盾しか装備できない?わたしは一向にかまわんッッ (タコス13)
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異世界召喚

((こ.......こういうことか.......!!これが"斬る"ということ、"斬られる"ということか!!!"肝"はあそこだった...ハネあげられた刹那...確かに"掴んだ"刃.......握りが一瞬緩み.......手放してしまった。消力(シャオリー).......回転(まわ)りながら予感(おも)う、ここを斬られるッッ!!!胴体に予感したラインを.......なぞるように滑り込む白刃、切り裂かれる臓腑.....切り離される背骨...どれもハッキリと感じた...嗚呼.......反撃どころではない.......立ち上がることすら...遥かに遠い...大きな収穫だ...........次に活かせる.......................))

 

拳雄ここに散るッッ.......!!!

 

 

 

 

徳川財閥十三代目当主、徳川光成は、自身の好奇心により、人道を踏み外す暴挙に出た。

 

クローン技術の応用と実の姉、徳川寒子の降霊術により古の剣豪、宮本武蔵の復活ッッ!!!

 

現代(いま)に蘇りし武士(もののふ)、宮本武蔵の噂は瞬く間に格闘家(グラップラー)達に広まった。

 

稀代の中国拳法家、烈海王の耳にも入り、宮本武蔵との闘いを熱望した。

 

あろう事か、無手の闘いでは無くあらゆる武器を使った死合いを望んだのだ。

 

徳川光成はこれを了承、東京ドーム地下格闘技場にて、初の武器解禁での闘いが開催(おこな)われた。

 

死力を尽くし、あの宮本武蔵から何度かダウンを奪うも、秘技である消力(シャオリー)をも破られ敗北。

 

そのまま、意識も消え去り、烈の短い生涯はここに幕を閉じた.......はずであった。

 

「おお...!成功だッッ.....!!!」

 

しかし...しかしだ.....幾人もいる者達の感嘆の声が、烈の意識を覚醒させた。

 

手放したはずの意識が、止まったはずの呼吸が、動かないはずの心臓の鼓動が、戻ったのである。

 

「わ、わたしは一体.....武蔵の一刀のもと、斬られたはずでは.......!?」

 

目を覚ました烈は最初、一命を取り留めたものだと考えたが、失ったはずの右足がある事に驚いた。

 

と、いう事はクローン技術により蘇ったのかとも思ったがどうにもそういうわけでもなさそうだ。

 

なにしろ、ローブを着た男達は科学者には見えないし、心当たりである徳川光成の姿がない。

 

((であるならば、ここはあの世.........?いや.....それも違うように感じる.......))

 

周りを見るに石造りの壁.....レンガ調と言うのであろうか、現代の建物では無く、中世ヨーロッパ辺りにありそうなイメージだ。

 

視線を下に向ければ、自分が倒れていた床には蛍光塗料で描いたような円とその中に幾何学模様の何かがある。

 

殆ど知らないが、烈は前に見た事のある映画の中の召喚陣だったか.....それの様であると感じた。

 

それ以外に目を向ければ、自分と同じ様に状況が把握出来ていない様子の人間が3人。

 

そして、右手には何やら盾がくっ付いており、外そうにも何故か離れず、とりあえずは捨て置く事にする。

 

「すまないが、ここはどこだ?」

 

まずは、状況の把握が先決と考えて、ローブを着た男達に状況を尋ねる事にした。

 

「おお、勇者様方ッッ!この世界をお救い下さいッッ!!!」

 

「「「「は?」」」」

 

烈と状況の分からない3人は声を揃えてそう答えるしかなかった。

 

「それはどういう事だろうか?」

 

とはいえ、唖然としていても始まらないので烈は続けて問いかける。

 

「色々と込み合った事情があります故、ご理解する言い方ですと、勇者様達を古の儀式で召喚させていただきました。」

 

「召喚.......」

 

召喚という言葉を耳にして、烈は思考を巡らせていく。

 

召喚とはとどのつまり、何処かから呼び出されたという事であろうか?

 

それも、元いた世界ではなく、異なった世界か或いは異なった時代に。

 

普通ならば一笑に付すであろうが、烈自身斬殺されたわけで信じる他なく。

 

「この世界は今、存亡の危機に立たされているのですッ!勇者様方、どうかお力をお貸しくださいッッ!!」

 

ローブを着た男は頭を深々とさげて烈達にお願いする。

 

「待ってくれ、まずは、話から---」

 

「嫌だな。」

 

「そうですね。」

 

「元の世界に帰れるんだよな?話はそれからだ。」

 

烈の言葉を遮るようにして、3人はこう答えた。

 

3人の言葉に烈は眉をひそめるが、生きているうちに召喚された可能性を考るともっともかと思い至る。

 

しかし、チラリと3人の顔を見やると、それぞれに不敵な笑みを浮かべていた。

 

こうなるといよいよもって、3人の思惑が分からなくなっていく。

 

「人の同意なしでいきなり呼んだ事に対する罪悪感をお前らは持っているのか?」

 

剣を持った、見るに恐らくは高校生くらいの男がローブを着た男に剣を向ける。

 

「仮に、世界が平和になったらっポイっと元の世界に戻されてはタダ働きですしね。」

 

弓を持った男も同意して、ローブを着た男を睨みつける。

 

「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話によっちゃ俺達が世界の敵に回るかもしれないから覚悟しておけよ。」

 

最後に槍を持った男が槍を構えながらそう続ける。

 

烈は3人の話を聞きながら、呆れたようにため息をつく。

 

先程まで分からなかった3人の思惑だが、なんの事はない待遇と報酬に対する権利を主張しているのだ。

 

だが、自分と違い武に縁遠い者であるならば当然の主張でもある。

 

世界の敵に回るというのは少々大口がすぎると言えるが。

 

そう思い、口を出すことはせず静観している烈。

 

「ま、まずは王と謁見して頂きたい。報奨の相談はその場でお願いします。」

 

ローブを着た男達の代表が、重苦しい扉を開けさせ道をを示す。

 

「.....しょうがないな。」

 

「ですね。」

 

「ま、どいつを相手にしても話は変わらないけどな。」

 

3人はそう言いながら着いていき、烈も置いて行かれないように後を追った。

 

それから烈達は薄暗い部屋を抜けて、石造りの廊下を歩いていた。

 

空気の匂いが違うと言うのであろうか、現代とは明らかに違うと烈は感じていた。

 

窓から見える風景に烈達は息を呑む。

 

どこまでも空は高く、中世ヨーロッパの様な街並みが広がっていた。

 

そんな街並みに長く目を向ける暇はなく、謁見の間に到着した。

 

「ほう、こやつ等が古の勇者たちか。」

 

値踏みする様な視線に、どこか見下している様にも感じられる視線に烈はあまり良い印象を抱かなかった。

 

「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ。勇者共よ顔を上げいッッ。」

 

威厳に満ちた...というよりは尊大という方が近い様子で話す王。

 

「さて、まずは事情を説明せねばなるまい。この国、更にはこの世界は滅びへと向かいつつある。」

 

------------

 

「終末の予言に、次元の亀裂.......」

 

王の話をまとめると、まずこの世界には終末の予言なるものが存在するらしい。

 

予言によれば、いずれ波というものが幾重にも繰り広げられ、その波の齎す災害を退けねば世界が滅ぶという。

 

その予言の年が今年であり、予言の通り、古より存在する龍刻の砂時計という道具の砂が落ち出した。

 

この龍刻の砂時計は波を予測し1ヶ月前から警告するという機能を持っている。

 

伝承では1つの波が終わる度に1ヶ月の猶予が生まれ、また襲いくるという。

 

当初、この国の住民は予言をあまり信じていなかったが、予言通りに厄災が降り注いだ。

 

次元の亀裂がこの国、メルロマルクに発生し、凶悪な魔物が大量に亀裂から這い出してきたという。

 

その時は国の騎士と冒険者により辛くも乗り切ることが出来たが次の波は更に強力なものになる。

 

このままでは対処しきれないと考えた国の上層部は伝承に則り勇者召喚を行ったというのが事のあらましだ。

 

言葉がきちんと通じるのも、伝説の武器の能力によるものらしい。

 

「話は分かった。で、召喚された俺達にタダ働きしろと?」

 

「都合の良い話ですね。」

 

「……そうだな、自分勝手としか言いようが無い。滅ぶのなら勝手に滅べばいい。俺達にとってどうでもいい話だ。」

 

3人の言葉に烈は半ば呆れながらも、少しだけ助け舟を出す事にする。

 

「確かに、我々は、誘拐同然に連れてこられたわけだ。報酬の要求と元の世界に帰れるのかという疑問は当然の主張だと思うのだが?」

 

「ぐぬ.......」

 

王は臣下に視線を送ると、臣下が話し出す。

 

「もちろん、勇者様方には存分な報酬は与える予定です。」

 

それを聞いた、烈以外の3人は小さくガッツポーズをする。

 

「他に援助金も用意できております。ぜひ、勇者様たちには世界を守っていただきたく、そのための場所を整える所存です。」

 

「へー……まあ、約束してくれるのなら良いけどさ。」

 

「俺達を飼いならせると思うなよ。敵にならない限り協力はしておいてやる。」

 

「……そうだな。」

 

「ですね。」

 

烈は報酬の話で帰還の話を有耶無耶にしている事に気付いたがあえて黙っていた。

 

もとより死んだ自分に帰る場所はないし、他の勇者のためにわざわざ交渉する義理もないと考えた。

 

「では勇者達よ、それぞれの名を聞こう。」

 

「俺の名前は、天木練。年齢は16歳、高校生だ。」

 

剣の勇者、天木練。体格は165cmと小柄で、線は割と細い。

 

顔は整っており、茶色がかった黒髪のショートヘアで切れ長な瞳に白い肌、雰囲気は寡黙な印象を受ける。

 

「じゃあ、次は俺だな。俺の名前は北村元康、年齢は21歳、大学生だ。」

 

槍の勇者、北村元康。体格は175cmくらいで、線は割としっかりしていた。

 

顔は整っているが天木練とくらべやや男らしく、金髪の長髪でポニーテールにしており、少し軽薄そうな印象だ。

 

「次は僕ですね。僕の名前は川澄樹。年齢は17歳、高校生です。」

 

弓の勇者、川澄樹。体格は160cmと勇者の中でもっとも小柄で、線も細く華奢といった感じだ。

 

顔は整っており、天木練よりも中性的で、黄緑がかった金髪が若干天然パーマが入ったウェーブヘアーで、物腰は穏やかながら芯は強そうな印象。

 

勇者3人の自己紹介の間、烈は自身の自己紹介について思案していた。

 

死んだ自分が海王を名乗って良いものか、永周を名乗るべきではないか、と悩んでいた。

 

しかし、この世界においても、戦うとなれば中国武術を使うわけで、海王を名乗る決意をする。

 

「わたしの名は、烈海王。年齢は28歳、中国拳法家をしている。」

 

盾の勇者、烈海王。体格は176cm106kgと身長こそ、一般の範疇だが搭載された筋量は桁外れで、見事に鍛え上げられている。

 

顔は整っているものの強面で、長い黒髪を三つ編みにし、髪を剃らない辮髪で、一見すると威圧感があるが心根は優しそうな印象。

 

「格闘家かー、確かにそんな感じするもんな、筋肉凄いし。」

 

元康がなれなれしく話しかけてくるが、烈はそれよりも気になった事がある。

 

王が烈を舐めるようにみており、凡そ好意的な眼差しではなかった。

 

「ふむ、レンにモトヤスにイツキか。」

 

「烈だ。」

 

「おお、すまん、レツ殿。」

 

わざとなのか名前を呼ばれなかったので、再度名乗る烈。

 

「では皆の者、己がステータスを確認し、自らを客観視してもらいたい。」

 

((ステータス...あまり聞き慣れない言葉だが、たしかゲームか何かの、自分の能力等を示す値だったか...?))

 

「えっと、どのようにして、見るのでしょうか?」

 

烈が言葉をなんとか咀嚼していると、樹が王に問いかける。

 

「何だお前ら、この世界に来て真っ先に気が付かなかったのか?」

 

王の代わりに練が呆れた表情を浮かべながら、そう答えて、続ける。

 

「何となく、視界の端にアイコンがないか?それに意識を集中する様にしてみろ。」

 

練に言われるがまま視界の端にあるアイコンに意識を集中する烈。

 

すると、軽い電子音がしてパソコンのブラウザの様な画面が大きく視界に映る。

 

『名前 烈海王

職業 盾の勇者 Lv1

装備 スモールシールド(伝説武器)

異世界の服

スキル 海王の矜恃

魔法 無し』

 

スキルというものが気にはなるが、それは後回しにする烈。

 

「Lv1ですか.......これは不安ですね。」

 

「そうだな、これじゃあ戦えるかどうか分からねぇな。」

 

「と、いうよりも、なんなのだコレは?」

 

「勇者殿の世界では存在しないので? これはステータス魔法というこの世界の者なら誰でも使える物ですぞ。」

 

「なるほど........」

 

肉体の数値化という現実に驚きを隠せない烈。

 

「それで、俺達はどうすれば良いんだ? 確かにこの値は不安だな。」

「ふむ、勇者様方にはこれから冒険の旅に出て、自らを磨き、伝説の武器を強化していただきたいのです。」

 

「強化? この持ってる武器は最初から強いんじゃないのか?」

 

「はい。伝承によりますと召喚された勇者様が自らの所持する伝説の武器を育て、強くしていくそうです。」

 

「伝承、伝承ね。その武器が武器として役に立つまで別の武器とか使えばいいんじゃね?」

 

元康はくるくると槍を回しながら話を進める。

 

「そこは、後々片付ければいいこと。波の対処を約束した以上、早急に鍛錬をするべきではないか?」

 

自分はともかくとして、他の3人は素人も同然であり、そう意見する烈。

 

「俺達四人でパーティーを結成するのか?」

 

「お待ちください勇者様方。」

 

「ん?」

 

これより、鍛錬のための冒険に出ようとする勇者達を引き留める大臣。

 

「勇者様方は別々に仲間を募り冒険に出る事になります。」

 

「それは何故ですか?」

 

「はい。伝承によると、伝説の武器はそれぞれ反発する性質を持っておりまして、勇者様たちだけで行動すると成長を阻害すると記載されております。」

 

「本当かどうかは分からないが、俺達が一緒に行動すると成長しないのか?」

 

そんな説明を受けていると、皆、伝説武器のマニュアルとヘルプを見つけた。

 

『注意、伝説の武器同士を所持した者同士で共闘する場合。反作用が発生します。なるべく別々行動しましょう。』

 

「本当のようだな.........」

 

武器の使い方等が懇切丁寧に書かれているが、皆後回しにするようだ。

 

「となると仲間を募集した方が良いのか?」

 

「ワシが仲間を用意しておくとしよう。なにぶん、今日は日も傾いておる。勇者殿、今日はゆっくりと休み、明日旅立つのが良いであろう。明日までに仲間になりそうな逸材を集めておく。」

 

「ありがとうございます。」

 

「謝謝ッ。」

 

それぞれの言葉で感謝を示せば、その日は皆、王の用意した来賓室で休む事になった。

 

 




新しく、刃牙シリーズと盾の勇者の成り上がりを書くことにしました。

不定期更新及び下手くそな分ですが、何卒よろしくお願いします。

以下、ボツネタです。

素手喧嘩(ステゴロ)の勇者の侠客(おとこ)立ち』

-その時たまたま近くにいた大学生の岩谷尚文(20)はその時の様子をこう語っている-

「あ、喋って良いんですか?...すいません、こういうの初めてで。てか、本当にこういう取材ってあるんすね。あ、はい、確かにその場にいました。あの時はちょうどお金がなくて、タダで本が読める図書館に行きました。はい、まぁ、俺、オタクなもんでライトノベルのコーナーに居たんです。そしたら、後ろから人の気配がしたんで振り返ったんです。したら、でっかいヤクザが歩いてきて...はい、めちゃくちゃビビりました。あんな傷だらけで、しかも2m近いヤクザがライトノベルのコーナーに来たら誰でもビビりますって。でも、同時にどんな本読むのかなって気になったんです。で、影から見ていたら、1冊の本を手に取って...10分くらいかなぁ、暫く観察してたら、いきなり消えたんです!はい、影も形も無くなりました。一瞬でした。あれは、幽霊なのか、異世界召喚なのか...俺にもわかりません。」

--------

「勇者様方にはこれから冒険の旅に出て、自らを磨き、伝説の武器を強化していただきたいのです。」

『強者』として生まれたわけだ

生まれた時点で『強』を手にしていたんだ

これ以上何が要る?

「これ以上」を欲しがっちゃだめだ

強ぇえくせに鍛えちゃだめだ

「強者」が鍛える事は卑劣と知れ

ライオンが鍛えるか?

鍛える事は女々しい

と、いうわけで、Lvアップも武器の強化もしない。

--------

決闘の場にて

「矛と盾が戦ったらなんて話があるが......今回は余裕だな。」

「オラオラ!!どうした?反撃しないのか?」

「乱れ突き!!」

花山薫は、思いっきりスウェーバックし、元康の顔を殴りつける。

元康はダンプカーに引かれたかの様に吹き飛び、壁に激突して見るも無残な姿になる。

「まだやるかい?......あ」

北村元康死亡ッッ!!!

--------

「わたし...ダメですか、薫様の恋人になれませんか?だめ........ですか......?」

「知ってるのか?男と女が付き合うってのが---どういうことなのか、知ってるのか?」

「男と女は...キレイ事じゃすまされないとか..........そういうことですか?」

「まぁ、そういうこともだ...」

「ハッキリ言ってください、子作りもするんだぞ...........と。」

「し...知ってます、わ...わたしもそう思います。」

「恋人になるっ......て、そう事だって。」

「恋人どうしになれば...」

そう言葉を区切って、ズボンを脱いで、イチモツを見せつける。

「いいのか......こんなだが...」

「あえて...いうなら、まぁ............あれだ......ホンバンでは、これの1.5倍だ。」

「イケるのか...おまえので。」

「薫様、わたしやります。」

「女性のは、赤ちゃんだって産めます。だったら薫様のだって。」

「...そうか、よし。顔を上げろ...」

ギュバ〜~~ッ

「~~~~~~~~~~!!!」

ッポン

「どうした...........」

「...ちょっと...」

「乳をだせ...」

「...わ、わかりました...」

覚悟を決めて、胸をさらけ出そうとするラフタリアを止めて。

「よせ...分かった、認めてやる。」

「ラフタリアは今から、俺の彼女(スケ)だ。」


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海王の矜恃

通された来賓室にて、勇者達は皆それぞれ、割り振られたベッドに腰掛けて伝説武器の説明を熱心に読んでいる。

 

確認した所によると、まず、伝説武器は整備を必要としない特殊な武器だという。

 

持ち主のLvと武器に融合させる素材、倒したモンスターによってウェポンブックが埋まっていく。

 

ウェポンブックとは、変化させることの出来る武器の種類を記載してある一覧表である。

 

烈がウェポンブックを開くと、盾の目録が展開され壁を突き抜けて並べられるも、全て変化不可能と記載されていた。

 

また、特定の武器に繋がるように武器を成長させていくこともできる。

 

スキルを獲得するには、武器に込められた力を解放させる必要があるようだ。

 

そして、初期から存在している、海王の矜恃というスキルの説明を開く。

 

『スキル名 海王の矜恃

 

スキル説明 このスキルは中国拳法の世界に長年身を置き、鍛錬により極限まで自身を追い込む事でその技術を探求し、自身を遥かな高みにまで昇華させた者にのみ与えられる特殊スキル

スキル効果 伝説武器の規則事項を限定解除、攻撃力成長補正(大)』

 

「っていうか、コレゲームじゃね?俺は知ってるぞ、こんな感じのゲーム。」

 

元康が得意げに話し出す。

 

「え?」

 

「というか有名なオンラインゲームじゃないか、知らないのか?」

「いや、俺も結構なオタクだけど知らないぞ?」

 

「お前しらねえのか? これはエメラルドオンラインってんだ」

「何だそのゲーム、聞いたことも無いぞ。」

 

「お前本当にネトゲやったことあるのか? 有名タイトルじゃねえか。」

 

「俺が知ってるのはオーディンオンラインとかファンタジームーンオンラインとかだよ、有名じゃないか!」

 

「なんだよそのゲーム、初耳だぞ」

 

「え?」

 

「え?」

 

「皆さん何を言っているんですか、この世界はネットゲームではなくコンシューマーゲームの世界ですよ。」

 

「違うだろう。VRMMOだろ?」

 

「はぁ? 仮にネトゲの世界に入ったとしてもクリックかコントローラーで操作するゲームだろ?」

 

3人の中でゲームの世界というのは共通ではあるが、3人とも違うゲームだと思っているようだ。

 

「クリック? コントローラー? お前ら、何そんな骨董品のゲームを言ってるんだ? 今時ネットゲームと言ったらVRMMOだろ?」

 

「VRMMO? バーチャルリアリティMMOか? そんなSFの世界にしかないゲームは科学が追いついてねえって、寝ぼけてるのか?」

 

「はぁ!?」

 

このまま、話が堂々巡りし始めそうになると、樹が割って入る。

 

「あの……皆さん、この世界はそれぞれなんて名前のゲームだと思っているのですか?」

 

「ブレイブスターオンライン。」

 

「エメラルドオンライン。」

 

「すまないが、わたしはそういった事には明るくなくてな。」

 

先程から全く話についていけない様子の烈。

 

「あ、ちなみに自分はディメンションウェーブというコンシューマーゲームの世界だと思ってます」

 

((コンシューマー...とは、確か家庭用ゲームだったか...?ネットゲームは、ウェブ上のゲームだったはず...VRMMOというと...だめだ...分からない...))

