でろりんの大冒険 (ばんぼん)
しおりを挟む

プロローグ

 『輪廻転生』

 

 誰しも一度くらいなら耳にした事がある言葉。

 

 『死んだら魂となって再び現世に舞い戻る』

 

 っていう概念。

 中には信じている人もいるかもしれない。

 しかしながら俺は信じていなかった。

いや、俺だけじゃなく大半の人は信じていないんじゃないか?

 だってそうだろ?

 七十億を越える人々の中に前世を覚えている!って人がいないんだぜ?

 もしかしたら輪廻は繰り返されているのかもしれないが、肝心の記憶が無いなら転生に意味は無い。

 輪廻転生とは死に逝く人に僅かながらの安らぎを与える方便…こんな風に考えていたんだ…自身の身におこるまでは・・・。

 

 俺こと″でろりん″には前世の記憶があるんだ。

 といっても産まれた直後から、前世の記憶を事細かく鮮明に覚えていた訳じゃない。

 物心が付き始めた頃からこの世界とは違う世界で生きた自分の記憶を徐々に思い出しており、8歳を迎えた現在でもフとした拍子に思い出す事がある。

 ハッキリ記憶に焼き付いているのは、巨大な建造物が建ち並ぶ街、魔法とは異なる電気の力に依って動く機械の数々、そして、殺風景な病室で死を待つだけの自分。

 これくらいだ。

 

 そう。前世の俺は、病室で両親に看取られながら死んだんだ。

 何を成すことなく、人生を楽しむ前に、十六という若さで前世を去った。

 

 正確な病名は覚えていない、多分知らされなかったんだろう。

 だけど最後の瞬間は覚えている。

 俺の手を握り締め泣きじゃくり、しきりに謝る母親の姿。

 

 「丈夫に産んであげられなくてごめんね、ごめんね」

 

 俺はそんな母に笑顔を向けたつもりだが、一体どんな顔が出来たのか・・・唯一の心残りだ。

 

 まぁ、前世は前世。

 完全に終わってしまった事をクヨクヨ考えても仕方がない。

 大事なのは文字通り″第2の人生″と成った現世をどう生きるか?、だ。

 

 短かった人生の断片的な記憶と言えど、前世の記憶が有るのは大きなアドバンテージだ。

 俺はこのアドバンテージを活かし、この″ドラゴンクエスト″に準じた世界で力強く生き抜いてやろうと思っている。

 別に大それた事を企んでいるんじゃないんだ。

 俺の目的を一言で言うならば、長生きする!

 ただコレだけの事。

 少なくとも、親より先に死ぬ訳にいかない。

 あんな想いは二度としたくないし、させたくない。

 

 そんな訳で自重する事なく鍛練に励んだ俺は神童の名を欲しいままにしている。

 元より高い子供の成長力に大人並みの集中力と理解力、更には素質もあった様で、初級の魔法なら全てのモノが使えるまでになっている。

 中でもイオ系とは相性がよく、8歳にしてイオラ迄使いこなし、最近では未来の勇者との呼び声まで聞こえてくる。

 

 成長途上の為、無理な筋トレは控えているが、たゆまぬ努力の結果剣術においても同世代じゃ敵無しだ。

 多少のやり過ぎ感は否め無いが、最近まで魔王なんちゃらが暴れ回っていたし、生き抜く為にも強くなるに越した事はないだろう。

 幸い、俺達家族が暮らす″アルキード王国″は大した被害を受ける事なく、なんとかって勇者が魔王の討伐に成功しているし、俺の前途は揚々だ。

 魔王が死んだ今、ドラゴンクエスト的に考えて暫くの間、少なくとも百年は平和な日々が続くだろうし、15歳の成人を迎える迄は両親の庇護の元でじっくりと鍛え、それから何をするか決めようと考えている。

 

 決して裕福では無いが、両親と姉に囲まれて暮らす現世の俺は幸せだと言える。

 

 一つ欠点をあげるとするなら、″でろりん″って名前だな。

 この世界がドラゴンクエストに準ずる世界であるといえコレはちょっとないんじゃないか?

 でも姉の″ずるぼん″よりマシか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 10歳になった。

 

 魔王の影響で狂暴化していたモンスター達も成りを潜め、人里を荒らすこともなくなってきている。

 平和に成ったのは良いことだが、平和に成りすぎた結果、修行に励み過ぎる俺に対して両親が良い顔をしなくなった。

 両親揃って「平和に成ったんだから無理をするな」と言ってくる。魔王が居たから俺の無茶な修行振りが容認されていたということだろう。

 前世において究極の親不孝を達成した俺としては、両親の言い付けを無下にする訳にもいかず、最近は野外での鍛練を控えている。

 漸く筋肉も付き始めたしホントはもっと素振りや模擬戦に励みたいんだけど、上手くいかないものだ。

 てか、平和に慣れるの早すぎね? 戦場にならなかったといえど、二年と経たずに驚異を忘れるのはどうかと思うぞ。

 

 まぁ、ぼやいた処で始まらない。両親に隠れて鍛える俺の毎日は、大体こんな感じになっている。

 

 6時に起床。

 ラジオ体操に始まり柔軟運動をみっちり行うと、見廻りを兼ねて村の外周をランニング。

 稀に出くわすモンスター達はメラミの一発で方が付く為、大人を呼ぶ必要がない。

 どんな原理か知らないけれど、モンスターを倒すと″チャリーン″と音が鳴って近くにゴールドが落ちてくる為、実は結構な額が貯まっていたりするんだが両親にも秘密にしている。

 お金ってこんな簡単に手に入れたらイカンと思うんだな。

 7時半に朝食を摂ると、午前中は家の仕事の手伝いに当てている。

 仕事が無い日は村の子供達を集めて行われる青空教室に通い、同世代の子供に混じって勉学に励む事にしている。

 前世と比較してどうこう言いたくないけれど、勉学方面は前世が圧倒的に優れていたように思う。

 そんな前世で辛うじて義務教育を終えている俺から視たら、この世界の授業内容はどうしても稚拙に見えてしまう。

 でも託児所としての役割も兼ねている様だし、ワイワイ楽しく机を並べて教師役の神父の授業を受けるのは悪くない。

 それに、授業の全てが役に立たない訳でもない。

 読み書きは物心ついて一年と経たない内に覚えたし、計算に至っては村の誰よりも得意だけれど、その反面、地理や歴史がどうにも苦手なんだ。

 ″ドラゴンクエストに準じた世界″との先入観があるせいか、聞き覚えのない地名に違和感を感じて仕方がない。

 前世の病床で1〜9迄のドラゴンクエストは遊んだから主な地名は知っている筈なのに、この世界の地名は何れにも該当しない。

 

 メラやギラ、ホイミやバキといった魔法が偶然一致しているだけなのだろか?

 

 12時に昼食を摂った後は遊びの時間。

 

 この時間を専ら修行に宛てていたんだけど最近はそうゆう訳にいかず、村の友達″へろへろ″達と勇者ごっこで遊ぶ事が多くなっている。

 前世と合わせれば精神年齢二十歳を越えようかという俺にとっては非常に辛い時間になる筈が、遊び始めると意外に熱中出来たりするんだから男は何時まで経ってもガキなんだろう。

 

 くたくたに成るまで遊んだら家に帰って夕食を済ませ、部屋に籠って瞑想に没頭し、眠気が来れば逆らうことなく眠りに落ちて1日を終える。

 

 こんな感じで俺の1日は過ぎてゆく。

 

 15の成人を迎える迄こんな日々が変わる事なく続いていく…そんな風に考えていたある日の事。

 

 

「でろりんの兄貴、今日は何して遊ぶだ?」

 

 隣に座る″へろへろ″が座学の途中で屈託のない笑顔を向けてくる。

 ゴリラに酷似した容姿の持ち主だが、その見た目とは裏腹にとても純朴な心根の持ち主だ。

 俺より二つも年上のくせに何故か兄貴と呼んでくる何処か憎めない奴だ。

 

「そうだなぁ・・・今日は剣術の稽古をやらないか?」

 

 ここのところ悪天候も合わさって稽古が疎かに成っていたし、体を動かしておきたい。

 それに、へろへろを鍛えたいと勝手に目論んでいたりする。

 へろへろは持ち前の優しさから争いを好む人でないと解っているけど辞められない。

 魔法の素質はからっきしだし、剣の腕前もまだまだだ。だけど、腕力に関しては俺を大きく上回る。

 俺とてたかだか10歳の子供と言えばそれまでだけど、鍛えに鍛えた俺は10歳にしてその腕力は村の大人達を超えている。

 そんな俺を鍛えていないへろへろが上回っているという事実。これは鍛えるしか無いだろう?

 

「アンタねぇ、お父さんに言い付けるわよ?」

 

 聞き耳を立てていたのか前に座る″ずるぼん″が振り返って凄んでくる。

 ずるぼんは俺の二つ上の姉さんだ。

 父譲りの黒髪を持つ俺とは違い、母譲りの紫色の髪を長く伸ばしたお洒落さん。黙って座っていれば美人に見えないこともないんだけど、喋ったら性格のキツさが如実に表情に現れる。

 その残念美人っぷりは既に村中に広まっており、この村で過ごす限り姉さんが理想の相手に巡り合う事は無いように思える。

 これは本人も気付いている様で、最近では「早く村を出て良い男を見付けたい」が口癖になっており、おしとやかに見せるためダケに僧侶としての修行も行っている。

 でも、多分無理。

 大体からして僧侶を目指す動機が不純すぎる。

 

「そうだで。無理は良くねぇだ。今日は兄貴が勇者アンパンで、おでが魔王バトラーをやるだ」

 

 ここぞとばかりにへろへろが遊びを押してくる。

 鈍重そうな喋りをしているが意外と機に敏感なのもへろへろの特徴だ。

 

 てか、勇者アンパン?

 顔が濡れたら力が出なくなりそうな勇者だな。

 

「へろへろ君、勇者はアバン様で魔王はハドラーですよ」

 

 教師役を勤める神父が清ました顔で訂正する。

 

「あぁ!そうだっただ」

 

 ばつが悪いのか大袈裟に驚いたへろへろは立ち上がると頭をかいた。

 瞬間、周りの子供達から″どっ″と笑いが起きる。

 

「それより、遊びの相談は授業の後でお願いしますよ」

 

「へい」

 

「やーい、怒られてやんのー」

 

「ずるぼんさん、あなたもです」

 

「はーい」

 

 怒られた二人が肩を小さくして″シュン″となる。

 

 一連のお約束的なやり取りをボンヤリ眺めていたが、俺は内心で焦りまくっている。

 

 勇者アバンに魔王ハドラーって、ダイの大冒険じゃねーか!

 どうして今まで気付かなかった!?

 

 何を隠そう前世の俺がドラゴンクエストに興味をもったきっかけこそ、ダイの大冒険だ。

 父が所有していた漫画の一つ。なんとは無しに読み始め一月と掛からず読みきったのは前世で今と同じくらいの年の頃だったはずだから、大体15年前に呼んだ漫画になる。

 懐かしいな。

 通りでドラゴンクエストなのに余り馴染みが無いわけだ。

 

 って、そうじゃない!

 

 俺達が暮らすのはアルキード王国だ。

 確か、作中で滅んだ国もアルキードだったような?

 

「でろりん君、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」

 

「あ、いえ、大丈夫、です」

 

 でろりん君、か・・・それにずるぼん、へろへろって俺は偽勇者かよっ!

 

 って、そんな突っ込み入れてる場合じゃない!

 落ち着いて思い出せ。

 

 ダイの大冒険は、モンスターが暮らす島で育った少年ダイが、地上の消滅を企む大魔王バーンを倒す物語だ。

 紆余曲折はあるものの当初からの目的、大魔王の打倒を果たす迄が描かれていた。

 この世界がダイの大冒険だとすると、別段何もしなくてもダイ達勇者一行が大魔王を倒し平和が訪れるって算段だ。

 

 問題なのはアルキード王国の消滅をどう乗り切るか、だな。

 

 なんだよ、この超ド級の死亡フラグは・・・。

 てか、陸地ごと消滅ってマジなのか? 子供ながらに周辺の野山を駆け巡った俺には解る。

 この世界はそれなりに広い。

 それを消し飛ばすとか竜の騎士マジパねぇッス。

 

「ちょっと、でろりん? ホントに大丈夫なの? ホイミかけたげよっか?」

 

「いいよ。ネェちゃんのホイミは効かないしさ。

 それよりこの前ネェちゃんが言ってた王女様のスキャンダルってなんだっけ?」

 

 どんなネットワークがあるのか、ずるぼんは色恋沙汰なら宮中の事まで知っている。

 

「急にどうしたのよ? アンタやっぱり変じゃない?」

 

「良いからっ! 王女様の相手教えてよ!」

 

「ふーん? やっぱりアンタも興味あるんじゃない。 ソアラ様の玉の輿に乗ったのは、″バラン″って行き倒れの騎士らしいわ。

 良いわよね〜。玉の輿、憧れちゃうわ」

 

 ネェちゃん・・・。

 憧れる視点が微妙にずれてるんだけど。

 まぁ、ネェちゃんがあの″ずるぼん″だとしたらソレも納得か。

 って!?

 

「あぁーっ!!」

 

 思い出したぁー!!

 偽勇者ってダイの大冒険に置ける悪役第一号じゃないか。

 え? ってことはアレか? 俺は12や其処らの子供にイオラをぶっ放す役割を演じなきゃなんないのか!?

 

「ちょっと、何よ!? 急に大きな声出さないでよ! ってアンタ顔赤いし、熱有るじゃないの!?」

 

 素早く額に手を宛てて来たずるぼんに指摘され、知恵熱を出していると認識する。

 急に大量の前世の記憶を思い出した事で、子供の脳がオーバーヒートを起こしたようだ。

 不思議なモノで熱が有ると認識した途端、目が回りだし不覚にも倒れ込みそうになる。

 

「これはイケませんね。でろりん君。キミは今日の処は帰った方が良さそうですね」

 

 身体を気遣ったのか、授業を邪魔する悪童達を追い払いたかったのか、神父から退場を命じられた俺は、へろへろに背負われて青空教室を後にした。

 

 俺は朦朧とする意識の中で、「なんだこの無理ゲーは!!」と悪態をつくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 明けて翌日・・・は熱にうなされ何も考えることが出来なかった。

 

 更にその翌日、記憶を思い出してから二日目の事。

 俺はベッドに寝そべり見慣れた天井を見上げ、思い出した記憶を整理しながらコレからの事を考える。

 

 思い出した記憶、″ダイの大冒険″は上手く纏まった物語の様に思う。

 もし俺が″でろりん″で無かったなら何一つ原作に関わろうとしないだろう。

 別に死地に飛び込むのが恐いんじゃない。

 ダイ一行は大魔王を倒せるといえど、彼等の闘いは紙一重の連続だ。余計な手出しをすると紙一重の結果が変わり兼ねないのが恐いんだ。結果が変わればソレは即地上の消滅に繋がる。

 安全確実に出来る手助けは、ラストの″キルバーン″処理の肩替わり位のもんだろう。

 何もしなければ原作通りに少なくない数の人が死ぬかもしれないが、それでも大局的に観て原作介入はしないのがベターであると言い切れる。

 いくら未来の記憶があったとて、神ならざる人の身で神よりも強い大魔王に立ち向かうのは悪影響しかない。

 

 しかし、俺は″でろりん″だ。

 原作介入以前に原作登場人物の一人。それも非常に重要なポジションだ。

 読者として読んだ時は気付かなかったが、今日1日深くでろりんについて考えた結果、「でろりん無くして勇者なし」との驚愕の事実に気づいてしまった。

 

 仮に、でろりんが何もしなければ″ゴメちゃん誘拐事件″は発生しない。

 コレだけ見れば良いことかもしれないが、誘拐事件が起こらなければ、ソレを解決する事で得られるプラスの派生効果も消滅してしまう。

 具体例をあげると、ダイは偽勇者一味を成敗する事によりロモス王にその存在を認識される。

 そのロモス王がパプニカ王に話す事で、レオナ姫は洗礼の為にデルムリン島に向かい、ソコでダイは竜の力に目覚める。

 更にはこの事件がきっかけとなり、ダイはパプニカにおいて未来の勇者と認識され、パプニカ王が勇者アバンをダイの元へと送り物語が続いてゆく。

 もし、でろりんが何もしなければダイは誰に知られる事なく物語が進み、大魔王によって地上は消え去るだろう。

 つまり、俺が望む望まぬに関わらず、原作に介入するしかない。

 そうしなければ俺の現世における細やかなる大目標、″長生き″なんて夢の又夢になってしまう。

 

「はぁ〜」

 

 此処まで考えた俺は大きくため息をつく。

 

 コレはまだ良いんだ。

 先の事だし、必要と有らば子供を虐待する外道だって演じてみせる。

 そんなことより、今俺を悩ませる一番の問題はバランだ。

 このまま何もせず無為に過ごせばアルキードが消滅する可能性が高い。

 アルキード消滅から逃げるだけならそうは難しくない。家族を捨て今すぐ家を飛び出せば良いだけだ。

 

 だけど・・・俺は家族を助けたい。

 

 いや、家族ダケでなくこの村で暮らす人々も助けたいんだ。

 原作への影響を最小限に抑えつつ、なんとかバランの凶行を止めることは出来ないものか?

 矛盾しているのは解っている。バランの凶行を止めた時点で原作に与える影響は甚大だろう。

 下手をすればダイはデルムリン島で育たないし、下手をしなくてもバランは魔王軍の傘下に入らない。

 よって、ダイとバランの闘いが発生せずダイの成長フラグがポッキリ折れる。

 

 それでも俺は、なんとかしたいんだ・・・。

 

 ずるぼんによるとバランはまだ王宮内に居る。

 作中の描写等からアルキードが消滅するのは原作開始の12年程前。原作開始は魔王ハドラーが倒れた15年程後の事。

 そして今は魔王ハドラーが倒れて約2年。

 つまり一年程度の猶予はある筈だし、この猶予期間を活かして何か考えないといけない。

 

 力押しでいくなら、バランの処刑に立ち会って、庇う王女を更に庇えば事足りる。

 王女が死ななきゃバランだってキレないだろう。

 しかし、これは希望的観測に過ぎないし、この方法では王家に逆らう逆賊の烙印を押されかねないし、もっと安全性の高い方策を見付けておくに越したことはない。

 

 バランの凶行を防いだ事で起こる原作改変は歴史の修正力にでも期待するしかない。

 

「とりあえず、どうするかな・・・」

 

「何が?」

 

「え? ネェちゃん!? 何時からそこに?」

 

 いつの間にか床に座ったずるぼんがベッドにもたれ掛かっていた。

 

「お昼食べて直ぐかな」

 

「ネェちゃんって・・・暇なんだね」

 

 この部屋に時計が無いため現在の正確な時間は分からないけど、窓から差し込む光は赤く染まっている。

 長時間ずるぼんに気付かなかった俺も大概だが、黙って座っていたずるぼんも相当な暇人だ。

 

「何よ! 人が折角心配してあげてるのに!」

 

「ごめんなさい。でも、熱も下がったしもう大丈夫」

 

 お姉さん振るずるぼんには素直に謝るに限る。

 

「嘘ばっかりね。

 熱は下がったかもしれないけどアンタが悩んでるのはお見通しよ! 正直に言いなさいよっ」

 

 あれ? なんで誤魔化せないんだ?

 

「なに不思議そうな顔してるのよ? あたしはコレでもアンタのオネェちゃんなのよ?

 いくらアンタが賢くたって、強くたって、悩んでる事くらい判るのよ!」

 

「ネェちゃん・・・」

 

「アンタ自分で解ってないみたいだし、この際教えてあげるわ。

 アンタが凄いのは色んな魔法が使えるとか、力が強いとかそんな事じゃないのよ。

 何か分からないけど目的を遂げようとする、その意思が凄いのよ。普通の子供は、特に男の子なんかは何でも直ぐに飽きるものなのよ? それなのにアンタってば誰にも言われないのに修行、修行ってバッカじゃないの?」

 

「え? 誉めてるんじゃないんだ!?」

 

「あ、ごめん。アンタの馬鹿さ加減を思い出したら、つい、ね。

 そんなことより、アンタの強い意思は目に現れてたのよ!

 だけど今のアンタはどうかしら? 何かに悩んで、怯えて今にも泣き出しそうな何処にでもいる男の子の目をしてるわよ」

 

 知らぬは本人ばかり也ってか。

 俺が思う以上にずるぼんは、俺の事を視てくれていたようだ。

「だからっ!

 旅に出なさい!!」

 

「・・・はい?」

 

 俺の感動は一瞬にして掻き消えた。

 

「男の子は旅に出て強くなるって相場は決まってるのよ! そうだ! アンタ熱を出した日に旅に出るように神託を受けた事にしなさいよ?

 丁度あたしも村を出たかったし可愛い弟の為なら一緒に行ったげるわ。

 うーん? もう一人位居た方がいいし、へろへろでも連れていこっか? そうね!そうしましょ!」

 

 マシンガンの様に自分の言いたい事を言い終え立ち上がったずるぼんは「お母さぁーん! でろりん神託受けたんだってー」 と大声を上げながら部屋を出ていった。

 

「・・・なんだそりゃ」

 

 夕日の差し込む部屋に取り残された俺はこう呟くしかなかった。

 

 てか、この世界って神託あるのか?

 

「・・・とりあえず、寝るか」

 

 結局、俺はずるぼんが村を出るためのダシに使われてる様だし、ずるぼんの戯言なんか両親が聞くわけないし、疲れたし、寝よう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 明けて翌朝。

 

「いつまで寝てるの? 早く起きて旅支度なさい!」

 

 母親の鍋の底をガンガン叩く音で目が覚める。

 

「えっ?」

 

「でろりんったら…しっかりなさい! 今日は旅立ちの日なんでしょ? 村の人達も見送りに集まってるから早く支度なさい」

 

 マジで?

 ってか、うちの両親はあんな戯言を信じたのか?

 コレは原作キャラにも言えることだけど、この世界の住人は素直ってゆーかチョロすぎないか?

 

 内心で呆れながらもぞもぞと身支度を整えていく。

 と言っても大した装備は無い。

 

 E 木の剣

 E 布の服

 

 こんな装備で有無を言わせず旅に出されるってドラクエ3の勇者、″ロト″を彷彿させる。

 そう言えばダイの大冒険のでろりんは、格好だけならロトだったな。

 ロトみたいに″ギガデイン″が使えるように成れれば良いんだけど、多分無理だろなぁ。

 

 なんて事を考えながら身支度を終えた俺は、コツコツ貯めたゴールドの入った袋をベッドの下から取り出し、部屋を出て、台所を抜け、外へと足を踏み出した。

 

 外に出ると俺の旅立ちを見送ろうと大勢の村人が集まり、口々に激励の言葉を叫んでいた。

 

「でろりんー!頑張れー!」

「流石神童、期待してるぞ!」

「お前なら魔王を倒せる」

 

 いや、無理だし。

 バーン様とガチでやり合えば多分2ターンも持たないぞ。

 あ、でも只の魔王、ハドラー程度ならパーティーで挑めばなんとかなるかもしれない。

 

 俺にそう思わせる頼れるパーティーメンバー(に成長する予定)の二人、ずるぼんとへろへろも身支度を整えて待っている。

 

「遅いわよ! こんな日に寝坊するなんて良い度胸してるわよね」

 

 俺に向かってビシッと指差しポーズを決めるずるぼんは、作中のずるぼんそっくりな3の僧侶衣装に身を包んでいた。

 

 それはさておき、今日旅立つって知ったのは今日なんだけどね。

 

「ごめんなさい。でも、ネェちゃんその服どうしたの?」

 

 何が″ごめんなさい″なのか自分でも分からないがお姉さん面するずるぼんには取り敢えず謝るに限る。

 謝りつつ、話題を変えればノープロブレム! 

 

「こんなこともあろうかと作っておいたのよ!」

 

 言ってみたい台詞トップ10に入る台詞をさりげなく吐いたずるぼんは、その場で一回回ってみせた。

 

 防御力はさておき、細部にまで拘ったその造りは匠の仕事を思わせる。

 ずるぼんって裁縫職人の道を進んだ方が良くね?

 

「兄貴…おで、頑張るだ」

 

 俺と同じ様な出で立ちのへろへろが拳を握り両脇を締めて決意の言葉を述べている。

 

 

「その意気よ! じゃぁ頑張ってこの荷物持って頂戴」

 

 ずるぼんは傍らにあるパンパンに膨れ上がったリュックを指差している。

 

「わかっただ!」

 

 二つ返事のへろへろが軽々とリュックを持ち上げると、その背に背負った。

 

 へろへろよ…。お前それで良いのか?

 

「さぁ! 準備も終わったし行くわよ!」

 

「おー!!」

 

 ずるぼんの掛け声にへろへろが気勢を上げると集まった村人達が

「がんばれー」

「負けるんじゃないよっ」

「辛かったら何時でも帰ってこい」

 と拍手と共に思い思いの声を掛けてくる。

 有り難いんだけど…俺の意思、反映されてなくね?

 涙ぐむ母親を父親が慰めている姿もみてとれるが、止めなくて良いのか?

 俺って10歳だしいくら何でも早すぎね?

 いや、まぁ旅立つ予定は合ったから別に良いんだけど、強制的な旅立ち的な意味でロトっぽくっても嬉しくないぞ。

 

「なにボーッとしてるのよ? 早く行き先を決めなさいよ?」

 

 あ、行き先は俺が決めるんだ? なんか厄介事担当リーダー臭がぷんぷんするぞ。

 

 …まぁ、良いか。

 

「いざ、アルキード城へ」

 

 気を取り直した俺は、ずるぼん達に並び立つと、芝居がかった口調で空に向かって叫ぶのだった。

 

 

 

「えぇ〜? アルキードぉ? ベンガーナかリンガイアにしない?」

 

 嫌そうなずるぼんの声にずっこける。

 ネェちゃん…。

 恥を忍んでキメめたのに空気読んでくれよ。

 

「そんな遠いとこはダメだよ。最初は近いところに行って慣れてかないと」

 

「うーん? それもそうね。 だけど、絶対ベンガーナに連れてってよね?」

 

 少し考えたずるぼんは一応納得したのか、アルキード行きを了承し、屈託の無い笑顔で未来のベンガーナ行きを迫ってくる。

 まったく…人の気も知らないで呑気なもんだ。

 

「分かってるよ…ネェちゃんは俺が護るから」

 

 旅路のモンスターからも、バランの凶行からも護らなければならない。

 言葉にする事で、知らず知らずに顔が強張ってしまう。

 

「そんなの当たり前じゃない? さぁ、アルキードに向かってレッツらゴー!」

 

 深刻な表情で決意を告げた俺の意図は伝わらなかった様で、ずるぼんは小首を傾げたものの、さも当然といった風に受け流し、出発の号令を叫び歩みだした。

 それに合わせてへろへろも歩き出し、慌てた俺が追い掛ける。

 

 こんな感じで俺の大冒険は始まったんだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 旅立ちから1週間。

 

 村から3日で着くはずのアルキード城下に辿り着けないでいた。

 別に迷ったとか、怪我をしたとかそんなんじゃないんだ。

 旅路の行く手を阻む原因は唯一つ。

 

「あーっ! 居たぁ!スライムよ!!」

 

 街道から外れ、草むらを掻き分け進んだずるぼんが喜びの声をあげる。

 ずるぼんの叫びに驚いたスライム達がぴょんぴょん跳び跳ねながら街道へ飛び出してくる。

 

「はぁ〜・・・イオ」

 

 呪文により産み出された光球がスライムの群の中心に向かって飛ぶと、「ドォン」と音を立てて弾ける。

 その衝撃に巻き込まれた何体かのスライムが地に伏し、生き残った何体かは″ピュー″と一目散に逃げ出した。

 

「ちょっとアンタ! 本気出しなさいよ! スライムだって魔物なんだから! 生き延びたスライムが旅人を襲ったらどうするつもり!?」

 

 尤もらしい事を言っているずるぼんは、街道のど真ん中で四つん這いになってスライムが落としたゴールドを探している。

 後ろから見たら白いパンツが丸見えなんだけど、良いんだろうか?

 

「見つけただ! マネー、マネー!」

 

 へろへろは親指と人差し指で摘んだ1Gコインを天高く掲げている。

 

「ちょっと、アタシにも見せなさいよ!」

 

「おでが見付けたんだからおでのもんだ!」

 

 普段はずるぼんの言いなりに近いへろへろだけど、お金に関しては譲る気が無いようだ。強欲ってか単純にキラキラ光るモノが好きらしい。

 

「何言ってるのよ! スライムを見付けたのはアタシ何だからソレはアタシのモノよ!」

 

「う゛ー・・・兄貴はどう思うだ?」

 

 だから俺に振るなって。

 

「倒したのは俺だから俺のもんだよ」

 

「ホラね? でろりんのモノはアタシのモノだからコレはアタシのモノね」

 

 そう言ったずるぼんがへろへろの手から1ゴールドを取り上げると、そそくさと懐に仕舞い、ソレを恨めしそうにへろへろが見詰める。

 この1週間で何度となく繰り返された光景だ。

 因みに、パーティーの宿泊費用等々はずるぼんの回収したお金から出ているので、単に一括でお金を管理しているダケだったりする訳で、一連のやり取りに意味は無かったりする。

 

「ネェちゃんさー。何時になったら城下町に行くんだよ?」

 

「そんなの何時だって良いでしょ。もう直ぐソコに見えてるんだし急ぐ必要は無いじゃない?

 そんな事よりスライムよ!スライム!」

 

 スライムがゴールドを落とすと知ったずるぼんは、城下町に程近い宿場町を拠点に狩りを続けている。

 城下町に入らないのは宿の値段が高いから。

 宿場町で泊まる宿は夕食付きで3人20ゴールドと格安だと思う、多分。

 村で10年暮らしてみたけど、お金の価値はイマイチ解らなかったからだ。そもそも半自給自足生活をするあの村でお金を使う事が殆ど無い。だから多分1Gで100円位だと思う。

 

 三名で一泊二千円だと考えると非常に安いと言える。でも、だからといって土間に御座を弾いて藁を被って寝るのは乙女的にどうなんだ?

 

「そうだで、次はもっと見つけるだでよ」

 

 残念ながら落とした金額以上は見つからないのだよ、へろへろ君。

 

「でもさー街に行って良い武器買って、その武器でもっと強いモンスターを倒したらお金をもっと落とすかもしれないよ?」

 

「バカね。強いモンスターは強いのよ? そんなの狙って死んじゃったら元も子も無いでしょ! 危ない事言ってないでアンタもゴールドが残ってないか探しなさいよ」

 

 俺の提案を一蹴したずるぼんは、再び街道のど真ん中で四つん這いになった。

 

 はぁ…やっぱダメか。

 

 ずるぼんはケチの上に堅実派の浪費家だ。

 

 例え日に10ゴールドしか稼げなくても、それが安全で確実なら日数を費やしてコツコツ稼ぐ、そうやって貯まった金は使うべき時に惜し気もなく使う、そんなタイプだ。

 未来を知らないなら、そんなずるぼんに今少し付き合ったかもしれないけれど、今は不味いんだ。

 ずるぼんにとって急ぐ必要が無くても、俺にはあるんだ。

 

 出来るだけ早く町に行って、この1週間で思い付いたアイテムの情報を集めたい。

 ホントの意味でバランを救えるかもしれないキーアイテム″ラーの鏡″。

 バランにかかる容疑、″魔族疑惑″はハッキリ言って単なる言い掛かりだ。

 まぁ、実際バランは竜の騎士であって人間じゃなかったりするけど、佞言を吐いた臣下はそんな事は知らない筈だ。

 醜い嫉妬の心から何の証拠もなくでっち上げたに過ぎない。証拠も無しにそんな佞言を信じる王がどうかしている。

 

 ん?

 

 よく考えてみたら何かがおかしい?

 どうして王は信じたんだろう? 作中で語られなかった信じるに足る要因があるのだろうか?

 

 ・・・まぁいいか。

 今の俺に出来る事はラーの鏡が存在するか調べ、存在するなら何をおいても鏡を手に入れ、バランの無実を証明する。

 但し、バランには悪いが証明するのは公開処刑当日だ。

 そうしないと未来の勇者ダイが誕生しないからな。

 

 さて、やるべき事が定まってきたし、何時までもこんな所で小銭を稼いでる場合じゃない。

 

「ネェちゃんはさぁ、幾ら貯まったら城下町に行くんだよ?」

 

「そうねぇ…ごせん、うぅうん、10000Gね。ソレ位あれば服も沢山買えるわ」

 

 それを聞いた俺は、首を″がく″っと落とし、大きく溜め息を吐いた。

 

 スライム狩りを重点的に行ったこの3日で稼いだゴールドは約100G。

 つまり我が姉は土間で一年近くも寝泊まりする気の様だ。

 

「はぁ〜仕方ないなぁ…」

 

 俺は懐から取り出した袋から一番大きな金貨を選ぶと、ずるぼんに「はい、コレ」と差し出した。

 

「何よコレ?」

 

「キラキラ、おっきいだ!」

 

 ずるぼんとへろへろが金貨を覗き込み、2人の顔が金貨に小さく映る。

 

「10000G金貨」

 

 五年間に及ぶ村の見回りの結晶がコレだ。

 

「アンタこんなの何処で手に入れたのよ!?」

 

「1Gコインを十枚重ねたら10Gコインになるんだよ。それを十枚重ねたら100Gになって、100Gが十枚で1000G。1000G金貨を十枚重ねたらコレになるんだ」

 

 説明しておきながら原理はさっぱり解らない。

 倒したモンスターの近くにお金が落ちてくる仕組みといい、ゴールド関連のシステムは謎が多い。

 

「ほぇ〜?」

 

「ふーん?」

 

「コレをあげるから早く城下町に行こうよ」

 

「くれるってんなら貰ってあげるけど、でろりんは甘いわね! お金は有れば有るほど良いのよ?」

 

「えぇ〜!? お金なんかよりネェちゃんの身体の方が大事だよ。いつまでもあんな宿に泊まってたら風邪ひいちゃうよ」

 

「そ、そうかしら? アンタがソコまで言うなら仕方ないから城下町に行ってあげるわよ」

 

 やっぱチョロいな。

 

 こうしてアルキード城下への歩みを早める事に成功したのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「アルキード城下へようこそ!」

 

 日が沈む前に城下町へと辿り着いた俺達は、城門前で槍を持った兵士っぽい男の人から歓迎の言葉を掛けられた。

 これぞ、ドラゴンクエストって感じだな。

 

「入っても良いですか?」

 

 ドラゴンクエストの城門は関所の役割を兼ねていないことが多いけど、念のため聞いておく。

 

「うん? 見ない顔だね。自由に入って構わないけど、君たちだけで来たのかい?」

 

「そうよ? 悪い?」

 

「悪くはないよ。でもこの町は物価が高いからね、お金が無いと宿にも泊まれないけど大丈夫かい?」

 

「ふっふーんだ。コレ見なさいよ」

 

 ずるぼんが自慢気に10000Gを取り出した!

 

「ちょっ!? 何してるのさ!?」

 

 俺は慌てて両手で金貨を隠す。

 某スポーツの祭典で授与メダル程度の大きさもあるメダル。たった一枚でも間違いなく大金だ。

 こんな往来の激しい場所で出すモノじゃない。

 

「何よ? 見せるくらい良いじゃない?」

 

「良くないよ!!」

 

 未来で火事場泥棒を行う人物とは思えないガードの甘さだ。

 マセてる様でもやっぱりまだまだ子供ということか。

 

「はっはっは。キミはしっかりしてるね。姉弟かな?」

 

「そうよ。アタシはずるぼん。こっちは弟のでろりんで、あっちは友達のへろへろよ」

 

 一応へろへろの事は友達だと思っているようだ。

 良かったな、へろへろ。

 ″ぽん″とへろへろの肩を叩いておいた。

 

 

「そうかい。それでこの町には何をしに来たんだい?」

 

 ん?

 言っちゃあ悪いけどこの人は単なる門番だ。

 門番ってイチイチこんな事まで聞いてくるモノなのだろうか?

 ・・・一応、警戒しておくか。

 

「何って買い物に決まってるじゃない?」

 

 はぁ…。

 分かっていたけど、こうもハッキリ言われたら脱力感を覚えて仕方がない。

 早くも″俺の旅に付き合っている″との体裁を整える気がないようだ。

 

 まぁ、楽しそうだし別に良いんだけど。俺は俺でやるべき事をやるだけだ。

 

「そうかい。ソレだけ有れば沢山買えるね。だけど、今日はもう店仕舞いだし、一泊何処かに泊まって明日にすると良いんじゃないかな? 何処か泊まるアテはあるのかい?」

 

 門番は人の良さそうな顔をしているが、それが逆に怪しく思える。

 

「初めて来たんだからアテなんか有るわけないでしょ」

 

「そうかい。それは大変だね。この道を真っ直ぐ行った突き当たりに宿が有るからソコにすると良い。門番の″カンダダ″に聞いたって言えば良くしてくれるよ」

 

 ぶっ!?

 カンダダってあの変態マスクのカンダダか?

 いや、ダイの大冒険にカンダダは登場しないし、偶然の一致って事も有り得るか?

 でもここはアルキードだし、何があってもおかしくないとも言える。作中で描写されなかったのは、描写しようにもアルキードが無かったダケだからなっ。

 

 ・・はぁ、頑張ろう。

 

 自虐思考で沈み掛けた心を奮い立たせる。

 こんなに悩まされるんだし首尾よくバランを救った暁には″真魔剛竜剣″を要求したってバチは当たらないと思うけど、どうだろうか?

 多分貰えないだろなぁ。

 

「ふーん? サービスしてくれるんでしょうね?」

 

「勿論だよ。宿の名前は″ルイーダの酒場″って言うからね。一階が酒場になっている料理のおいしい宿屋でオススメだよ」

 

 お子様3人組に酒場兼用の宿を紹介するのはどうかと思うぞ。

 やはり裏があると考えて行動するべきか?

 

「へー? 判ったわソコに行ってみるわ。おじさんありがとう」

 

 ネェちゃん…。あっさり信用し過ぎだよ…。

 

 まぁ、この世界に生きる12歳の少女に″門番を疑え″っていうのが無理な話か。

 こんな風に警戒する事を自然と思い付くのは俺に前世があるからであって、そう考えると、高々16年の人生でこんな考えが身に付く前世って汚い世界だったんだなと染々思う。

 

「どういたしまして。気を付けて行くんだよ」

 

「おじさん、ありがとー」

 

 ずるぼんに倣って頭を下げておく。

「おじさんは酷いなぁ」

 とぼやく門番に見送られ町中へと足を踏み入れる。

 長く伸びた影を従え先頭を歩むずるぼんは、周りのお店をキョロキョロ見ながら「アソコも良いわね」等とブツブツ言いながらも、寄り道することなく進んで行く。

 

 体感でおよそ15分。

 

「アレがそうかしら?」

 

 漸くソレっぽい建物を前方に確認して立ち止まる。

 王都だけあってアルキードの町は広い。

 その広い町の真ん中には巨大な石造りの建物が見え隠れしている。

 聞くまでもなくアレがアルキード城だろう。

 

「アンタお城に行きたいの? でもでろりんみたいなお子様は入れないわよ」

 

 城を見据えて佇んでいると、心配したのかずるぼんが声をかけてくる。

 

「そんなの分かってるよ」

 

 分かっちゃいるけど一度はあの中に入って王様と面会しておきたいんだよな。

 見知らぬ子供が処刑当日に「これはラーの鏡です」って、言った処で信じてもらえるとは思えないし、渡りを付けておく必要があるだろう。

 でも、この世界の住人は総じてチョロいし案外なんとかなるかもしれない。

 

「だったら良いわ。さぁ、行きましょ」

 

 さてさて、鬼が出るか蛇がでるか。

 実は、蛇が出て欲しいんだけどどうなることか。

 

 

 こうして俺達はずるぼんを先頭に、女将らしき女性が開店準備を行う″ルイーダの酒場″に向かうのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 『ルイーダの酒場』

 

 目の前にある横に大きい二階建ての建物は、ドラクエ3においてロトと仲間達が出会った酒場と同じ店名をしている。

 元々″ダイの大冒険″はドラゴンクエストの二次創作とも言える作品だし、符号が多いのは其ほど不思議に感じない。

 だから作中に登場しなかった″ラーの鏡″もこの世界に存在すると信じる事が出来る。

 

 奇妙な符号具合から考えて″カンダダ″は盗賊的な存在とみて良い筈だ。

 俺達の様な金を持っている子供とか典型的なカモだろう。

 獲物を選別した門番の男が合言葉を伝え酒場に案内し、ノコノコ現れたカモを酒場の仲間が料理する。

 こんなところだろう。

 

 俺の描く青写真は、この状況を逆手にとって酒場にタムロする″カンダダ一味″をブッ飛ばしお宝であるラーの鏡の情報を引き出す、って感じだ。

 と言っても別に此方から事を荒立てる気はないし、話し合いや金で解決出来るならソレに越したことはない。

 勝てそうにない相手なら金ダケ渡してサッサと退散するつもりだしな。

 一度死んでいる俺にとって、命より大事なモノはない。

 本来ならこんな厄介そうな事に首を突っ込みたく無いのに、それもこれも全部バランのせいだ!

 

 

 

「こんにちは。泊まりたいんだけど、お部屋空いてる?」

 

「あら? 可愛らしいお客様ね。お部屋はあるけど高いわよ? お嬢ちゃんに払えるかしら」

 

 物怖じ知らないずるぼんが、酒場前でホウキを持って掃除する女将らしき女性に声をかけた。

 屈めた腰を伸ばして此方を確認する女将は、目元のホクロが特徴的なタレ目をしているが、そのタレ目が嫌なのか、左目は前髪で完全に隠されている。

 相手が子供のずるぼんだからか、物腰柔らかくオットリ口調で話しているけど、自然な動きに隙がないし、何となくタダ者でないと思えてならない。

 

 俺の気のせいなら良いんだけど、気のせいじゃないなら、いよいよもって赤信号だ。

 人の良さそう顔をして、実は悪役!ってベタベタな展開が訪れそうだ。 

 

「お金なら有るわよ。それに、カンダダさんに紹介されたからサービスしてよね」

 

「あらあら? お嬢ちゃんがカンダダさんに…?」

 

「そうよ! サービスしてくれるんでしょうね?」

 

「勿論よ。お客様は神様ですから」

 

 「うふふ」と笑った女将の案内で建物中央にある木製の両開きの扉を開け、ルイーダの酒場内へと足を踏み入れる。

 

 酒の匂いが籠る部屋に入った俺は、すかさず室内をチェックしていく。

 室内は横長の長方形。

 すぐ左にはカウンターがあるもスペースは狭く、直ぐ後ろに白い壁があり大きな絵画と小さな扉がある。

 建物のほぼ中央の扉から入った割に左のスペースが狭すぎるし、小さな扉の向こうには台所でもあるのだろう。

 正面には二階へと続く階段があり、右手の広いスペースには丸いテーブルが七つ。

 日没前だと言うのに既に三つものテーブルが埋まっている。

 ソコに座り酒盛りをしている男達は・・・全部で8人か。

 この位の数なら、不足の事態が起こってもどうにかなりそうだ。

 

「あら? 僕ちゃんは緊張しているのかしら? そんな所に立っていないで此方にいらっしゃい」

 

 素早く確認したつもりがいつの間にか取り残されていた様だ。

 カウンター内に入った女将が片肘をついて手招きしている。

 

「緊張なんかしてないし。その絵がちょっと気になったダケだよ」

 

 招きに従いカウンター前の椅子に腰掛けると目の前にあった絵画を指差し誤魔化しておく・・・って!?

 

「絵なんてどうだって良いでしょ? そんな事より早くお部屋に案内してよ」

 

「あら?そう? この絵はとても良いものなのに残念ね」

 

 どうだって良いことはない。

 女将と話始めたずるぼんを他所に、絵に描かれた人物を確認していく。

 

 まず目を引くのは、中央で両手を腰に当てドラクエ1の勇者を彷彿させる鎧を身に付けた特徴的な巻き髪の人物、これは勇者アバンだろう。

 そしてその両隣に並び立つ戦士と僧侶はマァムの両親。

 その僧侶の横でそっぽを向いて鼻くそをほじる人物は″マトリフ″に違いない。

 マトリフの横には女将が描かれている。

 

 反対側に目を向けると、戦士の横には丸いサングラスを掛けた老人、これはマァムの師匠、なんとかって老師だろう。

 問題は、老師の隣に描かれた人物だ。

 丸いお腹にちょび髭を生やし、白と水色の縦じま服を着て巨大なリュックを背負ったこの人物。

 

 これはどうみてもトルネコじゃないか。

 

 なんだこれ?

 ここって″ダイの大冒険の世界″じゃないのか?

 それとも作中で語られなかったダケで、原作にもトルネコっぽい人物が存在していたのだろうか?

 うーん? 判らない。

 

 取り敢えず女将に聞いてみるか。

 

「ねぇ、この絵の・・・って!?」

 

 絵画から視線を外し女将の方に目を向けると、ずるぼんが10000G金貨をカウンターに乗せていた。

 

「ネェちゃん! 10000Gも出したらダメだよ!!」

 

「もーっ! 急に大きな声出さないでよ。 200Gもするんだから10000Gで払ってお釣りを貰うしかないでしょ」

 

「あ、そっか」

 

「あらあら? そんな大きな声で10000Gも持ってるって言っても良いのかしら?」

 

 女将は意味有り気に両肘をついて顎の下で手を組み微笑んでいる。

 酒を飲む男達の視線が背中に突き刺さる。

 ″ガタン″と椅子を引く音の後、床を踏み鳴らし此方に近付く足音が背中越しに聞こえてくる。

 

 はぁ…やっぱりか。

 ベタベタな展開だけど、飲食物に毒を入れたり、寝込みを襲われたりする陰湿な展開よりマシか。

 考えように依っては探る手間が省けたと言えるし、適当にあしらって話を聞き出すとしよう。

 

「おいおい。マジに10000Gじゃねーか」

 

 振り返って声の主を確認すると、″如何にも″って感じの男が俺の頭上でカウンターを覗き込んでいる。

 その男の背後には更に2人の男。

 残りの男達は初期位置でグラス片手に此方をニヤニヤ伺っている。

「ナニカゴヨウデスか?」

 

 見た目と推測ダケで判断するのは良くないし、一応話し合いを試みる。

 

「ぎゃははっ。お前の悪人面見てビビってんじゃねーか」

 

 ビビってるんじゃなくメンドクサイだけです。

 

「おいおい、男前捕まえてそりゃねーだろ?」

 

「ぎゃはははっ、よく言うぜ」

 

 俺の頭上で激しくどうでもいい会話が繰り広げられていた。

 

「アンタ達、ウザイんだけど?」

 

 その流れを止めたのはずるぼんだった。

 

「…へっへへ。強気な嬢ちゃんだな。そう邪険にしなくてもいいだろ? 俺達は嬢ちゃんに良い話を持ってきてやったんだぜ?」

 

「…良い話ってナニよ?」

 

 疑る事を知らないずるぼんがですら、ジト目で聞いている。やっぱり人間見た目が大事か。

 

「嬢ちゃんには判らないかも知れねーが、そのメダルは大金なんだぜ?」

「悪ーいおじさんがソレを奪いに来るかもしれないだろ? だから心優しき俺達が嬢ちゃん達の用心棒に成ってやろうと思ってな」

「まぁ俺達も暇じゃないからタダって訳にはいかねーのよ。1週間で1人頭3000Gでどうよ?」

 

 代わる代わる話す3人の男達。激しくウザイ。

 

「おじさん達バカだで。そんな事したらおで達のマネーが無くなるだで」

 

 素早く計算したへろへろが反論する。

 数字は苦手でも金の計算だけは得意だ。

 

「ふんっ。そんなこと言われなくたって判ってるわよ。 だいたい、どうしてアタシがお金を払ってこんな不細工な連中と居なくちゃなんないのよ? お金を貰ってもお断りだわ」

 

 言うだけ言ったずるぼんは″ぷいっ″と男達から視線を外した。

 

「そうだね。こんな弱そうなおじさん達にお金を払うのは勿体無いよ」

 

 俺も挑発しておく。

 

「このクソガキゃ…下手に出てりゃイイ気になりやがって」

 

 一体いつ下手に出たのか小一時間問い詰めたい。

 

「舐めやがって…俺達を″カンダダ一味″と知っての狼藉か?」

 

 はい、決定。

 

 俺が椅子から飛び降りると同時に、三下3人組の向こうに座る男達が″ガタッ″と椅子を引いて立ち上がったのが見えた。

 

 合流されたら厄介だな。

 

「ネェちゃんから離れろ!」

 

 俺は腰を落とし脇を絞め、右手を男の腹に向かって突きだした。

 

「ぐはぁっ」

 

 俺の″正拳突き″を土手っ腹に食らったチンピラAはテーブル席に向かって吹っ飛んだ。

 自分達に向かって飛んできたチンピラを避けた5人の男達は「ほぅ?」と感心したような声を上げ歩みを止める。

 

 なんだ? 仲間じゃないのか?

 

「このガキャぁぁぁ!!」

 

 チンピラBが奇声を上げて両腕を振り上げた。

 

 足元がお留守ですよっと。

 

 しゃがみこみ身体を一回転させてチンピラBの足を払う。

 ″ずでん″と盛大に転がったチンピラBの腹の上に両足を揃えて飛び乗った。

 

「ぐへぇっ」

 

 変な叫びを上げてチンピラBは白目を向いた。

 

 取り敢えず、後1人だ。

 

 そう思った瞬間″ガシッ″と左手首を捕まれ″グイッ″と持ち上げられて身体が宙に浮いた。

 

「捕まえちまえばコッチのもんよ」

 

 確かに悪くない。

 男の眼前でぶら下がる俺は無力に近い。

 

 但し、それには俺が″魔法を使えなければ″って条件が付くんだな。

 

「お酒臭いんだけど? ヒャド!!」

 

 自由な右手をチンピラCの顔に向け呪文を唱えると、男の鼻から下が凍りつく。

 

「ん〜〜!?」

 

 俺の手首を放したチンピラCは声に成らない声を上げ、凍り付いた顔を両手で押さえている。

 

「ふげぇ!?」

 

 手を離され床に着地し素早く木の剣を抜いた俺は、チンピラCの顔面を引っ張たいて意識を刈り取るついでに氷を砕いておく。

 

「そっちのおじさん達はどうするの?」

 

 右手に握った木の剣をテーブル席で動かない男達に突き付け牽制し、左手でずるぼんの手を握り締める。

 

 あれ?

 

 もしかして、ネェちゃん震えてる?

 

 振り替えってずるぼんの顔を確認すると、小刻みに身体が震えピンク色の唇が血色を失っていた。

 

 あ、ミスったかも…。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「ネェちゃん、大丈夫?」

 

 ずるぼんに小さく声をかけた俺は、内心で激しく後悔していた。

 

 俺にとってはある意味で予定通りと言える状況であっても、ずるぼんにとってはそうじゃない。

 強気で我が儘、高飛車で気儘であっても所詮は素朴で平凡な村で12年生きただけの少女だ。

 野蛮な男が大声上げて暴れる状況で平然としていられる訳がないんだ。

 

 くそっ。

 どうしてこんな簡単な事を見落とした。

 アルキードの消滅を阻止し家族を護るとお題目にしても、その為に護るべき家族を怯えさせたら本末転倒だろ…。

 

 次からはもっと考えて行動しなくちゃいけない。 

 しっかり反省しないといけないが、今は兎に角、この状況を切り抜けるのが先決だ。

 

 残る敵は5人、いや、女将を入れると6人か。

 10000Gはカウンターの上に置いたまま、へろへろもリュックを床に降ろしている。

 幸い、外への道を遮るモノはないし荷物と10000Gを諦めれば逃げる事は出来そうだ。

 

 どうする?

 

 俺1人ならヤリ合っても負ける気はしないが、ずるぼんにこれ以上の心労をかけさせたくない。

 お金なんかモンスターを倒せば幾らでも手に入るし・・・よし!逃げよう。

 

 一寸悩んで行動に移そうとした、その時。

 

「ヤるじゃないか。流石はアルキーナの神童だねぇ」

 

 前髪をかき上げてキセルを吹かせる女将がカウンター内で声を発した。

 先程迄とはガラリと雰囲気が変わっている。

 

 やっぱりコイツが黒幕か!? でもどうして俺の事を知ってるんだ。

 

 背中にずるぼんを庇い女将を睨み付ける。

 

「はんっ、そんな警戒しなくても何もしやしないから安心おし」

 

 女将はカウンターの10000Gを手に取ると、こっちに投げてきた。

 

「・・・こうやって油断させる作戦ですか?」

 

 ″パシッ″とメダルを受け取るが女将から目を離さない。

 

「あん? 素直じゃないねぇ。ガキがどうやったらそんな捻くれちまうのさ?」

 

 小首を傾げた女将は「全く、世も末だねぇ」と呟き煙を吐いた。

 

「姉御、コイツ等どうしやす?」

 

 男の声に振り替えると、5人の男達が倒れるチンピラを指差している。

 

「その辺に捨ててきておくれ」

 

 女将は面倒そうに″しっしっ″と手首をスナップさせている。

 

 「へい!」と返事をした5人の男達はチンピラABCを抱えて店外へと消えていった。

 

「・・・仲間じゃないんですか?」

 

「冗談は止しとくれ。アンナ奴はただの見習いさ」

 

「オバサン…悪い人なの?」

 

 男達が去り少しは落ち着いたのか、ずるぼんが恐る恐る口を挟んでくる。

 

「そうさ、あたしゃ悪党さ」

 

「おで達殺されちまうだか」

 

「止しとくれ。子供に手を出すなんて悪党の風上にも置けないよ。 それに、そこの坊やがそんなことを許しちゃくれないよ」

 

「何故そんなことが言えるんですか?」

 

「″眼″が教えてくれるのさ。うちの男共じゃアルキーナの神童に勝てやしないよ」

 

 目、か。

 ″目は口ほどにモノを言う″と言うけれど、原作の大魔王やマトリフしかり、あやふやなモノに自信持ちすぎだろ。

 

「どうして俺の事を知ってるんですか?」

 

「ここに書いてるじゃないか」

 

 呆れ顔の女将が掲げた宿台帳には、ずるぼんの汚い字で、

 アルキーナ でろりん

   〃   へろへろ

   〃   ずるぼん

 

 と記されていた。

 俺の名を先に書く辺り一応はリーダーとして視てくれている様だ。

 俺が絵画に注目していた時にでも書いたのだろう。

 

「この酒場はパーティーの出会いを提供してるのさ。 見込みの有りそうな奴は調べて当然だと思わないかい?」

 

「…そうですね」

 

 てか、俺の噂って王都に迄届いていたのか。

 因みに、″アルキーナ″とは俺が生まれ育った村のことだ。

 

「質問は終わりかい? だったら次はこっちの番だねぇ」

 

「何かしら?」

 

 椅子に座り直したずるぼんが足をブラブラさせ、女将と向かい合う。

 

「そのメダルをどうやって手に入れたのさ?」

 

 女将がメダルを指したキセルの先を揺らして聞いてくる。

 

「狙いはメダルの入手経路って訳ですか」

 

 やはり油断できない。

 短絡的に10000Gを狙ったチンピラとは格が違う様だ。例えるなら、金塊ではなく金山の情報を聞き出すって感じだな。

 掌に炎を生み出し警戒レベルを引き上げる。

 

「はんっ、まったく可愛いげのない坊やだねぇ。 アバンといい″勇者″って人種は食えない連中しかなれないのかい?」

 

「おばさん勇者アンパンを知ってるだか?」

 

 勇者はアバンだって。

 てか、へろへろもずるぼんに並んで椅子に腰掛けたし、俺だけが突っ掛かてるみたいに成ってきたぞ。

 

「よーく知ってるよ。ソコに描かれてるだろ?」

 

「へー? アレッて勇者アバンなんだ? 中々良い男じゃない」

 

 ネェちゃん…。

 勇者に対する感想がソレッてどうなんだよ。

 まぁ、ずるぼん節全開だし取り敢えず安心か。

 あれ?

 アバンと一緒に描かれてと言うことは、女将の事は信じても大丈夫か?

 勇者アバンの真の恐ろしさはその人物眼だと思うんだな。なんたってヘタレにしか見えない″ポップ″の資質を見抜いた位だ。

 そんなアバンと一緒に描かれるオバサンはアバンのお眼鏡に叶った人物ということになる。

 マジもんの悪党ならアバンが放っておかない筈だ。

 

 ずるぼんもへろへろもリラックスしている事だし、俺も警戒を解くか…掌の炎を消すことにした。

 

「なんだい? もうツンケンしなくて良いのかい?」

 

「えぇ。オバサンが信用出来るって解りましたから」

 

「…? おかしな坊やだねぇ? まぁいいさ、さっきの質問に答えとくれ」

 

「モンスターを倒して手に入れたゴールドを重ねたダケです」

 

「そりゃオカシイね。モンスターがゴールドを落とすのは滅多有ることじゃないよ」

 

「そんな事ないわよ! でろりんが倒したらいっぱい落とすわ」

 

「そうだで、兄貴に付いていったらマネーいっぱいだで」

 

 へろへろは両手を広げてアピールしているが、出来れば止めて欲しいぞ。

 

「変だねぇ? ″偽勇者″ってのは商売の神に愛されてんのかね?」

 

「え? 偽勇者ってなんですか?」

 

 内心で″ドキッ″っとしながら惚けてみせる。

 てか、″商売の神に愛される″ってなんだ?

 

「坊やの″職業″さ。この″眼″は特別製でね。 人の強さや職業が観えるのさ」

 

 なんだそりゃ!?

 チートか? チートなのか!?

 

「何よそれ!? そんなのズルいじゃない!」

 

 良いぞ、ずるぼん。

 もっと言ってやれ。

 

「あっはは! そうかい、ずるいかい。

 だけどこんな眼でも無けりゃぁこの酒場の店主は勤まらないから許しとくれ」

 

 成る程。

 そのチートアイで確認した強さを元に、仲間を求めるパーティーに紹介しているんだろう。

 でもチートはチートだ。

 

「赦してあげる代わりにあたしの強さを教えなさいよ」

 

「あっはっはは…そうかい赦してくれるかい。

 ホントはお金を取るんだけど特別に見てあげるよ」

 

 何が楽しいのか愉快そうに笑った女将は、前髪をかき上げ右目を閉ざした。

 

「お嬢ちゃんは、ずるぼん…レベルは4…なんちゃって僧侶…力、9…素早さ、11…体力、7…賢さ、は、凄いじゃないか20もあるよ。運の良さ…は嬢ちゃんも低いねぇ、うちの男共といい一体全体どうしちまったんだい」

 

 それは多分バランのせいです。消滅する地に居る時点で不幸のドン底だ。

 やっぱり消滅を防いだ暁には″真魔剛竜剣″を要求しよう。

 例え装備出来なくても、変わり者の魔族に渡せばそれ相応の装備と交換してくれるだろう。

 

 それはさておき、なんちゃって僧侶ってなんだよ。

 

「ふーん? アタシってば運が悪いの? 闘うのはでろりんだから、他は別にどうでも良いわね」

 

 いや、ネェちゃんも戦えよ。

 

「あっはは。面白い嬢ちゃんだねぇ。運は日によって変動するから気にしなくたって大丈夫さね。 男に闘いを押し付けるのは良い考えだねぇ」

 

 いや、余計な考えを教えないでくれ。

 

「俺ってどうなんですか?」

 

「聞きたきゃお金を払っとくれ」

 

 確かにこの情報には金を払う価値が有るけど、なんだか納得いかないぞ。

 

「いくらですか?」

 

「10000Gだよ」

 

「何よそれ! ダメよ、絶対ダメだからね」

 

 俺の手からメダルを取り上げたずるぼんは、それをしっかり小脇に抱えて俺を睨みつける。

 

 百万円か…。

 安く無いけど情報の価値からして不当な値段設定とも言えないな。

 金は無いけど何とかして教えてもらいたい。

 ずるぼんにあげたメダルはずるぼんのモノだから俺の都合で使うわけにいかないし、どうしたものか。

 

 ・・・よし!

 

「先ほど、貴女の部下に襲われて姉が怖い思いをしました。慰謝料として、10000Gを請求します」

 

「あっはは! この坊やは何処でそんな難しい言葉を覚えてきたんだい? いいさ、慰謝料代わりに教えたげるよ。

 坊やは偽勇者

 レベルは13

 ちから…28

 素早さ…31

 体力……17

 おかしいねぇ? 賢さと運の良さが見えないねぇ」 

 

「…………え?」

 

「そんな落ち込む必要はないさ、この眼でも希に見えない奴もいるのさ」

 

 いや、違う。

 そうじゃないんだ。

 

 俺ってそんな弱かったのか!?

 おかしくね? かれこれ5年は修行したし、力なんか村の大人以上にあるんだぞ!?

 なんでそんなに弱いんだよ!?

 

 アレか?

 表現方法が違うのか?  うん、そうだ、そうに違いない。

 

 

「勇者と付くだけあって先が楽しみな坊やだよ。いずれはアバンみたいに100を越えていくかも知れないねぇ」

 

 ぐはっ。

 100が上限でも無いのか。

 所詮俺は偽勇者″でろりん″でしかないのか…。

 

 死刑宣告を受けた気分になった俺は、その後のやり取りを放心状態のままで流れに任せてやり過ごした。

 

 

 余談になるが、チンピラを捨てて戻ってきた男達が設えた宿泊用の部屋に入った俺は、ずるぼんに小一時間叱られた。

 ずるぼんが震えていたのは、いきなり暴れだした俺が怖かったから、らしい。

 

 見た目は子供、中身はハタチ。そんな俺が12の少女に叱られる情けなさ。

 

 それこれも全部バランのせいだ。

 未だ会った事もないバランへの怒りで我を取り戻した俺は、明日こそは色々情報を仕入れよう! と決意を固めて眠りに就くのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 明けて翌日。

 

 前日の反省からずるぼんに危険な言動を見せられないと考えた俺は、ずるぼんとへろへろの二人を言葉巧みに城下町見学へと追い出した。

 二人だけでは少々心配なので、女将に子守りを頼んでみた処、快く引き受けてもらえた。

 宿を元気良く飛び出したずるぼん達の後を、二人の男が追い掛け付かず離れず見守ってくれる算段だ。

 

 女将を頭とする″カンダダ一味″は悪党に違いないが、金には困ってないらしく、子供を手にかける様な真似はしないそうだ。

 元々、門番の言葉通り危なっかしい子供の俺達をそれとなく保護するつもりだったらしい。

 昨日の騒ぎは深読みし過ぎた俺が一人で空回りしたのが主な原因になる。

 チンピラ達は入団希望の見習いで″カンダダ一味″のなんたるかを知らなかったそうだ。

 騒ぎの最中、チンピラが″カンダダ一味″と口にした時点で、制裁を加えるつもりで男達が動こうとしたが、それより早く俺がチンピラをノシてしまった。

 これが、昨日の顛末の真相になる。

 

 ずるぼん達を送り出した俺は、酒場の裏庭で木剣を振りながら今までの事、コレからの事を考えていた。

 

 俺は、弱い。

 

 10歳だとかそんな事は関係なく弱いんだ。

 先ずはこの現実を受け入れよう。

 5年の修行で上がったレベルは12。

 これを元に考えると、原作開始迄の10年と少しで上げられるレベルは30も無いだろう。

 つまりこのままいけば原作開始時点で俺のレベルは40前後。今の三倍だ。

 パラメーターを単純に三倍すると100に届かない計算になる。

 小さな村に暮らす普通の村人に比べれば十分強いけど、それじゃダメなんだ。

 俺の5年の修行は所詮自己流だし、″魔剣戦士ヒュンケル″に比べれば全然大した事がない事実。

 ヒュンケルはガキの頃からアバンに師事し、更に魔王軍の重鎮″ミストバーン″の元で十数年の修行の日々を送る事になる人物。

 そんな人物ですら大魔王に敵わない現実。

 原作の闘いは、世界の命運を決める天才達の闘いであり、所詮一般人の偽勇者がちょっと早く修行した位で到達出来る世界じゃないって事に今更ながらに気付いた。

 知らず知らずの内に前世を持つアドバンテージに驕り、アルキーナの神童と呼ばれる内に慢心していたようだ。

 まさに″井の中の蛙、大海を知らず″だな。

 

 この事実に昨日は取り乱してしまったが、悪いことばかりじゃない。

 むしろ気付けて幸いだと言える。強さを過信したまま原作キャラにバトルを挑んだりしたら……考えただけでも恐ろしい。

 俺の目標はこの世界で力強く生き抜く事で、その為の力が有れば十分だ。

 大魔王を倒すのはダイ達に任せる気満々だし、俺は別に最強に成れなくて構わないんだな。

 だからといって鍛練を怠る気はない。

 要は過信は禁物、身の丈を知り自分なりに出来る事を頑張れば良いんだ。

 

「よし!!」

 

 反省、終わり!

 

 上段から振り下ろした木の剣を止め汗を拭う。

 

 次は情報収集だ。

 女将には聞きたい事が沢山ある。

 彼女達は悪党かも知れないが、俺達に危害を加える気がないなら特に気にする必要もないだろう。

 アルキード消滅の大事に比べれば彼女達の悪行(何をしているのか知らない)は小事に過ぎない。

 それに、俺は世直しなど考えていないし、話してみた感じ彼女達は悪党であっても悪人ではないように思えた。

 何より、勇者アバンの知り合いというのが大きい。

 

 汗を拭った俺は、酒場へと戻るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「それで? 何を聞きたいんだい?」

 

 腹拵えに注文した料理を食べていると、カウンター内でキセルを吹かす女将が唐突に話し掛けてきた。

 

 

「なんでそう思うンですか?」

 

「嬢ちゃん達を追い出したのは、聞かれたく無い話があるからだろ?」

 

 バレバレか。

 見た目は子供、中身はハタチ!と言っても人生経験的な意味では子供みたいなもんだし、腹の探り合いでは勝てそうにないな。

 

「まぁ、そうですね。色々聞きたい事は有りますけど情報料とか要りますか?」

 

 深読みするより頭空っぽにして、聞きたい事を素直に訊ねるとしよう。

 

「まったく…変な坊やだねぇ? 何処でそんな事を覚えてきたんだい?

 情報料は坊やの知りたい内容に依るさ」

 

 情報の内容次第で料金が違うのは当然だろう。

 

「はい、これ。足りない分はお金が出来たら払います」

 

 懐からゴールドの入った袋を取り出し、丸ごと差し出す。

 残りの全財産。

 二千数百ゴールドはあったはずだしコレで足りなきゃお手上げだ。

 

「この一枚でいいさ。

 足りない分は、坊やに仕事を頼むとするさ」

 

 袋から取り出した1000G金貨をカウンターに置いた女将が袋を還してくれる。

 

 

「仕事って何ですか? 人殺しはしませんよ?」

 

 前世の記憶のせいで人を殺そうとも、殺せるとも思えない。

 ん?

 てか、俺って人型タイプのモンスターと殺し合い出来るのか?

 …コレからの課題になりそうだな。

 

「ガキがどう過ごせばそんな発想になるのかねぇ?

 カンダダ一味は殺しをしない主義だから安心しておくれ」

 

「じゃぁ何をすれば良いんですか?」

 

「それは坊やの話を聞いてからさ。金で足りるなら坊やが働く必要はないじゃないか?

 坊やの強さならこなせる仕事さ。この眼が保証してあげるよ」

 

「その眼って何なんですか?」

 

「眼の事を知りたかったのかい? 構わないけど、坊やに払えるのかねぇ?」

 

 いや、違うし。

 

「この眼は″ルイーダ″の名を受け継ぐ者に代々引き継がれてきた……魔法のようなもんさ、観てみな」

 

 俺が止めるより早く秘密を話しだした女将、いや、名を継いでるならルイーダか。彼女が前髪をかきあげてカウンター越しに顔を寄せてくる。

 

 こんな簡単に秘伝を話してもいいのか? まぁ折角だし見せてもらうか。

 

 俺も顔を近付けてその瞳を覗き込んだ。

 

 あ、目尻にシワ発見!

 

 

「アイタっ!!」

 

 キセルで殴られた。

 

「変な事考えるんじゃないよ」

 

「なんで判るんですか、流石、年の甲ですね…って、イタっ」

 

 もう、一発殴られた。

 

「馬鹿な坊やに教えたげるよ。痛い目に遇いたく無ければ女に年の事を言わないことさ」

 

 殴る前に言ってくれ。

 

 さて、馬鹿なやり取りをしていないで真面目に観るとしよう。

 

「魔方陣、ですか?」

 

 女将の黒目には六芒星が浮かび上がっている。

 

「知ってるなら話が早いねぇ、この魔方陣に魔法力を籠めれば、対象の魔法力を読み取り、数値化してあたしに見せてくれるのさ」

 

 原理は判らないが、要は魔法力を利用したスカウターか?

 

「へぇー・・・コレッて俺も使える様にならないですか?」

 

 身の丈を弁えると決めたばかりの俺には打ってつけのチートアイだ。

 コレさえ有れば敵の戦力を見誤る事が減りそうだ。 是が非でも欲しい。

 でも、規格外の相手には効かないんだろな。

 

「説明を聞いてなかったのかい? コレはルイーダの名を継ぐ者だけが引き継げるのさ。あたしゃ使い方と伝授の方法しか知りゃしないよ」

 

「ルイーダの名を継げば使えるんでしょ?」

 

 

「簡単に言ってくれるじゃないか。そうさねぇ…坊やが一生この街から離れない決意が付いたなら、考えてやっても良いさ。ルイーダの名を受け継ぐってのはそうゆうことさ」

 

「じゃぁ止めときます」

 

 チートアイは魅力的だが今この街に腰を据える訳にはいかない。

 てか、この街に腰を据えるなら別にチートアイは必要ない。宝の持ち腐れ感が半端ないぞ。

 

「そうしな。

 それじゃぁ、お代の100000Gを払ってもらおうかねぇ」

 

「えっ!?」

 

「なに呆けた顔をしてるのさ? こっちは秘伝を教えてやったんだから当然の請求じゃないか」

 

 いや、そっちが勝手に話し始めたんだし、秘伝の原理とか解んないし、教えてもらえないし、10万Gなんて払えるわけないし、ソレはアンタだって知ってるだろうし・・・。

 はぁ…そうゆうことですか。

 

「はいはい、解りました。ルイーダさんの依頼を受けますんで、…コレで良いですか?」

 

「話が早くて助かるねぇ。頭の良い子は嫌いじゃないよ」

 

「オバサンに好かれても嬉しくないですけどねぇ」

 

 せめてもの意趣返しに憎まれ口を叩いてみせる。

 

「また、ブたれたいのかい?」

 

 タレ目を吊り上げたルイーダは、手のひらの上でキセルを″ぽんぽん″と叩いている。

 マジで痛いから止めて欲しいぞ。

 そのキセルは立派な武器だ。

 

「遠慮します。そんな事よりその眼でどうして職業が判るんですか?」

 

「そんな事はあたしに聞かれても知らないさ。見えるもんは見えるのさ」

 

「でも、偽勇者とかなんちゃって僧侶とか酷くないですか?」

 

 軽く悪意を感じたのは俺ダケじゃなく、過去にもきっと居た筈だ。

 

「坊やが自分で偽物だと思ってるからそうなっちまうのさ。偽勇者なんて見たのはあたしも初めてさ。

 実を言うと勇者と付くガキは少なくない、但し!!

 実力が伴っていないと嬢ちゃんみたいに″なんちゃって″と付いちまうのさ」

 

 なんだそりゃ?

 要するに、俺は自分で偽勇者だと思い、尚且つ実力が伴っているとゆうことか?

 偽勇者の実力が伴うってなんなんだ?

 

「解ったような、解らないような?」

 

「そんな悩むもんでもないさね。アバンの奴もこの前会った時は″家庭教師″なんてフザケタ職業に変わっちまってたし、職業なんざ飾りみたいなもんさ」

 

 偉い奴にはソレが判らんのです!

 勇者と偽勇者には果てしない壁がある。

 こんなままじゃ王族に会いに行けやしない。

 いや、でもこんなチートアイはルイーダだけっぽいし大丈夫か?

 

「たっだいま〜。あーお腹空いたぁ」

 

 ″バタン″と勢い良く扉を開けてずるぼんが帰ってきた。

 まだまだ聞きたい事が有るというのに、もうお昼時か。

 

「此処に下ろしていいだか?」

 

 へろへろは″ドスン″と音を立ててパンパンに膨れ上がったリュックを床に降ろした。

 

 え?

 

 確か、へろへろは空のリュックをぶら下げて出掛けた筈だぞ!?

 

「沢山買ったんだねぇ」

 

「うん! お陰でお金無くなっちゃった。あ、でろりん、お金ちょーだい!」

 

 

 ・・・ねーよ。

 

 

 昼からどうやって追い出そうか思案しつつ、3人並んで昼食を摂るのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「見てこれ! 可愛いでしょ!」

 

 水玉模様ならぬスライム模様のワンピースを身に纏ったずるぼんが二階から駆け降りてくる。

 ルイーダの酒場の一階で、ずるぼんによる、ずるぼんの為の、ずるぼんダケのファッションショーが延々と繰り広げられていた。

 

「うん、そうだねー、似合ってるよー」

 

 何が可愛いのかさっぱり解らないが、本人が満足しているなら由としよう。

 

「もー! ちゃんと見なさいよ! このスライム達一匹ずつ表情が違うのよ」

 

 俺の前で″クルリ″とターンを決めたずるぼんが、チャームポイントを解説している。

 でも、それって手作業故のムラじゃないのか? 等と声に出して言おうモノなら後が怖いので黙っておいた。

 でもこのままだと不味いんだよな。ずるぼんは順調にずるぼんへと育っている気がしてならない。

 半日と掛からず10000Gも使い切るとは流石に予想外だ。

 

 

「ホントだースゴいやー」

 

「でしょ?」

 

 俺の適当な誉め言葉に気を良くしたずるぼんは、テーブル席に向かって歩いていくと、真っ昼間から酒を飲む男達の前でもターンを決めている。

 我が姉ながら順応性が半端ないな。すっかり馴染んでしまってる。

 

 それはそうと、大量に買った服は何処に仕舞っておくつもりなんだ?

 まさか、俺にもリュックを背負えと言わないよな?

 トルネコじゃあるまいしリュックを背負ったら戦えないぞ。

 

 トルネコと言えばファッションショーの合間にルイーダに聞いてみた。

 ルイーダによると、あの絵画の人物はやはり旅の商人″トルネコ″であり、勇者アバンをお金の面で支えていたそうだ。

 と言ってもお金を直接渡していた訳でなく″商売の神に愛された″トルネコがパーティーに参加する事で、ほぼ100%になるマネードロップ率を活かして得られるゴールドを山分けしていたそうだ。

 トルネコはドロップ率を上げる係で、勇者パーティーは倒す係。

 分け前の比率は勇者パーティーの構成次第で異なっており″エロジジィ″が居れば勇者側が8割、居なければトルネコが8割だったらしい。

 本来のマネードロップ率は3%も無いらしく、例え2割の分け前でも十分な金額になり、勇者は勇者のするべき事をするダケで、トルネコはそんな勇者に付いていくダケで、お互いに得をする見事な共存関係だったようだ。 勇者の行く先々には放っておいても大量のモンスターが立ちはだかる為、勇者に分け前を払って尚、トルネコは一財産築けたらしく、最終決戦を前に″デパートを造る″と言い残し何処かに旅だったそうだが、多分ベンガーナだろう。

 ダイ達が買い物を行ったデパートはエレベーターがあったり世界観が少し違ったのは4の世界からやって来たトルネコが造ったとしたら妙に合点がいく。

 因みに、トルネコの″つよさ″はルイーダの眼にも映らなかったそうだ。

 この点から考えてもトルネコが異邦人の可能性は高く、機会が有れば一度会ってみたいモノだ。

 

 トルネコの話に付随してゴールドに関する話しも色々と聞く事が出来た。

 コレは別に情報と呼べるほどのモノでもなく、単に俺が子供であった為に教えられていなかったダケの一般的な知識になる。

 世に出回っているゴールド硬貨は全てモンスターのドロップ品になる。

 モンスターを倒せば倒す程ゴールドを得られる俺やトルネコみたいな奴が居れば、簡単にインフレを興すんじゃないかと心配したがそんなことは無く、寧ろゴールド獲得は国に推奨されている様だ。

 と言うのもモンスターが落とすゴールドだけでは全ての商業活動を賄えておらず、現在は国が紙幣も発行している。

 そして、その紙幣は印刷技術の未熟さから常に偽造の被害を受けてしまう。

 そんな訳で国としては偽造の心配がない、てか偽造のしようがないゴールド硬貨に切り替えていきたいらしい。

 確かに、重ねたら桁が上がる不思議硬貨は人の手で造れやしないが、経済政策としてはどうなんだろう。

 経済的な難しい事は解らないが、俺がモンスターを倒してゴールドを荒稼ぎしても、とりあえず非難されることは無さそうだ。

 因みに、俺のドロップ率もトルネコと同じくほぼ100%だ。ほぼ、なのはドロップしたコインを見失う事があるってダケだ。

 しかし、普通の人は3%に満たないドロップ率でモンスターを狙うのは割に合わず、普通の生活を営む事を選ぶ様だ。

 

 モンスターを倒せばゴールドが落ちてくる仕組みも、俺やトルネコがほぼ100%のドロップ率を誇る理由も解らない。

 解らないが、この特性の有る俺は路頭に迷う事はないだろう。

 俺にとって金脈となるモンスター達は、人里付近に近寄ってこないだけで、この大陸にもかなりの数が暮らしている。

 デルムリン島に代表されるようなモンスターの楽園、人類にとって未開の地はまだまだ多いのだ。

 問題は、人里離れて暮らすモンスター達を金の為に殺せるか? って話だ。

 

 まぁ、これはおいおい考えていけば良いだろう。

 それより何より先ずはバランだ。兎に角コイツのプッツンをなんとかしないと詰んでしまう。

 そんなバランを救うキーアイテム″ラーの鏡″の情報は、拍子抜けする位簡単に出てきた。

 

『ラーの鏡ってあれかい? 貧乏テランが後生大事に持ってる鏡の事かい?』

 

『姉御、そりゃ違いやすぜ。テランから王女の誕生祝いとしてパプニカに贈られたって話でさ』

 

『そうかい…パプニカだったら話は早いねぇ。″エロジジィ″に紹介状を書いてやるから後は坊やが何とかおし』

 

 と、まぁこんな感じに呆気なく方針が決まった。

 交渉するべき相手がエロジジィことマトリフに成りそうなのが頭の痛い処だが、伝手が全く無いよりマシだろう。

 性格的に難がある人物に違いないが、心の奥底にはしっかりとしたモノを持っているのも間違いない。

 彼になら、俺の真相を伝えて協力を仰ぐのも悪くないが、これも原作に与える影響が大きいし出来る事なら、ただの子供として交渉を終えたい。

 とりあえず、パプニカに向かうためにもルイーダからの依頼″アジト奪還作戦″に強力するとするか。

 

 

 その後、飽きるまで繰り返されるファッションショーを見物し、明日の出発に備えて早目の睡眠をとるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 開けて翌朝。

 

「それじゃ頼んだよ」

 

 ルイーダに見送られ馬車に乗り込んだ俺達は、″あばれザル″に奪われたカンダダ一味のアジトに向かい出立した。

 同行者はずるぼんにへろへろ、それにカンダダ子分の五人の男達。

 その中にはあの門番の男も混じっていた。

 正直、ずるぼんは当然へろへろも足手まといだが、奪われたアジト迄は馬車で1日、往復に2日も掛かる為「俺を一人にさせられない」とお姉ちゃんパワーを発揮するずるぼんに根負けしてしまった。

 自分が思う以上に″家族の頼み″に弱いようだ。

 

 まぁ、敵はあばれザルの群だし、鉄の装備も貸してもらえるし、油断しなければなんとかなるだろう。

 ただ、一つ気になるのは色違いの暴れ猿、それも緑色が混じっているとの報告がある事か…俺の記憶が確かなら、それってキラーエイプじゃね?

 

 

 道中、馬車は何事もなく進んでいく。

 代わり映えのしない何処までも続く田舎の風景。

 記憶の彼方に残る、天高く聳える建造物が今となっては懐かしく思える。

 そんな俺の感傷に気付く事なく、馬車の旅を無邪気にはしゃいだずるぼんが嘔吐したのはお約束だな。

 

 青ざめるずるぼんにホイミを掛けて、馬車はガタゴトガタゴト進みゆく。

 眠るずるぼんを膝にのせ、何もすることなく外を眺めていると、ふと気付く。

 記憶の彼方に残る建造物にも負けない力強さで天に伸びる一本の樹。

 かなりの距離があるにも関わらずその姿を視認できる。

 

「ねぇ、おじさん。アレッて世界樹?」

 

「あぁそうさ。アレがアルキード名物の世界樹さ」

 

「へ〜」

 

「おっきいだぁ」

 

「あの樹の根を利用して俺達はアジトを造ったのさ」

 

 自慢気に言っているが、そんな罰当たりな事をしたからモンスターに奪われたんじゃね?

 

 

◇◇

 

 

 世界樹の麓にある宿場町で朝を迎えた俺達は、日が登り切る前に装備を整えアジトに向かって出発した。

 幹までの距離も未だ未だあるが、地面を走る根が所々で盛り上がり此処から先の移動は馬車だと困難になっている。

 てか、そんな所にあるアジトなんか放っておけば良いものを、悪党として奪われたままにはしておけないらしい。

 案外、悪党と言うのは生きるのが下手なのかもしれない。

 

 それから暫くの間デコボコ道を進んだ。

 

 体感で一時間。

 

 いや、マジ遠すぎ。

 こんな所のアジトなんか放棄すべきだろ。

 人目を憚る裏の人間だからと言ってこんな所をねぐらにする意味が解らない。

 

「あそこがアジトだ」

 

 子分が指差す先に地中から露出した樹の根が見え、そこには小さな扉があり、その付近ではあばれザルの群が寛いでいる。

 

「ウッソだぁ〜。おサルさんの棲み家にしか見えないわよ?」

 

 いや、ネェちゃん…あれ一応モンスターだし。

 

「今はそうだけどアソコは立派なアジトなんだよ。ほら?扉が見えるだろ? 樹の根をくり貫いて造っているから丈夫だし、中は意外に快適なんだよ。此処が奪われたから、君の弟に懲らしめられた見習い達を王都に詰めさせる羽目になったのさ」

 

「ふーん? まぁ俺は此処からイオラを放てば良いんですよね?」

 

 悪党の考えは理解出来ないし、俺は依頼通りにイオラで先制攻撃をしかけるだけだ。

 

「頼むよ」

 

 俺は鉄の剣を軽く地面に突き刺し、両手の自由を得ると、イオラとなる二つの光球を左右の掌に産み出していく。 ホント、イオ系とは相性が良いんだよな。

 

「行けます、準備は良いですか?」

 

 寛ぐダケのモンスターに襲いかかるのは正直少し気が引ける。

 だけど、アルキードを護るため、家族を護るため、ひいては自分の望みを叶えるためには、殺るしかないんだ。

 

「いけ! イオラ!!」

 







3日程更新出来ません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「いけ! イオラ!!」

 

 呪文を唱えると、二つの光球があばれザルの群へと向かって飛んでいく。

 不思議な事に手から離れてもホンの少しだけ軌道修正が可能となっていたりする。

 

 って、ズレタ!?。

 

 余計な事を考えたせいか光球同士が近付き過ぎた。

 爆発範囲が重なり合う部分を多くするより、爆発範囲を広くさせたかったんだけど仕方ない。今更軌道修正は不可能だ。

 

 間も無く、アジトの周りで寛ぐあばれザル達の中心付近に着弾した光球が『ドォーン』と爆音上げて炸裂し、土煙を巻き上げた。

 土煙に混じって巻き上がった樹の欠片が″パラパラ″と降ってくる。

 多分、イオラの巻き添えでアジトも破壊されているのだろう。

 だけど問題は無い。

 奪い返すのが目的であって、奪い返した結果アジトが壊滅していても構わないそうだ。

 使い物に成らなくなったアジトを奪い返しても意味が無いと思うんだけどな。

 悪党の考える事は、よく解らない。

 

 ″チャリーン、チャリーン、チャリーン″

 

 土煙の向こうで硬貨のぶつかり合う音が聞こえる。

 何体か倒せたようだ。

 ま、爆発範囲が重なり合う部分に居たあばれザルは即死して当然か。

 

「マネーだで!」

 

「ダメよ! 今行ったら危ないから音の鳴った場所を覚えておくのよ!」

 

 俺の背後で、ずるぼんとへろへろが緊張感の無いやり取りを行っている。

 

 コイツらまさか、ゴールドを拾いに此処まで来たんじゃないだろな?

 一応、危ないと認識しているし、隣にカンダダ子分の一人が控えているし、とりあえず大丈夫…なのか?

 もの凄く不安だ。

 やっぱ、連れてくるべきじゃなかったんだよな・・・でも、目を離すのも心配だし・・・はぁ、早く成長してくれないかなぁ。

 

 暫くすると土煙が風に流され、見通しがよくなる。

 

 爆心地付近のあばれザルは地に伏している。

 ピクリとも動かないモノもいれば、ビクピクしているモノもいる。

 爆心地から離れる程、瀕死を免れており、数体がその場で跳び跳ねたり、胸を叩き雄叫びを上げたりしているが、殲滅を期待していたわけでもないし、先制攻撃は見事に決まったと言える。

 その上で、魔物の群は″おどろきとまどっている″様だし、こんなチャンスは見逃せない。

 

「突っ込むぞ!」

「おう!」

「任せな!」

 

 もう一発イオラを放とう構えをとるも、それより早く3人のカンダダ子分が攻撃を開始した。

 俺に与えられた役割は、『イオラによる先制攻撃』であり、本格的な戦闘参加ではない。

 役割を見事果たした後は逃げても良いことになっている。

 でも、単発イオラなら後何発か撃てるし協力するのは吝かじゃない。

 馬鹿正直に真っ正面から突っ込むのは追撃のイオラを放った後でも良いだろうに、契約に忠実なのか、それとも単なる蛮勇なのか?

 暫く、お手並み拝見するとしよう。

 と、上から目線で考えてみても、乱戦になればイオ系は使い難いから、見守るか逃げるしか無いのが実際のところだったりする。

 ゲームと違って、普通に味方を巻き込むのがイオ系の欠点だ。

 

 

◇◇

 

 

 3人のカンダダ子分と7体のあばれザルで始まった戦闘は、終始カンダダ子分が有利のまま繰り広げられられている。

 戸惑うあばれザル達の中でも特に弱っているものは、攻撃開始と同時にカンダダ子分達によって1体づつ切り伏せられた。

 これで早くも3対4。

 その後、あばれザル達が攻撃に転じるものの、子分達は巧みに交わし、攻撃後の隙を突いては的確にダメージを与えていく。

 

 こうやって遠くから観ているとよく判る。

 あばれザルがイオラの余波で弱っているのを差し引いても、子分達は強い。

 多分、魔法抜きの俺じゃ相手に成らないだろう。

 ルイーダが″うちの男共じゃ坊やに勝てない″なんて言ってたが、出鱈目も良いとこだ。

 アレは結局、アルキーナの神童がイオラを使えると調査済みのルイーダが、室内でイオラを使わさない様にする為についた方便だったんだよな。

 考えてみたら、イオラを使える子供とか恐すぎる。猿にダイナマイトを持たせてる様なモンだ。

 下手に刺激して俺がイオラをぶっ放せば、大惨事になると考えたルイーダは、虚実交えた口先八丁で俺を落ち着かせるのに成功したって感じだ。

 この世界のご多分に漏れず、俺もチョロい一員だったって訳だ。

 ・・・思い出したら悔しくなってきたぞ。

 いつの日かルイーダを″ぎゃふん″と言わせてやる。

 

 

「そこだで!」

 

「いっけぇ!」

 

 戦闘が佳境に入り、闘技場でも観るような雰囲気で見物しているずるぼん達の応援にも熱が篭る。

 

 子分Aが真一文字に切り払い、子分Bは大上段からを振り抜いた。

 

 ″チャリーン、チャリーン、チャリーン″

 

 ゴールドのぶつかり合う音が響く。

 ドロップ率100%の思わぬ副作用、ゴールドが落ちれば絶命の合図になる。

 これで、残る敵は後2体。

 最早、勝利は目前だ。

 

「へっ。手間かけさせやがって」

「カンダダ一味を舐めた落とし前はキッチリつけて貰うぜ!」

「俺達にチョッカイを掛けた迂闊さを、あの世とやらで後悔するんだな!」

 

 カンダダ子分達も勝利を確信したのだろう。

 残る2体のあばれザルを取り囲み、切っ先を向け饒舌に語り出した。

 いくら語っても理解されてると思えないが、これで彼等の気が晴れるならこれも必要な儀式なんだろう。

 

「あーぁー。緑色のお猿さんも見たかったなぁ」

 

 残念そうなずるぼんが、足元に転がる根っ子の欠片を蹴っ飛ばしている。

 

「ちょっ!? そんな事言ったらダメだって!」

 

 此処に来たのはアジト奪還が目的であって、モンスターの殲滅じゃない。

 緑が居ないならそれに越したた事はないんだ。

 アジト周辺のあばれザルを蹴散らして、子分達がアジトに入ると同時に「このアジトを放棄する」と小芝居すれば目的達成なんだ。

 小芝居する意味が解らないけど、わざわざ強敵っぽいのとやり合う必要も無いんだ。

 余計なフラグを立てることなんかない。

 

「はっはっは。君はどうにも心配性の様だね。見てごらんよ? このアジトは見張らしが良いからここに作られたんだ。どこに亜種が居るって言うんだい?」

 

 いや、見晴らしが良い場所にアジトってどうなのさ!?

 

 俺の護衛として戦闘には参加せず近くに居た門番の男が、両手を広げて周囲の安全をアピールしているけど、そういうのがヤバいんだって。

 

「なんか降って来ただ」

 

 ほら、みたことか!

 へろへろがあんぐり口を空けて空を指差している。

 

「あっー!! 緑のお猿さんだぁ!」

 

 空から降って来た緑のあばれザルがアジトの屋根、てか、世界樹の根っ子の上に着地すると、そのまま屋根を突き破り″ズゥン″と地響きを発生させた。

 茶色いノーマルタイプに比べてふた周り以上デカく見えた…てかマジで何処から降って来たんだ?

 

 空を見上げる。

 かなり高い位置に世界樹の枝葉が伸びている。

 まさか、あんな所から飛び降りて来たのか!?

 ゆうに100メートルは有るだろ!?

 

「これは…ちょっと不味いかな…」

 

 門番の男が冷や汗を掻いている。

 

『ウォォオォぉぉ!!』

 

 緑のあばれザルがアジトの中で雄叫びを上げているようだ。

 

「くそっ!? どうなってやがる!?」

「コングは居なくなったんじゃないのか!?」

「何でも良い! 先に残りのあばれザルを片付けるぞ!」

 

 いや、何でも良くない。

 余裕綽々で余計な口上を述べていたのが悪いと思うぞ。

 

『クェーーっ!!』

 

 ん?

 鳥の鳴き声に釣られて再び顔を上げる。

 ″バサバサ″と羽ばたきながら巨大な鳥が頭上を旋回している。

 

「しまったぁ!! でろりん君! アイツを倒してくれ!!」

 

 焦りの表情を浮かべた門番の男が、上空の鳥を指差している。

 

「え? いや、無理ですって。あの高さに届く魔法は持ってません」

 

 雷を落とす″デイン系″でも使えれば何とかなるが、メラやギラでは届かない。

 いきなり振られた無理難題に答えていると、巨大な鳥からキラキラ光る粉の様なモノが降注ぎ、カンダダ子分とあばれザル達の周囲を包みゆく。

 

『クえっクエー』

 

 巨大な鳥が鳴き声上げて羽を広げたポーズを取ると、更に「くえっ」と、一声鳴いて飛び去った。

 

 キラキラ光る粉が強く輝く。

 ん?

 アレッて″ガルーダ″か?

 てか、ホイミの光?

 

「疲れが消えていく…だと!?」

 

 カンダダ子分が驚くと同時に地に伏していたあばれザルが″ムクッ″とゾンビの様に起き上がる。

 

「嘘だ!? アレってまさか″ベホマラー″!?」

 

 ベホマラーはドラクエ3以降に登場する範囲回復魔法だ。

 しかし、″ダイの大冒険″には登場しなかったし、そもそもこの世界のホイミは患部に触れる必要があるんだ。

 離れた距離から多数に回復可能だなんて、この世界だとチートすぎる。

 なんであんな鳥が使えるんだ!?

 

 勝ったと思ったのも束の間、一気に形勢が不利へと傾いた。

 起き上がったあばれザルは4体、俺のイオラで瀕死だった奴等だ。

 生き残りと合われば、あばれザルが6体。

 そこに緑の″コング″と呼ばれた個体を合わせると、戦闘開始時と同じ7対に逆戻り。

 しかも、敵の体調は万全になったとみて良いだろう。

 

 

「でろりん君、君達は逃げるんだ」

 

 どうすべきか悩むより早く、門番の男が険しい顔で逃げを薦めてきた。

 

 










お気に入り登録、評価してくださった方、ありがとう御座います。
あまりの多さにちょっとビビってます。
期待に添えるよう頑張りたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



今回の装備。

でろりん
 E 鉄の剣
 E 布の服+鉄の胸当て
 E うろこの盾

ずるぼん
 E ひのきのぼう
 E 旅人の服・改

へろへろ
 E 鉄のよろい
 E 鉄のかぶと
 E 鉄の盾

カンダダ子分
 E 鉄の槍or鉄の剣
 E 鉄のよろい
 E 鉄のかぶと
 E 鉄の盾

主人公パーティーの鉄装備は借り物で返却予定。







「でろりん君、君達は逃げるんだ」

 

 ある意味、「邪魔だから帰れ」と言われている気がする。

 と言うのも、俺達が逃げれば護衛役の2人も戦闘に参加できるし、そうなれば勝利の可能性はグンと増すだろう。

 元々、この場にいるのはカンダダ一味の中でも精鋭だ。少数で来たのは、大勢で来れない幾つかの事情も有るが、このメンバーなら充分に任務を果たせる見込みが有ったからだ。

 

 一瞬、門番の男の指示に従いかけたが、もっと良い方法を思い付いた。

 

「ダメですよ! 皆で逃げましょう。イオラならまだ使えます。緑がアジトの中でもがいている内に弾幕張って逃げ切りましょう!」

 

 いや、目眩まし目的ならイオでも構わないな。

 イオなら後五発は放てるし、この場を逃げ切るダケなら十分だ。

 そもそも予定が狂ったんだし、既にアジトは半壊してるし、アジトの奪還なんてやらなきゃ良いんだ。

 

「ありがとう。でも、それは出来ないんだよ」

 

 門番の男は爽やかな笑顔で礼を言いながらも、俺の提案を断固拒否する様だ。

 

「どうしてですかっ!?」

 

「この作戦には一味の面子が掛かっているからね」

 

 面子?

 なんだそりゃ?

 そんなモンの為に命を張るというのか?

 

「面子なんて、どうだって良いじゃないですか! 死んじゃったら面子とか関係無いですよ」

 

「んなこたぁガキに言われんでも解ってんよ。だけどなぁ?俺達の世界じゃ面子を潰されたら生きてけねぇんだ! 解ったら大事なネェちゃん連れてササッと帰ぇりな!」

 

 子守り役のカンダダ子分はソレだけ言うと、ずるぼんの背中を″トン″と押して俺に預け、武器を構えて闘う子分達の元へと走り行く。

 

「ダメですって!!」

 

 俺の叫びは彼の心にも届かない様だ。

 どうして解ってくれないんだ!?

 

「でろりん君、子供のキミには解らないだろうけど、大人の世界には死んでも護らないといけない事があるんだ」

 

「死んだら何も護れないですよ!」

 

 死んだことある俺だから解るんだ。

 死ねば全てが終わる。

 生きてればこそ楽しい事もあるんだ! 面子なんかに拘って死んでしまうと何もかも失うのに・・・。

 

「はっはっは。やっぱりキミには難しいかな?なに、僕達だって充分訓練を積んでるしそう簡単に死ぬつもりは無いさ・・・いいね?君達は逃げるんよ!」

 

 ソレだけ言った門番の男は俺の頭に″ポン″と手を乗せ笑顔を見せると、鉄の槍を握り締め走り出した。

 

「なんだよそれ…死んだら意味、ないのに…」

 

 意味が解らない。

 どうしてあんな笑顔になれるんだ!?

 悪党は面子が潰れると生きていけないと言うなら、他の生き方を選べば良いダケじゃないか!

 こんな誰も見てない場所で、面子なんかの為に命を賭けるなんて馬鹿げてる。

 

「だったらアンタが助けてあげなさいよ?」

 

「え? でも…」

 

「ルイーダさんが言ってたじゃない? アンタ強いんでしょ?」

 

「あんなの出鱈目だよ。魔法を使わなきゃあの人達に勝てないよ」

 

「なに変な事言ってるのよ? アンタが闘うのはお猿さんだし、魔法も使えるじゃない? もしかしてさっきのでMP切れてるの?」

 

「MPはあるよ。でも、ネェちゃんはどうするのさ」

 

「あたしはここで見ててあげるわ。危なくなったら庇ってもらうし、ねぇ、へろへろ?」

 

「お、お、おでが護るだか!?」

 

 いきなり話を振られたへろへろは、声に詰まるほど驚いている。

 

「当たり前じゃない?

