僕のヒーローアカデミア『風見幽香見参!』 (ラディスカル)
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第1話「AFOと花畑の少女」

オールフォーワン…僕が初めて恐怖したのは、No.1ヒーロー・オールマイトと闘ったときだろうか。いいや、違う。死の危険を感じたそれは確かに恐怖と言えるだろうが、たった1人。たった1人の人間に今までの人生全てが塗り替えられた。……それは僅か12歳の少女によってもたらされた。

 

「あなたの死に花はどんな色かしら?鳳仙花より赤く、薔薇より紅いときっと素敵ね。」

 

綺麗だと思った。女に対して劣情を抱くことこそあったが、その美貌に心を洗われたのは初めてのことだった。

 

オールマイトとの決戦から2年、力を取り戻しつつあった僕は、手始めに彼の娘を狙った。死柄木に次ぐ、次世代の悪の芽を手に入れようと計画してのことだった。

 

オールマイトはその師の志村と同じく、自らの子を隠していた。その子供は「花を生み出す個性」を持っていて、長野の奥地に太陽の畑と呼ばれる1ヘクタールちょっとの花畑を管理していた。母親は他界済みで、近所の老夫婦が後見人になっていた。天涯孤独なのは都合が良かった。実際その娘は1人でいることが多かった。これならば、策を弄するまでもない。僕はひまわりを弄る少女に声をかけた。どうやらアブラムシを殺さないように丁寧に取っているようだった。こういう博愛主義の人間は付け入りやすい。

 

「風見幽香ちゃんだね?僕は君のお父さんの知り合いなんだ。君のお父さんのことを教えてあげよう。知りたいだろう?」

 

少女はさしていた日傘を畳むと、私の顔を見上げた紅い瞳に、フルフェイスの僕の顔が映っている。少女は興味なさそうに視線を掌の虫へと向けた。

 

「ごめんね、ちょっと怖かったかな。顔は火傷でね。人には見せられないんだ。」

 

少女の頭を優しく撫でる。この時個性を奪おうとしたのが失敗だった。別に彼女の個性が欲しかったわけではない。安っぽい言葉だが「魔が差した」そういう他ないだろう。銃を持っていたら引き金を引いてみたくなる。それと変わらない。彼女が手の内に入るなら。個性を返せばいい。その程度の認識だった。

 

「グワあああっごゔ、ぐゔぇ。」

 

彼女の能力を吸い上げた右腕がイバラとなって、脳髄へと侵食しようと這い上がってきた。僕は爪を鋭くする個性で右腕を肩から切り落とした。痛みに地べたをのたうち回り倒れたヒマワリがクッションとなる。腕がもげようとも無様を晒す僕ではないが、身構えもせず急に襲ってくる痛み、イバラが肉の中で蠢く不快感は許容できなかった。

 

「死ね」

 

文字通り首根っこ掴んで、畑の外の森に投げ飛ばされた。明らかに増強系のパワーだった。ワンフォーオールは遺伝しない。母親の個性だろうか。それとも突然変異か。

 

「ごほっ、いったい僕の何が気に障ったんだい?話し合おうじゃないか。」

 

切り離した僕の腕は完全にイバラになっており、蛇のように地面を這って、彼女の足元から吸収された。

 

「花が泣いてるわ。聞こえないのかしら?」

 

「すまなかった。謝ろう。弁償させてくれ。なんならお詫びになんでも欲しいものをあげよう。」

 

「手折った花は戻らない。…あなたヴィランね。肥やしには丁度いいわ。肉骨粉にしてあげましょう。大丈夫、ここなら監視カメラも、衛星にだって映らないもの。(たぶん)」

 

僕は歓喜した。この娘はこちら側だ。しかもさっきのパワーはオールマイトに準ずるものがある。さらにオールマイトの実の娘、これ程のネームバリューのある敵が誕生すれば、世界が変わる。彼女こそが次世代の、いや史上初の魔王にふさわしい。少女は傘の切っ先を僕へと向ける。

 

「分かった。許してくれとは言わない。だが、命乞いのコツは相手を楽しませることだ。君にとって面白い提案を3つしよう。僕はオールマイト並みに強いヴィランだ。ここで闘えば太陽の畑ごと無くなるだろう。」

 

「話を聞きましょう。ちゃんと出来たら見逃してあげる。」

 

「君は父親が憎いだろう?君の母を捨て、君に仕送り一つしない。こんな田舎に押し込められて同年代の友達もいない。僕のところに来なさい。父親に会わせてあげよう。もちろんこの畑の維持をする援助もしよう。」

 

「ひとつ」

 

「おや、ダメだったかな。だったら、この社会をどう思う?君のその強大な個性を振るえない。そんなの間違っているそうは思わないかい?君は暴力が好きだろう。君に殺人許可証をあげようじゃないか。」

 

「ふたつ」

 

「じゃ、じゃあ、君を魔王にしよう。誰もが君の名を恐れるようになり、暴力を信仰する者たちから憧れられる。君が悪のカリスマになるんだ。素晴らしいだろう?」

 

「……ふっ」

 

彼女は傘を下げる。その顔にはオールマイトとは違う狂った笑みを浮かべている。もう、心の底から可笑しくてしょうがないといった様子だ。

 

「楽しんで頂けて良かった。」

 

「可笑しいわ。こんな傑作なことってあるかしら。悪のカリスマ?魔王。いい歳したオッサンが何を世迷言を言っているの?でも良いわ。こんなに滑稽なことってないもの。」

 

「なに、まだ僕を信じなくても良いさ。すぐに僕の力を見せてあげよう。君がいれば世界を塗り替えられる。」

 

「何を勘違いしているの?」

 

「っ!」

 

やはり、彼女はオールマイトの娘だった。彼に追い詰められたときと同等か、それ以上の圧力を感じた。

 

「私は欲しいものは一つを除いて全て持っているもの。」

 

額を汗が伝っていく。

 

「その1つってなんだい?」

 

「言ったじゃない…あなたの血肉よ。」

 

幽香がゆっくりと傘を突き出す。あまりに自然な動作に突きを繰り出すのだと気づくのに遅れ、冷や汗をかきながら風を出す個性で左へと自身を吹き飛ばした。…と傘から極太の熱線が迸り、その奔流が僕の右のくるぶしを完全に吹き飛ばし、地面を幅2m、距離30mほど蒸発させた。突きだと思ったのは甘かった。ビームに怪力に植物操作…いったい何の個性なんだろう。

 

「避けるのが上手。もっと虫けらのように踊りなさい。ガガンボのように手足をむしって、ダルマにしてあげる。」

 

少女は爽やかな笑顔で歌うように脅してくる。ああ、この娘が本当に、本当に欲しい。僕は膂力増強x8瞬発力x5で強化し、彼女の土手っ腹に左手を突き刺した。もちろん、直す時のことを考えて、替えの利かない臓器を傷つけないよう注意していた。…鉛を殴ったような手応えがした。少女は仁王立ちのまま、地面に両足を突き立て、接地面をえぐりながら20mほど滑って止まった。…紅い瞳と目があった。

 

……気がつくと鳩尾から少女の腕が生えている。どうやら僕がしたように左の正拳突きを放ったらしい。胸に突き刺さらなかったのは身長差のせいだろうか。

 

「あなたの死に花はどんな色かしら?鳳仙花より赤く、薔薇より紅いときっと素敵ね。」

 

綺麗だと思った。女に対して劣情を抱くことこそあったが、その美貌に心を洗われたのは初めてのことだった。

 

「ああ、僕は君が欲しいよ。」

 

視界の端に黒い霧が漂う。

 

「今回は君を見逃そう。風見幽香。必ず準備して君を迎えにくる。オールマイトによろしくね。」

 

僕はオールマイトのヒーローカード。食玩のオマケであるそれをスカートのベルトに差し込んだ。

 

「?今ここで貴方は死ぬの。」

 

「そうはならないさ。」

 

視界が暗転し、コンクリ打ちっぱなしの窓のないビルの一室で目を開く。

 

「ヒヤヒヤしましたよ。やっぱり付いて行って良かった。あのまま殺されるとは思いませんでしたがかなり危険でしたよ。」

 

「ああ、本当に素晴らしかった。彼女はオールマイトも僕でさえも届かない高みへと登るだろう。」

 

彼女の個性はなんだろう。何より、能力を奪おうとした僕の腕が食われた。そう、アレは「食われた」んだ。

 

「彼女の能力を奪おうとしたとき、」

 

「腕が植物の蔓になりましたね。」

 

「そう、僕は確かに彼女の能力を、個性を奪ったんだ。そして、右手を食われた。」

 

「…どういうことでしょうか。能力を確かに奪ったのなら、腕を食うなんてことできないはず。すみません。不勉強で…」

 

「いいや、構わないよ。僕にも確かなことは何もわからないさ。いや、もしかして、個性の方が彼女だったのかもね。」

 

「意思を持つ個性ですか…」

 

「その通り。個性の方が本体だったりしてね。」

 

「人が個性を持っているのではなく、人の形をした個性ですか。」

 

「冗談さ。眉唾物の憶測に過ぎないさ。」

 

ーーーーー

 

「ちっ、逃げられた。夢中になり過ぎた。頭に血がのぼると周りが見えなくなるというか、優位に立つとハイになるというか。悪癖ね。……ふふ。それにしても楽しかったわ。こんなに爽快なことってあったかしら。暴力か…。思えば喧嘩なんて初めてね。」

 

あのフルフェイスの変態男から渡されたカードを見る。筋骨隆々の大男が筋肉を見せつけている。

 

