この禁止区域出身者に祝福を! (みるくぜりぃ)
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プロローグ

ポンコツアクアさま可愛い。




「朝霧海斗さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど不幸にも亡くなり、短い人生を終えました」

真っ白な部屋の中俺は告げられる。

部屋の中には事務机と椅子があり、そして俺に突拍子もないことを告げてきた相手はその椅子に座っていた。透き通った水色の長い髪に完璧なプロポーション。

アイドルとしてでも飯を食っていけそうな美貌に柔和な笑顔を浮かべている。

しかし、俺の名前は朝霧海斗と言うのか―――。

どうにも記憶の欠如が見られる。自分が何者かすら理解できない。

この女が嘘を言っている可能性もなさそうだ。

記憶にない名前を呼ばれたが違和感なく体が受け入れているしな。

―――この女には違和感こそあるが。

先ほど死んだといわれてもその記憶すらない。

「俺の名前は朝霧海斗か。名前なんてどうでもいいが死んだ理由はなんだ」

一応、気になっている点を尋ねる。

「あなたは治療不可能な新型の感染症、セムフェリナに罹ってしまいました。将来的な治療を目指してコールドスリープされました。ですがその後、災害によってあなたのコールドスリープ装置に搭載された生命維持装置が破壊されたことによって死亡しました」

セムフェリナ、コールドスリープ、確かに聞いたことのある名前だ。

「俺には記憶がないがそれもその時の後遺症か?」

 

「いえ、記憶がないのはコールドスリープする際に記憶の一部を抹消するためです。起きた後の記憶の混濁を避けるためでしょう。一応、知識といった記憶は残されてはいるようです」

懇切丁寧に俺を説明する女は何者だろうか。俺より俺を知っている奴がいるとはなかなか気味が悪い。

「そういうお前は何者だ」

そう思い女に尋ねる。

 

「私の名は、アクア。若くして死んだ人間を導く女神です」

女神か。突拍子もないことを告げる女だ。自分を女神だと本気で思っている顔をしている。

この不可思議な状況下では本当に女神の可能性もあるが、今は自称女神を名乗る頭のおかしな女の可能性の方が高そうだが。

 

「朝霧海斗さん、あなたには二つの選択肢があります」

話を続けるアクア。

 

「一つは人間として生まれ変わり、新たな人生を歩むか。そしてもう一つは、天国的なところでおじいちゃんみたいに暮らすか」

 

「天国的なところ、お爺ちゃんみたいな暮らしってどういうのだ?」

 

「天国的なところは娯楽もなにもない場所です。いるのはすでに死んだ先人たち。体がなくなり、永遠に彼らと他愛もない会話をするか、日向ぼっこをするかぐらいしかない場所です」

 

「地獄の間違いじゃねーのか」

平穏だが退屈な時間が流れるだけ。人によっては素晴らしい場所に感じるかも知らないが、俺にとっては地獄でしかないだろう。そう本能が告げている。俺は退屈が嫌いなのだろう。

―――そして非日常を好む。

自称女神を名乗る頭のおかしな女が記憶のない俺を導く。こんな非日常はないだろう。

人によっては恐怖すら覚える場面を俺は楽しんでいる。ふつふつと血がたぎる感覚がある。

 

「生まれ変わるっていうのも俺は俺でなくなるという考え方でいいのか?」

 

「はい、肉体も記憶もすべてリセットされます。そしてあなたの前世とは

真逆の不自由のない家庭に生まれ直すことになります。 記憶はすでにありませんがここでの記憶は知識と言った部分も含んでおり、本当に新たな人間になるということになります」

真逆か。俺はなかなか悲惨な家庭の生まれだったかもしれないな。

俺の話し方や態度から間違いなく貴族の生まれだと思っていたが。

 

「その態度で貴族はないでしょ」

あぐらをかいて座り込む俺をみて小声でつぶやくアクア。

おい、笑顔が崩れているぞ。さっきから感じていた違和感はこれだろう。

本性がこちらに違いない。女は笑顔を作り直し、こほん、と咳払いをして話を続ける。

 

「朝霧海斗さん、あなたはどちらを選びますか?」

手をばっと大げさに広げ、選択を俺に求めるアクア。

俺は少し考えてから

「どちらもごめんだな」

あっさりと結論を出す。

「はあっ!?」

大声を出すアクア。上品な雰囲気も崩れている。

 