 その盾何の為に持ってるのよ? 怪我したらホイミかけたげるから頑張るのよ!」

 

 いや、ネェちゃんのホイミ効かねーし、怪我で済む保証もないぞ。

 

 でも、言い出したら聞かないんだよなぁ。

 戦闘区域と100メートルは離れてるし大丈夫、かな?

 それに、もう少し力を見せておくのも必要か。

 

「分かったよ。だけど危なくなったら逃げるから、ネェちゃん達も絶対付いて来て!」

 

 こんな時に瞬間移動魔法である″ルーラ″が使えれば便利なんだけど、残念ながら今の俺には使えない。

 

「なによそれ? アンタ、あのおじさん達を見捨てる気なの?」

 

「兄貴、見捨てちゃダメだで」

 

 え?

 なんかスゲェ批難されてるんですけど…。

 俺の考え方っておかしいのか?

 大体、俺の役割はイオラだし、見捨てるもクソもない、筈…だよな?

 

「卑怯な事言ってないで、早く行きなさいよ! アタシの事を護るんでしょ?」

 

「兄貴が倒すたら、逃げなくても良いだで」

 

 え?

 俺って卑怯なのか?

 常識的に考えて、勝てなきゃ逃げる! コレが普通で当たり前じゃないのか?

 

 鉄の剣を握り締めた俺は、釈然としないまま走り出した。

 

 

◇◇

 

 

「くらえっ! メラミ!」

 

 乱戦の中へと飛び込んだ俺は、一体のあばれザルの背後からメラミを放った。

 あばれザルにとって突然の攻撃は交わされること無く命中し、毛皮を焼いて炎が包み込む。

 焦げ臭い匂いが鼻につく。

 視界を遮るあばれザルが″ドサリ″と前に向かって倒れ込むと、そのあばれザルと対峙していたカンダダ子分と目があった。

 

「エゲツねぇな? 背後からメラミかよ」

 

「いけませんか?」

 

 まさか、卑怯だなんて言うんじゃないだろうな!?

 

 っと、いけない。

 ずるぼんに言われたせいで無駄に突っ掛かりそうになっている。

 

 今、彼等と険悪になるのは得策じゃない。カンダダ一味には色々とやってもらわなくてはならない。

 勇者と悪党が手を組むってどうかと思うが、俺はどうせ偽勇者だ。

 目的を果たす為ならなんだってしてやるさ。

 

「いや、良くやった。オメエ見込みあるぜ?」

 

 何の?

 とは聞きたくない。

 

「見込みなんて要りませんから、″報酬″をシッカリ上乗せしてくださいよね」

 

 俺が彼等に求める報酬はラーの鏡の情報と別にもう一つある。

 彼等には裏のネットワークを使い、「アルキーナの神童は噂以上に強い」と触れ回ってもらいたいのだ。

 出来れば、王宮に届くほど盛大に、だ。

 その為に危険を省みずこの地に留まったし、役割以上のイオラの連射も披露したんだ。

 バランが処刑される日迄に、王宮から呼び出しが掛かれば言うこと無し。

 最低でも処刑の地に集まる群衆の耳には入れておきたい。

 

「へっ。可愛げの無いガキだぜ。姉御が気に入る訳だ」

 

「そんなモノも要りませんから、早く数を減らしましょう。緑が出てきたら面倒です」

 

 恐らく、1対1ならあばれザルよりカンダダ子分達の方が強い。

 つまり、あばれザルの数的有利が無くなれば、形勢は一気に逆転し、単なる殲滅作業に変わるだろう。

 

「んなこたぁ言われなくても判ってんよ。猿の攻撃は俺が防御してやるから坊主は遠慮なくメラミをブチ込んでやれ」

 

「それこそ言われなくたって判ってますよ。でも、メラミは四発も撃てば限界ですから」

 

「へっ。口の減らねぇガキだぜ。ま、4発も要らねぇよ。ササッと数を減らしゃあ後はこっちのもんよ」

 

 子守り役を勤めた男の背後に隠れ、メラミを放つ事に専念するとしよう。

 この戦場において、MPの有る俺は最強の攻撃力を誇る事になる。

 この限られた最強攻撃を有効に使うのが″アルキーナの神童″をアピールするポイントになる。

 

 戦場を見渡す。

 敵の数は後5体。基本的にマンツーマンで戦闘が繰り広げられており、そんな中で門番の男は槍を巧みに操り2匹を相手取って奮戦している。

 

「あの一匹を倒しましょう」

 

 門番の男が相手する猿を指差す。

 

「おう! しっかり付いて来やがれ!」

 

 子分達が距離をおいたのか、あばれザルが跳び跳ねたのか、互いの戦闘場所は離れている。

 

 子守り役が走ると同時に追いかける。

 

「喰らいやがれっ!」

 

 ダッシュで戦場を駆けた子守り役は、スピードを落とすこと無くあばれザルに体当りをブチかました。

 あばれザルがひっくり返って悶えている。

 

「的を狭めてどうするんですかっ・・・メラミ!」

 

 子守り役の背中を駆け登り、肩を蹴って高く飛び上がった俺は、空中から下に向かってメラミを投げ付ける。

 

「俺を踏み台にしたぁ!?」

 

 子守り役がすっとんきょうな叫びを上げている。

 もしや、この人も転生者か!?…って違うか。

 

「遊んでないで、もう一匹片付けますよ!」

 

 着地した俺は盾と剣を構えてあばれザルの背後から斬りかかる。

 

「あぁん!? 遊んでねぇよ!」

 

 子守り役も″ブンブン″と剣を振り回しあばれザルに切り傷を付けていく。

 

 程無く、あばれザルの背中から槍の穂先が姿をみせる。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

 槍を引き抜いた門番の男はお礼の言葉を述べているが、多分、時間さえ掛ければ一人でも倒せた筈だ。

 まぁ、今はその時間が死活問題なんだけどな。

 

「とんでもねぇガキだな」

 

「全くだね。魔法使いはその高い攻撃能力の反面、体力に劣るのが当たり前なのに君は違う様だね。まるで機動砲台だ。勇者というのは皆そうなのかい?」

 

 二人は懐から布キレを取り出し武器に付いた血を拭いながら語り出した。

 

「そんなの知りません。俺は勇者じゃないし、勇者に会ったことも有りませんから」

 

「そうかい? 君がそう言うならそう言う事にしておくよ。だけど、剣も魔法も使える人はそう多く無いんだ。でろりん君がその力の使い道を誤らない様に祈ってるよ」

 

「悪党に言われましてもね」

 

「はっ。ちげぇねぇ!」

 

「これは一本取られたね。さぁ、厄介なのが出てくる前に他を片付けよう」

 

 門番の男が爽やかに締めたところで″バキッ″と音と共にアジトの扉が内側から吹き飛ばされて、緑色の物体が転がってきた。

 

『ウォォ…』

 

 緑色の物体、コングと呼ばれる個体がふらつきながら立ち上がる。

 

 コイツ、まさか…。

 

「回復、してねぇのか?」

 

「その様だね」

 

 アジト内でもがいていたらしいコングは、ガルーダのベホマラーの範囲外だった様で、こちらが何もするまでも無く、既に瀕死の状態だ。

 モンスターと言っても生物に変わりないし、あんな高所から飛び降りたら、そりゃそうなるよな。

 でも、コレはチャンスで有ると同時にピンチだ。再びあの鳥を呼ばれたら堂々巡りになってしまう。

 いつまでもずるぼん達を放っておけないし、サッサと片付けるとしよう。

 

 俺は驚き戸惑う二人の男を置き去りにして、頭を抱えて身体を揺らすコングに向かって全速力で駆け出すと、そのまま勢いを緩める事なくコングの頭部に飛び蹴りを入れた。

 バランスを崩したコングが尻餅をついて怯えた瞳を向けてくる。

 俺は黙って右手のひらをコングに向ける。

 このまま見逃してもアジトの奪還は可能かもしれない。

 だけど・・・殺るしかない。

 

 俺は表情を崩さず呪文を唱えた。

 

「メラミ!」

 

 

◇◇◇

 

 

 厄介だと思っていたコングは自爆で弱っておりあっさり倒すことが出来た。

 完全な数的有利を確保した俺達は、程無くあばれザルを殲滅しアジト奪還に成功する。

 正直、勝手に弱った相手を殺すのは気分の良いものじゃなかったし、容赦ない俺の行動に悪党ですら少し引いていた。

 しかし、この世界で″生きる″という事はこういう事だ。

 綺麗事を言う気はない。

 この世界で力強く生き抜く為にも、例え卑怯と言われようとコレからも殺し続けるだろう。

 今回の冒険は得難いものが得られた。

 終わってみればそんな気がする。

 

 そして、今。

 

 任務を達成した俺達の前で、激しい戦いが繰り広げられていた。

 

 

「ちょっと! なんで攻撃しないのよ!?」

 

「そげな事言われだて、おで武器持ってねぇだ」

 

「もう〜ナニしてんのよ!? えいっ!」

 

 「キャーキャー」騒ぐ

ずるぼんの声に焦って駆け寄ったが何の事はない、2人はオレンジ色をしたスライム、″スライムベス″と戦闘中だ。

 へろへろが両手で構えた鉄の盾で攻撃を防ぎ、ずるぼんがひのきのぼうで″ポコッ″と叩いている。

 スライムが鉄の盾に体当りをしたら逆にダメージを受けそうだけど、そうでもない様だ。

 

 俺達が見守る前で、何発かの攻撃を食らったスライムはドロッと液状になると″チャリン″とゴールドを落とした。

 それを素早く拾いあげたずるぼんが満面の笑みを浮かべこちらに見せ付ける。

 

「ふっふーんだ。見てよコレ! 1Gよ、1G!!」

 

 ネェちゃん…。

 それ、先日は一万Gでやってたんだぜ?1Gを有難がるのも良いけど、お金も大事にしよう。

 

「そ、そうだね…」

 

 ほら、門番の男も対応に困ってるじゃないか。

 

「アタシが見つけてアタシが倒したんだからアタシのモノね! でも、お金を稼ぐのって結構簡単なのね?」

 

 ″ビシッ″とポーズを決めたかと思えば、顎に指先を当て小首を傾げている。

 我が姉ながら忙しい事だ…って呆れている場合じゃないな、後半の意見は訂正しておくべきだな。

 本来、ゴールドのドロップ率は非常に低いためゴールド狙いのモンスター退治は割に合わないとされているんだ。

 ちょっとモンスターを倒せる位で生業に出来る甘いモンじゃない。

 

 ん?

 

 いや、コレはずるぼん達を強くするチャンスか。

 

「ネェちゃんさー。強くなったらもっと簡単に倒せるよ?」

 

「アタシがやらなくてもアンタが倒せば良いじゃない?」

 

「今みたいな時、ネェちゃんとへろへろも強かったらもっといっぱい稼げるじゃん」

 

 金で釣るようだが、コレが一番簡単だ。自分の手でゴールドを得た今こそ説得の好機だろう。

 いつまでも俺が護ってやる訳にもいかないし、護れるとも限らない。実際、今も2人と別行動をとっていた。

 

「おでが強くなったら、マネーいっぱいだか?」

 

 目を輝かせたへろへろが早速食い付いた。

 

 やっぱチョロいな。

 

「そうだよ。へろへろが見つけて倒したら全部へろへろのモンだね」

「何よソレ!? そんなのずるいじゃない!」

 

「ずるくないよ。ソレが悔しいならネェちゃんだって強くなれば良いんだよ」

 

「うーん…? それもそうねぇ」

 

 かかった!

 やっぱチョロいな。

 

 

 こうして、ルイーダの依頼をこなした俺は、色んなモノを得て帰路についたのだった。

 

 

 

 

 







カンダダってカンダタが正式名称だと最近知りましたが、このままカンダダでいこうかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10

反省はしていない。






 あれから1週間。

 

 俺はラーの鏡を求め船上の人となり、独り潮風に当たっている。

 視線の先にはかの有名なバルジの大渦があり、その先には巨大な島が浮かんでいる。

 原作において、″フレイザード″と死闘を繰り広げる事になるバルジ島だ。

 

 絶景かな、絶景かな。

 

 

 って観光気分に浸っている場合じゃないな。

 原作と比べる、と言うのも変な表現だが、漫画の描写よりも随分大きい気がしてならない。

 パプニカ大陸からバルジ島迄の距離だって、小舟を浮かせて吹き飛ばした位で届く様な距離じゃないんだよな…。

 アルキードに居た頃から思っていたが、この世界は広い。多分、前世の日本列島と同じ位の大きさなんじゃないだろうか?

 まぁ、前世で旅とかしたことないから根拠は全くなかったりする。でも、子供の目線であるのを差し引いても、本当に広い。

 そう、ここは″ダイの大冒険″の世界とは違う!? と思える位に広いんだ。

 

 ダイ達のロモスからパプニカ迄の船旅は″あっ″と言う間に着いていた様に思う。

 それに引き換え、アルキードからパプニカ迄は船旅で約10日。

 ずるぼんやルイーダ達に見送られ乗り込んだ貨物船は、四国に酷似した大陸を南に観ながら東に抜け、各港に立ち寄りながら、ぐるっと回り込む遠回りの航路を採っている。

 最短距離を通らず、荷物の積み卸しで港に停泊するとしても、かかりすぎじゃないだろうか?

 別に広いから何が問題って訳じゃないんだけど、この世界が″ダイの大冒険″じゃなかったら問題なんだよなぁ。

 俺の知る原作知識、言い換えるなら未来の知識。

 コレが全く役に立たないことになる。

 漫画的手法でデフォルメされてたのか?

 でも、時間経過とか考えても原作世界は広くないんだよなぁ…やっぱり違う世界なのか…?

 

 ダメだ。

 船旅も6日目になると、やることが無さすぎて、変な事ばかり考えてしまう。

 こんな風に考え込んでしまうなら、旅のお供にずるぼん達を連れてくれば良かったかもしれない。

 居れば邪魔に思い、居ないと恋しくなる、我ながら勝手な話だ。

 そんなずるぼんとへろへろは、パプニカ迄の旅に同行することなく、アルキード城下に居残っている。

 ずるぼん達は当然の様に「旅に同行する!」と駄々を捏ねたが、「馬車の百倍酔う」の一言でアッサリ引き下がった。

 

 もうちょっと粘れよな。

 

 ずるぼん達のアルキード城下での暮らしは、修行を兼ねてカンダダ一味に面倒をみてもらっている。

 修行、と言ってもそんな大したことをさせる訳じゃない。カンダダ一味が運営する孤児院で同世代に混じって勉学や運動に励む、そんな程度だ。

 俺が戻るまでの一月足らずで、どれだけ成長するのか楽しみだ。

 因みに、カンダダ一味が孤児院を運営する理由や経緯は、知りたくないので聞いていない。

 彼等が裏で何をしているのか知れば、袂を別つことになるかもしれない。

 しかし、知らなきゃ別に問題ない。

 こんな風に考えてしまう俺は、やっぱり卑怯なのかもしれないな。

 

 それにしても、ルイーダの影響力は半端ない。

 ルイーダが連れてきた子供。ただソレだけで船上の俺はVIP待遇だ。

 屈強な船乗りが″坊っちゃん″って俺の事を呼ぶんだぜ? 10歳のガキに過ぎない俺が、悠々と一人旅出来るのは殆どルイーダのお陰である。

 ルイーダ、マジ何者!?って勘繰りたくもなるが、触らぬ神になんとやら、好奇心猫を殺すとも言うし、知らないでも良いことは知らないでおくのも長生きする一つの手だと思う。

 

 と、こんな感じに悩んでは、室内でも行える筋トレで汗を流し、また悩んでは眠る。

 そんな事を繰り返しつつ順風満帆な船の旅はあっという間に過ぎていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 船旅10日目。

 

 俺は今、パプニカ城の地下牢に繋がれている。

 

 あ、ありのまま今日起こった事を話すぜ…

 

『宮廷魔術士・マトリフに会いに来たと思ったら、泥棒の片棒を担いだ事になっていた』

 

 な、何を言っているのか判らないと思うが、俺も何をされたのか判らない…。

 

 

 ってポルポルごっこで遊んでる場合じゃないな。

 薄暗い地下牢の一室に繋がれた状況から抜け出す方法を、どうにか考えないといけない。

 でも、考える前に一言ダケ叫びたい。

 

 

「あんのっセクハラエロジジィがぁぁぁ!!!」

 

 

 な・に・が・大臣に意地悪されて嫌気がさした、だっ!!!

 セクハラしまくって追放されてんじゃねぇかっ!!

 しかも、退職金代わりに宝物持ち逃げとかっ、単なる泥棒じゃねーかっ!!

 おまけに何だよっあの紹介状!?

 

『マトリフへ

 

 ラーの鏡を所望する

 

     R・カンダダ』

 

 どう見ても窃盗指示じゃん!? 本当にありがとうございました。言い訳できません。

 なんだよこれ? 罠か?罠なのか?

 こんな所でまさかの大ピンチとか笑えねぇ。

 マトリフ出奔が6日前とかどんなタイミングだ!?

 ハッ!? さては陰謀か? 俺のヤバさに気付いた大魔王の陰謀に違いない!

 

 って、んなワケねーか。

 落ち着け、でろりん。

 

 突拍子の無い発想が浮かんだお陰で、逆に冷静に成ることが出来た。

 それにしたって、今朝早く風光明媚で名高いパプニカ港に到着した後は、観光気分に浸りたいのを我慢して、広がる小麦畑を休むこと無く走破して、魔法の布装備を買いたい衝動にもぐっと耐えて、半日と掛けず一直線に王城に来たらこの仕打ちとか。

 寄り道して町の声を聞いてりゃ避けられたかもしれないのに、俺ってもしや″うんのよさ″マイナスなんじゃね?

 

「はぁ…マジどうすんだよ」

 

 門兵に話しかけ、マトリフを呼んだダケならまだ良かったんだ。

 致命的なのは紹介状。アレを見た瞬間、2人の門兵の顔色が明らかに変わったもんな。

 有無を言わさず左右から2人の門兵に両脇を極められると、問答無用で牢屋に放り込まれた。

 完璧に疑われてるし、無実を証明するだけでもどれだけかかるのやら…。

 首尾よく牢屋から出られても、マトリフ探しも相当な時間が掛かりそうなんだよなぁ。

 確か、原作におけるマトリフの住み処は、バルジ島が見える海岸沿いの何処かだったはず。

 でも、この世界で探すとなれば広範囲すぎるし、今の時点であの辺りに住んでいる保証も無い。

 それでも探すしかないし、こんな所で無駄な時間を掛けてられないし、いっそ、脱獄でもするか?

 

 …よし、そうしよう。

 

 ラーの鏡さえ手に入れば別にパプニカなんかに用はないしお尋ね者になったって構やしない。

 

 と言っても地下でイオラを使う訳にもいかないし、とりあえず、誰かが来るのを待つとしよう。

 ただ待つのも暇だし、筋トレでもやっておくか。

 小さな積み重ねって大事だと思うんだな。

 

 

◇◇

 

 

「面白い事をやっておるのぅ」

 

 筋トレ開始から体感で15分後。

 

 斜め前辺りの独房の奥から人の声が聞こえてきた。

 

「誰だっ!?」

 

 完全に油断していた。

 さっきの叫びを聞かれていたならちょっと恥ずかしいぞ。

 てか、只でさえ薄暗く辛気くさい場所なのに、居るなら魔法のランプ位点けろよな。

 

「ほっほっほ。そう身構えんでも、お互い逃げられやせんわい」

 

 しわがれた声だがどこか飄々としたイメージを覚える。

 

「誰だ? って聞いてるんです!」

 

「怒りっぽい小僧じゃわい。短期は損気と言うじゃろ? 闇が恐ろしいのかの? ほれ、レミーラ」

 

 声の主が呪文を唱えると、地下牢の壁が淡く光って辺りを照らし出す。

 照らし出されたその先には、緑のローブを着たちょび髭の男が座っていた。

 

「ま、魔法使い!?」

 

 危うく″まぞっほ″と呼びそうになる。

 原作より少し若くアゴヒゲも伸ばしていないがどう見てもまぞっほだ。

 

 ″まぞっほ″は原作において、俺こと″でろりん″のパーティーに所属する三流魔法使い。

 偽勇者一味において、最も活躍する男であり″ダイの大冒険″における影のキーマンでもある。

 いずれ、まぞっほを求め世界中を旅するつもりだったが、まさか、こんな所で出会うとは。

 

「如何にも。ワシこそが天下の大魔法使い、まぞっほじゃ」

 

 ちょび髭を横に撫でながらの自己紹介。まぞっほって見栄を張るキャラクターだったのか。

 

「へー。スゴインダネー」

 

 いずれパーティーを組む為にも、ここで悪印象を与えるワケにはいかないが、未来の姿を知ってるダケにどうしてもジト目の棒読みになってしまう。

 

「なんじゃその目は?信用しとらんのか?」

 

 信用しようにも火事場泥棒だしなぁ。

 

「ソンナ事ナイデスヨ。でもどうして大魔法使いがこんなところに居るんですか?」

 

 こんな時はおだてつつ話題を変えるに限る。

 

「可愛いげの無い小僧じゃのぅ。まぁえぇわい、兄者に用が合って来たらこの様じゃ」

 

「へー。お兄さんが大魔道士で弟が大魔法使いって凄いんだネ」

 

「お主、何故それを知っとるんじゃ?」

 

「えっ?」

 

 やべっ。

 マトリフとまぞっほが兄弟って秘密にしてるのか?

 まぞっほは明らかに不審そうな目を向けてくる。

 まぞっほをパーティーに引き込めなきゃ″ポップ″の覚醒フラグが潰れてしまう。

 

「惚けよるか。まぁえぇわい」

 

「別に惚けてませんし。ルイーダって人に聞いたダケです」

 

「ふむ。それは可笑しな話じゃな? あのおなごはおいそれと情報を漏らす者ではあるまいに」

 

 げっ。

 泥沼にハマったか!?

 まぞっほはちょび髭を弄りながらニヤリとしている。

 

「そんな事言われても、教えてくれたんだから仕方ないでしょ」

 

「教えられたのなら仕方がないのぅ? じゃが、ワシはあのおなごに兄弟だと明かしておらなんだわ。無論、兄者もな」

 

 うわっ。なにそれ。

 

「ルイーダさんに聞いたのはマトリフさんが大魔道士ってだけで、まぞっほさんの話から兄者がマトリフさんって判るじゃないですか」

 

「なるほどのぅ。そうじゃとすると、誤魔化す意味が無いのぅ」

 

 なに、このまぞっほ。

 突っ込みが鋭いんですけど。

 

「別に誤魔化してませんし、勘違いしただけです」

 

「ほっほっほ。そう睨まんでも良かろう。ちぃっと意地悪が過ぎたかの?」

 

 なんだ?

 からかわれただけか?

 

「良い性格シテマスネ」

 

「良く言われるわい。

 時に小僧、ワシの弟子にならんか?」

 

「いや、意味がわかりませんし。なんでいきなりそうなるんですか?」

 

「ふむ、何故かのぅ…。ワシにもよう分からん。分からんが小僧、お主は面白い奴じゃて。先程やっておった″しゃがみ立ち運動″とでも言うのかの?アレは小僧が考えたのか?」

 

 しゃがみ立ち運動ってスクワットの事か?

 実はこの世界に筋トレはない。必要な筋肉は必要な動きで付ける。早く走りたいなら走り続け、力持ちに成りたいなら重いものを持ち、動かす。

 そんな感じだ。

 

「考えたと言うか、思い付いたと言うか…」

 

 真相は、知っていたダケのカンニングである。

 

「実に理に叶っておったわい。両の足に負荷をかけ筋の肉を鍛える…場所も要らぬし実に合理的じゃ」

 

 マジで?

 てか、それが判るアンタがすげーよ。

 でも、考えてみりゃまぞっほは、あの大魔導士の弟で修行もマトモに詰んでいた人物。

 自身も後悔していたが、心構えが今一つで小悪党に成り下がっていただけなんだよな。

 逆に心構えで大魔道士へと成長した人物も居るし、この世界だと″心″は前世以上に大事なのかもしれない。

 

「そうなんですか?」

 

「ふぉふぉふぉ、惚けよるか、お主は小手先の嘘に走る傾向があるようじゃの? じゃが、それは裏を返せば頭の回転が早いと言うことじゃ。魔法力もあるようじゃし、どうじゃ?ワシの元で大魔法使いを目指さぬか?」

 

 まぞっほの師匠が誰だか判らないが、偉大な魔法使いであったことは原作から伺い知る事が出来る。

 まぞっほ本人の実力は兎も角、修行方法はその師匠に準じた高レベルのモノになるはずだ。

 悪くない話だけど俺は偽勇者をやらなくちゃいけないんだよなぁ。

 

「せっかくですが御断りします。俺はパーティーリーダーをしてるのでいつの日か、あなたを仲間としてお誘い出来るように精進します」

 

「ほっほっほっ。それは楽しみじゃな」

 

 まぞっほは愉快げに笑っている。

 今はこれで良いだろう。

 出来れば握手くらいしておきたいが、鉄格子が邪魔をする。

 

「ところで、モノは相談なんですが…」

 

『なんじゃぁこれは!?』

 

 脱獄の相談をしようとしたその時、入り口?の方から驚きの声と共に、話声が聞こえてきた。

 

『ふんっ、レミーラも知らぬのか』

 

『閣下、其れよりも″魔封じの首輪″を着けていないのが問題かと』

 

『このっ役立たずめっ…貴様はもうよい。案内ご苦労』

 

 ″カツン、カツン″と石床を鳴らし何者かが近付いてくる。

 

「こやつらがそうか?」

 

「はっ」

 

 鉄格子の前で立ち止まったのは二人の男。

 恰幅の良い、偉そうなおっさんと、目付きの鋭い生意気そうな少年。

 

 

 こいつら、誰だ?

 




まぞっほの師匠って誰なんでしょう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11

「ふんっ、ワシをこの様な汚ならしい場所に来させよって。 あの忌々しいジジィめは消えてまでワシを困らせよる」

 

 牢屋内を一瞥した偉そうなおっさんは、ハンカチで口元を隠し誰に言うとも無しにボヤいている。

 

「誰? あんたら?」

 

 見るからに悪人。

 節制の無い生活が体型に現れ、他人を見下す心根が顔に現れている。

 ″閣下″なんて呼ばせていたが、服装的に神殿関係じゃないのか? 野心が露骨すぎるだろ…。

 

「貴様っ! テムジン様に向かってなんという口の聞き方だ!」

 

「いや、知らないし。お前も誰だよ?」

 

 いや、ホント誰だよ?

 年の頃なら十代半ばに差し掛かる頃か?

 紫の髪を長く伸ばし、額にはサークレットをしている。ヒラヒラした服装的に考えて賢者か?

 だとしたらコイツはアポロ…?

 

「ガキがっ! この″パプニカの天才″バロンを知らぬと抜かすかっ」

 

「いや、マジ知らねぇし。俺、アルキード出身」

 

 見た目が子供の俺だから仕方ないけど、生意気なガキにガキ呼ばわりされるのはカチンとくる。

 てか、自分で天才って名乗るとかどうよ?

 原作のパプニカの賢者は揃いも揃ってちょっとアレな感じだったし、天才賢者で二十代半ばとか居なかったし、コイツがフカシているのは間違いない。

 あれか? 子供の頃は凄かったけど、大人になれば凡人だった可哀想な人か?

 

「ふんっ。吠えよるわ。我が威光を恐れぬ無知な子供は始末に負えぬな」

 

 いや、別におっさんが偉いとか俺に関係ないし、鏡さえ手に入れたらどうせパプニカには来ないし、威光とやらに怯える必要は無いんだな。

 

「全くです。そこの魔法使いの様に震えておれば良いのです」

 

「わ、ワシは兄者の居場所等知らぬからなっ」

 

 まぞっほは牢屋の片隅で丸めた背中をこちらに向けてフードを深く被って怯えている。

 それでこそ、まぞっほ! 同姓同名の人違いを考えたがこれで一安心だ。

 

「ふんっ、役立たずめ。小僧、貴様はどうじゃ? マトリフの居場所を知っておるのか?」

 

 ん? 俺への尋問じゃないのか? とりあえず、情報を喋ってもらうか。

 

「知っている、って言ったらどうなんだよ?」

 

「何っ!? 教えろ! 案内するがよい!」

 

 鉄格子を″ガシッ″っと握り、油ギった顔を近付けてくる。

 なんか…チョロ過ぎるんですけど。

 俺は仮定の話を言っただけなのに、ここまで食い付くとか…目的がマトリフってバレバレだぞ。

 

「案内しても良いけどエロジジィに用でもあるの?」

 

「あんなジジィに用等ないわい。アヤツが持ち逃げした物が必要なんじゃ」

 

「へー。そうなんだー? 俺もラーの鏡が欲しかったから一緒だねー」

 

「全く、忌々しいジジィじゃて。″魔結晶″さえ有れば動かせると言うに…」

 

「閣下! マシンの事は…」

 

 マシン?

 この世界に機械があるのか?

 

「ふんっ。こやつらの様な無知な輩に聞かれたとて構わぬわ。それにワシは悪いことをしておるわけでもあるまい? 魔王が残した″力″をこのワシが手に入れたらパプニカが益々発展するわい」

 

 あーっ!!

 思い、出したぁ!!

 

「あんたら、あのテムジンとバロンかっ!?」

 

 テムジンとバロンは原作において、王女抹殺を企む小悪党だ。

 その際に″キラーマシン″と呼ばれるカラクリ人形を操り、主人公ダイを苦しめる。

 こんな早くから計画を練っていたのか?

 

「うぉっほん。如何にも我こそがパプニカの大司教が一人、テムジンじゃ!」

 

「閣下…先程も名乗りましたから、このガキはからかっているのでは?」

 

「ソンナコトナイデスよ」

 

 てか、名乗ったのはお前ダケだろ。

 

「貴様! ふざけているのか!!」

 

「バロンよ、静かにせい。

 それで? 貴様はマトリフの居場所を教えるのか?」

 

「教えても良いけど、牢屋に繋がれてるのは嫌だなぁ」

 

「ふんっ、その様な事このワシにかかれば問題でないわ。さぁ、教えろ! マトリフはどこじゃ!?」

 

 ほうほう、問題ないっすか。頼りになります。

 

「エロジジィは森の中の洞窟に居るけど、言葉じゃ説明出来ないよ」

 

「こりゃ! 小僧! お主兄者を売るつもりか!」

 

 ナイスまぞっほ!

 見事なアシストに内心でサムズアップを送っておいた。

 

「あのエロジジィが勝手に追放されたせいで、俺達はこんな事になってんですよ? 牢屋から出る為に居場所を伝えて何が悪いんですか?」

 

「見下げ果てた奴だな? 助かる為に仲間を売るというか?」

 

 何故か天才君が批難してくる。

 

「良いではないか、保身の為に媚びへつらう…ワシの好みじゃて」

 

 別に、媚びてないんだけど、まぁいいか。

 

「牢屋から出してくれるなら案内してあげるよ。あ、弟に会ったら連れてくる様に言われてるから、そこのおじさんも一緒だよ」

 

「ふむ…良かろう。暫し待つが良い」

 

 大きく頷いたテンジンは踵を返し来た方向へと去ってゆく。此方を睨み付けたバロンもその後を追った。

 

『宜しいのですか?』

 

『魔結晶が無くては、折角手に入れたアレが動かせんからな』

 

『ですが、あのガキが居場所を知っているとは限りません』

 

『ふんっ。あんな小僧が偽りを申すと言うか?』

 

『いえ、そういう・・・』

 

 ″ギィー、ガチャン″と音が響き話し声が聞こえなくなった。

 

「お主何を企んでおる?」

 

 二人が去ったのを確認したまぞっほは、牢屋の奥から這い出てきて、鉄格子を掴み身を乗り出すように聞いてくる。

 

「何も企んでナイデスヨ」

 

「嘘を申すでないわ」

 

「嘘じゃないですよ。あの人達に牢屋から出る手続きをやってもらって、地上にでたら逃げるダケです。マトリフの正確な居所なんか知りませんし」

 

「なんとっ!? 約束を違えると言うのか?」

 

「あんな見るからに悪人との約束なんか守る必要ないですよ」

 

 てか、確実に悪人だし真摯に向き合う必要はない。

 正義の使者ならここでテムジンの悪事を暴くのだろうが、俺は偽勇者だし、十年後迄アイツラは健在だし、裏を返せば其までは事を起こさないって事だし、放っておこう。

 

「ひょっ!? 小僧のくせに大したタマじゃわい。

 それに比べてワシときたら…あかんのじゃ…敵が己より強いと思えば、どうしても踏ん張りが効かぬわ…」

 

 まぞっほが勝手に落ち込んでいるけど、考え自体は悪くないと思うんだよな。

 

「別に良いんじゃないですか? 勝てない敵と闘わなければ、勝率100%ですよ?」

 

「お主…小賢しいのもソコまでいけば、いっそ清々しいのぅ。そうじゃな、確かに100%じゃわい」

 

 まぞっほは俺の慰めに共感したのか、小さく何度も頷いている。

 

「ところでまぞっほさんはルーラを使えますか?」

 

 こうして、地上に出た後の逃走方法を話し合いながら、テムジンが戻るのを待ったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 その日の夜。

 

 俺とまぞっほは王城から離れた森の中に身を隠して″パチパチ″と弾ける焚き火を囲んでコレからについて話し合う。

 

 流石に王城に留まるわけにはいかないし、原作通りまぞっほがルーラを使えないので、比較的開けた場所を探し暖を取りながら森の中で一晩明かす事にしたのだ。

 

 まぞっほによるとルーラの使い手は非常に少ないらしい。

 と言うのも、魔法を使うに当たって大事なのは集中力でありイメージだ。イメージが出来なければいくら資質が有っても、契約に成功していても魔法は使いこなせない。

 原作初期のダイが良い例だろう。

 

 そんな魔法の中でも特にイメージの難しい魔法がルーラである。

 人が空を飛ぶのだ。

 普通の人ならイメージなんか出来やしない。

 そして、多分…俺にもイメージ出来ない。

 いや、普通に無理だろ?

 アルキードからパプニカ迄どんだけあるんだよ!?

 魔法が不思議パワーだとしてもルーラはイメージが出来そうにない。

 トベルーラは何とかイメージ出来そうだけど、ルーラはなぁ…。

 

「時に、小僧。

 此処まで来れば一安心かの?」

 

 まぞっほは国の実力者を虚仮にした事にビビっている様だ。

 

 日中、テムジンが無実を証明する書類を用意したことで無事に地下牢から抜け出したた俺達は、王都の宿で一晩明かし翌朝テムジンの手の者とマトリフ捜索に出立する約束を交わし、案内された宿に入り、夜を待って抜け出したのだ。

 見張りが無いとか、まじチョロ過ぎるし、影で悪事を企むテムジンでは表立って追い掛けられまい。

 それに、無実を証明する書類にはテムジンの印が押されているんだ。

 いくらなんでも自分で無実を証明しておいて、理由もなしに俺達の再捕縛指示を公的な機関には出せないだろう。

 追っ手があるとしてもせいぜいがテムジンの手の者だろう。

 原作知識を元にした裏事情なので、まぞっほに話せないのは心苦しいが、とりあえず安全だと思う。

 

「そうですね。安全なんじゃないですか? それより、まぞっほさんは明日からどうしますか?」

 

「そうよのぅ…パプニカには居れぬじゃろうし、お主に付いていくとするかの?」

 

 チョビ髭を弄りながらニヤリとしている。

 

「別に良いけど、この後マトリフに会いに行きますよ? そう言えば、まぞっほさんもマトリフに用が合ったんですよね?」

 

「なぬ!? お主、本当に兄者の居所を知っておったのか?」

 

「多分ですけどね。

 ちょうど4日程前に船の上からルーラの光が見えましたから、バルジ島の対岸の何処かに居るんじゃないですか?」

 

 勿論、嘘だ。

 ルーラの光なんか見ていない。

 出鱈目だけど、こうでも言わないと居場所のアテがある辻褄が合わない。

 

「呆れた小僧じゃわい。森の中では無いのじゃな?」

 

「テムジンなんかに教えた事がマトリフに知られたら後が怖いですから」

 

 肩を竦めてお手上げのポーズをとっておく。

 

「ほっほっ。それもそうじゃな。しかし、お主は兄者に会った事があるのかの?兄者についてイヤに詳しいではないか?」

 

「え? いや、会ったことはナイデスヨ。ルイーダさんから要注意人物だって聞いてきましたから」

 

「大した小僧じゃが嘘は下手な様じゃな?」

 

 ニンマリ笑ったまぞっほは「ふぉふぉふぉ」と高笑い。

 

「嘘じゃないし、見張りお願いしますから!」

 

 俺は″ごろん″と横になるとまぞっほに背を向け目を閉じたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 明けて翌朝。

 

 夜明け前に起きた俺はまぞっほと見張り役を交代し、瞑想しながら過ごしていた。

 

「クソガキめ!

 見つけたぞ!」

 

 静かな森に怒声が響く。

 

 鬼の形相をしたバロンが3人の子供を従えてやって来たのだ。

 

 うーん…。

 これは…ちょっと厄介そうだなぁ。

 てか、なんで子供?

 他に手駒がいないのか?

 

 眠るまぞっほの身体を揺すった俺は″すくっ″と立ち上がり、剣を構えて身構えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12

 これはマズイ。

 

 ″パプニカの天才″バロンに付き従う3人の子供達は、バロンと同じ様なヒラヒラした服に身を包み、額にはサークレットを付けている。

 こんな子供にまで魔法の法衣を支給可能なのは、魔法の布を特産品として扱うパプニカならではだろう。装備品の質は完全に負けている。

 男が1人に女が2人。

 年の頃なら10〜12歳位か?

 女の方は2人揃って髪を長く伸ばしているが、多分あの3人だよなぁ。

 

 はぁ…。

 

 俺はダイだけじゃなくコイツ等も痛め付けなきゃならないのか? こんなところで出会す己の運命を呪いたい気分だ。

 

 いや、呪うよりも先に勝てるのか?

 見た感じ負ける気はしないが、見た目と実力が比例しないのがこの世界だし油断は禁物。

 おまけに相手は4人もいるし、天才君は自信満々だし、実は結構なピンチかもしれない。

 彼等の10年後の実力から考えて、現時点の実力はそう高く無いと推測できるが、こっちもそんなに強くないんだよな。

 切実にチートアイが欲しいぞ。

 

 とりあえず、情報収集がてら口撃するとしよう。

 

 

「何しに来たんだ?」

 

 ゆっくり歩みよるバロン達に声を放つ。

 その距離目測で20メートル。魔法が届き、又、交わすことも出来るギリギリの距離感だ。

 

「貴様! よくも寛大なるテムジン様を虚仮にしてくれたな!」

 

 ″ピタリ″と歩みを止めたバロンがコメカミに青筋浮かべて叫んだ。

 

 おー、おー。

 怒ってる怒ってる。

 

 怒るバロンの背に隠れた女の子も「そうよ、そうよ!」とか言ってるし、こりゃ完全に悪役だな。

 

「虚仮にしてないし、よく此処が判ったな?」

 

「森の中で煙を上げていれば己の居場所を教えている様なモノだ! 貴様が森に向かうのは解っていたからなっ! この間抜けめっ」

 

 ほうほう。俺の嘘を信じて森を捜したのか。どっちがマヌケなのやら。

 そんなんじゃ一生マトリフは見つからないぞ。

 

 それにしても、こっちにはまぞっほも居るのに子供を連れてくるとか、この天才様は馬鹿じゃないのか?

 

「それで? 何しに来たんだ? 俺の嘘を見抜けない曇り眼の大司教様になんか言われたのか?」

 

「平然と嘘を付いて恥じる事ない君の様な者が、テムジン様を愚弄するなど許さないぞ! 大人しくお縄につけ!」

 

 ヒラヒラした服を着こなすツンツン頭の少年が、バロンに並んで口上を述べている。

 俺の見立てならコイツこそアポロのハズだ。

 なんで未来の三賢者様がテムジンのシンパしてるんだよ?

 

「はぁ? 俺別に悪いことしてねーし」

 

「嘘おっしゃい! じゃぁどうして逃げるのよ!」

 

 今度はマリンか?

 ロングヘアーだからイマイチ自信がもてない。

 

「俺達が無実って証明したのはテムジンだろ?」

 

「あなたが優しいテムジン様をたぶらかしたんでしょ!!」

 

 子供にたぶらかされる大司教ってどうよ?

 妄信的な少女はエイミか?

 

「お前等、誰だよ?」

 

 昨日の事もあるし一応、名を確認しておこう。

 てか、子供がこんな所にノコノコ来るなよ。

 コイツら逃走犯を追跡するってのがどういう事か分かっているのか?

 

「僕はアポロ! 未来の賢者を目指してテムジン様の庇護の元修行に励む者だ」

「同じく、マリン!」

「私はエイミよ!」

 

 何だそりゃ?

 テムジンの庇護?

 あの閣下、実は良いこともしてるのか?

 

「貴様! 俺を無視するんじゃない!」

 

「お前は″パプニカの前菜″バロンって知ってるし」

 

「パプニカの天才だ!!」

 

 沸点の低い奴だ。

 天才なんて叫んで恥ずかしくないのか?

 

「なんじゃい? 騒々しいのぅ」

 

 バロンの怒声に、寝惚け眼を擦りながらまぞっほが身を起こした。

 

「追っ手が来たみたいですよ?」

 

「ナヌ!?

 ・・・なんじゃ驚かせよって。子供ではないか」

 

 ″よっこらしょ″と立ち上がったまぞっほは、服についた埃を払って悠然としている。

 

「ふんっ。三流魔法使いが虚勢を張りよって! 貴様は黙って怯えておれば良いのだ!」

 

「ほっほっほ。青いのぅ。ワシが怖れていたのはお主では無いぞ? テムジンが居らぬなら、お主なぞ恐るるに足りんわい」

 

 流石まぞっほ!

 言ってる事は情けないし子供相手に大人気ないが、頼もしいぞ。

 

「君達が悪人であっても手荒な真似はしたくない。大人しく捕まってくれないか?」

 

 ″ずいっ″と一歩前出て優等生っぽい台詞を吐くのはアポロ。 良いこと言ってるつもりだろうが、一方的に言われる方は堪ったもんじゃない。

 

「はぁ? なんもしてねぇっつーの!」

 

 そりゃ嘘を付いてたぶらかしたけど、元々不当に逮捕されていたのを正式に釈放させたダケだ。

 

「だったら大人しく捕まって、調べを受けなさい! 悪いようにはしないわ」

 

 何の権限があってマリンは言ってるのだろう?

 とりあえず、証拠を見せろ! と言いたいがこの世界はバランの例を見ても疑わしきは罰する世界だ。

 

「捕まる意味がわかん「そりゃ困るのぅ」」

 

 え?

 俺の発言にまぞっほが被せてきた。

 あんた悪事を働いてたのか?

 目を泳がせて口笛吹いてるまぞっほをジト目で睨んでおく。

 

「ほらみなさいよ!」

 

「何がだよ! 俺達は忙しいから捕まってる暇なんかないって言ってるんだ」

 

「そうじゃそうじゃ。ソコまで言うなら証拠を見せてほしいもんじゃな?」

 

 言ってる事は合ってるけれど、良い年したまぞっほが子供の口喧嘩に口出しするのはどうかと思うぞ。

 

「黙れ! テムジン様だけでなく俺まで虚仮にしやがって! 貴様等を捕らえるに証拠など要らぬわっ」

 

「バロンさん、それは…」

 

 バロンの暴論にアポロは疑念を抱いた様だ。

 テムジン達の怪しさに気付いてくれればヤり合わなくて済むんだけどな。

 

「アポロよ。お前はテムジン様の仰る事が間違っていると言うのか?」

 

「そんなことは…でもっ」

 

 アポロは見ていて面白い程に葛藤している。

 頑張れアポロ!

 

「ごちゃごちゃ五月蝿いのぅ。証拠が要らぬでも捕らえる力が足りんではどの道無理じゃわい」

 

 小指の先で耳の穴をほじったまぞっほが、その小指に息を吹いて挑発を続け、アポロの覚醒を台無しにした。

 

「ジジィっ…誰に向かってほざいている!?」

 

「さぁのぅ? 前菜じゃったかの?」

 

「貴様っ…! アポロ! ジジィは俺がやる! お前達はそっちのクソガキを捕らえるんだ」

 

「ひょっひょっひょっ。どれ、その高く伸びた鼻をへし折ってやるとしようかの」

 

 まぞっほがここまで強気なら負ける事は絶対に無いだろう。

 なんたってまぞっほだからなっ。

 

「殺しちゃダメですよ?」

 

「言われんでも判っとるわい」

 

 そう言ったまぞっほは魔法力を身に纏って俺達から距離をとり、ソレを追うようにバロンも駆けてゆく。

 

「バロンさんにも困ったものだわ。熱くなると直ぐ我を忘れるんだから」

 

 マリンは頬に手を当て小首を傾げているが、アレは我を忘れるじゃなくて、″地が出ている″と言わないか?

 

「それで? 君はどうするんだ? このまま大人しく捕まってくれるのかい?」

 

 

 アポロは腰に巻いていた捕縛用のロープを手にしている。

 結局アポロはテムジンサイドか…。

 まぁ、今回の件だけで趣旨変え出来るほどの決定的な出来事とも言えないから仕方ないか。でも、結論ありきの上から目線はどうにかならないのか?

 

「何もしてないから捕まる理由は無い。どうしても、と言うなら抵抗するだけだ」

 

 これ以上ぐだぐだ言っても拉致が明かない。

 捕まるわけにはいかないし、まぞっほがバロンを引き受けてくれてる間に、こっちも腹をくくろう。

 

「呆れた…。よくそう言うことが言えるわね? あなた悪いことしたら″ごめんなさい″って習わなかったの? 一体どういう教育を受けたのかしら?」

 

 ほうほう。

 それはつまり、俺の両親を馬鹿にしてるのか? してるんだな!?

 

「そう言えば、名前を聞いてきたくせに名乗ってもないよね?」

 

「そうね。可哀想に、躾がなってないのかしら? あなた、名前は?」

 

「…………でろりん」

 

「…はぁっ。嘘を付くならもうちょっとマシな名前にしなさいよ?」

 

「そうよ! そんな可笑しな名前あるわけないでしょ」

 

 ほうほう。

 それはつまり、俺の両親を冒涜してるんだな?

 

「おいっマリン!エイミ!止さないか」

 

「あら?」

「え?」

 

 アポロは怒りに震える俺に気付いた様だがもう遅い。

 名前を笑われるのは良いんだ。

 

 誰がどう聞いたって変な名前なのは間違いない。

 だけどっ!

 こんな奴等に全否定される謂れはない!

 

「お前ら全員ボコってやる!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13

本日二話目にして今年最後の更新です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
良いお年を。


今回の装備。

でろりん
 E 銅の剣
 E 旅人の服+革の胸当て
 E 鱗の盾

 船旅前に購入済み。
 動きやすさ重視。


「お前ら全員ボコってやる!!」

 

 俺は右手に光球を産み出した。

 

「でろりん君! 落ち着くんだっ。俺達は君と闘う気がない」

 

 こっちは臨戦態勢だってのに、この優等生は何時まで甘い事言ってんだ?

 闘う気はないけど捕まえる? 抵抗されると考えてもいなかったのか?

 

「都合の良いこと言ってんじゃねーよ! イオ!」

 

 密集する3人の足元を狙った光球が着弾する。

 

「きゃ」

「大丈夫か!?」

「いきなりイオなんて何考えてるの!? 危ないじゃない!」

 

「フザケロっ!!」

 

 コイツら馬鹿じゃねーのか? 一体何をしに来たつもりなんだ?

 

 背負う銅の剣を手にした俺は、驚く3人に走り寄ると、アポロの胸を目掛けて鞘を抜かずにフルスイングを叩き込む。

 

「くらえ! 落合流首位打者剣!」

 

「ぐっ!?」

 

 小さく呻いたアポロが後退り尻餅付いて倒れ込む。

 思ったより吹き飛ばないな。不殺ずの対人戦なら棍棒とかの方が良いのかもしれない。

 

「アポロ!? あなた、やって良い事と悪い事の区別も付かないの!?」

 

 アポロを見ていたマリンが首を振り様睨み付けてきた。

 

「そういうアンタは戦闘中かどうかの区別もつかないんだな? メラ!」

 

 適当に放ったメラが呆然としていたエイミの肩の辺りに着弾して掻き消えた。

 

「エイミ!? 子供に何するのよ!」

 

 激高したマリンがひのきのぼうを振りかざす。

 

「だったら連れて来んな!!」

 

 何処までもイライラさせてくれる。

 

「あなたが大人しく捕まれば良いんでしょ!?」

 

 一方的な言い分とひのきのぼうを振り回し、迫るマリンを後退りしながら交わしていく。

 

「お前らみたいな奴に捕まる訳にはいかねーんだよ!! 遊びでやってるんじゃない!」

 

 物見遊山でこんな所にノコノコやって来たコイツらには捕まりたくない。

 コイツらに捕まるくらいならバロンに捕まる方がいくらかマシだ。

 

「きゃっ」

 

 マリンが前のめりに成った所で横に交わし、足を引っ掛けて転ばせた。

 

「姉さん!? バギっ!」

 

 近くで見ていたエイミが横軸の″バギ″を放ってくる。まるで見えない真空のカッター状態のバギは交わしにくい。

 

「ちっ、バギっ!」

 

 後ろに跳んで縦軸のバギを放ち、相殺を試みる。″パァン″と乾いた音が響きソニックブームが巻き起こる。

 

「嘘!? この子、賢者なの?」

 

 魔法使いの魔法であるイオと、僧侶の魔法であるバギを使った事で俺が普通でない事に気付いた様だ。

 

「マリン、エイミ! 離れろ!」

 

 立ち上がったアポロの手のひらの上で大きめの炎が燃えている。

 声に従ったマリンとエイミは、炎の斜線軸を確保しつつアポロの元へと駆けていく。

 

「君がその気ならもう容赦はしない! メラミ!」

 

 置かれた状況が判っていないのか? 容赦しないはこっちの台詞だ。

 優等生は負けるまで、自分が驕り高ぶり上から目線で人に接している事に気付かないんだろな。

 

「やっと闘う気になったのか!? メラミ!」

 

 俺のメラミとアポロのメラミがぶつかり一際大きな炎を上げて掻き消えた。

 

「何!? 相殺された?」

「嘘!? アポロのメラミよ!?」

 

「ふんっ。これくらい賢者でなくたって出来るっつーの」

 

 俺は強気な態度を崩さないが、内心で焦っていた。

 

 驚き集まるアポロ達に一瞥くれて牽制しつつ思考を巡らせる。

 

 流石に未来の三賢者。

 その幼さでメラミを使いこせるとは思わなかった。

 ″相殺された!?″と驚いていたがそうじゃない。

 アポロのメラミは俺のメラミを飲み込んで燃え尽きたんだ。メラ系の威力は僅かであっても確実に向こうが上だ。

 俺がメラミを覚えたのは一年前、自己流の修行を始めて四年後の事だ。

 それに比べてコイツはどうだ?

 年齢はアポロの方が上だが修行期間はどうだか判らない。

 もしかしたら修行に入ってすぐかもしれないし、俺以上に研鑽を積んでいるかもしれない。

 …ちっ。こんな事を考えたって仕方ないってのに…俺って賢者に対するコンプレックスでもあるのか?

 

「なるほど。無理を通そうとするだけの力はある様だね」

 

 アポロはまだまだ余裕の上から目線を崩さない。

 

「無理じゃねーし、無実だっつーの」

 

「いきなり攻撃しかけておいてまだそんな事を!?」

 

「はぁ? 抵抗するって宣言しただろうが!」

 

「そんなのあなたの勝手な理屈よ!」

 

 ダメだコイツら。

 一体何を聞かされて此処に来たんだ?

 

「だからっ! 俺は何もしてねぇから捕まる理由が無いって言ってるだろ!」

 

 こんな所でこんな奴等と遊びでいる暇はない。

 

「君の言い分は捕まえた後にゆっくり聞かせてもらうよ」

 

「捕まえられるもんならやってみな! バギっ!」

 

 土を掴んで放り投げ、竜巻状のバギを発生させると″砂嵐″の完成だ。

 

「卑怯な!」

「エイミ!」

 

 アポロは腕で顔面を覆い、マリンはエイミを庇って背を向けている。

 

「卑怯もクソもねーよ! ヒャド!」

 

 多人数を相手どるんだから、戦力を分断しての各個撃破は当然だろ?

 卑怯呼ばわりされる謂れはないし、コイツら何時まで物見気分なんだ?

 こっちはこれでもアルキード住人の命を背負ってんだ。賢者ごっこに付き合ってられるか。

 

 俺の放ったヒャドは″ピキピキ″音を立てて地面を走り、アポロの足元を氷付かせる。

 

 別にアポロが嫌いで狙ってるんじゃない。

 原作通り、コイツが一番厄介なんだ。メラミの直撃は食らいたくない。

 

「姉さんっ!! 髪が!?」

「良いのよ。エイミが無事なら」

「貴様!? もう許さん!! 女の髪を何だと思ってるんだ!」

 

 どうやら、さっきのバギがマリンの髪を切り裂いた様だ。

 そういや優等生のアポロは原作でも似たような事をほざいていたな。

 女がどうこう言うなら戦場に連れてくるなっての。

 

「はいはい、なんかもう面倒くせーや」

 

 俺は右手を天にかざし、光球を産み出していく。

 

「アレは、イオラ!?」

「そんな!? なんであんな子供がっ」

 

 マリンとアポロが焦っている。子供がイオラは賢者的にも凄いのか?

 

「さぁ? 相性が良かったんじゃね? いけ!イオラ!」

 

 俺の放った光球は3人の頭上を飛び越え、彼等の背後に着弾すると″ドォーン″と爆音あげて破裂する。

 

「きゃー」

「うぁぁ〜」

 

 背後から衝撃を受けた3人は、前のめりに突っ伏した。

 

「君はっ…それだけの力が有りながらっ悪に、走ると言うのか…?」

 

 両腕を大地に付いたアポロは上体を逸らし、息も絶え絶えに声を発する。

 

「もう、勝手に言ってろ」

 

 コイツら視点じゃ悪に違いないし、訂正するのもアホらしい。

 

「だけど、僕は倒れるわけにはいかない!」

 

 気合いと共に立ち上がったアポロは両足を軽く拡げ腰を″ぐっ″落として、戦闘継続の意思を示す。

 

「知るかっ! イオ!」

 

 ふらつくアポロの懐に踏み込み、イオの光球を手にした掌底をドテッ腹に叩き込む。

 

 親衛騎団″シグマ″の必殺技の下位互換。魔法の威力も低く相手を押さえつけない為、主な目的は吹き飛ばしだ。

 

「アポロぉーー!!」

 

 落合流首位打者剣よりも良く飛んだアポロが大の字に倒れ込む。

 

「さて、これでチェックメイトだな」

 

 銅の剣を鞘から引き抜き倒れるアポロの首筋に突き付ける。

 

「この卑怯者!」

 

「はいはい、何でも良いからエイミだっけ? 腰のロープで姉さんを縛るんだ」

 

「嫌! そんなことしたら姉さんが殺されるわ」

 

「やらなきゃコイツが死ぬんだけどな?」

 

 なんだこれ?

 

 もう完全に悪役だな。

 でも、これ以上抵抗させないためにも動きを封じておく必要がある。

 

「エイミ、縛りなさい」

 

 唇を噛み締め″キッ″と俺を睨み付けるマリンの方が物分かりはいいようだ。

 

「次はマリンの腰のロープを使ってアポロを縛るんだ」

 

 泣きながらマリンを後ろ手に縛ったエイミは、逆らうことなくロープを手にしこっちに歩いてくる。

 

 俺はエイミとすれ違い、縛られ座るマリンの背後に回りこむ。

 

「怪我してんのか…」

 

 マリンの頬に一筋の赤い線が走っている。

 確か原作でも顔に傷を負ってたし顔難の相でもあるのか?

 

「誰のせいよっ!?」

 

「戦闘を舐めてた自分のせいじゃね? ホイミ」

 

 原作のマリンは綺麗な顔だったし、とりあえず癒しておくか。

 

「…っ!? それで罪滅ぼしのつもり?」

 

「全然。 髪も生えてこないし罪滅ぼしにならないだろ? でも、短い方が似合ってんじゃね?」

 

「え? そ、そうかしら?」

 

「縛ったわ! これで良いんでしょ!!」

 

「ん? ホイミもかけて良いぞ」

 

 マリンの背後で銅の剣で掌を″ポンポン″叩きながら軽く言ってやる。

 

 程無くアポロが意識を取り戻す。

 

「僕は、負けた、のか…」

 負けを悟ったアポロは静かに呟き、後ろ手に縛られたまま胡座を組んで座り込むと神妙にしている。

 エイミはそんなアポロに寄り添い泣いている。

 

 まさか、この敗北で心が折れたりしてないよな?

 

 三賢者が居なくなったらちょっと不味いぞ!?

 

 一応確認しておくか。

 

「上には上がいる、って言いたいけど、お前ら何年修行したんだ?」

 

「…1年半よ」

 

「ふーん。じゃぁ俺が勝って当然だな? こっちは五年、一日の長ってヤツだ」

 

 てか、一年半でコレか。

 メラミ基準なら俺の4年はアポロの一年半だ。やっぱ原作組は素質高いな。

 

「次は…負けない!」

 

「はいはい、せいぜい頑張れば? ま、お前が三年修行を詰めば俺も三年。差は縮まらないんだけどな?」

 

 実際は三年で逆転されるんだろな。

 

「だったら君以上の修行を積むまでだ!」

 

「私からも質問良いかしら?」

 

「何? あんまり敵と馴れ合う気は無いぞ」

 

 十分馴れ合った気もするが、基本的に原作組とは関わりたくない。

 

「敵? そう、私達は敵だったのね…」

 

「はぁ? 何だと思ってたんだよ? 大体お前等、戦闘中も甘過ぎだろっ」

 

「そう、かもしれないわね…いえ、そうじゃなくて! あなた勇者なの?」

 

「姉さん! 何言ってるの!? こんなヤツ勇者のふりした偽物よ!」

 

 いや、勇者のふりとかしてねーし。

 

 ″がく″っと肩を落とした俺は、バロンを懲らしめたまぞっほと合流し、森の中へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 地面に視線を落としトボトボ歩いた俺は、ついぞ上空から見下ろす影に気付く事が無かった。

 







主人公も勝手ですね。


本命 ○○○○
対抗 ○○○○○○
穴  家庭教師
大穴 カンダダ子分・Z


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14

 王都を抜け出し洞窟を探す事三週間。未だマトリフに出会う事が出来ないでいた。

 

 バロン達の追跡を退けた俺とまぞっほは、森の中を真っ直ぐ北上し海辺を目指したのだが、その道のりは予想以上に困難であった。

 正直、旅路を甘く見ていた。いや、旅路と言う言葉では生温い、あれは探検だった。

 当初はテムジン一派の更なる追跡を警戒し、人目を避けるように道無き道を草を掻き分け進む事を選択したモノの、その険しさの余り山を二つ越えた辺りで街道を探すことになった。

 追跡者に遭遇するリスクより、地図もなく土地勘もなく、ただ星だけを頼りに山をさ迷うリスクの方が遥かに大きかったのだ。

 山を降り、なんとか街道を見つけ北を目指したつもりで進んだ結果、パプニカ大陸北西部に位置する港町に辿り着いた時の徒労感は何とも言えないものがあった。

 唯一幸いと言えるのは、追跡者の姿が影も形も無かったこと位だろうか。

 テムジンに向けた伝言、『追跡するなら人形遊びを言い触らす』とアポロ達に言い残したのが裏目に出ることなく効果を果たしたと思いたい。

 

 北西の港町に辿り着いた俺達は、旅路に必要な最低限の物資を買い揃える事にした。

 水や食料はヒャドやモンスターの肉で賄えたが、食器や調理器具が無いと衛生面で毎度苦労する。地面を掘ってヒャドを唱え、メラで融かして水をえる。ソレを手ですくって飲む生活はもう懲り懲りだ。

 山中で出会したモンスターを倒すことで懐は十分に暖まっていたので、金に糸目を付けず良い物を買い揃え、港町の宿で一夜を過ごし心機一転東を目指して旅立った。

 余談になるが、俺が″商売の神に愛されている″と知ったまぞっほは、「一生お主に着いてくぞい」と言ってくれた。

 金に靡いた様なモンだがこれで10年後も安泰だ。

 まぁ、その前に一年後がヤバいんだけどな…。

 

 港町を出立した俺達は海沿いの街道を順調に進んで行けた。

 道中、「地底魔城見学ツアー」なるイベントで町興しを狙っている人々の逞しさに驚愕を覚えたり、大自然の織り成す景色に目を奪われたりと、ちょっとした旅行気分も楽しめた。

 だがそれは、遠目にバルジ島を確認する迄の事。

 遠目にバルジ島を確認した後は、俺が海に飛び込み海側から海岸沿いを隈無く調べ、まぞっほは如何なる岸壁も乗り越え波打ち際を確認しながら歩いた。

 俺達は二人揃って″トベルーラ″が使えない為、非効率的な旅路になっているがルーラを使えるマトリフならば、人がおいそれと寄り付けない険しい岸壁の洞窟でも苦にしないだろう。

 そんな探索の性質上、険しい場所であってもスルーする訳にいかず、視界の悪い日没後は進む事が出来ない為、俺達の旅路は非常にゆっくりとしたモノに成っていた。

 

 アルキードを旅立ってから一月を越えて俺が焦りを覚え始めた頃、まぞっほは嫌気を覚えていた。

 そんなある日の事。

 

 

「もう止めにせんかい?」

 

 日の出と同時に荷物を預け、何時もの様に海へ入ろうとする俺をまぞっほが呼び止めた。

 まぞっほがマトリフに面会を求めた目的は金の無心だった様で、モンスター相手に小銭を稼いだ今、こんなしんどい想いをしてまでマトリフには会いたくない様だ。

 陸路を担当するまぞっほも軽くない荷物を背負っているため疲労が溜まっているのだろう。

 

「じゃぁまぞっほはアルキードに行ってれば良いよ」

 

 この三週間余りで仲良くなった俺は、まぞっほに対して敬称をつけなくなっていた。

 

「わしもそうしたいのは山々じゃが、お主を放っては行けまい?」

 

「一人でも大丈夫だって。この辺りのモンスターは強くないだろ?」

 

 地底魔城の奥深くまで潜れば、怨みを残したアンデット系のモンスターが居るそうだが、地表で出会った強敵はグリズリー位のものだ。

 因みに、マトリフの発案で城の兵士による地底魔城の見廻りは行われている。

 コレが10年後まで続けば不死騎団の結成にいち早く気付けただろうに、なんとも惜しい事だ。

 

「そうではない。お主、兄者に会うてどうするつもりじゃ?」

 

「どうって、鏡を借り受ける交渉をするけど?」

 

「甘いのぅ…あの兄者が何処の誰とも知れぬ者の言うことを聞くと思うてか? あのおなごの紹介状は脱獄の際に戻ってこなかったのであろう?」

 

「あ…」

 

 したり顔で語り始めたまぞっほの背後に、特徴的な丸い帽子を被った大魔道士が浮いていた。

 

「ワシがおっても話を聞いてくれるか怪しいモノじゃわい。あの男は唯我独尊が服を着て歩いている様なモノじゃからの? 勇者に協力していると聞いた時には耳を疑ごうた位じゃわい」

 

「ほう、言ってくれるじゃねぇか? そりゃ一体誰の事だ?」

 

「無論、兄者に決まっておるわ……あ、兄者!? アワワワワ」

 

 マトリフが突然現れた事で、まぞっほは泡をくって俺の背後に隠れた。

 

「久しぶりじゃねぇか? え?まぞっほよ…何しに来やがった?」

 

 怖ぇー。

 マトリフ、マジ恐すぎるぞ。″ギロリ″と言う表現が此ほど似合うニラミもないだろう。

 てか、マトリフの方こそ何しに来たんだ!? 完全装備みたいだし偶然にしちゃ出来すぎだろ。

 

「わ、ワシではないっ、こやつが兄者に用があって連れて来たのじゃ」

 

 ちょっ!?

 イキナリ梯子を外すのかよ!? まぞっほだから仕方ないけど、戦闘中は気を付けないといけないな。

 まぁ、一応紹介された様なモノだし名乗っておくとしよう。

 

「はじめまして。僕はでろりんと申す者です。本日はマトリフさんに御願いがあってお伺い致しました」

 

 なるべく丁寧に名乗り″ペコリ″と頭を下げる。

 

「……気に入らねぇな」

 

 は?

 何がだ?

 ボソリと呟いたマトリフは、険しい表情で俺を見ている。

 

「えっと…何がでしょうか?」

 

 マズイ。

 理由は分からないが第一印象は悪いようだ。

 

「口は回るようだが、頭は回らねぇのか? そんな話し方をする不気味なガキは気に入らねぇのよ」

 

「あっ…ごめんなさい」

 

 話し方かよ!?

 丁寧に名乗ってみたのが裏目に出たか? かといって喧嘩腰の生意気口調が受けると思えない。

 

 

「…まぁ良い。丁度人手が欲しかったところだ。ついてきな」

 

 言うが早いかマトリフは俺とまぞっほの肩に手を乗せると、俺達もろとも飛び上がった。

 

 

◇◇

 

 

 マトリフのルーラで家財道具が散乱する洞窟付近に拉致された俺は確信する。

 

 俺はルーラを使えない。

 

 なんだあれ?

 恐すぎるし意味がわからなさ過ぎる。

 首根っこ掴まれて″ギューン″と体が浮いたかと思うと″ビューン″と体が横にぶっ飛んだ。

 一体、時速何キロ出てたんだ? その割に呼吸が出来たし、目的地に一直線に飛ぶし、地面に激突することなく着地するしで原理が全く解らない。

 いや、まぁ、他の魔法の原理も解っちゃいないんだけど、なんとなく出来そうなイメージが沸くし、現に出来る。

 だけどルーラ! テメェはダメだ! 前世の記憶が邪魔をしているのか、どうしても使えるイメージが沸かない。

 俺が両膝ついて俯き朦朧とする頭でこんな事を考えている間、マトリフ兄弟は何やら話し込んでいた。

 

「出しやがれ」

 

 とマトリフが凄みを利かせて言ったかとおもうと、まぞっほは懐からゴールド袋を取り出し、それを受け取り中を確認し「ほぅ」と呟いたマトリフは袖の下へと仕舞い込む。

 

 原作でも没収されていたが、この兄弟の力関係が如実に現れている光景だな。 てか、まぞっほは何を考えてマトリフを頼ろうと思ったんだ? 困窮していてもマトリフに頼んでどうにかなると思えないぞ。

 まぁ、金なんか幾らでも手に入るしどうだって良いか。

 

 金銭の没収を終えたことで兄弟の会話も終わった様で、まぞっほは地べたに力なく座り込み、マトリフは俺の方に″ノシノシ″と近付いてきた。

 

「オメェ、俺に用があるんだってな?」

 

「はい。僕にラーの鏡を貸してください! お願いします!」

 

 端からマトリフ相手に小細工なんか通用すると思っちゃいない。 多少の交渉も試みるが、基本的には拝み倒すしかない。

 

 俺はその場で土下座をして頼み込む。

 

「……ヤダ」

 

 鼻くそをホジりながらあっさり断らた。

 

 だが、こんなモノは想定内だ。

 再び頭を下げた俺は続けて頼み込む。

 

「そこを何とかお願いします! 俺に出来ることなら何でもしますし、お金なら幾らでも払います!」

 

「ほぅ…なら、一億持ってきな」

 

「い、いちおくえん!?」

 

 思わず″円″と口走ってしまったが円換算だと100億かよ…。

 

「……ゴールドだ。幾らでも払うって言ったのはオメェさんだ。まさか舌の根も乾かねぇうちに取り消す気か?」

 

「はい、取り消します。申し訳有りませんが一億Gは無理です。なんとか譲歩をお願いします」 

 

 一億Gは時間的に無理だ。とてもじゃないが時間が足りない。

 金なんか、と甘く考えていたのがここにきて裏目に出るとは。

 てか、1億Gとか何に使う気だよ!? 「気に入らねぇ」とか言われたし嫌がらせか?

 

「なら100万Gで勘弁してやる」

 

 いや、無理だし。

 でも迂闊に「幾らでも払う」と言ってしまったからにはこれ以上の譲歩は引き出せ無いな…。

 仮に1日一万G稼げば100日で貯まる。

 100Gを落とす敵なら日に百体倒せば計算上はなんとかなる。地底魔城の跡地に籠ればギリギリ稼げるかもしれない金額か…。

 

「くっ…解りました。100万Gですね? 後から″やっぱり1億″とか無しですからねっ!?」

 

「不満そうじゃねーか? 何でもやるってんなら、そうだな……俺から奪ってみるか?」

 

 マトリフは厳しい視線で不適に言い放つ。

 

 何だよこれ…。

 原作のダイが、「王家の救出」を頼んでもデレたじゃねーか。

 王家への手助けに比べたら鏡の貸し出しなんて簡単な話だろ!?

 アレか? 勇者と偽勇者の違いなのか!?

 

「……そうですね。最悪そうゆう手も使わせて貰うかも知れませんねっ」

 

 強奪は最悪の手段の一つとして考えていた。

 

「ほぅ? 俺を相手に敵うと思ってんのか?」

 

「敵うとか関係有りませんから。俺はどんな方法を使ってでもラーの鏡を手に入れてみせます」

 

「気に入らねぇガキだぜ……。でろりんとか言ったな? 寝込みを襲われたら堪ったもんじゃねぇ、日に三度相手になってやる。1分間で俺に僅かでもダメージを与えられたらオメェの勝ちにしてやる。鏡でも何でも持ってきな」

 

「それだとマトリフさんにメリットが有りませんよ?」

 

「あん? ヒヨコが舐めた口効くじゃねーか? オメェが俺にダメージを与えられるとでも思ってんのか?」

 

 普通に無理です。

 正直、こうして敵意を向けられて話しているだけでも逃げ出したい。

 もしや、絶対不可能を確信してるが故に俺を困らせて楽しむとかか?

 嫌な想像だがドSでサディストなマトリフなら有り得そうで怖い。

 

 …それでも、やるしかない。

 

「思ってません。でもチャンスが増えるなら俺は受けるダケです。あ、ダメージを受けてるのに我慢とか無しでお願いします」

 

「ヒヨコが…。我慢の効くダメージはダメージなのか? え?」

 

「解りましたっ。ではお言葉に甘えて日に三度挑戦させて頂きます!」

 

「好きにしな」

 

 短く呟いたマトリフの顔が悪魔に見えたのは目の錯覚だと思いたい。

 

 

 

 こうして俺は、マトリフの意図を計りかねたまま、ラーの鏡を手に入れるべく、地獄の日々を送ることになったのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15

 マトリフと出会ってから50日が過ぎようとしている。この間、自分なりに頑張ってきたつもりが″二兎を追う者一兎も得ず″状態に陥っている。

 

 洞窟近くの砂浜で対峙しながら動こうとしないマトリフを尻目に、今迄の事を振り返る。

 

 

 洞窟内で無造作に置かれるラーの鏡を何度も目にしながら、手に入れられないのは何とも言えないもどかしさがある。

 実は、盗み出すダケなら簡単だったりする。

 しかし「持ち逃げしたらどうなるかわかってんだろな?」とドスの効いた声で警告されてる以上、迂闊な真似は出来ない。

 と言うのもマトリフは自身の所有物に追跡可能な魔法をかけているらしく、盗み出せても奪い返されたら元も子もない処か、命の保証が無い。

 ″100を越える魔法を使える″との触れ込みは伊達ではなく、原作はおろかゲーム内にも存在しない魔法すら修めている様だ。

 洞窟を探して彷徨う俺達を探知したのもそんな魔法の一つで、バロンとの戦いでまぞっほが魔法力そのものを身に纏った時から警戒していたそうだ。

 そんなマトリフと俺の関係は非常に微妙なバランス、いや、マトリフの気まぐれで成り立っている。

 彼がその気になれば、俺の命なんか一瞬でこの世から消え去るし、ラーの鏡を砕く事だって出来る。

 そうしないのは俺が約束通り日に三度の挑戦以外は手出ししないからだろう。

 無謀な暗殺等を企てないなら″多少煩わしいが相手をしてやる″って感じだ。

 

 実際、俺の挑戦はマトリフにとって何の驚異にもなっていない。

 挑戦初日なんて酷いもんだった。

 

『何時でも来な』

 

 と、身構えたマトリフに対し、先ずは最強の攻撃をぶつけ実力差を測る! と考え両手にイオラを産み出そうとしたものの、準備が整う前に″ベギラマ″を喰らってKOされた。

 

『チンタラしてんじゃねーよ』

 

 と言い残し、去り行くマトリフに向かって「鬼かっ」と叫んで意識を手放した自分の無知が今となっては懐かしい。

 実態は鬼との罵声すら生温い最強の大魔道士だったのだ。

 

 その日の昼、二度目の挑戦も酷かった。

 

『何時でも来な』

 

 合図と同時にマトリフ目指して突っ込んだ。

 魔法を撃ち合う中距離以上では勝負にすらならないとの判断からだ。

 

『魔法使いに格闘戦を挑むってのか?』

 

『いけませんかっ?』

 

『悪くねぇな』

 

 褒めたかと思ったその瞬間、マトリフは宙に浮いていた。

 

『はぁ? 攻撃出来ないんですけどっ!?』

 

『トベルーラも使えねぇ未熟者が何言ってやがる』

 

 当然と言えば当然。

 俺の抗議は完全にスルーされヤケクソ紛れに″プカプカ″浮かぶマトリフにありったけの魔法を放ったが全て余裕で交わされた。

 

『だらしのねぇガキだな? イオラっ』

 

 魔法力が尽きて肩で息をしていると、真上からイオラが降ってきた。

 多分、俺は1分を越えて攻撃したしアレは完全に制限時間外の攻撃だったな。

 横に跳んでなんとか直撃だけは避けられたが、爆発をモロに浴びた俺は又もやKOされた。

 

 その日の夕方、三度目の挑戦も散々だった。

 

『何時でも来な』

 

 今ではお馴染みとなった合図と共に、イオを二つぶん投げた。

 先手必勝! ヤられる前にヤる!との考えからだ。

 

『迂闊な真似をするじゃねぇか?』

 

 そう呟いたマトリフの前には薄い光の壁が出現していた。

 

『覚えときな、これが″マホカンタ″だ』

 

 マホカンタは魔法を跳ね返すカウンター魔法だ。魔法を使う上で相手が反射手段を所持しているかどうかは非常に重要だ。

 しかし、この時のマトリフは俺がイオをぶん投げる瞬間迄なんの予備動作もしていなかった。

 俺が先手必勝ならマトリフは後の先がとれる様だ。

 内心で「大魔王並みかよっ」と突っ込みを入れて交わそうとするも、力量以上の呪文を唱えた反動から硬直し思うように動けない俺に向かって″三つ″のイオが飛んできた。

 反射された俺のイオに混じって、マトリフのイオが加わっている辺りが悪魔的だったな。

 多分マトリフは、魔法なら1ターン二回行動だ。

 なんとか盾を前面に構え直撃だけは避けたが、イオの三連撃を喰らった俺はKOされた。

 

 改めて思い返すと、良く死ななかったモンだと自分で自分を誉めたい。

 死ななかったのはマトリフの絶妙な手加減のお陰だとも言えるが、毎回毎回戦闘不能になる迄痛め付けなくても良いと思うぞ。

 

 そんな感じでマトリフへの挑戦が無駄だと悟った俺は″金銭による譲渡″へと早々に方針転換した。

 元々金で解決が第一案だったし、あんな無謀な挑戦に時間を費やし続けるのはナンセンスだ。

 例えるなら巨大な鉄壁を素手で殴って破壊しようとする様なものだ。

 原作では、今の俺より数段上であろうベギラマを扱うポップが軽く捻られていたんだし、未熟な偽勇者が頑張った所でなんとかなる相手じゃない。

 何らかの対抗手段を身に付けないと、いくら挑んでも簡単に弾かれて終わってしまう。

 

 そんな訳で翌日には「金稼ぎに行ってきます」と挨拶し、「戻ってこなくていいぜ」との有難い言葉を頂戴して地底魔城跡地へと一人旅立った。

 

 凡その方角を知っていた地底魔城へは、早朝から夕暮れまで全速力で走り続けたら辿り着けた。距離にしたら100キロ〜200キロ位だろうか?

 正直、良く判らない。

 判らないが思ったよりも近く、疲労も無かったので10日に一度はマトリフに挑戦すべく洞窟と地底魔城を往復する様にしている。

 しかし、何度挑んでも攻略の糸口さえ見えない。重力で押し潰されそうになったり、理力の杖でぶん殴られたり、歯牙にもかけないとはまさにこの事だろう。

 もしや、あのセクハラエロじじぃは魔王ハドラーより強ぇんじゃね?

 

 はぁ…。

 嘆いても何も変わらないのは解っちゃいるが、本命の金策も上手くいってないんだよな…。

 

 地底魔城跡の周辺では幾つもの露店が建ち並びちょっとした村が出来上がっていた。

 見学ツアー客にガイコツ剣士ストラップを売りつけたり、探索目的の戦士に薬草や魔法の聖水、武具等を売買したりと中々の活気に溢れていた。

 地底魔城の内部へは金さえ払えば誰でも入場可能で、俺みたいな子供ですら「死ぬかも知れないけど良いんだね?」と簡単な意思確認だけでOKだった。

 個人の意志が尊重されているのか、人命が軽視されているのか判断に困るところだが、俺にとって都合が良かったので気にしない。

 地底魔城に潜ってみた結果、迷宮におけるモンスター発生の謎に直面してしまったが、こんなモンにイチイチ疑念を抱いたらこの世界じゃ生きていけない。

 地底魔城では時間と共にどこからともなくモンスターが発生し、倒したモンスターは時間と共にいつの間にか消滅するのだ。

 何処となく″破邪の洞窟″と似た感じを受けるし、元々存在した迷宮を魔王ハドラーが改造したんじゃないかと勝手に思うことにしている。

 世界の謎を探求するのは大魔王が滅んでからでも充分だし、今は兎に角、目先のゴールドだ。

 

 そんな地底魔城の金策も芳しくない。

 表層にはお約束とばかりにスライムやドラキーが現れ、奥地迄進めば″しりょうの騎士″等の勝てない相手が現れる。

 レベルアップすれば勝てそうだけど、どうやらこの世界には″経験値システム″が無さそうだ。

 修行と鍛練、そして命を賭けた実戦で己の限界を越えていくのがレベルアップの秘訣じゃないだろうか?

 原作においてダイ達一行が異常とも言えるレベルアップを果たしたのは、死闘の連続だったからだろう。

 弱い相手に遠くからイオを唱えて殲滅しても、なんの経験も得られていない…そんな気がする。

 ″ゴールドシステム″よりも″経験値システム″が欲しかったと思う今日この頃。

 いや、まぁゴールドも有難いけど純然たる力もこの世界だと必要なんだよな。

 

 不意討ちでイオを投げ付ける戦闘と呼べない戦闘しかしない俺は、レベルアップをした実感が得られず中層辺りで″ミイラ男″の相手をする事が多い。

 ミイラに混じって″わらい袋″が居るとこっちが笑えるんだが、遭遇率は極端に低い。

 敵を見つけ次第イオを投げつけ、討ち漏らした者は剣を抜いて相手取る。

 そんな事を一月程続けていたある日。

 

 未来の三賢者、アポロとマリンに出会った。

 俺を見つけたマリンは開口一番

『こんな所でイオを使うなんて何考えてるの!?』

 と詰め寄ってきた。

 ゲームだとイオナズンでも何の問題も無いが、現実的には迷宮内でのイオは指摘通り危険であり、ぐぅの音も出せず黙り込んだら

『子供だと思って甘くみていたけど、やっぱり子供ね』

 と勝ち誇ったようマリンが言っていた。

 それから口論が続き、いつの間にか仲良くなっていたのは今でも不思議に思える。俺って子供と同レベルなんだろうか?

 まぁ、アポロ達と話せたのは悪くなかった。

 テムジンの追跡が止んでいると確認出来たのが何よりの収穫だ。ただ、アポロのテムジンに対する疑いの念が強かったのが気になるところではある。

 10年後までテムジン達が尻尾を出さない事を祈るしかない。

 テムジンの失脚自体は良い事なんだけど、確実に原作が変わってしまうのがマズイんだよな…時々パプニカの様子を見に行くとするか…。

 

 はぁ……。

 ホント、何もかも上手くいかないもんだなぁ。

 

 この50日で貯まった金は84000G。間違いなく大金だが目標金額には全然届かない。

 マトリフに挑戦すべく洞窟に戻ってきたが、ダメージを与える目処がつかないし、変える気の無かった原作は勝手に変わりそうだし、やっぱり余計な事は考えず偽勇者としての活動に専念した方が良かったのかもしれない。

 今回の挑戦で何の成果も上がらなければ、大幅な方針転換を視野に入れなければいけないだろう。

 ラーの鏡の入手は断念を余儀なくされるし、アルキード消滅阻止だって無理かもしれない…。

 バランの処刑を止めるにもそれなりの風評と実力を身に付けないといけない。最低でもトベルーラと魔法耐性のある盾は必要だ。

 

 アルキード消滅を阻止しても待っているのは大幅な原作改編と大魔王。

 原作以外の方法、竜魔人ダイがやり合う以外に大魔王を殺せる方法なんて俺には思い付かない…。

 

 くそっ。

 解っちゃいたけど無理ゲー過ぎる。

 偽勇者が下手に動いてなんとかなるのかよ!?

 

 …それでも、やるしかないっ。

 

「準備は出来たんですか?」

 

 腕を組み眉間にシワを寄せ動こうとしないマトリフに問い掛ける。

 何時もなら洞窟近くの砂浜で対峙するなり「何時でも来な」と言うのに明らかにおかしい。

 

 また何か「気に入らない」とでも思われているのだろうか?

 黙るマトリフをじっと見詰める。

 

「……トコトン気に喰わねぇガキだな」

 

 沈黙を破ったマトリフの口から飛び出たのは何時もの非難だ。

 

「何がですかっ!? 人の気も知らないくせにっ」

 

 俺だってこんな事はしたくないんだ。

 

「あん? 何も言わねぇのに知るワケねぇだろが」

 

「理由なんてどうだって良いでしょ!? 俺が鏡で何をしようとアンタには関係無い!!」

 

「生意気抜かすなぁ!!」

 

 突然、杖を突き付けたマトリフが大声をあげる。

 

「俺を倒せねぇ未熟者の分際で何が出来る!?

 ヒヨコが大人を舐めやがって…なんだその目は? 話せ…ガキがそんな悲壮な目で必死に足掻く神託の内容ってヤツをよ」

 

 いや、あんたを倒せないのが未熟者なら全人類が未熟者だし、神託なんて受けてねー…ん? 原作知識が神託みたいなもんか?

 

 って突っ込んでる場合じゃないな…。

 

 マトリフの鋭い視線的に″でろりんが神託を授かった″というずるぼん発の偽情報を仕入れているとみるべきだろう。

 だとすればマトリフが気に入らなかったのは、神託を隠して独りでなんとかしようとしていた俺の態度になるのか?

 

 よく判らないな。

 よく判らないが、ここで誤魔化せば二度とマトリフと話すことがない…そんな気がする。

 

 

 

 俺は天を仰いで大きく深呼吸すると、ゆっくりと言葉を発したのだった。

 

 







次回ターニングポイント。

どうするかコレから考えますので更新は遅くなりそう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16

書いてみたら意外になんとかなりました。


「話せば協力してくれますか?」

 

「さぁな? 内容次第だ…ついてきな」

 

 踵を返して洞窟に向かうマトリフの後を黙って追い掛けた。

 

 

◇◇

 

 

「話せ」

 

 家財道具が散らかる洞窟内の椅子に″ドシリ″と腰掛けたマトリフが短く告げる。

 どうやらまぞっほは居ない様だし都合が良い。

 買い出しにでも行かされているのだろう。

 

「その前に一つ聞いても良いですか?」

 

「…なんだ?」

 

「俺が神託を授かったなんて戯言をどうして信じているんですか?」

 

 神託を受けたと知っていても、詳しく調べればずるぼんが出所のデマであると判りそうなモノだ。

 マトリフ程の人物が妄信的に信じるのは解せない。

 

「…眼だ」

 

 左右の袖の下に手を入れ腕を組んだマトリフがポツリと呟く。

 

「目? 目付きが悪いから?」

 

 それとも悲壮な目をしていたからか?

 

「そうじゃねぇ。ルイーダの眼、だ。あの女の眼に映らねぇ奴なんざ居やしねぇのよ…俺やアバンですらあの眼の前じゃ基本能力は暴かれちまう。映らねぇのは人間の枠に収まらない奴か…別の場所から来たトルネコみてぇな奴だな」

 

 目を閉じてうつ向き加減に語るマトリフが一呼吸おいた。

 

「でろりん。お前さんは何処から来た?」

 

 目を見開き″ギロリ″と俺を見据えてくる。

 だから、怖いって。

 てか、なんで俺のステータスが映らなかった事を知っているんだ?

 ルイーダとの間で情報交換でも行われているのか?

 

「何処からってアルキーナで生まれ育ってますよ」

 

「ふんっ。惚けようってのか? トルネコと同じ特性、ルイーダの眼に映らない能力、通貨単位を間違える有り得なさ、それにその話し方、ここまで揃って普通のガキだって言い張ろうってのか? あん?」

 

 何このマトリフ?

 鋭いとかってレベルじゃないぞ。

 

「はいはい。確かにアルキード以外で暮らした記憶が俺にはあるけど、子供の頃に死んでるし役立つ知識は殆ど持ってませんよ?」

 

 両手を上げて降参のポーズを示す。

 こりゃダメだな。

 なんか色々バレバレじゃねーか。

 

「そうか…そいつは悪いことを聞いちまったな」

 

「別に構いません。昔の事よりコレからどう生き抜くかの方が俺には重要ですから」

 

「可愛げのねぇガキだぜ」

 

「中身はガキじゃないですから。それで? 俺が特殊な産まれだから神託も信じたって事で良いんですか?」

 

「そうなるな。だが神託の中身迄は解らねぇ…話しちまいな。 話せばオメェもちったぁ楽になるだろうよ」

 

 マトリフが不気味に笑った事で気付いてしまう。

 

 あぁ、そうか…。

 俺は辛かったんだ…。

 

 そんな事まで見抜かれてるなんて、この人には敵わないな…。

 

 ん? 待てよ?

 って事は俺が辛いのを知っていながらボコッてたのか?

 …やっぱドSだな。

 危うく感動しそうになったわ。

 危ない危ない。

 

「どうした? 早く言わねぇか」

 

 マトリフが急かしてくるが、俺はもうお言葉に甘えて吐露する気マンマンだ。

 俺が独りで悩むよりマトリフの知恵を借りた方がより良い手段が見つかりそうだし、何より逃げたい。

 指摘されて気付いてしまった以上、さっさと話して楽になりたい。

 だだの偽勇者が滅びの宿命を独りで背負うとか無理だったんだし、俺は何を独りで抱え込もうとしてたのやら。

 てか俺ってバカじゃね?

 

 お? なんか話す前から気分が楽になったな。

 

 まぁ、話を聞くマトリフには御愁傷様だが、聞き出そうとしたのはマトリフだし良しとしよう。

 

「そう、ですね…滅びの未来を二つ視ました。

 その一つはアルキード王国の消滅。もう一つは大魔王の絶命です」

 

 話せることが多すぎて何から話せば良いのか判らないので、とりあえず簡潔に二言で纏めてみた。

 

「なにっ? 大魔王ってのは誰だ?」

 

 ひじ掛けに両手を突いて身を乗り出したマトリフが食い付いてくる。

 アルキードに関してはスルーの様だ。

 

「バーンと名乗る魔界の神です」

 

「そうか…噂のバーンが動くのか…それでオメェが足掻く理由は何処にある? アルキードが滅ぶなら逃げちまえば良いだろ」

 

「アルキードは滅ぶんじゃありません。大地そのものが消滅するので逃げ場なんか有りません」

 

「なんだと? いや、アソコなら沈んじまうのは容易いか……ラーの鏡とその消滅がどう関係すんだ?」

 

「アルキードを消滅させるのは竜の騎士バラン。彼は魔族の嫌疑をかけられて無実の中で処刑台に上がります。それを防ごうとした人間の女性、バランの妻であり王女でもある人物が死ぬことでバランは人間に失望し、アルキードを消滅させます。

 だから処刑の前にラーの鏡でバランが魔族でないことを証明します」

 

「謎の騎士バランか…ルイーダの眼に映らなかったのはそういう事か」

 

「え? なにそれ?」

 

「知らねぇのか?」

 

「細かい部分まで知りません。俺が知っているのは大まかな流れダケです」

 

「ふんっ。役に立つのか解らねぇ神託だな?」

 

「そうでも無いですよ? 例えば大魔道士マトリフは極大消滅呪文″メドローア″を使えるとか、大魔王はそれすら弾くとか有意義な情報じゃないですか?」

 

「テメエっ!? …いや、そうか…噂のバーンはメドローアを弾くのか」

 

 マトリフは血相変えて″ガタッ″と立ち上がったが、直ぐに座り直して足を組んだ。

 流石にクールが信条の大魔道士。冷静に情報として処理した様だ。

 

「メドローアを片手で弾くし、黒のコアをバンバン使おうとするし、メラゾーマは火の鳥だし、手刀でオリハルコンを砕くし、そうそう! 神よりも強いそうですよ?」

 

「…なんだ? そのバケモンはよ?」

 

 俺から見たらマトリフも十分バケモンなんだけど、流石大魔王は格が違った。大魔道士に冷や汗を流させている。

 

「だから大魔王ですって。

 いやぁ、一人でどうしようかと思ってたけど、マトリフが聞いてくれて良かった良かった。協力お願いしまっす!」

 

 今まではバランや大魔王を思う度、暗い気分にさせられていたが、こうして清々しい気持ちで話せる日が来ようとは。

 マトリフ様々である。

 

「テメぇ…まさかこの俺をハメやがったのか?」

 

「いえいえ、とんでもない! 俺は言いたく無かったけど無理矢理マトリフが聞き出したんじゃないですか? あ、ここまで言ったからには全部聞いて下さいよ? どうせ、もう知ってしまってるんだからより詳しく聞いても変わりませんから」

 

 両手を前に突き出してパタパタと振ってみせる。

 結果的にマトリフに重荷を背負わしてしまうが、最初からそんな事を企んでいた訳じゃないからなっ。

 

「オメェ…ロクな死に方しねぇぜ?」

 

「そうかも知れませんね。だけど、誰よりも長生きしてみせますよ」

 

「ちっ…気に入らねぇ野郎だぜ…仕方ねぇ、最初から詳しく話しな」

 

「そうですね…少し長くなりますが良いですか?」

 

「早くしな」

 

 観念したのか椅子に深く腰掛けたマトリフは瞳を閉ざした。

 

「俺が知っているのは勇者アバンがカール王国に仕えていた頃からです・・・」

 

 こうして俺は、主観を交えず出来事のみをマトリフに伝えていくのだった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「厄介だな…全部繋がってやがるのか」

 

 俺は覚えている全ての流れを話した後、巻物に時系列順に書き記した。

 それを地面に広げマトリフは苦々しく睨んでいる。

 

「そうなんですよねぇ…どうしましょ?」

 

「此処だ、此処で終わらせる」

 

 マトリフが杖の先で″トントン″と指し示すのは″一度目の大魔王戦″だ。

 

「其所で倒せたら言うこと無いけど、どうやって? その段階じゃ勇者はまだまだ成長途上ですよ? それにアルキードはどうするんですか?」

 

「そんな国は放っておけば良い。 オメエの話を聞く限り自業自得だ…って言ってやりたい処だが…」

 

 マトリフが言葉を濁す。

 

「何か気になる事でも?」

 

「あぁ…つい先日だ。ルイーダの奴がバランの正体を確かめに王家に呼ばれた。 その結果は黒だ。そりゃそうだろうよ、相手は伝説の竜の騎士だ。視えるわきゃねぇ」

 

「うげっ!? ルイーダが魔族のお墨付きを与えたんだ!?」

 

 何の証拠も無しに追放なんておかしいとは思ってたんだ。

 でもルイーダが原因かよ…。

 

「そうなるな。それで奴さんはめでたく追放、オメェが言った通りに進んでやがる」

 

「いや、メデタクないし」

 

「黙って聞け…ルイーダはバラン以外にも視えない奴が居ると言っていた。王家のくだらねぇ争いなんざ気にも止めてなかったがよ…オメェの話を聞けば″裏″ってヤツが見えてくるじゃねぇか?」

 

「裏、ですか?」

 

「そうだ。このアルキード消滅で誰が一番得をする?」

 

 マトリフは杖で″アルキード消滅″の項目をトントン叩いている。

 

「そりゃ…大魔王って、あぁそういう事ですか」

 

「そうだ。ちったぁ頭が回るじゃねぇか? 本来敵になる竜の騎士を手駒にする為の謀略だろうよ。汚ねぇが巧い手だぜ」

 

「謀略だとしてどうするんですか?」

 

「潰すに決まってる。 俺に隠れてコソコソしやがって…気に入らねぇ」

 

「いや、謀略は影でコソコソでしょ?」

 

「あん? オメェだって潰そうとしてんだろが?」

 

「そうですけど、問題は此処と此処。この辺りの成長をどう補うかなんですよ」

 

 俺は剣先で″竜魔人バランとの闘い″″紋章の継承″の項目をトントンと指し示す。

 

「ふんっ全く厄介な野郎だなっバランって奴はよ」

 

「一応継承に関しては案が有るんですが、問題は実戦経験の不足なんです」

 

「アバンの野郎を早めに向かわせれば済む話だ」

 

「でも、勇者アバンの行動は監視されてる可能性が高いですよ? 見てください、此処と此処。魔王軍の行動が早いのは監視されてるからじゃないですか?」

 

 剣先で″ヒュンケルとミストバーン出会う″″アバンとハドラーの闘い″の項目を指し示す。

 ハドラーの襲来は兎も角、ヒュンケルをミストバーンが助け上げるのはタイミング的に監視が必須だ。

 

「ならテメエが未来の勇者とやらをしごいてやんな」

 

「いや、無理だし。俺はそんなに強くなれないし」

 

「あん? ナニを寝惚けた事言ってやがる? テメエはコレから俺が地獄の猛特訓を課してやる。 俺を巻き込んだ事を死んで後悔しやがれ」

 

 大魔道士は″ニタリ″と微笑んだ。

 

「はぁ!? いやっちょっと!? だから言いたくなかったんだよぉー!!」

 

 

 狭い洞窟内に俺の魂の叫びがこだました。

 

 こうして俺は、強力な協力者を得て真の地獄の日々を過ごす事になるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17

 地獄の猛特訓が始まってから早数ヵ月。

 バランの身柄を抑えられ処刑を明日に控えた状態でも猛特訓は終らない。

 

「今日ほどオメエを大したこと無い奴だと思った事はねぇぜ」

 

 胡座をかいて岩の上に座るマトリフは顔を片手で覆い、ため息混じりにお馴染みとなった台詞を呟く。

 

「何時も思ってる癖にっ」

 

 息も絶え絶えで泉から這い出た俺は、短く言い返すのがやっとだ。

 

 本日のメニューは″ルーラ修得、地獄の水行″となっている。

 その内容を簡単に説明すると、後ろ手にキツく縛られた状態で重しを付けて泉の中に放り込まれる、といった正気の沙汰とは思えないモノだ。

 元々この特訓を終える方法は、溺れ死ぬかルーラで脱出するか? の二つしか想定されていない。

 水に放り込まれた俺はそんな極限状態の中で、魔法力を″力″に変えてロープを引き千切り脱出に成功したのだった。

 

「でろりんよぉ? この数ヵ月でお前さんの魔法力はちったぁ増してトベルーラも使えんだ。何故ルーラを唱えずバイキルトもどきで逃げる? この特訓の主旨を解ってんのか?」

 

 俺が引き千切り投げ棄てたロープを拾い上げ「もっと強く縛るか」とマトリフはぼやいている。

 

「ルーラが便利って解ってますけど俺にルーラは無理! 魔法の力が欲しければまぞっほにルーラを覚えてもらいますよ。それがパーティーってもんでしょ?」 

「ちっ…ガキの癖に正論吐きやがって」

 

 正論ってかマトリフ語録からの引用だからな。

 傍若無人と呼ばれるマトリフでも自身の持論に反論する様な真似はしない。

 

「これ以上強くなるのも成長するまで多分無理!」

 

 自慢じゃないがこの数ヵ月で俺のレベルは16にまで上がっている。

 驚異のハイペース! やれば出来る子…と思っているのは俺だけで、マトリフは不服な様だ。

 だがちょっと待ってほしい。

 俺って11歳なんだぜ?

 身体が出来上って無い状態で一体これ以上なにを望むというのか?

