五等分の花嫁 √中野三玖 (おとぎの)
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#1 コップ一杯の水では午後の授業を乗り切れない

「焼肉定食、焼肉抜きで」

 

 昼休み。

 全校生徒の約半分が食堂に集まるこの時間。

 俺はいつものメニューを食堂のおじさんに伝える。

 数十秒後、出てきたのはライス、味噌汁、たくあんの乗ったトレイ。焼肉定食焼肉抜き(200円)。大多数の生徒が知らないが、これがこの学校においての最安値の注文の仕方だ。

 

 ライスのみの注文より味噌汁とたくあんが付く分遥かにお得。しかも設置されてるウォーターサーバーから出る水は無料。全く、食堂最高だぜ!

 

 自分のトレイを持って、俺はウォーターサーバーへと足を運ぶ。

 以前、この食堂の最安値は焼肉定食焼肉抜きではなく、このウォーターサーバーからでる水(0円)なのでは? と思ったことがあったがダメだった。腹は一瞬膨れるが、一瞬だ。5,6時限など腹が減って授業どころじゃない。

 何よりも勉強を優先する俺にとってそれは致命的だ。しっかり栄養を補給しないと頭も働かないしな。

 

 ウォーターサーバーに辿り着く。近くのテーブルに積んである紙コップを手に取り、蛇口に紙コップを近付けていく―――その時。

 

 

 ―――コツン、と。

 

 

 反対側から、俺と同じように水を求めて出された紙コップと俺の紙コップが当たった音だった。

 反射的に紙コップの持ち主を見る。そこには、ヘッドホンを首にかけ、少し驚いた様な顔をした少女がいた。

 

「あっ…お、お先にどうぞ…」

 

 なるほど。同志か。人口甘味料に侵されたそこら辺の生徒とは違う、この水の美味さが分かる者。初めての邂逅に若干の感動を覚えるが、しかしいくら同士とはいえ関わりすぎは危険。ここはお言葉に甘えて早々に立ち去った方がいい。

 

 水を注ぎ、俺は控えめに会釈を返しその場を立ち去ろうとする。しかし。

 

「おい、早く行こうぜ!」

 

 肩に、ドンッ と衝撃が走る。

 目の前に見えるのは紙コップから放たれ、俺へと向かってくる水。視界の端に、あっ と口を開くヘッドホンの少女の姿をとらえる。

 昼時の食堂内。こんなに混雑してる場所でくらい落ち着いたらどうだろうか猿どもめ。今の奴らは人工甘味料に侵されているに違いない。

 

 そして水は俺の顔面を捉え、盛大に水を被った。

 

 ああ。もう何だか焼肉抜きだとかウォーターサーバーだとかどうでもよくなってきた。

 

 とにかく。

 

 

 ―――食堂最悪。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 俺はウォーターサーバーからさほど離れていない、いつも自分が食事をしている席に着く。·····濡れたまま。

 紙コップに入れていた水はかなりの量だったので、顔だけではなく衣類の一部まで濡れてしまった。

 

 胸ポケットの裏側に入ってるスマホは·····セーフ。しかし表に入れていた生徒手帳は濡れていた。

 お前がスマホを庇ってくれたんだな。偉いぞ。

 

「あの·····」

 

 しかしもうダメだな。食堂は。明日は妹のらいはにおにぎりでも作ってもらおう。

 ·····いや待てよ。らいはのおにぎりは·····実質無料!しかも渡される時に「お兄ちゃん、頑張ってね!」らいはスマイルも貰えるわけだ。

 これだ。これだよ。

 

「えっと·····」

 

 灯台下暗し。最適解は自分の一番傍にあったのだ。今まで気付いていなかった自分はどうにかしているな。

 帰ったら、らいはにお願いしてみよう。

 そう考えながらカバンから勉強道具を出そうとした時。

 

「なんで無視するの·····」

 

 目の前に頬を膨らました少女が座っていることに初めて気が付いた。ヘッドホンをかけている、さっきの少女。制服がこの学校の物では無いことに初めて気付く。

 なんか·····怒ってる?

 

「ど、どうしたんだ?ここは俺の席なんだが·····」

 

 怒ってると理解しながら出た言葉がそれだった。

 少女はため息をつき、ハンカチを差し出してきた。

 

「ん?なんだ?くれるのか?」

 

「違う·····さっきので、濡れてるでしょ·····」

 

 世の中人工甘味料に侵された猿ばかりでは無かったのだ。

 関わりすぎは良くないと思っていたが、さすがに濡れたまでは授業に支障が出るだろう。ノートも濡れてしまうかもしれない。なので俺は素直ににそのハンカチを受け取った。

 

「助かる·····洗って返すから·····あ」

 

 他校の制服。もしかしたら彼女にはもう会えないかもしれないのだ。だが時既に遅し。流石に女子のハンカチを肌に使うのは躊躇ったが、制服の水気を取るために使ってしまった。だが、彼女は俺の言いたいことを察したようで、

 

「私、今日の午後からこの学校に転入するから。あと、洗って返さなくて大丈夫だよ?」

「いや、でも·····すまん、いつかきっと埋め合わせするわ」

 

 少しの葛藤の末、彼女の言葉にまたしても甘えてしまった。

 

「大丈夫だって·····でも、そこまで言うなら·····」

 

 その時。

 

 グ〜、 と。

 

 可愛らしい音が彼女の言葉の続きを遮った。

 

「えっと·····そ、そうだ。昼休みの時間も限られてるんだし、メシ食っちゃおうぜ·····」

 

 顔お赤く染める少女。これは無反応に限る。俺は慌てて話題を変えた。

 しかし、自分のテーブルの対岸·····彼女の目の前には、何故か紙コップ一杯の水しかないことに気付いた。

 

 

 

 

 ·····。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも初めまして。フィヨルドです。

もし五つ子の転校初日に風太郎が出会っていたのが三玖だったらという話です。

やっぱり、最初のルート分岐はここかなぁと。

少しづつ文字数を増やしていきます。
これからよろしくお願いします(´・ω・`

Twitterやってます。よかったらどうぞどうぞ。
https://twitter.com/fiyoldA449?s=09


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#2 財布の中身は二十三円

「·····どうした?食べないのか?」

 俺の目の前には焼肉定食焼肉抜き。対面の少女の前には紙コップ一杯の水のみ。昼時の食堂の中では一際異様な光景だ。

 傍から見れば、どんな貧困生活を送っているのだろうと思われても仕方がない。

 

「ほら、その鞄の中にサンドイッチでも·····」

「そんなものは無い」

「·····そうか」

 

 無いものは仕方が無いな。俺は出しかけていた日本史のノートを広げ、食事をしながら勉強を始める。

 ああ美味いな。このライス、一粒一粒が立ってるぜ。さらに味噌汁との相性も抜群だ。味噌汁によって口の中ではらりと解けるライス。前言撤回、やっぱ食堂は最高だぜ!

 なんか目の前の少女がこっちを睨んでる気がするがそんなものは知らない。

 

·····。

 

「何故、こっちを見る·····」

「より厳密には、口に運ばれていくたくあんを見ていた」

「なんでだよ!」

「美味しそう」

「美味いけど·····ってそうじゃねーよ。なんで昼飯無いんだよ!」

「お金、家に忘れて来ちゃったから·····。本当なら二乃に·····お姉ちゃんに借りればいいんだけど、今日この学校初めてで·····」

 

 なるほどな。道理で制服が違うわけだ。

 

「そういう事か。転校生なんだな。んで、姉とははぐれてしまったと」

「うん·····ここ、人が多いからいるかなと思ったんだけどね」

「で、俺と会ったと。·····探さなくて大丈夫なのか?」

「うん。お昼食べたら教室行くだけだから大丈夫」

 

 この会話中、少女の視線は一時足りとも俺のライスから離れない。

 

「そうか·····ならいいんだが·····それは無自覚でやってるのか?」

「? 何が?」

「いや、いい·····」

 

 こんなにずっと視線を俺の食べてるライスに向けられては気になって勉強に対する集中も途切れる。俺の顔にもチラチラと視線がいく始末。

 

 はぁ。と小さくため息を漏らし、テーブルの上に置いてある財布を開く。中身は·····一円玉が3枚と十円玉が二枚。俺はそっと財布を閉じ、鞄の中にしまった。別に金を貸してやろうとかそういうわけでわない。ただ·····そう。財布の中身を確認しただけだ。

 

 ? と首を傾げる少女の視線が俺に刺さる。ああ止めてくれ。恥ずかしいからこっちを見ないでくれ。

 

 そして少し悩み·····俺は少し迷ったが、焼肉定食焼肉抜きの乗ったトレイを無言で少女の前に押しやった。

 自分でもらしくはないとわかってはいたが、ハンカチを貸してもらった手前、少女の無言の要求を無視するのは少々心が痛んだ。

 

「まだ半分残ってるから、俺の食いかけでよけりゃ食え」

「…! いいの?」

「…ああ。丁度次の授業の予習の時間もとりたいところだったしな」

 

 適当な嘘を言い、食べていいと少女に促す。

 

「そう·····うん、分かった。なら貰うね」

「おう」

 

 いただきます。と手を合わせ小さな声で言い、少女は食事を始めた。それを確認し、風太郎も勉強を再開する。

 それを見た少女は、食事をしながら話しかけてきた。

 

 

「昼休みにも勉強してるんだ·····勉強出来るの?」

「ああ。趣味は勉強と言っても過言じゃないな」

 

特に謙遜はせずに答える。勉強は素晴らしいぞ。

 

「そうなんだ·····私は勉強全然だから、少し羨ましいかも」

「授業は聞いてないのか?」

 

ノートにペンを走らせながら答える。

 

「ううん。別に聞いてないわけじゃないんだけど·····何だか頭に入ってこなくて」

 

 少女は箸を置く。どうやら食べ終わったようだ。時計を確認すると授業まであ10分を切っている。もう少しで予鈴がなるはずだ。

 俺はノートを鞄にしまい、教室に戻る準備を始める。

 

「まぁ、そんなに気にしなくてもいいんじゃないか?」

「? なんで?」

「まぁ、ほらあれだ。授業を真面目に聞かずに、()()()()()()()()()()()()織田信長だって、最後には天下に王手をかけたんだ」

 

 皮肉を込めて言ってやったぜ!

たまたまさっき勉強してた範囲が戦国時代だったからか、自然とそんな言葉が出てきた

。今の返しは自分でも上手いと思う。まぁ、最後は裏切られるんだけどさ。

 

「じゃ俺は教室戻るから。転校初日から遅刻しない方が良いぞ」

 

 そう言って俺は席を立ち、教室へ向かった。

久しぶりに女子と·····いや生徒と深く関わったな。

 

 あ、そういや名前す聞いてなかったな。けどまぁ、もう話すこともないだろう。

 

 

 

 後ろから呼び止める声は食堂の喧騒に掻き消え、風太郎に届くことはなかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「もう。すぐ行っちゃった·····」

 

 はぁ·····。と、少女、中野三玖はため息を吐く。

 

 目の前のテーブルに置いてあるのは、乾かすために開いて内側を下に向けている生徒手帳。

 

「あっ。名前、聞いてない·····」

 

 生徒手帳は私が持っているしかない。同じ学校なんだし、きっとまた会えるだろう。

 

 生徒手帳を保管しておこうと生徒手帳を手に取る。そこでカバンに入れる際、開いていた面が目に入り·····私は驚き目を見開いた。

 

 

 嘘·····。

 

 

 そこで見たのは生意気そうな金髪の男の子の写真。

 

 

 私が五年前に京都で出会った、男の子だった。

 

 

 上杉·····風太郎君·····?

 

 

 

 

 

 

 

 




 腹は減りすぎると逆に何も感じなくなりますよね。

漫画の10ページを4000文字かぁ。もう少し書くペースを上げなくては·····。

 次話も出来れば明日出しますので、よろしくお願いします(´・ω・`)


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#3 三玖が知る五月の秘密

どうも。フィヨルドです。
十話くらいまでは毎日投稿頑張りたいなぁ。
もっと出来るかなぁ·····そんな感じです。

風太郎の中で、三玖を『中野さん』と読んでいますが、まだ五つ子に出会ってない為です。最初から名前呼びは少し違和感がね·····。

それを踏まえて、どうぞ。


 

 プルルルル……。

 

 

 

 上杉らいは

 ――――――――――――――

 Re:

 ――――――――――――――

 今日も一人でご飯食

 べてる?

 TEL下さい(´・ω・`)

 

 

 

 らいはからメールが届いた。たった今五分前の予鈴が鳴ったところだが……ギリギリ行けるか。

 メールの通り俺はらいはに電話をかける。

 この時間に何だろうか。確か今日らいはの小学校は午前授業だったはず。家で何かあったか……だがメールの文面から不穏なことは感じ取れない。

 

 数回ダイヤル音が繰り返した後、らいはの携帯に繋がる。

 

「もしもしらいは? メールのことなんだが……」

「お兄ちゃん!! お父さんから聞いた!?」

 

 らいはの大声が俺の耳に響き、反射的にスマホから耳を離した。

 どうやらかなり興奮しているらしい。不穏なことではなく、ひとまず安心する。

 

「ど·····どうしたらいは?落ち着いて話してくれ」

「あ、ごめんね。うちの借金無くなるかもしれないよ」

「は?」

 

 唐突なことに俺は驚く。

 

「お父さんがいいバイト見つけたんだ。最近引っ越してきたお金持ちの家なんだけど、娘さんの家庭教師を探してるらしいんだ」

 

 ほう·····家庭教師か。しかし借金がなくなる程なのか?もしホントならぜひ受けたいところだが·····。

 

「アットホームで楽しい職場! 相場の五倍のお給料が貰えるって!」

 

 不穏なのはらいはではなく、今後の俺の未来らしかった。『アットホーム』『楽しい職場』『相場の五倍のお給料』短いらいはの言葉の中に怪しい言葉が三連続。正直不安でしかない。

 

「これでお腹いっぱい食べられるようになるね!」

 

 しかしらいはの嬉しそうな声に、既に退路は断たれていることを自覚した。

 

 らいはの言葉に反応して、ぐぅ。 となった自分の腹が憎らしい。

 あぁ。昼食あげるんじゃ無かった·····。5,6限は集中力を欠くことになるだろう。腹が鳴るのを誤魔化すので必死になるはずだ。多分。

 

「んでその娘さんってどんな奴なんだ?」

「え? 高校生の人だよ。お兄ちゃんの高校に転入するって言ってたし·····名前·····そう! 」

 

 

 

 

「中野さんって言うらしいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中野三玖です·····どうぞよろしくお願いします」

 

「·····!」

 

 

 驚いた。

 

 飯盗っ·····あげた人じゃん!

 

 

 顔やスタイルが良く転校生でお金持ち。教室の生徒はざわつき始める。だが俺は一人別のことを考えていた。

 

 らいはが言っていた特徴に全て当てはまる。

 つまり·····どうやら俺はあいつの·····中野三玖の家庭教師をやるらしい。

 

 一瞬黒板の前に立つ彼女を見ると·····あ、バッチリ目が合った。何故かキョトンとした表情をしていて·····すぐに目を背けられてしまう。

 

 俺食堂で変なこと言ったか·····?いや言ってないはずだ。むしろ昼食を分けたことが吉と出ただろう。彼女に変な印象を持たれると困る。上杉家の家計がかかっているのだ。

 

 中野さんは担任の教師に促され、そのまま俺の右斜め後ろの席に座った。

 

 

 さて、どうしたものか。

 もう関わることも無いと思っていた矢先、まさかこんなことになるとは。

 

 ·····食堂の最後、嬉嬉として皮肉ぶつけちゃったけど·····大丈夫だよな?