「どちらにしても俺が俺でなくなるのはごめんだな」

どちらを選んでも今の俺は消えてなくなる。そのことに嫌悪感を覚えた。

俺はこの肉体、顔、頭脳すべて納得しているし、気に入っているようだ。

俺はナルシストだったんだろうか。

 

「え、えっーと……。ちょっと待ってくださいね」

何やら本のようなものをめくりだすアクア。何やらぶつぶつと言っている。耳を澄ませて聞いてみると『こんな人、初めて』とか『不幸な人を危険な世界に送るのは……』とか聞こえてくる。しかし本か……。無性に読みたくなってくる。

 

「おい、その本を俺によこせ」

我慢できずにそう言う。

「えーと、これは女神が人間を転生させる際のルールや場所を記述したもので、人間に読ませることは禁止されています」

 

「よし、お前を倒してそいつを奪い取ろう」

拳を振り上げ、そう言ってアクアに近づく。本当の女神であるなら殴れるのか気になるし、一発殴っておこう。

 

「ちょ、ちょ、ちょーっと、待って、待って、お願いだから!? 渡す、渡すからー!! お願いー! 乱暴しないでー!!」

顔をぐちゃっとゆがませて泣くアクア。本もおとなしく差し出した。殴れるのだろうか。

まあそれでいい。死ぬ前の俺はガキ大将だったのだろう。

読み始める俺。

本を読んでいる間ずっとアクアは『危険な人とは聞いていたけどこんな人初めてよ こんなやつならあの偽乳エリスに押し付ければよかった……』ぶつぶつ文句を言っている。

数時間してから本を返す。

 

「ずいぶんと集中して読まれていたようですがどうでしたか?」

数時間の間に落ち着きを取り戻したのか完璧なつくり笑顔に戻っている。

 

「ああ、転生の際のルール、それに転生先となかなか興味深いものだったぞ」

まあ、これが本当のことであれば、だが。

 

「そういえばその本の中にあった転生先にモンスターがいる魔法世界があったがそこには送れないのか?」

本を読んでいる際に見つけた異世界の一つ。まるでファンタジー小説に出てくる世界にどうにも俺は惹かれてしまった。

 

「あそこは危険な世界です。多くの人はモンスターに倒され死んでいます。あまりお勧めできる世界ではないのですが」

少し困惑した表情を浮かべるアクア。

 

「いや、あそこにしてくれ。本によるとあそこは危険な世界のため転生者の体はそのままでいいみたいだしな」

危険による人口減少のため転生を推奨しているらしいが、その危険さから赤ん坊として生まれ直させるとすぐに死んでしまうため、転生者は肉体を保持したままの転生を赦されているそうだ。俺がなくならないのもありがたい。あと、単純に楽しそうでもあるしな。

異世界で繰り広げられる非日常。退屈しないだろう。

 

「あなたがよろしいのでしたら転生いたしましょう」

一応納得したアクア。というか下衆な笑みを浮かべている。

そういえばあそこの世界に転生者を送り込んだ女神は特別報酬と出世が約束されているらしい。現金な女神だ。

 

「そういえば、異世界の言葉を俺は理解できるのか?」

気になっていたことを尋ねる。

 

「問題ありません。女神の力であなたに異世界での言語能力を授けます。ごくまれにですが頭がパーになってしまう人もいますが……」

おい。いいのかそれで。

俺が睨みつけると『いやあ、1万人にひとり程度だから……』

と目をそらしてつぶやくアクア。

―――そこそこ多いぞ。

だがそれ以上に肉体の保持がしたい俺は一応納得する。

 

「ではわかりました。あなたを転生させましょう。せめての安全のために安全な街、アクセルに送ります。ではあなたには何者にも負けない力を授けましょう」

そう言い、アクアは俺にカタログのようなものを差し出す。

「さあ、選びなさい」

大げさに手を広げるアクア。

渡されたカタログを見るとよくわからんゴテゴテした武器、能力、魔法と様々なことが書かれていた。

よくわからん。ぶっちゃけどれもいらんぞ。まあ一応すべて確認するか。

 

一時間後。

 

「あのー、すみません。これでも私、忙しいんですよー。早く選んでくれませんか? あなたでもう何時間もかけているせいでせっかくのボーナスも消されてしまうんですけどー」

こいつ普通にボーナスのこといったぞ。守銭奴な女神とかなかなか俗物的な女神もいたもんだな。

一応、カタログのすべてを見たがよくわからん。ゲームのようにパラメーターや効果が羅列していたがぶっちゃけよくわからん。ゲームなんてやったことないのかもしれないな。

 