 

「まてまて、情報を整理しよう。」

 

 流石に混乱したのか、元康が額に手を当てて他の3人を宥める。

 

「錬、お前の言うVRMMOってのはそのまんまの意味で良いんだよな?」

「ああ」

「烈はともかく、樹も意味は分かるよな?」

 

「SFのゲーム物にあった覚えがありますね。」

 

「すまないが、話に追いつけていない.....」

 

「そうだな。俺も似たようなもんだ。じゃあ錬、お前の、そのブレイブスターオンラインだっけ? それはVRMMOなのか?」

 

「ああ、俺がやりこんでいたVRMMOはブレイブスターオンラインと言う。この世界はそのシステムに非常に酷似した世界だ。」

 

練が語るところによれば、VRMMOとはネット上に仮想現実を作り出し、それを大人数で遊ぶという物で、練に取っては当たり前にある技術で、脳波を認識して人々はコンピュータの作り出した世界へ入り込むという。

 

「それが本当なら、錬、お前のいる世界に俺達が言ったような古いオンラインゲームはあるか?」

 

元康の問いかけに、練は首を横に振った。

 

「これでもゲームの歴史には詳しい方だと思っているがお前達が言うようなゲームは聞いたことが無い。お前達の認識では有名なタイトルなんだろう?」

 

元康が頷く。そういった方面に詳しいのなら聞いた事もないというのはおかしい。

 

「じゃあ一般常識の問題だ。今の首相の名前は言えるよな?烈はどうだ?」

 

「ああ、それくらいなら、知っている。」

 

元康の問いかけに、皆が頷く。

 

「一斉に言うぞ、せーの!」

 

「安倍心三。」

 

「濱田光一。」

 

「野乃村龍太郎。」

 

「マック朱阪。」

 

「「「「.....................。」」」」

 

4人が4人ともに違う結果となり、心当たりも無いようだった。

 

さらに、自分の世界の有名な事柄や人物等の話になったが、そのどれもが知らないという結果になった。

 

「どうやら、僕達は別々の日本から来たようですね。」

 

「そのようだな。間違っても同じ日本から来たとは思えない。」

 

「という事は異世界の日本も存在する訳か。」

 

「時代がバラバラの可能性もあったが、幾らなんでもここまで符合しないとなるとそうなるな。」

 

 

烈だけは日本人では無いが、4人とも別々の日本から来た点では同じだ。

 

「このパターンだとみんな色々な理由で来てしまった気がするのだが。」

 

「あんまり無駄話をするのは趣味じゃないが、情報の共有は必要か。」

 

大人ぶってるのか、性格の問題か、練が上からの物言いで話し始める。

 

「俺は学校の下校途中に、巷を騒がす殺人事件に運悪く遭遇してな。」

 

「ふむふむ。」

 

「一緒に居た幼馴染を助け、犯人を取り押さえた所までは覚えているのだが...」

 

練はおそらく刺されたのであろう、脇腹を擦りながら説明する。

 

「そんな感じで気が付いたらこの世界に居た。」

 

「そうか、友人を守って死んだのか。それは、誇りある死だったな。」

 

烈が素直に称賛の声を上げると、クールを装って当然だと笑った。

 

「じゃあ、次は俺だな。」

 

軽い調子で、元康が自分を指差して語り出す。

 

「俺はさ、ガールフレンドが多いんだよね。」

 

「......そうか。」

 

顔が整っていて、女好きの雰囲気そのままの発言に、烈は呆れたように返す。

 

「それでちょーっと...」

「二股三股でもして刺されたか?」

 

練が小馬鹿にする様に尋ねると、元康は目をパチクリさせて頷いた。

 

「いやぁ……女の子って怖いね。」

 

「…そうか。」

 

烈は心底呆れて、そう答えるしか出来なかった。

 

次に樹が手を胸に当てて、話し出す。

 

「次は僕ですね。僕は塾帰りに横断歩道を渡っていた所……突然ダンプカーが全力でカーブを曲がってきまして、その後は……」

 

「「「……」」」

 

そのまま轢かれたのだろう、3人の中で1番理不尽な理由だ。

 

「最後はわたしか........そうだな、ある男とあらゆる武器を解禁した果し合いを行った。...そして、わたしが敗れ、斬られ死んだ。」

 

詳しい話をしてもややこしいだけなので、要点だけを掻い摘んで説明する。

 

「拳法家とか言ってたが、実際にあるんだな、そういうの......」

 

練は驚きと疑念の混じった様な顔でそう答えた。

 

「わたし以外の人間はこの世界の事は熟知しているという事であっているのか?」

 

「ああ。」

 

「やりこんでたぜ。」

 

「それなりにですが。」

 

話を聞いている限りでは、烈は他の3人にくらべ、2、3歩遅れている事になる。

 

「わたしはこういう物に疎くてな.......ヘルプで探すのにも限界がある故、すまないが色々教えてくれると助かる。」

 

錬は冷酷に、元康と樹は何故かとても優しい目で烈を見つめる。

 

「よし、元康お兄さんがある程度、常識の範囲で教えてあげよう。」

 

「まずな、俺の知るエメラルドオンラインでの話なのだが、シールダー……盾がメインの職業な。」

 

「ああ。」

 

「最初の方は防御力が高くて良いのだけど、後半に行くに従って受けるダメージが馬鹿にならなくなってな。」

 

「ふむ.....」

 

「高Lvは全然居ない負け組の職業だ。」

 

「なるほど、確かに納得はできる。」

 

盾の勇者と聞いて、なんとなくは予測出来た結果に取り乱す事もなく平然としてる烈。

 

「取り乱したりしないんだな?」

 

「ああ、そもそも盾とは基本的に武器ではなく、防具だからな。」

 

当たり前の事ではあると、それほど落胆は無かった。

 

「ところで、武器の変化等はなかったのか?」

 

「転職なんかは無かったし、別の系統職になれるゲームでも無かったな。」

 

他の方向性に良い点はないのかと聞いてみるが結果は振るわない。

 

「ふむ、かなり難しい職業という事か。他の2人はどうなんだ?」

 

「悪い……」

 

「同じく……」

 

一応は聞いてみるものの、空振りらしい。

 

しかし、烈は全くもって問題ないと考える。

 

他の武器を装備すればいい事であるし、それでなくとも武器ならある。

 

烈は自身の拳を見ながら考えていると、他の3人はゲームの話題に花を咲かせる。

 

「地形とかどうよ?」

 

「名前こそ違うが殆ど変わらない。これなら効率の良い魔物の分布も同じである可能性が高いな。」

 

「武器ごとの狩場が多少異なるので同じ場所には行かないようにしましょう。」

 

「そうだな、効率とかあるだろうし。」

 

烈以外はこの世界では自分がとてつもない存在だと思っているようだ。

 

それこそ、ゲームの中に入り込んだという様に現実味が欠けている様な印象を受ける。

 

「まずは、モンスターという存在がどの程度のものか見極めねばな。」

 

3人は烈を可哀想な目で見ているが、烈には油断も諦めも無かった。

 

「勇者様、お食事の用意が出来ました。」

 

案内役が晩飯を知らせに来た。

 

「ああ。」

 

皆が扉を開けて、騎士団の食堂に案内された。

 

高い天井に、吊るされた豪華なシャンデリアと、食卓を飾るロウソク台等が中世ヨーロッパをイメージさせる。

 

食事はバイキング方式の用で、様々な料理が所狭しと並んでいた。

 

「皆様、好きな食べ物をお召し上がりください。」

 

「なんだ。騎士団の連中と同じ食事をするのか。」

 

何が気に食わないのか、練が上から目線でそんな文句を言う。

 

「何故その様に邪険にする?以前に波を退けた以上、我々が学ぶ事は多々あると思うが。」

 

拳法家として、経験とはそれほど重要なものであり、練にそう意見する。

 

「そういうものなのか?」

 

「お気になさらないでください。それに、こちらにご用意した料理は勇者様が食べ終わってからの案内となっております。」

 

どうやら、優先順位として勇者の方が上のようだ。

 

「ありがたく頂こう。」

 

「ええ。」

 

「そうだな。」

 

勇者達は思い思いの料理を取り、食べ始める。

 

食べ慣れない食材などもあるが、こういった調理法はどうだろうかと考えながら食べる烈。

 

それぞれ食事を終えると、部屋に戻った3人は疲れが出たのか寝る準備を始めた。

 

「風呂とか無いのかな?」

 

「中世っぽい世界だしなぁ……行水の可能性が高いぜ。」

 

「言わなきゃ用意してくれないと思う。」

 

「まあ、一日位なら大丈夫か。」

 

「そうだろ。眠いし、明日は冒険の始まりだしサッサと寝ちまおう。」

 

元康の言葉に2人は頷いて、ベッドに入るが、烈は部屋を後にしようとする。

 

「どこ行くんだ?烈。」

 

「食後の站樁だ。」

 

「タントウ...?」

 

「站樁とは、中国拳法における、立った状態での禅であり、トレーニングだ。これが日課なのでな、ここでやったら寝づらいだろう?」

 

烈はそう言い残して、王宮のベランダに出て站樁を始めた。

 

立ち始めて直ぐに、身体に違和感を覚え、その感覚に驚いた。

 

((な、なんだこれは!?何かが、わたしの身体の中を巡っているッッ!!これはまさかッッ!?))

 

中国拳法の門を叩いて以来、毎日欠かさずにやってきた站樁。

 

気の流れを良くし、同時に下半身の強化も行うとされる。

 

気をイメージしろと言われるも、具体的な感覚もなく、しかし、ある様な気がする...

 

そんな、微かな感覚を頼りに、あると信じて行ってきたが、今宵、烈はその核心に触れたッッ。

 

((白林寺に入り、初めて教えて貰ったのが站樁...気の流れを感じろと言われてきたが.....気とは.....))

 

「これかァ!!」

 

この夜、烈は何時間も站樁を行い、やがて自室に戻り、胸を高鳴らせ、眠りについた。

 

 



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同行者

朝食の後、案内役の男に後程、王からの呼び出しがあると伝えられた。

 

日が昇り具合から、10時くらいと推察される頃に案内役の男に案内されて、謁見の間に通された。

 

「勇者様の御来場ッッ。」

 

謁見の間の扉が開くと其処には様々な服装をした男女が12人ほど集まっていた。

 

騎士風の身なりの者もおり、皆、それなりには腕に覚えがありそうだ。

 

援助を行うという、王の言葉は守られたようだ。

 

勇者4人は、王に一礼をすると、話を聞く。

 

「前日の件で勇者の同行者として共に進もうという者を募った。どうやら皆の者も、同行したい勇者が居るようじゃ。」

 

一人に付き3人の同行する仲間が居るのなら均等が取れるのだが。

 

「さあ、未来の英雄達よッッ。仕えたい勇者と共に旅立つのだッッ。」

 

しかし、勇者が同行者を選ぶのではなく、同行者側が勇者を選ぶようだ。

 

そして、同行者となる者達が、並び、それぞれが同行したい勇者の前に並ぶ。

 

天木 錬   5人

 北村 元康  4人

 川澄 樹   3人

 烈 海王 0人

 

「......王よ、これはどういう事だ?」

 

烈は取り乱す事は無かったが、王へ説明を求めた。

 

「う、うぬ。さすがにワシもこのような事態が起こるとは思いもせんかった。」

 

「人望がありませんな。」

 

王は狼狽えて、大臣は切り捨てるようにそう答える。

 

「昨日来たばかりのわたしに人望を求められても、困るのだが。」

 

烈の返しに、大臣はムッとしたような顔になる。

 

そこへローブを着た男が王様に内緒話をする。

 

「ふむ、そんな噂が広まっておるのか……」

 

「何かあったのですか?」

 

元康が微妙な表情を浮かべて、問いかける。

 

「ふむ、実はの……勇者殿の中で盾の勇者はこの世界の理に疎いという噂が城内で囁かれているのだそうだ。」

 

「それに、なにか問題が?」

 

「伝承で、勇者とはこの世界の理を理解していると記されている。その条件を満たしていないのではないかとな。」

 

王がそう説明していると、元康が烈の脇を肘で小突いてくる。

 

「昨日の雑談、盗み聞きされていたんじゃないか?」

 

「いや、それにしても噂が広まるのが早すぎる。意図的に噂を広めた人間が居るはずだ。王よ、スパイの存在を疑った方がいいのでは?」

 

((王、自ら広めさせたわけでなければな.....))

 

前の視線といい、名前の呼び忘れに、今回の件と、烈は王を信用していなかった。

 

「う、うむ。確かにその可能性も捨てきれんな。調べさせておこう。」

 

烈の言葉にドキリとしたのか、一瞬言葉に詰まる王。

 

「まぁ、こうなってしまったからには、1人で旅立つしかないな。」

 

「いや、それは.......」

 

烈の言葉に、何やら都合が悪そうな王。

 

「あ、勇者様、私は盾の勇者様の下へ行っても良いですよ。」

 

元康の所に並んでいた、女冒険者の1人が手を上げて名乗り出る。

 

「無理にわたしに付き合う必要はないぞ?」

 

「いえ、大丈夫ですから。」

 

そう、笑顔で答える女は、セミロングの赤髪に、整った若干幼めな容姿に、体格は165cmくらい、線は女らしく細い。

 

「他にレツ殿の下に行っても良い者はおらんのか?」

 

王が最終確認を行うが、他に誰一人手を上げることは無かった。

 

「しょうがあるまい。レツ殿はこれから自身で気に入った仲間をスカウトして人員を補充せよ、月々の援助金を配布するが代価として他の勇者よりも今回の援助金を増やすとしよう。」

 

「ああ、それは有難い。こちらも、出来るだけ努力しよう。」

 

言葉ではそう言うものの、今日の様子を見る限りでは、仲間の勧誘は望み薄と見ていいだろう。

 

それを考えると、この女の申し出は有難かったが、同時に警戒すべき相手である。

 

さらに言えば、申し出のタイミングだけでなく、自分を観察する様に見るこの女の眼差しを、烈は見逃さなかった。

 

「それでは支度金である。勇者達よしっかりと受け取るのだ。」

 

勇者それぞれに、それなりの重さがある金袋が手渡される。

 

中でも、一際重い金袋が烈に渡ったところで、王が発言する。

 

「レツ殿には銀貨800枚、他の勇者殿には600枚用意した。これで装備を整え、旅立つが良い。」

 

「「「「はッッ!(好的ッッ!)」」」」

 

勇者達と、その同行者は王に一礼し謁見を終えた。

 

それから、謁見の間から出ると、それぞれの自己紹介を始めた。

 

「えっと盾の勇者様、私の名前はマイン=スフィアと申します。これからよろしくね。」

 

「ああ、こちらこそよろしく。」

 

人当たりの良い笑顔を浮かべ、親しみやすい態度で接してくる。

 

「では、行くとしよう、マインさん。」

 

「はーい。」

 

城門を出て、街中にはいると、石造りの整った街並みに、活気溢れる様子は、中世ヨーロッパに紛れ込んだ様だ。

 

「これからどうします?」

 

「武器等が売っている店があるなら、そこへ行きたい。わたしの武器が盾である以上、他の武器が欲しい。わたしはともかく、マインさんの防具も見ておきたいしな。」

 

「勇者様は、防具を装備されないんですか?」

 

「ああ、動きを阻害されないように、身軽な方が好ましい。」

 

「じゃあ私が知ってる良い店に案内しますね。」

 

「お願いしよう。」

 

「ええ。」

 

マインはスキップする様な歩調で烈を武器屋に案内する。

 

城を出て10分くらい歩いた頃だろうか、一際大きな剣の看板を掲げた店の前でマインは足を止めた。

 

「ここがオススメの店ですよ。」

 

「ああ、いかにも、という感じだな。」

 

店の扉から中を覗くと、壁にはあらゆる武器が立て掛けてあり、まさに武器屋といった面持ちだ。

 

さらに、鎧や盾、スコップや鍋に至るまで、冒険に必要な物は大体揃っている様子だ。

 

「いらっしゃい!」

 

中に入ると、店主と思しき男が景気良く話しかけてくる。

 

筋肉は程よく鍛えられており、筋骨隆々で顔や腕には傷があり、スキンヘッドの男だった。

 

「お、お客さん初めてだね。当店に入るたぁ目の付け所が違うね。」

 

「ああ、彼女が勧めてくれたのでな。」

 

そう言って後ろのマインを親指で示すと、手を軽く振って答える。

 

「ありがとうよお嬢ちゃん。」

 

「いえいえ~この辺りじゃ親父さんの店って有名だし。」

 

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。所でその変わった服装の彼氏は何者だい?」

 

烈はチャイナ服を着ており、この世界には存在しないであろうし、この反応は仕方が無い。

 

「親父さんも分かるでしょ?」

 

「となるとアンタは勇者様か! へー!」

 

店主はまじまじと、烈を凝視する。

 

「かなり、頼りになりそうだな。」

 

「やっぱり、そう思いますか?」

 

烈を見ながら、そう評価しながら話す2人。

 

マインの方は、本心かどうかは分からないが。

 

「だが、良いものを装備しなきゃ舐められるぜ。」

 

確かに店主の言う通りで、ある程度しっかりした装備をしていないと、見下されたり、不要な争いの種になるとも限らない。

 

「盾の勇者をしている、烈海王だ。今後とも、厄介になることもあるだろう。よろしくお願いする。」

 

「レツねえ。まあお得意様になってくれるなら良い話だ。よろしく!」

 

表裏がない人物なのだろう、烈はそんな店主に好感を持った。

 

「ねえ親父さん。何か良い装備無い?」

 

マインが店主にそう尋ねる。

 

「そうだなぁ……予算はどのくらいだ?」

 

「そうねぇ……」

 

マインが烈を値踏みするように見る。

 

「銀貨250枚の範囲かしら。」

 

「それだと、どの程度のものになる?」

 

相場の説明をせず、勝手に話を進めるマインに、呆れ顔で問いかける。

 

「お?まぁ、一般的なものより1つ上くらいのものになるな。となると、この辺りか。」

 

店主はカウンターから乗り出し、店に飾られている武器を数本、持って来る。

 

「あんちゃん。得意な武器はあるかい?」

 

「剣、刀、槍、棍、手裏剣なら一通り扱える。」

 

「なるほどなぁ、とりあえず剣から見てもらおうか。」

 

数本の剣をカウンターに並べた。

 

「どれもブラッドクリーンコーティングが掛かってるからこの辺りがオススメかな。」

 

「ブラッドクリーン?」

 

「血糊で切れ味が落ちないコーティングが掛かってるのよ。」

 

「ほう、それは便利だな。」

 

元の世界であるならば、血糊も含め、汚れに対するメンテナンスが不可欠だが、ここに並ぶ剣はある程度そういった事が必要ないらしい。

 

「左から鉄、魔法鉄、魔法鋼鉄、銀鉄と高価になっていくが性能はお墨付きだよ。」

 

使用している鉱物によって、性能に差が出るという事だ。

 

「まだまだ上の武器があるけど総予算銀貨250枚だとこの辺りだ。」

 

「少し見させてもらっても?」

 

「おう、落っことすなよ。」

 

店主に了解を得て、1番質の高い、銀鉄の剣を取る。

 

((ふむ、剣の質はそれなりには良いな。切れ味の方も問題は無さそうだが........!?))

 

少し振ってみようかと考えていると、突然、手に強い電撃が走り、剣が弾かれてしまう。

 

「お?」

 

店主とマインが不思議そうな顔で烈と剣を交互に見る。

 

「まさか......」

 

もう1度、剣を持ち直して、しばらく待ってみると、再度強い電撃が走る。

 

今度は、しっかりと握っている為弾かれはしないが、断続的に強い電撃が走る。

 

「......これは...持てなくは無いが、かなり鬱陶しいな。」

 

弾き飛ばされない様に、丁寧に剣をカウンターに置くと同時に視界に文字が浮かび上がる。

 

『伝説武器の規則事項、専用武器以外の所持に触れました』

 

烈はすぐに該当するヘルプを呼び出し、内容を確認する。

 

『勇者は自分の所持する伝説武器以外を戦闘に使うことは出来ない』

 

「どうやら、わたしはこの盾以外の武器を装備出来ないようだ。」

 

((もっとも、武器ならば既に手にしているし、盾を使った中国武術も無い訳では無い...問題は無い。))

 

「どんな原理なんだ? 少し見せてくれないか?」

 

烈は腕から盾が外せない故、店主の目の前に持っていく。

 

店主が小声で何かを呟くと、盾に向かって小さい光の玉が飛んでいって弾けた。

 

「ふむ、一見するとスモールシールドだが、何かおかしいな……」

 

店主は武器の性能を確認出来る、何らかの術を使ったようだ。

 

「真ん中に核となる宝石が付いているだろ? ここに何か強力な力を感じる。鑑定の魔法で見てみたが……うまく見ることが出来なかった。呪いの類なら一発で分かるんだがな。」

 

どうやら、先程のは魔法というらしい。

 

「面白いものを見せてもらったぜ、じゃあ防具でも買うかい?」

 

見終わって満足したのか、防具について、尋ねてくる。

 

「いや、動きを阻害されてしまっては、かえって戦いが不利になってしまう。なので、わたしには必要ない。マインさんのを見繕ってくれないか?」

 

「あの......」

 

烈の説明に、マインが口を挟んできた。

 

「私、勇者様が心配です。いくらお強いといっても、防具も無しに戦うのは無謀ではありませんか?」

 

「いや、問題ない。それに、防具を装備していても、衝撃が強ければ肉体が耐えられない。それでは、意味がない。」

 

「そう......ですか......わかりました。私の装備は勇者様の実力を見せて貰ってから決めますので、今は要らないです。すみませんね、親父さん。」

 

「いや、気が変わったらまた来てくれりゃいいよ。じゃあ、頑張ってな。」

 

「ありがとうございます。それじゃあまたー。」

 

店主に別れを告げて、2人は店を出る。

 

「それじゃあそろそろ戦いに行きましょうか勇者様。」

 

「ああ、そうだな。」

 

それから、烈達は街の出口の関所の方に歩きだし、関所を潜り抜ける。

 

烈がこの世界に来ての、初めての戦闘が始まろうとしていた。




まず、首相の名が不適切かつ、ととも幼稚で、悪戯にしても笑えない内容であり、多数の方に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳御座いませんでした。

私と致しましては、一種のブラックジョークのつもりで、件の人名を使ってしまいました。

しかし、常識的に考えて、また、被害者遺族を思えば、当然使用は控えるべき人名でした。

思慮の浅さと、非常識さ、人の痛みへの鈍感さが招いてしまった結果だと痛感致しました。

以後、この様な無神経で、非常識かつ、幼稚な内容を書かない様にすると共に、深く猛省を致します。

読者の皆様には、大変ご迷惑をかけ、また、不愉快な思いをさせ、さらには、心無い言葉で精神的な苦痛を与えてしまった事を、ここにお詫び致します。

また、件の人名は修正させて頂いた事を、ここにご報告致します。

誠に身勝手な事では御座いますが、これに懲りず、これからも、御愛読下さると、大変嬉しく思います。

大変、申し訳御座いませんでした。


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盾、されど海王

関所の門を抜けると、限りない大草原が広がっていた。

 

一応、石畳で道が舗装されてはいるが、少し外れると、一面の緑が眼前を覆う。

 

烈も生前は中国で名士であり、祁連山草原を目にしているが、それ以上かも知れない。

 

「では勇者様、このあたりに生息する弱い魔物を相手にウォーミングアップしましょうか。」

 

「そうだな。魔物と闘うのは初めてだからな。やれるだけ、やってみよう。」

 

「頑張って下さいね。」

 

「ああ。」

 

波から世界を護るとは言ったものの、まずは、どの程度のものか計らねばならない。

 

しばらく草原をとぼとぼと歩いていると、なにやら目立つオレンジ色の風船みたいな何かが見えてくる。

 

「勇者様、居ました。あそこに居るのはオレンジバルーン……とても弱い魔物ですが好戦的です。」

 

ふざけた名前だが、侮る事はしない。

 

「ガア!」

 

鳴き声をあげて、烈に襲い掛かる風船の様な見た目の魔物。

 

烈は足を開き、腰を落として、両手を構える。

 

そして、突っ込んで来た魔物に、崩拳を打ち込む。

 

「破ッッ!!!」

 