 客観的に見ても11歳時点なら原作のダイよりも強いっての。

 

「お前さんの言うところの成長限界か…だがなぁ? そんなモンは甘えだぜ」

 

 腕を組んだ何時ものポーズで″ギロリ″と睨んでくるが、いくら怖くてもこればかりは譲れない。

 猛特訓から逃げたんじゃないんだ。

 課せられた特訓をこなした上で成長が見込めないなら、限界に達しているとみるべきだ。

 

「そんな事言ったって現に強くならないじゃないですか? 成長期を迎えるまで猛特訓は無し!」

 

 腕をクロスさせ大きなバッテンマークを作ってアピールしてみた。

 

「口の減らねぇガキだぜ…だが、オメエの言い分にも一理ある…暫くの間しごくのは勘弁してやるが、代わりにコイツを集めてきな」

 

 渋々折れたマトリフが袖の下から何かを取り出すと″ポイ″っとコチラに投げてくる。

 

「何ですか? コレ」

 

 放物線を描いて俺の手に収まったモノをしげしげと見詰める。

 大きさは五百円硬貨並みだが厚みがあり大きさの割にズッシリ重いそのコインは、手の中で眩いばかりの光沢を放っている。

 

「ミリオンゴールドだ」

 

「はぁ!? 1億円金貨ぁ!?」

 

 てか、100万ゴールドコインとか買い物で使えないんですけど。

 

「その″円″とやらに換算する癖は直らねぇのか? まぁいい…先に鍛え上げてからにしてやろうと思ってたが、オメエはコレからの10年でソイツを集めろ」

 

 ん? 強くなってから俺の特性を活かして金を稼ぐ計画でも有ったのか?

 確かに厳しく鍛え上げれば後々の金稼ぎは楽になる…厳しかったのはマトリフなりの優しさか?

 

 すっげぇ解りにくいんですけど…。

 

 それに…。

 

「金なんか集めてどうするんですか? 大魔王に通用する武器なんか売ってませんよ?」

 

「大魔王を殺るにゃぁメドローアを当てるのが手っ取り早い。弾くのは当たれば効く事の証明みてぇなモンだぜ」

 

「…? それはそうですけど、当たらなければどうという事は無い! って昔の偉い人が言ってましたし、俺は多分メドローアを使えませんよ?」

 

 今一つマトリフの言いたいことが解らない。

 散々話し合った結果、アルキード救済後の基本戦略は、原作から外れすぎない範囲を保ちつつ″影でコソコソ不意討ちでゴー″だ。

 マトリフにとって原作沿いに大した意味はなく、俺が伝えた中では出来事よりも敵の戦略や能力を重要視しており、大魔王の戦略の裏をかいて戦力を整え、バーンパレス浮上時にノコノコ現れるであろう大魔王を殺れるなら過程の差異はどうでも良いらしい。

 しかし、肝心の大魔王の倒し方までは煮詰まってなかったし、メドローアは兎も角ゴールドが何の役に立つんだ?

 

「オメエさんにメドローアを伝授する気はねぇ。大体オメエのセンスの無さは何だ? あんな闘い方しやがって…種がバレりゃぁ使いモンにならねーぜ」

 

 サラリと酷いことを言われているが、泣いてなんかやらない。

 多分、イチイチ口答えするのが気に食わないのだろうが、こっちだって命が掛かってる。

 マトリフが優れた人物って事は身に染みて解っているが、原作知識に関してのみ俺の方が上だ。

 いくら話して書き出してみても微妙なニュアンスまでは伝わっていない。

 言いたいことは言わせてもらい、言い争いの中でより良い案が見付かれば良いんだ。

 まぁ、大体マトリフの発案が通るんだけどなっ。

 

「マトリフとやり合う内に勝手に身に付いてましたからね…俺だってもうちょっと何とかしたいと思ってますよ?」

 

 

「ふんっ…元々、大魔王の相手はオメエに期待しちゃいねぇさ。メドローアを当てる役はポップって小僧だ…会ってもねぇ奴に託すのは癪だが俺じゃ警戒されちまうからな…大魔王に当てる為には隠し通すのがキモになってくるだろうよ」

 

 マトリフは大魔王の実力を高く評価している。

 戦闘能力は元より、いや、むしろ慎重で用意周到な戦略を最大限に評価しており、勇者アバンにも神託を告げず、俺とルイーダの三人ダケで動くのも大魔王の警戒を恐れているからだ。

 表立って精力的に動けば大魔王の警戒を招き動きが読めなくなる処か、万が一にも大魔王の計画を知っていると知られれば手の打ちようがなくなってしまう。

 原作における大魔王の戦略のキモは、強者を一所に集め一網打尽にする事にあり、ダイ達が殺されなかった要因の一つがコレだ。

 しかし、それを知る者がいるとなれば殺す事に主眼を置いてくるだろう。

 そうなれば、正直太刀打ち出来ない。

 

 原作沿いを重視しないマトリフが原作沿いに進める理由はこの辺りにある。

 原作に従えば大魔王の動きが読みやすく、又ポップがメドローアを修得する確率も高くなる。

 

「″大魔王戦その1″迄はポップにメドローアを撃たせないって訳ですか? 不意討ちは良いですけど、それとゴールドに何の関係が?」

 

「黙って聞きやがれっ」

 

 ミリオンゴールドを取りに来たマトリフに″ゴチン″と拳骨を落とされた。

 

「ポップって小僧は敵さんに侮られている…だったな?」

 

 言葉に出さないものの、自身が産み出した秘呪文を授ける相手が現れると思ってもいなかったマトリフは、未だ見ぬポップに興味深々だ。

 

「最後の方は注目されますけどね」

 

 現時点で大魔道士の注目を浴び、期待のハードルが激しく上がっているポップには御愁傷様と言っておこう。

 

「侮らせたまんま最後にしてやるのさ…ポップが倒すべき敵はオメエが相手してやれ。バランを敵に回さねぇ以上厄介な相手は限られてくる」

 

 マトリフは、アルキード消滅を阻止しても魔王軍の動きはさほど変わらず、バランが超竜軍団長にならなければ他の者が軍団長の座に就いて12年後に地上侵攻を始めるダケだと自信満々に言い切る。

 その根拠は黒のコア。

 大魔王の本命は黒のコアによる地上消滅であって、魔王軍なんてモノはオマケであり、大魔王にとって魔王軍の勝敗には大した意味がなく、強者を炙り出せればそれで良いのだ、と。

 そして、黒のコアの準備が整うのが12年後であり、それまで大魔王が動く事は無いだろう、とも言い切っている。

 

「そうですね…バランの代わりの軍団長がバランよりも強いって事は無いでしょうし、竜騎衆も結成されないし、厄介なのはオリハルコン軍団、ハドラー親衛騎団位ですか?」

 

 永久不滅の金属と言われるオリハルコン。

 最終的にバキバキ砕けまくっていたが、それは相手が悪かっただけで、親衛騎団が厄介な相手である事に変わりない。

 チートなラーハルトは味方に引き入れておきたいけれど、何処で暮らしているか記憶に無いんだよな。

 カンダダ一味に捜索願いを出しているが、あまり期待していない。

 

「そうだ。全身オリハルコンの軍団を相手にするのはちっとばかり骨だろうよ…そこでだ、対抗する為の武具をコイツで造る」 

 

 マトリフの掌中のミリオンゴールドが日の光に照らされキラキラと輝いている。

 

「だから売ってませんって」

 

「聞いてなかったのか? 武具の素材はコイツだ。極限まで密度を高めたゴールドはオリハルコンにも匹敵する金属になる。コレを鍛えられる奴を見つけるのも骨だが、お前さんにゃぁ心当たりがあんだろ?」

 

 マトリフは″ニカッ″と笑い、その笑顔の横でミリオンゴールドが眩しく輝いている。

 

「ロン・ベルグですか…そうなると、やっぱり真魔剛竜剣を貢ぐ必要もありそうですね」

 

 魔界の名工と呼ばれる″ロン・ベルグ″あの偏屈魔族を味方に引き入れるにはモノで釣るのが楽そうだ。

 

「交渉はオメエが勝手にしな。装備一式で百枚も有れば十分だろうよ。ヒャヒャヒャっ」

 

「百枚ってあんた…。1億Gって百億円ですよ!? 十年で何とかなるんですか?」

 

 てか、百億円の装備に身を包むとかブルジョワ過ぎるだろ…。

 いや、そこまでの大金を注ぎ込まないと偽勇者は原作のステージに立てないってことか?

 

「死にたくないならせいぜい励みな。オメエはコレからの十年で修行と金稼ぎ、稼げねぇってんなら魔界にでも放り込んでやるぜ…後は偽勇者ごっこだな。分かってると思うが大魔王に目ぇつけられるヘマはすんじゃねーぞ?」

 

 装備に一億ゴールドって発想がすげぇわ。

 まぁ、無為に10年過ごすよりちょっとでも生き残れる可能性が高まるなら金策に励むべきか…。

 でも一億は無理じゃね?

 武器だけでも造りたいけど何枚要るんだ?

 

「はいはい…。言われなくたって大魔王なんかに注目されたくないし、死にたくないからヤれることはヤりますよ」

 

「そいつは良い心掛けだ。…さて、無駄話はここまでだな。明日の役割について詰めておくか…」

 

 

 真剣な表情に戻ったマトリフのルーラでルイーダの酒場に戻った俺達は、ルイーダ達を交えて″バラン救出作戦″の詳細を話し合うのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18

 ついにこの日がやって来た。

 

 原作を思い出してからこの日を迎えるまで苦難の連続だった…主にマトリフの特訓的な意味で…。

 勿論強くなれた事に感謝はしているけれど、特訓内容の大半が生きるか死ぬかの二択ってどうよ?

 

 だが、それもこれも今日の日のためだ。

 細工は流々、後は仕上げを行うダケだ。

 

 

「そろそろですね?」

 

 宙に浮きマトリフのレムオルで姿を隠す俺達の足元の広場では、幾人もの兵士が慌ただしく動き、その周りを野次馬達が幾重にも取り囲んでいる。

 こうやって眺めているとハッキリおかしいのが見えてくる。

 処刑はアルキード城に程近い街の広場で行われる…にも関わらず、城に幽閉されているであろうソアラが現れるのだ。

 

 これこそが城を抜け出す手引きをした者がいる事実を如実に物語っている。

 今回の作戦において、この手引きを行う魔族だと思われる潜入者を捕らえるのは、処刑を阻止しラーの鏡でバランを照らすのと同じくらい大事なミッションになっている。

 こちらはカンダタ一味に任せているが彼等なら上手くやってくれるだろう。

 なんと言ってもこの作戦には一味の面子がかかっているのだ。

 現在の状況は、騙されたルイーダが知らぬ間に謀略の片棒を担がされた様なモノで、このまま黙って見過ごせばカンダタ一味の名が廃るってもんだ。

 配置に着くカンダタ一味の面々は俺以上に気合いが入っていたりする。

 

 まぁ、黙って見過ごせば名が廃る処か、命が無くなるんだけどなっ。

 

「あぁ…出てきやがったぜ…抜かるんじゃねーぞ?」

 

 姿を消しているマトリフが何時になく真剣な表情で呟いている。

 マトリフにとって今回の事件は神託がデタラメでない事の証明にもなるし、俺とは違った意味で真剣だ。

 それにしても、レムオルで消えているハズがパーティーを組んでいれば見えるのは何故なんだ?

 っと…余計な事だな。

 

 下を見ると両手を縛られたバランが連行され、それに合わせて意地悪そうな王も姿を現した。

 あれがあのソアラの父親ってのがダイの大冒険の七不思議の一つだ。

 ゴールドを献上する名目でルイーダ達と王宮に上がり、王と魔族の顔は確認済みだしアレが王で間違いない。

 献上したゴールドは百万ゴールドと決してお安くなかったんだが、人違いは許されないし必要経費ってもんだ。

 

「分かってますよ」

 

 俺はカンダタマスクをしっかりと被り、左右の手にまほうの盾を握り締め準備を整えていく。

 ラーの鏡は地上のルイーダに預けている。

 メラミの熱でヒビでも入れば台無しになるからな。

 

 大魔王が監視しているであろう今回の作戦は、情報を仕入れたカンダタ一味が面子の為に行う体裁を取ることにしている。

 カンダタ一味なら誰が相手でも恐れず報復を行うのだろうが、大魔王の怒りを買うことになるかもしれない以上、頭であるルイーダには真実を伝えている。

 今回の事件の裏に潜む陰謀や、俺の神託を伝えた時の反応は実にアッサリしたモノであった。

 曰く、「誰が相手でも舐めた真似してくれたら、ただじゃおかない」そうだ。

 こうして、カンダタ一味全面協力の元で作戦が行われる運びとなっていたのだが…マトリフの様子がおかしい。

 

「あれ? マトリフは被らないんですか?」

 

 マトリフはカンダタマスクを指先で摘んでじっと見詰めている。

 

「ふんっ…デザインがダサイ……ボツ」

 

 あろうことかマトリフはカンダタマスクを″ポイっ″と背後に投げ捨てた。

 

「えっ!? 何やってんですかっ、被らないとマトリフだってバレます!」

 

 ただでさえマトリフは大魔王のスカウトリストに上がっているんだ。

 原作でも語られなかったがマトリフのパプニカ出奔理由の一つは″魔界の神″を名乗る者からの勧誘を受けた事にある。

 人間嫌いでも、進んで人間を滅ぼす気も無かったマトリフは当然それを断り、隠遁生活を選ぶ事にしたそうだ。

 そんなマトリフがこんな所にノコノコ顔を出せば暗殺対象に早変わりしてしまう。

 

「俺は参加しねぇ…あんな程度ならオメエさん一人でも大丈夫だろうよ」

 

 マトリフが指し示す足元の広場では数人の魔法兵がバランの前に配置され着々と準備が進んでいる。

 

「ちょっ!? 無理だしっ! ここまで来て何勝手な事言ってんですかっ」

 

「あぁん? 俺はアルキードが滅んじまっても別に構わねぇのよ…それをガキの誘拐なんかやらせやがってよぉ」

 

「ガキ…? ダイの事ですか? それはマトリフだって納得したじゃないですか!」

 

 原作ではダイが乗せられた船は処刑前にアルキードを離れるも、嵐に巻き込まれて遭難しデルムリン島まで流れ着いたらしいが、黙って観ているには少々リスキーだ。

 そんなリスクを回避する為にも、マトリフにはモシャスでガーゴイルに化けてダイを拉致してもらい、ネームプレートを削りデルムリン島の浜辺に安置して、ブラスが拾い上げるまでの一連の出来事を見届けてもらっている。

 これによりダイの身の安全は確保され、護衛の兵士達も嵐に巻き込まれる事なく引き返し、更には魔族の関与を決定付ける良い手だとマトリフだって同意したはずだ。

 

「ふんっ…あんなガキに期待せんでもあのバランって野郎にやらせれば良いんじゃねぇか? ここから見ただけで解るぜ…あの野郎がアバンよりも強いって事はよ」

 

 なんだ?

 バランの強さを目の当たりにした事で心変りでも起きたのか?

 魔王軍の警戒網に掛からないよう大事をとってバラン周辺にマトリフを向かわせなかったのが裏目に出たのか?

 

「いや、そりゃバランはアバンより強いけど大魔王はもっと強いしダイはもっと…じゃなくてっ! 何で今になってそんな事言い出すんですか! バランが強いなんて散々言ったじゃないですかっ」

 

「これは元々テメエが始めた事だろうが? 無理でもやりやがれ!」

 

「そんなっ横暴なっ」

 

 くそっ。

 こんな事で今更言い争ってる場合じゃないんだ。

 

 眼下では今にも処刑が行われようとしている。

 

「これはお前さんが望む事だろうが? 他人に頼ってバカリでこの先どうする気なんだ? え?」

 

「くっ…分かりました! やれば良いんでしょ!? だけど、ダイがデルムリン島で育つ事は絶対に必要ですからね!」

 

 コレは絶対に譲れない。

 あの心優しき鬼面道士の元、自然豊かなデルムリン島でモンスターに囲まれて育つからこそ、あの純粋無垢なダイへ成長するんだ。

 俺達が育てても、バラン達が育ててもダメなんだ。

 バラン達には悪いが本来ならもっと悪い…って言うのも変な話か…何を取り繕ってもこの世界では俺が誘拐を計画し、マトリフに実行させたに相違ない。

 バランにバレたら殺されそうだな…。

 でも、必要なんだ。

 

「好きにしな…その代わりバランの野郎はアルキード城に留め置くんだぜ?」

 

 バランを城に留め置く理由は二つ。

 大魔王の監視の目を向けさせ囮になってもらうと同時に、何らかの動きがあった時の解りやすさ。

 もう一つはバランがアルキード城に留まる事で城に集う兵士が鍛えられ、未だ見ぬ勇者が現れるのを期待している。

 

「分かってますよ!」

 

 もう時間が無い。

 

『構えい!!』

 

 魔法兵が炎の燃え盛る手をバランに向け、微動だにしないバランの元へ女性が一直線に駆けていく。

 

 俺はトベルーラを解除して自由落下に任せて大地に向かって加速する。

 

「放てっ!!!」

 

 合図に合わせて一斉に火球が放たれた。

 

「止めてぇ!!」

 

 甲高い叫び声を上げた女性がバランを護る様に抱き締める。

 

 あ、今更だけど、別にソアラを確保しておいても良かったな…。

 

 まぁいいか。

 なんとか間に合った。

 

 バラン達の目の前に着地した俺は、二枚のまほうの盾を構えて三つの火球を受け止める。

 ″ジュゥゥ″とまほうの盾を熱した火球が暫く後に掻き消える。

 

「あっちっち」

 

 くそっ。

 準備もしたし覚悟も有ったが普通に熱いじゃねーかっ。

 みずのはごろもじゃなかたら結構なダメージを喰らったんじゃないか?

 見た目を気にせず装備しておいて良かった。

 

 

「ソアラっ! なんて無茶を…私はお前達の為に死のうと…」

 

 俺が胸を撫で下ろしている一瞬でソッコー縄を引き千切ったバランがソアラを抱き抱えている。

 

 いや、無茶をしたのは俺なんですけど…。

 

「あなた…無事で良かった…」

 

 バランの手を取ったソアラ。見詰め合う2人が甘い空間を作り出していく。

 とりあえずソアラも無事で何よりだが、なんで息も絶え絶えなんだ?

 メラミの余波でも喰らったのか?

 

「この恥晒しが! 魔物なんぞを庇いおって!!」

 

 顔を真っ赤にした国王が怒りを顕にしている。

 

 気持ちは分かるがさっきから俺、無視されまくってね?

 もしや、レムオルが効いてるのか?

 

「見てよ! アレ! おっかしー!」

「ちょっとお嬢ちゃん! そんな事言うもんじゃないよっ」

「だって、あんな変なモノ被ってよく人前に出られるわっ」

 

 俺を指差し笑い転げるずるぼん。その周りの大人達は苦笑いして止めている。

 

 姉ちゃん…。

 コレ、あんたの弟なんだぜ?

 

 泣いてなんかやらない。

 顔が濡れてるのはメラミで熱かったからだっ。

 

「者共何をしておる! 邪魔する変態諸とも処刑せいっ!」

 

 おーおー。

 生き残った娘を更に殺そうとしますか。

 王としての面子とか色々あるにしても、コレがダイの祖父だと思いたくない。

 

「待ちなっ!!」

 

 広場中に響き渡る声の元、野次馬達が一斉に道を開け、黒いドレスに身を包み鏡を小脇に抱えたルイーダが現れる。

 

 今、この広場でルイーダに注目しないのはバランとソアラの二人だけだろう。

 

「貴様っ…ルイーダかっ」

 

「娘が恥晒しならアンタは何なのかねぇ?」

 

 余裕の表情でキセルを吹かしながら俺達の元へと歩みよるルイーダ。

 実に惜しい。

 後十歳、いや十五歳も若ければ…。

 

「あいてっ」

 

 並び立ったルイーダに黙ってキセルで殴られた。

 マスクしてるのに何故バレタ!? 読心術でも備えてんのか?

 

「酒場の店主風情が王を愚弄する気か!」

「おいっ違うってアレはカンダタの頭領だっ」

「うげっ!? マジかよ!?」

 

 ルイーダの発言とただならぬ雰囲気に色めき立つ兵士達。

 

「静まれいっ」

 

 アルキード王が手を上げて兵士達を制止する。

 ″ピタリ″と兵士達が静まり返り、広場を一瞬の沈黙が包み込む。

 

「貴様…何をしにきおった?」

 

 王が静かに問う。

 

「なぁに、当たり前の事をしに来てやっただけさ…あたしらをコケにした…落とし前ってヤツさ!!」

 

 語尾を強め怒りを隠そうとしないルイーダ。

 

 王とルイーダの会話が続いてゆく。

 

「何…?」

 

「連れてきなっ」

 

 ルイーダの声に合わせてカンダタマスクを被った男が、偉そうな服着た男を広場の中央へと引き摺り出して押さえ付けた。

 

「ひっ…違う…俺は違うんだ」

 

 後ろ手に縛られ、顔を地面に押し付けられながらも必死に弁明を続けている。

 

「大臣!? ルイーダっ貴様! 国に刃向かう気か!?」

 

「国ってのは何なんだろねぇ? そんな得体の知れない奴でも庇ってくれるもんなのかい?」

 

「得体が知れぬのはソコの男であろうっ!! 得体が知れぬと証したのは他ならぬお主ではないか!」

 

「あたしは″能力が見えない″って教えてやっただけさ…その男は能力が見えないだけの…」

 

 ルイーダは大きく煙を吸い込んで、軽く呟く様に声を発した。

 

「最強の騎士さ」

 

「何をバカなっ!? 最強だとっ? アバンよりもかっ!? いや、だが大臣は……得体が知れないのは……そうか!」

 

 面白い程に狼狽えたアルキード王だったが、僅かな時間で″答え″に辿り着いた様だ。

 首根っこを押さえられて跪く大臣を″キッ″と睨み付けた。

 

「こやつが余を謀っておる…お主はそう言いたいのじゃな?」

 

「御名答。なんだい? まだまだ耄碌してないじゃないか? 如何なアルキード王でも父親だった…って事かねぇ?」

 

「戯れ言をっ! ならば証拠を見せよ! かの者は長きに渡り王家に仕えてきた! 得体が知れぬっと……?」

 

 

 王の言葉が終わらぬ間にルイーダが大臣にラーの鏡を向ける。

 

 ″ボワン″と煙をあげて大臣はその姿を、妖術士へと変貌させた。

 

 あれ?

 

 バランに鏡要らなくね?

 …計画通りにはいかないものだ。

 まぁ…竜魔人になるリスクもあったし良しとしよう。

 

「貴様っ!? 入れ替わっておったのか? 危うく騙され得難い騎士を失う処であったわ! 者共! 其奴を引っ捕らえい!」

 

 いや、完全に騙されてましたよ?

 見事な手のひら返しに呆然としそうになるも、兵士達は号令の元″妖術士″を槍を突き付け取り囲んでいく。

 

 とりあえず、上手くいったか。

 

 後はバランの説得のみ。

 

 

 

 そう安堵した瞬間…妖術士の影から人影が伸びてきたのだった。






今回の装備

 E まほうの盾
 E まほうの盾
 E みずのはごろも
 E カンダタマスク


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19

とりあえずのエピローグになります。


「…グットイブニ〜〜〜〜ング!…アルキードのみなさん…!!」

 

 全身を出現させた″男″は挨拶様にその手に持つ鎌を一閃し、妖術士の首だけを切り落とした。

 

「そ、そんな…」

 

 黒い道化師のような服装に身を包み、笑いの仮面、手に持った鎌…そして肩に″ちょこん″と乗った一つ目ピエロ…。

 

 マジかよ…コイツ…キルバーンか…?

 

 なんでこんな所に…。

 

 魔王軍が誇る死神″キルバーン″

 大魔王の意に沿わない者を影で始末すると言われる殺し屋。その正体は使い魔と見られがちな一つ目ピエロの方で、冥竜王ヴェルザーの部下でもある。

 本体である一つ目ピエロを狙えば簡単に倒せるハズだが、人形の方はアバンと互角だし迂闊に本体を危険に晒す真似はしないだろう…それに、所持するアイテムがチート級な上に黒のコアまで備えている。

 

 もしや、バランがヤらなくてもコイツのコアでアルキードは消滅する羽目になるのか…?

 てか、何だよ? その移動方法は!?

 影から飛び出てジャジャジャジャーン!ってか?

 コレだから移動系魔法は意味が解らん。

 

 

「貴様! 何奴!?」

 

 妖術士の影から異彩を放つ男が突然出現した事で、妖術士を取り囲んでいた兵士達の輪が遠巻きになっている。

 明らかに腰が引けているが逃げ出さないだけでも普通に凄い。

 王の周囲もしっかり固められたし、野次馬達も慌てず避難を開始…って誘導してんのはカンダタ一味か?

 ずるぼんもしっかり逃げた様で姿が見当たらない。

 

「ンッフッフッフ…ボクの事は気にしないでくれたまえ…」

 

 おどけた口調で死神の鎌をくるくる回転させるキルバーン。笑顔を絶やさない仮面が不気味さを際立たせている。

 

 コイツ…誰か殺る気か? 

 死神の鎌は、回すと方向感覚を狂わせる音波の様なモノを発したハズだ。

 キルバーンは耳に聞こえぬ音波を用いて相手を無力化してから暗殺を行う。

 コイツが鎌を回すという事は、衆人環視の元でも暗殺を企んでいる、という事だろう。

 

 …あれ? これって普通にヤバくね?

 動ける内に動かないと手も足も出なくなる。

 

 

 だけど…身体が動かない…。

 

 そうだっマトリフは!?

 

 マスクの下の視線を上空に向けるも、マトリフの姿を確認出来ない。

 

「あいてっ」

 

 キセルで殴られた。

 

「ジタバタするんじゃないよっ。みっともないねぇ」

 

 チラリと俺を一瞥したルイーダは小さく呟きキルバーンへと視線を戻した。

 

 いや、だから何で判るんだよ!? てかルイーダが堂々とし過ぎだ。もしや、キルバーンって判ってないのか?

 

「冗談は止しとくれ…そんな怪しげな格好を気にするな、なんてのは無理な相談さ…アンタが黒幕かい?」

 

 驚き戸惑う俺を護るように、ルイーダ一歩前に出て死神と対峙する。

 

「…ンフフフ…ボクはそんなに偉くない…それより見事な手際だったよ…キミの眼を利用したつもりが、キミの眼に暴かれたのかな? 先ずは誉めてあげるよ…ボクとしてはそこのバラン君には死んで欲しかったけど、中々の見せ物だったよ…」

 

「どうだろねぇ…いずれアンタの主にもキッチリ落とし前つけてもらう、って事はハッキリ教えたげるよ」 

 いや、コイツの主はヴェルザーだって教えたハズだし…やっぱりキルバーンだって気付いてないのか?

 

「…ンフフフ…それは楽しみだねぇピロロ?」

 

 重ねて言うがコイツらは一人二役。

 種を知ってれば滑稽だが、今はそんな突っ込みを入れる余裕もない。

 

「キャハハハっ。おばさんは″いずれ″が有ると思ってるんだ?」

 

 キルバーンの肩を離れたピロロがルイーダの目の前で宙に浮き小さな身体全体でバンザイしている。

 

「キミの眼は少々厄介だからね…ここで消えてもらうよ…」

 

 人形の方も兵士達の囲みを悠然と抜けゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 くそっ…狙いはルイーダの眼か!

 

 なんとかしないと…。

 

 でも、どうすりゃ良いんだ!? こんなの予定に無いぞ!

 ここでキルバーンを倒して良いのか!? いや、そもそも俺じゃ勝てないっ。

 

「おい! バラン!」

 

 いつまでも二人の世界に浸ってんじゃねぇ!

 

 バランに目を向けるとソアラが頭を押さえ、心配そうにバランが声をかけている。

 

 やべっ!?

 もう死神の鎌の効果が出ている!?

 

 見るとキルバーンを取り囲んでいた兵士達も槍を手放し頭を押さえている。

 暗殺用だと思っていたが集団戦でこそ威力を発揮するんじゃないのか?

 

「″いずれ″が無いのはどっちかねぇ?」

 

 そんな中でルイーダには効いていないのか、微動だにせずキセルを吹かしている。

 

「ンフフフ…強気も良いけど見てみなよ? キミ以外動ける人はもういない…頼りのバラン君はキミに構ってる暇は無さそうだね…この鎌を首筋に突き付けた時、キミの目がどう歪むか見物だと思わないかい?」

 

 人形が言うように、この広場で動ける者は俺を含めて誰もなく、兵の囲みを抜けたキルバーンを遮る物は何もない。

 

「キャハハハ。泣いても許してあげないよ」

 

 暗殺達成を確信しているのかピロロは人形から離れルイーダをからかい続けている。

 

 アイツだ。

 アレさえ殺れば!

 いや、でもピロロを狙えば不自然か?

 

 違うっ、今はそんな事を気にしている暇は無い!

 

 動けっ俺! 何故動かんっ!?

 

 ここでルイーダを救えないなら最初から何もせず、ニセ勇者だけしてれば良かった事になる!

 

「くっそぉぉ!!!」

 

 盾を眼前に構えてルイーダの背後から飛び出た俺は、ピロロにタックルをぶち当てるも足が縺れてそのまま倒れ込む。

 

 その瞬間、

 

 動きの止まった人形に天から光の矢が降り注いだ。

 

 なんだ?

 メドローアか?

 

 人形が居た大地には円状の穴がぽっかり空いて煙一つ上がっていない。

 残された鎌と、ソレを握り締める手首が人形の消滅を物語っている様だ。

 

「そ、そんなぁ…消えちゃったぁ…誰だよ! こんな酷い事をする奴は!」

 

 俺から離れたピロロが上空を睨み付けるも、既にマトリフの姿はなくルーラの光だけが輝いていた。

 

 マジか?

 

 こんな簡単にキルバーンを倒しても良いのか?

 そもそも黒のコアってメドローアで消滅するのか…? 現に跡形もなく消えてるんだけど誘爆の危険もあったんじゃね?

 てか、この手際の良さやルイーダの台詞、マトリフが上空に残った事を考えれば計画通りなのか?

 

 俺は何も聞いてないぞっ。

 

「耳の穴かっぽじってよーくお聴き…カンダタ一味に舐めた真似したらこうなるのさ」

 

「許さない…絶対に許さない…」

 

 ヨロヨロと穴に歩いたピロロは残された鎌を拾い上げぶつぶつ呟いている。

 

「はんっ。オチビちゃんに何が出来るってのさ? あたしゃルイーダさ。文句があるなら何時でも来なっ」

 

 いや、コイツ暗殺専門だから…って、そんなの問題じゃないんだろな…ルイーダにアバンのしるしを持たせたら″覚悟″の光が灯りそうだな。

 

 …俺は、なんだろう?

 

 アバンのしるしを手にしたら光るんだろうか?

 

 

 なんて他愛ない戯れ言を考えている内に、ピロロは人形の腕だけを回収し音もなく消え去った。

 

 

 予定外のハプニングが起こったモノの、こうして″バラン救出作戦″は成功に終わり、ソアラは王女として城に残り、バランは王女を支える最強の騎士として名を広めていく事となる。

 

 

 そして、アルキードに暮らす人々も平凡な日々を送っていくのであった。

 

 

 アルキード消滅阻止により、バラン最強伝説の幕開け、キルバーンと黒のコアの消滅…この先の展開は不透明になってきている。

 

 

 俺の原作知識はもう役に立たないかも知れない。

 それでも俺は、このアドバンテージを元に精一杯足掻いてみせる。

 

 全ては長生きの為に!!

 

 人知れず、そんな決意をカンダタマスクの下で固めるのであった。

 




 




× 死神の鎌
○ 死神の笛


説教部分は全面カット。
王女としての心構えがうんたらかんたら、バランは騎士として王女を支えてどうのこうの、お礼に剣をくれ!→なんと強欲な! 騎士にとって剣は命とかなんとか。

真魔剛竜剣の取得は失敗。
死神の笛は回収してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三賢者とバラン

 あれから3年の歳月が流れた。

 

 世界は何事もない平穏な日常を刻んでいる。

 現在の所キルバーンは成りを潜め、バランに対する魔王軍の接触も無い様だ。

 

 このまま何事も無く平和な日々が続いていく、そんな錯覚に陥りそうになる…世界の中で足掻いているのは俺だけかも知れない。

 

 一年前、15歳の成人を迎えたずるぼんとへろへろは、冒険者としてまぞっほと共に世界各地を回る旅に出た。

 

 ずるぼんは、カンダタ一味の元で三年近い修行に励んだ結果″なんちゃって″が取れて普通の僧侶にランクアップしている。

 一年前の旅立ちの日「あんたは子供だから連れてかないわよ」とお姉さんパワーを発揮していた。

 10歳の子供を連れ出しアルキーナを旅立ったのは忘却の彼方のようだ。

 まぁ、ずるぼんらしいと言えばらしいので応援だけして見送った。

 

 へろへろは元来の素直な性格が幸いして、教えを忠実に守りかなりのレベルアップを果たしている。

 一年前の旅立ちの日、餞別代わりに正面から正々堂々剣のみで闘ってみたら、普通に負けた…。

 まぁ、俺の本領は剣と魔法を組み合わせての騙し討ちだから別に良いし、へろへろが強くなれば頼もしい限りだ。でも、少し悔しかったので筋トレ、素振りの量を増やすことにした。

 

 まぞっほはお目付け役として同行しているが、実の所はルーラで行ける場所を増やすのが目的だ。

 マトリフ指導の元、僅かに力を増しルーラを修得した事でずるぼん達と旅立てるのを心底喜んでいた。

 まぁ、俺に比べたら全然ましな修行風景なんだが、見送りの際には「おめでとう」と言っておき、路銀として10万ゴールドを預けておいた。

 ルーラを使わず世界中を巡るには二年程度の時間を要し、その間のずるぼんの世話を頼むようなもんだし必要経費だ。

 お陰で武器作製の道のりが少し遠退いたが、まぁ良いだろう。

 

 ルイーダ達は今迄通りの生活を送っている様だ。

 姿を現してもいない大魔王相手にアタフタするのは性に合わないそうだ。

 俺の神託を信じていない訳でもないが、実に堂々としたものである。

 かと言ってルイーダ達カンダタ一味が何もしていない訳でもない。

 仕事の依頼として適切な代価を払えばそれこそ″何でも″してくれる。

 ある意味で一番動いているのは一味かも知れない。

 ラーハルト捜索もその一つだ。しかし、捜索は難航しており、年間で5万を越える費用が負担になってきている。

 そろそろ打ち切りも視野にいれないといけない…。

 まぁ、見つかれば百万ゴールド以上の価値があると分かっちゃいるが、ラーハルトが健在と限らないのが悩ましい所以だ。

 

 マトリフは「下手に動いて大魔王の警戒を招くのは愚の骨頂」との観点から原作と同じく隠遁生活を開始している。

 大魔王の警戒を気にするだけでなく、打てる手が少ないのも隠遁生活を送る理由になっている様だ。

 完成された大魔道士であるマトリフ自身の成長は見込めず、メドローアを託せる程の人材に当てもない。

 魔王軍のチェックリストに入っているマトリフが大々的に弟子を募る訳にもいかず、原作知識を元にスカウトしようにも北の勇者″ノヴァ″や″ロモスの強豪達″が強者のカテゴリーに入ってくる有り様。

 彼等は人間としてなら充分強いが、大魔王とやり合うには力不足なのは明らかで、″獣王″の異名を持つクロコダインは城の兵士を「吹けば飛ぶ」と評しており、ニセ勇者でろりんが勇者として尊敬を集められる事からも全体的な平均レベルは低い、と伺い知れる。

 アバンやその使徒達がこの世界の強さから外れた存在と言えるのではないだろうか。

 結局、ポップの成長を待ちながら、カンダタ一味にも人材スカウトを依頼して、マトリフ本人はなるべく洞窟から離れない生活を送らざるを得ない、らしい。

 俺との1分間の闘いも洞窟の地下に巨大な空間、前世で例えるなら体育館並の広さの部屋を作り、そこで行う徹底振りだ。

 マトリフの洞窟へも地下道を作り移動する念の入れようで、今は数キロ単位の地下道をいずれは数十数キロ単位に伸ばす計画だ。

 前世に比べると人の身体は頑丈に出来ているが、重機も使わず造ろうと考える発想が凄い。

 採掘作業でバレるんじゃないかと少し心配だが、そこはマトリフとカンダタ一味、抜かりはないと信じている。

 一つ問題をあげるならカンダタ一味から人員を借り受けるにも、地下道を補強する資材にもお金が掛かり、それを俺が払っている事ぐらいだろう。

 まぁ、俺の修行場所だし俺が払って当然と思える一方で、何時になったら目標金額が貯まるのか不安にもなってくる。

 生きるということは何かとお金がかかる、と身に染みた3年間だった。

 

 

 そんな俺は、ほぼ毎日地底魔城に籠っている。

 今では地底魔城の主として、俺を知らなきゃ″モグリ″と言われるほどの地底魔城の″顔″になっている…と言っても素顔はマスクで隠しているんだけどな。

 性能の良さからカンダタマスクを被り続けていたのが、今となっては幸いしている。

 と言うのも同じ場所でただひたすらに金を稼ぎ続けるのは一種異様な存在で、素顔でやっていれば噂になっていたかも知れない。

 まぁ、今も噂になりまくりで、地底魔城入口には「モンスターではありません」と俺のマスク姿が張り出されている始末。

 しかし、これはカンダタ一味としての仕事とみられているだけで、カンダタ一味が金稼ぎに精を出すのは何ら不自然ではない。

 カンダタマスクの下の素顔を知っているのはアポロ達だけなので、今後も″ニセ勇者″としての活動以外では被り続けようと思っている。

 

 アポロ達が素顔を知っている理由は実に単純な理由、偶然出くわし話し掛けられたら体格と声でバレた。

 当初は隠す目的でマスクを被っていた訳でなかったし、顔を護れるオススメ装備としてマリンに向かって力説したら、変な顔をされたのは苦い思い出となっている。

 性能さえ良ければ、見た目? ナニソレ? であるべきなのに、未来を変えるのは難しいようだ。

 

 色々あったアポロ達だが今では立派な腐れ縁。時折出会ってはパーティーを組んで闘う事が多くなった。

 パーティーを組む事で殲滅速度は倍になり継戦能力も倍になり、1人で進むより奥地迄進む事ができて、1日単位の獲得ゴールドは1人比で五倍にも達する。

 一方でゴールドを人数割りしている為、あまり意味がなかったりもする。

 アポロは何かと張り合ってくるし、マリンは何かと突っ掛かってくるし、エイミは何かと危なっかしい。

 正直1人でやってる方が楽なようにも思えるが、それもこれも金の為だ。

 余談になるがアポロ達3人は俺以上に稼いでおり、その金でテムジンの元から独立し、未だ復興途上のパプニカ再建に尽力しているそうだ。

 全く立派な行動だが、俺の金の使い途に迄″チクリ″と言ってくるのは勘弁してほしいぞ。

 

 

 最近はアポロ達も姿を見せず今日も1日平穏に過ごせる…そんな風に考えて地底魔城に入ろうとしたある日の事。

 

 超ド級の厄介事を連れアポロ達がやって来た。

 

 

「やっぱり今日も居たわね」

 

 俺のバギで切れた髪もすっかり伸び、後ろで束ねたマリンは原作とほぼ変わらない容姿に成長している。

 

 だが、そんな事はどうでも良い。

 

「うげっ!? 英雄バラン!?」

 

 世界で一番会いたく無い人ランキング、堂々1位のバランが現れた。

 ダイを拉致した後ろめたさからバーンよりも会いたくない。

 

「ほぅ? 私を知っているのかね?」

 

「ちょっと、でろりん! 「うげっ」とは何よ! 失礼でしょ」

 

 竜騎将スタイルで真魔剛竜剣を背負い、左目には″ドラゴンファング″まで着けた完全装備のバランが訝しげに俺を観ている。

 

 マリンが怒るのは何時もの事なのでスルーだ。

 てか名前を出すな、名前を。

 

「アルキードの者で″英雄バラン″を知らない人なんていませんよ」

 

 この3年でバランの名は世界中に広まっている。

 アルキード王は顕示欲の強い人物らしく、バランが強いとみるや否や全面的に受け入れ、最強の騎士として事ある毎に自慢しまくっているそうだ。

 アルキードの騎士として何もしていないバランが″英雄″と呼ばれるのは、一重にアルキード王のごり押しによるものである。

 近頃では新たな孫の誕生を今か今かと待ちわびているそうだが、俺はもっと待っている。

 原作のバランがディーノを諦めたのは″人類の抹殺″という目標を得たことが大きく影響していると思われる。

 新たな子供が産まれれば子育てが目標となり一先ずディーノを諦めてくれるんじゃないかと密かに期待している。

 

 酷い話だな…。

 

「君はアルキード出身なのか?」

 

「出身もなにも見れば分かるでしょ? 悪名高きカンダタ一味です」

 

「何っ? この私の前で悪だと名乗るか?」

 

「バラン様! お待ち下さい! この者は卑怯で小賢しく平気で嘘もつく自分勝手な者で有りますが、悪ではありません!」

 

 ピクリと眉を吊り上げたバランの前で、マリンが両手を広げている。

 

「いや、フォローになってねぇし…大体、英雄バランはカンダタ一味の事を知ってるハズです」

 

「許せ、戯れ言だ。いつぞやは世話になった」

 

 その髭面で冗談は止せ。

 てか、天下の竜の騎士も城で暮らせば世俗にまみれるのか?

 

「別に…一味の面子の為にした事ですから貴方が気にする必要はありません。それで? 本日は何をしに此方へ?」

 

 凡その見当はつく、ってかアレしかないが一応聞いておこう。

 

「お前達なら知っておるかも知れぬが3年前のあの時、我が息子ディーノは拐われたのだ…私は時間の許す限り探しているのだが未だ手掛かりすら掴めんでな…」

 

 長年の苦労からか、冴えない表情のバランが言葉を濁した。

 原作通りといえど、こんな表情を見せられれば流石に罪悪感を感じずにはいられない。

 

 だから会いたくなかったのに…。

 

「バラン様は助力を求めてパプニカに来られたのだ。子を思う親心に感銘を受けたパプニカ王は、即座に地底魔城の案内を僕達に下知されたんだ」

 

 バランとは対称的な晴れ晴れとした表情で、アポロは誇らしげに胸を張った。

 この3年で成人を迎え今では立派に賢者を名乗っているアポロだが、王からの勅命はこれが初めてになるはずだ。

 気合いが入るのは頷ける話だが、命令されることの何が嬉しいのかは理解できそうにないな…

 パプニカは絶対王制であり王が偉い。

 俺だって故あれば王に頭を下げもするし、下手に逆らおうとも思わない。だけど、命令に喜びを感じる事は無いだろうな。

 

 まぁ、アポロはアポロだしどうでも良いか。

 

「この迷宮の事なら私達がパプニカで一番詳しいからね」

 

 こちらも誇らしげなエイミの言葉。

 この3年で少しは成長しているがまだまだ幼さが残っている。

 

 まさかと思うが″私達″の中に俺を含んでないよな?

 

「だからでろりんの元に御足労願ったのよ」

 

「いや、だからじゃねーし、名前を出すなっ」

 

「あら、そうだったわね。ごめんなさい」

 

 非を認めれば直ぐに謝るのはマリンの良いところだと思うが、こうも素直に謝られたら追及出来ない。

 もしや俺の小物的思考を見切ってわざとやってるんじゃないだろうな?

 

「でろりん、で良いのか? すまぬがこの迷宮の案内を頼めるか?」

 

 バランは小さく頭を下げた。

 アポロ達は「お止めください!」と慌てている。

 

 最強の騎士であるバランが変なマスクの悪党に頭を下げる意味は俺にだって解る。

 

 それだけ必死なんだ…。

 

 はぁ…。

 

 ディーノは絶対に居ないけど、ここで断るのは不自然だよな…。

 でも、素知らぬ顔で案内するのは辛すぎる。

 なんでこんな目に合うかなぁ…俺が一体何をした!

 

 ってダイを拉致した因果応報ってヤツか…。

 

 仕方ない…。

 

 サクサク案内してお帰り願おう。

 マスクで表情はバレないし何とかなるだろう。

 

「別に案内は構いませんけど、ゴールドは貰いますよ?」

 

「貴方ってホンッと強欲ね!?」 

 

 俺の言葉にアポロとエイミは硬直し、マリンは呆れ顔で突っ込んでいる。

 

「強欲? そうか、聞き覚えのある声だと思っていたがお前はあの時のマスクの男か?」

 

 うげっ!? バレた?

 声変わりで声質も変わったし大丈夫だと思っていたが上手くいかないもんだ。

 てか″強欲″が結び付けるキーワードになるってどうよ…。

 

「さぁ? どうでしょう? マスクを被った俺達は個を捨て一味の為に動いてます。貴方の言う″あの時″が俺かも知れないし俺じゃないかもしれません。確かな事は言えませんが、一つだけ言えるのは俺かどうかに意味は無いって事ですね」

 

 自分でもよく解らない理屈を捏ねてみる。

 上手く煙に巻ければ儲けものだ。

 

「ふむ…。個を捨てる為に仮面を被ると言うか…。なるほど、人間とは面白いモノだな」

 

「バラン様! 彼の言うことを真に受けてはいけません!」

 

「そうです! この子が雄弁に話す時は大抵嘘をついています」

 

「そうよ! 嘘付きだわ」

 

「お前等…どっちの味方なんだよ…」

 

「バラン様だ」

「バラン様ね」

「バラン様に決まってるわ」

 

 全く…酷い話である。

 

 こうしてバランを連れた俺は、ディーノが絶対にいない地底魔城を案内するのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ここが最後の部屋です」

 

 バランをパーティーに加えた俺達は破竹の勢いで地底魔城を突き進み″あっ″という間に最奥の部屋へ続く扉前に辿り着いた。

 この扉の奥は恐らくアバンとハドラーの決戦の地であり、その根拠はここに続く迄の意匠とこの部屋の中の存在だ。

 

 当たり前の話だがバランは恐ろしく強かった。

 どれくらい強いかと言うと、俺の思考を変えそうになる程に強い。

 紋章の力すら使わず、圧倒的な技量のみで現れるモンスター達を葬ふ様はまさに闘神。

 俺が先手必勝、マトリフが後の先ならバランは先読みだ。1ターン後の攻撃を読み切り、敵の攻撃を無効化しつつ攻撃を加える。

 ″アルキードの騎士として何もしていない″なんて考え違いも甚だしく、この闘いぶりを見れば其れだけで英雄として崇め、味方であると思いたくなる。

 マトモな剣術を目の当たりにするのは初めてだった俺は、剣術、いや戦闘技術の大事さを改めて思い知った。

 俺の剣は我流だし、マトリフだって剣に関しては素人だ。一度、誰かに稽古をつけてもらい先人達の技術の結晶を学ぶのも有りかもしれない…でも師匠候補が居ないんだよな…。

 バランと向き合うのは精神的にキツイし、アバンと行動すれば魔王軍に目を付けられるし…あとはホルキンス、か?

 

 うーん…やっぱり強者が少ないよな…。

 

 

「そうか…。手間をかけたな」

 

 そう言ったバランは扉に手を掛け軽く押した。

 

「お待ち下さい!」

 

 アポロが止めるもバランは躊躇う事なく扉を潜り抜け、最後の部屋へと足を踏み入れた。

 

 俺達はこの部屋に何が居るのか知っている。

 以前この部屋迄辿り着いた俺は、僅かに開けた扉の隙間から鏡の角度を調整して中を覗き見た事がある。

 室内にはドラクエ3の最強クラスの雑魚モンスター″スカルゴン″が3体以上も居たのだ。

 この迷宮を徘徊するモンスターと比べ明らかな格上の存在に、この時ばかりは俺の鏡を用いた進路確認も褒められ、中に入る事なく立ち去ったもんだ。

 でも今日は既にバランが入ったわけだし、覚悟を決めて行くとしよう。

 

 

◇◇

 

 

「凄い…アレは魔法力!?」

 

 ″決戦の間″に足を踏み入れた俺達四人は、バランの放つ圧倒的な何かに押され、一歩も動けずただその闘いを眺めていた。

 

 スカルゴンとの戦闘を開始していたバランの全身は光に包まれていた。

 これぞ竜の騎士の強さの秘密″竜闘気″だろう。

 

 しかし、俺の目にはドラゴニックオーラよりも″闘いの遺伝子″がチート過ぎてヤバく見える。

 スカルゴンの数は六体。

 その全ての動きを見切っているのか此方を一瞬たりとも振り返らず、まるで最初から形の決まった舞でも踊る様に華麗に交わし、一刀の元に切り捨てていく。

 背中しか見せない闘神…これはマジにダイの出番は無いんじゃないのか…?

 

 いや、バランが相手となるとバーンだって油断はしないハズだし、バランに成長は見込めない。

 やはりダイに成長してもらい確実に大魔王の力量を越えてもらう方が良いハズだ。

 そうでないと、ダイを拉致した意味がなくなるからな…。

 

「見て! アポロ!」

 

 マリンが部屋の隅を指差す。

 

 黒い霧の様なモノが立ち込めている。

 

「バラン様は気付いているのか?」

 

「いや、言ってないから知らないんじゃね?」

 

 黒い霧はモンスター出現の前兆だ。

 アレを目撃するのは結構なレアケースだから一般的には知られていない。

 地底魔城の主である俺だからこそ知っている情報だと自負している。

 

「呑気に言ってないでなんとかするわよ!」

 

 マリンは杖をぐっと握りしめ今にも部屋奥へと駆けていきそうだ。

 

「ほっといても良くね? 英雄の名は伊達じゃなかったし、余計な真似は逆に足を引っ張る事になる」

 

 仮にスカルゴンが五体発生してバランに不意討ちかましても、竜闘気有る限り無傷だろう。

 それよりもこの位置を動いたアポロ達が、バランの額に輝いているであろう紋章を目撃する方がヤバい。

 

 

「君はっ…どうしてそう人任せなんだ!? ゴールドだけを回収して恥ずかしくないのか?」

 

 バランは勿論、何もしていないアポロ達もゴールドを要求してこないので、本日は荒稼ぎだったりする。

 

「んな事言ったって俺の目的は金稼ぎだから、金を集めて何が悪いんだよ? 俺が自分の時間を潰して何の見返りもなくバランを案内する理由はないぞ。案内ついでにゴールド回収するのは当然じゃねーか」

 

 とりあえずバランの戦闘が終わるまで、喧嘩でもして時間を潰すとしよう。

 

「姉さんもアポロも、でろりんなんかに構ってないで攻撃しましょうよ? どうせこの人は危なくなったら手を貸してくれるわよ」

 

 うげっ!?

 まさかのエイミ?

 普段は冷めた目で俺達の喧嘩を見てるクセにそんな風に思ってたのか?

 

「そうね」

 

「そうだな…いくぞ! メラゾーマ!!」

 

 エイミの言葉にマリンと顔を見合せ頷き合ったアポロは、俺より先に覚えたメラゾーマを唱えた。

 

 下手に突っ込まず遠距離を選んだのは悪くない。

 

「メラミ!」

「メラミ!」

 

 合わせて姉妹も黒い霧に向けてメラミを唱える。

 

「それじゃ足りないっつーの! イオラオラぁ!!」

 

 俺は遅れて二つのイオラを投げ付ける。

 出現するのが二体程度ならこれで倒せるハズだ。

 

 ″ドォーン″と爆音上げてイオラが着弾し、室内を振動が走りパラパラと小石が天井から落ちてくる。

 

「ちょっと、それ止めなさいよ!? 崩れたらどうするのよっ」

 

「大丈夫だって。ここは魔王ハドラー最後の地だろ? こんな程度じゃ崩れねーよ」

 

 魔王ハドラーはイオナズンを使えるんだ。

 イオラの二発程度で崩れたら今頃この部屋は存在していない。

 

「それはそうかも知れないけど、ここがそうだと限らないし迂闊な事に変わりはないよ」

 

 玉座っぽいのも在るし、どう見ても″決戦の間″なんだけどな…原作知識が無いと解らないか。

 

「はいはい。それよか油断するのはまだ早いぜ? いつも言ってんだろ? あぁやって爆煙の中で死んだフリされてたらどうすんだ?」

 

「あなたじゃないんだからそんな卑怯な真似はしないわよ…」

 

「気を付けるに越したことは無いけど、その理屈はちょっと無いんじゃないかな?」

 

「だから! でろりんなんか真面目に相手したらダメだって」

 

 3年目の新発見。

 エイミは俺に冷たい。

 

 てか、名前を呼ぶなっつーの。

 

 

 そうこうしている内にスカルゴンを倒し終えたバランが、抜き身の剣を持ったまま此方に歩いてきた。

 

 当たり前だが紋章は浮かんでいないし一安心だ。

 

「アレはお前達がやったのか?」

 

 剣先を爆発後に重なる骨に向けて問うバラン。

 こんな動作にも隙が見当たらない。

 

「はい。差し出がましいかと思いましたが…」

 

「いや、その若さで見事なものだ…特に、マスクのキミだ」

 

「そうですか? 貴方の強さには全然及ばないと思いますけどね」

 

「褒められた時くらい素直になれないのかしら?」

 

「全くだよ」

 

「でろりんだからね」

 

「強さではない。戦場における心構えの事を言っているのだ…人間は直ぐに死ぬ…臆病なくらいで丁度良いのだ」

 

 剣を納めたバランが寂しげな瞳をしながら語っている。

 

「さすがはバラン様、肝に命じておきます」

 

 未来の三賢者は恭しく頭を下げている。

 

 いや、俺が似たような事を言っても聞かないクセになんだその態度の差は!?

 

「俺は心構えより強さが欲しいですけどね」

 

「あら? あなたが欲しいのはお金じゃ無かったのね?」

 

「金は強さを得る手段だし、強さも目的を達成する手段だな」

 

「あ、でろりんの目的ってちょっと興味あるかも?」

 

 幼さの残るエイミが目を輝かせて聞いてくる。

 

「別に大した事じゃないぞ? 長生きしたいだけだからな」

 

「ほぅ。それは面白いな。長生きしたいと言いながら戦場に身を置くか?」

 

 やべっ!?

 エイミに答えたハズがバランの興味を引いてしまった。

 

「…色々あるんですよ。金は稼げる内に稼いだ方が楽ですから。城に住まう貴方には解らないかも知れませんね」

 

「そうであるな…人間は金が無いと何かと不自由な生き物だ…。それにしてもルイーダといい、カンダタ一味と言うのは実に面白い人間達だな」

 

「そうですか?」

 

 てか、バランの″人間″発言が気になるぞ。

 

「お前は面白い。今日の礼に稽古をつけてやるから何時でも城に来るが良い」

 

「折角ですが必要ありません。お礼はこの部屋のゴールドと、貴方の闘いを見れただけで十分です」

 

 バランの稽古は魅力的だが、素知らぬ顔で師事できそうにない。

 

「そうか…世話になったな…では戻るとしよう」

 

 肩を寄せ合い″リレミト″の準備に入る四人。

 リレミト嫌いな俺はその輪に加わることはない。

 

「一つ良いですか?」

 

 魔法力に包まれていくバランを呼び止める。

 

 余計な口出しかもしれないが、言っておこう。

 

「何かね?」

 

「貴方は強い。強すぎるくらいです…そんな貴方が″人間″と呼ぶのはどうかと思いますよ? …人間は臆病ですからね」

 

「むっ…そうであるな。覚えておこう」

 

 顔をしかめたバランは短く答えた。

 アポロ達は変な顔をしていたし、上手く伝わったかどうかは解らない。

 

 解らないが今日1日で得たものは大きい気がする。

 

 主に、ゴールド的な意味で…。

 

 

 こうして、アポロ達はバランと共に″リレミト″で去り、1人決戦の間に残った俺はゴールドを回収し、気になった所を調べ、強くなったら又来る事を誓って部屋を後にした。

 

 

 

 

 ソアラ王女が懐妊した報せを受けたのはそれから間もなくの事であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

成人の儀

 バラン襲来から一年の時が流れた。

 

 あの日を境に地底魔城の迷宮では新たなモンスターが発生しなくなり、一部では″カンダタマスクが根刮ぎ倒した″と噂になっているそうだ。

 実際、最後の一匹を倒したのは俺だと思うが、モンスターが発生しなくなった真相は解らない。

 でも、なんとなくスカルゴンを倒したのが不味かった気がする…″ボス撃破で迷宮コンプリート″だったのではないだろうか?

 

 まぁ、真相なんてどうでも良い。大事なのはモンスターが居なくなった事実。

 この影響で地底魔城を探索する冒険者は蜘蛛の子散らすように去り、形成されていた″村″もすっかり寂れてしまった。

 それに合わせて観光ツアーも激減し、今ではすっかり人が寄り付かず、7年後の不死騎団による拠点化は誰の目にも留まることなく行われそうだ。

 勿論俺も金策拠点の変更を余儀なくされ、已む無く故郷でもあるアルキードに戻り″世界樹の迷宮″に籠る事になった。

 

 世界樹の幹の内部に創られた迷宮は、地底魔城に輪をかけて意味が解らないが考えるだけ無駄だろう。

 そもそも本当に樹の内部に迷宮が有るのかも怪しいもので、幹の内部へと続く″道″を通る事で全く別の場所に飛ばされていたとしても驚かない。

 

 大事なのは世界樹に迷宮が存在し、内部のモンスターを倒せばゴールドを得られる事実のみ。

 マトリフの洞窟へ気軽に通え無くなるのが問題と言えば問題だが、地底魔城と同じくらいの稼ぎは得られるし、レベルも年に2つのペースで上がっていってるし、暫くの間は世界樹の迷宮に籠るのも悪くない。

 そんな風に考えて、何時ものように迷宮へ入ろうとしたある日の事。

 

 

「よぅ、でろりん。久しぶりじゃねーか、生きてやがったか?」

 

 普通の服装をしたマトリフが現れた。

 手にはひのきの棒を持ち頭巾を被ったその姿はご隠居様を彷彿させる。

 変装でもしているつもりなんだろうか?

 

「随分なごあいさつですね? 死なない為にやってんのに、死んだら笑い話にもなりません」

 

「…違ぇねぇ。小憎らしいのも変わりねぇか。相変わらず気に入らねぇ奴だぜ」

 

「はぁ…? 一体何しに来たんですか? 外で会うのはご法度だ…そう決めたのはマトリフですよ?」

 

「でろりんよぉ…今日は何の日かも知らねぇのか?」

 

「…? 別に何のイベントも無いハズですよ? そもそも1日単位で何が起こるかなんて知りませんし、もう暫くの間は何も無いハズです」

 

「ちっ…世話の焼ける野郎だぜ…いいから着いてきな」

 

 それだけ言ったマトリフは俺の腕を強引に掴み、ルーラを唱えて飛び立った。

 

◇◇

 

 

「だからっ! ルーラは嫌いだって言ってるだろ!」 

 

 ″ギューン″と身体が宙に持ち上げられる感覚も、地面がグングン迫ってくる恐怖感も一向に慣れない。

 

 大体、何処に拉致した…って?

 

「え? 此処ってアルキーナ? 一体何しに…?」

 

 懐かしい風景。

 

 どうやらマトリフのルーラで村の裏山に飛んできたようだ。

 

 眼下には幼少期を過ごした村が見えている。心なしか小さく見えるのは俺が成長したからだろう。

 祭りでも行われているのか、村の中心の小さな広場では矢倉が組まれ、その周りには人が集まっている。

 

「オメエって奴はよぉ…。金を稼げと言ったのは確かに俺だ。だが、全く家にも帰らねぇのはどういう了見だ? え? これじゃ俺が弟子に休みも与えねぇ外道になんだろが?」

 

「目標金額に全然届かないんだから仕方ないだろっ。 ってか俺ってマトリフの弟子だったんだ?」

 

 五年目の新事実。

 俺はポップの兄弟子になっていたようだ。

 

「あぁん? オメエ俺の事を何だと思ってやがんだ?」

 

「…共犯者、かな」

 

「…っ!? つくづく救えねぇ野郎だな…」

 

 マトリフは驚愕の表情を浮かべて瞳を閉じると、小さく吐き捨てた。

 勝手に共犯者にされてるんだから文句の一つも言って当然だな。

 

「そうですねぇ…長生きしても地獄に堕ちるんじゃないですか?」

 

 歴史を代えた罪。

 ダイを拉致した罪。

 救えるハズの人を救わない罪。

 モンスターを殺す罪。

 そして、大魔王を殺す罪…。

 

 

 俺は一体、どれだけの罪を犯して生に執着するんだろうな…。死んだら地獄行きは確定だ。

 

 まぁ、死んだ後の心配よりも、今は兎に角目先の金だ。

 

「俺としたことがとんだ見込み違いをしていた様だぜ…。放っておいても適当に手を抜くと思ってたのによぉ…全く、呆れた野郎だ、一体何がオメエをそうまでさせる? たまに遊ぶくれぇどうってこたぁねぇだろうがっ」

 

「何キレてんですか? 見込み違いでも今更後には引けませんよ? それに、怠けて死んだらバカ過ぎるからやってるだけです…どうせ後7年程だし、遊ぶのはそれからでも十分じゃないですか?」

 

 大魔王さえ倒せば後は楽勝なんだし、高々7年の頑張りで残りの人生が左右されるならやって当然だ。

 

「わからねぇ野郎だぜ…兎に角、テメぇは今日1日アルキーナで過ごすんだ。明日の朝には迎えに来てやるからよ」

 

「はいはい。別に1日位構いませんけど、今日は祭りでも有るんですか?」

 

「…今日はオメエの成人の儀だろうが! サッサと行ってきな!」

 

 ″ドン″と背中を押された俺は、裏山の斜面を駆け降りて村の広場へと向かうのだった。

 

 

◇◇

 

 

「あ、でろりん! 何処に行ってたのよ? 来ないかと心配したじゃない」

 

 広場に着いた俺は、早速ずるぼん達に捕まった。

 俺を祝うためか、へろへにまぞっほと未来のニセ勇者一行が勢揃いしている。

 

「悪ぃ。世界樹に潜って忘れてた」

 

「アンタねぇ。ちょっと強いからって調子に乗ったらダメじゃない。こういう事を忘れるから立派な勇者になれないのよ」

 

 カンダタ一味の教育の賜物か、はたまた歳と共に成長したのか、ずるぼんは案外マトモに育っている。

 

「剣も魔法も使えるリーダーは立派な勇者だわいな」

 

 ピンクの鎧に身を包んだへろへろこそ、立派な戦士だ。

 勇者は力では戦士に劣り、魔法は魔法使いに敵わないんだぜ。

 

「勇者とは勇気有るもの! なんつっての」

 

 まぞっほは変わっていない。てか、名言を簡単に言うなっつーの。

 

「俺は勇者じゃ無いって言ってんだろ」

 

 謙遜でも何でもなく俺の職業は″偽勇者″のまんまだからな。

 

「でろりんはまだまだ子供ね…良いかしら? 世の中…言ったもの勝ちよ!」

 

 腰に手を当て″ぐいっ″と顔を寄せてきたずるぼんは、人差し指を振って力説している。

 

「はぁ?」

 

 そういやダイも似たような事を言っていたが、それってどうよ?

 

「勇者じゃなくても名乗ったら良いのよ! でろりんは剣も魔法も使えるんだからルイーダさん以外にはバレないわよ」

 

 呆れる俺を無視して持論を展開するずるぼん。

 前言撤回。

 変わってないな。

 

「そうじゃのぅ…パーティーリーダーのお主が勇者か否かで見栄えは随分変わってくるからのぅ…勇者パーティーなら美味しい目にも会いやすかろうて」

 

「リーダーは勇者だな!」

 

 まぞっほもへろへろもずるぼんの意見に同調している。

 

「はぁ…」

 

 どうすっかな…?

 ニセ勇者ごっこをやる予定はあるが、まだ早いんだよなぁ…遊んでいる場合じゃないし出来れば原作開始の二年前位から始めたい。

 

「煮え切らん奴じゃのぅ」

 

 

「大丈夫よ、まぞっほ。こんな事もあろうかと、用意した物が有るじゃない」

 

「そうじゃったな」

 

「リーダーなら似合うな」

 

 ずるぼんがニンマリするとまぞっほとへろへろも変に沸き立つ。

 

「何の事だ?」

 

 嫌な予感しかしないぞ。

 

「いいから! あんたちょっとこっちに来なさい」

 

 強引に腕を組まれずるぼんにぐいぐいと引き摺られ俺は、見慣れぬ建物内へと連れ込まれたのだった。

 

 

◇◇

 

 

「似合ってるじゃない? 流石あたしね! 苦労した甲斐があったわ」

 

 

「馬子にも衣装…というやつかのぅ」

 

「リーダーはやっぱり勇者だな」

 

「うん、まぁ…サンキューな…」

 

 見慣れぬ建物はパーティーの拠点として建てたそうで、木造二階建てで地下室まで備えている。

 地下にお宝を集め、一階はリビングと生活用スペースに男用の個室、二階はずるぼん専用となっており、大量の衣装はここに収納しておくらしい。

 まぞっほがルーラを使えるようになった今、簡単に往き来し地元にお金を回すのだそうだ。

 意外な迄にキチンとパーティー活動を行っている…と思いきや、カンダタ一味からの借り入れ金で建てたそうだ。お値段30万ゴールド也…誰が負担するのか聞きたくないぞ。

 

 それはさておき、特別に二階へ案内され強引に装備を脱がされた俺は、ずるぼんお手製のコスチュームに身を包んだのだ。

 そう、勇者″ロト″に酷似した装飾にマントを羽織ったニセ勇者スタイルだ。

 やはり歴史の修正力と言うべきか、望む望まぬに関わらず俺はニセ勇者になる運命だった様だ。

 

「どう? これならあんたも勇者だと思うでしょ? 勇者を名乗るなら格好から入るのは大事よね〜」

 

 身形から入るのは大事だと思うが、だからこそ偽物にしか思えない。

 

「いや、勇者を騙るとは言ってねぇし」

 

「折角造ってあげたのに、何よっその態度!」

 

「そうじゃぞ。姉の好意はしっかり受けてやるのが弟の勤めじゃ…それにのぅ、お主は勇者を名乗れる強さを備えているはずじゃて」

 

 マトリフにしごかれている事実を知っているまぞっほは、ニヤリと笑いちょび髭を横に引っ張っている。

 

「その装備はマネーが掛かってる。勇者のリーダーに相応しいな」

 

「そうよ! あんたこの装備の価値解ってんの!? 服とズボン、それに手袋迄パプニカの、それも超高級な魔法の布で造ったのよ」

 

「マジで? そんな金どこに有ったんだ!?」

 

 大魔王のメラにも耐えるパプニカの布の性能は折り紙付きだが、その性能に比例してお高くなっている。

 高いと言っても俺に買えない金額でもないが、攻撃を受けない前提の闘いしかしない現在は購入を見送っていた。

 見た目は兎も角、高性能装備なのは間違いないが、マントまで含めて考えれば五万を越えていてもおかしくないし、ケチなずるぼんが買うとは思えないぞ。

 

「ルイーダが提供してくれたのじゃ。なんでもお主のお陰で儲かっておるらしいのぅ…成人の祝いと礼なんじゃとさ」

 

 俺がこの五年でカンダタ一味に支払った金額は軽く百万Gを越えているし、キックバックと言えなくもない。

 

 でも、嬉しいもんだな。

 

「それをこのアタシが手間隙かけて縫ってあげたっわけ。 その布変に頑丈だしすっごい大変だったわよ!」

 

 いや、すっごい大変で造れるのが普通に凄いぞ。

 やっぱりずるぼんは裁縫職人の道を歩むのが良いんじゃないのか?

 

「装備は有難く貰う。でも、勇者を名乗るのはまだ先だ」

 

「なんでよ! それを着たあんたが入ればアタシ達はどこから見ても立派な勇者パーティーじゃない! 勇者パーティーともなればお城の晩餐会にも呼ばれるわ」

 

「歳が足りねぇよ」

 

「異なことを申すでないわ。かの勇者アバンとそう変わらぬではないか」

 

「じゃぁ時期が悪い。今は勇者と言えばアバンだろ? 簡単に偽物だってバレちまう」

 

「流石リーダーだぜ。悪知恵が働く」

 

「だったらどうするのよ? このお家のお金だって払っていかなきゃいけないのよ」

 

「それは俺が払ってやる。ルイーダに会ったら話はつけておく」

 

 30万位ならどうって事はない。

 

「嘘っ!? やっぱりでろりんは頼りになるわねっ。このっ太っ腹っ」

 

 ずるぼんは俺の首に腕を絡めて″ぎゅっ″と抱き付き素早く離れると、肘で軽く小突いてくる。

 

「お主の言葉に甘えるとするかの…金の問題が片付いたら肩が軽うなったわい」

 

「そうだなっ。これで気兼ねなくリーダーの成人を祝えるってもんだ」

 

 まぞっほは肩を回して″カラカラ″と笑いへろへろを胸を撫で下ろしてホッとしている。

 

「そうね! でろりんの成人を祝して今日は盛り上るわよ!」

 

「意義なーし!!」

 

 

 こうして俺は勇者コスチュームを手に入れ、アルキーナ村の″成人の儀″は滞りなく行われるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 一通りの儀式が終わり村人達が盛り上っている頃、マトリフが来ている事に気付いた俺はこっそりとその場から抜け出した。

 

「来るのは明日の朝だったんじゃないですか?」

 

 樹の幹にもたれ腕を組むマトリフにワイングラスを差し出す。

 

「ふんっ気が利くじゃねーか」

 

 ″ぐぃ″と一気にワインを飲み干したマトリフは、暫くの間無言で空になったグラスを揺らしている。

 

「…今日はありがとうございました。お陰で楽しかったですよ」

 

 嘘でも何でもなく、今日は久しぶりに楽しかった。

 

 ずるぼん達との久々の会合、両親にも祝ってもらえたし、村人からの暖かい激励の言葉も心が引き締まる想いだ。

 ただ長生きの為でなく、大魔王を倒す事の意味を改めて確認できた気がする。

 

「そうか…オメェでも″楽しい″なんて事もあるんだな?」

 

「当たり前です。マトリフは俺を何だと思ってんですか?」

 

「馬鹿な弟子だ…お前さんは大馬鹿野郎だぜ…」

 

「はいはい。馬鹿だと思ってますけど、こんな日にまで言わなくて良いんじゃないですか?」

 

「ふんっ……昼間の話だ…オメェは″後7年程″と簡単に言いやがった…お前さんが足掻き始めてもう5年になる…まだ7年も続ける気か? 馬鹿でなけりゃぁ何がオメェをそうさせる?」

 

「そう、ですね…」

 

 樹の幹にもたれた俺は腰を落として座り込む。

 少し長くなりそうだ。

 

「良い高校に入って、一流の大学に進学し、一流企業に就職すれば人生安泰なんですよ…とりあえず、ですけどね」

 

「あぁん? 何の話だ?」

 

「前の世界の話です…俺はあっちの世界じゃそんな歳まで生きられなかったけど、たったの10年ですよ? 向こうだと子供はずぅっと勉学に励みます。それが終わるのは大体22歳の頃です…丁度こっちで大魔王を倒す頃の俺と同じですね」

 

「何が言いたい?」

 

「あっちの世界だとたったの10年頑張れば、残りの60年が楽になるんです。誰だって10年頑張る方を選びませんか?」

 

「…続けな」

 

「こっちでも一緒です…22で大魔王に殺されない為なら、死なない為なら10年位頑張りますよ。人生はその先の方が遥かに長いんですから」

 

「…なるほどな。前の世界ってのはこっちとは随分違う様だな…それがお前さんが馬鹿に見える所以…根本的な考え方が違うのか」

 

「そうですねぇ…あんまり覚えてないけど結構違いますね。向こうじゃ魔法は無かったし」

 

「何っ!? 魔法使いが滅んだのか!?」

 

「違います。元々無かったハズです…代わりに″科学″ってのが有って・・・」

 

 こうして、暫くの間前世の知識の断片をマトリフに話して聞かせた。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「なるほど…おもしれぇじゃねーか…何故今まで隠してやがった?」

 

 月明かりの下マトリフの眼が″ギロリ″と光る。

 

「隠すも何も別に大したこと知りませんから。俺は機械製品とか作れないし」

 

「そうじゃねぇ…考え方だ…オメェの話は目からウロコだったぜ…失敗は成功の母だぁ? 上手い事を言いやがる」

 

「そうですか?」

 

「あぁ…それと、ルイーダの眼にオメェの″かしこさ″が映らねぇのはこのせいだな…この世界と違う知識がお前さんのかしこさを底上げしてるんだろうぜ」

 

「あれ? それってもしかして魔法の天才になったりします?」

 

「さぁな…どの程度の底上げか解らねぇ…オメェの事だ微々たるもんかもよ」

 

 指で1センチ程の隙間を示したマトリフが″ケケッ″と笑っている。

 

「まぁ、そんなもんでしょうね。俺は偽勇者ですから」

 

「でろりんよぉ…オメェはいつまで自分を…」

 

「あ、でろりん! そんな所で何してるのよ! ってエロじじぃじゃない!?」

 

 マトリフが何か言おうとした所にやって来たずるぼんが、飛び上がって驚いている。

 

「なんでずるぼんがマトリフの事を知ってるんだ?」

 

「アンタこそ、どうしてそんなエロじじぃと一緒に居るのよ!?」

 

「なんだ? このネェちゃんオメェのコレか?」

 

 素早く移動したマトリフはずるぼんのケツを撫でながら小指を立てて下品な笑みを浮かべた。

 

 さっきまでのシリアスな雰囲気が台無しだ。

 これさえなければマトリフは本当の偉人なのに、全く惜しい事だ。

 

「キャー!!」

 

 ずるぼんが上げた叫び声に「なんだ?」と村人達が集まり、てんやわんやな大騒ぎに発展し、楽しい夜は更けていくのだった。

 







ずるぼん17歳。
マトリフはギリギリセーフなはず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルイーダの勇者とマホカトール

 成人の儀式から一年と少しの時が経ち、俺は17歳になっていた。

 大魔王降臨まで約5年、ダイとニセ勇者が出会うまで約4年…時ばかりが流れ準備らしい準備は出来ていない。

 

 マトリフの弟子は見つからず、俺の修行も捗らずレベルも27と伸び悩み、このままのペースだと一応の目標であった40に届かない可能性が高い。

 ゴールド集めも目標金額には程遠く、今のまま親衛騎団を相手にするのは自殺行為に等しい。

 俺が集めるゴールドは″お代″ではなく″素材″であり後払いが出来ない性質上、最悪、何処かの城に盗みに入ることも考え無いといけなくなっている。

 まぁ、盗みに入るのはロン・ベルグに相談してからでも遅くはない。しかし、肝心のロンの居どころが掴めなかったりする。

 原作ではポップの親父が「最近知り合った」的な発言をしていたし、今は未だランカークス村周辺に居ないのかも知れない。

 尋ね人としてロン・ベルグの捜索依頼もカンダタ一味に出しているが、大魔王のマークが考えられるロン捜索は、ラーハルトと違いあまり派手に行えない。

 そのラーハルト捜索も、全滅した集落の発見をもって打ち切りとなった。

 あまり考えたくないが救いの手が伸びなかった事で、ラーハルトが凶行に走ったのだろう。

 アルキードを救った結果、ラーハルトとその集落が滅ぶ…俺だけが悪い訳でもないが、少し考えさせられる出来事だった。

 

 思うようにいかない焦りと不安を抱えたまま、それでも世界樹の迷宮に潜りゴールドを集め、探索を終えて迷宮を出たある日の事。

 

 

「やぁ、お疲れさん! 今日の稼ぎはどうだったんだい?」

 

「ボチボチですね…どうしました? 何かあったのですか?」

 

 寒空の下、カンダタ子分が手を擦り合わせて待っていた。

 現在この迷宮に籠るカンダタマスクは俺だけで、人違いって事はない。

 むしろ俺だけなのが災いして噂になっている位だ。

 いくらカンダタ一味の金稼ぎが不自然でないと強弁しても、目立つのが好ましくないのに違いなく、そろそろ他の迷宮への鞍替えを考えないといけない。

 

「なんだろうね? ルイーダさんから″酒場に来な″って伝言だよ」

 

 えらくシンプルだな?

 すっかり暗くなっているこんな時間から何の用だ?

 

「いつまでに?」

 

「今日中だね」

 

「マジかよ…結構疲れてんだけど?」

 

「だろうね。だからコレも持ってきたよ…確かに伝えたよ」

 

 カンダタ子分は″魔法の聖水″を押し付けると、そそくさと去っていった。

 

「用意の良いことで…翔んでこいってか?」

 

 一人ぼやいた俺は、魔法の聖水を使って魔法力を回復させると、ルイーダの酒場目指して飛び上がったのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ルイーダ! 何かあったのか?」

 

 小一時間の空の旅を終えた俺は、ルイーダの酒場へ続く扉を勢いよく開けて室内へ足を一歩踏み入れた。

 

「来たかい。まぁ座りな」

 

 肩出し胸出し、黒の衣装を纏いキセルを吹かしたルイーダは、いつも通りカウンター内の椅子に腰掛けて俺を迎えている。

 ちったぁ歳を考えろと言いたいが、キセルの一撃が恐いので言えない。

 とりあえず、火急の用ではなさそうだし一安心か。

 

 酒場内は稼ぎ時と言える時間帯にも関わらず静まり返り、席に付いているのはカウンター席に一人、巻き髪の男が座っている。

 

 ん?

 

 なんかヤバそうな?

 

「どうしました? 私の事は気になさらず、どうぞこちらへ」

 

 斜めに身体をずらしてこっちを見た男は、この世界では珍しい眼鏡をかけていた。

 

「うげっ!? 勇者アバン!?」

 

「おんやぁ? マスクでお顔は分かりませんが、どこかでお会いしましたか?」

 

 世界で一番会いたくない人ランキング、堂々3位にランクインする勇者アバンが、グラス片手に寛いでいる。

 因みに第2位は老若真の大魔王。

 

 なんで居るかな…。

 ルイーダの差し金に違いないが、当のルイーダはなにくわぬ顔でキセルを吹かせている。

 

「え、いや? アンタそこの絵に描かれてるだろ?」

 

「そうでしたね。私とした事がすっかり忘れていました」

 

 ″カンラカンラ″とアバンは笑っている。

 てか、目の前に飾ってるのに忘れるもクソもねーだろ…でも嘘を付いている手前突っ込めない。

 俺の誤魔化しに100%の嘘をもって応えるアバンは、嘘つきとしても高レベルの様だ。

 

「良いからササッと閉めて、サッサとお座り!」

 

 入口を開け広げたままの俺に、ルイーダの叱責の声がとぶ。

 

「ルイーダ…もしかして、アバンを紹介するつもりで呼んだのか?」

 

 扉を閉めカウンター席に進んだ俺は、アバンの三つ隣の席に腰を下ろした。 

 

「そうさね。珍しくアバンが来たからねぇ…うちの稼ぎ額を紹介してやろうと思ったのさ」

 

 キセルを置いて立ち上がったルイーダは、グラスに並々とワインを注いで俺の前のカウンターに置いた。

 折角だが俺にマスクを脱ぐつもりは無く、飲むことが出来ない。

 

 

「そういう事です。私はアバン=デ=ジニュアール3世……家庭教師です」

 

 ″ニカッ″と笑ったアバンは立ち上がって握手を求めてくる。

 

「いや、アンタ勇者だろ」

 

「昔の事ですよ…。私が勇者ならキミも勇者では有りませんか? でろりん君」

 

「…っ!? なんで俺の名をっ!?」

 

 ″ガタッ″と立ち上がった俺は思わずマスクの下でルイーダを睨むも、彼女はゆっくりと首を横に振っている。

 

「彼女では有りません。あなたの事はパプニカのアポロ殿から聞かされていました。なんでも剣が使えて魔法はアポロ殿を上回っていると言うじゃ有りませんか? 素晴らしい限りです」

 

「あんのバカ野郎…。…はいはい、俺はでろりんだ。コンゴトモヨロシク」

 

 マスクを脱いだ俺は、渋々アバンの手をとり握手を交わした。

 

 それにつけたって、あの正義バカめ…個人情報保護を知らないのか? 相手が正義そのものの勇者アバンでもダメだっつーの。

 もっと言っておくべきだったか…。

 大体、3年前はギリで俺が上だったかも知れないが、成長率を考えたら余裕で追い越されてる。

 何時までもガキの頃のイメージを引き摺られても困るぞ。

 苦労してマスクを被り続けたのはバーンの目から逃れるのと同時に、アバンの目から逃げる意味合いもあったのに台無しだな…。

 

 ん…?

 

 考えてみりゃ別につんけんする必要は無いか…。適当に話してお帰り願えば良いだけだな。

 

「考え事ですか? マリン殿が言っていた通り、不思議な目をしていますね」

 

 マリンもかっ!?

 何を勝手なこと言ってくれてんだ!?

 

「なんて言ってました?」

 

 どうせ強欲だとか、嘘つきだとか、ロクでも無い事を言われている自信があるし、知らない方が良さそうだと解っちゃいるが、やはり気になる。

 

「おんやぁ? 口調が変わりましたね? 堅苦しいのは無しでいきましょう」

 

 両の腕を広げた勇者。

 懐の広さが垣間見える様だが、それ以上に探られてる感が半端ない。

 何の目的で酒場に来たのか早めに知る必要がありそうだ。

 

「え?…いや、でも…んー…まぁ良いか…それで? マリンは何て言ってたんだ?」

 

 偽勇者が大勇者にタメ口利くのはどうかと思うが、ここで断るのも変な話になってくる。

 てか、なんかヤりにくいぞ…全てを見透かされている様な…大魔王をして″切れ者″と評されることはある。

 一瞬の油断で言い訳不能に成りかねない。

 

「それは言えません。女性のプライバシーに関わる事ですから」

 

「…アンタ、良い性格してんな」

 

 自分で振っといて食い付いたら引っ込めるってどうよ?

 

「はい。良く言われます。

 それでどうでしょうか? でろりん君は強さを求めていると聞き及んでます。ならば家庭教師である私を雇ってみては如何でしょう? キミなら1週間で勇者になれます!」

 

 力説したアバンは″グッ″と握り拳を作りポーズを決めている。

 名言だと思っていたが実際に聞くと、ものすごく胡散臭い。

 

「…悪徳セールスみたいだな。1週間で勇者に成れたら苦労しないっつーの」

 

 ジト目で間接的に断ってみる。アバンの目的が売り込みなら断固拒否だ。

 アバンの使徒にだけは絶対にならん!

 

「おや? 勇者を目指して苦労されていたのでしょうか?」

 

 食い付くとこソコ!?

 

「…単なる言葉のあやだ。俺は強さを目指してるだけで勇者は強者の代名詞だろ?」

 

「そうでしょうか? 今なら強者と言えば英雄バラン殿では有りませんか? あの方はとてもお強い。私では打ち合うのがやっとでしたよ。それも、隠しきれない秘めた力を抑えたままに…です! 一体、あの方は何処から来たのでしょうね?」

 

 てか、いつの間にバランとやり合ったんだ?

 迷宮に引きこもっている俺の耳には入ってきていない。

 それに、こんな事は原作じゃ有り得なかったし、やっぱりバラン健在の影響は大きい様だ。

 

「そんなの俺が知るかよ」

 

 内心の焦りを隠してぶっきらぼうに振る舞う。

 

「おや? アテが外れましたか。バラン殿の窮地を救ったでろりん君ならば、バラン殿の素性を存じているのではないかと思ってました」

 

 くそっ。

 アイツら何処まで喋ってんだよ!?

 

「仮に知っていても教えないし、素性がどうとか関係無い。絶対強者のバランがアルキードに留まる事で、人の世は平和に流れていくからな」

 

「ベリーナイスなお考えです。バラン殿という抑止力が有る限り、人の争いは起こりません。また、バラン殿はしっかりとした正義の心をお持ちでした。剣を交えた私には判ります! 故に、アルキードが増長する心配もないのです」

 

「だったら素性もどうでも良いだろ…」

 

「仰る通りです。個人的な好奇心から聞いてしまいましたが、気を悪くされた様ですね」

 

「別に…バランなんかどうでも良いし、とりあえず、アンタの教えを受ける気はない」

 

 何かを探りに来てるのはほぼ確実だ。

 はっきり断らないとこのままアバンのペースに巻き込まれる。

 

「お待ちっ。アンタにはアバンの指導で破邪呪文ってのかい? ″マホカトール″を覚えて貰うよ」

 

 黙ってアバンとのやり取りを聞いていたルイーダが横槍を入れてくる。

 アバンには関わらない方針だって知ってる癖に何を言い出すんだ?

 

「何でだよ? 受ける理由がない。大体、金稼ぎで忙しいし、俺に破邪呪文とか無理だっつーの」

 

「あたしからアンタへの依頼さ…報酬は10日で20万、これなら文句はないだろ? あたしも年かねぇ?あのピエロがいつ来るか心配でおちおち寝てられないのさ」

 

「嘘つけっ!」

 

 大魔王にビビらない女がピエロにビビるかっての。

 でも10日で20万は魅力的な報酬だ。

 

「ノンノンノン。バッドですねでろりん君。勇者たるもの女性には優しくせねばいけません。ルイーダさんそれはお困りでしょう。宜しければ私めが…」

 

 手袋を着け直したアバンは今にも室外に飛び出しそうだ。

 

「アンタの手を借りる訳にはいかないねぇ…コレは一味の問題さ」

 

「だったら一味が指導を受けるのも無しだろっ!?」

 

「何言ってんだい? 指導を受けるのはでろりんじゃないか? 一味とは関係無い話さ、あたしとアンタの問題さね」

 

「詭弁だ! 詭弁!」

 

「何とでも言っとくれ。コレは決定さ、聞けないってんなら今後ウチとの取り引きは無しだよ」

 

「汚なっ……くそっ、やれば良いんだろ、やればっ! …もし10日で覚えられなかったらどうすんだよ?」

 

 カンダタ一味と手を切るのは非常に不味い。

 彼等の情報網があるからこそ、世界が平穏であると知ることが出来、事有れば逸早く察知出来る安心感に繋がっている。

 

「その時はその時さ。報酬はしっかり払ってやるから安心おし…そんな訳さ、アバン、アンタも良いかい?」

 

「勿論ですよ。では、契約書をお持ちしますので、少し失礼を」

 

 席をたったアバンは、階段を踏みしめ二階へと消えていった。

 

◇◇

 

「どういうつもりだよっ。アバンはヤバいって判ってんだろ?」

 

 アバンが居なくなったのを確認した俺は、声を落としてルイーダに抗議する。

 

 アバンに真実を告げるかどうかはマトリフと一緒に散々悩んだ。

 悩んだ結果が大魔王の警戒回避の優先だ。

 アバンならば俺達が思いつかない方策を編みだし、見事に大魔王を倒してみせるとの期待がある一方で、絶対的な力量差に勝てない不安も拭いきれない。

 それにアバンがどう動くのか、マトリフにさえ想像つかないのも話せない一因だ。

 

 俺とマトリフにも方法論で差異は見られるが、目的は大魔王の抹殺で一致している。

 言い換えれば、人類の救済に主眼を置かない非道な話で、全滅さえしないなら多少の被害には目を瞑る。

 アルキードの救済は俺にとっての我が儘であり、マトリフにとってはバランの確保に過ぎない。

 

「あたしの眼にはアンタがヤバそうに映ってるのさ…伸び悩んでんじゃないかい? そんなんで大魔王とやらは倒せんのかね?」

 定期的にレベル確認をしているルイーダの眼は誤魔化しようもないか。

 

「倒すのは偽勇者の俺じゃねーし。ちゃんと本物の勇者がやってくれるさ」

 

「どうだか…あたしゃこの眼に映るモノしか信じないタチでね」

 

「はぁ? 神託信じてなかったのかよ!? だったら何で手を貸すんだよっ」

 

「あたしが信じてるのは、この眼と……でろりん、あんたさ…」

 

「はぁ? 偽物を信じてどうすんだよ!?」

 

「アンタが自分をどう思っているか知ったこっちゃないよ…でもね? アンタのお陰でこの国の人間は助かったんだよ、言わばアンタは命の恩人さ…誰にも解らない与太話さ。だけどこの眼は教えてくれる…あの日を境にこの国の連中の″うんのよさ″は戻っちまった。これは、運命なんてものが変わったと言えるんじゃないかい?」

 

「…たまたまかも知れねーだろ? 国が大地ごと消し飛ぶなんて与太話、俺だって半信半疑だぞ」

 

「そんな与太話もこのアルキードじゃ有り得るのさ。…世界樹の根の上の浮島、それがこのアルキード王国だよ。世界樹に何かあったら簡単に沈んじまうのさ」

 

「マジで…?」

 

 馬鹿デカイ樹だとは思っていたが、そんなの有りか!?

 

「大真面目さ。それにしてもアンタの可愛げの無さは筋金入りだねぇ…。このあたしが珍しく、感謝して誉めてやったんだから少しは喜んだらどうなんだい? アンタが起こした行動は、この国百万の命を救ったんだ…誇って良いんじゃないか?」

 

 百万は言い過ぎだ。

 国勢調査なんて行われていないこの世界では、どんぶり勘定の上に対外的には誇張して喧伝する。

 アルキードは30万人もあれば良い方だな。

 

 それに…。

 

「……まだ終わってないんだ。百万を救って、千万が滅び自分の命も落としたら何の意味もない、只の独り善がりの自己満足だ!」

 

 そう、全ては繋がっているんだ。

 大魔王が滅びるその時まで、油断なんか出来ない。

 

「やれやれだねぇ…全く困った坊やだよ」

 

「坊やじゃねーしっ」

 

 

 この後、アバンと10日間の契約を交わした俺は、酒場で一晩過ごし破邪の洞窟へと向かうのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 二日後の朝。

 徒歩とトベルーラを駆使して破邪の洞窟に辿り着いた俺は、洞窟内で待つアバンと合流した。

 

 巨大な荷物を背負ったアバンと比べて小さな荷物を背負った俺は、軽く挨拶を交わし、御約束とばかりに出現したスライムをイバラの鞭で一蹴すると、契約に従いマホカトールを目指して地下へと歩を進めた。

 

 契約内容は要約すると以下の四点になる。

 

 一つ、アバンは10日の間、でろりんのマホカトール修得を全力でサポートする。

 一つ、でろりんはアバンの弟子に含まれないが、マホカトール修得に際し力量不足ならばアバンは稽古を付け、コレを底上げする。

 一つ、洞窟に籠る準備はアバンが行い、でろりんは追って合流する。又、ソレに掛かる費用はルイーダの負担とする。

 一つ、この件に関する一切を他言無用とする。

 

 と、突っ込み処が満載な内容となっている。

 にもかかわらずアバンは「良く出来ています」と二つ返事で契約した。

 

 正直、アバンの思惑は計りかねるが″他言無用″と契約を交わしたからには、不必要に広まる心配はしていない。

 魔王軍の監視の目は″悪魔の目玉″を介したモノであったし、際限なく何でも見通せるハズはなく、その上で万全を期して別々に洞窟に入ったんだ。

 それに、破邪の洞窟内部に監視が行き届いていないのは、原作において大魔王達がアバンの復活に驚いていたことからも明らかだ。

 ひょんな事からアバンと行動を共にする事になったが、破邪の洞窟内部は悪くない。

 

 だからこそ俺は…この地でアバンを相手に試しておきたい事がある。

 ルイーダに危惧されるまでもなく、自分が伸び悩んでいるのは自分で一番解ってる。もしかしたら、既に限界を迎えているんじゃないか? と思う位に、だ。

 

 だけど、俺には切り札がある…マトリフとの地獄の特訓の中で、必要に駆られて編み出した欠陥闘法。

 一回こっきりの大技だ。

 一度使えば同じ相手に二度と通用しない。

 しかし、初見のアバンに通用するなら多少の希望は持てる。

 

 俺は、闘いに適した空間を探しながら、出現するモンスターを倒しては黙々とゴールドを拾い集めた。

 アバンはそんな俺に付かず離れず、黙って付いてきている。

 眼鏡の下の瞳は鋭く光っていた。

 

 

◇◇

 

 

「ここで良いな」

 

 階段を三つ程降りた辺りで戦闘に適した空間を見つけた俺は、室内のモンスターを一掃するとアバンと向き合った。

 

「おや? どうしました? こんな所で休息が必要とは思えませんが?」

 

「あぁ、休憩は要らねぇ…コイツをたっぷり持ち込んでるからな」

 

 背負った小さなリュックを床に降ろし、アバンに向けて中を開いて見せる。

 

「それは魔法の聖水ですね〜。しかし、コレは随分と量が多いではありませんか? 備え有れば憂いなしと言いますが、コレはいけません。破邪の洞窟の様な長丁場になる迷宮では荷物の取捨選択と適切な休息がポイントになってくるのです」

 

「解ってる。こんな重いもん背負ったまんまで迷宮に籠る程、馬鹿じゃない」

 

「これは失礼しました。そうですね、でろりん君は″地底魔城の主″の異名を持つ、言わば迷宮探索のプロフェッショナルでした」

 

 あいつ等…こりゃもう三賢者が知る俺の情報は、アバンに筒抜けと見て間違いない。

 次に会ったらどうしてくれようか?

 

「今は″世界樹の主″だけどな…まぁ、そんな事はどうだって良い…勇者、いや、家庭教師アバン! ぶしつけだがアンタの実力を試したい!」

 

「構いませんよ。方法はどうしますか?」

 

 俺の失礼な挑戦は、これ以上ない軽さでアバンに了承された。

 

「…理由を聞かないのか?」

 

「必要有りません。私は貴方をサポートする為ここに居るのです。貴方が何を考えているのか解りませんが、私の実力を知りたいならお見せしましょう。そうする事が貴方のサポートに繋がるのではありませんか?」

 

「…感謝する。方法は至って簡単だ。俺と戦ってもらいたい…俺はアンタの強さを信じて全力を出す…アンタは適当にあしらってくれれば良い」

 

「おんやぁ? その言い方では貴方は私の実力を認めている事になりますよ?」

 

「勇者に勝てると思う程自惚れちゃいない…ただし! こっちは本気だ、アンタも実戦だと思ってやってくれ」

 

「解りました…ですが、殺し合いをする気は有りませんので、武器はこちらを使って頂きますよ」

 

 言いながら背中のリュックを後ろ手にごそごそしたアバンは、″じゃーん″とばかりに二本の竹刀を取り出した。

 

「…なんでそんなモンが有るんだよ」

 

「ご存知でしたか? コレは私が文献と伝聞を参考にして作った″竹刀″と呼ばれる剣です。これならば死ぬ事は有りません」

 

 アバンは″エッヘン″と胸を張ったあと、こちらに竹刀を放り投げた。

 よく解らんが、なんだが凄いわ。

 

「いや、まぁ、良いけど…盾と魔法力、それに徒手空拳は使うぞ?」

 

 ″パシッ″と竹刀を受け取った俺は、リュックと使えない武具を部屋の片隅に置いて準備を終える。

 

「当然です。でろりん君は勇者ですから」

 

 巨大なリュックを部屋の片隅に置いたアバンは、部屋の中央で竹刀を片手に俺と向かい合う。

 

「勇者じゃねぇっつーの!!」

 

 俺の叫びを皮切りに、大勇者対偽勇者の模擬戦が開始されたのだった。

 

 

◇◇

 

 

「おりゃぁー!!」

 

 俺は気合いを入れて竹刀を振り回していく。

 今までの経験と素振り、その全てを込めて斬りかかるが、アバンはその全てを軽々と捌いていく。

 我流と剣術の違いか、当たる気がしない。

 

 時折繰り出されるアバンの攻撃を盾で受けては距離を取り、メラミを放っては海波斬で迎撃される。

 悔しくないと言えば嘘になるが、予想通りだ。

 

 アバンの力量は俺よりも上、そして短い時間だがアバンに俺の力量は見せ付けた。

 小細工無しの本気の攻撃を繰り出したんだ、充分把握されただろう。

 

 勝負はここからだ。

 

「ベリーナイスです。荒削りですが実戦で培った勘の良さが実に素晴らしい」

 

「そりゃどうもっ」

 

 何度目かのアバンの攻撃を盾で受け、距離を取った所で声がかかる。

 アバンは息一つ乱していない。

 まるでダイの修行1日目の風景だな。

 

「俺の本気はこっからだ! 油断したら死ぬぜ? いくぞ、アバン! イオラオラぁ!!」

 

 竹刀を投げ捨てた俺は両手にイオラを産み出し投げ付ける。

 

「噂のイオラ同時攻撃ですね。ベリーグッドです」

 

 アバンはメラミと海波斬で迎撃し、俺のイオラは爆音あげて空中で消えた。

 

 室内を爆煙が覆い、視界が遮られる。

 

 チャンスはここだ。

 1分で片を付ける!

