチエの間には、何かの明確な『境界線』が存在している。

 

世界を救うため、ミカドは過去の世界にまで来たのだ。今更何も躊躇することはない。

 

 

_______________

 

 

話は一度仕切り直しということになり、再集合の時間と場所がホリチエに指定された。時間は夜の9時、場所は板橋区……この時代では「19区」と呼ばれているらしい。

 

 

「お、来たね」

 

「当然だ。さっさと案内しろ、貴様が知る世界とやらにな」

 

「分かってるよ。それよりこれ見て」

 

「…なんだ」

 

 

ホリチエがミカドに見せたのは、カラスの死骸の写真だった。

 

 

「あの後、山の方に行ったらあったんだ。探せば見つかるもんだね」

 

 

じゃあ何だったんだ昼間の話は、と言いたくなるが一先ず落ち着くとしよう。

そんなミカドの気持ちも数刻後に裏切られることになる。

 

 

「大将、皮あと5本ちょうだい」

 

「だから!なぜ!また食っているんだ貴様!!」

 

 

勢いのままに連れてこられたのは焼き鳥屋。声を荒げるミカドに、ホリチエと他2人の客、店主とバイトの青年の視線が一斉に向けられる。非があるのはホリチエだがこれにはミカドも黙らざるを得ない。

 

この展開は予測できた。しかし、あれこれと話を丸めこめられ、いつの間にかこの有り様だ。この堀ちえという女、侮っていたが想像以上に食えないかもしれない。食ってばかりだが。

 

 

「クソっ…飯は美味い」

 

「ご飯が美味しいって思えるのは良い事だよね。食事こそが人生そのものだって、私の友達もいつも言ってる」

 

「楽観的な奴だな、貴様の友人は」

 

 

食事こそ人生。それなら隣で焼き鳥を酒で流し込み、顔を真っ赤にしてもう一人の客に絡んでいるあの太った中年男性の人生も見て取れる。楽しそうだが品があるとは言い難い。

 

ウザ絡みされている三白眼の青年は、執拗な絡みを無視しながら黙々と食事を進めている。まるで作業のように表情を変えず食べているが、あれが人生なら多くの者は御免被るだろう。

 

 

「ももと…あと皮もっかい追加で」

 

 

この女の人生は自由が過ぎる気がする。

結局ミカドが全額払う事になった。今のところ財布として使われているだけで、そろそろミカドの堪忍袋の緒が限界を迎えそうになっている。

 

 

「そろそろかな」

 

「何の話だ。そろそろ俺が貴様を殴ってしまいそうって話か?」

 

「ついて来てミカド君。できるだけ静かに」

 

 

ホリチエが向かう先は人通りが少ない道。浮世から離れていくのを感じる。ホリチエもようやくその気になったということだろうか。

 

 

「知らない世界」と彼女は言った。裏社会か何かだとすれば、怪人が支配する世界で育ったミカドにとって、特段恐れるものも驚くものも無い。

 

 

「……いた、静かにしてて。近頃は色々あって大人しくなってるらしいけど、19区は気性の荒いのがチラホラいるんだ。私の見立てだと今日も来るはず」

 

「何の話だ。獣でも出るのか?こんな街中に」

 

「最後にもう一回確認するよ。私みたいなおかしめな人なら全然いいと思うんだけど…」

 

 

一応自分が変人だという自覚はあったのか、とミカドが驚く。まぁこんな物騒が起こりそうな場所でウキウキしてカメラを構える小型27歳が変人以外の何だという話だが。

 

 

「そうじゃないなら、あんま立ち入らない方がいいと思うよ。普通に危ないし、多分精神的にも」

 

「ふざけるな。それがアナザーライダーを逃す理由になるか。悪を殺し、世界を変えるためだ。俺自身の事などとうに捨て置いている」

 

「んー……警告はしたよ、一応」

 

 

その時、ミカドが人の気配を感じ取った。ホリチエも勘が鋭いのかミカドの腕を引き、建物の影に隠れる。

 

 

「あれは……驚かせるな、さっきの酔っ払いじゃないか」

 

 

ミカドが期待外れというように吐き捨てる。彼の言う通り、深夜の道に現れたのはさっきの焼き鳥屋にいた中年男性だった。ホリチエはスマホ画面で何かを確認しながら動いていたが、もしやこの男に発信機を付けて尾行していたのか。

 

家が無いからいいものの、深夜だというのに随分と喧しく歩くものだ。もし通行人でも来てみろ、と思っていたら本当に通行人が現れ、ふらふらと動く酔っ払いとぶつかってしまった。

 

見ていられるかと去ろうとするミカドを、ホリチエが引き止めた。その目とレンズは、今この光景に何かがあると訴えかけているようだ。

 

 

「おいおいぃ…危ないだろぉ!人が気持ちよく歩いてるのにさぁ!」

 

 

またウザ絡みが始まった。暗い中にあんなフラフラ動かれたらぶつかるのも無理はないだろうが、あの男の頭に非を認めるという思考は抜け落ちているようだ。

 

 

「ほらぁ謝んなさいよ!お金ぇ!誠意見せたらどうなのぉ!?」

 

 

フードを被って分かりづらいが、ぶつかったのは高校生くらいの若い男か。大人しそうなのを良い事に、酔っ払いは男に絡んで逃がそうとせず、金まで要求し始めた。

 

 

「ってぇ…あれぇ、なんだ!あんたさっきの店で───」

 

 

ヒュンと風を切る何かが聞こえ、バツンと何かが千切れると、ストンと酔っ払いが道に倒れた。

 

酔っ払いにも何が起きたか分かっていない。急にバランスが崩れたと思うと、酔いの奥から洪水のように痛みが溢れ出す。

 

痛みだけじゃない。暗闇の中で自分の右足から流れ出る、鉄の香り。

血だ。厳密に言えば、()()()()()()()()()流れる血だった。

 

 

「あ…あああああああああっ!!?!!足が!足があああああっ!?!!?」

 

「うっせぇ」

 

 

パーカーの青年が酔っ払いの顔を踏みつけ、口を塞いだ。

その光景にミカドも目を見開く。暗くて見えなかったが、あの青年は一瞬で酔っ払い中年の右足を引きちぎったのは確かだ。

 

何故なら、街灯に照らされた青年が、血がしたたり落ちる右足を持ち上げていたのだから。

 

 

「掘……これは一体…ッ!?」

 

 

ホリチエはそのショッキングな状況でミカドに「静かに」と合図をすると、カメラを構えた。助けに行くな、そう言っているようだった。

 

 

「酒の匂いがキツいんだよおっさん。分かんねぇな、あんなクッセぇもん飲んで何がいいんだか」

 

 

パーカーの青年は千切れた右足から靴を脱がせ、ズボンの裾を取り外すと、断面から落ちる血を自分の口に流し入れ始めた。その異常な光景に中年が叫びを上げるが、青年の足がその声を踏み潰す。

 

 

「はぁ…うめぇ。お前らヒトも、あんなもんよりコッチ飲めりゃいいのにな」

 

 

血だけで終わらない。青年は右足の太ももに齧りつき、歯で皮を剥いでは肉と一緒に口に含んで咀嚼し、飲み込む。そして幸せそうな吐息をついた。

 

 

(なんだこれは…!?あの男、人間を喰っているのか!?)

 

 

怪物が人間を喰うのは分かる。魔化魍やミラーモンスターは人の肉を好んで喰うという事例をミカドは知っているし、仲間から何人も犠牲者が出た。

 

しかし、あの青年はどう見てもヒトの形をしている。

ヒトの姿をした何かが、ちょうど骨付きチキンのように人間の足を喰うのを、持ち主である中年に見せつけて楽しんでいる。

 

 

「あれは“喰種(グール)”。あんな風に人間を食べて生きてるんだ」

 

「…これが知らない世界というわけか。もう十分だ、俺があの怪物を殺せばいいだけのこと!」

 

「あっ、だから出ちゃ駄目だって…」

 

 

あの中年男性を助ける理由は無いが、助けない理由も無い。ミカドは飛び出し、ケラケラ笑いながら足を齧る喰種の青年を、通り抜けざまに蹴り飛ばした。

 

 

「痛って…なんだ、もう一人いたのか?」

 

「人喰いのバケモノが。今すぐに駆除して……」

 

 

喰種の正面に立ったミカドが、その顔を見て絶句した。

 

ついさっき見覚えのある顔、その青年はさっきの焼き鳥屋のバイト店員。

少し考えれば当然のこと。人と同じ姿をしているなら、人間社会に溶け込んで生きるのが自然だ。

 

しかし、考えれば考えるほど事実は凄惨だ。

つまりこの喰種は人間として店で働き、美味そうな客を見つけては帰り際に襲って捕食していたということ。

 

 

「…吐き気がするな!」

 

 

向き合えば向き合うほど人にしか見えず、その気持ちの悪さを振り払うようにミカドは喰種に殴りかかった。

 

しかし、喰種はそれをあっさりと受け止め、ミカドの腕を引き千切ろうとする。とんでもない反射と腕力。見た目は人間だとしても、体の作りは完全に怪人のそれだ。

 

掴まれた腕を振り払えない。それならばと、ミカドは腕に力を込めて喰種の体を引き寄せ、そのまま建物の壁に叩きつける。そして足で思いきり喰種の腕を踏みつけ、ようやく手が離れた。

 

 

「あ゛ぁっ!?お前、白鳩(ハト)かぁ?」

 

「眼が腐っているのかバケモノ。俺のどこが鳥に見える」

 

「ただの強いパンピーかよ。って…あれ、あんたもさっきの客じゃね?」

 

 

喰種の腕を折ったつもりが、気付けばもう元に戻っている。

そうミカドが驚いている内に、喰種もミカドの顔の見覚えに気付いたようだ。

 

 

「あんたそこのオッサンと違ってマナー良かったな。たくさん頼んでくれるし、美味そうに食いやがるし、いい客だったなって店長と話したよ」

 

 

少し嬉しそうに語る喰種に、ミカドの殺意が揺らいだ。

人喰いだと分かっていながらも、顔を合わせるほどにその人の姿が思考に染みる。普通ならそこで腕が鈍ってしまうかもしれない。

 

だがミカドの過去が、今から見れば未来が、現実を叩きつける。

人に化ける。人が成る。友好的に振舞う。そんな怪人はいくらでもいた。そして遭遇するたびに思い知らされる。

 

 

「常連さんとか、そういういい客をさぁ…ひと思いに喰っちまうのが最高なんだよなァ!!」

 

 

殺意と食欲のボルテージに呼応して喰種の両目に血液が集まるように、白目が黒く、黒目が真っ赤に染まり上がった。これが喰種の証である“赫眼”だ。

 

そして、もう一つの喰種の証も顕現する。

背中の皮膚を突き破り、全身に迸る“Rc細胞”が流動する筋肉となって触手を形成した。喰種の捕食器官“赫子(かぐね)”の一種、“鱗赫(りんかく)”。

 

 

「ところであんた…美味そうな匂いしてんじゃねぇかあああ!」

 

 

ドードー鳥のような仮面を付け、怪物としての全てを以て喰種はミカドを次の品として定めた。そこから感じるのは純然たる欲と悪意の塊。

 

ミカドは未来で知らしめられた。人ならざる力を持つ者の本質は、悪だと。

 

 

知らない世界とは往々にして意外なほど近くにあるものだ。

例えば不思議の国のアリスのように。しかし、ウサギを追ったその先にある世界に、体を縮める小瓶が、体を大きくするクッキーがあると、どうして言い切れるだろうか。

 

そこにあるのはきっと残酷な世界。理不尽ばかりが自分を苦しめ、殺す、自然に歪で間違って正しいワンダーランド。

 

 

『ある日、壁に穴が開いた』

『あぁ僕の愛しい隣人。ずっとずっと会いたかった』

『声を聴いて想像してた。やっぱり君は───』

 

 

『甘くて美味しそうな、お菓子だった』

『いただきます』

 

高槻泉/「吊るしビトのマクガフィン」より───

 

 

 

 




ホリチエは小説版東京喰種で初登場し、東京喰種;reで準レギュラーとして活躍したキャラです。ホリチエが出るのでアイツも出ます。

時系列は:reの数年後ですが、大きく歴史が改変されているためかなり状況が異なります。原作未読の方も楽しめるように頑張りますが、キャラを調べるくらいしていただけるとわかりやすいかもです。

次回、ミカドは喰種の世界の深層へ。
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灰の香り

アナザーダブル
2009年の火兎ナギが変身したアナザーライダー。改変された歴史ではダブルを抹殺していたが、高坂穂乃果がスクールアイドルからの離脱と引き換えに動きを止めていた。
火兎ナギの精神が宿ったウォッチを『スクールアイドルと関連がある女子高生』に埋め込むことで変身する。ダブルの基本6メモリのハーフチェンジが可能であり、多彩な能力と体術で敵を圧倒する。一定条件下で撃破しない限り、何度でも蘇る。


バイトがめんどい146です。
東京喰種編2話(ファイズ要素はお待ちを…)、一気にキャラが増えます。キャラがとにかく多いのも東京喰種の特色の一つということで……

あと補足。東京喰種の時間軸には『ある大きな改変』があり、その影響で本来では有り得ない状況にいるキャラクターが多数存在します。ご理解の程を。

今回も「ここすき」お願いします!


食事が人生を表すとするのなら、彼の人生はきっと『傲慢』だ。

 

タイムジャッカーの一人、ヴォードは根城にしている家に戻ると、昼間から優雅に食事をする彼を呆れたように見て腰を下ろした。タイムジャッカーに時間の感覚も何も無いが、問題はそこじゃない。

 

 

「何してんのアヴニル」

 

「む…ヴォードか。見て分からんか? ディナーの最中だ」

 

「昼だけどね。初めて見たよ、コンビニの揚げ鶏をそんなゴージャスに食う人」

 

 

机にはグラスに注がれたワインと、皿に盛りつけられたというよりは無造作に置かれた安物のフライドチキン。

 

 

「肉は買ったのだが焼き方が分からんでな。オゼも目を覚まさぬし、致し方ないからこいつで勘弁してやったわ! 安心しろ、ワインは上物だ。お前も飲むか?」

 

「買ったって、絶対僕のお金だけどね。どーせ暇ならアヴニルも働けばいいのに」

 

「働く…吾輩が? 何故だ…? 高貴なる吾輩が労働をする必要など一切皆無ッ! そうであろう違うか!?」

 

「あーはいはい違いません違いません」

 

 

タイムジャッカーとして徒党を組んでからというもの、まともな仲間がいないことが心底しんどい。ヴォードも自分が健常だとは思っていないが、変態科学少女と馬鹿貴族よかマシだとは自負している。

 

 

「ほんっっと、なんでこの3人……」

 

「それと一つ勘違いをしている! 吾輩は何もせず座しているわけではない、吾輩が育てていた『王』が間もなく覚醒するのだ」

 

「あーファイズね。それにしても大胆に変えたね、あの物語。『反動』が怖いし、僕だったら絶対やらないけどな」

 

「王を擁立するのに代償の覚悟など標準装備。それに…吾輩が望む世界に、王は2人もいらない」

 

 

アヴニルが真っ赤なワインを片目で覗き込む。

彼は傲慢。オゼが知のために全てを顧みないのと同じように、アヴニルもまた理想のために全てを顧みない。

 

そして、ヴォードは断言できる。王を擁立するタイムジャッカーとして、最も優れているのはアヴニルであると。

 

 

________________

 

 

 

鱗が逆立つ触手が迫る。ミカドの肉を削ぎ落とし、喰らうために。

ホリチエに導かれるまま遭遇した、ドードー鳥の仮面を被った“喰種”。その鱗赫相手によく持ちこたえているが、生身のミカドではそろそろ限界だった。

 

 

「はっは、健脚ッ! いいな! おっさんの足よりウマそうだ!」

 

「鍛えている。貴様に喰わせるためでは無いがな!」

 

 

喰種のスペックは怪人並み。しかも後ろでは足をもぎ取られた中年男性が苦しんでいる。変身せざるを得ないと、ミカドはドライバーに触れる。

 

 

(まさかコレが狙いか? 賢しい齧歯類女め…!)

 

 

ホリチエの激写計画の上かと思うと苛立ちを覚えるが、言っている場合じゃない。ジクウドライバーにゲイツウォッチを装填し、腰に装着しようとしたその瞬間。

 

 

「来たね」

 

 

ホリチエが物陰でポツリと呟く。

その言葉の通り、被害者と喰種、ミカドの他に新たな登壇者が舞台に上がる。金属アタッシュケースを持った青年。纏うのは白い何かの制服だろうか。

 

そこにいた誰も、その顔には見覚えがあった。さっきの焼き鳥屋のもう一人の客、目元に二つの黒子の三白眼で表情が硬い青年だ。

 

 

「おっほマジか! 客が全員揃いやがった! そんじゃまとめて…!」

 

 

鱗赫がミカドと青年を一気に貫こうと加速。しかしミカドがドライバーの装着を完了させる前に、踏み出した青年が眼前に。そして───

 

 

喰種の赫子を、一瞬で斬り落とした。

 

 

「……19区、Bレート喰種『ドードー』だな(雑魚め)」

 

「テメェ……“白鳩(ハト)”かッ!?」

 

 

手に持っていたアタッシュケースが開き、一瞬のうちにそれは体の半分を隠すほどの大剣へと展開していた。その剣で赫子を切断したのだ。

 

 

「貴様…何者だ…?」

 

「喰種捜査官です。そっちの(邪魔な)怪我人を連れて安全な場所へ」

 

 

喰種捜査官。人々を襲う喰種を追い、駆逐する国家公務員。

彼が持つ剣からは生命力のようなものを感じた。ミカドが知るはずも無いが、喰種捜査官の武器は「クインケ」と呼ばれる特殊なモノ。その材料は『喰種の赫子』であり、まさに生きた武器なのだ。

 

 

彼はCCG(喰種対策局)本部S1班所属一等捜査官、瓜江(うりえ)久生(くき)。クインケはA+レート“甲赫”「(カブト)」。

 

 

「白鳩の串焼きにしてやるよ!全員纏めて晩飯になれやぁ!」

 

「(クズが)やってみろ(お前が俺の功績になれ)」

 

 

足を失った中年男性の止血をしながら、ミカドはその戦いからも目を離さなかった。人外の動きを続ける喰種に対し、変身もしていない“ヒト”であるウリエが圧倒的優位に立つその様を目に焼き付ける。

 

ドードーの鱗赫は長く、明らかに近距離戦用である「兜」では分が悪いようにも見えた。実際、相性的にも鱗赫に対し甲赫は不利を取る。しかしウリエはそれらの劣勢的要因を全て、予め用意されたような動きで制圧してみせた。

 

 

「ぎっ…ッかぁ!?」

 

「もらった」

 

 

ドードーの動きは常識の範囲を出ない。他の捜査官たちの戦闘記録にもくまなく目を通し、公式化した戦術もほとんど体に覚えさせたウリエにとって、この戦闘は確認テストのようなものだ。

 

あっという間に潜り込んだウリエがドードーの鱗赫を根元から切断。武器を失ったドードーの首に「兜」の分厚い刀身が真っ直ぐな軌道を描く。

 

しかし、さっき斬られたはずの赫子が既に再生しており、ドードーは死の恐怖からウリエを鱗赫で無造作に弾き飛ばした。

 

 

「赫子の再生速度は異様だな…(それ以上の何でもないが)」

 

 

マスクの奥から感じる折られた戦意。いくら赫子が再生しようがドードーがウリエを殺すことは不可能だと誰もが分かった。そんな絶望に追い打ちをかけたのは、ドードーの体内から湧き出る痛みを伴った苦しみ。

 

咳き込んだドードーの口から零れ落ちたのは血ではなく、『灰』。

 

 

「…“灰病”か(そのまま死ね)」

 

「あぁッ…クソッ!! 肉…肉を! もっと肉を喰わねぇと…ッ!!」

 

 

 

「灰病」の苦しみに加えて力の差は歴然。そのままわき目もふらずに鱗赫を使って飛び上がり、逃走を図る。

 

ビルに鱗赫を引っ掛け、とても「兜」じゃ届かないような高さで逃げるドードー。変身してジカンザックスを使えば撃ち落とせると考えたミカドだったが、ウリエを見てドライバーの装着を止めた。

 

ウリエは一切表情を崩さず、「兜」を投げ捨てて別の剣を構えた。

「兜」に比べて格段に小さい剣だが、刀身の形状が珍妙だ。ウリエはその剣を構え、空中を滑るドードーに向けて振り抜く。

 

 

Aレート“羽赫”クインケ「三日月」。

剣の形状をした羽赫クインケは珍しいが、他の例と同様「三日月」も遠距離武器。刃がブーメランとなっており、連射ができない代わりに爆発的な射出速度と“鱗赫”並みのパワーで空中の敵を屠る。

 

「三日月」の刃がドードーの赫子を再び切断し、弧を描いて今度は左足も斬り落とした。落下するドードーに先回りしたウリエは「兜」を両手で掲げ───

 

 

「死ね」

 

「おがッ───」

 

 

ドードーの頭部を一突き、即殺。そのドロドロとした血液よりも先に、凶悪な喰種の命が地に落ちた。

 

喰種が死んだその瞬間に現場を駆けるシャッター音。もちろん、その主はカメラを構えたホリチエだ。

 

 

「これが“喰種”の世界だよ、ミカド君」

 

「説明くらいはしてもよかっただろうが、掘…!」

 

 

喰種と喰種捜査官、確かにミカドが知らない世界だ。少なくとも未来で喰種の存在を聞いたことは無い。それに、齧られて捨てられた足、頭部を抉られた喰種の死体、気分がいい世界ではない。ホリチエが止めたのも分かる。

 

 

(やはり慣れないな、人の死体というのは…)

 

 

死臭が立ち込めてきた。そんな中で写真を確認するホリチエに、煩わしそうにウリエが見下し声をかけた。

 

 

「ウリエ君、お疲れ様」

 

「ホリさん。喰種の情報を追うのはいいですが、店員の彼が喰種だとマークしていたなら、店で会った時点で俺に報告する義務がある。他にも所有している喰種の情報を〔CCG〕に提供していただかないと、喰種隠匿の罪を問うことになりますが」

 

「いいけど、私がそれで全部話すとは限らないよ? それに、捜査官ならまだ仕事があると思うけど」

 

 

救急車のサイレンが近づいて来る。どうやら中年男性が負傷するのを見越して、予め通報していたようだ。救急隊員への状況説明や喰種の遺体の処理、ウリエがホリチエに構っている暇はない。

 

 

「〔CCG〕に通報しなかったのも、救急車を呼んでいたから…ですか(姑息な子ネズミが…)」

 

「私とミカド君じゃどうしようもなかったし、まだウリエ君も近くにいると思って」

 

 

ホリチエは過去に何度も、喰種捜査官に情報を提供している。しかし、その捜査情報を知った経路や喰種の情報を掴む方法は一切不明。重要参考人として連れて行きたいところだが、こんな風に毎回躱されてしまう。

 

 

「…それで、そちらの彼は」

 

「ミカド君は友達だけど」

 

「(……)そうですか」

 

 

負傷者の手当をしていたミカドを一瞥するウリエ。ミカドが喰種に襲われたあの時、戦おうとしていたのをウリエは見逃さなかった。

 

最初は喰種かと疑ったが、それなら捜査官を見ていつまでもここにいる理由が無い。気になりはするが、喰種じゃないのならウリエには関係の無い話だ。

 

ウリエが諸々の処理をしに行ったタイミングで、ミカドはホリチエに引かれて共に退散。そうして境界線を越え、衝撃的な夜は過ぎ去っていった。

 

 

 

______________

 

 

 

あの後、ミカドは改めて“喰種”について調べ直した。

“喰種”は人と同じ姿をして人を殺して喰らう食物連鎖の頂点。人肉(もしくは骨)からしか栄養を取ることができず、普通の食事はとてもマズく感じる上に体が受け付けないらしい。ただ、珈琲だけは美味しく飲むことができるという。

 

 

「ヒトを食糧として狩る存在、それが“喰種”…か」

 

 

参考にした本の印象的な一節を口ずさみ、ミカドはスマホ画面の方に目をやる。そこではこの本の作者である小倉という男が、自身の動画チャンネルで喰種について語っていた。

 

 

『近頃、喰種の捕食件数はどんどん減ってる。これはよく捜査官の活動によるものだって言われがちだけど、私はそうじゃないと確信してるよ。そもそも喰種は種として人間より遥かに優れているわけ。つまりこれは、喰種という種が大きな行動を起こす前兆だと、私は思うけどね』

 

 

この動画がそこそこ再生されているくらいには浸透している。ミカドが今まで知らなかったのが不自然なくらいだ。

 

しかし、ニュースで殺人犯が出たと聞いても実感が湧かないように、実際に目で見ていないものを人は中々信じられない。よって、世間の喰種に対する認知は十分とは言えず、人と同じ姿をしているということさえ知らない者も少なくはないそうだ。

 

ミカドはこの世界の深くに踏み込まなくてはいけない。別れ際、ホリチエが告げた事が真実ならば。

 

 

『私が知ってるアナザーライダーは喰種だよ』

 

 

喰種がアナザーライダーというのは、先祖返りでアナザーライダーだったアナザー響鬼の前例があるため不思議はない。ただ、世間の中に溶け込んで巧妙に姿を隠す喰種をどうやって見つけ出すか、これはもうホリチエに頼るしかない。

 

というわけで、今日も彼女と待ち合わせをしている。なんでも「会わせたい人がいる」そうだ。

 

 

「……遅い。もはや怒りも感じんが」

 

 

時間通り来るとは思っていなかったが、来なかったら来なかったで退屈だ。仕方がないので待ち合わせの喫茶店の前で喰種の本でも読んでおく。

 

 

「失礼。これを落としたよ、君」

 

 

そう言ってミカドの肩を叩いた男は、本に挟んでいたしおりを持っていた。こんなことにも気付かないくらいだから、ミカドは自分で思っているより苛立っているのかもしれない。

もしくは、喰種の存在に動揺しているのだろうか。

 

 

「あ…すまない」

 

「気を付けたまえ。こんなにも気持ちが良い天気なんだ、落とし物なんかで気分を損ねるのは実にIdiot! 馬鹿馬鹿しいというものさ」

 

 

なんだこの面倒くさそうな男は。

足が長い。顔もいい。自分でそれを自覚し、見せつけるような態度が一目でわかる。拾ってくれたのに失礼だが、できるだけ関わりたくない。

 

しおりを渡そうとミカドに近寄る男。距離が極端に近づいた時、男の瞳孔が大きく開いたような気がした。そして、何を思ったか耳打ちでもする距離まで顔を近づけてきた。

 

 

「なっ…!?」

 

「おっとすまないね。髪の毛にゴミがついている気がしたが、気のせいだったよ。それより君……その本、喰種に興味があるのかい?」

 

「いや…ただの教養のためだ。こんな時世、自分の身を守る知識くらいは付けておいた方がいい」

 

「なるほど素晴らしい心がけだね。知見を深めるだけより快適に、より楽しく日々を楽しめる。僕もよくそういった読み物で知識を広げているよ。ところで、困ったことに僕は道に迷ってしまったんだが…道を教えてくれないだろうか?」

 

 

自慢するテンションで道を尋ねられる彼の頭は、きっと常人と作りが違うのだろう。なんでも待ち合わせの店がわからないらしいが、偶然にもそこは昨日ホリチエと行った喫茶店だった。

 

少し距離はあるし、待ち合わせの最中。しかもこの男と一緒に行動しないといけないのは確実にストレスだ。道案内する理由がない。

 

しかし、断ったら断ったで面倒くさそうな気がしないでもない。現に今も一方的に喋りかけられ続けているし、だったら案内を済ませて早急に別れてしまいたい。

 

 

_______________

 

 

「そうだ、君は普段蓄えている教養というモノを、少し僕にも享受してくれないかい? なんでもない日常の気付きでもいいんだ。君の話はとてもinteresting(興味深い)、そんな気がするのさ」

 

「黙って歩け」

 

 

こんなことなら強引にでも逃げておけばよかったと、ミカドは後悔した。案の定だがこの男は常時うるさい。

 

 

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は月山(つきやま)(しゅう)。君の名前は?」

 

「ミカドだ…なぜ道案内で名乗らねばならんのだ」

 

「ミカドくん…か。merveilleux(素敵だ)! ところでもう一つ聞きたいんだが…なにやら僕の知る街並みとは随分異なった場所に来てしまったようだね」

 

 

月山が呑気に笑う通り、ここは目的の喫茶店の近くどころではない。ミカドは未だに自分の方向音痴に無自覚なせいで、頻繁に他人に迷惑をかける。

 

 

「チッ…どこかで曲がり角を間違えたか」

 

 

間違え方がそのレベルでは無いのだが、それはさておき。こうなっては道案内どころではない。それを見計らってか、月山が別の話題を持ち出した。

 

 

「ミカドくん…君は喰種に興味があるのかい?」

 

「だから言ったはずだ。あくまで教養だと」

 

「ノンノン、僕の目は誤魔化せないよ。あの本を読んでいた時の君の瞳…憤激にあてられた美しいflamme()! 君は特定の喰種をどうしても探したい、違うかな?」

 

 

ふざけた言動をしておきながら中々に鋭い観察眼。面倒者としか思っていなかった月山への意識が、少しだけ変わった。

 

 

「ここだけの話、僕は少しだけ喰種について詳しい。喰種捜査官と少し関りがあってね。知っているかな、一般には機密にされている彼らの“脈動する武器”…クインケのことを」

 

「……それは本にも書いていなかった。貴様…」

 

「あれは喰種の器官、“赫包”から作られるものだ。これで信用してもらえたかい?」

 

「それで、何故そんな話を俺にした」

 

「この辺りの街並みを見て思い出したんだ。この近くに、喰種が潜伏していると噂の工事現場がある。ミカドくんが抱く怒りを問い質すような無粋な真似はしたくないが、少しでも君の力になりたくてね…」

 

 

涙でも流そうかという月山のテンション。大袈裟すぎて嘘にも本当にも見えないから判断に困る。が、貴重な喰種の手掛かりは手に入ったと言っていいだろう。

 

 

「案内してくれ」

 

Of course(もちろん)

 

 

________________

 

 

本当に近くに工事現場があり、しばらく作業は行われていないようだ。人目も付きづらく、潜伏するにも迷い込んだ人間を捕食するにももってこいの場所、いかにもという感じだった。

 

 

「まだ昼間…喰種はいない可能性も高いね。どうする?」

 

「痕跡が残っていればそれでいい。行く」

 

「そうこなくては。僕も同行しよう!」

 

 

もったいつけていても仕方がないと、ミカドは足を速める。

潜伏ができそうな半壊した建物に入って調べるが、人の気配はしない。血痕や死臭もなく、ここで人が捕食された形跡は見つからない。

 

 

「……喰種がいた証拠も無いな。ヤツの話の一つでも聞き出せればと思ったが、甘かったか」

 

「Sorry…所詮は噂だったみたいだね。しかし───」

 

 

細胞が練り上げられる音が一瞬。その次に空を貫く音がまた一瞬。

その後は肉を貫く音を予感していたのだが、ミカドの体はそれを回避し、コンクリートの床が破砕する音が響いた。

 

 

「君がチョコレートケイクのように甘いという意見には同意…そう言うつもりだったんだけどね」

 

「甘いを例えるならチョコケーキよりもショートケーキが適切だ。食ったことが無いから分からないだろうがな、“喰種”!」

 

 

月山の背中から突き出て、右腕に絡みつくドリルのような“甲赫”。赤と黒に染まった“赫眼”。月山習はミカドを狙う喰種だ。

 

 

「しかし驚いた。一体いつから気付いていたというんだいッ!? この僕が喰種だと!」

 

「単純に怪し過ぎだ。少し道を間違えた後の展開が、あまりに都合が良過ぎた。そもそも喰種がいるかもしれないのに丸腰2人は、流石に止めないと不自然だ」

 

「僕としたことが…Be cool…少々気がはやり過ぎていたようだ。なにせ、君は是非ともこの晴天の下でッ! その燃える瞳をランチとして頂きたいッ!!」

 

 

そのグルメじみた願望を叫びながら、月山の一撃一撃が建物を易々と崩していく。

 

圧倒的なパワー、俊敏、そして攻撃精度。この数撃でも断定するには十分だ。

この月山習という喰種は、昨日の「ドードー」よりも格段に強い。

 

 

「君の栞を拾った時、僕の鼻腔に電流が走ったのさ。君から香るそのフレグランスッ! ヒトのそれでありながら、この僕が出会った事の無いまさに未知! それは宝物庫を見つけた冒険家のように、僕の心はっ…むっはァッ! そう! 君の味への好奇心に奪われてしまった……ッ!!」

 

 

腕に巻き付いた赫子の攻撃を続けつつ、時折隙を伺って混じる蹴りも強烈。まともに受ければ一発で体が引き千切れてしまうだろう。

 

ミカドを追い詰める月山が赫子を突き出し、トドメの一撃を食材に献上する。しかし、感じるはずだった肉の手応えの代わりに伝わったのは、硬い鉄の感触。

 

ミカドは工事現場の鉄パイプで、その一撃をなんとか凌いでいた。

 

 

「なるほど…かつて、〔CCG〕の“死神”は傘で喰種を討伐したという。君に、そしてこの僕を相手に! それと同じことができるかな!?」

 

 

月山の甲赫の形状が変わった。ドリルのような螺旋の先端が伸び、剣のような形状に。肉の刃の内側でRc細胞が躍動し、食欲をエンジンに猛攻は加速する。

 

 

「適度な運動で肉も程よく解れただろう…そろそろ食べごろだッ!」

 

 

異常な身体能力と技巧を絡めた攻撃を受け切ることはできず、鉄パイプは一瞬で斬り落とされた。そして再び襲い来る高速の突きが、ミカドの二の腕に切れ込みを入れる。

 

 

「ッ…! 避けきれなかった…!?」

 

「心臓を一突きにしたつもりだったのに…活きが良いランチだ。だがそれもまたSpice! さて…折角だ。味見といこうじゃないか」

 

 

赫子に付着したミカドの血液を指でなぞり、息を荒くしながら一気に舐め取った。その瞬間、月山の舌先から全身に伝播する味覚の衝撃。

 

 

「トレッッッ!!ビアンッッ!!! 予想通り…いやっ!? 予想以上に予想外の味わいッ! 新しい! 珍味ィ! これこそ味覚のォォォォ新時代(ニューエイジ)ッ! ビッグバンッッ!!」

 

 

月山習は「美食家(グルメ)」と呼ばれるSレートの喰種。

その通り名に違わず、彼は究極の美食を追求している。陸上選手の脚、料理評論家の舌、ピアニストの指、人肉の熟成や燻製…ありとあらゆる趣向を凝らして味の道を開拓し続ける稀有な喰種だ。

 

そんな月山が全く知らない味、それがミカド。

50年の時を経て人間の“味”もまた大きく変わったのだろう。未来からやって来た未知の食材の味に、月山の興奮は絶頂に至っていた。

 

 

「くぅッ…悩ましい! 君をどう頂くべきか…目はソテー、それとも生食? 臓物は? 骨は!? 量が少ないのが悔やまれるッ…! ミカドくゥゥゥンっ! 君は美食の世界に現れた新星、そのものなのだよ!」

 

「黙れ人喰いのバケモノ! 人の体で勝手に献立を……」

 

 

血液を摂取したからか、月山の動きが更に向上した。

一撃を避けきれずまた傷が入ってしまう。もはや、出し惜しむ理由はない。

 

 

《ゲイツ!》

 

「変身!」

 

 

月山が破壊した壁の土煙の中から、電子音が響く。

そして、その首を薙いだはずの赫子が、強い拳に弾かれたのを感じ取った。

 

仮面ライダーゲイツへと変身し、ミカドは月山という喰種、すなわち悪の怪物に対して全霊の戦意と殺意を浴びせる。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

「…やはり君はチョコレートケイクさ。甘さの中にあるビターな強さと怒り…それがまた一層、僕の食欲を駆り立てるッ!」

 

「人の姿だからと、俺としたことが甘かったのは認めよう。容赦はしない、殺してやるぞ喰種!」

 

「…éclair(閃いた)! ちょうど手土産に困っていたところだ。君ならば申し分ない! もうじき催されるムッシュ・ファイズの謝肉祭に、是非とも君を招待しようッ! 無論、食材としてだけどね」

 

 

「ファイズ」、その名を聞いたミカドの瞳が仮面の奥で大きく開く。

再び幕を開けようとする死闘。しかし、そんな殺意の暴風地帯のような場所にも、いつもの小動物は易々飛び込んで来る。

 

 

「あ、月山君いた。あれ、ミカド君もいる」

 

「「掘!?」」

 

「「…!?」」

 

 

よっこらせと乱入したホリチエ。

その名前を同時に呼んだミカドと月山は、思わず顔を見合わせてしまった。

 

 

______________

 

 

「説明しろ掘」

「説明してくれるかな掘よ」

 

 

またも月山とミカドの言葉が被る。未だ殺気の漂う空間で、ホリチエはあくびでもすうようにゆったりと説明した。

 

 

「だから月山君に紹介したかったのがミカド君で、ミカド君に会わせたかったのが月山君ってこと」

 

「俺に会わせたかったのが喰種だと!? 冗談も休み休み言え!」

 

「ハハッやはりDestiny! 全く気が利くね僕のリトルマウスは。僕のためにこんな珍しい食事を運んできてくれるなんて」

 

「違うよ。ミカド君は私が写真撮るんだから、食べちゃダメ」

 

「君のジョークはいつも冴えているね! まぁその話は後でじっくりするとしよう。それにしても、僕らの居場所がどうしてわかったんだい?」

 

 

月山の問いかけに、ホリチエが彼の襟元にあった発信機をヒョイとつまみ上げる。

 

 

「月山君はすぐどっか行っちゃうから、イクマ君にコレ付けてもらったんだ」

 

「その歳にもなって礼儀がなってないお転婆ぶり…だがそれが君のキュートかつユニークなところでもある!」

 

「どこかに行くのは貴様だろ。待ち合わせは時間通りに来い! そのせいで変態の喰種と鉢合わせてしまった!」

「変態とは心外。僕は紳士さ」

 

「え? 私ちゃんといたよ、待ち合わせの店」

 

 

よくよく確認すると、ミカドが待っていたのは近くの別の店。どうやら目的地直前で曲がる角を間違えていたらしい。

 

 

「……それで、何故貴様とこの喰種が親しいんだ」

 

「誤魔化した。まぁいいけど。

月山君とは高校の時の同級生で、私が月山君の捕食シーンを撮った時からよく一緒にいるね」

 

「あの時の衝撃は忘れられないよ…そう、あれは月の映える夜だった……」

「一応言っておくけど、私は喰種じゃないからね」

「僕の話を遮らないでくれるかな、掘よ」

 

 

喰種と人が友達。信じ難いが、やり取りを見る限りは真実だ。

となるとウリエが言っていた『喰種の隠匿』も真実。ホリチエが善人なのか悪人なのか、ミカドには分からなくなっていた。

 

殺し合いから談笑になってしまったのは仕方がないとして、月山の一人喋りも鬱陶しいのでミカドは気になっていた単語について聞き出すことにした。

 

 

「喰種と話すのは不本意だが…」

 

「僕は食材と話すのは好きさ。口にする美味が僕に咀嚼されるまで何を思い、どんな人生を歩んできたのか…それもまた食事を盛り上げるエッセンス!!」

 

「黙れ。俺が聞きたいのは貴様が発した名前のことだ。掘が俺をこの喰種に会わせようとしていたのも、恐らくその事だろう。答えろ、『ファイズ』とは何だ?」

 

 

ミカドが持つ2068年の携帯型ガジェット、その名が『ファイズフォンⅩ』。

仮面ライダーの名前を全て把握しているわけではないが、ファイズフォンⅩもライダーの力を分析して作られたライドガジェットの一つ。関係が無いという方が考えにくい。

 

 

「これはまた驚いたね。ミカドくん、もしや君が追っている喰種というのはムッシュ・ファイズのことかい?」

 

「ファイズとは喰種の名か。掘、ということは…」

 

「うん。私が知ってるアナザーライダーは、そのファイズっていう喰種のこと。ほらこの写真見て」

 

 

ホリチエが出したのはアナザーライダーの写真だった。マッシブな灰白色の体の全体に赤い血管が巡っており、その肩には『FAIZ』の文字が。アナザーライダーの特徴と一致する。

 

 

「アナザーファイズ…というわけか」

 

「アナザーファイズ? What's!? 僕を置いて話をするのはやめてくれ給え!」

 

「ただでさえ月山君と喋ると長いから、まずは20区に戻るよ。事情はそこで話し合うから、それまでは月山君とミカド君、仲良くしてね」

 

「仲良く……だと? 人を喰らう怪人とか…!?」

 

 

今も床に落ちたミカドの血を嗅いでは悶えている喰種と、何を仲良くすればいいのか。ミカドは滾る殺意を押しとどめ、ホリチエに続いて20区へ向かった。

 

 

_____________

 

 

喰種対策局、通称〔CCG〕。

1区にある本部にて。「ドードー」に関する報告書の提出を終えたウリエは、トレーニング場へと向かっていた。

 

ウリエや多くの捜査官にとって、喰種捜査のために一分一秒が惜しい。捜査できないのなら体を鍛え、更に強力な喰種を駆逐できるようにする。当然だ。

 

彼ら喰種捜査官をそこまでさせるものは何か。喰種から人々を守りたいという正義感もあるだろうが、そうじゃない例も多い。ウリエはその典型だった。

 

 

(やはりBレートの単独駆逐程度では大した功績は望めないか…喰種の捕食数も減っている。これでは今期の木犀賞すら……!?)

 

 

ウリエが戦うのは功績と昇進のため。目指すのはCCGの最高戦力「S3班」への着任。現在地はS1班所属の一等捜査官と年齢の割に相当優秀な立ち位置だが、こんなもので満足は出来るはずもなかった。

 

 

「単独での『ドードー』討伐、お見事だ。瓜江一等。S1に行って随分と腕を上げたみたいだな」

 

「…真戸准特等。と……」

 

「よぉウリ公、久しぶりだな。またトレーニング漬けか?」

 

「……シラズか…(気安く話しかけるな)」

 

 

ウリエの前に現れたのは、「出来る女」といった風貌の女性捜査官と、その後ろについて来たウリエと同年代の人相のあまり良くない男性捜査官。

 

女性でありながら異例の速さで准特等にまで昇進した敏腕捜査官、真戸(まど)(あきら)。もう一人はアキラの部下である不知(しらず)吟士(ぎんし)。ウリエは前まで真戸班に所属していたため、2人とは今でもこうして交流がある。もっとも、ウリエはそれを望んでいないのだが。

 

 

「『ドードー』討伐の件ですが、大した事ではありません(本当にな)。別の喰種を追っていた際に偶然出くわしただけですので」

 

「S1が追っているのは19区の『ジュラルミン』…Sレートの喰種だったな。顔も割れていたが突然行方を眩ましたと聞く。ヤツの足取りは掴めたのか?」

 

「『ジュラルミン』はS1の担当です(お前らに手柄を取られてたまるか)」

 

「冷てぇな。そりゃお前にとっちゃ、俺らの班なんてショボいかもしれねぇけどよ…」

 

「ほう、私の班がショボいとは言うようになったな不知一等。私の指揮に文句があるならかかって来い。真戸パンチをお見舞いしてやる」

 

 

微笑を浮かべながら拳を構えるアキラに、「勘弁してくださいよ!」と喚くシラズ。その見慣れた光景にウリエは奥歯を噛み締める。

 

 

(下らない慣れ合いを見せるな…勝手にやっていろ…!)

 

 

ウリエはこの2人が気に食わない。

 

アキラは冷酷そうに見えて感情が豊かな女性で、彼女が率いる班も人間味のある色が強い。ウリエからすればそれが慣れ合いのようで苛立って仕方がない。現特等を何人も育て上げた名捜査官、真戸呉緒の娘だかなんだか知らないが、所詮は死ぬまで上等だった男だ。高が知れている。

 

だが、ウリエが特に気に入らないのはシラズの方だった。

 

 

(なぜお前が俺と同じ一等なんだ…!)

 

 

捜査官の階級は上から、『特等』『准特等』『上等』『一等』『二等』『三等』。ウリエとシラズは捜査官養成学校(アカデミー)の同期であったが、飛び級で一年早く二等捜査官に就任したウリエに対し、シラズの成績は落ちこぼれもいいところ。早い話眼中にない存在だったはずだ。

 

二等から一等に着任する平均年齢は27歳。ウリエは順調に功績を稼ぎ、20で一等に着任した。順風満帆だった。

 

しかしそれから一向に上等に昇進できないまま燻っていた時、同じ班だった落ちこぼれのシラズがSレート喰種を討伐し、一等捜査官になった事を聞いてしまった。

 

 

「そ、そうだウリ公! 俺もこの間やっと一等捜査官に…」

 

「あぁ知っている(嫌味かクズが)おめでとう、不知一等(お前には過ぎた肩書だがな)これで念願の昇給も望めるはずだ(偶然Sレートを討伐したくらいで図に乗るな。俺の前から消えろ)」

 

 

本音を建て前で覆い隠すが、醜い感情の炎は勢いを強めるばかり。

シラズもそれ以上何も言う事ができず、何とも言えないようなムズムズした顔でアキラの後ろに下がっていった。

 

 

「そうだ瓜江一等。近日実行される『例の作戦』のことなんだが…

S1と上等数名で担当する予定だったそうだが、ヤツが呼んだという“出席者”や“護衛”の情報が手に入り、急遽戦力を大幅に見直すこととなった」

 

「…具体的には」

 

「“アオギリの樹”残党、SSレート『ラビット』及びSレート『墓盗り』。先日“コクリア”から脱走したSSレート『神父』ことドナート・ポルポラ……他にも辛口な面子が揃っている。それに合わせ、我々真戸班や特等捜査官数名、S2班も配置されるとの事だ」

 

 

S2班が来ると聞いて、思わず不快感が顔に出てしまいそうになる。

この一件で討伐数や功績を稼ぐ算段だったのに、S2が来るとなればその功績を大幅に持っていかれてしまう。

 

 

「私からは以上だ。邪魔をして悪かったな。行くぞ、不知一等」

 

「…またな、瓜江」

 

「あぁ(二度と顔を見せるな)」

 

「おっと忘れていた。()が会いたがっていたぞ。顔を見せに行ってやれ」

 

「分かりました(またか。訓練でも見てくれるなら有難いが…)」

 

 

ウリエの内側を冷や汗が伝う。この作戦の結果次第では、シラズ如きに階級を追い越されてしまう。優秀な同期は他にもいる、彼らに後れを取っているようではS3班なんて夢物語だ。

 

 

「(ふざけるな…! この『ファイズ討伐戦』で功績を挙げ、上等に昇進するのは俺だ)」

 

 

S+レート喰種「ファイズ」。今回の作戦はファイズが開催する“とあるイベント”の掃討作戦。そのイベントとは───

 

 

________________

 

 

「あの時言っただろう? carnaval…謝肉祭さ」

 

「謝肉祭だと? どういう意味だ」

 

「そのままの意味だよ。元来の意味とは異なってしまうが、ムッシュ・ファイズは年に一度、多くの喰種を集め食事と娯楽を楽しむFestivalを開催する。彼はそれに『謝肉祭』と銘打ったのさ! 実にユニークなセンスだ!」

 

 

一行は月山が所有しているという20区のビルの一室に集い、月山の口からファイズの詳細が説明されていた。

 

ファイズという喰種が行う『謝肉祭』。2003年から年に一回、時期は不定期で行われているらしい。そんな大規模なイベントをやっていたら捜査官に見つかりそうなものだが、参加者や護衛に毎回手練れを呼んでおり、情報統制も厳格で、捜査官も下手に手が出せないようになっているらしい。

 

 

「肉に感謝する祭典、謝肉祭…か、喰種が? 笑えない冗談だ」

 

「有象無象が集まる三流イベントと侮っていたが、ムッシュ・ファイズはこの日のために興味深い食材や催しを用意しているというじゃないか! この『美食家』が参戦しないなんて…全くもってナンッセンスッ!! 集まった喰種たちも、この僕の登場に湧き上がることだろうッ!」

 

「でも月山君は呼ばれてないじゃん。招待状来たのはイクマ君で、月山君は勝手に行くって言ってるだけだし」

 

「んんッ! 何故桃池くんが招かれてこの僕がスルーされるんだい!? whywhywhywhywhy!」

 

 

月山が発狂していると、そこに新たにもう一人が扉を叩いて合流する。

ギターケースを背負った地味目な青年だった。月山を見た後だと誰でも地味に見えるだろうが。

 

 

「全然駄目っすわホリチエさん…今日も“収穫”ナシ…って月山さんと知らん人おる…? こんにちは…」

 

「やぁ桃池くん! 久しぶりだね、メロディのご機嫌は相変わらずかい?」

「こちら話題に出てた桃池(ももち)育馬(いくま)君。喰種だよ」

 

「ホリチエさん!? あ、じゃあこの人も? でも匂いが…」

 

「ミカド君は人間」

 

「貴様も喰種か…2対1で俺を喰うつもりか? 上等だかかって来い、殺す」

 

「ちなみに喰種は嫌いみたい」

「やっぱそうじゃないっすかーッ!! どういうことなのよこの状況!?」

 

 

人間一人に対し随分と怯える喰種だ。喰種も好戦的な個体ばかりではないということか。

 

イクマがパニックで大声を出した矢先、彼は咳き込んで膝から倒れ込んでしまった。突然だが見覚えのある光景。その掌には、予想通り『灰』が付着していた。

 

 

「桃池くん! あぁ…『灰病』はよくなっていないのか。そんな体で“喰場”の死体漁りなんて……食材なんて僕が獲って来るというのに! そうだっ、この新鮮なミカドくんを咀嚼するといいッ! 味は僕が保証しよう! ただし一口目は僕が貰うけどね」

 

「食わせてたまるか! そっちがその気なら、今ここで貴様らの息の根を止める!」

 

「ちょ…月山さん誤解招くこと言わんといてください…! 大丈夫です、俺は全然大したこと無いんで…!」

 

 

イクマの方はやはり戦う気は無いようで、なんとか雰囲気をなだめようとする。それにしても気になるのは、「ドードー」と同じ「灰病」と呼ばれる症状だ。

 

 

「掘、『灰病』とはなんだ? 聞いたことの無い病だが」

 

「灰病とはッ…!!」

「貴様に聞いていない」

 

「灰病は喰種だけがかかる病気なんだって。こんな風に体の中が灰になるみたい。喰種はそのくらいなら再生するけど、症状が最悪の場合は体全部が灰になって死んじゃうらしい」

 

「僕ら喰種を蝕む悪病…月山財閥の技術と人脈を以てしても、未だ治療法や対策は確立されていない…!」

 

 

喰種は立場上、病院を頼りにはできない。そもそも喰種の医師なんてほとんど存在せず、再生力が高いのだから人間のように医療技術が発展することもない。情報コミュニケーションも人間のようにはいかないため、未だ病の原因すら掴めていないらしい。

 

 

「僕にもいつ病魔が襲い掛かるのかと思うと恐ろしいよ。だが例えそうなってしまっても、せめて息絶えるその瞬間まで…僕は美食を追求し続けたいッ!! 」

 

「なんとなく月山さんは大丈夫な気がしますわ…」

 

「Why?」

 

「バカは風邪ひかないって言うじゃん」

 

「ハハッ、この子ネズミ」

 

「茶番はそこまでにしろ。灰病とやらの話はもう十分だ。

俺は目的のためにファイズに接触する必要がある。その謝肉祭とやら、俺も行けばいいんだな」

 

「最初からそのつもりだと言ったはずだよ。君はこの美食家が直々に用意した珍味として、宴の皿に乗せられるのさ。安心したまえ、腕のいいシェフが君を最高の美味に調理してくれる!」

 

 

話が嚙み合っていないが当然だ。ホリチエという共通の知人がいるから戦っていないだけで、月山は常にミカドを喰う気だし、ミカドは常に月山を殺そうとしているのだから。

 

 

「…なんでふたりとも戦おうとしてんの?」

 

 

再び点火した殺気を、またしても吹き消したのはホリチエだった。

 

 

「何故…とは? 話を聞いていなかったのかい? 掘」

 

「この2体の喰種を殺し、招待状とやらを奪う。それでファイズに接触する。それ以前に人を喰う怪物を放置できるか」

 

「でもミカド君、月山君とイクマ君殺して招待状手に入れても、喰種のイベントに人間が紛れ込んでもバレバレだよ? 捜査官でもそんな作戦取れないと思うけどな」

 

 

喰種は嗅覚に優れており、人間と喰種を判別するのは容易い。いくら変身したとしても、何十何百の喰種に囲まれれば手も足も出ない。かといって、そうなればファイズに近づく方法は無くなってしまう。

 

 

「月山君とミカド君、利害は一致してるんじゃないかな」

 

「Hmm…?」

「…どういうことだ?」

 

「謝肉祭では色々な催しがあるって言ってたよね。だったらさ、『生きた人間を解体する』とか『その場でライブクッキング』とかあるんじゃない?」

 

「懐かしき“喰種レストラン”のように…かい? 確かに、その可能性は高いだろうね」

 

「それならミカド君は食材としてそこに潜り込めない? 一旦潜り込んじゃえば、調理される前に逃げれればミカド君の勝ちで、できなきゃ月山君の勝ちでいいわけだし」

 

 

ホリチエは何食わぬ顔で悪魔のような策を提示してきた。

自分からまな板の上に乗れという。しかし、外に護衛もいるとなれば、それ以外に有効な手段も見つからない。

 

 

「Wait! それでは僕にメリットが無いじゃないか! 元よりミカドくんの全部を持っていくつもりは無いんだ。こんなにも美味しそうなミカドくんを衆目に晒した挙句、大部分をゲストに食べられてしまうなんてェ……ガッデム! なんて悲劇だ!! 僕は絶対に許可しないィ!!」

 

「んー…あ、そういえば月山君。こんな噂聞いたんだけど、ちょっと耳貸して」

 

 

発狂する月山の耳元で、ホリチエが何かを囁く。すると、月山の昂ぶりは途端に勢いを弱め、代わりに目を大きく開いたかと思うと気味悪げに笑いだしたではないか。

 

 

「やはり僕は素晴らしい友を持った…僕のことをよく分かっているじゃないか、小さき僕のfairyよ! 君の言葉に僕はいつも惑わされる…まさに甘美な蜜を運び来るhoney beeさ!」

 

「妖精からミツバチって急に随分下がったね。それに月山君ハチミツ食べた事ないじゃん」

 

「ないけども。そうと決まれば喜びたまえミカドくん! 君を“生きて”かの祭りに招待しよう! 是非とも精々足掻き、僕の宴を盛り上げてくれたまえッ!」

 

「月山君は招待されてないけどね」

 

「ないけども」

 

 

月山が何を企んでいるかは知らないが、どうやら謝肉祭に潜入することは出来そうだ。そこでアナザーファイズの手掛かりを掴み、ファイズのプロトウォッチを手に入れる。そして……

 

 

「ファイズのウォッチは俺一人で手に入れる。日寺…貴様の出る幕は無い」

 

 

壮間が免許取得に現を抜かしているうちに、差をつけてやる。

そう固く決意するミカドの意識に、ふとアナザーファイズの姿が浮かび上がった。あの灰白色の体───ミカドの心に焦げ付いたある記憶が、徐々に濃くなっていく。

 

 

『こんなに誰かを救いたかったのに…皆に生きて欲しかったのに…

俺は……なんで生きちゃいけないんだよ…ッ!』

 

 

思い出すたび、心の結び目は硬くなる。

殺すんだ。力を持つ悪は殺す。これ以上、悲劇を生まないために。殺し続けるしかない。そうしないと、なんのために───

 

 

________________

 

 

謝肉祭の日が近づく。

招待された者、招かれざる客、イレギュラー…それぞれの理由で、彼らは宴へと赴く。

 

 

「アヤト…どういうことだ、なぜ今更あんな戯れの護衛を…」

 

「『ファイズ』が条件を出してきた。ヤツは『エト』の居場所を知っているらしい、働き次第じゃ案内してもいい…ってな。俺らはそれに縋るしかねぇ。行くぞ、ユミツ」

 

 

CCGによって半壊滅状態に陥った喰種集団『アオギリの樹』。青年の喰種、霧嶋アヤト───「ラビット」と女性の喰種、巴ユミツ───「墓盗り」は、組織再興のためマスクを着けた。

 

 

「謝肉祭…まっこと()()()な。折角の招待だ、私も楽しませてもらおう」

 

 

目玉を舌の上で転がし、「神父」はマスクの下で愉快に浸る。

監獄を破り味わう外の世界は、やはり愉しみと驚きに溢れた喜劇の舞台だ。

 

 

「見つけたぞ…コイツが『ファイズ』の───!」

 

 

〔CCG〕にて、過去十数年にも渡る資料の中で、ウリエはその可能性に辿り着いた。これが真実ならば、動き次第では計り知れない功績が手に入る。ウリエの心は既に決まっていた。

 

 

「先輩がお寝坊されたので、この右腕が代わりに出席致したところ…例の『謝肉祭掃討戦』、先輩のお力をお借りしたいとの次第。しかし我々とて別任務中…葛藤半兵衛…」

 

「じゃあ半兵衛と僕で行けばいいです。それに…いいことを思いついたですよ」

 

 

 

「……ッ!…フッ…!ふんッ…!

………ドナート…ッ!! 貴様は…必ず…!!」

 

 

椅子にもたれかかってお菓子をつまむ小さな捜査官と、胸元の十字架のロザリオに義憤を誓い、肉体を鍛え上げる巨躯の捜査官。

 

 

「夏が燻る。この季節はよく死ぬ。懐かしい匂いがするなぁ。

僕と一緒に熱狂しようぜ、灰になって遊ぶ『お祭り』だ」

 

 

物語に空いた大きな『穴』に、誰も気付くことはない。

変わってしまった世界で、穴の中で異物は孤独に執り仕切る。

 

祭が始まる。入場コードは『555』。

 

 




登場キャラ紹介。
恐らく最も知名度が高い喰種、月山習(CV宮野真守)。「:re」から登場する僕の推しこと東京喰種の草加枠、瓜江久生と、声はウルトラマントレギアの不知吟士。人間サイドのヒロイン、真戸アキラ。あと小説版のみのレギュラー、地方からミュージシャン目指して上京した喰種の桃池育馬くん。最後の方チラッと出た奴らも次回から暴れます。多いですね、頑張ります。

この多数のキャラの中で、ファイズに繋がる道は一体誰にあるのか……ミカドの過去にもスポットライトが当たり始めました。

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胃減る

火兎ナギ
アナザーダブルとアナザーゴーストに変身した少女。17歳。山梨県の人気スクールアイドル。人懐っこく子供っぽい性格で、可愛らしく無邪気な女子高生。しかし、その本性は清廉な人間を汚すことを生きがいとし、薬物、売春、賭博、窃盗、殺人、ガイアメモリ、あらゆる手段で人を快楽の沼に墜とし悦に浸る真性のサイコパスである。アナザーダブルの「つがい」となる人物を洗脳し仕立てあげ、スクールアイドルを次々と失墜させ、一時はスクールアイドルという文化を崩壊寸前まで追い詰めた。体を捨てアナザーゴーストとなってからは、桜内梨子の体を手に入れるため、深層心理下で彼女を操っていた。

本来の歴史では・・・とあるイベントでμ'sと対面し、友人関係を築く。そして「あるメモリ」を使って事件を起こしたことで、その才能がメモリ流通組織にまで知れ渡ることとなり……


ここ最近で全巻読んだ漫画、「ザ・ファブル」「ウソツキ!ゴクオーくん」「ゴールデンカムイ」の146です。もっと書けや、いい加減にしろって本当に。

ファイズの謝肉祭が始まります。ゲストたちがゴチャゴチャするためミカドが少し薄いかもですが。あと、東京喰種側の設定(赫子とかクインケ)は調べておくと読みやすいかもしれません。

今回も「ここすき」をよろしくお願いいたします!


充満する血の臭いに、薄暗さの中で光を反射する紅い瞳。

「祭」の準備をする「二人」のうち片方は、客のために用意した“肉”を爪でなぞり、近づいて来るような祭囃子に心を躍らせていた。

 

 

「トクベツな“ゲスト”と、“捜査官”に、“アイツ”も来てくれる? 今年は盛り上がる…また一緒に楽しく食べようよ。思い出すだろ? なぁ───」

 

 

一人は地面の下の闇に巣を巡らせる“蟻”の仮面。

もう一人は、血液の赤で仮面にその文字を示す。

 

無意味の意、空虚という存在、『Φ』を。

 

 

______________

 

 

 

夏休み。壮間はバイク免許を取るため自動車学校に通い、香奈は高校最後のステージに向けて練習に励んでいる中、ミカドはというと「美食家」月山に連れられ、20区の街外れの洋館に来ていた。しかも何故か正装して。

 

 

「Bonsoir、予約の品を受け取りに来たよ。ミセス・アサ」

 

「うっせーな。そのミセスってやつ気持ち悪いからやめろって言ってんだろ」

 

「Oh…質素だが味わい深い内装に似合わない、その野蛮な立ち振る舞い…相変わらずだね。君のWildなテイストに合わせ、店を模様替えすると客足も伸びると思うんだが…」

 

「面影はできるだけ残すんだよ。客が店に一々口出してんじゃねー」

 

 

ここは何かの店らしい。どうやら友人と言わずとも知り合いのようで、月山は「アサ」と呼ばれた若い店主と会話を弾ませる。月山が勝手に弾んでいるだけかもしれないが。

 

月山は「ミセス」と呼んでいたが、風貌は金髪ヤンキーの青年で背も高く、あまり女性には見えない。それよりもミカドが気になるのは、その独特な雰囲気。

 

 

「……“喰種”か」

 

「おいアンタ、あのツレ…人間だろ。どういうワケだよ?」

 

「おっとそうだった、彼…ミカドくんの胸元が寂しい気がするんだ。一つ刺繍を頼めないかい?」

 

「説明になってねーよ。なんで喰種が人間連れて来てんだって聞いてんだよ! しかも一目で勘付きやがった。何者だ?」

 

「よくぞ聞いてくれたね! これから件の『謝肉祭』だろう? 彼はそこでこの僕が用意したSpécialité…つまり食材さ! きっと花火の如く祭りを盛り上げてくれるに違いない…」

 

 

喰われる側とは思えない目付きの食材が綺麗な恰好で喰種の店に来た。月山も馬鹿ではないので通報される心配はないのだろうが、この珍妙な状況に流石のアサも「ワケわかんね…」と、その話はそこでやめにした。

 

月山はミカドから上着を剥がして、アサに渡す。

またしても喰種が目の前に現れ、ミカドは更に警戒を強めていた。街外れとはいえ喰種が店を構えているとは驚きだ。人間がここに入り込んでしまっては、まさしく蜘蛛の巣にかかったも同然なのだから。

 

 

(それにしては店が綺麗だし血の匂いもしない…今日は喰っていないだけか)

 

 

荒々しかったアサは急に黙り込み、渡された上着と向き合ってスイスイと針を布で泳がせていく。驚くほどスムーズな刺繍の手際。人喰いの怪物とは思えない繊細さだ。

 

 

「なぁアンタ」

 

「僕かい?」

 

「ちげーよ。そっちの、さっきから睨み付けてる人間のアンタだ」

 

「っ…!?」

 

 

刺繍から目を離すことなく、アサはミカドに話しかけた。当然身構えるが、どうにも戦おうとしている様子はない。ただ手は止めず、一つの質問を投げかけた。

 

 

「人間の客なんて滅多にこないからさ…なぁ、魚って…どんな味がするんだ?」

 

「何…?」

 

「気になって食ってみたこともあるけど、やっぱ臭ぇしグロテスクだしで食えなかった。よくあんなもん食えるよな人間って。どう感じてんのか気になるんだよ」

 

「人間がどう感じるか? 喰種がそれを言うか!? 罪なき人間を襲い、殺し、死肉を貪る悪趣味な怪物が!」

 

 

その言葉の大半は横の月山に向けられたものだが、当の月山は「魚の味、是非とも教えてくれたまえ」と知らぬ顔だ。アサもミカドの憤りを否定はせず、それ以上の事を聞くことはなかった。

 

 

「ほら、出来たよ。あと予約のマスク。なんでマスクでウチなんだよ、ウタさんとこ行けばいいだろ」

 

「ムッシュHySyのマスクも素敵だけど、やはりこの刺繍が美しいね。粗暴な職人の指が紡ぐ、この上なく丁寧な仕事……一流に相応しい。マダム・ツムギを越えたのでは?」

 

「馬鹿言うな。俺なんてまだ、ツムギの足元にも及ばねーよ」

 

 

急ごしらえながら美麗な刺繍と、同じく刺繍が施された仮面。仮面の方が時間をかけたため数段模様が凝られていた。喰種も人間の趣味くらい持つものなのだろうか。

 

月山はその『謝肉祭』用の仮面を仕舞うと、ミカドと共に店を去った。

 

 

「俺の正装が必要だったのか!? どうせ解体するつもりだろう!」

 

「ノン、この僕が持ち込む食材なんだ。一流を身に着けてもらわなくては、『美食家』の名が廃るというものさ」

 

「知るか! どいつもこいつも喰種の分際で……!」

 

 

今だけだ。ファイズに近づくため、協力関係を築いている今だけは我慢しなければならない。それが終われば纏めて駆逐する。喰種も怪人と同じ、悲劇を生み出すだけの悪しき力だ。

 

そして二人は足を運ぶ。今宵は遂に、謝肉祭の開催日。

 

 

_________________

 

 

「招待状を見せろ」

 

「この通り」

 

 

謝肉祭の会場は貸し切った山。自治体には普通の祭りと説明しており、表面上では喰種が人を喰うパーティーをしているなんて気付きようが無い。

 

月山はその中の入口の一つで、護衛の喰種に招待状を見せた。招待状はイクマのものだが、その点に関しては特に問題は無さそうだ。

 

その護衛はウサギの面を被った男の喰種。お互い、仮面をしていても匂いと雰囲気でその正体を察した。

 

 

「久しぶりだね霧嶋くん。君はあの時よりも更に研ぎ澄まされているようだ。お姉さんとは…フフ、まだ喧嘩しているのかい?」

 

「うぜぇんだよクソ美食家野郎。まだ生きてやがったのか。で、そっちの人間は」

 

「持ち込みの食材さ。再会を祝し、後で君にも一口分けてあげよう」

 

「いらねぇ。持ち込みはあっちのテントに持ってけ。人間の身体検査もそこでする」

 

 

手続きを済ました月山は、「来たまえ」とミカドを指定のテントに案内する。そことは別にサーカス会場のような大きなテントもある。ショーが行われるのはそっちだろうか。

 

ミカドがテントに入る寸前、高く建てられた物見やぐらの上に誰かが立ったのが見えた。恐らく会場のどこからでも見えるその人物は、赤く「Φ」と描かれたフルフェイスマスクを被った“喰種”だった。

 

 

「ようこそ僕の宴へ。さぁ巡り合った僕の同志たち! 今日は思う存分楽しんでいけ!」

 

 

月山がマスク屋でモタモタしていたせいで、祭が始まるギリギリになってしまったようだ。だが、高らかに開会宣言をしたその喰種の名を、ミカドは知っている。

 

 

「アレが『ファイズ』か…!」

 

 

その姿を忘れぬよう一瞥を網膜に焼き付けると、ミカドはテントに入った。身体検査に引っかからないよう、ジクウドライバーは持っていない。つまり戦う手段は無いが問題は無い。今回の謝肉祭潜入の目的は、あくまでファイズとの接触だ。

 

テントに入ると、ミカドと同じように連れてこられたであろう人間が数人いた。ただ、彼らは自分たちがこれから解体され、料理になるなんて全く思っていないに違いない。

 

 

(運よくライドウォッチの没収は免れた。ライドガジェットで暴れるくらいはできる。混乱に乗じてコイツらを逃がすとなると、リスクが跳ね上がるが…)

 

 

流石に騙されて喰われてしまう人間を見過ごすわけにはいかない。彼らは一方的な理不尽の被害者だ。喰種という悪鬼が生み出す、理不尽の。

 

ミカドの喰種に対する憎しみの源泉は、怪人や仮面ライダーに対するそれと同一。それを頭の中で確かめるたびに、ここに来る直前ホリチエと交わした会話を思い出す。

 

 

「貴様は行かないのか」

 

「うん。だって危ないし」

 

 

ホリチエは謝肉祭潜入には同行しないらしい。危険だから当然と言えば当然だが、彼女のことだから写真を撮るためなら来ると思っていたから意外だった。

 

 

「こう見えて私、死ぬのはちゃんと怖いよ。そりゃ近くでミカド君を観察したい気持ちはあるけど、流石に私じゃ逃げらんないと思うし」

 

「足手まといが増えないならこっちも助かるがな」

 

「ちょっと待って。行く前に一個だけ聞きたいんだけど…知らない喰種の世界に入って、色々知ったわけじゃん。君にはどう見える? 喰種のこと」

 

「どう見える…だと? 考えるまでもない。喰種は殺すべき悪だ」

 

 

ホリチエの質問に、ミカドは即答する。

その時の表情をカメラに収めるホリチエだったが、写真を確認するとやはり首を捻った。

 

 

「んー…イマイチ。それほんとに喰種への気持ち?」

 

「当たり前だ。そういう貴様はどうなんだ。喰種の友人がいたり、捕食現場を撮影したり、俺から見れば貴様も悪と変わらん」

 

「私の意見は変わらないよ。11年前、月山君の食事を撮ってからずっと。喰種の世界は…なんだか面白そう、それだけ」

 

 

ホリチエの心は正義感や倫理観で縛られたりはしない。あらゆる命を同じフィールドに捉え、自分の好奇心のままに写真を撮るだけ。言ってしまえば喰種と同じ、限りなく本能的な生き物だ。

 

ミカドはそんなホリチエを理解できなかった。

自分自身の本能とは何だ。2015年で小原鞠莉に突き付けられた言葉がフラッシュバックする。

 

 

『なんで本音で話さないの』

 

「黙れ…貴様らに何が分かる!」

 

 

次々に浮かび上がる言葉を噛んで潰すように、ミカドは強く呟いた。

それに気づかれたのか、テントの中の少女が1人、こちらをじっと見てくる。

 

 

「…独り言だ。こっちを見るな」

 

「あなたはなんでここに来たですか。普通の人が入って来ちゃだめですよ~。これから、とっても危ないお祭りなのです」

 

 

その少女はまた妙な雰囲気だった。不自然なほどに黒い髪に、目元と口元に赤い糸の縫い糸が見える、人形と言われれば納得してしまいそうな姿だ。

 

それより言葉の意味が戦慄を呼ぶ。彼女はこの祭りが何なのか分かっているのか。

 

 

「ただのステージのアルバイトだ、ここにいる者は全員そうだろう。それに祭りはとっくに始まっている」

 

「そうですか…それにしては眼が据わっているように見えましたが」

 

 

月山やアサのような喰種の雰囲気とはまた違うが、注意はしておくべきだろう。

 

ミカドは没収を免れたファイズフォンⅩで、会場に放ったタカウォッチロイドが撮影する映像を確認する。立ち食いの屋台もあり、客たちに飲み物が運ばれ、それぞれのステージで踊りや商いが行われ、実に盛況だ。

 

ただ屋台で焼かれているのは人の肉で、串に刺さっているのは目玉。飲み物は血を腐らせた血酒。ステージ上で売られているのは人の死体。肉が焼けた匂いに豚も牛もヒトも大差はないから、麓の人間たちに気付かれることもない。

 

準備から宴の当日まで、実に大胆かつ巧妙に人間世界に溶け込み、欺いている。本当に吐き気のする光景だ。怒りで気がどうにかなってしまいそうだった。

 

 

「はーい、バイトの皆さん出番です! 2人ずつステージに行って、説明した通りにお願いしまーす!」

 

 

説明は渡された紙に書かれた通りだが、当然フェイクだ。ステージに上がれば喰種に解体されて、皿の上に乗せられ喰われるだけ。

 

 

「俺が行く」

 

 

ミカドが真っ先に手を挙げ、解体ショーへの片道切符を手に入れる。

そして指定人数のもう一人も同時に埋まった。さっきの奇妙な少女が手を挙げたのだ。

 

 

_______________

 

 

謝肉祭が始まり、〔CCG〕の「ファイズ討伐作戦」も開始された。

内部から流出した出席者リストから危険度の高い喰種が多数確認され、この作戦は万全の配置で遂行されることとなった。とはいえ敵の配置は不明であるため、内部に潜入した捜査官が1人と、それ以外は戦力を分散させる形となっている。

 

 

「ンン瓜江ボーイ…士気は十分かね?」

 

「無論です」

 

「空回りはしねぇようにな。最近のお前は若干目に余る」

 

「留意します」

 

 

主にSレート以上の捜査を担当する、〔CCG〕の主戦力の一つであるS1班。巨体の英国紳士のようなS1班班長、田中丸望元特等捜査官。現場に慣れたベテラン感が滲み出るS1班副班長、富良太志上等捜査官。その2人の言葉に最低限の返答を返しながら、ウリエは昂る気持ちを抑えていた。

 

 

「(内部には大量の喰種、討伐数が稼げる。それに俺の掴んだ情報が正しければ…巨大な功績は俺のものだ)」

 

 

内部に突入しようとするS1班に、暗闇に紛れた複数の赫子の急襲。

手練れの集まりだけあって不意打ちは捌くS1班。ウリエは即座に「兜」を起動し、襲い掛かった影の頭を狙って刃を振り下ろした。

 

 

「喰種を複数体確認。最高レートは…」

 

 

ウリエの一撃は躱された。いずれも強力な喰種であろうが、一つだけ〔CCG〕の記録に残った仮面がある。それは、髑髏と立ち入り禁止を合わせたような模様のマスク。その手に持つのは捜査官から奪った刀のクインケ。

 

 

「Sレート『墓盗り』です」

 

「クインケ奪うっつうアオギリの残党か。Sレートだ、油断すんなよお前ら」

 

「手癖の悪いお嬢さん…ふぅンッ…お仕置きタイムだっ!」

 

「特等捜査官、相手にとって不足無し。貴様の墓標(クインケ)も頂こう」

 

 

______________

 

 

同刻、同じく作戦に参加した真戸班。

S1班とは異なる方向から突入を試みており、当然それを止めようとここにも喰種が現れる。

 

 

「不知、援護しろ」

 

「っ…ウッス!」

 

 

班長のアキラは女性捜査官ながら前線を張る猛者。その手に持った背骨のようなクインケ、“鱗赫”「フエグチ」が不用意に攻めて来る喰種の首を斬り落とす。

 

「フエグチ」は更に自在にうねり動き、逃げようとした2体の喰種の胴体を両断した。しかし、反撃を狙った喰種が跳躍し、弾丸のように飛ばす赫子“羽赫”を展開。空中からアキラを貫く気だ。

 

 

「テメェ…させるかよッ!」

 

 

シラズが構えたのはピストル型のクインケ、“羽赫”「ライ」。威力を抑えた精密連射銃で、 シラズが放ったうちの一発が喰種の「赫包」に命中。「赫包」が損傷すれば、並の喰種ならしばらく赫子は使えない。

 

その隙に他の班員が落下した喰種を仕留めた。これで襲って来た敵は全員のようだ。

 

 

「いい狙いだったな不知一等。やはりその『ライ』はしばらく貸しておくことにしよう。火力に偏るクインケばかりでは部隊のバランスが悪い」

 

「あ、あざっス…」

 

「…気にしているのは瓜江のことか?」

 

 

特段気にしていたつもりは無いのだが、やはりアキラは冷血なようで班員がよく見えている。シラズはつい申し訳無さそうに頭をかく。

 

 

「まぁ…別に前から相棒!とかそういうのじゃなかったし、仲良かったわけじゃないんスけど。でもやっぱ元は同じチームだったわけで、アキラさんにもあの態度はなんかちげーんじゃねーかって…!」

 

「なら次に会った時、そう言えばいい。胸ぐらでも掴んで一発殴ってやるのはどうだ」

 

「いや、オレらもう青春の喧嘩する歳じゃねぇっスよ…」

 

 

シラズはウリエを仲間だと思っている。捜査官としての才覚に差があるのは分かっているが、叶う事なら前のように共に並んで日々を過ごし、高め合いたい。

 

何故そこまでそう思うのかは分からない。が、アキラの言う通り、次に会ったらもっと向き合いたいと強く思った。

 

もっとも、次に会えるなんて淡い未来予想は、新たに現れたその姿にかき消されたのだが。

 

 

「総員警戒態勢! 気を引き締めろ死ぬぞ!」

 

 

アキラは声を張ると同時に振り返って班員を確認。まだ誰も死んでいないだけでも幸運だった。この喰種には、瞬きの隙に部隊を壊滅させるだけの力がある。

 

 

(ラビット…つーことはアイツがアキラさんの……!)

 

 

黒いウサギのマスク。アキラにとっては運命的とも言える配役だ。

会場内の喰種の中でも最強クラス、SSレート「ラビット」。

 

 

「私の指揮で動け。そして死ぬな。喰種(クズ)は───駆逐だ」

 

 

_____________

 

 

 

ミカドと少女がステージに案内された。そこはフェンスで囲まれ、逃げ場のないリング。それを場所狭しと囲うのは、マスクを被った無数の喰種たちだった。

 

ミカドたちの前にいたのも喰種だった。月山の話によると、こういうステージでの解体は喰種が飼う人間である「飼いビト」が行うのが普通らしいが、今回は人間を殺すのが好きな喰種がやるという。とびきり悪趣味な道楽だ。

 

 

「さぁ、まずは2人! 何も知らない若い男女がキッチンに上がりました! 男の方は締まった肉体で食べ応えは抜群! 女の方は見目麗しく、頭部愛好家の方も満足な一品!……?」

 

 

喰種の実況が勢いを弱め、少しだけ会場もざわつく。本来は人間側のパニックも楽しむものだが、ミカドが全く動揺していないから調子が狂ったのだろう。

 

しかし、それはミカドも同じだ。隣の少女もミカドと同じく、一切動じず喰種をじっと観察していたのだから。

 

 

「チッ…おいおい、恐怖でフリーズってそれ一番つまんねーよ。何のために生きたまま連れて来たと思ってんだ? もっと空気読めよ人間がよぉ」

 

 

盛り上がりに欠けるのが不満なようで、喰種は攻撃してこない。

ならばとミカドがファイズフォンⅩを準備。

 

 

(このまま会場を荒らし、ファイズまで辿り着いてやる。屑の祭りはここでお終いに───)

 

「なんかこういうの、懐かしい感じですね」

 

 

ミカドがファイズフォンⅩを構えるのと同時に、少女が右足を踏み出した。会場に響く金属音。釘付けになる全員の視線。()()した少女の右足(義足)から現れた、幾本ものナイフ。

 

 

「な……!?」

 

「もっと盛り上げましょう。せっかくのお祭りなのです」

 

「おい、ちょ、待───」

 

 

少女が義足からナイフを引き抜き、目の前の喰種の頭部をめった刺しにするのは、喰種が赫子を放出するよりも遥かに速かった。

 

瞬殺。解体家の喰種は死に、処理しきれない展開の中で、その正体を知っている誰かが名前を呟き絶望を広げる。

 

 

「鈴谷───!?」

 

 

その名前が出た途端、会場は破裂せんばかりのパニックに包まれた。一人の人間を前に、喰種の誰もが我先にと逃げ出そうとする異様な光景。

 

〔CCG〕S2班班長、鈴谷(すずや)什造(じゅうぞう)特等捜査官。人間側のバケモノとも称される特等の中で、最年少にして異次元の強さを誇る捜査官。その名は、多少荒事に触れている喰種ならば誰でも知っている。

 

 

「逃がしませんよ…」

 

「ッ…待て貴様!」

 

「はい?」

 

 

喰種を追おうとする什造を引き留めたのはミカド。()が捜査官なのは問答せずとも分かる。問題なのは、なぜ捜査官がここに居るのかだ。

 

 

「やっぱり知ってましたね。ここが喰種のお祭りだって。見たことのない顔です、捜査官じゃないですよね?」

 

「質問するのは俺だ。喰種捜査官はこのイベントを殲滅するつもりなのか。答えろ」

 

「はい。僕は中からグチャグチャにする役です。一般人さんは逃げてください」

 

 

なんとも緊張感のない可愛げな声と表情だが、さっきの一瞬を見てからだとそれが一層恐ろしい。悪魔か死神か、そういう類の何かに見えてしまう。

 

それはともかく、捜査官の突入は想定外だ。下手すればファイズに逃げられる可能性もある。しかし、この鈴谷の力を利用すれば、ファイズに辿り着く可能性が高まるかもしれない。

 

 

「俺も目的は同じだ。戦う手段もある。『ファイズ』を殺すつもりなら俺も協力してやる」

 

「結構です。危ないので逃げてください」

 

 

什造はミカドをあしらい、ナイフ形クインケ───Bレート“尾赫”「サソリ1/56」でフェンスを切り裂き喰種を追った。

 

流石は国家公務員。危険な作戦に一般人の協力を受けるわけがない。

そう来られたのならミカドも手段は一つだ。少し苛立つ神経を落ち着かせ、ミカドもテントの外に飛び出した。

 

 

「最後まで話を聞け貴様!」

 

《Single mode》

 

 

什造が外で戦っていたうちの一体の喰種に、ブラスターモードにしたファイズフォンⅩの発砲が命中。破壊光が喰種の体組織を崩壊させ、無力化した。

 

什造じゃなければどうという事はないと、他の喰種もミカドを狙う。しかし、繰り出される赫子の攻撃は月山より数段劣っており、ミカドはそれを落ち着いて潜り抜ける。そして、短い戦いの末、ミカドの発砲が的確に全ての喰種を貫いた。

 

 

「おぉ、すごいですね。でも…」

 

 

喰種の再生能力は異常。破壊された体をすぐさま再生させ、立ち上がる。

しかし、立ち上がった彼らが見たのは飛び掛かって来る什造の姿。それを認識した次の瞬間には「サソリ」が眼球を貫いており、別の喰種は喉を裂かれ、頭を刺され、瞬く間に全ての喰種が息絶えたのだった。

 

 

「トドメはちゃんと刺さなきゃダメですよー。でも嘘じゃなかったですねぇ。捜査官じゃないのにこんなに強い人は初めて見たかもです」

 

「…貴様の強さの方が余程非常識だ。これで分かっただろ、俺は戦えると」

 

 

鈴谷什造は少年か少女のように見えて、実年齢は25歳。19歳で〔CCG〕に入局し、死線を潜り抜け続けてきた猛者の目は、ミカドを「それなりの手練れ」と判断した。ただ、一つだけ目立つ違和感を、什造は隠さず指摘する。

 

 

「ヒトを殺したことは無いですか?」

 

 

什造の目が全てを見透かし、その言葉がミカドの触れて欲しくない部分を抉る。腹の底から逆流する何かが声を引きずり、返しの言葉がミカドの口から出てこない。

 

 

「喰種を殺せないなら、やっぱり帰った方がいいですよ。ここから先は殺さないと死んじゃう場所です」

 

「……侮るな…ッ!」

 

 

ミカドは什造が投げた「サソリ」を一本、死体から引き抜く。そして、射撃で逃げる喰種の脚を射抜き、機動力を奪って「サソリ」でその首を掻っ切った。

 

 

「…はぁ…っ…俺は、ヒトを殺した覚えは無い……コイツら喰種も、怪人も、仮面ライダーも……! “ヒト”ではないバケモノだ…!」

 

「…そうですか。あんまりこういうの、向いてるようには見えないんですけどねえ…」

 

 

駆け出した什造の後を、ワンテンポ遅れてミカドも追った。

 

 

______________

 

 

ウリエたちS1班はSレート「墓盗り」と対峙。墓盗りが持つ刀のクインケは恐らくB~B+相当の“尾赫”クインケで、墓盗り本人の赫子も“尾赫”と割れている。

 

だとすれば一切問題は生じない。赫子には相性が存在し、尾赫に対して有利なのは“羽赫”。“羽赫”のクインケに関しては、最強クラスのものがここにある。

 

 

「ハイアー……マ~~~~~インド!!!!!!

 

 

田中丸望元の叫びと共に、双眼鏡のような形状の大砲クインケから波動砲が解放された。真っ向から喰らった喰種の体が焼け消え、残された手足頭がバラバラと苔の上に落ちる。

 

SSレート“羽赫”「ハイアーマインド(高次精神次元)もしくは天使の羽ばたき(エンジェルビート)」。その破壊的火力の前に、大抵の喰種は風で吹き飛ぶ紙切れに等しい。

 

 

「随分と派手なクインケだな…!」

 

「ショーの主役は派手な方が良いだろう!! 我がハイアーマインドもしくは天使の羽ばたきの風を再び喰らい、今度こそ吹き飛びたまえ盗っ人ちゃんっ!! ハイアーっ……!!」

 

 

射出される前に墓盗りは望元の懐に入り込む。しかし、刀のクインケでは間合い不十分。到達する前にエネルギーが解放されてしまう。だが、それは刀の間合いならという仮定に過ぎない。

 

その瞬間に墓盗りの三本の尾赫が解放され、破格の速度と切れ味で望元が抱えていたもう一つのケースを破壊した。それは「ハイアーマインドもしくは天使の羽ばたき」のエネルギーバッテリー。

 

 

「マイ・エンジェル!! の燃料!!」

 

 

ついでに尾赫が望元の脚をかすめたことで体勢が崩れ、僅かに砲撃の射線がズレた。それによって紙一重で砲撃を回避した墓盗りは、そのまま敵陣に突入する。

 

瞬間の判断。例え攻撃の直後だろうと、特等捜査官はそう簡単に仕留められない。そこで狙ったのは、他の喰種と戦闘していた富良太志上等。その不意を狙う。

 

 

「富良くんッ!」

 

「わかってます」

 

 

別の喰種の相手もしながら、富良の鞭のようなクインケが墓盗りの尾赫を弾いた。A+レート“尾赫”クインケ「ランタン」がしなり、2体の喰種を一度の動きで切り裂いた。

 

一体は即死だが、墓盗りは咄嗟の回避で傷が浅くすんだ。そして、今の一連の戦闘でハッキリしたが、この部隊と戦うには墓盗りの力量では厳しい。

 

 

「グッジョブだよ富良くんッ!! しかしあのまま潜り込めば我がハイアーマインドの『近接モード』の餌食になっていたものを富良君を狙うとは…卑劣に勘のいいお嬢さんだことだ!」

 

「まぁ流石はSレートってとこですね。この感じだと、もう少し粘りそうか…」

 

 

恐らく墓盗りを仕留めきるのには少々の時間を要しそうだ。その呟きで焦りを覚えたウリエは戦っていた喰種を仕留めると、富良に進言する。

 

 

「雑魚は大方駆逐し終わりました。最高レートは墓盗り、田中丸特等と富良上等で駆逐に十分なのは明らかです。このまま無駄に戦力を余らせていれば、内部の『ファイズ』に逃げられる恐れがあります」

 

「…っておい待て瓜江!」

 

「俺がこのまま突入します(墓盗りの分配される手柄より、『アイツ』の手柄だ)」

 

 

上司の判断を聞き届けることなく、瓜江はほぼ独断で謝肉祭会場に突入。特等と上等相手で門番をしている余裕はなく、墓盗りのガードを通り抜けることができた。

 

 

「あの野郎、勝手なことしやがって…若ぇヤツはこれだから! お前は有馬じゃねぇんだぞ馬鹿野郎…!」

 

 

遭遇したのがSレート程度で幸運だった。そうでなければ突入の機会はなかっただろう。そんな風に己に巡って来た好機を反芻し、昂る呼吸でウリエはある仮面を探す。

 

外で戦闘が起こっていたにも関わらず、妙な事に会場の喰種は気付いていなかったようだ。捜査官の出現で会場の喰種が騒めくが、ウリエにとっては大した功績にもならない雑魚に過ぎない。

 

ウリエが探すのは「ファイズ」…ではない。そちらは潜入した什造が探しており、手柄を持っていかれるのが目に見えている。だからウリエは過去の捜査資料から功績の鍵を探しまくった。

 

 

(「ファイズ」の初出現は15年前、捜査官と複数回対峙したがどれも逃げられている。それに加え奴が行った捕食、謝肉祭準備の活動、どれも単独だとは考えにくい)

 

 

「ファイズ」には仲間がいるというのがウリエの結論。そして、その正体も特定した。2003年辺りに数回の記録が残っており、ファイズの出現と同時に姿を消した喰種。現場に残った赫子痕や目撃証言などを照らし合わせても明らかだった。

 

 

「…やはりいた! 白い髪の、蟻のマスク!」

 

 

会場の一角に、辺りを観察していたような喰種がいた。その特徴は15年前の記録と一致している。予想通りの展開に笑みが零れてしまう。

 

 

「捜査官…やっぱり今年は来たか。言った通り、思った通り…? わかんないね。フクザツだな、私の人生はずっとそうか」

 

「ファイズの仲間の喰種…『パラポネラ』、駆逐する(俺の功績!)」

 

「まぁアレだ。年に一度のお楽しみだから、あんまり邪魔しないでくれないか」

 

 

___________________

 

 

今回の作戦には相当の戦力が投入されており、用意された護衛も突破され会場に続々と捜査官が突入し始めた。それに伴い、会場は完全にパニック状態に。この状況に数点、什造は妙な違和感を覚えていた。

 

 

「なんで山なのでしょう」

 

「な…いや、確かにそうだが」

 

「山だとぐるっと囲まれちゃいます。実際、捜査官がこの山のたくさんの方角から攻めてきたせいで、中の喰種は逃げたくても逃げられません」

 

 

冷静に話しているように聞こえるが、什造とミカドは今も喰種との戦闘の最中だ。逃げられないと気付いた連中が自棄になっているせいで、先程までより数段厄介な動きをしてくる。

 

しかし、什造の戦いぶりは全く動じない。次々に襲ってくる喰種の急所を「サソリ」で抉って最速で処理。近づかれると厄介な敵には「サソリ」を投げつける。尚且つ常に手数を減らさないよう、数本の「サソリ」を投げ上げて空中でキープしている。しかもこれをやりながら会場を駆け回り、「ファイズ」を捜しているのだ。

 

柔軟な体と異常な反射神経に身体能力、そこに天才的戦闘センスが加わることで成される超絶技巧のナイフ操術。取りこぼしもほとんど無く、ミカドの手が余ってその戦いを悠々と観察できてしまうくらいだった。

 

 

「まあ、それは『ファイズ』に聞いてみるしかないですねえ。ぜんぜん見つからないですけど」

 

「…いいや、それならたった今見つかった」

 

「本当ですか?」

 

「会場に放った“目”が、開会挨拶をしていた仮面を見つけた。ここから距離があるな…」

 

 

什造もタカウォッチロイドの映像を確認し、場所も把握。ミカドに近寄ったことで、什造はその腕についているウォッチに興味を示した。

 

 

「変わった時計ですねえ。“バイク”ですか?」

 

「おい貴様、勝手に触るな!」

 

 

什造が玩具で遊ぶようにウォッチを触っていると、偶然変形機構が起動してしまい、ウォッチがライドストライカーに変形してしまった。

 

 

「おぉ! 本当にバイクになりました。クインケみたいです。これちょっと借りますね」

 

「何? ふざけるな、俺のバイクを勝手に……!」

 

「小っちゃくなるのは…これですか? お、小っちゃくなりました」

 

 

什造はライドストライカーをウォッチに戻すと、全速力で走り出した。向かっているのは、何かのパフォーマンス用であろう高台のステージ。ミカドより速いため、当然だが追いつけない。

 

喰種たちをかき分けてステージに到達すると、今度はまたウォッチをライドストライカーに変形させた。方向を調節している所にミカドも到着。

 

 

「ん…こんな感じですかね」

 

「待て貴様まさか!?」

 

 

バイクにまたがった什造に嫌な予感を感じたミカドは、急いで自分も後ろに搭乗。その瞬間にバイクのエンジンが唸りだし、あっという間に加速し、そして───

 

 

高台のステージを飛び出し、バイクは宙を駆けた。

 

 

「あ、見つけました」

 

 

什造はファイズの姿を肉眼で捉えた。しかし、どう考えてもバイクの飛距離が足りない。そこで什造は飛行するバイク上で立ち上がり、車体を蹴って更に跳躍した。

 

後部座席のミカドを置いて。

 

 

「ふざけるな貴様ァァァァァ!!!」

 

 

反応が遅れたミカドはライドストライカーと共に墜落。

それを全く気にせず、什造はファイズへの放物線の途中で「サソリ」を構え、着地と同時にファイズの体を抉り斬った。

 

しかし、その不意打ちは赫子で防がれたようだ。派手ではないが、祭のパレードに連なっていそうな謝肉祭らしい衣装に「Φ」のマスク。赫子は肩甲骨の辺りから放出されており、“甲赫”であることが分かる。

 

 

「反応や良し…ですね。ドロドロの甲赫で、しかも“灰色”。報告通りの姿です」

 

 

通常、硬度が高いはずの甲赫が、液体のように不定形をとっている。しかも細胞の塊である赫子は赤色や紫色であるのが決まりのはずなのに、ファイズの赫子は完全な灰色。

 

これは「灰病」の末期症状だが、それなら赫子は衰弱し、ここまで大きくはならないはず。さらに言えば、この症状で何年間も暗躍なんてできるはずがない。

 

 

「追いついたぞ…貴様に言いたいことはあるが、まずは貴様だファイズ!」

 

 

大破したライドストライカーを置いて、ミカドも什造とファイズの対峙に追いついた。

 

ファイズとの接触には成功。しかし、状況は想定と異なる。

捜査官と共に遭遇してしまったせいで戦闘以外の選択肢が無い。喰種ならいいが、敵はアナザーライダーに変身するのだから仮面ライダーへの変身能力は必須だ。

 

 

「ナイフに銃。敵…“白鳩”か。よしてくれ、僕の祭りをォ…邪魔すんなッ!」

 

 

赫子は液状のようだが、「サソリ」の刃が立たないレベルの硬さは健在。もう一対の腕のように自在に動き、什造とミカドの姿を地面ごと削り取る。

 

ミカドの射撃は赫子の間をすり抜けたが、ファイズ自身の反応も良く容易に避けられた。これまでの喰種とは違い、什造の動きに対して赫子の防御を適切に操っている。

 

 

「強いですね。推定レートはS+でしたか」

 

「チッ…ならば協力しろ。変身もされずこのザマでは話にならんぞ!」

 

「大丈夫です。僕ひとりで勝てそうですので」

 

 

さっきから什造はミカドと連携を取らない姿勢を貫いている。什造の実力が飛び抜けているから、それは当然のこと。S+レートの基準は平均の特等捜査官と同等なのに対し、什造の強さは最強格の平均では収まらない。

 

 

「いきますよ。その素敵なマーク、切り取って飾ってあげましょう」

 

 

赫子は「サソリ」じゃ切れない。だから什造は赫子に関しては回避に徹し、懐に入り込もうとする。しかしファイズもそれを分かっているようで、什造に対して間合いを詰めようとしない。

 

ファイズの赫子は薄く広げても「サソリ」の強度を超える。だから目一杯面積を広げ、延長し、距離を保ったまま什造を追い詰める。什造の弱点を強いて挙げるなら、馬力不足とスタミナ不足。あからさまに相性が悪い敵だ。

 

 

「面倒ですねえ」

 

「鈴谷什造、有名税ってヤツだよ。ピエロと祭り屋は有名人が好きなんだぜ。捜査官の踊り食いっていうのも、いい余興だよなぁッ!!」

 

「余興ならもっといいものがありますよ。ここにいる全員“皆殺し”です」

 

 

ギアが切り替わった。什造の動きが一段階速くなった。

手数を使い切る勢いで「サソリ」を投擲。どれも弾かれるが、弾かれたものから再びキャッチして異次元の動きで別方向から更に投擲。

 

そうして防御が什造の思うままに操られる。その導きのまま抜け道も作られ、いつの間にか什造はファイズの間近に。

 

 

《Burst mode》

 

 

防御ががら空きになった一瞬で、ミカドのファイズフォンⅩの三点バーストが火を吹いた。それによってファイズの動きが、什造を前にして止まってしまう。

 

 

「いらないって言ったのですが…」

 

 

そこからコンマ数秒。反応しきれない速度の斬撃が、ファイズの体の随所を切り裂く一瞬の未来が見えた。死ぬ、そう本能が判断し、ファイズの姿が喰種からアナザーライダーへと切り替わる。

 

 

《ファイズゥ…》

 

 

体の外側が黒色で、血管のような赤いラインを境に灰白色。黄色い複眼の奥には複雑な模様の化け物の顔が見えた。その姿はこれまでのアナザーライダーにはあった「モチーフ」のようなものが感じ辛く、敢えて言うなら「半機械の生物」のようだった。

 

左肩には写真では見えなかった「2003」の文字が。この情報だけでも接触した価値があるが、それで退散できるような状況ではなさそうだ。

 

 

「あれがファイズの“赫者形態”ですか…やっぱりなんか違う気がするのです」

 

 

アナザーファイズの間近にいたはずの什造は。直感的にミカドのところまで退避していた。

 

 

「あの鎧、多分『サソリ』じゃ切れません。それになんか…()()()()感じがするです。なんにしても『ジェイソン』無しでは分が悪いですねえ」

 

「勘が良いな、嗅覚というやつか? 察しの通り、今の俺達にヤツに対する有効打は……」

 

 

アナザーファイズに変身しても、肩から生える赫子は健在。腕のように使っていた赫子を今度は両腕に纏わせ、“甲赫”らしいサーベルのような刃を創り出した。

 

ドロドロの赫子を撒き散らしながら、刃が地面を裂く。ベースが人外な分、アナザードライブやアナザーゴーストよりも遥かに人間離れした動きをしてくる。生身のままではいずれ真っ二つにされ、喰われてしまうだろう。

 

ミカドが自分の死を感じ始めた頃。例えるなら花火、クラッカー、飛び込みのゲスト、宴を沸かせる何でもいい。ヤジを飛ばすように、その死線にソレは投げ込まれた。

 

 

「───ジクウドライバー!? まさか…月山か!」

 

 

ジクウドライバーは隠して来た。誰も信頼できなかったため場所は教えなかったのだが、これを持っているとすれば月山しかいない。

 

什造がいるからか月山は姿を見せないが、ミカドにとってはどうでもよかった。アナザーファイズの攻撃が什造に向けられている隙に、ドライバーを装着する。

 

 

《ゲイツ!》

 

「変身ッ!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

装甲を纏い、ミカドもまた人外の力を手にする。仮面ライダーゲイツは暴れるアナザーファイズを横から殴り飛ばすと、飛び散って仮面にかかった赫子を地面に払い落とした。

 

 

「おお…今度は“赫者”のクインケみたいです、凄いですねその恰好。顔にひらがなが書いてあります。面白いです~」

 

「ふざけた格好なのは承知の上だ。だが、これでも俺は戦力外か捜査官?」

 

「…いえ。確かにこれは…いっしょにやった方がラクチンそうです」

 

 

敵はアナザーファイズ。ミカドと什造の共同戦線がようやく成立した。

その光景を隠れながら観察していたのは、ミカドにジクウドライバーを届けた月山だ。

 

 

「あぁミカドくゥん…まさか捜査官まで来るとはサプライズだが、これもまた食前のパッフォーマンスッ!だと思えば悪くは無い。君が美味しくなっていく様を、僕はここから観劇させてもらうよ」

 

 

月山の食欲を更に搔き立てるのは、ホリチエに囁かれた一つの噂話。

 

 

「謎の“喰種”『ファイズ』は……『隻眼の喰種』…!! 人間と喰種が混じり合った伝説的な存在、体験し難い珍味ィ! そんな至上の食材たちが戦い、死力を吐き出し尽くしたところでこの僕がぁぁァッ……! 2人セットで……くぅゥッ! フォォルテッッッシモォォォオォッ!!」

 

 

_________________

 

 

多方で防衛線が突破され、会場に捜査官が雪崩れ込んでいるのを感じる。感じながらも、その喰種は一切気に掛けることなく、己の手で殺めた捜査官たちを喰らっていた。

 

その老いたロシア人の男の喰種は、その服装の通り「神父」と呼ばれていた。その名は「ドナート・ポルポラ」。つい先日まで喰種収容所「コクリア」に幽閉されていた、SSレートの極めて危険な喰種だ。

 

喰種は生きている以上ヒトを殺す、存在が罪な存在。そんな喰種だが彼の「罪状」は飛び抜けて残虐非道。彼はカトリック系の孤児院を営み、そこで預かった孤児を己の手で育て、そして喰らっていたのだ。

 

 

「弱い。動きにも思考にも切れがない奴らばかり。『灰病』とやらで活発な喰種が減り、平和ボケでもしていたのか。全く嘆かわしいな」

 

 

「ファイズ」に頼まれ謝肉祭にやって来たが、彼にとっては存外つまらない結果に終わりそうだ。中の喰種を助けてやる義理も無い。このまま逃げ去ろうとしていた、その時。

 

 

「…ドナートッッ!!!

 

 

迫る鬼気。死神の足音と呼ぶには壮大過ぎる。殺意と恨みの炎に焼べられ、何年もの間煮え続けた溶岩のように滾る憤怒が、響く声と力で爆発する。

 

突撃する巨体が突き出すスピア型クインケ、“甲赫”/“尾赫”「ドウジマ・改」は、ドナートが繰り出した十字架の集合体のような甲赫の防御を抉り取り、貫いた。

 

 

「クックッ…ようやく楽しめそうな相手が来たか。久しぶりだな鋼太郎、我が愛しき息子よ」

 

「黙れッ! 何度も言ったはずだ、俺は貴様を父親と思わない! この胸に燃える憎しみだけが…貴様という悪鬼と顔を合わせる理由だ!」

 

 

彼は喰種捜査官。かつてドナートの孤児院で育ち、偶然その捕食を知ってしまった。それでも彼は生かされ、ドナートの嘘と共に生きることを強いられた。その殺戮を知りながら何もできなかった無念、そして罪は、彼を「正義」へと駆り立てた。

 

亜門鋼太郎特等捜査官。彼は正義を掲げる捜査官の理想像そのもの。

首にかけたロザリオは孤児院から持ち続けた唯一の品。戒めと義憤をロザリオに託し、この間違った世界を正すため、亜門は目の前の悪魔を駆逐する。

 

 

「ずっと分からなかった。貴様が何故、俺を生かしたのか。その答えを探そうとも思った…だが! もう答えなんて必要無い!! 貴様は今、ここで駆逐するッ!!」

 

 

命が集まる。因縁が絡まる。恨み憎しみ連鎖は続く。歪み企み矛盾で溢れる。解かねばならない。結び目は「Φ」の印が示すままに。

 

感覚が鋭い“喰種”であるアナザーファイズは、戦いながら感じ取った。この会場の何処かに、自分と同種の力の欠片───ファイズのプロトウォッチを持つ者がいると。

 

力が引き合い出会うその時まで、祭はまだ終わらない。

 

 




冒頭に登場した「アサ」は、「小説版東京喰種[空白]」のキャラです。表紙でビジュアルも確認できます。
色々と各地で話がスポーンしてますが、そのうち幾つかはファイズ編の本筋に全く関係ないやつです。逆に言えばちゃんと関わって来るキャラとか話とかもあるので、ご安心を。

次回はもつれた話を戦闘しながら解く作業です。

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なんでも買える家

朝陽
仮面ライダーゴーストに変身した青年。享年21歳。戦時中に眼魔に殺されて幽霊になり、2015年の春に仮面ライダーゴーストとして一時的に体を得た。長い時間を過ごしたためか達観した穏やかな性格だが、死人ジョークは千歌たちに不評。アナザーゴーストの妨害で奇跡が起きず、99日のタイムリミットで消滅した。2015年では消滅を察して姿を消していたが、壮間の「英雄への憧れ」、ミカドの「命を燃やす生き方」を認め、仮面ライダーゴーストの力を託した。修正された歴史では、戦争が終わった直後に体が限界を迎えて亡くなったが、親友の手によって手厚く葬られた。

本来の歴史では・・・99日のタイムリミットを2度乗り越え命を超越した存在になるが、生き返るためには朝陽の「感情」が足りないと発覚。ムゲン眼魂に感情を集めるべく、Aqoursと共に奮闘する。


スランプ気味かもしれない146です。そこはかとなく調子が悪い気がします。気がするだけかもしれないですけど。

今回はようやくファイズ要素が盛り上がってくる話ですが…長いです。東京喰種知らない人には「???」ってなる展開もありますが…なぜか長々と書いてしまいました。やっぱりスランプかもしれない。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!



今ここに倒れ、無造作に捨てられた「喰いかけ」の体たちは、正義のために心血を注いだ誇り高き捜査官たち。肩を並べ、命を預け合い、共に同じ場所で時間を過ごした亜門の仲間たちだ。

 

彼らが死んでいい理由なんて一つも無い。

この世界は間違っている。歪めているのは───“喰種”だ。

 

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 

「ドウジマ・改」を握り、亜門はドナートへと一直線に突進する。限界まで鍛え上げられ、今まさに全盛期とも呼べる彼の肉体は、生半可な攻撃では一秒だって止められない。

 

ドナートは亜門の接近を許し、真正面から攻撃の打ち合いを誘った。十字架が集まったような、触手状の2本の“甲赫”を操り、「ドウジマ・改」の攻撃にピンポイントで合わせて防ぐ。余裕綽々、まだまだ遊戯の延長戦といった態度だ。

 

 

「強くなったな鋼太朗」

 

「父親面をするなッ…反吐が出る!」

 

「そう言うな。昔のように話でもしよう…私がコクリアにいた頃、いや、あの孤児院にいた時のように。覚えているか? お前は私の話を聞かないと、夜の寝つけが悪くて困ったものだった」

 

「黙れと言っている!!」

 

 

亜門の攻撃が熱を増し、重さも増していく。地面を揺らすような踏み込みの後、予感できる強烈極まる一撃。ドナートは十字架の盾を生み出し、完全な防御体勢に入った。

 

「ドウジマ・改」が盾に突き刺さる。押し込まれる。そして、ギミックが解放され、螺旋状の“尾赫”が展開。それはドナートの盾を一気に抉り取り、その老いた体の大部分を削り飛ばした。

 

 

「ハハハ…! 父親の誘いは受けるものだ、悲しいぞ鋼太朗。よもやこの程度で、私を殺せたと思っているわけでもあるまい?」

 

 

貫いたドナートの体が分解され、塵になる。その直後に背後から現れ、固め技で亜門から体の自由を奪ったのは、指が欠けた以外傷を負っていないドナートだった。

 

SSレート以上ともなると、赫子や個体自身の能力は常識では計れない。赫子で分身ができるという理不尽もまかり通る領域の存在だ。

 

 

「無意味だとは思わんか?」

 

「なん…だとッ…!?」

 

「護衛の指揮に優秀な“目”がいる。喰種も捜査官も、来ている者は大方把握しているつもりだ。お前が私を憎むように、『アオギリの何某』のウサギはお前のパートナーの女の父親にして、お前の元パートナーを殺した怨敵だったな。お前が殺した双子の喰種の妹分、『墓盗り』とやらも来ているぞ? そして私を投獄した捜査官…瓜江幹人の息子も。会えたのならとびきり残酷に殺してやろうと思っていたのだが、残念だ」

 

「なんのつもりだドナート…!! 何が言いたい…!」

 

「それだけじゃない。恨み、恨まれの連鎖、その番いはこの宴だけでも数えきれない。実に滑稽。お前達『正義の執行者』も殺さずして道を歩けず、それが結局連鎖を加速させ、繰り返すだけの無為な命だ」

 

「貴様如きが…貴様のような悪がッ…! 戦い散っていった仲間達を侮辱するな!」

 

 

亜門の桁外れの馬力がドナートの拘束を振りほどき、再び「ドウジマ・改」をドナートへ向ける。

 

 

「……話をするというなら、一つだけ答えろ! 何故コクリアを脱走した貴様が、こんなイベントの護衛で表舞台に立った!? この謝肉祭に何があると言うんだ!」

 

「何も無い。が、お前でも分からないか? 私にだって、頼まれれば断れない相手くらいいるものだ」

 

「用心深い貴様がそこまで言う『ファイズ』とは、一体何者だ!?」

 

「何者…か。クククッ…殺せば分かる話だ。それが喰種捜査官なのだろう?」

 

 

生きるということは殺すということ。何かを守るためには何かを奪うしかない。それを選び続けるのが命で、誰もが誰かに恨まれ、因縁の環に絡まる糸くずだ。

 

「ファイズ」もまた、例外じゃない。この物語の歪に収まったファイズは何を奪いそして、何を奪われたのだろう。

 

_______________

 

 

Sレート「墓盗り」と対峙していたS1班。しかし、手柄を欲しがるウリエはその戦いを放棄し、自分だけが知る「ファイズ」の仲間を探した。

 

その喰種の名は「パラポネラ」。2003年頃に出現した、蟻のマスクを着けた喰種。そしてウリエはパラポネラを発見した。そんなレア物がここにいること自体が、ファイズの協力者である証拠だ。

 

パラポネラの推定レートはA。一等捜査官には少し重荷だが、ウリエの実力なら問題なく駆逐できる。ファイズの協力者を単独で発見し駆逐したとなれば、上等への昇進は確実だろう。

 

 

(これで俺は昇進! 黒磐を凌ぐ! シラズを追い越す! 俺が殺して俺が勝って俺が俺が俺が俺が、俺が一番だッ!!!)

 

 

ウリエはクインケを握り、意気揚々と殺そうとしたのだ。「パラポネラ」はそれを見て赫子を出した。毛細血管みたいで、少しだけ綺麗に思えた。

 

気付けばウリエは、血だらけで死にかけでパラポネラに倒されていた。

 

 

「───は?」

 

 

ようやく自分が置かれている場所を理解した。ウリエは今、蟻の巣の中。食べられる5秒前。勝てなかった。歯が立たなかった。推定レートはAなんて、15年前のデータを信じたウリエの浅はか、愚か、自業自得のうすら馬鹿。

 

“喰種”「パラポネラ」。赫子のタイプは“尾赫”。推定レートS。

枝分かれした赫子の一本がウリエの腹部を突き、内臓に刺さる。それを引き抜き、赫子に付着したウリエの細胞と血液を丹念に舐め取ったパラポネラは、小さく「おー」と声を上げた。

 

 

「そんなに美味しくない。でも嫌いじゃない。どっち? まぁ、焼けば食えるが人類の知恵でしょう。運びにくいし腕切るけど、お祭り邪魔する方が悪いよ?」

 

「(ああああああああ痛い。腕、腕とられる!! 死ぬ。死にたくない。嫌だぁ)」

 

 

蟻だからか。体格に合わない力でウリエの腕を掴んで引っ張り、筋繊維が一つずつ千切れていくのが分かる。走馬灯が見えた。それは自分を置いて死んだ父親の姿が主に真ん中にあって、その隣にいながら父を守れなかった憎い黒磐特等がいて、そこで泣きじゃくることしか出来ない幼い自分がいて。

 

後ろの方で僕を呼ぶ声がした。

 

 

「ウリエッッ!!!」

 

 

銃声がパラポネラの体を貫き、背骨がその体を掴んで離れた場所に叩きつけた。

立ち上がるパラポネラ。そこで、ウリエの元に駆け付けた男───シラズは、別のクインケを起動させる。

 

「ライ」に比べて大型の、ロケットランチャー型クインケ、Aレート“羽赫”「ボマー」。煙を吐き出しながら発射された獣の牙のようなロケット弾は、高速でパラポネラに到達し爆裂した。

 

 

「無事かウリエ! 馬鹿野郎! なんでお前一人で死にかけてんだ!」

 

「(シラズ…!?)なんで…真戸班が……!?」

 

「何故、というのは私たちが聞きたい。だが、深追いせず突入したのは正解だったようだ」

 

 

そう答えたのはアキラ。ウリエも段々と状況が理解でき始めた。

SSレート「ラビット」と遭遇した真戸班。その場にいた全員が死を覚悟し、総員がラビットに挑んだ。アキラの指揮は見事で、“羽赫”ながら近距離・遠距離共に隙の無いラビットに対し、死者を出すことなく数分戦い続けた。

 

しかし、到底討伐できる気がしない実力差。一歩でも焦って踏み出せば、あの剣のような羽赫で首を落とされる。少しでも弱腰になって後退すれば、弾丸のような羽赫で脳天を射抜かれる。

 

そんな綱渡りの極限戦闘が続く中、ラビットが僅かに動きを鈍らせた。

アキラ達が知る由も無いが、それは護衛の指揮をする喰種からの連絡。「墓盗り」巴ユミツが、S1班の田中丸と富良相手に追い詰められているという内容だった。

 

 

「ッ……ユミツ…!」

 

 

ここでユミツの加勢に行けば真戸班を通すことになり、この護衛の目的である「エトの情報」はファイズから得られない。それを天秤にかけたラビット───アヤトは、即座に答えを出した。

 

 

「強くねぇ癖に出張ってんじゃねぇ! ダブるんだよ、クソ姉貴と…!」

 

 

その答えとは、ユミツを助けることだった。

 

 

 

「ボマー」の爆撃を喰らったパラポネラだったが、網のような赫子で卵の殻のようなバリアを作って難を逃れたようだ。赫子は再び広げられ、今度は集まって刃のように変形した。

 

 

「やめ…ろ…!(泥棒が!)そいつは俺の功績だ…! 横取り、するな!」

 

「テメェ…あーそうか分かったよこンの、アホがァ!!」

 

 

猶も昇進への執着を見せるウリエに、シラズはとうとう我慢の限界。死なない程度の全力の頭突きが、出血するウリエの頭に激突した。

 

 

「お前のそういうとこスゲーとは思ってたよ! なんでそこまで昇進してぇのかは知らねぇけどな! 言ってくれねぇからな! でも死んだら終いだろうがウリ公ッ! なんでその前に誰かに頼ろうとか思わねぇんだよ!」

 

「黙れ…(黙れ!)、落ちこぼれの癖に」

 

「確かにオレはお前から見りゃ落ちこぼれかもしれねぇ。でもよ、落ちこぼれだろうがオレは…お前に死んでほしくねぇんだ!」

 

 

「死んでほしくない」。そう言って戦いに走り去ったシラズの背中を見て、ウリエの頭が痛む。覚えのない映像と声が、千切れた頭の血管から滲み出たような気がした。

 

 

「“尾赫”は弱点の無い万能型とはよく言うが、ここまで万能だと話が違うな。クインケの素材としては非常に興味深いが…」

 

 

アキラたち真戸班はパラポネラに苦戦を強いられる。

厄介なのはあの血管のような“尾赫”。束ねることで“甲赫”クラスの強度を出し、分離して発射することで“羽赫”のように遠距離にも対応。それぞれが細いからか“鱗赫”並みに再生も速く攻撃力もある。その上形状は自在。飛び抜けた性能は無いにせよ、十二分に脅威な特異過ぎる赫子だ。

 

 

「あぁー捜査官がもうこんなに。これは少し参ってしまう。まだお開きには早いと思うのに…」

 

「知らんな、喰種(クズ)の事情など。総員、不知一等の射撃を援護しろ! こういう時こそ火力が物を言う。やれ、不知!」

 

「ウッス、アキラさん!」

 

 

極細の赫子が高速で振られ、目視し辛い斬撃が空を斬る。

それを意に介さない「ボマー」の連続爆撃。パラポネラの視界を塞ぎ、細い赫子を吹き飛ばした。しかし、編まれて羽状になったパラポネラの赫子が煙を即座に吹き飛ばす。

 

が、死角に接近していたアキラがすかさず「フエグチ」を振るった。高速で通り抜けるノコギリに等しい一撃がパラポネラの体に触れるが、刃は通らず切断には至らない。

 

パラポネラの衣服が破れた下から、赤い糸が巻き付いた体が現れる。これが防御力の絡繰りだ。

 

 

「細い赫子を体に何重にも巻き付け、鎧のようにガードしているのか。『フエグチ』で斬れないなら『アマツ』でも無理だな」

 

「…オレがコイツを使います。そうしねぇと皆死んじまう。俺がコイツで、あのバケモンを殺す!」

 

 

赫子をうねらせ、血を流す捜査官を品定めするパラポネラ。

失わないために必要なのは奪う覚悟。シラズが別のアタッシュケースを持ち換えた。

 

 

______________

 

 

大雑把に動く赫子はショベルのように土を削り、山の木々をついでのように掘り起こして抉り倒す。近づけば瞬時に赫子を纏い、防御と鋭さを増した肉弾戦で迎え撃つ。それがアナザーファイズの戦い方だ。

 

 

「隙が小さいな。野生の獣のような反応だ」

 

「なら、お裁縫をしましょう。小さい隙間を縫って動きを止めればいいです」

 

「貴様の感性は独特で分からん…!」

 

 

什造は両手に「サソリ1/56」を何本も構え、生身ながらアナザーファイズの動きと渡り合う。彼の攻撃はアナザーファイズに通らないと分かっているからこそ、補佐に徹した動きがゲイツを更に有利にさせるのだ。

 

ゲイツが接近してアナザーファイズの戦法が切り替わる一瞬、什造は「サソリ」を放つ。防御が薄くなったその一瞬で什造が狙ったのは、背後で倒れかけた大木だった。

 

 

「木ィっ…!?」

 

「理解した。“縫い付ける”とはそういうことか」

 

 

アナザーファイズの赫子が倒木を薙ぎ倒すが、そのモーションで迫るゲイツの対応に遅れた。ジカンザックスがアナザーファイズの体に食い込み、裂く。

よろめいたアナザーファイズが半狂乱で赫子の反撃。その速度、完全な回避ができずゲイツの頭部に打撃が入る。生身だったら頭部が弾け飛ぶ一発だっただろう。

 

 

「浅はかだな喰種、何のための“仮面”だと思っている」

 

 

ゲイツは生身じゃないから、多少痛手を喰らったところで構わず食らいつく。殴り倒されたアナザーファイズにゆみモードのジカンザックスを密着させた。

 

 

「馬鹿がッ! 僕の間合いに飛び込みやがって! 挽き肉にして花火みたいに打ち上げてやる!」

 

 

体を抑えていようと、赫子が展開すれば予備動作無しでゲイツを叩き潰せる。背中から溢れる液状の甲赫がゲイツに伸ばされようとした時、飛来した10本の「サソリ」がアナザーファイズの赫子を地面に突き刺し固定した。

 

 

「はい、ちゃんと縫い付けたですよ。やっちゃってください」

 

「鈴谷什造ォ…ッ…!!」

 

「上出来だ喰種捜査官。アナザーライダーの喰種…地で爆ぜる花火は好きか!?」

 

 

緑のライドウォッチを起動したゲイツ。

2015年でのキメラアナザーとの戦いの後、仮面ライダーゴーストによって切り離された5つのライドウォッチをミカドは回収していた。

 

それはその一つ、仮面ライダーゾルダのライドウォッチ。

 

 

《ゾルダ!》

《フィニッシュタイム!》

《ゾルダ!ギワギワシュート!》

 

 

ロケットランチャーの火力がジカンザックスから放たれ、その爆撃が余すことなく地に押さえつけられたアナザーファイズの体に浴びせられた。アナザーファイズの姿は焼き尽くされ、辺りの木々、地面も爆発の餌食となって消し飛ぶほどの威力。

 

ゾルダウォッチの能力か、これだけの火力を出しながら反動は最小限。すぐに体勢を立て直したゲイツが爆心地の中心に視線を上げる。

 

 

「が嗚呼アアアぁぁァッッ!! ああああああやりやがったな邪魔虫があああああ!!!」

 

「しぶといですねえ」

 

「全くだ。今ので倒せていないのは驚きだが…」

 

 

激しい怒りがアナザーファイズの神経の隅々にまで巡らされ、赫子が背中から溢れ出てその体を覆い尽くす。全身が灰に包まれたような、醜悪な獣がそこにいた。

 

ところで、先ほどの爆発は謝肉祭で戦っている多くの喰種や捜査官にも伝わった。それに奇跡的直感で食いつき、全速力足上げダッシュで駆け付けた人物が一人。

 

 

「鈴谷先輩! そんなところにおられたのですか…先の爆発に一抹の不安を覚え、この半兵衛参上致した次第……」

 

 

息を切らし、長身かつ長い黒髪の男が什造のもとに爆速で駆け寄った。特徴だけ見ればイケメンに捉えられるのだが、実際の彼は能面のような不気味な顔つきをして臆病というよく分からない変な人、それが阿原半兵衛上等捜査官。

 

 

「半兵衛! 遅いですよ~何してたですか」

 

「鈴谷先輩と合流すべく、護衛を潜り抜けようと東奔西走…まさかもう『ファイズ』を見つけていようとは感服半兵衛…して、そちらの鈴谷先輩の右を陣取る面妖な人物は一体…」

 

「貴様こそなんだ。コイツの仲間か」

 

「半兵衛は僕の部下です」

「鈴谷先輩のまさに右腕。阿原半兵衛です」

 

「どっちでもいい。喋ってる暇が無さそうなのは捜査官なら分かるだろう!」

 

 

アナザーファイズの複眼がゲイツに向けられ、踏みしめた地面が破裂するほどの爆発的加速のダッシュが迫る。赫子を纏った腕は軌道上の物体を切り裂き、尋常じゃないパワーが突風を生み出す。

 

 

「鈴谷先輩、ジェイソン氏を…!」

 

 

半兵衛が持っていたアタッシュケースを什造に投げ渡し、その生体反応を感知したケースが開錠され、その内部のクインケが起動する。

 

什造がソレを掴んだ瞬間、閃光する殺気。ゲイツに襲い掛かっていたアナザーファイズの腕の赫子が、瞬きする内に削ぎ落とされた。

 

 

「おかえりです『ジェイソン』。さて、そろそろ殺しちゃいましょう」

 

 

階段のようなギザギザの形状をした鋼鉄の大鎌。その空気が揺らぐような暴力性は何よりも「武器」として相応しい。

 

S+レート“鱗赫”「13'sジェイソン」。天才捜査官、鈴谷什造の切り札。

 

 

_______________

 

 

パラポネラの赫子が広がり、蜘蛛の巣のように、孔雀の羽のように己の領域を広げる。赫包からRc細胞が赫子の先端に運ばれ、広げられた赫子の壁の表面に複数の「弾丸」が形成された。

 

 

「チャンスは一度きりだ。必ず当てろ不知!」

 

「しゃあッ!」

 

 

アキラの指揮で、真戸班総員がパラポネラの発射した赫子を叩き落とす。その間にシラズはパラポネラへと接近。その手に握るのは、簡素な杭のような形状をしたクインケ。

 

打ち終わった赫子がしぼんでいき、今度は紡がれて細い触手に。迫るシラズや他の捜査官を貫こうと伸縮し、班員の誰かが貫かれ血しぶきが上がった。しかし、止まることは許されない。死んでいない事を信じ、シラズは走りを加速させる。

 

避けた触手が地面に突き刺さった。シラズの足元に刺さった赫子は地中で分裂し、まるで鳥籠のようにシラズの周囲を覆い囲う。パラポネラの罠だ。

 

 

「クソがッ…!! そこ、どけえええええェッッ!!」

 

 

クインケを握りしめ、尚も足を踏み出す。それに応えてか鳥籠は閉じられる前に切断された。アキラの「フエグチ」がシラズの頭上をかすめる。

 

赫子を使い切った絶好のチャンス。こちらを虚ろに見つめる蟻のマスク、その胴体に向け、シラズは握った杭を思いきり投げ放った。

 

 

「それ何? まぁ、なんでもいいんだけどよ」

 

「なっ……!? 嘘だろ!!」

 

 

シラズが放ったクインケが、パラポネラの脇腹から伸びた赫子に弾かれ落ちた。体を守っていた分の赫子を解いたのだ。予測できた展開。頭に血が上り、判断を誤ったシラズの致命的なミス。

 

パラポネラの赫子が集まっていき、大蛇のような一本の尾赫らしい形を作り上げた。アレを喰らえば死は確実。アキラはフエグチを振り切った後。班員の多くはさっきの攻防で負傷し、助けに入れない。

 

 

遠方で寝かされていたウリエが、その一秒を目撃した。

血で滲む眼球が、怪物の尾と死の間際のシラズを捉えた。

 

 

「(シラズ……)」

 

 

これはいつの事だったか。嫌な日に見た夢か何かだったか。

 

 

 

『瓜江ッ!! 弾幕足りたかッ!!』

 

 

 

赤く染まった片目を大きく開け、猛獣のように口を開けて舌を出し、お前は飛んでそう叫んでいたあの一秒。その後の一秒はどうしても頭に浮かばない。

 

 

『この世の不利益はすべて当人の能力不足』

 

 

これは誰の言葉だっただろう。残酷で悲しい真実の言葉だ。いつからかこの言葉が知らないうちに心の奥に突き刺さっていた。そんなデジャヴのような感覚が、ウリエの意識を覚醒させる。

 

 

「しらず…」

 

(死ぬな)

 

(死ぬな)

 

「しらずっ」

 

(死ぬな!)

 

 

尾赫がシラズに迫る。ウリエが声なき叫びを吠えて立ち上がった。

届かない虚しい何かで終われない。理由はわからない、だがシラズは言った。ウリエに死んでほしくないと。きっとシラズも同じ気持ちだったのだろう。

 

左目に力が入った。その一瞬に届く刃を手に、ウリエの声が死と生の境目に切り込んだ。

 

 

「死ぬな!! シラズッッ!!!」

 

 

ウリエが振るった「三日月」の刃が弧を描き、シラズを貫く寸前だったパラポネラの尾赫を切断。すぐさま「兜」を起動したウリエが、パラポネラへと斬りかかる。

 

 

「うおおおおおおおッッ!!」

 

 

出血が酷い。動く度に傷口から体が裂けそうだ。

こんなことをして何になるか、ウリエは打算的な自分を黙らせた。

 

理由なんて無くても。今でも全く気に食わないし、落ちこぼれだと見下していても。悔しい事にこれは事実。不知吟士は、瓜江久生の仲間なのだ。

 

 

「ウリ公ッ! そこ避けろ!」

 

 

パラポネラと近接戦を繰り広げていたウリエに、シラズが舌を出して野蛮な笑いを浮かべて叫んだ。シラズの手には、さっき弾かれたクインケが。

 

鍛えたわけでもなくとも、阿吽の呼吸は存在する。

シラズがクインケを投げ、ウリエはギリギリまで交戦を続けることで、パラポネラは飛んでくるクインケが見えない。そして被弾の瞬間に体を屈め、シラズのクインケはパラポネラの右腕に突き立ったのだ。

 

 

「吹っ飛ばせ! ナッツ!!」

 

 

そのクインケはシラズが討伐したSレート喰種の赫子。2種の赫子と赫子分離機能を持った特殊な喰種から作られた「キメラクインケ」。その性能は、「感応して膨張するクインケ」。

 

Sレート“甲赫”/“尾赫”クインケ「ナッツクラッカー」。

パラポネラに刺さった「ナッツクラッカー」は杭の形からサッカーボールのような巨大な球に膨張。その結果、尾赫のしなやかさが肉を押しのけ、甲赫の強度が肉を抉り、

 

 

パラポネラの右腕と体のおよそ半分を破散。

そして、ウリエの「兜」がパラポネラの体を両断した。

 

 

_______________

 

 

「ジェイソン」を持った什造の戦いが切り替わった。巧みなナイフ術のテクニカルな戦法から一転、速度とトリッキーさ+クインケの火力に物を言わせた理不尽な戦いに。

 

 

「鈴谷什造っ! 邪魔だァ! 僕の、祭りだぞ! 僕が、僕のォッ…僕のためだけの謝肉祭を台無しにする気かあああああああ!!!」

 

「はい。悪く思わないでください。これも、お仕事です」

 

 

什造はアナザーファイズの攻撃を潜り抜け、赫子は振り回された「ジェイソン」で細切れにされ、アナザーライダーが生身の人間に圧倒され始めた。

 

防御を失ったアナザーファイズに「ジェイソン」の一撃、と同時にギミックオン。削り斬られた装甲から食い殺すように、刃から発生した赫子がアナザーファイズを嬲る。

 

満身創痍のアナザーファイズが地に捨てられた。クインケではアナザーファイズを倒せない。だから最後は、ゲイツがトドメを刺す。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ゲイツ!》

 

「爆発するぞ、下がれ!!」

 

《タイムバースト!》

 

 

のたうち回るアナザーファイズに叩きつけるライダーパンチ。激しい戦いの末、既に限界だったアナザーファイズの体は容易く崩れ、再び大爆発が山を揺らした。

 

爆発の中から転がるアナザーファイズウォッチ。

“喰種”「ファイズ」はその力に激しく執着するように、飢えた声で手を伸ばす。

 

 

「嫌だ…アレは、『ファイズ』は僕の…おれ───がひっ」

 

 

そのマスクが顔から落ちるのと同時に、什造の「ジェイソン」がその首を一撃で斬り落とした。アナザーライダーといえど“喰種”、最強の捜査官を前に絶命以外の道は無かったのだ。

 

 

「『ファイズ』駆逐完了、です。『アラタ』は使わなくて済みましたね」

 

「……いや、おかしい。何故死んでいる…!?」

 

「どうかしましたか? おや…この顔、見たことあるですね」

 

 

マスクが外れた「ファイズ」の素顔は、〔CCG〕の記録に残っていたものだった。その名前は「ジュラルミン」。異様に硬い甲赫を持ったSレートの喰種で、S1班の捜査対象だった喰種だ。

 

 

「鈴谷先輩…つまり『ファイズ』は『ジュラルミン』だった、という…?」

 

「それは変ですね。15年前から暗躍していたというには、ちょっと若すぎです。それに過去の行動と照らし合わせても不自然です」

 

「そもそもアナザーライダーはウォッチが健在なら死ぬことはない。死んだとしてもすぐに時間が修正され、無かった事になるはずだが……」

 

 

「ファイズ」の死体が灰となって崩れ去った。そして、そこに転がっていたはずのアナザーファイズウォッチは知らぬうちに消失している。

 

妙な胸騒ぎが、ゲイツを会場の内側へと走らせた。

 

 

__________________

 

 

「ナッツクラッカー」が刺さって発動してしまえば、凄まじい反発力で内側から体を引き千切る。つまり外側をいくら守った所で無意味。

 

パラポネラの半身が弾けた。右腕が断たれ、そこかしこに肉片が飛び散り、パラポネラがマスクを突き破るほどの絶叫を響かせる。シラズとウリエが勝ち取った勝利だ。

 

他の捜査官たちも遅れながら現着し始めた。もしパラポネラが立ち上がっても、これだけ人数がいれば対処ができる。

 

 

「シラズ…」

 

「ありがとなウリエ…お前が来てくれなきゃ、オレは絶対死んでた。お前の手柄だぜ、もっといつもみてぇにギラギラ喜べよ!」

 

「いや…俺の見立ての甘さが招いた事態だ。真戸班が俺の失態をカバーしてくれた(心底不甲斐ない…)。これは……お前の手柄なんだ、シラズ」

 

「お…おぅ、なんだよ気持ち悪ぃな…」

 

 

ウリエは全てを成し遂げたような達成感に包まれていた。手柄よりももっと大切な何か。まるで、自分はこの瞬間のために生きて来た、そう思えてしまうほどの感覚だった。

 

シラズはそんなウリエを気味悪げに見ながら、パラポネラに注意を向ける。倒れたまま叫びも弱くなっていき、死に行っているのが感じられる。

 

 

「ウリエ、アイツを…」

 

「あぁ。トドメを刺す」

 

 

『喰種対策法』13条2項、「“喰種”に対し、必要以上の痛みを与える事を禁ずる」。喰種は苦しまぬよう即殺すべき。忘れられがちではあるが、それが捜査官に求められる心がけの一つだ。

 

ウリエは「兜」でパラポネラの首に刃を向ける。

その時、消えたと思った叫びから、囁くような言葉が聞こえた。

 

 

「───熱い」

 

 

その声は徐々に大きくなっていく。言葉が死で途切れる様子も見せず、地面に落ちた火花の欠片から業火に育つように、震える狂気が息を吹き返す。

 

 

「なんだコイツは…!(早くトドメを!)」

 

「熱い熱い痛い熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い熱いッ…焼ける!! 嫌だ嫌だ死にたくない、死にたくないッ! 助けて私は、わたしは、オレ、俺は違う違って、

 

───僕は、死にたくないいいいぃぃぃぃ!!!」

 

 

消えかけていた赫子が異常に増大し、それは激しい血しぶきのようにも見えた。赫子は触れるものを破壊しながら千切れた腕を拾い、パラポネラの体を修復。そして、蟻のマスクがひび割れて砕ける。

 

真っ白だが汚い髪。仮面の奥は幼い天使のような美しさを歪ませる、右目だけの“赫眼”。

 

 

「“隻眼”だと…ッ!?」

 

 

この喰種は殺さなければ取返しがつかない。瞬間の判断でウリエは「兜」を振り下ろす。今なら間違いなく殺せる、そのはずだった。

 

刃が首に触れた刹那、時間が止まった。

その中で悠々と歩くのは、混沌を生み出す悪の貴族、タイムジャッカーのアヴニル。

 

 

「様子を見に来てみれば驚きだ。しかし、これもまた一興! “影武者”は死に、追い詰められた今こそ、貴公が王として君臨するに相応しい時!」

 

《ファイズゥ…》

 

「お開きにはまだ早い。祭りは、ここからが本番だ。そうだろう!?」

 

 

パラポネラの体にウォッチが埋め込まれる。

ファイズの力の特性は「人外との親和性が高いこと」と「条件さえ満たせば変身者を選ばないこと」。だから変身後でも赫子を使う事ができ、こうして複数の変身者を持つことができる。

 

そして、さっき死んだ「ファイズ」は、アヴニルが用意し洗脳した影武者。パラポネラとはファイズの協力者ではなく、「ファイズ」そのものだったわけだ。

 

 

「───ごはん、だ」

 

 

アナザーファイズに変身したパラポネラ。その背中から伸びたのは灰色の6本の棘。これまで使っていた赫子とは全く違う、昆虫の脚のような触手。

 

その「脚」がウリエの体を削り、後ろの捜査官の頭を穿った。

 

 

「“二種持ち”…!? かあッ…!!」

 

 

ウリエは急所を外れ、なんとか生きていた。しかしアナザーファイズはもうそこにはおらず、後ろに来ていた2人の捜査官の体を赫子で切断。あっという間に3人、この化け物によって殺された。

 

 

「むかし、父さんが言ってたぜ。懐かしい。食べる時、は、ちゃんと手を合わせる、って。感謝する。しなきゃ。じゃあ、みなさん手を合わせてぇ…」

 

 

手を合わせたアナザーファイズは死んだ捜査官の頭をもぎ取り、怒り狂うシラズやアキラの攻撃を掻い潜り、更に1人の頭を握力で握り潰す。

 

 

「いただきます」

 

 

アナザーファイズの口が開き、手にベットリ付いた血液と脳髄をその舌に滴り落とす。苦悶の表情を浮かべた生首を噛み、千切って飲み込む。次の一口を咀嚼する。

襲い掛かってくる捜査官に対し、動きもせず赫子で貫く。食べかけの生首を放り投げ、そうして貫いた息のある捜査官の体を、ガツガツと貪った。

 

強い者には奪う権利がある。奪い続けたものだけが死を超え、生き続ける。死と隣合わせのこの場所で、奪い、腹を満たし続けるアナザーファイズは、何よりも“喰種”だ。

 

 

「あまい味…あつあつのパンケーキをはちみつで漬けで、ぐちゃぐちゃにした、スムージーみたいな味がする。ジャムがほしい。ヒトは、頭とか、ドロドロだったり柔らかいところが、甘くておいしい…」

 

「ざっけんな…死ねよ、このバケモンがああああァァッ!!!」

 

 

シラズの「ボマー」を受けても、アナザーファイズの灰色の「脚」は折れない。そこからたったの2歩で接近してきたアナザーファイズの「脚」が、邪魔するなと言わんばかりに「ボマー」に「脚」を突き刺した。

 

すると、「ボマー」はみるみるうちに灰となって崩れ落ちる。他の捜査官のクインケもそうだった。アナザーファイズに貫かれたクインケは、どれも灰になって消えている。

 

 

「ぜんざい、ふたつ。だいふく、ひとつ。僕に…よこせ!!!」

 

 

ガバァと口を開き、アナザーファイズが食い掛る。

だが、飛来した矢がその先行した頭部を射抜き、アナザーファイズを弾き返した。地面を転がるがすぐに立ち上がるアナザーファイズだったが、今度はその眼前に投げられた斧が。

 

 

「それでよければ食っていろ。やはり、さっきのアナザーファイズは偽物だったようだな」

 

 

直感を頼りに駆け付けたのはゲイツだった。

衝撃で曲がった首をベキベキと音を立てて治し、ざらついた吐息をつくアナザーファイズは、新たに現れた食糧を見定める。

 

 

「ぜんざい、あと()()()…か」

 

 

ゲイツの後ろから爆進する足音。視界を横切った黒い鋼の猛獣。

アナザーファイズに追突したそれは、一撃の薙ぎ払いでアナザーファイズを視界の彼方にまで吹き飛ばした。

 

 

「アキラッ!!」

 

「そう大きな声で呼ばずとも聞こえるさ…亜門特等」

 

 

全身に黒い甲冑を纏った巨体を、アキラは「亜門」と呼んだ。

ドナートと交戦していた亜門はこの鎧を使う事で、逃がしはしたものの、なんとかあの場を切り抜けたのだ。

 

SSレート“甲赫”「アラタ・弐」

喰種の中には“共食い”をする者がおり、それを繰り返した個体は稀に喰種として一段階上の強さに到達することがある。そういった個体は覚りし者とかけて“赫者”と呼ばれ、赫子を全身に纏って異形の怪物に変化するのだ。

 

「アラタ」は赫者のクインケ。その姿を見てゲイツは仮面ライダーと錯覚するほど、「アラタ」は容姿も能力も装着前のそれとは比較にならないほど変化させる。

 

 

「ウリエも居たのか…! 傷が深い…シラズ! アキラとウリエを連れて退避しろッ!」

 

「ッ…亜門、特等……!(俺はまだ戦える!)」

 

「言いたいことは分かる。だが、俺はお前を死なせたくない。俺が遅れたばかりに…! 俺をドナートから救ってくれた瓜江特等に、合わせる顔が無い…!」

 

「……(あんたもそれか…)」

 

 

あちこち体が抉られたウリエの体を見て、己の不甲斐なさと喰種への怒りが溶岩のように湧き上がってくる。そして、亜門はその怒りと同種の熱を隣から感じ取った。食い散らされた死体を見て体を震わせる、ゲイツだ。

 

 

「その姿…お前は捜査官か?」

 

「違う。ただ奴を調べに来た一般人だ。調べて帰るつもりだったが…気が変わった。今ここで、奴を殺さなければ怒りが収まらん!」

 

「そうか…ならば戦うぞ! 戦う力があり、喰種に正義の怒りを燃やす者は、誰であろうと喰種捜査官だ!」

 

 

アナザーファイズが「脚」を地面に突き刺し、赫子を大きく広げた。

血管のような赫子が捻じられ、纏まって、太く大きな一本の姿になる。それはまるで、サメの尾ひれのよう。

 

 

「焼け、食べる。こないで痛い刺さないで入れないで触らないで、僕は父さんのおうさま、あたらしい兄ちゃん、たったひとりで、誰も…たべたくないおなかすいた、僕は、虫だ。僕は、魚だ。どこにいても殺して喰う生まれながらの牙。僕は、“喰種”だッッ! 僕と違うヤツらみんな、消えろ死ねぶちまけろぉぉ!!」

 

 

手に付いた血を振り落とすような仕草をすると、滑りこむように接近したアナザーファイズ。その動きのまま巨大な尾赫を振り抜く。激しい風圧に押さえつけられるが、亜門はそれを両腕でしっかりと受け止めてみせた。

 

その後ろには負傷者を抱えて退避するシラズと、彼の相棒であるアキラがいた。アキラはその去り際に、短く言葉を投げた。

 

 

「死ぬなよ、亜門特等。君が死んだら、誰が私の昼食に付き合ってくれるんだ」

 

「そうだな…大丈夫だ。俺はまだ、こんなところでは死ねん!」

 

 

アキラの勘がアラートを出している。父と同じで、彼女の勘はよく当たる。

ただ、今は信頼に足るパートナーの言葉を信じ、アキラはその場を去った。

 

 

「喋り終わったか喰種捜査官! だったらこっちに集中しろ!」

 

 

亜門が動きを止めている間に、ゲイツが「腕」を掻い潜り顔面目掛けて蹴りを炸裂させた。更にジカンザックスを呼び戻して尾赫を斬り捌き、最後に亜門の「ドウジマ・改」がアナザーファイズへと突き刺さった。

 

 

「がげッ…だ、ぱ、たっ!!」

 

 

赫子も「腕」も捨て、アナザーファイズが素手でゲイツに掴みかかる。首を掴んで放り投げ、斬られた赫子を再度分解して今度は右足に巻き付かせた。そうすることで赤く染まった右足は瞬発的に強化され、亜門の体を一撃で蹴り飛ばす。

 

 

「ててて、てっ、ひゃあ飛、べっ!!」

 

 

転げ、立ち上がったばかりのゲイツに追いつき、アナザーファイズは強化された右足で容赦なく顔面に膝蹴り。

 

 

「おかえし」

 

「…釣りを返してやる」

 

 

赤い残光を残す高速の蹴りを全身を使って躱し、ジカンザックスを振るうも刃が「脚」に食い込むだけで切断できない。しかし、ゲイツは刺さった斧を更に蹴る事で「脚」を烈断。灰になる「脚」を掃い、留守になった胴体に拳を叩き込む。

 

 

「うおおおおおおッッ!!」

 

 

野太い叫び。アナザーファイズが振り返った先には、もう亜門が復帰し武器を振りかぶっていた。しかし、その武器は「ドウジマ・改」ではない。スピア型ではなく、機械的な見た目をした大きなブレード型のクインケ。

 

そのクインケの刃がアナザーファイズの体を斬る。その衝撃、痛み、全てが傷口から浸食するように焼き付き、赫子の末端にまで力が伝播する。「ファイズ」の力そのものに作用しているような、確実にアナザーファイズの命を削る痛みだ。

 

 

「それもクインケとやらか? 随分と効いているみたいだが」

 

「俺も詳しくは知らん。だが、このクインケがヤツに有効打となるのは過去数度の戦闘で実証済みだ。行くぞ…『フォトン』!」

 

 

Sレート“鱗赫”クインケをベースに仕上げられた対「ファイズ」クインケ、「フォトン」。影武者の“甲赫”を想定したため“尾赫”に対して相性が悪いが、その瞬間的威力は相性の差を容易く覆す。

 

 

「俺も本気を出す。一気に畳み掛け、あの喧しい喉を潰してやる!」

 

《ビルド!》

 

 

壮間に無断で持ち出したビルドウォッチを起動し、ドライバーに装填してアーマータイム。ゲイツの後ろにアーマーが形成され、装着されると共に「びるど」が複眼と一体化する。

 

 

《アーマータイム!》

《ベストマッチ!》

《ビ・ル・ドー!》

 

 

仮面ライダーゲイツ ビルドアーマー。手に持ったドリルが防御の赫子を掘り進め、そのまま攻撃を貫通させる。更に、これまで観察したファイズの能力、戦闘をビルドの力で定式化。パターンとして分析が完了し、一気に戦いが有利に傾く。

 

 

「あと4秒後に隙が生じる! そこにそいつをぶちかませ!」

 

「あぁ…任せろッ!!」

 

 

激化するアナザーファイズの攻撃。分析していても尚、紙一重の反応を強いられる並外れた動きと、赫子+両手両足+「脚」という手数の多さ。

 

 

「散れっ、ちれっ、いねっ、味、ああああッッ!!」

 

「脳が溶けたか野生動物が!」

 

 

ゲイツは数撃喰らっても痛みを噛み殺し、根性で喰らいつき、4秒が経過。宣言通り、アナザーファイズの胴体に「フォトン」の通り道が生じた。

 

そこにすかさず斬りこむ、赤く輝いた重い斬撃。「フォトン」が完璧に入った。

 

 

「死ね!!」

 

 

さらにゲイツのドリルがアナザーファイズの首元を穿ち抜く。

再びの絶叫、からの赫子の異常暴発。細く鋭い赫子が無数の矢のように、ゲイツと亜門に降り注ぎ、亜門の顔を覆っていた甲冑が砕けてしまう。

 

しかし、その一つも2人の命には届き得なかった。

 

「フォトン」の効力が作用を始め、アナザーファイズの力が維持できない。変身した姿が崩れ去り、“隻眼”が見つめるのは「アラタ」の損傷から覗く亜門の顔。

 

トドメを刺そうとする亜門に向け、パラポネラは指をさす。乾いた笑いと満面の笑顔が、不気味に無邪気にこう呼んだ。

 

 

「鋼太朗だ」

 

「ッ……!? なぜ、俺の名前を…!?」

 

 

有名人を呼んだ感じではない。旧知の友人を、家族を呼んだような親しみと喜びに満ちた声色。しかし、そんなことは興味が無いと、ゲイツがドリルを向けて突進する。

 

ファイズの力はまだ復活しない。相手は手負いの喰種。変身した今なら難なく殺せるというゲイツの判断は正しい。パラポネラが“アナザーライダー”であり“喰種”で()()()()という仮定の下では。

 

 

「邪魔、すんなよ」

 

 

パラポネラの顔に模様が浮かび上がった。その時にフラッシュバックする、ミカドの焦げ付いた記憶。それはそこから数秒間、色の濃さを増し続けることになる。

 

パラポネラの姿がアナザーファイズではない姿に変わった。

完全なる灰色の体はまるで彫刻のよう。パーカーを着た人間のようなスマートな体形に、顎と触覚が特徴的な昆虫の頭。

 

 

「あれは……オルフェノク…ッ…!?」

 

 

ミカドはその怪人を知っていた。忘れもしない、怒りの炎の奥底にある記憶で、その存在は今もまだ灰にならず燃え続けているのだから。

 

「蟻」の特質を備えた「オルフェノク」、「アントオルフェノク」だ。

 

 

「アヴニル。鋼太郎と話がしたい。あと、そいつも」

 

「…いいだろう。だがしかし、殺すでないぞ。死にたくなければな」

 

 

またしても時間が止まり、夜の闇からアヴニルが浮かび出て指を鳴らした。

瞬間、途切れる意識。いや、一瞬たりとも途切れてはいなかった。それなのに、ミカドと亜門は、気付いた時には全く別の場所に座らされていた。

 

 

(意識ごと時間を止めて移動させたのか…!)

 

 

そこは教会だった。ただし長椅子は全て片付けられ、代わりに長い机が一つとそれを囲う椅子が置かれている。亜門とミカドはそこに座っていた。

誕生日席に座っているのはパラポネラだ。ただ、先程までの狂気的な表情と言動は鳴りを潜め、落ち着いた様子でこちらを見つめていた。

 

 

「嬉しいな。懐かしいだろ、鋼太朗? 昔はよく一緒におやつを食べた。鋼太朗は…ぜんざいとドーナッツが好きだったっけ」

 

「何を言っている…?」

 

 

瞬間移動した驚きから覚めた亜門が、混乱を隠せない声で返す。パラポネラはそれでも恍惚とした様子で、今度はミカドの顔に触れる。そこで初めて、ミカドと亜門は赫子で椅子に縛り付けられていることに気付く。

 

 

「見ろよ鋼太朗! アヴニルが言ってた別の王候補、こんな子供だ。でもよく見ると“ミナト”にそっくりなんだぜ! ここに父さんがいてくれたら、本当にあの頃の孤児院みたいだ…」

 

「“ミナト”……!? お前、まさか───」

 

 

パラポネラの言葉のパーツが亜門の中で組みあがる。

胸にかけたロザリオが熱を帯びたように、ドナートに育てられ、何も知らなかったあの日々が蘇る。その幸せだった日々の中で、知らずに失われていった命も。

 

 

「“ミツル”……なのか…!?」

 

「そう! 久しぶり鋼太朗! 僕はミツルだ!」

 

 

ドナートは孤児院の子の引き取り先が見つかったと偽り、殺して喰っていた。その中には亜門と長い時間を共にした家族も多く居た。

 

その一人が「ミツル」だった。亜門と同じで甘いものが好きで、人懐っこく大人しい子だった。それとはかけ離れた白くなった髪、狂気が沁み込んだ顔、枯れた声。だがその顔立ちは紛れもない「ミツル」のものだ。

 

 

「有り得ん…ミツルは俺よりも年上だった。それに、ミツルはドナートに喰われて死んだはずだ…!!」

 

「…有り得なくはない話だ。ライドウォッチを使った時点で体の時は止まる。それに…ヤツは“オルフェノク”だった」

 

「知ってるんだ、へぇ知ってるんだな! オルフェノクのこと、みんな忘れたと思ってたんだ! 教えろよ“ミナト”! 僕は一体“何”なの!?」

 

「俺はミカドだ…! オルフェノクは、一度死んだ人間が生き返ることで生まれた怪物……オルフェノクになった者は、姿だけでなく心も醜く変容する…!」

 

「そう! そうそうそう!! 僕は“オルフェノク”だッ!! 人類の進化系! 人類を進化に導く選ばれた存在!」

 

「違う…!! 俺の知るミツルは…お前は、“人間”だったはずだッ! 何度も食事を共にした。おやつを分け合った。答えろミツル、お前は“喰種”だったのか!?お前も、ドナートと同じだったのか…!?」

 

 

“人間”“喰種”“オルフェノク”、ミツルの像がぼやけるように、誰もその正体を理解できない。それはミツル本人もそうだ。確かなのは、幸せだった過去だけ。

 

 

「僕は……“人間”だった。父さんは本当に僕たちを養親に預けたんだ。僕が“人間”じゃなくなったとしたら、その時」

 

「何があった…! 何がお前を変えてしまったんだ…!! お前と一緒に施設を出た、“ミナト”は!? ミナトも生きているのか!?」

 

「ミナト、そこにいるじゃねぇか。隣にいるお前が…

いや、違う。ミナトじゃない。お前はミナトじゃない! ミナトは、僕が…“殺した”。仕方なかった。僕を“人間”じゃなくしたのは、ミナトだッッ!!!」

 

 

ミツルはミカドの首を掴み、赫子を引き千切って掴み上げると、その顔を床へと叩きつけた。ミカドの頭から流れる血の香りで、ミツルの右目が赤く染まる。

 

 

「違う、僕は殺したくない。食べたくない! だから、そうだよ、そうなんだ! “謝肉祭”をやった! 覚えてるか鋼太朗!」

 

「何を言っている…放せ…! バケモノが…!」

 

「いや、覚えているさ…そういうことか。“謝肉祭”、俺達の孤児院はカトリックだったからな。四旬節の前の一週間、豪勢な食事と遊戯をする祭り…特に俺とミツルは、最終日に振舞われるパンケーキを楽しみにしていたな……」

 

「謝肉祭をやれば腹を空かせた喰種が集まる。だから僕は、“ヒトをオルフェノクに変える毒”を食事に混ぜた。謝肉祭以外にも、見かけたヒトの死体、喰われやすそうな間抜けにも“毒”を入れた」

 

 

オルフェノクは、人間をオルフェノクに変える「オルフェノクエネルギー」を放出することができる。「蟻」の特質を持つオルフェノクなら、オルフェノクエネルギーがフェロモン状でも不自然ではない。

 

 

「オルフェノクは“いなかったこと”になってる。だから増やせない。でも僕はいる。その矛盾が、面白い結果をつくった。僕の“毒”は、喰種にだけ効くようになったのさ! 捜査官なら知ってるだろ鋼太朗」

 

「まさか、『灰病』とはお前が……!」

 

「“毒”を食べた喰種は体のつくりがオルフェノクのようになる。完全にはなりきれないんだけどな。つまり、寿命がとても短くなって、死体は灰になる! それに、僕の毒は粘膜接触や共食いでも感染する」

 

 

「ジュラルミン」は赫子の形が変化し、灰色になっていた。灰病の末期症状だったというのも、その病原体を「ファイズ」であるミツルが持っていたのなら納得だった。

 

ただ、「灰病」がミツルの仕業としても、目的が分からない。そんな地道な作戦を15年間も遂行し続けた理由が。しかし、それはミツルが嬉々として自ずと語ってくれた。

 

 

「だって死んだ方がいいだろ! 絶滅したほうがいいじゃんね、“喰種”なんて!! 分かるだろ! 僕の気持ち! 捜査官の正義と一緒だよ! 誰かが分かってくれると思って頑張ったんだ! その誰かはお前だったんだよ! 鋼太朗!!」

 

 

ミツルは叫ぶ。15年間溜めてきた想いを。ようやく再会できた家族に。

ミカドも一瞬納得してしまった。形だけ見れば確かに、それはミカドの「正義」とよく似ている。己がどれだけ堕ちてでも、悪を根絶する決意とよく似ている。

 

だとしたら、この嫌悪感はなんだ。

人を喰らいながら喰種を憎む矛盾。大義のために暴力を厭わない矛盾。大義を掲げながら、その奥底には承認欲求しかない矛盾。

 

 

「違う…俺はお前とは…!」

 

 

何故か似ていると思ってしまった、だとすれば、外から見たその正義は、どれだけ醜いというのか。

 

 

「俺は……もうお前を許すことができない…!!」

 

 

ミカドの横で、亜門がミツルにそう言った。

逆鱗に触れた一言だった。触れに行った一言だった。ミツルは怒りのまま亜門を蹴り飛ばし、椅子が砕ける。

 

 

「がはッ…! ッ…お前は、人を喰らった! 俺の知るお前は人間だったさ、だが今は! 罪なき人々を平気で殺め、己の欲望のまま喰らう、仮面をつけた悪鬼…俺が殺してきたそんな“喰種”と、同じ目をしているんだ…! お前は…間違っているッ…! ミツル!!」

黙れえええええええええ!!!!

 

 

正論を掻き消す金切声。赫子を広げ、亜門に襲い掛かるミツル。

 

自由になった亜門の右手のそばには、偶然にも「フォトン」があった。亜門は赫子を「フォトン」で受け止め、ミツルの体を弾き返す。

 

 

「もう誰もお前を許してはくれない…だから罪を償え! お前が“人間”でありたいなら!」

 

「なんでッ…! なんで僕が! 僕は間違ってない! 僕は何も悪くないだろうが! もう“人間”でもなんでもないなら、どうでもいい! “喰種”の次は“人間”だ! “喰種”も“人間”も“オルフェノク”も、みんな死んでしまえ! 僕以外はすべて!!」

 

 

激情したミツルの姿がアントオルフェノクへ変化した。

アントは亜門が盾にする「フォトン」に噛み付き、オルフェノクエネルギーを注ぎ込む。クインケの組成は喰種と同一であるため、青い炎を出して「フォトン」が灰になってしまった。

 

亜門の両手に大量の灰が覆い被さるが、「フォトン」の中から灰にならずに残ったものがあった。「Φ」の記号と「2003」の文字が入った、ファイズのプロトウォッチだ。

 

 

「プロトウォッチ…! アナザーファイズに有効だったのは、そういうワケか!」

 

 

己の正義、そして過去と葛藤していたミカドも命の危機で我に返る。亜門を襲うアントオルフェノクを体当たりで跳ね飛ばし、プロトウォッチを亜門の手から掴み取る。

 

 

「これは貰っていくぞ。ヤツを殺すために必要なものだ」

 

「…これを、俺は見たことがある。これは俺が捜査官になった後に知ったことだが、コクリアに幽閉されていたはずのドナートが所持していて、〔CCG〕が押収したと資料には書いてあった。確か…15年前のことだ」

 

「15年前、2003年か。アナザーファイズの刻印と一致する。だが……!」

 

 

アントが立ち上がる。先の戦いの傷がほとんど癒えたミツルとは違い、亜門とミカドは人間だ。特にミカドの方は既に肉体の限界が近く、亜門はクインケが手元に残っていない。

 

杖を突く音が教会を反響し、時間が止まった。

 

 

「たわけ者が、殺すなと言ったはずだ。吾輩が用意したこの場で王候補を殺せば、そのペナルティを受け貴公も死ぬ可能性がある。それほどに貴公の存在は危ういと何度言えば分かる!」

 

「タイムジャッカー、アヴニル!」

 

「ふぅん、久しぶりではないか正義を騙る王候補。またも吾輩の王の邪魔をするというのは、実にッ不愉快だ! ヤツは吾輩が一から育て上げた王の器、貴公の軽い正義とは話が違う。下がれ」

 

「こんな化け物が王だと? ふざけるな! それで訪れる未来がどんなものになるのか、貴様は知らないだろう! 貴様の軽薄な道楽に、大義などあるものか!」

 

「知っているさ! そして否ッ! 吾輩の存在は貴公よりも遥かに大義である! 今ここで不愉快な貴公を殺すことはできぬが、その『鍵』を奪う程度なら問題あるまい。罰も精々致命傷だ!」

 

 

身動きが取れないミカドから、ファイズのプロトウォッチを取り上げようとするアヴニル。しかし、その手が触れる寸前に時間停止は別の波動によって打ち消され、ミカドの体が動いた。

 

 

「困るなアヴニル氏。そういう勝手はルール違反だ」

 

「それを厭わないのが吾輩ッ! そうだろう、ウィル!」

 

 

壮間の預言者であるウィルが現れ、アヴニルからミカドを守るように右腕を広げた。

 

 

「その偽善者も貴公の王か? あの取り柄のない男といい、貴公はまるでナンセンスだ!」

 

「ゲテモノ好きの貴方には言われたくないが、彼は私の王ではない。彼が誰の王なのかは私も気になるところだが…今はその話はいいとしよう」

 

「久方振りの再会だが、容赦はせんぞ。その『鍵』は置いて行け。さもなくば───」

 

 

揚々と喋っていたアヴニルの顔面を、思いきり殴りつける逞しい拳。

不意を突かれたアヴニルが床を転がる。彼を殴ったのは、怒りで歯を食いしばった亜門だった。

 

 

「……行けッ!! ミカド!! お前の正義がどんなものかは知らないが…考えることだけはやめるな! 何が正しいのか考え続け、その末に出た結論なら俺は信じる! その答えで…ミツルを救ってくれ!!」

 

 

一度だけ聞いたミカドの名を呼び、彼が背負った覚悟を想像し、亜門は叫んだ。ミカドは捜査官を志した頃の自分と似た何かがある。亜門はそう感じたのだ。

 

 

「亜門…鋼太朗…! 俺が、救うだと? ヤツを……!?」

 

 

ミカドを殺さなければ反動も大したものではないだろうと、アヴニルはアントの体の時間停止を解除する。その瞬間、生身の亜門にアントが襲い掛かる。

 

その頼みの真意を聞くことができないまま、ウィルのマフラーがミカドを包み込んで2人の姿が教会から消えた。亜門と、抱きつくように飛び掛かり、口を開けるアント───ミツルを置いて。

 

 

「なんで、鋼太朗……僕を───」

 

 

幸せな偽りの日々が懐かしい。清く正しいと思っていた世界が懐かしい。

“喰種”は、“オルフェノク”は、自分の命を肯定するため、また命を奪う。

 

 

_________________

 

 

 

「立てるかい? ミカド少年」

 

「触るな…」

 

 

そこは教会から離れた街中。ウィルの手を振り払い、ミカドは力の入らない脚でなんとか立ち上がる。その手にあるのはファイズのプロトウォッチで、目的は達成された。

 

そのはずなのに、分からない何かがミカドの心に刺さって抜けない。

 

 

「亜門鋼太朗は…死んだのか?」

 

「どうだろうね。確かめに戻るのはおすすめしない」

 

「…だろうな」

 

「彼は強い。義憤に燃える超人と言っていい。例え歪みに歪んだこの物語でも、その力に満ち溢れた生き様は健在だった。ただひとつ、その歪みのせいで彼は己に刺さった楔を処理しきれていなかった…それが危うい」

 

「歪み…だと?」

 

「アヴニル氏によって歴史が大きく捻じ曲げられている。その歪の正体がようやく見えたよ。それは───金木研の存在だ。この物語には彼が存在しない」

 

 

「金木研」「隻眼の喰種」「眼帯」「佐々木琲世」「王」

 

彼を呼ぶ名は多く存在するが、そのどれもが2018年の今に至るまで存在しないのだ。

 

 

「カネキケン……」

 

「例えるなら彼はとてつもなく大きな歯車。彼は人間でありながら喰種となり、悲劇の主人公として悩み、苦しみ、戦った男だ。人間と喰種が分かり合える世のため、この理不尽な世界で戦い続けた」

 

「人間と喰種が分かり合う…だと? 世迷言だ。日寺もそうだが、余りに馬鹿がすぎる。あんな化け物と、どう分かり合えと言うんだ…!」

 

「真に望む理想というのは、どれも世迷言さ。君だってそうだろう」

 

「共存なんかよりも単純な話だ。俺の望む未来は…屍の先にしか無い! 仮面ライダーを、怪人を、理不尽な力を殺し尽くす! それだけだ…!」

 

 

タイムマジーンが飛来する。これから向かう先は2003年、恐らくオルフェノクが跋扈しているであろう時代。嫌な記憶が何度も過ぎるが、逃げるわけにはいかない。全ては望む未来に革命を起こすため。

 

 

「……君は強い。そんな君に、この言葉を捧げよう。

誰かが言った、“生きて、生きて、生き延びて、このクソみたいな世界をぶち壊せ”。こんな世界と戦う覚悟があるなら、どうぞ進むといい」

 

「言われるまでも無い!」

 

 

ミカドが時空転移システムを起動させ、ファイズのプロトウォッチでゲートを開く。そこに飛び込む瞬間、思い出すのは亜門が残した言葉。

 

 

『考えることだけはやめるな』

「俺が…間違っているとでも言うのか…! 俺は何も……!」

 

 

『僕は間違っていない!!』

 

 

今度はミツルの言葉が蘇る。次々に浮かび上がる言葉を上書きするように叫び、ミカドはレバーを倒す。

 

間違っているとしたら、この世界だ。

そんな世界を正すために戦う。その答えを胸に、2003年へと向かった。

 

 

「私はそんな道を、我が王には進ませたくないけどね」

 

 

そんなミカドを見送り、ウィルはそう吐き捨てた。

 

 

_______________

 

 

2003

 

 

仕事を終え、帰路に就く若い女性。道を照らす街灯は点滅を続け、ふと光が消えた一瞬があった。特に気にもせず歩いていた女性だったが、何かにぶつかってしまう。

 

女性は顔を上げた。そこにいたのは、布を被ったカタツムリのような、灰色の怪人だった。

 

 

「いや───」

 

 

叫び声を飲み込むように、女性の口に怪人の粘液が流し込まれる。徐々に呼吸はできなくなり、体の内側から粘液は浸食する。やがて、女性の体は灰になって消えてしまっていた。

 

 

「あぁ……またやってしまった……!」

 

 

女性を殺した「スネイルオルフェノク」は、怯えた様子でその場から逃げ出す。

彼は別のオルフェノクに殺され、オルフェノクとして「使徒再生」を果たした。それ以来、彼の心の中で声が四六時中叫ぶのだ。

 

「人間を殺せ。淘汰しろ。進化しろ」と。

 

そうしてこれで5人目。まだ声は絶えない。もっと殺さなければ、平穏なんてやってこない。スネイルは次の標的をゆっくりと探す。

 

目に入ったのは若い男だった。歳に合わないアタッシュケースを持ち、こちらを見ている。

 

 

「オルフェノク…」

 

 

男は携帯電話を開いた。通報するつもりだろうか。スネイルは足を速める。

しかし、男は「110」ではなく一つのボタンを3度押した。いつの間にかその腰には奇妙なベルトが。

 

男が押したボタンは「555」。

 

 

《Standing by》

 

「変身」

 

《Complete》

 

 

携帯電話「ファイズフォン」を高く上げ、ベルトバックルにセット。

 

赤い光が夜を照らす。光のラインが男の体をなぞるように走り、その姿を変える。黒いスーツと銀の装甲という人工的な姿に、血管が走っているよう。マスクは「Φ」を示すように、黄色く光る円盤状の複眼。

 

仮面ライダーファイズ。その名は、オルフェノクにとっての「死神」に等しい。

 

 

「ファイズ……! やめてくれよ、俺は殺したくなかったんだ! 仕方がなかったんだ!」

 

 

ファイズはオルフェノクと言葉を交わさない。黙ってスネイルを殴りつけ、転がった先に走って追いつき、蹴りでの追い打ちを入れる。

 

 

《Ready》

 

 

ベルトのファイズフォンから「ミッションメモリー」を引き抜いて、腰のカメラ型ガジェット「ファイズショット」に装填。そうすることで武器として機能するようになり、ファイズはそれを手甲のように装備した。

 

立ち上がろうとするスネイルを踏みつけ、ファイズはファイズフォンの「ENTER」を押し、拳に力を込めた。

 

 

《Exceed Charge》

 

 

装甲を巡るフォトンブラッドが右腕に集まり、光を帯びたその拳を、ファイズはスネイルへと叩きつけた。その瞬間に解放されるフォトンブラッドの高エネルギーは、オルフェノクを絶命へと至らしめる。

 

 

「なんで……! こうするしか、なかったのに…!!」

 

 

スネイルは「Φ」の光が浮かび上がった直後に青い炎に焼かれ、灰化した。これで何度目だろう。最期に彼が残した呪言が、ファイズの呼吸を締め付ける。

 

生きるということは罪の連続。誰もが誰かから奪わずして生きられない。そして命とは須らく愚かだから、必要のないものまで奪い過ぎてしまう。「死んでいい命なんてない」というなら、きっと「死んではいけない命も」存在しない。

 

 

「分かんねえよ。人間、喰種、オルフェノク…一体誰なら生きていいんだろうな」

 

 

変身を解き、「荒木(あらき)(みなと)」は遺灰をすくい上げ、呟くしかなかった。

 

 

________________

 

 

次回予告

 

 

Open your eyes, for the next FAIZ.

 

「Peace On Death、死をもって平和を」

「“喰種”と“オルフェノク”、この2つの人類の敵を駆除すんのが、俺たち〔CCG〕のお仕事だ」

 

2003年。人類は2つの天敵に狩られる弱者だった。

 

「ヒトを殺したら死んで当然だろ。邪魔なんだよ、俺の平穏を脅かすヤツは」

「君はどっちでいたい? 人間が愛されたこの世界で」

「正しい生き方を探してる。もう正しくなれなくても、探すことはできる」

 

オルフェノク、喰種、人間───3つの種の本能が錯綜する。

 

「なぁミカド。もしかしての話をしていいか?」

「貴様らが間違っていないのなら! 俺は…何を憎めばよかったんだ!」

 

仮面ライダーは「正義」か「悪」か。間違っているのは一体誰だ。

ミカドの過去と、現在と、未来が揺れ動く。

 

「ファイズ、俺は……お前を殺す…!」

 

 

次回「ジャスティファイズ2003」

 

 

 

 




ウリエとシラズの所は書きたかったから書きました。

「ミツル」と「ミナト」はオリキャラですが、亜門と同じ孤児院で育った人物です。その詳しい背景や真相は後編にて。時系列が2003年なので、カネキくんとか出ませんし壮間も当然出番なしです。

ミツルは東京喰種に出てくるヤベー奴を纏めたようなキャラ造形にしてます(キバ編の北島祐子然り)。東京喰種にて「白髪」はヤバいと覚えておいてください。

お気に入り登録、高評価、感想、「ここすき」をよろしくお願いします!


今回の名言
「生きて 生きて 生き延びて このクソみたいな世界をぶち壊せ!!」
「約束のネバーランド」より、シスター・クローネ。



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ジオウくろすと補完計画 13.5話「補完計画なら大丈夫」

実家にクウガやファイズ、ブレイドのハイパーバトルビデオがありました。今回の補完計画はそういうやつです。


ミュージカル調の音楽が鳴り響く。何故かスーツの正装で壇上に立つ、壮間、ミカド、香奈、ウィル、ヴォード、アヴニル、オゼ。

 

 

一同「仮面ライダ~ジオウ~♪」

一同「く~ろ~すと~♪ 補完~計画~♪」

 

 

撮影ステージで音楽に合わせ、一糸乱れぬ踊りを披露するジオウサイドの面々。ただ壮間の音程が微妙にズレていたので、ミカドがステージから蹴り落とした。

 

 

______________

 

 

「森の熊さん」

 

 

壮間たちが通う学校の教室で、壮間、香奈、ミカドがリズムを取る。

その背後には謎のラジオカセットがあり、音楽はそこから流れていた。

 

 

壮間「ある~日♪」

香奈「ある~日♪」

 

壮間「森の中~♪」

香奈「熊さ~んに♪」

 

ミカド「出会~った♪」

 

一同「花咲く森の道~♪ 熊さんに出会~った~♪」

 

 

ミカドまで歌い出し、「ガオー」と熊のポーズをする始末。

そこでようやく壮間が異変に気付くも、ミュージカルから抜け出せない。

 

 

壮間「ちょっと待って~♪ 何があった~♪」

ミカド「知らんが~♪ 止まれな~い♪」

ウィル「説明しよう♪ それは~この~♪ ラジカセのせ~い~だ~よ~♪」

 

 

仮面ライダーファイズのハイパーバトルビデオに登場する、ラジカセ型ガジェット「ファイズサウンダー」。これで音楽を流すと誰もが歌い、踊りだし、全日本をミュージカル化させる恐るべき兵器だ。

 

それはそうと、ウィルは突然現れてノリノリで踊っていた。

 

 

香奈「ミュージカル?♪ それって~♪」

壮間「小説じゃ~♪ 無理ないか?♪」

 

ミカド「そこをどけ~♪ 貴様ら~♪ それならば~…♪」

 

 

ミカドが踊りながら距離を置き、助走をつけダッシュ。

 

 

ミカド「死ねえええっ!!♪」

 

 

あくまでミュージカル調に、ミカドはファイズサウンダーに飛び蹴り。

破壊はできなかったが、音楽は止まってくれた。

 

 

ミカド「止まったか…何なんだこのふざけた兵器は…!」

 

香奈「私は全然よかったけどね。もっと踊ってたかった~!」

 

壮間「一人だけキレッキレなんだよダンス部エース……でもよかったよ、この後タイムジャッカーのメリーさんの羊パートになんなくて」

 

ウィル「勝手な事をしないでくれるかい? ミカド少年。このラジカセを用意するのに結構高くついたのだから」

 

壮間・香奈・ミカド「お前の仕業か!!!」

 

 

ファイズサウンダーがウィルが用意したものと判明したところで、一旦閑話休題。ウィルが今回の補完計画の趣旨を説明する。

 

 

ウィル「全く補完しない補完計画と言われて久しいこのコーナー、真っ先に補完しないといけない事が一つ残っていたのさ」

 

壮間「一つ…?」

香奈「もっとあるでしょ。具体的に言えば私の出番! やっっとレギュラー化したのにファイズ編では出番無しって何??? 私、クーデター起こすよ!?」

壮間「俺なんて成長した矢先だぞ!?」

 

ウィル「まぁそれは置いておいて。この作品では各話の前書きにキャラ紹介が載っているのはご存じだね?」

 

ミカド「本編で書ききれなかった設定とかも書いてるアレだな」

 

ウィル「あれで大抵のキャラの補完を行っているわけだが…衝撃的な事実だ、我々2018年組のキャラ紹介はされていない!」

 

壮間「あ…確かに…」

 

ウィル「つまり読者は我々のキャラを掴めていない可能性があるということ。これは由々しき事態! というわけでこれから君たちには、盛大に自己をアッピールしてもらおうという企画さ!

 

しかし私は考えた。内気気味な我が王のこと、自己アピールが得意なはずもない…と」

 

壮間「ちょっと待ってまさか」

 

ウィル「そんな時にはこのファイズサウンダー! ファイズのハイパーバトルビデオよろしく、我が王たちの紹介をしてくれるはず! というわけでスイッチ、オン!」

 

 

 

「3本のベルト」

 

 

壮間「ベルト3本も無いよー」

ミカド「ハイパーバトルビデオをそのまま使うからだ」

 

 

仮面ライダ~ジオウ~♪ 変身コードは2018~♪

カタカナ文字に~包まれて~♪ 変身するのは普通の壮間~♪

 

 

壮間「ちゃんと成長しただろ! ダブル編読め!」

香奈「ソウマは多分、普通っていう称号からは逃げられないんじゃないかなぁ」

ミカド「それなけりゃ貴様のキャラ薄いしな」

 

 

時計のバイク~の~♪ ライドストライカーは出番なし~♪

ジオウ本編でもその出番~♪ たったの47秒~♪

 

 

壮間「だから! 今! 免許取ってますやん!?」

香奈「ジオウのバイクって出番そんな少なかったんだ」

ミカド「主人公が未成年だからな。大人の事情ってやつだろう」

 

 

取り柄のひとつも無いように~♪ 見~え~て~♪ い~て~も~♪

勉強そこそこできますし~♪ あと優しい~♪ 多分~♪

 

 

壮間「だから…俺の取り柄は想像力……!」

香奈「ソウマうるさい」

ミカド「貴様は黙って曲も聞けんのか」

壮間「俺が悪いんかなぁ!?」

 

 

必殺技を決め~ろ~♪ 空から繰り出すキ~ックの~♪

タイムブレークを決めた時~♪ 壮間が足挫く~♪

 

 

壮間「わあああああああああっ!!! なんで知ってんだ!? ウィルか!? お前なんだろこのストーカー!!」

 

香奈「うっわぁ、ダッサ…」

ミカド「マジか貴様」

 

ウィル「マジだ。本編でも何回も必殺技を決めているが、運動神経があまりよろしくない我が王はそのたびに足挫いたり手首痛めたり…」

 

壮間「黙れお前! 数少ない俺のキメシーンが更に翳んじゃうだろ! うわぁー…今後必殺技でキメた後も『あ、でもこの人今足痛がってるんだよなー』みたいに思われて感想にも書かれるんだー!」

 

 

 

仮面ライダ~ゲイツ~♪ ベルトを付けると灰になり~♪

呪いのベルトと呼ばれたが~♪

 

 

壮間「え、そうなの?」

香奈「何それ、怖…」

ミカド「知らん。大体、日寺はベルト同じだろ」

 

 

光ヶ崎ミカドなら大丈夫~♪

 

 

香奈「大丈夫だった!! ミカドくん凄いね!」

ミカド「そんな話は知らんと言っている! 俺のベルトはカイザギアじゃない!」

壮間「俺は大丈夫なの!? ねぇ俺は!? 灰になっちゃう!!?」

ミカド「貴様、悪ふざけしてると殺すぞ」

壮間「なんで俺にはそんな厳しいの…」

 

 

変身コードは2068~♪ ひらがな文字に包まれて~♪

必殺技はタイムバースト~♪ 壮間の体が粉々さ~♪

 

 

壮間「なんで俺が受ける前提!? なにこれ、田中タイキック的な!?」

ミカド「死ね!!!」

壮間「ゲボァっ!!!」

香奈「あ、ソウマ吹っ飛んだ」

 

 

絶望的な未来を~♪ 変える~♪ ために~♪

仮面ライダーを殺す~♪ それは正義なのか~♪

 

 

壮間「俺、出番少ないのになんでこんな扱い……」

 

 

仮面ライダーゲイツ~♪ 誰にも頼らぬ覚悟決め~♪

孤独も恐れずただ一人~♪ ライドストライカーを友として~♪

 

 

香奈「バイクが友達って…」

ミカド「出鱈目な歌詞だ。引くな」

壮間「その友達。地面に墜落して大破してなかったか…?」

ミカド「あれは鈴谷什造が悪いし、そもそも友じゃない! なんなんだこの歌詞は!」

 

 

 

メイン~ヒロインの~香奈~♪

 

 

壮間「なんで香奈の歌まであるんだよ」

香奈「うっさいなぁ。更新もたもたしてまだ3号いないのが悪いんだろ」

ミカド「おい。順当なら3号になりそうな奴がこっち見てるぞ」

壮間「あ、ほっといていいよ」

 

 

ヒロイン~力は凄まじく~♪ 顔良し、人良し、スタイル良し~♪

有象無象を蹴散~らし~♪ レジェンドゲストを差し置いて~♪ 追随を許さぬ人気~で~♪ ヒロインの座は揺るが~ない~♪

 

 

壮間「香奈、お前ウィルにいくら積んだ?」

香奈「何言ってんの。ここまで的確かつ素晴らしいキャラ紹介はないでしょ!」

壮間「盛り過ぎだろ! まぁ多少譲って()()()お前は確かにヒロイン力高めだけど! 人気だったらアマキさんやアリオスさん、なんならオゼの方が……」

香奈「はいキレました~! ソウマが言っちゃいけないこと言った~! あーあ、か弱い女の子を傷付けた~! 主人公なのに失格だよねそんなのさ~! 読者さん見ました~!?」

壮間「お前のどこがか弱いんだよ。強か過ぎるだろ生き様が」

 

 

すると、また突然ファイズサウンダーの音楽が変わった。

場所と衣装まで変わり、派手なカラフルな服を着たタイムジャッカー3人が優雅にバレエを踊っていた。

 

 

ヴォード「僕らの番、ずっとスタンバってました」

壮間「なんかごめん」

 

 

そこに現れる、アナザービルド、アナザードライブ、アナザーゴースト。仰々しい見た目のくせに見事に揃った動きでらんらんと踊っている。

 

さらにウィルと香奈がこれまた派手な衣装で、手を繋いで社交ダンスしているではないか。

 

 

香奈「ソウマ、アナザーライダーだ~♪」

 

 

場所がまた切り替わり、今度はジャズ調。いつのまにか全員サングラスを付け、指を鳴らしたりクルクル踊ったり、少なくとも令和のものではない踊りが繰り広げられる。

 

 

そこに颯爽とバイクで駆け付ける、グラサン&黒革ジャンの壮間。

まだ免許取ってない癖に。

 

 

壮間「変身♪」

 

 

ジオウに変身した壮間がアナザーライダーたちと戦う。踊りながら。

大きく飛び上がり、踊るアナザーライダーたちにジオウの必殺キックが炸裂!

 

 

一同(足痛いんだろうなぁ…)

 

 

ジカンギレードをダンスのバトンみたいに使って、叩く、斬る。「ビシッ」「バン」「バチッ」「どっかーん」と擬音も出る。

 

そうしてジオウは、音楽に合わせてアナザーライダーをバッタバッタと……

 

 

壮間「いや、すんません。無理っす……」

 

 

倒せなかった。流石に3対1だし、普通に音楽に合わせてボッコボコにされた。

 

 

香奈「ミカドく~ん♪ これ~使って~♪」

壮間「ん? 俺は??」

 

 

香奈はファイズサウンダーを、何故かいたゲイツに渡す。

ゲイツはファイズサウンダーを装備して変形させ、そこから放たれるショックウェーブを喰らったアナザーライダーは一撃昇天!!