魔物は吹き飛ばずに、その場で、破裂した。

 

「なっ......!?えぇぇぇッッ!!?」

 

マインの驚愕した叫び声が辺りに響いた。

 

「ふむ、思ったより、大分脆いな。」

 

「脆いな、じゃないですよ!?今、何したんですか!?」

 

マインは興奮気味に、烈に問いただす。

 

「ん?今のは、崩拳と言って中国武術を代表する中段突きだ。」

 

「そういう事を聞いてるんじゃありません!なんで一瞬消えたんですか!?」

 

「消えて等いない。ただ、素早く崩拳を放っただけだ。」

 

烈は当然の事のように、冷静に答える。

 

ピコーンと電子音がしたと思ったら、EXP1という数字が見えた。

 

「この、EXPというのは?」

 

「それは、経験値の事です。一定数集まると、レベルが上がりステータスが上昇します。」

 

「なるほど、つまり今回は経験値を1、得たのか。」

 

そんな話をしていると、足音が聞こえてきた。

 

「あれは、練とその仲間か。」

 

練が仲間を引き連れて走って行く。

 

練達の目の前に、先程と同じ、オレンジバルーンが3体現れた。

 

練が剣を構えて、横に一閃すると、3体とも破裂した。

 

「剣の握り、構え、振り、どれもなっていない。威力はともかく、動きは素人に毛が生えた程度だな。」

 

「そうですか......」

 

戦利品である、オレンジバルーンの死骸を拾うと、ピコーンと盾が鳴った。

 

盾に近付ければ、淡い光となって盾に吸い込まれていった。

 

『GET オレンジバルーン風船』

 

そんな文字が浮かび上がり、ウェポンブックが点灯する。

 

中を確認するとオレンジスモールシールドというアイコンが出ていた。

 

まだ変化させるには足りないが、必要材料であるらしい。

 

「これが伝説の武器の力ですか。」

 

「ああ、この様に素材を集めて強化していくらしい。」

 

「なるほど。」

 

「ところで、先程拾った、オレンジバルーン風船というのは、売れるのか?」

 

「銅貨1枚で売れれば、いい方だと思います。」

 

「大した金額では無さそうだな。この世界の貨幣価値を聞いても良いか?」

 

「銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚になります。」

 

どうやらこの世界では、金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10000枚となる様である。

 

「ふむ、少々分かりにくいが、それはおいおい覚えていくとするか。」

 

「次は、私の番ですね。頑張ります。」

 

話していると、オレンジバルーンが2体現れた。

 

マインは剣を抜くと、2振りで現れた2体を倒す。

 

「ここでは流石に魔物が弱すぎる。もっと強い魔物が出る場所に行こう。」

 

「そうですね。もう少し先に進むと良い狩場があります。」

 

烈達は森の方へと進み、イエローバルーン、レッドバルーンという色違いやウサピルという魔物を狩った。

 

「もっと強い魔物が出る場所があるんですが、そろそろ帰らないと日が沈んでしまいますね。」

 

「そうだな、かなりの数を狩ったからな。」

 

日が傾き、時間的にも夕方くらいになっていた。

 

「今日は早めに帰って、もう一度武器屋を覗きましょうよ。私の装備を、新調したいです。」

 

「そうだな。」

 

Lvは5まで上がり、素材も多数手に入り、初日の成果としては十分だろう。

 

烈達は1日目の冒険を切り上げて、城下町の方へと戻る。

 

街へ戻ると、その足で武器屋に顔を出した。

 

「お、盾のあんちゃんじゃないか。他の勇者たちも顔を出してたぜ。」

 

他の勇者も来ていた様で、ホクホク顔の店主が出迎えた。

 

「魔物が落とす素材を買い取って貰えると聞いたんだが、ここでの買い取りは可能か?」

 

「魔物の素材買取の店がある。そこへ持ち込めば大抵の物は買い取ってくれるぜ。」

 

「謝謝。」

 

「で、次は何の用で来たんだ?」

 

「ああ、彼女の装備を買いに来たのだ。」

 

マインに視線を向けるとマインは店内の装備をジッと凝視していた。

 

「予算額は?」

 

「そうだな......マインさん、予算はどの程度に考えている?」

 

「...........」

 

マインは真剣な眼差しで装備を選んでおり、烈の問いかけが耳に入っていなかった。

 

烈の手元には、銀貨800枚が残っているが、生活の事もあるのでそれも考えなければならない。

 

「お連れさんの装備ねぇ……確かに良いものを着させた方が強くなれるだろうさ。」

 

「それはそうだろうな。」

 

烈1人でも魔物を倒せるが、波が未知数な以上戦力を増強するにこしたことは無い。

 

「暇潰しに値下げ交渉を受けてやろうか?」

 

「良いのか?かなり値が張りそうだが......」

 

「構わねぇよ。雑談みたいなもんさ。」

 

店主は機嫌が良いのか、人が良いのか、そんな話を持ちかけてくる。

 

「そうか、ならば、8割引。」

 

「幾らなんでも酷すぎる! 2割増。」

 

「わたしがいた世界ではこのくらい当たり前だがな。そして、増やしてどうする。7割9分。」

 

「嘘つけ!それに、商品を見ねぇで値切る野郎には倍額でも惜しいぜ!」

 

「そちらから持ちかけてきた話だがな。9割引。」

 

「チッ! 2割1分増!」

 

「ははは、さらに増やすのか。ならば、12割引。」

 

「それじゃあ、こっちが金を払う事になるじゃねぇか!しょうがねえ5分引き。」

 

「まだまだ、行けるはずだ。9割2分--」

 

大の大人が2人してくだらない問答をしていると、マインが選び終わり戻ってきた。

 

持ってきたのは、可愛らしく凝ったデザインの鎧と、烈が選んでいた剣よりも値が張りそうな剣だった。

 

「勇者様、私はこのあたりが良いです。」

 

「親父さん、合計するといくらになる?6割引。」

 

「オマケして銀貨480枚でさぁ、これ以上は負けられねえ5割9分だ。」

 

この装備を買うと、残りは銀貨320枚となる。

 

「マインさん、本当にそれが必要なのか?」

 

「はい、勇者様の足を引っ張りたくないんです!」

 

烈の問いかけに、胸を押し付けながら、そう答えるマイン。

 

「......わかった。」

 

烈はそう短く答えると、店主に銀貨480枚を渡す。

 

((私に勧めてきた装備の3倍以上する物を平気で強請るか......割引が無ければ、予算を超過していた。警戒を怠らない様にせねばな。))

 

烈の中で、マインの印象がどんどんと悪くなっていった。

 

「ありがとうございやした。まったく、とんでもねぇ勇者様だ。」

 

「はは、これからも贔屓にする故、勘弁してくれ。」

 

「ありがとう、勇者様!」

 

マインは気を良くしたのか、烈の手にキスをしてきた。

 

烈は顔を一瞬顰めるが、すぐ様平静を装って、思い過ごしだった場合の対処をする。

 

店を出た烈達は、街の宿屋へと入っていく。

 

宿屋の1泊の料金は、一部屋、銅貨30枚程であるらしい。

 

「2部屋でお願い。」

 

烈にとっても問題は無く、印象が悪い人間と同部屋というのもバツが悪い。

 

「はいはい。ごひいきにお願いしますね。」

 

宿屋の店主が揉み手をしながら、烈達を部屋へと案内する。

 

その後、宿屋に併設している酒場にて、別途料金の銅貨5枚の食事を2つ注文する。

 

森からの帰りがけに購入した、地図を広げながらマインと打ち合わせをする。

 

「この辺りが、今日わたし達が魔物を狩った森だな?」

 

「ええ、そうです。そして、明日行くとすれば、この少し先のラファン村の先のダンジョンが良いかも知れませんね。」

 

マインの話を聞きながら、地図を頭に叩き込む烈。

 

Lv上げをする際に場所というのはかなり重要になってくる。

 

「ところで、勇者様はワインは飲まれないんですか?」

 

食事を頼む時、マインが店員と話していたが、その後一緒にワインが運ばれてきた。

 

他の客のテーブルを見た所、このワインはセットではないらしい。

 

「わたしも酒は嫌いでは無いのだが、このワイン、芳醇な葡萄の香りの他に、薬草の匂いが混じっているな。」

 

「そ、それはこの国のワインの特徴でして......」

 

「だとしたら、わたしには合わないな。せっかくの葡萄の香りを薬草の匂いで台無しにしてるとしか感じられない。」

 

「そんな事言わず、飲んでみて下さい。意外と美味しいですよ?」

 

「悪いが、飲む気にはならないな。」

 

「そう、ですか。」

 

マインは残念そうにグラスを下げた。

 

「さて、部屋に帰るとするか......」

 

「私はもう暫く飲んでいきます。おやすみなさい。」

 

「ああ、おやすみ。」

 

烈は1人、割り当てられた部屋へと戻っていく。

 

((あの薬草の香り......あれは恐らく睡眠薬かなにかだな。いずれにせよ、警戒しておかなくてはな。))

 

部屋に戻ると、日課の站樁を終えて、ベッドに入って眠りについた。

 

マインがなにかしら仕掛けてくるとは思っていたが、何も起こらずに朝を迎えた。

 

朝になり、マインの様子を見にマインの部屋の前に行くと、騒がしい足音が近づいてくる。

 

「盾の勇者だな!」

 

「ああ、そうだがなにか用事か?」

 

敵愾心を顕にしながら、呼び掛ける騎士に烈は答える。

 

「王様から貴様に召集命令が下った。ご同行願おう。」

 

「ほう、まぁ、良いだろう。」

 

「さあ、さっさと着いて来い!」

 

騎士の1人が、烈の腕を掴み、力任せに連れていこうとする。

 

「わたしに、触れるなッッ。」

 

騎士に向かって、小さく怒鳴り、騎士の手を握る。

 

「ぐあっ!」

 

まるで、万力にでも挟まれたかのような痛みが、騎士を襲う。

 

「逃げも隠れもせん。それで問題は無いだろう?」

 

「あ、ああ、分かった。」

 

外に出ると馬車が止まっており、恐らくはこれで城に行くのだろう。

 

一切動じない烈を乗せて、馬車は城へと入っていった。



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冤罪

王城につき、騎士達が拘束しようとするが、烈が睨みつける。

 

「近寄るな。暴れるぞ?」

 

先程の場面を見ていた騎士達は、少し間をとって囲み、謁見の間に通される。

 

そこには、不機嫌な面持ちの王と大臣、そしてマインや元康、練、樹がいた。

 

「どうした、マインさん。宿屋にいるものと思っていたが?」

 

マインは、烈が声をかけると元康の後ろに隠れて、睨みつけていた。

 

「随分と嫌われてしまったようだ。わたしが何かしたか?」

 

マインの双眸を見つめながら、少し困った様に問いかける。

 

「本当に身に覚えが無いのか?」

 

元康が仁王立ちになり、烈を問いただす。

 

「身に覚え?なんの事だ。わたしは何も知らん。」

 

「本気で言ってんのか!?まさか、お前がそんな外道だとは思わなかったぞ!」

 

「外道、だと?恨みを買った覚えが無いのだが......」

 

烈の返答を他所に、裁判所の様な雰囲気で話が進んでいく。

 

「して、盾の勇者の罪状は?」

 

「罪状?わたしが、何か罪を犯したと?」

 

「うぐ……ひぐ……盾の勇者様はお酒に酔った勢いで突然、私の部屋に入ってきたかと思ったら無理やり押し倒してきて......」

 

「......それで?」

 

「盾の勇者様は、「まだ夜は明けてねえぜ」と言って私に迫り、無理やり服を引きちぎって......」

 

話の内容が分かってきたのか、眉をひそめて、話を聞いている烈。

 

「私、怖くなって……叫び声を上げながら命からがら部屋を出てモトヤス様に助けを求めたんです......」

 

「なるほど、そこで元康が出てくるのか。」

 

ハメられていると、理解し、堂々とした態度の烈。

 

「わたしは、昨日、食事をして部屋に戻り、鍛錬をして眠りについた。外にも出ていないし、誰も来なかった。......夜中もな。」

 

最後の一言はマインを睨みながら、語る烈。

 

「嘘を吐きやがって、じゃあなんでマインはこんなに泣いてるんだよ!」

 

「演技、としか言い様がないな。」

 

烈は呆れながら、泣いている女性は、嘘をつかないとおもいこんでいるであろう元康にそう答えた。

 

「マインがわたしに冤罪を被せる以上、彼女の装備を即時明け渡してもらいたいのだがな。どうなんだ?王よ。」

 

「黙れ外道!」

 

当然の要求をする烈に対し、怒鳴る王。

 

「嫌がる我が国民に性行為を強要するとは許されざる蛮行、勇者でなければ即刻処刑物だ!」

 

「ほう、そこまで言うのなら、証拠はあるのか?まさか、マインの証言だけではないだろうな?」

 

王の発言に詰め寄るように、そう問いただす烈。

 

「王様!盾の勇者の部屋から、この様な物が見つかりました!」

 

王と烈の会話に割って入る様に駆け込んできた騎士の1人。

 

その手には、女性物の下着があった。

 

「これが何よりの証拠だ!何か言いたいことはあるか?」

 

騎士の持ってきた女性物の下着に、したり顔をする王。

 

「わたしは、マインの服を無理やり引きちぎったのではないのか?だとするならば、下着だけ無傷なのはあまりにおかしいと思うが?」

 

「ぐ......え、ええい、黙れ黙れ!」

 

烈の指摘に、反論が出来ないのか、怒鳴り散らして誤魔化す王。

 

「異世界に来てまで仲間にそんな事をするなんてクズだな。」

 

「そうですね。僕も同情の余地は無いと思います。」

 

マインの泣き顔を見て、先入観で烈を犯人と決め付けているのか、練と樹が割って入る。

 

「やれやれ......これでは埒が明かないな。そこまで言うのなら、わたしを送り返し、新しい勇者でも呼べば良いだろう?」

 

これ以上何を言っても無駄と考えて、そう発言する。

 

「都合が悪くなったら逃げるのか? 最低だな。」

 

「そうですね。自分の責務をちゃんと果たさず、女性と無理やり関係を結ぼうとは……」

 

「帰れ帰れ! こんなことする奴を勇者仲間にはしてられねえ!」

 

烈は怒りよりも、呆れや哀れみを3人に感じていた。

 

「貴様等は、未だその様な温い考え方をしているのか?ゲームに似た世界だと言っているが、あくまで似た世界であって、ゲームそのものではないと、理解出来ていないのか?そんな甘い考えでは、その内、必ず痛い目に会うぞ?」

 

「強姦魔が何を偉そうに!」

 

烈の諭す様な言葉に、元康は食ってかかる。

 

「さて、皆もこう言っているんだ。さっさとわたしを送り返せばよかろう?それとも、出来ない訳でもあるのか?そういえば、こちらの世界を護るという話の時、帰れるかどうかという話から、報酬の話にすり替えていたな。」

 

そう、王達は、帰れるか?という問いに明確な答えを避けて、報酬という餌で誤魔化していた。

 

「......こんな事をする勇者など即刻送還したい所だが、方法が無い。再召喚するには全ての勇者が死亡した時のみだと研究者は語っておる。」

 

「……な、んだって......」

 

「そんな……」

 

「う、嘘だろ……」

 

烈以外の3人は王の言葉に狼狽えながら、そう呟くしか出来なかった。

 

「ふん。そんな事だろうとは思っていた。貴様等はそんな大事な事を確認せず、能天気に仕事を引き受けてしまったようだが、自分が万能の超人とでも思っているのか?だとしたら、愚かとしか言い様がない。」

 

烈は3人の問題点を抉る様に指摘し、王に向き直れば。

 

「それで?わたしへの罰はなんだ?斬首刑にでもしてみるか?無論、わたしは全力で抵抗するが。」

 

烈が罪人だと言い張るのならば、当然、罰を与えるであろうと、王を問い詰める。

 

「……今のところ、波に対する対抗手段として存在しておるから極刑にする事は出来ん。......だが、冒険者マインに対する、慰謝料は支払って貰う。手持ちの銀貨全てをだ。」

 

「ふん、全くもってくだらん。」

 

烈は王の言葉をくだらないの一言で切って捨てる。

 

「1ヵ月後の波には召集する。例え罪人でも貴様は盾の勇者なのだ。役目から逃れられん。」

 

「何故、貴様等の為に働かなければならないのか疑問だが、分かったとだけ言ってやろう。」

 

王を睨みつけながら、銀貨の入った袋から、銀貨を鷲掴みにして取り出す。

 

「さて、これが欲しかったのだろう?くれてやる。」

 

力任せに握り、バラバラと落とすと、銀貨の大半はひしゃげていた。

 

「「「「「なっ......!?」」」」」

 

その光景に、見ていた者達が、一様に驚愕していた。

 

「わたしをあまり嘗めない事だ。分かったな?」

 

それだけ言うと、謁見の間より立ち去っていく烈。

 

城下町を出ると、道行く人間が、声を潜めて烈の噂話をしていた。

 

((この様子だと、国中にわたしの悪い噂がながれているな......))

 

その横を通り過ぎながら、烈は溜息をついた。

 

さらに歩いていると、武器屋の前を通りかかった烈。

 

「おい、盾のあんちゃん!」

 

「なんだ?」

 

店主は、怒鳴りつける様に、烈を呼び止め、近付いてくる。

 

「聞いたぜ、仲間を強姦しようとしたんだってな、一発殴らせろ!」

 

最初から話を聞く気が無いのか、怒りを顕にして握り拳を作っている。

 

「ふん。」

 

この国の人間は真偽を確かめる事を知らないのかと、呆れる烈。

 

「それで?わたしを殴れば気が済むのか?」

 

「なんだと?」

 

「証拠もなしに、罪を被せて私刑にしたいのかと聞いている。」

 

「な、何を......」

 

店主が困惑の表情を浮かべると、烈は目を瞑り顔を近付ける。

 

「わたしは、強姦などしようともしていないし、なんの罪も犯していない。わたしの言葉を信じないなら、好きなだけ殴るといい。」

 

手を後ろに組み、なんの抵抗もしないと、示しながら語りかける。

 

「う……お前……」

 

「......どうしたのだ?殴らないのか?」

 

店主は拳を緩めて、警戒を解いた。

 

「い、いや。やめておこう......」

 

「そうか。」

 

烈は短くそう言うと、歩き出す烈。

 

「ちょっと待ちな!」

 

「今度はなんだ?」

 

店主は烈を呼び止めて、急いで店に入り戻ってくると、包みを渡す。

 

「武器としてじゃなければ、持てるだろ?なにかと使い勝手が良い。せめてもの餞別だ。」

 

包みを開けると、中には少し古いナイフが入っていた。

 

「......いくらになる?」

 

「銅貨10枚ってとこだな。在庫処分品だ。」

 

「......後で必ず払いに来る。心遣い、感謝する。」

 

やはり、店主は根が優しい人間ようだ。

 

武器屋の前を後にした烈は、昨日集めた素材を売ろうと、素材の買取をしている商人の所へ赴く。

 

商人の前で順番待ちをしていると、商人が烈を見るなり、ヘラヘラと笑みを浮かべる。

 

((足元を見られそうだな。))

 

先客が様々な素材を売っていく中に、烈が売ろうとしていた、バルーン風船とウサピルの死骸があった。

 

「こちらのバルーン風船は2個で銅貨1枚、こっちのウサピルの死骸は、解体手数料もありますから、一体につき銅貨5枚でどうでしょう。あ、そちらの空の瓶も、宜しければ貰いますよ。」

 

「頼む。」

 

「ありがとうございました。」

 

客が帰って、烈の番が回ってきた。

 

「買い取って貰いたいものがあるんだが。」

 

「ようこそいらっしゃいました。」

 

にやにやとした笑いを隠しているつもりのようで、そのまま話を続ける。

 

「そうですねぇ、バルーン風船は10個で銅貨1枚、ウサピルの死骸は一体につき銅貨1枚ってとこですねぇ。」

 

先程の値段の、5分の1の金額を提示してきた。

 

「ほう、聞いていた金額より随分と安いようだが?」

 

「いえいえ、このくらいが妥当なとこですよ。」

 

誤魔化す事もせず、堂々と言い張る商人。

 

「そうか、ところでその瓶はなんだ?ちょっと上の方を持って、持ち上げてくれないか?しっかりとだぞ。」

 

「え、ええ。こうですか?」

 

先程の空き瓶を指さし、指示する烈に、困惑しながら従う商人。

 

「噴ッッ!」

 

手刀で商人が持ち上げている空き瓶を真っ二つにする。

 

「ひぃぃぃ!!」

 

斬られた瓶を見て腰を抜かす商人を睨みつけながら、言う。

 

「貴様の首は断てずとも、貴様の命は簡単に絶てるぞ?」

 

事実を淡々と述べて、商人を脅しながら先を続ける烈。

 

「高額で引き取れとは言わん。だが、相場で買い取って貰わないと困る。」

 

「こんな事をして国が――」

 

「その前に貴様は死ぬがな。」

 

商人の言葉を遮り、そう言いながら、商人の頚椎を軽くトントンと手刀で小突く。

 

「ひっ......わ、分かりました......」

 

「そうか、わたしとしても贔屓にするつもり故、多少ならば値引いても構わん。」

 

「......正直な所だと断りたい所ですが、買取品と金に罪はありません。良いでしょう。」

 

震えながらも嫌味を交えるあたり、商魂逞しいと言えるだろうか。

 

「同じ様な連中が現れても面倒だ。わたしの噂を広めておいてくれ。」

 

「はいはい。まったく、とんだ客だよコンチクショウ!」

 

紆余曲折ありながらも、初めての商談は上手くいったと言える。



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初めての弟子

あれから、1週間が経った。

 

その殆どを森や草原にて過ごし、飯時だけは城下町の酒場で食事をとる生活をしていた。

 

初日に、酒場にてガラの悪そうな輩に絡まれた。

 

「盾の勇者様ー仲間にしてくださいよー......ぐあっ!」

 

上から目線で、気安く烈の肩に手をかけてきた輩の1人の関節を外す烈。

 

「む......すまない、反射的に関節を外してしまったようだ。ハメなおしたので問題はないと思うが......」

 

「うわぁぁ!に、逃げるぞ!?」

 

関節をハメなおして貰った後、悲鳴を上げながら輩は脱兎の如く逃げ去っていった。

 

その後、薬草と思しき物を取引しているのを見て、元々、薬膳に明るい烈は、興味を持った。

 

草原に行った烈は、魔物を狩りながらそれらしい草を盾に吸わせてみると反応が起こった。

 

『リーフシールドの条件が解放されました』

 

その文字を見た烈は、ウェポンブックを開いていない事に気付き、開いてみる。

 

『スモールシールド』

 能力解放! 防御力が3上昇しました

 

『オレンジスモールシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、防御力2

 

『イエロースモールシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、防御力2

 

『レッドスモールシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、防御力4

 

 『ウサレザーシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、敏捷3

 

 『ウサミートシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、解体技能1

 

 『リーフシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、採取技能1

 

早速、ヘルプを開き、わからない用語を調べる。

 

『武器の変化と能力解放』

 武器の変化とは今、装備している伝説武器を別の形状へ変える事を指します。

 変え方は武器に手をかざし、心の中で変えたい武器名を思えば変化させることが出来ます。

 能力解放とはその武器を使用し、一定の熟練を積む事によって所持者に永続的な技能を授ける事です

 

『装備ボーナス』

 装備ボーナスとはその武器に変化している間に使うことの出来る付与能力です。

 例えばエアストバッシュが装備ボーナスに付与されている武器を装備している間はエアストバッシュを使用する事が出来ます。

 攻撃3と付いている武器の場合は装備している武器に3の追加付与が付いている物です

 

つまり、能力解放を行う事で他の武器に変えても、その武器の能力をそのまま、引き継ぐ事が出来るというわけだ。

 

そして、熟練度とはその武器を繰り返し使う事で、経験値とは別に獲得出来る値の事を指すようだ。

 

以上の事を確認し、リーフシールドの採取技能1という装備ボーナスが気になった烈。

 

恐らくは、薬草等を採取した時に、何らかの効果を発揮するものだと推察出来る。

 

早速、スモールシールドからリーフシールドに変化させてみる。

 

シュンと風を切るような音を立てて、スモールシールドは植物で出来た盾に変化する。

 

スモールシールドが弱い装備だからか、防御力の低下などは起こらなかった。

 

早速、目の前にある先程と同じ薬草を摘み取ると、薬草が淡く光った。

 

『採取技能1』

 アエロー 品質 普通→良質 傷薬の材料になる薬草

 

簡易的な説明と共に、薬草の品質が向上した事を告げる。

 

その後は草原だけでなく、森にも行き薬草等は無いかと見に行った。

 

その際に、ルーマッシュという、白く人の頭の大きさくらいの動くキノコの様な魔物を狩る。

 

さらに、色違いのブルーマッシュやグリーンマッシュ等も倒した。

 

『マッシュシールド』の条件が解放されました

『ブルーマッシュシールド』の条件が解放されました

『グリーンマッシュシールド』の条件が解放されました

 

盾が新しく解放されたので、ウェポンブックを開く。

 

『マッシュシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、植物鑑定1

 

『ブルーマッシュシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、簡易調合レシピ1

 

『グリーンマッシュシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、見習い調合

 

「調合に、植物鑑定か......これは、使えそうだな。」

 

簡易調合レシピを開くと、持っている薬草で出来る範囲のレシピが載っていた。

 

とりあえず、機材がないので乳鉢と乳棒で出来るレシピに挑戦する事にした烈。

 

川辺の石を拳や指先で削り、即席の乳鉢と乳棒を作り上げる。

 

薬膳料理を得意としている烈は、ある程度、中薬学にも精通しており、手馴れた様子で薬を作成していく。

 

「......ふぅ...この乳棒と乳鉢ではここら辺が限界か。」

 

『ヒール丸薬』が出来ました!