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「中野三玖です·····どうぞよろしくお願いします」

 

 

 

 彼がいた。

 思わず目を見開き、目が合い、少しして慌てて目をそらす。

 食堂でご飯を分けてくれた優しい人。

 

 

 生徒手帳、返さないと。それと。

 

 なんであの写真を持っているのか。

 風太郎君は金髪だったけど、でも彼は違う。

 もし、風太郎君の事を知っているなら、是非聞きたい。

 

 

 

 また、彼と話がしたいな。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 自分が住むマンションへ向かう帰り道。

 

 ぐぅ〜。

 

「お腹すいた·····」

 

 お腹がなるのは今日で2度目だ。

 

「·····? 珍しいわね。それ、いつもなら五月のセリフなのに」

 

 からかい混じりに隣を歩いている二乃が言う。

 

 一度目は初対面の男の人で恥ずかしかったが、今一緒にいるのは十六年以上一緒に過ごしてきた姉、一花と二乃だからあまり恥ずかしくはない。

 

「うん·····財布忘れちゃって」

「えっ!? てことは三玖、あんた昼食べてないの!? アタシの所に来ればお金貸したのに」

「強制絶食ダイエット法? あんまりおすすめはしないよ 」

 

 二乃が驚いた声を上げ、一花は一体何を言っているのか分からない。

 

「私は五月じゃないからダイエットは間に合ってる·····あと、昼はちゃんと食べたから·····」

 

 本人がいない所で体型を弄られる五月は不憫だと思う。まぁ言ったのは私だけど。

 いやそもそも五月が悪い。名前を書いておかないと食べ物はすぐに食べられてしまう。

 

 他の三人は知らないだろうけど私は知っているんだ。夜中に五月が冷蔵庫の中身をコソコソ漁っているのを。

 

「食べた? 財布を忘れたのに? 」

「うん。親切な人がいてね、半分分けて貰えたの」

「へぇ〜。親切な人いたもんね。でもアンタよく知らない人と話せたわね。どちらかというと苦手なタイプでしょ。会話とか」

「まぁそうなんだけど·····色々あって」

 

 ふーん。と二乃はこれ以上は聞いてこなかった。視線が前方にあるクレープ屋を捉えていたので、興味が移ったのだろう。

 

 しかし。

 

「男のにおいがするわね·····」

「えっ!? なになに?」

「長女の勘よ」

 

 一花の唐突な発言により二乃の興味は再び引く戻される。男と聞くと目が無いのが二乃だ。

 

 将来変な男にかかりそうなランキング五つ子の中で一位なのは伊達じゃないなと発言主の一花は思う。ちなみに五月は二位だ。

 

 

 

「三玖·····その食べ物をくれた人って、男なの?」

 

 

 

 はぁ。と私はため息をつく。

 

 こうなったら素直に話すしかない。特に隠すことでもないのだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二乃達は本気で心配しています。五月の体重増加を。

どうも。フィヨルドです。

話がたまに脱線するのは申し訳ない。
大丈夫です。次回からはちゃんと甘い感じになりますよ、多分。

次話もよろしくお願いします(´・ω・`)


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#4 五年前と今の私

少しづつ文字数を増やしていきます。
ではどうぞ(´・ω・`)


 

 

 

 

 私は何をしていたんだろう。

 

 学校から帰って今は自室にいる。

 

 

『五倍頑張ろうってこと! 私はみんなのお手本になるんだ』

 

 

 昔のことを思い出していた。

 

 私には、

 一花のような積極性は無く。

 二乃のように美味しい料理を作ることは出来ない。

 四葉のように運動神経が高くなければ。

 五月のように皆をまとめる力もない。

 

 食堂で食べ物を分けてくれた彼のように勉強も出来なくて。

 

 何も、出来なくて。

 

 

 私は五年前に京都で撮った写真を、黒薔薇女子の生徒手帳から、今日転校した学校の生徒手帳に移した。

 その写真に映っているのは、五年前の私と金髪の男の子、上杉風太郎君。

 同じ写真を何故彼が持っていたのか、生徒手帳を返す時に聞いてみよう。親戚とかに、風太郎君がいるのかもしれない。

 

 だけど·····。

 

 聞いたところで、私は何がしたいのだろう。

 堕落した今の私を見たら、きっと風太郎君は軽蔑する。

 

 例え彼が風太郎君の事を教えてくれても、何も出来ない私のままではとても顔を合わすことなんて出来ない。

 

 なら。

 

 今からでも間に合うだろうか。

 諦めるだけの自分は、もう辞めると決めた。

 

 父が言うには、どうやら明日から家庭教師が来るらしい。なら丁度いい。そこから始めよう。

 

 

 

 いつか風太郎君に、胸を張って会える自分になるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって風太郎君は、五年前に私が恋した·····私の初恋の人だから。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 どうやって話しかければいい·····?

 

 中野さんには特に変な印象は持たれてはいないはず。

 しかし、俺は中学生あたりから友達というものと全くと言っていいほど縁がない。

 他人と最低限しか関わって来なかった俺としては、他人と話すなど·····しかも異性となるとハードルがかなり高い。

 だがどうにかして話さなくては·····いやどうせ今日家庭教師で家に行く時に必然的に会うんだし、別に今でなくとも·····。

 

「では、授業を終わりにする。宿題の提出期限は守れよー」

 

 迷っているうちに授業終了の鐘が鳴り、教師が教室を後にする。

 昼休みになり食堂へ行く人、教室で弁当を食べる人と行動は様々だ。

 そして肝心の中野さんは·····まだ席に座っているな。周りには誰もいない·····迷っていてもしょうがないし、今行くしかないか。

 

 意を決して、ガタッ。 と席を立ったその時。

 

「三玖ー。一緒に食堂に行きましょう」

「あ·····うん。分かった」

 

 声の主は教室の扉の前には星の髪飾りを付けた女子生徒だ。

 中野さんが昨日言っていた、中野さんの姉だろうか。その女子生徒に中野さんはついて行ってしまた。

 

 ·····。

 

 敗因は俺の行動の遅さ。別に誰かと勝負をしているわけでわないが、無性にあの女子生徒に負けた気がする。

 まぁ中野さんの家で必ず会うんだし、別にその時でもいいだろう。

 

 

 気を取り直して俺も食堂に行くとするか。·····今日はなんと·····らいはの手作り弁当だからな!

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 どうやって声かけよう·····。

 

 昨日自分を変えると決めたばかりなのに·····そう簡単じゃないか·····。

 

 数学の教科書で顔を隠しながら彼を伺う。今日一日見てて思ったのだが、どうやら彼は相当勉強が出来るらしい。黒板に答えを書くように先生に指されても、問題なくスラスラと解くし、授業中も集中していて、気が散ることが全くない。私は盛大に気を散らされているけど。

 

「では、授業を終わりにする。宿題の提出期限は守れよー」

 

 考えがまとまらない内に授業が終わってしまう。

 

「三玖ー。一緒に食堂に行きましょう」

「あ·····うん。分かった」

 

 妹の五月も来てしまった。五月に連れられ、教室を出て食堂へ向かう。

 これは諦めて5,6時間目の自分を信じるしかない。なかなか言い出せない自分も悪いのだが、今は五月に妨害された気がするので·····少し嫌味を言ってやることにした。

 

 食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

 

「昨日の夜、何食べたの?」

「えっ!? ·····みんなで二乃の手料理を食べ·····」

「違うでしょ·····。貴女は11時くらいに冷蔵庫を漁って私の抹茶あんみつを勝手に·····」

「そ、それ以上は·····! そ、そうだ、プリン!食堂のプリン美味しいんですよ〜。今日は三玖にプレゼントしちゃいます!」

 

 姉が何も知らないと思ったら大間違いだ。

 

 

「太るから、要らない」

 

 

 隣にいる五月は口をあんぐりと開け、こちらを見て固まっていた。

 

 少し、やりすぎたかも。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「三玖が意地悪してきました」

「五月は一週間買い食い禁止よ」

「なんでですか!?」

 

 五月の悲痛な言葉に、二乃が容赦のない返答をする。

 

「アンタねぇ、自分の体は自分で管理するもんよ。目の前の皿を見なさい!」

 

 醤油ラーメン大盛り。チャーシュー半熟たまごトッピング。サンドイッチとデザートにプリン。

 

「明らかに1000キロカロリー超えてるわよ·····あぁ見ただけで胸焼けしてきそうだわ·····」

「運動とかよくする四葉がこれなら分からなくもないけど·····これはまずいよねー」

「一花まで!? 」

 

 私は食堂に来て、姉妹のみんなと合流していた。

 私の昼食はサンドイッチと抹茶ソーダ。昨日からマークしていた飲み物だ。

 日本の和を体現してると言っても過言ではない『抹茶』と主に人工甘味料と合わせた飲み物として売ってる場合が多い『炭酸』。相入れることのなかった二つが奇跡の融合を果たしたのだ。もちろん美味しい。

 

「て言うかアンタもだからね、三玖。なんでまだ生徒手帳返せてないのよ。今日時間あったでしょ」

 

 五月と言い合っていた二乃の矛先が私に向けられる。

 

「だって名前分からないし、なんて声掛けたらいいか·····」

「名前ぇ? そんなもん生徒手帳見ちゃえばいいじゃない」

 

 表紙に書いてなければ中にもないと思う。勝手に中身を見るのも悪いし·····。そう、まだ私は彼の名前さえ知らない。

 

「とにかく、三玖は生徒手帳を返す、五月は買い食いくらいは控えなさい!」

「「はい·····」」

「なんだかお母さんみたいですね」

 

 四葉がからかったように言う。

 

「誰がお母さんよ!」

 

 

 

 抹茶ソーダをまた一口。やはり落ち着く。家の冷蔵庫に常備してもいいかもしれない。

 

 そろそろサンドイッチを·····とサンドイッチを包む包装を取ろうとした時。

 

 偶然、目があったのだ。私の座っている席の向かい側から歩いてきていた。

 お昼分けてくれた優しい人。

 

「「あ」」

 

 いきなりの出会いに互いに固まってしまう。

 彼が手に持っているのは、昨日とは違い巾着袋。今日はお弁当を持ってきているのだろうか。

 

「ん? 三玖どうしたの?」

 

 手が不自然な形で止まっている私を見て、一花が声をかけてくる。そして私の視線の先に目を向けた。

 

「あの人だよ」

「え? 何が?」

 

 

「あの人が、私にご飯分けてくれた人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





五月は新しい学校周辺のラーメン屋を探しています。

どうも、フィヨルドです。

ようやく風太郎と五つ子を会わせることが出来ました。
こっからどんどん甘くしていきますよ。三玖頑張っちゃいます。

また明日も投稿するので、よろしくお願いします
(´・ω・`)


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#5 五年ぶりの再開

少し遅れてしまった。申し訳ない!

速度と文章力、良くなっていきたいなぁ。




「じゃあ、俺はこれで·····」

 

 目当ての人と目が会って、そしてわざわざ一旦引くのは自分でもチキンだとは思う。だが仕方の無いことだ。できれば中野さんに話しかけたかったが、周りを見ればわかる通り、中野さんは今姉含む友達と昼食を取っている。邪魔しては悪いだろう。

 

 決して異性が多く話しかけられなかったわけではない。

 さっさといつもの席に座ってらいはの手作り弁当を食べるとしよう。

 

「 い、行っちゃうの·····?」

 

 小さく、食堂の喧騒にかき消されてしまいそうな中野さんの声が、だがしっかりと聞こえた。

 このまま聞こえないフリをしてもよかったが·····再び中野さんと目が合い、立ち去ろうにも立ち去れなくなってしまった。

 

「いや·····」

「いいじゃん。席、探してたんでしょ? 私たちと一緒に食べていけばいいよ」

「邪魔するのも悪いだろ·····」

 

 中野さんと一緒に昼食を取っていたショートカットの女子が俺に声をかけてくる。

 俺の逃げ道がだんだんと塞がれていく。これだよ、女子特有の行動。男子はいつの間にかに選択肢を絞られ、結局従うしかなくなる。

 

「なんでー? 美少女に囲まれてご飯食べたくないの?」

「それ自分で言うか·····」

「彼女いないのに?」

「き、決めつけんな!」

 

 ついにショートカットの女子は席を立ち、俺の正面に回り込んで来る。

 

「三玖も話があるみたいだし、いいでしょ? ほら!」

 

 

 早速詰んだ。やはり恐るべし、女子。

 どうやら逃げ道は完全に断たれてしまったらしい。

 まぁ、どうせ中野さんとは話をしたかったのだ。女子の友達が沢山いるのは少し気まずいが·····ズルズルと後に引っ張るよりいいか。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 結局俺は中野さんと四人の友達と昼食をとることになった。

 

「三玖。取り敢えずあれ返しちゃいなさいよ。こうでもしないと出来ないんだから」

「うう·····」

 

 髪に蝶の羽のような髪飾りをした髪の長い女子が、中野さんに何かを返すように促す。

 俺に? 一体何を·····。

 そう言われ中野さんはカバンからあるものを取り出し、俺に差し出した。

 

「これ·····昨日忘れてたから」

 

 それは生徒手帳だった。慌てて胸ポケットを触るが確かに無い。何故今まで気づかなかったんだろうか·····。割と大切な物も入っているというのに。

 

「ああ、乾かしたままだったか。助かる·····それと·····」

「あの! 名前、なんて言うんですか!?」

 

 

 生徒手帳の中身は見てないか問おうとしたが、俺の対面に座っている、頭にうさぎの耳の形を模したリボンをつけた女子に声は遮られてしまう。

 生徒手帳に挟んである俺の昔の写真、あれはあまり見られたくないものだった。金髪で、なんだか恥ずかしいし。

 

「そう言えば中野さんにも俺の名前、まだ言ってなかったな」

 

 俺はうさぎリボンの女子の質問に答えた。

 

 

 

 

「俺の名前は、上杉風太郎だ」

 

 

 

 

「えっ·····」

 

 

 

 俺が名前を告げた途端、何故か中野さんが驚いていた。

 ·····?別に変な名前ではないと思うが·····一体どうしたんだ?

 

「何よ三玖、この人知ってるの?」

「え?·····えっと·····」

 

 蝶の羽の髪飾りを付けた女子が中野さんに問いかける。だが驚いていた本人は上手く答えられていない。

 

「はい! 私知ってますよ! 確かテストで毎回満点とっちゃう人ですよね!」

 

 っ!そういうことか。というかやはり恐ろしいな女子。転校二日目にして俺の噂を知っているとは·····。あること無いこと言われてないよな·····?

 

「えっ! なんでそれ知ってんだよ! あー恥ずかしい!」

「何? 私たちに対する嫌味かしら、それ。」

 

 嫌味? いや別にそういうわけではないが·····。

 

「あとそれと、何よその『中野さん』って。一体誰のことを指してるのかしら?」

「上杉さんは、まだ私たちのこと知らないんじゃないんですか?」

 

 と、星の髪飾りを付けた女子。ん? 知らないって何がだ? なんだか俺と向こうで認識の違いがある気が·····。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから『中野さん』じゃ誰なのか分からないってこと」

 

 ちなみに私は()()二乃よ。―――と。

 

 

 一瞬なんのことかわからずに思考が停止する。しかし俺の日頃から鍛えている脳は今の言葉と俺の記憶を照らし合わせ、正しい解を導き出した。

 

 

 ―――最近引っ越してきたお金持ちのお家なんだけど。

 

 

 ―――相場の五倍のお給料が貰えるって!

 

 

 ―――名前はなんだっけ·····。そう!

 

 

 

 ―――()()さんっていうらしいよ。

 

 

 

 つまり、そういうことらしい。

 

 

「この乱れたショートヘアが一花」

「乱れてるって何!?」

 

 紹介された一花不満そうに頬を膨らます

 

「こっちの薄いヘッドホンが三玖·····ん? 三玖ー?」

「·····」

 

 俯いて元気がないように見えるが·····大丈夫か?

 

「まぁいいわ。この悪目立ちしてるリボンは四葉」

「二乃はそんな風に思ってたんですか!?」

「この人がどんな印象持てるか予想してるだけよ」

 

 ·····否定はしない。

 

「そしてこの大食いが五月よ。これに関してはみんなが同じことを思っているわ」

「男子に向かってそういう紹介はやめて下さい!」

 

目の前で大盛りラーメン食べててよく言うな。·····スープまで飲み干してるし·····。

 

 

 驚いた。性格はバラバラっぽいが、確かに顔は似ている。

 肝心なことが明らかになったところで、どうやら俺も腹括る時が来たようだ。こんなところでつまづく様じゃこれから先、五人の相手なんて到底無理だろう。

 

俺は、意を決して五人に質問した。

 

「変なこと聞くかもしれないんだが·····今日から家庭教師が来たりしないか·····?」

 

「来るけど·····ってなんでアンタがそんなこと知ってるのよ!」

 

 ―――あーやっぱりか。

 

 これは覚悟決めないとなぁ。

 

 相場の五倍ってそういう意味ね。

 

 要するに、

 

 俺はこの五つ子全員の家庭教師をするってわけだ。

 

 

 

 

「いや·····どうやらその家庭教師·····俺っぽい」

 

 

「「「「えっ?」」」」

 

「う·····そ·····」

 

 その時。

 

 ガタッ という音を鳴らし三玖は勢いよく立ち上がった。

 

 

「私、先に教室に戻ってるね·····用事、あるから」

 

「え?」

 

 

 俺が振り向いた時には、三玖の姿は既に見えず、

 

「アンタ三玖に何したわけ·····?」

「いや·····俺自身身に覚えがないんだが·····」

 

 やっぱ俺、嫌われてんのかな·····?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ会いたく無かったはずなのに。

 

 嬉しかった。

 

 五年たっても私の気持ちは全然変わってなかったんだ。

 

 

 

 顔に帯びた熱は、授業までに覚めるだろうか·····。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彼女がいないと何故バレた?