「オールマイトか…」

 

何度か、老夫婦の家のテレビで見たことがある。自宅にはテレビがないのだ。そもそも電気がない。

 

「ナンバーワンなら、思いっきり殴っても死なないわね。ふふっ、面白そう。」

 

畑の周りに農協から購入した有刺鉄線で柵を作り、外縁部にスイートピーやトリカブトといった花の綺麗な毒草を植えた、これで1週間くらいは留守にしても大丈夫だろう。本当は罠や電気柵も作りたかったが、事故の前例が多いため、周囲から強く反対された。

 

(有象無象がいくら死のうが構わないのだけれどね。)

 

幽香の近所にパソコンを持った人がいなかったので、図書館でオールマイトの事務所を調べた。今まで全く興味がなかったため、ヒーローが事務所を持っているのを知らず、「オールマイト 自宅 住所」で調べても怪しい情報しか得られなかったが、ヒーローカードの裏に事務所名が書いてあった。イラついたのでキーボードを代わりに打たせたガリ勉そうな中学生の頭をど突いたのはご愛嬌だ。

 

「六本木か、空気が悪そうでゲンナリするわね。」

 

「待っていなさいオールマイト。ナンバーワンの貴方をボコボコにしばき倒してあげる。」

 

電車が混んでいないらしい平日の昼をねらって幽香はオールマイトの事務所を訪ねてきた。六本木ヒルズのワンフロアを貸し切ったオフィスは圧巻だ。それを幽香は無感動の境地で眺める。実際、映画館がギリギリある程度の都会にしか行ったことがなかった幽香だったが、田舎の子供の割に都会に一切の幻想、いや、一切の興味を抱いていなかった。

 

「オールマイトに会わせなさい。」

 

「お嬢ちゃん。ファンなのはわかったけど、事務所に来てもサインは貰えないの。そういうサービスはしていないし、事務所に押しかけるのはお断りしているの。」

 

「そう…じゃあ、自分で探すわ。」

 

「ちょっとお嬢ちゃん。ダメよ。」

 

受付嬢が腕を掴むが幽香は気にせず引きずって歩く。

 

「ちょっと!警備の人!助けて!」

 

「おい!チビッコ、そっちに行っちゃダメだ!」

 

警備のデブに組み付かれるが、大人2人、合計150kgを小学生の少女が引きずって歩く。騒ぎを聞きつけたサイドキックたちが駆け付ける。

 

「止まりなさい!それ以上進んだら、逮捕するよ」

 

ヒーローコスを来たノッポが立ち塞がる。

 

「あなたサイドキック?」

 

「ああ、そうだ。今すぐ、踵を返してお家に帰るなら、逮捕はしない。」

 

「なら、オールマイトがどこか知っているかしら?」

 

「オールマイトなら、パトロール中だ。しばらく帰ってこないし、ルールを守れない子供にファンサービスをするほど暇ではない。」

 

「オールマイトはどこ!?」

 

あまりの大声にガラス窓がガタガタと震えた。

 

「わたしが来た。」

 

「オールマイト、全く子供に弱いんだから。」

 

サイドキックのノッポが呆れたようにつぶやく。

 

「あなたがオールマイト?」

 

「ゆ、幽香なのかい?」

 

オールマイトは焦っていた。いや、実の娘が会いに来てくれたのだ。嬉しくないはずはない。ただ、紅い瞳でガンを飛ばす娘は自分が捨てられたと怒っているに違いない。

 

「私を知ってるの?」

 

「ああ、勿論だとも。グラントリノと一生懸命考えた名前だ。」

 

「どうでもいいわ。一つ言いたいことがあるの。」

 

「なんだい?なんでも言ってごらん。」

 

「死ね!」

 

「やっぱり怒ってるゴフッ」

 

幽香の日傘によるホームランで吹き飛ぶオールマイト。

 

「ヴィランだ!」「敵襲!」「非戦闘員は逃げろ!」

 

「待つんだみんな!」

 

オールマイトの一喝により、恐慌状態に陥ったフロア全体の人間が動きを止める。それは彼の声量によるものだけでなく、彼のカリスマがそうさせるのだろう。

 

「へえっ、頑丈じゃない?さすがナンバーワン。」

 

クスクスと嬉しそうに笑う幽香。紅い目を見開いたまま、大きく口角を上げる様はヴィランそのものである。

 

「その少女は、幽香はわたしの娘だ!」

 

「「「はああっ!!」」」

 

「え?」

 

フロアは再びパニックに包まれた。

 

「似てないでしょう?」

 

幽香の静かなツッコミはその喧騒の中に消えていった。

 

これは四季のフラワーマスターがオールマイトを超える、戦略核級の抑止力となるお話。



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第2話「原発20基分」

かつてこれ程の力を人に振るったことがあっただろうか。動くマトに渾身の必殺技をブチ込むのがこんなに爽快だったなんて……。なんて言っている場合では無い。

 

「やってしまった……」

 

OFA。その強大な力を思うままに解放し、純粋な武を競う。考えたこともなかった。どうやら私は心の底で「個性を発揮したい。」というその思いを煮え滾るマグマのように燻らせていたらしい。

 

「これではヴィランと一緒ではないか。」

 

オールマイトはアリーナサイズの地下訓練場の真ん中で立ち尽くす。全力で殴りあうのは小学校低学年以来でハッスルしてしまった。渾身のデトロイトスマッシュを胸に受けた幽香は、リニアモーターカーも真っ青のスピードで放物線ならぬ直線を描き、鉄筋コンクリートの壁に吸い込まれるように消えた。崩れた壁面はあまりのエネルギーに流体のように振る舞い、土砂の津波がオールマイトの膝丈まで瓦礫で埋めた。

 

「…とひのり」

 

訓練の立会人をしていたグラントリノは口をあんぐりと開けている。心なしか10歳ほど老けて見えた。歯のない老人のように呂律も回っていない。

 

「俊典!お前っ!なんてことを!こんなの加減が云々の話じゃねえぞっ!日本は終わりだ…。こんな、こんな終わりなんて!」

 

グラントリノの声が遠くに聞こえた。現実感がない。ファンタジーのような、自分が物語の人物のようにフワフワと浮いた存在に感じた。

 

カッ…ドーンッ!

 

瓦礫の山の中から青白い閃光が迸った。それは真夏の太陽よりもギラついて、閉じた瞼をたやすく貫く眩い閃光だった。数巡遅れてやって来た爆音が鼓膜だけでなく、胸や腹を内蔵ごと揺さぶる。散弾のようにぶっ飛んできた瓦礫を正拳突きの拳圧でグラントリノを守る。

 

「次はこっちの番」

 

瓦礫を吹き飛ばし、立ち込めた土煙で照明が遮られ暗くなったアリーナ。その爆心地では高熱で赤熱した土砂により、赤一色のドギツイ光源で真っ赤に彩られている。火事場のような熱風がオールマイトの頬を叩いた。

 

「訂正する。ありゃあ、バケモンだ。」

 

ーーーーー

 

六本木ヒルズ。オールマイトの事務所

 

「オールマイトの隠し子ですか?」

 

「いや、それにしては可愛すぎる。養子に違いない。」

 

「お嬢ちゃん幾つなの?」

 

「すごいパワーだね。オールマイトと同じ個性?」

 

「可愛い、お花屋さんの匂いがする。」

 

受付嬢と女性サイドキックの2人に揉みくちゃにされた幽香の額には青筋が浮かび、カタカタと貧乏ゆすりをしている。

 

「HAHAHA、私は恨まれているからね、ずっと隠していたんだ。…すまなかった。幽香。今更受け入れてもらえるか分からないが、やり直そう。」

 

「散れっ!」

 

幽香は纏わり付いていた2人を振り払った。尻餅を突いた受付嬢が涙目で尻をさすっている。サイドキックの娘は受け身をとったらしい。

 

「親とか子とか私には関係ない。ただ、面白そうだからあなたをブチのめすの。ここで暴れると困るのでしょう?早く場所を案内しなさい!それとも、ここでスペルカード……ビームをぶっ放してもいいのよ。さあっ!さあっ!早く!」

 

少女は畳んだ傘を正眼に構える。ビームが、本当に出るのだろうか。鳳香(ほうか)…この娘の母は花を咲かせ、また枯死させる個性を持っていた。

 

「幽香はビーム撃てるのかい?お母さんも私もそんなこと出来なかったけれどなぁ…」

 

「試してみる?」

 

幽香は小さな口を裂けるんじゃないかと思わせるほど歪め、不敵に笑っている。傘の先端がハロゲンライトのようにサンサンと輝いている。本当にビームが出そうだ。

 

「5〜4〜3〜…」

 

サイドキックたちが身構える。事務員たちは怯えた視線を向けている。オールマイトがいるここが安全だと信じているからこそ、パニックにはなっていない。

 

「分かった。お父さんの負けだ。好きなだけ暴れられる場所を用意しよう。」

 

「お父さん?」

 

ギロリと赤い目がオールマイトを射竦める。

 

「お、おじさんに任せなさい。」

 

「それで良いのよ。やればできるじゃない。」

 

幽香は傘を下げると、ニッと今日一番の笑顔を見せた。それは父親にとって初めて見る娘の笑顔だった。

 

「やっぱり可愛いじゃないか。」

 

「やればできるってこういうことだよね。」

 

「反抗期かな」

 

「会ったこともないおっさんに父親とか言われても嫌だろ?常識的に」

 

ボソボソとした内緒話にガンを飛ばす幽香。いつぶりかに咲いた笑顔もすぐに眉間のシワで上書きされるのだった。

 