 

 

ミカド「いぇーい!」

香奈「いぇーい!」

ヴォード「やったー」

オゼ「やったー!」

アヴニル「ばんざーいッ! ばんざーいッ!」

ウィル「ゲイツ最高!!」

 

壮間「待って…俺も入れて…俺、なんでこのポジション……」

 

 

また場所が変わって、冒頭の檀上。

 

 

一同「あ~りがと~うミカド~♪」

 

 

サングラス黒革ジャン、オールバックのミカドが、黙って親指を立てる。

 

 

一同「あ~りがと~う♪ 素敵なゲイツ~♪」

 

 

無表情で黙って頷くミカド。絶対に本編ではこんな反応しない。

サングラスを取って、決め顔で階段を下りる。ついでにそこにいた壮間が蹴っ飛ばされた。

 

 

_____________

 

 

 

壮間「はっ! 夢か……めちゃくちゃ嫌な夢だった…」

 

ウィル「我が王。補完計画のゲストの立候補で月山習が来ているが」

 

壮間「あぁ…今回はもう、なんか疲れたし帰ってもろて……」

 

 

to be continue…

 

 

ウィル「ちなみに。今回ろくにキャラ紹介にならなかったため、一番最初の話としてキャラ紹介録を更新しているよ。これからも随時更新される予定だし、新情報も多数だ。是非読んでくれ」

壮間「さっきの夢じゃなかったの!?」




月山さん、次回は出番あるといいね。壮間、次回は扱いよくなるといいね。


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EP14 ジャスティファイズ2003
[並行]


神楽月蔵真
仮面ライダースペクターに変身した青年。20歳。怪奇現象管理協会の組合員。背が高く顔が怖いため近寄られ難いが、非常に仲間思い。しかし敵と味方の線引きがはっきりしすぎていて、話を聞かず暴走することも多い。2015年では一度は壮間たちと敵対したが、アナザーゴースト戦、スクールアイドルフェスティバル防衛線では頼れる味方となった。スペクターのウォッチは令央によって奪われたが、キメラアナザーの撃破に伴い現在はミカドが所有している。修正された歴史では、ミステリーハンターとして活動している模様。たまにテレビに出るらしい。

本来の歴史では・・・自分からグレートアイに選ばれに行き、ルーツが眼魂とは関係ないにも関わらず深淵の力を使いこなす等、眼魔世界にとってのイレギュラーとして場を乱し続ける。


数字3桁で555、913と並んでも違和感ない146です。
今回から2003年編ですが、東京喰種要素濃すぎてついて行けてないよーっていう方!ご安心ください、ファイズ編は東京喰種より昔の話なので、ぶっちゃけ本編とはそんな関係ないです。何人か原典のキャラは出ますが。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!





2018

 

汗をダラダラと流しながらも、まるでランウェイでも歩くかのような立ち振る舞いでビルの屋上を進み、月山は指を鳴らして高らかに声を上げる。

 

 

「やぁ、僕が帰ったよ。喜びたまえホリ!」

 

「あ、帰って来たんだ。早いね。捜査官でも来た?」

 

「勘が良いね小さき友よ」

 

「本当にザルだよねー、月山君ほど目立つ人をなんで捕まえられないのかな」

 

 

喰種捜査官の介入により、謝肉祭は壊滅状態に。鈴谷什造によって主催者のファイズが駆逐され、高レートの護衛喰種は逃走したが、会場に残った喰種たちは軒並み一網打尽にされた。月山が無事に帰ってきているのがホリチエには不思議で仕方ない。

 

 

「…そういえば、ミカド君は?」

 

「そう! ミカドくん! 彼とムッシュ・ファイズ…2人をセットで頂く算段だったのだが、ミスター鈴谷の存在が厄介でね……しかし、彼が『隻眼』だというのは単なるGossipに過ぎなかったみたいだよ」

 

「ふーん…その感じだと、ミカド君はもう帰ってきそうにないかぁ」

 

 

ホリチエは寝っ転がるとカメラを持ち上げ、夜空をレンズに映す。

空の途中で消えた赤い飛行物体が見えた気がしたが、気のせいかもしれない。ホリチエは少しだけ残念そうに、呟く。

 

 

「結局、いい写真は撮れなかったなぁ」

 

 

彼は色々なものを覆い隠していた。心に封じ込めていた。ホリチエはそれをレンズに収めたかったのだが、それが叶うことはなさそうだ。

 

横で「それなら僕を撮り給え!」とうるさい月山を無視し、ホリチエは夜空にシャッターを切るのだった。

 

 

__________________

 

2003

 

 

「ったく、これで今月何件目だ? “喰種狩り”」

 

「12件目っスね」

 

「愚痴で言ったんだ馬鹿」

 

 

首を切り裂かれた喰種の死体。それを見て面倒くさそうに溜息を吐いた男は、〔CCG〕対策Ⅱ課の丸手(まるで)(いつき)准特等捜査官。

 

対策Ⅱ課は前線で戦う捜査官とは異なり、大局的な指揮を担う〔CCG〕のブレイン。なので本来現場に出ることは少ないのだが、そんな彼が死体と睨めっこしているのには理由があった。

 

 

「コイツは“オルフェノク”の仕業じゃないみたいだな…何人いやがるんだ、喰種狩りがトレンドなのか?」

 

 

この世界には人を食糧として狩る“喰種”の他に、人類の天敵が存在する。

死した人間が変異した灰色の怪物。進化に適応できない存在を淘汰する傲慢なる新人類、“オルフェノク”だ。

 

 

______________

 

 

オルフェノクの活動が活発になったのはほんの最近。堰き止めていた何かが解き放たれたように、オルフェノクは人間を襲い始めたのだ。オルフェノクに殺された人間は一定確率でオルフェノクに覚醒するため、ここ数年で被害は飛躍的に増えてしまっている。

 

オルフェノクは正真正銘の怪物。警察ではとても手に負えない。そこで白羽の矢が立ったのが、同じく怪物の駆逐を専門としていた組織、〔CCG〕だった。

 

 

「…で、喰種の死骸の解剖、結果どうだった?」

 

「それが驚きっすね。パネェっす。直近で見つかった死体は、どうも“クインケ”が凶器みたいス」

 

「クインケだぁ!? どこの誰だ死体も放って報告もしねぇアホは! クビだクビ!」

 

「一応、それぞれ支部に確認取ったスけど、心当たりないみたいっす」

 

 

丸手に報告をするのは、同じく対策Ⅱ課で彼の部下の馬淵活也。

 

クインケは喰種捜査官の武器。その痕跡が見つかったのであれば犯人は捜査官ということになるが、後処理も報告もしないとなると理由が分からない。混雑してきた状況に頭を掻きむしる丸手だが、馬淵がそこに更なる情報量を投下する。

 

 

「あと犯人が受付に出頭してるみたいっすね」

 

「ほー、犯人が出頭……出頭!?」

 

「うっす」

 

 

丸手に掴みかかられた馬淵が軽く返す。丸手は沸騰しそうな頭を抱えながら、受付へ足を運んだ。

 

 

「光ヶ崎ミカド。18歳。喰種を殺したのは俺だ」

 

「…悪戯する相手は選んだ方がいいぞ。ここは子供が遊ぶ場所じゃない」

 

「これで証明になるか」

 

「こいつぁクインケ、マジか……!」

 

 

降りてみて待っていたのが子供で、丸手は叫び出したくなった。意味が分からない。前線から引いて対策Ⅱ課に転属した時から気苦労は覚悟していたが、こんな頓珍漢な事案に立ち会うなんて聞いていない。

 

 

「…貴様はこれをどうやって。機密にされているはずだが」

 

「拾った」

 

 

ミカドはあっけらかんと言う。差し出されたクインケはナイフ形のもので、恐らくかなり細かく分割されたタイプのクインケだ。1つくらい回収し損ねていても不思議ではない。

 

 

「ったく、どこのどいつだ…オモチャを落として帰った馬鹿野郎は…!」

 

「あと、彼を連れて来た捜査官によると、パトロールしてるとこを襲われてボッコボコにされたらしいっす。パネェっすね。キミ、捜査官になってみない?」

 

「冗談言うなマブチ。俺ぁまだ信用してねぇぞ。なんてったって喰種を殺したりしやがった?」

 

「そこの出っ歯が的を射ている」

 

「出っ歯?」

「お前だマブチ」

 

「喰種を殺したのはお前達と接触するためだ。俺はある喰種を捜している。実力の証明がしたければ誰でも相手をしてやる。俺を雇え、喰種捜査官」

 

 

想像を超える展開。これなら、やたら強い子供の悪戯の方がなんぼかマシだ。

普通の捜査官だったらミカドの言葉など一蹴するだろう。しかし、丸手は例外だった。「使える奴に子供も老婆も詐欺師も関係ない」が、彼の信条なのだ。

 

 

「……ついて来い」

 

 

〔CCG〕きっての指揮官、丸手は、ミカドを「使える奴」と判断した。

 

 

__________________

 

 

 

(想定以上に上手く行ったな。やはりコレを数本拾っておいて正解だった。説得力が段違いだ)

 

 

ミカドが握るのは、2018年で鈴谷什造が使っていたものを数本くすねた「サソリ1/56」。

 

丸手と馬淵の後ろを歩きながら、ミカドは一先ず息をついた。かなりの無茶を通すつもりだったが、手間も時間も拍子抜けするくらいだ。

 

 

「言っておくがまだ信用したわけじゃないぞ。これから貴様の身元調査をして使えるかどうかを徹底的に調べる」

 

「俺からも言っておくが、俺に戸籍は無い。調べるだけ無駄だ。戸籍が無くて喰種を追っていると言えば境遇くらい想像できるだろう」

 

「チッ…喰種孤児の類か。また面倒くさいな。一応調べとけよマブチ」

 

「うっす」

 

「そもそも俺を調べる必要があるのか? この施設の入り口にあったアレは、察するに喰種の判別装置だな。俺はアレに反応しなかった、それでは不十分か?」

 

 

この時代では〔CCG〕の本部と支部くらいにしか設置されていないが、丸手たちと会うにあたってミカドは金属探知ゲートのようなものをくぐった。あれは「Rc検査ゲート」と呼ばれるもので、簡単に言えば人間と喰種を判別できる装置だ。

 

 

「そっちじゃねぇ。俺が疑ってんのは、貴様が“オルフェノク”じゃないか、って話だ」

 

「オルフェノク…か」

 

「最近俺たち〔CCG〕に回されるようになった案件だ。化け物退治の専門なんてそう沢山はいやがらねぇからな。知らねぇ化け物の担当までさせられて迷惑この上ねぇ」

 

「特にⅡ課で新参の俺らは喰種とオルフェノクどっちも請け負っちゃうから。大忙しで丸手さんも機嫌が悪い悪い」

 

「仕事が増えて昇進しやすいってことだけは有難いがな! それで、オルフェノクってのは喰種と違って人間と全く見分けがつかん。殺して灰になりゃオルフェノクだが」

 

 

なるほど、とミカドが心の中で頷く。ファイズの歴史が存在する2003年の状況は、これで大方理解できたと言ってもいいだろう。

 

 

「仮に俺がオルフェノクだとして、何故易々と俺を奥に案内した」

 

「もしそうだとしても、比較的対処できるようにする。貴様は喰種捜査官が希望らしいが、そっちはアカデミーを通らねぇと無理な決まりだ。代わりに、貴様には人員不足甚だしい“オルフェノク対策課”の手伝いをしてもらう」

 

「話が違うな」

 

「クカカ! 人生そんなに甘かねぇってことだクソガキ」

 

 

思っていた方向と異なってしまったが、〔CCG〕に潜入できたのは大きい成果だ。これ以上望んだって仕方がない。それよりも、オルフェノクに関わらなければいけないというのが、ミカドを気後れさせる。

 

 

(…馬鹿か俺は。そんな事を言っている場合ではない。覚悟を決めろ。あのミツルとかいう喰種を見つけ、ファイズを殺すためには必要な事だ)

 

 

気付くと、ミカドはその「オルフェノク対策課」に通されていた。ここは20区の〔CCG〕支部。支部とはいうものの、そこはオルフェノクという巨悪に対抗するには少し小さい部屋だった。

 

 

「邪魔するぞ」

 

「うぃーす…と、丸手さんと馬淵。ちゃっす。お疲れ様っす」

 

「昼間っから気の抜けた挨拶すんな土岐。瀬尾の野郎が来てるって話だったが?」

 

「瀬尾特等なら、新しく寄越された人員が弱すぎるってキレながら本部に行きましたよ」

 

「あの野郎がいねぇなら楽でいい。おら、そこ座れ光ヶ崎。

急な話だがコイツをオルフェノクの捜査に使え。使えるかどうかは土岐、お前が現場で判断しろ」

 

 

本当に急な話で、土岐と呼ばれた若い男性の捜査官も顔をしかめる。同期らしい馬淵に視線で助けを求めるも、中身のないサムズアップが帰ってきた。

 

 

「分かったか」

 

「分かったことにしときゃす」

 

「よし。じゃ、研修がてら仕事の説明するぞ。

まず前提として“喰種”と“オルフェノク”、この2つの人類の敵を駆除すんのが、俺たち〔CCG〕のお仕事だ。当然だが命の保証はねぇぞ。死んでも文句言わねぇこった」

 

「無論、承知の上だ」

 

「お前にはここでオルフェノクを追う“捜査官補佐”をやってもらう。しかるべき手続きも踏んでねぇ非正規の人員だから給料も休みも期待すんな」

「うっわひでぇ」

「人の心ないっスね丸手さん」

 

「押しかけた身だ。何の文句も無い」

 

「そりゃ結構。他のガキどもにも見習ってほしい心構えだな」

 

「「うわぁ」」

 

 

覚悟が決まり過ぎているミカドに、馬淵と土岐がドン引き。丸手は満足そうに鼻息を吐くと、話を続けた。

 

 

「じゃあ早速だが、ここ最近の“喰種狩り”を捜査してもらおうか」

 

「それは俺がやったと言った気がするが」

 

「テメェじゃねぇよ馬鹿。クインケで殺されてたのは数件だけ、残りは全く別のヤツの仕業だ。喰種が誰に殺されただなんざ知ったこっちゃねぇが、無視できねぇ理由があるのは分かんだろ」

 

「…オルフェノクの仕業、か」

 

「目撃情報から犯人も割れてる。夜でも目立つ赤い蛍光に満月みてぇな顔面。Sレート“オルフェノク”、『ファイズ』だ」

 

 

ヒットだ。ミカドが思わず拳を握る。まさかこんなにも早くファイズの情報を得られるとは思っていなかった。

 

その横で、気付かれないよう浮かない顔で目を泳がせるのは、土岐。

 

 

「……どこで何やってんよ、ミナト…」

 

 

____________

 

 

生きるというのは難しいもので、知能がある存在なら大なり小なりそれについて悩みを抱えるものだ。しかし向き合ってばかりでは疲れるから、人は何かでそれを発散する。丁度、バイクで気ままに走り回るというのも典型だ。

 

もっとも、彼がバイクを乗り回すのは気分転換などではない。淀んだ何かを胸に抱えながら、彼は14区の住宅街にバイクを停めた。ヘルメットを外し、後部座席に手を伸ばすが、そこに何も無かったことを思い出して苦い顔をしながら座席を叩く。

 

バイクを停めた音が聞こえたのか、住宅の1つから小さな子供が飛び出し、怪談を駆け下りてバイクから降りたばかりの彼に飛びついた。

 

 

「ミナト!!」

「ごふっ…! 出会いがしらのタックル、慣れねぇ…」

 

「こら、駄目だって…ごめんねミナトくん。ほらトーカ、謝りなさい」

 

「いや…別にいいぜアラタさん。トーカちゃん元気そうだし」

 

 

青年「荒木湊」は、彼らに会いにこの住宅街に訪れた。

ミナトは場所を定めることなく区をあちこち点々としている。「霧嶋新」と、8歳の娘「霧嶋董香」、アラタの後ろに隠れるトーカの弟の「霧嶋絢都」。彼らはそんな中で出会った人々の一部だった。

 

 

「ほら、色々持ってきてやったぞ。結構古いけど、絵本とすごろく。あとシャボン玉つくるアレとか…適当に遊べ」

 

「すげー、ひこうきだ! アヤト、あっちでこれ飛ばそ!」

 

「えっ、ぼくは絵本の方が…」

 

「ミナトもいっしょに飛ばそうよ!」

 

「…おぅ、後でな。お父さんとちょい話すから」

 

 

元気に駆けだしたトーカをアヤトが慌てて追いかける。よく見る構図に思わず安心感を覚えるミナト。温まった空気を一旦吐息として吐き出すと、ミナトはアラタと部屋に入り、声量を抑えて会話を始めた。

 

 

「ごめんね。いつも色々持ってきてもらって」

 

「…別に。寄った店で安かっただけだし、どうせ()()()()()からな。そっちだって大変だろアラタさん。“食糧”の確保、無理が来てんじゃねぇのか?」

 

「うん…まだ大丈夫かな。運がいいみたいだ。そっちの方まで君の手を煩わせることはないと思うよ」

 

「…そんなつもりはねぇよ。俺が持って来れるのは“灰”くらいだ」

 

 

ミナトは口に出しかけた提案を喉の奥に引っ込めた。彼はその立場上、「ヒトの死体」にはよく出くわすのだ。“食糧”の調達の力になれると思ったが、不要なら押し付けることもない。

 

そう、霧嶋新とその子供2人は“喰種”だ。人の肉を食べることでしか生き永らえられない。

 

しかし、アラタは喰種の中でも「人間のように生きる喰種」だった。人の死体を探し、拾って持ち帰る。そうすることで比較的手を汚さず、子と共に人間らしく生きようとしている。

 

 

「ミナトくんの方はどう?」

 

「……何も変わらねぇ」

 

「ありゃりゃ、これは何か大変な感じかな? ボクじゃ力になれそうにないけど…そうだ、夕飯でも食べて行きなよ。間違えて料理作り過ぎちゃったんだ。佐藤さんから貰った煮物も余ってるし…」

 

「やっぱ大変だな。そんなもん食えねぇだろうに…」

 

 

喰種である彼らはヒトの食べ物を酷く不味く感じてしまい、とても食べられたものでは無いし栄養にもならない。「食べれたらいいんだけどねー」とアラタが返す。

 

 

「でも楽しいよ。周りと合わせて平和に生きるっていうのは。喰種らしくないって言えば、そうかもしれないけど」

 

「らしい…か。俺は分かんねぇよ。俺らしいって、何だと思う。俺は他の奴らやアイツみたいにはなれねぇ。でも、アンタらみたいには…きっと無理だ」

 

「…ミナトくんは難しいだろうね。でも、君はどっちでいたい? 人間が愛されたこの世界で」

 

 

喰われ、淘汰される立場でありながらも、人間はこの世界に愛されている。それは紛れもない事実だ。ヒトらしく生きられたらどれだけ幸せか。きっとそれだけで全てが解決してしまうくらいの、巨大なエネルギーを持った“夢”だ。

 

ミナトはヒトではない。

何かを望もうとすると、奪ったモノの影がその足を底へと引きずり込んで来る。その根底にはいつも、忘れることのできないミナトの「罪」があった。

 

 

「何になりたいか…俺は何も……」

 

 

生きることですら憚られる。その考えが消えたことは一瞬もない。

望むことも、誰かの生き方に干渉することもしたくない。だからミナトは聞かない。

 

 

アラタから「濃いヒトの血」の匂いがする理由を。

 

 

_______________

 

 

「俺は土岐昇太。二等捜査官! お前の上司だ! 俺の事は『先輩』ないし『土岐さん』と呼びなさい」

 

「……」

 

「なんか呼びんさいよ。まいっか。まずオルフェノクについて教えんぞ!」

 

 

〔CCG〕20区支部にてオルフェノク講義が始まった。20区は最近出現した「梟」と呼ばれる喰種と何らかの関りがあるとされ、喰種の対策に場所も人員も割かれ、オルフェノク対策課が使える場所が少なく肩身が狭いらしい。ホワイトボードもなく紙に書いて説明を始めた。

 

 

「“喰種”と“オルフェノク”はどっちもヒトを襲うけど、その2種の関係は基本的に不干渉! 何故って、オルフェノクは死んだら灰になって食えない…いや一応灰は食えるらしいけど、大した栄養にはならないみたい。そんでなんでか知らないけど喰種はオルフェノクにならない! だから互いに戦う理由が無いのよね」

 

 

土岐の話によると、人間はオルフェノクと喰種の両方に狙われているという渋い状況にあるらしい。もっとも、喰種とオルフェノクも利害は全く一致しないため、手を組むことも少ないのが救いか。

 

しかし、そうだとすると妙な話が浮上する。アナザーファイズ、ミツルのことだ。喰種がオルフェノクになれないとすると、喰種かつオルフェノクのヤツの存在は何なのか。

 

 

「理由が無いくらいで闘争が止まるものか。例外がありそうな話だ。そもそも喰種を殺したファイズ……オルフェノクを捜査するのだろう」

 

「あーそれ。ファイズかー。ファイズ探しかー…やめにしないファイズ探し。俺らじゃ荷が重いって。ファイズはふつーのオルフェノクじゃないしさぁ」

 

 

「普通のオルフェノクじゃない」というのは仮面ライダーだという事だろう。土岐の説明によると、オルフェノク対策課設立にあたって強力を申し出た「スマートブレイン」という企業が存在し、ファイズはその企業が開発したものだという。

 

わざとらしい泣き言を吐く土岐だが、ミカドがこんなチャンスを棒に振るわけもない。殴ってでもは比喩だとしても、ミカドは上司である土岐に掴みかかって威圧する。

 

 

「馬鹿な事を言うな。命を捨ててでも戦うのが捜査官じゃないのか」

 

「うへぇ、新人怖い…やりやすって。冗談冗談。やんなかったら丸手さんや瀬尾さんに殺されるし……」

 

「チッ…先が思いやられる」

 

 

確実に新人の態度ではないが、ミカドは土岐を脅して捜査へ向かわせた。

ファイズが「オルフェノク」と認知されているのは好都合。敵が怪人なのならば、何の邪魔も遠慮もなく殺せるというものだ。

 

この時代では、仮面ライダーを殺すことが共通の正義となる。

 

 

_____________

 

 

あるカトリックの孤児院に、共に両親を不幸な事故で亡くし、同時に施設へとやってきた2人の子供がいた。一人はミナト、もう一人はミツルという。

 

ミナトは優しくて気が強く、孤児院にいる年下の子たちの兄貴分のような存在だった。そんな中でも、特にミツルとは仲が良く、ふたりはいつ見ても一緒にいた。

 

2003年から数えて10年ほど前、孤児院を営んでいた神父、彼らにとっての「父親」はミナトとミツルに告げた。「お前達の引き取り先が見つかった」、と。これまでに施設を出て行った仲間たちは多く居た。その誰にも「大きくなったらまた会おう」と約束し見送ったものだ。寂しくはなかった。何より、ミナトとミツルは一緒にいられるのだから。

 

二人を引き取ったのは気味の悪い男だった。まるで舐るように子供たちを見る男だった。父さんの知り合いだというのだから大丈夫だと、その時は納得してしまった。

 

しかし、向かった「新しい家」で、二人は世界が残酷だということを知った。

 

 

「や、やめろ…! なんでだ! ふざけんな、折角生き返ったのに!」

 

「先に手を出したのそっちだ。ずっと死んどけよ、オルフェノク」

 

 

13区の一角。カメムシの特質を備えた「スティンクバグオルフェノク」の頭を掴み、壁に叩きつけたのは、行為に似合わない綺麗な顔と黒髪に、華奢な背格好。ミツルだ。

 

ミツルの顔に紋様が浮かび上がり、その姿もまた灰色の怪人に。

アントオルフェノクへと変化したことで腕に加わる力が飛躍し、スティンクバグの頭蓋が軋んでいく。

 

 

「お…お前も…オルフェノ…ク…!!」

「一緒にすんな」

 

 

10年前、ミツルとミナトを引き取った男は“喰種”だった。それも、家ごと人間を焼き、焼け焦げた遺骸を喰らうのを好む凶悪な喰種。

 

喰種が起こした火災で死に絶える寸前だった二人の前に、喰種は嘲け笑うように赫子を出して現れた。そして、父であったドナート・ポルポラが喰種で、彼に「食事」として譲ってもらったのがお前たちだと突き付け、二人が焼け死ぬのを眺め続けた。

 

愛していた父が喰種で、施設を出て行った仲間たちも既に喰われていた。そんな残酷な真実を噛み締めながら、ミツルは死んだ。そして、目覚めた。オルフェノクとして生き返って。

 

 

「僕は、お前らとは違う」

 

 

アントの背中から3対の昆虫の「脚」が出現し、スティンクバグをめった刺しに。死を迎えたスティンクバグの体は灰化した。

 

アントオルフェノクの「捕食態」。ミツルは姿を変えることができる特殊なオルフェノク、自然発生的に覚醒したオルフェノク『オリジナル』である。

 

 

「ぐ…喰種…っ!」

 

 

灰の上に立つアントオルフェノクを見て、通りがかった女が声を発した。悲鳴がその喉から出る前にアントは女の首を掴み、裏路地へと引きずり込む。

 

 

「今、なんて言った…?」

 

「けほっ…あ、あなた喰種でしょ!? お願い、教えてください…この区にいた女の子の喰種を知りませんか!? カボチャの被り物の!」

 

 

どうやらこの女性にも何か事情があるようだが、ミツルの脳内は怒りで満たされ、声なんて入ってこない。この女は、ミツルを「喰種」と間違えたのだから。

 

オルフェノクの姿は『動植物』と『戦う姿』で決定される。どちらも、特に後者は変身者の深層心理に大きく影響され、ミツルの場合は死の直前に見た“喰種”が『戦う姿』として反映されてしまったのだ。そのため、アントの姿や能力は喰種のそれと非常に酷似している。

 

ミツルはそんな自分の姿を嫌悪している。幸せだった世界を壊したのも、ずっと自分を騙し続けてきたのも、喰種なのだ。

 

 

「知らない。僕は喰種じゃねぇ。不快なんだよ間違えるな。僕は…『人間』だ!」

 

 

叫んだアントは、鋭い虫の牙で女性の肩に噛み付いた。

フェロモン状のオルフェノクエネルギーは即座に心臓へと到達し、心臓を焼滅させる。

 

 

「歪んでいるな。これのどこが人間だ?」

 

「…うるせぇよ。顔を見せるなアヴニル」

 

「ふむ、態度が大きい。誰のおかげで貴公が今まで生きてこられたと? が、吾輩は寛容だ! 許すッ!」

 

「黙れよ…!」

 

 

人を殺したばかりのミツルの後ろに現れたのはアヴニルだった。女性の喰種は他人に食事を見られるのを嫌うというが、ミツルの場合はそれが殺人にあたるのだろうか。少なくとも、アヴニルの出現は不快の要因ではあるようだ。

 

 

「オルフェノクでありながら姿や所業は喰種のそれ。無論、人間からはかけ離れた存在。孤独な王は大いに結構だが、己を人間だと主張しながらそこの娘に種を注いだのは本能故か?」

 

「言い方が気色悪い。殺さねぇとどうにかなりそうなんだよ。『人間やめろ』ってうるさいんだ。でも、だってそうだろ? 聞こえてるうちは、僕はまだ人間だ…!」

 

「何故そこまで人であることに執着するか、分かりかねる。しかし命の危機が近づいていることも把握しておろう?」

 

 

オリジナルは「使徒再生」のオルフェノクよりも優れている場合が多いが、ミツルはそこまで突出して強いわけでもない。このままオルフェノク殺しを続けていると「スマートブレイン」から強力な刺客がやってくるだろう。「ラッキークローバー」レベルが来れば、ミツルは死ぬしかない。

 

 

「生きるために強さが欲しければ、いつでも吾輩を呼ぶといい。王に相応しき力をくれてやる」

 

 

ステッキが地を突き、アヴニルが姿を消す。

奥歯を噛み締めるミツルの後ろで、心臓を燃やされた女性の手がピクリと動いた。

 

 

______________

 

 

1区に拠点を構える〔CCG〕。その〔CCG〕本部にて、最高位の捜査官である「特等」と局長が一堂に会する会合、それが「特等捜査官会議」である。

 

 

「瀬尾特等。オルフェノクの捜査について近況を」

 

 

局長の和修吉時が、端の席に腰を掛ける男に報告を求める。

歴戦の捜査官である特等たちの中で異彩を放つ、色素の薄い髪色の若い男。オルフェノク対策課の2人の特等のうち1人、瀬尾(せお)潔貴(いさき)

 

 

「オルフェノクの被害件数は増加を止めず、いつ大規模な被害を出すイカレが出てもおかしくない状況。『ファイズ』は足取りを掴めず、例の3本目のベルトも所在不明。ラッキークローバーの『香賀』にはいいように躱され続けるという体たらく…どれもこれも、あんた方がロクな人員を寄越さないからです」

 

 

それだけ言って着席し、書類を机に叩きつける瀬尾。特等たちの空気が一気に凍り付いた。

 

 

「おい瀬尾。言い方ってものがあるだろう。そもそも君は特例の特等なんだ、もう少し立場を…」

 

「立場? だったらクビにでもすればいい。俺という損失を補填できる人材が〔CCG〕にないアンタら年寄りの責任でしょう。喰種捜査が大変なのかは知らないが、こっちだって命を張っているのに寄越されるのが味噌っかすばかりでは話にならない。役立たずの尻拭いをする気持ちくらい、特等の皆様なら分かっているとばかり」

 

「…なるほど。ならば瀬尾特等、具体的に望むものは?」

 

「有馬貴将をウチに移してください。アレだけで有象無象100人分の価値がある。1人ならそっちも手続き楽でしょうよ」

 

 

吉時の質問に対する瀬尾の返答で、今度は会議が一気にざわついた。

有馬貴将は19歳でありながら上等捜査官に位置する異例中の異例、鬼才の中の鬼才。それもそのはず、SSSレート喰種「梟」を退けたという大きすぎる功績が、その実力を物語っている。

 

 

「それは承諾できないな。有馬上等は〔CCG〕のホープとなる存在だ。喰種よりオルフェノクの数や被害が圧倒的に少ないという現状なら、あれだけの才能は喰種捜査に専念させたい」

 

「それはオルフェノク捜査を軽視していると解釈しても? 個体の危険性はオルフェノクの方が上なのに、こちらも優秀な『個』を用意しない意味が分かりませんね。瓜江特等に伊庭特等…『隻眼の梟』戦の損失を埋めるべく人材を育てたいのでしょうが、所詮は自分たち“喰種捜査官”の自己保身にしか───」

 

「そこまでよ、瀬尾くん。それ以上は捜査官への侮辱にあたるわ」

 

 

唯一の女性特等、安浦清子の一言でようやく瀬尾が黙った。厳密に言えばもう一人のオルフェノク対策課の特等が顔を真っ青にし、瀬尾を黙らせたのだが。

 

 

「有馬上等の移転…考えておこう」

 

「その場しのぎの言葉にならなければいいですけどね、局長」

 

 

それ以上話が進むことも無く、特等捜査官会議は終わった。

話を適当にいなされた気がしてあからさまに瀬尾は機嫌が悪そうだった。果汁100%ジュースを自販機で購入すると、壁に寄りかからないくらいの場所で休憩を挟む。

 

 

「おおおおおおおい! 聞いたぞ瀬尾この野郎! テメェ特等会議で清子さんと吉時さん怒らせたって!!??? 何やってくれてんだドアホが!!!」

 

「チッ、丸手准特等。特例とはいえ階級が上の俺に対し、タメ語でしかも掴みかかるとはどういう了見かな」

 

「年功序列だ!! あぁぁぁ…俺、次会った時何言われるんだ…!」

 

「〔CCG〕は完全な実力主義と聞いたのだけどね。年下に階級を越された劣等感で前時代的な価値観を押し付ける様は、余りに浅はかで見るに堪えないな。そもそも叱られて死ぬわけでもあるまいし、歳を食った男が怖がるのは大袈裟だ。誰も何一つ面白がっていないから今後そういった茶番はやめてくれると助かる」

 

 

休憩中の瀬尾に突撃した大焦りの丸手。しかし瀬尾は心底面倒そうに丸手の手を払いのけると、暴力にも似た怒涛の口撃ラッシュ。流石の丸手もこれには言葉を失う。

 

 

「………あー、アレだ。とりあえず報告しとくぞ。20区の支部に一人、補佐を入れた。直接見ちゃいないが戦力的にはまぁまぁやれるヤツらしい。いっぺん見て来い」

 

「それならそうと手短に言えば早かったはずだ。それにタメ語は直していないな、あれで聞こえないとしたら相当都合のいい耳をしている。聞きたくない事を有耶無耶にできる人生は楽そうで羨ましさすら覚えるよ」

 

「うるせぇんだよテメェは!!! いい歳してジュースなんて飲みやがって!」

 

 

それ以上口論が続かないよう、逃げるように去った丸手。

瀬尾はすぐさま丸手の背中から目を離すと、ジュースを窓際に置き、ウェットティッシュで丸手の手を払った自分の右手を念入りに拭き始める。

 

 

「補佐、か。邪魔な役立たずじゃなければいいが」

 

 

 




ミツル、ミナト、土岐、瀬尾がオリキャラでございます。ザ・導入みたいな話になっちゃいました。思ったより書かなきゃいけない話が多くてですね…

チラホラ前半に出てきた東京喰種要素も回収していきますので、根気がある方は読み返していただければ。次回は瀬尾の活躍にご期待ください。

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JACK

アリオス
仮面ライダーネクロムへと変身した男装の少女。18歳。眼魔世界の王族の末子だが人間世界出身。信条にするほどの完璧主義者であり、能力も全体を通して高いハイスペック人間なのだが、かなり感情に流されやすく、自身も完璧になるべく雌雄同体を目指したり間違いを指摘されるとショックを受けて落ち込むなど、年相応に未成熟な部分もあるお嬢様。2015年では一度は壮間と敵対したが、ぶつかり合った末に理解し合い、2009年の戦いにも同行するなど壮間を手厚くサポートし、最後は「最高最善の王になれ」と激励した。ネクロムのウォッチは令央によって奪われたが、キメラアナザーの撃破に伴い現在は壮間が所有している。修正された歴史では、切風莉生として画家を目指しているらしいが、兄の相棒の影響でサブカルに興味が湧いてこっそりコミケに行こうと画策中。

本来の歴史では・・・ゴーストドライバーを破壊されて資格を剥奪された後、メガウルオウダーを完成させ無双。眼魂コンプリートまであと一歩に迫るが、人間界侵略部隊から梨子を守った事で裏切り者と見なされ、やむなく眼魂の体を捨てて眼魔世界から逃走。味方のいない世界で逃亡生活を強いられる。


ファイズ編は短くなります(話数の話です文字数じゃありません)!146です!クッソ長くなりました。申し訳ありません。

今回は「東京喰種[JACK]」のネタバレを含む内容となっています。というかそれがメインなので、読めば分かりやすいかと。電子書籍限定で、100円ちょいくらいで買えたと思いますので是非とも。

クリックorタップで「ここすき」をよろしくお願いします!



2003年、某日。

20区にいたミナトは、オルフェノクが人間を襲っていると聞きつけ、オートバジンで急行。すぐさまファイズへと変身し、暴れるペリカンオルフェノクへ攻撃を開始した。

 

 

《Exceed Charge》

 

 

気合の入らない動きで、容赦なく殴り、蹴り、ファイズはペリカンオルフェノクを圧倒。最後にオートバジンのハンドルから引き抜いたサーベル『ファイズエッジ』の一閃を刻み込み、ペリカンは青い炎に焼かれ灰となって崩れ去った。

 

 

「…20区は平和じゃなかったのかよ」

 

「おおおい! ミナト! オルフェノク倒しちゃってるじゃねーの!」

 

「昇太か。遅いぞ、とっくに終わってる。早くても困るけどな」

 

 

変身を解除し、ベルトをケースに仕舞っていた頃に、捜査官の土岐がようやく現着した。ファイズは『Sレートオルフェノク』として捜査官に追われる身であるが、土岐は色々事情があって例外。ミナトの味方だ。

 

 

「何してんだミナト?」

 

「灰を集めてんだよ。ちょっと都合があって必要なんだ」

 

「なんじゃいそりゃ、それならケース貸しな。邪魔だろ?」

 

 

ミナトはファイズギアを土岐に預け、オルフェノクの遺灰を袋に集める。

この灰は人間の体組織の成れの果て。肉ほどではなくとも喰種の栄養となる物質だ。普通なら必要とされない代物だが、人を襲わない喰種や子供の喰種にとっては食糧として有用。ミナトの知ってるうちにも、これを必要とする喰種は多くいる。

 

 

「……そういや昇太。お前、風邪でも引いたか? 声が変……」

 

 

ふとミナトが振り返ると、そこにいた土岐の姿は、ファイズギアと共に消えていた。後で確認すると、土岐はその時間は支部におり、ミナトには会ってないとのことだった。

 

 

そんな奇怪な事が起き、ミナトはファイズギアを失った。その直後から20区で『喰種狩り』が発生。その姿の目撃情報から、犯人は『ファイズ』と断定されたが、その正体はミナトではない誰か。

 

時間は20区捜査官が『喰種狩り』の捜査を始めた現在に戻る。

夜の20区で眩いほどの栄華を示すクラブで、受付の静止も払いのけ、力づくで店の奥にまで進んでいく野蛮を放つ男。女性に囲まれシャンパンを注いでもらっている冴えない男を見つけると、彼はそんな男に掴みかかりテーブルへと叩きつけた。

 

騒然となる店内。しかし、暴力を被った当の男性は混乱するでもなく、ただ笑ってふらふらと立ち上がる。

 

 

「あれぇ、やっぱ分かるか?」

 

「やってくれたな。お前のしたこと、納得できる説明はしてもらうぜ。香賀ァ」

 

 

名前を呼ばれた男の姿が揺らめき、その体はオルフェノクへと変化。

体から伸びる帯が包帯のように腕に巻き付くが、傷跡のような模様は隠しきれていない。他にも細い腕や足はやつれた病人のよう。特徴から捉えづらいが、その頭部の形状や肌の質感から生物モチーフを特定できる。

 

「カメレオンオルフェノク」、香賀。最強のオルフェノク4人衆、「ラッキークローバー」の一人。

 

オルフェノクの姿に、先ほどとは比にならない阿鼻叫喚に包まれる店内。逃げ出そうとする店員たちを見て舌打ちをしたもう一人の男は、ポケットから出した多数の「羽」を、そこにいた「人間」全員を狙って放った。

 

羽は店員全ての体に突き刺さり、皮膚を破って心臓へ到達。オルフェノクエネルギーが心臓を一瞬で燃やし尽くし、逃げる人間は一人残らず灰化してしまった。

 

 

「勿体ないことをする…彼女たちはまだ『綺麗』になれたじゃないか」

 

「全員即死、素質ナシだ。それより説明しろや。お前がファイズギアでやった遊びのことだ」

 

 

カメレオンオルフェノクの姿が淡く輝くと、再び姿を変えた。冴えない男から一転、周囲の目を惹く美青年へ。これが香賀の本来の姿。変身能力とは実に俗説的なカメレオンらしい能力だ。

 

 

「綺麗な顔が台無しだ。そう怒らないでくれ、馳間」

 

「気色の悪い台詞に付き合うほど俺は冷静じゃねぇぜ。ファイズ、つまりお前が殺しやがった何人かの喰種は、20区の喰種集団『ブラックドーベル』のメンバーだ。首領の『黒狗』とは友好的な関係を築いてたってのに、今回の一件で奴さんは大激怒よ」

 

 

そう凄まじい剣幕で話す男もまた、ラッキークローバーの一人、馳間。いかにも凶暴な立ち振る舞いとは裏腹に、彼の立ち位置は「交渉人」なのだ。

 

 

「お前のせいでオルフェノクの未来の栄華が一歩遠のいた。どう落とし前を付けるつもりか、聞かせてもらおうか」

 

「相変わらず分からないよ。喰種と仲良くしてどうする気だい? 彼らはオルフェノクに覚醒しない、哀れな種。美しさに際限があるのは哀しいことだ。だからファイズで殺してあげたんだ。死に際はそれなりに綺麗だった…それじゃ駄目なのか?」

 

「個人の価値観に意味はねぇんだよ。強者は強者と組んで、弱者が弱者のうちに確実に狩るべきだ。少し頭捻りゃ利害のすり合わせもできる。オルフェノクが種として存続するために、喰種とは手を結ぶべきだ」

 

「喰種は殺すべきだよ。彼らはいたずらに人間を食べる、許されない事…世界の損失だ。人間は俺達が正しく一度殺し、綺麗に導いてあげないと」

 

 

香賀は自分の「拘り」でしか動かない。期待はしていなかったが、彼らでは会話にすらならなさそうだ。

 

 

「四つ葉を欠けさせるにゃまだ早い。今は大目に見てやるよ。それで、奪ったファイズギアはどうした」

 

「あれはね…数回使ったけど、やっぱり綺麗を肉眼で見れないのは違った。だから譲ったよ。初々しい綺麗をした新人ちゃんに」

 

「……あ?」

 

 

_______________

 

 

13区。気性の荒い喰種が多いと言われるこの区域。

今宵に限り、喰種は駆られる側に回っていた。その相手は20区に出たという、装甲を纏ったオルフェノク「ファイズ」。

 

ファイズは死ぬ寸前の喰種に何かを囁いては、体を砕いて息の根を止める。その異様な光景を目の当たりにしてしまった不運な若者の集団も、ファイズが出した蔦のような触手に貫かれ灰になってしまった。

 

生き残った数人の人間に対し、ファイズは変身を解き、南瓜のマスクを見せつける。

 

 

「覚えておけ。私は、13区の…『ランタン』」

 

 

_______________

 

 

「……というのが、昨日起こったファイズの騒動の聴取結果だそう」

 

 

喰種捜査官として役割を得たミカドは、幸運にも早々にファイズの一件を追う事ができた。ミカドに13区支部から貰った情報を共有するのは土岐で、話し終わった表情は何故か安心しているようなそれだった。

 

 

「うし、じゃあさっさとファイズ見つけっぞ! 市民の安全第一! 人間にこれ以上被害出させられるかって!」

 

「さっきまでのやる気の無さはどうした。まぁ、早くファイズを見つけたいのは同意だが」

 

「お前もそんなに熱心なの? 喰種捜査したいって話だった気が」

 

「ここで手柄を立ててこんな部署を去りたいというだけだ」

 

 

実際はファイズの手掛かりを得た時点で、潜入の目的の半分は達成している。ファイズを見つけ、討伐し、ウォッチを手に入れさえすれば、後は現れたアナザーファイズを撃破して終わりだ。

 

しかし聴取の内容が気になる。聞き取り元はファイズに襲われて生還した人間らしいから、嘘は無いだろう。だがわざわざ変身前の姿と名前を口に出した理由がわからない。しかも今度は20区ではなく、13区だ。

 

 

「ランタン…金属元素の名前でもあるが、南瓜の見た目ならハロウィーンなどで飾られていたという『ジャック・オ・ランタン』の方か。確かアイルランドの伝承にある妖の類だったな」

 

「お前詳しいな」

 

「俺の時代では常識だ」

 

「時代?」

 

 

2005年に出た「魔化魍」だけじゃなく、「ファントム」や一部の「ドーパント」「ヤミー」「イマジン」などは想像上の存在の形や能力を持って現れる。生物や幻獣、古代種の知識は対怪人の知識としては必須なものだ。

 

 

「一つ聞くが、これは車で何処に向かっている。13区で捜査すると思っていたんだが」

 

「今は5区に向かってるよ。喰種捜査官の『アカデミー』。13区の『ランタン』……聞くやつが聞けば分かる名前だ。その分かるヤツがアカデミー生にいるから聞きに行く」

 

「アカデミー、あの丸手とかいう男が言っていたやつか。捜査官予備軍が何故オルフェノクの事件に明るい?」

 

「『ランタン』はオルフェノクじゃねーんだなこれが。13区の『ランタン』は3年くらい前に駆逐されてる“喰種”。その正体は、どこにでもいるような可愛い女子高校生だったって話……」

 

「…また亡霊の話か。下らんな」

 

 

13区で「ヤモリ」と並んで悪名高かったのが「ランタン」だったらしい。名前は三波麗花。彼女は同じ学校の同級生と潜入していた捜査官により、駆逐されたという。

 

事件の詳しい顛末を話す土岐だったが、ミカドは大した興味を示さなかった。彼はただひたすらに、オルフェノクであるファイズをどう追い詰め、殺すかだけを考えていた。

 

 

______________

 

 

彼には幼馴染が2人いた。野球をやめてからは疎遠になってしまい、荒れていた2人だったが、それでも大切な友人だった。そんな2人───アキとリョウというが、アキは右目を、リョウは命を奪われた。腐りかけた日々に突如として割り込んだ、“喰種”によって。

 

仇を討ちたいと、討てないと自分を許せないと思ったから喰種を追った。それができる「仲間」もいた。新しく「友達」も加わった。

 

その時は信頼できる女友達だと思っていた。今思えば気もあったと思う。

彼女が幼馴染2人の仇である「カボチャ頭の喰種」だと知った時、彼女は既に虫の息だった。

 

トドメは、彼自身が刺した。

 

 

『憧れてたの。ずっと人間みたいに生きること…

だから、それを邪魔する奴が大嫌い』

『だから殺してやったの! 死なないとわかんないでしょ!? 馬鹿だから!!』

『お前も…こう生まれてみろよ!』

『もーすぐテストなのに…せっかく…勉強したのになぁ…』

 

 

彼女の、三波麗花の気持ちは分かる。彼女が辛かったのも分かる。でも、だからといって犠牲を許容なんてできるはずがなかった。何が悪で間違っているのか、彼には答えを出せなかった。

 

それでもせめて、自分が守りたいものだけは、自分で守りたい。そう思ったから、彼は喰種捜査官になることを決意した。

 

 

「太志」

 

 

名を呼ばれ、彼───富良太志はふと我に返る。こんなことを度々考えてしまうのは、喰種捜査官になるその日が近づいているからだろうか。

 

 

「お、悪いな有馬。ボーっとしてた。珍しいな、お前がアカデミーにいるなんて」

 

「話を聞きたいって呼ばれた。さっきまで瀬尾特等とも話していたし。もしかすると、俺はオルフェノク対策課に転属するかもしれない」

 

「オルフェノク対策課!? お前、その歳で転属とか上等とか…俺なんて来年ようやっと捜査官だぜ? 今思うと、お前はとんでもない特例だったんだな」

 

 

富良が話す相手は、先の「隻眼の梟」戦で単身勝利をもぎ取った天才捜査官、有馬貴将。早い話は喰種以上のバケモノ。「ランタン」の一件で富良と共に行動していた捜査官というのも、彼だ。

 

 

「そうか、太志はアカデミーを出るのか。おめでとう」

 

「祝うならもう少し祝ってる風な顔しろっての」

 

 

有馬貴将という男は、表情が変わりにくく得体が知れない。ずっと見慣れた道を散歩する時のような、感情の起伏が生じない顔をしている。それは喰種を殺す時だって変わらないのだから恐ろしい。

 

 

「捜査官として現場に出るなら、武器は今の内から手に馴染ませておいた方がいい。いざという時に上手く使えないなんてこともあるらしいから」

 

「あぁ、“武器”…な」

 

「うん。太志はもう貰ってるだろ、あの『クインケ』───」

 

 

有馬の何の気ない言葉に富良は返事を詰まらせる。しかし、沈黙の時間が長く続くことはなく、2人を見つけた土岐がそこに割り込んで入って来た。

 

 

「いたいた。君がアカデミー生の富良君。と……有馬上等、ホンモノ…あ、オルフェノク対策課20区支部の土岐二等っす」

 

「ッス! おい有馬、階級下でも年上だからな。敬語だぞ」

 

「…? あぁ、分かってる」

 

「この子がSSSレート倒したっていう…っと、そうじゃなくて。2人に話聞きたいんすけども、事件の内容聞いてる?」

 

「はい。13区の『ランタン』を名乗るオルフェノクが現れた、ですよね」

 

「なっ…!! なんだよそれ! 『ランタン』……三波が…!?」

 

 

自分の手で殺したはずの友人が再び現れた。そう聞いて動揺しない方がおかしい。しかし、有馬がおかしいのは言うまでも無いことで、淡々と事実を並べ続ける。

 

 

「有り得ない。『ランタン』は3年前、確実に駆逐しました。名のある喰種を騙った愉快犯の類いでしょう」

 

「んーやっぱそっか」

 

「待てよ有馬! オルフェノクって確か、死んだ人間が生き返った存在なんだろ!? だったらもしかして、本当に三波が生き返ったんじゃ……!」

 

「『ランタン』は人間じゃないよ」

 

「……!」

 

「そもそもオルフェノクは死体が蘇ったものですよね。『ランタン』の死骸は処理しました。その赫包から作った『クインケ』も、『ランタン』を討伐した彼…富良太志が既に所有しています」

 

 

有馬が吐く事実が重い。有馬によって死にかけていた三波に、富良はトドメを刺し、有馬はその『所有権』を富良に譲った。討伐された喰種はクインケとして加工され、後に所有権を持つ捜査官に渡される。

 

富良が三波を殺したのはアカデミーに入る前。アカデミー生にしてレートA+程の『クインケ』を持つ例は滅多になく、他人から見れば名誉なものだっただろう。しかし、富良にとってそれは、そんなに簡単な問題ではなかった。

 

 

「…ッス、持ってます。確かに三波は、俺が殺しました」

 

「まーそこは本部に確認取れば分かるけど、そのクインケ、今持ってるなら見せてもらっていい?」

 

「それは……」

 

 

持っていない。持ち歩けない。それどころか、使ったことは一度もないのだ。

あの金属製のケースが『ランタン』とするなら、あの中に幼馴染の仇でありかつての友人が折り畳まれているという事だ。この手で殺した彼女が。

 

耐えられなかった。『彼女』を武器として使い、また別の誰かを殺すことが。

 

 

「…いや、アカデミー生だし勝手に持ち出せないか! 今の無し!」

 

「…すんません」

 

「でもやっぱこのオルフェノクが『ランタン』と無関係って決まったワケじゃないし、捜査を手伝ってくれるなら助かるかな。ただでさえ人手不足だしなー」

 

「ウス、俺達に出来ることなら。三波の名前で勝手やられるのも…嫌っスし」

 

「一応聞くけど、流石に有馬上等は…」

 

「俺も出ます。ちょうどオルフェノク対策課転属の話も来てるので、オルフェノクと喰種の違いくらいは知っておきたい」

 

「おぉ、マジか」

 

 

有馬が協力するなら『ファイズ』の捜査が一気に進むだろう。ワンチャン瀬尾の力を借りずに済むかもと考えると、土岐も気分が楽になった。

 

一方で富良は必死に気持ちを固める。オルフェノク捜査に参加するなら、いつ戦闘が起こるか分からない。いざという時には使わなければいけない……『彼女』を。

 

 

________________

 

 

「捜査に俺を使うんじゃなかったのか、あの男…!」

 

 

5区のアカデミーに到着し、そのアカデミー生から話を聞くと思っていたミカドだったが、土岐からのお達しは「お前はここで待機。会わせなきゃいけない人がいて、ここで待ち合わせしてるから」だった。

 

ファイズの発見はミカドの使命の一部だ。それをあの土岐という責任感に欠けてそうな男に委ねるのは酷く不安でしかない。もし待ち合わせが嘘で土岐が厄介払いをしたいだけだったのなら、今度は階級なんて関係なしに蹴りでも見舞ってやる。

 

 

「ふむ…見ない顔だな。編入生か」

 

「おいちょっと、真戸! あ、ごめんね君。驚かせちゃったか」

 

 

待ちぼうけを食らっていた所に声を掛けられた。その声の主は2人組で、最初に声を掛けて来たであろう方はあからさまに異様だった。老人とまでは行かないが、その白髪と痩せた体に悪い姿勢からは若さを感じない。

 

何よりその「目」だ。ミカドへの観察を隠す気もなく、外見どころか心の中まで見たがっているような目が嫌悪感を搔き立てる。

 

その反面、もう一人の大柄な男の方は笑いながら、こちらに「すまん」とサインを送っている。

 

 

「誰だ。捜査官か? 俺と会う予定なのは貴様らか」

 

「私はともかく、篠原を知らないのか。『オニヤマダ』の一件、アカデミー生ならば知っていそうなものだが」

 

「いや、そんなに有名人じゃないよ。まだ特等でもあるまいし」

 

「知らんな。俺は捜査官じゃないしアカデミー生でもない。捜査官補佐という事になっているらしいがな」

 

「ほう、補佐…そうか、丸手が言っていた喰種を殺したという少年か」

 

 

ミカドの正体に興味を持ったようだ。少し目を見開くと、真戸と呼ばれた男は手袋を付けた左手で、ミカドに握手を要求した。

 

 

「私は真戸呉緒。位は上等捜査官だが、オルフェノク対策課の君には関係の薄い話だ。こっちは篠原。上等だったか?」

 

「もう准特等だって。『オニヤマダ』の一件で昇進したの忘れないでよ」

 

「関係ないなら仲良くする必要性が見いだせないな。それで、用件を言ったらどうだ」

 

「用件…聞きたいと思っていたことならあるがね。これ、君の忘れ物だ」

 

 

握手を断られた真戸が出したのは、ミカドが〔CCG〕に提出した「サソリ1/56」だった。そんな事を言うためにファイズの捜査を妨げられたと思うと、ミカドの中で苛立ちが増す。

 

 

「それは本部に返却したものだ。貴様ら捜査官の落とし物だからな」

 

「これが我々のクインケだと、そう言うか。私は捜査官でもクインケに詳しい方でね。そんな私から言わせてもらうと、このクインケは素晴らしい。形状、組成などから考えて、かなりサイズの大きい赫子を相当数に分割したものだろう。ケースに入れずとも形状保持が可能で、硬度、切れ味共に申し分ない。対喰種の暗器として重宝できる代物だ」

 

「知らん。拾ったナイフに興味はない」

 

「しかし、それほど素晴らしいクインケなのに私が知らないのだよ。クインケ嫌いの丸手は気付かなかったようだが、画期的とまでは行かずとも少々()()()技術も用いられている。それで改めて聞きたいのだが…このクインケを何処で拾ったのかな?」

 

 

背筋が冷える口調と目付き、そこから弾き出された推理に戦慄した。砂漠で雨を望むような態度でミカドの返答を待つこの真戸という男は、恐らくミカドの正体にほぼ勘付いているだろう。クインケに関してはいずれバレると思っていたが、こんなに早いとは思わなかった。

 

 

「……拾ったものは拾った。練馬…20区の何処かだ。知りたければ案内してやるが、俺とて補佐として捜査の最中だ。俺の上司に許可を取れ」

 

「君の上司、オルフェノク対策課となるとやはり…」

 

「何をしているのかな真戸上等、篠原准特等。彼に用があるのは俺なのだがね」

 

 

ミカドに詰め寄る真戸の後ろから、煙たそうに発したであろう言葉が飛んできた。新たに現れた男も薄い髪色をしているが、真戸とは違って死人を想起はできない。異様ではあるのに特別な何かを感じない、気味の悪い男だった。

 

 

「いや、これは真戸がそっちの補佐に勝手に…いやーごめんなさいね」

「丁度良かったよ瀬尾特等。彼を少し借りるが、構わないか?」

 

「はぁ…どいつもこいつも年下に敬語は使いたくないか。程度の低い自尊心が透けて見える。俺が了承する前提で話しているようだが、貴方の中で俺はどれだけ都合のいい存在なのか考えたくもないね。分かるだろうが返事は却下だ、そちらも確か『パラポネラ』と『骸拾い』だったか? そちらの捜査を優先すべきでは」

 

「ふむ。少しでいいのだが」

 

「同じ主旨の質問を二度もしないでもらえるかな。それとも捜査が遅れた分、貴方が穴埋めをしてくれると。一応名の知れた捜査官、いないよりはマシだ」

 

「それは遠慮しておこう。オルフェノクからはクインケを作れないからね。時間を取らせてすまなかった。行くぞ、篠原」

 

 

根負けしてくれたのかは分からないが、真戸はやっと去ってくれた。それに「クインケ狂いが…」と吐き捨てる瀬尾という男が、今度はミカドに目を向ける。

 

 

「さて、君が20区支部の捜査官補佐か。俺はオルフェノク対策課の瀬尾、階級は特等…つまり一応は最上位だ。人手が足りない我が部署、飛び込みの子供ですら使わなければいけない現状と丸手准特等の判断には辟易するが、精々俺に楽をさせてくれ」

 

「……あぁ」

 

 

普段なら噛みつき返す所だが、この瀬尾という男は必要以上の反応をすると面倒くさそうな雰囲気が凄まじい。出来れば関わりたくないタイプの人種、ミカドも角を立てないよう軽く返してしまう。

 

 

「…この際敬語云々の話は見逃すとする。早々にファイズの案件を担当するようだが、君の役目はその発見か正体特定までだ。残りの始末は戦力的に俺がやる事になるから、出過ぎた真似をして俺の手間をかけさせないよう留意してくれるかな。今回はそれだけ念を押しに来た」

 

 

握手を求めて来た真戸とは対照的に、瀬尾はミカドに近寄りたくもないという潔癖が前面に出ている。言動からも隠す気のない本心が丸見えである。総じて「嫌な奴」という烙印を押さざるを得ない。

 

 

「…期待できそうにないな。補佐というのは反抗的で態度が大きくて困る。本当に醜いな」

 

 

最後まで嫌な言葉を吐き連ねて去った瀬尾だったが、ここで消えてくれてミカドは安心した。もう少しで危うく、あの顔面を殴り飛ばしてしまうところだった。

 

 

___________________

 

 

「何しに行ったんだよ俺は。暇かって」

 

 

オートバジンを走らせながら、ミナトはヘルメットの中でぶつくさと自嘲する。というのも、会いたい人物がいて〔CCG〕の養護施設に足を運んだのだが、結局は入れずにUターンしてしまったのだ。

 

思い悩む「彼」にかける言葉が上手く整理できない。ファイズギアを失い、何者でもなくなってしまったというミナト自身の揺れも、一つの理由だろうか。

 

気付けばまたあの住宅街にバイクを停めてしまっている。その時、偶然家に入ろうとしているアラタがいて、こちらを見て「丁度良かった」と手招く。行く場所も無いミナトはそれに甘えるしかなかった。

 

 

「見てミナト。お父さん、また食べ物もらったんだよ!」

 

「へぇ、なんの肉だこいつ。変わった匂いするけど」

 

「ほんと? ほらアヤト、ちょっと嗅いでみて」

「みんなくさいから分かんないよ、お姉ちゃん…」

 

「鹿の肉…らしいよ。料理のおすそ分けのお礼って、尾口さんが」

 

「鹿さんのお肉…人間って鹿さんも食べるんだ…」

 

「そうだな。今じゃあんま食べないけど、昔はウサギとかも食べてたらしいな。フランスとかじゃ今でも…あ、悪いアヤト。怖かったか」

 

 

人間的目線から見ればヒトを食べる方が遥かに怖いのだが、その辺は喰種と人間の価値観が大きく違うのだ。実際、喰種は人間以外を殺すことは余りないという。動植物なら手当たり次第食い荒らす人間の方が、見方を変えれば野蛮とも言える。

 

 

「貰ったものを人に渡すのも変だし、これ食べて行かない? 鹿肉なんてどう料理すればいいか分からないけど」

 

「…食いっぱなしも悪いだろ。手伝うよ」

 

 

どうせやる事もない。ミナトはアラタの誘いに応じた。

結局は自分が食べるのだから生肉でなければなんでもいいが、鹿と聞いて一つの思い出が浮かび上がる。冷蔵庫を開けると人肉に並んで他の材料も揃っていたので、諦めて記憶に従うことにした。

 

 

「なんでビーツまであるんだよ。人間だってこんなに貰わねぇし、断わりゃいいのに」

 

「ご近所さんと仲良くできてると思ったら、嬉しくてつい…ね」

 

「ミナト、なに作ってるの? 真っ赤っか…血?」

 

「……ボルシチつってな。外国の料理。昔、父さんが作るのをよく手伝ってた」

 

 

ボルシチはロシアの郷土料理。ロシアから日本に渡って来たという育て親、ドナート・ポルポラが孤児院でよく作ってくれた料理の一つだった。

 

 

『小さい時からよく食べた料理だ。私の国では牛ではなくて鹿をよく入れていたな…懐かしいよ。ほらミナト、味見するといい』

 

 

今思うと嘘でしかない台詞だった。喰種であったドナートがそんなものを食べるはずがない。憎いとしか思えないこの思い出に、時折このように縋ってしまうのは何故なのだろう。

 

 

「がいこく……」

 

「…味見してみるか、トーカ」

 

「…うっ、おいしくない……」

 

「だよな」

 

 

外国だなんて、トーカやアヤトには果てしなく遠い言葉だろう。

ここは「人間の世界」と言って差し支えない。非力な喰種は、東京の小さなコミュニティに身を寄せ合わなければ生きてすらいけない。人間のように、自由に夢見ることもできない。

 

人間と喰種が分かり合えない以上、それが正しいと思う時もあり、間違っていると思う時もある。でもせめて、優しく生きようとしている彼らが生きて欲しいと願うのは、この身には過ぎた行為だろうか。

 

 

「アラタさん。子供たちだけで外に出すのは、しばらく避けろ。誰かに目を付けられてるかもしれない」

 

「…ありがとう。気を付けるよ」

 

 

何か少し動いたら途端に崩れ去る、歪な平穏が愛おしい。

ミナトは呼吸を整えて鍋の中身に目を向けた。この正しくない時間を謳歌する自分に、静かに腹を立てながら。

 

 

_____________

 

 

13区の『ランタン』を名乗るオルフェノクの捜査は続いた。三波麗花の身辺調査を行ったが、喰種なだけあって話は曖昧なものが多い。学校も一定期間で転々としていて、学級委員長的な性格で人気も友達も多く獲得していたらしく、そこからオルフェノクの正体を絞り出すのは骨が折れる。

 

 

「喰種を名乗る理由は一見理解できないが、オルフェノクなら元は人間だ。『ランタン』に身内を殺され、仇を炙り出すために行動を起こしているなら腑に落ちる」

 

 

と、ミカドがそれらしい見解を述べたことで、捜査の方針はそれに固まった。今は『ランタン』による捕食被害者の遺族等を洗っている最中だ。

 

 

「土岐」

 

「上司な。俺」

 

「あの瀬尾という男だが」

 

「上司な。彼」

 

「なんなんだアイツは」

「めちゃくちゃ嫌な人。性格は最悪。〔CCG〕調べ特等人気ランキング、初登場にしてぶっちぎり最下位」

 

「腕の話だ」

 

「あーうん。特等は人間側のバケモノって例に漏れず、あの人も大概よ。性格は本当に最悪だけど」

 

 

何度も念を押して「性格は悪い」と繰り返す土岐。性格はともかく、特等というのに余り強そうな感じがしなかったのが気になっていた。それこそ、直前に会った「篠原」という捜査官の方が余程バケモノに近かった気がする。

 

 

「お前、結構やる奴なんだな。光ヶ崎くん」

 

「育った環境が違う。当然だ」

 

「そのみょーに頭キレて、不愛想な感じ…アイツに似てっ気するんだよな。顔もちょっと似てる…?」

 

「駄弁っているとは余裕だな。上司を名乗るなら、俺よりまともな事くらい言ったらどうだ」

 

 

ミカドも瀬尾と大差ないくらい容赦の無い事を言うので、土岐が身震いしてしまう。今後こんなのを上と下に置くと考えると嫌すぎる。ここは少し正捜査官の威厳を見せようと、土岐は首を捻って考える。

 

 

「あ、『ランタン』の被害者が暴れてるって話だったよなぁ。でもちょっとおかしい気が、今した」

 

「…何処がだ」

 

「だってよ、もし『ランタン』が生きてるとして、わざわざそれで出て行くか? 相手が暴れててオルフェノクだって言うなら、捜査官が動くはずだし。のこのこ出て行ったらついでに自分が殺されちゃうかもしれないぞ」

 

 

土岐の言う事には一里ある。『ランタン』から見れば、放っておけば捜査官が処理してくれるだけの話。手を出す旨味が何一つ無い。

 

 

「だから『ランタン』を名乗ってるのは『ランタン』を見つけるためじゃなくて、その逆ってのはどうよ!」

 

「それこそ有り得ない話だ。それはつまり、『ランタン』と犯人は───」

 

 

言いかけた瞬間に、土岐の端末からアラームが鳴る。それは「ファイズ」が現れたことを意味していた。幸い現在地から場所は近い、5区のアカデミー付近だ。

 

 

___________________

 

 

「ファイズ」はアカデミー生の集まりの前に白昼堂々と現れ、そこにいた数人のアカデミー生を瞬時に殺害。一般人も巻き込んで騒ぎは大きくなり、破壊行動も大きくなる。これはほとんどアカデミーそのものに攻め入っているのと同じだ。

 

教官の捜査官も多く駐在しているアカデミー、そこに攻めるとなると相応の理由がある。その目的というと、ファイズは目に付く者に危害を加えながら、誰かを探しているようだった。

 

 

「どこだ…フラタイシ! 彼女を殺した捜査官はどこにいる!!」

 

 

ファイズが出たと聞き、クインケのケースを持って現着した富良が最初に耳にしたのが、ファイズのその言葉だった。ファイズが「ランタン」を名乗っていた理由、それは「ランタン」を殺した者を探すため。

 

恐らく襲った喰種や捜査官からその名を聞き出し、仇を見つけたとアカデミーに突入したのだろう。このまま待てば他の捜査官が駆けつけ、ファイズは倒されるのは目に見えている。

 

だが、それを待っているうちに何人が死ぬ? 何より、種を蒔いたのは富良自身だ。

 

 

「こっちだ『ランタン』! 俺が…富良太志だ!」

 

 

ファイズの黄色い複眼が富良に向けられる。あの装甲怪人と戦うには武器は不可欠であり、クインケの起動を試みる。A+レート“尾赫”「ランタン」の起動を……

 

 

『富良くん』

 

 

「っクソ…やっぱ、出来ねぇよ……!」

 

 

三波麗花のあの笑顔が好きで、あの笑顔でリョウを殺して、その笑顔を富良が殺した。色々な感情がグチャグチャになって、過ぎ去った現実を清算できない。後悔がある。罪悪感がある。

 

奪った命が、その背中に縋りついて来る。

 

 

「太志。伏せろ」

 

 

葛藤に耽っていた富良をしゃがませ、迫るファイズに殴打が入る。

あの日、三波を殺したサーベル型クインケ「ユキムラ1/3」を持った、有馬だった。

 

 

「すまねぇ有馬…俺…」

 

「大丈夫。『ファイズ』は俺が倒すから」

 

「タイシ、アリマ…そっか、お前達が!! 麗花ちゃんを殺した捜査官!!」

 

 

ファイズは有馬の首をへし折ろうと、増した怒りで襲い掛かる。しかし、これまで通りなら殺せていた攻撃も有馬は容易く捌き、喰種以上の身体能力を以てしても彼を殺すことが出来ない。

 

 

「驚いたな。思っていたよりも速い」

 

「何を言って…! なッ…あ゛あ!?」

 

 

僅かに見せた隙で3回、「ユキムラ」で斬られた。もしファイズの鎧を着ていなかったらと想像すると身の毛がよだつ。

一度死に、オルフェノクとして蘇り、見知らぬ男からこのベルトを受け取って更なる力を手にした。そこまで幸運に恵まれたのに、この生身の人間一人を殺せるビジョンが、まるで見えない。

 

 

「人間じゃない…バケモノ! そのバケモノの癖して、麗花ちゃんを…!!」

 

「ご苦労、有馬一等。そのままもう少し相手をしておいてくれ。さて…『ファイズ』を発見、駆逐に入る」

 

 

ファイズが有馬相手に翻弄される中、新たに現れた援軍。アカデミーに足を運んでいた瀬尾だ。瀬尾は有馬の戦いぶりに関心するように眉を動かすと、慌てる素振りもなく自分のアタッシュケースを開いた。

 

その中にあるのはクインケではなく、ベルトと装備。そして携帯電話。ファイズギアと同じ構成だが、異なるのはその黒色だ。

 

ベルトを着けた瀬尾は携帯電話のカバーをスライド回転させ、現れたキーボードに変身コードを入力。打ち込まれた数字は「913」。

 

 

《Standing by》

 

「変身」

 

《Complete》

 

 

ベルトに「カイザフォン」を斜め入れすると、瀬尾の体をなぞって光のラインが駆ける。フラッシュが瞬き顕現したのは、黄色のフォトンブラッドが駆け巡った黒い殲滅兵士の姿。

 

「χ」を象ったマスクが紫に光る。瀬尾潔貴が変身した戦士の名は、仮面ライダーカイザ。

 

 

「もう下がっていいぞ有馬上等。『ファイズ』の始末は…はぁ…俺が引き受ける」

 

 

意味もなくネクタイを締めるような仕草をするカイザから感じられるのは、正義感などではなく「今から仕事をしますよ」という、やる気の無い気迫。

 

有馬に比べれば得体が知れ、普遍的な気だるさを放つカイザに、憤るファイズは攻勢をあらわにした。しかし、その身のこなしから発揮されるのは、圧倒的な力。

 

 

「軽い? 持ち主が変わったのか。回収が楽になるなら、なんでもいいんだけどな」

 

 

カイザブレイガンのガンモードで一方的にファイズの動きを牽制した後、ミッションメモリーをセットしてブレードモードに移行。次々に体を斬り付け、ファイズがたじろぐ歩幅に合わせて距離を詰め、執拗に絶え間ない滅多切りを浴びせる。

 

カイザは倒れたファイズにブレードを突き立て、その喉元を貫こうとする。

それは実に簡略化された効率的な戦い。「元人間」であるオルフェノクを容赦なく殺せて、尚且つ「呪いのベルト」と適合する逸材、それが瀬尾潔貴。二等捜査官であった彼が、一躍特等捜査官に抜擢された所以だ。

 

ファイズの息の根を止めようと、ブレードに力を込める。剣先が首に埋もれる感触が伝った瞬間、どこからか伸ばされた帯がカイザの腕を弾き、ファイズから退かせた。

 

 

「チッ、ラッキークローバーの香賀…『カメレオン』か」

 

「ファイズのベルト、取って来いって叱られてね。彼に嫌われたくない俺は、少し動くことにしたよ」

 

「特等になったからもう功績はいらないんだよ。だがS+レート、討伐報奨200…300万は固いか」

 

 

ファイズの守護に現れたカメレオンオルフェノクは、その細い体でカイザの猛攻に渡り合う。ラッキークローバーに位置するオルフェノクはどれもレートはS+以上、有象無象とは根底から質が異なるのだ。

 

そうなるば自然とファイズはおざなりになってしまう。立ち上がったファイズは再び富良に殺気を向け、息を切らしてにじり寄る。それに立ち塞がる有馬の後ろで、富良はふと浮かんだ言葉をファイズに向けた。

 

 

「お前、三波の…友達だったのか?」

 

「太志?」

 

 

ファイズの脚が止まる。斬りかかろうとする有馬を、富良が止める。

怒りに肩を震わせるファイズが、富良の言葉に叫びを返した。

 

 

「…そう。麗花ちゃんは私の大事な友達だった。いつも通り虐められに行った夜、アイツらを食べてる麗花ちゃんに会って、彼女が“喰種”だって知った…嬉しかった! 感謝しかなかった! 最期にこんな喜びを知れて、大好きな彼女に食べられて死ぬなら、それでいいと思った!」

 

「もういいだろ太志。隙だらけだ、今なら殺せる」

「待ってくれ有馬! 俺達は…コイツの話を、聞かなきゃいけねぇだろ…」

 

「でも…麗花ちゃんは命を差し出す私を受け入れてくれたんだ! 私も受け入れた! 私たちは……友達だった。麗花ちゃんが区を去るって言って、いつか会おうって約束して…でも会いに行った先の13区に、麗花ちゃんはいなかった。お前達が、殺したから!!」

 

 

富良は、その話を聞いて納得できた。

人間に憧れていた喰種、「ランタン」。そんな三波が、彼女のことを本心どう思っていたのかは知ることは出来ない。何かの気まぐれか、遊戯のつもりだったのかもしれない。そうだとしても、きっと三波は「人間の友達」に心の何処かで飢えていたのだろう。

 

もし富良と有馬に近づいたのが、純粋に殺すためだけじゃなかったとしたら。手に持っていたケースの重さが、一段と増した気がした。

 

 

「そうだ…俺が三波を殺した」

 

「ッ…! だから私は、お前をッ!!」

 

「許してやれなかった…! 俺も死ぬんじゃないかって、怖くなった…! 俺、頭悪いからわかんねぇけど! もっといい終わりがあったんじゃないかって、あれからずっと後悔してんだよ! アイツがただの人間で、好きなままでいられたら…どんだけよかったかって…」

 

 

泣き崩れる富良を見て、ファイズも振り上げた腕を力無く下ろしてしまった。そんな時間が暫く続いた。煮詰められた感情が全て吐き出されたその場で、誰を殺して誰を憎めばいいのか、分からなかった。

 

その静謐を瓦解させたのは電子音的な銃声。ファイズの体に火花が散り、力が抜けたその体を退かせる。

 

 

「アイツがファイズ! あの黒いのは瀬尾特等だからな、間違えたら俺が殺される!」

 

「見ればわかる。オルフェノクもいるのか…面倒だな」

 

 

車から降りた直後、富良と有馬に迫るファイズにファイズフォンⅩを発砲したミカド。クインケを持たせようとする土岐を振り払い、ジクウドライバーを装着する。

 

 

「自前のものがある。クインケは必要無い」

 

《ゲイツ!》

 

「変身!」

 

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

撃たれたファイズ、交戦するカイザとカメレオン、剣を構える有馬、その全員が変身したゲイツに釘付けとなった。2003年時点でその存在が意味するのは、「ファイズ」「カイザ」「デルタ」に次ぐ、「四本目のベルト」。

 

 

「ようやくだ…仮面ライダー。貴様を……!」

 

 

ゲイツはよろけたファイズに蹴りかかり、建物の壁に倒れ込んだ所に腹部へ拳を突き刺す。その一挙一動には確かな殺意が籠っている。それもそのはずだ、

 

ファイズは一般人を何人も殺め、土岐の推理から喰種と共謀していた疑いもある。喰種の隠匿は殺人犯を庇うよりも遥かに重罪だ。つまりミカドにとってファイズは、過去の世界でようやく出会えた悪の仮面ライダー。未来の世界で飽くほど見た、憎むべき敵。

 

 

「俺の望む未来のためだ。貴様の力を奪う。そのために死ね、仮面ライダー!」

 

「…そうやって、麗花ちゃんも殺したんだろ…全員殺す!! 麗花ちゃんを殺した捜査官なんか全員ぶっ殺してやるっ!!」

 

 

張り詰めていた何かが切れ、ファイズの中から怒り以外の感情が消え去った。怒りや憎しみをぶつけ合う戦いは熾烈さを増す。そんな見るに堪えない戦いを前に、富良は言葉を失ったまま何も出来ない。

 

 

「ふぅん、補佐がベルト持ちか。拾い物にしては存外悪くないかな」

 

「あっ、気が合ってしまったな。彼の目…過酷の中で磨かれた目、熟成された命の美しさを感じたよ。俄然、あの少年に興味が湧いた!」

 

 

ゲイツを自分の利益として冷静に分析するカイザと、ベルトに興味はないカメレオン。動いたのはカメレオンで、肩から帯を伸ばし、ファイズと殴り合うゲイツの腕を絡め取り、引き寄せた。

 

 

「初めまして、俺はラッキークローバーの香賀。いきなりだけど、君にはもっと綺麗になって欲しいんだ。俺に委ねて楽にしてくれればいい。そうすれば君はオルフェノクとしての美しさを手に入れられる」

 

 

カメレオンの言葉に血の気が引く。記憶が閃光の如く蘇る。そしてバックドラフトのように、爆発する憎悪の感情。

 

 

「黙れオルフェノク!! 忘れるものか…貴様らはそうやって、(タスク)を殺した! 死ぬのは貴様らだ化け物!!」

 

 

ゲイツがジカンザックスを出す前に、カメレオンの帯を切り離したのは有馬。変身しているゲイツの動きをも置いていく自分勝手な攻撃で、カメレオンの虚を突き、その両肩に「ユキムラ」を突き刺した。

 

 

「なっ…!?」

 

「おお、君の目も悪くない…!」

 

「……」

 

 

有馬は喰種と会話しない。オルフェノクが相手でも同じ。戦いの中で不要な会話も、感情の発露も行わない。そんな有馬を気味悪く思いながらも、ゲイツは燃え滾る衝動のままカメレオンの体に袈裟斬りの傷跡を刻み込んだ。

 

 

「結局俺はこっちか。仕事場で目上を振り回さないのは常識だと思うんだけどね」

 

《Exceed Charge》

 

 

ぶつくさと愚痴りながら、カイザはベルトのカイザフォンのエンターキーをプッシュ。暴れ出したファイズにブレイガンの銃口を向け、光の矢を射出し、命中直後に光の網がファイズの体を縛り付けた。

 

剣を逆手持ちし、身を低く構えたカイザは「χ」の形の閃光となって、身動きのできないファイズの体を通り抜けた。そして、解放された斬撃がファイズを斬り裂く。

 

だが、「χ」の残光はファイズを灰化させるに至らず、変身を解除させるに留まった。地を転がるファイズギアと、ファイズに変身していた成人するかしないかくらいの少女。何よりカイザを苛立たせたのは、攻撃の寸前に軌道に割って入った富良だった。

 

 

「君のせいで仕留め損なった。どういうつもりかな、アカデミー生。喰種の擁護は重罪。オルフェノクも同様の扱いだと習わなかったのか?」

 

「待ってくれよ! そいつは…三波の友達だって言ってた。俺が悪いんだ…そいつは友達の仇を取りたかっただけなんだ…! 人を殺したのは分かってる。でも、殺す以外だってきっと───」

 

 

富良の言葉に一切の興味は無いと、カイザは弁明をする富良の顔面を殴り飛ばした。変身した状態の一撃をただの人間が食らって平気なわけもなく、富良は道路の脇で気を失ってしまった。

 

カイザの紫色はファイズの変身者に向けられた。殺意を感じたその体はオルフェノクへと変化。壺を被り、尾のような蔦を備えたウツボカズラ怪人、ネペンテスオルフェノクだ。

 

 

「お前ら捜査官が正しいだなんて反吐が出る! どいつもこいつも喰種は悪だ、殺せって何も分かってないんだ! 喰種だって生きてる。人を食べるしかないなら、そうやって生きていくしか無いだろ! それの何がいけないの、教えろよ捜査官!」

 

「なんでそんな事を答えなきゃいけないのかな? 俺が、わざわざ薄汚い化け物のために」

 

 

溶解液を躱し、蔦を斬り落とし、抵抗するネペンテスを一笑に付してカイザのいたぶるような攻撃が続く。

 

 

「どうでもいいんだよ、多くの人間にとってそんな事は。喰種がどうだろうがオルフェノクがどうだろうが、自分の身を可愛がるために死んで欲しいんだ。俺もどうでもいい。邪魔な害虫を殺して名声を得て、金を得て、大した苦労もせず清潔に生きれるならそれでいい。逆になんで君らはそうしないのか疑問だね」

 

「…腐ってる! お前らが正義ぶってる世の中なんて、間違ってる!」

 

「間違ってるのは君らだ。ここは人間様の世界なんだ、人間様のルールに従えない奴が全部悪い。お前は何人殺した? 元人間なんだから人を殺しちゃ駄目って、お母さんに習ったよな? それでも殺した馬鹿が君だ。ヒトを殺したら死んで当然だろ。邪魔なんだよ、俺の平穏を脅かすヤツは」

 

 

カイザの銃弾がネペンテスの肺を撃ち抜いたところで、ネペンテスは人間の姿に戻ってしまった。伏したまま体をずって逃げようとする彼女の傍に発砲するも、オルフェノクの姿に戻ることはない。

 

 

「もう変化する体力も残ってないか。最期まで不愉快だな君というオルフェノクは」

 

 

腹の底から厭そうな息を吐きだすと、カイザはカメレオン戦に向かって発砲した。ファイズがいない今、構図は3対1。生身の怪物と4本目のベルトというイレギュラーで予期してない状況に陥ったカメレオンには、ファイズギアを回収する余裕もない。

 

 

「ここは退こうか。悲しいなぁ、今の君はとても綺麗だよ、さようなら新人ちゃん」

 

「誰が逃がすか!」

 

 

退避の構えを見たゲイツと有馬が一気に仕留めにかかるも、その瞬間にカメレオンの「形」が大きく変わって攻撃を外してしまった。瘦せ細っていた手足が急激に長く、太く発達。トビウオのような滞空補助の翼まで生えている。

 

カメレオンは感情や環境に応じて色を変える生き物で、その真価は環境適応。その特質を備えるカメレオンオルフェノクは変幻自在に戦闘体を変化させることができ、これはその一つの退避特化「跳躍態」だ。

 

一度のジャンプで攻撃範囲外にまで離れてしまったカメレオンを追うことは出来ず、ゲイツが行き場の無い怒りで地面に拳を叩きつける。一方で有馬は冷静に次の駆逐対象に向かう。

 

 

「瀬尾特等、太志と『ファイズ』は」

 

「富良君はパニックになっていてね。巻き込まれる可能性があるから眠ってもらった。そして『ファイズ』の事だが……」

 

 

カイザは有馬と角を立てないように適当に言いくるめると、ゲイツを引っ張って彼女の前に立たせた。苦しみ悶える、「ファイズ」の前に。そして簡潔に一つだけ指示を出す。

 

 

「君が殺せ」

 

「…どういう事だ」

 

「たまにいるんだよ、そこそこ戦力になっても殺せないっていう役立たずが。Peace On Death、死をもって平和をが〔CCG〕の理念。殺せないなら邪魔なだけだ」

 

 

カイザの言う事には納得できた。肝心な時に手を下せない甘い戦士は、戦いの場において邪魔になるし何より本人に危険が及ぶ。それにはゲイツも同意だ。これが試験のつもりならば、ミカドにとって何も難しいことはない。

 

ジカンザックスの刃を振り上げる。

しかし、変化せず、声も出さず、人間の姿のまま命乞いの目でこちらを見る少女に、ゲイツの体が止まってしまう。灰となって崩れ去りつつあるその体が、ミカドの記憶と重なる。

 

いつの日もよく燃えていた。家族を失った日も、親友を失った日も、ミカドの視界には無情の炎と灰になった思い出があった。その理由にいたのはいつだって、人間の理を越えた怪物共だ。

 

 

「……死ね!」

 

 

ジカンザックスをゆみモードにし、少女の心臓に矢を放つ。刹那で死に至った少女は吐き出された血だまりに顔を沈めながら、衣服のみを残して灰になって消えた。

 

 

「『ファイズ』討伐完了。カメレオンを足止めした功績くらいは、局長に進言しておいてもいい」

 

「…勝手にしてくれ。俺は昇進に興味は無い」

 

 

ミカドの言葉に少し文句を呟きながら変身を解除した瀬尾は、ファイズギアを拾い上げて有馬に後処理を命じた。カイザブレイガンの刃を念入りにタオルで拭きながら、その場を去る。

 

ファイズを殺したのに、ミカドの持つプロトウォッチにファイズの力は宿らなかった。その疑問に答えを出すより前に、ミカドもその場から立ち去る。灰になって跡形もなくなった命に目を伏せて。

 

 

__________________

 

 

喰種狩りを行っていた「ファイズ」を駆逐し、事件は収束した。殺し方の手口の違いや到底Sレートに届かない強さに、これまでのファイズとは変身者が違うと瀬尾は指摘したが、何にせよファイズギアの回収をした功績は大きい。

 

本来すぐに持ち主であるスマートブレイン社に返却されるべきだが、今回の功績を使ってミカドがファイズギアを調べたいと進言した。ファイズウォッチが生成されなかった理由を探るためだったが、土岐が同じようにファイズギアの所有権を求めたのは驚いた。

 

結局、20区支部はファイズギアの短期間の所有を許された。

 

 

「そうか、アイツは死んじまったのか…」

 

 

目を覚ました富良は有馬から事の顛末を聞いた。

あんな後悔はもうしたくないと縋りついたが、やはり富良には何も変えられなかった。それで一つ、分かってしまった事がある。

 

 

「有馬、お前は喰種と話さないって言ってたよな」

 

「あぁ」

 

「もしお前と親しい奴だったり、大事な奴が喰種だったとしてもか?」

 

「俺は命じられれば殺すよ。奪う事に躊躇はしない」

 

「やっぱそうだよな。俺は、お前らみたいにハッキリと答えを出せねぇんだ。そんな馬鹿な俺じゃ何かを変えるなんて望みはデカすぎるって、痛感した。俺は……だったら俺は…せめて守れるものを守っていくだけだ」

 

 

富良の中で一つの想いが固まった。

だが、これだけは答えを出さなければいけないと、「ランタン」のケースを手に取る。捜査官として戦いに身を投ずる、近い未来までには必ず。

 

 

___________________

 

 

日が暮れた。暗くなると喰種の活動が活発化するため、人間にとっても喰種にとっても危険な時間帯だ。当然、霧嶋家の姉弟も外には出ず、布団に入って絵本をせがむ。

 

 

「ねーミナト、絵本読んで!」

 

「アラタさんに頼め…」

 

 

何故かミナトに。根負けしたミナトはいつもアラタが読み聞かせている絵本を開くが、やはり感情豊かに読むというのは苦手だ。アラタに比べて読み方が飽きやすかったのか、辛抱強くないトーカはすぐに眠ってしまった。

 

 

「…ねぇミナト。お父さんは?」

 

「アヤトは起きてたのか。お父さんは『食べ物』を探しに行ってる。そんな心配そうな顔すんな、アラタさんは強いから」

 

「……うん」

 

 

アヤトは臆病だが、歳にしては少し精神的に成熟している印象があった。少なくとも無邪気な姉とは違い、人間と分かり合えないことを見据えているような気さえする。幼いながら覚えているのだろうか、母親が喰種捜査官に殺された時のことを。

 

 

その時の話を聞いたことがある。母親───霧嶋ヒカリを殺したのは、わずか16歳の少年だったという。名前は有馬貴将。その幼さに警戒が薄れ、咄嗟に逃げることが出来なかった。アラタは子供たちを守るため、ヒカリを置いて逃げ出したと言っていた。

 

最愛の子を守るため、最愛の人を見捨てた。その決断はどれだけ辛かっただろう。それからどれだけ苦しんだだろう。そんなアラタはきっと、残された子供たちを守るためならなんだってする。そこから先の可能性は、ミナトにとって余り考えたくないものだ。

 

 

「あぁ…アラタさんは本当に強い人だ。尊敬してる。アラタさんはきっと…お前らを守ってくれる」

 

「…ミナト?」

 

「でも、もし。アラタさんがお前らを守れなくなったら…遠くに行っちまったら。アヤト、お前がお姉ちゃんを守るんだ」

 

「ぼくがお姉ちゃんを? ぼくよりお姉ちゃんのほうが強いよ?」

 

「今はそうでも、お前は男だ。トーカより強くなるよ。だから…何があってもお前だけはトーカの味方でいてやれ。どんな形でもいい。絶対に、家族は守ってやるんだ」

 

「わかった…」

 

 

誰が何を言っているんだという話だ。自分の罪の禊を小さな子供に押し付け、自分でも自分が分からない。兄貴面をしながら大事な家族を守れなかったのは自分じゃないか。

 

……違う。守るだなんて高潔な話に自分はいない。大事な家族を、ミツルを化け物にしたのはミナトなのだから。

 

 

「アヤト、留守番頼む。アラタさんが帰ってきたら、飯ちゃんと美味かったって言っといてくれ」

 

 

音が玄関の外から聞こえると、ミナトは霧嶋家の部屋から出て行った。玄関先に置かれていたアタッシュケースの中にはファイズギアが。戻ってくるのが思ったよりも早かったおかげで、早々に「やる事」を片付けられるようだ。

 

 

「いるんだろ、ずっと見てやがって。狙いは俺か?」

 

 

夜道で声を張り上げるミナト。アラタ達と一緒にいたこの数日、特に今日はよく視線を感じたのだ。出てきたのは体格の大きい男だったが、目につくのは真っ白な服装。喰種捜査官に違いない。

 

 

「捜査官…話くらいは聞いてやるよ。ストーカーって本部に言いつけて欲しくなけりゃな。一応俺も、そっち側の人間だからな」

 

「…俺はある喰種を追っていた本部の局員だ。『骸拾い』、ヤツの強さは凄まじかった。レートはSSを下らない完全な『赫者』だ。俺達はその力を見誤り、全員殺されたはずだった」

 

「……もう話は充分だ。オルフェノクってことだろ」

 

「あぁ…! 気付けば俺だけが目を開き、人ではなくなっていた。オルフェノクになった以上、〔CCG〕には戻れない。そんな話があるか! 俺は『骸拾い』……霧嶋新とその子を駆逐し、再び捜査官として返り咲いてやる!!」

 

 

男の姿がオルフェノク態へと変化する。この暗闇でも分かる巨体、豪胆な一挙一動。カバの特質を備えた、ヒポポタマスオルフェノク。

 

深くは追及してなかったつもりだ。しかし、ミナトは全てを理解してしまった。やはりアラタは捜査官や喰種を殺し続けていたのだ。強者と戦い、共食いをし、子供たちを守る強さを手に入れるために。

 

さすまたのような棍棒を掲げるヒポポタマスに、ミナトもファイズドライバーを装着。ファイズフォンを開き、ボタンを3度押す。

 

 

「なぁアンタ。本当に戻れると思ってんのか」

 

「何だと?」

 

「戻れねぇよ。どんだけ理不尽でも悲しくても、俺達はもう死んだんだ。人間だった頃には戻れない」

 

「ファイズギア…!? そうか、貴様も()()なら、何故邪魔をしようとする。戻れないと言いながら喰種を庇うだなんて、何になったつもりだ!?」

 

「答えは出せなかった。俺はどんな存在として生きたいのか、俺らしいって何なのか…生きてちゃいけないってのが一番しっくり来たよ。…でも俺は生きている。その意味があるとすんなら、正しく生きようとしてる誰かを守ること。それだけだ!」

 

《Standing by》

 

「変身!」

 

 

ファイズフォンを高く掲げ、ドライバーに装填して倒す。それがトリガーとなり、夜の闇に赤光が放たれる。

 

 

《Complete》

 

 

仮面ライダーファイズへと変身を果たし、腕をスナップさせてヒポポタマスへと駆け出す。それに呼応して飛来した銀色のロボットが、円形の盾からヒポポタマスに銃撃を集中砲火。ファイズの専用バイク「オートバジン」が人型へと変形したものだ。

 

連射を受けてヒポポタマスが後ずさりした所に、ファイズの全身を入れたパンチが叩きつけられる。流石に重く殴り倒せなかったが、それならもう一発、更には蹴りと追撃し反撃の余地を与えない。

 

 

「アンタはオルフェノクになっても、捜査官として生きたいのか。だとしたらこれは…多分間違ってるんだろうよ。それでも俺には、選ぶ事しかできない」

 

 

喰種捜査官から見れば、アラタやトーカ、アヤトは駆逐対象。どんな生き方をしていたかだなんて人間が知ったことでは無い。知ろうともしてくれない。どう足掻いてもそれは仕方のない事だ。

 

目の前の彼は間違っていない。でも、ミナトはあの家族を守りたい。

奪われたくなければ奪うしかない。理解し合うことはできない。この世界は、間違っている。

 

 

バイクに戻ったオートバジンのハンドルにミッションメモリーを入れ、引き抜き、ファイズエッジを起動させた。フォトンブラッドで赤く発光する刃をヒポポタマスへと押し付けると、超高熱がその体組織を焼き切る。

 

オルフェノクの体に慣れていないのか、その衝撃でヒポポタマスは人間の姿に戻ってしまった。しかし、ここで逃がせばアラタ達に危険が及ぶ。ファイズは彼を確実に殺すべく、エッジを振りかぶった。

 

 

「ファイズ!!」

 

 

人気のない街道に響いた叫びに振り返るファイズ。

灯りに照らされて見えたその正体は、土岐と彼の首根っこを掴んだ少年…ミカドだった。

 

 

「ファイズギアを不用心な場所に置いたかと思うと、夜な夜な土岐が持ち出した。何かと思って後をつけてみれば納得だ。土岐とファイズは繋がっていたというワケか。しかも昼間のファイズは正規の変身者ではなかったとしたら、ウォッチの件も飲み込める」

 

 

そう言葉を発するミカドの声は、確かに怒りが混じっていた。

ファイズの光は暗闇の中でもよく見える。その光に照らされ、ミカドの目に映っていた光景は、ファイズが生身の人間を襲っている光景だった。

 

 

「この時代は分かりやすくて清々する。どこを見ても悪しかいないのは慣れたものだ。何度だってこの手で殺してやるぞ、ファイズ!」

 

「知られた…っつうことか」

 

 

ヒポポタマスは人間の姿のまま逃走してしまった。

次から次へと現れる、平穏を乱す存在。彼らを今度こそ守るために、邪魔する者は全て摘み取るしかない。

 

これはそれぞれの生き方を正当化させる、それだけの戦いだ。

 

 

__________________

 

 

「もしかしてまだ引っ張ってる? あの補佐の子のこと」

 

「実に興味深い話が聞けそうだったのだがね。瀬尾特等には、今度お礼と称して加工前のクインケでも送り付けてあげるとしよう」

 

 

喰種の捜査の一環であるコンビニ店を見張りながら、真戸はそんな事を言った。その発言に焦るのは真戸のパートナーの篠原。

 

 

「ちょっと…確か瀬尾っちは潔癖って話でしょ。そんなもの送ったらついでに私がまた…」

 

「冗談だよ」

 

「出たよ、マッドジョーク…」

 

 

真戸はどんな話をする時も言葉の脈があまり変わらないから、冗談と本気が非常に見分けづらい。篠原の記憶に新しいものだと、職場に娘のリボンを付けて来て、おちょくっているのか本気で間違えているのか分からず困ったなんて事もあった。

 

 

「しかし、あの少年が気になるというのは本気だよ。篠原、もし彼が未来から来たと言ったら…信じるかね」

 

「今日の真戸は冗談多いね……」

 

 

真戸の言葉が冗談か否かが定まる前に、コンビニに足を運ぶフードの人物を視界に捉え、真戸と篠原の無駄口はスッパリと中断された。2人は人目を避けるように歩くその人物の前を、細い体と大きな体で意図的に塞ぐ。

 

 

「おやおや、こんな遅くに一人で外出とは不用心ですなぁ。一人娘がいる身としては、どうしても不安を煽られてしまい困ったものだ。クク…さて、樋下ミツルさん。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが?」

 

「…“白鳩”、あぁまた…そういう事か」

 

 

真戸と篠原がクインケケースを構える。篠原が喰種捜査官の名前を出して辺りの人々を避難させ、事実上の戦闘開始の号令が発せられた。フードを被った人物、ミツルは真戸達がAレート喰種『パラポネラ』としてマークしていたのだが、反応で真偽を確かめる前に事態は展開を変えた。

 

喰種だと思っていた人物が、目の前でオルフェノクへと変化した。そして会話を挟まず小柄な身体から放たれる剛力の蹴り。不意を突かれた真戸が遥か後方へ吹っ飛ぶ。

 

 

「クク…まさか喰種とオルフェノクを見誤っていたとは。全く支部も雑な仕事をする。これは向こう数年の笑い草となる珍事だな」

 

「大分派手にぶっ飛ばされたけど、真戸平気!?」

 

「平気だ。防御に使ったクインケはやられ、体も骨が数本折れていそうだがね」

 

「平気じゃないねそれは。コイツは私がやるから、真戸はそこで大人しくしてなって」

 

 

篠原が起動した大型の鉈のようなクインケ、Sレート“尾赫”「オニヤマダ壱」。数年前に腕試しとして捜査官を大勢殺した「オニヤマダ」を篠原が駆逐し、手に入れたクインケだ。

 

 

「お前らも僕を“喰種”だと、そう思っていたのか? だったら死んでも仕方ねぇよなぁ。“人間”の僕を殺そうとして、僕を馬鹿にしたんだから…正当防衛だ!」

 

「人間ねぇ…悪いんだけどもしそうだとしても、立場上人を殺して回ってるような奴を放ってはおけんのよ!」

 

 

相手は人間、一撃噛みつくか突き刺すかすれば死ぬ。「オニヤマダ壱」を軽々振り回す恵まれたフィジカルはあるが速度が左程なら、パワー対決で篠原がアントに勝てる要素は無い。そう分析できるはずだった。

 

しかし、どういうことか、アントは攻めの姿勢を崩さない篠原を仕留めることが出来ない。動きが手堅く堅実、隙が全く見えてこない。一方的に狩るつもりが、じわじわと追い詰められていくような冷えた感覚が背筋を伝う。

 

 

「くっそ…なんなんだよオッサン! さっさと死ね!」

 

 

触腕を解放し「捕食態」へ。一気にケリを付けるつもりの動きだったが、やはり篠原の動きは鈍らず、膠着の末に「オニヤマダ壱」が触腕をぶった切った。

 

准特等捜査官、篠原幸紀。その強さは「しぶとさ」。彼は無数の戦いを潜り抜け、堅実に成果を上げ続け、後に“不屈のシノハラ”と呼ばれるに至る。

 

 

「悪いけど…こちとらそう簡単にやられるような、一朝一夕の鍛え方はしてないわけ。一応、正義の味方を名乗らせてもらってるからね」

 

 

アントの攻撃に余裕が消えた。単調化した動きの間を縫うように、後方から放たれた銃弾がアントの眉間を射抜く。真戸のクインケ「ライ」が火を吹いたのだ。

 

 

「おっとぉ、戦いに焦りは禁物だぞ? 灰色のクズが、我々を甘く見たな」

 

 

視界が掠れ、痛みが全身に渡り、迫りくる篠原を止めたくても身体が動かない。あと数秒であの鉈に体を真っ二つにされ、苦しみながら死ぬのが分かる。

 

喰種やオルフェノクを殺せる存在のどこが人間だ。生身で大鉈を振り回して化け物の肉を断つ存在のどこが人間だ。死体の臓器を改造して武器を作る存在のどこが人間だ。お前らだって立派なバケモノのはずだ。それなのに何故、居場所を持って正義面して幸せを享受している。

 

 

「不条理だ…! どうして、どうして僕だけがこんな…!!」

 

 

届くはずのなかったミツルの嘆きは、戦場を見物していた超常存在に届いた。振り抜かれた「オニヤマダ壱」は空振り、篠原の目の前に捉えていたはずのアントが影も形も無くなっていた。

 

驚いた仕草もなく暫く警戒していたが何も起きず、どうやら姿を消す能力ではないと判断。そうなると、時を止めて逃げ出したとでも言わなければ説明できない現象になってしまい、篠原が頭を抱える。

 

 

「本当に消えたっての!? さて、こいつをどう報告したもんか…」

 

「一先ずは喰種『パラポネラ』をオルフェノク『アント』に変更するよう、オルフェノク対策課の方に伝えておこう。レートはA程度で妥当だろうな。あとはあちらに任せるのがいいだろう」

 

「そういや真戸さ、クインケ壊れたってのは嘘? その感じじゃ骨折れたっていうのも」

 

「『オニヤマダ壱』の性能を落ち着いて見れるいい機会だと思ってね」

 

「本当勘弁してよ…」

 

 

消えたアントオルフェノクに、未知のクインケを持っていた少年。髑髏のような顔は虚空を見つめながら、立て続けに起こった奇妙な事象を脳内で総ざらいする。やはり明確な答えは出ないものの、真戸はまた不気味に笑んで篠原へ問いかけた。

 

 

「篠原よ。私がどうしてオルフェノクに関心が無いか、分かるか?」

 

「クインケ作れないからって言ってたろ? 違うの」

 

「オルフェノクとて人類の敵。必要とあらば尽力するのが筋だ。しかし、オルフェノクの件に関しては…()()()()()()()()()()()()()()()、そう思うのだよ」

 

「はぁ……」

 

「それに加えあの補佐の少年、『アント』…何か大きな我々には手に負えない存在、もしくは現象が動いている。全く具体性に欠ける推測だがね」

 

「なんか仰々しいね、その根拠は?」

 

「勘だ」

 

 

真戸の発言に、篠原はまたしても浮かない表情で頭を掻きむしる。

余りに適当な内容で呆れているのではない。真戸の勘というのは、往々にして的中するものなのだ。

 

 

___________________

 

 

確実にミツルの命を奪っていた篠原の一撃。それを透かした絡繰りは、隠す必要も無いタイムジャッカー アヴニルの時間停止によるものだった。

 

 

「二度目だ。これで吾輩は二度、貴公の命を救った」

 

「何が言いたいんだアヴニル…! 僕はお前の助けなんか求めてない!」

 

「そうか……いい加減弁えたらどうだ、吾輩の傀儡が」

 

 

時間が止まる。再開と同時にミツルの首に冷たい感触が生じ、それがアヴニルの仕込み杖の刃で、今まさに命の危機に見舞われていると理解するまで、少しの時間がかかった。

 

 

「吾輩の助けがいらない、大いに結構だ。ならば望み通りに見捨ててやろう。吾輩は打たれ強いのだ、貴公が使い物にならぬのなら、何度だって器を探すのみ! 違うか?」

 

 

ミツルが生きてこられたのはアヴニルのおかげ、それは認めざるを得ない。そしてこのまま何もしないのなら、ミツルはスマートブレインと〔CCG〕の両方から追われる身となり、常識の埒外にいる怪物達によって間違いなく殺される。

 

 

「だったら…何を求めるんだ、僕に。強さが欲しけりゃくれてやる、そう言ったよな! どんな事だってやってやる。僕はまだ死にたくないんだ!」

 

「上出来だ。貴公の選択は聞き届けた。高貴なる吾輩の名に懸け、貴公を王の玉座へと導こうッ! まずは力に相応しき存在へと『生まれ変わって』もらうとしよう」

 

 

アヴニルが指を鳴らし、再び時が止まった。

時間の冒涜者の計画は単純明快。この2003年の地に「隻眼の王」と「オルフェノクの王」を顕現させ、己の王とする。

 

そこに忠義は無い。己の野望のため、彼は傀儡の王を底なしの地獄へと叩き落とす。

 

 




三波麗花はCV早見沙織さん。今回出てきたキャラはオルフェノク以外は全て原作キャラです。そして瀬尾はクソ野郎です。草加から正義を引っこ抜いた奴だと思ってください。ていうかファイズ×東京喰種編に出て来る奴らに純正ヒーローはいませんね。

余計な犠牲を挟み、次回からミツルとミナトの話。そしてミカドの過去にもようやく触れるなど、核心に迫っていきます。名前にミが多い……

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正義、反転

ジャレス
眼魔世界の戦士の男。王族の次に権威を持つ「五王眼」の一人であり、アリオスの側近を任されている。人間に対しては「下界人」と見下す態度を取るが、幼いころから世話をしていたアリオスに関しては明らかに特別扱いしており、忠誠では説明できないほど溺愛している。一方でかなり独善的であり、己の選択を疑わずアリオスの命令が耳に入らない事も珍しくない。ヴラド・ツェペシュの魂を模倣して作られた「スピア眼魔眼魂」を使用し、ゴーストとスペクターを同時に圧倒する強さを持つ。2015年ではアリオスに全財産を貸して協力した(無償で貸すつもりだったが、それは公正じゃないとアリオスの所有物全てを担保として押し付けられた)。

本来の歴史では・・・アリオスが眼魔世界から追われるようになった際、彼女と離反することになる。その後、アリオスを眼魔世界に連れ戻そうと奔走するも、ディープスペクターに敗れた事で人間の強さを思い知り、彼女を人間たちに任せて自身も眼魔世界を離れることを決意した。


チャンピオンシロナを(げんきのかけらで)倒し、トレーナーを隠居してきのみ栽培を勤しむ毎日。シンオウから帰還しました、146です。えぇお久しぶりです。メリークリスマスです。

ファイズ編も後半戦の後半戦(?)、ミカドとミナトがついに邂逅してしまいました。あと怪しい勧誘に乗ったミツルもどうなってしまうのか。

今回もタップorスライドで「ここすき」をよろしくお願いします!




生きる世界が変わるなんてことは、決して突然なんかじゃない。

 

孤児院に引き取られ、そこでの暮らしは幸せを感じていたのに、引き取り先が決まったと知らない男の家に連れて行かれた。そこで孤児院での全てが偽りだったことを知り、化け物になってしまった。

 

絶望の瞬間の前には、必ず予兆がある。

 

 

「次の方どうぞ……おぉ君か。待っていたよ」

 

「吾輩に待たされること、光栄に思うといい。貴公はこれより王の誕生に携わることができるのだからな。嘉納明博よ」

 

「王とかそういうのはそこまでなんだけどねぇ。私には私の目的があるわけだし。まぁデータは多いに越したことはないのは、分かっているつもりだけどね」

 

 

喰種捜査官に敗北し、強さを求めてアヴニルの手を取ったミツル。気付けばミツルとアヴニルは病院に立っており、目の前には嘉納と呼ばれた初老の男がいた。医者なのは見て分かる通りだが、医者に連れて来てミツルに何をさせようというのか。

 

 

「今しがた材料の調達も済んだところだ。この経験は貴公の未来にとって、大いなる糧となるだろう。約束通り、『手術』を頼めるか」

 

 

近付く不穏の感覚。でも逃げた所で未来は無い。

四方八方から迫る死に対し、ミツルは導かれるままに眼を閉じた。

 

死を超えるものがあると知らないほど、ミツルは無知だったのだ。

 

 

________________

 

 

「来るな…お前は…生きるんだ……」

「逃げて…貴方たちだけは……!」

 

 

そんな在り来たりな悲劇の台詞が最期だった。朽ちた街で暮らしていたミカドの家族は、気まぐれにそこに訪れた甲冑を纏った仮面ライダーに見つかり、両親はミカドと妹を庇って捕まってしまった。

 

南京錠で怪物を操るその仮面ライダーは、特に理由もないように両親をミカドたちの目の前で殺した。ミカドたちは必死に逃げた。遠のいていく笑い声と怪物の咀嚼音から逃げたくて、嘔吐し、泣き咽びながら走り続けた。

 

 

妹を守り抜くことと、あの仮面ライダーに復讐することを誓い、時間が経ったある日。仇の仮面ライダーの『残骸』が、無造作に転がっているのを見た。アレを殺したのはまた別の仮面ライダーだった。

 

 

「駄目だ…まだ、こんなのじゃ足りないんだ…このままじゃ俺が…」

 

 

そう取り憑かれたように呟く、仇を殺した仮面ライダー。不用意に近づいてしまったミカドと妹を見つけたソイツは、ミカドを撥ね退けて持っていた金と食糧を奪い、最後に妹を捕えて、何かを呟きながら逃げ去って行った。

 

 

「助けて…!助けてお兄ちゃん!」

 

 

そんな叫びだけが聞こえて、いずれ消えた。

家族、糧、生きる理由、己の価値、その全てを一瞬で失ったミカドは、死を目前にしてレジスタンスに出会うことになる。

 

そこで知った、妹を攫った仮面ライダーの正体。『ミラーモンスター』を使役する彼らは、契約モンスターに自分が食われないように、定期的に餌を与える必要があるという。

 

妹が死んだことを悟った少年の心には、仮面ライダーという悪への憎悪だけが焼き付いていた。

 

 

過去に来てからよく眠れるようになったせいで、この記憶をよく夢見るようになった。夢の中でミカドはタイムマジーンに乗って颯爽と現れ、家族を救うのだ。しかし、ミカドはそうはしなかった。「あの男」との契約に従い、更に過去に行って歴史を変えることを選んだのだから。

 

 

「…俺は、一体何を……」

 

 

夢から覚めた時、そこは2003年。暗い〔CCG〕の20区支部に寝かされていたのだが、頭が痛んで前後の記憶が曖昧だ。意識がハッキリしないまま、ミカドは明るい部屋の方へと歩いて行く。

 

 

「起きたんだな。突っ立ってないで、取り合えず座れよ新人」

 

「よ…よっす!おはよう!」

 

 

部屋にいたのは分かりやすくよそよそしい土岐と、知らない男だった。しかし意識が濃くなっていくにつれ、今がどういう状況なのか、そしてこの男は何者なのか察しが付く。

 

 

「そうだ俺は、土岐がファイズギアを持ちだしたのを追い、そこにいたファイズを討伐しようとして……!ということは、貴様がファイズか!!」

 

 

ファイズが人間を襲っているところにミカドは駆けつけた。変身して戦いを挑んだが、数十分に渡る戦いの末にゲイツは敗北したのだ。

 

 

「おい昇太、全然ダメじゃねぇか。しっかり覚えてるし」

 

「い…いやぁー、気絶してたし行けると思ったんだけどな、この誤魔化し…ファイズに負けてピンピンしてるしタフすぎっしょ」

 

「どういうつもりだ貴様ら。俺を生かし、自由にして、誤魔化すだと? 馬鹿にするのも大概にしろ。一度は後れを取ったが次は無いぞ、ファイズ!」

 

「わーっ、タンマ! ストップ! 違うんだって光ヶ崎くん! ミナトは俺達の味方で、喰種捜査官補佐! 光ヶ崎くんと同じで、先輩!」

 

「補佐だと? 馬鹿な、ファイズギアを持ちだした裏切り者の言葉に何の意味がある」

 

「そりゃそうだけど、今の話はマジだ。信じなくたっていいけどな。もっかい殺し合うのもいいけど、その前に聞きたい事がある。さっき変身してたけど、お前は“オルフェノク”なのか?」

 

 

ミナトが見知らぬ『4本目のベルト』。それがこの時代のものではないと知らない以上、ミナトの疑問も真っ当なものだ。しかし、それは同じくミナトにも言えること。

 

 

「その質問をそっくりそのまま返してやる。スマートブレインのベルト…この時代のベルトはオルフェノクでなければ使えない代物のはずだ。貴様に、あの瀬尾という男。貴様が捜査官側の人間だとすれば、〔CCG〕とは一体何だ。何故オルフェノクを囲っている!?」

 

「お前はオルフェノクじゃないのか…ならいいぜ。後、瀬尾はオルフェノクじゃないと思うぞ。嫌な奴だけど、そういう匂いはしない。じゃあな、俺は俺でやる事があるんだ」

 

 

ミカドがオルフェノクじゃないと知り、あからさまに敵意をしぼませている分かった。そんな態度一つ一つが、ミカドの怒りに油を注ぐ。

 

 

「ふざけるな! 煙に巻いて逃げるつもりか!」

 

「や、だからさ。ミナトは別に悪い奴じゃないんだって。瀬尾特等みたいに何故かファイズに成れるけど、バレると面倒だから隠してるってだけで!」

 

「俺はコイツが人を襲っているのを見た! 貴様も見たはずだ、忘れたとは言わせない!」

 

「アレは捜査官の恰好したオルフェノクで…!」

「あぁそうだ。俺は“人”を殺そうとした。お前の見たもんに何も間違いはねぇよ」

「ミナト…お前さぁ…!」

 

「それで、だから俺を殺したいのかよ。それとも俺がオルフェノクかもしれないからか? 俺にはまるで、『俺が悪者であってほしい』って言ってるように聞こえるんだけどな」

 

 

それは核心を突いた一言だった。ミカドもそれを自覚した。

分かっていたんだ、走大にヒビキに朝陽、仮面ライダーが悪ばかりじゃないなんてことはとっくに分かっていた。理解できていても、ミカドはその事実を拒絶するしかない。

 

 

「黙れ……! 人間を襲った悪の言葉に、耳を傾けてやる筋合いは無い! 人知を超えた力を持つ貴様らが、俺が! いずれ道を踏み外さないと何故言い切れる!」

 

「なるほどな…苦しい生き方してんだな、お前も。まぁいいよ、俺が悪だっていうのは間違いないから安心しろ。俺がまた人を襲った時に殺せよ、今はやめとけ」

 

 

去るミナトを追おうとするミカドだったが、全身の痛みがそれを許さなかった。しっかりと思い出した。戦いの末、赤い閃光がゲイツにトドメを刺したのを。だが、オルフェノクを一撃で絶命させる「クリムゾンスマッシュ」、それを受けて痛み程度で済むはずが無い。

 

最後の最後に手加減されたのだ。ミナトはミカドを殺そうとはしなかった。

 

 

____________________

 

 

奇跡的な傾きで成り立っている日々が歪んでいるのを感じる。今が続けばいいのにと思う時ばかりそんな風になるのは、それだけ常にそう思っているからだろう。それだけ何もない日々は尊く、得難いのだ。

 

ゲイツが介入したことで、ミナトはヒポポタマスオルフェノクを逃してしまった。霧嶋一家が喰種であり、アラタが「骸拾い」であると知る彼をだ。何かの間違いでそれが広まれば取り返しがつかない。一刻も早く口を封じなければ。

 

 

「…ここは苦手なんだよな」

 

 

土岐が調べたところ、ヒポポタマスの生前はアカデミーの教官だった。ならばまず来るとすれば、このアカデミーだ。

 

ミナトは教官だったという彼の名前、階級、その功績などを調べ上げた。不要とも言えるほど。自分が殺す者について知っておく義務があると思ったからだ、自己保身の偽善と分かっていても。

 

その情報をもとにアカデミー局員に聞きこむが、彼が帰って来たという報告はない。遺体はなくとも死んだものとして処理されているようだ。

 

 

「安心すりゃいいのか、困りゃいいのか…分かんねぇな。それにしてもやっぱり、ここは嫌な臭いがする」

 

 

ここに通う者の多くは喰種によって家族を奪われた者たちだ。だから自分の命をかなぐり捨て、復讐だけのために生きる。〔CCG〕は喪失者の集まりであり、このアカデミーという場所は、葬儀か墓場の予約会場のようなものだ。

 

そんな未来の無い場所の隅に、見知った姿があった。薄々いる気はしていた。彼もまた喪失者なのだから。

 

 

「……鋼太朗。またアカデミーに来てたのか」

 

「ミナト…」

 

 

亜門鋼太朗。17歳。ミナトやミツルと同じく、ドナート・ポルポラのもとで育った孤児の一人。あのドナートが捕縛される直前まで手元に置いていたのが彼だった。

 

鋼太朗と再会したのは何ヶ月か前のことだった。お互いがお互いを死んでいたと思っていたから、再会して驚いた。しかし喜ぶことはできなかった。知らなかった者と知った後も何も出来なかった者、互いに負い目があったから。

 

この間、会おうと思って引き返したばかり。ミナトはうまく言葉を作れない。

 

 

「久しぶりだな…元気、してたか。飯は…ちゃんと食ってっか?」

 

「あぁ…ミナトはどうなんだ。〔CCG〕の捜査官補佐としての仕事は、喰種は今どんな状況にある。俺の立場じゃ知る事もできないんだ」

 

 

やはりそういう話になってしまう。鋼太朗は再会した時から喰種を激しく憎んでいた。当然だ。ミナトだってドナート・ポルポラという喰種に激しい憎悪を抱いているのは同じだ。

 

 

「…いや、俺はオルフェノク対策課の補佐だからな。喰種のことは…」

 

「そうか…オルフェノク、偶発的に怪物となってしまった人間。俺にはそれが悪と言い切れない、悲劇の人物とさえ思ってしまう。でもミナトは覚悟を決めて戦っているのか…俺も早くそんな風になりたいよ」

 

「鋼太朗。お前はやっぱ…捜査官になりたいのか?」

 

 

返答は聞くまでもない。鋼太朗の険しい表情が是と言っている。

しかし、孤児院で共に過ごした時間も長く、弟同然の彼に、そちらの道に行って欲しくないというのがミナトの正直な願望だ。

 

鋼太朗は17歳。本来なら来年はアカデミーに入学できる歳だ。だが、素養も気概も申し分ない彼に、入学の許可は下りなかった。その理由は、ドナートと共にいたその過去にある。

 

ある日、鋼太朗はドナートの捕食を目撃し、彼が喰種であることを、孤児院が彼の牧場であることを知ってしまった。そして生かされた。問題はその後の罪の話だ。

 

 

「……俺はまだ捜査官になれないらしい。いや、許しが出たとしても…俺はまだ迷っている。俺はドナートの“嘘”に付き合わされた。彼らがいずれ喰われると知りながら、俺には何もできなかった…! この手で殺めたこともある。奴が喰いやすいよう、解体したことも……」

 

 

未だ鮮明に残っている。昨日まで笑っていた家族がハンマー越しに磨り潰されていく感触。涙と吐瀉物と血の匂いが混じり、蒸れた教会。それを行っている己への、激しい嫌悪感、憎悪。

 

 

「俺には捜査官の方々や、アカデミーで捜査官を志す人たちと並び立つ資格は無い。ドナートの悪行を知りながら、俺は瓜江特等に救い出されるまで何もしなかった。同罪だ」

 

「…違うぞ。お前は悪くねぇよ鋼太朗。お前は…何も気にしなくていいんだ、ドナートなんかに縛られず、お前は普通に生きれば…!」

 

「そんなわけにはいかないんだ! 俺は……喰種を許さない。ついさっき…俺をアカデミーに推薦してくれていた教官が殉職したと聞いた。喰種に殺されたそうだ…! 遺体も見つかってないと聞く。喰われたんだ…奴らに!」

 

 

慰めの言葉を浮かべていたミナトの首に、汗が伝った。

 

 

「こんな俺に親切にしてくれた、捜査官のなんたるかを教えてくれた、そんな捜査官だった。尊敬していた! そんな彼が何故死ななければならなかったんだ!」

 

 

ヒポポタマスの事だ。ミナトの知り合いの、アラタが殺した捜査官だ。

そして、ミナトがこれからもう一度殺すオルフェノクでもある。

罪に塗れているのはミナトの方だ。ずっと前からそうだった。鋼太朗に資格が無いとするのなら、ミナトにだってあるはずがない。

 

 

「…悪い、鋼太朗」

 

「ミナト…?」

 

「生き残ったお前には、もっと優しい場所で生きて欲しかった。こんな間違った世界じゃなくて。あぁ、お前の思う通りだよ。この世界は間違ってる、歪めているのは───」

 

 

言葉の続きを呟かず、ミナトは鋼太朗に背を向けて行った。アカデミーの内部へと消えて行くミナトの姿を目で追いながら、鋼太朗の中で『正義』は静かに火を灯してしまった。

 

 

「歪めているのは……“喰種”だ…!」

 

 

鋼太朗と別れ、ミナトは少しだけ安堵してしまっていた。今回も深く追及されずに済んだからだ。再会したあの時、必然的に浮かび上がったその疑問に対して。

 

 

『ミツルは、生きているのか!?』

 

 

死んだ。そして生き返り、今もどこかで生きている。人間が住むより深く暗い場所に巣を張って。そうさせたのはミナトだ。

 

 

「ミツル……もしお前を救えるもんなら、俺は……」

 

 

__________________

 

 

漠然とした不穏を感じた直後、時が飛んだようにミツルはまた別の場所にいた。覚えているのは、あの嘉納という男に注射をさされた所まで。今度は眠らされていたのだろう。

 

知らぬうちに服も変えられている。服というよりは、ただのシーツ一枚のようなものではあるが。感じるのは、腰あたりに根を張る強烈な違和感。

 

 

「目覚めたか。気分はどうだ?」

 

「アヴニル…あの医者、僕に何を…!…ッ…!?」

 

 

意識が覚醒するにつれ、違和感が大きくなっていく。違和感なんて温いものじゃない、嫌悪感、眩暈、吐き気、絶叫で掻き消せない苦しみ。例えるなら全身の神経を噛み進められているような耐え難い激痛。叫びで声が枯れてもなお、その痛みは消えない。

 

 

「っ…あ゛あッ…が、はッ…! こ、答えろッ!! 僕の体に何を…!」

 

「ふむ、どうだ嘉納明博」

「大体予想通りだね。体内のRc細胞が増加する第一段階で、『オルフェノクの記号』が拒絶反応を起こしてる」

 

「…は、何を…言って…!?」

 

 

ミツルの皮膚が破れた感触。筋肉と皮の間を潜り、脚の付近からチロチロと血管のような触手が発現していた。見覚えがあった。あってしまったのだ。

 

 

「貴公もよく知っているはずだ。わざわざ“コレ”を過去から調達するのは少々骨だった。もっとも死ぬ直前を連れて来たものだから、既に解体してしまったが…」

 

 

アヴニルがミツルの前に投げ捨てたのは、生首だった。男の生首。そしてマスク。ミツルの中で最悪の想像が線を結び、そして現実を描いてしまった。

 

それはあの日、ミツルが一度死んだ日。ミナトとミツルを家ごと焼き、苦しみ燃える様を嘲笑っていた喰種の顔とマスク。彼の赫子は、まるで毛細血管のような“尾赫”だった。ちょうどそれは、ミツルの体から出ているものと同じような。

 

 

「ドナート・ポルポラと繋がりがあったピエロマスクの喰種。貴公が求める往来の赫者たる“V”の喰種ほどではないが、此奴の赫子も特異極まる優れたものだ」

 

「材料としては申し分ないがね。そうだ伝え忘れていたよ樋下くん、君に行ったのは“喰種化施術”。喰種の赫包を移植し“半喰種”を作り出す実験だ」

 

「喰種化…施術…僕、が…!? な、んで…ぎあ゛か…あああああッ!!」

 

 

再来する苦痛。喰種の細胞がオルフェノクの細胞と喰らい合っている。痛すぎて何も考えられない。苦し過ぎて何も感じない。もし今首が落とされても気付かない自信がある。自信しかない。だから首を落としてくれ、殺してくれ。そんな願いに興味がない二人は、話を続けている。

 

話しているうちに、ミツルの悲鳴は途切れていた。

 

 

「ほら見たことか、やはり死んでしまったよ。人間ベースならまだしも、そもそも相性の悪いオルフェノクを喰種化させるのは無謀だったね」

 

「無謀? 笑止、無ではない。吾輩が望む限り現実になり得るのだ、違うか?」

 

 

アヴニルが指を鳴らす。消えたはずのミツルの命が、再び目を覚ました。

手術台に磔にされ、苦痛が皆無な状態で。

 

 

「は…っ? 何が…僕は、死ねたんじゃ…」

 

「吾輩の力で時間を戻した。これで()()()()、トライできるはずだ。そうだろう?」

 

「…この実験よりよほど、君の方が興味深いね。だが有難く使わせてもらうことにするよ。頑張ろう樋下くん、()()()()だ」

 

 

動かない体で、オルフェノク化できない体で、ミツルの拒絶は伝わらない。伝わったところで何も変わらないのだ。ただ近づく苦痛に絶望するしかない。

 

 

「手を変え品を変え、何度だって試すといい。あらゆる毒物、薬品の投与。オルフェノティン溶液を全身に流し込むのはどうだ? Rc細胞抑制剤も悪くない。腹を搔きまわし、体を切り取り、様々な苦痛、時に快楽を組み込み、思いつく限りの状況で上手くいくまで繰り返そう。吾輩は熱心なのだ、降りかかる罰を顧みず、貴公が立派な王となるまで永遠に付き合ってやろう」

 

 

タイムジャッカー アヴニル。高貴を騙り、誰よりも傲慢な、王に己の全てを捧げる狂公。その恐ろしさを前に、ミツルは助けを求めた。

 

誰に?

 

誰だっけ…

 

誰もいない。ミツルは独りだ。

 

 

_______________

 

 

「答えろ土岐! ファイズはどこにいる!」

 

「お前それ知ってどうすんだよ!」

 

「殺すに決まっている!!」

 

 

夜が明け、ミカドは土岐に怒りをぶちまけ掴みかかる。当然、体が回復する頃にはミナトは姿を消していた。ファイズギアも持ち去られた後だ。

 

 

「なんでミナトを目の仇にすんの! 初対面だろ、ミナトがお前に何したってんだ!」

 

「…っ! ヤツにはオルフェノクの疑いがある、何より仮面ライダーだ! 駆逐するのに理由が必要か!」

 

「必要に決まってんだろうよ! ミナトは俺の友達だ、もし本当にオルフェノクだったとしても…アイツは人のために戦って来た! 人間を襲ったりなんてしないんだよ!」

 

「…ふざけるな!!」

 

 

拳を握り固め、人間に向けるわけにもいかない怒りを、ミカドはデスクに叩きつけた。部屋が揺れ、積まれていた書類が床に舞い散る。

 

 

「そう言える根拠は!? いいや根拠など存在するものか! 友だった、優しかった、そんなものは何の証左にもならない! 貴様だけが信じるなんてことが許されると思うな!!」

 

 

2014年、ロイミュード018の時も同じ激情に駆られた。もし怪人だとしても、心が優しいから大丈夫。そんなはずはない。もしそうだとするなら、『彼』だけが悪だったということになってしまう。

 

そんなことは有り得てはいけない。だから怪人は、仮面ライダーは、須らく悪でなければならないのだ。

 

結局、土岐の口からミナトの居場所を吐かせることはできなかった。

怒りだけが募る。ファイズという殺すべき敵を見つけたというのに、あと一歩届かないのがもどかしい。

 

 

「ミナトと言ったな…その名前、覚えているぞ。亜門鋼太朗、そしてアナザーファイズが口に出していた名だ」

 

 

2018年に至るまでの道程が見えてきた。ファイズとアナザーファイズは同じ孤児院の出身で、この時代から深い関りがあったということだ。そこを調べれば、これから起こる出来事の予測すらも可能なはず。そこに先回りすればいい。

 

 

「探したぞ、カイザ」

 

「…はぁ、名前ですら呼ばないとは不敬通り越して非常識極まるね。他人と違う呼び方で個性でも出しているつもりなのか? アイデンティティの確立に勤しんでいる暇があったら、補佐は補佐として少しでも役に立つ方法を考えるべきなんじゃないのかな」

 

 

〔CCG〕本部に向かい、ミカドが探したのは瀬尾だった。不快感を押し付けるような表情をする瀬尾に、ミカドは一つ交渉を持ちかけるつもりだった。関りを持ちたくない人種な彼であるが、その立場は利用価値に満ちている。

 

 

「20区支部に俺と同じ捜査官補佐がもう一人いるはずだ」

 

「あぁ…荒木か。彼は態度のみならず全てが気に喰わない。薄汚さを濃縮したような立ち振る舞い、口ぶり、ドブから生まれて来たと言われても納得するよ」

 

「貴様の感想は聞いていない。荒木湊、ヤツはかつて喰種が経営していた孤児院にいた。ヤツと同時に施設を出た『ミツル』という男がいる、そいつはオルフェノクだ」

 

「なるほど、同僚を密告するなんて、そこまで切羽詰まっていたとは同情する。補佐という捜査官くずれはやはり醜いな。ただ、その話が本当なら荒木湊はオルフェノク隠匿の嫌疑がかけられることになるな」

 

「ヤツ自身もオルフェノクの可能性がある。そして信頼できる筋からの情報で、『ミツル』は近いうちに大きな騒動を起こすと聞いた。荒木湊共々、犠牲を出す前に捕えるべきだ」

 

 

これで特等の地位である瀬尾を動かせれば、ファイズとアナザーファイズの動きを一気に制限することができる。後は犠牲が出る前に2人を始末し、ファイズウォッチを手に入れて2003年での使命は完遂だ。

 

 

「……で、それが?」

 

「話を聞いていなかったのか…!? 荒木湊とミツル、この両名を直ちに捕えろと!」

 

「だからさぁ、なんで俺がそんなことしなきゃいけない?」

 

「何故…?」

 

「チッ、順序立てて説明してあげよう。まず信用に値しない不潔な口から語られた情報、出元も意図的に伏せていたな、それで信じろと? そもそも未然に防げればそりゃ功績も大きいけど、無駄に人員と金を浪費するというリスクもある。犠牲者が出たところで失墜するのは、人手を寄越さなかった無能な局長の信用。俺にとってはむしろ好都合なのも分からないか?」

 

 

瀬尾はうんざりとした様子で、そんな長文を吐き捨てた。聞き終わるまでもなく、ミカドは自分の行動の愚かさを嫌悪する。気でも違ったとしか思えない、こんな男を頼りにしようだなんて。

 

 

「……確かに俺が馬鹿だった。仮面ライダーを…いや他人を頼る、だと? 過去に来て平穏に腑抜けたのか、俺は…!」

 

 

他人の生き方を学びたがり、頼ることを常とする男が傍にいたせいだ。契約に従い、仮面ライダーを全て殺し、己自身の力で未来を変える。そう誓ったはずなのに。

 

 

「訳の分からないことを…」

 

「黙れ仮面ライダーカイザ。もう結構だ、ハッキリした。貴様も、ファイズも、いずれ人々の未来を脅かす悪だ!」

 

 

2018年に降り立ったあの日の感情を呼び起こせ。あれ以外にミカドには何も必要無い、そう心に刃を突き立てて、ミカドはドライバーを装着。瀬尾に激しい殺意を向ける。

 

 

「そこまでだ。殺気を抑えたまえミカド少年」

 

 

瀬尾もカイザギアを展開し、二人がぶつかりそうになった瞬間。

無から気配を現したウィルのストールが、ミカドの姿を殺気ごと包み込んだ。

 

 

「───何のつもりだ貴様!」

 

 

目を開ければそこに瀬尾はいない。瞬間移動をさせられたようだ。壮間ならウィルが突然現れることに理由を考えたりはしないが、ミカドは別。獲物を取り上げられた怒りをそのまま怒号として発露した。

 

 

「今回は我が王がいないからね。手を出すまいと思っていたが、あれは話が別だ。むしろ感謝してほしいくらいさ。しかし、既に手遅れだったかもしれないが…」

 

「……もういい、貴様の考えは聞いたところで答えないだろ。ヤツと同じ気配がするからな」

 

「ヤツ……!?」

 

 

ようやくその話が聞けた、そんな反応でウィルが目を見開き、ミカドの呟きに食いついた。こんなウィルは壮間も見たことが無いものだ。

 

 

「答えたまえミカド少年。私と似た気配のその人物、それは何者だ」

 

「知らないとは意外だな。だが、俺の邪魔をしながら答えが手に入ると思うな?」

 

「それは君にゲイツウォッチとジクウドライバーを与えた人物…だね? そこまでは分かっている。それは誰だ。名を名乗ったはず、答えろ!」

 

「何度も言わせるな、答えてやる義理はない!」

 

 

感情を剝き出しにするウィルに、ミカドも苛立ちをぶつけ返す。これ以上の競り合いは不毛だと、先に身を引いたのはウィルだった。

 

 

「まぁいいだろう。その話はいずれ改めて。

さて…ミカド少年、ここまで君の物語を見させてもらったが…我が王のものとは随分と毛色が異なる筋道だ。随分、鬱屈としている」

 

「それがどうした。日寺のように誰かに甘え、信用も出来ない他人と慣れ合い、最後に手を繋いで笑って終われば満足か? そんなもので理想の未来が手に入るなら、誰も苦労はしない」

 

「いいや、私は別にハッピーエンド至上主義じゃない。ただ、君にその物語は不釣り合いと、そう言ったんだ」

 

 

聞き捨てならないと、表情筋に怒りの形を浮かばせるミカド。そんな彼を馬鹿にするように、ウィルはいつも通り本を開いて言葉を送る。

 

 

「誰かが言った、“他人のために命を懸けるなんて、馬鹿のする事だ”」

 

「俺が馬鹿だと言いたいのか!?」

 

「そうじゃない、私はそんな馬鹿を大いに尊敬している。自分の命を顧みず、誰かのために戦う…弩級の大馬鹿にしかできない偉業だ。しかし…君は他人のために自分の命を投げ出せるほど、馬鹿にはなれていない」

 

 

ウィルがミカドから目を逸らし、本を閉じた。

 

 

「我が王の自分を過小評価する癖には手を焼いたが…君はまるきり逆だね。過酷な選択や戦いの中でも進んで行けると、過大な自己評価を下している」

 

「なんだと…!? 貴様に俺の何が分かる! 俺が、どんな思いで生きて来たか…!」

 

「過去なんて関係ない。今にわかるさ。君は、自分で思っているよりも強くはない」

 

 

預言者は言及を放棄し消える。己で決めた主君でもない彼に、そこまでしてやる義理なんて存在しない。

 

その時が境目だった。過酷に見えてミカドを肯定していた物語は、その一点から逆風を吹かせ始める。ミカドが目の前で消え、カイザギアを下ろした瀬尾は、爪を噛みこう呟いた。

 

 

「気に入らないなぁ、あの態度……!」

 

 

_____________

 

 

 

ミカドはようやく当然の結論に至った。誰も頼りにせず、アナザーファイズもファイズも全て己の手で殺す。リフレインするウィルの言葉も、不要なノイズとして頭から振り払った。

 

 

「貴様に選択権はない…答えろ! 蟻のオルフェノクは何処だ!」

 

「しっ、知らない…! 本当に知らないんだ! だから……!」

 

 

命乞いを聞いてしまう前に、ミカドは掴んだオルフェノクの命を握り潰した。人間を襲っていたオルフェノクに情報源以外の価値なんて無い。

 

夜の街で、ミカドはオルフェノクと喰種を探して駆け回る。オルフェノクには「蟻のオルフェノク」を、喰種には「隻眼の喰種」を尋ねるが情報は出ない。特に隻眼の喰種の方は、名前を出すだけで騒然とし話にもならない。

 

元より話をする気がないミカドにとっては大した問題じゃない。ミツルに当たるまで走り、殺し尽くすだけだ。そうしてミカドが〔CCG〕からも離れ、3日が経過した。

 

 

「20区支部の捜査官補佐、光ヶ崎ミカドだな」

 

 

喰種を追っていた際、夜道でそう呼び止めたのは知らない男。白い特徴的な制服、喰種捜査官だ。その後ろには何人もの部下を引き連れており、全員が「ケース」を持っていた。

 

 

「邪魔だ。もう〔CCG〕には用なんて無い」

 

「光ヶ崎ミカド。君には…オルフェノクの嫌疑がかけられている。抵抗するなら即殺しベルトを回収しろと、瀬尾特等からの命令だ」

 

「何…!? 俺がオルフェノク、だと? 馬鹿な…!」

 

 

唐突に見える疑い。瀬尾が手に余る部下を斬り捨て、ベルトだけ手に入れようとしているのは明白だ。しかし、ミカドがベルトで変身するからとミナトと瀬尾をオルフェノクと断じたように、その疑いには根も葉もあってしまう。

 

弁明の余地なんて与えられない。化け物と話をする気なんてさらさら無い。

捜査官たちが各々のクインケを起動した。

 

 

_______________

 

 

「アカデミーに興味でもあるのかね? 捜査官補佐の、荒木湊くん」

 

 

ヒポポタマスの情報を探るため再びアカデミーに足を運んだミナト。そこで、アカデミーでは見慣れない男に声をかけられた。亡者のような風貌をした不気味な捜査官、真戸呉緒の名くらいは知っている。

 

知っているからこそ、ミナトは心臓を冷やした。全てを見透かされているような感覚がしたからだ。そして結論から言って、この感覚は是であった。

 

 

「私もよくここに通っている。懐かしさというより下見さ。今はランドセルを背負っている娘も、いずれここに通いたいと言うのだからねぇ。それで君は、今から正規の捜査官でも目指すつもりで?」

 

「俺も気分転換ですよ。頑張ってる同年代を見ると活力を貰える」

 

「活力、ねぇ…しかし君は自分の置かれている状況をよく知らないようだ。支部には顔を出していないのかな。君は今、オルフェノク隠匿で捜査対象になっている。樋下ミツル…我々が喰種と間違えて追っていたオルフェノクだ。知っているだろう?」

 

「っ……!?」

 

 

真戸の眼が近づいて来るようだった。ミツルの名を呼びそうになり、抑えたのも全て無意味なようで気色が悪い。

 

 

「ククッ…正直な反応だ。私はオルフェノクの担当ではないから、そこに深く関わるつもりはない。しかし、我々はもう一匹喰種を追っていてね…そう、『骸拾い』だ」

 

「…俺はオルフェノクの担当なので」

 

「先日、『骸拾い』によって准特等含め複数の捜査官が殉職した。しかしその中に一人、死体が見つからなかった者がいる。上は捕食されたと判断したが、私は違うと睨んでいる。勘だがね。彼は生き返ったのだよ、オルフェノクとして。

 

それで、君はその捜査官について、随分と詳しく聞きこみをしているようだが……」

 

 

真戸の話が、核心に触れてしまった。飛び出すように目を開き、その口元がつり上がり、笑みを形作る。理由の全てが崩れ去ろうとしているミナトに見せつけるように。

 

 

「詳しく話をお聞かせ願えますかねぇ、『骸拾い』について」

 

 

______________

 

 

 

夜は愉快だ。正義や悪、道徳や不道徳、どんなものでも反転する。混ざる。ぐちゃぐちゃになってミンチになる。そして気付くのだ、命以外に確かなものはこの世に無いと。

 

 

「……痛い痛い。むずむずする。じんじんする。あああああ痒い苦しい吐きたい、来るな来るな来るな来るな来るな!!僕から、ぼくの中から、出てけッ!! 死ね! 死ねよ、早く死ね! 今! 今すぐに! ああああああああああああっ!!!」

 

 

ミツルは発狂に疲れた。

あの時から、数えきれないほど死んだ。苦しんだ。手足を千切られ、腹を裂かれ、焼けるような液体で内臓を洗われ、筆舌に尽くしがたい痛みは大体味わったと思う。今、自分が世界で一番不幸だと思う。そう思う。

 

死ぬたびに、かつて自分を殺した喰種が浮かぶ。死ぬときは必ず、そいつの一部が自分の中にいるんだ。眼を閉じるとそいつが傍で寝ていて、死ぬまで内から犯される。

 

回数が4桁行ったくらいか、ミツルは諦めた。死なないなら安心だ。痛いのも苦しいのも楽しいことにした。犯されるのを受け入れてみた。気付けば、ミツルとあの喰種は友達になっていて、嘉納先生が「成功だ」と手を叩いた。

 

まずは吐いた。腹の中に残った、気色の悪いものを吐き出した。そのあと色々「くすぐったい」検査が終わったかと思うと、ミツルは外に出た。そして、まず感じた。

 

 

「おなかがすいたな…」

 

 

夜の街を歩く。そこに、誰かが来た。匂いで人間じゃないことがわかった。

白鳩の服を着た大柄な男で、何かつぶやいていた。

 

 

「ファイズが嗅ぎまわっている…クソ、早く…早く『骸拾い』を殺さなければ…! そして俺はもう一度、捜査官として……!」

 

 

考えられない速度で血が駆け巡ったのを感じた。知らないうちにミツルの体はオルフェノクになっていて、戸惑い呻きカバのオルフェノクとなった男に、ミツルはまず噛み付いた。

 

ミツルはなんとなく理解した。自分は今、毒を撃ち込んだ。散々投与されたオルフェノティン溶液をもとに作った、オルフェノクにだけ有効なフェロモンだ。

 

それはオルフェノクの性質を抑制する効果を持っていた。だから、ミツルに体を貫かれ、赫子でズタズタにされ、手足を引き千切られて絶命してもなお、ヒポポタマスは灰化せずに形を保っていた。

 

 

「いただきます」

 

 

かつて父さんが教えてくれたように、手を合わせて。感謝して。

ミツルは喰らった。本能に全身を預け、灰色の体に跨り、乱れ、貪った。知らない味が、知らない悦びが、舌から出発して体中を満たしてくれた。

 

甘い血の味がやがて口から消えたころ、空の狂気が満たされて、ミツルは正気に目覚めてしまった。目の前の「おのこし」で自分のやった事を理解した。

 

 

「ひ…い…あ、は、はは、ひひひははははっ! そうか! 僕は! 僕はもう……!」

 

 

人間じゃない。

縋りついていた矜持は吹いて飛ばされ、割れたガラスに映った自分の姿がミツルを再び狂気に落とした。繰り返される苦痛で白く染まった髪、そして右目だけ赤く輝く「赫眼」。

 

ミツルは喰種になってしまった。同時に、本能に呑まれたオルフェノクだ。少なくとも人間ではない。こんな残酷な生き物が人間であるはずがない。

 

 

「再誕おめでとう。美しい姿だ、吾輩が選んだ王として相応しい」

 

 

悲しくても、すぐに腹は減る。もう、この本能に委ねてしか生きていけない。憎しみもプライドも何もかも忘れ、ミツルはアヴニルに跪いた。だって、いま生きているのは彼のおかげだ。どんなに殺しても苦しくても、食べて生きていさえいればそれでいいのだから。

 

跪いたミツルの顎を持ち上げ、アヴニルはウォッチを掲げた。そこに王の姿、アナザーファイズの仮面が浮かび上がる。

 

 

《ファイズゥ…》

 

 

欲するミツルが口を開け、王の力を咥えて飲み込んだ。

オルフェノク、喰種、その姿は新たな使徒再生を経て、もう一つの化け物の姿を得る。

 

 

「高貴なる吾輩が宣言しよう、貴公こそが…『仮面ライダーファイズ』だ」

 

 

 




クソ医者、嘉納参戦! アナザーファイズ、誕生! 唐突に話は加速し、瀬尾のクソ具合も加速します。ミカドの過去もあと少しだけ掘り下げて、次回とエピローグでファイズ編は決着の予定です。畳めるかって?壮間じゃないので浅くダッシュして駆け抜けます。

感想、高評価、お気に入り登録! よろしくお願いします!!


今回の名言
「他人のために命を懸けるなんざ…馬鹿のする事だ!!」
「ヒトクイ」より、中村陽太。


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[ Φ]

切風アラシ
仮面ライダーWに変身した少年。ボディサイド担当。18歳。育て親の切風空助が立ち上げた切風探偵事務所を受け継ぎ、相棒と共に探偵をやっている。普段はクールを表に出しているが、実際は感情豊かで特に怒りは分かりやすい。毒舌家だがデリカシーが無いだけで、他人を攻撃する意図は無い事が多い。仲間曰く「優しい」。元は事件の捜査で音ノ木坂の清掃員としてバイトしていたが、色々とやらかした末に初の男子生徒として編入。μ'sが9人揃ったのと同時に探偵部を(勝手に)立ち上げられ、マネージャー兼部長をさせられることとなった。アナザーダブルに殺されたことでWの歴史が消滅した。2009年では壮間と探偵勝負をし、その後はナギを打倒するためスクールアイドルフェスティバルに尽力。壮間の「相棒への信頼」を認め、Wの力を託した。修正された歴史では接客業に向いてないせいで中々職に就けず、血の繋がらない父の提案で「何でも屋」をやることにした。しかし職員募集でやって来た青年の怠惰具合が酷く、かなり苦労している様子。


明けましておめでとうございます。(1月12日)
昨年は応援ありがとうございました。今年も本作品をよろしくお願いします。

新年一発目はファイズ×東京喰種編クライマックス。ミカドとミナト、追われる身となった2人が出会います。少し東京喰種の新ゲストも登場。まずはミカドの過去(未来)から。


今回もタップorスライドで「ここすき」をよろしくお願いします!




2068

 

 

「なぁミカド、もしかしての話をしていいか?」

 

 

小さく盛られた山を前にした殺風景。目を開き立ち上がった彼は、ふとそんな事を言った。声を掛けられた少年、光ヶ崎ミカドもまた、閉じていた眼を片方開いて次の言葉を待つ。

 

 

「いやちょっと待ってね。妄想の話するわけじゃないんだ。仮定、あくまで仮定の話。あらゆる状況に予め答えを決めておくのは有益なことであって…」

 

「まだ俺は何も言ってない」

 

「でも…『もし』なんて意味の無い話で時間は裂かない! なんてミカドは言いそうだから」

 

「毎度のことだが、一体俺を何だと思っているんだ(タスク)

 

 

彼の名は鳴瀬(タスク)。ミカドと同じくレジスタンスに所属する少年であり、今となってはミカドの唯一の友人と言える存在だ。少し前まではこの環にもう一人いたのだが、彼はもうこの小さな山の下で眠っている。

 

怪人に殺されたのだ。2人は喪った友人に最後の墓参りをしていた。レジスタンスはもうじきこの拠点を離れ、二度とここに足を運ぶことはできなくなる。

 

 

「…ここもいずれ怪人や仮面ライダーに荒らされるんだよな」

 

「だろうな…こんな時代に安息の地なんて存在しない。俺達は、死んだ友を安らかに眠らせることができないんだ。そんな腐った世界に生まれてしまった」

 

「俺さ、きっと死ぬまで忘れられないと思うんだ。アイツの最期の言葉、『生まれてくる意味なんてあったのか…』って。俺らは生まれた時から化け物たちに奪われるだけの命だった、アイツはそう思いながら、憎みながら死んでいったんだ」

 

「あぁ…だから俺は仮面ライダーを許さない。理不尽に力を振りかざす悪は、この手で全て殲滅する。お前も同じだろう」

 

 

タスクもまた地獄のような環境で育ち、レジスタンスに拾われたという。レジスタンスに来たばかりの頃からミカドと親しくし、友達の力になりたいと後方支援から前線に身を移してミカドをサポートしてくれた。ミカドもタスクのことを、志を同じくする親友と思っていた。

 

 

「そう…だよな。じゃあさ、ミカド……」

 

 

タスクは少し間を開けると、冗談めいた口調でこんな質問を吐いた。

 

 

「もし俺が、お前の言う『悪』になっちゃったらさ!……お前は……」

 

 

質問の意味は分かった。仮面ライダーはそもそも人間が変身した存在で、怪人も人間が変異するタイプのものがある。いつ誰が罪なき人々を襲う悪鬼になってもおかしくない、そんな世界なのだ。だからミカドは、間を開けずに即答を返した。

 

 

「あぁ、その時は俺が殺してやる。お前が人殺しになる前に」

 

 

_____________________

 

2003

 

 

夜が長い。そう感じたのは久しぶりだった。

〔CCG〕に見切りをつけ自力でアナザーファイズを探していたミカドだったが、見切りを付けられたのはミカドも同じ。ミカドが捜査官に追われる身となって数日が経過した。

 

 

「やってくれたなカイザ…やはりヤツを真っ先に殺すべきだったか…」

 

 

こうなったのは十中八九が瀬尾の仕業だが、本人は姿を見せないのが彼の根の卑劣さをよく表していて苛立ちが募る。あれがミカドの知る元来の仮面ライダーの姿なのだ、栗夢走大や朝陽のような例外が連なって感覚が鈍っていた。

 

恨んでいても状況は好転しない。今のミカドは昼夜問わず最優先で捜査官たちに追われ、生活すらもままならない有り様。ミツルを探して騒ぎを起こすなど以ての外だ。

 

 

「ッ…甘く見ていた。いや、早計だったというのか。何があっても〔CCG〕の立場を捨てるべきでは無かったとでも…? 馬鹿な……!」

 

 

判断を間違った、その結論を頭を叩いてふるい落とす。有り得ないのだ。オルフェノクを擁護し、あんなクズの仮面ライダーを上に置く組織の力に頼るなんて。

 

でも一つ、矛盾はあった。

 

2014年、木組みの街。ミカドが最初に訪れた過去のライダーの時代。そこで美しく眩しい湖の景色を見て、思ったはずなのだ。果たすべきは復讐に非ず、守るべきは人々の平和だと。アナザーファイズから市民を守るためには、例え汚れた組織でも利用すべきだったのではないか。

 

 

「違う……俺は間違っていないはずだ! 守るべきものだと…? この時代にそんなものは無い!」

 

 

少し夜を徘徊するだけで喰種やオルフェノクは見つかった。喰種は何食わぬ顔で日常生活に紛れ、いつ誰がオルフェノクになるかも分からない2068年に似た地獄。更にミカドをこうやって追い詰めているのは怪人ではなく人間だ。

 

小原鞠莉にも曝け出した本音。気に喰わず、受け入れられず、ミカドはこんな時代を守りたいなんて思わない。心の幹がガリガリと削れ、未成熟な本体が形を失う。

 

消えてしまう。そうならないために、ミカドが縋れるのは一つだけ。痛みを以て芯を通した『正義』だけだ。

 

 

「A+レートオルフェノク“インタラム”発見。駆逐に入る…」

 

 

箱を持った狩人がまたやって来たようだ。班と思われる複数の捜査官たち。そのリーダー格は腕に持つ螺旋のようなクインケで、生身のミカドを問答無用で殺しにかかる。

 

 

「インタラム…“暫定”か…! ふざけた名前だ。俺はオルフェノクじゃないと何度言えば伝わる馬鹿共が!」

 

「知らねェんだよ。文句なら死んでからクソ特等に言いやがれ」

 

 

クインケから放たれる電撃は容赦が無い。人を殺すかもしれないという恐れが薄く、それでいて手練れの捜査官。ただの人間がこれほど厄介だと、ミカドの心も更に揺さぶられる。

 

 

「そこまでだ“白鳩”、そいつは俺が貰う」

 

「…あ?」

 

 

人目に付かない戦いに乱入したのは仮面の男。ミカドと捜査官たちは喰種を想起した。しかし、その姿は視界の奥から一瞬で消え去り、次の一瞬には背後の空間に。

 

斬り裂くようなソニックブームを捜査官たちに残し、その男はミカドを攫って行った。

 

 

_______________

 

 

「何者だ!?」

 

 

ミカドに叫ばれる当然の疑問。男は雑に用意された小屋のような場所に着くと、仮面を外してミカドと向き合う。

 

 

「まず礼だろうが新人」

 

「荒木湊…!」

 

 

喰種の仮面を外したミナトは腰を下ろし、ミカドにも座るように促す。しかし帰って来たのは礼どころか全力の蹴り。慌てて避けるミナトだが、心当たりがないわけでも無さそうだった。

 

 

「…お前、眼がいいな。見えたか?」

 

「あぁ。さっきの一瞬、貴様の姿をハッキリと見た! やはりファイズ、貴様はオルフェノクか!」

 

 

捜査官を一蹴したあの力、ほんの一瞬だがその姿が変容していたのをミカドは確かに見た。敵意を剥き出しにはするが、薄々勘付いてはいたことだ。予想できた展開に、双方共激しく動揺するなんてことはしない。

 

 

「……何故助けた。オルフェノクが俺を…!」

 

「何故って、俺も今は捜査官に追われる身だし。似たような奴が困ってたら助けた方がいいだろ」

 

「ふざけるな! 誰が貴様らと同じだ!」

 

「でも分かったろ、追われる側の気持ちってやつがよ。今日を食い繋ぐので精一杯で、それ以外の事は望む余地もねぇ。生きるってだけで命賭けなきゃいけない生活だ」

 

「……そんなもの、とうの昔に分かっている。だからなんだ!? 貴様らバケモノに同情しろとでも言うのか! 逆だ! そんな未来を変えるために俺は戦うんだ!」

 

「誰のための未来だよ、それ」

 

「…人間に決まっている。貴様らを消し去った後に残った、力無き人々のための未来だ!」

 

「あぁそうか。じゃあそれでいいんじゃないか」

 

「誰がいつ貴様の認可など求めた!」

 

 

会話に一々噛み付くものだから、ミナトは面倒くさそうに視線を逸らす。こんな事なら助けなければよかったと思いたいところだが、ミカドを探していたのは用があったからだ。ミナトは雰囲気を変えないまま本題に移った。

 

 

「…話っていうか、なんで今こうなってるのかは大体把握したつもりだ。俺がオルフェノクを庇ってるって誰かが漏らした。お前だろ、新人」

 

「…それがどうした。あの男は真面目に取り合うどころか、その疑いを俺に向けたがな」

 

「ミツルの事だよ。お前、どこで知った? アイツは今どこで何してる」

 

「それを知るために動いていたのを捜査官や貴様が邪魔をしたんだ!」

 

 

ミカドの過熱な反応で、彼がミツルの現状を知らないのは分かった。それに落胆したような、安心したような、自身でも処理できない感情をミナトは顔に浮かべた。

 

 

「殺すのは待ってやる。貴様がヤツと同じ孤児院にいたのは知っているんだ! 教えろ、『ミツル』は何処だ!」

 

「…知ってたら聞かねぇだろ。でもお前、ミツル探して何する気だ?」

 

「殺す! ヤツはこの先15年に渡って甚大な被害を生み続ける怪人だ! 俺はヤツと、貴様を殺すためにこの時代に来た! 邪魔をしたいのなら今すぐ変身しろ…どちらにせよ貴様を殺すことに変わりはない!」

 

「しねぇよ、邪魔は。ミツルが……死ぬべきなのは分かってるし、ミツルをそうさせた俺も死ぬべきだ」

 

 

ミナトから飛び出したのは予想外の反応だった。身内だから庇うのだと思っていたが、帰って来たのはもっともらしい正論。正論だからか、それをミナトが言っているのがミカドは受け入れられない。

 

 

「でもまだ死ねない。俺はまだやる事があるんだ、だからお前も俺を殺すな」

 

「……それらしいことを言ったと思えば、やはりただの命乞いか」

 

「別にここで騒いでもいいが、まだその辺を捜査官がうろついてる。俺を殺す前に邪魔が入るって話だ。お前はまだ俺を殺せないし、俺もお前を殺す気は無い」

 

「このままずっと睨み合えと? 俺は貴様を逃がす気は毛頭無いぞ…!」

 

「どうせ膠着してるなら一つ聞かせろよ。お前さ、どうやって死にたい?」

 

「…何だと?」

 

「死ぬまでに、どうやって生きていたいか。って話を聞いてんだよ」

 

 

悪辣に聞こえた質問だが、ミナトの口調は冷静だ。不意に投げられた質問というシチュエーション。どんな時もお茶らけた態度を見せていた友人と対照的に感じてしまった。

 

隣に誰もいない日々を経て、蒸れた感情を意味もなく、ミカドは思わず吐き出した。

 

 

「……意味などあるものか」

 

「……」

 

「何を思って生きようが、幸せを願って夢を見ようが…見知らぬ悪意に踏みつけにされて潰える。奪われて消える…それがこの世界だ! まずは世界に蔓延る悪を消し去らなければ、人の命に意味など生まれない!」

 

 

ミカドの友の一人は、生きた意味を見いだせないまま死んだ。もう一人の友……タスクも同じだった。

 

 

________________

 

 

2068年には一人の『王』が存在する。だが『王』がやったことは世界に力をばら撒いた事だけで、それらが各々大きく成長し、多種多様な悪意が世界を取り合っている。それが未来の概略図だ。

 

その悪のうちの一つ、「スマートブレイン」。2003年に存在するものとは恐らく別物。未来のスマートブレインは、優れた技術で仮面ライダーや兵器を量産。オルフェノクを改造して使役。そうやって一国に匹敵する支配力を手にした勢力だ。

 

レジスタンスはそこから対怪人のテクノロジーを盗んでいた。ファイズフォンⅩもその一つ。いずれ『王』を倒すために更なる技術をスマートブレインから奪う、それがタスクと共に行った最後の任務だった。

 

 

「俺がいなくても平気? 不安じゃないか、ミカド?」

 

「馬鹿にしているのか。平気だ。お前もお前の任務を抜かるなよ」

 

 

技術関連の知識があったタスクはデータを盗む部隊。その間に施設内の制圧をするのがミカドのいる部隊の役割だった。敵はオルフェノクの集団、そう見積もっていたレジスタンスだったが、その中には仮面ライダーも混ざっていたのが大きな計算違いだった。

 

 

「Hey! 罠にかかったネズミが大漁だ。ちゃーんと遺書とか書いてきたのかい?」

 

「……悪いが書く相手がいない。貴様らに全て奪われたからな!」

 

 

ミカドの部隊の前に現れた、白い体に青いラインの仮面ライダー。「天のベルト」で変身した『仮面ライダーサイガ』が、その場にいる人間の数を数え、短く切った笑いを上げた。

 

 

「Go to…Hell!」

 

「撃て!!」

 

 

隊長の号令で、サイガに向けて一斉に発砲。戦闘が始まった。

天のベルトの力は凄まじく、並みの仮面ライダーを軽く凌駕していた。そんな相手に対し装備は余りに不十分で、レジスタンスは多数の犠牲者を出しながら敗走を余儀なくされた。

 

悪意から成るものだろうか、被害が甚大だったのは戦闘隊ではなく、情報を盗んでいた隠密行動隊の方。生存者はただ一人、タスクだった。

 

 

「いつまで経っても慣れないな、また仲間が大勢死んだ…! だが……タスク。お前だけでも生きていてくれて、どこか安心してしまっている。よく生きて帰ってきてくれた」

 

「……ミカド…」

 

「討たれた仲間たちの仇は必ず取るぞ。仮面ライダー、怪人…醜い悪を駆逐し、50年前の世界を取り戻す…!」

 

 

ミカドは一人残されたタスクにそんな言葉をかけた。

だが、いつものような軽い返答はなかなか帰って来なかった。タスクはミカドの方を見ないまま、口を開けたかと思うと、やはり言葉を出さず下を向く。

 

 

「……なんでもない。あんま無茶するなよ、ミカド…」

 

 

あの時、タスクは何を思っていたのか。今のミカドにも上手く想像できない。ただきっと、この時にもう何もかもが手遅れだったのだろう。

 

次の日からが真の地獄だった。待ち受けていたのはスマートブレインの報復。

疲弊したレジスタンスを、スマートブレインはライオトルーパーとオルフェノクの大群を使って一方的に追い込んだのだ。

 

 

「Rock on…みっけ♪ 久しぶりだねえhuman boy」

 

「サイガ…!」

 

 

ミカド達が潜んでいた場所に現れたのは髪の長い軽薄な青年。口調と立ち振る舞いから間違いなくサイガの変身者だ。彼はオルフェノクになることもなく生身のまま人間達を圧倒し、すれ違いざまにミカドの顔面を張り倒したかと思うと、倒れたミカドの上に腰掛けて脚を組んだ。

 

 

「貴様ァ…っ!!」

 

「んー、missing? Hey you あの生き残りのboyは?」

 

「ッ…! タスクに何をする気だ…!!」

 

「Oh…ハッ! You're kidding! まさか気付いてなかった!? あのboyが偶然運よく生き残ったとでも!?」

 

「な…っ…!?」

 

 

イイこと思いついたと言わんばかりに微笑むと、男はミカドを蹴り飛ばして立ち上がった。ミカドはその意図から目を背け、手を振る男を無視して走った。その先は言うまでもなく、タスクの所だ。

 

 

息を切らし、ミカドがそこで見た物。それは炎に囲まれた灰の山。そして、それを前にして佇むのはただ一人。クラゲのオルフェノク。

 

いや違う。信じたくなかっただけだ。見間違うはずもないのに。一挙一動が、そこにいるという事実自体が、その正体を物語ってしまう。

 

 

「タスク………!?」

 

 

オルフェノクの影が、成瀬丞の姿を映し出す。

タスクは生き残っていたんじゃない。一度死んで蘇っていたのだ。灰色の体は血に塗れて、今にも絶えそうな息でミカドに歩き寄る。共にいたはずの仲間はどうした、そんな疑問は聞けない。

 

タスクが殺したと分かってしまったから。

 

 

『あぁ、その時は俺が殺してやる。お前が人殺しになる前に』

 

 

ミカドはファイズフォンⅩをタスクに向ける。対オルフェノク用に強化された銃弾は、今の彼のような手負いのオルフェノクなら即死させることができる。

 

何もかもが遅かった。あの時に気付けていれば。

 

 

(気付けていれば…なんだ? お前を、人殺しにはさせずに済んだのか…!?)

 

 

いいやきっと違うのだろう。気付いていたとして、果たしてミカドは殺せたのか? 怪人を全て殺すという正義を友にも向けられたか? 現に今、ミカドはその引き金を引くことが出来ずにいるのに。

 

声が上擦る。顎が震える。視界が狭まる。心音が鼓膜に張り付く。殺さなければいけない。これ以上の被害を出さないように。これ以上タスクを苦しませないように。自分達が望み、命を懸けた、平和な未来のために───

 

 

「うあああああああああああっ!!」

 

 

指が境界を超えた感触。

赤い光が瞬く。もうそこにまで近付いていたタスクの体が、ミカドに倒れ込んだ。

 

 

「ミカ…ド……?」

 

 

急所を外してしまった。最後の最後まで躊躇があった。

だがもう、タスクの死は免れない。

 

 

「だよなぁ…やっ、ぱ…お前だよ…なぁ……」

 

「っ…タスク…!」

 

「なぁ…なんで…こうなったんだろーな……俺、は…こんなに誰かを救いたかったのに…皆に生きて欲しかったのに…俺は……なんで生きちゃいけないんだよ…ッ!」

 

 

掛ける言葉を探す前に、タスクの体は灰になって崩れ落ちた。

 

炎の中で乾いた体を震わせて、ミカドは絶叫した。友を守れず、苦しませてしまった。ミカドは己の正義に従い、ただ一人の友を殺してしまった。

 

なんでこんな目に遭わなければいけない。誰かのために戦い、優しかったタスクが、よりにもよって怪人として死ななければいけない理由はなんだ。そんなもの、この世の何処にもあるはずがない。

 

世を占める理不尽。それに対する怒りを超え、激しい憎悪がミカドを満たした。

 

 

「It's so emotional! and…checkmate♪」

 

 

タスクの死を見届けたサイガが咽び泣くミカドの背後を奪い、脳天に指先が触れた。

 

憎悪で何かが変えられるのなら、世界はとうに変わっている。いくら恨んだ所で、ミカドは背後にいるサイガに立ち向かう術がない。

 

殺意が砕けた心を凝固させ、ミカドの網膜が正義以外を捉えなくなった、そんな死の寸前。

 

 

ミカドの時間が、世界の時間が止まった。

世界に侵入してきたその存在は、ミカドにこう告げたのだ。

 

 

「貴様、ボクの王になると良い」

 

 

_____________

 

 

「喪った友のため、俺はもう引き下がることはない。俺が未来を変える! それが…アイツらの生きた意味になるはずなんだ…!」

 

「なるほどなぁ。そいつもまぁ、正しいのかもな」

 

「貴様に判断される筋合いは無い」

 

 

ミカドの言葉を聞いて、ミナトは少し彼という人間について腑に落ちた。まるで一瞬たりとも速度を緩めず、全力疾走を続けているような生き方。一つに定めたゴールに全てがあると信じ、そこに辿り着ければ自分はどうなってもいいと思っている。

 

その気持ちは分かる。自分に意味を見出せなくなったのはミナトも同じだ。

 

 

「…俺は、正しい生き方を探してる」

 

「なんだと…? 馬鹿な。オルフェノクが何を言う!」

 

「わかってるよ。俺はもう今更、正しくなんて生きられない。でも…もう正しくなれなくても、探すことはできる。そうやって見つけた生き方で、苦しんでる誰かがちゃんと生きられるようになれば…そうやって生きるって決めたんだ」

 

「誰か…それは貴様のようなオルフェノクか?」

 

「そうだな。あとは…人間も、喰種もそうだ」

 

「……馬鹿馬鹿しい!! 正しく生きるだと!? オルフェノクが、喰種が!? 人を襲いたくない。平和に生きたい。それで見逃して何になる!? 未来が何か変わるのか!? いいや変わらない! 殺して、消し続けて、根絶やしにする事でしか何も変わらないんだ!!」

 

 

怪人だけど心優しい。だから助けるべき。反吐が出る。

だったら何か? 怪人の力に溺れたタスクが悪人だったという訳か? 心優しき存在を助ける崇高な理想の前では、友を手にかけたミカドの行為は無意味だったとでも言いたいのか?

 

平和になんて生きようとするんじゃない。人を脅かす悪であり続けろ。お前達は、そうあるべきだ。

 

 

「今更正しそうな面なんてするな! 貴様らが間違っていないのなら! 俺は…何を憎めば良かったんだ!? 俺の家族は仲間は友は…何に殺されたと言うんだ! 何を主張しようがもう遅いんだよオルフェノク! 俺はもう殺した。もう……引き下がれない!」

 

 

感情を叫んでファイズフォンⅩの銃口をミナトへと向ける。

蘇る未来の記憶。緊張する呼吸を抑え、ミカドは冷静になって銃口を下げた。

 

ここで殺したとしてミツルの居場所が分かるわけじゃない。ミカドはこれ以上感情に駆られ、悪手を取るわけにはいかないのだ。

 

 

「…なんか、お前といると出来の悪い弟持ったみたいだ」

 

「何を…!」

 

「わかった、じゃあミカド。お前、俺を殺せ。でも今じゃない。その時を選ばせてくれるんだったら、ミツルを探すのに協力してやる」

 

 

条件だけを見れば願っても無い申し出だ。しかしこれを飲むには、「大人しく殺される」というミナトの言葉を信用しなくてはいけない。

 

 

「……信用したわけじゃない。俺は必ず貴様の首を掻っ切る」

 

「真面目なんだな」

 

 

________________

 

 

ミナトが妙な行動を起こさぬよう、背後を取るのは常にミカド。信用していないと言い続けるように一瞬たりともその目を離さず、2人は共に行動するようになった。

 

 

「真戸上等からミツルは喰種として追われてたって聞いた。まぁ無理もない話だ、生き方が似てるからな。アイツのやってる事は見当が付くし、それなら人間に聞くよりいい方法がある」

 

 

そうして足を運んだのは4区。人の気配がする寂れた地帯に立ち入ると、真っ直ぐ一つの建物に向かって扉を叩く。

 

 

「いるか、ウタ」

 

「ん…ミナトくん。元気だった?」

 

 

出てきたのはピアスにファンクな服装の攻撃的な雰囲気の青年。それらの社会性に欠けた見た目を差し置いて警戒心を煽るのは、その目だった。黒い眼玉に赤い瞳が常に晒されており、極めつけには右手でつまんでいる人間の眼玉。疑う余地もなく喰種だ。

 

 

「喰種から聞き出す気か…!?」

 

「へぇ、そっちの男の子は人間だね。差し入れ?」

 

「違う。ちょっと色々あって話が聞きたい。あと、物を借りたいんだ。イトリを呼んでくれ」

 

「なぁんだ…まぁいいよ。なんか面白そうだし」

 

 

喰種の所に連れて来られるのも慣れてきてしまっている自分がいる。ミツルの所に辿り着くまで、ミカドはどれだけ悪に頼らなければいけないのか。己の不甲斐なさに嫌気がさす。

 

 

「なになにウーさん? おっ、ミナっちゃんじゃーん! そっちの人は? 差し入れ?」

 

「だから違う。喰種で情報通ならお前だろ、教えて欲しいことがある」

 

 

奥からまた女の喰種が増えた。彼女がミナトの言っていた「イトリ」だろう。時間を惜しむようにミナトは開口一番で本題を切り出した。

 

 

「喰種みたいなオルフェノク、心当たり無いか。喰種やオルフェノクを一人で狩り回ってる蟻のオルフェノクだ」

 

「あー、知ってる知ってる。ちょっと前に4区にも出たわよ。ウーさんが会ったって」

 

「最近のそいつの動向を知らないか?」

 

「ミナっちゃんには借りがあるし、タダでいいんだけど…あんまり最近は聞かないしねぇ。喰種みたいなオルフェノクって言えば、凄い話は聞いたけど」

 

「凄い話…?」

 

「そ、赫子を使って“共食い”するオルフェノク」

 

 

そのワードにミカドの形相が変わった。

この時代に来て知識を得て、「喰種でありながらオルフェノク」という存在がどれだけ有り得ないのかを知った。そんな存在が、そうそう複数もいるはずがない。

 

 

「そいつだ! 俺が探す『ミツル』は! 吐け喰種、そいつの情報を!」

 

「待てよ馬鹿、落ち着け。ウタもいるんだ。戦いになったら死ぬぞお前」

 

 

このアジトには屈強な喰種が複数。何より「ウタ」の強さは見るだけで別格と感じる。やはりここは殺意を圧し留め、ミナトの話の流れに乗るしかないようだ。

 

ミナトがイトリからその情報の仔細を聞き出すと、長居する素振りもなく席を立った。「借りもの」を受け取ったミナトが、最後に一つだけウタに質問をする。

 

 

「蓮示はまだ4区に?」

 

「そうだね。今はぼくが一発勝ち越してる」

 

「戦績を聞いたんじゃないんだけどな。ま、蓮示のことは頼むよ」

 

 

ミツルの情報は得た。早々にミカドの目標は達成された。ミナトとの短い協定関係もここまでと言いたかったが、その前にミナトの問いが投げられた。

 

 

「お前がミツルの今を知ってた理由は聞かねぇけどさ、お前が知るミツルは…何をしたんだ?」

 

「理由が無いなら殺すなと言いたいのか。残念ながらヤツは誰も庇いようのない悪だ。ヤツは……!」

 

 

喰種を集めて人間を喰らう謝肉祭を仕切っていた。それは、喰種を絶滅させるため。結果を見ればそれはミカドの理想であることに、ミカドは気付いてしまった。

 

 

「……罪なき人間を大勢喰った。勇敢な捜査官を殺した!」

 

「そうか。お前も酷い目に遭ったんだろ。悪かったな…そいつも俺のせいだ。俺があの時、ミツルの手を取れていれば…きっとこんな事にはならなかった」

 

 

ミナトのファイズフォンがメールを受け取った。土岐からだ。土岐がなんとかして手に入れた喰種捜査の情報が、ミナトに届けられたのだ。それによると、もうミナトに残された余裕はそれほど残っていない。

 

 

「俺はやらなきゃいけない事がある。ここで別行動だ」

 

「それを俺が信じると思うのか」

 

「監視でもなんでも付けろ。お前は……ミツルを探しに行くんだろ。急げよ」

 

 

何故ミナトがこんなにも協力的なのか。その答えを探すことも無いまま、言われた通りにタカウォッチロイドを監視につけ、二人はそこで別れることとなった。

 

 

「ミカド」

 

 

別れる寸前に、ミナトがミカドを呼び止める。だが律儀に振り向いたりはしない彼に、ミナトは聞こえなくてもいいと言葉を続けた。

 

 

「ずっと怖かった。いつか誰かを傷付けてしまうんじゃないかって。お前なら……俺を終わらせてくれる」

 

 

気付けばミカドはいない。一人になったミナトはメールを見返す。

正しい生き方を探して、ミナトは喰種やオルフェノクと接しながら、捜査官とも繋がりを持った。それぞれの場所で立場を隠しながら。当然、そのせいで自分が接した誰かに危険が及ぶ可能性は理解していた。

 

だから心に決めていたのだ。もしそうなってしまった時は、自分の命を使って守り抜くと。

 

 

「行くか……」

 

 

オートバジンに跨って、向かった先は14区の所定のポイント。こんなこともあると考え、かなり前からこのプランは考えていたのだ。そこは、SSレート喰種「骸拾い」───霧嶋新がよく死体探しに行く場所から最も近い、喰種捜査官がパトロールをするポイントだ。

 

ここなら捜査官のマークの範囲内で、不自然ではない。

ミナトは捜査官の存在を確認すると、先回りしてウタから借りたソレを手に持った。

 

 

「…? そこの君、どうし……っ!?」

 

 

妙な素振りを見せていたミナトを見つけ、声を掛けた捜査官が驚愕した。その手に持っていたのは、引き千切られた人間の腕だったからだ。

 

 

「喰種!?」

 

「…いいや、違うな。知らねぇか? 人喰いの怪物は喰種だけじゃねぇんだよ」

 

 

ミツルに何があったのかは知り得ないが、こういう意味では幸いだった。おかげでミナトの行為に説得力が出る。

 

ミナトは手に持った腕に噛み付き、咀嚼した。

気持ち悪い。不味いとかの次元ではなく、ひたすらに嫌悪感が精神を舐る。この眩暈がするほどの禁忌の臭いを、食感を、味を、一つも残さずに吐き戻してしまいたい。

 

だが、その全てを呑み込んでミナトは鋭い双眸を捜査官に向ける。

 

戦う手段にファイズギアは使えない。アレは今、20区支部が回収したことになっているから。もし使えば土岐が責任を取らなければいけない。

 

これが己以外の全てを守るため、己を捨てたミナトの決断。

ミナトの顔に紋様が浮かび上がり、市街地にまで届く咆哮と共に肉体が隆起する。触れるもの全てを傷付ける逆立った鱗と、眼前の全てを威嚇する鋭い牙が生え揃い、ミナトの真の姿───シャークオルフェノクが姿を晒す。

 

 

「覚えておけ…俺が人喰いのオルフェノク。俺が……『骸拾い』だ!!」

 

 

出くわした捜査官のうち、一人はクインケを展開した。「骸拾い」の情報が回り、本部局員が配備されていたのだろう。それも今となっては好都合。

 

シャークは弾丸のような速度で距離を詰めると、まるで水中にいるかのような無重力な身のこなしで、捜査官の一人を蹴り飛ばす。もう一人のクインケの一撃も易々と見切り、腕を掴んで傍の壁に叩きつけた。

 

 

「仲間を呼べよ。全員纏めて皆殺しにしてやる」

 

 

ミナトが描く歪なシナリオ。

喰種「骸拾い」に成り替わり、捜査官を襲い続け、徐々にここから活動圏を遠ざけることでアラタたちから疑いを遠ざける。あわよくば「共食いのオルフェノク」らしいミツルの疑いも全て請け負い、それらの正体が全て荒木湊に収束したところでミカドに殺させる。そうすればミカドは危険なオルフェノクを討伐した功績で、今の立場から脱却することもできるはずだ。

 

ミナトはずっと死にたかった。でも生きているうちに何かできるんじゃないかと、命にしがみついた。そんな自分が心から嫌いだった。だから生きた意味として、最期は誰かのために死にたいと思っていた。

 

 

(ミカド、お前の正義ってやつは俺とは違う。俺は喰種もオルフェノクも、優しいやつは皆生きて欲しいって思う。でも……)

 

 

正しい正義はない。正義に優劣はない。どんな正義を選んでも理不尽に誰かが犠牲になり、死の場所がすり替わるだけ。第一、何が正しいかなんて偉そうに選ぶ権利はミナトにはない。

 

 

(世界のために、大切な奴のために戦える優しい奴に…俺は生きて欲しいんだ。お前ならきっとたくさんの命を救えるから…俺なんかよりも、ずっと)

 

 

ミナトの思惑通り、徐々に増援の捜査官が集まり始めた。

命を捨てるのに覚悟すら必要ない。ここで派手に暴れれば捜査の目は一気にミナトというオルフェノクに向けられるはずだ。

 

シャークオルフェノクは腹の底から雄叫びを上げ、捜査官達に戦いを挑む。

 

 

 

 

「ばぁっ」

 

 

 

落下する声が。見上げると視界いっぱいに広げられた、血管の巣。

 

ミナトが殺さないようにしていた捜査官たちが、それの着地と同時に切り刻まれた。生臭い雨が降りしきるアスファルトで、それは舌を出してステップを踏む。

 

 

「お ひ さしぶり。みーなとっ、ひひひひひひゃはははははああああああああああっっ!!!」

 

「…ミツル」

 

 

どちゃどちゃと肉の道を踏み潰しながら、変わり果てたミツルがミナトに駆け寄った。赤い右目と、あの日自分たちを絶望に落とした喰種と同じ赫子。

 

 

「どうしたんだよ…お前…」

 

 

散文的に、ミツルに何が起こったのかはなんとなく理解できた。話にも聞いていた。それでもそれしか言えなかった。

 

 

「ずーー-っとみてたよ。うん、見てた。聞いたよ。だれかしらない喰種なんかのために。今、死のうとしてるんだろ。なんで? ミナト、僕のことは助けてくれなかった癖にさあああああ!!!」

 

「……っ…!」

 

「ねぇ。覚えてるだろ。おぼえてなきゃいけないんだよ。あの時、あの日、あの夜、新しい家が燃えた。死んだのは……()()()()

 

 

「やめてくれ」と、図々しくも思ってしまった。そこだけには触れて欲しくない。ミナトの願いはもちろん届くことはなく、ミツルは手術中にアヴニルから真実を聞かされていた。

 

 

「ミナトも僕をうらぎったんだ。父さんや、ほかの奴らといっしょだ」

 

「違う! 俺は…本当に、お前だけは救うつもりだったんだ! 約束を破ったのはドナートだ! 俺はずっと……お前を助けたくて……!」

 

「…じゃあなにしてたんだよ!」

 

 

ミツルの姿がアントオルフェノクに変わり、呂律の回らない怒号を倒れたミナトにぶつけた。砕けてしまうくらい歯を食いしばり、発散しきれない感情がミナトの首を絞める。

 

 

「僕がオルフェノクになったあと、何してた!? 僕が死にそうになってたとき何してた!? 僕が捜査官に狙われて、クソ医者に連れてかれて、切られて、刻まれて、入れられて、掻きまわされて、飲まされて、浸されて、犯されて、なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども殺されたとき!! お前はなにしてたんだよ!! 僕を助けたいなら…………なんでたすけにきてくれなかったんだ!!!!」

 

 

あれからミツルと会わなかったわけじゃない。ただ、その時はもうミツルは自分を守るためなら人殺しも厭わなくなっていて、どう接すればいいか分からなかった。ミツルを肯定する手段がわからなかった。また間違えてしまいそうで、怖かったんだ。

 

アントオルフェノクの右目が真っ赤に濁り、悍ましい様相の赫子がミナトに伸ばされた。

 

ずっと、またこうしてしまう気がして怖かったんだ。

その時ミナトは、ミツルの姿に怯えてしまった。

 

 

「───また、その目だ」

 

 

 

あの日、ミツルだけが喰種に焼き殺された。そしてオリジナルのオルフェノクに覚醒し、襲い掛かる喰種をミツルはオルフェノクの力で撃退した。

 

 

『…大丈夫、ミナト兄ちゃん?』

 

 

ミナトを守ってくれたのは分かっていた。でも、あの時は。喰種のようなその姿が、喰種に対する残虐な攻撃が、変わり果てたミツルの姿が、怖いと思ってしまった。

 

だから、あの時に差し出された手を、ミナトは取ることができなかった。お前はもう人間じゃないと、そう突き付けたのはミナトだった。

 

 

『なんで……なんだよ、それ……!』

 

 

父に裏切られ、受け入れてくれると思っていた兄に裏切られ、世界に何も無くなったミツルは。その力でミナトを抑え付け、その牙でミナトを噛み殺した。

 

その時、仲間が欲しいという本能か、ミツルはオルフェノクエネルギーを注入していた。そして幸か不幸か、ミナトは使徒再生を果たし、オルフェノクとなったのだ。

 

 

 

そして現代。あの日と同じようにアントオルフェノクの牙がミナトの首に突き立てられ、耳の近くで肉が抉れる音がした。漂う血の芳香、眼が眩む激痛と共に、何かが自分の中に流れ込んで来るのが分かる。

 

 

「僕の毒、つよくなったんだ。その毒はオルフェノクとしての力を強くする。ミナトもさぁ……僕とおなじになれよ」

 

 

オルフェノクになってしまってから、ミナトはその本能に苛まれた。四六時中、耳を塞いでも聞こえる声が囁くのだ。「殺せ。誰彼構わず殺せ。人間をやめろ」と。

 

誰かと一緒にいると殺してしまいたくなる。特にドナートや放火の喰種への憎悪で、喰種に対する声は更に大きかった。だから人を襲う喰種やオルフェノクを殺して殺意を発散し、その殺しを正当化した。アラタやトーカ、アヤトと接する時も、昂る殺意を痛みで掻き消し、平然を装っていた。

 

 

ずっと怖かった。善意で自分に触れてくれる誰かを、傷付けてしまいそうで。信じてくれる誰かを裏切ってしまいそうで。でも独りで死にゆくのが怖かったから、本能に蓋をして間違った道を歩んだ。

 

 

その本能が、無視できないほど大きく膨れ上がる。抑えきれないほど暴れ狂う。理性の枷が外れ、殺意の衝動に意識が埋もれていく。

 

そして、自分じゃない叫びが喉から垂れ流され、かつて理性や理想と呼んでいたなにかは、ミナトの中から消えてなくなった。

 

 

__________________

 

 

 

「随分と派手に動くな…これが日陰の怪人の行動か?」

 

 

喰種捜査官の目には留まらないよう、イトリから得た情報通りに現場を確かめるミカド。どれも随分と滅茶苦茶に暴れた形跡が残っており、率直に言って見るも無惨な有り様だった。

 

しかも短期間にかなりの距離を移動し、同じように暴れている。これではむしろ誰かに見つけて欲しいと言っているようなものだ。

 

ミカドが妙だと勘繰っていると、タカウォッチロイドが異常を伝えに戻って来た。その自律AIの慌てようから、何か相当な事が起こっていると見て取れる。

 

 

「ファイズ……! クソ、何が起こったんだ!」

 

 

タカウォッチロイドが導くのに従い、ライドストライカーで現場に急行する。しかし、ミカドは自分でこの展開が予想外だと心の何処かで思ってしまっていた。

 

これまで出会って来た過去の仮面ライダーと同じように、ミナトが信用を裏切るような行為をするとは思えなかった。他人と干渉し、難儀な方向に舵を切り、他者の事を想って戦う存在。日寺壮間もそうだ。瀬尾や未来の仮面ライダーとは根本から違うと、認めざるを得ないのだ。

 

だからと言って殺さないわけじゃない。タスクを殺してしまった今、タスク以外の誰かを許すことは無い。どんな善人だろうが悪にならない保証はないのだから。

 

そう理解していたつもりだったのに、ミカドはやはり信じられなかった。駆け付けたその場所で、シャークオルフェノク───ミナトが暴れているのだ。

 

 

「…ふざけるなよ」

 

 

その姿は間違いなく、あの一瞬で見たミナトのオルフェノク態。でも、そうだとしても、何故あんな理性を忘れた形相で暴れている。一体何が彼を狂わせた。

 

シャークの視線が無機物から逃げ遅れた市民へと向いた。一気に加速し、殺意を剥き出しにする身体を、割り込んだミカドが身を挺して食い止める。

 

 

「何をしているファイズ!! 正しい生き方だなんだと、高説を垂れ流していたのは嘘だったのか! 曝け出した罪の意識も…信頼したような目も! それを真に受けて反発する俺を見て心で笑っていたのか! 答えろ!!!」

 

 

答えは返ってこない。唸り声だけが響く。

ミナトはオルフェノクで、殺すべきだったはずだ。でも、タスクと同じだと、そう思ってしまって、自分でも分からない言葉を吐き連ねてしまった。

 

 

『ずっと怖かった。いつか誰かを傷付けてしまうんじゃないかって』

 

 

背中で聞いたミナトの言葉が、ここに来て蘇る。

ミカドはもう自分の正義の居場所が分からない。でも、きっとあれは本心なのだろうと、そう思えた。今こうして暴れているのが本心じゃないのなら。望んだ最期も得られないのなら。まだ間に合う、彼が生きた意味が無くなってしまう前に

 

 

『あぁ、その時は俺が殺してやる。お前が人殺しになる前に』

 

 

「……望み通りここで終わらせてやる。ファイズ、俺は……お前を殺す…!」

 

 

 

 




ミカドとミナトの原罪が明かされ、次回で決着&エピローグです。ミカドは最後にどんな結論を出すのでしょうか。ミカドの信念がもうグラグラですが、ラスト一話気張りましょう。

ちなみに、今回のメールで土岐の出番は終わりです。

感想、お気に入り登録、高評価、ここすき等々…お待ちしております!


