【悲報】氷属性はかませが多いらしい。 (ブルーな気持ちのハシビロコウ)
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1話

思いつき百パーセント。
暖かい目で見てください。




 まずは、自己紹介をしよう。

 

 俺の名前はアイス。世界を束ねる六魔王の一人で『冷徹にして冷血』と恐れられており、氷魔術における最高位の使い手だと自負している。

 

 見た目は白い肌に薄い透明度のある青い瞳と髪。

 才能にかまけずに日々鍛えた肉体と磨き抜かれた魔術の練度、子供の頃から神童と畏れられていた。

 

 そんな俺だが、最近―――困っている事がある。

 

 

 

「…………アイス様?考え事ですか?」

「フローズか」

 

 同じく氷の使い手であり俺の秘書であるフローズは俺の様子に小首を傾げた。

 

「フローズ、現在の勇者の動向を教えろ」

「はい。現在六魔王の二人、ファイア様とサンダー様がやられました……ここに来るのも時間の問題でしょう」

 

 俺の言葉に、フローズはキリッと凛とした真剣な顔で答えた。

 

 俺の悩みの原因である。

 人族の中で、勇者という輩が俺達六魔王の打倒を企てているらしい。既に俺の氷魔術同様に炎と雷に長けた二人の魔王がやられたという報告を受けている。

 

「そう、か」

「ですがアイス様なら問題ありませんよ。それに城に来るためには『氷結の迷宮』を通る必要があります」

 

 どこか誇らしげに、フローズは言葉を紡ぐ。

 

「迷宮は地図がない限り突破も難しい上に、その場にいるだけで低温に耐性の無いものは衰弱します。それにアイス様は部下の強化にも力を入れているでしょう?負けるはずがありません」

 

「違う、違うぞフローズ。俺はそんな事を気にしてなどいない。確かに難解な迷宮、多彩な罠、さらにそこには俺が手塩にかけて育てた部下達がいる」

「……では、一体?」

 

「俺はな、前に全王様からある言葉を聞いてしまったのだ」

 

 ちなみに全王様とは、すべての魔術に適性がありこの世を統べている色々規格外なお方である。

 

 俺達六人の魔王はその下で分割して国を治めながら、同時に結界を張って全王様を守っていた。

 恐らく人族の代表、勇者の本当の狙いは全王様なのだろう。そのために我々六魔王を倒す必要があるのだ。

 

――――――特に俺には思い入れのあるのだが、それは置いておこう。

 

 

「全王様から……?その、言葉とは?」

 

 神妙な顔をするフローズに俺はフッと意味深に笑い、窓の外に視線を移す。

 

 そしていい吹雪日和だなと場違いなことを思いながら、俺は言った。

 

 

 

 

「―――――氷属性って、かませが多いらしい」

 俺、既に敗北を約束されているかもしれない。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「はい?」

「ちなみに俺はあの言葉を聞いてから……眠っていない程に悩んでいる」

「全王様の会談って二週間前でしたよね?最近やけに目付きが悪いのはまさか……?」

 

 俺の部下がとんでもない顔で見てきやがる。

 目付きが悪いのは生まれつきだ。だが最近部下は挨拶をしたらそそくさと消えていくが。

 

「どうかご自愛ください、アイス様」

 

―――――只でさえ忙しい中、二人の柱を失って加速する激務に加えての寝不足。

 

 腹心の助言は悲しくも届かず、氷の魔王は嘆く。

 

 というか、それどころじゃないのだ。

「あぁ………くそ!これでは勇者に倒されるのも時間の問題なのか……っ!!」

「勇者に負ける前に過労で倒れますよアイス様」

 

 小さくため息を溢し、フローズは考える素振りをする。

「それに、何を根拠にそんなことを?素晴らしいではありませんか、氷属性は」

「……気休めはよしてくれ」

 

(そんな状態で勇者に来られたらこっちもたまらないのですが…………)

「氷はどんな形にもなりますので武器になります。壁にして盾代わりにもなりますし、それに過去には無くなった手足を氷で補った者もいると聞きますよ?それに漂う冷気はあるだけで人には凶器ではありませんか」

 

 さらに、と人差し指をたてる。

 

「それにアイス様の奥の手である『絶対零度(ゼロ・ムーヴ)』を使えば、人数や地形すら関係ないですよね?」

 

 その言葉に、俺は小さく頷く。

 膨大な魔力を出し続ける限り、俺を起点として周囲を限りなく低温にさせて凍らせる、動くものは俺以外に存在しなくなるという技だ。

 

 何度か発動した時の俺の経験と見立てでは、生物や物体には例外なく、低温に限界があるのだ。

 生物をその温度にまで下げてしまえば、なんであろうと、例え全王様であろうと活動が停止する。

 

 確かに聞くだけなら最強な技である。

 だが。頷いた後に、俺は俯いた。

 

 

 

 

「―――――派手さがないだろ」

 

 

「…………はい?」

 

 大分間を置いて、フローズは唖然とした顔で言った。

 

「派手さが無いんだ。それに比べて、負けたとしても派手な奴等だったなアイツら。雷なら見映え良いし速さは魔王一だし、炎なら見ての通りだし身近だから親近感も湧きやすい」

「し、親近感?派手さも関係ないのでは……?」

「見た目はそれだけで威嚇の効果を示す事があるだろ………氷には色がない、派手さもない。どんなに派手にしようとしても視認ではわからないじゃないか」

 

 わかっていない、何もわかってはいないぞフローズ。

 まぁ、俺も全王様に言われるまで気付かなかったのだから、仕方ないと言えるがな。

 

 なんやかんや、一番ショックな発言だったな。

 

「それに、順番もあるらしいぞ」

「順、番ですか?」

「あぁ。勇者はその順に添って俺達を倒しているらしい」

「なる、ほど………強さや相性順ということですね?人間にしては知恵が回りますが、確かに理にかなっているのでしょう」

 

「違うぞ?」

「えっ」

「なんか、炎とかは最初らしい」

「は、はいぃ?」

「そして、氷は四番目らしい」

「ど、どういうことなんですか?」

「つまり……勇者の順番的に来るのは四番目らしいぞ」

「四、番ですか?アイス様が?」

「そんな反応だろう?なんか微妙すぎないか?最後とも言えず、言うまでもなく最初でもない。かといって折り返しかと言われたら三番目には劣る辺り、なんというか『半分まで来たからいっちょ気を張り直すか~』的な勢いで来られるんだぞ?なんかウザくないか」

「先程から実は意外と余裕ですよねアイス様?というか既に三番目の魔王様はやられる前提なのですね?」

「勇者たちは着実に力をつけてきていると聞くからな、闘う覚悟はしておくべきだろう」

「ですが順番の傾向がわかるのであれば他にもやりようがあると思うのですが……」

「正々堂々一対一だろう。それはフェアじゃない」

「勇者一行八人いますよ?」

 

 

――――――えっ?

 

 

 

「………なん、だとっ?」

「はい。勇者一行の人数は八人、今回は増えたことも報告しようかと思いましたが…………」

「………そう、なのか?あの侍らせている女達って頭数に入っていたのか?」

「まぁ、一応。聞けば名門の武術家の娘や、賢者の孫なんて話はありますが………」

「容姿だけじゃなくて才能にも恵まれていたのか………てっきり勇者の見栄えを良くするための人員だと思っていた」

「しかも最近になって二人増えたという報告もあります」

 

 その言葉に俺は驚愕する。

 

「一対十って十倍じゃないか………!?いや八人の時点でリンチだろうが……!」

 

 思わず力んでグッと歯噛みする。

 

「情報を掴んだのはごく最近ですしアイス様は部下の指導に勤しんでいたので知らないのは当然と言えば当然かと………ちなみに、増えた二人は負けた魔王の副官でした」

「しかも寝取られてんじゃねぇかアイツらぁ……!」

 

 殺された上に腹心に裏切られるという鬼畜の所業。弱肉強食の世界とはいえ流石に負けた魔王に同情する。

 

「報告によれば元々扱いが雑だったこともあり、かなり嫌われていたので、優しくしてくれた勇者にコロッとだそうです。恐らく魔王様の弱点や情報もそこから」

「もはや誰が敵かわかんねぇなそれ」

「それに、今までの情報をまとめますと、万一勇者達がここに来るときには一人増えますよね」

「一対十一か……他の魔王に警告しておくか?」

 

 しかしなぁ、部下の裏切りは恐らく積み重なったもの、警告なんてしても無意味だろうか。

 

「優しくするべきか、しかしやり過ぎは舐められたりクーデターに繋がるか……難しいところだな」

「アイス様なら問題ないと思いますが……そういえばアイス様、最近珍しく部下をお叱りになったそうで」

「ん?」

 

 そういや、そんな事もあったな。

 

「俺の城削ってシャーベット作ってんだから流石に怒らねぇとしまらないだろ」

「はい、そしてそのあと散々怒った後に万能薬渡したそうですね」

「城の材料は永久凍土だからな、何が起こるかわかんだろ」

「しかも一緒に食べてみたとも」

「なっ、黙ってろって言ったのにアイツら………っまさか俺も既に裏切られていたというのか!?」

「それはないかと………変わってるけど気が利くから人望あるんだろうなぁこの魔王様」

 

「どうせ耐性を持つ魔術か防具でも揃えてやって来るんだろう……滑る床や全方向から氷柱が出てくる罠だって仕掛けたが恐らく抜けられる。クソ……このままではかませ犬確定だ……だがどうせハプニングで一人くらい寒さにやられて勇者と体温と共に愛情を共有しあうんだろうクソが!」

「それは嫉妬ですか?それとも勇者の仲間数を削れなかった悔しさですか?」

 

 俺の溢れんばかりの発想力に半目で睨むようにこちらを見てくるフローズ。照れるじゃないか。

 まぁその発想力に潰されかけているんだが。

 

 

 背もたれに体重を預け、空を仰ぐように上を向く。

 

「………思えば、ここまで長かったな」

 

「最初は威力だけで、魔術が扱えず恐れられ孤独になり、生きるため必死に扱えるようになれば神童と呼ばれ掌返し。そんな奴等に呆れて人を辞めた先でこんな事になるとはな.....」

 

  目を丸くするフローズの顔を見て俺は小さく笑った。

 

「なっ……!?アイス様は元は人間だったのですか?」

「元な。もう全王様の力を借りて人を辞め名前も捨てた。誰も怖がって引き止めはしなかったよ」

「名前も、捨てたのですね」

「あぁ………前は『レクス』という名前だったが、人を辞めると同時に断ち切りたくてな。さっきも言ったが、止める奴なんか―――」

 回想していると、一人の少女が頭に浮かんだ。

 

「あぁ、いや。一人だけいたな?俺を止めてくれようとした奴が」

「っ人の身で、アイス様をですか?」

「その頃は俺も人だったがな。俺とソイツは口論になり奴の片腕を消し飛ばした………防げる威力の筈だった。威嚇のつもりだったんだがな、奴の腕はそれで使えなくなった。きっとあえて抵抗しなかったのだろうな。俺を止めるために」

「片腕を、ですか?そこまでして………」

「あぁ。結局こっちに来たんだから、奴の努力は無駄だったんだがな」

 

 少し鋭くなった視線に、フローズはどこか複雑な顔で聞いた。

 

「後悔は、していないのですか?」

「………後悔だと?する訳ないだろ。俺は現に人だった時よりも生き生きとしている、部下に地位に名誉。自分の器を超えた『だけの』存在を敵とする人間と共にいた頃とは比べ物にならない力を与えられた。結局世の中弱肉強食、強いものが得て弱いものが奪われる、それが真理だ」

 

 だが、それでも。

 

「――――――でも、今までの積み重ねを一蹴されるかもしれないというのは、やはり怖いものだな」

 思わず拳に力が入る。

 

「…………アイス様」

「昔は奪われるのが当たり前だったが、今は違う。俺には責任があり、部下がいる」

 

 他の魔王だって実力者揃いだ、その上で既に二人が負けているのだから、俺だって負ける可能性は十分にある。

 

「では、私からも一言よろしいですか?」

「どうした?改まって」

 

「―――――案外、アイス様は間抜けですよね」

「っ」

「冷徹にして冷血というのは嘘です。アイス様は非常に天然で、独断的で、鈍感で、顔だけが取り柄ではないだろうかと思うほどにエゴイストです」

「…………言い過ぎじゃないか?」

 冷たい、氷の様に冷たい言葉に流石にショックを受ける。

 

「ですが」

 

「それでいて、日々部下(わたしたち)の事を思ってくださっている。忙しくても言葉に出さず、勇者の時も………先程の言葉には納得しました。貴方は人間ですよ。人の冷たさを知るからこそ、人よりも人の温かみを与えてくれている………だからこそ、アイス様は力でも権力でも無く慕われているのです。裏切るものなどいません」

 

「……フローズ」

「私も心からお慕いしております………なのでどうか、かませ犬などと言わないでください」

 感情の起伏をあまり見せないフローズが、俺に優しく微笑んだ。

 

「………フッ。ハッハッハッハッ!!そうだな!俺は氷の魔王だ!こんな弱々しい姿など滑稽でしかない!すまないなフローズ、迷惑をかけた」

「アイス様…………!」

 

 まるで力が漲るようだ、先程までの頭痛や憂いは既に消えた。

「目が覚めた!もう迷いはない!俺は慢心も油断もせず、全身全霊で勇者の挑戦を受けよう!」

 

 俺は思わず立ちあがり、叫ぶ。

 

「さぁ、いつでも来い!勇者よっっ!!」

 

 

 

 

 「――――――無理だと思うんだよ、氷の魔王」

 一方、勇者は遠い目をしながらそう言った。

 

「なっ、諦めてしまうのですかっ勇者様!?」

「いや。無理じゃない?確かに世のため人のためと思って全王を倒そうと意気込んでさ、二人の魔王を倒して近場に様子見に来たけど……これは無理だようん」

 

 ――――――目の前に広がるのは、氷で出来た迷宮。

 純度の異なる氷により透明や白みがかった氷の壁や柱が並び、天井からは鋭い氷柱が至る所に生えていた。

 

 奥には暴風に雪が雨のように降る中で顕在する氷の城。噂では彼処に氷の魔王がいるらしいのだが、天候や伏兵も考えて飛んで行くのは得策ではない。

 

「フレア、スパーク。氷の魔王についての情報ってある?」

「…………ありません。氷の魔王アイス様の腹心、フローズはアイス様に畏敬の念を抱いており、魔王を抜いた会議の際も一切の弱点や愚痴を聞いたことがないのです。それに……あくまでも噂ですが全王様を倒せるほどの奥の手もあると聞いています」

 

「しかも氷の魔王軍はその名からは想像もできないくらいホワイト企業で週休三日、代休も存在しており魔王様は多忙な中で書類だけでなく定期的に部下達の姿を見て激励しているとも。正直フローズが羨ましくて私も氷属性に生まれたかったと後悔するほどです!」

「うん、まず『企業』という言葉が出た事に驚いたんだけど………つまり魔王には弱点もなければ、部下達も相当鍛えられている可能性があるのか」

 

「話を聞く限りではかなりの連携も取れていますね………長期を見越して極端な低温に強い装備を揃える必要もあります」

 

「となると予算もかなりつくね………四番目位に挑もうと思ったけど、これは厳しいかな」

 

うぅん、と悩み。勇者は一言放った。

 

「最後にしよっか、倒すの」

 

『賛成』

 全員が頷いて、氷の迷宮から立ち去ろうとしたとき。

 

「…………」

 ふと、九人の内の一人が迷宮の奥に見える城を振り返った。

 

「いまは、まだ届かないかもしれないけど」

 

 彼女は一瞬だけ氷で出来た(・・・・・)腕を優しく触り、寂しげな顔をしたものの、頭を振って覚悟を決めた顔をした。

 

「――――――待っててね、レクス」




続かない(疑惑)


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2話

まさかの好評により続編がでるという。
短編のランキングに載りました!
ありがとうございます!