どうもフィヨルドです(´・ω・`)

五つ子集合時の会話難しい·····。

それと、

☆9評価
いっぱんぴーぽーさん、ユンパロンゼトンさん
☆8評価
モジーさん

ありがとうございます!
明日も投稿するので、よろしくお願いします。


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#6 あのラーメン屋·····チェックしておきましょう。

すいません。風太郎の五年前のエピソード、アニメにはギリギリ入ってないんですね·····。原作既読推奨のタグを付けておきました。気づかせてくれた人、ありがとうございます(´・ω・`)


 

「アンタのせいで三玖が逃げちゃったじゃない」

「だから俺のせい·····いやタイミング的に俺か·····」

「なら迷う前に追うの! アンタ男でしょ!?」

「男なのは関係ないが·····まぁ行ってくる」

 

 仕方がない。どういうわけか知らないが、どうやら俺は三玖に避けられているようだ。

 でもさっき別の場所で昼食取ろうとした俺に対して、『行っちゃうの·····』って引き留めようとしてたはず·····。もうどういうことかわけがわからん。

 

 二乃の言葉に対し三玖を探すことを決めたのはいいが·····一体どこへ行ったんだ? まだ出会ってから二日目になのだ。

 よく行く場所やら性格やらを俺が知っているはずもなく、食堂を出たところで足を止めてしまっていた。

 

 手当り次第探していくしかないか·····。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 思わず飛び出してきてしまった。

 

 けれどあの場に残っていたら、普段少ない私の表情の変化を、二乃達は指摘してきただろう。

 こんな表情は、たとえ十年一緒にいた姉妹だとしても見られたくはなかった。

 

 

 彼が風太郎君だったなんて·····。顔の面影は確かにあった。性格は大分変わってたみたいだけど·····それでもやっぱり嬉しい。

 私のことは覚えていなかったみたいだけど·····無理もない。

 風太郎君は落ち着いて、真面目になった。まだ少し周りが見えてないみたいだけど、勉強もできて·····良い方向に、変わったんだ。

 

 私とは、違って。

 

 でも五年前のことは覚えていてくれた。写真も大切にしてくれていた。

 風太郎君が今の私を、昔の私だと認識していないのならそれでいい。

 

 やることは変わらない。

『私』が私自身を認められるようになった時には、その時には。

 

 私から告げよう。

 

 

 5年前のことと·····今の私の気持ちを。

 

 

 

 でも今は再会出来たことを素直に喜ぶとしよう。

 

 

 突然逃げ出して悪いことしちゃったな·····。

 二乃達には適当に言い訳しとかなきゃ·····。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「スマン·····一階から·····屋上まで、見てきたんだが·····どこにもいなかった·····」

 

 俺は膝に手を当て、息を整えながら二乃達に報告した。

 しかしそれに対しての二乃の返答は·····。

 

「大丈夫よ。もう戻ってきてるから」

 

 衝撃的なものだった。

 

「はぁ!? なんで·····俺を避けてどっか行ったんじゃ無かったのか? 何してたんだよ·····」

「何してたって·····アンタねぇ·····」

「上杉君、女の子にはね、聞いちゃいけないこともあるんだよ?」

「ホント男ってデリカシーがないんだから·····」

 

 と、一花と二乃。

 

「そうですよ上杉さん! 三玖はトイレに行ってただけです! 心配いりませんよ!」

「四葉、アンタねぇ·····」

「四葉も十分デリカシーがないですね·····」

 

「なんだよそれ·····」

 

 どうやら俺の知らないところで勝手に解決していたらしい·····。

 

「大丈夫。別にフータローを避けてたわけじゃない」

「そうなのか·····なら良かった·····のか?」

 

 しっくり来ないが·····まぁいいか。

 

「今日からフータローが私たちに勉強教えてくれるんでしょ·····?」

「お、おう。そうだな。三玖は勉強出来るのか·····?」

「全然出来ないよ·····だから必要なんだよ」

「? 何がだ?」

 

 

「私たちには、フータローが必要だから。」

 

 

 一瞬、五年前のあの子の言葉と重なった。

 

 

『お互い一人で寂しい者同士仲良くしようよ。私には·····君が必要だから』

 

 もう一度、会えるだろうか。

 

 不要なものは捨てていけ。

 自分が要らないものだと気付いてしまったあの日。

 暗いなにかに沈んでしまいそうだった俺を、照らしてくれたあの子に。

 

「どうしたの·····? フータロー?」

「·····っ。ああ·····スマン。考え事してたんだよ」

 

 

 京都でたまたま出会っただけ。

 どこに住んでるのかなんて知らないし、名前すら聞くことができなかった。

 

 半日あの子に連れ回されただけの思い出·····だが、五年経った今でも昨日のことのように覚えている。

 

 

 

 腕時計を見ると、もう授業まで五分と少しだった。もうすぐ予鈴が鳴るだろう。

 俺は目の前の弁当箱を持って立ち上がろうとした·····が、昼食後に関わらず、弁当箱が妙に重たいことに気付く。

 

 そして、俺は重大なミスに気が付いた。

 

 

 俺、らいはの手作り弁当食べてねぇ·····と。

 

 

 元凶の三玖は、こちらを見て不思議そうに首を傾げているだけだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「デカイな·····」

 

 俺は目の前にそびえ立つタワーマンションを見て圧倒されていた。さすが金持ち。

 

 昼休みが終わり5,6時限目が過ぎると、俺がいる教室、三玖の元に五つ子が集まった。そのまま案内に着いてきた訳だが·····他の生徒の視線が痛かった。

 俺が転校生の女子五人と一緒にいるんだ。見られてしまってもおかしくない。

 五月は帰り道に肉まんを二つ食べていた。昼にあれだけ食ってたのにまだ食うのか。と思ったが言ったら恐らく怒られていただろう。

近くのラーメン屋を食い入るように見つめていたのは黙って置いてやる。

 

 

「何ぼさっとしてるのよ。置いてくわよ?」

「ああ、悪い」

 

 俺は五つ子に連れられオートロックなるものを抜け、エレベーターで上の階に上がる。随分長いなと感じていると、やっと止まったのは30階。道理で長いわけだ。

 

 このタワーマンションは高層階のいくつかは、一室に階が丸ごと使われているらしい。エレベーターを出た直後に中野家の表札があったのはさすがに驚いた。

 部屋も広い。最新のキッチン設備まで整ってるし·····らいはが喜びそうだ。

 

 リビングに向かい、長方形のテーブルを半分囲むように置かれたソファーの前に立つ。ソファーには五つ子が全員座っている。

 始めようかと思ったところで、突然二乃が口を開いた。

 

「あのさぁ、私は三玖にお昼分けてくれたことも、今日三玖をすぐに探しに行ってくれたことにも一応感謝してる·····けどさ·····」

 

 足を組み直して、俺の目を見て二乃は言った。

 

 

 

「家庭教師、別に要らないんだよね」

 

 

 

 ほう。そう来たか。

 

 いいだろう。受けて立とうじゃないか。

 

 

 

「そうか·····二乃は勉強に関して自信アリ·····と。ちなみになんの科目が得意なんだ?」

 

 

 

 

 




五月の視線の先には二郎系ラーメン

どうも、フィヨルドです。
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ありがとうございます!おかげ様で日間ランキング67位、赤バーになれました!
誤字報告も感謝です。
これからもよろしくお願いします(´・ω・`)


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#7 べ·····別に一番頭いいとか思ってない!

こういうネタ回はたまに書きたくなります。

明日は五等分の花嫁9巻の発売日!


 

「と、得意科目!?」

「そうだ得意科目だ。好きな科目でも構わん」

 

 家庭教師·····教える身たるものなら、まず相手の得手不得手を知るべきだと思う。·····というのは建前で。

 実はもう既に帰り道に三玖から教えて貰っている。『全員勉強は出来ないよ』と。さあどうする二乃。

 

「ぜ、全部同じくらいだからわからないわ·····強いて言うなら理科かしら」

 

 よくそんな嘘言えるなおい。顔引きつってるぞ。

 

「そうか·····なら、お前らのことを知るために·····小テストをしよう」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

「どうしたみんな。二乃は自信満々だぞ」

「えーっと·····それは二乃だけでいいんじゃないかなぁと」

「なんで私だけなのよ!」

「仕方ないだろ。 これから教えるためにお前らの学力を知る必要があるんだ。なんと言おうとやってもらうからな」

 

 そう言って俺は五つ子それぞれの元に、俺特製小テストを配る。難易度は中学生並。高二中盤の今で解けないとかなりやばい。

 

「まぁいいですけど·····あまり私たち五つ子を見くびらないで下さいね。」

 

 眼鏡をかけながら五月が言う。

 

「おう。なら期待して待ってる。」

 

 言うじゃないか五月。だが五月は五つ子の中で一番真面目そうだし·····大食いだけど·····もしかすると勉強出来るのか?

 

 ·····ああそういえば肝心なこと言い忘れてたな。

 

「大見得切った二乃にも期待してるぞ。·····あんだけ俺に言ったんだ。変な点数取ったら·····その蝶の羽むしり取るからな!」

 

「なんで私だけなのよ!」

 

 言い返すところ、そこなのか?

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 〜十分後〜

 

 

「これは、蝶の羽じゃない!」

 

 そう言いながら小テストを俺に突き出す二乃。答案用紙を見ると九割以上は埋まっている。

 

「じゃあなんなんだよ。どう見ても蝶の羽を模した髪飾りじゃねぇか」

 

 言い返しながら採点を始める。

 五つ子の中で一番最初に小テストを終わらしたのが二乃。俺は一瞬期待しかけたが、答えを見るとあら不思議。その期待は粉々に打ち砕かれた。

 

「この髪飾りは『jewel butterfly wing』っていう名前があるんですぅ!蝶の羽じゃない!」

 

 よくそんなドヤ顔してアホ晒せるなおい。ちょっと英語っぽく発音するな、全然発音合ってないから。

 

「『butterfly wing』って日本語で蝶の羽だからな·····あと発音全然違うぞ」

 

 問四、答え排他的経済水域。これは知ってるのか。

 

「えっ·····は、はぁ!? 重要なのは『jewel butterfly wing』って名前なの! そんなのもまめ理解できないないなんて、これだから男は·····これだから男は!」

「なんで最後二回言ったんだよ」

 

 問五から問十まで全部不正解。

 

「一番重要だからよ! 先生だって重要なことは二回言うでしょ? そんなことも知らないの? この家庭教師大丈夫かしら!?」

「いや·····先生の重要な話を聞いてないからこうなってるんじゃないのか? ほら、二十点だ。」

「えっ·····」

 

 俺は二乃の頭に採点した小テストを置いてやった。

 この回答で自信あったのかよ·····。

 

「二十点だ。俺は家庭教師で、これは重要なことだから二回言ったんだよ。ちゃんと聞いてたか?」

 

「う、うるさいバカ!」

 

 顔を真っ赤にした二乃は自分の解いた小テストをテーブルに叩きつけ、キッチンの方へ逃げていった。

 

「二乃楽しそう·····」

「楽しくなんかない!」

 

 キッチンの影から頭だけ出して三玖に反論する。

 周りを見ると二乃以外全員が笑いをこらえていた。

 

「ふふっ·····ホント久しぶりかもねぇ。二乃がこんなにテンション高いの」

 

「一花も早くとけよ。このテストで二十点はまじで洒落にならないからな·····」

 

 あと五月。パン食いながら解くの止めろ。何が『私たち五つ子を見くびらないで下さいね』だよ。パン食いながらの奴に言われたくねえよ·····。

 

 

 

 

まだこの時、俺は五人の成績を舐めていた。

 

甘く見ていた自分を反省しなくてはならない。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「さて、採点が終わったわけだが」

 

 目の前のソファーには五つ子が全員いる。二乃もなんだかんだ言って集まってくれた。

 

「100点だったよ·····お前ら全員合わせてな!」

 

 一花 12点

 二乃 20点

 三玖 32点

 四葉 8点

 五月 28点

 

 

「なぁにが『私たち五つ子を見くびらないで下さいね』だよ二十八点! よくすました顔で眼鏡かけながら言えたよな! 何か申し開きは?」

「星の髪飾りはむしり取らないで下さい!」

「テストの点数に関して全く反省してねぇなおい!」

 

 ·····ん? おい五月、まさか·····

 

「まさかと思うが五月·····私たちの『成績の悪さを』見くびらないで下さいね。·····か?」

「は、はい!」

「よくこんな点数取って元気に返せるな!」

 

 

「私だけ赤点回避·····!」

「三玖はなんで喜んでんだ? まさか·····『自分が一番頭いい!』とか思ったか?」

「·····」

 

 三玖はビクリと肩を震わせた。

 その顔は·····そうなんだな。

 

「リトマス紙の問題。保険に用意しといた小学校レベルの問題だ·····で? 三玖の答えは?」

「き、黄色·····」

「リトマス紙は黄色になんねぇからな!? ·····この問題、不正解三玖だけだから。わかったか?」

「う·····はい·····」

 

 とにかくこのままじゃまずい。卒業どころじゃないぞ。いや進級すら怪しいくらいだ。·····なるほどこれであの給料なら頷けるかもしれない。俺のストレスはうなぎ登りかもしれないけどな!

 

「というわけで·····今から七時まで、みっちり補習な?」

「い、今から三時間も·····?」

「いや三時間しかだろ。五月は終わるまで食事禁止だからな」

「そ、そんな殺生な·····」

 

 あまり難しい言葉使わない方がいいぞ二十八点。いつか俺が足元すくってやる。

 

「こ、こうなったら二乃·····。」

「ん? なに五月·····。」

 

 五月が二乃の耳元で何かを囁いている。何をしようと無駄だ。この小テストが完璧になるまでやってやる。

 

「じゃあ、提案があります」

「なんだ二十八点」

 

 五月がテーブルから身を乗り出す。

 

「そ、その呼び方止めて下さい! ·····おやつ食べてから始めましょう。二乃がクッキー焼いてくれますよ」

「そう。腹も減っては戦は出来ぬって、昔から言われてる」

 

 まぁ、それくらいならいいか。

 だがなぜか怪しい。五月が二乃に何かを囁いてからの提案。怪しいにも程がある。

 まぁいい。頭の差は歴然なのだ。見破ってみっちり勉強させてやるぜ!

 

「まぁそのくらいならいいだろ。·····食い終わったら絶対やるからな」

「分かってるわよ」

「ならいい」

 

 キッチンに向かう二乃の背中を見送る。

 せっかくなら、俺も手作りのクッキーを楽しみにしておこう。·····そうでもしないとストレスでやってられなくなる·····気がする。

 

 

 

 

 

 

 だが俺はまだ知らなかった。

 キッチンで二乃が目を輝かせながら、俺のコップに白い粉を入れていることを·····。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(上杉さんの飲み物に·····アレ、入れちゃいましょう!)


どうもフィヨルドです(´・ω・`)

☆10
りょ〜すけさん ナティブさん 影狼/zeroさん 
☆9
いっぱんぴーぽーさん リムルさん ユンパロンゼトさんン ハル13さん Oceansさん セルラさん ななしの⑨さん マウントベアーさん 徐公明さん T0の側近さん ワウリンカさん 
☆8
トレスさん のりべんさん モジーさん ベアーフォールさん
評価ありがとうございます!
多くなってきたので次からは新規だけにしますね·····。

あと、忙しく、毎日投稿が厳しくなってきました。
二日に一回は頑張って投稿します。

次回は風太郎と三玖がきっと絡むはずです!きっと! 重要なことなので二回言いました!


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#8 小さな勇気を、私は願う。

10000UA感謝!


「問十一、□肉□食。□に入る言葉を記せ。で、お前の回答は?」

 

 俺は目の前で正座をしている五月に問いかける。

 

「や、焼肉定食です! お腹が空いてたんです!」

「俺も焼肉定食焼肉ありで食べてぇよ!」

 

 この問題の不正解者は五月だけ。こんな回答する奴が本当にいるとは……。

 

「一花裁判長、こいつら全然反省してないんですけど」

「いやぁ、お姉さんとしてもなんと言ったらいいか·····」

 

 俺はソファーに座り、正面の床には·····二乃と五月が正座していた。もう一つのソファーには一花と·····なぜかすやすやと眠っている四葉と三玖がいる。

 

 事の発端は三十分程前に遡るのだが·····。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「おやつです! 上杉さん、二乃の作るクッキーはホントに美味しいんですよ!」

「そうなのか四葉。なら期待して待ってるよ」

 

 五月が提案した勉強前のおやつタイム。

 目の前であからさまに内緒話をしていた二乃と五月。勉強イヤイヤだったはずのに、『これが終わったら勉強する』なんて怪しいにも程がある。

 

 しばらく五つ子の小テストを眺めていると、あることに気が付いた。

 五つ子全員が、必ず自分だけしか間違っていない問題が一問ずつあるのだ。四葉以外。しかも間違え方は悲惨を極めているときた。この科目が苦手ということだろう。とてもわかりやすい。四葉は·····全科目アレだな。

 もっとも、これだけ五つ子全員の成績が悪いと全科目似たようなものかもしれないが·····。

 

 そんなことを考えていると、部屋が香ばしい匂いに満たされていることに気が付く。

 

「クッキー焼けたわよー」

 

 どうやら二乃クッキーが焼けたようだ。ここからは警戒しなくてはならない。

 大皿に乗っているクッキーは大丈夫だろう。あの中に何かを仕掛けたとするなら、仕掛けた本人も見分けがつかなくなってしまう。故にセーフ。

 

 なら俺に何かを直接渡してきたらそれを疑うべきだ。

 

「上杉君、中野家特製レモネードですよ。 頭がスッキリします!」

「勉強で覚えたこともスッキリか?」

「違います!」

 

 アウトだ、明らかにこれが怪しい。しかも何故か俺だけ違う飲み物ときた。もう少し上手く嘘をつけないのだろうか·····主に五月の原因だろうが。

 仕掛け対象の目の前で内緒話をするなんて甘すぎる。随分と舐められたものだ。

 だから·····スマン四葉。

 

「そうか·····せっかくのところ悪いが、俺はレモネードにはトラウマがあってな·····四葉飲んでいいぞ、すごい美味いらしいから」

 

 そう言って中野家スッキリレモネードが入ったグラスを四葉に手渡す。これで四葉が平気だったら·····しっかりと頭を下げることにしよう。·····こころの中で。

 

「いいんですか!? 実はとっても美味しそうに見えたので気になってたんです! 上杉さんがいいなら·····ホントに貰っちゃいますよ?」

「えっ·····ちょっと·····」

「ああ構わないぞ。俺の為に作ってくれた二乃と五月には少し申し訳ないが·····その分美味しく飲んでやってくれ」

「分かりました! ありがとうございます上杉さん!」

 

 屈託のない四葉の笑顔に少し心が痛む。四葉には後でちゃんと謝ろうか·····。

 

ちょっと五月、何してんのよ!

わ、私のせいですか!?

 

 四葉がストローから口を離す。

 

「すっごい美味しいです! これを飲めない上杉さんは可哀想です·····ニシシ」

「そんなに美味しいなら、私も飲んでみたい」

 

 四葉の美味しそうな顔に興味を持った三玖が隣からストローをパクリと咥える。

 これは俺も予想外だった。二乃達はもう見るからに慌てているが·····要らぬ犠牲者を増やしてしまった·····。

 

 それから何事も無くクッキーを食べ終わっ頃。

 

「あれ·····なんだか、少しふらふらします·····」

「急に、少し眠い·····? かも·····」

 

 眠そうに目を擦ったり欠伸をしたりする三玖と四葉。

 

 それから食器を片付けてる十分としないうちに間に、三玖と四葉はソファーの上で寝てしまった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 そして今に至る訳だ。

 

「どうします裁判長? 俺『アットホームで楽しい職場』って聞いてたんですけど。初日から薬盛られかけましたよ」

 

 家庭教師ってみんなこんなものなのか? いや薬盛られかけたのは日本中探しても絶対俺だけだろう。こんな殺伐とした場所が『アットホーム』とは。全く、こいつらの小テストの回答みたく大喜利じゃないんだ。しっかりして欲しいものである。

 

「有罪は確定……かなぁ。現に寝ちゃってるしね」

 

 超短期型睡眠薬なんてなんで持ってるんだよ……。

 

「とりあえず、お前ら二人の処遇は眠った本人たちに任せようと思うが……」

 

 

 お前らは今から補習だから。な?