(勿体無いなあ。)

 

察しの悪いオールマイトも余計なことを言って娘を怒らせるくらいならと口をつぐんだ。仮に余計なことを言わず、事務連絡的なコミュニケーションに限定したところで、幽香がブチ切れるのを避けることができないことに気づくのに時間はかからなかった。

 

ーーーーー

 

応接室B

 

応接室Aは豪華だが、応接室Bには80インチのスクリーンがあり、会議室にも使えるようになっている。ここに幽香を通したのは衛星放送が観れるからであり、子供だからと配慮してのことだった。

 

「幽香ちゃんは何を飲むかしら?コーラにファンタに、あっクリームソーダもあるわよ。子供は好きでしょコレ。」

 

「紅茶で」

 

「お茶請けは何にする?甘食に…カントリーマアム、あ、ばかうけはどう?余ってるのよね。オバちゃんこれ大好きっ!」

 

「甘食で」

 

紅茶に口を付け、一息つく。やはり都会に来てよかった。劇的な1日だ。それもまだ正午前、この素晴らしい1日が半分も残っている。

 

オールマイトが父親だというのは驚いた。太陽の畑を襲撃した怪人はそれを知っていたから、ヒーローカードを渡したのだろう。無論、父親がいきなり出てきても信じることは難しいが、疑ってもいなかった。寧ろ興味がなかった。父親がいないのが普通だったし、母親がいないのもすぐに普通になった。幽香の暴力性の前には、みなしごだと揶揄うクソガキも現れなかった。

 

「役所の手続きが楽になるわね。クソうざい児相のハエどもも黙るでしょう。親って便利ね。少し父親という存在が好きになったわ。…これが親子愛?」

 

「それは違うわ幽香ちゃん。」

 

小うるさいババアをシカトしながら勝手に納得する幽香。彼女が愛を理解するときは来るのだろうか。

 

ーーーーー

 

社用車のクラウンのセカンドシートに幽香はいた。手には社用のスマホを持っている。オバちゃんに教わった通販サイトで花の種を調べる。農協の斡旋する会社から買った方が物がいいが、通販サイトは商品をよく見せるのが上手い。関連商品で自分が欲しいものをピンポイントで勧めてくる手法は殺人的に物欲を煽ってくる。

 

「お父さん、お願いがあるの。」

 

「は、初めてお父さんと呼んでくれたね。何でも言ってごらん。HAHAHA」

 

「これにクレカ入れてちょうだい。」

 

スマホをポイッと膝の上に投げられる。

 

「おじさん泣きそうになってきたよ。」

 

ーーーーー

 

国立個性研究センター

 

ここは第2台場、お台場の沖に作られた人工島であり、隔離された実験施設や研究機関が多く集まる。

 

「急に連絡よこしやがって、たまたま雄英に来ていなかったらわざわざ来なかったぜ。で、その嬢ちゃんがお前の娘か。…全っ然似てねえな。DNAがこんなに仕事しねえことも他にあるまい。」

 

「はあ、流石に失礼じゃ…いや、なんでもないです。」

 

「早く案内なさい。入れ歯引っこ抜くわよ。」

 

「こりゃあ、教育に骨が折れるぞ。」

 

「私もそう思います。」

 

白衣を着た職員の案内で地下へと廊下を歩いていく。階段ではなくなだらかな坂道が続いていく。重厚な銀行の金庫にあるような扉の前に着く。

 

「根津校長」

 

「やあ、オールマイト。君の娘に会えると聞いてね。なんでも、かなりすごい増強系らしいじゃないか。好奇心はネズミも殺すのさ。いてもたってもいられなくなってね。」

 

「巻き添えで死んでも文句はないわね。」

 

「大丈夫さ。観客席の窓はオールマイトのスマッシュの直撃でも、どうにか一発は耐えるからね。」

 

オールマイト、幽香、グラントリノの3人で訓練室へと入る。中はコンクリート打ちっ放しのアリーナ状で壁の上部に強化ガラスで隔てられた客席がある。

 

「それではオールマイト、風見幽香の戦闘訓練を行います。立会人は国立個性研究センターの職員16名と救急救命士2名、僕とグラントリノさ。では、怪我のないように、実りある訓練を。Plus ultra!」

 

〜〜四季のフラワーマスターVSオールマイト〜〜

 

「私が来た!」

 

「ザクロの花はお好き?血のように真っ赤で綺麗なのよ。あなたの()は何色かしら。」

 

「変な本でも読んだのかい?幽香。おじさんがカッコいい口上を考えてあげよう。」

 

「テレビで言っているアレのことかしら?オウムみたいに同じセリフで…なんていうか、反吐がでるわ。」

 

「ヘドって…」

 

「もう始まってんぞ!訓練だからって油断してんじゃねぇっ!」

 

グラントリノが一喝する。

 

「幻想『花鳥風月、嘯風弄月(かちょうふうげつ しょうふうろうげつ)』」

 

空間を埋め尽くす極彩色の光芒がオールマイトに殺到する。ぼんぼりのように淡く光る巨大な牡丹の花が尾を引きながら宙を舞う。アレは絶対に触れてはいけないものだと己の野生が叫ぶ。

 

「Oooooh!」

 

弾幕の隙間を見つけて体をねじ込む。入り口さえ見つければ、知恵の輪を解くように唯一つの正解を導ける。それは敢えて回避させることで思考と位置どりを制限されるということ。

 

「もっと踊りなさい。紳士ならワルツの1つ2つ踊れないとダメよ。」

 

「そうはいかない。プロのヒーローを見せてあげよう。全て吹き飛ばす。」

 

回避行動をやめ、体を縮めて溜めを作る。そこから生み出されるのは圧倒的な破壊。それはパンチではなく、もはや爆撃だった。

 

「TEXAS SMASH!!」

 

正面の弾幕は消し飛び、その衝撃波はモーセに割られた紅海のように幽香への真っ直ぐな道を作り、幽香を飲み込まんとする。パンチの溜めを見せつけたのも、必殺技を予告したのも幽香に避けさせるためだ。だが、幽香はその圧倒的な風圧を仁王立ちで迎え撃った。

 

「なっ…」

 

どういう理屈か、一見して40kgもない少女が、タタラを踏むだけでトラックも吹き飛ばす風圧を耐えきった。ニュートン力学を愚弄している。幽香はパチパチと拍手をしている。

 

「次はNo.1ヒーローの番よ。」

 

ふと余裕ができてグラントリノに目をやると、最初の位置から微動だにしていなかった。コンクリートの床が彼を避けるように抉れている。恐るべき操作精度だ。

 

「やれ、俊典。その娘の底を見なけりゃならねえ。ソイツは危険だ。」

 

「わかりました。行くよ幽香、歯をくいしばるんだ!」

 

さっきのテキサススマッシュで幽香が並みの硬化系個性並みに硬いのが分かっている。一先ず軽自動車を転がすくらいの気持ちでリバーブローを繰り出す。衝撃で体がくの字に折れる。

 

「やりすぎたか…」

 

幽香はニッと笑うとオールマイトがしたのと同じようにリバーブローを撃ち込む。

 

「ガハッ」

 

今度はオールマイトがくの字に折れる。胃を全摘しているため、鋳溶かした銅を腹に流したような熱と苦痛に悶える。

 

「だらしないわね。その筋肉は伊達かしら。」

 

「まだまだぁっ!」

 

オールマイトが殴り、幽香が同じ技を返す。ドゴンドゴンとダイナマイトを発破したような轟音が鳴り響く。その音は減衰することなく、観客席にまで轟いていた。

 

「驚いたね。衰えているとはいえオールマイト、本気をだしているよ。8割くらいかな。」

 

根津はそう独り言つ。

 

「驚きですね。今、我々で彼女の腕力、ビームの出力を計算中です。どうしても概数になってしまいますが。何より驚きなのはその強靭さです。オールマイトと殴り合っているのに消耗しているのは彼だけです。」

 

「最初は女の子だからと顔を避けていたのに普通に殴ってますね、彼。」

 

「なのに顔が綺麗です。アダマンタイトかオリハルコンで出来てるのかなあ。」

 

最初は心配していた医師もあっけらかんと眺めている。

 

「俊典っ、その辺で良いだろ!夢中になりすぎだ!」

 

5分間も殴り合えば、十分に、データも取れる。幽香は大丈夫そうだが、これ以上はオールマイトの身体に障る。

 

「UNITED STATES OF SMASH」

 

かつてこれ程の力を人に振るったことがあっただろうか。動くマトに渾身の必殺技をブチ込むのがこんなに爽快だったなんて……。なんて言っている場合では無い。

 

「やってしまった……」

 

OFA。その強大な力を思うままに解放し、純粋な武を競う。考えたこともなかった。どうやら私は心の底で「個性を発揮したい。」という思いを、煮え滾るマグマのように燻らせていたらしい。

 

「これではヴィランと一緒ではないか。」

 

オールマイトはアリーナサイズの地下訓練場の真ん中で立ち尽くす。全力で殴りあうのは小学校低学年以来でハッスルしてしまった。渾身のデトロイトスマッシュを胸に受けた幽香は、リニアモーターカーも真っ青のスピードで放物線ならぬ直線を描き、鉄筋コンクリートの壁に吸い込まれるように消えた。崩れた壁面はあまりのエネルギーに流体のように振る舞い、土砂の津波がオールマイトの膝丈まで瓦礫で埋めた。

 

「…とひのり」

 

訓練の立会人をしていたグラントリノは口をあんぐりと開けている。心なしか10歳ほど老けて見えた。歯のない老人のように呂律も回っていない。

 

「俊典!お前っ!なんてことを!こんなの加減が云々の話じゃねえぞっ!日本は終わりだ…。こんな、こんな終わりなんて!」

 

グラントリノの声が遠くに聞こえた。現実感がない。ファンタジーのような、自分が物語の人物のようにフワフワと浮いた存在に感じた。

 

カッ…ドーンッ!