 『ヒール丸薬』 品質 普通→やや良い 傷の治療を早める丸薬、傷口に塗ることで効果を発揮する。

 

その後もいくつか薬を作り、街へと戻って薬屋に持ち込んでみる。

 

「薬草に、丸薬類ですな。ほほう......薬草は中々の、薬はかなりの品ですな。これはどうされたんですか?」

 

「薬草の方は草原と森で。丸薬はわたしが川辺の石を使って作ったものだ。」

 

「ふむ......あそこでこれ程のものが......もっと質が悪いと思っていましたが......それに、川辺の石でここまでの品が......」

 

そんな話をしながら、取り引きを進めていく。

 

「ところで、古い品でもいいので、製薬機材はないか?」

 

「ありますよ。古い品ですが、勇者様がもし、私のところをご贔屓にして下さるなら、お安くさせて頂きます。」

 

「ほう、それは有難い。約束しよう。」

 

薬屋は、烈との取り引きを有益なものになると判断し、協力的に接してくれる。

 

そんな具合でこの日の利益は銀貨10枚程となった。

 

こんな調子で1週間後には、銀貨600枚とかなりの稼ぎを得る。

 

Lvの方も15まで上がっており、順調かと思いきや、烈は思い悩んでいた。

 

「ふむ......生活する分には問題は無いが、国を出るにしろ、残るにしろ、地形や世情に詳しい協力者が欲しい所だし......人手が足りないな......」

 

烈はこの世界の文字が読めない故に、この国以外に国はあるのか、あったとしてどういった国なのか、現状知る術がない。

 

「お困りのご様子ですな?」

 

「え?」

 

シルクハットに似た帽子、燕尾服を着た、奇妙な男が裏路地で烈を呼び止める。

 

贅肉のたっぷりついた肥満体型に、丸いサングラスを掛けているおかしな紳士。

 

烈が初見で受けた印象はこんなところか。

 

「人手が足りない、と、聞こえてきましたので。」

 

「......貴様は、それを解決できると?」

 

警戒しながらも、男の言葉に耳を傾ける。

 

「ええ、裏切る可能性のある『仲間』等ではなく......絶対に裏切らない、『奴隷』を扱っております。」

 

「ふむ......興味無いな。......だが、話くらいは聞いてやっても良い。」

 

烈は、奴隷の様な弱者を虐げる行為を良しとはしていなかった。

 

しかし、人手不足は事実であるし、なにより奴隷商という事は、世情や地理に詳しいのではと考え、ついて行く。

裏路地をしばらく歩く。

 

この国の闇も相当に深いようだ。

 

昼間だというのに日が当たらない道を進み、まるでサーカスのテントのような小屋が路地の一角に現れる。

 

「こちらですよ勇者様。」

 

「ああ。」

 

軽い足取りで、男は案の定テントに入っていく。

 

「そうだ、一応言っておくが、もしわたしを騙すつもりなら......」

 

「ええ、私は無事では済まないでしょうね。」

 

烈の商談やゴロツキに対する行動は有名になっているようだ。

 

「勇者を奴隷として欲しいと言うお客様はおりましたし、私も可能性の一つとして勇者様にお近付きしましたが、一目見た時点で考えを改めましたよ。はい。」

 

「ほう?」

 

「あなたは良いお客になる資質をお持ちだ。良い意味でも悪い意味でも。」

 

「どういう意味だ?」

 

「さてね。どういう意味でしょう。」

 

なんとも掴みどころのない男のようだ。

 

重々しい金属音をさせて、サーカステントの中で厳重に区切られている扉が開いた。

 

「ふむ......」

 

店内の照明は薄暗く、仄かに腐敗臭が立ち込めている。

 

獣のような匂いも強く、環境はあまり良くないようだ。

 

幾重にも檻が設置されていて、中には人型の影が蠢いている。

 

「さて、こちらが当店でオススメの奴隷です。」

 

奴隷商が勧める檻に近づき覗き込んで中を確認する。

 

「グウウウウ……ガア!」

 

「人、なのか?」

 

鍛えられた肉体を毛皮で覆った様な外見の、所謂人狼が檻の中で暴れ回っている。

 

「ええ、獣人といって、一応は人間の部類です。」

 

「......こう言ってはなんだが......そうは見えないな。」

 

最大トーナメントにて、夜叉猿を見たことがあったが、それに近い存在に見えた。

 

「こいつらの事を、詳しく教えてくれないか?」

 

どういった生き物なのか、知っておく必要があると烈は考えた。

 

「メルロマルク王国は人間種至上主義ですからな。亜人や獣人には住みづらい場所でしてね。」

 

「ほう......」

 

確かに、城下町で見かけたのは大部分が人間で、それらしき者はほとんど見かけなかった。

 

「亜人と獣人とはなんなのだ?」

 

「亜人とは人間に似た外見であるが、人とは異なる部位を持つ人種の総称。獣人とは亜人の獣度合いが強いものの呼び名です。はい。」

 

「なるほど、分類は同じという訳か。」

 

「ええ、そして亜人種は魔物に近いと思われている為に、この国では生活が困難、故に奴隷として扱われているのです。」

 

何処の世界にでも闇はあり、人間として扱われていないのであれば、奴隷にするのに都合が良いのだろう。

 

「そしてですね。奴隷には......」

 

奴隷商が指を鳴らすと奴隷商の腕に陣が浮かび上がり、檻の中に居る人狼の胸に刻まれている陣が光り輝いた。

 

「ガアアア! キャインキャイン!」

 

人狼は胸を押さえて苦しみだしたかと思うと悶絶して転げまわる。

 

もう一度、奴隷商がパチンと鳴らすと狼男の胸に輝く陣は輝きを弱めて消えた。

 

「このように指示一つで罰を与えることが可能なのですよ。」

 

「そうやって指示を出すわけか。」

 

仰向けに倒れる人狼を見遣り、烈が呟く。

 

「誰にでも使えるのか?」

 

「ええ、何も指を鳴らさなくても条件を色々と設定できますよ。ステータス魔法に組み込むことも可能です。」

 

「なるほど......」

 

使役者に対して、どこまでも便利に出来ている。

 

「一応、奴隷に刻む文様にお客様の生体情報を覚えさせる儀式が必要でございますがね。」

 

「使役する者の命令を、それぞれの奴隷へ確実に伝えるためか?」

 

「物分りが良くて何よりです。」

 

説明しながら奴隷商は、不気味な笑みを浮かべている。

 

「一応聞いておくが、値段はいくらなんだ?」

 

「何分、戦闘において有能な分類ですからね……」

 

吹っ掛けるのはリスクが伴うし、あまりに高値だと手が出せない。

 

「金貨15枚でどうでしょう?」

 

「右腕と左足が悪いようだが、それにしてもかなり値下げしているのだろう?」

 

金貨は銀貨100枚に相当し、今回の場合は銀貨1500枚となるが、戦闘要員であれば、もっと高いはずだ。

 

「一目見ただけで気付くとは流石ですね。もちろんでございます。」

 

烈のジト目に対しても、奴隷商は笑顔で答える。

 

「買うつもりがないのを知りながら、勧めてきたな?」

 

「はい。アナタはいずれお得意様になるお方、目を養っていただかねばこちらも困ります。下手な奴隷商に粗悪品を売られかねません。」

 

会って間もないのに、随分と気に入られたようだ。

 

「参考までにこの奴隷のステータスはコレでございますよ。」

 

 小さな水晶を奴隷商は烈に見せる。するとアイコンが光り、文字が浮かび上がる。

 

 戦闘奴隷Lv75 種族 狼人

 

 その他色々と取得技能やらスキルやらが記載されていた。

 

「コロシアムで戦っていた奴隷なのですがね。勇者様のご指摘通り、足と腕を悪くしてしまい、処分された者を拾い上げたのですよ。」

 

「コロシアムか……」

 

そんな場所があるなら、腕試しに行きたい等と烈は考えた。

 

「さて、一番の商品は見てもらいました。お客様はどのような奴隷がお好みで?」

 

「興味無いと言った筈だが......まぁ、もし買うならば安値のある程度動ける者が望ましいな。」

 

「となると戦闘向きや肉体労働向きではなくなりますが? 噂では……」

 

「わたしはやっていないぞ?」

 

「ふふふ、私としてはどちらでも良いのです、ではどのような奴隷がお好みです?」

 

「動けるならば特には無いな。性奴隷等は欲していない。」

 

「ふむ……噂とは異なる様子ですね勇者様。」

 

「噂など、当てにはならんものだ。」

 

そもそも、奴隷自体をそこまで欲していないので適当に答える烈。

 

「性別は?」

 

「男の方がなにかと使えるだろうが、こだわりはない。」

 

 

「ふむ……」

 

 奴隷商はポリポリと頬を掻く。

 

「些か愛玩用にも劣りますがよろしいので?」

 

「見た目等、気にしない。」

 

「Lvも低いですよ?」

 

「戦力が欲しいのなら、育てれば良い。」

 

「……面白い返答ですな。」

 

「大金を支払い、使えない者を寄越されるよりはマシだ。」

 

「これはしてやられましたな。」

 

 クックックと奴隷商は何やら笑いを堪えている。

 

「ではこちらです。」

 

そのまま、檻がずっと続く小屋の中を歩かされること数分。

 

暴れる様な声がしていた区域を抜けると、今度は啜り泣く様な声がする区域に入る。

 

不意に視線を向けると薄汚れた子供や老人の亜人か獣人が檻で暗い顔をしている。

 

そしてしばらく歩いた先で奴隷商は足を止めた。

 

「ここが勇者様に提供できる最低ラインの奴隷ですな。」

 

そうして指差したのは三つの檻だった。

 

一つ目は片腕が変な方向に曲がっているウサギのような耳を生やした男。見た限りの年齢は20歳前後。

 

二つ目はガリガリにやせ細り、怯えた目で震えながら咳をする、犬にしては丸みを帯びた耳を生やし、妙に太い尻尾を生やした10歳くらいの女の子。

 

三つ目は妙に殺気を放つ、目が逝っているトカゲの様な亜人だ。ただ、人の比率が多い印象だ。

 

だが、烈は見逃さなかった。

 

2つ目の檻に入っている、亜人の少女の瞳に宿る希望の光を。

 

ここまでの奴隷達や他の2つの檻の亜人は、ただ怯えるかやけを起こしているかのどちらかだった。

 

無条件に服従する者達と、絶望し人間を呪い道連れにしようとする者達。

 

そんな中で、怯えながらも決して絶望せず未来を信じる、亜人の少女の瞳にはそんな光があった。

 

「左から遺伝病のラビット種、パニックと病を患ったラクーン種、雑種のリザードマンです。」

 

「真ん中の檻にいる彼女を、もう少し近くで見せてくれないか?」

 

「別に構いませんが、その奴隷はLv1のラクーン種という見た目が悪い種族な上に、夜間にパニックを起こしますよ?」

 

「構わん、見せてくれ。」

 

奴隷商の言葉を意に介さず、2つ目の檻に近付く烈。

 

亜人の少女の身体には、生々しい傷跡が幾つもあり、凄惨な扱いを受けていたと見える。

 

傷の治り具合や呪いの存在からして、このテントで受けたわけでも無さそうだが。

 

10歳前後に見えるこの少女はそんな扱いを受けてなお、希望を失っていないのだ。

 

「わたしの名前は烈海王。君の名は?」

 

「...........」

 

亜人の少女は烈の問いに、首を振り、黙したままだった。

 

「奴隷紋を使いましょうか?」

 

すかさず、奴隷商は罰を与えようかと問いかける。

 

「やめろ。......君の名前を教えてはくれないだろうか?」

 

底冷えする様な声で制止すると、今度は真逆の温かみのある声色で再度問いかける。

 

「......ラ、ラフタリア......コホ、コホ......」

 

亜人の少女は咳をしながら、小さくそう答えた。

 

「ラフタリアか。では、ラフタリア......君には2つの道がある。1つはわたしの奴隷として生きる道だ。わたしは君を虐げたりしないし、生活はさせてやるが、わたしが死んだらまた奴隷に逆戻りする事になるだろう。もう1つは、わたしの下で教えを乞い修行する道だ。かなり厳しいものになるだろうが、自分の我儘(いし)を押し通す為の力と技術(わざ)を習得する事が出来る。......さて、君はどちらを選ぶんだ?」

 

烈はラフタリアを真剣な眼差しで見つめながら、そう語りかける。

 

「わ、私は......私は強くなりたい!コホ、コホ......わ、私を...私を弟子にしてくださいッッ!!」

 

「君なら、そう言うと思っていたッッ!!君をわたしの弟子とするッッ!!!」

 

檻から懸命に伸ばしたラフタリアの手を、烈はしっかりと握った。



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拝師の義

ラフタリアを檻から出すと、烈は彼女の手を優しく握り元きた道を歩いて行く。

 

少し開けたサーカステント内の場所で奴隷商は人を呼び、インクの入った壷を持ってこさせる。

 

そして小皿にインクを移したかと思うと烈に向けて差し出す。

 

「さあ勇者様、少量の血をお分けください。そうすれば奴隷登録は終了し、この奴隷は勇者様の物です。」

 

「いらん。彼女は奴隷ではなく、わたしの弟子だ。」

 

奴隷商の申し出を手で制止し、そう言葉を添える。

 

「本当によろしいんですか?裏切るかも知れませんよ?」

 

「弟子を信じぬ師匠が何処にいる。」

 

奴隷商の問いかけに、キッパリとそう答える烈。

 

「......ふふ、それならよろしいのです。貴方は本当に噂とは違うお方だ。」

 

奴隷商は微笑むと、烈に金額の説明をする。

 

銀貨30枚を渡して、テントを後にした烈達は、次に武器屋へと足を運んだ。

 

「アンタ......」

 

ラフタリアを連れた烈を見て、武器屋の店主は驚愕していた。

 

「すまない、ここが武器屋なのは知っているが、ここしか知らないのでな。ローブや服の生地は扱っているか?」

 

「はぁ......」

 

武器屋の店主は溜息をついた。

 

「その子をどうしたのかは聞かないが......ローブなら扱ってるが、服の生地は流石にな。知り合いの所で扱っているから、後で店を教えてやる。」

 

「すまないな......」

 

良くしてくれる店主に、頭を下げてお礼を言う烈。

 

「嬢ちゃんのサイズなら、これくらいが良いだろう。」

 

烈に麻で出来たローブを投げ渡す。

 

「ああ、それから、武器も欲しい。剣がいいな、ブラッドコーティングとやらが掛かっているもので頼む。」

 

「アンタ、装備出来なかったんじゃないか?......まさか......」

 

「そう、彼女が使う。彼女はわたしの弟子なんでな。闘い方を教える。」

 

はっとした様な顔の店主に事も無げに答える烈。

 

「教えるたって......嬢ちゃんはまだ......」

 

「ああ、子供だ。言いたいことも分かる。だが、彼女が選んだ道だ。それに、わたしも波と闘う身。必ず生き残るとは言えん。そうなった時......彼女が1人でも生きていける様にするには、これしかない。」

 

店主の目をしっかりと見て、真剣にそう語る烈。

 

「なるほどな......アンタって本当に噂とは違うみたいだな。殴ろうとして悪かったな。」

 

「気にするな。あなたは殴らなかった、それが全てだ。」

 

申し訳なさそうに頭を下げる店主に、そう答える。

 

「さて、ブラッドコーティングの掛かった剣だったな。だとすると、この辺りだな。」

 

幾つか、剣を並べていく店主。

 

「ふむ......これは中々の品だな。重さも丁度いい。幾らだ?」

 

「そいつは、魔法鋼鉄製だな。だが、この前見せたやつより品質は良いからな......おまけして、銀貨300枚ってところだ。」

 

烈が手に取った剣の説明を簡単にしながら、金額を提示する。

 

「そうか、ならばこいつを貰おう。ところで、そこにあるのは中華鍋ではないか?」

 

金額を聞き了承すれば、ふと店の奥にある、中華鍋にしか見えない物を見つける。

 

「あれか?中華鍋ってのがよく分からんが、ありゃ失敗作だ。鍋にも出来る盾ってアイデアだったんだが......防御力がな......」

 

バツが悪そうに、頬をかきながら答える店主。

 

「ほう......ちょっと見せてくれないか?」

 

「あ、ああ、別にいいけどよ。」

 

店主の許可を取り、手に取って見てみると盾が振動し、視界にアイコンが浮かぶ。

 

『ウェポンコピーが発動しました。』

 

『中華鍋の盾の条件が解放されました。』

 

さっそくウェポンブックを開くと、ツリーが点滅しており、さらに進化させる。

 

『薬膳の盾』

 

能力未開放 装備ボーナス、調理技能1 薬効上昇1

 

禁則事項限定解除

 

禁則事項限定解除により、薬膳の盾から50cmまで離れる事が可能になりました。

 

「これは、便利だな......」

 

「ん?何が便利だって?」

 

烈の呟きに、店主が問い掛ける。

 

「あ、いや、なんでもない。」

 

店主の問い掛けに、笑みを浮かべながら誤魔化す。

 

流石に、装備をコピーして使えるようにしました、とは言えない様だ。

 

「そ、そうか。さて、嬢ちゃん、こいつがこれからアンタの武器になる。」

 

店主がラフタリアに武器を手渡すと、少しよろめく。

 

「大丈夫か?流石に長剣じゃあ重いか。」

 

「大丈夫です!このくらい持てます!」

 

張り切りながら、そう答えるラフタリア。

 

「あまり無理をするな、ラフタリア。剣はわたしが持って行こう。ところで、使っていない皮の袋とかはあるか?サービスで付けてくれ。」

 

「しゃーないな。持って行きな。」

 

烈が銀貨300枚をカウンターに置くと、店主が袋を投げ渡す。

 

それから、店主に道を聞いて、洋裁屋を訪れる。

 

「いらっしゃいませー。」

 

「武器屋の店主から、ここで服の生地を扱っていると聞いたんだが、見せて貰えるか?」

 

眼鏡を掛けた、顔の整ったオタク気質な印象の女が出迎えた。

 

「ええ、扱ってるわ。もしかして、その子の服を作るの?うちは洋裁もやってるから、服作りも請負うわよ。」

 

「いや、生憎だが材料だけ揃えて、わたしが縫う予定だ。」

 

女店主の申し出に、そう断りを入れる。

 

「へぇ、あなたが......お客さんにこう言うのもなんだけど、見かけによらないわね。」

 

少し、驚いた様に感想を述べる、女店主。

 

「そんな事よりも、生地を見せて貰うぞ。」

 

そう言って、売られている生地を吟味していく烈。

 

白い絹のような生地を手に取り丈夫さ等を確かめる。

 

「中々、良い生地だな。これを貰おうか。それから、糸や針なども見せてくれ。」

 

「どんな服を作るつもり?」

 

「演武服に近いものにする予定だ。」

 

「演武服?聞いた事無いわね......もし良ければ、うちの設備を貸すわよ?その代わり、作業を見ていても良いかしら。」

 

烈の言葉を聞き、そう提案する女店主。

 

「それは、有難い。もちろん、構わない。」

 

提案を快諾すると、作業に取り掛かる。

 

まずは、ラフタリアのサイズを測っていく烈。

 

「......くすぐったいです......」

 

「すまんが、少し我慢してくれ。」

 

測り終えると、型紙を作り、手慣れた様に布を裁断していく。

 

「中々、いい手つきね......」

 

「昔、白林寺という寺にいてな。修行衣を自分で縫うのだが、腕の良い者は、演武服や伝統衣を作り、それが寺の収入の一部になっていた。わたしもよく、縫わされたものだ。」

 

そんな事を語りながら、手際良く作業を進めていく。

 

驚異的なスピードで、服を縫っている烈を、食い入る様に見つめる女店主。

 

「......なるほど......これがこうなって......」

 

そうこうしている内に、3時間程で演武服が完成する。

 

「ラフタリア、これを着てみろ。」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

完成した演武服を手渡たされると、奥で着替えてくるラフタリア。

 

「ど、どうでしょうか......?」

 

緊張しているのか、恥ずかしいのか、おずおずと出てくるラフタリア。

 