 

 

「油断したら死ぬって言ったろ?」

 

 大量の魔法力に身を包んだ俺は、アバンとの距離を詰め徒手空拳を以て襲い掛かった。

 

 

◇◇

 

 

 1分後。

 

 精根尽き果て床に伏す俺の傍らに、アバンの像があった。

 

「ベリーベリーグッドでした。あなたの敗因は私に情報を与えすぎた事です。そうでなければ立場は逆転していた事でしょう」

 

「うるへー。アストロンとか無いわー」

 

 息も絶え絶えで大の字になった俺は、最後の口撃に入る。

 

「おや? アストロンもご存知でしたか。でろりん君の博識振りには舌を巻く思いです。元来アストロンとは一部魔法を除いて絶対防御を発揮する素晴らしい防御方法なのです。その反面、高過ぎる防御力が自らの動きまで制限してしまう欠点も合わせ持ちます。しかし、こうして使い時を見極めればこれ以上ない効果が得られるのです。これは全ての事に通ずる事になりますが、要は使い方が肝心なのです」

 鋼鉄と化したアバンが長々と喋っている。

 これぞダイの大冒険七不思議の一つ! 怪奇!?喋る鉄像である。

 って下らない事考えてる場合じゃないな。

 

「なんでも良いから、魔法の聖水取ってくんない? …マジ…限界」

 

 全ての魔法力を使い果たし、肉体を酷使した俺の意識は今にも飛びそうだ。

 

「おや? 動けませんか? …私も動けませんから仲間ですね」

 

 変わらぬハズのアバンの表情が″ニカッ″と変化した幻覚を見た俺は意識を手放した。

 

 

◇◇◇

 

 

「…っ!?」

 

 意識を取り戻した俺は″ガバッ″と身を起こした。

 冷たい床ではなく不思議なクッション性のある敷物の上で寝かされ、毛布も被されていた様だ。

 荷物の取捨選択が大事と言いながら何を持ち込んでんだ。

 

「目覚めましたか。ご無事でなによりです」

 

 アバンは岩を利用して腰を下ろし、白いカップを手にしている。

 コーヒーの良い香りが漂っているし、其っぽい器材もあるし豆から惹いたのだろう…マジで何を持ち込んでんだ?

 

「…俺はどれくらい寝てた?」

 

「3時間…と言ったところでしょうか? 無理も有りません。あの様な闘い方は心身に掛かる負担も大きいのでは有りませんか? 多用はオススメ出来ませんね。その一方で素晴らしいのも又、事実です…文献で似たような呪文の存在を目にしてましたが、それを応用されたのですか?」

 

「さぁな? 企業秘密だ。

 デメリットが有るのは判ってる…使い処が難しい事も、同じ相手に通じない事も充分承知している。それでも俺は、コレに頼っていかなきゃいけないんだ…一回こっきりの騙し討ち…偽勇者にふさわしいだろ?」

 

 そう、一瞬で良いんだ。

 一瞬でも大魔王を止められれば何かの役に立つ。

 

「でろりん君…。自分をそう卑下するものでは有りません。もしもあの時、貴方の手にミリオンゴールドの武器があったなら、私はアストロンを使う事なく初撃で倒されていましたよ」

 

「っアンタ!? …アイツラ喋りすぎだろ」

 

「やはり、ミリオンゴールドを集めていましたか…。確かに、″商売の神に祝福された″でろりん君ならば集めるのは可能かもしれません。しかし、ミリオンゴールドの強度はオリハルコンを100とした場合、90程度です。同じ大金を支払うなら一般にも出回る85の金属を買うべきではありませんか?」

 

 言いたい事はわかる。ミリオンゴールドは労力の割に強くないんだ。

 勿論、アバンが言った通りオリハルコンに次ぐ強度なのは間違いない。間違いないがその下の金属と比べて差が小さい。

 良い武器だけどソコまでして手に入れる価値が無い…コレがミリオンゴールドの評価だ。

 

「アバン、あんたは何を聞きたいんだ? 俺が俺の時間を使って俺の力でゴールドを集めてるんだ。誰かにとやかく言われる筋合いは無いハズだろ?」

 

「弟子でもない貴方を尋問する権利は私にはありません。勿論、弟子だからと言って何でも詮索するつもりも有りませんが、この様な状況を想定して契約を交わしていたなら脱帽に値すると同時に、貴方が何を成そうとしているのか非常に気になるのです。良ければ聞かせて頂けませんか?」

 

「僅かでも強いなら、強い方が良いだろ? 時間を費やすダケの価値が有ると俺は思っている…それだけの話さ」

 

 他にも理由が有るだけでコレも決して嘘じゃない。価値観の違いを前面に出せばアバンなら更なる追求は出来ないハズだ。

 

「そうですか…。分かりました! では、休息はこの辺りでお仕舞いにして、ドンドン進むとしましょう」

 

 アバンは立ち上がり、努めて明るく振る舞うとしている。

 

 悪いな…。

 原作を知るからこそアンタが無理をしているのも、聞きたいのはこんな事じゃないのも判っている。

 

 でも、言えねーんだよ。

 

 この後、魔法の聖水を使って魔法力を回復した俺は、マホカトールを目指して歩を進めるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「お見事! いやぁ私のサポートなど必要ありませんでしたねぇ」

 

 地下15階にあった魔方陣でマホカトールの契約を済ませた俺は、アバンの賛辞を軽く聞き流して床に五芒星を描いていく。

 どうやらアバンは誉めて伸ばすタイプの指導者の様だ。しかし、俺みたいなひねくれ者との相性は良くない。

 

「邪なる威力よ退け! マホカトール!!」

 

 でろりんはマホカトールを唱えた!

 しかし、何もおきない!

 

 ・・・やっぱりな。

 

「おやおやおやぁ?」

 

 アバンは眼鏡を掴んでずらしては、俺の作った小さな五芒聖を凝視している。

 

「まぁ、こんなもんさ。なんたって″破邪″魔法だ、偽物に使える訳ねーよ」

 

「そう悲観するものでは有りません。契約が出来たのは才能がある証明です。もっと自信を持って下さい。でろりん君は素晴らしい力の持ち主です。私が保証しますよ」

 

「んなこと言ったって、アバンと比べたら俺は弱いじゃねーか」

 

「え〜と、ですねぇ…それは年の功、ではないでしょうか?」

 

「そうじゃない。17才のアバンやバランと比べてどうなんだ?って話だよ。アンタやバランは特別で、比べるのが間違いだとでも言うのか?」

 

「そ、それは…でろりん君、あなたは…」

 

 これまで雄弁に語ってきたアバンは、哀しげな顔をして言い澱む。

 

「何だよ? 別に拗ねてんじゃないぞ? 俺は弱いんだよ。だから、頑張ってんだ…それだけの話さ」

 

「そう、ですか…どうやら私から貴方に教えられる事は無いようですね。ですが、少々言わせて頂きます。…貴方が何の為に頑張るのか私には見当もつきませんでした…しかし、貴方が諦めなければ道はきっと開かれます。…出来る事ならその手助けをして差上げたいですが、貴方は私の助けを必要としていない様ですね」

 

「そうだな。アンタの心遣いは有難いが、俺は俺でやる。アバンはアバンで自分のやるべき事をやれば良いのさ…」

 

「そうですね。では、さしあたりでろりん君に稽古を付けるとしましょう。まだ7日も有りますよ!」

 

 アバンは″ニカッ″と笑ってピースサインを俺に向けた。

 

「そうだな…お願いします!!」

 

 俺は無礼な振る舞いを詫びる意味も込めて、深々と頭を下げる。

 

 余計な詮索さえされないならアバンの指導は望む所だ。

 

「おや? 嫌がらないのですか?」

 

「嫌がる理由がない。それに契約通り、だろ?」

 

 そう、弟子にもならなければ他言も無用。

 残り7日の間だけの関係だ。

 

「本当にキミは不思議な人ですね…良いでしょう! 家庭教師の名に懸けて、貴方にマホカトールを修得させてみせますよ! その時こそ、晴れて勇者を名乗って頂きます」

 

「じゃぁ、使えなけれゃ勇者お墨付きの偽物だな?」

 

 俺の言葉に″ガクッ″とずっこけ眼鏡をズラしたアバンの顔はなかなかの見物であった。

 

 

 こうして、実践形式と称した俺達は、破邪の洞窟の奥深くへと潜っていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ランカークスとニセ勇者

 破邪の洞窟から帰還して3日が過ぎた。

 アバンの勧めもあって、実に七年振りとなる纏まった休みをとった俺は、酒場でずるぼん達を待ちながらゆっくりしている。

 

 アバンと過した期間は僅か10日であったが、俺に与えた影響は少なくない。

 アバンから得た情報をきっかけに短期の方針が決まったし、戦闘指南も役に立った。

 アバンによると俺の力を十全に発揮する武器は剣でなく、爪や無手で格闘を主体に魔法を組み合わせるのが適しているそうだ。

 言われてみれば当たり前の事で、両手を駆使して呪文を唱える度、武器を手放していては隙が大きい。

 

 そんな指摘を受けながら破邪の洞窟を探索した結果、レベルは二つも上がり、マホカトールも使えるようになった。…ただし、アバンが破邪の力を込めた聖石の補助が有れば、の話だ。

 アバンがミナカトールをヒントに聖石での補助を思い付いたのは、端からマホカトール修得を諦めていた俺に、何が何でも修得させようとした家庭教師としての意地だと言える。

 それと同時に、「これ、何て破邪の秘法?」 と思わなくもない。

 破邪の力を五芒星と聖石で補うか、五芒星と輝石で高めるか、の違いしかなく、根本的な発想は破邪の秘法と似通っている。

 そう遠くない未来に破邪の秘法を手にするアバンは、その時、何を思うのだろうか?

 

 それはさておき、アバンにオンブに抱っこ状態と言えど、マホカトールの修得に成功した俺は、ルイーダの酒場に戻りアバンから譲り受けた聖石を用いて酒場に結界を張ってみせた。

 

 情けないとは思わない。

 

 これは、例え偽物であっても、道具の力を上手く使えば本物に劣らぬ事が出来る良い例になる。

 前世の人間は、知恵を絞って道具を使う事で、地上の覇者となったのだ。

 神ならざる人の身で、道具に頼る事はなんら恥る事はないハズだ。

 マホカトール使用後もルイーダの酒場に留まった俺は、弱さを補う道具を作れる男の情報と、世界の情報を詳しく聞く事にしたのだった。

 

 俺は迷宮に籠る際、『変わった事が有れば知らせてくれ』とカンダタ一味に依頼していた。

 これは『原作と違う事が有れば知らせてくれ』と言ったつもりだったが、全く通じていなかった。

 気付いてみれば当たり前、何が原作と違うかなんて俺にしか判らない事で、自らの言葉足らずを反省するしかない。

 

 反省しつつ、酒場での骨休みを利用して世界の情勢をルイーダに詳しく聞いてみた結果、出てきた原作外の出来事の、余りの多さが頭痛の種となっている。

 アバンとバランの試合等は可愛いモノで、ベンガーナはバランに対抗意識を燃やして、バランを一対一で倒せる強者を発掘しようと、国をあげて武道を奨励し何度となく武道大会を開いている。

 リンガイアは国随一の猛将バウスンの息子を筆頭に戦士団を結成し、アルキード騎士団へと留学させ、指導に当たるバランから強さを盗もうと画策している様だ。…てか、バウスンって誰だよ?

 そのバランも産まれた姫の影響か、殺気がナリを潜め人当たりが善くなったと専らの評判らしい。

 まぁ、これらはまだマシな部類でバラン健在の余波と言えなくもない。

 

 問題なのはパプニカで、三賢者に就任したアポロがテムジン一派の悪事を暴き、テムジン諸ともバロンも投獄されている。

 これによりダイとレオナ姫の出会いフラグが消滅したことになる。

 別にアポロが悪いんじゃないが、この件に関しては放置する訳にもいかず、四年後には何らかの対策を講じる必要がある。

 全く…頭の痛い話だ。

 

 でも、悪い話ばかりでも無く、捜していたロン・ベルクの情報も出てきた。

 ランカークス村の武器屋に少し感じの違う武器が並んでいたそうだ。

 てか、それを報告してくれっつーの。

 

 グラス片手にそんな事を考えていると、待ち人達ががやって来た。

 

「来てあげたわよ! 急に呼び出すなんてどういう風の吹き回しよ?」

 

 酒場の入口が勢い良く開かれ現れたのは、僧侶服を纏ったずるぼん、ピンクの鎧を纏ったへろへろ、緑のローブのまぞっほだ。

 ここに″ロト″スタイルの俺が加われば、見た目は立派な勇者パーティーの完成になる。

 

「パーティーの武具を新調しようと思ってな…金は俺が出す、ついてくるか?」

 

 アバンから得た情報で武器を作るのに必要なミリオンゴールドは100枚も要らない事が判明している。

 錬成も得意とするアバンによると、ミリオンゴールドは精製の過程で体積を増し、一枚のコインで相当量の金属になるそうだ。

 しかし、詳しい精製の方法や増加率まではアバンも知らず、やはりロン・ベルクを訪ねる必要がある。

 アバンは「ミリオンゴールドの精製はとても難しいモノです。果たしてこの世界に扱える者がいるのでしょうか?」と探りを入れてきたが華麗にスルーしておいた。

 ロン・ベルクを知っていたらおかしいからな。

 

「タダなの!? 行くに決まってるじゃない!! 今度こそベンガーナに行きましょっ。 冬物のコートが欲しかったのよね〜」

 

 ずるぼんは一人で盛り上がっている。ガキの頃の約束を覚えていたようだ。

 てか、コートは武具に入るのだろうか?

 

「ほぅ? 如何なる心境の変化があったのじゃ? まぁええわい。何処にでも運んでやるぞい」

 

 杖を構えたまぞっほは自信に満ちている。

 頼もしいのは喜ばしいが、こんなのまぞっほじゃないぞ。

 

「俺はハンマーだなっ」

 

 へろへろは自分の長所を良く理解している。

 俺が期待するパワーを活かした必殺の一撃を振るうに適した選択だ。

 

「何言ってるの! でろりんが出すって言ってるんだから、金の剣とかにしなさいよ」

 

「ずるぼん、それは武具として強そうか? 勇者パーティーを名乗るなら強そうな見た目をするのは必要だろ?」

 

「リーダーっ!? ついにやんのか?」

 

「あぁ…ぼちぼちやっていく…目標は…」

 

 アバンから得た情報でミリオンゴールドの目処はついたとみていい。

 それより、強者が奨励される世界情勢的に、早めにニセ勇者として名乗りを揚げる必要が出てきた。

 この旅を手始めに世界を巡り、各地でほどほど名を売って3年後にロモス王と知己になってれば良い。

 

「目標は晩餐会に決まってるでしょ!! それじゃベンガーナ目指してレッツらゴーね?」

 

 どっちも、違ぇーよ。

 

「意義なーし!!」

 

 こうして、ニセ勇者パーティーを旗揚げした俺は、ロン・ベルクを捜してランカークス村を目指すのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 渋るずるぼんを「″良い品″を売ってる店がある」と諭した俺達は、その日の内にランカークス村付近までやって来た。

 まぞっほのルーラでベンガーナに飛び、そこから東に向けて進路を取り遥か北東に位置するリンガイア迄続く街道を歩いた。

 イメージが難しくベンガーナからの出発になったが、やはりルーラは便利で、持つべきモノは頼れるパーティーメンバーである。

 

 ずるぼんはスキップで街道を進み終始ご機嫌だった。どうやらずるぼんの脳内では″良い品″から″良いコート″に変換されているらしい。

 向かう先の店主がポップの親父と知ればどうなることやら…。

 へろへろは寡黙なままパーティーの荷物を背負っていたが、ルーラのお陰で必要最低限であり、その足取りは到着する迄軽かった。

 

 ランカークス村はベンガーナに属しているのか、テランに属しているのか判らない位置にあるパッとしない村である。

 原作を知らなければ、世界各地に点在する名も無き村との差異に気付く事もないだろう。

 しかし、俺は知っている…この村とその周辺には2人のキーマンが居ることを。

 そして今日のミッションはキーマンの1人、ロン・ベルクに会い、もう1人のキーマンであるポップに会わない…といった難易度の高いモノと成っている。

 てか、ポップの実家で情報収集するんだから無理ゲーだったりする。

 まぁ、なんとかなるだろう…。

 

 街道を外れランカークス村の中へと進み、その辺の住人に武器屋の所在を聞いては村中は練り歩く。

 なんとか日が沈む前にポップの実家でもある武器屋を探り当てた俺は、日を改めて翌朝に訪れようと武器屋に後にしようとした。

 

 その時、店内から木の椅子を持った女性が現れ、入り口の看板を仕舞い込もうと地に置いた椅子に足を掛けてはバランスを崩した。

 

「危ないっ!?」

 

 誰かが叫ぶより早く、トベルーラで駆け付けた俺は、女性をお姫様抱っこで受け止める事に成功する。

 

 って、痛った…!?

 

 向こう脛の辺りに軽い痛みが走る。

 

「母さんに何すんだ!」

 

 見るとバンダナをした生意気そうな少年が、俺の足を何度も蹴っていた。

 

「うげっ!?ポップ!?」

 

「ポップ!? 止しなさい…この方は私を庇ってくれたんだよ」

 

「早く母さんを離せ!」

 

 ポップは母の言葉を無視して俺の向こう脛を蹴り続けているが、蹴りが来ると判っていてれば全く痛くない。

 

「失礼した。ご無事で何より」

 

 ポップの母を地に下ろし抱き上げた非礼を詫びておく。

 

「この変態魔族野郎め! どっから来たんだ!」

 

 ポップは俺を魔族と罵りながらも、母を背に庇い逃げようとしない。

 ガキ故の怖いもの知らずか、それとも勇気の為せる業か? まぁ、どっちでも良いか…下手に話すと厄介な事になる。

 

「ちょっと! でろりんはあんたのママを助けてあげたんでしょ」

 

 遅れて駆け付けたずるぼんは、腰に手を当て前屈みになってポップと口喧嘩を開始した。

 

「嘘言えっ。人間があんな早く動けるかよっ」

 

「リーダーはただの人間じゃない。勇者だぜ」

 

「ほっほっ。見事な飛翔呪文じゃったわい…ルーラは使えんのに面白い奴じゃて」

 

「勇者…? ルーラ?」

 

 ポップは呆気にとられて俺を見上げていた。

 

 

 てか、ガキ相手にムキになんなよな…ずるぼん達を連れてきたのは間違いだったか。

 

「騒がしいな…スティーヌ、何かあったか?」

 

 ″ガチャ″っと武器屋の扉が開き、如何にも頑固親父って感じの男が顔をのぞかせる。

 多分ポップの親父だな。

 この戦士と言われても不思議じゃないゴツい親父…その息子が大魔道士になるんだから世の中面白い。

 

 スティーヌが事情を説明し、ポップが拳骨を落とされ、それを見たずるぼんが「やーい、怒られてやんのー」と茶化したところで、ポップの親父に招かれた俺達は店内へ通された。

 

 

◇◇

 

 

 

「何よこの店!? 武器ばっかりじゃない!」

 

「武器屋じゃからの…当たり前じゃて。それにしても中々の品が揃っておる様じゃのぅ?」

 

「あぁ悪くない。リーダーお薦めダケはある」

 

 店仕舞い間際にも関わらず店内に招かれた俺達は、陳列された武器を思い思い物色していく。

 ポップの親父であるジャンクは、元々ベンガーナでも腕利きの鍛冶師であり、ロン・ベルク以外の作品も悪くない出来栄えだ。

 てか、俺にはどれが誰の作品か見分けが付かず、ちょっと困った事になっている。

 

「なんだ? 俺の事をどっかで聞いてきたのか?」

 

 カウンターに肘をついて面倒くさそうに耳をホジっているジャンクは、ずるぼん達の会話を聞いていた様だ。

 因みに、俺達に興味を持ったポップには「家庭教師のお陰で強くなった」と吹き込んで店内から退場願っている。

 

「あぁ…田舎の武器屋にしては良いものがあるって評判だ」

 

 武器から目を逸らさずジャンクの問いに答える。

 

「けっ、田舎は余計だぜ」

 

「親父…この武器はなんだ? アンタが打ったのか?」

 

 じっくり吟味した俺は、ジャンクの元へ一本の剣を持って行く。

 多分、コレがロン・ベルク作だろう。他の武器とは雰囲気が違っている。

 

「そりゃ俺じゃねぇ。余所で仕入れたモンだ…2500Gだ、買うのか?」

 

 流石に仕入れ先は明かしてくれないか…。

 

「…いや、購入はしない…アンタとこの武器を造った者の腕を見込んで頼みたい事がある」

 

 徐に口を開いた俺は、取り出した三枚のミリオンゴールドをジャンクの前のカウンターに並べてみせた。

 

「こいつはっ…!? お前さん正気かっ!?」

 

 俺の考えを察したのかジャンクは驚愕の表情を浮かべ、ゴールドと俺の顔を交互に何度も見ている。

 

 てか、ミリオンゴールド精製は正気を疑われるレベルなのかよ…。

 

「…本気だ」

 

「お前さん…狂人の類いか…狂人同士、あの野郎とも気が合うかも知れねぇな」

 

 

 こうして俺は、謎の鍛冶師の元への案内を取り付ける事に成功したのだった。

 








ポップは10歳位です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣王と拳聖

 ダイを拉致してから10年が過ぎ、21歳となった俺はロモスに居た。

 

 ロン・ベルクへの武具製作依頼は思ったよりも順調に済み、ジャンクから「狂人同士気が合う」と呆れられたモンだ。

 ロンを口説いた決め手は事情を見抜いた風を装いつつの「変わったモノを作るのは、目的のモノを作る役に立つ」だ。

 原作知識を元にした完全なカンニングだが、お陰でロンからは鋭い洞察力の持ち主と思われている。

 

 そんなロンに依頼した変わった武具は全部で四種、六個になる。

 まず、重さと丈夫さを重視したへろへろ用のハンマー。これにはベタンを参考に重力調整機能を付け、持ち運びの負担を減らす事に成功している。

 重力調整と言っても、あくまで戦闘外の負担軽減が目的で、本来の重さを越えて重くなることはない。

 

 俺を含めた魔法を使える3人には伸縮自在の便利武器″ブラックロッド″の色違い板を造った。

 伸縮させるには″コツ″が必要で、初見で使いこなしたポップの戦闘センスには舌を巻く思いである。

 因みに、3人の中ではずるぼんが一番扱いに長けていたりするが、前衛には出さない。

 

 そして、攻防一体となる俺用の籠手。甲から肘までがカバーされ、右手にはチェーンウィップにもなる剣、左手には爪が仕込まれている。魔法使用の利便性を考え指先と掌は覆っていないが、両の拳で顎を守るビーカブースタイルと言われる姿勢をとれば、体の前面を護れる盾にもなる優れものだ。

 これ等は半年と掛からず出来上がったが、大枚を注ぎ込んだ″鎧化″する本命は微調整に手間取っており、未だ仕上がっていない。

 一朝一夕で造れるとは思ってなかったが、武具製作から3年が経ち、大魔王降臨まで2年を切った。

 つくづくアバンに出会えたのは僥倖だったと思う今日この頃である。

 もし、あのタイミングで会えてなければ最悪、大魔王降臨までに武器が仕上がらなかったかもしれないし、俺は今以上に迷っていたはずだ。

 

 それは兎も角、ゴールドを集める必要の無くなった俺は、武器が完成する迄の間に世界を巡り、時に人里を荒らすモンスター退治を請け負い、ある時はドラゴンが住まう山に入って鱗を求めて冒険し、又ある時には城の兵士にイオの同時使用を指南したりと、地道に名を広めていった。

 しかし、金銭感覚がおかしくなっていたのか、割高の報酬を要求してしまい、自らの過ちに気付いた頃にはギルドメイン大陸における俺の評判はすこぶる悪いモノになっていた。

 更にベンガーナの武道大会でアッサリ敗退したのも悪評に拍車をかけた。

 手っ取り早く落ちた名を高めようと参加してみたが、剣のみ魔法不可の大会ルールが災いして決勝トーナメント一回戦でへろへろに負けた…という、なんともバツの悪い結果だ。

 そのへろへろは決勝でホルキンスと名勝負を繰り広げた結果惜しくも敗れ、高まったのはホルキンスとへろへろの名声ってオチになっている。

 

 失敗を繰り返した俺は、ギルドメインから勇者パーティーを率いて脱出し、ロモス城下に拠点を移して地道に魔の森のモンスター退治に励んでいる。

 原作的にロモスでの失敗は許されないし、しないとも思っている。

 色々変わっているが、ポップはいつの間にか家を飛び出しアバンに弟子入りしているし、パプニカ三賢者はしっかりアポロ、マリン、エイミになっているし、意図的に変えない限り原作の流れに落ち着くハズである。

 念の為、報酬は要求せず王宮にゴールドを献上する事で名声を高める、といった手段も選んでいる。

 まぁ、ぶっちゃけて言えば金で名声を買っているんだが、平和な世の中、一発で名声が高まる事件なんかない訳で、結局、地道が一番と言うことだ。

 俺の見立では″魔の森″の一部は迷宮であり、モンスターが尽きる心配も無いだろう。

 

 細心の注意を払いつつ、魔の森に入ってはモンスター退治に励み、金が貯まっては役人に届ける…そんな生活を送って二ヵ月が過ぎたある日のこと。

 

 

「やっと倒せたわね…。 でも、頑張って倒しても意味無いわよねぇ〜?」

 

 魔の森を徘徊する強敵″ライオンヘッド″を倒すと同時に駆け寄ってきたずるぼんは、ゴールドを拾い上げ眺めると、溜め息混じりに軽くぼやいた。

 

「そうじゃのぅ…お主なりの考えも有るじゃろうが、いささか気前が良すぎるのではないか?」

 

 腰をトントン叩きながらまぞっほもぼやいている。

 

「俺はリーダーに付いていくぜ。リーダーが居るからゴールドが落ちる。ならばゴールドの半分はリーダーのモンだ」

 

 へろへろの金に関する計算と理解は鋭い。

 彼の後押しも有って、現在のゴールド分配率は、50%が王宮への献上金として俺が預かり、残りの50%を5等分して個人的な報酬とパーティー資金に充てている。

 

「そう言うな…晩餐会に出たいんだろ?」

 

 ずるぼんのいつものボヤキを聞きながら、聖石を使って五芒の結界を造っていく。

 腹も減ったし回復がてら昼飯にしよう。

 

「そりゃ出たいけど…こんなにお金が掛かるなら、ちょっと考えるわ…これなら私達で街でも作った方が安上がりじゃない?」

 

 俺の動きを察したずるぼんは、倒れた木に腰を降ろして風呂敷を広げ食事の準備を開始する。

 声を掛けずとも判る、苦楽を共にしたパーティーの阿吽の呼吸だ。

 

 でも俺は、コイツらの事も騙してるんだよなぁ…。 何時になったら偽りの勇者を辞められるのやら。

 

 まぁ、それもこれも自分で選んだ道、泣いても笑っても後2年。この2年の頑張りが将来を決める。

 

「それじゃ只の成金の成り上がりだ…晩餐会には名声が必要だろ? ・・・こんなもんだな…邪なる威力よ退け! マホカトール!」

 

 聖石の補助さえあればマホカトールを使える俺は、村作りに向いているかも知れない。

 だが、俺にとって大事なのはロモスで名を上げる事であり、街の支配者なんかには今の所、興味がない。

 

 結界を張り終えた俺は、倒木に座るずるぼんの横に腰を降ろして、広げられたバスケットに手を伸ばしサンドイッチを掴み取る。

 

「それも納得いかないわよ! どうしてでろりんが悪く言われなきゃ成らないのよ!? 竜の鱗も世界樹のしずくも、自分達で取るより安いから、自分達じゃ取れないから報酬を払ったくせにっ…後からがめついとか強欲とか…あったま来ちゃうわ!」

 

「実際吹っ掛けすぎたから仕方ねーよ…ロモスじゃ逆に金を献上してるんだから上手くいくさ」

 

「それはどうかの? 役人が横領しとらんとも限らんぞい?」

 

 地べたに腰を下ろしたまぞっほも、カップを片手にぼやいている。

 

「まぞっほじゃあるまいしやらねーよ…まぁ、無視出来ない位持ち込めば良いさ…まだ、時間はある」

 

「時間とな? 期限でもあるのかの?」

 

 相変わらず変に鋭いまぞっほである。

 

「言葉のあやだ…あと数年はまぞっほも元気だ…ってな」

 

「言いよる…じゃがワシは兄者の様に100まで元気にやっとるわい」

 

 そのマトリフは最近元気じゃないんだけどな…。原作でも病を患っていたが、病の進行が早まっているのか判断に困る所である。

 何度か世界樹のしずくを届けたし、無事にメドローアの伝授を終えてほしいものである。

 それ以外なら俺で代用可能だし、マトリフの分までやってみせる。

 

「あ、そうだ! 良いこと思い付いたわ! この森には物凄く強くって、変な武器を持ったモンスターが居るって酒場のおじさん達が言ってたわ。それを倒して証拠の武器を持ってけば、王様が褒美をくれるんだって」

 

 サンドイッチをくわえ柏手を打ったずるぼんが、1人で喋って1人で頷いている。

 

 いや、それ獣王だから…勝てねぇし、勝ってもヤバイし。

 

「国が報酬出す様なターゲットは狙わねーよ。そんな化け物なんか相手にしなくたって金は稼げる…地道に貢いでりゃその内王宮にも呼ばれるさ…ってか、そういう事は言うなって前から言ってんだろ? 出てきたらどうする」

 

 

「弱気はリーダーの悪い癖だな。出てきたら倒すだけだぜ」

 

 頼もしきへろへろは、地べたに胡座をかいて逆さに持ったハンマーで″ドン″と大地を叩き付ける。

 

「そうよ! ドラゴンも倒せるアンタ達3人に倒せないモンスターなんて居ないわよ! 竜王だかなんだか知らないけど、居るなら出てきて欲しいわ」

 

 骨付き肉にかぶり付いたずるぼんは、1人興奮して虚空に向かってパンチを放っている。

 

 その時…っ!

 

『出てきてやったぞ!』

 

 木々を″バリバリ″薙ぎ倒して、鎧を付けた大型のリザードマンが現れた!

 

「うげっ!? 獣王クロコダイン!?」

 

 一応驚いてみたが、内心は″やっぱり出たか″である。

 百獣魔団長にして、ダイ達の頼もしき協力者。

 この森で一番会いたくない人ランキング、堂々一位のクロコダインだ。

 因みに、森で一番会いたい人ランキング、堂々一位の拳聖には会えていない。

 

「ほぅ? 俺を知っているか…如何にも俺こそがクロコダインだ! 俺の森で好き勝手しておる者共の顔を見に来てやったわ!」

 

 この森で活動すればクロコダインに出くわす危険が高いのは知っていた。

 知っていたけど、それでも森で勇者ごっこをやらないわけにもいかなかった。

 

 まぁ、とりあえず残りの飯でも食うとしよう。

 

「ちょっと、ちょっと? ピンクで可愛いのは分かったけど、アンタなんかに用は無いわ。言葉判るんでしょ? 死にたくないなら早く消えなさいな。食事の邪魔よ」

 

 骨付き肉片手に結界を抜け獣王に近付いたずるぼんは、クロコダインの周りをぐるぐる回ってはジロジロ見ている。

 どうやらピンク色が気に入ったらしい。

 

「なにぃ!? 俺が可愛いだとっ…?」

 

「そうよ。あいにくだけど、魔の森の竜王はドラゴニュートだってネタはあがってんのよねぇ。無理して強そうに見せたってアンタは可愛いワニちゃんよ。あたし達はドラゴンだって倒せる最強の勇者パーティーだし、怪我しない内に消えなさいな」

 

 その微妙に間違った情報は何なんだ?

 

「ほぅ…勇者、だと?」

 

「ずるぼん…ちょっとこっちこい」

 

 倒木に腰を下ろしたまま、手首のスナップを利かせてずるぼんを呼んでやる。

 

「何よ?」

 

「ソイツ″獣王″クロコダインっつってな? この森最強だ」

 

「…っ嘘!?」

 

 変なポーズで飛び上がったずるぼんは、一瞬で俺の背後に身を隠した。

 

「如何にも俺こそが獣王クロコダイン!! さぁ勇者よ! 掛かって来るが良い!!」

 

「………ヤダ」

 

 俺はサンドイッチを頬張ったまま、一言でキッパリ断った。

 獣王クロコダインの性格なら何となく判っている。卑怯者を装えば、興味を無くして去っていくだろう。

 

「・・・なんだとぉ!? 勇者を名乗る者が臆したかっ!」

 

「なんとでも言ってくれ。勝てない相手とはヤらない主義なんでな。それに、俺達にはアンタと殺り合う理由がない。おまけに言葉が通じるんだ…不幸な遭遇なら話し合いで回避可能すべきだ」

 

「見下げ果てた勇者だな…。オレは! 星の数ほど勇者を名乗る者達と闘ってきた…。強い者も居れば弱い者も居た・・・だが!!」

 

 クロコダインは″クワッ″と目を見開くと、斧を握り締めた巨大な拳を俺に向かって突き出した。

 

「戦う前から逃げを打つ、貴様の様な卑怯者は1人としておらなんだわっ!」

 

 俺の処世術は、武人でもある獣王には判ってもらえない様だ。

 目を血走らせ大きく口を開いて罵る獣王が、ノシノシ歩いて俺達の側までやって来た。

 

 てか、なんでマホカトールが効かないんだ?

 

「勝手に言ってくれ…兎に角、俺には殺り合う気がない、理由も無い。もし、アンタにヤル気の無い奴を殺す趣味があるってんなら・・・全力で逃げさせてもらう!」

 

 クロコダインは弱者を嬲る趣味は持っていない、と知るからこそ言える事でもある。

 

「ちょっと? 倒しちゃいなさいよ? 可愛いけど調子に乗りすぎよ!」

 

「そうだっ。俺達なら負けないぜっ」

 

「そうじゃのぅ…見るからに手強い相手じゃが、負けるとも決まっておるまいに?」

 

 頼もしく成長したのは嬉しいが、獣王に喧嘩を売ってどうする。

 闘気を操る獣王を知恵無きドラゴンなんかと同列に語ってもらっては困る。

 

「お前等は黙ってろ…負けないかもしれないが、勝てる保証も無い。勝てない可能性のある相手を避けてパーティーを守る…リーダーとして何ら恥じる事はない」

 

「ほぅ…? 汚名を被ってでもパーティーを守ると言うか…面白い! 貴様の実力、試してみたくなったわ」

 

 俺の適当な屁理屈に感心したクロコダインが、都合の良い台詞を吐いてくれた。

 

「ん? それなら良いぞ。 んじゃ一対一で武器は無し、コッチは魔法力は使うがギラ、イオ、メラ、ヒャド、バギ系統…要するに攻撃呪文は使わない…あぁホイミも止めとくか…。アンタは噛み付きと組技、それとのし掛かりも無しだな? そんな事すりゃ試すまでもなくアンタの勝ちだ」

 

 喰うのを止めた俺は、背負った四本の剣、腰の裏のブラックロッド、太ももの側面にぶら下げた短剣セット、更には腰に下げた剣、そして籠手を外して地面に並べていく。

 

「お、おぅ…?」

 

 俺の変わり身に獣王は驚き戸惑っている!

 

「それから、どちらかが敗けを認めたら終了だな。それと万一、邪魔が入ったりしても終了だ。後は…そうそう!″凍える息″とか″灼熱の息″とかブレス系も無しで頼むぜ?」

 

「むぅ…? つまり何が言いたい?」

 

「あん? アンタさっき″試す″っつったろ? 力試しなら殴り合いがシンプルで分かりやすいし、殺し合う必要も無い…っつっても交わすし、ガードもするからソコんとこ宜しく」

 

 屈伸運動をして準備を整え、クロコダインにピースサインを向けてみせる。

 ここで獣王の力を体験しておくのは悪くない。

 制限付けまくったしお互い死ぬことも無いだろう。

 

「なるほど…身一つで殴り合うワケか…面白い!」

 

「ま、平たく言えばそうなる。身一つってもアンタは尻尾を使って良いぜ? まさかと思うが″試す″って言ったのはアンタだし、獣王ともあろう者に二言はねぇよな?」

 

「無論だ! さぁ! 勇者よ…来るが良い!」

 

 距離を取って俺と向かい合った獣王は、真空の斧を投げ捨て両脇を締め、腰を落として身構える。

 

「勇者じゃねぇっつーの!!」

 

 俺の叫びを皮切りに、獣王対偽勇者の試合が開始されたのだった。

 

 

◇◇

 

 

「せいっ!! そこだ!」

 

 大きなモーションで繰り出される獣王の右ストレートを交わし、左わき腹に連撃を叩き込む。

 執拗に繰り返した攻撃で獣王の鎧は砕け散り、爬虫類独特の高質化した皮膚が露になっている。

 そこに何度もボディーブローを叩き込んでいる訳だが…鎧より硬くね?

 

「どうした? 勇者よ! 全く効かんぞ!」

 

「うっせぇ! このチートボディ!!」

 

 勝てると思ってなかったが、ハッキリ言って無理ゲー過ぎる。こっちの攻撃はノーダメージ、相手の攻撃は常に痛恨の一撃。おまけにスタミナも無尽蔵ときたもんだ。

 今のところ辛うじてガードが間に合い交わせているが、いずれ直撃を喰らうのは間違いない。

 

 試合方法を完全に間違えたらしく、これ以上やるだけ無駄だと判っちゃいるが、外野が五月蝿く止められない。

 

「そこよ! でろりんっ、ぶん殴るのよ!」

 

 いや、殴っても効かねぇし。

 

「ソイツは不味い! 避けろっリーダー!」

 

 こいつダケじゃなく全部不味いし。

 

「今じゃ! ラッシュを食らわせるんじゃ」

 

 食らわせてる間に殴られるし。

 

「ドンドン来い!」

 

 んな事言われても行かねぇっつーの。

 

 全くっ、4人揃って勝手な事を言ってくれる。

 

 数分殴り合った結果、クロコダインは正々堂々がモットーだけあって、″攻撃時″のフェイントを行わない事が判っている。

 予備動作も大きく″攻撃″を交わすのは簡単だ。

 しかし、″迎撃″となれば話は違ってくる

 コチラの動きに合わせ振るわれる、一見無造作とも思える裏拳は、必殺の一撃であり、致命のタイミングだ。

 下手にこっちから仕掛けるモンじゃない。攻撃後の隙を狙い、次の一撃迄の間が唯一のチャンスだ。

 

 へろへろを軽く凌駕する力の持ち主との本気の殴り合い…一瞬たりとも気は抜けないが悪くない。

 この経験が俺を僅かに強くする…そんな想いから殴り合いを続けた。

 

 

◇◇

 

 

 10分後。

 

 俺の動きを完全に捕らえたクロコダインは、見事なタイミングで尻尾の一撃を放ってくる。

 

「ぐはっ…」

 

 横っ腹への直撃を受けた俺は、踏ん張る間もなく弾け飛ぶ。

 地面を二度、三度と転がり脇腹を押さえて立ち上がる。全身バラバラとまではいかないが、脇腹がジンジン痛い。

 

「どうだ? まだやるか?」

 

 追撃を加えず悠々と歩いてきたクロコダインはドヤ顔をしている。

 

「やらねぇよっ! はいはい降参、俺の負け! ったく馬鹿力がっ…ちったぁ加減しろっつーの! ベホイミ」

 

「ちょっと! ベホイミかけたならまだヤれるじゃない!」

 

 倒木に4人並んで腰を掛け、呑気に観戦していたずるぼんが立ち上がって抗議している。

 

「あほかっ、負けたからベホイミをかけたんだ! そんな訳で獣王、アンタの勝ちだ」

 

「むぅ…勝った気がせんな…よもやベホイミを使えるとは思ってなかったぞ。貴様が回復を駆使しておれば勝負はまたまだ終るまい」

 

「いや、終わってるし、そういうルールだからっ、アンタの勝ち! 俺はもうやらねぇし、アンタもとっとと消えてくれ…人間とモンスター、馴れ合うのはお互い良いこと無いだろ?」

 

 何でも良いから帰ってほしい。

 と言うのもこの短時間で俺よりもクロコダインが成長している。見よう見まねの紛い物だが、アバン流牙殺法を使う俺の動きに触発されたらしい。

 

 このままやり合えば、原作に影響を与えかねない。

 

「良かろう…今日の所は引いてやろう…だが! 次に会ったらこうはいかんぞ!」

 

 捨て台詞を残したクロコダインは、地面に大穴開けて去っていった。

 

「会わねぇっつーの…」

 

 俺は、獣王が消えた穴に向かってポツリと呟くのだった。

 

「呪文を使ってたらアンタの勝ちね」

 

 いや、呪文無しルールだし。

 

「武器が有ればリーダーの勝ちだなっ」

 

 それはクロコダインにも言える事だ。

 

「4人で掛かれば勝てたのぅ」

 

 それを言っちゃぁお仕舞いだ。

 

「チミ、その動きは誰から学んだのかな?」

 

 勇者流だな。

 

 って!?

 

「うげっ!? 拳聖ブロキーナ!?」

 

 何故かずるぼんの横にちょこんと座ったブロキーナが、カップを啜っている

 

「ワシ? お尻ピリピリ病を患う通りすがりの老人」

 

 ″ゴホゴホゴホっ″と咳真似をしているが仮病なのは間違いない。

 丸いサングラスを掛けたこの老人こそ、会いたい人ランキング、堂々1位に輝く″拳聖″ブロキーナその人だ。

 

「いや、アンタ拳聖ブロキーナだろ?」

 

「あ、このお爺ちゃんルイーダさん家で見たことあるわ」

 

「ブロキーナ…確か、兄者の友人じゃったかのぅ?」

 

「…ワシって有名?」

 

「極一部でな…んで拳聖がなんでこんな所にいるんだ?」

 

「獣王を追ってたらキミが試合を始めたから見学してたよ〜ん」

 

 獣王の手から人々を護っているとかそんな所か。

 

「暇人かよっ。まぁ、いいや…暇ついでに俺に修行をつけてくれ」

 

 ここで会えたのも何かの巡り合わせ。押し掛けてでも指南を受けないといけない。

 

「えー!? アンタまだ修行すんの? もう充分強いじゃない!?」

 

「バランにゃ勝てねーよ。 それに籠手も作ったし拳法習いたかったんだ」

 

「バッカじゃないの!? あんな英雄に敵うわけないでしょ!」

 

「向上心が強いのも良いが、お主、いつまでそんな事を続ける気じゃ?」

 

「そう、だな…後2年、それでダメなら仕方無いな…とりあえず、この爺さんとこで半年程厄介になるわ」

 

「でろりん…あんたって・・・ホンッとバカね!! 良いわ! あと半年、それから2年! それが過ぎたらちゃんと自分の事を考えるのよ!」

 

「仕方ねぇリーダーだな」

 

「全くじゃわい…其ほどの強さを身に付けて、金にも困りゃぁせんお主が、一体何を畏れておるのかのぅ?」

 

 大魔王に決まってる。

 

 でも、言えないんだな。

 

「さぁな? とりあえずお前らは聖石を回収する前にルーラで帰ってくれ。あ、そうそう。金を渡しておくから、王宮へは定期的に貢ぎ物を送っておいてくれ」

 

 へろへろにゴールドを預けると、合流方法などを打ち合わせ、ルーラで飛び去るパーティーを見送った。

 

「ワシ…何も言っとらんも〜ん」

 

 こうして俺は、無理矢理ブロキーナの元に転がり込むのだった。

 

 

◇◇

 

 

「さてと、拳聖ブロキーナ…俺にマホイミを教えてくれないか?」

 

 装備を装着し聖石を回収した俺は、単刀直入ブロキーナにマホイミ伝授を依頼する。

 ぶっちゃけ教えてくれなくても構わない。

 閃華裂光拳の仕組みを知っている俺は、自己流で身に付けていたりする。欲しいのはじっくり反復練習する時間と場所、それにパーティーを一時解散する口実だ。

 閃華裂光拳とはホイミを拳に乗せて打ち込みスパークさせて、マホイミを産み出す技である。

 元々イオを叩き付けていた俺にとってホイミを叩き込むのはそう難しい事でもない。

 但し、動く相手にタイミング良く叩き込み、魔法力を増幅させるとなれば至難の業になってくる。

 俺に出来るのは風に揺れる木の葉を枯らす位だ。

 戦闘中、動き回る相手にも使えるマァムのセンスには脱帽するしかない。

 

「そんなの覚えてどうすんの〜?」

 

「どうもしないさ…基本的には使わねぇ…人間相手に使える代物じゃないからな…文字通り必殺の魔法、そんなもんを使えると知れりゃぁ人の世じゃ生きていけない…だが、奥の手は多い方が良い…ソレだけだ」

 

「キミはマホイミの真の恐ろしさを知っている…そんなキミがマホイミを覚えて誰に使うの?」

 

 後ろ手に組んだブロキーナは、頭を斜めに傾ける。

 

 マトリフといいアバンの仲間はどうしてこう鋭いんだよ。

 

「さぁ? 使う相手が居ないなら、それに越したことは無いんじゃね?」

 

 実際、閃華裂光拳を使える相手は限られてくる。

 ヒュンケルやクロコダインは勿論、ハドラーにだって使えない。フレイザードや親衛騎団には効かないだろう。

 雑魚を相手に披露するのは下策だし、なるべく最終決戦まで隠しておきたい。

 しかし、隠し続けて老バーンに喰らわせたとしても復活するし、真バーンは降臨させない予定だ。

 こう考えるとマジで使い途が無さそうだが、有れば何かの役に立つかもしれない…まぁ、それもこれも完全に使いこなせてからの話だな。

 

「良かろう…アバン殿が信じたように、ワシもおまえの矛盾した行動を信じてみるとするかの」

 

「なんでアバン? ってか矛盾って何だよ?」

 

 アバンとの繋がりは動きからバレたのか?

 敵の力も利用する合気道的な要素をもつ牙殺法は、この世界主流から外れている。

 

「お仲間が言っておったじゃろ? おまえ1人では獣王に勝てずともパーティーなら勝てたのではないか? 名声を求めるおまえが獣王を見逃すのは矛盾しとるよ。おまけに教えを請う態度でもないのぅ…ホントはマホイミ使えるんじゃないの?」

 

 くそっ。痛いところを突いてくる。

 

 

「そう言うアンタだってクロコダインを見逃してるじゃねーか!」

 

 とりあえず逆ギレして論点をずらしておこう。

 

 相性的にクロコダインではブロキーナには勝てないハズだからな。

 

「ワシは名声を求めとらんも〜ん」

 

 いや、可愛くねぇし…。

 

 

 こうして俺は、ダイと出合う迄の残り少ない時間も修行に充てる事となった。

 

 

 思えばここまで色々やってきた。

 

 全てが正しかったとは思っていない。

 バラン健在の余波は俺の手に終えないレベルになってるし、比較のしようもないが、多分この世界の平均レベルは上がってる。

 無責任な話、これがどう影響するのか俺にも分からない。

 

 だが、それでも俺は、自分なりにやれる事はやって来たつもりだ。

 

 

 全ての行いは、勇者の為に!!

 

 

 これこそが俺の目的″長生き″に繋がる道なんだ。

 

 未だ見ぬ勇者に期待を寄せて、その時が来るのをロモスで待つのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20

 ついにこの日がやって来た。

 

 原作を思い出してからこの日を迎えるまで苦難の連続だった…主に世間の評判的な意味で…。

 勿論自分が迂闊だったと反省すべき点は多々あるけれど、評価の仕方が良いか悪いかの二択ってどうよ?

 少しでも悪いことをすれば一瞬で評価が裏返る…お陰でおちおち酒盛りも出来ないという…。

 

 だが、それもこれも今日の日のためだ。

 

 正直、今日が原作通りのタイミングか判らない。

 判らないが、ロモス城下にデルムリン島の情報を流す様にカンダタ一味に依頼を出して、それをずるぼんが仕入れてから行動を開始する…といった小細工、出発のタイミングは俺の意志ではない。

 ダイを拉致してから12年と少し…多分それほど大きな差異は無いだろう。

 

 ずるぼんの情報を元に中型の船を購入した俺達は、2週間分の物資を積み込んで南海の孤島、デルムリン島を目指してロモスから船を出した。

 操船を行うはカンダタ一味。一味には何から何まで世話になっている。

 その都度しっかり報酬を払っているが、無事に大魔王を倒した暁には何か恩返しをしないといけないな。

 

 快晴の日を選んでロモスを出立してから六時間。

 ずるぼん達と甲板に並び立つ俺の背中では金の甲羅が日光を反射させキラキラと輝いている。

 

 原作通りなら、間も無くダイが現れる。

 

 立派に育ってくれていれば良いのだが…。

 自然な感じでダイと知り合えれば、わざわざ痛め付ける必要もなく、ロモス王への紹介は俺にだって出来る。

 俺のロモスにおける評判は正直微妙なモノで、ギルドメインでの失敗が尾を引き、何をやっても″裏がある″と勘繰られてしまう。

 そんな俺が行う1ゴールドの得にも成らない″勇者の紹介″だからこそ信じて貰える…そう願っている。

 まぁ、ロモス王の人を見抜く目は″でろりん″や″ザムザ″を例にちょっとアレな感じだが、ダイを見れば原作通り破邪の冠を授けてくれるだろう。

 

 穏やかな天候の下、前方を見据えた俺は、腕を組んでそんな事を考えていた。

 

「ほっほっ。見えてきたぞい。アレがモンスターの生き残りが暮らすと言われるデルムリン島じゃ」

 

 島の中央に聳える噴煙揚げる火山が特徴的な島、デルムリンが見えてきた。

 

「ひと暴れしてやるとするか。腕がなるぜっ」

 

 へろへろは身体の正面で腕を交差させ気合いを入れている。

 頼もしい限りだが、今日は暴れるんじゃない。

 

「ダメよへろへろ。今回の目的はゴールデンメタルスライムの確保なんだから」

 

 俺が告げる迄もなく、ずるぼんがへろへろをたしなめる。

 今回の作戦の表の発案者でもあるずるぼんは、何時になく真剣だ。

 

「だな…思ったよりデカイ島の様だ…下手に暴れて隠れられたら厄介だ」

 

 遠目にも大きかったが、近付く度にその全景が見えなくなっている。

 アバンはマジでこのデカい島にマホカトールを張れるのだろうか?

 

「ゴールデンメタルスライム…世界に一匹しかいないと言われる珍獣のぅ…お主は居ると疑っておらぬ様じゃな?」

 

 最近のまぞっほは、俺の行動を完全に疑っている。

 と言っても暴いてやろうとか、問い詰めようとかじゃなく、俺の不可解ともいえる行動を楽しんでいる節がある。

 

「さぁな…探してみる価値はある…それだけの事だ」

 

 

「100万の富にも匹敵するんだってな。たかが一匹のモンスターに物好きなヤツもいるもんだぜっ」

 

「良いじゃない? たかが盾に2000万も注ぎ込むよりよっぽどマシよ…ねぇ? でろりん」

 

 ずるぼんはニッコリ微笑んでいる!

 しかし、目は笑っていない。

 

「うるせー。この″盾″は特別製なんだよっ」

 

 やり玉に上がっているこの甲羅を模した盾こそが俺の本命だ。

 幸い″鎧化″が必要な強敵と遭遇する事が無かった為、ずるぼん達もこの盾の真の姿は知らない。

 

「特別製ねぇ…? どう見たって趣味の悪い金ピカな亀の甲羅にしか見えないわよ?」

 

「言うてやるな。コヤツが稼いだ金で作ったんじゃ…まぁ、良かろうて」

 

「並んで歩く俺達は恥ずかしいけどなっ」

 

 え?

 キンピカ好きのへろへろまでそんな風に思ってたのか?

 

 …まぁ、1メートルを越える甲羅の盾を背負う俺は、背後から見れば亀に見えない事もない、か?…だが、性能さえ良ければ見た目なんか関係無い。

 でも、メラゾーマ10発にも耐えられる性能とか、確実にオーバースペックで説明出来ない。

 まぞっほ辺りは確実に「お主、何と闘うんじゃ?」と問うてくるだろう。

 

「悪かったなっ」

 

 上手く言い換えせない俺は、ガキみたいに吠えてずるぼんから顔を背けた。

 

「アンタが変わってるなんて今更だし、許してあげるわ。それに世の中に物好きがいるお陰で、でろりんが立派な勇者と認められるのよね。たった一匹のモンスターを持ち帰れば良いなんて、楽な仕事よ」

 

「チゲェねぇ。これでリーダーは名実共に勇者だぜ」

 

「こやつは元々勇者じゃて…ちぃっとばかり要領が悪く遠回りしてきたがの…それとも、わざとかの?」

 

「何言ってるのよ!? わざと遠回りしてどうするのよ。兎に角、ゴールデンメタルスライムは手に入れるわ! そしたらでろりんは勇者で、私達も勇者パーティーよ! もう誰にも後ろ指なんて指させないわ」

 

「異議なーし!!」

 

 円陣組んで気合いを入れていると″ザバーン″と波しぶきを上げて、マーマンが海面に顔を出した。

 

 マーマンの背には額に木のサークレットを着けた少年がしがみついている。

 

「なんじゃ? マーマンではないか…ビックリさせおって」

 

 音に釣られて海面を覗いたまぞっほは、事も無げな態度だ。

 

「マーマンよりそっちの子供よ! 何よその子? どっから来たのよ?」

 

「俺にはマーマンの背から飛び移ってきた様に見えたぜ」

 

 へろへろの指摘通り、マーマンを踏み台にジャンプして甲板に飛び乗ったダイをずるぼんが指差している。

 

「やっぱり勇者様だぁ!! すっげぇや! マーマンにちっとも驚いてないやぁっ」

 

 ダイは俯いて″ふるふる″震えたかと思うと、諸手を上げて喜び狭い甲板内で走り回っている。

 

「なんだ、お前は?」

 

「俺はダイ! デルムリン島で暮らすたった1人の人間です」

 

 ″たった1人″か…。

 

 ちっ…。

 

 これが原作通りだと解っていても胸が″チクリ″と痛む。

 

 俺の心境なんか判る筈もないダイは、無邪気にピースサインを向けてくる。

 元気すぎる気もするが名前も″ダイ″だし概ね原作通りに育ってくれた様だ。

 

「へー? 坊やあの島の子なんだ? モンスターがいっぱいで怖かったでしょ?」

 

 優しいお姉さんを装ったずるぼんはダイの前でしゃがみ、目線を合わせて尋問を開始していく。

 

「そんな事ないよ! みんなオレの友だちだよ」

 

 よしっ。

 コレも原作通り。

 

「ほぅ? そいつは凄いのぅ…ワシらは島の調査に来たんじゃ」

 

「どんなモンスターが居て、どんな暮らしをしているのか調べたいのよ。良かったらお友達を紹介してくれないかしら?」

 

「うん! 良いよ。オレ先に行ってみんなを集めてくるよ!」

 

 疑うことを知らないダイは、船から飛び降りて海で待つマーマンの背に捕まると″バシャバシャ″波を上げてデルムリンへと戻っていった。

 

「ラッキーだったな。これで余計な手間が省けるぜ」

 

「そうね。ビックリしたけどあの子に任せれば上手くいきそうだわ」

 

「でろりんや? 何故黙っておる? 口先でたぶらかすのはお主の役目じゃろうて」

 

「すまんな…少し考えていた…あのガキ、あんな島で1人、暮らしていたなんてな…一体、どんな思いだったのか…」

 

「らしくないわよ? 元気そうな子供だったじゃない? アンタが気にする事じゃ無いわよ」

 

「そうじゃのぅ。何故あの様な島に子供が居るのか解らんが、お主が気にする様な事ではあるまい。大方、難破した船でも流れ着いたのじゃろうて…どうしても気になるなら連れ帰ってやれば良かろうて」

 

「そう、だな…」

 

 こうして俺は、ダイと出会いデルムリン島に上陸すべく船を寄せるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

『ピィーー!!』

 

 島の浜辺でダイが指笛を鳴らしている。

 

 程無く″ドドドドっ″と地響きを鳴らし、多種多様なモンスター達が集まってきた。

 

「ふんっ、こんなもんか」

 

「数こそ多いが、それだけじゃな」

 

「お目当て以外どうだって良いわよ。しっかり探しなさいよ?」

 

「これでほとんど全部だよ」

 

 ″へへん″と鼻の下をダイが擦っている。

 

 そんなダイにずるぼんが近寄り、片膝ついて目線を合わすと話始めた。

 

 ゴールデンメタルスライムを連れてくる交渉はずるぼんに任すとして、問題はどのタイミングでダイを連れ帰るか、だな。

 

 とりあえずダイの育ての親、鬼面道士のブラスが現れるまで静観するか…。

 

「帰っちゃやだよぉー!」

 

 話がついたのか、俺達を振り返りながら片手を上げたダイが島の奥地へと走って行った。

 

「どうした? 何が有ったのじゃ?」

 

 ダイと入れ替わる様にモンスターの輪を縫って、杖を持った鬼面道士が現れた。

 

「鬼面道士か…お前がこの島の纏め役か?」

 

 この鬼面道士こそ、ダイの育ての親にして唯一人語を解せる存在。

 纏め役だと知っているが一応聞いておこう。

 

「ゆ、勇者様…!?」

 

 俺を見た鬼面道士は一瞬固まると、顔一面に冷や汗を流し始めた。

 

「違う、貴様等何者じゃ!?」

 

 はぁ?

 なんでそうなる!?

 俺は努めて普通の顔をしているぞ。

 

「失礼なモンスターね? でろりんは勇者よ!」

 

 ピンクロッドを片手にずるぼんが″ずいっ″と鬼面道士と俺の間に割り込んでくる。

 

「本物の勇者様はそのような甲羅を背負っておらんわっ! 皆の者、気を付けるんじゃ! こやつら勇者を騙る偽物じゃ」

 

 ブラスの声に合わせて、弱いモンスター達は一目散に逃げ去り、比較的強いであろうゴールドマン達、大型のモンスターは身構えている。

 

「おいおい、待てよ? 誰と間違えてるのか知らないが、俺達はロモス公認の勇者パーティーだぜ」

 

 まさか甲羅の盾が仇に成るとは…こんな所で殺り合う気はない。

 俺はブラスに両手を向けて伸ばし、二、三歩後退った。

 

「黙れぃ!! 魔法を使おうというのじゃろうが、そうはさせぬ!」

 

 ブラスがトンカチの様な木の杖を構える。

 

「話を聞けって!」

 

「問答無用じゃ! くらえっぃ! メダパニ〜!」

 

 俺の制止は聞き入れられず、ブラスはメダパニを放つのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21

「問答無用じゃ! くらえっぃ! メダパニ〜!」

 

 俺は咄嗟に籠手を眼前で合わせてブラスの放ったメダパニをガードする。

 

「どうじゃ!」

 

 腕を開き視界が開けたその先で、ブラスがドヤ顔をしているが俺には効いていないぞ。

 

「いきなり何すんだっ! って!? おわっ!」

 

 背後から″ガツン″と衝撃を受けた俺は、前のめりに転がるも即座に体勢整え振り返る。

 俺の元居た位置の直ぐ近くで、ハンマーを振り切ったへろへろが立っていた。

 甲羅に当たってなければ只じゃ済んでいない。

 

「はぁ!? なんでへろへろが!?」

 

「ワシのメダパニはグループ攻撃じゃ! 貴様には効かなんだが見てみるがよい!」

 

 事の重大性に気付いていないブラスのドヤ顔に従い、まぞっほとずるぼんの様子を伺うも、2人揃って虚ろな表情をしている。

 

「あほかぁーっ!!」

 

 ブラスの元へ高速で駆け寄った俺は、罵声と共にゲンコツを落とした。

 グループにメダパニを掛ける力量は確かに凄く、ドヤ顔をしたくなるのも頷けるがヤバすぎる。

 

「にゃ、にゃにをするっ!?」

 

 ブラスは短い手を伸ばして頭を押さえている。

 

「アンタ馬鹿だろ!? あいつらが混乱して暴れだしたら俺にも止められねーからなっ!」

 

「なんじゃと!?」

 

「見てみろって!」

 

 驚くブラスの横に並んだ俺はずるぼん達を指差していく。

 

「鬱陶しいねぇ…バギマっ!」

 

 ずるぼんは髪をかき上げた右手に風を纏わせ、虚空に向かって暴風を巻き起こしている。

 

「大魔法使いの力を見よっ! ベギラマ〜!」

 

 まぞっほが林に向かってベギラマを放つと、林に炎が燃え広がる。

 

「ふんがぁ〜!!」

 

 へろへろはハンマーを振り上げては所構わす打ち下ろし、大地に穴を空けていく。

 

「なにぃ!? あれほど高度な呪文、それにあの力…!?」

 

「言っただろっ! 俺達は勇者パーティーだって! 伊達や酔狂で名乗ってるんじゃねーよ」

 

 原作に比べて強くなってるのは俺だけじゃない。

 幻覚相手に闘っている内はまだマシだが、アイツラの攻撃がモンスターに当たれば一発アウトだ。

 

「じゃ、じゃが勇者様は甲羅など…」

 

「アンタの知る勇者と俺は別人! なんでも良いから早くモンスターを避難させろ!」

 

「わ、わかったわい! 皆の者逃げるのじゃ!」

 

 ブラスの叫びで大型のモンスターも逃げ出した!

 

「よしっ! 後はアイツラを正気に戻せば…」

 

「ガメゴンめぃ! そこに居ったか! 大魔法使いの秘呪文を見よっ」

 

 まぞっほは虚ろな表情のままでブラックロッドを俺達に向け、その杖先に魔法の光球を創り出していく。

 

「ちょっ!? 亀じゃねーし! ってイオラかよっ!?」

 

 なんだこれ?

 本来ならこの島でイオラを放つのは俺のハズ。

 俺がやらない代わりにイオラを放つ暴挙は、まぞっほが受け持っているのか?

 

「伏せるのじゃ!」

 

 ブラスは地面に突っ伏した。

 

「伏せても意味ねーよっ! 盾よ! ″魔法を喰らえ″!!」

 

 背負う甲羅の右のバンド抜いた俺は、左腕に沿って甲羅を構え、盾の表面にマホステの力を纏わせる。

 これぞ甲羅の盾の秘めたる力の一つ。

 魔界の魔法であるマホステを、甲羅の僅かな凹凸を利用して盾の表面に纏わせるロン・ベルクならではの対魔法防御だ。

 俺のセリフと相まって、傍目には盾が魔法を喰らったように見えるだろう。

 

 まぞっほが放ったイオラは盾に着弾すると、爆発さえ起こさず音も立てずに霧散した。

 

「な、なんじゃ? その甲羅は!? 何故イオラが爆発せぬ?」

 

「アンタに構ってる暇はねぇよ。余計な事はせずじっとしててくれ。先にまぞっほを何とかしねぇとな…」

 

 俺は腰の裏からブラックロッドを抜き出すと、魔法力を籠め始める。

 遠距離から脳天をぶん殴れば正気に戻るハズだ。

 

 その時…!

 

『勇者様〜!! 連れてきたよぉー!!』

 

 何も知らないダイの元気な声が聞こえてきた。

 

「ダイぃっ!! 来るでない!」

 

 悲痛な叫びを上げるブラス。

 

 悪気は無いにしても、やってくれる。

 んな声出したら来るに決まってるじゃねーか! むしろ来なけりゃガッカリするっつーの。

 

 とりあえず、ダイが来るまでに片付けねぇと…。

 

「伸びろ! ブラックロッド!」

 

 遮二無二魔法力を籠めてロッドを伸ばした俺は、″ガン、ガン、ガン″とずるぼん達の脳天を叩き、気絶させていく。

 手加減出来なかったが、こんな程度で死ぬ程柔じゃない。

 

 なんとかなったか…と安心したのも束の間、ゴールデンメタルスライムを大事そうに両手で抱え、息を切らせて戻って来たダイと目が合った。

 

「どうして…!? 勇者様が…?」

 

 放心して呟くダイは、ゴールデンメタルスライムを手放した。

 

「落ち着けっ。コレは誤解が招いた事故だ!」

 

 数百のモンスターは一匹残らず居なくなり、林は火に包まれ、大地に穴が空き、勇者パーティーはタンコブ作って地に伏している。

 おまけにダイは殴る瞬間を目撃している訳で、俺が誤解と叫んでも虚しい言い訳にしか聴こえまい。

 …だとしても言うしかない。

 

「みんなを…俺の友達を何処にやったんだ!!」

 

 ダイは両の拳を握り締め″ワナワナ″と震えている。

 

「止すんじゃダイっ! お前ではこの男に勝てん! この場を離れるんじゃ!」

 

 止めてくれるのは有難いが、その言い方じゃ更なる誤解を招くっつーの。

 もしや、わざとやってんじゃないだろな?

 

「うるさい爺さんだ…アンタ、もう黙れよ…」

 

 俺は額に手を当て天を仰いだ。

 

「じいちゃんから離れろー!」

 

 前傾姿勢のダイが突っ込んで来た。

 

 やっぱ、こうなるか…。

 

「…よっと」

 

 俺はトベルーラで舞い上がり、ダイの突進をひらりと避けた。

 

「と、翔んだぁ〜?」

 

 勢い余って地面に激突したダイであったが、俺の動きを見ていたのか、直ぐ様″ガバッ″と起き上がり、あんぐり口を開いて俺を見上げている。

 

「″トベルーラ″じゃと? 先程の盾といい、お主何者なんじゃ? まさか、本当に勇者なのか?」

 

「何言ってるんだよっじぃちゃん! アイツは仲間を後ろから殴ってたんだぜ。仲間を襲うなんて…そんなの勇者のする事じゃない!」

 

 仲間を襲うのは、勇者以前に人として間違ってる。

 とりあえず、ダイが冷静に成るまで空中に避難するとして、まぞっほが放火した林をササッと消火しておこう。

 

「ガキの癖に良いこと言うじゃないか? そうだ、俺は勇者じゃない…消防士だ! ヒャダイン!!」

 

 両手を前に突きだし燃える林に向かって氷結呪文を唱える。

 

「なんとっ!? ヒャダインまで!?」

 

「すっげぇ…でも、どうしてアイツが火を消すんだよ?」

 

 ダイは腕を組んで小首を傾げて考え始めた。

 

「そ、それには訳が有ってのぅ…」

 

 ブラスは深いシワを更に深めた困り顔で″ポツポツ″と事情を語り始める。

 

 そんな2人のやり取りを宙で胡座をかいて見ていると″ぴぃぴぃ″鳴きながらゴールデンメタルスライムがやって来た。

 徐に手を伸ばすと、意外な事に手のひらの上に乗ってきた。

 

 世界に一匹しかいないと言われる幻の珍獣、ゴールデンメタルスライム…ダイの友達にしてその正体は、意思を持ったチートアイテム″神の涙″である。

 純心な者の純粋な願いを叶え、その度に体積を減らしていくとか…。

 原作において様々な奇跡を起こしていたが、どんな原理かサッパリ解らない。

 そもそも、何を以て純心として、何を以て純粋とするのか基準が解らない。まぁ、それを判断する為に意思が持たされているのだろうが、恐らく俺には使えない。

 

 だが、こうして手にした以上、どうしても試してみないといけない事がある。

 俺はゴールデンメタルスライムを乗せた手をゆっくり引き寄せ、ダイ達に聞こえない様に小さく呟いた。

 

「大魔王を、この世から、消し去って下さい」

 

 ・・

 ・・・

 しかし、何も起こらない!

 

「ぴぃ〜?」 

 

 唯一の変化はゴールデンメタルスライムが困った顔で困った鳴き声を上げたくらいか…。

 

「やっぱ、よく判らねーな…」

 

 俺が純心じゃなかったのか?

 願いが純粋じゃなかったのか?

 元々、大魔王には効かないのか?

 それとも距離が有りすぎたのか?

 考えられる原因は様々で何が悪いのかも解らない。

 ただ一つハッキリしているのは、願いが叶っていないって事ダケだ。

 ″ぷにぷに″引っ張ってみてもゴールデンメタルスライムの体積に変化があったと思えない。

 

「まぁ、お前は保険みたいなモンだ…ダイが、ダイの仲間達が窮地の時は頼むぜ…お前の力で救ってやれ」

 

「ピィっ!」

 

 俺の言葉を理解したのか、ゴメは羽根を使って器用に敬礼している。

 

 一瞬光った気がしたのは気のせいか…?

 

「おい、今のなんだ? 叶ったのか? じゃぁついでに、俺のメラゾーマをカイザーフェニックスにしてくれよっ…魔法力十倍でも良いぞ…ってコラ! 逃げんな!」

 

 こうして俺は、ブラスが言い訳する頭上でゴールデンメタルスライムと追いかけっこをするのだった。

 

 

◇◇

 

 

「何やってんだよ〜。それじゃ全部じいちゃんの早とちりじゃないかぁ」

 

「面目無い…じゃがあの様な甲羅を背負う勇者等聞いたことも無いわ!」

 

「誤解は解けた様だな?

 今更だが俺はでろりん、あっちで寝てる僧侶はずるぼん、魔法使いがまぞっほ、戦士はへろへろだ。俺はそのパーティーのリーダーであって勇者じゃない」

 

 俺は頃合いを見計らってダイの隣に着地して自己紹介をしておく。

 ちゃっかり俺の頭に着地したゴメの野郎はいつかしっかり問い質すとしよう。 

 

「うん。ごめんよ…疑って体当たりしちゃった…よろしくでろりんさん、オレはダイ、勇者を目指してます」

 

 ダイはバツが悪そうに左手で頭を掻いて、右手で握手を求めてくる。

 

「気にすんな…あの状況じゃ誰だってそう思う。それと俺達に″さん″は要らない…まぁ、用事も済んだしアイツラが目覚めたら帰るし呼ぶこともないか」

 

「え〜!? 帰っちゃうの?」

 

「これっ! でろりん殿を困らせるでない…じゃがお主は結局の所、何の目的でこの島に来たのじゃ?」

 

「捜し物が有ってな…まぁ、もう良いんだ」

 

 俺の頭に乗っていたゴメをふん掴まえてダイに返してやる。

 

「ちょっと待ちなさいよ! それゴールデンメタルスライムじゃないの!?」

 

 目を覚ましたずるぼんが、ゴメを指差しながら″つかつか″こちらにやって来た。

 

 無意識に手加減が効いていた様だ。

 

「コイツもダイの友達だ」

 

 ずるぼんの剣幕にたじろぐダイにゴメを押し付ける。

 

「だったら何だって言うの!? それさえ持って帰ったらアンタは勇者に成れるのよ!!」

 

「なれねーよ…子供の友達を拐う奴は勇者なのか? ずるぼんの言う勇者はそんなもんなのか?」

 

「それはっ…じゃぁどうすれば良いのよ! どうやったらアンタは自分を勇者だって認めるのよっ!?」

 

 ずるぼんは俺の両肩を掴んで揺らしてくるが、なんでここまで必死なんだ?

 ロモスなら一応、勇者パーティーとして扱われているし、ずるぼんの目的は既に叶っているハズだ。

 

「いや、別に勇者に成りたくねーし。まぁ、手ぶらで帰るのも格好つかないか…ダイ、お前勇者に成りたいんだよな?」

 

「え? オレ? そうだけど、どうして?」

 

 いきなり話を振られたダイは、自分を指差し驚いている。

 

「お前、ロモスの王宮に行かねーか?」

 






「唸れ!真空の斧!」的な格好良いセリフは思い付きませんでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22

会話だらけで解りにくいかもしれません。







「お前、ロモスの王宮に行ってみないか?」

 

 アバンをこの島に派遣するダケなら俺にだって出来る…だが、先々の事を考えると多少強引でもダイを王宮に連れていかないといけない。

 偽物だからこそ判るんだ…ダイに有って俺に無いもの…誰かの為に立ち向かう勇気。ただ強いだけでは勇者と言えない。

 力だけで絶対的な力の持ち主、大魔王バーンに立ち向かうのは無理なんだ。

 原作のダイがそうであったように、このダイもロモス王やレオナ姫と知り合い、彼らを助ける事で勇者として闘う意味を見出だしてくれるだろう。

 

「何言い出すのよ! こんな子供連れていってどうする気!?」

 

 何故かダイが答えるよりも早く、ずるぼんがキレ始めた。

 

「コイツを未来の勇者として紹介する」

 

「・・・っバカじゃないの!! アンタ、自分よりこんな子供が勇者だって言うの!?」

 

「勇者に歳は関係ねーよ…まぞっほが何時も言ってるだろ? 勇者とは勇気ある者!…ってな。さっきのやり取りで判ったんだ…コイツには勇気がある」

 

「なによそれっ? 勇気が合っても実力が足りなければ話にも成らないわよ! 大体、アンタ今迄何の為にやって来たの!? 勇者に成る為でしょっ」

 

「いや? 俺は別に勇者に成りたい訳じゃないぞ」

 

 ぶっちゃけ、長生き出来る保証さえあれば何でも良い。

 何もしなくても良いなら何もしたくない位だ。

 

「嘘おっしゃい! アンタはねぇ…」

 

「ちょ、ちょっと待ってよっ…どうして2人が喧嘩を始めるんだよ? 仲間なんだろ? オレの事で喧嘩されたら困っちゃうよ…」

 

「ガキは黙ってな! コレはあたしとでろりんの問題だよっ」

 

 ダイが果敢に仲裁に入るもキレまくるずるぼんに一喝され、身を竦めた。

 如何な勇者でも怒れる女には勝てないらしい。

 

 てか、ダイが女性不信になったらどうしてくれる。

 

「はぁ? 俺とダイの問題だ。関係無いずるぼんこそ黙ってろ!」

 

「あたしはアンタの姉よ!」

 

「だったら何だってんだ? 俺には俺のやりようがある!」

 

 ずるぼんがどれだけお姉ちゃんパワーを発揮しようとも、ここは譲るわけにいかない。

 

 俺とずるぼんの視線がぶつかり合い、火花を散らす。

 

「なんじゃ? 騒々しいのぅ…頭に響くではないか。腹が減っておるから互いにカリカリするんじゃろうて…どうじゃ? 飯にでもせんか?」

 

 俺達の怒鳴り声で目を覚ましたのか、まぞっほは頭を押さえて起き上がる。

 

「そ、そうじゃとも。ここでお主等が言い争いをする事は無かろうて。先程の詫びを兼ねて我が家に案内するわい。ダイの事も含めてソコで話し合うのが良かろう」

 

 額に冷や汗を垂らしたブラスが短い腕を開いて、遠慮がちに提案してきた。

 

「ふんっ…勝手にしな!」

 

 ブラスの勧めに視線を逸らしたずるぼんは、起き上がらないへろへろの元へ大股で歩いて行く。

 

 ったく…何だってんだ。

 

 勇者ダイの誕生は、俺だけじゃなく世界にとっても最優先事項なのに上手くいかないもんだな…。

 

 こうして、まぞっほの提案に従い喧嘩を一時中断した俺達は、ブラス宅に向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ブラス宅に招かれる事になった俺達は、船から食材や酒等の物資を運び込んで船をロモスに送り返すと、男共が手分けして室内を整え、足りない分のテーブルは木箱に布を被せて用意していく。

 室内の用意が終わると、ずるぼんお手製の料理が順次並べられ、楽しい晩餐が始まる…ハズだった。

 

 それが、どうしてこうなった…。

 

「決めたわ! この子連れて帰りましょう!」

 

 室内にあるソファーにダイと並んで座ったずるぼんは、ダイを″ぎゅっ″と抱き締め、意味の解らない事を言っている。

 

 食事の仕度に追われるずるぼんを、ダイが甲斐甲斐しく手伝う事でお気に召したらしい。

 

「無茶苦茶言うな…ダイにはダイの生活があんだろ?」

 

 木製の丸いテーブルに腰を掛けた俺は呆れるしかなかった。

 同じく丸いテーブルに腰掛けたまぞっほとへろへろは、我関せず飯を喰らって酒を飲んでいる。

 

「何言ってんのよ? こんな島で暮らすよりあたし達について来た方が良いに決まってるでしょ? 大体、この子を連れて行くって決めたのはでろりんじゃない」

 

「俺は″王宮に連れて行く″って言ったんだ。生活の拠点をこの島から移させる気はねーよ」

 

 ダイを連れ歩くなんてヤバ過ぎるっつーの。

 頻度こそ減っているが、バランはまだまだディーノ捜索を諦めていない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! オレはまだ王宮に行くとか何も返事してないよ…そうだ! みんなの話をしてよ。お姉ちゃんは勇者と言ってるのに、どうしてでろりんは勇者じゃないって言うのさ?」

 

 

 不穏な空気を察したのか、ダイはずるぼんの腕の中で話題転換を試みる。

 

「おまっ…ダイになんて呼ばせてんだ!」

 

「悪い? 昔のアンタも呼んでたわよ? あーぁ…でろりんはあの頃から変わってたけど、可愛いげは有ったのよねぇ…それが、どうしてそんなになっちゃったのかしら?」

 

「余計な御世話だ!」

 

「オレっでろりんが何をしてきたのか聞いてみたいな!」

 

「坊主や…聞くだけ無駄じゃぞ? コヤツがやって来た事は誰にも真似出来んわい」

 

「そうだなっ…勇者を目指してんなら亀の甲羅は止めておけっ」

 

「余計な事言ってんじゃねーよっ! ダイ、俺が教えてやる。とりあえずこっちに来て座れ」

 

 ダイを相手に余計な講釈は言いたくないが、コイツらに話をさせるよりまだマシだ。

 

 くそっ…思うようにいかないもんだな。

 

「うん」

 

 ダイはずるぼんの腕をすり抜けると、俺の横の椅子にちょこんと座った。

 

「まぁ、俺達は勇者パーティーを名乗って色々やって来たが、大したことはやってねぇ。基本的には修行と迷宮探索、他に城の兵士に適当な魔法を教えたりしている、但しこれは有料だ」

 

「え〜っ!? お金とってるのぉ?」

 

「当然だ。俺はお前と違って金の為に勇者をやっている。そんな訳で俺は本当の勇者と言えないんだ」

 

 

「金の為と言いながら惜し気もなく国に寄付したのは何処の誰じゃったかな?」

 

「そうそう。金、金言いながら作ったのがあの甲羅よ? ダイ君は勇者を目指してもアレは真似しちゃ駄目だからね〜」

 

「余計な事は言うなって言ってんだろっ…寄付は名声を高める為、甲羅は命を護る為だ!」

 

「う〜ん? わかんないやっ…でろりんはお金の為に勇者をやってるのに、お金の使い方がおかしくって、でも自分でソレじゃ良くないと思ってるんだろ??」

 

「無駄じゃ無駄じゃ…理屈で考えてもコヤツの行動は説明がつかんわい」

 

「だなっ。命が惜しけりゃ迷宮に行かなければ良いダケだぜっ」

 

「そうよね〜。アルキーナで暮らすお金なら今でも十分に貯まってるし、甲羅を造らなかったら一生遊んで暮らせたわよね?」

 

「うるせー。

 ダイ、コイツらの言うことは気にすんな。問題はお前がどうしたいか?、だ。お前が勇者に成りたいと言うなら俺がロモス王に紹介してやる。コレが勇者への近道になる」

 

「でも…オレ、でろりんみたいに魔法も使えないし…何も良い事してないから王様になんか会えないよ。それに、勇者に近道とか無いと思う!」

 

「近道は悪い事じゃない。 いいか? 勇者は力じゃない、心だ。歳も実績も関係無い。お前が勇者に成りたいと願い、その理由が正義で有れば、お前は今でも立派な勇者なんだ。そんなお前を紹介すれば、ロモス王なら解ってくれるさ」

 

「勇者は心…?」

 

「そうだ。そして、もっと大事なのは勇者に成って何をするのか?、だ」

 

「アンタねぇ…自分を棚に上げてよく言うわね?」

 

「黙ってろって。俺は間違ったことは言ってないつもりだ」

 

「そうじゃのぅ…お主が言うとる事は間違うとらん。ワシの師匠が言うておったことに通じるモノがあるわい。じゃが、だからこそ解せぬ…そこまで解っておるお主が、自らを勇者と認めようとせんのは何故じゃ?」

 

「簡単な事だ。俺は自分の為にやっている…だが、ダイは違う…そうだろ?」

 

「オレは…」

 

「ちょっと、止めなさいよ。こんな子供に理解出来る事じゃないわよ」

 

「ん? あぁ、それもそうだな…だからこそロモスに行く価値があると俺は思うぞ。人を見て、街を見て、王を見て、ダイが決めれば良いんだ…。

 さぁ、この話はこれまでだ。ダイは一晩ゆっくり考えれば良い。俺達は久しぶりの宴会を楽しもうぜ?」

 

「そうね」

 

「わかったよ」

 

 こうしてダイを説得した俺は、一晩をデルムリン島で過ごし、楽しい夜は更けていった。

 

 

 明けて翌日、王宮行きを承諾したダイはキメラに乗ってロモスに向かい、街を歩き人を見て、王と対面すると無事″未来の勇者″と認められ覇者の冠を授かるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その日の夜。

 

 ダイをデルムリン島に送り届け、細やかなお礼に″魔法の筒″を要求し手に入れた俺は、報告を兼ねてマトリフの住まう洞窟へと足を運んだ。

 

「久しぶりじゃねーか…何しに来やがった?」

 

 長い長い地下道を通り薄暗い室内に足を踏み入れると、腕組みをして椅子に座るマトリフから″ごあいさつ″を受ける。

 

「ダイに会ってきた…概ね予定通りだ」

 

「そうか…不思議なもんだな? 世界はオメェの知るモンと変わっちまったってのによぉ…。それで? 勇者として見込みはあったのか?」

 

「このまま上手くいけば無事に勇者へと育ってくれる…俺の目にはそう見えた」

 

「ふんっ…悪かねぇな…。こっちには悪い報告があるってのによぉ」

 

 マトリフは口を尖らせたそっぽを向いた。

 

「悪い報告?」

 

「あぁ…つい先日だ、バランの野郎に会ってきた」

 

「はぁ!? なんでそんなヤバい真似を?」

 

「黙って聞きやがれ…。オメェが自分の知る流れに拘るのは解らんでもねぇ。だだな? 現にバランはアルキードに居やがるんだ。オメェはこのまま大魔王が何の手も打たねぇと思ってんのか?」

 

「え? そりゃぁ…何かやって…くる? だからバランに教えに行ったのか?」

 

「さぁな…手を打たねぇかも知れねぇが、オメェの知らない事態になるのは間違いねぇだろうよ…。それにだ…まだ若ぇオメェにゃ解らん話だが、世界にゃ不穏な空気が満ちてきているのよ。未来なんざ知らなくても俺くれぇになると気付くなってのが無理な話だぜ。おまけに鬼岩城ってのか? アレも確認済みだ」

 

「ちょっ!? ナニ勝手に危ない橋渡ってんだよ!」

 

「あぁん? いっちょ前に心配のつもりか? オメェ、一度でも俺に勝てたのかよ?」

 

 眼前で一本指を立てたマトリフは″ケケケッ″とイヤらしく笑っている。

 

「…っち。それは今関係無いだろっ。俺に出来る事はアンタがしなくても俺がやってやるってんだ!」

 

「ふんっ…ヒヨコが…。ま、聞いといてやるぜ…だからオメェもこの話は心して聞くんだな」

 

 腕を組み直したマトリフが一転して真剣な表情を見せる。

 

 どうやらかなりヤバそうだ。

 

「まさか…ダイの事がバレた、とか…?」

 

「そんなヘマはしねぇ…いいか?」

 

 真剣な表情のマトリフは一呼吸おいて、絶望的な知らせを俺に告げる。

 

 

 

「バランは弱くなっている」

 

 と。

 







次回はダイ爆発。
バラン弱体化の理由はとりあえず伏せます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23

反省はしていない。









 ダイと出会い、マトリフから衝撃的な見立てを聞かされてから早三ヶ月。

 パプニカ城下に宿をとった俺は、次なる手を打つタイミングを待っていた。

 

 俺の記憶から書き起こした年表が確かなら、そろそろレオナ姫がデルムリン島に向かい洗礼を行う。

 しかし、誕生日を祝う催しの噂はあっても、洗礼の噂は聞こえてこない。

 やはり洗礼の発案者であるテムジンが失脚していては、起こりようも無いのだろう。

 

 本来の流れなら、秘境たるデルムリン島での洗礼を利用して姫の暗殺を企むテムジンが、魔のサソリやキラーマシンを持ち込んで行動を起こす。

 それをダイが粉砕し、姫とのよしみを得てメデタシメデタシ…となるのだ。

 これによりダイは紋章の力に目覚め、護りたいと思う人物を得る事になる。

 この一連の事件による好影響は代替えが可能な類いのモノではなく、無理矢理にでも類似の出来事を起こす必要が有る。

 いや、バランの弱体化が懸念される今、ダイには何が何でも原作通り大幅なレベルアップを果たしてもらわなければいけないし、その為は準備はやってきた。

 

 問題は上手く″コト″が運ぶかどうか? だな…。

 

 手にした魔法の筒を握りしめた俺は、装備を整え宿を出ると太陽の神殿に向かうのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「久しぶりだな? アポロ」

 

 門番とのすったもんだのやり取りの挙げ句、寄付と言う名の賄賂を払ってアポロを呼び出す事に成功した俺は、実に七年振りとなる再会を果たした。

 

「でろりんじゃないか!? 噂は色々聞いているよ…強欲の勇者たるキミが神殿になんの用だ?」

 

 堂々たる賢者の出で立ちでやって来たアポロは、俺の突然の来訪に驚き辛辣な言葉を発するも、右手を伸ばし握手を求めてくる。

 

「勇者は廃業だ…ありゃぁ儲からねーよ」

 

 アポロの手をとりがっちり握手を交わした俺は、適当に答えておく。

 

「相変わらずキミは嘘ばかりだな…お金が目的なら勇者をしなくても稼げるだろ?」

 

 右目をピクリと吊り上げたアポロは″やれやれ″といった感じで右手を離す。

 

「さぁな? ま、今日はお前と言い争いに来たんじゃない。良い事を教えてやろうと思ってな?」

 

「良い事だって? キミが? 何の為に?」

 

 アポロは胡散臭いモノを見る目を向けてくる。

 

 文句の一つも言ってやりたいが、アポロの疑惑の眼差しは正しく何も言い返せない。

 

「ここじゃ話せねぇ。とりあえず何処かに案内してくれよ?・・・レオナ姫に関する事だ」

 

 なるべく深刻そうな顔付きを心掛け、声を落としてこう告げると、アポロは「わかった」と、迷う事なく俺を神殿内へと案内してくれた。

 持つべきモノは腐れ縁である。

 

 こうして、神殿内に入る事に成功した俺は、鍛練に励む神官達を横目で確認しながらアポロに付いていくのだった。

 

 

◇◇

 

 

「てな訳で、デルムリン島に行ってみないか?」

 

 神殿内にあるアポロの私室に通された俺は、デルムリン島の現状を伝え、レオナ姫の洗礼を提案する。

 

「悪くないな…。才能ある姫様には、より高みを目指して頂きたいと…デルムリン島に詳しい人物がいるなら…しかし、今からとなると…」

 

 俺の提案を黙って聞いていたアポロは、顎に手を当てぶつぶつ呟き検討を始めている。

 

「そうね。でも、どうしてあなたがそんな事を教えてくれるのかしら? それに、王家の洗礼は極秘事項よ…どうして、でろりんが知っているのかしら?」

 

 座るアポロの横に並び立つマリンが、キツイ眼差しで鋭い質問を投げ掛けてくる。

 昔から俺には厳しかったが変わっていないようだ。

 

 そんなマリンの姿は、賢者っぽく見えなくもないが、額のサークレットとマントを外せば、単なる谷間を強調している人にしか見えないだろう。

 手袋をしてブーツを履いているが、ミニスカートで二の腕見せまくりってどうよ?

 そんなんだからフレイザードに良い様にやられるんじゃないのか?

 

 まぁ、これが三賢者の正装なら俺が介入することじゃないし、とりあえず適当な事をほざいて俺の情報源をボカシておこう。

 

「あん? 情報源の秘匿はジャーナリズムの基本だ。てか、なんでアポロの部屋にマリンが居るんだ? お前らデキてたのか?」

 

「なっ何をバカな事をっ! 私は賢者であると同時に神官です。私が仕えるのは神であり、パプニカ王家! アポロとはただの同僚よ。今日はたまたま用が有って此処に来ていただけですっ。何時もの私は海の神殿で日々の勤めに励んでいるんだから!」

 

 顔を紅く染めたマリンは長々と語った。

 そんな力いっぱい否定したらアポロが可哀想だぞ。

 

「ふーん? まぁ、どうでもいいし、三賢者が二人もいるのは好都合だな…洗礼はどうする? 俺はこれでも忙しいからな、今すぐ結論を出してくれ」

 

「あなたねぇ…今すぐなんて無理に決まってるじゃない? それに、姫様の身に万が一の事があればどうしてくれるのよ? でろりんに責任がとれるの?」

 

 無理な事を言っているのは重々承知している。

 如何な三賢者であってもそう簡単に決められる事ではあるまい。だが、行くか行かないか位は直ぐにも返事が欲しいんだ。

 行かないのであれば別の手を打つ必要がでてくる。

 

「何を的ハズレな事を言ってんだ? 洗礼をやる、やらないを決めるのはお前ら三賢者で俺に責任はない。万が一と言うが、絶対に安全な洗礼は試練と言えるのか? 過保護も度を過ぎれば滑稽だぜ」

 

「だ、誰が過保護よっ! 大体、でろりんがどうしてこんな事を提案するのよ!? あなたは何を企んでるのかしら?」

 

「止さないか…でろりんが雄弁に語る時は大抵嘘を付いている…こう言っていたのは他ならぬマリンじゃないか? 彼にどんな思惑が有るのかは関係無い…考えるべきはこの提案が姫様にとって良いか悪いかダケだ」

 

 一歩前に出て食って掛かろうとするマリンの進路をアポロが右手を上げて制した。

 

「そうだぞ。マリンは難しく考え過ぎだ。パプニカ王家に恩を売りつつ、俺が推薦する未来の勇者に実績を与える…どっちも俺の名誉に繋がってるだろ? 簡単な話じゃねーか」

 

 まぁ、実際は極悪な事を企んでんだけどな。

 

「…良いだろう。キミの提案に乗って、姫様の洗礼はデルムリン島で行うとしよう」

 

「アポロっ!? そんな横暴よ! 貴方が一人で決めて良いことじゃないわ」

 

「ならばマリンは反対なのかい?」

 

「そんなことは言ってないわ…。私はもう少し慎重に話合うべきだと…」

 

「はいはい。夫婦喧嘩は後でやってくれ。とりあえずデルムリン島に行く、…で良いんだな?」

 

「あぁ。太陽の神殿が責任を持って執り行う。でろりんはどうするんだ? まさか提案するだけで後は知らぬ存ぜぬかい?」

 

「それこそ″まさか″だぜ。俺の目的の為にも随行するさ…三賢者様の許可が有れば、だけどな?」

 

「考えておこう…出立まで早くとも二週間はかかる。その間キミはどうしてるんだ?」

 

「俺は色々忙しいからな…宿にでも報せを届けてくれ」

 

 こうして、デルムリン島での洗礼フラグを立てた俺は、プリプリ怒るマリンを無視してアポロと連絡方法を確認しあい神殿を後にするのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 アポロに洗礼を提案してから一月後、俺は船上の人となっていた。

 目指すはロモス。それからデルムリン島だ。

 随行するはアポロと太陽の神殿に勤める神官五十名…微妙に多い上に、其なりに強いのが厄介だ。

 この一月で神官達の鍛練風景を見学したが、魔のサソリ程度ならあっさり倒せる実力の持ち主達だ。

 不死騎団涙目になりそうである。

 まぁ、不死騎団が涙目でも団長たるヒュンケルは相性的に三賢者達には敗けようがない。

 ダイがパプニカに現れるその時まで、互角の戦いが繰り広げられていればそれで良い…。

 我ながら酷い話だが、パプニカに関しては俺のせいじゃないハズだと自分に言い聞かせるしかない。

 

 多少の差異はあっても修正は済ませてあるし、概ね思惑通り…後はダイの紋章を発現させれば今回のミッションは終了になる。

 

「やっだぁ〜〜! ホントに甲羅を背負ってるぅ!? カッコ悪〜いっ!」

 

 潮風を浴び船縁で思考の海に沈んでいると″キャハ″と笑いながら掛けられた声で現実に引き戻される。

 

 ちっ…厄介な…。

 

 アポロは何やってんだ?

 しっかり、室内に詰め込んどけっつーの。

 

「姫様が強欲の勇者に何の用だ?」

 

 チラリと背後を一瞥して姫さんの姿を確認した俺は、前を向いたまま腕を組み顔を合わせず声を発する。

 なるべく関わり合いに成りたく無かったのに…これだからお転婆姫は困る。

 明日からは俺が船室に閉じ籠るとしよう。

 

「あら? あなたは自分が強欲だって自覚しているのね? それならそんな事は辞めなさい。三賢者からも十分に強いと聞いているわ。悪い事なんかしなくても生きていけるわ」

 

「ふんっ…。正義バカに何を聞かされたのか知らねーが、俺は法に触れる事はしちゃいねーよ」

 

「そんなことないわ」

 

「なにっ?」

 

「不敬罪は立派な罪よ?」

 

 俺の前に回り込んだ姫さんが舌を出してウィンクしている。

 

「言ってくれる…。堅苦しいのがお好みならそうしてやるよ。無駄に王家に喧嘩を売る気はねーからな」

 

「あら? 無駄じゃなければ喧嘩を売るのかしら?」

 

 後ろ手に組んだ姫さんは楽しげに小首を傾げた。

 

「…さぁな? 王家が不当に俺を虐げるなら抗うかもな?」

 

「へー。あなたって面白いのね? それに、その服はパプニカの最高級品よね? よく観れば剣も良さそうだし、籠手と甲羅の素材は何かしら?」

 

 レオナ姫は俺の周りをぐるぐる回りながら甲羅を″コンコン″叩いては品定めしている。

 てか、帯剣している見ず知らずの怪しい偽勇者に、不用意に近寄るのはどうかと思うぞ。

 

「答える必要があるのか?」

 

「答えなければ不敬罪で牢屋行きよ?」

 

「ヤれるもんならやってみな?」

 

 正義の使徒であるレオナ姫が、権力を振りかざす事がないのは原作的に明らかだ。

 つまり、変に畏まる必要は無いのだ。

 

「アハハっ。おっかし〜。王女様の私にそんな口が聞けるのはあなた位よ?」

 

 なんだ?

 何が楽しいんだ?

 この姫さん笑い上戸なのか?

 下手に気に入られたくなくて、ツンケンしたのが裏目に出たか?

 

「何が楽しいんだか…。あんたマジで何の用だ? 用が無いなら俺はもう行くぜ?」

 

 長居は無用だな。

 俺は踵を返して手を上げると立ち去ろうと試みる。

 

「お待ちなさい。強欲の勇者でろりん…あなたに聞きたい事が有ります」

 

 そんな俺を先程迄とは大違いの凛々しい声が呼び止める。

 

「…ナンだよ?」

 

「あなたは強さを求めて何を為そうというのですか?」

 

 ちっ…。

 三賢者から偽りの目的は入手済みで、その先を気にするのか…まだまだ子供でも王族だけの事はある。

 

「…答える必要があるのか?」

 

「答えて頂けなければパプニカは、あなたを危険人物であると見なさなければなりません。その装備の数々は、この平和な世において個人で所有するには過ぎたる物ではありませんか?」

 

 笑っておきながら中々抜け目が無いようだ。

 未知の材質であっても高性能装備であると見抜かれている様だ。

 

「ふんっ…。何だかんだと聞いてくるなら答えてやるのが世の情け…。良いか? 俺はな・・・」

 

 こんな事で危険人物認定を受けるのは流石に避けたい。

 虚実交えて煙に巻いてやるさ。

 

 俺は大きく息を吸い込んで、大声で叫んだ。

 

「世の為、俺の為! そして、世界の破壊を防ぐ為!! 大魔王の野望を打ち砕く、でろりーん3!! この甲羅の輝きを恐れぬなら掛かって来いってんだ」

 

 左右の手を交互に伸ばし″シャキーン″″シャキーン″とポーズを決めた俺は、最後に一回りして甲羅を向けると姫さんに指し示してやる。

 

「…よ、良く判りました。あなたは完全な変人ね?」

 

「そうだな。さぁ、もう用は無いだろ? 俺は行くぜ」

 

 こうして俺は、呆気にとられたレオナ姫を甲板に残して船室に篭り、デルムリン島に到着するまで静かに過ごすのだった。

 











因みに、でろりーん3は、デロリンスリーと読みます。
深い意味は有りません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24

 パプニカを出立してから5日。途中ロモスに立ち寄った姫様ご一行は、王宮へあいさつに向かい歓迎の宴が催された。

 デルムリン島はロモスに属しているらしく、礼を欠く訳にはいかないそうだ。

 いつの世も、人のしがらみとは厄介なモノで、余計な時間をくったが船旅そのモノは順調に進んだ。

 

 俺はその5日の間、宴にも参加せず船室に引き籠っては、デルムリン島で取るべき行動に頭を悩ませた。

 前回のニセ勇者騒動で意図せずとも類似の展開が引き起こされた事から、ダイが居てレオナ姫が居れば、原作と似通った出来事が起こる可能性は高いように思える。

 一方で原作と違いすぎるメンバー構成が不確定要素となり、俺の足りない頭で考えても計算しきれないという、何とも情けない結果に終わっている。

 結局、事前の準備を終えた後は、ある程度成り行きに任せてその都度修正を加えていくしかない…そんな計画とも言えない考えに落ち着いた頃、船室のドアがノックされ神官からデルムリン島が見えた事を告げられる。

 

 神官に誘われ船室を抜け出し5日振りに日の光を浴びた俺は、レオナ姫やアポロ達と甲板に並び立ってデルムリン島を目視で確認すると、大きく溜め息を吐いた。

 

 なんで居るんだ…?