 

瓦礫の山の中から青白い閃光が迸った。それは真夏の太陽よりもギラついて、閉じた瞼をたやすく貫く眩い閃光だった。数巡遅れてやって来た爆音が鼓膜だけでなく、胸や腹を内蔵ごと揺さぶる。散弾のようにぶっ飛んできた瓦礫を正拳突きの拳圧で相殺し、グラントリノを守る。

 

「次はこっちの番」

 

瓦礫を吹き飛ばし、立ち込めた土煙で照明が遮られ暗くなったアリーナ。その爆心地では高熱で赤熱した土砂が赤一色のドギツイ光源となり、アリーナ全体を真っ赤に彩っている。火事場のような熱風がオールマイトの頬を叩いた。

 

「訂正する。ありゃあ、バケモンだ。」

 

「そこまで!」

 

アリーナに根津の声が響く。

 

「これ以上はアリーナがもたない。この辺が国から予算を盗る限界値だろう。オールマイトも破産したくはないだろう?」

 

「かっNo.1ヒーローが破産なんて夢がなさすぎるぜ。」

 

「あ!?」

 

「落ち着くんだ、幽香!私はもうボロボロだ!これ以上はヒーローとして活動できなくなる。それともボロボロのおじさんを甚振りたいのかい?」

 

「弱い者イジメは楽しいけど、強いヤツをイジメるほどの甘露が他にあって?」

 

「俊典!子育て失敗しましたじゃ済まされねえぞ!こんな特撮怪獣みたいなガキがヴィランになったら日本どころか世界が終わる。悪くてもヴィジランテだ!」

 

「はあ、No.1といってもつまらないわね。どこか具合が悪いみたいだし。今度はヒーローの頭数揃えてちょうだい。アリみたいに踏み潰してあげるから。」

 

スタスタと歩き巨大な鉄の扉を蹴り開けた。ロックが解除されていないため、壁に噛ませていたボルトが弾け飛ぶ。

 

「彼女、12歳だよ。私は一体どうなるのだろう。」

 

「それが親になるってことだ俊典。」

 

白衣の集団と二足歩行のネズミがアリーナに降りてきた。

 

「彼女のスペックが解析できたよオールマイト。驚きだね。」

 

根津は今にも小躍りしそうなほど嬉しそうだ。

 

「聞かせて欲しい。彼女は既に全盛期の私並みの力がある。」

 

「俺にはもっとヤベエ奴に見えたぞ」

 

グラントリノは深刻そうな顔をしている。歳をとると心配性になるようだ。

 

「なんと、彼女の馬力は原発20基分だ。これはカタログスペックでオールマイトの3倍に当たる。」

 

「何だと!」

 

慄くグラントリノ。

 

「それはあの瓦礫を吹き飛ばしたビームのことですか?」

 

「いや、平均値だよ。彼女はビームを撃っていない平時からそれだけのパワーを身に纏っている。まあ、実測値じゃないからプラスマイナス50%くらいは誤差があるけどね。」

 

「平均して私の3倍…」

 

「でもピーク性能ならオールマイト、君の方が5倍は上さ。彼女の個性は溜めて撃つっていうのが苦手らしい。」

 

「HAHAHA、それならどうにか抑えられるかな?」

 

「何よりすごいのは彼女の丈夫さだよ。あれだけ君に打たれたのに軽いジョギングでもしたかのような爽やかな顔をしていたね。彼女のビームはコンクリートが溶けていたから分かるだろうけど、凄まじい熱量だ。この炎熱耐性、衝撃耐性を加味すれば彼女はツァーリボンバの直撃に耐えることができる。」

 

「ツァーリボンバ?」

 

「バチクソデカい核爆弾だ。俊典、あとでウィキペディアで調べとけ。にしても、本当にゴジラじゃねえか。パワーはOFAの遺伝として、ビームはどうした。母親は花の個性だろ?理屈がわからん。」

 

「何にせよ、この測定結果をどうするかだ。人の口に戸は立てられないよ。オールマイト。」

 

「公表します。娘の存在がマスコミにリークされるのも時間の問題ですし、世間の関心はOFAが遺伝したか否かでしょう。」

 

「うん。賢明な判断だ。」

 

こうして、幽香の初の戦闘訓練は終わった。

 

「遅いわね」

 

1人車に戻っていた幽香は待ちぼうけのイライラを通販サイトで発散するのだった。

 

オールマイトの預金残高が¥50000減った。



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第3話「世界震撼〜World News〜」

 

【挿絵表示】

 

 

動画投稿サイトItube(アイチューブ)に投稿された1つの動画が世界を震撼させた。「風見幽香見参」、英語名「Yuka has come!」は瞬く間に全世界に拡散された。それは次世代の平和の象徴の到来を予期させ、人々にオールマイトの世代交代を強く印象付けた。40を超えるオールマイト。彼の引退が日本の暗黒時代の始まりだと危惧されてきた。しかし、もう6年。たったの6年で、「風見幽香が来る!!」のである。これは人民への福音であり、革命の時を待つアナキストたちにとっては新時代そのものの訃報だった。終末論者の評論家は掌を返して、日本の栄光ある未来を唄った。円の買い注文が殺到し、為替レートは10ポイント、日経平均株価は3ポイント上昇した。

 

「これでいい。」

 

一方で、彼女に新しい世界秩序を見出すものがいた。AFOである。本来ならば、手元に彼女を置いておきたかった。しかし、焦がれるからこそ、彼女に日の当たる場所を歩いて欲しかった。これは初めて抱く恋心に対する方便であり、同時に愛しいものを傷つけたい自身の悪辣さから彼女を守る悟性の働きかけだったのかもしれない。だが何よりも…

 

「こっちの方が面白い。」

 

風見幽香は善でも悪でもない。超人類的な感性、自然そのもののような残酷さ、暴力性、そして生への普遍な愛を持っている。…愛は希望的観測かもしれない。太陽の畑で笑う爛漫な少女の容貌から、そうあれかしと願っただけである。人は美しいモノに好印象を抱きがちなのだ。

 

「なんだ、僕も人間じゃないか。」

 

唯ひとつ、分かること。それは彼女が善悪二元論的な現代社会に第三勢力として君臨するだろうということだ。それは混沌か中庸か分からない。ただ、世界はもっと面白くなるだろう。西部開拓期や明治維新のような暴力が口よりも物を語り、ペンと剣が戦う。劇的でドラマチックな、血と涙で渇きを癒す、真の意味で人間が生を謳歌する愛の世界がやってくる。

 

「次代はもうそこまで来ている。僕もオールマイトもそこでは時代遅れの爺に過ぎない。」

 

ーーーーー

 

「本当に幽香ちゃんの戦闘訓練流すんですか?」

 

国立個性研究センターの研究室では白衣の青年が動画を編集していた。彼は元Ituberなのである。動画編集ができるからと、業務外で作業をさせられていた。

 

「来週の日曜に幽香ちゃんのお披露目会見するからね。それに合わせてリークする予定なんだよ。」

 

オールマイトは混乱していた。別に「子供は親の言うことを聞くべきだ」などという毒親思想にかぶれていたわけではない。ただ、自分が子供の頃はもっと素直だった気がするのだ。

 

「女の子って難しい。」

 

女性に失礼である。女性は女性である前に人間なのだ。男性とそう変わるわけでもない。結婚しないまでも、事実婚状態だったことがあるオールマイトだったが、この歳になってもまだ女性に幻想を抱いていた。幻想とはいっても、良い夢ではなく、悪夢である。

 

「分かったわ、お父さん。記者会見には出てあげる。」

 

「都合の良い時はお父さんと呼んでくれるんだね。」

 

どういうわけか、記者会見に出て貰う代わりに、北海道に土地を買うことになっていた。坪単価¥500の農地に適さない場所を1万坪ほど…個性でどうにかするらしいが、全て花畑にするらしい。「家族になるなら一緒に住むお家が必要ね。」とは何だったのだろうか。自分の子は可愛いと言うが、この娘にいたっては、全くかわいげがない。本人はどうとも思っていないくせに父親が嫌がるからと、妻子を捨てたことをグチグチと言ってくる。人を虐めている時が一番生き生きしている。この娘をヒーローに育てられるだろうか。オールマイトは欠片たりとも自信が持てなかった。

 

「良くてヴィジランテかなあ。」

 

「何を言ってるの。私はヒーローになるわ。それがあればヴィランをふん縛っていいんでしょう?暴力許可証なんて便利な物を取らない手はないわ。」

 

「そんなんじゃ、ヒーロー科を除籍されちゃうよ。」

 

「あら、人間らしく振舞うことだってできるのよ。」

 

「君は人間だろう?」

 

「さあ。」

 

(私はこの娘を導けるのだろうか…。いや、そもそも人類には荷が重い気がする。)

 

親子の再開を果たしてから一週間。オールマイトは既に子育てを諦めつつあった。中学1年生で既に自分の面倒は見れる歳だし、事あるごとに父親にたかってくるが、幽香には一家族養えるだけの稼ぎがあった。「太陽の畑」をググってみたところ、かなりのハイブランドだったのだ。北海道の土地も自分で買えるはずである。

 

「甘えてくれてるってことかな。それならば嬉しくもあるが…。」

 