というわけで急いで仕上げました。
誤字脱字は氷のような心で許してください(迷)


 俺の名前はアイス。世界を束ねる六魔王の一人で『氷のように硬い意志と冷静さを兼ね揃えている』と畏敬の念を抱かれ、氷魔術における最高位の使い手だと自負している。

 

「……フローズ、もう一度報告をしろ」

「はい」

 

 フローズは真剣な面持ちで手に持っていた書類に目を通す。

 

「風の魔王ウィンド様と竜の王ドラゴン様がやられました」

「……そうか」

 

 この報告を聞くのは既に二回目だ。

 そう。この時が、きてしまった。

 

「つまり、だ」

 

「はい……残りはアイス様ともう一人の魔王様のみ。勇者一行の力は着実についており、この迷宮も特に厳重な警戒を増や―――」

 

「違う!」

 

 声を張り、フローズの言葉を否定する。

 

「俺は、俺達は四番目では無かったんだな……?」

「は、はい? そう、ですね……既に四人の魔王様が倒されたので」

「フッ、そうか。そうなのか………」

 

 

 俺は椅子から立ちあがり、コツコツと音を立てながら正面の扉を開ける。

 

 そこには、どこか不安そうな顔をして俺を見上げる部下達の顔があった。

 少し無理に、周辺の警戒やなんかその場から動けない奴(中ボス)を除いた全ての部下を集めたのだ。

 

 つまり殆どの部下は迷宮にいない。今を攻め込まれたら簡単に侵入を許してしまうだろう。

 リスクは承知だ。

 

 だが、少し前に一皮むけた俺から見ればこんな不安な顔で勇者に挑む方がリスクは高い。

 

 

「報告にあった通りだお前達。既に四人の魔王が、勇者に負けて、ついでに秘書を寝取られた。ドラゴンの秘書に至ってはペットとして扱われ空を飛んでいる、つまり、勇者一行は地形を無視する術を手に入れたのだ」

 

『…………』

 

「というか『竜の王ってなんだ?竜王で良くないか?そもそも魔王は六つの属性魔術じゃなかったのか?』そう思う奴もいるだろう」

「脱線してます、アイス様」

「そうか」

 さらっと後ろから指摘される。

 

「そもそも『竜って普通に魔王枠でいいのかよ、他の魔王よりもサイズも見た目も派手でバリバリ目立つじゃないか』と思う奴もいるだろう」

「それはアイス様の話ですアイス様。というかやっぱり脱線してます」

「そうなのか」

 背後の声に感情がどんどん無くなってる気がする。

 

「現状は、勿論芳しくない。四人の魔王がやられたんだ、当然だ」

 

 思わず拳を握り、胸の前に置く。

 

 

「だがな?我々は負けるのか?我々は恐れるのか?こうして焦り、冷静さを欠いてしまえば勇者達の思うつぼだ。しかし考えすぎてしまえば、己の責任に潰されてしまう」

 

 一匹、一匹と部下達の顔を見ていく。

 

 不安、怒り、悲しみ……そんな顔に溢れていた。

 

「そんなことは、お前達も重々承知していると思う………だから、俺はこの場で一つのアドバイスをする」

 

 指を一本立てる。

 

「事実に目を向けろ、そして。しっかりと全体を見てやるんだ。悪いこと、良いことは表裏一体であり。片方にばかり目をやるのは駄目だ。両方を見て、しっかり把握する…………それができれば、己の成長に大きく繋がるだろう」

 

 バッ!と胸に置いていた拳を振るう。

 

「だから、俺から一つ言わせてもらう」

 

――――――鼓舞する、激励する。

 

 一言間違えればそれは部下の反感を買うかもしれないが、しかし。言わないという選択肢は無い。

 

 言わなくてはいけないのが、上司の勤めだ。

 

 だから、言おう。

 

 

「お前達、終盤まで来たということは氷属性はかませではないんだっ!!」

「………えっ?」

『ぉぉぉぉぉぉ!!!』

「えぇ!?」

 

 俺の言葉に、部下達は手を上げて歓喜の雄叫びを上げる。フローズ以外。

 

 中には涙を流して喜んでいる者すらいた。

 そうだ、こうして事実を見るんだ。

 

 俺達は少なくとも五、六番目なのだ。

 最終ラウンド、終盤戦。大詰めに近付く緊迫感の中での戦闘。

 

 

――――――もう、かませとは呼ばせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなったんですか………」

 

 フローズはグラスを片手に、目の前の光景を半目で眺めていた。

 

 

 そこには多種多様な俺の部下達や客人がワイワイガヤガヤと談笑し、料理を口に運び、一発芸をして、伝説のかき氷を一口食べようと城を削る計画を立てている。

 

 つまりは、宴会である。

 万能薬の用意をしなくてはな。

 

「………アイス様、よろしかったのでしょうか?」

「ん?何がだ」

「何がとは。宴会をひらいたことは一度おいておきますが、わかっておりますよね?」

 

 フローズが指をさした先には、どこかよそよそしい客人達の姿があった。

 

 あぁ、その件か。

 

「あの者達は、別の魔王の部下ですよ?何故わざわざ招いたのですか?」

「負けた魔王によって人間達に領地を奪われたのだから、居場所が必要だろう?まぁ勿論、本人次第だがな」

 言い方は悪いが、彼等は敗残兵達だ。

 自分の主が倒されても、別に自分も後を追って死ぬわけではない。

 

 一番不遇なのは、実力があっても勇者と出会うこともなく、かつ魔王が倒されたことに気付かず迷宮に居続ける者たちだが。

 一応声をかけられるだけかけておいた。

 

「戦力の点ではそれはよろしいのです。ですが、相性というものがあるのではないですか………?」

 

 フローズの言葉に、俺は視線を変えずに小さく首肯した。

 現に、視線の先には、炎の様な紅の色の髪の少年少女が、不安そうな顔で身を寄せあっていた。

 

「………そうだな。確かに生まれつきだったり、急な環境の違いについていけない奴もいるかもしれない」

 

 燃え盛る炎に囲まれた空間から一転、冷たい氷の世界に来たのだ。彼等だけではないだろう、氷の世界に慣れるのは時間がかかる。

 

「だがな、フローズ」

 

 俺は彼らに向かって歩き出す真似はしない。

 何故なら。

 

「あっ………」

 

 フローズの口から声が漏れる。

 

 俺の部下が、自分の持っていたマントを外し彼らを包んであげたのだ。

 

 しかも、比較的温かい料理もおまけで。

 彼等だけではない、他の場所でも似たような場面が散見されていた。

 

「俺は部下を信頼しているからな、出るまでもない」

「アイス様………」

「フローズ、お前もそうだぞ?」

「え?」

 

 フローズは目を丸くする。

 

「文句をいいながら宴会の場所を整えたのも、さらにこういった気遣いのための道具や料理を用意させたと他の部下から聞いている」

「そ、それは秘書として管理や補佐は当然のことです…………」

「そうか。それを当然と言えるほど、俺は優秀な部下をもったんだな」

「そ、そんな………恐縮です」

 

 やはり、俺は『こちら』にきて良かったと思う。

 

「ありがとう、フローズ」

「アイス様………」

 

 肩にポンと手を置いて労うと、フローズの頬が自然と緩む。恐らく本人はその事に気づいていない。

彼女はあまり感情を表に出さないからな。

 

「彼等は有志のみ、周辺の警戒を任せようと考えている。他の奴等もある程度の労働は覚悟してもらうがな」

 

 流石にタダ働きは看過できないからな。

 

「………大丈夫ですかね?」

「大丈夫だろうさ。マントとか付けたり装飾変えたら勇者サイドも同じ奴だと気づかなくなるんじゃないか?」

「それは節穴ですよアイス様。それに私がいっているのは、見た目ではなくてチームワークの問題です」

 

 真剣な顔をするフローズ。確かに別属性が取り入れられると、性格や文化の違いでチームワークに大きな支障をきたすかもしれない。

 

「お前の考えは正しい」

「でしたら………!」

「だが、あそこを見ろ」

 

 フローズは、俺の視線を追って目を動かすと。

 

「っ」

 

 そこには先程の少年少女が、マントをあげた部下と仲良さそうに宴会を楽しんでいる光景が広がっていた。

 

「あの光景を見て、また同じことが言えるのか?」

「………いいえ、杞憂で済みそうですね」

 

 クスクスとフローズは笑い、俺もつられて頬が緩む。

 

「………ですがアイス様?何故このような時期に宴会を?」

「こんな時だからこその息抜きだ。新しいメンバーも入って張りつめてばかりではいけないだろう?かといって腑抜けても困る。メリハリは必要だからな」

 

「アイス様……!申し訳ございません。てっきり順番が四番目ではなくなってはしゃいでいると思っていました」

「気にしてないさ」

 

 平謝りしたフローズは俺の言葉に感動したようだ。

 

―――――それにしても順番だと?俺がそんな器が小さい男な訳がないだろうに。

 

 

 聞きたいことを聞き終えたのか、フローズは一度手を組んで体を伸ばす。

 

「ならば、私も今日は息抜きをしましょうかね」

「そうしろ、特にお前は疲れているだろうしな」

「魔王様に言われてしまうとは―――おや?」

 

 ふと、ある文字が書かれた看板がフローズの目に留まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『祝、脱四番目』

 

「―――――いやこれ絶対にはしゃいでますよね!?」

 

 残念、バレた。

 

「――――――大変ですっ!!!」

 

 刹那、城の扉が力任せに開かれた。

 

 

 そこにいたのは、警戒を任せた俺の部下だった。

 奴は肩で息をしながら、俺の元へ駆けてくる。

 

「どうした?」

 

 俺の言葉に、部下は焦った顔のまま吠える。

 

「たった今、闇の魔王ダーク様が負けたとの情報が来ました!!」

 

『っ!?』

「な、に?」

「確かな情報です………闇の魔王は負け。ここが、最後の砦となりました………」

「…………そうか」

『…………』

 

 先程の心地よい喧騒はどこかへいき、広い空間に静寂が漂う。

 

フローズが少し不安げな顔で、俺の方を見る。

「アイス、様」

「報告ご苦労だったな………ふむ。ならばいつ勇者が来てもいいようにしないとな。宴会などしている暇などない」

 

 どこか沈んだ空気、全員が俯く。

 

 

 

 

 

「――――――ただし。明日から、な?」

『アイス様ぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 メリハリをつけろと言っただろう?

 宴会を途中でやめるなど言語道断!

 

 誰か看板を変えておけよ?『祝、六番目』とな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なんか、色々と増えてない氷の迷宮?」

「なんか、増えてますね」

 

「見たことある様な無いような魔物も沢山いますね」

 

――――――勇者の目は死んでいた。

 既に五人の魔王を倒し、仲間も増え装備も整えた。

 空を飛ぶ手段も得た。

 

――――――だが、おかしいと。

 

 魔物の数は増え、心なしか前よりも禍々しく感じる。

 

「何で未だに勝てる気がしないんだろう……」

「城まで一気に飛んで行けませんかね」

「それが楽なんだけどなぁ。飛べる?ファフニー」

 

 背後にいる女性に聞くが、首を横に振られた。

 本来の姿はドラゴンなのだが、今は人の姿を模しているのだ。

 

「無理。飛ぶだけでも危ないと思う、私はまだ鱗のお陰で平気だと思うけど、風と寒さで凍る」

「そっかぁ………ナギ、ブラックはどう思う?」

「迷宮からいくしかないに賛成かな~?この風は止む気配無いから魔術によるものだろうし」

「正直………フローズは絶対に裏切らないと思う。それに会談でも必要最低限しか話してないから、思惑がわからない」

「『冷血の才女』とまで呼ばれてるしね~」

「………二つ名まであるの?君達の同僚」

 勇者は一言、魔王の腹心だった彼女達に聞く。

 

「ひょっとしてだけど、君たち秘書の中の実力で一番強いの誰?」

『フローズ』

「うん詰んでないかなこれもう?」

 

 即答されたフローズという腹心が敬愛する魔王。

 

 もはや、眉唾でも逸話の多い全王よりも質が悪い気がしてきた。

 

「…………一人分の魔王にしか守られてない結界なら、破れないかなぁ」

『勇者様!?』

「冗談だよ、冗談。そもそも氷の魔王を倒せないようなら全王も倒せないでしょ………倒せないよね?」

 

 各々、特に元腹心達が微妙な顔をする。

 

 

「………ま、まぁ一応装備の更新も兼ねて休みを取ろうか。修行して鍛練して、出直そうか?」

 

『はい』

 勇者のスルースキルが若干上がった。

 そこは正直、即否定してほしかったのだが。

 

「戦うんですね、氷の魔王と」

「勿論、勇者なんだ。戦うよ………だけど僕の、君達の命も一つしかない、だから万全を期さないとね」

「はい」

 

 勇者も、腹をくくった様だ。

 

 

 最終決戦は、近い。

 

 

 

 

「あの、ブラックちゃん?」

「…………なに?」

「フローズっていうレク……氷の魔王の腹心って、氷の魔王に対して何かある?」

「何かって………?別に。でも、凄くアイス様の話になると、深い内容は話さないけど誇らしげになるし、たまに頬を赤く染める」

「………これは、早く強くならないといけないかな」

「顔、怖いよ?大丈夫?」

 




全王「え?かませの氷が最後まで残って仲間を集めてるって?何それ怖いクーデター?」
勇者「最近ツレの一人が早く行けと怖い」

すいません戦闘はまだです。
いつになるのかしら………?

好評価、お気に入りありがとうございます!
執筆の励みになります。


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3話

頑張りました(震え声)
朝起きたら評価が遥かに自分の予想を超えていて愕然としております。
日間二位……ですと!?

こうなるとかえって冷静になりますね。
本当にありがとうございます!!



 俺の名前はアイス。世界を束ねる六魔王の一人で『冷淡にして冷酷』と恐れられており、氷魔術における最高位の使い手だと自負している。

 

 そんな俺は今、城から離れていた。

 正直、魔王が魔王の城を離れるなんてどうかと、魔王の俺が疑問に思っている。しかも勇者が攻めてくるのはもうここしかないのに。

 

 だがこれはクーデターではない、フローズ達から休みを押し付けられたのだ。

 

「まだ勇者は英気を養うか修行の最中なのでしょう、休むなら今しかないんですよ?」

 と凄味のある顔で言われた為、仕方なく休むことにしたのだ。

 今は管理を秘書であるフローズに任せている。

 

 まぁ、そもそも何故こうなったかと聞かれると俺に原因があるのだが。

 

 俺が、

『実は俺、勇者に無視されてるだけなんじゃないか?俺だけの結界なら破れるんじゃないか?』

 なんてボソリと口にしたからだ。

 

 だが、それも仕方ないと言えよう。

 

―――――まっっったく来ないのだ、勇者。

 

 遅い、遅すぎる。

 五人の魔王を倒す迄はかなりペースが早かったにも関わらず俺の所には迷宮にすら来ないとはどういう了見だ?

 

 一月が経ったぞ。

 五人の魔王を倒した時間はたったの半月だったらしいじゃないか。

 

 つまり二倍じゃないか、二倍。

 そりゃ無視されているかもと思うだろ普通。

 結界の破壊に移行したんじゃないかと不安にも思うだろ。

 

――――――と、いうわけだ。

 だからこそ、気が張りすぎな俺にフローズが提案してきたわけだ。

 

 やれやれだ。優秀すぎる部下を持つと嬉しいが気を遣わせ過ぎている気がして申し訳なくなるな。後で手土産でも渡して………アイツだけに渡すのは公平じゃないな、他の奴等だって俺が休んでいるときに働くわけだろ?

 

………俺の部下、一月前に増えて以来人数把握出来てねぇじゃねぇか………!!

 

 俺は己の無能さを呪った。

 これではどれ程の数を持っていけば良いかわからない。

 

「っ」

 だが、同時に出掛ける前のフローズの一言を思い出した。

 

『―――お土産の類いでしたら、アイス様が休みを満喫してくださればいいです。他の部下もそう願ってますよ』

 

「………本当に、幸せ者だな」

 そう、一人ごちる。

 

 

 ………折角与えられた休みだ、やはり羽を伸ばして満喫するべきだろう。

 

 しかし、逆に仕事ばかりで何をすればよいのかわからない。

 適当に城や迷宮の周辺を散歩をしようにも、かえって目に入った部下たちの気が滅入るだろう。

 それはよろしくない。

 

 

 なので、俺は人間の頃の趣味に興じる事にした。

 癪だったのは人間と、そして自分が人間であった事であり別に人の頃の趣味に対しては大きな嫌悪感を抱いていない。

 

 ちなみに趣味だが、冷気を操り氷像を作ることだ。

 魔術の操作性の向上や集中力の持続にもってこいである、最初は達磨のような物しか出来なかったが、今となっては竜の鱗一枚一枚まで再現する繊細な操作が出来る。

 

 フローズも中々なクオリティだが俺には及ばない、魔王の名前は伊達ではないのだ。

 

 そんな秘書に追い出された訳だがな!

 

 そんな事をいっている間に一つの作品ができた。

 土台を含めて俺の背丈ほどある、六角形の樹枝状の像だ。それは雲に隠れた太陽の光を鈍く反射して輝いていた。

 

 これは雪の結晶である。

 あまり知られてはいないが雪には決まった小さな形があって、それが大量に集まって我々の知る雪になるのだ。

 

 温度によって柱形になったり針のように鋭くなったりと形が変わるが、俺はこの繊細な形が一番気に入っている。

 

「久し振りだが、悪くない出来だな」

 

 満足げに頷いていると。

 

 

 

 

 

「――――――ちょっと貴方!危ないですよ!?」

「はっ?」

 背後から焦燥にかられたような声が聞こえる、反射的に振り返るとそこには一人の青年がいて、さらにこちらにむかって走ってきていた。

 

 その形相は、それこそ焦りと驚きに満ちている。

 

「ここは危険です!氷の魔王はまだ倒してないんですからね!?」

「ん?いや、俺は―――」

「いいから、来てください!!最近氷の魔王はまた力をつけて、いつ人類を滅ぼすかわからないのですから!」

 

 青年は俺の片腕を掴んだと思ったら力任せに引っ張る。

 振りほどけないほどではないが、腕の太さにしては中々に強い力だ、魔術の類いで強化しているのだろうか。

 

 まぁ、しかし。

「………俺はいつから人類を滅ぼそうと企てたんだ?」

 

 何か色々勘違いされている、それは確信した。

 

「何をボソボソと言っているんですか!魔物が来ちゃいますよ!」

 え、そんなボソボソした声だったか?

 

 

 

 

 俺は謎の青年に連れられて、俺は小さな農村に着いた。

 一方向を除いて崖に囲まれているという地形柄、人が住んでいながら魔物に襲われにくい安全地帯となっている。

 

 まぁ、俺の支配下だから勿論把握しているのだが。

 しかし破壊しようにも思ったより監視や門番の目が強く、地形もあって下手に部下を死なせたくない点、大きく出るには及ばなかった。

 

――――――その割りに俺はすんなりと入れたが。

 

 魔王なんだが、魔王扱いされてないんだが。

 確かに顔は割れてないし、不利益になる情報も口止めはしているが。

 

 駄目だろこれ、少しショックなんだが。

 まさか(魔王)はずっと城の中に引き篭もっていると思われているのか?

 

 まぁ、それはさておき。

 どうやら青年とその仲間達はここで宿をとっているらしい。

 

「えっ!農村の方ではないんですか?」

「あぁ」

 

 そして青年は、どうやら俺がこの農村の民だと思ったらしく驚いていた。

 違うとわかると、青年は直ぐに平謝りをする。

 

「すいません、勝手に勘違いしてました………ではどこからきたんですか?」

「あっちだ」

 

 特に何も考えずに、というか反射的に城の方に指をさした。さしてしまった。

 

「………」

 すると、少し間をおいて青年は納得した様にポンと手を叩く。

 

「――――――あぁ、成程。迷子ですね?大丈夫です、ここら辺は白一面ですから迷いやすいですからね?笑ったりしませんよ」

 そう言って爽やかに笑う青年。

 

………この歳で、しかも俺の庭のような空間で迷子とは、他人事なら笑うか頭を打ったか心配するな。

 

―――というか既に笑ってるじゃないか青年。

 笑わないと言った側から破るなんてなんて奴だ。

 

 しかし誤解を解くのも面倒だ。

 正体を暴くのは論外としてそもそも人間は好きじゃない、先程の城の件は棚にあげるとして、早く立ち去るに限る。

 

「えっと、ではお詫びにどうですか?食事なんて、奢りますよ」

「遠慮する、じゃあ俺は――――――」

「そうですか………あのお店、ここの特産品である『デラックスアイスパフェ』は『他地域から来る人がいないかいるかと言われるとどちらかと言うのであればいる』と噂のスイーツなのですが………」

「案内してくれ」

「え?」

「案内を頼む」

「は、はい。わかりました」

 

 これは俺の支配下にある地域の情報を得られる機会だ。見逃す手は無い。

 

 断じて冷たくて甘いものが好きとかそう言うわけではない。

 

「僕も甘くて冷たいの好きですよ」

「そうか、良い趣味だ」

 

 断じてなっ!