 

 潮風に髪を靡かせる想定外の人物の横顔をじっと見つめる。

 

「何かしら? 私の顔に何か付いているの?」

 

 俺の視線に気付いたのか、マリンはキツイ眼差しを向けてくる。

 

「いや、綺麗な顔をしていると思ってな」

 

 と言ってもフレイザードと対峙していないんだから綺麗で当たり前だな。

 原作での印象が薄いせいか、マリンを見ればついつい顔のキズを連想してしまうのは俺の悪い癖だ。

 

 てか、マジでなんで居るんだ? パプニカから乗り込んだ三賢者はアポロだけのハズだ。

 マリン程の実力者が加わるとなれば、5日の思案が台無しだっつーの。

 

「なになに? でろりんったらマリンの事が気になっちゃったりするのかしら?」

 

 俺の前に素早く躍り出た姫さんは、ワクワクを隠そうともせず俺とマリンを見比べノーテンキな事をほざいている。

 

「うるせー。ガキは黙ってな」

 

 隠す俺が悪いと解っちゃいても、何も知らずノーテンキに振る舞う相手には、つい苛々して声を荒げてしまう。

 三賢者相手に八つ当たりしたガキの頃から何も成長していない様である。

 これも悪い癖だ。

 

 これからいよいよ本格的に原作が開始され、悪事を行い人を傷つけ、罵声も浴びなきゃなんねーのになっちゃいない。

 今回のミッションが終わったら、疎かになっていた精神修行の為に滝行でもやるか?

 

「でろりんっ! 姫様に向かってなんて口の利き方してるの!?」

 

 案の定マリンがプンプン怒っている。

 コイツも精神修行が必要なんじゃないのか?

 

「良いのよマリン。私もね、貴女達が噂していたでろりんがどんな人か楽しみだったわ…でも、何の事ないじゃない? この人はただの変人よ。変人に口の利き方なんか期待しちゃダメね」

 

「ひっ姫様!?」

 

 姫さんの変人発言に何故かマリンが慌てている。

 昔はもっと酷いことを言ってきたくせに、何を今更取り繕ってんだ?

 

「慌てないの。この人は完っ璧に変人だけど悪い人じゃないわ…そうよね? でろりん」

 

「あん? 変人は兎も角、どこをどう見たら悪人じゃない…ってなるんだ?」

 

「ロモス王から聞いたのよ。あなた、覇者の剣の授与を断ったそうじゃない? 悪人なら辞退なんかしないし、そもそも授けようって話にならないわよ。ちょっと見直したわ」

 

 完璧な小悪党に授けるのがロモス王クオリティなんだが、知る術のない姫さんは人差し指を立ててウィンクしている。

 

 てか、その話はしてほしくないぞ。

 辞退したのは覇者の剣の存在を完全に忘れていた故のミスであり、長い年月をかけて武具を造った今となっては、ハドラーの強化や武術大会フラグの為にロモスに残した方がマシ…との打算に過ぎない。

 最初から覚えていれば多分ミリオンゴールドを集めなかっただろう。

 

「覇者の剣なんかなくたって、俺には甲羅とこの籠手がある」

 

 俺は姫さんに見せ付ける様に籠手をクロスさせるとポーズを決める。

 

 結果的にオリハルコンを手に入れ損ねたが、これ等の武具も悪くない。

 

「それは防具でしょ。覇者の剣を越える武器なんか無いのに断るのは何故かしら? それに、覇者の剣を使わないにしても売ればお金になるわ。…いえ、あなたは百万を越える寄付をしてロモス経済の安定に協力したとも聞きました。 お金が目的でもないなら一体何をしたいのかしら? ホンッと変人の考える事は解らないわね」

 

 喋るだけ喋ったレオナ姫はお手上げのポーズをとると、満足したのか俺の武具自慢を聞こうともせず、マリンを連れて船内へと戻って行った。

 

「…なんだってんだ?」

 

 取り残された俺は、姫さんが消えた扉を指差してアポロにぼやく。

 

「悪く思わないでくれ。姫様はきっと、自分を王女として見ない人に会えて喜んでいるのさ」

 

「ふーん? アポロは俺が不敬な口を利いても良いのかよ」

 

 マリンと違い和やかな雰囲気を保つアポロに、素朴な疑問をぶつけてみる。

 不敬と知りながらタメ口を利くのはどうかと思うが、年下の姫様相手に媚を売るのは性に合わないみたいだ。

 

「それが姫様のお望みなら我等は従うまでさ」

 

「ご立派な事で…そりゃお転婆にもなるわ」

 

 信頼しているが故のイエスマンだろうが、皮肉の一つも言っておこう。

 

「それは誤解だ。姫様は王宮においては立派に勤めを果たされている…幼い頃より次期国王としての期待を背負った姫様の苦悩は我々には計り知れないのだ。でろりんにあの様な態度をなさるのは、王宮を離れた旅の開放感もあるのだろう」

 

 パプニカ王は病弱な人物で、最近では余命一年も無いと噂されている。

 一人娘であるレオナ姫には自然と期待が集まっているのだろう。

 

「まぁ、どうでも良い話だな。さぁて…姫さんに絡まれない内に、一足先に行くとするか」

 

 姫には姫で苦労があるらしいが、姫さんの事情なんか知ったこっちゃない。

 いや、俺には気にしてやれる程の余裕はない。

 パプニカ王家の事情にかまけて大魔王対策が疎かになれば、本末転倒も良いところだ。

 

 俺は魔法力を纏うと″ふわり″と浮き上がり、直立姿勢のまま船の速度に合わせて並走する。

 

「ルーラを使えぬキミがトベルーラか…本当に変わっているな」

 

 僅かに眉をピクリとさせたアポロは、それ以上取り乱すことなく俺を見上げた。

 

「ふんっ…ルーラは誰かに頼めば代用が効くじゃねーか? だがトベルーラはそうはいかねぇ…戦闘においてコレが使える、使えないで大違いだ。お前等こそトベルーラを覚えるべきだな」

 

 余計な助言は原作を変えるがパプニカに関しては今更だし、アポロにトベルーラの有用性を説いてやる。

 俺が見た限り太陽の神殿では教科書通りの修練しか行わず、応用であるトベルーラには手を出していなかった。これは他の神殿でもそう変わらないだろう。

 

「トベルーラが便利なのは認めよう。しかし、主流から外れた技は基本の修練の妨げになる…それに、トベルーラの使用中は呪文が使えない欠点もある…我等にとって身に付ける優先度は低いと言えるんだ」

 

 一般的に呪文の同時使用は超の付く高等技術とみなされている。

 故に応用であるトベルーラを使いながらの呪文使用となれば、常識はずれもいいところになると知ったのは最近の話になる。

 つまり、原作での闘いを当たり前として見ていた俺には高等技術との認識がなかった。そして、コレこそが修得出来た秘訣になる。

 

「同時に呪文が使えない、ねぇ?……イオ!」

 

 俺は右手にイオを産み出すと海に向かってぶん投げると″ザパーン″と派手な音を上げ水柱が出来上がる。

 

「ばっ、馬鹿な!?」

 

 アポロは驚きとまどっている!

 

「基本は大事だが教科書通りってのはどうなんだ? 為せば成る、為さねば成らぬ何事も…ってな」

 

 為さぬは人の怠けなり…だったか?

 

「…アルキードの教えかい? 面白い考え方だけど、我等は賢者だから出来ない事は出来ないのさ。出来ないならば他の魔法に目を向け、より多くの基本魔法の修得に励むモノだ」

 

「そうかぁ? 賢者だから魔法しか出来ないってのは諦めが良すぎだろ? まぁ、かく言う俺も、昔はやる前から無理だって決めてたな…でも、やってみたら案外なんとかなるもんだぞ」

 

 肩を竦めて軽く言ってやる。

 

 固定概念とでも言うのだろうか? この世界では、魔法使いは力が弱いだとか、戦士は魔法が使えないだとか、それに縛られ可能性を狭めている。

 偽勇者でもメラゾーマを使えるんだ…才能差から限界は違っても、固定概念を捨てれば何だって出来るハズだ。

 

「キミはつくづく惜しい男だな…そう言えるのは強欲で嘘つきであっても、でろりんが紛れもない勇者だからだ。キミが正義に目覚めるのを楽しみにしている人がいるのを忘れないでもらいたい」

 

「くだらねぇ…。勇者だとか正義だとかどうでも良いぜ…俺は俺の為に動くダケだ」

 

 そう…俺は勇者である必要も正義である必要もない…そんな事はダイと姫さんに任せれば良いんだ。

 大魔王を倒せるなら悪党でも構わない。

 

「あら? 正義が下らないなら、あなたは一体何を目指すのかしら?」

 

 イオの音で出てきたのか、マリンを連れた姫さんが真剣な表情で俺を見上げている。

 

「…ちっ。五月蝿い姫さんが来やがった。…俺はもう行くぜ? ダイには知らせといてやるよ」

 

 姫さんから逃げるべくゆっくり上昇した俺は、可視化する程の魔法力に身を包み一気にスピードを上げると、デルムリン島の森の奥深くを目指して飛ぶのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「こんなもんか…? アポロが鍛えた神官達なら死にはしない…よな?」

 

 地の穴で″デルパ″を唱え、魔法の筒から呼び出したモンスターを眠らせると、俺は独り呟いた。

 

 ″グォォォ″と寝息の聞こえる薄暗い地の穴から抜け出した俺は、ダイを探してデルムリン島を飛び回る…迄もなく、原作通り断崖の上から望遠鏡を覗くダイと合流する。

 流れは変わっているはずなのに、何とも不思議な感じだ。

 

 ダイと数ヶ月振りの再会を果たした俺は、簡単に事情を説明してブラス宅に向かい、覇者の冠を装着させてダイの身支度を整える。

 正直似合っていないが、まぁいいだろう。

 

 こうして、事前の準備を終えた俺は、緊張するブラスも連れて浜辺に移動すると、3人並んで静かに船の到着を待つのだった。









マリンはロモスで合流。
予めルーラでロモスに先行して準備していた感じです。
姫をキライ、船室に引き籠ったのが災いしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25

「見てよっ、でろりん!」

 

 浜辺で禅を組み瞑想をしながら船の到着を待っていると、ダイが俺の腕を掴んで揺らしてきた。

 

「あん?」

 

 禅を組んだまま片目を開けて見てやると、ダイは嬉しそうに俺から距離をとって海に向かって両腕を伸ばした。

 

「ん〜っ! メラぁっ!」

 

「おまっ!? いつの間に…?」

 

 ダイの両腕から放たれた火球に、思わず立ち上がり腕を伸ばして止めようとしてしまう。

 

「でろりん殿のお陰ですじゃ…覇者の冠を授かってからというもの、ダイは魔法の修行にも真面目に取り組む様になりましてな」

 

 ブラスは杖を持ったままの手で目を擦り、泣き真似をしている。

 

「へへーん。やっぱり勇者ならでろりんみたいに魔法も使えなきゃカッコ悪いと思って」

 

 ダイは鼻の下を人差し指でこすり得意気だが、これはマズイ。

 下手にダイが強くなると原作通りにいかなくなる。

 ダイ達が僅かな期間で大幅なレベルアップを果たせたのは、ギリギリの闘いをくぐり抜けたからに他ならない。

 強いに越したことは無いが、強くなる為には強すぎたらダメという、なんとも言えない状態なんだ。

 

「…他の魔法も使えんのか?」

 

 ダイに恐る恐る聞いてみる。

 

「うん! ギラとバギも使える様に成ったよ!」

 

「…そうか。まぁ、ほどほどに頑張れ」

 

 頑張れと言いつつ、俺の内心は″もう、頑張るな!″である。

 天を仰ぎそうになるのを″ぐっ″と堪えて乱れた心を落ち着けるべく瞑想を再開しようと禅を組み直す。

 

 しかし…。

 

「ねぇねぇ、姫様ってどんな人?」

 

 直ぐ様ダイに腕を掴まれ揺り動かされる。

 

「もうすぐ会えるんだ…俺に聞くより自分の目で見て確かめろ。ほら、見てみろよ? アレがパプニカの船だ」

 

 豆粒ほどに見えてきた帆船を指差し教えてやると、ダイは懐から望遠鏡を取り出して覗き込んだ。

 

「ぐっ軍艦だぁ〜〜!?」

 

 ダイは両手を上げて驚くと、望遠鏡を投げ捨てた。

 

「な、なんじゃとぉ!?」

 

 ブラスは拾い上げた望遠鏡を目に当て、ゆっくり動かしながら帆船をじっくり確認していく。

 

 いや、パプニカの王女様ご一行に決まってるだろ?

 なんだ? この流れ。

 

「バカタレ! あれぞ賢者のみが使用を許される聖なる紋章じゃ。でろりん殿、あの船に姫様が乗っておるのじゃな?」

 

 ブラスは木の杖をダイの頭を″ゴチン″と落とす。

 俺に向き合うブラスは多分真剣な表情をしている。

 

「そうだな。ま、そんな身構えなくても良いだろ? 頼み事があるのは向こうの方だ」

 

「そうはいきませぬ。王族に連なる御方がお越しになるなら礼を尽くさねばなりませぬ…ダイよ、お前も失礼の無い様にするんじゃぞ」

 

 こう言っちゃなんだが、ブラスはモンスターにしては良くできた人物だ。

 王家に対する敬意とかは確実に俺より上だな。

 

「はぁ〜い…」

 

 ブラスに諭されたダイは俺の横に並んで″ちょこん″と正座する。

 

 漸く瞑想に取り組む事が出来そうだ。

 

 静かに成った俺達の周りには打ち寄せる波の音と、海鳥の鳴き声だけが聞こえていた。

 

 体感で10分後。

 

「来たよ! でろりん」

 

 ダイの声に瞼を開けると、沖合いに停泊する帆船の左右から一艘づつ小舟が下ろされ、三角頭巾を被った神官達が乗り込んでいく。

 神官達でぎゅうぎゅう詰めになった小舟が帆船から離れると、オールを漕いでゆっくりと近付いてきた。

 程なく砂浜に乗り上がって小舟は停止して、設置された梯子を伝い神官達が続々と降りてくる。

 アポロとマリンを先頭に神官達は無言のまま″ズラッ″と整列を完了させる。

 

「アレが賢者様?」

 

「これっ頭が高い」

 

 立ち上がって指を指すダイの頭をブラスが無理矢理に押さえ付けている。

 

「未来の勇者ダイ君…それにブラス老ですね?」

 

 アポロが片膝を着いて挨拶を始めると、それに合わせて総勢30名近い神官達も一人を残して一斉に膝を着いた。

 最後尾に控える三角頭巾を深く被った小柄な神官は恐らくレオナ姫だな。

 三角頭巾まで被せて隠すなら、膝を着かなきゃ意味がない。

 

「未来の勇者ぁ!?」

 

「ぶ、ブラス老っ!?」

 

「わたしはパプニカ三賢者が一人、アポロ」

 

「同じく、マリン」

 

「そこのでろりんから既に聞き及んでいるとは思いますが、本日はお二方に御願いがあって姫様と共にデルムリン島にやって参りました」

 

「聞いておりますじゃ…して、姫様はいずこに?」

 

「レオナ様、どうぞこちらへ!」

 

 アポロの声で立ち上がった神官達は一斉に左右に別れて″道″を作る。

 その道を三角頭巾を深く被った人物が堂々と歩き、ダイ達の眼前で頭巾を脱ぎ捨てる。

 姿を現したレオナを見たダイが″わぉ″と小さく呟き喜んでいる。

 

「あなたが…勇者ダイ?」

 

「こんちわ〜」

 

 ダイは″イェィ″とピースサインを何度も送っている。

 

「…やっだぁ〜〜!

 こぉ〜んな小さいの!? 冠も似合ってないし、カッコ悪〜〜いっ!」

 

 姫さんの言葉にダイは顔を歪ませショックを受けている様だ。

 お互い第一印象は良くないだろうが、これで概ね原作通りだし問題ない。

 

 勇者と姫の対面を果たした一行は、細かい説明をすべくブラス宅へと移動するのであった。

 

 

◇◇

 

 

 ブラス宅では姫さんを伴ったアポロが、ダイとブラスに洗礼の説明を行っている。

 その間、俺は室外の石に腰掛けて待っていた。

 出来れば一緒に説明を受けたかったのだが、時折向けられるマリンの鋭い視線を警戒し、流れに任せていたら蚊帳の外に放り出されてしまった。

 

 そのマリンが厳しい顔付きでやって来くると、目の前で立ち止まる。

 

「あなた、本当にあの子供が未来の勇者だと思っているの?」

 

「なんだ? マリンは疑ぐるのか?」

 

「信じるに足る材料が少ないわ…まだ子供、と言うのは贔屓目に見る材料にならないわ。同じ年頃ならあなたの方が強かったのではないかしら?」

 

「お前もそんな見解かよ? 良いか? 強さと勇者は何の関係もねぇよ」

 

「どういう事かしら?」

 

「お前等が何時も言ってるじゃねーか? 俺は勇者じゃない、ってな? 何故だ? 俺はコレでも強さダケならソコソコいい線いってるつもりだぞ」

 

「そ、それは…」

 

 言い澱むマリンを無視して俺は言葉を続ける。

 こんな所で問答をする意味はなく、一気に押し切るに限る。

 

「答えは簡単。俺には正義が無く、人の為に身を捧げる気がこれっぽっちも無いからだ…違うか?」

 

「はぁ〜…えぇ、そうね。勇者に大事なのは正義の心よ。どうしてあなたはそこまで解っているのに襟を正そうとしないのかしら?」

 

「俺は俺の為に動く…他の誰かなんて知ったこっちゃねーよ」

 

「あなたって本当に嘘付きね? だったらあの少年の世話を焼くのは何故かしら?」

 

「さぁな? お前には関係の無い話だな」

 

「関係無いですって?」

 

「そりゃそうだろ? 俺は神官でもなけりゃ、パプニカの臣下でもない。それどころかパプニカの人間ですら無いからな」

 

「…よ〜く分かりましたっ。あなたがそういうつもりなら、私は私の勤めを遠慮なく果たさせて頂きます!」

 

 マリンはコメカミの辺りをピクピクさせながら、語尾を強めて当然の主張を繰り出している。

 

「あん? マリンの勤めって姫さんの子守りだろ? 元々遠慮するこたぁねーよ」

 

「違いますっ。子守りなどではありません!」

 

「お、おぅ? そりゃ悪かったな」

 

「姫様の名誉の為にも言っておきますが、私の勤めはあなたに対する警戒ですから!」

 

「はぁ!? なんでそうなる!? 俺は嘘なんかついてねーぞ? 情報通りにダイがいてモンスターは穏やかだろーが」

 

 いや、まぁ警戒するのは全く以て正しいんだが、非常に困る。

 

「確かに今の処あなたがもたらした情報に嘘は有りません。…ですが! 肝心のあなたの目的が判らないでは警戒しない訳にはいかないでしょう? …悔しいけど神官達はおろか、私やアポロでさえも一対一ではあなたに太刀打ち出来ないのよ」

 

「いやいや、過大評価もいいとこだ。俺なんか所詮はしがない偽勇者だぞ?」

 

 実際のところ、正攻法で魔法を繰り出すアポロ達神官は怖くない。

 俺には甲羅の盾もあるし一対一なら、無効化しつつブラックロッドでボコれる自信はある。

 要は装備品の性能差で俺が有利といえる。

 だが、強いなんて評価はとんでもない! 大魔王に目ぇつけられたらどうしてくれる!?

 ここは徹底的に否定するしかない。

 

「よくそんな事が言えるわね? 勇者を偽って過少評価を得ようとするのはあなた位のものだわ…だけど、如何に誤魔化そうとも情報は得ています!」

 

「ちょっ!? 情報ってなんだ? 誰から得た!!」

 

 聞き捨てならないマリンの発言に、立ち上がった俺は彼女の両肩を掴んで情報元を吐かせようと必死に揺らす。

 大魔王討伐を果たす為には一にも二にも目立たないのが肝心だ。

 俺とマトリフの大方針は昔も今も変わりなく″影でコソコソ不意討ちでゴー″である。

 悪評ならいくら流れても構わないが″実は強い″とか勘弁してほしい。

 

「ちょっと、でろりん痛いわっ…言うから離れてっ」

 

「あ、悪ぃ…」

 

 マリンが顔を赤らめ痛みを訴えたので即座に手を離して一歩後退る。

 

「情報元はあなたのお姉さんよ…宮中の晩餐会に参加しては″ドラゴンを倒した″とか″魔の森の獣王を懲らしめた″とか嬉しそうに言いふらしてるわよ? あなたの悪評を知る人は信じないけど、強さを知る人は信じているわ」

 

「・・・ずるぼんかよ」

 

 フラフラともう一歩後退った俺は、石に腰を落として頭を抱え込む。

 

 参った…。

 獣王のネタを話しているなら、俺がブロキーナと山籠りしていた頃に言いふらしていたのか?

 すると、姫さんの言っていた″貴女達″にはずるぼんが含まれていた訳か…。

 今更だがキツく口止めしておくべきだったのか?

 

 でも、どうやって?

 

 ″強いと思われたくないから言わないでくれ?″

 

 んな、あほな。

 曲がりなりにも勇者を名乗り、名声を上げようとしていた俺がそんな矛盾極まる事を言えようか?

 言えたとしても執拗な追及があるのは火を見るより明らかだ。

 

 ずるぼんに大魔王の事を話せば良かったのか?

 

 これこそあり得ない。

 

 歩く拡声器たるずるぼんに言えば、世界中に広まること請け合いだ。

 そもそもずるぼんを危険に晒す訳にいかないし、既に広まっているなら今更だ。

 

 くそっ…なんでこうなる?

 人心を完全にコントロール出来るだなんて思っちゃいなかったが、ダイが魔法を覚えている事といい、思惑通りにいかなさ過ぎる。

 

 取り急ぎ噂の確認、それから………ダメだっ。

 魔王軍に噂が広まっているとかいないとか確認のしようがない。

 大魔王出現後、速攻で獣王やヒュンケルと対峙して情報を……ダメだ。

 そんな段階で警戒されている事を知っても手の打ちようが無い。

 

「でろりん、どうしたの? 大丈夫?」

 

 マリンが俺の両肩を掴んで揺らしてくる。

 

「ん…? あぁ…問題ない」

 

 問題大有りだが、こう言うしかない。

 この件に関してはマトリフと対策を練る必要があるだろう。

 今すぐどうこう出来る問題じゃなさそうだ。

 

「そう? なら良いけど…お姉さんがあなたの事を話すのってそんなにショックな事かしら?」

 

 頬に片手を添えたマリンが小首を傾げている。

 

「シスコンに思われたら厄介だからな…」

 

「シスコン…って何かしら? また変な言葉で煙に巻く気? でもダメよ! この島に居る内はあなたから目を離しません」

 

「ふんっ…好きにしな」

 

 想定より警戒心が強いようだが問題ない。

 アポロがマリンに変わったところで仕込みを終えた今、俺のやることに変わりはなく、後は原作通りの出来事が起きるのを信じるだけだ。

 

 こうしてマリンとの会話を打ち切った俺は、勢いよくブラス宅から飛び出してきたダイと共に、姫の洗礼の地を目指して森の奥深くへと進むのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26

 姫様一行がダイの案内で地の穴目指して森の中を進み行く。

 一行の先頭をアポロが進み、その両サイド斜め後方には槍を手にした神官がそれぞれ二名、一団の中心にダイ、その横に姫さんが並び、護衛兼監視役のマリンが付き従う。

 後方から荷物を背負った6名の神官がついてくるといった隊列で、俺を含めて総勢15名の大所帯だ。

 しかし、この島にやって来たのは50名。他の神官達が何をしに来たのか謎であるが、まぁ良いだろう。

 

 森の中を歩く一団の歩みは極めて遅く、いくら俺やダイが″大丈夫″と言っても聞き入れらていない。

 先頭のアポロが度々振り返ってはダイに道のりを確認し、両サイドの神官達は草を踏み締め、伸び出た枝葉を切り払い、安全を確認しながらの行進だ。

 必要最低限の言葉以外は誰も発せず、緊張感に包まれたまま草木を踏み締め進み行く。

 

 別段する事の無かった俺は″自然豊かなこの島は悪くない″等と考えながらキョロキョロと首を振り、退屈のあまり欠伸をしては、マリンに睨まれていた。

 

「ねぇ、マリン? 貴女でろりんと何を言い争っていたの? もしかして痴話喧嘩かしら?」

 

「姫様!? 違います!」

 

「ホントかしらぁ?」

 

 退屈していたのは俺だけでは無かった様だ。

 姫さんがしょーもない事を言い始め、にやけた顔で俺を振り返った。

 

「くだらねぇ…。そう言う姫さんこそダイを怒らせて無かったか?」

 

 俺の事を厄介な警戒対象と見るマリンに限ってそれはないし、余計な事を言って無駄に怒らせてほしくない。

 ブラス宅で行われた会話の全てを聞いた訳じゃないが、原作通りならレオナが挑発しダイが怒ったハズである。

 確認の意味も兼ねて聞いてみる。

 

「そうだよ! レオナ姫ったら酷いんだっ。″迷子になったら置いてく″なんて言うんだよ。オレがこの島で迷子に成る訳ないやい!」

 

「あら? 男の告げ口はみっともないわよ?」

 

 姫さんは扇子で仰ぎながら涼しげな顔でダイをからかっている。

 

「告げ口じゃないやいっ」

 

 一方のダイは割と本気で怒っている様だ。心無しか原作よりも雰囲気が良くない気がする。

 コイツらここから仲良くなれるのか?

 

 仕方ない…あまり好ましく無いが口出しの一つもしておくか。

 

「ダイ。良いことを教えてやろう…勇者たるもの女性に優しくすべし! これは昔、とある愉快な人に言われた言葉だ…覚えておくと良い」

 

「そんなの女を甘く見ているわ!」

 

「そうね。女だからを理由に優しくされても嬉しくないわね」

 

 俺の言葉にすかさずマリンが反論し、姫さんもそれに同調している。

 これはアバンの教えになるはずだが、強い女性には効果がないのか、それとも発した人物次第で評価が変わるのか。

 

「それに、女子供相手に容赦なく攻撃してきたのは誰だったかしら? どの口でそんな事が言えるのよ」

 

 古い話を持ち出したマリンはここぞとばかりに口撃してくる。

 

「え〜っ!? でろりんってそんな事をしたんだ?」

 

 ダイは″非道を行ったのが俺である″と気付いた様だ。

 ブラスとの2人暮らしで良くぞここまで会話の機微を読み取れる子供に育ったものだ。

 

 これぞダイの大冒険七不思議の一つ、教育の鬼、その名はブラス!

 

「サイテーね」

 

「いや、あの時は俺も子供じゃねーか…」

 

 冷たく言い放った姫さんの言葉に思わず反論してしまう。

 

「おチビ君。私からも良いことを教えてあげるわ…言い訳する男はみっともないわ!」

 

「そうね。姫様の仰る通りだわ」

 

「う〜ん…」

「なんだこりゃ?」

『うわぁ!』

 

 ダイが腕を組んで考え始め俺が呆れると同時に、一人の神官が叫びを上げる。

 

 見ると進行方向の木の下で、巨大な芋虫的なモンスターであるキャタピラーが丸まって眠っていた。

 

「姫様を御護りしろ!」

 

 素早く飛び下がったアポロは、姫さんとキャタピラーの直線上に陣取り大袈裟な声を上げる。

 

「アポロ様、ここは我等が!」

 

 2人の神官が果敢に槍を振り上げキャタピラーに迫る。

 

「ちっ…余計な真似を」

 

 小さな声で吐き捨てた俺は、大地を蹴って素早く移動を開始する。

 神官達を一気に抜き去りキャタピラーの前に躍り出た俺は、僅かに伸ばしたブラックロッドを水平に構えて振り下ろされた二本の槍を受け止める。

 

「で、でろりん殿!?」

「何故、我等の邪魔を!?」

 

「ふんっ。無駄に殺める必要は無い…ダイっ!」

 

「うん!」

 

 俺の呼び掛けの意味に気付いたダイが即座に駆け寄ると、眠るキャタピラーに話し掛け移動を促した。

 

 眠りから覚めたキャタピラーは、もぞもぞと動き出し森の奥へと消え去った。

 

「へぇ〜。変人さんもおチビ君も凄いじゃない? 見直したわ」

 

「おい、変人呼ばわりされてんぞ?」

 

 ブラックロッドを縮め、腰の裏に仕舞いながらダイを見下ろし言ってやる。

 

「え〜ヤだよ…オレぇ」

 

「変人はあなたよ、でろりん! あなたがおチビな訳無いでしょ!!」

 

 俺のボケにマリンは目くじら立ててマジ突っ込みをいれてくる。

 洒落の判らない奴だ。

 

「じゃぁ俺がおチビ君…? チビなんかじゃないやいっ。ダイだよっ!」

 

 自身を指差し気付いたダイが、ワンテンポ遅れて姫さんに食って掛かる。

 

「キミ他にも特技とかあるの? 魔法とかさぁ」

 

 ダイの抗議を気にもせず膝に手を突き前屈みになった姫さんが、次なる質問を繰り出した。

 

「メラとギラ! バキだって使えるさ!」

 

 ダイは姫さんにピースサインを向けて誇らしげに言っているが、コレはマズイ…のか?

 

 イレギュラーな存在である俺が居るんだから当然と言えば当然、些細な違いと言えば些細だが、会話の内容が原作とは違う流れになっている。

 

「ふ〜ん? それくらいなら私にも出来るわよ? 他に無いの? 剣技とかさぁ?」

 

 実際にこの姫さんは現時点でギラを使えるハズだし、将来的にはベホマやザオラルまで身に付ける天才だったりするから困る。

 ダイの凄さに気付いてほしいが、果たして俺が口出しして良いものか?

 

 

「無茶言うな…ダイはまだ子供だ。筋力の必要な剣技はコレから身に付けていけば良いんだ」

 

 とりあえず、無難な意見で様子を伺うとしよう。

 

「子供でも勇者ならば他にも何かあるはずよ。あなたはその年頃でイオラを使いこなしていたわ」

 

「そうだな。キミのイオラには手を焼かされたもんだ」

 

 マリンが俺の凄さを語りだし、アポロもそれに同調してくる。

 ガキの頃に何度かやり合ったのを思い出しているのだろうか。

 

「すっげぇ! でろりんってヒャド系だけじゃなくイオ系も使えるんだっ!?」

 

「それだけじゃないわ。メラ系もバギ系も使えるわよね? 見たこと無いけどギラ系はどうなのかしら?」

 

 何故か誇らしげにマリンが語るのは気のせいか?

 どうでも良いが見事に邪魔をしてくれるもんだ。俺じゃなくダイのアピールをしてほしい。

 

「んなもん企業秘密に決まってんだろ? なんで教えなきゃなんねーんだ? てか、アポロまでくだらねぇ会話に入ってきてんじゃねーよっ。お前がササッと周囲を確認して進まなきゃ日が暮れちまうわ!」

 

「あ、あぁ、そうだな…すまない。マリン、姫様の事は任せたぞ」

 

「ダイ、お前も感心してんじゃねーよ。俺に言わせりゃ、その年でほとんどの契約を済ませているお前の方がすげぇっての」

 

 アポロを追い払った俺は、ダイの才能をアピールしておく。

 

「そーかなぁ? 契約が出来ても使えなきゃ同じゃないかなぁ?」

 

「あら? そんな事ないわよ。キミは知らないのね? 魔法の契約は人によっては絶対に成功しないモノも有るのよ。ホントにほとんどの契約が出来たなら、それ才能ある証拠よ…いつか強力な魔法も使える様になるわ」

 

「そうかなっ? 俺もでろりんみたいな勇者に成れるかなっ?」

 

「えっ? でろりん…みたいな?」

 

「それは…ちょっと…」

 

 ダイが″パァっ″と破顔させて喜ぶと、姫さんとマリンは俺の甲羅をチラチラ見ながら言葉を濁している。

 

 コレはアウトだな…。

 

 ダイに慕われるのは悪い気はしないし、俺が何も知らず、何もしていないなら共に過ごす資格が有ったかもしれない。

 しかし、誘拐犯である俺にそんな資格はなく、ダイの憧れる勇者は今後の為にもアバンであるべきだ。

 

「止めとけ。偽物を目指してどうする…ダイ、お前は本物の勇者になれ」

 

 中途半端に関わったのが間違いだったのだろう…俺は、でろりんとしてきっちりと幻滅されておくべきだったんだ。

 

「えー? 偽物とか本物とか解んないよっ」

 

「その内解るさ…とにかく、お前は俺の様には成るな…さぁ、安全確認も終わったみたいだ。ササッと進んで終わらそうぜ」

 

 再出発を促した俺は、一人密かに決意を固めたのだった。

 

 

◇◇

 

 

「アレがそうだよ」

 

 ダイは鬼の口を思わせる″地の穴″の入り口を指差して、目的地に到着した事を告げると、″ふぅ″と溜め息ついて手頃な岩に腰を下ろした。

 神官達は″地の穴″の奥から流れ出る異様な空気に戸惑っていたが、アポロが場を仕切り全ての神官達を引き連れて洗礼の準備をすべく地の穴に潜っていった。

 レオナ姫はダイに近付いてパプニカのナイフを抜くと、二言三言ことばを交わしている。

 

 少し離れて壁にもたれて腕を組んだ俺は、その光景を不思議な気分で眺めていた。

 やはり、過程が違っても原作と同じ様なイベントは発生するらしい。

 もしかしたら、もう何もしなくても全ては上手く行くのかもしれない……つい、そんな事を考えてしまいそうになる。

 いや、そもそも根本的に間違えたのかも知れない…アルキードを見捨て何もせず、ただでろりんとしての役割ダケを果たしていれば、こんなややこしい事には成らなかったハズだ。

 

「浮かない顔ね? 何か都合が悪いのかしら?」

 

 ダイと話し込むレオナに気を使ったのか、マリンが探りにやって来た。

 

「別に…ただ、俺はどうすれば良かったのか? と思ってな…」

 

「急にどうしたの? そんな漠然と言われてもわからないわ」

 

「そう、だな…すまん、忘れてくれ」

 

「あなた…やっぱり、姫様が仰るように…」

 

『うわぁぁ!! ド、ドラゴンだぁ!!』

 

 マリンが何かを言いかけたが、神官の叫びに遮られ続きは聞けなかった。

 どうやら、仕込んだドラゴンと無事に遭遇したようだ。

 

「ドラゴンだって? どうしてデルムリン島にっ? オレ、見てくるよ!」

 

「あ、待ってよ、ダイ君」

 

 姫さんの制止を振り切ったダイが地の穴に突入していく。

 

「いけません、姫っ」

 

 ダイを追うとするレオナの前に両手を広げたマリンが立ちはだかる。

 

「退きなさい、ドラゴンが出たならアポロ達を放っておけません」

 

「ダメです! 姫様を危険に晒す事になります」

 

「ならばマリンが行ってあげて。ヒャド系を得意とする貴女が行けばドラゴンの打倒が楽になるわ」

 

「ですが、姫様をお一人にする訳には…」

 

「パプニカの王女として命じます! 海の賢者マリンは太陽の賢者アポロと協力してドラゴンを倒しなさい! 大丈夫よ…ここには変人さんが居るわ…そうよね?」

 

 王女として凛々しく命じた姫さんは、俺を見て意志の確認をしてくる。

 すっかり変人さんで定着してしまった。

 

「ん? そうだな俺は地の穴に行かねーからな」

 

 ダイが心配と言えば心配だが、四肢の短いドラゴンの攻撃能力はそれほど高くなく、迂闊に近寄らず吐かれる炎に気を付ければ即死の危険は高くない。

 むしろ厄介なのは鋼鉄より堅い皮膚と言われるその防御能力であり、生半可な攻撃や初級魔法ではゲームと違ってノーダメージだ。

 魔法主体のアポロ達なら自然と距離を取り、効き目の薄い魔法で時間を掛けて闘うだろう。

 つまり、ドラゴンは賢者の足止めにうってつけのモンスターなのだ。

 

「わかりました…でろりん、姫様にもしもの事が有れば私はあなたを許しませんから」

 

「そうかよ…そんなことよりダイの事も頼んだぜ」

 

 姫さんに一礼して地の穴に駆けていくマリンを見送った。

 

 さてと…おあつらえむきに姫さんと二人きりになれたし、もう一手打つとしよう。

 

「漸く二人きりになったわね…さぁ変人さん、あなたは何を企んでいるのかしら?」

 

 姫さんは俺が手を打つよりも早く、王者の表情で俺をじっと見詰め、核心を突いてくるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27

いよいよ苦しくなってまいりました。










「漸く二人きりになったわね…さぁ変人さん、あなたは何を企んでいるのかしら?」

 

「…何故そう思う?」

 

 偶然を装いダイの紋章を発現させるダケの予定であったが、幻滅を望む今の俺に隠す気は毛頭なく、今後の参考の為にもバレた理由を聞いておくとしよう。

 

「あら? 言い訳しないのね?」

 

 ゆっくりと近付いて来た姫さんが俺の正面で立ち止まる。その距離、僅かに数メートル。

 

「どのみちバレる話だ……で? 何故判った?」

 

「本気で言ってるの?

 名声を得ようとしながら獣王を見逃がし、強欲にお金を稼いだかと思えば惜しげもなく寄付を行い、勇者になろうとしているのかと思えば子供を勇者と推薦する…パッと思い付くだけでもこれだけ矛盾を抱えているのがあなたじゃない」

 

「それで? 矛盾が有るから企んでるってのは些か強引じゃねーか?」

 

 矛盾があるのはずるぼんやまぞっほにも見抜かれているし、俺が聞きたいのはそんな事じゃなく、もっと具体的な話だ。

 

「そうねぇ。証拠もなかったし、ホントは見逃すつもりだったわ…害が無さそうに見えたのも見逃そうと考えた一因ね。でも、こうもあからさまだとそうもいかないのよね」

 

 姫さんは″やれやれ″といった感じで″ヤるならもっと上手にやりなさい″と言いたげだ。

 

 うーん…?

 

 隠してるつもりだったがバレバレなのか?

 

「だからっ…何がっ!?」

 

 小バカにされた風に感じた俺は、思わず声を荒げてしまう。

 

「自分では気付かないのかしら? キャタピラーが現れた時に何をしたのか覚えてるわよね? ″無駄に殺める必要無い″……こう言ってキャタピラーを…いえ、ダイ君の友達を護ったあなたがドラゴンに驚かず、何もしないのは何故かしら? 放っておけば死人が出るし、ダイ君だって危険な目に合うわ」

 

 姫さんは強い光を宿した瞳で俺をじっと見詰め、静かに力強く考えを述べている。

 

 なるほど……器が違うとでも言うのだろうか? この姫さんは既に王者として物事の真贋を見抜く眼を備えているようだ。

 

「……続けな」

 

 壁にもたれ腕を組んだ俺は、内心で白旗を上げると瞼を閉ざして小さく先を促した。

 

「あなたはドラゴンが居るのを知っていて、尚且つ死人が出ても無駄じゃないと考えているのよ。そして、それはダイ君の為ね? 仕草を見ていれば分かりました…あなたはとても彼の事を大切に思っているわ。そんな彼がドラゴンに近付くのを止めようともしなかった。つまり、ダイ君に試練を与える為にあなたがドラゴンを用意した……違いますか?」

 

 大したもんだ。

 僅かな情報からこうも正確に答えを導き出せるモノなのか?

 これが本物の洞察力なんだろう。俺の原作知識によるカンニング的洞察力とは根本的に違う様だ。

 本来なら俺が太刀打ち出来る相手じゃない……だが、俺には絶対的なアドバンテージ、原作知識がある。

 これを駆使してやってみるさ。

 

「ご名答……流石″正義の使徒″は違うな」

 

「正義の…使徒?」

 

 姫さんは俺が発した聞き覚えがないであろう言葉に疑問符を浮かべて繰り返し呟いた。

 

「気にすんな…こっちの話だ。それであんたはダイの事をどう見る?」

 

「…? 解らない人ねぇ? 否定もせずに質問するの? あなたの謀略は王女様を危険に晒しているのよ? これがどういう事を意味するか判ってるの?」

 

「言ったろ? どのみちバレるってな」

 

 原作において親の仇ですらも赦した姫さんだ。

 一時期的に罪人と成っても、魔王軍の侵攻で活躍すれば恩赦が与えられる確信めいたモノが俺にはある。

 

「王女様にバレたら不味いと思わないのかって聞いてるのっ! 全っく…これだから変人さんは……マリンが苦労するのも頷けるわ」

 

「マリンは関係ないだろ? とにかく早く答えてくれ。あまり時間をかけたくないんだ」

 

「はぁ……答えてあげるけど私の質問にも答えて欲しいものね? ちょっと背は低いけどそれなりに才能有りそうだし、将来の有望株ね……これで満足かしら?」

 

「十分だ……デルパっ!」

 

 懐から″魔法の筒″を取り出した俺は、姫さんの背後に向けるとキーとなるワードを唱え、筒の中で保管していたモンスターを放出する。

 

 ″ぼん″と音を上げ煙と共に尻尾をこちらに向けた″魔のサソリ″が出現する。

 

「何なの? このモンスター!?」

 

 振り返り背後に出現した大きなサソリを確認した姫さんは、俺の至近距離まで詰め寄ると人差し指を立てて抗議してくる。

 

「ダイに試練を与える……あんたを無駄に殺す気は無い。黙ってぐったりしてくれれば有難いんだが……頼めるか?」

 

 ダメで元々、抑揚を抑えた声で姫さんに協力を依頼してみる。

 

「何言ってるの!? やっぱりドラゴンもあなたの仕業ねっ! こんな事をして死人が出たらどうするつもりっ? 大体ねぇ、こんな方法で強くなれたとしてあの子が喜ぶとでも思ってるの!?」

 

 自分の試練の為に他人を危険な目に合わせる。

 ダイならこんな事を望む訳もなく、姫さんがそれを確信しているならば、二人の仲は先程のやり取りで幾分か進展したのだろう。

 原作通りレオナ姫がダイの護るべき人になるならば、俺はヒールに徹するダケだな。

 

「別にダイを喜ばせるつもりも無駄に死人を出す予定も無い。それに、万一死人が出てもザオラルを使って生き返らせれば良い」

 

 

「あなたザオラルが使えるの!?」

 

「言ったろ? 俺はデロリンスリーだってな……3の勇者だからザオラルが使えるって相場は決まってんだよ」

 

「スリー? 相場? 一体何の事かしら? いえ、それよりも″死んでも生き返らせれば良い″だなんて危険な考え方を認める訳にはいきません! あなた、人の命を何だと思っているの!!」

 

 おかしい。

 ″死んで生き返らせる″は元・神も選択した完璧な手段なハズなのに姫さんは完全にキレており、今にも殴られそうだ。

 姫の協力が得られたらコトはスンナリ運ぶのに、思惑通りにいかないらしい。

 

 魔のサソリが尻尾を振り上げ姫さんの背後からにじり寄ってきている。

 

 もうゆっくり説得している時間はない。

 後で取り繕えるように尤もらしい事を述べて、計画を実行に移すとしよう。

 

「命は……人の数だけ存在する最も尊いモノだな」

 

「えっ…!? そ、それが解っているなら何故!?」

 

 俺の答えに姫さんは″キョトン″としている。

 漸く一矢報えたらしい。

 

「従って、俺にとって最も尊いモノは俺の命だ。だから俺は俺の為に…」

 

 ″パシィーン!!″

 

 持論を言い終える前に力一杯頬をブたれた俺は、正面を向き直し姫さんを″キっ″と睨み付ける。

 

「あなた…最低ねっ」

 

「ふんっ…何とでも言いな……あんたが何を言おうがどれだけ偉かろうが、力が足りなきゃ俺は止められねぇよ。死にたくなきゃ黙ってじっとしてるんだなっ!」

 

 太ももの側面から短剣を引き抜いた俺は、姫さんの剥き出しの二の腕を切り付ける。

 

「きゃっ……私にこんな事してただで済むと思ってるの……ホイミ!」

 

 二の腕を押さえて二三歩後退った姫さんは、すかさずホイミを唱えた。

 短剣には軽めの毒を仕込んでいたが、姫さんがキアリーを使えるなら俺の苦労は水の泡だ。

 

「思ってねぇさ…裁きなら一年後に受けてやる。だから今は黙ってじっとしてくれないか? 俺にアンタを殺す気はないんだ」

 

「こんな事をしておいて信じられる……うっ」

 

 案の定、俺の言葉に耳を貸さず非難の声を上げた姫さんの鳩尾にボディブローをめり込ませ意識を奪う。

 ぐったりする姫さんをお姫様抱っこで抱えあげると、いよいよ襲ってきた魔のサソリの攻撃に気を配る。

 

 巨大なハサミを振り回し迫りくる魔のサソリの攻撃を後退って避けながら″地の穴″の入り口に近付いていく。

 

「ダイーっ!! 戻って来いっ!!」

 

 俺は入口から内部に向かって叫ぶと、姫さんを抱き抱えたまま魔のサソリが繰り出すハサミと尻尾の攻撃をやり過ごす。

 大振りで単調な攻撃に当たる気は全くしないが、こんな事ならダイが現れる直前に″デルパ″を唱えれば良かった。

 

「どうしたの!?」

 

 間も無く息を切らせたダイとゴメが戻って来た。

 パッと見たところ怪我もなく、他に戻って来た人も居ない様だ。

 

「魔のサソリが現れやがった! この島どうなってんだ!? ヒャド!」

 

 地を這うヒャドを唱えて魔のサソリの脚の一本を大地に張り付けた俺は、ダイを責める様な口調で偽りの状況を説明する。

 

 自分で用意しておいて、我ながらよくやる。

 

「俺にも判らないよ! レオナ姫はどうしたの!?」

 

 ダイは俺の腕の中でぐったりする姫さんの異変に気付いた様だ。

 

「腕に毒を受けた。傷はホイミで癒したが俺はキアリーを使えねぇ…お前はどうだ?」

 

「ごめんっオレも使えないよ! 魔のサソリの毒は毒消し草じゃ消えないってじいちゃんが言ってた。このままじゃ姫が死んじゃうっ…」

 

 姫の赤く腫れ上がる二の腕を確認したダイは、目尻を下げた困り顔で″ピィピィ″鳴いて飛び回るゴメに解説しているが、少しマズイ。

 

 こんな事で″神の涙″が発動すれば全俺が泣く。

 

「そうか……とりあえずダイは姫さんを頼む。ゴメは神官を呼んできてくれ。俺はあのサソリを片付ける」

 

 ダイに姫さんを押し付けゴメが地の穴に飛んで行くのを見届けた俺は、腰の剣を抜いて魔のサソリと対峙する。

 

「オレも手伝うよ!」

 

「必要ない! お前は姫さんを護ってろ」

 

 このサソリと慕われるでろりんの役割はもう終わりだ。

 

 しかし、考えてみれば何もかも酷い話だな…このサソリだって俺に拐われなければ″龍のねぐら″で天寿を全う出来ただろうに…。

 

 いや、考えるな。

 

 今の俺にはこうすることしか思い付かない。

 大事なのは本来なら成人を迎えるまで現れない紋章の発現であり、俺の迷いは二の次だ

 

「はぁぁぁ!!」

 

 俺は迷いを振り払う様に雄叫び上げて魔のサソリに突進する。

 

 サソリは″ブンっ″と右のハサミを振り上げ応戦しようとするも……遅い!

 サソリの眼前に飛び込んだ俺は、振り上げられたハサミを下段から切り上げ付け根から切断すると、身体を反転させて左のハサミも切り落とす。

 

「危ないっ!」

 

 ダイの危険を告げる声を聞くまでもない。

 振り下ろされる尻尾をバックステップで避けると、地面に突き刺さった尻尾を横凪ぎに切り払う。

 

「これで終わりだ…」

 

 サソリの攻撃手段を奪った俺は、トベルーラを使い垂直に上昇しながらイオラとなる光球を左手に産み出し、サソリとダイの位置をしっかりと確認する。

 

 この″地の穴″の入り口前に広がる空間の下には空洞がある……イオラを放てば原作通りに崩落を起こしダイはサソリ諸とも地の底だ。

 しかし、無事に落下できる保証もなく一抹の不安はある。

 

 だがヤるしかない。

 

「……イオラっ」

 

 真下に向かってイオラを放つ。

 ダイとサソリの間に着弾したイオラが″ドォーン″と爆音あげて炸裂すると大地にひび割れが走り瞬く間に崩れていく。

 

「うぁぁぁ!?」

 

 叫びを上げたダイがサソリと共に地の底へと落ちていく。

 

 思ったより広範囲に穴が空いたが大丈夫か?

 

「ダイ! 無事かっ!?」

 

 穴の淵に着地した俺は、崩れない様に気を付け下に向かって大声で叫んだ。

 

「うんっ! 姫様も生きてるよ!」

 

 直ぐにダイから最良の返事が聞こえ″ホッと″胸を撫で下ろす。

 

「すまん! 俺はもう魔法力が無い! なんとか自力で脱出してくれ! 早くしないと姫さんがもたねぇ!!」

 

 下手に動き回るより、俺や神官の助けを待つ方が賢明なのは明らかだ。

 ダイがコレに気付く前に不安を煽り、自力脱出へと誘導する。

 

「わかった、やってみるよ!」

 

 疑う事なく歩き始めたダイの足音が、地の底で遠ざかっていったのを確認した俺は、壁際の岩に腰を下ろし天を仰いだ。

 

「ふぅ……コレで良い」

 

 あとはライデインが落ちるのを待つダケだ。

 ここまでくれば目覚めた姫さんが何を言っても関係無い。

 アポロやダイと争う事は覚悟の上での行動だ。

 

 

 こうして、ライデインが落ちるのを待つ俺は、喧嘩を吹っ掛ける尤もらしい理屈を探して頭を捻るのであった。

 













原作沿いを演出すれば、死にかねないのが大問題ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28

「遅かったな? ドラゴンはどうした?」

 

 変わり果てた目の前の光景に″これは?″と戸惑うアポロ達に声をかける。

 

 地の穴の入口からぞろぞろ出てきたアポロ達は、所々焦げて肩を借りて歩く者もいるが、総勢12名とゴメが太陽の下に無事に姿を現した。

 

「姫様はどうしたの!?」

 

 最大の異常に最も早く気付いたマリンが、大地にぽっかり開いた穴の向こうで険しい顔して問うてくる。

 

「穴に落ちた……」

 

「…っ!? あなたねぇ!!」

 

「止せっ、マリン!

 ……何が有ったのか説明を求める」

 

 アポロが腕を上げてマリンを制止する。

 俺はほぼ正面に″地の穴″の入口が見えるポジションに腰を下ろしており、背後には崖、手前に直径5メートル程のダイが落ちた穴があり、その向こう目算で50メートル程の所に入口があり、遮る物は穴の他には何もない。

 

 逆に言えば地の穴から出たマリンと俺の間には障害物となる″穴″が有り、コレがなければアポロが止める間も無く詰め寄られていただろう。

 

「魔のサソリが現れてイオラをぶっ放したら穴が開いた。ま、不可抗力ってヤツだな」

 

 誤魔化してもダイと姫さんが戻れば簡単にバレる話である。しかし、落雷が落ちない現状では時間を稼ぐ必要があり、こちらから真実を語る事は無い。

 座ったままでお手上げのポーズをとった俺は、マリンの怒りを掻き立てる様″しれっ″と言ってやる。

 

「不可抗力ですって!? 悪びれもせずよくもそんな風に言えるわね!」

 

「止せっ! ……ダイ君は何処に?」

 

 目論見通り怒るマリンとは対照的に、アポロは冷静にダイの安否を確認してくる。

 

「姫さんと一緒に地の底だ。今頃姫さん背負って出口を探してんだろ。ダイは意識があったからな」

 

「どうしてそんな真似をさせたのよ! あなたが降りれば良いじゃない!」

 

「あん? なんで俺のせいになってんだよ? 魔法力の尽きた俺に穴ん中飛び込めってのか?」

 

「そうよっ……あなたを…信じたのに」

 

 力無く告げたマリンは俯き顔を背けた。

 

「はぁ? 人のせいにしてんじゃねーよ。これは偽勇者なんかを試そうとした姫さんの思い上がりが招いた結果だ」

 

「なんですって!?」

「貴様! 姫様を愚弄する気か!!」

「アポロ様! 王家を侮辱するこの様な輩は捨て置けません!」

 

 マリンの叫びに合わせて何名かの神官も槍を握り締め、殺気立っている。

 

 やはり、王家を侮辱するのが効果的だな。

 

「静まれっ! でろりん……姫様が穴に落ちられたのは間違いないのだな?」

 

 

「あぁ。ついでに毒を喰らってるのも間違いねーよ」

 

「そうか……キミの処遇については後回しにしよう。出来ればそのまま妙な真似をせず、そこでじっとしていてくれないか?」

 

「はいはい。俺はここから動かねーよ。何だったら腰の剣も手放してやるぞ?」

 

 おどける口調で言った俺の提案を聞き流したアポロは、憤るマリンと神官達を宥め次々と指示を出していく。

 慌ただしく動き始めた神官達は、木箱からロープを取り出し片側を穴の中に垂らすと、もう片側を木の幹にしっかりと結んだ。

 漏れ聞こえる会話から、6人の神官が地の底へ降りて三組に別れ姫さんを探そうとしているようだ。

 

 どうする?

 

 ダイが落ちてから、かれこれ30分近くになるが未だに落雷は起こらない。

 ダイは人ひとり背負って迷いながら進んでいる。

 そんなダイに追い付くのは、そう時間の掛かる事ではない……神官達を邪魔すべきか?

 

 腰を浮かし立ち上がろうとしたその時、晴れ渡った空に雷雲が広がり、大地に向かって閃光が走る。

 

 ″ドぉーん!!″

 

 一瞬遅れてけたたましい音が届き、小刻みな振動も襲い来る。

 

「何事だ!?」

「今の光はなんだ!?」

「この島どうなっている!?」

 

 腰を落として座り直した俺は、神官達があわてふためくのを黙って眺める。

 ダイは″目隠しをしてもデルムリン島を一周出来る″と豪語する男だ。

 そんなダイならば此処まで一直線にやって来るのは想像に難くなく、ごちゃごちゃ言ってないで神官達には早く地の底に行ってほしいもんだ。

 例え神官がどれだけ居ようと遅れを取るつもりはないが、安全確実に暴れるならば少ないに越したことはないのである。

 

 俺の勝手な想いが通じたのか、ざわざわしていた神官達がある程度の落ち着きを取り戻すと、ロープを伝って地の底へと降りていった。

 これで残りはアポロとマリンに4人の神官。

 あとはダイの登場を待って、喧嘩を売るタイミングを見計らっていれば良い。

 

 両膝に両肘を乗せた前傾姿勢で手を握り合わせた俺は、静かにその時が来るのを待った。

 

 

◇◇

 

 

「おーーいっ!」

 

「みんなっ無事!?」

 

 森の中から元気なダイと姫さんの声が聞こえる。

 

 神官達は″姫様!?″と喜色を浮かべてどよめき、マリンはジト目で俺を睨み、アポロは腕を組んで瞳を閉ざし何事か考えている様だ。

 間もなく″ガサガサ″と枝葉を掻き分けて、ダイとレオナ姫が現れた。

 

 姫さんは自分の足でしっかりと立っており、ダイは浮かない表情をしている。

 

「あら? 逃げなかったのね?」

 

 広場に着くなりキョロキョロして俺を見付けた姫さんは、穏やかな口調で話し掛けてくるも、その表情は真剣そのものである。

 

「逃げる必要がない」

 

「そう……大人しく捕まってくれるのかしら?」

 

 捕まえる……つまり俺は犯罪者。

 

 当然の認識だろう。

 

 しかし、気落ちする事はなく、むしろ好都合だ。

 このままふてぶしく挑発を続け戦闘に持ち込む事が出来れば、ダイの紋章を発現させられそうだ。

 ダイの表情からも姫さんから事情を聞いたと見るべきで、俺が姫さん殺害の意思を見せれば、必死に止めようとするだろう。

 

 

 ん?

 

 これだと俺がバロンの代わりか?

 

 自らの行いが元凶とはいえ因果なもんだな…。

 

「何が可笑しいのかしら?」

 

 無意識に自嘲した笑みが浮かんだようだ。

 

「いや…王族ってのはつくづく自分本位だと思ってな。 自分が殺される理由に心当たりが無い…ってか?」

 

「無いわね。良かったら教えてくれないかしら? 変人さん」

 

「アンタが死ねば跡継ぎの無いパプニカはお家断絶。パプニカに暮らす人々は、ムカつく王家の支配から解放されてメデタシメデタシって寸法だ。簡単な話だろ?」

 

「そんなのおかしいっ! どうしてそんな事でレオナ姫を殺そうとするんだよ!」

 

「ダイ……知ってるか? 王家ってのは勝手なんだ。……権力と言う名の絶対的な力でこの世を支配している。俺は……王家の支配を打破する為に腕を磨いてきた」

 

「そんな事ないわっ。パプニカ王家は民の声に耳を傾け、民の為に日々を捧げているのよ!」

 

「はんっ。だったら姫様が誰よりも豪華な暮らしをする理由はなんだ? たかが小娘1人の洗礼に神官ぞろぞろ引き連れやがって……何様のつもりだ?」

 

「姫様は王女様だ。国の要である姫様の安全を護るのは国として当然だ」

 

「ふんっ。お前とは根本的な考え方が違うんだよ。俺は要としての王族が必要無いと言っている。王家なんざ無くたって国は纏まるっつーの」

 

「興味深い事を言うじゃない? 王家を廃してどうするのか是非とも聞きたいわね? 変人さんが王家にとって変わるのかしら?」

 

「知るかよっ。残った人間が知恵を出し合って国を運営していくんじゃね? どうだ、アポロ? お前ならパプニカを導いて行けるんじゃねーか?」

 

「話にならないな。そんな短絡的な考えで行動を起こしたのなら、失望を禁じ得ないな……キミにはもっと崇高な考えがあると思っていたよ」

 

「言ってくれる……マリンはどうだ? 姫さんより強いお前が国の頂点に立つのが当然だと思わねーか? 所詮この世は力が全てだ!」

 

「でろりん……がっかりさせないでよ。今なら、姫様も許して下さるわ。私も一緒に謝ってあげるから馬鹿な考えは止めなさい」

 

「あん? 何が馬鹿だ。どいつこいつも王家の犬かよ……くだらねぇ」

 

「くだらないのはあなたよ、でろりん。もう少し考えがあるかと思い黙って聞いていましたが、力が全て等という考えを認める訳にはいかないわ」

 

「力を握って離さない一族が何を言ってんだか……力が全て! コレを否定したいならこの場で俺を止めてみろ!」

 

 俺が軽くジャンプして穴を飛び越えると、アポロ達は素早く姫さんを護る陣形を取った。

 4人の神官が最前列で槍を構え、アポロが二列目に控え、手を繋いだダイと姫さんは、三列目で何時でも″地の穴″へと逃げれるように構えている。

 地の穴に身を入れたマリンは最後尾で背後にも備えている様だ。

 いつぞやと違いしっかり戦闘開始と認識されているようだ。

 

「この狼藉者がっ」

「アポロ様! ここは我らが!」

 

 最前列で横一列に並んだ神官の内の二人が槍を振り上げて迫り来る。

 

 突いてこその槍だと思うが、武器を生業としない神官ならばこんなもんか?

 

 迫る二人の攻撃に合わせて一歩踏み込んだ俺は、神官の手首を素早く掴むと背後の崖にぶん投げる。

 

「こんな程度か? イオ!」

 

 左右の手に産み出したイオを崩れ落ちた神官の腹に放って意識を奪う。

 

 まずは2人。

 

「何? 今の?」

「人が飛んだぁ!?」

「突進力が巧みに利用されている!? これは迂闊に近寄れないぞ」

 

 ダイが驚きアポロは冷静に分析している。

 

 あの野郎…。

 見ただけで空間を制する牙殺法の技を理解するのか? 実は剣を握らせても強いんじゃねーか?

 

「ならば、ここは我らが!」

「いくぞ! メラミ!」

 

 残り2人となっと神官が同時にメラミを唱える。

 

 俺は左の籠手から三本爪を出現させると、迫る二つの火球を切り裂いた。

 

「ばっ、馬鹿な!?」

「仕込み爪だと!?」

「爪を高速で振るう事によって真空を生み出し、魔法を切り裂いている!? あれは、まるで……」

 

 海波斬、とでも言いたげだが、何故アポロが知っているんだ?

 

 まぁ、良い。

 先に棒立ちの神官を片付けよう。

 

「伸びろ! ブラックロッド!」

 

 爪を仕舞いブラックロッドを両手でしっかり握った俺は、魔法力を籠めて物干し竿を越える長さに伸ばすと、片足上げてバックスイングの体制に入る。

 

「いかん!? アレはオチアイ流シュイダシャ剣だ! 伏せろ!」

 

 アポロが御丁寧に技名を上げて警戒を促すも、神官達は訳が解らず困った顔で棒立ちだ。

 てか、覚えてんじゃねーよ。

 

 内心で悪態を付いた俺は、ブラックロッドを遠慮無く振り切りって、二人纏めて左の森へとブッ飛ばした。

 

「さて、と……残すはお前達だけだな……ダイ、お前は関係無い。ブラスじぃちゃんとこに戻ってな」

 

「……イヤだ! どうして…どうして、こんな酷いことするのさ!」

 

 ダイは首をブンブン振っては叫んでいる。

 

 ダイを混乱させない為にも、しっかり敵であると語り聞かせる必要がありそうだ。

 

「そう、だな…………昔々あるところに、勇者を目指す少年がおりました」

 

「変人さんの事かしら?」

 

 姫さんの突っ込みを黙殺した俺は、淡々と考えながら語っていく。

 

「ある日の事、少年は王女様を救おうと燃える火炎の前に飛び出しました……少年は熱さに負けずなんとか王女様を救う事に成功しました……王様は喜び褒美をとらすと言いました。少年は剣が欲しいと告げました。するとどうでしょう? 王様だけでなく配下の者まで″強欲だ″と嘲り、罵るではありませんか……」

 

「え…? どうして? でろりんは王女様を助けたんだろ?」

 

 要求した剣が伝説的な名剣だったからだな。

 まぁ、詳しく語ると粗が出るのでダイの突っ込みも適当に流そう。

 

「奴等は人を見下してんのさ……少年は思いました……王様は助けられて当然と考えている…自分の必死な想いは王様にとって当たり前であり、称賛されるモノでは無かったのだ、と…」

 

「それは…違うわっ」

 

 マリンが叫ぶ。

 

 違うも何も、元々でっち上げで議論に値するような話ではない。

 黙ってろ……そんな想いでマリンに視線をおくり、話を続ける。

 

 

「違わねーよ……少年は考えました……我知らず、驕り高ぶる王族こそが悪であり、王家の支配が魔族の侵攻を招いているのではないか、と……少年は決めました……世界の破壊を防ぐ為、先ず滅ぼすべきは驕れる人間、王族である、と…」

 

 芝居がかった口調で淡々と語り終えた俺は、聞き入っていた4人の顔をゆっくりと確認していく。

 

 4人は予想以上に神妙な顔付きで″しんみり″とした空気が漂っている。

 

 やり過ぎたか?

 

 だが、王女を襲うなりの理由がないと不自然だ。

 慣れない演技をしたせいか頬を流れた汗を無造作に拭った俺は、4人の反応を待つのだった。

 








アルキード王はバランを上げる為に、でろりんを下げている割とどうでも良い裏事情。


次回、
「でろりん無双」

「大魔道士と偽りの勇者」

二話同時にアップ予定。
3月8日迄にはなんとか仕上げたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29

「……あなた、泣いているの?」

 

「はぁ? 誰がだ?」

 

 マリンの言葉を否定しつつも目尻に触れると、そこには涙が溜まっていた。

 

 汗じゃない…?

 

 何故だ? こんなでっち上げの小芝居で泣く理由など俺には無いハズだ。

 

 指先に付いた涙を見つめ呆然としていると、ダイが最前列に出てきた。

 

「オレ、でろりんがどんな酷い目に合ったのか知らない…だけどっ、こんなの間違ってる……王様が悪くたってレオナは悪くないんだろっ? だから、上手く言えないけどっ、こんな事してほしくない!」

 

 ダイは真っ直ぐな瞳で俺に訴えかけてくる。

 

 正視に耐えない俺は、顔を背けるしか無かった。

 

「貴方の言い分には一理あるわね。でも、私は貴方の為にも殺される訳にはいかないわ。別に命が惜しくて言うんじゃないわよ? 王族の支配に問題が有ると提起するなら、一緒に考えれば良いのよ……貴方が罪を犯す必要は有りません。知ってるかしら? 正義無き力は暴力よ……暴力で世界は変えられないわ」

 

「そうよっ! 姫様がこう仰ってくれるなら一緒に考えましょう! 私達が争う理由は無いわ」

 

 知ってるも何も、世界を変えようだなんて思っちゃいない。

 

 それに、俺だって争いたくてやってんじゃないんだけどな……ダイが居て姫さんがはしゃぎ、くだらねぇ会話をマリンと交わす……悪くない時間だったさ。

 

 だけど…。

 

 大魔王が倒れるその日まで、俺は日々を楽しむ訳にいかないんだ。

 それが、世界の破滅へと歴史の舵を切った俺の責任であり、自身の生き残りを賭けて頑張るしかない。

 

「なんだそりゃ? 俺達は敵同士なのに主従揃って甘いんだな」

 

 涙を拭い捨てた俺は、正面を向き直しふてぶてしく言い放つ。

 

「敵っ!? そう……私達は敵同士なのね」

 

「マリンは下がっていなさい。でろりん、貴方が受けた屈辱は私には判らないモノかも知れません。ですが、怒りに任せて暴力を振るうなら魔物と変わらないじゃない? 人間らしく話し合いましょう! 話し合えばきっとお互い理解出来るはずよ」

 

 力が全て。

 この言葉を否定するかの様に、マリンを制した姫さんは堂々と歩み言葉をもって俺に挑もうとしている。

 毒の短剣で切り付けた事が無かったことになっているのか、俺を見る姫さんの瞳には批難の色さえ浮かんでいない。

 この姫さんなら、俺がでっち上げた問題ですら解決するかもしれない。

 

 だが、今はそんな事は全く関係無く、大魔王は言葉で倒せる相手でもない。

 事情を知るから言えるんだ……″大魔王″とは悪魔の王ではなく魔族の王であり悪ではない。

 神に虐げられる魔族の為に、確たる信念を持って地上破壊を企てる大魔王を誰が責められようか?

 大魔王との争いは結局の処、互いの存在を掛けた生存競争である。

 しかし、単純故に不可避のモノであり大魔王を否定するには″言葉″でなく″力″が必要なんだ。

 その為には是が非でもダイには強くなってもらわなくてはならない。

 

 チラリと視線を動かしアポロの位置を確認する。

 何時でも対応出来る様に姫さんの横にしっかり着いて来ている。

 この位置にアポロが居るなら大抵の魔法は″フバーハ″で防げる。

 

 言葉でダイの怒りを買うのが難しいなら行動あるのみ。ついでに言葉が通用しない相手が居ることを姫さんに教えてやろう。

 

「理解も同情もいらねーよっ……同情するなら死んでくれ! メラゾーマ!!」

 

 問答無用とばかりに会話を打ち切った俺は、レオナ姫に向かってメラゾーマを唱えた。

 

「正気かっ!? フバーハぁ!!」

 

 姫さんの前に素早く躍り出たアポロが予想通りフバーハを唱えると、ドーム状の光の壁が生まれ俺のメラゾーマを遮断する。

 この世界のメラゾーマが弱いのか、それともフバーハが強いのか?

 光の壁に遮られダイと姫さんはノーダメージだ。

 

「まさかダイ君を巻き込んで攻撃してくるとは思わなかったわ……どうやら本気の様ね」

 

「そんなっ…どうして!?」

 

 暴挙としか言えない俺の攻撃に、自信に満ちた姫さんの顔が幾分か曇り、ダイは完全に混乱している。

 

「ふんっ…フバーハか…やるじゃねーか」

 

「貴様こそメラゾーマを身に付けているとはな……だが! この光の壁は突破出来んぞ!」

 

 激昂するアポロがドヤ顔で語っているが、フバーハとて万能じゃないのはマトリフから学んでいる。

 

「突破する必要がない……伸びろ! ブラックロッド!!」

 

 フバーハとは吹雪や火炎、そして幾つかの魔法を防ぐ対魔法結界である。

 その一方で物理的な攻撃に対して何の効果も果たさない。

 

「なん、だと!?」

 

 杖先を刺叉状に展開したブラックロッドでアポロの腰を挟んで浮かせると、そのまま伸ばして結界外まで押し出していく。

 アポロは両手で杖を掴みバタバタと足掻いているが、地に足着いていない状態では悪足掻きに過ぎない。

 ″地の穴″横の壁にアポロを押し付けると、ブラックロッドに更なる魔法力を送り込む。

 

「お前は寝てな! イオラ!!」

 

 ブラックロッドは杖である。如何に形状を変えようとも″杖先″から魔法を放つのは可能だ。

 打撃武器に見せかけてからの、零距離イオラ。

 コレを初見で見抜ける奴などいやしない。

 

 目論見通り、杖を握るアポロの手が離れ″だらん″と腕をぶら下げる。

 

「アポロっ!? そんなっ……今、ベホイミを」

 

「やらせねぇよ!!」

 

 杖を縮めアポロを解放した俺は、伸びきったブラックロッドを振り回し、地の穴から飛び出し回復に走るマリンを弾き飛ばした。 軽々と振るう様に見せかけているが、10メートル近い杖を振り回すには見た目以上の力が必要で、魔法力で力をブーストしなければ扱えない俺の消耗は激しく、多用の出来る技でもない。

 早目にダイの怒りを買わないと、じり貧になるのは目に見えている。

 しかし、肝心のダイは姫さんを押し倒して杖のスイングから身を挺して庇ったまま、姫さんの上から動こうとしない。

 

「ダイっ!! そこを退けっ! 俺が殺さなきゃなんねーのはお前やアポロじゃない! その姫さんダケで良いんだっ」

 

 姫さんを殺す気も0だけど、今のダイがコレを見抜くのは不可能だろう。

 不可能だからこそ、こう言えるのだ。

 ダイは退けと言って退くような奴でもなければ、如何なる理屈を捏ねても殺人を見逃す奴でもない。

 

「イヤだ! レオナだって殺さなくたって良いだろっ……何となくだけど、オレ、わかるんだっ…でろりんはホントはこんな事したくないって!」

 

 案の定首を振って否定したダイは、予定外に俺の内心を見抜いている。

 

 俺はヘマでもしたのだろうか? いきなりメラゾーマを食らわした俺を未だに信じる理由などない筈だ。

 

「……やりたい、やりたくないの問題じゃない! 大人には嫌でもやらねばならない時があるんだっ! 分かったらソコを退け! それが嫌ならお前の力で俺を止めてみろ!!」

 

 ブラックロッドを収納した俺は、腰の剣を抜いて地に伏せるダイ達にゆっくりと近付いていく。

 

「ヒャダイン!!」

 

 詠唱が聞こえた方を振り向く。 立ち上がったマリンが両手を伸ばし、問答無用でヒャダインを唱えた様だ。

 

 うん、悪くない。

 敵である俺と余計な問答など必要なく無言でヒャダインはマリンにしては良くやった方だ。

 惜しむらくは、詠唱しなければならない言葉を叫んでしまった事だろう。

 

「ちっ、黙って寝てれば良いものを! メラゾーマ!!」

 

 若干の余裕があった俺は、一歩飛び退き火炎呪文をもって相殺を試みる。

 

 ぶつかり合った魔法が水蒸気へと代わり消滅した。

 

「あなたが姫様を襲うなら、私は姫様を命に代えても護る! それが私の役目よ!」

 

「ふんっ…御立派な事だが、知らないようだな? 力無き正義は無力なんだよ! お前じゃ俺は止められねぇ! ベギラマぁ!!」 

 

「そんなっ!?」

 

 驚愕の表情で固まったマリンに、俺の放った閃熱が一直線に襲いかかる。

 マリンは腕をクロスさせて眼前を護ろうとするも、元々胴体狙いだ。

 

 土手っ腹にベキラマの直撃を喰らったマリンがその場に倒れ込んだ。

 

「退いて、ダイ君……彼の狙いは私よ」

 

 言いながらダイを押し退けた姫さんは、立ち上がって衣服に付いた砂埃を叩いている。

 

「ヤだよ…どうして…」

 

「悔しいけど、私達じゃ彼は止められないわ・・・変人さん、私が死ねば他の人は助けてもらえるんでしょうね?」

 

 唇を噛み締め俺を見据えた姫さんが、絶対に受け入れられない妥協案を提示してくる。

 

 失敗か…?

 

 アポロ達は虚を突いて一時的に無力化したに過ぎず、意識を取り戻せば自己回復後に挑んでくるのは明らかだ。

 しかも、次はアポロ達も完全に本気になるだろう……それこそ俺の命を奪う気で。

 

 そうなれば手加減せねばならない俺は、圧倒的に不利な立場に陥ってしまう。

 これ以上暴れてもダイの怒りが爆発しないなら、そろそろ撤退を視野に入れないといけない。

 

「あぁ……約束しよう。ダイは下がってろよ?」

 

 状況的にコレが最後のチャンスになる。

 内心の葛藤を隠し冷たく告げる。

 

 左手に火炎を産み出した俺は″怒ってくれ!″と願いを込めて立ち上がったダイをじっと見据えた。

「そんなっ……どうして……」

 

「俺の為だっ……俺が平穏に暮らす為にはどうしても必要なんだ……退け、ダイ! お前の事は気に入っている……出来れば死なせたくない!」

 

 ダイに語りかけている間にも、視界の端にモゾモゾ動くマリンが映るのを確認できる。

 

 もう、時間がない。

 

「オレはっ、レオナにも死んでほしくない!!」

 

「そうか……残念だ……死ねっレオナ!! メラ…ゾーマ」

 

 直前でホップして上空に消えていくよう狙いを定め、産み出した火球のスピードを調整し慎重に放った。

 

「レオナが、死ぬっ!? ………うぉぉ〜〜っ!!」

 

 雄叫び上げたダイの周りに空気の渦が巻き起こる。

 

 覇者の冠で隠され額の確認は出来ないが、ダイの身体が薄い光に包まれる……それに、この感覚……いつぞやのバランと同じだ。

 

 紋章が発現したとみてまず間違いない。

 

「バッ! ギッ! グロース!!!」

 

 頭上でクロスさせた腕を降り下ろしながらダイが叫ぶと、クロス状の真空派が発生し俺のメラゾーマを切り裂き迫り来る。

 

「良しっ! 盾よ! 魔法を喰らえ!」

 

 甲羅を脱いで左手で構えた俺は、前面に翳して真空派を掻き消した。

 

「バギクロス!? 凄いじゃないっ……あら?」

 

「へへっ…オレも驚いてるよ」

 

「へぇ〜? そうなんだぁ〜」

 

 ダイが驚き姫さんの称賛に照れているが、誰よりも喜び称賛してやりたいのは俺だったりする。

 自身の経験に照らして考えれば、あの年頃で最上級の魔法が使えるなど有り得なく、ダイの非凡な才能の証明に他ならない。

 素直に喜べないのが実に残念だが、このチャンスは見逃せない。

 

 ダイの紋章が発現している内に、更なる戦闘経験を積んでもらう必要がある。

 

「バギクロスか……だが魔法じゃ俺は倒せねぇ!! 邪魔をするならお前から先に倒す!」

 

 左籠手から仕込み爪を出現させ、右手の剣と重ね合わせポーズを決める。

 細い円錐形のこの爪は先端こそ尖っているモノの、突き攻撃を繰り出さなければ殺傷力は高くない。

 つまり、手加減するのに打ってつけだ。

 

「これ以上暴れさせない! オレが……止めてやる!!」

 

「ガキがっ…調子に乗るなっ!」

 

 左肩に背負ったナイフを抜いたダイが、一瞬で距離を詰め突きを入れてくる。

 右の籠手で受け止めた俺は、無造作に爪を振るって反撃に移る。

 

「ほらほら、どうした? そんなんじゃ俺は止められ無いぞ!」

 

「くそっ…」

 

 連続で繰り出す俺の攻撃を必死に避けるダイであるが、その避け方は褒められたモノではない。

 一言で言うなら動きが大きすぎるのだ。

 一歩下がるだけで避けられる攻撃まで、大きくステップして跳び跳ねては身体全体で避けている。

 戦闘経験の無さから類い希なる身体能力と紋章の力が全く活かされていないのである。

 

 いくら紋章が発現していようとも、戦闘技術の全く無い今のダイなら余裕をもって追い詰められる。

 振るう爪の速度を早め、飛び退く先にメラを放っては体勢を崩していく。

 

 避けきれなくなったのか″キンッ″と音を響かせ、ダイがパプニカのナイフで爪を受け止めた。

 

「頑張ったがコレまでだな?」

 

 パプニカのナイフと爪で鍔迫り合いを演じながら、右手に持った剣を振り上げる。

 

「あぶないっ! ギラっ!」

 

「…!? 姫さんか!?」

 

 声の方を振り向くと、側面に回り込んだ姫さんの両手からギラの閃熱が産み出されている。

 右の籠手でギラの閃熱を受け止めるも、俺の鳩尾に蹴りを放って間合いから逃がれたダイに、距離をとられて体勢を整えられる。

 

「…魔法が…はじかれ……!?」

 

「邪魔を、するなっ……イオ!」

 

 戸惑う姫さんの足元にイオを放って牽制を試みる。

 

「姫様!」

 

「コレ以上はやらせん! メラゾーマ!!」

 

 ゾンビの様に復活を果たしたマリンが姫さんを庇い、アボロは遠距離からメラゾーマを唱えてくる。

 

「ふんっ……次から次へと」

 

 焦る事なく上空に浮き上がった俺は、悠々と火線を下に見てやり過ごす。

 俺の神官達に対する絶対の自信は、トベルーラと甲羅の盾に依るモノで、コレが有る限り単発の魔法は怖くない。

 俺という目標物を無くした火炎がそのまま進み、壁に着弾して掻き消えた。

 

「貴方、何でも有りなのね? 変わってるのソコまでいけば大したモノよ」

 

「鍛え方が違うんだよ。力が全てのこの世界……生き抜く為に、これくらい鍛えて当然だ」

 

「それは違うわ。力の無い人が平和に暮らせるように、力を得た者はその力を使うのよ」

 

「勝手に言ってろ…アンタと問答する気はない」

 

 てか、闘う気すらもう無いんだが……さて、どうしたものか。

 

 空中で胡座をかいた俺は高度を上げて下の様子を伺いつつ、甲羅の裏から魔法の聖水を取り出して魔法力の回復を図る。

 

「そ、そうだわ! 姫様っ、この場は一旦退きましょう!」

 

「ダメよ……彼の目的がハッキリしない限り野放しには出来ません。ここで止めるのよ」

 

「しかし姫様っ! 彼はトベルーラを使いながらでも魔法を駆使できます! このままでは一方的な攻撃を受ける事になります」

 

「それに、でろりんの目的は姫様を害する事では…?」

 

 アボロとマリンが姫さんの元へと集い、思い思いの考えを進言している。

 

「それが判らないのよねぇ……殺そうとしているのも間違いないと思うんだけど、最初に言ってた事と違うのよね……それに、ダイ君は本当に才能有るし……」

 

「姫様…?」

 

「オレは、闘うよ……でろりんをこのままにしておけないっ……闘ってみて思ったんだ、何だか呪われてるみたいだって」

 

「呪われている、だって?」

 

「うまく言えないけど、酷い事しようとしてるけど、それを止めようとしているみたいなんだ」

 

 ダイ流の考察によると俺は呪われている、らしい……言い得て妙だな。

 やりたく無くてもやらなきゃならない…自分の意思と違う行動をとる俺は、″呪われている″と言えなくも無いが、こんなの前世じゃ当たり前だった。

 やりたい事だけやって思い通りに過ごせる程、世の中甘く出来てない。

 

「ダイ君……そうね、みんなで止めましょう!」

 

「はいっ姫様!」

 

 今一つ要領を得ないダイの説得が通じたらしい。

 姫さんが三人の顔を見回して決意を語ると、マリンが嬉しそうに答えている。

 

「いや、お前等じゃ止められねーよ。力が無くちゃ何も叶わない……闘いは非情さ」

 

 相談が終わったのを見計らって、高度を下げて声をかける。

 

「そんなのやってみなくちゃ解らないだろ! みんなっ一斉に攻撃しよう!」

 

「えぇ、行くわよ! アポロ!」

 

「任せろ! メラゾーマ!」

「ヒャダイン!」

「ギラ!」

 

 四人が横一列に並び、バラバラの呪文を唱えた。

 

「無駄だっつーの!」

 

 種類が違えど来る方向とタイミングが判っていれば何も怖くない。

 三種の魔法を右に左に移動して軽々と避けるが、言い出しっぺのダイは指笛鳴らして攻撃してこない。

 

「ベ・ギ・ラ・マぁ!!」

 

 ワンテンポ遅らせたダイが両手を使った独特な構えからベギラマを放った。

 

「何っ!?」

 

 タイミングを計ったのか、移動した先にダイの放った閃熱呪文が迫り甲羅での防御を余儀なくされる。

 視界を遮ぎる形に成った甲羅をずらし、眼下を確認するもダイの姿が見当たらない。

 

「ダイが居ない…? 上かっ!」

 

 咄嗟に見上げると、パピラスから飛び降りたダイがパプニカのナイフを下に構え急降下してくる。

 

「うぉぉぉお!」

 

 雄叫び上げて迫るダイの攻撃を、甲羅の盾を翳して受け止めた。

 

「そんなっ!?」

 

 ダイが驚くのも無理はない。

 ダイの攻撃は俺に盾を使わせ死角を産み出す見事なモノだった。

 俺はダイがパピラスに飛び乗る瞬間を確認していない。にもかかわらず攻撃を察知して防いでみせたのは原作知識のお陰である。

 

「惜しかったなっ」

 

 甲羅に弾かれバランスを崩したダイに回し蹴りを放つ。

 ダイが腕を使ってガードする。

 竜闘気に覆われた腕の何とも言えない感触を感じながら、ガード諸とも上段から下段に脚を振り抜いた。

 

 宙に浮くダイは為す術なく地面に向かって吹っ飛んでいく。

 

「ダイ君っ!」

 

 大地に激突したダイの元へ姫さんが走り寄る。

 

「くそっ…なんて強いんだ……」

 

 膝に手を当てフラフラ立ち上がったダイは、意志の宿る瞳で俺を見詰めるが、身体を覆う光″竜闘気″は失われている。

 ここらが潮時だな。

 

「ハッハッハ! 俺が強いだって? 馬鹿を言うな! お前等が弱ぇんだよ!」

 

 ここまでやった以上今更後に退けず、高笑いでノッてみせた俺は、何処からどうみても悪役だろう。

 最後に適当な問答を行い捨て台詞でも吐いて逃げるとしよう。

 二度の紋章発現、ライデインにバギクロス。

 ベギラマまで使ってくれた上に俺は″ニセ勇者″としてしっかりダイの記憶に刻まれただろう。

 

「キミはそれ程の力を身に付けながら悪に走ると言うのか!?」

 

 拳を握り締めたアポロが如何にもアポロらしい批難の声をあげる。

 悪にしか見えない俺をまだ説得するつもりらしい。

 

「ふざけろっ。俺は世界を救うために力を身に付けたんだ」

 

 今は理解されなくとも、いずれはコイツにも判る筈だ…その時が来る迄、今は袂を別つとしよう。

 

「こんな事して何になると言うのよっ…もう、止めてっ」

 

 マリンは潤んだ瞳で俺に自制を促してくる。

 

「ダイが強くなる。強くなったダイは俺の目的を叶えてくれるのさ」

 

「あら? 貴方の目的は何なのかしら?」

 

 姫さんはいつの間にか冷静さを取り戻しており、澄ました顔で何度目かとなる質問をぶつけてくる。

 

「教える必要がねぇな? ダイ! 俺に手を貸せ!」

 

 手を貸す筈が無いと解っちゃいるが、逃げるまでがニセ勇者。

 しっかり最後まで演じきろう。

 

「イヤだっ! オレは、でろりんを止めてやる!」

 

 止めてやる、か……。

 

「くくく……」

 

 どいつもこいつも揃いも揃って甘過ぎる。

 この後に及んで未だ俺を敵と見なさない様だ。

 

「何が可笑しいんだっ!?」

 

「出来もしない事は言うもんじゃないぜ……俺を止める? 今のお前が、か?」

 

 残った魔法力を全解放してその身に纏う。

 ダイが俺を止めると言うならば、力を見せて壁に成ろう。

 こうする事でダイが少しでも強くなるなら、それはそれで有りだろう。

 

「なんだっ!? その魔法力は……」

 

 驚くアポロを無視して俺は両手を左右に広げた。

 

「最低でもコレくらい出来るようになってから言ってくれっ・・・イオナズン!!」

 

 その場でゆっくり一回転してみせた俺は、全方位に魔法力を放出していく。

 

 眼下ではダイ達が驚き戸惑っているが、長居は無用だ。

 

「今日の所はダイに免じて退いてやる……ダイよ! 俺を止めたきゃせいぜい強くなる事だ!」

 

 我ながらよく解らない捨て台詞を吐いた俺は、キメラの翼を取り出してデルムリン島を跡にしたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大魔道士と偽りの勇者

本日(3月8日)二話目です。


 キメラの翼を使いデルムリン島を離脱した俺は、マトリフの住まう洞窟付近に降り立った。

 遠くの入口から地下道を使おうと思っていたが、イメージに失敗した様だ。

 元々ルーラに納得がいかない上に、その場の勢いに任せて魔法力を使い切り集中力を欠いたのが良くなかったのだろが、やはり天候が全く異なる程の距離を、一瞬で移動するのは理解出来ない。

 

 降りしきる雨の中、手近な石に腰を下ろし魔法の聖水で魔法力を回復した俺は、抜かるんだ地面を踏みしめ、黒い煙の上がるマトリフの洞窟に向かった。

 

 

◇◇

 

 

「ダイをボコってきた」

 

 断りもなく洞窟内へ足を踏み入れた俺は、入口に背を向け座り込むマトリフに挨拶代わりの声をかける。

 

「……失敗したか」

 

 首だけで此方を見たマトリフは、七輪で焼いた小魚を口にしたまま小さく呟いた。

 原作通りの行動だが、洞窟内での調理はどうかと思うぞ。

 

「いや、紋章は発現したし概ね上手くいっている」

 

「概ね、か……だったらオメエはどうして泣き出しそうな顔をしてやがる?」

 

 正面を向き直して食い続けるマトリフは、俺に丸めた背を向けて図星を突いてくる。

 自分の目的の為にダイを騙して痛め付けたのは、いくら偽勇者でも少しばかり辛い。

 

「まぁ、色々有ったからな…取り敢えず聞いてくれ」

 

 振り返らず食い続けるマトリフに、デルムリン島でのあらましを語って聞かせた。

 

 

◇◇

 

 

「成長しねぇ野郎だな? 気に入らねぇ面で戻って来やがってよぉ」

 

 食事を終えて椅子に腰掛けたマトリフの第一声がコレだ。

 

「悪かったなっ……だがコトは上手く進んでるんだ。そう邪険にしなくても良いだろ?」

 

 原作沿いに拘らないマトリフにとって、どうでも良い事なのかもしれないが、少しくらい労いの言葉が有っても良いんじゃないか?

 

「……オメエ、何時までそんな事を続ける気だ? 神にでもなったつもりか? あん?」

 

「なんでそうなる? 俺は変わった歴史の針を在るべき姿に戻しているだけだ」

 

「思い上がるなっ……世界はオメエがコントロール出来る程甘かねぇ」

 

「そんなつもりは無い! 世界がコントロール出来ない事くらい身に染みて解っている。ただ俺は、本来の姿を維持しようとしているだけだっ」

 

「オメエは何も解っちゃいねぇよ……そんな馬鹿な真似はしなくても構わねぇ、する必要もねぇ」

 

 なんだ? いつにも増して毒舌だな。

 今更、原作沿いを全否定か?

 

「馬鹿な真似じゃないっ。こうしないと大魔王は倒せない!」

 

「馬鹿で愚かな真似さ……アルキードにバラン、そしてオメエの存在、これをどう説明する?」

 

「だからっ、その辻褄を合わせる為に俺は頑張ってるだよ!」

 

「頑張ってる、か…その結果はどうだ? 上手くいってるのか?」

 

「概ね神託通りに進んでる!」

 

「概ねは概ねだ、完全じゃねぇ」

 

 なんだ? いつにも増してしつこいぞ?

 普段なら″そうか″と腕を組んで終了の流れなのに余程気に入らないのか?

 

「だったらどうしろってんだよ? もしもメドローアの不意討ちに失敗したら後は正攻法しかなくなる。不意討ち策と同時に正攻法で倒す事も考え、ダイに期待して何が悪い!」

 

 そもそも不意討ちを喰らわす為にもある程度の原作維持は必要不可欠だ。

 それはマトリフだって判ってる筈なのに何が気に入らないんだ?

 

「二つの策を用意するのは悪かねぇ……悪いのはオメエのやり方だ……何時までもこんなモンに縛られてんじゃねぇ」

 

 マトリフは袖の下からボロボロになった巻物を取り出すと、片端を握って無造作に転がし広げた。

 

「何すんだっ! それが有るから俺は今までやってこれたんだ。もっと大事に扱ってくれよ!」

 

 何度も開いて読み込まれた巻物はただでさえボロボロだ。

 元は俺の記憶から俺が書き記した代物だが、もう一度同じ物は作れない。

 

「本当にそうか? よーく考えてみやがれ…オメエは何度これに行動を制限された? 一度や二度じゃねぇはずだ」

 

 ぶら下げた巻物を乱暴にバシバシ叩いたマトリフは、俺に記憶の整理を迫ってくる。

 

「それはっ…」

 

 心当りが多すぎて言葉に詰まる。

 あの時も、あの時も、今日だってそうだ。

 いや、与えられた役割、ニセ勇者を演じる俺は全てを制限されているのかもしれない。

 

 しかし…。

 

「そんなのは些細な事だ! 誰だって何かに縛られて生きている!」

 

 俺は目の前の何かを払う様に腕を振るって叫んだ。

 

「強情な野郎だぜ……オメエ、ヒュンケルって野郎が襲ってきたらどうする?」

 

「急に何を?」

 

「いいから答えな」

 

「煙に巻いて逃げるっ」

 

 ヒュンケルにはアバンの使徒として頑張ってもらわねばならないし、下手に関わるのは下策である。

 ヒュンケルに限って言えば何をしたって死なない確信があるし、放っておいて何の問題もない。

 

「逃げられなかったらどうする? これから先に現れる相手はオメエを殺す気だろうよ…そんな相手にオメエは手心くわえてやってこうってのか? 一体オメエは何様のつもりだ?」

 

「対応出来るように腕は磨いてきた!」

 

「ならばその腕を信じろ……こんなモンは忘れちまいな・・・メラっ」

 

 

「何をっ!?」

 

 思わず手を伸ばすも時既に遅く、マトリフの放った小さな火球が巻物の中心に着弾して炎をあげた。

 

「良いか? コレはお前さんを縛るだけの年表だ。何の役にも立たねぇ」

 

 手にした燃え残りの切れ端も炎にくべたマトリフが冷たく言い放った。

 

「そんな訳ないだろっ!? 最強の情報は未来の情報だ! ″何時、どこで、誰が、何をするのか!″ アンタ程の人がこの価値に気付かないとは言わせない! 相手の行動を知るためにも同じ流れを作らなきゃならない!」

 

「だから価値がねぇんだ……自分が何をしたか忘れたとは言わせねぇぞ。アルキードを残したんならあんな巻物は最初から全部白紙だろうがっ」

 

 マトリフの言葉は正論だろう。

 しかし、認める訳にはいかない。

 原作知識が無ければ、先の見えない暗闇の世界を、灯りも持たずに進む様なモノだ。

 原作の偉人達と出会ってきたからこそ解るんだ。

 一日の長を活かして鍛え上げたからこそ、今は何とかダイに先んじているが、原作の闘いは本来の俺の実力だけで踏み込める世界じゃない。

 

「くっ!? ……だが、似たような出来事は起こっている! これをどう説明するんだよ!?」

 

「そんなもんは当たり前だ……人の性分なんざそう簡単に変わりゃしねぇ。オメエが見た神託の世界と同じ性格した奴が居りゃ、同じ場面で同じような行動をとる。それが人間だ」

 

 当たり前!?

 

 俺が抱え続けた疑問はマトリフにとっては他愛のない事なのか!?

 

「だったらっ」

 

「履き違えるなっ。同じような、と同じは違うだろうよ……紋章が発現した、だぁ? 都合の良い所だけを見てんじゃねぇ……ソコにオメエさんが居合わせるのは神託通りか? 姫さんの暗殺を企てたのはオメエさんか? あん?」

 

「そりゃ違うけど…大事なのはダイが強くなる事だ。その為には神託通りの流れが一番確実なんだよっ」

 

「どこが神託通りの流れだ? 良いか? オメエの神託が優れているのは、″誰に、何をすれば、どう動くか?″ コレを見極められる事にある。これこそが重要であり、″何時、何処で、誰が、何をする″なんてのはどうだって良い事だ。オメエみてぇに無理矢理演出する必要なんざ何処にもねぇ!」

 

 マトリフが一喝するように、原作キャラクターの性格を元に行動を読んだ事は確かに多い。

 

 それでも、俺は…。

 

「大魔王を引っ張りだすには原作通り、」

 

「する必要がねぇ。どんな方法でも構やしねぇ……大魔王の作る軍団を壊滅させて死の大地に乗り込みゃぁ奴さんは出て来る! ″簡単な質問″をしてやる…ノコノコ現れた大魔王に正面きってメドローアを構えればどうなる?」

 

 俺の反論を途中で遮ったマトリフは、持論を展開した上で″簡単な質問″をぶつけてくる。

 

「……ドヤ顔の大魔王にマホカンタで弾かれる」

 

「何故そう考える?」

 

 ニヤリとしたマトリフは判ってる癖に質問を続けている。

 

「大魔王には弱者をいたぶり悦に浸る悪癖がある」

 

「解ってんじゃねーか? そしてソレこそがオメエの強みだ。見たことも会ったこともねぇ敵の技を知り、行動パターンを読み切り裏をかく……この重要性が理解出来ねぇなんざ言わせねぇぞ」

 

 マトリフの言葉は正論だ……これ以上反論の余地が無い。

 いや、ホントは俺だって解ってる…どう足掻いても原作の完全再現なんて不可能に決まってる。

 俺はきっと…歴史を変えた罪から逃れる為に、出来もしない歴史の修正に拘っているのだろう。

 

「アンタの言う事はいつだって間違ってないさ…でもな? だったらっ何故、神託再現を今までやらせたんだ!」

 

「あん? 何を言ってやがる? オメエが勝手にやる事まで俺の知ったことか……だが履き違えるなよ? オメエはオメエのやりたい様にやれば良いんだ。それで世界が変わろうが滅びようがオメエのせいじゃない」

 

「……んな訳ねーだろっ」

 

 慰めのつもりだろうが、倒せる筈の大魔王が倒せないなら全ての責任は俺にある。

 

「あん? 自惚れてんじゃねーぞ? オメエみてぇなヒヨコが何かしたダケで世界は滅びん……もしも世界が滅びたならソレは・・・この世界に生きる全ての者の責任だ……オメエ独りが背負い込む事柄じゃねぇ」

 

「俺の責任じゃない、のか……?」

 

「そうだ…。この世界には勇者アバンが、未来の勇者ダイが、竜の騎士バランが居る……オマケに国王は何人も居やがる……これだけ揃って滅びるならそれこそ運命だろうぜ」

 

 そうか…。

 俺はまた独りでやっていたのか。

 考えてみれば、アバンやレオナ、ダイにバランにクロコダイン。

 ロン・ベルクに三賢者だっている。

 俺が出会った偉大で手強い人達は、大魔王を倒そうとする同士になるんだ。

 

 大魔王が現れれば全ての人が自分で考え、自らの意志で行動を起こすだろう。

 こんな簡単な事にも気付かず全てをコントロールしようとしていた俺は、馬鹿でしかない。

 自嘲の笑みが漏れた所でふと気づく。

 

「アンタは入ってねーのかよ?」

 

「ふんっ。漸くマシな顔に成ったじゃねーか? その顔が出来んなら俺の出る幕はねぇ…俺がしてやれるのはヒヨコを鍛えて、馬鹿な弟子が道を誤るなら諭してやる位だ……だが、オメエのやった事が無駄でもオメエの足掻きは無駄じゃねぇ……オメエは強くなった。それで十分だ……そうは思えないか? でろりんよぉ」

 

 マトリフにとって、俺の足掻きは修行の一貫だった、って事か?

 だとしたら、解りにくいってレベルじゃねーな。

 

「ふんっ…偽勇者なんざこれ以上鍛えたって無駄だっつーの。鍛えるならダイにしろっ」

 

「でろりんよぉ……オメエは何時まで自分を偽り続けるつもりだ」

 

「…? 何を言い出すんだ?」

 

「何故、勇者に拘る?」

 

「もう拘ってねーよ。この世界の勇者はダイだ……俺はそれを支える影で良い」

 

 これは俺の偽らざる本心だ。

 自分を殺そうとした相手まで救おうだなんて勇者じゃなければ出来やしない。

 いや、勇者はダイと拘っているとも言えるのか?