白い絹のような生地に、ふちやチャイナボタンは薄めの青い糸で縫われており、花と鳥を模した刺繍まである拘り様だ。

 

長袖で、下はチャイナズボンになっている。

 

「良く似合っているぞ。」

 

烈は笑顔でそう答えると、ラフタリアの頭をクシャクシャと撫でる。

 

「なるほど......デザインが少し気に入らないけど、とても勉強になったわ......ここをああして......」

 

女店主は服作りを観察しながら、新しい服の案でも練っているのかブツブツ言っている。

 

洋裁屋を後にした烈達は、巻紙と肉や野菜や調味料を買い込んで、森へと向かった。

 

「さて、君を弟子に迎えるに当たって、拝師の儀というものを行うわけだが、その前に身体を清めるとしよう。わたしは目を瞑って皮袋を持っているから、お湯を浴びるんだ。」

 

烈は薬膳の盾でお湯を沸かし、皮袋にお湯を移し小さく穴を空けて、簡易シャワーを作る。

 

それをラフタリアの頭より上で支えて、目を瞑りながら終わるのを待つ。

 

「終わったか?」

 

「はい!ありがとうございました。」

 

シャワーを浴び終えて、ラフタリアが答える。

 

「わたしの流派では修行者は髪を剃るのだが......女性の君に、それはあまりに酷だ。なので、わたしが君の髪を整えよう。」

 

そういうと、ラフタリアの髪を編み込んでいく烈。

 

編み終えると、ラフタリアは烈と似た三つ編みになった。

 

「わぁ、お揃いですね!」

 

ラフタリアは嬉しそうにその場を回る。

 

烈は微笑みを浮かべながら、その様子を見て、言葉を続ける。

 

「では、拝師の義に移るとしよう。」

 

巻紙をラフタリアに手渡して、作法なんかを教える烈。

 

「さて、わたしはこの世界の文字を書けないので、白紙だが、だからこそ今から伝える教えを頭に叩き込むんだ。」

 

「はい!」

 

拝師の義を始める烈に、緊張した面持ちで答えるラフタリア。

 

「1つ、弱者に理不尽な暴力を振るう為に技を使ってはならない。1つ、同門の者と組手以外で闘ってはならない。1つ、師匠の言葉に逆らわない事。以上、3つの事を守るのだ。」

 

「わかりました!」

 

膝をついて、頭を下げるラフタリア。

 

「とはいえ、強さこそが全てというのも、また武の世界......この3つに逆らうのも自由だが、その時は全力でわたしが阻止する。肝に命じておくんだ。」

 

真剣な眼差しでラフタリアに言い聞かせる。

 

「さて、これで儀式は終了した。今後わたしの事は師父と呼ぶように。それから、君にわたしが昔使っていた名前を授ける。今日より、ラフタリア小龍(シャオロン)を名乗れ。」

 

「ありがとうございます、師父様!......コホッコホッ......」

 

よほど嬉しいのか、元気よく答えるラフタリアだが、咳き込んでしまう。

 

「あまり、無理をするな。これから飯にしよう。」

 

ラフタリアの背中を擦りながら、優しくそう話す。

 

それから、薬膳の鍋を火にかけて鍋料理を作る烈。

 

薬草を煎じたものを香辛料として加えれば薬膳鍋の完成だ。

 

「ほら、遠慮せず食べろ。ラフタリア、君は風邪をひいてる様だから、体の温まる薬膳鍋にした。少しは良くなるだろう。」

 

「師父様は......ほんっ......とうに、お優しいですね。」

 

烈に薬膳鍋を作って貰い、微笑みを浮かべながら、優しく伝える。

 

「......食うんだ。」

 

ラフタリアの言葉を聞き、顔をカァ......っと紅くさせ、照れを隠す様にぶっきらぼうにそう促す。

 

時間的に夕食になったので、その日はそのまま野宿をする事になった。

 

火を焚き、烈が見張り番をしながらラフタリアは横で眠りにつく。

 

「......んぅ......いや......助けて......いやぁぁぁぁッッッ!!!」

 

悪夢を見ているのか、叫び出すラフタリア。

 

「大丈夫だ。君は強くなる、助けなどいらない程にな。だから、安心するんだ。」

 

烈はパニックを起こすラフタリアを抱きしめて、頭を優しく撫でながら、そう言い聞かせる。

 

「......お父...さん......お母...さん......ひっぐ......」

 

ラフタリアを撫でていると、魔物が飛び出してくる。

 

「...........」

が、しかし、烈が殺気を込めてひと睨みすると、逃げていった。

 

野生動物程でないにしろ、奴らも死にたくはないのだ。

 

そして、朝を迎えると、起き出してくるラフタリア。

 

「......おはようございます......」

 

眠気眼で起きてくるラフタリア。

 

昨日の鍋の残りを餡掛けにした物を食べて、修行を開始する。

 

「先ず最初に教えるのは站樁という基本的な鍛錬法だ。これは、わたしの師匠だった人物から、初めて教わった事だ。」

 

感慨深そうに、ラフタリアに指導していく烈。

 

「は、はい!」

 

烈に教わりながら、姿勢を整えて、立っていると、10分もすると汗を吹き出す。

 

小刻みに筋肉が震えながらも、1時間、音を挙げずに耐える。

 

「よし!そこまで!......ラフタリア、君は筋が良い。身体の話ではなく、心構えの話だがな。根性がある。」

 

「はぁ......はぁ......ありがとうございます!」

 

褒められたのが嬉しかったのか、明るい顔で答えるラフタリア。

 

「次は、剣の修行だ。まずは、わたしの動きを見るんだ。」

 

(刃牙さん、武蔵さん、君達の技を借りるッッ!!)

 

烈は、何も持たぬその手に、剣をイメージする。

 

自身が修行時代、幾度も幾度も振るってきた、あの中国剣を手の中に創造(つくり)出す。

 

そして敵を、今回はレッドバルーンをイメージし、その姿を呼び起こす。

 

何度か狩ってきた魔物を想像力のみでそこに召喚()み出す。

 

刃牙がやっていたリアルシャドーと、武蔵がやっていた無刀による斬撃。

 

この2つを掛け合わせて、今ここに、剣も魔物も使わず、魔物狩りを完全再現するッッ!!

 

「あ、あれは、レッドバルーン!?それに剣も......」

 

「ハイィィ〜〜ッッッ!!」

 

リアルシャドーのレッドバルーンを、無刀による斬撃で一刀両断する烈。

 

さらに、もう2匹を突きと、連続斬りで倒してみせる。

 

「と、この様に剣は突きや斬撃など、万能に使える武器だ。厳しいかも知れんが、波までにこの位、使いこなせる様になってもらう。」

 

息を深く吐き、ラフタリアに向き直り、そう指導する烈。

 

「凄いです!私も、頑張ります!」

 

そう言って、よろよろに剣を構えながら、現れた魔物に斬り掛かるラフタリア。

 

「腰が引けている!腕がなってない!体重をもっと掛けろ!」

 

烈の激しい激が飛ぶ中、ラフタリアは懸命に魔物を斬り伏せる。

 

そんな調子で1週間が経つ頃には、肉体は強化され姿も成長し、10代後半の女性の姿になった。

 

パニックも7晩目には綺麗に収まっていた。

 

そして、拝師の儀式した事で海王の矜恃にも変化があった。

 

『内弟子の成長補正(大)ㅤ弟子の成長補正(中)』が追加された。

 

これが、ここ1週間の出来事である。



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乗り越えるべき過去

ラフタリアLv20、烈Lv30になっていた。

 

「Lvというものは便利だな。筋力鍛錬を経ずとも身体が出来ていくのだから。しかし、君の身体がみるみる成長するのには驚かされたぞ。」

 

「亜人は幼い頃にLvを上げると、比例して肉体が急成長するんです。この辺りが、亜人を人間ではなく、魔物と同じだと迫害される理由でもあるんですが......」

 

ラフタリアは少し悲しそうに、微笑みを浮かべる。

 

「くだらない事を考えるものだな......度量が小さい者が国を統べるべきではないな。そんな事、気にする必要はないぞ。」

 

烈はくだらないと切り捨て、ラフタリアの頭を撫でながらそう言う。

 

「うう......恥ずかしいです......」

 

ラフタリアが照れながらそう言うと、烈は手を離す。

 

「すまないな、つい。......さて、そろそろ、村人が言っていた辺りだが......」

 

森などで狩りをしていた烈達は、その辺の魔物では、経験値が頭打ちになり、新たな場所へ行く事にした。

 

武器屋の店主の話からリユート村という場所を拠点にする事にした。

 

そこで、幾つかの盾も解放した。

 

『ロープシールド』

 解放済み……装備ボーナス、スキル『エアストシールド』

 

『ピキュピキュシールド』

 解放済み……装備ボーナス、初級武器修理技能1

 

『ウッドシールド』

 解放済み……装備ボーナス、伐採技能1

 

『バタフライシールド』

 解放済み……装備ボーナス、麻痺耐性(小)

 

『パイプシールド』

 解放済み……装備ボーナス、スキル『シールドプリズン』

 

『エアストシールド』というのは、射程5mの範囲に盾を一定時間出現させる事が出来るスキルだ。

 

『シールドプリズン』というのは、射程6mの範囲に盾を複数出現させ、ターゲットを閉じ込める効果があるスキルである。

 

他にも、幾つか盾を解放したが、割愛する。

 

村の周りで少し狩りをしていたが、村人から、鉱山に魔物が住み着いたと聞いて、行ってみることにした。

 

「ああ、あれだな。入ってみるか。」

 

目的の鉱山に到着し、中へと進む烈達。

 

途中、鉱石等を採取しながら、奥へ奥へと歩みを進める。

 

「......止まれ。気配がする。」

 

さらに歩みを進めていると、烈がラフタリアを制止する。

 

暫くすると、大型肉食獣の様な唸り声が木霊してくる。

 

現れた魔物は、豹くらいの大きさの、3つ首のドーベルマンの様な見た目をしている。

 

所謂、ケルベロスと呼ばれる怪物に酷似しており、今まで出会した魔物の中では、一番強い部類だろう。

 

「......!?......あ......あぁ......」

 

ケルベロスを見た途端に、ラフタリアの様子がおかしくなる。

 

冷や汗をダラダラと流し、身体は震え、恐怖を感じているのか、言葉も発せないでいた。

 

「どうした、ラフタリア。」

 

そんな様子のラフタリアに、低い声で短く質問する烈。

 

「お父さん......と......お母さん......を...殺した...魔物......」

 

譫言の様に、烈の問いに答えているのか、そうでないのかは分からないが、呟くラフタリア。

 

「なるほど......トラウマという事か。」

 

烈と出会った事により、見違える様に成長したラフタリア。

 

しかし、心の奥底に植え付けられた恐怖というものは、大抵の事では拭えない。

 

「ラフタリア、良く聞け。アレはお前が倒すべき、仇を取るべき相手だ。わたしは手を出さん。」

 

ラフタリアの瞳をしっかりと見据えながら、語りかける。

 

「それは......!?...む、無理です......!私......」

 

恐怖の対象を倒せと言われ狼狽えるラフタリア。

 

「恐怖を乗り越えなければ、強くはなれん。」

 

そう言い残して立ち上がり、ケルベロスに近付く烈。

 

「とはいえ、無理強いはしない。逃げたくば逃げれば良い。わたしは止めん。」

 

ケルベロスの眼前で、手を後ろに組み目を瞑る。

 

「し、師父様!な、何を!?」

 

烈の行動に目を見開いて、驚愕するラフタリア。

 

「言っただろう。わたしは一切手を出さん。抵抗もしない。君が逃げれば、わたしはこいつに喉元を喰らいつかれるだろうな。」

 

驚愕するラフタリアを後目に、淡々とそう述べる。

 

ケルベロスは涎を垂らしながら、大きく口を開け烈に喰らいつこうと、飛び掛る。

 

「師父様!!......うわぁぁぁぁ!!」

 

抵抗する素振りを見せない烈を見て、ラフタリアは恐怖を押し殺す様に叫ぶ。

 

烈の喉元まであと数cmというところで、ケルベロスの牙は止まる。

 

ラフタリアの剣が、ケルベロスの首を穿いたのだ。

 

そのまま剣を引き抜いて、ケルベロスの首を斬り落とす。

 

「ラフタリア......わたしは君を信じていたッッ!!」

 

烈は目を開けると、嬉しそうにそう言えば、そこには死骸となったケルベロスがいた。

 

「はぁ......はぁ......私、やりましたッッ!!」

 

ケルベロスを倒す事により、トラウマを乗り越えたラフタリアは満面の笑みで報告する。

 

しかし、ケルベロスは雄雌(つがい)だったのか、もう一体がラフタリアの背中目掛けて襲い掛かる。

 

「良くやった。だが、気を抜くのは感心せんな。」

 

烈がラフタリアを押し退けると、ケルベロスは烈の腕に喰らいつこうと飛び掛る。

 

「師父様!!危ないッッ!!」

 

ケルベロスが喰らいついたその瞬間、硬いものが激しく衝突する音がして傷一つ負うことは無かった。

 

「師父様!?えぇぇぇ!?」

 

「噴ッ破ッッ!」

 

驚くラフタリアを他所に、烈は一撃のもとケルベロスを屠る。

 

「あ、あの!師父様、これはどういう事ですか!?」

 

「どういう事、とは?」

 

詰め寄るラフタリアに、何食わぬ顔で聞き返す烈。

 

「なんで、噛まれても平気なんですか!?さっき喉元に喰らいつかれるって言ったじゃないですか!!」

 

「ああ、言ったな。だが、噛みちぎられるとは言っていない。それに、結果的にトラウマも乗り越えられたじゃないか。」

 

ラフタリアの抗議に、諭す様に言い聞かせる烈。

 

「それは、そうですけど......なんか、納得出来ません。」

 

「ははは、そう怒るな。今夜はご馳走にするから。」

 

まだ納得いかない様子のラフタリアだが、烈の笑顔につられて笑顔になっていた。

 

ケルベロスの死骸を手際良く解体していけば、肉を観察する烈。

 

「思った通り、上質な赤身肉だ。臭みもそれ程無さそうなだな。」

 

ケルベロスが今日の食料に決定した様だ。

 

その後ケルベロス肉の下準備をしてから、最奥まで探索して外に出る。

 

日はまだ高く、時間もあったので組手を中心とした鍛錬を行う。

 

「ラフタリア。君は女性だ。故に力では男性や魔物に敵わない。よって、相手の攻撃を受け止めようと思うな。力の流れを感じ、受け流せ。動きを予測(よみ)、躱すんだ。」

 

最初はある程度分かりやすく、予備動作を大きめにして攻撃を繰り出すが、徐々に予備動作を小さくし素早くしていく。

 

さらに、フェイントや予備動作を同じくしながら軌道を変えたりなど、予測しずらい攻撃をする。

 

ラフタリアは、烈の攻撃に対応して反撃を繰り出すも、全て躱され、透かされ、攻撃を幾つも受ける。

 

傷だらけになりながらも、懸命に喰らいつき諦める事無く、日暮れまで組手を続けた。

 

「私が作った傷薬だ。塗っておけ。」

 

「はぁ......はぁ......ありがとうございます......」

 

傷だらけのラフタリアに肩を貸して、キャンプ地まで行くと、傷薬を渡す烈。

 

それから、塩漬けにしておいたケルベロス肉を、取り出し調理を始める。

 

「......ラフタリア、君に伝えておく事がある。」

 

調理をしながら、不意に話しかける烈。

 

「......はい、なんでしょうか?」

 

ラフタリアは烈が話す内容に心当たりがあるのか、言い淀む。

 

「......わたしは戦いに赴かなければならない。よって、死ぬかも知れない。故に、恐らくは3週間後......君とは一旦別れる事になる。なに、今の君なら例えわたしがいなくなっても---」

 

「私を舐めないで下さいッッ!!」

 

突然の烈からの別れを告げる言葉に、ラフタリアは言葉を遮り叫ぶ。

 

「え?」

 

烈はラフタリアの叫びに、面を食らった顔になる。

 

「......師父様の赴く戦いとは、波との戦いですよね?」

 

「ラフタリア......君はどこでそれを?」

 

「村人と話しているのを聞きました。......師父様。私もその戦いに参加させて下さい。」

 

烈の問いかけに答えて、覚悟を決めた顔でそう続けるラフタリア。

 

「......君を守りながらは闘えないぞ。」

 

「構いません。」

 

「君が苦戦しても、わたしは助けられないかもしれない。」

 

「構いません。」

 

「......死ぬかもしれないぞ?」

 

「私は一向に構いませんッッ!!」

 

烈の問いに、力強く答えるラフタリア。

 

「君は馬鹿だ。」

 

「そうかもしれませんね。」

 

烈の言葉に笑顔でそう答える。

 

「決意は変わらん様だな......波に向けての鍛錬はより一層厳しくするからな。」

 

「はい、望むところです。私は波に両親を殺されました。波によって友人と離れ離れになりました。でも......だからこそ、私の様な子供を、人を、増やしたくは無いんです。」

 

ラフタリアの決意を目の当たりにして、やはり強い子だなと、烈は笑みを零した。

 

「良いだろう。参加を許可する。だが、参加するからには必ず勝て。負けは許さん。......さて、飯が出来る。食べるとしようか。」

 

烈はそうラフタリアに言い付けると、完成した食事を盛り付けた。

 

ケルベロス肉を1時間半甘辛のタレで柔らかく煮込んだ料理を食べながら、ラフタリアが口を開く。

 

「師父様は、どの様にして武術を習ったんですか?」

 

「わたしか?わたしは......中国という国の香港という街に産まれたんだ......」

 

ラフタリアの問いにポツポツと、語り始める烈。

 

『19XX年、香港』

 

「こいつは、頂いて行くぜ!」

 

当時、10歳のわたしは九龍城というスラム街を根城にひったくりで生計を立てていた。

 

両親に捨てられ、生きていくには四の五の言っていられなかった。

 

わたしが捨てられた理由......それは、わたしが第2子だったからだ。

 

当時、中国では一人っ子政策という法律が在った。

 

2人目の子供を産んだ場合には、罰金に加えて様々な福利厚生も受けられなくなる。

 

故に、産まれた事を隠し出生していない事にされる場合が殆どだ。

 

そういう者達は黒孩子(ヘイハイツ)と呼ばれ、わたしもその1人だった。

 

戸籍がない黒孩子(ヘイハイツ)はまともな教育を受けられないばかりか、孤児院にも入れない。

 

それもそのはずだ、戸籍が無いという事は存在しないという事なのだから。

 

幽霊や、透明人間を想像するとわかりやすいかも知れない。

 

「よう、烈。あがりの方はどのくらいだ?」

 

わたしは、仲間と待ち合わせるのが日課だった。

 

仲間の名前は李天籟(リー・テンライ)といって、年は同じで奴もまた黒孩子(ヘイハイツ)だった。

 

「それなりってとこだな。そっちは?」

 

「こっちは、結構良かったよ。」

 

付き合いは李が行き倒れているところに気紛れで、飯を食わせてやった事から始まった。

 

「それより、今日は稼ぎも良かったし、見に行こうぜ!」

 

「また、カンフー映画か?」

 

「当たり前だろう!」

 

稼ぎが良い日には、決まって映画館に行くのだった。

 

李はカンフー映画が大好きで、よく付き合わされたものだ。

 

「なぁ、烈、知ってるか?中国武術はめちゃめちゃ強いんだぜ。その中でも、海王と呼ばれる達人は世界最強なんだ。いつか俺も中国武術を学んで、海王になるんだ!」

 

「お前、喧嘩弱いじゃん。」

 

「うっせぇ、修行したら強くなんの!」

 

 

カンフー映画を見終わると、毎回そんな事を語っていた。

 

李は喧嘩が弱くて、おっちょこちょいで、お調子者だが、とても良い奴だった。

 

何も無かったし、1日を生きるのがやっとだったが、楽しかった。

 

しかし、楽しい事ばかりでもなかった。

 

わたし達は不良グループに目を付けられていたんだ。

 

「よぉ、烈に李じゃねぇか。羽振り良さそうだな?そりゃそうだよなぁ、俺らにしょば代払ってねぇもんな。ぶっ殺され......がぁっ!?」

 

「うるせぇんだよ!チンピラが!」

 

わたし達はいつも棒等で不意打ちを食らわせたりして、追い返した。

 

だが、そんな事をしているとマフィアにまで話が行ってしまったらしい。

 

そんな状況の中、わたしは運命的な出会いを果たす。

 

それは、街でひったくりのカモを探していた時だ。

 

筋骨隆々の僧侶らしき人物が、財布に大金を入れているのを目撃したんだ。

 

わたしは、久々の大物を目の前にして、油断なく心を鎮めた。

 

わたしは子供のため小さく、そして大人ほど速くは走れなかった。

 

しかし、小さいが故に小回りが聞くという強みを持っていた。

 

僧侶が人混みに入ったところで、わたしは行動に移した。

 

「............」

 

「悪いが、そいつは貰って行くぜ!!」

 

不意打ちで放った飛び蹴りは避けられてしまった。

 

それは囮であり、その先の壁を蹴って財布の入った鞄に飛びかかったんだ。

 

万が一鞄をひったくれなかったとしても、その後の逃走ルートも確保していた。

 

しかし、僧侶は予想外の行動を取ってきた。

 

鞄に飛びかかるわたしの襟を鷲掴みにして、完全に捕らえたのだ。

 

「ふむ、動きは荒削りであるし、未熟も未熟ではあるが......良き才能に恵まれておるな。」

 

片手で軽々とわたしを持ち上げながら、観察する様に見ていた。

 

「く......離しやがれぇッッ!!」

 

「憤ッッ。」

 

なんとか逃れようと顔面に蹴りを放ったが、当たる前にもの凄い勢いで放り投げられてしまった。

 

当然、地面に激突するものと思ったが、劉老師は先回りしわたしを受け止めた。

 

わたしは、声を出すのも忘れて、ただ驚愕するしかなかった。

 

「わたしの名は劉海王。名はなんという?」

 

わたしがカモに選んだ相手こそ、かつてわたしの師であった、劉海王その人だ。

 

「れ、烈......烈永周。」

 

「烈か。......どうだ、わたしのところで、武術を学んでみる気はないか?」

 

「ふ、ふざけんな!く、クソ喰らえ、だ!」

 

劉老師の言葉を素直には信じられず、反発した。

 

「ほう......その剥き出しの敵愾心、一歩間違えばただの蛮勇だが、己を貫き通す心根の強さ、とも言える。ますます、捨て置くのは勿体ないが......無理強いはせん。」

 

そう言うと、劉老師は徐に財布を取り出した。

 

「この金はくれてやる。だが、これだけは覚えておけ。こんな端金では1ヶ月生活するのが、精一杯だ。この環境からは抜け出せん。己を変えたくば、明日ここに来い。待っておるからな。」

 

それだけ言い残すと、劉老師は去って行った。

 

わたしは悩んだ、何せ初めて大人に優しくされたんだ。

 