鳳香(ほうか)はこの娘とどうやって暮らしていたのだろうか。何かと忙しい身だが、墓参りに行かなければ。幽香が訪ねてきたあの日まで、オールマイトは鳳香が死んだことを知らなかった。自分にさえ行方が分からないようにしていたからだ。彼女は幽香が一番可愛かった頃を知っていた。そして、彼にはその思い出がない。仮初めとはいえ平和な時代だ。手元に置いておく選択肢もあったのではないか。師がそうしたから?それが妻子のためだから?ただ自分の悲劇に酔っていただけではないのか?考えれば考えるほど、あったかも知れない幸福が、孤独な中年の胸を締め付けた。それは秋の空っ風のように心から潤いを奪い、何か大切なものが荒れた野原のようにひび割れていく。

 

「何、ウジウジと泣きそうな顔してるの?何時もの馬鹿みたいな笑顔はどこに行ったの?それともイジメすぎたかしら?」

 

それは優しさだろうか?できればそうであって欲しい。オールマイトは幽香の発言を全て、ポリアンナ的思考回路で好意的に解釈することにした。これはツンデレだ。そう自己暗示をかける。こんなに優しくない女が自分の娘だとは信じたくなかった。

 

「ありがとう幽香!笑顔を忘れてはいけないよね。HAHAHA!ほーら、これで元通り!私が帰って来た!!。」

 

「そう。どういたしまして。お礼はチーズスフレでいいわよ。ほら、ヒルズの前にあるやつ。アジサイの紅茶に合うと思うの。」

 

「それは私にも淹れてくれるのかい?」

 

「(毒があるけどいいのかしら?)あなたが欲しいなら…。」

 

オールマイトは週明けまで入院した。

 

ーーーーー

 

日曜の真昼間

 

公共放送は雄英体育祭以来の視聴率42.3%を記録した。オールマイトの会見である。「重大発表」と銘打たれたその会見は、彼が直前の一週間姿を見せなかったことから、引退会見だと囁かれていた。誰かに毒を盛られたことは内緒である。

 

オールマイトに続いて、緑髪の少女が会場に入ってきた。謎の人物の登場にネット実況板やSNS、寄合所や飲み屋、お茶の間に至るまで「誰?」「隠し子か」と言った言葉で埋まる。概ね当たりである。

 

「日本の皆様、私が来た!!今日、マスコミの皆様に集まってもらったのは、向かって右に座るこの子を紹介するたっ」

 

「隠し子ですか?」

 

どこぞの記者が言葉を遮ってヤジを飛ばす。

 

「あー、まあ、そうなる…かな。名前は風見幽香って言うんだ。」

 

オールマイトが「風見幽香」と書かれたフリップボードを掲げる。

 

「私は嫌われているからね。私でさえも知らない場所で母子共に隠れて生きていたんだ。年齢は12歳。中学1年生の女の子さ。…………ええと、以上で終わりです。」

 

「それでは質疑応答に移ります。OO新聞の方。」

 

「OO新聞田村です。幽香さんの個性は何ですか?」

 

「…『花を操る程度の個性』かしら。」

 

「違うでしょ。」

 

ツッコミを入れるオールマイトだが、軽く流される。

 

「あら、本当よ。あれはお花パワー。世界中のお花から、人間の花に対する想いを吸い上げてるのよ。だってそういう声が聞こえるもの。多分そういう個性なんでしょ?」

 

「初めて聞いたなあ。あの超パワーもその個性の応用かい?」

 

「さあ?」

 

「次は週刊XXの方。」

 

「週刊XX山本です。幽香ちゃんのお母様はどうなさってるんですか?」

 

「あ!?」

 

「本性、ほんしょー出てるから。」

 

記者を威圧する幽香にオールマイトが小声で注意するものの、マイクが優秀で音を拾われる。

 

「すみません。薮蛇でした。」

 

「それでは、BBテレビのかた〜」

 

会見は1時間ほどで終了した。

 

ーーーーー

 

会見から2時間後、動画投稿サイトItube(アイチューブ)に投稿された1つの動画が世界を震撼させた。「風見幽香見参」、英語名「Yuka has come!」は瞬く間に全世界に拡散された。

 

「焦凍、これを見なさい。」

 

轟焦凍は羨望した。オールマイトの娘の戦闘能力に。これがナンバーワンヒーローの血か。自分とは全く違う。確実にトップヒーローになれる実力がある。

 

「コレがお前と同い年だ。コレがお前のライバルだ。コレをお前は超えなければならない。お前はコレに勝つんだ。コレのせいでお前は苦しんでいる。」

 

父親がそう囁く。父親の望みを叶えるのは癪であるが、この女が超えなければならない壁であるのは確かである。何も戦って勝つ必要はない。どう見ても脳筋なこの女よりも自分の右の個性の方がヒーローとして優れている。暴力だけがヒーローの資質ではないのだ。

 

ーーーーー

 

緑谷出久はヒーローオタクである。勿論、オールマイトの重大発表とあっては見逃すはずもない。会見の前にはまとめサイトの眉唾なリーク情報に目を通していた。オールマイトの引退の噂にはやきもきとさせられたが、その焦燥は彼の娘のお披露目で歓喜へと変わった。

 

「かわいいなあ。お花の個性か。お姫様とか令嬢みたいで華やかだなあ。」

 

会見のあと、ネットで風見幽香の情報を検索する。会見から30分後にはすでに「風見幽香」スレが乱立し、まとめサイトにも色々な情報が出揃った。

 

「長野県のホームページに記事があるんだ。」

 

「小学生花農家、『太陽の畑の可憐な少女』」という特集記事へのリンクを踏む。ヘッダー画像にはムスッとした顔の幽香が載っている。腰に手を当てて仁王立ちしている姿は勝気そうだ。記事によると5年生で母を亡くし、一人で家業を継いでいると書かれている。「一人で困ることはありませんか?」という質問に「児相のカスどもがウザい」と答えているのは、大いに笑いを誘った。

 

暫く「幽香スレ」でレスバトルを繰り広げていると、唐突にItubeへのリンクが貼られた。「幽香ちゃんの動画ハケーンww」と書かれたそれを、釣りを疑いつつ開く。出久は失神しかけた。

 

「危うく昇天するところだった。どういうことだ。花を操る個性じゃないのか。それともオールマイトの増強系との複合個性?確かに花みたいなのを出しているし。いや、そもそも増強系、ビームに花。3つの複合個性なんてあり得るのか?いや、会見でも言っていた。冗談かと思ったけど、本当に人間の花に対する想いを吸い上げる個性なのか?だったら、そもそも複合個性ではなく、1つの個性で、パワーもビームも花の操作もその応用ってことか。それにしても、驚くべきことはこの頑丈さだ。並の硬化系個性の比じゃないぞ。オールマイトは殴り合いで消耗して見えるのに、傷ひとつ付いていない。うわ、うわあ、オールマイトやり過ぎだよ。女の子の顔をよく殴るなあ。でも、怪我の心配が無ければ、いや、一対一のタイマンで手加減するのも失礼かもしれない。それに、彼女に限っては手加減する必要がないんだ。うわああ!死んだ!死んじゃったの!?オールマイトもやっちゃったって言ってる。あわわわ。えっ!?ビーム?コンクリートが飴みたいに溶けてる。ヤバすぎでしょ。服がボロボロだけど、怪我はなさそう。あ、ちょっとおヘソ見えた………じゃなくて。強過ぎだよ。12歳でこれかあ。力押しで避けたり、フェイントをかけたりといった技術的なものは素人って感じだけど、この先戦い方を覚えたらオールマイトよりも強くなるんじゃないかな。僕もヒーローになりたいけどかっちゃんも自信無くしそう。それにしてもーー」

 

出久少年のマシンガン独り言はこの後3時間も続いた。




軍隊への影響
動画の内容からジープの機動力を持った重戦車8台分と評価されました。「殺す方法はいくらでもある。」というのが軍事関係者の共通認識です。

幽香の毒耐性
植物毒などの有機系の毒は効きずらいものの、無機系の毒は普通に効きます。ポロニウムで死にます。フグは自分の毒では死なないのです。、

母親「鳳香」の墓
墓は家の裏手にありますが、納骨されていません。幽香が黙って太陽の畑に散骨しました。

幽香のおねだり
別に銭ゲバなわけではなく、オールマイトの足下をみているだけです。金銭に余裕がなさそうだから、高いモノを強請っているのです。お金を使うたびにオールマイトが面白い顔をするのがいけない。


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第4話「乱射乱撃」

2年が経ち高校受験シーズン。太陽の畑に1人の訪問客が来た。その男は夏だというのに真っ黒いスーツを着込んで、これまた真っ黒い山高帽を被っている。

 

「風見幽香さんですね。」

 

「その柵を跨いだら殺すわよ。」

 

「それは恐ろしい。」

 

男は慇懃に微笑む。

 

「私は警視庁公安部・テロリズム対策企画課の平良(タイラー)だ。貴殿には日本国政府より『赤紙』が出ている。公安部への召集令状だ。」

 

男は赤い紙切れを幽香の眼前に構える。

 

「この場で読め。」

 

「何これ?胡散臭いわね。」

 

「貴殿には脱税、凶器・個性等準備集合罪、民衆扇動罪の容疑がかけられている。そして我々はアンチ資本主義の非人間を裁判にはかけない。」

 

「…で?」

 

「免罪条件として2つ。1つは雄英高校への入学。これに関しては我々は一切の扶助、工作はできない。2つ目は我々の要請に服従すること。」

 