 

 …まぁ、どうだっていいか。

 

「そうか……だが、思い出してみろ…オメエさんは何に成りたかったんだ?」

 

「何って……決める前からニセ勇者と決まってたからなぁ…。 ま、長生きさえ出来りゃ偽勇者でも問題ねぇさ」

 

「ならば、お前さんが大魔王に付かねぇ理由はなんだ? ″ダイを殺せ″この一言で大魔王の勝利は確実だ……こうすればオメエは勝利の立役者じゃねーか……何故そうしない?」

 

「俺だけ生き残っても仕方ないだろ? 家族と魔族、どちらかしか選べないなら考えるまでもない」

 

 俺の言葉を聞いたマトリフは額に手を当て、頭を振るって言葉を絞り出す。

 

「オメエって奴はよぉ……家族を護るために闘う…それこそが″勇者″だろうが。お前さんはニセ勇者と知り心を閉ざした、そうじゃねーのか?」

 

 なるほど。

 確かに俺は、ニセ勇者と知り殻に閉じ籠っていたかも知れない。

 

「そうかも知れねーなぁ」

 

「なぬ!? 口答えしねぇのか?」

 

 あっさり認めた事で肩透かしを食らったマトリフが″ガクっ″とずっこけ椅子からずり落ちそうに成っている。

 

「別に今更どうだって良いことだな。さっきも言っただろ? この世界の勇者はダイだ。アイツが勇者として大魔王を倒せば俺の目的は達成される。それさえ叶えば後は楽勝だ」

 

「自分の事になるとつくづく救えねぇ野郎だ……オメエは勇者拉致の首謀者で王女暗殺未遂の実行犯って忘れてねぇか? どの面下げて長生きする気だ?」

 

「んなもんマトリフが口添えすれば何とでもなるだろ? 何の為にアンタを巻き込んだと思ってんだよ?」

 

「テメぇっ!? まさか俺をダシに使おうってのか?」

 

 漸く一矢報えたらしい。

 仏頂面で非難し続けていたマトリフの顔が驚きの色に染まる。

 

「なに驚いてんだ? アンタがアバンに説明して、アバンが世界に披露すりゃ俺の悪事なんざ帳消しじゃねーか?」

 

「喰えねぇ野郎だぜ……てめえは最初から考えてやがったのか?」

 

「言っちゃ悪いが基本的な教育レベルが違うんだ。この世界に無い道具とか幾らでも思い付く……今ある資金を元にそれを売り出せば残りの人生は楽勝だろ? デルムリン島で自給自足の生活をするのだって悪くない。大魔王さえ居なけりゃ俺は何とでもなるんだよ。考えるまでもねーよ」

 

「前世の知識か……なるほど…俺はオメエの事をちっとばかり見くびっていた様だ……だが、そんなお前さんだからメドローアも覚えられる」

 

「いや、何でそうなる? メドローアは無理だぞ?」

 

 俺はセンスとは対極にある地道な努力で今の力を得たんだ。

 あんなセンスがモノを言う、生きるか死ぬか? の馬鹿げた特訓は断固として御断りだ。

 

「″失敗は成功の母″こう言ったのはオメエだ。今から一度だけ手本を見せてやる…それを参考に成功するまで何度でも挑戦しやがれ。愚直に繰り返すのはお前さんの得意とする所だろうが?」

 

 ″ケケケ″と笑って立ち上がったマトリフが、俺の首根っこ掴んで引っ張って行く。

 

「ちょっ!? 俺はまだ地獄の特訓しなきゃなんないのかよぉ!?」

 

 叫ぶしかない俺は、マトリフにはどう足掻いても勝てないらしい。

 メドローアが使えるならこれ以上無い切り札になり俺に拒否する選択肢は存在しないのだ。

 

 

 こうして俺は、大魔王降臨までの残り少ない時間も修行に費やす事になる。

 

 失敗を繰り返し続ける辛い修行であったが、マトリフの導きのお陰で迷いの晴れた俺は、大魔王の真の恐ろしさに気付かないまま、浮かれた気持ちで取り組んだ。

 

 

 それから程無く、世界は邪悪に包まれるのだった。

 

 











会話による説明回でした。
考えれば考える程纏まりが悪くなりますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30

 メドローアの習得実験を始めてからどれくらい経ったのだろうか?

 習得はおろか、一度の成功も出来ないでいた。

 

 薄暗い地下室に篭り、魔法力が尽きる迄炎と氷をぶつけ合わせ、飯を食っては寝るの繰り返し。

 魔法の聖水はとっくの昔に底を尽き、何日過ぎたのかも分からなくなってきている。

 簡単に習得出来ると思っていなかったが、マトリフ以外とは誰とも話さず、同じ事の繰り返しは想像以上に辛い。

 だが、それもこれも生き残る為、やれるだけの事はヤってやるさ。

 

 その為にも腹ごしらえだな。

 

 マトリフが運んで来た食事に手を伸ばす。

 

「……コツは掴めたか?」

 

 無言で見守る事の多いマトリフが珍しく問いかけてきた。

 

「いや、まだ無理だ……大体、炎と氷をぶつけたら蒸発するっつーの。意味ワカンネーよ」

 

 お粥の様なモノを掻き込みながら軽くぼやく。

 マトリフお手製のお粥は、魔法力回復に役立ちそうな薬草がふんだんに使われて緑色をしており、味は良くない。

 だが、これにケチを付ける程恩知らずでも無く、身体の為にもひたすら喰らうのみ。

 

「オメエはっ……炎と氷じゃねぇ。プラスの魔法力とマイナスの魔法力だっ」

 

「そりゃ分かってるってか知ってたけど、どうにも前世の常識が邪魔をするっつーか……上手くいかねぇんだよなぁ」

 

 非科学的な魔法は″こういうモノ″と割り切る事で使える俺だが、半端な知識が科学的な理論で作られるメドローア習得の妨げになっている様だ。

 これまでの実験の結果、メドローアを産み出すのに必要なのは、ある一定以上かつ同じ量の相反するエネルギー、スパークさせるタイミング、そしてそれを維持する技術だと目星はついている。

 これ等が一分の狂いもなく合わさる事で光の矢が出来ると考えられるのだが、多分こうして考えるのが駄目なんだろう。

 

「オメエのセンスの無さがここまでとはな……どうする? 止めにするか?」

 

「続けるさ。どうせ他にヤることも無いしな」

 

 今やれる事は便利アイテムの買いだめくらいで、これはカンダタ一味に手紙で依頼を出しているし、ダイを鍛えるにしても時間が足りない。

 俺は短期で勇者になれる修行法など知りはしない。

 下手に教えてダイに変な癖を付けるより、メドローア習得の可能性に賭けて、ここで実りの無い実験をしている方がいくらかマシだろう。

 

「オメエって奴はよぉ……平和な内にやっておきたい事はねぇのか?」

 

「ん? ……無いなっ」

 

 大魔王さえ倒せば後でいくらでもやれる。

 今は、ただひたすらに頑張る時だ。

 

「会いたい女も居ねぇのか?」

 

「女、ねぇ……」

 

 ふとマリンの顔が浮かんだ。

 

 そういやアイツ等元気なのか?

 レオナ姫が洗礼を済ませた後、無事パプニカに帰ったのはカンダタ一味に確認してもらったが、後遺症の有る無しまでは判らずじまいだ。

 ついでに判明した事だが、何故か俺の悪行は伏せられ指名手配にもなっていないかったりする。

 あの姫さん、一体どういうつもりなんだ?

 

 一度会って確認しておくべきかも知れないが、大魔王が現れれば俺どころじゃなくなる筈だし、どうでもいい…のか?

 

「とりあえず、居ないな」

 

 逸れた思考を戻して、返答を待つマトリフに短く告げる。

 

「オメエって奴は……む?」

 

 呆れ顔で額に手を当てたマトリフが真剣な表情に変わる。

 

 その瞬間、俺も確かに感じた。

 

「マトリフっ、コレッて!?」

 

 背筋が″ゾワっ″と寒くなる様な、何とも言えない嫌悪感。

 その嫌悪感は一瞬で身体を通り過ぎ空気に馴染んでしまったが、世界が異質なモノへと変貌したのは俺にでも理解できた。

 

 そう、大魔王が地上に降臨したんだ。

 

「感じたか……無駄話はこれ迄だ。お前さん、どうする?」

 

「アルキーナに行く」

 

 ただでさえ最初期の侵攻状況はよく解らない上に、アルキードの防衛に関して言えば原作を元にした対策も立てられない。

 まずはずるぼん達との合流を兼ねてアルキーナの安全確認。それからルイーダの酒場で情報収集だ。

 

 マトリフは独断で各国の王に警戒を促す書状を送っているが、その内容は″世界に不穏な空気が満ちている″的なアヤフヤな警告であり、どれほどの対策が立てられているのかは定かではない。

 事実を告げて各国が万全の対策を取れば大魔王が警戒して逆に危なく、どうしても救えない人が存在する事実。

 コレばかりは俺や、マトリフでさえもどうすることも出来ない現実。

 誰一人として死なずに済む方法……そんな都合の良いモノは存在せず、俺は俺のヤれる事を精一杯やる……それだけだ。

 後手に回らされるのは癪だが、出方を見極めなければ動きようが無い。

 

「そうか……死ぬなよ?」

 

「当たり前だ。俺は死なない為に今日までアンタのシゴキに耐えてきたんだぜ?」

 

「口の減らねぇ野郎だぜ……行ってこい。メドローアが無くともお前は強い!」

 

「ふんっ、まだ諦めてねーよ。実戦の中で身に付けてやるさっ」

 

 マトリフと短い会話を交わした俺は、残り少ないキメラの翼を使いアルキーナに飛ぶのだった。

 

 

◇◇

 

 

「ずるぼん! 無事かっ!?」

 

 村の外れに降り立った俺は、朝焼けに染まる静かな村を駆け抜け、勢いそのままにアジトの扉をあげて声を張り上げた。

 

「でろりんじゃない? あんた何処行ってたのよ?」

 

 下着姿のずるぼんが部屋の奥からフライパン片手に現れた。

 平穏そのもの、色んな意味で警戒感が0らしい。

 

「え? いや、修行してた。それより何か変わった事は!?」

 

「そうねぇ……あんたが帰って来たわね。朝御飯食べるでしょ?」

 

 考えるフリをしたずるぼんがチクリと嫌味を言ってくる。

 

 平穏そのものだな。

 

「ん? あぁ、腹は減ってないから軽めで頼む……じゃなくって! そうだっ、まぞっほはどうした!?」

 

 どんな原理か知らないがまぞっほは水晶玉を用いて遠視が出来る。

 これを利用すれば魔王軍の侵攻状況が判るかもしれない。

 

「寝てるに決まってるでしょ? そんな事より、あんたちょっと臭いわよ。またお風呂にも入らないで修行してたんでしょ?」

 

「そ、そうか?」

 

 両肩を″クンクン″嗅いでみたが自分じゃよく判らない。

 でも距離があるずるぼんから指摘を受ける位だから相当なんだろう。

 

「朝御飯作ってあげるからお風呂にでも入ってらっしゃいな。その間にまぞっほとへろへろも起きてくるわ」

 

「そ、そうだな」

 

 こうして俺は、どれくらい振りかも解らぬ風呂に浸かり、疲れを癒して身支度を整えるのだった。

 

 

◇◇

 

 

「それでさぁ、へろへろったら騎士に誘われたのに断っちゃったのよ」

 

「へぇ〜。なんで断ったんだ? カールの騎士ならエリートじゃねぇか?」

 

 風呂から上がり身綺麗になった俺は、ラフな服装でずるぼん達と食卓を囲み、和気あいあいとパーティの近況報告を聞いていた。

 まぞっほの水晶玉で付近を探ってもらった結果、異常は見当たらず、今は飯を食って鋭気を養う時間に宛てている。

 

「堅苦しいのは苦手だ。俺はリーダーとパーティー組んでるのが合ってるっ」

 

「へろへろったら、良いトコ有るわよねぇ。それに比べてあんたってば勝手に姿眩ますし何してるのよ」

 

「いや、まぁ色々あるんだよ……ほら、勇者たるもの強くなければならないだろ?」

 

「あんた十分強いじゃない? でろりんに必要なのは敵よ敵! どっかに魔王でも現れないかしら?」

 

 いや、もう現れてるし。

 

 てか、居心地が良いからって何時までものんびりしてられないな。

 

「実はな……俺が得た情報によると魔王が現れたらしい。俺はコイツと闘おうと思ってる……お前らはどうする?」

 

 真剣な表情を造った俺は、一人一人の顔をしっかり見ていきながら世界の危機を告げる。

 出来れば協力して貰いたいが、己の身の振り方はずるぼん達が自分自身で決める事だろう。

 

「なんとっ!? しかし、昨夜まではなんとも無かったぞい? お主、その情報を何処から仕入れたんじゃ? よもや知っておったのではあるまいな?」

 

 驚いてみせたまぞっほだが、直ぐに髭を弄りニヤリと鋭い突っ込みを入れてくる。

 

 話すタイミングが早すぎたか?

 

「そんなのどうだって良いじゃない! 魔王が出たならチャンスよっ。あたし達で倒しましょう!」

 

 まぞっほの鋭い突っ込みを聞き流したずるぼんが、両手を食卓に突いて立ち上がると拳を振り上げて力説している。

 

「だなっ。魔王を倒したらリーダーは勇者だぜ」

 

 へろへろはかぶり付いた骨付き肉を豪快に噛み切ると力強く同調している。

 やる気が有るのは有難いんだが、倒せる相手じゃないんだよな。

 

「そうだな……だが、死んでしまえば意味がない。無理は禁物だ。とりあえずルイーダの酒場に行って詳しい情報を集める。飯が終わったら準備してくれ」

 

「意義なーし!!」

 

 俺の提案に3人が声を揃えて賛同してくれた。

 

 食事を終えた俺達は勇者パーティーの正装に身を包み、まぞっほのルーラでルイーダの酒場に向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「邪魔するぞ」

 

 酒場に入ると薄暗い店内に珍しく先客達がいた。

 鉄兜を被った男が立ったままでカウンター越しにルイーダと話し込み、その背後、店内の中央で3人の男が整列している。

 城の兵士とその隊長格、といったところか。

 

「丁度良いところに来たじゃないか……アンタに客だよ」

 

 俺に気付いたルイーダが面倒くさそうに手招きしてくる。

 

「客?」

 

「貴様が…? 勇者を名乗るでろりん、これに相違無いか?」

 

 こちらを向いた髭面の男は、訝しげな視線を俺の背後に送り品定めしてくる。

 

「あぁ、でろりんは俺だ。アンタは誰だよ?」

 

 ルイーダは″俺の客″として紹介したが、髭面の男に見覚えが無かった。

 

「俺は城の兵士長としてこの国を護る者だ! 貴様の様な胡散臭い輩に頼らねばならぬとはな……だが、コレもお役目、王からの勅命を言い渡す! アルキードの勇者でろりんとそのパーティは、バラン殿と協力して魔物の討伐に当たられよ! 以上だ」

 

 兵士長は三つ折りの手紙を取り出すと、俺に見せ付ける様に上下に持って広げてみせ、書かれた内容を要約して居丈高に声を張り上げた。

 

 俺は眉をひそめて手紙の内容に目を通していく。

 バランと協力?

 どういう事だ?

 既にバランが戦場に居るなら協力する必要などないはずだが…?

 

 それに、戦場が世界樹? この城下町じゃないのか?

 

「やったじゃない! アルキードの勇者だって! 魔王サマサマね」

 

 事の重大さを判っていないずるぼんは、俺の手を握りしめ跳び跳ねて喜んでいる。

 

 勇者といったって、あのアルキード王の事だ。

 それなりの実力者に勇者の称号を与えて手駒にしようとでも考えているんだろう。

 機を見るに敏、使えるモノは何でも使う、手のひら返しはあの王の得意とする所だ。

 だがその意味を考えれば″何でも使わなければならない″そんな差し迫った事態に陥っているという事にもなる。

 アジトで多少のんびりしたと言っても、異変を感じてから三時間程しか経っておらず、それだけ魔王軍の侵攻が迅速で、アルキード王の決断も早い、ということか…?

 

「了解した。勇者でろりんは準備が済み次第パーティを率いて世界樹に向かう」

 

 ここでまごまご考えるよりも現場に行った方が早いだろう。

 

「うむっ。何としても世界樹を護るのだ! 頼んだぞっ」

 

 二つ返事で了承した俺に気を良くしたのか、兵士長は満足そうに大きく頷き俺の肩を″ポン″と叩くと兵士達を連れて早足で去っていった。

 

「世界樹だって!? ルイーダっ魔王軍の狙いは世界樹なのか?」

 

「そうさ…執拗に焼こうとしてくるってさ。アンタならこの意味が解るんじゃないか?」

 

 珍しく冴えない表情のルイーダが教えてくれた。

 

 にわかに信じがたいが世界樹の根がこの国を支えている。

 つまり世界樹が無くなればアルキードは沈没し、世界樹の防衛は国土の防衛そのものと言える。

 ココを突いてくるか……流石は大魔王といったところだな。

 バランを世界樹に釘付けにする……そんな狙いがみてとれる。

 

「厄介だな……頼んでいた品はどうなっている?」

 

 

 甲羅を外した俺は、ルイーダから魔法の聖水と幾つかの回復アイテムを受け取って甲羅の内側に収納していった。

 まぞっほ達にも魔法の聖水を何本か預け、可能な限りの回復アイテムをリュックに詰め込んで準備を整えると、まぞっほのルーラで世界樹へ向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ちょっと!? こんなのどうしろって言うのよっ」

 

「コイツは不味いぜっ」

 

「ふむぅ……勝てる気がせんわい」

 

 強気に魔王退治を考えていた3人だったが、世界樹に到着するなり揃って弱気な発言を繰り出している。

 

 その理由は一目瞭然。

 

 ″戦いは数だよ″

 

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 辺り一面、見渡す限りモンスターの群れ。

 世界樹の麓の村は既に炎に包まれ修羅場と化している。

 跳び跳ねる炎″フレイム″と呼ばれるモンスターの仕業に違いない。

 だとすれば敵は氷炎魔団とフレイザードか?

 いや、それだけじゃない″さまようよろい″も大量に徘徊しているし魔影軍団も送り込まれているとみるべきか。

 

「くそっ、なんて数だっ……雑魚でもこれだけ揃えりゃバラン一人じゃどうにもならねぇってか? だが、やるぞ! 世界樹は死守する!!」

 

 敵の狙いが世界樹ならば逃げる訳にはいかない。

 

 早くも正念場を向かえた俺は、呆然とするずるぼん達に発破をかけて、戦闘へと身を投じていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31

「世界樹を死守ったってどうするのよっ!?」

 

 ずるぼんがヒステリックに叫んでいる。

 

 無理もない……軽い気持ちで来てみたら、モンスターの真っ只中に着地しているんだからな。

 こうしている間にもモンスターに襲われないのが不思議な位で、覚悟を決めてやって来ている俺ですら取り乱しそうになる状況だ。

 

「大丈夫だ、ずるぼん。

 落ち着いてよく見てみろよ? 数が多くとも所詮は雑魚だ……一匹ずつ倒していけば良いんだ」

 

 ずるぼんの両肩を″ガシッ″と掴んで諭した俺は、両手を拡げ身体を半回転させてずるぼんの視線を誘導してやる。

 

 気休めなんかじゃなくモンスター軍団の大半はフレイムとさまようよろいだ。

 それに混じってブリザードやガストも見られるが、やはり雑魚だ。

 厄介なのは自爆をしてくる爆弾岩位か?

 ここから見る限り、軍団長はおろか手強そうなモンスターも見当たらない。

 

「ふむ……じゃが如何せん多すぎはせんかの? 悠長に構えている暇は無いのではないか?」

 

 実は常識人のまぞっほが俺の言葉を聞き咎める。

 

「大丈夫だって。世界樹はデカイ……そう簡単に燃え尽きないさ。それに、見てみろよ?」

 

 前方に見える壁の様な世界樹の幹を指し示す。

 ソコでは城の騎士や兵士や魔法兵に混じって、冒険者やカンダタ一味までが幹を背に奮戦している姿が見える。

 此処は″世界樹の迷宮″の入口のある南側付近であり、燃える村は冒険者達の拠点だった。

 そんな立地条件から闘える人間の数は少なくない。

 

「世界樹を護ろうとしているのは俺達だけじゃない。俺達は俺達に出来る事をすれば良いんだ……全てを倒そうなんて気負う必要はないさ」

 

「分かったぜ、リーダー。俺達は何をする?」

 

 俺の言葉をすんなり肯定したへろへろが、指示を求めてくる。

 俺はこの考えに達する迄に、随分と時間を要したというのに素直とは恐ろしいモノである。

 

「まずはあの村の消火だ。 それから俺の破邪呪文で結界を張る……ソコを拠点にずるぼんは怪我人の回復に当たってくれ、アイテムはいくら使っても構わない…ヤれるな? ずるぼん」

 

「当たり前ね! 弟の癖に生意気よっ。オマケに変なトコだけ太っ腹だし、たまにはアタシにプレゼントでもしたら?」

 

 落ち着きを取り戻したずるぼんのずるぼん節が全開だ。

 これなら大丈夫だろう。

 

 てか、俺が贈ったずるぼんのコスプレ僧侶服は最高級品で何万Gもするし、ピンクロッドに至っては何百万Gもするんだけどなっ。

 言えば逆に怒られそうだから煙に巻いて話を進めるとしよう。

 

「戦力の再活用、リサイクルってヤツだ……へろへろは適当に雑魚を蹴散らして怪我人を見付ければ無理矢理にでも運び込んでくれ」

 

 ずるぼんのバギマ一発で倒せる数よりも、ベホイミを受けた戦士の倒せる数の方が恐らく多い。

 大魔王が数の暴力で押してくるなら、こっちも数の力に頼る……それだけの事だ。

 その為には減らさない事が大事になってくる。

 

 それなのに、カンダタ一味を筆頭にこの世界の住人は、放っておいたら死ぬまで戦いかねないのが実に厄介と言える。

 死ぬまで闘うよりも、逃げて再起を図る方が余程建設的だというのに……世話の焼ける連中だ。

 

「任せてくれっ」

 

「まぞっほは周囲の警戒と戦闘不能者の運搬を頼む……アルキードにでも送ってやると良いさ」

 

「なぬ? 人助けをしようと言うのか?」

 

「そんなんじゃないさ……ま、行動開始だ! ……っと、言い忘れるとこだった。勝てそうに無い相手と遭遇したら迷わず逃げろ! 良いな? 長丁場になる…作戦は″いのちだいじに″だ!!」

 

「そんなの当たり前じゃない? ソレよりアンタは破邪呪文の後どうするのよ?」

 

 ずるぼんの言葉にまぞっほとへろへろも″うんうん″と頷いている。

 

 まったく……頼りになる奴等である。

 

「俺は……頭を潰しに行く!!」

 

 こうして指示を出し終えた俺は、村の消火を済ますとマホカトールを張り、ミストバーンに出会さない事を願いつつ、フレイザードを求めて単独行動を開始するのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 根っこを乗り越え単独行動を続ける俺は、行き掛けの駄賃とばかりに群がるモンスター達を剣で切り、拳で殴り、魔法を放って蹴散らしては世界樹の周りを時計回りに巡っていた。

 俺だけでも百を軽く越える数を倒しているが、押し寄せるモンスターの勢いは衰える事を知らない。

 すれ違い様に助けた戦士達も頑張っていたが、早く頭を潰さないと数の波に呑み込まれてしまうのは火を見るより明らかだ。

 だが、軍団長はおろか指揮官クラスのモンスターとさえ遭遇出来ず、バランとも合流出来ず、コレと言った進展もなく時間だけが過ぎていく。

 

「くそっ……どうなってやがる!?」

 

 周囲のモンスターを蹴散らした俺は、世界樹の根っこに腰を下ろすと甲羅の裏から魔法の聖水を取り出した。一気に飲み干して喉の乾きを潤すと同時に魔法力の回復を図る。

 

 世界樹周りを半周程回った結果、疑念に感じたコトがある。

 送り込まれている雑魚モンスターは千や二千じゃなく、下手をしなくとも万を越える数が送り込まれているだろう……しかし、付け入る隙が無くもないのが不自然なのだ。

 圧倒的物量をぶつけてくる戦術は圧巻だが、迫るモンスターの戦法が稚拙としか言えないのである。

 

 フレイムは世界樹の幹を目指して進み、幹に辿り着けばジャンプして張り付いては炎を強めるのみ。

 さまようよろいはもっと酷く、地面からはみ出る世界樹の根っこにぶつかれば、根っこを″剣″で切りつけ続けるのみ。

 ガストは″ふよふよ″と浮いているだけで、爆弾岩は笑みを浮かべて転がっているダケだ。

 更に言えばいずれのモンスターも、コチラから仕掛けないと基本的には襲ってこないのである。

 つまり、先制攻撃し放題であり、一撃で仕止める実力さえ有れば何も恐くない、単純な命令を遂行するだけの集団。

 まるで……頑張って駆除に励め、とでも嘲笑われているかのような錯覚を覚えてしまうくらいだ。

 

「……まてよ?」

 

 空き瓶を甲羅に仕舞い口元を拭った俺は、更に考えを深めていく。

 

 モンスターのお粗末な行動と、大魔王の目的″強者のあぶり出しと魔王軍の練兵″ これを照らして考えれば、本気で世界樹を焼く気が無い……のか?

 なまじ世界樹を焼いてアルキードが沈没してしまえば、復讐に燃えるバランが自由になり魔王軍は涙目になってしまう……。

 最初に感じた通り、バランを釘付けにする為だけに馬鹿みたいな数を用意した……だから指揮官クラスが見当たらないのか?

 

「ふぅ……考えても仕方ないか」

 

 いくら考えてみても現時点では幹に張り付くフレイムを放置する訳にいかず、戦略を知る指揮官から情報を引き出すまで地道に倒していくしかない。

 

 考えるのを止めた俺は、一時の休息を終えて行動を再開しようと腰をあげる。

 

 その時……。

 

『おのれっ、魔王軍めっ!!』

 

 巨大な根っこの向こう側から、切羽詰まった男の声が聞こえた。

 

「強敵でも出たのか!?」

 

 ひとりごちた俺は、根っこを駆け上がると向こう側へ勢いよく飛び降りた。

 

「な、何奴!?」

「新手のガメゴン!?」

「最早これ迄か……」

 

 勢い余って跳びすぎた俺の背後から失礼な声が聞こえてくる。

 振り返って声の主達を確認する。

 

 騎士を中心に身を寄せ合う兵士とおぼしき集団が根っこを背に背後を守り、その周りを扇状にモンスター達が取り囲んでいる。

 モンスターの隙間から見える兵士達は満身創痍と言える姿で、肩を借りてなんとか立っている者や、根っこに寄り掛かって座り込む魔法兵までいる。

 

 てか、20を越えるモンスターに取り囲まれるのはどうかと思うぞ。

 モンスターの優先順位が世界樹である以上、無理をしなければこんな状況には成らないハズだが…?

 

「俺は味方だ……伸びろ! ブラックロッド!!」 

 

 浮かんだ疑念は一先ず置いておき、掃討しようと行動に移る。

 

 伸ばしたロッドに魔法力を籠めた俺は、兵士達を取り囲むさまようよろいの背後からロッドをブン回し纏めて砕いていく。

 残ったフレイム達が奇声を発して飛び掛かってくるも、爪を振るい牙殺法・海撃牙を放って切り裂いた。

 三本爪の性質上、切り裂く海の技は他の殺法に勝っている自負がある。

 

 ″チャリンチャリンチャリーン″

 

 ゴールドのぶつかり合う音が響き、戦闘終了の合図を告げる。

 

「す、すまない……助かった」

 

 安堵の表情を浮かべた騎士が軽く頭を下げているが、それさえも辛そうだ。

 

「気にすんな……あんたらのお陰で楽に倒せた様なモンだ……ここは俺に任せて一度退くと良い」

 

 見方を変えれば兵士達を囮に使った様なモノであり、そう感謝される程の事でもない。

 感謝の言葉を受け流しロッドを仕舞った俺は、今日だけでも何度となく発した台詞を繰り出した。

 

「いや、我等は退くわけにいか、」

「又かよ……あんたらの名誉と王からの命令、どっちが大事だと思ってんだ?」

 

 案の定、死ぬまで闘おうとする兵士の言葉をゲンナリしながら遮って、一時的撤退へと誘導を試みる。

 俺のベホイミは、自分に使った方がより効率的に敵を倒せる。

 

「な、なんだとぉ!?」

「我等を愚弄するか!」

 

「めんどくセぇなぁ……逃げて体力を回復させて世界樹の防衛に戻る! こうする事で王からの命令が果たせると何故考えない!? 汚名を被ってでも、王の為に闘う! それこそが真の騎士だろうがっ」

 

 騎士のなんたるか、何てモノは知りはしない。

 知らないがこうやって煽ってやるのが効果的だ。

 

「む…」

「そ、それは」

 

「ちっ…とりあえず出血は止めてやる。それからどうするかは自分等で考えなっ・・・ベホイミ!」

 

 今日だけで考えれば俺のベホイミは俺の為に使うのが効率的だ。

 しかし、明日からの事を考えればここで兵士達の命を散らせる訳にいかない。

 この出来事を教訓に退くコトを覚えてくれるならベホイミ位安いモノ……これでも玉砕しようとするなら、それは俺の関知すべき事ではないだろう。

 

 順番に回復呪文をかけて兵士達を癒していき、魔法兵には魔法の聖水を手渡した。

 

「何から何まで済まない。皆を代表して礼を言わせてもらう」

 

 隊長格の男が深々と頭を下げている。

 

「別に良いさ、せいぜい頑張ってくれ……あー、そうそう。強そうな敵を見掛けなかったか?」

 

「おぬし…」

「うっうえ…」

 

 顔を青くさせた兵士があんぐりした表情で俺に向かって指を指してくる。

 

「あん? 何言ってんだ?」

 

 ここまでしても尚、俺は敵と間違えられるのか?

 悪人ヅラをしている自覚はあるが、軽く凹むぞ。

 

「きっ、貴様の背後に浮いているぞ!」

 

 隊長格の騎士の叫びに振り返り見上げると、ソコには三角頭巾の外套を着込んだ″物体″が浮いていた。

 

「うげっ! みすっ…るかっ! テメェどっから沸いて出やがった!?」

 

 その場から飛び退いた俺は、剣を抜き甲羅の盾を構えて身構える。

 

 なんの音も気配も無く、いきなり浮いてるとか反則だろっ。

 もしやあの外套、気配断ちの効果でも有るんじゃないだろうな!?

 

「・・・」

 

 魔王軍六大団長が一人、魔影参謀″ミストバーン″……その正体は、大魔王バーンの分離された肉体であり、″ミスト″と呼ばれるガス生命体が肉体を包み隠して動かしている。

 その肉体は大魔王のモノであるから元から強靭な上に″凍れる時間の秘法″により時が止まっており、あらゆる攻撃を受け付けないチート戦士だ。

 正に魔王軍最強であり、俺が思い切った行動を取れない最大の元凶である。

 逆に言えばここでコイツを倒せれば、戦況は一気に有利に傾く……しかし、メドローアを使えない今の俺では、天地がひっくり返っても勝てないだろう。

 いくら頑張っても出来ない事は出来ない……だが、逃げる事は出来る。

 チラリと甲羅の裏のキメラの翼に目をやる。

 

「何とか言ったらどうなんだ!?」

 

 何とも言わないと知っているが叫ばずにはいられない。

 ミストバーンは大魔王の肉体であると気付かせない為に基本的に無口だ。

 強いのは勿論、情報を引き出せないからコイツとは会いたくなかったのだ。

 

 ミストバーンの掌がゆっくりと俺に向けられる。

 

「ちっ」

 

 サイドステップでその場を離れる。

 

 この形態のコイツの技はお見通しだ。

 爪を高速で伸ばして串刺しを狙うか、暗黒闘気で相手の自由を奪い意のままに操る……どちらも厄介な技に違いないが掌の先に居なければ喰らわずに済む。

 

「・・・面白い」

 

 側面へと移動した俺に一瞥をくれたミストバーンは、低く蠢く様な声で呟くと音も無く消え去った。

 

「何が面白いってんだ……?」

 

 甲羅を背負い大粒の汗を拭った俺は、ミストバーンが消えた安堵感よりも、何もせずに消えた事への疑問から呆然と立ち尽くすのだった。

 










「うげっミストバーン!?」

と言わせたかったのですが馬鹿すぎるので止めておきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32

「ゆ、勇者殿っ……アレは一体…何者だったのでしょうか?」

 

 呆然と立ち尽くしミストバーンが去りガストが漂う空間を見上げていると、一人の兵士が怯えた声をあげる。

 気配が感じられなくとも目視する事で、ミストバーンのただならぬ恐ろしさを感じたのだろう。

 

「んなもん俺が知るかっ……」

 

 知ってても教えてやれないってか、ミストバーンが何をしに来たのか俺が教えて貰いたい位だ。

 

 あの野郎……マジで一体ナニ考えてんだ?

 あの去り方……どう考えたって目ぇ付けられたよなぁ…早くも″影でコソコソ不意討ちでゴー″大作戦が頓挫したのか?

 

 いや、まだだ! まだ判らん!!

 

 今からでも上手に手を抜いて″ヘタレ″に見せ掛ければっ……って、無理に決まってるっ。

 そんな舐めた真似をしていたら普通に死ねる。

 大魔王の目的がバランの足止めダケなら戦場に出ないのも有りだろう。

 しかし、現時点の情報だけでは戦闘不参加とは決断出来ない。

 

 くそっ、どうすりゃ良いんだ!?

 

「ゆ、勇者殿!? 如何なされた!?」

 

 両手で抱えた頭を振っていると、兵士が心配そうな面持ちで近寄って来た。

 

 ん?

 

「さっきから勇者って誰だよ?」

 

「貴公に決まっておる。その身のこなしに加えて回復呪文……更には我らへの激励、」

「あーはいはい。別に勇者でも良いけど、あんたら何で囲まれてたんだ?」

 

 勇者だとか貴公だとか、そんなおべっかには何の価値もない。

 うんざりしつつ騎士の言葉を遮った俺は、囲まれるに至った経緯を尋ねた。

 

 必要なのはこの状況を切り抜けられるだけの力であり、情報だ。

 ミストバーンの真意が判らないなら、せめて戦場の情報、魔王軍の戦略を少しでも仕入れておきたい。

 

「相対するモンスターめを倒し終わらぬ内に一匹、又一匹と新手がやって来たのだ……さしもの我等も最早これ迄と観念した処を貴公に救われたのだ」

 

 騎士は苦々しげに、それでも何処か偉そうに状況を語った。

 

 なるほど……。

 一撃で倒していた俺が気付かなかったダケで、戦っている最中にモンスターが近寄って来れば戦闘に加わるって事か……。

 

 ん? これって?

 

「えっーと……つまり、リンクしたって事か?」

 

「リング……ですと? 確かに囲まれてしまったが輪っかには成っておらん! 我等を見くびってもらっては困るっ、背後を取られる様なヘマはせんわ」

 

 リンクとリングを勘違いした騎士が、侮辱と感じたらしく勝手に怒り出した。

 どうやらこの世界には″リンク″の概念が無いらしい。

 ならば、リンクを利用すれば……大魔王の数にも対抗しやすいか?

 

「いや、良い……こっちの話だ……為になる情報、感謝する。お互いお国の為に頑張ろう」

 

 こうして騎士から情報を得た俺は、適当に別れの挨拶を済ませると、思い付いた作戦を実行すべく単独行動を再開するのだった。

 

 

◇◇

 

 

 騎士達と別れ、周囲に人間が居ないのを確認した俺は、幹にしがみつくフレイムを見付けるとヒャドを放ち、根っこに斬り掛かるさまよう鎧に蹴りを入れた。

 フレイムが奇声を発して此方に飛んでくると、周りのフレイムもそれに釣られる様に飛んでくる。

 空洞の瞳を怪しく光らせたさまよう鎧達も″ガシャガシャ″と音を立て一団と成り追い掛けてきた。

 

「良し! さぁっ、追ってこい! 纏めて吹き飛ばしてやるぜっ」

 

 俺の思惑通り、モンスター達がモンスターを呼び続け大挙して押し寄せる。

 

 西の空に沈みかけた太陽を背に俺は走り始めた。

 遠目には先頭を走る俺がモンスターを統率している様に見えるかもしれない。

 

 そんな俺の作戦は実に単純。

 リンクの性質を利用して多くのモンスターを引き付けて連れ回し、集めまくった処で空中に浮いてイオラで纏めて吹き飛ばす。

 時間短縮に加えて、俺が一人で大量のモンスターを抑える事により、名も無き戦士達に掛かる負担と世界樹への攻撃を減らすことが出来る。

 正に一石三鳥の我ながら良くできた作戦だろう。

 

 恐らくモンスターに与えられている行動原理は、

 

 第一に、反撃。

 第二に、救援。

 第三が、世界樹の破壊。

 

 こんな所だろう。

 1日闘い続けた俺には解る…雑魚モンスター達に自己の判断で動けるだけの知性が無いのはほぼ確実だ。

 

 知性を与えず数だけ揃え、舐めた命令を出した己の愚かさを呪うが良いさ……大魔王さんよぉ!

 

「頃合いだな……」

 

 眼前に巨大な根っこを確認した俺は、″チラリ″と背後に視線を送り、群がるモンスターを確認するとトベルーラで舞い上がる。

 

「くらえっ……って!?」

 

 突然、ふわふわ浮いていたダケのガストに全方位、360度を完全に包囲される。

 その動きは俺がイオラを生成するよりも早い。

 

「はぁっ!? 話が違うぞっ!?」

 

 攻撃しなければ攻撃して来ないんじゃなかったのか!?

 

 いや、ボヤいている暇は無い。

 ガス生命体であるガストに物理攻撃力は無いが、厄介な事に魔法を封じる″マホトーン″を使ってくる。

 この状況で魔法を封じられたら洒落にならない。

 俺の眼下にはおびただしい数のモンスターが群がっているんだっ。

 

「くそがっ…ベギラマ!」

 

 咄嗟に正面のガストの群にベギラマを放って焼き払うも、焼け石に水とはこの事だろう。

 お返しとばかりに四方八方からマホトーンを受けた俺は、浮力を失い地面に向かってまっ逆さまに堕ちていく。

 

「あががひょうはへん!!」

 

 マホトーンの影響で呂律が上手く回らない。

 しかし、魔法じゃないので関係無いってか技名を叫ぶ必要すらない。

 ガストにぶつかりながらも空中で体制を整えた俺は、着地ザマに武神流奥義″土竜昇派拳″を放って周囲のさまよう鎧を浮き上がらせて、なんとか足場が確保する。

 しかし、元々浮いているフレイムやブリザードには効果が薄く、勝利を確信したかの様な余裕の笑み浮かべ、奇声を発し身体を左右に揺らしている。

 俺は……見事に大魔王の罠に嵌まったって事か……トベルーラを使う者への対処としてガストは放たれていた……魔法力の浪費を嫌い今まで翔ばなかったのが仇に成ったのか。

 

 まぁ、いい……反省は後回しだ、面倒でもトベルーラ無しで倒してやるさ。

 

「へぇーンウィッひゅ!!」

 

 右の籠手に仕込んだ鎖を目一杯に伸ばした俺は、その場で回転すると周囲全てを射ち付ける。

 

 しかし、コレも焼け石に水か……集めまくったモンスターが俺を何重にも取り囲んでいる。

 リボンを回す様にチェーンを振るい、迫るモンスターを倒していくも、倒した骸を乗り越えて次から次へとやって来る。

 

「幾らへも掛かっへ来い!」

 

 仕込み爪を出現させてポーズ決めた俺は、マホトーンの効果が和らいだのを実感しつつ、自ら招いた窮地を切り抜けるべく闘い続けるのであった。

 

 

◇◇

 

 

「鬱陶しいんだよっ! ベギラマ!!」

 

 上空から執拗にマホトーンを放ってくるガストを焼き、無言で迫るさまよう鎧を拳で砕き、踊るフレイムを爪で斬り払う……何度も何度も同じ事を繰り返した結果、漸く包囲の向こうが見え始めた。

 

 ふぅ……やっと終わる。

 

 一撃で倒せる雑魚が相手でも、コチラは動けば疲れる生身の人間だ。不意の一撃を喰らえば痛いし怪我もする。魔法力だって無限じゃない。

 ″リンクで殲滅大作戦″は二度とやるまい。

 そう固く心に誓ったその時、空から″岩″が降ってきた。

 

「何っ!? 爆弾岩か!?」

 

 ぐんぐん迫る岩の不気味な笑みに気付いた俺は、ギリギリでソレを回避する。

 

 ″ドスンっ″と音を立てて着弾したソレは、幸いな事に爆発しなかった。

 爆弾岩が自力で飛ぶなんて事は有り得ない……つまり、誰かが俺に向かってぶん投げたって事だろう。

 

 モンスターを牽制しつつ犯人を探そうとしたその時、フレイムが奇声を発して爆弾岩に飛び付いた。

 

「おいっ! バカっ、止めろ!!」

「……メガンテ」

 

 くそ……味方もろともか!?

 籠手を重ね背中を丸めて爆弾岩の自爆に耐える。

 

「ギャハハハっ! マヌケな事して笑わせてくれるじゃねーか亀野郎! どうだ? オレからのプレゼントは気に入ったか?」

 

 笑い声が聞こえた方を見上げると片膝ついて前屈みになったフレイザードが、爆弾岩を侍らせて根っこの上からニヤニヤした表情で俺を見下ろしている。

 

「テメェか! 爆弾岩を投げたのは!?」

 

「そうさっ、お気に召したならもっとやるぜっ」

 

 下品に笑ったフレイザードは次から次へと爆弾岩を投げてくる。そのコントロールは中々のモノで俺にぶつかる放物線を的確に描いている。

 卑怯だなんて言う気はない。相手の反撃を封じ遠距離から一方的に狙う……実に合理的な戦法だろう。

 

 だが、来ると判っていれば俺には効かない。

 飛んで来る爆弾岩を避け、フレイムの誘爆を誘っては、モンスターの群に突っ込んで更なる同士討ちを発生させていく。

 

「テメェ…わざとやってんのか? 味な真似をしてくれるっ、だがっコイツはどうだ!」

 

 俺の狙いに気付いたフレイザードは最後の一体となった爆弾岩を、大きく脚を振り上げてストレートで投げてくる。

 

「そこだっ! 落合流首位打者剣!」

 

 狙いを定め、ブラックロッドで打ち返すも弾道が低く、フレイザードまでは届かなかった。

 フレイザードの足元の根っこにぶつかった爆弾岩が自爆する。

 

「オチアイ流だぁ? 良いのかぁ? 大事な世界樹を傷付けてもよぉ?」

 

「五月蝿ぇ! テメェ何モンだっ!? 降りて来て名乗りやがれ!」

 

 聞くまでもなく、俺はコイツを知っている。

 半身が氷、半身が炎で出来たモンスター。

 魔王軍六大団長が一人、氷炎将軍″フレイザード″……ハドラーの禁呪法により産み出された岩石生命体だ。

 氷の冷酷さと炎の激しさを併せ持つその性格は、極めて合理的であり勝つためには手段を選ばない。

 マトリフをして″レベルが高ければ勝てない相手″と言わしめる、危険極まりない男だ。

 

「ヒャハハハっ! 面白れぇじゃねぇか! そんなボロボロなザマで、この氷炎団長フレイザード様とヤろうってのか!?」

 

 根っこの上から飛び降りてきたフレイザードと対峙する。

 その距離、目算で20メートル。

 魔法を避けられるギリギリの距離感……尤もこれには″残る雑魚が邪魔をしなければ″と条件が付く。

 

「氷炎、団長……?」

 

 なんだ?

 氷炎団長? 呼び名が違うのか?

 

「おうよっ! オレ様こそが魔王軍六大軍団が一つ、氷炎魔団を率いるフレイザード様よ!」

 

 俺が小首を傾げていると、フレイザードはサムズアップして立てた親指を自身に向けて胸を張った。

 その胸には原作通り大きなメダルが輝いている。

 

「なにっ!? 六大軍団だと? 他に五つも有るってのか!?」

 

「ほぉぉ? 情報を引き出そうってのか? オレ様を前にして舐めた真似してくれるじゃねぇか……オーケー、オーケー。お望み通り教えてやる……オレ様の強さをなぁっ!」

 

 聞き方が不味かったのか、マトモな情報を引き出す間もなくフレイザードが殺意を顕にする。

 

 禁呪法で産み出されたフレイザードを倒すには″コア″と呼ばれる部分を砕かなければならない。

 それには″空″の技で見極めるのが手っ取り早い。

 しかし、俺は″空″の技を使えず、正直コイツの相手は荷が重い。

 

 だが、まだ退く訳にはいかない。

 折角の遭遇戦。

 少しでも情報を得て今後に繋げる……いや、コイツを倒すなら早い方が良い……ダメで元々、全力を出して挑むべきか? 広範囲を巻き込む攻撃なら運良く″コア″を砕けるかもしれない。

 

 ……ダメだっ。

 

 下手に闘ってコイツに戦闘経験を積ませる位なら、逃げる方がいくらかマシだ……本気でヤるなら確実に勝てるダケの実力がいる。

 

「ふざけろっ! テメェが俺の強さにビビりやがれ!」

 

 迷いを振り切る様に叫んだ俺は、甲羅を構え、腰の剣を抜いてフレイザードを睨み付ける。

 

 正攻法だ。

 先ずは普通に闘い、実力を探り出方を決める。

 

「弱い亀ほどよく吠えるってかぁ? くらえっ」

 

 フレイザードは人間臭い台詞と同時に炎のブレスを吐いてきた。

 群がる雑魚が邪魔で避けきれない。

 甲羅を構えた俺は、炎を遮るも″熱さ″までは無効化出来ない。

 

「お次はコイツだ!」

 

 叫びを上げて大きく息を吸い込んだフレイザードが、続けざまに氷のブレスを吐いてくる。

 

「くそっ……交わせねぇっ」

 

 已む無く氷のブレスも受け止める。

 周囲に氷の柱が出来上がった。

 

「そらよぉ! 砕け散りやがれっ!」

 

 ブレスを止めたフレイザードが氷の肩を尖らせて突進してきた。

 

 甲羅の盾を構え、フレイザードのショルダータックルを受け止め……られるわけもなく、″パキン″と音を残して後方に吹っ飛ばされた。

 

 宙で体勢整え着地に成功した俺は、即座に甲羅の表面を確認する。

 

「テメェ! 幾らしたと思ってんだ!!」

 

 ヒビを確認した俺は、抗議の声を上げずにはいられなかった。

 値段は兎も角、これで″鎧化″は行えない。

 

 逃げるか?

 

 そんな考えが頭をよぎった時、フレイザードは俺の甲羅を指差して気になる事を話すのだった。

 

「ほぉぉ? 砕けねぇか……イイモン持ってんじゃねぇか? あの陰気クセェ野郎が調べろと言ったのはソイツの事か?」

 

 ……戦闘、続行だ。

 

 無理矢理でも情報を引き出さないと、逃げられない。

 

 甲羅を背負った俺は、両手の仕込み武器を出現させて、攻撃主体でフレイザードに挑むのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33

「陰気臭い野郎だと? 一体、誰の事だ!」

 

 チェーンを振り回し周囲の雑魚を片付けた俺は、本音を隠して強気にフレイザードを糾弾する。

 

 本音は逃げたい…だが、そうもいかない。

 陰気クセェ野郎…ミストバーンが何を語ったか聞き出すまでは逃げられない。

 しかし、呪文も得意なフレイザード相手に甲羅が使えないのはかなり厳しい……ロン・ベルクの自信作、オリハルコンにも匹敵する甲羅がこうも容易く損傷するとは想定外もいいところだ。

 

「クァーハッハッハ……そんな事を聞いてどうするつもりだぁ? テメェは今から死ぬんだよ!」

 

 フレイザードが燃える左手を上げ采配を振るう様に下ろすと、周囲の雑魚が俺に向かって殺到する。

 

 ちっ……取り付く島もないとはこの事か?

 フレイザードの口は思ったよりも固い様だ。

 だが、新たに判った事もある……雑魚モンスターの行動順位の最上位は軍団長の指示だ!

 って、当たり前か。

 

「舐めんな! こんな雑魚にヤられるものかっ」

 

 迫るモンスターをチェーンウィップで一掃する。

 味方のいない状況下において、これ程便利な武器もないだろう。

 フレイザード指示の元、次々にモンスターが飛び込んでくるので逆に手間が省ける位だ。

 素早く一回転、二回転、三回転と鞭を振るって片付けていく。

 

「ほぉぉ…デカイ口を叩くだけあってそれなりに強ぇじゃねぇか・・・マヒャド!」

 

 はぁ!?

 

 一定の距離を保ち、笑って俺を見ていたフレイザードの氷の右手からマヒャドが放たれ激しい吹雪が迫りくる。

 

 俺の周りのモンスター達も巻き添えくって氷りついていく。

 

「テメェっ……味方が居てもお構い無しか!? メラ、ゾーマっ!!」

 

 左の籠手で顔を覆い隠した俺は、右手で火炎を発生させて氷結するのをなんとか防いだ。

 

「甘ぇこと言ってんじゃねぇっ。コイツラは道具だ…オレサマが使って何が悪りぃ!?」

 

 そう言い切って笑うフレイザードは原作よりも非情に見える。

 てか、原作で見たよりも強くないか?

 いや、俺が軍団長と渡り合えるレベルに達してないと見るべきか?

 

「そうかよっ」

 

 コイツはコイツで確たる信念を持った男であり、戦法を非難しても何の意味もなく、フレイザードの攻撃で氷付いたモンスター達もなんの動揺も見せずに迫ってくる。

 

 まごついている暇はない。

 接近戦だ。

 甲羅が使えない今、魔法とブレスを得意とするフレイザード相手に遠距離戦は分が悪い。

 気持ちを切り替えた俺は、凍ったモンスターを砕きながら一直線に突き進み、右手の鎖を剣に変えてフレイザードに斬りかかる。

 

「器用な真似するじゃねぇか……思ったよりでかい獲物のようだな?」

 

 ニヤリと笑ったフレイザードは氷の右半身を先鋭化させてサーベルを創ると、俺の一太刀を″カキン″と受け止めた。

 

「獲物はテメェだ! そぉりゃぁ!!」

 

 受け止められた事に若干の動揺を覚えるも、格上相手に気持ちで負けては死んでしまう。

 雄叫び上げた俺は足を止め、フレイザードの氷のサーベルと打ち合う。

 

 ″キンっキンッキンっ″

 

 一合、二合、三合と打ち合う内に、俺は体格に押されはじめ後ずさる。

 

「くそっ…」

 

 なぜヤツの身体を切り落とせ無い!?

 原作のダイは鋼の剣でフレイザードの身体を切り裂いていた。

 こっちはロン・ベルク作のミリオンゴールドの剣なんだぞっ。

 

 俺の10年はダイの2週間にも及ばないのか…?

 

「ボサっとしてんじゃねぇ!」

 

 迷いが生じ動きの鈍った俺の鳩尾目掛けて、フレイザードの炎の蹴りがとんでくる。

 

「喰らうかっ」

 

 左の籠手でガードした俺は、蹴り上げられる力に逆らわずトベルーラを使って空に逃げる。

 

 案の定ガストが群がって来たが、来ると知っていればなんとかなる。

 

「チェーンウィップ!」

 

 剣を鎖に変えて振り回すも手応えが無い。

 

「何っ!? 消えた?」

 

 ガス生命体だから効かなかったのではなく、赤く染まり始めた景色に溶け込むようにガスト達は″スゥ″と消え去ったのだ。

 

「時間切れかよ……フィンガーフレアボムズ!!」

 

 気になる呟きを残したフレイザードは炎の右腕の脇を締めると禁呪を唱えた!

 

「はぁ!? そんな簡単に!?」

 

 ″フィンガーフレアボムズ″とは、それぞれの指先から、最大で五発ものメラゾーマを同時に放つフレイザードの必殺技だ。

 こんな簡単に使われたら堪ったもんじゃない。

 

 だが、一発単位で見ればただのメラゾーマだ。対策は考えてある。

 爪で切り裂き、右の籠手でガード。

 爪、籠手、爪。

 焦らず両手を使い五発のメラゾーマを順番に処理していく。

 

「ほぉぉ? やるじゃねーか? まさか、ソイツを無傷でやり過ごすとはなっ」

 

「はんっ! 一対一ならテメェなんざ俺の敵じゃねぇんだよ! 良いのか? 雑魚を撤収させてもよ?」

 

 大地に着地した俺は、フレイザードに爪先を向けて強気の姿勢で情報を引き出そうと試みる。

 

 消えたのはガストだけではなかったのだ。

 フレイムやブリザードは元より、壊れたさまよう鎧までもが一体残らず消え去っている。

 

「そりゃ時間切れだ……雑魚共は日没が始まると強制帰還って寸法よ」

 

「はぁ? 何故そんな真似を? 昼夜問わず攻め立てるべきだろ?」

 

「さぁなぁ? 親切に教えてやる謂れはねぇ!」

 

「そりゃそうだ。

 で? お前は消えてくれないのか?」

 

 時間で消える…この情報を引き出せたのは大きい。

 ミストバーンも気になるが、とっととお帰り願いたい。

 

「クァーハッハッハ。消えるのは亀野郎…テメェだ!」

 

 何が可笑しいのか、高笑いしたフレイザードは左手に火炎を、右手に冷気を産み出した。

 

 つまり、フレイザードは両手に別々の呪文を同時に産み出している……コイツ、まさか!?

 

「手品を見せてやる……御代はテメェの命だ!!」

 

 嘘だろっ!?

 コイツがあの呪文を使えるなら、倒せないだけじゃなくマトモにやり合うのも危険極まりないレベルになってくる。

 

「何しようってんだ!?」

 

 ヒビの入った甲羅を構えた俺は″ゴクリ″と喉を鳴らして、フレイザードの動きに注視する。

 今後の為にも何をするのか見極めなければ……。

 

 フレイザードが両手を合わそうとした、

 

 その時!

 

 上空から″キラリ″と光るモノが伸びてきてフレイザードの燃える腕を切り落とした。

 

「ギャァァー!!」

 

 腕を切り落とされたフレイザードが切り口を押さえて上空に浮かぶ人物を睨み付ける。

 

「一体どういう了見だ!? えぇっ!! ミストバーンさんよぉ!?」

 

 フレイザードの視線の先には爪を伸ばしたミストバーンが無言で浮かび佇んでいる。

 

 俺を助けたのか……?

 いや、助ける理由がない…それに、止めるにしたって味方を攻撃するのはどうかと思うが、フレイザードもやってたし因果応報ってやつか。

 そのミストバーンは爪を戻すと東の空を指差した。

 

「ア、アイツはバラン!! 丁度良い……ついでに殺っちまおうぜ!」

 

「逸るな……我々″将″はバランとの戦闘を禁じられている」

 

「ヌウ……だがよぉ」

 

「成らん・・・大魔王様の御言葉はすべてに優先する」

 

「ちっ……良かったな亀野郎! ……テメェなんて名だ?」

 

「……ウラシ・マタロウ」

 

 本名名乗る程バカじゃない。

 

「マタロウか……覚えておくぜっ! オレサマの為にせいぜい活躍して名を高めておくんだなっ……テメェの命は次に会った時に頂いてやるぜ! ヒャァハッハッハ……」

 

 フレイザードは腕を押さえたまま高笑いを上げて消えていき、ミストバーンは迫るバランを見据えたまま、コチラには一瞥もくれずに消え去った。

 

「……何なんだ?」

 

 言葉通りなら、バーンの勅命で軍団長はバランと闘えないって事か?

 だが、何の為に?

 勝てないから闘わさないってことか?

 

「ふぅ……マトリフにでも聞いてみるか」

 

 今晩の洞窟行きを決めた俺は、溜め息を一つ吐いてゴールドの散らばるその場に座り込んだ。

 

 流石に疲れた…。

 フレイザードの言葉が正しいなら夜の間は安全なのか?

 大の字になってボンヤリ考えていると、傷だらけのバランがやってきた。

 

「取り逃がしたか」

 

「助かった……ってアンタ何でそんなに傷だらけなんだ!?」

 

 ″ガバッ″と起き上がった俺は、焼け焦げたマントを羽織り、四肢に切り傷を受けているバランを指差した。

 

「人の身では限界がある」

 

「んなわけねーだろ! 英雄たるアンタがそんな様でどうすんだ!?」

 

 おかしいだろ?

 ミストバーンの言葉が正しいならバランの相手に強敵が居なかった事になる。

 それなのに俺よりも満身創痍でどうすんだ!?

 

「寄る年波には勝てぬよ」

 

 俺の追及を交わす様に自嘲したバランは、人間臭い台詞を吐いているが嘘っぱちだ。

 同年齢である原作のバランは鬼神のごとき強さを見せていた……いくら弱体化、竜魔人への変化が出来ないと懸念されても、こんな雑魚が相手なら紋章だけでお釣りがくるハズだ。

 

 

「アンタっ…まさか!?」

 

 ハッとしてバランの顔を見詰める。

 

「ん? 何かね?」

 

「これやるよ……そんなちゃちなアクセサリーだけで頭を護ろうだなんて甘いぜっ。最低でも額はしっかり護るべきだ」

 

 指先で自らのサークレットを″トントン″と叩いた俺は、バランにカンダタマスクと魔法の聖水を差し出した。

 

 紋章が使えないんじゃなく、人目を気にして使えなかった……そう思いたい。

 

「むぅ…戴いておこう」

 

 こうしてバランと合流を果たした俺は、仕入れた情報を提供すると辺りに散らばるゴールドの回収を手伝ってもらい、南の村へと帰還するのであった。

 

◇◇

 

 

「遅かったじゃない? 皆アンタ達を待っているわよ」

 

 傷一つ無いずるぼんが俺とバランを出迎えた。

 背後でへろへろとまぞっほも頷いている。

 

「英雄バラン万歳! 勇者でろりん万歳!!」

 

 待ち受けていた人々が、俺達を取り囲み都合の良い唱和をしている。

 

 たった1日乗り切っただけなのにお気楽な事だ…明日からを思えば浮かれている場合ではないだろうに。

 

 だが、こういうのも悪くない。

 今日という日を生き延びた事を喜び、明日へと繋げる。

 人生とは、″今日″の繰り返しなのかもしれない。

 

「私は娘の顔を見に戻る……後は貴様に任せる。明日の朝、日の出の前にここで落ち合おうぞ」

 

 適当に愛想笑いを浮かべ手を振ったバランがルーラで帰っていった。

 いくら何でも早すぎる。

 そんなだから竜魔人に成れないって思われるんだっての。

 

「親バカね」

 

「親バカだな」

 

 ずるぼんの呟きにお手上げのポーズを取って返しておいた。

 

「お主は姉バカじゃとばかり思っておったがのぅ……ほれ、お客さんじゃ。お主もスミにおけんのぅ」

 

 まぞっほが肘で″うりうり″と俺を小突いてくる。

 

「客?」

 

 人混みを縫ってマリンが現れた。

 

 激しく嫌な予感がする。

 

「良かった……でろりん……お願いっザオラ、」

「バカかっ…こんな衆目の有るとこで言うんじゃねぇ!」

 

 素早くマリンの背後に回り込んだ俺は、口を塞いで羽交い締めにすると耳元で囁いた。

 ザオラルが使えるなんて知れ渡れば、ザオラルマシーンにされてしまうのは確実だ。

 

「わかったから……は、離して」

 

 コクコクと頷いたのを確認した俺は、マリンを解放すると場所を移して話を聞くのだった。

 

 

◇◇

 

 

 パプニカ王死亡。

 ザオラルでパプニカ王を生き返らせてくれ。

 

 マリンの話を要約するとこんなところか。

 

「お願いっ、あなたのザオラルで…」

 

 俺の手を両手で握ったマリンが、潤んだ瞳で懇願してくる。

 

「無理だな……お前も知ってるハズだ。ザオラルは何でもかんでも生き返らせられる呪文じゃねぇ…蘇生可能な条件に合致した上で更に半分の確率しかない」

 

 蘇生可能な条件とは。

 まず、病死ではない。

 次に、五体の損傷が少ない。

 最後に、死んでからの時間経過だ。

 例えるならザオラルとは前世における″心肺蘇生術″に近い。

 しかし、これをこの世界の住人に理解しろと言っても難しい話だ。

 三賢者と呼ばれるマリンですらこうなのだ。

 下手に知られると期待され、出来ないことを出来ないと言えば恨まれる……ザオラルとは、なんとも因果な呪文と言えよう。

 

「それでもっ…お願いっ……姫様のあの様なお顔は見てられないの……わ、私に出来る事なら何でもやるわっ」

 

「300万」

 

「……え?」

 

「300万ゴールド。成功報酬で更に700万」

 

 日本円に換算して十億。

 死人が、王が生き返るなら安いものだ。

 

「そ、そんなの無理よ」

 

「何でもやるんだろ? 俺は別にザオラルなんか使いたくねぇんだよ…明日に備えてゆっくりしたいんだ」

 

「わ、分かったわよ! 払えば良いんでしょ! 払えば!」

 

「何キレてんだよ? まぁ良い、ササッと運んでくれ」

 

 どうせマトリフに会うためにパプニカ行かなきゃならないし、姫さんに確認しなきゃならない事もあるし、パプニカに行くのも悪くない。

 そう考えた俺は、マリンの肩を抱き寄せてルーラを促すのだった。

 

 

◇◇

 

 

 マリンに連れられた俺は、地下の霊安室と思われる空間にやって来た。

 そこには石の台座に寝かされ顔に白い布を被された人物と、その台座に突っ伏す姫さんの姿があった。

 広い空間に姫さんのすすり泣く声と、近付く俺達の足音だけが響いている。

 

「あら? 変人さんじゃない……よく私の前に顔を出せたわね?」

 

 足音に気付いたのか、姫さんが此方を向いて俺の姿を確認すると憎まれ口を叩いている。

 しかし、その眼には涙が溜まり瞳は赤く染まっている。

 

「……ザオラル、かけてやるよ」

 

 王家とか関係ねぇな……14の小娘が親を亡くしたんだ……黙ってみてられねぇ。

 

 だから、ザオラルは嫌いなんだ。

 死に逆らうザオラル。

 希望は裏切られると失望に変わる。

 

 そして、このザオラルは100%失敗する。

 

「…っ!? マリンね……貴方の言う通り王家は特別なのね……他にも亡くなった人は大勢いるのにっ」

 

 一瞬呆けた姫さんだったが、直ぐに事情を察したらしい。

 

「親を想うのは普通の事だ……あんたがたまたま王女で、たまたま知り合いに使い手が居て、たまたまお節介な姉的存在がいた……王家は関係無い」

 

「……ありがとう」

 

「だが、使う前にハッキリ言ってやる。パプニカ王は病死だ。俺のザオラルじゃ生き返らねぇ」

 

 マリンの話では魔王軍の侵攻に際しパプニカ王は、病身を押して先頭に立って兵士達を鼓舞した後で倒れそのまま還らぬ人となった……完全に病死だ。

 故に、俺のマリンへの報酬要求は詐欺みたいなものである。

 

「だったら、どうして?」

 

「これは、儀式みてぇなもんだ。パプニカ王は病気で死ぬ運命だった……酷な様だがアンタはそれを受け入れ、王女として先頭に立ち魔王軍と戦わなければならない」

 

「それは判っています……侵略には立ち向かいます」

 

 涙を拭った姫さんは毅然と宣言した。

 

「そうか……要らぬお節介だったな。さて…と、ザオラルを使う前に一つだけ約束してほしい」

 

 台座に近付き立ち止まった俺は、人差し指を立ててこの場に居合わせる者の顔を確認していく。

 

「何かしら?」

 

「俺がザオラルを使えるのは他言無用だ……と・く・に! そこの三賢者! 絶対誰にも言うじゃないぞ」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

「いんや、お前らは解ってねぇ! 例えアバンが相手でも絶対言うなよ!? ……そういや、アバンはどうしてる?」

 

 危ねぇ、危ねぇ。

 俺はコレを聞きに来たハズが思わず場の雰囲気に流されてしまった。

 

「そんなの後で教えてあげるから、早くザオラルしなさいよ!」

 

 

 こうして還らぬ人となったパプニカ王へのザオラルを終えた俺は、マトリフに会いに行き見解を求めると、アルキードへと帰るのだった。

 

 

◇◇

 

 

 侵攻2日目、夜明け前。

 

 南の村に作られた天幕内で、魔王軍の侵攻を待ち受けるアルキードの戦士達が作戦を練り合わせていた。

 参加者はバランを中心にアルキードの騎士やカンダタ一味の幹部、増援に駆け付けたバランの教え子達。

 そして俺の隣には、何故かマリンの姿があった。

 

 なんでこうなるかな…。

 

 円卓のテーブルに頬杖付いた俺は、バランの言葉を上の空で聞き流し、自らの詐欺行為を悔いるのであった。

 









ザオラルは失敗。
マリンが居る理由は次回冒頭。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34

「ふぅ……そろそろ昼か? どうする?」

 

 魔王軍の侵攻二日目。

 周囲の敵を片付け終えた俺は汗を拭い、太陽が南天に差し掛かっているのを確認すると、側で付かず離れず闘っていたマリンに話し掛けた。

 

 一人の方が殲滅に向いているが、これも詐欺行為の代償と今後の為だ。

 マリンは俺への借金となったザオラルの報酬を、俺と共に闘い稼ごうとしている。

 俺も闘い俺の影響で落ちるゴールドをマリンと折半し、それをザオラル報酬として頂く……マリンのお陰で楽に成っているのは否定出来ないが、得した気がしないのは気のせいだろうか?

 

「何の事かしら?」

 

 俺の貸し出したブラックロッドを持ったマリンが首を傾げている。

 相変わらずのミニスカートで肌の露出が多いのは何とも成らない様だ。

 

「何って……飯に決まってるだろ?」

 

 手頃な隆起に腰を下ろした俺は、修復の為に残してきた甲羅の代わりに背負っていたリュックを外し、世界樹の葉に包まれたオニギリを取り出した。

 世界樹の葉、と言っても薬効は特にない単なる大きめの葉っぱだ。

 抗菌作用はあるのか、アルキードではこうしてラップ代わりにオニギリ等を包むのに使われてきた。

 世界樹は大地を支えるだけでなく、アルキードに暮らす人々の生活に関わっていたりする。

 時として世界樹を囮にする事もあるだろう。

 しかし、必要以上に世界樹を傷付けさせる訳にいかない……マトリフの見解通り、大魔王の目的がバランの足止めに違いないとしても、だ。

 

 その為にマリンの協力が必要なのは、気のせいじゃないだろう。

 

 世界樹の防衛は重要だ……しかし、俺はそれだけに縛られる訳にもいかない。

 家庭教師アバンの動向をレオナ姫に確認した所、アバンは一昨日の午後、パプニカ城を発ってデルムリン島に向かっている。

 つまり、魔王軍の侵攻初日である昨日がダイの修行初日であり、今日が二日目……そして、明日が運命の3日目となる。

 アルキードがこうなっている以上、原作通りにハドラーの襲撃が行われるとは限らない。 限らないが黙って見過ごす訳にもいかず、出来ればアルキードを離れハドラーの足止めを行いたい。

 安心してアルキードを離れる為にも、マリンの実力″多数に囲まれる長期戦でも大丈夫か?″ コレを見極めなければならない。

 

 その為の今日だ。

 

「あなたねぇ……どうしてこんな時にそんな事が言えるのよ? 今もあっちで闘っている人が見えるじゃない?」

 

 小さくため息を吐いたマリンだったが、此方にやって来くると俺に並んで腰を下ろした。

 

「それはそれ、コレはこれだ。休める時に休んで体力の回復を図る! 無理を続けて肝心な時に闘えなければどうする?」

 

 夜明け前の軍議の結果、世界樹周辺を東、西、南、北の4つのブロックに分けて防衛する作戦が採られている。

 魔王軍の進行ルートでもある東をバランが担当し、北を″魔闘戦士″と名乗るノヴァが担当。

 南は俺のマホカトールを拠点にへろへろ達が防衛に当たり、比較的楽な西側を俺が担当している。

 突出した力の無い騎士や兵士達はパーティーを組んで世界樹の周りを固め、世界樹に取り付いたモンスターの担当だ。

 不条理な事に、大魔王の数の暴力は有効なのに、こちらは数に頼っても軍団長には対抗できない。

 恐らく、軍団長を仕留める前に全滅するだろう。

 無用の被害を生まない為に、各パーティーのリーダーには赤、青、黄色の信号弾を持たせ、半端な数の力が通用しない強敵と戦わせない様にしている。

 将はバランと闘えない……この魔王軍の戦略を逆手に取って、手強い敵…ミストバーンやフレイザードが現れたら赤の狼煙を上げてバランを呼ぶ手筈になっている。

 こうすれば、相手の方が勝手に逃げる算段だ。

 バランに掛かる負担の大きい作戦だが、カンダタマスクが功を奏したのか、昨日に比べて敵の攻勢は弱まっており、紋章の力を遺憾なく発揮して東で食い止めていると思われる。

 バランに″紋章を使ってくれ″と言えれば話は早いのだが、あの親バカぶりを見ていると恐くて言えなかったりする。

 

 黄色の狼煙はその他強敵出現の合図となり方面担当の勇者が駆け付ける。

 青は数に圧されている知らせになり、周辺パーティーが集結する合図だ。

 

 今のところ作戦は上手く機能しており、こうして飯を気にする余裕も産まれている。

 

「…? どうした? 喰わないのか?」

 

 隣合わせに座ったマリンの前にオニギリを差し出していたが受け取る気配がない。

 兵士達が闘っているのに自分だけがゆっくり出来ない……と言うことか?

 立派な心構えだが、それを堪えて休息をとってくれなければ、西方面を安心して任せるコトは出来ない。

 

「……このオニギリ、あなたのお姉さんが作ったのよね?」

 

「ん? あぁ、そうだな。心配しなくても毒なんて入ってないぞ」

 

 毒……あれか?

 自分の発言でふと気付く。

 ウヤムヤのままマリンとこうしているが、姫様暗殺未遂を腹に据えかねているのか?

 

「あなたのお姉さん……良い服着てたわよね?」

 

「……は?」

 

 服ってか装備だろ。

 何を言い出すんだ?

 

「それに、コレとお揃いのロッドも持ってたわ……私や姫様にはあんな酷いことしたのに、お姉さんのコトは随分大事にしてるのね」

 

 コメカミに青筋浮かべたマリンは、俺の手からオニギリを強引にブン取ると世界樹の葉を荒々しく捲っていく。

 

「パーティーの装備を整えるのは当たり前だ……まぁ、あの時はやり過ぎたな……大丈夫だったか?」

 

「大丈夫じゃないわよ! 貴方のお陰で私達のプライドはボロボロよっ! そうだわ! このロッド、私に譲ってくれないかしら? コレが有れば貴方にも負けないわっ」

 

「良いけど……450万ゴールドだぞ? 払えるのか?」

 

 マリンとブラックロッドの相性は良く、半日と掛からず使いこなしていた。

 俺のロッドは新たに作るとして、利益を乗せて正式に譲り戦力の強化を図るのも悪くない。

 

「な、なんなのよ!? お姉さんにはプレゼントしたのに私からはお金を、それも法外な金額を取ろうっていうの!?」

 

「法外じゃねぇっつーの……大体、なんで俺がお前にプレゼントしなきゃなんねーんだ? ・・・ひょっとしてお前、俺の事好きなのか?」

 

 我ながらズルい方法だが希望的観測から軽くカマをかけてみる。

 

「な、なんで私がでろりんなんかをっ!!」

 

 マリンは顔を真っ赤にして怒りソッポを向いた。

 

 俺がやってきた事を考えれば″なんか″扱いを受けるのも仕方ない。

 自業自得とはいえ、人生とは儘ならないモノだな。

 

「そうか……残念だ……俺は、お前のコトを嫌いじゃなかったみたいなんだけどな……まぁ、姫さんにあんなことしたら嫌われるのも当たり前か」

 

「……え?」

 

「変な事言っちまった……忘れてくれ。過去に色々有ったが今の俺達は共通の敵、魔王軍に立ち向かう同士だ。革命なんざしている暇はねぇ……姫様を狙うことも無いと約束しよう……パプニカも大変なのは分かっているが、世界樹防衛に協力してくれれば助かる」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように長々と話した俺は、立ち上がって深々と頭を下げマリンに協力を依頼する。

 

「え? あ、も、勿論よ」

 

「そうか、助かる。ロッドを譲る訳にいかないが暫くの間は使ってくれ」

 

「は、はい。で、でも良いのかしら?」

 

 細いロッドを″ギュッ″と抱き抱えたマリンが遠慮ガチに確認してくる。

 

「俺にはこの籠手がある……ロッドはまぞっほから借りても良いしな。さぁ、無駄話はコレまでだ……しっかり食って午後からも戦うぞ!」

 

 こうして軽く失恋した俺は、軽く食事を済ませると再び戦場に戻るのだった。

 

◇◇

 

 

「見て、でろりん!」

 

 微妙に気まずい空気の中、闘い続けること数時間。

 北東の方角に黄色の信号弾が上がった。

 黄色の信号弾はミストバーンやフレイザード以外の強敵の知らせ……弱いとも限らない未知の強敵の知らせだ。

 

「あれは!? 行くぞ! マリン!」

 

 気を引き締めマリンの手を握り締めた俺は、トベルーラで現場へと急行する。

 

 昨日と同じ轍は踏まない様に、ガストは優先的に倒している。

 数分と経たずに現場に到着した俺達が目にしたのは、焼け焦げた戦士と氷付いた戦士達……そして、北を担当する勇者ノヴァと対峙する敵。

 

 アイツ…誰だ?

 

「ノヴァ! 大丈夫か?」

 

「酷いわ……」

 

「でろりんさん!? マリンさんも?」

 

 ノヴァの横に降り立つとマリンは俺達から離れ、倒れた兵士に元へと駆け寄った。

 

「やったのはアイツか?」

 

 腰の剣を抜いて魔族に切っ先を向けて警戒しつつ″チラリ″と横を見た俺は、ノヴァから事情を聞く事にした。

 

 赤と青の変な配色の鎧に身を包んだ金髪の魔族……その手には両端に魔法力を増幅させる細工の施された白い棍とも、杖とも言える武器が握られている。

 顔が白いマスクで隠されているのを抜きにしても、俺はこんな奴を知らない。

 闘うにしても何らかの情報は欲しい。

 

「分かりません。僕も今来たところです」

 

 しかし、ノヴァも把握していないようだ。

 

 北を担当する勇者″ノヴァ″……原作では、壮絶に自己中心的とレオナに評された性格に難のある人物であったが、バランを師と仰ぐ目の前のノヴァはとても礼儀正しく、かなり強い。

 西よりも敵の攻勢が激しい北を任されていることからも、現在のバランの評価は俺よりノヴァの方が上であるといえるだろう。

 

「そうか・・・テメェ! 何者だ!」

 

 小さく頷いた俺は、正面の魔族を睨み付け名を問い質す。

 

 上手く事情を引き出せれば良いのだが、どういう訳か俺の誘導尋問は直ぐにバレる。

 

「俺こそは魔王軍六大将軍が一人、氷炎将軍ブレーガン様よ!!」

 

 は? マジで何者だ?

 

 名乗ってくれたのは有難いが、その名に全く聞き覚えがない。

 そもそも六大将軍ってなんだよ!?

 

「六大、将軍!? な、なんだそれは!」

 

 呆ける俺に変わって一歩前に出たノヴァが、驚きながら問いかける。

 

「フハハハハ! 知らぬなら教えてやろう! 魔王軍はモンスターの性質により六つの軍団に別れている! 即ち!・・・」

 

 ブレーガンがドヤ顔で魔王軍の陣容を語り出した。

 マスクをしているのにドヤ顔と言うのも変な話だがとにかくドヤ顔だ。

 

 百獣魔団……妖魔士団……不死騎団……氷炎魔団……魔影軍団、そして超竜軍団。

 

 耳障りな声でブレーガンは語り続け、ノヴァは軍団名を聞く度に驚いている。

 

 六大軍団は俺の知る陣容とほぼ同じ。

 てか、超竜軍団もしっかり有りやがる……一体、軍団長は誰なんだ?

 

「我々を統括するは、元魔王の魔軍司令ハドラー! そして、豪魔軍師ガルヴァス様だ!!」

 

 超竜軍団長も気になるが、最大の違いは六大将軍の存在と、ガルヴァスなる男の存在か。

 

「んで? お前等の主は誰なんだ?」

 

 知っているが一応聞いておこう。

 

「む? このブレーガンを舐めてもらっては困る! そう簡単に喋るとでも思っているのか!」

 

 いや、さっきは妙に聞き覚えのある耳障りな声でペラペラ喋ったじゃねーか。

 

「そんな聞き方したらダメですよ! もっと驚かないとマヌケでも話してくれません」

 

 ノヴァがこう言うって事は驚いていたのはワザとか?

 中々の演技派の様だ。

 

「そ、そうか?」

 

「マヌケだと!? それは一体誰の事だ!!」

 

 俺とノヴァは黙ってブレーガンを指差した。

 

 てか、そのマヌケに見抜かれた俺は大マヌケか?

 いや、考えたら敗けだ。

 

「お、おのれ〜! マタロウの前に貴様等から始末してくれるわ! デルパっ!!」

 

 俺の偽名を叫んだブレーガンが、懐から魔法の筒を取り出して解放の呪文を唱えた。

 ″ポワン″と煙の後に、四本足に青いボディのマシーンが現れた。

 

「アレはキラーマシーンですね」

 

 背中から剣を引き抜いたノヴァの全身に闘気がみなぎる。

 

 キラーマシーンは兎も角、ブレーガンが″マタロウ″を知っていると云うことは、この襲撃はフレイザード辺りの指金か?

 

「だな。キラーマシーンはお前に任せて良いか? 俺はアッチを殺る」

 

「任せて下さい! マヒャド!!」

 

 二つ返事で答えたノヴァがマヒャドを放つと、剣を構えてキラーマシーンへと突撃する。

 

 原作と違い素直だ。

 しかし、原作でも最終的には勇者として成長していたし、本質はあまり変わっていないのかも知れない。

 

「ってな訳でお前の相手はこの俺だ……掛かってきな!」

 

 ノヴァの背を見送った俺は、ブレーガンに不遜な視線を向け″ちょいちょい″と手招きする。

 

「貴様!? たった一人で俺に敵うとでも思っているのか!? シャァーっ!」

 

 白い棍を三つ折りにしたブレーガンは、その両端から炎と氷を発射する。

 棍か杖だと思っていたが三節棍らしい。

 分割する事で相反する属性の同時使用が可能な高性能アイテムの様だ。

 

 是非、欲しい。

 

「こう仕向けたのはお前だろうがっ! ヒャダイン!!」

 

 ブレーガンの天然な台詞に反論した俺は、ヒャダインを唱え氷と炎を纏めて凍らせると、未知の敵との戦闘を開始するのだった。

 









でろりんは2つの思い違いをしています。

バウスンの息子ノヴァは、早い段階で上には上がいる事を知り、真っ直ぐな好少年?に育った様です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35

 

 俺は、戸惑っていた。

 

 俺がヒャダインを使った事で魔法使いだと思い込んだブレーガンは、三節棍を棒状に戻し接近戦を挑んで来ていた。

 繰り出されたブレーガンの踏み込みはフレイザードのタックルに比べ遅く、その振り下ろされた棒の威力はクロコダインの一撃に遠く及ばず、全体的な動きのキレは未だ見ぬヒュンケルに勝るとは思えず、三節棍頼みの魔法力はザボエラに劣るだろう。

 

 一言で言うなれば、ブレーガンは弱いのだ。

 

 そう、弱いんだ……。

 

 六大将軍なる者の全てが弱いと限らないが、ブレーガンの実力はよく判った。

 兵士達では少し荷が重くとも、バランは当然、ノヴァやマリン位の強者なら造作もなく倒せる……そんなレベルだ。

 故に、俺達がこんな所でこんな相手にこれ以上時間を掛けるのは無駄であり、時間を掛ければ掛ける程他で戦う戦士達の負担が大きくなる。

 サクッとブレーガンを倒して各方面で無双する……それこそが方面を任された俺達の役割である。

 単調となったブレーガンの攻撃を受け流し、バランスを崩したところに光る正拳突きをお見舞いしてやれば簡単にケリがつく。

 

 俺は……自らの命を護る武具を得る為に、数え切れない程のモンスターを殺してきた。

 今更ブレーガンの一人や二人、殺したところでどうということはない……それなのに・・・。

 

 ″人型モンスターを殺せるのか?″

 

 幼い頃に感じた懸念が現実のモノとなって俺の動きを束縛する。 そもそもブレーガンはモンスターですらない。

 いわゆる魔族と呼ばれる種族なだけで人間だ。

 白いマスクに隠された素顔は2つの瞳と一つの鼻、そして一つの口があるのだろう。

 魔族と言っても肌の色と細部に少しの違いがあるだけで、基本的に俺達と変わらない。

 

 俺は……自らが生き延びる為に、何の怨みもない魔族達を殺さなければ成らないのだろうか?

 敵である、ただそれだけの理由で……。

 

 ブレーガンがもう少し強ければこんな下らない事を考える余裕もなく、条件反射的に人生初の殺人を犯したのだろう。

 しかし、幸か不幸か俺にはブレーガンの繰り出す攻撃を裁ける余裕があった。

 敵に攻撃されたら殺さなければ成らない……そう理解しているつもりでいたが、どうにも行動に移せないでいた。

 

「そらっそらっ! どうした人間! 所詮はそんなモノか!?」

 

 そんな俺の悩みに気付かないブレーガンは、三節棍を振り回し調子に乗っている。

 

「気を付けて下さい! その武器は危険な感じがします!」

 

 キラーマシーンと打ち合うノヴァは随分と余裕があるらしく、時折振り返っては注意を促してくる。

 

「解ってる! 小手調べはこれまでだ!」

 

 棒術とも呼べない単調な棍での攻撃を籠手で受け流した俺は、バランスを崩したブレーガンに前蹴りを喰らわせる。 六大将軍なんて御大層に名乗っていたが、ノヴァの指摘通り注意すべきは便利武器の三節棍であり、それがなければコイツは弱い。

 魔王軍における将軍職は最高職ではなく、単なる役職の一つに過ぎず下手をすれば氷炎魔団だけで6人の将軍が居るかもしれない……そう思える位に弱い。 

 

「舐めた真似を!!」

 

 起き上がったブレーガンは三節棍をバラすと、くさり鎌のごとく振り回し炎のリングを作り出した。

 

「便利な武器だな? 何処で売ってるんだ? それともフレイザードにでも貰ったのか?」

 

 ブレーガンを将軍足らしめる三節棍は魅力的だ。

 棍としての強度も悪くなく、売っているなら購入したい。

 

「フレイザードごときの助けなど借りぬわ! この″氷炎の刃″はガルヴァス様から頂いた物だ! くらえっ!」

 

 フレイザードが″ごとき″なら将軍と軍団長は同格なのか?

 

 理解の及ばない事を叫んだブレーガンが炎のリングと成った杖先を俺に向けると、メラゾーマ並みの火線が放たれた。

 振り回す事で魔法力増幅機能も有るようだ。

 予想外の威力とスピードで迫る火線を構えた籠手で受け止める。

 籠手に弾かれた火炎が広がり火の粉となって降りかかる。

 

「生憎だったな? この籠手も伝説級の一品だ」

 

 炎の放出が終わったのを確認した俺は、無傷な姿でブレーガンに冷酷に告げてやる。

 増幅されたと言っても所詮はメラゾーマ並み。

 俺の持つ籠手と、パプニカの法衣の性能には及ばない。

 甲羅に損傷を与えたフレイザードと同格なんて思えないぞ。

 

 いや、考えるな。

 今は悩むだけ無駄だ。

 

「バッ…バカなっ!? 俺の最高の技が……」

 

 何とも情けない事を呟いたブレーガンは、狼狽えて一歩、二歩と後退る。

 

 最高の技、というより三節棍の性能頼りにしか見えない。

 まぁ、武具頼みは俺も人の事を言えないし、今やるべき事はブレーガンを倒し、武器を奪う……この二点だな。

 いつまでもコイツに構ってる暇はない。

 

「今度はコッチの番だ……いくぞ!!」

 

 声を張り上げ気合いを入れた俺は、受け身から一転して攻勢に移る。

 両の拳を握り締め大地を蹴ってブレーガンとの距離を詰め、無数の拳を叩き込む。

 

「なっ!? 貴様、武闘家か!?」

 

 ブレーガンは三節棍を両手で握り水平に構えると、連続で撃ち込んだ拳を器用に棍で捌いている。

 

 だが、それだけだ。

 

 ブレーガンの動きは武術ではない。

 身体能力のみで咄嗟に受けているに過ぎず、少しのフェイントを織り混ぜて狙いを定めると、俺の拳は面白い様に棍をすり抜けブレーガンの肉体へとヒットする。

 

「お、おのれぇっ!」

 

 破れかぶれになったブレーガンが棍を振り上げる。

 焦らず一歩身を引いた俺は、振り下ろされる初動を待って回避行動に入り次なる攻撃に繋げる。

 

「くらえっ! デロリーンクラァシュッ!!」

 

 棍が振り下ろされると同時にブレーガンの背後に回り込んだ俺は、アバン流牙殺法奥義を放つ。

 空間を制して大地を蹴り、全身を捻るイメージを持って突き出した両手から、渦巻く波の様に衝撃を送り込む貫通攻撃。

 見た目は両手での張り手だが、牙殺法におけるアバンストラッシュのBタイプに該当する大技だ。

 背後から奥義を食らったブレーガンの鎧の″前面″が砕け飛ぶ。

 ″ガハッ″と血飛沫を吐いたブレーガンは、三節棍を力無く手放すと膝から崩れ落ちて前のめりに倒れ込んだ。

 

「流石ですね」

 

 キラーマシンを破壊し戦闘を黙って見ていたノヴァは、勝負がついたのを確認するように近付いてくる。

 

「流石って程じゃないさ……こんな相手に手こずる様じゃ先が思いやられる」

 

 ブレーガンが手放し転がる三節棍を拾いながら、素っ気ない口調でノヴァに答える。

 全く知らない六大将軍なる魔族を倒したからといって、浮かれてなんかいられない。

 原作に登場すらしなかった相手に苦戦するなら、ハドラーの足止めなんて夢のまた夢だ。

 

「勝って兜の緒をしめろ! と言うことですね? 勉強になりますっ」

 

 誰だよコイツ?

 姿形は″ノヴァ″だがキラキラした瞳で熱く語る少年が原作のノヴァと同一人物とは思えない。

 

「俺は弱い。こんな程度で浮かれてたら明日にも死ねる……それだけだ。深い意味なんてねーよ」

 

 手にした三節棍を弄りながら勘違いしたノヴァに事実を告げてやる。

 フレイザードに苦戦する俺は贔屓目に見ても弱い。

 

 それにしても、この三節棍は良くできている……捻る事で簡単に分解出来て、手にした感じ強度もそれなりに有りそうだ。

 魔法力の消耗無しで無制限に炎や氷が出せるなら、一般兵に持たせるのにうってつけの武器になる。

 早速、今晩にでもロン・ベルクの元に持ち込んでやろう。

 

「貴方が弱いならこの戦場に居る大多数の人達はどうなるのよ?」

 

 浮かない表情で歩いてくるマリンの背後には、整列して寝かされピクリとも動かない人の姿がみてとれる。

 

「弱い俺よりも更に弱いって事になるな……死んだのは何人だ?」

 

「……6人よ」

 

「そうか……先に言っておくが火傷や凍傷は無理だからな?」

 

 伏し目がちに唇を噛み締めたマリンに、ザオラルと言わず無理だと告げる。

 

「判ってるわ……でもっ……何とかならないの!?」

 

「……ならねーよ。弱ければ死ぬ、それが戦場における唯一の掟だ。俺達に出来る事は限られてんのさ」

 

 努めて明るく言ってはみたが、やはり人の死に触れるのはやるせない。

 人の死を産まない為にも内心で決意を固めた俺は……大地に伏せるブレーガンに視線を送った。

 

「そうですね……ですが! 僕達が頑張れば被害を減らす事は出来るハズです!」

 

 いや、だからコイツ誰だよ?

 

 まぁ、言ってることは間違ってないし俺もそのつもりだ。

 頑張って戦死者を減らせばそれだけ俺の目的も叶えやすくなる。

 

 その為にも……敵は殺さなければならない。

 

「チェーンウィップ!!」

 

 仕込んだ鎖を出現させた俺は、意識無く倒れるブレーガンの首と胴を鞭の一振りで切断する。

 

「っ!?……なにも、殺さなくたって」

 

「敵は殺す……じゃないと俺が死ぬ。大体、コイツを生かしておいてどうするんだ!? 牢屋にでも繋いでおくのか? 俺達に監視に回せる人的余裕があるとでも思ってるのか? そもそも、逃げられたらどうする? 新たな犠牲者を産むだけだ!!」

 

「怒鳴らなくても判ってるわよ! でも……いいえ、持ち場に戻るわ」

 

 罪悪感から矢継ぎ早にまくし立てた俺の言葉に顔を背けたマリンが走り去る。

 

「僕も戻ります・・・余り気にしない方が良いですよ……でろりんさんは間違ってません。敵を殺すのが僕達、戦士の役目なんです!」

 

 去り際に背を向け立ち止まったノヴァは、慰めとも自分に言い聞かせているとも受けとれる言葉を残し飛び去った。

 

「俺は……戦士でもないんだよ……ただ、生き延びたい……それだけ……なのに……」

 

 一人残された俺の呟きは、誰にも聞かれる事無く喧騒に紛れ消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 







リアルゴタゴタで引っ越す事になりました。
リアルが鬱だとマトモな展開が書けないと判りました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36

「はぁ…はぁ…やっと、終わったの、ね?」

 

 魔王軍侵攻二日目の日没を迎え魔王の軍勢が消え去ると、マリンは突き立てたロッドを両手で握り″ヘナヘナ″とその場に座りこんだ。

 間隙を縫って休息を挟んだといえど、夜明けから日没まで闘い通して精魂尽き果てたのだろう。

 魔法力も尽きているのか素肌を晒す四肢に切り傷を残したまま、荒い息を吐いている。

 

「そうだな……油断は出来ないが終わったとみて良い……今日はマリンのお陰で助かった。礼を言わせてもらう」

 

 へたりこむマリンに歩み寄った俺は、軽く頭を下げて礼を言う。

 

 実際、マリンは良くやってくれた。

 元より高い賢者の実力にブラックロッドの力も相まって、雑魚が相手なら無双が可能だ。

 これだけやれるなら俺の代わりは十分に勤まる。

 心配なのは軍団長クラスの襲来だが、これはノヴァと方面を交代してもらい、素早くバランの救援を受けられる体制にすれば乗り切れる筈だ。

 

 ん? って事は北より西の方がヤバイのか?

 

「そう…かしら? 貴方はまだまだ元気そうだし、私が居なくても変わらなかった様に思えるわ」

 

 荒い息を整えたマリンが上目遣いで自信無く呟く。

 

「そうじゃない。マリンが側に居たから余力を残せたんだ……お陰で″次″の行動に入りやすい。それに、俺はアルキードの勇者だからな? スリーの勇者は体力だけが取り柄なのさ」

 

「アレだけ暴れまわって良く言うわね? 謙遜も度が過ぎれば嫌味にしか聞こえないわよ」

 

「雑魚を相手に無双出来ても肝心の軍団長に通用しなきゃ意味ねーよ……俺もバラン頼みって点で騎士達と変わらないのさ……立てるか? ……ベホイミ」

 

 マリンに向かって伸ばした手が握られるのを待ってベホイミを唱える。

 

「ありがとう……貴方に回復してもらうのも久しぶりね……覚えているかしら? 最初に会った日も回復してもらったのよね」

 

 立ち上がり俺の手を放したマリンは、後ろ手にスカートをハタキながら昔話を始めた。

 

「ん? そうだったな。でもアレは戦闘を舐めていたお前らが悪いんだからな?」

 

「解ってるわよっ・・・ねぇ? 昼間の事だけど…」

 

「あれ、な……はぁ……正直、俺もミスったと悩んでた」

 

 大きな溜め息を吐いた俺は、ガックリと両肩を落とし下を向く。

 

「えっ…!?」

 

「あの将軍様は殺すべきじゃなかったんだよなぁ……殺すにしても情報を吐かせてからだろ? 折角の情報源なのに殺しに囚われ過ぎて殺っちまった……結局、偉そうな事を言っても覚悟が足りてなかったんだ。もっと冷静にいかなきゃならねぇよなぁ……」

 

 ガキの頃から″敵がどう″とか言っておきながら、実際に遭遇すればアレだ。

 我ながら情けない話である。

 

「…!? そうねっ! ソレは貴方のミスね!!」

 

 目を見開いて驚いたマリンが何故かキレ始めた。

 

「はぁ? これでも反省してんだからキレる事ねーだろ?」

 

「知りません! 次にやること有るんでしょ!? 早く村に戻りましょ」

 

 顔を背けたマリンは″スタスタ″と南に向かって歩き出し、俺はソレを追いかける様に帰還の途につくのであった。

 

 

◇◇

 

 

 ノヴァや戦士達と合流を果たし一団となった俺達は、日が沈み切る前に今日を生き延びた人々の歓声溢れる村へと無事に帰還した。

 村は夕日に赤く染まっているが、被害らしい被害は見当たらない。

 むしろ、急ピッチで補強と補修が行われたのか、今朝よりも立派に見える。

 知己なる者達の再会の輪に混ざり、ずるぼん達の出迎えを受け無事な姿を確認した俺は、内心で胸を撫で下ろした。

 己の弱さを悔やんでも仕方無く、護るべき姉の力を頼り戦場に置かねばならないのが実情だ。

 

「おかえり! って、なんでマリンがそのロッドを持ってるのよ!?」

 

 マリンの腰にぶら下がるロッドを目敏く見付けたずるぼんは、俺達の無事を喜ぶ前に難癖を付け始めた。

 

「戦力の均等化の為に貸している。俺が持つよりもマリンの手に有った方が全体の戦力は上がるだろ?」

 

「そういう事だから。悪く思わないでね?」

 

「何よっ! 単に借りてるだけじゃない! あたしなんかプレゼントされてるんだから!」

 

 俺の戦術論を聞いたマリンは何故か勝ち誇り、反発したずるぼんとにらみ合い″バチバチ″と火花を散らしている。

 

「仲良くしろよ・・・んで、準備は出来てんのか?」

 

 ずるぼんとマリンは王宮の晩餐会で面識があるらしいし、放っておこう。

 

 呆れた俺は言い争う二人を無視して、夜明け前に頼んでおいた事の首尾をまぞっほに尋ねた。

 

「条件に合う者はお主に言われた通り並べておるが、どうしようと言うのじゃ?」

 

「……戦力のリサイクルってヤツさ……どこに安置している?」

 

「リサイクル、とな?」

 

「知らないのか? まぁ、見てれば解るさ……んで場所は何処なんだよ?」

 

「あそこだぜっ」

 

 へろへろが指し示したのは三角屋根に十字架の立てられた白い壁の教会だ。

 人混みを掻き分けて教会に向かう俺の背後では、歩きながら口喧嘩を続けるずるぼんとマリンの姿があった。

 

「あなたが……でろりん様?」

 

 教会の入り口を遮る様に占い師のメルルらしき人物が立っていた。

 

「……は? 様ってなんだよ?」

 

「勇者なんだから様付けされて当然じゃない? そうだ! マリンもでろりん様って呼びなさいよね」

 

「どうして私が、でろりんなんかを″様付け″しないといけないのよ!?」

 

 昼間に続いてマリンの口から飛び出す″なんか″発言……やはり俺は嫌われているらしい。

 

「五月蝿ぇよ……で? お前誰だ?」

 

 見当は付いているが聞いておこう。

 

 占い師″メルル″は年の頃なら十代半ばの変な髪飾りが特徴的な大人しい感じの女の子だ。

 戦闘能力はほぼ皆無であるが、予知的な力を利用した類い稀なる気配察知能力を誇るチートキャラだ。

 しかし、以前に祖母であるナバラの探索依頼をカンダタ一味に出した所、ナバラは予知の力を失い孫娘共々テラン王国で隠居していると報告を受けている。

 マトリフは本来の歴史の流れが大きく変わった結果、未来予知が難しくなったのではないか? と分析していた。

 そのナバラの孫娘であるメルルが何故アルキードに居るのだろうか?