とりあえず、李に相談しようと待ち合わせ場所に向かった。

 

しかし、李は待ち合わせ場所には居なかった。

 

この時の事を、わたしは今でも悔やんでいる。

 

その時わたしは、李が来ない事は何回かあったし、少し遠くの方まで狩場を広げていると考えていた。

 

しかし、翌朝になっても李が帰って来る事はなかった。

 

心配になり、李を探し回って聞き込みをしていると情報を手に入れた。

 

青龍(チン・ロン)という、この辺りで幅を利かせてる中国マフィアに、連れていかれたと言うのだ。

 

急いで、青龍(チン・ロン)の縄張りを探し回ると、李を見つけた。

 

離れた所からでも分かる血の匂いに、すぐに駆け寄った。

 

「李ぃぃぃッッ!!」

 

「......れ、つ...か......?」

 

李は腹を刺されて、出血は酷く、手遅れである事は見て理解(わかっ)た。

 

「よか......た......無事......だった...んだな......ガハッ......」

 

「喋るな!俺は無事だから!」

 

それでもわたしは、必死に傷口を押さえたが、李の身体はボロボロで、血は止まらなかった。

 

「そ...う...か......はは...おま...え...を......売らな...かった......グフッ...はぁ...はぁ......かいが...あ...るな......」

 

「馬鹿野郎!売っちまえば良かったじゃねぇか!?何で、こんなになるまで......」

 

腕の中で、李の体温は、どんどんと冷たくなっていくのが分かった。

 

「......馬...鹿...は......お前...だ......恩人...を......とも...だちを......売るわけ...ない...だろ......」

 

「死ぬなッッ!!死ぬんじゃないぞッッ!?...そ、そうだ!俺、海王に会ったんだ!劉海王って人だ!修行しないかって、弟子にならないかって、誘われたんだ!李も生きて一緒に......」

 

李を少しでも励ますため、死なせないために、そう言った。

 

「はは......そい...つ...は......ゴフッ......す...ごい...な......だ...が......俺...は......む...り...だ......」

 

「馬鹿野郎ッッ!!諦めんじゃねぇッッ!!!」

 

だがそれも虚しく、李の命が消えていくのを感じた。

 

「...わ...り......ぃ......そ...し......て......あ......り...が......と............ぅ..................」

 

「李......?李ッッ!?李ぃぃぃぃぃぃッッ!!!!」

 

李はわたしの腕の中で、息を引き取った。

 

「ぐぅぅ......あ゛ぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

わたしは、泣いて、泣いて、泣き叫んだ。

 

涙は枯れ果てる事なく、流れ続けた。

 

やがて、血の涙に変り、復讐を誓った。

 

だが相手はマフィアで、わたしは子供だった。

 

自分が勝てないのも分かっていたし、死ぬ事も分かっていた。

 

だが、それでも諦める事は出来ずに、包丁を盗んで青龍(チン・ロン)のアジトへと踏み込んだ。

 

やけになって、奴らを道連れに命を棄てようとしていたんだ。

 

30人ほどその場にいたが、そのうち8人を負傷させ、2人を殺した。

 

「ガァッッ!?」

 

「そこまでだ、クソガキ。2人も殺しやがって......どう、落とし前つけるつもりだ?」

 

しかし、頭目と思しき男に、足を撃ち抜かれた。

 

「ぐぅぅ......よくも...よくも李をッッ...!!」

 

「ああ...お前、烈とかいうガキか。李、ねぇ......。あいつ、お前の名前を呼びながら、泣き叫んでたよ。女々しい奴だったなぁ?」

 

卑下た笑みを浮かべながら、そう語りかけてきた。

 

「ぐっ......お゛ぉぉぉッッ!!!」

 

「誰が、立って良いつったぁぁッッ!!」

 

わたしは、足に力を込めて、無理矢理立とうとしたが、顔面を蹴り上げられた。

 

「ぐぞぉぉぉ!!卑怯だぞッッ!?」

 

「まったく、末恐ろしいガキだぜ......卑怯?だからどうした?今やってるのは殺し合いだぜ?不意打ちだろうが、袋叩きにしようが、銃を使おうが、関係ねぇ。ルール違反じゃねぇ...というか、そもそもルールなんざねぇ。卑怯なんて言葉は弱いやつの僻みでしかねぇんだよ。死ねやクソガキ。」

 

頭目の男は、得意気にそう語り、わたしの頭に拳銃を突き付け、引鉄に指を掛ける。

 

不思議と怖くはなかった。

 

わたしの心にあったのは、張の仇を討てなかった悔しさだけだった。

 

目を瞑り死を覚悟した時、何かが勢いよくぶつかる音と、怒号が聞こえてきた。

 

目を開けると頭目は壁の方でへたり込んでおり、入口の方を見ると劉老師が立っていた。

 

「ふむ、確かに間違ってはおらぬが......子供相手に恥を知れッッ!!!」

 

劉老師の気迫にその場にいる者は誰一人として、動く事は疎か言葉を発する事も出来なかった。

 

「......さて、貴様らが警察に自首すると言うのならば、見逃してやっても良いが......」

 

「ぐぅぅ......な、何やってやがるッッ!?さっさとそのジジィをぶっ殺せッッ!!!」

 

劉老師の言葉を遮る様に頭目が叫ぶと、組員達は劉老師を取り囲み襲い掛かる。

 

「これが答えか......死を覚悟せよッッ!!!」

 

その言葉と同時に劉老師が動いた。

 

まず、柳葉刀(リュウヨウトウ)で斬り掛かる2人の喉元を足刀にて潰し無力化させる。

 

さらに、刀や棍といった武器を使用する組員を叩き、蹴り、投げ、次々と倒していく。

 

無論、相手もただ見ている訳ではなく、銃器を使い反撃するも、時に組員を盾にして、時に射線から身を外し銃弾を避けながら、射手を潰していった。

 

組員を全て倒され、残る1人となった頭目は半狂乱になりながら銃弾を乱射するも、1発も当たらなかった。

 

「く、クソッタレ!!!こ、こいつがどうなっても......グァァァッッッ!!?」

 

わたしに銃を突き付けて人質にしようとするも、劉老師の振るう柳葉刀(リュウヨウトウ)にて腕を斬り落された。

 

劉老師は柳葉刀(リュウヨウトウ)を捨てると、頭目に向かって歩き出す。

 

「た、頼むッッ!!頼みますッッ!!!殺さないでくださいッッ!!!」

 

頭目は震えながら後退りして、恐怖のあまり失禁していた。

 

「1つだけ答えよ。答えなければ、殺す。嘘をついても、殺す。......李という少年を殺めたのは貴様か?」

 

劉老師は頭目の目の前に佇むと、静かだが確かな殺気を帯びて尋問する。

 

「ひぃぃぃぃッッ!!!は、はい!!!お、俺が殺りましたッッ!!!で、でも......あれは、弾みというか......」

 

「もう良い。貴様が殺したのだな?......ならば、死ね。」

 

頭目の胸ぐらを掴み持ち上げると、冷徹にそう伝えた。

 

「ま、待って......待ってくれッッ!?あ、あんた坊さんだろッッ!?降伏した相手を殺して良いのかよッッ!!?」

 

「生憎と貴様の様な外道に見せる慈悲は持ち合わせておらぬ。......噴ッッ!!!」

 

頭目の言葉に耳を貸さず、そう語ると手を離し後ろ蹴りを放った。

 

顔が潰れる嫌な音がして、すぐ後ろの壁と劉老師の足に挟まれて脳髄をぶちまけ、顔はぐちゃぐちゃに潰れ、それはもう凄惨な幕切れとなった。

 

「烈よ、足を見せなさい。」

 

劉老師はわたしに近付くとそう言った。

 

「な、なんでここに......?」

 

「良いから見せなさい。」

 

わたしの問いかけに答えず、撃たれた足を観察していた。

 

「ふむ、弾は貫通しておる様だな......重要な神経等も無事なようだ......少し痛むが、我慢しろ?」

 

劉老師は自分の僧衣を破ると、わたしの足を止血して下さったんだ。

 

「ぐぅぅっ......」

 

「よし、終わったぞ。お前が無事で何よりだ。」

 

わたしの頭を撫でながら、笑顔でそう言ってくださったのを良く覚えている。

 

「ふー......ふー......なぜ、ここに......?」

 

「ああ、その事だが、待ち合わせの場所に行く途中で、お前の話を耳にしてな......」

 

「そうじゃないッッ!!何で俺なんかの為にッッ!?」

 

劉老師の言葉を遮り、そう問いかけた。

 

「馬鹿者。弟子を助けぬ師が何処におる。......烈、もう一度言う。わたしの弟子になれ。」

 

「だ、だけど俺......薄汚いガキだし......」

 

そう優しく語られると温かさというか慈愛の様なものを感じ、それだけに自分自身を卑下せずにはいられなかった。

 

「何を言う、お前は仲間思いの優しい子供ではないか。」

 

劉老師はわたしの目を見つめながら、そう語ってくださった。

 

「でも結局......」

 

そう、結局わたしは仇を討つ事が出来なかった。

 

「悔しかろう。辛かろう。だがな、お前は生きておるッッ。わたしが敗けない技術(ほうほう)を教えてやる。勝つ為の武術(ちから)を与えてやる。生きておればなんだって出来るのだッッ!!」

 

劉老師がわたしを抱きしめてそう仰った時、わたしは自然と涙を流していた。

 

この人について行こう、そう決めた瞬間だった。

 

それから、劉老師は私財を投じて李に立派な墓を建ててくださった。

 

「李、俺......劉師父の所で中国武術を学ぶ事にしたよ。修行して修行して......いつになるかは分からないけど、いつか海王になって......必ず中国武術が世界最強だって証明してみせるッッ!!......そしたら、あの世にも伝わるだろうからさ、あいつは俺の親友だって、兄弟なんだって、自慢してくれよ。......じゃあ、また、来るからな。」

 

そして、わたしは中国武術を学び始めた。

 

『現在』

 

烈は語り終えると目に涙を浮かべながら、恥ずかしそうに目を擦った。

 

ラフタリアは話を聞き終えて、涙を流していた。

 

2人には共通する所があり、劉海王の様に烈も初めての弟子を持つに至った。

 

この子を立派に育てあげようと、密かに決意した烈だった。



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波直前

あれから、さらに1週間と数日が経過した。

 

その間に行っていたのは、ひたすらに組手に站樁。

 

ここら辺の魔物では、経験値が頭打ちになってきたという判断からだ。

 

よってLvに変動はないが、ラフタリアはそこそこの使い手へと成長していた。

 

通常、厳しい肉体鍛錬を経て身体を作らねばならないが、Lvの上昇により、勝手に身体が作られるのは大きい。

 

また、体力を回復させる薬膳により、睡眠時間を減らす事にも成功していた。

 

だが、それ以上にラフタリアのやる気と、才能が素晴らしかった。

 

烈達は、国王の言っていた期限が近いのではと、城下町に訪れていた。

 

「街全体が、かなりピリピリしていますね。」

 

「前回の波を見たわけではないが、様子を見る限りは余程の災害だったのだろうな。」

 

街の様子を見遣りながら、そう答える烈。

 

「さて、これからどうしますか?かく言う私も、波に関しては知らない事の方が多いです。」

 

「うん、1つ心当たりがある。そこへ、行ってみよう。」

 

烈達がしばらく歩いて辿り着いたのは、武器屋だった。

 

「なるほど......こちらの親父さんがいましたね。」

 

「いらっしゃい!あんちゃん達、久しぶりだな!」

 

列達を見るなり、威勢よく挨拶する店主。

 

「ああ、久しいな。」

 

「お久しぶりです。」

 

お互いに挨拶を交わす。

 

「んで、今日はどうしたんだ?」

 

「波の情報を得たくてな。残念ながら、殆ど情報がないんだ。知っている事があるなら、教えて欲しい。」

 

「なんだ、そんなことか。いいぜ、教えてやる。」

 

烈の問いかけに、笑顔で応じる店主。

 

「広場の近くに大きな時計塔があるのは知っているか?」

 

「確か、城下町の端の方にそんな建物があったと思うが。」

 

「それは『龍刻の砂時計』ていうんだ。勇者ってのは砂時計が落ちたとき、一緒に戦う仲間と共に厄災の波が起こった場所に飛ばされるらしいぜ。」

 

「ほう、それはかなり助かるな。」

 

店主の説明にしっかりと頷きながら、聞いている烈。

 

「何時ごろか分からないなら、見に行ってみれば良いんじゃないか?詳しい時間も分かるはずだぜ。」

 

「なるほど、それなら前準備もしやすいですね。」

 

店主の提案に、成程と頷き返すラフタリア。

 

「謝謝、次は何か買う、ではな。」

 

「おう、生き残れよ!」

 

「ありがとうございました。」

 

2人は礼を述べて、『龍刻の砂時計』へと向かう。

 

 

「ここが、龍刻の砂時計か。」

 

「ここで、波までの時間を知る事が出来るのですね。」

 

城下町の中でも比較的標高の高い場所に位置する『龍刻の砂時計』、遠くの方からでも分かるその建物は、近くで見るとその大きさに圧倒されるであろう。

 

教会に近い作りのドーム状の建造物の上に、時計台を乗せた様な造りになっている。

 

正面に位置する扉は開かれており、入場に制限等は無いのか頻繁に人が出入りしている。

 

中に入ると修道服の様な格好の女性が、烈達を見るなり怪訝な目をしている。

 

顔が知れ渡っているという事なのだろう。

 

「盾の勇者様ですね。」

 

「ああ、波までの時間を知りたく、ここへ来た。」

 

「では、こちらへ。」

 

案内されたのは、建物の真中に鎮座する巨大な砂時計だった。

 

全長にして7mはあるだろうか、装飾が施され荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 

砂は紅く、もうすぐ落ちきるであろう事が感覚的に伝わってくる。

 

盾から音がし、一条の光が砂時計の中央に位置する宝石へと伸びた。

 

すると、烈の視界の隅に時間が現れる。

 

『20:12』

 

しばらくすると、『20:11』となる。

 

「なるほど、こうして時間が知れるというわけだな。つまり、20時間程で波がくるのか。」

 

「あまり、余裕が無いですね。」

 

烈の呟きに、神妙な面持ちで答えるラフタリア。

 

「そうでも無いぞ?武器の点検や回復薬の準備、イメージトレーニングに休養等、出来ることは割とある。」

 

烈がラフタリアにそう教えていると、2人の後ろに人影が来る。

 

「ん?そこにいるのは、烈じゃねぇか?」

 

1ヶ月ぶりの再会となる元康が、なにやら女性を数人引き連れていた。

 

「ああ、1ヶ月ぶりだな元康。」

 

「そうだな、お前も波に備えて来たのか?」

 

蔑む様な目付きで、舐め回すように上から下まで観察してくる元康。

 

「なんだ?1ヶ月前から、まだ装備を買えないのか?」

 

「特に必要も無いのでな。そういう貴様は、かなり良いものを装備しているな。」

 

鉄とは違う銀の様な輝きを放つ、恐らくは魔法銀鉄製であろう鎧を身に付けている。

 

その下には、新緑色の高級素材が使われているであろう服を着て、鎧と服の間には、鎖帷子を着込む事で防御力の底上げをしている。

 

持っている伝説の槍も、最初に見た時の頼りなさそうな槍から、業物と見て分かる矛になっていた。

 

「当たり前だろ?いい装備でなきゃ、勝てるもんも勝てないからな。」

 

「腕前が伴わなければ、宝の持ち腐れだかな。」

 

見下した態度でそう語る元康に、切り捨てるようにそう返す烈。

 

「何よその態度!モトヤス様が話して下さってるのに!」

 

騒々しくそう捲し立てるのは、元同行者のマインだった。

 

「ふん、事実を言ったまでだ。」

 

面倒くさそうに、そう答える烈。

 

「師父様、この方達は......?」

 

元康達を観察する様に見ながら問いかけるラフタリア。

 

「ああ、奴らは槍の勇者と、その取り巻きだ。」

 

「この方達が......」

 

烈の紹介に、少し腑に落ちないという感じのラフタリア。

 

「あ、元康さんと...........烈さん。」

 

「...........」

 

会いたくない人物に会った様な態度の樹と、無言のままの錬が歩いてきた。

 

「貴様らも来たのか。これで、勢揃いした訳だ。」

 

同じ様に装備が良くなった錬と樹に、その取り巻きが合わさって総勢17名が顔を合わせる形となった。

 

「誰だその子、すっごく可愛いな。」

 

ラフタリアを指差しながら聞いてくる元康。

 

「お初にお目にかかります!私は、レツ様と行動を共にさせて頂いてるラフタリアと申します!以後よろしくお願いしますッッ!」

 

ラフタリアはハツラツとした態度で、元康に自己紹介する。

 

烈はラフタリアに修行の合間に言葉遣い等も教えており、その賜物と言えるだろう。

 

「初めましてラフタリアお嬢さん。俺は異世界から召喚されし四人の勇者の一人、北村元康と言います。以後お見知りおきを。」

 

「御丁寧にありがとうございます。キタムラ・モトヤス様。」

 

元康の気障ったらしい挨拶に、丁寧に返すラフタリアだが、どこか腑に落ちない様な態度で。

 

「失礼ですが、そちらのお2人も勇者様なのでしょうか?」

 

「ええ、弓の勇者の川澄樹と言います。」

 

「俺は剣の勇者の天木錬だ。」

 

「カワスミ・イツキ様にアマギ・レン様ですね!よろしくお願いします!」

 

烈が元気良く答えるラフタリアを見ていると、視線を感じ元康の方を見遣ると、怪訝な目で烈を見ていた。

 

「......なんだ?」

 

「お前、こんな可愛い子を何処で勧誘したんだよ。」

 

ラフタリアとの出会いが気になっている様子だ。

 

「貴様は刺されて死んだのだろう。まだ、懲りていないのか?」

 

「うるさい!......てっきり一人で参戦すると思っていたのに……ラフタリアお嬢さんの優しさに甘えているんだな。」

 

烈の言葉が癪に触ったのか、軽く怒鳴るとそんな事を言う元康。

 

「ふん、貴様が思いたい様に思えば良い。」

 

烈は元康に対して吐き捨てる様にそう答えた。

 

「波への準備もあるので、わたし達はこれで失礼する。」

 

烈はこの場にいても争う事になるだけだと考えて、その場を後にする。

 

「波で会いましょう。」

 

「足でまといになるなよ。」

 

事務的に当たり障りのない返答をする樹と、どこから来るのか自信満々の偉そうな態度で返答する錬の横を通って外に向かう烈。

 

「それでは皆さん、波でお会いしましょう!」

 

最後に軽く会釈して後にラフタリアもついて行く。

 

時計台を後にして、城下町に出る烈達。

 

「どうした、ラフタリア?何か、腑に落ちない様だな。」

 

「いえ、私が未熟なだけなのでしょうか?勇者様方がその......あまりお強そうには見えなかったので......」

 

ラフタリアの態度を見て問いかける烈に、言いにくそうに答えるラフタリア。

 

「うむ、君の見立てに間違いは無いのだが......奴らもあれで勇者なんだ。そういう事はあまり態度に出さない方が良い。」

 

「そ、そうですね......ごめんなさい、師父様......」

 

窘める様に注意する烈に、頭を下げるラフタリア。

 

「分かれば良いんだが......どうした?まだ何かあるのか?」

 

「はい、勇者様方の師父様に対する態度が気になって......何かあったんですか?」

 

烈の問いに、瞳を見つめながらさらに質問するラフタリア。

 

「ああ、あれか。実はな......」

 

ラフタリアの問い掛けに、嵌められた時の事を説明する烈。

 

「そんな......!それじゃあ師父様があんまりです!」

 

烈の説明に憤慨した様子のラフタリア。

 

「まぁ、程度の低い連中の戯言だ。気にするだけ損だぞ。」

 

ラフタリアを宥める様に話す烈。

 

「うぅ......納得行きませんが......それにしても、そんな方々と一緒に闘うと思うと、気が重いですね......」

 

「まぁ、奴らは波の止め方を知っている様だし、そちらは任せても問題無いだろう。それよりも、如何に被害を食い止めるか考えなくてはな。」

 

そんな事を話しながら、波への準備を調え始める烈達。



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厄災

翌日までに出来うる限りの準備を行った烈達。

 

視界には『00:17』と表示され、後17分で初めての波が来る。

 

城下町では騎士団も準備を終えて、住人も家へと避難していた。

 

「...........」

 

腰に携える剣を握り締めながら、神妙な面持ちのラフタリア。

 

「緊張するか?」

 

「はい、私の武術が通用しなかったら、皆を守れなかったら......そう考えてしまいます。」

 

烈の問い掛けに、思い悩む様な表情で返すラフタリア。

 

「わたしだってそうだ。だが、我々に出来るのは死力を尽くす事のみ。そうすれば結果がどうであれ、悔いは残らないはずだ。」

 

「......そうですね、全力を出す事だけ考えます。」

 

烈の言葉を聞き、深呼吸をして緊張を解すラフタリア。

 

「波の前に、私の過去の話を聞いて下さいますか?」

 

「ああ、構わない。そういえば君の過去の話は聞いた事は無かったな。」

 

あまり詮索するのも良くは無いだろうと、敢えて聞かなかった烈。

 

「私は、最初の波により奴隷になりました。」

 

「そうか......」

 

烈はラフタリアの話に真剣に耳を傾ける。

 

「私はこの国の辺境、海のある街から少し離れた農村部にある亜人の村で育ちました。……この国ですから裕福とは言えませんでしたけど。」

 

『1ヶ月前 亜人の村』

 

「この豆のスープ、ラフタリアも一緒に作ったんだって?こりゃ将来コックさんにもなれるかも知れないなぁ!」

 

「もう、あなたったら......うふふ。」

 

お父さんとお母さんは優しくて、村の皆とも仲良く平和に暮らしていました。

 

「なんだ、あの空は!?」

 

「まずい!!魔物が溢れ出て来るぞ!!皆逃げろ!!」

 

そんなある日、突如訪れた波から骸骨の魔物が大量に溢れ出て来たんです。

 

「おい!こっちからも来るぞ!!応援を頼む!」

 

「分かった!俺がそっちに入る!」

 

それでも、骸骨の魔物は数こそ多くはありましたが、近隣の冒険者さん達が協力して対処出来ていました。

 

「くそ!今度は野獣に虫だと!?」

 

「ダメだ!!数が多過ぎる!!撤退、撤退だ!!」

 

しかし、骸骨の魔物の他に獣の魔物や巨大な昆虫の魔物も溢れ出て来て、次第に防衛線は崩壊していきました。

 

「な、なんだあの犬の化け物は!?......ぎゃぁぁぁ!?」

 

「ま、待って......に、逃げ......きゃあぁぁぁぁ!!!」

 

さらに、3つ首の巨大な犬の魔物が猛威を奮って、村の人達はまるで草木の様に呆気なく殺されていきました。

 