 

 

 

 

 

「――――――美味いな」

「そうですね。特にこのクリームが濃厚ですね、温かい紅茶に合います」

「乳製品はこの農場で搾って生成しているらしいぞ」

「そうなんですか!道理で美味しい筈だなぁ」

 

 カチャカチャと、スプーンとガラス容器の当たる音が響く。

 彼はとても初対面には思えない印象を受ける、どこか警戒しにくい、そんな感じだ。

 最初は図々しいお人好しかと思ったが。

 

「それにしても結構、視線感じますね」

「男が甘いものを好むのは珍しいからな。特に農村で見慣れない奴等なら尚更だろう」

「珍しい、やっぱりそうなんですよね……僕も最初は普通でしたけど、僕の仲間達がそういうの好きで、気がついたら僕も好きになっていましたよ」

 

 苦笑する青年の言葉は、どこか懐かしむ様な声色だった。

 

 話を聞くと彼は旅人らしく、世界を回っているそうだ。

 人間のくせに、魔物の跋扈する世界を回るとは酔狂な奴だと思う。

 

 まぁ、俺という見知らぬ男をこんな場所に連れてきた挙げ句飯を共にしている時点で中々に大物だが。

 

「その仲間は、今はどうしたんだ?」

「今は別行動で外に行っています、なんでも抜け駆けは許さないとかで。きっとライバル意識を持って切磋琢磨してるんでしょう。僕なんかには勿体無い頼もしくて良い仲間をもちました」

 

 彼は曇りなき眼差しでそう言った。

 頼もしくて良い仲間なんて、本気でそんな事を言える奴なんて中々いないだろうに。

 

 しかし、仲間か。

 

「………俺も」

「はい?」

「小さい頃は、あまり甘味は好きじゃなかった」

「そうなんですか?」

「あぁ。ツレに良く食べさせられてな?気が付けばそればかり食べていたよ……それでも、赤い果実は苦手だがな」

 

 そう言って俺は容器の縁に果実達をどかす。

 何故か苦手なのだ、赤い果実は。

 昔に転んだか、怪我で出た血がどうこうだった気がするが、細かくは思い出せない。

 

 青年はあまり気にしない様子で話を進めた。

 

「そうだったんですか、そのツレの方はどうしているんですか?」

 

「ある時に喧嘩別れをして、それ以来だな………どこで何をしているか、さっぱりわからない」

 

 どうしている、その言葉はむしろ俺が聞きたかった。

 

 人であった頃など、思い出したくもない筈なのに。

 たまに、ふとしたときに。過ることがある。

 

 

 

――――――感情のままに口論し、別れ際に彼女の腕を無くした、あの瞬間を。

 

 

 気がつけば、視線と共に頭は下を向いていた。

「俺は…………許されないことをした。きっともう会わない方がいいんだろうな」

「―――そんな事、無いんじゃないですかね」

 ふと、青年はそんな事を言った。

 

「なんだと?」

 目を向けると、逆にキョトンとした顔で青年は言った。

 

「彼女も、仲直りをしたいと思っているかも知れませんよ?」

 

「…………フッ」

 その言葉に、思わず鼻で笑ってしまった。

「ありえないさ。彼女を深く傷付けた、心も体もな」

「でも、貴方は仲直りをしたいんじゃないですか?」

「っ」

 

 返す言葉に詰まると、青年はさらに口を開く。

 

「確かに僕は、その事情をよくわかりません。貴方のツレの方も顔も名前もわかりません」

 

 青年は真っ直ぐこちらを見て、ハッキリとした口調で言った。

 

「――――――ですが、このままの関係で終わるのは間違っている事はわかります」

「!」

 

 たかが、十数年しか生きていない青年の言葉。

 だが、無垢で真っ直ぐな瞳が、裏のない言葉が。

 

 思わず俺の頬を緩ませた。

 

「………お前は優しいんだな」

「そ。そんな………それほどでもないですよ」

 

 先程の表情を崩し、まるで別人のように照れる青年。

 してやられたよ、全く。

 

「お前は?」

「?」

「お前は、どうなんだ?」

「ぼ、僕ですか?」

 

 だが、やられてばかりは性に合わないんだよ。

 

「あぁ、何か悩みがあるだろう?それを我慢している、そんな顔だ」

「っ」

 完全に図星だ。

 

 俺の観察眼を嘗めないでほしい。

 ある時なんてフローズに「視線に若干引きます」と言われて自重する位、俺は相手を観察するからな。

 

 この青年には悩みがある、しかもそれを、仲間達には話していないのだろう。もしくは解消する目処が立っていない。

 不遇な奴だ。

 

 彼は先程とは違い、気恥ずかしそうに頬を掻く。

「え、あはは。偉そうなことを言ったのに、なんかすいません………」

「気にするな。俺も仕事柄そういった顔をする奴が放っておけないだけさ」

「仕事………てっきり雰囲気から高貴な貴族の方かと思ってました」

「いいや。あんな世界は俺に合わない」

 

―――――そういえば、親が貴族だった気がしないでもないが、忘れたな。

 

 青年は、無理に作った笑顔を引き、情け無さそうに吐露した。

「………僕は、弱いんです。運命が導くままに、全力を尽くせばなんとかなるって思ってたんです」

 

「ですが、どうしても越えられない壁があって。努力はしている筈なのですが相手も凄くて、時間が経てば経つほどその差は大きくなっていって………正直、自信が無くなってきてるんです」

 

 彼もまた、意図的に重要な所は伏せて話していた。

 それはそうだろう、こうして考えると不思議だが俺たちはつい先程まで顔も知らない他人なのだから。

 

 だからこそ、気兼ねなく言える事もある。

 

「………差が大きくなるなんて、上等じゃないか?」

「はい?」

「お前には目的があるのだろう。大きな目的が、ならば心を燃やせ。頭は冷静にしてその差を縮めるんだ」

 

 そしてそれは、この青年の性格だと自分一人の為ではない。もっと大きな事なのだろう。

 

「いいか?見る限りお前は真面目だ、さらに強さに関して素直さもある」

「あ、ありがとうございます?」

 

「だからこそ、お前は与えられた運命を受け入れろ。どうしても無理なら、ねじ曲げればいいんだ」

「っ」

 

「お前の人生だ。誰かに影響を受けても、お前の人生なんだ、選ぶのは他でもないお前だ。お前の一挙一動で世界が滅ぶ訳じゃないんだぞ。自由に生きろ」

 

 その分、責任は格段に大きくなる。

 不安も、困難も、今まで以上に増える。

 それでも、望むなら。

 

「必要なのは少しの勇気だ…………そして俺はそうして、ここにいる」

 

 青年は難しい顔をして、俺を見た。

 

「後悔は、してないんですか?」

「…………後悔をする暇があれば、俺はこの道を選んだ俺を誇りに思う事にしている」

 

 それに唯一の後悔は、この青年が解いてくれたからな。

 その感謝も含めて、ここまで話したのだ。

 

「久し振りに楽しかった、感謝するよ」

 

 だが、これ以上の長居は無用だ。

 格好よく言ったのだから無駄口は叩かず、格好よく去るのが流儀というものだろう。

 

 金を置いて席を立つと、青年は少し慌てて言った。

「………あのっ!」

「?」

「お名前を、教えていただけますか?」

 

…………名前か。流石に顔と違って名前は出回っているし、馬鹿正直に言うのは不味いだろう。

 

「…………名乗る程の者じゃない」

 

 ならば、このまま名乗らないのがベスト。

 

 

 

 

「―――――――――通りすがりの迷子だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、勇者様~!」

「皆!遅かったね、紹介したい人がいたのにもう行っちゃったよ」

「珍しいですね?勇者様がそんな事を仰るなんて」

「凄い人なんだよ。雰囲気とか、言葉の一言一句に凄味というか説得力があってね………!お陰で僕も決心がついたんだ」

 

 拳を固く握る勇者。その目には燃え盛るような闘志が宿っていた。

「辛い事が待っているかもしれない………だけど、僕はやるよ。世界のために、人類のために!」

『勇者様………!』

 再び奮起した勇者に、彼女達は顔を赤らめる。

 

「ついてきてくれるかい?皆!」

『はい!』

「よし、行こう!氷結の迷宮へ!!」

 

 思わぬ形で、勇者一行が一致団結した。

 

 

 

 

「…………?」

 

………そんな中、一人だけテーブルに置かれたパフェの容器を見て眉を寄せていた。

 

(赤い果実だけ、どけられている..........?勇者、一体誰と話をしてたの?)

 

 彼女はふと思い出す。

 昔に自分をかばって怪我をした、とある少年の事を。

 彼はそれ以来、赤いものが見れないほどじゃないが苦手になった事を。

 

――――――その少年は時が経ち、今は彼女の視線の先にいるはずの事を。

 

「………まさか、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 城に帰ると、待っていたフローズが深く頭を下げた。

 

「――――――お帰りなさいませアイス様。城は特に異常ありませんでしたよ」

「そうか、ご苦労だったな」

「いえ。アイス様こそ満喫した休みは過ごせましたか?」

「その事なんだが………なぁ、フローズ」

「はい?なんでしょうか」

 

 首をかしげるフローズに、俺は言葉を窮する。

 

 確かに満喫したと言えばしただろう。

 思わぬ出会いや収穫もあったし、日頃の息抜きとしてはかなり役目は果たされた。

 フローズには感謝しなくてはならない。

 

 だが、だが。

 どうしても、気掛かりな事があるのだ。

 何か大事な、とても大切な何かを見落としている気がしてならないのだ。

 なんだ?まさかあの青年に何か………。

 

――――――そうか!!

「フローズ」

「はい」

 

 「――――――通りすがりの迷子って、格好良いと思うか?」

「意味わからない上に滅茶苦茶格好悪いですね?誰が言ったんですかそれは」

 

―――――――だよな。




全王「あれ、まだ出番なし(愕然)?」
彼女「まだ名前くれないの(笑顔)?」

尚、色々奇跡的にすれ違った模様。

次話から迷宮攻略が始まると思われます。


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4話

誤字や矛盾点があったらすいません。

日間ランキング一位という、ランキングに載ることすら身に余る光栄なのにこの現状。

人生のすべてのガチャ運を使いきったか、
多分この物語が完結した辺りで死にますね私。


すいません、今回はちょっと下ネタ注意です。


 俺の名前はアイス。世界を束ねる六魔王の一人で『結構甘いもの好きらしいけど意外に女子力が高いんじゃないこの魔王様?』と恐れられる男で、氷魔術における最高位の使い手だと自負している。

 

 そんな俺は、玉座で腕を組ながら目を瞑っていた。

 それは俺の近くにいるはずのフローズの言葉を、一言一句違わずに聞くのに集中するためだ。

 

「だからフローズ、もう一度言ってくれ」

「………もう、五回目なのですが?」

「それでも、頼む」

 

 

 フローズは嘆息を漏らしながら、一言。

 

 

「―――――勇者一行が、氷結の迷宮に現れました」

 

 

 

「………フ。フハハ、ハッハッハッハ!!!」

 フローズの言葉に、思わず高笑いをしてしまう。

 しかし仕方がないというものだろう。

 

 やっと来たのだ、勇者が。

 待った、それはもう待った。

 

 聞き間違いかと思って四回聞き直したぞ?

 しかし間違いではなかった、勇者が来たのだ。

 

 ようやく、俺達の努力が報われるときが来たのだ!!

 

「あ、負傷したため一度帰ったそうです」

「!? 」

 

―――えっ?

 

「かなり善戦した様ですが、迷宮の中間に構えている『雪将軍』を打破できなかったようです………傷は戦闘後にしては比較的浅いですが、帰りの道中の戦闘も考えた上での行動でしょう」

「なん、だとっ―――そんな………バカな!」

 

 ダァン!と力強く床を踏む。

「ふざけるなっ!勇者だろう!最後まで闘え!」

「アイス様、その発言は魔王様としてアウトですよ?」

 もはや慣れた冷たい視線を向けられながら、俺は愕然とした。

 

 雪将軍はある意味、自動の門番の様な存在だ。

 白い甲冑に身を包み、その巨体で特殊な片刃の剣を振るう。

 自我や感情はなく敵と見なしたものを攻撃する。

 ぶっちゃけてしまえば壁である。

 

 普通に手塩にかけた部下なら応援するさ。

 それに戦いたくても死にたくない奴には、負けそうになったら勇者達に金を握らせるように言ってあるからな。

 

 フローズから賄賂と勘違いされて変な目で見られたがしっかり考えている。むしろ寸止めで金が貰えるなら儲けものだろう。

 殺して奪うなんて勇者のすることじゃない。

 

―――少し前に民家の壺を割っていたとか報告があったが嘘だろう。もはや略奪者だそれは。

 というか壷の中なら覗けば良い話だろ。まさか無理やり売り付けられたのか?

 

 それはさておき。

 実際、勇者一行は大分儲けているはずだ。

 かなりの数の部下が負けたと報告が来た、しかし死者はいない。がめついが、素晴らしいじゃないか。

 

―――まぁ、全て俺のポケットマネーなのだが?

 

 部下の量が量だから、色々ととんでもないことになった、氷の魔王だからといって財布まで寒くなるのは如何なものかと思う。

 

 ちなみに部下には勇者達を全員倒したら奴等からの全財産をせしめる事を許可している。

 

 半分くらいは残してあげるのがマナーだ。

 流石に装備も心もボロボロになった挙げ句に全財産を持っていかれるとか可哀想だろう?

 

 

 しかし、悔しくも戦略的撤退をしたらしい勇者達に、思わず拳に力が入る。

 早く目の前に現れることを願う、まだ顔も見たことないのに何だこの恋慕みたいな感情。

 

――――――だから早く来い、勇者よ!!

 

 

 

 

「来ないな」

「そうですね」

 

―――勇者が来ない。

 

 来ないというより、着実に確実に進んでいってはいるようだが。ペースがとんでもなく遅い。

 

 具体的に言うと、勇者達が氷結の迷宮に挑んでから…………既に半月が経っていた。

 

 迷宮は七割ほど攻略されている。

 半月で七割だ、部下の強さも深部につれて上がっていくので、奥にいけば行くほどそのペースは遅くなる。

 

 つまり、最低でももう半月は待たなければならないのだ。

 

 本来であれば、喜ぶべきことなのであろう。

 前任のをアレンジした迷宮に苦しむ勇者達、手塩にかけた部下達の奮闘。

 魔王冥利に尽きるじゃないか。

 

 だが、俺は何をしている?

 

―――玉座で延々と待機だ。

 

 睡眠、食事と便所以外基本此処だぞ。

 部下達が少なくない血を流し、勇者が仲間と協力して闘っているというのに。

 

 その最中、俺は一人トイレに向かうのだ。

 しかもわざわざフローズに報告しなくてはならない。

 

 そんで、チマチマと進んでは戻りを繰り返す勇者を待つ。

 

―――なんだろう、もどかしい。

いっそもう、俺から行っちゃおうか?

 

「なぁ、フロー」

「ダメです。アイス様はそこに座っていてください」

「…………」

 少しだけ上げた腰を、無言で再び玉座へおさめる。

 

 俺、途中までしか言ってないのに。

 

 というか読心術まで会得したぞ俺の秘書。

 しかし何故だろう、素直に喜べないんだが。

 

 すると、フローズは凛とした顔で言った。

「アイス様は魔王なのですよ?勇者一行を倒すために部下が奮闘し、自分は何もしていない。それがもどかしいのはわかります。ですが、魔王としての責務として、ここで堂々と勇者を待つのが仕事です…………それが、魔王の仕事なのですから」

 

 俺は閉口してしまった。

 

―――畜生、ぐぅの音もでないじゃねぇか。

 

 自然と、拳に力が入る。

 

「クソ………!俺はここで何も出来ないのか………っ」

「いえ、まぁはい」

 

(それ、どちらかというと囚われている勇者サイドの発言では……?)

 

 読心術は使えないが、とりあえずフローズは俺に呆れていることだけはわかった。

 

「はぁ………便所に行く。警備は付けないでくれ」

「つい先程も行かれましたよね?」

 

 フローズは怪訝な顔をする。

 

――――――ほぅ?

 

「………俺が逃げるとでもいいたいのか?」

 

 玉座から立ちあがり、俺は真剣な顔をする。

「俺は魔王だぞ?部下を置いて逃げるなんてことはありえない―――それとも何だフローズ。俺はお前の信頼されるには足らない存在だったのか?」

 

「アイス様……………」

 フローズは感銘を受けたように目を丸くして口を開けた。

 

 

 

 

「――――――既に八回脱走を試みた者が信用されるとでもお思いですか?」

 そして、微笑む。

 

「全く………九回目の正直というだろ?」

「アイス様の場合ですと脱走の成功とも取れますが?というか多すぎです、聞いたことありませんよそんな言葉」

 

 フローズは深い嘆息を漏らす。

 それを見て俺は内心で舌打ちをした。

 

 ―――ダメだこれ。

 

 諦めて背もたれに体重を預けると、フローズは少し申し訳無さそうに言った。

「アイス様………アイス様の気持ちはわかります。ですがこれは魔王の体面を保つ為、私も辛いのです」

「…………フローズ」

 

 コイツ、そこまで俺の事を…………。

 

 

「―――なので心を鬼にして、次脱走しようとしたらその玉座から動けないようにします」

 

――――――――はっ?

 

「いや……動けないも何も、殆ど動いてないぞ俺」

「?動いているではありませんか?」

 何を言っているんだ?という顔をされるが、正直こちらがしたい。

 

 何を言っているんだこの秘書は。

 基本玉座で過ごしているんだぞ?動く時なんて、食事と便所と睡眠くらい――――――?

 

 

 

――――――え?

 

 まさか、嘘だろ?