 

「私はメルルと申します。神託を授かりし勇者様のお力に成りたく思いやって来ました」

 

「・・・一人でか?」

 

 メルルの言葉に眉をしかめた俺は、声を荒げたくなるのを我慢して話題転換を試みる。

 破邪の結界内だがここはまだ屋外。

 悪魔の目玉による盗聴の心配は無いが、誰が聞いているか判ったものじゃなく、なにより側に居るマリンが曲者だ。

 メルルが神託を知っているのは気になるが、迂闊に話せる内容じゃない。

 

「はい。多少の回復呪文なら扱えます」

 

 大きな黒目ウルウルさせて俺をしっかり見詰めたメルルは、自分の有用性をアピールしてくる。

 

「多少なら間に合ってる。悪いことは言わねぇ……黙って帰りな」

 

 身近で余計な事を吹聴されたくない俺は、にべもなくメルルの申し出を断る事にした。

 

「そう邪険にせんでも善かろう? この娘、不可思議な力を持っておる様じゃぞ?」

 

「不可思議な力?」

 

 メルルへ助け船を出したまぞっほの言葉に、おうむ返しで答えた俺のしかめっ面は更に進んだ。

 

「そう言えば変な事が合ったわ。メルルちゃんが″危険が迫っています″って騒いだから周囲を捜してみたの。そしたらアンタの言ってた無口なオバケが空に浮いていたわ」

 

「はぁ!? ミストバーンが来たのか!? それでっどうなった!?」

 

「どう…ってバランを呼んで追い払ってもらったけど、バランってば変な覆面被ってたわね。アレってルイーダさんトコも使ってるけどセンスを疑うわよねぇ」

 

「だなっ。傑作だったぜ。カンダタマスクを被っていたからどっちが敵だって騒然となったぜ! がっはっはっ」

 

「そうじゃったのぅ……ふぉふぉふぉ」

 

 ミストバーン襲来の大ピンチも、頼もしきパーティメンバーにとって笑い話らしく、三人揃って高笑いしている。

 

「お前ら……ノーテンキ過ぎだろ……まぁ、いい。メルル、だったか? お前の話は後回しだ。時間が惜しいし始めるぞ」

 

 扉を押し開いて教会内に足を踏み入れる。

 教室より少し狭い薄暗い空間に、息絶えた人が安置されていた。

 

「何人だ?」

 

「13人よ」

 

「嫌な数だな……」

 

「何がじゃ? 千を越える戦場としては少ない方じゃろ? ……ほれ、レミーラ」

 

 まぞっほの詠唱で教会内の壁が光だし、視界が確保される。

 

「まぁ、そうだな……魔法の聖水の備蓄はどれくらいある?」

 

「ここに運び込んでるのは300ね。ちょっと使っちゃったけど、まだまだあるわよ」

 

「ルイーダの元にはコレに倍する数が置かれておったわい。当面安心じゃろうて。しかし、解せぬわい……アヤツなに故にこれ程の数を備えておったのかのぅ……お主は知っておるか?」

 

「知らねぇよ……売りモンの一つだろ? タイミングが良かったんだな。商売繁盛で今頃ルイーダはウハウハじゃね?」

 

「あの……でろりん様が警告なさったのではありませんか?」

 

「……なんでお前が入って来てんだ?」

 

 両手を前面で組んだメルルは控え目ながらもしっかりとした口調で、俺の誤魔化しを最悪な形で否定する。

 

「メルルちゃんに手伝ってもらってたのよ。あたし1人で出来るわけ無いじゃない? それより、アンタの警告ってどういう事よ?」

 

「そうね。それに神託って何の事かしら?」

 

 さっきまで喧嘩していた女二人が見事な連携で″ずい″っと俺に迫り、説明を求めてくる。

 

「知るかよっ。ガキの頃に誰かさんがでっち上げた戯言に尾ひれが付いて残ってんだろ」

 

「その様なことはありませんっ。でろりん様からは不思議な力を感じます」

 

「はぁ? なんだそりゃ? 俺を得体の知れない化け物だとでも言いたいのか? 大体、テメェはさっきからどういうつもりだ? 俺はデタラメな神託の事は言われたくねぇんだ! 知らなかったぜ……″力に成る″ってのは嫌がる事を吹聴するって事だったとはな!」

 

「止めなさいよ。子供相手にみっともないわよ?」

 

「うるせー! これは大事な話なんだっ。子供だからで済ませられるかっ! いいか? 魔王軍も情報収集は行っている。お前らもミストバーンを見たんだろ? あんなヤツに狙われたらどうする!?」

 

「ふむ……確かに勝てそうに無い相手じゃった……お主が″絶対に手を出すな″と言うだけの事があるわい」

 

「そうだ。魔王軍にはこの場にいる人間の力を合わせて尚、勝てない相手が居るんだよ。″神託の勇者″だなんてデタラメが広まって狙われたら堪ったもんじゃない。 俺は死にたくねぇから戦ってんのに本末転倒じゃねーか」

 

「それって変な話じゃない? 死にたくなければ闘わないで、人里離れて暮らせば良いじゃない?」

 

「そうよね。あなた、ずっと昔バラン様にも同じことを……ハッ!? じゃぁ貴方はあの頃から魔王軍の襲撃に、」

「備えてねぇっつーの!! とにかく! この話は絶対に口外すんなよ? 特にマリン!」

 

 余計な事に気付き始めたマリンの言葉を遮って釘をさす。

 コイツラが何を言っても俺が認めなければ何の証拠もない。

 神託の勇者だなんて認定されても百害有って一利無しだ。

 多少強引でも徹底的に拒否するに限る。

 

「どうして私が名指しされるのよ!?」

 

 前科が有るからに決まってる、とは言わずにジト目で睨んでおいた。

 

「まぁ、善かろうて。お主が狙われたらワシ等も困るわい。じゃが、そうも頑なに否定するのは些か解せぬな? ″神託の勇者″よい響きではないか……晩餐会で贅沢三昧出来るじゃろうて」

 

「神託はずるぼんが言い始めたデタラメだからな……後でバレたら鬱陶しじゃねーか? って事でメルルも良いな?」

 

「ですが……」

 

 本人が必死に否定してるのにメルルはまだ口答えしようとしている。

 大人しそうに見えて芯が強いのは原作通りの様だがいい迷惑だ。

 

「ちっ……お前は神託の勇者の頼みが聞けねぇのか? 俺の力になるって事は、俺の言うことを聞くってコトだろ? あぁ、そうだ…回復呪文が使えるなら、俺が今からヤる事が万一バレたら、お前がやったコトにしてくれよ?」

 

「えっ…と、何を為さるおつもりでしょうか?」

 

「この場にいる全員にザオラルをかける……コイツラには死しても尚生き返り、俺の為に闘ってもらうのさ。あ、神託の勇者ってのは言葉のアヤで絶対に違うからなっ」

 

「呆れた……その言い方は一体なんなのよ? 失われた命を助けるって素直に言えないの?」

 

「見方を変えればそうとも言うかもな……良いか? ″運良く生き返った奴″に死んでた事は言うんじゃないぞ?」

 

 蘇生者に対しては、意識を取り戻した扱いでササッとこの部屋から追い出すつもりだ。

 

 ザオラルが使えるのはバレたく無い。

 だからと言って死者をそのままにするのは、戦力維持の観点からも巧い手と言えない。

 救える命をバレ無いように救う……これが俺の選んだ手であり、我ながらなんとも中途半端である。

 

「私には300万も請求しクセに恩に着せないのね? ザオラルが成功すれば文字通り命の恩人じゃない? 貴方は″強欲の勇者″でもあった筈よ?」

 

「どうしようが俺の勝手だ・・・正直に言うとだな、知らない奴から下手に感謝されても面倒くさいんだよ……生き返った後で世界樹を護ってくれたら良い。それが俺にとっての恩返しになんだよ」

 

「皆さんの為に陰ながら尽くされるのですね……素晴らしいです」

 

「はぁ……まぁ何でも良いから黙っててくれ……バレたらお前のせいにするからな? 俺の頼みはそれだけだ」

 

 名声を得ようとしない不自然さを強引に誤魔化した俺は、魔法の聖水をがぶ飲みしてザオラルを掛けまくる。

 その結果、八名の命を現世に引き戻し、再び戦力に組み込む事に成功する。

 

 世界樹でやるべき事を終えた俺は、訝しげなマリンと勘違いしたメルルを残し、ノヴァに居所を伝えパーティを率いてロモス城下に移動すると、設備の整った宿屋でゆっくりと疲れを癒す事にした。

 それから、夜更けを待って宿屋を抜けだした俺は、″氷炎の刃″を手にロン・ベルクの元に向かい量産計画を練り上げたのだった。

 

 こうして、色々あった侵攻二日目もなんとか無事に終えて、運命の3日目を迎えるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37

久しぶり?の会話だらけ回







「邪魔するぞ」

 

 夜明け前に行われた作戦会議で世界樹を離れる旨を告げ、反対を押し切って了承を取り付けた俺は、ルイーダの酒場にやって来ていた。

 俺の記憶が確かなら、ハドラーによるデルムリン島襲撃は3日目の午前に発生するハズだ。

 原作通りにハドラーが現れるとも限らないが、現れないなら文句はない。

 俺の本日の予定は、とにもかくにもデルムリン島に向かい、ハドラーが現れればコレを撃退するハードモード、現れなければレムオルかけてダイの修行風景を見届けるだけのイージーモードになる。

 ハドラーの動向次第でミッション難度が両極端に様変わりする、予断を許さない1日になる予定だ。

 

「おや? アルキードの勇者様がこんな時間に何の用だい?」

 

 太陽が昇りきった頃に開いている酒場もどうかと思うが、お陰で死地へと向かう前に落ち着く事が出来るってもんだ。

 本当の事情を知る者の前でしか俺は本音を話せない……我ながらなんとも寂しい人生である。

 

「予定まで少し時間があるから挨拶でもしとこうと思ってな……とりあえず、水をくれ」

 

「酒場で水を頼むのは感心しないねぇ」

 

 そう言いながらも手際よくコップに水を用意したルイーダが、カウンター越しに手渡してくる。

 

「コレから闘うし良いんだよ……ふぅ……俺は……今日、死ぬかも知れない」

 

 コップを受け取り水を口に含んでゆっくりと飲み干し喉を潤した俺は、頬杖突いて考えたくもない最悪の可能性を口にする。

 

 全く変な話である。

 死にたくないから、死地に飛び込む……他人に聞かれたら矛盾としか思われないだろう。

 しかし、死中に活ありとはよく言ったもので、今日何もしなければ遅かれ早かれ人類は全滅する……そんな気がしてならないのだ。

 50年後の生を掴むためにも、今は死ぬ気で立ち向かう……それを愚直に繰り返してこそ、大魔王打倒の大奇跡は起こる……筈だ。

 

「そうかい……なら、未払金を回収しておかなきゃならないのかねぇ?」

 

「アンタはこんな時でも変わらないんだな? もし俺が死んだら物資を金に変えて回収してくれたら良いさ……今なら仕入れの5倍でも捌けるだろ?」

 

 ルイーダの余りの変わらなさに″ガクッ″とずっこけそうになるのを堪えて、インサイダー的取引を提案してやる。

 

「あたしゃソコまでがめつくないさね。3倍が良いとこだよ」

 

「言ってろ……まぁ、ルイーダには散々世話になったからな……感謝してる。俺がやってこれたのは、アンタと一味の力添えがあったからだと思ってる」

 

 飲み干したコップをカウンターに置いた俺は、席を立つと一歩下がって一礼する。

 頭を上げた俺は、用は済んだとばかりに踵を返して出口へと歩を進めた。

 

「らしくないじゃないか……今日の相手はアンタの手に負えないってのかい?」

 

 ルイーダの声が扉に手を掛けた俺を呼び止める。

 

「あぁ……元魔王のハドラーだ。今の俺じゃ倒せないだろう」

 

 ルイーダに背を向けたまま不安を吐露する俺の背中には黄金の甲羅が無い。

 それが不安に拍車をかけている。

 自己修復が間に合わずヒビが入ったままの甲羅に頼るよりも、最初から持たずに相対する方が心構えとして良いとの判断だ。

 下手に頼って戦闘中に砕ければ、致命的な隙を生み出し兼ねないのである。

 

「ヤレヤレだよ……馬鹿は大きく成っても治らないもんだねぇ」

 

「ナニ?」

 

「勝てないなら誰かと組めば良いじゃないか? 勝算もなく挑むのは勇者のやることじゃないねぇ」

 

「それが出来れば苦労はねぇよ……たまたまアバンに会いに行ったら、たまたま魔軍司令ハドラーの襲撃に遭いました、ってか? そんなの誰が考えてもオカシイだろ? ただでさえ疑われてんのに頼めねーよ。それに、世界樹防衛の戦力もコレ以上は削れねぇ…俺が抜けるだけでも大変だったんだぜ?」

 

 俺が抜ける事でノヴァが西に回り、マリンとへろへろが北を担当。

 手薄になる南はメルルの危機察知と、厚めに配置された戦士達を頼りに乗り切る算段になっている。

 理由を言わない我が儘にしか見えない行動をとる俺に対する評価が大きく下がったのは兎も角、バランを筆頭に多くの人に負担を強いているのは間違いない。

 

「ナニ馬鹿な事を言ってんだい? アバンに会いに行った先ならアバンと組めば良いじゃないか……組むとマズイ理由でもあるのかい?」

 

「いや、それは・・・無い、な……むしろ、そっちの方が自然か……?」

 

 今の俺の目的はダイに1日でも長く修行を受けさせることにあり、ハドラーを倒せなくとも撤退に追い込めば俺の勝利と言える。

 その過程でアバンが戦線離脱しなくなっても何の問題もない。

 結界外でハドラーを待ち伏せようと思っていたのは、知らぬ内に原作に囚われていたということか?

 

「……だったら、アバンの近くに伏せた方がより確実か……?」

 

「そんな所でぶつくさ言ってんじゃないよ。行くならササッとお行き」

 

 扉前に立ち止まり顎に手を宛て考えていると、ルイーダがめんどくさそうに手首をスナップさせて俺を追い出しにかかる。

 

「分かってるっつーの!」

 

 叫びと共に勢い良く両手で扉を開くと、昇った朝日が出迎える様に俺を照らし出した。

 

「……死ぬんじゃないよ」

 

 ルイーダの呟きに応えずキメラの翼を放り投げた俺は、一路デルムリン島へと飛ぶのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ダイっ! その調子だぁ!!」

 

 なんだこれ?

 

 デルムリン島に到着した俺は不思議な光景を目の当たりにしていた。

 

 砂浜で目隠しをしたダイが木の棒を握り、同じく木の棒を握り締めたアバンと打ち合っているのだ。

 それを胡座をかいて頭で逆立ちしたポップが応援するという有り得なさ。

 

 いや、この行為が見えないモノを斬る空裂斬の修行の一貫とは知っている。

 ポップの体勢が魔法力を高める基礎的な瞑想ポーズだとも知っている。

 知っているが何故″今″行われているんだ?

 この時点のダイは空裂斬はおろか海波斬も扱えず、ポップは修行に本腰を入れない甘ったれたクソガキのハズだ。

 それがどうしてこんな時間から空裂斬の修行に励み、瞑想しながら弟弟子を応援しているんだ?

 上空に浮きレムオルで姿を眩まし呆然と見詰める俺の視線の先で、ダイは何度倒れても直ぐに起き上がり、的確にアバンを捉えつつあった。

 

「そこだぁ!!」

 

 ダイが気合いを上げて力強く木の棒を振り抜くと、アバンは堪らず左手で受け止めた。

 

「お見事! いやぁ〜ダイ君の成長振りには驚くしかありません。このままいけば7日も掛からず勇者になっちゃいますね」

 

 腫れ上がった左手を″ふーふー″しながらアバンが賛辞を述べている。

 

「そんな事ありません! こんなんじゃでろりんは倒せないんです……″あの時″のでろりんはもっと、もっと強かったんです! 俺はもっと強くなってでろりんを止めたいんです」

 

 まて。

 第一の目的は魔王軍打倒のハズだろ?

 

「まぁたでろりんって野郎の事かよ? ソイツは先生の名前を利用して虚勢を張る只の嘘つき野郎だって教えてやったろ? お前が見た凄い魔法力とやらも、魔法力を調整して派手に見せたんだ」

 

 は?

 何でポップが俺に敵愾心を抱いてんだ?

 

「でも、ポップだってそんな事出来ないじゃないか」

 

「俺は嘘つきじゃなく魔法使いだからそんな事は出来なくたって良い! 大事なのは見せ掛けの強さじゃなく本当の強さ!! そうですよね? アバン先生!」

 

 ダイが口を尖らせて反論すると、腕を組んだポップが強さ論を語り始め、勢いよくアバンを見ては同意を求めた。

 

「あはっ、あはははは……そ、そうですね〜。ポップも立派に成長した様で私は嬉しく思います。さぁ、早朝の特訓はこれまでにしましょう。2人は朝食の準備にかかって下さい」

 

 乾いた笑い声を上げたアバンが2人の元に向かい、背中に手を宛て″トン″と押す。

 どういう訳か、アバンは話題を変えたいらしい。

 

 一体、なんだと言うんだ?

 

「え〜やだよ、俺ぇ」

 

「何言ってやがるっ。勇者はどんな状況に陥っても生き延びられるサバイバル技術も必要なんだよ! 闘いに敗れ身を隠す事もあるっ……身を隠しても腹が減って闘えませんじゃ意味が無い! そうですよね? アバン先生!」

 

 アバンへの依存も見てとれるが、ポップは窮地の時の心構えまで身に付けているらしく、思わず頷いてしまった。

 泥を啜ってでも生き延びて最終的に生き残った奴が最後の勝利者となるんだ。

 

「その通りです。そうでなくとも健康な食事が健康な肉体を創るのです。自らの体調管理の為にも料理に精通しておくのも、又重要なのです。良いですか? 強さとは色々あります。ダイ君の戦闘能力は既に十分なレベルに達しつつあります。先程ポップが述べた事と矛盾しますが、見せかけの強さも時に有効です。見せかけの強さに敵が恐れを為して逃げ出したなら、それは勝利なのです。他にも心の強さ、人を導く事で得られる強さ、頭の良さや、生き抜く生活の知恵も立派な強さなのですよ……限られた時間しか有りませんが、戦闘能力以外の強さもダイ君には学んで頂こうと思っています」

 

「は〜い」

 

「ほらみろっ、俺の言った通りだろ?」

 

「ポップだって間違えたじゃないか」

 

 ポップが肘でダイをツツクと、ダイは背筋を″ピン″と伸ばして反論する。

 

 たった2日の筈がすっかり仲良く成っている様だ。

 

「ハリーアップ! 時間は有限ですよ? 私は浜辺を均してから向かいます。他の住民が足をとられてはいけませんからね」

 

「「はい!!」」

 

 小突き合いを止めない2人はアバンに急かされると、ブラス宅方面へと駆け足で去っていった。

 

 アバンは2人が去ったのを見届けると言葉通りに腰を下ろし、素早く移動しながら両手で荒れた浜辺を均していく。

 

「何時までそんな所に隠れているつもりですか? 久しぶりに会えたのです……降りてきては如何ですか?」

 

 鼻歌混じりに均していたアバンが突然、空を見て話し掛けてきた。

 

「何故、判った? ……いや、それよりどうなってやがる?」

 

 観念した俺はレムオルを解除する″スー″とアバンの近くに降り立った。

 どのみちアバンとは顔を合わせる予定だったし、まぁ…大丈夫だろう。

 

「勇者ともあろう者がバッドですね〜。光学迷彩魔法″レムオル″は光の屈折を操って人の目を欺く魔法です。したがって、人とは違う視覚能力の持ち主であるこの島の住民の目は欺けません。つまり、レオナ姫暗殺未遂犯である貴方がブラスさんに見付かれば大事になる、と言うことですね」

 

 満足いくまで均し終えたのか、アバンは立ち上がり両手を叩いて砂を払い落とすと″ニカッ″と笑って俺と向き合った。

 

「説明が長ぇよ! 質問の答えになってねぇしっ」

 

「おや? これは失礼しました。実は私……これでも狙われる立場なので真実を見抜く眼鏡をしているのです……それが、コレです! 勿論、真実を見抜くといってもでろりん君が用意したラーの鏡程ではありません。しかし! レムオルや影に潜む刺客を見抜くにはこれで十分なのです」

 

 左手で眼鏡を外して″バーン″と俺に見せ付けたアバンは、右手を握り締めて力説している。

 

「だから……説明が長いって…。 要は眼鏡のお陰で判ったんだろ?」

 

「まっ、平たく言えばそうなりますね」

 

 両手を″パッ″と開いたアバンは同意すると、腰に手を宛て″カラカラ″と笑った。

 

「ついでに俺の事は調査済み…ってか?」

 

「何の事でしょう? それよりこんな所で油を売っていて宜しいのですか? 私の予測では貴方の故郷でもあるアルキードは、魔王軍の大攻勢に遭っているのではありませんか? 如何な″竜の騎士″と言えどバラン殿お一人の力では少々厳しいのではありませんか? なんと言っても世界樹が朽ちれば、それは即ち敗北になりますからねぇ…。世界樹を護りながら闘う……言うのは簡単ですが非常に困難な戦闘が繰り広げられているのではないでしょうか? にもかかわらず貴方はこの地に現れた……それはつまり、アルキードの命運以上に大事なモノが此所にある、と考えるのは間違いでしょうか?」

 

「なげぇって……はぁ……アンタ、他に何を知っているんだ?」

 

 長台詞に混じって重要な情報をぶち込んでくるのが何ともイヤらしい。

 何でバランが竜の騎士ってアバンが知ってんだよ。

 

 真綿で首を締められるとはこの事か。

 

「そうですねぇ〜。例えば、竜の紋章を持つダイ君はバラン殿の拐われた息子である、それ位でしょうか?」

 

 胸ポケットとから取り出したハンカチでレンズを軽く拭いたアバンが眼鏡をかける。

 

 軽い行動とは裏腹に、レンズの奥の瞳が厳しさを増していく。

 

「で、それを俺に言うって事は俺を疑ってる……って事だな?」

 

「イェ〜ス! 流石でろりん君です。話が早くて助かります……さぁ、事情を話して頂けますか? でなければ人道的観点からダイ君の事をバラン殿にお知らせしなければなりません」

 

 俺は、アバンを甘く見ていたらしい。

 多少の差違はあってもかなりの部分を見抜かれているとみて良いだろう。

 少なくとも俺が何をしたかはバレているし、シラを切ってもダイの事を告げるのは止められない。

 

「ちっ……勇者が勇者を脅すのか?」

 

「滅相もありません。私は人道的見地に立って取るべき行動を予告したに過ぎませんから」

 

 舌打ちに加えてジト目で睨んでやったが、両手を腰の後ろで組んだアバンは澄ました顔でいけしゃあしゃあとほざいている。

 

「はいはい、話せば良いんだろ? だが、今は時間がねぇ」

 

 お手上げのポーズを取った俺は、話す決意を固めつつも先伸ばしを提案する。

 

「と、仰有いますと?」

 

「もうすぐ魔軍指令ハドラーが、アンタを殺しにやって来るからだ」

 

 真剣な表情を造った俺は、今この瞬間で一番重要となる情報を声を落として告げるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アバンの視点

色んな意味で禁断の手法。
アバンによる独白。
話は全く進みません。








『強欲の勇者でろりん』

 

 この世界に住まう人々の噂の種と成り続けた、善悪定まらぬ人物にして私の自慢の二番弟子です。

 尤も、彼は私の弟子である事を頑なに拒み、又、契約が在るため私の口からは何も言えないのが残念でなりません。

 彼との関係をポップに聞かれる度に私は冷や汗モノです……聞けば、今から凡そ四年前、私と出逢う二年前に、ポップはでろりん君と出会ったというではありませんか。

 その時彼は、どういう訳か「家庭教師のお陰で強く成った」等と私との関係を仄めかす事を自ら発し、それを信じたポップが偶然出会った私への弟子入りを強硬に願い出たのです。

 ポップから何度でろりん君との関係性を聞かれても、契約が在る以上「私とでろりん君は面識が無い」と言わねばならないのです。

 お陰でポップは″私の威を借る偽物″であるとでろりん君を認識してしまいましたが、コレは私のせいではありませんね。

 私は彼と違い嘘は得意でないのです。

 

 私の自慢の二番弟子は噂に事欠かない人物であるのは間違いありません。

 

 彼の軌跡を辿ってみれば、古くは幼少期にまで遡る事が出来ます。

 幼き頃から神童と呼ばれ、その知性と魔法のセンスは他の追随を許さないモノであったと伝え聞きます。

 そんな彼の評価は英雄バラン殿の登場と共に、アルキード王の謀略により一転して地に落ちました。

 バラン殿が圧倒的な強者であると知ったアルキード王は、王女との結び付きの強いバラン殿を確実に手に入れる事を優先し、その価値を高める為にも「神託を授かった」との噂もあったでろりん君を″バラン殿を囮にした処刑劇″の一幕を利用して「強欲者である」と世に広めたのです。

 この頃を境に暫くの間、でろりん君は人前に姿を現さなくなったのです。

 

 世の人々は姿を現さなくなったでろりん君を「強欲者でも恥はあるらしいぜ」と、口々に罵りました。

 しかし、彼はそんな世間の評価などどこ吹く風とばかりに、時にアポロ殿達の力も借りてただひたすらゴールドを求めて地底魔城に籠っていたのです。

 

 今なら判ります。

 彼はこの頃から、たった独りで足掻き続けていたのでしょう……。

 どうして私は、彼に会いに行って救いの手を差し伸べてあげられなかったのでしょうか……今でも悔やまれます。

 この頃、出逢えていたなら彼も素直に話してくれた……そう思えてならないのです。

 

 さて、ミリオンゴールドを集めていたでろりん君でしたが、彼は15の成人を迎えた頃を境に、独創的な衣装に身を包んだパーティーを率いて、世間の目に留まる様に活動を再開した様です。

 しかしながら、一度落ちきった評価と活動頻度の少なさも相まって、思うような評価は得られなかったのが、後の高額報酬を要求する焦りに繋がったのではないでしょうか。

 

 この頃、ルイーダさんの協力を得られた私は、でろりん君との対面を果たす事になりました。

 ですが、遅きに逸したとは正にあの事でしょう。

 全身から悲壮感を漂わせたでろりん君は心を閉ざし、自分を責め、そして、確たる決意を秘めており、私の言葉は彼には届きませんでした。

 彼が″何か″を恐れ、それに備えようと足掻いているのは火を見るより明らかでしたが、当時の私は其が何なのか気付いてあげる事が出来なかったのです。

 私に出来たのは「自分に出来ることをやれば良い」との彼の言葉に従い、でろりん君の恐れる″何か″の正体を突き止める為に彼の痕跡を追いかけ、検証を重ねる事だけでした。

 

 私との修行を終えたでろりん君は、精力的に活動を始めましたが、その迷走ぶりは今でも酒の肴になる位に酷いものでした。

 良い事をしたかと思えば高額報酬を要求し、ドラゴン討伐で強さを示したかと思えばパーティーメンバーに敗北し、お金を稼いだかと思えば関係の薄いロモス王国に寄付を始める。

 彼の行動には一貫性がなく、極めつけに黄金の甲羅です。

 世間の人々は「気でも狂ったか?」と嘲笑いましたが、其がミリオンゴールドであると知る私は、驚愕に震えたものです。

 一国の王ですら躊躇うであろう金額を一個の武具、それも武器ではなく盾に注ぎ込む……それは防衛本能の現れでしょうか?

 

 彼の形振り構わぬ行動を知った私は、最早時間が無いことを悟り、形振り構わず彼に縁のある人物を頼って話を聞くことにしたのでした。

 その過程でバラン殿から己が竜の騎士であると告げられ、「あの少年は私が竜の騎士であると知っている節がある」と聞かされたのです。

 ここに至って漸く私は、でろりん君が神託を授かったのは、根も葉も無い噂やデマではなく真実であると気付いたのです。

 学者の家系である我が家でさえも、竜の騎士に関する情報は殆ど伝わっていないのです。

 普通の村に育った子供が竜の騎士を知ること等、出来よう筈もありません。

 そして、魔王軍の侵攻が始まった事で神託の中身も見当が付いた私は、己の不甲斐なさを恥ながら、でろりん君が勇者と認めるダイ少年の元へと向かったのでした。

 

 デルムリン島で出会ったダイ少年は、素晴らしい資質と心の持ち主でした。

 人の俗世に紛れては、これ程の純心さは保て無かった事でしょう。

 奇跡の様な少年との出逢いに感動を覚えたのも束の間でした。

 修行を開始したその日、ダイ君の額に竜の紋章が輝いたのです……竜の騎士は一代限り、そして、同じ時代に2人の騎士は現れないのです。

 私は即座に理解しました……ダイ君こそが十数年前に拐われたバラン殿の息子である、と。

 しかし、そうであるならモンスターに拐われたダイ君が、デルムリン島に居るのは不可思議としか言えなくなります。

 こんな事が出来るのは、やりかねないのは、私の知る限りたった1人でした。

 

 そして今日……でろりん君が姿を現した事で全ては繋がりました。

 この場においてアルキードを護る以上に大事な事……それはダイ君以外に考えられません。

 魔王の襲来を知る彼は、竜の騎士親子を護る為に全てを掛けて闘ってきたのでしょう。

 幼きダイ君を拐わったのなら、それは決して誉められた事ではありません。

 しかし、神託を知るでろりん君には、そうしなければならない事情があった……今はそう信じたいと思います。

 彼は善人とも言い切れませんが、親と子を引き離して平気でいられる程の悪人でないと、師である私には良くわかるのです。

 

 ならば私も彼の師として、彼に恥じない行動を取らねばなりません。

 又、この様な手段を講じた弟子に成り代わり、バラン殿に誠意を持って真実を告げなければなりません。

 

 悲壮感が消え、精悍な顔付きのでろりん君がハドラーの襲来を告げるのを聞きながら、私はそう決意するのでした。

 











幾つか思い違いもしてます。
因みにアバンの調査能力と世間の認識にはズレがあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38

作中の戦術論は適当です。


「もうすぐ魔軍指令ハドラーが、アンタを殺しにやって来るからだ」

 

「どうして貴方がソレをご存知なのかは一先ず置いておくとしまして……魔軍司令ハドラーですか……それは由々しき事態ですね。私はハドラーが蘇ったとばかり考えていましたが、更に上がいる……と、いうコトで宜しいでしょうか?」

 

 ハドラーの肩書きの違いから″更に上″が存在すると悟るアバンの理解力が凄いのは解ったが、イチイチ探りを入れてくるのは止めてもらいたい。

 

「何故俺に聞く? ハドラーがアンタを狙うと知るのは、昨日倒した将軍から聞いたダケだ」

 

 無論、嘘だ。

 今更誤魔化しても意味がないとは解っちゃいるが、ここでアバンと長々話している暇は無い。

 今、この瞬間にハドラーが来ないとも限らないのである。

 

「そう言うことにしておきましょうか。時間が無いのは分かりました……ですが、貴方の言葉を信じる為にも、二つばかり聞いておかなければなりません」

 

 ピースサインを俺に向けたアバンの表情は真剣そのもので、ふざけている訳では無さそうだ。

 

「何だよ? 手短に頼むぞ。ハドラーが此処に来る分には構わねぇが、ダイ達と出会ったら厄介だ」

 

「それならば心配は無用です。あの二人ならば魔王ハドラーにも遅れはとりませんよ……しかし、急ぐ理由がダイ君達でしたか。ヤハリ貴方は優しい心をお持ちの様ですね。安心しました」

 

「違うっての……これは戦略だ。それで? 聞きたい事はなんだよ?」

 

「戦略、ですか? ……どうやらでろりん君は私よりも広い視野をお持ちのようですね。そんな貴方に聞く必要もなさそうですが念のためにお聞かせ下さい……貴方は何の為に闘うのでしょうか?」

 

「……生き延びる為だ」

 

「それでしたら魔王軍と闘わなければ宜しいのでは? 生きるダケならば魔王軍に寝返る、というのも非常に有効な手段です。 でろりん君ともあろうお方がこの様な簡単な理屈に気付かないとは思えません。 余り考えたく有りませんが貴方が既に寝返っており、スパイとして人類サイドに与しているなら脅威です。納得のいく理由を聞かせて頂きたいモノです」

 

 アバンは両手を後ろで組んで口をへの字に結んでいる。

 

 俺の事情を察しているであろうアバンなら、スパイだなんて考えてもいない筈がコレである。

 例え嘘でもこう言われてしまえば、話を進める為に答えない訳にはいかない。

 

「ちっ……俺は……自分が生き延びる為にやってんだよ……こんなの誰だってそうだろ? 但し、俺は我が儘だから自分ダケが生き残った世界は嫌なんだ……今在る世界で家族や仲間に囲まれて生きる! 俺はその為に闘うんだよ……これで満足か?」

 

「貴方も困った人ですね〜。それは、つまり″世界を護る為に闘う″……と、言う事ではありませんか?」 

「……俺にはそう言う資格が無いんだよ」

 

 見方を変えればアバンの指摘は当たっているかも知れない。

 だが、本来なら俺が闘わなければ世界は存続したんだ……破壊の危機を自らの行いで招いておいて″世界の為に闘う″なんて、マッチポンプもいいとこだ。

 そんな事は冗談でしか言えない。

 

「でろりん君・・・よく、解りました。では次の質問にしましょう。貴方はこれから先どうなさるおつもりでしょうか?」

 

 目を細めたアバンがそのまま目を閉じて何かを考えたかと思えば、再び明るい声で詰問を開始する。

 

「そうだなぁ……俺はもう悪目立ちしているから影で動くのは無理だし……基本は世界樹で死なない程度に闘い、魔王軍の注意を引き付ける、」

「そして、私はダイ君の存在を隠して指導に励む……謂わばダイ君は人類の切り札……そう言うことで宜しいでしょうか?」

 

 俺の言葉を遮ったアバンが頼みたかった事の半分を口にする。

 

 勿論、最後まで隠し通せるなんて思っちゃいない。

 そもそもポップは兎も角ダイが黙って隠れているとか考えられない。

 要は、魔王軍の総攻撃を確実にはね除けられる力が身に付くまで隠せれば充分なのだ。

 魔王軍だって馬鹿じゃないが、俺とバランで暴れまくり注意を引き付ければ相対的にダイ達は軽視されるのである。

 

「惜しいな……隠すのはダイとポップだ」

 

 ニヤリと口元を上げて短く告げた俺は、悪人面をしていただろう。

 

 この後、少しの問答を重ねたアバンは、ノリノリで″とある呪文″を俺に唱えて修行へと戻っていくであった。

 

 アバンの装備は原作通り心許ないモノであったが、右の籠手とロン・ベルク作の剣、オマケに魔法の聖水も渡しておいたし、まぁ、大丈夫だろう。

 

 ダイに関してもある程度の理解は得られたし、あとはハドラーがノコノコ現れるのを待つばかりだ。

 

「武人ハドラーに会ってみたかったんだがな・・・奴にはここで退場してもらう」

 

 ここでハドラーを倒せれば厄介なフレイザードも消える筈だ。

 

 決意をひとりごちた俺は、レムオルを唱えて姿を眩ませると宙に浮いてダイ達の修行見物に向かうのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「オッホン……それでは通常の特訓を行いたいと思います……皆さん、アーユーレディ?」

 

「「はい!」」

 

 座学は特訓じゃねーだろ?

 

 姿を眩まし木陰に隠れて内心で突っ込む俺の視線の先で、朝食を終えたダイ達が姿勢を正して席に着いたところでアバンの青空教室が始まった。

 ハドラーの襲撃に備えて力を温存する意味もあるのだろうが、この状況下でやるべき事なのか、正直疑問符が付く。

 

「本日は、様々な武器の取り扱いについて説明をしたいと思います」

 

 そう言ったアバンは、木製の剣や槍等の様々な武器を並べてみせた。

 

「はい、先生! 俺は魔法使いなので寝てても良いですか?」

 

「ダメだよぉ…俺だって剣しか使わないのに聞くんだからさぁ」

 

「二人ともバッドですねぇ……良いですか? これはダイ君にも言える事ですから良く聞いて下さい。己の扱う武器以外を知るという事は、それは即ち、身を護る術を知る事に繋がるのです! 例えば槍です。剣に比べ遠くの相手を攻撃出来る反面、懐に入られたら少々動きにくくなります。つまり、剣を持つダイ君なら槍を持つ相手には懐に飛び込むで優位に闘えます。魔法使いのポップならば、剣を持つ相手以上に慎重に距離を保たなければならないのです」

 

「相手に合わせて闘えば良いのですか?」

 

「そうではありません。大切なのは、己の力量を知り、相手の力量を見抜き一番効果的な手段を講じる事です。炎で出来たモンスターにメラの炎は効果が無いように、剣が得意な相手に剣で挑む必要も無いのです。 扱えなくても構いません。様々な武器に精通しておけば、それだけで相手の力量を見抜く手助けとなるのです」

 

 おいおい…孫子かよ?

 

 前世の知識を持つ俺にとっては当たり前の価値観だが、個人の力が大きいこの世界では兵法は殆どない。

 鍛え上げれば絶大な力になるこの世界では、誰しもが知らず知らずに己の得意な戦法に頼りがちだ。

 その最たる例が″職業″だろう。

 一芸に秀でるのが悪いとは言わないが、戦士だから剣で闘う、僧侶だから大剣は持たない。

 この様な価値観の元で可能性を狭めている。

 

 この世界で自我を持っての15年で気付いた事がある……前世と同じく、心の持ちようで人は何にだって成れるのだ。

 出来ると信じ、成りたい自分を目指して頑張れば大抵の事は身に付く……俺が良い例だろう。

 恐らく、出来ると信じ努力を重ねれば、いつかは″ギガデイン″だって使える筈だ。

 だが、竜の騎士しか使えないとの先入観が消えない限りは使えない……そんな感じだ。

 

 俺がこれ等に気付けたのは、前世という比較対象があったからだ。

 それを、独学で気付き兵法を産み出すアバンは、この世界において異質な力の持ち主と言えよう。

 大魔王がアバンを畏れたのはこの辺りの価値観が原因だろう。

 

 こうして、和やかな雰囲気の中で実演も交えたアバンの講義は続いていき、木陰に隠れた俺も時折頷いては聞き入るのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「な、なんだぁ!?」

 

「地震!?」

 

「……来ましたか」

 

 太陽が南天に差し掛かる前に、デルムリン島に激震が走る。

 

 アバンが此方をチラリと伺い小さく頷いたのを待って、俺は宙へと身を隠す。

 

「ダイ君、ポップ……これから私にお客さんが来ます……あなた方は少し、静かにしていて下さい」

 

 そう告げたアバンは魔法の聖水を飲み干すと、剣を腰に差し籠手の感触を確かめる様に右手を握っては開いている。

 

「せ、先生…」

 

「なんか……ヤバくないっすか?」

 

 ハドラーの放つ威圧感か、ダイとポップもただならぬ雰囲気を感じとった様だ。

 

「大丈夫ですよ……私達は負けません。あなた方はソコを動かないで下さいね」

 

 アワアワと慌てるポップの頭を″ポン″と撫でて落ち着かせたアバンが、実演用の広場へと1人で歩を進める。

 動かない、というより″動けない″2人がアバンの背を見送っている。

 アバンの見立てでは2人の実力は魔王ハドラーにも引けをとらない様だが、初の実践だと考えればこんなもんだろう。

 兄弟子を励ます弟弟子の図を眼下に見ながら、俺は高度を上げて更に待つ。

 

 馬鹿正直に正面から向かい討つ気は更々ない。

 卑怯と罵られようが″あの日″のマトリフの様に上空から様子を伺い、隙有らば急降下して確実に殺す……それが俺の役割だ。

 

 程無く長い金色の髪を靡かせたハドラーが現れた。

 

 魔軍司令″ハドラー″……15年前に世界を席巻した魔王。アバンにとっての仇敵であり、ダイにとっての最大の好敵手。

 尤も、好敵手と呼ぶにはハドラーに成長が必要であり、現時点のハドラーは魔王の使い魔に成り下がった三流魔王に過ぎない。

 原作におけるアバンとハドラーのこの闘いはハドラーに勝利に終わり、師の仇として″アバンの使徒″と幾度となく闘い、その度に互いが成長していったのである。

 紆余曲折を経て大魔王と袂を別つハドラーは、武人としてダイの前に立ちはだかり、最期はポップを助けアバンの腕の中で死を迎える事になる人物である。

 

 だが、この世界ではそうはならない。

 元々この時点でアバンが敗北したのは、ダイの指導で多大な魔法力を消耗した事による影響が大きい。

 互いに万全ならばそう簡単に勝負は決まらないハズである。

 そんな事を考える俺の眼下では、ハドラーと対峙するアバンの剣が抜かれ、今にも闘いが始まろうとしている……と思いきや、アバンはハドラーに背を向けダイ達の元に向かったかと思うと、アストロンと思われる呪文を唱えた。

 

 は……?

 

 何故そうなる?

 一体どんなやり取りがあったのか? 声の聞こえない高度に身を隠したのが裏目に出たか?

 

 困惑する俺を余所に、アバンはダイ達の首に何かを掛けると、輝く六芒星のアクセサリーの前で力強く両腕を組んだハドラーに近寄って行く。

 

 ……ん?

 

 あの姿……ハドラーに違いはないが強化ハドラーか!?

 俺は、ハドラーの視界に入らない様に気を配りながら上空を旋回して正面に回り込む。

 

「嘘だろ……?」

 

 己の目に移ったモノが信じられず、思わず声に出して呟いてしまう。

 

 強化ハドラーどころじゃねぇ…。

 

 アレは……超魔ハドラーかっ!?

 

 だが、何故だ!?

 何がどうなったらこうなる!?

 俺は色々やってきたが、ハドラーとの接点なんか無い筈だぞ!!

 大体、参考にすべき竜魔人を見ていないのに何故できる!?

 

「ベ・ギ・ラ・マァ〜!」

 

 俺が驚き頭を抱えていると、アバンの先制攻撃から戦闘が開始された。

 

 右腕を伸ばしたハドラーが、悠々と掌でベキラマの炎を受け止めた。

 

 なんだ、それ?

 反則だろ?

 

 ベキラマの熱線に変わって黒い炎を纏ったハドラーは、右腕から出現させた剣に炎を伝わらせると、アバン目掛けて一直線に突き進む。

 

 マズイ!?

 いきなりの最強攻撃か!?

 

 最早、隙を伺うなんて悠長な事は言ってられない!

 

 左手の爪を出現させた俺は、ハドラー目掛けて急降下を開始する。

 

「超魔爆炎破!!」

 

 籠手に闘気を集め受けようとするアバン。

 

 間に合え!

 

 ″キィッン″と金属のぶつかり合う音が二つ響き渡る。

 

 超魔爆炎破を受けたアバンが炎に焼かれながら吹き飛び、俺の爪は、ハドラーの影から現れた″人形″に防がれた。

 

 そうか……コイツか。

 コイツが動いてやがったのか……。

 コイツなら竜魔人を見たことがあってもおかしくない。

 

「貴様は……アバン!?」

 

「アバン先生が二人ぃ!?」

 

 人形の攻撃でレムオルの解けた俺は、イタズラ半分に掛けられた″モシャス″によって、アバンの姿形でその姿を現すのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39

「・・・何故生きている?」

 

 様々な思いが駆け巡る中で、俺が絞り出せたのはこの言葉だった。

 

「その声……アバンではないな?」

 

「ンフフッ……言ったじゃないか″邪魔が入る″……とね。ボクの予言は悪い方に当たるんだよ」

 

「フン……道化がっ……アバンでないなら用は無い。卑怯者の相手は貴様がお似合いだ……任せるぞ」

 

「勿論だよ……ボクは……コイツを殺したくて、殺したくて……仕方なかったんだ」

 

 不意討ちを防がれた事により後ろに飛び下がって距離を取った俺の眼前で、図らずも背中合わせに成っている二人が俺を無視して会話を行っている。

 まさか、あのハドラーに″卑怯者″呼ばわりされる日が来ようとは……。

 いや、まぁ、実際卑怯なんだけどなっ。

 

 っと……自虐的になってる場合じゃない。

 

「待ちやがれっ!」

 

 俺を残してアバンの元へと行こうとするハドラーに叫び掛け、左手を下から持ち上げたところで″キンッ″と金属音が響き、籠手に何かがぶつかった。

 

「残念……駆け出していれば首を落とせたのに……悪運は良いようだね」

 

「テメぇっ……何しやがった!?」

 

 何をしたのか見当は付いている。

 頭の飾りに仕込まれた″見えない剣″を俺の首の位置に合わせて空間に固定したのだろう。

 原理や理屈はサッパリ判らないが、原作でも使っていたし籠手に当たったのは″見えない剣″と考えて良いだろう。

 そして、この″見えない剣″こそがキルバーンと闘う上で最も厄介な攻撃と言える……考えてみれば、死神の笛に″見えない剣″、極め付きが黒のコア……そもそも本体自体が人形で、コイツも所詮はアイテム頼みの道化師だな。

 ガキの頃ならいざ知らず″タネ″を知る今の俺なら負けはしない……いや、負けられないんだ。

 アバンの援護へ向かう為にも、なんとしてもコイツを倒さないといけない。

 

 その為には、クールに徹するんだ……俺がマトリフから学んだのは魔法だけじゃない。

 

「ンフフフッ……そんな事を敵であるキミに教える必要があるのかい? ボクは……キミのせいで全てを失ったんだっ……″あの日″ボクの計画は完璧だった……あの女とキミがっ、余計な真似をしなければっ」 

 

 怒りの仮面を被ったキルバーンは、大袈裟に身振り手振りを交えてあの日の事を語りつつ、″見えない剣″を設置していく。

 その証拠に、飾りのラインが一本ずつ消えていく。

 

 話術で俺の注意を逸らしつつ、俺の周囲に見えない剣を仕込んでいく……そんな算段だろう。

 厄介な攻撃だが″タネ″を知る俺から見ると、この行動は滑稽でしかない。

 

 俺は……暗殺に備えてコイツへの対処方は考えてきたんだ……余裕ぶって罠を仕掛けていれば良い。

 直接″見えない剣″を投げてこない、その悪趣味な余裕が命取りだって教えてやるぜ。

 

「はぁ? テメェの無能を棚に上げて人のせいにしてんじゃねーよ!!」

 

「……キミ達が余計な真似をしなければ、バラン君は護るべき人間に殺されていたんだ……見物だったと思わないかい?」

 

 挑発を受け流したキルバーンが淡々と語り続け、飾りのラインは一本、又一本と減っていく。

 俺としてはササッと仕掛けて欲しいのだが焦りは禁物だ。

 

「何が完璧な計画だ? 馬鹿じゃねーの? あんな炎でバランは死なねぇっつーの!」

 

 死んだのはソアラとアルキードの皆さんだっつーの……とは口が裂けても言えないな。

 

 てか、ピエロは何処だ?

 

 俺の周囲をゆっくり歩くキルバーンに合わせて視線を動かしているが、ピエロの姿が見当たらない。

 そして、視線の先では起き上がったアバンと、悠然と歩くハドラーが今にも接触しようとしている。

 

「それが……キミ達のせいでボクの死神としての威厳はガタ落ちだよ……だけど……それも今日までだ……キミが世界樹を不自然に離れた事で、漸く暗殺の許可が降りたんだ」

 

 キルバーンにとっては罠を仕掛ける時間稼ぎ、俺にとっては″罠を仕掛け終えるまでの時間稼ぎ″の会話の筈が、興味深い事を言い出した。

 

「なんだそりゃ? たまたま世界樹を離れりゃ暗殺対象かよ? そんないい加減な事を言ってるから計画とやらも失敗するんだ!」

 

「ンフフフッ……キミの魂胆は読めてるよ……ボクを挑発して情報を引き出そうというのだろ? その手には乗らない……お喋りの時間はコレまでだ……さぁ、掛かってきたまえ」

 

 ちっ……肝心な事を話す気は無いらしい。

 

 右手に握ったサーベルで左の掌を″ポンポン″と軽く叩いて余裕を見せるキルバーン。

 その頭の飾りのラインは全て消えており、全てを仕込み終えたと伺い知れる。

 

「そうかよっ!」

 

 気にならないと言えば嘘になるが、今は問答している場合じゃない。

 キルバーンの向こうで再開されたアバンとハドラーの闘いは、アバンの防戦一方で進んでいる。

 一刻も早く駆けつけないとアバンが死ぬ・・・そんな事は絶対にさせない!

 俺の為にも、ここでアバンを死なせる訳にはいかないんだ。

 

「余裕のつもりかい? ボクを倒さない限りアッチには行けないよ……さぁ、来たまえ」

 

 キルバーンが両手を拡げて待ち構える。

 ″見えない剣″を仕込み終え、俺が切り裂かれるのを期待しているのだろうがそうはいかない。

 

「馬鹿がっ……バギマ! ヒャダルコ!」

 

 右手で竜巻状の風を起こし、左手の氷結呪文を組み合わせる。

 

 俺の周囲が猛烈な吹雪に包まれる。

 

「ナニっ!?」

 

 吹雪が俺とキルバーンの間の空間に、不自然な氷柱を産み出した。

 

 ″見えない剣″が厄介なのは見えないからであり、こうして視認出来る様にしてやれば恐れる事は何もない。

 

「馬鹿に構ってる暇はねぇ!! くらえぇぇっ!!」

 

 一網打尽にする為に、全てを仕込み終える迄待ったんだ。

 仕込みを終えた今、キルバーンの与太話に付き合う暇などない。

 

 雄叫び上げて左手の爪を突き出した俺は、氷柱にぶつかるのもお構い無しにキルバーンへと一気に迫る。

 

 ″パキン、パキン″と音を立て、氷柱と一緒に見えない剣が砕け飛ぶ。

 

「そ、そんな……ボクのファントムレザーが……こんな方法で……!? それに、キミは……何かが……おか、し、い……」

 

 黄金の爪に胸部を刺し貫かれ、抗う様に籠手に手をかけたキルバーンは、演技なのか何なのか絶え絶えに言葉を発すると、力無くその手を離し自立するのを止めた。

 キルバーンの重さが籠手を伝わり俺にのし掛かる。

 

「騙し合いは、俺の勝ちだ!!」

 

 腰に差した剣を引き抜いた俺は、躊躇うことなく一閃させると人形の首を刈り落とす。

 マグマなのかオイルなのか、切断面から赤い何かが溢れ出た。

 

 キルバーンの胸部から黄金の爪を引き抜いた俺は″ビュッ″と虚空に振るって液体を払い落としておく。

 原作通りなら腐蝕性のマグマで爪は暫くの間使い物にならないし、アバンに渡した右籠手も砕けているし、俺の装備は早くもボロボロだ。

 

 爪を引き抜き支えと首を失った人形が″ドサリ″と力無く崩れ落ちる。

 ピクリとも動こうとしないキルバーンだが、まだまだ油断は出来ない。

 コイツはピエロが遠隔操作で動かしている人形で、首を落とした位じゃ全然普通に動く……背を向けた瞬間、後ろから刺されでもしたら洒落にならない。

 胴体を消し去る時間的な余裕はないが、落とした首の仮面を剥いで黒のコアの有無位は確認しておくべきか……?

 

 横たわる胴体に気を配りつつ、転がる首に近寄り前屈みになった、

 

 その時!

 

『後の事は頼みます!!』

 

 アバンの叫びに″バッ″と振り返り視線を向ける。

 

 アバンが向かい合ったハドラーのコメカミに、両手の指先を差し込む光景が飛び込んでくる。

 

「はぁ!? 早まってんじゃねぇ!!」

 

 何でだ!?

 確かに超魔ハドラーは強い……だが、防御に専念すれば打ち合えない相手でもない筈だ。

 現にアバンは下がりながらハドラーの攻撃をいなしていたじゃないか!?

 それが何故、こうも簡単に自爆を選ぶ!?

 

『メ・ガ・ン・テ!!』

 

 アバンはメガンテを唱えた!

 命の輝きが広がり爆発を巻き起こす。

 

「馬鹿が……後、1分も有れば……」

 

 駆け付けられたのに…。

 続く言葉を飲み込んだ俺は、爆心地の上空を凝視する。

 図らずも原作通り起こったこのメガンテで砕け散るのは″カールの守り″であり、アバンの肉体は爆発の余波で彼方へと吹き飛ぶ筈だ。

 

 ・・・見えた!

 

 無防備なアバンが西の空へと飛ばされていく。

 西なら大丈夫か?

 結構な距離はあるが原作を信じるなら海上に到達するハズ……それにしても原作、か。

 

 ダイとポップとアバンがいるデルムリン島にハドラーが来れば、似たような出来事が起きるのは避けられなかったのだろうか?

 俺は大魔王だけじゃなく、目に見えない歴史の修正力とも戦わなければいけないのか……?

 

「ンフフフッ……アバン君が死んだようだね……次はキミの番だよ……」

 

 自らの首を小脇に抱えたキルバーンが立ち上がっている。

 

「…っ!? テメェ! 何故生きている!?」

 

 くそっ、めんどくせぇ!

 コイツが生きてるなんざ想定内でイチイチ驚いてみせるのも鬱陶しいが、無視をして余計な疑念を抱かせたらもっと面倒な事になりかねない。

 

「自己紹介がまだだったね……ボクは死神……死神キルバーンだ。死神が死んだらちょっとカッコ付かないだろ?」

 

「黙れっ道化! だったら生き返れないようにバラバラにしてやるよ!!」

 

 時間がないのにイライラさせてくれる。

 

「おぉっと……今日はここまでだ……キミがハドラー君に殺され無い事を祈っておいてあげるよ……万が一、悪運よく生き延びれば……その時こそ、ボクが殺してあげる」

 

 首を持たない方の手で俺を制したキルバーンは、仮面の下の瞳だけで笑みを浮かべると音もなく消え去った。

 

 何が祈るだっ。

 人形なんかに″心配″されるまでもなく、俺は絶対に生き延びてやる。

 その為には……いち速く超魔ハドラーを何とかしてダイ達を救い、アバンの救助に向かわなければならない……ここで3人を失えばどの道俺に未来はないのである。 

 

「ちっ……何だよ……この無理ゲーは」

 

 メガンテの余波で巻き上がった土煙をボンヤリ眺めた俺は、視界が戻るのを待って独りぼやくのだった。

 








でろりんはバー○ナックルでキルバーンに突っ込んだ様です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40

 土煙が収まると、直立したハドラーが姿をみせる。

 遠目に見るその姿は、ほぼ無傷である。

 

「バケモンかよ……」

 

 超魔ハドラーならコレくらい当たり前と言えるが、これから闘う身にもなってくれと言いたい。

 しかし、ボヤく相手も暇も無さそうだ。

 

 アストロンで固まるダイ達に視線を送ったハドラーが、右手の指先に炎を灯しゆっくりとダイ達に迫る。

 

 まごまごしている暇はない。

 

 僅かに浮き上がった俺は、低空を移動してハドラーの背後に周り込む。

 

「大丈夫だ……この爪なら……不意を付ければ……どんな強度だろうと撃ち貫ける……きっと、大丈夫だ」

 

 黄金の爪先を見詰めた俺は、自分に言い聞かせる様に呟きを繰り返す。

 その爪の輝きが、いつもより鈍って見えたのは俺の不安の現れだろう。

 

 ハドラーがダイ達の直前で立ち止まり、指先の炎が勢いを増した。

 

 行くしかない!

 

 高度を上げた俺は、ハドラー目掛けて爪を突き出して滑空する。

 これで回転を加えれば力が倍に成りそうだが、目が回りそうなので止めておいた。

 

 風をきってハドラーに一気に迫る。

 

 イケる!

 

 そう確信した次の瞬間ハドラーの首が右に動き、俺の爪は虚しく空を切り裂いて、鳩尾に激痛が走る。

 

「がはッ……何故…?」

 

 ハドラーの背後からおぶさる形に成った俺は、避けられ様に肘鉄をくらったらしい。

 

「卑怯者めっ。この俺が二度までも気付かんとでも思ったのか? ふんっ!」

 

 伸ばした左腕を極められ俺は、一本背負いの要領で力任せにぶん投げられる。

 ″ボキッ″と鈍い音が骨を伝わり耳に響き、左腕に激痛が走る。

 視界が目まぐるしく回転したかと思うと、何かにぶつかり大地に打ち付けられる。

 痛みと衝撃から″ポワン″と煙をあげてモシャスが解除された。

 

「でろりん!? どうして!?」

 

「テメェっ、あん時のニセ勇者! どうしてお前が先生の真似してんだよ!!」

 

「でろりん……だと? そうか…お前があの強欲者か」

 

 俺を見た3人が三様の感想を述べている。

 どうやらハドラーの耳にも俺の強欲振りは届いていたらしい。

 我ながら、どんだけ強欲だったんだ!? って話である。

 

「ようダイ。久しぶりだな? 何してんだ?」

 

 左肘を押さえて立ち上がった俺は、痛みに耐えてこの場に似つかわしくない声色を絞り出す。

 

 この時期のダイの紋章は怒りによって発現する……ここで怒りを増幅させればアストロンを自力で破り、ハドラーに紋章を披露する事になるのは想像に難くない。

 原作と違い″ダイは竜の騎士である″と隠す理由の無いハドラーにバレるのは、非常にマズイのだ。

 一代限りの竜の騎士の息子……そんなイレギュラーな敵をバーンが黙って見過ごすとは思えない。

 原作以上に狙われても不思議じゃなく、そんな事態は絶対に避けたい。

 

「何って……先生がっ、ハドラーで、メガンテに……でろりんが先生で・・・はっ!? どうしてデルムリン島にでろりんが?」

 

「っつ……落ち着けよ? 何言ってんのか分かんねーって……まぁ、俺はアバンから″空の技″でもバパッと教えてもらおうと思って来たんだ……そしたらコレだ……おー痛てぇ」

 

 痛む間接部を押さえベホイミをかけているが効果がみられない。

 ヤハリ、砕かれた間接を復元するには、意味が解らなくともベホマを使うしかなさそうだ。

 

「先生に空の技を!?」

 

 状況を飲み込めないダイが、おうむ返しに問うてくる。

 

「あぁ……俺の通常攻撃じゃ倒せない野郎が居るんだ……アイツを殺るには空の技が手っ取り早いらしいからな? そこの魔軍司令閣下をブチ殺しても良いんだが、少しバカリ難しそうだ」

 

 チラリと挑戦的な視線をハドラーに送るも、痛みから額に冷や汗が浮かぶ。

 こんなんじゃハドラーの興味を引けそうにない。

 

「大きく出るではないか? 敵の力量も見抜けぬ愚か者か……それとも大言を吐くだけの実力を備えておるのか? 強欲モノよ」

 

 実力に裏打ちされた自信に満ち溢れるハドラーは、卑怯モノの戯れ言、とばかりにマトモに取り合うつもりが無さそうだ。

 

「でろりんは強欲でも強いんだ! お前なんかでろりんがやっつけてやる!」

 

 強欲は否定してくれないのか? ってか勝てないっつーの。

 

 如何なアバンの教えでも、たった一回の講義では冷静に力量を見極める迄には至らない様だ。

 

「おい、ダイっ! 呑気に話してんじゃねぇ! 先生は……アバン先生は、俺達を護る為にメガンテを唱えたんだ……コイツが強いならっ、もっと早く来てれば先生は……死なずに済んだんだっ」

 

 泣きじゃくるポップが俺に怒りをぶつけてくる。

 これぞダイの大冒険七不思議の一つ! 泣きじゃくる鉄の像……なんて考えてる場合じゃないな。

 

 それにしても、俺に向けられるポップの敵愾心は何なんだ?

 アバンを亡くした動揺だけでは無さそうだ……後でアバンからじっくり聞く必要がある。

 

「愚かな弟子よな……其奴の様な卑怯者が現れたとて結果は変わらんわ! 貴様の様な弟子を護る為に死んだとなれば、アバンとて浮かばれまい」

 

 ポップを非難するハドラーであったが、その声に侮蔑の色は含まれておらず、どちらかと言えば諭すかの様な印象を受ける。

 悠然と佇むハドラーからは愚劣な印象も受けず、超魔化しているだけでなく精神的にも原作とは大きく違うと見るべきか?

 

 一体、ハドラーの身に何が起きたというのだろうか?

 

「あぁそうだ……コイツらは未熟者で俺は卑怯者だ……殺す価値なんてないぞ? ササッと帰って疲れを癒すのをオススメするぜ」

 

 ハドラーの変化も気になるが、ポップを侮り俺を見くびるなら好都合だ。

 別に戦闘で勝てなくたって、口からデマカセでハドラーを撤退させれば俺の勝ちになる。

 

 物は試しとばかりに、ハドラーに同意しつつ見逃しを提案してみる。

 ハドラーの精神が武人化しているなら、問答次第で何とかなりそうな気がしないでもない。

 

「そうはいかぬ……何処までも強くなるアバンの弟子は生かしておけぬわ」

 

「あん? 誰の事を言っている?」

 

 まさか、俺の事か!?

 

「小僧共が知る必要はあるまい……知ればきっと後悔するぞ。真実というのは時に残酷なモノよ……何も知らずに死なせてやるのが俺の情けと思うが良いわ」

 

「あぁ……不死騎団長の事か?」

 

 更なる情報を引き出す為にカードを切る。

 会話を続けるには其なりに意味深な台詞も必要になってくる。

 挑発だけでは会話も打ち切られると、今更ながらに学んだのだ。

 

「貴様っ!? 何故、ヤツの事を?」

 

「さぁな? それより情けがあるなら見逃してくれよ?」

 

「貴様は好きにするが良い……時にキサマ、道化はどうした?」

 

 道化はキルバーンの事だろうが、心配している風でもない。

 知らないうちに魔王軍内のパワーバランスに微妙な変化が見られる様だ。

 

「倒した」

 

「ほぅ……しかし、所詮は強欲者の愚かさか……道化を始末したなら逃げれば良いモノを……不意を付けば俺に勝てると有り得ぬ功績に目が眩んだか?」

 

 逃げる?

 

 俺が?

 

 ダイを置いて?

 

 確かにハドラーには勝てねぇ……一瞬掴まれたダケで絶望的な力の差を感じたさ……こうして向かい合うだけでも正直、震えが来る……命が惜しけりゃ逃げの一手だ。

 

 しかし……ダイ達を見捨て生き延びたとして、それで俺は余生を楽しく過ごせるのか?

 

 ・・・

 

 ・・・・・

 

「……クククッ……ハァーハッハッハッ!! それこそあり得ねーぜ!! 知らない様だから教えてやる! 俺こそがアバン・デ・ジニュアールⅢ世が二番弟子、でろりんだ!! アバンの弟子に弟分を見捨てる卑怯モノはいねーんだよ!」

 

 世間の評判は間違いじゃなかったらしい。

 俺は、ただ生きるダケじゃ満足しない強欲モノだ。

 

「ナニ? その言葉に嘘はあるまいな?」

 

 俺の言葉に然したる興味を示さなかったハドラーが食いついてくる。

 理由は判らないがこのハドラーにとって″アバンの弟子″は特別らしい。

 

「闘えば判る事だ」

 

 不適な笑みを浮かべる俺とハドラーの間にピリピリとした空気が漂い始めた。

 

「う、嘘付くんじゃねー! お前の事なんか先生は知らないって言ってたぞ!」

 

「あん? 護られてるだけのヒヨコは黙ってな」

 

「な、なんだとぉ? アストロンさえなけりゃ俺だってなぁ」

「黙れっ!!」

 

 自らの強さをアピールしようするポップを一喝して黙らせる。

 今のポップがどれだけ強いのか知らないが、超魔ハドラーに勝てるとは考えられない。

 勝算もなく、ただ自分の力に自惚れ軽々しく強者に挑むのは勇気でも何でもない……ただの蛮勇だ。

 

 しかし、今は単なる蛮勇でもポップはいずれ真の勇気に目覚める男だ。

 

 そう知るからこそ俺は今、闘えるんだ。

 

「良いか? アストロンがあるから闘えないんじゃない……アストロンをかけられた事がお前等の未熟の証だ。判りやすく言ってやるとだな……足手まといなんだよ! お前等は黙ってソコで見てりゃ良いんだ……アバンの仇は俺が討ってやるよ」

 

 と格好つけてみたものの、原作的に考えてアバンは生きているだろうし、どうにも気合いが入らない。

 万一ホントに死んでるなら、万回でもザオラルかけて無理矢理にでも生き返らせてやる。

 厄介事を俺に押し付けて自分勝手に早々にリタイアするなんざ、神が許しても俺が許さねぇ。

 

「でも、その怪我じゃぁ……いくらでろりんでも……」

 

 心配そうなダイは俺の事を過大評価しているらしく、ポップとは違う意味で厄介だ。

 

「こんなもんはベホマで癒せる!」

 

 俺のレベルは34にも達しているんだ……スリーの勇者ならベホマが使えておかしくないレベルだ。

 契約は成功している……後は俺の心構え一つでどうにでもなる、…ハズだ。

 てか、使えなきゃ普通に死ねる。

 マトリフに言われた様に自分を信じろ……伊達に10年を越えて修行に励んできたんじゃない!

 

 祈る様な気持ちで患部に回復呪文をかけ続ける。

 

 多量の魔法力と引き換えに痛みが和らいでいく。

 

「ほぅ? ベホマの光か……弟子と言うのも満更嘘では無いようだな」

 

「当たり前だ! そんな嘘付くメリットなんか無いっつーの! テメェはアバンを殺しただけじゃ満足せず、未熟な弟子も見逃さねーんだろ?」

 

 事実でも言いたくなかったのに、狙われるのが解ってて嘘を付く馬鹿など存在しないっての。

 

「その通りだ……アバンを倒したとて俺の勝利とは言えぬわっ……アヤツの力の本質とは受け継がれる意思にある! アバンを憎む″あの男″の中にさえもその教えは隠されておるわ……アバンの弟子を倒してこそ俺は真の勝利を掴み、生きた証を残す事になるのだ!!」

 

「ハドラー……アンタ?」

 

「無駄話はこれくらいで良かろう? 俺には時間が無いのだ……貴様がアバンの弟子を名乗るなら、託された力を持って掛かってくるが良い! 貴様がオレを倒せば目論見通りガキ共も助かろうて」

 

 それが出来るなら苦労はしない。

 俺に出来るのは一撃必殺、閃華裂光拳を撃ち込むダケだ……ってコレはアバン流じゃないんだけどなっ。

 

 こうして俺は、勝ち目の薄いガチバトルに挑むのだった。

 








二本の爪でもっと高く飛んで三倍速で回転すれば、12倍撃になったと思うのは気のせいでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41

 

 しかし、まぁ、アレだ。

 

 どう見てもマトモにやったら勝てないな……。

 

 メガンテによる細かなダメージの修復をほぼ終えているハドラーは、圧倒的な威圧感を持って″俺″を見ている。

 魔法力を消費するオート回復なら付け入る隙にもなるんだが、この辺りの事は原作でも語られておらずよく判らない。

 

 原作通りのハドラーならある程度の消耗で撤退したであろうが、このハドラーはどうだろうか?

 ″時間がない″との台詞から、このハドラーの体内に埋め込まれた黒のコアが体調に悪影響を与えていると想像はつくが、それがどう影響するのか全くの未知数になる。

 死ぬまで闘うのか?

 それとも適度に退くか?

 判断に迷う所だが、後者に賭けてやるしかない。

 

 黒のコアの誘爆も恐いが製造法的に考えて″まだ″大丈夫だろう。

 百年単位で魔力を蓄積する黒のコアだ……ハドラーの体内で魔力の供給量が多くなったとしても、臨界時期はそう変わらない。

 

 そもそも魔法を使わずに殺り合える相手ではない。

 

「はぁ…やるしかねーか」

 

「ま、待てよっ……お前、ホントにアイツと一人で殺ンのかよ!?」

 

「そ、そうだよ! アストロンが解けるのを待って3人で闘えばっ! アイツだって先生の弟子と闘いたいなら待ってくれるよ!」 

 

 渋々ハドラーに向かう俺を二人が呼び止める。

 

 憎まれ口を叩いても、勝ち目の無い闘いに身を投じる人間を黙って見過ごす事は出来ないらしい。

 やはりダイは勇者で、ポップの根も善人の様だ。

 しかし、いくらダイの申し出が正しく、ありがたいとしても受け入れる訳にはいかない。

 

 この2人こそが俺にとっての″切り札″であり、それは即ち世界にとっての切り札にもなる。

 今はまだ未熟に過ぎない2人だが、そう遠くない未来に俺を大きく越えて強くなる。

 そう信じて、今は俺が闘う時だ、と言ってやれないのが辛いところでもある。

 

「馬鹿がっ……フザケタ事を言ってんじゃねーよ! お前等の力を借りたら100の力が80に落ちるっつーの。足手まといは邪魔なんだよ」

 

「な、なんだとぉ!?」

 

「良いからお前等は黙ってソコで固まってろ。万一アストロンが解けても加勢はノーサンキューだからな」

 

「で、でも!」

 

「ほっとけよ! 一人で勝てるってんならやらしてやれよっ」

 

「あん? あんなバケモンに勝てる訳ねーだろ?」

 

「じゃぁ、どうして闘うのさ!?」

 

「例え勝てなくても俺は負けない……知ってるか? 敵を倒すダケが勝利じゃない……ってな? それに、俺が勝てなくても、いつかきっとアイツを倒せる勇者は現れる!」

 

 それは、お前だ! とも言えない俺は、ちんぷんかんぷんといった面持ちのダイ達に背を向け、上げた右手をヒラヒラさせる。

 

「もう良いのか?」

 

 空気を読んで待っていたハドラーは、俺と対峙すると答えも聞かずに闘気を高めていく。

 

「時間がねぇのに悪かったな? いくぞ! ベギラマ!」

 

 待っていたハドラーに、問答無用で先制となる熱線を右手で放つ。

 

 卑怯と言うことなかれ。

 先手をとってこっちのペースに、いや、罠にハメなきゃどう足掻いても勝てないんだ。

 ここから先はマトリフから学んだ冷静さが何より重要になる。

 

「ほぅ? 人間にしては高度な呪文を使いおる……腐ってもアバンの弟子を名乗るだけはある」

 

 アバンの時と同じ様に右手のひらで受け止めたハドラーは、少しだけ感心を覚えたらしく、その険しい表情に薄い笑みを浮かべている。

 俺に興味を持つのは望むところだが、攻撃自体は全くのノーダメージと言って差し支えが無いだろう。

 魔法力を消耗させられたかも怪しいレベルだ。

 

 だが、気落ちする事はない。

 アバンのベギラマも容易く防がれていた様に、元々ハドラーは炎に対する耐性が高く、ベギラマ程度では効果が無いと解っていた。 

 これは、撒き餌だ。

 

「あん? 腐ってないっつーの! 行けっ、ストラッシュアロー!!」

 

 俺の実力を測ろうとしているのか、攻撃を仕掛けてこないハドラーにアバンストラッシュの構えから″海波斬″を放つ。

 

「あの野郎っ、アバンストラッシュを!?」

 

「違う! アレは海波斬だ!」

 

「ふんっ! 小癪な真似をするではないか……しかし、その太刀筋、紛れもなくアバンのモノよ! ・・・ならばっ、手加減無用! 行くぞ、強欲モノ!」

 

 3人が三様の感想を漏らすも、肝心の斬撃はハドラーの振るった腕に容易く掻き消さた。

 俺をアバン流の使い手と認識したハドラーが″カッ″と目を見開いて剣を出現させると、肩にある甲殻の様なモノを展開させて一直線に飛んでくる。

 

 流石に速い!

 

 だが、かわせる!

 

「受けるかぁっ、くらえっヒャダルコ!」

 

 トベルーラの応用で真横に飛んだ俺は、自分が元居た場所に右手を向けて氷結呪文を唱える。

 

 馬鹿正直にハドラーの剣を受けるつもりは無い。

 午前のアバンも言っていた……相手の得意な土俵、ハドラーならば接近戦、そんなモノに合わせて闘う必要などないのである。

 まぁ、二つの極大呪文を操るハドラー相手の場合、中距離以上も安全地帯と言えないんだけどなっ。

 

 ・・・コレ、なんて無理ゲー?

 

 格上相手との闘いはマトリフ相手に慣れているとはいえ、アレは所詮特訓だ。

 死ぬかもしれない特訓であっても、殺す気は互いになかった。

 

 ハドラーの放つ殺気がプレッシャーとなり、避けるだけでも消耗が激しい。

 

「小賢しい真似を……アバンから聞かされておらぬのか? オレの炎は地獄の炎……この程度の呪文では凍り付いてなどやれぬわ!」

 

 ハドラーの左手に産み出された火炎が、凍ることなく氷結呪文を蒸発させていく。

 

「そうかよっ! だったらこれで、どうだ! ヒャダイン!!」

 

 勿論、これが通じる相手でないのも承知の上だ。

 本命を叩き込む為にはその前段階が重要であり、それなりに本気を示す必要があるだろう。

 必殺の一撃を喰らわせる為には、必死に中距離での魔法の撃ち合いに持ち込もうとしている……そう思わせる事が不可欠だ。

 

「むぅ? やりおる……だが、オレの炎を凍らせるには及ばん! メラゾーマ!」

 

 いとも容易く氷結呪文を蒸発させたハドラーは、その炎を用いてメラゾーマを唱えた!

 

 てか、炎が黒いんですけど?

 これで炎が竜を形取っていれば、あの技名を迷うことなく付けただろう。

 

「偉そうにっ! 炎は炎で消えると知れ! メラゾーマ・ダブル!!」

 

 両の手にそれぞれ産み出した二つの火球を、ハドラーの放った黒いメラゾーマに向けてぶん投げる。

 

 三つの火球がぶつかり合って一瞬、火力を増したかと思うと徐々に鎮火していく。

 

 火は酸素が無ければ燃えない。

 不思議パワーが源であっても、前世の物理法則を完全に無視した現象は起こせないのである。

 例え大魔王であろうとも真空状態ではカイザーフェニックスは放てまい。

 

「面白い真似をっ! 超魔爆炎覇!!」

 

 燃え残る炎を突っ切ってハドラーが姿を現す。

 

「掛かった! 猛虎破砕拳!!」

 

 左腕で脇を絞めて待ち構えた俺は、迫るハドラーの顔面目掛けて魔法力を乗せた渾身の一撃を放つ。

 

 突進速度は初撃で体感済みだ。

 コレで仕留められるなら良し、仕留められなくともタイミングを掴めれば万事オーケーだ。

 

「甘いわっ! ふんっ!」

 

 咄嗟に身を低くしたハドラーが超魔爆炎覇をフェイントに、剣の″腹″で俺の左籠手を下からいなす。

 それと同時に俺のみぞおちに激痛が走る。

 

「ぐはっ……また、ボディかよ……イオラ!!」

 

 破砕拳は不発に終わり、ボディにハドラーの左拳がめり込んでいる。

 剣が″本物″で、爪を出されていれば正直ヤバかった。

 

 空いている右手で自爆紛いのイオラを放ち爆風に紛れて距離を取った俺は、腹に右手を当てベホマを唱え立ち上がる。

 

「ほぅ……厄介な真似をするではないか? ベホマを使う卑怯モノとはな……アバンもトンだ曲者を育てておったか……イオラ!」

 

 イオラの直撃も意に介さないハドラーの、イオラと唱えつつ出現した三つの光球が俺に迫る。

 

「当たるかぁっ!」

 

 

 籠手を着弾点に向けてガードしつつ″サイドステップ″で身をかわす。

 ベホマを使いつつトベルーラは出来ないらしい。

 

 くそっ……大地に眠る力強き精霊たちよ……今こそ俺に力を貸せ!

 

「遅いわ!」

 

 俺の着地点に剣を構えたハドラーが迫る。

 

「しつこいっつーの! ベタン!!」

 

 回復を中断し宙へと逃れた俺は、右腕を降り下ろして詠唱を破棄しておいた″ベタン″を放って足止めを試みる。

 今の内に痛みだけでも和らげないと、元より低い成功率の裂光拳は決まりそうにない。

 距離を取って着地した俺は、懸命に回復を計る。

 

「どうして″あの時″の力を出さないんだよぉ!」

 

「バカッ、そんな力なんかねぇに決まってるだろ! おい、テメェ! 何時まで逃げ回ってんだ!?」

 

 重力に捕われるハドラーを挟んだ向こう側で、固まったままの二人が揃って勝手な事を言っている。

 あんな力を使ってしまえば1分でガス欠を起こすし、ハドラーの得意な接近戦など論外もいいとこだ。

 

 それは兎も角、アバンはどんだけ念入りにアストロンを掛けてんだ?

 アストロンさえ解けりゃぁダイ達を抱えて直ぐにも逃げられる。

 ハドラーの興味が俺に向いた今、キメラの翼で逃げても何の問題もない。

 

「……不可思議な真似をしおる。それに引き換え、あの小僧の未熟な事よ……貴様の狙いにも気付かぬとはな?」

 

 重力を増した中を悠々と歩くハドラーは、チラリと背後を振り替えると気になる事を言い出した。

 

「なん……だと?」

 

 完璧に驚いてみせた俺は、その間も必死に回復を続ける。

 

「このオレが気付かぬとでも思ったか? 貴様はカウンターを狙っておる……その右の拳でな! 思い返してみるがよい……貴様が咄嗟に使うのは全て右の手よ。察するに貴様は右利きであろう?」

 

「…それが、どうしたっ」

 

「にも関わらず、貴様は左の手で攻撃した!」

 

「左手で殴りたかったんだよっ」

 

「強弁するか……それも良かろう……だがっ! オレは今から必殺の一撃を放つと宣言してやろう……貴様はこのチャンスに乗るしかあるまい?」

 

 俺を″ビシッ″と指差したハドラーがニヤリと笑っている。

 

 何故だ?

 何故こうも見事に狙いがバレる!?

 

「舐めやがって! 俺にカウンターを狙え、ってか?」

 

「左様……オレには呪文だけでも貴様を粉々に吹き飛ばせるだけの力はある……しかし、それではツマらぬのだ……正面から貴様の企みを打ち破ってこそ、オレは貴様にもアバンにも勝ったことになるのだ!」

 

「馬鹿な野郎だ……くだらねぇ感情論で勝利を不確かなモノにするのかよ? ・・・来なっ!! お望み通り必殺の一撃を喰らわせてやるよ!」

 

 こう言う俺も馬鹿かもしれない。

 残り少ない魔法力を駆使して逃げ回り、アストロンが解けるのを待つのが最善だろう。

 しかし、尽きかけた魔法力では何処まで逃げ切れるかも判らず、半ば読まれているなら、このチャンスに賭けるしかないのもまた事実。

 

「行くぞ! 超魔爆炎覇!!」

 

 黒い炎に身を包んだハドラーが、上段に剣を構えて一足跳びに迫り来る。

 

「そこだぁ! 閃華裂光拳!!」

 

 決まる!

 

 振り下ろされるハドラーの剣を黄金の籠手で受け止めて、一瞬だけ踏ん張れば俺の勝ちだ。

 

 俺は、迷わず右手を振り抜いた。

 

 インパクトの瞬間拳が眩い光を放つも、その直後。

 

「でろりーーん!!」

 

 俺は炎に包まれ宙に舞い、辺りにダイの絶叫が響いた。

 

 俺はその叫びを聞きながら、沸き上がる疑問を抑えることが出来ないでいた。

 

「ば、バカなっ……何故、裂光拳が…効いて、ない……?」

 

 自由落下に任せて落ちる俺は、眼前に左手を構えて″無傷″で仁王立つハドラーに疑念の視線を送る事しか出来なかった。

 







消費MPをざっくり公開。


レムオル+上空待機・10
ヒャダルコ+バギマ・20
黄金の爪の突撃+バイキルトモドキ・20
黄金の爪の突撃+バイキルトモドキ・20
ベホマ・30
ベギラマ・15
ヒャダルコ+逃げ・10
ヒャダイン・10
メラゾーマ・ダブル・30
破砕拳+バイキルトモドキ・30
イオラ・10
ベホマ・30
ベタン・30
裂光拳・3


最大MPは300位になりますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42

「あ、ありえねぇ……」

 

 あのタイミング、あの輝き……俺の裂光拳は確かに決まったハズだ。

 

 それなのに、何故?

 

 放物線を描いて背中から打ち付けられた俺は、大地を転がり自身を焼く炎を消すと、剣を杖代わりに″ヨロヨロ″と立ち上がる。

 

「その籠手、アバンめと同じモノを授かっておったか……ならば、この様な剣では仕止め切れぬも道理か」

 

 超魔爆炎覇の負荷と黄金の籠手との衝突に耐えきれなかったのか、中程で折れた剣を見てハドラーが呟き勝手に納得している。

 実際は真逆で、俺がアバンに貸出したのだが訂正する事でも無いだろう。

 

 それよりも、思い出せ。

 

 あの激突の瞬間……俺は籠手で剣を受け、ハドラーも裂光拳を左手で受けた。

 その直後、ハドラーの剣が折れ、俺の籠手は砕け、そして……裂光拳を受けたハドラーの左腕から金属音が聞こえ、光が拡がった。

 

 まさかっ!?

 右腕に仕込んだ剣は紛い物でも、左手に仕込んだ盾は″本物″ということか!?

 それならば何時もより眩しく光った理由も説明が付く。

 

「て、テメェっ……左腕に何を仕込んでやがる!?」

 

 確認を兼ねてハドラーを問い詰める。

 

 恐らくは″シャハルの鏡″……呪文を反射するオリハルコンで創られた伝説の盾だ。

 コレのせいで俺のマホイミは弾かれ輝き、本来の威力を発揮しなかったのだろう。

 

「気付きおったか? 如何にも、俺のこの左腕にはあらゆる呪文を反射する伝説の盾″シャハルの鏡″が埋め込まれておるのだ! その黄金の籠手にも劣らぬ一品よ!!」

 

 ドヤ顔のハドラーが左手の甲を俺に向ける。

 

 くそっ。

 良く見れば刺々しい右腕と違い、左腕は丸みを帯びてるじゃねーか……もっと冷静に観察すれば気付けたハズだ。

 違うと知りつつも先入観から″超魔ハドラーとはこういうモノ″と決めてかかった俺のミス、か……。

 

「な、にが、劣らぬ、だ……なら、この籠手と交換してくれよ?」

 

 ハドラーがゆっくりと迫りその背後では、ダイの動きを封じるアストロンに細かなヒビが入っている。

 

 嘆いている暇は無い。

 

 軽口を吐いて立ち上がった俺は、残りの魔法力を費やして回復に励む。

 

「減らず口を叩いて回復の隙を伺うか? 卑怯にも見えるその油断ならぬ闘いぶり、先程のマホイミ……そして、その眼……アバン同様、貴様は生かしておけぬわ」

 

「おーーい、ダイ! 良かったなぁ、お前等は見逃してくれるってよぉ? 余計な真似はするんじゃねーぞぉ!?」

 

 ハドラーが口走った言葉をすかさず利用して、遠くのダイにノーテンキな声色で呼び掛ける。

 

「貴様!? 何を?」

 

「あん? テメェが言った事じゃねーか? ″貴様は生かしておけぬ″ つまり、他は生かしておけるって事だろ? 元、魔王様ともあろう御方が自らの発言を簡単に翻すってのか?」

 

「屁理屈を捏ねおって……だが、良かろう。アバンと貴様が命懸けで護ろうとする存在、放っておけば我が魔王軍の脅威となるやも知れぬ。しかし、ハナタレ小僧共がどう成長するのか興味があるわ……成長した小僧共が魔王軍に歯向かうならば、その時こそオレの手で葬ってくれよう」

 

「べ、別に命懸けで護ってねーし! 三流魔王なんざ俺が今からブッ飛ばすっつーの! 勝手に勝った気になってんじゃねぇ!!」

 

 何故だ?

 何故、見抜かれる?

 ダイ達が必要以上に注目されては俺の痛みは無駄になる。

 

 誤魔化してみたが、上手くいっただろうか?

 

「ふ、ははははっ! 何処までも楽しませてくれる男よ! そうこなくてはな? さぁ、来るがよい!!」

 

 一瞬呆けたハドラーが、折れた剣を仕舞い拳を握り締めて構えをとる。

 

 来い、と言われても俺にはもうコイツと闘うだけの力は残されていない。

 魔法力は尽き、籠手は砕け、所々に穴の空いた服は焦げ、全身に鈍い痛みが残っている。

 キメラの翼で逃げたら……って、ダメだな。

 ハドラーがダイ達を見逃す条件に、俺が闘い死ぬ事が入っている。

 

 なんだこれ?

 

 俺は命が惜しくて足掻いて来たのに、その命を棄てなきゃダイ達の命が助からず、ダイ達が助からないと先々の俺の命が危うくなる……そもそも目の前のハドラーを何とかしないと、俺の命は無いに等しい。

 まさに俺の命は風前の灯火……一体、何処で間違えた?

 

「どうした? 来ぬのか?」

 

「うるせー! 今、考えてんだっ!」

 

 命、か……。

 

 俺が何より護りたかったモノ。

 

 全ての生命に等しく一つ与えられた、死ねば失われる尊いモノ。

 

 しかし、この世界では少し違い、失われても蘇り、使えば武器にもなる前世以上に不可思議なモノ。

 

 そうだ・・・どうせ死ぬなら命を使え。

 

 使うにしてもメガンテは論外……俺はっ、命を使って生き延びるんだ!

 遣り方は判らねぇ……だが、原作において未熟なノヴァですら使っていた。

 其ほど難しいとも思えない……要は、覚悟の問題だろう。

 

 覚悟を決めろ……命の価値を誰より知る俺になら、使えるハズなんだ!

 

 今を生き延びる為に、命を燃やすんだ!!

 

「ほぅ? 無茶な真似をしおる……其ほどにあの小僧共は大事とみえる」

 

 魔法力とは違う蒼白いオーラに包まれた俺は、今迄に無い力を感じていた。

 

 イケる!

 

 コレならば、ハドラーに一矢報い裂光拳をぶちこめる!

 

「行くぞっ! ハド、ラぁ!?」

 

 ハドラー目掛けて飛び掛かろうとした瞬間、後頭部に衝撃が走り、俺は、意識を刈り取られるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ハドラー!! って、痛っ!?」

 

 ″ガバッ″と身を起こした俺は、痛む後頭部に右手を添えて擦った。

 

「良かったぁ! 気が付いたんだね!?」

 

「アンタ、ホントに右利きなんだな?」

 

「やれやれ、何とか成った様じゃわい……」

 

 俺の周りを心配そうなダイと、憎まれ口を叩くポップ、そして、冷や汗浮かべたブラスが囲んでいた。

 

「・・・何がどうなった? 何故、俺は生きている?」

 

 ダイが暴れたにしても、あの状況下で俺が生き残れるとは思えない。

 

 周りを探る。

 

 特徴的な火山が目に映るここはデルムリン島か? いや、それ以前に意識を失った場所から移動もしていない様だ。

 目立った損傷の見られないダイがブラスをこの場に呼び寄せた、といったところか?

 

「変な服を着た男がイキナリ現れて、背後からでろりんを倒したんだ。そしたらハドラーと何か話して二人とも何処かに行っちゃったんだ」

 

「変な服!? どんな奴だ!?」

 

 ダイの両肩を″ガシッ″と掴んで乱暴に揺らす。

 

「落ち着けよ! ハドラーの野郎は″ミストバーン″とかって叫んでたぜ? それにしても、アンタもダラシねぇよなぁ……真後ろに回られても気付かないなんてよぉ」

 

 やはり、ミストバーン。

 しかし、何故だ?

 何故ミストバーンが俺を助ける?

 そういや、フレイザードの時も結果的に助かった……考えられるのは肉体の予備候補、か?

 

 いや、パラメーター的に見れば俺は大して強くねぇ……リスクを負ってまで確保する程の肉体じゃない。

 じゃぁ、何故だ?

 

「お、おい!? そんな落ち込まなくても良いだろ!? アンタもまぁ、結構頑張ったぜ」

 

「ポップぅ〜。そんな言い方ないだろ!? でろりんが居なきゃオレ達は死んでたかもしれない、って言ってたじゃないかぁ」

 

「ば、バッキャロー! 余計な事をチクッてんじゃねーよ! コイツがもっと早く来てりゃぁ先生は死なずにすんだんだよ!」

 

 考え込んだ俺を見て落ち込んだと勘違いしたポップが慌てだし、呆れたダイがため息吐いて諌めている。

 

 原作初期に良く見られた光景だが、太陽の傾き具合から考えてもアバンの自爆から一時間と経ってない。

 僅かな時間で表面上は平常に戻っているんだから大したもんだ。

 

「あー……その事なんだけどな?」

 

「な、なんだよっ?」

 

 不安と期待の入り交じった瞳をポップが向ける。

 

「いや、やっぱイイわ」

 

 ″生きている″と伝えかけたが思い止まる。

 ポップのアバンへの依存度は原作以上に高く、自立を促すにはアバンには死んだ振りを続けて貰うのが良さそうだ。

 原作において、アバンが自らの生存を明かさなかったのは、正しかったのだろう。

 何より、生存確認はまだ出来ていない。

 適当に会話を切り上げてアバンを探す必要がある。

 

「なんだよ? 言いかけて言わないなんて、そんなのズルいよ!」

 

「そうか? まぁ、大人はズルいんだが特別に教えてやる。例え俺がいち早く駆け付けてもアバンのメガンテは止められねぇ」

 

「な、なんでだよ!?」

 

「アバンがそういう性分だからだよ。お前等何か言われたんじゃねーのか?」

 

「うん……強くなって大魔王を倒してくれって」

 

「だろ? 俺が居たって同じ事だ……庇う対象が2人から3人に増えるダケ、3人纏めてアストロンって寸法だ。俺を責めるより、アバンが自爆に走った意味を考えろ……お前にならもう判ってんじゃないのか? ポップ」

 

「う、うるせぇー! 大体テメェは先生の何なんだよ!?」

 

「そ、そうだよ! 本当にでろりんも先生の弟子なの!?」

 

「そう改めて聞かれると困るな……俺はお前等と違って卒業のしるしを貰ってねぇからなぁ」

 

「ほ、ほら見ろ! やっぱり嘘じゃねーか!」

 

「でも、海波斬を使ってたし」

 

「はいはい。仲良くしろっての。まぁ、アバンの弟子かどうかなんて俺にはどうでも良いんだ。弟子かどうかはお前等が勝手に決めろ……大事なのは大魔王を倒す事だっ、違うか?」

 

「どうでも良いだって!? オレにゃぁ先生が一番大事だったんだ! 大魔王こそ関係ないやい!」

 

 拳を握り″ワナワナ″震えたポップが立ち上がってソッポを向いた。

 

 先生が大事なら遺志を継いでやれ、と思わなくもないが俺が言わなくともポップなら自ら気付く……そういう性分だ。

 アバンが自己犠牲に走りハドラーが武人化していた様に、人の性分は変わらないのだろう。

 

「ふんっ……そう思うなら好きにすれば良いさ。俺は俺のやり方で大魔王を倒す。お前等は一晩ゆっくり考えて、どうするか決めれば良いんだ……命が惜しいのは誰だってそうだ。何を選んでも誰に責められる事でもない。俺なんか世界中の誰よりも命が惜しいと自負してる位だ」

 

「だ、だったら何で闘うんだよ?」

 

「闘わなきゃ死ぬからだ。死にたくねぇから闘う……簡単な理屈だろ?」

 

「でろりん……オレやるよ! 先生の意思を継いできっと大魔王をっ」

 

 流石の猪突猛進。

 ダイの性分も変わらないらしい。

 

「ん? あぁ、好きにしろよ……でも、一晩はゆっくり考えろよ? 勢いだけで決めて良い事じゃねぇ……それでも行くってんならロモスだ。そのついでにネイル村に立ち寄るのをオススメしてやるよ……それから覇者の冠はどうした? 額を護るアレは良い防具だ。知ってるか? 人間の頭には″脳″と呼ばれる臓器がある。これを傷付けられれば人はいとも簡単に死ぬんだ。だから、装備に頼り護るべき所は護る。俺があのハドラーと渡り合えたのもこの籠手が、」

 

「長いって!!」

 

「ぷっ……ホントだ。でろりんって先生みたいだ」

 

「はぁぁ!? アバンと一緒にすんじゃねぇ! お前等が知らねぇダケでアイツは酷い奴なんだぞ」

 

「先生の何処が酷いってのさ!?」

 

「そうだ! いい加減な事を言いやがったら只じゃおかねぇからなっ」

 

「アバンはなぁ……アイツは、女を待たせて世界を放浪してんだ!」

 

「えぇっ!?」

 

「う、嘘言えっ!」

 

「ハッハッハ! 何にも知らない様だな? アバンはカールの王女を待たせて世界を旅してんだ! 例えるならダイがレオナを待たせる様なモンだな?」

 

「ど、どうしてレオナの名前が出るんだよ!?」

 

「そ、そいつはイケねぇ……じゃねーよっ!! なんでお前がそんな事を知ってるんだよ!」

 

「さぁなぁ? 知りたきゃカールにでも行くんだな? そんな事よりハドラー達は他に何か言ってなかったか?」

 

「ごめん……何を話していたのか聞こえなかった。でもハドラーは″大魔王様の午前で待つ″って言い残していたよ」

 

 御前、ねぇ……最終ハドラーの台詞に近いな。

 ハドラーはもう前線に出て来ないとみて良いのか?

 

 しっかし、ハドラーも報われねぇ男だな……心酔する大魔王に爆弾を埋め込まれてんだからな。

 タネを明かせば寝返ってくれまいか?

 

 ……ダメだな。

 

 明かした瞬間、黒のコアが大爆発する未来しか見えねぇ。

 戦力的に考えて、なんとかしてやりたいがリスクがデカすぎる。

 

「そうか……んじゃ、俺はもう帰るわ」

 

 立ち上がった俺は、軽い目眩いを覚える。

 

 命を燃やした代償か?

 それとも単なる疲労の影響か?

 

 まぁ、どうだって良い事だな……俺もコイツらも今こうして生きている。

 今日のところはソレだけで充分だ。

 

「ま、待てよ! オレ達を置いてくのかよ!?」

 

 立ち上がった俺を見たポップが狼狽え、手を伸ばしてくる。

 

 マズイな……原作よりもヘタレかも知れない。

 これからの数ヶ月で大魔王相手に啖呵をきれるまでに成長出来るのか?

 

 なんか、すげぇ心配だが、ポップは甘やかしたら駄目なんだよなぁ。

 

 はぁ…仕方ねぇ。

 

「あん? 俺は忙しいんだ……お前等の面倒なんか見てられねぇっつーの。大体、アバンの弟子じゃない俺が面倒を見てやる理由がねぇ……違うか?」

 

「て、テメェっ……そうかい、そうかい! やっぱりお前は偽物のウソつき野郎かよ!」

 

「はんっ、何とでも言いな……お前が何をしても良いように、俺も何をしたって良いんだよ。何時までもアバンに甘えて駄々捏ねてんじゃねぇ!」

 

「な、なんだとぉ!?」

 

「魔王軍は駄々を聞いてくれるほど甘くない……死にたくなけりゃせいぜい頑張るんだな?」

 

「うん、頑張るよ……ありがとう、でろりん。また、闘いに行くんだね?」

 

 何故かポップじゃなくダイが答えている。

 

 まぁ、ダイが頑張ればその分ポップも頑張るし、とりあえずこれで良しとするか……。

 

「当然だ……大魔王を倒すまで俺の闘いは終わらねぇ……俺は、アルキードでお前等が来るのを待っている。お前等が無事にアルキードに辿り着いたその時こそ、反攻の時だ!」

 

「うん!!」

 

「お、オレは行くなんて言ってねぇかんな!」 

 

 太陽の様な笑顔で答えるダイと、嫌がりながらもきっと闘いに身を投じるポップ。

 

 危うく死にかけたがソレだけの価値がコイツらにはある。

 

 そして、俺は今日の闘いで何かを掴んだハズだ。

 あの時の感覚……アレを自在に操れるように成れば、コイツらと肩を並べて最後まで闘える。

 

「いいか? 行くならロモスだぞ! 王家を救って覇者の剣を貰え! それから、ネイル村も忘れるなっ」

 

 徐々に浮き上がった俺は、ダイ達に進むべき道を伝えアバンを探しに西の海へと飛ぶのだった。

 













 

変に引いてますがアバンは普通に生きてます。
「午前」はダイ君のミスになっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43

 太陽が西の彼方に沈み始め海が紅く染まった頃、大海原を漂うアバンの発見に成功する。

 前世に比べ視力も大幅に強化されているが、思ったよりも時間が掛かってしまった。

 いや、寧ろ完全な日没を迎えるまでに、この広い海原で一人の人間を発見出来たのはラッキーだ、と言うべきか?

 

「まったく……世話の焼ける″先生″だぜ……」

 

 砕けた″カールの守り″を胸に、仰向けでプカプカ浮かんでいた上半身裸のアバンを背負い上げた俺は、低空飛行でデルムリン島の″裏手″へと向かう。

 

 背中を通してアバンの心音が聴こえる。

 メガンテを唱えた相手と場所が違っても原作通り生きている様だ。

 少し不思議な感じもするが、重要なのは鍛え上げた肉体と″カールの守り″、この二つなんだろう。

 

 アバンを背負って飛ぶこと十数分、デルムリン島の岩礁地帯へ到達する。

 手頃な岩にマントを敷いてアバンを横にした俺は、ベホイミを唱え″ぺちぺち″とアバンの頬を叩いてみたが起きる気配がない。

 

「ちっ……″ザメハ″も覚えとけば良かったか……さて、どうすっかな……?」

 

 胸を小さく上下に揺らすアバンを見ながら暫し考える。

 

 原作的にアバンがメガンテのダメージから目覚めるのは一夜明けてからになる……このまま待ち続けるのもアリだが、世界樹防衛の負担をマリンに強いている以上、一度アルキードに戻り防衛戦の顛末を確認しておく責任もある。

 

 熟考の末、アルキード帰還を選択した俺は、手頃な岩に書き置き刻み、魔法の聖水を残してキメラの翼で飛ぶのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 村は魔王軍を退けた喜びに沸いていた。

 

 ″太陽が沈めば魔王軍は消える。″

 

 理由は解らない。

 解らないが三日目とも成れば、誰もがそう認識し生き延びた喜びを噛み締めている。

 しかし、心持ち浮かない表情なのは気のせいだろうか?