 

 

「そ、そんなぁ」

「五月の演技が下手なせいよ。全く·····」

「私のせいなんですか!?」

「それについては俺も同意だわ。ほら、早く筆記用具出せ。ほらほら」

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 ……。

 

 

 お母さんがいなくなる前。

 私が小さい時、お母さんが言ってた。

 

「ごめんね。もっと食べさせてあげたいんだけど·····」

 

 その言葉はもうお母さんの口癖のようになっていた。

 お父さんがいなくなって、お母さんが一人で私たち五つ子を育てている。お母さんの少ないご飯も私たちに分けてくれていた。

 

 一人で無理をするお母さんを見ていたら、ふとしたことが頭にうかんだ。

 お父さんがいなくなって、もしかしたらお母さんまでいなくなったらって考えたら。いつの間にか、私たちは涙を流していた。

 

「大丈夫よ。私はずっと一緒にいるから。」

 

 私たちは泣き続ける。

 そんな時。

 しょうがないなぁとお母さんが微笑む。

 

「じゃあ、私のとっておきの『勇気』を、五つに分けてあなたたちにあげる」

 

 ゆうき? と私たちは首を傾げた。

 

「そう。これがあればね、なんだってできるのよ。つらいことも、悲しいことも、なんだってへっちゃら!」

 

 不思議と私たちは泣き止んでいた。

 

 それを見たお母さんは、満面の笑みで私たちを抱きしめる。みんなずっと一緒、とでも言うように。

 

 

 みんなを支えるお母さんに憧れて。

 だから私はお姉ちゃんになりたいんだ。

 みんなに、私の少しの勇気を、分けてあげたいって思ったんだ。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 何度も見た夢。

 また、同じ夢を見ている。

 

 

「そんなに買っても意味ねーだろ」

 

 子供の風太郎君が、今の私に問いかける。

 

「これはね、うーん·····五倍私が頑張ろうってこと!」

 

 いつもと同じように私が答える。

 そうしたら。

 

「でも、今のお前は、全然頑張ってない」

 

 お姉ちゃんになるんじゃなかったの?と。

 

「バイバイ」

 

 そしていつも通り、今の私に失望した風太郎君の背中は遠ざかっていく。

 待ってよ。って言いたいのに、私の口は開かない。体も動かない。

 

 

 

 

 待ってよ。まだ行かないで。

 

 私、頑張るから。

 

 これから頑張るから、お姉ちゃんになるから。

 

 

 

 

 何度呼んでも振り向いてくれない理由は分かってる。

 

 

 私には、少しの勇気も無いから·····。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「待って·····!」

 

 

 目を覚ましたのはリビングにあるソファーだった。

 いつの間にかみんないなくなり、テーブルに広がっていたはずの勉強道具は無くなっていた。

 

 暗くなっている部屋を見回していると、

 

「なんだ三玖、起きたのか。」

 

 リュックを背負ったフータローが隣の部屋から出てきた。

 

「フータロー·····」

「全く困ったもんだよな、睡眠薬飲み物の中に突っ込むなんて。三玖も後で二乃と五月に文句言っといた方がいいぞ」

 

 いつも通りのフータローに自然と笑みがこぼれそうになり、慌てて俯いて隠す。

 チラリと見えたテーブルの上に置いてある時計は、七時三十分をさしていた。

 

「フータローは、もう帰るの?」

「ああ。あいつらの勉強も終わったしな。らいはも料理を作って待ってる」

 

 そっか。帰っちゃうのか·····。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ·····やだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――これがあればね、なんでもできるのよ。

 

 

 ふとお母さんの言葉を思い出した。

 私に、できるのだろうか。

『勇気』を一度なくしてしまった私でも。

 

 多分、これはきっとわがまま。

 もしかしたらまた振り向いてくれないかもしれない。

 フータローに迷惑かもしれない。

 少し、怖い·····けれど。

 

 後悔したくないから。

 みんなのお姉ちゃんになるって決めたから。

 振り向いてもらうために頑張ると決めたから。

 

 

 だから、どうかお願いします。

 

 

 私に、もう一度勇気を下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って·····」

 

 

 伸ばした私の手は、

 

 

「まだ、行かないで·····!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フータローの背中の少し手前で空を切った。

 

 

 

 あ·····。

 また、私は·····。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、

 

 

 

 

 

「どうした? 三玖」

 

 

 

 フータローが振り向いて、私を見る。

 

 

 

 届いた。

 

 

 

 小さな勇気で踏み出した私の最初の一歩。

 お母さんにもらった勇気は、まだ私の中にあったのだ。

 

 

 

 やっと……やっと届いたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の中で、止まっていたなにかが動き出した気がした。

 

 ここから始まるのは、きっと私の新しい物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷惑かもしれないけど·····勉強、教えて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 やっと振り向いてくれたね·····風太郎君(フータロー)

 

 

 




……。


どうも、フィヨルドです(´・ω・`)

好評価してくれた人、誤字報告してくれた人、後日まとめます。ありがとう!

皆さんは9巻読みましたか? なんだか危ないですよね。特に一花が。

次回もよろしくお願いします。



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#9 有罪(ギルティ)五月

遅れて申し訳ない·····。
UA13000、お気に入り300ありがとう!


 三玖に勉強を教える準備をしていると、自室から二乃が出てきた。既に制服ではなく、動きやすそうなルームウェアに着替えている。

 

「なによ。アンタまだいたわけ? 早く帰りなさ……っ!」

 

 俺を発見するや否やすぐに文句を言ってきたが、

 

「起きてたのね、三玖·····」

 

 三玖が起きていると気づいて口ごもり、ばつの悪そうに俯き、視線をそらした。

 しばらくの沈黙の後、二乃が口を開く。

 

「その、さっきのことなんだけど·····」

 

「いいよ、別に」

 

 三玖は微笑みながら二乃に言う。

 ソファーから立ち上がり、目の前に行って二乃の手を握る。

 

「分かってるよ。二乃は、私たちのこと大事にしてくれてるから·····ずっと五人だったから、いきなり新しい人が入ってきて嫌だったんでしょ?」

 

「そ、それは·····」

 

「無理しなくてもいい·····だけど、フータローはちゃんとした人だから、大丈夫」

 

 三玖は自信ありげに二乃に言う。

 二乃は何かを言いたそうにしているが、俯いたまま何も言わない。

 

「だけど、フータローに謝った? ·····これから勉強教えてくれるんだから、ちゃんとしないと」

 

「·····っ」

 

 三玖がそう言うと、自室の前で俯いていた二乃は握られていた三玖の手をほどき、自室の前からリビングに降りてきた。俺の前で止まり、キッ、と俺を睨んでくる。

 しかしすぐにまた俯いてしまい、前髪に隠れて顔が見えなくなってしまった。

 

「? どうした」

 

「ご……ごめ……」

 

「ごめ?」

 

「ご……ご……っ! ご、ごはん!」

 

「ご……ごはん!? ·····どうしたんだいきなり」

 

 俺は予想だにしない二乃の意味不明な発言に戸惑う。いきなり何を言っているのだろうか。三玖もポカンと口を開けている。

 

 

 だが、この微妙な空気を破ったのは、

 

「呼びましたか!?」

 

 いきなり部屋の扉が開き、自室から顔をのぞかせた五月だった。

 

「何に反応したかは分からなかったことにしておくが五月、お前のことは絶対に呼んでいない」

 

「そ……そうですか……」

 

 五月はしょんぼりと肩を落とし、とても残念そうに自室へと帰って行った。

 どうやらお腹が空いていたらしい。ごはんというワードに飛びついてくるくらいには。

 

 ……。

 

 何かを言いかけていた二乃は完全に水を差されてしまったようで、行き場のなくなってしまった言葉を飲み込み、口をパクパクさせている。

 

「んで、何が言いたかったんだよ」

 

 口半開きの三玖、口パクパクする二乃、そして俺という謎の雰囲気を打開するため、俺は自分から二乃に問いかけた。

 

「·····悪かったわね。って言おうとしたのよ」

「お、おう·····そうか」

「だから……晩御飯くらいなら、作ってあげる」

 

 

 あれだけ言いずらそうにしていた二乃の口からは、あっさりとその言葉は出てきて。

 だが何故かなんとも言えない雰囲気が、三人の間に漂っていた。

 

 その原因はただ一人。元はと言えば睡眠薬の提案をしてきたのもそいつだった。

 

 

「五月、有罪(ギルティ)

 

 一花の裁判長を引き継いだ三玖の有罪判決に続き、

 

「五月は夕飯抜きね」

 

 二乃の容赦のない刑罰が下ったことに、五月はまだ気づいていない。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「えぇ〜!? 私だけご飯抜きですか!?」

「睡眠薬のこと、フータローに謝ったら許す」

「ごめんなさぁい!」

「二乃の十倍素直でよろしい」

「悪かったわね!」

「いやメシに向かって謝れてもな·····まあ俺はいいんだけどさ」

 

 涙目で謝る間、五月の視線はずっと二乃の手料理に向けられていた。

 出会って二日目の俺でも理解できる。五月の行動理由の九十パーセントは食い物だ。女の子としてはなにかとマズいと思う。

 ·····ひょっとすると、食い物をエサに勉強も·····と考えるがすぐにやめにした。そんなやり方では健康体を卒業してしまう。俺が目指しているのはあくまで高校の卒業だ。

 

 

 五月の判決の後、晩御飯を食べることになった。なんだかんだやってたらいつの間にか八時過ぎ。五月は既に限界を迎えようとしていた·····。

 

 いやそうではなくて、どうやら俺も食べていいらしい。

 

「今日だけだから! 仕方なくだから! もう·····なんなのよホント·····

 

 何かごにょごにょと言っていた気がするが、ここはありがたくいただくとしよう。五つ子の食事当番は全部二乃らしく、そのことからも二乃が料理が出来ることはなんとなく察していた。

 

 

 

 二乃がキッチンから料理を運んでくる。リビングは先程のクッキーに変わり、新たなにおいに満たされていく。

 ·····これは·····。

 

「牛肉! 白菜! 糸こんにゃく、豆腐がグツグツと·····! これはたまりませんっ!·····ふっ、ふへへ·····」

「五月、よだれよだれ。風太郎君がいるんだから、少しは落ち着こうか」

 

 興奮が抑えられない五月を鎮める一花。

 五つ子達に準備任せっきりも悪いし·····俺も手伝うとするか。

 俺はキッチンに立つ二乃と皿を運んでいる四葉に声をかける。

 

「悪いな、任せっきりで。俺にも何か手伝わせてくれ」

「別に大丈夫よ。あんたは座ってなさい」

「上杉さんは座ってて大丈夫ですよ!」

 

 二人揃っての着席指令。なんだか申し訳無いな。

 再び席に着いて待ってると、ソファーでテレビを見ていた一花が振り向いてこちらを見ていた。

 

「爆発オチは勘弁だしね」

「爆発しねぇよ! どんな印象持ってるのか知らないが、俺一応レシピ通りに作るくらいはできるからな·····」

「そうなんだ。だって三玖」

 

 隣のソファーで正座をして『日本の城 鉄壁の小田原城』を観ている三玖がビクッと肩を震わせる。

 

「なんでいきなり私なの·····?」

 

 テレビから視線を逸らさずに答える三玖。

 

「何となく?」

「そう。今重要なところだから」

「これつまらないよ·····違うの観ない?」

「一花は二乃の手伝いでもしてたら?」

「なんで私だけなのかな?」

「私が料理したら大抵爆発オチだから」

「あ、もしかして怒った?」

 

 テレビから一切視線を逸らさずに返す三玖とソファーに寝転びながらスマホをいじる一花。

 

「働かない人の分は、私が食べちゃいますからねー」

 

 キッチンの方から五月の声がした。テーブルを見るとほとんど準備が整っている。

 

「ほら、少しでも手伝った方がいいんじゃないか?·····俺が言えたことじゃないが」

 

「うう·····やむなし」

 

 悲しそうにテレビを消しながら、一花とキッチンへ向かう三玖。そのまま二乃に自分も手伝うという旨を伝える。

 

「? 三玖はテレビでも観てなさいよ」

 

 だが現実は非情だった。二乃から戦力外通告を受けすぐに戻ってきた。

 テレビをつけ、同じ歴史番組を見始めた。

 

いいもん。私が手伝っても邪魔なだけだし。お城見てた方が楽しいもん。どうせ五割爆発する私は要らないよね。四人で料理してるの楽しそうだなぁ·····でも別に羨ましくはないよ。だって私にはお城があるから。

 

 俺の存在を思い出したのか、ゆっくりと俺に振り向く三玖。光のないとても悲しそうな目で俺のことを見てくる。

 えっ? ここで俺か·····。一体なんて言ってやればいいんだ·····。

 

「フータロー·····」

「お、おう·····」

 

 ·····。

 続く沈黙。ここでの最適解は·····なんだ?なんて言ってやればいい!?

 俺はこれまで鍛えてきた脳細胞を一つの無駄無くフル活用。中学からテストでは不正解など一つも取ったことのないIQ130(自分調べ)の俺が導き出した答えは·····、

 

 

「お·····」

「?」

「小田原城、最高だよな!」

「·····っ! うん!」

 

 

 どうやら正解だったようだ。よかった。

 

 嬉しそうに何度も頷く三玖。瞳には光が戻っていた。良かった良かった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 二乃特製すき焼きを食べた俺たち。途中で五月が「先程のことは……すいませんでした!」と自分の肉を俺に差し出してきたりしたが、なんか奥歯をガチガチ言わせてたし、肉を持つ箸が異常に震えていたので、「別に気にしてないから大丈夫だ」と丁重にお断りしておいた。

 

 

 

「今日はごめん·····いろいろと」

「いや別に大丈夫だ。最初から上手く行くなんて思ってないしな」

 

 玄関で五つ子に見送られた後、三玖は俺を送るためについてきてくれていた。最初は断ったが、「話したいことも、あるから」と言われたので了承した。

 今は玄関前のエレベーターを待っている。

 

「まぁ大丈夫じゃないのはお前らの勉強だな」

「うう·····それを言わないで欲しい·····」

「あとは·····そうだな、二乃には嫌われたかもなぁ」

「?」

 

 三玖は首を傾げる。

 

「そんなこと、ないと思うよ」

「そうなのか?」

「うん、今日の二乃·····すごく楽しそうだったから」

「そうかぁ?」

 

 俺にそうは見えなかったが·····どうやら五つ子にしか分からないものがあるんだろう。なんせ十六年ずっと一緒なんだ。

 

「うん、きっとまだ戸惑ってるだけだから、大丈夫だよ」

「そうか」

 

 エレベーターが到着する。

 訪れる沈黙。チン、というエレベーターの到着音が響きいた。

 

「三玖はちゃんと見てるんだな」

「えっ?」

 

 エレベーターに乗り、扉が閉まる。

 

「いやさ、俺五つ子のこと全然分からないからさ、そういう三玖を見てるとなんだか·····」

 

 なんと言えばいいのだろう。五つ子をしっかり見てて、率先して勉強しようとして·····。

 隣を見ると三玖が上目遣いで俺を見ていた。一瞬目を奪われるも、変に思われるのもいけないと思い慌てて目をそらす。

 

「そうだな、なんだかお母さんみたいだな」

「ええっ!?」

 

 三玖らしくない大声。何かまずいこと言ってしまったのだろうか。

 

「えっ、あっ·····スマン。なんか変なこと言ったか?」

「う、ううん。全然。」

「そっか·····ならよかった」

 

 ほっと胸を下ろす。これから家庭教師をするにあたって、不安要素を残す·····特に五つ子に嫌われるのは論外だ。二乃は既に怪しいが、そこは三玖を信じるとしよう。

 

「なんで?」

「ん? 何がだ?」

「なんで、お母さん見たいって思ったの? ·····料理すら出来ないし·····」

 

 そう言うことか。

 俺は先程考えていたことをそのまま伝える。

 

「いや料理は出来なくてもな、率先して勉強しようとしてたし、姉妹のことよく見てるなって」

「そ、そっか」

 

 三玖は俯き、服の裾を握りしめていた。

 やっぱマズいこと言ったのか·····?うーん、よくわからん。

 再びチン、という音が鳴り、扉が開いた。

 俺たちはエレベーターを出て、入口の自動ドアを通り抜ける。

 外の生暖かい風が体を撫で、夏を実感させられる。マンション内はクーラーがついてたので尚更だ。

 

「わざわざありがとうな。じゃあ」

「う、うん·····」

 

 控えめに手を振る三玖に感謝を述べ、俺は家路に着いた。だんだんとマンションは遠ざかっていく。

 時刻は九時少し前。今日は親父が仕事なので、あまり遅くまでらいはを一人で待たせる訳にもいかない。

 

 だがその時、

 

「ま、待って·····!」

 

 しばらく歩いたところで、三玖の呼び止める声が背後から聞こえた。息を切らしていることから、どうやら少し走って追ってきたらしい。

 

「どうしたんだ? 早く戻らないと皆に心配されるんじゃないか?」

「そうなんだけど·····」

 

 沈黙。俺は三玖の言葉を待つ。

 

「今日、勉強できなかったから·····明日の、昼休みとか·····」

「お、おお! いいぞ!」

 

 突然の勉強の誘いに俺は興奮し、勢いよく返事をしてしまう。まさか二度まで自分から誘ってくれるとは。

 一度目は寝起きの気まぐれも否定できなかった。だが二回目となればそれは無いだろう。

 

 初めて頼られてるんだ·····そりゃ興奮してしまう。

 

「じ、じゃあ·····私もう戻らなきゃ行けないから·····」

 

 そう言って三玖が差し出してきたのは最新型スマートフォン。

 

「? くれるのか?」

「違う·····連絡先、あれば場所とか決められるでしょ?」

 

 あと、家庭教師やるんなら、知っておいた方がいい、と。

 

 そう言われ、表示されている三玖のアドレスを自分のスマホに打ち込む。これでなんと三人目の連絡先だ! 迷惑メールが半分埋め尽くされたフォルダとのお別れは早い内にくるかもしれない。

 

「ありがとな」

「うん。じゃあ、また明日」

「おう。楽しみにしてる」

 

 

 そう言って三玖はマンションへ走って行った。

 

 また明日·····か。

 そんなこと言われたのは、いつぶりだろうか。

 

 俺はそんなことを思いながら、家を目指す。·····足は自然と速くなっていた。頭に浮かぶのは今日の一日のこと。

 

 

 

 いつも硬い表情が自然と緩んでいることに、自分では気付きもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




牛肉は~、全っ部私のものです!