「雄英には行くわ。でも、どうしてオマエらの言うことを聞かないといけない。」

 

「日本国政府は貴殿のために征敵免状(せいてきめんじょう)・”Letter of hero“を用意している。端的に言えば殺人許可証だ。無論、死体を出すことは許されないし、色々と条件もあるがね。」

 

「面白そうじゃない。」

 

「我々はオールマイト亡き後の社会不安を憂いている。ヴィランは言うべくにあらず、外患、簒奪者、アンチ皇御国のカスどもを打ち砕くのだ。」

 

「断るといったら?」

 

「我が国のミサイルを我が国へ。我々は核を持っていないが、核だけが大量破壊兵器ではないのだ。この畑も、何といったかご近所の老夫婦も大地へと還る。簡単な話だ。」

 

「乗った!」

 

「必ずやいいお返事が貰えると思っておりました。…陽のあたる場所だけでは、新時代のヒーローは務まりません。貴殿はお父上以上に聡明かつ柔軟なようだ。」

 

「御託はいいわ。早くその、なんちゃら免許を渡しなさい。」

 

「せっかちなお嬢さんだ。色々と制約があると言っただろう?よし。ちょっとした勉強会を開こう。ルールを完璧に頭に入れて貰わないとね。」

 

1.征敵免状(せいてきめんじょう)ルールその1。征敵免状(せいてきめんじょう)について口にしてはならない。

 

2.征敵免状(せいてきめんじょう)ルールその2。征敵免状(せいてきめんじょう)について口にしてはならない。

 

3.(ヴィラン)はいなかった。

 

4.我々の助言と承認を根拠に『間引き』は正当。

 

5.ヒーローコスチュームは脱いで闘う。

 

6.ファイトはヒーローの到着を制限時間とする。

 

7.我々の要請があった場合は必ず殺害しなけらばならない。

 

幽香はこの男を微塵も信用していなかったが、「本当だったら面白い。」その一点だけは評価していた。都合が悪くなれば畑の肥やしにでもすれば良い。

 

「アイツ絶対、映画の見過ぎね。ファイトクラブかしら。」

 

ーーーーー

 

「ゆうかッパイさいこー。」

 

雄英高校入学試験。峰田実はオールマイトの娘、風見幽香のハイエナに徹していた。推定89のバストを目に焼き付けるため、低身長を活かしてローアングルから覗き込む。後ろからロングスカートから覗く生足と僅かに浮かぶヒップラインを嗜む。スタイルの割に清楚なお嬢様な雰囲気なのが良い。前から覗こうとしたら傘からの射撃で殺されそうになった。アスファルトが溶けたガラスのように赤熱したデロデロの水飴になっていた。

 

「目に障る。視界に入るんじゃない!この汚物がっ!」

 

「ありがとうございます!」

 

凄まじくドスの利いた声、さながら女極道といった感じだ。索敵に於いて、幽香に付いていったのは正解だった。問題は凄まじい絨毯爆撃で仮想敵を根こそぎ倒してしまうところだ。

 

「オイラたちのポイントがなくなっちまうよ〜。」

 

「へえ、ポイントが欲しいのね?」

 

後方からモギモギを投げ込んで10体くらいの仮想敵を無力化しているが、精々12〜13ポイントだろう。ハイエナの分際で言えることではないが峰田が不満を持つのも当然だ、幽香は視界に入った殆どの仮想敵を屠っていた。200ポイントは硬いだろう。幽香は悪辣な笑みを浮かべて峰田の顔を覗き込む。

 

ーーーーー

 

「こんなの聞いてねえよー!!」

 

峰田実は人間を辞めていた。今の彼は1つの武器である。引きちぎった電線で雁字搦めに縛られていた。10mのケーブルのもう一端は幽香に握られている。

 

「ガタガタガタガタ騒ぐなグズがっ!」

 

そのままモーニングスターか鎖鎌のように彼を振り回す。止める試験官が居ないところから、即興のチームだと評価されているのかもしれない。そのまま、巧みなケーブル捌きで頭のモギモギで仮想敵に着弾するように峰田爆弾を振るう。コレはどちらのポイントになるのだろうか。彼の頭は恐怖の二文字で氾濫し、唯々この時間が終わるのを祈るばかりだ。

 

「ああァアアア!」

 

 

 

「残り5分」

 

0ポイントの巨大仮想敵が投入された。受験生は恐怖に慄き、逃げ惑っている。幽香は灰のように燃え尽きた峰田を足元に捨てると、傘を巨大敵に向ける。傘の先端では、巨大な線香花火の球のような光球が育っていく。ある程度距離を稼いだ受験生たちは、オールマイトの娘にして、この試験で無双ゲームの自機のような一騎当千の活躍をした幽香に注目する。

 

「なんかするぞ!」

 

「死ね!」

 

青白い閃光を見た。手で覆っても眩しい暴力的なフラッシュ。受験生たちが霞む目で巨大仮想敵を見る。巨大なロボットは縦に真っ二つに切断され、叩き割られた薪のように、両開きになって左右にゆっくりと倒れていく。

 

「うおおォオオ!」

 

会場は歓声に包まれた。そして、試験終了の放送が入る。

 

「今年はアレを倒した受験生が2人もいる。風見幽香に関しては期待通りだが、ヴィランポイント0の彼には思わずYEARって言っちゃったぜ。」

 

「それに、風見幽香にハイエナした彼ね。チームプレイを評価して、減点はなし。2人で1ポイント取ったら2人とも1ポイントよ。ヴィランポイントだけで58p。風見幽香に関しては298ポイント。2人でポイントを寡占したのでこの会場からの合格者はこの2人だけね。」

 

「視界の全てがキルゾーンって感じだったな。それにワンマンではなく、チームプレイ?連携してるか微妙だが、兎に角、周りの人間を利用することもできる。強者の余裕ってやつか。」

 

「俺、幽香ちゃんと戦ったことあるけど、アレはヤバイぞ。ドラゴンボールの住人だった。腕力こそオールマイトに劣るが、空は飛ぶし『波』は出すし。」

 

「『波』って何!?」

 

「空も飛ぶのかよ!」

 

幽香は武闘派のヒーローと訓練と称した道場破りをしていた。曰く、「イジメ甲斐のある人間」を探していたらしい。勿論オールマイトの監督の下の訓練ではある。

 

ーーーーー

 

所変わって峰田家。峰田実は腐っていた。

 

「どうせオイラは普通科なんだあ。」

 

後半意識を失っていたため、実技試験の自己採点は24点、チームプレイで幽香と点数を分けるので、最早自己採点不可能であった。

 

「うへへ、いい匂いだ。」

 

幽香の花の匂いが忘れられず、花屋で買い込んだジャスミンをPCの前に置いてある。ジャスミンは匂いが強いのだ。コレを嗅ぎながら、エロゲをプレイする。キャラはMODで幽香そっくりにカスタムしている。こうすることで擬似的に風見幽香とニャンニャンすることができるのだ。

 

「ミッくん、来て…」

 

このゲームは主人公の名前をアッくんからヲッくんまで選べ、全てにボイスが付いている中々に気が利いたエロゲなのだ。この為に親を騙くらかして50万のウィンドーズマシンを買わせた。

 

「オイラを癒してくれええ!」

 

この趣味がバレたら骨も残さず蒸発させられるだろうか。峰田の終わりはもうすぐそこまで来ているかもしれない。

 

ピンポーン

 

「あれ?Mt.レディ魔改造フィギュアかな?」

 

宅配便の荷物を受け取ると、「雄英」と書かれている。

 

「お祈りメールかな。でかいホログラムプレーヤー。雄英金かけてんなあ。」

 

「私が投影された。おめでとう。峰田少年。ヴィランポイント58点。レスキューポイント0点。総合10位で合格だ!君が幽香と稼いだポイントは0.5の係数を掛けさせてもらった。ああ、幽香のことが気になるだろう。あの娘は298ポイント、ぶっちぎりの1位だったよ。因みにビームのフラッシュによる健康被害があったからねだいぶ減点されている。えっ?幽香のおこぼれだったのに良いのかって?人1人ができることには限界があるからね、形がどうであれ競争相手と即席の協力関係を築いたことを評価されているんだ。それはとても難しいことだからね。来いよ。峰田少年!ここが君のヒーローアカデミアだ!」

 

「……ぉ…。うおおおー!ヤッタアアァア!」

 

ーーーーー

 

「ドアでか…」

 

1年A組の扉の前では緑谷出久が萎縮していた。怖い人たち…メガネの人や爆豪にビビっているのだ。

 

「そこをのけ。木偶の坊。」

 

「ヒィッ!」(もっと怖い人キター!)

 

背後から声をかけてきたのは風見幽香だった。日本で最も有名な高校生。オールマイトの愛娘。ビームの人。サイヤ人。ネットでの二つ名は色々あるけれど、実物は赤い目がギラついていて想像以上に怖い。身長も170を超えている。威圧感は爆豪以上だ。制服すら着ていない。いつもの赤いチェックのスカートだ。非公式のヒーローカードではすごく可愛い女の子だっただけにショックだ。アレは奇跡の一枚的な写真を使ったに違いない。若しくはフォトショだろう。

 

幽香は出久の肩を掴むと扉の横にずらして教室に入っていった。万力のような力のせいでアザになりそうだ。

 

「おい、お前風見だろっ!お前はブッ殺す!何がオールマイトの娘だ。七光りのカスじゃねえか!…頭の悪そうなカッコしやがって」

 

爆豪は幽香にガンを飛ばすが、やや下に視線を泳がせると顔を赤くしてそっぽを向く。

 

「初対面の女性になんてことを言うんだ!」

 

その視線に目敏く気づいた飯田が咎める。

 

「ガタガタうるさい!その汚い口を閉じてろクズがっ!すり潰して堆肥にするぞチンピラ!」

 

「んだとテメエッ!潰れんのはテメエだ!