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[御門]

士門永斗
仮面ライダーWに変身した少年。ソウルサイド担当。16歳。ガイアメモリ流通組織でメモリを開発する幹部だったが、「白い夜」事件をきっかけに記憶を失い切風探偵事務所に引き取られた。極度の面倒くさがり屋のオタク系引きこもりニート。口癖は「面倒くさい」。「地球の本棚」と接続できるが、面倒くさいから依頼以外で滅多に使わない。ファングの事件で記憶を取り戻してからは不変の身体となり、償いとして永遠に戦い続けることを決意した。2009年では壮間と探偵勝負をし、その後はナギを打倒するためスクールアイドルフェスティバルに尽力。壮間の「他者への誠実」を認め、Wの力を託した。修正された歴史でも永斗の予測に反して存在しており、面倒くさかったという理由で警察を一週間でやめた(逃亡した)後、「何でも屋」の求人を見つけることとなる。



1月も半分を過ぎました、2022年もあっという間なんじゃないかと怖いですね。146です。今回は東京喰種×ファイズ編、ラストバトルとエピローグ。湿度とか色々違った物語の結末をご覧ください。

あと活動報告で色々募集してます。DMでもオッケーです。お待ちしております。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!!!


「顔の割れた子供一人捕まえるのに時間をかけ過ぎだ……これで人員配備を見直さないようなら無能で形容できるレベルではないな」

 

 

ミカドがオルフェノクであると吹聴し、ミナトに関する嫌疑をリークし、それを聞きつけた形で彼らを捕らえるように命じてから数日が経過。未だに成果は出ず、瀬尾は隠す気もなく苛立っていた。

 

未知の4つ目のベルトを手中に収めれば、得体のしれないスマートブレインに対する対抗力に成り得る。そのついでに自分に従う気の無い邪魔で優秀な2人を排斥できれば儲けものだ。今後も平穏に生きていくため、瀬尾は盤上の手駒を整理する。

 

 

「瀬尾特等。ご報告が」

 

「光ヶ崎ミカドと荒木湊を捕らえた。それ以外の報告をする気なら、口をつぐんでさっさと消えてくれるかな。さっきから毒にも薬にもならない情報ばかりで気が狂いそうなんだ。とりあえず何かを伝えて仕事をしている気になろうとしているんだろうね。全く意識の醜い奴らばかりだ」

 

「では自分で現場に行かれてはどうですか?」

 

「……は?」

 

 

予想だにしなかった部下の反抗的な態度。問題になるためこの場で報復はしないが、この手の気質の者はいずれ平穏を脅かす。その顔を覚え、そのうち排除しようとその捜査官の方を向いた瀬尾だったが、

 

 

「醜いのは貴様の方じゃないのか、カイザの贋作」

 

 

眼前に広げられた掌と、クズに向ける視線。脅威を感じ取った瀬尾は咄嗟に距離を取り、カイザギアを構えた。

 

 

「いくらなんでも部下の名前と顔くらい、ある程度記憶しているつもりだが…君は知らない。部外者を局内に入れるとはザルで済ませていい失態ではないと思うけどな」

 

「失敬、私は令央。と言っても、貴様に払う礼など微塵とて必要を感じない。物語のシミにでもなって消え失せろ」

 

「困るんだよ……お前みたいなふざけたイレギュラー。俺の平穏の邪魔だ。変身!」

 

《Standing by》

《Complete》

 

 

瀬尾は仮面ライダーカイザに変身し、初手からカイザブレイガンで容赦なく叩き斬る。しかし令央もまた姿を変え、返しの爆撃で室内を吹き飛ばし、爆風で砕けた窓からカイザを追い出した。

 

騒然とする〔CCG〕局内。捜査官の応援を呼ぼうとしたカイザだったが、介入者は既に先回りしていた。立ち塞がるくすんだ白、体を巡るように彫られた光の道が「宇宙」の力を増幅させる。

 

 

《フォーゼェ…》

 

 

「アナザーフォーゼ」となった令央が、立ち上がったカイザに左足を向ける。その左足には半透明な装備が出現しており、体勢を立て直そうとするカイザに蹴りを叩きつけた。

 

 

《スタンパー ON》

 

 

衝撃の1秒後に爆破、2段攻撃でカイザの行動を妨害。弾かれたカイザの体が飛んで行く前に更に今度は左足を上げ、空に生成された巨大な脚がカイザを踏み潰す。

 

 

《ジャイアントフット ON》

《チェーンソー ON》

 

 

「この…っ…!?」

 

 

すぐさま左足がチェーンソーへと切り替わり、地に伏したカイザの装甲を切り刻む。悲鳴を上げようが、悶え苦しもうが、変身が解かれるまで脚を離すことは無く、一切の時間をカイザに与えないまま勝負は決した。

 

 

「これまで見た贋作の中でも、貴様は特に不出来だな。ただひたすらに保身のみを考えるその性根、それがまかり通ること自体が冒涜だ。ここで死ね」

 

 

変身が解かれた瀬尾の首を掴んで、持ち上げる。捨て台詞すらも聞きたくないと首を絞める力を強めていく。

 

しかし、アナザーフォーゼはそこで手を離し、窒息寸前の瀬尾を解放した。上手く呼吸も出来ない喉で咳き込み、瀬尾の目は己に死を与えに来た理不尽を億劫そうに睨み続ける。死を目前にして、()()()()()()()()()ように。

 

 

「何故だろうか。その目が…心の底から不快で仕方がない…!」

 

《ロケット ON》

 

 

右腕に出現したオレンジのロケットを放つ。生身に対し天文学的な過剰火力の前に、瀬尾の体は跡形もなく消し飛んだ。執拗とも言えるほど存在の一片すら残さず。その証左として、令央の手元にカイザウォッチが生成された。

 

2009年と2015年での戦いで多くのものを失った。キメラアナザーに使った5つのウォッチは奪われ、火兎ナギも敗れ、物語を壊す計画は失敗。何より令央が仮面ライダーダブルに敗北するという屈辱的な結末。

 

その上、重宝していた電王ウォッチも失った。そのせいで2003年に来るのでさえ随分と苦労した。ダブルに付けられた身体の傷もいつまでも癒えない。

 

 

「ファイズも間に合いそうにはないか……おのれ、どこまでも苛立たせてくれる…贋作共が……!」

 

 

己に降りかかる圧倒的な不自由に、憤りを放つ令央。それを令央が壊した部屋から見下ろすのは、新たな王としてミツルを送り出したアヴニルだ。

 

 

「ふむ、随分とあっけなく終わったな。あの男への借りはいずれ返してやるとして、今は…あの正義騙りの若造がファイズの下へ辿り着いたところか。吾輩も動くとし……」

 

 

ミナトはミツルの毒で放っておいても死ぬ。が、それより前にミカドが殺してしまえばファイズのウォッチを手に入れてしまう。それを阻止しようとしたアヴニルだったが、

 

体を動かした途端に体の内側が砕けるような痛みが走る。息と一緒に吐き出される、夥しい量の血液。更に、杖を持つ右腕が枯れ木のように痩せ細っている。

 

 

「……っ…思ったよりも遅かったではないか。時間も随分と奪われたと見える。これでは、辿り着く前に吾輩が朽ち果ててしまうか……ふん、まぁいいッ! ゲホッ! ゴホォっ!!」

 

 

アヴニルはこれ以上この時代で行動できないことが確定した。文字通り血を吐くほど憤懣やる方ないが、ここから先は成り行きを見守るしかないようだ。

 

 

「ひび割れたガラス細工。果たしてどちらが砕けるか、それとも……」

 

 

_______________

 

 

 

『世界を救うには貴様の力が必要なのさ。あらゆる時代を巡り、全ての仮面ライダーを破壊する。それが世界を救うたった一つの方法だ』

 

 

ミカドが覚悟を決めたあの瞬間、あの男はそう言った。その時のミカドは、仮面ライダーを全て殺し尽くせばいいと、そう解釈した。今その正義は揺れつつあるが、成すべきことは何も変わらない。

 

『全ての仮面ライダーを殺す』、それが世界を救うための契約。未来のため、それを違えることは有り得ない。

 

だからせめて、善人は善人として、正しさを穢さないままに終わらせてやる。今のミカドはただそれだけを想い、拳を握り固めた。

 

 

「ファイズ!!」

 

 

シャークオルフェノクに肉薄し、ゲイツは狂気に満ちたその顔を全霊で殴りつける。目を覚ますことはきっと無いと分かっていても。目を覚ましたところで、殺すしかないと分かっていても。

 

ジカンザックスを構える。シャークの両腕に備わった刃を斧で受け、切り返す。反撃を受けて引き剥がされるが、シャークが人間を襲いに行かないうちに縋りついてでも追いつき、掴んだ腕を起点に投げでシャークを地に叩きつけた。

 

 

「逃がさんぞ…ここで終わらせる! 貴様を絶対に行かせない!!」

 

 

日寺壮間は王に成りたいと言った。そのために最も単純な方法は、仮面ライダーを殺してウォッチを奪うことだ。恐らく野望に蓋をせず、悪意を以てジオウの力を使えばそれも可能。ジオウにはそれだけの力があると、ミカドをゲイツにしたあの男も言っていた。

 

壮間がそうしないのは、辛いからだ。ミカドだってよく知っている。優しい者を殺すのは辛く、苦しい。だが、それでも成し遂げたい未来があるんだ。

 

 

「だから俺は……その痛みを背負って、戦い抜いてやる!」

 

 

その言葉に応じるように、市街地の片隅で咆哮するシャーク。その衝動はゲイツへと一直線に軌道を描き、牙を向ける。ゲイツはそれを真正面から叩き伏せる。

 

命が削れていくのを待つ戦いの中、狂気に侵された意識の海の底で、ミナトはぼんやりとその戦いを見ていた。そこにあるのはただ後悔だけ。

 

 

(俺にもっと勇気があったら。俺があの時、ちゃんとミツルを救えてたら。俺が……ミツルの手を取ることさえ、出来ていたなら……きっと世界は、少しはマシだったんだろうな)

 

 

あの時、ドナートの道楽を壊し、孤児院から皆を救えたはずなんだ。そうすれば鋼太朗を死線に駆り出すこともなかった。

 

その後も何度も選択を間違え、その度に悲劇は広がった。正しく生きたい、誰かを救いたいなんて言いながら、ミナトの人生は矛盾だらけだ。本当に正しく生きたかったならすぐに死ぬべきだった。ミツルの手を取れず、最初に間違ったあの時に。

 

殺したいと思いながら、守りたいと接した。救いたいと思いながら、己のために殺した。そうやって生き続けたせいで、アラタに、アヤトに、トーカに、土岐に、鋼太朗に、ミカドに、ミツルに、接した全てに苦しみを強いてしまった。

 

 

ゲイツのジカンザックスがシャークオルフェノクの胴体を裂く。灰の香りが内側を満たし、呼吸が浅くなっていくのが分かる。逃げ続けた死がそこまでやって来た。

 

 

(これでいい。後はきっと俺じゃない誰かが世界を変えてくれる。最初から俺には……何も出来なかった)

 

 

オルフェノク、喰種、人間。3つの種が生存権を争うこの世界は、ただ自分が生きるために選び続けることで成り立っている。だから、分かり合うには架け橋が必要だった。3つの命に寄り添える架け橋が。この世界に間違っている誰かが存在するとすれば、歪んだ身で架け橋になろうとしたミナトだけだ。

 

 

この世界は間違っている。

歪めているのは───俺だ。

 

 

「ミカド…………」

 

 

荒い息を抑え、躊躇を払いのけ、エネルギーを帯びた刃をゲイツがシャークオルフェノクに振り下ろす。荒れ狂っていた怪物はその刹那、動きを止めてその名を呟く。

 

 

「ミツルを…頼む───」

 

 

蒼い炎が真昼の東京に灯り、いずれ絶えた。

 

 

_______________

 

 

腹が減った。悲壮感やら焦燥やら、そんなものを押しのけてその感覚が全ての欲求を支配する。喰種の身体にされてからそれが常で、ミツルは満たされるまで人を、オルフェノクを、喰種を喰らい続けた。

 

 

「ぜんぜん足りない……!」

 

 

胃袋に穴が開いているように虚が埋まることは無い。理由は分からないが、唯一残された食欲すらもミツルは満たすことは出来ないのだ。

 

一度死んでオルフェノクになってから、ずっと元に戻りたかった。嘘でもいいからあの頃が欲しかった。人間という矜持に縋りついていたはずなのに、気付けば人間以外の何かになっていた。そして最後にミナトを殺し、この世界はミツルを隔絶した。

 

 

「……熱い。あいつらに弄られたところが、傷が熱い…! 嫌だ。僕はまだ死にたくない!」

 

 

満たされない孤独な世界で何をして生きればいい。あの頃みたいに人間として生きるには何をすればいい。溶けた脳で考える。答えは簡単だった、殺せばいいんだ。

 

喰わなければ生きていけないなら、喰種を喰って殺す。自分を認めない人間も喰えばいずれいなくなる。ミツルを拒絶するような奴らは、食欲の捌け口にされて当然だ。いずれ喰種がいなくなれば人間の誰かが認めてくれるはず。それが、ミツルの出した結論だった。

 

 

「そうだ…そうしよう。だって僕が正しい。僕が…『仮面ライダーファイズ』だ…!」

 

 

舌の上に乗せた正義を呑み込んだミツルを、遠方から光線が撃ち抜いた。足を地につけたまま上半身だけが外れたように仰け反るミツルは、損傷した顔の左半分を修復しながら新たな敵対者を赤い右目で捉えた。

 

ファイズフォンⅩを向け近づいてくるのは、仮面ライダーゲイツ。

 

 

「だれだよお前」

 

「今から死ぬ奴に名乗って何になる」

 

 

オルフェノク態に変化し、赫子を展開。不愉快なゲイツを挽き肉にしようと攻撃を仕掛けるが、駆け出したゲイツはそれを完璧に見切り、隙だらけの鳩尾に拳を、更に顔面に回し蹴りを叩き込んだ。

 

打撃から感じる爆発しそうな殺意。アントオルフェノクの赫子が大きく広がり、喰種としての本能が最大出力のアラートを出しているのを感じる。この男は、危険だ。

 

 

「なんで…邪魔するんだよッ!! やっと決めたってのに、なんで僕を気持ちよく生かしてくれないんだよ! 正しい僕の邪魔をするってことはさぁ…最初にお前が死ぬってことで文句無いよなァ!?」

 

「喰種を殺し尽くして人間に認められたい。だったか?」

 

「……!?」

 

「知っているさ。理解はできるが否定してやる。正当な理屈は無い。覚えておけ。正義は強い方が絶対……未来の世界では常識だ!」

 

「僕が弱いってことか…? ふざけんなっ!!! 僕がなんのために、こんな身体になったと思ってんだクズ野郎がァァァッ!!!」

 

 

ミツルの内部でライドウォッチが超動。暗闇に呑まれた体を赤い血管が循環し、アナザーファイズがここに誕生した。それに対しゲイツもまた、ホルダーからライドウォッチをひとつ取り外す。

 

「Φ」の文字、「2003」、さっきまで黒かったプロトウォッチは、物語の決壊によって色を取り込んだ。カバーを回し、ゲイツは怒りを以てウォッチを起動。ドライバーの左側に装填し、アナザーファイズを殺す力を召喚した。

 

 

《ファイズ!》

 

「…変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

《アーマータイム!》

《Complete》

《ファ・イ・ズー!》

 

 

ファイズフォンのビジョンの中に出現したアーマーが分散し、アナザーファイズと拳を交えるゲイツに装着された。

 

ファイズの装甲を纏い、赤いフォトンブラッドと黄色い「ふぁいず」の文字が音を出して発光。仮面ライダーゲイツ ファイズアーマーは、片足に体重をかけるように屈むと、再びアナザーファイズに向かって駆け出した。

 

 

「ミナトの真似ぇ…? 違う、僕が! 僕だけがファイズだ!」

 

 

アナザーファイズの右腕に赫子が固められ、肥大化した一本の剛腕を作り出した。地面を殴り割るほどの力を振りかざすアナザーファイズに対し、ゲイツはファイズフォンのコマンドを入力する。

 

 

《Ready》

《Shot on》

 

「潰れろおおおおっ!!」

 

 

ゲイツはファイズギアを模した「ギア555」の一つ、「ショット555」を両肩の「フォンギアショルダー」を介して召喚。拳に装備すると、力任せなアナザーファイズの一撃に正面から拳をぶつけた。

 

爆ぜる衝撃が、アナザーファイズの赫子だけを破裂させた。自分が力負けした事実を受け入れられないうちにゲイツは視界から消えており、死角の存在に気付いた瞬間にショット555のインパクトがアナザーファイズに炸裂する。

 

 

「過去に来て、温い時代だと吐き捨てた。だが…いつの時代も変わらなかった。平和を悪が貪り喰う理不尽がいる。つまり貴様が悪で、俺が貴様を殺す」

 

「うるっせええんだよ死ねやああああああッッ!!!」

 

 

心優しい誰かが死ななければいけない理由はなんだ。ミカドが彼を殺さなければいけなかった理由はなんだ。全ては、悪意を以て力を使う愚か者のせいだ。

 

つまりお前が悪い。殺してやる。

そんな短絡的な怒りを、殺意を、蒸れた憎悪を全てアナザーファイズへと向ける。アイツはこれ以上ないくらいに敵。誰がなんと言おうと諸悪の根源。ミツルを殺すことは、間違いなく絶対的に正義だ。

 

 

伸ばされた触手状の赫子をゲイツへと差し向けるも、ゲイツは左手で持ったジカンザックスで赫子を斬り捌き、あっという間に接近。そこから展開されるアントオルフェノクの『脚』も未来で既に見た。熱された頭で冷静に入念に切り刻む。

 

 

「赫子の扱いが稚拙だ。真面目にやれゴミが」

 

「ふざけ…っ…!」

 

 

いくらなんでも赫子+脚の処理で手間取っているゲイツには隙がある。何よりこの苛立ちを直接ぶつけんと四肢を振るうアナザーファイズだが、横からの予期不可の衝撃が攻撃態勢を崩壊させた。

 

それは自律走行したライドストライカー。

ファイズはオートバジンやファイズギアといったサポートメカを巧みに操る戦士。ゲイツはその能力でバイクを操作したのだ。

 

跳ね飛ばされたアナザーファイズに飛び掛かり、無防備な身体にショット555の一撃を見舞う。衝撃で地面を削りながら転がるアナザーファイズだったが、顔を上げた先にもゲイツは既に追いついており、

 

 

「貴様が潰れろ虫けら」

 

 

更にもう一撃。ショット555がアナザーファイズの顔面を叩き潰し、舗装された地面が衝撃で波状に粉砕。

 

立ち上がったアナザーファイズの反撃を喰らいながらも、ゲイツは攻撃の手を加速させる。絶対に殺すという激しい衝動を纏って、何度も何度も殴りつける。

 

 

「なんで僕が…こんな目に遭わなきゃいけないんだ! 僕以外の全てが悪いのに! なぁ、僕が生きるために、お前ら全員が死ねばいいのに!!」

 

 

そんな言葉を聞いてやる義理は無い。ゲイツがジカンザックスにファイズウォッチを装填し、その刃に赤い光が満ちる。そして、地面を斬り上げた軌道に沿って光波が地を走り、アナザーファイズの防御を掻い潜って到達した。

 

光はアナザーファイズの体の中心で解放され、円柱状の空間を創り出して内部にアナザーファイズを固定させる。走り迫るゲイツを見ても、その体を動かすことは許されない。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ファイズ!ザックリカッティング!》

 

 

横払い斧の一閃。アナザーファイズの体が砕ける。フォトンブラッドのエネルギーがオルフェノクの体組織を焼失させ、死への加速度を上昇させる。

 

 

「うおおおおおおおァっ!!!」

 

 

行き場を見つけてしまった怒りを全て吐き出し、崩れかけたアナザーファイズに、ゲイツは最後の一撃を振り下ろした。

 

アナザーファイズの身体に浮かび上がる「Φ」の刻印。爆発と共にアナザーファイズウォッチは粉々に破砕され、その力は欠片も残さず消え去った。

 

 

「……う…っ……」

 

 

斬撃を喰らい、体が引き裂かれながらも、地に落ちたミツルは己が生きていることを確認した。痛みなんてとっくに感じない。喰種の再生力で傷も修復されつつある。

 

 

「ま…だ……僕はまだ…生きてる……! 僕は……死なな───」

 

 

ミツルの指先が、蒼く燃え上がった。

その炎はすぐに広がる。腕が、体が、頭が、脚が、蒼く燃える。それは何度も見た『オルフェノクの死』の瞬間。

 

オルフェノクの喰種化。それは幾千回の実験を経ても安定化させることは叶わず、やはりオルフェノクの記号とRc細胞は互いに喰い合うというのが結論だった。ミツルがここまで動けたのは、アナザーウォッチの力で身体の時間が停止していたからに過ぎない。

 

ウォッチが壊れた今、オルフェノクの記号とRc細胞が急速な反応を起こす。その結果、体細胞に尋常ならざる負荷がかかり、オルフェノクの力が活性化。そして……

 

 

ただでさえ短いオルフェノクの寿命が急激に削られ、ミツルの命は絶えることとなった。

 

 

「……熱い…嫌だ……なんで…死にたくない……助けて…助けて!」

 

 

命乞いに眼も向けず、ゲイツはその場を去ろうとする。これまでしてきた事、これからする事の報いだ。悪にお似合いな当然の結末だ。そう己の正義の紐を、今一度固く結び直す。

 

 

死を眼前にして、過ぎ去ったミツルの思い出がフラッシュバックする。そんな思い出が途切れた瞬間と同じだった。あの時と同じで、火に包まれた最期。

 

焦げた匂いと燃える家と喰種。とても怖くて、熱くて、死にたくなくて、泣き喚いて、それでも最期まで手を握っていてくれたのは───

 

 

「助けてよ……ミナト…兄ちゃん……!」

 

 

その言葉に、聞きたくなかった言葉に、ミカドが振り返った。

誰もいない。微かに燃える灰の山が、意味もなくそこにはあった。

 

 

かつて救えなかった声が、意味もなく聞こえた。

 

 

________________

 

 

「見事だ。思惑通り我が王を出し抜き、君は仮面ライダーファイズのウォッチを手に入れた」

 

 

目的は果たした。タイムマジーンを呼んで2003年を去ろうとした時、ミカドの前に現れたのはウィルだった。彼の皮肉に何も返さず、ただ黙って彼の前に立つ。

 

 

「…もう少し喜んでくれた方が報われるものだけどね。出し抜かれた我が王も、死んだ彼らも」

 

「一つ……時代を教えろ、預言者」

 

「寄り道かい? 君らしくも無い」

 

 

ミカドがウィルに尋ねたのは「ある人物」が戦った時代。ウィルが答えた通りにタイムマジーンを動かし、ミカドは何も語らないままその時代へと向かった。

 

 

 

2012

 

 

「お望み通り、ここが歴史の転換点だ」

 

 

整備された山の一角にタイムマジーンから降り、少し歩くとウィルは止まり、隠れた。高い塀を降りた一つ下の道で、白いスーツの男が誰かに電話をかけている。

 

 

「私も直ぐに向かいます!! それでは…!!」

 

 

その大きな後ろ姿には、ミカドも見覚えがある。

 

 

「あれは……亜門鋼太朗か…?」

「あぁ。彼のパートナー、真戸呉緒が喰種“ラビット”こと霧嶋トーカを発見し、そこに馳せ参じようとしている場面だ。ここで彼は真戸呉緒を失う事になる代わりに…“彼”と出会う」

 

 

亜門の前に飛び降りた黒いパーカーを着た少年。何より特徴的なのは、歯茎が露出したデザインの『眼帯』のマスクだ。彼こそがミカドが見に来た存在。

 

 

「あれが金木研だ」

 

 

金木研。2003年に行く前にウィルから聞いた、喰種と人間が分かり合える未来のために戦ったという半喰種。彼は共に過ごす喰種を守るため、捜査官である亜門の前に立ち塞がった。

 

しかし、現実はそう単純ではない。

 

 

「……やられているな。前に出ただけで、力がまるで及んでいない」

 

「そうだね。今の彼の力はとてもちっぽけだ。でも見ているといい、直に流れは変わる」

 

 

亜門の「ドウジマ」に歯が立たず一方的にやられているカネキに、亜門が一つ言葉を投げかける。

 

 

「……仮面をつけた悪鬼。貴様らに一度聞いてみたかった。罪のない人々を平気で殺め…己の欲望のまま喰らう。貴様らの手で親を失った子も大勢いる。残された者の気持ち…悲しみ…孤独…空虚…お前たちはそれを想像したことがあるか…」

 

 

亜門が吐き出す、喰種への怒り。それから続く言葉も、それらはミカドが仮面ライダーに対して抱いていた憎しみそのものだった。

 

 

「この世界は間違っている…!! 歪めているのは貴様ら(喰種)だ!!」

 

 

そう、歪めているのは悪の存在。理不尽な力。それらを全て排斥して初めて、世界は正される。それらを排除することは正義であると信じていた。

 

だが、カネキは亜門に言葉を返す。

 

 

「……あなたの…言う通りです…多くの“喰種”は道を誤った。ラビット……という“喰種”もきっとその一人だと思います…僕もあなたの言う事はとてもよく分かる…だけど…

 

相手のことを本当に知らないまま、間違ってるって決めてしまうなんて…そんなのが正しいなんて僕には思えない」

 

 

少し前のミカドなら一笑に付していた言葉。だが、今に限ってそれは、ミカドの正義を貫いてしまった。そして立ち上がったカネキは、再び亜門に立ち向かっていった。

 

 

「……ヤツはこれからどうなる」

 

「喰種を守るため彼は亜門鋼太朗の肉を一部喰らい、退けることに成功した。喰種を守る道を定めたのさ。それから幾度となく痛みと絶望を味わうが、それでも戦い続ける。『何も出来ないのは嫌だ』…とね」

 

「そうか……」

 

 

最後まで結末を聞くことなく、ミカドはタイムマジーンに戻った。そうしてミカドは、喰種とファイズの物語を後にしたのだった。

 

 

________________

 

 

2018

 

 

2018年に戻り、色々と確認は済ませた。あちらでは2週間足らずほど経過しており、その分こちらの時間も進んでいる。ミツルが起こした謝肉祭の事件は無かった事になっているが、やはり喰種は人間社会のどこかに潜んだままで、社会での認知度はそう高くはない。

 

今まで何をして生きて来たか分からないくらい、今のミカドは行く場所も思いつかない。だから揺られるようにその足は学校へと向かっていた。戦わない時間を長く過ごした、この場所に。

 

 

「………何をしたんだ…俺は……あの時代で……!」

 

 

未だ夏休みの教室には誰もいない。それを確かめるとミカドは、過去から溜め続けた感情を虚空に吐き出した。

 

仮面ライダーを殺すと息巻いて出て行って、ミナトの優しさに揺れて、それでも正義のために殺すと誓った。怪人は許さないだなんて標的のすり替えをした。そしてミツルを殺して、最期にミナトの名を呼ぶ声を聴いて、

 

その声が、助けを求める妹と重なってしまった。

 

 

「俺は……何を殺した…? 俺が殺したものは…本当に悪だったのか…!?」

 

 

ミカドは己が殺したものを自覚してしまった。

悪だと決めつけて殺したものが、あの時の妹と同じかもしれないと思ってしまった。

 

考えないようにしていたのだ。ミカドが正義のために殺した喰種たち、「ランタン」を探していたオルフェノク、そしてミツル。どんな過去があってどんな思いがあったのか知りたくなかった。最初から純粋なバケモノだと思いたかった。

 

でも聞いてしまった。聞いてしまったら止まらない。もうミカドは怪人を完全な悪と見なせない。優しいと知りながら仮面ライダーを殺す、それはミカドの心を強く締め付けた。もし怪人に対してもそんな思いを抱いてしまうのなら、ミカドは絶対に耐えられない。

 

 

『相手のことを本当に知らないまま、間違ってるって決めてしまうなんて…そんなのが正しいなんて僕には思えない』

 

 

カネキの言葉が反響する。知らないまま随分と奪ってしまった。もし知ろうとしていれば何かを変えられたかもしれないのに、何か別の結末が見えたかもしれないのに、ミカドはそうしなかった。

 

果たして知っていたと思っていたものでさえ、ミカドは知れていたのだろうか。そう疑問に思った時、真っ先に浮かぶのはタスクの存在。

 

怪人化したタスクはその力に負け、仲間を殺した。ミカドはその介錯をした。もしその認識が違ったら、そんな怖い想像。でも記憶がそれを追従する。

 

 

「………まさか」

 

 

あの時、灰の山が積もっていた。不自然なほど多く。そして疲弊していたタスク。人間の仲間数名を殺しただけでそんなに灰は積もるか? オルフェノクが疲労するか?

 

もしあの時、別のオルフェノク達が襲って来ていたとして、タスクがそれを守ろうとしていたなら。仲間を殺され、それでも仇は討った、そんな場所にミカドが駆けつけていたとしたのなら。

 

 

『俺、は…こんなに誰かを救いたかったのに…皆に生きて欲しかったのに…』

 

 

あれはミカドに対する恨み言だったのか。懸命に人間らしく生きようとしていた親友を、ミカドは信じられず、

 

 

「殺したのか? 俺が…お前を……!」

 

 

ミカドの正義が完全に崩れ落ち、力が抜けた体が床に這いつくばる。汗が、動悸が、止まらない。それでも残酷に記憶は巡る。

 

もしもの話があると言って、タスクは本当は何を言いたかった。殺してやるが求めていた答えじゃなかったんじゃないのか。オルフェノクになってから会ったあの夜、何を思っていたんだ。

 

 

「なぁタスク…お前、本当は…生きたかったのか? 戦いたくなんてなくて、オルフェノクになってしまったとしても…ただ平和に人間らしく、生きたかったって言うのか? だとしたら俺は……お前に……!」

 

『その時は俺が殺してやる。お前が人殺しになる前に』

『醜い悪を駆逐し、50年前の世界を取り戻す…!』

 

 

お前は醜い悪だ、生きる価値は無い、死ね。

 

 

「……違う。俺は…そんなつもりじゃ……」

 

 

ミカドはタスクにそう言ってしまっていたんだ。そして殺してしまった。唯一絶対に正しいと、全ての免罪符となっていた行為は、ただ生きたがる仲間を手にかけた悪の所業だった。

 

ミツルだってそうだ。託されたじゃないか、亜門鋼太朗に『ミツルを救ってくれ』と。ミナトに『ミツルを頼む』と。殺してくれだなんて意味じゃなかったはずだ。それなのに意識から遠ざけて、己がしたいままに殺したんだ。

 

 

『悪』とは、ミカドのことだった。

 

 

己の弱さに空の教室で慟哭する。

ミカドも未来の仮面ライダーと同じだ。力を持つべき人間じゃなかった。世界を変えるなんて土台無理な話だった。歪んだ世界を前に己も歪み、何一つ変える事はできなかった。

 

 

金木研の信念。『何も出来ないのは嫌だ』、立派な志だ。

お前は何を成したんだ? 戦いの末、きっと素晴らしい未来を、答えを勝ち取ったんだろう。俺は何も出来なかった。金木研や荒木湊のような主人公みたいに……出来なかった。

 

 

 

「うぉっ!? 本当にミカドいた!?」

「えーまたまたー……わっ、本当にいる! しかも泣いてる!!!????」

 

 

誰も居なかった教室に2人、ミカド以外の誰かが入って来た。それは壮間と香奈だった。

 

 

「日寺……」

 

「お前どこ行ってたんだよ…これ取ったって報告したくても家知らないし、仕方ないからなんとなく毎日学校来てたけど……」

「あ、私は部活帰り。今のうちに宿題写しお願いしとこって思って」

「早めに動けるなら自分でやんなよ…で、これ! 見て! 二輪免許! これで俺もお前と一緒にバイクで戦える……ってどうしたんだよミカド」

 

 

自慢げに免許証を見せつける壮間。現実が形を得て現れたようで笑えてくる。泣き崩れながら弱々しく、ミカドはその肩を掴み、どうしようもない後悔を一方的に、曝け出した。

 

 

「日寺…っ……もし…お前がいたなら。俺じゃなくて、お前だったら……! お前なら…変えられたんじゃないのか!?」

 

 

『ホリチエさん、喰種のこと…もっと教えて欲しいんです。習さんはまぁおかしかったけど……喰種ってなんか、不思議と滅茶苦茶ド悪人に見えなかったというか……』

『だから謝肉祭行く前に色々調べろよ! 灰病とか気になる事あるだろもっと!』

『ちょっと待って! 殺す前に聞いたっていいんじゃないか!? この人がなんで『ランタン』を探してたのか……! 何も聞かずに殺すなんておかしいだろ!』

『聞かせてくださいよ。ミナトさんと鋼太朗さん、ミツルさんの…昔の話。俺でも何か力になれるかもしれませんし』

『任せてください。俺が必ずミツルさんを救います。だから……ミナトさんも死のうとするのはやめてください。生きてもいいと思いますよ、俺は』

『目を覚ませよミツルさん!! あんたにはまだ家族がいるだろ! 望まれてるんだ! 戻れないなんてことはないんだよ!!」

 

 

もし2003年に行ったのが壮間なら、きっと知ろうとしたはずだ、過去の世界にいる人間達の全てを。そして救おうとしたはずだ、己が誇れる未来のために。

 

 

『タスクの様子……なんかおかしくなかったか? ちょっと俺、話聞いて来るよ。お前はすぐ自分のペースで話しするからさ』

『俺は……タスクがこんなことするなんて想像できない。お前だってそう思うだろ? 俺達の知ってるタスクは、もっと優しかった』

 

 

もし未来の世界に壮間がいてくれたなら、タスクだって死なずに済んだんじゃないか。

 

 

「………悪い。忘れてくれ…」

 

 

こんな妄想に意味は無い。奪ったのはミカドだ。

ミカドは消えゆくように呟くと、教室を立ち去った。

 

 

「ミカドが泣いてるの初めて見た……」

 

「……ねぇ、ソウマ。前に私が王になったソウマの隣にいるのが想像できる…って言ってたよね」

 

「おぉ…うん。不意に恥ずかしいな」

 

「ちょっと聞きたくて。その話、ミカドくんはどう…?」

 

「………分かんない」

 

 

壮間の未来にミカドがいるのか。その問いに対し、壮間ははっきりと答えを返せなかった。だが所詮は想像の域でも、一つ浮かんだ未来があった。

 

 

「でも、もしかしたらアイツ……俺の敵になるかもしれない」

 

 

 

ミカドは喪失という虚無に揺られて街を歩く。すれ違う人々の顔がよく見えない。あんなに望んでいた理想が、ミカドの行く先を照らしてくれない。

 

人ごみの中で、何かとすれ違った。

 

離れないように固く手を繋ぐ、幼い兄と妹。

過ぎた時間とは似ても似つかない。そんな兄妹だった。

 

 

_______________

 

 

「喰種が紡いだ物語、これにて読了……少し酷な物語でしたね。失ったものは回帰しないというのに…虚しいと分かっていても我々は求めてしまう」

 

 

高槻泉の『吊るしビトのマクガフィン』を閉じ、ウィルは新たな本を開いた。

 

 

「少し気分転換といきましょう。己の弱さに絶望したミカド少年。そんな彼を救う天使、もしくは奈落に落とす悪魔……次に彼らを待ち受けるのは───」

 

 

 

何の変哲もない学校。何の変哲もない街。普通の人間が平穏に生きるそんな「下界」。その中に紛れるそうではない…いや実は割と俗っぽい例外。彼もまたその内の一人。

 

校内では授業が行われているにも関わらず、その少年は屋上で太陽を眺めながらドーナツに齧りつく。そして体育館から盗んできたバスケットボールを放り投げ……

 

太陽を覆い隠した瞬間、少年の背中に現れる「翼」。銀の弾丸がボールを射抜いた。

 

ボールの破片が舞い落ちる中、少年は呟く。

 

 

 

「はぁ……魔法使いやめてぇー……」

 

 

 

NEXT>>2012

 

 

_______________

 

 

次回予告

 

 

「出たな、アナザーウィザード!」

「戦うしかない……それなのに、俺は……どうすれば…」

 

再来するアナザーウィザード。しかしミカドは……

 

「人間を幸せに導くのが、天使の使命……」

「なんて考えてた時期もあったなー。ぶっちゃけ今は人類滅びろって思ってる」

 

壮間たちが出会ったのは、堕落した駄目な天使、『駄天使』!?

 

「絶望の世界を救うためだ。サバトを決行する。犠牲となれ人間よ」

「俺以外が理想を語るな…俺の前に現れるな!!」

「えぇ…これ私も巻き込まれる感じか?」

 

アナザーウィザードのサバトを止めろ。

そして、行く先の見えないミカドの前に現れた、次の仮面ライダーは…!

 

「俺は指輪の魔法使い。希望を守る天の遣いさ」

「殺さなければ未来は無い。例え悪になったとしても…俺は!」

 

 

次回「ドロップアウト!?2018」

 

 




不穏からの温度差。急にふざけた所行きます。ミカドが不憫ですね。めちゃくちゃ不安だけど、この方向性で考えてる事がうまく機能してくれることを願って……次回のクロスは仮面ライダーウィザードと「ガヴリールドロップアウト」です!この物語はミカドにとって救いとなるか、試練となるか……

では、ネタが集まり次第補完計画に取り掛かりますので、それまでさらばです。

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ジオウくろすと補完計画 14.5話「教えて!(略)2 」

第二回、襲来───


壮間「嫌だ」

 

 

前回までのあらすじ!

2003年の世界に付いて行けなかった壮間。知らないうちにミカドがボッコボコになって帰って来たぞ。無事に免許を取った壮間を待ち受けるのは、深刻な補完計画ネタ切れ! 今こそあのコーナーが復活する!

 

 

壮間「馬鹿か! 馬鹿の一つ覚えなのか! もういいよ何回やるんだよネタ切れのくだり! このコーナー最近やったばっかだろ!」

 

 

前回、2020年6月です

 

 

壮間「もう2年経つの!?……いやもっと更新しろ! 全然進んでないじゃん! ていうかやっただろ似たようなの、ヒロイン戦争とか!」

 

 

それはそれ。これはこれ。

 

 

壮間「どれがどれだよ…」

 

オゼ「てなわけでお待たせ。わたしも復活するんだよ」

壮間「ほらぁぁぁぁぁ! ほら出た! やっぱり! 本編通り寝てろよ!」

オゼ「実に9か月ぶりの復活。本編のわたしはまだスリープ中だけど、Twitterで絵まで描いてもらったら起きざるを得ないんだよ。あと、今回もあと一人いるみたいだね」

壮間「どーせいつもの預言者だろ…」

 

アヴニル「否ッ!!! 吾輩であるッ!! さぁ泣いて喜ぶがいい読者諸君!」

 

壮間「ウソでしょ……」

 

 

教えて補完計画ということでオゼ復活。更にアヴニル参戦!今回はこの3人で回していきます。

 

 

アヴニル「さぁ湧き上がれ群衆! スマブラでソラが参戦した時の外国人諸兄の如く!」

 

壮間「図に乗んなよ、お前の人気なんて皆無だ皆無!」

 

アヴニル「ふむ……そうか? ならばこれから人気になればいい! 違うか?」

 

壮間「天津垓かお前は」

 

 

ここでおさらい。

『教えて!補完計画!』とは、読者の方々から質問に答え、あとは作者が個人的に補完したい設定を垂れ流す企画である。

 

※今回はかなりまともな質問が多く集まりました。安心してお読みいただけます。

 

 

壮間「信じていいんだよなその言葉」

 

オゼ「今回はファイズ編直後ということもあって、そのあたりの質問が多かったかな。わたしも寝ててよく知らないから気になることだらけだよ。まずはこれから!」

 

 

Q:ラッキークローバーや五王眼、七幹部の着想はどこから?

 

 

オゼ「ラッキークローバーはオルフェノク四人衆。五王眼は今作オリジナルの眼魔の幹部団で、七幹部はドーパント組織の大幹部だよ。これは世界の裏側というか、構想段階の話だからわたしはイマイチ興味そそられないなー」

 

壮間「だとよ。ちゃちゃっと答えて作者」

 

 

A:はい。その辺の幹部団はまず「書きたいキャラ」を考えますね。ふと思いついた味方に置いておくにはキツいキャラを、置く世界に馴染むように調整して、その後に怪人態を設定します。主人公サイドとは違い、異物感を出すために原典キャラとの相性は考えてません。むしろ「原典キャラを殺しそう」を意識してるかもしれません。

 

 

アヴニル「いずれも王を支える柱たる存在! 相応しいエゴというものが必須条件というわけだな! 一人いるだけで胸やけを起こしそうなキャラ、それこそ悪の神髄である!」

 

壮間「そうそう、まさにお前らみたいな感じ」

 

オゼ・アヴニル「……?」

 

壮間「なんでわかんないかなぁ」

 

 

Q:ラッキークローバーや五王眼の他のメンバーは?

 

 

壮間「この辺お前らの方が詳しいでしょ、他所の世界にずけずけ侵入してるんだし」

 

オゼ「えー、これわたしの知識披露する場じゃないんだよ。確か眼魔世界の幹部は、侵略担当のジャレス(ヴラド眼魂)知能担当のイーザル(源内眼魂)思想担当のヒトラー眼魔と、あと呂布とかいたよ。はい次はアヴニルの番! はやく教えてよラッキークローバー!」

 

アヴニル「ふっ、よかろう」

オゼ「やったーアヴニル大好き」

壮間「可愛くねえ」

 

アヴニル「あの世界のラッキークローバーのモチーフは喰種の赫子であり、登場した香賀はカメレオン、則ち『鱗赫』。出てきたもう一人の馳間はSSレート『コンドル』で『羽赫』である」

 

壮間「確かに羽使ってたな……」

 

アヴニル「未登場のラッキークローバーも一挙大公開!…と行きたいところだが、さほど重要ではなかったのでよく知らん!作者よ、吾輩の後に補完する権利をやろう!」

 

 

A:喰種と人間両方殺す派の紅一点、SS~レート『レヴィアタン』(尾赫)と、穏健中立派の根暗、S+レート『グラスホッパー』(甲赫)がいます。

 

 

オゼ「使えない男二人はいいとして、久しぶりに有意義な知識を得られて喜ばしいことこの上ないんだよ。まさに今のわたしは水を得た魚、兎の上り坂、説明を求められたウィル、ウルトラマンセブンの字面とオーズ最強フォーム論争を見かけた特オタ、ミア・テイラー公式絵のバストサイズを指摘するラブライバー!」

 

壮間「唐突な絨毯爆撃やめろ」

 

一般人A「ウルトラマンセブンじゃなくてウルトラセブンですよ。間違えないでください」

一般人B「オーズ新作!タジャドルコンボエタニティが最強フォーム確定!」

 

一般作者「14歳B80は男の」

一般変態達『ロマンです!!』

一般変態達『B80は我々の言葉で100!!』

 

壮間「おい既視感のある気配がしたぞ今!!」

 

 

Q:ファイズの歴史が消えなかった場合、カネキがいる2012年にもオルフェノクはいるの?

A:2012年でもオルフェノクとの戦いは続いています。ファイズも変身者を変えて存続し、生存ルートのミツルは2012年でSS~レート『ディノポネラ』としてラッキークローバーの一員になってます。

 

 

壮間「急にトントン答えたな」

 

アヴニル「この辺りは活動報告で答えたので割愛である!」

オゼ「そもそも質問コーナー自体元からあったのに、補完計画用に新しく作った理由が分からないんだよ」

 

 

うっせぇわい。詳しくは活動報告の質問コーナーを参照してください。

 

 

Q:オリジナルオルフェノクの生物モチーフはどう決めてる?

A:キャラから作って、その背景とか過去からデザインとモチーフを決めてます。

 

 

オゼ「オルフェノクの姿は本人がイメージする『戦う姿』と運命のルーレットで決まる『動植物』で決定される! けど後者が完全なランダムかと言われるとそうでもないんだよ! 一説だけど人を減点式で評価する木場勇治が処女に懐くというユニコーン…つまり『馬』のオルフェノクだったり、小説版草加雅人は公式が『地を這う日陰者だからスパイダー』と明言しているね。つまりオルフェノクの姿はその隅々まで変身者の内面! 自分でさえも知り得ないブラックボックスが曝け出されているのと同義っ! なんだよ!」

 

アヴニル「ふはは! 久々だが相変わらず貴公の台詞は長いな! しかし吾輩、姿を見ただけではその内面とやらを読み解けぬぞ。吾輩にも理解しやすい展開にすることを許可しよう!」

 

オゼ「じゃあこれを使おうか。テレテッテテテー、『読解メガネ』~」

 

アヴニル「はっはっは、その眼鏡はなんだいオゼえもん?」

 

オゼ「これはかけるだけで視界の存在に込められた意味が分かる、とってもスグレモノなんだよアヴ太くん。これさえあれば知られたくない秘密も後ろ暗い過去も全部丸裸さ!」

 

壮間「圧倒的道徳不足…っ! それは駄目だろ、触れちゃいけないとこだろ…っ!」

 

オゼ「道徳なんて自分が異常だと理解していれば難なくパスできる、ただの一科目に過ぎないんだよ」

壮間「ゾルフ・J・キンブリーかお前は」

アヴニル「喧しいな。道徳操作機でも使って貴公も倫理観を捨てたらどうだ」

壮間「アラクノ・フォビアの実験か、って伝わるのかこの例え! 最近の読者さんは鋼の錬金術師とかソウルイーターとか読んでるのか!?」

 

アヴニル「普段こういうツッコミはウィルの担当なのだが、やはりいないならいないで少し不便だな」

 

 

ハガレンとソウルイーター、面白いから読んでね。

というわけで『読解メガネ』発動。オリジナルオルフェノクたちの姿の由来が判明した。

 

 

ネペンテスオルフェノク(ランタンを探す少女)

戦う姿は三波麗花こと『ランタン』、その鞭のような尾赫から蔦を連想した。彼女との接点が欲しいという考えから植物モチーフとなり、空虚な人生が危険な喰種への愛で満たされた過去から、内部の空洞に身を溶かす酸を蓄えるウツボカズラに。

 

ヒポポタマスオルフェノク(捜査官)

温厚に見えて凶暴性を秘めている。よってカバ。戦う姿は裏設定で彼の元上司にあたる伊庭特等。

 

カメレオンオルフェノク(香賀)

彼は家庭内暴力を受けて育ち、その異常な環境からDVで死に行きながらも生きようとする兄弟たちに『美しさ』を見出すようになった。その過去から戦う姿は『死の間際の人間』。生きるために己の性質を変えたことから『カメレオン』の姿を得た。また、香賀が美しさを感じるのは『生』であり死体では無いのと同じように、カメレオンは動くものにしか興味を示さない。

 

シャークオルフェノク(ミナト)

幼いころに自分のせいで家族が死んだ。また、孤児院の頃にドナートの悪事を知ってしまうが、止めることができず、せめて守ろうとしたミツルにも深い傷をつけてしまった。そういった背景から自分に関わった者は皆不幸になるという思考に陥っており、触れたものを傷付ける「鮫肌」として反映された。また、死ぬ瞬間まで誰かのために費やしたいという性分も、止まったら呼吸できず窒息死するサメと結びついている。

 

アントオルフェノク(ミツル)

幼いころ実の兄が学校で惨殺事件を起こして、行方を眩ませた。そのバッシングは全て家族に向かい、ストレスで父が粗暴に豹変し事件を起こして捕まった。加速したバッシングに耐えきれず母が自殺し、ミツルが取り残される。この過去からミツルは『人知れず平和に過ごす』『自分と同じ仲間が欲しい』『誰も裏切らないよう管理したい』という願いを抱き、それが群れを作って地下に巣を張り、女王の下で統制された国を築く蟻のイメージとなった。戦う姿は死の直前に目にした『喰種』そのもの。

 

ジェリーフィッシュオルフェノク(タスク)

彼の心情はミカドの推測通り。他の何を差し置いてでも生きたかった彼は、分裂で実質的な不老不死を体現するベニクラゲのイメージを姿に反映させた。戦う姿は『幽霊』。

 

 

壮間「重た……」

 

アヴニル「ふむ、つまりはやり方次第でオルフェノクの姿、能力を自由に決められるという事か!?」

オゼ「使徒再生の成功率は3~5%、強さを求めるなら0.1%未満のオリジナルを求めるべきかな」

アヴニル「よし! それらしい闇を抱えた人間をそれらしく殺せば何百回かに一回はオルフェノクになるわけだな! そうと決まれば、あの闇堕ち寸前の赤い仮面ライダーを連れて来るといい、吾輩の次の王にしてやろう!」

壮間「逃げろミカド!!! 超逃げろ!!!」

 

 

Q:ハイクラスアナザーに進化する条件は?

 

 

壮間「この辺からファイズ編を離れるんだな」

 

オゼ「えーまたわたしたちの情報?」

 

壮間「いいから吐けって。確かに最初のアナザービルドや、アナザー響鬼、あとはアナザーダブルも進化しかけてたけど…どれもシチュエーションがまるで違ったし俺も気になる」

 

アヴニル「そこまで言うなら教えてやらんでもないぞ未熟な王候補よ。まず吾輩たちがハイクラスアナザーを求める理由は、単に強い王を求めているからだ。2019年に現れた『王』と挿げ替えるためにな。無論、吾輩は大義無き者を王とは認めんが!!」

 

オゼ「……ハイクラスには段階があって、まずミドルフェーズ。これはアナザー響鬼紅やアナザーダブルファングジョーカーが該当するんだよ。で、次にファイナルフェーズ。これは最強フォームに当たる形態で、アナザービルドジーニアスが該当するね」

 

アヴニル「覚醒条件はそれぞれだが、原典の条件に準拠している場合が多い。例えばビルドは60の能力を集めることだったり、響鬼紅に力を纏った『剣』を持たせるだったりな!」

 

オゼ「火兎ナギは本来ソウル側だけど、自身で変身したことでファングジョーカーの覚醒条件を満たしたんだよ。あれはあれで興味深い結果だったけど……ちなみにミドルフェーズの経由が必要な場合と、そうでない場合の2パターンがあるよ」

 

 

A:原典の仮面ライダー準拠です。

 

 

壮間「俺もそのうちハイクラスアナザーと戦う事になるんだろうな……」

 

 

Q:仮面ライダーたちのヤバめの恋愛エピソードをもっと

 

 

壮間「あー、駆さん宛てのチョコで爆発物処理班が動いた的なアレね……まぁ俺には関係無いし。彼女いたこと無いし」

 

オゼ「そうだね、確か18年間一度も告白をしたこともされたこともない…だっけ? 逆にどういう人生送って来たのか興味深いんだよ! おっとごめん、リープしてるから18年+1年だったね!」

 

壮間「こいつグーで殴っていい?」

 

アヴニル「やめておくといい…手首を挫くぞ! ふははははは!!」

 

壮間「あーーーマジでコイツら出禁になんねぇかなー」

 

アヴニル「そして、それに関しては仮面ライダー達から手紙を受け取っている。読んでやろう!」

 

 

津川駆の場合

壮間くん、お元気ですか。彼女がいたことが無いと聞いて、大変不憫に思いこの手紙をしたためました。ちなみに俺はもう途中から数えてません。携帯見る?連絡先いっぱいあるから。

 

壮間「手紙貸せ。食うから」

オゼ「頭おかしいのかな?」

 

しかしどうも俺はヤバいのに好かれやすいようで、バレンタインの一件以外にも思想強めな彼女に変な恰好や謎のアイテム購入を強制させられたり、メールした後に少し目を離した隙に最新機種のスマートフォンが二つ折り(物理)になってたり、清楚そうな子と出会えたと思ったら男だったりロイミュードだったり……まぁ俺がモテてしまうのが罪なのかな(笑)

 

アヴニル「これはモテていると言えるのか?」

オゼ「わたしには態度と知能が軽薄なだけに見えるんだよ」

壮間「でも付き合えてるじゃん。それだけで羨ましいし妬ましいんだよ分かんねぇか? あーあの人、紗路さんに理由もなく蹴られたりしないかな」

オゼ「そこまで拗らせてると同情を禁じ得ないね。哀れ」

 

 

バンキの場合

背景、日寺壮間くん。彼女がいないと聞きました。彼女いない生き様もロックだと思います俺は無理だけど。

 

壮間「馬鹿にしてんのか。拝啓誤字ってるくせに」

オゼ「君って恋愛絡みになると他人へのリスペクト消えるんだね」

 

でも彼女いるからって良い事ばかりではありません。俺は先日、彼女に『修行と私どっちが大事なの!?』と問い詰められました。俺はその場凌ぎで『君だよ』と答えたら、『じゃあなんで修行で山ばっか行くの』と殴られました。

その後、師匠にも『お前は修行と女どちらを優先する』と聞かれたので、フラれたのをきっかけに心機一転しようと『修行』と答えたら『嘘をつくな』と殴られました。俺の何が悪かったんでしょう、教えてください。

 

壮間「日頃の行いじゃないすか知らんけど」

 

 

士門永斗の場合

 

壮間「嘘だろ永斗さん!? 俺、あなたは絶対こっち側の人間だと思ってたのに!」

アヴニル「凄まじく失礼だな」

オゼ「だねー」

 

 

お前も凛ちゃんを推さないか?

 

 

壮間「何の話!?」

 

 

 

オゼ「さて、こんな感じだね。もらった質問はこんなものかな」

 

壮間「結構長かったな…しかも疲れた…マジでもうやらんからなこのコーナー…」

 

アヴニル「しかし、そうだな…うむ…」

オゼ「分かるよ言いたい事。つまり何が言いたいかというと、そう……」

 

アヴニル・オゼ「おふざけが足りない」

 

壮間「足りてたよ!! もういいよ! 比較的まともな質問で終えられたんだから、それでいいだろ!」

 

オゼ「でも前回のカオスを期待してくれた人に、これでは少し失礼だと思うんだよ。何か無いかな。質問以外にも他に……」

 

アヴニル「む。あったぞ! 作者のツイッターを漁っていたらこんなものが!」

 

 

Q:ぬきたし×アマゾンズのクロスやんないの?

 

 

壮間「やらんわ!!!!!!!!!」

オゼ「なるほど…18禁ゲ―ム『抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳はどうすりゃいいですか?』とアマゾンプライム限定作品『仮面ライダーアマゾンズ』の組み合わせ、興味深いんだよ!」

壮間「食い合わせで食中毒起こすわ! 大体年齢制限バグるだろ有り得ない!!」

 

アヴニル「しかし、このコメント主の希ーという者が…」

壮間「待ってその名前…!!」

アヴニル「もしそのクロスを成し遂げたら、連載中断されている『ラブドライブ!~女神の守り人~』の連載を再開し完結まで持っていくと……」

 

A:やります。

 

壮間「おいコラ待てえええええええ!!!!」

 

 

 

 

 

 

※前言撤回。こっから下は18歳未満禁止です。

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

予告

 

ここは『青藍島』、またの名を『性乱島』。

人口減少に歯止めをかけるため、島内でのセックスを町興しとして推奨する『ドスケベ条例』が適用された孤島。

 

 

「アナザーアマゾンズは無差別セックスで無限に増殖し、人喰いを繰り返し、いずれ世界を滅ぼすアナザーライダー。このパンデミック…いやパコデミックを止めたければ、その大元を叩くしかない」

 

 

ウィル(戦犯)の導きにより、壮間たちは過去の青藍島へ。

 

 

「青藍島にようこそハメ! お越しいただき顔射マンイキハメ逆レだパコ! ここではギンギンにちんこを伸ばして、思う存んふぅ♡ドスケベセックスで息ヌきしてイクといいパコォ!」

「何ここ、この世の終わり?」

「おい日寺どうなってる……島民が至るところで…その…セッ……ああああああああ!!!」

「純情なミカドが死んだ!! 香奈は見るな! 目を閉じたまま過ごせ!」

 

 

昼夜人目を問わずドスケベセックスする住民たち。

非処女・非童貞率100%と思われたこの島で、童貞2人と処女1人は反抗勢力と邂逅する。

 

 

「反交尾勢力…“NLNS(No Love No Sex)”!?」

「セックスは愛する者とするべき…その理念を掲げて、俺達は戦っている」

「オナホとバイブで戦ってるぞなんだアレ!!?」

「コイツ強い…! 強いが……乳房くらい隠せ貴様ああああああッ!!」

「純情なミカドくんがキレた!!」

「包茎で悪いか! 日本人の7割は包茎だ!!!」

「ソウマもキレた!!」

 

 

これはクロスオーバーによって生まれた、『ぬきたし』の知られざるもう一つのルート。そのカギを握るのは、島に潜む人喰い怪人『アマゾン』。

 

 

「この島の住人は腐った頭でドスケベセックスに没頭している。本島の連中もよくて金づるか欲の捌け口くらいにしか思っていない。実験場としては最適だ」

 

「懸念すべきは例のNLNSと駆除班を名乗る連中……だが問題ない。ヤツ一人で、我らの目的は果たされる」

 

 

ただ一人、生殖行為によって『アマゾン』を感染させる能力を持つ少女。

 

 

「愛なんてあってもなくても、私と交わると不幸になるだけだ。お前も私に死ねって言うんだろ、なぁ!」

 

「面白いんだよ。根本的に貞操観念のコンパスが狂った領域! 渦巻く快楽の大気! 海を隔てて日常を侵食した幻想と混沌! その全てがわたしを満たしてくれる! どうか手を取って欲しいな、あなたがアマゾンズになれば、この島はもっと面白くなる」

 

 

タイムジャッカーが島に降り立つ。物語の先のマルチエンド、その中に希望はあるのか。

 

 

「蟲毒だよ。増殖と捕食を繰り返し、残った一匹が完全な生命だ」

「人は性的に食べてなんぼでしょ~? 本当に食べたら意味ないじゃん」

「おおおおっ…そんな、あれはまさか……! ホンモノのライダー!!」

 

「人を愛することができないからなんだ。それで幸せに生きちゃいけないわけないだろう!」

「無理かどうかなんて勝手に決めんなよ。俺には想像できる、皆の願いが成就される…バッドエンドの先の未来が! だから───」

 

「「俺達が、ドスケベ条例をぶっ潰す!!」」

 

 

「戦い抜く。私も…最期まで───アマゾンッ!!」

 

 

エロとグロ入り混じる前代未聞の新章、ここに開

壮間「やらねぇからな!!!!!!」

 

 

_______________

 

 

アヴニル「何故邪魔をした。なかなか良い感じだったではないか」

 

オゼ「そーだよ、せっかくわたしも出てたのに」

 

壮間「なわけあるか!! いや確かにパっと見は熱い感じにまとまってる風だったけど!! 大体作者、お前『マダハメイト』(ぬきたし未プレイ勢)だろ! アマゾンズも見てない癖に雰囲気で書くな雰囲気で!」

 

 

だって…だってラブドライブの続き読みたいんだもん! 気になるだろまだ全然中盤だったのに! 謎に包まれたシングルナンバーロイミュードとか、明らかに怪しい先生とか、新しい七つの大罪のロイミュードとか、神とか、どーせろくでもなく鬱だろうユウキとセイナの転生前の過去とか!

 

 

壮間「諦めろ! ロックされて読めない作品の内容で駄々をこねるな!」

オゼ「ファック?」

壮間「言ってない!!」

 

 

A:おれは!!!弱い!!!

 

 

アヴニル「ということで今回の補完計画はここまでだ! また会おう諸君!! さぁ吾輩の帰宅だ拍手で道を開けろ!! 吾輩は帰ってポケモンLegendsアルセウスをやるぞ!」

 

オゼ「回収しきれなかったリクエスト等は追々書いていくらしいよ。『日寺壮間の免許取得』とか。とても気になるんだよ」

 

壮間「……それはちょっと遠慮したいというか、色々と微妙に恥ずかしいというか…」

 

オゼ「何言ってるのいまさら。さっきも嘘予告で包茎って……」

壮間「黙れ!! はよ帰れ!! 二度と来るな!!」

 

 

to be continue…

 




おまけ
Q:今話題のタコピーの原罪は扱わないの?
A:あれはわしらには救えぬものです。

あと対象年齢詐欺で報告するのだけは勘弁してください。


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EP15 ドロップアウト⁉2018
落第天使は下界にて


赤嶺甲
仮面ライダーアクセルに変身した男性。23歳。警視庁本部の「超常犯罪捜査課」に所属する刑事。階級は巡査で下っ端なのだが、態度は相手が上司だろうが民間人だろうが極めて尊大。「己自身が唯一絶対の正義」という信条を持ち、それに違わない行動、選択を貫いており、それができる頭脳とバイタリティも備えている。ある事件をきっかけにA-RISEと関りを持ち、特に綺羅ツバサに気に入られたことで腐れ縁のような関係になった。2009年ではウィンター事件の捜査で壮間に助力し、アナザー電王を足止めする役目も請け負った。しかし令央に敗北したことでアクセルのウォッチは奪われてしまった。修正された歴史では警察として手柄を次々と立てているが、その態度のせいで上の人間に嫌われており未だに巡査。


お久しぶりですねェ!(ジェラードン)。146です。アーカイブスのエターナル編も更新しておりますので、是非ともよろしくお願いします。

お待たせしました、今回からはガヴリールドロップアウト×仮面ライダーウィザード編でございます。前回の東京喰種に比べ、複雑な設定は一切ございません。「なんか天使と悪魔出るって」くらいの認識で大丈夫です。可愛いのでビジュアルは事前に要確認ですが。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


 

「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た……のですが、先日より焦点にいるのは50年後から来た少年、光ヶ崎ミカド。2003年で彼はファイズの力を奪い得たのと同時に、己の心を支えていた正義を失ってしまいました」

 

 

ウィルは本を閉じる。

ミカドの存在は壮間の物語に想定していなかった存在。そんなイレギュラーな彼が、このまま無意味な存在として消えるか、物語を動かす…もしくは乱す因子となるか。

 

 

「分岐点の上に立たされた彼は何処へ向かうのか……気を取り直して、次のページを開くとしましょう。ステージには魔法使い、型破りなショーが幕を開けるようです。まず登壇するのは……伝説の天使」

 

 

ゴミ袋で埋め尽くされた目が悪くなりそうな部屋で、スマホから発せられる人工的で長方形な光に顔を重ねるのは、荒れた翼をボリボリと搔きむしる少女。

 

 

「は、アプデの緊急メンテ? ざっけんな死ねよ…」

 

 

天使……?

 

 

_________________

 

 

8月。それは青い春が終わる季節。

 

 

「───負けた」

 

 

全国高校サッカーインターハイ。いわゆるサッカーの全国大会。

その日、ある少年のサッカー人生が終わった。夢に見た全国大会で、一回戦での惨敗だった。

 

ずっとサッカーが好きで、誰よりも本気で練習を重ねて来た。だからこそ、自分にプロになれるほどの才能は無いと自分で分かってしまった。だから、もう終わりなのだ。彼のサッカーは今日で終わってしまった。

 

 

「俺……明日から何して生きればいいんだろ……」

 

 

勉強、進学、就職、結婚、そんな人生が欲しいわけじゃない。少なくとも今は、明日もずっとサッカーをしていたいという虚無な望みが胸を満たしている。生きる糧が見えない。心の支えが無くなって、現実の重さに心が潰れてしまう。

 

 

人はこれを「絶望」と呼ぶ。

 

 

「誇りに思え、人間」

 

 

少年の前に降り立ったのは、絶望を嗅ぎつけた濁った宝石。

歪な指輪がはまった左手が触れると、少年の体が砕けるようにひび割れる。その亀裂に手を入れ、緑色の宝石が少年から引きずり出された。

 

 

「全ては世界を救うため。サバトは近い───」

 

 

倒れた少年の抜け殻が倒れ、黒い羽根が舞い落ちた。

 

_________________

 

 

「せーのっ、はい! エロイムエッサイム!」

 

「エ…エロイムエッサイム!」

 

「エロイムエッサイム!!」

「エロイムエッサイム!!…じゃないんだよ! 何やってんだ俺ら!」

 

 

夏休み中盤。壮間宅の庭に漂う線香の煙、転がる水晶玉。そして息を切らして叫んだ壮間。壮間の家にあった何処ぞの民族の仮面を外し、香奈は「うーん」と唸る。

 

 

「なにやってんだろね」

 

「だよな。冷静になろうぜ。こんなんでアナザーウィザード見つかるわけないって」

 

 

1か月と少し前のこと、壮間とミカドが遭遇したのは未知のアナザーライダー、その名も「アナザーウィザード」。それから壮間はバイクの免許を取りながら、香奈はダンスの引退ステージの練習をしながら、アナザーウィザードを少しずつ探していた。

 

で、行きついた方法が謎の儀式。

率直に言ってどん詰まっていた。

 

 

「でも『ウィザード』って魔法使いって意味なんでしょ? だったらやっぱ魔法、オカルトっきゃないって! 次はこっくりさんやってみよう!」

 

「だから冷静になれって。そんなので見つかるわけ……って話聞いてくれないかなぁ! なぁ!?」

 

 

アナザーウィザードについて分かっているのは、人の中から『宝石』を取り出しているということ。たったそれだけだ。今までのアナザーライダーとは違って、ひたすら目立たぬよう、邪魔が入らないように動いている印象を受ける。故に厄介。

 

それはつまり、アナザーライダーになっても明確な自我を宿しているということ。それこそ令央や火兎ナギと同じように。今回は一筋縄ではいかない敵だと、容易に想像できた。

 

 

「そんな敵を探すのに、こんなんで大丈夫なのか…?」

 

 

そして、アナザーウィザードとは別に、壮間には気になることが一つあった。

 

 

「ミカド、あれから見ないよな…」

 

「だね……元気なさそうだったけど、何があったんだろう。泣いてたし…」

 

「アイツ自分の家も教えてくれないし、自分のこと全然話さないからな…まぁミカドは俺達のこと別に仲間とか友達とか思ってないだろうけど…」

 

 

つい先日のこと、休みのはずの学校でミカドと出会った。彼はなにかに絶望したような顔で、慟哭し、涙を流していた。それは普段のミカドからは想像もできないような姿だった。

 

その直後、ウィルが現れて少しだけ事情を説明してくれた。壮間に隠して2003年に行き、仮面ライダーファイズの力を手に入れたという。でも預言者はそれ以上のことを教えてくれなかったし、ミカド本人から聞くこともできない。

 

壮間はどうしようもなく不安だった。自分の知らない場所で、彼が引き返せない所に行ってしまいそうな気がして。

 

 

「……でもきっとアイツは、戦うことはやめないと思う。アナザーウィザードを追ってたら会えるはずだ」

 

「そうだね、その時はちゃんと話聞こう! 殴ってでも何があったのか吐かせてやるんだから!」

 

「殴ってでもはちょっと…喧嘩になったら勝てないぞ多分」

 

「しゃー! そうと決まればスピリチュアル作戦続行!! 次は…占いとかいいんじゃない? えーっと、ソウマは牡羊座のA型で……」

 

 

決意は固まっても方向性は変わらないようで、スマホでポチポチと壮間の個人情報を入力する香奈。こうなった香奈を動かすのはもう無理だと、壮間は大分前に悟っている。

 

 

「うわ、恋愛運終わってるよソウマ」

 

「余計なお世話過ぎる。ラッキーアイテムは…」

 

「遊園地だって」

 

「場所て。デカいよラッキーアイテム」

 

 

軽くツッコミを入れて壮間が振り返ると、水晶玉を拾って足を完全に外へと向けた香奈が。

 

 

「え、行くの?」

 

 

________________

 

 

『そんなのが正しいなんて僕には思えない』

『俺はなんで生きてちゃいけないんだよ』

『誰のために戦ってるかわからなくなったミカドとは大違い』

 

 

誰も彼も、未来でも過去でも、清く正しい言葉がミカドを否定する。

 

 

『みんなの未来を頼んだよ』

『負けんじゃねーぞ』

『ミカドさんはちゃんと仮面ライダーです』

 

 

誰かがくれた優しい言葉が、悪意と同じように突き刺さる。

その理由は至って単純だった。ミカドの正義は醜く歪んでいて、他人の善意を受け止められないくらい弱いものだったのだ。

 

 

「俺は間違っていた……だとしたら、何を憎めばいい…何を殺せばいい! 怒りだけが全てだったんだ…この怒りで俺は一体、何を……!」

 

 

もう何が悪で何が正義か分からない。それでも未来を救う権利を持つのはミカドだけだから、戦わないなんて選択肢は無い。親友を殺し、生きようとした心を何度も殺した咎人の身で、真に殺すべきものは何だ?

 

このまま消えて、正しい誰かに託すことができたならどれだけ楽だろう。そんな事ばかりを考えて、数度の夜が過ぎ去った。

 

 

 

それはそれとして、

 

 

 

「うーん…っ、懐かしい空気ですね…」

 

 

普遍的な街の片隅で、なんとも解放感溢れる伸びをする女性がいた。ふわふわとした金髪で、華の髪飾りを付け、この暑い中でマフラーを着けているのは確かだが、顔については誰も何も言えない。

 

何故ならガスマスクを着けていたから。

 

思い出したかのようにしばらく周囲をキョロキョロと大袈裟に警戒した後、彼女はガスマスクを外して可愛らしい素顔を空気に晒した。それは天に生まれた生き物と思ってしまうほど美しい素顔だった。

 

まぁ実際にそうなのだが。

 

 

「久々の人間界…ですが気は抜きません…! いくら懐かしの人間界といえど、天使たるもの油断は禁物です!」

 

 

中二病の痛い人ではない。諸々の説明は全て省略するが、彼女の名は千咲=タプリス=シュガーベル。天使である。一般的に言われる、天界に住む聖なる上位存在の、あの天使である。

 

色々と更に説明は省略するが、天使学校を卒業した天使は人間界の学校で修行を行う。そんなわけでタプリスも前に下界に来ていたことがあり、今回わけあって再び地上に降臨したというわけだ。

 

 

「およそ6年です。それだけの時間で私は、天使として何回りも成長しました! ただ危険に怯えるだけだった昔とは違うんです。危険度Bの犬だろうと猫だろうと、今の私には全然───」

 

 

得意げに堂々とある気、成長した己に張り切るタプリス。

そんな彼女が道すがら見つけてしまったのは、公園のベンチに座り、己の不義に絶望していたミカドだった。

 

 

(あ…あああああれはっ! 危険度A『何やら深刻そうな顔で思い詰めている人』!! 大変ですっ!! 天使学校で習いました…確か日本の人間は極限まで追い込まれると、自分で自分を斬る『SEPPUKU』を……!!)

 

 

人間を幸せに導くのが天使の使命。天使タプリス、そんな様相のミカドを捨て置くことなんてできるはずもなく、顔面を真っ青にして激突する勢いで駆け寄った。というか勢い余ってミカドに激突した。

 

 

「っ…早まらないでください!!」

 

「……なんだ…?」

 

「いいですか!? 自殺したからといって必ずしも天国に行けるわけじゃないです! 天界って実はそういうのあんまり考慮してくれなくて…過去数百年の記録を見ても、自殺するより天寿を全うした方が断っ然オトクなんです! そもそも今天国行くのは全然オススメしませんし! だからどうか『SEPPUKU』は……!」

 

「……は? 誰だ貴様…」

 

 

ところどころ意味の分からない文言は飛び交うが、言いたい事は解るし、やたらと騒々しい身振り手振りで彼女が自分を心配していることは伝わった。彼女はミカドが死のうとしていると思っているらしい。初対面で凄まじいバイアスと行動力だ。

 

 

「あぁそうか…この時代の奴らは普通死ぬのか、自分に絶望した時は…」

 

「ですので……どうか気をしっかりと…悩みなら私でよければ聞きますので…! そうです気分転換でいんたーねっとなんてどうでしょう! C言語とJavaならご一緒できますよ!」

 

「どいてくれ、大丈夫だ…死ぬつもりは無い」

 

「そ、そうですか! ではお元気で! あなたの人生に光あれです!」

 

 

怪しく眩しい女をあしらい、ミカドは再び意味もなく彷徨う。

死んで終わることなんてできるはずがない。ここで死んだら、タスクもミナトも無駄に死んだ愚者として無に還るのだから。ただ、この命の捨てる場所を、消費する目的を見失っただけだ。

 

それにしても、彼女は随分と既視感のある雰囲気をしていた。

きっとそれは過去に来て何度も触れた優しさが、さっきと同じように自分に過ぎるほど眩しく、痛かった故の錯覚なのだろう。

 

ところで依然として感じる背後の気配の正体は、確かめるまでもない。

 

 

「………死ぬつもりは無いと言ったが」

 

「す、すみません。やっぱり少し気になってしまい…」

 

 

タプリスは思い悩んでいるミカドを、やはり放っておくことはできないようだった。この時代にはお人好しで根っからの善人が多過ぎると、ミカドは辟易すらしてしまう。

 

その度に思うのだ。最初からそんな人達を守るためだけに戦えていたら、きっと間違えることも無かったのだろうと。あれだけ自分を突き動かし、今も胸の中で滾る憎しみこそが、今は憎い。

 

 

________________

 

 

「ウェルカムトゥ…遊園地!」

 

「行動力。本当に来ちゃったよ馬鹿じゃないの」

 

「バイクで来れればラクチンだったんだけどね。ソウマの役立たずー」

 

「免許取り立てで二人乗りはダメだろ流石に」

 

「じゃあいつ出番あんのよ、その『バイク』。ミカドくんもソウマも乗り物持ってるのズルじゃん!」

 

 

お前なら走るで大体間に合うだろと言いかけたが、流石に女子を化け物扱いするのは気が引けた壮間。そんな化け物香奈の勢いに負け、比較的近場の遊園地にまで足を運んでしまったのだった。ラッキーアイテムだったが故に。

 

ここに来てどうする気なのだろうか、香奈を気にすると何やら水晶玉に手をかざして念を送っていた。

 

 

「むむむむ…はっ、こっちだよ! こっちで魔法使いの何かが見つかる予感! カードが私にそう告げてる!」

 

「水晶だろそれ!?」

 

 

観覧車、メリーゴーランド、ホラーハウス、この暑い中のクマ着ぐるみスタッフを素通りして駆ける二人。夏休みに遊園地にまで来て何をしているのだろうか。ここに来るのにも入るのにもそれなりに金もかかったし、色々と無駄に浪費している気がしてならない。

 

 

「……香奈、ダンス部の引退ステージの準備、良い感じか?」

 

「なにどしたの? そりゃ良い感じですよ、私としてもずっとやってたダンスの一区切りってやつだから…あっ、もしかして『こんな事してる暇あんの?』って言いたいの?」

 

「鋭いんだよなぁ…」

 

「んー、そうだ。ソウマは覚えてる? 昔はみんなでよくこういう遊園地行ってたの」

 

「まぁ、お母さんとかお父さんが日本に帰ってきてる時な。家族ぐるみで行ったのはそりゃ覚えてるけど」

 

 

幼いころの話だ。ジェットコースターに乗りたくなくて喚いたことや、買ってもらったアイスを香奈に食べられたりと悪い思い出くらいしか残っていないが、確かにそんな事はあった。そんな思い出話も、取り出して見てみると尊いと思えてしまう。香奈はそんな壮間の思いも見透かしたように、話を続けた。

 

 

「今、まだダンスやってたり、過去に行けるようになったり、ソウマが王様目指したりしてるのは、あの時はまだ考えもできなかった」

 

「…そりゃそうだ」

 

「でもあの時の思い出はまだ大事でしょ? それなら私は、今もそうでいたい。ソウマが王様になった後でも私がダンス辞めた後でも、笑って話せる思い出は多い方がいい。だって私たちずっと一緒なんだもんねー?」

 

「あくまで俺の想像な。でもまぁ、そっか。ゴールばっか気にしてても仕方ないみたいな話は旅行の時にしたっけ。成長しないな俺…」

 

 

要するに香奈は、やるべきこともやりたいことも全部逃さず気ままに楽しみたいのだ。業突く張りもいいとこだが、それを地でいける辺りが彼女が非凡であることの証明だろう。

 

それでも水晶玉片手に第六感で動き回っている状況は如何にといったところだが。しかし壮間が更に嫌なのは、香奈ならこのまま何か見つけてしまうと想像できるところだ。

 

 

「んっ!? こっちから何か魔力的な匂いがする……!」

「うんそうだな。そっちチュロスの屋台あるから多分その匂いかな」

「唸れ私の水晶! 今は魔力漲る昼時、いざ堕天……っ!?」

 

 

腹が減ったらしく、Aqoursの津島善子みたいな口上で駆け出した香奈。しかし注意を失ったその足は数秒後に何かに躓き、香奈は勢いよく転倒。そして……

 

 

「私の水晶玉ぁぁぁぁっ(1万円)!!」

 

 

香奈がお小遣いをはたいた水晶玉(ガラス製)、地面に落下し破散。咽び泣く香奈も気にかけるべきであろうが、それよりも目を疑ったのは、香奈の脚を奪ったものの正体。

 

 

「ぎゃああああクマぁぁぁぁっ!?」

 

「いや着ぐるみの人だコレ! だ、大丈夫ですか!?」

 

 

クマの着ぐるみが道端に転がっていたのだ。しかも恐らく中身入り。内側から荒い呼吸が聞こえる。

 

 

「………クソ暑い……死ぬ……水……」

 

「ちょ、香奈! 水とか持ってない!? 水筒持ってたろ!?」

「ごめん、つぐちゃん家で貰ったコーヒーしかない」

「コーヒーを水筒に入れるなよ!!」

 

 

コーヒーが果たして水分補給になるのか分からないが、何も無いよりはマシだろうと信じて、クマの被り物を脱がせるとと着ぐるみの人にコーヒー入り水筒を渡した。

 

本人も水分ならなんでもいいと思っていたのか、受け取って飲み干すまで僅か数秒。なんとか立ち上がって息をつける程度には回復できたらしい。

 

 

「あぁよかった…後はしばらく日陰で休んでれば多分───」

 

 

双方が落ち着いたところで、その人物の素顔を改めて見た壮間だったが、思わず目を奪われてしまった。澄んだ碧眼と空を流れるような金髪、それらすらも付属品と言わんばかりに美しい顔立ち。絵画を見ていると錯覚してしまうほど、麗しい女性がそこに……

 

 

「……苦っ!」

 

「───あれ?」

 

 

壮間は夢から覚めた。一呼吸置いて改めて見た彼女は、泥か何かで濁った碧眼とその下に染み付いた濃いクマ、局所的台風に遭ったのかと聞きたくなるボサボサの金髪、世界でも恨んでいるようなくたびれ果てた顔つきをした、なんとも荒んだ姿の女性だった。

 

 

「ふぅ~生き返る。ったくクソ暑い中で着ぐるみとかマジ有り得ん、滅びろよ…あーでも助かった。礼は言っとく、あんがと」

 

「あっはい、ならいいです。はい」

「私のコーヒー全部無くなってる……」

 

「よっこらせ…っと、あれ? ここにあったビラ知らね?」

 

「ビラ?」

 

 

そういえば他の着ぐるみたちは何かのチラシを配っていた気がする。しかしそんなものは倒れた彼女を発見した時には無かったはずだ。

 

 

「おかしーな…ここに『ご自由にお取りください』って置いてたんだけど」

 

「それをビラ配りとは呼ばないのでは…風に飛ばされたんじゃ?」

「あっ、じゃあ私たちで探すの手伝おうよ!」

 

「いや、いいわ。よくよく考えたら全部配ったことにすりゃいいし。風に持ってかれた分は……空の上の天使とかが拾ってるだろ、多分」

 

 

なんて適当な人だろう。前に会った似た雰囲気の士門永斗ですら、一言一句にもっと責任感があったと思う。

 

 

「うわ、歩くのめんどくさ…」

 

 

綺麗な声でなんか酷いことを言っている。が、もうすっかり元気そうではあるので一礼して去ることにした。

 

 

「夏って変な人も増えんのかな…まぁ暑いと疲れるのは分かるけど」

 

「うーん…あ、そういえば水晶玉壊れちゃったんだった! どうしよ、アレがないと何も感じない!」

 

「役目終えたんだろ。おとなしく帰って…いや、ちょっとだけ遊んで帰ろうよ」

 

 

夏になると変な人が更に変になるのかもしれないと、更に変なテンションの香奈を見て壮間は思った。

 

さて、折角だから遊ぶ事にしたが、香奈に主導権を握られるとジェットコースターやフリーフォール行き確定だ。壮間は絶叫マシンの類がとても苦手だからなんとしても回避したい。

 

 

「楽しそうだね我が王、姫君」

 

「おわっウィルさん!」

「ねぇ俺にプライベートは無いのか? 言うだけ無駄だって分かってるけど」

 

 

なんて少し悩んでいたらウィルがひょっこりと看板の影から現れる。全く油断も隙もあったものじゃない。

 

 

「別に私だって四六時中君を観察しているわけじゃあない。人をストーカーのように言うのはよしてくれ」

 

「じゃあそれ相応の行動で示してくれよ。脈絡もなく看板裏から出てくる奴をストーカーじゃなくてなんて呼べばいいんだ。怪談とか?」

 

「ねぇウィルさん、ミカドくんのこと詳しく教えてよ! 知ってるんでしょ」

 

「それはできない。少し私情も入るが、ミカド少年のことに君が関与すべきではない。そもそも彼には彼のプライバシーというものがあるからね」

 

 

どの口が。壮間はそう強く思ったし、声にも出した。

 

 

「それはそうと我が王に姫君、夏休みに男女で遊園地とは実に素敵なカップルだ。周囲の羨望の視線がさぞや心地いいことだろう」

 

「カップル…って言われても、私ソウマの顔はそんなタイプじゃないし」

 

「俺だって水晶持って走り回るやつに何をドギマギすりゃいいんだって話よ。大体、カップルって言ったら……そう、あそこにいる二人みたいにラブラブな感じで……」

 

 

近場にいた手頃なカップルを指さした壮間。

が、その直後になにやら女性が怒り始め、弁明する男性に慈悲を与えずビンタ。そのまま女性は去って行ってしまった。僅か数分の出来事である。

 

 

「疫病神かな?」

 

「モテないオーラが伝染ったんだよ。謝ってきなって」

 

「今のを俺のせいにするのは流石に怒るぞ」

 

 

何が原因であぁなったのかは分からないが完全にフラれたのは間違いないらしく、人目もはばからずに大声で絶叫している。

 

 

「くそっ!! みんな幸せなのになんで俺ばっかり! おかしいだろ! 俺の何がダメだってんだよ! うわあああああああっ!!」

 

 

少し同情している壮間だったが、そういう所がダメだったのではないかと、香奈は女性目線で思った。しかしウィルだけは急に神妙な顔をすると、叫ぶ男を指す。

 

 

「なるほど……そういう事か」

 

「何? フラれた理由でもわかった?」

 

「違う。見ていたまえ我が王、恐らく……来る」

 

 

ウィルが言わんとしている事を、壮間もなんとなく想像できた。予感が確信に成長するのを待たず、黒い羽根は舞い落ちる。人間を嘲笑うように、差し込む陽光の中で。

 

 

「良い絶望だ。人間」

 

 

影も形も無かったはずなのに、アナザーウィザードはそこにいた。恐らく魔法による瞬間移動での出現。これでは備えるなんて出来るわけがない。つまり、これが千載一遇のチャンスでもある。

 

 

「出たな、アナザーウィザード!」

 

「だが…まだ足りない」

 

 

壮間がドライバーを出す前に、アナザーウィザードは叫んでいた男性と共に消えていた。別の場所で発生した騒ぎからその場所はすぐに分かったのだが、これまた嫌な場所に動いている。

 

地上を見渡すほど高い、ジェットコースーターのレールの上。男性の首を掴んだアナザーウィザードはその体を空中に晒し上げる。

 

 

「死への恐怖で、より深き絶望を…」

 

「やめっ…た、助け…!!」

 

 

邪魔者の気配を感じていたアナザーウィザードは、行動から徹底して無駄を排除する。脅しですらも時間の無駄。淡々と絶望を作るべく、即座にその手を放し、男性の体は落下を始める。

 

 

「っクソ、遠慮なしかよ! 変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

 

壮間は変身して速度を上げ、落ちる男性を受け止めようと走る。だが落下する体がジオウに受け止められるより先に、またも光が射した。舞い落ちるのは、今度は白い羽根。

 

 

「……天使…!?」

 

「あ、危ないところでした……! ですが……!」

 

 

男性を受け止めたのは、頭上に光の輪を浮かばせ、白い翼で滑空するマフラーの天使…タプリスだった。男性を地上に下ろすと、タプリスはジオウに気付かずそのままアナザーウィザードの場所まで浮上する。

 

 

「ついに見つけましたよ! あなたが天界と魔界を混乱に陥れた犯人、超々特S級の危険人物ですね!」

 

「天使か……これもまた宿命」

 

「ここで会ったが百年目です! この天使、千咲=タプリス=シュガーベルが天界を守るため、あなたをやっつけます! 覚悟っ!」

 

 

「……なんだアレ」

 

 

レールの上でアナザーウィザードと対峙している少女は天使に見える。飛んでたし光の輪があるのだから、10人が10人天使に見えるだろう。妖怪の先祖返りも驚いたが、今度は天使が来たのかと思うと驚きに果てが無くて気が遠くなる。

 

そんなタプリスは人間の危機を感知して単に駆け付けただけではなく、ここに人をひとり運んで来てしまっていた。

 

 

「なんなんだ…あの女、飛んだかと思えば何を……っ!」

 

「お前…ミカド! なんでここに! てかどこにいたんだよ!」

 

「……日寺。あの女、余計な事を…」

 

 

強制的に悩み相談を受けていたミカドは、焦ったタプリスに連れられる形で遊園地に降り立った。偶然にもそこで真っ先に出くわしてしまうジオウの姿。

 

 

「お前と話すことは無い…失せろ。あのアナザーウィザードは……俺が倒す」

 

「俺が倒す…? そんな顔して何言ってんだよ! 俺だって分かるよ、お前…そんなんで戦えるわけないだろ!」

 

「黙れッ! 戦わなければいけないんだ、戦いの中で…俺は…俺の生きる術を探すしかない! 邪魔をしないでくれ日寺!」

 

「ミカド………」

 

 

声に乗った感情が弱々しい。表情から覚悟が感じられない。今にも壊れてしまいそうな言葉で、ミカドは壮間を拒絶する。どんな風に答えればいいのか、壮間には分からない。

 

時が止まった二人の間に、水滴が降り注ぐ。

雨かウォータースライダーの飛沫かと思いきや、その間に落ちて来たのは翼の濡れた天使タプリスだった。

 

 

「天使が落ちて来たぁ!?」

 

「ま、参りました…勝てません……」

 

「………もう負けたのか貴様」

 

 

啖呵を切ってすぐ、水の魔法でタプリスは吹き飛ばされたのだった。

衝突していた二人の心が一瞬だけ合致する。「この天使、弱い」と。

 

 

「その姿…何時ぞの王候補だな」

 

 

タプリスを下して地上に降りたアナザーウィザード。息を吸い込んでドライバーを構えるミカドに、アナザーウィザードは右手を突き出し静止する。

 

 

「まだ…その時ではない。力を収めろ」

 

「なんだと…?」

 

「今は世界を救うための儀式を執り行っている。世界が救済された後、新たな王として貴様たちに引導を渡してやろう。その時まで決して……邪魔はさせない」

 

《コネクト》

 

 

アナザーウィザードは解釈に困る発言を残し、魔法陣の中に姿を消した。

これでアナザーウィザードが戦いを避けていることはハッキリした。となると、ここで倒せなかったことが非常に痛い。次に出くわせるのは果たしていつになるのか。

 

 

「うぅ…情けないです」

 

「あ、そうだ。大丈夫ですか! えぇと……天使さん?」

「うぉーいソウマぁー! ん? ミカドくんじゃん!! あと誰そっちの人、可愛い!?」

 

「か、可愛いだなんてそんな…照れますよ……ではなくっ! あれ? もしかして見えてます…?」

 

「えっと…はい、割とくっきりと」

 

「おかしいですね…天使力を全開にしたはずなのですが……もしかしてその姿、人間の方ではないのですか!?」

 

「いえ人間です。変身してますけど。それで天使さん、いろいろ話聞きたいんですけど…」

 

「へ?」

 

 

顔にカタカナが書いてある全身装甲の人間に加え、天使という存在に対して随分と呑み込みが早い。話まで聞かれるらしい。久々の人間界は随分と様変わりしてしまっているようで、タプリスは戦慄した。

 

ちなみにタプリスの姿が人間に見えているのは、単に天使力不足である。

 

 

「なるほど、こちらの人間さんは皆さんのお友達だったんですね。失礼しました、私は千咲=タプリス=シュガーベルです。未熟ですが天使をやらせてもらってます!」

 

「やっぱ天使…何あったらこんなことになるんだよミカド」

「……知るか」

 

「それにしても情けないところをお見せしてしまいました…やはり私は未熟、天真先輩がいてくれたら心強いのですが………む? 今、天真先輩のこと気になりましたか!?」

 

「…え? 名前出たし、まぁ少しは。誰ですかそれ」

 

「よくぞ聞いてくれました! 天真先輩は私の憧れの先輩です! 天使学校を首席で卒業した、容姿端麗将来有望のまさに天使の中の天使! こちら天真先輩のお写真です、どうぞ人間界でもご布教くださいませ」

 

 

天使学校というパワーワードは出るし、タプリスの圧は凄いし、情報が渋滞を始めた。しかも渡された写真なのだが、ここに映っている人物、壮間にはどうにも見覚えがある。

 

 

「今、天界は未曾有の危機に瀕しています。そこで人間界にいる天真先輩のお力を借りようと、私タプリスが下界に降りて来たというわけで……」

 

「よっタプリス。久しぶり」

「あ、天真先輩。お久しぶりです」

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

「天真先輩っ!!??」

 

「ですよね!! やっぱりさっきの着ぐるみの人!!」

 

 

熱く語っていたタプリスの肩を叩いた人物は、先程着ぐるみで倒れていた女性。写真の清く美しい優等生の少女とはまるで別物だが、表情や髪質に目を瞑れば完全に一致している。

 

そう、彼女こそが天使学校が誇る優等生天使、天真=ガヴリール=ホワイト……の成れの果て。

 

読者の皆様には一足先に説明するが、彼女は修行として下界に降りた後、ネットゲームに触れたことでみるみるうちに堕落。そして成ったのだ。家に引きこもってゲームだけをして生活することを目標にしている、救いようのない天界きっての駄目天使───通称「駄天使」に。

 

 

そんな駄天使と、王を目指し勇む壮間と、過ちに惑うミカド。その三名が出会ってしまった。

 

 

「なんかめんどくさそうだし、やっぱ帰るわ」

 

「「待って待って待って!!!」」

 

 

 




今回登場しましたのはタプリスとガヴリール、参考は漫画ですが設定はアニメ準拠で行こうと思います。察しの通り雰囲気は一気に明るくなりましたが、別にだからといってミカドが明るくなるわけじゃないので悪しからず。

アナザーウィザードは強敵で、しかも何やら企んでいる様子…どうする天使たち。

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駄天使と堕天使

ミツバ
仮面ライダーエターナルに変身した青年。19歳。死した後に不死身の生物兵器として蘇った「NEVER」であり、怪盗団「cod-E」の頭領として世界中から「ガイアパーツ」を盗む怪盗。その生きる意味と評価基準は全て楽しいかどうかであり、それ以外の感情は欠落しているといってもいい悦楽狂にして戦闘狂である。高坂雪穂と絢瀬亜里沙に執着して振り回しているが、その理由は明かされていない。2009年ではアナザーダブルを足止めする役割を請け負った。修正された歴史では母国で平和に暮らしており、お金を稼いでいつか世界旅行をするのが夢。


ミツバに関しては非公開情報が多過ぎて詳しく書けん…146です。この間ぶりです。筆がノリノリでございます。今回は特に説明不要、強いて言うなら「堕天使」は別にヨハネじゃないです。あと僕の推しはタプリスです。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!




神に仕え、清い心を持ち、下界の人々を幸せへと導く。それが天使。そのように教えられ、育てられた天使たちは天使学校を卒業すると、下界に降りて人々に紛れて暮らすという修行をするしきたりとなっている。

 

天使学校を首席で卒業した「天真=ガヴリール=ホワイト」もその中の一人だった。そして、地上に降りた時には天に誓いを立てたのだ。

 

 

「人間を幸せに導くのが、天使の使命…だから私は絶対、立派な天使になります!」

 

 

 

「───なんて考えてた時期もあったなー。私にも」

 

「それで、駄天使…と」

 

「そ、どうしようもなく駄目な天使で略して駄天使な」

 

 

そして時は過ぎ、ガヴリールが地上に降りてから6年以上。彼女は完全に娯楽と怠惰に汚染され、澄んでいたあの時の姿は見る影も無し。天界でも例を見ない「駄天使」と成り果てていたのだった。

 

 

「なーにが人類だ、ふざけんなっての。こちとらバイトで毎日生きるのも精一杯。他人のことまで構ってられるか。もうぶっちゃけ今は人類滅びろって思ってる」

 

「タプリスさん。再々確認しますが、この人が尊敬する天真先輩?」

「天真先輩です……ある悪魔のせいでこんな事に……昔はこんなじゃなかったんです。本当です…」

 

 

遊園地にてアナザーウィザードと遭遇した壮間だったが、そこに現れたのが天使タプリスとミカド。たまたまその遊園地でガヴリールがバイトをしていたため、その騒ぎでばったりエンカウントし、天界と関係があるらしいアナザーウィザードの情報を聞き出すべく壮間は天使たちから話を引き出していた。

 

ミカドも壮間たちと居るのは抵抗があるみたいだが、アナザーウィザードの情報を得るために黙って同行している。

 

ガヴリールについて行く形で一行はコンビニに入店。足は真っ直ぐ雑誌売り場の横に向かう。

 

 

「6年ほど前になりますが、平和だった天界に魔獣の軍団が攻め込んできました。それは余りに突然で、もうずっと戦争なんてしてなかった天界は大パニックです。最初は魔界の悪魔の仕業だって大騒ぎでした」

 

「そっか、天界もあるから魔界もあるんだ」

「スケールが大きい話だな……天界と魔界の戦争って、人間が割って入れる話じゃない気がするんだけど」

 

「いや、そりゃ無いだろ。天界と魔界がいがみ合ってたのって、もう何百年前の話だよ」

 

 

ガヴリール曰く、天使と悪魔というのは今はそれほど険悪でもないらしい。一応、魔界や悪魔は敵という文化は残っており教育にも含まれているが、実際のところ仲が悪いお隣さんくらいの感覚に落ち着いているとか。

 

プリペイドカードを取ったガヴリールは、誰も並んでいないレジに進む。

 

 

「魔界だって今は働き方改革だ。人間滅ぼしたりとかはもうやってないとさ。あ、限度額でおねさっす」

 

「あんまし聞きたくなかったな、魔界のそんな話…俺もなんか買うか」

 

「ですが魔界の攻撃だと思った大天使様たちは悪魔と大喧嘩です。その後も攻撃は続き、天界はボロボロ。人間界にいた私たちも天界へ強制送還されることになってしまいました」

 

「……ん? じゃあなんでガヴリールさんは人間界に? バイトもしてたし、随分と馴染んでるように見えたんですけど。すいません1000円からお願いします」

 

「そんなの決まってんだろ。逃げたんだよ、天界の命令から。そんな危ないトコに誰が帰るか」

 

 

「当たり前のこと聞くなよ」と言わんばかりのガヴリールだが、いわば祖国の危機の状況にこの態度だ。薄情とかそういうレベルではない。話を聞けば聞くほど、彼女に天使の翼が付いているところをイメージし辛くなっていく気がした。

 

壮間もレジ横のチョコレートを買い、ガヴリールを追って退店。

 

 

「自分の責務を放棄するか……話にならないな」

 

「なんで知らねーやつに説教されなきゃいけないんだよ」

 

 

そこまで沈黙を貫いていたミカドが、その無責任さに思わず口を開いた。が、メンタルが無敵なのかガヴリールには全く効いていない。

 

 

「光ヶ崎さんの言う通りですよ! お姉さんからも頼まれました、天界が天真先輩の力を必要としてるんです! 今日こそ天界に連れて帰りますからね!」

 

「げっ、ゼルエル姉さんが…だが絶対に戻らないからな! 私はこのままずっとネトゲとソシャゲで特に大義もなく下界で死んだように生きていくんだ!」

 

「ここまで吹っ切れてる人、人間でも稀な気がする…」

「でも天界がそこまで頼るって、ガヴリールさんメチャクチャすごくて強い天使なんじゃ!?」

 

「お、そこのJKなかなか鋭いな。私だってこう見えて、かつては天界が誇る秀才天使と呼ばれた天使だ。私がちょっと本気出せば世界だって救えるんだぞ。出さんが」

 

「そうです天真先輩はすごいんです! 人や物を瞬間移動させる天真先輩の『神足通』は天界でも稀に見る高等魔術! その力があれば……」

 

「……敵地に一瞬で兵力を動かし、奇襲できる。最強の能力だ」

「いえ、資材の移動が楽になるので、復興がさらに進みます」

「まさかの土木工事用途」

 

 

長年戦いをしていないせいか、天使の発想が随分と平和的だ。ミカドの言う使い方なら敵を一方的に討ち滅ぼせるだろうに。

 

 

「……ていうか、お前らいつまでついて来てんの」

 

 

ここでようやくガヴリールが今の状況に言及を入れた。普通に同行しているが、タプリスはともかく壮間たちは彼女と何の関係も無い人間だ。かくいう壮間も雰囲気でいけると思っていたので、聞かれると困ってしまう。

 

 

「そういえばこれどこ行ってるの?」

 

「私の家だよ! 行っとくけど私は天界には絶対帰らないし、さっきの変な宝石魔人にも関わらない。わかったらお前らも散った散った」

 

「そんなー! 天真先輩を説得せずに天界には帰れませんよ!」

 

「知らん。そもそもなんでこの街わかったんだよタプリス。姉さんにもバレないようにわざわざ舞天市から引っ越したってのに」

 

「それはこの辺りから天真先輩の匂いを感じたので」

 

「うわっ気持ち悪っ……」

 

「俺だってアナザーウィザードのことまだ何も知れてないですし、帰れませんって」

「だからお前らは誰なんだよ」

 

 

ガヴリールも人間界に長く暮らしているから分かってきたが、これは上手く逃げられないパターンだ。香奈の方が明らかに人懐こくて押しが強いのは分かるのだが、壮間の方も控えめに見えて相当我が強いというか、謎の自信に満ちているように見えた。

 

 

「私は何も知らん。タプリス説明しろ。お前だろあの魔人と戦ってたの、人間にめっちゃ見られながら」

 

「うっ、それはその…あれは最初の魔獣侵攻の時に天界を攻めて来た魔人で、きっと魔獣を操る黒幕ですっ! 正体不明、ですが人間界でなにか企んでいるようです! 天使として見逃せません!」

 

「正体不明ね……だとよ人間共。私は駄天使だから見逃す。てなわけで私とは関係ないなQED。私じゃなくてタプリスについて行けばいいだろ」

 

「まぁそれもそうか…タプリスさん、今からどうするつもりです?」

「私、人間界で行く当てがないので天真先輩にお世話になろうかと!」

「えぇ…昔より厚かましくなってないかお前。これ、どうしても私も巻き込まれる感じか?」

 

 

もう抵抗するだけ無駄な気がしてきたガヴリール。人間界ではできるだけ面倒事に遭わないよう生きてきたつもりだが、今回ばかりは無理な匂いがプンプンする。仕方ないと割り切った方が楽そうだと判断し、肩を落として嫌そうに先の景色を指さした。

 

 

「しゃーない、邪魔しないならついて来ていいぞ。もうそこが私の家だし」

 

「おおっ! やったねソウマ!」

 

「うん…本当にやっとアナザーウィザードの件が進展する……」

 

「いや待てよお前ら、なに普通に入ろうとしてんだ。仮にも乙女で天使の一人部屋だぞ。人間の男共は出禁だ出禁」

「そうですよ! 先輩の純潔を汚すような真似はさせませんからね!」

 

「えぇ……」

 

 

確かに言われてみれば正論なので素直に身を引く、女性経験がない壮間。となると同行できるのは香奈のみなので、別れる前にサムズアップで渾身のアイコンタクトを図る。

 

 

(ツッコミは任せた!)

 

(ばっちこいだぜ!)

 

 

絶対に伝わってないだろうという確信を胸に、取り残された壮間。

そしてミカドも取り残された。

 

 

「……」

 

 

気まずい。目を泳がせた末に見つけたソレを、壮間は思わず声に出してしまった。

 

 

「ボウリング!……とか、行かね…?」

 

 

 

________________

 

 

 

「おじゃましまーす…」

「ここが天真先輩の新しい家ですか…!」

 

「新しいつっても、もう何年も住んでるけどな。ほら適当なとこ座れ」

 

「天使の部屋かぁ……そう思うとなんか緊張し……!?」

 

 

地獄。想起した二文字は、天使とは真反対に位置する単語。

香奈は大口を開けて驚く。タプリスも予想はしていたが、予想以上で顔面蒼白に。そこはもはや部屋ではなく、大き目のゴミ箱と言っていいほど汚い空間だった。

 

大小様々なゴミ袋がそこら中に敷き詰められている。ゴミ袋になっていればまだいい方で、いつのものか分からないペットボトルに空き缶、カップ麺のゴミ、ポテチの空き袋、使用済みプリペイドカード、よく分からない紙に脱ぎ捨てられたジャージに下着にetc……もはや汚部屋という概念すら逸脱した何かだ。そもそも座る場所がない。

 

 

「なんだろ、私の部屋も綺麗だとは思わないけど、なんていうかその……汚っ!!」

 

「もう天真先輩っ! やっぱりこんな生活を…ダメですよ! さっそくお掃除です!!」

 

「タプリス、しっ! シャラップ! 黙れ! いいかお前ら、もう間もなく大型アプデのメンテナンスが終了し、新キャラ実装&ピックアップガチャが開催される! その意味が分かるか?」

 

「あ、あぷで? ぴっく…? なんですそれ…?」

 

「戦って意味だ!」

「戦!?」

 

 

バイト用の服を脱ぎ捨て、そう叫んだガヴリールが持っているのはスマホ。人間の娯楽に疎いタプリスは知らないようだが、香奈はそのアイコンを見てピンと来た。

 

 

「そのソシャゲ、私もやってる! 面白いですよねそれ!」

 

「ほう、マジか。わかるやつだな」

 

「片平さんも…? はっ! つまり片平さんも戦を!!?」

 

「いや流石にそこまでの気合は…」

 

 

やっていると言っても毎日ログインして少し遊ぶ程度の、最も健全な範囲のエンジョイ無課金勢だ。しかしガヴリールはきっと確認するまでもなく、ガチ勢もガチ勢の廃課金厨。

 

 

「ふっ、低ランカーの迷える人の子に教えてやろう。今回実装されるのは今後1年は必須級となる圧倒的人権キャラ! このゲームに天井は無い。つまり出すしかない、この魂の5万円で!!」

 

「5万!?」

「先輩、天界からの給付を切ってますよね!? そんなお金どこから…まさか!」

 

「そう。私はこの6年間、課金をするためにバイトを増やして働き続けた。そして、これから一か月、私の食卓からおかずを消すことで錬成に成功した5万円だ!」

 

「なんて覚悟…これが天使の課金!?」

 

 

課金厨は己の身を切ることすら厭わない。その価値観に若干の関心をしてしまう香奈はさておき、タプリスは素直にドン引きだった。

 

 

「そんな食生活してていいわけないです! やっぱり天界に帰りましょう! いくらなんでもここよりは良い食事で栄養も取れます!」

 

「知ってるかタプリス。インスタントラーメンを食べた後のカップは、洗わないことで数回うっすらと味の付いた水を楽しめるんだ」

 

「先輩ぃ……」

 

「私は天界で炒った豆を食べて過ごすよりも、栄養バランスなんてクソ喰らえのジャンクフードと夜通しのゲームで天に召される覚悟を取った。これが無職の心得だ!」

 

「なんかかっこいい!」

 

 

以前よりも悲惨になった憧れの先輩の姿に、健気な後輩タプリスは涙が止まらない。香奈は初めて見る無職という人種に語彙力を失ってツッコミどころではない。

 

今か今かとメンテナンスが明けるのを待つガヴリールだが、その周囲は地獄絵図のゴミ置き場。そんな汚い部屋とくれば当然、居住者は他にもいるわけで。

 

 

「ん、いま何か音が…」

 

 

その姿を見て反射的に絶叫する香奈とタプリス。天使、人間問わずに遺伝子に刻まれた恐怖と嫌悪の象徴。ポテチの空き袋の中からこんにちはしたのは、例の黒いアイツ。

 

 

「ちょ、わ、ゴキぃぃぃっ!!?」

「月乃瀬先輩から聞きました。あれが下界が生んだ過ち(ブラック・ウェポン)…!? 気持ち悪いです! 片平さんなんとかしてください!!」

「天使なんでしょ! 私は無理ですゴキブリと雷はマジで無理なんです! うわっ速いしゴミで逃げ場がない! 飛ばれたら死ぬ!」

「飛ぶんですかアレ!?」

 

「ったくうるさいな。 ゴキブリくらいで……ほれ、天に召されろ!」

 

 

叫び散らす2人にイラついたガヴリールは、不意に立ち上がると慣れた動きでゴキブリに鉄槌。鈍い音が響き、ゴミの間を駆け回るゴキブリを正確に一撃で叩き潰した。

 

 

「さすがは天真先輩……助かりましたぁ……っていま何で叩きました?」

 

「ゴッって言いましたけど。それ、ラッパ……?」

 

「先輩っ!? それ世界の終末を告げるラッパですよ!!」

「終末!?」

 

「あ、ホントだ。手近にあったからつい」

 

「吹けば天界の大軍勢が人類を滅ぼしに来るという、神話級の神器を……!」

「いいじゃん別に。命を天に還してるし、用途としては正しい」

「よくないですよ! 人間界の修行を終えたら返却義務があるはずです! 天真先輩が持ちっぱなしだから継承も途絶えて……」

 

 

天使間で繰り広げられるトークのスケールが急に飛躍。そんな大層なものをこの廃人に持たせている現状とか、軽々しく扱われる人類の存亡とか、言及すべきポイントは多々あるが香奈の脳から出た言葉はこれだけだった。

 

 

「すごい!!」

 

 

________________

 

 

 

「すごい!……じゃねぇんだわ!!!」

 

 

壮間の魂の咆哮と共に放たれた重球が、10本のピンを一撃で全て薙ぎ倒した。壮間の本日初ストライクだ。

 

 

「……何故叫んだ」

「いや、なんかつい…ごめん」

 

 

そう謝る壮間の次にレーンに立つのはミカド。

ヤケクソ気味にボウリングに誘った壮間だったが、まさか了承されるとは思わなかった。普段のミカドならば「ふざけるな誰が貴様と。死ね」と言われて終わりだっただろうに。

 

 

「なんで来たんだよお前、らしくない。やっぱ変だぞ」

 

「別に理由は無い…やる事が無かっただけだ」

 

 

ミカドはそう言いながらも毎投ストライクなのでスコア差は開くばかりだ。少しだけ腹が立つ。

 

 

「俺がお前誘ったのは、話聞きたかったからだ。そんな顔するくらいなら何があったとか聞かせてくれよ。お前だって香奈に殴られたくはないだろ」

 

「断る。貴様だけには……話せない。これは俺の問題だ」

 

「あのなぁ、俺はお前のことまぁ…友達とか仲間とか思ってるわけでさ。力になれるかもしれないって思ってんだよ。一人で抱え込んでも限界ってあるだろ」

 

「貴様の力は借りたくないと言っているんだ。分からんさ…人の力ばかりを借りている貴様には!」

 

 

壮間のボールが逸れ、ガターに。ミカドの言っていることは正しいし、それを言われたら壮間にはお手上げだ。

 

一方でミカドも分かっている、壮間がただの他人依存の人間ではない事を。自分では零すような命も、切り捨ててしまうような命も、なんだかんだで救い出す。壮間はそんな男だ。だからこそ頼れない。頼ってしまった時が、ミカドの最期なのだ。

 

 

「俺のやる事は変わらない…未来を変えるため、戦うしかない。戦う以外の道なんて俺には残されていない。そうだ、最初から覚悟を決めれば済む話だったんだ…!」

 

「ミカド……」

 

「俺はあの自堕落な天使のようにはならない。己の使命からは逃げない、死んでもだ」

 

 

「まだ自分が世界の中心だと思ってるの。めでたいね」

 

 

指が鳴った音が聞こえると、投げられた玉が、倒れるピンが、ボウリング場の全てがミカドと壮間を置いて完全に停止した。ボール置き場に寄りかかって、タイムジャッカーのヴォードは壮間が買ったチョコを袋から出す。

 

 

「お前、浦の星の時のタイムジャッカー!」

 

「ヴォードね。他の2人が濃いし、別に覚えなくていいけど。それはそうと、ちょっと見ないうちにゲイツの方が愉快な事になってるや」

 

 

壮間のチョコを齧るヴォードの視線はミカドに向けられており、そこから見える感情は「憐憫」のみ。ミカドの屈辱を煽るように、ヴォードはミカドを見下す。

 

 

「ようこそこっち側に。初めて? 他人の人生の脇に追いやられるのは」

 

「……何だと…?」

 

「君がやることは全て裏目に出る。藻掻いて動いたところで、同じことを繰り返す。反省できない顧みれない。諦めな、それがこの物語で君に与えられた役割(ロール)だ」

 

「おい待てよ。何勝手なこと言ってんだ、ミカドはそんな奴じゃない! 俺もあんまコイツのことは知らないけど、お前よりは絶対知ってる。ミカドはもっとすごい奴だ」

 

「ふぅん……哀れだねぇ君。今なら仲良くなれそうだ」

 

「……黙れ!!」

 

 

それは何処に向けられた感情か分からないが、抑えられない苛立ちのままミカドはヴォードに殴りかかる。が、拳が当たる前に時間停止に阻まれてしまった。

 

馬鹿でも予想できる展開に肩をすくめるヴォードだが、彼も別にミカドを煽るために現れたわけではない。

 

 

「ジオウ、ゲイツ、ドライバーを渡せよ。アナザーウィザードはアヴニルのとっておきだ。ムカつくジオウの方はまだ分かんないけど、ゲイツは死ぬよ絶対に。その前にドライバー回収しとこうと思って」

 

「ご親切にどうもだけど、応じるわけない。どうせ無理矢理奪えないんだろ!?」

 

「君に聞いてんじゃないんだけどなぁ。ま、僕は少ない友達と自分の役割(ロール)を自覚できるやつには親切だよ。まだ戦う気でも、そのうち身の程は浮き上がる」

 

 

ヴォードが窓の外を指さし、チョコの包装紙を投げ捨てたのと同時に爆炎が上がった。その爆心地は、ちょうど香奈とタプリスが向かったはずのガヴリールの部屋があるマンション。

 

 

「で、どうする?」

 

「どうするもこうするも無いだろ! 行くぞミカド!」

「……指図するな」

 

 

ヴォードを素通りし、壮間とミカドは変身して爆炎に向かう。一瞬止まってしまった足と、ヴォードの表情と言葉が、ミカドの傷跡に爪を立てた。

 

__________________

 

 

ガヴリール宅爆発から少し時間を遡る。

 

 

「…来た! メンテ明けたぞ集合!」

 

「えぇっ…いまお掃除を始めたところで…」

「そんなもんいいから来い! 人間の祈りとタプリスの天使力があれば絶対当たる!」

 

 

香奈とタプリスに掃除を任せておいてこの言いぐさである。しかしなんだかんだ頼られると嬉しいタプリスと、単にゲームに興味がある香奈は、すぐに集合する。

 

 

「排出率は2%だ」

「あ、結構出るんだ」

 

「たった2%ですよ!? ふたりともお気を確かに! 天真先輩、やっぱりやめませんか…? その5万円があれば美味しいものや新しいお洋服だって……」

 

「そんな在り来たりな幸せは捨てた。私はこの2%に、お前らの魂を賭ける!」

 

「「勝手に賭けられた!?」」

 

 

ガヴリール、5万円を入金。ガチャの闇に没入。

そして次々と回される10連ガチャ。入らないロード、止まらない画面、毎日何時間も働いて稼いだお金はあっという間に溶けて消える。みるみるうちにガヴリールの顔色が悪くなっていく。見ていられないとタプリスが目を塞ぐ。香奈も共感性の胃痛で苦しむ。誰も幸せにならない闇のゲームだ。

 

そして、わずか数分でラスト10連に。

 

 

「…タプリス、回してみろ」

 

「ひぇ!? いやでも、それって最後の1回ですよね!?」

 

「だからこそだ。この最後の希望を…私は信頼できる後輩のお前に託す」

 

「タプリスさんならやれますよ! 勝ちましょう、私たちで必ず…この闇に!」

 

「天真先輩…片平さん…」

 

 

希望を託されたタプリスは、息をのんで人差し指を伸ばす。

これが人間界の試練。ガヴリールも通った門。超えてみせる、必ず。そう覚悟を決めたタプリスは意を決して、10連ガチャのボタンにタップした───

 

 

結果、当たらず。圧倒的爆死。

 

 

「やっぱダメかー」

 

「やっぱりってなんです!?」

 

「タプリスっ……! お前……絶対に許さないからな……人の…人の金でドブりやがって……!」

 

「す…すいません…でも先輩が回せって…!」

 

「問答無用! もう終わりだ……こうなったら………」

 

 

世界の終わりのような顔になったガヴリールは、床に転がっていたソレを拾うとフラフラと立ち上がる。彼女が構えたのは、さっきゴキブリを潰した「世界の終わりを告げるラッパ」。

 

 

「こんな世界滅ぼすしかない…!」

 

「うわあああ!? 落ち着いてください先輩!!」

「うん流石にストップ!! どうしますタプリスさん、殴りますか! 一発気絶させます!? 人類の危機ですよ!!?」

「今の私を止められるのは緊急メンテだけだ…これが天罰、悔い改めよ人類!」

「「あああああああっ!!!」」

 

 

ヤケクソ投げやりになったガヴリールを必死で止める2人。

が、そこに舞い落ちる黒い羽根。

 

 

「その絶望を、我が救済に捧げよ……」

 

 

アナザーウィザードが汚部屋の真ん中に降臨。

まだ壮間も察せていない事実だが、アナザーウィザードは人間の「絶望」を嗅ぎつけて現れる。つまりガヴリールが爆死した絶望を感知したのだ。

 

 

「……」

「ども…」

 

 

重なるカオスに凍り付いた空気。アナザーウィザードと目が合う。

アナザーウィザードも先程出くわしたタプリスや恐らく天使であろうガヴリールを見て暫く沈黙していたが、そのまま指輪を腰にかざして無慈悲に魔法を発動。

 

 

《エクスプロージョン》

 

 

爆発(エクスプロージョン)

その上位魔法は、戸惑う3人と爆死した端末と散らかった部屋を吹き飛ばした。

 

そして今に至る。

 

 

「っ、ガヴリールさん! 無事ですか!」

 

「お前…なんだその恰好。無事に見えるか?」

 

「見えませんねすいません」

 

 

ガヴリールの部屋もさぞ地獄だっただろうが、壮間とミカドが変身して駆けつけた時には部屋は消し飛んでおり、空に浮かぶアナザーウィザードと黒焦げのガヴリールが対峙していた。

 

何が起こったのかは分からないが、香奈とタプリスがその横で倒れているのを見て熾烈な戦いを想起してしまう。

 

 

「香奈! タプリスさん!」

 

「こいつらアイツの魔法で寝てるだけだ。瞬殺だった」

 

「香奈…タプリスさん…」

 

「また来たか王候補…その時ではないと言ったはずだ」

 

「知らんわ。私の部屋ぶっ飛ばしといて何言ってんだ。まず謝罪と弁償が筋ってもんだろ、出すもん出せよおら」

 

 

ガヴリールは金のハンドジェスチャーで完全にヤクザの顔をしている。絶対に天使の言い草でも仕草でもない。

 

しかし、壮間が気になっているのはやはりミカドだ。いつもならすぐにでも攻撃を仕掛けるはずなのに、今はアナザーウィザードの出方を伺っているような、攻撃を躊躇しているような。

 

 

「…そうだな、筋は通すべきか。元より貴様と我には、切れぬ縁が在る」

 

「はぁ?」

 

 

アナザーウィザードが空中で変身を解く。袴を着たような金髪の美青年は、黒い翼と汚れた天使の輪を誇りのように見せつけた。彼は懐かしむような視線をガヴリールに向け、その隠されし因縁を吐露する。

 

 

「余りに穢れていて直ぐには感知できなかった。堕ちたな、天真の妹……」

 

「お前は……!」

 

 

明かされた正体は人を絶望へ誘う堕天使。怠惰に堕ちた駄天使はその姿に、封じられていた記憶が放たれ、物語が動き出す───

 

 

「誰だ。知らん」

 

「知らないのかよ!!!」

 

 

なんてことはなく、特に何も起きなかったようだ。ジオウのツッコミが虚空に反響した。

 

 

 




この編の雰囲気が掴めた頃かと思います。思ったよりも真面目です。
ガヴリールは原作よりも更に荒れた感じに、タプリスは原作よりも「少しだけ」しっかりしてる風をイメージしています。次回もすぐ更新できそうですのでお待ちください!

感想、お気に入り登録、高評価などなどよろしくお願いします!


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天使大戦の末に

樋下美鶴
アナザーファイズに変身したオルフェノク。19歳。兄が殺人事件を起こし失踪、父が暴行で逮捕、母が自殺するという壮絶な過去を経てドナートの孤児院に引き取られるも、喰種に焼き殺されたことでオリジナルに覚醒した。化け物であり居場所のない自分が嫌で、人間であることに固執するようになったがその性根は非常に暴力的に。アヴニルの誘いを受けて喰種化施術により半喰種となり、アナザーファイズとなって荒木湊を殺害。それから15年に渡って「謝肉祭」を行い、喰種を絶滅させ誰かに認められることを望んだ。

本来の歴史では・・・ファイズがミナトだと知り、心の何処かで縋っていた希望を失ったミツル。ミナトが死に、心が壊れた後も執念で生き延び、何の因果か流れ着いたファイズギアで変身しラッキークローバーの「グラスホッパー」を討伐。ラッキークローバーの「ディノポネラ」として名を連ねることになる。


Twitterのスペースで声がデカくて家族に叱られた146です。
前回「誰!?」で終わった物語、彼の正体は一体…あと今回ガヴの戦闘スキルがちょっとだけ成長しています。能力的な面で。

あとアンケートを新しくしました。投票よろしくお願いします!


 

「誰だ。知らん」

 

「……そんなことは無い。思い出せ、天真の妹」

 

「そんなこと言われましても」

 

 

堕天使としての正体を明かしたアナザーウィザード。彼はガヴリールとの因縁があると言い張るが、どうやらガヴリールにその記憶はないようで不毛な問答が続いていた。

 

 

「……皇=ルシフェル=セイントだ」

 

「あ、『ルシ兄さん』か。いたいたそんなやつ。確か神足通が得意だった」

 

「やっぱ知り合い…ですか? 一体どんな因縁が…」

 

「普通に姉さんの知り合いで、本当に昔ちょっと会ってたくらい。全然やっちゃっていいぞ」

「そうですか。何だったんだこの時間と引き…」

 

 

どうやら引っ張った時間に意味は無かったようで、ルシフェルは自己紹介を済ますと再び変身し、容赦なく魔法攻撃を仕向けてくる。

 

 

「天真の妹といえど、堕ちた天使に慈悲など与えない」

 

「あの人も天使なんですよね!? そっちの方も大概なんか堕ちてる感じに見えるけど!」

 

「我が堕天は必要な犠牲だ。全ては、我らの天界を救うために!」

 

《フレイム》

 

 

生成された複数の火の玉が降り注ぐ。運動能力がゴミ過ぎて避けられないガヴリールをジオウが庇うが、ゲイツの動きが鈍い。先程よりも更に。

 

 

「我が行動に矛盾を感じることだろう。だが絶望の世界を救うためだ、理解は求めない。サバトを決行する! 叛逆したくば剣を持て、天真=ガヴリール=ホワイト!」

 

「いや別にやらねーよ…ルシ兄さんのことなんてどうでもいいし、天界がどうなったって恨みとか何も……」

 

 

別にアナザーウィザードに恨みなんて、部屋を壊されたくらいしかない。天界が攻められようが知ったことでは無いし、魔界が疑われて両者の仲が険悪になったところでどうでもいい。

 

そのせいで世話焼き女房の悪魔にも、どうしようもない馬鹿悪魔にも会えなくなって、人間界でよく笑うようになった性悪天使がまた昔みたいに戻ったくらいで、特に何も恨みなんて───

 

 

「……いいや、気が変わった。やっぱ一発悔い改めろや、ルシ兄さん」

 

「いいだろう、来い…!」

 

 

ガヴリールの表情が変わった。たった一人で何万人を救済できると言われた天使、その存在感が光として溢れる。そしてジャージ姿は天使としての衣装に塗り替わり、翼と光輪が輝きを放った。随分と薄汚れてはいるが。

 

かつて神童と呼ばれた天使の本気が解放される。ガヴリールが放った光の矢が、天空に座するアナザーウィザードを貫く……

 

 

《ハリケーン》

 

 

なんてことはできず、風の魔法で矢とガヴリールはあっさりと吹き飛ばされてしまった。

 

 

「やっぱり弱いじゃないですか!!」

 

「当たり前だろ…だいたい私はリアルではタンクじゃなくてヒーラーなの。あー、今の一発で肩外れた。もう無理」

 

「じゃあなんで本気出すかーみたいな空気出したんですか!」

 

「なにもやらないとは言ってないじゃんか。例えば…」

 

 

ガヴリールが祈るように手を合わせると、振り返っていたジオウの視界からガヴリールが消え、足元から地面も消えた。その背後にはアナザーウィザード。空中のアナザーウィザードの後ろに瞬間移動したジオウは、咄嗟に斬りかかるが、一発当てた後はそのまま落下してしまった。

 

 

「こんな風に神足通でサポートしたりとか」

 

「先に言ってください! でも助かります、アイツは絶対に逃がさない!」

 

「ほらお前もはよ行けよ、なに悩んでんのか知らないけど」

 

「……分かっている」

 

《ゴースト!》

《ダブル!》

 

《アーマータイム!》

 

《カイガン!》

《ゴー・ス・トー!》

 

《サイクロンジョーカー!!》

《ダ・ブ・ルー!》

 

 

浮遊するアナザーウィザードに対し、ジオウとゲイツも空中戦用のアーマーを纏う。ゲイツはパーカーゴーストで攻撃を仕掛けるが、「アナザーウィザーソードガン」の出現と同時に布切れとして斬って捨てられてしまった。やはり強い。

 

 

「人間達よ貴様らに問う。何故戦い、王を志す。我が理想より尊き望みがあるなら示すがいい。無ければ世界のために犠牲となれ、人間よ!」

 

「その世界ってのは天使の世界だろ! 俺は人間なんだから人間の世界守るし、人間界傷付けるようなら取り合えず止める!」

 

「そうか…そちらの赤い戦士の言葉が、聞こえないようだが」

 

「ッ……!」

 

 

壮間の目から見ても明らかなほど、ゲイツの動きにキレが無さ過ぎる。そのせいでアナザーウィザードの重力の魔法をモロに喰らってしまい、ゴーストの浮遊が無力と化して地面に叩きつけられた。

 

 

「迷える羊が戦場に来るべきではない」

 

「…黙れ。世界を救う、世界のため、大義名分を振りかざして他者を傷付ける。なんだそれは…悪の怪人が、殺されるべき害虫が、俺のような事をするな!」

 

 

思えばアナザードライブだってそうだった。あの時は容易く蹴落とせた他人の愚かな正義を、ミカドはもう見ないふりすることはできない。知ってしまったのだ、自分の正義こそが最も尊いものというわけでは無いことを。自分がたったそれだけで止まってしまうほど弱く、愚かであることを。

 

この世界は何も間違っていなかった。間違っていたのはミカドだ。

 

 

「俺以外が理想を語るな…俺の前に現れるな! 貴様らがただ倒されるべき何かであればよかった…俺こそが世界の中心で、ただそれだけを貫けていたのなら…未来は救われたんだ!!」

 

「聞くに堪えない戯言だ。人間も随分と堕ちた…!」

 

 

アナザーウィザードの魔法攻撃に合わせ、ガヴリールの神足通がゲイツを再び空中に移動させた。何かを振り払うようにゲイツは殴りかかり、腕を掴んだそばからパーカーゴーストで攻め立てる。

 

鬼気迫りつつも合理性を貫いていたミカドらしからぬ戦い方だ。しかしそんな戦い方は通用せず、魔法じゃない単なる魔力の放出で退かされてしまう。

 

 

《ハリケーン》

 

「2対1だって言ってんだろ、両方ともさぁ!」

 

 

風の魔法をダブルアーマーのサイクロンサイドが相殺。左足のかかと落しが決まる前にアナザーウィザードが地上へと転移した。人間の前に現れる際にも使っていた、ガヴリールと同じルシフェルの『神足通』だ。

 

だが、それと全く同じタイミングでガヴリールも神足通を発動。逃げた先でかかと落しが決まり、更に斬り裂くように鋭い回し蹴りがヒットした。

 

 

「ミカド! なんだかわかんないけど、集中しないとタイムジャッカーが言ってたみたいに死ぬぞ! コイツ本当に強いし!」

 

「他人の心配か…? 偉そうになったな貴様も…!」

 

「はぁ!?」

 

「俺の事は構うな……俺は、貴様とは違う!」

 

 

アナザーウィザードが『ディフェンド』で足元から土の防壁を出現させるも、ミカドはジカンザックスで一直線に掘り進んでいく。何も考えず、執念だけを燃やして。

 

 

「貴様に倣ってやるアナザーウィザード! そうさ、殺さなければ未来は無い。決まっていたことだ! 誰の正義も知った事か。俺は理想の未来のために全てを捨てる! 例え悪になったとしても…俺は!」

 

 

大義のために個人の感情など必要無い。ただ仮面ライダーを殺すだけの部品になることが出来たのなら、迷う事も苦しむ事もなく、最短で、家族や友は救われる。

 

そんなゲイツの猛進に、アナザーウィザードは敢えてガードを解いた。抑えを失った力はそのままアナザーウィザードに迫る。

 

 

「貴様の行いで無数の幸福が消え去る。その意味が分かるか、人間」

 

 

振り下ろす腕が、真っ白になった自分の頭が。タスクを撃った時の、ミナトを斬った時の、ミツルを殺めた時の後悔を呼び戻す。体が温度を忘れて殺しきれない感情が溢れて、その手から武器は零れ落ちた。

 

駄目だ、殺せない。また後悔したくない。苦しみたくない。ミカドは悪にも成り切れないし、悪である自分を受け入れることができない。そんな自分が、死んでしまうほど嫌いだ。

 

 

「───ガヴリールさん!」

 

 

ジオウが咄嗟に叫んだ。想像できたのだ、その先に何が起こるのか。

アナザーウィザードが止まったゲイツに触れようとする。そこにあるのは、非凡な人間が抱えた良質な『絶望』。

 

ゲイツが自分の危機に気付いた時には、移動してきたジオウがアナザーウィザードの手を阻んでいた。

 

救われてしまったという事実が、その心を更に底へと落とす。

 

 

《リキッド》

 

 

アナザーウィザードの体が液状化し、あらゆる物質の介入を拒絶する。そこでジオウが起動したのは、この状況に対応できる唯一のウォッチ。

 

 

「アリオスさん、勝手に使います!」

 

《ネクロム!》

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

《アーマータイム!》

《テンガン!》

《ネク・ロ・ムー!》

 

 

円形の複眼に収まるピンク色の「ネクロム」。キメラアナザーから奪還したネクロムウォッチで変身した「仮面ライダージオウ ネクロムアーマー」は、緑の液体で満たされた眼魂ショルダーを起動させ、その体を液体に変化させた。

 

互いに液状化したことで互いに干渉する権利を得た両者は、形を問わない変幻自在な戦いを繰り広げる。

 

ゲイツは何も出来ない。何か方法はあったのかもしれないが、何も考えられなかった。両者が遠い。出会った時、取るに足らない男だったはずの壮間に何があった。己の正義に盲目になっている間に、変わろうとしなかった間に、とっくに追い越されていたことにやっと気づいてしまった。

 

そんなこと言ったって変われないんだ。未来を救う契約と、己に染み付いた憎しみと、殺してしまった命が変わることを許してくれない。

 

このまま例え悪になったとして、きっとミカドは壮間に止められる。それがミカドの限界だ。

 

 

「……存外、手間取らせてくれる」

 

「悪いけど俺…主人公なんで。こんなとこで負けられないんだよ」

 

「致し方ない…ここで使うつもりは無かったが、サバトの一端を見るがいい…!」

 

 

周囲に出現したのは4つの手のひら大の宝石。そのうち一つは前にアナザーウィザードが人間から取り出していた物と同じ色をしていた。あれはアナザーウィザードことルシフェルが集めているものだ。

 

宝石に亀裂が入り、砕け、そこから魔力が放出されて人の形を練り上げる。

 

 

「まさかアレが、タプリスさんが言ってた天界を攻撃した魔獣!」

 

「然り。名を『ファントム』。かつて魔界に封印されし絶望の化身達だ」

 

 

『ガーゴイル』、『リザードマン』、『ラーム』、『ヒドラ』の4体がアナザーウィザードの下僕として生み出された。一転して5対2の窮地に陥ってしまった。

 

恐らくアナザーウィザードはまだ手駒を出し惜しんでいる。このまま意地でも2人を殺すつもりなら、壮間はともかく今のミカドでは───

 

 

「…しゃーない。これだけは絶対嫌だったけど……」

 

 

ガヴリールが口を開いた。すると手を組んで目を閉じ、神々しい光が彼女の背から放たれる。彼女が何をしたのか誰も分からない中で、ガヴリールはとびきり下衆な顔で言い放った。

 

 

「今、天界に祈りを捧げてチクった」

 

「何…?」

 

「ルシ兄さんが下界で暴れてるってね。それ聞いたら誰が来るか分かるよな? 来るぞ、天界最強の『神の腕』。あんたの天敵のゼルエル姉さんが」

 

 

空気に電気が流れた様に緊張が走った。アナザーウィザードから発せられるのは、明らかにこれまでと様子の異なる威圧感。何を思ったかアナザーウィザードは、ファントム達を控えさせて撤退の姿勢を取った。

 

 

「ここは退いてやろう。だが、我が計画に狂いは無い。必ずサバトを決行し、天界を救済する……必ずだ」

 

 

ファントム共々、アナザーウィザードは神足通でその場から姿を消した。結果としては逃がすことになってしまったが仕方ないだろうと息をつく壮間だったが、ガヴリールは凄まじい様相で頭を抱えていた。

 

 

「よし逃げるぞ私は! もうすぐここに姉さんが来る!」

 

「別に逃げなくたっていいじゃないですか…呼んだのガヴリールさんでしょ」

 

「バカ言うな、私が何年姉さんから逃げてたと思ってんだ! もし会ったら…殺される! マジで! 下手すりゃ…消えるぞ、人間界…!」

 

 

それは逃げ場がないのでは。迷惑過ぎる。と思った壮間だったが、そこまでしてアナザーウィザードを追い払ってくれたと考えると、素直に感謝すべきだろう。本人は後悔してそうだが。

 

 

「アナザーウィザードの『救済』の意味、分かりますか…?」

 

「知らん。ルシ兄さんは前からちょっとアレな人だったし…でも、そういえばお前らが持ってるソレは見覚えあるぞ」

 

「そうですか…はいっ!? もしかしてウォッチですか? いきなりぶっこみましたね!?」

 

 

変身を解除したところで、ガヴリールが指さしたのはジオウのライドウォッチ。今までのパターンと同じようにアナザーライダーと関りのある人物がプロトウォッチを持っているとは思っていたが、展開が急すぎて転びそうになる。

 

 

「ちょうど天界がゴタついた頃だな、いつの間にか家にあって…」

 

「はい」

 

「金が無かったからネットで出品した」

 

「はぁ!? 何やってんすかマジで!」

 

「…んだけど、ビックリするぐらい売れなかったからまだ持ってる」

 

「あぁ良かった……! で、それはどこに!? 俺たちそれがどうしても必要なんです!」

 

「あんなもん欲しいのか? っと…確かあの辺に……」

 

 

そう言って振り返るも、あるのは瓦礫と爆風で吹き飛んだガヴリールの私物。

 

 

「このどっかにあるわ」

 

「嘘だろ……探すしかないのか……」

 

「…はっ、ここはどこ! 私は片平香奈! そして部屋も無い!?」

「うぅ……ここは私に任せて…公平にババ抜きで勝負…あれ、なんで私寝てたんです?」

 

「いいとこに起きた2人とも。ちょっと探して欲しいものあるんですけど、寝起きで悪いんですが…ガヴリールさんも手伝ってください」

 

「えぇ~私もやるのぉ~?」

 

 

いいタイミングで魔法が解け、目を覚ました香奈とタプリスを早速物探しに駆り出す。すると左程時間は経たずにソレは見つかった。自堕落な人間は散らかっていた方が物の場所がよく分かると言うが、見つけたのはガヴリールなので現実味を帯びている。

 

 

「『2012』に魔法陣…これがウィザードのプロトウォッチ!」

 

「よし、じゃあ1万円な」

 

「金取るんですか!? でも…背に腹は代えられないか…!!」

 

「さすがに冗談だって。で、そんなのを何に使うんだ?」

「2012年と言えば…そうですよ、天界に魔獣が攻めて来た年です!」

 

 

ガヴリールとタプリスに、香奈が詳しい事情を説明した。何故香奈がやったかというと、本人の希望だ。一回やってみたかったらしい。

 

 

「時間移動…!? そんな聞いたこともない高度な魔法を人間が…!?」

 

 

タプリスが凄まじいワナワナを見せている。一方でガヴリールも薄めのリアクションとはいえ、流石に驚いてはいるようだ。

 

 

「と、いうわけで私たちは今から過去に行って、あのアナザーライダーから天界を救って来るというわけです! どう、凄くないですか!?」

 

「すごいです! これぞ主がお与えになった奇跡……これで私も天真先輩とスクールライフを送ったことに……!」

 

「いやぁー、別にどっちでもいいわ」

「天真先輩っ!?」

 

 

しかしガヴリールから帰って来たのは予想外の返答だった。そもそも天界のことなんてどうでもいいのだから、それもそうかと思った壮間だったが、その理由もまた意外だった。

 

 

「天界とか魔界がどうだろうと私は変わらん。どーせ私はゲームばっかの駄目天使だし、それはヴィーネやサターニャ、ラフィだって同じだ。だったら別に変えなくたって、いつかなんとかなるだろ」

 

「…なんかちょっとだけ天使っぽいですね」

 

「天使だからな」

 

「ですが過去に戻ってもらえるんですよ? せっかくなので何か……そうです!」

 

 

しばらく悩んでいたタプリスが顔を明るくし、「これしかない!」と声を上げる。壮間も香奈も、その内容についてはある程度察しが付いていたが。

 

 

「天真先輩の駄天を未然に防ぐこともできるのではっ!?」

 

「はぁ? さっき言ったろ、私は元来こんな感じでどーせ変わんないって」

 

「いえ、本当の天真先輩はもっと品行方正で良識のある素晴らしい方でした! お願いします日寺さん、片平さん! 先輩を悪魔の魔の手から守ってください!」

 

「や…そんなこと言われても、俺たちだって好きなタイミングに飛べるわけじゃないし…」

 

「いや、中々に悪くない展開だ。承ってはどうだろうか我が王」

 

「ウィル!?」

「ど、どちらさまですかぁ!?」

「おぉ…またなんか出た。あんた人間か…?」

 

 

遊園地以来フェードアウトしていたウィルが、ここで再び登場。驚くタプリスに軽くお辞儀をすると、ウィルは壮間と沈黙するミカドに視線を向ける。

 

 

「本来は我が王の試練に私が介入すべきではないが、今回は難敵。ミカド少年のこともある。ならば……この程度なら問題あるまい」

 

 

ウィルがウィザードプロトウォッチに触れると、そこからもう一つのプロトウォッチが分離し、浮かび上がった。ウィルは2つのウォッチを壮間に手渡す。

 

 

「アナザーウィザードは2012年でサバトを決行した。アヴニル氏の事だ、かなり用意周到に準備をしていたに違いない。ならば試練の時代よりも『更に前の時間』に向かい、アナザーウィザードを妨害するというのはどうだろう」

 

「そんなことできんの!? ウィル、お前ほんとに何者…?」

 

「このウォッチでその時間に行けるようにしてある。妨害が終われば本来の試練に合流することも可能だ。それにその辺りは丁度、天真=ガヴリール=ホワイトが下界に降りてきた時期の可能性が高い」

 

 

都合のいい話だが、その通りに出来るのならそれが最善だろう。問題は壮間とミカドのどちらがどちらの時間に向かうか。それに対する答えは壮間の中では決まっていた。

 

 

「俺がアナザーウィザードを妨害する。あとついでにガヴリールさんの事も…ミカドは仮面ライダーウィザードがいる2012年の方を頼む」

 

「何だと…?」

 

 

言わばどちらかが裏方に回るようなもの。そこで壮間は、ミカドのサブに引っ込むと言い出したのだ。ミカドはそれが理解できなかった。この男はまだミカドを見誤っていると、静かに弱々しい怒りが湧き上がっていた。

 

 

「我が王ならばそう言うと思っていたよ。ミカド少年、君という存在が試される時だ」

 

「試される…だと? もう俺は俺という存在を思い知った…勘付けないなら言ってやる、俺はまた何も出来ない! 間違える! あのタイムジャッカーが言っていたことに……何一つ誤りは無い…!」

 

 

今はただ自分を否定した方が楽になれた。それくらいしか出来ることが無かった。自分を守るためにずっと溜め込んでいた本音が、2003年から帰って来た時のようにまた口から零れだす。

 

 

「貴様がやればいいんだ! 何もかも貴様一人が! 俺が何もしなくたって全てを収められるはずだ! 他から学び、答えを見つけ、望むように変わって……俺の家族も! タスクも! 俺が変えたかった未来だって、貴様ならきっと……!」

 

「……やっぱそうか。ミカド、だから俺は今のお前とは一緒に行けない」

 

「何故だ…!」

 

「俺が皆さんの心を受け継いできたのと、お前の願いを受け継ぐのとじゃ意味が違う。俺はお前が救いたい未来ってやつを受け継ぐ気は無い。なんで出来ないなんて言うんだよ、俺に出来るって思うならお前にだって出来るだろ!」

 

「何も分かっていない! 貴様は俺が犯した過ちも、俺の愚かさも何も…!!」

 

「それはお前が何も話してくれないから…!!」

 

「はいはいストップ。お前らちょっと落ち着け」

 

 

ガヴリールが仲裁に入ってくれたおかげで喧嘩にまでは発展しなかったが、今の壮間じゃミカドをどうこうできないのはよく分かってしまった。だったらやはり、今は別れて行動するしかない。

 

 

「どうしたんですかミカドさん…喧嘩はよくないです、私でよければ相談に…」

 

「やめとけタプリス。天使が手伝っちゃダメなやつだろコレは」

 

「ですが、それでは私たち天使は何のために……」

 

「知らね。ゲームとかするためじゃない? じゃ、私はそろそろ逃げるわ。姉さんがキレる前にお前らもはよ行った方がいいぞ」

 

 

ガヴリールはそう捨て台詞を残すと、ノートパソコンとスマホだけ持ってそそくさと走って行った。角を曲がったところでゼーハーと息切れが聞こえるので、逃げ切れるかは些か不安ではあるが。

 

 

「ソウマ、私はミカドくんの方に行くよ。私なら何かできるかも」

 

「あぁ頼む。次会った時、まだそんなんだったら今度はぶん殴るからな、ミカド!」

 

「知ったことか…俺はどうせ変われない」

 

 

ミカドは無駄な抵抗はせず、流れに従って2012年へと向かう事にした。いくら己に絶望していようが、何もしないわけにはいかないから。ミカドは死ぬまで戦い、世界を変えようとしなければいけないから。

 

タイムマジーンに乗り込んだ3人に、タプリスが祈りを捧げる。その先にある救いと輝かしい未来が訪れるように。

 

 

「……ま、なんとかなるだろ」

 

 

飛んで行くタイムマジーン。少し先でガヴリールも軽く祈ると、そう言って再び走り出す。その数メートル先で息を切らしているうちに、タイムマジーンはこの時間から消えた。

 

 

 

 




あと1話、2012年に行って少し話を進めて前半戦終了です。ギャグとシリアスの天秤は今のところ少しシリアス寄りか…?どうなんですかね、感想で教えてください。不安です。

今回は壮間とミカドの別行動。ダブル編でもそうだったけど。色々とビフォーアフターを楽しんでもらえるようにしましたが、これ絶対に難しいしキバ編に取っとけって話では……いいや知らね。

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ある魔法使いの今昔

アナザーファイズ
2003年の樋下美鶴が変身したアナザーライダー。改変された歴史では喰種「ファイズ」として謝肉祭を開き、喰種と人間を長きに渡って大量に殺害していた。
人外であるという条件を満たせば誰でも変身が可能。アナザーライダー形態でもオルフェノクや喰種の力を使えるため、能力値は変身者によって大きく変動する。一定条件下で撃破しない限り、何度でも蘇る。

アントオルフェノク
蟻の特質を備えたオルフェノク。Aレート喰種「パラポネラ」と分類されていた。変身者は樋下美鶴。オリジナルで、赫子のような触腕を出す「捕食態」という形態を持っている。小柄だが怪力を操り、優れた聴覚や触覚で獲物を索敵する。フェロモン状のオルフェノクエネルギーは経口で撃ち込まれ、オルフェノクに対しても理性を奪う劇薬として作用する。


カービィ新作に間に合わせました146です。
ガヴドロ×ウィザード編、前半戦ラストです。まさか一週間強で終わるとは…これが春休みか。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


2012

 

 

2012年、空に出来た穴より現れたタイムマジーン。それを空中より眺めるのは天使ルシフェルと、その管理者であるアヴニル。

 

 

「見えたか。あの飛行物体こそが時を超える箱舟…貴公を打倒しにやって来た、王の器だ!」

 

「そうか…精々挑んで来るといい、我がサバトは誰にも邪魔させない」

 

「それでいい。貴公の強き大義こそが、吾輩が貴公を選んだ所以なのだからッ! さぁ王となって世界を変えるとしよう!」

 

 

_________________

 

 

 

「魔法使いを探しています!! 魔法使いはいませんかああああっ!!」

 

「何の意味がある…こんな事に」

 

「やんないよりはいいでしょ! ミカドくんも声出してよ!」

 

「…やっていられるか。俺は下りる」

 

 

そう言って逃げようとするミカドを、香奈が力づくで引っ張って止める。今は壮間がいないためミカドと香奈という珍しいコンビに。香奈は押しが強く、ミカドも度重なる挫折で卑屈になっているため。互いが互いを面倒くさがっている状況だった。

 

2012年に来てやるべきことは、仮面ライダーウィザードを探すこと。しかし魔法使いであること以外何の情報も無いため、取り合えず大声で聞いて回っていた。無論、成果は無いが。

 

 

「よしこれ意味ないね! どんどん人がいなくなってくし!」

 

「そう言っている…」

 

「じゃあプランBで行こう。ガヴさんから教えてもらった情報、舞天高校にいるこの時代のガヴさん……の友達に会う!」

 

 

これまでのパターンでは、プロトウォッチを所持していた人物は仮面ライダーと深い関りがあった。つまりこちらの時代でガヴリールに会えれば、必然的にウィザードに近づけるはずなのだ。その旨を出発前にガヴリール伝えたところ、

 

 

『過去の私に迷惑かけんな』

 

 

らしく、会うならクラスメートに会えとのこと。

 

 

「ここだ。県立舞天高等学校!」

 

 

特に迷う事もなく到着した。浦の星女学院の時のように休日でもなければ、時間は放課後のようなので容易く潜入できる。壮間がいれば入校許可証を取っていたところだが、この2人がそんな手続きをするわけもない。

 

しっかり不法侵入し、許可を貰っている風に堂々と廊下で人探し。ガヴリールからその友人の名前や情報も聞いている。

 

 

『まずヴィネットってやつを探せ。そいつは人助けが趣味なイカれた悪魔だ。頼めば大体助けてくれる』

 

『悪魔!?』

 

『次はラフィエルだな。性格はちょっとアレだけど、私よりはしっかりした天使だ。多少おもちゃにされる可能性はあるけど、まぁ力にはなってくれるだろ』

 

『私はもう天使に対してそんな信頼持てないんですけど…』

 

『あともう一人、サタニキアって悪魔もいるんだけど……そいつは役に立たん。無視しろ』

 

 

天使や悪魔って意外とポコポコいるらしい。役に立たない悪魔が気になりはするが、それだけ有力な候補がいるのならウィザードもすぐ見つかるはず……だった。

 

 

「ヴィネット…あぁ月乃瀬さんね。今日は風邪でお休みだって、珍しい」

 

「白羽さんは家の用事がどうしても外せなくてお休みらしいよ。お嬢様みたいだし」

 

 

まさかの2連続外し。一応、ガヴリールの事も聞いてみたが「普通にサボり」だとか。

 

 

「なんっでこう器用に全員休むかなぁ!?」

 

「……」

 

「あーもう、なんか喋ろうよミカドくん! よくないよコミュニケーションの放棄!」

 

「…貴様と話せば俺の進むべき道が見えるのか」

 

「それはわかんないけど、何か力になれるかもでしょ。一人より二人、未来じゃわかんないけど、現代じゃ基本なんだから!」

 

「そう言って俺に寄り添った奴らは、どいつも俺の過ちで死んだんだ…俺が何をしなくとも貴様らに害は無いだろう。俺は俺だけで……戦う」

 

 

香奈の言葉は届かず、弱々しい「戦う」という言葉が嫌でも耳に残る。誰かと関わることが間違いだと言いたいのか、ミカドは目も合わせずに離れて行く。

 

結局学校ではウィザードも天使も悪魔も見つからず、ミカドと香奈の距離は離れるばかり。香奈もかける言葉や話題が上手く思いつけずヤキモキイライラして本当に殴りたくなっていたが、そんな時に背を叩いて香奈を呼び止める者が。

 

 

「ねぇ君、魔法使いを探してるんだって?」

 

「はい! でもすいません今ちょっと忙しくて!」

 

「俺が魔法使いなんだけど」

 

「そうですか、ではっ!……え゛ぇ!!?」

 

 

香奈に声をかけた青年は、自分が魔法使いだと名乗り出た。余りの急展開に女子が出すとは思えないパワーの声を出してしまう。青年が説明をするよりも前に、香奈に手を引っぱられ引きずり出されるのはミカドの前。

 

 

「ミカドくん見て!! 魔法使い見つけた!!!」

 

 

これには流石にミカドも固まった。

 

 

_______________

 

 

ミカドと香奈が向かった時間よりも少し前の時期。分離したプロトウォッチによって、壮間はその時間に降り立った。

 

季節は春。目的はアナザーウィザードの妨害と、ついでにガヴリールの駄天阻止。久しぶりの単独行動だが不思議と不安感は薄かった。成長したという証だろうか。

 

 

「さて我が王、早速行動を起こすとしようか」

 

 

どうせウィルがいるだろうと思っていたからだった。そして案の定いた。

 

 

「ウィルって概念とか妖精とかそういうのなの?」

 

「まさか。私ほどリアルを体現した存在はいないさ。そしてこの本によれば、今は春。見立て通り天真=ガヴリール=ホワイトが地上に降りた頃のようだ。アナザーウィザードこと皇=ルシフェル=セイントも下界にいる可能性がある。春の妖精ならぬ、春は天使の楽園といったところか。もっとも、いるのが天使だけとは限らない。悪魔や当然…怪人『ファントム』も……」

 

「うるさいな! 凄い喋るじゃん」

 

「ふっ…私だって我が王と2人なら機嫌も上がるというもの」

 

「気持ち悪っ…すげぇゾッとした」

 

 

彼が上機嫌な理由はこれ以上触れないようにして、取り合えずウィルが言っていた「悪魔」で壮間は留意すべきことを思い出した。出立する直前、タプリスがこんな事を言い残していたのだ。

 

 

『天真先輩の駄天を阻止するにあたって、警戒すべき特A級の危険人物がいます! その名は胡桃沢=サタニキア=マクドウェル……私が知る中で最も狡猾で強力な悪魔です!』

 

 

天使のタプリスがそこまで言う相手だ、出来る限りの警戒はしておくべきだろう。名前以外の情報は感情フルパワーで曖昧だったので、あまり当てにはしない方がいい気がするが。

 

 

「あんましガヴリールさん周りは変えない方がいい気がするんだけどな…」

 

「では先にアナザーウィザードを探すかい?」

 

「そうしたいのは山々なんだけど、方法がな…そうだ、あのミカドが持ってる鳥のロボ。あれ俺にもちょうだいよ」

 

「ふむ…元は()()()が来たら渡すつもりだったのだが、確かに索敵手段が無いのは少々不便だね。いいだろう、受け取るといい我が王」

 

 

ウィルはそう言うと、ファイズフォンⅩの時のように壮間に『タカウォッチロイド』を渡した。文字盤の部分には赤い鳥と缶ジュースの天面のような模様が描かれている。

 

 

「このタカウォッチロイドは自律AIを搭載したサポートメカ。索敵・追跡のみならず、100℃の火炎『ファイヤーホーク』、-20℃の吹雪『ブリザードホーク』、10万ボルトの電撃『サンダーホーク』と強力な3つの攻撃を操ることができるのさ」

 

「おぉ! それは凄い……って待て、なんかショボくない?」

 

「というと?」

 

「だってまぁ、10万ボルトはあんまピンと来ないけど、-20℃って大体冷凍庫の温度だし。ていうか問題は100℃の炎の方。低すぎだろ、ギリギリ湯が沸く炎ってこと?」

 

「……タカウォッチロイドの真価は索敵性能さ。ほら、とにかく空に放ってみるといい」

 

 

ウィルが強引に誤魔化した。嫌疑の意識を向けつつも言われた通りにすると、変形したタカウォッチロイドが鳴いてすぐさま反応を見せた。

 

 

「この付近で怪人の反応を感知したらしい。とはいえ走るには少し距離があるね」

 

「急がないと! 変身して間に合うといいけど…!」

 

「君は何のためにバイク免許を取ったんだい?」

 

「あ、そっか」

 

 

待ちに待ったバイクの出番は突然やって来て、感動する余裕もなく壮間はライドストライカーを走らせた。あっという間に過ぎ去る景色の中に混じった、赤い宝石の小鳥に気付くことも無く。

 

 

_________________

 

 

「……というわけで、魔法使いさん! 私たちに仮面ライダーウィザードの力をください!」

 

 

早々に説明を済ませた香奈は、情報を呑み込む暇も与えず手を差し出した。魔法使いを名乗った青年は戸惑いつつも、爽やかに笑顔を変えす。話を聞いてもらっている間もそうだったが、とても誠実そうで好印象な青年だった。

 

 

「うーん…まず、そっちの子が縛られながら凄い顔で俺を見る理由を説明してくれるか?」

 

「こうしないと逃げるので! あとミカドくんは何か凄い拗らせてます、理由はわかんないけど」

 

「貴様といい日寺といい、縛る以外思いつかないのか…!」

 

「全然わからんけど、いいか。よし俺も改めて自己紹介だ。俺は指輪の魔法使い、ウィザード。希望を守る天の遣いさ。俺の事は『輝良(きら)』と呼んでくれ」

 

 

後光が刺すような微笑み。希望を守るというのにも説得力がある。ガヴリールやタプリスと関りのある仮面ライダーなのだから、もしかしたら輝良は天使なのかもしれない。

 

 

「いい人だ。A-RISEのツバサさんと同じ名前だし! じゃあ輝良さん、ウィザードの力をください!」

 

「そう簡単に渡せるものじゃないけどな…そっちの君はどうしたい?」

 

「…好きにしていろ。そのうちもう一人来て、貴様はどの道ウィザードの力を渡すことになる。俺がどう思っても結末は変わらん」

 

「そういうわけにもいかない。君、何か悩んでるだろ? そんなあからさまな態度を魔法使いが見逃すわけないさ」

 

 

気色悪い。善人ぶるな。虫酸が走る。少し前のミカドならそう撥ね退け、戦いを挑んでいただろう。壮間がいないのなら猶の事だ。しかし、今はもうそんな気すら起きない。

 

殺せる気がしないのだ。そもそも、勝てる気すらしない。「誰にも勝てず何も成し遂げられない道化」という役割の監獄に囚われている気がして、動いても意味が無いように思えてしまう。

 

 

「俺は…世界の中心じゃない。貴様のような真っ当な善人を引き立てるための、ただの舞台装置だ」

 

 

ヴォードの言っていたことがよく理解できてしまう。今のミカドは壮間にとっての何かにも成れはしない。意味もなく排斥される脇役の一人だと、嫌に納得できてしまった。

 

 

「そんなこと言うなって。そうだ、俺の仲間に会ってみないか? 力を渡せるかどうか、そこで決めよう。君の悩みもそこで何か変わるかもしれない」

 

「だってさミカドくん! すごいよ、これもしかして今までで一番スムーズなんじゃない!? ソウマびっくりするだろうなー!」

 

 

輝良の誘いも香奈の喜びも、ミカドの心には届かない。ここに居る中で自分だけが世界に置いて行かれている、そんな感じがした。そんな考えがどうしても止められなかった。

 

 

________________

 

 

 

「さぁ…もう逃げられない。ゲームもここまでです」

 

「嫌だ……! 俺は絶対に逃げ切る、無実なんだ! だから逃げ切って…自由に!」

 

 

先日、刑務所から脱獄したある男を、山高帽子の奇妙な青年が追い詰める。追う方の男の姿が帽子で顔を隠した瞬間に移り変わり、人型のイカのような異形に。

 

それはイカの怪人というより、悪夢や怪奇そのものが偶然イカの形をしているような、純然たる「怪物」。それが「ファントム」なのだ。

 

 

「貴方を守るナイト、貴方を手助けしたルーク、そして貴方を待つクイーン…その全てが私の手中にある。貴方の欲する自由に、もはや価値は無い。チェックメイト、さぁ絶望してファントムを生み出せ!」

 

 

ファントム「シービショップ」は、最後にその三叉槍で死への絶望を突きつけようとする。が、その寸前にジオウのライドストライカーがシービショップを轢き飛ばした。

 

 

「大丈夫ですか、早く安全な所に!」

 

「誰だ…! 貴様、指輪の魔法使いではないな!?」

 

「悪いけど人違いだ! 人違いでもしっかり倒させてもらうぞ『ファントム』!」

 

 

ビルドライドウォッチをジカンギレードに装填し、いきなり全力で斬りかかるジオウ。シービショップが伸ばす触手を切り刻むが、十字型の光弾を喰らって体勢が崩れてしまう。

 

起き上がったジオウに身構えるシービショップ。しかし、そこに横槍を入れた神速の影。

 

 

「ほへぇ、今度は時計の魔法使い?」

 

「なっ……!?」

 

 

咄嗟に防御姿勢を取ったジオウだが、それを掻い潜るように幻踊的な打撃が入った。突然飛び込んできた第三者にして、たった一瞬でジオウに「強い」と思わしめた連撃。

 

孔雀の羽で着飾ったトカゲのファントム。その姿は夜を彩る妖艶にも見えれば、遊び惚ける派手好きの少年のようにも、それこそ怪異を統べる王のようにも見えた。そしてジオウは確信した。このファントムは、ガイスト・ロイミュードや火兎ナギのような「あっち側」の怪人だ。

 

 

「くっそ、ここで新手のファントム…!」

 

「ファントムって一括りは好きくない。ボクは『バジリスク』だよ、暇なら遊びましょ!」

 

「どう見ても暇じゃないだろ!」

 

 

軽い挨拶を済ませると、バジリスクが再び連撃を仕掛けてくる。相手の攻撃を一度見て、それを元に対応するというやり方が染み付いているジオウだが、それに対する違和感はビンビンと感じていた。

 

 

「なんだこのふざけた攻撃…! 全然次が想像できない!」

 

 

蹴り主体かと思えば、急な頭突きから手刀で何故か膝を狙って来るし、攻撃を大袈裟に避けたかと思えば片手で逆立ち、そこから回ってエネルギー波を放つ。整合性も効率もまるで考えてない癖に、全ての攻撃が吸い付くように命中して何故か強い。

 

 

「ダンスは苦手? ボクは得意よ。そろそろ見せて時計の魔法」

 

「だから…魔法使いじゃないって言ってんだろ!」

 

「聞いてなーい♪」

 

「お前の相手してる暇はないんだ!」

 

 

こうしている間にもシービショップが脱獄囚の男を追っている。何をする気なのかは分からないが、どうせ命を狙っているとかそういうのだ。早く追わなければ取返しが付かない。

 

 

「おっと、そっちはダメだってば」

 

 

シービショップの方に向かおうとしたジオウに、バジリスクの右手が向けられた。その手に開いた『眼』と視線が合った瞬間、ジオウの動きが止まってしまう。

 

 

「なんだこれ…全身痺れて動けない…!」

 

「ゲートを絶望させてるみたいだし、邪魔はよくない。ボクの相手すればいいじゃんよ」

 

「んなわけに行かないだろ! タカウォッチロイド来い!」

 

 

タカウォッチロイドがバジリスクに突進し、その不意打ちで少しだけ体勢が崩れた。その一瞬だけ拘束が解け、解放されたジオウはもう視線を合わせないよう場を離れる。

 

 

(やっぱりだ、止めてる間はアイツも動けない。動いたら解除される! じゃなきゃ目が合うだけで動きを止めるなんて強すぎだ! でも……!)

 

 

拘束を解いたはいいがバジリスクは追って来るし、シービショップに追いつけるかも怪しい。そんな時、別のバイク音が近づいているのを感じた。

 

それを先導するのは、壮間が見逃した赤い小鳥。プラモンスター『レッドガルーダ』。

 

 

_________________

 

 

輝良に連れられるまま、ミカドと香奈が連れて来られたのは使われていない廃倉庫。薄暗く、人の気配はしないが輝良はどんどんと奥に進んでいく。

 

 

「この先に仲間がいるの? なんか嫌な雰囲気だけど…」

 

「そう見えるだけだよ。もうそろそろだ。と、その前に…ミカド君だっけ、君のことは色々と聞いたけど…」

 

 

というのも、香奈が言わなくてもいいミカドの過去やらなにやらを全て説明したのだ。

 

 

「戦って未来を変えたいみたいだけど。もし戦えなくなったら、ミカド君はどうする?」

 

「どうするもこうするもあるか…戦えないなら俺に生きる理由なんて無い。それで死ねるなら単純な話なんだがな……」

 

「そっか、それを聞いて安心した」

 

 

闇の奥で人の輪郭が見えた。それも複数。少し不安だったのか香奈が喜びを見せるが、近づくその姿は予想を大胆に裏切ったものだった。

 

明らかな敵意と邪悪を纏った、長い耳と一本角を持った単眼の獣人。突発的な恐怖で困惑する香奈を押しのけ、輝良はその怪人の群れの前で振り返って、笑った。

 

 

「輝良さん…?」

 

「……そういうことか、俺も腐ったな。まさかここまで気付かないとは」

 

「察し良くても何も解決しねぇさ! 輝良祐樹はとっくに絶望して死んだ! この俺、『アルミラージ』というファントムを生み出してな!」

 

 

輝良の顔に紋様が浮かび、周囲の怪人と似た姿のファントムへと変貌した。違うのは色と三つ目であること。この怪人たちは『アルミラージ』の分身で、ミカドと香奈はまんまと誘い込まれたのだ。

 

つまりは、輝良が指輪の魔法使いだなんて真っ赤な嘘。そこまでしてアルミラージが狙ったのは、既に絶望寸前に追い込まれた『ゲート』。

 

 

「こっちは5人。タコ殴りにして戦えない体にして、絶望させてやるよミカド君!」

 

「やはり狙いは俺か……笑えない冗談だ」

 

 

ミカドがファントムの狙う『ゲート』。アルミラージからミカドを庇おうとする香奈をどかして、ミカドは前に立ちドライバーを装着した。

 

 

「ファントムとは何度か交戦した。俺がそうだとは…気付かなかったがな」

 

「強がりかぁ?」

 

「違う。貴様のおかげで俺はまだ絶望してないことが分かった。絶望すれば、そこで終わりが来るというのもな…!」

 

《ゲイツ!》

 

 

それが朗報なのか悲報なのか分からない。ただ、少しだけ確かに喜んだ気持ちはあった。叶いもしない理想を追い続け、戦うしかない人生は、やはり苦しいのだから。

 

でも苦しいと思うことも許されない。これは己で選び、犯した結果の道だ。

 

 

「変身!」

 

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

5体のアルミラージを前に変身したゲイツは、雄叫びを上げて突進していく。多勢に全く臆することなく武器も持たずに拳で道を切り開く。いつ壊れてもおかしくないような戦いに、香奈は口を押えて目を閉じそうになる。

 

壁に全身を擦りつけるように、逆風に突っ込んでいくように、いつか摩耗して消えることを求めているようだった。やけくそになっていた。この悪い夢を、早く終わらせてほしくて。

 

 

その時、赤い小鳥が廃倉庫を飛んでいた。近づくバイクの音が、止まった。

 

 

 

《ドライバーオン》

 

「変身!」

 

《シャバドゥビタッチヘンシン!》

《フレイム プリーズ》

《ヒーヒー ヒーヒーヒー!》

 

 

 

それぞれの時代で、放たれた銀の弾丸がシービショップとアルミラージを射抜く。

 

顔、体、炎の魔力で満ちた赤い宝石が輝く。黒い腰マントを広げ、輝きを両手に宿した現代を生きる『指輪の魔法使い』。仮面ライダーウィザード。

 

 

_______________

 

 

「指輪の魔法使い!」

 

 

駆け出すバジリスクを、ジオウが必死に足止めした。間違いなくあれがこの時代の仮面ライダー。となればジオウがやるべきことは邪魔をさせない事で十分だ。

 

 

「チェックメイトと言ったはず…ゲームの邪魔をしないでもらいたい!」

 

 

十字架のエネルギー弾を『ウィザーソードガン』の大振りの一太刀で両断し、ウィザードはそのままモードチェンジで銃弾を乱射。ゲートの男性に回り込むと、シービショップを思いきり蹴り飛ばして距離を離させる。

 

 

「早くここから逃げて!」

 

「させませんよ。盤上から駒は逃がさない!」

 

「っ…! それなら…」

 

《ルパッチマジックタッチゴー!》

《ディフェンド プリーズ》

 

 

右手のウィザードリングを変え、魔法が発動。炎の魔法陣がシービショップの触手を弾いた。

 

 

「無駄だ。貴方との対局は想定済み、チェックメイトまでの道筋は見えている!」

 

「そうか……」

 

 

シービショップの強気な宣言に、ウィザードも───

 

 

「嘘じゃん……絶対ムリだって……そんなの勝てんって……」

 

 

凄まじく弱気に返した。

ジオウは思った、「何かダメそう」と。

 

言われてみればここまでの動きも、かなり焦っていた気がする。

 

 

「だからもう俺じゃ無理だって…はぁー魔法使いやめてぇ。マジでやめてぇ…」

 

「独り言とは余裕だな!」

 

「余裕に見えるのかよこれが……目おかしいぞ…イカって目あったんだけ…わからんよ下界の生物ややこしいし…」

 

 

シービショップの攻撃に対し、少し遅れて大慌てで対応するウィザード。壮間が言えたことではないかもだが、とてもヒヤヒヤする戦い方だった。

 

 

「あぁぁぁもうこっち来んなぁぁぁぁ!!」

 

《バインド プリーズ》

《ビッグ プリーズ》

 

「なっ…!?」

 

 

炎の鎖がシービショップを拘束。そこに魔法で巨大化した腕を叩きつけ、潰れたシービショップを更にビンタで弾き飛ばす。その上右足も巨大化させて踏みつけ、蹴っ飛ばす。

 

終わったかと思って起き上がるシービショップだったが、見上げると剣まで巨大化している。そして刃が叩きつけられて大ダメージ。息を切らしたウィザードは剣を杖替わりにして少し肩で息をすると、嫌そうに剣を構える。シービショップが立ち上がったからだ。

 

 

「嘘だろもういいだろ…」

 

「いい訳が無いだろ! 見るがいい、我が完璧な戦術───」

「だぁぁぁぁぁ! 嫌だ嫌だ嫌だ! もう何もすんな死んどけよ!!」

 

《キャモナスラッシュシェイクハンズ!》

《フレイム スラッシュストライク!》

《ヒーヒーヒー!ヒーヒーヒー!》

 

「はぁっ!? ちょ、待……!」

 

 

 

________________

 

 

《ビッグ プリーズ》

 

 

ゲイツと香奈、アルミラージの前に颯爽と現れた仮面ライダーウィザードは、魔法で自身の右腕を巨大化させる。そして───

 

 

「邪魔だっつの」

 

 

ゲイツもろともアルミラージを叩き弾いた。

壁に激突して変身が解除されるミカドは放っておいて、ウィザードはアルミラージの前に立つ。

 

 

「指輪の魔法使い…クソ!」

 

「よぅクソファントム。さぁ…ショータイムだ!」

 

 

追突する4体の分身アルミラージを軽くいなし、攻撃で突き出された腕を足場に宙を舞う。回転しながら発射された弾丸が弧を描いて命中し、着地と同時に本体のアルミラージに斬撃一閃。

 

 

《ルパッチマジックタッチゴー!》

《ディフェンド プリーズ》

 

 

防御用の魔法陣をアルミラージの上に出現させると、それをそのまま圧しつけた。防御用とはいえ魔力を帯びた炎は強力で、アルミラージは焼きハンコ状態に。

 

 

「熱い熱い熱い! ざっけんなテメェ!」

 

「ハッハッハ焼きウサギだ。せーのっ、オラァ!」

 

「ゲッフォ!?」

 

 

アルミラージを思いきり蹴り飛ばし、ようやくディフェンドが解除された。ヒリつく肌を抑えながら、アルミラージは怒りのままに攻撃を再開。

 

が、のらりくらりとウィザードは受け流す。ウィザードは馬鹿にして煽るように手を叩き、手を振り、頭に血が昇ったアルミラージの攻撃は更に直線的に。

 

 

「テメェ…いい加減にしやがれ!…そうだ、おい魔法使い! この女がどうなってもいいのかよ!」

 

「えっ嘘ぉ! 急に私!?」

 

 

ふっ飛ばされた先には香奈がいて、アルミラージは慌てて彼女を人質に。これで動きを止めて分身たちでリンチにする寸法だ。しかしウィザードは焦った素振りを見せず、それどころか新しいリングをはめている。

 

 

「あのーすいません本物の魔法使いさん!?」

 

「忙しいからちょっと黙ってろお前。さて…と、これ使うのも久しぶりだな」

 

《ランド プリーズ》

《ドッドッドッドドドン ドンドッドッドン!》

 

「おいテメェ何やってんだ! マジでコイツ殺しちまうぞ!」

「そうですよなんか黄色くなってるけど、私いまめっちゃピンチで…!」

 

「お前らうるせぇ! ほら黙れ」

 

《シャラップ プリーズ》

 

 

黄色の四角い宝石の姿、ランドスタイルにエレメントを変えたウィザードは、2人に『シャラップウィザードリング』を使用。ただ敵を黙らせるだけの魔法を使い、香奈も黙らせるという暴挙に。無言で凄い文句言ってそうだが、気にしない。

 

 

《ディフェンド プリーズ》

 

 

そして、ゆっくりと発動した魔法で突然足元から生えた土の壁が、アルミラージを空中に弾き出した。当然、香奈も一緒に空中に。

 

 

《チョーイイネ! グラビティ》

《サイコー!》

 

 

出現した3つの魔法陣。うち香奈とウィザードに作用した魔法陣は対象の重さを軽くし、落下ダメージの低減とジャンプ力の増強を。残りのアルミラージに作用した魔法陣は10倍の重力で対象を地面に叩きつける。

 

高く飛び上がったウィザードは、重力で動けないアルミラージに高所からの膝落とし。どう見てもヒーローの戦法ではない。

 

 

「ガアぁっ……っソ! やっと喋れる…!」

 

「へっへっへ。そりゃおめでとう」

 

「もうマジで許さないからなテメェ! 挽き肉にしてやる!」

 

「はぁ~? 俺様は最強だっつーの、ファントムなんかに負けねぇよバーカ」

 

「さっきまでの威勢が通用すると思うな! こっちは5人だ、数の有利は俺たちに…!?」

 

 

いいこと聞いた、そういう顔が見えるようだった。ウィザードはまたリングを入れ替え、魔法を発動。

 

 

《コピー プリーズ》

 

 

魔法陣から現れるウィザードの分身。さらに2人のウィザードはもう一度魔法を使う。

 

 

「んでもいっちょ」

 

《コピー プリーズ》

《コピー プリーズ》

《コピー プリーズ》

 

「………はぁ゛!?」

 

 

合計4回のコピーでウィザードは16人に分身。5人に対してあっという間に多勢に無勢へと状況は変わり果てた。この絶望的戦況に、ウィザードは16人がかりで一言。

 

 

『で、数の有利が……なんだって?』

 

《キャモナスラッシュシェイクハンズ!》

《フレイム スラッシュストライク!》

《ヒーヒーヒー!ヒーヒーヒー!》

 

「こンの……クソがああああああッ!!」

 

 

 

 

過去のウィザード。シービショップが何かする前に炎を纏った剣で滅多切り。水の魔力が必須なシービショップの体に、高熱の魔法は効果抜群(ウィザードは気付いていないが)。本来なら3回斬れば撃破できていたであろう攻撃。しかし、果てしなく不安なウィザードは斬ること16回。およそ5倍以上の過剰ダメージでオーバーキル。

 

未来のウィザード。抵抗する5体のアルミラージを嘲笑い、16本の炎の魔剣が完膚なきまでに打破。こちらも圧倒的なオーバーキルで決着。

 

爆発したファントム達は、魔法陣を残して完全に消滅したのだった。

 

 

「ふぃー……」

 

 

二つの時代でウィザードが変身を解除する。

魔力切れでぶっ倒れ、今にも死にそうな様相な赤髪の青年。ファントムの爆発跡に中指を立てて舌を出すのも、赤髪の青年。

 

性格や顔つきこそ全く別人のようだが、その2人は紛れもない同一人物だった。

 

 

「大丈夫ですか!」

 

「大丈夫なわけ無いだろ、無理…魔力切れだって…ガチ限界帰る…死ぬ…」

「そりゃあんだけ派手にやればそうなりますよ!」

 

 

シービショップ撃破でバジリスクが去り、壮間は倒れた青年に駆け寄る。

 

 

「……貴様が本物のウィザード…」

 

「本物? 偽物がいんのか!? 教えろ、そいつぶっ殺す」

「いや、さっき倒したけど…」

「あ、アレか。丁度良かったぜ。俺様こそが唯一無二の指輪の魔法使いだ!」

 

 

戦いが終わり、ウィザード被害者のミカドと香奈が彼に詰め寄る。

 

 

「俺は…竜峰(たつみね)=ダンタリオ=レンブラッド」

「俺様は竜峰(たつみね)=ダンタリオ=レンブラッド」

 

 

それだけ言って気絶した過去の彼とは違い、未来の彼は更に高々と名乗りを上げる。

 

 

「ファントムと人間共を絶望に叩き落とす指輪の魔法使いにして、魔界より来た偉大な悪魔だ! 震えて眠れクソザコ人類が!」

 

 

止まった時の中、未来と過去の狭間でウィルは本を開く。

 

 

「誰かが言った『悪魔は常に否定する快楽の求道者であるのに対して、人の営みは中道にして病みやすい』」

 

 

本を閉じる。この物語で全てが決定する。ミカドが壮間という主人公の「何」になるのか。

 

 

「今一度言おう。試される時だ、ミカド少年。君が進む道はどちらかな?」

 

 

 

_______________

 

 

次回予告

 

 

「俺には魔法使いなんて荷が重いよ…実家帰りたい…」

「おいおいおい頭が高ぇなハナクソ共。俺様は魔法使いだぜ?」

 

過去と未来、2人の魔法使い。劇的ビフォーアフターの裏側は…?

 

「あんたらと一緒にいると天使って呼ばれるのよ…悪魔なのに…」

「あなた才能ありますよ! ぜひ将来は専属のおもちゃとして白羽家に…!」

「そう、私こそ大悪魔……サタn」

 

天使と悪魔も大集合。真実は喜劇!?それとも悲劇!?

 

「魔法使いは2人もいらねぇ。俺様が絶望に叩き落としてやるよ」

「俺の生きる道に、希望なんて……!」

 

最後の希望。それは誰の指に輝く。

 

「我は絶望した。そして魔法を得たのだ! サバトの時だ天界よ!」

「違ぇな。絶望したヤツに魔法なんて使えるか!」

「さぁ……俺のショータイムだ」

 

 

次回「キボウ・エンゲージ2012」

 

 

「未だ僕を知らぬ世界よ傾聴したまえ。

僕という、悪役(ヒール)という、華麗に渦巻く美学の旋律を!」

 

誰───!?

 




個人的な話ですが、今回出したファントムは前に他の作者様に提供(押し付け)したやつのリサイクルです。ファントムは考えるの楽しいですねぇ。ベルゼバブが猫だったりするけど。

本作のウィザードことダンはクセ強めです。悪魔が普通に悪魔してるので、ガヴドロ次元でも異端ですね。輩系魔法使いはミカドをどこに導くのか。

次回、ミカドの試練の行方は。シリアスとギャグの天秤はどちらに傾く!
感想、お気に入り登録、高評価などなどよろしくです!