 

 俺は魔王になって初めて、怖気というものを感じた。

 

 

 フローズが、何故か木の桶を持ってきたから。

 

「フ、フローズ?その桶はなんだ?」

「桶というは家庭で水や湯を汲んだり『溜めたり』するための物です―――さて?何に使うと思いますか」

 彼女は淡々と話す、やけに溜める部分を強調しながら。

 

 動揺を隠そうとするが、自然と視線が泳ぐ。

―――――俺だって、バカじゃない。

 

 睡眠なら、ここでまだ出来る。

 食事だって十分に可能だ。

 

 だが、最後のひとつだけは―――!

 

「……ふ、ふ!お前はそれでいいのか?お前の主が目の前で用を済ませるのは―――」

「私は気にしませんよ?」

「いや俺がするんだがな?」

 

 表情一つ変えず言いやがったぞこの秘書……!!

 

 気にしろよ女の子だろ、知ってるんだぞ夜遅くは肌の大敵だから早めに見張り交代して寝てるの。

 何で自分の肌は気にするのに俺の出したソレは気にしないんだよ。

 

「勿論目の前でそんな事をされるのを私は望みません………ですが、致し方ない事もあるでしょう」

「何で既に俺がこの場でするみたいな流れになってるんだ?」

「しないんですね?」

「………あぁ」

 

 流石にしねぇよ?魔王の体面を保つ為に行うのに体面どころかプライドまでズタボロになるわ。

 

 あぁ。しない、しないとも。

 だがこんな状態が続くのは絶対に嫌だ。

 

 だから、頼むから。

 

「――――――早く来てくれ、勇者」

 

 

 

 

 

 

 「――――――もういっそあっちから来てくれないかなぁ、魔王」

 

 勇者は疲れていた。

 心身ともに。

 

 一度目の撤退は仕方なかった。

 迷宮の途中で今までと比べ物にならない程強い敵に襲われ、一人が負傷したのだ。

 

 その際装備も外れ、一気に体温を奪われた。

 咄嗟に勇者がとった行動により大事は免れた。

 

「勇者様!今度はブラックが寒さにやられました!」

「勇者寒い。温めて」

「―――いや、流石におかしくないかな?」

 

 それ以来、別の仲間からのアプローチが凄いのだ。

 

「おかしくない。闇魔法の失敗で装備を闇に送ってしまった…………不覚」

「ブラック今までそんなミスしたことないよね?」

 勇者はさっと視線を流す。

 

「君達も、風で飛んだり、燃えたり、消し飛ばしたり。なんかここぞとばかりにミス多くない?」

「そんなことありませんよ、ねぇ?」

「そーそー、それで次は誰の番だっけ?」

「もう十一人で一周したんじゃない?」

「………一周?もしかしてローテーション組んでる?組んでるよね?やめてよ一回一回戻るのも手間だし、装備も大分お金もかかってるんだよ!?」

 

「どーせお金貰えるのですからいいんじゃない?」

「いや、資源は大切にしよ―――――というか君達頷いてるけど元々魔王側だったよね!?」

 勇者は信じられないと嘆く。

 

 ちなみに、ブラックを優しく抱いて撫でている。

 ブラックはご満悦の様子だ。

 

「あったかい」

「………でもまぁ。今のところ皆が無事だからいいんだけどさ」

 

 そう、勇者は攻略よりも全員の無事を優先していた。

 敵達に対しても殺すことはなく金銭を貰い、背後を襲われるリスクを承知で背中を向ける。

 そして、ふざけようとふざけまいと仲間は決して見捨てない。

 

 それがきっと、勇者が勇者たる由縁なのだろう。

 

 だが、と。

 勇者は吐露する。

 

「…………先は遠いなぁ」

 

……氷の魔王の切実な願いは、届くことはなかった。




全王「………………(焦)」
果たして出番は来るのだろうか。


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5話

流石に毎日は無理でした、申し訳ないです。



 勇者達は、目の前の存在に気圧されていた。

 

「――――――氷結の迷宮を攻略し、この城にようこそいらっしゃいました。勇者一行」

 

 凛とした声が、広い部屋に響く。

 そこにいるのは、残った最後の魔王の副官だった。

 

「そちらにいる者達から聞いていると思いますが、フローズと申します」

 彼女は勇者一行の、特に元副官だった彼女達を一瞥して後にそう言った。

 

「ご丁寧に、どうも……っ」

 勇者は剣を握り直し、生唾を呑み込む。

 

――――――余裕だ。勇者は彼女から、有り余るほどの余裕を感じとった。

 

 数にしてみたら一対十三人、あまりにも不利な筈なのにも関わらず落ち着いた表情に声色、明らかに今までの相手とは格が違う。

 

「先に申しておきますが、私はそこにいる薄情者達とは違いアイス様を裏切るような真似はしません。情報を得るついでに私を抱き込もうとするのなら、先に無理だと断言しておきますよ」

 

――――――うん、なんか凄く僕が女性に見境が無いように聞こえるのは気のせいかな。

 

 すると、勇者の背後から怒りの混じった声が聞こえる。

「くっ!貴女は上司に報われたからそんな事が言えるのよ!!」

「そ~だそ~だ!私なんて週休一日しかなかったのに」

「残業ばかり!肌のケアが間に合わないのっ!!」

「終われる時間に終われるって…………羨ましすぎる」

「薄情というのなら私達をこんな状況にまでおいやった世間も薄情だと思うの」

「―――――なんか論点変わってきてないかな君達?魔王企業がブラックなのはわかったけど今じゃないよね話すのはっ」

 

―――しかしやはりというべきか、フローズは勇者側に着くことを拒んだ。それは勇者も予想がついていたが。

 

…………正直な話、例えフローズを倒してもなんの情報も無しに氷の魔王と対峙する事になるのだ。

 それは、勝つには相当に苦しいだろう事は火を見るより明らかだった。

 

 しかし、勇者の目はもう死なない。

 

―――闘わなくちゃいけないなら、覚悟を決める!

 勇者は剣を構なおし、キッとフローズを睨む。

 

「長きに渡った因縁を終わらせるんだ!僕達がやらなくちゃいけないんだ!魔物によって人間が虐げられる時代を終わらせる!僕達が救い、人類を、世界を平和に導くんだ!!」

 先程、緩みかけた緊張感を再度締め直すように勇者は喝をいれ、攻撃を行おうとする。

 

 

「――――――その口上は、今考えたのですか?」

 

「………は、はい?」

 しかしピタリと、勇者の動きが止まった。

 

 フローズは表情を変えず、言葉を紡ぐ。

「即席にしては少し長いなと思いまして。前々から考えていたのかと―――しかしそうなると勇者は人類の悲願である魔王様の攻略よりも己の立場に陶酔する自己満足に時間を費やす方だったのですね」

「…………ん、んん?」

「手よりも口を動かして満足しましたか?」

 

「……………え?あれ?そういう攻撃?物理じゃなくて精神に訴える的な感じなの?」

 パチパチと、何が起こってるのか理解できず目を瞬かせる。

 

 勇者は混乱した。

 フローズは首を横に振った。

 

「―――まさか。ですが余裕だと思いましてね?元々私としては、勇者一行は少数で人類を救えと他人任せな期待と政治的圧迫を受けた者達として、ろくでもない魔王に従わされる部下と同じくらい同情したくなるほど不憫な立場にいると考えていました」

「―――今さらっと色んな方向に毒吐かなかった?」

 

「ですが成程。ここまで来るのに散々時間を掛けていましたが、この時の決まり文句の様なそれの為ですか。ならばアイス様に対しても別の口上を用意してあるのでしょう?わざわざ自分の自己満足のために長い口上を考えるとは随分余裕がある――――――というか喋っている間に攻撃されるとは思わないのですか?既に五回は全滅させられそうなのですが。アイス様もそうですが無駄に律儀なのですね?それにしては実力も心構えも伴っていないようですが」

「……………」

 

 一言も噛むことなく淡々とフローズが言い放つと、一気に静寂が訪れた。

 

 

 

『……………』

 チラリ。と視線が勇者の背中に集まる。

 勇者の仲間からは、先頭にいる勇者の顔は窺えない。

 

 しかし前に行って見る勇気も彼女達にはなく、かなり気まずい沈黙が少し続き―――。

 

 

 

 

 

 

「――――――ぐうの音も出ない」

 ガクン、と勇者の膝が折れて倒れそうになる。

 

『勇者様!?』

 彼女達が駆け寄ると、勇者は苦しそうに眉を寄せた。

 

「…………口喧嘩は弱いと思っていたけど、反論の余地もなくここまで言われると普通にショックかな………」

「勇者様!?」

「誰か……誰か薬草持ってない?」

「薬草じゃ心の傷は癒せないですよ勇者様!」

「勇者様気にしすぎです!そんなところも好き!!」

 

 

「――――――どけて」

「!」

 すると勇者達の中から一人だけ跳び出し、一気にフローズに接敵して横蹴りを入れる。

 

 だが、眉一つ動かさずフローズは顔に当たる寸前の場所に強固な氷の壁を作りそれを防いだ。

 

「おや………少しは気骨のある方がいたようですね」

「うるさい――――――レクスを、返して!!」

 

 一度距離をとった彼女の鬼気迫る形相と発言に、フローズは眉を寄せる。

 そして、あるフレーズに反応した。

 

「『レクス』?名前ですか、そんな方はここには…………!」

 

 フローズは怪訝な顔から、一瞬だけ目を丸くする。

 信じられないと、あり得ないと。

 しかし、見た目の年齢や何より片腕がそれを物語っていた。

 

 フローズの顔の変化に元副官達も驚くのだが、彼女は既に眼中に無い。

 

 フローズの意識は、目の前の女性に向けられていた。

 

「――――――そうですか、貴女でしたか」

「……何の話、かな?」

「いえ、こちらの話ですからお気になさらず」

 

 親の仇の様な視線を受け流しながらフローズはそう言って、深く白い息を吐いた。

 

『っ』

 

――――――その姿に見惚れる前に、一気に全員に怖気が走った。

 

 

「―――余計に負けられないと思っただけです」

 

 

 

 

 

 

 

 俺の名前はアイス。世界を束ねる六魔王の一人で『最近秘書の尻に敷かれてる説濃厚』と俺でなく秘書が恐れられている。氷魔術における最高位の使い手だと自負している男だ。

 

 やばいな、ある意味クーデターかもしれないなこの現状…………桶とか、しかもその後に鎖とかも出てきたしな。

 

―――縛り付け過ぎじゃないか?俺とこの玉座を結婚させる気かあの秘書。

 

……まぁそんな彼女も、今この場にはいないのだが。

 肌の天敵である夜だからではない、この場にはもう俺しかいない。

 

 寂しくはない、これが魔王の宿命というやつだ。

 

――――――勇者が、とうとう目と鼻の先に来たのだ。

 迷宮を攻略し、城に入り、俺まであと一歩前の所にいる。

 

 故に秘書であり、副官のフローズが勇者達の元へ向かったのだ。

 

 俺が同行する事は許されない。

 俺はこの場で待ち、勇者を迎えるのだから。

 

 それは彼女の、部下達の信頼を裏切る事になる。

 フローズは強い、それは間違いのない事実だ。

 

 だが相手は十数人、しかも元仕事仲間となればいくら彼女と言えど分が悪すぎるだろう。

 

 例の金も「魔王様は私が負けるとお思いで?」といって受け取らなかった。その意志は固く、俺の方が折れてしまうほどにな。

 

 散々俺のエゴに付き合わせ、そして小言を挟みながらも最後まで付き合ってくれた。

 俺の意思を汲んでくれて、第一に部下を考えてくれた。

 

 正直彼女には、感謝しかない。

 

 

――――――変わったよな、アイツも。

 ふと、彼女との最初の出会いを思い出す。

 

「………いつだったか」

 

 そうだ、あれは俺が新しい魔王になってから数日―――

 

 

 

「―――ただいま戻りました」

「そうか」

 

――――――いーや、勝つんかい。

 

 しかも回想に入る途中じゃねぇか。

 返せ、俺の時間と切なさを。

 

 感謝はくれてやるから。

「そうか」ってすんなりと口から出たけどかなり驚いたぞ正直。

 

「それで?勇者はどうした」

「氷漬けにして放置してあります。あの者達に相応しい末路でしょう」

――――エグい事するなこの秘書、とふと彼女の顔を見た。

 

「っ…………そうか」

 

―――――――――そうか。

 

 その言葉を聞き、俺は玉座から立ち上がり近付く。

 

「ご苦労だったな?強かったろう?」

「いえ。アイス様の足元にも及ばない様な軟弱で脆弱な奴等でした」

「……そうか。ところでもう一つ質問いいか?」

「なんなりと」

 

 その返答を聞いて俺は「そうか」と短く答えて。

 

―――ソイツの首筋に刃を当てた。

 

 手を上げる動作と同時に周囲の冷気を操り氷の剣を創ったのだ。

 

 

「なら聞こう―――――お前は誰だ?」

 

 

 ピクリと『ソイツ』の動きは止まり、首をかしげる。

 

「……………フローズですよ?アイス様」

「違うな、俺の目は誤魔化せんぞ?」

 

 刃をより近づけ、強く脅す。

 自然と手の力が強くなってしまう。

 

――――――あぁ、気分が悪い。

 信頼している者を模倣されるというのは、ここまで虫酸が走るのか。

 

「アイツはそんな『目』をしない。他者への侮蔑の混じったその目に先程からの言葉――――――誰に対してもアイツはそんな感情を向けたりしない」

 

 彼女は冷徹に冷血と恐れられている。

 しかしだ、長年付き合った俺や部下は知っている。

 

 例え冷たくても、フローズは決して努力を否定しない。それは味方でも、そして敵でも同じだ。

 

 俺よりも勇者の一挙一動を把握しているフローズが、仮にも人間側の為に奮起した勇者達を軟弱等と呼ぶはずもない。

 それに、それは負けた部下への侮蔑にも繋がる。

 

 それに言葉に上手く出来ないが、雰囲気も異なる。

 

―――――――――違う、フローズじゃない。

 

 

―――――だが、だとして理由も正体もわからない。

 コイツ何者だ?まさか勇者一行の誰かか?

 一番ありえるが、ならば俺は少し失望したな、勝ちに拘るのは評価するが不意打ちでないと勝負できないのか。

 

 何より変身能力は地味だ。地味すぎる。

 驚かせたいならいっそ全王にでもなって出直してこい。

 

「もう一度聞く、次答えなかったらその首を刎ねる」

 氷の剣の刃を、ピタリと肌に当てる。

 

「お前は、何者だ?」

 鋭い目付きでそう言うと、ソイツは薄く笑った。

 

『…………流石だな?アイス』

「っ」

 

 王の間に響く、決してフローズからは出せそうにもない低い声。

 

 刹那、フローズの体がまるでノイズが入ったかのように揺らぎ、そしてフローズから別の姿が露となった。




次回はシリアスになるかもしれないしならないかもしれない。

そして次回も投稿は遅れてしまう可能性大。
頑張ります。


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6話

…………シリアスがぬぐえない件。
多分まだ続きます。

あと10話超える場合があれば短編から連載にすると前の感想で載せましたが、今話で変更しました。


短編短編詐欺って怖いですね。
短編ってなんだろう………(哲学?)


―――フローズと勇者一行の戦闘は未だに続いており、熾烈を極めていた。

 

「はぁ?」

「へえ?」

 

 二つの視線が交錯する。

 

「―――アイス様の事ならわかると?言われるまでもありませんね」

「ふぅん。それじゃなに、レクスの子供時代知ってるの?苦手な食べ物から寝るときの癖まで知ってるの?」

「憐れですね、その程度で満足しているのですか。しかもその名は捨てたと言っていましたよ―――つまり貴女が知るのは過去の男。私が知るのは今のアイス様です、そしてアイス様についてなら魔王になってからならば全て把握してます」

「全て…………へぇ?そんなに一緒にいるんだ~」

「えぇ、アイス様とは基本四六時中一緒ですので……無くなった背中ばかり追い掛けてきた哀れな貴女と違って」

「………でもアイス様アイス様って、どうせ秘書止まりなんでしょ?四六時中一緒にいて何もないって事は意識もされてないんじゃない?」

「―――貴女は、今言ってはいけないことを言った」

「―――奇遇だね?私も同じこと思った」

 

―――熾烈を極めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ハハ。出る幕無いなぁ、僕」

 勇者は、乾いた笑みと共にそんな光景を眺めていた。

 

「というか、あんなに強かったんですねあの子」

「あのフローズと互角なんて……というか会話の内容は聞こえないですけどフローズ怒ってます?なんか前に会ったときよりも凄みがあると思うの」

「………あ、勇者様お茶飲みますかぁ?持ってきましたよぉ」

「お菓子もあるよ~」

「サンドイッチもあります!」

「甘いわね、私はティーセットよ!」

『っ!』

 

「―――いや『っ!』じゃないよ遠足じゃないからね?というか中身それだったの?道具袋パンパンなのに中身ペラペラ過ぎないかな君達?」

 

 そして、どこか和やかな空気になりかけている一行がいた。

 

―――普通ならば彼女の援護に回るべきだろう。

 それは言われずともわかっているのだ、仮にも力を合わせてここまで来た仲間達なのだから、尚更である。

 

 だが。只の口喧嘩ならいざ知らず。

 

――――――全方から不規則に生えてくる氷柱、それに付随して雨のように襲ってくる氷の礫。

 それを彼女は体を反らしてかわしつづけ、時に氷を破りカウンターすら行おうとする始末。

 

 そしてそれを氷の壁と冷風で接近を許さないフローズ。

 その最中に会話していたのだ。何故成立するのだろうかとすら思う。

 

―――そしてさらに、その速度が増した気がする。

 恐らく会話の内容で双方の逆鱗に触れたのだろうと勇者は感じていた。

 

――――――というか、実は聞こえてた。

 勇者の耳は良かったので内容は普通に聞き取れてた。

 

――――――既に蚊帳の外なんだよなぁ。

 その上で、困っていた。

 

 正直勇者は目で追えなくもない、恐らく避けられる。

 つまりは戦闘としては成立する。

 

―――だが、非常に行きにくい。

 

 行って「は?お前邪魔なんだけど?」的な雰囲気になったら中々に堪えるものがある。

 ……勇者なのに邪魔扱いされるのも不思議な話だが。

 

 勿論、魔王を倒すにはフローズを倒さなくてはならない。

 

 でもだからと言いながらも、会話の内容含めて『あれ』に入れるかと言われたらこう答えるだろう。

 

『無理だなぁ………』

 勇者を含め、声が重なった。

 

―――命がいくつあっても足りない、と。

 

 

 

 ドォン!!!