 

「薄汚い虫ケラが私の視界に入るな!目が穢れる。油虫(ゆむし)の方が幾分かマシね。」

 

「ああ"っ!汚ねえのはオマエだろ!オマエはお花じゃねえ、汚ねえ花で汚花(おはな)だ!この妖怪汚花ババア!」

 

「…」

 

完全に幽香の目つきが変わった。酔っ払いのように目が据わっている。掲げた右手にはバチバチと紫電が走り、手のひらの上には太陽のような光の球が輝いている。その熱から大気が揺らめいている。飯田は幽香に飛びついた。

 

「落ち着くんだ、それ以上はダメだ!風見君!」

 

「風見さん、かっちゃんが死んじゃう!」

 

幽香はドゴン!、と振り上げた右手を自分の頰に叩きつけた。口の中を切ったらしく、口角から一筋の血が伝う。

 

「次はない。」

 

幽香はそう吐き棄てると自分の席へと歩いていった。爆豪は不敵な表情こそ崩さなかったが、尋常ではない汗をかいていた。

 

「チッ余計なことすんじゃねえよ。」

 

「元はと言えば君が喧嘩を売ったからだろう!」

 

「チクショー、メガネおまえ!ドサクサに紛れて正面から風見に抱きつきやがって!見損なったぞ、ウラヤマシイ!!」

 

後ろに座っていたブドウが叫ぶ。

 

「最低ですわ。」

 

「仕方がないよ。ヤバかったもん。」

 

「頭が悪いって胸見て言ってたよね。」

 

「雄英なのにクズばっかなんだね。」

 

「2人だけでしょ?」

 

「でもクラスの1割だよ?」

 

クラスの女子たちが好き勝手に話す。主にチンピラとブドウの評判が悪い。

 

「あ、地味目の人!受かってたんだね?…どうしたのこの空気?」

 

「あ、えっと、かっちゃん…ツンツン頭の人と風見さんが喧嘩して」

 

「初日から喧嘩?元気だね!少年漫画みたい!」

 

「そんなんじゃなかったけど…」

 

緑谷と麗日が教室の入り口でワイワイと盛り上がる。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ。」

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。君たちは『合理性』に欠けるね。担任の相澤消太だ。よろしくね。…早速だが、これ着てグラウンドに出ろ。、」

 

担任の相澤は体操着を取り出すとクラスに配った。幽香は汚物を摘むように持ち上げる。体操着からは押入れの匂いがした。

 

女子更衣室。

 

「あれ?風見さんがいないけど?」

 

みんなが急いで着替える中、ピンクの異形系の女子が声を上げる。

 

「風見さんなら体操着を教室のゴミ箱に投げ込んでたよ。」

 

「「「え?」」」

 

「もうグラウンドに行ったんじゃないかな?」

 

透明の女子がピョンピョンと飛び跳ねながら身振り手振りで喋る。

 

「やっぱり怖い人ですわ。」

 

ーーーーー

 

グラウンド

 

「「「個性把握テストォ!」」」

 

「雄英は自由な校風が…。どうして体操着を着ていない?風見。」

 

「優雅じゃないもの。着替える時間が『合理的』じゃないでしょう?」

 

「…まあいいだろう。だが、行事で必要な時は着てもらうぞ。あれは運動性だけではなく、制服としての側面がある。というか制服を着ろ!」

 

「教師たちが珍妙奇天烈なカッコしてるのに何言ってるの?」

 

「あとで職員室に来い!オールマイトも一緒に説教だ。」

 

「あほくさ。」

 

「バックれたら除籍だぞ」

 

「…はあ。」

 

幽香は納得していないようだった。適当に相槌を打っている。

 

こうして僕たちの学生生活が始まった。激動の3年間に相応しい怒涛の幕開けだった。



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第5話「第3宇宙速度」

「風見、中学の時のソフトボール投げ何mだった?」

 

「さあ?出てないからわからないわ。」

 

不躾な返答に、思わず相澤は眉間に皺をよせた。

 

「……まあいい。いいから投げろ。"個性"を使ってやってみろ。円から出なけりゃ何してもいい。早よ。」

 

「はあ、なんでこんなことしなくちゃいけないのかしらねえ。頭が良くないわ。……マト発見。」

 

幽香は空に浮かぶ鷹の影に狙いを定めると砲丸投げのように右腕を引き絞った。

 

貴方(あなた)の死に花を咲かせてあげる!死ね!!」

 

乾麺のように真っ直ぐな光の線が大空を穿(うが)つと、一拍おいてグラウンドに面した校舎の窓が吹き飛んだ。自動車の窓が割れたのだろう。遠くからファンファンとセキュリティアラームが聞こえた。

 

「……死ね?」

 

クラスメイトの幾人かはあんまりな暴言に唖然としている。爆豪は露骨に不機嫌な顔をした。同族嫌悪なのだろうか。

 

「こりゃ第3宇宙速度超えてるね。無限でいいか……。」

 

無限!?すごい!面白そう!個性思いっきり使えるんだ、流石ヒーロー科!太陽系から飛び出すのかよ!

 

生徒たちが沸き立つ。

 

「……面白そう…か。ヒーローになる3年間、そんな腹づもりで過ごす気かい?……よし、トータル成績最下位の者は除籍処分としよう。生徒の如何はおれたちの自由!ようこそこれが雄英高校ヒーロー科だ!」

 

生徒達がどよめく。自由な校風が売りの雄英は教師も自由なのだ。

 

「雄英とはいえ窓ばかり買う予算はないぞ。」

 

「ヒーローを育てるならそれくらいの投資はしなさいよ。」

 

「はあ、次は割るなよ。周りに被害を出さないのはヒーローとしての最低限だ。」

 

「で?貴方は私が我慢する対価に何を差し出すの?」

 

「罰を与えてもお前は従わないだろうな。だったら、3年間で校舎を破壊しない代わりに席を自由に選ばせてやろう。時間は取れないからお前らで休み時間にでも勝手に決めろ。」

 

「あのチンピラの席も決められるなら手を打ちましょう。」

 

「オ・マ・エ・ラで決めるんだぞ。」

 

「有象無象の虫ケラどもなんていてもいなくても変わらないわ。」

 

「……勝手にしろ。授業を進めるぞ。全く合理的じゃないな、クソ」

 

この数時間で風見幽香の印象は、クソを小便で煮詰めてウジにかけたようなものだと共通の認識になった。爆豪がちょっとヤンチャな中学生に見えるほど、幽香は傍若無人だった。

 

「雑誌の特集に載ってた『ヒーローから見た風見幽香』の100倍酷いなあ」

 

緑谷は憧れのオールマイトの娘、それも強個性持ちでカワイイ。気が強くて少々ビッグマウスな所もチャームポイント。…そんな風に思っていた。同世代の人間は男も女も風見幽香に恋をする。そう言われて久しいが、メディアに取り上げられる彼女と実物は月とスッポンどころか、太陽系とボーアの原子模型レベルの違いがある。通りでオールマイトが幽香のことを話してくれないわけだと緑谷は納得した。鬼に育てられたらこうなるのだろうか。

 

ーーーーー

 

入試の後、クラス編成が終わった頃の話だ。相澤宅近くの月極め駐車場にて、マイカーから降りた相澤を待ち受ける男がいた。

 

「こんにちは、相澤先生。私は警視庁公安部・テロリズム対策企画課の吉岡です。」

 

この男は先日太陽の畑にやってきた男と同一人物である。名前はその時その時で偽名を用意している。

 

「公安が何の用だ?」

 

「貴方のことは調べましたよ。毎年大量の除籍者を出しているようですね。これはいけない。」

 

「相応しくない者がヒーローになることの方が不幸だと思うけどね……」

 

公安の男は子供をあやすような柔らかい笑みを浮かべる。相澤はゾワゾワと鳥肌が立つのを感じた。

 

「建前は置いておきましょう。『風見幽香を除籍するな。』です。我々は風見幽香を恐れている。アレはヒーローにならなければならない。何とかして首輪をつけなければ。アレは生かすには恐ろしく。殺すには惜しい。」

 

「それは飲めない相談だ。」

 

相澤には相澤の信念がある。それは自分のヒーローとしての、いや人としての根幹をなすものだ。これを曲げたら相澤は相澤でなくなってしまう。

 

「考えてもみてください。オールマイトを超える暴力装置が正義以外の旗を掲げる未来を!あってはならないことです。嘘でも何でもいい、風見幽香にはヒーローのフリをすることを覚えてもらいます。これは絶対です。ここに征敵免状(せいてきめんじょう)があります。政府はヒーロー免許とは別に殺人許可証を彼女に与える気でいます。我々には既に彼女がヴィランを殺害している確信があります。事が露見したときの為に先んじて法を整備するのです。」

 

「風見幽香が殺人を?」

 

言動こそ荒々しいが、腐ってもオールマイトの娘である。個性も顔も、超パワー以外は似ていないが…。職員室に用意されたオールマイトのデスクには風見幽香そっくりの女性と、変装したのかやや細身なオールマイトが手を繋いでいる写真が飾ってあった。遺伝子は仕事をしないこともある。30年生きてきてもまだまだ新しい発見があるものだと感心したものだ。

 