今回の名言
「悪魔は常に否定する快楽の求道者であるのに対して、人の営みは中道にして病みやすい」
「青の祓魔師」より、メフィスト・フェレス。


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ジオウくろすと補完計画 15.5話 「ICVって、なに?」

たまには真面目に補完するんだぜ。


ボウリング場で台本を床に置き、頭を抱えるのはミカド。

 

 

ミカド「……」

 

壮間「ミカドは悩んでいた。まぁ俺はよく知らないんだけど、ファイズ編でなんやかんやあってめっちゃ悩んでいた。補完計画だろうが悩んでいた」

 

ウィル「いつもの我が王みたいだね」

香奈「どっかで見たと思ったら確かに」

 

壮間「俺っていつもこんなんだった…?」

 

 

本編に引き続き、重い空気が漂う。そんなミカドの胸中は…

 

 

ミカド「…あの千咲という天使、どこか覚えのある雰囲気だった……」

 

壮間「それかい、悩みって」

 

ミカド「何故俺はこんなことも思い出せんのだ……やはり俺は言及も不要な脇役……」

 

香奈「いやいや、そうはならんでしょ…」

壮間「タプリスさんに似てると言えば……心愛さんとかよく似てるんじゃね? その…ポンコツ具合とか」

 

 

木組みの街にいた保登心愛、その名前を聞いて「ウッ…」と何か思い出しそうになるミカド。だがまだ引っかかったままで思い出せないようだ。

 

 

ウィル「それなら確かめる意味も含め、実際に会ってみよう。入ってきたまえ千咲=タプリス=シュガーベル」

 

タプリス「今ポンコツって言いましたか!? あっ、失礼しました…私は天使のタプリスと申します、初めての補完計画ですが精一杯頑張ります!」

 

壮間「久々のレジェンドゲストな気がする…しかもちゃんとした人…」

 

タプリス「この6年で物腰の柔らかさ、そして天使としての実力を身に着けたのです! フフン!」

 

 

今回のゲスト、本編よりも「少しだけ」成長したタプリスちゃんです。

ガヴドロに関しては「天使が歳をとるのか」などの設定はあやふやなので、容姿に関する言及はふわふわさせます。

 

 

香奈「それでミカドくん、何か思い出した?」

 

タプリス「もしや6年前に会っていたとか…!」

壮間「ミカド、未来から来たんですが」

 

ミカド「うっ…木組みの街…そうだ貴様! もう一度喋ってみろ!」

 

タプリス「へっ!? えっと…な、なまむぎなまごめたまたまご!」

壮間「なんで早口言葉。噛んでるし」

 

ウィル「どうやら気付いたようだねミカド少年。そう、その既視感の正体は……声」

 

 

「声」、ピンと来ない一同だがそれもそのはず。

文字だけの小説に声の要素なんて無い。だが、タプリスの声には聞き覚えがあったのだ。何故なら……

 

 

ミカド「貴様の声…やはり香風智乃と似ている…!」

 

壮間「そう言われてみれば…今までも声が似てる人って結構いたような…!」

 

ウィル「その通り。タプリスと香風智乃、双方とも水瀬いのり女史が声優を担当している。と、いうわけで今回の議題はズバリ『キャラクターボイス』だ! では、ご苦労だった千咲=タプリス=シュガーベル」

 

タプリス「えっ…私の出番これで終わりなんですか? チノって誰なんですか!? 声優って……うわぁなんですかこの大きい人形!? これって黒奈さんの…ちょ、待ってください、うわぁぁぁぁ!!?」

 

 

眼帯をした黒猫の巨大人形がタプリスを連行。

アニメには未登場のタプリスの同級生、人形遣いの悪魔である「黒奈=メイフィストフェレス=シナモンロール」(CV:小原好美)の協力のもと、タプリスは退場した。

 

 

壮間「原作のキャラがあんな扱いでいいんだろうか…今更だけど」

 

香奈「声が似てる人って、私はそんなにピンとは来ないけど」

 

ウィル「実は姫君も会っている。Afterglowの宇田川巴と妖館の雪小路野ばら(CV:日笠陽子)などね」

 

香奈「えぇうっそぉ!? 巴ちゃんと野ばらさん同じ声なの!?」

 

ウィル「声優の恐ろしさがそこにあるのさ。全く違う人柄さえも演じる、まさに声の魔術師だ」

 

壮間「いつにも増してメタメタしてきたな…」

 

 

これまで出した作品で同じCVのキャラたち。

美竹蘭と保登心愛と米林才子(CV:佐倉綾音)

夏目残夏と月山習(CV:宮野真守)

ラフィエルと髏々宮カルタと神代利世(CV:花澤香菜)

四方蓮示と御狐神双熾(CV:中村悠一)

条河麻耶と矢澤にこ(CV:徳井青空)

三波麗花(ランタン)と青山ブルーマウンテン(CV:早見沙織)

宇田川あこと綺羅ツバサ(CV:櫻川めぐ)など・・・

 

 

壮間「結構いるな!? 蘭さんと心愛さんマジ!?」

 

ウィル「余談だがその2人は誕生日も同じ4月10日だ。して、本題だが…クロスオーバー作品であるなら我々オリジナルキャラクターにもあるはずだ。そう、CVが!」

 

 

いわゆる「ICV(イメージキャラクターボイス)」。作者の好みにもよるが、オリキャラを出す二次作品には、それぞれのキャラにICVを設定している場合も多い。

 

 

香奈「つまり今回は私たちの声を公開するってことだね! いいよ、私の声はそりゃ『メインヒロイン』ですので! そう例えば……釘宮理恵さんとか!」

 

ミカド「ヒロインの声が釘宮理恵は些かセンスが古い……」

 

ウィル「その場合は喰種捜査官の鈴谷什造と同じ声になるけどいいのかい?」

 

 

一同の脳裏に過ぎる、什造の狂行の数々。

 

 

香奈「やっぱナシで!!」

 

壮間「待てって、そんなん別に読者さんが自分で考えてくれるでしょ。こっちから決めたって想像の幅を狭めることになりかねないし…」

 

ウィル「それらしいことを言うじゃないか、我が王」

 

壮間「そうそう。大体、俺ら普通の人間じゃん。声だって逸脱しすぎない方がリアルだし、高望みはかえってギャップを作る。ので、俺のICVは神木隆之介さんでお願いします!」

 

 

瞬間、全員に蹴られる壮間。

 

 

壮間「蹴ること無いだろ!」

 

香奈「なーにが高望みはよくないなの!? 高望みどころかスカイツリー望みだってソウマの格じゃ!!」

 

ウィル「普通の高校生がピー助、立花瀧、小磯健二に並べるわけないだろう」

 

壮間「瀧さんならギリ行ける…! あと100ワニが行けるなら俺だって!」

 

ミカド「……身の程を弁えろ…死ね…」

 

壮間「お前実は落ち込んでないだろ! さっきから休まず蹴りやがって! 痛っ!?」

 

 

中々決まらないICV。ここで他の作品の場合を振り返る。

 

 

ウィル「この本によれば…仮面ライダーもののICVは声優を設定する場合もあれば、原典の仮面ライダーの俳優を設定する場合もあるという」

 

壮間「俺の場合は奥野壮さんか…いや、これどっかのオリ主アンチ(令央)が吠えそうだな……やめとこ」

 

香奈「それじゃ私の声がわかんないし!」

 

ウィル「姫君はツクヨミのポジションではないからね。強いて言うなら常盤順一郎枠なので、生瀬勝久氏に……」

 

香奈「そうそう、香奈ちゃん時計屋だから時間という概念くらい修理…って却下です!!!!」

 

ミカド「何故やった……」

 

ウィル「他には自己投影型の主人公の場合、作者の声を当てるパターンも…」

 

壮間「無し。その先は地獄だ」

 

ウィル「了解した」

 

 

なんだかんだでICVを決めたい4人。議論は白熱する。

そこに舞い戻るあの天使。

 

 

タプリス「お悩みのようですね…私にお任せください!」

 

壮間「その声は智乃さん!」

タプリス「タプリスです!」

壮間「声が同じだから紛らわしい」

 

タプリス「黒奈さんに連れて行かれ、私は声についてしっかりと勉強しました。今の私なら皆さんにピッタリな声を見つけ出せるはずです! それでは皆さん、ご要望を言って見てください!」

 

 

この短時間で何をしたのだろうか。

信用はできないが、そこまで言うならと各々が声の要望を伝える。

 

 

壮間「やっぱ主人公だし俺。主人公らしい声がいいよね。信頼感というか、ヒーロー感的な…欲を言うならそんな感じが欲しいかも」

 

ウィル「私は多くは望まないが、主に追従するに相応しい声というものもあるだろう。あとできれば我が王に好かれるような声がいい。天使の手腕に期待している」

 

香奈「メインヒロインなので! 人気取れる声で! 可愛い声で! 他のポッと出のキャラ蹴散らせるくらいパワーのある声でおねさーっす!!!」

 

ミカド「俺は所詮…存在に大した意味はない…声だって目立っても仕方ない。世の中でありふれた声でいい……」

 

タプリス「ふむふむなるほど…では選定した声を天界に報告しますね。すぐに反映されるはずですので、しばらくお待ちください」

 

 

タプリスは4人の声を決めたらしく、言われた通り待つこと少し。

遂に壮間たちの声が明かされる───

 

 

壮間(CV:???)「そろそろ変わった頃か…ん? 何だこの声、妙に低いというか…」

 

タプリス「よく似合っていますよ日寺さん! お望み通り、下界で主人公と言えばの声になっています!」

 

壮間(CV:???)「そう…? で、これ誰の声?」

 

タプリス「玄田哲章さんです」

 

壮間(CV:玄田哲章)「玄田哲章さん!? 渋過ぎだって! 俺、主人公っぽい声だって言ったよな!?」

 

タプリス「ですが…下界では主人公でヒーローといえばその人だと…」

 

壮間(CV:玄田哲章)「そりゃ洋画吹き替えの話だろ! 俺はサイボーグでも元兵士でもねぇよ!」

 

タプリス「ひぃっ! すいません殺さないでください許してください…!」

 

壮間(CV:玄田哲章)「ちくしょう声の圧が段違いだ!」

 

 

そこに新たな声となった香奈も登場。

香奈の要望は「人気があって可愛くてパワーのある声」だったが……

 

 

香奈(CV:なかやま○んに君)「パワー!!!

 

壮間(CV:玄田哲章)「そうはならねぇよ!!」

 

タプリス「いま下界で大人気で、パワーのあるお声ということで」

 

壮間(CV:玄田哲章)「可愛いは!?」

 

タプリス「もちろん可愛いと評判のお声です。ついったーという場所でそう言われていました!」

 

壮間(CV:玄田哲章)「タプリスさん、そこは下界の地獄です。そこの住人のほとんどはIQが3しかなくて、出回ってる情報の8割は嘘なんです」

 

※偏見です

 

香奈(CV:なかやま○んに君)「私以外のヒロイン、潰すのか潰さないのかどっちなんだい!! んーーーーつーぶすッ!!! ヤーーー!!!」

 

壮間(CV:玄田哲章)「やめろォ! 〇んに君さんの筋肉は自分以外を傷付けないんだよ!」

 

 

そこにウィルも登場。「主の傍に仕える者で、好感度の上がる声」は…

 

 

ウィル(CV:大谷育江)「ピッカァ!(素晴らしい声だよ。流石は天使)」

 

壮間(CV:玄田哲章)「ピカチュウじゃねぇか!! 確かにパートナーの声だな! 好感度も上がるな、かわいいし!! でもおかしいだろやっぱり…って、あぁクソ声が強い!」

 

タプリス「未来から来たということで青い猫型ロボットと迷ったのですが…」

 

ウィル(CV:大谷育江)「ピッカ、チュウピッカ!(君の判断は正しいよ天使タプリス。国民的パートナーとして、私はこれからも我が王を導くことができる。今ならボルテッカーや10万ボルトでタイムジャッカーたちを蹴散らすことすら出来る気がする。素晴らしい気分だ)」

 

壮間(CV:玄田哲章)「文字数に情報量が合ってないんだが。ていうか満足すんなよウィルも。アー○ルド・シュワルツェネッガーが身長180越えのピカチュウとポケモンマスター目指す話でもやる気なの?」

 

香奈(CV:なかやま○んに君)「アー○ルド・シュワル………ツェネッガー」

 

壮間(CV:玄田哲章)「うるさいな」

 

ウィル(CV:大谷育江)「ピカピカピカ(さて、残るはミカド少年だが…)」

 

壮間(CV:玄田哲章)「ありふれた声…声優にせよ芸能人にせよ、ありふれたってことは無いだろ。さてはその辺のおっさんでも連れて……」

 

 

ミカド(CV:ゆっくり)「ゆっくりミカドだぜ…ゆっくりしていってね…」

 

 

壮間(CV:玄田哲章)「この天使、Youtubeを参考にしやがった……!」

 

タプリス「『ようつべ』という場所ではこの声の人がたくさん喋っていました! 下界には同じような声の人がたくさんいるんですね…」

 

ミカド(CV:ゆっくり)「今日はピカチュウとアー○ルド・シュワルツェネッガーと○んに君でランクマに潜っていくんだぜ…」

 

壮間(CV:玄田哲章)「ゆっくりポケモン実況始めんな」

 

ウィル(CV:大谷育江)「ピーカーチュウー!(待つんだ我が王、よく考えてほしい。ミカド少年は赤い、そして仮面ライダーで俺参上と縁があり、手持ちにイケメンと筋肉がいる…つまり実質ゆっくり実況者だ)」

 

壮間(CV:玄田哲章)「なんだその実質理論。イケメンって自分の事か?」

 

 

ついに出揃ってしまったCV決定版2018年組。

 

 

壮間(CV:玄田哲章)「兵器と罠とパワーで道を切り拓く普通の高校生。ハードでアクションな主人公、日寺壮間」

 

ミカド(CV:ゆっくり)「ゆっくりミカドだぜ…今日は俺の進むべき道と存在意義について解説していくんだぜ…」

 

ウィル(CV:大谷育江)「チュウカピッカッピッピカ!(この身は例え火の中水の中草の中森の中あの子のスカートの中、どこまでも我が王と共に。忠実なる予言者、ウィル!)」

 

香奈(CV:なかやま○んに君)「どーもーっ、片平香奈ですっ! ヒロインパワーーー!!」

 

 

祝・ICV決定!!

これからはこの声で、くろすとをよろしくお願いします!

 

 

 

 

壮間(CV:玄田哲章)「そんな訳があるか」

 

 

壮間が放ったロケットランチャーが、辺り一面を爆裂させた。

 

 

to be continue…

 




爆発オチなんてサイテー。
声優さんそんな詳しくないけど、まぁアヴニルは杉田さんよりも中村悠一さんみたいな声質で、オゼは高めの声…?ヴォードや朝陽も男性声優のイメージです。

やっぱわからんので有識者さんいいICV教えて。


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EP16 キボウ・エンゲージ2012
もうやめたいと思ったあの日


荒木湊
2003年で仮面ライダーファイズに変身したオルフェノク。20歳。幼い頃に海難事故で両親を失い、その後は喰種であるドナートの孤児院で育った。オリジナルに覚醒したミツルによって殺されたことで使徒再生を果たす。愛想が無いように見えるが、実際はかなり面倒見がいい性格。「正しい生き方」を探して様々な区を転々としており、多くの喰種や人間、オルフェノクと接していた。立場上は喰種捜査官補佐となっている。2003年では霧嶋一家とミツルとミカドを守るため、喰種と偽って捜査官を襲うがミツルの能力で暴走。ミカドによって討伐されファイズの力を奪われた。修正された歴史ではミツルと共に喰種に殺された。

本来の歴史では・・・生き方を探して、ミツルにかける言葉を探して、オルフェノクたちと戦い続ける。しかし生きるほどに守る者が増えていき、ミナトのオルフェノクとしての寿命も……


カービィディスカバリーにハマってました146です。
ガヴドロ×ウィザード編の後半やっていきましょう。この後半の前半で雰囲気を掴んでもらえたら幸いです。あとキャラ紹介もひっそり更新してます。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!




「この本によれば、未来の青年、光ヶ崎ミカド。彼は2018年へと遡り、全ての仮面ライダーを消すという使命を得た……らしい。しかし、そんな彼は過去で己の無力を痛感し、絶望の淵にまで追いやられていた」

 

 

本を閉じる。部外者であるミカドの行く先はウィルも知り得ない。

 

 

「我が王とミカド少年、2人がそれぞれ出会ったのは過去と未来、まるで正反対のウィザード。その名も───」

 

 

______________

 

 

「悪魔!?」

 

「そう、俺様は竜峰=ダンタリオ=レンブラッド。悪魔だ。ふとした瞬間に思い出し、絶望しろ。下界にはこの俺様がいるってな」

 

 

ファントム「アルミラージ」に襲われたミカドと香奈を救ったのは、悪魔を名乗って中指を立てるこの男だった。

 

華麗さが微塵もない品性に欠けた立ち振る舞い。しかもこの男、人間を絶望させるとか言っていた。しかも悪魔。想像していた魔法使い像とは余りに乖離しており、助けてもらったといえど香奈は唖然としたまま動けない。

 

一方でミカドは助けられたとは思っていないようだ。不服の視線を送るミカドに対し、ダンタリオは何故か助走をつけて……

 

 

「っラァ!」

 

「ちょあぁぁ!? ミカドくん!?」

 

 

ドロップキックした。

急展開の不意打ちにミカドも受け損ね、廃倉庫の廃材山まで蹴り飛ばされてしまう。

 

 

「なにしてんの魔法使いさん!?」

 

「起きろよ。お前、魔法使いなんだろ?」

 

「魔法使い…だと…?」

 

 

ダンタリオはさっき、変身して戦っているミカドを見ていた(その後ふっ飛ばしたが)。どうやら仮面ライダーという括りを知らない彼は、ミカドを自分と同じ魔法使いだと思っているようだ。

 

 

「この俺様がぶっ潰してやる。魔法使いは2人もいらねー。俺様が絶望に叩き落としてやるよ」

 

「…そういう事か。貴様は話が早くていい…!」

 

「って、なんでそうなるの!? 戦わなくていいじゃん別に!」

 

 

勘違いを正す気も無く、ミカドはライドウォッチを、ダンタリオはリングを構えた。その指に通したリングは、菱形の青い宝石。

 

 

「話なんて聞いてやらねーぞ? 俺様は悪魔だ。変身!」

 

「必要無い…戦えば済む単純な話だ。変身…!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

《シャバドゥビタッチヘンシン!》

《ウォーター プリーズ》

《スイースイー スイースイー!》

 

 

仮面ライダーゲイツと対峙する、水のエレメントを宿した青い魔法使い。仮面ライダーウィザード ウォータースタイル。ウィザードは指で「かかってこい」と挑発し、ゲイツの攻撃を待つ。

 

 

「絶望させたいんだったな。精々俺を追い詰めろ」

 

 

挑発に乗ったつもりではないが、先に仕掛けたのはやはりゲイツ。しかし、ウィザードはしなやかな動きでその攻撃を次々と受け流す。勝負を仕掛けて来たくせに、まるで真面目に取り合う気が無いように。

 

 

「馬鹿にしているのか…!?」

 

「してるさ。おちょくってぶっ倒れたとこに指輪はめて終い。それでお前の中のファントムは消えて、魔力を失って、俺だけが魔法使いだ」

 

 

魔法使いだと勘違いしたままのようだが、ウィザードはミカドをゲートじゃなくそうとしているのは確かだ。そうなれば、ミカドは絶望しても死ぬことはなくなる。

 

冗談じゃない。行き詰った自分の物語で、ようやく見えた終わりなんだ。

 

 

「ちょっとはやる気になったかぁ?」

 

 

ゲイツの殺気が引き締まる。一貫してゲイツを待つウィザードに、ゲイツはドライブウォッチを起動して戦法を変えた。

 

 

《ドライブ!》

 

《アーマータイム!》

《DRIVE!》

《ドライブ!》

 

「貴様のような悪魔なんぞに、終わりまで取り上げられてたまるか!」

 

 

ドライブアーマーに換装したゲイツが繰り出すのは、超次元の初速。速度を一切落とさず威力に変換し、受け流せないスピードの超速ブローがウィザードを貫いた。

 

 

「効かねーな! お前の攻撃なんか!」

 

 

確かな手ごたえはあったが、大きく後退しながらもウィザードは余裕綽々とした態度を崩さない。しかし、ドライブアーマー相手に相性が悪いと見たか、再びエレメントを変えるようだ。

 

 

《シャバドゥビタッチヘンシン!》

《ハリケーン プリーズ》

《フーフー フーフーフーフー!》

 

 

逆三角の翠の宝石。風のエレメント、ハリケーンスタイル。

ウィザーソードガンを逆手持ちで構えたウィザードは、今度は自ら突風の如く仕掛ける。

 

 

「諦めな新人魔法使い。俺様は無敵だ!」

 

「っ…! 黙っていろ…!」

 

 

ゲイツもジカンザックスで応戦。斧と剣が幾度もぶつかり合う。速度は同等なのだが、地を這う車と風とでは三次元的な機動力の差が雲泥だ。

 

 

《アーマータイム!》

《カイガン!》

《ゴー・ス・トー!》

 

 

ゲイツはゴーストアーマーにチェンジして浮遊能力を獲得。両者が重さを感じさせない動作で空間を飛び回る。だが、やはり機動力の差は思うように埋まらない。

 

ウィザードは魔法すら使わないのにこれだ。決死で抵抗して戦っても、距離を痛感する。この男は強いのが分かってしまう。

 

 

「貴様、悪魔と言ったな!? 貴様のような人に仇成すだけの存在が、何故仮面ライダーなんだ!」

 

「は?」

 

「貴様のような存在がいなければ…未来は違った! そうさもうとっくに分かっている……仮面ライダーとは、清く正しくあるべきだった存在で、歪んでいるのは()()()の方だ!」

 

「知るかよ。そんな真面目な話なんかどーだっていい!」

 

 

そこで初めてウィザードは右手に指輪を通した。ゲイツの叫びを笑って否定するために。

 

 

「だって俺様は悪魔で魔法使いだ!」

 

《ルパッチマジックタッチゴー!》

《チョーイイネ! サンダー》

《サイコー!》

 

 

大気を揺らす膨大な魔力が雷撃として開放され、同時に風の魔力が雷に指向性を持たせた。そうして造り上げられた雷の槍は、空中のゲイツを貫き、射落とした。

 

 

「ふざけるな…! まだだ、俺は…戦うことだけは…!」

 

 

立て直すために使おうとしたのは、ファイズのライドウォッチ。しかし、ソレを使おうとした途端に逆流するのは過ちの記憶。だって、その力は受け継いだものではなく、荒木湊を殺して「奪った」ものだから。

 

清算できない感情が噴き上がり、腹の底から貫くような眩暈と吐き気で、ミカドはそれ以上動けなかった。終わるまで戦うことすらも出来ないほど、弱く脆いという事実が残酷に突き刺さる。

 

 

「……もう終わりか? じゃ、さっさと済ますと……」

 

 

動けないミカドに対し、戦いを詰めようとするウィザード。ミカドを守ろうと香奈が庇いに入ろうとした、その一瞬、誰もが感じた横方向からの黒い殺気。

 

 

「見つけたわよ…? ダ~~ン~~…!!」

 

「おっ、ヴィ───」

 

 

引きつった笑みとドス黒いオーラで現れた少女は、名前を呼ばれるよりも前に殺意を発露する。

 

具体的に言うと、何故か現れた黒い三叉槍を凄まじい勢いでウィザードへと投げ放ち、倉庫の壁ごとウィザードをふっ飛ばした。

 

 

「え…えぇ……?」

 

 

まぁ恐らく悪魔であろう少女を前に、香奈は困惑の声を漏らすしかなかった。

 

 

_____________

 

 

ミカドたちよりも前の時間に遡った壮間。こちらでもまた、竜峰=ダンタリオ=レンブラッドと邂逅を果たしていた。ただし、その様子は全く異なっているのだが。

 

 

「大丈夫ですか、えっと……」

 

「ダンでいいよ…あと大丈夫じゃ、ゲッホォ!ゴホォ!」

 

 

仮面ライダーウィザードとしてファントム「シービショップ」を撃退したのは、この気弱そうな青年だった。気弱そうと言うか、さっきから青い顔で咳き込んで死にそうになっている。

 

 

「もう本当無理…そろそろ死ぬって俺…で、まさかあんたもゲート…?」

 

「すっげぇ嫌そうな顔。いや、俺は…仮面ライダーです」

 

「仮面ライダー?」

 

「伝わんないんだ…あの、ダンさんと同じです。なんだろ…魔法使いみたいな?」

 

「マジ…? 魔法使い、俺以外にも居たの!?」

 

 

相変わらず吐きそうな程咳き込みながら、ダンは声を上げた。といっても驚きというよりは、安心して急に気が抜けたようだった。気が抜けたついでに誰にも話せなかったタイプの弱音も氾濫する。

 

 

「よかったぁぁぁ…じゃあ俺じゃなくてもいいんじゃん、魔法使い。よし、もうあんたに頼むよ魔法使いは。俺はもう無理だから…」

 

「いやいや急に何言ってんですか!? そんな見知ったばかりなのに…いや、でも継承としてはこれで…ってやっぱダメですって!」

 

「俺さ、『魔力喘息』なのよ…生まれつき普通より魔力が少なくて、こーやってすぐバテて…でもファントムはどんどん出るしゲートは全然言う事聞いてくれないし……」

 

 

ダンは今までもかなり我慢していたらしく、弱音がどんどん出てきて壮間も思わずたじろいで後ずさり。

 

 

「俺には魔法使いなんて荷が重いよ…もう実家帰りたい…」

 

 

やる気がないのはヒビキや永斗がそうだったが、かつてここまで弱気な仮面ライダーは間違いなくいなかった。壮間は自分もかなりネガティブな方だと思っているが、流石にここまでだと戦士として確実にマズいと思う。

 

 

「しっかりしてくださいよ…取り合えず…水とか買ってきますね!」

 

 

ベンチに座って買ってきた水をダンへと渡す。少しは体調も回復したみたいだが、落としっぱなしの肩と顔色が悪いのは治るようなものではないようだ。

 

 

「ダンさん、俺は別に魔法使い代わる気は無くて…」

 

「えぇぇ!? じゃなんで来たんだよ!」

 

「すんません…俺は人探ししてて、ルシフェルって人…じゃなくて…天使知りませんか? あとついでにガヴリールさんって天使も」

 

「天使ぃ…? 知らないよ俺悪魔だし…」

 

「え、悪魔!?」

 

「だよなぁ俺、悪魔っぽくもないしなぁ……ていうか天使がやればいいのに魔法使いなんて……そうだ…!」

 

 

その考えはなかったと、腕を振って壮間を向くダン。何か嬉しそうだったので少しは前向きになったのかと壮間もちょっとだけ安心した。

 

 

「その天使探そう。そんで魔法使い代わってもらおう」

 

「なんでそうなるんですか…」

 

「人助けなんて天使の方が向いてる。うん絶対そうだ。そうと決まればさっさと探そうか!」

 

 

とても弱気な決意を強気に宣言。しかも壮間を巻き込む気満々の口ぶりだった。壮間の目的としてもそっちの方向性で助かるのだが、やはりダンの弱々しさがどうしても不安でしかなかった。

 

 

_______________

 

 

「あっ、どうぞ粗茶ですが…」

 

「ありがとうございます……?」

 

「やっぱり怯えられてる…」

「お前の内なる野蛮のせいだろ。おい俺様にも茶出せよ」

「あんたねぇ、誰のせいだと…!」

 

 

槍でふっ飛ばされたウィザードことダン。その犯人の少女は直後に人がいたことに気付き、お詫びと弁明とその他諸々を兼ねて自身の家に香奈とミカドを招いていた。

 

 

「私、月乃瀬っていうんだけど…あの、普通の! 人間の! 女子だから!」

 

「えっでも槍…っていうか、月乃瀬ってどっかで……あー! もしかしてヴィネットっていう人助けが趣味な悪魔さん!?」

 

「うそ、なんで知ってるの!? あと別に趣味じゃないから人助け!」

 

 

彼女は「月乃瀬=ヴィネット=エイプリル」。予め言っておくが、悪魔なのに心優しく良識に溢れた天使のような存在である。付け加えるが、さっきの槍は稀にある例外である。

彼女がヴィネットだと知った瞬間に、香奈の心から警戒が消えた。悪魔でも人助けが趣味なら良い人だろうと。人ではないが。

 

 

「ずっと探してたのガヴさんの友達! あれ、なんで探してたんだっけ…あ、そうだ魔法使いさんだ。じゃあ別に今見つけても意味ない…? まいっか!」

 

「ガヴのことも知ってるのね…何者…? 人間??」

 

「なんっでヴィーネとガヴを知ってて俺様を知らねーんだ。つーか茶が遅いんですけどォ!?」

「あんたちょっと黙って」

 

「詳しい話はお茶でも飲みながらかくかくしかじかで! あっ、ヴィーネちゃんお菓子ある? カステラとか!」

 

「すごいグイグイ来るタイプの子ね!?」

 

 

懐に入り込んだら香奈の本領発揮だ。妖怪ハーフだらけの妖館に秒で馴染んだ彼女にとって、悪魔という種族差も大した壁ではなかった。そんなこんなでかくかくしかじか。

 

 

「…で、魔法使いさんを探してたわけです! うわ、すごい顔」

 

「そりゃこんな顔にもなるわよ…え、未来? 歴史が…なに? 全然わかんないんだけど」

 

 

とはいえヴィーネは頭がいい方である。話の要点はきっちりと理解できていた。つまりミカドは魔法使いではなく、ダンが持つ魔法使いとしての力が欲しくて、そうなった時にそれに関する記憶や出来事が消えるというわけだ。

 

思い出は人一倍大切にしているヴィーネ。香奈に悪意が無いのは分かるが、そう言われるとやはり抵抗が大きく……

 

 

「…うん、別にいい気がしてきた」

 

「えぇ!? いつもはこれでギスギスするってソウマ言ってたのに!」

 

「ダンとは魔界で近所だし、魔法使いじゃなくなったって別に…というか昔のダンの方が可愛げがあったからそっちの方がいいわ」

 

 

ヴィーネだけじゃなくダンの方も大したリアクションはしていなかった。想像を遥かに下回るリアクションに、香奈のギアも空回る。

 

 

「ってそんな事より、ガヴの話で思い出した!」

 

 

そんな事で片付けられた。

 

 

「ダン! あんたでしょ学校で嘘言いふらしたの!」

 

「ハァ? 嘘? 言いがかりだぜヴィーネ」

 

「私が学校休んだ理由よ!」

 

「そういえば…確かにヴィーネちゃん風邪だって聞いてた。違うんだ」

 

「そう、風邪は私じゃなくてガヴ。どうしてもガヴを一人にさせるのが不安だったから、学校休んだのよ。ラフィがいないから、その言伝をサターニャかダンのどっちかで悩んだんだけど…!」

 

 

ダンに頼んだ結果がアレだったようだ。しかし、そこまで聞くとあの怒り方は過剰だったかのように思えるのだが、この話には続きがあった。

 

 

「風邪ならまだ全然よかった…でも、プリントを取りに学校行ったらみんな仰天顔!? それで話聞いたら風邪どころか不治の病って話になってるじゃない! 私が! 心当たり無いのに顔合わせただけで泣かれる気持ちわかる!?」

 

 

話の顛末はどんどん酷い方向に。香奈が聞いた相手がたまたま噂の又聞きか何かで風邪と認識していただけで、実際はそんな虚偽のドラマが繰り広げられていたらしい。そして事実を看破されたダンはというと、焦るどころか堂々と開き直る。

 

 

「そーだ、俺様が言いふらした。その嘘をな!」

 

「魔法使いさんが…? そんなのなんのために…」

 

「そんなの学校サボった罪悪感に嘘の罪悪感を上乗せすれば、ヴィーネが学校で居心地悪くなって困るだろ。そしたら俺様の力が証明されて気分がいい!」

 

 

聞くだけ無駄の最低だったし、なんなら理屈がガキだった。

 

 

「俺様はお前らが嫌がる事を的確に突く! つまりこれはお人好しやアンポンタンとは悪魔の格が違うってことを見せつける、圧倒的悪魔マウントだ!」

 

「あんたねぇ…!」

 

「甘いんだよヴィーネ。いいか、俺様もお前も悪魔なんだぜ? そんな善い人ぶってねーで、もっと好きなようにやった方が……」

 

「そういうの間に合ってるから。休日明けたらダンの口からみんなに説明して」

 

「はッ、誰が指図なんか!」

「昔のあんたのことバラすわよ」

「それはズルい」

「どの口がズルとか言ってんの」

 

 

またしても槍がダンの首に向けられ、彼も指輪がはまった両手を上げて降参した。ヴィーネは良識はあるようだが、激情の発散に関しては間違いなく悪魔だ。

 

 

「とにかく、その人がゲートなのよね。だったら魔法使いとしてちゃんと守りなさいよ。私はもう一回ガヴのとこ行ってくるから!」

 

「…守られる筋合いは無い」

 

 

そこでようやくミカドが口を開いた。自分が何を求めているのかも分からないのに、戦えもしないまま守られて生き延びるのなんて嫌だ。その一心で出た言葉だった。

 

 

「言われなくても守ってやんねーよ。魔法使いじゃないなら別に興味もないしな。あとお前弱っちぃし?」

 

「そんな事は…貴様に言われずとも分かっている…!」

 

 

ミカドは憤りながらも、胸ぐらを掴むまではしなかった。虚しいのは己自身で、そんなことをしても意味がないと理解しているから。ずっと行き場がないままの感情を抱えて、ミカドは黙って外へと出て行った。

 

 

「…やーめた。あいつ面倒くせーわ、俺様は適当に遊んでくる」

 

「はぁ!? 何言ってんの魔法使いさん! ミカドくん守れるの魔法使いさんしかいないのに!」

 

「知らねー。なんで悪魔の俺様が、他人の命まで面倒みなきゃいけねーんだ?」

 

 

ヴィーネに咎められる前にダンはスモールリングを使い、体を小さくしてどこかに逃げてしまった。

 

 

「あの人、本当に仮面ライダー!? なんか思ってたのと全然違うんだけど!」

 

「ダンが本当にごめん…一応、代わりの応援は呼ぶから。私はやっぱりガヴのところ行くけど…香奈さんはどうする?」

 

「うーん…私がいてもミカドくん守れないし、無視するしなぁ…私もガヴさんのとこ行く! 風邪って心配だし。天使と悪魔の話、聞きたいし!」

 

「うん…いいけど、なんかメラメラしすぎじゃない…?」

 

 

ミカドやダンのことが気になりながらも、さっき人質にされたことを気にしている香奈。自分なら何か出来るかもしれないと思ってミカドに同行したが、このままでは足を引っ張るばかりだ。今はとにかくこの時代のことを知ろうと、香奈はグーで気持ちを固めた。

 

 

_____________

 

 

自分が信じていた正義は尽く誤りで、変えようとしていた世界は個人の力でどうにか出来るような物ではなく、悪だと憎んでいた仮面ライダーは正義の存在で悪は自分自身のような愚者のことだった。

 

ミカドの人生を形作っていたモノの全ては、過去に来た事でひっくり返った。

 

唯一揺るがないのは、未来を救いたいという気持ち。これを他者に託すことさえできれば、ミカドの存在する役割は消え失せ、長々と他人の物語に居座らなくて済む。それはこれ以上の無い終わりのはずだ。

 

 

「それさえも許してくれないのなら…傷跡でも残すか…? 奴の…日寺の人生に、俺という消えない傷を…」

 

 

まさしくミカドの心で渦巻く、タスクを殺めた後悔のように。日寺壮間は優しいのだから喪った者の意思を無下にはしない。そうやってミカドの望みを力づくで押し付ければいい。これが未来を救うための、最善手だ。

 

なんにしても、戦って、絶望して、消えることがミカドに残された唯一の希望だ。

 

 

「俺を絶望させたいのだろう…? 来るなら来い魔人共! 逃げも隠れもしない! 俺を絶望させてみせろ!」

 

 

ミカドは「ゲート」だ。生まれつき魔力が高く、絶望させることで怪人「ファントム」を生みだす人間。この時代のファントムが仲間を増やすことを目的にしているのなら、きっと今もミカドを見ているはずだ。

 

その思惑が的中したか、空気が騒めいた気がした。

闇の気配は濃くなっていき、日陰から現れた少女がミカドを怪しく笑う。

 

 

「…気付いていたとはやるわね。この私の悪魔的尾行(デビルズチェイス)に…!」

 

「やはりいたようだな…さぁ来い、何も成せぬ人形の一つくらい壊してみろ」

 

 

しかし、目の前の赤毛の少女は笑うだけで動かない。

ミカドはそんな彼女から幾つも違和感を感じていた。まず本能的に全く脅威を感じないのと、さらに言えば構えに隙があり過ぎる。だがどことなく闇のオーラは感じるので、実力を隠しているだけの可能性が高い。初手からそれだけの強敵に当たったのなら僥倖だ。

 

 

「クックックッ…待ちなさい愚かな人間。この私、サタニキアに勝負を挑むことの意味を理解していないようね…」

 

「なんだと?」

 

「負ければ最後、多くの物を失う事になる…その覚悟があるのなら相手になってあげるわ」

 

「愚問だ。俺に失うものなんて、何一つ無い」

 

「……いい覚悟ね。面白い! 受けて立とうじゃない!」

 

 

ミカドはドライバーを構える。しかし、彼女は変化する素振りも見せず、ただ握った右手を差し出した。これにはミカドも思わず固まる。

 

 

「何やってるのよ、手を出しなさい」

 

「貴様、何のつもりだ……?」

 

「いいから早く! せーのっ、じゃんけん……ぽんっ!」

 

 

勢いに乗せられてミカドが出してしまった手は「グー」。一方で少女はチョキに親指を足したよく分からない手を出している。ミカドは知らないが、これは子供のじゃんけんではよく流行しがちな、いわゆる「無敵手」である。

 

 

「……ククク、私の勝ちね。これは私が生み出した、あらゆる手に勝つことができる究極奥義、『悪魔の型』!」

 

「……?」

 

「惜しかったけどアンタの負けよ。大悪魔は挑戦者を拒まない……いつでも出直してくるといいわ!」

 

「待て貴様」

 

 

そのままカッコつけて走り去ろうとした少女を、ミカドは当然逃がさない。

 

 

「身の程知らずね…もう再戦するつもり?」

 

「ふざけるな。俺を馬鹿にしているのか? さっさとファントムの姿に変化しろ!」

 

「ファントムぅ? あんな魔獣と一緒にされても困るわね! 私はいずれ人間界を統べる大悪魔、胡桃沢=サタニキア=マクドウェル様よ!」

 

「悪魔だと? 貴様、俺を絶望させて殺すつもりは無いのか……!?」

 

「はぁ? なに言ってんのアンタ…怖っ」

 

 

ドン引くサタニキアことサターニャに対し、ミカドの顔が引きつる。勘違いしていたのはミカドだが、なんだか馬鹿にされている気がして無性に腹が立ったのだ。

 

完全に時間を無駄にした。その苛立ちがせり上がって来ようとしていた時、さっきのサターニャの闇の気配が何かの冗談に思えるほど、とてつもなく巨大な殺気がミカドを襲った。

 

 

「我々を求めるか、ゲートの男……」

 

 

ミカドが咄嗟に振るった右手は幻影を突いた。その気配は反対側に転移し、死人のような雰囲気の長身の男として現れる。

 

 

「あっ! ファント───ぶぅッ!?」

 

 

サターニャが男に軽々とふっ飛ばされたが、彼女が寸前に言った通り彼がファントムであることは疑いようも無い。その姿は黒く揺らぎ、石や枯れ木から生まれた鬼のようなファントムへと変貌した。

 

 

「悪魔に用は無い……見ていたぞゲートの男…魔法使いに非ざる者ながら、それに準じた力を使う……何者だ……」

 

「……名乗る名など…無い。何者にも成れなかっただけの人間だ…!」

 

「それなら敢えて名乗ろう……我々は『レヴァナント』」

 

 

ファントム「レヴァナント」が広げた腕から種子のようなものが落ち、接地と同時に発芽。人間界に漂う魔力を吸って急激に成長し、意思持たぬファントム「グール」となった。

 

 

「人界の言葉で……『死に戻る者』という」

 

 

横で魂が抜けているサターニャはもう放っておいて、ミカドもドライバーを構えた。対面しているだけでも伝わってくるレヴァナントの強さが、相手として不足がないという証拠だ。

 

しかし、そこでもミカドを邪魔する者は現れる。

 

予め補足しておくと、ヴィーネが用意した代わりの応援とは断じてサターニャではない。ミカドを守るために呼ばれた応援は、ファントムの魔力を嗅ぎつけて駆け付けた。

 

 

馬に乗って。

 

 

「……馬…!?」

 

 

リアルな馬に乗って、サングラスをかけて、ノースリーブのジャケットを着た男が来た。ヘッドホンも付けているがどこにも繋がっていない。意味が分からない恰好だ。

 

ついでに馬は起き上がったサターニャを轢き飛ばして行った。

 

 

「俺を呼んだのは誰だ? 俺が誰か、聞きたいんだろ!?」

 

 

そりゃ気になる。こんな男が現れたら。

そう口には出していないが、そう聞こえた体で男は言葉を続けた。

 

 

「言っておくけどカレー粉の妖精じゃないぜ! 俺はカレーよりグラタン派だからな!」

 

「何を言っている貴様…」

 

「俺は富も地位も名声もある名もなき流浪人。その名も不二崎(ふじさき)(すぐる)、さらにまたの名を……」

 

 

名もなきと言いながら名前あるらしい。2つも。

サングラスをその辺に投げ捨てた不二崎は右手の指輪を腹部にかざした。その見覚えのある行動は、ミカドも無視できない。

 

 

《ドライバーオン!》

 

「古の魔法使い…ビースト!」

 

 

ダンと同じで、魔法でドライバーを呼び出した不二崎は、左手に四角い指輪をはめて高く掲げ、腕を大きく回して構えを取った。ただし馬の上で。

 

 

「変~~身!」

 

《セット! オープン!》

《L・I・O・N! ライオン!》

 

 

「ビーストリング」を鍵として、ドライバーの扉が開き、黄金の獅子が顔を見せる。角ばった黄金の魔法陣が(馬ごと)不二崎を通り過ぎると、その姿を新たな魔法使いへと変えた。

 

黒の素体に金獅子の力を纏う。緑の眼が獲物を狙う。

あとやっとそこで馬から降りた戦士は、「仮面ライダービースト」。

 

 

「っ…この時代にも複数の仮面ライダーが…邪魔をするな!」

「いいかボウズ、よく聞け」

 

 

不思議な力が働いているように、何もかもがミカドの邪魔をする。この物語はミカドに不要な無能だと烙印を押し付けたくせに死なせてはくれない。

 

またしても思うようにいかず苛立つミカドに、ビーストは近寄って諭すように肩を叩く。

 

 

「人生は長い!」

 

「何の話だ!?」

 

「覚えておけ、人生で大切なのは三つの星。一つは北極星、一つは太陽、もう一つは梅干しだ!」

 

「くだらん!」

 

「さぁ食事の時間だ!」

 

「ふざけているのか貴様!」

 

 

 




幹部ファントムってメジャーな幻獣の法則なんですけど、APEXのおかげでレヴァナントも十分メジャーでしょうということで採用。グールの親分みたいなイメージです。

ミカド、変な野獣に出会う。ダンタリオ、言う事を聞かない。ヴィネット胃が痛い。次回はビーストとウィザードが色々やります、物語の進行はしばしお待ちください。

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悪魔でも魔法使い

瀬尾潔貴
仮面ライダーカイザに変身した青年。25歳。白髪。元は二等捜査官だったが、カイザギアに適合した上に対オルフェノク戦闘に異様な適性を示したためオルフェノク対策課の特等捜査官に異例抜擢された。自分以外全ての人間の内外を汚いと断言する病的な潔癖症で、自分の清潔と安全と平穏を何より尊重して行動する。基本的に他人を一切肯定しない。2003年ではミカドのジクウドライバーだけを回収しようとあらぬ疑いを捏造し捜査官を仕向けたが、令央に敗北した。カイザのウォッチは令央が所持している。

本来の歴史では・・・ミナトが死のうがオルフェノクが事変を起こそうが、どんな手を使ってでもしぶとく生き残り、特等として一定の地位を保っている。


ドンブラザーズ面白いですね(今更感)、146です。
未来からの来訪者も特に気にはせず、魔法使いたちがいつも通りで動きます。ダンになにがあってなにを思っているのかとかに注目した方がいい気もするし、そんな気にせんでもいい気も…

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!



 

「さぁ、食事の時間だ!」

 

 

めちゃくちゃ目の前に敵がいるのに何を言っているのか。

そんな事は一切気にせず、仮面ライダービーストは多数のグールとファントム「レヴァナント」目掛けて走り出す。

 

構える剣は魔法剣「ダイスサーベル」。獣のように低い体勢から、荒々しい刺突が繰り出される。

 

 

「貴様が古の魔法使い…知っているぞ…その内に飼うファントムを解放しろ…」

 

「俺も知ってるぜ。牛乳とたくあんでコーンスープになるけど、コーンスープから牛乳引いてもたくあんはできないってことはな!」

 

 

さっきから会話が成り立っていない。どうやら彼と分かり合うためには拳を交える必要がありそうだ。

 

 

《バッファ! ゴー!》

《バッバ・ババババッファ!》

 

「沖ノ島行き特急便、出発進行!」

 

 

ビーストが自身のアンダーワールドに飼うファントム「キマイラ」は、様々な生物の力を宿した存在。ビーストは指輪を介してその一部を引き出し、帯びることができる。

 

右肩に「バッファマント」を纏い、猛牛の力を宿したビーストは熱を発しながら猪突猛進。猪ではなく牛なのだが。しかし威力は凄まじく、魔力を帯びたぶちかましは触れたグールを粉々に粉砕する。

 

そうしてあっという間に全てのグールが撃破され、解放された魔力がビーストドライバーに吸い込まれていった。

 

 

「お前らとの日々は忘れねぇぜ…ごっつぁん!」

 

「魔力を喰うか…我々とは相性が悪い…」

 

 

レヴァナントは死したファントムの魔力で能力を発揮するネクロマンサー。魔力そのものを喰らって無に還すビーストの相手は得策ではないと、影に紛れて消えて行った。

 

 

「おっと逃がしちまった。仕方ない、一期一会と一日一膳は台風一過っていうしな!」

 

「なんなんだ貴様…! あのファントムは俺の相手だ、何故邪魔をした!」

 

 

戦いに割って入る前にファントムに逃げられてしまい、ミカドはビーストに憤慨をぶつける。しかし、お察しの通り仮面ライダービーストこと不二崎俊にそんな道理は通用しない。

 

 

「何か悩みでもあるのか、ボウズ?」

 

「…そんな事、貴様には関係ない!」

 

「悩んだときには星に語り掛けろ。大事な三つの星は北極星、太陽、あと…かつお節だ!」

 

 

さっきも聞いたし、なんか違うし、なんなら星ですらなくなった。元々星ではなかったけど。しかもそのまま走って去った。乗って来た馬を放置するなと大声で言いたい。

 

 

「何なんだ…馬鹿馬鹿しい…!」

 

 

ファントムに吹き飛ばされたっきり、気を失って馬に顔を舐められているサターニャもそうだったが、どうしようもない袋小路で見つけた答えもよく分からない奴らに邪魔されて無意味になる。

 

この時代の全てに馬鹿にされているように感じた。今まで行ったどの時代よりも、生き辛い世界だ。

 

 

「いや、それを言うなら死に辛い…か」

 

 

______________

 

 

「ヴィーネちゃん、この時代のガヴさんも…やっぱりもう自堕落?」

 

「そうね…昔のガヴも知ってるんだ。私も結構頑張ったつもりなんだけど…」

 

 

一方、香奈は知り合った悪魔のヴィネットことヴィーネと共に、この時代のガヴリールの家へと向かっていた。しかしガヴの話をするとヴィーネが分かりやすく落ち込む。あの性格と一緒に過ごせば、苦労事も多いのだろう。

 

 

「天使も風邪引くんだ。なんか意外っていうか…聖なるバリアーっ! とかで守られてるイメージだったのに」

 

「私も一回風邪引いたことあるけど、悪魔も風邪引くんだって思ったわ。ていうか、なんか新鮮で楽しいわね。人間の子と天使悪魔談義できるのって」

 

 

それから先も「悪魔でも風邪ってしんどい?」とか「あれの薬まで作る人間ってなに!?」みたいな会話に華を咲かせるふたり。人懐こい香奈もそうだが、こういう青春的な時間が好きなヴィーネも楽しそうにしていた。

 

そうしていると当然、時間も早く過ぎる。ガヴの家の前まで来たのだが、その付近でコソコソと隠れていた人物がいた。

 

 

「あれ…木村くんよね?」

 

「つ…月之瀬…さん。こんにちは…っ」

 

「知り合い?」

 

「同じクラスの男子なんだけど…どうしたの、こんなところで?」

 

「い、いや、なんでもない…じゃなくてえっと…天真さんに…!」

 

 

ヴィーネの同級生という木村は、チラチラとガヴの部屋を見ては、手元の袋に視線を移し替える。それが気になった香奈は遠慮せずに袋の中身を覗き込んだ。

 

 

「やっぱなんでもない! さ、さよなら!」

 

 

そう言い残して、木村は逃げるように去ってしまった。しかし香奈は袋の中身を見て彼がここに居た理由を察し、ニヤついた顔でヴィーネに耳打ちする。

 

 

「さっきの男の子、千羽鶴…持ってたよ! これってひょっとして…」

 

「千羽鶴……! って、あの病気が早く治りますようにって鶴を千羽も折るっていう、人間界のおまじない!? ガヴただの風邪なのに!? ていうかガヴに!?」

 

「人間の恋心ってのはなかなかフクザツなんだよねぇ…思いの強さが奇跡を起こすっていうし、ガヴさんもう治ってたりするかも!」

 

 

恋バナの波動を感じて活性化した香奈は、ヴィーネを引っ張ってガヴの部屋に。寝てる可能性があるからとヴィーネは合鍵で部屋を開けたが、なんで彼女が合鍵を持っているのかはなんとなく察せたので聞かなかった。

 

そして部屋は案の定の汚部屋。人の往来がある分2018年よりはマシだが、依然として人が暮らす部屋の有り様ではない。また、肝心のガヴリール自身は風邪だと聞いていたのだが……

 

 

「ガヴ……!」

 

「おっ、ヴィーネ…いいとこに…ちょっとこのクエストだけやってくんない…? 周回イベだからヴィーネでも…痛ぁ゛っ!?」

 

 

ベッドの上でノートパソコンを開き、ふらふらになりながらネトゲをしていたガヴ。ヴィーネはそれを見るや否や、ぶっ叩いて強制的に寝かしつけた。動きに一切の無駄のない達人芸だ。

 

 

「ちょっと、私病人だよ…? 叩くことないだろ…」

 

「ちゃんと寝てろって言ったわよね!? パソコン禁止!」

 

「はぁ!? 期間限定イベントやってんのに! これ逃したら今度はいつ復刻するか…!」

 

「禁・止♡ わかったわね♡」

 

「はい。」

 

 

ヴィーネが笑ってない目で槍を出したので、ガヴも折れた。そこで初めて気づく、部屋の中の知らない顔。

 

 

「そういえば、誰? あー…もしかして風邪治すための生贄?」

 

「生贄っ!?」

「いやや、そんなわけないでしょ!?」

 

「ヴィーネも悪魔らしいことできるようになったじゃん」

 

「ヴィーネちゃん!!?」

「だから違うわよ! 香奈さんは…説明に困るけどただの…友達だから! うん、友達!」

 

「友達ぃ…? なに勝手にウチのヴィーネに手を…ゲホっ! エホッ!?」

「ガヴ!? ほらもうゲームなんてしてるから…えっと、こういう時には…」

 

 

ガヴが急に咳き込み始め、額に触れるとヴィーネがさっき確認した時よりも熱くなっていた。熱が全く下がっていない。ヴィーネも風邪を引いた経験が一度のみなので、調べたと言っても焦って対処に困ってしまう。

 

そんな時、香奈は速やかに水の入ったコップを差し出した。

 

 

「コップが完全に乾いてたし、ガヴさん水飲んでないでしょ! 風邪引いた時は水分補給大事!」

 

「へ…? あ、はい…」

 

「あと布団もちゃんと羽織る!」

 

「だって暑いし…体熱いなら冷ました方がいいだろ普通…」

「理屈は知らない! それはそれ、これはこれ!! いいから毛布被って寝る!」

 

「なんなの? 押しかけ女房第2弾?」

 

 

放っておくとガヴは自滅の方向を辿るため、その後も二人がかりでなんとかガヴを布団に収めることに成功。気のせいも多分に含まれるだろうが、症状も多少は落ち着いたようにも見える。

 

 

「助かったわ香奈ちゃん。私だけじゃどうすればいいか分かんなかったし…」

 

「いやーソウマっていう幼馴染の男の子もよく風邪になってて。両親が留守がちな家だったんで私が看病してたんですよねー。ふふん」

 

「それにしてもガヴの熱全然下がらないわね…私の時は一日休んだら治ったんだけど…」

 

「いやいや、こんなの一日で治るわけないでしょ…頭や喉どころか体中なんか痛いし、食欲も全然出ないし、鼻水すごいし…軽く地獄だよこんなの」

 

「じゃあなんでゲームしてたのよ」

 

「ん…? それって風邪じゃなくて、インフルエンザでは…?」

 

 

インフルエンザという単語に疑問符を浮かべる天使と悪魔。意外なところの天上天下カルチャーショックだ。どうやら知らない様子なので、香奈が知る限りの知識を話してみた。

 

 

「……この症状が1週間…!? で、下手すりゃ死んで、こんなのが人間界じゃ毎年大流行!? バカなの? 死ぬの?? こういう疫病関係は魔界管轄でしょ。なんてもん作ってくれたんだよ魔界…」

 

「今はもうそういうのやってないから! でも大丈夫よね!? ガヴ死なないわよね!?」

 

「基本お薬飲んでればなんとかなるし、早く病院に行った方が……あ、でも天使って病院に行っても大丈夫なのかな?」

 

「ま、お仕事って意味じゃ、しょっちゅう行き来してるけど」

「おいこら縁起でもない」

「でも病院って金かかるじゃん面倒くさい。だったらラフィに魔法で治してもらうよ。白羽家って治癒魔法で有名だし」

 

「ダンはそういう魔法使えないけど、確かにラフィなら…あ、そういえば香奈さんは大丈夫なの!? 人間だし、これって感染るんじゃ…」

 

「それなら大丈夫。私、病気とか風邪とか一回もなったことないし!」

 

 

天使も悪魔も風邪を引いたというのに、人間の香奈が一番丈夫なのは何かの不条理を感じた。そこで二人の頭にある赤毛の悪魔の顔と一緒に浮かぶ人間界の言い伝え。

 

 

「バカは風邪を…」

「ガヴ、ストップよ」

 

 

________________

 

 

時は遡り、壮間が向かった時間へ。

こちらの時間では果てしなく弱気なダンは、天使に魔法使いとしての責務を押し付けようと画策。壮間と共にこの時間のガヴリール(あと一応ルシフェル)を探していた。

 

 

「天使に頭下げるのって、悪魔的に大丈夫なんですか?」

 

「プライドなんかで保身が買えるなら喜んで買うよ、俺は」

 

「言い切りましたね」

 

 

ダンが魔法使いになった経緯はどうやら「お家の事情」らしく、実力も魔力も伴っていないが仕方なく嫌々でやっているらしい。魔界もなかなかに世知辛い。

 

 

「で…タプリスさんに教えてもらった住所は、多分この辺り…」

 

 

手書きの地図を見て一軒のアパートに到着。問題はどの部屋がガヴリールの部屋なのかだが、壮間が首を捻っているとダンがバシバシと肩を叩く。何かと思ったらダンは顎を震わせながら壮間の背後を指さしており、その先から感じる光のオーラ。

 

振り返ると気品と清廉でできたような圧倒的美少女がいた。後光すら感じるというか、多分何かしらの光は本当に発している。見ているだけで浄化され、思わず膝をついて祈りたくなるような凄まじい天使の品格。

 

 

「ガヴリールさん………!?」

 

「あの…私になにかご用ですか?」

 

「誰!!??」

 

 

本人確認を取った上で、タプリスが持っていた写真と同じ姿であると確かめた上で、壮間は叫んだ。いくらなんでもあんまりだ。どう考えても、この天使がアレになるとは思いたくない。

 

開口一番大いなる失礼をかましてしまったが、どこまでも寛容なガヴリールは「立ち話もなんですし…」と2人を部屋に招いた。部屋には僅かな乱れも無く、完璧に整頓されている。しかもお茶と茶菓子まで出す始末。誰だコレと言いたい気持ちを、壮間は8回は抑えた。

 

 

「えっと、俺は…日寺壮間です。人間やらせてもらってます……で…ちょっとダンさん、なに逃げようとしてるんですか!」

 

「だって無理でしょ、俺死ぬぜ!? こんな高位な天使に悪魔なんて言ったら、俺なんて一瞬で灰にされて……!」

 

「悪魔の方なんですね!」

 

「ひィっ!? お許しィィィィ!!」

 

「私も天使として下界に降りたばかりで、未熟な私には毎日が学びの連続です。私は公園の草むしりやゴミ拾いなどで人々のお役に立とうと励んではいるのですが……」

 

 

聖人過ぎる。本当に同一人物なのだろうかと今一度不安になる。

 

 

「やはり慣れない下界での生活…不安は消えません。私にも悪魔の友達がいますが、他の悪魔の方はどのようにして毎日過ごされているのか、参考までにお聞きしたいです!」

 

「えぇぇ…たかが悪魔の生活なんてそんな…俺、魔法使いだから大体ゲートやファントム追っかけてるだけだし…アイツらいつでも出るからご飯なんて最近ドーナツしか食べてないし、魔力回復しようにも不安で寝れなくて仕方ないから魔界通販の魔力ドリンクで……!」

 

 

なんだか知らない間に愚痴になっている気もしたが、ガヴリールは興味深そうに頷きながら聞いていた。どこまで優しいのだろうか。

 

 

「魔法使いさん…なんですね」

 

「そう…なんです。で…天使様、単刀直入にお願いしたいんですけど…魔法使い、代わってくれませんか!?」

 

「へ?」

 

 

そこでようやくダンが本題を切り出す。確かにダンの精神は切り詰められている印象で、魔法使いに誰かが成らなければならないとしてもダンは適任とは思えない。代われるなら代わってあげるべき、と壮間も思えてしまった。

 

しかし、そもそもの疑問が壮間の中には残っており、ガヴリールもそこを優しく突いた。

 

 

「あの…多分なんですけど、魔法使いって代われたりするものじゃないのでは…」

 

「…え?」

 

「ですよね…」

 

「え!?」

 

「いえ! 私は魔界の魔法に詳しくはないんですけど、そういうのって一族の秘伝だったりするので…」

 

「言われてみれば…親父がそんなこと言ってたし、わざわざファントムと契約させられたのもそういう…!?」

 

 

逆に今まで気付いていなかったとなると、厳しい日々の中でかなり希望的観測で生きていたのだろう。淡い期待は打ち砕かれ、ダンは完全に抜け殻になってしまった。

 

 

「終わった……」

 

「ごめんなさい! 代われるなら代わってあげたかったんですけど…」

 

「まぁダンさん、大変だとは思いますけど、俺でもなんとか戦えてるんだからきっと大丈夫ですって」

 

「俺じゃ……ダメなんだよ」

 

 

それは、今までよりも遥かに弱い声だった。不安の堰が外れ、奥の奥に押し込められていた泣き声のような悪魔の弱音が、止める術もなく溢れ出る。

 

 

「俺は魔力も少ないし、ゲートにキツく当たられたら凹むし、ファントムは俺よりずっと強いし…こんな俺じゃいつか救えない日が来る…誰にも絶望して欲しくない、そう思っていても俺じゃきっと……」

 

 

壮間はそのうずくまる背中と弱音で、過去に飛ぶ直前のミカドを思い出した。

救いたい、守りたい、その気持ちだけは誰よりも大きいのに、自分が求める力に自分がまるで追いつかない。そんな自分が嫌い。それが辛くて、誰かに託したい。壮間にもわかる、その気持ちになったことは何度もあるから。

 

ただ、壮間には「自分自身が王になる」という支えがあっただけだ。他者に対する憧れがあっただけだ。どうして気付かなかったのか、凄惨な過去があっただけでミカドだって自分と同じ「普通の少年」だったというのに。

 

 

「……やめてしまえば、いいんじゃないですか?」

 

 

ガヴリールはダンに、そう言った。決して高圧的な意味じゃないのは、優しく触れる羽根のような声が教えてくれた。ただガヴリールは、ダンの身を案じて言ったのだ。

 

 

「でも…俺しか魔法使いは…」

 

「それであなたが不幸になるのはよくないですよ。辛かったらやめてしまえばいいんです。誰かを幸せにするために生まれた私たち天使とは違って、あなたは悪魔なんですし」

 

 

傍から見れば無責任な言葉だろう。守られる側からすればたまったものじゃない。実際のところそんな簡単にはいかないのも、誰もが分かっている。でも、確かにその許しの言葉はダンの心を軽くした。

 

あの時、ミカドに言えなかった言葉はきっとこれだ。

 

 

「…そうですね。仮面ライダーやるにしても、もっと気軽にやればいいんじゃないですか? 悪魔なのに真面目すぎなんですよ多分」

 

「悪魔って真面目な方が多いんですね。なんだか意外でした」

 

「そっか…俺、そういえば悪魔だった。悪魔が人間守るために辛がってるなんて、そりゃそうか…! なんか…ホントなんとなくだけど、ちょっとわかった気がする」

 

 

ダンの顔が少しだけ明るくなった。きっとこれで彼はこれからも戦っていけるだろう。

話がうまくまとまった所で、壮間が「あっ」と声を出す。本来の目的のことをすっかり忘れていた。

 

 

「ガヴリールさん。まず、あの…サタなんとかっていう悪魔には気を付けてください。駄天にはくれぐれもご注意を!」

 

「堕天ですか…?」

 

「あと、ルシフェルって天使知ってますよね!? 俺、そいつを探してるんです。なんでも人間界で何か悪さしようとしてるみたいで…!」

 

「ルシフェルって、ルシ兄さんが!? 信じられませんけど…それならゼルエル姉さんに伝えておきますね! すぐに動いてくれるはずです!」

 

 

未来のガヴリール曰く、ゼルエルという天使は「最強」。そんな天使が直々に動いてくれるなら、アナザーウィザードの動きをかなり制限できるはずだ。

 

 

「…俺、辛くならない程度に頑張ってみる。力を抜いて、少しは悪魔らしく。ありがとう天使様」

 

「悪魔が天使にお礼するのも、少し変ですけどね。おふたりのこれからに…光あれ!」

 

 

そうして、天使と悪魔と人間はそれぞれが己の道に戻った。

ダンは己自身を見つめ直し、ファントムと戦い続ける。壮間も任せきりではダメだと、アナザーウィザードを妨害すべく行動を開始した。

 

 

「そういえば…魔法使いさんの名前、聞き忘れてしまいました」

 

 

ガヴリールは結局、この直後に急転直下で駄天を果たすのだが、それは誰にも防げない無情な話である。

 

 

________________

 

 

 

そして時は過ぎ、香奈がガヴリールの家にいる時間まで進む。

時刻も夜に。普段なら活動が活発化するガヴリールもインフルエンザの前には陥落し、顔色は悪いままだが流石に就寝してくれた。

 

ヴィーネと香奈はガヴリールを見守るため、もう少しここにいるつもりのようだ。

 

 

「なにやってるの、香奈さん?」

 

「んーとね、メモ。というか日記? 色んな時代で見たものを記録しておくの。いつかそれをみんなに伝えられたら素敵だなーって」

 

「確かに素敵ね! どれどれ、『天使と悪魔も風邪をひく』、『ガヴさんモテる』、『ヴィーネちゃん怒ったら怖い』……」

 

 

えらく大雑把なうえに、あまり公開されたくない情報まで混ざっている。幸先が不安になる有り様だった。

 

 

「そういうヴィーネちゃんは、さっきからなんで折り紙を…?」

 

「え!? あ…ほら、さっき木村くんが千羽鶴持ってたじゃない? だからちょっと作ってみたくなっちゃったかなー…なんて?」

 

「え、これ鶴!? ぜんぜん鶴になってないよ!?」

 

「けっこう難しいのね…ケルベロスなら折れるんだけど……そうだ、千頭ケルベロスとか、どう思う!? 頭が3つあるから333匹で済むし名案じゃない!?」

「怖いと思う」

「そうよね」

 

 

シンプルに言うと、ふたりとも結構ヒマだった。だったら帰ればいい話だが、ヴィーネはガヴが心配で、彼女がいる限り香奈も帰らない。仕方がないので千羽鶴作りにシフトしたようだ。

 

香奈も鶴の折り方くらいは知っているので、ヴィーネにそれを教えることにした。流石に一晩で千羽は無理だろうけども。

 

 

「……ヴィーネちゃん、あの魔法使いさん…なんなの!?」

 

 

鶴を折る傍らで、香奈は思わず強めに言ってしまった。しかしヴィーネも思う事は常々あるので真摯に受け止める。

 

 

「ダンは…ガヴと並んで私の“悔い”だから…私がもっとちゃんとしてれば…!」

 

「あっごめん、ヴィーネちゃん責めたつもりじゃ…」

 

「やることは軽率で、人に嫌がらせすることとマウント取ることしか考えてなくて、控えめに言っても性格は最悪。でも私たちの中じゃ一番悪魔らしいから、なんかこう…私のコンプレックスが刺激されてるみたいで腹が立つの! 無性に!」

 

 

思った数倍のフルパワー文句が帰って来て、香奈も少し引いた。というか自分が悪魔っぽくないのは重々自覚していたらしい。

 

 

「これ言ったら怒られるけど、前はあんなのじゃなかったのよ!? それが急に転校してきたと思ったら高校生デビューしてるし! 昔は…昔はあんなに健気な子だったのに、 ちょっと目を離した隙に…しかもその間にガヴの駄天もみすみす見逃すし…私は……私はっ……!」

 

「おちついてヴィーネちゃん! 鶴が! 怒りで鶴がどんどん禍々しくなってるから!」

 

 

酒でも入ったのかと思うほどの感情突沸。普段かなり苦労しているのだろう。香奈も同情を禁じ得ない。

 

 

「ただ…私はちょっと驚いちゃったんだ。まぁ正直に言うと、がっかりした。この時代の魔法使いって呼ばれる仮面ライダーが、あんな人だったなんて」

 

「その『仮面ライダー』ってなに? 魔法使いとは違うの?」

 

「…なんだろ。ソウマやミカドくんがそうで、魔法使いに限らず誰かを守るために戦う正義のヒーロー…かな?」

 

 

少なくとも香奈はそう思っていたから、ミカドの戦う理由である「全ての仮面ライダーを殺す」が理解できなかった。でも、もしダンのような仮面ライダーがいるのだとすれば、そんな最悪な未来も有り得ないとは言えなくなる。それが怖い。

 

 

「他にも何人か会ってきたし、ソウマからも色々聞いてて、この時代ではどんな仮面ライダーさんに出会えるんだろーって、ちょっと楽しみにしてたから余計に……」

 

「正義のヒーローって…いまどきそんなの子供でも言わないだろ…」

 

 

そんなことを話していると、ガヴが目を覚ましてしまった。

 

 

「お前ら、病人の部屋でうるさい…ただでさえ寝苦しいのに起きるわ」

 

「「ごめんなさい」」

 

「まったく…お前らいつまでいるんだよ、早く帰れって……」

 

 

ガヴはふらふらと体を起こすと、すっかり熱くなった額の冷却シートを取り換え、再び布団へと潜る。再び目を閉じ、眠りに落ちる前に、熱くて痛むガヴの頭は普段出てこないであろう言葉を口まで運んだ。

 

 

「ダンは…あぁ見えて、ちゃんとヒーローだっての…」

 

 

それだけ言ってガヴは眠った。ガヴとダンがどんな関係性なのか香奈にはわからないが、少なくともヴィーネは驚いていた。しかし、意外そうではなかった辺り、その言葉を理解できるだけの何かが彼女にもあるのだろう。

 

 

「…帰りましょっか」

 

「だね。また起こしちゃいけないし」

 

 

________________

 

 

 

彼は天使と悪魔のクラスメートの、ただの人間であった。

少年の名は木村。渡しそびれた千羽鶴を持ったまま、かといってガヴの家を訪ねる勇気はなく、うろうろと歩き回っている間にすっかり夜になってしまった。

 

 

「天真さん、少しは体調治ったかな…明日は学校来てくれるかな…」

 

 

ガヴが駄天したのは高校入学直後であるが、短いながら駄天前の聖人として学校に通っていた時期がある。当然そんなガヴに心を奪われた人間は多くいたわけで、木村もそのうちの一人だった。

 

しかしガヴの駄天によって、そんな人間達の憧れは打ち砕かれる。今じゃあの時のガヴは集団幻覚とまで言われる始末。

 

だが木村はガヴの駄天を見てもなお、「これはこれで推せる」と呑み込んだ超ガヴ信者であった。風邪のことだって何故か知っていたし、千羽鶴もきっかり千羽作ったのはもはや恐怖だろう。

 

 

「はぁ…なんで僕はこんなことしかできないんだろ…ていうか渡せなかったし…」

 

「ねぇ君。落としたよ」

 

 

肩を落とす木村はついでに千羽鶴の一部を落としていたようで、通りがかった青年に声を掛けられて赤面した。千羽鶴なんて他人に見られていい気分するものじゃない。しかも渡せず持ち帰るところなので猶更だ。

 

 

「これって千羽鶴?」

 

「いっ…そ、そうです…」

 

「誰かにあげるんだ。いいよね、そういうの。俺もそういうの大事だと思う。クラスの子とか病気なの?」

 

「ま、まぁ…いつも学校には来ないけど、風邪とかひかない人だったんで…心配でつい…」

 

「大切な友達なんだね。それで、これは友達に対する思いが詰まってる」

 

「友達かどうかはちょっと……」

 

 

青年は木村に鶴を返す。木村もそれを受け取ろうと、手を差し出す。

しかし、青年の手は木村の前で反転し、鶴は足元にぽとりと落ちた。そして、青年の足が紙の鶴を踏み潰した。

 

 

「えっ……?」

 

「くっだらねぇ」

 

 

青年、輝良祐樹───アルミラージは木村の手から千羽鶴を取り上げ、変化した怪物の姿でそれをズタズタに引き裂いていく。

 

 

「レヴァナント様がさぁ、アイツはもういいから別のゲート絶望させろって。そしたら失った分の魔力チャラにしてくれるってさ。だったらやるよな普通、お前みたいなチョロそうなゲート!」

 

「ば、ばけもの……っ!?」

 

「あれ、絶望しねぇな? 鶴なんかじゃダメか…じゃあその大事な友達ぶっ殺してやれば満足か!?」

 

「っ、やめろ! 天真さんに…天真さんに手を……!」

 

「へぇ、天真っていうのか。ありがとなおバカさん」

 

 

恐怖と無力感で泣き崩れる木村を、高らかに嘲笑するアルミラージ。絶望の崖っぷちにまで追い込まれた、悲劇の幕が上がりそうなこの瞬間。

 

そんな展開は下らないと一蹴するように、缶は飛んできた。

空き缶がアルミラージの頭部に直撃し、残っていた変な匂いの液体がアルミラージの眼を攻撃する。

 

 

「うげっ、眼が!? てか臭っなんだよコレ! 『魔界通販謹製 魔力500%ドリンク』!?」

 

「クソ不味いだろ、それ。お似合いだぜ死に損ないのゴミウサギにはな!」

 

「テメェっ、指輪の魔法使い!!」

 

 

窮地に現れたダンは、挨拶代わりにと更にもう一発缶を投げた。今度は中身が十分に入っており、マンドラゴラから抽出された異臭がアルミラージを苦しめる。爆笑するダン。

 

夕方の戦闘で手ごたえを感じなかったダンは、アルミラージが生きていると踏んで密かに探し回っていたのだ。

 

 

「おい木村、お前がゲートか」

 

「竜峰くん…!?」

 

「いいかクソファントムと根暗の木村、よく聞け。この世の人間は一人残らず、俺様の足元を這いずる下等生物だ! お前らなんかが気安く触れんな。こいつらを絶望させんのは俺様の特権なんだよ!」

 

 

ダンが青い指輪をはめる。水のエレメントが封じられた指輪だが、アルミラージは感じていた。その指輪に秘められた膨大な魔力を。

 

 

《ドライバーオン》

 

「新衣装のお披露目だぜ。噛ませ犬になれクソウサギ」

 

《シャバドゥビタッチヘンシン!》

 

 

頭上に現れた青い魔法陣がダンを通り過ぎ、水のドラゴンの旋回と共に青きウィザードを進化させる。

 

 

《ウォーター ドラゴン!》

《ジャバジャババシャーン ザブンザブーン!》

 

 

ダンが契約し、アンダーワールドに宿したファントム「ドラゴン」。その力のうち「水」のエレメントの力を引き出し、その姿をより青く、よりドラゴンに変化させた。仮面ライダーウィザード ウォータードラゴンスタイルだ。

 

 

「さぁ、ショータイムだ!」

 

「何がショータイムだ、ざっけんじゃねぇゴミクズが!!」

 

 

アルミラージの内側から魔力が解放され、体の裂け目から次々と分身が溢れ出る。夕方に対峙した時よりも遥かに膨大な魔力量だ。

 

 

「俺は魔力さえあればいくらでも増える! レヴァナント様から貰った魔力全部使って、これで俺は20人! お前の分身よりも多い!」

 

「バカじゃねーの。数いりゃ強いなんてチンピラの考えだろ」

 

「テメェがやったことだろうが!!!」

 

 

20人に分身したアルミラージは一斉にウィザードへと襲い掛かった。あっという間に囲まれて袋叩きルートに一直線。一方的なリンチは余りに惨い光景で、眼を塞ぐ木村の横には普通にウィザードが座っていた。

 

 

「あれ…!?」

 

「よっ、なにやってんだろなアイツら」

 

「テメ…いつの間に抜けやがった!?」

 

 

再び方向を変えて殴りかかるアルミラージ達だったが、打撃が通る前にウィザードの体が流動化して攻撃を受け流す。「リキッド」の魔法で身体を液状化しているのだ。

 

液状化したウィザードはあらゆる攻撃を掻い潜って、三つ目が目立つアルミラージの本体を捕え、流動化しているため回避もクソもない関節技で動きをロックする。抵抗するならもう一度液状化し、別の形で動きを封じるのみ。

 

 

「…ッソが! 何やってるお前ら早く助けろ!」

 

「おっといけない」

 

「バカッ……おい待て、止まれ分身共!」

 

 

分身がウィザードに襲い掛かる前に、再び液状化して即座に退避。アルミラージの分身への制止命令は間に合わず、勢い余って本体のアルミラージだけがボコボコに殴られた。

 

 

「さーて、分身したくせにわざわざ固まってくれるとはな」

 

《ルパッチマジックタッチゴー!》

 

 

青い魔法石から生まれたもう一つの指輪を右手の指に通し、ウォータードラゴンの真価を発揮する。エレメントは進化することで別のエレメントとして発現することがあるのだ。土なら「重力」、風なら「雷」、水ならば───「氷」。

 

 

「マジかよ…クソが…ッ!」

 

「あぁ、マジだ!」

 

《チョーイイネ! ブリザード》

《サイコー!》

 

 

氷の魔力を帯びた魔法陣は、通った場所の全てを凍てつかせる。そうやって20人を一気に凍り付かせた後は、渾身の魔力でトドメを刺すのみ。

 

 

「フィナーレだ!」

 

《チョーイイネ! スペシャル》

《サイコー!》

 

 

「スペシャル」は現実世界でドラゴンの一部を顕現させる魔法。ウォータードラゴンの場合はドラゴンの尻尾がウィザードの体として装備され、そこから放たれるのは海をも割る鮮烈な一撃。

 

薙ぎ払い一閃。氷に囚われた20体ものアルミラージを、竜の尾は一撃で打ち砕いた。

 

 

「ふぃー…さてと、おい木村!」

 

「ひぃっ!? 竜峰くん…? これは一体どういう…!」

 

「説明なんてしねーよ。で、この折り鶴…ガヴのやつに渡すつもりだったのか?」

 

「そう…だけど、もうこんなの渡せないし……」

 

 

ウィザードは指輪を外して変身を解除し、怯えまくる木村の足元の折り鶴を拾い上げる。確かにボロボロで他人に渡せる代物ではない。

 

 

「…はっ、そうだな。こんなもん別にいらねーよ」

 

 

ダンは折り鶴を投げ捨てた。まぁダンの悪行とマウント癖はクラスじゃ有名なので、「思いは伝わる!今からでも渡そう!」とはならないと木村も思っていたのだが。

 

 

「お前はこいつを渡して、ガヴに気に入られたいんだろ?」

 

「えっ? いや、そんなつもりは…」

 

「いいや、お前はそのつもりだったんだ。俺様が言うなら間違いねーよな。だったらこいつを渡す前にガヴが治っちまったら…そりゃもう絶望だろーが」

 

「えぇ…?」

 

「見てろ木村。明日の朝にはお前を絶望させて、俺様に屈服させてやる」

 

 

そう一方的に言うと、ダンはポケットに入れていた缶の中身を飲み干し去って行った。悪魔らしく空き缶だけは道端に投げ捨てて。

 

 

そしてダンが向かった先はガヴの家。部屋の内側に召喚したプラモンスターに鍵を開けてもらい、堂々と不法侵入。ベッドで寝ているガヴの顔色は依然として悪く、柄にもなくうなされているようだった。

 

 

「天使が風邪引くとか傑作だな。写真撮って後で笑ってやろ」

 

 

弱ったガヴをひとしきり撮影すると、ダンは彼女の左手の指にリングをはめた。

 

 

《プリーズ プリーズ》

 

 

ドライバーを通じ、ダンの魔力がガヴへと移動していく。

「プリーズ」は魔力供給の魔法。魔力の塊である天使と悪魔にとって人間界の害というのは大体の場合無力なのだが、生活の乱れや疲れなどで魔力が弱まることもある。ガヴの場合は理由は明白の上に駄天で天使力も怪しかったので、そこをウイルスに攻められたのだろう。

 

つまり天使なら魔力の充電さえできれば回復する。事実、魔法を使ったことでガヴの顔色はみるみるうちに良くなっていった。

 

 

「…いつぞやの借りだぜ、天使様」

 

 

忘れもしない。ダンの生き方を変えてくれた天使こそ、ガヴリールだ。愚直に誠実に必死にやるだけが道じゃないと教えてくれた。あの日があったからダンはまだ戦っていける。

 

 

「はぁー……しんど」

 

 

ドリンクでやりくりしていた魔力が尽きる。眠る天使だけしかいない部屋で、誰にも聞こえてないと信じて魔法使いは呟いた。

 

 

________________

 

 

 

「治った」

 

 

翌日、ヴィーネと香奈がガヴを訪ねたらすっかり元気だったので、女子二人して大口を開けて驚いてしまった。

 

 

「ま、天使にかかれば人間の風邪なんてチョロいもんよ。インフルだかなんだか知らないけど」

 

「わかんないけど元気になってよかった!」

「あんたもう天使として怪しいけどね…」

 

「でもなんか変な夢見たんだよな…昔の夢? 下界に降りて来てすぐくらいの…なんだっけ」

 

「ガヴさんがまだ天使だった頃の!?」

「まだ天使だっての」

「本当に堕天する前に生活直しなさいよ? あとほら、昨日木村くんがお見舞いに来ようとしてたから、学校でお礼言わないと」

 

「木村? だれ?」

 

「あんた本当最悪ね」

 

 

そんなやり取りを向かいの塀に隠れて見ていた木村は、もうすっかり元気そうなガヴの姿に、ほっと表情を和らげる。

 

 

「よかった…本当に天真さん元気になった」

 

 

彼にとって名前を覚えられてないことなんて些細なことだったらしく、ただガヴが元気だった事と朝一で姿を拝めた事にご満悦な様子だった。この世界、変わっているのは悪魔や天使よりも人間なのかもしれない。

 

絶望させてやると物騒なことを言っていたが、ダンが何かしてくれたのだろうか。それならお礼を言わなきゃと思った、そんな矢先のことだった。

 

 

「誇れ。人間にしては素晴らしい魔力だ」

 

「竜峰くん…? じゃな…っ!?」

 

 

昨日見た仮面ライダーウィザードに似た姿だったが、すぐに偽物だと断じた。余りに歪められた解釈の「ウィザード」は、木村の体に触れて希望から一気に絶望へと転覆させる。

 

 

「人間の身に余る魔力…我がサバトの糧となれ」

 

 

木村の体が紫に割れ、アナザーウィザードはその中から魔法石を引きずり出して取り込んだ。それを後ろから見ては手を叩く、時の異端者。

 

 

「ふん、気に入ったか? 吾輩が与えたその力。精々有意義に使い、王として蹂躙の限りを尽くすがいいッ!」

 

「言われるまでもない。全ては天界を救うため。そして我が望みのために……!」

 

 

人間を強制的に絶望させる力を得て、タイムジャッカーのアヴニルとアナザーウィザードが2012年で動き出してしまった。そんな中、戦えるのは思い悩むミカドと……

 

 

「マジか…」

 

 

体温計、39℃。

魔力切れでしっかり風邪を感染されたダンだけだ。

その頃、不二崎は愛媛のみかんと島根の十六島のりと香川の醤油でいくら味を作るため中四国に旅に出ていた。

 

 

 




時系列はビースト邂逅直後(ダンはまだ不二崎を知らない)で、ドラゴンスタイルに関しては今回のウォーターで4属性全部そろった感じです。ダンがどんなやつか分かっていただけたかと。

次回からは最終局面。アナザーウィザードが動き出し、ミカドとダンが再び……あと多分2話。3話かも……

高評価、感想、アンケートや募集などよろしくお願いします!


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ショータイムが始まる

ミニ補完計画
質問『ライダーの“解釈”について』
ジオウ、ゲイツのアーマータイムやアナザーライダーの能力は変身者のそのライダーへの解釈で振れ幅があります。理解や知識が深いほどその能力は多彩かつ強大となり、応用も効くようになります(四谷さんや相場は理解が偏っており、ツクモは鬼の力に対する理解だけ完璧だった。一番理解が深かったのはナギ)。令央は逸脱しており、ライダーの要素から解釈を広げることで、望む能力の生成や複数の能力の結びつけにまで至っています。姿にも解釈が多少反映されます。


キャラ紹介もネタ切れ始めました146です。今後はこんな感じで貰った質問やリクエストを前書きでやっていきたいと思います。

ダンがどんな奴か分かったところで、本題にようやく突入。アナザーウィザードが動き、ミカドも動き、あと出てなかった4人目も合流します。壮間は放置。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


竜峰家は魔界に封印された魔獣『ファントム』を管理する一族。指輪魔法という変わった魔法を知る一族でもあった。それじゃ食っていけないので他にも色々やっているのだが。

 

ダンタリオは悪魔学校にも行っておらず家業を継ぐ予定だったが、それはもう憤懣やる方ない理不尽な事故でファントムの封印が解けたものだからさぁ大変。人間界にファントムが数体解き放たれ、責任は当然竜峰家に。そんなわけでダンタリオは尻拭いのため人間界に降りたのだった。

 

 

「熱下がらん…ネギを首に巻いたのに…」

 

 

ダンタリオは元々魔力が少ない。故にファントムを飼わないと魔法も使えない。そんなダンは一日複数回の戦闘と魔法の多用で魔力が尽き、ガヴリールに風邪を感染されてしまったのだ。

 

ダンはこう見えて結構素直な性格。人間界の俗説を真に受けてネギを使うも、そんなものではちっとも良くならない。

 

 

「…全然辛くねーし……全然余裕だし!? ヴィーネが一晩で治したなら俺様も余裕だっつーの! えっと!? 他に風邪治す方法は……!?」

 

 

ネギを尻に刺すらしい。

ダンは人間に恐怖を覚えた。正気ではない。風邪治すぞ!→ネギを尻穴にぶっ刺す!とはどう考えてもならないだろう。猛毒のあるフグという魚をも食べるという人間のドン引きエピソードを余裕で超えてきた。

 

しかし悪魔たるダンがこんな事で怖気づいていいのだろうか。否、駄目だ。人間程度が通った道、悪魔ならば飛び越えて当然だ。当然なのだろう。

 

 

「は…やってやろーじゃねーか俺様は悪魔だチクショウ!!」

 

 

ダンは熱で錯乱していた。

そんな彼が狂行に走る寸前、インターフォンが鳴ってダンを正気に戻した。ネギを投げ捨てて食い気味にドアを開けて来訪者を確認する。

 

 

「ダンタリオ! ヒマだから遊んであげるわ、感謝しなさい! テニスで勝負よ!」

 

 

サターニャだった。とてつもないアホだが、悪魔学校では志の高さだけでブイブイ言わせていたという悪魔だ。普段通り関わらないに越したことは無いし何より今は風邪がしんどい。

 

 

「あーいいかサターニャ、俺様は魔法使いだ。お前と違って暇じゃねーんだよ。人間の遊びなんざ一人でやってろ」

 

「へぇ…無様なことねダンタリオ。この私に負けるのが怖いんでしょ」

「魔界の果てまで吹っ飛ばしてやるよヘンテコツインドーナツ女が!」

 

 

ダンは熱で錯乱していた。が、普段からこうである。ダンはマウントを取られたら取り返す単純な悪魔である。

 

 

________________

 

 

「雲一つない晴天! 心地の良い風! 完璧なお出かけ日和ね!」

 

「こんな日に遊ばないなんてもったいない! ガヴさんの風邪も治ったことだし、みんなでお外で遊びましょー!」

 

「なんで私の完治祝いで私に選択権が無いんだよ。行かないからな絶対!」

 

 

ガヴの抵抗に無論意味はなく、ヴィーネと香奈に引っ張られて屋外に進出。陽の光が辛い。こんなことなら治らなければよかったとガヴは思った。

 

サターニャとダンは不在だったらしく、人間、天使、悪魔のトリオでお出かけ。問題の移動手段はというと……

 

 

「自転車よ!」

 

「やっぱ高校生のお出かけはこれでしょ!」

 

「あ、私は自転車乗れないから帰るわ」

「嘘ぉ!?」

 

 

ガヴリールは本当に自転車に乗れない。これはヴィーネも少し盲点だった。

 

 

「あんたいい歳して自転車も乗れないの?」

 

「だって天使は飛べるじゃん。神足通もあるし、なんであんな不安定なもんに乗らなきゃいけないのさ」

 

「じゃあどうしよっか…そうだ、せっかくだしガヴさん! 自転車の練習しよう!」

「それいいわね! そうと決まれば公園行くわよガヴ!」

 

「なんでそうなるんだよ」

 

 

ヴィーネが2人になったみたいで果てしなく面倒くさい。予定変更し、そのままズルズルと公園にまで連れて行かれた。確実に外出用ではないジャージ姿で、目一杯下げたサドルに跨るガヴ。

 

 

「そのままペダル漕いでみてガヴ!」

 

「バランスとってスーッっていってギャリギャリだよ!」

 

「なにも伝わってこん。まぁこんなもん勢いで…」

 

 

足を地面から離して1mも走らずにガシャーンと転んだ。一切の無駄がない、とても綺麗なお手本のような転び方だった。

 

 

「よし、これ無理だな」

 

「諦めが早いわね!」

「出来るって! シャーッでキュイーンだってば!」

 

「だって前と後ろにしか車輪無いなら転ぶだろ普通。足グルグルも疲れるし、これ考えた人間は多分頭が悪い」

 

「人のせいにしたわよこの天使」

 

「出来るまでやれば出来るから! ほら見てて!」

 

 

そう言うと香奈はガヴからマウンテンバイクを借り、一瞬でスピードに乗るとウィリーしてジャンプで段差を超え、キレッキレのジャックナイフターンから、もうなんかよく分からない回転とドリフトでフィニッシュ。

 

 

「ふぅ…ね、簡単でしょ! ガヴさんもやってみて!」

 

「ヴィーネ、こいつ本当の本当に人間?」

「私も実は結構疑ってる……」

 

 

公園で自転車の技をするのは危ないのでやめましょう。

 

それからもガヴの自転車特訓は続き、補助輪付けたり、三輪車乗ったり、ガヴが天使の力でズルしたり、通りすがりの子供と喧嘩したりと色々経過。

 

 

「そういえば、ヴィーネちゃんが頼んだ応援って…誰?」

 

 

ふと香奈が尋ねる。ダンがミカドを放置した時、ヴィーネは別の誰かに連絡を取っていたのだ。

 

 

「最近知り合った別の魔法使いよ。それ知ったらうるさいだろうから、ダンには秘密にしてるけど…」

 

「へぇ! 魔法使いさんがもう一人! どんな人? やっぱ悪魔!?」

 

「人間…多分。はっきり言って変人だったけど、まぁ魔法使いならゲートを守ってくれるでしょうし…」

 

 

そんな事を話している内にまたガヴがこけた。なんだか時間を無駄にしている気がしてならない。段々とボーっとする時間も増えて来た頃、ヴィーネの死角に光が射す。

 

 

「ヴィーネさんっ!!」

「ひゃああああっ!? って…ラフィ!?」

「なに!? ヴィーネちゃん何事!?」

 

「あっ、すいません。驚かせるつもりはそこまで無かったのですけど」

 

「少しはあったのね…」

 

 

何の脈絡もなく現れた美少女。香奈はなんとなく彼女が天使であることを察した。その美しさはガヴとは対照的なもので、銀髪で身長も香奈より大きく、清潔感もあり、あと胸が大きい。

 

 

「ヴィーネさんが顔が七色に発光して口からコーラを吐くようになる病にかかったと聞き、面白…いえ心配で急いで人間界に戻って来たんですけど…!」

 

「それどこ情報。めちゃくちゃ尾ひれついてるじゃない! 私は平気だし風邪を引いたのはガヴ! あとガヴももう元気だから!」

 

「そうなんですね。じゃあ、こちらの私をすごく見てくる女の子は…」

 

「未来から来た人間の香奈です! 天使さんですよね! ガヴさんの友達のラフィエルさん!」

 

「当たってますけど状況がよくわかりませんね。ガヴちゃんがそこで転んでるのも含めて」

 

 

白羽=ラフィエル=エインズワース。未来のガヴリールから聞いた、天使の一人だ。タプリス曰く天使学校次席卒業者で、ガヴリール曰く性格に難があるらしい。

 

とりあえず恒例行事として、香奈の身の上を説明。

 

 

「そういうことでしたか。私、ダンさんはとても嫌いなので特に構いませんよ」

 

「また怖いくらい呑み込みが早い…ま、いいならいいんだけど」

 

「それより未来から来た香奈さん。知っていますか? 天界には預言書というものがあるんですが……それによると2019年には犬が絶滅してしまうようですよ?」

 

「えぇっ!!?? あんなに沢山いるのになんで!? はっ…もしかして未知の感染症とか……!」

 

 

なんだか話がとんでもない方向に飛躍した。

もちろん嘘である。ラフィは実に楽しそうに嘘を吹聴し続ける。

 

 

「そうです! しかし、治療法もあります…それはズバリ、魔法石です!」

 

「魔法石!?」

 

「はい! その魔法石が埋まっている場所というのが…まさにこの辺りなんです! その魔法石があれば犬を絶滅から救うことができるんです! あっ、何故かここにスコップが!」

 

「そうと決まれば早速掘り出すしかない! ガヴさん、ヴィーネちゃん、スコップ持って! うおおおおおおっ!!」

 

 

不自然に放置されていたスコップを持ち、公園に穴を掘り始める香奈。それをめちゃくちゃ笑顔で震えながら眺めるラフィ。穴を3つほど掘った辺りで息切れした香奈に、吹き出しながらラフィは一言。

 

 

「すいません…嘘です」

 

「嘘ォ!!?? いや、嘘でよかったけど…はぁ!?」

 

「あなた才能ありますよ! ぜひ将来は専属のおもちゃとして白羽家に…!」

 

「いまおもちゃって!? 天使だよねラフィちゃん!?」

 

 

天使の笑顔で青鬼院蜻蛉みたいなことを言いだした。確かにこれは性格に難がある。主席が引きこもりで、次席がこの性格、天使のツートップがこれだと思うと天界の未来が心配になってくる。

 

 

「あ、そういえば…ヴィーネさんに香奈さん。さっき不二崎さんにゲートの護衛を頼んだと言ってましたけど……」

 

「そうね。まぁダンに頼むよりは安心だと……ん??」

 

 

ラフィが提示したのは不二崎がくれた連絡先。それはメールでも電話番号でもなくSNSアカウントであり、それによると現在、不二崎は四国地方にいるらしく……

 

 

「一大事!!!」

 

「また急に大声!!」

 

「大変よ香奈ちゃん! 私、頼む相手間違えた!! あのライオン、ゲート放って四国行ってる!」

 

「えぇ!? じゃあ今、ミカドくんは1人ってことで……!」

 

 

不二崎はゲートが絶望するとファントムになることをまだ知らない。ので、ゲートを守る義務を把握していない。そして一人になったミカドがどうなるか、香奈の想像が弾き出した結論は一つ。

 

 

「ミカドくん自殺しちゃう!!」

 

 

間違いではないが、極端な結論だった。

 

 

「自殺!? 遊んでる場合じゃない! ガヴ、自転車漕いでる場合でもないわよ何やってるの!!」

 

「お前らがやれって言ったんだろ」

 

「まぁ、それは大変ですね。私も天使としてお手伝いします!」

 

 

かくして、色々と不安なミカド自殺阻止隊が発足。行動を開始した。

 

 

_____________

 

 

一方その頃、ダンとサターニャはテニスで勝負の最中だった。

 

 

「ククク…見るがいいわ、私が生み出した最強奥義! 悪魔殺法・デビルサーブ!」

 

「しゃ…しゃー…! かかって来いやー…!」

 

 

なんとか意地でラケットを持ち、試合をしているが、ダンはかなり限界だった。魔力もあまり回復しておらず、さっきから頭痛と吐き気で足元すらおぼつかない。

 

しかしサターニャはそんな事に気付かず、容赦なくサーブを炸裂させた。この悪魔、アホだが身体能力は極めて高い。

 

 

「……くだばれぇッ!!」

 

「その程度? 今日は私が勝たせてもらうわよダンタリオ!」

 

「ッ……! 俺様が負けるわけ…ねーだろーがァァァ!!」

 

「なっ…やるわね。それでこそ大悪魔の座を争う私のライバル!」

 

 

サターニャとダンの関係は、他と比べると誠実と言えるのかもしれない。基本的にサターニャはアホなので、ガヴやラフィは一方的に手玉に取れてしまい勝負にならない。サターニャが優位を取れる相手といえばタプリスだが、それもあちらがポンコツ過ぎて勝負にならない。

 

しかし、ダンはサターニャ相手には全力で戦いに臨む。悪魔らしく生きると決めた以上、悪魔としての志だけは高いサターニャには負けられないのだ。能力や性格を考えると、ダンはサターニャと対等に戦える唯一の存在だった。

 

 

(頭クラクラしてきた……鼻の奥から変な匂いする……なんで今テニスやってんだっけ…?)

 

 

とはいえ、ダンの意識は朦朧としっぱなし。意地で喰らい付くにも限度がある。辛いのだからやめればいいのに、今のダンは昔のように融通が利かない不器用な面が出てしまっている。

 

そうだ、辛いならやめる。これはガヴリールから教えてもらったことで、確かその時、隣には別の誰かがいたような……

 

 

『ダンさん、最後にお願いがあるんですけど───』

 

「あ……思い出した…」

 

 

魔法使いと勘違いしていたミカドの姿。見覚えがあった、あれは魔法使いではなく「仮面ライダー」だ。そしてダンは、もう一人仮面ライダーを知っている。彼は別れ際に一つ、ダンに頼みを託していたのだった。

 

 

「……しゃーない。おいサターニャ!」

 

「何よ。勝負の最中に無駄口とは余裕ね!」

 

「俺様は暇じゃねー。こんな勝負はさっさと終わりにしてやるよ」

 

「ふっ…望む所よ! この一球を落とした方が負け───」

 

 

ダンがサターニャのスマッシュを返した。

その瞬間、ダンは指輪がはまった右手をベルトにかざし、魔法陣の中心をボールが通り抜ける。

 

 

「言ったな。取れるもんなら取ってみろ!」

 

《ビッグ プリーズ》

 

「は、ちょっ!それは反則……ぎゃぁぁぁぁっ!!!」

 

 

巨大化した剛速球がネットやサターニャのラケットを粉砕し、サターニャもぶっ飛ばした。ダンはサターニャに対して本気で戦うが、別に正々堂々とは言ってない。勝つためならどんな手段でも使うのがダンの本気だ。

 

 

「俺様の勝ちだ! 後でドーナツ奢ってもらうぞ!」

 

 

頭が痛い。でも、まだまだ余裕なはずだ。

悪魔に勝った大悪魔なら、頼み事の一つくらい余裕で乗り越えられるはずだ。

 

破れたネット、折れたラケットなどの始末を気絶したサターニャに押し付け、ダンは走り出した。

 

 

_______________

 

 

自責と後悔だけで生きるのは疲れる。もう何週も何週も同じ言葉で自分を責めて、飽きもせず無価値を確かめ続ける。早く終わりにしたいのに、この馬鹿げた世界がそれを許してくれない。

 

 

「何も出来ないか…俺に役割なんて無い…きっと、そういう事なんだろう」

 

 

タイムジャッカーは「役割」と言っていた。壮間がもし「主役」なら、香奈は「ヒロイン」で、アナザーライダーが「悪」で、ライダー達が「師匠」で……ミカドは壮間にとってなんだったのだろう。

 

「友」か「仲間」だろうか。せめてそうなれてたら、あれ以上間違うこともなかったのだろうか。どうやったらそうなれたのだろうか。

 

「敵」になれたら、壮間が終わらせてくれるだろうか。「過去」になれたら、意思を継いでくれるだろうか。壮間という主人公の「何」になれば、ミカドは救われる?

 

生きて戦えというなら教えてくれ主人公。ここで舞台から降りる以外に道はあるのか。

 

 

「ミカドくんいた!!」

 

 

海を眺めていたら、静寂もクソもない女の声がしたので振り返る。香奈とヴィネットとかいう悪魔に、なんか銀髪の女が増えていた。後ろから遅れて来たのはこの時代のガヴリールだろう。

 

 

「待ってください香奈さん! あの人…もしかしてあそこから飛び降りる気では!?」

 

「やっぱり自殺を…! 早まらないでミカドくん!!」

「落ち着いて! 別に自殺したからって天国行きは保証されないのよ!?」

 

 

銀髪の女、ラフィがミカドを指さしてそんな事を言った。確かにここは標高という意味ではそこそこの高さがある場所だ。背後に海も見える。

 

しかしミカドはこんなところで投身するつもりはない。

そもそも香奈側から見えないだろうが、ここは別に崖でもなんでもなく、柵を越えた数メートル下に陸地がある。こんな場所でどう投身しろという話である。

 

 

「ごめんねミカドくん…私じゃ何もできなかった。ミカドくんが抱えてるもの、全然わかってなかった。もう一回みんなで考えようよ! ミカドくんの未来を救う方法とか、ソウマとも一緒に! だからこんなところで死んじゃ嫌だ!」

 

 

だから別にここでは死なんと言うのに。ミカドは反応に困る。

ちなみにだがラフィはそこに陸があるのを知っているため、困るミカドを見て笑顔だった。初対面だが殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

 

 

「……生きてどうしろというんだ。何も考えずに貴様らの日常の一部になれば、それで満足なのか。勝手を言うな! 俺は……罰を受けるべき存在だ! 俺には生きていい道理なんて一つも無い!」

 

 

戦う事でしか償えない。それなのに、その罪が重くてミカドはもうまともに戦えもしない。そんな矛盾は理解されたところで分かち合うことなんてできない。

 

 

「もうたくさんだ…どいつもこいつも、俺を罰するつもりも救うつもりも無いなら失せろ!」

 

「バーカ。そうはいかねーのが魔法使いってやつだ」

 

 

柵の向こう側から、黒い蝙蝠のような翼を広げたダンがミカドの肩を掴んで降り立った。真っ黒なスーツ姿で、頭に山羊の角を生やした、悪魔としてのダンの姿。ウィザードよりも魔力消費が抑えられる低燃費スタイルだ。

 

 

「貴様…ウィザード!」

 

「一緒に来てもらうぜ『仮面ライダー』。頼まれ事を思い出した」

 

「ダン!? 急に来て何するつもりよ!」

「えっ、あれ止めた方がいいの? 任せた方がいいの? どっち!?」

「もうダンに任せていいんじゃね? なんかよく分からんけど」

「あ、私はあの人と関わりたくないので帰りますね~」

 

「うるせーんだよ雑魚共が! 俺様は俺様で好きなようにやるだけだ、黙って寝てろ!」

 

 

ミカドの指にリングを装着させ、魔法を発動させる。「スリープ」の魔法でミカドは一瞬で眠りに落ちる。その体を抱え、ダンは専用バイク『マシンウィンガー』に乗って逃げて行った。

 

 

「と、取り合えず追おう!」

「そうね! ダンが何するか心配だし…行くわよラフィ、ガヴ!」

 

「「えぇ~……」」

 

「嫌がるな天使ども!」

 

「だって面倒くさいし…あとイベント周回したい」

「もうなんかダンさんを見てるだけで不快になったので、帰って映画でも見ようかと」

 

「そんなんだからあんたらと一緒にいると天使って呼ばれるのよ…私、悪魔なのに…」

 

 

ちょうど香奈が同じことを思っていた。タプリスがとても善い天使だったのを実感する。残された良心的な天使、もとい悪魔のヴィーネと共に香奈はダンの足跡を追うことに。

 

 

「…あれ? ガヴ!?」

 

 

しかし、自転車を漕ぎ始める前にヴィーネが気付く。

さっきまでそこで欠伸をしていたガヴリールが、影も形も無くなっていることに。

 

 

________________

 

 

「っ…ウィザード!」

 

「って、もう起きた。もっと寝てろよ」

 

 

僅か10分足らずでミカドは魔法から目覚めた。やはり魔力が足りなかったようだが、ダンにとって大した問題はない。

 

 

「結構前、俺がガヴと初めて会った時。付き添いでもう一人いたのを今更思い出した。日寺壮間…魔法使いじゃなくて仮面ライダーだって言ってたな」

 

「…そうか、日寺は更に過去に行ったんだったな」

 

「そいつに頼まれた。そのうちミカドってやつが現れるから、救ってやって欲しいって」

 

 

いかにも壮間が言いそうな頼みに、奥歯に怒りが溜まるような感覚がした。救いたければこんな脇役、早く見限ればいい。それが救いになることが何故分からない。

 

 

「ヤツは…俺の希望を継ごうとはしなかった。無責任に、何の思慮も無く俺を生かしたんだ。そんな男が何を…馬鹿馬鹿しい」

 

「何の話かなんてどーでもいいけど、俺様も別に頼みを聞いてやるとは言ってない。お前をどうするかはこれから決める」

 

 

視線を落としてようやく気付く。ミカドの右手の指輪は、さっきのスリープの指輪ではなくなっていた。ウィザードの顔をそのまま指輪にしたような、尚且つ変身用ではない指輪。

 

 

《エンゲージ プリーズ》

 

 

抵抗される前にダンはミカドの右手を持ち、ベルトにかざして魔法を発動させた。すると、赤い魔法陣がミカドの体を隠すように出現する。

 

 

「これは…!? 俺に何をする気だ!」

 

「言っただろ、話なんて聞いてやらない。直接お邪魔して見てくる。お前の過去やら絶望をな!」

 

 

「エンゲージ」は使用者の精神世界「アンダーワールド」と現実世界を繋げる魔法。本来は生まれる直前のファントムを現実に出る前に倒すために使うが、今回は単に探るために使う。

 

魔法使いであっても彼は悪魔。他人の心に不法侵入するのに、躊躇いなんて無い。

魔法陣を通り抜け、ダンはミカドのアンダーワールドに降り立つ。

 

 

「ここがアイツのアンダーワールド……うっわマジ…?」

 

 

そこは荒廃した2068年の世界。怪人と仮面ライダーによる破壊で、泣き叫ぶミカドから始まる物語。余りに予想以上なものが現れて、ダンは強めに引いた。

 

 

_______________

 

 

「……なんだこれ」

 

 

ダンを追う気にはなれなかったので帰ろうとした矢先、何者かに口を押えられそのまま景色が一瞬で変わった。突然すぎる出来事に、ガヴは取り合えず死んだ目で呟く。

 

感覚としては神足通を使った時に近かった。そして、ガヴを拉致した犯人も目の前にいた。

 

 

「久しぶりだな、天真の妹」

 

「うわっ……ルシ兄さん」

 

 

姉の友人、ルシフェル。出会って一言目が「うわっ」なのは少々心外だったのか、ルシフェルも苦い顔を見せた。未来のガヴとは違ってすぐに思い出せたのは、駄天する直前に壮間からその名前を聞いたからだろう。

 

 

「如何にして我が謀を知ったのかは問わないが、ゼルエルを動かしたのはお前だな」

 

「…そういえばそんなこともありましたなー……どうでもよすぎてすっかり忘れてたわ」

 

「お陰で随分と計画が狂った。しかし、サバトの刻は変わらずやって来る…故に道筋を変え、天真の妹…貴様を封じることにした」

 

 

ルシフェルのこういう所がガヴは苦手だった。サターニャとも少し違って、ルシフェルはなんというか言動や思想の至る所が「キツい」のだ。ガヴは既に胸焼け寸前である。

 

 

(マズい。なに言ってるのか全然わからん)

 

 

あと単純に話している内容がひとつも伝わってこない。独り言のつもりならいいのだが。

 

 

「ゼルエルから逃げながら計画を遂行する猶予は無い。人質も兼ねているが、貴様には魔法をかけ、ゼルエルとの連絡を封じさせてもらった。彼女が気付く前にサバトを決行する」

 

 

そもそも姉に会ったら殺されるのに、誰がこっちから呼ぶかと無関心な目で訴えかける。しかしガヴも天使の端くれ、彼が良からぬことを企んでいるのは察した。

 

 

「なんかシリアスな感じに持って行こうとしてるけど、結局ルシ兄さん何する気?」

 

「…その堕ちた姿。今の貴様なら理解できるはずだ、我が理想を。我は……天界を作り直す。より崇高な世界へと」

 

 

覚悟の表情で言い放つルシフェル。ガヴが抱いた感情はただ一つ。

なに言ってんだコイツという冷めた困惑だった。

 

 




ファイズ編から引っ張って来た、いわゆる「ミカド編」もクライマックスです。色々と未回収なものも回収しつつ、残りのウィザドロもやっていきましょう。

今回「短く」を意識しているので色々カットしてます。ので、少し補完。
バジリスクの人間態はギャルで、あの後はなんやかんやでガヴたちと仲良くなります。でも別に善性ファントムってわけではないちょっと面倒くさいやつです。どう考えても描写に尺が足りなかった。

ここすき、高評価、感想、質問やリクエストなどよろしくお願いします!


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ミカドの希望と、あと『悪役』

香賀雪哉
ラッキークローバーに所属するオルフェノク。26歳。人間の生きようとする姿を心から愛しており、美しいものを見たいという理由で人を襲っていた。一度死を超えたオルフェノクは彼にとっては美しさの極致であり、オルフェノクは例外なく愛する一方で人間を不用意に殺す喰種は滅ぼすべきと考えている。2003年の「4区決戦」にて、四方、ウタ、ミナトの3人により駆逐された。

カメレオンオルフェノク
カメレオンの特質を備えたオルフェノク。〔CCG〕からはS+レート「カメレオン」として駆逐対象とされている。香賀が病で衰弱死した際に覚醒したオリジナル。包帯のような帯で人間にオルフェノクエネルギーを注入する。オリジナルの特権である形態変化に特化しており、特定の人間の姿に化けることもできる。


GWブーストで執筆乗り切りたい、146です。
今回から遂に最終決戦です。遂にとはいってもなんか筆乗ってるから、ウィザドロ編は期間短めなんですよね……まぁウィザードは好きで元々結構見てたのでそれもあるか。

さて、ミカドの行く末が今回でハッキリ決まります。絶望の袋小路の突破口は何処に。

今回も「ここすき」をよろしくお願いいたします!


昼間なのに誰もいない場所。ベンチの上で、ミカドは何をする事も無く待ち続ける。ダンがミカドに「エンゲージ」の魔法を使い、アンダーワールドに侵入してから暫く経った。

 

内側に何かがいるという息苦しさがある、なんとも気持ちの悪い感覚だ。過去を見てくると言っていたが、見てどうするというのだ。あんな場所に救いも希望も無い。あるのは消したい過去と過ちだけだ。

 

 

「……ふぅ」

 

「やっと戻って来たか……」

 

 

魔法陣からダンが現れ、妙な感覚も引いていった。アンダーワールドから戻って来たダンはまず息を吐いてミカドに一言を投げかける。

 

 

「クソ重い……」

「人の記憶に土足で踏み込んで感想はそれだけか」

 

 

二日酔いの時のような顔で言うものだから、ミカドも青筋を立てる程度に怒りを見せる。別に同情を期待したわけでは無いが腹が立ったのだからしょうがない。

 

 

「…とにかく、まぁお前に何があったのかは知った。で、お前は昔のことを引っ張って死にたがってるってワケか?」

 

「……そうだ。散々殺しておいて、間違って、それで戦えもしない俺に意味なんて無い。例え戦えたとしても…その先に何がある。俺には世界を変えることなんて……!」

 

「はぁーッ……わっかんねー。バカかよお前」

 

「何だと…!?」

 

 

倒れかかるようにベンチに座り、もぐもぐとドーナツを食べ始めるダンにミカドは詰め寄る。そんなミカドに、ダンは魔法陣から取り出したドーナツを突き出す。

 

 

「何のつもりだ」

 

「やると思ったか? 残念、これも俺様のだ」

 

「いらん。勝手に食ってろ」

 

「で…死にたい理由が? なんだっけ?」

 

「だから俺は…!」

「あーもうどーでもいい!」

「貴様が聞いたんだろ!」

 

「お前が色々やらかしたのは見た。でも、アイツらはもう死んだ。なんで死んだ奴のためにお前が死のうとしてるのか、ちっとも理解できねーって言ってんだ」

 

 

この悪魔の言っている事こそ理解が出来ない。やはり悪魔は、人間とは違う腐った生物なのか。ミカドはその怒りを隠さず発露する。

 

 

「俺が殺したんだ! タスクも、ファイズも、俺のせいで死んだ! 俺の正義が無意味な犠牲を生んだんだ!」

 

「だから、そんなん反省して終わりでいいだろ」

 

「いい訳が無い! 失った命は戻らない!」

 

「そうだ戻らない。悪魔の俺様が保証する、死んだ人間は地獄か天国か…たまに幽霊になるくらいだ。死んだ奴はもうお前に何もしちゃくれない。なんでそんな奴らに義理を立てなきゃいねーんだ」

 

 

やはり理解できない言葉を続ける。

理解はできないが、その言葉が何故か固く閉ざしたミカドの記憶に突き刺さった。

 

 

「……馬鹿な。死んだ者たちのことを忘れろと、そう言っているのか!?」

 

「記憶を見てりゃ、未来を救いたいとか、復讐したいとか、あいつが死んだこいつが死んだばっかりだ」

 

「それが俺の全てだ!」

 

「ちげーな。少なくとも、俺様は昔なんて忘れた! なんか家の都合とかゲート守んなきゃとか色々あったけど…そんな事どーでもよくなるくらいに、人間を馬鹿にして、ファントムおちょくって、ヴィーネやガヴとワイワイやってるのが今は楽しい」

 

 

そりゃ辛いこともあった。吐きそうな夜もあった。

そんな事を思い出したって辛いだけだ。それで絶望してしまうくらいなら、受け入れなくたっていい。前を向けばいい。それがダンが決めた道だった。

 

 

「ミカド、お前は『いつ』を生きてる? 本当はどうしたい?」

 

「どうしたい…だと…? 何度も言っている、俺は……っ!」

 

 

そこから先の言葉が詰まった事に驚く。ほんの一瞬だけ見えた気がしたのだ、過去や後悔で縺れた無能という役割の牢獄の先、何も無い真っ白な景色が。

 

 

「少なくともお前のアンダーワールドにファントムはいなかった。つまりまだ絶望してない。あるんだろ、お前の最後の希望ってやつが」

 

「俺の生きる道に、希望なんて……!」

 

「へっ、とぼけたって無駄だ。そいつを暴いてやるよ。暴いてお前を絶望させるのは俺様だ!」

 

 

結局それかと、最後にオチを付けてくる。真面目に考えていたミカドが馬鹿みたいだ。この時代に来てからというもの、そう感じることが何度もあった。

 

そこで飛んできた『レッドガルーダ』が、ダンに異変を伝えた。魔力を介して受け取ったメッセージは「ガヴリールが攫われた」だった。

 

 

「どこの誰だか知らねーけど、ガヴに手を出すなんて分かってんじゃねーか。しゃーねーから助けに行ってやる」

 

 

そう言うと、ダンは別の使い魔「ブルーユニコーン」を召喚してミカドの肩に乗せた。

 

 

「来たけりゃ来いよ。死なせてはやらねーけどな」

 

 

________________

 

 

チェーンが擦り切れるほどの勢いで自転車を爆走させる。事情を知らない人が見れば恐怖するだろう。そんな迫力を撒き散らしながら、香奈はスマホの印に向かって走る。

 

 

「いたっ!!」

 

 

目的地到着、そして急ブレーキ。止まったのは海岸の岩場で、そこにいたのは縛られたガヴとルシフェル。そして、タイムジャッカーのアヴニルだった。

 

 

「…人間が何の用だ」

 

「ふぅんッ! 誰だ貴公は、何処かで見たか?」

 

「私はバッチリ覚えてるんだからね! 千年桜のとこにいた、タイムジャッカーの……名前は知らない!」

 

「アヴニルであるッ! なるほど、思い出した。貴公は王候補の付属品か」

 

 

香奈に遅れてヴィーネも自転車で参上。一方でラフィはというと、一人だけタクシーを使って馳せ参じていた。

 

 

「「ズルい!!」」

 

「すいません…昼食を食べたばかりなので、体を動かすのはちょっと…」

 

「続々と群れて集まる天使に悪魔…如何にしてこの場所を突き止めた」

 

「ガヴちゃんに付けておいたGPSです」

「はぁっ? GPS!?」

「ストーカー予備軍ナイスよ!」

「そんなに褒められると照れちゃいますよ~」

 

 

別に褒めては無いが結果としてはいい方向に転んでいる。ガヴは縛られながらもドン引きしているが。

 

 

「何企んでるのか知らないけど、ガヴさんを返して!」

 

「抜かせ小娘共が。見た所、王候補の一人もおらんではないか。それで吾輩に楯突こうなど笑止千万!」

 

「そうだな、全くもって笑えるぜ!」

 

 

銃声と同時に時間が止まり、ルシフェルの目の前で銀の弾丸が静止した。ルシフェルはそれを指で挟み、全く同じ速度で投げ返す。その弾丸を再び弾き返したのは悪魔の姿のダンだった。

 

 

「不意打ちは失敗だ、悪魔よ。いや…竜峰家の指輪の魔法使いと呼んだ方がいいか」

 

「そういうお前は天使様か? だっせぇ和服着やがって、何時代だよ。そんでガヴ! どーした、助けて欲しいか!?」

 

「遅い。私が捕まったら2秒で来いよ魔法使い!」

 

「礼はエンジェル珈琲の猫耳接客で我慢してやるよ!」

 

 

ウィザーソードガンを剣として構え、ダンは一気にルシフェルへと斬りかかる。ルシフェルも左手で刀を操り、激しい正面からの斬り合いが始まった。

 

 

「頑張ってくださいルシフェルさん!」

 

「どっち応援してんのよラフィ。でも…なんかダンってガヴには甘いのよね。あれ私が捕まってたら絶対あと10分は黙って見てた」

 

「それよりミカドくんいないんですけどぉ! 魔法使いさん!?」

 

「知らねーよ! でも、アイツはそのうち来る。希望ってやつを引っ提げてな!」

 

 

ダンの言葉は無責任だが力強く、香奈は思わず頷いてしまった。こうして誰かのために戦っている姿を見てようやく感じられた。ダンは、この時代に生きた仮面ライダーなのだと。

 

だが、ルシフェルに比べてダンの動きは鈍い。前にミカドと戦った時はもっと余裕があったはずだ。なにより違和感があるのは……

 

 

「貴様、何故魔法を使わない」

 

「……はっ、使わせてみろよ!」

 

「児戯のつもりか。悪魔と戯れる程、無価値な時間は無い。終わらせてやる」

 

 

ルシフェルは一歩引いて刀を投げると、その姿は赤いオーラに覆われアナザーウィザードに。再び掴んだ刀は『アナザーウィザーソードガン』となり、ダンの体を斬り裂いた。

 

血液と共に噴き出す魔力。その勢いが明らかに弱いのは、天使と悪魔には一目瞭然だった。ふらついて倒れたダンに駆け寄ったヴィーネは、何かおかしいと彼の額に触れ、その熱さに声を上げる。

 

 

「すごい熱…! こんな熱でなにやってんのよ! 本当に死ぬわよ!」

 

「魔法使いさん……とにかく早くなんとかしないと! なんかこう…治す魔法とか!」

 

「…ッ、うるせぇ……っ!」

 

 

ヴィーネや香奈の手を除けて、ダンは立ち上がり舌を出す。もう悪魔の姿も維持できない状態。それでも立てた中指をそこにいる者全員に見せつけ、俺様はここにいると叫ぶ。

 

 

「邪魔? 偽物? そんで心配だぁ? おいおいおい頭が高ぇなハナクソ共。俺様は…魔法使いだぜ? こんなもんのどこが絶望だ! 本当の絶望を見せるのはこの、竜峰=ダンタリオ=レンブラッド様だ!」

 

「魔力の尽きた身で愚かな。消え失せろ…悪魔!」

 

 

アナザーウィザードが魔力弾を放とうとした、その瞬間。その動きを止める。その場の誰もが気付いていたのだ。大きな気配がここに近づいていることを。

 

 

「アハハハっ! 跪きなさい弱き者たちよ! そう、私こそ下界に君臨する悪しき女王。その名も大悪魔……サタn」

 

 

崖上で名乗りを上げたサタなんとかの声は、轟音と巨体の影に隠れて消えてしまった。もちろん大きな気配というのはサタなんとかのことではなく、タイムトンネルを通って現れた白いタイムマジーンのことだ。

 

ロボモードのタイムマジーンはアナザーウィザードを殴り飛ばし、その衝撃は海に伝播して波を引き起こす。その中から飛び降りたのは仮面ライダージオウとウィルだった。

 

 

「ソウマ! あとウィルさん!」

 

「香奈! ごめん遅くなった! でもちゃんと足止めはしてきたから。あ、そうだガヴリールさんは…」

 

「あれじゃないかな、我が王」

 

 

捕まっているボサボサ金髪死んだ目天使を見て。ジオウは「あぁ……」と憐憫の声だけ漏らした。やはり駄天は避けられなかったようで、タプリスに心の中で謝っておく。そして更に気になるのは、横のボロボロの悪魔。

 

 

「久しぶりじゃねーか、『仮面ライダー』さんよぉ」

 

「ダンさん…いくらなんでも極端過ぎません??」

 

「俺様が楽しけりゃオールオッケーだろ? 来たとこ悪いが引っ込んでろ、アイツらは俺様の獲物ゴフぅッ!」

「ダンさんが血ぃ吐いて倒れた! そりゃそうだその傷だし!」

 

「ちょっと! なんで私を無視すんのよ!!」

「……うるせーぞサタなんとか」

「サタニキア様よ!」

 

 

なんかガヤガヤやっているが、アナザーウィザードは普通に立ち上がって戦いが再開しようとしている。流石にダンはもう戦えない。合流した壮間に選手交代だ。

 

 

「ジオウだったか…何度も我を妨害したその仮面、忘れはしない」

 

「そういう役目だったんだよ。お前ら邪魔すれば、天界に攻め込むファントムの数だって足りなくなる。もう諦めろ!」

 

「そう言われて諦める者に王たる資格無しッ! 吾輩、そのような弱卒を選んだつもりはない。違うか?」

 

「その通りだ。人間如きが我が理想を打ち砕けると思うな」

 

 

アナザーウィザードが指輪を骨で作られたドライバーにかざす。放たれた魔法は、アヴニルによって与えられた最上位の禁断魔法。

 

本来なら「ワイズマン」とそれに準ずる魔法使いのみが使える魔法だが、ルシフェルがそれを使えたのは魔法に対する深い理解によるもの。堕天したルシフェルは魔界より指輪魔法の秘伝を盗み出していたのだから。

 

 

《エクリプス》

 

「太陽が……欠けた…!」

 

 

太陽に闇が集まり、その光が欠ける。真昼の空が黒く染まる。この魔法は魔力が高まる「日食」という現象を強制的に発動させる魔法なのだ。

 

 

「貴様らに知らしめてやる。我が理想、天界の再創造の大義を」

 

 

聞いても無いのになんか勝手に喋り出した。

 

 

_______________

 

 

「希望」とは何だ。ブルーユニコーンの導きのまま走りながら、ミカドは考える。

 

 

「俺の生きてきた時代に…希望なんてあったのか…? 朝起きて、戦って、誰かが死んで、怯えながら眠る日々に……」

 

 

希望が生きるための「心の支え」なのだとしたら、未来を救うという己の正義こそ希望だったはずだ。あんな世界を変えたかった。死んでいった仲間や家族が、平和な世界で生きられるように。

 

でも、戦えなくなった。そのために必要な犠牲が余りに重過ぎて、耐え切れなくなった。犠牲を払いながら戦う自分も、戦えなくなった弱い自分も、どちらも受け入れられなかった。

 

 

「っ……!」

 

 

考えに意識を奪われ、ちょっとした段差に引っかかってミカドは大きく転んだ。ひりつく傷の痛みを感じ、地に伏せながら、また考える。

 

ミカドは他の仮面ライダーや怪人、ちょうどあのアナザーウィザードのように、理想を叶えられるほど強くあればよかったのだ。果てしなく遠い希望以外は見えない異常者、そうなって初めて「役割」が与えられる。そうできないミカドは「脇役」だ。

 

 

その結論が踏み固められていたはずだった。そこに矢を放ったのは、ダンの言葉だった。

 

 

他者に献身する。命を以て償う。己の役割の身の丈にあった範囲で、過去で塞がれた狭い道を真っ直ぐに進む。その、命を懸けても届かない希望以外を目に入れず。

 

 

「………息苦しいな」

 

 

そんな言葉が口から零れる。立ち上がり、もう一度走り出そうとする。その足が、走り出すのを止めた。

 

 

「俺が絶望しなかった理由……俺は…そんな遠い光のために生きていたのか…?」

 

 

希望とはもっと近くにあるものじゃないのか。近くにあるからこそ生きられる。そう、例えば、戦いの終わりに立ち寄った喫茶店で飲む一杯の珈琲。そんなどこにでもありふれた希望。

 

あの時、木組みの街で見た景色。

白いボートが浮かぶ、美しい湖。水面は青空を映し出し、輝いている。

空を舞う小鳥も、踏みしめた芝生も、地を駆ける兎も、何もかもが光に祝福された世界。

 

俺が心を奪われたのは、遠い未来の景色じゃなくて、きっとその景色そのものだ。

 

 

「……太陽が…兆候も無しに日食だと…?」

 

 

歩いてブルーユニコーンを追い、辿り着いた海岸。突如青空が黒く染まったのに驚くと、その先に居るアナザーウィザードとタイムジャッカーの姿が視界に入った。

 

アナザーウィザードが変身を解除し諭すように語っていた。己が邁進する正義と、その希望を。

 

 

「かつて…我にも貴様らのように、人間界で紛れて修行をしていた時があった。天真と共にだ。天真の妹、貴様なら分かるはずだ。そこで我は……絶望した。

 

───天界は、余りにも遅れている!!」

 

 

魂の叫びだった。多分、ルシフェルにとっては。

しかし、飛び出て来た言葉が少し思っていたものと違ったので、他の連中はミカド含め真顔だった。

 

 

「……わかる!」

 

 

ガヴだけが深く同意していた。息を呑み、拳を握り固めてまで感情を出す始末。

 

 

「人間界に降り、驚愕した。魔力無しで動く絡繰りの数々! 書庫に足を運ばねば手に入らないような情報もインターネットに全て集約されている! 灼ける程暑い日はクーラー、凍える日にはこたつ、自然をも超越する貪欲さ! そのうえ人生全てを使っても味わえきれない娯楽の数々! 美味なる食事! 人間程度が持ち得るものの、なにもかもが天界には存在しないのだ!」

 

 

すごく熱弁し始めた。あの比較的ミステリアスで強者の貫禄を見せつけていたルシフェルが、もうただの田舎の兄ちゃんにしか見えなくなっていた。

 

 

「めっちゃわかるっ……!!」

 

 

心から同意する彼女は誰の味方なのか。

 

 

「魔界にも洋菓子店やゲームなどは存在する。魔界通販なるシステムも普及しているな。にも拘わらず! 天界での遊戯を知っているか、けん玉やあやとりだ! おやつに至っては『炒った豆』だぞ! 崇高な存在である天使が、人間や悪魔如きに文化で遥かに劣っている現状! 絶望と言わずして何と言う!」

 

 

ガヴ以外の全員の目が死んでいた。アヴニルさえも瞬き多めでルシフェルの真剣な眼差しに首を傾げている。

 

ミカドも立ち尽くしたまま顔を引きつらせ、ポカンと口を開けていた。何を言い出すかと思えば、要は「我こんな田舎嫌だ」だったのだから仕方ない。呆れたと同時に、なんだか笑いがこみ上げてきた。

 

 

「はぁ…馬鹿馬鹿しい。俺はこんな奴の正義で苦しんでいたのか……」

 

 

ルシフェルは冷めた民衆に熱弁を続ける。

遅れた天界を栄えさせるにはどうすればいいのか。それは人間界の歴史から学んだという。それこそが───

 

 

「戦争だ。人間は戦争を繰り返し発展を重ねた。天界は魔界と争わなくなって久しい…その呑気な平和思想こそが発展を止めているに違いない。我は絶望した。そして彼により魔法を得たのだ! その魔法で、我は天界に戦争を起こす!」

 

 

ルシフェルの言い分は確かに幼稚だ。しかし、馬鹿や異常者には大義の大小など分からない。そういう馬鹿馬鹿しい思想こそが戦争を起こし、幾多の歴史で悲劇を生んだのだ。

 

そう、この世界は小さい偶然やしょうもない気持ちで回っている。

ミカドが生まれた時代だってそうだ。

 

そんな世界をどう変えようというのだ。そんなふざけた物語の舞台上で、己の「役割」を演じる? 過去に相応しい生き方をする? 真面目に、誰にも恥じないように……

 

 

「───馬鹿は俺か」

 

 

その瞬間、ミカドは縛っていた全てを捨てた。

崖から飛び出し、ジカンザックスゆみモードでルシフェルを射抜く。

 

そして、倒れているダンを蹴った。

 

 

「ゲフォッ!?」

 

「ダンさん! え、ミカドぉ!? え、何やってんだお前!?」

 

「何って、仕返しだ。俺にドーナツをくれなかったからな」

 

 

なに言ってんだよと言おうとした壮間、噛み付こうとしたダン、そのどちらも言葉を止めた。何故なら、ミカドの顔から暗い何もかもが消え去っていたから。

 

 

「……仮面ライダーウィザード。君は、ミカド少年に何を言った?」

 

「別になにも。俺様の美学ってやつを自慢しただけだっての」

 

「そうだ、俺はウィザードに動かされたわけじゃない。貴様もだ日寺。あとお前もだ片平。俺はもう…考えるのをやめただけだ」

 

 

ミカドは馬鹿だった。馬鹿真面目で損をしていただけだった。

そんな貧乏くじはもううんざりだ。だったら馬鹿じゃなくて、彼らのような「アホ」にでもなってやる。

 

 

「誰かが言った『正論が人をキレさせることはいくらでもあるが、人を救った例は有史以来一度も存在しない』」

 

「暴論過ぎない?」

 

「そうだね。だが我が王、君のように正論で心を固める者もいれば、多くから見れば無価値な暴論で救われる者だっているんだ」

 

「日寺……一つ聞きたい。お前から見て、俺はどんな男だった」

 

 

そう問われて壮間は少し悩む。色々と言いたい事はあるが、最初に言葉になるのはやっぱり一つしかない。

 

 

「お前はなんかいっつも怒ってて、ことあるごとに『殺す』っていうライダー絶対殺すマンの危ないヤツだったけど……凛々蝶さん拉致ったり、大事な時に道迷ったり、修学旅行で俺ら振り回したり…危ないのと同じくらい、ミカドは───」

 

「もういい、それ以上は言うな。それは…俺が見つけた俺だけの『希望』だ」

 

 

生きる理由になんら迷いがない、その吹っ切れた顔。それでこそ壮間の知るミカドらしい顔だ。

 

 

「……希望だと? 貴様程度の希望、我が望みには届き得ない!」

 

「黙れ。ハッキリ言うが貴様の希望とやらはクソだ」

「うん…強くは否定できない。気持ちは分かるんだけど」

「だってよ天使様! 散々下に見てきた人間にクソ呼ばわりされる気持ちはどーだ!?」

 

 

立ち上がって再変身したアナザーウィザードだったが形勢逆転に加え、水を得た魚だ。壮間ミカドに便乗してここぞとばかりに煽るダン。

 

 

「天使様はさっき絶望して魔法を手に入れたとか言ってたっけ? 違ぇな、そんなもんは魔法じゃない。絶望したヤツなんかに魔法が使えるかよ!」

 

「ま…確かにダンの言う通りだと思うぞ、ルシ兄さん」

 

「天真の妹…いつの間に拘束を…! 貴様か悪魔!」

 

 

残っていた魔法一回分の魔力で「コネクト」を使い、ダンがガヴの縄を切ったのだ。アヴニルもポカンとしていたので難なく逃げ出すことができた。

 

 

「いいかルシ兄さん。私たち天使にとって、大事なものが何か分かるか?」

 

「何だと言うんだ…!」

 

「楽しむ事だよ。人間を救う立場の天使が絶望してちゃ意味ないだろ。誰かを救うならまず自分が幸せにならなきゃいけないんだ」

「それとあんたの駄天とは違うわよ?」

「全くガヴちゃんの言う通りです! サターニャさんもそう思いますよねっ!」

「ちょっと寄らないで何する気よラフィエル! この天使たち終わってるんだけど!」

 

 

ガヴの決めた台詞もイマイチ締まらなかったが、言った内容自体は的確にルシフェルの逆鱗を突いたようだ。ミカドも立ちあがり、面子が揃ったこの時、アナザーウィザードは日食の下で魔力を躍動させる。

 

 

「……理解できないのならもう充分だ。本来、人間から集めた魔力を使う筋書きだったが、それも叶わない。だが僥倖にも…魔力切れの悪魔を除き『4人』、天使と悪魔が集まった!」

 

「まぁいいだろう、貴公が王に相応しき覚悟を持つのは事実だ。最後まで付き合ってやろう!」

 

「さぁ始めるぞ。サバトの時だ天界よ!」

 

 

アヴニルが杖を突く。すると地面が赤くひび割れ、日食の魔力と大地の魔力がアナザーウィザードに集約を始めた。

 

 

「2人の天使、2人の悪魔…魔力の塊たる4つの存在を生贄に我が魔力を増幅させる。さぁ我に力を捧げよ!」

 

「マジかルシ兄さん…ちょ、ギブ! 降参するから命だけは……ってアレ?」

 

 

何も起きないまま地面のひび割れが消えた。日食も終わり、完全な太陽の光が空を青い姿へと戻す。ガヴもヴィーネもサターニャもラフィも、全く異変なんて起きてはいなかった。

 

 

「馬鹿な……何故だ!」

 

「貴様の目論見は全部失敗したということだ。理由なんて俺達が知るか! 往生しろ、アナザーウィザード!」

 

「っ…ならばこの身一つでッ! あの時代遅れな天界を壊すだけだ!」

 

《コネクト》

 

 

アナザーウィザードが「コネクト」の魔法を発動。巨大な魔法陣が空中に現れた。それが繋がっている場所は、考えるまでも無く天界に違いない。

 

追おうとする仮面ライダーや天使に悪魔。だが、ルシフェルの神足通がそこに無数の魔法石を転送させた。これは2018年で見た戦術と全く同じだが、数が圧倒的に違う。

 

 

「計画より遥かに少ないが、邪魔者を屠るには足りるだろう。貴様らの相手はファントムだ!」

 

 

ゲートから集めた魔力がファントムとして次々に生まれ落ちる。この数の怪人を相手していたらアナザーウィザードにまんまと逃げられてしまう。

 

 

「俺が奴を追う! ここは日寺、貴様に任せた!」

 

「…おう! こっちこそ任せたぞミカド!」

 

 

肩を並べ、互いに任せ合った2人の仮面ライダー。魔法陣の中に消えたアナザーウィザードに続こうとしたその時、壮間の持っていたプロトウォッチが消え、ミカドが持っていたプロトウォッチに色が宿った。

 

仮面ライダーウィザード、ダンタリオは次の魔法使いとしてミカドを選んだのだ。

 

 

「この俺様がお前を魔法使いって認めてやるよ。行け、ミカド! お前が最後の希望だ!」

 

 

ジクウドライバーを装着し、ミカドは見つけた己の正義ではなく「希望」をもう一度確かめる。このふざけた、愛しい世界を生き抜くための希望を胸に、天界への魔法陣へと飛び込んだ。

 

 

「させんわッ!」

 

「隙アリですっ! 天使神拳奥義“岩山両斬打ち”!」

 

「なッ…がはっ…!?」

 

 

時間を止めようとしたアヴニルに対し、ラフィが背後から手刀をズドン。フィジカルは貧弱なのか一発でアヴニルはノックアウトし、ミカドは無事ゲートを通り抜けた。

 

 

「ラフィエル、なによ今の技! カッコいいじゃない!」

 

「天界でゼルエルさんに教えてもらったんです。上手くいってよかったです」

 

「おい待てラフィ。お前なんで……」

 

「あのー…喋ってる場合じゃないかもしれないです…! 任されたとは言ったけど、どうするこの数のファントム……!」

 

 

量産兵のグールならまだしも、通常の怪人クラスでこの数は流石に厳しいと、壮間の想像力も語っている。タイムマジーンで一掃する作戦に出るべきだろうか。

 

 

「確かに大変ですね…このままでは街にも被害が…」

「そうですね…サターニャさんっ、ここが大悪魔の力の見せどころですよ!」

 

「いーやもう騙されないわよ! そう言って私を囮に……あれ、ラフィエルが2人いるんだけど!?」

 

「へっ?」

 

 

ずっとラフィの隣にいたガヴは気付いていたが、さっきアヴニルを倒したラフィと、さっきまで皆と行動していたラフィは別だった。

 

 

「ってことは、これどっちかがファントムってこと!? だったらさっき現れた方が偽物で…あれ、でもラフィちゃんさっきタイムジャッカーのアウディさん倒してたし…」

「アしか合ってないぞ香奈」

 

「皆さんなにを…私はさっき天界から帰って来たばかりなんですけど」

 

「ってことは、さっきまでのラフィエルは!?」

 

 

サターニャが振り返ると、もうそこに一緒にいた方のラフィはいなかった。そして襲い掛かるファントム。ジオウが守りに入る前に、脈絡のない銃声がファントムを撃ち抜いた。

 

 

「姿を騙り、衝撃というファンファーレで登壇する幻影(ファントム)の如く。良い演出だ。実にファビュラス!」

 

 

座るダンの隣に立つその青年は、銃を手の上で回して口笛を吹く。そして次々とファントムを撃ち抜いてはキザな仕草を主に女子陣に送った。そんな彼に、ダンと壮間は当然の質問。

 

 

「「誰だお前!」」

 

「そう! 僕に会った者はまずそれを聞くべきだ。僕は名乗るのが好きだが、身勝手に押し付けるのは美しくない。失礼、話が逸れた。僕を呼ぶなら『アオイ』と呼んでくれたまえ。こんな名前はどうでもいい、大事なのは……美学の名だからね」

 

 

ファントムの軍勢の意識は、その「アオイ」と名乗る青年に集められた。そんな窮地にも全く動じない彼は、その銃をもう一度手の上で回して銃口を斜め上に止める。

 

その、『平たくて変わった形の、シアンカラーの銃』を。

 

 

「常に世界の裏をかき、期待を覆す美しき嫌われ者。それが悪役(ヒール)。未だ僕を知らぬ世界よ傾聴したまえ。僕という、悪役(ヒール)という、華麗に渦巻く美学の旋律を!」

 

 

何処からか引き出した「カード」を銃に装填し、銃身をスライドさせその力を読み取らせる。

 

 

《KAMENRIDE》

 

「変身!」

 

 

笛の鳴るような音の後、悪役は銃声でその名を物語に轟かせる。世界を超えて己のために戦った自由な次元戦士の名を。

 

 

《DIEND!》

 

 

上空に打ち上げられた弾丸は何枚もの青いカードとなり、何色ものビジョンが錯綜した末に重なった戦士の姿と一体化し、その色をシアンカラーに決定づけた。

 

 

「仮面ライダーディエンド。僕はあらゆる物語を欲しいまま駆ける、まさに悪役(ヒール)さ」

 

 

その招かれざる介入者は、まず主役(プロタゴニスト)の座を奪い取った。

 

 




世界は所詮コメディだ!そして空気を読まないのが悪役。説明はまた後程!
感想、高評価、お気に入り登録などなどお待ちしております!!


今回の名言
「正論が人をキレさせることはいくらでもありますけれど、人を救った例は有史以来一度も存在しませんわ!!」
「ゲーミングお嬢様」より、祥龍院隆子。


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ゲイツドロップキック!

馳間錬道
ラッキークローバーに所属するオルフェノク。27歳。香賀とは異なり「喰種とオルフェノクは共存すべき」という考えを持つ強面の男。いかつい容姿とは裏腹にラッキークローバーの交渉人であり、スマートブレイン内でも立場を持ち、他のオルフェノクを部下に引き入れ、斡旋するなどの業務を担っている。2003年で「レヴィアタン」が死亡したのをきっかけにオルフェノクを見限り、ラッキークローバーを脱退した。

コンドルオルフェノク
コンドルの特質を備えたオルフェノク。〔CCG〕からはSSレート「コンドル」として駆逐対象とされている。暴力団にいた馳間が組に始末された際、覚醒したオリジナル。羽根を撃ち出し、オルフェノクエネルギーを注入する。戦闘にはスナイパーライフルのような銃を用い、卓越した視力と射撃制度で5㎞以内の獲物なら決して外さない。


理系研究者146です(研究テーマがやっと決まった大学生)
ガヴドロ編、完結でございます。わずか2か月、短い戦い…普段からこのくらいのペースで進めば、もう折り返しくらいはできてただろうに……先は長いです。

とりあえず前回「ヤツ」の登場で終わりましたが、そいつの活躍から始まります。

今回も「ここすき」をよろしくお願いいたします!


「仮面ライダーディエンド。僕はあらゆる物語を欲しいまま駆ける、まさに悪役(ヒール)さ」

 

 

突如として参戦した「アオイ」と名乗る青年は、変身してそう言い放った。無数のカードがシアンのボディに突き刺さったような姿。『仮面ライダーディエンド』。

 

何も分からない壮間だったが、一つだけ断言できた。彼も確実に魔法使いとは違う、壮間やミカドのような「時代の外」から来た仮面ライダーだ。

 

 

「ディエンド…!? そうか、彼が……」

 

「ウィル、知ってんの!?」

 

「彼に関しては一度会っただけだ。ただ…ディエンドという存在はよく知っている」

 

「ふんッ! まさかディエンドが現れるとは…とっくに消えているものだと思っていたぞ! だが僥倖である、貴公には是が非でも聞きたい事があるのでな」

 

「聞きたい? 分かっていないな、僕は悪役(ヒール)だ。知りたければ釣り合う対価か、見合う美学を用意したまえ」

 

「吾輩に指図するとは心意気や良し! 話は暴力を以て聞くとしよう、征けファントム共!」

 

 

全く状況について行けてない壮間に2012年の天使悪魔、あと香奈。なんだかよく分からないまま、よく分からない仮面ライダーとファントムの戦いが始まろうとしていた。

 

 

「お手並み拝見だね。見ていたまえ我が王、彼はきっと…君の王への道に深く関わる存在だ」

 

「そうだ、しかと見るといい。これが悪役(ヒール)の戦い方だ!」

 

 

ディエンドはファントムの軍勢に飛び出すと、変身銃『ディエンドライバー』の集中砲火を浴びせてファントム1体の体勢を崩した。そしてそのファントムを踏み台にし更に高く跳躍すると、宙返りしながら空中から追加で連射。

 

着地と同時に小さく跳ねると、次の一歩で一気に加速。この多数の相手に対し常に死角を取り、残像が残るほどの速度で銃撃と打撃を交えながら自在に駆け回る。

 

 

「速っ!」

 

「何を呆けているんだい?」

 

「え、うおッ!?」

 

 

驚くジオウの前まで動いたかと思うと、ディエンドはジオウに発砲。完全に意識外の攻撃を喰らい吹っ飛んだ。

 

 

「どう考えても味方の流れだっただろ! 撃つか普通!?」

 

「何度も言うさ、僕は悪役(ヒール)だ。悪役(ヒール)は善悪で犠牲者を区別しない。死にたくないなら精々抗うといい」

 

「なんなんだあの人! ちょっと香奈、危ないからみんな連れて逃げてて!」

 

「え、ガヴさんたちとっくに逃げてるけど」

「あーそうですかバカは俺だけですか! 行動が早くてとてもいいと思うよ俺は!」

 

 

躍動し暴れ回るディエンドだが、流石に多勢に無勢が過ぎるのではないかと、ジオウは加勢を考える。加勢したらまた撃たれそうなので手を出したくないのだが、言っている場合ではない。

 

 

「なるほど、これは少しヘヴィだ。それならこれでどうかな」

 

 

ディエンドはこんな状況には動じず、むしろ楽しむように新たに3枚のカードを取り出した。それらを全てドライバーに装填すると、それぞれのカードに封じられた「仮面ライダー」の情報が読み取られる。

 

 

《KAMENRIDE》

《MADROGUE!》

 

《KAMENRIDE》

《IBUKI!》

 

《KAMENRIDE》

《SKULL!》

 

 

ディエンドの発砲で3人の仮面ライダーの情報が解放された。カードに記録されたライダーを召喚し、使役する。それこそがディエンドの持つ能力。

 

 

「あれは…アマキさんにそっくりな鬼のライダー…!? あとの2人は見たことないけど、あれって!」

 

 

召喚ライダーの一人は仮面ライダー天鬼と容姿が酷似していた。それだけでなく、眼鏡を上げるような仕草をする機械のコウモリのようなライダーのベルトにはフルボトルが。帽子をかぶった髑髏のライダーのベルトにはガイアメモリが見えた。いずれも知らないライダーだが、それに近しい存在を壮間は知っていた。

 

『仮面ライダーマッドローグ』『仮面ライダー威吹鬼』『仮面ライダースカル』。壮間の知らない広い歴史から呼び出された3人の戦士は、それぞれ銃武器『ネビュラスチームガン』、『音撃管・烈風』、『スカルマグナム』を持ってディエンドと並び立つ。

 

 

「さぁ、一方的な狩りを始めようか」

 

《ATTACKRIDE》

《CROSSATTACK!》

 

 

背中を合わせ、四方全てに対応するように並んだ4人のライダーは、それぞれの方角に迫るファントムを次々と撃ち抜いていく。一切の死角もない連携射撃。ファントムの戦線は徐々に後退していく。

 

そこで陣形を崩し、疲弊したファントムの軍勢にまずはマッドローグが突撃。鋼の翼を広げると超速度のソニックブームで敵を吹き飛ばし、そこに威吹鬼が音撃管を鳴らして撃ち込んだ鬼石が共鳴、破裂。最後にスカルが生み出した髑髏の幻影がファントムを喰らった。

 

 

「豪華絢爛なコラボレーション。これが悪役(ヒール)さ、ファビュラスだろ?」

 

 

一連の攻撃でファントムの大群を大きく削ることができた。しかし、未だ敵は多数だ。

 

 

「…そろそろ終わりにしよう。戦いは短くスマートに、それもまた美学だからね」

 

《KAMENRIDE》

 

 

この軍勢を一気に葬る手札があると宣言し、ディエンドは新たなカードを切る。呼び出したライダーの姿は、壮間もよく知る仮面ライダーだった。

 

 

《WIZARD!》

 

「はぁっ!? ウィザードだと!?」

 

 

召喚されたのは仮面ライダーウィザード。しかしダンはまだ魔力切れで倒れており、現にガヴたちに置いて行かれていたダンは、その辺に転がりながら文句を言う。

 

 

「ざけんな俺様がウィザードだ! 2人目なんて認めねーぞ!」

 

「ダンさん、さっきミカドに力渡したじゃないですか…」

 

「別に君だけが仮面ライダーウィザードではない。数多の世界に数多のウィザードは存在し、このウィザードはいわばそれらの集合体…共通したイメージのビジョンに過ぎないのさ。そして……」

 

 

ディエンドは更に別のカードを取り出す。他のカードとは色や絵が明らかに異なるそのカードをドライバーに入れ、銃口を向ける先は空中ではなくウィザード。

 

 

「ここから僕の美学が弾ける。痛みは一瞬だ」

 

《FINAL FORMRIDE》

《WI-WI-WI-WIZARD!》

 

 

ウィザードに向けて弾丸を放つと、撃たれたウィザードは宙に浮かび上がり、人体では有り得ないような複雑な変形を経て巨大化。大地を踏みしめる4本足に、大きく広げた翼、その出で立ちはファンタジーの象徴たる存在───「ドラゴン」そのものだった。

 

 

「なんで俺様がドラゴンなんかにならなきゃいけねーんだ!!!」

 

「だから君じゃない。黙ってくれ、手負いを撃つのは美しくない」

 

 

ウィザードのファイナルフォームライド形態『ウィザードドラゴン』の背に乗ったディエンドは、ドラゴンと共に大きく飛び上がると遥か上空からファントムの軍勢を一望する。

 

それを見てジオウもピンと来た。あの男が、一体何をしようとしているのか。

 

 

「ヤバい! ダンさん、香奈! 出来るだけ遠くに逃げるぞ!」

 

悪役(ヒール)は犠牲者を善悪で区別しない。ただ振るいにかけるのさ。僕という気まぐれな風に振り落とされない者だけが、僕の舞台にいることを許される」

 

《FINAL ATTACKRIDE》

《WI-WI-WI-WIZARD!》

 

 

必殺指令のカードを読み取り、極限の魔力が熱を帯びる。

 

ウィザードドラゴンが放出した魔力の業火が大地を走り、その全てを跡形もなく焼き尽くした。当然ながらファントムは全滅。壮間たちはなんとか逃げ切ることができたが、遅かったダンがちょっと燃えていた。

 

この男、仮面ライダーディエンドはとんでもなく強い。

とんでもなく強いのだが、それ以上に色んな意味でとんでもない。滅茶苦茶な存在だということを壮間に知らしめた。

 

 

「……一体何者なんだよ、あんた」

 

悪役(ヒール)さ。どきたまえ、君に用は無い」

 

 

ジオウの仮面に銃口を突きつけて退かすと、ディエンドは視線を落とす。その先に居たのは大慌てで自分の火を消していたダン。

 

 

「僕が欲しいのは君だ、竜峰=ダンタリオ=レンブラッド」

 

「は…キモっ」

 

「人間に媚びることなく悪魔らしく、正しい絶望を与える魔法使い。その悪魔の美学とてもファビュラスだ。僕の夢を聞いてくれ、僕はね…あらゆる物語から悪の花弁を集め、世にも美しい悪役(ヒール)の花束を作りたいんだ」

 

 

この男も人の話を聞かないタイプらしい。ドン引きするダンに構わず話し続ける。

 

 

「僕の仲間になる気はないかい? 僕なら君を物語の外へと連れ出せる」

 

 

ウィザードの資格は継承した。この物語は間もなく消え、魔法使いとしてのダンもいなくなることは本人も分かっていた。どうせ消えるなら彼と共に行くのも一つの手だろう。

 

しかし、ダンは遠くで見ているガヴ達を一瞥すると、中指を立てて言い切った。

 

 

「ヤだね。ここが一番楽しい俺様の遊び場だ、外なんて知るかバーカ!」

 

「そうかい。それなら仕方ない…諦めよう! 怪盗エターナル、隻眼の梟に続き、またフラれてしまったな」

 

 

それ以上勧誘はせず、意外にもディエンドはあっさり引き下がった。仲間に加える以上、本人の意思を尊重するのが美学と言いたいのだろうか。少し考えた壮間だったが、よく考えるとどうでもいい事に気付いてやめた。

 

 

「この世界に()は来てないらしい。ので、長居は無用だね。インパクトだけを残して去るのも悪役(ヒール)の美学だ」

 

「待つがいいディエンドよ! よもや吾輩を無視するとは非礼極まりないッ! 聞きたい事があると言ったはずだ、逃がさんぞ!」

 

「おっと動かない方がいいタイムジャッカー。僕は訪れた世界では必ず、僕が通った証として消える物語から『お宝』を持ち去ると決めているんだ。背後を見たまえ、盗み出したのは試作段階だったが…それでもS+クインケ『ナルカミ』。君を消し炭にすることくらいは容易い」

 

「何…!?」

 

 

『ナルカミ』は〔CCG〕の死神、有馬貴将が使うクインケ。2003年に存在したものだ。

 

アヴニルが勢いよく振り返る。時間停止も間に合わないほど至近距離に近づけられた電磁砲の『クインケ』がそこにはあり、それを構えていたのはタイムジャッカーと似た服を着崩した、長い三つ編みのJKっぽいイマドキ少女。

 

 

「貴様、“マティーナ”…! ディエンドに付いたのかこの愚か者がぁッ!」

 

「アヴさんおひさ~あれ、ウィルちんいないじゃん!」

 

「あ、ホントだウィルいない。いつの間に。ってウィルの知り合い? タイムジャッカー!?」

 

「うーん…まぁどーでもいいじゃん。でもマティちゃんアオイにラブするって決めたから、ウィルちんにもヨロシクねっ。ねーアオイ、この銃可愛くない、マティちゃんに似合わない~!」

「そんなことないさ、とても似合っているよマティ。では諸君、今この瞬間記憶に刻みたまえ。悪役(ヒール)という名の美学を」

 

 

時間を飛ばしたような一瞬でマティーナがアオイの傍まで移動すると、彼は金の角笛を堂々と掲げた。その『お宝』が何か知っていたのはガヴと香奈。

 

 

「あぁっ! それって、ガヴさんの世界の終わりを告げるラッパ!」

「おいそれ私の部屋に置いてただろ。入ったんか? 天使の乙女部屋に勝手に入ったんかお前?」

 

「お宝は貰っていくよ。さようなら諸君! そして近いうちにまた会おう、王を目指す仮面ライダー」

 

 

空間が歪む。真昼の地上に現れた銀色のオーロラ。

アオイとマティーナはオーロラカーテンを潜り、世界の狭間へと去って行った。

 

 

「なんだったんだ一体……で、結局ディエンドってなんだよ……」

 

 

散々場を乱し、悪役を連呼し、やりたいことだけやって帰った謎の仮面ライダー。そのディエンドという名を壮間は嫌でも忘れないだろう。

 

よくわからんがとりあえずミカド頑張れと、天を仰ぎ壮間はエールを送った。

 

____________

 

 

 

遥か天空の異界。雲の上の大地と大自然、あと居住区と施設が最小限。たったそれだけだ。天界にはたったそれだけしか存在しない。情報網どころか交通網すらも整備されていないのだ、平和な世界に発展は不要なのだから。

 

 

「こんな天界は間違っている…人間を凌駕し、悪魔に聖なる裁きを下す、それこそがあるべき天使の姿だ! 平和に腑抜けた世界よ、その痛みを以て思い出すといい!」

 

「世界を救う…か。貴様を見ていると、俺がどれだけ拙かったのかがよく分かる」

 

 

空中から天界を見下ろすアナザーウィザード。それを見上げ、見下す言葉をかけるのは、魔法陣から天界へと降り立ったミカドだ。そこから先はいつもの動作。左腕のホルダーからゲイツウォッチを外し、カバーを回してウォッチを起動させる。

 

 

《ゲイツ!》

 

「俺は何を焦っていたんだ。拙くて何が悪い、俺はまだ18だ」

 

 

ドライバーにウォッチをセットし、ロックを外す。腕を大きく回してドライバーを掴む。その堂々と誇らしげな動きには一切の迷いは無い。そしてデジタルに刻まれる時計の前で、少年は最後に叫ぶ。

 

 

「変身!!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

「らいだー」の文字が仮面と融合し、ゲイツが天界の大地を踏みしめる。

 

 

「今すぐ立ち去れ下等種族。ここは天界、人間如き足を踏み入れることも憚られる神聖な聖域だ」

 

「何を言っている。その聖域を壊そうとしているのは誰だ?」

 

「壊すのではない。田畑を耕すのと同じ、必要な犠牲だというのが分からぬか」

 

「貴様らの世界の未来など知ったことか。ただ貴様は平和な世界を害そうとしている、俺はそれを止める。全身全霊でな」

 

 

体が軽いのは、ここが天界だからという訳ではなさそうだ。

未来のことも過去のことも、取り合えず忘れろ。所詮は子供のヒーロー気取り。大事なのは現代(いま)を生きる人々と、ミカド自身。

 

 

「文句があるなら俺を倒せ! 貴様の言う大義とやらに価値があるのなら、俺なんかに負けはしない!」

 

「笑止。分を弁えよ痴れ者が」

 

 

黒い翼を畳み、地に降りたアナザーウィザードは全開の魔力でゲイツの打倒にかかる。が、その一撃をゲイツは受け止めた。天界で増幅しているはずの魔力が人間如きに堪えたれたその屈辱は、ゲイツが反撃として繰り出したブローでさらに倍増した。

 

 

「馬鹿な…!」

 

 

「神の腕」ゼルエルや白羽家執事マルティエルには及ばずとも、ルシフェルは天界で戦士として名を挙げた天使。その戦士の感覚が、ゲイツに戦慄している。

 

まるで魔獣を相手しているような、無駄な思考の無い動作。その積み上げた経験と戦闘能力だけが遺憾なく発揮されている。強敵と判断するに屈辱はあれど疑問は生じない。

 

 

「…貴様の相手をするのは愚策だ。天界の土となるのも烏滸がましき人間、竜に喰われて朽ち果てよ!」

 

《ドラゴライズ》

 

 

温存していた奥の手だが、止む無し。アナザーウィザードは己の最大級の魔法を発動させた。それは自身に宿る魔力をファントムとして完全顕現させる魔法、『ドラゴライズ』。

 

天界に禍々しい魔力が満ちた。粗削りの赤き宝石が埋め込まれ、骨と化した肉体で咆哮する魔獣。朽ち果てた翼が希望の光を遮る混沌の悪夢。

 

 

「我が命を以て命ずる、刃向かう者を根絶せよ! アナザーウィザードラゴン!」

 

 

アナザーウィザードラゴンが再び吠え、天界が揺れた。その爪や牙が傷をつけた場所は紫にひび割れて虚無の空間と化す。アナザーウィザードが己の内の魔力を失う代わりに召喚した制御不能の魔獣は、理性も無く天界を破壊し続ける。

 

巨体が相手ならばタイムマジーンを呼ぶべきだが、魔法陣はもう閉じられている。ゲイツが使える選択肢は3つ。まず『ドライブ』だが、速度があってもあの巨体には大した意味を成さない。そして『ゴースト』は手数はあるが火力不足が否めない。

 

そうなると答えは一つだ。今のミカドなら、きっと使えるはず。

 

 

「力を借りるぞ…ファイズ!」

 

《ファイズ!》

 

 

この前は後悔に耐えられず使えなかったこのウォッチ。

いくら開き直ったところで、ミカドが誤ったという事実は決して消えない。でも、ミカドは生きていくために乗り越えると決めた。

 

 

「タスク…荒木湊…俺の正義が殺してしまった、全ての者たち…決して忘れはしない。決して繰り返さない! 身勝手な話だ、だが…そのための勇気を、力を! 俺に貸してくれ!」

 

 

彼らを恨んでいるわけがない。彼らがくれたのは後悔だけなんかじゃない。何度だって思い出し、口ずさむ。彼らが与えてくれたモノの名前を。それこそがミカドの償いだ。

 

 

「罪の十字架なら背負ってやる。だが俺は、十字架を振り回してでも道を拓き、前に進む! 今を生きる! 文句があるなら化けて出ろ! それが俺の答えだ!」

 

 

ファイズウォッチを装填し、ドライバーを回す。出現し、弾け飛んだアーマーがアナザーウィザードラゴンを後退させると、ゲイツは飛び上がって拳を突き出す。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

《アーマータイム!》

《Complete》

《ファ・イ・ズー!》

 

 

鎧を纏ったゲイツの体をフォトンブラッドが巡る。熱と確かなパワーを帯びた拳が、アナザーウィザードラゴンの頭蓋を殴り飛ばす。そして堂々と、仮面ライダーゲイツ ファイズアーマーは地を踏みしめた。

 

 

「祝え!」

 

「どこから現れた貴様」

 

 

魔法陣は閉じたはずなのに、ウィルが何故か天界に現れた。細かい理屈はもはや気になりもしないが、神出鬼没は何かと心臓に悪くてよくないとそういえば壮間が言っていた気がする。

 

 

「地上は随分と面白いことになっていたけど、祝福の気配があれば馳せ参じるのが私だ。2003年では祝い損ねてしまったからね」

 

「もういい、よくわからんが好きに祝え」

 

「祝え! 全ライダーを受け継ぎ、新たな未来へ我らを導くイル・サルバトーレ! その名も仮面ライダーゲイツ ファイズアーマー! 時を経て、ライダーの力を継承した瞬間である!」

 

 

そういえば2014年でも祝われた気がするが、悪い気分ではないとミカドは微かに笑った。そして立ち上がったアナザーウィザードラゴンに向け、駆け出す。

 

朽ちた翼で羽ばたくと、暴風と共に黒雲から雷が降り注ぐ。尾の攻撃には氷の属性が付与されているのか、凍てつく風がゲイツの動きを鈍らせる。ゲイツはそれらを勘と勢い、あとはファイズアーマーの基礎スペックでのゴリ押しで突破。

 

 

《Five・Four・Three・Two・One…》

 

「叩き割る!」

 

《ザックリ割り!》

 

 

足元まで接近すると、ジカンザックスを構えて上方向に溜め攻撃を放つ。それを迎え撃つ竜の爪。その迎撃は重力魔法で威力を底上げしており、ただでさえ体躯の差が絶望的なのに更に重い。

 

 

「ならばこれでどうだ! どうとでもなれ!」

 

《フィニッシュタイム!》

 

 

それは短絡的な閃き。ゲイツはライドウォッチの代わりに、ウォッチモードのファイズフォンⅩをジカンザックスに装着した。これでどうなるかは知らないが、装着できるなら何か意味はあるはずだ。

 

その勘は正しく、各種ビークルやギアと相性のいいファイズアーマーはその操作を受信し、ファイズフォンⅩに内蔵されたエネルギーを刃に充填させた。そしてそこに注ぎ込まれたフォトンブラッドは相乗効果によって出力を増し、その色は銀色にまで到達する。

 

 

《ザックリカッティング!》

 

 

ファイズアーマーのスペック自体は他に劣る程度。しかし、対オルフェノク光子エネルギーであるフォトンブラッドの効果を、ジクウドライバーの機構によってあらゆる敵に対応させることで、ファイズアーマーは他を凌駕する圧倒的な殺傷能力を獲得する。

 

増幅したパワーと銀のフォトンブラッドの出力で、アナザーウィザードラゴンの爪が焼き切れ、片腕が熱で砕け散った。恐るべき火力だが、当然代償はある。

 

 

「ジカンザックスの刃が焼け落ちている…思いつきの割に馬鹿げた出力だ。これは修理が必要だな」

 

 

一発でジカンザックスが使い物にならなくなるようじゃ、今後そう何度もは使えない手段だ。ゲイツはファイズフォンⅩを取り外すと、畳まれていたテンキーパッドを出し、コード「555」を入力する。

 

 

《Ready》

《Pointer on》

 

 

指令を出されたファイズアーマーが「ギア555」を召喚する。アナザーファイズとの戦いに使用していたショット555ではなく、今回は右脚に装着する「ポインター555」を呼び出した。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ファイズ!》

 

「こいつで一気に決める」

 

 

アナザーウィザードラゴンが殺意を剥き出しにし、灼熱のブレスを解き放つ。触れた場所から空間を砕く咆哮。それを大きく飛び上がって回避したゲイツは、空中で一回転すると「ポインター555」からマーカーを射出した。

 

マーカーは着弾と同時に円錐状に展開し、アナザーウィザードラゴンの動きを封じ込めた。必殺の準備は完了だ。

 

ゲイツは一度ファイズと交戦した際、この技を使われたことを覚えている。過去の過ちも弱さもこの技を以て乗り越える。これは天国に最も近い場所から送る、ミカドの決意表明の一撃。

 

 

「貫け!」

 

《エクシードタイムバースト!》

 

 

仮面ライダーファイズは「罪」の戦士。

持ち主を選ばず罪を生み続ける呪われた力。だが、罪と向き合い戦い抜く覚悟を決めた者にのみ、その力は最期まで戦い抜くための強さを与える。

 

ポインター目掛けた飛び蹴りが炸裂し、「きっく」の刻印を刻み込んだ。それに反応してフォトンブラッドがアナザーウィザードラゴンの体組織を分子レベルで分解、そして破壊し尽くす。

 

その体を貫き、通り過ぎたゲイツが着地すると、アナザーウィザードラゴンは「Φ」の赤色光を空に残して爆散し崩れ落ちた。その解放された魔力はアナザーウィザードへと還っていく。

 

 

「人間如きがアナザーウィザードラゴンを倒しただと…!?」

 

「残るは貴様だアナザーウィザード。魔力は戻ったはずだ、決着を付けてやる。これからの未来を生きる魔法使いとしてな」

 

《ウィザード!》

 

 

本番はここからだと、ゲイツはウィザードウォッチを起動。ファイズウォッチを外し、代わりに装填するとドライバーに手を重ねるように構え、回転させた。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

ゲイツの後ろにアーマーが……

ではなく、出現したのは頭上。しかもアーマーの代わりに赤い魔法陣がそこにはあった。ジオウのWアーマーと同じく、これまでとは違う形態の変身。

 

魔法陣はゲイツの頭を通り過ぎ肩辺りまで進むと、そこで止まって実体化。そして展開・変形し、アーマーとしてゲイツの全身を纏った。最後に「うぃざーど」の文字が複眼に収まり、変身が完了する。

 

 

《アーマータイム!》

《プリーズ》

《ウィ・ザード!》

 

 

魔力が編み込まれたマントと帯を風にはためかせ、ウィザードリングの輝きを両肩に宿した次代の魔法使い。

 

 

「本日二度目! 祝え! 全ライダーを受け継ぎ、新たな未来へ我らを導くイル・サルバトーレ! その名も仮面ライダーゲイツ ウィザードアーマー! 魔法使いのライダーの力を継承した瞬間である!」

 

「サルバトーレ……救世主か、悪くない」

 

 

天界を守る最後の希望、それは未来からやって来た人の子。

追い詰められ、苦しみ、呪われた運命に翻弄された少年の逆襲が始まる。

 

 

「さぁ……これが俺の、ショータイムだ!」

 

 

再び走り出したゲイツは、アナザーウィザードにまず回し蹴りを叩き込んだ。次に回し蹴りで、その次も一呼吸置いて蹴り。パンチを用いない格闘でアナザーウィザードを攻め立てる。

 

 

「人間風情には理解できまい…恵まれた生活を享受する貴様らには! 我々天使は身を粉にして貴様らを導いている。邪魔立てされる義理は無い!」

 

「悪いが、俺達の時代で天使が働いていたならこんな性格にはなっていない。あと俺の時代はこの天界よりも数百倍は最悪だ。説く相手を間違えたな」

 

 

アナザーウィザードの主張も受け止めた上で軽く受け流す。そこから先は魔法の応酬が始まった。アナザーウィザードが炎を出せば、ゲイツも炎で対応。とはいえ魔法使いルーキーのゲイツはそこまで多彩な魔法が使えるわけじゃない。

 

 

《グラビティ》

 

「っ…!」

 

 

重力の魔法でゲイツの動きが止められた。そこから更に「サンダー」の追い打ちを喰らわされるが、重力の拘束は解けない。それどころか重みは増す一方。

 

 

「そのまま地に縛られていろ。翼も持てない人間にはお似合いだ」

 

「……身の程を弁えろ、そう言いたいのか…?」

 

「そうだ。人間が我ら天界の問題に手を出すな」

 

「ふっ…俺もそう思っていた…無能な俺は、何も出来ずただ消えゆくのがお似合いだと…そう信じていた……だが…!」

 

 

性悪の魔法使いが教えてくれた。それはミカドの「希望」じゃない。「希望」とは、気付かぬうちに己の中にある、心の暗闇を照らしてくれるくだらなくて大事ななにか。

 

過去の過ちも、己の非力さも、他者の輝きも、他人の正義も、何もかもが息苦しかったと気付いた。そんなことをいつまでも考えていたって、頭が痛くなるだけだ。苦しいのなら全て捨て去ってしまえばいい。

 

 

「ずっと考えていた…俺は日寺の『何』になるべきか…馬鹿を言うな! 何故ヤツを中心に考えなければいけない! 日寺がどれだけ成長し、何を受け継ごうが、俺は日寺の何かになんてなってやらん!」

 

 

仲間だとか、敵だとか、道化だとか、復讐者だとか、負い目だとか、そんな枠組みで縛られたくなんかないと気付いた。恨みを捨て去ったのなら、この世界が美しく見えたのなら、できるはずだ。やりたいことの、やりたかったことの全てが。それがミカドが見つけた「希望」の正体。

 

 

「俺はもう何にも縛られない。未来から来た俺は……自由だ!」

 

 

ゲイツから溢れ出す魔動力がグラビティの魔法を相殺した。

 

ミカドは正義よりも自由を愛することに決めた。『仮面ライダーを全て殺さなければ未来は救えない』なんて契約は忘れ去ることにした。未来なんてこれからいくらだって変えられる。方法を考える時間だっていくらでもあるはずだ。

 

そう決意し、軽くなった心が「自由」という単語で何かを思い出した。それはミカドが初めて壮間と出会い、対面早々戦いになった時に飛び出た言葉。

 

 

『理不尽な悪から、人々の自由を守る戦士…それが───』

 

 

「……そういうことか」

 

 

アナザーウィザードが再びグラビティを発動するが、もうその手は食わない。アクロバットに飛び上がったゲイツは四方八方に魔法陣を展開し、そこからランダムに炎の魔力を放出する。その不規則な攻撃をアナザーウィザードは見切れない。

 

 

「小賢しいッ!」

 

 

魔法陣は再び魔力となり、着地したゲイツの脚に収束して炎を纏わせる。強烈なキックを読んだアナザーウィザードは防御の構えを取る。しかし、

 

放たれたのは、魔力の無いただの筋力によって放たれる全力のパンチ。

 

 

「なにっ…!? 蹴り主体では……!」

 

「パンチを使わないなんて誰が決めた」

 

 

予想だにしなかったパンチに怯んだアナザーウィザードは、そのまま魔力入りのキックまで直撃してしまった。そして、追撃を加えようとゲイツが駆け出す。

 

 

「させん!」

 

《ディフェンド》

 

「邪魔だ!」

 

 

その魔法使いは張られた防壁を、単純な魔動力と物理攻撃で打ち砕く。武器が使えないのだから仕方ないが戦法が余りに脳筋。次々とディフェンドを発動させるアナザーウィザードに対し、ゲイツも手を休めない。

 

ミカドは魔力を多く生まれ持った『ゲート』。それはウィザードアーマーでは、そのまま無尽蔵のスタミナに変換されるのだ。

 

 

「貴様の理想は分かる。快適な世界を…誰もが抱くありふれた希望だ。世界を救うというのも、実のところ俺は貴様を笑えない」

 

「そうだ、遅れた天界はいずれ滅ぶ! 魔界に差を付けられ…人間にすら追いつけなくなる! その前に一度作り直す必要があるのだ! 我だけが天界を正しく導ける!」

 

「きっとそれが違うんだ。貴様が何をしなくとも…人間も、天使も、悪魔も、このまま幸せに生きていけるはずだ。適当にな。この世界はきっと滅んだりはしない」

 

 

根拠はない。希望なんてそんなものだ。そう考えた方が楽ならそれでいい。

 

仮面ライダーウィザードは「魔法」の戦士。

絶望しなかった者にのみ与えられる力、それが魔法。その力は希望を胸に生き続ける者の指に輝き、他者の絶望をも眩く照らす光となる。

 

 

アナザーウィザードが腰に手をかざすが、それ以上防壁が出現することはなかった。ドラゴライズやエクリプスといった大魔法の連発が祟り、ルシフェルの魔力が尽きたのだ。

 

 

「我の魔力が……そんなことは有り得ないッ…!!」

 

 

魔力が無くなってもアナザーウィザードは肉弾戦で抵抗を続ける。このまま大人しく降参するならウォッチだけ砕いて帰っていたが、諦めないのなら仕方ない。ミカドも全力で叩き潰すことを決めた。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ウィザード!》

 

「フィナーレをくれてやる!」

 

 

思いきり蹴飛ばしてアナザーウィザードと距離を取り、ドライバーを回転させて必殺技が発動した。ゲイツは腰マントを翻し、右足を中心に出現した魔法陣が炎の魔力を練り上げる。

 

駆け出し、身軽にロンダートを決め、再び足が地面に付くことで魔力が倍増。そこから更に飛び上がって宙返り、最後に体を捻って万全の体勢で放つ、燃え盛る魔法のドロップキック。

 

 

「はあああああッ!!!」

 

《ストライクタイムバースト!》

 

 

それはアナザーウィザードを確実に穿つ、終幕の一撃。着陸したゲイツは最後に不慣れなターンを決め、この聖戦を締めくくる。

 

絶望に堕ちた宝石が砕ける。赤い魔法陣を残し、アナザーウィザードは断末魔と共に大爆発を起こした。その中から転げ出たアナザーウィザードウォッチも、爆発の余波で木端微塵に弾け飛んだのだった。

 

 

「……はぁ、流石に疲れたな」

 

 

変身を解除し、ミカドは思わず息をつく。余裕そうにも見えたが、本人からすると想像以上にギリギリな戦いだったらしい。アナザーウィザードラゴンとの二連戦だから無理もない。

 

しかし、

 

 

「……認めんぞ、我が野望はまだ終わらない…!」

 

「…! 冗談も大概にしろ貴様…!」

 

 

爆発の中でルシフェルが立ち上がった。ここまでしぶといと流石に呆れる。ルシフェルは魔力の尽きた体を執念で動かし、絞り出した最後の魔力で光の刃をミカドに───

 

 

「そこまでだ、ルシフェル」

 

 

白い羽根が舞い落ち、光が通り去った。ミカドに向けられたルシフェルの殺意が途切れ、光の刃が切り刻まれて崩れ落ちる。まさに神業と言える神速の太刀がルシフェルを打ち砕いたのだ。

 

そこに舞い降りたのは美しく、凛々しい、強き眼差しの白い袴を着た天使。その風格は同じ天使でもガヴリールとは雲泥の差だったが、容姿自体は妙に似ていることから正体は察することができる。

 

 

「ゼルエルっ…!!」

 

「ガヴリールから最初に報告を聞いた時、私は信じられなかった。だからこそ敵としてお前と相対した時、私は覚悟を決めたのだ。本当に身も心も堕天し、魔に堕ちたというのなら容赦はしない。罰を受けろ…ルシフェル!」

 

 

天真=ゼルエル=ホワイト。ガヴリールの姉で、ルシフェルの友人だという、天界最強の天使。そんな彼女を前にルシフェルの道は完全に閉ざされた。今度こそ終わりだ。

 

 

「何故だルシフェル…私は、お前を妹たちに誇れる素晴らしい友だと思っていた。お前ほど天界のことを想っている天使はいないとも思っていた。そんなお前が何故、天界に仇を成した…!」

 

「そんなこと決まっているだろう……天界を想った故だ。そして…お前を想った故だ、ゼル!」

 

 

去ろうとしていたミカドの足が止まった。話の流れがなんだか予想外の方向に向かい始めている。

 

 

「私を…だと? どういうことだ…」

 

「ゼルは可憐だ。お前ほど美しい天使は他にはいない! そんなお前がこんな行き遅れた天界で生きることが耐えられない! そんな人間界ではもう誰も着てないような古臭い着物などではなく、もっとハイカラな服の方がゼルには似合うはずだ!」

 

「お前だって似たような服を着ているじゃないか」

 

「それは…ゼルとお揃いになりたいと望んだから! お前こそが我が全て、希望なんだ!」

 

「……?」

 

 

ミカドはもう何も考えなくなっていた。

ガヴリールがルシフェルを苦手と言った最たる理由がこれだ。この男、ゼルエルのことが大好きな上に言葉にするのを躊躇わない。一方でゼルエルはその好意が理解できない。

 

こんなやり取りを近くで見せられたら、そりゃ苦手にもなる。

 

 

「…よく理解できんが、悔い改めよルシフェル。その罪、決して軽くはないが、お前なら必ず戻ってくると信じている。私の誇らしき友よ」

 

「待てゼル! 我が想いはまだ───」

 

 

問答無用でルシフェルが転送された。本当によかった、あれ以上聞いていたら何かしらのアレルギーが発症してしまうところだった。

 

結局最後までこんな感じでは締まるものも締まらない。あの男のことを真剣に考え、本気で戦った時間と労力を返して欲しいとミカドは切に願った。

 

 

「ルシフェルを止めてくれたのはお前か。人間の少年」

 

 

ゼルエルはミカドの姿を見て、呼び止める。人間が天界にいるという事実や、人間がルシフェルを追い詰めたという事実を全て差し置いて、まずは感謝と謝罪を兼ねてゼルエルは頭を下げた。

 

 

「私の到着が遅れたばかりに、彼に取返しのつかない過ちを犯させてしまうところだった。私の代わりに友を止めてくれたこと、そして人の身でありながら天界を守ってくれたこと、感謝する」

 

「頭を下げられる分には構わんが、礼なら俺よりも悪魔の魔法使いに言え。ヤツがいなければ俺は絶望していた。あと不本意だがどこぞの王様志望の人間にもな」

 

「謙虚だな、改めて心より礼を言う。そうだ…名を教えてくれないか、人間の少年。その栄誉を是非とも天界で語り継いでいきたい」

 

 

ゼルエルはそう言うが、アナザーウィザードを倒したことで間もなく歴史は塗り替わるのだ。この戦いは無かったことになり記憶から消えるため、名を名乗ったところで意味はない。

 

意味は無いが、折角だ。ミカドは名乗ることにした。

 

 

「光ヶ崎ミカド……いや───」

 

 

違うなと、ミカドは一度口を閉じる。今名乗るべき名前はそっちじゃない。今ならばなんの恨みも躊躇いもなく、こう名乗れる気がしたのだ。これからの時代を生き、未来を作る戦士の名として。

 

 

 

「俺は……仮面ライダーゲイツだ」

 

 

 

________________

 

 

戦いを終え、ゼルエルによって下界に送り届けられたミカド。晴れ晴れとした顔で帰って来たミカドは、まず疲れ果てた様子の壮間の前に立って、正面から視線を合わせた。

 

 

「勝ったぞ」

 

「…お疲れ。まぁミカドなら勝てるだろって思ってた」

 

「その分かったような口ぶりをやめろ、腹が立つ。いいか日寺、貴様が想像力とやらで俺の先を行くのなら、俺は貴様が想像できないような存在になってやる」

 

 

なんだかよく分からないが、ミカドは変わったようだ。何か負の感情が抜け落ちた代わりに負けん気だとか脳筋な面が強く出ているようで、少しおかしかった。

 

 

「…何がおかしい貴様」

 

「いや…ごめん。でもそれでこそミカドだ。これからもよろしくな」

 

「よろしくぐらいはしてやる。だが、貴様は依然として俺の敵だ。俺は貴様よりも多くライダーの力を受け継ぎ、未来を変える」

 

「俺だって負けない。ライダーの力を受け継いで王様になるのは俺だ!」

「いいや俺だ」

「俺だって」

「黙れ死ね俺だ」

「だから俺…!」

 

「しつこいっ! なんですぐ喧嘩するかな2人とも!」

 

 

オカンみたいなテンションで香奈が言い争う2人をつねって止める。それにミカドがまた噛みつき、壮間が苦笑いする。きっと彼ら3人は、こうやってこれからの物語を進んでいく。

 

安心した顔でダンは立ち上がり、希望に満ちたミカドの肩を叩く。重荷が肩から下りたような柔らかい表情で、最後まで喧嘩を売るようにダンはミカドと向き合う。

 

 

「あのキモい天使様をブッ飛ばした気分はどうだった?」

 

「最高だ。俺はもう絶望したりしない…ウィザード、貴様の力は貰っていくぞ」

 

「くれてやるよ、精々魔法使いを満喫しろ。だがな、俺様の楽しい魔法使いライフを横取りしたんだ。その力でなるもんがロクなもんじゃなかったら、承知しねーぞ」

 

 

そう言って笑ったダン。「何になる」のか、例えば壮間が王様になりたいような。掲げていたい楽しくてカッコいい夢。ミカドはウィルに視線を向け、誇らしげに答えた。

 

 

「救世主だ」

「やっぱ力返せこの野郎」

 

 

良い感じだったのに突如始まった乱闘。ヴィーネが止めに入る前に、ダンは熱でぶっ倒れた。

 

 

「ねぇ、香奈ちゃん」

 

「なになに? そういえばヴィーネちゃん、いつのまにかちゃん付けにしてくれたよね。嬉しい!」

 

「そ、そう…? ありがとう…」

「あらあら~では私のことも、『ラフィちゃん』と呼んでくれますか?」

「よし、今日だけ特別に私を『ガヴちゃん』と呼ぶ権利をやろう」

「サターニャ様と呼んでもいいわよ!」

 

「便乗するなお前ら! それでね香奈ちゃん、前に行った時代のこと記録してるって言ってたじゃない? メモもいいと思うんだけど、それなら………」

 

 

ヴィーネが香奈に耳打ちで、あることを提案した。ありそうで香奈の中には無かった発想に香奈は「それだ!」と感動して手を叩き、ヴィーネと顔を合わせて笑い合う。

 

イベント好きの悪魔、引きこもりの天使、(偽物だったが)ドSな天使、よく知らないけど馬鹿そうな悪魔、あとはちゃんと仮面ライダーだった悪魔の魔法使い。そんな思い出を記録として残す素敵な方法。

 

 

「よーし! じゃあ早速……!」

 

 

 

__________________

 

 

2018

 

 

2012年、魔法やら天界魔界やらの不可思議な戦いを終え、3人は揃って2018年へと戻って来た。

 

 

「日寺、俺は貴様の家に住む」

 

「……はぁ!?」

 

 

ミカドがあっけらかんと放った破壊力抜群の爆弾発言。帰って来て早々これである。壮間は疲労も合わさってぶっ倒れそうな気分になった。

 

 

「知っているだろうが、俺はこの時代に家を持たない」

 

「今知ったわ。じゃあ今までどうしてたんだよ…」

 

「たまに宿を取ったが、大体野宿だ。しかしこの時代の警官に何度か捕まった」

「そりゃな」

「流石に不便なので今後は貴様の家に泊まることにした。貴様の家に案内しろ」

 

「お前っ……お前なぁ! 本当に自由な奴だなお前! ダメに決まってんだろ、香奈もなんとか言って……」

 

 

「誰かに頼る」ことを解禁したミカドがこうも厚かましいとは思っていなかった。香奈のヘルプを期待した壮間だったが、香奈はスマホを熱心に覗いて体を震わせていた。

 

 

「うんっ…これだよソウマ!」

 

「どれだよ」

 

「この写真! さっきみんなで撮った記念写真! 歴史が変わっても消えてない…写真なら消えちゃう歴史を記録できるんだ!」

 

「俺たちが消えた歴史の記憶を有しているのと同じ理屈だろう。タイムマジーンやジクウドライバーには時間改変による破綻を最小限に抑えるための保存機能があるからな」

 

「リクツはわかんないけど、なんかわかったかもしれない…私がこれからの冒険でやるべきこと…!」

 

 

2012年でミカドは変わり、香奈はやるべきことを掴んだ。この旅の恩恵はとても大きい。それだけでなく、香奈は楽しかったのだ。普通に生きてたら体験できないような天使や悪魔とのコミュニケーション。絶対に知れなかった、意外と俗っぽい天界や魔界の事情。

 

 

「天界は今も平和なんだよね。ってことは、ヴィーネちゃんやガヴさんはもう下界(ここ)にはいない。だったら……」

 

 

2012年で最後に撮った記念写真を見て、壮間と香奈は思わず吹き出す。

 

あからさまにやる気の無さそうなガヴに、青い顔のダンを無理矢理写真に収めて笑顔のヴィーネ。目立とうと中心を陣取るサターニャを嬉々としてピースで隠すラフィ。そして最後に隅に欠席者の如く付け加えられた、不二崎俊in瀬戸内海の写真。メチャクチャだ。楽しかった時間を表現するのに、これ以上のものは無い。

 

だから香奈は上を向き、胸に満ちた感謝を一気に叫んだ。

 

 

「ガヴさーん! ヴィーネちゃーん! 本当に楽しかったよ、ありがとーーーーっ!!!」

 

 

シンプルに大声で叫んで、天界と魔界に届いているのだろうか疑問にも思わないのが、実に香奈らしい。もう覚えていなくともきっとまたいつか出会い、また友達になれますようにと天に祈った。

 

 

香奈が歩道の真ん中で叫んだ、そんな下界での一幕。

その目と鼻の先の家で、ボサボサ金髪の自宅警備員は掃除してない部屋でくしゃみをした。

 

 

「へぶしっ! なんだ…? 噂すんなよ、マジで人類滅びればいいのに……あーっ! なんでそれ外すんだよクソエイム! あああああああああっ!!」

 

 

そんな事も露知らず、話はミカド移住問題に。案の定香奈は全く聞いていなかったので、あの爆弾発言をもう一度聞く羽目になった。

 

 

「ソウマの家に!? あ、でもご両親いないから広いし…いいんじゃない?」

 

「嫌だよ! なんで男二人で同棲しなきゃいけないんだ! 嫌だろ普通!」

 

「黙れ。いいから俺に寝床を提供しろ」

「提供される側の態度じゃないんだなそれ!」

 

「うーん、じゃあ私の家はどう!? ご飯のお金とかお手伝いとかしてくれれば、お父さんもお母さんも分かってくれると思うよ!」

「よし、そうと決まれば片平の家に……」

「お金も手伝いもいらねぇから俺の家に住めばいいんじゃないかな!!!」

 

 

香奈とミカドが同棲する事実に耐えられなかったらしく、血反吐を吐くような気迫でミカドの居住を承諾。「最初からそう言え」と吐き捨てるミカドと、ご近所さんが増えて喜ぶ香奈が両脇にいるもんで、壮間は抱く感情に困った。

 

 

_____________

 

 

「かくして、ミカド少年は仮面ライダーウィザードの力を受け継いだのだった。彼が我が王を超える存在になるか、支え合う仲間となるか…イレギュラーで自由と開き直った彼の物語、これからが楽しみです」

 

 

ミカドに力を与えた者の正体など不安要素は多いが、そんな無粋は一先ず忘れ、少年の成長を喜ぶ。しかし、ウィルは自分が見初めた王である壮間の勝利を確信している。

 

型破りなショーを終えた物語は次のページに。預言者は本を開く───

 

 

「……本が無い…!?」

 

「探し物はこれかな?」

 

 

青い残像が本をウィルから奪い、そして投げ返した。開いた本にあった見覚えのない白いページ、そこに大きく殴り書きされた「悪役(ヒール)」の文字。

 

 

_____________

 

 

 

「……そういえばさ、ミカド。お前“仮面ライダーディエンド”って知ってる?」

 

「ディエンド…そんな仮面ライダーは知らんな。それがどうした」

 

「いや、お前が天界に行ってる間に来たんだよ。悪役(ヒール)って自称して大暴れして帰ったよくわからんメチャクチャな仮面ライダー」

 

「そうそう! なんかね、色んな仮面ライダーを出してたし、ガヴさんのラッパも盗んでいった青い人! また会おうって言ってたし、もしかしてそのうちまた……」

 

「───青ではなく“シアン”。間違えないでくれたまえ、快活なお嬢さん(プリマドンナ)

 

 

壮間と香奈が大声出して文句に近い驚きを叫んだ。

3人の前にまた突如現れた、悪役の青年『アオイ』。噂をすればとは言うが、いくらなんでもこれは……

 

 

「早過ぎだろ!!」

 

「在り来たりという平穏に浸る正義を、背後から刺し殺す。それが悪役(ヒール)さ。僕はいつだって物語を僕色に塗り替えるのを美徳とする」

 

 

銀色に揺らめくオーロラが、壮間とミカドと香奈を呑み込んだ。

それは一瞬の出来事だった。たった一瞬で、壮間たちの前に広がっていた景色は一変した。

 

 

「……これって」

「馬鹿な…」

「えええええええっ!!?」

 

 

そこは異国。いや、異国というにも少々語弊が生じる。

明らかに近代都市ではないレンガ造りが目立つ街並み。突然転移したことは置いておいて、ここまではまぁ木組みの街で経験済みなのだ。

 

しかし、そこを行き交う人々まで中世の時代のようで、たまに鎧を着て武器を持つ人もいるし、なんなら獣耳が生えたり尖った耳をした女性がいたり……

 

これまで様々な時代で戦いを繰り広げてきた。どれも現実を疑うような知らない世界の連続だったが、それら全てがまだ常識的だったと思えてしまうような光景。

 

 

有り体に言うと、そこは『異世界』だった。

 

 

街の中央に聳え立つのは神々が住まう巨塔『バベル』。

かつて暇を持て余した神々は下界に降り立ち、人々に恩恵を与えた。

 

 

ここは『迷宮都市オラリオ』。

神の寵愛を受けし者たちは、夢と浪漫と冒険を求め、遥か深い『迷宮』へと潜る。

 

仮面ライダーの存在しないこの英雄の都で、壮間たちはまだ見ぬ冒険に挑む。

 

 

NEXT>>XXXX

 

 

_____________

 

 

次回予告

 

 

「レベル…? モンスター? ダンジョン??」

「すごいっ! まるでゲームの世界みたい! テンション上がるぅ!」

「決めたぞ日寺。俺は冒険者になる」

 

青年アオイにより誘われたのは、まるでゲームな異世界。

 

「僕は世界を旅する盗賊。幾多の世界を巡り、美学と宝を求める悪の渡り鳥。そんな僕が二度もこの世界に訪れたのには理由があるのさ」

「なにィ~? あの青盗っ人の知り合いだなんて信用できないね! ボクとベル君のファミリアから出てけっ!」

 

どうやら世界ぐるみで嫌われている。あの悪役、なにやった!?