 

『っ』

 突如、轟音が響き共に足場が揺れた。

 

 勇者は転びそうになった仲間の腰に手を回し支えながらも、音の方に顔を向ける。

 

『…………』

 

 既に二人も警戒は互いにしながらも戦闘を中断しており。

 突如、気味が悪いほどの静寂が訪れた。

 

 そんな中で、勇者はボソリと呟いた。

「あっちの方向って………」

 

 眉を寄せた勇者の視線の先は城の奥だったのだ。

――――――つまりは、魔王が待ち構えている筈の場所。

 

 

 ドゴォン!!!ドゴォン!!!ドゴォン!!!

『っ!!』

 

 どうしてそんな音が?と疑問に思う前に、更に轟音が響いた。

 

 ビクンと肩を震わせた仲間達を他所に。

 流石勇者と言うべきか、あることに気付く。

 

―――徐々に音が、近付いてるっ!

 

「っ皆!!気をつけ――――――」

 一気に背中に凍ったような感覚に襲われ、叫んだ。

 

 しかし。その警告は最後まで言われることはなかった。 轟音と、奥の部屋で砕けた氷の扉の破片によって途切れてしまったのだ。

 

「え?」

 それだけでは終わらない。

 衝撃と共に、大きな人影が勇者の横を通り過ぎたのだ。

 

――――――いや。通り過ぎたというよりも、吹っ飛ばされたといった表現の方が適しているだろう。

 

 

 勇者が振り向くと、男が仰向けに倒れていた。

 

「っあなた、は――――――!」

 

 倒れて動かない男の姿に。

 勇者は―――そしてその正体に気付いた彼女『達』は目を見開いた。

 

「アイス…………様」

「……………レクス?」

 

 彼女は時が止まった様に釘付けになり、そしてフローズは愕然とした。

 

 

―――そこにいたのはその白い肌を己の血で赤く染めた、アイスの姿だったのだ。

 

 

 

 

 

 

「残念だったな――――――氷属性はかませといったろう?アイス」

 

 

『っ』

 

 すると、壊れた扉から別の人影が現れた。

 

 ほぼ全員の視線を浴びながらも、

 その落ち着いた声は明らかな余裕が感じ取れた。

 

「魔王も、勇者も……長い茶番はここまでだ」

 

 背丈ならば、アイスと同じか少し上だろうか。

―――後ろに流した灰色の髪、鋭い目付きに眼光。

 そして服越しからでもわかる強靭な肉体。

 

―――明らかに只者でない。

 既に、その男がこの空気を支配していた。

 

「全く……我を守るための結界を、この我が自ら壊すとはな……皮肉なものだ」

 

 すると、周囲を一瞥した男は、口を開ける。

 

「―――我は全王。魔物を、世界を統べる者だ」

「全王、だって…………!?」

 

 勇者は目を丸くする、無理もないだろう。

 勇者が、人類が倒すべき相手、魔物の王。

 

―――それが、今目の前にいるのだから。

 

 

 しかし、と。

 我に返ったフローズは声をあげた。

 

「な、何故ですか全王様!!何故アイス様にこんな仕打ちを!」

「―――何故だと?」

 

 全王はフローズを一瞥して、嘆息を漏らす。

 

「………勇者を発達途上の段階で自ら攻めればよいものを、結界で我の行動に制限があるのを良いことにそうせず。人の棲む農村を襲うこともなく、更に他の魔王の部下を集めていたじゃないか?それに信仰の対象は我ではなく己に向けるばかり……これを裏切りと言わずしてどうする?」

「そ、それは誤解です!う、裏切りなど断じて―――――」

「現にお前に立ち塞がる者達は、裏切りといえないのか?」

『っ』

 全王の言葉に、以前他の魔王に仕えていた者達はピクンと小さく肩を震わせた。

 

「まぁ、いい。負けた奴に興味はない」

 

 しかし、気にしないといった様子で全王は続ける。

「アイスは………確かに強かったな。我も何度か肝を冷やした場面があったよ」

 

 突如、全王の体にノイズが走る。

 

「だが…………奴には明確な弱点があった」

『っ』

「っ!!!!」

 その場にいる全員が目を見開いた。

 

――――――そこには、フローズの姿になった全王の姿があったから。

 

「やはり元は人間か――――――情に弱く甘い。こうすれば勝手に攻撃は急所をよけ、さらに威力も弱まった……自覚があるか無いかは知らないがな」

 

「!!」

 

 フローズは、怒りのあまりカチカチと奥歯を鳴らした。

 それもそうだろう、自分に化けられて、敬愛しているアイスをここまで追いやったのだから。

 

 だが、全王は続ける。

 

「さて、フローズといったな?他と比べてお前は優秀だ、我の側近になれ」

 

「……………は?」

 フローズは開いた口がしまらなかった。

 しかし全王はそれが理解できないのか、首をかしげた。

 

「……聞こえなかったか?アイスはお前を含めて部下の強化に力をいれていた、まさか勇者一行と渡り合える程とは思ってなかったが僥倖だ。それにお前の指揮と指示は正確にして合理。さらに従順だ。アイスのせいで行動に制限がかかっていたろうが、我ならば違うぞ?」

 一呼吸置き、全王はフローズへと手を伸ばす。

 

「――――――その勇者達を殺し、共に来い」

「………………」

 フローズは、俯いた。

 

 

 悩んでいるわけではない、答えなど決まっている。

 すると、フローズは腕を掴まれた。

 

 振り返ると、腕を掴んだ犯人………背後にいた彼女が信じられないといった顔でフローズを見る。

 

「まさか、行くつもり?」

 

「――――――だとしたら、なんですか?」

「本気………?それでいいの?」

 

 彼女の言葉に、フローズはキッと睨む。

 

―――いい訳がないだろう。

 と目で語るように。

 

 本来であれば、苦虫をどれ程噛み潰しても表現しきれない顔をして嘆き、罵詈雑言を浴びせ全王に殴りかかりたい。

 

 だが、それはダメだ。

――――――それだけはダメだ。

 

 そうすれば、恐らく自分も負ける。

 どんな背景があっても主人のアイスが負けたのだ、フローズが勝てるかと言われたら難しいだろう。

 

 かといって、勇者側につけるだろうか。

 パーティーである以上後衛の回復術士もいるだろうし、上手くやればアイスを治癒してくれる可能性もある。

 

―――それも厳しい、何より今までの立場というものがある。アイスを救うには時間がいる、だが味方はいない。

 

 ならばフローズが全王につき、交渉で命だけは助けてもらう………それしかない。

 可能性はほぼゼロに近い程低い、だが試す価値はある。

 

―――最優先はアイスを生かすこと。

 その為ならば全王にだってついてみせる、と。

 

 秘書であり副官、ほぼ刹那に近い時間でフローズはこの結論を導きだしたのだ。

 しかし賞賛の言葉など来ない、来るはずもない。

 

 

 しかし、全王から非情な命令が放たれた。

 

「しかしそうだな、仮にも副官、アイスへの忠誠もあるだろう……………お前の手で虫の息のソイツ(アイス)を殺せ。それで後腐れもなくなるだろう?側近になることを許可する」

「―――――――――っ」

 まるで殴られた様な衝撃と共に、絶望感に苛まれる。

 

 フローズは、しかし下唇を噛み無表情を貫こうとする。

 ここで感情を表に出してしまえば、アイスに確実に不利になる。

 

 冷静に、冷静に思考を巡らせようと考える。

 

「………」

 先程まで対峙していた彼女からの視線など、もはや気にしていられない。

 

 隙しかない、だが彼女も追い討ちのような事はしなかった。

 

―――出来るわけもなかった。

 あまりにも先程の凛とした姿とは違ったから。

 

「早くしないか。我はどちらでもよいのだ、お前がいなくても問題はないのだからな」

 急かされ、余裕が無くなりそうなフローズは胸の辺りを握る。

 

―――考えなくては。アイス様のため、考えなくては―――!!

 

「っ」

 するとコツン、と頭に軽く拳を当てられた。

 

 一気に思考が途切れてしまい、自然と狭まっていた視界が広がっていく。

 

 

「バカね、ほんと」

「………え?」

―――そして振り向くと、そこには呆れた顔をする彼女の元同僚がいた。

 その一人がフローズの頭を小突いた様だ。

 

「ったく、昔から一人で考えすぎなのよねアンタ」

「フレアみたく考えすぎないのも問題だけどねぇ?」

「今は勇者サイドだし~?全王は敵だしね~……勝てる気しないけど」

「全くだ。だが私なら盾くらいならなれるよ、竜の鱗は堅いから」

「……時間稼ぎくらいならしてあげれる、と思う」

 

 一人……また一人とフローズの前に立ち、五人が全王と対峙する。

 

「あなた、たち……」

「だからほら――――――行きなさいよ。主人の元に」

 

 その背中に、フローズは驚きを隠せなかった。

 あんなにも罵倒したのに。

 今は敵なのに、何故庇うのか。

 

「どう、して?そこまでして………敗けは確実、貴女達は勇者の味方でしょう?ならばもっとよいやり方が――――」

 

 慌てるフローズに、彼女達は苦笑する。

 

「理屈じゃない―――ま、腐れ縁ってやつよ?」

「っ」

 

 その言葉に、フローズは頭を下げ…………呟いた。

 

 

 

 

 過去のアイスの言葉が、過る。

 

―――『信じる』がわからないって?焦るなよ。

 

 アイスは笑いながら言った。

 

―――いつか勝手にわかるだろうさ、言葉じゃなくて心でな。

 

 

 先程まで痛かった胸が、どこか温かく感じる。

「………そう、ですか。これが『信頼』なのですね」

 

 フローズは、そっと顔を上げた。

 

―――その顔に、もう迷いはない。

 

 

「…………私も残ります、時間稼ぎなら私も適任でしょう?」

「はぁ?なら誰がアイス様に説明するのよ」

「いるんですよ………私よりも、適任が」

『?』

 

 そう言ってフローズは、振りかえって彼女と対面する。

 その意図を察した彼女は怪訝そうな顔をして、言った。

 

「…………本気、なの?」

「生憎、冗談は苦手でして」

 

 あまりにも、少ない会話。

 だが、先程散々語り合った二人にはそれだけで十分だった。

 

「――――――アイス様を、お願いします」

 そう言って、フローズは頭を下げた。

 

 

 

「……………はぁ~もう!」

 それを見て、彼女はため息を溢した。

 

 

 

「――――――アリシア」

 

 

「………はい?」

「私の名前だよ、次会ったらそう呼んで」

 彼女は真剣な顔でそう言った。

 名前を聞いて、フローズは小さく笑う。

 

「わかりました………素敵な名前ですね?」

「うるさい。次会うときに死んでたら、殺してやるんだから」

「死んだら殺せませんよ?」

「っやかましいわよ……無事でいなさいよ」

「……えぇ、死ぬわけにはいきませんからね」

 

 二人は小さく笑い合い、そして別の方を向いた。

 

―――フローズは、全王へ。

―――アリシアは、勇者の方へ。

 

 

「勇者様」

「うん…………僕も、彼女達の決心を否定したくない」

 勇者も頷いて、アイスを担いで他の仲間達と後退を始める。

 

「―――だから、皆死なないでくれ。生きて帰ったら何でもしてあげるから」

 そう、言葉を残して。

 

 

 

 

 主と勇者達の消えた氷の城で。

 六人の魔王の副官が、全王と対峙した。

 

 全王は不快とばかりに眉を寄せた。

「フローズ………………お前はもう少し賢いと思っていたが、見当違いだった様だな」

 

 いつもの無表情に戻ったフローズは、淡々と返す。

「えぇ。その節穴では碌な判断も出来ないでしょう―――というか視界に入るのも不快極まりますので逸らしてもらえますか?」

 

――――――おぉ、過去一番に冷たくて厳しい。

 元同僚達は内心でそう呟きながら、小さく笑い。

 

 全王へと、向かっていった。




シリアルはどこ行った!
ギャグじゃなかったのかこの作品!
作者を呼べ!誰だよ作者!

―――はい私ですごめんなさい。


目を通しましたが誤字脱字あれば報告願います。


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7話

 俺の名前は『レクス』……皆からバカにされている男だ。

 

 少し名前のある貴族の生まれで、氷魔法に適性があったらしい。

 

『―――お前は本当に俺の子か?』

『―――本当に、顔だけしか取り柄のないの子ね』

 

―――だが適性があっても才能はなかった。

 

『おまえきぞくだろ?ならきぞくどうしで遊べよ?』

『おまえみたいな能無しと遊ぶと、家の名前に傷がつくんだ。悪いな?』

 

―――そして人望もなかった。

 

 同じ貴族でも魔術の上手く扱えない俺を見て嗤う奴等。

 貴族だからと蔑む奴等。

 

 言葉で知る前に『孤独』を理解した。

 

 だから、いつからかわからない。

――――――期待するのを辞めたのは。

 

 

 そんな中で、俺が一人氷の結晶を作ろうと奮起していると、声がかかった。

 

『ねぇ、一緒に遊ばない?』

「っ」

 

 彼女はだれだったか、どんな名前だったか。

 

 

 あぁ、勿論覚えているとも――――――

 

 

 

 

 

「………おはよう、レクス」

目を開けると、そこには柔らかい笑顔を向ける彼女がいた。

 

「…………大きくなったな、アリシア」

 

 俺は、彼女の名前を呼ぶ。

 時間は経ったが、間違える筈の無い。

 

 アリシアだ。

 俺の人間の頃の唯一の後悔が、そこにはいた。

 

―――勿論、驚きはある。

 だが、何故だろうか。

 勇者との一件から薄々と、どこかで出会うとは思っていた。俺も会わなくてはと思っていた。

 

 まさかこんな形で、しかも勇者一行の一人とは思わなかったが。

 

 首だけで右を向けると、勇者の姿が見えた。

 

 

 

―――んん?

 

 やけに見覚えのある顔に、俺は少しだけ目を剥く。

 

「っ……そうか、お前だったのか?」

「う、うん―――あんまり驚かないんだね?」

「そう………だな。むしろ、納得したくらいだ」

 

 彼ならば成程、納得できなくもない。

 あの目に高い志、むしろ勇者としてこれ以上とないほど適任じゃないか。

 

―――若さを除いて。国がこんな少年に人類の存亡を任せるとは中々に酷だと思うのだが。

 

 そんな事を思っていると、

「あー、いや。そっか、それだけじゃないんだけどね……」

 勇者は俺を見てどこか気まずそうに笑った。

 

「ねぇ、ちょっと?」

 俺の顔を掴み、グリンと自分の方に向けるアリシア。

 

「―――勝手に名前変えて、離れて、久し振りにあってまさかそれだけな訳ないよね?」

 

―――アリシアの表情が怖い。

 

「私に何か、言わなくちゃいけないことがあるんじゃない?」

「………そうだな、とりあえず―――」

 俺は彼女の目を見ながら、何か期待する様な顔をする彼女を見ながら。

 

「――――――とりあえず、鎖を解いてくれるか?」

 

 そう言った。

 俺は今。体が癒えた代わりに、鎖でミノムシのように巻かれているのだ。

 

 指一本すら動かせないぞ?お前達を待っているときのフローズの縛りですら手首は動かせた。

 だから抜け出せたのだが。

 

 確かに再会は喜ぶべきだ。

 だが一先ず、現状の理解を―――待てアリシア?何故笑顔でそんな目が出来る?一体、何を―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と言う訳なんだ………聞こえてる?アイスさん?」

 

「あぁっ、勿論ゴフッ!聞いてガハッ!いるぞ……ついでにさん付けはするなグホッ!部下ならバハァッ!まだしもむず、痒い」

「ふん!ふん!ふん!ふん!」

「そ、そう?というかよく返事しようと思ったね………?」

 

 俺は勇者から自分が気絶していたときの流れを聞きながら、未だに外されない鎖によって宙に吊るされ、アリシアの拳を無抵抗で受けていた。

 

―――要はアリシアのサンドバッグになっていた。

 

 なんでも、アリシアは勇者一行の治癒師らしい。

 成長したものだ、昔は擦り傷とかを作られてよく治してもらったものだ。

 作ったのも大体アリシアが原因だが。

 

「しかし」

 

―――それにしては、おかしい。

 

 治癒師の威力じゃないんだが?殴られる度に変な声出るし、完治していた筈なのに既に治癒してもらわないと闘いに戻れる気がしないレベルで今の俺は負傷しているんだが。

 

 

 治癒師を呼べ、治癒師は誰だ。

―――アリシアじゃないか。

 

 つまり癒せるか否かは彼女のさじ加減と言うことか。

 そうか成程。

 

――――――俺は全王に怒りをぶつける前に死ぬかもしれない。

 

 

 

 既に他の勇者の仲間達はこの光景を見て引いているしな。

 

―――というか見るんじゃない。全王に負けた挙げ句鎖で拘束されてサンドバッグにされる魔王とか前代未聞どころか歴史に残るわ。

 

 言い伝えるなよ?重要な書物として国の奥底に眠らせるなよ。恥ずかしいからな。

 

「……しかし、これから全王をどうするかだな」

 仮にも魔王の副官といっても、相手は全王だ。

 早く援護にいかなければいけない。

 

「とりあえず私に謝るという選択肢はないの?泣くよっ!?」

 アリシアがそう言いいながら、右ジャブを放った。

 中々に深く刺さり、鎖ごと俺のからだが大きく揺れる。

 

「――――――グファ!……謝らないさ、それはまだ後の話だからな」

 

 俺の言葉に、アリシアは怪訝な顔をした。

「……どういうこと?」

「先ずは、フローズ達を助ける……アリシア、お前と話をするのは、その後だ」

 

―――アリシアと向き合うからには、まずは己のすべき事を終わらせなくてはならない。

 俺は彼女に謝らなくちゃいけないことがある。

 だが、今ではダメなんだ。

 

 でないと、俺はちゃんと謝った気がしない。

 

 勝手と思われるかもしれないが、これはけじめだ。

「……だから、待っていてくれないか?今度は必ずお前の前に現れる」

 

――――――全王(・・)に負け、結界を守る役目が無くなった俺は、既に氷の魔王ではない。

 それに、全王から押し付けてきた喧嘩だ。奴から非難されるいわれはない。

 

「俺は………全王を倒す。これは俺の背負った業だ。今度は勝つ、必ずな……!」

「手伝うよ、アイスさん」

「―――勇者?」

 

 決意した俺に、似たような表情の勇者が一歩前に出た。

 

「勇者なんだ。こんな所でへこたれて手柄を持っていかれたら格好つかないからね…………それに―――」

 

 一呼吸置いて、勇者は言った。

 

「―――それに僕は、勇者としてだけじゃなくて個人としてアイスさんを助けたい」

 

「!……………フッ、勝手にしろ。俺は魔王じゃないからな、お前に敵対する道理もない」

「今度、甘いものでも食べに行きましょうね」

「付き合ってやる……万能薬を用意しておけ、とっておきのがあるからな」

「はい…………え、どうして万能薬?」

 

 

 勇者は、そっと俺に向けて手を差し出した。

 俺はそれに、小さく笑って応える。

 

 

 

 

…………ガチャガチャガチャと、鎖が鳴った。

 

「―――――いや、その格好で言われても格好つかないからね?」

 

―――手が、伸ばせないんだが。

…………ジャラジャラと音を立てながら、未だに俺はミノムシ状態であった事を思い出す。

 というか一瞬でも忘れた俺が憎い。

 

―――いや呆れたように半目で見ているがアリシア、犯人お前だろ?わかってるからな、早く外してくれよ。

 

 しかし、全く外す気配がない。

 すると勇者が鎖を斬ろうと、剣を抜こうとする。

 

「―――あ、勇者様?鎖を斬ったら怒りますから」

 

 ピタッ。と勇者の動きが止まった

 

 

「…………勇者?」

 

――――――嘘だろう?嘘だよな?