どうも、フィヨルドです(´・ω・`)

すいません! 遅れました! だけど大増量なので許して下さい!
さて、プロローグがやっと終わった感じですかね。こんな高評価されるとは思ってもいなかったので、フィヨルドビックリしてます。

まだ評価してない人は、ぜひして下さいね(´・ω・`) 作者のやる気が倍になります。

(敬称略)
☆10評価
りょ〜すけ ナティブ 影狼/zero 
☆9
いっぱんぴーぽー 金柑のど飴 リムル 来宮 幸彦 ユンパロンゼトン ken1121 混ざり者 ハル13 Oceans セルラ 塩胡椒 ななしの⑨ ポポポンのポン マウントベアー 徐公明 tdk しんた1230 T0の側近 ワウリンカ ベアーフォール 深泉虚月 お隣さんはヴェールヌイ 
☆8
とろつき トレス のりべん 空気読めない人 モジー 
☆7
㌦猫 

さん! 評価ありがとうございます!誤字報告、感想もありがとうございます!

ではまた次回に。


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#10 ポチッとな。

弱キャラ友崎くん読んで一人称の勉強! 
しかも超面白い!


 toフータロー

 ______________________________

 件名

 ______________________________

 明日の昼休みにする勉強、

 どうする?|

 

 

 

 目の前にあるスマホの画面を見ながら私は、はぁ。とため息をついた。絶賛悩み中。

 と、言うのも·····。

 

 この内容で大丈夫かな?と。

 

 

 

 フータローと別れマンションに戻り、お風呂に入った。それから髪の毛を乾かして·····そこから一時間スマホと睨めっこ。文字を打ったら消し、何回も消し·····出来上がったメールがこれ。合計文字数十七、一時間を費やしてできた私の努力の結晶がこれ。

 

 ·····。

 

 何度も送信のボタンを押そうとしているけど、·····なかなか押せない。

 これじゃあ愛想悪く思われちゃうかな? もっと明るく·····女の子っぽく·····。

 

 

 toフータロー

 ______________________________

 件名

 ______________________________

 明日の昼休みにやる勉強なん

 だけど(>_<)どこでやろうか?

 (´・ω・`)|

 

 

 ·····。

 

 絶対違う。ダメだ。

 一花ならこれでも大丈夫だろうけど。うーん·····。

 私は机を離れ、ベッドに寝転んでうつ伏せになる。

 

 私は初めて家族以外の人にメールを送ろうとしている。姉妹へのメールなら、別に気にすることなんてないけれど·····フータローは別。

 

「うー·····」

 

 近くにあったクッションを抱きしめる。なんだか変な声が出た。

 時計を見ると、時刻は既に十時半。そもそもフータローは起きてるのかな? 勉強出来るから授業中も寝ないだろうし·····今から送ったら迷惑かな。

 

 抱きしめているクッションに顔を埋める。ダメだ。いくら考えても分からない。

 いっそのこと二乃にでもきこうかな。でも絶対面白がって来るし·····。

 

 

 

 少し、外の空気でも吸って落ち着こう。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 私は部屋の大窓を開き、ベランダに出た。

 フータローとマンションを出た時と同じく、生暖かい風が頬を優しく撫でる。

 五つ子の部屋のベランダは全て繋がっていて、五つの部屋全てから明かりが漏れていた。みんなまだ起きてるみたい。

 

 

 タワーマンション三十階から見える夜の街の景色はいつ見ても綺麗だと思う。できるならいつかフータローと·····ああでもそうしたらフータローはこの家に泊まってるわけで·····どこで寝るのかな? ·····ソファーだと失礼だし·····。そ、そうしたら私の部屋で·····。

 

 顔に熱が溜まっていくのを感じる。

 ダメだ。今の私はいつも以上にダメだ。

 落ち着こうと外に出た矢先にこれ。なんだか体中が暑くて仕方ない。

 

 

 

 私は作りかけのメールが表示されているスマホに再び目を落とした。

 

 

 

 toフータロー

 ______________________________

 件名

 ______________________________

 夜遅くにごめんね。

 明日の昼休みにする勉強、

 どうする?|

 

 

 あまり遅くなっても迷惑かも知れないし、これで送ってしまおう。大丈夫、変じゃない変じゃない。

 よしこれで送信、と。

 

 

 ·····。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、できない!

 指が震えて、送信ボタンが押せない。

 一通送るだけでこんなんじゃ·····。

 私は自分の心の弱さに、はあ。とため息をつき、そのまま夜空を見上げる。

 

 フータローのことになると、やっぱり自分が変だ。

 

 

 

 ……そんな思考に頭が埋め尽くされていた、今の私には。

 背後から忍び寄る悪魔の存在に、気が付かなかった。

 

 

「はい、そーしん。ポチッと」

 

 

 後ろから突然現れた手。それが私が押すのをためらっていた送信ボタンを·····ためらいなく押した。

 無情にも表示される送信中の文字。そして何が起きたか分からないまま、画面には送信完了の文字が·····。

 

 私はバッ、と勢いよく振り返った。

 そこには人差し指を立てたまま、いたずらっぽい笑みを浮かべる一花がいた。

 

「な、なんでそんなことするの!」

 

 非難を込めた目で一花を睨む。

 

「いやー、スマホ見てる三玖がいたら·····覗きたくなるじゃん?」

「なっ·····い、いつから見てたの·····?」

「うーんとね」

 

 一花は面白いものを見つけたような顔で言った。

 

「外見ながらもじもじしだした所からかな」

「全部……」

 

 あははごめんごめんと軽く謝る一花。

 私は愕然とし、羞恥で顔が赤くなっていくのを自覚する。

 

「でもさー」

「?」

「まさかフータロー君だとはねぇ。まぁ見送りから帰ってきた時から怪しかったけど」

「そ、それは走ってたから暑くなっただけで·····」

「顔が赤い自覚、あったんだ?」

「〜っ!」

 

 一花の言葉に上手くのせられてしまった。それにしても全部見られてたなんて·····。私、口に出して無かったよね?

 

「今も顔赤いよ三玖·····そんなんじゃフータロー君泊めたとき、·····もたないんじゃない?」

「なっ、なんで·····」

 

 だってー。と人差し指を口にあてる一花。

 

「声に出してたじゃん。この景色フータローとみたいなぁとか·····」

「だ、だめ·····!」

 

 私は一花の言葉を強引に遮る。高速フラグ回収。やってしまった。一人だと思って声に出てたんだ·····。

 もうダメだ·····もういっそ布団被って部屋に引きこもろうかな·····。

 

「大丈夫だよみんなには内緒にしておくからさ」

「むー……」

 

 その時、手の中のスマホが振動した。

 ……フータローからだ。

 

 

 

 

 from フータロー

 ______________________________

 to 中野三玖

 ______________________________

 件名 Re:

 ______________________________

 四時間目終わったら三玖の席に

 行く。昼食ってから三十分くら

 いだな。

 

 

 

 私は「わかった」とだけ短く返信し、画面を消した。

 緩みそうになる口を必死に引き締める。

 

「よかったの? それだけで」

「いいの……一花に変なことされるかも知れないし」

 

 困ったものだ。一人で結構悩んでたのに……。

 一時間以上も、悩んでたのに!

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 体冷えてきたからもう戻るね。と一花に伝え、自室に戻る直前、

 

「二人でお勉強デート、楽しんでね」

 

 と一花に言われた。

 冷え始めた体がまた暑くなってきたのがバレちゃいけない。ポーカーフェイス、クールクール。冷静さが売りだからね。私は。

 

 私は「クールクール」とつぶやきながら全然冷めない体をベッドにダイブさせる。

 そしてクッションに顔を埋めて、

 

「うーーーーーーー!」

 

 恥ずかしさを全てクッションにぶつけるようにはき出した。両足もバタバタさせ、スマホはベッドの端に投げ捨てる。

 

 まあつまるところ、一花の前で平静さを保っているのは限界だった。

 一花の前ではああ言ったものの。

 好きな人からの初メールを、喜ばない人はいないと思う。

 嬉しいに、決まっている。

 

 

「明日からどうしよう……」

 

 

 このままじゃ……まともに顔を見ることさえ出来ないよ·····。

 

 

 

 




なんだかさっきから隣が騒がしいわね……。


どうも、フィヨルドです。(´・ω・`
評価、感想、誤字報告ありがとうございます。もうすぐ赤バーで埋まりますね。まさかこんなに高評価をもらえるとは……。

次回もよろしくお願いします。


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#11 抹茶ソーダ、意外とアリかも知れない。

20000UA感謝!

遅れてすいません!
すぐに投稿スピード戻します。


 ―――意味わかんない。

 

 勝手に入ってきて、勝手に助けて、……勝手に優しくしてくれて。

 頼んでもないのに。

 

 

 ドオオォォン……

 

 

 轟音が響き、反射的に空を見上げる。

 

 

 

 ―――見上げた夜空には、輝く大輪の花が咲いていた。

 

 

 

 背負われながら見るその景色は……。

 

 少しだけ。

 

 ほんの少しだけ、いつもより綺麗に見えた。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 頭上には灼熱の太陽。

 階下から聞こえる昼休みの喧騒。

 視線の先は陽炎で揺らめいて見えた。

 

 暑い。とにかく暑い。

 今日の日中の最高気温は30度。六月上旬にして真夏日となると、地球の未来がだんだん不安になってくる。けどまあ五つ子の未来の方が何十倍も心配だ。果たして卒業……の前に進級できるのだろうか。

 ……そこは、俺の家庭教師の手腕にかかっているんだが……。

 

 そもそもインドア派の俺が外に長時間いることが間違っていると思う。

 わざわざ学校の屋上なんかで昼食わなくてもなあ。

 

「そう思わないか? 三玖」

「え……な、なに、フータロー」

 

 三玖の肩がビクッと震えた。

 

「いやー、暑いなってさ。なんでこんなクソ暑い中俺は昼食ってんだろうって思ったんだよ」

「ごめんなさい·····」

 

 三玖が屋上で食べたいって言うからこうなってるわけだが·····。

 

 

 

 四時限目の終わり。教科書筆記用具をリュックにしまった俺は、三玖の席に行った。

 メールで昼飯食った後に図書館で勉強をする予定と決まっている。

 

「三玖、食堂に行こう」

「えっ·····?」

 

 しかし話しかけて返ってきたのは疑問の声。

 ん? 俺なんか変なこと言ったか?

 

「あっ·····えっと、今日は屋上で食べるから、そっちに行こう?」

「ああ。まあ別にどこでもいいが·····他の五つ子たちはいいのか?」

「うん、大丈夫。もう二乃にメールしてあるから」

 

 食堂で五つ子と昼飯食うと·····生徒の視線を集めるからな。

 そこに俺となると、事情を知らない生徒たちにとっては疑問でしかない。翌日にはあらぬ噂が飛び交うことだろう。

 だから三玖の提案は俺にとって嬉しいものだった。

 

 ·····と思ってた時があったさ。

 

 そして今に至る。

 今更移動するのも時間がかかるだけなので、ここで食べているわけだ。今から行っても席をとれるか分からないしな。

 最初は屋上の高さと開けた場所ならではの涼しい風で快適だったんだが、風が止んだ途端に暑くなる。太陽はほぼ真上にあるので、日陰もない。

 

「いやなに、俺は別に責めてないんだ。安易に同意した過去の自分を責めてるだけなんだよ」

「遠回しに私が悪いって言ってるよね·····」

 

 カバンを開け、何かを探し始める三玖。すると、缶の飲み物を取り出して俺に差し出してきた。

 これは·····。

 

「抹茶ソーダ·····」

「お詫び。私のオススメ、あげる。·····もちろん、鼻水は入ってないよ」

「いや、なんだよ。そもそも茶碗じゃないんだから入る余地ないだろ」

 

 いやヤバいだろ、抹茶ソーダ。

 なんだ? 和と洋の融合ってやつか? いや炭酸は洋じゃない·····がそんなことはどうでもいい。なんか凄い押し付けて来るし、そんなに飲んで欲しいのか·····?

 というか·····ん?

 

「三玖、なんでそんなこと知ってるんだ?」

「し、知ってるの!?」

 

 なんか三玖が目をキラキラさせてる。普段の落ち着いた雰囲気とのギャップが凄い。顔が近い近い。

 

「知ってるもなにも·····大谷吉継と石田三成の逸話だろ?」

 

「うんうん!」

 

 首をブンブンと縦に振った後、三玖はすぅー、と大きく息を吸い込んだ。

 

 

「吉継は豊臣秀吉に仕えて、小田原攻めや九州征伐などで功績があったんだよね!『100万の軍勢を与え、自由に軍配をさせてみたい』と秀吉に言わせたほどなんだよ! 晩年は難病を患っちゃったけど……親友の石田三成から「挙兵」という重大決意を明かされて、関ケ原の戦いでは西軍に加わったんだ。小早川秀秋ら東軍に寝返った軍勢の猛攻に最後まで戦って自害した!

 石田三成との友情と豊臣家への忠義を守って、病を患いながらも戦地を駆け抜けて、最後は自ら命を絶った吉継! かっこいいよね! 『義』の精神だよ!」

 

 一息。

 

 ……。

 

「おう! そうだな!」

 

 何を言えばいいかわからず、とりあえずそう返すしかなかった。

 

 ……。

 

 続くのはもちろん沈黙。三玖のマシンガンを受け、呆然とする俺は場を繋ぐ力など無い。無力だ。

 ……元からとか言うな。

 

 目を合わせながらぱちぱちと数回まばたきした後、目と鼻の先にある三玖の顔が、急に真っ赤になった。炎天下にずっといた後のマシンガンで酸欠、熱中症か?

 

「ち、違う! あ、違くはないんだけど……違うの!」

 

 慌てて後ろに下がり、大慌てで何かを否定する三玖。

 

「別にいいじゃねえか。吉継、好きなんだろ?」

「う……」

 

 何かを考えるように下を向いた。そして何故か伏し目がちにこちらを見ている。

 

「変、じゃないかな……?」

「何が変なんだ?」

「だって……」

 

 三玖は一度ためらうも、再度言葉を続ける。

 

「みんなと違うから……みんな雑誌とかテレビ見て、芸能人とか俳優とかの話してるけど……私は髭の生えたおじさん。変だよ」

 

 

 どうやら三玖は、いわゆる歴女というやつらしい。周りに自分と同じ趣味を持ってる人がいないから不安なのだろう。

 

『みんなと違う』

 

 ひとりは怖い。自分だけ周りと違うのは誰だって不安になる。

 一人になることがどれだけ不安なのか、俺は五年前にそれを知っている。

 

 だから、

 

「いいんじゃねえか、別に」

「え·····?」

 

 今度は俺が、あの時の女の子みたいに

 

「だって好きなんだろ、戦国武将。いいじゃん、かっこよくてさ」

 

 人を一人にさせないように言うんだ。

 

「みんなも全然気にしないと思うし·····少なくとも、俺は変だとは思わない」

「·····っ!」

 

 もしそれで、少しでも救われる人がいるなら。目の前で不安そうな顔をしてる人が笑ってくれるのなら。

 

 俺はあの子のようには出来ないだろう。

 それでも、不器用かも知れないけれど手を差しのべたいと思う。

 三玖が俺を見る。その顔に、もう不安そうな色はないようだ。

 これで、いい。

 

 

 

 人に頼られることがどういうことか、昨日知った。

 

 

『迷惑かもしれないけど·····勉強、教えて欲しい』

 

 

 あの言葉は、俺の中に焼き付いたように残っている。

 今までいつか頼られるためにと思いながら勉強し、しかし他人との交流は出来るだけしてこなかった。

 だから、その言葉は俺に鮮烈に響いた訳だ。

 

 

 

 五年前のあの子が今どこにいるかは分からない。

 届かないと知りながらも、きっと同じ雲一つない快晴の空にいるだろう、あの日の女の子に問いかける。

 

 

 ―――なあ。俺、頼られる人になれてるかな?

 

 

 あの時の君みたいに。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「そっか·····じゃあ、また話していい? もっとたくさん話したいこと、あるんだ」

 

 再び抹茶ソーダを差し出しながら、俺に言う三玖。

 

「ああ。でも続きは図書室でな? もう暑くて仕方ないんだよ·····」

 

 三玖の激しい抹茶ソーダ押しと炎天下の暑さに顔を引きつらせながら答える。

 

 

 いや、抹茶ソーダ要らないから·····。

 

 

 だが、うだるような暑さとは裏腹に、俺は今、とても心地よい何かを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、結局飲んだ(飲まされた)抹茶ソーダは、じっとりとかいてしまった汗もあってとても美味しく感じた。

 

 なんだか負けた気がするな·····。

 

 

 

 

 




「……(抹茶ソーダの箱買いを検討中)」


どうも、フィヨルドです(´・ω・`)

遅れて申し訳すいません。次からは投稿ペース戻すので大丈夫ですよ。二日に一話くらいです。
途中で放ったりしませんよ。ええ。

どうやら前回が高評だったらしく、感想もたくさん来て、日間ランキング13位まで上がってました。ありがとう!