 

「英雄譚が好きなんです。英雄みたいになりたくて、英雄みたいな出会いがしたくて…僕は冒険者になった。そして出会ったんです、追いかけるべき憧れの人に」

 

仮面ライダーのいない世界で、壮間が出会うのは「未完の少年(リトル・ルーキー)

 

「番外クエストさ。迷宮に眠るお宝を、誰が最初に手にするか」

「せっかくやることが無いなら、冒険しよう。今の俺達がどこまで行けるか!」

 

英雄と、救世主と、王様が、悪役に挑む幕間の英雄譚。

 

「さぁ、この世界に…【騎士の物語(ライダー・ミィス)】を奏でよう!」

 

 

次回「ディエンド・オラトリアXXXX」

 

 




新キャラ「マティーナ」はイタリア語で「朝」を意味しています。

悪役を名乗る「アオイ」、仮面ライダーディエンド。早速メインに出しゃばります。
で、ディエンドといえば「世界の旅」。それを前面に出すなら当然……

ということで、次回からルール違反の「クロス(ほぼ)無し」の「異世界回」!「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」との短めエピソードをお送りします。ここに来て異世界ラノベ選出は「やる必要があった」と「やりたい」の5:5くらいが理由です。ちゃんと意味はあるのでご安心ください。原作知らない方は、偶然たまたまもうすぐアニメ4期があるので強くオススメします。

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ジオウくろすと補完計画 16.5話「レッツ自宅訪問」

補完します(硬い意思)。今度の今度こそ補完します。


ミカド「俺は迷いを断ち切った」

 

壮間「よっ!」

香奈「いいぞミカドくん!」

 

ミカド「俺は一つ上のステージに進化した!」

 

ウィル「それでこそ我らの救世主!」

 

ミカド「だから俺は日寺の家に住むことにした!」

 

壮間「そうはならねぇんだなそれが!!」

 

 

腹の底から出た叫びで始まる補完計画。

ミカドがウィザードを受け継ぎ、立ち直ったのですが、壮間だけは死角からパンチを喰らったような心境だった。

 

 

壮間「俺は納得できるロジックの開示を求めます!」

 

ミカド「俺のプライドと生活レベルの向上を天秤にかけた結果だ。俺だってベッドで寝たいし、拠点があった方が動きやすい。最悪貴様の寝首を掻ける。これがツンデレってやつだ喜べ」

 

壮間「寝首を掻くツンデレってなんだよ!」

 

香奈「だから私んちでもいいって……」

壮間「香奈はもう少し女子を自覚しような!?」

 

ミカド「しかし、だ。果たして俺の寝床として日寺の家はどうなのか。俺が求めるレベルに達するのか……」

壮間「それは押しかける側の台詞じゃないんだよ」

 

ウィル「というわけで今回は、我が王の家に突撃しようと思う。今回はそんな補完計画だ」

 

壮間「なんだその俺だけが損をする補完計画!」

 

 

他所の時代に行って戦ってばかりだった仮面ライダーの私生活が、自宅という面から暴かれる!壮間の部屋はミカドの眼鏡にかなうのか!?

 

 

________________

 

 

─壮間の家─

 

 

ウィル「では、我が王の自宅をご拝見!」

 

壮間「火曜サプライズみたいな企画を始めやがった…!」

 

 

壮間の家の描写は初期に少しあった程度である。

まず玄関ドアからミカドが突入。まず目に入るのは、よく分からない置物や小物、バリエーション豊かな家具の数々、あと写真。

 

 

ミカド「なんだこの家は。情報量で客を殺す気なのか?」

 

香奈「ソウマん家のおじさんおばさんのお土産だよ。色んなとこ旅行してて、そのたびに持って帰ってくるんだー」

 

壮間「完全にゴミなんだけど、片付けたらあの人ら泣くからなー……おかげで小学校の時とか友達をうかつに呼べんかった」

 

ミカド「高価なものも多そうだな。貴様の家は金持ちなのか? そもそも貴様は両親について行かないのか」

 

壮間「学校あるからなぁ…うちの両親は仕事も兼ねて外国行ってるから。あと俺が飛行機苦手……」

 

 

日寺両親の主張が強いエリアを突破し、二階にある壮間の部屋に。

 

 

ミカド「……普通だな」

 

香奈「いつ見ても普通」

 

壮間「悪いかよ。気を付けて片付けてんだぞ、香奈くらいしか来んけど」

 

 

勉強机、ベッド、参考書が仕舞われた本棚、あとゴミ箱やクローゼットや鏡。本当に不自然なくらい普通だった。棚の上にはウィルから貰ったライドウォッチダイザーがある。

 

 

ミカド「クソつまらんな」

 

壮間「なんでだよ! ほら、鍛えようと思って筋トレグッズとか置いてるんだぞ!」

 

ウィル「我が王、高校生大学生の筋トレ趣味はもう普通の域だ」

壮間「いや別に趣味ってわけじゃ……ってマジ?」

 

ミカド「こんなクソみたいな部屋にいると普通がうつる。さっさと出るぞ」

 

壮間「お前マジで覚えとけよ」

 

 

そうして壮間の部屋の探索を終えた。

ここでミカドの講評(恐らくボロクソ)で終わりかと思っていた壮間だったが

 

 

香奈「よし、私の部屋も見ない!?」

 

壮間「楽しくなっちゃったかー! そっかー!」

 

 

香奈の興が乗ったらしく、色んなキャラの自宅訪問コーナーが始まってしまった。

 

 

______________

 

 

─香奈の家─

 

 

香奈「私の家、一般的な洋風家屋ですので早速お部屋に!」

 

壮間「香奈が生まれる少し前に建てた家なんだっけ」

 

ミカド「これがこの時代の一般家屋か。ガラスは防弾ではなさそうだが……」

壮間「無いからな、銃撃戦」

 

 

香奈の部屋に突入。壮間の部屋とは対照的に、広めの部屋でも足りない趣味量だった。ここに友人を招けば多分一日遊べるくらいの部屋。

 

 

壮間「しばらく見ないうちにまたガチャガチャして…本当に小学校ぶりくらいだな」

 

 

壁:スクールアイドルポスター(主にAqours)

本棚:大体漫画と雑誌、写真集、あとCDとかDVDも

クローゼット:服めっちゃ多い

棚:フィギュア、プラモ、望遠鏡、小学校の頃の作品などなど

あと他にもスケボー、ギター、据え置きゲーム機、もちろん大画面テレビまである

 

 

ミカド「この金持ちが」

壮間「そういえば香奈の家、そこそこ金持ちなんだよなぁ……」

 

香奈「どうですか!? 私の自慢の部屋! ボドゲとかスポーツ道具も一通りそろってるよ!」

 

ウィル「小さめのラウンドワンかな」

 

壮間「こんだけ趣味揃ってて料理だけはできないのな」

 

ウィル「確かにこの部屋は凄いが。ヒロインの部屋とはもっとつつましやかというか、等身大のものな気がするんだが……」

 

 

この部屋紹介でヒロインポイントを稼ごうとしていた香奈。ウィルの一言で大いにショックを受け撃沈した。

 

 

ミカド「次は誰の家だ」

 

壮間「もうそういうコーナーなのね、今回は。まぁ俺だけ損しなくてよかったけど」

 

ミカド「いい家があったなら俺が住む」

壮間「ヤドカリみたいな性根しやがって」

 

アヴニル「では次は我々!」

オゼ「タイムジャッカーの出番だよ!」

ヴォード「気乗りしない…」

 

壮間・香奈「うわ出た!」

 

 

ぬるっと登場、タイムジャッカーズ。ヴォードは本編初登場から実に3年経っての補完計画本格初登場です。

 

 

壮間「お前ら家とかあんの!?」

 

ヴォード「そりゃ僕らだって暗躍してないときは普通に暮らしてるし、バイトだってしてる。あんまそういう決めつけ良くないと思うよ」

 

アヴニル「吾輩はしてないが!」

オゼ「わたしもしてないよ」

 

 

働いているのはヴォードだけの様子。

とはいえタイムジャッカーの家なんて激レアである。せっかくなので自宅訪問。

 

_______________

 

 

─ヴォードの家─

 

まさかの一軒家ガレージハウス。しかもデカいので2018年組3人唖然。

 

 

ヴォード「過去に遡って長期バイトしたり、まぁ多少法を犯したバイトして一軒家買った。地下にも部屋作って、マシンを整備する環境を整えた感じ」

 

壮間「ここに来て最大値が出ちゃったよ……」

 

ミカド「決めた。俺はここに住む」

壮間「ダメだろ落ち着け」

 

 

やっていることは悪事だし、違法バイトもしていると言っていたが、それでもしっかりしすぎた家は敬服に値する。ガレージにはタイムジャッカー用のタイムマジーンが。

 

 

香奈「すごっ…! で、こっちの部屋スペースは……!?」

 

 

ウキウキで居住スペースに行った香奈、絶句。

横の秩序正しい空間とは真反対の混沌。もう凄まじく散らかった部屋がそこにあった。少なくともここを居住スペースとは呼ばない。

 

 

ヴォード「……アヴニルとオゼがここで好き放題遊ぶから」

 

壮間「あっ……」

 

オゼ「遊ぶとは心外だよ。わたしは自室でやるには少々危険な実験をここでやるだけで」

 

アヴニル「吾輩は遊んでいるぞ! この部屋は冷房があって過ごしやすい!」

 

 

この2人から逃げて別荘も買ったらしいが、結局バレて私物化されているらしい。悪の一味ではあるが、どうか強く生きて欲しいと壮間は思った。

 

 

________________

 

 

─アヴニルの家─

 

これまた静かな場所に建つクソデカい洋館。何よりも雰囲気を大事にしているのか、内装も厳かなものだった。

 

 

ヴォード「無駄に広いから僕らの会合でよく使うとこ」

 

オゼ「無駄に広いけど、実験に使うと怒るんだよね」

ヴォード「僕も怒ってるんだけどね、一応」

 

香奈「こんなに広い家……一人で住んでるの?」

 

アヴニル「無論である! 吾輩の館に必要なのは、絶対的な主である吾輩のみ! いずれここは吾輩が選んだ王の城となる場所だ。その時は相応しく改装するがな!」

 

ウィル「しかしアヴニル氏、多趣味な君にしては落ち着いた館じゃないか」

 

アヴニル「景観を崩す嗜好品や趣味は全てヴォードの別荘に置いてある! ちなみにこの館、一目惚れしたが所有者が別にいたため、吾輩の物になるよう過去から手回しをした!」

 

 

「うわぁ……」と2018年組が揃って引いた。これまでの彼の言動を鑑みると、かなりあくどいというか、えげつない事をしたに違いない。

 

 

アヴニル「そして吾輩好みに大胆なリフォームを施したのだ!」

ヴォード「僕がね」

 

ミカド「なぜそう律儀に引き受けるんだ……」

 

ヴォード「受けるまでバイト先に100%こいつがいる地獄、考えてみたら分かるよ」

 

 

コンビニで立ち読みしながら漫画に大声で語り掛け、爆笑してくしゃみをする紳士。居酒屋で「吾輩はワインが飲みたい気分だ!」と抜かすアホ。塾で講義をしようとしたら「帝王学とはッ!」と講義をジャックしていたクソボケ。想像してみたら軽く営業妨害だったので止む無しだった。

 

 

_______________

 

 

─オゼの家─

 

 

予想通りのザ・研究施設。かなり年期が入っているようにも見えた。その内部の全てがオゼ以外に理解できないので、一般人からすれば頭が痛くなるだけの家だ。

 

 

オゼ「家……とは言わないね、よくここにいるだけだから」

 

壮間「ちなみにだけど、この実験道具とか高そうな器具とかどこで……? なんか大学の紹介でこういうのウン10万とかウン100万するって聞いたけど」

 

ヴォード「あー、聞かない方がいいよ。分厚いオブラートに包むと海賊行為」

 

オゼ「半分くらいは自作だよ。時間止めて借りてもいいんだけど、それだと面倒なんだよ。時間のかかる研究するときはとびきり過去に行って時間を確保したいから、この建物自体は100年前くらいに作ったものだね」

 

 

過去に持ち出せる器具には限りがあるし、あんまり時間を飛ばすと設備が確保できないから難しいと毒づくが、壮間たちからすると知った事ではなさすぎる。

 

 

香奈「お風呂とかリビングとか無いの!? もうこれ家じゃなくない!?」

 

オゼ「だからそう言ってるんだよ。それと一応言っておくけど、わたしだって気分転換でたまには適当に水浴びくらいはするよ?」

 

ヴォード「ちなみに最長期間は」

オゼ「128日。ちょっと脱毛した」

ヴォード「女子の称号返上した方がいいんじゃない?」

 

香奈「お風呂は無いけど部屋は多いねー、こっちの部屋はなに?」

 

オゼ「あぁ、その部屋はじ──」

ヴォード「はいストップ。そっちの部屋はコンプラ違反」

 

壮間「コンプラ違反って何!?」

 

 

こうしてタイムジャッカー3人組のお部屋紹介も終了。

満足したのか帰って行った奴らだったが、壮間は少し気になっていることがあった。

 

このまま終わる気がしない。少し「尺」が余っている気がする。

その想像は的中し、補完計画に新たな刺客は乱入した。

 

 

アオイ「やぁ読者諸君。悪役(ヒール)のお出ましだ」

 

壮間「うわ出たパート2……」

ウィル「随分と早い登場だね、仮面ライダーディエンド…アオイだったかな」

 

香奈「ちょっとちょっとちょっとぉ! なんで準レギュラー枠のキャラがこんな早く補完計画に出てるんですかァ!? もうちょっと待ってもらえます?? 具体的言えば一年半くらい」

 

ミカド「まだ根に持っているのか片平……」

香奈「最終回まで根に持つけど」

 

アオイ「こうも容易く嫌われるとは悪役(ヒール)冥利に尽きるね。いいかい諸君、改めて自己紹介するが、僕は世界を旅する青の盗賊…ディエンド。悪役(ヒール)さ。発音はヒー↑ル↓、アクセントはヒにあるので注意したまえ」

 

 

仮面ライダーディエンド、アオイが補完計画に参戦。

この流れで登場したということはもちろん…

 

 

アオイ「今回は君たちを特別に案内しよう、悪の根城…僕らの美学の巣に。悪いけどここまでは前座、ここからがメインだ。心躍らせる準備ができた者のみが進むといい」

 

 

オーロラカーテンを通り、登場早々にアオイの部屋が公開される。正体や設定が謎に包まれた仮面ライダーディエンドの部屋とは───

 

 

________________

 

 

─アオイの家─

 

 

壮間「美術館…?」

ミカド「家ではないな。確実に」

 

 

どこにこの家を構えているのか知らないが、古びた記念館のような風貌の中は宝物庫だった。アオイが様々な世界から盗んだお宝が、一つ一つ綺麗に飾られている。

 

 

アオイ「この家は世界を移動する際に昔使われていたものを、僕が盗んだ。今は僕の美学の結晶たるお宝が眠るミュージアムだ」

 

香奈「うはーっ見てこれソウマ! なんか色付いた日本刀ある! 銃も!」

 

アオイ「人食い鬼が蔓延る世界で『柱』と呼ばれる鬼狩りが使っていた刀に、凶悪犯罪に探偵が武力で対抗する世界で『Sランク武偵』が使っていた銃だ。優れた使い手の武器はその手を放れても燦然と輝きを放つ」

 

壮間「武器で喜ぶ女子って……もっとこうさ、ほらここにある綺麗な紫の宝石とか…」

 

アオイ「お目が高いね、それは人間を超人に変える力を持つ結晶。ただし代償として心は邪悪に染まるけど。サッカーで世界侵略を目論んでいた団体から盗んだものだ」

 

壮間「どんな世界!? ていうか、そんな危険なもの置くなよ記念品みたいに!」

 

アオイ「分かってない……収まりのいい安全さと表面の美麗さだけが美しさじゃない。お宝が背負いし業、そのお宝を盗むという行為に秘められた浪漫、それこそが悪役(ヒール)という美学に輝きを与える」

 

ウィル「我が王、危険というなら他にも特級呪物や黒魔法の笛『呪歌』、人間を異常活性化させる紙麻薬『地獄への回数券』、人類を数千年間石化させる超科学『メデューサ』などより取り見取りだよ。火薬庫の数百倍は危険な場所だ」

 

アオイ「後々ここに世界崩壊幇助器具を並べるのが僕の夢さ」

 

 

それを聞いてとても帰りたくなった一同。悪の組織が聞き付けたら涎を垂らしながら攻め込んで来るであろう、全世界でも指折りの危険地帯である。

 

 

ミカド「もうここを爆破してしまうのが最善なんじゃないか?」

 

アオイ「まぁ普通に価値のあるお宝も多く盗んださ。売却すれば七代先まで遊んで暮らせるライセンス、ビッグジュエル、その世界で1枚しか存在しない伝説のカード…あとは君達が訪れた時代でも一つずつお宝を持ち出させてもらった。戸山香澄のランダムスター、『うさぎになったバリスタ』サイン入り初版、白鬼院凛々蝶と御狐神双熾の文通、ラブライブ優勝旗、あと『ナルカミ』試作に世界を滅ぼすラッパ……どれも素晴らしいお宝だ!」

 

壮間「ふざけんな返して来い!」

 

 

他にも軽く紹介すると、任意の容姿に変われるフーセンガム、暗号が入った人間の皮、魔法が秘められた本、他者の夢に入る手鏡、獣の力を与える短刀、スポンサー企業のマークが入った高校の白ジャージ、モンスターの入った円筒状カプセル、思考能力を引き上げる金の腕輪など……ウィルですらよく知らない宝のオンパレードだ。

 

 

アオイ「そして僕は、世界に訪れる度に僕の美学が疼いた悪役(ヒール)を盗賊団に勧誘している」

 

壮間「ダンさんを勧誘してた感じでか……」

 

ミカド「それは妙だな。見る限り、訪れた世界の数に対してこの家は狭い。とてもそう大人数が住んでいるとは思えないが」

 

アオイ「それはそうさ、だってここに住むのは僕とマティだけだからね」

マティーナ「お呼びちゃん? どーも、マティちゃんだよ~」

 

 

またしても謎の人物、マティーナの登場。出現と同時にアオイにベタベタなので壮間が「コイツそういえば彼女持ちだ…!」と唾を吐いた。

 

 

ミカド「この女はタイムジャッカーなのか?」

香奈「ウィルさんと知り合い!? ていうかなに、また新ヒロイン!?」

壮間「お二人はいつ別れますか?」

 

マティーナ「ぜーんぶナイショ。マティちゃんヒミツの多い的な女の子だからね。でもね、好きな言葉は食物連鎖と自然淘汰で~、スリーサイズは上から86.9・61.6・89で~」

 

アオイ「はいはいマティ、そこまで。君は頭が弱いんだから喋り過ぎてしまうよ?」

 

マティーナ「あ~! ごめんアオイ、嫌いにならないで~!」

 

アオイ「ならないさ。そういう一面も君の素敵なところだ」

 

マティーナ「も~アオイってば大好き! ずっっとラブしちゃうんだから~!」

 

壮間「え、死んで欲しい」

香奈「ヒロインの座の危機……消さなきゃ……」

ミカド「落ち着け日寺、石化装置から離れろ。おい片平、貴様も刀に手を伸ばすのはよせ」

 

アオイ「と、いうわけさ。僕の仲間はいまのところ最近出会ったマティだけ。それ以外に勧誘した者には全てフラれてしまってね! まぁこれからも気長に夢を追うさ」

 

 

やっていること自体が異端ではあるが、いくらなんでもフラれすぎだ。唯一ついて来たマティーナも凄まじくチョロそうではあるし。キザ男のふりして全くモテないのだろうか。

 

 

アオイ「さぁ、今回はここまでとしようか。次回も僕らが舞台の悪役(ヒール)、そして主役(プロタゴニスト)だ。楽しみにしておくといいよ」

 

ウィル「この本によれば、彼は今後の展開のキーパーソンとなる人物。彼の登場により物語はどこへ進むのか……」

 

マティーナ「マティちゃん知ってるよ~! 転換点まであと……」

ウィル「ネタバレはストップ!」

 

 

これ以上何か喋らせたらネタバレが飛んできそうなので、台本を閉じる。久しぶりに補完した気がするが、拭えない疲労感と共に補完計画ひとまずここまで。

 

 

to be continue…

 

 

 

(協力:スリーサイズ考察班)

壮間「だからスリーサイズ考察班って何者!?」

 

 

 




マティの部屋はコンプラ違反ではないけど閲覧注意だったのでカット。
アオイが宝を持ち出した世界、分かった人は感想お待ちしております。


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EP17 ディエンド・オラトリアXXXX
未知(ダンジョン)


(スイ)
ラッキークローバーに所属するオルフェノク。18歳。性格は唯我独尊、「喰種も人間も殺してよし」という思想を持つ少女。誰の指図も受けず、世間の常識や法を遵守する気もなく、行動が自由過ぎるためラッキークローバーのメンバーですら滅多にその顔を拝めない。唯一馳間にだけは信頼を置いている。2003年で種の霊長を決めるため「隻眼の梟」と有馬貴将に戦いを挑み、死亡した。

マーレイオルフェノク
ウツボの特質を備えたオルフェノク。常に「激情態」を維持しており蛇龍の姿に見えることから、〔CCG〕からはSS~レート「レヴィアタン」として駆逐対象とされている。生まれて間もなく死亡しオリジナルに覚醒した天性の殺戮生物。戦闘スタイルは「瞬殺」であるため詳しい能力は不明だが、生還した捜査官曰く「喰種に近い戦闘」らしい。


大学院に合格しました146です、お久しぶりです。
まず2か月も遅くなりましたが、今年も誕生日に度近亭心恋さんから本作の三次創作を頂きました!今年は壮間が主役となっております、是非お読みください!

https://syosetu.org/novel/229517/3.html ←ここからどうぞ

あと結構前にキャラ紹介を更新しておりました、そちらもどうぞ。
今回から掟破りのクロス無し、「ダンまち編」です。まずはなっげぇ世界説明とプロローグを。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!




 

「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。未来から来た少年、光ヶ崎ミカドはウィザードの力を受け継ぎ、決意を新たに我が王と並んで歩むことになった。しかし……」

 

 

ウィルは本を開く。そこには、見覚えのない白いページと殴り書きされた「悪役」の文字。

 

 

「気がかりなのは、あの悪役……ディエンドのこと。最後の最後に全てを奪い去って行った彼は、新たな物語に進もうとする我が王たちを銀色のカーテンで攫って行ったのです。そう……全く未知の、冒険に胸踊る、『異世界』に」

 

 

「ちょっとウィル。誰に何を冷静に説明してるんだよ! それどころじゃないだろ俺たち!」

 

 

壮間に強い声を掛けられ、ふっと我に返るウィル。

そこは人が集う栄えた「都市」。しかし近代文明を象徴するようなコンクリートジャングルではなく、石造り、木造りの、壮間が知る所のヨーロッパのような街だった。

 

ただ一つ、この地を圧倒的な非日常と断定するのは、その街を行き交う亜人(デミ・ヒューマン)や、所々で聞こえる「冒険者」「魔法」という言葉。

 

 

「そうだね、失礼した。さぁどうなるのでしょうか、我が王の歩む冒険譚は……!」

 

 

簡潔な言葉で締め、ウィルは街中央の摩天楼に目を移す。

ここは迷宮都市オラリオ。青い悪役に誘われて迷い込んだ、物語のイレギュラー。

 

「仮面ライダー」が存在しない、正当な異世界である。

 

 

______________

 

 

「「異世界ぃ?」」

 

「あぁ。どうやらここは、私たちのいた世界とは別の世界と見て良さそうだ」

 

 

壮間と香奈が声を合わせ、使い慣れない言葉をウィルに返した。2012年から帰還したかと思ったら、その直後に全く知らない街に来てしまったのだからパニックに次ぐパニック。全く頭が情報を処理しきれていない。

 

 

「…ていうか、ウィルもいたんだ」

 

「嫌な予感がしたもので、咄嗟にあのカーテンに割り込ませてもらった。別の時間ならともかく、別の世界となると私も我が王を探すのは困難だからね」

 

「御託はいい。『異世界』とはなんだ、答えろ預言者。今俺達には何が起こってこうなっている。元の世界に帰る方法はあるのか」

 

「さすがミカド少年は鋭い質問をしてくれる。そうだね、異世界とは我々がいた世界とは根本から異なる世界のことだ」

 

 

壮間、ミカド、香奈に対し、ウィルはこう説明した。

今まで壮間たちが訪れていたのは、ある分岐点から派生した、現在とは異なる『分岐した時間軸』。それに対しこの世界は、人種、文化、世界の構造、文化の成り立ち、或いは物理法則さえも全く異なり得る、並行どころではない全く別の次元に存在する世界。

 

 

「あの青年、アオイは異世界を行き来する能力を有している。それが仮面ライダーディエンドの力だからね」

 

「ってことは、いくらタイムマジーンで時間を移動しようが、どんだけ遠くに行こうが、俺たちの知ってる日本には戻れないってこと!?」

 

「そうなる。私の知る限りでは、帰る手段は存在しない」

 

 

異世界にやって来て数分。己に降りかかった絶望だけを簡潔に理解し、壮間は猛烈な眩暈をそのまま溜息として吐き出した。ウィルの言う事には残念ながら信憑性がある。こんな突き当りってありかよと、人目が無ければ叫んでいたところだった。

 

 

「で……落ち込んでるのはまた俺だけかよ……」

 

 

顔を上げると目を輝かせる香奈。そして動じないミカド。

なんとなくそんな気はしていたが、こいつら飲み込みが早過ぎる。

 

 

「だって異世界だよ! ほら見て、エルフ! ケモミミ! 武器! ファンタジーじゃんこんなの!」

 

「食糧が無いわけでも環境が劣悪なわけでもない。無人島ならまだしも、ここは都市だ。情報さえ集めれば生き残るには苦労しない。怯える理由が無い」

 

 

予想通りの返答に呆れながら、壮間は自分でも比較的気持ちの整理がついていることに気付く。どうやら思っていた以上に、壮間たちは「非常識」に慣れてしまっていたらしい。

 

 

「異世界転生を受け入れる心になったようだね。それでこそ主人公だ」

 

「転生ってなんだよ……あぁもう、とにかく! 寝る場所とご飯…なんとかしようか」

 

 

______________

 

 

まずミカドの言う通り、壮間はウィルと、ミカドは香奈と共に、情報収集のために街を歩いて回ることにした。余りに冷静で何かを知ってそうなウィルを怪しみながら、壮間は街行く人々の会話に聞き耳を立てる。

 

 

「まぁそうだろうとは思ったけど、日本円は使えないよな……」

 

 

この時点で壮間たちは一文無しが確定した。先行きは最悪。

この「オラリオ」と呼ばれる街で使われる通貨は「ヴァリス」らしい。そしてもう一つ気になることが。

 

 

「異世界で、通貨も文化も違う。文字も読めない。それなのに言語は通じるの、なんかおかしい気がするんだけど」

 

 

そう、言語は通じるのだ。聞こえる会話は全て日本語。壮間の言葉も、この世界の人にしっかりと伝わる。

 

それに対しウィルは「この世界の共通語がたまたま日本語と同じようだね」と、馬鹿みたいな理論で受け流す。やはりこの男何か知っていそうだ。ディエンドのことも知っていたし。

 

 

「そうなるとどっかで働くか…でも身分証明もできない俺達がどこで働けるってんだよ。まじでどうしよっか……」

 

「我が王は働いた経験は?」

 

「無いよ。大学もバイト始める前に世界があんなんになって、高校生に戻ったわけだし。強いて言うなら職場体験くらいしか……うわ、働けるか不安になってきた」

 

「そうだったね。普通の大学生だった君は、私の一存で王となる使命を得たんだ」

 

 

普通に高校時代を過ごし、普通に大学生になり、普通に就職して一生を過ごすと思っていた頃が、もう遠い過去のようで自分の話だとは思えなくなっていた。あの平成が終わった日を境に全てが変わった。

 

そんな思い出を振り返っていると、これまで言葉にしなかったソレが、ふと壮間の口から零れ落ちた。

 

 

「なんで俺だったの?」

 

 

恨み言でもなんでもなく、純粋な疑問。

山のようにいる「主人公志望」の中で、ウィルは壮間を選んだ。その理由が知りたくなった。

 

はぐらかされる気もしたが、存外ウィルはしっかりと思考した後、その問いに答えた。

 

 

「そうだね。我が王は、この世界を見てどう感じた?」

 

「え……いやそりゃ、最初はどっかの国かと思ったし、変わった人種もいるんだなぁって」

 

「一般の君くらいの男子なら、少しは既視感を感じるものだ。ドワーフに、エルフに、猫人(キャットピープル)小人(パルゥム)といった亜人(デミ・ヒューマン)。そんな異世界ファンタジーに心躍らせたって不自然じゃない。姫君のようにね」

 

「そういうもんなの? でも俺、ファンタジーとかよく知らないし。エルフも名前くらいしか……」

 

「そう。君は知らないんだ。君は主人公になれない自分を貶めたくなくて、自分より眩しい人間を直視できなかった。だから君は……」

 

 

物語が嫌いだった。

非現実ほど辛かった。そんな自分も嫌で本を買ったりもしたが、結局冒頭だけ読んで埃を被った。主人公が自分とは違うと知った時点で、その先には行けなかった。今では少し考えにくい過去だ。

 

 

「だから私は君を選んだんだ。君の中にあったのは強烈な『主人公』への願望だけ。想像が作る世界の広さを知らない君だからこそ、真っ新な道をゼロから征けると思った」

 

「なんだそれ…聞いてもよく分かんないな、本当にそれが理由?」

 

「まぁ詭弁さ。実際の所はもう少し単純で幼稚な理由だよ。聞かせるのも恥ずかしいくらいにね」

 

 

結局はぐらかされ、時間の無駄を痛感した。

しかし振り返るとかつての自分とは随分と変わったと、断言できて安心した。少なくとも今は、自分より優れた「主人公」を直視できない、なんてことはない。

 

彼ら彼女らの生き様を、存在を学び、いずれ最高最善の王となるために。

 

 

「気を紛らわせる幕間話もこのくらいにして、生活基盤についてしっかりと考えようか。我が王」

 

「そうだよなぁ」

 

「さぁ知恵を絞り、異世界の人々と交流し、妙案を見つけるといい。なに、君はこんなところで行き詰る器ではないさ」

 

 

理想は何処かの店で住み込みだが、金もないのに店に入る勇気は無い。というか、この街は壮間の世界に比べて持っているモノと言い、人々の様相と言い、明らかに治安が良く無さそうなのだ。

 

となると靴でも磨くか、道端で芸でもするか。

 

……ミカドが媚び諂う姿が想像できない。

 

そもそも、そういうのは街の役所みたいなところで許可を貰うんじゃなかったか。いや、世界が違うのだから壮間の常識なんて役に立たないはずだ。

 

頭が痛くなってきた。

 

そんな内に内に狭まっていく壮間の意識が、一瞬だけ別の方向に向いた。香りだ。慣れない世界で何処か馴染みのある香ばしい匂いが、壮間の鼻腔を刺激したのだ。

 

 

「あれは……食べ物売ってる露店か。露店で何かを売れば…いやそれ結局許可とかいるじゃん。いや…そうだ、その手があった!」

 

「おっと…? なにか思いついたみたいだね」

 

「換金すればいいんだ。別に俺達が店を出さなくたって、持ち物いくつか換金すればしばらくは暮らせるかもしれないだろ」

 

「なるほど。確かに、ここは異世界だ。この世界に存在しない物品があればそれなりの金額にはなるだろうけど、我が王は何を……」

 

 

そこまで言ってウィルは瞳孔を見開き、言葉を忘れた。その答えは壮間が既に掲げていたのだ。彼の手にはジクウドライバーとファイズフォンXとタカウォッチロイドが。

 

 

「待ちたまえ我が王」

 

「どうせ予備あるんでしょ。壊れたりもするだろうし」

 

「あるが……そうじゃないんだ。それは君が王になるための資格そのもの。それを売り払うというのは少し了承しかねるというか」

 

「資格はウォッチの方だろ? 予備あるならいいじゃんか、このまま飢え死ぬよりは全然マシだって。さて、質屋はどこかな」

 

「だから待つんだ。そうじゃない。ライダーギアを売却アイテムと見なすのではなく、もっと別の場所に答えが……!」

「あるんだな? 何か考えが」

 

 

ウィルが口を滑らせたと同時に壮間はドライバーを下ろし、そこで「しまった」とウィルは駆け引きの敗北を自覚した。そのまま逃がしはしないと、壮間は更に詰め寄る。

 

 

「やっぱり知ってるんだろ。この世界のこと。いつものことだけど、俺たちを誘導してるのがなんとなく分かった。てことはお前にとってこの世界は未知じゃないってことだ」

 

「……それは」

 

「預言者っていうのが何者なのか、そういう話は…気になるけど今は別にいい。ただシンプルに緊急時なんだよ今は。勿体つけてないで、考えがあるならさっさと言え」

 

「全く……君はもう少し状況を楽しむというのをした方がいい。少しは姫君を見習うべきだと思うけどね。こういう所で現地民と触れ合うのも異世界の醍醐味だというのに」

 

 

そりゃ余裕があるなら観光だってしたいが、ここは完全に道筋から離れた世界。壮間の想像の外側。加えてメンバーはいつもの面子。どうやったって不安が勝つに決まっている。

 

観念したウィルから現状の打開策が語られた。

 

 

「この世界で…いやこのオラリオで職といえば、『冒険者』しかないだろうね」

 

「冒険…者? 探検家ってこと?」

 

「いや、そうじゃない。別に森や遺跡を調べるわけじゃない。冒険すべきは、この『下』だ」

 

 

ウィルは自分達の足元を指差し、『冒険者』なる職業の仔細を壮間に伝える。その一通りを聞き終わった壮間の反応はと言うと、

 

 

「レベル…? モンスター? ダンジョン??」

 

「この話でここまで首を傾げれるのも、まぁ珍しいだろうね」

 

「いや単語とかゲームっぽいなぁとは思うけど、俺ゲームとかあんましたことないし……え、それって現実の話だよな」

 

「現実さ。人間の想像の数だけ世界がある。最も、この世界ではもっと分かりやすい存在がそういったユニークな構造を生み出したんだけどね。さて、どうにも理解できていないようだからもう一度」

 

「……待った。折角だし2人にも一緒に聞いてもらおう。まずそっちの話を聞くべきなんだろうけど…」

 

 

目立って見覚えのある服が視界に入ったので振り返ると、疲れ果てた様子でヨロヨロと歩いて来るミカドと香奈がいた。思っていたよりも早い合流だったが、真っ先に飛び出たのは得た情報の共有ではなかった。

 

 

「ソウマ! 助けて!」

「日寺! 片平をなんとかしろ!」

 

「なんだなんだ、落ち着けって」

 

「少し目を離したら見知らぬ種族に話しかけ、追いかけ、ベタベタと触り回り! 挙句に勝手に触った店の商品を割りやがって! 馬鹿か貴様は! 金を稼ぐつもりが借金だ!」

 

「だってポーションだよ!? あのHP回復するアレよ!? まぁ割ったのはお店に悪かったけど…そーいうミカドくんだって、お金持ってる恐そうな人に突っかかって大喧嘩したじゃん!」

 

「俺は金を稼ぐ方法を訪ねただけだ! 先に手を出したのはあの連中だろう!」

 

「うん、お前らがまともに働けなさそうなのは理解した。ウィル、さっきの話を2人にも」

 

 

この短時間でトラブルを起こすのは、癖の強い2人が起こした化学反応だろうか。異世界に浮かれている2人を解き放つわけにもいかないので、壮間はその『冒険者』という職に希望を賭けることにした。

 

 

「では改めて…ここは迷宮都市オラリオ。その名の通り、この街の地下には迷宮……ダンジョンが広がっている」

 

「ダンジョン!! って、あのモンスターとかボスとかいる、あの!?」

 

「そう。モンスターもいるし階層主と呼ばれるボスも存在する」

 

「ダンジョンにモンスター、ポーションにエルフ! すごいっ! 本当の本当にまるでゲームの世界みたい! テンション上がるぅ!」

 

「見たまえ我が王、これが正常な反応だ」

「いいから話続けろよ」

 

 

ウィル曰く、『冒険者』とは迷宮のモンスターを倒し、モンスターの体から手に入るアイテムを換金して生計を立てる職業らしい。オラリオには複数の【ファミリア】と呼ばれる派閥が存在し、冒険者たちはいずれかの【ファミリア】に所属してダンジョンに潜るという。

 

下の階層に行けば行くほど、手に入る金も多くなる。

より強いモンスターを討伐すれば、世はそれを讃える。

冒険者とは、富と名声を求めて命を懸ける人々のことだ。

 

 

「強いモンスターと戦うためには相応の装備が必要…この街に武器屋や薬屋が多いのはそれが理由か」

 

「あとなんだっけ。レベルがどうとかって…」

 

「下の階層に行くには『レベル』を上げ、器を昇華させる必要があるというだけさ。君達との関係は薄い話だが」

 

「階級付けの類だろう。よし、決めたぞ日寺。俺は冒険者になる」

 

 

即断即決。ミカドは話を聞くと、早々に冒険者になることを決めた。こういう場合では珍しく、壮間も概ね同意見だった。

 

 

「普通は装備代とかもかかるだろうけど、俺達は変身すればオーケー。元手はかからないな」

 

「生身の人間が武器を持った程度で稼げるのなら、変身ができる俺達は俄然有利だ。これほど都合のいい金策があるか」

 

「そうと決まれば、早速ダンジョンにゴー!」

「お前は留守番に決まってんだろ!」

「えーなんで! 私もダンジョン行ーきーたーいー!」

 

 

変身できない香奈を連れて行くのは流石に危険だ。

ごねる香奈をウィルに押し付けると、壮間とミカドはダンジョンへと向かう。

 

地下迷宮への入口は、街の中央に聳え立つ摩天楼施設(バベル)、その一階。身分の証明も必要無い。ダンジョンは来る者を拒まない。

 

あれだけ目立つ建造物だ。バベルに辿り着くのには苦労しなかった。そしてその一階に存在する大きな穴。地下へと続く石の螺旋階段。間違いなくアレが、ダンジョンへの入口。

 

 

「行くぞ」

「よし!」

 

 

ダンジョンに潜入する前に、2人はドライバーを装着。

他の冒険者が装備を揃えて挑むように、壮間とミカドも変身して未知へと挑戦する。

 

 

「「変身!」」

 

 

________________

 

 

ダンジョン1階層

薄い青色の岩肌が続く洞窟。人の手が入り、加工されたような様子は見受けられない。人工物ではない、天然の迷路だ。何故こんなものが都市の地下に存在するのだろうか。

 

 

「早速お出ましか」

 

「確かに…あれはどう見てもモンスターだよな…」

 

 

洞窟の奥へと進むジオウとゲイツが、明らかに人ではないシルエットを捉えた。小鬼のモンスター『ゴブリン』が2体。視線が合った瞬間、ゴブリンは条件反射のように躊躇いなく襲い掛かってきた。

 

その形相に驚きこそすれど、速度は大したものではなく、ジオウもゲイツもその小さな体を殴り飛ばして壁へと叩きつける。

 

確かな手ごたえが示す通り、一撃でゴブリンは動かなくなった。

 

 

「死んだか」

 

「倒した後爆発しないっていうのは、ちょっと嫌だけどな…」

 

「こんなモンスターが地上付近に湧いて出るようでは迷惑千万だ。冒険者が駆除の役目を担っているということだろう。そこをどけ」

 

 

ゲイツはゴブリンの死体を持ち上げると、指でその胸部を裂き、心臓部分にある『鉱石』を見つけ、摘出した。その石を失ったゴブリンは粉になって消滅する。

 

 

「死体が残らないのか……オルフェノクに似ているな」

 

「ミカド、それが」

 

「『魔石』。これが冒険者の収入源…魔力を持った結晶」

 

 

ウィルやミカドと香奈が得た情報によれば、モンスターの中に必ず存在するというこの『魔石』は、地上で様々な技術に活用されるらしい。例えば街灯や発火装置など、壮間たちの世界における電力の役割を果たしているようだ。

 

 

「この世界では科学技術を魔法が代替しているようだな。言われてみれば、この結晶からは微弱な魔力を感じる」

 

「魔力とか分かんの?」

 

「ウィザードの力を受け継いだ影響だろうな。それまで知覚できなかった『流れ』のようなものを感じるようになった」

 

「ふーん……なぁ」

「断る」

 

「まだ何も言ってないんだけど」

 

「ウィザードウォッチを使わせろと言うんだろ。俺と貴様は依然、ライダーの力を取り合う敵同士だ。敵に塩を送るような真似はしない」

 

 

ライダーの力を受け継ぎ、壮間は王様を、ミカドは救世主を目指している。それが今の状況だった。これは前よりも進歩したと見ていいのだろうか。

 

またもウィルからの情報だが、1階層で取れる魔石の価値などたかが知れているらしい。より稼ぎたければ更に奥へ、下へ行く必要がある。

 

 

「とりあえず行けそうな所まで進んでみるか。この感じだとまだまだ先に行けそうだし」

 

「魔石は貴様が持て。どうせモンスターの解体は出来んだろう」

 

 

1階層に出現する「ゴブリン」や獣頭の「コボルト」などを討伐し、魔石を回収。2人はスイスイと先に進んでいき、直に下の階層へと続く道を発見した。

 

ダンジョン2階層。

風貌は1階層と変わらないが、地上から離れた分少し暗くなったか。それでも充分に明るい。どうやら地上の光が射しているわけではなく、ダンジョンを構築する石なんかが自ら発光しているように見えた。

 

ここも特には変わらず、壮間たちは先へと進む。

強いて言うならトカゲのモンスター『ダンジョン・リザード』や一つ目カエル『フロッグ・シューター』が現れたが、特に苦戦することもなく討伐。

 

 

「ん…魔石取ってもモンスターの牙だけ残った。これも一応持っとくか…」

 

 

モンスターを倒しても、稀に消滅せず残る部位が存在する。それらは『ドロップアイテム』と呼ばれ、種類によっては魔石よりも遥かに高い価値を持つ。香奈がいれば「ゲームっぽい!」と飛び跳ねていたことだろう。

 

ジオウとゲイツは同じように階段を見つけ、3階層、4階層と進んでいく。ここまでで数十分足らず。道筋も特に迷うような場所はなく、順調に魔石を集めて先に進んでいった。

 

様子が変わったのは、4階層を過ぎた所からだった。

 

ダンジョン5階層。

壁面が薄緑色のものに様変わりした。それに伴ってか、階層の構造も複雑になっている気がした。

 

 

「……おいミカド、これ道に迷って帰れないーなんてオチ、無しだからな」

 

「黙れ」

 

「じゃあ俺が壁に目印付けとく。帰りはそれを頼りにしよう。道に関しちゃミカドは全く頼りになんないし……」

 

「死ね」

 

 

ジオウはジカンギレードを使い、適宜道筋を示す目印を壁に刻み、更に奥へと進んでいった。

 

そこから先は現れるモンスターの種類も増え、同じゴブリンやコボルトでも、最初に出てきたものより強い個体が現れるようになっていた。特にアリのモンスターは数も多く強かった。

 

しかし、いずれも仮面ライダーのスペックで対応できる程度。アーマータイムを使うこともなく、ジオウとゲイツは淡々と勝利を納めていく。そうして2人は10階層まで到達した。

 

 

「霧……!? くっそ、前が見づらいな…」

 

 

10階層を少し進むと霧が2人の視界を支配した。最初は薄い霧だったものが、先へ進むほど濃くなっていく。階層を進み、12階層まで来るとそれは致命的とも言えるほどだった。

 

ただでさえ迷子の恐れがあるのに、これでは印を付けても意味が薄い。それだけに留まらず、足元から感じる感触は植物。辺りに広がっているのは草原だ。

 

ここまで来ると、壮間たちもダンジョンという存在を少しずつ理解し始めた。

 

まず、階層は下に行けば行くほど広くなっている。それだけ探索が困難になるということ。そしてこの霧や草原のように、下層に行けば環境までもが大きく変化し、モンスターも強くなる。

 

このダンジョンはどこまで下に続いているのだろう。

この最下層には何が眠っているのだろう。

進めば進むほど謎が増え、難解になっていく。これがダンジョン。

 

なんとなく、正体不明の不安が、壮間の想像を過ぎった。

 

 

「……ミカド、そろそろ鞄もいっぱいだ。香奈も待ってる」

 

「仕方がない。今日はここで一旦戻るとするか───こいつらを片付けてからな」

 

 

霧の奥に潜む幾つもの気配に、ゲイツは殺気を向けた。

ダンジョンに潜って初めて、四方を囲まれた。霧を裂いて突撃する豚の大型モンスター『オーク』に、厄介だったアリのモンスター『キラーアント』たちだ。

 

 

「蟻は貴様が駆除しろ! 俺はこの豚を倒す!」

 

「俺いつぞや虫嫌いだって言ったよな!?」

 

 

ジオウはジカンギレードを、ゲイツはジカンザックスを持ってモンスターを迎え撃つ。キラーアントの硬い甲殻をジオウが叩き割って行く中、斧を振りかぶるゲイツに対し、オークは地面に突き刺さる大木を『引き抜いた』。

 

 

「なんだと…っ!?」

 

 

ゲイツの斬撃を受け止めたオークの大木は、ただの木ではなく優れた強度を持つ「武器」と成っていた。迷宮の武器庫(ランドフォーム)。ダンジョンがモンスターたちに装備を「提供」する、厄介な仕様。ギミックだ。

 

だが、腕力や速度はまだゲイツの方が上を行く。僅か数撃のやり取りで棍棒を空に弾くと、ゲイツの斬撃がオークの体躯を真っ二つに両断した。

 

ジオウの方も危なげなくキラーアントを処理できたようだ。予定通りここらで見切りをつけ、地上に帰還するのが得策だろう。

 

 

少なくとも2人は、そのつもりだった。

それを許さなかったのは他でもない。『ダンジョン』だ。

 

 

ビキビキビキビキッ!!

何かが割れる音が12階層、2人がいる『ルーム』に響いた。

音を産んでいるのは薄い霧の向こう側。ぼんやりとした視界で、それでも鮮明に、目撃してしまった。

 

 

「壁が破れてる…!? いや違う、まさか……!」

 

 

ミカドも壮間も疑問に思っていた。

街にあれだけいる冒険者。あれらが全てモンスターを狩っているとしたら、こんな閉鎖空間に存在するモンスターなんてあっという間に根絶やしにされてしまうはずだ。

 

信じ難い一つの仮説が事実として立証された。

壁から這い出る文字通りの黒い影が、一つ、二つ、次々と現出する。まるで卵の殻を破るように、ダンジョンの破片が地に落ち、ソレは両足を現世に降ろした。

 

 

「そんな馬鹿な話があるか。()()()()()()()()()()()()()()()()()のか!? 」

 

「待って待って、それってかなりマズいんじゃ…!? ダンジョンが産んでるってことは!」

 

 

限りなく確信に近い強烈な予感に駆られ、2人は来た道を逆走する。壮間は「ダンジョンが生きている」という連想から、ミカドは「ダンジョンの壁が勝手に割れる」という事象から、同じ答えを導き出し、そして信じたくない窮地を自覚してしまった。

 

「ダンジョンは再生する」。

つまり、ここまで付けてきた目印は、とっくに再生され消失してしまっていたのだ。壮間とミカドは、帰る道を失った。

 

更に、生まれ落ちた影法師のモンスター『ウォーシャドウ』の大群が、退路も進路も塞ぎ尽くす。一つのエリアにおけるモンスターの大量発生、「怪物の宴(モンスターパーティー)」。

 

 

「っ……! 他にも冒険者がいた、帰り道は教えてもらおう! 今はここを切り抜けるぞ!」

 

「誰に指図をしている!」

 

 

光を逃さない漆黒の両腕はかぎ爪を備えており、ヒュンと空を斬ってジオウの装甲に傷を付けた。パワーと速度はここまでのモンスターの中でも指折り。何度もは喰らいたくない攻撃に、平常心が乱される。

 

 

(1体の力はいつも戦ってる怪人よりは弱い。でも……多い! 加えて霧で視界も悪い…!)

 

 

予想以上に厄介な敵を相手に、先に痺れを切らしたのはゲイツだった。ジカンザックスにウォッチをセットし、四方から迫るウォーシャドウを一気にぶった斬る。

 

 

《ゲイツ!ザックリカッティング!》

 

 

高エネルギーで練り上げられた必殺攻撃は、威力もさることながら、例え異世界のモンスターだろうと炸裂の後に爆発を引き起こす。爆炎は霧を食い潰し、体内の魔石ごと木端微塵に砕かれたウォーシャドウの体組織は瞬く間に塵へと還る。

 

だが、敵が潜むのは2人が意識を向けていた「周囲」だけではなかった。気配を音として感じる。そしてパラパラと、ダンジョンの破片が「上」から降って来たのが決め手。

 

天井から生まれた飛行する蝙蝠のモンスター、『バットバット』の怪物の宴(モンスターパーティー)

 

 

「ふっざけんな! またかよ!!」

 

 

勿体ぶる理由もない。ジオウが別のライドウォッチを使おうとすると、まるでそうはさせないように次々と突撃するバットバット。モンスターは生まれてすぐに冒険者を襲う。()()()()()()()()()()()

 

その身を動かすのは本能と衝動。それは時に、どんな悪意にも勝って冒険者を苦しめる。

 

 

「しまっ……!」

 

 

手に取ったダブルウォッチが離れ、空に放られた。それだけは失くす訳にはいかないという焦りが、ジオウの腕を伸ばし、体勢を崩しながらもなんとかキャッチする。

 

そこに襲い掛かるのはバットバットの攻撃。

ただの攻撃ならば問題はなかった。未だ地力はジオウとゲイツの方が遥か上。

 

しかし、バットバットが繰り出したのは「超音波」。身体のスペック、装備の性能に関与しない初見回避不可能の攻撃が鼓膜を襲撃する。脳が揺れる。平衡感覚が、くらり、ぐらりと、まわる。

 

壮間が認識したのは転んだという事実のみ。そこから先は上下が分からない時間が続く。

 

()()()()()()()()と気付いたのは、数秒後だった。

 

 

「日寺ぁっ!!」

 

 

ゲイツの声が上に昇って行く。いや、ジオウが落ちている。ジオウがふらつき、倒れ込んだその場所は、下の階層へと続く『穴』だった。

 

壮間はここが正確に何階層なのか把握していない。

2連続の怪物の宴(モンスターパーティー)に襲われた時には、既に12階層の端───13階層への入口の寸前だった。モンスターの対処をする過程で、2人は下の階層へと続く坂道を下ってしまっていたのだ。

 

よって、ここは13階層。冒険者が「中層」と呼ぶ、最初の死線(ファーストライン)。ここから先は正規のルート以外にも、下の階層へと続く「縦穴」が発生する。ジオウはそこに落下したのだ。

 

 

「───があッ!!」

 

 

長い落下時間を経て、ジオウは無様に岩盤へと叩きつけられた。

一体何メートル落下したのか。衝撃で身体が悲鳴を上げていると同時に、結構な時間を戦闘に費やした結果の疲労感が襲ってきた。

 

ジオウはダブルウォッチを用い、風による飛行で上階層に戻ろうと上を見上げた。が、その高い天井には既に穴は存在しなかった。上階層への帰還は不可能。ミカドと完全にはぐれた事になる。

 

 

「ダンジョンの再生……! そんなことってあるかよ、まるで───」

 

 

怪物の宴(モンスターパーティー)』も、『霧』も、『縦穴』も、ダンジョンではありふれたギミックだ。しかしそれがこうも立て続けに襲い掛かることは、反転した奇跡としか言いようがない。まるでダンジョン自体が悪意を以て、壮間たちを殺そうとしている。そう思いなくなる程に。

 

しかし、実態はそうじゃないと、壮間も薄々感じていた。

壮間は知らなかったのだ。出現するモンスターの知識、ダンジョンの地形や順路やギミック、予期される事故や危機。壮間は異世界の人間、普通の冒険者が身につけて然るべき知識を、壮間は何一つ知らなかった。

 

 

「気を引き締めろ俺…まだ、いるぞ…!」

 

 

階層が変わったのだ。冒険者の都合など考えず、モンスターは絶え間なく現れる。しかもこの心の臓を侵食するような窮地に、少々嫌な思い出を想起する生物。

 

 

「よりにもよって犬かよ!」

 

 

送り狼、とはまた違う。確かに「犬」だ。だが犬と言うには大きい、バイクくらいの───恐らく速度はそれ以上の───モンスターの群れが暗闇から喉を鳴らす。その名は『ヘルハウンド』。

 

そして、一つ壮間に降りかかった災難を付け加えるとするなら、壮間が落下したのは2階層分。ここは『15階層』だ。

 

 

『グガアアアアゥッ!』

「っ…! 重っ!?」

 

 

中層からはモンスターの強さが飛躍する。上層から一気に落ちた結果、ジオウを襲うのは想像を遥かに超える強さのモンスターたちだ。

 

問答無用で肉薄する暴威の塊がジオウの腕に喰らい付いた。想像以上の衝撃でジオウの体がよろけ、ホルダーに収まったウォッチに牙が立てられる。

 

 

「それはエサじゃねぇよ、離れろ!!」

 

 

腕を振るい、腕力と遠心力で引き剥がしたヘルハウンドの首を、ジオウの剣が断ち切る。だが、その動作の間にも次の、そのまた次のヘルハウンドが、まるで弾幕を張るように突進していた。

 

 

《ダブル!》

 

《アーマータイム!》

《サイクロンジョーカー!!》

《ダ・ブ・ルー!》

 

「一気に…吹っ飛ばす!」

 

 

召喚されたメモリドロイドはそれぞれ一匹ずつヘルハウンドを蹴散らすと、鎧としてジオウと一体化する。ダブルアーマーを纏ったジオウは、喉元目掛けて飛来するヘルハウンドを全力で蹴り上げた。

 

閉じた迷宮で突き上がる風の噴火。体に風穴を開けたヘルハウンドは天上に衝突して崩れ去り、軸足をそのままに繰り出された回し蹴りが、もう一体のヘルハウンドの頸を刈り取る。

 

 

(まだ奥にいる……ていうか、他のモンスターも来てる!?)

 

 

中層は上層よりも早くモンスターが産まれるし、冒険者に休む暇を与えまいと寄ってくる。元より魔石を回収する余裕は捨て置いた。モンスターの包囲網が薄いうちに突破し、上の階層に戻ろうと考えた、その時だった。

 

暗闇の中で赤い光が幾つも灯った。その光はヘルハウンドの貌を照らし出し、唸り声と共に強くなる。パチパチと弾ける光の粒。火花。

 

疲労と倦怠が生んだ僅か数秒の虚の先。

ジオウはそこでようやく、判断が遅れたと確信した。

 

ヘルハウンドの群れが一斉に口を大きく開け、それは解放された。ダンジョンの通路を埋め尽くす大爆炎、炎熱。ヘルハウンド、通称『放火魔(バスカヴィル)』の一斉火炎放射。

 

 

「───ッ!!?」

 

 

炎が止んだ。朦々とした煙と暗闇の牢獄の中で、赤く燃えるのはヘルハウンドの死体。その光と僅かな気配を頼りに、ジオウは炎を吐き終わって疲弊したヘルハウンドを仕留めた。

 

 

「ッ、はぁ…っ! ……ぁぐっ…!」

 

 

ジオウは膝をつき、灼けて熱い全身を鎮めるように呼吸を整える。今の戦闘で体力をごっそり持っていかれた。ジオウの持つウォッチの中で性能が最も高いのはダブルだが、防御性能の面では他に劣る。使うウォッチの判断を誤った。

 

今日の壮間は特に冴えていなかった。ここが常識から異なる異世界だからだろうか、この未知だらけの空間で、壮間の想像力が全くと言っていいほど機能しない。

 

 

「こんなとこで…異世界なんかで……死ねるかよ!」

 

 

暗闇の中、順路もわからず、ここまでの道を戻らなければいけない。その気が遠くなる生存条件を、壮間は上で待つミカドと香奈の顔を思い浮かべ、飲み込んだ。大丈夫だ、どこまで信用していいか分からないが、まだ死ぬ気はしない。

 

まずは顔を上げる。

瞬きの間に何かが通り過ぎたような感覚がした。

これは覚えのある感覚だった。

 

気付けば壮間が居たはずの洞窟は、僅かに明るい平原と化していた。

 

 

「……ヤバい」

 

 

もう何がどうなっても驚かないと半ば思考を投げ捨てていた壮間だったが、空間が切り替わった瞬間に迫り来る危険信号。息を吹き返す嫌な想像。また別の異世界に迷い込んだような。

 

『ここ』は、マズい。

 

 

『ガダデデ・ブザブ……!』

 

 

音? 泣き声? 否、言語。

壁を突き破って生まれたその「モンスター」は、理解不能な言葉を無意味に発すると、爆進。ジオウの戦慄に畳み掛ける。

 

焦げたように暗い茶色の肉体が、砲弾の如く正面からジオウに激突する。重い、なんて次元じゃない。骨が砕ける。生身で自動車に撥ねられたらこんな感じなんだろうと、激痛の中でそんな阿保らしい考えが飛び去った。

 

 

「『違う』……! いくらなんでも強過ぎる…!!」

 

 

イノシシのような姿だが、体格は人型だ。しかし、ベルトや腕の防具といった装飾をしている。なんだコイツは。ダンジョンから生まれた以上モンスターなのだろうが、違和感が主張を続ける。

 

下層に行くほどモンスターが強くなるとはいえ、それは少しずつ刻んだものだった。コイツの強さは不自然過ぎる。ジオウが全快でなければ勝負にならない程に。それを抜きにしても、このモンスターは『違う』。

 

立ち上がった途端に迫る右拳。風の力で後方に衝撃を逃がすが、それでも致命傷には充分な衝撃がジオウを貫き、拳圧はその身体を10mは離れた壁に叩きつけた。

 

 

血の味を感じながら再び顔を上げる。

視界に入ってくる光が少ない。手に伝わる岩肌の感触。

さっきまで目の前に広がっていた平原も、あの猪男も、まるで夢だったかのように消えていた。

 

助かった、なんて安堵できる訳も無い。

触覚も視覚も、間に何も挟まらず、鮮明。つまりダメージ過多で変身が解けている。この怪物の巣に生身でいることは、則ち「死」だ。

 

 

「早くっ……変身を……!」

 

『───ウヴォ』

 

 

鈍く、湿度を持ったように脳裏にへばり付く、獣の声。匂いが、気配が、近づく足音が途轍もなく重い。何も知らない壮間でさえ、それが冒険者の恐れの対象であることを考えるまでもなく確信した。

 

隆々とした暴力の象徴のような肉体に、牛の頭、蹄、圧倒的に怪物。天井の燐光が照らし出したその姿は、壮間の世界では迷宮の支配者と呼ばれる存在───『ミノタウロス』。

 

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

 

意識だけが、遥か後方に突き飛ばされた。その瞬間に死をも錯覚した。本能が抗うという選択肢を放棄した。脆弱な冒険者の心を破砕し、強制停止(リストレイト)させる、ミノタウロスの『咆哮(ハウル)』。

 

迫り来る鈍重な足音。あれに頭蓋を潰されれば死ぬ。

丸太のような太い腕。あれに捕まれば絶対に死ぬ。

何をされても死ぬ。生身では数秒も生存できない。

 

咆哮を喰らって身体が言う事を聞かない。

あのモンスターに負わされた傷が激しく痛む。

飲まず食わずで体力が枯渇している。

 

奴の攻撃の前に停止状態を解き、この体で変身し、ミノタウロスを倒し、地上に帰還できるか。思考なんて無意味だ。元の世界に帰り、王になるために───

 

 

「やるしか……ないだろ……!!」

 

 

 

 

───リン、リン、リン

 

 

死の淵に立つ壮間は、確かに聞いた。

幻聴に非ず。確かにこの理不尽な現実で、魔窟の中で鳴り響いた音。生命と勇気を鼓舞するように繰り返す、(チャイム)の音。

 

視界の裏から光が漏れ出す。それは神速を以て壮間を追い越した。

 

 

「人……?」

 

 

壮間が捉えたのは、地を滑るように跳躍する白色。その流星はミノタウロスに肉迫し、光の粒を帯びた漆黒の刃が円弧を描く。

 

瞬間、迸る。鋭さを持った閃光の斬撃。

ミノタウロスの左半身が白き光に呑まれ、体を離れた左腕が吹き飛び、塵となった。

 

絶叫の『咆哮(ハウル)』が再び15階層を揺らす。

明確な憤怒を張り巡らされた爆音に『彼』は全く動じず、右側だけとなったミノタウロスに掌底を向け、叫ぶ。

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

 

殺気すらも追い越して轟き、敵を討つ、火焔の稲光。

速攻で放たれた『魔法』の一撃がミノタウロスを灼き滅ぼした

 

自分ではない誰かが来た。その事実で壮間を立たせていた精神の糸が途端に切れ、操者を失った人形のように膝から崩れ落ちる。

 

狭窄する意識の中で壮間が見たのは、炎で揺れる白髪と、痛いほど愚直な意思を魅せるように輝く、深紅(ルベライト)の瞳───

 

 

_______________

 

 

「アオイ」

 

 

青年は名を呼ばれ、振り返るでもなく空を見上げる。このダンジョンの世界、迷宮都市オラリオから見る空は美しい。だが街は円形の壁に囲まれ、入るは易し出るは難しの不自由な都となっている。

 

悪役は自由を愛し、不自由を最も嫌う。故にアオイは都市を囲むこの壁の上で黄昏ている。彼に会いに現れたマティーナは、それが気に入らないようだった。

 

 

「ねぇアオイー、ここ寒い! あと高いの嫌いー!」

 

「はは、ごめんよマティ。悪役は高い所が好きなものなんだ。見下ろす快感というのは中々代え難い価値を持つ。もっとも、この世界には更に上の視点を持つ超越存在(デウスデア)がいるんだったね……」

 

 

アオイは都市中央のバベル、その上部に視線を上げると、すぐに双眸をマティーナに移した。

 

 

「まぁ君とは次元の違う話さ。それでマティ、彼らは何処まで?」

 

「そうそう、そーなの。えっとねぇ…ジオウの子がいま15階層」

 

「初潜入で中層! まぁ、仮面ライダーの性能なら【恩恵(ファルナ)】無しでそこまで進むのも、容易に頷ける話かな。さて…死なれても困る。いつ、どう助け船を出すのが美学か……」

 

「んー…いらないっぽいかも。ジオウの子のとこ、誰か来た。可愛い系の男の子…真っ赤な目で白い髪の……ウサギちゃん?」

 

 

この世界でその特徴。アオイが以前この世界を訪れた時、出会った彼だと確信し、街にまで聞こえるような高笑いを空に響かせた。

 

 

「もう出会ったのか…それでこそ壊し甲斐があるというものさ。君達の矜持を、価値観を、美学を。悪役(ヒール)とは鮮やかに主人公を否定する存在。この世界の主人公は君だ」

 

 

世界最速兎(レコードホルダー)未完の少年(リトル・ルーキー)

神に愛されたヒューマンの少年。憧憬を燃やす若き冒険者。その名は、ベル・クラネル。

 

王を目指す少年と、英雄に憧れを抱く少年が出会った。

イレギュラーは動き出す。世界が求めていない物語を、彼は導く。

 

 

「さぁ僕らも動こうか、マティ。この世界に流れ着いた『お宝』を獲りに行こう」

 

 

これは、少年が歩み、女神が記し、悪役(ディエンド)が搔き乱す幕間の物語。【世界の冒険譚(ディエンド・オラトリア)】。

 

 




ダンまち編は前後編ではなく単一エピソード完結を予定しております(5~6話くらいかな?)
原作履修者に予め時系列を伝えておくと、異端児編の直前です。まだ見たこと無いって方は偶然たまたまいまアニメやってるので、そちらかアプリで読める漫画版を是非。(漫画版は戦争遊戯編無いけど……)

感想、高評価、お気に入り登録もよろしくお願いします!


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X(クエスト)

龍厘(リューリ)
ラッキークローバーに所属するオルフェノク。年齢不明。中性的な姿だが性別は男性。本から引用するような語り口調で話すが、彼曰く「物真似をしないと他人と話せない」という。「異なる種の共存」という思想を支持する姿勢を貫くが、その思惑は不明。「孤独に苦しんでいる」らしく、その打開の希望をミツルに見ている。2003年では生存した。

グラスホッパーオルフェノク
キリギリスの特質を備えたオルフェノク。オリジナル。〔CCG〕からはS+レートに分類されているが、正確な実力は不明。聞いた者の心理に作用する音色をバイオリン型の武器から奏でることができる。極めて特異なオルフェノクで、オルフェノクエネルギーを注入する術を持たない。彼曰く「そういう意味じゃ不能」だが「種としては理想のオルフェノク」らしい。


卒論が辛い146です。
今回はダンまち編の2話目になります。6話くらいで完結を目指して進めていきたいと思っていますが、無理そうな匂いがプンプンする。色々とチャレンジするためにも、とにかく書くべし。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!



 

この世界における数千年前、巨大な『穴』から生まれるモンスターたちは人界を蹂躙していた。非力な人類は勇敢に剣を取るが、多くの命が無慈悲に散っていく。そんな暗黒の時代が長く続いた。

 

しかし、人類は戦いを続け、偉業を成し遂げた。

後世にて『英雄』と称えられる者たちの活躍により、人類はモンスターたちを退け、遂にその『穴』へと到達したのだ。

 

そして、そんな人類の雄姿を、『彼ら』は見ていた。

 

『神』───それは人智を超えた超越存在(デウスデア)

 

天界で暇を持て余していた神々は、地上に降臨した。それを境に時代は転換点を迎え、世界は『神時代』へと一新する。穴を塞ぐように都市は栄え、人類は『恩恵』によって力を得た。そうしてモンスターたちは、地下の世界へと完全に封印されたのだった。

 

これが『ダンジョン』の成り立ちである。

 

 

「───っ、はぁ、はぁッ……!」

 

 

今や都市産業と化したダンジョンの奥には『未知』が眠っている。ダンジョンで採れる魔石は新たな技術を生み、ドロップアイテムは自然界で得られる素材とは桁違いの質を誇り、地上では決してお目にかかれない植物、異次元の強さの怪物、目を奪われるような神秘───多くの者がこれらの『未知』に取りつかれた。

 

しかし、未だその最奥に辿り着いた者はいないとはいえ、名だたる冒険者たちによってダンジョンは攻略され尽くした。上の階層ほど効率的なルートや必要な対策は整備され、ほとんどの冒険者たちは先人の『既知』の中で、力及ばず諦めるか、命を落とす。

 

実際に『未知』の最前線を征くのは選ばれた者だけ。

 

 

「なんだよ……ここは……!」

 

 

『未知』への挑戦こそ冒険者の花道である、ダンジョンに夢を見る者はそう語る。だがもし、漫然とした既知の中に『それ』が、『未知』が現れた時、そこでようやく遠かった現実の顔を拝むのだ。

 

『未知』とは、『死線』と同義であると。

 

 

『ギギャ…ギギッ……』

 

「ひぃっ!? 来るな…知らねぇぞ…! 俺は、こんなの聞いてねぇ……!」

 

 

鉱石の『鏡面』からモンスターがこちらを睨む。

冒険者である彼は、ダンジョンの22階層を探索していた。何度も来たことのある区域だったはずだ。森林の階層であるこのエリアに、こんな鉱床なんてあるはずがない。

 

ここから逃げ出そうと彼は走る。彼の右腕は、既に失われていた。この謎のエリアに入ったかと思えば、妙な模様の入った人型の怪物に引き千切られたのだ。

 

モンスターが強過ぎる。形質も能力も見たことが無い。地形だって、どこをどう進めば抜けられるのか皆目見当が付かない。そんな混乱の最中、ゆっくりと歩いて来るのは、

 

()()()()()()をした、なにか。

 

 

「な、なんなんだ…なんなんだよおおおおおおおおっ!!!」

 

「わかってる、だろ。おまえ、は、にげられない」

 

 

目の前の自分は、そう覚えたての絶望を紡ぐと、その姿から『脱皮』し、奥から新たな姿を見せる。思考を止めて彼は逃げた。何も分からず、ただ『未知』を嘆き、『未知』に恐怖して逃げる。

 

そんな彼を嘲笑う速度で、ダンジョンの異常(イレギュラー)はその命を奪い去った。

 

 

______________

 

 

壮間とミカドが『ダンジョン』に向かって数時間。

なんでも魔石というものを回収し、売却すれば金になるとのことなので一先ず衣食住に関しては安心していたところだったのだが、全く帰ってくる気配が無いまま時間は過ぎた。

 

 

「お腹すいたぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

結果、居残りを命じられた香奈は街の片隅で、消え入りそうな弱音を叫んでいた。壮間たちが帰るまで一文無しの香奈。既に日が暮れ始め、異世界から来た香奈にとっては知らない夜が訪れつつあった。

 

帰って来ない壮間たちも心配だが、それ以上に空腹で他に何も考えられない。

 

 

「ウィルさんもどっか行っちゃうし……うぅ、こんなんなら街じゃなくて森とかだったらよかったのに……草とか食べれるし」

 

 

飢えのせいか素か、発想が野生児。

壮間との待ち合わせ場所も離れ、枯渇寸前の体力にしては広範囲に、フラフラとオラリオを徘徊する香奈。食べ物の香りに釣られては店の前に辿り着き、涙と涎を飲んで引き返すを繰り返す。

 

……まぁ普通は一晩くらい何も食べなくたって平気だろうが、異世界の食べ物を食べたいという欲求と、はしゃぎまくって無駄に浪費した体力が香奈を順調に追い詰めていたのだ。

 

 

「この匂いは……!?」

 

 

またも美味な匂いを感知した香奈は、無意識にその発生源を辿る。なんだか馴染みのある香ばしい匂い。行きついた先は店を閉める寸前の木造の露店だった。

 

 

「ふぅ……今日は随分と忙しかったなぁ、もうこんな時間だよ。おばちゃんは先に帰っちゃうし! 急用だかなんだか知らないけどボクをなんだと……! うわああっ!!?」

 

 

ぶつくさと愚痴を垂れながら店仕舞いをする幼女の店員だったが、店前で涎を垂らす香奈を見て悲鳴に近い声を上げた。その虚ろな視線はモンスターと見間違えられても仕方ないものだっただろう。

 

しかし、よく見るとただ店の「商品」を欲しがっているだけだと分かった。そしてお金が無くて食べ物に在り付けずにいたのも察した彼女は、怪訝そうにしながらも余った商品を香奈に差し出す。

 

 

「……食べるかい?」

 

 

コクコクと頷き、香奈は彼女が差し出したコロッケのような食べ物『ジャガ丸くん』にかぶりついた。満たされる胃袋の快感、香奈は食べる喜びを欠片も隠さず笑顔で表現する。

 

 

「~~っ!! 美味しい!」

 

「そうだろうそうだろう! なにせこのボクが揚げたジャガ丸くんだからね! ジャガ丸くんを作る腕に関しちゃ、神の中で一番って自負してもいいくらいさ!」

 

「本当に美味しい! サクッとした衣に中はホクホク、食べ応えも抜群のおやつコロッケって感じ! うん、でもコロッケとはちょっと違う? それに芋の中に感じる知らない甘味……薬っぽいけど鼻につく感じは無くて……」

 

 

「むむむ…」と初めて食べる異世界飯に興味を注ぐ香奈だったが、食べたっきり礼も言ってないことに気付き慌てて頭を下げる。ただし跪いて、地面に。

 

 

「うぇっ!? ど…『土下座』!? どうしたんだい突然!」

 

「こんなに美味しいコロッケ…この御恩は一生忘れませんっ!! お金は必ず……」

 

 

顔を上げた香奈は、そこで初めてしっかりと店員の顔を注視し、思わず言葉を止めてしまった。

 

丸っこく幼い顔立ち、小さな体格は幼女と言って差し支えない。ただその青色の瞳、ツインテールになっている黒い長髪、美しい肌の肢体が合わさると、不思議と「綺麗」と言う言葉が自然に零れ出た。神秘的というか、容姿が整い過ぎている。というか───

 

 

(おっぱい、でっか)

 

 

その幼い容姿に余りに不釣り合いな、育ちに育った胸部。香奈も自分が小さいとは思わないが、流石にこれは完敗だ。そんな彼女のアンバランスさも含めて黄金比を形作っていると言わんばかりに、彼女は美しかった。

 

いや、美しいだけじゃない。異世界の人だからかと思ったが、明らかに他の人と違う。なにか神々しさのような、心から敬意を表したくなる何かを、香奈は彼女から感じていた。

 

例えばこの間出会ったガヴリールたち、天使のように。

 

 

「えっと、ごめんなさい。お、お名前は……」

 

「名前かい? ボクはヘスティアさ」

 

(ヘスティア……なーんか聞いたことあるような…ゲームだったっけ…?)

 

 

その時香奈の脳内に、さっき彼女───ヘスティアが話していた内容がフラッシュバックする。『ジャガ丸くんを揚げる腕だけは、神の中で一番』。

 

その言葉はいとも容易く、香奈のモヤモヤの答えとなった。

 

 

「あ、まさか……もしかして、本当の本当に本物の…神様ですか?」

 

「…? もちろんそうだけど、見ればわかるだろ?」

 

 

ここは異世界、世界の仕組みも法則も異なる地。

天界から地上に降りた『神』。彼女、ヘスティアもその一柱だ。

 

 

_________________

 

 

異世界とは、『ダンジョン』とは、恐ろしい場所だった。

これまで何度も死にかけたことはあるが、まさか金策でこんな目に遭うとは思っていなかった。労働経験の無い壮間が知らなかっただけで、どの世界でも金を稼ぐという行為は命懸けが基本のようだ。

 

あの牛頭のモンスターを前に死の淵が見えた時、壮間の視界に飛び込んだのは俊足の白兎。鐘の音と共に炎雷を放ち、怪物を討った小さな英雄の姿。

 

 

「───だからリリはギルドに任せるべきと言いました! 他派閥の冒険者をホームにまで連れ帰るなんて大問題ですっ!」

 

「だがなぁリリスケ、15階層にまで来てるにしちゃ防具も武器もまるで持っちゃいない。サポーターにしたって不自然だ。どうにもなんかワケありっぽくないか?」

 

「それが問題だと言っているんです! ベル様はまたホイホイと面倒事を持ち込んで! まぁ…今回は女性を誑し込まなかっただけマシだと思いますが!」

 

「確かに、言われてみりゃお前が男を助けるなんて珍しいな。ベル」

 

「すごく誤解を招きそうな言い方!? 僕べつに女の人だけ助けてるつもりは……!」

 

 

何やら言い争いをしていた3人は、少し間を置いて壮間が目覚めていることに気付いた。広い洋室、ソファの上。ここは壮間が気を失ったダンジョン内部ではなく、どうやら地上のようで、ミノタウロスを倒した冒険者であろう少年もいた。

 

負傷して倒れた壮間を、彼らが地上まで運んでくれたようだ。

おまけにどういうことか怪我まで治っている。

 

 

「あ……気が付いたんですね。よかっ」

「まずはあなたの派閥、そして15階層でろくに装備も持たず倒れていた理由を教えてくださいますか! そのうえで何も無いようでしたら、そのまま速やかにお引き取りを!」

 

「おいリリスケ。病み上がりの奴に強く言い過ぎじゃないのか?」

 

「いい加減に自覚してください! レベル3のベル様を擁する【ヘスティア・ファミリア】の等級は既に中堅以上、【ファミリア】内部の情報を盗もうとする輩なんていくらでもいるんです! 他所の冒険者をホームに入れるなんて論外も論外で……!」

 

「す、すいません……事情は手短に話すので落ち着いて…!」

 

 

猛り狂っているのは栗色の髪をした少女。いや、幼女と言うべきか。とにかく小柄だ。身長は1メートルと少ししかないように思える。ここまでのやり取りを見る限り、幼そうなのに色々と背負い込んでいそうだ。

 

話の内容は全くわからないが、ここは壮間が正直に話すのが一番早そうだった。

 

 

「っと…そこの白髪の人、ですよね。俺を助けてくれたの」

 

「あ、はい。15階層を探索してたら、見たことない小さい鳥みたいなモンスターを見つけて。それを追いかけてたらそこで……」

 

 

15階層に落下した際、他の誰かを探すために放ったタカウォッチロイドだ。売らなくてよかったと、壮間は心の中でウィルに軽く頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます、本当に危ないとこでした。仰る通り全く準備不足で、完全にダンジョン舐めてた……事前に色々調べとくべきだったな」

 

「……おい待て待て。なんだその、まるで初めてダンジョンに潜ったみたいな反応は」

 

「え、いや初めて潜ったんですが……」

 

 

壮間の発言に眉を動かしたのは、他の2人に比べればかなり背格好の広い赤髪の青年。その服装はなんとなく和服みたいで、少しだけ親近感が湧いた。

 

それはそうと、壮間の発言で場が凍り付いた。そんなに信じられないほど愚かな行為だったのだろうか。そう思っていた壮間だったが、驚いている理由はそこではない様子。

 

 

「初めてのダンジョンで……15階層!?」

 

「武器も防具も無しでか!? ふざけろ! 有り得るかそんな話!」

 

「待ってください! オラリオ外から来たばかりの上級冒険者なら有り得る話です。派閥……所属する【ファミリア】とレベルは?」

 

「ファミリア…? レベル…あ、ウィルの話に出て来たアレか……でもそれよく知らなくて……常識知らずで申し訳ないんですけど、なんなんですかね、それ……」

 

「っ……あのですねぇ! リリ達は仮にも恩人です! 隠すにしてももう少しマシな言い訳ってものが……!」

「待ってリリ! この人、嘘ついてるようには見えないし、もしかして本当に【ステイタス】を持ってないんじゃ……」

「ベル様はお人好しが過ぎます! 【神の恩恵(ファルナ)】無しでどうやったら15階層まで行けるというのですか!」

 

 

今度は空気が凍るどころか暴発した。どうやら壮間は相当信じられないことを言ったらしいが、例の如く何の話をしているのかさっぱりわからず、何も言えないまま疑いの目を一身に浴びる壮間。

 

空気が大分しんどくなってきた。壮間が心の中で助けを求めたその時、下の階から大きな音量が迫ってくるのを感じた。しかも何やら聞き覚えのある声も混ざっている。

 

 

「だーかーらー! あれはボクの奢りだって言っただろ! 神の施しだ! いい加減放せー!」

 

「ダメですよ! 神様のコロッケなんて食べて『はい、ありがとうございました』じゃ済みません! 恩返しさせてください、できれば住み込み食事付きの労働でええええっ!」

 

「そんな厚かましい恩返しがあるかぁっ!?」

 

「香奈……!」

「神様!? 誰ですかその人!?」

 

 

香奈がツインテールの幼女と取っ組み合って登場した。

またしても何が何やらだが、なんとなく香奈が迷惑をかけてそうなのは想像できた。

 

 

「ベル君! サポーター君! ヴェルフ君! もう誰でもいいから助けてくれ! 全っ然話聞いてくれないんだよこの子!」

 

「あ、ソウマじゃん。ダンジョンどうだった!?」

「どうだったじゃねぇよ離れろ! すいませんホント、そいつ俺のツレなんです!」

 

 

助けてもらった立場で更に迷惑をかけた形に。恩を仇でとはこのことだ。壮間の名を聞いて微妙な表情をした小さい少女も気になったが、取り敢えず香奈を引き剥がし、2人揃って深々と謝罪をし、一度落ち着いて話を整理することにした。

 

 

「……女神様」

 

「そう、ヘスティア様。神様だって。天使の次は神様だよ、凄いよね」

 

「僕たちは神様……ヘスティア様の眷属、【ヘスティア・ファミリア】なんです。神様の力で恩恵を授かって、ダンジョンを攻略しています」

 

「そ、そうなんですね……」

 

 

正直に言って、壮間の頭には情報が入ってこなかった。というのも、壮間は今上着を脱いだ上半身裸の状態で、女神だというヘスティアに背中を観察されているのだ。上裸で女性の前にいるだけで壮間にとっては異常事態、ガチガチに緊張している。

 

 

(どういう恰好だよアレ……紐……!?)

 

 

ヘスティアの服装は壮間にとってはかなり常軌を逸したもので、まずは露出が多い。胸の谷間は見えるわ、脚は見えてるわ。しかも薄着のようで、破れた白い布を纏っているような服は体のラインに吸い付いていて刺激が強い。

 

極めつけには両腕から胴を横断する青いリボンは、その豊満な胸部を持ち上げ更に存在感を増強させていた。あのリボンの意味が一番分からない。壮間は激しく混乱している。

 

 

「……うん、確かに彼は【ステイタス】を持ってない。どの神とも契約を結んでない子供だ」

 

 

少しばかり壮間の背中をいじくると、ヘスティアはそう断言した。

 

 

「すてーたす、ってあの能力値的な数字的なアレ?」

 

「俺に聞くなよ香奈。俺もまだなんもわかんないから」

 

「本当の本っ当に、君達はダンジョンのことも恩恵のことも、ボクら神のことも知らないのかい?」

 

「はい……すんません」

 

「~っ……はぁ…本当みたいだ。ボクらは下界の子供たちの嘘は分かる。神に誓ってと言うと変だけど、嘘はついてないよ」

 

 

神の一声というか、それを疑うことは誰も出来なかったようで、一先ず壮間への疑いは晴れたと見てよさそうだ。

 

 

「しかし、そうだとするとどうやって15階層まで……」

 

「まぁいいじゃねぇか。確かに俺も気になりはするが、それこそ他所の冒険者への詮索になっちまう。悪かったな、嘘だなんて疑って」

 

「そんな! 命を助けてもらったのは俺です。こちらこそお礼も何もできずに……あ、そうだ魔石。途中から拾えてなかったけど、全財産これだけなんでこれでよければ……」

 

「いや受け取れませんよ! 僕はたまたま見かけただけですし、しかも全財産って受け取れるわけないじゃないですか!」

 

「いやほんとに危なかったんで。勉強代と思えば全然安いんで。今日は野宿するんで黙って受け取ってください……!」

 

「野宿って、宿も無いんですか!? それなら今日はここに泊って行かれた方が……」

 

「できませんって! 恩に恩の上塗りなんて! いいから黙って受け取ってください!」

「だから絶対受け取れませんって!!」

 

「ふたりとも腰低いのに喧嘩みたいになってる」

「似た者同士なのかもね。ボクのベル君の方がずっとカッコいいけど!」

 

 

魔石の押し付け合いをする壮間と「ベル」と呼ばれた少年。「ポーション代くらいは頂きましょう!」「いくらなんでも現金過ぎるだろ!」と奇妙な戦いへの参戦者が増える中、ぼーっとそれを見ていた香奈が思い出したように呟く。

 

 

「そういえば、ミカドくんは?」

 

 

壮間の動きが固まった。

確かミカドと別れたのは、モンスターの大群に襲われて「穴」に落下した時。つまりミカドはまだ……

 

 

「ミカド忘れてたああああっ!!?」

 

 

ミカド、未だダンジョンの中。

 

 

______________

 

 

「……何か無性に腹が立ってきたな」

 

 

救助された壮間とは逆に、見立て通りミカドはまだダンジョンに留まっていた。壮間とはぐれてからかなりの時間が経過した。地上ではもう夜遅くだろう。

 

ここは13階層。落とし穴で壮間と別れた階層から、ミカドは動けていなかった。下の階層へと続く縦穴は幾つか見つけたが、壮間を探しに下に行くのは悪手。地形も分からないミカドが探しに行ったところで、ミイラ取りがミイラになるだけだ。

 

 

(奴がそう簡単に死ぬようなら苦労はしない。俺だけでも地上に帰りたいところだが……)

 

 

ここでミカドの方向音痴が発動。ミカドは一般的に提唱されるダンジョンの順路を外れ、普通の冒険者ならまず来ないような奥地にまで迷い込んでしまっていた。

 

変身を解いた状態で身を隠し、行動は最小限に。モンスターは魔石から離れた部位が消滅してしまうため食料にすることはできない。2068年での作戦中を思い出し、体力を温存して道を探す。

 

 

「それにしても、俺としたことが見立てが甘かったな……モンスターの強さは想定の範囲だったが、数と罠が厄介だ。これを知識無しで攻略するのは不可能だな。知識があれど、単独だと厳しそうな環境だが……」

 

 

しかし、モンスターの強さが許容できるというのはあくまで仮面ライダーだからだ。ミカドは生身でもやむなくモンスターと戦ったが、かなり手に余る感触を覚えた。事実かなりの痛手を負う羽目になった。

 

生身の人間が武器を持った程度でアレを相手にし続けるのは些か無理があるというもの。こうも道のりが長いと大それた兵器も持ち歩けないだろうに。

 

この異世界には、まだ知らない決定的な何かがある。それがミカドの見解。

 

だとすればミカドはそれを知りたい。

不意に連れて来られたこの世界。何かを得られるとするのならそこにあるはずだ。

 

 

「……長かったな、ようやくだ。誰か居る」

 

 

まだその姿は見えないが、ミカドはそれを確信した。

激しい戦闘音が聞こえた。というより、それは殴る蹴るの打撲音ではなく、確実に「爆撃」の音。それを裏付けるように、ミカドはその先に大きな魔力を感知していた。

 

ウサギのモンスター『アルミラージ』の大群、その焼け焦げた死体の前で息を切らす少女。先端に蕾が付いたような杖を持ったまま、少女は試験管に入った液体を飲み干す。

 

 

「……よし、次っ!」

 

「待て」

 

 

呼び止められた声に気付き、少女もミカドの存在に気付いた。少女はダンジョンで誰かに会うのは慣れているのかあまり驚かず、しかしこんな奥地で誰かに会うとは思ってなかったらしく目を見開く。

 

 

「えっと、なんでしょう……?」

 

「それを寄越せ」

 

「はい?」

 

「遭難した。道が分からん。体力も減っている。その薬らしき液体を俺にも寄越せ」

 

 

助けを求めるには余りに高慢な言い草。少女は顔を引きつらせて絶句するが、モンスターにやられたらしき傷が目立ったので慌てて手持ちのポーションを渡した。

 

ダンジョンにおいて、他派閥の冒険者とは無干渉が基本。

しかし必要な時には助け合うのが人情というものだ。彼女はそんな温厚な考えの持ち主だった。

 

 

「これはいいな、傷と体力が回復した。味も悪くない…戦場では重宝するだろうな。礼は言ってやる」

 

 

しかしこうも乱暴な感謝をされると、流石に苦笑いも出るというもの。

 

 

「それで、あなたはどこの派閥の冒険者ですか? 帰り道は案内しますが、その……私も大きい派閥の者なので敵対派閥だと困ると言いますか……一応確認を」

 

「派閥? 俺は外部から来たばかり。不要な心配だ。そんなことよりも貴様……」

 

 

ミカドは困った様子の少女をまじまじと凝視する。

山吹色の長髪を後ろで結び、容姿は冒険者の荒々しいイメージに反してとても可憐な少女だが、ミカドにとってはどうでもいいこと。気になっていたのは「尖った耳」と「杖」。

 

 

「…俺達の世界の言葉にはなるが、言語が統一されているなら名詞も統一されているはずか。貴様、もしや『エルフ』か」

 

「世界…? 確かに、私はエルフですが!」

 

「この世界では実在するのか。伝承に残っていた限りでは、エルフとは森に住む妖精、自然と共に生き、長い寿命を持つ神秘の種族。一方でプライドが高く選民思想が強い。森で鎖国体制を敷き、他種族との交流を断っているともあった」

 

「っ……随分と古典的なエルフ像をお持ちのヒューマンですね! これは同胞の名誉のため言わせて貰いますが、エルフはあなたの思うような者ばかりでは……!」

 

「なによりエルフは、()()()()()()と聞く」

 

 

ミカドの無礼に対する憤りが、その一瞬だけ彼女の中で棚上げされた。思わず意識が臨戦態勢を取ったのだ。ミカドが彼女に放ったのは、モンスターにも似た明確な殺気。

 

ようやく会えた他の冒険者。この世界の秘密を体感する絶好の機会。

 

 

「貴様、名前は」

 

「レフィーヤ・ウィリディスですが……!?」

 

「地上に戻る前に俺と戦え、レフィーヤ・ウィリディス。俺は『冒険者』というものを知らねばならない」

 

 

なんて自分勝手なヒューマンなのだろうと、彼女───レフィーヤは呆れかえった。しかし、レフィーヤも冒険者になって長い。彼が本気なのは肌で感じ取れるし、相手はレフィーヤを本気で叩き潰す気なのも分かる。

 

だが、そうはできない理由もレフィーヤにはあった。

 

 

「……あのですね。自分で言うのもなんですが、私は【ロキ・ファミリア】の【千の妖精(サウザンド・エルフ)】です。聞いたことはありませんか?」

 

「無い。なんだそのふざけた名前は」

 

「ふざっ……!? とにかく、私は『レベル3』なんです! 13階層で満身創痍になっているようなあなたでは、恐らく相手にも……」

 

「御託はいらん!」

 

 

相手がきっと年下であろう女子だろうと、ミカドは容赦なく攻撃を仕掛けた。いつもなら多少は躊躇っているところだが、ここはダンジョン。常識を標にしていては痛い目に遭うのはもう知っている。

 

そして、それは案の定的中する。

 

ミカドは本気で拳を繰り出した。しかし、それは余裕をもって見切られ、次の攻撃も簡単に防がれてしまう。

 

 

(やはりか……! この女でさえ、身体能力は俺を遥かに凌駕している!)

 

 

俊敏、膂力、感覚、その全てが常人からかけ離れているのが分かった。事実、本気で攻撃するミカドが赤子扱いだ。妙な苛立ちすら覚えてくる。

 

 

「……もう気が済みましたか? 私はあなたと戦うつもりはありません」

 

「チッ……確かにモンスター以上の化物だ、喰種か貴様は。しかし…それは貴様がエルフだからというわけではなさそうだな」

 

「誰がモンスターですか! ほんっとに、とことん失礼な人ですね!」

 

「俺ももう手段は選ばん。貴様の本気を見れなければ、わざわざ迷った価値が無いからな!」

 

 

この世界の『冒険者』は、なにか特殊な能力上昇が付加されていると見て間違いない。それによって人類がモンスターをも超える力を得て、ダンジョンを攻略しているのだ。

 

その「何か」を持たないミカドだが、それを埋める手段は持っている。生身相手に変身したと言えば壮間が怒りそうだが、知った事かとミカドはドライバーを装着した。

 

 

《ゲイツ!》

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ゲイツ!!》

 

 

「な……なあああ───っ!!?」

 

 

レフィーヤは驚きの余り絶叫した。

恐らく自分より格下の「レベル1」程度であろう少年が、なにか知らないアイテムを腹部でガチャガチャしたかと思うと、突然フルプレートの鎧を纏ったのだ。この世界からすればぶっちぎりの常識外れに愕然とするのも当然。

 

 

「な、なんなんですかそれ!? 魔道具(マジックアイテム)!? でも一瞬で鎧を出すアイテムなんて、聞いたことも……!」

 

「喋っている余裕があるのか、もう一度確かめろ」

 

 

再び迫るゲイツの攻撃。だが、その速度は生身とは段違い。なんとか避けたレフィーヤだったが、拳を受けたダンジョンの壁が易々と崩れた。さらに、距離を取ろうとするレフィーヤに一瞬で追いつく瞬発。

 

 

(鎧を着ただけじゃない! 【ステイタス】……というか身体能力が跳ね上がってる! この力に敏捷、どう考えてもレベル3の私を超えてませんか!?)

 

 

彼がレベル1だと仮定して、推定レベル2か3以上の階位昇華(レベルブースト)を可能にする魔道具。そう頭で思い描くも、レフィーヤは大きく首を振って掻き消した。そんなものは有り得ない。あっていいはずがない。

 

だが目の前で起こっている事実は、そうでもない限り説明できない。

 

 

(何者なんですか……このヒューマン!!)

 

 

得体の知れない力を持ったヒューマン。その文字列が浮かんだ時、レフィーヤの中で白髪の『彼』の姿も一緒に浮上するが、今は関係のない男に腹を立てている場合ではない。

 

 

「魔法を見せろ! 怪我をしたくなければな!」

 

「っ……!」

 

 

レフィーヤは一瞬躊躇する。冒険者にとって【ステイタス】は生命線であり、仲間以外には極力知られたくない情報だ。魔法もまた然り。敵か味方かもわからない彼に見せてしまうのは、果たして得策なのだろうか。

 

しかし、彼は本気だ。魔法を引き出すまでは喰らい付くと、その鬼気迫る声色が告げていた。なによりこの燃えるような気迫に、レフィーヤは何処か覚えを感じた。

 

 

「……わかりました。どうなっても、知りませんからね!」

 

 

それをスイッチに、レフィーヤの動きが変わったのをゲイツも知覚した。全ての神経を「回避」に注ぎ込んだような攻撃と防御を捨てた身のこなし。彼女の動きを止められない。だが彼女が顕現させる潜在能力(ポテンシャル)は、そこから更に一変する。

 

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹】」

 

 

レフィーヤの「詠唱」が始まった。彼女の足元に展開された魔法円(マジックサークル)は魔法を効率化&強化する役割を持ち、詠唱が進むにつれ山吹色の輝きを増していく。

 

そしてゲイツは、構築されていく詠唱に果てしない戦慄を覚えた。

 

 

「【汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手】」

 

「───っ!!」

 

 

レフィーヤが言葉を強く編み上げる。それと同時に膨れ上がる、莫大な魔力。今までミカドが知覚していたそれとは次元が異なり、もはや感動すら覚える絶景の域。

 

 

「───【穿て、必中の矢】!」

 

 

肌が逆立ち、呼吸が冷える。心臓が打ち震えているのを感じる。魔法を紡ぐ妖精、その美しさの中にミカドは純粋な脅威を、絶対的な力を見た。

 

 

《アーマータイム!》

《プリーズ!》

《ウィ・ザード!》

 

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

 

暴力的、怪物級の魔力が、その名の下に解放された。レフィーヤの魔法杖から放たれる光。指向性を持った光線、光の矢。それは圧倒的に速く、敵を焼き焦がす熱と威力を帯びてゲイツに迫る。

 

 

「これが貴様の魔法か……!」

 

 

撃たれてからでは間に合わなかったであろう。直感に頼りウィザードアーマーを起動させて正解だった。今ならよく見える、この魔力の奔流、洗練された魔法の真髄が。

 

ゲイツはウィザードアーマーで魔力を躍動させ、炎の円盾を創り出し【アルクス・レイ】を受け止めた。魔力は圧倒的にあちらが上だが、ウィザードアーマーの単純なスペックでそれを補っている。

 

 

(詠唱無しで防御魔法!? 無詠唱魔法なんて、また()みたいなデタラメを……! でも!)

 

 

光の砲撃の出力が上昇した。あの女、まだ余力があったのかとミカドは激しい畏怖を覚える。これが冒険者。これが、異世界の魔導士───!

 

炎の盾が光に呑まれて消えた。しかしゲイツは退避するどころか、ジカンザックスを握り砲撃に真っ向から斬りかかっていく。

 

 

「まだだ……もう少しで、何かが……ここで負けるかあああッ!」

 

 

完全に熱されたミカドの闘志。ここに壮間がいないからこそ剥き出しにする、その激しい心の本音。そんな彼に対し、付き合いきれるかと匙を投げたのは彼自身でもレフィーヤでもなく、

 

武器───ジカンザックスだった。

 

 

「───しまった」

 

 

光の矢をなんとか僅かに逸らすことに成功し、激しく抉り取られたのはダンジョンの壁面。そしてついでにジカンザックスの刃がボロボロに崩壊してしまった。

 

先のアナザーウィザードラゴンとの戦いで酷使し、壊れてしまったジカンザックスをミカドが修理したのだが、不十分だったのかもしれない。武器が使い物にならなくなったゲイツと、魔法を撃ち終わったレフィーヤは、戦いを再開せず暫く顔を合わせ合う。

 

 

「貴様のせいで武器が壊れた。弁償しろ」

 

「貴方が先に襲ってきたんでしょうがっ!!?」

 

 

ここに来た意味があったと、ミカドは仮面の奥で笑みを浮かべた。わざわざ壮間と合流することはない、どうせ彼は放っておいても死なないはずだ。だったら、この寄り道の間で差を付けておくのも悪くない。

 

この異世界で出会いを果たしたミカド。そんな彼を、ダンジョンに眠る「何か」は静かに見ていた。

 

_________________

 

 

「ねーねー、どこ行くのアオイ? マティちゃん疲れたぁ。早く『アレ』取りに行けばいいのにさぁ。それかダンジョンデートしよ? ダンジョンデート!」

 

 

悪役は、未だ何も動かずに成り行きを見守っていた。

辛抱弱いマティーナだけが彼の横で駄々をこねるが、アオイはそんな彼女の散漫する視線を、人差し指で誘導し摩天楼施設(バベル)へと向けた。

 

 

「マティ、バベルには何があるか知っているかい?」

 

「知らなーい。マティちゃんこの世界初めてだし」

 

「下の階層には人間が経営する高級店がある。深層のモンスターのドロップアイテムもそのまま売っていると聞くよ。お小遣いをあげるから、暫く遊んでくるといい」

 

「モンスターが!? 行く行く超行く! なに買おっかなー、内臓とか売ってるかなぁー! きゃーっ楽しみ過ぎヤバい!」

 

 

金貨を受け取ったマティーナは、ウッキウキのスキップでバベルへと走って行った。それを見届けたアオイの目線は横に滑り、自分達の後をつけていた気配に笑いかけて応答する。

 

 

「ホームに行っても留守で困ってたけど、そちらから来られては礼儀に欠けて、それはそれで困るね。ともあれ会えて嬉しいよ……お久しぶりだね、神ヘルメス」

 

「ごめんごめん。オレも君に与えた『恩恵』を感じたもので浮かれちゃってさ。こちらから出向ずにはいられなかったんだ、許してくれ」

 

 

うやうやしい動作でアオイが頭を下げる相手は、旅人のような恰好をし、横に聡明そうな眼鏡の美女を引き連れた細身で優男の男神。

 

 

「アスフィ団長も久しいね、相変わらず美しい海色の髪……【万能者(ペルセウス)】の名にふさわしい美貌。ファビュラスだ」

 

「……貴方に団長と呼ばれたくはありませんが。私は貴方のこと、ヘルメス様に言われるまで忘れてたくらい苦手なので」

 

「そうだろう、やっぱわかってるなーアオイは。それを言うなら君の彼女だって可愛かったぜ? ただ、あまりに()()()()()()()()()から警戒はさせてもらったが……よければオレにも紹介してくれよ」

 

「やめておいた方がいい。失礼だが、貴方にマティは愛せないよ。

さて、マティは()()()()。帰って来る前に、頼みたい事があるんだ」

 

 

場所をヘルメスの顔が効くアイテム店に移し、人目につかないよう従業員用の部屋でアオイとヘルメスは腰を下ろした。そしてアオイが上着を脱いで背中を晒し、ヘルメスは店から拝借した針で自身の指に血を浮かばせる。

 

 

「まさか頼みが【ステイタス】の更新だとはなぁ。身構えてた分なんか拍子抜けだ」

 

「まぁヘルメス様は普段あれこれと胡散臭いことを頼まれて、私たちに散々迷惑をかけますからね……!」

 

「おいおい、集中してるんだから憎まれ口はよしてくれよアスフィ。それに、オレだってファミリアの子供たちを信頼してるからこそ、色んな神のパシリ……じゃない、依頼を受けるんじゃないか」

 

「ははっ、相変わらずこの世界で狂言回しを満喫しているようで何より。その悪役(ヒール)に通ずる行動原理に惚れたからこそ、貴方の【ファミリア】に入ったわけだけど」

 

「よく言うぜ。あれだけオラリオを振り回したと思えば、【ファミリア】に断りもなくパッと消えたくせに。『恩恵』の反応も消えたから、オレはてっきり死んだものかと思ってたんだが……」

 

 

ヘルメスの指先は血をインクとして、アオイの背中に軌跡を描いていく。アオイの背に浮かび上がったのは常人では解読不能な文字列。その神聖文字(ヒエログリフ)で綴られたものこそが【ステイタス】だ。

 

冒険者とは、神々の恩恵を受けて超人へと昇華を果たした者たち。下界の子供たちが持つ潜在能力、可能性を神々が抽出し、神血(イコル)を媒介に現実へ顕現させる。それはただの身体能力向上に留まらず、感覚の強化や特殊な才能の開花、魔法や特異な体質───【スキル】をも目覚めさせるのだ。

 

そして彼らが何かを成し遂げるたびに、それは肉体の中に経験値(エクセリア)として蓄積される。それを神が読み取って背の【ステイタス】に上書きすることで、冒険者は強くなっていく。

 

 

「……おいおい、冗談だろ…?」

 

 

【ステイタス】の更新が終わった。そして、その有り得ない結実に、ヘルメスは笑いを含んだ声で驚愕を隠せない。

 

 

「どうしたんですかヘルメス様…?」

 

「……レベル2」

 

「はぁ!?」

 

 

【ヘルメス・ファミリア】の団長、アスフィもまた結果を聞いて声を荒げた。レベルとは冒険者としての器の階位。レベルの上昇は「進化」とでも呼ぶべき事象で、レベル1とレベル2ではその力に雲泥の距離さえ生じる。

 

さらに、レベルを上げるという行為は極めて困難。ただ戦闘で漫然と経験を積むだけではそれは果たせず、積み上げた力で神々に認められる「偉業」を成し遂げて初めてレベルアップが認められるのだ。

 

故に冒険者の半数はレベル1であり、レベル2に上がるのにも通常何年という時間がかかる。()()()()()()()()

 

 

「所要期間2か月……【ランクアップ】世界最速に次ぐ速さ。しかもアビリティはオールS。参ったな、ヘスティアの言ってたことは眉唾じゃなかったって……!?」

 

「あぁ余り驚く必要は無いさ。彼とは違い、僕はこの世界の外で10年ほど旅をしてきたからね。この世界を出たら【ステイタス】は失効してしまったが、【経験値(エクセリア)】はしっかりと刻まれてたみたいだ」

 

 

アオイがこの世界に訪れるのは「2度目」だ。

世界によって時間の流れも大きく変わる。ここに訪れたのはアオイ自身の体感時間で10年ぶり。この彼以外には信じ難い真実を、嘘を見抜ける(ヘルメス)はしかと受け取っていた。

 

 

「もしやダンジョンの様子がおかしいのも君の仕業か?……オレの『英雄』を潰すような真似だけはしないでくれよ?」

 

「やっぱり勘が良い神だ。だがどうかな? 僕は悪役。主役を否定し、踏みにじるのが生きがいだからね。僕と言う悪意に圧し潰される程度であれば……語るに値しない物語だということさ」

 

「あぁそうかい。また前みたいに盛大に掻き回すんだろうけど……ま、オレが見込んだベル君なら大丈夫さ」

 

「前みたいに……か。それもいいが、僕は確かめに来たんだ。この世界のお宝は本当に価値があるものか───」

 

 

アオイは去り際に告げる。まるで冷たい銃口を世界そのものに突き付けるように、神すらも恐れることはなく、彼は宣戦布告を行う。

 

 

「この世界はありのままで居てくれた、これはその謝儀か、或いは細やかな復讐か。彼らに『未知』への挑戦権を与えるよ。超えれば万能への直通切符、そうでなければ……折れた夢を捧げて貰うだけだ」

 

 

これは親愛なる主神、ヘルメスに対する招待状。

そろそろこの都市の各地でも冒険者たちに伝えよう。悪役が導く冒険の舞台の号砲を。

 

 

________________

 

 

「えぇっ!? ダンジョンに仲間の人が!?」

 

「そうなんです…! 落とし穴で別れたっきり完全に忘れてた! まぁアイツなら絶対大丈夫だとは思うけど……」

 

「大変じゃないですか! どの階層かは分かりますか? ごめんリリ、ヴェルフ、僕ちょっと行って来る! できるだけ早く戻るから、(ミコト)さんと春姫さんにも伝えておいて!」

 

「ちょ……待ってくださいベル様!?」

 

 

まさかミカドのことが頭から消えてるとは、余程この異世界に翻弄されているのだと壮間は猛省する。「ベル」と呼ばれた彼は快くというか、食い気味に手を貸してくれるようで、心強くもあるが申し訳なさも多分に感じた。

 

壮間は気付いていなかったが、どうやらここはかなり大きな豪邸。軽く数十人は暮らせそうな広さがある。ベルは武器と防具を身に着けると、壮間と共に急いで階段を駆け下りた。

 

時間はもうとっくに夜。下の広間に顔を出すと、卓上に夕飯が用意されていた。何人分なのか分からないが、料理の皿が敷き詰められたとにかく豪勢な食事だ。それどころではないのに壮間の腹も鳴ってしまう。

 

これだけ広い屋敷なのだから妥当かと思っていた壮間だったが、それを見て屋敷の住人である彼ら、特にあの厳しいことを言う小さい少女は顔色を豹変させた。

 

 

「なーっ!!? なんですかこのご馳走は! ここのところ稼ぎが厳しいから節制という話をしたばかりなのに……!」

 

「まぁいいじゃないかサポーター君。今日は客人も来てるんだ、少しくらい贅沢したって(ボク)が許すさ!」

 

「誰の借金のせいだと思っているんですか! 今日の当番は(ミコト)様でしたね!? ここは一度キツく注意を……!」

 

「呼びましたかリリ殿? おやっ、15階層の方も目覚められたのですね、申し訳ありませんこのような恰好で……ベル殿は見送られに行かれるのですか?」

 

 

豪華すぎる夕飯に愕然としていた一同の横から、凛々しい目付きの和服姿の少女が。黒髪といい顔つきといい、久しぶりに日本人に近似した人物を見て壮間は変な安心をしてしまう。

 

彼女が(ミコト)と呼ばれているのは間違いないだろう。ただ、彼女の顔は紅潮しており、体から昇る熱気や僅かに濡れた髪は明らかに風呂上りであった。風呂上りの女性のインパクトも強いので、壮間は眼を逸らす。

 

 

(ミコト)さんがこれを作ったんじゃないんですか?」

 

「夕餉ですか? おぉっ、随分と豪勢ですね!? 自分は春姫殿が当番を代わりたいと仰るのでお任せしたのですが……ここまで気合が入っていたとは……!」

 

「春姫様ならさっき中庭の掃除をしているのをリリは見ました! 本当に(ミコト)様はそう言われたのですか!?」

 

「なっ!? そんなはずは……確かに自分は春姫殿に! では、この食事は一体誰が……!?」

 

 

ダンジョンにミカドを探しに行くつもりが、夕食問題で何が何やらわからなくなってきた。つまり誰も作っていないはずの豪華な夕食が目の前にあるという。唐突に現れたそのミステリーの解答は、また唐突に自分から現れる。

 

 

「全く困ったものだね、喧嘩をしていては食事が冷めてしまう。せっかく僕が愛情と敬意を込めて用意したというのに」

 

「あ、お前は!! 仮面ライダーディエンド!」

「ガヴさんのラッパ盗んだ泥棒! 名前忘れたけど!」

「アオイだ。まぁ名前はどうでもいい、僕が世界を旅する悪役(ヒール)だと覚えてくれればね」

 

 

壮間たちをこの世界に連れて来た張本人、アオイがようやく姿を現した。そういえば2012年でも彼はラフィエルに変装していたような気がする。ともかく、彼をとっちめれば元の世界に帰れるはずだと壮間は身構えたが、その出現に憤っているのは壮間たちだけではないようだ。

 

 

「あ……っ、貴方は! アオイさん!?」

「君はッ…! 青盗っ人!! 何しに現れたんだ! 盗っ人猛々しいにも程があるぞっ! ボクとベル君のファミリアから出てけーっ!!」

 

「青ではなくシアンだ。いい加減覚えて欲しいな、神ヘスティア。それに、この食事は心ばかりのお詫びさ。迷惑をかけた分と、これから迷惑をかける分のね」

 

「話には聞いていましたが、自分は初めて見ます……彼がオラリオを騒がせた、あの【次幻怪盗(ファントムシーフ)】……!」

 

「ああっ! やはりこの食事、保管していた食糧まで使われてしまっています! なんてことしてくれたんですかこの悪魔ぁーっ!」

 

「何が迷惑料だ、ふざけろ! 今度は何を企んでやがるこの泥棒が!」

 

 

どうやらアオイのことはベルやヘスティア達も知っているらしいが、それにしても凄まじい嫌われ具合に壮間たちも怒りを収めてしまった。一体彼はこの世界で何をやらかしたのだろうか。

 

さらに当の本人が嫌われて心底楽しそうなので、輪をかけて質が悪い。

 

 

「招待しようと思ってね、君たち【ヘスティア・ファミリア】…そして王の資格を持つ者を」

 

「招待……?」

 

 

嘘を見抜けるヘスティアが様子を伺う。しかしその神の目からしても、彼の内部は霞のように捉えづらい。ヘスティアが知る下界の子供たちとは、やはり何か根本から異なっている気がしてならない。

 

 

「リリルカ・アーデ、君なら把握しているはずだ。ここ最近、ギルドが発注する【冒険者依頼(クエスト)】の内、行方不明になった冒険者の捜索依頼が急増していることを」

 

「えぇ……確かに近頃は不自然なまでに多いです。それも上層から下層まで問わず。それがどうしたのですか!」

 

「今、ダンジョンで異常事態(イレギュラー)が起きている。この世界の外から流れ着いた『因子』が、ダンジョンに作用して異次元の階層を生み出しているんだ。そこに現れるのはこの世界には存在しないモンスター、不規則に入れ替わる地形と環境、そして未知のギミック」

 

 

冒険者を生業とする者は、それを聞いて怖気が走った。どれだけ対策をしようと無に帰す、死角からの未知。それはダンジョン攻略において最も恐ろしいものだ。

 

壮間にも思い当たるものがある。ミノタウロスに襲われる前、突然地形が変わって桁違いに強いモンスターが現れた。もしやそれが異常事態(イレギュラー)か。

 

 

「───だがそこにはお宝が眠っている。そうだな、言ってしまえば……世界を意のままにする『万能の力』」

 

「万能の力……!? そんなもの、神であるボクですら聞いたことも無いね! あるわけないさ!」

 

「だが真実だと分かっているはずだ、貴女は。神ゆえにね」

 

「っ───!」

 

「都市中の冒険者たちにもこれを伝えた。間もなく始まるよ、気高く夢を見る者たちの真の挑戦が」

 

 

ヘスティアの沈黙が何を意味するのか、誰もが分かってしまう。悪役の青い瞳は冒険者ベル・クラネルと、王候補の日寺壮間を見つめ、彼らに向けて放たれるものこそが本命の開催宣言。

 

 

「番外クエストさ。迷宮に眠るお宝を、誰が最初に手にするか。驕る弱者にとっては不運、臆さぬ強者にとっては幸運、気まぐれに冒険者を呑み込む階層に名を付けるのなら、そう───ダンジョン【X階層】」

 

 

その知らせは彼の言う通り、都市全域の【ファミリア】に知れ渡っていた。都市最大と名高い大派閥から日々の生活すらままならない零細派閥まで。果てには都市で暗躍する闇にまで、その話は大きな波紋を広げる。

 

世界を渡る悪党、【次幻怪盗(ファントムシーフ)】からの挑戦状。

【X階層】を攻略した者こそが全てを手にする。

 

余所者の悪役は傲慢にも、冒険者たちに冒険の意味を問う。

 

 




これでダンまち世界の説明は大方済んだかな…?
壮間と香奈は【ヘスティア・ファミリア】に、ミカドは【ロキ・ファミリア】と関りを持つことに。レフィーヤは外伝のソード・オラトリアのキャラですが、僕の推しなので出してしまった……当然ヴァレン何某さんも出ますよ。

ダンジョンX階層とはなんなのか。壮間が前回迷い込んだアレがそうです。そこにいたモンスターは、皆さんお馴染みの奴らですね。その攻略を目指す物語となります。

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冒険者(ファミリア)

皇=ルシフェル=セイント
アナザーウィザードに変身した天使。天界の戦闘部隊の一員。かつてはゼルエルと共に下界で修行をしていたが、その際に天界の文化レベルの低さに絶望。天界と魔界の戦争を起こすことで発展を促す計画を立て、天使2人、悪魔2人を使ったサバトを実行し、彼女らの魔力とゲートから抽出した魔力から生み出した大軍勢を率いて天界に攻め込んだ。その過程で竜峰=ダンタリオ=レンブラッドを殺害した。あとゼルエルが大好き。

本来の歴史では・・・ファントムと戦う指輪の魔法使いの話を聞き、独断で下界に降りる。ガヴリールの未来の兄を自称して登場し、ダンタリオの指輪魔法は天界が持つべきという理由で彼に襲い掛かる。が、なんやかんやで完全敗北し、それ以降はホストを始めたりパチンコにハマったり寿司修行をしたりと下界文化に翻弄された姿で散見されるようになる。


スランプ気味でした146です。ちょっと進めてる作品が多くて……近いうちに新作も出すことになりそうです。ひぃ……

ダンまち編、3話目。【X階層】の話を聞いた冒険者と、別世界の住人たちは……?

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!








「なにィ~? 別の世界から来ただって~!?」

 

「はい……信じてもらえないだろうと思って、説明遅れたんですけど……」

 

 

【ヘスティア・ファミリア】の拠点、『竈火の館』にて。壮間の口からファミリアの5人と1柱に告げられたその事実に、主神ヘスティアは湾曲した声を上げた。壮間は向けられる様々な視線に居心地が悪そうに、皿の上の厚焼き玉子を取って食べる。知ってる味で美味しい。

 

仮面ライダーディエンド、アオイがこの館に現れ、ダンジョン【X階層】の存在を彼らに叩きつけた。その際アオイが「お詫び」として用意した料理が多過ぎたため、壮間と香奈もご馳走になることになった。

 

ちなみにアオイだが、その後いくつか重要なことを言い残し、最後に『光ヶ崎ミカドは既にダンジョンを出ているよ』と壮間に告げると、泥の塊になって崩れ去った。どういう技や道具を使ったのかは知らないが、ここに来た彼は偽物だったようだ。ともあれミカドが無事で壮間と香奈は安心した。

 

 

「申し訳ございません……(わたくし)が成り替わられていたせいでこんな事に……」

 

「いえ……春姫殿のせいではなく、偽物に騙されたのは自分です……そんなことにも気付かず風呂を楽しんでいた自分が情けない……な、この味噌汁の味の深みはっ……!?」

 

 

騒ぎを聞きつけてか、【ヘスティア・ファミリア】の最後の構成員らしき狐人(ルナール)の少女も合流していた。何も知らなかったことを恥じるように、その金色の毛並みの狐耳は力なく折れ曲がる。

 

一方でそんな彼女を慰める少女、(ミコト)も落ち込んだ様子で味噌汁を啜る。しかもそれがかなり美味しかったらしく、更に凹んだ。この館の料理担当といえば彼女なのだ。

 

 

「……落ち込んでいる極東組はそっとしておきましょう。それで、別の世界から来たというのはどういう意味ですか!? リリにはよくわかりません」

 

「うーん……なんだろ、ダンジョンとか無くて、神様……は多分いるかもだけど見たこと無いし、全然ファンタジーしてない世界! 私はこの世界大好きだよリリちゃん!」

 

「彼女馴れ馴れしいですね……そして全くわかりませんが」

 

「すいません。とにかくこことは全く違う世界です。都市とか国の外とかそういうレベルじゃなくて。俺たちはあのアオイって人に、この世界に連れて来られたんです。で、帰れなくてとても困ってまして」

 

「つまりアオイさんも別の世界から来たってことですか……あ、ありがとうございます」

 

 

机中央に置かれた鍋から野菜と魚を小皿に取り分け、ベル達【ヘスティア・ファミリア】の皆に配る壮間。なんだか全体的に随分と和風な献立だ。壮間から皿を受け取りつつも、ヘスティアはまだ壮間たちに怪訝な視線を浴びせる。

 

 

「世界がなんだか知らないが、あの青盗っ人の知り合いだなんて信用できないね!」

 

「ヘスティア様は嘘が分かるんだから、信用も何も無いでしょうよ」

 

「うるさいぞヴェルフ君! 理屈じゃないんだ、ボクはあの青盗っ人がとーにーかーくー嫌いなんだっ!!」

 

「あ…そういう話なら俺もそうですよ。百歩譲ってあの人とは知り合いでも、ぜっっったいに友達ではないんで……!」

 

「お……そ、そうなんだね……」

 

(ソウマが怒ってるの珍し)

 

 

そもそも異世界に勝手に連れて来られたのもあるが、その前はどさくさで撃たれて、危うくファントムもろとも丸焼きにされるところだったのだ。壮間だってそれなりに怒っている。

 

自分と同レベルの怒りを見ると落ち着くというのは世界を超えても変わらないようで、ヘスティアはそっと怒りの矛先を壮間から離した。

 

 

「だがまぁ、これで15階層にいた謎も解けたな。お前らも『変身』するんだろ? あの泥棒と同じように」

 

「私はしないけどね。ソウマと、ここにはいないミカドくんだけ」

「すいません、それも説明する余裕なくて……」

 

「『変身』……! アオイさんも凄く強かったし、確かにそれなら【ステイタス】無しでも……というか、なんで思い出せなかったんだろう。あんなに記憶に残ってたはずなのに……」

 

「やっぱりベルもそうか。俺もあの泥棒を見るまで綺麗さっぱり忘れてた。あんな変わった武器を持ってる奴を忘れるなんて、鍛冶師として自分で自分が信じられん」

 

 

記憶の塗り替え、その事象は壮間にとっては覚えのあるものだ。アナザーライダーによって起こされる歴史の改竄と似ている。しかし今回はアオイが現れたら元に戻ったようだし、そもそもアオイは普通に元気いっぱい生きている。

 

 

(仮面ライダーディエンドってなんなんだろう。どこかの時代の仮面ライダーなのか、でも今までの人たちは全然違うんだよな……もしかして、俺と同じで……?)

 

 

壮間は考え事をしながら、未だ大量に残っている料理をつまんでいく。そして深く何かを考えていたのはヘスティアやベルも同じだった。というか、この事態で何も考えてなさそうなのは香奈くらいだ。

 

 

「そういえばお名前聞いてませんでしたけど、壮間さんでいいんでしたっけ」

 

「あ、はい。そちらはベルさんで……」

 

「おいおい、お前らが喋ってると日が暮れるぞ。どっちも一歩引いて喋りやがって。それにしても……『ソウマ』か、なんか縁がある名前だなリリスケ」

 

「やめてくださいヴェルフ様。リリは少しフクザツな気持ちなんです!」

 

 

壮間と香奈は今、「客人」としてもてなされている。アオイと関係が無いとは言わないが、壮間たちが彼のことを何も知らないのは事実。

 

例の【X階層】とやらだってそう。アオイが何を目的にしているのか全く不明だ。ベルたちにとっても急を要する議題なのだろうが、客人がいる手前その話を進める感じではなさそうだ。

 

 

「まぁ……なんだ。さっきは疑って悪かったよ。そのお詫びと言っちゃなんだけど、今日はここに泊って行くといい。みんなもそれでいいだろう?」

 

「えっ、でもそんな! 飯までご馳走になってそれは……」

 

「いいんだ。お互い青盗っ人に煮え湯を飲まされた者同士、これも縁ってやつさ。無粋はいいっこなしだぜ? ただし香奈君! 君の寝室はベル君の部屋からうんと遠くだ!」

 

 

____________

 

 

「……俺ってなんだかんだ自分に甘いよなぁ」

 

 

神様の言う通りというやつか、ヘスティアの提案を壮間は断れなかった。たらふく夕食を食べた後、風呂にも入らせてもらった。しかも寝間着と寝室まで貸してもらう始末。これだけ広い屋敷なので、空き部屋が沢山あったのだけが罪悪感緩和材だ。

 

とはいえ、もう時間旅行をするようになって結構経つ。その度に色んな人に寝泊まりを提供してもらっているので、厚意に慣れてしまいつつある自分がいる。

 

 

「お金とか、用意しなくちゃだよなぁ。でも免許取るのにかなり使って……」

 

 

気絶という盛大な昼寝のせいか、不安のせいか、なかなか寝つけない。いつまで経っても思考が理路整然としている。

 

……明日からどうしよう。

朝起きて、礼を告げてこの館を出て、またダンジョンに潜ろうか。上層でウロチョロしてる分には安全そうだったし、そこそこ稼げるだろう。

その前にミカドを探さなければいけないか。アオイの言う通り、壮間もミカドが地上に帰還している事に対して疑いを持っていない。

 

とにかく明日生きることを。早く元の世界に戻ることを考えよう。

 

 

「……ソウマぁ、起きてる?」

 

「香奈か……お前も寝れないの?」

 

 

ノックも無しに部屋を覗き込む香奈。余程暇だったのだろう。壮間が起きていることを確認すると、嬉しそうに彼女は助走をつけて壮間の横に飛び込んできた。誤解がないよう付け足すと、添い寝なんて淑やかなものではなく、完全な体当たりだ。

 

 

「ってぇ…深夜テンションだなお前!」

 

「ねーソウマ、お風呂どうだった!? 女風呂すごかったんだ。めっちゃ広かった!」

 

「それ、男風呂もそんな感じ。檜風呂だったわ。しかもガラス張りで景色も見えるし、高級旅館かよって。タダで入って良かったのかなアレ。ていうかこの世界にも檜風呂とか味噌汁とかあるの驚いた」

 

「極東、って言うんだって。(ミコト)ちゃんと春姫ちゃんが、『お二人は極東出身なのですか?』って。ふたりはその極東から来たみたいだけど。お風呂も(ミコト)ちゃんが頼んで作ってもらったらしいよー」

 

(ミコト)さんって、あの黒髪の女の人だよな。確かに日本人っぽかった。極東ってのも俺達の世界で東アジアを指すもんだし」

 

「え、なんで? 日本真ん中じゃん。それか上?」

 

「それ日本中心の地図の話な。ヨーロッパから見たら日本は東端。あと上じゃなくて北って言え、馬鹿っぽいぞ」

 

「私日本史選択だもーん」

 

 

この世界にも日本に近い国があるようだ。近い文化が存在するというのは、いつまで続くか分からないここでの暮らしにおいて大きい事実。日本人というのは朝飯で味噌汁を飲めれば生きていける単純な生物だ。

 

 

「んでさ、明日どうするの?」

 

「それ俺も考えてた、当たり前だけど。まぁここを出たらまずミカドを探して……」

 

「ん? 待って待ってソウマ。ここ出て行くの?」

 

「そりゃそうだろ! そんな何日もお世話になれるわけないだろが」

 

「そうじゃなくて……ベルくんたちと一緒になんちゃら階層行くんじゃないの?」

 

「はぁ!?」

 

 

何がどうなってそんな話になっているのか。

確かに、【X階層】はアオイに関する重要な手がかりだ。元の世界に帰るためには彼の力を借りるのが最も確実。しかし【X階層】を攻略したからと言って元の世界に戻れる保証は無い。

 

早い話『危険』だ。この世界での生活を整えるのが先決というのもあるが、壮間は恐らく【X階層】に踏み込んだことがある。あそこにいたモンスターは異常に強かった。15階層で力尽きた壮間には踏破できない。そして、そんなものにベル達を巻きこめない。

 

 

「もしかして迷ってる?」

 

「迷ってないよ。ナシだ、ナシ。大体あんな奴の口車に乗るなんて危なすぎる。罠だったらどうするんだよ」

 

「危ないだなんてソウマらしくない。だって2015年でナギちゃんから私を助けてくれた! 凛々蝶ちゃんたちの時だってそうだったよ!? そこにちょっとでも希望あるなら、行こうよダンジョン!」

 

「それはやらなきゃいけなかったからだろ。俺は……香奈を助けたかったし、ライダーの力を受け継ぎたかった。いつもと今とじゃ、状況がまるで違うんだよ」

 

 

ここはライダーの歴史とは何の関係も無い異世界。

アナザーライダーが出なければ、タイムジャッカーもいない。壮間が倒すべき敵はいない。壮間が何かしくじったところで歴史は奪われないし、なにかバッドエンドに行き着くこともない。

 

だが、香奈はそんな壮間を理解できないと言わんばかりに、食い下がる。

 

 

「違わないと思うよ。ベルくんもヘスティア様もいい人。凛々蝶ちゃんや、千歌さんや、ガヴさんがそうだったみたいに、この出会いにも絶対意味がある! 私はそう思う」

 

「でも……」

 

「ソウマはどう? このままベルくん達と別れちゃって、本当にいいの?」

 

 

香奈に言われてみて自覚した。壮間は、ベル達のことをほとんど聞かなかった。名前すらちゃんと聞いていない。それもそうだ。彼らはライダーじゃない。壮間が知らなくたって、歴史から忘れられることはない。

 

この世界は壮間が居ても居なくても変わらない。仮面ライダーのような強者が地下にも地上にもゴロゴロいるこの世界では、壮間は無力だ。壮間がこの世界でやるべきことなんて何も無い。

 

 

「……何も無い、か。明日から俺は、何を───」

 

 

このまま漫然と元の世界に帰る方法を探す。

効率を求めた器用ぶった考えだ。元の世界に帰ったらいつも通り本気になると? まるで「明日から本気出す」と言っている夏休み中の小学生じゃないか。

 

 

「寝る。香奈も寝ろ」

 

「えー、なんで急に? ヒマだしもうちょっとお喋りしよーよ」

 

()()()()に備えるんだよ! 大変になるぞ。多分いつも通りか、それ以上に」

 

 

布団を被って無理にでも瞼を閉じる壮間を見て、香奈はまた嬉しそうに今度は部屋を出る。壮間の中でようやく、完全に『異世界ボケ』が消え去った瞬間だった。

 

 

 

夜が明けた。世界が違っても夜が短いとかは無い。普段と同じくらいの睡眠時間を経て、壮間は少しだけ早めに起床し、爆睡していた香奈を叩き起こして広間に向かった。

 

その途中、窓から庭で誰かが動いているのを見た。

それはベルだった。こんな朝早くからナイフを振り、特訓をしている。昇りかけた太陽の光を反射した赤い瞳が残光の尾を引くほど、その動きは凄まじかった。とても起き抜けとは思えない。

 

 

「っ…壮間さん、香奈さん、おはようございます」

 

「おはようございますベルさん……凄いですね、朝から。速くて目で追えなかった…」

 

「いえ、そんなことないですよ。ただ……少しでも早く強くなりたいんです。そのために、思いつくことは全部やりたいっていう、ただそれだけです」

 

「凄いですよ。そういえばベルさんって、めっちゃ若いように見えるんですけど何歳なんです? いつから冒険者に?」

 

「あ、それ私も気になってた。多分年下だよね。かわいいし!」

 

「14です。冒険者になってからは……4か月くらいですね。それまでは祖父と一緒に田舎で暮らしてました」

 

「中学生! それなのにもう戦ってお金稼いでるの!? 立派だよ立派! だって私が中学のときなんて……」

 

 

中学生という概念も知らないであろうベルに感動を熱弁する香奈。それを横目に、壮間は言葉を失っていた。まだ14歳でたった数月の経験のみ、それだけであの動きができるものなのか。戦いの道に踏み入った壮間は、その異常さを感じ取ったのだ。

 

壮間の中で決意が固まる。

 

ベルは数か月前まで戦いとは無縁の人生だった。それは壮間だって同じこと。なんとなく感じていたが、壮間とベルは何処か似ている部分が多い。

 

故に、確かめなければならない。

神の恩恵がどれほどのものなのか。境遇が似ているからこそ、ベルと自分の間にどれだけの差があるのか。

 

 

「俺は、倒れる直前に見たベルさんしか知らない。あの炎しか貴方という冒険者を知らない」

 

「壮間さん……?」

 

「俺と戦ってくださいベルさん。俺はきっと、貴方という人を知らなきゃいけない」

 

 

________________

 

 

「で、それを了承したのですか……本当に、ベル様はお人好しすぎます!」

 

「んー……私わかんないんだけど、なんで戦う感じになってんの? 教えてリリちゃん」

 

「聞きたいのはこっちです! どういうおつもりですか、そこまで付き合う義理は本来リリたちにはありません!」

 

「余計な理屈は無粋だぜ、サポーター君? これは男と男の決闘……漢の友情ってぇのは……夕焼け背後にその拳で語り合うものさ!」

「なるほど、しかし今は朝ですね!」

「ベルの得物はナイフだしな」

 

 

人々には通じない神々のジョークにツッコミを入れる、(ミコト)とヴェルフ。そこまではこの世界でよく見る光景だが、今に限っては香奈がいた。

 

 

「血と汗と涙! 漢の青春ってやつですよね!」

 

「お、下界の子なのに話が分かるじゃないか香奈君! さぁ立ち上がれ皆、ボクらはベル君の応援団だー!」

「じゃあ私は一人でソウマ応援しよ! 歌うぞ応援歌!」

 

 

「……いや香奈はチアじゃねーのかよ」

 

「神様! 恥ずかしいからやめてください!」

 

 

ベルと壮間の決闘が成立したのはいいが、外野がうるさいので握った覚悟がどこかに霧散してしまいそうだった。

 

 

「すいませんベルさん、無理な頼みをしてしまって。でも……ここで貴方を知らないまま、元の世界には帰れない」

 

「いいですよ。実を言えば僕も、貴方と戦ってみたかったんです。別の世界から来た『変身』する冒険者……今度は絶対、アオイさんに負けないために!」

 

 

壮間はドライバーとウォッチを装着し、ダンジョン用のプロテクター一式を装備したベルは黒いナイフを抜く。戦闘開始の合図は、壮間のその叫び。

 

 

「変身!」

 

 

壮間が仮面ライダージオウへと変身を完了させたと同時に、ベルの姿が消えた。消えたと錯覚したのは一瞬だけ。気付けば、ジオウの目の前に白色が肉迫していた。

 

 

「───速っ!?」

 

 

ジカンギレードを出現させ、ベルが放った斬撃を咄嗟に防ぐ。想像よりも軽い手応えで直感する。これは、二撃目前提の攻撃。その予想通り、絶妙な死角を突いた一閃が迫る。

 

それを弾き返し、衝撃でベルは後退。しかし、そこから再起までが一瞬。ジオウの目では捉えられない俊足で乱打が再開する。

 

思っていたよりも遥かに俊敏。さっきのトレーニングはまだ本調子では無かったようで、動きのキレが段違いだ。戦慄する。だが、速い攻撃なら壮間だってアナザーダブルで経験済みだ。

 

 

(防がれたっ!?)

 

 

ベルが手応えの変化を感じ驚嘆する。先制攻撃で圧倒するつもりだったが、徐々に、いや()()に速度に対応された。動きを予測されたかのように一気に攻撃が通らなくなった。

 

それによって表面化するのは、単純な能力値(カタログスペック)

 

余裕を与えたことで、ジオウの走力が、膂力が発揮される。その蹴りはベルの耐久では持て余すほど重い。変身したジオウの身体能力は、レベル3であるベルを恐らく超えている。

 

 

「……強いですね。『変身』だけじゃない。壮間さん自身が強いのが分かります」

 

「過剰評価ですよ。こっちから言わせれば生身でそれはおかしいって話で……!」

 

 

ジオウの剣とベルのナイフが火花を散らす。ベルが持つ黒いナイフ、《ヘスティア・ナイフ》は彼と呼応し、その速度と連撃に同調している。妙な感覚だった。武器を持った人間と戦っているというより、圧倒的に強い一匹の獣を相手にしているよう。それだけ武器と使い手が一体となっているのだ。

 

その気迫に気圧された瞬間、ベルの懐から伸びた緋色の軌跡。僅かに熱を帯びた一撃がジオウの胴体を斬り付ける。

 

 

(二本目ッ……!?)

 

 

ベルの二つ目の短刀装備、《牛若丸弐式》。その凄まじい破壊力と武器から漂う威圧感に、壮間はダンジョンで遭遇したあの猛牛(ミノタウロス)を想起した。それほどの猛威。

 

 

(二本目があんなら手数が倍だぞ、話が変わる! どう攻めて来る!? 想像して対応……!)

 

 

ベルの敏捷はジオウを凌駕している。そのステイタスの差額が壮間に手痛い現実を突きつける。あらゆる方向から仕掛けられ得る斬撃に打撃、()()()()()()()()()()()()という現実を。

 

 

(そんなのアリか、選択肢が無限に見えて絞れない!? 見てから防御……できるか馬鹿! 速過ぎる!)

 

 

攻撃に意識と身体が追いつかない。徐々にダメージが蓄積されていく。これでハッキリしたが、駆け引きとか技とかはベルの方が確実に上だ。そうなれば勝負すべきはそこじゃない。悲観は後にして、ジオウが持つアドバンテージを活かす!

 

 

《ジュウ!》

 

 

ベルの片方の斬撃を受けたまま、ジカンギレードを変形させて銃弾を放つ。不意に放たれた銃撃はベルの体勢を崩すには充分だった。剣が銃に変形するなんて、予想できる奴が居たらそれこそ神か何かだ。

 

 

「ベルさん、出し惜しみは無しで行きます!」

 

「っ……! もちろんです壮間さん!」

 

 

これまでずっと、やるしかないと、切迫した戦いばかりだった。でもここで負けたって誰も死なない。だからといって負けていいなんて微塵も思わない。敢えて言葉にするなら、勝ちたい、そう腹の底から叫びたい程に。

 

『やるしかない』ではなく、『やりたい』、『やってみたい』。

壮間は今、初めて戦いそのものの意義を味わっていた。

 

 

《ビルド!》

《アーマータイム!》

 

 

ビルドアーマーを展開し、ジオウは鎧を重ねて纏う。これによって俊敏に関しては差が更に開くが、それで構わない。スピードでの勝負は捨てる。防御を上げて、ベルの攻撃を受けれる回数を増やしたのだ。

 

当然、ベルも防御の向上に気付く。ベルは超近接戦闘から一歩半距離を置いて、防御寄りに姿勢を変えた。そしてドリルでの攻撃を警戒しつつ、姿が変化した意味を考察する。

 

 

(鎧を重ねた。右手に新しい武器。これで手数は五分、威力はあちらが上。硬さが上がっている。カウンター狙いか。速度は下がった。連撃よりも有効打に成り得るのは───)

 

 

それらの思考を一つに集約させ、ベルはジオウと間合いを離した。そして、《牛若丸弐式》を鞘に収めると、空いた右手を体の横で構える。吊り上がる柳眉は闘争の意思。狙うは一撃の決着。

 

 

「アレが来る……!」

 

 

(チャイム)の音が鳴り響く。

その音は壮間がダンジョンで聞いたものと全く同じ。あの力強い鐘の音も、視界を覆った美しい白光も、壮間が見た幻想なんかじゃなかった。その全てはベルが生み出した、彼の力を象徴する『スキル』の証。

 

スキルとは冒険者の生き様を綴った物語。

冒険者ベル・クラネルのスキル。銘を、【英雄願望(アルゴノゥト)】。

 

 

ジオウは考える。ビルドアーマーの効力で進化した思考回路を激しく回す。壮間はあの光を見たことがある。あの音が聞こえた直後、ベルは白い光の斬撃でミノタウロスの半身を消し飛ばした。

 

ここまでの攻防、ベルはあの光の斬撃を使っていない。つまりアレはこの『音』に起因する結果だ。よって、この音が意味するのは『力の蓄積』。そして、構えた右手にも覚えがある。来るのはミノタウロスにトドメを刺した、あの炎。

 

 

(ベルさんの狙いは、チャージした炎での一撃必殺!)

 

 

まだ止まるな。それが分かっても勝てはしない。ビルドの力なら、羽沢天介の力ならもっと先に行けるはずだ。仮面ライダービルドの解釈を広げろ。思考の循環を加速させろ!

 

科学とは『再現性』だ。その法則を捉える行為こそを科学と呼ぶ。

 

 

(あの時聞こえた音は5秒。散々見た通常斬撃と比較しろ。間合いの伸びは! 威力の振れ幅は! そこから逆算する。どのくらいの威力と規模が来る!? ベルさんに与えた蓄力時間は……!)

 

 

その間、7秒。

結論が弾き出されたと同時に、号砲は放たれた。

 

 

「【ファイアボルト】ッ!」

 

 

ベルの魔法は魔力の溜めである『詠唱』を必要としない、他に類を見ない速攻魔法。7秒分の蓄力が大爆炎として刹那で出力される。しかし、そのタイミングを極僅かのみ先読みしていたジオウは、

 

その爆炎が届く寸前で()()()()()()()()

 

 

(しまった…! 敏捷は下がったと思ってた、でも……!)

 

 

ベルは自身の落ち度を自覚した。瞬発に関してはその限りではなかった。ビルドアーマーの『ラビット』の脚力で跳び上がったジオウは、計算した【ファイアボルト】の軌道と重ならない放物線を描き、ベルとの距離を削り取っていく。

 

 

「兎には……兎だ!!」

 

 

狙いは予測された通りのカウンター。ジオウは右手に構えたドリルを白兎に突き出す。勝負を決する突貫を、その培った己の全霊で解き放つ。

 

 

「───まだ、だああああああッ!!」

 

「マジかよっ……!!?」

 

 

勝負は決まった、少なくともジオウはそう思っていた。

だが、勝負はまだ終わらせない。少なくともベルはそう叫んだ。

 

 

「うおおおおおおおおおッ!!」

 

 

ドリルの刺突を《ヘスティア・ナイフ》で防御する。高速回転する刃をナイフ一本で受け止め、衝撃を後ろへ流す神業。神の名を冠するナイフは決して折れない。ヘスティア・ナイフは持ち主の決断を走り抜け、火花に彩られて死闘が一瞬、硬直した。

 

渾身の一撃を捌かれたジオウ。それを完璧に受け切ったベル。

その一瞬で尚も動いた者こそが、勝者。

 

動いたのは───ベルだ。

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

 

体勢を崩したジオウの腹部に炸裂する、二発目の炎雷。

ジオウの体が大きく弾け飛び、倒れるまで行かずとも膝をついたまま動かない。

 

変身解除はしていない。戦闘の続行は可能だ。だが、防がれると思っていなかった一撃が完全に通じなかった時点で敗北のようなもの。加えて胴体に魔法を喰らわせられたとあれば、言い訳すらもまかり通らない。

 

 

「参った……俺の負けです」

 

 

_______________

 

 

早朝の決闘は壮間の敗北で終わった。お互い命に至るような大技を避けていたため、負傷は少ない。ただ、壮間の心は感じたことのない透明な敗北感で満ちていた。

 

全力でぶつかった上での正当な敗北。壮間にとっては、人生で初めての経験かもしれない。

 

 

「……クソ悔しい」

 

「どんまいソウマ! 切り替えてこ!」

 

「ありがとうございました壮間さん。僕も危なかったです、特に最後の……」

「へっへーん、見たか! これがボクのベル君の力さ!」

「ヘスティア様のじゃありません! あと凄いのはベル様です。ヘスティア様が威張ってどうするんですか!」

 

 

ヘスティアとリリ、2人の女性に圧し潰されるベル。彼がこのファミリアでどんな立ち位置にいるのかがなんとなく分かった気がした。昨日までは見えなかった事実だが、彼は飛び抜けて優しく、仲間に好かれているのだろう。

 

ともかく、これで確認は済んだ。ベルは異常だ。壮間とほぼ同じ戦闘経歴でも、きっとその密度が違う。戦士として格上なのは圧倒的にベルの方。そして、ベルがどうやってそこまで強くなれたのか、壮間は知りたいと思った。

 

その憧憬が答えを告げた。

ベルこそが、この世界の主人公であると。

 

 

「……もう一つ、お願いがあります、ヘスティア様。俺たちのダンジョン攻略に……【ヘスティア・ファミリア】の力を貸してください」

 

 

驚くほどスルリと出た言葉だった。でも、壮間は自分の言葉に驚かなかった。まるで頭の中で何かが沸騰しているようだった。客観性など捨て置いた、万能感すら感じる激しい高揚が鼓動を加速させていた。

 

しかし、発言自体はかなり自分勝手。沈黙しているベルやヘスティアを見て、壮間は我に返った。だが言ってしまった言葉が口に引っ込むこともないので、香奈の頭も一緒に下げさせ、壮間は言葉を上塗りする。

 

 

「……すいません。でも、気持ちは本気です。俺たちは別の世界から来ました。帰る方法が分かりません。その方法があるとすれば(アオイ)しかいない」

 

「【X階層】に挑めば、彼とまた接触できるかもしれない……ってことかい?」

 

 

ヘスティアが壮間の言葉の意味を確かめる。正直まずは突っぱねられると思ったので。壮間は驚きつつも自身の主張を補強する。

 

 

「はい。でも、俺は一度【X階層】に入ったことがある。あそこは俺一人じゃ攻略できません……俺の力じゃ、あの世界には及ばない。だから! 俺はベルさんたちの力を借りたいんです。この世界の『冒険者』の力を」

 

「ベル君と手合わせして力を借りたくなったのはわかる。でも、ボクのベル君だってそんなに安くはないぜ?」

 

「え、でも神様……」

「しっ! ベル君、今は面接の時間なんだ。静かに!」

 

 

僅かに戸惑う壮間に、再びヘスティアが咳ばらいをして言葉を返す。

 

 

「ひとつ、聞きたい事がある。君の本心で答えて欲しい」

 

 

澄んだ声色と青い瞳が壮間に向けられる。この幼い立ち姿の彼女から感じる威光、『神威』。背が自ずと直立し、首を垂れて敬意を表さずにはいられない。

 

これは虚偽が立ち入ることを許さない、神の尋問。

 

 

「元の世界に戻りたいと、君は言った。それなら被害者のよしみで手助けしてもいい。でも、君たちがダンジョンに求めているのは、本当にそれだけなのかい?」

 

 

神に嘘は通じない。そうでなくとも、壮間は自身の全てを曝け出すだけだ。さっきの戦いで己に芽生えた熱を伴う感情を、率直に言葉にして返答として捧げる。

 

 

「俺は俺の世界の歴史に名を残す『王様』になりたい」

 

「王様ぁ!?」

 

「そのために戦って、強くなってきたつもりです。でも俺の力はダンジョンじゃ通じなかった。ベルさんにも敵わない。まだまだ弱過ぎるって、痛感しました」

 

 

アナザーライダーを倒し、ライダーの力を受け継ぐ。それだけじゃきっと届かない。ガイスト・ロイミュードやバジリスクのような時代を制する強者や、白いアナザービルドやソラナキ、令央のような歴史に仇成す頭抜けた異分子には。

 

 

「俺はベルさんのように成りたい。ベルさんに勝ちたい。俺はもっと強くなれる! だから近くで一緒に戦いたい。きっとそれは、ダンジョンっていう環境の中で意味を持つと思うんです」

 

「……そのために、ボクたちを利用しようって?」

 

「はい。さっき負けた瞬間に、俺には想像できました。この世界で戦い抜いて、もっと強くなった自分が。だから俺の踏み台になってください」

 

 

厚顔無恥も承知の上、分不相応な台詞上等。今の壮間には矜持というものがある。ベルがそうであるように、例え未熟でも壮間だって『主人公』だ。

 

こちらを見つめる5人の冒険者と、一柱の神の眼に、壮間は一歩も譲らない。

 

 

「……決まり、でいいですよね? 神様」

 

「まぁ、そうだね。流石に『王様』なんて単語が出るとは思わなかったけど……これ聞いた神がボクだったからよかったよ。皆も異存は?」

 

(わたくし)はベル様が良いと仰るのなら……」

 

「右に同じくです。自分は団長であるベル殿の判断に従います」

 

「リリはまだ懐疑的ですが……体よく利用されろと言われて警戒しない方が無理です」

 

「俺は賛成だ。それに利用してやるのはこっちも同じだろ? そもそも、最初から()()()()()はあったんだ」

 

 

壮間が戦々恐々と返答を待っている間に、知らない話がトントン拍子で進んで行く。唖然としていた壮間に、緊張を解いた笑顔でヘスティアが事の運びを説明した。

 

 

「試すような真似をしてごめんよ。でも、しばらく一緒にやって行くんだから面接はしなきゃだろ?」

 

「元々僕たちは【X階層】に挑むつもりだったんです。昨日の夜それを話し合って、壮間さんの力を借りるっていう案も出てました」

 

「反対したのはリリとヴェルフ様です。リリはそもそも【X階層】に挑むことさえ乗り気ではありません。ダンジョンに不安要素が増えるのは困りますが、放っておいても【ロキ・ファミリア】か【フレイヤ・ファミリア】辺りが処理してくれるでしょう」

 

「俺は鍛冶師(スミス)として、未知の階層にある素材が気になって仕方がない。が、お前らに背中を預けるのは考えられなかったんだ、悪かったな。今は気が変わった。さっきの戦い見て心動かねぇってのは嘘だろ」

 

「……つまり、手を貸してくれるってことで……? こう言っちゃなんですけど、俺かなり失礼なこと言いまくったと思うんですが……」

 

「何言ってるんだ。ヴァレン何某に憧れて、英雄に憧れてのベル君だぞ!? そんな自慢の眷属が逆に『憧れてる』だなんて言われて、悪い気分なわけないじゃないか!」

 

 

ヘスティアの切り替えしは意外なものだった。壮間もベルも、憧れを標に走って来た者同士。またも見えたその共通項を確かめた所で、【ヘスティア・ファミリア】団長のベルが壮間に右手を差し出す。

 

 

「僕も負けません。よろしくお願いします、壮間さん!」

 

「っ……はい! ベルさん!」

 

 

白兎のような少年、瞬足の冒険者、ベル・クラネル。

サポーターであり指揮官、小人(パルゥム)の少女、リリルカ・アーデ。

ファミリアの兄貴分、赤髪の鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾ。

極東出身の少女、生真面目な武人、ヤマト・(ミコト)

金毛の狐人(ルナール)、元娼婦の妖術師、サンジョウノ・春姫。

 

竈の女神、ヘスティアの眷属である彼ら5人。

そこに異世界から来た王様志望と、その隣の少女の名が新たに連ねられる。

 

 

「ソウマやるじゃん。やっぱ変わったねって言いたいけど…ほんとに変わるのこっからだよね!」

 

「あぁ、この異世界でなんとなく過ごそうなんて馬鹿だ。せっかくやることが無いなら、冒険しよう。今の俺達がどこまで行けるか!」

 

 

日寺壮間 レベル1

片平香奈 レベル1

 

【ヘスティア・ファミリア】一時入団。

 

 

____________

 

 

エルフの少女、レフィーヤ。ダンジョンでの修行から地上に戻った彼女は【ファミリア】の仲間が待つホームへと帰還する。

 

『黄昏の館』。その『館』というより『塔』と呼んだ方がいいような縦に長い我が家を見ると、異常事態に見舞われ疲弊しきった彼女は心からの安心を覚えた。

 

 

「大きい家だな、もはや城だ。貴様は王族か何かなのか」

 

「いえ、ここは私の家というわけでなく【ファミリア】の本拠地で、大きいのも都市最大派閥なのでそれはまぁ……じゃなくてっ! どうしてここまでついて来てるんですか貴方は!」

 

 

そんな安心は所詮束の間。顔を横に向けると、図々しくも地上まで同行してきた『異常事態』ことミカドがいて、疲れを思い出した体がどっと重くなる。レベル3のレフィーヤが中層で後れを取ることはまず無いので、これは圧倒的に気疲れだ。

 

 

「言ったはずだ、宿が無ければ金も無い。魔石を回収していた男がダンジョンで行方不明なんでな」

 

「だったら探しに行けばいいじゃないですか! 貴方の力なら中層の探索くらい余裕です。ていうか探しに行ってあげるべきでしょう!?」

 

「馬鹿が。奴がこの程度で死ぬようなら、ここまでの戦いでとっくに死んでいるはずだ。日寺のことだ、どうせこの世界の誰かと邂逅して生き延びているに決まっている」

 

「それは貴方も同じだと思うんですが……貴方、自分が助けられたって自覚あります……?」

 

「無論だ! 俺は貴様がいなければ地上への道も分からなかった、感謝している。だから乗りかかった船ついでに俺に衣食住を提供し、今度は本気の魔法を見せろ」

 

「面の皮が厚いなんてものじゃありません!? 超硬金属(アダマンタイト)…! 貴方の面の皮は超硬金属(アダマンタイト)です!」

 

 

言っていることがほとんど山賊か海賊のそれであるミカド。悪意は全く無いのだろうが、単なる都合のゴリ押しでここまで突っ切れる人をレフィーヤは初めて見た。多分脳の構造がモンスターのようになっているんだろうなと、失礼極まりないことを思った。

 

そして、レフィーヤがミカドの同行を断固拒否する理由は、当然【ロキ・ファミリア】が都市最大派閥だからである。他所の誰かを無断で本拠地に入れるなんて論外。一団員であるレフィーヤの一存で、派閥を危機に陥れるなんてあってはならないのだ。

 

この際もう5000ヴァリスほど渡せば逃げられる気もするが、それはそれで負けた気がして嫌なレフィーヤ。こうも対抗心を燃やしてしまうのは、格下なのに底知れない強さを持った点や、意味は違うが真っ直ぐな心持ち、そして厚かましさが『とある冒険者』と似ているからだろうか。

 

 

(つまりこうなったのも、全部『あのヒューマン』のせいです……! 許せません……!)

 

 

レフィーヤはとんでもない結論に至った。

 

 

「おい聞いているのかレフィーヤ・ウィリディス。貴様、さっきの戦いではまだ手の内を───」

 

 

ミカドはミカドでレフィーヤが本気でなかったと見抜き不満を募らせており、レフィーヤはミカドのことを完全に無視して『彼』への憎悪を募らせていると、彼女は向こうからよく見知った姿が近づいているのに気付いた。

 

 

「あっ……貴方は隠れててくださいっ!」

「貴様なにをガフぉッ!?」

 

 

レベル3の腕力で茂みの中に突き飛ばされたミカド。どう考えても少女が出していいものではないパワーを喰らい、ミカドは茂みの中でうずくまる。骨でも折れたんじゃないかってくらい痛い。

 

すぐさま立ち上がって反撃でもなんでもしてやろうと考えたミカドだったが、すぐに怒りを収めて気配を消した。多人数の冒険者が近づいていたのだ。それも、全員がかなり強いのは見ただけで分かる。

 

 

「奇遇ねレフィーヤ。ダンジョンの特訓から帰ったところ?」

 

「そ、そうなんですティオネさん! ちょっと色々あって遅くなっちゃったんですけど……」

 

「……ねぇ、レフィーヤ。さっき誰かと喋ってなかった?」

 

「っ!? そ、そんなことないですよ!? ティオナさんの気のせいです! 私疲れてるのかなー、独り言多くなってるかも―……なんて」

 

 

茂みに隠れながらミカドは冒険者たちを観察する。レフィーヤの仲間、つまり都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の団員なら手練れは当然。特に先頭に立つ2人の褐色肌の女冒険者は、明らかに格が違う。

 

アマゾネス特有の露出の多い衣装を着た双子姉妹。

ミカドの中の極めて雑な判別を言葉にするなら、髪が長くて胸が大きい方が、【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ。髪が短くて胸が無い方が、【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ。

 

どちらもオラリオ最強戦力の第一級冒険者。正面から挑めば変身していようがまず負けると、ミカドは悔しがる間もなく結論付けた。

 

 

「そんなことより調査の方はどうでした!? 人工迷宮(クノッソス)の入口は……」

 

「収穫はゼロ。けれど、意味の分からない異常事態(イレギュラー)には遭遇したわ。早急に団長に報告よ」

 

「うーん……誰かいた気がしたんだけどなぁ。レフィーヤが楽しそうだったし、アルゴノゥト君が来てると思ったんだけど……」

 

「ぜっっったい有り得ませんっ! ていうか、万一そうでも楽しんだ覚えはありませんから!」

 

 

機嫌を悪くしたレフィーヤは、自然な流れでホームに足を向ける。僅かにミカドを気にする素振りを見せながらも、彼から離れられる絶好の好機と見た彼女は、そのままヒリュテ姉妹を押して館へと退散した。

 

 

「あの女、置いて行きやがった」

 

 

今すぐにでもホームに突入して追いかけたいところだが、流石のミカドもそこまで無鉄砲ではない。そもそも館には冒険者の見張りがいるため、特攻したって取り押さえられるのがオチだ。

 

 

「諦めんぞ俺は。魔法の真髄、必ずモノにしてやる」

 

 

___________

 

 

夜が明けた。

 

レフィーヤはなるべく人目に付かないよう、足音を忍ばせて外に出る。というのも、昨日あれから外に置き去りにしたミカドのことが気になっていたのだ。まぁ流石に何処かに行っているだろうと、半笑いで門の前を見渡すが、

 

 

「やっと来たか。一晩も待ったぞ」

 

「なんでまだいるんですか!!??」

 

「言ったはずだ、俺は魔法を理解するまで貴様を逃がさん」

 

「聞いてませんよそんな話!」

 

 

当然のようにミカドが門前に座り込んでいたので腰を抜かす。一晩ずっとここにいたのだとしたら、なんという執念。レフィーヤの中のミカド評価が「変なヒューマン」から「怖いヒューマン」にランクアップした。

 

これが神々の言うところの「ストーカー」なのだろうか。

 

 

「それで、俺を入れる気にはなったのか」

 

「なるわけないじゃないですか! 貴方のような危険な人を仲間に会わせられません!」

 

「俺が危険? 馬鹿言え、昨日貴様と話していたあの女共の方が余程の怪物だろう。貴様はレベル3だと言っていたな。昨日の二人のレベルはいくつなんだ」

 

「ティオナさんとティオネさんのことですか…? おふたりはレベル6ですけど」

 

「6……貴様の倍か。貴様以上の魔導士はいるのか」

 

「そりゃもういますよ! 私なんてリヴェリア様の足元にも及びません! なんといっても王族(ハイエルフ)、オラリオ最高の魔導士、レベル6の【九魔姫(ナイン・ヘル)】ですから!」

 

「ほう……面白い」

 

「はっ、ついファミリアの情報をペラペラと……! まぁ、このくらいなら都市で知らない人の方が少ないですし……って、まさかリヴェリア様にまでつきまとう気じゃないでしょうね! 絶対に許しません! 全エルフ総出で貴方を消し炭にしますよ!?」

 

「誰もそんな事は言ってない。が、俄然貴様の【ファミリア】とやらに興味が湧いたのは確かだ。それだけの強者が集まる環境……喰らい付く価値はある」

 

 

ミカドがそこまで強引に強さを求めるのは理解できない。ただ、その静かな声の奥で燃える感情に、レフィーヤは覚えがあった。彼と話していると、時折まるで鏡を見ているように感じることがある。

 

 

「……そうまでして負けたくない相手が、いるんですか?」

 

「分かるということは…貴様もそうか。あぁ、俺が『魔法』を手に入れたのはつい先日。俺はこの力を、一刻も早く自分の物にしなければいけない」

 

 

ミカドは現在、歴史を内包したライドウォッチを4つ所持している。その中で最も強力なのはウィザードウォッチ。それによって「魔力」という新概念を手にしたのだが、ミカド自身がその力を持て余しているのを理解していた。

 

壮間ならばそうはならない。彼は戦闘経験や余分な知識が無い分、ウォッチに眠る「他のライダーの力」に恐ろしいほど素直なのだ。もし壮間がウィザードウォッチを使えば、すぐさまその本質を理解してしまうだろう、というのがミカドの考えだ。

 

 

「……少し前までは、腑抜けた夢を語る馬鹿だとしか思っていなかった。俺が立っている次元からすれば程度が低いと、そう思い込んでいた。見下していたはずなのに……気付けば奴は俺の上にいて、俺に手を差し伸べていた」

 

「わかります……私は都市最大派閥の団員、あっちは無名のファミリア。冒険者としての経験だって、彼はまだ新米です! 心の何処かで……まだ私の方が上だって、そう思ってました。でも……追い付かれたんです」

 

「認めてからは早かった。奴の強さが、俺の弱さが痛いほどよく見えた。だが……」

 

「ただ機会や才能に恵まれてるだけじゃない。運がいいだけの人じゃないってことは、私が一番よくわかってる。でも……」

 

「俺は俺が自由であるために」

「私も憧れの人の隣に立つために」

 

「「絶対に負けたくない」」

 

 

その言葉が綺麗に揃い、柄にもなく笑みをこぼしてしまったミカド。それに対してレフィーヤも、僅かながらミカドを認めて柔らかく笑みを返す。

 

心から認めているけど、命に代えても負けたくない。そんな相手がいる者同士、心は自然と解けるものだ。

 

 

「わかりました! お互い難儀な宿敵(ライバル)がいるよしみです、ダンジョンで魔法の特訓に付き合うくらいは……って、そうでした、今はダンジョンには……」

 

「謎の階層、【X階層】が出現する可能性がある。よって、団員全員がダンジョンに行くのを止められている」

 

「そうなんです……ですから代わりに、って!!? なんで貴方がそれを知ってるんですかっ!? まさか───!」

 

 

その、まさかである。ミカドはタカウォッチロイドを黄昏の館に侵入させ、昨夜行われた【ロキ・ファミリア】の会議を盗聴していたのだ。戦場思考のミカドが何もせず大人しく待つなんて有り得ない。

 

 

「事情を知り、カードは揃った。力を貸せレフィーヤ・ウィリディス。今からこの館に突入し、貴様らのリーダーと交渉をする」

 

「そんなの許すわけないじゃないですか! 少しばかり心を許した私が愚かでした、やっぱり貴方と私は全然違いますっ!!」

 

「当然だろう馬鹿が!! 安心しろ、俺は貴様らの利益になってやると言っているんだ。俺を信頼しろ!」

 

 

そう言われてレフィーヤの脳内に浮上するのは、ミカドの度重なる無礼な発言・態度、他派閥のホームの前で一晩待ち伏せし、あろうことか盗聴までする異常性。

 

 

「何をもって信頼すれば!?」

 

「じゃあ不信な動きをしたら首を折るなりなんなり好きにすればいい!」

 

「だから人を怪物みたいに言うのをやめ───っ!!」

 

 

レフィーヤに四の五の言わせず、ミカドは彼女の口を塞ぎ、その軽い身体を抱えて黄昏の館正門に突撃。昨日同様に見張りが居るが、彼らもレフィーヤが捕まっているのを見て血相を変える。

 

 

「門を開けろ! さもなくば、この女の頭を潰すぞ!」

 

(これもう充分に不信な動きじゃないですか!?)

 

 

一瞬だけ首を折るべきか否か考えたレフィーヤ、彼女も彼女で血迷っている。そして、ファミリア内でも主戦力に数えられるレフィーヤが捕まった=ミカドが強いということになるため、固まった見張りを突破して黄昏の館に侵入できてしまった。

 

 

「この派閥の頭を出せ! 話がある! 貴様らが手をこまねいている【X階層】のことだ!」

 

 

泣きそうなレフィーヤ。騒めく団員達。ミカドに対し応戦しようとする主戦力、特に一人のアマゾネス。それら全てを制止させる一声が館に響いた。

 

 

「僕を呼んだかい? 闇討ちならまだしも、朝から本拠地に攻め込まれたのは初めての経験だ。しかも単独とはね」

 

 

ミカドの呼びかけに応じたのは、金髪の幼い少年だった。子供かと思ったが、昨日の盗聴で会議を仕切っていた声と一致する。何より、相対して伝わる強さは昨日のアマゾネス姉妹を凌駕していた。

 

ロキ・ファミリア団長、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

レベルの上がりにくい種族である小人(パルゥム)にして、異端のレベル6。

 

 

「俺に戦闘の意思は無い。戦っても勝てんのは分かっている。話をしてくれるならコイツも解放する」

 

「それは助かるよ。でも、それならどうしてこんな真似を?」

 

「まどろっこしいのは嫌いだというのもあるが、そうしても問題ないと判断した。昨日盗み聞きさせてもらった限り、貴様は()()()()()男だ」

 

 

ミカドの狙いは、交渉の卓に付くことただ一つ。フィンに会えただけで目標は達成された。ただし、本当の鬼門はここから。

 

交渉の相手は、オラリオ最高の智将と知られる男だ。

 

 

「…そこまで言うなら話を聞こうか。無論、聞くに値しないと判断した時点で君を捕らえさせてもらう」

 

「そうはさせないから黙って聞け。まず、昨夜ここに現れたアオイという男が【X階層】のことを告げて消え、その直後にダンジョンから戻った団員から、聞いた通りの異常事態に遭遇したと報告を受けた。そして貴様ら【ロキ・ファミリア】は、都市最大派閥としてその異常事態の処理をしようと考えている。ここまでは正しいな」

 

「驚いたね、まさか本当に盗み聞きされてたとは。ここからが本題みたいだけど、君は僕らにどんなカードを提示してくれるのかな?」

 

「俺が『こことは違う別の世界』から来たと言ったら、貴様は信じるか」

 

 

ミカドは己が持つ最大威力の切り札を、前置き無しで早々に切った。

結果、周囲からは怒りの声や呆れた笑いが起こる。ミカドに抱えられているレフィーヤも、「何を言ってるんですか!?」と噛み付いてくる。

 

 

「……テメェ、まさかそんなふざけた冗談を言うために、団長を呼んだんじゃねぇだろうな……!?」

 

 

特に昨日見たアマゾネスのティオネは、あの淑やかな振る舞いを消失させ、完全な殺意と怒気をミカドに向ける。恐らく彼女の地雷を踏んだのだろうが、他の団員に相手にされていないこと含め、そんなことはどうでもいい。

 

 

「待つんだティオネ」

 

 

最初から相手にしているのはフィンのみ。そして予想通り、ミカドの切り札はフィンに突き刺さっていた。

 

 

「つまりそれは、あの【次幻怪盗(ファントムシーフ)】と同じように……と言いたいのかい?」

 

「やはり貴様は気付いていたか」

 

 

ミカドは盗聴を通し、アオイが過去一度この世界に来ていることを知った。

アオイが異世界から来たと周知されている場合。そうでない場合。そのうち後者が正しいことはさっきの反応を見て気付いたが、後者が正しい時、『フィンだけはアオイの正体に勘付いている』とミカドは確信していた。

 

まずアオイという男は、壮間の話を聞く限り自分の身元を隠すようなタイプではない。過去一度現れたとするなら、正体を明かさなかったとしても多数のヒントを落として去ったはず。

 

そして、盗聴で聞いたフィンの口調や物言い、情報整理の手腕、そして今目の前に対面した時の雰囲気や視線。恐ろしく頭が良く、尚且つ恐ろしく勘が良い者のそれだ。丁度、2003年で会い、恐らくミカドの正体に勘付いていたであろう真戸呉緒がそうだったように。

 

 

「なるほど、面白い話になってきた。という事は、君は彼についての情報を提供してくれると? それにしてはリスクと釣り合ってない気がするね」

 

「残念だが奴については俺も知らん。戦いも見ていない。が、安心しろ、もっと有用なものをくれてやる。そこの肌が黒い女、昨日【X階層】で見たというモンスターを言ってみろ」

 

「あ゛ぁ!? ガラス細工みてぇな奴にどんだけ殴っても死なねぇ虫! どいつもこいつも人型だった! それがどうした!」

「ティオネ落ち着いてよー。それにほら、大型のモンスターもいたよ? デッカい蟹!」

 

「ファンガイア、アンデッド、魔化魍。貴様らが見た怪物は、俺の世界の怪人だ」

 

 

団員全体に走る驚きと、不信感。感情が渦巻く場所の中心で、団長のフィンは俯瞰的に状況を精査する。

 

【ロキ・ファミリア】は現在、都市を揺るがす大事件の渦中にある。そんな中で飛び込んできたこの異常事態は率直に言って迷惑でしかない。できることなら片手間に済ませたい事案だが、未知のモンスターが大量にいるのであればそれは難しい。

 

そこで、ミカドからモンスターの情報を引き出せるとなれば、それは願っても無い事。未知と既知とでは天地の差。【X階層】攻略におけるリスクを大幅に減らすことが可能だ。

 

 

「君の言い分が真実である保証は? 僕らは名の知れた大派閥だ、取り入ろうとする輩は後を絶たない。君がそんな有象無象とは異なると、どうして言い切れる?」

 

「怪人の絵か写真でもあれば話が早かったか? いずれにせよ、貴様らの『俺がディエンドと繋がっている』という疑いは晴らせない。それならいっそ俺を貴様らの前線に加えろ」

 

「……なるほど、そう来るか」

 

「俺がヤツの内通者だとしても、嘘を教えれば前線に加わる俺の命も危うい。第一【X階層】を直に探索した人間が複数いる以上、デタラメに嘘を吐き連ねるだけリスキーだ。そもそもの話、多少の嘘で堕ちる程度の城なら、この怪物だらけの迷宮都市で『最大』などと謳われるはずがないと思うが?」

 

 

ミカドの話の真偽など、フィンにとってはどうでもいい。得たかった情報は『ミカドはフィンが疑っていると思っているか』であり、答えは是だった。

 

もしこの世界の常識が彼にあるのなら、【ファミリア】を嘘で落とそうだなんて発想には至らない。何故なら、ファミリアには必ず主神が存在し、神には下界の子の嘘は通じない。これを知らない時点で彼の「別の世界から来た」という言い分にはある程度の信憑性が生じる。

 

 

「まさか親切心で言ってるわけじゃないだろう? 僕らに対する要求もあるはずだ」

 

「当然。見返りは反論に織り込み済みだ。元の世界に戻るまで、俺をこのファミリアに入れろ」

 

「君はその意味を分かって言っているのかい? ファミリアは一蓮托生のいわば『仲間』であり『家族』だ。信頼のおけない、ましてや生きた世界すら異なる余所者にとって、生易しい場所ではないよ」

 

「覚悟の上だ。慣れ合う気は無い。俺は貴様らの強さを喰って強くなりに来た! さぁ俺を使え、都市最強のファミリア! 俺も貴様らを利用してやる!」

 

 

なんとも大胆不敵。そして呆れるほど愚直。

まるで削り出す前の無骨な宝石だ。その眼に宿るのは黒い業火。冒険者なら誰しも持つ、富や名声、夢や希望、それらを命懸けで掴み取らんとする、ある意味“歪んだ”野心。

 

それを見せられれば、例え異世界の人間だろうと『冒険者』であると認めざるを得ない。だが同時にフィンの親指が疼く。ファミリアの仲間たちにも引けを取らない、彼の燃えるような覚悟の正体に、興味を惹かれる。

 

 

「最後に一つだけ聞いてもいいかな? 別の世界に来てまで、敢えて茨の道を選ぶというのなら、君はどうしてそこまで強くなりたい」

 

「救世主になるためだ。怪物に支配された俺の世界を、他の誰でも無い俺が救ってみせる! 俺だけが! 俺の世界を変えられる!」

 

 

ミカドはもう過去には縛られない。ただ、その強き願いを忘れることも絶対にない。楽ではない道のりを経て、形を変えて生まれ変わったミカドの拙い夢を、勇者と呼ばれる冒険者は笑わない。

 

この世界はかつてモンスターに支配されていた。誰もが恐れるその絶望と混沌の時代に、この少年は挑もうと言うのか。世界を変えようと言うのか。

 

他の誰でも無い、自分自身が希望を実現させる。

これを笑い話にしてしまうような者に、【勇者】の名は相応しくない。

フィン・ディムナもまた『英雄にならんとする者』。同じ志を持つ者として、フィンの心はミカドの勇気に魅せられた。

 

 

「……君の名前は」

 

「ミカドだ」

 

「いいだろうミカド、君の勇気に敬意を表そう。僕たち【ロキ・ファミリア】は君を迎え入れる」

 

「ま、待ってください団長! 本当にこんなヒューマンを仲間に入れるんですか!? 彼は有り得ないくらい非常識です! それに、そうです! ロキにも話を通すべきじゃ……!」

 

「黙れ貴様。団長の決定は絶対だろうが」

 

「団員面しないでください! 私は認めてませんから!」

 

 

ぎゃいぎゃいと意を唱えたのは、未だ彼に人質にされたままのレフィーヤだった。力づくで抜けてからは人質の体を成していないのだが。しかし、実のところ彼女だけではなく、ミカドを受け入れていない団員は他にも大勢いる。

 

一蓮托生の一枚岩といっても、リーダーに従うだけではない。それだけで集団の有能さが見て取れる。だが、そこでフィンは新たに言葉の旗を掲げた。

 

 

「落ち着いてくれレフィーヤ。まずロキだが……『別の世界』なんて聞いて面白がらないはずがない。まぁ入団に反対はしないだろうね」

 

「それは、そうですけど……」

 

「そして彼は自分で言ったんだ。慣れ合うつもりは無い、と。別に仲良くする必要は無いさ。だが、僕は逆に考えている」

 

「……逆だと?」

 

「君は得難い情報を持った貴重な人材。僕は君を情報を提供する『客』として扱い、【X階層】での案内をしてもらうつもりだ。当然、元の世界に帰る方法が見つかれば見返りとして共有する。君は紅茶でも啜りながら安全圏で待っていればいい」

 

 

そう言うフィンの顔は笑っていたが、嘲るようなそれではない。これは戦力外通告と同時に挑戦状。他の団員の反対をそのまま形に変えたような、手痛い洗礼。

 

 

「いくら強い思いがあろうと、僕は半端な戦力を作戦に加えるつもりは無い。これが都市最大派閥、君の望んだ環境だ。異論はあるかい?」

 

「聞くまでもない話だったな。いらぬ警告だ、俺の居場所は俺自身の力で勝ち取る!」

 

「これが彼の覚悟だ。わかったか皆、僕らは彼を試すと同時に、彼に試されているんだ! 僕らは恐れている。怪物に支配されし古の時代を。そんな戦乱の世を生き、尚も抗おうと戦う彼をどうして侮れる!? この世界は温いと思わせたまま、彼を帰らせるつもりかい? 見せようじゃないか、僕等【ロキ・ファミリア】を、僕等こそがこの世界の英雄であると!」

 

 

団員の総意を把握して纏め、同調した上で、ミカドが仲間になるに足る存在であることを補強して反対派の団員の感情までも煽った。そうして振られた旗の通りに、ファミリアの意思は一つとなって歓声が上がる。

 

これが都市最大派閥の統率者。曲者なんて安易な言葉では計れない、そんな強者がここには何人もいる。そう思うと、ミカドの体が芯から震えた。これは恐怖ではなく、抑えきれない興奮だ。

 

 

(楽しいと感じているのか、俺は……! 少し前なら考えられなかったな。だが、悪くない)

 

 

世界を知らぬ弱者よ、未知へと踏み出せ。

富を求めよ。名声を渇望せよ。強くなる自分に胸を高鳴らせろ。

英雄へと至る全てはそこにある。

 

さぁ、産声を上げた冒険者よ───『冒険』をしよう。

 

 

光ヶ崎ミカド レベル1

【ロキ・ファミリア】一時入団。

 

 

 

「私は認めませんからね」

 

「おいウィリディス」

 

「レフィーヤでいいです。同胞(エルフ)でもない貴方に里の一族の名を呼ばれたくありません!」

 

 

レフィーヤだけは、フィンの言葉を以てしても受け入れがたい様子。他の皆もこの男の人間性を見たら辟易するはずと考えているが、ライバルに対する感情と、その行動原理は心から認めてしまっているので、なんとも形容し難い表情でミカドを睨む。

 

 

「チッ…高慢だなやはり。ならレフィーヤ、貴様の言っていた憧れとやらはどいつだ。そのリヴェリアとかいうエルフのことか?」

 

「リヴェリア様は憧れというわけじゃなく……貴方に教えるのも癪ですが、私の憧れはアイズさんです!」

 

「どいつだ」

 

「今は色々と忙しいんです! リヴェリア様もお仕事中ですし、アイズさんは昨日から単独(ソロ)でダンジョン下層まで行ってます」

 

 

どうやらこの世界に携帯電話のような通信技術は無いらしい。あったとしたら【X階層】の話を伝え、体勢を整えるためにダンジョンから呼び戻すはずだ。

 

 

「…待て。今ダンジョンにいるのはどうなんだ。作戦前に【X階層】に入ってしまうんじゃないか」

 

「大丈夫です。アイズさんはレベル6、都市最強級の()()()剣士ですよ!?」

「そこを強調する意味はあったか」

「そ、それにティオネさんたちが【X階層】に入ったのだって偶然です。話によれば出現は不規則らしいですし、アイズさんに限ってそんな偶然は───」

 

 

______________

 

 

 

ダンジョンに咲く一輪の花。

と安易に口にしようものなら、男神共から「いやあの美しさは湖だろ!」「眼ェ腐ってんのかテメェ! 彼女は瞬く星だ!」「いいや、あのマジかわを形容するとすれば…“嫁”だろ」などと高次元の論争が巻き起こるだろう。

 

神々さえも虜にする金髪金眼のヒューマンの少女。

その美しさに気取ったそれや傲慢さではい。そこに内包されるのは、ただ澄み切った無垢と、得物の細剣を体現したような圧倒的で研ぎ澄まされた強さ。

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】───」

 

 

風が吹く。剣先から腕を通り、そのつま先に至るまで、その軽装を補って余りある風の鎧が美し過ぎる身体を覆う。そしてその風音は、人に仇成す怪物にとっては死神の足音に同じ。

 

彼女の『風』の前に、異形の怪物たちは斬り裂かれ、穿たれ、灰燼へと還る。

 

 

第一級冒険者 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

ベル・クラネル、レフィーヤ・ウィリディス、この2人の憧れの存在である彼女は今、

 

 

「どこだろう、ここ……?」

 

 

下層の探索中、【X階層】に飲み込まれてしまっていた。

完全に想定外。そして完全に知らないモンスターが彼女に襲い掛かり、それらを()()()()()()後、事態の深刻さに気付いて辺りをオロオロと見回していた。

 

彼女は無垢、言い換えれば『天然』である。

 

 

「ヤバ、【剣姫】みっけ! マティちゃんってば幸すぎ!」

 

「あなた、は……!?」

 

 

彼女の冒険者の感覚を掻い潜り、【X階層】に2人目の少女は現れる。その傍に悪役の姿は無い。マティーナはその身一つで【剣姫】との接触を果たした。

 

その身に宿すは、誰よりも軽率な愛の感情。

 

 




各々がファミリアに入団! その世界独自の超能力を身に着ける展開です。長い事クロスオーバーしてますが、こういうのは初めてでワクワクしております。

そしてフィンと春姫、アイズが登場してメインキャラはほぼ出揃ったかと。あとロキ・ファミリアの何人かですかね。そしてダンまち編を挟んだ理由の一つ、次回は少しだけマティのターンが入ります。

感想、高評価、お気に入り登録、募集事項等もよろしくお願いします!