「後、10時間ぐらい悩ませてくれ」

俺はアクアに適当なことを告げると。

 

「ちょ、ちょっと!! それは勘弁して!! ね、ねえ!? お願いー!! お願いだからーーー!! ペナルティでボーナス消えちゃう!? ボーナス消えちゃうからゆるしてよぉーーー!! 朝霧さん、いやぁ海斗様―――――!!!」

泣き叫ぶアクア。もはや女神としても威厳もない。そして守銭奴すぎる。駄女神だ。

この駄女神は金大好きすぎて身を滅ぼしそうだな。

冗談で後、10時間といったが特にほしいものもない。自分の欲しい物は自分で手に入れるものだしな。本当に決まらなくて考え込む俺。

 

「もう、そこに載っているものじゃなくてもいいから! 早く決めてよ!? なんでもいいからさぁ!! ねえ!? ねえ!?? お願いだからぁーーー!!」

未だ泣きわめくアクア。

―――ふむ、なんでもいいのか。

ギャグに走ることに関しては悪知恵が働くようだ。

決まった。これにしよう。

意を決し、泣きわめくアクアを指さして―――

「じゃあ、お前だな」

そう告げる。

「はへえっ?」

素っ頓狂な声を上げるアクア。今までで一番似つかわしくない反応だ。

「今、なんていったの……?」

汗をだらだらと流し、青い顔をして俺の方をみた。

その時だった。

「承りました。では、今後のアクア様のお仕事はこのわたくしが引き継ぎますので」

何もないところから、白く輝いた光とともに、突然羽の生えた一人の女が現れた。

「……えっ」

呆然と呟くアクアの足元と、俺の足元に、青く光る魔法陣が現れた。

これで異世界にいけるのか? もし行けるならこいつは本当の女神か? そして羽の生えた女は天使か?

 

「ちょっ、え、なにこれ。うそでしょ? ドッキリか何かでしょ!? いやいやいや、ちょっと、あの、おかしいから! 女神を連れていくなんて反則だから! 無効でしょ!! こんなの無効よね!? 考えてないであんたも訂正しなさいよ!!」

もの思いにふける俺の横で泣きわめくアクア。表情がコロコロ変化して面白い。選択した甲斐があったな。

「ねえ、お願い―! お願いだから-!! 海斗さん!! いや、イケメンの海斗様――――!!」

 

「俺はイケメンなのか?」

 

「そ、そうよ!! 海斗様は全世界、全宇宙の中でも一番のイケメンよ!! ねえ!? これだけおだてているんだから訂正してよー!!」

泣きわめくアクアに対し俺は飛びきりの笑顔を浮かべて

「知ってたぞ」

ただ一言そう言った。

固まるアクア。

天使はそのアクアに。

「行ってらっしゃいませ。アクア様。あとのことはお任せを。魔王を討伐した際には迎えの者を送りますのでそれまで私があなた様のお仕事を引き継いでおきますのでご安心を」

「待って! 私、女神なんだから癒す力はあっても戦う力なんてないわよ!! 魔王討伐なんて無理なんですけど!!」

「朝霧海斗さん」

「あん?」

「勇者であるあなたが見事魔王を討伐した暁にはどんな願いでも一つかなえて差し上げましょう」

「わかった」

まあ興味ないがな。

「ねえ!? 待って、そういうかっこいいこと告げるの私の役目なんですけど!?」

天使に向かって叫ぶアクアだが完全に無視されている。

女神の威厳なんてないな。そんなもの最初からあったか怪しいが。

「さあ、勇者よ!旅立ちです! 願わくば、数多の勇者候補たちの中から、あなたが魔王を倒すことを祈っています」

「わああああああああーっ! また私のセリフをいったー!! 帰ったらボーナス払いなさいよー!!!」

厳かに天使が告げる中。

俺は、泣きわめくアクアとともに明るい光に包まれた。

 

光の中で俺は思う。どうして俺はこいつを選んだのか。

カタログの中には意味こそ分からなくても役立つものしかなかったはずだ。

アクアをみる。わずかな時間だったがこいつと過ごした時は悪くなかったと感じた。

―――そうか。

俺はこの駄女神といれば退屈しないと感じたのだろうな。

退屈こそ俺を殺し得る、唯一の事。

記憶もないのにそう感じる。

これから始まるこいつとの退屈しない日々。

それを思うと自然と頬が緩んでいた。

 




感想、批評お待ちしています。


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