私達も村の皆も必死で逃げ回りましたが、魔物はまるで遊びでもしている様に次々と殺していき、私達家族も逃げ切れず崖に追い詰められました。

 

お父さんとお母さんは後ろから来る魔物を見遣り、それから顔を見合わせると私に微笑みかけました。

 

そして私の頭を優しく撫でてくれて......幼かった私にも、自分達を犠牲にして助けようとしているのが分かりました。

 

「ラフタリア……これから、お前はきっと大変な状況になると思う。もしかしたら死んでしまうかもしれない。」

 

「でもね、ラフタリア......それでも私達は、アナタに生きていて貰いたいの……だから、私達のワガママを許して!」

 

「いやぁ! お父さん! お母さん!」

 

気が付くと、私はお母さんに崖から突き落とされていました。

 

不思議な事に落ちている間、私の目には全てがゆっくりと見えたんです......お父さんとお母さんが、あの魔物に襲われる瞬間も。

 

私は海に落ちた衝撃で気を失ってしまったのですが、運良く近付くの浜辺に流れ着いていました。

 

全身が痛かったですが、身体に鞭打ってあの崖を確認しに行きました。

 

お父さんとお母さんが生きてるかもしれない......そんな奇跡を信じて。

 

しかし、いざ崖に行ってみると......夥しい血と、辛うじて肉片と分かるそれがあり、希望は絶望に変わりました。

 

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

私は日が暮れるまでずっと泣き叫びました。

 

そして、途方に暮れながら村へと歩いて行くと......私の他にも生き残りが居たんです。

 

「これから、どうしたら良いんだ......」

 

「お父さん......お母さん......」

 

生き残った皆は、それぞれが悲嘆にくれ絶望していました。

 

それを見た時、私はお父さんとお母さんの言葉を思い出しました。

 

((ラフタリア、悲しい時や苦しい時こそ笑うんだ。泣いていても始まらないだろう?笑っていれば必ず良い事があるんだ。))

 

((ラフタリア、貴女は本当に元気で優しい子......皆が困っている時は貴女が先頭に立って助けてあげなさい。大丈夫、貴女は強いからきっと出来るわよ。))

 

私は涙を吹いて、笑顔を作りました。

 

「ねぇ、皆聞いて!!泣いていても、何も出来ないよ?大切な人は死んじゃったけど......それでも......だからこそ!強く生きよう!!」

 

私は皆に精一杯大きな声で呼び掛けました。

 

「でも......強く生きるったって......村が......」

 

「今すぐは無理かもしれないけど......私達皆で力を合わせて、元に戻そうよ!諦めなければ、きっと出来るよ!!」

 

私は精一杯の笑顔で、皆に呼び掛けました。

 

「......そうだよ。ラフタリアちゃんの言う通りだ!皆、頑張ろうよ!!」

 

「そうだな......そうなんだよ!俺達はきっと出来る!!村を復興させよう!!」

 

皆が元気を取り戻して行く姿に、私はとても嬉しくなりました。

 

でも、その時です......騎士団が来て私達は皆、捕まってしまいました。

 

『現在』

 

「そこからは、地獄でした......毎日の様に鞭でいたぶられ、病気を患ったら売られて......笑い方も忘れて、絶望に食い潰されそうになった時、師父様に助けられました。」

 

「...........」

 

ラフタリアの話を黙って真剣に聞く烈。

 

「私は、師父様に出会えて本当に幸せです。だから、私は波に打ち勝って私の様な子供を、1人でも救う......それが、今の私の目標です。」

 

「素晴らしい目標だな。わたしにどこまで導けるかは分からないが......死ぬまでは面倒を見てやる。......そう簡単に死ぬ気はないがな。」

 

真剣に返して、最後にニカッと笑みを浮かべる烈。

 

「さて......来るぞッッ。」

 

カウントが『00:00』を示すと、世界中に響くが如く何かがひび割れる様な音が木霊する。

 

次の瞬間には景色が変わり、空には至る所に亀裂が入り、ワインの様な不気味な色に染まっている。

 

烈達は辺りを見回して、現在地の確認を行う。

 

「城下町の外だな......リユート村の近辺か!避難はどうなっている!?」

 

「波は何処で発生するか予測出来ないらしく、殆ど進んでないと思います!!」

 

「村へ急ぐぞ!!」

 

状況確認後、すぐさま駆け出す烈と、後に続くラフタリア。

 

「あ!師父様!!」

 

ラフタリアが走りながら指差す方向には、他の勇者達が別方向に駆け出してるのが見えた。

 

「放っておけ!」

 

「良いんですか!?」

 

「奴等は波の事も知っている!止める方法も知っているはずだ!」

 

烈は確認している時間は無いと、短くそう伝える。

 

その直後に、信号弾らしき物が上がり、おそらくは騎士団への連絡だと烈は考えた。

 

そうこうしている内にリユート村に着くと、駐屯していたと思われる騎士と冒険者が必死に魔物を抑えていた。

 

「ラフタリア!君は村人の避難を頼む!」

 

「分かりました!師父様もご武運を!」

 

短く言葉を交わすと、ラフタリアは村の中へと駆け出していく。

 

「はいぃぃやぁぁぁ〜〜ッッ!!」

 

烈は魔物が群がる方向へ駆け出し、虫型の魔物に勢いを付けて打ち込みをすると、目を見張る様な連撃で次々と魔物を倒し、止めを刺す。

 

「ゆ、勇者様......?」

 

「御苦労!君達は1度下がり、態勢を整えてからもう一度戻って来い!」

 

疲労困憊の男達を短く労うと、そう指示を出す烈。

 

これ幸いにと、怪我を負っていない者も下がるが気にしない。

 

「さぁ、来い魔物共ッッ!!」

 

未だに溢れ出し続ける魔物達に突っ込んでいく烈。

 

そこからの猛攻はまさに蹂躙といった様だった。

 

この闘いは一対一戦(タイマン)ではなく、対多数戦だ。

 

相手1人の場合と違い、多人数が相手の場合四方からの攻撃に注意しなければならない。

 

その条件が、烈にある行動を選ばせた。

 

すなわち、魔物の鈍器化である。

 

闘いの場においての、その卓越した技術に目が行きがちだが、烈の修行により培われた肉体を忘れてはならない。

 

その極限にまで鍛え上げられた肉体にはどれ程の力があるのだろうか。

 

一撃を入れた人型の魔物の足を掴むと、そのまま横凪に、他の魔物を叩き潰す。

 

「これは武器とは見なさないのだな?伝説の盾よ。」

 

ニヤリと笑みを浮かべると、魔物を鈍器に使いながら、懐に入ってきた魔物は自らの拳足で叩き伏せる。

 

「た、助け―――」

 

後方から、叫び声が聞こえてくる。

 

どうやら、世話になっていた宿屋の主人のものらしい。

 

烈は臨戦態勢を取るも、すぐ様それを解いた。

 

「はいやぁ!」

 

何故なら、避難を担当するラフタリアが襲い掛かる魔物を剣で斬り伏せたからだ。

 

「大丈夫ですか?さぁ、こちらへ!」

 

「あ、ありがとう......」

 

腰が抜けた主人が立ち上がると、家族と一緒に逃げて行く。

 

「きゃああああああああああああああああ!」

 

絹を割くような悲鳴が木霊する。

 

見ると、逃げ遅れたであろう女性の下に魔物が群れを成して近づいている。

 

「墳ッッ!!!」

 

烈は、手に持った魔物を投げ付けて第一波を凌ぎ、すぐ様間合いを詰めると、残る魔物を撃滅していく。

 

さらに進んだ先の開けた場所で戦っていると、頭上から火の雨が降り注ぐ。

 

「甘いッッ!!」

 

烈は最小限の動きで、それ等を躱し切ると飛んで来た方向を見遣る。

 

どうやら、到着した騎士団が魔法を放った様だ。

 

魔物の群れの中に、烈がいることもお構い無しに。

 

「......それなりに、効果はあるようだな。」

 

周りを見渡すと、虫型の魔物は瞬く間に焼き殺されていた。

 

「ふん、盾の勇者か……頑丈な奴だな。」

 

誤射ではなく、明確に烈を狙い、魔法を放った様だ。

 

「師父様、大方の避難は終わりました!」

 

「良い仕事ぶりだ、早かったな。」

 

「ある程度の準備はしていた様です。それより大丈夫でしたか?魔法攻撃を受けていた様ですが......」

 

「そうだったか?何やらにわか雨が降ったが、幸い濡れずに済んだ。」

 

馬鹿にする様な笑みを浮かべてそう答える烈を見て、顔を赤くしていた。

 

「き、貴様!盾の分際で!!」

 

「師父様への無礼は許しませんよ?」

 

殺気を込めて、ラフタリアが言い放つ。

 

「盾の勇者の仲間か?」

 

「私は、師父様、もとい烈海王様の弟子、ラフタリア小龍です。師父様への攻撃、見過ごす事は出来ません。」

 

「……亜人風情が騎士団に逆らうとでも言うつもりか?」

 

「護るべき民を蔑ろにして、仲間もろとも魔法で焼き払う輩を許しては置けませんね。」

 

「五体満足なのだから良いじゃないか。」

 

「あなた方の様な輩は騎士団とは言いません。賊と言うんです。」

 

騎士団と一戦交えかねない態度で詰め寄るラフタリア。

 

「よせッッ!!」

 

「ッ!失礼しました!」

 

烈が一喝すると、ラフタリアは素直にそれに従う。

 

「下らん連中に、時間を浪費するな。」

 

「な、貴様―――」

 

「敵は魔物で、護るべきは民だろう。国を滅ぼしたいのか?」

 

団長の言葉を遮り、そう言い放つ烈。

 

「犯罪者の勇者が何をほざく!」

 

「ならば、貴様らだけでここの魔物を相手取るか?」

 

先程の魔法を生き延びた魔物達が襲いかかって来る。

 

その全てを、己の五体のみで屠っていく烈に、恐怖を覚える騎士団。

 

「ラフタリア、もう一度確認してきてくれ。万が一にも、逃げ遅れていたら大変だ。」

 

「はい!師父様の方は?」

 

「引き続き、こいつらの相手をしている。」

 

わらわらと防衛線から這い出てくる魔物に構えを取り見据える烈。

 

「終わり次第、戻ってきます!」

 

「ああ、気を付けるんだぞ!」

 

そこから、また、烈の猛攻が再開した。

 

暫くしてから戻ってきたラフタリアと、騎士団と共に烈は掃討戦を繰り広げた。

 

烈が先頭に立ち、魔物を屠り、逃れた魔物をラフタリアが斬り伏せ、騎士団達が広範囲に魔物が散らばらない様に魔法で壁を作る。

 

そうやって役割分担を果たしながら、数時間後に空の亀裂は閉じて、厄災の波は終わった。

 

「ま、こんな所だろ。」

 

「そうだな、今回のボスは楽勝だったな。」

 

「ええ、これなら次の波も余裕ですね。」

 

波の最前線で一際大きな魔物の死体を前に談笑する他の勇者達。

 

「ほう、中心となる魔物を倒せば、波は終わるのか。」

 

「なんだか、分かりやすいですね。」

 

半ば呆れた様にそれを見るラフタリアと烈。

 

「よくやった勇者諸君、今回の波を乗り越えた勇者一行に王様は宴の準備ができているとの事だ。報酬も与えるので来て欲しい。」

 

どうやら、毎回、波の後に宴会が催され、そこで報酬の支払いもされる様だ。

 

「どうしましょう、師父様?」

 

「まぁ、行かずに難癖を付けられても困るしな。行こう。」

 

ラフタリアの問いに、行く事を告げる烈。

 

「あ、あの……」

 

リユート村の住人が烈達に話しかけてきた。

 

「どうした?」

 

「ありがとうございました。あなたが居なかったら、みんな助かっていなかったと思います。」

 

「気にするな、やるべき事をやったまでだ。」

 

「いいえ。」

 

烈の答えに、別の住人が割って入ってくる。

 

「あなたが居たから、私たちはこうして生き残る事が出来たんです。」

 

「君達がそれで良いのなら、それで構わない。」

 

「「「はい!」」」

 

住人達は、烈達に深々と頭を下げて帰っていった。

 

「これで、私の目標が1歩前に進みました!」

 

「ああ、今回は良くやった。偉いぞ。」

 

住人達の後ろ姿を見ながら誇らしげにそう話すラフタリアの頭をクシャクシャと撫でる烈。

 

それから、烈達は王城にて宴会に参加する。

 

「いやあ! さすが勇者だ。前回の被害とは雲泥の差にワシも驚きを隠せんぞ!」

 

日が落ちて、辺りはすっかり夜になってから開かれた宴会で国王が高らかに宣言した。

 

前回の波に比べて、大幅に被害を減少させる事に成功し、死傷者も1桁で済んだという。

 

「なんか、騎士団や冒険者の皆さんの手柄も、みんな勇者様達に取られてる感じがしますね......」

 

「その方が分かりやすい宣伝になるからな。奴等にとって誰が頑張ったのかはさして重要ではないのだろう。」

 

波に関して、調べたいことがあった烈はヘルプを確認する。

 

『波での戦いについて』

 砂時計による召集時、事前に準備を行えば登録した人員を同時に転送することが可能です。

 

この内容からするに、勇者の仲間以外も、それこそ騎士団の様な軍隊でも一緒に転送出来るようだ。

 

「......どうやら、連中は協力して闘うという事を知らんらしい。言っても無駄だろうな。」

 

「そうかも知れませんけど......」

 

納得出来ない様子のラフタリアだが、周りに並ぶ料理を見て、気持ちを切り替える。

 

「すごいご馳走ですね!」

 

並べられた料理に舌鼓を打ちながら過ごしていると、怒り心頭という様子の元康が近付いてくる。

 

「おい!烈!」

 

「......どうした、声を張り上げて。」

 

うんざりするような態度で振り向く烈に、手袋を外し投げ付ける元康。

 

「決闘だ!」



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矛盾の条件

「いきなり、何を言い出すんだ貴様は?」

 

元康の言葉に、理解出来ない様子の烈。

 

「聞いたぞ! お前と一緒に居るラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

 

声を荒らげて、烈に食ってかかる元康。

 

「......いや、ラフタリアはわたしの弟子であって奴隷じゃない。」

 

呆気に取られながらも、そう説明する烈。

 

「そんな耳障りの良い言葉で誤魔化したって無駄だ!証拠は挙がってんだよ!」

 

「......はぁ......話が通じない様だな......それで?仮に奴隷だったとして、貴様には関係ないだろう。」

 

烈は聞く耳を持たない元康に、深く溜息を吐いて答える。

 

「関係ある!人は……人を隷属させるもんじゃない! まして俺達異世界人である勇者はそんな真似は許されないんだ!」

 

「ほう......だが、それならばこの国はどうなんだ?亜人を奴隷にしているだろう。国王にも同じ事を言ったのか?」

 

烈は、元康の言い分に少し感心していた。

 

ろくに人の意見を聞かず糾弾する所はあまり褒められないが、それでも奴隷に対する考え方は烈もそれ程変わらないからだ。

 

故にその真意を知りたく、この様な問いかけをした。

 

「そ、それは......王様だって事情がある筈だ!というか、話をすり替えるな!」

 

「......つまり、言い難い国王等には糾弾せず、言い易いわたしに食ってかかっていると。......恥ずかしくはないのか?」

 

烈は落胆のあまりずっこけそうになりつつも、呆れ返った顔でそう問いかける。

 

「き……さま!」

 

元康は怒り心頭といった顔で、歯を食いしばり矛を構える。

 

「勝負だ! 俺が勝ったらラフタリアちゃんを解放させろ!」

 

「何故、貴様と闘わねばならん。仮に闘ったとして、わたしが勝ったらどうするつもりだ?」

 

「そんときはラフタリアちゃんを好きにするがいい!今までのようにな!」

 

「貴様に許可を貰う必要も、許可を取る筋合いも無いな。......覚悟も出来ていない貴様と闘う様な拳をわたしは持ち合わせていない。」

 

烈は、何かを失う覚悟を持ち合わせていないであろう元康に、城を後にしようとラフタリアを探す烈。

 

「モトヤス殿の話は聞かせてもらった。」

 

宴会客皆が開けた道の先から、国王が歩いてくる。

 

「勇者ともあろう者が奴隷を使っているとは……噂でしか聞いていなかったが、モトヤス殿が不服と言うのならワシが命ずる。決闘せよ!」

 

「亜人や獣人を奴隷としているこの国の、長である貴様がそれを言うか。」

 

話にならないとばかりに、国王を無視してその場を後にしようとする烈。

 

国王が指を鳴らすと、兵士達がラフタリアを囲んだ。

 

囲まれたラフタリアはただ黙したまま、成り行きを見守っている。

 

「........なんのつもりだ?」

 

烈の纏う空気が、冷たくなっていく。

 

「この国でワシの言う事は絶対! 従わねば無理矢理にでも盾の勇者の奴隷を没収するまでだ。」

 

「言っていることが、駄々をこねる子供そのものだな。拒否しても構わないが......良いだろう、乗ってやる。」

 

国王を睨みつけながら、了承する烈。

 

「決闘は、庭にあるコロシアムで行う!」

 

松明に照らされた庭にある、訓練用のコロシアムを囲む観客達は決闘を今か今かと待ち侘びていた。

 

槍の勇者対盾の勇者の一騎討ち。

 

一対一戦(タイマン)を望んだのは元康の方だった。

 

元康にも、人並みのプライドはあるようだ。

 

「では、これより槍の勇者と盾の勇者の決闘を開始する! 勝敗の有無はトドメを刺す寸前まで追い詰めるか、敗北を認めること。」

 

烈は元康をしっかりと見据えながら、半身になるも構えを取らなかった。

 

「矛と盾が戦ったらどっちが勝つか、なんて話があるが……今回は余裕だな。」

 

蔑むような態度をとって、烈を睨みつける元康。

 

「では―――」

 

この先、波を乗り越えていく上で鍵になる勇者の実力を見ておく。

 

烈は、こうなってしまった以上、逆に良い機会だと考えた。

 

「勝負!」

 

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 

元康は矛を構えながら、烈に向かって突っ込んでくる。

 

烈は立ち止まったまま、矛先、全身、目の動き等を鋭い眼光で見つめ、あらゆる攻撃を想定しながら、じっと待つ。

 

「乱れ突き!」

 

元康がそう叫ぶと、1つの突きが幾つにも分かれて烈を襲う。

 

しかし、全てが同時に、という訳ではなくタイミングはバラバラだ。

 

言ってしまえば高速の連続突きに他ならず、烈は矛先を見据えながら一つ一つを、最小限の動きで躱す。

 

「な!?全部避けただと!?」

 

「......どうした?攻撃をしてこないのか?」

 

唖然とする元康に、拍子抜けした様な顔で問いかける烈。

 

「く、うおらぁぁぁ!!」

 

烈の問いに、ハッと我に返り渾身の力を込めながら、突き、斬り、払う。

 

しかし、その全てを、今度は盾を使い受け流し捌き切ったタイミングで、盾を振り打撃を加える。

 

「ぐっ、おぉぉぉ!!」

 

元康は辛うじて矛で受け止めるが、3m程、後方へ地滑りする。

 

「な、何で......何でそんなに攻撃力があんだよっ!?」

 

烈の盾による打撃の重さに、思わず叫ぶ元康。

 

「鍛錬の賜物、としか言い様がないが......」

 

烈は律儀に答えながら、盾と元康を何度か交互に見比べる。

 

「......止めにしよう、元康。実力の差はハッキリしただろう。......負けを認めるんだ。」

 

烈は戦闘態勢を解き、腕を広げ、目を見詰めて諭す様に投げ掛ける。

 

「ふ、ふざけんな!!俺はまだ、負けてねぇ!!まだ、本気を出してないだけだッッ!!!」

 

烈の言葉に激昴する元康は槍を構えながら、叫んだ。

 

「......仕方あるまい。ならば、本気とやらを出して攻撃して来い。......ハンデだ、わたしは避けもしないし、盾も使わない。」

 

構えながら、躙り寄る元康に対し、悠然と歩いて近付き仁王立ちする烈。

 

「どうした?貴様の間合いに入ったぞ。」

 

烈は、抵抗の素振りも見せずに、ただ元康に合図とも取れる言葉を投げ掛ける。

 

「舐めやがってッッ!!俺相手に舐めプした事を後悔させてやるッッ!!!瞬速突きッッ!!!」

 

元康は烈の言葉に、鬼の形相で怒鳴り、しかし、冷静さは失っていないのか、現時点で最速最強のスキルを発動する。

 

烈は、決して相手を侮る様な真似をする人物ではない。

 

拳雄、魔拳とまで称される烈は、相手を過大評価も過小評価もしない。

 

ただただ、己の分析通りの闘い方をするまでだ。

 

故に、元康の誇る最強の矛は烈には届かない。

 

元康の矛が、烈に襲い掛かるその刹那、槍の柄を確りと掴み、届く前に止めたのだ。

 

「どうした、これは貴様の領分だろう。」

 

「な、なんで―――」

 

「痛いぞ?......墳ッッ。」

 

元康の言葉が終わらない内に、槍の柄を引っ張り、近付いてきた所を、左の拳にて右肋骨に打ち込む。

 

「〜〜ッッ!?ガハァッ!!!」

 

元康の装備している魔法銀鉄製の鎧の腹部を貫き、鎖帷子ごと脇腹に到達した拳は肋骨をへし折って、元康を吹き飛ばし壁に激突させる。

 

あえて、肋骨という硬い所を狙う事で、内蔵へのダメージを軽減させたが、それでもかなりの重症だ。

 

言葉を失っていた観客達から、悲鳴が上がる。

 

だが、そんな事よりも、烈には感心している事があった。

 

((今の感触......肋骨を砕くつもりでいたが......親父さん、いい仕事をしているな。))

 

元康の鎧は硬さは勿論の事、靱やかさも持ち合わせており、それが吸収剤の代わりとなって、ダメージを軽くしていた。

 

「ぐぅ......ま、まだ......負けてねぇ......」

 

それ故に、ゆっくりとだが、元康は立ち上がった。

 

だが、既に満身創痍の身体は、立っているのがやっとの状態だ。

 

「ほう......意識は手放さなかったか。」

 

烈は、ゆっくりと歩いて、元康に近づいて行く。

 

「確かに、貴様は勇者故に、多少の才はあるのだろう。だが、その程度だ。......悪い事は言わん、槍の握り方からやり直せ。」

 

間合いに入ると、そう言って、顔面に打ち込んだ。

 

元康は、再度吹き飛び、鼻の骨と前歯が折れ、今度こそ意識を手放した。

 

元康の身体を運んでやろうと近付く烈に、マインと国王が叫ぶ。

 

「モトヤス様を守って!!」

 

「盾の勇者を捕縛せよ!!」

 

兵士達が槍を構えると同時に、魔法部隊が、烈に魔法攻撃を仕掛ける。

 

「いやぁぁ!?モトヤス様ぁぁぁ!?な、なんて事するのよッッ!?」

 

烈は、元康を掴んで、自身を守る盾として使用する。

 