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(マティーナ)

竜峰=ダンタリオ=レンブラッド
2012年で仮面ライダーウィザードに変身した悪魔。通称「ダン」。悪魔らしく自分以外の全てにマウントを取り、悪魔らしく人間を絶望させるのが至上と豪語するなど、総じてヒーローらしからぬ性格。その実、生まれつき魔力が少ない「魔力喘息」であり、竜峰家の責任問題でファントム退治を押し付けられただけで、昔は弱気でネガティブな性格だった。2012年ではゲートであるミカドの過去を知った上で「堕落」を説き、戦場に自身の意思で赴いたミカドの「希望」を認め、仮面ライダーウィザードの力を託した。修正された歴史では、実家の仕事を継いで魔獣の世話をする毎日を送っているが、密かに下界行きを夢見ている。名前の由来はソロモン72柱の悪魔「ダンタリオン」。



過去最長のお久しぶりです。改名しました壱肆陸です。
忘れていると思うので軽く振り返りを置いておきます。

①壮間たちはディエンドにダンまち世界へ飛ばされてしまう
②怪人が出現するダンジョン【X階層】が出現
③壮間と香奈は【ヘスティア・ファミリア】へ、ミカドは【ロキ・ファミリア】に入団し、元の世界に戻る方法を探すため【X階層】攻略を目指す
④一方そのころ【剣姫】アイズとマティーナが邂逅

更新再開しますので、よろしくお願いします。
今回も「ここすき」よろしくです!


「位置について、よーい……ドンっ!」

 

 

身を屈めた香奈は、壮間の掛け声で駆け出した。枝と枝で終始のみを区切った簡易的な50M(メドル)のコースを彼女は一気に駆け抜ける。これは壮間の世界で言う所の『50m走』。そして、肝心のタイムはというと。

 

 

「6秒4……相変わらず陸上部並の記録」

 

「6秒台! 結構速くなってる! でもなんか……思ってたよりは地味?」

 

「当然です。『神の恩恵』を授かったからと言って、そう急に超人にはなりません」

 

 

壮間が読み上げた記録に喜びつつも、若干不満げな香奈。

壮間と香奈はつい先ほど、神ヘスティアから『恩恵』を授かった。具体的に言えば、背中に【ステイタス】を刻んでもらったのだ。この体力テストじみた催しは、その効果のほどを確かめるものだ。

 

 

「なんかこう、うおおおお力が溢れる! みたいなの期待してたんだけどなー」

 

「分かります…でもダンジョンに潜ってモンスターと戦ったり、修行なんかしたりで経験値(エクセリア)は体に刻まれて、確実に強くなっていきますよ」

 

「……と、ベル様は言っておられますが、【ステイタス】の上昇というのは本来非常に緩やかなものです。この世界にどれだけ滞在されるおつもりか知りませんが、短期間では大した成長は見込めませんよ」

 

「リリルカさんの言う通りっぽいな。まぁ、元々気休めみたいなつもりではあったけど。で……これでも香奈は気持ち変わらないか?」

 

「当然! 行くよダンジョン! 私も!」

 

 

この世界にいる間にベルのようには成れないと分かっても、香奈は自身の意見を曲げない。ゲーム好きの彼女はどうしても『ダンジョン』というものを見てみたいらしい。

 

 

「なんかこう、一気に強くなる裏技とか無いの!? ほら、ベル君って4か月で『レベル3』になったんでしょ? だったらメチャクチャ頑張ったらレベル上げれたりは……」

 

「できる! わけ! ありませんっ! そもそもベル様の成長速度が異常なだけで、普通ランクアップというものはそれなりの年月を要するんです! リリなんて…生まれた時から『恩恵』を授かっているのにまだレベル1……!」

 

「へー、リリちゃん冒険者歴長いんだ。8年くらい?」

「リリは15歳です!! ベル様より年上なんです!!」

 

「えっ、嘘!? 小っちゃいのに! でも私17歳! 勝ち!」

 

「何の勝負ですか!!」

 

 

横で香奈が大変な粗相をしているのが申し訳ないが、壮間は一先ずダンジョン攻略に思考を費やすことにした。ともかく、香奈も壮間も『魔法』や『スキル』が発現しなかった以上、『恩恵』に大きな期待は持てない。

 

 

「俺はとにかく技術や知識、あとは戦い方を磨いて行こうと思います。ベルさん、特訓付き合って貰えますか?」

 

「いいですけど…僕、人に教えるっていうのはやったことなくて。特訓相手は出来るなら僕よりもアイズさんの方が……」

 

「アイズさん?」

 

 

彼女は他派閥、しかも都市の超有名人。これまで2度も稽古の機会があったのにまだ望むのは流石に厚かましいと、ベルは自身の憧れの影を選択肢から消した。

 

そして、そんなベルの憧れ、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインはというと───今まさに都市を騒がせるダンジョンの異常事態、【X階層】へと踏み入ってしまっていた。

 

ただし、彼女に降りかかっている異常は未知なるモンスターでも、ギミックでもなく、何者か分からない少女『マティーナ』という、飛びきりの異常事態だった。

 

 

「今の風、マジ凄だった! 強いんだねぇアイズちん」

 

「……神、様…?」

 

 

相応の警戒を向けつつ、アイズは自身の中に浮上した可能性を口に出した。

まるで自分達とは違う次元に生きるような超越存在の視線。目の前の彼女は異様だと断言は出来る。アイズの知っている内で最も近かったのが『神』だった。

 

だが、それではダンジョンに彼女がいることが説明できない。神はダンジョンには入れない、入ってはいけないというのが原則だ。何より、彼女が放っているのは神威というよりはむしろ、もっと異質な『歪み』そのもの。

 

 

「神サマ? 違うよ。マティちゃんそーゆーのじゃナイナイ!」

 

「そうなんですね……?」

 

「ここにはさぁ、アイズちんとお話しに来たワケ! だって16歳でそんな強い生き物になるとかヤバじゃん! びっくらだよ! マティちゃん女の子もラブだし、好きになっちゃうかもーなんて!」

 

 

アイズには理解しがたいテンションで、なんだか段々と神様に近い気もしてきた。

しかし、余裕綽々意気揚々と語り掛けるマティーナの周囲に集う殺気。忘れてはいけない、ここはダンジョン。油断をした者から死んでいく場所。生まれたばかりの怪人達は、その生得の殺傷能力を全て、警戒の無いマティーナへと向けた。

 

 

「っ───危ない……!」

 

「『止まりなさい』」

 

 

アイズの剣が届く距離だった。しかし、その剣が振るわれる前に怪人達の動きは止まった。理性や知性が無いはずのモンスターが、彼女の言葉に従ったのだ。

 

 

「『これ以降、私への全ての攻撃を禁じます』」

 

 

モンスターはまたもその言葉に従い、階層の奥へと他の冒険者を探しに消えていく。彼女の声は冷たく無機質だった。それは感情の無い、ただの『宣告』。それをモンスターは遵守するという、不可解な理屈が眼前に広がる。

 

アイズの第一級冒険者としての経験は、彼女の正体を説明できない。モンスターの調教(テイム)にしたって、言葉だけでは到底不可能だ。それなら超短文詠唱の魔法? しかしその軽率な立ち振る舞いから魔力は感じない。

 

 

「あっ、フツーに時間止めればよかったじゃんね。マティちゃんうっかり~! まーいっか、これでゆっくりお話しできるねアイズちん!」

 

 

モンスターがいなくなったエリアで、手ごろな岩を見つけたマティーナ。そこに座り込んだ彼女は、岩の上で手をパタパタとさせてアイズを誘う。この岩を机に見立てているつもりらしい。

 

アイズも油断はしない。油断はしないが、誘われた通りに彼女も岩の前に腰掛けた。

 

 

(彼女は神じゃない…でもあの力は、きっと神の力(アルカナム)と同等……!)

 

 

神は全知全能の存在。

しかし下界に降りた神は、自身が持つ超常的な能力を封印して生活をしている。というのも、神々曰く『権能が使えたら地上ライフつまらんだろ』らしく、一部の例外を除き力を使った時点で天界へと強制送還される決まりとなっているのだ。

 

神は地上では『全知零能』。

だが、神ではないという彼女が神の力(アルカナム)と同質の力を無条件で行使できるとしたら、それは世界が掌上に置かれているのと同義だ。

 

見極めなければいけない。彼女が善人なのか、悪人なのか。もし悪人だとしたら───

 

 

「アオイに聞いたよー、アイズちんジャガ丸くん好きなんでしょ? ほら、あげる!」

 

「っ!」

 

 

マティーナを最大限警戒していたアイズだったが、彼女が出したジャガ丸くんに一瞬で陥落した。マティーナから手早くジャガ丸くんを受け取ると、小さな口で遠慮なく頬張る。

 

あまり表情は変わらないが、今まさに幸福の絶頂! という感じなのは伝わってくる。アイズは史上最強のジャガ丸くん愛好家。そして彼女の中では、ジャガ丸くんをくれる人は善い人ということになっている。

 

 

「美味しそうに食べるねー、超キュートじゃん! ワンちゃんみたい!」

 

「美味しいです……ジャガ丸くんは、完全食。世界一の食べ物……! でも……」

 

「それにしてもレベルが高い冒険者ってホントに毒効かないんだ。それに致死量入れたんだけど、やっぱ凄い生き物だね! マティちゃん仰天!」

 

「やっぱり……! わかってない…ジャガ丸くんに毒は、邪道!」

 

 

そしてアイズはド天然(おバカ)であった。

しかし、レベル6ともなれば耐異常のアビリティも極まっている。第一級冒険者を服毒させ殺すのは不可能だ。毒殺の心配など必要が無いと言った方がいい。

 

 

「それで、マティ……さん?」

 

「なになにアイズちん」

 

「マティさんは、ここがどこなのか…知ってるんですか?」

 

「ん、知ってるよ。だってここマティちゃんが作ったんだもん」

 

 

あっけらかんと信じられないことを言うマティーナ。このモンスターもいる上にどう考えても人工で作られたものじゃない階層を、彼女が作ったと言う。しかし彼女が嘘をついているようには思えなかった。

 

というよりも、嘘をつく必要すら無い。そんな視線。

マティがアイズを見る目は神と同じ、下位の存在を見るものだ。

 

 

「ホントは嫌だったんだよ? だってめんどっちいし。でもアオイがどーしてもって言うから。推し活しないとね、推し活!」

 

「マティさんは、何者…なんですか」

 

「なんだろーね……愛に生きる女、的な?」

 

「愛……?」

 

「アイズちん好きな人いる? 推しは? 音楽とかお話とか、好きって色々あるじゃん。マティちゃんはねぇ…強い人が好き! 自然淘汰に食物連鎖、絶対に生き残る生き物が大好き」

 

 

愛というものがよく分からない、そんなアイズが問いかけた純粋な疑問。それの答えは随分と単純だった。強い人が好き、まるでアマゾネスのようだとも思った。

 

だが、アイズが理解できた文章はそこだけだった。

 

 

「でも、一番好きなのは自分。マティちゃんは、誰かを愛してる自分が一番好き」

 

 

混じり気の無い笑顔は、楽しそうにそう語った。

誰しもが持ち得る心の内側。それを隠す必要も無いと言い放つ彼女。だからなのかは定かではないが、その一瞬だけアイズには、マティーナが人には見えなかった。

 

 

「アイズちんは漫画とか小説とか好き?」

 

「……!?」

 

「マティちゃんはキライ! だってページめくるのメンド―じゃん。マティちゃんは誰かを推すのに努力なんかしたくない。だから王様とかもどーでもいいの。オゼちんやウィルちんみたいにオタクちゃんでもないからさ、なんで強いのかーとか、過去がーとか、どーでもいいの」

 

 

彼女は話し続ける。この世界の住人には理解できない文字列を。

下界の人々に娯楽を見出す悪神ですらも、唾を吐きかけるような浅い主張を。

 

 

「物語に価値なんて無いよ。だから飛ばし読みしちゃって、早送りしちゃって、一番強くてカッコいいマティちゃんの推しを見つけるの! 超素敵じゃない? そしたらさ、一番強い推しがいるマティちゃんの愛が最強で、一番強い推しを推してるマティちゃんが一番イケてるってことじゃん!」

 

「……それじゃあ、昔にモンスターと戦ってた英雄も…」

 

「英雄? アオイが言ってたけど…アルゴノゥト、フィアナだっけ、あとアルバートとか? 強い人は好きだけど」

 

「っ……! 戦いの中で命を懸けて……それでも人々のために戦って、偉業を成し遂げた…そんな英雄の戦いも、価値が無いって言うんですか……!」

 

「ん、すぐ死ぬし英雄って。だったらラスボスで居座ってるモンスターの方がラブじゃない?」

 

 

彼女は何を言っている。心の底からアイズは理解できない。

モンスターとは人類の敵だ。モンスターがどれだけの人を殺したと思っている。

 

そうか、そんな事、マティーナにとってはどうでもいいのだ。

自分の軽率な愛の過程で誰が死のうが、彼女はその背後の物語に関心を示さない。

それは彼の英雄に対する最大限の冒涜であり、侮辱だ。

 

 

「取り消してください…! じゃないと、私はあなたを許さない……!」

 

「怒っちゃった!? あー、アオイには丁寧におもてなししろって言われたのに―! しょーがないなぁ」

 

 

マティーナが不貞腐れたように頭を傾けると、その愛を失った蔑むような視線と呼び合い、壁が割れる。そして、怪人達が産声を上げた。産まれたモンスターは3体。

 

コブラのような姿の超越生命(アンノウン)『スネークロード・アングィス・マスクルス』。モグラのイメージで実体化した未来人類(イマジン)『モールイマジン』。そして侵略種(ワーム)のサナギ態。

 

 

「『争え』」

 

 

モールイマジンが鉄爪をアイズの細い体に叩き付ける。彼女の耐久ならば避けるまでもなく、攻撃を受け止めてそのまま斬り返した。だが、想定外が2つ。第一に攻撃が想定より強く、第二に敵が想定よりも硬い。

 

 

「さっきよりも強い……!」

 

「『最後の一匹になるまで殺せ。力を示しなさい』」

 

 

マティーナの『発令』はモンスターの行動を制限するだけでなく、行動を強制した上で強化さえも可能にする。それによって能力が上昇した怪人達の能力値は、ダンジョン深層のモンスターのそれに匹敵する。

 

加えて、今度はスネークロードが行動を開始。錫杖を掲げると、アイズの頭上に出現する次元断層。それは強烈な引力を持ち、彼女の体を一瞬で吸い込んだ。

 

アイズが次に見た景色は遥か遠くの地面。このルームで最も高度がある位置、その最大限上空に転移されたのだ。ここから落下し、下で待ち構える強力な怪人達。並大抵の冒険者なら即死のコンボだろう。

 

ただ、【剣姫】は並大抵でも強豪でもなく、『怪物』なのだ。

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】───!」

 

 

超短文詠唱を鍵とし、呼び覚まされるは闘気の暴風。

最も高度が高い、則ち目の前には階層の天井。アイズが自然落下よりも早く天井を蹴ると、その体は一陣の矢となった。

 

刹那、抉れるモールイマジンの胴体。

 

その風は防御を無意味と定義する。風が触れた傍から削り取り、彼女の風に唯一耐えうる『不壊属性』の剣《デスペレート》が最期を刈り取るからだ。付与魔法(エンチャント)を纏った彼女と斬り結ぶことを許された生物など、一握りも存在しない。

 

死の訪れと共に灰化した肉体を風が巻き上げ、次に剣先が向いた相手はスネークロード。

 

錫杖から霧を伴う風を発生させるスネークロードだが、当然そんな陳腐な風は一瞬で押し負け、霧は大気に溶けて消える。そして細剣の一振りが蛇の体を断ち切った。

 

 

「ヤバ。うん、アオイの言う通りこれは強過ぎ」

 

 

これがアイズ・ヴァレンシュタインの『魔法』。

精霊の風、【エアリアル】。

 

最後の一体、ワームのサナギ態はアイズの強さを目の当たりにし、生存本能により即座に『脱皮』して成虫へと進化した。タランチュラの姿に酷似した『タランテスワーム パープラ』となったワームは、自身の奥の手を解放する。

 

身体の『タキオン粒子』を操作することで一定時間、高速化した時間での活動を可能にする能力、『クロックアップ』。この能力は敵とは異なる時間を生み出すため、アイズのスピードも無意味である───はずだった。

 

 

「───!!?」

 

 

何かを仕掛けようとしている、そう判断したアイズはクロックアップより一瞬だけ早く、風による加速を開始した。そしてタランテスワームがクロックアップの世界に没入した時には、彼女は最高速度に達していた。

 

その結果、アイズはクロックアップの世界でも依然として動いていた。希薄な理性の中で怪物は瞠目する。それでもタランテスワームから見れば、まだ自身の速度には及ばない。焦るには値しない。何よりアイズは、異なる時間にいるタランテスワームを視認できない。

 

しかし、そうして放った棘の触手は風に押し返された。

迂闊だった。彼女の【エアリアル】は、彼女の認識に関わらず彼女を守る完全自動防御(フルオートガード)()()()()なら理屈として分析可能だった。

 

ただ、アイズは反撃を放った。風を纏った刀身がタランテスワームの腕を掠める。無論アイズにはほとんど何も見えていない。彼女はワームの速度に追いつかない人類の認識感覚を、自身の膨大な戦闘経験と天性の感覚で補完したのだ。

 

 

異なる時間の間で言葉は通じない。しかし、タランテスワームは認識した。彼女の剣よりも鋭い視線から、「見つけた」という宣告の言葉を。

 

ワームは『擬態』という習性を持つ。故に、圧縮された時間の中でタランテスワームは僅かに、しかし鮮烈に感じた。その圧死してしまいそうなほど濃く、包囲されていると錯覚するほどに執念深い、彼女の殺意を。モンスターに対する底無しの憎悪を。

 

 

その生命は、生まれ落ちて初めて恐怖を知った。

直後に鋼の刃がタランテスワームの体を刺し貫き、恐怖に屈した怪人は抵抗することも無く絶命した。

 

 

 

「『アイズ・ヴァレンシュタイン。生命活動を除くここでの行動を禁じます』」

 

「っ───!」

 

 

クロックアップの戦闘が終了する。

その次の一瞬を認識した時には、アイズの目の前にはマティーナがいた。

 

マティーナがワームをけしかけたのはこれが狙いだった。いくら彼女でも、圧縮した時間での移動を2()()()()()捉えきることは出来なかった。

 

その『規則』が発令された瞬間、アイズの思考は禁じられ、目を開いたまま座り込む。その美麗過ぎる容姿も合わさり、彼女は紛れもない【人形姫】と化した。

 

 

「ごめんねアイズちん、しばらくそうしててー。アイズちんヤバすぎだから……いたら舞台がつまらなくなる。ま、マティちゃんはどーでもいいんだけど」

 

 

【X階層】の奥で、剣姫は決して覚めない眠りにつく。

全ては愛のために。彼女はルール無用の児戯の如く、盤面から騎士の駒を排除した。

 

 

_______________

 

 

「なるほど……『アンノウン』に『イマジン』、特異な性質を持つモンスターたちだけど、戦闘においては僕らの世界のモンスターと大きく変わらないものが多いみたいだね。その点、特に警戒すべきは『ワーム』か」

 

「クロックアップと擬態、人間ではまず相手にならない存在の筆頭だ。サナギ態ならともかく成虫の討伐は、俺たちの時代……いや世界でも困難を極めていた」

 

ロキ・ファミリアに入団したミカドは、その条件の通りに自身の知る怪人の知識を共有していた。ロキ・ファミリアの団長、フィンは、その情報を整理しながら仮想の戦場を組み立てる。

 

 

「……擬態を見破る方法は?」

 

「専用の装備があれば擬態の解除が可能だが、それ以外なら体温や匂いだろうな。記憶まで複製が可能なワームでも、生理現象だけは模倣できない」

 

「よし、それなら対処が可能だ。話を聞く限り高速移動も……レベル6、ウチの主力なら対応ができると見た。まぁ、あくまでも推算だけどね」

 

 

怪人の名称、攻撃手段、身体構造、能力、生態。これだけの情報を一度聞いただけで、まるで実際見たかのようにクリアな戦場を見据えている。このフィン・ディムナという男は、ミカドが知る中で最も優れた切れ者だ。天賦の才と、長年培った経験で裏打ちされた、都市最大派閥を率いるに足る英傑。

 

ちなみにこの少年のような容姿に反し、彼の年齢は40を超えているという。ステイタスの効力で肉体の全盛期が長くなっているとか。しかしつい最近似たような驚きを経験したもので、ミカドはさほど動じなかったのだが。

 

 

「ん、お疲れさん。攻略作戦の方は首尾よく行っとるみたいやな」

 

「……ロキ」

 

 

そうして情報共有を終え、フィンと別れたミカドを待ち構える軽薄なにやけ顔。怪物の巣とも言えるこの集団の中で、目の前の極端に細身な彼女は唯一無力な存在であるとミカドは理解している。理解したうえで、最大の警戒と敬意を払う。

 

彼女こそがこのファミリアの起源。つい先日、ミカドに【ステイタス】を与えた主神、ロキである。

 

 

「さっきティオネが凄い形相で探しとったでー。ミカドは人気者やなー」

 

「今朝方人づてに喧嘩を売ったからな。この派閥ですら少数のレベル6だ、どんな手を使ってでも訓練相手にしてやる」

 

「おーおー穏やかちゃうなぁ。嫌われもんの策士もええけど、家族同士は仲良くがルールやで?」

 

狡智神(きさま)に言われたくはないな」

 

「なんやそれ。あっもしかして、うちって異世界でも有名神なん!? なぁなぁどんな感じで売り出されとるん!? 【美しすぎるトリックスター】とか大ウケちゃうか!? 異世界のこともっと教えてーやー!」

 

「喧しい……」

 

 

この館にいる間は常に野心でギラついているミカドだが、このエセ関西弁の細目女神相手に限って疲労が先に来る。というのも、ステイタスを授かった初対面の時でさえ、

 

 

『異世界転生キターーーー!!』

『なんなん自分、どないしたん!? やっぱ馬車に轢かれて目が覚めたらー……ってクチか? それとも突然いつの間にかってパターン!?』

『可愛い女の子ちゃうのはアレやけど、ベート以来のツンツン男子やーーー!! これはこれで萌えや、萌えーーー!!』

 

 

こんな感じでフルスロットルだったのだ。

ミカドがこれまで関わってこなかったタイプの人種、というか神種なので、相当深刻に持て余していた。ここまで残念具合を見せつけられても侮る気にはなれないのは、彼女が放つ底知れぬ神威からだろうか。これが神というこの世界に同情する気持ちも、まぁ確実にあるのだが。

 

 

「そんで、【X階層】攻略作戦には参加できそうなん? フィン達に実力を認めさせるんやったか? 異世界で知らんにしても、随分な道を選んでもうたな~」

 

「さっきも言ったが、今は団員と片っ端から組手をしている」

 

「あーうん。新入りが不意打ちしかけてくるって苦情、いくつか聞いとるわ。目が合ったら勝負ってモンスター使いやないんやから」

 

「ラウルという団員が唯一協力的だったから20本先取で勝負したが、ある程度競ったものの変身した状態で負け越した。変身した俺はレベル4以下の実力と見て間違いない」

 

「ラウルがヘトヘトやったんはそういう事か。合掌……」

 

「ここから戦闘の技術を……特に『魔法』を高めて戦力に食い込む。まだ戦っていないのはレベル6の主力連中と……」

 

 

ベタベタと引っ付いてくるロキを剥がしながら、ミカドが探すのは山吹色の小柄なシルエット。

 

 

「レフィーヤ、訓練に付き合え。魔法を見せろ」

 

「嫌です」

 

「ならいい加減リヴェリアとかいうレベル6の魔導士に会わせろ。そいつの魔法を見たい」

 

「ダメです。貴方みたいな礼儀のれの字も知らないようなヒューマン、リヴェリア様にはぜっっったいに会わせません!」

 

 

廊下の隅で縮こまっていたエルフの少女、レフィーヤは悲鳴に似た怒号を発しながら、涙目でミカドに振り向いた。

 

 

「……なぜ泣いているんだ貴様」

 

「貴方のせいですっ!! 昨日の今日でファミリア中に迷惑をかけてくれたせいで、やれ『レフィーヤが連れてきたヒューマンヤバい』だの、『レフィーヤちゃんと見張っとかなきゃダメでしょ』だの、私は貴方のお守ですか!? 挙句の果てには『レフィーヤの男の趣味どうなってんの』とまで言われたんです! だから私は嫌だったんです! 屈辱です!」

 

「なんやレフィーヤ、そんなことで泣いとったんかー可愛えなー。ほれミカド、女の子泣かせたんやから謝らんかい」

 

「なっ……!? っ……すまなかった」

 

「本当に悪いと思ってますか!? 大体、なんで今日になってもアイズさんは帰ってこないんですか……どれもこれも全部貴方のせいです……!」

 

 

とんでもない目つきでとんでもない冤罪を吹っかけてきたレフィーヤ。単独でダンジョンに潜っているらしいレベル6の団員、アイズ・ヴァレンシュタインが帰ってこないという話は、ミカドの耳にも入っている。しかしいくら慕っている先輩が不在だからと言って、そのベクトルは余りに理不尽だ。

 

 

「まーアイズたんは大丈夫やって。ウチの中の『恩恵』もビンビン感じるし、そもそもアイズたんは可愛すぎる最強チートぶっ壊れ反則美少女! やで? そんな簡単に何かあるとは思えんやろ?」

 

「それはそうですけど……」

 

「ほんなら心配は無用! ミカドと仲良くできんっちゅうんも……一緒に飲み交わせば解決や! そうと決まれば、今から『豊饒の女主人』でミカドの歓迎会やるでー!」

 

「えぇっ!? 今からですか!?」

「まだ昼間だぞ。大体、そんなことをしている暇は……」

 

「えぇねんえぇねん! いつ何時だろうが、うちが飲みたい時が宴の時やー!」

 

 

自由過ぎるロキの行動に強く反発できないのは、彼女が神だからだろうか。コミュニケーションの主導権を握られるというか、他人を御するのが妙に上手いというか。人類である限り、彼女の前ではどんな猛者だろうと子供扱いされてしまうように感じる。

 

 

(ファミリア、『家族』か)

 

 

主神が『親』で、眷族が『子』。ミカドはそのファミリアの構造を理解すると同時に、いつか失った懐かしい感覚を思い出していた。

 

 

______________

 

 

一方そのころ【ヘスティア・ファミリア】。

香奈は勝手をやっては主にリリの説教をされ、仕方ないので春姫の手伝いで屋敷の掃除をしていた。そんな中、竈火の館に飛び切り胡散臭い来客が現れる。

 

 

「よぉベル君にヘスティア! 元気かい? あれ、君は……」

 

(あ、多分この人神様だ)

 

「なるほど君がそうか! 俺はヘルメス、察しの通り神の一柱だ。よろしくな、異世界の迷い人ちゃん」

 

 

羽根つき帽子を被った澄ましたイケメン。自ら演出するような軽々しい品格からは、街で出会う人々との『目線』の違いを感じる。ヘスティアともかなり違うが、玄関を開けた香奈はすぐに彼が『神』であると断定できた。

 

来客を聞きつけトテトテと駆け寄ってきたヘスティア。何か嫌な予感を察知したのか、表情を歪めながらヘルメスの顔を見上げる。

 

 

「おいおい、同郷になんて顔をしてるんだヘスティア。厄介な話を持ち込むわけじゃない、オレはただお詫びをしに来ただけさ」

 

「お詫びだってぇ?」

 

「いま都市を騒がせてる【X階層】のことさ。ヘスティアのとこにもアオイが来ただろ? そのことなんだけど、実はあいつ俺の眷族なんだゲボホォ!」

「わー! 神様が吹っ飛んだぁ!?」

 

 

ヘスティアがヘルメスの腹部目掛けて右ストレートを放ったところで、閑話休題。

 

 

「……というわけなんだ。いやー参ったね、アオイは何をするつもりなんだろうか」

 

「なーに被害者面してるんだ君は!! 青盗っ人がレベル2だなんて一大事じゃないか! だいたい、子供の暴走を止めるのは神の義務だろ!」

 

「ちょ、よくわかんないけどヘスティア様、落ち着いて!」

 

「落ち着けるかーっ!! 君のとこの青盗っ人のせいでボクの……ボクらの……あれ、なんだっけ……? とにもかくにもゆるさーんっ!!」

 

 

ヘスティアの暴走を横目に、一瞬だけ神妙な表情を見せたヘルメス。率直に言って、香奈はそれが少し恐ろしかった。自分とは見ているものが違うと確信できる『眼』は、その既視感も相まって香奈に苦手意識を植え付ける。

 

 

(思い出した……似てるんだ、あのタイムジャッカーって人たちと……)

 

「だからお詫びしに来たって言ってるだろ? 誠心誠意、アスフィの護衛も巻いて来たんだ。【X階層】の攻略について、困ってることがあればなんでも力になるぜ? って、こんなことヘスティアに聞くより当事者に聞いた方がいいな。ベル君いないのか? おーいベルくーん!」

 

「わーっ! ベル君は今いないぞ! 新入りの団員と特訓中だ! わかったらさっさと帰れ!」

 

「あ、ソウマとベルくん帰ってきた」

 

「あれ? こんにちはヘルメス様。わざわざホームまでどうしたんですか?」

「あ……こんにちは。知らんけど神様かこの人……ぽいな」

 

「間が悪いぞベル君……! 壮間君もタイミングを考えたらどうなんだ!」

 

「わかんねぇけど多分俺悪くないですよね!?」

 

 

特訓から一旦戻ってきたベルと壮間がヘルメスに見つかり、派手に頭を抱えてツインテをブンブンと振り回すヘスティア。そんな彼女をよそに、ヘルメスは滑るようにベルに寄り添うと、そのまま進行方向を外向きに反転させる。

 

 

「やぁベル君! それに新入りってことは、君も異世界から来た子か。【X階層】攻略に向けて特訓してるんだって? どうだい具合の程は?」

 

「え……それが、実は少し滞ってまして……」

 

「そいつは由々しき事態じゃないか!! 大方、ベル君は人に戦いを教えるのが不慣れで困ってるんだろ? それならオレにいい考えがある! 二人をちょっと借りてくぜ、ヘスティア。なぁに悪いようにはしないさ信用してくれ!」

 

「ちょっと待てぇぇっ!! 18階層での前科があるだろキミは!! 置いてけ! ボクの眷族(こどもたち)を置いてけーーーっ!!」

 

 

18階層の騒動───ヘルメスは以前、ベルを騙してヘスティアと女冒険者たちの水浴びの覗きをさせようとしたことがある。その他にも彼がいらん事をして拗れた騒動は数知れず。ヘスティアの悲痛の叫び虚しく、ベルと壮間は天界きってのトラブルメーカーに連れ去られてしまったのだった。

 

 

 

「で、ここって……レストラン?」

 

「『豊饒の女主人』。レストランってよりは『酒場』の方が正しいな。オラリオじゃ一番人気って言ってもいい名物酒場さ。飯が旨いし、なにより店員が可愛い!」

 

「ヘルメス様、ということはまさか……」

 

「察しがいいなベル君。さ、善は急げだ!」

 

 

ヘルメスに押し出されるように2人が連れてこられた石造りの大きめの建物は、彼曰く酒場らしい。確かに料理のいい匂いや、昼間から飲んでる人がいるのか酒の匂いも僅かにする。

 

ベルは彼の神意を察したようだが、壮間はそんなことは全く無い。混乱したまま扉をくぐらされ、その先に待っていたのは───異様に美人なウエイトレスだけが働く明るい酒場、つまり店員がみんな女性の空間だった。

 

 

(これは無理だ!)

 

 

ステップを反転させ、逃げ出そうとした壮間の肩をヘルメスが掴んで離さない。無言で首を横運動させる壮間。慣れているのか苦笑いをしているベルだが、壮間にとってはハードルが天を突いている。

 

ジオウになってから女の人に囲まれる機会は確かに多かったが、今回はなんか雰囲気が違う。なんだこの料理以外にいい匂いがしそうな空間は。こんな場所に金を払って居させてもらうのだ、壮間にとっては実質キャバクラである。

 

香奈や心愛やガヴリール、壮間の知る残念美人の顔を思い出して心を落ち着かせていると、ヘルメス一行に店員が声を掛ける。

 

 

「なんニャ? ヘルメス様に白髪頭……こっちは知らない野郎ニャ」

 

「ひゃっ!?」

 

 

店員の顔が壮間の上半身をジロジロと観察している。茶毛のふわふわした髪に、おそらく付け物じゃない猫耳も近く、そして先端が広がった尻尾が揺れる。壮間はもう完全に凍結してしまっていた。

 

 

「なーんか変わったカンジがするし、冒険者にしてはヒョロいやつだニャぁ?」

 

「アーニャさん! その、壮間さんは……僕たちの新しい仲間で」

 

「ま、金落としてくれるならなんでもいいニャ! お客様3人入るニャー!」

 

 

ベルの助け舟でアーニャという店員から解放され、呼吸を再開する壮間。可愛い系の美人に動物の要素が加わるだけで、かくも威力を増すのかと息を吞む。生まれて初めて「獣人萌え」というものを理解した壮間だった。

 

 

「なんだ早速モテモテじゃないか、羨ましいぜ壮間君」

 

「ほんっとにもう……なんなんですかこの店……特訓の話じゃないんですか……!」

 

 

できるだけ店員の方を向かないようにしつつ、メニューを見る壮間。

知ってはいたが全く読めない。ただ数字だけは壮間の世界と共通のようで、料理の値段だけは読み取れた。安いもので数百ヴァリスくらいだ。

 

少しここで生活した感じ、1ヴァリスが円換算で大体10円くらい。ドルと同じレートと考えると、ここの料理は一食数千円ということになる。高い。本当にここは「そういう店」なんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

悶々としている壮間を見て愉快そうにしていたヘルメスは、一人の店員を見つけるとハンドサインとウィンクを送る。その時、店の中で複数の「なにか」が壮間たちに向けられたような気がした。

 

 

「───っ!? なんだ今の……」

 

「……クラネルさん、シルは用があって外しています。来るなら彼女がいるときの方が良いかと」

 

「今日はシルちゃんに会いに来たんじゃない。リューちゃん、オレたちはキミに会いに来たのさ」

 

「クラネルさん、貴方は人が好過ぎる。いくら神とはいえ、付き合う相手は選ぶべきだ」

 

「ハハハ、酷いなぁリューちゃん。あぁ忘れていた紹介するぜ、彼は……そういえばちゃんと名前聞いてなかったな、自己紹介頼むよ」

 

「え? あぁはい、俺は日寺───んぐッ!?」

 

 

それまで会話が聞こえながらも、視線を落としっぱなしだった壮間。話を振られて顔を上げると目に飛び込んできた女性店員の姿に、壮間の呼吸は再び止まった。

 

またしてもとんでもない美人だ。容姿端麗という言葉が最も似合う顔立ちと、研ぎ澄まされた宝剣のような空色の瞳。澄み切った雰囲気。加えて、あの尖った耳は「エルフ」だろうか。

 

 

「日寺……壮間です……」

 

「このヒューマンが何者かはまだ聞いていませんが、様子が変です。具合が悪いのなら医療系のファミリアに……」

 

「い、いや、大丈夫ですリューさん! 壮間さんのコレ多分そういうのじゃないんで! 僕も気持ちはわかりますし……」

 

「お約束みたいな反応で面白いなぁみんな。それじゃ、オレの口から説明させてもらうか」

 

 

この店が壮間にとって余りに「強い」理由が分かった。彼女含め、恐らく壮間より年上であろう女性ばかりだからだ。自分が年上に弱いということを、まさか異世界で知ることになろうとは思わなかったが。

 

 

「なるほど。クラネルさん達の【X階層】の攻略に向け、私に指南を、或いは同行を頼みたい……ということですか」

 

「話が早くて助かるよ。どうかなリューちゃん。異界の冒険者のため、レベル4【疾風】の力を貸してくれないか?」

 

(レベル4!? この女の人が!?)

 

 

ヘルメスの説明が終わり、リューはすんなりと状況を飲み込んだらしい。それに加え、ベルがレベル3と聞いているが、彼女はそれを超えるレベル4だという。もしその話が本当なら是非とも力を借りたいところだが、どうにも何か訳ありの空気を感じてしまう。

 

 

「【次幻怪盗(ファントムシーフ)】ならこの酒場にも来ました。まぁ、何かを話す前にミア母さんが殴り潰し、泥になってしまいましたが」

 

「そうニャ! あの泥棒の残骸を片付けたのはミャーなのニャ! 本物に会ったら絶対とっちめてやるのニャ!」

 

「今は都市中大盛り上がりさ。誰が『万能の力』を手に入れるのか、ってね。異界の彼も帰るために【X階層】の攻略が必須だ。どうか力を貸してやってほしいんだけど」

 

 

リューの視線がジトっと湿気を帯び、ベルに向けられる。呆れたような目つきに無言の叱責を感じたらしく、ベルは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

 

 

「冒険者として挑戦する姿勢は否定しません。しかし、今回は全てが未知な階層の攻略。レベル3の貴方では危険な可能性が高い。私は、そんな無茶な冒険に力は貸せない」

 

「っ……確かに僕じゃ危険かもしれない。だからこそリューさんの力を借りられれば!」

 

「貴方の身に何かあればシルに申し訳が立たない。そんな場所に貴方を送り出すわけには……」

 

 

優れた冒険者は『未知』に臆病なものだ。未知なるものに胸躍らせながらも、死なないために未知を徹底的に潰す、その矛盾の境目に立つのが冒険者。緊張のせいだけじゃなく、この世界も彼女のことも何も知らない壮間は、何も口を出せない。

 

しかし、神であるヘルメスは違った。まだ手札は残っていると言わんばかりに、掌を拡げて話を進める。

 

 

「時にリューちゃん。前にアオイがこの世界で何をしたのか、覚えてるかい?」

 

「何を……」

「そんなの覚えてるに決まってるのニャ! あの泥棒は突然オラリオに現れて、それから……ニャニャ? えーと、ニャンだったかニャ……?」

 

「アーニャさん……アオイさんは『変身』してダンジョンに。それで、確か同時期に都市外の派閥が……!?」

 

 

アーニャとベル、その両方の顔が「思い出せない」という事実を物語っていた。あの夜、竈火の館で壮間が察したのは杞憂でもなんでもなかった。やはり、『ディエンドに関わる過去』がこの世界から忘れ去られている。

 

 

「……いえ、私は覚えています。【次幻怪盗(ファントムシーフ)】は異国の派閥と手を組み、『ダンジョンを盗む』と豪語し、そこに……!」

 

「そう、いくら記憶を辿ってもそこまでだ。どの方向から思い出しても、ある『特定の地点』から先の記憶に辿り着かない。神であるオレやヘスティアでさえ、そのツギハギの空白を見ることができないのさ」

 

 

違う。『ディエンドに関わる過去』の一部は、アオイが現れたことで修復されているのだ。消えているのはそれ以外の記憶。形式が全く異なるが、これは間違いなくライダーの歴史消滅による記憶改竄と同質のもの。

 

 

「ただ一つ確かなのは、前にアオイを止めた役者の一人がベル君だということ。その経緯さえ思い出せないが、ベル君は何かを成したのさ。そして再びアオイは現れた……安易だがオレはこいつを『運命』だと捉えている」

 

「運命、ですか……」

 

「アオイもベル君を気にしてたみたいだしなぁ。無関係のままいられるほど、この事態は彼に甘くないだろうぜ」

 

 

リューは情報を精査する。神さえも欺き、都市全体を巻き込んだ記憶の混濁。それこそ『神の力』でも行使しなければ在り得ない異常事態だ。もしそうでないとすれば、隣で心当たりがありそうな顔をする異界の少年が気にかかる。

 

 

「……わかりました、引き受けましょう」

 

 

敵意の刃を収めるように瞼を閉じ、エルフは神の誘いを受容した。

 

 

「ただし条件があります。私が指南をするのは異界のヒューマン、貴方だけです」

 

「え、俺……だけ!? ベルさんは!?」

 

「そうですよ! 僕もできるならリューさんに───」

 

 

ベルが不可解そうに食い下がろうとすると、昼間の酒場にまた来店者が。ただ、その声はベルにとって、更にはヘルメスや壮間にとっても聞き馴染みのある声で。

 

 

「なんっや、みんなノリ悪過ぎんか!? ウチが飲みたい言うたら付き合うのが親子っちゅーもんやろ! 結局ウチとレフィーヤとミカドの3人て!」

 

「仕方ないですよ。今は皆さん忙しいですし、まだ昼間ですし、何より……」

 

「俺がさほど歓迎されていないからな」

 

「自覚はあるんやな」

「自覚はあるんですね」

 

 

3人の視線が3人の視線と合った。

 

 

「「あーーーーーーーっ!!!!」」

 

 

店が震えるような大声を出したのは、壮間とレフィーヤだった。

ちなみに、この店でそんな事をすれば何が起こるのかは冒険者の中じゃ自明である。

 

 

「騒ぎを起こすんなら出ていきな!!」

 

 

カウンターの奥から現れた恰幅のいい女店主が、その剛腕でレベル3の冒険者を2人、神を2柱、あと仮面ライダー2人を店から叩き出した。なるほど、確かにここは「そういう店」でもなければ、荒くれ者の冒険者にいいようにされるような店でもない。店から放り出されて落下されるまでの時間で、壮間はそう納得した。

 

ちなみに後にあの店主がレベル6であることを知り、壮間はあの店が化物の巣窟にしか見えなくなる。

 

 

「で、なんで貴方がいるんですかあああああっ!!」

 

「なんでって!? 僕が昼間に酒場にいたらダメですか!?」

 

「ダメです。ダメに決まってます! こーんな昼間から飲むなんて非常識極まってます! あり得ません、この酒乱兎! 冒険者の自覚やプライドってものは無いんですかっ!」

 

「別に僕飲みに来たわけじゃないですし……ただ【X階層】の攻略に、ある人の協力が得られないかと」

 

「貴方たちも【X階層】に……!? しかも協力ぅ!? 図々しくもアイズさんの手を借りておきながら、今度は別の女性に手を出すつもりなんですね! 最低ですこの男。恥を知りなさい女の敵!」

 

「なんでぇっ!?」

 

 

叩き出されたことを気にする事もなく、レフィーヤはベルが視界に入るや否や言葉の連続爆撃を射出する。もちろん、どつき合いをしているのは彼らも同様である。

 

 

「お前今までどこいたんだよミカド!!」

 

「チッ……なんだ貴様、生きてたのか」

 

「生きてるわ!! いや忘れてたのは悪かったけど、電話もメールもしてただろ! 返せ! 反応を! めちゃくちゃ心配しただろーが!!」

 

「あぁアレか。喧しいから全てブロックした。一日に何度も連絡をするな、常識が無いのか」

 

「なんで俺が面倒くさい元カレみたいな扱いされてんだよ! あとしっかり生存確認してんじゃねーか! なんでそう冷静に自由なんだよお前は!」

 

 

【ヘスティア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】は、主神同士非常に仲が悪いことや、かの【剣姫】がベルの憧れの人であることもあり、大派閥と零細派閥の間ながらも何かと縁がある。

 

もっとも、必ずしも良縁ではないというのは、このやり合いを見ての通りであるが。

 

勃発した2つの戦争(一方的)が互いに顔を見合わせ、状況が浮かび上がる。ベルがミカドを、レフィーヤが壮間を認識したところで、暇を持て余していた神も口を挟んだ。

 

 

「ミアには追い出されちゃったけど、面白いことになってるな。もう一人の異界の少年はロキのとこに行ったのか」

 

「じゃあアイツはやっぱりヘルメスんとこの子なんか?」

 

「いいや、彼はヘスティアの眷族さ。そういえば、もう一人女の子もいたなぁ」

 

「なんやて!? なんでよりにもよってドチビのとこに行くねん!? 2人も! しかも女の子やとぉ……がーっ! なんやそれ気に食わんわ!!」

 

 

「……あの狐みたいな人がお前のとこの神様?」

 

「あぁ、【ロキ・ファミリア】……俺は都市最大の派閥に取り入ったぞ。一先ず環境の確保という点では俺が上を行ったな」

 

「別に競争するつもりはないけど……ベルさんだって、ウチの【ヘスティア・ファミリア】だって負けてない。俺はここで必ず強くなってやるよ!」

 

「なんだその余裕な態度は……少しは悔しがれ殺すぞ」

 

「そんな理不尽な殺意があるか!?」

 

 

「あのヒューマンも異世界から……つまり彼の言っていた好敵手というのが……! はっ!? まさか彼の力を借りて【X階層】に挑むつもりなんですか!?」

 

「あ、はい。今日も朝から攻略に向けた特訓をしてます。壮間さんは戦闘経験は少なそうですけど、それでも充分に強いですよ。知識無しの初潜入で中層まで行っちゃったみたいですし、特訓をしたらもしかすると……」

 

「なぁっ!? それってまるっきり……! ぐぬぬぬ……!!」

 

 

ヘスティアがここにいれば話は別だったのだが、居揃った面子が面子なので、大派閥であるはずの【ロキ・ファミリア】側が勝手に追い詰められていた。その結果───

 

 

「こんなん飲んどる場合ちゃうわ!! 帰るでレフィーヤ、ミカド! 帰ってしこたま特訓してドチビに目にもの見せてやるんやー!! もっとも、ウチの子がドチビんとこに負けるなんて絶対ありえへんけどな!」

 

「言われるまでもない! 首を洗って待っていろ日寺、この世界で魔法が使えない貴様と決定的絶対的な差をつけてやる!」

 

「勝負ですベル・クラネル! 貴方の弟子のそのヒューマンと、私が育てるミカドさん! どっちがより強くなって【X階層】を攻略するのか!」

 

 

三下の悪役みたいな挙動で遠ざかる【ロキ・ファミリア】の2人と1柱。それを遠い目で見ながら、色々と察した疲れ顔を合わせる。

 

 

「ベルさん、あのエルフの人に何したんですか……」

 

「いやそれが本当に分かんなくて……なんで僕あんなに嫌われてるんだろう……そういう壮間さんは」

 

「多分大体同じですよ……」

 

「大変ですね、お互い……」

 

 

神の承諾のもと、その場のテンションで派閥間の対決が始まってしまった。どうやらミカドも似た者同士の仲間を見つけたらしく、アレが2人いると考えると壮間の気持ちが急に重くなった。

 

 

(でもまぁ、やるからには負けたくないよな)

 

 

ミカドが壮間を宿敵認定しているのは理解している。あっちがその気なら、こちらもこの世界で超えてやろうじゃないか。この世界で出会いに恵まれたのは、自分の方だと教えてやる。

 

 

 

都市全体が沸き上がり、冒険者たちはダンジョンへと挑む。

その一部が【X階層】に吞まれて敗れ去る中、彼らは慎重に、且つ速やかに戦いに備える。

 

 

 

(ええか? ミカドは魔法のためにレフィーヤやリヴェリアに教わりたいと思っとるみたいやけど、魔法っちゅうんはエルフの専売特許やない。むしろミカドのタイプに合っとるんは───)

 

「そういえば貴様は俺に突っかかって来なかったな。話は聞いているぞ、ベート・ローガ」

 

 

ロキの斡旋でミカドが尋ねたのは、ファミリアの中で誰とも群れない灰狼の獣人。レベル6【凶狼(ヴァナルガンド)】、ベート・ローガ。剥き出しの野生、傷を思わせる顔の刺青。その荒々しさに違わぬ強さを、ミカドは肌で感じていた。

 

 

「ロキの入れ知恵か? 別の世界だかなんだか知らねぇが、俺は雑魚が嫌いだ。てめぇみたいな口だけの雑魚は特にな。分かったらさっさと失せやがれ!」

 

 

蹴って突き放すような、慈愛の欠片もない声。『お前のような新参に居場所は無い』という、過不足のない罵倒がミカドの感じた全てだった。しかし、神はそうではないと言う。

 

 

「ロキが言っていたな。『ベートの“雑魚”は意味が違う』と」

 

「……あの野郎」

 

「その意味とやらに興味は無い。ただ『雑魚』呼ばわりされたまま終われるほど、俺は俺を許しちゃいない。安心しろ狼男、貴様らが幾ら化物だろうが……俺は死んでも食らい付いてやる!」

 

 

狼が嚙み殺したのは、憤りか、嘲笑か。

ただ、ミカドには牙を嚙み締めた彼の口角が、僅かに上がったように見えた。

 

 

 

壮間たちが『豊饒の女主人』に訪れた翌日、早朝。

彼女と約束したのはこの時間だ。朝日を眺めていた壮間の前に、彼女───リュー・リオンは現れた。

 

 

(脚長っ、腕綺麗っ、めっちゃ美人! ていうか薄着っ!?)

 

 

現れて1秒も経たず目を逸らしてしまう壮間。昨日はウェイトレスの長袖制服だったので気付かなかったが、その白い手足が目に入ると余計に美しく見えてしまう。

 

しかし、壮間はすぐに気を取り直す。こんなことで一々躓いていては、特訓も何もない。それに、彼女が放つ澄んだ闘気は、緩んだ空気を一瞬で断ち切った。

 

 

「ミア母さんに無理を言い、数日の間だけ午前休みを貰えました。その時間で貴方の稽古に付き合います」

 

「ありがとうございます、俺のためにわざわざ……」

 

「貴方のためではなく、クラネルさんのためです。彼は私の友人の想い人であり……私にとっても尊敬に値するヒューマンだ。異界のヒューマン、貴方のせいで彼に危険が及ぶことはあってはならないことだと、強く理解しなさい」

 

 

リューが得物を構える。あの質感は間違いなく木刀だ。木刀のはずなのだが、その表面から感じるのは剣にも勝る『武器』としての格。そして、それに足る『剣士』としての格が、リューにはある。

 

寝ぼけていた壮間の意識がようやく認識した。

彼女は確実に強い。変身した壮間よりも、ベルよりも。

 

 

「彼に釣り合うよう、これから貴方を徹底的に叩き直します。覚悟はした方がいい、()()()()()()()()()()()()()

 

 

壮間とミカド、それぞれが圧倒的な格上のもとで力を磨き、肩を並べる同士を相手にそれを試す。そうして高まるのは冒険者としての【ステイタス】。それにより、元の世界よりも顕著に強さが高まっていくのを感じた。

 

【ステイタス】はこの世界でしか意味をなさないと、壮間もミカドも理解していた。だが、試してみたくて仕方がないのだ。強くなった自分が、強くなる自分が、この際限なく深い『戦いの世界』のどこまで沈むことができるのか。

 

泡沫の夢でいい。道を外した派生の物語でいい。

冒険の先に行きつく景色には、きっと大いなる何かがある。

 

特訓し、試し、傷つき、治し、そして最後に神が【経験値】を書き記す。それの繰り返し。そんな幾度目かのループの最後、結実した『それ』を神々は子に告げる。

 

 

「おめでとう壮間君。君に……スキルが発現した」

 

「お待ちかねやな、ミカド。おもろい魔法が出たで」

 

 

______________

 

 

壮間たちがこの世界に連れて来られて、しばらく経った。

一昨日、【ロキ・ファミリア】が【X階層】攻略のためダンジョンに潜ったらしい。それを聞いた【ヘスティア・ファミリア】も、少し遅れながらも今日、ダンジョンへの潜入を決行する。

 

 

「いいですか!? 今回は到達階層の更新が目的ではありません! レベル3以上の実力の壮間様が加わったとはいえ、行くとしても18階層まで。中層までの可能な限りの探索で【X階層】の出現を待つ! これが今回の作戦です!」

 

 

サポーター兼事実上の指揮官のリリが声を張る。ダンジョン入り口、バベルの大穴前での最終確認だ。パーティーメンバーは【ヘスティア・ファミリア】全員。もちろんそこには、香奈もいた。

 

 

「鍛錬の成果もあり、壮間様の強さは下層でも十分に通用するでしょう。しかしあくまで【ステイタス】はレベル1なのをお忘れなく! なにより香奈様はズブの素人です!」

 

「ひどい! それ言うならリリちゃんも春姫ちゃんもレベル1じゃん!」

 

「大丈夫です! 春姫殿も香奈殿も自分たちがお守りしますので!」

 

「観光目的なら俺も止めたが、何か覚悟あってのことみたいだしな」

 

「……ですので別に反対はしていません。香奈様の未知数の『魔法』はともかく、『スキル』は役に立つかもしれませんし」

 

 

ヴェルフと(ミコト)が肩を持ってくれて、嬉しそうにドヤ顔する香奈。その顔のまま壮間の方を向き、親指を立てる。マウントのつもりだろうか。

 

そう、香奈は何故か魔法とスキルの両方が発現したのだ。

 

しかも魔法の方はヘスティア曰く「意味不明」。類を見ない反則魔法とも解釈できるし、場合によっては全く役に立たないゴミ魔法となってしまう可能性もある。よくわからないという意味では、壮間のスキルも大概ではあるが。

 

 

「私も特訓したし、リリちゃんからボウガンも貰った! 今回は役に立つからね!」

 

「別にそんな……まぁいいや。でも絶対無茶すんなよ香奈。帰ったらダンス部のラストステージだからな」

 

「ダンスぶ……? 香奈さん踊るんですか? それは是非見てみたいです!」

 

「おっとベルくん興味ある? それじゃ帰ったら異世界の最新ダンスを───ってこういうのフラグだって! 無し! 今の無し!」

 

「また神様のようなことを……」

 

 

慣れたように大穴へ進むベル達に対し、壮間と香奈の脚は少しだけ歩幅が狭くなっていくのがわかった。

 

 

「壮間さん?」

 

 

今回は充分に備えたはずだ。それでも、入り口を前に足が竦んでしまう。

ダンジョンに挑むというのは、その挑戦に命を懸けるということ。己の脚で死地へと向かうということだ。

 

でも、止まるわけにはいかない。だから約束した。ホームで待つ主神と、元の世界と、実現したいと願う己の夢に。

 

 

「行きましょう、ベルさん!」

 

 

二度目の挑戦。【ヘスティア・ファミリア】は、ダンジョンへと潜入した。

 

 

_____________

 

 

「やぁっと来たー! 【ヘスティア・ファミリア】! じゃあもう始めちゃうよ」

 

 

どこでもない階層で、少女マティーナはそれを悟った。

ダンジョンとは生き物だ。神を嫌い、際限なく怪物を産み出す、巨大で不可解な生命。そんな存在に、マティーナは全霊の愛を捧ぐ。

 

 

「物語に価値は無い。だから結果だけ魅せて。生きるか死ぬか、みんながどんな生き物になったのか。マティちゃんはもっと愛したいの」

 

 

その愛を以て、彼女はダンジョンを『再現』した。

全ては『物語』から外れた世界だから成し得た越権行為。

 

マティーナの指先が、僅かにひび割れた天井を指した。

 

 

「『呑み込め』」

 

 

_____________

 

 

ダンジョン1階層に足を踏み入れた【ヘスティア・ファミリア】。

その瞬間、壮間の周りから仲間が全て消え去った。

 

 

「……は!?」

 

 

事態を察して即座に戦闘態勢を取る。

前に見た1階層とは岩肌の色が違う。馬鹿すぎる。そんな理不尽があるか。まさか、ここは既に───

 

 

『ウヴォオオオオッ!!』

 

 

恐怖の記憶にこべり突いた、忘れたくても不可能な振動。この死を予感させる不気味な重低音は……ミノタウロスだ。

 

 

「あり得ねぇ……いや、気付いてるならしゃんとしろ!!」

 

 

答えの出た恐怖に怯えるな。ミノタウロスは中層域以下のモンスター、1階層には決して現れないと壮間は『予習』したはずだ。だとしたらここは1階層じゃない、それが結論。

 

レベル2に分類されるミノタウロスは、レベル1では逆立ちしたって勝てない。でも、あの時の壮間とは状況が違う。

 

 

「来いや!!」

 

 

ミノタウロスの大振り。あぁこれを食らえば首を持っていかれる。

壮間は短く息を吸い、耳を澄まして目を凝らす。命のやり取りで、冷静に情報を拾うために。動く大岩のような体躯。そんなの疾風を駆ける妖精の方が、何倍も速いに決まっている!

 

 

「見えてるぞ……っ! 牛畜生!」

 

 

この数日食らいまくったリューの打撃に比べれば、鈍間もいいとこだ。とはいえ際どいのは事実で、多分このまま続けてれば5回に1回くらい死ぬ。でもそれで不足は無かった。あの時壮間に欲しかったのは、変身するための余裕なのだから。

 

攻撃の回避、それと同時にドライバーにウォッチを装填し、腰に装着。戦場でこの数秒を産み出す能力ほど、壮間が欲しかったものはない。

 

 

「変身!」

 

 

ジオウの鎧を身に纏った瞬間、力関係は逆転する。

レベル2に分類されるミノタウロスでは、推定レベル3以上の仮面ライダーには逆立ちしたって勝てない。

 

ジオウの拳がミノタウロスの頭蓋を砕く。踏みとどまったミノタウロスの反撃は、またしても大振り。今度は避けるまでもなく、構えて受けてトドメを刺す。そこまで想像を思い描いた瞬間、

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

 

空間を走った光の亀裂。そして炎上。

頭から血を吐き出し突進する魔牛は、ジオウに辿り着く前に力尽きて焼き消えた。

 

 

「ベルさん!」

 

「壮間さん、今のは……助けはいらなかったですね」

 

 

自身より背の低い白髪頭が見えて、情けなくも安堵してしまう。こういうところだけは男らしく変われる気がしない壮間だった。

 

しかし、そこにいたのはベルだけで、他の仲間の姿は確認できない。

 

 

「僕も気付いたら一人でした。しかもここは……」

 

「間違いないです。ここは───【X階層】。俺たち、どうにも罠に嵌ったっぽいですね……!」

 

 

試練の形式は支配者が決定する。一人で戦えない者には孤独を、孤高の強者には枷を。英雄には、誰よりも険しい岸壁を。

 

そして、意地悪な支配者は、迷宮に迷い込んだ弱者たちにも試練を与える。

 

 

「これ……もしかして最悪ってやつ!?」

 

「無論、最悪だ。僕は『最』も『悪』な悪役(ヒール)だからね」

 

 

冒険者達とも壮間とも逸れた香奈の前に、狙い撃つように現れたのは【次幻怪盗(ファントムシーフ)】。

 

この試練の支配者は次元の旅人。

『普通の少女』は、彼の悪に何を見る。

 

 

 




幕間に時間かけすぎです。あと2話+エピローグで終わらせます。
マティのパートは数か月前に書いてたので、「推し」だなんだとギーツ被りしてるのは全くの偶然でございます。更新遅いのが悪いんですよね。

次回、【X階層】のラスボス登場。予想してお待ちください。

久しぶりに感想、お気に入り登録、高評価などなどお待ちしております!


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英雄の夢(モノガタリ)

バジリスク
孔雀の羽と極彩色の鱗を持つ幹部級ファントム。竜峰家の封印から放たれ、絶望して命を絶つ寸前だった女子高生に受肉した、魔界のファントムの1体。右掌の瞳で動きを封じ、左掌の瞳で魔力を封じるほか、鎖鎌「マース」を操り予測不能な戦闘を行う。ファントムらしくまともな道徳は持ち合わせていないが、レヴァナントに同士討ちを禁止されているためファントムの増殖にはモチベが無い。特に正体を隠さずガヴリール達とは親交を深めており、ダンにとっては複雑な存在となっている。一人称は「ボク」で、「知り合いを思い出す」という理由から天界組とは仲が良い。


壱肆陸です。実は大学を卒業しました。大学院行きます。
今回文字数が狂ってます。やりたいこと全部やりました。長い旅になりますが、いってらっしゃいませ。


よろしければ「ここすき」をよろしくお願いいたします……


 

「ダンジョンから出るまで待ってください!」

 

 

ダンジョン潜入と同時に突入した【X階層】。しかし、その際に冒険者たちはバラバラに分断されることとなった。その中でも取り分け貧弱な【ステイタス】な新人冒険者、香奈はよりにもよって、事の黒幕であるアオイと出くわしてしまったのだが……

 

まずは掌を彼に向け「ストップ!」の意思表示。これにはアオイも意味を汲み取れない様子。

 

 

「命乞いには見えないな」

 

「この世界でやることがあるし、ソウマもやる気になってる。だから元の世界に帰すのは少し待ってください!」

 

「……っはは! まさか君は、僕が迎えに来たと思ったのか!?」

 

「だって悪役って嫌がることをする人でしょ。ガヴさんのラッパも取ったし!」

 

「それはそうだ、一本取られたね! いいね、君のジョークはファビュラスだ。だが僕は悪戯好きの妖精より姫殺しの魔女に惹かれるタイプさ、言いたいことはわかるかい?」

 

「言っとくけど、私だって少しは強くなった! 魔法もスキルもある! 前みたいに捕まったりはしないから!」

 

 

2015年で、香奈は令央に捕まってアナザーゴーストに取り込まれた。あの時の壮間の顔が目に焼き付いて離れない。もう壮間たちの脚を引っ張りたくない、その一心で香奈は【ステイタス】を授かったのだ。

 

ディエンドライバーの銃口を向けるアオイ。毅然とした態度を崩さない香奈。その間で戦いが起こることは無く、アオイが銃を下したことで緊張は解かれた。

 

 

「誰だか知らないが先を越されたね。一度手を付けられた姫の“二人目”になるのは、どうにも美学に欠ける。あぁ言い方がよくないか、他意は無いから聞き流してくれ」

 

「どゆこと?」

 

「まぁ元々その気は無いさ。マティに頼んで僕も『挑む側』として楽しむことにしたんだ。君に声を掛けたのは、少し面白そうなことをしていたから……そんな興味本位の衝動」

 

 

アオイの指先が向いているのは、香奈の手元のスマホ。アオイに会う寸前、ダンジョンの中に興奮して写真を撮っていたから持ちっぱなしだった。

 

 

「“この世界でやること”ってのは、それかな? それにしては……下手だねぇ、画面が暗くてほとんど何も映っちゃいない」

 

「勝手に見ないでっ! そうだけど……写真へたっくそだけど、こうやって私の見たものを残すの! ソウマが歩んだ物語を、いつか皆にも知ってもらいたいから。それが私の役目だと思うから!」

 

 

他愛のないからかいに、舌足らずな言い返しをしたつもりだった。だが、その時のアオイの顔は、少なくとも香奈が今まで見てきた『悪役』の顔じゃなかった。

 

 

「泥棒さん……?」

 

「君は……物語の『語り手』になるというのか? 王の資格があると選ばれた彼らの横で、資格を持たぬ君が? たった、それだけのために命を懸けると……!? そうか……そうか! そうだったのか! 君が!」

 

 

途方に暮れたような瞳の奥で、感動に震えているような、そんな顔。ダンジョンに響く調律の崩れた笑い声が止まると、アオイの指先が香奈の口元をなぞり、呼吸を近づけるように顎を持ち上げた。

 

あ、これ漫画で見たことある。香奈は思った。

少女漫画でよくあるやつだ。顎クイってやつだ。確か漫画だとこのまま……

 

 

「……君に興味が沸いた」

 

「ちょ、え、わ、ま───!」

 

「なぁにをやってるんですかああああああっ!!!」

「おい待てリリスケ!?」

 

 

通路の奥から爆走する小さな影は、まるで転がり迫る岩のように。その勢いのまま香奈の横腹目掛け、運動量の損失が限りなく0に近い完璧なクリーンヒットのタックルをお見舞いした。

 

その隕石の正体は、さっき逸れたリリ。遅れてヴェルフ、春姫、(ミコト)も駆けつけた。ベルと壮間以外ファミリアが揃っているようだったが、まずはリリの激怒が先だった。

 

 

「この非常時にバカですか! バカなんですか! ダンジョンで事に及ぼうとするなんてあり得ません! 最悪です最低です!」

 

「リリ殿落ち着いて! それで、その……香奈殿、今何をしていたのかは、自分はその……見ていないので!! ですよね春姫殿!!」

 

「こんっ!? は、はい見ておりません……香奈様と殿方の接吻なんて決して!!」

 

「俺は別にどうこう言うつもりは無いが……まぁ流石にここでは引くっつうか……」

 

「ちちちち違うんだよ!! そうじゃなくて大変なの! この人! ほらこの人見て!」

 

「で、誰なんですかその方は!! いつの間にそんな方と関係を持ったんですかぁ!?」

 

「何言ってんの!? 誰って……あっれえ!? 誰!!??」

 

 

いまそこに犯人居ますよと言うつもりが、香奈の横にいたのは見知らぬ美青年だった。彼は何食わぬ顔で軽く会釈をすると、不審な目線に笑顔で返す。

 

 

(いや、違う。この人……泥棒さんだ!!)

 

 

その目が香奈だけに語り掛ける。そういえばラフィエルや春姫に変装していたが、これはもう変装ってレベルじゃないだろう。すぐさま告発しようとする香奈を遮り、青年は態度を変えて演じる。

 

 

「もしかしてお仲間さん? よかった、俺ブルーノっていうんだ。レベル2なので彼女とだけじゃ心細くて……よければパーティに加えてくれないかな?」

 

「な……!? 聞いてリリちゃん! この人!」

 

「言わない方がいい。全員で地上に帰りたければね」

 

 

香奈にしか聞こえない耳元の小声で、アオイ……もといブルーノは囁く。ファミリアの仲間がいて、壮間やベルがいない今、香奈はただ無力にその声に従うしかできない。

 

 

「賭けをしよう。このまま最奥に辿り着くのは僕か、彼らか。君たちが勝てばこの世界のお宝をあげる。僕が勝った時は……君を貰おうかな」

 

 

ダンジョンで始まる奇妙なラブロマンス。

こんなのは全く求めていないと、香奈は心の中で絶叫した。

 

 

________________

 

 

2日前、ミカドから怪人に関する情報を十分に得たと判断した【ロキ・ファミリア】は、【X階層】攻略作戦を決行し、主力陣を総動員した大規模なパーティでダンジョンへと潜入した。

 

まずは団員のヒリュテ姉妹が【X階層】の出現を確認したという22階層を目指しつつ、ギルドから提供された出現報告が多い階層を探索。【X階層】の出現をひたすらに待っていた彼らだったが、その時はあっけないほど突然に訪れた。

 

 

「───なるほど。僕らは彼がダンジョンの異常事態(イレギュラー)を利用して何か企んでいると思っていたけど、どうやら違ったみたいだね」

 

「この異常事態(イレギュラー)をあの若造が御していると、そう言いたいのかフィンよ。荒唐無稽過ぎて笑えもせんわい」

 

 

【X階層】に呑み込まれたフィンが出した推測。それに呆れ口調で返したのは、ドワーフの老兵だった。年齢に反して若々しいフィンに対し、彼は顔のシワや生え盛った髭からも「老人」と言って差し支えない。もっとも、老人にしては余りに肉体が屈強なのだが。

 

 

「しかし、そうでもないと説明がつかないのも事実だ。一個人がダンジョンを操る……これが異世界から訪れたという者の権能だというのか?」

 

「あぁ、リヴェリアはミカドに会ってないんだったっけ」

 

「レフィーヤが頑なに引き離してきたからな。まったく……慕ってくれるのは嬉しいが、そう過保護のような態度を取られると私の立場が無い」

 

 

もう一人の冒険者、神々しい杖を携えた美しきエルフの麗人も答える。その知性と高貴さは戦場でも色褪せず、魔導種族の王族としての権威は揺るぎない。

 

フィン・ディムナ、二つ名は【勇者(ブレイバー)

ガレス・ランドロック、二つ名は【重傑(エルガルム)

リヴェリア・リヨス・アールヴ、二つ名は【九姫(ナイン・ヘル)

 

【ロキ・ファミリア】の三首脳である、レベル6の第一級冒険者たち。【X階層】に入った瞬間、その3人を残して他の団員は消えてしまった。フィンはこれをアオイの仕業と考えたようだ。

 

 

「しかし猶の事理解できんのう。この状況が策であるとして、分断のつもりということじゃろう? 儂ら3人を分けずにおいてか?」

 

「逆さ、ガレス。僕らを他の団員から離した……僕ら【ロキ・ファミリア】の弱点について、巷ではどう言われているか知っているかい?」

 

「主力とそうでない者の力量差が大き過ぎる、多くの団員が我々に頼り過ぎている、というやつか? 確かに耳が痛い部分もあるが、私たちも舐められたものだな」

 

 

壁が連鎖するように割れ、一本道を覆い尽くすほど大量のモンスターが生れ落ちる。モンスターはモンスターでも、ミカドから聞いた通りの異界の怪人たち。数十にも及ぶその無垢な殺意は、余すことなくたった3人の冒険者へと向けられた。

 

 

「その通りだ。進もう、ガレス、リヴェリア。僕らが揃っておいて後れを取るようじゃ、とんだ笑いものだからね」

 

 

()()()()()()()の洗礼に怯む者など、【ロキ・ファミリア】にはいない。勇者は先陣を切り、果ての知れない未知へと脚を踏み出した。

 

 

_______________

 

 

「見覚えのある連中ばかりだが、安らぎは無いな。これが【X階層】……思っていた数倍は居心地が悪い。それにしても何処へ行ったレフィーヤの奴……!」

 

 

襲い掛かるオルフェノクを斬って捨てる赤い残光。

仮面ライダーゲイツ、ミカドは猛者たちとの修練を経て、宣言通り遠征メンバー入りを成就させたのだった。もっとも、それは「おこぼれ」のようなものだとミカドも理解している。

 

 

「【剣姫】か……それほどの腕なら、戦わない手は無かったんだがな」

 

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。ファミリアの中核を成す彼女は終ぞ戻ってこず、フィンは彼女が【X階層】に迷い込んだと判断した。そもそも出入りの条件が不明な階層だ、一度入って出られなくなった可能性は十分に考えられる。それによる隊の再編成に巻き込まれる形で、ミカドが戦力に組み込まれることとなったのだ。

 

そして【X階層】に突入。ミカドはレフィーヤと同じ場所に転送されたのだが、そこが【X階層】と知るや否やレフィーヤは動転。ミカドを放ってアイズを探しに行ってしまった。方向音痴のミカドに全く非が無いタイプの、珍しい迷子である。

 

 

「走り回って見つかるわけないだろう。憧れとはこうも人を盲目にさせるものか? これだから他人の尻を追っかけ回るような奴は……!」

 

 

このエリアは転移前と似た森林の様相をしていた。しかし、気温と湿度が異様に高い。いち早くこのエリアから脱したいので、ゲイツもレフィーヤを血眼になって探す。そんな時、木々の向こうから聞こえてきた戦闘音。

 

ようやく見つけたと、音が聞こえた方に進もうとした。だが、その一歩がスイッチとでも言うように、ゲイツの足元が割れ、隆起を始める。

 

 

「下からも生まれるのか!」

 

 

現れたのは黄色と黒の危険色を帯びた、魔化魍「ツチグモ」。8M(メドル)はあるであろう巨体だが、ミカドにとっては少々嵩張るだけの障害物だ。直したばかりのジカンザックスを持ち、一息に斬りかかる。

 

即殺を試み、急所を狙った渾身の一撃。それはツチグモの向こう側からも放たれ、同時に二つの致命傷を受けたツチグモは瞬く間に絶命した。

 

ゲイツが感じ取ったのは魔力の砲撃でなく、鋭く叩き込まれた斬撃。だが死灰が降る中で浮かび上がるのは、長く尖った耳のシルエット。

 

 

「レフィーヤか?」

「その姿……日寺さんですか?」

 

 

視界が晴れた先にいたのは、覆面とフードで顔を隠した別のエルフだった。彼女もまた、その姿と自分の記憶が異なっていることに勘付く。

 

 

「……失礼、人違いのようだ」

 

「俺もだ。こっちはエルフ違いだがな。だが貴様、日寺のとこのファミリアか」

 

「それは違う。が、日寺さんから貴方のことは聞いています、もう一人の異界のヒューマン。貴方とここで出会うとは、奇妙な縁だ」

 

「全くだな。出会ったのが奴じゃなかったのは僥倖だが……」

 

 

この数日の間、壮間の師匠となっていたエルフ、【疾風】リュー・リオン。ヘルメスが告げた可能性が気にかかり、彼女も【ヘスティア・ファミリア】を追ってダンジョンに潜ったのだが、やはり同様に【X階層】に巻き込まれてしまった。

 

壮間の仲間ではないようなので、ミカドとしてはギリギリ敵認定から外れている存在。変身を解き、睨み合う時間が続く。しかし、いくら時間が経てど分からないのは、ミカドが彼女を無視できない理由だった。

 

この場所には戦いに来た。ただ力を磨き、試しに来た。それは揺るがない。

だが、通り過ぎる何もかもを見ずに進んでいては、かつてと同じ過ちを繰り替えすだけだ。

 

 

「提案がある」

 

「同意見です、異界のヒューマン」

 

 

_______________

 

 

通路を出た一歩目で、異変に気付いた。

脚部に掛かる負担の上昇。血液が巡る速度すら鈍化しているように感じる。体が、重い。

 

ここは【X階層】。同一の階層でありながら、区域毎に特性を変える悪夢のエリア。

 

だが、並走する白兎は纏わりつく重さを感じないかのように、怪人たちの隙間を走り抜け、斬撃を繰り出し続ける。

 

 

「壮間さん!」

 

「全然っ……まだ行けます!」

 

 

壮間とベルが進むルートは過酷だった。

ひっきりなしに出現する怪人だけでなく、冒険者同様に階層へと迷い込んだ通常のモンスターたちが、ほとんど絶え間なく襲い掛かる。そのうえ、逃げるようにエリアを移動したら地形や環境が激変するのだ。

 

下級イマジン「レオソルジャー」が次々と生れ落ちる怪物の宴(モンスターパーティー)を、2人の戦士は重い身体を振り回して斬り進む。一瞬たりとも油断はできない。ここは『未知』の最前線。気を緩め、初見殺しに足を掴まれた瞬間、死という奈落に引きずり込まれるから。

 

体力と精神力が摩耗していくのを止められない。改めて痛感する、これが「ダンジョン」であると。

 

 

《ギリギリ斬り!》

 

 

力を振り絞った壮間の一振りで、レオソルジャーの大群はようやく全滅した。魔石を回収して過重力エリアから抜けると、壮間は一度変身を解除して回復薬を口に含む。

 

 

「なんとか、切り抜けましたね……でもポーションを飲むのに変身解かなきゃいけないのは、なんつーか盲点でした。やっぱシビアだ」

 

「少しでも休んでください。しばらくは僕が見張っておきます」

 

「いや、ベルさんに負担掛けてるのは俺の方ですし」

 

「そんなことないですよ。壮間さんは強くなってる……リューさんとの特訓の成果ですね、羨ましいです」

 

 

壮間は強くなった、それは自分でも薄く感じることはできる。

それでも追い詰められているこの現状で、ベルにはまだ余力があるように見えた。それも当然かもしれない。なにせ、この命懸けの綱渡りを繰り返すのが冒険者なのだから。

 

 

「凄いなぁ、この世界は」

 

「そうなんですか……? 僕からすれば『変身』だって凄いですよ。不思議な鎧を着て強くなる、まるで伝説に出てくる騎士の英雄みたいで」

 

「これは俺の世界でも特別ですよ。こんな力を持ってる人はごく僅かで、どの時代でも『仮面ライダー』になった人が世界の中心にいた。主人公だった。でも、この世界にはそんな力を持った人が無数に存在する」

 

 

いわば、誰でも主人公になる近道を得られる世界。それでも未だ踏破されていないのが『ダンジョン』。気が遠くなるような物語だ。

 

そんな世界で何かを成す、つまり『俺がいた』と名を残すには、並大抵の覚悟じゃ無理だ。それでも、そこから逃げたら主人公なんて名乗れない。この【X階層】こそがそのための試練であり、ここを自身の力で突破してこそ、この世界に来た意味が生まれるはずだ。

 

 

「……すいませんベルさん、変身するまで頼みます」

 

「はい……でも、できるだけ早めでお願いします。アレを相手に、僕もあんまり自信は……!」

 

 

生まれたのではなく、そいつは別のルームから渡って来た。他のモンスターの血液や死灰を勲章のように付着させ、確固たる知性と殺戮衝動で、三つ首総計六つの眼が2人を見る。

 

半身が白黒で別れ、婉曲した角を幾つも備えながら、衣服を纏ったような姿は人類に近い。一言で称するのなら『悪魔』。壮間たちが知らぬその名は───山羊の不死生物、カテゴリーQ「カプリコーンアンデッド」。

 

 

『フォオオオオオオオオオオッッッ!!!!』

 

「───かァッ!?」

 

 

反応しきれない速度。否、初見でそれを攻撃と判断できるはずもない。カプリコーンの雄叫びと同時に放たれたのは、指向性の衝撃音波。防御不能の振動攻撃がもたらすのは、体内への破壊。

 

低級のモンスターなら即死に至らしめる速効を食らい、血を吐き出しつつもベルは前を向く。眼前まで迫っていたのは鈍色の殺気。カプリコーンの尾から放たれた三日月状の刃をナイフで受け止めたベル、手応えのある標的に歓喜するカプリコーン、その双方が跳躍し激突した。

 

 

《ライダータイム!》

《仮面ライダー!ジオウ!!》

 

「すいません待たせました!!」

 

 

そこにジオウも参戦し、回復薬で取り戻した体力を頼りに拳を振るう。しかし、その程度では退きもしないカプリコーン。ベルとジオウの連携連撃を片手一本ずつで捌き、二対一の構図に対応する。

 

二人の冒険者を嘲笑うように踊る悪魔。壮間が初めて【X階層】に迷い込んだ時に遭遇したイノシシ怪人もそうだったが、やはりこの階層には稀に、桁外れな猛者が出現する。

 

ベルもその強さを実感していた。刺突の一発や二発では届きそうもない命への距離、敵の攻撃から感じられる死の冷気。人類と近い体格に闘争本能を詰め込んだかのような、生粋の殺戮生命体。これが『怪人』か。

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

『ッッ……ヒャアアアアアハアァ!!』

 

「そんな、効いて───!?」

 

「ベルさん!!」

 

 

ベルの魔法の威力は大したことはない。だが、それにしたって、体が燃えようと全く怯まず攻撃を続けてくるのは異常だ。距離を取ろうとするベルに対し、カプリコーンは卓越した跳躍力でそれを許さない。

 

ベルが引き抜いた二本目《牛若丸 弐式》と《ヘスティア・ナイフ》はカプリコーンの爪と乱撃を交わし、カプリコーンがベルの装甲を、ベルがカプリコーンの生身の胴体を何度か裂いた。加えて死角から援護するジオウの剣も、カプリコーンの右腕を斬りつける。

 

合金のように硬い肉が断たれ、溢れ落ちる緑色の血液。重症だ。生命である限り、この状態での活動は数分と保たない。勝負は決したと言って過言の無い状況だった。しかし───

 

 

『ナメタコト、シテンジャ、ネェヨ……!』

 

「モンスターが喋った……!?」

 

「いや、それより……なんで動くんだアイツ!!」

 

 

傷付けられた矜持を、その怒りを掃き出すように、カプリコーンの攻撃は勢いを強めた。血を撒き散らしながら狂気を加速させ、壁から引き抜いた三日月刃(ブーメラン)を握って暴乱する。

 

アンデッド、不死生物。彼らに生物学的な死は存在しない。加えて、マティーナによる模造である『彼』に宿る知性も所詮は模造であり、退却という選択肢は存在しない。モンスターに必要な知性とは元来『殺意』のみで、『生存本能』の再現をマティーナは放棄した。

 

アンデッドであろうとジクウドライバーの機能を使えば撃破が可能だ。その機能については壮間もミカドから聞いたことがある。しかし、その機能が異世界のモンスター相手に有効なのか。

 

ダンジョンで不確定要素に頼るのは、最終手段でなければならない。

 

 

「壮間さん、15秒……頼めますか?」

 

「即日返済ですね。やってやりますよ……!」

 

 

2人にはまだ手が残っていた。

ダンジョンに挑む前に『未知』を潰す、壮間が最近まで知らなかった常識。冒険者の第二の刃とは『知識』だ。それを以て、この不死生物を突破する。

 

前に出たジオウが、カプリコーンの刃と斬り結ぶ。敵は息切れすらしない怪物、スタミナの上限は無く多少の攻撃を喰らっても動じない異常な打たれ強さを持っている。それらをインプットしたうえで、想像する。15秒後に到達する未来を。

 

 

「見せてやるよ、前とは違うってな!」

 

 

相手は素早く、狂乱の最中にいる。想像できる手数が多く絞り切れない。

それに対し、ジオウは半歩だけ接近して間合いを潰す。動かれるより先に剣を振るう。傍から見れば危なっかしい挙動だが、壮間には見えている。そこに攻撃は来ない。

 

むしろそれによりカプリコーンの領域が侵略され、行動が制限された。壮間の想像に映る未来が減ったのを感じると、次のワンアクションで更に妨害し、絞り込む。

 

 

「来るよな、ここに!」

 

 

想像が収束し、一つになった。凶刃が右側から迫る。

これなら防げる、その予感を信じて防御が成就した。

 

壮間に備わった才能、「想像力」とは「勘」の一種だ。歴戦の猛者が経験則と知識で行う「分析」と「読み」を無意識にやっているに過ぎない。

 

だからこそ、レベル4の元冒険者であるリューのもとで学んだことは大きかった。敵の攻撃を予測し待つのではなく、能動的な動作をすることで敵を自由にさせないという駆け引き。

 

敵を壮間の「想像」の中に引きずり込み、「想像通り」を強制する独裁戦法(キングスタイル)。極めれば戦場を思い通りに操ることさえ可能な、壮間の新戦法。

 

 

「ベルさん!」

 

 

鐘の音が聞こえた。時は満ちたと告げた。

壮間は誘導していたのだ。カプリコーンを、ベルの一撃が確実に当たる未来まで。

 

 

「【ファイアボルト】ッ!!」

 

 

スキル【英雄願望(アルゴノゥト)】による15秒の蓄力。ベルの近くにまで誘導され、正面を晒したカプリコーンに放たれるのは白光を伴う大爆炎。

 

その不死性からか、カプリコーンはその優れた跳躍力を回避に使おうとしなかった。この位置、このタイミングで、カプリコーンはベルの魔法を必ず受ける。壮間にはそう想像できた。

 

畜力した炎の猛勢で押し出され、後方へ吹き飛ばされたカプリコーン。腹部の金板が割れ、炎が体に食らい付き、体の前半分が焼失しながらも、不死の殺意を絶やすことなく両腕を拡げる。そして、熱気と共に酸素を吸い込み───

 

 

『───ッ!?』

 

「咆哮、だろ!?」

 

 

ジオウが投擲したジカンギレードが、熱で爛れたカプリコーンの首を貫いた。発声器官の損傷、肺と口内への血液の流入で、声も衝撃波も出せるはずがない。

 

完全なる無防備に追い込まれたカプリコーンに、肉迫するジオウは手を伸ばす。狙いはその胸部。モンスターの体内に必ず存在し、この【X階層】で再現された怪人にも存在を確認した『魔石』。

 

冒険者の常識、『魔石はモンスターの急所』。

生きたままこれを失ったモンスターは、例外なく死滅する。

 

爆炎で肉体が燃え、剥き出しになった魔石を、ジオウは握り砕いた。

 

魔石を失ったカプリコーンは灰となって消滅。漂う火炎の花弁を割いて、ジカンギレードが地に倒れ込んだ。

 

 

「……冒険者って、いつもこんな感じなんですか……?」

 

「いつもってわけじゃないですけど……まぁそうですね」

 

「はは、強いわけだな……」

 

 

この【X階層】は単純な構造でほとんど一本道。カプリコーンがこの先のモンスターを倒してここに来たのだとすれば、しばらくモンスターは現れない。今の戦いでダンジョンの壁も大きく傷ついているのを見ると、2人は腰を下ろした。『損傷した壁からモンスターは生まれない』、これも冒険者の常識だ。

 

 

「そういえば聞いてなかったんですけど、ベルさんって何してそんな強くなったんですか? みんな口揃えて早い早いって言いますけど」

 

「それは……神様が言うには『成長期』だって」

 

 

それで説明付くか? とこの世界に来たばかりの壮間ですら思うし、ベルはヘスティアに対し信頼度というか信仰が強すぎる気もする。相手が神なのだから当然なのかもしれないが。

 

 

「特別なことはしてないと思いますよ。ダンジョンに潜ってモンスターを倒して……まぁ強いて言うなら……」

 

「あぁなんか嫌な予感がする語り出し」

 

「レベル1の時にミノタウロスと戦ったり、18階層で黒いゴライアスが生まれたり、【アポロン・ファミリア】や【イシュタル・ファミリア】と全面戦争になったり」

 

 

案の定特別のオンパレードだ。18階層といえば本当はモンスターが生まれない安全地帯で、街すら存在すると聞いている。しかもファミリア間の戦争と来たら、自分より格上の冒険者と何度も刃を交えているに違いない。

 

 

「……それは大変ですね」

 

「ですね……何回も死ぬかと思いました」

 

「そんな目に遭っても、そんな目に遭うって分かっていても、ベルさんが冒険者であり続けたい理由って?」

 

 

壮間はいつもの感じで聞いてしまった。やはり異世界に来たって、人が同じならやることは変わらない。その質問にベルは悩むことなく、常に想い続けている自身の憧憬を答えた。

 

 

「僕、英雄譚が好きなんです」

 

「英雄譚ですか? それって、いわゆるおとぎ話とか……」

 

「そうです! 特に祖父から貰った『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』なんて愛読書で。小さい頃から、そこに出てくる英雄に憧れてたんです」

 

 

少年が語る話は続く。事故によって祖父を喪った後、祖父の「男ならハーレムを目指せ!」「一攫美少女を狙え!」という教えに従い、出会いを求めてオラリオに来たらしい。故人のことを悪く言いたくは無いが、こんな純真無垢な少年になんつー教えをする爺だと、壮間は思った。

 

 

「英雄みたいになりたくて、英雄みたいな出会いがしたくて……僕は冒険者になった。そして出会ったんです、追いかけるべき憧れの人に」

 

 

ベルから何度か聞いた、憧れの相手。

冒険者になったばかりの頃、上層に現れたミノタウロスに襲われた時に助けてくれたという、【ロキ・ファミリア】の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 

「僕は弱いから、あの時に未来が分かっていたら……きっと足が竦んでしまったと思います。冒険者にはならなかったかもしれません。でも少なくとも後悔は無い。だから僕は、この憧れを追ってこれからも進み続けたいです」

 

「小さい頃の夢に、一目惚れした人に……一途、なんですね」

 

 

どこまでも真っ直ぐな深紅(ルベライト)の瞳、その根源をようやく理解できた気がした。

 

 

「壮間さんの話も聞かせてください。王様になりたい……んですよね?」

 

「そうですね、俺も似たようなもんです。歴史に名を残すような『主人公』になりたかった。俺も昔は物語が好きだったんですよ、ちょっと捻くれて読まなくなったけど」

 

「へぇ、異世界の英雄譚……ちょっと気になりますね。どんなお話なんですか?」

 

「えっと、確か───」

 

 

あまり思い出したくもない幼き日に思いを馳せる。

あの頃は恥ずかしげもなく自分が正しいと思っていて、表だけの理想の「ごっこ遊び」を───

 

 

「……こんなこと言ってる場合じゃないですね。先、急ぎましょう。じゃないとミカドに負けちゃうんで」

 

「え、あ……そうですね」

 

 

話を濁すように壮間は立ち上がり、ベルから目を逸らした。

別に後ろめたいことがあったんじゃない。ただ、抜け落ちたように思い出せないのだ。

 

 

(俺のルーツって、なんだっけ……?)

 

 

______________

 

 

「どうですか、(ミコト)様?」

 

「……いえ、見つかりません。この付近にもお二人はいないようです」

 

 

なにやら(ミコト)が目を閉じて集中し、それをリリが気に掛ける。彼女らは、これを少し移動する毎に繰り返していた。

 

 

「さっきから何やってんの、(ミコト)ちゃんは?」

 

「アレは(ミコト)のスキルだ。【八咫白烏(ヤタノシロガラス)】って言ってな」

 

「その目で見えなくとも、近くにいる仲間……同じ神血(イコル)を分け合った同胞を感知できるらしいのです。その力で(わたくし)も見つけてくださったんですよ」

 

「あー、だからさっきは皆揃ってたんだ」

 

「体調に左右されますが、今のところ自分は絶好調です! しかし、それでも見つからないとなると……」

 

 

怪人たちを一通り倒し、休息を取るパーティ一行。

レベル2の戦闘員である(ミコト)を軸に、同じくレベル2で鍛冶師のヴェルフも前衛を張る。後ろでリリも抜かりないサポートと指揮を行い、ここまで危なげなく進んでこれた。

 

ちなみにその1、香奈は現状お荷物である。全く戦えないとは言わないが、流石に素人に毛が生えた程度の新人を前に出す道理が無い。

 

ちなみにその2、春姫もファミリアでは新人らしく、戦闘には参加していない。曰く『妖術師』らしいのだがその仔細は不明。香奈同様に、サポーターとしてリリの教えを受けている状態だ。

 

 

「では先に進みましょう。ベル様も心の底から心配ですが、リリ達も人の心配をしている場合ではありません。レベル2のお二人で何処まで通用するかさえ……」

 

「待ってくれよ、レベル2は3人……だろ?」

 

「そうでした。繰り返し言いますが、リリは全く信用していませんからね。ブルーノ様」

 

 

ちなみにその3、パーティメンバーはもう一人、ブルーノと名乗る青年。彼の正体が変装したアオイであることは、香奈以外知らない。リリが彼を疑っているのは、単に彼女が冒険者不信だからだ。

 

と、落ち着いているように見える香奈だが、内心は課題をやらないまま受ける授業中ばりにハラハラである。今のところ探索が順調すぎて、壮間より先に最奥に辿り着いてしまうのではないか。焦った香奈は、先を急ごうとするリリを大慌てで引き留める。

 

 

「リリちゃんタンマ、もうちょっと休んでいかない!? そ、そういえば、えっと……」

 

 

上手い言い訳が思いつかない。「この期に及んでまだ足を引っ張るおつもりで?」というリリの視線が怖い。

 

 

「あ、そうそう! 春姫ちゃん!」

 

(わたくし)!? な、なんでございましょう?」

 

「春姫ちゃんの妖術って、なに? 魔法? いや、チームなんだし教えてほしいなぁって。普通に気になるし」

 

「それは……」

 

 

春姫の尻尾と耳がバツの悪さを表すように垂れる。他の皆も言葉に困っている様子だ。リリだけは、ブルーノを邪魔そうに睨んでいるのだが。なんにしても触れちゃいけない話だったようだ。

 

 

「じゃあさ春姫ちゃん! 春姫ちゃんが前にいたファミリアって、どんなとこだったの? 元は別のファミリアだったってヘスティア様に聞いたんだけど。館にいる間、春姫ちゃんと喋る機会あんまなかったから聞きたくて!」

 

「……どうでしょう皆様、そのくらいなら。(わたくし)も……香奈様とお話をしたいです」

 

「自分は良いと思います。しかしブルーノ殿。念のため、この話はできるだけ内密にしてくださいますよう」

 

「極東の美女に頼まれちゃあ断れないよ。我が主神に誓って秘密にするさ」

 

 

(ミコト)にデレデレするブルーノ、これは演技なのだろうか。とにかく足止めもできるし話もできるし一石二鳥。香奈は自分のコミュ力に賛辞を送る。持参していたジャガ丸くんを配りだすと、流石に食糧の無駄だと叱られたが。

 

 

(わたくし)が近頃までお世話になっていたのは、【イシュタル・ファミリア】でございます。その……歓楽街を拠点としていたファミリアで、(わたくし)はそこの娼館で……その……娼婦を……」

 

「しょうかん? しょうふ? え、耳? うんうん……ん゛っ!?」

 

耳打ちで聞かされた「娼婦」の意味。顔を真っ赤に染め上げる両者。もっとも娼婦として働かされてたとはいえ、春姫は異性の鎖骨を見るだけで気絶するほど初心であったため、未だ彼女の純潔は守られたままである。この事実は春姫自身も知らない。

 

 

「あ……ごめんね春姫ちゃん。そんな話、したくなかったよね……?」

 

「いえ、そんなことはございません。確かに……かつては娼婦となった身を呪っておりました。娼婦は英雄譚では『破滅』の象徴。このような卑しい(わたくし)は、英雄に救われる資格なんて無いと」

 

 

家を勘当され、オラリオに流れ着き、娼婦となった自分が嫌いだった。汚れた身で何かを望むなんて許されない。たとえ主神イシュタルの陰謀が、春姫を生贄に捧げることだと知っていたとしても、あんな無垢な少年に「助けて欲しい」なんて言えるはずがなかった。

 

 

「そんな(わたくし)に、ベル様は手を伸べてくださいました」

 

 

『例え娼婦でも、破滅が待っていても『英雄』は見捨てない!』

『馬鹿にされても指をさされても、汚れていたって、それは恥ずかしいことなんかじゃない! 一番恥ずかしいことは、何も決められず動けないでいることだ!!』

『僕はまだ、貴方の願いを何も聞いちゃいない!』

 

満月の光を受ける空中庭園に、少年は春姫を救うためだけに現れた。そして、自身より強大な戦闘娼婦(バーベラ)たちを前に叫んだ。その言葉に気付かされ、救われたのだ。

 

 

「うおぉ……ベル君かっこいい!」

 

「はい、あの夜のベル様はとても……」

「なぁーっ!!! なんですかこれは! ベル様との思い出自慢ですか! それならリリだって! リリだってぇーっ!!」

 

「落ち着けリリスケ。それにしても、よく考えればそうだな。【ヘスティア・ファミリア】はベル以外、別のファミリアからの集まりだ」

 

「え、そうなのヴェルフ君?」

 

「おいやめてくれ。ヘスティア様ならともかく、その『君』ってのは慣れねぇ」

 

「だって年下」

 

「一応ファミリア内じゃ兄貴分やってんだけどな……年下扱いは【ヘファイストス・ファミリア】を思い出しちまう」

 

 

【ヘファイストス・ファミリア】。鍛冶師で構成される商業ファミリア、武具の一大ブランドだ。ヘファイストスといえば、香奈もゲームか何かで聞き覚えがある。武器にまつわる神様かなんかだったような気がする。

 

 

「俺と(ミコト)、あとリリスケは、【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)でベルの力になるために改宗(コンバージョン)したんだ」

 

「はい! 自分はタケミカヅチ様から一年のお暇をいただき、ベル殿に恩を返すため【ヘスティア・ファミリア】に」

 

「“あと”とはなんですか! この中ではリリがベル様の最古参なんですっ!」

 

 

(ミコト)は【タケミカヅチ・ファミリア】でダンジョンに挑む冒険者だった。しかしある日、モンスターの大群に襲われ窮地に陥った(ミコト)たちのパーティは、そこに居合わせたベル達にそのモンスターの大群を押し付けてしまったという。

 

怪物進呈(パス・パレード)自体は、冒険者が生き残るための歴としたテクニックだ。だが、その結果ベル達はダンジョン内で遭難する大事に至ってしまった。生還したベル達から許されてからも、(ミコト)はずっと負い目を感じていた。

 

だからこそ、(ミコト)はファミリアを代表し、愛する主神のもとを離れてベルの力になることを申し出たのだ。

 

 

「タケミカヅチ様、また聞いたことある神様。リリちゃんはどこファミリアだったの? 生まれた頃から冒険者ー、って言ってたけど」

 

「それはぁ、その……」

 

「【ソーマ・ファミリア】だよな、リリスケ」

 

「えっソウマぁ!?」

 

「あー! だからフクザツな気持ちと言ったんですっ! なんでソーマ様と同じ名前なんですか……呼びづらいったらありません!」

 

 

リリが所属していた【ソーマ・ファミリア】は問題を抱えていたという。ファミリアの運営を放棄し酒造りに没頭する主神ソーマに、その神酒に溺れて狂ったように資金を集め、互いに蹴落とし合う団員たち。その中で種族的に非力なうえサポーターであったリリは、長年の間過度な冷遇と仕打ちを受けていた。

 

そうやって冒険者という人種を信じられなくなり、そんな彼らを騙し裏切り続けるという破滅的な仕返しを繰り返す。そんな自暴自棄の末に出会ったのがベルだった。

 

 

『僕、リリだから助けたかったんだ。リリだから、いなくなって欲しくなかったんだ』

 

 

ベルのことも裏切り、見限った。それでも彼は、冒険者に捨てられたリリを守りに現れたのだ。

 

 

「ベル君スケコマシだ」

 

「そうなんですっ! えぇわかっています、ベル様はああいうお人です。どこまでもお人好しで、女の人にはとことん弱いんです……その癖して想い人はあの【剣姫】様……! ですが! そんなベル様に、リリは全てを捧げると決めたんです」

 

 

自分より遥かに小柄な女の子、その小さな体が背負う覚悟の大きさに、香奈は打ちのめされた。リリだけじゃない、春姫も、ヴェルフも、(ミコト)も、ベル・クラネルという冒険者に魂を預けてここにいる。

 

自分はどうだろうかと、香奈はふと思った。

この目で見た物語を世に伝える。アオイが言うところの『語り手』になる。その覚悟が、人生のすべてを捧げる覚悟が本当にあるのだろうか。

 

日寺壮間という少年に、香奈はすべてを託せるか。

 

 

「そんなの……」

 

「おい軟派男、お前も話してもらおうか。お前はどこのファミリアだ? どうしてここにいやがった」

 

 

香奈が答えを口に出す前に、ヴェルフの双眸はブルーノを向いた。冒険者たちの話を楽しそうに聞いていた扮装の悪役は、どこまでも自然な口ぶりで答えた。

 

 

「俺は【ヘルメス・ファミリア】の団員だ。極秘の冒険者依頼(クエスト)でダンジョンに潜ってたらここに、ってわけだよ。参ったさ、早く帰らないとアスフィ団長が心配してるだろうに」

 

 

アオイは確かにヘルメスの眷族だ、嘘の中に本当が混ぜ込んである。悪人が嘘をつく手口を目の当たりにし、香奈は嫌そうな顔で彼と距離を取った。

 

 

「【ヘルメス・ファミリア】は何かと胡散臭い話が絶えませんし、あのヘルメス様が主神様というのも大変ですねぇ」

 

「本当だよ。でも、俺は我が主神を敬愛してる。俺たちでは理解できない、決して手は届かない……どこまでも愛しているよ、あぁ……憎いほどにね」

 

 

なんだか湿度の高い愛情告白に、多分全員がブルーノから一歩半くらい遠ざかったと思う。この話に触れたくないのか、皆がそそくさと出発の準備を始めてしまった。

 

でも、その正体を知る香奈にだけ、その言葉は引っ掛かりを残す。

今の言葉は果たして、本当にヘルメスに向けたものだったのか?

 

 

(皆にはそれぞれ、冒険者としての思いがあった。戦いに命を懸けるだけの思いが。じゃあ、泥棒さんは……何を思ってこの世界に来たんだろう)

 

 

彼にとって悪役とは、どういう意味なのだろうか。

少なくとも今のところ、怪しいし迷惑なのは確かだが、アオイは「悪」に見えない。

 

この冒険の間で、彼の物語も聞けたらいいなと、香奈は思った。

 

 

_______________

 

 

「アイズさん……どこにいるんですかアイズさーん!」

 

「今は諦めろ! 大きい声を出すな、敵が寄ってくるだろうが!」

 

「気持ちはわかるが落ち着きなさい同胞。今は彼の意見が正しい」

 

「でも、もう何日も帰ってないんですよ……うぅ、アイズさん……」

 

 

ミカドとリューは互いに手を組むことを決め、その後間もなくしてアイズを探していたレフィーヤを発見。前衛の戦士×2と魔導士の三人編成を組み、【X階層】を進んでいた。

 

リューもレフィーヤもレベル以上の実力を持った実力者だ。溢れ出るように迫る怪人たちにかなり手こずりつつも、環境の変化にも適応し、湿地帯のような通路を進んでいた。

 

 

「それにしても驚きました。まさか18階層の貴女とこんなところで……」

 

「詮索は無用でお願いします。今は、最奥への到達のみを考えましょう」

 

 

レフィーヤとリューは冒険者として一度面識がある。18階層で闇派閥(イヴィルス)に襲われたベルとレフィーヤを助けたのが、覆面の冒険者リューだった。

 

 

「最奥ですか……アイズさんはそこにいるんでしょうか? それに、確かここには『万能の力』が眠っているって話でしたけど」

 

「『万能の力』か……」

 

「その力がいかなるものかは想像も出来かねますが、仮に実在するとするなら……邪な冒険者の手に渡ることだけは、阻止しなくてはなりません」

 

「っ、そうですね。ここに闇派閥(イヴィルス)が来てるかもしれないんです。彼らよりも早く『万能の力』を回収するのが、私たちの使命です! って、聞いてますかミカドさん!?」

 

 

階層攻略に決意を固めるレフィーヤだったが、ミカドはなにか考え事をしているように浮いた視線を泳がせていた。

 

 

「……不要な話で注意を散らしたくないんでな」

 

「不要とはなんですか。異世界から来たにしても、ミカドさんは【ロキ・ファミリア】の一員です。そうでなくとも、冒険者としての……戦士としての正義は無いんですか?」

 

「正義、か。その単語を俺に振るな。頭痛がする」

 

「正義の何が嫌なんですか! あ、わかりました。ベートさんとばかり訓練してたから、影響受けて捻くれた性格になったんですね!?」

 

「吊るし吊られるぞ貴様」

 

「弟子がこんなのじゃ示しがつきませんし、ベル・クラネルの弟子にも勝てません! さぁミカドさん、冒険者の正義について私がしっかり教えますからね!」

「正義談義は帰ってからにしろ! あと誰が日寺に負けるだと!? 撤回しろ魔力馬鹿!!」

 

 

ものの見事に乗せられ、器用に気配を隠しながら言い合いを繰り広げるミカド。『正義』という単語が湿気に混じって飛び交う空間で、リューの意識は少しだけ過去に遡る。

 

 

『さぁ! 今日はみんなで正義について語り合いましょう』

 

 

「『正義』か……懐かしいやり取りだ」

 

「……あぁもういい! 進むぞ。おいエルフの剣士、どうした。貴様も正義がどうこう言う気か?」

 

「いえ、なんでもありません。今の独り言は忘れてください」

 

 

正しさの権化のような赤髪の少女が話を切り出し、仲間たちで何度も主張をぶつけ合ったものだ。それは、彼女がまだ【アストレア・ファミリア】にいた頃の記憶。一人残らず仲間を喪ったリュー・リオンが、決して取り戻すことはできない思い出。

 

この目だ。この目が無視できない。その過去を見るリューの目が、ミカドの前進を引き留める。見誤ることすらあり得ない、その引っ掛かりの正体は。

 

 

「貴様も───」

 

 

言葉を紡ぐ前に、足元が激しく揺らいだ。そこは湿地の通路を抜け、地面に薄く流れる川が辺り一面に広がるルーム。川を裂き、割れた大地から、樹色の大蛇が突き上がる。

 

 

「今日はデカブツによく遭うな」

 

「なんですかこの大きさ……階層主レベルじゃないですか!? いえ、それどころじゃ……」

 

「27階層の階層主『アンフィス・バエナ』のような長体。しかし甘く見積もっても、その倍は大きい……!」

 

 

角が生えた蛇というよりは、悪魔を模した甲冑から脊髄や背骨が伸びたような様相。その圧倒的巨体は土砂と水が降りしきる中で、絶望までも彼らに叩きつける。

 

 

「奴は『イマジン』だ!」

 

「イマジンって、確か人のイメージで実体化する精神体でしたよね!?」

 

「そのイマジンを撃破すると、そのイメージが稀に暴走することがある。それがあの“ギガンデス”と呼ばれる怪物だ! 奴の4倍は大きかったが、同じ形態のものと遭遇したことがある」

 

「あれの……4倍……!?」

 

「では対処法もご存じなのですか」

 

「巨大怪人用のビークルや兵器で対応するが、基本は災害扱いだ! 立ち向かうだけ被害が拡大する。ましてや、たったの3人で挑む相手ではない!」

 

 

巨大イマジン「ギガンデスハデス」の口が開く。ミカドは理解していた、それは「大砲が照準を定めている」のと同義であると。溜めの時間すら必要とせず放たれたのは、川の形状を変える威力の火球。

 

レフィーヤはその脅威を目の当たりにし、息を止めた。こんな大きさのモンスター相手に、即席の三人編成で挑むだなんて正気じゃない。これが【X階層】の、真の恐怖。

 

 

「……だが、面白い」

 

 

ギガンデスハデスの外骨格が刃と衝突し、その破片が水飛沫の中に消えた。変身したミカドが、あの巨体に単身斬りかかり、ダメージを刻んだのだ。

 

 

「災害がどうした。俺は世界を変える男だ! 貴様のような災害から、世界を守るための救世主だ!! 貴様で試してやる、俺にその力があるということをな!」

 

 

ミカドが怯える要素なんて微塵も無かった。彼は最初からその覚悟で戦っているのだ。混沌の世界という強大過ぎる不条理に抗い、変えて見せると、ミカドはレフィーヤやフィンの前で宣言してみせたじゃないか。

 

レフィーヤは、あの怪物に一瞬だけ恐怖を覚えてしまった。ミカドの覚悟に気圧されてしまった。それが心の底から恥ずかしい。思い出せ、もっと強い敵と戦ってきたはずだ。もっと強い仲間と肩を並べてきたはずだ。

 

そして何より、ベル・クラネルなら立ち向かう。どんなに大きな相手だろうが、あのヒューマンが立ち向かう姿がその目に見える限り、先輩として、宿敵として、レフィーヤが逃げることは決して無い!

 

 

「覆面の同胞、ミカドさん! 私の魔法で……あのモンスターを倒します!!」

 

 

背後で膨れ上がる魔力を確認し、ゲイツは振り返らずギガンデスハデスに斬りかかった。そこに重なる別の剣戟、リューの木刀による打撃が堅牢な装甲に傷を入れる。

 

 

「詠唱が終わるまで食い止めるには連携が必要です。可能ですか、異界のヒューマン」

 

 

リューは吹き荒ぶ風のように、軽く速い身のこなしでギガンデスハデスの注意を引き付ける。

 

 

「【ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

 

レフィーヤの詠唱が始まり、周囲が山吹色の光に包まれる。その光に応えるため、ゲイツが選択したのはドライブのライドウォッチ。

 

 

《アーマータイム!》

《DRIVE!》

《ドライブ!》

 

「あぁ、貴様の走りに付き合ってやる!」

 

 

ギガンデスハデスの体を滑走し上昇。頭部まで辿り着いたゲイツは、連続ブローを叩き込んで火球の放出を阻止した。次の火球も、気配を感じるより前にリューの攻撃が妨害。

 

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪】」

 

 

詠唱中のレフィーヤはその場を動けない。膨大な魔力を制御しながら別の動作をすることは至難を極め、それは「並行詠唱」という超高等技術として知られている。ミカドも魔法を使う身として、魔力のコントロールの難しさは理解しているため、火球は打たせまいと立ち回っているのだ。

 

 

「硬い。あわよくばこのまま倒し切ることも考えましたが、淡い期待は捨てた方がよさそうだ」

 

「全くだな。火力不足が否めない。だがなるほど、そうか……こういった状況を覆す切り札が『魔法』ということか」

 

「……貴方の言葉からはどこか喜びを感じる」

 

「当然だろう。ようやく奴の……レフィーヤの本気の魔法を見られる。この世界に来た意味があるというものだ」

 

 

「【どうか───力を貸し与えてほしい】」

 

 

収斂される魔力に、ミカドの肌が粟立つ。前に見た魔法とは比べ物にならない圧力。戦場で歌を奏でる妖精の声は、その魔法の銘を紡ぐ。

 

 

「【エルフ・リング】」

 

 

レフィーヤを囲う魔法円が、山吹色から翡翠色に変わった。その瞬間に感じたのは、まるで彼女の魔力が別人になったかのような錯覚。そして妖精は歌を『繋ぐ』。

 

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

 

レフィーヤの二つ名は【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。その由来を聞き、ミカドは笑いすらしたものだ。彼女のレア魔法【エルフ・リング】とは、詠唱を連結させることでエルフに限り他者の魔法を使うことができる『召喚魔法(サモン・バースト)』。

 

そもそも最大で三つしか魔法を使えないこの世界で、こんな魔法は唯一無二だという。しかし他人から授かった力を使うとは、どこかで聞いた話だ。

 

 

「っ、異界のヒューマン!」

 

「なッ……!? クソっ!!」

 

 

リューとゲイツの連携は完璧に近かった。しかし、そこで変化したギガンデスハデスの挙動。その余りに長い体を激しくうねらせ、周囲で飛び回っていた二人を弾き飛ばすと、天井に向けて火球を放ったのだ。

 

損傷し、壁から剥がれた瓦礫の雨が降り注ぐ。リューもゲイツの現在位置は、レフィーヤから離れすぎてしまった。詠唱中のレフィーヤに落下する岩を打ち落とそうと、ゲイツはジカンザックスを構えるが、

 

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬】」

 

 

眩いほどの光を放ち、その魔力を制御しながら、レフィーヤはその岩を全て回避した。理解していたつもりが、ミカドはまだ侮っていた。自分の遥か上を行く、この若き妖精の魔導士を。

 

 

「レフィーヤ、そこで止めるな!」

 

「───っ!」

 

「その魔法の特性は聞いている! 俺たちを信じて続けろ! 貴様なら、一撃でコイツを焼き払える!」

 

 

敵に接近しようとしていたレフィーヤに投げたその言葉は、全幅の信頼を示していた。この世界に来てから幾度と感じるなにか、その言語化がようやくできた気がした。ミカドが感じているこれは『尊敬』だ。

 

 

「【───終焉の訪れ。間もなく()は放たれる】」

 

 

詠唱を再開したレフィーヤ。かつてのミカドなら、この姿に劣等感と焦燥を覚えていただろう。今はそうでないのが悔しくもあるが、もう己の非力に絶望するのは飽きた。この化け物だらけの世界が、ミカドの心に残った何かを砕いたのだ。

 

 

「貴方は不思議なヒューマンだ。己の大義のみに邁進し、全てを犠牲にしてでも成し遂げるという覚悟。それを確かに感じた。その一方で他者を信頼し、敬う心も持ち合わせている」

 

「目がいいな貴様は。だったら俺だって言ってやろう、貴様も……喪失者だな。俺と同じ。貴様の眼は、鏡を見ているようだった」

 

「そうですか、やはり……」

 

 

リューの細くなる声を掻き消し、ギガンデスハデスが咆哮する。大岩をも砕く尾の薙ぎ払いを躱した2人は、共に大蛇の懐へと駆け出す。

 

 

「貴方は───正義を憎んでいるのですか」

 

「憎んじゃいない。ただ、俺は正義というものに頼り過ぎた。己の怒りに、悲しみに、正義と言う名を付けた。それが他を傷つけるだけの刃だと気付いたときには、俺の手は血塗れだった」

 

「私も……似ています。正義とはきっと、独りで抱えてはいけないものだった。私はこの手で、仲間が愛した正義を裏切ってしまった」

 

 

リューがいた【アストレア・ファミリア】は、都市の秩序を守る正義のファミリアだった。故に闇派閥(イヴィルス)とは敵対し、最後はその計略に巻き込まれてファミリアは壊滅。リューを残し、団員は全て死亡した。

 

残されたリューは主神を都市の外に逃がすと、単身で闇派閥(イヴィルス)への復讐を決行した。そこに正義は無く、あったのは純粋な怨恨。闇に与する者は、疑わしき者さえ含め全て亡き者にした。

 

 

「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

 

 

レフィーヤの詠唱は続く。魔力の高まりを背中で感じながら、ギガンデスハデスの火球を斬り落とし、その攻撃を二つの身で全て引き受ける。その中で、リューの移動速度が急速に上がったのをミカドは察知した。

 

 

「ただ少なくとも……仲間と正義を語り合ったあの日々は、私にとって掛け替えのない誇りだ」

 

「おい、どういうつもりだ!」

 

「援護を頼みます。これは、貴方というヒューマンに対する敬意です」

 

 

リューの機動力は、ギガンデスハデスの鈍重な動きで捉えられる範疇を超えていた。縦横無尽に吹く翠の風の中から聞こえるのは、もう一つの妖精の歌。

 

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々。愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

 

ギガンデスハデスを翻弄する高速戦闘。その勢いは全く緩めないまま、リューは詠唱を紡いだ。到底信じられない光景だった。これだけ激しく回避と攻撃を繰り返しつつ、それでいて白兵戦の質を一切落とすことなく、魔力を完璧に制御している。

 

 

「【来れ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)。空を渡り荒野を駆け、何物よりも()く走れ───星屑の光を宿し敵を討て】!」

 

 

神業としか言いようのない並行詠唱に終止符が打たれた。同時に、ギガンデスハデスの咥内を満たす赤い閃光。乱射された火球。そこに畏れなど存在し得ないと、妖精の腕が照射の命を下す。

 

 

「【ルミノス・ウィンド】!」

 

 

風を帯びた無数の光球は火炎を尽く消し去り、流星群となってギガンデスハデスに炸裂した。満天に瞬く光は装甲を容易く抉り取り、その巨大な体を傷で埋め尽くす。蛇竜の呻き声が大地を揺らし、水面を伝う波紋となって、その苦痛を知らしめす。

 

リューほどの実力者なら、魔法を使わずとも時間稼ぎくらいできたはずだ。それでも並行詠唱までやって見せたのは、言わずもがな魔法の真髄を求めるミカドのため。

 

 

「全く、貴様ら冒険者はどこまで……!」

 

 

ダメージに畳みかけるゲイツのタイヤ連撃。最後に斧での一撃が僅かに巨体を退け、ゲイツはその場を離れた。聞こえたからだ。途切れることなく続いていた、彼女の詠唱の終節が。

 

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣───我が名はアールヴ】!!」

 

 

詠唱を結んだ少女の杖が、足元を指した。

 

希薄な生存本能が鳴らす最大の警鐘に従い、蛇竜は地に潜った。

地形を崩しながら地中をのたうち回るように移動し、地上に現れては、すぐに潜る。逃げ回ってレフィーヤの魔法を躱し、その後に食い殺すつもりなのだろう。

 

だが、翡翠の魔法円は敵を補足する。逃げ場は何処にも存在しない。この足元を流れる河川などよりも遥かに深くこの地を満たしているのは、彼女が溜め込んだ夥しい量の魔力。

 

この怪物すらも矮小に見えてしまうほど圧倒的に膨大な力。あらゆる兵器さえ超越する、神が与えた神秘。その全てが、彼女の声を引鉄に解き放たれた。

 

 

「【レア・ラーヴァテイン】ッ!!」

 

 

召喚されたのは、都市最強の魔導士リヴェリアの第二階位攻撃魔法。

魔法円がこの空間全てを覆うほど拡大され、そこから天を突き噴き出す獄炎の柱。全方位を殲滅する炎は容易くギガンデスハデスの全身を喰らい、焼き焦がし、死の裁きを下す。

 

リューとゲイツ、レフィーヤのみを除き、公平に下された審判。

河川で潤っていた地帯は一瞬で焦土と化し、ギガンデスハデスは魔石すら残さず完全な消滅に至った。

 

 

「……張り合う気も起きん。これが本物の災害か」

 

「よく見ましたかミカドさん……これがリヴェリア様の魔法です……!」

 

「あぁ見た。貴様らが悪でなかったことを、この世界の奴らは有難がるべきだな」

 

「貴方という人は、また人をバケモノみたいに……!」

 

「実際バケモノだろう。そのバケモノじみた力は、世界を救う力だ」

 

 

敵を討伐した焼けた地の中心で、レフィーヤは面食らったようにフリーズした。彼は褒めているのだろうか。だとしたら不器用過ぎないか。そう思うと、どうしようもなく笑いが込み上がってくる。

 

 

「ふふっ、思えば……要求も罵声も、ミカドさんはいつも本音で喋ってるんですね」

 

「前にそれで文句を言ってきた女がいてな。できるだけ本音で話すようにしている」

 

「でも、バケモノじゃないんです。私の力なんかじゃ、世界どころかオラリオも……大切な仲間だって救えない。アイズさんや団長たちには、全然追いつけない」

 

「それだけの力があって嘆くな。だとしたら、俺程度が救世主になるなんて馬鹿みたいだろう。貴様は上らしく、俺の前では誇っていろ」

 

「なんですか、その自分勝手な慰めは……」

 

 

呆れ顔で笑うレフィーヤ。先に進もうと踵を返したミカドに、リューもまた言葉を捧ぐ。

 

 

「『正義は背負うものじゃない、いつか押しつぶされてしまうから。ましてや振りかざすものじゃない、そんなものは悪意の押し売りと同じだ』」

 

「正義談義の続きか?」

 

「私の……尊敬する友の言葉です。異界のヒューマン、貴方は正義を恐れなくていい。『正義は秘めるもの』。貴方が信じ、胸に秘め、指針としているそれは……間違いなく正義だ」

 

「……貴様とは、もっと早く会いたかったな」

 

 

ミカドはドライブのウォッチを手に、呟いた。

しかし、ダンジョンは感慨に耽る暇すら、冒険者には与えなかった。

 

先ほどとは違う激しい揺れが起こった。それは足元から迫るものではなく、何処か遠くから伝わったそれだ。それなのに、足元から、この道の先から伝播してくる威圧が果てしなく大きい。

 

3人は察してしまった。この道の先、最奥で、何かが目覚めたと。

 

洗礼はそこで終わらない。その目覚めに呼応するように、攻略を傍観していた【X階層】が彼らに牙を剥く。焦土となった大地に川上から流れ込む大濁流が、彼らの退路と進路を吞み込んだ。

 

 

「───っ! 不可避です、息を……!」

 

 

規格外のダンジョンギミック。それはどんなモンスターよりも無慈悲に。

3人の冒険者を、未開の果てへと流し去った。

 

 

_______________

 

 

 

「───壮間さん、今の!」

 

「今の揺れ、ただの地震じゃないですよね。これは流石に……!」

 

 

壮間とベルも全く同じ揺れと、全く同じ気配を感じていた。

この先に何かが居る。それこそ『万能の力』と言われても納得してしまうような、絶大な存在が。

 

だが、そんなものに気を取られている場合ではないのが、残酷な現実。

 

鉱床のルームを埋め尽くさんばかりに群れをなす怪人たち、ヤゴ型ミラーモンスター「シアゴースト」。その統率を取る数体の怪人、ガラス状の体組織を持つ魔族「ファンガイア」。

 

このルームは複数のルートから繋がっているらしく、出入り口が多数存在する壺状の空間となっている。言い換えればこの場所は、ここまで辿り着いた冒険者たちを刈り取る蟻地獄。

 

シアゴーストに種子を埋め込まれ、触手の苗床となった冒険者。無残に食い散らされた死体の一部。ライフエナジーを吸われて色を失った肉体が、そこかしこで破裂して消滅する。

 

ここを制覇するしか生きる道は無い。この大群をやり過ごし、無数に存在する出入口の中から最奥へと続く正解を見つけ出す。意地が悪いなんかじゃ済まされない、どこまでも最悪な試練だ。

 

 

《アーマータイム!》

《ヒビ・キー!》

 

「突破します!」

 

「はいっ!」

 

 

先陣を切るのはジオウ。モンスターのすれ違いざまに音激棒を急所に叩き込み、最低限の力で撃破。飛来するファンガイアの牙はベルが砕く。出口を見つけ、駆け寄るとジオウは首を横に振った。

 

 

「ここも違う……っ!」

 

「そんな……っ、次です!」

 

 

出口の見極めの方法。まず一つは、他の冒険者が付けた目印だ。このルームの形状を見た冒険者なら、まず自分らの入り口に目印を付けるはず。もちろん、目印の無い出入口だって複数ある。だから残りは、壮間の「想像」だった。

 

ここを進み、生き延びる自分たちを想像ができるか。他人からすればただの勘を、ベルは信用した。信用する以外、ベルと壮間がこの死地を突破する方法は無い。

 

だが、いくら走っても想像は応えてくれない。どれだけ怪人を屠っただろう。どれだけの出口を回っただろう。体力と精神力の消費を最小限に、可能な限りの最短ルートで、それでも2人の疲弊はもう誤魔化しようのないレベルに至っていた。

 

 

(もう限界が近い……! あぁクソ情けない。この期に及んで帰りたいとか、やめにしたいとか、そんな考えばっか浮かんでくる!)

 

 

隣で駆けるベルもそうなのだろうか。壮間の世界で言う中学生の少年が、こんな過酷な目に遭ってまで、ただ一途に憧憬を追いかけているのか。その拙い英雄願望に、全てを捧げるというのか。

 

 

(考えろ……ベルさんを死なせんな! 年下に守られてんだぞお前は! さっき、大きな力を感じたのはどっちだ!? それが……いや、そうか違う! 逆なんだ!!)

 

 

ようやく答えは出た。ジオウは進路を変え、力を振り絞って速度を上げる。

 

 

「壮間さん!?」

 

「わかったんですベルさん! こっちです! 正解のルートは……!」

 

 

しかし、ダンジョンは果て無く無慈悲だ。

シアゴーストたちの体が震え、縮こまる。その背中が次々に割れ、這い出る青い外骨格と小刻みに振動する翅。トンボ型ミラーモンスター「レイドラグーン」が飛翔と加速を開始した。

 

更に、出口付近の鉱石から「ミラーワールド」を通ってレイドラグーンが先回りし、ジオウとベルを迎え撃つ。

 

 

「どけえええええっ!!!」

 

《音激タイムブレーク!!》

 

 

音激鼓ショルダーから実体化した鼓を地に設置し、ジオウは飛び掛かるように全力の一打を打ち鳴らした。その音激は地面と大気を伝い、周囲のレイドラグーンを一掃する。

 

しかし、それで削れた数なんてたかが知れている。必殺攻撃の余韻が残っているうちにベルは出口に到達したが、その隙を突かれたジオウは、シアゴーストが吐く粘着糸に囚われてしまった。

 

引きずり込まれるのはシアゴーストとファンガイアの群れ。あの数に囲まれれば、生き延びることは不可能だ。変身が解除されるまで嬲られ、生身を貪られるのみ。

 

でも、恐怖は感じなかった。死ぬ想像ができなかった。理由は、明白だった。

 

 

「壮間さんを、放せええええええッッ!!」

 

 

出口に入ったベルは、なんの躊躇いもなく怪人達に飛び込んだ。

壮間はもはや呆れ返ってしまう。期待したわけでも、計算があったわけでもない。ただ、いくら怖くても、いくら命の灯が消えようとしていても、ベル・クラネルは決して見捨てない。それは、想像するまでもない事実だった。

 

近づく鐘の音。円弧を描く白い光撃が、蟲毒の底で弾けた。

 

 

 

 

 

 

「───どうしてここが出口だって、わかったんですか?」

 

 

壮間とベルは互いに肩を貸し合い、狭窄する通路を進んでいた。あの地獄の試練を潜り抜け、二人とも大きなダメージもなく生還したのだ。それは、もはや奇跡とも言える確率だった。

 

そんな奇跡の後にこれを言うのは心苦しいが、助けてもらっておいて嘘はつけない。

 

 

「方向に目星を付けて、あとは想像に頼ったんです。ただし、選んだのは一番『嫌な予感』がする空洞。きっとあの地獄を抜けても、次に待っているのはさっき目覚めた『何か』ですし……」

 

「なるほど、それは……キツいですね」

 

「他人事じゃないですって……でも、本当に危なかった。ありがとうございました」

 

「お礼はいりません。僕も、壮間さんがいなければこの道を見つけられなかった。冒険者っていうのは、こうやって互いに助け合うものですから」

 

「やっぱすげぇわベルさん……」

 

 

どんな人生送ったらこの歳でここまで人間できるんだろう。いやむしろ反対か。彼はまだ純真無垢な少年で、夢や憧れに対する失望とか、挫折とか、そういうのを知らないのだ。早々に憧れに見切りをつけて諦めた壮間とは、根本が違う。

 

 

「あの、今言うのも変なんですけど……ベルでいいですよ。壮間さんの方が4つも上なんですし」

 

「いや、敬語使わせてくださいよ。ベルさんは俺の憧れなんです。俺は一度諦めたけど、もう絶対にこの夢を捨てたくない。今からでもなってみせますよ、ベルさんのような主人公に」

 

 

この世界には夢と浪漫がある。だが、一皮剥いた奥にあるのは、残酷で過酷な現実。果ての見えない迷宮と、怪物の如き冒険者たち。その夢はどこまでも遠く、身を焦がすほど眩い。

 

それでも、壮間は断言できる。この世界の主人公はベル・クラネルであると。この世界で主人公でい続けることがどれだけ険しい道か想像もできないが、彼はこの先どんな困難が待ち受けていようと、『英雄』であらんとするのだろう。

 

さぁ、覚悟を決める時だ。

 

怪物の咆哮が聞こえた。その暴威は反響する破壊音が勧告する。

この先にあるのが「冒険」だ。ここを超え、この世界で得たものはあったと胸を張り、皆で、元の世界に帰ろう───

 

 

 

『ジャア゛アアアアアアアッッ!!!』

 

 

 

ベルと壮間が辿り着いたそこは、遺跡のような広大な空間だった。

ここが『最奥』だと確信した。そこにあったのは、冒険者たちに絶望を叩きつける、純然たる力の化身だった。

 

それは巨大な甲虫のようであり、竜のようでもあった。大理石の装甲を纏ったような荘厳な巨体。鎧を備え、四つ腕に武具を持つ姿は、獰猛でありながら獣に非ざる存在。神々しくも恐怖を振り撒き、根源的な畏れであらゆる生命を屈服させる、極限まで邪な威光。

 

それは、闘争の勝者に与えられる『万能の力』そのもの。

我こそが神である。神はここに顕現した。

招かれざる14番目が、異界の複製迷宮で覚醒する。

 

───【X階層】迷宮の孤王(モンスターレックス)、巨大邪神フォーティーン

 

 

「これに……勝てって言うのかよ……!?」

 

 

こんなの、人の力でどうにかなる存在じゃない。

勇気や覚悟さえ無意味に霧散させる、それが絶対的な力というものだ。

フォーティーンは、壮間が知る何よりも、あの白いアナザービルドやソラナキよりも強い。どう戦ったところで、どんな手を尽くしたところで、どんな奇跡が起きたって、

 

勝てる未来が、想像できない───

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

邪神の体が、勇猛な雄叫びと共に揺らぐ。

大戦斧を振り抜いたドワーフの重戦士───ガレス・ランドロックがそこにいた。

 

 

「っ……!?」

 

「壮間さん……どうやら僕たち、一番乗りにはなれなかったみたいですね」

 

 

恐怖で萎んでいた視野が広がるのを感じた。

今度はその鼓膜に、別の戦士の声が反響する。

 

 

「間もなく奴の剣が来る、転身し回避だ! 氷の攻撃に備え、後衛魔導士は炎属性魔法の詠唱を始めろ!」

 

 

小人(パルゥム)の将、フィン・ディムナの命令で動くのは数十に及ぶ冒険者たち。その大多数は【ロキ・ファミリア】の冒険者だった。彼らは皆、この【X階層】の試練を突破してここに集ったのだ。

 

アオイがダンジョンを操っている事実と、戦力の分散。フィンにとって想定外ではあったが、その事態は予め備えていた可能性の一つに過ぎなかった。フィンはダンジョンの潜入前に怪人やギルドから得た階層の情報を全団員に共有し、冒険者が足をすくわれる「初見殺し」を限りなく0にした。

 

だから団長や主力陣が不在でありながら、【ロキ・ファミリア】は一人として命を落とすことなく、迅速に最奥のルームへと集まることができた。

 

 

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ。森の守り手と契りを結び、大地の歌を持って我等を包め。我等を囲え大いなる森光の障壁となって我等を守れ───我が名はアールヴ】!」

 

 

ハイエルフの魔導士、リヴェリア・リヨス・アールヴの詠唱が完成した。フォーティーンが掲げる杯、そして天より放たれる蹂躙の落雷。

 

 

「【ヴィア・シルヘイム】!」

 

 

翡翠色の魔法円から展開されたドーム状の『結界魔法』が、邪神の雷を完全に断ち切った。冒険者たちも、その結界すらも、無傷のままフォーティーンに立ち塞がる。

 

声は、叫びは、互いに呼び合って連鎖する。

 

 

「行くよー、せーのっ!! そらあっ!!」

 

 

勢いをつけ、傷だらけのアマゾネスの少女は跳躍した。

瀕死時に能力が上昇する自身のスキルを活かした特攻。フォーティーンの咆哮に恐れを抱かず、無邪気に笑顔を浮かべ、ティオネ・ヒリュテは大双刀(ウルガ)を邪神の副腕へと叩きつけた。

 

砕ける装甲。大絶叫。神の肢体は地に落ち、怒り狂ったフォーティーンの胸部から火球が乱射される。退避する冒険者たちだったが、彼女だけはその火球を正面から受け止め、走行を続けていた。

 

 

「いま……団長を狙ったわね?」

 

 

フォーティーンの視界に入ったのがフィンで、そちらの方角に攻撃をした。それだけのことだ。しかし、彼女にはそれがフィンに対する集中攻撃に見え、結果として大蛇の尾を踏むこととなってしまった。

 

石床に叩きつけられたフォーティーンの尾を避け、ティオナ・ヒリュテも跳躍する。そして、胸部に備わった顔部目掛け、叩きつけるのは己の拳。

 

 

「偉そうに浮いてんじゃねぇカス虫があああっ!!!」

 

 

フォーティーンの火球は魔力によるもの。その捨て身の攻撃が生んだ衝撃で、蓄えていた魔力が暴発した。そのダメージは大きく、体勢を崩した邪神の背中が階層内の石柱と衝突する。

 

 

「なんだこりゃ……戦えてるのか、あいつと。ていうか……」

 

「【ロキ・ファミリア】の皆さんです。やっぱり凄い……!」

 

「それって確かミカドの」

 

 

名を呼ぶと影が差すとは言うが、余りに丁度な瞬間に壁面の一部が破裂した。その穴から降り立ったのは、ずぶ濡れのレフィーヤとリュー、そしてミカド。

 

 

「レフィーヤさん……それにリューさんまで!?」

 

「リューさん!? なんでミカドと!?」

 

「なっ、日寺……!? 馬鹿な……!!」

 

「ベル・クラネルに先を越された……!? そんな、負けたんですか、私が……」

 

「いや待てレフィーヤ。アレを見ろ」

 

 

ミカドとレフィーヤも、フォーティーンと冒険者たちの戦闘に気付く。それを見た2人は、何やら生き生きとふんぞり返って立ち直った。

 

 

「なーんだ! まだ『万能の力』は手に入れてないんじゃないですか! じゃあ負けは無しですね!」

 

「その通りだ。どの世界にも俺が貴様に負けたという事実は存在しない。認識を改めろ愚か者が」

 

「……暫く彼らと共に行動しましたが、わからない。二人は何と戦っているのでしょう」

 

「さぁ……?」

「いいんですよ、もう勝手に言ってろ……」

 

「ここからが本当の勝負だ、と言いたいところだが……少し来るのが遅すぎたな」

 

「だよなぁ……多分これ、俺たちの出番無いぞ」

 

 

壮間はずっと不思議だった。あの出口を選んだ時も、フォーティーンを見たときも、勝てる未来は想像できなかった。それなのに、自分が死ぬ未来も想像できなかったのだ。この光景が、その答えに違いない。

 

全力を尽くし、死闘を演じる冒険者たち。そこに壮間やベルが入る余地なんて無かった。壮間たちが何をせずとも、あの絶対的強者である巨大邪神に彼らは立ち向かう。剣を持ち、声を張り上げ、果てしない絶望へと挑戦を続ける。

 

 

「ちょっとは近づけたと思ったけど、クソっ……こんなに遠いのかよ……!!」

 

 

こんな答えに辿り着くまで、随分と回り道をしたものだ。

この世界は、俺たちには早過ぎた。

 

 

冒険者たちの決死の攻防は、長くは続かなかった。その炎は、雷は、氷は、風は、冒険者の心を挫けない。だがその刃が、拳が、魔法が、邪神の鎧を砕いていく。黄金の剣が砕かれ、杯はその手を離れた。

 

その身一つとなったフォーティーンが見たのは、終局に吠える灰狼の戦士。【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 

 

「終わりだデカブツ」

 

 

獣風情が烏滸がましいと邪神が放つ火球を、その長靴は食らった。ベートの装備《フロスヴィルト》は、魔法攻撃を吸収し己が力とする特殊武器。炎を纏った狼の右足は、流線の軌道を描き、星を喰らう牙となって邪神の心臓を喰らい破る。

 

 

「墜ちやがれえええええええええッッ!!!」

 

 

核を貫かれ、フォーティーンの肉体が炎上する。炎に包まれた体、そこに刻まれた無数の傷は、冒険者たちが幾度と突き立てた勇姿の証明。邪神の鎧が割れ、傷跡から逃げ場を求めた光が溢れ出た。そして───

 

大爆散。巨大邪神は一つの塊のような『なにか』を残し、この世界から消滅した。

 

 

____________

 

 

時を僅かに遡る。

香奈のいるパーティはベルと壮間を探しつつ、【X階層】を順調に進んでいた。(ミコト)の武術とヴェルフの魔剣がアンノウン「アントロード」を蹴散らしていく。

 

一方で、ブルーノも同様だった。いつの間にか持っていた槍で敵を捌き、リリと春姫、あと香奈を怪人たちから守る立ち回りを見せつける。しかも無駄に強くて安心感が半端じゃない。

 

 

「怪我は無い? 女の子になにかあったら世界の損失だ」

 

「ブルーノ様、お強いですね……」

 

「礼を言われたくないんでしょうか、あの態度」

 

 

そうして目に入る怪人を全て撃破したところで、一行は再び足を止めた。岩に腰を下ろし、食糧と水分を補給する。モンスターの魔石の回収や周囲の観察をしていたリリは、物憂げにため息を吐いた。

 

 

「なんだか割に合いませんねぇ。この変わった色の魔石が高く売れればいいのですが、それ以外に目ぼしいドロップアイテムもありません」

 

「期待してたほどじゃねぇ、ってのは俺も思ってた。もっとこう……見たこともねぇ未知の素材でもありゃ、鍛冶師としては嬉しかったがな。というか……これ言ってもいいのか?」

 

「どしたのヴェルフ君」

 

「いや、気を悪くしたら謝るが……思ってたほどじゃなくないか? この【X階層】ってやつは」

 

 

それは香奈以外の全員が、うっすらと勘付いていた事実だった。

決して易しいというわけではない。危ない場面というのも、ここまでに何度だってあった。しかし、戦力がレベル2しかおらず、しかもうち1人は戦闘職ではないヴェルフでここまで進めていること自体が、その発言を肯定してしまっている。

 

 

「自分も概ね同意見です。この程度であれば、これまで誰も踏破できなかったはずがない」

 

「そもそもリリは気になっていました。【X階層】の攻略とは、いったい何を指すのでしょう? 出口を見つける? 『万能の力』を手に入れる? それとも、普通のダンジョンのように階層主が存在するのかも……」

 

「それとも、この騒動を仕組んだ黒幕をとっ捕まえればクリアになんのか? そこんとこどうなんだ、なぁ盗っ人さんよぉ」

 

 

香奈がその言葉の意味を理解するより早く、ヴェルフの大剣が、(ミコト)の短刀が、リリのボウガンがブルーノもといアオイに突き付けられた。

 

 

「……なんだ、気付かれてたのか」

 

「え……えぇっ!? みんな分かってたの!? え、なんで? 私まだ言ってないのに!」

 

「様子というか存在が怪しすぎます! リリが何度冒険者を騙してきたと思ってるんですか! この手の策にリリは引っ掛かりません!」

 

「以前みすみすと侵入を許した不覚……同じ手は二度と食らいません。【次幻怪盗(ファントムシーフ)】殿、お覚悟!」

 

 

香奈が思っていたよりも遥かに、冒険者たちは聡く、強かった。降参を示して両手を上げるブルーノだが、その手がくるりと返ると、指に挟まっているのは白い球体。

 

 

「それはっ……!?」

 

「ヤマト・(ミコト)、君が忍としての素養を持ち合わせているのは知っていた。少女の腰元を弄ったのは美しくなかったが───」

 

 

王手から一転。目に止まらない速度で叩きつけられた球体が破裂し、辺り一帯を白煙が支配した。煙から飛び出し、音を立てず着地したのはブルーノの姿ではなく、変装を解いたアオイ。

 

 

「この鮮やかな脱出に免じて許してほしいな」

 

「逃げたってことは、今度は本物だな? なんでわざわざ俺たちについてきやがった。何が狙いだ!」

 

「一度に三つの問いとは強欲だね。本当なら対価を要求するけど、今の僕は気分がいい。まず僕は他の世界から奪った『お宝』を使うのは、それぞれ一度ずつのみと定めている」

 

 

アオイが槍を投げ放ち、戦闘が始まった。

ヴェルフが構えるのは魔剣。魔剣とは、名の通り魔法を宿した剣。

呪われし魔剣鍛冶貴族、クロッゾの中でヴェルフのみが作ることができる、かつて大戦で猛威を振るった『クロッゾの魔剣』。

 

 

烈進(れっしん)!」

 

 

その魔剣はオラリオで、それどころかこの世界で最高峰の一振り。戦争の道具と成り下がった祖先の魔剣を遥かに上回る、ヴェルフの信念の爆炎が剣より放たれた。

 

 

「『クロッゾの魔剣』、素晴らしいお宝だ。行使するほどに寿命が削れ、いずれ砕け散る無常の剣……美しい」

 

「当てつけか? 俺は使い手を残して勝手に砕ける魔剣が嫌いだ! 今も昔もな!」

 

「その心もまた、美学だね」

 

 

爆炎を愛でるように紙一重で躱し、アオイはディエンドライバーにカードを刺した。レベル2の身体能力でヴェルフと(ミコト)の攻撃を避けつつ、その銃口を空へ向ける。

 

息を潜め、背後から飛び掛かる香奈の跳躍も、アオイは躱した。

 

 

「次の回答だったね。同行した理由は片平香奈、彼女さ。彼女は物語の『語り手』になると言った。だから、隣でそれを見届けたかった。結果、僕の眼に狂いは一つとしてなかった」

 

「うっ……なんで、どうしても戦わなきゃダメ!? 戦うんだったらさ、泥棒さんはなんでここまで助けてくれたの!? 私たち呼んで、リリちゃんたち巻き込んで、せめて何がしたいのか教えてよっ!」

 

「君は僕の物語も知りたいのかい? だったら彼、彼女らに聞くといい。きっと何も覚えてはいないだろうけどね。変身」

 

《KAMENRIDE》

《DIEND!》

 

 

無数に重なる蒼の幻影。仮面ライダーディエンドに変身したアオイは、銃を構えたまま動きを止めた。そして───

 

 

「【瞳を晒せ此処は境界。崩れ去る混泥の傀儡。追憶の回廊】」

 

 

詠唱が始まった。

ヘスティアがヘルメスから聞いた、アオイはレベル2であるという事実。魔法を発現させていてもなんら不思議は無い。

 

 

「ヴェルフ様!」

 

「分かってる! 【燃え尽きろ、外法の業】───!」

 

 

すかさずヴェルフが短文詠唱を終わらせ、掌底をディエンドに向ける。ヴェルフの魔法『ウィル・オ・ウィスプ』は一定の魔力を感知し暴発させる、対魔法専用魔法。

 

しかし、魔法の射程に入っているはずのディエンドが一向に爆発しない。

 

 

「───【瞳を晒せ此処は境界。崩れ去る混泥の傀儡。追憶の回廊】」

 

「しまった……! ふざけろ、詠唱の空打ちだと……!?」

 

 

ヴェルフの魔法は魔法相手に極めて強力な反面、彼自身の魔力量が少なく連発ができないという弱点がある。ここまでの道程で数度使ったのを確認したアオイは敢えて魔法を誘い、効果時間が過ぎるのを見計らって再度詠唱を始めたのだ。

 

 

「【何処から産まれ、何処へと滅ぶ。竜尾(たから)を求め、針指す方へ帆を向けろ。遡れ永劫の旅路。永久に還らぬ暗天の写し鏡、悪賊を称えし詩を唄え】」

 

「詠唱を止めます! 魔法は使わせない!」

 

「……っ!? 待ってください! こんな無防備で詠唱……!? ありえません、何か狙って───!」

 

 

詠唱を続けながら、ディエンドが左手を上げた。

それはこの世界を支配する者、マティーナに対する合図だった。その瞬間、音も無く消え去る『足場』。

 

冒険者たちが落下する。その下に見えるのは、広大な遺跡のエリア。

数十の冒険者が集い、邪神を討伐した、戦いの決着の直後だ。そこにはベルや壮間の姿もある。

 

 

彼、彼女らはようやく理解した。

【X階層】と言う名はブラフ。ここはダンジョンの複製であり、()()()()()()()()()()()()()

 

アオイや香奈、リリたちがいたのは上の難易度が低い階層。アオイはそこで【ヘスティア・ファミリア】の大部分を、この祭壇のエリアの真上にまで誘導し、期を見計らって縦穴を開通させたのだ。そしてディエンドは落下しながら詠唱を続ける。

 

 

「【遡れ存在の源流。眠らぬ百目の海域を抜け、その魂に名を付けろ】」

 

《ATTACKRIDE》

《INVISIBLE》

 

「あの野郎、消えやがった!」

 

「ってそれどころじゃありません! このままじゃリリ達は……!」

「流石に死ぬよねこの高さ!!?」

「当たり前ですぅっ!!」

 

 

2階層、或いは3階層分の落下だ。いくら『恩恵』の力があっても落下死は免れない。しかし、上から落ちてくる存在は下の冒険者たちだって認識している。

 

 

「ベル様あああああああっ!!」

 

「リリ!? ヴェルフに春姫さん……って皆なんで上から!?」

 

「香奈!? なんだかわかんないけど、とにかく受け止める!!」

 

「どいてろ」

 

 

ベルやジオウが受け止めようとしたが、それを遮ってベートが飛び上がり、落下する香奈を受け止めた。

 

 

「あ、ありがとうございますぅ……!」

 

「フィンの言う通り、上にも階層がありやがったのか……雑魚が揃って脚でも滑らせたかぁ? んな間抜けは出てくんじゃねぇ。邪魔だ」

 

「なぁっ!?」

 

 

憎まれ口を叩きながらも率先して救助に入ったベートに続き、フィンやティオネ、【ロキ・ファミリア】の団員たちも落下する彼女たちを受け止めた。安堵したのは一瞬だけ、落下してきたのは香奈たちだけじゃない。フィンに受け止められたリリは、焦燥を隠さず事態を伝えた。

 

 

「フィン様! 【次幻怪盗(ファントムシーフ)】が透明になって一緒に落ちてきました! このどこかにいるはずです! それに、魔法の詠唱を!」

 

「何だって……!? 総員、構えろ! 奴は詠唱をしている。魔力を感知し直ちに討て!」

 

「……フィン、それは不可能だ。この近辺一帯から、先ほどまで感じなかった魔力を感じる。まるで奴の魔力を隠すように……!」

 

 

僅かに輝く祭壇。リヴェリアとレフィーヤが真っ先にそれに気づき、フィンも全てを察した。先の戦い、フォーティーンは囮だった。この魔力の力場は予め用意しなければ不可能だ。

 

つまりこの状況の全てが、アオイの狙い通り。

 

 

「【遡れ九度の航海。決して拭えぬ呪いを抱き、果てし無き彼方の遺物(ゆめ)に沈め】」

 

「魔法が来る! 備えろ!」

 

 

もう何もかもが遅い。姿を現したディエンドは、祭壇の中心で、その掌を床に置いた。

 

 

「【テセウス】」

 

 

魔法が発動した。集った冒険者たちの足元を蒼い輝きが覆い、彼らを夢遊の牢獄へと誘う。【ヘスティア・ファミリア】の面々とミカドを除き、全ての冒険者たちが動きを止めてしまった。

 

 

「……なんで香奈と落ちてきた。お前、いま何をした!!」

 

「やぁ王の資格を持つ者、ここまで来てくれて嬉しいよ。これは、君たちのための舞台だからね」

 

「話は不要だ。【X階層】は奴らが攻略した、負けを認めて俺たちを元の世界に帰せ」

 

「あぁ勘違いさせてしまったね。確かに、彼らの戦いは素晴らしかった。まさか本当に巨大邪神を倒してしまうとは……だが、だからこそ、僕の美学は華開く」

 

《KAMENRIDE》

《RYUGA!》

 

 

フォーティーンの爆発から落ちた『なにか』を拾い上げると、ディエンドが召喚したのは黒龍の戦士、仮面ライダーリュウガ。ディエンドに攻撃を仕掛けるベルたちに狙いを定め、リュウガは虚ろな存在感を放ち立ち塞がる。

 

 

「アオイさん……! 僕は、貴方のことが思い出せない。貴方が何をしたのか、何を思っていたのか! 知っていたはずなんです……! 教えてください! 貴方はいったい何者なんだ!」

 

「ベル・クラネル。君は、この世界の中心なんだ。君が思い出せないことが全てを物語っている。そう、それが全てなのさ。悪役(ヒール)という存在が、忘れられるなんてことはあってはならないんだ」

 

《KAMENRIDE》

《YUUKI!》

 

 

ジオウとゲイツの前に、新たな仮面ライダーが召喚された。

左腕に機構を仕込み、赤く捻れた線路を巻いた黒衣の幽霊騎士(ゴーストライダー)。仮面ライダー幽汽 ハイジャックフォーム。

 

 

「僕の魔法【テセウス】の効果は呪詛(カース)に近い。彼らは今、旅をしているんだ」

 

「旅……!?」

 

「『人生』を、僕はそう呼んでいる。産声を上げ、今に至るまで、その旅路を凄まじい速さで追体験しているのさ。そして彼らは思い出すだろう。己のルーツを、夢を、美学の原点を。そして……夢破れた、その日を」

 

《KAMENRIDE》

 

 

ディエンドが新たにもう一枚、カードを刺した。引鉄を引き、祭壇に降臨する『仮面の異形』。

 

 

《ICARUS!》

 

 

折れた翼を掲げる、黒と深紅の堕天使。

その名が意味するのは夢追いし英雄。夢にその翼を焼かれ、墜落した愚かな英雄。

宇宙の神秘(コズミックエナジー)で実体化し、裏の歴史より襲来した未練と挫折の化神。

 

 

「オレはイカロス……仮面ライダーイカロス」

 

 

仮面ライダーイカロス。それは英雄の夢に終わりを告げる存在。

この世界の冒険者たちは確かに強い。だが、そこに至る物語で捨ててきたものは無数に存在する。それらは決して彼らの脚を放さず、かつて夢見たはずの理想を腐食させてきた。

 

 

フィン・ディムナは思い出した。己の無力を蹴散らされ、不条理な力に両親を殺された絶望を。

 

ヒリュテ姉妹は思い出した。陸の孤島に囚われ、儀式と言う名の殺し合いを繰り広げた日々を。同胞をその手で殺した感触を。

 

ベート・ローガは思い出した。弱者の犠牲に絶望し、癒えない傷を負ったあの雨の日を。強さでさえ全てを救えないという現実を。

 

【ロキ・ファミリア】の冒険者たちは思い出した。

つい先日の人造迷宮攻略作戦で、仲間が死んだ。いくら研鑽を積もうが、戦うたびに痛感する。ファミリアで最前線を征く彼らのようにはなれない。いずれ振り落とされ、死ぬ。自分たちは何も特別な存在なんかじゃない。

 

 

『折れた夢』は無数の淡い光の帯となり、イカロスの翼に吸い込まれていく。そして、彼らの絶望を喰らった翼は、折れた姿から再生し、全ての光を遮るほど大きく広げられた。この迷宮から飛び立てるほど大きな、偽物ではない歪な翼。

 

 

「ベル・クラネル。君が世界を次代へと動かす『英雄の船(アルゴノゥト)』だとするのなら、僕の(テセウス)は夢折れた英雄を乗せて遡り、水底へと沈む棺桶だ」

 

 

悪役は叫ぶ。満を持して立った舞台の中心で、夢の力を奪われ倒れた戦士たちの屍を踏みつけ、存在しない太陽に腕を掲げる。

 

 

「僕はこの世界に訪れ、そして忘れられた。()()()()()()()()()()()()()()。僕の美学は、それを許さない……! だから僕は、刻むんだ。悪の存在証明を! 僕という存在がもたらした破滅を!」

 

 

怪人たちとフォーティーンを使い、猛者の冒険者たちを選別し、ここに集めた。そして自身の魔法とイカロスの能力を掛け合わせ、邪神さえ超える『堕ちた英雄』を産み出した。それに相対するは、王の資格を持つ者と、英雄の器。

 

 

「旅を司る我が主神(ヘルメス)よ! 世界は英雄を欲している? 違う、世界が求めているのは『破壊者』さ!! 壊し損ねたこの世界を、今度こそ僕の手で終わらせよう! 僕は悪役(ヒール)、美しき絶対悪───『世界の破壊者』ディエンドだ」

 

 

導かれ、仕組まれた道が一つに重なり、全てが満ちた。

異世界の迷宮を巡る冒険の、最後の試練が始まる。

 

 




35000字の長旅、お疲れさまでした……

リュウガ(好き)、幽汽(推し)、イカロス(趣味)
次回、ダークライダーVSジオウ軍&ヘスティア・ファミリアです。

補足ですが、仮面ライダーイカロスは小説版仮面ライダーフォーゼに登場したダークライダーです。メテオとフォーゼの合体みたいなベルトしてて、幽霊バイクに乗ります。ダンまち=英雄譚=イカロスの文脈で出しました。強いです。

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再誕(クライマックス)

レヴァナント
魔を束ねる死霊使いの幹部級ファントム。竜峰家の封印から放たれ、死刑囚の男に受肉した魔界のファントムの1体。その肉体は魔石で構成されており、雑兵のファントム「グール」を魔力の限り生み出すことができる。死したファントムの魔力を自在に操る能力を持ち、その魔力を使う事でファントムの蘇生すら可能。人間界でサバトを引き起こした主犯格であり、人間界侵略のためゲートを絶望させファントムを増やそうとしている。ダン曰く「敵ボスとして普通。何の面白味もないクソカス」。


壱肆陸です。執筆がままならなくて悔しいです。
サブタイ通りのクライマックスです。長いです。次の編を書く時は、出すキャラの人数はちゃんと考えます……(猛省)


今回も「ここすき」をよろしくお願いします!



「僕の話をしよう」

 

 

悪役(ヒール)は語りだす。

『世界の破壊者』という名前、それこそがアオイの持つ悪役の美学。彼は語る。ここに至るまでの彼の『旅』を。

 

 

「今から10年ほど前、僕は『旅』を始めた。巡るのは9つの世界。そして僕の使命は……そこに眠る『仮面ライダーの力』を奪い、9つの世界を破壊すること」

 

「世界を……破壊……!?」

 

 

壮間が口を開く。冒険者たちが夢と力を奪われ、顕現してしまった強大な3体の仮面ライダー。そのアオイが用意した舞台を、壮間たちはただ観劇することしかできなかった。

 

 

「あぁ。どうやら僕には呪いがかけられていてね……僕が旅した物語は、その世界に残らない。世界は僕を忘れてしまうんだ。だったら僕は存在してると言えるだろうか? 僕の中にしか残らない旅路に、果たして意味はあるのかな? 僕の存在を肯定する手段は一つ、壊すことだけだ。僕の『破壊』だけは、変わらぬ事実として世界に刻みつく」

 

 

アオイがこの世界に来て、その姿を見せるまで、神さえもその存在を忘れていた理由がこれか。もし彼の言葉が真実なら───

 

 

「ふざけんなよ……!? 旅行で観光地に落書きする中学生じゃないんだぞ!?」

 

「じゃあアオイさんは……ただ自分を認めて欲しくて、世界を壊してるんですか? 【X階層】で大勢の人が死んだのも、冒険者たちの夢を踏みにじったのも、全部そんなことのために!?」

 

 

壮間とベル、二人の主人公が慟哭する。そんな彼らの怒りを意に介さず、アオイ───ディエンドは酔いしれるように語り紡ぐ。

 

 

「それが『悪』さ。僕には大嫌いな言説が二つあってね、一つが『正義の反対はもう一つの正義』。正義と対立するのは正義なんかじゃない。決して理解されない『悪』だよ。僕が呼び出した彼らもまた、正義に敗れた揺るがぬ『悪』の意志たちだ」

 

 

ミカドが度々その存在を訴え、その本質を壮間自身も理解したと思っていた。だが、実際にその眼で初めて捉えた『悪の仮面ライダー』は、壮間の信念を揺らす衝撃を放つ。

 

現実の自分と成り代わり、自由な破壊を求めた正義の鏡像。仮面ライダーリュウガ。

 

愛する者を蘇らせるため、死と生の時間を反転させようとした亡者。仮面ライダー幽汽。

 

折れた夢と絶望を糧として進化する、宇宙の邪悪な可能性。仮面ライダーイカロス。

 

そして世界の破壊者、仮面ライダーディエンド。

 

 

「誰も僕らを肯定しない、僕らもそれを望まない。勝負だ【ヘスティア・ファミリア】と仮面ライダー。僕らはこの迷宮から飛び立ち、この力で冒険と眷族の世界を破壊する」

 

「「させるかッ!!」」

 

「そう、それがいいんだ! 僕を止めてみたまえ主人公たち。さぁ、この世界に……【騎士の物語(ライダー・ミィス)】を奏でよう!」

 

 

イカロス、リュウガ、幽汽が暴意を曝け出す。猛烈な熱気と錯覚するほど、言葉すら伴わないその気迫はたった一瞬で空間を占領した。このダークライダーたちは、ここまでの冒険で立ち塞がった怪人よりも遥かに強い。

 

中でも群を抜いているのは、言うまでもなくイカロスだ。

第一級冒険者を含む【ロキ・ファミリア】の猛者たちの生命エネルギーを吸収し、その力は顕現時の数倍にも膨れ上がっている。イカロスは、その真黒の完全なる翼を拡げ───

 

 

「───はっ?」

 

 

赤い風が視界を通り過ぎ、背後で爆ぜた。

その通り道にあった全てが薙ぎ払われ、風圧が生み出した真空刃だけでベルとジオウの装甲が抉られた。

 

イカロスは壁に激突し、その衝撃で迷宮が揺れる。

モンスターが生まれる時よりも激しい破壊が階層を伝播した。

 

力加減が分からないのか、イカロスは不思議そうに掌を開いて閉じてを繰り返し、再びジオウとベルの方を向く。

 

あと少しでも近ければ、もしくはその軌道が僅かでも重なっていたら、

ふたりの体はいまごろ粉微塵に切り刻まれていただろう。

 

 

「ベル様ぁっ!」

 

「来ちゃダメだ、リリ! ヴェルフも……(ミコト)さんも、春姫さんも! こいつは……!」

 

「っ……! 俺たちで、やるしかない……ですよね……!」

 

 

このパーティーの中で一番強いのは、驕り抜きでレベル3のベルだ。それに並んで変身によってレベル3相当の力を持つジオウ。イカロスを相手するとしたら、この2人でやる以外の選択肢が無い。

 

 

「そこを退け日寺とクラネル。そいつは俺の獲物だ!」

 

「ミカド!?」

 

 

一番強い相手を壮間に易々と渡すわけもなく、ミカドが協調性を投げ捨て割り込む。しかし、イカロスとゲイツの間にもまた、別の闇が割って入る。

 

歪の大剣『サヴェジガッシャー』を振るい、ゲイツの防御姿勢ごと大地を叩き割る、黒い慕情の戦士。仮面ライダー幽汽。

 

 

「……俺を指名か。邪魔すんな、俺が潰したいのは……俺の目標(ファミリア)の夢を奪ったそいつだ」

 

 

ゲイツの静かな怒りが火花を散らし、もう一つの戦いが始まった。

 

 

「っ、泥棒さん……! 私はもっと早く知ってたのに、私がなんとかしてれば……!」

 

「反省は後です香奈様! 階層主クラスの敵が複数……絶望的ですっ……! もうリリ達は戦力になりません、今はとにかくベル様たちの……!」

 

 

敵を見つけたイカロスと幽汽を見て、残る1体のライダーのリュウガも殺意を冒険者へと向ける。その矛先にいたのは、リリと春姫、そして香奈。非戦闘員たちだった。

 

視線が合って感じる、その能力値の差。香奈も冒険者としてのステイタスを得て、仮にも『戦う側』に立ってしまったから分かる。蛙が重機に立ち向かうのと同じ、この差は余りにも容赦が無い。

 

 

「───おい、お前の相手は俺らだ鉄仮面!」

 

「弱い者から狙うとは……! その卑劣な魂、自分が斬り伏せます!」

 

「ヴェルフくん! (ミコト)ちゃん!」

 

「アイツら3人がアレ相手にすんなら、コイツは俺らがやるっきゃねぇだろ! 戦う鍛冶師(スミス)の底力見せてやるよ、行くぞ(ミコト)ぉっ!」

 

「承知です! 誓いの通り、皆様は命に代えても我々がお守りします!」

 

 

仮面ライダーリュウガに相対するのは、レベル2の冒険者ヴェルフと(ミコト)。ヴェルフが魔剣《烈進》を、(ミコト)が主神タケミカヅチから賜った剣《地斬》を構え、遥か格上の敵に全霊を叩き込む。

 

 

「どうやらマッチングは終わったみたいだけど、僕を自由にしていいのかな?」

 

「そこまでだディエンド、止まりたまえ。尤も、これは要求ではなく行使だ」

 

 

ディエンドライバーの銃口の向け先を探していたディエンドだったが、その動きがピタリと止まった。この感覚はよく知っている、『時間が止まる感覚』だ。彼の動きを静止させたのは預言者ウィル。

 

 

「また会ったね。主君の危機に馳せ参じた、といったところかな?」

 

「私のスタンスは不過干渉、それを変えるつもりはない。だが、そちらでマティーナが好き勝手する以上、状況が余りにアンフェアだと思ってね。それに君の話に興味もある。君は本当に『ディエンド』なのか?」

 

「当然、それこそが『僕』だ。僕が(ディエンド)であることに疑念は無い。僕の旅の行き先は僕だけが決める。でも、僕は僕の旅の原点(オリジン)を知りたいのも事実だ」

 

「記憶が……まさか君は……!」

 

「『君ら』は僕の何を知っている? それもまたお宝だ、根こそぎ奪わせてもらうよ。僕は次元を渡る盗賊だからね」

 

 

イカロスにはベルとジオウが、幽汽にはゲイツが、リュウガにはベルと壮間を除く【ヘスティア・ファミリア】が、そしてディエンドにはウィルが相対する。これは英雄たちに課せられた試練。

 

 

「そんなものか?」

 

 

リュウガの声が階層に響いた。ディエンドが召喚するライダーは、無数の世界に存在するイメージの集積。それがアオイのステイタスとマティーナの権能の力を得て、より実像に近い強さと自我を獲得していた。

 

リュウガから香奈たちを守りながら、(ミコト)は片手剣を振るって立ち回る。彼女が慕う主神、タケミカヅチは武の神。彼女の強さは主神に叩き込まれたオールラウンドな『武術』、なにより対人戦で輝きを放つ『柔術』にある。

 

 

(この動き、一分の隙も無い……掴ませてくれない……!)

 

 

彼女の攻撃を見てから、リュウガは最低限の動きで回避と防御。まるで壁や床に貼り付く『影』、もしくは平面世界の『鏡像』のように、(ミコト)はその像を掴むことができない。

 

 

(ミコト)、避けろ!!」

 

 

ヴェルフの掛け声でリュウガから離れる(ミコト)。数歩後ろからヴェルフは魔剣を構え、余裕綽々のリュウガ目掛けて爆炎の魔力を放射する。

 

 

「烈進!」

 

《GUARD VENT》

 

 

威力だけなら第一級冒険者の魔法に匹敵する規格外の武具、それがクロッゾの魔剣。ヴェルフだけが造れるこの魔剣は、格上のモンスターすら倒す破格の逸品だ。

 

しかし、炎の中から鉄の足音を鳴らし、黒像は現れた。

いくらなんでも無傷は有り得ない。その両肩に背負った龍の腹を模した盾、それが炎のダメージを遮断したと見て間違いない。

 

 

「クソ、ふざけろ……ッ!」

 

「もういいか。こちらから行くぞ」

 

 

もう一度魔剣を振ろうとするヴェルフ。だが、そこには明確な隙があり、リュウガはそれを見逃さない。敵の攻撃は合理的に捌き、敵が粗を見せた瞬間───その破壊衝動は牙を剥く。

 

 

「あ……っ、ヴェルフくん!!」

 

 

瞬く間に距離を詰め、右拳でヴェルフの腹部を強打。魔剣が不発に終わったのを確認すると更に何度も追撃し、倒れたヴェルフの体を踏みつけて蹴り飛ばす。僅か数秒で行われた夥しい暴力に、香奈が遅れて悲鳴を上げた。

 

 

「【――大きくなれ。其の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を】」

 

 

香奈の後ろで何かが金色に強く輝く。その声の主は春姫だ。収束する光の中心で、祝詞は流れるように朗読される。これは春姫の魔法で、リリ曰く『切り札』。それを切るのは今以外に無いと、春姫は迷わず詠唱を開始した。

 

だが、リュウガの敵意は目ざとくそれを感知する。

 

リュウガはヴェルフへの攻撃を止め、腰の『Vバックル』からカードを1枚引き抜くと、左腕のガントレット『ブラックドラグバイザー』にそれを装填した。

 

 

《STRIKE VENT》

 

 

空いた右腕に召喚される黒龍の頭蓋(ドラグクロー)。黒い火花がその口腔を満たす。

 

 

「あの野郎、紙なんかで武器を召喚できるのかよ……! 【燃え尽きろ、外法の業】!」

 

 

その炎に魔剣を想起したヴェルフは回復薬(ポーション)で戻った魔力を使い、倒れた姿勢のまま『ウィル・オ・ウィスプ』を発動させた。しかし、リュウガの右腕は暴発しない。

 

 

「魔力じゃねぇのかよクソったれ!」

 

「鏡の外の世界は、俺が全て破壊する!」

 

「っ───やめてぇぇぇっ!!」

 

 

春姫の詠唱が終わるのを待たず、リュウガは炎を蓄えた右腕を突き出した。炎竜の咆哮、『昇竜突破』が香奈の叫びを掻き消し、滾る蒼炎は少女たちを呑み込んだ。

 

 

__________

 

 

「邪魔をするなだと? お前こそ俺の邪魔をするな、生者の分際で!」

 

 

ゲイツと斬り合いを演じていた幽汽が、憤りと共に剣を地に突き立てた。代わりにその手に握ったのは背骨のような『鞭』と木製の『独楽(コマ)』。

 

 

「独楽……古典玩具なんて持ち出して、ふざけてるのか!?」

 

「玩具を舐めるなよ? お前はその玩具程度で、奈落に這いつくばるんだからな」

 

 

幽汽が独楽を六つほど投げ上げ、空中に放られたそれらを鞭で叩いた。すると、落下直前だった独楽は雨粒の如く無数に分裂し、軌道を変えてゲイツに降り注ぐ。

 

鞭による独楽の分裂と軌道調整。あからさまな攻撃と判断したゲイツは、瞬時にジカンザックスを構え、スペクターライドウォッチを装填した。

 

 

《スペクター!》

《ギワギワシュート!》

 

 

ノブナガ魂の能力が開眼し、複製されたジカンザックスが隊列を成して一斉に矢を照射。空中で一つ残らず射抜かれた独楽は即座に爆発し、ゲイツの頭上を爆炎が覆う。

 

 

(なにが玩具だ……この威力と取り回しの容易さ、とんでもなく凶悪な『兵器』じゃないか!)