……少し捕捉を。
原作読んでる人なら分かると思いますが、フータローはチートキャラなんですよ。何でかは言いませんが。
だから鼻水の話も知ってます!

それと、どうやら鼻水の逸話を残した大谷吉継という武将は、歴女人気ナンバー1らしいです。その理由は三玖が語ってますので、そちらで。どうせ読み飛ばしましたよね? ……自分は何でも知ってるんですよ。


これからもよろしくお願いします。




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#12 中野五月(肉まんおばけ)

初春の令月にして 気淑く風和らぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫らす。
つまり令和一発目!


 

「三週間後の日本史のテスト範囲は、室町後期……応仁の乱の後から徳川綱吉の政治までだな」

「あ……この前のテストも……」

「そう。期末試験の範囲だったわけだ。それが分かるってことは、ちゃんと復習したんだな。偉いぞ」

「あ……うん」

 

 なぜか顔を赤くさせる三玖。ここはもう涼しいはずだが……まださっきの熱が引いてないのか?

 

 屋上から移動し、予定通り図書室に来た。炎天下からクーラーがきいた図書室に入るとものすごく気持ちがいい。俺の家のクーラーは滅多に使わないから、暖房設備完備の快適空間であるこの図書室で勉強することは多々ある。

 

「じゃあ勉強に入りやすいように、日本史からやってくか」

「日本史は好きだけど·····他の苦手な科目からじゃなくていいの?」

「ああ。苦手な勉強から入っても集中力が続かないし、まずは好きな日本史から初めて、勉強をする癖をつけなきゃだめだ」

「癖?」

「勉強をする習慣をつければ、苦手な他教科の勉強にも自然と手が出るようになる」

「なるほど」

 

 と、三玖が納得したのか頷く。

 これは俺の経験談でもあったりする。小六の時から勉強を始めた俺だが·····初めはなかなか勉強に手がつかなかったものだ。

 俺の場合は家に娯楽物がほとんど無かったから、勉強の習慣がつくようになるまでさほど時間がかからなかったが、三玖はどうなのだろうか。金持ちだし·····勉強を阻害するものが部屋にたくさんありそうだ。

 

「なあ三玖·····あ、勉強しながらでいい」

「うん。なに?」

 

 俺のノートを写しながら、教科書の重要箇所に線を引きながら三玖が返す。もう既にかなり集中している。やはり日本史は本当に好きなようだ。

 

「三玖の部屋、今度見てもいいか?」

「えっ? ええっ!?」

 

 急にバッ と俺を振り向き、驚く三玖。

 三玖の声に反応した数人が俺たちに視線を向ける。

 

「お、おい·····ここ図書室だから·····」

あ·····ごめん

 

 声を萎ませる三玖。

 

「別にいいんだけどな·····どうしたんだ?」

「ど、どうしたって·····じゃあ、なんで私の部屋見たいの?」

「部屋に勉強を阻害するものがあったら邪魔になるし·····少なくとも机の上からはそういうものを除いた方がいい·····って三玖? 」

 

 話してる途中に三玖がそっぽを向いてしまった。

 どうやら変なことを言ってしまったらしい。おいおい勘弁してくれ。まだ三玖と出会って三日でよく分からないし、そもそも俺は他人とほとんど関わらずに過ごしたんだ。一体どうすれば……。

 

 そして俺は脳みそをフル回転させ、一つの解にたどり着いた。

 これだ。これしかない。

 他人と関わらずに過ごしてた? 何言ってるんだ俺は。その代償に得られたものがあるじゃないか。

 すなわち―――頭脳。

 人間関係を犠牲にして得たその成績は……偏差値七十オーバー。

 高校に入ってからの学校の試験では常に満点。全国模試ランキング常連の俺、上杉風太郎が導き出した解は――。

 

 

 事象と概念が繋がる。

 その思考に費やした時間は――なんと二秒に満たない。

 思考が限界まで加速し、ゆったりと流れているかのように錯覚する時間の中、それを切り裂くかのように俺は三玖に告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、抹茶ソーダあげるぞ! な?」

 

 ゆっくりと振り向く三玖。

 

 そう。なんだかんだ言って三玖に飲まされたら美味かったため、買ってしまったのだ。食堂で使うはずだった金がらいはの弁当で浮いたので、これは俺の久しぶりの贅沢だったりする。

 

 

 しかし。

 俺は今夜振り返ることになるだろう。一つ俺が間違ってたとするなら、それは自己把握の不足だろう。と。

 すなわちそれは、

 

「女の子がものでつられると思わないで……フータローのばか」

 

 振り向いた三玖の光のない目が悠然と物語っていて。

 俺は、おそらく偏差値三十程の三玖に悪あがき一つ許されずに撃沈したのだった。

 

 二次元紙面上の物語文での感情把握は満点なんだが……。どうやら三次元上の感情把握は赤点らしい。

 

 

 

 抹茶ソーダをみて、一瞬目が揺らいだのは気のせいだった……か。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「·····」

「·····」

 

 三玖が黙々とノートにペンを走らせる。

 先程の弁明をしたい俺だが、勉強に集中している人を邪魔する訳にもいかない。

 

 無言の間が続く中、五時限目の予鈴がもうすぐなるかと言う時、三玖が勉強道具をしまい始める。

 そして、使っていた俺のノートを差し出してきた。

 

「一つ、お願い聞いてくれるなら許してあげる」

「え?」

「·····」

 

『お願い』が何なのか分からないのが怖いが·····三玖との関係性に亀裂を入れる訳にもいかない。

 差し出してきたノートを受け取る。

 

「ああわかった·····ごめんな、三玖(なんで怒られたかは分かってないが)。あと金銭面は勘弁して欲しい·····」

「ん、わかった」

 

 席を立ち、少し弾んだ声で答える。

 

 

「じゃあ、約束ね」

 

 

 続いて俺も席を立ち、勉強道具をリュックにしまったところで、五時限目の予鈴が鳴った。

 

 教室へ向かう道、前を歩く三玖はなんだかとても嬉しそうにしてて、

 

 いや、やっぱ全然分からん·····。

 

 今後増えていくであろう苦労に、静かにため息をついたのだった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「デラックス肉まん!」

 

 下校中。

 俺は今日も五つ子たちのマンションへと向かっている。

 隣には三玖が歩いており、俺たちの前には一花、二乃、四葉、五月の四人が何やら騒いでいた。

 

「太るわよ! 肉まんおばけになっちゃうんだから」

 

 両手にデラックス肉まんとやらを持っている五月。あの量を一人で食べるつもりなのだろうか。

 五月が片方の肉まんを頬張っているうちに、もう片方を四葉が勝手に食べていく。そしてそれに気づいた五月が四葉の頬を引っ張って·····。

 ふと一花を見ると、視線をこちらに向けていた。しかもなんとも含みのあるかのような笑顔で。

 俺と目が合うと、一花が軽く手を振ってくる。

 こういうのは気にしたもん負けだろう。一花の怪しい視線を無理矢理無視して、隣の三玖に話題をふる。

 

「ところで、俺は一体何をすればいいんだ」

「·····? なんのこと?」

「ほら、図書室で·····」

「·····ああ」

 

 思い出したかのように返す三玖。

 その手には抹茶ソーダがあり――結局奪われた――、一口飲み、うん、と頷く。

 

「花火大会、あるでしょ? 私たちと一緒に来て」

「花火大会? 日曜日だよな。俺その日勉強しな·····」

「来るの」

 

 三玖を見ると頬が膨らんでいる。

 

別に二人きりで勉強でもいいんだけど、どうせならフータローと花火見たいし·····

「ん? なんか言ったか?」

「う、ううん! なんにも、大丈夫!」

「なんか少し変になってるぞ」

 

 すー、はーと息を吸い、三玖が切り出す。

 

「あのね、花火は私たちとお母さんの思い出で·····お母さんがいなくなっても毎年五人全員で見てるの」

「·····そうなのか。でもそれなら尚更俺はいない方がいいんじゃないか?」

 

 別に大丈夫だよ。と言い、首をふる三玖。

 

「結構、男の人とか寄ってきたりするから·····」

「ああ、なるほどな·····」

 

 確かに五つ子達の容姿なら、よからぬことを考えた輩が絡んで来ることもあるのだろう。だが·····。

 

「でもよ、自分で言うのもアレだが·····俺じゃあ頼りなさすぎねぇか? 別に行きたくないとかじゃなくてだな·····」

「大丈夫だよ」

 

 三玖が口角を上げ、微笑する。

 その横顔は、何かを企む策士のようで·····。

 

 

「とっておきの作戦、あるから」

 

 

 三玖が何をするのか不安で仕方がなく、しかし断ることのできない俺は、無言で顔を引き攣らせるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




『肉まんおばけ』なんて·····いくら二乃でも酷すぎです!
今度お父さんに言いつけてやるんだから·····。


どうも、フィヨルドです(´・ω・`)

三玖のとっておき、果たしてなんなのでしょうか。
そして五月の体重は増加する一方。

お気に入り、高評価ありがとうございます。
高評価感想、是非どうぞ。
次回もまたよろしくお願いします。


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#13 完全勝利した二乃

遅れた·····。五つ子の誕生日にすら間に合ってねぇ!

そしてアニメ二期おめでとう!


「宿題終わるまで、花火大会にはいけません」

 

 

 中野家にお邪魔して、家庭教師を始める前に俺は五つ子に告げる。

 三玖から聞いた話によれば、毎年全員で見に行ってるらしいじゃないか。しかも母との思い出もあるときた。

ならばそれを遠慮なく利用させてもらおう。

 

 中野家につくと、三玖の他に、一花、四葉、肉まんを持った五月(なんと肉まんは二つだけじゃなかったのだ!)はしぶしぶ集まってくれたのだが、二乃は早々に部屋に引きこもってしまった。

 よって二乃をおびき出さなくてはならないんだが·····思いついたのが『宿題終わるまで花火大会にいけません』作戦だ。そのままだな。

 

「ちょっと! なに勝手に決めてんのよ!」

 

 ほら。直ぐに部屋から出てきたぞ。

 図書室での『抹茶ソーダ誘惑作戦』とは違い、上手くいったようだ。

 

「二乃ドアの前で聞いてたでしょ」

「んなわけないでしょ!」

 

 一花のからかいに興奮したまま返す二乃。

 

「まあまあとりあえず聞け、二乃」

 

 あのな。と一息置いてから話す。

 

「花火大会に行きたいんだろ?」

「ええ。でもアンタに行く行かないを指図される筋合いはないわ」

「まぁそうだわな。突然来て、行動を制限。何してんだって話だ」

 

 分かってるじゃない。と二乃。

 

「だがな、深刻な事実があるんだよ。これはお前ら全員に言っておきたい事なんだが·····」

 

 俺が神妙な顔つきになったのを見て、背筋を伸ばす四葉と五月。

 

「これは、俺が尊敬している先生から聞いた話だ」

「なによいきなり」

「まぁ聞けって」

 

 一息つく。

 

「ある日本史の先生が言ってたことなんだが·····そうだな、S先生としよう。その先生は、その日キャバクラに行ったんだってよ」

「既に雲行きが怪しいんだけど·····」

「·····その先生がな、女の子と話してるうちに仕事の、日本史の話になったわけだ。そして発覚したんだが·····その女の子、豊臣秀吉を知らなかったんだとよ」

「ええっ!?」

 

 と三玖。

 

「ありえないよな? その話をした上で先生はこう言ったんだ」

「なんて言ったのよ」

「どんな名言を·····」

 

 

 

 

 

 

 

『豊臣秀吉すら知らねぇなとか、人間じゃねえ、猿だ』

 

私はちゃんと人間ですよ! 上杉さん!

 

 

 

 

 

 ·····。

 

「どう? いい言葉だよな!?」

 

 言いたいことはあるが·····。その前に、だ。

 

「ちょと分からないかなー」

「いや別に·····」

「·····」

「(もぐもぐ)」

 

 えー。反応薄っ。

 四葉は固まったまま動かない·····きっと感動して動けない? んだろう。

 

「ふふっ·····私は分かるよフータロー。豊臣秀吉と『猿』をかけてるんだよね?」

 

 

 三玖以外にはどうやら不評の様子。

 

「ま、まぁつまりだ。お前らちゃんと勉強しろよなって言う()()()()()話なんだが·····四葉」

「なんでしょう上杉さん!」

 

 何故か固まって動かなかった四葉がびくりと反応する。

 

 

「お前もしかして、豊臣秀吉知らない?」

「·····で、でも私は人間です!」

 

 

 ま、マジか·····。

 

「す、スマン·····まさか豊臣秀吉すら知らないとは思って無かったんだ·····ホントにスマン」

「なんだか謝られてる気がしません!」

 

 むー、と四葉がうなる。

 

「よかったじゃない五月」

「? ふぁにわへすは(なにがですか)?」

 

 ニヤリとしながら二乃は五月に告げた。

 

「人間じゃない人が他にもいて、よ! 肉まんおばけ!」

「·····」

 

 恐ろしいことを言いやがった。

 図書室での三玖のように瞳から光が失われた五月。動揺が体をビクリと震わせ、俯いた顔に前髪がかかる。

 そう、そんなことは女性関係に疎い俺でも知っている。『女子に対して』体重の話は厳禁、と。

 

 いつだったか、らいはをおんぶした時だ。

 

「よっと·····」

「わーお兄ちゃんたかーい」

「そうだろう? それにしても·····らいはは成長したなぁ」

「·····」

 

 蹴られた。

 直接的でないにしろ女子の体重を刺激してはならない。俺は学んだ。

 あの時のらいはは若干理不尽だった気がするが·····。

 

 ともかく、二乃は定期的に·····特に最近五月の体重いじりが酷かったらしい。それがついに·····爆発した。

 

 

 

 

 

「ええどうせ私は肉まんおばけですよ! ·····グスッ·····お父さんに……お父さんに言いつけてやるんだから!

 

 

 

 

 五月がポケットからスマホを取り出し、少し操作してから耳にあてた。どうやら本当に父親に電話をかけているようだ。

 

「ちょっと……!」

 

 さすがのニ乃も焦り始める。何とか五月のスマホを奪おうと試みるが、「まあまあ」とニヤニヤしている一花が二乃を止める。完全に楽しんでるな、一花。

 

 プルルルル……プルルルル……。と何回かコール音が鳴った後、

 

『今は仕事中なのだが……どうしたんだい、五月君』

 

 中野父が電話に出た。全員に会話が聞こえるスピーカーモードだ。

 五月の奴……マジで電話しやがった……。興奮して後先考えてないな……。

 

「お父さん聞いて下さい!」

『なんだ』

「二乃が、二乃が……」

「……」

 

 心を落ち着かせるように、すう……と息を吸い……二乃の非常識を訴える。

 

「二乃が私をふ……ふとっ……太ってるって言うんです! 肉まんお化けって!」

『そうか。楽しそうでなにより』

「なんでそんなに冷静なんですか!?」

『僕からしてみれば、五月君が何故そんなに興奮しているのかさっぱりだが……』

 

 突然娘から電話がかかってきたかと思えば普段見せない五月の異常な興奮。わけが分からないだろう。

 

『さっき言った通り僕は今仕事中だ。だから……父親としてではなく、一医者としての意見を伝えようと思う』

「·····」

 

 父親の意見を固唾を飲んで待つ五月。中野家のリビングに何故か緊張が走る。

 

『メタボリックシンドローム。誰しもが一度は聞いたことのあるものだろう·····勘違いが多いのが、単に腹囲が大きいだけでは、それには当てはまらないという点だ』

 

 中野父は続ける。

 

『メタボリックシンドロームとは·····内臓脂肪型肥満をきっかけに脂質異常、高血糖、高血圧となる状態のことを指す。原因は、 運動不足、食べすぎなどの積み重ねが原因である場合いが多いのだが·····問題はそこじゃない』

 

 父親による容赦のない連続攻撃。

 

『重要なのは、動脈硬化性疾患·····つまり脳卒中や心臓病にかかる確率が跳ね上がるという点だ。五月君も気をつけなさい。以じ·····』

 

 目を見開き口を閉じることのできない五月。

 そして……完全勝利した二乃。意図せずに父親すら味方にしたニ乃に、何も出来なかった五月。

 机の上にある食べかけのデラックス肉まんが、五月の虚しさを物語っていた。

 

「うわああぁん!」

 

 うお! 危ねぇ! 五月のやつ、俺にスマホぶん投げやがった·····これ七万とかするんだろ? 壊れたらどうする気だよ。

 スマホを投げたまま、五月は自室に閉じこもってしまった。おいおいどうすんだよ、勉強。

 二乃はドヤ顔でガッツポーズしてないで五月を追え。

 

「ふん。私は今気分がいいから、勉強してあげなくもないわ!」

「それはありがてえこった。だが二乃のせいで五月が消えたんだが?」

「あの子が食べ過ぎなのが悪いでしょ。そろそろ止めないと本格的にまずいわ」

 

それは否定出来ねぇ·····。なにせ会って二日目で分かってしまうヤバさだ。

 

 

『上杉君、今そこにいるのかい?』

「は? は、はいいます!」

 

 急に五月のスマホから声が。まだ通話は終わってなかったみたいだ。耳に当てると音が大きいので、スピーカーモードを切る。

 ……ていうか、相手俺の雇い主なんだが!?