「わたしは盾の勇者だ。盾を使って何が悪い。」

 

悪びれる様子もなく、淡々とそう返す烈。

 

「た、盾って!?モトヤス様じゃないッッ!!!」

 

「発想が貧困だぞ?その場にある物を利用するのは、闘いの基本だ。」

 

元康を放り捨てると、烈はそう答える。

 

「うぅ......俺......烈に殴られへ.....?」

 

先程の魔法の衝撃で、元康が目を覚ました様だ。

 

「気が付いたか。......もう一度言うが、ラフタリアは奴隷じゃない。わたしの大切な1番弟子だ。」

 

「な、なにを言っへ......」

 

「何処で聞いたかは知らんが、お前の勘違いだぞ?確かに、わたしは奴隷商から彼女を買い取ったが、奴隷紋も刻んではいないし、闘う事を選んだのも彼女だ。」

 

魔法攻撃は元康をも巻き込むと悟ったのか既に止んでおり、槍を向ける兵士達も先程の闘いを見て、中々近付く事が出来ずにいた。

 

それを利用して再度、元康に事の顛末を説明をする。

 

「れ、れも......まるひぃが......」

 

「マルヒィ?誰だそれは。」

 

「お、お前が襲っは、女の子らよ!!王女さまらっはんら。」

 

歯が折れている為か、舌っ足らずにそう答える元康。

 

「ほう、奴が......」

 

少し考える様にそう烈が呟くと、客席の方で人が吹き飛ばされている。

 

「な、なんら!?」

 

「......彼女を怒らせた様だな。」

 

驚く元康と、やれやれといった様子の烈。

 

「か、彼女っへ......?」

 

「無論、ラフタリアの事だ。」

 

現在から遡る事数分前、ラフタリアは兵士達に槍を向けられ取り囲まれていた。

 

「無抵抗の者に槍を向けるなんて......どういう事です?」

 

「盾の勇者のせいで、槍の勇者様の身が危ない!お前を人質に取れば、奴も手出し出来ない筈だ!」

 

ラフタリアの問いに、興奮した様子で答える兵士。

 

「その様な行いが、あなた方だけでなく、槍の勇者様の名前をも傷付けると分からないのですか?」

 

ラフタリアが兵士に、諭す様に言い聞かせる。

 

「盾の奴隷の分際で、偉そうにッッ!!」

 

ラフタリアの言葉に、さらにヒートアップして怒鳴りつける兵士。

 

「それから......槍を向けるからには、覚悟出来てるんですか?」

 

「ああッッ!?何言ってんだッッ!?」

 

槍を向けられながら平然とした様子で問いかけるラフタリアに、恫喝しながら槍を眼前に突き付ける兵士。

 

「それは脅しの道具じゃない、と言ったんです。」

 

「貴様、この状況が―――」

 

ラフタリアの答えにさらに兵士が恫喝しようとした瞬間、ラフタリアが槍の柄を掴み引っ張ると、体勢が崩れる兵士。

 

「葉ぁッッ!!」

 

前のめりになった兵士の顎に、ラフタリアは剣を瞬発的に抜く事で柄の部分をかすらせる。

 

前のめりになる事で首が伸びきり、そこへ顎先を掠める打撃が加わる事で、脳が何度も頭蓋に激突し、兵士は膝から崩れ落ちた。

 

「か、かかれぇぇッッ!!」

 

兵士が倒されたのを見て、他の兵士達が号令の下、ラフタリアに襲い掛かる。

 

「その1、不用意に大振りをしてはならない。」

 

一撃で倒そうと大振りになっている兵士数名の攻撃を、難なく躱して、素早く剣の腹で攻撃を入れるラフタリア。

 

「その2、武器に頼りきりで他の部位での攻撃を疎かにしてはならない。」

 

槍での攻撃に、一心不乱になる兵士達にの槍を踏んで打撃を打ち込む。

 

「その3、自分の間合いよりも懐に敵を入れてはならない。」

 

槍に自信のある兵士の鋭い突きを躱しながら、懐に入りカウンターで鉄山靠を使い、吹き飛ばす。

 

「あなた達は、基本がなっていませんね。」

 

倒れ伏す兵士達に、呆れた様にそう言うラフタリア。

 

「おっと、そこまでだ。」

 

「剣を納めてください、ラフタリアさん。」

 

剣を構えながら現れる錬と、投降を呼び掛ける樹。

 

「勇者様2名ですか......降伏せざるをえませんね......」

 

ラフタリアはそう言って、剣をゆっくりと錬に投げて―――

 

「......なんて、諦めると思いますか?......いぃぃやぁぁぁッッ!!!」

 

―――瞬時に錬の方向へ飛込み、投げた剣をキャッチして、回転斬りを放つ。

 

「ぐッッ!?」

 

ラフタリアの剣を、己の剣で受け止める錬。

 

「扮ッッ!!!」

 

ラフタリアは、そこから流れる様に、肘鉄を錬にぶち込むが、辛うじて脇を絞めて防御する錬。

 

「流石は勇者様、これを防がれるとは思いませんでした。」

 

((なんて、速さと重さだッッ!?くそっ、腕全体が痺れて、剣をうまく握れないッッ!?なんでこんな子が......))

 

錬は無言のままだが、内心では驚愕していた。

 

「何故攻撃してくるんですか、ラフタリアさん!?」

 

「何故?おかしな事を言いますね......私は身を守っているだけですよ。」

 

樹の問い掛けに、目を見据えながらそう答えるラフタリア。

 

「あなた方が、私や師父様を陥れようとしたり、理不尽に攻撃を加えてくるので抵抗しているだけです。」

 

「兵士達は、槍を構えていただけじゃないですか!?」

 

「無抵抗の者を多数で取り囲み、凶器を突き付けて恫喝するのを攻撃と言わず、何と言うんですか?」

 

そんなやり取りをしているラフタリア達を見ながら、心底驚く元康。

 

「な、嘘......はろう......?」

 

「彼女には、とにかく、剣の基本をみっちり叩き込んだ。ろくに鍛錬をしていない連中では、歯が立たんだろう。」

 

烈は当然だといった様子で、元康に答える。

 

「な、基本らけへあんなに強い(ふよい)わけないらろう!?」

 

「ふん、基礎を疎かにしている者には分からんだろうな。」

 

元康の抗議に、鼻を鳴らして馬鹿にした様に答える。

 

「ところで、どうするんだ。貴様が負けを認めん限り、この状況は続きそうだが?」

 

「あ......」

 

元康が周りを見渡すと、混乱の極みといった様相だった。

 

「みんな、待っへくれッッ!!!」

 

会場中に元康の声が響き渡る。

 

「俺の負けら、みんなやめへくれ。」

 

「モトヤス様!?」

 

「ルール違反は何も無い。俺の完敗ら......今回はな。」

 

マルティの縋るような態度に、悔しそうにそう返す元康。

 

「モトヤス殿がそう言うのなら仕方ない......」

 

落胆した様子の国王。

 

「此度の決闘、まことに遺憾だが、盾の勇者の勝利とするッッ!!!」

 

国王のこの一言で決闘は終わった。

 

矛盾の条件を満たしていない、盾の圧勝という形で。



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故郷の味

勇者達は決闘の後、客間にて夜を過ごし翌日の朝に謁見の間に集められた。

 

「では今回の波までに対する報奨金と援助金を渡すとしよう。」

 

どうやら毎月決まった金額の援助金の他に、なんらかの活躍に応じた報奨金も出るようだ。

 

「モトヤス殿には活躍と依頼達成による期待にあわせて銀貨4000枚。」

 

元康は国王の前まで移動すると、国王の側近から大きな金袋を受け取り満足気に笑みを浮かべる。

 

国お抱えの魔法使いの腕が良かったのか、折れた前歯や鼻等は完治したらしい。

 

「次にレン殿、やはり波に対する活躍と我が依頼を達成してくれた報酬をプラスして銀貨3800枚。」

 

錬も側近から金を受け取るが、元康とマルティを交互にちらりと見遣り、不服そうに鼻を鳴らす。

 

「そしてイツキ殿……貴殿の活躍は国に響いている。よくあの困難な仕事を達成してくれた。銀貨3800枚だ。」

 

樹も同様に金を受け取り、錬ほど露骨ではないがどこか不満そうな顔をしていた。

 

「盾、貴様には援助金として銀貨500枚......だが、昨日の決闘によりモトヤス殿や兵士達に負わせた傷の治療代や装備の修復代を差引いて、ゼロだ。」

 

国王が忌々しげに烈を見ると、とんでもない事を言ってのける。

 

烈は口を開こうとしたが、意外にも元康が割って入った。

 

「待ってくれ王様!昨日の決闘は俺が望んでやった事だ!差っ引くなら俺の金から差っ引いてくれ!」

 

「その必要はありませんわ!あの決闘のルールとして、負けを認めるか、トドメを刺す寸前までだったはずです!盾の勇者は既に倒れたモトヤス様にトドメを刺そうとするどころか、止めに入った我々の魔法に対する盾に使ったんですよ!?それに盾の奴隷は、先に我が軍に攻撃を仕掛け負傷させた挙句に、他の勇者様にまで襲いかかったんです!」

 

国王にそう進言する元康に、今度はマルティが話に割り込む。

 

「そ、それは.........」

 

マルティの言葉に言い澱み、言い包められそうになる元康。

 

「俺の目にはトドメを刺そうとしてるようには見えなかったし、元康が倒れた時点で、烈の勝ちを認めてやれば良かっただけの話じゃないのか?それに、樹はどうだか知らないが、俺はラフタリアが兵士を殺しかねない勢いだったんで止めに入っただけだ。今回は、あんたらが悪い。」

 

錬がマルティに向かってそう言い返す。

 

「そうですね。あの時は、ラフタリアさんがあまりに強くてああ言ってしまいましたが、僕も同意見です。王様、お金を払ってあげるべきです。」

 

錬に続いて、樹が国王にそう意見する。

 

「ぐ.........わかった。盾の勇者に援助金として、銀貨500枚を支払おう。だが、それだけだ。話は終わりだ、さっさと去れ!」

 

国王が苦虫を噛み潰した様な顔でそう言えば、側近が金袋を放る様に手渡し、吐き捨てる様に国王がそう続ける。

 

「言われなくとも、そうする。」

 

「ええ、こんな所で無駄な時間を過ごしてる暇はありませんからね。」

 

国王など眼中に無いという態度の烈に、嫌味を言いながらあとに続くラフタリア。

 

「ちょっと待て、烈。」

 

城を後にしようとする烈達を呼び止める錬。

 

「何だ?」

 

「そのチートの盾はどこで貰った?」

 

振り返る烈に、唐突にそう問いかける錬。

 

「チート?何のことだ?」

 

あまり聞き慣れない言葉だが、確かズルだとかそういった意味であると思い返す烈。

 

「隠したって無駄だぞ。盾にそんな攻撃力があるわけねぇ。」

 

「そうですよ。どこで手に入れたんです?.......いや、言い方を変えましょう。どこで神様に出会ったんですか?」

 

元康と樹がさらに先を続ける。

 

「貴様らは、本当に何を言っているんだ?」

 

訳がわからないと、烈がそう返す。

 

「盾の貴方がこんなに強い筈がありません。それに、ラフタリアさんも強すぎます。神様に会ってその力を貰ったのでしょう?僕達はもっと強くなれる筈なので教えて下さい。」

 

「......何を勘違いしているのかは知らんが、ラフタリアが強くなったのも私の力も、鍛錬の成果だ。......心当たりがあるとすれば、海王の矜恃というスキルくらいか。」

 

樹の言葉に溜息を吐きながらも、思い至った事を教える烈。

 

「何だそれは?」

 

「海王の矜持と言うのは......」

 

続いて錬の質問に、スキルの効果を答える。

 

「そんな便利なスキル聞いた事がないぞ。」

 

「そうですよ、やっぱりチートじゃないですか。」

 

元康と樹が口を揃えて烈に文句を言う。

 

「.......チートチートと言うが、貴様らの成長速度とそう変わりないだろう。貴様らの実力を見る限りでは、攻撃力の成長で言うなら貴様らの方が上だ。」

 

「何を言うんだ!俺なんかよりずっと強いじゃねぇか!」

 

烈の答えに納得いかないのか、食ってかかる元康。

 

「それは仕方ないだろう。わたしが言うのもなんだが、前の世界において鍛錬を欠かさなかったわたしと素人の貴様らでは、そもそもの筋力に違いがあって当然だ。」

 

「それは.......まぁ、そうかも知れないが........」

 

烈の的確な指摘に、言い返せない元康。

 

「だと、してもだ。ラフタリアの強さの説明がつかない。」

 

「そうですよ。それに、スキルを手に入れた理由にもなってません。手に入れる方法を教えてください。」

 

元康に代わって話に入る錬と樹。

 

「ラフタリアだってステータスとやらで見れば、貴様らよりだいぶ劣るだろう。貴様らが彼女に押されていたのは技術(わざ)の差に他ならん。それと、スキルについてはわたしにも分からない。.......もう、行くぞ。」

 

「あ、ちょっと.......」

 

烈はそう言い残すと、制止を振り切ってその場を去る。

 

「まったく.......自分より強い者は全てズルで済ませようとするのは、困りものだな.......」

 

「そうですね。鍛錬すれば、すぐにでも私なんかより強くなれるでしょうに.......ところで、何処に向かってるんでしょうか?」

 

歩きながら、そんな話をしている烈とラフタリア。

 

「ああ、奴隷商の所だ。奴隷紋の事を聞きたくてな。国王の態度を見るに、奴隷の呪いを解くことが出来る様だった。逆もまた然り.......では、困るのでな。」

 

ラフタリアにそう答えながらしばらく歩くと、奴隷商のテントへと着いた。

 

「これはこれは勇者様、御用向きで?」

 

奴隷商は烈に気付くと、仰々しい動作で出迎えて来た。

 

「おや?」

 

奴隷商はラフタリアを見るなり近寄ってくる。

 

「これは、驚きの変化ですな。あの薄汚いラクーン種がこれほど上玉に育つとは.......」

 

ラフタリアを観察する様に見ながら続ける奴隷商。

 

「これ程の上玉なら、非処女だとしても金貨7枚.......で、どうでしょうか?」

 

「私は売られるつもりはありません!それと、私は処女です!」

 

奴隷商の物言いに、ラフタリアが抗議の声を上げる。

 

「なんと!では金貨15枚に致しましょう。本当に処女かどうか確かめてよろしいですかな?」

 

「.......戯れもその辺にしとけ。死にたくはないだろう?」

 

更に続ける奴隷商に、烈が止めに入る。

 

「おやおや.......怒らせてしまいましたか?」

 

「わたしではなく、彼女だ。」

 

烈の方を見る奴隷商に、ラフタリアの方を示す烈。

 

奴隷商も危ない橋を渡ってきた為か並の冒険者よりは強いのだが、それを踏まえた上での発言だ。

 

「もう、それほどまでに育て上げられましたか!後学のためにも、コツを伺っても?」

 

「簡単な事だ。無理強いをしているのと、自分の意思で学ぶのとでは、違いが出て当然だろう。」

 

興奮を隠しきれない奴隷商の問いに、さらりと答える烈。

 

「ふふふ、大変勉強になります。やはり貴方は私共とは異なりますが、私の思った通りのお方の様です。」

 

「どういう意味かは知らないが、褒め言葉と受け取っておこう。そんな事より、本題なんだが.......」

 

烈は掴み所のない奴隷商に、話を打ち切って本題に入ろうとする。

 

「城での一件は聞き及んでおります。まずは闘いの勝利、おめでとうございます。.......して、奴隷紋に関しての事ですかな?」

 

「ああ、その通りだ。わたしは彼女に奴隷紋を施してはいないが、他の誰かが無理矢理に奴隷紋を施す事は可能なのか?」

 

ニヤリと笑みを浮かべて仕事の顔になる奴隷商に、真剣な顔で問い掛ける烈。

 

「結論から言えば、可能です。まず、奴隷紋を刻むには最初に下地となる強い呪いを施す必要があります。これには、相手が子供であるとか、心身の酷い衰弱状態であるとか色々条件が必要となりますが........いずれにしても、彼女はその最初の呪いが刻まれた状態にあります。それ故、専用のインクに所有者となる者の血が必要になりますが、出来ないこともないのです。例えば国王様ですとかね。」

 

「なるほど.......で?それを出来なくさせる方法はあるのか?」

 

奴隷商の説明に、やはりと言った顔で次の質問をする。

 

「もちろんありますよ。2通りありますが.......勇者様のお好みの方法であれば、基本の呪いを解く方法でございますね。高位の魔法故、かなり金額を頂きますが.......銀貨500枚でどうでしょう。」

 

「構わん。支払おう。」

 

奴隷商が烈の反応を伺えば、烈はそう即答する。

 

「ありがとうございます。準備もあります故、さ、どうぞこちらにお掛けになって下さい。そういえば、なかなかに珍しい茶を手に入れましてね。」

 

奴隷商に促されて、椅子に座る烈とラフタリア。

 

奴隷商が配下の者に指示すると、テーブルに茶が運ばれてくる。

 

「これは.........この色、花や果実を想わせる芳醇な香り、甘みのあるスッキリとした味わい.........烏龍茶かッッ。」

 

思わぬ所で故郷の味である、中国茶に出会い驚きを隠せない烈。

 

「はて.........?この茶はフィーロン茶と言いまして亜人の国シルトヴェルトにて作られていると聞いてます。その中でもこのフィーロン茶は特に出来の良いものらしく、神鳥フィーロン茶と呼ばれているそうで。」

 

烈の言葉に疑問符を浮かべながらも、そう説明する奴隷商。

 

「私も飲んだ事があります。ここまで高級な物ではありませんでしたが、村のおじさんが趣味で作ったのを分けてもらいました。師父様の世界にもこの様なお茶があるんですか?」

 

ラフタリアが少し懐かしそうに話しながら、そう烈に問い掛ける。

 

「ああ、香りや味わいが若干異なるが、わたしの故郷中国で作られるお茶にそっくりだ。」

 

「と、準備が整いましたので、始めましょうか。」

 

お茶を飲みながら話しているうちに、準備が整った様だ。

 

ラフタリアを台に寝かせて、魔道士らしき者達が数名で囲う。

 

「う......く......」

 

解呪には多少の痛みがともなうようで、歯を食いしばり耐えるラフタリア。

 

しばらくすると、ワイングラスの割れる様な音がして、光の粒がラフタリアから溢れて霧散する。

 

「ハイ、終わりました。」

 

「ああ。所で、あれはなんだ?」

 

烈は、木箱の中に入った卵が気になり問い掛ける。

 

 

「ああ、あれは私共の表の商売道具ですな。」

 

「表の商売とは?」

 

「魔物商ですよ。」

 

表でも、似た様な商売をやっているようだ。

 

「魔物?........そういえば荷馬車を引いている鳥がいたが、あれもそうか?」

 

「はい、あれも魔物使いが育てた魔物です。私の村にも食肉用の魔物をたくさん育てている方がいました。」

 

「なるほど、こちらの世界では畜産業を魔物で行っているわけか。」

 

ラフタリアの答えに、烈は1人納得する様に頷く。

 

「それで、あの卵を売っているのか?」

 

「魔物は卵からじゃないと人には懐きませんからねぇ。こうして卵を取引してるのですよ。」

 

「刷り込みを利用しているわけだな。」

 

「既に育てられた魔物の方の檻は見ますか?」

 

烈が興味を持ったと見るやいなや、勧めてくる魔物商。

 

「興味が無いわけでは無いが、今回はやめておく。それより、あの看板は何だ?」

 

矢印と数字らしきものが書かれているが、烈は生憎とこの世界の文字は読めない。

 

「銀貨100枚で一回挑戦、魔物の卵くじですよ!」

 

「ほう、それなりの金額を取るのだな。」

 

薬草や薬や魔物狩りで多少の蓄えがあるとはいえ、大金である。

 

「高価な魔物ですゆえ。」

 

「参考までに、あの.........馬車をひいている鳥で幾らくらいになる?」

 

「フィロリアルですね。……成体で200枚からですかね。羽毛や品種などで左右されます。ハイ。」

 

「なるほど.........だが、くじというからには他の魔物も含まれているのだろう?」

 

「ええ、勿論です。当たりの魔物は勇者様に分かりやすい言い方ですと、騎竜ですね。金貨20枚に相当する魔物でございます!」

 

当たりを強調してそう説明する魔物商。

 

「キリュウ.........騎乗する竜といった所か。当たりの確率はどのくらいだ?騎竜だけでいい。」

 

「用意した250個の卵の内1つですね。」

 

1/250、0.4%の確率である。

 

「見た目や重さで分からないよう強い魔法を掛けております。ハズレを引く可能性を先に了承してもらってからの購入です。」

 

「かなりの徹底ぶりだな。」

 

「ええ、当たった方にはちゃんと名前を教えてもらい。宣伝にも参加していただいております。」

 

「どちらにしろ、相当な運の持ち主でなければ損をする仕組みだな。」

 

「十個お買い上げになると、必ず当たりの入っている、こちらの箱から一つ選べます。ハイ。」

 

「流石に騎竜とやらは入ってないのだろう?」

 

「ハイ。ですが、銀貨300枚相当の物は必ず当たります。」

 

魔物商のやり方はおおよそくじ引き商法と同じであり、コンプガチャや宝くじ等の手法で現代では厳しく規制されているものだ。

 

「やり口が悪どい気もするが........まぁ、物は試しだ。1つ貰おう。」

 

「ありがとうございます! 今回は奴隷の儀式代込みでご提供させていただきます。」

 

「買うのですか?」

 

「ああ、前から考えていたが援助金だけでは心許ない。今までは、薬草等を売って稼げたが拠点を移すとなると話は変わってくる。ならばいっそ、旅商をやるのも1つの手だと思ってな。商売をやるならばフィロリアルの様な荷馬車を引く魔物が欲しいところだし、当たらずとも愛玩対象がいるのも悪くはないだろう。」

 

烈はそういうと、右側にある1つを選択する。

 

「では、その卵の記されている印に血を落としてくださいませ。」

 

烈は言われた通りにナイフで指先を切り、選択した卵に血を落とす。

 

無理矢理に隷属させるのは嫌いな烈だが、魔物故に人を襲わないとも限らないので了承していた。

 

カッと赤く輝き、烈の視界に魔物使役のアイコンが現れる。

 

最低限の項目にだけチェックを入れる。

 

奴隷商が孵化器のような装置の扉を開け、その中に卵を置く。

 

「.........ラフタリア、君にはなんて書いてあるか読めるか?」

 

卵が孵化する時間が孵化器に示されているが、この世界の文字が読めない烈はラフタリアに聞いた。

 

「私も少ししか読めませんが..........明日には、数字がなくなりそうですね。」

 

ラフタリアは少し思案して、そう答える。

 

「ありがとう。では、また来るとしよう。」

 

「勇者様のご来場、何時でもお待ちしております。」

 

烈とラフタリアの2人は卵を持って、テントを後にした。



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