 

 

ゲイツの注意は否応なく中空へと引き付けられる。その隙に幽汽はもう二つ独楽を出し、今度は鞭を使って手前方向に放つ。回転しながら正確に、独楽はゲイツへと着弾する。

 

 

「舐めるなだと? 随分余裕ぶってるが、そいつは俺の台詞だ!」

 

《アーマータイム!》

《カイガン!》

《ゴー・ス・トー!》

 

 

2種の独楽攻撃。頭上から自由落下する空爆と、真っ直ぐ最短距離で発射されるミサイル。この緩急は単純ながら非常に強力で、これだけで大抵の敵は成す術なく敗れ去るだろう。

 

だが一つ弱点をゲイツは見つけた。攻撃の軌道は鞭で操っているということだ。つまり独楽は敵を追尾せず、回避のしようはある。

 

回避の能力に秀でたゴーストアーマーを纏い、ゲイツは独楽を回避した。追撃もひらりひらりと浮遊しながら避け続け、ショルダーからニュートンゴーストを召喚して強烈な引力を発動。

 

 

「玩具遊びは終わりだ」

 

《アーマータイム!》

《プリーズ》

《ウィ・ザード!》

 

 

距離を詰めれば独楽は封じたも同然。ゴーストアーマーの役目は終わったと悟り、ゲイツはウィザードアーマーに換装した。

 

引き付けられた幽汽の顔面にゲイツは膝を叩き込み、戦いは蹴り主体の肉弾戦へと領域を変えた。そうなればもうゲイツの独壇場。魔法を求めて修行を続けたミカドだったが、格上の冒険者との組手で最も育った能力は、皮肉にも近接格闘の技術だった。

 

ミカドの強さは幼少からの壮絶な『経験』によって裏打ちされている。しかし戦争という環境下で、遥か格上との戦闘とは死を意味してしまう。この数日で積み上げた『敗北を前提とした戦闘』は、彼に唯一欠如していた経験であり、それはミカドの能力を面白いほど向上させた。

 

ベート・ローガとの特訓で嫌と言うほど見た『蹴り』と吸収した『魔力』の混成スタイル。それはウィザードの力と非常に噛み合う戦法であり、その答えが見えていたからこそ、ロキはミカドとベートを引き合わせたのだろう。

 

 

「全く食えん神だな。だが、素直に感謝してやる。これが新しい俺だ!」

 

 

研ぎ澄まされた蹴りに、炎の魔力を寸分ズレずに重ね合わせる。

 

 

しかし───

 

 

「煩わしい。もうお前の相手は面倒だ」

 

 

一方的に見えた戦闘は、幽汽の義手がゲイツのキックを止めたことで途切れてしまった。驚愕する間もなくゲイツの脚は振り払われ、幽汽は再び二つ独楽を投げ上げて空中で分裂させる。

 

身構えるゲイツを無視し、独楽は幽汽の周囲に着地して留まった。爆発はしない。代わりに、その回転が巻き戻すのは死者の魂。

 

 

「冗談じゃない、いくらなんでも芸達者が過ぎるぞ……!」

 

 

ゲイツは目を疑い、愕然とした。回転を続ける独楽はいつしか怪人と成ったからだ。しかもそれは、ここまでの道筋で撃破してきたはずの怪人たち。

 

 

「さて、『舐めるな』は……どっちの台詞だったかな?」

 

「上等だ死霊使い(ネクロマンサー)。死人の相手はもう慣れた!」

 

 

幽汽の鞭が地を叩き、死者はゲイツ一人に向けて進軍する。

 

__________

 

 

そして、残る1つにして最も苛烈な対戦。

ジオウ&ベルVSイカロス。その戦いが展開する破壊の総量は、他とは比較にならなかった。

 

 

「いっけええええええっ!」

 

「吹っ飛べ!!」

 

 

冗談じゃない密度と火力の攻撃を捌き、針が通る程度の隙を突いて、完璧な呼吸の連携で繰り出す渾身の一撃。それを喰らいながら、イカロスは微動だにしなかった。

 

これがもう何回目だ。もはやわざと狙わせているように思えるし、多分その考えは的中している。ジオウとベルの心は、体力よりも先に枯渇しそうになっていた。

 

 

「んー、やっぱそうか」

 

 

イカロスが腕を振ると、途端に風が激流を成し、大刃の鎌鼬となって二人を容易く切り裂く。

 

 

「あはっ」

 

 

イカロスが高い声を上げ、両足でステップを踏み始めた。それに合わせて軽く腕を振るう。身体を捩る。サンバでも踊っているようにリズムに乗って。その一挙手一投足が、人間では手に負えない災害となって空間を切り刻んだ。

 

 

「ごめんね。オレ、強過ぎるみたい」

 

 

無惨に倒れるジオウとベルを見下し、少女の声でイカロスは邪気いっぱいに笑った。全身で地べたを舐めながら、二人は痛感してしまう。都市有数の冒険者たちのエネルギーを吸ったコイツは、端的に言ってあり得ないほど強い。

 

 

「だから……なんだよ!」

 

 

僅かの躊躇もなくベルが立つ。当然だ、ここでイカロスを見過ごせば、都市に甚大な被害が出る。

 

 

「神様が、シルさんが、エイナさんが……! 僕を送り出してくれた大事な人たちが、地上で待ってるんだ! 絶対に手は出させない! お前は絶対に逃がさない!」

 

「逃げるだなんて人聞きの悪い。オレは正々堂々、誠心誠意、君らを挽き肉にして出て行くよ」

 

 

眼で追えない速度で急接近したイカロスの指が、ベルの網膜に迫っていた。コンマ1秒の勝負、ギリギリでナイフを構えられたベルがそれを弾く。

 

ベルは弱い。それは自分自身がよく理解している。窮地に立てば足が竦むし、弱音が止め処なく溢れ出て、みっともない考えで頭がいっぱいになる。そんな彼がここまで戦えて来た理由は、単純だった。

 

それはひとえに『憧憬』。それはひとえに『思慕』。

彼が強く在れたのはいつだって、心の中に憧れを抱いていたからだ。

 

恐怖で脚を止めたら、きっと永遠に歯向かうことすらできない。だからベルは大切な人の姿を心に描く。英雄なら、絶対に皆を守り抜く。

 

 

「【ファイアボルト】ッ!!」

 

 

クロスカウンターの要領でイカロスに浴びせる、なけなしの炎雷。たった一発じゃ意味が無いのは承知しているから、ベルはそれを『複数回重ねて』発動させた。

 

僅かに焦げ、揺らぐイカロスの体。でもこれでようやく一矢だ、次の一瞬でベルの体は跡形もなく吹き飛ばされる。

 

 

「俺を……無視すんな!!」

 

 

再起不能を装い、予測した好機に立ち上がったジオウ。イカロスが放つ竜巻の軌道上から、なんとかベルを離脱させた。

 

 

「ふーん、やるぅ」

 

「俺はこの世界に生まれたわけじゃないけど……そんなのいつもと同じだ。王様なら通りすがりで世界くらい救えるっての!」

 

「壮間さん……!」

 

「ベルさん、俺に考えがあります。というか、もうそれしか無い。俺に賭けてくれますか?」

 

 

ベルは無言で頷いた。全く沈没寸前の泥船もいいところだが、英雄に乗りかかられたらやるしかない。

 

 

《アーマータイム!》

《サイクロンジョーカー!!》

《ダ・ブ・ルー!》

 

「さぁ、お前の罪を数えろ!」

 

 

ダブルアーマーに換装したジオウが、再びイカロスに仕掛ける。風の属性を基軸に組み立てる、機動力にものを言わせた近接格闘。同様の戦いをするリューとの特訓から、その技術は可能な限り吸収したのだ。

 

 

「伝わってくるぜ、君たちの夢のエナジー。あぁなんて輝かしくて微笑ましいんだ」

 

「何が……言いたいんだよ!」

 

「この世界にもあるのかな? オレの名前、イカロスの英雄譚ってのは。知らないなら教えてあげるよ、イカロスは空を飛びたかった勇敢なロマンチストのことさ」

 

 

その話にベルは要領を得ないようだが、壮間は流石に知っていた。イカロスはジオウとベルの攻撃を翼も使わずやり過ごしながら、喋り続ける。

 

 

「夢を叶えようと蝋で作った翼で彼は飛んだ。その結果どうなったか、わかる?」

 

「っ……高く飛び過ぎて太陽熱で翼が溶け、墜落した。有名な寓話だけど、それとこれとは関係ないだろ!」

 

「なんで? ヒトの夢はみんなそうさ。海辺で生まれた女の子が宇宙飛行士を夢見ても、不幸な事故でそれはあっけなく歪む。『翼』が折れて『太陽』に身を焦がす」

 

 

「お前たちも同じだ」と、イカロスは力を見せつける。この到底覆せない絶望的な力量差は、「英雄になりたい」「王様になりたい」などという尻が青い夢をへし折るには十分な現実だ。

 

 

「夢なんか求めなきゃ墜ちずに済んだのにね。夢なんか追うから、痛くて苦しい目に遭うんだ。でも大丈夫だよ、君たちがせこせこ育てた夢は、オレが残さず美味しく啜ってあげる」

 

「勝手なこと言うなよ! 僕も壮間さんも、夢のために戦ってるんだ! それが全てなんだ! たとえこの先どんな困難があっても、『やらなきゃよかった』なんて僕は絶対に思わない!」

 

「そうだ……! お前なんかに、俺たちの物語は語らせない!」

 

《カリス!》

 

 

ベルが一瞬だけイカロスを引き受け、ジオウは黒と金のウォッチを起動させた。キメラアナザーからドロップした『仮面ライダーカリス』のウォッチをジカンギレードに装填し、更に上乗せでドライバーを回転させた。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ジオウ!》《ダブル!》

 

《カリス!》

《ギリギリスラッシュ!》

 

《マキシマムタイムブレーク!》

 

 

使用可能なウォッチが増えるたび、壮間はその使い方を考え付く限り試していた。2005年でのヒダルカミ戦で使った必殺攻撃の二種同時併用、その中でも同じ風属性を持つ『カリス』と『ダブル』の掛け合わせこそ、現時点で壮間が知る最大火力の攻撃だ。

 

風を使わずに浮かび上がったジオウはイカロスに照準を定め、2色の風を纏ってドリルのように回転。それに加え、ジョーカーサイドが昂ぶる感情を生体エネルギーへと変換させる。

 

結果、生み出されるのは爆発的な加速と突進。しかもイカロスの油断は顕著、避ける素振りすら追いつかない。

 

 

「墜ちるのはお前だ!!」

 

 

それはベルから見ても、第一級冒険者の全力にも匹敵する一撃だった。その時確かに、ジオウの必殺技はレベルを超越し、不可能さえ覆す『英雄の一撃』に成る可能性を秘めていた。

 

そんなのやる前からわかっていた。

これでイカロスを撃破できる未来は、ほとんど想像できなかった。

 

でも───いくらなんでもこれはあんまりだ。

 

 

「どう? 今度こそ折れてくれたかな? その真っ白な翼」

 

 

折り畳んだ両翼でジオウのキックを防ぎ、無傷。嘲笑いながらジオウを蹴飛ばしたイカロスは、余裕綽綽に重い腰を上げ、ようやくその翼で飛翔を始めた。その心を見通す複眼が見るのは、絶望に歪むベルの内側。

 

 

「へぇ、そんな顔してまだ折れてないんだ。じゃあもういいや。オレもお腹いっぱいだし、そんなちっぽけな夢なんか今更いらない」

 

 

ジオウの攻撃を真似て遊ぶように、イカロスは錐揉み回転を始めた。ただし、その速度はジオウよりも遥かに速く、余りの速さに透明にすら見えた。来るとわかっていても、接近する姿を目で捉えられない。反応できない。

 

 

「イカロス・パーフェクト・ライダーキーック」

 

 

炸裂。粉砕。爆散。

防御不可、神速の一撃。直撃と同時にコズミックエナジーが爆裂し、ベル・クラネルの全身が砕ける。

 

新時代の英雄【リトル・ルーキー】の夢は、【X階層】最深部で敗北を喫した。

 

 

__________

 

 

 

「───君は、何を考えているんだ!?」

 

 

ディエンドの動きを止めるウィルが、この惨状に激高する。これは『権利の侵害』だ。本来の道筋なら差し込まれなかった、全く意味のない不要な試練なのだ。

 

 

「フォーティーンに加えてリュウガ、幽汽、イカロス───言うに事を欠き、今の彼らにそんな怪物共を纏めてぶつけて、勝負になると思っていたのか!? これは試練ではなく、ただの虐殺だ!」

 

「そういえば話の続きを忘れていた。僕が嫌いな言説、もう一つは……『誰もが自分の人生の主人公』というヤツさ。僕は主人公なんかじゃない。僕も彼らも、敗北を義務付けられた『悪役』なんだ」

 

「それが……!」

 

「あぁ慰めはいらないよ、ただ僕の物語に主役は不在だ。だから僕は誰かの物語になりたいのさ。どこかの主人公の世界に、悪役として存在したい。それが僕の、些やかで強欲な願い」

 

 

その瞬間、ウィルの時間停止が綻んだのを、ディエンドは見逃さない。

 

 

「僕は僕らしく、負けるために悪を遂行する。主人公に説き伏せられ、或いは否定され、『悪役』を終わらせるために悪辣を演じる。忖度情け容赦なく、『悪役(ぼく)』が造る物語を、悪意を以て押し付ける」

 

 

彼が力を込め直すのを待つことはせず、ディエンドライバーの銃弾がウィルの体を貫通した。

 

 

「それに応えてくれないのなら、もはや悪役は僕じゃない。悪いのは、こんなにも美しく健気な僕らよりも弱い、君たちだ」

 

 

力不足の下級冒険者はリュウガに太刀打ちできず、

技術を高めたゲイツも数の前には圧倒され、

ふたりの主人公はラスボスにあっけなく敗北、

 

ディエンドという『悪役』は、彼らに対して正しく『役不足』だった。これでこの物語は終点。世界はめでたく破壊を迎える。

 

 

「───なんて結末を、許すと思っていたのか? 介入者が勘違いするな、語り部は私だ」

 

 

地に倒れる前に、ウィルは呟いた。

預言者はただ導き語る者。彼はマティーナとは違って非力だ。

 

でも物語を紡いだ者として、ウィルは知っている。敬意を払っている。

英雄がいる物語は、このエンディングを決して認めない。

 

 

 

リュウガが放ったストライクベントの炎から、(ミコト)は身を挺して香奈たちを守った。しかし守ったと言うには余りに無様。身体の随所に火傷を負った彼女は、もう敗北を待つ身だ。

 

 

「覚悟はできたか?」

 

「……嫌だよ。私、嫌だ! みんなで帰るんだから! 地上に、元の世界に!」

 

「見苦しいぞ。いくら足掻いたところで、勝者は俺だ……!」

 

「わかってるよそんなの!! 私は強くない……でも! この世界に来て何もできずに終われないから!」

 

 

(ミコト)の背中から、香奈が離れた。戦闘で役に立たなかった代わりに、体力だけは残ってる。戦力にならない、知識もなければ機転も利かない。足を引っ張って友達死なせて、そんなことのために香奈は異世界に来たんじゃない。

 

 

「香奈様!」

 

「【届け、わたしの祝福。始まりを鳴らす春の産声】」

 

 

香奈に発現した魔法。これが苦し紛れの、弱者の奥の手。

ヘスティアに教えてもらったその効果は『未知数』。神の全知を以てしても何が起こるか分からない、別世界から来た可能性の卵。

 

なんでもいい。みんなを助けたい。

その願いだけを抱えて、香奈は詠唱を紡ぐ。

 

 

「【いつかあなたの】───あぁっ!」

 

 

しかし、香奈は並行詠唱なんてできるはずもなく、詠唱したければ足を止めなければいけない。リュウガ相手にその数秒間を稼げれるなら誰も苦労しない。

 

リュウガの炎が迫り、恐怖で香奈の詠唱を断ち切られた。

非力な少女が土壇場で皆を救う。そんな奇跡は都合よく起きないのが現実。

 

 

「言ったはずだぜ。雑魚は巣穴に引っ込んでろってな」

 

 

蒼い炎が大きな背中に遮られ、霧散した。

奇跡は起きない。起きるとするなら、歴戦の英傑が立ち上がるという、至極当たり前な必然だけ。

 

リュウガの前に立つのは、イカロスに折れた夢を奪われたはずの、狼人のレベル6。【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガだった。

 

 

 

再生怪人の軍勢がゲイツを追い詰める。幽汽は一歩も動かず、鞭を使って怪人たちを指揮するのみ。今のミカドの力では、幽汽を動かすことすらできない。

 

 

「威勢も尽きてきたか? 息が上がっているぞ。俺としては、そのまま死んでくれると助かるんだがな」

 

「そんなに俺に死んでほしいか? 俺が怖いのか貴様」

 

「己惚れるなよ餓鬼が。お前に限らず、この世に生きてる奴は全員死なす。それだけだ」

 

「そいつは大層な野望だな。だが俺の野望は貴様の上を行く! もう一度言うぞ、そこを退け! 貴様なんぞ壁ですらない!」

 

 

どんな逆境でもミカドは絶望しない。この力(ウィザードアーマー)を纏って絶望なんかしたら、あの自称最低の悪魔に笑われてしまう。

 

そうやって果敢に、勇敢に立ち向かうゲイツの姿を、彼女は深淵から見ていた。

 

仮にも弟子がたった一人で戦っている。魔法の基礎も知らず、世界の常識どころか人としての常識すら怪しい破天荒な年上の後輩が、世界を守るために命を張っている。

 

なにより宿敵(ライバル)が───ベル・クラネルが戦っていたのだ。

 

 

「だったらっ……私だって!!」

 

 

杖の殴打が怪人を弾き飛ばす。己の目を覚ますように、腹の底から少女は叫んだ。待ちに待った復活に、ミカドだって仮面の奥で笑う。レフィーヤが立ち上がった。

 

 

「遅いぞ」

 

「夢がなんですか……挫折がなんですかっ! 私は【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディス! ウィーシェの森の誇り高きエルフにして、リヴェリア様に師事する【ロキ・ファミリア】の魔導士!」

 

 

前衛職ではないにせよ、レベル3の腕力は流石のもので、杖を鈍器として振り回すだけで戦えている。まぁ、その鬼気迫る様相はもはや魔導士のそれではないのだが。

 

レフィーヤはミカドよりも先に、ベルの方に目線を向ける。

ぼやけた思考の中で確かに見たのだ。イカロスに挑み、敗北した彼の姿を。とうに意識は無く、再起不能と断じていいほどボロボロな彼にかける言葉など、一つしかない。

 

 

「立ちなさいベル・クラネル! 私は立った! 目を覚ました! だったらあなたも立ち上がれるでしょう!? あなたはそういう、気に食わないヒューマンなんですから!!」

 

 

ミカド相手の数倍は滅茶苦茶な言い分だ。道理もへったくれもない。だが、それでいいのだ。この言葉は必ずベルに届いているし、あの男なら必ずその声に応えると、レフィーヤは信じている。

 

 

「───そうだ、立ち上がれ【ロキ・ファミリア】」

 

 

ベートとレフィーヤに続き、フィン・ディムナも目を覚ます。

肩を並べる同士の言葉でガレスとリヴェリアが、団長の声を聴いてティオネが、ティオネに合わせてティオナが、次々と旅から覚めて立ち上がっていく。

 

 

「おかしいなぁ。君たちの夢は、オレが全部奪ったはずなんだけど」

 

 

ベルとジオウを倒し手持ち無沙汰だったイカロスが、目を覚ました冒険者たちを怪訝そうに眺める。偉そうに中空に留まるイカロスを指すのは、フィンの槍先。

 

 

「確かに酷い気分だ。胸にぽっかり穴が開いたみたいだよ。皆はどうだい?」

 

「全くだわい、手足に力がまるで入らん。まるで飲み過ぎて酔いの抜けん朝じゃ」

 

「ガレス……もっと他にないのか。その下品な例えに私たちを巻き込むな」

 

「ティオネはどう……? あたしはちょっとヤバいけど……それでもっ、頑張る!」

 

「どうもこうも最悪だっつーの……! あの仮面ぶち割って、とにかくあの野郎ぶっ殺す!!」

 

 

「立てる者は続け。奪われたものは僕ら自身で取り返す。あの『仮面ライダー』を討伐する!」

 

 

都市最大派閥の第一級冒険者たちが、主将の号令で一斉に雄叫びを上げた。その信じがたい光景に、ディエンドは瞠目する。

 

 

「僕の【テセウス】は設置と発動、二重の長文詠唱が必要なアンチステイタスの特殊魔法だ。その効果時間は、魔法を仕込んだ空間に留まった時間と比例する」

 

 

フォーティーンで強豪冒険者たちを釘付けにしたのは、そのためだ。討伐までに要した時間を考えると、遅れてやってきたレフィーヤはともかく、フィン達はまだ回想の牢獄に囚われているはず。

 

 

「己の過去から力尽くで脱したというのか……!? なんて美しい強さだ! アメイジング、賞賛を送ろう!」

 

 

だが、そんなものは一時のまやかし。物語は依然、首の皮一枚で崩壊を免れているに過ぎない。

 

 

「なーんだ、ビックリしたけどやっぱりそうじゃん」

 

 

ダンジョン深層ですら軽々突き進むであろう地上最強のパーティーに対し、イカロスは変わらない飄々とした立ち回りで躍動する。確かに、万全の彼らはフォーティーンさえ倒す異次元の強さだ。しかし───

 

 

「そりゃ当たり前か。オレに奪われた夢は戻ってない。つまり君たちは今、なんのために戦っているかすら分からないんでしょ。なんといっても、夢が見えないんだからね」

 

 

【テセウス】とのコンボで、彼らの夢のエナジーはイカロスに吸い尽くされてしまった。過去の記憶が他人事のようにしか感じえられない。いわば、モチベーションが限りなくマイナスに発散している状態。

 

加えて、アオイの魔法を無理矢理克服した代償が高くつく。その二重のデバフは余りに深刻で、本来なら彼らは立って歩くことすらままならないはずなのだ。

 

 

「ハハハ、無駄だよ。未来への希望もないニンゲンなんかじゃオレには勝てない。オレは全宇宙で最も完璧な存在なんだ!」

 

 

今の彼らの総合能力は、ベルやジオウにすら劣るレベルだ。そんな死に損ないの相手はイカロスにとっては児戯も同然で、片手間に右腕を明後日の方向に向ける。

 

 

「見逃すと思った? 君はちゃんと死刑だ」

 

 

この状況の変転に乗じて、ベルの救難に向かっていたジオウを、イカロスはしっかりと見つけていた。地面を削って、イカロスが放った竜巻が迫り来る。

 

 

「───【ルミノス・ウィンド】!」

 

 

風弾の連続照射が竜巻に注ぎこまれ、光の破裂を伴って攻撃が相殺された。イカロスの視線から外れるように満身創痍の二人を運び、彼女はベルの傷に手をかざす。

 

 

「【今は遠き森の歌。懐かしき生命(いのち)の調べ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を】───【ノア・ヒール】」

 

「リューさん……!」

 

 

【疾風】リュー・リオン。レフィーヤと同じく【テセウス】の効力が薄く、イカロスに奪われたエナジーの総量も少なかった彼女もまた再起を果たしていた。回復魔法をベルに施すが、それだけでは意識の回復にまで至らない。

 

 

「日寺さん、こちらへ。今のうちに貴方の傷も癒します」

 

「いや、俺は大したことないです。それよりもベルさんを!」

 

「私の魔法の効力などたかが知れている……本職のヒーラーがいれば話は別ですが、ここでクラネルさんを完治させるのは不可能。本調子ではない彼らと私では、敵を倒すことさえ……! 理解しなさい、まともに戦えるのはもう貴方しかいない!」

 

 

状況の把握と説明としては、リューは正しい。しかし壮間が一人戦えたからなんだという話だ。例えどんな奇跡が起きようと、ベルが目覚めなければ勝利は無い。その想像だけは絶対だ。

 

 

「ベルさんが目覚めれば……回復……そういえば! ミカド!」

 

 

幽汽と戦闘を続けるゲイツに、ジオウは呼びかける。そして差し出す右手のジェスチャー。

 

 

「使ってないなら貸して! ドライブウォッチ!」

 

「貴様っ……! 三度目だぞ! 前は勝手に持って行きやがって!」

 

「お前だってビルドウォッチ持ち出しただろうが! ゴーストウォッチもしれっと持ってるし、おあいこだ! 利子付きで返すから早く!」

 

 

口論まで頭が回らず、ゲイツは凄く嫌々な態度でドライブウォッチを投げ渡した。ジオウはそれをジカンギレードのジュウモードに装填。イメージするのは走大が見せてくれた資料の中にあった、救急車のシフトカーの能力。

 

 

「まさか、クラネルさんを治療できるのですか!?」

 

「まぁそれは……ベルさん次第ですけど。だからリューさん、しばらく頼めますか。この戦いの決着は、俺たちで付けるって約束します」

 

「それができるのであれば最善です。私は、貴方の言葉を信じます」

 

 

壮間にとってのリューもまた、憧れの相手。彼女に対する信頼なんて問うまでもなく、彼女の前で少しばかり見栄を張りたいのも道理だ。頷き、イカロスに駆け出したリューを見て、ジオウは引鉄を引く。

 

 

《ドライブ!》

《スレスレシューティング!》

 

「確かこれ死ぬほど痛いらしいけど……ベルさんなら! 貴方はこんなとこで死ぬわけない!」

 

 

発動するシフトカー『マッドドクター』の能力。

これが逆転の一手になるかどうかは、彼の英雄としての器にかかっている。

 

 

__________

 

 

「気に入らねぇなァ……! 雑魚相手にいい気になってるだけの屑野郎が」

 

「違うな。俺が強者であるだけのことだ。俺から見れば貴様ら全員、取るに足らん虫けらに過ぎん」

 

「てめぇが強いだと? 反吐が出るぜ。てめぇの力に酔って見せつけるだけの馬鹿は、雑魚以前に救いようのねぇ屑なんだよ!」

 

 

リュウガの拳とベートの脚が衝突。大気が割れるほどの衝撃が、音として伝播する。ベートはフィン達と同じ状況に陥っているが、イカロスに吸われた夢の性質が少し異なっていた。

 

ベートの夢、心、それはとうの昔に折れていたのだ。

数えきれない傷こそが彼の『牙』。傷つき、絶望することを前提に戦う不器用な彼にとって、イカロスの精神攻撃は致命的とまではならなかった。

 

 

「リリちゃん……あの狼みたいな人って……」

 

「【ロキ・ファミリア】のベート様です。言うまでもありませんが、(ミコト)様やベル様よりもずっとお強いです。ですが……!」

 

「あぁ……誰がどう見たって絶不調だ。そりゃ俺たちよりは大分マシだが、あんなんじゃ勝てねぇぞ!」

 

 

ヴェルフの言う通り、致命的ではなくともベートの体力と精神力は大幅に削られている。また見ているだけは嫌だと、やはり香奈は立ち上がって魔法を使おうとした。

 

 

「聞いてなかったのか! 目障りなんだよ雑魚がッ!」

 

 

それを止めたのはリュウガではなく、ベートの咆哮だった。敵意を含んだ突き放すような声。それは普通の少女を委縮させ、心を折るのに十分過ぎた。

 

 

「てめぇらここに何しに来やがった? ロクな力も覚悟もねぇくせに、身の程も知らず遊びにでも来たのか!? 戦う気がねぇんなら冒険者なんてやめちまえ! みっともなく誰かの後ろで一生怯えてりゃいいんだよ!」

 

 

まるで威嚇するかのような悪辣な言葉。馬鹿にして笑うように言うベートだが、それは紛れもない正論だ。だからこそ香奈は悔しい。何もできないことが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「私は弱いよ……リリちゃんや春姫ちゃんだって、あなたに比べれば弱い。何かしようと動いても、あなたみたいに優しい人の足を引っ張っちゃう! 傷付けちゃう!」

 

 

幼馴染の壮間。彼は昔からぱっとしない男で、よく風邪を引くし、ものを忘れるし、中学で離れ離れになると決まった時はひどく心配だった。

 

そんな頼りない彼が、ある日を境にどんどん変わっていったのだ。なんの目標もなかった彼が『王様になりたい』とまで言った。嬉しいと同時に、胸の奥がちくりと痛んだ。

 

何時しか自分はすっかり守られる側になって、何度も心配をかけてしまった。守るという行為は辛いことだ。それを壮間に押し付けてしまった。

 

でも、守られるのも辛いことだって、どうして分かってくれないの?

 

どうせ辛いのなら、傷付けてしまうのなら、私は───!

 

 

「私たちは弱いけど戦うよ! 守られなきゃ戦えないのは分かってるけど、優しいあなたと同じくらい、私たちも傷つくから! 私たちの傷は私たちが受け入れるから!」

 

 

壮間の夢に疑いなんて全くない。壮間なら必ず王様になる。だったらその夢に、自分の全てを乗せて欲しいと思って当たり前だ。だから一緒に命を賭けさせてくれ。それが、香奈の叫んだ本音。

 

香奈はベートの言葉に吠えた。それを聞いたベートは、ただ僅かに笑い、リュウガに対する猛攻を加速させた。香奈たちに構ってる暇なんて与えないくらい。

 

 

「【届け、わたしの祝福。始まりを鳴らす春の産声。いつかあなたの物語(おはなし)を聴かせて】!」

 

 

詠唱が完了した。香奈の胸の中心で、光の球が輝きを放つ。

 

 

「【イースター・エッグ】!」

 

 

香奈の魔法が生み出すのは『卵』。

その効果は『才能の生誕』。その場で最も必要な能力が、魔法によって香奈に与えられる。異世界人だからこそ発現した規格外のレア魔法だ。

 

ただし、卵から何が産まれるかは分からない。

また、誕生とはたった一度の神聖な現象だ。この魔法が使えるのは『一度きり』。

 

卵が割れ、才能が産声を上げた。

香奈の内側を巡る、暖かく優しい力。それに身を委ねた時、彼女の頭に『景色』が流れ込んだ。

 

 

「───みんな、お願いがあるの。手伝ってくれる?」

 

「何を言ってるんですか……一緒に戦うと言ったのは香奈様ですよ! 手伝うもなにもありません!」

 

「そうだな! 俺もちょうど、【凶狼(ヴァナルガンド)】に好き勝手言われてむかっ腹立ってたとこだ!」

 

 

香奈の可能性に賭け、まずヴェルフが魔剣を握るとリュウガに振り下ろす。その魔剣は紅い長剣の《烈進》ではなく、緑色の無骨な一振り。

 

 

雷皇(らいこう)!」

 

 

【X階層】攻略にあたってヴェルフが急造で打った魔剣、それが《雷皇(らいこう)》。その名の通り宿す魔力属性は『雷』で、ベートすら巻き込みかねない広範囲の雷撃がリュウガに直撃する。

 

 

「っ……! 無駄な足掻きだ!」

 

「否、無駄などではありませんっ!」

 

 

体勢を崩したリュウガの背後に忍び寄っていた(ミコト)が、その両腕を遂に捉えた。一度掴まれれば単純なパワーでは引き剥がせないのが『柔術』。

 

型に嵌ってしまったリュウガに抵抗の術はなく、一息で投げられ地面に叩きつけられる。

 

 

「お隣を失礼、【凶狼(ヴァナルガンド)】殿! 及ばずながら勝手に助太刀いたします!」

 

「そういうことだ。よろしく頼むぜ狼男さんよ」

 

「……勝手にしやがれ。邪魔したら蹴り殺すからな」

 

 

リュウガを相手取る戦闘員3人の後ろでは、またしても詠唱が開始されていた。今なら十分な余裕があるし、他派閥の団員がこちらを気にしてないのも僥倖だ。『切り札』を使える。

 

 

「【――大きくなれ。其の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を――大きくなれ。神饌を食らいしこの体。神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を――大きくなぁれ】」

 

 

編み上げられる春姫の魔法。光が彼女の眼前に集約し、何かを形作っている。

 

しかし、なにより驚くべきはその詠唱速度だった。魔法詠唱はただ読み上げればいいというものではなく、例えるならその場で武器を正確に組み立てているようなもの。高速詠唱というのは並行詠唱に並ぶ魔導士の極意なのだ。

 

 

「【ウチデノコヅチ】」

 

 

収束した燦々たる光の束が、香奈へと降り注いだ。

春姫の超越魔法【ウチデノコヅチ】の効果は、短時間のみ対象のレベルを一つ上げる階位昇華(レベルブースト)。言うまでもない反則級のレア魔法。

 

レベル1の香奈が、春姫の力でレベル2へと進化した。階位昇華による能力値の上昇は、人の想像を遥かに凌駕する。

 

 

「何を企んでいようと、俺には勝てん。絶望を見せてやろう」

 

《ADVENT》

 

 

しかし、切り札を隠し持っていたのはリュウガも同じ。

デッキから引き抜いたカードをブラックドラグバイザーにスキャン。それにより、虚空に召喚されるのは反転世界の覇者。

 

黒鋼の巨体を持つ龍。仮面ライダーリュウガの契約モンスター『ドラグブラッカー』。

 

カード1枚で召喚されたあの龍は、リュウガに匹敵する強さを持った怪物だ。鳴り響くような叫びと共に、獲物を一掃しようと威圧を撒き散らす。

 

 

「【掛けまくも畏き───いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ】!」

 

 

その脅威を確認するや否や、(ミコト)も膝をつき詠唱を開始した。その意図を汲み取ったヴェルフたちは、彼女を守るように陣形を取った。強敵2体相手に無茶な作戦だが、ベートの暴れようが常軌を逸脱しているため、可能性はある。

 

そうだ、あくまで可能性。弱者が偉業を成すのに、確実なんて利口な逃げ道は存在しない。

 

 

「【卑小のこの身に巍然たる御身の神力を。救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣(れいおう)】」

 

 

香奈は頭に浮かぶビジョンに従い、走り出した。レベル2の走力ならこの危険極まる戦場だろうと駆け回れる。それを妨害しようとするリュウガに、ヴェルフの《雷皇》が唸る。

 

 

「貰うぜ、その雷」

 

 

ガードベントで防御姿勢を取ったリュウガ。しかし、雷はその寸前で軌道を変え、ベートの魔法靴《フロスヴィルト》に吸い込まれた。魔剣の雷を帯びたベートの蹴りが、リュウガもろとも大地を叩き割る。

 

しかし、ドラグブラッカーが迫り、その長体がベートを弾き飛ばす。魔剣の雷すら意に介さず、口から放つ蒼炎の球が走り抜ける香奈を襲った。ダメージよりも厄介なのはその『特性』で、この炎は『敵を拘束する』。

 

 

「手間取ったが、これで終わりだ」

 

 

香奈の両足は地面に釘付けとなり、一歩も動けない。希望は水泡に帰した。ただ、動けなくなったはずの香奈が、リュウガの得意げな態度に笑いを飛ばす。

 

 

「【───響く十二時のお告げ】」

 

 

解呪式で香奈の姿が光の粒子になって消え、代わりに現れたのはリリだった。彼女の変身魔法【シンダー・エラ】によってリュウガの眼を騙したのだ。

 

ただ、この魔法は身長に準拠した変身しかできない。つまり化けていた香奈は本物よりも遥かに小柄だったのだ。それに気づかなかったのは、弱者を見下していたリュウガのミスに他ならない。ざまぁみろとリリは舌を出して嘲笑った。

 

 

「小賢しい真似を……! 本物はそこか!」

 

 

すぐさま別方向で走る香奈を見つけ、リュウガはドラグクローから炎を放射した。ベートとの戦闘中だったため軌道が逸れるが、それでもその火炎は彼女の背中を焼き焦がす。

 

痛い。熱い。苦しい。息もできない。それでも、

 

 

「私だって……主人公(ソウマ)に負けない私になるんだ!!」

 

 

目指すのは階層の中央。意味ありげに威光を放つ、円状の祭壇。その狙いを感知したのか、空を泳ぐドラグブラッカーが先回りの仕草を見せた。

 

 

「【今ここに我が()において招来する。天より(いた)り、地を統べよ───神武闘征】!」

 

 

間に合った。(ミコト)は組んだ両手を向かい合わせるように開き、吊り上げた双眸を龍へと向ける。召喚される光の剣。それ自身は実体を持たない幻だが、ドラグブラッカーを貫き地に刺さることで、その力は顕現する。

 

 

「【フツノミタマ】ぁああっ!!」

 

 

漆黒よりも澄んだ黒が怪物を閉じ込めた。

【フツノミタマ】は結界魔法。帯びる属性は『重力』。ドラグブラッカーの全長を容易く飲み込む牢獄の内部で、凄まじい重圧が囚人へと襲い掛かる。火炎も叫び声も、例外なく地面へと叩き落とす。

 

ドラグブラッカーの動きが、完全に制圧された。

 

その隙に祭壇へと到達した香奈は、儀式でも執り行うのかと言わんばかりの柱に囲まれたエリアに進むと、レベル2の腕力で足元を殴り壊した。

 

 

「やっぱり壊れた! そんで……下がある!」

 

 

予想通りというか、『見えた通り』脆く、この祭壇は更に下の階層へと入り口だったのだ。レベルブーストが持続しているうちに、香奈は急いで下層へと侵入した。

 

理屈はわからないが、【イースター・エッグ】を使った直後に【X階層】のことについて幾つも景色が浮かんできたのだ。それが下の階層の存在を教えてくれたし、その先にいる人のことも教えてくれた。

 

 

「───いた! あなたがベルくんの好きな人で、めちゃくちゃ強いっていう……アイズちゃん!」

 

 

マティーナの術中に嵌り、彼女の権能で活動を停止してしまっていたアイズは、この階層に安置されていたのだ。ボスを倒し、その先に眠る囚われの姫……いかにもアオイが好きそうな筋書きだ。

 

 

「あれれ、来ちゃったんだ。おっかしーなぁ、アオイから負けたって聞いてないのにー」

 

 

しかし、アイズがいるということは当然、彼女もいる。

【X階層】の創造主にして支配者、マティーナ。上で死闘を演じる冒険者よりも悪役共よりも、遥かに理不尽で趣の無い理外の存在。

 

でも、香奈にとっては『泥棒さんの彼女さん』くらいの認識だ。そんな赤の他人に構ってる暇はない。首をかしげるマティーナを片手で押しのける。

 

 

「ごめん! 今忙しいからどいて!」

 

「……なにそれ。そーゆー態度はヤなんだけど」

 

 

他者の看板を愛し、何より自己を愛するマティーナにとって、『無視』は逆鱗を突く行為に他ならなかった。故にマティーナは鬱憤晴らしの意味も込め、即座に香奈へと『発令』する。

 

 

「『片平香奈、私の視界内での行動を禁じます

 

 

マティーナが作り出したこの領域では彼女が規則。その支配からは、アオイだろうとアイズだろうとフォーティーンだろうと逃れられない。そういうことになっている。

 

しかし、マティーナが見ている中で、香奈は真っ直ぐアイズへと駆け寄って行った。

 

 

「はぁ……なんで!?」

 

 

言い直しなんかしない。彼女の『発令』に不発は有り得ない。

信じられず、認められず、受容できない。ついでに理解もできない。どうして権能が彼女に効かない? 王候補に引っ付いて来ただけの、精々虫や魚が殺せる程度の格の生き物の癖にどうして。

 

その時、マティーナの視界に入ったのは、衣服の後ろ半分が燃えて顕わになった香奈の背中。また、そこに刻まれた彼女の【ステイタス】。

 

神聖文字(ヒエログリフ)を読み解くほど、その能力値は貧弱を語っている。変わった『魔法』も使い捨てで、目覚めた能力だって理の範疇だ。

 

しかし、彼女の『スキル』のスロットを読んだ途端、

その『名称』を引鉄に、驚嘆と納得と焦燥が彼女の余裕に押し寄せた。

 

 

「嘘じゃん、そんなことってある???」

 

 

【ステイタス】は神が人に与える超能力じゃない。神の力で、その人が元々持っている潜在能力、可能性を引き出しているに過ぎないのだ。だからこそ、スキルや魔法は冒険者の人格や願望に大きく左右される。

 

香奈のこの『スキル』は、彼女が元々持っていたはずの力。歴史の消滅と共に消失したはずの『名前』が、『存在』が、女神によって記されてしまった。

 

 

「待って待って。もしかしてこれヤバっ……!」

 

「お願い起きてっ! アイズちゃん!」

 

 

瞳を開けたまま停止しているアイズ。香奈が彼女の頬に触れた瞬間、その人形姫に魂が宿る。マティーナの絶対独裁に亀裂が入る。無意識の霞を突き破ってアイズのもとへ届いたのは……香奈の懐から漂う香り。

 

 

「───ジャガ丸くんの匂い……!」

 

 

__________

 

 

ドラグブラッカーの暴走。重力の檻ではパワーを抑えきれない。【フツノミタマ】が突破されてしまった。

 

 

「っ……破られた……! ヴェルフ殿!」

 

「今度は痺れて止まってろ! 雷───!」

 

 

《雷皇》を振り抜こうとしたヴェルフだったが、放たれた弓矢のように加速した龍の頭が、彼の傍をただ通り抜ける。その移動の衝撃と風圧は必要以上の破壊を産み出し、文字通り太刀打ちできずヴェルフは吹き飛ばされてしまう。

 

ヴェルフの手から離れ、放り出された《雷皇》をドラグブラッカーは器用に嚙み砕いた。

 

一方でリュウガとベートの戦いも、互角を演じているがジリ貧だ。やはりイカロスに奪われたエナジーは大きく、攻め切れない。この散々な体たらくにベートは屈辱で奥歯を噛み締める。

 

 

「ケッ、やっぱりそうなんのかよ……!」

 

「最初から言っている。勝者も強者も、全てが俺のための賛辞だ……」

 

「ちげぇよバカが。全くてめぇは、今までどこで何してやがったんだ? なぁ……アイズ!」

 

 

ベートの屈辱は敗北を予感したからじゃない。風を感じてしまったからだ。彼女が来るより早く勝てなかった、故に彼女に勝利を譲ってしまうという悔しさからだ。

 

覚醒した【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが、仮面ライダーリュウガの前に降り立つ。

 

 

「ベートさん……その、ごめんなさい」

 

「謝ってんじゃねぇよくそがぁっ! 俺は負けてねぇ! たまたま微妙なタイミングでお前が来ただけだ!」

 

 

アイズに抱えられ一緒に上層に戻って来た香奈は、声を荒げるベートを見てミカドを連想した。種族から違うのに人種が大変近く見えるのはこれ如何に。

 

 

「アイズちゃんと、ベート……さん? は、仲良しなんですね!」

 

「勝手なこと言いやがって、まさかアイズを呼んでくるとはなぁ……あーもう面倒くせぇ。今の俺は気分が悪ぃんだ、決めんならさっさと決めちまえ」

 

「……わかりました。でも、あの人……」

 

「人じゃねぇ。手合わせして分かったが、アイツは言葉も中身も空っぽの偽物、『幻』だ。モンスターと何も変わりゃしねぇ。遠慮せずぶっ殺せ」

 

 

ベートの言葉を聞いて、アイズは安心したように息を整えた。

黒い龍の騎士───その存在はアイズの中で黒い因縁を呼び起こす。よかった、人じゃないのなら()()()()()()()()

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】───」

 

「俺が幻だと……!? 違う! 俺はもはや鏡の中の幻ではない! 実体を得て、俺が、この世界に最強のライダーとして君臨する!」

 

《SWORD VENT》

 

 

龍の尾を模した黒い『ドラグセイバー』を召喚し、これで剣、盾、爪、リュウガは完全な装備を揃えた。今のリュウガはドラグブラッカーそのものを纏っているに等しい。

 

しかしアイズの【エアリアル】は、鈍重な鎧など無くとも、全てに勝る最強の武具なのだ。

 

 

「馬鹿……な……!」

 

 

たったの数秒の出来事だった。アイズの風とリュウガの炎がぶつかり合ったかと思うと、ドラグシールドが砕け散った。アイズの剣捌きはリュウガを圧倒的に超越し、放つ炎は彼女に届く前に風が阻む。

 

しかし、リュウガにも強者としての矜持がある。怒りのボルテージを上げて刃を叩き合わせ、暴力的に、威圧的に、怪物として一人の少女を全力で叩き潰しにかかる。

 

 

「黒の龍……!」

 

 

ドラグブラッカーも契約者の怒りに応じて吠えた。地上を蹂躙する恐怖の象徴、その炎も爪も牙も人間を殺して喰らうための武器だ。

 

何が矜持を傷つけられた怒りだ。

怒っているのは人間だ。虐げられ、奪われてきた、私たちの方だ。

 

あの『隻眼の黒竜』と関係ないのなんて分かっている。

それでも、湧き上がってしまった怒りを引っ込めてやる道理も存在しない。アイズもまた、人類に仇成す怪物を全力で叩き潰す。

 

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】───!」

 

 

風が強さを増した。大気を吸い込み、流れは極限まで加速し、暴れ狂う渦を成す。風を通り越した精霊の怒り、嵐。【エアリアル】最大出力。

 

その風は黒く濁っていた。その黒はリュウガよりも遥かに深く暗い。風が炎を消し飛ばし、爪を弾き、牙をへし折る。風に乗って浮上したアイズはドラグブラッカーを遥か高みから見下ろし、

 

剣戟乱舞。ドラグブラッカーの巨体はいとも容易く、たった一人の少女の前に平伏した。

 

 

「人を傷つけて、何もかも奪うだけのあなた達を……私は、絶対に許さない……!」

 

 

アイズ・ヴァレンシュタインの『スキル』。

 

復讐姫(アヴェンジャー)

・怪物種に対し攻撃力高域強化

()()()()()()()()()()()()

・憎悪の丈により効果上昇

 

 

仮面ライダーリュウガ。ヒトの形をし、言葉を話す装甲の戦士。

だが、その正体はある男を模した『ミラーモンスター』でしかない。その醜悪な本質を、交えた剣を通じてアイズは感じ取っていた。

 

アイズに『モンスター』として認識されたのなら、それが最期だ。対怪物の戦闘において、彼女を超える冒険者は一人として存在しない。

 

 

「俺は存在する……! 俺は最強のライダーだ!!」

 

 

絶命寸前のドラグブラッカーを再起させ、共に放つのは最大火力の攻撃。幾つもの火球がリュウガの前を囲い、ドラグクローを突き出すと同時に一斉に解放させた。前方一帯を焦土と化す大爆炎でアイズを喰らい尽くす。

 

青空よりも澄んだ憎悪と、殺意で、アイズは風を纏った。剣先から細い腕、しなやかな体、その足先に至るまで【エアリアル】を循環させる。己の肉体全てを、決して折れない一本の剣と解釈する。

 

 

「リル・ラファーガ」

 

 

『技名叫べば威力が上がる』は(ロキ)の戯言だ。だからこれは名前があるだけで、魔法でもスキルでもないアイズの必殺技。全身に【エアリアル】を纏って、一直線に加速して貫くだけの単純な一点突破。

 

ただそれだけの技を、防ぐ術など存在しない。

 

爆発する一陣の黒風。龍の炎を平らげて膨れ上がった嵐は、細剣の如く圧縮され研ぎ澄まされ、虚像の龍と怪人の心臓を刺し貫いた。

 

 

「きれい……あと、最強だ……!」

 

 

アイズの『リル・ラファーガ』はドラグブラッカーとリュウガを纏めて貫通し、その存在は二次元(カード)へと送還された。

 

完勝を果たしたアイズは、剣を仕舞って静かに闘志を鎮める。

金髪金眼、神知すら超えた優美さ、そして圧倒的な強さ。そんな年下の少女はどこまでも綺麗で───そんなどうしようもない感動と憧憬が、香奈の心から溢れ出た。

 

 

__________

 

 

アイズが帰還した。あぁそういえばそれも目的の一つだったと、冒険者たちは思い出す。そんな微睡みの中にいるような、歯車の外れた機械を必死に動かすような、到底戦うことなんて出来ない状態で彼らは───

 

 

「なんでっ……倒れないんだよ、お前らはッ!」

 

 

それでも戦うのだ。イカロスが焦燥を吐き捨て、攻撃の手を強める。だが誰もが倒れてすぐに立ち上がる。オレは強いよな? オレはあいつらの夢を折ったよな? そんな疑問が何度もイカロスを通り過ぎる。

 

 

「ボロボロにしてやったのに、夢なんて忘れたくせに、お前らなんなんだよ!」

 

 

フィンは【勇者】を名乗る理由を思い出せない。

ガレスは冒険者になった理由を思い出せない。

リヴェリアは森を出た理由を思い出せない。

ティオナは笑う理由を、ティオネは怒る理由を思い出せない。

 

 

「生憎それでも僕らは……冒険者なんだ」

 

 

そこには【ファミリア】の誇りがあって、背中に熱く感じる主神の【恩恵】があって、目の前に未知が、隣に仲間がいるのなら───冒険者は戦うしかないのだ。そこに物語がなくたって。

 

 

「───【ルミノス・ウィンド】!」

 

「鬱陶しいんだよさっきから!」

 

 

唯一まともに動けるリューは、倒れてなるものかと意地で食らい付き魔法を連打する。イカロスの竜巻に風弾は掻き消されるが、諦めない。彼らが戦っているのに諦められるわけがない。

 

 

「確かにお前は強い……理不尽なまでに。だが、それだけだ!」

 

「ッ……!?」

 

「お前には矜持が無い。尊ぶべき『自己』が無い! 自分が何者なのかを知る者は強い……かつてそれを忘れてしまった私だからこそ、今は決して見失わない! 私は戦い、彼の目覚めを待つ!」

 

「オレは……『私』は……! 黙れええええええッ!!」

 

 

リューの言葉がイカロスの何かを毟り取った。スイッチが壊れたように動作が狂い始めたイカロスは、目に入る全てを切り裂こうと、翼を振り回して荒れ狂い始めた。

 

それは未曾有の危機と同時に、好機に他ならない。思考は真っ白なまま、フィンは身体に染み付いた本能でそれを感じ取った。

 

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】───【ヘル・フィネガス】!」

 

 

精神汚染に抵抗を持つフィンが辛うじて判断し、決め手として温存していた『魔法』。親指で額を押さえ、フィンの瞳が朱く染まり上がる。その瞬間に彼は獣となった。

 

【ヘル・フィネガス】は自己強化魔法。『狂化』と呼ぶのが正しいか、指揮官であるフィンの理性と判断能力を生贄とすることで、爆発的な能力上昇を可能にする諸刃の剣。

 

ただし、今この状況において、この欠点はむしろ追い風。端からロクに機能しない思考能力なんて投げ捨て、フィンは己の肉体を戦闘衝動に委ねた。

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

リューの言葉で正気を失っているのはイカロスも同じ。ただし、あちらの攻撃精度は明らかに劣化している。斬撃の軌道が甘く、暴風の壁には隙間がある。その穴を嗅覚で捉えたフィンは、握った金の槍を全身の全霊で投げ放った。

 

 

「あガぁッ!?」

 

 

その一撃は、初めてイカロスに到達した攻撃となった。頭部に突き刺さる槍、赤く割れる視界。イカロスは自分のダメージが納得できない。未熟な生命には苦すぎた屈辱が、混乱が、その攻防を僅かな間無力化した。

 

 

「───見事です、【勇者(ブレイバー)】!」

 

 

彼らに代わり、傷だらけの妖精の剣士が刑を執行する。聖樹から作られた木刀は真っ直ぐに淀みなく、喚き叫ぶイカロスの片翼を烈断した。

 

 

「やれやれ……どうやら翼を捥いだくらいじゃ、僕らの夢ってやつは取り返せないみたいだ」

 

 

胴から切り離されて散っていく翼を目で追いながら、フィンは溜息交じりに呟いた。妄執にも似たその戦意は、その小さな背中からは消え失せている。自分たちの戦いは終わったのだと、悟ったからだ。

 

 

「さて、随分弱体化させられたように見えるけど……これで後は任せていいのかな?」

 

 

フィンの言葉が向かったのは、立ち上がった二人の主人公。

ジオウとベルが、視線を交わすことなく肩を並べて敵を見据えていた。

 

 

「ここはベルさんの世界だ。だから、決着はベルさんが付けるべきです。あのスカした元凶は頼みます」

 

「じゃあ皆さんの夢は壮間さんに。勝ちましょう、必ず!」

 

 

幽汽はゲイツとレフィーヤが、片翼のイカロスはジオウが、そして『諸悪の根源』であるディエンドはベルが。この決着を以て、【X階層】を巡った戦いは終止符が打たれる。

 

 

「……僕は一度、貴方に負けています」

 

「身に余るよベル・クラネル。だが、その戦いのことは思い出せないだろう?」

 

「僕が忘れてたせいで貴方にこんなことをさせたのなら……僕が貴方を止めるべきだった。それができなかったのが、ただ悔しい」

 

 

イカロスに敗れて意識の底に墜ちたベルは、声を聴いていた。壮間の声、リューの声、レフィーヤの声───そして遡った先の、懐かしい祖父の声。読み聞かせてくれた英雄譚の記憶。

 

どれだけたくさんの英雄譚を読んだだろう。その中の英雄たちは、どれもベルの憧れを掻き立てた。その中で一人だけ───覚えのない『英雄』がベルの隣を過ぎ去った。

 

顔も名前もわからない、何を成した人なのかもまるで知らない。

 

それでも僕は、貴方を知っている。

 

 

「僕はもう貴方を恐れない。僕の世界は壊させない! 勝負だッ!」

 

 

冒険を、しよう。

この譲れない想いのために。

憧憬を追い、高みに手を伸ばす、その物語の続きを見るために。

 

彼らは今日も、明日も、何度だって冒険をする。

 

 

 




終わらないってマジ???
残された始まりの2コンビ。決着は持ち越しで、エピローグ込みの次回でダンまち編最終話です。

このダンまち編、イメージは劇場版なので、先の展開を踏まえた「先行登場」の意味が結構強いです。香奈にとっては特にそうで、今回の冒険は香奈の行き先をかなり変えたと思います。その意味を明かせるのはいつになるやら……

感想、高評価、お気に入り登録などなど、お待ちしております。




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王位創造(アーサー・テイル)

不二崎俊
2012年で仮面ライダービーストに変身した青年。23歳。基本的に食べることしか考えてないため言動と思考が支離滅裂な男。美食を求めて各地を飛び回る冒険家で大手食品会社の社長。伝説の熱帯魚を捕まえるために南米に赴いた際、遥か昔に魔界から追放されたファントム「キマイラ」を発見して古の魔法使いとなり、ファントムを倒し続けなければ死ぬ体となったが、魔力を味わえて本人は大変満足している。2012年ではミカドを襲ったファントムを撃退して退場。ビーストのウォッチは実はアオイがひっそりと回収した。

学会発表に時間を取られました壱肆陸です。
遂に……遂にダンまち編、最終回です……っ!!誰だ短く濃くやるとか言ってた奴!ほぼ1年じゃねーか!

まずは【X階層】最終決戦からどうぞ。

今回もタップorスライドで「ここすき」をよろしくお願いします!


生まれながらに世界に拒絶された者がいたとしよう。

 

目に映る画素の一つ一つから、自分を否定する声が聞こえる。博愛主義者から嫌悪の視線を投げられる。幸せが与えられない代わりに、憂さ晴らし程度の不運がぽつぽつと垂れ落ちてくる。

 

いわば究極の嫌われ者。謂れのない悪役。

誰も肯定することのできない存在。だからこそ、美しく、愛しく、誇らしい。彼はこの長い旅を捧げ、その生き様を完成させようと誓った。

 

必要なのは主人公だ。向き合い、否定し、終止符を打つ存在。それこそが遍く悪役の旅の終着点、我らに啓示されるべき理想郷(ユートピア)のはず。

 

ディエンドはベル・クラネルの前に立ちはだかり、再び問う。

 

 

「果たして君が、君たちが『そう』なのかな? さぁ、見せてくれ」

 

 

ここは迷宮、人の可能性を問う試練の洞穴。

物語から引用され、彼らに課された試練は3つ。その1つが【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの活躍で突破された。

 

世界の風向きが変わる。悪の行く手を阻む逆風が、正義を鼓舞する追い風が吹き始めた。

 

千の妖精(サウザンド・エルフ)】、レフィーヤ・ウィリディス。

【リトル・ルーキー】、ベル・クラネル。

 

仮面ライダーゲイツ、光ヶ崎ミカド。

仮面ライダージオウ、日寺壮間。

 

少年少女が戦い綴る、冒険譚の行く末は───

 

 

________

 

 

独楽は回転を止めない。その回転は時間を巻き戻し、生死を反転させる。何度倒しても何度切り開いても、仮面ライダー幽汽は怪人を際限無く復活させ続ける。

 

 

「いい加減に受け入れたらどうだ餓鬼共。受け入れた方が楽だぞ、一寸先の死というものはな」

 

「受け入れるわけ、ないじゃないですか……! そんなもの受け入れて、誰が! この世界を守れるんですかっ!」

 

 

レフィーヤは強気に吠えた。普段なら少しは弱音が滲んだかもしれないが、よりにもよって今は隣にベルとミカドがいるのだ。僅かにだって弱さを見せられるものか。

 

 

「阿呆が、何故分からない。この世界に、こんな生者ばかりが蔓延る世界に……守る価値など無いのだ!」

 

 

幽汽の鞭が地面を叩き、怪人を先導する。その間を縫って迫る爆発独楽の暗撃からレフィーヤを守ったのは、ウィザードアーマーとなったゲイツの防壁魔法だった。

 

 

「惨めだな。今を生きる命に目を向けなくなれば、人の歩みはそこで終わる。その先は亡霊に堕ちるだけだ、貴様のようにな」

 

「貴様らに何が分かる! 何故貴様らはそうやって……ソラを悲しませる!!」

 

 

一斉に雄叫びを上げ、亡者の行進が大地を踏み鳴らす。このまま堅実に削って行っても埒が明かないのなら、差し出すべきは蛮行に等しい決断と、無慈悲な信頼。レフィーヤとゲイツの意志が一つの未来を向いた。

 

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ】」

 

 

レフィーヤが魔法杖《森のティアードロップ》を水平に構え、自身に渦巻く魔力を調律する。魔法の詠唱が始まった。詠唱の妨害をさせまいと、ゲイツもまた魔力を引き出し、大規模な火炎を展開した。

 

ゲイツが放った火炎が収束し、8個の炎弾を形成。炎弾はそれぞれ独立した軌道を描き、レフィーヤに近付く敵を迎撃し、ゲイツの攻撃の火力補助を行う。

 

 

「何をしている、さっさと討ち取れえ屑共がッ!!」

 

「通行止めだ。墓場に帰れ!」

 

「【同胞の声に応え、矢を番えよ。帯びよ炎、森の灯火】」

 

 

レフィーヤの詠唱が紡がれる程、手元の炎を見て嘲笑が込み上げてくる。酷い落差だ。魔法の真髄を求めて鍛錬し、研究したが、成果といえば魔力操作精度や出力の上昇くらい。レフィーヤの巧緻極まる魔法に比べれば、ミカドが身に着けた技術など草花で作った冠のようなものだ。

 

 

(今ならよく分かるな、ウィザードの意地の悪さが……!)

 

 

予め術式を指輪に刻み、そこに魔力を流すだけで発動するのがウィザードの魔法。これはこの世界における「魔剣」に近い。

 

だがライドウォッチにその魔法式が刻まれている今、それはもう内蔵ソフトウェアだ。こちらは【恩恵】による冒険者の魔法に類似しているが、全知の神がその詳細を読み解いてくれるわけじゃない。ダンタリオの性格の悪さが反映されたのか、どんな魔法がどうやったら使えるのかは自分で見つけるしかないことが判明した。

 

知識を元にウォッチと対話したが、今ミカドが使える魔法といえば、基本の属性魔法と、ミカドが直接見た「コネクト」くらい。しかも精々視界の範囲のみ。他の魔法を読み解き、使えるようになるにはまだ時間が必要だ。

 

いつだってそうだ。時代を巡るほど、戦いを重ねるほど、思い知らされるのは己の才能の無さ以外に無い。

 

 

「【撃ち放て、妖精の火矢。 雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】!」

 

 

舞い踊る炎弾、その臙脂色の光に彩られ、レフィーヤの詠唱が締めくくられた。杖の水平を解いて高く掲げ、光の尾を描きながら剣のように振り下ろす。

 

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】ッ!」

 

 

火が灯る。それは数十、数百、数千と数を増し、地上に現れる満天の星空。それらは全てが流星となって、怪人たちに解き放たれた。

 

この天文学的災害を攻撃と呼べばいいのか。阿鼻叫喚を超えて神秘的ですらある、出鱈目な光景が広がる。レフィーヤの超域殲滅魔法は、怪人を1体の一片さえ残さず冥府へと叩き返した。

 

そうだ、天才とはこういう存在の事を言うのだ。

こんな奴ですら己の無力に喘ぐ。それはきっとどの世界でも変わらない。

 

 

「よくやったレフィーヤ。もう休んでて構わんぞ、ヤツは俺が叩く」

 

「私はまだ戦えます! 後輩なら黙って頼ってください、私を誰だと思ってるんですか!」

 

「ウィーシェの森の誇り高きエルフだろ。あぁそうだな、才能の無い俺に力を貸せ天才魔導士。世界を救うぞ」

 

 

二度と復活はさせないと、ゲイツとレフィーヤは駆け出した。幽汽もまた怒号を轟かせ、突き刺さっていた「サヴェジガッシャー」を握った。

 

引き抜かれる歪剣、禍々しい狂気が次元を軋ませる。怪人の大群が前座としか思えない迫力、死の威圧。

 

 

「何故邪魔をする……何故俺の行く手を阻む! お前らの幸福も命も全て、俺とソラの世界には無意味な存在だ! 俺とソラのために、お前ら全員死に晒せえッッ!」

 

 

先陣を切るゲイツの炎が、その剣圧で消失する。虚無の重圧が一瞬で炎熱を奪い去る。独楽など使わずとも、この骸武者は不条理なほどに強い。その力だけで容易く、生殺与奪を司る。

 

幽汽が踏み出した片脚、そこを生死の境界線が走る。

刹那、ゲイツに押し付けられる凄惨な斬撃。一歩後ろのレフィーヤの体は絡繰り仕掛けの左腕に殴り砕かれ、最後にサヴェジガッシャーが水平を斬り捌く。幽汽は戦勢も魔力も何もかもを絡め取って掃き捨てた。

 

 

「あぁ、クソがッ……!!」

 

 

ミカドは無力だ。威勢よく吠えるだけの木偶の坊だ。

そんなことはもう知っている。身の程なんて、失い奪った命と共に何度も味わった。

 

才能もセンスも無いミカドに何がある?

あるのは与えられた王の資格だ。その身に刻まれた主神の【恩恵】だ。18年積み重ねた後悔と、決して消えない過ちだ。

 

 

「レフィーヤ……俺は今からお前の足を引っ張る。俺の隣で命を賭けろ」

 

「今更何を言ってるんですか。勝つために仲間の命を危険に晒さなきゃいけない、それが魔導士なんです。力が無ければ、勝つために誰かを見捨てないといけない。そんな醜態を晒さなければ戦えもしません……!」

 

 

後衛魔導士は守られることが常だ。仲間たちが命を捨てて作った数秒を、レフィーヤは一つか二つの単語を紡ぐのに費やす。自分を庇って死んでいった冒険者の声は、姿は、きっと何年たっても鮮明なままだ。

 

 

「……でも、貴方は強い。貴方は仲間(わたし)を死なせたりしない。その不器用で真っ直ぐな覚悟は、迷惑をかけられた私が一番よく知っています!」

 

 

全く、何も知らない癖に的外れなことをいうものだ。

だが心から尊敬する天才がそう言うのだ。今度こそ現実にできなければ嘘だろう。

 

【恩恵】はこの世界を出れば失効する力だ。力試しのため、そんな特権には頼らないと心に決めていた。

 

馬鹿が。そんな傲った考えは土にでも埋めておけ。光ヶ崎ミカド、お前に選ぶ権利など無い。

 

 

「【今こそ地を這い、剣を取れ】!」

 

 

彼が発現させた唯一の「魔法」。死線の直上、敵の眼前で、ゲイツはその詠唱を開始した。しかし、それは余りにも無謀な判断だ。無防備なゲイツに幽汽の剣が迫る。

 

そこでゲイツは詠唱を止めた。振り下ろされた剣を斧で弾き、ゲイツは距離を取るどころか更に急迫する。

 

 

「【踏破せよ灰の亡骸、悪幻の牢獄。王を屠れ、欠け落ちた獣の牙】!」

 

 

再び大きく息を吸って、ゲイツは途切れたと思われた詠唱を再開。言葉と言葉の隙間に差し込むように、幽汽に打撃を叩き込む。詠唱をしながらの近接戦闘、不格好だがこれは紛れもなく「並行詠唱」だ。

 

ミカドがその眼で見たリューの並行詠唱の技術。当然、それを再現するセンスなどミカドには無いが、だからこそ理解できた。あれは才能や技術ではなく『経験』によるもの。守られることなく幾千と積み重ねた死線が、彼女の神業を形作っているのだ。

 

 

(俺は何も持ち得ない……いや、あるさ。過ち続けた『18年』という時間がな!)

 

 

ミカドが壮間に勝っているもの、それは経験以外に無いと自覚した。生まれ落ちた過酷な環境、最前線で潜り抜けた戦いの数々。死を恐れながら、薄皮一枚で死に常に触れていた日々。

 

それらを元に構築したのがミカドの「並行詠唱」。

体内で魔力を練り上げ、一瞬だけ手綱を放して行動に切り替える。そして、その魔力が暴発する寸前に止まり、魔力を制御しながら詠唱を再開する。

 

並行詠唱では魔力が「火薬」、場所は「火の海」とよく例えられるが、それに倣うならミカドのこれは「火の海で爆弾のお手玉をしながら戦う」ようなもの。『死』という概念に慣れてしまったミカドだから選べた自殺行為。

 

戦場で決して取り乱さない『大木の心』。その強靭な胆力だって、紛れもなく魔導士の極意の一つだ。

 

 

(あぁは言いましたがミカドさん……貴方はなんて無茶を……! まともな人間の発想とは思えません!?)

 

 

そう言いながらも、レフィーヤは僅かに嫉妬を覚えた。だからレフィーヤも心を鎮め、同様に並行詠唱を行う。自身の詠唱技術の欠如で仲間を失い、その直後にベル・クラネルと出会った。その2つをきっかけに身に着けた技術が、彼女の並行詠唱。

 

基本は回避と自衛に専念し、最初は微小な魔力で詠唱を紡ぐ。ゲイツの詠唱の波を感じ取っては、それを補完するようにレフィーヤは魔法杖で打撃と防御のサポート。

 

魔導士2人組のパーティーで両方が詠唱を行うなんて悪手中の悪手。それでも2人は紙一重で幽汽の猛攻を凌ぎ続け、斬り合い殴り合う未熟者の輪舞で、その愚行を正当化する。

 

愚行も無謀も積み重ねるしかないのだ。この敵に勝つために、あの宿敵(ライバル)に負けないために。

 

 

「【───穿て、必中の矢】! 【アルクス・レイ】!」

 

 

レフィーヤは詠唱の終盤で一気に魔力を編み、完成させた魔法を幽汽に向けた。装甲の黒を覆う眩い白光の砲撃が至近距離で放たれ、幽汽の体が後方へと弾かれる。

 

 

「虚仮威しがあッ!」

 

 

しかし、僅かに赤熱した片腕を前に出した状態で、幽汽は健在だった。レフィーヤだって、これで仕留められると思うほどお花畑な少女じゃない。

 

レフィーヤの背後で、身を屈める戦士の影。

獰猛なる魔力を腹に秘め、その獣が激しく唸る。

 

 

「【(おれ)を見ろ、歴戦の覇者達よ。簒奪者が掲げし御旗に続け】!」

 

 

ゲイツの詠唱がラストスパートに入り、魔力が更に増大する。だが、死神は動く。その僅かな希望さえ刈り取らんと、地獄の底から轟くような叫び声を上げる。

 

変身ライセンス『ライダーパス』が放られ、幽汽のベルトを通過。

 

 

《Full-Charge》

 

 

黒い鬼火が幽汽に纏わり、怨念と憤怒のまま剣を携え走り迫る。それはまるで命を攫っていく冥府の汽車。口を開けて襲い掛かる髑髏の幻影は、幾何の猶予もなく訪れる死の恐怖。

 

ベル・クラネルなら退かない。ミカドなら恐れない。

ならばレフィーヤは、その命ある限り、妖精の歌を届けよう。

 

 

「───【盾となれ、破邪の杯】……!」

 

 

先の攻撃から間髪入れずに繋いだ【エルフ・リング】の詠唱を終え、親愛なる同胞から授かった超短文詠唱で終止符を打つ。山吹色の魔法円が白に染まり、絶え絶えの声でその名を叫んだ。

 

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 

幽汽の必殺を迎え撃つのは光の円形障壁。

衝突する正邪の波動。だが、相反する属性に対して出力の差は明白だった。夥しい殺意に、無骨な暴力に、純白の盾は穢され削られていく。

 

防ぎきれない。それなら稼げ、命を賭して僅かな刹那を。ミカドが詠唱を紡ぐ数秒を。

 

 

「【全を以て討ち砕く不条の理。爆ぜろ雷鳴。吼えろ、救世の一撃】!!」

 

 

防壁を支える腕が砕ける。全身に刻みついた斬撃の傷が熱を伴って裂け始める。そして、防壁は噛み砕かれ遂に決壊。白く掠れゆくレフィーヤの視界に映る、サヴェジガッシャーの剣先。

 

 

「───【ジーク・ハウル】ッ!!」

 

 

その時、再び二つの力が衝突した。詠唱を完了させたゲイツが、右手のジカンザックスでサヴェジガッシャーの斬撃を、左腕で倒れこんだレフィーヤを受け止める。

 

幽汽は瞠目する。数百年の妄執を注ぎ込んだ幽汽の刃が、ゲイツの斧を砕けない。爆発しそうな、いやむしろ()()()()()()()()()()()()()()()()が、幽汽の腕を押し返している。

 

 

ミカドの【ジーク・ハウル】は至極単純な強化魔法。ただし、消費する精神力(マインド)は「無限大」。体に残った全ての体力・魔力を問答無用で集約し、更にその制御権を放棄して暴れさせた状態で解き放つ。

 

それは人為的に引き起こす魔力暴発(イグニス・ファトゥス)。文字通り爆発的で刹那的な、一度きりで向こう見ずの、馬鹿者(えいゆう)の咆哮。

 

 

「何故だッ……何故、何故ッ……何故だァッ!! また……ソラが泣くゥゥゥッッ!!」

 

 

その「ソラ」というのが誰なのか、ミカドは知らない。

だが泣いているのも、怒っているのも、「ソラ」ではなくお前自身じゃないのか。

 

ミカドは胸を張って言える。今、この刃を振るっているのも、お前を倒したいと叫んでいるのも、救世主に成りたいのも間違いなく「光ヶ崎ミカド」だ。

 

この血肉も、魂も、感情も、

過去も、傷も、後悔も、罪も、偶然も、繋がりも、その全てがミカドの物だ。才能なんて無いのならそれ以外を一つ残らず使い果たし、形振り構わずただ愚直に、進め!

 

競り合いの末、折れたのはサヴェジガッシャー。その勢いを止めず、放たれた弾丸の如き直線軌道で、ミカドの『全て』が幽汽の装甲に刻みつく斬撃と共に爆裂した。

 

 

「───これが俺の在り方だ」

 

 

精神枯渇(マインドダウン)。変身が解けたミカドは、気を失いレフィーヤと共に地に倒れる。起き上がる必要は無かった。ミカドの一撃で幽汽は敗れ、ライダーカードへと送還された。

 

いつかは完勝してみせる、どうにも気に食わないあの男に。この勝利は、そのために積み重ねる内の、ただの一勝だ。

 

__________

 

 

折れた翼から光が流れ出ている。【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナを筆頭とした【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者たちが風穴をこじ開け、【疾風】リュー・リオンが断ち切った翼。他者から奪った夢、そのエナジーが、仮面ライダーイカロスの体から霧散していく。

 

 

「……君がミカドの宿敵君かな。話は聞いてるよ、王様志望の理想主義者だってね」

 

「宿敵って……友人のつもりなんですけど、俺としては」

 

「そんな君に聞きたい。あの怪物を倒すことは、君にとっては叶えたい理想なのか?」

 

 

勇者が問いかける相手は、ベルと共に立ち上がったジオウ。ミカドと同じく異世界から来た少年で、あれほど強い理想を持つミカドが超えるべき存在として定めた相手。それがどんな男なのか、一人の冒険者としてフィンは興味を惹かれた。

 

そう言われて、壮間は少し考え、そして答えた。

 

 

「いえ。俺の理想は……アイツをぶっ倒せるくらい強い、俺自身です」

 

 

それは、身震いを誘うような答えだった。

先ほどイカロスと戦っていた時の壮間とは明らかに違う。第一級冒険者のフィンにもアイズにも、きっとこの場の誰にも見えない何かが、彼の目には見えている。

 

フィンの親指が疼く。予感がしたのだ。『あの日』と同じように強敵に立ち向かうベル・クラネルと、得体のしれない異世界の少年が、胸躍る冒険を魅せてくれる予感が。

 

 

「なに、勝てる気になってんだよ」

 

 

絶叫が止まり、イカロスの声が耳元で聞こえた。

気配もなくすぐ傍にまで接近していたイカロスを、ジオウは振り払おうとする。しかしその一連の動作は片腕で制され、もう片腕で軽々とジオウは吹き飛ばされた。

 

 

「さっきオレに手も足も出なかったの忘れた? 翼が片方折れただけで、どうして勝てるって思えたんだよ。馬鹿だなぁ」

 

「お前こそ……散々見透かしたようなこと言っておいて、俺の心が読めないのか?」

 

 

ジカンギレードを突き立ててブレーキにし、ダブルアーマーの風で勢いを相殺させ、ジオウは依然そこに立っていた。

 

 

「勝つ気になってるわけじゃない、もう俺がお前に負ける未来が想像できないだけだ。わかんないけどわかるんだ。どうやら俺は、お前に勝てるらしい」

 

「何言ってんだ。馬鹿にすんなよ、下らないニンゲンの癖に!」

 

 

片翼を失って飛べなくなったイカロス。しかし、その一次元落とした機動力でさえ凄まじく、途轍もない走力と攻撃力をジオウ一人に叩きつける。ろくに凌ぐこともせず、ジオウはその目の回るような景色をぼんやりと眺めていた。

 

 

(なんだろう、どうしちゃったんだ俺……)

 

 

痛みが気にならない。あれだけ恐ろしく見えたイカロスが、今は全く怖く感じない。頭がぽやぽやする。ただ確かなのは、背中が焼けるように熱く、心臓が驚くほど速くリズムを刻んでいるということ。しかし、それも不快ではなく心地がいい。

 

一度イカロスに敗北を喫し、リューに守られながらベルを治療していた時だ。壮間はフィンたちがイカロスに立ち向かっているのを見た。

 

少し視線を移すと、香奈たちの所にベートが向かっており、間もなくそこにアイズが現れてリュウガを一蹴していた。

 

ついさっき、ミカドとレフィーヤが幽汽を死闘の末に撃破。

 

そして今、自分の隣でベルがディエンドと戦っている。

 

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

 

「いい気迫だ。それでこそ悪役(ぼく)の前に立つに相応しい!」

 

 

片手に握った《ヘスティア・ナイフ》。この世で一番敬愛する神が、大借金までして自分のために拵えてくれた、ベルの誇り。あぁそうだ思い出した、以前アオイはこのナイフを盗もうとしたのだ。

 

ディエンドの向ける銃口を警戒しつつ、照準が定まらないように四方八方から叩き込む怒涛の連撃。体力や効率のことは考慮しない。思い出せ、記憶の白日に曝け出せ、自分はかつてこの男に一度負けているのだと。

 

 

「僕はもう……貴方には負けない! 今度こそ、勝つんだ!」

 

「それでいい。その傷が、尊厳を踏み躙った足跡こそが、僕の存在証明。もう二度と消えないよう、今度は跡形もなく消してあげるよ!」

 

 

気取った銃口を下げ、ディエンドはベルが展開する格闘の次元に侵入。ヘルメスから賜った【恩恵】と『仮面ライダー』のスペックを、レベル3の新人冒険者に押し付ける。

 

神速と神速のぶつかり合い。意地と美学が何度も、何度も衝突し、その度に熱を帯びる。

 

壮間は思った。「凄い戦いだ」と。

いや語彙に欠けすぎているなと自分でも思うが、言葉を忘れるほど感動したのだ。元の世界から連れ去られ、今ここに至るこの瞬間までに見た全ての「強さ」が、壮間にとっては鮮烈だった。

 

 

「ほんと、凄いなぁ」

 

 

イカロスに与えられ続ける痛みの中、仮面の奥で壮間は微笑む。

俺もあんな風に戦いたい。あんな力が俺も欲しい。もしあの力が俺にあったのなら、

 

───俺は、どんな俺になれる?

 

 

「っ……!?」

 

 

無抵抗だったはずのジオウ。しかしその時、イカロスは自分の爪が僅かに弾かれたのを感じた。攻撃が届く寸前に押し返された。あの感触は、風。

 

ジオウの体の周囲に留まる暴風。それが見えない鎧となって、ジオウを守護していた。

 

 

「なんだよ、タネが分かればしょうもない手品じゃん」

 

 

しかし、次の瞬間イカロスはジオウの姿を見失った。遅れて感じた爆発的な風と、左足の形に凹んだ地面。

 

上だ。飛べないイカロスを嘲笑うように、ジオウは上空に鎮座していた。ジオウはそこから姿勢を制御し、全身を巡る風をバネのイメージで凝縮───

 

そして解放。ジオウは大気を巻き込む弾丸となり、高所から地面へと急降下。

 

 

「速───」

 

 

呆けている場合ではない。これは攻撃だ。

イカロスは慌てて防御姿勢を取るが、余りに遅い。音速の壁を突破した衝撃が、イカロスの体を貫通した。

 

なんだこの唐突な技は。さっきのように狙っている素振りなんか無かったはず。

 

イカロスは気付かない。だが、その戦いを見ていたフィンは勘付いた。精度や威力は比べるべくもないが、強烈な風で自身を防御・強化し、一瞬の溜めの後に一点突破。あの発想は紛れもなく、アイズの【エアリアル】と【リル・ラファーガ】だ。

 

 

「なんとなく……できる気がしたんだ。あの技。でも違う、もっと……」

 

「思いつきのマグレだろ。それでオレに勝てるって?」

 

「うるせぇよ原始生命体(アメーバ)。今は俺の時間だろうが」

 

 

壮間が溜息のように吐き捨てたその単語で、イカロスの自我は怒りに支配された。()()()()()()()()()()()()()()のかは、まぁどうでもいい。しかし、明らかにコイツは見下して言った。宇宙に選ばれた高位の存在を、こんな人間風情が。

 

激高して襲ってくるイカロスを眼中にも入れず、壮間は思考する。

 

今のはただの真似だ。これができたって『アイズ・ヴァレンシュタインの下位互換』にしかならない。そうじゃなく、もっと集約しろ。搔き集めろ。想像しろ。

 

 

「……あ」

 

 

誰かに憧れるってなんだ。

例えば野球少年。プロのピッチャーの試合を見て、その日は夜遅くまで練習する。その選手のフォームを真似する。その選手と同じユニフォームを着る。その選手になりたいと願う。

 

気持ちはわかる。壮間は力を受け継ぐたび、その仮面ライダーそのものになるという覚悟でやっている。

 

でも壮間は、ベルのように一途じゃない。天介のようにも、走大のようにも、ヒビキのようにも、朝陽のようにも、アラシや永斗のようにも、ダンのようにも成りたい。駆やアリオス……言ってしまえば蘭や千歌のようにも、もちろんベルやアイズのようにも成りたい。挙げ始めればキリがない。

 

それでいて『自分』でもありたい。誰かに誇れる自分が欲しい。

 

それなら答えは一つだ。

受け継ぐものが無い今だからこそ至る発想。

 

『想像』し、『創造』しろ。いずれ王となる自分を。

 

 

「この世界に来て、本当によかった」

 

 

そう確かめるように言って、ジオウは迫るイカロスに向かって駆け出した。怒りのまま繰り出される、負のエナジーに塗れたイカロスの右腕。余波だけで朽ち果ててしまいそうなその一撃を見て、ジオウは更に加速した。

 

容赦なく懐に踏み入って、敵の殺意が敢行される前に先手を取る。全身に帯びた風の鎧、さっきと同じアイズを模倣した戦法だ。そんな小細工は二度も通じない。

 

だからジオウは、ここで転調する。

ジカンギレードを逆手に持ち換え、瞬く斬撃。イカロスの装甲が斬りつけられる。

 

そこで敵に呼吸を与えない。ジオウは薙ぎ払いの勢いのまま『回転』し、イカロスのひび割れた仮面に上段回し蹴りを叩き込んだ。

 

 

「ぐぁッ……このっ……!?」

 

 

もう許さない、細切れにしてやると、イカロスが硬質化させた片翼を広げる。しかし、ジオウは再びイカロスの視界から消えていた。

 

回し蹴りの勢いをまだ殺さず、その回転動作のまま、ジオウは攻撃の死角───折れた翼の側に回り込んでいた。必然、イカロスの必殺が届くのは一瞬遅れる。

 

ジオウの紙一重を切り刻む無数の斬撃と旋風。その最小限を防御し、ジオウの薙ぎ払いが再びイカロスに炸裂した。そして、またしても姿を消す。今度は縦の回転、つまりジオウはイカロスの頭上に。

 

 

「───なんなんだ、お前ッ……!?」

 

 

その時、風が止む。ダブルアーマーのサイクロンサイド、緑色だったはずの半身が、赤く染まった。ダブルの『ハーフチェンジ』能力により、ジオウの右拳が帯びるのは───『炎』。

 

滝を思わせるような猛炎がイカロスを呑み込んだ。

斬撃の間合い、その外側から溜め無しで放つ中距離速効。ベルの【ファイアボルト】の発想だ。

 

 

「出来た……!」

 

 

今まで壮間は、受け継いだ仮面ライダーの能力を単体で使うだけだった。

 

だがこの世界で仮面ライダーを優に超える「力」と「技術」を見たことで、想像のレールが切り替わった。壮間はこれをウォッチとして受け継げない。ならば逆に、その戦い方を仮面ライダーの力で再現できればどうだ?

 

能力(スペック)』は仮面ライダーから、『発想(インスピレーション)』は仮面ライダーではない戦士から。ジカンギレードとジクウドライバーで瞬間的に二つの力を掛け合わせたように、本来混ざらない複数の力を壮間の中で合成する。

 

風の防御と加速、しなやかな体捌き、攻撃と移動の緩急はアイズ。

 

斬撃を交えた速度特化の近接格闘、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を基礎とした前傾姿勢の戦闘はベル。

 

元々似通ったその二つの戦法を、ダブルの得意とする『回転』基軸の動作で結びつける。

 

 

全く異なる物語を巡る、壮間にだけ許された境地。『ベル・クラネル』×『アイズ・ヴァレンシュタイン』×『仮面ライダーW』の交差戦法(クロスオーバー)

 

 

「なんだそれ。意味わかんないぜ、そんなの……どんな夢より馬鹿げてる……」

 

 

イカロスもまた壮間の内側を覗き、自分に刻みついた負傷の意味を察知した。しかし、そんなものは机上論の極みだ。

 

いや、仮にそれが実現可能な頭抜けた才能が彼にあったとして、説明が付かないのはその能力値の方。いくらイカロスの力が弱まっているとはいえ、膂力も敏捷も明らかに先程より飛躍している。じゃなきゃあんな戦い方はできやしない。

 

コイツに何が起こっている。なんだ、この少年は。

 

 

 

「───驚いたな。あれほどの器だったとは」

 

「どこ、見てんだよ!!」

 

「ッ……!」

 

 

ジオウの躍動に目を奪われたディエンドが、ベルの咆哮で現実に引き戻される。仮面越しに迫り来る駿足の白兎。その紅い瞳は奥の奥から闘志に燃え上がっていて、その全てが自分に向けられている。

 

見悶えするほどの光栄だ。そして、それを潰すのも、それに潰されるのも、それ以上を空想し得ないくらい贅沢な美学。

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

「無詠唱魔法! だが僕は、既にそれを知っているのを忘れたのかい?」

 

《ATTACKRIDE》

《BARRIER!》

 

 

ディエンドがカードを装填し、能力を発動。ディエンドを360°囲うバーコード状の防壁が、あらゆる攻撃を遮断する。ベルが放つ炎雷は届かない。

 

 

「あぁ失敬、忘れてるんだったね」

 

 

リュウガと幽汽がカードに送還された。ディエンドが同時に召喚できるライダーは基本3体だから、今はあと2体呼び出せる。マティーナがいないのであれだけ長時間かつ強力に召喚することはできないが、この隙にそれなりの強さの兵を出せれば確実に勝ちだ。

 

そう思考するディエンドとそれを守る防壁を前に、ベルは一度立ち止まった。神様のナイフを前方に構え、思い出す。

 

 

『無鉄砲になっちゃ駄目』

 

 

アイズから最初に教わった事だ。どんな窮地だろうと冷静に見極め、劣勢を穿て。

 

 

『君は、臆病だね』

 

 

そういえばアイズにはそれよりも先に、こう言われた。そんな事はベルが自分でよく分かっている。何を言っているのか分からないアオイが怖い。彼について何も覚えてなかった自分が怖い。

 

それでいいとは思わないが、それが自分だ。

その恐怖を一歩乗り越える。そんな『冒険』を繰り返して、いつかあの人(アイズ)のようになるんだ。

 

ディエンドが息を整え、カードを選び、装填するまでの数秒間の蓄力(チャージ)。開眼と同時に眦を決し、矢のような助走と共に白光を帯びたナイフを防壁に突き刺した。

 

 

「……ッ、素晴らしい」

 

 

抵抗もせずバリアが一瞬で決壊し、光の槍となった刃先はディエンドの体をも貫いた。大きく崩れる悪役の余勢。ライダーカードが季を終えた花弁のように舞い散る。

 

ベルのスキル【英雄願望】。それ自体はアオイも前に見ている。しかし、この強度のバリアを易々と破壊できるだけの力は、この短時間では出せなかったはずだ。彼がレベル3にランクアップしたことを鑑みても計算が合わない。

 

 

「なるほど、君が世界の中心たる理由が、それか……!」

 

 

誤算があるとするのなら、その成長速度。

元々かなり高く評価していた【世界最速兎(レコードホルダー)】のそれを、アオイは見誤っていたのかもしれない。これはもう才能なんかじゃ説明のつかない神秘の領域。未知の『スキル』の類だ。

 

 

ベル・クラネルのスキル。

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

懸想(おもい)が続く限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果向上

 

 

これは【英雄願望(アルゴノゥト)】とは違い、ベル自身も自覚していない力。憧憬の対象、アイズに対する想いが強いほど彼は成長する。恥ずかしいほどにどこまでも純粋で、一途な、無垢なる少年の心根を表した奇跡のスキル。

 

そして、壮間の才能の本質は『人を見抜く』ことにある。

彼はベルの成長の本質を無意識下で見抜き、壮間の『スキル』はベルの2つのスキルを模倣して発現した。

 

 

日寺壮間のスキル。

 

王位創造(アーサー・テイル)

・戦闘中における能力値(ステイタス)変動の実行権

・想像の丈により効果向上

 

 

このスキルをヘスティアから聞いた時、壮間はピンと来なかった。ヘスティア曰く『もしボクらの力無しでステイタスを上書きできるなら、とんでもないことだ』と言っていたが、具体的な条件がわからずじまいだったのだから。

 

だが、今は分かる。これは『壮間の想像通りに能力を上げる』という理外のスキル。何故これが今になって発動したのかは分からないが、そんなことはどうでもいいほど、壮間は昂ぶっていた。

 

 

「ベルさん」

 

 

ジオウは手に持ったジカンギレードを、高く放り投げた。それはベルの足元に突き刺さり、ベルもその意図を察して剣を引き抜いた。相槌を打つようにベルもまた、《ヘスティア・ナイフ》をジオウへと投げ渡す。

 

ジオウのやりたい戦いに、ジカンギレードは少し重い。反面、ベルは勝負を決めるための火力が欲しい。そういう意図での武器交換。

 

それは、すぐそこにまで迫る決着を意味していた。

 

 

「お前、オレとの戦いで進化してるのか……!? あははっ、なんだそれふざけんな。この宇宙で最も強い、その星の輝きを手にするのは、オレだ!!」

 

「気付いてないみたいだから言うけどさ。お前、人格変わってるだろ」

 

「はぁ?」

 

「折れた翼と、頭の傷。そこからエネルギーと一緒に色んなもんが漏れ出してる。蓋が無くなった炭酸みたいに、時間が経つほど力も、人格も、存在自体の格が落ちて行ってんだよ」

 

 

この男はまた何を言っている。仮にそうだとして、なんでそんなことが分かる? まるで遥か上の次元から鳥瞰するように、彼はイカロスの何もかもを見通しているとでも言うのか。

 

 

「時間が経つほどお前は弱くなる。だから、さっさと決めよう。雑魚のお前に興味は無い」

 

「舐めやがってニンゲンの分際でえええぇぇっ!!」

 

 

その一言で、完全に理性の留め具が引き千切れた。傷から溢れるコズミックエナジーは虫の脚のような形を成し、イカロスはほとんど四足の超前傾姿勢を取る。

 

 

《ジオウ!》

《ダブル!》

《フィニッシュタイム!》

 

 

それに対し、ジオウは《ヘスティア・ナイフ》を逆手に持って低く構えた。刀身に刻まれた神聖文字は、この武器もまたヘスティアの眷族である証。だから、同じくヘスティアの神血(イコル)によって力を与えられた壮間と共鳴する。

 

 

 

「その剣で僕の悪意を、美学を断とうというワケだね。最後の一幕を演じる前に、答えを聞かせてくれ。僕たちの存在証明、その否定を。君の憧れる英雄は、この愚者をどう裁く?」

 

 

ジカンギレードを握ったベルに対し、アオイは最後に問う。誰にも理解されず、誰にも肯定されない。それが蛇蝎の如く美しい悪役の姿だ。ベル・クラネルという主人公はどんな言葉で悪役を否定する? 何も言わないのなら暴力がその答えだ。それもまた美学。どちらかが果てるまで、惨い舞踏に興じようじゃないか。

 

 

「……僕は、貴方を否定しない」

 

「失望したよ、ベル・クラネル」

 

 

想像しうる最もつまらない回答だ。それはただの思考放棄、無視と変わらない。遍く存在に対する最大の侮辱でしかない。だが、ベルはそこに言葉を付け加える。

 

 

「だってここは僕の世界だ。僕には神様がいて、【ファミリア】のみんなも、エイナさんやシルさんだっている。帰る居場所がある。最初は頭に来たけど、僕にはアオイさんの気持ちがこれっぽっちも分からない。僕に貴方を否定する権利なんてない」

 

「だから、それが思考放棄だと……!」

 

「この世界が英雄譚の一つだとしても、貴方がいるべきなのはこの世界じゃない。貴方の物語の英雄は僕でも、壮間さんでもない!」

 

 

ベルとアオイの信念はすれ違い、別の道を行く。しかし、そのすれ違いざまにアオイは目を見開き、振り返った。ベルが発した今の言葉。それが意味するのは───

 

 

「だから僕は……貴方に勝ちたい! この冒険に、それ以外は何もいらない!」

 

 

鐘の音が荘厳さを増す。リンリンという頼りの無い音から、ゴォンゴォンと重い低音となって迷宮に響く。何かが迫る足音のように。

 

ベルはこの時、いつも憧憬を思い描く。『英雄ダヴィド』や『一千童子』、物語に刻まれた英雄の勇姿を胸に抱く。だがいま彼の中にある憧憬は、幼い頃憧れたどれでもない。名前も知らなければ、何を成したのかも知らない。

 

誰一人覚えてはいない。ただ、確かにあったのだ。

彼が通りすがりに世界を救った、その英雄譚はここに。この世界に。

 

 

英雄願望(スキル)】の引鉄(トリガー)

思い浮かべる憧憬の存在は───

 

 

「まさか……あぁそうか、ようやく───!」

 

 

フォーティーンからドロップした、石の塊。ディエンドがどさくさ紛れで盗んだソレが、その瞬間に光を放つ。剥がれ落ちるのではなく、収束するように、一つの形を成す。

 

それに呼応して、ダブルアーマーの右半身が再び色を変えた。

染め上がるのは白亜。複眼の文字はそのままに、アーマーの随所が刺々しく、荒々しく、研ぎ澄まされた野性となる。ライドウォッチが、進化した。

 

 

その終局を、【X階層】の全ての冒険者が見守る。

誰も手出しはしなかった。2人の少年の冒険、そこに踏み入るのは野暮であると。

 

 

『アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!』

『香奈…俺は……俺は、王様になりたい』

 

 

2人の少女は、彼らの姿にかつての言葉を重ねる。近づいていく、遠くなっていくその姿に、思いを馳せる。

 

 

「ベル……」

「ソウマ……!」

 

 

ジオウがドライバーを廻し、ベルが蓄力を開始する。

重なり合う時計塔(ビッグベン)大鐘楼(グランドベル)の音が、終幕の時を刻む。

 

 

這うような姿で殺意を撒き散らすイカロス。それはどう見ても知性ある存在の容貌ではなく、本能に支配された恐ろしきモンスターのそれだった。瞬間で飛び掛かるイカロスに対し、ジオウは動じる理由がない。ただ想像する。この力で、一体何ができるのか。

 

視界に映る無限の未来。想像力が止まらない。

強くなっていく自分が、楽しくて仕方がない。

 

爆ぜる大地と、無差別に生み出される破壊。無数の斬撃、刺突、暴風、それらが歪に編み込まれた、足元より迫る超新星爆発(スーパーノヴァ)

 

小細工は不要。この想像を現実に昇華させ、真っ向から叩き伏せるのみ。

 

 

「それが、王だ!」

 

 

激突。モノトーンの刃が血色の大海を掻き分ける。削り取る。斬り結ぶ。一歩だって退かず、その深淵にある勝利を、ただ求めて手を伸ばせ。

 

 

《マキシマムタイムブレーク!》

 

 

イカロスの翼の盾。それを神の刃と牙の刃で、粉になるまで切り裂く。想像しうる技巧を集結させ、躱し、防ぎ、叩き折り、本能を全て剥ぎ取って本体に至ったのは───ジオウだ。

 

イカロスは追憶する。この記憶の持ち主が、生きた時間を。

宇宙の聖地なんて呼ばれていた日本の南端。年中蒸し暑い日々で、よく『あの子』と一緒にやっていたテレビゲーム。それを思い出す。

 

この男は、当然のように他者の本質を見透かし、戦いが戯れと言わんばかりの闘争心を持ち、あらゆる力を己の物にして自在に操る。それはまるで、あのゲームの中に出てきた

 

 

「魔王……!」

 

 

白と黒の残光が、イカロスのコズミックエナジーを完全に断ち切った。意識が現実を向いたところでもう遅い。存在の消失が止められない。

 

 

「……ッ、認めない! オレの、進化が……こんな所で、終わるだなんてええええッッ!!」

 

「ここが()()の関の山だよ。地べたを跳ねてろ、頭が高ぇ」

 

 

ジオウは朽ちるイカロスに一瞥もせず、佇む。

大爆散。炎の中で砕けた何かから、冒険者たちの夢が解放された。

 

 

ベルとディエンドは相対したまま一歩も動かない。ベルは荒療治で取り戻した体力の限界が近く、ディエンドはさっきのベルの一撃で深手を負った。次の一撃が、互いに放てる最後の一撃だ。

 

ベルは降り積もるような白光をジカンギレードに蓄え、ディエンドはとっておきのカードをドライバーに装填する。この技は召喚したライダーが消滅するという欠点を抱えているが、イカロスが負けた今、もはや躊躇う必要は無くなった。

 

 

「いいだろう。僕も、もう何もいらない。ただこの戦いを美しく……終わらせようじゃないか!」

 

《FINAL ATTACKRIDE》

《DI-DI-DI-DIEND!》

 

 

緑に光るカードのビジョンが、無数に重なる円を形成。そうして作り出された巨大な砲身の先には、剣を握るベルがいた。残された最後の決着。静謐に包まれた世界で、大鐘楼の音だけが時間の存在を証明する。

 

時は来た。英雄が剣を振り抜く。悪役が引鉄を引く。

膨れ上がったエネルギーが双方向から解放され、光線と光刃が衝突。鎬を削る善と悪の波動で、次元が真っ二つに割れてしまいそうだった。世界の終わりを想起してしまいそうな、神話的な光景。

 

折れそうな刃を支えろ。押し返される腕を前に。

もう駆け引きはいらない。ただ、振り絞るのみ。

 

貫け、馬鹿正直に。叫べ、みっともなく。

───それが、一番格好のいい英雄だ!

 

 

「あああああああああああああああああッッ!!!」

 

 

極光が、弾けた。

 

銀色のオーロラが階層を包む。

散っては溶ける光粒の雨の中で、全てを打ち砕かれた悪役は

 

 

「───ありがとうベル・クラネル。僕の負けだ」

 

 

満たされた敗北宣言をカーテンコールとし、迷宮を閉ざす。

 

【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】を中心とした冒険者たちにより、異常事態(イレギュラー)【X階層】は完全攻略された。

 

 

__________

 

 

【X階層】が消滅してから、丸1日が経過した。

 

ベルがディエンドを撃破した瞬間、気付けば迷宮内にいた全ての冒険者が摩天楼施設(バベル)の1階、つまりダンジョンの入り口に転送された。しかし、格上のダークライダーと死闘を演じた壮間、レフィーヤ、ミカドの3名は意識不明で昏睡しており、剣を構えて立ち尽くしていたベルも、すぐ思い出したかのように気を失ってしまった。

 

冒険者たちはバベルの医療施設で、戦いの疲労を癒す。

そして決着の立役者となったベルもまた、仲間たちに遅れて目を覚ました。

 

 

「ベルさん」

 

「……壮間さん。勝ちましたね、僕たち」

 

 

天井より先に眼に入ったのは、隣のベッドにいた情けないほどボロボロな壮間の姿。全身の傷は未だ痛み、自分も大概だなと笑う。そしてそれ以上言葉を交わす前に、壮間とベルは黙って互いの拳を突き合わせた。

 

 

そして、その更に半日後。

 

 

「あの青盗っ人どこに消えた!! ボクのベル君をあんなにしてただで済ますかーっ!!」

 

「なんですかこの換金額! 二束三文ですっ!! あんな死ぬ思いしたのに割に合いません!」

 

「「出てこいコソ泥ーーっ!!!」」

 

 

ベルを痛めつけられて腸煮えくり返っているヘスティア、【X階層】の戦利品の換金を終えたリリが、「やろう、ぶっころしてやる」と言わんばかりの鬼の剣幕で叫びまくっていた。

 

【X階層】離脱後、アオイは完全に雲隠れした。最後に戦ったベル曰く、鍔迫り合いには勝ったが手応えはなく、攻撃が当たる寸前に逃げたと見て間違いないという。悪役なら潔くお縄にでも付けと、壮間もそれなりには苛立った。

 

暴れる彼女たちを苦笑いで見守るベルと壮間。何はともあれ、全員欠けることなく無事に帰れただけでも幸福を感じてしまうのは、感性が貧しいのだろうか。

 

そして壮間の隣に当然の如くウィルがいるのは、疲れから来る幻覚か何かだろうか。

 

 

「……お前、撃たれてなかったっけ?」

 

「心配してくれたとは嬉しい限りだ。ついさっきまで死線を彷徨っていたところだったからね」

 

 

殺しても死ななそうな存在の癖によく言う。しかし、壮間もそろそろウィルが現れるような気はしていたのだ。

 

 

「あの戦いの総括に来たんだろ、どうせ」

 

「話が早い。我が王はこの世界で大きく成長を果たし、あの仮面ライダーイカロスをも下して見せた。私ですらその結末は予想できなかった。誇りに思うよ」

 

「いや、リューさんに翼を折られてからのアイツは、ほとんど別の何かだった。アイツに勝ったとしたらこの世界の冒険者たちで、俺が勝ったのはあのラスボスじみた化け物じゃない。それに……」

 

「何か不満そうだね」

 

「……よく思い出せないんだよ。最後の戦いのこと」

 

 

自分がどういう風に動いて、どんなことを考えていたのかはハッキリと思い出せる。しかし、その時の自分は自我の制御から外れていた風に感じ、あの勝利が自分の物のように思えない。まるで白昼夢を見ていたかのよう。

 

あの力はスキルの効果によるものだったし、ベル達の技術を掛け合わせたあの戦略だって、もう一度やれと言われても絶対に無理だろう。

 

 

「この世界の神が授けるのは、『可能性の開花』だ。取って付けたチート能力なんかじゃない。もし君のステイタスによって知らない力が目覚めたとするなら……それは、少し未来の君、その可能性のはずさ」

 

「あれが未来の俺……あれが俺の行き着く先なのか」

 

「ゲームでも最初に強いキャラを使えば、その強さのイメージを鮮明に捉えることができ、進歩への足掛かりになるものさ。まぁ君はゲームをしないから分からないだろうけど」

 

 

ウィルは壮間が異世界に塩対応だったのを根に持っているようだ。この言動で器が小さいのはギャップでもなんでもないぞと言いたくなった壮間だが、あの力で戦っていた時の高揚と万能感は確かだった。あれが王の力なのだとしたら、目的地が見えた気がするのは嬉しい。

 

 

「この戦術を極めれば、ベルさんに勝てるかな」

 

「どうだろうね。ただ明確なのは……誰かが言った“この世で唯一不変の正義、それは可愛いだ”」

 

「なんの話だよ」

 

「ベル・クラネルの原動力は言ってしまえば“恋情”だよ。時に我が王、君はあのエルフの彼女がかなり好みだったんじゃないかな?」

 

「うぎっ……! そんなことねぇし……リューさんは確かに綺麗だけど……」

 

「ベル・クラネルなら素直に感動を言葉にするだろうね。君のように変に恥ずかしがらずに。そこが彼にあって君にない決定的な素養だ。ついでに言わせてもらえば、君にはそういう話が少なすぎ……」

 

「あーうるっさいうるさい! 関係ないだろその話は!」

 

 

ウィルの言説が説教じみて来た頃合いに、竈の館に来訪者が現れたようだ。逃げるように玄関に向かった壮間と、同じく対応に向かった香奈がかち合った。

 

 

「あ、ソウマ。私が出るよ」

 

 

妖館同様に使用人を志願した香奈、晴れてファミリアの一員になってからはメイド服が彼女のデフォルトだ。ぶっちゃけ、壮間目線では妙に似合っている。ウィルにあぁ言われたせいで、自然と凝視してしまう。

 

言うべきなのだろうか、正直な感想というやつを。ベルに追いつくために。

 

 

「か、香奈……あの、その服なんだけど……」

 

「ちょっとお客さん待たせちゃってるじゃん! はいはいごめんなさい、今出ますー!」

 

 

言いそびれた。いや何を気にしてるんだ相手は香奈だぞと、壮間はウィルの言葉を脳から抹消する。一人あたふたする壮間を他所に、香奈が空けた扉からは

 

 

「邪魔するぞ日寺」

 

「あれ、ミカドくん。と……」

 

「おじゃま……します……」

 

「アイズちゃん!?」

 

 

ついでに不機嫌そうなレフィーヤも、その後ろに。

 

___________

 

 

唐突な【ロキ・ファミリア】3人の来訪。竈の館は揺れた。具体的にはアイズに対抗意識を燃やすリリとヘスティアによるものだが。紆余曲折あり、玄関前の庭で一先ずジャガ丸くんを囲む一同。

 

 

「で、だ。まさか忘れたわけじゃないだろう。いつまでこの世界にいるつもりだ」

 

「だよなぁ……でも帰る方法もわかんないしな……」

 

 

さっさと食い終わったミカドが、いきなり本題に入った。もぐもぐと口を動かしながら、壮間も頭を抱える。アオイをとっ捕まえてなんとかするつもりだったが、完全に破算したのだから仕方ない。

 

一方で香奈はこんなときだろうとブレず、心底楽しそうにアイズと話していた。

 

 

「お礼……言わなきゃと思って。起こしてくれてありがとう」

 

「いやいやいや! アイズちゃんいなかったら死んでたし! こっちこそありがとうだよー!」

 

「私も一応……アイズさんを見つけてくれたことには感謝します。でもどうしてアイズさんの居場所がわかったんです? 私にはわからなかったのに……」

 

「レフィーヤさん、張り合うところそこですか……?」

「うるさいです発情兎。またファミリアに女の人を増やして、下心が透けて見えます」

 

「あれはね、私の【イースター・エッグ】っていう魔法の効果なんだけど。実はその辺よくわかんないんだ。才能が開花するとか言われたけど、どんな力なのかもあやふやだし……」

 

 

香奈の魔法の話を聞き、レフィーヤは強く「なんだそれ」という顔を出した。ベルの無詠唱魔法や自身の召喚魔法も異常ではあるが、ミカドや香奈のそれは別の意味で異端。レフィーヤが知る魔法とは、そもそもの体系が異なるように感じた。

 

 

「そんなことより凄かったよアイズちゃん! 私より年下だよね!? こんなに強い女の子、私の世界には絶対いないよ! 私、アイズちゃんみたいになりたい!」

 

「「えぇっ!?」」

 

「そう、なんだ。でも、私のようには───」

 

 

「私のようにはなっちゃいけない」、何も考えずにそう言いそうになり、アイズは思い出して口を押えた。同じことをベルにも言って、その時は強く否定されたのだ。

 

恐怖を殺して強さだけを求め、怪物への復讐に囚われる自身を卑下した。そんなアイズに、ベルは拙い言葉で精一杯の賛美と尊敬を伝えてくれた。こんな自分でも憧れてくれる人がいると知り、嬉しかった。だから今度は、

 

 

「うん。応援、するね」

 

 

優しく微笑んで、その憧憬を肯定した。

 

その柔らかな日差しのような、無垢な笑顔に、香奈だけじゃなくベルとレフィーヤも見惚れてしまった。その直後に「なにニヤけてるんですか」とベルだけがレフィーヤに蹴られた。理不尽。

 

 

「そういえば、お礼ともう一つ……これを渡してって言われてた」

 

「待つんだヴァレン何某君。ベル君へのプレゼントはまずボクを通すのが筋ってもんだろう!」

 

「神様……でもアイズさん、渡してって誰から……?」

 

「あの、アオイって人から」

『はぁ!!??』

 

 

レフィーヤとミカドも聞いていなかったらしく、その場にいたほぼ全員が声を揃えて驚いた。話を聞くと、正確に言えば【X階層】離脱直後にマティーナが現れ、アオイから渡すよう頼まれたという旨を聞いたらしい。

 

そしてアイズが取り出したそれを見て、壮間とミカドは再び驚愕する。

 

 

「ライドウォッチ……いや、プロトウォッチ!?」

 

 

「バーコード」のようなクレストに、刻まれた年代は「2009」の真っ黒なウォッチ。おかしな話だ。2009年の仮面ライダーといえばダブルのウォッチを既に所有しているはず。

 

アイズが手に持ったそのプロトウォッチを、壮間より先にベルが手に取る。そして零すように口に出した、その名前。

 

 

「……ディケイド」

 

 

ディエンドに似たその名前は、何にも馴染まず誰の心にも無いように、謎の単語としてその場に浮かぶ。ただ壮間とミカドの心の中にだけは、激しく揺れるような騒めきが渦を巻いた。

 

不明瞭にピントの合わない感情が、湧き上がって止まらない。

 

 

「っ、知ってるんですかベルさん!?」

 

「……アオイさんとの闘いの最後、何かが光った気がして、これがきっとそうなんだと思います。それは僕がその名前をはっきりと思い出した時でした。『世界の破壊者ディケイド』、その英雄譚の存在だけが、僕の中にふっと現れたんです」

 

「『ディケイド』……(わたくし)も知らない冒険譚でございます」

 

「そもそも世界の破壊者ってのは、どう聞いたって悪者の肩書だろ。ていうかオイ、それってあの泥棒野郎が名乗ってた名前じゃねえのか?」

 

 

ベル同様に英雄譚が好きな春姫も知らず、ヴェルフが指摘した通り、それはアオイが語った単語だ。存在にピンと来てない冒険者たちに対し、異世界から来た2人は疑うことすらできなかった。

 

 

「仮面ライダーディケイド……もしかして、この世界から消えた歴史はディエンドじゃなくて……!」

 

「あぁ、そうだろうな。この世界の連中から不自然に消えた記憶、この世界にはかつてディケイドという仮面ライダーが存在したはずだ」

 

 

なんで異世界に仮面ライダーがいたのか、それは世界を移動するアオイの存在で説明できる。だがプロトウォッチが誕生した経緯や、アオイがこれを渡した理由、ディエンドの存在の消滅が記憶だけに留まっていたのは依然として残る謎だ。タイムマジーンも無い今、その謎はきっと、ここで悩んでいても永遠に解けることはない。

 

だからベルは、ディケイドのプロトウォッチを壮間に差し出した。

 

 

「どれだけ力を尽くしても、僕はアオイさんに勝つことしかできなかった。きっと僕が出る幕じゃないんだと思います。彼の事も、『ディケイド』の事も、壮間さんに託していいですか?」

 

「……もちろんです。きっと俺は、この仮面ライダーから逃げては進めない。そんな気がする」

 

 

『世界の破壊者』。その仰々しい称号を持つ存在から、何を受け継ぐのか。もしくは救うか、越えなければいけないのか。何にしたって変わらない。行く先々で、その王への旅路で、壮間は瞬間瞬間に全力を捧げるだけ。

 

そうしなければ追いつけない。追い越せない。

この、遥か高みにいる主人公(えいゆう)たちには。

 

 

「俺はこの冒険で……どこまで行けたんだろう。少なくとも、皆さんに勝てたとは思えない。でもいつか勝ちます。ベルさんはこれからも、俺の憧れです」

 

 

おかえり、俺の英雄願望。

今はもう胸を張って、俺の道として、この憧憬を誇れる。

 

 

その言葉と独白は別れの言葉に似ていて。

ディケイドのプロトウォッチが光り輝いた。ディエンド同様に世界を超えるディケイドの力が、電池切れを起こした機器のような誤作動を起こす。

 

銀色に揺らめくオーロラが、壮間と香奈とミカドを呑み込んだ。

 

 

__________

 

 

「……これって」

 

「帰って来た……みたいだな」

 

 

眩しい光で覆った目を開くと、そこにあったのはなんてことのない舗装道路に、乱立する電柱と住宅。獣耳の生えた人もいなければ、武具を携えた人ももちろんいない。どこまでも馴染みのある光景が広がっていた。

 

壮間は慌ててスマホで日付を確認する。2012年での戦いを終えた帰路、壮間たちが異世界に迷い込んだ瞬間からほとんど時は進んでいなかった。

 

 

「ええええええ!! そんな急なことあるぅ!? 私もっとアイズちゃんや皆とお話したかったのに!」

 

「全くだ。俺もアイズ・ヴァレンシュタインと手合わせし損ねた」

 

「お前らなぁ……幸運にそんな贅沢言ってたら神様に見放されるぞ」

 

「ヘスティア様そんなことしないもん!」

 

「ロキなら大笑いするだろうな」

 

「こっちの神様の話だよ!」

 

 

壮間もほっとしている反面、寂しい気持ちも当然ある。だが少年(ベル)が歩んだ物語が、女神(ヘスティア)によって記されるように、壮間の物語はこの世界で綴られていく。

 

 

「でも確かに、お礼は言いそびれちゃったな。言葉にしきれないくらい伝えたいことはあったのに」

 

「別に構わんさ。俺たちが何を言わずとも奴らは勝手に進む。『負けるな』だなんて言われるまでもなく、あの天才は勝手に強くなるに決まってる。俺も勝手に貴様に勝ってやる」

 

「え、ミカドくんがなんか素直。【ロキ・ファミリア】で何があったの!?」

 

 

ベルはこれからも憧れを追って冒険を続けるのだろう。だから今はその一(ページ)を本の隙間に大切に挟んで、彼に負けない歩幅で進もう。壮間は手元に残ったディケイドのプロトウォッチに視線を落とし、そう誓う。

 

 

「帰ろう。久しぶりだけど、俺たちの(ホーム)に!」

 

「俺が帰るのはお前の家だがな」

 

「そういえばそうだった……!」

 

 

__________

 

 

預言者がくたびれた様子で腰を下ろし、しかしそれでも嬉しそうに本を開いた。『悪役』と殴り書きされたページを破ろうとした手を止め、そのまま次のページをめくる。

 

 

「異分子が演出する幕間の物語は、これにてお終い。偉大なる冒険を乗り越えた我が王たちは、何事も無かったように元の道を進み出す。しかし決して無駄足ではありませんでした。彼らがあの世界で見た景色、得た物は、その未来を大きく変えた」

 

 

壮間がディケイドのプロトウォッチを手に入れたのは、ウィルにとっては計算外。だが嬉しい誤算だ。所在不明だった『ディケイド』の物語を遂に観測できたのだから。

 

アオイの言葉、そして行動の意味。あの世界で起こっていた異変。これでその全てを把握できた。アオイが何を目論んでいるのか、そして壮間の物語がどこに向かおうとしているのか……あの世界の神々とは違い、差し出がましくやらせてもらおう。ウィルは語り部として、いつも通り彼らを導くだけだ。

 

 

「ディエンドは近いうち再び現れる。そしてディケイドのプロトウォッチが、歴史を変える大戦に我が王を───おっと、少し読み過ぎてしまいました。何にせよ()()()は近い。それまでに私も、我が王の物語を先に進めるとしましょう」

 

 

脇道に逸れた物語は軌道を戻し、その続きを預言者は紡ぐ。

 

 

「こんなウワサをご存じですか? 『樹海の鎧武者』の、そのウワサを」

 

 

___________

 

 

無限にも見える広大な空間。二つの異様な領域が、縄張り争いをするようにその空間を食い合っていた。

 

片側は少年たちが『南京錠』を手に睨み合う、秩序の密林。

『ヘルヘイムの森』。

 

片側は少女たちが声なき叫びで悲痛を訴える、混沌の悪夢。

『魔女の結界』。

 

 

森の側に立っていた青年が一人、振り返った。

二つの領域を区切る、蔦が密に絡まった鉄のフェンス。『オレンジ』の錠を持つ青年がそれを掴んだ瞬間、フェンスは塵となって崩れ去る。

 

運命には誰も抗えない。だが運命は少年少女に命じる。

世界を変えろ。未来をその手で選べ。

 

青年は切り絵で出来た悪夢へと脚を進める。

それを追うように、森は結界への侵食を始めた。

 

 

NEXT>>2013

 

 

__________

 

 

次回予告

 

「あぁそっか……もう。今回はちゃんと見ないとな、香奈の引退ステージ」

「見滝原だよ会場。ほら、美紗羅が引っ越したとこ」

 

夏も残り僅か。ダンス部引退ステージの日。

青春の節目に、壮間が向かうは「見滝原市」。

 

「あっ、久しぶり日寺くん!」

「見滝原高校ダンス部……この女、本当に一般人か?」

「魔法少女って知ってる? まぁウワサと思って聞いて欲しいんですけど」

 

かつてこの地には「魔法少女」がいた。

なんでも願いを叶えてくれる、そんな不思議な存在に祈りを捧げ、魔法を得た女の子が。

 

「片平香菜、君も僕と契約する気はないかい?」

「私にも……戦える力が?」

「最悪だ。これは……『ヘルヘイム』」

 

魔法少女ならみんな知ってる噂話。

すべての魔法少女の運命は、『森』に収束する。

 

「忠告をしておくわ。今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね」

 

現れる「生き残り」の魔法少女。

どこにでもある日常が、再編される───

 

次回「マギアステージ2018」

 

 




ダンまち編、完結です。ディエンドのあれこれ、香奈のスキル、などなど……残った謎はお預けとなってしまいました。よければ覚えててください。

ダンまち編は実質『ディケイド編の前半』でした。じゃあ次は後編……ではなく、脚本家繋がりの鎧武×まどマギ編。割と思いつきそうで意外と少なかったので、挑戦してみたいと思います。でも両方履修したの相当昔なんで、いっぺん見直すか……

ディケイド編の後半は、まだ少し早いです。

感想、高評価、お気に入り登録などなど、お待ちしております!


今回の名言
「この世で唯一不変の正義 それは……『かわいい』だ!!」
「ノーゲーム・ノーライフ」より、空。


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ジオウくろすと補完計画 17.5話「【神会(デナトゥス)】(体験版)」

1年以上ぶりです、補完計画です。
少し遅くなりましたが、今年も誕生日を迎えました。そして大変ありがたいことに、読者の度近亭心恋さんから今年も三次創作を頂きました。今年は壮間と「僕のオススメのあるラノベ」のお話です。

こちらのリンクから読めますのでよろしくお願いいたします。心恋さん、本当にありがとうございました!!
https://syosetu.org/novel/229517/4.html




今回の補完計画は特別版。

過去でも現在でもなく、ましてや未来でもなく。異世界からお送りします。

 

しかし壮間とウィルがいるのは暗闇の中。迷宮都市オラリオのどこかなのは間違いなさそうだが。

 

 

ウィル「時に我が王」

 

壮間「場所に関してはノーコメのスタンスね。いいよもう慣れたそういうの」

 

ウィル「この冒険の中で、気になりはしなかったかい? この世界の冒険者たちの『二つ名』について」

 

壮間「あー、うん確かに。アレでしょ? ベルさんだったら【リトル・ルーキー】とか、アイズさんだったら【剣姫】みたいな。他の冒険者からもそう呼ばれてたけど、アレって何?」

 

ウィル「この本によれば、冒険者はレベルによって等級が分けられている。冒険者のおよそ半数がレベル1の『下級冒険者』だが、そこから一つ抜け出てレベル2以上になった『上級冒険者』に対し、その栄誉を称えて神々が授ける称号が『二つ名』……とある」

 

 

リュー・リオンの【疾風】のようなシンプルなものから、ベート・ローガの【凶狼(ヴァナルガンド)】のような特殊な読みをするものまで様々な二つ名が存在する。

 

 

壮間「あれ神様が付けてたのか。道理でまぁカッコいいわけだ。あとティオナさんの【大切断(アマゾン)】とか、明らかになんか覚えのある字面もあるし……」

 

ウィル「お気づきだろうが、この世界の『神』とはメタ的な存在。それを反映してか、彼らの感性はこの世界の人間とは違い、現実世界の人々に近しいものとなっている」

 

壮間「確かに神ロキのリアクションとか俺らに……というか香奈に近い感じだったかも。あれ? でもアオイにも付いてなかった二つ名? 彼がレベル2になってたのは俺らがこっち来てからでしょ?」

 

ウィル「彼の【次幻怪盗(ファントムシーフ)】は前の来訪時に自分で名乗っていたものが、神々の悪ノリで定着してしまっただけらしい」

 

壮間「自由過ぎんか、あの泥棒も神様も」

 

ウィル「そして我が王……一人の冒険者として、君も欲しくないかい? 『二つ名』というやつが」

 

 

その言葉に、壮間は目を輝かせる。当然である。男子は幾つになっても『称号』とか『二つ名』とか、そういうのが大好きなのだ。

 

 

ウィル「というわけで明転! 神々が3か月に1度行う定例会議【神会(デナトゥス)】で二つ名は決められる」

 

ヘルメス「今回はその体験版と称して、壮間君の二つ名を決めようって回さ! 司会進行はゲストを兼ね、このヘルメスと!」

 

ロキ「どっかの零細ドチビと違うて【神会(デナトゥス)】常連、都市最大派閥を束ねる麗しき女神! ロキが務めさせてもらうで! よろしくなー!」

 

 

暗黒に包まれていた空間が一気に明るくなり、大理石で作られた神殿のような円形部屋がお披露目される。ガラスの向こうは青空と都市全体を網羅する絶景。

 

地上30階、『摩天楼(バベル)』の一室で【神会(デナトゥス)】開催が宣言された。

 

 

これまで補完計画と言えば、貰った質問で遊んだり、パロディ茶番をしたり、規約違反スレスレ行為や下ネタ連発で品性の欠片も無いような、その名ばかりのクソ回ばかり。それがどうだ、未説明の設定を拾いつつ、カッコいい二つ名を付けてもらうなんて願っても無い名誉。

 

そんなおいしい話があっていいのかと、これまでの補完計画で酷い目に遭い続けた壮間の心が躍り始める。

 

 

ロキ「まぁウチとヘルメスだけじゃ寂しいからな。一応会議っちゅうことで、他に議員を呼んどるで」

 

 

ロキとヘルメス、ウィルと壮間の他に、席にいたメンバーはこんな感じ。まず香奈とミカドだ。この辺は補完計画レギュラーメンバーなので何の文句も無い。

 

しかし、何故かアヴニル、ヴォード、オゼのタイムジャッカー三人衆までいるのは流石に話が違った。

 

 

壮間「待って待って。お前らが俺の二つ名決めるの!? 帰れよ!」

 

ヘルメス「いやぁ、出番が無くて暇そうにしてたから連れて来たんだけど。もしかして君ら仲悪い系?」

 

ヴォード「全然そんなことないですよ神様。僕らフォーエバーフレンド」

オゼ「夕焼けの河原で友情を誓い合った仲だよ」

 

壮間「存在しねぇなその記憶! そんなに出番が欲しいか恥知らず共!」

 

ロキ「はいはい、デカい声のツッコミは今時流行らんで? ちゅーわけでお試し『命名式』やるんやけど、参考になるように二つ名を幾つか紹介させてもらうわ」

 

 

妙にウキウキな様子で、ロキとヘルメスが手持ちスライドを提示。

 

 

ヘルメス「まずはオレたちのベル君だ。若きランクアップ最速記録保持者ってことで【リトル・ルーキー】。後にレベル4になった際、【白兎の脚(ラビット・フット)】という新しい二つ名が与えられる。こんな風に二つ名は成長に応じて変わることもあるのさ」

 

壮間「そう、こういうの。カッコいい二つ名が俺も欲しいわけよ。そういう主旨だからなお前ら」

 

ロキ「で、同じく元ファイたんとこで、今はドチビんとこの鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾの二つ名は【不冷(イグニス)】や」

 

壮間「ヴェルフさんの二つ名もカッコいいな……鍛冶師かくあるべしって感じだ」

 

ヘルメス「あ、ちなみに由来は元主神の女神、ヘファイストスに対する彼の猛烈な求愛行動と惚気だぜ」

 

壮間「おっと……?」

 

 

雲行きが怪しくなってきた。

 

 

ヘルメス「で、【ヘスティア・ファミリア】のあと1人の上級冒険者、ヤマト・(ミコト)ちゃんの二つ名なんだけど……その可憐さと凛々しさを兼ね備えた佇まいに由来し──【絶†影】!」

 

壮間「【絶†影】」

 

 

──【絶†影】

その真ん中の十字いる?

 

ニヤニヤとしているロキの表情、申し訳なさそうにしながらも楽しむ気満々のヘルメスの視線。壮間は理解してしまった。

 

そう、ダンまち履修者ならご存じの通り、【神会(デナトゥス)】の命名式とは厳格な会議でもなんでもなく、神々が純粋な眷族(こども)たちに高尚(ハイセンス)──もとい悶絶と痛恨の名を授ける悪ふざけと苛めの会である。

 

もっとも、あの世界の人間の感性は神に比べて遅れているため、どんな痛い名前だろうと有難がって喜ぶのがほとんど。しかし今回の標的は壮間、その感性は現代人である。

 

 

ロキ「ほな始めるでー! 思いついたやつは各々手元のボードに書いて、挙手で発表してやー!」

 

壮間「待って! 待ってください! 大喜利じゃねーか完全にこれ! ぬか喜びさせやがってこんな残酷なことあるか!? 俺が何したってんだよ!」

 

ミカド「煩いぞ日寺。甘んじて己の運命を受け入れろ」

 

壮間「一番納得いかないのはお前と香奈がそっち側いることだけどな!」

 

香奈「ごめんソウマ。面白そうだったから」

 

ミカド「それに俺たちは既に二つ名を授かっている」

 

 

香奈の二つ名【異空少女(ザ・ヒロイン)

ミカドの二つ名【蛮犬(スコール)

 

 

壮間「比較的マシな二つ名貰ってやがる卑怯者共!」

 

ロキ「ま、ミカドはウチの子やし、香奈ちゃんは女の子やからなー」

 

ヘルメス「その点、壮間君は雑に扱えるってことになったんだ。悪く思わないでくれ! じゃあ真っ先に挙手したそこの二人、アヴニル君とウィル君、どうぞ!」

 

 

アヴニルとウィルが同時にボードをひっくり返す。

 

 

ウィル「これしかあるまい、【我が主君(マイ・ロード)】!」

 

アヴニル「ふははは! 【愚民】!」

 

ロキ「はい出オチ共は退場やでー。コイツらどうせもうこれしか言わへんし」

 

 

司会によって即刻否決。面白くないと判断されたウィルは会議からつまみ出された。アヴニルは机にしがみついて動かないので放置。しかしあのバカ大男二人のせいでおふざけムードが確立されてしまった。

 

 

オゼ「じゃあ次はわたしだね。【時空支配帝王(クロノスタシス・エンペラー)】」

 

ロキ「痛えええええええええ!!」

ヘルメス「ダッセえええええええええ!!」

壮間「ふっざけんなお前えええええええ!!」

 

 

ロキ「わかっとるやないかオゼたん! そういうの期待しとったんや! あー腹痛い」

 

オゼ「お褒めに預かり光栄だよ神ロキ。で、どうかな? 気に入ってもらえたかな?」

 

壮間「それで呼ばれた日には俺は舌を噛んで自決する……!」

 

 

ロキとヘルメス、あとオゼとアヴニルが机を叩いて爆笑する最悪の空間。雰囲気は既に後半に差し掛かった飲み会である。

 

 

香奈「大丈夫だよソウマ! 私、ソウマのことずっと近くで見て来た。だからめちゃくちゃカッコいい二つ名考えたから。ソウマにピッタリなやつ!」

 

壮間「香奈……! 俺はなんて優しくて健気な幼馴染を……!」

 

香奈「はいじゃあ、ドン! 【究極の剣闘白銀騎士(ファイナル・エンド・オブ・ラスト・ナイト)】!」

 

オゼ「あっはははははははははははははは!!!」

ヘルメス「マジ最高だぜ香奈ちゃん!!」

壮間「お前を信じた俺が愚かだった」

 

香奈「えーなんで!? 超カッコいいじゃん【究極の剣闘白銀騎士(ファイナル・エンド・オブ・ラスト・ナイト)】!」

 

壮間「連呼すんな! お前は俺の何をそんなに終わらせたいんだ!? 生命か!?」

 

 

悪乗り連中が追加で酷い案を出そうとしたその時、神妙な顔で静かに手を上げるヴォード。

 

 

ヴォード「オゼ、アヴニル。その辺にしとこう。僕らは王を選ぶ身、ウィルが選んだ彼にも相応の敬意を持って然るべきじゃないの」

 

壮間「ヴォード……お前ってそういうこと言う奴だったんだ。正直お前のキャラ全然掴めてなくて……印象薄いから」

 

ヴォード「彼は僕らの王を打ち倒し、更に異世界でディエンドの謀略を突破し、王の器へと近付いたんだ。つまり賞賛込めてこう呼ぶべきだ。『異世界』において、己が身に刻まれた普通という『呪詛』を、完全に『斬り』捨てた者───

 

そう……【異斬呪詛(イキリカース)】、と……! っっ……!」

 

壮間「笑ってんじゃねぇよこの野郎!!」

 

 

ツボに入ったヴォード、声を殺して爆笑。

そういえばさっき、オゼや神々と一緒にコイツも秘かに笑っていた。

 

 

ミカド「むしろ【閃光呪詛(パチンカース)】はどうだ」

 

壮間「誰が債務者だ。純度100%の濡れ衣やめろや」

 

ミカド「わかった濡れ衣じゃなけりゃいいんだな。それなら貴様の二つ名は【脇役殺し(モブスレイヤー)】だ」

 

壮間「ごあはッ……!! お前ッ……ミカドお前ッ……!」

 

ヘルメス「すっげぇ効いてるな。壮間君何があったの?」

 

オゼ「あ、それは多分アレだね。アナザーダブル戦他の、テンションがハイになってる時の発言で───」

 

 

『誰も…お前の話に興味ねぇよ。黙ってろ脇役(モブ)。これは……俺の物語だ』

『俺が……主人公だからだ!』

『うるせぇよ原始生命体(アメーバ)。今は俺の時間だろうが』

『雑魚のお前に興味は無い』

『地べたを跳ねてろ、頭が高ぇ』

 

 

壮間「うわあああああああああああああ!!」

 

ヴォード「だから言ったじゃんイキリカスだって。嫌いなんだよね、そういうの」

 

ヘルメス「おーっとぉ、壮間君やるぅ。強がり方じゃベル君にも負けてないぜ?」

 

壮間「おいやめろ! 素面のヤツにこういう事するのは犯罪だぞ! その時の俺はそういうテンションだったんだからそれでいいだろうが! それにほら、結構評判も良かったし、それ以上弄ったら読者の反感を……!」

 

オゼ「【俺の物語(オンリーワン)】」

 

ロキ「【俺の時間(ザ・ワールド)】」

 

ヴォード「【主人公(アイム・ナンバーワン)】」

 

ミカド「【雑魚狩り(アメーバ・ハンター)】」

 

ヘルメス「【跳飛王様(コイキング)】」

 

壮間「殺せ……っ!! 俺を殺してくれ……!」

 

 

この馬鹿共が評判とか反感とか気にするはずもなく。ついでに面子が上位存在の神々と、壮間に恨みのあるタイムジャッカーと、壮間を敵視するミカドなので、誰一人彼を慮る心など持ち合わせておらず。

 

それからも出てくる出てくる、壮間を弄り倒す二つ名の数々。その中にたまに【吾輩未満(ゴミ)】とか【最強無敵の最強王(ピリオド・フィナーレ・ザ・ファイナル)】とか挟まり、その結果───

 

限界を迎えた壮間が、叫んだ。

 

 

壮間「ッ……! もうやめましょうよ!!!」

 

ヴォード「【若い海兵(コビー)】……」

 

壮間「うるせェ!!! お前ら大して仲良くもない癖に息を揃えて俺を弄りやがって!! 本編の俺だって至らないなりに精一杯やってんだよ!!」

 

 

追憶する、合計15回(主に後半)の補完計画における日寺壮間の被虐。

 

 

『壮間(M)』

『壮間は処女ですか?』

『タイムブレークを決めた時~♪ 壮間が足挫く~♪』

『包茎で悪いか! 日本人の7割は包茎だ!!!』

『壮間(CV:玄田哲章)』

『こんなクソみたいな部屋にいると普通がうつる』

 

 

壮間「俺が何したってんだよクソがぁッッ!!! ああああああああああああああ!!!」

 

 

壮間、号泣。もう主人公としての体裁も、本編での成長とか決意も思慮に入れず、ただただデカい声を出して泣き喚いた。

 

 

香奈「ソウマ、ほら……落ち着いて……!」

 

ロキ「ウチらもやり過ぎたっちゅうか……ほら、こういうのってあるやんか? 弄ってる側も本気ちゃうというか……」

 

壮間「ノリとユーモアを混同させてんじゃねぇよ神様の癖に!! このロキ無乳が!!」

 

ヘルメス「うっわー壮間君やけくそだー。あっはっは」

 

壮間「うっせぇ軽率迷惑神! 眷族(アスフィさん)に割とガチ目に軽蔑されてる癖に!! 今日はカッコいい二つ名付けてもらえると思ったんだよ! 今回こそ俺に優しい回だと思ったのに! こんなのあんまりだろおおおおおおお!」

 

 

大理石の床の上で泣いて暴れ回る自称王様。

控えめに言っても余りに哀れだ。なんだか無意味に悪態を付かれた神々も、タイムジャッカーやミカドも、各々の怒りや因縁を忘れて同情してしまうほどだった。

 

 

ヘスティア「もういいだろう君たち? 特にロキにヘルメス」

 

ロキ「お前……ドチビ! なんでこんなところに!」

 

香奈「あ、ヘスティア様ー! 来てたんだ」

 

ヘスティア「ボクだってこの会に呼ばれてたのさ。というか当たり前じゃないか、壮間君はボクの眷族だぜ。それより気付いただろ? 君らが散々お遊びとして消費してきた子供たちの命名式……それは本来、彼らの偉業を称えるためのもの。いわば褒章だったはずだ」

 

 

ヘスティアの説法に、ロキとヘルメスが面食らったような表情を浮かべる。

 

 

ヘスティア「そもそもボクら神は、眷族の冒険を見守り、その物語を記す存在。それだけであるべきじゃないのかい? 間違っても彼らを玩具にする権利なんて無いはずさ。二つ名が欲しいという子には、望む名を与えるのがボクらの役目じゃないか!」

 

ロキ「それは……って、はっ!? アカン、危うく雰囲気に飲まれるとこやった! お前に言われんでも分かっとるわそんなん!」

 

ヘルメス「まぁオレたちの世界じゃ、子供たちもオレたちが付ける名前を喜んでくれてたから、悶絶するのも爆笑するのも神だけだったわけだしな。その点、褒章としての機能は果たしてる」

 

ミカド「だがそれは、貴様らの次元にいない者が相手だったらという、『甘え』が前提にある場合の話だ」

 

 

繰り返すが、壮間は現代人だ。名付け相手本人が深く傷つくような命名は、言われてみればいただけない。あくまでこれは神の所業、神から人間に向けられる悪意なんてあってはならないのだ。

 

 

ヘルメス「悪かったな壮間君。ヘスティアの説教でオレたちも目が覚めた」

 

ロキ「せやな……やりすぎたわ、すまんかった。ほなこういうのはどうや、自分の二つ名は自分で決めるっちゅうんは」

 

壮間「え……いいんですか、そんなの……!」

 

ロキ「今回は特別や。ウチらはそれをただ語り継ぐ。ほな、どんな名前がいいか言ってみ?」

 

 

泣きじゃくっていた壮間に差し出された、神の救いの手。これがあるべき神と眷族の関係だと、ヘスティアが深く頷く。タイムジャッカーたちも黙ってその光景を見守る。

 

そして壮間はボードに記す。己が望む、己だけの称号。『二つ名』を───

 

 

壮間「【天上天下唯我独尊(キング・オブ・レジェンド)】」

 

一同『なんだコイツ』

 

 

情けをかけて損をしたと、壮間はヘスティア以外の全員に蹴られてバベル地上30階から落下。

 

ギャグ時空なので事なきを得たが、壮間は後に強烈な皮肉を込め、【強翼(イカロス)】という二つ名が授けられたとさ。

 

 

to be continue…




補完計画、壮間の扱い継続───!
僕はちゃんとカッコいいと思って書いてますんで、壮間のこと……


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EP18 マギアステージ2018
私だって、変われたんだよ


キャラ紹介のネタが尽きました。壱肆陸です。キャラ紹介録の方ではファイズ編のキャラを更新しているので是非。

まどマギのアニメ&劇場版を再履修し、いざ新章開幕です。それはそうと、まどマギも鎧武もスピンオフが妙に多くないですか。

赴く舞台は見滝原。まずは新キャラ2人出ます。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします。



「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た」

 

 

 ペラリとページを捲りつつ、預言者は上機嫌な様子で笑みを浮かべる。

 

 

「我が王たちを襲った異常事態(イレギュラー)、迷宮都市オラリオへの異世界転移。仮面ライダーディエンド、アオイが起こしたそれは確かに私の筋書きすら狂わせる一手でしたが……我が王の活躍によって物語は順路へと戻った。そして何よりの収穫は……」

 

 

 寄り道をして冷や汗をかいた甲斐はあった。

 世界を旅して破壊を繋ぐ『10番』の物語───仮面ライダーディケイドのプロトウォッチが壮間の手に渡ったのだから。

 

 

「おっと、個人的な話を失礼。我が王が赴く次なる試練の『鍵』は……何の変哲もない、高校生としての日常の中に」

 

 

 そう語る預言者の足元を、白い小動物のような何かが通り過ぎた。

 

__________

 

 

 

 王を目指す者の朝は早い。

 

 

「っし……段々早起きにも慣れてきたな」

 

 

 日寺壮間、朝6時に起床。寝間着からジャージに着替えると、軽く準備運動をしてからランニングを始める。

 

 きっかけは2005年でヒビキやサバキに師事したことだが、最近行った異世界ではリュー・リオンとの稽古をしていたこともあり、朝から何かトレーニングをしなければ落ち着かない体になってしまった。

 

 そして、壮間は自身の体力の向上をしっかりと実感していた。30分走っても体力に余裕が残る。公園でラジオ体操をしている小学生に手を振ると、次は折り返し。今度は少しペースを上げる。

 

 

「なんだろうな……こう走ってると、春に香奈と追いかけっこしたのが懐かしいな。あの時は俺が自転車だったけど」

 

 

 ちなみにだが、ここまで鍛えても香奈との鬼ごっこで勝てる気がしないのは内緒である。

 

 鍛えた結果が戦闘にどう出るかは置いておいても、朝から体を動かすというのは無条件に清々しいものだ。疲れより心地よさが勝る。家に戻ったら、次は朝食を摂ってからアナザーライダーの捜索を……

 

 

「遅いぞ日寺。朝食を作れ」

 

 

 朝7時。

 壮間より早く起き、同じように早朝トレーニングを終えたミカドとリビングで鉢合わせ。心地よさを疲れが抜き去って行った。

 

 

__________

 

 

「貴様……今日も鶏卵か。芸が無いぞやる気あるのか」

 

「……スクランブルエッグと目玉焼きは別もんカウントで頼む」

 

「黄身が完全に固まってるぞ、調理中寝てたのか? これでは醤油と黄身の味わいが一体とならんだろう、半熟に焼き直せ」

 

「うるせーな黙って食え!! お前何もしてない癖に!!」

 

 

 壮間が用意した朝食にネチネチとケチを付けるミカド。

 未来から来たミカドは宿を持たないことが発覚し、異世界から戻ってから彼は壮間の家に居候することとなった。その時色々あって「家事しなくてもいい」という条件を付けてしまったので、この有様である。

 

 溜息をつきながら味噌汁を啜り、壮間は終わりゆく夏に思いを馳せる。

 

 

「夏休みもそろそろ終わるな。すげぇ長く感じたな今年のは一段と……過去に行ってる分実際長いんだけど」

 

「学校で時間が拘束されない今が、アナザーライダーを見つけ出す好機だ。休業に入ってから俺は既に、ファイズとウィザードのウォッチを手に入れているがな」

 

「うぐっ……その点、俺はまだこのディケイドとかいうプロトウォッチだけか……」

 

「貴様のものと決まったわけじゃないがな?」

 

「俺がベルさんから貰ったんだよ」

 

 

 この「2009」の年号が刻まれたプロトウォッチは、何もかもが謎に包まれている。こっちの世界に帰ってから、他と同じようにタイムマジーンに接続してウォッチに関連付いた過去に飛ぼうと試みたが、タイムマジーンは作動しなかった。

 

 アナザーライダーの出現より先にプロトウォッチが手に入ること自体初めてのことだ。現状、このディケイドのプロトウォッチは謎であると言うしかない。

 

 固まった目玉焼きに塩を振り、白米と共に平らげるミカド。そして食後の珈琲を飲むと、不満足そうに壮間を睨む。

 

 

「なんだよ」

 

「……家事は当番制にしてやってもいい。ただし、まずはミルと豆を買え。珈琲はインスタントじゃ話にならん」

 

「ほんっとにお前……! あぁもう分かったよ、ちゃんと掃除も洗濯もやれよな!? しゃーない、とりま羽沢珈琲店に相談しに行くか……豆って喫茶店で買えるんだっけ?」

 

 

 何が悲しくて彼女ができるより先にこんな小姑みたいな男と同棲をしなければいけないのか。夏休みだというのに、一日が思いやられる朝だ。疲れた目で夏休みの残り日数を確認すると、日付はカレンダー上の丸印に迫っていた。

 

 

「あぁそっか……もう。夏休みが終わるってことはそういうことか」

 

 

 季節の変わり目は往々にして、若い学生にとっては人生の転換点。これはアナザーライダーの捜索にも勝る一大イベントだ。少なくとも、今の壮間にとってはそうだった。

 

 

「今回はちゃんと見ないとな、香奈の引退ステージ」

 

__________

 

 

「───はいっ、ここまで。いったん休憩な」

 

「えー早くない!? 私全然まだまだいけるよー!」

 

「香奈のスタミナがおかしいの。後輩殺す気か。あとほら、来てるぞいつものアイツ」

 

 

 音楽に乗せて演じられる一糸乱れぬダンスが、部長の合図と同時に一人を除いて一気に決壊した。公民館で行われているダンス部の練習を覗いていたのは、首をキョロキョロさせながら入るタイミングを伺っていた壮間。

 

 

「ソウマ! どしたの、練習来るなんて珍し!」

 

「先輩の友達?」

「ほら、片平先輩とよく一緒にいる」

「あー先輩がよく言ってるあの……え、この人が?」

 

「えっと、すいません。香奈が世話になってます。あの、差し入れ持って来たんでよかったらどうぞ」

 

「ホント!? おーやったみんなアイスだよアイス! 私オレンジね! ソウマありがと!」

 

 

 壮間の学校のダンス部は女子だけ。それなりの人数の女子に「ありがとうございます!」と一斉に頭を下げられ、不覚にも口角が緩んでしまう壮間。

 

 

「困るなぁ日寺。本番前の女子にカロリー摂らせるかよ普通」

 

「うぐ、成湖……言われてみればそうだ、ごめん……」

 

「冗談に決まってるでしょ。ほんっと、相変わらず機微ってやつがわかんない男だな、あんたは」

 

 

 そんな壮間の頬を、冷えっ冷えのぶどうアイスで突いたのは、練習を取り仕切っていた部長の成湖(なるこ)(ひかり)。壮間とは中学以来の級友で、2年まで同じクラスだった女子。モデルみたいに背も高い上に気が強い姉御肌で、以前の壮間は苦手に感じていた。

 

 

「どうしたよ。珍しいっつーか初めてじゃん、ウチに顔出すなんて。あんだけお熱だった勉強に部活はどーした?」

 

「勉強はやってる、まぁそれなりに。部活はちょっと前にやめたよ。どーせ引退も近かったし」

 

「……戦力外だしな」

 

「ま、うん。そうですね」

 

 

 周りの人間が皆厳しいと遠い目をする壮間だが、成湖は彼に関心の視線を注ぐ。合わない部活だしやめればいいのにと思ってはいたが、彼女の知る壮間は自分から部を退くような行動的な人間ではなかったはずだ。

 

 驚いて開いた口でそのままアイスキャンディーを一口に齧ると、その歯形のついた紫色の棒で、成湖は後輩にアイスを配って回っている香奈を指す。

 

 

「香奈さ、何があったの」

 

「え、っと……何って?」

 

「いよいよバケモノじみてる。元々あの子は全国レベルのセンスだったけどさ、最近は特に表現力が桁外れだ。おかげでウチは無名ながら地区予選勝ち抜きのダークホースさ」

 

「はは、そうかな……いやあ、俺にはちょっとよく分からないというか……」

 

「あんたも変わった。去年までは意識だけ妙に高いナード野郎だった癖に。何があったよマジで」

 

 

 香奈は最近、特に壮間と一緒にいる時間が増えたことは、ダンス部全員が知っている。故に疑われるとしたら壮間なのは仕方ないが、壮間も壮間で「一緒に死線を潜っています」とは言えないので、笑ってお茶を濁すしかない。

 

 しかし壮間も成湖と話すのは久しぶりだ。そんな彼女に変化を気取られるほど、戦いと憧憬は壮間を変えてしまったらしい。

 

 

「ま、言えないならいーよ。別に2人で大人の階段上ったわけでもあるまいし」

 

「ッ、おまっ……!」

 

「あーいい。言わなくていい。有り得ないのはわかってる、日寺はそこだけは全然変わってないし」

 

「本当にやめてくれよ。どう反応すりゃいいのか分からんから、そういうの」

 

「そゆとこ。でも少しは見てやれよ、香奈のこと。あと───」

 

「ヒカリ! ソウマ! ふたりでなに喋ってんの?」

 

 

 さっさとアイスを平らげて棒切れだけ持った香奈が、成湖の言葉を遮って駆け寄る。

 

 言われなくても見ているつもりだ。この溢れる行動力と好奇心で、放っておけば何かと危なっかしいこの幼馴染のことは。

 

 

「もうすぐ引退ステージだろ、香奈。俺もミカド連れて見に行くって、それを伝えとこうと思って」

 

「え、ソウマ来るの!? 誘うつもりだったけど、ちょっと意外なような……! でも嬉しい。絶対一番取るから見ててよね!」

 

 

 香奈の「意外」という評価は的を得ている。事実、タイムリープ前の「一回目」の壮間は勉強を言い訳にして香奈の引退ステージを見なかった。それを後悔することすら、しなかった。

 

 でも、香奈の眩しさを直視できなかった前とは違う。今度こそ見ないふりなんてしない。彼女の高校最後の晴れ舞台を、しっかりとこの目に焼き付けたいのだ。

 

 

「3年生のラストステージはコンテストって聞いてるけど。この前みたいに会場近い感じだっけ?」

 

「いやー今回はめっちゃ遠いよ! えっと確か……」

 

「見滝原だよ会場。ほら、美紗羅が引っ越したとこ」

 

 

 やけに壮間の顔をじっと見つめながら、成湖がそう告げた。彼女が出した名前は、壮間も聞き馴染みのあるものだ。

 

 

「あー……そういえばそうだった気がする。そっか、じゃあ会えるかな。だとしたらマジで久しぶりだな、梓樹(あずき)に会うの」

 

 

 梓樹(あずき)美紗羅(みさら)。成湖と同じく、中学時代からの知り合い。元々は彼女もダンス部所属だったが、去年親の都合で引っ越したきり疎遠となってしまっていた、壮間の友人だ。

 

 

__________

 

 

 見滝原で行われるダンスコンテスト、その2日前。

 壮間は美沙羅の連絡先を知らなかったので、成湖の仲介で約束を取り付けてもらった。というわけで、壮間とミカドは一足早く見滝原に現地入りしていた。

 

 

「貴様、片平以外に友人いたんだな。しかも女か。はっ」

 

「何笑ってんだお前。そりゃ俺にだっているわ、女友達の何人かくらい。大体中学校の頃なんてそんな意識しないんだよ」

 

 

 見滝原行きの電車に乗りながら、少しだけ自然が濃い景色を楽しむ。それなりに移動を楽しみながら、2人は目的地へと向かう。

 

 壮間と香奈は親同士仲が良いのもあって、生まれた直後からの腐れ縁ではあるが、中学だけは別。香奈は父親の方針で女子校の羽丘女子学院に通っていたので、強制的に進路は別たれることになった。その中学時代に壮間が出会ったのが、梓樹美沙羅だ。

 

 

「中1のオリエンテーションで梓樹と一緒の班になって、そっから仲良くなって……んで、梓樹の幼馴染の成湖とも知り合って、って感じ。女子2人とプライベートで遊び行ったりとかはあんまなかったけどさ、学校ん中じゃ結構3人でつるんでた気がするな」

 

「男から嫌われてたの間違いじゃないのか」

 

「否定できね~。中1っていえば大分拗らせてた時期だし、成湖はモテてたからなぁ……梓樹もすげぇ勉強できたから、なんでそこに日寺!? とは言われてたかもしれん」

 

 

 壮間は主人公に憧れて挫折した経験があるが、憧れてた時期がまさにその辺りだ。今となってはどう消化していいか分からなくなっている過去を、壮間は一旦思い出さないようにした。

 

 ちなみに香奈だが、壮間の見滝原行きに際して「ミサに会う~~!」と成湖に同行を懇願していた。しかし、直前の練習を疎かにはできないので断念。香奈と美沙羅は高校からダンス部で出会い、壮間という共通項もあって瞬時に打ち解け、それ以来親密な仲なのだ。

 

 

「共通の趣味とか無かったのに、なんか妙に仲良くしてくれてさ、梓樹。よく給食で豆腐食べてくれたし、教科書忘れた時見せてくれたし。お洒落の割に引っ込み思案って印象だったけど、ちゃんと思い出すとめちゃくちゃ優しい子だったんだなって」

 

「……見滝原か、中々興味深い。いわゆる地方ではあるが、どういうわけか相当なレベルのテクノロジーが大規模に導入された都市づくりが為されている。この時代では類を見ない最先端都市だ」

 

「聞けよ。飽きたなコイツ」

 

 

 ミカドが言う通り、見滝原は簡単に表現すると「近未来都市」。インターネットが生活の全てを接続し、コンピューターが人々の手足となっている社会。しかもそれがかなり前から存在しているとか。

 

 情報端末で見滝原について調べるミカド。相変わらず野蛮なようで妙に学術的な男だ。

 

 

「貴様の旧友なんぞに興味は無いからな。俺は好きに動かせてもらうぞ」

 

「いいけど、夜にはちゃんと戻ってこいよ!」

 

 

 分かってるのか分かってないのか分からない態度が気になるが、見滝原に到着したミカドと壮間は別方向に。

 

 待ち合わせは駅前だ。視界に入る見滝原の光景は確かに評判通りの近未来都市。だが最適化された都市というわけでもなく、洒落たような雰囲気も漂う。木組みの街とは違った感じの、編み込まれた異国情緒とでも言えばよいのだろうか。

 

 

「なんか……ざわざわするな」

 

 

 煌びやかで、洗練されていて、どこか歪さも感じるが、それになんとも惹きこまれる。これが見滝原という街なのか。

 

 

「あっ、いた。おーい。こっちこっち」

 

 

 街の景観に眼を奪われていた壮間を呼び戻したのは、久しぶりに聞く柔らかな声。記憶にある通りの声の方に視線を移すと、そこには白いワンピースと麦わら帽子の待ち人が。

 

 

「っ!? ……やべ、一瞬わからなかったよ。お前……梓樹!?」

 

「うん梓樹美沙羅ですよ。久しぶり、日寺くん!」

 

 

 正直腰を抜かしそうになった。壮間の知る美沙羅は決して野暮ったいと言うわけではないものの、年中似合わない服に着られているいるような、嚙み合いの悪い印象の女子だったはず。

 

 それがなんだ。この一切の濁りや違和感を覚えさせない、派手ではないが夏の清涼感がそのまま現れたような少女は。時間としては1年も経っていないはずなのに、女子というのはこんなにも変わるものなのか。

 

 

「垢ぬけた、ってやつ? なのか?」

 

「そうかな? でも日寺くんも前より男前になってる。さ、行こっか。見滝原案内しますよ!」

 

 

 随分と綺麗になった友人に、今更激しく緊張し始めた壮間。こんなことならミカドを逃がすんじゃなかった、無理にでも香奈を連れてくるんだったと、壮間は後悔した。

 

__________

 

 

 壮間と別行動を取るミカド。壮間には観光に行ったとでも思われているだろうが、ミカドはこの見滝原に遊びに来たわけではない。

 

 

「奴がどこまで自覚しているかは知らんが、王の資格を持つ者同士……アナザーライダーと俺たちは因果で繋がっている」

 

 

 木組みの街に内浦と、壮間が知らない土地に遠出をした際には決まってアナザーライダーと遭遇している。そして、その根底には常に「奇妙な偶然」が存在する。

 

 

「この大会の決勝が見滝原で行われること自体が、それなりに不可解だ。例年は都内で行われているのに、急に開催地が変更されている」

 

 

 つまりミカドは「この街にアナザーライダーがいる」と睨んでいる。ダンスコンテストを調べるミカドの目が、ある参加グループのパフォーマンス映像で止まった。

 

 

「見滝原高校ダンス部……開催地代表枠か」

 

 

 そのメンバーの名前で、再び目線が堰き止められる。

 移動中に壮間から聞いた「梓樹美沙羅」の名前が、センターとして一番上に記されていた。

 

 この妙な偶然に意味があるのは前提として、気になるのは彼女、美沙羅のダンス。その高校生離れした動きは、壮間から聞いていた彼女の印象とはかけ離れている。

 

 

「この女、本当に一般人か? まさか……」

 

 

__________

 

 

 

「え、梓樹も出るの!? 明後日のコンテスト」

 

「うん。まさか香奈ちゃんとヒカリちゃんも勝ち上がってきて、こうして日寺くんまでここに来るなんて、ほんと凄い運命」

 

「ん……それ今練習しなくて大丈夫なのか? めっちゃ本番前だし、香奈は練習してるけど」

 

「いいんです! 会場近いから余裕あるし、日寺くんと会えるならそっち優先でしょ」

 

「そうかぁ……?」

 

 

 美沙羅に見滝原ダンス部の映像を見せて貰い、大口を開けて驚いた。あの自信なさげで人の前になんか立ちたがらなかった美沙羅が、こんなにも堂々と踊る姿は考えもしなかった。

 

 

「ていうか続けてたんだな、ダンス。高校からだろ始めたの。てっきり成湖と一緒の部活にしただけかと思ってたんだけど」

 

「んー……そうだったんだけど、好きになっちゃって。頑張ってメンバー入りしたんだよ。明後日は香奈ちゃんにも勝っちゃいますからね」

 

「俺どっちを応援すりゃいいんだよそれ」

 

 

 最初こそ緊張したが、話してみたら壮間の知る美沙羅がそこにいた。互いに変に気を遣うこともなく、自然に会話をして、見滝原を歩いて進む。その街並みの中に美沙羅がいることに何の違和感もなく、壮間はなんとなく安心した。

 

 

「馴染めてるみたいでよかったよ。本当に梓樹は、実はなんつーか前から、ちょっと見てて不安なとこあったから」

 

「……そうかな?」

 

「気を悪くしたら謝るけど、前の梓樹は見てて危うかったよ。勉強にしたって習い事にしたって、あとは服とかもそう。子供なのに無理に『大人』をやらされてる感じ。心のどっかで俺は、梓樹は本当に大人になる前に壊れちゃうんじゃないかって、そう思ってた」

 

 

 そう心配していても、前の壮間は何もしようとしなかった。

 それは彼女個人の問題で、壮間が立ち入るべきじゃない。下手に手を出せば余計に彼女を傷つけるだけ。自分は自分の人生で精一杯だ。こんな言い訳を、心の中で吐き連ねるしかしなかった。

 

 

「だからさ梓樹。その服、最初はビックリしちゃったけど……似合ってるよ。今まで見た梓樹の中で一番似合ってる」

 

 

 ダンスも凄く楽しそうで、彼女は本当にやりたいことができているんだなと、見るだけでわかった。何処かズレて歪んでいた美沙羅の印象が、ようやく年相応になったように思えた。

 

 例え世界が滅びなかったとしても、高校三年生をやり直さなければきっと、壮間は二度と美沙羅と会うことはなかっただろう。だからこそ、こうして彼女に再会できた今は切に思う。

 

 

「俺らちゃんと一緒に大人になろう。そんで、大人になってもこんな感じでさ。取り留めないこと喋って笑えたらいいな」

 

 

 そのためには超えなければいけない、世界が崩壊する来年の5月1日を。いずれ王となるアナザーライダーを倒し、壮間自身が歴史を統べる王になる。その決意を再び、固く結んだ。

 

 

「…………」

 

 

 その後、長く続く沈黙。頬を赤らめて唖然とする美沙羅と目を合わせ、壮間はようやく我に返った。というより、静寂が彼を一般的な感性に引き戻し、先の発言の高温が壮間に還元された。

 

 

「忘れて……!」

 

「い、いや全然恥ずかしくないよ!? ごめん黙っちゃって! 感動しちゃったの、うん! カッコいいと思うよ私は!」

 

 

 何とかフォローしようと不器用に言葉を探す美沙羅と、自身の場酔いの弱さに絶望する壮間。そんな衝突事故を起こし、なんとか立て直しを図る壮間の視界に、奇妙なものが入り込んだ。

 

 

「あっ、あれ! えっと……いやなんだアレ。有名な絵画? なんかほら変わった絵だなって」

 

 

 思わず反射で発言してしまった壮間。彼が見つけたのは、ヴァイオリンコンサートのチラシの隣に張り出された宗教画のような1枚。

 

 後光を発しながら宙に浮かぶ弓を持った女性の姿が描かれている。ただ神話的なソレというには女性の恰好が少し幼く現代的で、女性というよりは可愛らしい少女のような。

 

 

「……『救済の少女』、って呼ばれてます。この見滝原では」

 

「あぁやっぱこの街の有名な画家さんが描いたとか? 絵画展のポスター? なんか妙に気になるんだけど」

 

「この絵に描かれてる彼女が、本当にこの見滝原を救ったって言ったら……日寺くん信じる?」

 

 

 美沙羅は冗談めいた口調で、それでもその『救済の少女』に真っ直ぐな眼差しを向けながら、その都市伝説を語る。

 

 

 5年前、局所的な超巨大積乱雲(スーパーセル)がこの見滝原を襲った。ビルは薙ぎ倒され、土地は掘り返され、見滝原の都市機能は壊滅的な打撃を受けたという。今は災害以前と遜色ない程に復興を果たしているが、この話には一部、解せない事実がある。

 

 瞬間的に観測された破壊に対し、最終的な被害が小さすぎたのだ。いくら避難が行われていたとはいえ死者数に関しては0。本来ならば街一つ程度、容易く更地になってもおかしくない規模の大災害だったというのに。

 

 

「その災害の中、見たっていう人がいたんだ。見滝原を襲った悪夢をたった一人で消し飛ばして皆を救った、この『救済の少女』の姿を。それ以来ここではちょっとした宗教みたいになって、有志がこんな風に存在を広めてるの」

 

「そうか。もしかして天使……だったのかな。その人が見たのって」

 

「天使? へぇ、面白いこと言うね日寺くん」

 

「あ、いや。天使とでも言わないと説明付かないよなって、そんな不思議なこと。天使じゃないとしたら一体……」

 

 

 壮間は実際に天使に会ったことがあるので自然にそう思ってしまったが、この姿もイメージも、壮間の知る天使とは少し違う気がする。

 

 これを幻覚か出鱈目と断ずるのは簡単だが、壮間はそういう非現実な存在に幾つも会ってきた。『救済の少女』を凝視しながら真剣に考える壮間に、美沙羅もまた、何か躊躇いを捨てたようにこんな話を振った。

 

 

「日寺くんは……魔法少女って知ってる?」

 

「魔法少女……?」

 

 

 魔法使いなら飛び切り癖が強いの(ウィザード)を知っているが、その歴史は今ミカドの手中にあって存在しないはず。

 

 

「別に大した話じゃないの。これもこの街の都市伝説、まぁただのウワサだと思って聞いて欲しいんですけど」

 

「……あぁ、わかってるけど」

 

「悩みを抱えた女の子の前に現れる妖精がいて、その妖精はなんでも一つ願いを叶えてくれる。願いを叶えてもらった女の子は魔法少女になって、悪い悪魔と戦う……って話なんだけど」

 

 

 美沙羅の口から聞いた二つ目の噂話。それはいかにも夢見がちな年頃の女子の妄想に聞こえるが、与太話をしているにしては、美沙羅の声は重たいのが気になった。

 

 

「つまり『救済の少女』こそが、その『魔法少女』なんじゃないかってこと?」

 

「そうそう。あーでも、やっぱりちょっと突飛かな。どっちも都市伝説だし馬鹿馬鹿しいかも」

 

「いや面白いと思うよ、そういう仮説は。火のない所にって言うし、魔法少女だって本当にどこかにいるかもしれない。俺はそういう話、結構信じるよ」

 

「そうだね、私もこういうロマンチックな話は大好き。じゃあさ……日寺くん。もし願いがなんでも叶うとしたら、日寺くんは何を叶えてもらいますか?」

 

 

 今度もゆっくりと歩み寄るような声で、美沙羅はそう問いかけた。真っ先に壮間の頭に浮かぶのは、当然「王様」の文字。だが、それは願いに違いないとしても、誰かに叶えてもらう意味があるのか?

 

 

「……何もないかな。叶えて欲しい願いは特に。夢はあるけど、自分の力で叶えたい」

 

「そ……っか。いいね! なんか男の子って感じで!」

 

 

 答えたあと、少し気まずくなったのに気付く。本日二度目のやらかし。完全に回答を間違えたと、壮間は頭を抱えた。ここに香奈や成湖がいたら「そういうところだぞ」と総スカンを喰らっていただろう。

 

 もう少しあるだろう、会話を長引かせる気の利いた答えが。王様じゃなくたって、お金とか勉強とか。何を馬鹿真面目に答えてるんだ。しかもなんか意識高い系みたいでカッコ悪い。

 

 

「変わってないって思ったけど、やっぱり変わったね日寺くん」

 

「それどういう意味で……?」

 

「悪い意味じゃないよ! 言ってることは中1の時に似てるんだけど……」

 

「え、俺って昔もこんなこと言ってたの……!?」

 

「言ってたよー。でもなんか漫画みたいなカッコいい言葉が、今はちゃんと『日寺くんの言葉』って感じがする。それだけ日寺くんが大きくなってるんだよ」

 

 

 衝撃の事実のショックが大き過ぎて、壮間の耳には美沙羅の言葉の最後の方が入ってこなかった。肩を落として落ち込む壮間に微笑みを向けながら、美沙羅は小さく呟く。

 

 

「凄いなぁ……」

 

 

 掠れて消えそうなその声も、壮間には聞こえていなかった。

 

 

___________

 

 

 あの後、しばらく美沙羅に見滝原を案内してもらい、最後に一緒に夕食を食べて解散となった。そして完全に日が落ちて夜となった現在だが、

 

 

「ミカドあの野郎、やっぱ帰って来ねぇ!」

 

 

 ホテルのチェックインを済ませた壮間だったが、ミカドからは「まだ戻らん」という超短文メールが届いて呆れ返る。

 

 

「アイツ、俺が寝たら部屋に入れなくなるの分かってんのか? 部屋1個しか取れなかったんだから勝手な行動やめろって言ったのに……!」

 

 

 ぶっちゃけミカドが道に迷っている可能性は非常に高い。仕方がないので散歩がてら少し探しに出た壮間だが、壮間も土地勘は無いので見つかるとは思っていない。

 

 

(しばらく奮闘して駄目だったらもう知らん、帰って寝る)

 

 

 壮間は苛ついていた。知らない街は夜になると一段と不気味になり、敵意すら感じてしまうものだ。ミカドに電話をかけながら、帰り道を見失わないように歩き回る。

 

 騒ぐ若者もいない静かな夜の中、壮間が思い出すのは昼間の会話。『魔法少女』の都市伝説だ。

 

 

「もし魔法少女になるなら、どんな願いを……か。男だけど」

 

 

 壮間はこの問いに無粋な答えを出した。それは反省している。だが、この話に違和感を覚えたのも事実だった。

 

 『逆』なんじゃないのか。願いを叶えるための戦う力、魔法なんじゃないのか。

 

 なんでもかんでも自分の話と重ねるのは悪癖だが、少なくとも壮間のケースはそうだった。不思議な存在に力を貰うまでは同じだが、『力』が『願望』の代償になっていることにどうにも違和感がある。

 

 

「もし俺がジオウになる前に、世界が救われてたら───」

 

 果たして壮間は、怪人との戦いに命を投じることができただろうか。その答えは間違いなく否だ。今更卑下する気もないが、『王になりたい』という身勝手な欲望が壮間を強くしたのだ。

 

 『願望』と『責務』という正負のエネルギー、その調和が人を動かす。もしその『願望』のエネルギーだけが他者に奪われ、『責務』だけが残ってしまったとしたら───

 

 そこで壮間は考えを止めた。その先は余り想像したくない、過酷な道だ。

 

 

「……電話出ねぇし」

 

 

 なんとなく予想できたがミカドは音信不通。ブロックはされていないので諦めず再度発信するが、今度は1秒と経たずに通信が断ち切られた。

 

 流石に怒りが我慢できなくなり、来た道を戻ろうとする壮間。しかし、ファイズフォンⅩの画面を確認して、一つの異常事態に気付いてしまった。

 

 

「圏外……!?」

 

 

 冷や汗が背を伝う。壮間の意識が一気に警戒に切り替わった。

 

 この先進都市で、しかもホテルから大して離れていないのに、これは絶対に有り得ない。画面から目を離すと、壮間は己の注意力の無さを嘆く。

 

 一体いつから陥っていた。そこはもう「知らない土地」じゃ済まされない異空間。

 

 色彩がおかしい。配置がおかしい。次元も何もかもがおかしい。あるべきじゃないものがあって、動くべきじゃないものが動いている。平面で作られた立体の空間。それは見ているだけで気が狂ってしまいそうで。

 

 

「アナザーライダーか!? くっそ、行く先々に現れやがって! 探しといてなんだけど、今はお呼びじゃないっての!」

 

 

 アナザーライダーだとしたら一大事だ。アナザービルドの時のように、香奈のステージを邪魔させるわけにはいかない。

 

 ジクウドライバーとジオウウォッチを構え、壮間は異空間の奥に進むことを決めた。ステージ本番までに事を終わらせる。それが無理なら、邪魔できないくらいに叩きのめしてやればいい。

 

 空間には廊下があり、おあつらえ向きに扉まである。それを開けて進むと、空間はまた一段と混沌を増した。

 

 

「なんだアレ……生き物なのか……?」

 

 

 眼の無い人形たちが笑いながら踊っている。その中心にいる巨大な何かは、ツギハギの布で作ったような作り物の人体。この空間と同じく、平面で三次元に存在しているような、根本的な異質。

 

 眼の無いそれらは高笑いし、壮間を見つけた。中心の巨大なそれも、モザイクのように表皮を変質させながら壮間に腕を伸ばす。

 

 

「ここはお前の巣、俺は餌ってわけかよ。あれこれ考える暇はなさそうだな!」

 

 

 とにかく敵なのは間違いない。まずは迎撃をと変身しようとした壮間だったが、その前に壮間を囲っていた怪異たちが光に射抜かれ、破裂した。

 

 淡い白の輝きが、壮間の前に降り立つ。

 長銃を持った人間の少女がそこにいた。その姿は鎧を各部に纏いながらも、まるでダンスの衣装のようで。どこかあの『救済の少女』にも似ていて。しかし紛れもなく彼女は───

 

 

「梓樹……!?」

 

「怪我は無い、日寺くん?」

 

 

 薄い空色の宝玉が、彼女───梓樹美沙羅の手首で輝く。

 死線や非常識を潜り抜けた壮間は、その瞬間に全てを察してしまう。

 

『魔法少女』はウワサでも都市伝説でもなく、彼女自身のことだった。

 

 

「久しぶりに会った日寺くんは、やっぱり変わってた。明日会う香奈ちゃんやヒカリちゃんも、きっともっと凄くなってるんだろうなって」

 

 

 美沙羅が持っていた銃が細かく分割され、一本の剣として再構築された。彼女は剣先をこの結界の主───『魔女』に向け、迫る腕を瞬く間に切り刻んだ。

 

 

「でもね日寺くん。私も……私だって、変われたんだよ。だからちゃんと見ててね、私のこと」

 

 

 魔女に向かって飛んでいく美沙羅。

 自分と同じように強大な敵と戦う、非力だった友人の姿が、壮間に気付かせる。

 

 タイムリープしてから数か月、在り得ないことは大抵経験したと思っていた。世界は広く、思ったより異常に満ちていることを思い知った。

 

 だが、その異常はただ何処かに存在しているだけに留まらず、普通だと思っていた壮間の日常や過去さえも飲み込み始める。もはやお前は普通の高校生ではないと、知らしめるように。

 

 この物語は少年に問う。主人公の人生を歩むこと、その意味を。

 

 

___________

 

 

「繋がらない……妙だな。まぁいい」

 

 

 時を同じくして、ミカドも壮間に電話が通じないことに気付いた。しかしそこで心配などしないのがミカドだ。彼は壮間なら放っておいても死にはしないと、理不尽な信頼を置いている。

 

 ミカドは一日かけて見滝原の街中を調べた。そこで聞いた『救済の少女』の話は気に留めつつも、核心に迫るような情報は得られていない。そこで少し足を延ばし、見滝原に隣接する『風見野』という街のはずれにある教会まで来た。

 

 蹴破られた痕跡のある入り口を潜り、中を確認する。どこもかしこも老朽化が激しく、壁面のガラスもほとんど割れて吹き抜けの状態。原型を留めている辺り5年前の災害からは免れたようだが、復興の恩恵も受けられなかったようだ。

 

 

「街に見捨てられた土地と言ったところか。何か巣食ってるとすればいかにもだが、果たしてどうか……」

 

 

 動物にせよ人間にせよ、何かがいる気配は無い。住んでいるとすれば自生する植物くらいのもので、ただの忘れ去られた教会に見える。ミカドは心の半分で「外れか」と落胆していたが、半ば反射に近い直感が、思わず見落としそうになったそれを拾い上げた。

 

 

「ッ……! 最悪だ。これは……!」

 

「あなたは魔法少女?」

 

 

 気配と声が無から現れた。考えるより先にファイズフォンを構え、その銃口と共にミカドは振り返った。その先にいたのも同じ。長い黒髪をなびかせる一人の女性と、ピストルの銃口。

 

 ミカドは警戒する。恰好は女子制服のようだが、見滝原高校の制服とはデザインが違う。彼女の左腕にある円盤は盾か?

 

 

「……多様性に配慮する時代らしいが、面倒なものだ。見た通りに判断しろ。一応、駆け出しの魔法使いではあるが」

 

「そう。それなら、その『森』を追うのはやめなさい。そこはあなたが立ち入っていい場所じゃない」

 

 

 女性が腕を動かすと、教会に根を張っていた植物が一斉に動き出す。そしてミカドが拾った不気味な色の『果実』もまた、ひとりでに動いて彼女の手元に収まった。

 

 それに動揺した隙に、女性の姿は跡形もなく消えていた。ミカドが見つけた手掛かりである『森』の一部も、葉の一枚すら残すことなく。

 

 

「『ヘルヘイム』……!」

 

 

 忌々しく、息を呑んで吐き出す、その森の名。

 ミカドの時代では大陸一つを人類ごと飲み込んだ悪意の生態系。その脅威が、彼らの身に迫っていた。

 

 




本編5年後とか、魔法少女だれも生きてないだろ問題。ので、オリキャラの梓樹が2018年の魔法少女となっています。その代わりに名前には出したかったキャラの面影がチラホラと……成湖の名前の「晶」が鎧武の姉ちゃんと被った方は事故です。

次回、香奈が見滝原に行きます。

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なんで魔法少女なんかになったんだ

結構お久しぶりです壱肆陸です。
ガッチャードが直球で面白くて毎週が楽しい今日この頃。やはり仮面ライダーは素晴らしいと思う限りです。

今回は香奈も見滝原に来て、ゲストも登場。魔法少女とヘルヘイムの謎が勝手に深まり、日常をぶっ壊していきます。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


「おい日寺。寝てるのか。おい! ……っ、連絡を無視したのは詫びてやる。だから返事くらい……!」

 

 

 ミカドが見滝原の探索を終え、予約したホテルに帰って来たのは日付が変わった後。部屋は閉まっており、中にいるであろう壮間にドアを叩いて呼びかけるが応答なし。いかにも面倒くさそうに踵を返し、野宿を決行しようとしたミカドだったが、振り返ったら活気に欠けた顔をした壮間が歩いてきてきた。

 

 

「いたなら返事をしろ。仕返しのつもりか?」

 

「……なぁミカド」

 

 

 帰って来た壮間の姿を見れば一目で察せられる。変身もせずに何かと戦ってきたか、或いは思いがけない戦闘に巻き込まれたか。命を脅かす程のものでは無かったのも分かるが、気になるのは憂いを帯びたその表情。

 

 

「戦いに関係が無い奴がいて、それで今後も平和に生きていくんだって、生きて欲しいと思ってた。でも、そいつは知らないうちに命を賭けるようになってて……俺はどうやって、そいつを止めればいいと思う……?」

 

「……なんだ? いつになく王らしいじゃないか。王らしく、傲慢だ」

 

 

 刺々しい返答をすると、ミカドは鍵を取り出した壮間を素通りした。

 

 

「おい……!」

 

「一人で使え。辛気臭い部屋で寝るくらいなら外の方がマシだ」

 

 

 否定するわけじゃない。その思いが理解できないわけじゃない。

 ただ、他人を俯瞰する才能を持つ壮間が、その矛盾に気づいていないわけが無い。分かり切った答えに付き合ってやるほど、ミカドはお人好しじゃない。

 

 

「梓樹……」

 

 

 壮間は独りで朝を待つ。廻る夜を眺めながら、魔女の夢から醒めないままで。

 

__________

 

 

 その夜、一睡もできないなんてことは全く無かった。命が関わる事象にも慣れてしまっているのを自分で実感する。目を覚ますと香奈から「昼過ぎ現地入り!」とメッセージが届いていた。

 

 

「おはよう、日寺くん!」

 

「……梓樹。うん、おはよう」

 

 

 ダンスコンテスト前日。チームでのリハーサルの前の時間を使って、美沙羅は壮間に会いに来ていた。壮間はかける言葉も見つからないまま、調子を合わせるように挨拶をする。でも、昨夜のことを無かったように扱うことはできない。

 

 壮間を吞み込んだ異質な空間。そこを巣として人間を誘う混沌の怪物。そして、それと戦う『魔法少女』───それが美沙羅だった。

 

 鎧を纏うのではなく、何かの衣装に身を包むように『変身』した美沙羅は、剣や銃と『物を変形させる』ような特殊な魔法で怪物を一人で倒してしまった。怪物の巣はその瞬間に崩壊し、美沙羅は怪物の体から落ちた針の刺さった球体を拾い、『香奈ちゃんには内緒でね』と言って去ってしまった。

 

 

「『魔法少女』だったんだな、梓樹が」

 

「そうなの。でも意外と驚いてないんだね、もしかして知ってました?」

 

「いや……知らなかったよ、全然。じゃあ昨日言ってた話は全部本当だったってことなんだな。『救済の少女』も……魔法少女だったのか」

 

「多分ね。魔法少女って私以外にもたくさんいて、皆があの『魔女』と戦ってるの」

 

「『魔女』か……なんか全然そんな感じしなかったけどな。魔女っつーか『悪魔』って感じ」

 

「だよね分かる、なんで魔女なんだろ? 私が魔法少女になったのは半年くらい前で、その時から『この子』と一緒に戦ってるけど……聞いてもあんまりよくわからなくて」

 

 

 美沙羅が誰もいない場所を指し示すと、そこに滲み出るようにして『この子』と呼ばれるそれは姿を現して美沙羅の肩に乗る。真っ白いイタチのようなウサギのような小動物だ。

 

 

「はじめまして、僕はキュゥべぇ。魔法の使者さ。君が美沙羅の友人だね」

 

「喋……ってるのかこれ……? 願いを叶える妖精ってことでいいんだよな?」

 

「キュゥべえが姿を見せてくれるの珍しいんだよ? 恥ずかしがり屋さんなのか、いつもは普通の人には見えないのに」

 

「魔女との闘いに巻き込んでしまったのなら仕方がないよ。それに……」

 

 

 キュゥべえは赤一色の小さな目で壮間を見つめる。その表情からは感情を読み取れず、愛くるしいというよりは何処か不気味に感じた。

 

 

「面白いね、君にはかなりの魔法の才能があるみたいだ。君が少女じゃないのが残念だよ。生物学的に雄と分類される君を、魔法少女にしてあげることはできないからね」

 

「今は魔法少女が前より少ないらしくて、世界を守るためにもっと魔法少女が必要なんだって。昔は何人もいたらしいこの街の魔法少女も、今は私ひとり。でも大丈夫だよ、この街は私が守る。日寺くんが見滝原にいる限り、私がちゃんと守ってあげるから!」

 

「それは……頼もしいな」

 

 

 自身満々な様子で笑う美沙羅は、中学の頃に比べると見違えた。常にしたくもない背伸びをして、日常の全てが不自由そうにしていた彼女は見る影もない。心から楽しそうに生きている彼女がそこにはいた。

 

 だから壮間は言うべき言葉を言い出せない。

 

 

「……怖くないのか梓樹は。あんなバケモノと戦わなきゃいけないんだぞ」

 

「怖い……けど、それ以上に嬉しいの。想像も出来なかった、そんな凄い自分になれたことが、とっても」

 

 

 そうだろうな。分かるよ。そう、心の中で頷いてしまう。

 

 

「そうだ日寺くん。明日の本番の後……時間あるかな? 東京帰っちゃう前に、二人でちょっとだけ話したいことがあるんだけど……」

 

「うん、多分大丈夫。明日のステージの後な、覚えとくよ」

 

「ありがとう。じゃあまた明日! 私がんばるから」

 

 

 美沙羅とキュゥべえは壮間の視界の外に消えた。取り残された壮間は天を仰ぎ、声に出せなかった感情を吐息として吐き出す。

 

 昨夜、美沙羅の戦いを見てから、嫌な想像がずっと消えない。魔女という怪物も『嫌な感じ』がする。彼女から話を聞いて、あのキュゥべえとかいう妖精が現れて、それは加速度的に濃く、強くなっていく。

 

 想像できてしまうのだ。美沙羅がいずれ、戦いの中で命を落とす未来を。

 

 

「止めるべきなんだ……止めなきゃいけないのは、分かってんだ……でも……!」

 

 

 ()()()()

 

 戦う力を超常存在から貰って、その力で成りたい自分になろうとしている。それはまるっきり壮間にも同じことが言えてしまう。自分ばかりが夢を追って、人には諦めろだなんて、言えるわけがないじゃないか。

 

 明日だ。明日までになんとかしなければいけない。

 守りたい友人ひとり守れず何が王だ。

 

 あの魔女から美沙羅を永劫に守ることができる、そんな未来を見つけるしかない。

 

 

__________

 

 

 ひと月くらい前に法律が変わり、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられることになったらしい。適用されるまではまだ時間がかかるらしいので、今まさに大人になろうとしている高校3年生には関係の無い話ではあるが。

 

 

「意外と短かったな、高校3年間」

 

 

 見滝原に向かうバスの中、他の部員たちには聞こえないように成湖晶は呟いた。成湖がダンスを始めたのは高校からだし、理由も大したものじゃないが、それなりに感慨が深いことに自分で驚く。

 

 法律が改正される前から、高校というのは一つの境界線だった。そこから社会に出るか大学に行くかは人それぞれだが、誰もが胸を張って子供だと言える最後の時間が、きっと今なのだろう。

 

 明日で彼女の部活動は終わりを告げる。緊張と不安で碌に回らない頭で過ぎ去る時間を数えていると、バスは目的地まで彼女たちを運び終わっていた。

 

 

「……香奈、着いた。行くよ」

 

「ん、ありがとヒカリ。もう着いたんだ」

 

 

 目を開いたまま固まっていた香奈に声を掛け、成湖たちはバスを降りる。

 

 

「じゃあ今から体育館で最終確認。それ終わったら軽く下見して宿だ。……おーい香奈、聞いてる?」

 

「え? うん聞いてるよ。練習行くんだよね! 早く行こ!」

 

 

 部員たちに指示を出した成湖は、またも上の空の様子の香奈に声を掛けるも、しっかりとした応答が帰ってきた。普段の彼女なら面白いくらい緊張するか、逆に一周回って変なテンションで暴走するところだが、今日の香奈はバスの中から様子が妙に落ち着いていた。

 

 

「どうしたよ香奈。緊張してんの?」

 

「……わかんない。でも多分、してない。だって明日はテレビも来る! ソウマも来てくれる! 皆が見てる! そんな高校最後のステージだよ? 明日、皆の前で踊るのがとっても楽しみでしょうがいないんだ」

 

 

 少なくとも高校で出会ったこのメンバーで踊るのはこれが最後。そう考えたのなら、最高のステージにしたいと考えるのが当然だ。春から経験した時空を超えた友情や、憧れの存在との邂逅、そして新たな憧れの芽生え、それら全てを表現したくて仕方がない。

 

 

「どいつもこいつも、勝手に変わりやがってさ……」

 

 

 遠足の前日や、祭りを待つ昼間の子供のような。この青春の崖っぷちで心底楽しそうに笑う香奈が、成湖には終わりかけの夏の日差しよりもよっぽど眩しく見えてしまった。

 

 

「明日、楽しもうね! ヒカリ!」

 

「……だね。どーせなら笑って終わろう」

 

 

 数字に直してあと30時間足らず。結果がどうあれ、彼女たちの夏はもうじき終わる。

 

 心のワクワクが収まらない。

 明日、私はどんな風に踊れるんだろう?