「ええ、しかし衛星にすら写っていません。ただ、我々には超法規的な情報収集能力があります。それはかつてのエシュロンを超えた、超人社会に則した全知的なシステムです。」

 

「法的に有効な証拠はないということか。個性による情報収集といったところか…。」

 

男はにっと笑う。

 

「お話できませんよ。…では今日はこの辺りで。後はご自分で考えて下さい。賢いあなたなら分かるはず。それでは。」

 

男は目深に帽子を被り、夕闇の中に消えていった。相澤はドッと疲れを感じた。今日くらいは熱い風呂に入っても良いだろう。自宅のバスルームはカビや水垢の手入れに手間がかかる。

 

「銭湯の方が合理的だな。」

 

相澤は今日もその優れた頭脳で合理的な解答を生んでしまった。一日一善ならぬ一日一合理化は気分のいいものだ。バスタオルがわりに包帯みたいな捕縛武器を使えばさらに合理的である。悪魔的な閃きと言えるだろう。

 

ーーーーー

 

相澤は深く溜息をつく。教員が生徒に萎縮するなどあってはならないことだと、自らを鼓舞する。

 

50mは空を飛んで6秒台。

 

「「空飛べるんだ!!」」

 

握力は6286kg。

 

「恐竜の顎かな?」「アソコ握られたらスゴそう。」「ちぎれるだろバカ!」

 

反復横跳び0

 

「仁王立ちしてるぞ」「優雅じゃないってさ」

 

ーーーーー

 

ここまで大記録を出せていない緑谷は焦っていた。

 

絶対にヒーローになるんだ!

 

出久は心の中で叫んだ。

 

「46m」

 

結果は平凡なものだ。無個性にしては悪くないだろう。尤もここは雄英ヒーロー科、許される結果ではない。出久は絶望に顔を歪ませた。

 

「今、使おうって…」

 

「個性を消した。」

 

相澤は目を血走らせている。

 

「つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のようなやつも入学できてしまう。」

 

見ただけで個性を抹消する個性。

 

「抹消ヒーローイレイザーヘッド!」

 

珍しいヒーロー名にガヤガヤと話し始める生徒達。その喧騒を破ったのは幽香だった。

 

「消してみて」

 

幽香が紫電迸る手のひらを相澤に向ける。

 

「次やったら除籍だからな。」

 

手のひらで輝く小さな太陽は燃え尽きたマッチの火の様に空気へと溶けて消えた。

 

「あら?本当に消せるのね。」

 

幽香は面白そうに右手をグーパーしている。相澤は幽香の能力を消せると確認できたことを一先ずの成果だと考えることにした。

 

「はあ…個性は戻した。ボール投げは2回だ。とっとと済ませな。」

 

緑谷は何やらブツブツと言いながらボールを振りかぶる。小さな声だったが幽香の耳には聞こえていた。聴覚が優れているわけではないが、面白そうなことと、自分への悪口だけは聞き分ける都合のいい耳を持っていた。

 

「へえ…力の調整に、オールマイトか」

 

幽香は何やら思うところがあるらしく、ニヤニヤと笑っている。物陰から緑谷を見守るオールマイトは幽香と目が合った気がした。

 

「あの男は…私には力をよこさないくせに…こんなデクノボウに…」

 

幽香は自らが世間一般で言うところの「ヒーロー」に当てはまらない、他人とはズレた感性を持っていることを理解していた。しかし、自分こそが一番上手く、OFAという名の暴力を上手く使えると信じていた。

 

「いや、私が緑谷の次になればいい。」

 

幽香は緑谷に取り入ってOFAを奪う計略をめぐらす。OFAは持ち主が、「力を譲渡するという意思」が必要という条件を知っていたからこそ、今日まで「良い子」を演じてきていた。(もっと)も大根役者に鼻で笑われるレベルの演技であったが、本人は演技に自信があった。

 

(親を騙すのは周りのガキどもの真似をすればよかったけど、男子高校生か…。熱血そうな奴に聞けばいいか…。)

 

そして、信用を勝ち取った後は都合良く緑谷が死に瀕する必要がある。その為の舞台装置を用意しなければならないのだ。AFO。あの怪物を上手く誘導すればそれも夢ではない。

 

「どーいうことだこらワケを言えデクてめえ!」

 

生徒の列から激昂した爆豪が飛び出す。幽香は無意識に足をかけた。相澤が捕縛しようと伸ばした包帯の下を、爆豪は顔面を庇った腕を大根おろしにしながら滑っていった。オールマイトの裏切りに荒んでいた幽香の心は幾分か晴れやかなものになった。

 

(いじめ甲斐があるわね。)

 

「んにすんだてめえ!」

 

幽香はかかって来いとばかりに手招きする。相澤は爆豪が幽香に飛び掛かるものだと身構えたが、ギリギリと歯を食いしばりながら緑谷にガンを飛ばすに留まった。

 

(因縁があるのか)

 

緑谷はこれといった記録も出せず、全種目を終了した。トータル最下位は除籍。生徒の幾人かはその「最後通告」に恐怖し、身を震わせている。

 

「ちなみに除籍はウソな。君らの最大限を引き出す合理的虚偽。」

 

「「「はーー!?」」」

 

真面目な飯田や最下位の緑谷は絶叫した。

 

「あんなのウソに決まってるじゃない…ちょっと考えれば分かりますわ…」

 

個性把握テストは幽香12位、緑谷21位の結果だった。幽香は他がブッチギリだったが反復横跳びが0点だったので大きく順位を下げてしまった。

 

ーーーーー

 

「相澤君の嘘つき!」

 

「オールマイトさん…見てたんですね…暇なんですか?」

 

相澤は暗に仕事をしろと言ってみた。しかしオールマイトには行間を読むことができない。ノーダメージだ。

 

「合理的虚偽ってエイプリルフールは一週間前に終わってるぜ。君は去年の一年生、1クラス分を除籍処分にしている。君も緑谷君(あの子)に可能性を感じたからだろう?」

 

風見幽香(あの子)?ずいぶん肩入れしてるんですね?教師としてどうなんですか、それは…まあ、0ではなかったそれだけです。」

 

むしろ(マイナス)でしたよ。とは流石に言えなかった。別にあの公安の男に従ったわけではない。そもそもあの男の身分を証明するものがないのだ。信用できるはずがない。しかし、風見幽香を野放しにはできない。それだけは同意せざるを得ない事実だ。自分で矯正する。それもまた自分の信念と言えるだろう。

 

「肩入れしてるのは俺も同じか…」



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第6話「鼓草の咲く丘で」

「幽香!」

 

「また来たの?弔…」

 

畑に石灰を撒いていた幽香のもとに黒髪の少年がやってきた。彼はここ3ヶ月ほど太陽の畑に通っている。きっかけは、いつも孤りでいた幽香にシンパシーを感じたからだ。綺麗な女の子だったから緊張したが、簡単に連れ出せた。弔は女の子どころか同性とも碌に交友を結べていなかったからしようがないがずいぶん乱暴な口調になったのを覚えていた。

 

「幽香、お前は死体を見たことあるか?」

 

「ないわ。」

 

幽香はフルフルと首を振った。

 

「じゃあ見せてやるよ。」

 

「うーん。鐘が鳴ったら帰るのよ?」

 

「ああ、鐘がなるまでには帰してやるよ。」

 

弔は楽しかった。クソみたいな親、クソみたいな環境、暴力。自分を取り巻く全てが気に入らなかったが、幽香だけは輝いていた。気遣いも同情もしてくれないが、自分を拒絶せずに付いてきてくれる可愛い女の子。幽香は弔の承認欲求と自尊心を大いに満足させた。

 

「ここにでかいカエルがいるんだ。」

 

「雨の日に良く潰れてるよ。…あれ?私、やっぱり死体見たことあるわ。」

 

「でも死ぬところは見たことないだろ?」

 

「うん。」

 

泥の中から目を出しているカエルを弔が捕まえた。

 

「爆竹を口に突っ込むんだ。ほら火を着けろ。」

 

「う、うん。アツッ!」

 

幽香はライターを取り落とした。

 

「バカ!ライターは火を着けたら横むけるんだ。親指が焼けるから。」

 

「こ、こうかな?」

 

無事に火をつけた幽香。

 

「ほらよ、逃げるぞ」

 

走って距離をとる2人。直後パン!と乾いた音が鳴り、カエルの顎がミキサーで砕いたように抉れた。

 

「なんだ死んでねーじゃん、ツマンネ!どうだ?幽香、スカッとしたろ?」

 

「彼岸花みたいで綺麗…ううん。いけないことだもん。やっぱり弱い者いじめは悪いことだよ!お母さんも言ってたもの。」

 

ウットリとしていた幽香は首を振って、この悪い考えを頭から追い払った。

 

「親がどうとか、アイツらは何でもかんでも、ああするなこうするなって煩いんだ!そんなんじゃ自由になれない!」

 

「でも私、お母さん好きだよ?」

 

弔は大層イラついた様子で頭をガシガシと掻きむしった。

 

「お前も親が死んだらわかるさ。いない方が良かったって!幽香は親にセンノーされてるんだ。親は神じゃない!ただ長生きしただけの子どもだよ!」

 

「!お母さんの悪口言わないで!嫌いになっちゃうよ?」

 

「チッ分かったよ。……そろそろ帰るか?明日また凄いこと教えてやるよ。」

 

「じゃあ4時にまた来てね!バイバイ!」

 

幽香は手を振ってから駆けていく。100mほど進んだら、また振り返って手を振る、それを見えなくなるまで2度3度と繰り返した。弔にとってこの日々が最も穏やかで幸せな日々だった。



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