 

「………僕は、アイスさんを応援します」

 そうか、それで?急にどうした?

 

「だから、だから。頑張って自力で抜け出して下さい!」

「―――おい言った側からへこたれてないか勇者」

 

 おい勇者、お前もか。

 そんなにアリシアが怖いか。

 

―――怖いかもしれないな。

 

 俺もさっきから殺しに来るような視線が凄く気になる。

 

 

「…………はぁ~」

 

 そんなアリシアは呆れた様子で、嘆息を漏らした。

「いくら勇者様がいるからって、レクスは一度負けたんだよ?」

「いや、まずこの鎖を外してくれないか?」

「勝つ手立てはあるの?」

 

――――――何としてでもこのまま行く気だなコイツ。

 いつからこんな頑固になったんだろうか。

 

 

 ならば、俺も全力を尽くそうじゃないか。

 

「……そうだな、俺は負けた」

 

 全王に言われた通り、全王の実力を示すかませとなった。

 

 氷属性は確かにかませかもしれない。

 しかし、これが運命ならば。

 

―――――かませだというのが運命ならば。

 

 

「………ねじ曲げるさ、運命を」

 

 

 ジャラジャラジャラジャラ!

 重い音と共に、鎖が地面に落ちる。

 

『っ』

 鎖を解くことが出来た俺を見て、目を丸くする勇者達。

―――実は先程の一撃で、実は指を数本動かせるようになったのだ。それならば魔術も使って問題なく解ける。

 

「―――必要なのは、少しの勇気だからな」

 

 手先は器用でな?昔から繊細な作業をして来たお陰だ。

 

 

 

 

 

「…………鎖じゃダメか、なら体を覆える拘束衣の方がいいかな―――」

 

―――何か物騒な言葉が聞こえた気がしたが、知らんったら知らん。

 

 あと早く治癒してくれないか、頼むから。

 一刻も早く戻らなくてはいけないんだからな?

 

 

 

 

 

「あ、終わりましたよ?」

 

―――一刻も早く戻ると、そう言われた。

 

『いや、勝つんかいっ!!!!』

 

 思わずその場にいた全員が叫んだ。

 

 俺に関しては少し既視感を覚えてすらいた。

 叫んだ事によって、フローズが俺の存在に気付き顔を赤らめる。

 

「アイス様!無事だったのですね?」

「フローズ………お前こそ無事なんだな」

………何故だ、嬉しいのに素直に喜びにくいな。

 

 これは、あれだろ?

 絶体絶命のピンチ状態のフローズを俺が助ける的な場面―――多分ピンチまで待てねぇな、危ないだろうが。

 

というか俺は負けたんだが?散々格好いい事言ってキメてきたのにお前らが勝ったら格好悪くなるだろうが。

 

―――言えるわけがない。

 

 既にフローズ達は俺の時間稼ぎのために満身創痍の状態だ、それを否定するような状況を求めるのは間違っているだろう。

 

 しかし、なんだこの虚無感。

 

「その、大丈夫なのか?不利になると俺とかに化かされたり……」

「してきましたよ?」

 

 うん?そうなのか?

 であればその傷は―――

 

「―――なので余計にやってしまいました。アイス様を模すなど許される所業じゃないので」

 

………………へぇ?よし、深く考えるのはよそう。

 なんか戸惑った俺がバカみたく見える。

 

 他の副官達も勇者の元へ駆けていき、勇者もまた明るい表情で彼女達を迎え入れた。

 

「皆!無事だったんだね!」

「勇者様」

「強いのは知っていたけど、心配したんだよ!?少し複雑だけど、まさか勝てるなんて……!」

「勇者様」

「……んん?」

「勇者様」

「は、はい………え、どうしたの皆?顔が怖いんだけど?」

「勇者様、覚えていますよね?」

「えっと…………ごめん、何の話かな?」

「とぼけなくてもいいんですよ?私達はそのお陰で勝てたと言っても過言じゃないのですからね」

「脳内で録音してあるよ~」

 

 彼女達は口を揃えていった。

『生きて帰ったら何でもしてくれるのでしょう?』

 

 

「………あっ」

 

 ようやく思いだしたように、勇者はか細く呟いた。

 何か約束事をしていたようだ。

 

『言いましたよね?』

―――しかし、既に弁明も撤回も許されないだろう。

 聞く話でも彼女達は生き残り、あまつさえ結果を残したのだから。

 

 

 

「………良心の範囲でお願いします」

 勇者としては、手柄もなくかなり複雑な心境だろうが。

 

 

「しかし本当に、よく倒せたな?死骸はどこだ?」

「あちらに………正直見たくもないですがね」

そういわれて指をさした先には、全王が氷浸けにされている姿があった。

 

 

「―――っ」

それをみて、俺は息を呑んだ。

全王は倒されている、それは確かに確認した。

 

「フローズ」

「はい、何でしょうかアイス様」

「構えろ」

「はい?」

 

だが、それはおかしいのだ。

 

全王を倒したのならばそれが、

―――人の容姿である筈がないのだから。

 

『見事だ。魔王に引けを取らない、副官には惜しい実力だな』

 

―――すると、城中に全王の声が響く。

 

 突如、氷の結晶に亀裂が入る。

 

『アイスも、勇者も誇れ。お前らの従者は素晴らしい』

「……!」

 

 パリィィィン………!!

 その亀裂は大きくなり、ガラスの割れるような音と共に結晶が砕け散った。

 

 キラキラと氷が光に反射しながら、全王が姿を現した。

 

 そこには、先程の人間だった全王の姿はない。

 竜の様な鋭利な爪と牙、体はさらに一回り大きくなり、

 人の面影など全くない、異形の姿。

 

『だが―――喜ぶには、まだ早い』

 

 驚く彼等を見て楽しむかのように、全王は口角を上げた。

 

『まさか、今日だけで二回もこの姿を見せるとは思ってなかったぞ』

「第二形態……!?」

勇者が目を丸くする。他の奴等も同様だ。

 

しかし、あの姿と一度闘った俺は一歩前に出る。

「全王」

『もう、様は付けてくれないのだな?』

「当然だろう?お前はもう倒すべき敵なのだからな……」

 

普通なら会話もせず、襲うのがセオリーかもしれない。

 

「―――だが、一つだけ言わせてくれないか?」

『………?』

 

 力をくれた事には感謝してる。

 だが俺をかませにしたこと、城を壊したことは許さん。

 

―――何より、部下に手を出したことは絶対に許さん。

 腸が煮えくり返りそうだ。だから油断も余念もなく倒す。

 

………だがその前に、この状況だろう?

恩も無くなったのだ。

 正直前々から思っていた事を戦う前に吐露しても構わないと見た。

 

 

俺はかつての主へと言い放った。

「全王って―――かませ以下だよな?」




行くところまで行くかぁ(心の声)
アイス様復活しました。

そしてネカフェで書き上げた作者も復活。
やれば出来るもんですね。


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8話

遅れてすいません。

それにしても、アイス様が来たらどんなシリアスもコメディになるという不思議。


―――全王。

 全ての属性魔術を使え、使える魔術の質も高い。

 永く世界を支配し、六人の魔王を従わせ各国の統治を任せている。

 

 

『…………何だと?』

 

―――そんな相手に、俺は言ったのだ。

 まぁ普通にイライラしているし、先程の戦闘で立場による拘束も無くなったから言える事なのだが。

 

「かませ以下と言ったんだが?都合のいい事だけしか聞こえないのか?飾りかその耳は」

 勝手に語気が強くなるのを感じながら、俺は言った。

 

 確かに今の全王の耳は飾りではないかと思うほどに鋭利に尖っているが、使えなかったら本当に飾りだぞ?

 

 すると全王は怪訝な顔をした、様に見えた。

『まさか、言葉で倒すつもりかアイスよ……?』

「違うが?思ったことを言ったまでだ―――というかそもそも変身なんかするなよ、それはどちらかというと中ボスか序盤の奴がやるべきだろうが」

 

 すると、全王は鼻で笑った。

『は………嘆かわしいな、言い訳か?現にお前を追い詰めただろう?』

「だから弱いと言っているんだがな?変身しなくては俺程度も追い詰められないのか?」

 

―――もっとあったろう?やり方が。

 

 一属性では確かに脆いかもしれないが、二属性合わせれば強くなると思われる。

 

 例えば火に風を乗せて炎熱の竜巻を起こしたり、雷と闇ならば光と闇的なアレが出来るだろうに。どれだ。

 

 見た目が派手じゃないか、しかも強いじゃないか。考えるだけで十年は過ごせるだろ、それは俺だけか?

 

 そして、それが全ての属性が使えればどうなるか?無限に近い戦闘パターンが生まれて、戦闘でもパターンが掴めずに相手にペースも取られないだろうに。

 

 楽しいだろうな、羨ましいばかりだ。

 

 

―――なのに全王の奴は何をしていた?変身ばかりだと?ましてや火でも雷でも氷でも闇でもなく変身だと?

 

 何しているんだバカだろう、バカだこの全王。

 

 俺と闘った時も単品ばっかりだったしな?

 呑み込む闇に、目映い光に、業火の炎に、真空波の風、個々でも確かに強いがもっと複合しろよ。

 

 正直戸惑いながら戦ってる間にイライラしていたぞ?

 全王になって勇者が来ない間何をしていた?

 

 求めろよ、強さを。

 部下もいないのだから時間もあっただろうに。

 

…………まぁ威力は確かだし世界を統べる全王だ、この場でこれ以上無駄に強くなられても困るので、現状は俺達としてはラッキーではあるのだが、正直煮え切らないというのが本音だ。

 

 

―――俺の口、もとい愚痴は止まらない。

 

「というかだな全王……何だその姿は?」

 俺は第二形態の全王に向けて指をさす。

 

『何だ、だと?これは我が本気を出すときの姿だ。戦闘に特化し魔術の威力も上が―――』

 

「全っっっ然格好よくないんだがどうした?」

 

『っ』

 全王の三つある目が全て見開いた。驚いたのだろう。

 

「何だ、その年端もいかない少年が考えたような見た目は?強いもの合わせれば強くなるとでも思っているのか!?狙ってその姿か?だとしたら発想も少年並みで呆れたものだな、相性や特性を生かしたやり方があるだろうが!」

 

 もういっそこの際、全部言ってしまおう。

 

「そもそも、第二形態とは何だ?『二』とはなんだ?負けること前提か?」

『っそうではない。先ずは様子を見て、本気を出すに値する相手ならば……』

「それで人型で負けそうになり焦って変身した方がどう考えても格好悪いだろうが―――『あ。やべ思ったより強いなコイツ、次の形態いくか』とかおかしいだろ……!それに命をかけて本気で臨む相手に失礼だ、せめて最初からその姿でいくべきだろうが!」

 

 思わず声を荒げてしまったな。

 反省しよう、後悔は微塵もしてないが。

 

『っだがアイスよ、貴様はこの姿で負けただろう!』

「そりゃあ……急に『やるな、我の本当の実力を見せてやる!』とか言ったと思ったらそんな姿になられれば誰だって戸惑うだろうが、しかもその姿から変身するなよ色々台無しだろう」

 錯乱させるのが目的ならば確かに困惑したが、恐らく意図していたものとは違うだろう。

 

『ぐ、ぬぅ!』

 

―――まぁ、何が言いたいかというとだ。

 

「己の可能性を放棄してその癖変なところで慢心する。そんなのは余裕がなくてやり方を選べないのと同じくらい恥ずべき事だと思うのだが?」

 

『………』

 全王は、とうとう黙りこんでしまった。

 

「それとも何か?まだ続きの形態があるのか?第五くらいまでいくのか?ならばネタは切れないようにするのはわかるが、それはそれでどこまで本気を見せる気なんだ全王よ?」

 

『……』

「氷属性にかませとか云々言う前に必要なことあるだろ、全王。宝を持ち腐るどころか捨ててるぞもはや」

 

『…』

「嘗めているのか?嘗めているんだな?散々かませ扱いした割にはやってること言ってることが救いようもなくかませているぞ。当て馬にもならないんじゃないか」

『………言うじゃないか?』

 

 ようやく口を開けた全王は、恐らく青筋を立てたのであろう、皺の増えた怒りの形相で俺を睨む。

 

 

『―――全身全霊で殺してやる』

「―――それ以上喋るな、余計に弱さ(かませ)が露呈するからな」

 

 俺は飄々といいのけて、そして構えた。

 さぁ、始めようか。

 

 どちらが真のかませか、その決着をな――!

 

 

 

 

 

 

 

「いや、僕の出番はぁっ!?」

 

―――俺たちの間に入るようにして、勇者が吠えた。

 

「違うよね!?この空気おかしいよね!?普通なら僕がアイスさんの立ち位置だよね!?もしくはアイスさんと協力する流れだったよねっ!!」

 

 全王と俺は必死な勇者を見て。

「『………』」

 

 少し間を置いて、視線を逸らした。

 

「………お前が出る幕じゃない、下がっていろ勇者。俺がやる」

「いーや完全に忘れてたよねなんなら全王も!?ちょっと誤魔化したよね今!というか全王倒されたら既に出る幕が無くなるんだけど!」

「時間なら稼いでやる、体力も削ってやる……その間に奴のパターンと弱点を見抜け。だから待っていろ、お前はトドメのために温存するんだ」

「えぇ………トドメだけをもらうとか納得できないんだけどなぁ」

 

 勇者は半目で俺を見る。

 しかし、時間稼ぎか。ならば。

 

「―――別に、あれを倒しても構わないんじゃないか?」

「何言っているの構うよそれ本末転倒!ダメだから倒しちゃ!アイスさんが言うと現実味ありすぎちゃうからね!?」

『おい』

「世界のためなら、全王は倒すべきだろう?」

「正論だけど納得できないかな!?勇者!僕これでも勇者なの!それにこのときの為に装備も揃えて、沢山万能薬も買ってきてるんだよ!?」

 

―――それ多分、元を辿れば俺の金なんだが。

 

「「っ」」

 俺と勇者は反射的にその場から飛び退く。

 

 先程までいたそこには、まるで鞭に抉られたような床と、全王から放たれていた触手が動いていた。

 

『もういい、無駄話は終わりだ!』

 

 その声に合わせてさらに全王から触手が増え、俺達を襲う。

 速度はかなりのものだが、俺も勇者も対処できないほどじゃない。俺は触手をいなし、勇者も剣で応戦する。

 

 

「な……っちぃ!」

 するとその触手の何本が俺達を通り過ぎ、後ろにいるフローズ達に向かった。

 

 彼女達はまだ回復中だろう、防げるかはわからない。

 俺は舌打ちして振り向く。

 

 パンパンパァン!