 

 胸を高鳴らせる香奈を、魔法の使者はじっと見ていた。

 

__________

 

 

「やはり跡形も無いか。昨日のアレがただの悪夢なら、それに越したことは無いが……」

 

 

 そんな希望に満ちた妄想なんて今は無意味だ。ミカドは昨夜の廃教会に再度足を運び、目の前に広がっていた現実を冷静に精査する。

 

 昨夜、この場所に自生していた植物は間違いなく『ヘルヘイム』だった。

 

 ヘルヘイムは2068年でも猛威を振るっていた凶悪な侵略性植物。未来では『ワーム』や『アンデッド』に並ぶ、或いはそれすら凌駕する危険な存在だ。無数の怪人を含めた広大な生態系そのものが人類に牙を剥く、そんな厄災に人類が成す術などあるわけもない。

 

 それが2018年に存在するとしたら、まず間違いなくアナザーライダーの仕業だ。そいつが誕生して何年経っているのかは分からないが、森が拡大し手遅れになる前に迅速に駆逐しなければいけない。

 

 

「ちょっとちょっと。あんた人ん家で何してんのさ、空き巣かい?」

 

「……?」

 

 

 教会を隅まで探索し、ヘルヘイムの面影が無いと確認したところで、ミカドは入り口の方向から聞き慣れない声に呼ばれる。随分とカジュアルかつ粗雑な服装で、長い赤髪を乱した女がそこに立っていた。片手に持っている紙袋の中身は果物のように見える。

 

 

「私有地だったのか、悪かったな。学校の課題で色々調べていただけだ。何も壊してないし盗んでもない」

 

「はっ、あんた真面目だねぇ。ちょっとからかっただけさ、久しぶりに里帰りしたら誰かいて嬉しくなっちゃってね。で? ウチの教会に何か面白いもんでもあった?」

 

 

 紙袋から林檎を取り出して齧るその女は、見たところ少し態度が荒いだけの一般人。ミカドは深く関わろうとせず、その横を通り過ぎようとする。

 

 しかし、彼女の真横に来た瞬間に、足を止めた。

 直感だった。この女の立ち振る舞いから、素人臭さを感じない。全身に薄く警戒心を纏い続けているような、研ぎ澄まされた野犬の風格。

 

 

「面白いものならあった。この世のモノとは思えない、気色の悪い植物がな。趣味の悪いガーデニングだ、貴様のセンスか?」

 

「へぇ……ねぇもしかしてあんた、魔法少女だったりする?」

 

「やはりセンスが粗末だな。世辞のつもりでも少女扱いは不快だと、黒髪仏頂面の友人にも伝えておけ」

 

 

 転身。そして衝突。女の先制の蹴りを右腕で防いだミカドは、息つく間も与えず反撃。女はそれをなんとか避けると、人間離れした動きに付いていけずに零れ落ちた林檎を空中で拾い、再び袋の中に仕舞い込んだ。

 

 随分と強引に鎌をかけたが、ヒットだ。この女は『魔法少女』と『ヘルヘイム』を知っている。

 

 

「おっとと、危ない危ない。いきなり顔狙い? 一応嫁入り前の娘の顔だよ、傷物になったらどーすんのさ」

 

「悪いが育ちが男女平等(死地)でな。郷に従ってレディファーストは遵守してやったんだが、不服か?」

 

「言ってくれるじゃん。あたしもさぁ、こういう舐めた口利く後輩には……ちょーっとわからせてやるって決めてんだわ」

 

 

 女が丁寧に紙袋を地面に置くのを合図に、戦いが再開した。

 僅かな立ち合いで女が人間の域にいないことは分かる。異世界の冒険者と同じ、後天的な超身体能力を前提とした戦いの組み立てだ。

 

 

(なるほどな。やはりこの力は……)

 

 

 この街に広まる『救済の少女』のウワサ。昨日遭遇したヘルヘイムを操る女。恐らく壮間の友人の女が『戦う力を手に入れていた』という事実。そして一連の問答とこの赤髪の女。

 

 そこからミカドが導き出した答えは、超常的な力を持った『魔法少女』と、それに敵対する何かの存在。そしてその魔法少女は、ヘルヘイムと何らかの繋がりを持っていると推測していた。

 

 まずは魔法少女がいかなる存在なのかを知る必要がある。そう思って仕掛けた小手調べだったが、そんな悠長に構えてはいられなさそうだ。少なくともこの女は、試すのが烏滸がましい程度には強い。

 

 

「あんた、暁美ほむらに会ったの? 驚いたよ、アイツもまだ生きてたんだ」

 

「それがあの女の名前か。そういえば、貴様の名前も聞いてなかったな魔法少女」

 

「なに、あんたサムライ? 佐倉杏子だよ。あんたの名前は言わなくていいよ、どーせ覚えらんないからさ!」

 

 

 女───杏子は教会の中に入ると、床に転がっていた長めの木材を蹴り上げ、その手に構えた。感触を確かめるように軽く振り回すと、杏子は追ってきたミカドの攻撃を中距離の間合いで完璧にいなし、その木材で手痛いカウンターを浴びせる。

 

 杏子の動きが一変したのは明らかだった。長物を持っているとは思えないほど軽やかで自在な身のこなしは、特定の武器の扱いを極めた達人のそれだ。

 

 

「強いな貴様」

 

「まぁね。こっちも伊達に長く魔法少女やってないわけ」

 

「そいつは奇遇だな。それに加え、俺とてそう何度も女に負けると流石に矜持に傷が付く。勝たせてもらうぞ」

 

 

 ミカドは徒手空拳。杏子は槍術。互いに長い時間を積み重ねた技術がぶつかり合う。杏子はミカドの手の内を警戒しているのか、攻撃を緩めず間合いを取らせない動きを続ける。そのせいでミカドはファイズフォンⅩ()を抜けないのだが、ミカドは敢えてその土俵に乗った。

 

 これは半ば強引に吹っかけた仕合、安全な勝利を求める気など毛頭無い。差があるのならそれを痛感するための戦いだ。正面からぶち破るのみ。

 

 鎌の如く空を切る杏子の薙ぎ払いを、ミカドは極端な低姿勢で回避した。

 

 

「っ……!」

 

 

 そこから右腕を起点に地面を蹴り、突き上げる槍のように全身で放つ両足蹴り。槍の防御を間に合わせた杏子だが、朽ちかけの廃材は蓄積された衝撃で破砕。防御を貫通し、その一撃は杏子の腹部を突く。

 

 

「へぇ……あんたやるじゃん」

 

 

 ミカドはその一瞬の反射に舌を巻く。杏子は寸前で後方に飛んで衝撃を殺し、ダメージを抑えたのだ。それだけじゃない、蹴りを入れた瞬間にミカドが感じたのは『鎧』の手応え。

 

 杏子の薄着の内側───僅かに見える腹部に刻まれていた菱形の文様が輝く。

 

 

「っ、クソ」

 

 

 決着。ミカドの脚が杏子に触れた瞬間、それが形を持って彼女の服の下から離脱すると、光の鎖となってミカドの全身を拘束した。

 

 

 

「──いやー、近頃は魔女以外にも色々寄ってきてね。おちおち安心して寝らんないってんで、いつも魔法を身体に仕込んでんのさ。悪かったね」

 

 

 常に敵の急襲から術者を守り、反対に敵を拘束する罠の魔法。理に適った発想と技術だ。ミカドは賞賛ならともかく不平を訴えるつもりなど無かった。

 

 ただ、結局また女に喧嘩を売った挙句に敗北を喫し、その上拘束されて体をベタベタと触られている現状は少々沽券に関わる有り様だ。ここに壮間がいれば彼の目を潰していただろう。

 

 

「流石にこんなガッチガチな女はいないよな。ソウルジェムも見つからないし。あんた、本当に魔法少女じゃないの? こんなちっこい白猫みたいなの見たことない?」

 

「知らん。一般人じゃないのは認めるが、俺は貴様の言う『魔法少女』とは別ものだ」

 

「なんだ。キュゥべえのやつ、遂に誰彼構わず手を出し始めたかって思ったけど……そういうわけじゃないのか。じゃあなんで魔法少女なんて探ってんのさ」

 

「それはこっちが聞きたいな。何故貴様ら魔法少女が、あの『森』のことを知っている」

 

 

 互いの質疑がかち合った。初対面で殴り合っただけの関係、ミカドも杏子もすれ違うその思惑を測り知ることはできない。しかし、両者の中点に存在する『森』の存在、これを利用しない手は無い。

 

 

「森も知ってるんだ。ちょっとあたしその森に入り用でさ、そのために見滝原に戻る途中、ちょっとここ寄ったってわけ。よかったら案内してくれない?」

 

「俺も森に用があるが、悪いな。境遇は同じだ。昨夜まではここに森の一部があり、黒髪の女が森を操って消えた……俺が開示できる情報はこれだけだ」

 

 

 互いが何かを隠していると同時に、互いが知らない何かを知っているという確信。そして、現時点では利害と立場が一致している。

 

 ミカドを拘束していた菱形の鎖が消失する。戦う意志はもう無いと示すように、杏子は置いていた紙袋を拾って抱えた。

 

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。本気になったあんたから力尽くで聞き出すのは骨が折れそうだし、ここは一旦手を組むってのはどうよ? あんた名前は?」

 

「ミカドだ。覚えろ」

 

「心配しなくても強い奴は好きだよ。無駄な世話焼かなくて済むからね」

 

 

 大人びた笑いを浮かべると、杏子は紙袋の奥から引っ張り出した林檎をミカドに差し出した。

 

 

「食うかい?」

 

 

 僅かに見せた魔法の片鱗と未だ底の見えない実力。

 それよりも恐ろしいのが、人を騙すのも利用するのも躊躇が無い、何かを割り切ったようなその態度だ。そしてそれを隠す気の無い豪胆さと、自棄。近付き過ぎれば焼き焦がされてしまいそうな危うさが、彼女にはあった。

 

 ミカドは安全を求めない。その先には望む未来も、成りたい自分もいないと知っている。

 

 ミカドは杏子から林檎を受け取った。この女を利用し、先に進むという覚悟を胸に。

 

___________

 

 

「体育館、超ハイテクだったね! ていうか街全部がめっちゃハイテク! 未来!」

 

「ですねー。いつもここで練習できれば最高なのに、って思いました」

 

「香奈先輩テンション高っ。緊張とかせぇへんのかな? バケモンやわ」

 

 

 ダンス部は本番前日に成すべきことを全て終え、残すは直前のリハーサルと場当たりのみ。昼間は落ち着いていたのに、宿に来た途端に白熱する一方の香奈を見て、後輩たちは若干引き気味に驚いていた。

 

 

「あ、でもソウマ会いに来てくれなかったし! なんか既読無視するし!」

 

「えぇー片平先輩無視するとか、とんでもないバチ当たりですね」

 

「本番来てくれるならいいけどさ! そーいえば、ヒカリどこ行ったんだろ。明日早いし早く寝ろって言ってたのに」

 

「買い出しとちゃいます? それか散歩か」

 

「散歩! 私も散歩する! 体動かさなきゃ寝れそうにないし!」

 

 

 本番が近づくにつれ、テンションが普段のそれを飛び越えて天井知らずの上昇を見せる。今の彼女は制御不能の暴走機関。最後の最後でも年上の駄犬っぷりを見せる香奈に、後輩たちも笑うしかない。

 

 後輩たちの制止が来るより先に宿を飛び出し、香奈は夜の街に駆け出す。都心に負けない大都会ながらも星空は宇宙の奥まで見えるようで、空気は澄んでいた。

 

 ひやりと涼しく心地の良い夜風。明日の景色を想像すると気分が昂ぶる。叫び出したい気分だった。この知らない街の真ん中で、私はここにいるぞと。

 

 

「誰か……踊ってる?」

 

 

 宿の近くの公園。気分のまま少し踊ってみたくなった香奈だったが、芝生の上に先客がいることに気付いた。

 

 香奈のダンス部と同じ、ジャンルはヒップホップのようだ。しかし、音楽も無く街灯もろくに当たらないこのステージで、そのダンスはただそれだけで燦然と絶対的な輝きを放っていた。

 

 香奈がその舞いに喝采を送る前に、月明かりがその踊り子の姿を照らす。

 

 

「えっ、ミサ!?」

 

「……来てくれたんだね、香奈ちゃん。待ってた」

 

 

 香奈がここに来るとわかっていたように、美沙羅はその再会を歓迎した。

 

 

__________

 

 

 こんなに長い時間を苦悩に費やすのは久しぶりだなと、壮間は思った。

 

 

「魔法少女のこと、もっと聞いとくべきだったな……」

 

 

 何もしなければ時間というのはあっという間に過ぎてしまい、気付けば夜。ミカドはあれ以来現れないし、香奈からのメッセージも大半が美沙羅に関することなので無視してしまっていた。

 

 色々と考えはしたのだ。

 

 まず魔女を全部倒す……聞く限り相当数が蔓延っているようで、虱潰しの駆逐は無理がある。ではせめて美沙羅を守れるように、彼女を東京に引き戻すか? いや、そうなると見滝原を守る魔法少女がいなくなる。彼女は使命を放り出せるような人間じゃない。

 

 

「あぁもう、なんなんだよ魔法少女って……!」

 

 

 壮間は壁に張り付けられた『救済の少女』の絵に拳をぶつける。みっともない八つ当たりだと分かっていても、思ってしまった。

 

 『救済の少女(おまえ)』が本当に魔法少女だとするなら、今どこで何をしてる? この街を救ったんだったら、さっさと現れて美沙羅のことも救済してくれよ。

 

 

「なんで魔法少女なんかになったんだ……! 梓樹……!」

 

 

 魔法少女になり、命を賭すのに見合う対価。あらゆる過程を踏み倒して成就する、たった一つの『願い』。彼女は一体、なにを願ったのだろう。

 

 

「美沙羅がどうしたって?」

 

「っ、成湖……!? なんで」

 

「よ、偶然だな日寺。散歩だ、散歩。精神統一ってやつ? にしても本当に来てたんだな、見直したよ」

 

 

 思考が行き詰っていた壮間の前に現れたのは、ジャージ姿の成湖だった。この付近がダンス部が泊っている宿なのだろうか。香奈が来ていたら既読無視を問い詰められていただろうなと、壮間は胸を撫で下ろした。

 

 

「散歩って……別にいいけど、女子が夜に一人は危なくないか? 宿まで見送ってくよ」

 

「そういう気遣いがずっと出来りゃ、多少はモテるんだろうにな」

 

「うるせぇ」

 

「で、美沙羅に会ったんだろ? どうだった? 女児一年会わざればなワケだけど」

 

「いや……どうって言われても……綺麗になってたよ」

 

 

 壮間は悩んだ末に言葉を濁す。さっきの独り言が聞かれていたのなら、彼女の現状を成湖にも明かすことになりかねないのだが。

 

 

「……ホント、わかってねーな。美沙羅は昔っからずっと綺麗だよ」

 

 

 成湖はそう言うと歯を見せるようにして笑った。中学の頃、3人でつるんでいた時と変わらない笑顔だ。こうして二人でじっくりと話すのも久しぶりで、美沙羅と会ったことも重なって、まるで中学に戻ったように感じた。

 

 

「……変わったよな、美沙羅も、お前も」

 

「どうしたんだよ……そんな急に」

 

「私が美沙羅と仲良いのは知ってるだろ? 連絡はいつも取ってた。だから美沙羅が明日、私たちと同じステージに立つのも知ってた」

 

「それは俺も聞いたよ。お互い部活最後のステージ、どっちが勝っても恨みっこ無しの真剣勝負だって」

 

「違うんだよ日寺。違うんだ……美沙羅と私とじゃ、明日のステージの意味がまるで」

 

 

 行き先を誘導するように、成湖の歩幅が僅かに広がる。彼女と壮間の距離が、少しだけ遠くなった気がした。

 

 

__________

 

 

「ええええぇっ!? ミサが見滝原高校のセンター!? で、明日のコンテスト出るの!?」

 

「うん、そうなの。日寺くんには言ったんだけど、聞いてなかった?」

 

 

 噴水と大きな池が見えるベンチで体を並べ、香奈と美沙羅は1年ぶりの会話に興じる。互いが互いの変化に驚きながらとめどなく溢れる言葉と感情は、やはり明日のステージに行きついた。

 

 

「聞いてない! あ、でもこれはミサの口から聞けてよかったかも。だからソウマってば既読スルーしてたのかな? いやーソウマもアレですなぁ。アレ。えっと……」

 

「もしかして、粋?」

 

「それそれ! すごくダンス上手くなってたし、頑張ったんだねミサ。いやぁーまさかラストステージでミサとまた踊れるなんて! もう明日が楽しみ過ぎるよ~!」

 

「楽しみ……か。そうだね。私も楽しみ。明日は……私の最後のチャンスだから」

 

 

 夜空に向いていた屈託のない香奈の笑顔の横で、美沙羅は据わった声で言った。香奈も経験的に、その周囲に漂った剣呑を察する。

 

 美沙羅の『最後』は、香奈とは言葉の意味が違う。

 

 

「……どういうこと、ミサ?」

 

「ねぇ、香奈ちゃん。明日が終わったら、香奈ちゃんは何になるの?」

 

 

 無意識のうちに考えないようにしていた事だった。一足早く夢から醒めたような、そんな気分になった。

 

 4月の頃は漠然とダンスを続けたいと思っていた。でも、壮間の旅に同行するようになって、自分のやるべきことをもう一度考えなきゃいけないと思うようになった。

 

 でも、そんなことはダンス部の仲間には関係ない。だから今はただ目の前のステージに全力を尽くそうと、この人生の一幕を仲間との楽しい思い出にしようと、ただそれだけを考えて。

 

 

「私は……」

 

「私はね、街を作るの。この街の大学で都市開発の勉強をして、日本中に見滝原みたいな先進都市を作ることになってる。そう、お母さんが決めたんだ」

 

 

 香奈もよく知っていた。美沙羅の母は教育者として有名な人で、今までも美沙羅の進路はほとんど母が決めていたらしいのだ。

 

 

「ここに引っ越したのも、お母さんが見滝原の都市システムを気に入ったから。部を引退したら受験に専念しなきゃいけない。だから、私のダンスは明日でおしまい」

 

「そう……なんだ。ミサは……ミサはそれでいいの!? お母さんに無理言ってダンス始めたって言ってたじゃん! 本当はダンス続けたいんじゃ……!」

 

「いい。ダンスやれてたのはお父さんが口利きしてくれてたからだけど、引っ越しの時に出てっちゃったしね。それに、こんな私を育ててくれたのはお母さんだから、感謝はしてるんだ」

 

 

 美沙羅の言葉には決意が籠っている。彼女がそう決めたのなら、心がモヤモヤするが何も口出しはできない。ただ、香奈の胸を貫くのは、彼女の鋭い視線。

 

 心臓が縮むような冷たい緊張。その緊張の名前は、『敵意』だ。

 

 

「私は……高校に入った時から、ずっと香奈ちゃんみたいになりたかった。なんでもできるみたいに自由で、快活で、眩しくて。日寺くんの視線の先にはずっと香奈ちゃんがいた」

 

「ソウマ……?」

 

「私は日寺くんが好き。だから、明日のコンテストで優勝して日寺くんに告白する」

 

 

 ・・・・・・・

 

 

「ええっ!!??」

 

 

 恐らくここ数か月で一番大きい声が香奈の腹の底から出た。夜中なので慌てて口を塞ぐが、そうでなければ肺活量の限り叫んでいただろう。

 

 今何て言った?

 

 ソウマが好き??

 

 

「っ……なんで!?」

 

「え……なんか思ってた反応と違う……」

 

「ねぇ本当にソウマが好きなの!? なんで!? どの辺がいいの??」

 

「どこってそんなの……まず優しいでしょ? それにすっごく面白くて、頑張り屋さんで、あとやっぱりカッコいいとことか……とにかく私にとって特別な人で……」

 

 

 知らない人の話だ。そもそもの前提が違うのだろう、英語で話されているように何も伝わってこない。

 

 

「あれ……? てっきり私は、香奈ちゃんも日寺くんが好きなのかなって……」

 

「えー!? ナイナイ! 全然無い! 確かに最近はね、最近のソウマのことはめっちゃ応援してるけど! 好きとか恋とかラブとかそーゆーのじゃないよ!」

 

 

 香奈も壮間がミカド以外の誰彼から嫌われるような男だとは思っていないし、魅力が無いとまでは言わないが、それと恋愛感情とはどうしても結びつかない。美沙羅はしっかりしている印象だったので、彼女が壮間を好きというのは意外も意外な話だった。

 

 

「へぇー、ミサってソウマが……へぇー」

 

「……本当にどうとも思ってないの? 日寺くんのこと」

 

「え……? うん、だからそうだって。ソウマのことが好きだなんて、そんなわけ……」

 

 

 じっと、美沙羅は何も言わず香奈の目を見る。

 香奈は思わず目を逸らしてしまいそうになった。誤魔化しもせず答えたはずなのに、その目からはあの緊張が消えていないようで。

 

 

「……そっか。ごめんね、変な話しちゃって。でも私の気持ちは変わらないよ。明日、ずっと憧れてた香奈ちゃんに勝って……変わった私を、日寺くんにも好きになってもらう」

 

 

 立ち上がった美沙羅は数歩先に進むと、体の向きを変えず、座ったままの香奈に振り向いた。

 

 

「私はこの街で大人になるよ。明日のステージが終わるまでが、私が子供でいられる最後の時間」

 

 

 それは確かめるまでもなく、宣戦布告だった。

 言われるまでもなく手は抜かない。事情を知ったとしても、香奈だって明日皆で笑って終わることを諦めない。全力を尽くして、踊るだけだ。

 

 

「また明日。いいラストステージにしようね」

 

 

 そう、心は決まっているはずなのに。

 どうしてか、その背中を見つめたまま、香奈は立ち上がることができなかった。

 

 

__________

 

 

「───美沙羅はあのクソ母親のせいで、明日から先の人生を決められてる。守ってくれてた父親は遂に愛想つかして逃げちまった」

 

 

 成湖は、美沙羅の抱える決意を本人から聞かされていた。成湖はそれを、『恋心』という要素を除いて壮間に伝える。

 

 

「お前だって知ってるだろ? あの毒親のことは」

 

「まぁ、俺ら一緒に叱られたこともあったしな……梓樹に関わんなって」

 

「あのババアは自分の娘を教育モデルとしか考えてない。進路から趣味や服装まで勝手に決めたレール走らせて……美沙羅をまるで商品かなんかみたいにプロデュースして自分の教育の賜物なんですよって自慢しようとしてる、いい歳して承認欲求拗らせたド屑だよ」

 

 

 凄まじい物言いだが、壮間も否定はしなかった。

 少なくとも壮間の知る美沙羅の母親は、メディアでたまに見る時を除けば決して褒められるような印象を持たない。

 

 

「今が美沙羅の最後の猶予なんだ。お前には言えないけど、明日のステージにデカい想いも賭けてる。私はただ中学でバスケ嫌になってダンスやっただけだからな、美沙羅と私じゃ覚悟ってやつが違う」

 

 

 成湖がダンスをやったのはもう一つ理由がある。高校に入り、ダンス部の体験入部にいた香奈を見て、美沙羅がダンスを始めると言ったからだ。香奈の近くで、香奈に勝ちたいと美沙羅が言ったのだ。

 

 幼い頃からずっと美沙羅は束縛されていた。だから、中学で壮間への想いを聞いて、親友としてできる限りの応援をしようと決めた。しかし今、その行く末に辿りついてしまった。

 

 

「ずーっとこのまま……まだダラダラこういう関係が続いて行くんだろうなって、根拠もなく思ってた。でも終わりが近づいて、美沙羅は変わらざるを得なくなった。そしたらお前も香奈もえらく変わってんだぜ?」

 

「勝手かもだけど、今ならちょっと分かるよ。その気持ち」

 

「……全っ然わかってないね。私はさ、日寺。ずっと今が続いて欲しいんだ。この夏が終わらないで欲しい。明日なんて来ないで欲しい。明日どっちが勝ったって、今日の関係はもうそこには無いだろ?」

 

 

 成湖は小さく踊るようなステップで、足を速める。

 川が流れる音が聞こえる。この橋を渡った先に、ダンス部の宿があるのだろうか。

 

 

「勝手に痛みを知って、何かを納得して……お前らは変わってく。私だけが、置き去りになるんだ」

 

 

 そこでようやく壮間は気付いた。

 何か妙だ。成湖の様子がおかしい。

 

 壮間は魔法少女のことを、美沙羅が願ったモノのことを考えてしまっていた。気付いた時にはもう、成湖は橋の手すりに乗りかかっていて───

 

 

「だからさ。明日が来るくらいなら……死んだ方がいいよな」

 

「成湖!!」

 

 

 高めの柵を背中で飛び越え、成湖は無気力にその身を投げ出した。

 

 高さはそうでもないが、頭から落ちた。川の水位が無ければ死にかねない。そんな考えが巡るよりも先に駆け出し、壮間は橋から飛び出して落ちゆく成湖の腕を掴んだ。そして、壮間のもう片手が橋の縁を掴んで、落下は止まる。

 

 

「成湖! しっかりしろ、おい!」

 

 

 気を失った成湖の首元に、小さい鳥居のような模様が見えた。

 いくら自暴自棄になろうと成湖は本番前に刺青を入れるような奴じゃないし、ましてや自殺なんて手段は決して選ばない。

 

 成湖は正気じゃなかった。何か異変が起こっているのは間違いなくて、考えられるのは当然───

 

 その瞬間、空間が歪む。片手で掴んでいた橋が消え、無かったはずの足場が現れ、そこは異空間へと塗り替わった。

 

 

「魔女の結界……!」

 

 

 真っ黒な背景、整列して空を行進する橙色の灯。野菜や果物の頭をした『使い魔』たちが、切り絵の浴衣を着て踊っている。金切声で奏でられる不協和音の祭囃子が聞こえ、そこにあるのは形だけを真似た歓楽の紛い物。

 

 使い魔たちに囲まれた櫓の上にいるのがこの結界の主、魔女だろう。笑顔のお面を付けた魔女は、壮間と成湖を見つけ血と墨の色の体を揺らして喜んだ。

 

 

(成湖はコイツに操られてたのか……! 人を操って自殺に追い込んで、その後どうすんのかは大体想像つく。そりゃ魔女の存在が表に出ないわけだ……)

 

 

 これだけ強大な存在が普段は不可視の結界に身を隠し、寄ってくる餌を取り込む。加えて、美沙羅の話だと使い魔も成長したら魔女になるらしい。生態が狡猾にも程がある。

 

 それにしても、やはり魔女から匂うのは『嫌な感じ』。怪人を相手にしている時とはまた違う。本能的に戦いたくないような、強烈に沸き上がる忌避感。

 

 だが、壮間は無理矢理緊張を鎮めてジクウドライバーを構えた。思案する暇は無い。一刻も早く、壮間の手でこの魔女を───!

 

 

「日寺くん!」

 

「……梓樹……!」

 

 

 詳しいことは教えてくれなかったが、魔法少女は魔女の出現を察知できるという。外側から結界に侵入してきた白い光。魔法少女に変身した美沙羅が、壮間を守る位置に着地した。

 

 ───間に合わなかった。壮間はジクウドライバーを隠し、奥歯を噛み締めた。

 

 

「晶ちゃん……!? 『魔女の口づけ』がある、そっか……ステージ前で緊張してたのを、魔女に付け込まれたんだ。許せない!」

 

「っ、待て梓樹!」

 

「大丈夫だよ日寺くん! 日寺くんも晶ちゃんも、絶対に私が守るから!」

 

 

 手を伸ばす壮間の方を見ずに、美沙羅は両手に剣を持って魔女に向かっていく。友達を傷つけられた怒りをそのまま発露するように。

 

 しかし、その軌道は余りに正直で、直線的過ぎた。

 

 

「───え……!?」

 

 

 魔女の身体の墨色が多数の腕となり、指から放った弾が美沙羅を迎え撃った。結果、爆発に押し戻されて美沙羅の体は抉られながら遥か後方に吹き飛んでしまう。

 

 壮間は届かなかった自分の腕を、無念と共に地面に叩きつける。

 

 壮間の『想像』は突拍子の無い妄想ではない。その本質は得た情報から無意識に行われる『分析』だ。その『想像』が美沙羅の死を警告している最たる理由は、非常に単純で残酷だった。

 

 まず、あの魔女は昨日の個体より格段に強い。そして、それ以上に───

 

 

(アイツは……梓樹は……! ()()()()()()()()()()()……!)

 

 

 昨日の戦闘の時点で、彼女の戦いは非常に危なっかしかった。きっと誰かを守りながら戦ったことなんて無かったのだろう。あれは首の皮一枚の勝利だったのだ。

 

 だが彼女は結果に陶酔し、それに気付いてすらいなかった。この見極めの甘さは戦い続ける上で致命的であり、センスの欠如と言わざるを得ない。半年も生き残れたことが奇跡と思えてしまうほどに。

 

 残酷だ。だから壮間は思ってしまった。

 美沙羅はきっと、戦うべき人間じゃないと。

 

 

(強い……こんな魔女、今まで見たこと……! でも……!)

 

 

 美沙羅は傷を負った体に手を当て、自身の魔法で再生を行って立ち上がる。敵わないかもしれない敵なのが分かったとしても、想い人と親友がいる前で引き下がれない。

 

 

「何も選べなかった弱い私とは違う! 変わったんだ! 私は!」

 

 

 その覚悟とは裏腹に、壮間は立ち上がった美沙羅に絶望感すら覚えてしまった。

 

 壮間が短期間で強くなれたのは、出会いに恵まれ過ぎたからだ。だが美沙羅には技術を教えてくれる先輩も、高め合う好敵手もいなかった。ずっと独りで戦ってきた美沙羅が強くなれなかったことに一切の非は無い。

 

 だから、この窮地は誰が悪いのかなんて決まってる。

 邪悪の魔女と、性懲りもなく迷って突っ立ってるだけの壮間だ。

 

 

「……ッ、変身!」

 

《ライダータイム!》

 

 

 魔女の4本指が長い刃物のようになって、使い魔の軍勢と共に美沙羅を刻まんと迫る。その悪意の波を一瞬で斬り捌いたのは、ジオウへと変身を果たした壮間だった。

 

 

「日寺くん……!? どういうこと、その姿って……!?」

 

「黙っててごめん! 罵倒も失望も後で聞く! だから……!」

 

 

 美沙羅は救済なんて望んでないのかもしれない。彼女にはまだ叶えたい何かがあって、実現したい自分がある。この戦いでそんな彼女の何かが劇的に変わったかもしれないのにと、傍観者は言うだろう。

 

 でも、壮間が主人公足り得る『想像力』という才能が、その可能性を否定している。美沙羅は明日を迎えずに死ぬ。それが読めていて、黙って見ているなんて壮間にはできなかった。

 

 

「だから……あの魔女は、俺が倒す!」

 

 

 

 ───刹那

 

 櫓が崩壊する。魔女の背中から黒い液体が花火のように噴き出て、遅れて発せられた悲鳴が結界を揺るがす。

 

 空間に亀裂が入っていた。

 それは穴でも扉でもなく、転位(ズレ)だ。位相がズレた空間が相食んで、それを引き裂くようにして入り口が生み出されている。それはまるで、というより()()()()()()()()

 

 発生した欠陥(クラック)から瞬く間に異形の植物が繁殖し、結界の半分が森へと変容した。森の先頭に立つ存在こそが、一瞬にして魔女を斬り倒した侵略者。

 

 

「お呼びじゃねぇって言っただろ……クソっ……!」

 

 

 腐ったような鈍色の大剣を担ぎ、枯れた樹皮を切り出した鎧を着込んだその風貌は、死に瀕してなお戦地を彷徨う武者の如し。

 

 その両肩の大袖に刻まれし銘は、『2013』『GAIM』。

 落ち武者のアナザーライダー、『アナザー鎧武』。

 

 

「魔法少女と、王の資格者……」

 

 

 アナザー鎧武が二人の存在を認識する。

 それに対し、ジオウが下した判断は『即殺』だった。

 

 

《アーマータイム!》

《ビ・ル・ドー!》

 

《フィニッシュタイム!》

 

 

 混乱する使い魔たちを薙ぎ倒し、ビルドアーマーに換装したジオウは即座に必殺シークエンスに移行。空中に作り出した軌道の路を滑り、障害物を無視してアナザー鎧武の死角へと直通する。

 

 

《ボルテックタイムブレーク!》

 

 

 しかし、それを読んでいたアナザー鎧武は『クラック』から伸ばした蔦を腕のように操り、不意打ちで死にかけになった魔女を軌道上に置くことで一歩も動かずに防御。

 

 ジオウの一撃が魔女を貫くが、巨体と夥しい量の体液で照準が外れてしまう。ジオウの必殺は空振り、アナザー鎧武は魔女の身体から飛んだ『グリーフシード』を捕まえると、意識を失った使い魔を踏みつけて着地した。

 

 

「逃がすか!」

 

 

 逃げるつもりは無いが、これ以上取り合うつもりも無いと、アナザー鎧武は面を上げる。その声なき命令に従って、クラックから津波のように現れた植物がジオウと美沙羅の体を呑み込んだ。

 

 

「日寺くん!!」

 

「───ッ!! 梓樹!!」

 

 

 クラックは森を吸い込み、閉じた。次いで、魔女の死によって結界が消滅する。

 

 結界の消滅後、現実の見滝原に戻って来た者は、誰一人としていなかった。

 

__________

 

 

 美沙羅と別れ、香奈は噴水を眺めながら放心していた。

 時間だけが無駄に過ぎていくのは分かった。身体が冷えて明日に響いちゃ一大事で、早く帰るべきだというのは、頭では分かっていた。

 

 分かっていても、体が動かない。美沙羅の話がグルグル頭の中を巡って、先に進めない。

 

 

「そっかぁ……ミサって凄いな。そっか、私たちってもう……大人になるのかぁ」

 

 

 何より驚いたのは、美沙羅が壮間に想いを寄せていたことだ。両者と長い時間一緒だったのに、全く気が付かなかった。自分は自分で思うより鈍感なのだと、驚いた。

 

 

「明日、私に勝ったら告白するって言ってたよね? ミサってば、そんなの気にしなくていいのに。告白なんて好きにすればいいし、ソウマだってミサ相手なら断らないよ! いやー、あんなオシャレで可愛いカノジョさんができるなんて、幼馴染として鼻が高いよ! お似合いお似合い! うん……」

 

 

 心からそう思っているはずなのに、どうしてだろう。

 どうして『応援するよ』のたった一言が、言えなかったのだろう。

 

 壮間はどんどん強くなって、どんどん変わっていく。それに巻き込まれて何もかもが変わっていく。置いて行かれたくない。置いて行かれるのが、怖い。

 

 踊るのは楽しいけど、楽しい時間はもう終わる。壮間の覇道に同行するという決意が揺るがないとしたら、香奈は壮間の近くで何をすべきだ。何になればいい?

 

 明日が終わったら、私はどんな大人になればいいんだろう?

 

 

(こっちに来て)

 

「……だれ!?」

 

 

 香奈は無意識に頭を押さえた。耳に届いたというより、頭に直接響くような声だった。でも幻聴と言うには余りにも明瞭で、動かなかった体は自然に立ち上がっていた。

 

 どこに行けばいいのかも不思議と分かってしまう。呼ばれているという直感に従い、頭に浮かぶ通りに歩いて行くと、香奈は裏路地に逃げていく白い小動物を見た。

 

 

「待って! 君なの? 私を呼んだのって!」

 

 

 香奈は小動物を追う。曲がり角の先には既にその姿は無く、

 その代わりに在ったのは、地面から広げられた『クラック』と、その先に広がる異界の森。

 

 森の奥で、白い小動物───キュゥべえが姿を現す。

 森の出現と空間の歪み。なにもかもが分からないこの状況で、キュゥべえがそこにいたのを見て、香奈は思わず踏み出してしまった。クラックの向こう側、『ヘルヘイム』へ。

 

 クラックが閉じる。

 森は誘う。彼ら彼女らを、進むべき運命へと。

 

 




高町の魔女(Littlewit)
その性質は惜愛。年がら年中昼夜問わず、手下と終わらない縁日に興じる。変わらない踊りも同じ料理を出し続ける屋台も、魔女のお気に入りだから満足らしい。祭りをやめようとする者は結界の底に沈めてしまい、ときどき新しい出し物にリサイクルされる。祭りを終わらせてしまう花火が大嫌い。



というわけで、佐倉杏子が登場しました。今回の2018年は「杏子生存ルート」の5年後という形になっております。
この世界線において5年前に何があったのか、原作履修済みの皆さんは色々と違和感を覚えていると思いますが、それに関しては次回以降。全ては森で明かされる予定です。

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森の王と魔法少女の運命

壱肆陸です。時間はある気がするのに中々更新できず不甲斐ないばかりです。今年中には前半終わらせたいです。

前回、アナザー鎧武と遭遇した壮間と美沙羅。森に連れていかれてどうなっちゃうの~~!?ってとこから始まります。結構重要な設定も出てきたりします。

今回もタップorスライドで「ここすき」をよろしくお願いします!


 夜が来る。ミカドは無意識のうちに警戒を纏っていた。

 

 技術の革新、電気を理解した科学によって、人類の生活から夜は消え去った。少なくとも平和が保たれるこの時代のこの国ではそうだ。ミカドが知る戦争の絶えない50年後の未来ですら、夜闇が怖いと思うことは滅多に無かった。

 

 だが、ミカドは漠然と感じる。

 DNAだけが記憶している恐怖を思い出すように、この街───見滝原の夜はどこか恐ろしい。

 

 

「なーにピリついてんのさ。腹減ったんならコンビニでも寄るかい? 奢ってよ」

 

 

 その理由の一つは、駄菓子を喰っているこの女───佐倉杏子が横を歩いているからなのだろう。ヘルヘイムを探すという目的が一致し、行動を共にして半日。かなりの広範囲を探したが森の欠片すら捉えることはできなかった。

 

 

「貴様は目を離せば何か食っているな。食事は人生の縮図と言っていた女がいたが、その理屈だと貴様の人生は酷く場当たりで破滅的だ」

 

「おっ、いいこと言うねソイツ。そう、飯は大事だよ。食える時に食っとかないとね」

 

「違いない。が、食い物で口を塞がれてはロクに話もできん。いい加減に教えろ、貴様ら魔法少女は何故ヘルヘイムを追っている」

 

 

 杏子はコーンスナックを一掴みして頬張り、音を立てて咀嚼し飲み込む。歯に挟まった食べカスを気にしながら、どうにも集中に欠けた様子で、それでも一応ミカドの言葉に杏子は答えた。

 

 

「……まぁ、今日一日でなんとなく、あの『森』がおっかないもんだってのは察したよ。さしずめ怪物共の住処とか、一度入ったらほぼ出られない迷宮とか、そんな感じ?」

 

「それでも尚、探すのか。俺だって鈍くはない。貴様がヘルヘイムに何かを求めているのは分かっている。だがあの場所に求める価値のある物など無い」

 

「そうかい? あんたさぁ、貧しい生活の中でも生きたがってる奴と、裕福な生活なのに絶望して死にたがってる奴、どっちが幸せだと思う?」

 

「なに?」

 

 

 杏子が捨てたスナック菓子の空袋は、ゴミ箱に入ることなく風に吹かれて街中に消えていく。ミカドはその問に答えない。この問答に意味があるとは思えないからだ。

 

 

「そう、価値観なんて時と場合なのさ。どれだけ高尚な理想を持ってたって、クソみたいな苦しみを抱えてたって、他人じゃそれを決して理解できないし寄り添えない。あんたも分かるだろ?」

 

「返答になってないな。貴様の身勝手の言い訳を聞きたがった覚えは無いぞ」

 

「森も同じってことさ。あんたにとっちゃ地獄でも、あたしら魔法少女にとってはそうじゃない……かもしれないって話」

 

 

 そこまで話すと、杏子は何かを感じ取って明後日の方向に振り替える。さっきまで物を食べ続けてたはずなのに、その表情はまるで飢えた獣のようだった。

 

 

「……魔女が出た。やっぱり見滝原は違うね、昨日の今日で2体なんてさ」

 

「魔女……だと?」

 

「近頃密かに『ウワサ』になってたんだ。その『森』が最初に確認されたのは見滝原、そんで……『森は魔法少女を運命から救済する』」

 

 

 『魔法少女の運命』。言葉の可愛らしさとは裏腹に、声から感じ取れる感情は暗く、重たい。その真実とヘルヘイムが関係するのであれば、一つの仮説が成り立つ。

 

 

(アナザーライダーが造ったヘルヘイムは、もはや俺の知るそれでは無い……ということか)

 

 

 その噂話の先に待つのは、楽園なのか、想像を凌駕する地獄か。

 一層不気味さが深まる夜の奥底に向かって、ミカドと杏子は躊躇なく駆け出した。

 

_________

 

 

「梓樹、もう平気か? 立てるか?」

 

「うん……ありがとう日寺くん。魔法で自分の傷なら治せるから」

 

 

 『高町の魔女』との戦闘中、結界内に発生した『クラック』からアナザー鎧武が出現。魔女を一撃で葬り去ったアナザー鎧武は、壮間と美沙羅をクラックの内側───この『森』へと封じこめてしまった。

 

 

「どこなんだろう、ここ……なんか怖い」

 

「だな、俺も混乱してる。でも……ごめん梓樹。さっきのアイツはアナザーライダーって言って、俺の敵なんだよ。俺のせいで梓樹までこんなことに……!」

 

「そっか、そうなんだ……ううん、大丈夫だよ。気にしないで!」

 

「本当に悪い……絶対にすぐ外に出してやる。明日はラストステージだし、こんなとこいつまでもいられるかよって話だしな」

 

 

 壮間はジクウドライバーとウォッチが手元にあることを確認し、その手を取って共に立ち上がった。

 

 

「ええと、でもどうしたら……」

 

「まずあのチャックみたいな裂け目を探そう。あそこに吸い込まれて来たんだから、そこから出れる可能性は高い。異空間、魔女の結界と同じだとすれば、内部にあのアナザーライダーがいるはず。直接叩くしかないかも」

 

「え、あっ……うん。すごいね日寺くん、こんな時も落ち着いてる」

 

「そう……? まぁ色々あったし、多少は慣れた……のかもしれない。その辺の話も落ち着いたら説明するよ」

 

 

 サバイバルに長けたミカドの受け売りも多いのだが、他者にそう評価されると壮間も自身の変化というものを実感する。直近で異世界のダンジョン攻略に挑んだ経験が大きいのだろう。

 

 目標は出口の発見、可能であれば森にいるかもしれないアナザー鎧武との接触。ミカドと連絡が取れればと思った壮間だったが、異空間なのか案の定電波は通じない。タイムマジーンも召喚できなかった。

 

 確実に無意味だろうが気休めで香奈にも連絡をしてみようとした瞬間、壮間は美沙羅の足元に落ちている空色の宝玉に気付いた。

 

 

「梓樹、それ落としてる」

 

「あっ……! ありがとう! これ『ソウルジェム』って言ってね、魔法を使うための大事なものなんだ。危なかったよ……」

 

「お、指輪に。その指輪そういうことだったんだな。でも……いや、気のせいか」

 

 

 その『ソウルジェム』の透き通るような色が、指輪として何度か見た時より僅かに濁って見える。その事実を、壮間は言葉にしなかった。

 

 

__________

 

 

「森ぃ!!?? ここどこぉーーーー!!」

 

 

 近未来都市から一転。それどころか夜のはずなのに、僅かに光さえ射している。この違和感の塊の景色は、過去や異世界に連れていかれた経験と一致する。

 

 壮間と美沙羅が森に飲み込まれたのとほぼ同時に、香奈もまた森に迷い込んでしまった。

 

 順応性こそ異常だが冷静な判断力には乏しい香奈は、謎の森と自身をここに誘導した白い影への興味を無視することが出来ず、

 

 結構歩いてしまった。

 そして出口を見失って今に至る。

 

 

「私さすがにバカ過ぎるよ……!」

 

 

 香奈の侵入直後にクラックは消失していたので結局脱出は不可能だったのだが、明日のステージが終われば大人への一本道を進むと自覚した直後にこの浅慮である。完全に自信を失くした。

 

 己を鑑みて少し冷静になった香奈は、事の重大さにようやく気付く。

 

 この森から出る手段が無い。一刻も早く帰るため、今できることと言えば歩き回って誰かを探すことくらいだが、このまま誰も見つからなければ香奈が向かう運命は『餓死』のみ。

 

 

「大ピンチじゃん! 持ち物は……スマホとイヤホンと、宿に置いてあったチョコ2つ……だけ! 私が我慢できるわけ無い! 明日には絶対無くなってる! 食べ物! 最優先は食べ物……!」

 

 

 場所は密林。ヘビやトカゲなどの小動物や虫は……非常時でも女子高生の感性では厳しいものがある。そうなると自然と視線が探すものは一つ。

 

 そう時間は経たずに見つかった。奇妙な蔦にぶら下がる赤紫色の果実。

 蓑のような皮を剥くと真珠の如く白く輝く果肉が現れた。毒々しい皮との対比で果肉は一層の輝きを放っている。

 

 

「なんだろう、ライチみたいだけど……でも、なんかすごく美味しそう……」

 

 

 夕食から左程時間は経っていないのに、一気に食指が動かされたのが分かった。それが見た目なのか、匂いなのか、理屈の分からない猛烈な食欲のまま香奈は果実を口に───

 

 

「食べちゃダメだ!」

 

「───っ! え、この声……!」

 

 

 意志を持って木の上から飛び降りた物体が、その手から果実をはたき落として香奈の足元に着地した。それは香奈にとってはさっき聞いたばかりの声。まさに香奈をこの森に誘い込んだキュゥべえが、香奈の前に現れた。

 

 果実はキュゥべえに踏み潰された。

 

 

「あーっ、何するの酷い! ていうか何!? 色々何事!? あなただよね私を呼んでたの! 用事あるなら逃げるな! あとそう、私をここから出してっ!」

 

「落ち着いてよ。何の断りもなく君を呼んだのは悪かったと思ってる。でも緊急時だったんだ、僕の話を聞いてくれないかい? 僕はキュゥべえ。美沙羅の友人で、君の味方だ」

 

「ミサの……ペット!? 喋るウサギが!?」

 

「ペットでは少し意味が異なるかな。僕は美沙羅以外とも魔法の契約を結んでいるわけだし、主従ではなく対等な関係性、パートナーと言った方が正しいかもしれないね」

 

「……???」

 

「要領を得ないみたいだね、無理もないよ。でも僕としても君としても、あまり時間が残されていない。僕と美沙羅が何者なのか、直接見て理解してほしい」

 

 

 キュゥべえの赤い目が、香奈の瞳と直線を結ぶ。その瞬間、混乱の中にある香奈の不可解を塗り潰すように、彼女の脳内に映像が流れ込んできた。

 

 総合すれば数時間にも及ぶ映像、その内容は美沙羅とキュゥべえの契約から、魔女の戦い、そして壮間と再会しこの森に迷い込むまでのダイジェスト。

 

 

「ミサが……魔法少女……!?」

 

 

 膨大な情報は驚くほど自然に香奈の記憶に収まった。

 しかし、香奈の表情を曇らせるのは発覚した美沙羅の境遇。傷つきながら魔女と戦う美沙羅の姿は痛々しく、ぎこちなく、壮間の後ろにいる時の頼もしさが感じられない。何より緊急を要するのは───

 

 

「ミサとソウマも、この森にいるんだね。だったら早く合流しないと! ソウマならきっとここから……!」

 

「それは不可能さ」

 

「なんで!? この森を操ってたのって、アナザーライダーだよ。ソウマはこれまで何人もアナザーライダーを倒してきた!」

 

「日寺壮間、彼の持つ力は僕も把握しているよ。でも、君がアナザーライダーと呼ぶあの存在を僕らは『魔女狩り』と呼称している。『魔女狩り』はこの5年間で数千にも及ぶ魔女を討伐し、幾多の魔法少女が彼に挑んでは敗れていった」

 

 

 そのキュゥべえの言葉に、香奈は一抹の違和感を覚えた。

 『魔女狩り』は魔女を狩るからそう呼ばれるのであって、魔法少女と目的が一致しているはず。どうして魔法少女が『魔女狩り』と戦う必要があるのか。

 

 だが、そんな疑念は些事であると言わんばかりに、再び香奈の脳内に映像が流れる。それはアナザー鎧武が魔女を討つ戦いぶりで、確かにアナザー鎧武の強さは驚異的だった。しかし、それだけならまだ香奈は壮間を信じることができたのだ。

 

 だが、信頼や、希望なんかを軽く捻じ伏せてしまう『力』が、そこにはあった。

 

 

「わかっただろう? もはや『魔女狩り』の脅威はかの『ワルプルギスの夜』にも匹敵する。彼一人で対処できるとは、僕には到底思えないな」

 

「こんなの……どうやって……! 勝てるわけない……!」

 

「そうだね。特に美沙羅は魔法の素質が少ないからね、『魔女狩り』に挑めば真っ先に死んでしまうだろう」

 

 

 迫る友人の危機、そんな中で何もできない自身を香奈は呪う。壮間も美沙羅も香奈を置いて先に行き、勝手に命を賭けてしまう。それが辛い。どんな形であれ一緒に戦うと、共に命を賭すと心に決めたはずなのに。あの『力』を前に出来ることが、何も見つからない。

 

 

「だからこそ、君を呼んだのさ」

 

「え……?」

 

 

 土を握りしめて声も出さずに嘆く香奈の心を見透かすように、作り物のような声の抑揚で、キュゥべえはその言葉で手を差し伸べた。

 

 

「君の魔法の素質は凄まじいものだ。片平香奈、君も僕と契約する気はないかい? 君の力があれば『魔女狩り』を倒すことも可能だ」

 

「じゃあ……私も───」

 

「そう。君も僕と契約して、魔法少女になってよ」

 

 

__________

 

 

 壮間と美沙羅が森の探索を始めて、1時間余りが経過しようとしていた。タカウォッチロイドを放ち、出口の捜索と索敵。そして異世界で学んだ方法で簡易的なマッピングを行う。

 

 

「まだ歩ける? キツいなら休んだ方がいいけど」

 

「大丈夫、私もこう見えて運動部のエースなんですから! それより日寺くんの方が大変だよ。私を引っ張って無理してるなら、私の事なんか気にせず……」

 

「馬鹿言うな! 平気だよ、このくらい。大したことない」

 

 

 ずんずんと奥に進む壮間に、美沙羅もなんとか付いていけているという様子だった。体力だけでなく、彼女は精神的にも疲労が溜まっているように見える。

 

 そうなると、食料の確保は急務───壮間はそこかしこに実っている果実を、一つ千切って手に持った。

 

 

「そっか……お腹空いたらそれ食べればいいんだ。これでちょっと安心だね」

 

「いや駄目だ。植物には詳しくないけど、毒でもあったら治療のしようがないだろ」

 

「あ……そう、だよね。ごめん。やっぱ凄いよ日寺くん、こんなときでも冷静だ。私は日寺くんみたいに、この状況を『大したことない』なんて言えない。私が魔女と戦ってきたみたいに、日寺くんも戦ってたんだよね?」

 

「うん、今年の春から。色々あったんだ。色々あり過ぎて……なにから話せばいいかわからないけど、まぁ梓樹たち魔法少女と一緒かもしれない」

 

 

 前は魔法少女の在り方に疑問を覚えた。願いを叶えた後、その代償を払うように戦いを宿命づけられるその在り方に。でも、壮間も梓樹も根本は同じ。叶えたい『何か』がそこにあったのだ。

 

 

「俺は王様になりたい」

 

「へ?」

 

「誰からも認められて、誰よりも優れた、歴史に名を残す王様になりたいんだ。だから戦う。あれから背負うものは結構増えたけど、その願いは今も同じだ」

 

 

 梓樹は豆鉄砲を喰らったように表情を硬直させていた。当然だ、香奈がおかしかっただけでこれが常人の反応なのだ。なんだか段々恥ずかしくなって壮間は顔を伏せてしまう。

 

 

「……すごいや。本気……なんだ」

 

「本気だよっ! あークソ、本気だけどそれとこれとは話が別だよ。全然慣れねぇ! そうだよ梓樹! 梓樹は魔法少女になるときに何を願ったんだ? もう叶ってるんだろうけど……」

 

「それは───言えない、かな」

 

「俺は言ったのに!?」

 

「わーごめんごめん! でも私の願いなんかちっぽけで、日寺くんのに比べちゃうと恥ずかしくて……それに、あんまり意味も無かったし……」

 

「梓樹……? ん、なんだこれ……」

 

 

 壮間は何か言い淀む美沙羅のことが気にかかるが、その視線はすぐに自身の手元に吸い込まれた。さっき捥ぎ取ったまま持っていた果実の柔らかな触感が、急に硬質化したのだ。その手に握られていたのは、スイカのような模様が刻まれた───

 

 

「ウォッチ……!?」

 

 

 異変は畳み掛ける。索敵に出ていたタカウォッチロイドからファイズフォンⅩに通達、前方から敵影の反応。間もなく壮間と美沙羅の視界にも現れたその正体は、腕に布を巻いた鹿のような出で立ちの、人型の怪人だった。

 

 

「梓樹避けろ!」

 

 

 鹿の怪人───『シカインベス』は、燃える炎のような角を突き出し、美沙羅に向かって一直線に突進を開始する。非常時に備えドライバーを装備していた壮間は、即座にウォッチを起動させて駆け出す。

 

 

「変身!」

 

《ライダータイム!》

 

 

 変身したジオウによってシカインベスの追突は受け止められ、カウンターで放たれた殴打でその身体は大きく左に転がる。その隙に美沙羅も指輪をソウルジェムに戻し、慌てて魔法少女の姿へと変身した。

 

 

「ギギィ……」

 

 

 シカインベスはすぐさま立ち上がる。ジオウと美沙羅を前に小刻みに震える身体は、抑えきれない獰猛さを表現しているかのようだった。しかし、それだけじゃない感覚を、壮間は感じ取っていた。

 

 この怪人も魔女と同じだ。うまく言語化はできないが、なんだか猛烈に『嫌な感じ』がする。

 

 

「私が……倒す! 日寺くんに近付くな!!」

 

 

 美沙羅の固有魔法『物質改造』で、森の樹は大きな杭となり、シカインベスへと放たれた。だが、シカインベスの脚力から出力される横移動は、その攻撃範囲を軽く凌駕している。

 

 

「避けられっ……!」

 

「左の樹を分厚い盾にして身を守れ!」

 

 

 シカインベスは魔女とは違って小さく、身軽で、しかも力や速度は雑兵のそれではない。判断を間違えたと頭が真っ白になる美沙羅に、彼女の能力を理解したジオウは指示を飛ばした。

 

 言われた通りに必要以上の厚さを持った盾で、美沙羅は防御を固めた。柔らかい樹の材質ではシカインベスの突進を弾くことはできないが、これだけの厚さがあれば止めることは可能。そしてジオウの読み通り、シカインベスは盾に角が突き刺さって身動きが取れなくなっている。

 

 

「盾を細かい矢に再変形して攻撃! できるか!」

 

「う、うん……やってみる!」

 

 

 盾が消えて体勢が崩れるシカインベスに、無数の木製矢が降り注いだ。威力は無いが不可避。大きく退き隙が生じたところにジオウのジカンギレードが振り下ろされ、その角は叩き折られた。

 

 これで敵の攻撃力は削がれ、一方的な攻めが展開できる。勝負ありだ。しかし、ジオウはトドメを刺すのを躊躇っていた。この正体不明の違和感が、ジオウの判断を鈍らせる。

 

 

「日寺くん危ない!」

 

 

 追い詰められたシカインベスが、強引に後先考えない攻撃を仕掛ける。余計な思考で反応が遅れたジオウを守るため、美沙羅は手元に召喚した銃で半狂乱のシカインベスの各部を撃ち抜いた。

 

 

「梓樹!」

 

「私に任せて!」

 

 

 さらに、折れたシカインベスの角を拾い、魔法で分解した銃と合体させて一回り大きい剣を構築する。そうして硬度と破壊力を獲得した剣を握って一気に駆け、美沙羅が放った横一閃がシカインベスの体を烈断。

 

 敗北したシカインベスは派手に爆散し、戦闘は終わった。

 

 

「……ごめん、助かった。偉そうにしててホント情けないな……ありがとう梓樹」

 

「うん……ううん。いいんだよ! 今は私たち2人だけ、日寺くんが助けてくれた分、私も力になるから!」

 

 

 美沙羅はこれまで、戦いは切迫したものだと思っていた。いつもギリギリで、恐ろしくて、数を重ねるほど身が竦んだ。

 

 でも、壮間との戦いは違った。壮間の的確な指示と、好きな人と肩を並べて戦うという事実で、無敵にでもなった気分だった。そして、役に立てたという実績が美沙羅を肯定してくれる。なにより、戦いの恐怖を忘れることができたのだ。

 

 

「ねぇ日寺くん。もし……もしよかったらなんだけど───」

 

「今のを難なく倒せるなら、まァ及第点ってとこか」

 

 

 美沙羅の言葉に被さったのは、ざらついた男の声だった。

 ジオウは変身したまま最大限の警戒を維持する。爆炎の向こう側から現れたのは薄汚れた白衣を羽織った男性の姿。身体を重たそうにした姿勢に、くたびれた表情と手入れされてない短い髭、確実に初対面だ。だがその雰囲気には、確かに既視感があった。

 

 その既視感の答え合わせは、即座に本人から成された。

 男が手に持っているのは、アナザーライダーを倒した時に排出されるものと全く同じ形状の、禍々しいウォッチ。

 

 

「お前、さっきのアナザーライダー……!」

 

「戦う気は無い。取り敢えずついてきてくれ。王を目指す者同士、有意義な話をしようや」

 

 

 男は火を付けないまま煙草を咥え、壮間にそう持ち掛ける。

 今までになかった状況だ。正直、壮間はどうすればいいのか分からなかった。信用できないのは当然としても、壮間だって問い質したいことは幾つもある。

 

 なにより彼は言った。明確な意志と冷静な口調で、『王を目指す者同士』と。確実に美沙羅を見滝原に帰すため、ここで壮間が取るべき行動は───

 

 

__________

 

 

「先生おかえりー!」

 

「ねぇねぇ先生! 宿題できたよ早く見て!」

 

「先生! サチとユータが喧嘩してるんです、なんとかしてください!」

 

「わかったわかった後で聞いてやる。今はホラ、お客様だ。失礼のないようにな」

 

 

 壮間は男の誘いに乗ることを決めた。そうやって連れて来られた先にあったのは、木造や土造の建物と、成人していないであろう子供たちばかりの集落だった。

 

 

『今日から俺が! “仮面ライダービルド”だ!!』

『私たちの日常を……皆の幸せを取り戻してください』

 

『悪の存在は、世界から一つ残らず消さなければいけない』

『仮面ライダーは正義の味方、この街を守ってくれるヒーローです』

 

『ヒビキ……あんたを絶対に許さない……!』

『“一生のお願い”だ、頼まれてくれないか』

 

『馬鹿しかいないこの世界で、最期に笑うのは私だ!』

『あの時間は、ただの夢だったんじゃないか……って』

『みんなとは一緒にいない方が良い、そう思ったんだ』

 

『我が堕天は必要な犠牲だ。全ては、我らの天界を救うために!』

『やっぱ一発悔い改めろや、ルシ兄さん』

 

 

 これまで戦ってきた奴らの信念はどれも独りよがりで、その結果数多の悲劇を生み出した。そんな彼らを理解はできても、否定する他に道は無かった。それが『アナザーライダー』なのだと、壮間は理解していた。

 

 この森に人間がいる可能性は考えていたが、これはいくらなんでも信じがたい光景だ。様子を見る限り彼彼女らはここに()()()()()()。そして、このアナザーライダーの男は『先生』と呼ばれ、子供たちに慕われている。

 

 

「どういうこと日寺くん……?」

 

「わかんない。何がどうなってるんだ」

 

「そんな驚くことはないだろ。いずれ王になるつもりなら、王候補の大名として『領土』くらい持ってて当然だ」

 

 

 状況を今一つ理解できないまま、ここの住民たちに挨拶されながら壮間と美沙羅は村の奥へと案内される。

 

 

「俺は麻沼。2013年の王候補、アナザー鎧武ってやつらしい」

 

 

 集落の中心、広い机だけがある簡素な応接室で、男───麻沼はそう名乗った。壮間たちの前に住人はもてなしの料理を運ぶ。何かの肉が入ったシチューに、そこらにあるものとは違う外の世界の果実。それに手を付けない程度には、壮間も美沙羅も冷静ではあった。

 

 

「まぁ食べんわな。あいつらの厚意なんだが、信用できないか?」

 

「当たり前だろ。あの子たちは……この村は、この森はなんなんだ!」

 

「ここは歴史が消えるより前にあった『ヘルヘイム』と呼ばれる森、そいつを俺の能力で再現したもんだよ。そこで社会に居場所が無いガキ共を集めてる。何をするにも土地とマンパワーはマストだからな」

 

 

 それだけ聞けば『奴隷』のようだが、ここに住む彼らの自然体で幸福そうな表情がそれを否であると物語る。そして、壮間たちに対して敵意は一切なく、操られているようにも見えない。

 

 何から何まで異常だった。そもそも、アナザーライダーと対話が通じた試しすらほとんど無いというのに、麻沼はここまで明確な目的を持ち、理性的な行動を取っている。そしてその行動は、見る限りでは『善』でしかない。

 

 

「これが俺の政策だ。社会的弱者の合理的な救済……王となり世界を変革する上じゃ、まぁ急を要すると言っていいからな。お前から見てどうだ、ジオウ」

 

「領地に、民、政策……本気で王になるつもりなのか……!?」

 

「まさか王になる気があるのが自分だけだとでも思ってたのか? お前が倒してきたのは計画性も無く暴れ回るだけのバカや、計画があっても本質が見えてないマヌケばかり。一緒にされても困る」

 

 

 麻沼は毒味とでも言わんばかりに料理を口に運び、料理を運んだ少女の頭を不愛想に撫でて労った。

 

 

「お前はこの王を選ぶ戦いのことを、どれだけ理解してる?」

 

 

 美沙羅は何の話か分からなくて当然だが、実のところそれは壮間もよく理解していない。普段ならここでウィルが現れる頃合いなのだが、森にいるせいか姿を見せない。自分なりの推測を話すしかなさそうだ。

 

 

「……各時代のアナザーライダーが戦い、残った1人が世界を統べる王になる。参加資格は、弱体化したオリジナルの仮面ライダーを殺し、歴史を消すことで手に入る」

 

「まずまずだな。条件を明確にしよう。一つ、参加資格は必ずしもライダーを殺す必要は無い。事実俺はこの手で鎧武を殺さずして資格を手に入れた。そしてもう一つ、勝利条件の話だ」

 

 

 麻沼は再び煙草を咥えると、机の上にアナザー鎧武のウォッチを置いた。位置は麻沼よりも壮間の方が近く、壮間の一呼吸で破壊できる間合いに敢えて置いたのだ。

 

 

「お前がどうなのかは知らんが、俺たちアナザーライダーは資格者を倒すとそいつのウォッチが手に入る。それを以て『討伐』と認められる」

 

「なんでそれを知ってるんだ。誰かを倒したのか?」

 

「普通はそのくらい選定者に聞く。まぁ、王選が始まるのは2019年で、それまでは各々力を蓄えろと説明されてるはずだ。お前ともう一人気が早い奴がいたせいで、既に資格の数は半分以下まで減ってるが、バカが減った分有難い。礼を言うよ」

 

 

 気が早い奴、というのは令央のことだろう。彼の場合は複数の時代で仮面ライダーを殺そうとしていた。それによって王の資格を強奪できるとすれば、麻沼の話と整合性が取れる。

 

 

「で、だ。つまり王になるには『全てのウォッチを集める』のが条件と読み取れるわけだが、別にそれを『奪う』必要は無いと俺は考えてる」

 

「それは……」

 

 

 それは壮間も感じていたことだ。全てのライダーの力を継承するという条件は、ウィルからも再三告げられている。にも拘わらず、壮間は『ミカドが継承したウォッチ』も問題なく使うことができ、逆もまた然り。

 

 つまり、ウォッチに所有権は存在しないか、『仲間』であれば所有権は共有されるということ。

 

 

「最終的に王になるのは一人だ、そこに依存は無い。だがジオウ。お前らに俺の存在を勘付かれた以上、既に7人を倒したお前らと今敵対するのは得策じゃないと判断した。要はまぁアレだ」

 

 

 見滝原は麻沼の縄張りなのだろう。そこに壮間が現れ、見つかるのも時間の問題だと考えた彼は、先手を打ったのだ。自身の根城に招き入れ、その道中で壮間たちの力量を測りながら、見定めていた。全てはこの手に繋げるために。

 

 

「俺と『同盟』を組まないか、って話だ」

 

「ッ……!」

 

 

 その考えが、壮間の思考にも浮上を始めた頃合いだった。

 アナザーライダーと同盟? ミカドがいれば鼻で笑いながら問答無用で殴りかかりそうな提案だ。だが、壮間はそうできなかった。

 

 ここで麻沼を疑わないほど壮間は清くない。ミカドを森に呼ばなかったことも恣意的かもしれない。しかし、同時に麻沼が嘘を述べているようにも思えない。その提案を断る理由が、無い。

 

 

「……少し、考えさせてくれ」

 

 

 

 答えを先延ばしにし、壮間たちは外に出た。

 外と言っても壮間にとってはまだ森の中。最優先は美沙羅を見滝原に帰すことであることは変わらず、ここで麻沼と手を組めばその目的は達成できるだろう。あらゆる現実が理由になってしまう感じが、逆に不安を駆り立てる。

 

 

「つぎはおねえちゃんオニだよ!」

 

「よーし、じゃあ30秒だね。どこ行っても魔法で見つけちゃうよ! いーち、にーぃ……」

 

「オレらの秘密基地行こうぜ! そしたら絶対見つかんないよ!」

 

「それズルだよ! ミサちゃんここ来たばっかりなんだよ!」

 

「打ち解けるの早いなぁ……」

 

 

 美沙羅はここに住む幼い子たちに随分と懐かれ、少し目を離した隙にかくれんぼまで始めていた。この集落にいるのは見たところ中学生か高校生くらいが年長のようで、雰囲気も大人びて背も高い美沙羅は子供たちにとっては珍しい存在なのだろう。

 

 その理屈だと壮間も然りなのだが、彼には人っ子一人寄り付かない。壮間の捻くれた部分を察知されたのだろうか。子供の観察眼というものは恐ろしい。

 

 

「楽しそうに笑ってるだろ。まぁここまで来るのに長かった。今だって心の中じゃ、アイツらは大人に付けられた傷を忘れちゃいないだろうよ」

 

「……ここにいる子たちが、外の世界で何されたかは聞かない。そういう子たちを救うのがお前の大義ってことか?」

 

「勘弁してくれ。ただ、この『森』にはそういう声がよく届くってだけの話さ。まぁ……この社会はいつだって、強者が弱者を虐げ、操り、慰み者にすることを是とし、弱く純粋な者に生きる資格は無いと言う。そんな社会に辟易してたんだ、変えてみたいと思うのは至極自然だろ」

 

 

 ここにいる子たちが、このまま純粋でいられる世界。心惹かれる理想だ。そして恐らく麻沼の頭には、その理想への順路が完璧に描かれている。王となって作りたい世界も、そのための手段も、何一つ明確なビジョンを持たない壮間とは大違いだ。

 

 

「いや、叶えたい理想は……俺にだってある」

 

「あー……あの魔法少女の娘のことか。俺も魔法少女とは歴史が消える前からの縁だ。ついでに森に連れてきちまったが……」

 

 

 子供たちと遊ぶ美沙羅の顔は、戦っている時よりもずっと自然で、幸せそうだった。ここにいる子供たちと同じで、美沙羅は香奈とは違う。濁流を遡ってでも進むような、そんな生命力は無いと断言できる。

 

 これが王の理想として小さいとは思わない。戦うべきではない彼女を戦いから解放したい。

 

 麻沼もまた壮間と同じ視点で美沙羅を観察し、その指に光るソウルジェムを見て、こう漏らした。

 

 

()()()()()

 

「……ッ、どういう意味だ!?」

 

 

 この憐憫の言葉は、壮間が感じているそれとは意味が違う。もっと具体性を帯びた何かであると壮間の直感が告げていた。

 

 麻沼の口から『魔法少女』の真実が告げられた。

 濁っていた『ソウルジェム』と、不自然に感じていた『願い』のシステム。そして彼女が決して戦いから逃げられないという残酷な『運命』が、点を繋いで像を結ぶ。疑う余地が何もない。

 

 

「ふざけんな……そんなことあるかよ。そんなのっ……! どうしようもない……! 何が魔法少女だ! なんで梓樹が……! クソっ!!」

 

「そうだな。有史以来続く最悪のシステムが魔法少女……5年前、俺もそれなりに向き合った不条理だ。だから俺は真っ先に対策を講じた。この『森』を使ってな」

 

 

 麻沼が告げたもう一つの事実が、壮間を揺らす。

 

 壮間に具体的な手段は思いつかない。王としての器量も知識も足りていない。だったらせめて決断だけはすべきじゃないのか。王として、美沙羅の友人として、選択すべき未来はこれ以外に無い。

 

 

「───同盟を受け入れる。『約束』は必ず守ってもらう」

 

「契約は守るさ。ただし同盟と言うからには俺の頼みも聞いてもらおう。まぁ『森』が大切なお前にとっても無視はできない話だ」

 

 

 ジオウとアナザー鎧武の同盟が締結。息つく暇も与えず、麻沼は同盟がまず最初に倒すべき敵を提示した。

 

 

「この『森』には心臓がある。それを潰されれば『森』は消えて無くなるワケだが……その心臓を狙う輩がこの森に潜んでやがる。そいつの始末を手伝って欲しい」

 

「わかった。どんなヤツを捕まえればいい」

 

「暁美ほむら……5年前に見滝原を滅ぼした『ワルプルギスの夜』、その生き残りの魔法少女だ」

 

 

_________

 

 

「魔法少女……ってことは、私にも……戦える力が?」

 

「その通りさ。君が魔法少女になった暁には、『魔女狩り』をも圧倒する規格外の力を得るだろう。なんだっていい、僕に願いを言ってくれればそれで契約は完了だ」

 

 

 キュゥべえの誘いは、香奈にとっては願っても無いことだ。

 強くなりたい。壮間と肩を並べて戦いたい。それができればどんなにいいかと諦めていた夢が、手を伸ばせば届く距離にまで来たのだ。

 

 美沙羅を助けるためにも、迷う要素が何一つ無かった。壮間には怒られるかもしれないが、そんなのお互い様だ。文句を言われたら言い返してやればいい。

 

 香奈がなるべきだったのは『魔法少女』だ。それが香奈の目の前に拓かれた未来。皆を救い、壮間を支える、そんな胸を張って誇れる未来に『願い』を───

 

 

「あなた、魔法少女?」

 

 

 自分の目がおかしいのかと思ったが、聞こえた音と擦り合わせてそうでないと分かった。

 

 何かが破裂したような音が何度か聞こえた。それと匂い。煙草に似ているが、もっと鼻を刺すような、嗅ぎ慣れない匂いがする。これはそう、火薬の匂いだ。

 

 穴だらけになったキュゥべえが香奈の前で倒れる。

 混乱という刹那の境目を越え、希望から恐怖へと転がり落ちる感覚。片手で銃を構えたまま、彼女───暁美ほむらがそこに立っていた。

 

 銃そのものよりも冷たく静かな殺意で満ちたその目が、何者でもない香奈へと向けられた。

 

 

__________

 

 

 杏子と、それを追うミカドの足が止まった。そこは大橋の上。大きい身振りで杏子は何かを探しているようだが、精々車が何台か通るくらいで妙なものは何もない。

 

 

「っかしーなぁ。もう倒されちまったのかよ。あーもったいねぇー! やっと魔女にありつけると思ったのにさー! やっぱコンビニ寄るんじゃなかったな」

 

「どういう事だ? 魔女とは敵だろう。戦闘狂い(バトルジャンキー)のクチか?」

 

「敵、ってのはちょっと違うね。魔女ってのは、あたしらにとってはコレと同じ」

 

 

 杏子は齧りかけの肉まんをミカドに投げ渡す。それが意味する事をミカドは察した。

 

 

「……なるほど、難儀だな。だが貴様の死活問題に付き合ってやるほど暇じゃない。勝手にやれ」

 

「ま、それもそーか。悪かったね。そもそも『森』さえ見つかれば、こんな風に魔女探しする必要も無くなるわけだし」

 

 

 潔く魔女を諦め、踵を返す杏子。彼女の言葉の真意を探りつつ、肉まんを平らげるミカド。その両者の眼が、闇夜に紛れた極僅かな『空間の亀裂』を同時に捉えた。

 

 ミカドがファイズフォンⅩで、杏子が出現させた槍で、その一点に衝撃を与える。小さな穴ほどの亀裂はそれによって歪み、綻び、一瞬だけ僅かに開いた。

 

 その瞬間を二人は見逃さない。橋から飛び出し、強引にこじ開けた『クラック』に滑り込む。そして着地した先は───ミカドが見紛うことの無い、『ヘルヘイムの森』。

 

 

「は、はははっ! やっぱアンタと組んで正解だったよ。日頃の行いがいいんだろうね、あたしと違って神様に好かれてんだ」

 

「俺は嫌いだがな、神も天使も」

 

 

 付近に『インベス』の気配を感じないのがかえって妙だった。ここはもうミカドの知るヘルヘイムとは違う、完全な未知であることは疑いようもない。警戒するミカドの横で、杏子は口角を吊り上げて笑い、旗のように槍を突き立てた。

 

 

「やっと見つけたぜ。この『森』は……あたしのもんだ」

 

 

 『森』を領土とするアナザー鎧武とジオウの連合軍。

 そこに現れる侵略者、暁美ほむら。そして佐倉杏子も参戦し、合戦は三つ巴へと姿を変えた。

 

 ───『森は魔法少女を運命から救済する』

 

 魔法少女の運命を破壊するのは誰なのか。救済の行方は、森の掌握───その天下へと委ねられた。

 

 




アナザー鎧武、麻沼の登場です。40歳くらいの社畜男をイメージしてください。

王選のルールに言及されましたが、本来は2019年まで潰し合わないというのが原則です。2019年から行われるのはアナザーライダー同士の国盗り合戦、正真正銘の戦国時代。今残っているアナザーライダーは、それを見据えた理性ある怪物ばかりです。

壮間たち3人は各陣営にバラけ、魔法少女の戦に巻き込まれる形に……こいつらいつも別行動してんな不仲か?


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俺はお前を守りたいから

またお久しぶりです。壱肆陸です。
なんと本作これで通算100話……と思いきや、キャラ紹介が入ってるので僕的には99話です。なのでお祝いは次回に持ち越します。今回はちょっとしたカウントダウンってことでお願いします。

99話目と100話目は鎧武×まどマギ編の前半ラストスパートとなります。

今回クリックorスライドで「ここすき」をよろしくお願いします!


 この世界には無数の物語がある。

 

 誰かの言葉が誰かを救って、生き方さえ変えてしまうようなそんな出会いがあって。笑って、憧れて、努力して、そしていつか後悔もして、別れを知って。そうやって時間は進む。大人になる。物語は綴られていく。

 

 時計は何も語らない。過ぎ去った時間だけを数え、廻り続ける。

 

 決して逆行することは無い。

 過ぎ去った時間は戻らない。

 例え繰り返し、元に戻ったように見えても。時は進み、傷を負い、そして緩やかに朽ちていくのだ。

 

 その円環を成す理だけを、淡々と、時計は刻み続ける。

 いつか動くことを止める、その時まで。

 

 

__________

 

 

「『ワルプルギスの夜』の生き残り、暁美ほむらを倒せ。あの女はちょいと俺と相性が悪くてな、手を焼いてる。手伝ってくれれば同盟として、あの娘の延命くらいはしてやる」

 

 

 この森は魔法少女を救済する力を持つ。

 その真実を聞いた壮間は、アナザー鎧武───麻沼との同盟関係を呑んだ。

 

 

「条件はわかった。でも、今日のところは見滝原に帰してくれ。その『暁美ほむら』って魔法少女の捕獲は明日から力を貸す」

 

「それは別に構わねェよ。何もここに住めって言ってるわけじゃない」

 

 

 魔法少女の真相、その『魔法少女は魔女を倒し続けなければいけない』という事情があるのなら、放っておいても魔女を探しに魔法少女はいくらでも現れる。根本的な解決にはなっていないが、わざわざ美沙羅が戦う必要は無いと分かっただけでも重畳だ。

 

 これで美沙羅は明日のステージに出ることができるし、彼女が戦わなくて済む方法も見つけた。一件落着という四文字が頭に浮かび、壮間の肩から一気に重さが消え去ったように感じた。

 

 随分と時間が経ったような気がする。朝にでもなっていたら困ると、壮間はファイズフォンⅩで時間を確認しようとした。

 

 

「───この森は電波が通じるのか?」

 

「原始人の生活に戻るつもりは無いしな。場所にもよるが、森の中で通信くらいはできるようにしてある」

 

「でも外と中の通信は無理なはずだ、電波が届くわけない。じゃあ……なんで!」

 

 

 ファイズフォンⅩに届いていたのはメッセージの着信。内容はアルファベットで文章になっておらず、ただ「送った」というだけのもの。時刻はついさっき、メッセージを送ったのは香奈だ。

 

 

「なんで香奈がこの森にいる!?」

 

 

 麻沼の白衣を掴み、壮間の怒号が和やかな村の空気を割いた。

 香奈が森にいなければこのメッセージが届くわけが無い。それだけじゃない、この意味の無いメッセージから読み取れるのは『SOS』だ。香奈の身に何かが起こっている。

 

 

「なんでって……知るか。俺はクラックを開いちゃいない」

 

「それならどうして!」

 

「勝手に開くもんだ、クラックは。俺とてこの森を完全に操れるわけじゃないからな。もう一つ可能性があるとすれば……暁美ほむらもまた、森を操る力を持つということだ」

 

「ッ……香奈の場所は!」

 

「言っただろ、森の全てを把握はしてない。衛星が飛んでるわけでもないし、電波からも場所は見えない。ただ……暁美ほむらが現れるであろう場所に、心当たりはあるだろ」

 

 

 考え得る最悪の想像は、森を狙う賊『暁美ほむら』と香奈が接触していることだ。そしてその予感は恐らく正しい。

 

 麻沼から聞いた『森』と『魔法少女』の関係。魔法少女がこの森を狙うとすれば、目的は一つしか考えられない。

 

 

「日寺くん……?」

 

 

 声を荒げる壮間の様子を気にして、美沙羅が寄り添うように声をかける。

 どうすればいいもクソもあるか。やるべき事は明白だ。

 

 

「今すぐ『庭園』の場所を教えろ! 梓樹は見滝原に帰せ、俺が『暁美ほむら』を倒す!」

 

「そりゃならねぇな。お前と一緒に帰すんならまだしも、『庭園』の場所を教えてこいつだけ帰しちまえば、お前は俺の情報と『果実』を奪って自然発生のクラックから逃げることができる」

 

「誰がッ……!」

 

「戦国時代から同盟ってのは『人質』とニコイチだ。互いに裏切らねぇようにな。この娘の身柄は預からせてもらう」

 

 

 それが嫌なら麻沼も美沙羅も連れて行くしかない。だが、それはできない。美沙羅を戦わせるわけにはいかない。

 

 彼女が魔法少女のことをどこまで把握しているかは知らないが、『あんな末路』を知って正気を保てるわけがない。それを察されることすら許されないのだ。魔法少女との戦闘など禁忌に等しい。

 

 

「だったら俺も人質を要求する。アナザー鎧武のウォッチを渡せ」

 

「大きく出たな。俺の命にも等しいもんなんだが」

 

「等価だよ。ここで梓樹を救えないのは、王として死ぬも同じだ」

 

「……村を出る方角を正面に、1時の方向に直進しろ」

 

 

 麻沼は白衣を掴む壮間の腕を払うと、アナザー鎧武ウォッチを投げ渡した。偽物なんかじゃないのは触れれば分かる。これで互いに互いの命を握った状況、裏切りは無しだ。

 

 

「待って日寺くん! どういうこと……何が起こってるの?」

 

「すぐ戻る。だから、ここで待っててくれ梓樹……頼む」

 

 

 香奈がいると言えば、優しい彼女はきっと動かずにいられない。だから何も言えない。何も知らせることはできない。それが非道いことだなんて、言われなくたってわかっている。

 

 でも壮間は迷わない。彼女に嫌われたっていい。ただ、美沙羅が運命から解放されて、香奈も一緒に明日のステージに立つ。その未来があれば、それでいいはずだ。

 

 壮間は美沙羅に背を向けて『庭園』の方角に走り出す。

 

 

『助けになりたいんだ。お節介とか、綺麗事で構わない……生きる事は幸せなんだって、せめてそう思って欲しい。俺はそのために戦い抜く!』

 

 

 その背中を見て麻沼が思い出すのは、歴史から消えた若人の姿。5年前に突如として現れた未熟な将の言葉が、息を吹き返したように蘇った。

 

 

「若ぇな……」

 

 

__________

 

 

「死にたくないなら、私の質問に答えなさい」

 

 

 腰を抜かし、地面から離せない腕の傍に転がるのは、穴だらけで絶命したキュゥべえの身体。香奈の眉間に照準を合わせるのはピストルの口径と、黒鉄よりも冷徹な殺意。

 

 

「もう一度だけ聞くわ。あなたは魔法少女?」

 

 

 暁美ほむらは、怯え切った香奈に再度問いを投げかける。

 そこにあるのは幻想の欠片すら介在しない、どこまでも現実に即した『死』。香奈は声も出せず、震える身体でなんとか首を横に振って精一杯の否定を行った。

 

 

「そう。嘘ではなさそうね」

 

 

 香奈の指にはソウルジェムが無い。ほむらは香奈が魔法少女ではないと判断すると、銃を仕舞って腕を右に掲げた。彼女の意志に応じ、そこに空間の亀裂『クラック』が出現した。

 

 

「ここから外に出て、二度とこの森に関わらないと誓いなさい。あの害獣───キュゥべえにもね」

 

 

 そう言うと、ほむらは一切の興味を香奈から失ったようだった。この奇怪な森から脱出できるという事実で、無条件に気が緩む。足が自然に外界へと向かう。

 

 

「……ダメ」

 

 

 香奈の足が止まった。それ以上、生存本能に従うことはできなかった。だって香奈はキュゥべえに見せられているのだ、この森にいるのは自分だけじゃないという事実を。

 

 

「友達が……ここに閉じ込められてる。それなのに私だけ逃げるなんてできるわけない! 私は魔法少女になる! 私も一緒に戦うんだ!」

 

 

 クラックを拒絶して転身した香奈の体当たりが、油断していたほむらの体を弾き飛ばした。その手から放られたピストルを拾った香奈が、今度は逆にほむらへ銃口を向ける。

 

 

「やっぱりそういうこと……愚かね、あなたは何もわかってない。魔法少女になるということが、どういうことなのか」

 

「分かってるよ……! ミサやソウマだけに戦わせたくない。死んでほしくない! だから、私も一緒に……!」

 

「わかっていないわ。本当にわかっているのなら、冗談でもそんな事は言えない」

 

 

 ほむらの眼は微塵も臆してはいなかった。一方で引鉄に指をかけたまま、香奈は少しも動くことはできない。向けられていた時よりも息は荒くなり、体は震える。相手は怪物じゃない、自分と歳が変わらないような少女なのだ。

 

 

「本気でそう思って、魔法少女になる気だと言うのなら……あなたは私の敵よ……!」

 

 

 気付けば彼女の手は銃身を掴んでいた。香奈の手はそれを放棄するように抵抗せず、ほむらが銃を取り上げる。しかし、再び銃口が香奈に向けられようとした、その時、

 

 

「っ……!」

 

 

 内から何かに蝕まれたように、ほむらの体勢が崩れた。円盤を携えた彼女の左腕、その手の甲にある宝石───ソウルジェムは黒く濁り、白い長袖からソウルジェムに手を伸ばしているのは『植物の蔦』。

 

 半歩、倒れこんだほむらに歩み寄ろうとした香奈だったが、すぐに目を背けて逃げ出した。その弱々しく異様な容体を忘れたがるように、一心不乱に目的地も無く走り惑う。

 

 

(香奈! 僕の声が聞こえるかい!?)

 

「キュゥべえ!? よかった……生きてたんだ!」

 

(彼女に撃たれたのは分身のようなものさ。ただ、契約をするには君の前に現れる必要がある。だからとにかく今は逃げるんだ! 彼女から離れることさえできれば、僕は君を魔法少女にできる!)

 

「うん……わかった!」

 

 

 脳内に響くキュゥべえの声に希望を見て、香奈は全速力で森を進む。魔法少女になることができれば───戦う力さえ手に入れれば役に立てる。戦うのが怖くなんてない。傷つき、命を賭ける覚悟なんてとっくに出来ている。

 

 惑う事は無い───はずだ。

 

 

「あの人も魔法少女……なんだよね。なのにどうして……あの人は何なの!?」

 

(悪いけど彼女のことを説明する時間は無い。端的に言えば彼女は僕の敵であり、危険な存在だ。それは君も身をもって理解できたはずだよ)

 

「それは、そうなんだけど……でもあの人、私を逃がそうと……!」

 

(彼女は君の目的を妨害しようとしている、確かであり重要な事実はその一つだけじゃないのかい? 君が魔法少女にならなければ君が彼女に殺されるだけじゃなく、美沙羅も『魔女狩り』に殺されるかもしれない。もはや一刻の猶予も無いんだ。早く彼女の追跡から逃れて、僕と契約を───)

 

 

 この期に及んで逃げる脚が鈍ることは無い。でも、この出口も無く風景も変わらない森で惑うのと同じように、心は同じ場所をグルグルと彷徨っているだけ。

 

 やるべき事と、己の本心と、ほむらの言動で羅針盤の針は揺らめく。何を信じるべきか、今自分がどこを走っているのかも分からない。ただ、今も脳内に語り掛けるキュゥべえの声だけが、どうしようもないくらい頭に染み付いて───

 

 

『あぁ、えっと……その……変わった名前だよね』

 

 

 そんな声が聞こえた気がして、香奈の足が止まった。

 それはか細い女の子の声だった。言葉は香奈に向けられたものではなく、何かの記録のよう。香奈を呼ぶキュゥべえの声を上塗りし、迷う彼女を導くように、その声は強く鮮明になっていった。

 

 

『こんな自分でも、誰かの役に立てるんだって、胸を張って生きていけたら、それが一番の夢だから』

 

『きっと私が、弱虫で、嘘つきだったから……バチが、当たっちゃったんだ』

 

『間違ってないのに、幸せになれないなんて、ひどいよ』

 

 

 背中に熱を感じて、耳の奥から声が湧いてくるような。つい最近、香奈は似た感覚を味わったことがある。異世界の迷宮で、隠された下の階層にいる少女の声が聞こえた時にとても似ていた。

 

 これは誰の声だろう。誰の物語なのだろう。

 とても健気で、儚くて、残酷な物語だ。

 

 キュゥべえの声はもう聞こえなくなっていて、死に物狂いの足取りもいずれ穏やかになり、香奈は気付けばそこに足を踏み入れていた。

 

 

「きれいだ……」

 

 

 そこは依然として森の中。ただ、その穢れなき白木と咲き誇る桃色の花々で構成されたそのエリアに香奈を蝕んでいた不気味さは無く、むしろ楽園としか言いようのない絶景だった。

 

 木々に実る果実も、あの不安を促すような毒々しい色ではなく、透き通るように淡く、それでいて艶めいている。この暖かさと優しさすら感じる空間は、なんなのだろうか。

 

 

「今すぐここから立ち去りなさい。ここは……貴女が立ち入っていい場所じゃない!」

 

 

 暁美ほむらが香奈に追いついた。明らかな怒りと殺意を含んだ声が、香奈の耳を刺す。だが、香奈は取り乱すことも、怖がることもなく、ただ一言確かめるように呟いた。

 

 

「『ほむらちゃん』……?」

 

「っ……!? キュゥべえに……インキュベーターに聞いたのね、その名前」

 

 

 違う、香奈はキュゥべえから名前までは聞いていない。それでも口から零れてしまったのだ。断片的に見えた『彼女』の記憶の中で、そう呼んでいたのが聞こえたから。

 

 ただ、ほむらにとってはそんな事を知る由もない。呼び起こされた無念と憎悪に支配されるまま、彼女は銃口を香奈と、その先にいるであろうキュゥべえに向けた。

 

 

「そこまでだ」

 

 

 香奈が死の恐怖を思い出すより先に、ほむらの手元から銃が弾け飛ぶ。

 ほむらの手を貫いたのは赤い「Φ」の残光。この穏やかな空間でも構わず気軽に殺気を振り撒く少年───ミカドだ。

 

 

「貴方は……!」

 

「また会ったな黒い魔法少女。男女の区別はできるようになったか?」

 

「貴方の仲間だったのね、道理だわ。森を探す男と、魔法少女になろうとする馬鹿な子、揃いも揃って愚かで吐き気がする……!」

 

「友人の愚かさで言うと貴様には負ける。貴様からも言ってくれ、せめて間食は1日2度に収めろとな」

 

 

 花びらの絨毯を踏み荒らす、もう一人の影。

 彼女は指輪をソウルジェムに戻すと、その中に秘められた魔力を開放する。その姿は深紅の衣装に覆われ、開いた胸元にソウルジェムを曝け出し、長槍を手にしてその地に突き立てる。その自棄の魔法少女を、ほむらは知っていた。

 

 

「よう、久しぶりだね。暁美ほむら」

 

「佐倉……杏子ッ!!」

 

 

___________

 

 

 時は十数分前に遡る。『高町の魔女』の結界の跡地に残されたクラックから、ミカドと杏子は森に侵入。杏子は辺りを見回し果実を見つけると、それを手に取った。

 

 

「なんのつもりだ」

 

「それはこっちのセリフだろ? この構図だとさ」

 

 

 果実を口にしようとした杏子に、ミカドはファイズフォンⅩの銃口を向けた。ミカドは一切の皮肉も嫌味もなしに、直球で事実を告げる。

 

 

「それを喰えば貴様は死ぬ。正確に言えば、人間ではなくなり人格も失われる。そいつは俺の知る限り最も悍ましい即死毒だ」

 

「なーるほど……やっぱそういう感じなんだ。人じゃなくなる、ねぇ……今更って話でもあるけど、まぁらしいって言うか妥当な線だろうね。でもさぁ、それは『人間が食えば』って話で、魔法少女だと変わるかもよ?」

 

「魔法少女は人間じゃない、そう言いたいのか」

 

「だってそうだろ? 『本体はソウルジェム』で『グリーフシードで浄化し続けなければ死ぬ』。もうこの体はただの飾り。これのどこが人間だってのさ」

 

 

 ついさっき、杏子は「魔女は魔法少女にとって食事」と言っていた。そこからミカドが察した通りの事実がそこにあるようだ。

 

 魔女を倒すことで手に入る『グリーフシード』が無ければ、魔法少女はソウルジェム───即ち魂が穢れ果てた末に死に至る。死ぬまで戦うことを義務付ける呪い、それが魔法少女というシステムの正体。

 

 

「確かに、貴様の意見には一理ある。肉体に魂が宿っていない状態であれば、人格は果実の毒素の影響を受けないかもしれない。だが解せんな。それが『魔法少女の救済』とどう接続する?」

 

「ウワサじゃあこの果実が……でもなんか話と違うんだよねぇ。アンタの言う通りなら、これが『そう』ってのもおかしな話だ。だから───」

 

 

 杏子はソウルジェムを手のひらに出現させ、目を閉じる。

 

 

「ビンゴっ。やっぱアンタといるとツイてるわ」

 

 

 噂になるくらいなら難解な要素は無いはず。魔法少女なら誰でも気付くような何か、例えば『魔力』。その予想通り、遠方に魔女に近い魔力の気配を感じた。それも、かなり広範囲に。

 

 走り出した杏子を、ミカドは追いかけた。その後、この白樹の地帯に入った段階でミカドは杏子を見失い、香奈が襲われている場面に遭遇。そして今に至る。

 

 

___________

 

 

「6年ぶり? いやまだ5年だっけか。相変わらずのしかめっ面だね。折角生き残ったってのに、楽しい青春は送れなかった?」

 

「どの口がッ……! 忘れられるとでも思っていたの!? あの時、あなたが裏切りさえしなければ!」

 

「あの戦いに何の意味があったってのさ。顔も知らねぇ奴らのために、親父の話を聞きもしなかった奴らのために……何も教えてくれなかったアンタのために、なんであたしが死ななきゃいけない? だってそうだろ!? 魔法ってのは、自分だけのために使うもんだ!」

 

 

 ほむらと杏子、2人の魔法少女は怒号と共に激突した。

 槍を構えて突撃する杏子に対し、ほむらは初手から最大の殺意を以て迎え撃つ。盾の裏から取り出したのは、手榴弾。

 

 ほむらは慣れた様子でピンを口で引き抜き、手榴弾を投げ放つ。その爆発寸前に間合いを伸ばした杏子の槍先が、その軌道を上へと矯正した。

 

 大爆発。木々の葉を吹き飛ばす爆風が炎を撒き散らす。その紙一重を潜った杏子は、揺れる大気を断つように槍を振るった。

 

 それは完全に間合いの外の攻撃だったが、その槍は軌道上で曲がり、伸びて攻撃領域を拡張した。彼女の槍は変幻自在の多節棍。高速で振るわれ、力加減で如何様にも挙動を変える斬撃は、意志を持った魔物のようにほむらへと襲い掛かる。

 

 畳み掛ける猛攻に火器を使う余裕がなく、程なくしてほむらの回避行動を槍の速度が上回り、その切っ先がほむらの脇腹を裂いた。

 

 

「……何やってんだよ。動きもクソ鈍いし、あの妙な魔法はどーしたのさ? 別にあたしはもうあんたのこと、どーとも思ってないんだけどさぁ……こう半端に嚙みつかれるとムカつくんだよね。ぶっ殺してやりたくなる」

 

 

 思わず戦いを止めに入りそうになった香奈を、ミカドが止めた。ミカドはどちらの味方をする理由もなく静観しているが、香奈は知っている。ほむらの体は既に何かに侵されている事を。

 

 だが、ほむらは杏子に対する憤怒を絶やすこと無く、痛みを忘れたように立ち上がる。そして樹に実る果実を一つ捥ぎ取り、齧りついた。

 

 

「貴様、それは……!」

 

 

 果実の摂取、それが引き起こすのは怪人───インベスへの不可逆変態。しかし、ミカドが危惧したそれが起こることは無く、代わりにほむらの脇腹の傷が癒え、手の甲のソウルジェムから穢れが消えていく。

 

 杏子の予測通り、魔法少女に果実は無害なのか。それとも、この通常とは違う淡い果実は、全く別の効能を持つのか。その光景を目にした杏子の笑い声が、後者の是を肯定していた。

 

 

「……『裂け目の先の白い森。そこにある真珠色の果物。それを食べた魔法少女は、課された運命から解放される』……ね。やっと見つけたよ。その果実を食べれば、『グリーフシード無しでソウルジェムを浄化できる』」

 

 

 この事実こそが魔法少女を森へと誘うウワサの全容。グリーフシードの代替となる食物の存在は、魔法少女システムからの完全な脱却を意味する。

 

 

「やっぱり……あなたもそうなのね。どこの誰が流したウワサか知らないけれど、何人もの魔法少女が救いを求めてここに来たわ」

 

「そいつらをアンタが追い返してきたんだろ? 森にはおっかない番人がいるってのも有名だよ」

 

「えぇそうよ。ここに来た誰も彼もが愚かだったわ。私たちは祈りを捧げ、奇跡を享受した……この運命はその対価よ。己の弱さが招いた結果に向き合おうともせず、運命と戦う覚悟も無い。そんな馬鹿を救ってくれる都合のいい神様なんて、ここにはいない!」

 

 

 万全へと快復したほむらが右手を杏子へと伸ばす。それを合図とし、森そのものが杏子へと照準を定め、木々から急成長した蔦が触手のように襲い掛かった。

 

 想定外の能力にも戸惑うことなく、杏子は全方位から迫る自然を槍で細切れに刻む。しかし、次に彼女を襲うのは人工の殺意───短機関銃の全弾照射。

 

 杏子が自身の速度を上げ、戦いの次元が昇華した。混沌の戦場と化した楽園で、杏子は身に降り掛かる無数の攻撃を目にも止まらぬ動きで躱しながら、その槍先をほむらへと放つ。

 

 しかし、ほむらの姿を森が覆い隠す。虚空を貫いた槍が元に戻るより早く、ほむらは杏子の懐に潜り込んだ。至近距離から放たれた散弾銃の一発を、異常な高密度で編まれた光鎖のバリアが受け止める。

 

 戻って来た槍での薙ぎ払いに、ライフルの長い銃身が鍔競り合い、戦闘がようやく硬直した。

 

 

「そりゃそーだ。あたしはさ、別にこの身体が嫌いってわけじゃねーんだぜ。魔法は便利だし、強けりゃ食いっぱぐれることもねぇ。自己責任ってのも概ね同意見さ」

 

「だったら何故現れたというの。今更、私の前に!」

 

「この森に価値があるのは本当だろ? 誰がご高説垂れたって意味ないさ、弱いヤツはこの森をなんとしてでも欲しがる。でもさぁ、結局競争に勝つのは強いヤツだ。ならあたしが一番乗りしちまおうって話」

 

「森を、独占する気?」

 

「別に独り占めしようってわけじゃない。対価をくれりゃ誰にでも救いを分け与える仕組みを作って、そいつをあたしが管理する。あたしが魔法少女の頂点に立つんだ。それがこのクソみたいな世界で眺められる、最高の景色だと思ってね」

 

「もういいわ。墜ちたわね……佐倉杏子!」

 

 

 ライフルが槍の柄を滑り、銃口が杏子に向いた瞬間に銃声が轟く。銃弾を大げさなアクロバットで回避した杏子が空中から放つ円弧の斬撃、同時に放たれる小銃の弾丸。回避行動と攻撃が当然のように同時に繰り広げられる。

 

 無限のパターンを持つ杏子の槍術と体術に、ほむらもまた数秒置きに切り替える重火器の応酬で対抗する。幻惑と火薬の競演にして狂演。血と炎が舞う純白の園で、2人の魔法少女は踊り狂い続けた。

 

 

「なんで……なんで魔法少女同士で戦うの!? 止めないと……っ!」

 

「馬鹿か片平。燃えカスか粉微塵になりたくなければじっとしてろ」

 

「だったらミカドくんが止めてよ! こんなの絶対間違ってる……だって、魔法少女はっ……!」

 

 

 ミカドは何かを見定めているような様子のまま、香奈を戦火から庇う程度しか動かない。もしキュゥべえと契約して魔法少女になれていたら、この戦いを止められたはずだ。この目で追う事すらできない死線の連続とも言える戦いに割って入ることも、理解すら求めず衝突する、あの傷だらけの怒りを治めることだって、きっと───

 

 

(本当にできたの……? 私なんかが、魔法少女になったところで……)

 

 

 魔法少女になった2人と、美沙羅はあんなに苦しんでるのに。

 何かに変れるという事実と、壮間たちと並べるという喜び。その浮ついた幻想と一緒に自分の全てが瓦解してしまったようで。

 

 少し前まで命を賭けるくらい平気だと思ってたのに。

 誰かのためなら、きっと戦い抜けると思っていたのに。

 

 ただ単純に、心の底から、『怖い』と───そう思ってしまった。

 

 

「香奈ぁっ!!」

 

 

 停滞の暗闇に沈みつつある香奈を呼び止めたのは、聴き慣れた声だった。

 

 

「ソウマ……!」

 

 

__________

 

 

 

 壮間が麻沼から聞いた魔法少女の真実。魔法少女はソウルジェムが濁り切ったとき、絶命する。その濁りは精神の状態に直列している。そして、魔女が落とすグリーフシードが無ければ浄化はできない。

 

 この時点で魔法少女は未来永劫戦いを義務付けられる。

 だが、最悪なのはそこじゃない。問題はソウルジェムが濁り切った際の、凄惨な末路。

 

 

「ふざけやがって……!」

 

 

 壮間は全速で走りながら、腸が煮えるような怒りを巡らせる。この仕組みを作ったのはあのキュゥべえとかいう妖精なのか。だとしたら、次顔を見せた時はたたじゃおかない。ただ、今は悠長に怒りを発露している場合でもない。

 

 壮間が向かうのは『庭園』。麻沼との同盟の条件に差し出された、『人工グリーフシード』を栽培するためのエリアだ。

 

 

『ヘルヘイムの果実を食うとインベス……つまり怪物になり、その際に人格も失われる。だがオーバーロードという個体は人類と同等の理性を持っていた。つまりインベス化による人格喪失は脳の変異によるものではなく、インベス化が魂に作用した結果という仮説が立てられる』

 

『歴史が変わる前の研究で、果実は結果的に有毒なだけで万能の栄養と薬効を持つことは分かってた。それこそ、そいつだけ食べてりゃ生きていけるくらいのな。仮説から魂にもそいつが行き渡っているのであれば、魔法少女のソウルジェムの浄化も可能ではないかと考え、俺はそこから着手した』

 

『結果は仮説通りだった。魔法少女のソウルジェムを解析して無毒化に成功した品種が庭園に実る果実だ。原因療法には成り得ねぇがな、グリーフシードの代替としちゃ十分だろ。同盟を結ぶなら、その果実を永続提供してやってもいい』

 

 

 同盟の人質として、壮間の手元にはアナザー鎧武のウォッチがある。このウォッチから感じる禍々しい力から、これが本物であることは疑いようもない。これを壊せば麻沼は王の資格を失うため、裏切りは無い。

 

 同盟として課された条件は、庭園を狙う『暁美ほむら』という魔法少女の征伐。そして、読みが正しければ香奈もそこにいる。香奈と美沙羅、2人の友人の命が同時に脅かされているのだ。激しい怒りが、腹の奥から突き上がってくるのを感じる。

 

 タカウォッチロイドの視界映像で、白い木々の地帯を確認。そこに近付くにつれ、激しい戦闘音と爆炎の熱が壮間にも届く。この先で誰かが戦っている。そこにはきっと香奈も───

 

 

「香奈ぁっ!!」

 

 

 ジオウに変身して、壮間は戦場と化した『庭園』に飛び込んだ。そこにいたのはミカドと香奈、そして戦っているのは2人の魔法少女。

 

 

「ミカド! 『暁美ほむら』はどっちだ!?」

 

「ッ……黒髪の方だ。それより貴様、何故ここに……!」

 

 

 ミカドがここにいる理由は知らないが、状況から察するにあの赤い魔法少女と関係があるのだろう。ついさっき聞こえた2人の会話───『森を支配する』という赤い方の発言、それは壮間と麻沼の同盟関係に真っ向から盾突く。

 

 つまり状況は簡単、どちらも壮間の敵だ。

 

 

「っ、待ってソウマ、違うの! 戦わないで! 2人を止めて!」

 

 

 香奈が叫ぶ。何か訳ありであろうことは見て取れる。だが、今はいつものように分かり合うための余裕は、時間的にも精神的にも全くない。

 

 

「……香奈、聞いてくれ。俺はこの森を支配するアナザーライダーと手を組んだ」

 

「え……?」

 

「事情は後で説明する! とにかく今は美沙羅のために……この森は絶対渡せない」

 

 

 ジオウは繰り広げられる熾烈に割って入り、双方向に敵意を展開する。その新たな介入者に過敏な反応を見せたのは、ほむらの方だった。

 

 

「そう……そうなのね。お前は……! あの男の、仲間っ!!」

 

 

 虎の尾を踏み抜いた、そう直感した。全身の肌が削れるような凄まじい怒気。一人の少女、その20年足らずの人生では到底生まれ得ない程の感情が、怨嗟の咆哮となって浴びせられる。

 

 

「『まどか』を……返せッ!!」

 

「まどか……!? おいどういうことだよ! アイツがどうして……」

 

 

 もはや杏子の声は、ほむらに聞こえていない。

 問答無用とはまさにこのこと。溢れ出す殺意が形に成ったかのように、召喚されたのは無数の重火器。ほむらが操る植物が彼女の3本目以降の腕として、それら全てを構え敵に───自身以外の全てに向けた。

 

 この圧死してしまいそうな怒りにも、壮間は動じない。

 壮間は一度、香奈を喪っている。時を戻し、その事実が無かったことになったとしても、あの傷は消えない。あの雨の中で叫んだ激情を忘れることは決して無い。

 

 

「もう容赦はしない……跡形も無く消えなさい!」

 

「そっちこそ、その弾が香奈に掠りでもしてみろ。ぶっ殺してやる」

 

 

 もはや怪物の形相と化したほむらが放つ、形振り構わない全火力解放。迫り来る夥しい数の銃弾を、杏子は鎖で伸長させた多節槍を縦横無尽に振り回すことで防御。ジオウは香奈から照準を逸らすように駆け、死角でジカンギレードを振りかざす。

 

 しかし、ほむらはそれを見逃さない。銃火器を召喚する時間が無くとも、この森の全ては彼女の手足であり支配下。接近するジオウの頭上、足元、四方八方から異常成長した植物が襲い掛かった。

 

 

「舐めんな!」

 

《ギルス!》

 

 

 キメラアナザーから入手したウォッチの一つ、『仮面ライダーギルス』のウォッチをジカンギレードに装填。刀身から先端に刃が備わったエネルギーの触手が伸びる。

 

 硬質の刃『ギルスクロウ』と鞭の特性を持つ『ギルスフィーラー』の同時発現。そこに掛け合わせるのはついさっき目にした、全方位を網羅する杏子の槍捌き。

 

 

《ギルス!ギリギリスラッシュ!》

 

 

 『佐倉杏子』×『仮面ライダーギルス』

 全身を使って放たれた斬撃の球殻が、迫る植物を一本残らず切り刻んだ。

 

 ただ、これはこの間のイカロス戦とは違い、見様見真似に過ぎない。かなり無理のある動きで負担も大きい。それでも、壮間は張り詰めた。身体も、心さえも、今は捨て置くほどに。

 

 それが香奈と美沙羅を守る戦いだというのは、香奈自身も分かっていた。分かっていながら何も言えない。何もできない。そんな香奈の横で、ミカドがようやく沈黙の姿勢を崩した。

 

 

「貴様らのスタンスは概ね理解した。要は貴様ら全員が森を手中に収めようとしているわけだな」

 

「この森は俺たちが手に入れる! 頼むミカド、手を貸してくれ!」

 

「断る。言うに事を欠いてアナザーライダーの軍門に下っただと? 世迷言も大概にしろ。貴様らはヘルヘイムを上手くコントロールできると思い込んでるみたいだが、俺から言わせればそれが甘い。ヘルヘイムはいずれ必ず人類を滅ぼす存在だ」

 

《ゲイツ!》

 

「この森は根絶やしにする。邪魔をするなら貴様ら全員倒すまでだ」

 

「ミカド……!」

 

 

 ミカドもゲイツへと変身し、森の奪い合いに参戦する。

 ミカドの敵対宣言でさえ怯む余裕なんて無い。香奈も美沙羅も守らなきゃいけないんだ。そんな当たり前の願いすら誰も聞いてくれないのなら───

 

 

「もういい。だったら俺は、もう誰も頼らない……!」

 

 

 三つ巴は四つ巴へと変貌し、更に苛烈を極める。しかし香奈が本当に怖かったのは広がる破壊でも、激しい戦いでもなく、激突し合うだけの怒りと思想だった。皆が自身を正しいと思っているから、振るう暴力に迷いが無い。戦いが止まる気配が無い。

 

 

「ソウマ……ミカドくん……! やめてよ……! なんで、なんでっ……私は……!」

 

 

 誰もが他人の声を忘れたこの場で、己の権利を主張できるものは力だけ。力なき者の声なんて届くはずもない。境界線を越えられなかった香奈は、この場において何者でもないのだから。

 

 

 そして、いずれ肉が抉れ血が落ちる音が聞こえ、均衡は崩壊した。杏子の槍が、ほむらの体を裂いたのだ。

 

 杏子が命を狙ったというよりは、極限まで緊張していた戦況の中、ほむらの体力が限界を迎えた結果起こった事故のようだった。しかし経緯がどうあれ、これで彼女は詰み。脱落だ。

 

 

「……悪く思うなよ。こんな運命でもさ、あたしだって最後に少しくらい……幸せになりたいんだ」

 

 

 追い詰められ、息も絶え絶えな袋小路で、ほむらは無意識に右腕の盾に触れた。しかしそれが『起動』することは無い。いま目を閉じて醒めた時、きっとそこはベッドの上じゃなく、地獄なのだろう。ここで本当に『終わり』だ。

 

 

「何が……幸せよ。私はあなたとは違う!! 私は私の幸せなんていらなかったのに……! そうね、あなたはいつだってそうだった。ずっと自分勝手で、気分屋で、行動が読めない。あなたのせいで何度疑われて、何度不要な邪魔をされたことか。手を組めたと思えば裏切って、勝手に死んで、いつも肝心な時に役に立たない!」

 

「なんだ? 何の話だよ……?」

 

「巴マミもそうよ! 先輩ぶって先走る癖に酷く繊細で、とても面倒なんか見切れない! 美樹さやかは向いてもないのにすぐ契約して、勝手に傷ついて呪いを振り撒いて! あの子が魔法少女になった時は決まって全部台無しにする! 最初からあなた達が……私の言葉を信じて、戦ってくれてれば!!」

 

 

 その名はかつて見滝原にいた魔法少女のものだった。ただ、ほむらが叫ぶ記憶に杏子は覚えがない。まるでそれは、彼女だけしか知らない物語を全て、溜め込んだ本音と共に吐き出しているようだった。

 

 壮間はその姿に、彼女が想いを叫ぶ理由に、どこか覚えがあった。

 その理由を、きっと壮間はよく知っている。

 

 

「私は……まどかを救うことができれば、それでよかった。もう戻れなくなっても、私はあなたと約束したから……! でも、もうダメみたい……なんで失う前に気付かなかったんだろう。こんなことなら、最期の最期まであなた達が私の邪魔をするのなら……! やり直したあの時に、どいつもこいつも、殺しておけばよかった!!」

 

 

 ほむらの手の甲のソウルジェムの濁りが、輝きを塗り潰すほど濃くなっていく。ソウルジェムに溜まった穢れが限界を迎えようとしている。

 

 それが何を意味するのか、壮間は知っていた。

 躊躇いが無いはずがなかった。でも、壮間はもう知らぬうちに越えていたことを知ってしまっている。そうなる前か、後か、形だけの違いだ。迷って先送りにすれば取り返しがつかないことになる。やるしかないんだ。香奈と美沙羅を守るために。決断すべきなんだ。

 

 そんな言い訳で必死に心を固め、

 壮間はほむらの魂が入ったソウルジェムに、剣を───

 

 

「───ほむらちゃん」

 

 

 一歩躊躇った壮間と杏子の間を抜けて、香奈は動いていた。ほむらの声にならない叫びが聞こえた気がして、恐怖なんか忘れて、体が勝手に走り出していた。香奈は今にも砕けて呪いが溢れそうなソウルジェムを包むように、ほむらの手を握った。

 

 

「うん……私もそう思うよ。『カッコいい名前だね』」

 

「っ……! なんで……その、言葉を……!」

 

 

 香奈は彼女の物語を全て見たわけじゃない。見えたのはほんの断片。彼女がどうなったのかも、ほむらが何を叫んでるのかも知らない。ただ、ほむらを救えるのはきっと彼女の言葉だと、そう思った。

 

 その言葉で、ソウルジェムの汚染が止まったように見えた。

 

 

「香奈……そこを退いてくれ。俺は彼女を、殺さなきゃいけない」

 

 

 壮間は止まれなかった。何を根拠に安心できるというのか。万が一にでも香奈を喪うわけにはいかないのに。

 

 だが、壮間が絞り出すようにして放った言葉を聞いて、香奈はもう耐えることはできなかった。

 

 

「いい加減にしてよ!!」

 

「っ……!」

 

「なんでそんなこと言うの!? おかしいよ、こんなの……! みんな悲しくて、怒ってて、それだけなのに! 戦わないでよ! ちゃんと話をしようよ!」

 

「香奈……! 違うんだ。なんで分かってくれないんだ! 俺は、お前を守りたいから……!」

 

「……聞いてやろうよ。こんなに必死に、叫んでんだからさ。話くらい聞いてやったっていいだろ?」

 

 

 壮間の前に出てそう諭したのは、杏子だった。彼女は槍を下ろし、ほむらを守ろうとする香奈に笑いかけた。

 

 

「悪かったな嬢ちゃん。あたしもこいつらも、みんな熱くなり過ぎてた」

 

 

 間違ったことは言ってないのに、ちゃんと話ができれば分かってくれたはずなのに、聞く耳すら持ってくれない。声が届かない。その辛さだけは、杏子が誰よりもよく知っていて、忘れる事なんてできなかったから。

 

 

「香奈……俺は……っ」

 

 

 泣きそうな香奈の顔を直視して、壮間は自分の中から怒りが引いていくのが分かった。焦りと激情で冷静さを失っていた。救うべき相手の顔も見えなくなるほど、自分を見失っていたのだ。

 

 戦いが止まったことで、ミカドも変身を解いて戦意を収める。静まりゆく感情の炎を肯定するように、荒れた地に風が桃色の花びらを吹かせた。

 

 

「聞かせてくれよ、ほむら。この森は何なんだ? あたしが『ワルプルギスの夜』から逃げたあの後、アンタと鹿目まどかに何があったんだよ?」

 

 

 ほむらは香奈の手を離し、白く伸びる樹を見上げる。

 

 もう消えてしまいそうなほど遠い記憶だ。誰も真実を受け止められないから、誰にも頼らない道を選んで、永い時間を戦った。だから彼女と自分以外の全てが敵だということが、当然のように思うようになってしまった。

 

 

「そうね、もう、いいのかな……まどか……」

 

 

 彼女の口から語られるのは、悠久の戦いの望まぬ終わり。

 世界から『鹿目まどか』が奪われた、その時の話だった。

 

 

__________ 

 

 

 壮間が麻沼と話した後、何処かに飛び出してしばらく経つ。残された美沙羅は村の中で、子供たちの相手をしていた。この森はずっと僅かな光が射していて時間の感覚を忘れそうになる。どうかまだステージには間に合いますようにと、美沙羅は祈るしかなかった。

 

 

「日寺くんは……なにも言ってくれなかったなぁ」

 

「おねーちゃんどうしたの? わかったフラれたんでしょ!」

 

「あっ、ごめんね。なんでもないよ」

 

 

 結局自分は何がしたかったんだろう。中学の頃に壮間を好きになって、ずっと追いかけていた。でも彼に差し出せる“自分”がどこにもなかった。勉強がそれなりにできて、ブランド物を持っていて、習い事を沢山している梓樹美沙羅は、母が用意した作り物だ。

 

 あの頃の壮間は中二病だなんだと影で後ろ指さされていたけれど、美沙羅は彼のような確固たる自我が欲しかった。そしてそれは努力しても手に入らなかったから、奇跡に頼った。魔法少女という奇跡に、祈りを捧げた。

 

 でも、知らない間に壮間も特別な力を手に入れていた。少しショックだったが、それはそれで良いと思えたんだ。壮間と並び立てて、壮間の夢の役に立てる、それは最高の未来だから。

 

 

『ねぇ日寺くん。もし……もしよかったらなんだけど───』

 

 

 でも、森で襲ってきた鹿の怪物を倒した時、言い損ねたこの続きを、美沙羅はまだ言えずにいる。

 

 

「おねーちゃんって、まほーしょうじょだよね!」

 

 

 子供たちの中でも特に幼い男の子が、そう言った。その子は美沙羅の指輪を指していた。すると、今度は別の子が続ける。

 

 

「前にも何人か来てたの、ここに魔法少女が。先生が連れて来たんだ!」

 

「そうなんだ……その子たちはまだここに来たりする? お話とかしたいなぁ」

 

「ううん。みんなすぐにどっか行っちゃうの。でもね、いろんなお話聞かせてくれたよ!」

 

「そうそう! 魔法少女って、一つお願いを叶えてもらったんだよね! おねえちゃんはなにを叶えてもらったの!?」

 

 

 子供の無邪気が美沙羅の心を突く。子供は好きだが、時折怖く感じる。その純粋な瞳が、美沙羅の内側の空っぽを見透かしているように思えてしまって。

 

 

「私はね……好きな人に見てもらいたかった。だからもう一度会って……変わった自分を見てもらえますようにって、そうお願いしたの」

 

 

 空っぽから変わりたい。そして母の人形ではなく、『梓樹美沙羅』として壮間に会いたい。それが彼女が捧げた願い。

 

 その願いは『改造する魔法』として実現し、運命が捻じ曲がることで壮間は見滝原に来ることになった。しかもそこに香奈はいない。美沙羅だけを見てくれるという状況を作るためだけの願いだった。

 

 怖かった。不安だった。例えもう一度壮間に会えたとしても、空虚な自分には見向きもされないんじゃないかって。だから魔法に奇跡を望んだのだ。そんなことをしても意味はないと、わかっていたのに。

 

 

「フラれた、かぁ……やっぱり、そうかもしれない」

 

 

 わかっている。壮間は美沙羅を必要としてないことくらい。

 わかっている。自分が足手まといになっていることくらい。

 

 わかっているんだ。さっき壮間が香奈の名を叫んでいたことくらい。

 

 香奈が森に来ていて、壮間は彼女を助けに行ったんだ。その時、美沙羅は動かなかった。ほんの少しでも彼女がいなくなればいいと思ってしまった。自分がこんなにも醜いことは、わかっている。

 

 それでも、子供でいられる時間はもう無いから。伝えるんだ。

 

 

『一緒に戦えるなら怖くなんかない』

『死ぬことになったって構わない。だから』

『これからもずっと、あなたと一緒にいたい』

 

 

 あの言葉の続きを、明日のステージの後───時計がお終いを刻む、その時に。

 

 

「ねぇ、先生どこにいるか知らない?」

 

「しらなーい」

 

 

 この集落だと年長の方の、中学から高校生くらいの女の子がそこに来た。どうやら浅沼を探しているようだ。困った様子のその子に、美沙羅は声を掛ける。

 

 

「どうしたの? 私が何か手伝おうか?」

 

「『忘れ物』があったんです。今ごろ困ってるだろうし、先生に届けてもらおうと思って」

 

「忘れ物って……誰の……?」

 

 

 時を刻み続ける時計。

 その歯車が、軋む。

 

 




壮間、乱心。悩んでることが多いウチの主人公ですが、追い詰められてるって意味だと過去一だと思います。

次回は実質100話でお会いしましょう。
感想、お気に入り登録、高評価など、お待ちしております。


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この世で一番不幸なことって

祝え!(実質)100話!壱肆陸です。
というわけで、平成末期からやってた本作ですが、キャラ紹介を抜いて遂に今回で通算100話を達成しました。ここまで長くやってこれたのも読者の皆さんの応援や感想のおかげでございます。放っておくと数か月間が空くような本作ですが、今後ともよろしくお願いします。

100話記念的なアレは……そうですね、補完計画で。

今回はまどマギ×鎧武編、前半ラストとなります。
今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


「祝え!」

 

 

 預言者が高らかに声を上げる。その一言だけで全て出し切ったように清々しい表情を浮かべるが、しばらく余韻に浸って満足したかと思うと、一つ咳払いして本を開いた。

 

 

「失礼。どうしても言わずにはいられなかったもので……では気を取り直して。我が王が挑む魔法少女の物語ですが……私の姿が見えないと、皆さまさぞ不安に思ったことでしょう」

 

 

 そんなことは無い、というツッコミを待つウィル。しかし声が帰ってくることは無いので構わず進む。彼は一人遊びが趣味である。

 

 

「こと今回に関しては私の出る幕は無い。ささやかな祝福を送るだけで十分なのです。我が王はこれまで二度、大切な者を失うことで大きく傷を負った。一度目で己の無力を知り、二度目で己の愚かさを知った。そしてその度に強くなり、乗り越えて来た」

 

 

 1度目はアナザービルド。2度目はアナザー電王こと令央。

 

 その痛みは必要だったと、預言者は語る。その余りに主観的な語りは冷酷と愛が入り混じっていて、きっと紡ぎ手たちがその思いを理解することは無い。

 

 

「そして我が王が次に知るべきなのは……それは貴方の目で確かめていただきたい。それではまず魔法少女の物語、その始まりと、終わりから」

 

 

 ウィルが本を閉じ、止まっていた時が動き出す。

 それは2018年の暁美ほむらが、白い森で壮間たちに語る物語。始まりは見滝原中学校に編入してきた一人の気弱な少女、暁美ほむらと、そんな彼女の手を取った魔法少女───鹿目まどかの出会いの瞬間。

 

 

「私、その……あんまり名前で呼ばれたことって、無くて……すごく、変な名前だし……」

 

「えー? そんなことないよ! 何かさ、燃え上がれーって感じでカッコいいと思うなぁ」

 

「名前負け……してます」

 

「そんなのもったいないよ。せっかく素敵な名前なんだから、ほむらちゃんもカッコよくなっちゃえばいいんだよ」

 

 

 まどかは誰にでも心優しい少女だった。だからきっと、彼女にとってその会話に特別大きな意味は無かったのだろう。それでも、人と触れ合うのが苦手だったほむらにとっては眩しい言葉だった。

 

 その後、ほむらはそんな心の弱さを魔女に付け込まれる。だが、その命の危機をまどかに救われ、彼女が人々を守る魔法少女だと知ったことで、その出会いはほむらにとって奇跡となったのだ。

 

 鹿目まどかは優しく、強い、そんな絵に描いたような魔法少女だった。ほむらはそんな彼女を心の底から尊敬した。

 

 ただ恨み言があるとするなら、彼女は優しすぎた。彼女は最強の魔女『ワルプルギスの夜』に無謀にも挑み、散った。その身には大きすぎる使命感と、慈愛の心が、彼女自身を殺すことになってしまった。

 

 彼女を否定なんてできない。否定すべきは、弱い自分だ。守られることしか選べなかった、愚かな自分だ。そんな遅すぎる後悔の叫びを聞きつけ、魔法の使者───キュゥべえは現れた。そして彼女は祈りを捧げた。

 

 

「私は……鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」

 

 

 その願いは奇跡となって成就した。気が付けば時は『鹿目まどかに出会う前』に戻っていた。こうして暁美ほむらは『時間遡航』の魔法を得て魔法少女となり、鹿目まどかを救うことを決意した。

 

 そこから先は、気の遠くなるほど永い戦い。ワルプルギスの夜との戦いでまどかが死ぬ度に時間を戻し、繰り返す。何百も、何千も。ほむらはそれを詳しく語ることはしない。

 

 ただ、その戦いは彼女の心を変えていった。二度目のループで知った魔法少女の真実と、誰もそれを受け止められないという現実。そして繰り返すたびに経験するまどかや他の魔法少女たちの死。傷を負い、苦しみを抱えながら、それでも戦い続けた。いくら繰り返そうと変わることの無い、その親愛だけを導として。

 

 そして同じように繰り返していたあるループの最後で、異変は起こった。

 

 

「───やめた。やってられるかよ、こんなの」

 

「杏子……!」

 

 

 ループの最後に必ず到達する『ワルプルギスの夜』との戦い。そこで佐倉杏子が離脱し、ほむらだけが残された。

 

 今回のループでは見滝原を守っていた魔法少女、巴マミが戦死。まどかの友人の美樹さやかも魔法少女になってソウルジェムの穢れを抱え込み、死亡している。この2人がこの死に方をする場合、杏子もソウルジェムの汚濁で死ぬか、自死を選ぶことが多い。戦いを放棄するのは珍しいが十分にあり得るパターンだ。この展開自体は特段驚く程のものではない。

 

 ただ、それと同時にほむらの意識に走る、妙な違和感。

 まだ時間遡航をしていないのに、それと似た感覚───()()()()()()()()()が過ったのだ。

 

 

(今は、考えてる余裕なんて無い……!)

 

 

 空に鎮座する超巨大魔女、通称『ワルプルギスの夜』。遊戯のように大火炎を放ち、大地を耕し見えない手でビルを振り回し、幾千の手下で地上を埋め尽くす、神話の存在。

 

 ほむらはこの魔女に幾千の敗北を喫している。『ワルプルギスの夜』を倒せたのは魔法少女となったまどかだけだが、そうなったら必ずまどかは死ぬ。彼女を守るには、一人であの魔女を倒すしかない。

 

 

「ごめんね……ほむらちゃん。でも私は……私の力で、みんなを守れるなら……!」

 

「ダメよ、まどか……! どうしてあなたは……! そいつの言葉に耳を貸さないで!」

 

 

 結末から言うと、今回も彼女は失敗した。『ワルプルギスの夜』が引き起こす惨劇を前に、まどかは己の命を投げ出してキュゥべえと契約してしまった。その結果『ワルプルギスの夜』は倒され、世界が救われたとしても、意味は無いのだ。

 

 まどかは魔法少女としての大き過ぎる力の代償で、たった一度の戦いでソウルジェムを真っ黒に穢してしまう。その穢れは強大過ぎて、グリーフシードでの浄化も間に合わない。こうなってしまったらもう、手の施しようが無い。

 

 せめて彼女が世界を呪う姿を曝す前に、こんな世界は無かったことにする。時間を戻してもう一度やり直して、今度こそ彼女を救う。そういつものように右腕の盾を起動し、時間遡航の魔法を発動しようとした、その時だった。

 

 

「聞いてた通り、随分な力だな。鹿目……まどか、か。もう少し利口に育ててりゃ、話も違っただろうに」

 

 

 ジッパーのような空間の裂け目から現れた白衣の男が、荒れ地となった見滝原に踏み入った。このタイミングで現れるはずのキュゥべえの死骸を片手にぶら下げて。

 

 

「誰……? あなたは、これまで一度も見たことが無い! あなたは一体……!」

 

「なるほどな、本当に覚えちゃいない……歴史が変わってるのは確かみたいだな。俺は麻沼だ。覚える必要も、まぁ特には無いが」

 

 

 しかし、ひときわ異様な雰囲気を放っていたのは彼ではなく、その後ろにいる少年の方。

 

 

「やるなら早くしてよ。いつまでも止めてはられないし、出てからじゃ僕もお手上げだからね」

 

「わかってる。子供(ガキ)じゃないんだ、今更やめたりなんかするかよ」

 

 

 チーズの駄菓子を齧る少年───タイムジャッカーのヴォードに急かされ、麻沼はまどかの体の傍に落ちた、砕ける寸前のソウルジェムを掌に収めた。

 

 

「……っ! 返しなさい! 誰かなんてどうでもいいわ、まどかに触らないで!」

 

「話が違ぇな。時を止めてたんじゃなかったのか、タイムジャッカー」

 

「あーやっぱりか。彼女は僕らと同質の力を持ってるからね、そういう相手にはこの力は効き辛い。というわけで、ちょっと大人しくしてて」

 

 

 麻沼の右腕のみが異形となり、クラックから抜刀された朽木の大剣が、満身創痍のほむらの胴体を斬り付けた。

 

 

「あ゛ぁっ……! 何を……ッ!」

 

「魔法少女だろうがヘルヘイムの植物は有害だ。死にはしなくても、もう毒でまともには動けない」

 

「いや、彼女に限ってはまだ不十分だよ。これ痛いから気乗りしないけど……」

 

 

 ダメージで動けないほむらに近付いたヴォードは、時間操作を司る彼女の盾に触れる。すぐさまその手を振り払い、血を吐きながらなりふり構わず時間を戻そうとしたほむらだったが、一歩遅かった。

 

 

「そんな、なんで……!? 時間が戻せないっ……!?」

 

「その時計を機械と解釈して、僕の力で因果に楔を打ち込んだ。悪いけど、君はもう二度と時間を戻せない。勝手に別の時間軸に行かれる分にはいいけど、『円環の理』が生まれるのは阻止しなきゃいけないからさ」

 

 

 過度な介入のペナルティにより、片手の一部が黒味がかった靄になり実体を失った状態で、ヴォードはほむらにそう告げる。だが、そんなことを受け入れることができるわけなかった。

 

 もう二度と時間を戻せなくて、まどかを守ることが決して叶わなくなってしまって、彼女の死を覆すことができないのだとしたら。もう、ほむらが生きている意味なんてないじゃないか。

 

 数えきれないほど繰り返し、重ねた膨大な時間の絶望が全て、思い出されたかのように襲ってくる。彼女の心を深く黒い闇へと引きずり込む。

 

 

「そいつも手遅れか。それなら仕方ない、同じようにそいつのソウルジェムを───」

 

 

 ほむらからソウルジェムを奪おうとした麻沼を、ヴォードは消えかかった片手で制止した。

 

 

「ねぇ。君はさ、それだけ絶望するくらい、鹿目まどかのことが大事だったの?」

 

「まどかは……私の、大切な友達……たったひとりの友達なの……だからお願い、返して……まどかを私から奪わないで……!」

 

「そっか。たったひとりの友達、か。ごめんね」

 

 

 ヴォードの人差し指がほむらの額に触れ、その意識は崩壊しかけたまま暗転した。

 

 

 目が覚めた時には、ほむらは森の中にいた。

 

 まるで魔女の結界のような、妙な空気の森だった。ここが天国でも地獄でもないのは、音として伝わる自身の脈動が証明していた。治った傷と浄化されたソウルジェム、そして妙に冷静な思考から、相当な時間の経過を感じる。恐らく時間を止める力の応用で、ほむらは眠っていたのと同じ状態に陥っていたのだろう。

 

 『ワルプルギスの夜』に負けたというのに、ベッドの上じゃないのは不思議な感じだ。あの戦いを越えた先の時間を生きるのは初めてのことで、何をすればいいのか分からない。この絶望を抱えたまま、生きる理由を見いだせない。

 

 まどかの体も、あの男に奪われたのだろうか。せめてちゃんと弔いたかった。まどかを家族のもとへ帰してあげたかった。それすら叶わない今、もう命を絶つ以外に彼女に思いつく道は無かった。唯一残った魔法である格納空間から銃を引き出し、ほむらはその銃口を己のソウルジェムに向ける。

 

 

「まどか……」

 

 

 最期にその名をと呟いただけだった。だが、その名を呼んだ時、ほむらは微かだが確かに感じた。魔法少女となった、まどかの魔力を。

 

 

「まどか……!? どこにいるの、まどか! お願い返事をして! お願い、もう一度……私の前に……!」

 

 

 銃を捨て、何度その名を呼んでも、感じるだけで返事は無い。

 そしてほむらは気付いた。まどかの力は、辺り一帯から感じる。いや、それどころかこの森の全てから、彼女を感じるのだ。

 

 

「ここにいるの……まどか……?」

 

 

 理屈なんて皆目見当も付くはずがない。それでも彼女は確信した。

 この森は、まどかの力で構成されている。肉体は既に失われてしまったとしても、彼女のソウルジェムはこの森の何処かに眠っている。

 

 彼女を終ぞ守ることができず、魔法と共にやり直す権利も失ったほむらが、いま生きてこの森にいる意味があるとするのなら───

 

 

「私は……あの男から、あなたを取り戻す。他の誰にも渡さない。私はもう一度あなたに会って、そして───」

 

 

 もう繰り返すことも無い永かったバッドエンドの物語。その結末があるのなら、せめてそれがいい。そのただ一つの終わりを求めて、暁美ほむらはもう一度だけ戦うことを決めた。

 

 

 

__________

 

 

 

「いや待て待て。じゃあなんだよ、アンタはあたし達が『ワルプルギスの夜』と戦うまでの時間を何度も繰り返してて、鹿目まどかが死ぬ度にやり直してたってことか!? はぁ!? じゃあ本当にさやかやマミのことも全部知ってて……どういうことなんだよ!」

 

 

 ほむらが語る物語は一旦そこで終わった。杏子は自身を巻き込んだ壮大なスケールの話に何一つ理解が追いついていないようだった。それは無理もない話で、だからこそほむらは彼女を含めた誰にも、自身の境遇も未来のことも話すことはしなかった。

 

 だが、杏子以外はそうじゃなかった。部外者のはずの壮間たち3人は、ほむらの話を実感を以て受け入れていた。それもまた、当然だ。

 

 

「本当に、そうだったんだ。時間を遡って未来を変えるために戦う。俺と……同じだ」

 

「そう……もともと祈れば叶うこんな世界で、私だけが特別だなんて思ってなかったけれど……それがまさか魔法少女でもないなんてね。私もさっきの戦いで嫌でも感じたわ。あなたの怒りは、私のそれとよく似ていた。それを認めたくなかったのは、きっとお互い様でしょうけど」

 

 

 同じというには烏滸がましいのかもしれない。壮間は彼女ほど長く戦っていないし、負った傷や直面した死の数はきっと比べ物にならない。それでも同じと言わずにはいられなかった。

 

 怒りに支配されて、他者の声を自分から追い出して、こんな大事なことにも壮間は気付かないところだった。気付かないまま、彼女の物語を無視して殺してしまうところだった。

 

 

「暁美……ほむら、さん。俺は……っ!」

 

「後にしろ日寺。落ち着いている内に進める。主語は狭かったが概ねこの馬鹿が言った通り、俺たちは直に来る世界の滅びを止めるために時間を越えて戦っている。この森、そして森を操るアナザーライダーはそれに深く関わる存在だ。ここまでの話を纏めるぞ、いいな?」

 

「……もういいや。あたしの頭じゃわっかんねぇよ、時間がどうとかの話は。でもアンタが必死に戦ってたのは分かる。今はもう、それでいいよ」

 

 

 杏子が事態を飲み込んだのを見ると、ミカドはほむらの経験を精査する。気になる点は多々あるが、重要なのは最後のループのタイムジャッカーが現れて以降だ。

 

 

「『鹿目まどか』なる魔法少女がアナザーライダーの狙い、か。この街を災害から救ったと言う『救済の少女』は……」

 

「えぇ、まどかよ。私からもひとつ聞かせてくれない? あなたは……どうしてまどかの言葉を知っていたの?」

 

「私? あ、それが……わかんないんだけど、この白い森から聞こえたんだ。ほむらちゃんとまどかちゃんが出会った時と、それから先のお話が、少しだけ。その声が私をここに呼んでくれたの」

 

「あなたには聞こえたのね……羨ましいわ。私には感じることしかできなかった。まどかを強く感じるこの場所を」

 

 

 ここら一帯の白い森。麻沼が『庭園』と呼んでいた、ソウルジェムの穢れを浄化する果実が実る区域。彼女の力が満ちているこの場所を見つけるまで1年かかり、それからずっと、森に近寄る魔法少女を排除しながら鹿目まどかを探しているという。

 

 

「この白い果実を見つけたおかげで……まどかのおかげで私は生きてる。それまで、たったの1年でも地獄だったわ。武器は尽き、魔法は無い。死の淵で縋るように森の果実を口にして、私の体は人間でも魔法少女でもなくなった。それでも1年生きて、ようやく見つけた……」

 

「……さっきの森を操る力。果実を食べて、インベスになったってことか……?」

 

「話通りならアナザーライダーの攻撃からヘルヘイムの毒を喰らっていたはずだ。魂と肉体が分離していることで毒の進行が遅れ、その内にヘルヘイムへの耐性を得たとすれば……肉体のみが姿を保ったまま半インベス化し、人格は保たれたというのがそれらしい仮説か。全く奇跡的だがな」

 

 

 しかし、ほむらの傷口から侵食する植物は、ゆっくりと確実に彼女の肉体を蝕み続けている。魔法少女の体だからかインベス化が半端で、毒に適応し切れていないのだろう。ソウルジェムの穢れは杏子が持っていたグリーフシードで吸い出せたが、5年間毒に浸された体はミカドでも手の施しようが無い。

 

 怒りのままに戦い、秘めていた全てを話した。気力を使い果たしたも同然だ。

 

 彼女はもう長くない。それはもう、誰が見ても明らかだった。

 

 

「……よし! じゃあやることは決まりだよね! こうやってちゃんとお話しできて、みんなの思いを一つにできたんだから。一緒に探そう、まどかちゃんを!」

 

「おい片平、話はまだ何も……」

 

「いっしょに探しながらでいいじゃんそんなの! だって明日はステージなんだよ、忘れないでよね! みんなで力を合わせて探せば、きっとすぐ見つかるよ!」

 

 

 ほむらが5年探して見つからなかったのに、そう簡単に見つかるものか。彼女自身、気力があればそう毒づいていただろう。それでも、今はまどかの声を聴いた彼女を信じたい。不思議とそんな気持ちを抱いていた。

 

 香奈からしても強がった提案だ。でも今は、これが彼女のためにできる精一杯だと、香奈はそう信じた。

 

 

「いいじゃん、探そうぜ。いまさら償うだなんてそういうわけじゃない。あたしも会いたいんだよ、アイツに。馬鹿野郎とか、何やってんだとか、色々言いたいことはあるけどさ。本当に魔法少女になって、みんなを救っちまって……すげぇよって、言ってやりたいんだ」

 

「杏子ちゃん……」

 

「ちゃん付けはやめてくれよ嬢ちゃん。でもただ探すのもつまんねぇし……そーだ! 最初に見つけたやつは焼肉食べ放題ってのはどうよ。一番役に立たなかったやつの奢りでさ!」

 

「なんだ貴様、なぜ俺を見る。俺が一番役立たずとでも言いたいのか!? 上等だ、魔力探知できるのが貴様らだけだと思うなよ!」

 

 

 会って短いだろうにミカドの扱いが上手いなぁと、香奈は感心する。そんな光景を樹に寄りかかって見ていたほむらに、香奈は肩を貸すようにして手を引いた。

 

 

「動ける? 一緒に行こうよ。ほら、元気ないならこれあげるから! 私のとっておきだけど、友達の証!」

 

 

 香奈がポケットから出したのは、宿から持って来た2個のチョコレートのうちの1つ。

 

 不意に思い出す、まどかとの『本当の』出会いの日。香奈が当たり前のように差し出す真っ白な優しさは、どこかまどかに似ていた。

 

 包装紙から外された溶けかけのチョコレートを口に入れる。

 

 

(味が……しない……)

 

 

 この身体になってから、果実以外のものを食べられなくなってしまった。それでも、やはり思い出してしまう。

 

 魔法少女という存在を知ってから、マミの家には何度も招かれて、皆で一緒にケーキを食べた。それも最初の2回のループだけ。それから先は独りで戦うことを選び、そこに自分はいなくなった。

 

 戦い続けられていたら、こんな未来に辿り着けたんだろうか。もしくは、あの繰り返しの中で何かが違っていたら。まどかと、杏子と、さやかと、マミと……みんなでお菓子や紅茶を囲む。そんな茶番のような、下らない夢のような、

 

 あの甘さが懐かしくて、愛おしい。

 

 

「残り1個は……ソウマ、あげるよ! あんなこと言っちゃったけど……助けに来てくれてありがとうだし、ほむらちゃんとも仲直りしなきゃでしょ? ……ソウマ?」

 

 

 香奈がいつもと変わらぬように壮間にチョコを差し出すが、彼の様子は依然としておかしかった。この暖かな森の中で、壮間の表情だけは焦りと狼狽に侵されている。

 

 ほむらの話を聞き、彼女が香奈に危害を加える理由も無くなった。それはいい。問題は彼女の話に出て来た麻沼のことだ。

 

 

「麻沼が魔法少女のグリーフシードを奪って、森を作った……!?」

 

 

 麻沼はアナザーライダーだが、社会で居場所のない子供たちを保護し、その力で王と成り社会を変えようとしている。それを完全に信用したわけじゃないが、嘘を言っているようには見えなかった。

 

 だが彼は『魔法少女を救いたい』とも言っていた。この『庭園』がその結実だとも。その理想と、ほむらが語った彼の行為が壮間の中でズレる。

 

 嫌な予感がする。想像する未来が黒く濁っていく。

 暁美ほむらを捕獲するという契約は一旦中止だ。今は戻って、直接確かめなければいけない。美沙羅を置いて来たその判断が、最悪になってしまう前に───

 

 

 

「流石は大躍進の王候補だ。こんなに早く暁美ほむらを追い詰めるとはな」

 

 

 壮間の心の中を見透かしていたのか、いや恐らく全てを見ていたからこそ、今現れたのだ。無関心な拍手を鳴らしながら、壮間たちの前に麻沼が姿を見せる。

 

 

「麻沼ッ……!」

 

「暁美ほむら。随分と手間取らせてくれたが、これで終いだ。他の王候補もそろそろ動き出す。これ以上お前に割いてる時間は無い」

 

「待て麻沼! 話を……聞かせろ。なんで彼女を攻撃した! なんで彼女から、『鹿目まどか』を奪った!? 魔法少女を救うんじゃないのか!?」

 

「契約に私情を挟まれても困るんだがな。まぁ、そうか。説明とか、納得とか、まだそういうのが欲しいってのも分かるか」

 

 

 ほむらが既に動けない。他の面子は麻沼を敵視しているが、攻撃を仕掛けてくる様子はなく見極めているといったところ。そして壮間は揺れている。この状況を把握し、麻沼は口を開いた。

 

 

「全て必要だったからやったまでだ。俺のアナザーライダーとしての能力は『ヘルヘイムの生成』。領土と手下を生み出せるのは強力に見えるが、作れる面積は精々都市一つ分。社会を変える王になるには、この能力の拡張が不可欠だった」

 

「それに『鹿目まどか』が必要だったって言うのか……!?」

 

「あぁその通り。曰く、鹿目まどかはその気になれば宇宙を作り直せる程の魔法少女だ。物理法則を凌駕する願いの力、魔法少女が持つ感情のエネルギー。彼女が持つ莫大なそれを利用しない手は無かった。暁美ほむらが邪魔な理由は言った通りだ。それに殺しちゃいねぇだろ。タイムジャッカーに任せた結果、面倒事に成長したからこうなってるだけだ」

 

 

 現にこのヘルヘイムの面積は広大。民を住まわせ、兵力を蓄えるのであれば、この面積が必要なのは納得できる。納得は出来るのだが、それはあくまで理屈の上。麻沼の理論は、王というには余りにも───

 

 

「ソウマが手を組んだって言ってたから、きっと……悪い人じゃないんだと思う」

 

「香奈……?」

 

「でも、社会を変えるとか私にはよく分かんなかったけど! それって結局、まどかちゃんとほむらちゃんを犠牲にしてるってことじゃないの?」

 

「犠牲とは人聞き悪い。鹿目まどかはあの時点で救いようが無かった。再利用と言えば非人道的にも聞こえるだろうが、いわば礎になってもらったんだ。真に純粋な社会、その新たな理のためのな」

 

「じゃあ、『魔女狩り』は何? キュゥべえに見せて貰った、あなたが魔女や魔法少女を倒してるの! 魔法少女を救うんだったら、なんで魔法少女と戦わなきゃいけないの!?」

 

 

 『魔女狩り』は杏子もよく知っていた。数年前から魔女の結界内に出現し、魔女を殺してグリーフシードを奪う鎧武者と、その手下の怪物たちのこと。『魔女狩り』のせいで魔女の数は激減し、魔法少女はグリーフシードを手に入れ辛くなり、弱い魔法少女が競争に負けて死に追いやられるという悲劇がより深刻化した。

 

 そして、それに歯止めをかけようと挑んだ魔法少女も殺された。その被害に遭った者たちを、杏子は何人も知っている。その朱い敵意が、無意識に鋭さを増す。

 

 

「……森の維持と『庭園』の拡大には大量のグリーフシードを必要とする。だから魔法少女との衝突は避けられなかった。これで納得したか? 鹿目まどかのソウルジェムは森の心臓だ、絶対に渡せないっつう俺の都合も理解しろ。さぁわかったら暁美ほむらを寄越せ。それで契約は履行だ、約束通りあの娘のソウルジェムの面倒は見てやる」

 

「確かに……この果実がありゃ多くの魔法少女が救えるだろうな。あたしもそれを利用しようとしたんだ、偉そうなことは言えねぇさ。でも、じゃあ何だ? お前のせいで死んだり、お前がその手で殺した魔法少女は、そいつの言う通り必要な『犠牲』だってのかよ!」

 

「あぁそうだ、認めりゃ満足か? いい加減に聞き分けろガキ共。世界を救うために切り捨てなきゃいけねぇもんが出る。そういうもんなんだよ社会ってのはな」

 

 

 杏子の叫びに対し、麻沼がそう言い切った。それが引鉄だった。

 美沙羅を救うという結果だけを求めるのなら、ここで彼の手を取るべきだ。でも、例え愚かな行為だとしても───

 

 

「……何のつもりだ?」

 

 

 壮間は預かっていたアナザー鎧武ウォッチを掲げ、戦いの中でほむらの手から離れた銃を拾い、それを突き付ける。

 

 

「ここでほむらさんを明け渡して、どうする気だ」

 

「森を出入りし植物を操る。そんなやつが懐柔不可能で森の心臓を狙ってるとありゃ危険過ぎるだろ。俺だってやりたくはねぇが殺す以外に無い。これも必要な犠牲ってやつだ」

 

「お前の言葉に嘘は無かった。これまでも、さっきの話も、今も。でも……だからこそだ。嘘も淀みもなく『必要な犠牲』だなんて言う男に、梓樹の命を任せられるか。。例え梓樹を救えても、その先に俺が望む王道は無い! 俺は、お前と共に歩めない!」

 

 

 これで美沙羅を魔法少女の運命から救う算段は無に帰すだろう。だが、望みを捨てたわけじゃない。佐倉杏子と暁美ほむら、魔法少女との繋がりを得た今、美沙羅を生き延びさせる手段は如何様にもあるはずだ。

 

 

「ここで直接お前と敵対する気は無い。同盟の破棄を申し出る! 梓樹を返せ!」

 

 

 だからまずは美沙羅を取り戻し、麻沼と決別する。これはその交渉、人質交換の一手だ。

 

 

「───世界中に繋げられるクラックを使って、他の王候補にも会った。下位の奴らは言葉が通じない獣で、上位の奴らは話が通じない怪物。その点、お前は話ができると思ったんだがな……」

 

 

 今や目の前の全員が敵で、アナザーウォッチは無い。そんな状況を心底面倒くさいとだけ吐き捨てるように、麻沼は首を傾けて息を吐く。覇気も威圧も感じない。ただ無気力に右手を胴の前に持ち上げる。

 

 

「それを否定はしねぇよ。ただやっぱり、若いってのは愚かと同義だな」

 

 

 麻沼が出した合図で、上空から急降下したコウモリインベスが壮間に襲い掛かる。しかしそれにはミカドと杏子が応戦し、アナザーウォッチは未だ手中にある。

 

 交渉決裂だ。こうなればもはや美沙羅は戦って奪い返す以外に無い。だがここでアナザーウォッチを壊してしまえば戦力の天秤は一気にこちら側に傾くはずだ。そう、これを壊してさえしまえば───

 

 

「……違う。馬鹿か! 俺は、何を言って……!?」

 

「そうだ。知ってはいたが気付かなかったか? アナザーウォッチを壊しても意味ねぇってことに」

 

 

 魔法少女の末路を聞いて動揺し、迫られた人質という選択肢に答えを急いてしまった。直近にアナザーウォッチを見せられたことで、それに飛びついてしまったのだ。

 

 なんで忘れていた、2009年でアラシがアナザーダブルウォッチを壊してもすぐ再生した様を見ていたはずなのに。『アナザーウォッチはオリジナルのライダーの力でしか壊せない』というルールを、壮間は見落としていた。

 

 

(いや、落ち着け! これは間違いなく本物だ。こいつを死守すれば話は同じ! 麻沼は変身することができないはず……!)

 

 

 その考えさえ見透かすように、麻沼は今度は左手を挙げる。

 変身したゲイツに倒される寸前、コウモリインベスが叫びを上げた。その瞬間に森が揺れ、木々が騒めく。空間をクラックが埋め尽くし、這い出て進行するインベスたち。その数は、5、10、20、50……数えるたびに、絶望が押し寄せる。

 

 香奈はキュゥべえに見せられた映像から、麻沼の力を知っていた。もっと腰を据えて話す余裕があり、情報の共有ができていれば壮間の選択も違ったかもしれない。だが、麻沼はその時間を与えなかった。

 

 

「なるほどな。ヘルヘイムにしてはインベスがいないのが妙だと思っていた。隠していたな、貴様。この兵力差を誰にも悟らせないために」

 

 

 アナザー鎧武は鹿目まどかのソウルジェムを得て、自身の能力を最大にまで覚醒させた。その能力とは剣技でも森の操作でもなく、王という個人の実力に左右されない盤石な数の力。他のどの王候補も持ち得ない、圧倒的な『兵力』である。

 

 こんなの論ずるまでもない。壮間たちに勝ちの目は、絶対に無い。

 

 

「子供は純粋で、意外にも聡明だ。嘘を見抜く視力も最適解を掴む握力もある。だが同時に浅慮で、私情と現実が区別できない。だから踊らされる。お前らが大事に抱える全部を捨て去った、薄汚ぇ大人にな」

 

 

 この広い森は麻沼の領域で、果実を食えばインベスになることも麻沼から聞いていた。それはつまりインベスなんていくらでも増やせるということだ。何もかも全部気付けたはずだ。

 

 いや、仮に気付けたとしてどうだった? 別の手が取れたか? 選択肢があったとしても壮間はそれを選べたのか?

 

 

「暁美ほむらはオーバーロードに片足踏み込んでやがる。万全ならインベスを操る力すらあったのが厄介だったが、ここまで弱れば関係ねぇ。もう一度機会を与えてやるよ、日寺壮間。信念も夢も捨てて俺の下に付け。そうすりゃ暁美ほむら以外全員、生きて帰してやる」

 

 

 全ては麻沼の手の上。壮間はこの森に迷い込んだ時点で、袋小路に閉じ込められていたんだ。

 

 このまま首を振れば死も同然だ。でも、沈黙以外の抵抗ができない。行き止まりを悟った壮間が、助けを求めるように顔を上げた。そこで見たのは

 

 

「……どういうこと、なの? 麻沼さん……日寺くん……?」

 

「梓樹……!?」

 

「ッ……!? どうなってる。なんでお前がここに」

 

 

 インベスの大群を飛び越え、薙ぎ払い、傷だらけの姿の美沙羅がそこにいた。その肩に乗っているのはキュゥべえ。

 

 

「まだ森に紛れてやがったのか、インキュベーター……!」

 

「好機だ! 全員掴まれ、離脱するぞ!」

 

《カイガン!》

《ゴー・ス・トー!》

 

 

 美沙羅の身柄さえ保護できれば、戦うという選択肢が敢行できる。ゲイツは即断でゴーストアーマーを纏い、召喚したパーカーゴーストで全員を空中に逃がした。

 

 麻沼が即座に飛行インベスたちを仕向けるが、残りのパーカーゴーストや杏子の多節槍と結界魔法が敵を一気に蹴散らし、足止めする。パーカーゴーストたちはそのままインベスの大群を突破し、広大な森の中に身を隠すことに成功した。

 

 

「っ……はぁ~~~!! 大ピンチからの危機一髪だよ! でもミサ! 無事でよかった~!」

 

「そ、そうだね。本当に……無事でよかったよ、香奈ちゃん。日寺くん」

 

「梓樹。ごめん……俺のせいだ。俺が間違った。俺のせいで、お前を危険な目に……!」

 

「違うよ日寺くん。日寺くんは悪くない。悪いのは……全部私だから。そんなことより大変なの! さっき村でこれを見つけて───」

 

 

 美沙羅の足元を回っていたキュゥべえの傍に杏子の槍が突き刺さり、会話は中断される。キュゥべえの助けで窮地を脱したことに、杏子と、特にほむらは憎悪を剥き出しにしていた。

 

 

「なんでテメェがここにいる」

 

「香奈との通信が途絶えた後、美沙羅の声が聞こえてね。日寺壮間のところに連れて行ってほしいって言うから、僕がここまで案内したんだ」

 

「よくあたし達の前に面出せたもんだなって言ってんだよ。こんな状況じゃなきゃ挽き肉にしてやってるとこだぜ」

 

 

 だがキュゥべえはそんな心境も素知らぬ様子で淡々と返す。

 

 

「今はそんなことを言ってる場合じゃないはずだ。敵はあの『魔女狩り』なんだからね。ほむら、君の力で出入口は開けられないのかい?」

 

「ッ……! 無理よ。少なくともこの状態ではね。一人分のクラックをこじ開けるのにも、かなりの時間がかかるわ」

 

 

 インベスたちの気配が近づいてきている。もはやこうして話すことすら許されなくなった。だからキュゥべえはその場の全員にテレパシーで伝える。

 

 

『絶望的な戦力差だね。見つかるのも時間の問題だ。でも、この状況を覆す方法が2つある。1つは片平香奈、君が魔法少女になることだ』

 

『お前っ……! ふざけんな! 香奈を魔法少女になんかさせるか! そもそも、お前が梓樹を唆さなけりゃ……!』

 

 

 テレパシーの通信回線で激高する壮間だが、この声は美沙羅にも聞こえている。下手なことは言えない。

 

 

『ソウマ……私は、やっぱり私の力で皆が助かるなら……!』

 

『待ってキュゥべえ! ダメだよ、香奈ちゃん。そんなことしたら……』

 

 

 そんなことしたら自分が特別じゃなくなる。香奈の劣化品になる。美沙羅は心の中でその本音を殺した。この期に及んでなんて醜い本音だろう。嫌悪感が、美沙羅の胸の奥を突き刺す。

 

 

『もう1つの方法は美沙羅、君の力を使うことだ。可能なら僕も避けたかった選択さ。君には酷な方法だからね、無理強いはできない』

 

『なんだよそれ! まだ梓樹に、何かさせようってのかこのクソ野郎!』

 

『私にできることなら何でもやるよ! 香奈ちゃんが戦わなくてもいい。みんなが助かる。そんな風に私が役に立てるなら、そのための魔法なんだよ。日寺くん、あなたの役に立てるのが、私の幸せで願いだから』

 

『そうか。わかったよ美沙羅。それが君の願いなら、僕はそれを聞き届けよう』

 

「なァ、もういいか。そろそろかくれんぼも終わりにしようや」

 

 

 テレパシーに割って入る麻沼の肉声。この距離で麻沼がインベスを動かせばたちまち見つかってしまうだろう。

 

 

「君に一つ聞きたいんだ、『魔女狩り』。いやアナザーライダーと呼ぶべきかな」

 

 

 インベスが迫り、壮間たちが時間を稼ぐために応戦を覚悟した矢先、キュゥべえが麻沼の前に姿を現した。なんのつもりだと憤慨したくもなるが、壮間たちは動けない。今は様子を伺い、ほむらがクラックを広げる時間を待つのが最善手だ。

 

 

「そこにいたのか。礼も文句も、言われる筋合いはねぇと思うんだが」

 

「そうだね。君の存在はいわば途轍もなく強い魔女のようなものだ。今のところ君の行為は僕らの目的に大きな影響は及ぼしていない。まどかの件は、少し無念というべきかもしれないけどね。だからこれはただの興味だ。君は本当に、魔法少女を救うつもりなのかい?」

 

「焦ってるのか? グリーフシードが不要になれば魔法少女が戦う必要は無い。そうなりゃ人間の娘の感情……主に絶望を収集するのは難儀になるからな。もう何千何万の人間を消費しただろ、いい加減足るを知ってくれ」

 

 

 魔法少女のことについてよく知らない壮間も、ミカドも、薄々勘付いてはいた。魔法少女のシステムは明らかに作為的で、魔法少女の死が最終目標のように組み立てられている。

 

 香奈と美沙羅も、魔法少女という道の過酷さは、戦いという道がそうであるだけだからだと思っていた。でもその導き手のキュゥべえにあるのが善意では無いとするのなら、話は裏返る。

 

 キュゥべえへの疑念は麻沼の話を聞くたびに、濃くなっていく。だが時間を稼げているのは事実で、クラックは少しずつだが広がっていた。このまま脱出することさえできれば、今はなんでもいい。

 

 

「安心しろインキュベーター。アイツらは何か勘違いしてたみたいだがな。魔法少女を救済するつもりは、無い」

 

 

 「は?」と声が出そうになった。魔法少女という括りを救うため、一部を切り捨てるというのが彼の言い分だったんじゃないのか。

 

 

「子供ながらお前に頼るしかなかった被害者だからな、最初は魔法少女システムを壊してやろうと思ったのは本当だよ。グリーフシード争奪で奴らと敵対しないためにもな。だが改良した果実は、圧倒的に数が足りねぇし効率も悪かった。何十人かの命は賄えてもそれ以上は無理だ。だから諦めて、魔法少女は減らす方向に()()()()()

 

 

 麻沼が何を言っているのか、壮間には分からなかった。

 

 

「まず魔法少女どもに果実の噂を流布し、各地の魔女結界内にクラックを開いた。そこからこの『庭園』に辿り着く聡いやつは救われりゃいい。だがそうじゃない奴らはその前に普通の果実を食べる」

 

「なるほど、君は敵対勢力の魔法少女に果実を食べさせ、怪物にすることで逆に配下を増やしていたのか。残ったソウルジェムは森の維持に使える。実に合理的なシステムだね」

 

「それも暁美ほむらに邪魔されて、思うような成果は出なかったがな。だから魔法少女由来の個体には大きく劣るが、兵力を人間由来で水増しする羽目になったわけだが」

 

 

 アナザーライダーとは『主人公になれなかった者たち』というのが、壮間の解釈だった。手段は間違っていてもそこに信念や願いがあって、壮間はそれを否定はしたが尊重していた。

 

 でも、麻沼は何もかもが違うと、ようやく理解した。

 大義と理性がある。王になるための綿密な算段がある。その上で、正義というには余りに爛れて、邪悪。悪意なき害意、静かに狂う正真正銘の怪物だ。

 

 

「───ふざけんな」

 

 

 挑発なのは明白だった。でも、杏子はその怒りを抑えることができなかった。振るわれた槍が空気と共に樹々を切り裂き、麻沼の首を飛ばす軌道を描く。しかし、それは傍にいたインベスの身代わりによって阻まれてしまった。

 

 杏子の行動で全員が見つかってしまった。だが、誰も彼女を責めない。それを開戦の合図として、壮間とミカドもドライバーを構えて前に出た。溢れる怒りを抑えられないのは同じだった。

 

 

「案外早かったな。我慢切れか」

 

「口を開くなド屑が。この時代に来て初めてだ、ここまでの外道に会ったのはな」

 

「ッ……麻沼っ!! お前は、何なんだよ! 魔法少女だって人間だろうが! お前が救ってた子供たちと何も変わらないだろうが! なんでそんなことができるんだ……人の命を、何だと思ってるんだ!!」

 

「救うべき存在だと思ってるよ。でも無理なものは無理だ、仕方ねぇだろ。世界人口の8割以上殺すよりはマシだ。俺だって仕方ないなりに次善を尽くして───」

 

 

 無言で変身をしたジオウとゲイツが、一片の躊躇いもなく麻沼に殴り掛かった。しかしまたしてもインベスがそれを守る。そうだと知ってはいたが、このインベスが魔法少女の末路だと思うと、どうしても鈍る。麻沼の卑劣さに、腸が煮えくり返る。

 

 戦って時間を稼ぐ展開になった以上、勝ち筋はほむらが開けるクラックにかかっていた。彼女もまた蝕まれた体に怒りを巡らせ、空間をこじ開ける。

 

 

「……あの果実を食べた人が、怪物の正体……?」

 

「ミサ……?」

 

 

 香奈は余りの残酷さに言葉も出ず、立ち上がれもしない。

 でも、その横で美沙羅は、自分の声すら忘れた様子でただ目を見開く。

 

 その手から落ちたのは、村に残されていた『忘れ物』。

 これを見つけたから美沙羅は壮間のもとに来たのだ。村の子が、『彼女』は『戻らなきゃ』と言ってすぐにどこかに行ってしまったと教えてくれたから。早く探して『彼女』を見つけないと危ないと思ったから。

 

 

「それって、ヒカリの携帯……?」

 

 

 香奈の口から聞こえた名前で、壮間が振り返った。

 

 成湖晶。壮間と共に魔女の結界に飲み込まれた、美沙羅と壮間の友人。あの直後に壮間たちは森に吸い込まれて、その時に成湖の姿は無かったから、結界の崩壊と共に現実世界に戻ったものだと思っていた。

 

 でも、彼女の携帯がここにあるということは。

 

 そうだ。そもそもアナザー鎧武と同じクラックから入ったとしたら、麻沼が壮間と美沙羅が落ちた場所にはいなかったのは妙だ。仮にアナザー鎧武が別のクラックから森に逃げていて、そっちに成湖が吸い込まれていて、麻沼と共に村に下りていたとしたら───

 

 壮間たちが麻沼と最初に会ったのは、『2人でインベスを殺した後』だ。

 

 

「梓樹……! 違うっ! 落ち着け! 違うんだ……そうと決まったわけじゃない! だから、だから頼む! 俺の話を聞いてくれ!」

 

 

 美沙羅の記憶がフラッシュバックする。インベスを殺した時の記憶だ。何度も何度も早回しで逡巡する。もしあれがそうでなかったとしても、人間を殺したことに変わりはない。人を殺したのだ。もしかしたらそれが、親友だったかもしれない。

 

 

「私、晶ちゃんを……殺して、私……日寺くんの役に立てたって、喜んで、それで、私、笑って……」

 

 

 そんなことがあるか。あってたまるか。まるで振って来たような絶望だ。避けようが無い。知りようすら無かったんだ。だから自分を責めないでくれ。絶望しないでくれ。

 

 そんな壮間の叫びも、傍で呼びかける香奈の声も、もはや何も届かない。

 

 届いたのは、壮間たちに言い聞かせるように発した、麻沼の言葉だった。

 

 

「そもそも魔法少女は救いようが無いんだよ。お前らは俺を非難するが、結果は同じだろ。このクソみたいな社会に曝され、ソウルジェムが穢れた魔法少女は果実を食わせるまでも無く怪物に───()()()()()()()()()()

 

 

 さも当たり前の事実のように、その真実は明かされてしまった。

 

 魔法少女のソウルジェムが穢れきった末路は、単なる死じゃない。魔法少女はその瞬間に魔女となり、理性も善意も溶けて無くなり、現世に呪いと死を振り撒く。

 

 美沙羅は思い出す。今まで人々を守り、自分が生きるために、殺してきた魔女のことを。とっくの昔に殺していたんだ。それを知らずに変われたと悦に浸っていた。

 

 あぁこれでようやく、願いが叶ったんだって。好きな人に見てもらえるような、そんな立派な自分に成れたと。思い込んでいた。想いを伝えられると。大人になれると。

 

 

『俺らちゃんと一緒に大人になろう』

『そんで、大人になってもこんな感じでさ』

『取り留めないこと喋って笑えたらいいな』

 

 

 あなたと一緒にいたかった。

 でも私は人殺しで、これからもずっと人を殺すらしい。

 

 しっかりしろ。行かないで。諦めるな。死なないでくれ。

 みんなが呼びかけてる。でもそんな価値、私にはないんです。

 

 私は最期まで、何も知らない人形で、

 都合よく踊らされるだけの無個性の量産品でした。

 

 

「ごめんね。約束、守れなかった……」

 

 

 美沙羅のソウルジェムが、黒に呑まれ、砕けた。

 

 

「なんで。なんでこうなるんだよ……!」

 

 

 壮間はもう、嘆くことしかできない。

 砕けた美沙羅の魂は、辺りに闇を放出して結界を作り出した。あの気色の悪い作りものの空間だ。何本ものコンベアが敷かれ、その周りを洋服を着たブリキの使い魔が並んで、流れてくる物質を繋ぎ合わせて仲間を増やしている。

 

 コンベアを遡った先にいるのは、毛糸の筋肉と樹木の骨を剥き出しにして、それを文字だらけの紙の皮膚で覆い、お菓子の歯車で作動する、造り物で創られた歪な魔女。

 

 『工場の魔女』。それはさっきまで、梓樹美沙羅だったものだ。

 

 

「上手くいったね。さぁ今のうちに出口を広げるんだ」

 

「……何言ってるんだ、お前」

 

 

 キュゥべえが邪気もなく、そんなことを言った。

 壮間は絶望の底で、落っことすように声を発する。

 

 工場の魔女はインベスや樹々を掴んでは飲み込み、解体してコンベアに流す。そうして新しく使い魔が造られ、ロボットのように魔女に従う。それを見てキュゥべえは、失意の壮間に首をかしげて答えた。

 

 

「美沙羅を魔女にすることで戦力の増強を図ったんだ。『魔女狩り』のやっていることは勿論知っていたさ。そこでちょうど美沙羅のソウルジェムがかなり濁っていたからね、これまでの傾向から、その真実を明かすことで魔女化には十分だと判断した。相変わらず、何故そうなるのか理解はできないけどね」

 

 

 誰一人として、怒りを言葉にもできなかった。この怪物に何を言っても無駄だと、そう思ってもしまった。

 

 キュゥべえは美沙羅をわざと魔女化させたのだ。

 

 

「しかし驚きだ。彼女を見るといい、凄まじい力だよ。美沙羅の素質は契約時点では並以下だったんだけど、君と再会することでそれはどんどん高まっていったんだ。君のおかげさ、日寺壮間」

 

「……俺の……?」

 

「君はまどかと似ている。不自然なほど因果は君を中心に収束しているのさ。恐らく君の、その魔法とは違う力が関係しているのだろうね。だから君と関係が近かった美沙羅や香奈は、魔法少女として破格の器となった。このまま美沙羅の成長を観察するのも興味深かったけれど、今はそれを上回る素材である香奈を生かすことを優先し───」

 

 

 その言葉の続きは、ゲイツの斧がキュゥべえを斬り潰したことで途切れた。

 

 

「っ……ミサ! 返事をしてよ。帰ってきてよ……明日、ステージがあるんだよ……? 最後に一緒に踊って、終わろうって……ソウマに伝えたいんだって言ってたじゃん……! 元のミサに戻ってよ!」

 

「……無駄だよ、嬢ちゃん。魔女になった魔法少女を元に戻す方法は……無いんだ。あいつにはもう、声は届かない」

 

 

 泣き叫ぶ香奈を、杏子がそう諭す。その言葉は決して無情ではなく、歯を食いしばり、血が滲むように染み出た声だった。

 

 杏子からすれば美沙羅は、突然現れただけの魔法少女だ。でも、彼女が心優しく、正義に対して純粋で、その目はずっと壮間を追っていたのに気づいていた。

 

 

「ほむら、出口を開けたらそいつらだけ逃がしてくれ。あたしのことはいい」

 

「杏子……!」

 

「あたしは魔女にされたアイツの呪いを終わらせてくる。先輩として、友達を悲しませるバカは叱ってやらなきゃだろ? これでいいんだ。あたしは……誰のためにも、死んでやれなかったからさ」

 

 

 魔女になった美樹さやかを救えなかった。それからも、生きる理由もなくただ彷徨い、いろんな魔法少女に会った。復讐のために魔女を狩る魔法少女や、自ら命を絶とうとした過去を持つ魔法少女、こんな自分に施しや贈り物で感謝をしてくれた者もいた。自分を親のように慕う、健気な妹分がいたこともあった。

 

 誰も救えなかった。次に彼女たちのもとを訪れた時にはもう消えていたか、杏子の目の前で死んだ。それでも生きて戦い続けた。『自分のために戦う』という虚と化した信念が、意味を失って彼女を生かした。

 

 でも彼女はずっと償いたかった。佐倉杏子は生きながら、死に場所を探していた。

 

 杏子は失意に沈む壮間の手から、アナザー鎧武ウォッチを取り上げ、それを挑発するように麻沼に見せつける。

 

 

「でもその前に、アンタのことは一発ぶん殴らなきゃ死にきれねぇな!」

 

「お前らに付き合ってやる暇はねぇんだよ。憐れんでやるから引っ込んでくれ」

 

 

 杏子とインベス、そして工場の魔女による戦いは、もはや戦争だった。杏子は捨て身の戦いぶりで眼前の敵を切り裂いていく。かつては人だったそれらを、ただひたすらに葬る。力添えしようとするゲイツを突き放し、自分だけが前に出てその罪を引き受ける。

 

 

「魔法少女のシステムは最悪で、インキュベーターは人に仇成す害虫だ。でもな、魔法少女は腐り切ったら死んで魔女になるってのは、意外に悪くないと思わねぇか? 子供が子供のまま死ねる、それも俺の理想だ」

 

「大人になれないまま死ぬことの、何が幸福なんだよ!? あたし達は戦わなきゃ生きられないゾンビさ。それでも希望と夢を必死に抱えて、いつか救われることを願って生きてるんだ! それを勝手に奪う権利がテメェにあんのか!」

 

「その尊い夢や希望ってやつは、死ななくたっていずれ消えるんだよ。大人になったら、諦めを知らなきゃ生きて行けねぇって教えられるんだ。不実だけが賞賛され、お前のそれは無価値だと笑われ、唾を吐かれる」

 

 

 一騎当千の勢いを見せる杏子だったが、連戦に次ぐ連戦で息が上がる。使い魔とインベスに囲まれ、その攻撃を凌ぎ切れない。鮮血が飛び散ると共に、その手からアナザー鎧武ウォッチが放られてしまった。

 

 

「くっそ……!」

 

「大人はな、怪我の治りが遅いんだ。間違えちまったらもう元には戻らない。前は旨かったものが不味く感じるようになる。楽しかったものに心動かされなくなる。美しいと思ってたものが滑稽に見える。魔女やインベスに成るのと変わりゃしねぇ。社会が言う大人ってのは願った分だけ他人を呪う怪物だ。成りたかった自分になんて、成れねぇんだよ」

 

 

 麻沼の抱えるそれは憎悪や情熱のようではなく、とうに色褪せてしまった、名前の無い燃え滓のような感情。叫ぶ力すら残ってない、悲鳴というにはくたびれた、嘆き。

 

 アナザー鎧武ウォッチが起動し、麻沼の体に埋め込まれた。頭上に生成された腐った果実が、割れて、溶けて、麻沼に滴り落ちる粘性の果汁が鎧となって固化した。そうして顕現したアナザー鎧武が狙ったのは

 

 

「酒も煙草も博打も大して楽しくねぇ。辛いだけだ、大人ってのは。なぁお前ら、この世で一番不幸なことって、何だかわかるか?」

 

 

 剣から枝分かれして射出された錆色のクナイが、ほむらの体を貫いた。

 

 

「───大人になることだよ」

 

「ほむらぁぁっ!!」

 

 

 開きかけていたクラックを麻沼は見逃さなかった。満身創痍の状態でのこの傷は、紛れもなく致命傷だ。ほむらは血を吐き、完成間近のクラックが歪む。

 

 消えかかった意識でアナザー鎧武を睨みつけるより先に、ほむらは当たりを見回した。魔女となった友を前にして、戦う意志すら折られた壮間がそこにいた。香奈はその横で泣きながら後悔を叫ぶ。

 

 ふたりが何を思っているのか、痛いほどよく分かった。

 

 

「立って。こんな運命に屈しちゃ駄目。あなたの戦場は……ここじゃない」

 

 

 ここで都合よく魔法が復活したりとか、まどかが力を貸してくれたりとか、このクソみたいな世界でそんな都合のいい奇跡は起きない。だからほむらは、持てる全てを出し切って、彼らを生かす。

 

 クラックを無理矢理こじ開け、迫るインベスに停止の命令を下し、アナザー鎧武を森の植物で押し返す。身体の状態を無視した能力の強行行使だ。緩やかだった毒の回りは急激に加速し、彼女の命が食い千切られていく。

 

 アナザー鎧武も同質の能力でほむらに対抗する。拮抗できるのは、ほむらの命が原型を留めている間だけ。

 

 

「どれだけ嘆いたって、私はもうやり直せない。でも、あなたは違うはずよ。あなたの友達を救えるのは……この最悪の結末を変えられるのはあなたしかいない! だから……!」

 

 

 インベスの異形と化した腕で、杏子は壮間に黒のライドウォッチを渡した。家紋のようなクレストに「2013」の文字、力が宿っていない鎧武のプロトウォッチだ。

 

 5年前、目覚めた時には持っていたこの時計。時間を超える力を感じたが、いくら試してもほむらでは使うことができなかった。これを持っていた意味が、今なら分かる。

 

 

「行って!」

 

「じゃーな、ミカド。アンタと組めて楽しかったよ」

 

「ほむらさん……!」

 

「……行くぞ日寺、片平」

 

 

 森にほむらと杏子を、そして魔女となった美沙羅を置いて、ミカドと壮間はクラックの中に逃げ込んだ。ただ、最後に出口の前で、香奈は立ち止まって残された美沙羅に振り返ってしまう。

 

 やっぱり彼女は優しく、強い。己の身すら顧みない大き過ぎる慈愛は、きっと───

 

 

「この末路を見て、あなたはまだ魔法少女になりたいと思う?」

 

「私は……っ……!」

 

「一つだけ、忠告しておくわ。今とは違う自分になろうだなんて、もう絶対に思わないことね。あなたは……あなたのままでいい。その優しさだけで十分に人を救える。それをどうか、忘れないで」

 

 

 ほむらが香奈を突き放す。

 香奈の体がクラックに入り切った瞬間、クラックは閉じられた。

 

 

「未来は変わるわ。あなたはそうなってしまう前に、彼らに負ける。まどかに手は届かない」

 

「変えられねぇよ。綺麗なままの、子供の理想にはな」

 

 

 アナザー鎧武が剣を振り下ろす。

 永かった物語の幕は、そこで下りた。

 

______________

 

 

 クラックから出たらそこは、見滝原の街だった。太陽はまだ出ていなかった。こんな世界が終わるような思いをしても、そんなこと知らないとでも言うように時間だけは正しく進む。

 

 

「プロトウォッチは手に入れた。クラックが閉じたとはいえ、ヤツがいつ追ってくるかも分からない。今すぐ2013年に飛ぶぞ」

 

 

 ミカドは壮間と香奈に声を掛ける。しかし、立ち上がれるはずもなかった。失ったものが大きすぎる。突き付けられた絶望が深すぎる。そんな壮間の胸を掴んで顔を持ち上げた。

 

 

「立て。まだ俺たちは負けていない。やり直して救えばいい、それが俺たちの戦いだろうが」

 

「……なんだよ。じゃあ、どうすればよかったんだよ!! やり直して救えばいい? やり直せるから失っても平気!? そんな風に思えたことなんか一度も無い! 俺は……ずっと死ぬほど辛かった。大事な人を失って、俺の目の前で誰かが傷ついて、辛かったんだ! だからもう間違えたくなくて、必死に考えて、俺が今まで手に入れた全部を使って……それでも守れなかった」

 

 

 壮間はずっと本気だった。できることは全てやりきった。自分が魔女やインベス───人間を殺していたと知っても、吐き戻しそうな自責を滅して守ることに徹した。それでも手段を選ばない邪悪の前には無力だった。

 

 あと1回しかない。その1回で、どうやって麻沼に勝てばいいんだ。これで駄目だったのに勝てる自信なんてない。仮に勝てたとしても美沙羅が救えるわけじゃない。魔法少女という巨大すぎるシステムを壊さないと、彼女はいずれ耐えられなくなる。

 

 そんなのできるわけがない。

 壮間の心はもう、限界だった。

 

 

「アイツが言ってた。香奈と梓樹に目を付けたのは、俺のせいだって……俺のせいで梓樹は死んだんだ! 成湖だって知らないうちに死んでたかもしれないんだぞ! 俺は、あの未来を……みんなを救える王様になりたかったのに。俺が王なんて目指さなければ───」

 

「それ以上言ったら俺は貴様を殴る。それで引きずってでも2013年に連れていく。力を持つ貴様がここでその責任から逃げるなんて、俺は絶対に許さない」

 

 

 今まで会って来た人に申し訳が立たない。そんな自己否定の情けない壮間の叫び。壮間はミカドに殴られ、見捨てられると思っていたのに、ミカドはそうしなかった。

 

 

「自惚れるなよ。主人公だなんだと自称するのは勝手だが、貴様以外の人間はちゃんとそれぞれの人生を生きている。貴様に全て背負ってもらう筋合いなんてどこにもない。そして卑下もするな。俺の知る限り、貴様は今回何も間違ってない」

 

「そんなわけないだろ……俺が麻沼と組まず、もっと上手く立ち回っていれば……! そうだよ。お前だったら、こんな風にはならなかっただろ!」

 

 

 ついこの間のことだ。ミカドも今の壮間と同じように己を否定した。そこにいたのが壮間だったら全部救えていたはずだと、正義を過ちだと断じたのだ。

 

 だが正義を恐れる必要は無いと教えられ、ミカドはもう一度だけ自身のそれと向き合った。そこで一つ、気付いたことがある。

 

 

「あぁそうだ、俺だったら絶対に奴の手は取っていない。だがそれはただのポジショントークに過ぎない。俺が貴様と同じ境遇なら、同じ選択をしていたかもしれん」

 

 

 正義や信念は、穴だらけの『壁』だ。並べ、重ね合わせて初めて他者を守れる『盾』になる。その解に辿り着くまでに、ミカドは随分と回り道をした。失わなくていいものを、いくつも失ってしまった。

 

 

「誰か一人が間違わなかったところで、人は死ぬのがこの世界だ。貴様がいくら強くなろうと、守れないものはある。一人では守れるものも守れない」

 

「ッ……! そんなのとっくに分かってるよ! だから……俺だって、お前が横にいてくれたら心強いって、ずっと言ってる!! でもお前はいつも、いつも勝手に動いて! 俺と一緒に戦ってくれないだろうが!! お前さえ、いてくれたら……!」

 

「だからこれは俺の過失だ。貴様のじゃない。分かっていても、俺は貴様の力に嫉妬していたんだ。すまなかった、日寺」

 

 

 ミカドが壮間に頭を下げ、己の非を謝罪した。少し前なら、いや今だって考えられない光景だった。そうまでしてミカドは壮間と対話をしようとしている。

 

 壮間はずっと怖かったんだ。自分がやるしかないと思って、怖かった。あの時より強くなったはずなのに不安は拭えず、虚勢を張って無理をして戦って、思った通り失敗した。本当に情けない話だ。一人じゃないと分かったのなら、まだ立てると思うだなんて。

 

 

「アナザー鎧武は狡猾で、強い。もしかしたら、ヤツこそが未来を支配する王なのかもしれない。だからこそ俺と、貴様と……片平、全員で戦うべきだ」

 

「私も……? 私だってミサを助けたい。まどかちゃんや、ほむらちゃんだって。みんな助けたいよ! でも、私はどうしたら……!」

 

「戦い方は貴様が決めることだ。選ぶ権利があり、迷っているのなら、己が見たものと己の本音でしっかりと考えて選べ。それでいいな、日寺」

 

「……あぁ、分かった。俺たちと、ほむらさんたち魔法少女。それに2013年の仮面ライダーみんなで、麻沼を倒す! この運命を変えてやる!」

 

 

 壮間は託されたプロトウォッチを握りしめ、仲間と共に立ち上がった。時空を繋ぐ大穴が開かれ、二隻のタイムマジーンがその中へと飛び込む。

 

 天を獲れ。

 世界を変えろ。未来をその手で選べ。

 それを叶えた者こそが、王だ。

 

 

___________

 

 

2013

 

 

 地方環境都市『舞茂(まいしげ)市』。世界有数の福祉企業『ユグドラシル・コーポレーション』の日本支部によって再開発が行われ、ユグドラシルという一企業に実質的に統治されている都市である。

 

 

『ハロー舞茂ユーザーズ! バーチャルMC、千織カノンのインベスゲーム大実況! 今日は大・大・大注目! チーム魍魎VSチームレッドホットの全面戦争だ~~!!』

 

 

 誰かのスマホに映る、派手な髪色と豊満な体つきの、現実離れした容姿のCGの美少女。彼女───千織カノンが実況・解説するのは舞茂市の大人気コンテンツ『インベスゲーム』だった。

 

 ユグドラシル・コーポレーションが開発したとされる装置『ロックシード』を使うことで、仮想リング内にインベスを呼び出し戦わせるのがインベスゲームの基本。この街の若者たちはロックシードを集めて徒党を組み、このゲームに熱狂していた。

 

 

『ちょっとちょっとぉ、食いつき悪いよリスナーちゃん! え、なになに? 『いまさらそんな弱小チーム見たってなぁ』? まー確かにアーマードライダーのいない2チーム、地味っちゃ地味だね~。でも腐っても10位と11位! どちらもランクAロックシードを引っ提げての登場だ~! さぁさドシドシ勝敗投票しちゃってリスナーちゃん諸君!』

 

 

 インベスゲームでは運営のユグドラシルから『ミッション』が発行されることがある。まさしく『ゲーム』だ。今回は特定の場所に出現する巨大インベス『セイリュウ』の討伐で、そこに2チームがブッキング。まさに衝突しようとしていた。

 

 両チームのリーダー格の男がロックシードを開錠し、上級のシカインベスとビャッコインベスが召喚される。手下たちはそれぞれ低ランクロックシードで下級インベスを呼び出す。

 

 戦いは始まった。両陣営がチームのランクを上げるため、一斉にセイリュウにインベスをけしかける。その開戦直後のリングに割って入り、全てを掻っ攫う、第三陣営。

 

 

「───行くぞ日寺。こいつでランク入りは頂く」

 

「あぁ! 一瞬でぶっ飛ばしてやる!」

 

『キタキタキタ~!! うっはぁコメント大盛り上がり、視聴者急上昇ッ!! みんなやっぱり待ってたよね~! そう最近、彗星のように突如として現れた、ロックシードを使わない謎のアーマードライダーチーム……その名も『チームジオウ』!』

 

 

 視聴者の勝敗予想投票が『チームジオウ』に一極集中。コメント欄の話題は一色に染まり、誰もがジオウとゲイツの躍動に注目している。

 

 魍魎とレッドホットのインベスたちを怒涛の勢いで薙ぎ倒し、セイリュウインベス強化体の懐に入り込むと、ジカンギレードとジカンザックスにそれぞれビルドとドライブのウォッチを装填する。

 

 

《ビルド!》

《ギリギリスラッシュ!》

 

《ドライブ!》

《ギワギワシュート!》

 

 

 ジオウの側では仮面ライダービルドの能力、『4コマ忍法刀』による分身の術が発動し、その巨体全てを斬り刻むように無数の斬撃が繰り出された。

 

 ゲイツの側では仮面ライダードライブの能力、『ランブルダンプ』のドリル刺突が矢となって放たれる。その一撃は装甲を削られたセイリュウの体を貫通し、大爆散。

 

 

「祝え! 我が王率いる『チームジオウ』が、また一つ勝利を収めた瞬間を!」

 

 

 ジオウとゲイツが2チームを圧倒した様を、ウィルが中継カメラに向けて盛大に祝福する。コメント欄では『また出たwww』『祝えニキ』『結局こいつ誰なの?』と大盛況。そんな彼らにも向け、ウィルはさらに祝詞を捧げた。

 

 

「誰かが言った。“どんな勝利も、他の勝利の保証になどならない”。逆もまた然りではないでしょうか。いくら我が王が凄惨な敗北を積み重ねようと、次も負けるなどと誰が言えようか! 世界よ見届けると良い、彼らの王道が真に勝利する瞬間を!」

 

「ウィル、恥ずかしいからやめて。帰るぞ」

 

 

 少年は1度目の敗北で『無力』を知り、強くなる道を選んだ。

 2度目の敗北で己の『愚かさ』を知り、自身の強さの肯定を覚えた。

 

 そして3度目の敗北で『限界』を知った。それはまだ遠く、超えることのできない悪意の壁。それを突破するため、少年は新たな強さではなく『仲間』を求めた。

 

 2013年、舞茂市。

 アーマードライダーたちが群雄割拠する現代の戦国で、『チームジオウ』は天下を獲るために旗を掲げる。

 

 

_________

 

 

次回予告

 

「仮面ライダーも、魔法少女も、この街ではゲームとして認知されている」

「これは遊びじゃない。生き残りを賭けた戦争だ」

 

『魔法少女』と『仮面ライダー』と『インベス』

ユグドラシルが仕組んだバトルロイヤル。

 

「最短経路で頂点を奪う。そうすれば自ずと力は集まる」

「まず仲間にするべきなのは、仮面ライダー鎧武。そして、この時代のほむらさんだ」

 

最悪の結末を変えるため、最強の『チームジオウ』を作り出せ!

 

「この街は何かがおかしい。私はそれを確かめに来たの」

「バカみたい。そういうことじゃないでしょ、戦うってことは」

 

「気高く、非情であれ。勝ち続けてこそ意味がある」

「信用なんてできないよね、所詮他人のことなんて」

「どんな罪を背負っても世界は救う。君の幸せを失わせはしない」

 

「必死で戦う人を後ろから支えられる、そんな強さが俺は欲しかったんだ」

 

舞茂に見滝原の魔法少女が集い、運命は動き出す。

 

「いつか大人になったとき、私が本当になりたい私って……」

「子供じゃ願っても何も叶えられねぇ。だから黙ってろ、俺が世界を救ってやる」

「俺の願い、俺が選ぶべきだった道。その答えを、俺は見つけた!」

 

少年少女の覚悟が、新たな未来を斬り拓く!

 

「じゃあな、梓樹……」

 

次回「コネクトオン2013」

 




工場の魔女(Rossumovi)
その性質は没個性。どこにでもある落し物を繋ぎ合わせて、自分らしい何かを作ろうとする魔女。出来上がるのはどこかで見たものばかりだが、舞台の脇役には便利で丁度良いともっぱらの評判。迂闊に近付くと手下に捕まって製品の材料にされてしまうので、注意が必要。名前も忘れた誰かに贈るのに相応しいものが作れるまで、彼女は結界を広げて製造ラインの稼働を続ける。


またバッドエンドの100話でした。後半からは一気に鎧武っぽくなります。
まどマギもジオウも時間遡航ものなので、いぬぼく編の時と差別化しつつ、そこを軸に回していけたらなと思います。頑張ります。

感想、お気に入り登録、高評価などよろしくお願いします!


今回の名言
「どんな勝利も、他の勝利の保証になどならない」
「ハイキュー!!」より、武田一鉄。


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