 

『どうだい? 家庭教師は順調かな?』

「は、はい。·····そりゃもう!」

 

 雰囲気ぶち壊しておいてよく言えるなぁおい。とは言わず。雰囲気が伝わらないように誤魔化す。

 順調なわけがない。

 

『そうか。それはいいことだ……なら、次の期末試験、全員の赤点を回避してもらおう。それが出来ないのなら、見込み無しとして家庭教師をやめてもらう』

「は? え、ちょっと待ってください……」

『待たない。私は今仕事中だ……健闘を祈るよ』

「あっ……」

 

 電話が切れてしまった。

 つか五月の機嫌くらいとってくれよ中野父。五月のみ赤点とかだったら覚悟しろよ。

 

 いやいや五月だけ? 今のままじゃ全員赤点は間違いない。どうする……。このままだと俺の生活が!

 何か無いのか……?この絶望的状況を打破するような奇跡のような一手が·····。

 

 ……っ! そうか!

 

 勢いよく顔を上げると、残った五月以外の四人が俺を見ていた。

 

「フータロー……?」

 

 そして、俺は告げる。

 これなら、行けるかも知れない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花火大会は、行けなくなりました。家で補習を受けてもらいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「却下」」」」

 

 

 

 

 

 

 ええ·····。

 

 




変わる(やせる)変わらない(太る)かは、私次第·····か。


どうもフィヨルドです(´・ω・`)

投稿頻度が圧倒的に落ちてますね·····申し訳ない。
二日日後宣言して六日後はないわ。うん。
書きづらいのは何故か·····いっその事ギャグ回はしんみり抜きにしてはっちゃけてみるか·····。

ていうか。連載開始の時と大分方向性が変わったなぁと。これじゃあ80話とかいっちゃうぜ·····?

というわけで次回は()()()に出します。
次は三玖回となるのでお楽しみに。


お気に入り500、高評価ありがとうございます。
是非、評価と感想で作者にやる気を下さい。


ではまた。






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#14 引きこもる五月

ギリギリ! セーフ!


 五月が部屋に引きこもってから一時間がたった。もちろんその間は勉強である。

 案の定二乃が抜け出そうとしたが、五月のことに負い目でもあるのだろう。ドヤ顔張ってたのは五月がいなくなってから数分ほどだけで、だんだんとテンションが下がっていった。

 いつもいる五月がいないので、心なしか二乃以外の三人も元気が無いように見える。

 

 もうかれこれ20分ほど無言で、リビングに聞こえるのはシャーペンを走らせる音のみだった。

 

 まあ、二乃も言い方は悪かったとはいえ、五月を心配してのことだ。そこまでなら冗談で済んだ気がするんだが·····中野父(あの野郎)、とんでもない爆弾落として行きやがって。五月にも、俺にも。

 何が動脈硬化性疾患だよ。絶対に女子高生に話すことじゃない。一度ビシッと言ってやりたいものだったが·····。

 現状そんなことはできない。俺にとって中野父は雇い主であるのもそうだが·····その要求を達成できそうにないというのもある。

 

 テストは三週間後。普通なら直前の追い込みでも赤点回避くらいは余裕のはずだが、こいつらは今までろくな勉強もしてこなかった。積み重ね、というものが無い。

 

 あと三週間で集中して出来るのは一週間程度だろう。

 勉強してこなかった、または普段からしてないやつは大体二週間の時間をボーッとして過ごす。

 よくあるやつだ。机に向き合ったはいいが、ペンを取れず、ノートを開けず、結局娯楽物に時間をさいてしまう。ソースは小六の俺。

 

 つまり、赤点回避出来るか出来ないかは俺次第。ということだ。·····どれだけやる気を出してくれるか、もあるから五つ子次第でもあるが·····。

 

 とにかく一人でも赤点とったらアウトなのだから、五月を戻さなきゃダメだ。勉強の効率も悪い。

 

「ねぇ!」

「うおっ! なんだ?」

「なんだ? じゃないわよ。終わったら持ってこいって言ったのあんたでしょ」

「ああそうか·····すまん」

 

 俺は二乃から課題のプリントをもらい、採点を始める。あーあー、こりゃ酷い。先が思いやられるぜ·····。

 

「ねぇ」

「ん? 全然あってないぞ」

「そうじゃなくて! パパとなに話してたのよ」

 

 スッスッと流れるようにバツをつけていく。二乃の顔が微妙なのを見るに、自信のあった問題さえも間違っていたのだろう。

 

「だから、ただの世間話だって。昼間の井戸端会議並のな」

「(井戸端会議って何かしら)まぁいいけど。別にあんたのことなんて興味無いし」

「先に聞いてきたのお前だろ」

 

 採点が終わる。

 俺は二乃に課題プリントを差し出した。

 

「ほれ。英語50問中6問正解だ。最初よりはマシだな」

「うう·····」

 

 ちなみに三玖は既に終わっていて、二乃と同じ英語のテストを50問中10問正解。三玖が一番苦手なこの教科でこの点数なら、もしかするといけるかもしれない。

 

 一花と四葉も終わったようで、採点すると、一花は4問正解。四葉は2問正解。正直言うと全員カスみたいな点数だ。

 英語の伸びは他教科に比べてかなり遅い傾向にある。五人全員が赤点突破となると……なかなか難しいものだ。

 

 それはそうとして、だ。

 

「一度休憩にしよう。その間に、なんとか五月を引きずり出してくれ」

「わかったわよ……ずっとこのままじゃ行けないし……五月だけ花火大会行けないのも困るもの」

 

 やはり二乃は元気がないように見える。いつもなら、「はぁ? なんでアタシなわけ?」だ。……いやそれはないか?

 おそらく五月の立場にあるのが俺だったらそう言っただろう。

 ニ乃はそれほど妹のことが好きということ。なんとも分かりやすい。

 かなりの不器用だが、きっと大丈夫だろう。

 

 

 さて、俺もやるべきことがある。

 試験対策、考えなきゃな。

 

 

 一度頭をクリアにするために、俺は一度外に出た。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 タワーマンション三十階からの景色は圧巻だった。

 思わず自分が落下してしまう想像をし、身震いする。助かる余地のない確実な死が待っている。

 

 試験もそうだが、もう一つ考えなければならないことがあるのだが……優先順位は……いや、どっちだろうな。

 

「フータロー」

 

 考えがまとまらない内に三玖に声をかけられる。

 

「ん? 三玖はどっから来たんだ?」

 

 俺がベランダに出たのはキッチン横にある扉からだが、それは俺のすぐ後ろにある。三玖が入ってきたら気付くはずだ。

 

「このベランダ、みんなの部屋とも繋がってるから……私は自分の部屋から」

「ああ、そういうことか」

 

 そう言われ納得する。奥の角を曲がると五つ子の部屋があるということか……いや、直前の大窓は既に一花の部屋か。

 

 視線を戻すと、なにやら三玖は真剣な顔をしていた。

 

「フータロー、お父さんになんて言われたの?」

「だから他愛のない世間話だと……」

「それは、嘘」

 

 三玖の俺を見る目はいつもと違い、真剣そのものだった。

 これ以上の誤魔化しは、俺にはできなかった。

 

「本当のこと、言って」

「……赤点一つでもあったら、俺はクビだとよ」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、三玖は驚いたように目を見開き、口を手で覆った。

 再び俺が口を開く。

 

「全く、お前らには失礼かもしれないが、迷惑な親だぜ。五月の勉強の邪魔しやがって……なぁ?」

 

冗談めいた口調で言うと、三玖は固まった表情を崩す。

 

「ふふ……。五月はきっと大丈夫だよ。拗ねるのはよくあることだから」

「そうなのか?」

「うん、それと……」

「?」

 

「私は絶対に赤点取らないから、安心して」

 

 自信に満ちた顔で、胸の前で拳を握りしめて言う。

 思わず笑みがこぼれた。

 

「そうか……なら、楽しみにしてる」

 

 

 そう言い三玖から目を逸らし、再び眼下の町に目を向ける。もう少しで休憩も終わりだ。果たして二乃はうまくやっただろうか。

 

「この景色、凄いよね」

「ああ。骨まで粉々だろうな」

「えっ……そうじゃなくて!」

 

 ほら、と三玖がおもむろに空を指差す。

 

「よく見るんだけど……あっち……東に太陽が沈んでくでしょ? その夕焼けが綺麗で、そのあとに見えてくる星も凄くきれいなんだよ」

「そっか……じゃあいつか見てみたいな」

「……っ! うん!」

 

 とても良い笑顔で三玖は頷いた。

 普段の三玖からは全く想像がつかない表情。

 

 ……だが俺にはそんなことはどうでもよかった。

 

 

 

「小学生からの常識だ」

「?」

「太陽は東から昇って、西に沈むんだよ」

「えっ……」

 

 三玖が固まる。

 やる気と実力が伴わないのはよくあることだから、な。

 ……だが。

 

やっぱり先が思いやられるな……。

 

 

 

「とりあえず休憩終わりにして、理科から始めような? 科学とか物理じゃなくて、まずは理科」

 

「はい……」

 

 




私は、早死にしてしまうんでしょうか……。し、し、心臓病って死んじゃうやつですよね!?


どうも、フィヨルドです。

今ゴミ端末で書いたので、言いたいことは次回で!
ガクガクでやばい……。

評価、感想、ありがとう!


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#15 冷蔵庫の中身はコーラと抹茶ソーダ

550お気に入り、33000UAありがとう!




「ダイエット始めます!」

 

 休憩を終え俺と三玖がリビングに戻ると、一花と四葉と二乃は既に集まっていた。五月をつれて。

 

「おお! 引きずり出せたんだな」

「言い方。まあ、今回は自分も悪かったもの」

 

 自分の非を認める二乃。どうやら仲直りはできたようだ。しかし、あれほど興奮し、取り乱していた五月をどのようにして機嫌よくさせたのだろうか。

 気になった俺は二乃に聞いてみる。

 

「しかしまあ、よく一時間も引きこもってた五月をこの短時間で連れてこれたな」

 

 休憩していた時間は十五分だ。それだけの短時間でわかりあえるということは、やはり伊達に産まれてからずっといる訳ではないということだろうか。

 

「ああ……今度クッキー沢山作ってあげるって言ったらね……」

 

 俺の耳元で、五月に聞こえないくらいの大きさで言う二乃。長い髪が首をくすぐる。「ちょっと近くないか?」とか指摘したら、またキレられるオチだろうな……。

 

 しかし横目で二乃の顔を見たとき、あることに気づいてしまう。化粧では隠しきれず、僅かに見えた目元の隈に。

 

「いや全然学んでねえな」

 

 とりあえずそう言い返す俺。二乃には後で、夜更かしは肌に悪いんだ。知ってたか? と言っておこう。……いややっぱキレられそうだから止めておこう……。

 

 そして俺は五月を正面から見据える。

 

「五月、本当にダイエットする気はあるのか?」

「はい!」

「じゃあ明日から俺と一緒に焼き肉定食(焼き肉抜き)だな!」

「焼き肉定食ですか!? やった!」

 喜ぶ五月に、三玖がこほん、と一つ咳払い。

「フータローの焼肉定食には、お肉が入ってない」

「……え?」

「フータローの焼肉定食には、お肉が入ってない。……多分、五月にとって凄く重要なことな気がしたから二回言った」

「お肉なし!? そんなのあんまりじゃないですか!」

「俺はここ二年、焼肉が入った焼肉定食を食べていない」

 

 焼肉定食(焼肉抜き)の存在を高一の六月に知ってから今まで、弁当以外の日は全部これだ。まさに俺の高校生活のパートナー。卒業文集の題名は多分、『焼肉定食』になるだろう。後悔はない。

 

「なんで自慢気にいってるの……? フータローには、今度焼肉食べさせてあげるから……」

「マジで!? 三玖最高だぜ!」

「さ、さいこう……う、うんうん!」

 

 ブンブンと縦に首を振る三玖。かなりの勢いなので、首が痛めないか心配だ。

 

「その時は私も連れてってくださいねー」

「あはは。五月はダイエットするんじゃないの?」

 

 と一花。

 

「上杉さんと焼肉、私も行きたいです!」

「なんでアンタが来るのよ……まあでも? ()()()()()()()()()()()()()()()()()? 行ってあげなくもないわ」

 

 なんだかみんなノリノリだな。でもさ、やっぱアレか? お金持ちはみんなあの高級焼肉店に……なんだっけな……。

 

「JOJO苑ですね!?」

 

 五月が俺の言葉を代弁してくれる。そうそうそれそれ。

 

「みんな連れてく余裕なんてないない! 行きたいなら、お父さんの財布に相談して」

 

 さらっとえげつないことを言いやがる……。だがまあ、もし俺が連れて行ってもらったところで全然食えないだろうな。主に緊張と申し訳なさで。

 

「そうですか……でも」

 

 五月は少し残念そうにしながらも、ぱっと顔を上げる。

 

「いつも美味しい料理食べてるので、大丈夫です」

 

 いつもの料理、とは二乃の作る料理のことだろう。俺自身、昨日すき焼きをご馳走になっているので、その美味しさは体験済みだ。

 

「そ、そう。……アンタ達がだらしないから、仕方なくだけどね」

 

 そっぽを向きながら長い髪を指先でくるくるといじる二乃。照れ隠しだと言うことが分かっているのか、三玖たちは暖かな目でそれを見ている。なんともほほえましい……。

 

 

 

「……って、ちがーう!」

「上杉さんが怒った!」

「焼肉定食の話だろ……?」

 俺は五月の両肩をガシッとつかんだ。

「JOJO苑ってことでまとまりませんでしたっけ……? あはは」

「あはは、じゃねぇ。いいか五月」

 

 それから五分かけて焼肉定食(焼肉抜き)、さらに食堂のウォーターサーバーについて、どれだけ素晴らしいかを語った。

 最後は五月も三玖がよくやるように、ブンブンと勢いよく縦に首を振っていたから大丈夫だろう。これで俺にも仲間が増えたわけだ。焼肉定食、ウォーターサーバー、最高。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 それから一時間ほど勉強をし、俺は帰宅した。

 玄関を出るときにはやはり、二乃に「もうこないで」と言われてしまう。

 何故ここまでしつこく言ってくるのだろうか。もう三回目くらいになるんだが。

 

 帰り道、ベランダで考えていたことをもう一度考えるが、結局答えは出ず。

 五つ子のテスト対策ではない、もう一つの考え事。

 

 もう六時半になるが、夏至に近づいていることもありまだ外は仄かに明るい。

 夜と昼の境界、オレンジに染まる夕焼けを目に、俺は未だに考えがまとまらないその疑問をふと口にした。

 

「あれ、誰のなんだろうな……」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 次の日、木曜日の朝。

 いつものように単語帳をめくりながら歩き、校門をくぐろうとすると、目の前に黒塗りのリムジンが止まった。この学校の偏差値は上中下で言えば上と中の間、松竹梅で言えば松……いや何を考えてるんだ俺は。

 

 ともかく別段特別と言うわけではないこの学校に庶民でも目に見えて分かる高級車が来たこともあり、周りの生徒の視線を集める。

 かく言う俺も、縁の全くない高級車に目を引かれていた。

 

「おお……百万くらいしそうな車だな」

「バカじゃないの?」

 

 ドアを開けて出てきた車の持ち主に罵倒された。

 

「挨拶がわりに罵倒かよ。そうだな……()()ができる二乃には、とても敵わないかも知れないな……」

「ば、馬鹿にしてんじゃないわよ! あと、この車は百万なんてちゃちなもんじゃないから。千九百万だから!」

「マジで!? すげーな……」

 

 本気で感心してしまう。

 あ、じゃあこれさわったりしたらマズイやつか。気を付けよう。下手なことして罰金なんて食らったら洒落にならないしな。

 

 パッと車から離れ手を振り、二乃に触ってないよアピールをする。……って、ん? 