「っ」

 

 俺は乾いた音と共に、伸びた触手が全て跳ね上げられたのを見た。

 

「……後ろは、任せて」

 

 アリシアだ、彼女が触手を蹴り上げたのだ。

 既に他の面子も回復しているが、まだ完治という程ではなさそうだ。

 

『バカな!?その触手には属性魔術がかけられて――』

「全部癒したけど?」

『っ』

「え、当然でしょ。私治癒師だよ?」

 

 なにいってるんだコイツ的な目で全王を見るアリシア、それを見て俺はふと勇者の方を見る。

 

―――勇者、アリシアはいつもあんな感じなのか?治癒といい、蹴りで出せる音じゃ無かったんだが。

―――うん。大勢で来られたときの後衛は、彼女が自分と仲間を癒しながら闘ってるかな。

 

 目線を送ると、乾いた笑みと共に目線が返ってきた。

 アイコンタクトはできたんだが、残念ながら俺の解釈だと、上手く伝わってない様だ。

 

―――治癒師の仕事じゃないよな?癒しながら闘うって何だ、もしそうなら敵からしたら恐怖でしかないじゃないか。

 

「まぁ。とにかく、後衛は任せて大丈夫なんだな?」

「みたいだね」

「ならば、いいのか。気兼ねなく戦える」

「そうだね。僕も」

 

 勇者は言葉を紡ぐ。

 

「仲間のお陰で、本気を出せる」

「っ」

 

 俺は一瞬だけ目を丸くする、なんと勇者の持つ魔力が淡い光となって、勇者を包み始めたのだ。

 

「それが、お前の奥の手か」

「……うん。でも攻撃として放てるのは一撃だけ」

「一撃だけとは、不便だな」

「確かにそうだね、この技はミスをしたら反動もヤバくて確実に当てなくちゃいけないんだ」

 

 徐々に強くなる光と共に、勇者は自信に満ちた表情で言った。

 

「今なら、確実に当てられるよ」

 

「お前……今初めて勇者らしいことしてないか?」

「うんそれ以上言わないでくれないかな?お願いだから」

 

 小さく笑った勇者は駆ける。

 全王の触手を左右に跳んで避け、その速度を緩めることなく距離を詰める。

 

 大きく横に薙がれた触手を前傾になって避け、その起き上がる反動と共に一撃を放とうとする。

 

「っ」

『なめるなよ、勇者が!』

 しかし全王は、それを予期していたとばかりに身の回りに触手を構えていた。

 俺も援護しようとするが、勇者も既に剣を振った動作からでは、回避のしようがない。

 

 無情にも絞られた触手は放たれる。

 

―――間に合わない、誰もがそう思った瞬間。

 

 

「………あっ」

 つるんっ、と。

 

 間抜けな声と共に、勇者は横に転んだ。

 すると仰向けに伏せるようにして触手は回避され、さらに剣は手から溢れた。

 

『っ!あぁぁぁ!!!』

―――全王は目を剥き、叫ぶ。

 

 眩く光輝く勇者の剣は一回転して、丁度全王の胸部付近を切り裂いたのだ。

 

 顔を上げた勇者が、呟く。

 

「………ま、魔殺光斬(まさつこうざん)?」

 

―――恐らく、技の名前だろう。

 疑問符なことは、触れないのが優しさだ。

 全王の体を、勇者の放った(疑問)光の剣撃が呑み込む。

 

 光がおさまった頃には、全王は地面に伏していた。

 

 

 俺は勇者を起こすと、勇者は力が入らないのか重心がこちらに傾く。

 

 ありがとう、と言った勇者に、少し気まずく詫びた。

「その、悪いな?氷の床、滑りやすいからな……」

「わざわざ言わないで……余計に恥ずかしくなるから」

 

 俺の言葉にさらに勇者は顔を赤くした。

 だが、これで終わりだろうか。

 

「倒した、のかな………?」

「おい?」

 

―――なんだろう、凄く嫌な予感がする。

 

 

 全王の死体が、ボコボコと隆起し始める。

『ぐ、あ……ォォォォ!!!!』

 

「っ」

「えっ!?」

 咄嗟に俺は勇者をアリシア達の方へ突き飛ばした。

 同時に、俺の体に触手が巻き付く。

 

「ぐっ……!」

「レクス!」

「アイス様!!」

 アリシアと、フローズの声が聞こえた。

 

『オォォォォ!!!』

「やれやれだ。まさか……本当に次の形態があったんだな…!」

 大量の触手に強く縛られて思わず苦悶の表情になる。

 

 目の前には、もはや輪郭すら掴めない全王だったモノの姿があった。

 まるで、粘液から触手が生えているような怪物。

 

 形態というより、暴走に近いだろう。

 

『グ、オォォ!にんげん、かませ、ごとき、が!!この世界ゴト、お前達を道連れにしてヤル!!』

 既に知能が無くなりかけているのか、言葉が途切れ途切れになっている。

 

「………いや、その発言はアウトだろう?」

 

 本当にかませ以下だぞ、全王。

 

―――だが、これは都合がいい(・・・・・)

 俺は小さく笑って、言った。

 

「ならば、離すなよ?」

 

………直接触れている方が、早いからな。

 

「聞こえているか?お前は、俺の城を壊し、俺の信頼を裏切り、かませにもなれない発言と行動をした。それは許そう、俺は許す」

 

 力を与えてくれた事。

 本当にそれは感謝しているんだ。

 

「だが―――俺の部下に手を出すんじゃねぇよ」

 

 だから世話になったな、全王。

 

 

……全王を、いや俺を中心にして空気の水分が凍り始めた。

 

 城の空いた穴から射す太陽に反射してキラキラと輝き、まるで、宙に宝石が舞っているかのような光景に包まれる。

 

 例え全王が何形態あろうが、自爆しようが。

 

 

―――細胞一つ残らず凍らせれば全て無意味だ。

 

 そうだろう?

 

 

「っ全員、急いでアイス様から離れて下さい!!」

『ッア?』

 流石というべきか、全てを理解したフローズが叫んだ。

 全王も何かを察したようだが。

 

……もう、遅い。

 

 

 全てを凍らせる俺の奥の手。

 俺は、一気に持てる魔力全てを解放した。

 

 

 

絶対零度(ゼロ・ムーヴ)




また稀少な全王勢には素直に謝ります。
全王は、かませ兼当て馬でした(今更)。



次回、最終回です。
いつになるかなぁ………(ボソッ)


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最終話

昼なのに深夜テンションという矛盾。
待たせたな(某ビックボス風)


………俺は、静かにその場に降りた。

 全王だった氷像を背中にして、勇者達の方を向く。

 

「終わったね」

「あぁ」

 

 勇者の呟きに、俺は首肯する。

 

 達成感は、正直あまりない。

 むしろ、大きな肩の荷が降りたことで虚無感すら感じていた。

 

 もう、かませでは無いだろう。

 言った本人である全王を倒した今、それを悩む必要もない―――のだろうか?

 

 待て、冷静になれ。

 ぶっちゃけて俺よりかませだった全王だ。

 俺は、氷属性はそんな奴にかませと呼ばれていたんだよな、それはある意味由々しき事態なのでは?

 

 かませがかませでかませているからかませられて――?言ってるんだ俺。

 

「アイス様」

 俺をフローズが、静かに俺を呼ぶ。

 

「すまないが今かませの迷宮に行っているから待っていてくれないか?」

「何を言っているのですか?それに多分抜け出せないかと………ではなくて。見てほしいものがあります」

 

 見てほしいもの?

 フローズが城の出口の扉を開けると、そこには。

 

「っ………!」

 

 視界一杯に俺の部下が、俺に向けてひざまづいていたのだ。

 そして目を見開いた俺の手を、フローズはそっと取る。

 

「アイス様、真なる私達の王よ」

 

 そっと俺の手を額に当てて、そしてひざまづいた。

 

「―――どうか、お導き下さい」

 

 

 

「…………」

 俺は、黙りながら部下達の姿を見る。

 流石にこの状況を理解できないほどバカではない。

 

 

―――さて、どうするか。

 

 コイツらは、主を求めている。

 全王という枷がなくなり、同時に全王を守る魔王という役目も終えた俺に、その役が回ってきたのだ。

 

―――しかも部下を見るときに『祝・脱かませ!おめでとうアイス様!!』と書いてある垂れ幕がチラリと見えたんだが。

 

 これは、あれか?

 俺が魔王になったと決めた後に見せようとして隠しているのか。隠れてないんだが。微妙に見えるから二度見したんだが。

 

 それに気付いたらなんか断りづらい感じになったじゃないか、断ったら垂れ幕どうすんだよ。まさか狙ったのか?

 

 

 だが。

 

「―――顔を上げろ。嘗めているのか?お前ら」

『っ』

 顔を上げた部下達が息を呑む。

 

「俺がそこまで自分の事を蔑ろにして、いくら可愛い部下とはいえお前達に尽くすとでも?」

 

 静まり返った城に、やけに反響する俺の声。

 

「―――自由になったんだぞ?全王に従う理由ももうない、別に領土を統治する必要もない。そして、お前達を導く必要もないんだ………なんならお前達だって俺に付き合う理由はもう無いだろう?自由に生きることを放棄して、魔王の座を降りようとする俺に付いてくるのか」

 

 部下達の目を見る。

 濁りなどない、真っ直ぐな目だ。

 彼等の中での答えなど、もう決まっていたようだ。

 

 それを見て、俺は笑った。

 

 

 

「―――お前ら、酒と料理出し宴会の用意をしろ。倉庫からありったけ出せ」

 

『アイス様!!』

「………アイス様!」

 全員の表情が明るくなるのを見て、自然と口元が緩む。

 

 まぁ、付き合ってやるさ。

―――お前達が付いてきてくれるならな?

 

「今日はとことん騒ぎまくれ!だがその垂れ幕の『かませ』という文字は消すか見えないくらい小さくしろ!なんか縁起が悪いからな!」

『はい!!』

 

 いそいそと宴会の準備を始めた部下達を見ながら、ゆっくりと後ろを振り返る。

 

 

「……」

 そこには、神妙な顔をした勇者がいた。

 

―――まぁ、当然だろうな。

 

「勇者、そういうわけだ。俺は再び魔王となり、そしてお前達の敵になる」

「えっと。アイスさんは僕達を、人類を脅かすのかな?」

 

 その言葉に、俺は呆れたように笑った。

 

「まさか?お前らから来ない限りは何もしない。俺は自己研鑽に励む………もう誰からもかませとは呼ばせない。部下が誇りに思える最強の魔王になってみせる」

「…………そっか」

 

 勇者は一人呟くように言った。

 

 俺の憎しみや恨みは水に流す事はできない。

 だが自分から危害を加える気もない、もはや勇者達のような奴ら少数を除いて、関心も無いに等しいのだから。

 

 勇者はそれを聞いて満足そうに頷き、そして顔をあげる。

 

「うん。なら、戦わないよ―――僕は勇者だから」

 

「?」

「人類と敵対しないなら尚更、その意向を示したアイスさんと戦うのは間違ってるよ……それでも倒せと国が言うのなら―――そうだね。僕は、勇者をやめる」

『……』

 

 その言葉に、その勇者の決意に満ちた表情に驚く者はいなかった。

 

 皆それとなく、勇者の人柄を理解していたからだろう。

 国の命令だからではない、人々のために本心から戦う者だと。

 

 敵も、味方も理解したんだ。

 

 

「そうか、ならば客人だな?宴会を楽しめよ。既に準備は出来始めている」

 その言葉に、勇者は少し申し訳なさそうに笑った。

「……甘えたいところだけど。準備しているアイスさんの部下を一度でも倒したのは僕達だよ?参加なんて、許されるはずがないさ」

「……そうか?」

 

 俺が指をさした先を、勇者は目で追った。

 

「―――ねぇねぇ、熱っつい食べ物無いの?」

「フレア、貴女この城を溶かすつもりなのかしら」

「いや~溶けないでしょ~?」

「肉も少し凍っているのか。私の竜ブレスで温めるか」

「消し炭に、する気?」

 

 そこには既にはしゃいでいる者達がいた。

 

「楽しんでるぞ?」

「―――いや一番気まずくなる筈の子達だよねあれ?気にしてた僕が馬鹿に見えるくらい溶け込んでるんだけどっ」

「俺に言うな。気まずくなるよりむしろ、同じ部下同士で魔王達の愚痴で盛り上がってる様にも見えるな」

「いやそんなに嫌われていたの魔王!?」

 

 本当、何をしてそんなに嫌われてたんだよアイツ等。

 

 そう思っていると、勇者の他の仲間達も少し戸惑いながらも食事に手を付け始めた。

 既に残っているのは勇者と一人だけだ。勇者もそれを見て乾いた笑みを浮かべる。

 

「まぁ、そう言うわけだ勇者よ」

「どういうわけさ………皆逞しいなぁ?僕には到底真似できないよ」

「とっておきの冷たくて甘いものを用意してやろう」

「………少し寄り道しようかな?」

 

 勇者は折れたようだ。

 やはり、甘味には弱いらしい。

 

「そうしろ。だが万能薬は用意しておけよ?」

「えっ………何で万能薬?」

 俺はポンと勇者の背中を叩き、客人として迎え入れた彼の背中を見送った。

 

 

 

 そして。残った一人へと、向き直る。

 

「―――アリシア」

 

 そこには、真剣な表情の彼女がいた。

 

 ―――全てが終わった。

 ならば、約束通り俺は謝らなくてはいけない。

 

「アリシア、俺は」

「もう。謝らなくていいよ」

「っ」

 アリシアの言葉に俺は目を丸くする。

 

「もう、許したから」

 アリシアはそう言って、笑った。

 

「っ………恨んでないのか?」

「恨む、かぁ。まぁ勝手にいなくなったのはショックだったし。片腕は無くなるし、魔王になったって聞いたときはボコボコにしようと思ったかなぁ」

 

 懐かしむ様に、アリシアはそう言った。

 

―――多分心変わりしなかったら死んでいたかもしれない。

 言えるわけもないなこれ、俺は空気を読める男だしな。

 

「でも、魔王になったレクスが生き生きしていたのはね。正直嬉しかったんだ」

「生き生き、だと?」

「うん。レクスが強いから倒そうとする勇者様達も強くなって、結果的に全王を倒した。それにたどり着く前の罠も魔物も凄く強くて難解で時間がかかった………けどそれはさ?レクスは恐怖じゃなくて、部下の魔物から本心から慕われていたんだって思ったんだ」

 

 アリシアは、一呼吸置いて言った。

 

「だから……だからね?レクスのした勝手は、良い勝手だったんだよ。レクスにとっても、世界にとっても」

「……アリ、シア」

「だからもう、謝らなくていいよ。私も少し大人げなかったかなって…………むしろ鎖で縛って殴ってゴメンね?言い訳かもしれないけど、私って昔からやんちゃだったからさ?」

 

―――昔から氷を砕いたり、荒れ狂う様な触手を足でいなしていたっけ?コイツ。

 

 そんな事を思いながらも、俺は感動した。

 

 決して殴られなかったから良かったとかではない。

 決してな?

 

「じゃあ!この件はこれで終わりだね!」

 

―――『人』の俺も、信頼されていたんだな。

 たった一人でも、孤独ではなかったんだな。

 

 だから彼女は、此処にいる。

 わかっていた筈だったが、どこか敬遠していた過去が、溶けていくような気がした。

 

―――ならば、胸を張ろう。

 後悔は、もうない。

 清算された過去もろとも、今の俺なのだから。

 

「なぁ、アリシア」

 俺が彼女の顔を見て、口を開けた刹那。

 

 

「だから―――私も勝手にしてもいいよね?」

 

 

「…………えっ?」

 

 

 

 

―――これは、変な話に聞こえるかもしれないが。

 俺。氷の魔王である俺が、全身に悪寒が走った。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

―――時は過ぎ。

 人間と魔物の住む世界は二分され、それぞれに国が出来た。人は人の国、魔物は魔物の国と。

 

 そんな、魔物の住む国の最奥の『氷の魔城』にて。

 

 

『魔物の王』である俺はふと、目を開けた。

 

「お目覚めですか?アイス様」

 そこには、フローズが覗き込むように俺を見ていた。

 

「………あぁ、昔を思い出していた」

「左様ですか。まだアイス様が若かった頃……」

「―――いや人間時間としてもそこまで時間は経っていないがな?なんだ若かった頃って?俺老けたか?」

 

「風格がついたといえば聞こえは良いかと」

「老けたことは確定なんだな?」

 

 俺は気分を一新すべく新たな城を創った。

 前回の反省点を生かした構造と罠を巡らせ、最近ようやく完全に完成した、既にあの頃から数年が経っている。

 

 成程、休み休み行った作業とはいえ部下は確かに疲労は溜まっているかもしれないな。休みを多めにやらないとな。

 

 正直な話、この俺も疲れている。

 

 

「そろそろ時間ですね」

 フローズはそう言って―――大量の鍵を取り出した。

 

 まぁ、俺の疲れの場合はもっと別なんだがな?

 

―――視線を下ろせば、足と手は手錠と楔。

 体は鎖によって乱雑に巻かれており、錠が付けられている。

 

 ドン!ガシャン!ジャラララララ!!

 フローズによって鍵が開けられ、とてつもなく重苦しい音と共に体が軽くなるのを感じた。

 

「それではアイス様、十分の自由を許可します」

「―――いやおかしいだろこれ」

 

 色々言いたい事が多いが、とりあえず何だこの状況。

 

「そうですか?」

「むしろ違和感を持つべきだろ。勇者直前よりも拘束されてんじゃねぇかもう囚人の類いの待遇だろこれ」

「魔王ですよ?ある意味城で囚われている様なものです」

「何てこと言うんだこの副官」

 

―――なんか、悪化する方向で凄い事になってないか?

 

 するとフローズは思い詰めたような顔をした。

「アイス様?私は昔のことで学んだのです」

「ほぅ?」

「アイス様の行動は予測不可。さらに自分が危険な目に遭ってもある程度ならば問題ないと考えるその発想。部下を思いすぎてたまにバカな事をする。それはアイス様のアイス様たりえる長所であり、そして短所でしょう」

「………誉められているのか貶されているのかわからないなこれ」

 

 俺の言葉を無視して、フローズは一呼吸置いた。

 

「私は気付きました―――ならばいっそ、私がアイス様の全てを管理すれば良いのでは?と」

「間違ってるぞ。そこだ、それが犯人だ」

 

「アイス様の一挙一動を監視して、何もないならば玉座にいていただく……そうすれば魔王としての体面を保てて、かつ監視と時間の制限により仕事も捗ることでしょう」

「副官に逐一把握されているとか体面も何もないだろ?というか俺の精神面にガンガン来るんだが」

 

 俺の人権、どこいった。

 そっと、フローズの肩に手を置く。

 

「いいか、フローズ……俺はな?お前達が無事ならそれでいいんだ。楽しく、それでいて最低限の抗力を持てればそれでいいと考えている」

「アイス様………」

「それに今や俺は『只のアイス』だ。魔王と言っても魔族を統括しているだけ、特に人に対して支配も侵略もしていないだろう?」

 

 すると、フローズの顔は少し険しくなる。

 

「ですが、人は我々に危害を加えてきてます。新たな勇者も、こちらに攻め入ろうとしていると情報が」

 

 そうなのだ。

 結局、例の勇者は仲間と共に勇者を辞めた。

 国は徹底的に魔物の断絶を目標としているらしく、そこに摩擦が起きたのだろう。新たな勇者も出てきた。

 

 魔物は人間をよく思っていない。

 そして人間もまた、魔物を恨んでいるのだろう。

 

 俺は少しニヒルな笑みを浮かべて、言った。

「それは長い年月によって出来た因縁だ。断ち切るにはそれこそ長い時間が掛かるだろう……」

 

――だが、不可能ではないと俺は思っている。

 俺は人間には関心はない、が。

 部下達の中にも少しずつ人間にたいしての認識が変わっている者達がいるのだ。

 

 それを否定するのは、上司として失格だろう。

 

 今はまだ無理だろう、争いは絶えない。

 だがいつしか、人間と魔物が手を取り合う日が――

 

「―――あ、いえ『魔物を倒せば金が手に入る』という噂が世界中に出回ったせいかと」

 キョトンとした顔でフローズは言った。

 

 

―――えっ?

 

 

「………そうなのか?」

「はい。反アイス様派の少数の魔物の暴走に対する防衛、勇者はアイス様討伐等。理由は他にもありますでしょうが主な原因はそれ()かと」

 フローズは指で輪を作りお金を示唆させる。

 

…………ほぅ?

 

 

―――魔物を倒せば金が入るだと?そんなバカな話が。

 フローズの言う感じだと素材とかじゃなさそうだよな、どう考えても現金で手に入ってる口振りだよな?

 

「なぁ、フローズ」

「はい」

「それ俺のせいじゃないか?」

「そうですね」

 

 やっぱり否定してくれないのかよ。

 というか火種を生んだの勇者対策してた時期の俺だったのか?言い方はあれだが命乞い目的でやったんだぞ?

 

 完全な誤算だ、金にがめつすぎるだろ人間。

 

「愚かな人間共め………!!」

 

 あれ、今の少し魔王っぽかったぞ?

 

…………魔王、そう魔王だぞ俺は!?

 

 ハッとして、俺はフローズに向き直る。

「フローズ、俺は魔王だ!」

「はい?今更ですねアイス様」

「そうだ。だから、やはり副官『達』に全てを管理されるというのはおかしいだろ?不本意だが命令するぞフローズ!この俺に対する扱いをだな―――」

 

「―――おや、もう時間になりましたね」

「嘘だろ」

 

 話しすぎた!クソ!

 俺は猛スピードで玉座から距離をとろうとする。

 しかし。

 

「アリシアさん」

「了解」

「グハァ!?」

 俺は背中から跳び蹴りをくらい前傾に倒れ床を滑る。

 

 アリシアだ―――結局のところ彼女は俺の元に残り、こうして俺が逃げようとした時に捕獲要員として働いている。一応副官という立場で。

 

 何度も聞いたが、彼女も『勝手』にしたのだろう。

 勝手にし過ぎな気もするが。

 

―――余談だが、最近気配を消す術を覚えたらしい。

 むしろ治癒師の存在の方が薄れてきている気がする。

 

 俺は足を掴まれ引きずられながらも、もがき抵抗する。

 

「や、やめろ!俺をあの玉座に座らせるのはもうやめろ!」

「低反発で冷房付き、枕も付いているのですよ?」

「性能の問題じゃない!飽きるわ!」

 

 四六時中玉座だぞ!?退屈死するわ!

 すると、フローズは笑顔で言った。

 

「―――アイス様、心より慕っております」

「いや慕ってる奴に対する態度じゃねぇだろ……!」

 

 アリシアも俺を見て嗤う。

「大好きだよレクス―――もう放さないからね」

「だから好いている奴に対する行動でもないだろ………!まて、最後に何て言った?」

 

 マズイ、このままだと殺されるっ。

 鎖と手錠で指先すら固定され縛られた挙げ句、延々と監視される!

 

―――一刻も早く、抜け出さなくては!

 なんか、かませよりも恐ろしい目に遭いそうな予感がする!

 もうなってる気もするがな!!

 

 しかし、これではどうしようもない。

 自由に動くことすらままならない。

 満足に甘味すら味わえないんだぞ!?なんだこの苦痛。

 

 

「う、おぉぉぉ!来い!早く来い!新たな勇者ぁ!!」

 

 

 

 

『いや氷の魔城攻略できないんだけどっ!!?』

 

―――俺の叫びに応えるように、どこかの勇者の嘆きが聞こえた気がした。

 

 FIN?




というわけで、本編完結です。
元々一話で完結予定だったのに……いや、本当に。

どうしてこうなった?というのが素直な感想。

評価数やお気に入りの数といい、ね?

百人行けば狂喜乱舞的な感じだったのに、もはや固まりますよこれは。
本当、忙しくも嬉しい日々をありがとうございました。

下手に長引かせて作者も読者もエタるのは嫌なので、かなり強引に終わらせました。

シリアスが多いのは本当に許してほしい。

言い訳します、内容考えるのに半日未満は辛い。
プロット無しでコメディ全振りはキッツイんじゃあ。
畳み掛けるに死刑宣告(通信制限)を受けますし。

だが評価が嬉しくて間隔を開けられないという勝手な使命感。

さてだれが悪い?私だ(自問自答)


現在は後書き(裏話的なあれ)を書こうかどうか悩んでいます。

といっても、実は内容を考えているときに全王様土属性説をだそうとしてたとかそんな下らないことダラダラと書くばかりなのですが。

番外編は待って(懇願)…………この場を借りて言うならば正直出すかも未定なんですが。
シヌ!シヌゥ!!シンジャウヨォォ!

長々と申し訳ないです。
評価・お気に入りをしてくださった方々、感想を送ってくださった方々、後感想で凄く真面目に氷属性(あと何故か土属性)の不憫さを考察してくださった方々。

お陰で大変恐縮ながら日間ランキングにも載れました!とても嬉しく!楽しかったです!
感謝しかありません!

では奇跡の半休貰った作者は寝ます!
本当にありがとうございました!


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番外編
本はエッセイが多いらしい


令和だー、わー。
なんかそんなノリで書きました(粉ミカン)

ちなみに今回の話の主な材料はとある有名RPG。


 初めまして、(わたくし)はレポートと申します。

 

 特に私の事に関しては深く載せる必要もないでしょうが、軽く自己紹介だけはしましょう。

 

 私は話題になったり、私個人が気になったことを自らの足を運び取材、その感想を素直に文面に書き、書物として皆様にお届けする、とまぁ言うなれば随筆(エッセイ)ですね、そんな仕事をしています。

 

 ライバルも多いですがたまに私の書いた本がどこかの本棚に置かれているので、是非一読を。

 

 

―――さて、最近私が気になっていることと言えば、全王の後釜として氷の魔王が魔物を統治したこと。

 

 そして、全王を倒した後に勇者様方が国との意向と合わず勇者を辞めた事の二つでしょうかね。

 

 残念ながら勇者様方は国からの返事も待たずに遠方に行ってしまったとしか話が出ていない為、所在がわからないから取材できないのです。

 

 全ての町や村を見て回るにはかなりの労力も必要ですしね。いつかこれについても記録したいとは思っているものの、気長に考えてます。

 

 

―――そんな訳で私、現在『氷の魔城』の外に来ております。

 

 

 まぁ、消去法というやつですね。

 防寒の対策は必須です、既に鼻が痛いですから。

 持ってきた荷物の殆どは見事に凍りましたよ、いやぁ困ったものです。

 

 

………え?魔物の国の最奥にどうやって行ったかですって?

 

 ハッハッハ、それは企業秘密ですよ読者様。

 万が一バレて真似でもされようならば私が職を失いますのでね。お約束ということにしてください。

 

 

 閑話休題。

 

 さてなんとですが今回、偶然にも氷の魔城で出会い『快く』私のインタビューに答えてくれる親切な方を紹介します。

 

 彼はこの土地にかなり詳しく、あまり知られていない氷の魔王をまるで血を分けた兄弟の様に理解しているという凄い人物です。

 

 流石に本名を聞くのは憚れたので、仮名なんですがご了承ください。

 

「―――紹介に預かった、通りすがりだ」

 はい、という訳で『通りすがり』さんです。

 

 しかし顔立ちが整っておりますね?普段何をされている方なんですか?

 

「何を、か………基本は自分の住処の奥で誰か来るのを待っているな」

 

―――成る程、無職ですか。

 

「果てしなく誤解なんだが」

 

 冗談ですよ、確かに無職ならばこのような場所―――しかも城の横穴(・・)から出てきませんからね。

 

 きっと勇者とは別に魔城に挑む方なのでしょう?

 最近ではとある施策(・・)もあったお陰で名声を得ようとする血気盛んな方々が多いと聞きますからね。

 

 それに素人の私でもわかるほど、雰囲気も只者ではないのですから。

 

「誉めてくれるのは良いんだが。とりあえず穴の外からどけてくれるか?」

 

―――それは私のインタビューが終わり次第ですね。

 

 ちなみに彼はその穴から顔を少し出しており、それを私がメモ帳片手に立って塞いでいる状況だったりします。

 

 

 いやぁ、快く取材に応じてくれて嬉しいですよ。

 

「……これ、ある意味脅迫より質が悪くないか?」

 

 彼はすごく複雑そうな顔をしました。

 しかしこちらも貴重な人材を逃すわけにはいかないのですよ。

 

 直ぐに終わるよう努力しますので何卒。

 

「………手短に頼むぞ。本当に」

 

 了解しました。

――ところでその横穴は貴方が掘られたのですか?

 

「あぁ、その通りだ」

 

 丁度大人一人が入れそうなサイズをバレずに、見事ですね?

 

「そうだろう?長い手間と食事を経てようやく完成した横穴だ。まぁ既に八つ目なんだが」

 

―――食事とは?

 それにしても、八つですか?確かに歩いているときにも似たような穴を数個見かけましたが……まさか全て貴方が?

 

「あぁ。戦略的撤退(にげだす)時にどうしても必要でな?どこからでも抜け出せるように作ってあるんだ」

 

 なんと、では正門からではなく魔城への出入りはこちらで済ませているのですね。

 

「基本的に出るときだけだが、まぁそうだな」

 

 素晴らしい!通りすがりさんは国から派遣された勇者とは別に、独自の方法で魔王の討伐のために外堀を埋めているのですね?

 

「埋めるというより空けているんだが……というか疑問なんだが、勇者達が来たとして何故正面の門からしか来ない?無駄に律儀じゃないか。その姿勢は評価するがロープなりを使って最上階まで一気にいく事を考えないのか?」

 

 どうやら彼は合理的に魔王の城を攻略しない勇者一行に、大分お怒りの様子です。

 

「いや早く来いよ、本当に………命が惜しくて慎重になるのはわかるが、待ち続ける魔王の身にもなってやれ」

 

 魔王の立場も考えるとは、中々に変わったお方だ。

 まぁ単独でこんなところにいらしているので今更な気もしますがね!

 

―――しかし、今の勇者の進度はかなり早い方ですがね?

 

 死んでも生き返りますから。

 

「―――は?」

 

 凄い顔をされてしまいました。

 あれ、ご存知ないのですか?

 

「何の話だ?」

 

 では、説明しましょう。

 

―――最近、教会が大きな施策を打ち出しました。

 多額の寄付金と祈りを捧げることで、一般人だろうと勇者だろうと、加護を得られるというものです。

 

「加護………それが生き返りか?」

 

 はい。寿命を除き、例え灰になっても生き返るのです。

 最初に納める額が額なのですが、一度払えれば気負うことなく魔王退治に臨めますよ。

 死ねば死ぬほど支払いが発生して財布は寂しくなりますが。まぁ命には代えられないというやつですね。

 

「死んでる時点で既に金に代えられてるんだが?」

 

 もしパーティーが全滅した場合は、一人だけ生き返らせられるらしいですよ。

 

「いや、せめてそこは全員生き返らせろよ。というか洞窟の奥とかで死んだらわからなくないか?」

 

 あ、いえ。その時は最後に祈った教会に強制的にワープさせられます。

 

「何だそれ怖。というかさっきから魔物側不利すぎないか?」

 

 確かに。

 教会も基本町や村には一つありますからね。

 本来であれば呪いを解いたりするのですが、教会も大分思いきった事をしたと思いますよ。

 

 むしろ何故今まで行われなかったんだと言われるほどの盛況です。

 

「………」

 

 既に今の勇者一行を含めて多数の者達が祈りを捧げていますよ?魔王討伐を目指すあなたも如何ですか?

 

 

「―――それは、ダメだ」

 

 俯いた沈黙から顔を上げ、かなり真剣な面持ちで彼はそう言いました。

―――穴から顔を出しているので、正直全く凄みは無いのですが雰囲気的に言いませんよ私は。

 

 理由を訪ねると、彼は答えました。

 

「……いいか?俺は別に命が大切だとか、かけがえのない何かだとか説教するつもりはない。ソイツの命だからな、勝手にすればいいさ」

 

 はい。

 

「―――だが。命は無限にあってはいけないと俺は思っている。それは己の命の価値を下げるからだ」

 

 ?………といいますと。

 

「人生は、一度しかないから輝く。生と死の存在が近くにいる、だから死を恐れて生を大切にするんだ。死を蔑ろにすることは、生への執着を失うのと同じなんじゃないか」

 

……………なる、ほど。

 

「次がある事は素晴らしいか?一見すると素晴らしいだろうな。やり直せるのだから、次に生かせるのだから―――だがそれが当たり前となれば、大変なことになるぞ」

 

 大変、とは?どういうことですか。

 

「言葉の通りだ。次があるからと、自分や他人の命を軽く見てしまう……そんな奴等がもし魔王を倒して、人類が世界を支配をして、それで平和になるのか?」

 

―――っ。

 

 彼の言葉に、私は目を丸くしました。

 

 違うのです、考え方の根本が。

 魔王を倒す倒さない。それよりももっと先を見て、大きな問題を人類は抱えてしまったのだと語るのです。

 

「きっと麻痺をする。いつか命の価値を見失うぞ」

 

 彼は、彼の目は。

 もっと別な方を見ていると私は感じました。

 

「無限の命は、死んだも同然なんじゃないか?」

 

――どこまでも先を見ている。

 

 そんな、器の持ち主だと。

 自覚か無自覚かは定かではないですが、きっと彼はとんでもないカリスマを秘めている。

 

 私は思わぬ大物との出会いに、思わず己の職務を忘れて聞いてしまいました。

 

―――貴方は、何者ですか?と。

 すると彼はフッと笑い、言いました。

 

「行ったろう?『通りすがり』さ………そろそろ本格的に避けてくれないか?見つかるかもしれないからな」

 

―――そういえば急いでいると仰っていましたね。

 見つかる、つまり誰かから隠れているのですか?

 

「秘密さ………だが魔王すら恐ろしがる存在だと言っておこう」

 

 なんと……!?

 私は驚愕しました。

 どうやら、氷の魔王の背後には更に恐ろしい存在がいるようです。

 

 まだ国が掌握していない、人類にとって最重要とも言える情報をこんな形で得られるとは思っても見ませんでした。

 

―――ひょっとして、その秘密を知ってしまったから『それ』に追われているのですか?

 

「いや、違わないわけでもないが違う」

 

 違うんですね。

 

「とにかく早く避けてくれ。急用なんだ」

 

 急用………?というか逃げようとしているわけではないのなら尚更何故?

 地図のマッピングが済んだとか、手持ちの道具が尽きたからとかですか?

 

「いいや?」

 

 眉を寄せた私が理由を聞いた時の彼の返答は、あまりにも意外なものでした。

 

 

「文通をしていてな―――昔の友人と、冷たくて甘いものを食べに行くのさ」

 

 

 

 

 

………彼の姿がいなくなった後も、私は彼が去った方を眺めていました。

 

 正直、彼を理解する事は出来ませんでした。

 まるで雲を掴むかのような感覚、しかし彼の質疑を応答する姿勢は長年取材をした私からすると誠実そのもの。

 

 つまり全くの嘘は感じ取れませんでした。

 逆にそのお陰でかなり困惑しているのですがね。

 

 

―――ですが、これだけはわかります。

 

 彼の言葉はまるで矢のように私の胸を射ぬいた事です。

 

 現在流れに乗っている教会の施策への危惧。

 そして氷の魔王の背後に潜む影の存在。

 

 思わぬ大量の収穫、これを僥倖というのでしょう。

 私は今回の事を踏まえて、人の命の大切さについて説く事にしました。

 

 これで出来る限りの多くの人が、命の価値を再確認する事を願います。

 彼は決してその施策を否定をせずに、そっと投げ掛けてきた疑問を。

 

―――無限にある命を得ることは、同時に命を失う事よりも大切なモノを失うのではないか、と。

 

 

 

 

 さて………今でも調査のために氷の魔城にはたまに寄るのですが、たまに悲鳴が聞こえます。

 

 男の人の、低い叫び声です。

 私はその叫び声を聞くたびに、彼の事を思い出します。

 

 私は再び、彼と会えるのでしょうか。

 

―――というか誰の悲鳴なんでしょうかあれ。

 

 逐一場所を確認しているので、今の勇者とは別な人だというのはわかるのですが。しかし結構な頻度で城から聴こえてくるので例の『生き返り』を利用している者なのは確かでしょう。

 

 

『彼』ではない事は確かです。

 

 あんな言葉を言える器を持つ人物が、生き返りの術を利用するわけが無いでしょうからね。

 

 だとしたら誰なのか……まぁ、きっと国のために氷の魔王に挑戦する、勇気ある人な事は変わり無いのでしょう。

 

 そんな人にも是非、私の感じたあの時の感動を教えてあげたいですね。

 

―――しかし、私は彼が何者なのか知る機会は来るのでしょうか。

 

 というより、再び会うことはあるのでしょうか。

 とても、気になりますね。

 

 年甲斐も無く、まるで恋い焦がれた少女の様な気持ちでこそばゆい気もします。

 

 

―――彼は今、何をしているのでしょう?

 

『著:レポート~氷の魔城の出会い~』から。

 

 

 

 

―――その、数週間後。

 

 

「ふむ。何度読んでもよく書けているだろう?まさかそんなに有名な著者だとはな。まぁ無傷で魔城の側に来れるのだから、戦闘は素人でも只者ではなかったのだろう」

 

「いや、うん………それで?」

「その後にお前と食事をして結局捕まってな?城に戻されて発信器を埋め込まれそうになったりして―――」

 

「あっ、うん。ごめんここにどうして来たか教えてくれる?」

 

「どうしただと?その書物が公布された今、もし奴等が手に取っていたらどうする?城に帰ったら何されるかわからないだろうが」

 

「既に手遅れな気もしなくはないけど………だから?」

 

 

 

「―――だから、暫く泊めてくれないか?」

「―――いや本当に何してるのこの魔王っ!?」

 

 

 どこかの辺境で、そんな声が響いた。




フカクカンガエタラマケダヨッ!ァァァァァ!!(壊れた)

読みにくかったらすいません。
しかし、どうしてこうなった。


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