 

「な、なによ……」

「いや、なんでもない」

 

 少し気になったことがあり二乃の顔を見るが、すぐにそっぽを向かれてしまう。まあ気のせいか……あとに三玖にでも聞いてみよう。

 

「上杉さん上杉さん!」

 

 四葉が小走りでやって来て、俺の前で急ブレーキ。腹にタックルでも決められるのかって勢いだったぞ今。

 

「五月がすごいんですよ!」

「どうしたんだそんなあわてて」

「なんと五月が……」

 

 なんと、なんと……とためを作る四葉。

 

「車備え付けのコーラを我慢して、スタバのフラペーチーノで我慢したんです!」

 

 ……。

 と、そこで五月が車から降りてきた。右手にスタバ、空いた左手で髪をかき上げ、そして俺を見つけると、ふっと目を細めた。

 高級車が校門を去っていくのを背に、五月は口を開く。

 

「もう、私は今までの五月ではありませんよ……例えるならそう! まさに殻を割ったゆでたま……」

「アウトだ! アウト!」

「ええーなんですか!? コーヒーはカロリー凄く低いんですよ! すごく!」

「あのなぁ、確かにコーヒーはカロリー低い……だがお前が飲んでるのはコーヒー()()()()()()()だろ! しかも……なんかトッピングしてるな?」

 

 知ってるぞ。らいはが大好きだからな……めったに買ってやれないが。家庭教師分の給料出たら今度買ってやろう。

 

「え、エクストラホイップ、キャラメルソース、チョコチップ……だけです」

「じゃあ教えてやるよ。俺の妹が言ってたぜ『一番大きいサイズのフラペーチーノは、600キロカロリー以上いくんだよ!』ってな!」

「んなっ!」

 

 ガーンという効果音を体現したのごとく反応する五月。

 

「プラストッピング……俺はその飲み物、750キロカロリーと見た!」

「あ、ああぁ……」

 

 がっくりと項垂れる五月。

 

「だって! 車の中の冷蔵庫に、コーラと抹茶ソーダっていう変な飲み物しかないんですもん……あ!」

 

 突然なにかをひらめいたかのように声を出す五月。あと抹茶ソーダは変な飲み物じゃない。

 

「抹茶ソーダは、美味しい」

 

 横からぬっと出てきた三玖が俺と同じ意見を言う。そうだよな。夏はやっぱ抹茶ソーダだよな。

 

「そうじゃなくて……これ、あげます!」

 

 そう言って手に持っていたフラペーチーノを俺に押し付ける五月。まだ半分以上入ってる。

 

「おい、どういう……」

「まだ100キロカロリー分くらいしか飲んでません! 今から走って教室に行けばきっと挽回できます……!」

 

 そのまま走り去ってしまった。それを追って四葉も走っていく。競争かなにかと勘違いしていのだろう。

 思っていたより、五月は真面目にダイエットするようだった。馬鹿だなぁとは思ったが。

 

「元気だねぇ二人は。……ふあぁ……お姉さんはまだ眠いよ……」

 

 片手にスタバのコーヒーを持った一花が俺に声をかけてくる。一花が持つそれは俺が五月に押し付けられたものではなく、普通のアイスコーヒーのようだ。

 

「先いくねー……」

「五月と一緒なら今度から止めてやれよ」

「はーい」

 

 背を向けたまま手を振り、そのままのんびりと校門をくぐっていった。

 残ったのは俺と二乃と三玖。

 

「じゃあ、俺らも行くか」

「なんであんたと一緒に行かなきゃいけないのよ」

「じゃあ一花と一緒に行っとけ。こっちは同じクラスなんだからよ」

「……仕方ないわね」

 

 しぶしぶ俺と三玖についてくる二乃。

 その、「あっ」と三玖が声を出した。

 

「どうした? 忘れ物でもしたか?」

「えっとね……」

 

 何故か申し訳なさそうにうつむく三玖。

 

「抹茶ソーダ、フータローのしか持ってきてないや」

「どういうことよ」

「ああ、なるほどな·····俺今日これあるから大丈夫だ」

 

 俺は右手に持つ五月のフラペーチーノを掲げる。

 

「そっか、じゃあこれは二乃にあげるね」

 

 二乃に抹茶ソーダを差し出す三玖。つまり三玖は俺の他に、二乃がいるとは思わず、仲間外れになってしまうのを危惧したのだろう。

 

 缶に水滴が滴っているのを見るに、キンキンに冷えてそうだ。

 しかし二乃はすぐに受け取らず、抹茶ソーダの缶を見つめていた。何故かプルプルと震え、拳を握りしめている。

 

「よかったな、二乃」

「こんな変な飲み物、いらないわよ!」

「「抹茶ソーダは、変な飲み物じゃない」」

 

 俺と三玖は、同時に同じことを言う。

 まあ一回飲んでみろって。分かるから。

 

「て言うか! 五月の飲みかけのやつを飲むつもり!? か、間接キスよ!」

「か、かんせつ……キス……」

 

 興奮して声が大きくなる二乃の隣で三玖がフリーズしていた。が、すぐに持ち直し、

 

「これは、私が飲むから。フータローはこっち飲んで」

 

 何故かふてくされている三玖にフラペーチーノを取り上げられ、代わりに抹茶ソーダを押し付けられる。

 仕方がないか。確かに五月はあのとき慌ててたみたいだし、そういうことを気にするタイプかも知れないしな。二乃や三玖の妹なのだから、同じ反応をしてもおかしくはない。

 

 まあ俺は正直どっちでもいいんだが。むしろ今日の気温は朝の時点で二十五度。ワイシャツが汗で湿ってきた時に飲む抹茶ソーダは格別だろう。

 

 プシュっという気持ちいい音と共にプルタブを開け、中身を一口。

 

 ああ、やっぱり抹茶ソーダは最高だぜ。

 

 二乃が変な目で俺を見ているが、気にしない気にしない。

 

 

 

 




焼肉定食焼肉抜き·····あっ、トッピングはかしわ天と、えび天·····プリンもお願いします!


どうも、フィヨルドです(´・ω・`)
なかなか三玖と絡ませられなくてすみません。

三玖のとっておき、そして、フータローの考えているもう一つのこととはなんでしょう。

次回もよろしくお願いします。
あ、感想、評価是非下さいね!



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#16 成長した金髪が見たいの

 

 

 

 暑い……。

 

 学んでなかったというかなんというか。

 なんでだろうな、またここに来てしまった。

 他に二人で話す場所がないのだから仕方がないといえばそうなのだが。この暑さのおかげで、屋上には俺と三玖以外誰もいなかった。

 

 高く登った太陽が肌をじりじりと焼き、セミの喧騒が暑さを助長させる。

 ただ、屋上にいる俺と三玖の手には、既に抹茶ソーダが握られているのは前回と異なる。それでも暑いのは変わらないが。

 

「三玖に聞きたいことが二つあるんだよ」

「私は、数学だけで十個はあるよ」

「多いな!」

 

 まあ、それだけ分からないことがあるってことは、その分勉強してるってことなんだが。よくこの短時間で勉強の習慣がついてきたもんだ。

 

「それで、聞きたいことって?」

「ああ、そうだな……」

 

 今日は五つ子全員+俺で昼食をとり、その後三玖を屋上に連れ出したのだ。場所を変えた理由は、なんとなくという他無いが、強いていうならば他の五つ子に聞かれたくなかったというのもある。

 

 ちなみに五月の焼肉定食(焼き肉抜き)は、何故かさ様々なトッピングが付いていた。勝手にトッピングを注文していたのだ。しかもデザートにプリンまで。

 五月は「朝フラペーチーノ我慢しましたし、走りました!」とか言っていたが、俺が即座に五月の頭をチョップしたのは言うまでもない。

 なんにせよ、五月のダイエットは道のりは長くなりそうだ。

 

「最近、二乃の様子がおかしかったりしないか?」

「二乃? ないと思うけど……なんで?」

「いやさ、昨日気づいたんだけど、二乃の目元に隈ができてるんだよ」

 

 朝のが見間違えじゃなければ、今日も。

 

「俺は三玖たちと違って、まだ二乃と会ってからたった数日だからな。だから、ずっと一緒にいた三玖なら変化とか……おかしいところとか分かるんじゃないかって思ったんだ」

「うーん……」

 

 三玖は三玖は少しの間考えていたが、

 

「特にない、と思うよ……」

 

 思いつく節は無いようだった。

 

「そうか……単純な寝不足ってこともあるしな。なんにもないならいいんだ」

 

 そう言って俺は屋上を囲む落下防止用のフェンスに寄りかかった。あっ、これ結構怖いわ。もし急に外れたと思うとゾッとするな。

 

「そう……でも」

 

 一人でビビっている俺を他所に、昼休みの喧騒に包まれる校庭に目を向けたまま、三玖は言葉を続ける。

 

「私のとっておきで、二乃も元気になるから大丈夫」

「ああ……それだよ」

「?」

「二つ聞きたいことがあるって言っただろ」

「英語は十四個聞きたいことがあるの」

「多いな!」

 

 いやマジで多いな! ……ってそうじゃなくて。

 

「とっておきだよ。昨日結局教えてくれなかっただろ」

 

 自分で言うのもアレだが、こんな俺が男避けになるとっておきとは一体……。しかも二乃が元気になる? 訳がわからん。

 

「えっとね……まあいいか」

 

 カバンの中身をごそごそと漁りだす三玖。

 しばらくすると、なにかを取り出してこちらに見せた。

 ……箱? いや待てこれは……! 

 

「本当だったらお祭りの日まで内緒にしようと思ってたんだけど……仕方なし」

「……おい」

「どうしたのフータロー」

「どうしたのじゃねぇ。これを俺に差し出してどうする気だ」

「え? ()()()()()だよ。フータロー知らないの?」

「知ってるわ! なんでとっておきがヘアカラーなんだよ! 男避けにならねぇし、二乃も元気にならねぇだろ!」

 

 俺は三玖の手からヘアカラーを奪いとった。

 

「フータローは、図書室でなんでもするってゆった」

 しかし急に光を失い始めた三玖の目と、放たれた言葉に俺はどうすることもできない。

 

「はぁ。……分かったよ」

 

 しかし、なんでよりによって金髪なんだよ……。

 俺は過去の自分を思い出し、再び溜め息をついた。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 三玖はずっと思っていた。

 金髪のフータローが見たい! と。

 

 子供の頃金髪だったフータローが、今ならどうなるのかとても気になっていた。

 五つ子の男避け、二乃が元気になるから。そんなものは全て建前。まあ面食い二乃は元気になるかも知れないが。

 

 全ては金髪のレアフータローを見るため。

 図書室の不機嫌な態度から計算された、三玖の大胆な策略。

 三玖が昔の写真から金髪が似合うと確信していることなど、フータローは知るよしもない。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「私はお祭りに行かない方がいいんでしょうか……」

 

 お祭りの屋台は魅力的だ。

 デカいタコが入ったたこ焼き、シロップかけ放題のかき氷、ソース香る焼きそば。一足踏み入れれば、暴力的なまでの匂いが空腹を刺激してくる。

 

「なんでそれを俺に聞くんだよ」

 

 祭りが明後日に控えた金曜日。徒歩で学校へ向かっていた俺は、スタバ前で立ち止まっていた五月に出会ったのだ。

 

「て言うか五月。お前百万円の車はどうしたんだ」

「だからそんな安っぽい車じゃないですよ……いえ、徒歩でも通える範囲なので、少しでも運動をと……」

 

 百万を安っぽいはどうかと思うが……。

 

「ちゃんとダイエットしてるんだな」

「そりゃあいつかはと思っていたので……て、そうじゃなくて、……お祭りの屋台で食べ歩きしたいんですよ」

「でもダイエット中だと」

「そういうことです」

 

 それは難しいんじゃないか、と俺は思う。……が、そう五月に返したところで「じ、じゃあお祭りの日だけ特別です!」とか言いかねない。ソースは昨日の五月の焼肉定食(焼肉抜き)。ならばどうするか……。

 それならいっそのこと、食欲自体を無くすなんてどうだろうか。

 

「なぁ五月知ってるか」

「何をですか?」

「祭りの屋台は衛生面がまるでなってないんだよ……今年祭りに行ったら見てみろ」

「どういうことです?」

 

 イマイチピンときてないみたいだな。

 

「つまりだ、かき氷のシロップの容器にはハエが浮かんでたり、たこ焼きにハエが入ってたり、あとは……綿菓子にハエが入ってたりするかもしれないってことだ」

 別にハエが好きなわけではない。最初の例え意外上手く言い表せなかっただけだ。

 だがこれは割と事実であったりする。蛇口式のシロップ入れ(上はシロップを継ぎ足すために開きっぱなし)の隣に蚊取り線香置くなよ。そりゃハエの死骸位入るわ。

 

「成る程、アレですね。最近鳥の唐揚げを床に擦り付ける映像をSNSにアップして捕まったカラオケ店員がいるっていう……」

「ん? ……いや、違う気が……」

「でも、正直私には関係ないですよ」

 

 だって。と続ける五月。

 

「去年まで食べてて美味しかったのは事実ですし、床に擦り付けた唐揚げ食べた人だってそのことに気付かなかったはずです」

「まあな……」

 

 その例え続けるのな。と心の中で突っ込みつつ、相づちを打つ。

 

「でも気分的に嫌じゃないか? ほら、例えば二乃が唐揚げ床に擦り付けてたら、嫌だろ?」

「例えが極端過ぎませんかね……」

「そうよ、……失礼しちゃうわ」

 

 五月には言われたくないぞ。と言い返そうとした時、後ろから五月に同意する声が聞こえた。

 

「私がそんなことするわけないでしょ!」

 

 振り返ると、そこには息を切らしながら俺を睨み付ける二乃がいた。どうやら後から追ってきていたみたいだ。

 

「え!? なんで二乃がここに……? 車で皆と行ったんじゃなかったんですか?」

「アンタが一人で行くって言うんだから、ついてきてあげたんでしょ! ……ほら、とっとと歩くわよ」

 

 五月が心配で追いかけて来たってことか。なんだかんだ言って優しいんだな。

 

「ありがとうございます。それで、今私がどうしたらお祭りで食欲を封印できるのかを上杉さんと、考えてたんですよ」

 

 先程までのことを二乃に話しながら五月は歩いていく。

 

「んじゃ結局、無理なんじゃねぇのか? 祭りの日は俺と勉強しながらお留守番で……」

「それは絶対嫌です。もう、上杉君はすぐ勉強勉強……。二乃ーどうすればいいですかねー?」

 

 割とガチで拒絶されるとこっちも辛いんだが……。

 いいじゃねえか勉強。三玖に脅されてなければ俺は勉強の予定だったんだぞ。

 

「ん? 二乃ー?」

 

 返事がなかったのか、五月が二乃がいる後ろを振り向く。つられて俺も振り向くと……少し離れたところで、電柱に片手をついている二乃がいた。

 

「おい二乃、大丈夫か?」

 

 俺と五月は二乃に近づく。呼吸は荒く、額には汗が浮かんでおり、辛そうだ。

 

「大丈夫よ……少し走っただけだから平気よ平気……アンタに心配されるなんて……」

 

 目元には……やはり隈がある。昨日のは見間違いなんかじゃなかったということだ。

 

「いやどう見ても平気じゃないだろ。無理して学校行かなくても──」

 

 

 

 俺が言い終えるのを待たず。

 

 二乃は張っていた糸が切れてしまったかのように、地面に倒れた。

 

 

 

「っ! 二乃! 五月、救急車!」

「い、今呼んでます!」

 

 もっと他にやれることはあったのではないか。

 二乃が何をしていたのか、出会って数日の俺には全く分からない。だが。

 ずっと分からなかった疑問の、最後の一ピースがはまったような気がした。

 

 

 

 俺は三玖に電話をかけながら、頭を落ち着かせる。

 マンションのベランダ、そして帰り道に考えていた疑問の答えが、今ようやく導き出せた。

 

 

「アレは、二乃の物だったんだな」

 

 

 もっと早く気がついていれば。

 

 

 後悔しても、時は戻らない。

 

 

 

 

 




·····。


どうもフィヨルドです(´・ω・`)
遅れてすみません。

お気に入り600、誤字報告ありがとうございます。感想は時間ある時に必ず返すので!
ではまた。


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このSSの今後について

 どうもフィヨルドです(´・ω・`)

 急な割り込み失礼します。

 

 

 結論をまず言うと、この作品は凍結、また、同タイトルでフータローと三玖の話を書き直します。

 

 というのも、16話まで投稿してきたこの作品ですが、初回の構想と大分変わってきてしまっています。

 √中野三玖なのに、三玖全然出てこねーじゃん、言われました。

 薄々気づいていましたが完全なタイトル詐欺ですね。ほんと申し訳ございません。

 どこからか書き直そうか、とも考えましたが、直すとなるとおそらく13話以上削除することになるでしょう。なのでゼロから書き直そうと思ったというわけです。

 

 このSSの本来の趣旨は·····というか書きたかったのは『フータローと三玖が二人でイチャイチャする話』だったんですが、勢いのまま書いていたこともあり、大分話がズレてきています。

 

この作品を3話まで削除して書き直しても良いのですが·····話が別物になってしまうため、新しく全て書き直すことにしました。

 

 16話を投稿した上で改めて気づきましたが、後3話ほど三玖がまともに登場出来ません。

 少しづつ話がズレて行きながら、修正不可能の所まで来てしまいました。このままいくと、三玖が二乃に押しつぶされてしまいます。

 

 以上が理由です。勝手な理由で申し訳ないです。

 お気に入り登録してくれた人、感想を書いてくれた人、今まで読んでくれた人、ありがとうございます。そして自分の勝手で申し訳ございません。

 今まで応援ありがとうございました。

 それでももし、新しい『五等分の花嫁 √中野三玖』を読んで下さる人がこれを読んでくれた人の中にいるのならば、とても嬉しいです。

 

 

 一応、構想していた今後の展開を置いておきます。

 

 ・二乃が倒れてしまう

 ・病院で検査入院の二乃。どこも異常は無いので翌日には退院できるとのこと。

 ・病院のベッドでフータローは二乃に聞く「あの睡眠薬、二乃のだな?」

 ・自分以外の五つ子が成長し、変わっていき、自分はまるで成長していないことをフータローに告げる。涙を見せた二乃はフータローを病室から追い出す。

 ・花火大会当日、皆がはぐれてしまい二人きりになるフータローと二乃。二乃はフータローに勉強するようになったきっかけを問い、二乃は改めて自分が五つ子を支えると決意。見つけた一花を追う役目を二乃が一人でこなす。

 ・花火大会終了三分前、特大の花火がうち上がる中で、フータローと三玖は二人きりになる。

 

 という感じでした。二乃ばっかりですね。

 新しい話しにはほとんど出てこないでしょう。

 

 

 

 

敬称略

 

☆10

タクミ★ ZERO@CLOUD roto 明日のビリケン Fi-Sätze りょ〜すけ M118 黒絵の具 ナティブ 影狼/zero 

☆9

いっぱんぴーぽー 金柑のど飴 のりべん リムル 微笑みのアルベルト 来宮 幸彦 ユンパロンゼトン フラっぴー ken1121 shin334 イレキ デク勇樹 混ざり者 カルな ironika ハル13 Oceans セルラ 塩胡椒 ななしの⑨ ポポポンのポン サンコン(マウントベアーの山の方) 徐公明 tdk しんた1230 T0の側近 シルスキー ジャギ(21) inahu ワウリンカ ベアーフォール 五等分の花嫁 深泉虚月 お隣さんはヴェールヌイ 

☆8

とろつき トレス みなてぃあ スヌーピー 紅いきつね 空気読めない人 モジー オルステッド123 ガドー 

☆7

㌦猫 氷好き 

☆6

いかだら 

☆5

ケチャップの伝道師 ぼるてる

 

評価ありがとうございました。

 

 






追記︰削除はしないことにしました。


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