 

「でろりんじゃない? アンタ何処ほっつき歩いてたの、……よ?」

 

 キョロキョロしながら歩く俺を逸早く見付けたずるぼんが、腰に片手を当て人差し指を立てながら″ツカツカ″と迫ってくる。

 

「そうよ! 貴方がいないせいで大変だったのよっ!」

 

「えぇっ!? 昨日の″アレ″はでろりんさんの影響だったのですか?」

 

「そうだぜっ。リーダーのお陰でマネーは落ちるっ」

 

「如何にもその通りじゃ。これ程までに変わるなら一部を請求してもバチは当たらぬやも知れぬわい、どうじゃ?」

 

 ずるぼんの声で俺に気付いたマリン達が″ワラワラ″と集まり、微妙に意味の解らない事を言ってくる。

 

 輪に成った俺達を遠巻きに兵士達が囲み、「流石、強欲」とか「強欲もここまでくれば立派」だとか「バカッ居なくなったらどうする!」だとか口々に言っている。

 

「はぁ〜? 意味が解らねぇよ……何がどう大変で、誰に何を請求するんだ?」

 

 マリンだけなら俺が居ない影響で、ゴールドのドロップが悪くなっているボヤキに聞こえるが、周りの兵士達までザワつく理由が解らない。

 

「そんなのどうだって良いわ……アンタ、顔色悪いわよ? 服もボロボロだし何処で何してきたのよ? ホイミかけたげよっか?」

 

 神妙な顔付きで心配するずるぼんが俺の頬に左手を添えてきた。

 ホイミの効果が薄かったのは昔の話で、今じゃこの村でも二、三を争う回復呪文の使い手だ。

 

「えっ!? あ……回復呪文なら私がやるわ!」

 

 俺を見て″ハッ″としたマリンが名乗りをあげる。

 

「ん? あぁ、ちっと派手に修行しすぎたんだ……回復は済ませてある。そんなことより、マリン……」

 

 適当に誤魔化した俺はマリンに右手を向ける。

 

「な、何かしら?」

 

「金をくれ」

 

「な、何よソレっ!? 他にもっと言う事があるでしょ!? 大丈夫か、とか、無事で良かったとか!!」

 

「無事なのは見れば解るじゃねーか? 装備がぶっ壊れたから大至急金が要るんだよ。訳あって後払いが出来ないんだよ!」

 

「やはり、でろりんさんの装備はミリオンゴールド製でしたか」

 

 俺とマリンの喧嘩腰の会話が始まりかけた処に、シタリ顔のノヴァが割り込んで″待った″をかける。

 

「ん? あぁ、良く判ったな? ホントはオリハルコンが良かったんだが、アレは簡単に手に入る代物じゃないからな?」

 

「ミリオンゴールドだってそう簡単に手に入る代物じゃないですよ? バラン様が″もしや″と言っていたのを思い出したんです……その黄金の装備の全てがミリオンゴールド製なら、常軌を逸している、とも言ってましたね」

 

 脈々と続く竜の騎士の闘いの記憶に照らしても、俺の装備は常識外れらしい。

 

 だが、ちょっと待ってほしい。

 俺の装備は日本円に換算して五億程度、甲羅の盾ですら三十億に満たない。

 前世の記憶に照らしてみれば、10億を軽く越える兵器はザラにあった。

 戦車なんかがそうだ。

 それは一重に命を護る為の値段であり、俺の装備は殊更オカシイとも言えないハズだ。

 

「……え? ミリオンゴールドって百万Gコインの事よね?」

 

「そうじゃのぅ」

 

 マリンが呆気に取られ、肯定したまぞっほがニヤニヤしながら見ている。

 

「もしかして、このロッドも……?」

 

「ソレだけじゃないぜっ。俺のゴールデンハンマーもそうだぜっ」

 

「勿論、あたしのロッドもそうよ」

 

 マリンの呟きに鼻息を荒くしたへろへろがハンマーを振るって答え、ロッドを伸ばしたずるぼんが自慢気に胸を張っている。

 

 クソ高い装備をしている自覚は有ったらしい。

 

「貴方……何考えてるの?」

 

「何って……強い装備に金を惜しまないのは当然だろ?」

 

「お主の場合はやり過ぎじゃがのぅ……じゃが、お陰で助かっとるわい」

 

「そうよっ、限度ってモノがあるでしょ!? それに、ソレだけのお金が有ればお城を建てて国を興す事だって出来るわ!」

 

「あん? なんで俺がそんな面倒な事をしなきゃなんねーんだよ?」

 

 あ、しまった……。

 

 そういや俺は、テロ紛いの思想の持ち主だった。

 

「貴方ねぇっ! 国家論を語り姫様に何をしたか忘れたとは言わせないわよ!?」

 

「国家論とな? 初耳じゃわい」

 

「マリンの姫ってレオナちゃんかしら? アンタ何したのよ?」

 

「あー……すまん、忘れてた。そんなことより、ノヴァ……何がどう大変だったんだ?」

 

 尚も何か言いたそうなマリン達を無視して、ノヴァから事情を聞く事にする。

 この中だとノヴァに聞くのが確実そうだ。

 

「戦闘そのものは問題有りませんでした。強敵と呼べる敵の襲来も無かったですね。死者の数も0とはいきませんが、昨日に比べると減少傾向にあります」

 

 見込んだ通りノヴァは簡潔に、俺の知りたかった情報を述べている。

 

「じゃぁ、何が問題なんだ?」

 

「ゴールドのドロップです。僕は気にしていなかったのですが、戦士の中にはゴールドを求めてこの地にやって来た人もいる様です」

 

「ワシ等も知らなんだが、どうもお主の加護はこの世界樹全体に影響を与えていた様じゃわい」

 

「汚ねぇヤツラだぜっ。リーダーの恩恵を利用して黙って荒稼ぎしてやがった」

 

 ノヴァの説明を補足するように、まぞっほとへろへろが憤っているが、金に目が眩んで死地に来てくれるなら俺的には大歓迎だ。

 

 別に俺の懐が痛む訳でもない。

 

「そう言う訳です。世界樹に来ればゴールドが稼げる……三日目にしてそんな噂が水面下では拡がっていた様です」

 

「んで、噂と違ってゴールドが落ちないからガッカリしてる連中が居るって訳か?」

 

「その様ですね……本来ならそんな連中の力は借りたくないのですが、この巨大な世界樹を護る為には彼等の力も必要なんです」

 

 悔しそうにノヴァが唇を噛んでいる。

 

 原作と違い素直なノヴァだが、その潔癖とも言える高潔な精神は変わらないらしい。

 

「別に良いだろ? どんな連中でも戦力は戦力だ。金に目が眩むバカでも俺としては助かる。寧ろ問題なのはドロップしないときの士気の低下だな……」

 

「そう、ですね。バラン様もそれを気にしてました……その件で話したい事があるから王宮に顔を出すように言付かってます」

 

「うげっ、マジで……? この後、予定があるんだけど?」

 

 予定が無くてもバランの呼び出しとか勘弁して欲しい。

 真相がバレる前にダイを紹介するのも一つの手だが、今は未だその時ではないだろう。

 

「良いじゃない? 王宮に招待してくれるなら行きましょうよ? でもディアナ姫にまで手を出したら赦さないわよ!」

 

 王宮大好きのずるぼんが聞き捨て成らない事を言っている。

 

「はぁ? ″ディアナ姫にまで″って、……何だっ!?」

 

 訂正しようとしたその時、危険を告げる黄色の信号弾が上がる。

 

『て、て、敵だぁー!!』

 

 切羽詰まった叫びが聞こえる。

 誤射の類いでは無いらしい。

 

「なんと……早くも″裏″をかいてきおったか?」

 

 まぞっほの言う裏とは″日没後の攻撃は無い″との思考の油断だろう。

 

 しかし、そうだとすると、この時期、この時間なら早すぎる。

 バランを除く最高戦力が勢揃いしている今なら、フレイザードにだって負けやしない。

 

「どうだろうな……兎に角、行ってみりゃ判る! 行くぞ!!」

 

 俺の掛け声に頷いた頼もしき面々と共に、割れた人の合間を駆け抜け現場に急行するのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ようやくお出ましか? どいつがでろりんさんだぁ?」

 

 現場に駆け付けた俺達が目にしたのは、蒼白い光沢を放つ巨大な″兵士の駒″に群がる戦士達の姿だった。

 

「ノ、ノヴァ様!? お逃げ下さい! アレには魔法も剣も全く効きません!」

「まぞっほ殿!? バラン様をお呼びしましょう!」

 

 俺達に気付いた戦士達が駒から目を離して此方を振り返る。

 

「ぐはぁ!?」

「ぐぇ!?」

 

 駒から人の姿に変形した″ヒム″が周囲の戦士達を殴り飛ばした。

 

「つまらねぇ真似をしてくれるな……ソイツが来れば退散しなきゃならねぇだろ?」

 

「き、貴様!? 皆、下がるんだ! コイツの相手は僕達でやる!!」

 

 背中の剣を引き抜いたノヴァが険しい視線でヒムを睨んでいる。

 

 ずるぼん達もミリオンゴールド製の武器を構え、真剣な表情をしている。

 

 そして、俺は……。

 

「よぉーし!! ノヴァ! チャンスだぁ!! あの野郎の腕をブッタ切れぇ! お前になら出来る!!」

 

 降って沸いた″幸運″の意味も考えずに、人目も憚らずハイテンションになるのだった。

 












アバンは普通に寝ています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44

どきっ! 会話だらけの説明回。









「足止めは俺達でやる! 正面は俺、へろへろは右、ずるぼんとまぞっほは左に回れ! その間にノヴァは闘気を高めてハイパーなオーラブレードで奴を叩き斬るんだ! マリンは万一に備えて後方で待機っ」

 

 千載一遇とはこの事だ。

 

 ハドラー親衛騎団、兵士″ヒム″……オリハルコン製のチェスの駒を元に、ハドラーによって産み出された禁断の戦士。

 オリハルコンのボディを活かした近接戦闘能力は作中においても屈指であり、経験を積めば闘気に目覚める始末に負えない存在へと昇格する。

 ヒム個人には一対一を好む傾向はあったが、元がチェスの駒だけに親衛騎団の連中とのチームワークに優れ、集団戦でこそ真価を発揮する。

 

 つまり、昇格前のコイツが単体で現れたなら、仕留める又と無いチャンスになる。

 ついでにオリハルコンも美味しく頂く……そう、オリハルコンはついでだ。

 オリハルコンさえ有ればシャハルの鏡の大量生産だって可能である。

 鏡を十枚用意すればカイザーフェニックスを最低でも十回は弾ける。

 

 絶対にこのオリハ…もとい、チャンスは逃さん!

 

「おいおい……こっちはやり合う気がないってのに、喧嘩っ早い野郎だな?」

 

 殺気を高ぶらせた俺が近づくと、ヒムは肩を竦めてお手上げのポーズをとる。

 

「襲撃しといて今更イモ引いてんじゃねぇ! 行くぞっ、へろへろ!」

 

「おう!」

 

「まぁ、そう慌てずとも良かろうて……どうしたのじゃ? お主らしくもない、いやに積極的ではないか?」

 

 へろへろは二つ返事で応じてくれたものの、チョビ髭を触るまぞっほが飄々とした様子で探りを入れてくる。

 

 今はそんな腹の探り合いをしている場合じゃないというのに……打ち明け話を後回しにしてきた″ツケ″が回ってきたか?

 コレが終わればまぞっほに、ある程度の事情を話した方が良さそうだ。

 

「んなもん当たり前だろ? オリハルコンだぞっオリハルコン! あの量見てみろよ? アレだけ有れば何だって作れる!」

 

 ヒムを指差した俺は、オリハルコンの有用性を訴える。

 打ち明けるにしてもここじゃ不味いし、今は兎に角、ヒムを倒すのが最重要課題だ。

 他の親衛騎団がやってくれば戦況は一気に悪くなるし、バランが来ればヒムは撤退するだろう。

 今、ここで倒さないとダメなんだ……でないと俺は、コイツを殺せなくなる。

 

「オリハルコンとな? それは厄介な相手じゃわい……金属生命体かのぅ?」

 

「ほぅ? 一目で見抜くとはな……如何にも、オレはハドラー様の禁呪法により生を与えられた親衛騎団が一人、ヒム! 以後、お見知りおきを……ってな?」

 

「あん? テメェはチェスだろうが!? テメェにゃ囲碁も″以後″もねぇんだよ! 多勢に無勢、馬鹿はここで死にやがれ!!」

 

 胸を張ったヒムが堂々と名乗りを上げているが、そんな事は最初から知っている。

 俺は……コイツが熱い心を持つ″悪″でない事さえも知っている。

 属する勢力が違う……たったそれだけの理由で闘わなくてはならない。

 下手に問答を重ねると″情″が生まれ殺り辛くなる……殺るにはハイテンションの今しかないんだ。

 

「すいません、でろりんさんは黙っててくれますか? ・・・ヒムとか言ったな? お前は何をしに来たんだ?」

 

 変なテンションを見かねたのか、俺を制したノヴァが一歩前に出てヒムと問答を開始する。

 

 出鼻を挫かれた俺は、「お、おぅ?」と間抜けな言葉を発し、ノヴァの問答を見守る事となった。

 

「あいさつだよ、挨拶。ハドラー様が気にかける″でろりん″って野郎がどんなモンかと、そのツラを拝みに来てやったのさ」

 

「勝手な事をっ……貴様のせいで何人の兵士がっ」

「おっと、言い掛かりは止してくれ。オレは挨拶に来たんだ……良く見てみろ……どいつもこいつも生きてるだろ? 魔王軍は夜襲の様な卑怯な真似などせん!」

 

 軽く告げるヒムにノヴァが明らかな苛立ちをみせるも、ヒムの弁明通り周囲で地に伏す兵士達は「うぅ」と小さく呻いており息絶えてはいない様だ。

 

 ヒムを早急に片付ける新たな理由が出来た。

 

「夜襲が卑怯だって!?」

 

 ノヴァが大袈裟に驚いている。

 

 これが情報を引き出す為の演技だとすれば、相当なタヌキだ。

 俺も見習わないといけない。

 

「そうとも……我等魔王軍は、偉大なるバーン様の名と太陽の下で正々堂々と戦うのだ!」

 

 ヒムが握った拳を突き出して堂々と宣言する。

 

「バーンの名と太陽の下で……?」

 

 ノヴァが困惑の表情を浮かべおうむ返しに呟いているが、これは演技じゃなさそうだ。

 人の立場でモノを考える限り、このヒムの発言は誰にも理解出来ないだろう。

 

 しかし、大魔王の意思を知る俺には判る。

 バーンですら認める偉大なる″力″、太陽の下で魔界の民を闘わせる……馬鹿げた話だがこれがバーンにとっての正義なんだろう。

 夜襲の無い理由がコレだとすれば、夜間は魔王軍の襲撃に備える必要が無くなる……尤も、切羽詰まれば建前よりも実利を優先するのも大魔王だ。

 完全に備えを解くわけにもいかないが、夜間は安心とみて良い……のか?

 

「貴様等人間には解らぬ事よ……さぁ、これでオレの用は済んだんだが・・・見逃しちゃくれねぇよなぁ?」

 

 何処か嬉しそうにヒムが語っている。

 

「当たり前だ! オリハルコンは頂く!!」

 

 そうだ……オリハルコンだ。

 俺が闘うのはバトルマニアでハドラーに忠節を尽くす熱い男ではない。

 

 俺は、オリハルコンの塊を手に入れるんだ。

 

「襲ってくるならしょうがねぇなぁ……良いぜ、掛かってきな!!」

 

 建前を口にしたバトルマニアは、本音を表情に浮かべると両拳を握り締めて構えを取る。

 この地に集う人々が戦闘開始を固唾を飲んで見守り、周囲が一瞬の静寂に包まれる。

 

 その時!

 

「いけませんよ、ヒム。ここは我等が闘うべき場所ではありません」

 

 よく通る女の声が周囲に響き渡った。

 

 見るとヒムの頭上に腕を隠した蒼白く輝く女性″アルビナス″が浮いていた。

 

「だ、誰だっ!?」

 

 聞くのもバカバカしいが、一応、お約束とバカリに叫ぶしかない。

 

 てか、その意味の解らない瞬間移動は止めてもらいたい。

 恐らく″リリルーラ″の応用だろうが、コイツら石の中に転移したらどうするつもりなんだ!?

 

「私はアルビナス。ハドラー様の親衛騎団を束ねさせて頂くモノです」

 

 表情を崩さないアルビナスがヒムの隣に並び立つと、周囲で好奇の目を向ける人間に然したる興味も示さない様相で、淡々と自己紹介を終えた。

 

 くそっ……厄介な奴が来やがった。

 

 ハドラー親衛騎団・女王″アルビナス″……チェスにおける最強の駒を元にハドラーによって産み出された禁断の戦士にして、禁断の愛に生きる女。

 その高過ぎる戦闘能力を隠すように、普段は腕を仕舞い込んでいるも、ひと度本気を出して腕とボディを魅せて闘えば、そのスピードは作中においても、一、二を争うチートな存在だ。

 アルビナス本人は自らを駒と呼び感情等無いが如くに振る舞っていたが、どうみてもハドラーに惚れており、作中において″報われない度″は想い人であるハドラーと一、二を争う。

 

 戦力的に考えてなんとかしてやりたいが、何気に頑固なアルビナスが、人間である俺の言葉を聞くとも思えない。

 ハドラーの秘密を喋った瞬間、ソレを手土産に大魔王の元へ連れ去られ、助命嘆願される未来しか見えない。

 

「ねぇ? さっきからハドラー、ハドラーって誰の事よ?」

 

「ハドラーと言えば、アバン様に敗れた魔王ハドラーの事かしら?」

 

 いささか緊張感に欠ける女性陣が、当然の疑問を口にしはじめる。

 

「聞き捨てなりませんね……私達はアバン抹殺の功績により、ハドラー様が大魔王様から賜ったオリハルコンを元に産み出されているのです。ハドラー様がアバンに敗れた等と戯れ言を……事実は全くの逆ではありませんか」

 

 刺すような視線をずるぼん達に向けたアルビナスが、不快感を隠そうともせずに不都合な事実を告げる。

 

 てか、コイツラ……今日産まれたなら生後0日でこの自我か?

 流石に禁断の術なだけはある……全くもって意味が解らん。

 

「嘘を言うなっ! アバン様がハドラーに敗れただと!?」

  

「嘘も何も、勇者アバンが死んだ事はそこにいる強欲者が知っているハズです。何故、報告されていないのでしょうか?」

 

「そんなっ!? アバン様が……?」

 

「アンタっ・・・今日、何処に行ってたのよ?」

 

 アルビナスの言葉にノヴァは怒り、マリンは絶句して固まり、ずるぼんが疑念の目を俺に向けたまま鋭い質問をぶつけてくる。

 

「だからっ、修行だよ! 修行!」

 

 我ながら苦しい言い訳だが、この場ではコレ以外に言い様がない。

 なんとかして会話を打ち切らないと泥沼にハマり込んでしまう。

 

「妙な話ですね? 何故、隠すのでしょうか? あなたの師であるアバンの死は隠してはいけない出来事ではありませんか?」

 

 ダメだコイツ……早くなんとかしないと。

 

「えっ…? アバン様が貴方の師……?」

 

「ちょっとアンタ、何時の間にアバンと会ってたのよ?」

 

「アバンが師とな? 初耳じゃわい……お主の師は兄者と老師だけではなかったのじゃな?」

 

「流石リーダーだぜっ、だけど、勇者の弟子と黙ってるなんて水臭いぜっ」

 

「ばっ……余計な事を言ってんじゃねぇっ」

 

「不可解ですね……強欲に名声を求めし者が″勇者の弟子″である事実をお仲間にも隠されていたご様子。 それに老師と兄者ですか……なるほど、貴方の使う不思議な魔法や体術はその者達から授かったのでしょうか? 何者か判りませんが調査の必要がありそうです」

 

「なっ…!? させるかっ! ここでテメェもブチ殺す!!」

 

 なんだ、こいつ?

 鋭すぎんだろ? ホントに0歳児か!?

 

 恨みは無いが、なんとしても倒しその口を封じなくてはいけない。

 2人の親衛騎団……厳しい戦いになるが数はこっちが勝っている。

 

「なるほど……″でろりん″とは思いの外直情的な性格をしている様ですね……しかし、そうであるなら尚更解せません」

 

「おい、アルビナス? 何をブツクサ言っている? こうまで言われて黙って引き下がるのか?」

 

「……いいでしょう。大魔王様とハドラー様の意に沿いませんが、この者は危険な様です……災いの芽はここで摘み取り勝利を持って弁明致しましょう。ヒム、あなたは″でろりん″の相手をお願いします。その他は私が引き受けます」

 

 どう考えたのか俺を危険と判断したアルビナスが、ボディを顕にした本気モードに姿を変える。

 

「まぞっほっ! バランを呼びに行ってくれ! ノヴァはへろへろを盾に隙を伺って攻撃! 他の連中は下がってろ!!」

 

 剣を抜いた俺はヒムを牽制しつつ、アルビナスへの対応を叫ぶ。

 下手に近くで見物されて死人が出ようモノなら余計な負担が増える。

 

「やる気の様ですね……では、行きますよ! 災い燃え尽きるべしっ、サウザントっ」

 

 アルビナスが天にかざした右腕に、目映いばかりの光球を産み出そうとしたその瞬間、

 

『フィンガー・フレア・ボムズ!!』

 

 呪文を唱える声と共に五つの火球が、″アルビナス達″に迫る。

 火球を避けようともしない2人に直撃すると、火柱上げて燃え上がる。

 

 アルビナスが産み出そうとした″サウザント・ボール″にも誘爆したのか、熱風が周囲に吹き荒れる。

 

「随分なご挨拶ですね……フレイ兄さま?」

 

 炎の中から平然と姿を現したアルビナスが、炎の半身をたぎらせて歩みよるフレイザードに声を掛ける。

 

 その容姿も精神性も全く似ていないが″ハドラーに産み出された存在″という意味でコイツらは兄妹になる……原作ではあり得なかった光景に、自分がしでかしてきた影響の大きさを改めて思い知る。

 

「オレの獲物を掠め取ろうってのか!? どういう了見だっ!!」

 

「兄貴よぉ、そう怒んなって……熱くてかなわねぇ。 大体、コイツは″でろりん″だ。アンタが狙っているマタロウじゃないぜ?」

 

 フレイザードの燃える指先を眼前に突き付けられたヒムが、面倒そうに炎の腕を押し退ける。

 オリハルコンだけあって耐熱性がハンパない。

 

「なんだとぉ〜っ!? おいっ、テメェ! 嘘つきやがったのか!?」

 

 ギョロ目を向いたフレイザードが振り返って俺を睨む。

 

「ん? あぁ、敵に本名教えてやる程迂闊じゃねぇよ」

 

 てか、コイツ、何しに来やがった? ヒム達だけでもヤバいのに、フレイザードまで加われば最早俺達に勝ちの目はない。

 オリハルコンだなんて浮かれている場合じゃなく、逃げる算段を整える必要が有りそうだ。

 

「ふざけやがって!! ・・・おい、引き上げるぞ」

 

 ギョロ目を閉ざし高ぶる炎を収めたフレイザードが、引き上げを提案する。

 

 理由は判らないが渡りに船とはこの事か。

 

「しかし、フレイ兄さま。この者は危険です。災いは断つべきです」

 

「バーン様の御力も知らねぇガキがっ……コイツが危険だろうがバーン様の前では無意味! あの方が無闇に殺すなと命じたら駒は黙って従いやがれ! 主に逆らえばどんな手柄も手柄にならんわっ!」

 

 待て、なんだそれは?

 

 予想外の言葉に冷や汗が吹き出る。

 

 手柄に拘るフレイザードらしい引き上げ理由だが、何故俺が殺してはイケない対象になっている?

 しかも大魔王直々のご指名ってなんだ?

 目を付けられているのは覚悟の内だが、大魔王は一体何を企んでいる?

 

「だがよぉ……アッチが襲ってくるんだ、仕方ねぇだろ? 反撃までは禁じられてねぇ」

 

 口答えするヒムが更に意味の判らない事を言っている。

 俺から攻撃を仕掛けた場合は、殺される危険があると言うことか?

 

「はぁ? 今更、誰が襲うかっ。お前等みてーなバケモンと5対3で闘えねぇっつーの! 用が済んだならササッと帰りやがれっ」

 

 手首をスナップさせた俺は、″シッシッ″とヒム達を追い払いにかかる。

 

 謎は残るが命有っての物種だ。

 

「て、テメェ!? 汚ねぇぞっ! 形勢不利になったらイモ引くのか!」

 

「うるせーよ。覚えとくんだな? 闘いに汚いもクソもねぇ。より有利な状況で戦闘を行うのは立派な戦術なんだよっ。敵が有利な状況を捨てて引き上げるのを止める訳ねーだろ」

 

「なるほど、覚えておきましょう……ヒム、帰りますよ」

 

「だがよぉ……ここまできて手ぶらで帰れるかよっ」

 

「手ぶらでは有りません。噂に違わぬ見当違いの強欲振り……ハドラー様に良い土産話が出来ました」

 

「でろりんっ!! テメェは俺の獲物だっ! せいぜい頑張って殺されにやって来い!」

 

 思い思いの捨て台詞を残して、嵐の様にやってきた3兄妹は、嵐の様に去っていくのであった。

 

「ふぅ……なんとかなったな?」

 

 額を拭い振り返った俺を待っていたのは、ジト目を向ける4人の姿であった。

 

「なってないわね」

 

「そうね。今まで好きにさせてあげたけど、何処で何をしてきたのかキッチリ話してもらうわ」

 

「アバン様が亡くなられたのは本当ですか!?」

 

「流石リーダーだぜっ、大魔王も注目してやがるっ。ガッハッハッ」

 

 一難去って又一難とはこの事か。

 

 こうして俺は、まぞっほと共に駆け付けるバランを待って、アルキード城に連行されたのであった。

 












説明会のハズがキャラ多すぎてカオスになりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神託の勇者とディアナ姫

「うん。ずるぼんの飯には負けるが結構旨いな」

 

 綺麗に並べられた沢山の皿。その中の肉料理をほうばった俺は、率直な感想を述べて飲み込んだ。

 

「お主……そういう事は言わぬ方が良いぞ」

 

 隣に座るまぞっほが呆れた感じで諭してくる。

 

「ん? そう、だな……城のコックさんに悪いな」

 

 魔王軍侵攻開始から三日目の夜。

 仲間から疑惑の目を向けられる中、バランに連行された俺は仲間達とアルキード場内にやって来ていた。

 

 即座に尋問会が始まるかと思いきや、無言のバランに連れられ別棟へと移動した俺達を待ち受けていたのは、ソアラ王女主催の夕食会だった。

 バドミントンが出来そうな程の広い部屋に置かれた長方形の大きなテーブル。

 上座にソアラ王女。

 その横に俺、まぞっほ、するぼん、へろへろ、とパーティーメンバーが並んで座る。

 対面に座るのはディアナ姫、バラン、マリン、ノヴァの順だ。

 椅子一つにしても精巧な細工が施され、アンティーク調の室内は″これぞ金持ち″って感じである。

 文明レベルは前世が上でも、金持ちが好む文化レベルはヒケをとらない、と言うより手作業が基本なこの世界の方が、調度品のレベルは上かもしれない。

 

 まぁ、前世の高級な調度品を拝んだ記憶なんか無いし、他聞に想像を含んだ感想になっている。

 とりあえず、一つ確かなのは居心地はあまり良くない、と言うことだ。

 

 無駄に広い室内は死を待つだけだった病室を思い起こさせ、何より、この二人だ。

 

「まぁ、それはそれは。一度御相伴に預かりたいですね? あなた」

 

「うむ……しかしだ。この料理よりも、そこのオナゴの料理よりも、ソアラの作るモノこそが至高の一品と言えよう」

 

 居心地の悪い原因を生み出す二人は、夕食会が始まってから何かにつけてこの調子だ。

 

「まぁ……あなたったら」

 

 頬を染めたソアラ王女が照れ笑いしている。

 

 仲が良いのは大いに結構! だが、ずるぼんの料理を下に見るのは例えバランでも許さない!

 

「はぁ? 食いもしない内によく言うぜっ。工夫を凝らす、ずるぼんの料理こそ究極だ」

 

 親バカにして馬鹿夫婦。

 一体誰がこんなバランを想像した?

 夕食会が始まってからの僅かな時間で、バランが人の心を捨てて竜魔人に成ることは無い、と心配するマトリフの気持ちがよく判った。

 

「ちょ、ちょっと、でろりん! 止めなさいよ!!」

 

 まぞっほの向こうから顔を出したずるぼんが慌てて止めに入る。

 

「あん? 俺は事実を言っているだけだぞ?」

 

「そ、そうだわっ。事実と言うならそろそろ貴方の事実を話してよ?」

 

 柏手を打ったマリンが、とって付けたように話題の転換を図ってくる。

 

「ん? 別に構わねぇけど子供の前で話す事じゃないだろ?」

 

 ここに至っては隠し通せるモノでもないし、今更話した所で大した問題でもないだろう。

 既に大魔王は現れているし、目も付けられている。

 いっそ、何もかもをブチ撒けて大魔王の秘密を秘密でなくしてやれば・・・うん、黒のコアで吹き飛ばされる未来しか見えない。

 

 とりあえず、証拠は無いし核心部分を伏せつつ、適当に虚実交えて話してやれば、無理にでも納得するしかないだろう。

 その上で他言無用を約束してもらえれば、問題はない、ハズだ。

 

 問題なのは目の前に座る黒髪ロールのお姫様だ。

 

「子供じゃと? 何処にも居らぬでは無いか」

 

 そのディアナ姫が周囲を″キョロキョロ″しては見当違いの事を言っている。

 

 アルキードの姫″ディアナ″……バランとソアラの間に産まれた女の子。

 原作では登場すらしなかった人物であり、詳細は不明だった。

 

「子供はお前だっ。全く……いつまで居るつもりなんだ? 子供に聞かせるなら俺は何も話さないぞ」

 

 そう言い捨てた俺は、並べられた皿に視線を落として肉を切り分ける作業に入った。

 

「妾は子供ではないぞよ。姫じゃ」

 

「はぁ? なんだそりゃ?」

 

「知らぬのか? 姫はいずれこの国の主となり礎となる者の事じゃ。妾は姫である故、この国の為に働くそなたらを持て成し、話を聞く義務があるのじゃ」

 

「偉いぞ、ディアナ。よくぞ申した」

 

 目を細めたバランがディアナの頭を撫でると、癖毛が″ピョン″っと跳ね上がった。

 どうやら、癖毛を誤魔化す為の巻き髪らしい。

 

「いや、偉くねーし。ガキはガキらしく遊んでりゃ良いんだ。大体なんだ? そのフザケタ口調はっ」

 

「フザケてなどおらぬ。コレは王家に伝わる由緒正しき言葉なのじゃ。そなたの方こそ、なんじゃその口の利き方は!? 妾は姫であるぞ」

 

「はぁぁぁ? お前の親父や祖父が偉いのは認めてやるが、お前は単なる子供じゃねーか。一体、お前は何をしたんだ?」

 

「そ、それはじゃな……わ、妾は国に住まう民の為に日々祈りを捧げておるっ」

 

「はんっ。俺はその国民を護る為に世界樹で闘ってるっつーの」

 

「むぎゃ……そ、それは妾も感謝しておる。妾は小さい故に戦場に出られぬのじゃ……闘えるモノなら妾とて闘っておるぞよ」

 

 口調から我が儘姫に見えなくもないディアナ姫だが、そこはダイの妹、根は素直なもんだ。

 我が儘ではなく、姫としての役割を背伸びして果たそうとする余り、口調だけが変になっている。

 

「ハッハッハっ。語るに堕ちたな? 戦場に出られない……それこそお前が子供である証拠だ! 解ったらササッと飯食って歯を磨いて寝ろっ」

 

 一口サイズに切った肉を突き刺したフォークをディアナ姫に突き付ける。

 

「ちょっとでろりんっ、行儀悪いわよ?」

「ほっときましょ? 子供は子供同士話が合うのよ」

 

 眉をしかめたマリンと向かい合うずるぼんが勝手なレッテルを張ってくる。

 

 子供に合わせて遊んでやっているダケだと云うのに、我が姉ながら失礼なヤツだ。

 

「がーん……御父様、妾は、妾は…何の役にも立てない子供なのですか?」

 

 ショックを受けたのかディアナは、横に座るバランのマントを小さな手で掴んで引っ張っている。

 

「う、うむ……」

 

 言葉に詰まったバランが困り顔で俺を睨んでくるが、気にしない。

 

 例え姫様だろうが子供は子供だ。

 気にせず肉を口に入れた俺は、切り分ける作業に戻った。

 

「ふんっ。知らない様だから教えてやるぜ。子供は将来に備えて学んで遊んで成長して親の死に目を看取るのが役割なんだ。ガキが魔王軍の心配なんかしなくても大魔王は倒す! お前の親父がなっ」

 

「なによそれっ!? アンタじゃないんだ?」

 

「当たり前だろ? 大魔王バーンは神よりも強い……俺なんかが太刀打ち出来る相手じゃねーんだよ」 

 

「何っ!? バーンだとっ、それは間違いのない情報なのか!?」

 

 睨むバランの表情が、一瞬にして真剣なモノへと様変わりする。

 

 俺にとっては当たり前過ぎる情報だが、バランにとっては初耳らしい。

 

「あぁ、コレは間違いないぜ? 今日会った魔軍司令ハドラーも誇らしげに言ってたからな」

 

「それに、フレイザードやヒムなる男も″偉大なるバーン様″と言ってましたね」

 

 黙って食事をしていたノヴァが口元を拭きながら俺の言葉を捕捉してくれた。

 

「しかし、今日会ったハドラーのぅ……偶然にしては出来すぎとらんか? 魔王軍の侵攻に際してもお主はいち早く動きよった……正直に申してみよ、お主、大魔王が現れる事を知っておったな?」

 

 その一方で頼れるパーティーメンバーのまぞっほは、ここぞとばかりに核心をズバリと言い当てる。

 

「さぁな? とりあえずガキの前で話せる内容じゃねぇ」

 

「妾は姫じゃ! それにの……そこな魔法使いの言葉が事実ならば、妾はそなたに侘びねばならんのじゃ」

 

 ″シュン″と肩を落としたディアナが申し訳無さそうにしている。

 

「なんだそりゃ? 俺の方には詫びを求める理由が無いぞ」

 

「そなたに無くとも妾には有るのじゃ……強欲の勇者でろりん。妾の爺様が広めた名じゃ……御父様をこの国に留めるに必要な事じゃったかも知れぬ。しかしじゃな……その為にそなたという犠牲が産まれてしもうたのではないか? 本来で有ればそなたは神託の勇者として人々の、」

「くだらねぇっ」

 

 くだらねぇし腹も立つ。

 バランは何を考えてこんな事を考えるガキに育て上げたんだ?

 

「な、何がじゃ? そなたが真に神託を授かっておったなら、人々の尊敬を一身に集める事が出来たハズじゃ!」

 

「偉そうな口を利いてもまだまだガキだな? 良いか? 人々の尊敬を集めるだけが幸せとは限らない、ってか寧ろお断りだっ。俺はこの知識を活かして自分が生き延びる為に好き勝手にやってきたんだ。他の誰かにとやかく言われる筋合いは無い」

 

「黙っておった事に文句を言われる筋合いもない、そう言いたいのじゃな?」

 

「流石、まぞっほ。話が早い。俺が得た知識を俺の為に使う……なんの文句が有るってんだ?」

 

 肉を切り分け終えた俺は、ひとキレ口に含むと座に着く者の顔をゆっくりと確認していく。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。ボクには何の事か分かりませんが、本当にでろりんさんは大魔王が現れる事を知っていたのですか!?」

 

「そ、そうよっ。そんな大事な事を知っていたなら、どうして何も言わなかったのよ!?」

 

「ただの子供が言って誰が信じるんだ? 初めて会った日の事を覚えているか? 大魔導士に会いに行った俺をマリンだって信じなかっただろ?」

 

「えっ…? あの頃からなの?」

 

 口を押さえたマリンが固まった。

 

「たかが剣……神が創りし最強の真魔剛竜剣って大層な銘が付いても、たかが剣だ。誰かさんの命を助けた代償に要求したら強欲扱いときたもんだ……一体俺にどうしろってんだ?」

 

 切り分けた肉を口に放り込みながら、2人にチクリと言ってやる。

 

「む……」

 

「ごめんなさい……私、何も知らなかったから……」

 

 言い過ぎたのか、マリンが涙ぐんでいる。

 

「ばっ、馬鹿、なんでマリンが泣くんだよ!? どっちみち俺は世間に話す気なんて更々無かった! お前が知らないんじゃなくて、俺がお前に知らせなかっただけだっ」

 

「で、でも……」

 

「良いんだよっ! 大魔王が現れると知った俺は自分が生き延びる為に修行に励み、装備を整えた! 俺の事実なんてのはたったのコレだけだ。マリンが気に病む事は何一つ無いっ……あっ」

 

 思わず言ってしまったが、マリンを泣かせる位ならコレで良い。

 

「ハドラーに会うたのはどう説明するんじゃ?」

 

「偶然だな。今のままじゃ俺はフレイザードを倒せない……だからアバン流奥義の一つ、悪を断つ剣を学びに行ったんだ。アバンの居どころは二日前の夜、パプニカのレオナ姫に確認済みだ」

 

「ホントかの?」

 

「え、えぇ……確かにあの日の夜、姫様に聞いていました」

 

「ふむ……筋は通っておるのぅ」

 

 まぞっほはマリンに確認を取ると、一応納得したのか口を閉ざしてチョビ髭を弄りだした。

 

「では、貴様が知るのは大魔王バーンと私の事だけという事か?」

 

 瞳を閉じて腕を組んだバランが簡潔に問うてくる。

 

「そうなるな……だが、俺の知る世界だとアンタは魔王軍と闘っちゃいねぇ……せっかく″あの日″助けたんだ……アンタが最強の騎士の一族だとしても、バーン相手に単身で挑む無謀は止めてくれよ?」

 

 正確な情報は伝えずに釘を差しておく。

 

「フ……その様な無謀な真似はせんよ」

 

 いや、原作だと単身で突っ込もうとしたくせにっ……とは言えない。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! その……でろりんさんが見た世界ならバラン様は居ないんですよね!? じゃぁ人間はどうなってしまうんですかっ? 大魔王は誰が倒すんですか!?」

 

 良い具合に勘違いしたノヴァの言葉で室内が一瞬の静寂に包まれる。

 

「・・・さぁな?」

 

「答えられんのは、答えたくない世界、と言う訳じゃな?」

 

「え? もしかして、負けちゃうの?」

 

 勿体振ってはぐらかすと、まぞっほとずるぼんがおあつらえ向きの答にたどり着いた。

 俺としては詳しい事情は述べたくない。

 かといって余り嘘もつきたくない。

 勝手に誤った解釈をしてくれるなら願ったり叶ったりだ。

 

「さぁな? 既に俺が見た世界とは違うんだ……そんな事はどうだった良いだろ?」

 

「どうでも良くないぞよ……そなたの話が本当なら、いや、妾には解るのじゃ……そなたは嘘を付いてはおらぬ、だから御父様……この者に詫びてはくれませぬか?」

 

「はぁ!? バランに詫びられる理由がねぇっ! 断固拒否する!! 大体、嘘が解るってなんだ? エスパーか? エスパーなのか!?」

 

 バランに詫びないとイケないのはダイを拉致した俺である。

 ディアナを見るに、ダイが王宮で育たなくて良かった……一人称が″余″のダイなんか見たくない。

 心の底からそう思えてならないが、こんなモノは俺にしか通用しない自己弁護でしかない。

 

「驚く事ではないぞよ。妾は嘘にまみれた王宮で暮らしておるのじゃ。正贋を見抜く眼は自然と身に付くというものじゃ……欲を隠した悪しき者の進言であっても、進言が正しいなら使うのじゃ。それが王の勤めぞよ」

 

 八歳でコレか。

 俺が八歳の頃と言えば、世間の裏になんの疑問も抱かずサンタクロースを信じてた。

 世界や立場が違うと言えど、立派というより憐れにさえ見える。

 

「ふんっ……可哀想なガキだな」

 

「妾は可哀想でもガキでもないぞよ!」

 

 ムキになって否定するディアナは本心からそう思ってそうだ。

 

 やれやれだ……バランも子供は子供と教えてやれば良いのによ?

 

「良いか? 王とは個にして全! 即ち、個人で有りながら王……言い替えるならディアナは姫にして子供ってこった。王にだって個人的感情はある。つまり王とは個人の感情と全体の感情の二つを併せ持てる人物の事だ。そう言った意味では国の為に個人の感情を殺せるアルキード王は立派な王だ」

 

「そなたっ、爺様を恨んでおらぬのか!?」

 

 黒い瞳を大きく見開いたディアナが驚いている。

 

 食い付くトコそっち!?

 前世の漫画知識を元に王様論を語ってみたが、本物の王族の心には響かないらしい。

 

「それとコレとは話が違う。アルキード王に思う所は無くもないが、王としては正しかった……そう思うぜ? お陰様で人類の英雄となったバランが魔王軍相手に暴れてくれる。その分俺は楽が出来るって寸法だ。 これぞでろりん流奥義! リューイ・ハイシャック拳だ、ハッハッハ」

 

 高笑いする俺に二人を除いた一堂が″シラーッ″とした目を向けてくる。

 

「まぁ、あなた……責任重大ですね?」

 

 その内の一人、微笑みを絶やさないソアラ……おっとりしている様で、見透かした上でおっとりを演じている様に見える。

 俺の苦手なタイプだ。

 因みに、シラーッとしないもう一人は、ひたすらに喰い続けるへろへろだ。

 

「無論だ……私はディーノの分までお前達を護ってみせる」

 

 ディーノ……ダイの事は忘れていないらしい……って当たり前か。

 

 って、まてよ?

 

 ディアナはダイが居ないせいで王になる運命を背負い、過酷に生き抜ける様に厳しく教育されているのか?

 

 だとしたら、ディアナがこうなのは俺のせいと言えるのか?

 

 ・・・よしっ。

 

 逃げよう。

 

 触らぬ神に祟りなし。

 ダイの話題が出ない内にとんずらするに限る。

 

「さぁ、飯も喰ったし帰るぞ」

 

 テーブルに両手を突いた俺は″ガタッ″と椅子を鳴らして席を立つ。

 

「なぬっ!? もう帰るのかえ? 泊まっていけば良かろう。部屋なら沢山あるぞよ」

 

「却下だ却下。俺はお前と違って忙しいんだよ」

 

「忙しいってアンタ、こんな時間から何処行くのよ?」

 

「そうですよ! それにまだ話は終わってませんよ!」

 

「話って?」

 

 

「アバン様の事ですっ! 本当にアバン様はお亡くなりになったのですか!?」

 

 出来る男ノヴァは見逃してくれないらしい。

 

「何っ? アバン殿が?」

 

「あぁ、それ、な? アバンは生きている。俺は今からアバンに会いに行くのさ」

 

「それって……どうゆうこと?」

 

「簡単な話だ。アバンはハドラーとの闘いでメガンテを使って吹き飛んだ……アイテムのお陰で五体満足のままでな? それを遠目から見ていた俺は、ハドラーが撤退した後でアバンを捜索して助けたって訳さ。海洋に浮かぶアバンを探すのに手間取って見つけ出した時には日が暮れていた……俺は、マリンが心配でアルキードに戻ってきただけで、ホントは暢気に飯なんか喰ってる場合じゃないんだよ」

 

「嘘っ!?」

 

「嘘じゃな」

 

「はぁ? 嘘じゃねーしっ……全っく好き放題言いやがって……判ってると思うがアバンの事も俺の事も他言無用だぞ! 下手に吹聴されたら俺もアバンも殺される……アバンなんか実際に殺された様なモンなんだからなっ」

 

「ふーん? アンタが良いなら私は良いわ」

 

「俺はリーダーに付いていくだけだっ」

 

「ふむ……聞きたいことは山程あるがの……お主が口を閉ざすなら、これ以上聞かぬ方が良いのかの?」

 

「あぁ……今まで黙ってて悪かったな? 下手に話してアバンの様に狙われるのが怖かったんだ……結果的に俺は魔王軍から目を付けられているが、10年前に話してたらこんなもんじゃ済んでねぇよ。ホントは今でもお前達を巻き込みたく無いんだ……俺は、村を出たあの日、ずるぼんを護ると誓ったんだ。だが、現実はお前達の力をアテにさせてもらってる……情けない話だろ?」

 

「うぷぷ……語るに堕ちたとはこの事ぞよっ」

 

 綺麗に締めようと演説ぶった俺であったが、何故かディアナが口元を抑えて笑いを堪えている。

 

「あん? 何がおかしい?」

 

「話を聞くに、そなたは幼き頃から頑張っておったのであろう? ならば妾が頑張るのも変では無いのぞよ」

 

「はんっ、そんな事か……良いか? 俺は良い! お前はダメだっ」

 

「な、なんじゃそれは!? 道理が通っておらぬではないか!」

 

「ハッハッハ! 神託を授かった俺は規格外なんだよっ。俺に道理は通じねぇ。・・・まぁ、そんな訳で俺達は行くぜ?」

 

 

 ディアナを適当にあしらった俺は、バランを向いて退席の許可を求める。

 

「ふむ……腑に落ちん事も残るが、姉馬鹿である貴様がそこなおなごを危険に晒すとも思えぬ、」

「誰が姉馬鹿だっ! 家族を護るのは当然だ!」

 

「同感だな……それ故に私は貴様を信じよう」

 

「お、おぅ?」

 

「ちょっ、ちょっと待って下さい! ゴールドドロップの問題はどうするんですかっ!? 勝手に家族馬鹿同士で纏まらないで下さいよ!」

 

「む……そうであったな」

 

「誰が家族馬鹿だっ」

 

「お主等2人じゃな」

 

 茶を啜るまぞっほの呟きに一堂が頷いている。

 

「バランと一緒にすんなっつーの……俺は明日からパプニカに行く。 ゴールドに関しては適当に頼む」

 

「パプニカですって!? 神託と関係があるの!?」

 

 俯き加減だったマリンが顔を上げる。

 

 何かやる度に″神託、神託″言われたら面倒だな……。

 

「神託は関係ない。 ハドラーから仕入れた情報を元に動くんだ……馬鹿な兄弟子が馬鹿な事をやってるらしいんだ」

 

 ヒュンケルの事はダイ達に任せたかったが、原作よりも危険な感じがプンプンする。

 俺とアバンで確実に味方に引き入れる必要があるだろう。

 

 

 こうして、パプニカ行きを宣言した俺は、アルキードを後にするとロモスを経由してアバンの元へと向かうのだった。

 








漢字で書くと、竜威拝借拳。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45

 アルキード城での夕食会と言う名の尋問会を何とか切り抜けた俺は、パーティーメンバーをロモスの宿に残してデルムリン島へと舞い戻った。

 意識を飛ばしてから凡そ12時間、規則正しい寝息を立てたアバンは昨日と変わらない姿で横たわっていた。

 そんなアバンを横目に見ながら、魔法の聖水片手にメドローアの実験を繰り返して待つこと数時間。

 

「んっ・・・ここは?」

 

 東の空が明るくなり始めた頃、アバンが目を覚ました。

 

「漸くお目覚めか……気分はどうだ?」

 

「でろりん、君……? 一体どうしてアナタが?」

 

 上半身を起こしたアバンが頭を押さえながら呟いている。

 流石のアバンでも死の淵から復帰後直ぐには頭が働かないらしい。

 

「無理すんな……″カールの守り″が無ければ死んでたんだ。とりあえず、魔法の聖水でも飲むか? あ、それから一応籠手も返してくれ」

 

 並べておいた聖水をアバンに差し出し、籠手の返却を求める。

 勝手に外しても良かったのだが、身ぐるみ剥いでる様で気が引けた。

 それと、効率的な自己修復を促す為に、デルムリン島に置いておきたかったのも外さなかった理由の一つだ。

 自己修復……こう聞けばまるで金属が増殖して破損箇所を埋めるかの様にイメージしがちだが、実際はそうじゃない。

 武器の命とも言える″宝玉″に籠められた、リリルーラ的な魔法力によって砕けた欠片が集まり、接合するのだ。

 俺の頭だと詳しい事は理解出来ないが、破片が散らばるデルムリン島内に宝玉が有れば、修復がスムーズに行われる気がしてならないのである。

 

「えぇ……頂きます。この籠手とでろりん君には命を助けて頂きましたが……申し訳ありません、砕けてしまいました」

 

 魔法の聖水と交換するように、砕けた破片がくっ付いたハリボテの様な籠手を受け取った。

 同じ様に砕けた左の籠手に比べて、幾分か修復速度が速いように見える。

 

「別に良いさ……道具でアバンの命が助かったなら安いもんだ。命は金で買えねぇからな?」

 

 受け取った籠手を装着すると、手の内側にある宝玉を確認する。

 

 大丈夫だ。

 

 外側の損傷は激しいものの内側には目立った傷もなく、要となる宝玉は静かに輝いている。

 これなら放っておいてもその内に修復するだろう。

 

「しかし、御借りした物を万全な状態で御返し出来なかったからには、弁済するのが筋になります」

 

「その必要は無い。放っておけばその内に治る」

 

 と言うか弁済するなら最低100万Gは必要なんだけど、アバンって実は金持ちなのか?

 

「おや? 自己修復機能まで備わってましたか……その強度、使い勝手、魔法耐性、どれをとっても伝説の武具にも劣らない逸品でしょう。ハドラーの超魔爆炎覇に耐えられたのは″炎と剣撃による同時攻撃″という特性を産み出す炎をこの籠手で弾けたからに他なりません」

 

 成る程……流石にアバンだ。

 ただヤられていたダケじゃなく、キッチリとハドラーの技を見極めていたらしい。

 

 ん? 待てよ?

 

 ハドラーの超魔爆炎爆は、魔炎気と呼ばれる炎を操って武器に纏わせる事で破壊力を増している……その炎が籠手で弾けるなら魔炎気は魔法力で生成されている事になる。

 そうだとすれば、俺に出来なくもないのか?

 

 ……要研究だな。

 

「そりゃそうだろ。コレを創ったのは歴史に名を遺すであろう″魔界の名工″だぜ。この籠手も時が経てば伝説の武具になるさ」

 

「魔界の名工ですか? その様な方と如何にして知己を得たのでしょうか?」 

「そういう腹の探り合いはもう無しだ……順番に説明するから聖水でも飲みながら聞いてくれ。 先ずここは、デルムリン島北部に位置する島の住民も滅多に寄り付かない岩礁地帯だ。予定通りメガンテで吹き飛んだアンタを、俺が保護して匿ったんだ」

 

 ヒムやアルビナスの発言や原作を元に考えれば、アバンが死んだと誤認されているのは間違いない。

 アバンに隠す理由は最早なく、このタイミング、この場所ならば魔王軍にバレる心配もないし話すべきだろう。

 

「予定通り、ですか?」

 

「あぁ、御察しの通り俺は未来を知っていた……と言っても未来を知る俺が色々やり過ぎたせいで様々な変化が現れてるけどな? とりあえず、アンタを倒したハドラーはもっと弱かったし、アルキードは消滅していた」

 

「なるほど……タイムパラドックスですか」

 

「そうだ・・ナンダッテ!?」

 

 アバンの口から飛び出た思いがけない単語に、すっとんきょうな声を上げてしまう。

 

 タイムパラドックス……過去を変えた結果未来が変わる、的な概念のハズだ。

 中世程度のこの世界には存在しない概念のハズだが……?

 

「おや? 流石のでろりん君もご存知ありませんか?」

 

「え……? あぁ、そ、そうだな」

 

「おっほん・・・これは我が家に伝わる考え方で確証はありませんが、世界とは様々な可能性を秘めたモノであり、些細な事で枝分かれているのです! あなたが見たという世界が在るように、私が魔王ハドラーに敗れた世界、なんていうのも存在しているかも知れません。我が家ではこれを似て非なる世界、平行世界、パラレルワールドと呼んでいましたが、証明することは出来ないでいました。しかし、でろりん君のお話が真実であるなら何よりの証明になります」

 

 俺が見せた困惑の表情を″知らない″と受け取ったアバンが、ドヤ顔で解説している。

 

「お、おぅ…?」

 

 驚きを隠せない俺は、間抜けな返事をするしか出来ないでいる。

 

 平行世界の概念は知っているが、考え出したのは俺じゃないし、理屈は全然解からない。

 多くの人が暮らす前世ですら詳しく確立させていない理論を、何故アバンの一族は知っている?

 

「まっ、平たく言えばあなたの知識が役に立たないこともある、と理解は出来たと言うことです」

 

 満足したのかニンマリ笑ったアバンは噛み砕いた言葉で締め括る。

 

 大魔王が警戒するのがよく解った気がする……多岐に渡る才能をみせるアバンの本質は大勇者と云うより大学者。

 前世で例えるならダ・ヴィンチみたいな人なんじゃないだろうか?

 アバンは特別……作中のポップがアバンを指してこう評していたし、俺もそう思うようにしよう。

 

「そ、そうか……話が早くて助かる。察しの通り意味の無くなった事もあるが、言い訳を兼ねて詳しく話そうと思っている」

 

 気を取り直した俺は、話を進める事にする。

 

「言い訳、ですか?」

 

「主にダイについてだ……俺が見た世界で大魔王を倒すのはダイだ。バランでもアバンでもなく、俺やマトリフでもなく″成長したダイ″が倒すんだ……何の証拠もない戯言にしか聞こえないだろうが、これが俺の知る事実だ」

 

「それでアナタはダイ君をこのデルムリン島に連れ去った……という訳ですか?」

 

 感情の籠らない声でアバンが事実確認をしてくる。

 裸眼のアバンの視線は細く鋭いが、気後れする訳にはいかない。

 ここでアバンを説得出来なければ俺の未来に暗雲が立ち込める。

 

「あぁ…そうだっ。どんなに言い繕ってもダイに申し開きが立たないことは判っている。だがっ! それでも俺はっ」

 

「とりあえず、あなたの苦悩は置いておきましょう……先ずは詳しく聞かせてく下さい。あなたの知る世界とやらを」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 ダイ達が旅立つであろう浜辺に移動した俺は、覚えている限りのストーリーと情報、それから俺がしでかしてきた事とその影響を、アバンに話して聞かせるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「そういう事でしたか……でろりん君、あなたは、」

 

 話を聞き終えたアバンは暫く黙って俺をじっと見詰めたかと思うと、徐に口を開いた。

 

「俺の事はどうだって良いんだよっ。 大切なのはこの知識を活かしてどう大魔王に立ち向かうかだ! 差し迫った問題はアンタとヒュンケルっ。其からダイとポップをどうするか、だろ?」

 

 アバンの言葉を遮った俺は、今まさに旅立たんと筏に帆を張るダイを指し示した。

 

「そう、ですか……では、アナタがどう考えているのかお聞かせ願えますか?」

 

「ダイ達はこのまま旅立たせる。アバンは身を隠して″破邪の秘法″を会得しに洞窟行き……いや、違うな。その前に、ヒュンケルとフローラに会う、こうだな」

 

「おや? ヒュンケルはともかくフローラ様の名が出るのは何故でしょうか?」

 

「あん? フローラが待ってるからに決まってんだろ? アンタは尊敬出来る人物だが、この一点ダケはダメダメだぜっ″勇者たるもの女性には優しく″……こう俺に教えたのは誰だ?」

 

「し、しかしですねっ…私とフローラ様は謂わば主従の関係でして……それに、この世界のフローラ様が待っているとも限らないではありませんか?」

 

「カールに関しちゃ俺は何もしていない。フローラは十中八九待ってるぞ?」

 

 十中八九どころか、120%待っている。

 アバンの嫌がる理由は解らないが、このネタを使えば話の主導権は握れそうだ。

 

「こ、この話は後にしましょう! 今は、何より先にヒュンケルですねっ。いやぁ〜、まさかあの子が魔王軍に拐われていたなど露程にも思いませんでした」

 

 アバンは頭を掻いて乾いた笑い声を上げて誤魔化している。

 

「はいはい……んじゃ、とりあえず俺がパプニカに行って様子を探ってくるとして、アバンはどうする?」

 

 原作においてパプニカ壊滅の状況は詳しく描かれておらず、この世界での状況も知らない。

 先ずは情報を集める。

 細かい事はそれから決めれば良いだろう。

 

「私も行きたいのは山々ですが、思うように身体が動きそうもありませんね……偵察はアナタにお任せします」

 

「ま、そりゃそうだろ。なんたって自爆してんだからな……1日2日はゆっくり癒すのが良いさ。オススメはカールの王宮だぜ」

 

「いやぁ〜でろりん君も手厳しいですねぇ……行きたいのは山々なんですが、私は″凍れる時間の秘法″について調べてみたいと思います」

 

「ん? 調べるまでも無いだろ? 日食を利用して時間を停止する呪法じゃないのか?」

 

「その通りです。凍れる時間の秘法は呪法、言い換えるなら呪いです。そして呪いを解く呪文と言えば何でしょうか?」

 

「シャナクだろ? そんな事はガキだって知ってるぞ? それが、どう……あぁ、成る程」

 

 ワンテンポ遅れてアバンの言わんとすることを理解する。

 俺やマトリフでは思い付けなかったアプローチを、即座に考え付くのは学者ならではと言える。

 

「そうです。只のシャナクなら無理でも、破邪の力を最大限に高めたシャナクなら呪いを解く事が出来るかも知れません。凍った時が動き出したなら、大魔王の肉体と言えど″生物″に変わりありません。すなわち!」

 

「閃華裂光拳が効くって訳か……そうなってくると」

 

「えぇ、アナタとマァムの力が重要になってきます。尤も、これは可能性に可能性を重ねた話です。しかし、僅かでも可能性があるならそれに掛けてジタバタするべきだと思いますよ……そんな訳ですから、私はカールの王宮で過ごす事が出来ないのですっ」

 

「結局、それかよっ!?」

 

 オチを付けてくる辺りがユーモアを大事にするアバンらしいと言えばらしいが、カール王宮行きをそこまで嫌がる理由はなんだ?

 

「優先すべきは大魔王です……違いますか?」

 

 後ろ手を組んだアバンが″エッヘン″と真面目な顔して胸を張っている。

 

 どうやらアバンは屁理屈も一流らしい。

 

「へいへい……まぁ、チートを解除して裂光拳を喰らわせるのは悪くない。そうなってくると、マァムをどれだけ早く武闘家に転職させるかだが……」

 

「えぇ……アナタの知る世界でマァムが劇的な成長を遂げたのは、一重に″仲間の為に強くなりたい″その決意のお陰でしょう。私やでろりん君がいくら薦めても、マァム自身が本気で取り組まない限り、劇的な成長は難しいでしょうね」

 

 それに転職を勧めるにしても人選に困る。

 アバンの生存は明かせないし、俺とマァムには面識がない。

 自慢じゃないが、初対面でマァムと良好な関係を築けない自信がある。

 俺と初対面から仲良くしてくれたのは、まぞっほとへろへろだけだからなっ。

 

「そうだな……まぁ、まだ時間はある。マァムやポップ、ダイも含めて成長を見守りながらやってくしかないか?」

 

「そうなりますね。しかし、肝心のダイ君ですが二つ目の紋章はどうするつもりで? まさかとは思いますがバラン殿が犠牲になるのを黙って見ているつもりでしょうか?」

 

「それこそ、″まさか″だぜ。紋章はマザードラゴンに継承させれば良いし、マザードラゴンは″神の涙″で呼べば良い。与える紋章はバランよりもディアナだな……昨日会ってみたがアレは間違い無しにダイの妹で、バランの娘だ。紋章を隠し持っている公算は大きい……″闘いの遺伝子″が引き継がれないのは難点になるが、バランの力を維持できるメリットは大きいだろ? 大魔王さえ倒せばダイにも未来が待っているんだ……バランを死なせてどうするってんだ」

 

 ディアナに紋章が無いならその時はバランからダイでも、ダイからバランでも良いだろう。

 こっちには究極のチートアイテム″神の涙″が有るんだ。

 叶わない願いでは無いハズだ。

 

「アナタはそこまでダイ君の事を……」

 

「あぁ、買っているさ。全ては大魔王を倒す為だ」

 

「そうですか……解りました。しかし、全てが終わった暁にはアナタの事は話させていただきます」

 

「ふんっ、好きにしな……地上が残るなら何処に逃げたって生きていけるぜっ」

 

「困った子ですね……アナタは自分のした事をどう考えているのですか?」

 

「説教は要らない……言ったろ? 俺の事はどうでも良いんだ……生きてるだけで丸儲け、その道を閉ざす大魔王を倒した後の事は後で考える!」

 

「そうですか……ではブリバリ頑張って大魔王を倒すとしましょう。違う世界の私達に出来たのなら、この世界の私達も、きっと倒せるはずですから」

 

 ″カンラカンラ″と笑ったアバンがピースサインを向けてくる。

 

 不思議なモノで、アバンにこう言われれば、原作と大きく方法が異なるけれど勝てそうな気がする。

 

 ポップに頼ったメドローアによる不意討ち。

 それがダメならマァムに頼った閃華裂光拳。

 それでもダメなら、ダイに頼った正攻法の三段構えの作戦だ。

 

「だな……お? ダイ達も出発するみたいだ・・・ホントに付いて行かなくて大丈夫なのか?」

 

 準備された筏にダイとポップが乗り込んだ。

 

「アナタも過保護な人ですねぇ。大魔王を倒すのが成長したダイ君ならば、時には心を鬼にして見守る事も必要ですよ。酷いようですが、闘いの中でしか身に付かない事も又、多いのです。二人の成長を信じましょう……あの二人ならきっとやってくれますよ」

 

「そう、だな……」

 

 こうして俺は、ダイとポップの旅立ちを見送ると、アバンと合流の方法を念入りに打ち合わせると、ロモスを経由して、パプニカへ向かうのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46

 ロモスを経由した俺はパプニカ城下の南に位置する港町へとやって来た。

 多少キメラの翼が勿体無く思うが、足取りをボカス為にも必要な事だろう。

 

 風光明媚で名高いパプニカの港は、十数年前に訪れた時と変わらぬ姿を保っている。

 

 街中をプラプラと歩く。

 

 街行く人は忙しなく動いており、活気に溢れている様に見える。

 この街が無事だと云うことは、パプニカはまだまだ大丈夫……と云うことになるが、計算が合わない。

 原作を参考にすれば、魔王軍侵攻4日目ともなればパプニカは半壊していてもおかしくない。

 これ程平穏なのは何故なんだろう?

 ハドラーの情報を参考にすれば、不死の軍団はともかく、原作よりも強そうなヒュンケル個人を止める術は無いように思える。

 アポロ達が予想に反して奮戦しているのだろうか?

 

 まぁ、平穏なのは喜ばしい事だしケチを付ける事でもない。

 ヒュンケルが何を考えて手を抜いているのか知らないが、こっちは″魂の貝殻″の在処を知っている。

 ヒュンケルの所在さえ判明すれば、貝殻を使って誤解を解くのは簡単であり、実にイージーなミッションと言えるだろう。

 

 原作において責任感の塊のようだったヒュンケルにならダイ達を安心して任せられる……そうなれば俺は世界樹防衛に回るだけでなく、色々と身動きが取りやすくなる。

 ヒュンケルを早い段階で味方に引き込めれば、パプニカは滅びず、魔王軍の戦力は減り、ダイ達の安全性も高まる……正に一石三鳥の効果が見込まれるのだ。

 

 原作を大きく変える事になるが、打たない訳にはいかない一手となる。

 

『ぐぅ〜〜ぅ』

 

 大通りを歩き今後の皮算用をしていると、旨そうな匂いに釣られてお腹が鳴った。

 回復呪文さえ受ければ動く分には支障はないが、やはり腹は減るし夜ともなれば眠気も襲う。

 夜通し起きている俺は、眠気もあるし腹も減っている……にもかかわらず、回復呪文のお陰で不思議と元気だ。

 

 回復呪文と食事と睡眠……これ等の関係を理論立てて研究してみるのも面白いかもしれない。

 

「よぉ、兄ちゃん! 落武者か? サービスしてやるから喰ってきなっ」

 

 腹の音を聞かれたのか、串焼きを売るオヤジがデカイ声で売り込んでくる。

 

 俺の装備は砕けた籠手に焼けたコスプレ勇者服。

 何本かの剣を腰に差してはいるモノの、落武者に見えなくもない。

 黄金の甲羅を背負っていれば違った評価を得られたのかもしれないが、今日のところは単なる偵察だ。

 無理に甲羅を装備して完全修復が延びてしまえば、先々が厳しくなるのは目に見えている。

 

「貰おう」

 

 10Gを取り出して親父に手渡す。

 

「あいよっ、毎度あり!」

 

 大量の串焼きが乗せられた木の皿を受けとる。

 

 約千円で買える量を遥かに越えたサービス精神には頭が下がるも、二本で良いから釣りをくれ。

 そうと言えない俺は、露店の前に置かれた木のテーブルに腰を落として串焼きにかぶり付いた。

 

 うん、旨い。

 

 何の肉か気になるところだが、そんな事は気にしたら負けだ。

 

「オヤジ、この街が活気に溢れているのは何故だ? 魔王軍は襲ってこないのか?」

 

 二本目の串にかぶり付いた俺は、別の気になっていた事をオヤジに問う。

 のんびりしている暇は無いが、腹ごしらえと情報収集も大切な事だ。

 

「兄ちゃんはどっから来たんだ? アルキードか?」

 

「そうだ」

 

 三本目の串にかぶり付いた俺は短く答える。

 

 落武者と言えばアルキード……そう結び付けられる程度の情報は世に出回っているのだろう。

 何処の世界でも人の噂は千里を駆ける……俺の噂が広がらなければ良いんだが、物凄く心配だ。

 夕食会で打ち明けたのは失敗だったかもしれない。

 

「アルキードは大変なんだってな? もう一本サービスしてやろうか?」

 

「サービスは良いからパプニカの状況を教えてくれ」

 

「お、そうかい? なら耳の穴かっぽじってよーく聞きな」

 

 何がおかしいのか″ガハハ″と笑ったオヤジはパプニカの近況を語り始めた。

 

 

◇◇

 

 

「なるほど、そういう事か……」

 

 話を聞き串焼きを食い終えた俺は、疑問で一杯の内心を隠して大きく頷いてみせた。

 

 オヤジよると、夜明けと共に地底魔城から現れる不死の軍団は日没と共に消える……これは、大魔王の方針に沿った戦略だろう。

 

 しかし″軍″の行軍速度は遅く、この大陸の北に位置する地底魔城から、南端に位置する港町にまで日中だけで到達するには、少々距離が在りすぎる。

 前世で例えるなら四国の瀬戸内海側から太平洋側へと、乗り物に頼らず移動する様なモノである。

 おまけにアポロ達魔法兵団が、山間に柵を巡らせてその進軍を妨げており、侵攻が始まっての3日で不死騎団の群は元より、骸骨一匹この港町には現れていないそうだ。

 初日こそ奇襲を受けたパプニカ城下も同じ様な状況で、城下を離れて町外れの平野に陣を敷くエイミの活躍もあって、戦禍を免れているらしい。

 

 ″太陽の下で闘う″……格好よく聞こえたヒムの言葉であったが、日中しか戦わない事で不死騎団は毎回行軍の手間がかかり、パプニカ勢は余裕を持って迎撃に当たれているそうだ。

 

 考えてみれば大魔王らしからぬ、なんとも間の抜けた戦略である……だからこそ、疑問符が付くのだ。

 大魔王ともあろう者が何の考えも無しに、この様な愚かな真似をするのだろうか?

 この状況でも、大魔王の目的の一つである″強者の炙り出し″は果たされていると言えるが、非効率的に思えてならない……一体、大魔王の目的は何なんだ?

 

 疑問符はまだある。

 

 オヤジの話を聞く限り、こんな戦術では一年かけてもパプニカは壊滅しない。

 原作とあまりにも違いすぎるのだ……一体、何が原因でこうなった?

 歴史というモノは、俺一人の影響でこうまで変わるモノなのだろうか?

 

 それに、世界樹の事も気になる。

 パプニカと違い早朝から迫る魔王軍の侵攻を考えれば、アルキード国内の世界樹に程近い場所に前線拠点が在るということになる……早急に場所を突き止め潰すべきだろうか?

 

 ・・

 ・・・

 

 いや、大丈夫だ。

 

 ヒュンケルを味方にすれば、魔王軍の内情を詳しく知ることも出来る。

 個人の独り善がりで物事を決めて良い段階はとっくの昔に過ぎているし、自慢じゃないが、俺は戦術眼に長けていない自信がある。

 どうするのが最善か、アバン達の知恵を借りて決めるのが良いだろう。

 

 今はとにかく、ヒュンケルに会い誤解を解くのが先決だ。

 

「浮かない顔してどうした、兄ちゃん? 魔王軍が怖いならこの町で暮らすのも有りだぜ! 魔王なんてのはその内誰かが倒してくれるぜっ、ガッハッハ」

 

 考え込む俺を励まそうとしているのか、オヤジは悪意なく無責任な事を言っている。

 

 誰かが倒す……これが普通の感覚なのかも知れないが、俺は今更後には引けない。

 

「ふん……そんな希望にすがって隠れる位なら始めから何もしない・・・串焼き旨かった、また来る」

 

 空になった皿をオヤジに返した俺は、その場でゆっくり浮き上がり、驚愕の声を上げるオヤジに一瞥もくれず、アポロを探して北へと飛ぶのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 小麦畑を下に見ながら北を目指して暫く飛ぶと、大型の盾を構えた魔法兵の群れを発見する。

 

 平野という地形から考えてエイミの率いる一団だろうか?

 上空を旋回しながらエイミの姿を探す。

 

「そこを飛ぶ者! 降りてきなさい! 来ないなら攻撃を仕掛けます!!」

 

 木製の物見台とも矢倉とも言える建築物の上に立つ女、エイミからの警告が発せられる。

 それだけでなく、いつの間にか兵士達が周囲を囲む様に並び、弓矢を上空に向けて構えている。

 

 正直、弓矢はあまり怖くないが、統率の取れたその動きには目を見張るものがある。

 これが″軍″と云うものか?

 個の力が強すぎるこの世界において、群の力を見くびっていたが認識を改める必要が有りそうだ。

 

「ま、待てよっ、エイミ、俺だ! でろりんだ!」

 

 慌てて両手を上げて声を張り上げた俺は、エイミの立つ矢倉に向かってゆっくりと降下する。

 

「でろりんですって? よく顔を出せるわね?」

 

 昔からエイミとソリが合わないのは、一重に俺の嘘が原因だろう。

 ソリは合わないが、無駄に浮いて魔法力を消費させるのも馬鹿馬鹿しい。

 露骨に顔をしかめ嫌そうなエイミの収まる矢倉の上に降り立った。

 

 パプニカ三賢者が一人″エイミ″……黒い髪を伸ばした美人にして、マリンの妹。

 原作ではヒュンケルへ一途な想いを貫いた熱い女……後は気球の操作を得意としている。

 

 とりあえず、相変わらずのミニスカートはどうにかならないのか?

 立ってみて判ったが、遠くまで見通せるこの矢倉は結構な高さがある……そして、エイミはトベルーラが使えない!

 つまり、エイミがこの場に立つ為には梯子を昇る必要があり、下から覗けば丸見えなのは疑う余地がないのである!!

 

 ……って、どうでも良いか。

 

「おぅ、俺は過去を省みない男だからな?」

 

「呆れた……アナタの事だから姫様を襲ったのも嘘だと思ってたけど、もう少し反省の態度を取って貰いたいモノね?」

 

 頬に手を当て小首を傾げ呆れ顔のエイミ。

 その服装だけでなく、仕草までマリンと似ているのは、姉妹故だろう。

 

「いや、嘘じゃねーだろ? 実際襲ったのに違いは無いぞ」

 

 エイミと対角線状に向かい合った俺は、ふてぶてしく腕を組む。

 姫様暗殺未遂犯として追われるのも厄介だが、嘘と断定されればそれはそれで厄介なのだ。

 嘘には理由がある。

 理由を追及されてダイの事を話す位なら犯罪者扱いの方がマシである。

 

「ハァ……皆っ、この人は大丈夫です! 持ち場に戻って下さい!!」

 

 小さく溜め息を吐き木製のヘリに手を突いたエイミが、矢倉の下に向かって大声で指示を与える。

 俺達の様子を伺い上を見ていた兵士達が、蜘蛛の子散らす様に走り去る。

 

「無視かよっ」

 

「呆れているのよ……それで? 姉さんを連れ去ったアナタが一人で何の用かしら? 私はこれでも忙しいからアナタに構っている暇なんか無いのよ」

 

「人聞き悪いぞ。アレはマリンが勝手に付いてきたんだ」

 

「ハァ・・・前から思ってたんだけど……アナタ、馬鹿なの?」

 

 コメカミに手を当て首を振ったエイミが、大きな溜め息を吐いてしみじみと失礼な事を言っている。

 

「はぁ!? マリンは金が入り用だからアルキードに来たんだろうがっ」

 

「その原因はアナタじゃない? 姉さんを泣かせたりしてないでしょうね?」

 

「え……? あ、うん。多分、俺は泣かせてない、ってかマリンから何も聞いてないのか?」

 

「何の事かしら? まさかっ、何かしたんじゃないでしょうね?」

 

 

 ″ハッ″としたエイミがジロリと睨んでくる。

 

「やってねーよっ! それよりアポロは何処だ? 山間部か?」

 

 マリンは泣いたがアレは断じて俺のせいじゃない。

 神託に関する報告も上がっていないなら、これ以上無駄話をする意味は無さそうだ。

 

「アポロは・・・治療中よ」

 

 消え入りそうな声で呟いたエイミが下を向いて顔を背ける。

 

「は? ベホマをかければ良いだろ? レオナなら使えるハズだ」

 

「どうしてソレを知ってるのかこの際置いておきますけど、アナタに言われないでもベホマは姫様がかけていますっ! ……でも、効果が無いのよ」

 

「効果が無いって・・・暗黒闘気か!? まさかっ、アポロをヤったのは銀髪のイケすかない剣士か!?」

 

 回復呪文が利かない理由は主に二つある。

 一つは暗黒闘気や竜闘気といった、特殊な闘気によるダメージを受けた場合。

 もう一つは、致命傷を受けて生命力が残されていない場合だが、治療中ということを合わせて考えればこの可能性は低いだろう。 

 パプニカ攻略担当は不死騎団、そしてその団長たるヒュンケルは剣士であると同時に暗黒闘気の使い手でもある……つまり、アポロをヤったのはヒュンケルという可能性が高い。

 

「違うわ……黒髪の、哀しそうな眼をした剣士よ」

 

「は……? 誰だよ、それ」

 

 エイミによる予想外の否定の言葉で、俺の思考は一瞬停止するのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47

「は……? 誰だよ、それ」

 

「そんなの私が知りたいわよ!」

 

「俺はもっと知りたいんだけどな? 名前とか聞いてないか?」

 

「な、名前? そんなの聞いてないわよっ。でも、不死騎団の団長とか言ってたわね……も、もしかしてでろりんの知り合いかしら?」

 

 エイミはモジモジしたかと思うと目を輝かせた。

 

 まさかと思うが既に惚れているのか?

 原作で相性の良かった組み合わせは、この世界でも相性が良いのは解ってる……俺とまぞっほやへろへろしかり、ダイとレオナやポップしかりだ。

 エイミが惚れる不死騎団の団長とくれば、ヒュンケルとみて良いだろう。

 黒髪の剣士がヒュンケルだとすれば、暗黒闘気が髪色に影響を与えたと考えられるが……哀しい眼ってなんなんだ?

 闇堕ちしながら正気も保っているのだろうか?

 

 ・・・

 

 よしっ、考えるより会う方が早い。

 公式チートのヒュンケルなら、矛盾しててもおかしくない。

 言葉さえ通じればなんとかなるし、予定通り地底魔城に行くとしよう。

 

「知り合いってか、関係者の可能性があるんだ……俺はソイツを探しに地底魔城に行くつもりだが、エイミはどうする?」

 

「えっ? 私は……」

 

『敵襲ーっ!! 皆の者、配置につけぇ!!』

 

 野太い声が平野に響き渡ると、武具を手にキビキビと整列した兵士達が、太陽を背にして北を向いて身構える。

 

 タイミングが良いのか悪いのか、北方向から不死騎団が現れた様だ。

 

「いけないっ……少し待ってくれるかしら?」

 

「ん? あぁ、別に良いけど、俺は待ってれば良いのか?」

 

「そうよっ、重装歩兵はそのまま前進!! 魔法兵、弓兵は側面の高台に周り込んで下さい!!」

 

 矢倉の上から身を乗り出したエイミが大声で指示を出すと、それに合わせて人の群が動き始める。

 

 盾を構えて横並びになった兵の前進する様は、壁が移動しているかの様であり、比較的軽装な兵達は軽やかに走り、僅かに隆起した丘の上へと移動する。

 

「エイミは行かないのか?」

 

「私は数で押せない敵が現れた時に備えているのよ。でろりんもそうでしょ?」

 

 本物の強者には、強者でしか対抗出来ない。

 それがこの世界の理不尽な基本ルールであり、これを覆すにはそれ相応の数が必要になってくるが、数が有限な人類サイドではこの手は打てない。

 故に、弱者には弱者をぶつけ、強者には強者をぶつけるのが犠牲を少なくする基本的な戦術となる。

 その一方で、弱者に強者をぶつけて数を減らすのが容易いのも又事実であり、上手くいけば被害0で大打撃を与えられる。

 しかし、弱った強者に強者をぶつけられては、一気に形勢が悪くなるリスクがあったりなかったりで、色々と難しい。

 

 つまり、何を言いたいかというと、絶対強者のバランを数で押さえ込むなんてのは、大魔王ならではの異常な戦術ということだ。

 

「一理有るな……だが、この戦術では犠牲者が出るぞ? 人の命は替えが利かない……解っているのか?」

 

「でろりんって、意外に甘いのね? 戦争してるんだから犠牲は覚悟の上よ……私も、皆も!」

 

「ふーん……甘かったエイミも昔の話か」

 

 そうこう言っている内に、不死騎団の先鋒と思われる骸骨剣士の集団が姿を見せ、盾を構えた重装歩兵の″壁″にぶつかった。

 

「魔法兵、今よ!!」

 

 エイミの合図で高台へと移動した魔法兵が一斉にメラミを唱えた!

 幾つもの火球が飛んでいくと、重装歩兵によって行軍を遮られた骸骨の群が炎に包まれる。

 

「弓兵、構えっ! ・・・放て!!」

 

 魔法兵と入れ替わる様に前に出た弓兵が、狙いも定めず矢を放つ。

 放物線を描いた矢が骸骨剣士の頭上から降り注ぐ。

 

「へぇ……こんな戦い方もあるんだな」

 

 地の利と数を活かし、更には敵の弱点を突いた実に効果的な戦術に思える。

 エイミの号令で一糸乱れぬ動きをみせる兵士達は、集団でありながら″一個″である……そんな印象だ。

 

 その一方で、不死騎団がこんな進軍を続ける理由がサッパリ分からない。

 パプニカ勢の攻撃が面白いように決まる最大の理由は、無策で突っ込む不死騎団にこそあるだろう。

 ここから観る限り、指揮官らしき人物も見当たらず、これでは丸で″倒してくれ″と言っている様じゃないか。

 不死騎団は、いや、ヒュンケルは一体何をしたいんだ?

 

「一列目、後退!! 二列目、前進!! ・・・アルキードは違うの?」

 

 次々と指示を出すエイミが振り返らずに、小声で話し掛けてくる。

 

「アルキードは世界樹を護る関係上、戦場を選べないからな……世界樹の根が邪魔で組織的な行動も取れないし、迫る数も桁違いだし、空にもガストが配置されてるしで……まぁ、パーティー単位を基本にヤるしかないじゃないか? 難しい事は解らねぇよ」

 

「そう……噂通り大変な様ね……ってそんな所に姉さんを置いてきたの!?」

 

「マリンも大事だけど、馬鹿な兄弟子をほっとくと色々厄介なんだよ」

 

「え…? 兄弟子って、あの人の事かしら?」

 

 振り替えって確認してくるエイミの顔が仄かに紅いのは、戦闘指揮の緊張のせいだと思いたい。

 

「まぁ、そんな感じだ……よしっ、見てるだけってのは性に合わねぇし、マリンの分まで俺が闘ってやるよ!」

 

 詳しく話す気も無い俺は、矢倉のヘリに立つと戦闘参加を宣言する。

 

 この戦場はどう見ても俺向きであり、俺が闘えば余計な死者は最小限に抑えられるハズだ。

 

「えっ!? ちょっと待ってよ! でろりんが闘うと色々マズイのよ!」

 

 何故か制止しようとするエイミを振り切った俺は、矢倉から飛び立ち戦場へと向かうのだった。

 

 

◇◇

 

 

「ハッハッハ! いくらでも来いっ! イオラぁ!!」

 

 骸骨剣士の群れ目掛けてイオラをぶん投げる。

 

 ″ドォーン″と爆音が鳴り響き、″チャリンチャリン、チャリーン″とゴールドの落ちる音が鳴る。

 

 なんというハメ技。

 

 重装歩兵が盾となる事で知性無き不死騎団の行軍は遮られ、上空を旋回して骸骨の″溜まり場″を見付けてはイオラを放つ。

 たったコレだけで20を超える骸が砕けゴールドを落とす。

 

 安全かつ一方的な何とも俺好みな戦術により、不死騎団は宝の山にしか見えなく成っている。

 

「でろりん! もう良いわっ!! 十分よ!」

 

 戦況を確認しようとエイミの立つ矢倉に近付くと、何故か焦った表情で止めにくる。

 

「ん? 粗方片付いたけどまだ残ってるぞ?」

 

「えぇ、解ってるわよ! でも、後はパプニカの者に任せて頂戴! これ以上アルキードの勇者の手を借りる訳にはいきません!」

 

「はぁ? くだらねぇ事を言ってんじゃねぇよ! お前らは専守防衛、骸骨を逃がさない様に誘導してくれりゃぁ良いんだ! 俺がヤれば誰も死なずに済むだろうがっ!?」

 

「アナタの言いたい事も分かるわ……でも、私達はこんな日に備えて訓練を積んできたのよ! パプニカの民はパプニカの兵が護ります! それが私達の誇りでもあるの」

 

 エイミは真剣な眼差しで宙に浮く俺を見詰める。

 

 負けじと睨み返すも、エイミの瞳は俺の知る女のソレに近いものがある。

 

「ちっ……くだらねぇ……勝手にしなっ」

 

 根負けした俺は軽く両手を上げると、矢倉の上で待つエイミの横に並び立つ。

 

 俺にとってはくだらなくとも、エイミ達にとっては重要なんだろう。

 元より部外者の俺がこれ以上口出ししても、余計な軋轢しか産み出さない。

 

「ありがとう・・・皆さん! 各小隊長の指示に従って各個撃破に当たって下さい!!」

 

 小さく御礼の言葉を述べたエイミは、直後に大きな声で最後になるであろう指示を出す。

 

「ふんっ……お前らは馬鹿だぜ……だけど、誇りだナンだって言う奴には、言うだけ無駄だからな? 馬鹿は勝手に死にやがれ」

 

「えぇ、そうね……馬鹿かも知れないわ。でも、でろりんがアルキードの勇者である以上、私の一存だけで闘ってもらう訳にもいかないのよ」

 

「は? なんだそりゃ?」

 

「なんだ、ってでろりんはアルキードの勇者に成ったんでしょ? アナタが闘えばアルキードに借りが出来るわ」

 

「はぁぁ? 俺は俺だろうがっ、アルキードなんざ関係ねぇ」

 

「ハァ……でろりんは気楽で良いわね? アナタがどう思っていようとも、あのアルキード王が自国の勇者だって喧伝しているのよ? こんなに堂々と闘われたら後で何を言われるか分かったモノじゃないわ」

 

「くだらねぇ……国がどうとか言ってる場合じゃねぇだろ!」

 

「でろりんが国のシガラミに無頓着すぎるのよ……姉さんが世界樹に行くのだって揉めたんだから」

 

「はぁ? マリンは金を稼ぎに来たんだろ?」

 

「それもあるけど、そんな簡単な話じゃないわ。知ってるかしら? 私達はパプニカ三賢者と呼ばれそれなりに責任ある立場なの」

 

「あぁ、そういやそうだな? それがどうした?」

 

 人間の決めた格付けなんか、大魔王相手には何の役にも立たないのが解らないらしい。

 

 そして、大魔王相手に役に立たない格付けなんてモノは、俺にとっても価値がない。

 

「ハァ……どうして分からないの? 姉さんがアルキードに行けば貸しを作れる反面、パプニカは手薄になるのよ? だけど、バラン様の力が本物である以上、魔王を倒した後はアルキードの発言力が増すのは間違いないわ。その辺りの事を考えればどうするのがパプニカの国益に叶うのか……難しい問題だと思わない?」

 

「何を長々言うかと思えば……俺にはくだらねぇ問題だとしか思えないぞ? というか、お前らもしかして、大魔王に勝てるとでも思ってるのか?」

 

 エイミの言う″難しい問題″とは大魔王後に他ならず、それはつまり、国のお偉方は大魔王を簡単に倒せるとでも考えているのだろう。

 原作においても人類が国の垣根を越えて協力したのは中盤以降になってからだし、大魔王ともあろう者が舐められたモノである。

 どうやら、一度滅ぼされないと大魔王の怖さが判らないらしい。

 

「……勝たないといけない戦いだと思っているわ」

 

 俺の苛立ちを察したのか、一瞬考えを巡らせたエイミが模範的な回答を口にする。

 

「つまり、負けると思ってないんだな?」

 

「当たり前よっ、負けると思って戦場に出る人なんていませんっ! もしも命を落としたとしても、それはパプニカの勝利の為の礎になるわっ」

 

 そう言い切るエイミは凛々しく、美しい。

 

 国に仕える者としては、決して間違っていないのだろう。

 ある意味で本気なのも間違いなく、文句を付ける考えでもないのだろう。

 

 だが……。

 

 俺とは相容れない……なんとなく、三賢者と反りが合わなかった理由が判った気がする。

 

 いや、三賢者だけじゃない。

 もしかしたら、価値観の違う俺は他の誰とも合わないのかもしれない。

 

 それでも、俺は……この世界を生き抜く為にヤれるだけの事をヤるしかない。

 

「そうかよ……ま、せいぜい頑張りな。 それで? 俺は地底魔城に行くが、エイミはどうするんだ?」

 

 反りが合おうが合わなかろうが、エイミの協力は必要不可欠だ。

 主に、リレミト的な意味で。

 

「そう、ね……魔王軍も撃退出来たし行くわ。行ってあの人の本心を確かめましょう!」

 

 こうして、不死騎団を片付けた俺達はルーラで地底魔城へと飛ぶのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48

 魔王軍侵攻開始から4日目の午後、俺はエイミのルーラで地底魔城へとやって来ていた。

 キメラの翼で代用可能と言えどルーラはやはり便利であり、アイテムでの代用が効かないリレミトも使えるエイミは今回の探索には欠かせない。

 原作で描かれていた様な不死騎団の雑魚が相手なら負ける気はしないが、地下へ潜るからには何があるか分からない。

 前世とは比べものにならない力を身に付けた自信があっても、道が閉ざされでもしたら窮地に陥るのは変わりないのだ……完璧な退路であるリレミトを用意するのは俺にとって当然であった。

 

 しかし、ここで話をややこしくするのが国の壁。

 俺個人の意思なんてモノはアルキード王の辣腕の前では意味がないらしい。

 俺がアルキードで生まれ育った事実が有る限り、アルキード王はそれを巧みに操り自国の利益へと誘導するそうだ。

 俺にとっては実に愚かでくだらない事だが、最強の騎士バランを抱えるアルキード王にとっては、魔王軍に敗れる等とは考えられず、魔王の侵攻を″世界を従わせるチャンス″と捉えていてもおかしくない。

 

 まぁ、アルキード王の目論見がなんであれ、目論見の中に″大魔王の討伐″が入っているなら放っておいて問題ない。

 国益の為なら実の娘さえ切り捨てるジジイの事だ、遠からず″大魔王手強し″と気付き最善手に切り替えるだろう。

 気付かないなら、城でも占拠して個人の力を見せ付けた上で「魔王軍は俺より強い」とでも言ってやれば良い。

 色々と煩わしいが、今回の偵察は俺の強欲の評判と、装備が破損した事を理由に″俺が伝説の武具を求めて地底魔城へ潜り、エイミは協力者兼監視者″との体裁を取る事で丸く収まるらしい。

 

 そんなこんなで地底魔城にやって来るまでは面倒であったが、探索を開始してからは概ね順調だ。

 特に強敵と言える様なモンスターも現れず、道もほぼ正確に覚えており、とりあえずの目的地である″王の間″を目指して進んだところ、不死騎団の誘導にハマっている。

 

 その道すがら、エイミからヒュンケルっぽい人物との遭遇話も聞けた。

 エイミの話を簡単に纏めると、アポロの窮地に駆け付け身を呈して庇ったエイミを、黒いヒュンケルが見逃した、らしい。 その際の黒いヒュンケルの発言を纏めると、

 

『敵であっても女は殺さない……貴様等もこれで判っただろう! 大魔王に刃向かう事の愚かしさを!! 俺達の様な悲劇を産み出さない為にも、大魔王の手で統治されるのが一番なのだ!!』

 

 と微妙に意味の解らない事をほざいて去っていた様だ。

 

 女を殺さない……コレは原作通り、大魔王に様付けしないのも、まぁ原作通りと言えば原作通りだ。

 問題は、″俺達″と″統治″のくだりだ。

 悲劇は言うまでもなく少年ヒュンケルの結末……しかし″俺達″となればもう一人居る事になる。

 原作で明かされた悲劇と呼べる生い立ちの持ち主は限られており、かつヒュンケルが仲間意識を持ち居所が掴めない相手とくれば……考えたくないがアイツだろう。

 それに、統治……復讐心に囚われた者なら言いそうにない台詞だ……この世界のヒュンケルは容姿だけでなく、精神面でも変化があるのかもしれない。

 

 ハッキリ言って嫌な予感しかしない。

 

 だが……ヒュンケルに会うしかない俺は、通路を遮るミイラ男を斬り倒し進む事しか出来ない。

 

『ヴぉォォ』

 

 低い唸り声を上げ進路を塞ぐ様に三体のミイラ男が現れた!

 

「邪魔だっ!」

 

 躊躇う事無く突っ込んだ俺は、一瞬の内に纏めて斬り殺す。

 いや、ゾンビ系だから″殺す″だと語弊があるのか?

 とりあえず″チャリーン″とゴールドが落ちたし回収するとしよう。

 

「凄いわね……」

 

 這いつくばってゴールドを探していると、一通り話終えた後は黙って付いてきていたエイミが話しかけてくる。

 

「ん? 何がだ?」

 

「強さに決まってるわ……ねぇ? どうして私を連れてきたの? でろりんなら一人でも大丈夫でしょ?」

 

 壁にもたれ掛かったエイミが、浮かない表情でしょーもない問いを投げ掛けてくる。

 

「エイミがリレミトを使えるからに決まってるだろ?」

 

 ゴールドを回収した俺は、エイミと向かい合うように立ち上がると小首を傾げてみせた。

 

「アナタはっ! そうやっていつも私達をバカにしてっ!」

 

「はぁ? なんでそうなる? 俺はリレミトを使えないからエイミの力を借りてる立場だぞ? 足りない部分を補い合うのがパーティーだから俺はお前と組んだんだ。迷宮に潜るにおいて脱出経路の確保は何より重要だと思わないのか?」

 

「え……で、でも馬鹿にしてる事に変わり無いわ! 出会った頃からそうよっ! でろりんだって子供だったクセに人の事を子供扱いして、何でもお見通しって風な態度で見下して……アナタに比べれば弱いかもしれないけど、私達だって一生懸命やってきたのよ……それなのに……アナタは……」

 

 エイミは唖然としたかと思うと、怒り出し、最後は汐らしくなった。

 迷宮に居ながらにして、コロコロと変わる表情を見てとれるのは、エイミの唱えた″レミーラ″お陰になるのだが、貢献している自覚はないのだろうか?

 

 よく解らないが、エイミが怒るならとりあえず謝っておこう。

 

「そりゃ悪かったな……だが、馬鹿になんかしてないぞ? お前等が戦闘面に関して俺より弱いのは単なる事実だ……そして、こんな優劣は大魔王の前じゃ等しく無価値なんだよ。お前より強かろうが、大魔王に通用しない力なら俺にはどうだっていいことだ」

 

「それよっそれ! ソレッて私達の事なんか眼中に無いって事でしょ!?」

 

 薄暗い光の中で一歩前に出たエイミの顔が迫る。

 

「そっ、そりゃそうだろ? 共に大魔王に立ち向かう仲間と張り合ってどうする? 大事なのは大魔王を倒せるか、倒せないか……お前等が強くなるなら俺的には万々歳なダケなんだが・・・これか? コレが見下しているって事になるのか?」

 

「そ、そうよっ」

 

 何故か自信無さげになったエイミが俺の言葉を肯定すると、一歩下がって壁を背にして″プイっ″とソッポを向いた。

 

 言われてみれば確かに見下していた……いや、″三賢者とは所詮あの程度″と決めつけていたのかもしれない。

 原作を知る弊害と言えるが、そんな事は言い訳にもならず、どちらにしても三賢者にとっては面白くない話だろう。

 

 マリンに嫌われる訳だ。

 

「そうか……コレか・・・俺にも事情があってこんな感じだから直らないかも知れない。でも、エイミにとって面白くなかったならこの場で詫びよう……済まなかった」

 

 一歩下がって距離を取った俺は、深々と頭を下げて謝罪する。

 

 こんな事で三賢者の機嫌を損ね協力を得られなくなってしまうのは、俺としても本位ではない……エイミの力が大魔王に通用しないのは原作的に明らかだが、俺にない力を備えているのも又事実……って、悪いのはこの考え方か?

 

 矢張り、簡単に直りそうもない。

 

「えっと……そんな素直に詫びられたら調子が狂うんだけど? それに、大魔王が現れたのはつい最近じゃない……やっぱりでろりんって」

「ここでその話はしてくれるなっ! どうしても知りたきゃマリンにでも聞くんだな」

 

 下を向いたままの俺は、慌ててエイミの言葉を遮った。

 

 ここは地底魔城だ……それと組織的な誘導が行われている点を考慮すれば、不死騎団の監視下にある可能性は極めて高いと言える。

 

 とてもじゃないが大魔王について話せない。

 

「姉さん!? ふぅーん? 姉さんには教えていたんだ? もしかして、私が考えてるより深い仲なのかしら?」

 

 下から覗き込んできたエイミが胸に突き刺さる事を言ってくる。

 深い仲もなにも、つい先日フラれたばかりだ。

 

「ち、ちげぇよ! 昨日だ、昨日! 無理矢理白状させられたんだよっ。 そう言うエイミこそ、ヒュンケルの野郎が気になってんじゃねーのかっ!?」

 

 更に一歩飛び下がった俺は、エイミを指差し図星を突いてやり返す。

 

「な、何よそれっ! 私とあの人は敵同士よ!! ひっ惹かれるなんて有るわけないじゃないっ!」

 

「じゃぁヒュンケルが寝返ったらどうするんだ?」

 

「そうなったら嬉しいわよ……あっ、じゃなくてっ、そのっ、でろりんはヒュンケルを救いに来たの?」

 

「救うってか、まぁ顔合わせだ……兄弟子と言っても俺はヒュンケルと会ったことがないからな」

 

「その割によく知ってる風じゃない?

 

「師匠から聞かされてる」

 

「でろりんの師匠はアバン様よね? そうなるとあの人もアバン様の弟子になるのよね……やっぱり何か理由が有って魔王軍にいるのよ、うんっ、きっとそうだわ」

 

 聞き捨て成らないことを呟いたエイミは、一人で勝手に納得しては何度となく頷いている。

 

「んなっ!? 何で知ってる!?」

 

 と言うか、この会話も不味くないか?

 

 今までマトモに話して来なかったせいか、口を開けばこんな会話にしか成らないようだ。

 

「なんでって……アポロに聞いたからよ。動きを見れば判るそうよ? 魔法を斬るなんて真似は中々出来る事じゃないわ」

 

「いや、そりゃそうだけど、何でアポロにソレが判るって話だっ」

 

「ほらっ、やっぱり見下してるじゃない? 私達だって強くなる為に色々とやってるのよ。アバン様がパプニカに立ち寄った際は簡単な講義を受けています!」

 

「はぁ? じゃぁ三賢者もアバンの弟子なのか?」

 

 元々、原作で描かれなかったアバンの弟子が居たとしてもおかしくない……少なくとも″特別ハードコース″に耐え切れず逃げ出した人物はいるはずだ。

 そうでないと原作初期のポップの発言がおかしくなってくる。

 

 でも、三賢者がアバンの使徒化しているなら、なんか嫌だぞ。

 

「皆を集めて、こんな時はどうするとか、危険を避ける為にはどうするとか、実演を交えて話を聞かせて頂いているだけよ? 弟子とかって大層な話じゃないわ」

 

「そ、そうだよな」

 

 困る話でもないが何故か″ホッ″として胸を撫で下ろした。

 

「変ね? 私達がアバン様の弟子だと困る理由でもあるのかしら?」

 

「べっ、別に困ってないしっ。ただ、兄弟分が増えれば面倒みてやらなきゃいけないだろ? それが面倒くさいと思ったダケだ」

 

「ふぅん? 言われてみれば、でろりんなら兄妹分でも大事にしそうよね? 私も義理の妹になれば面倒みてくれるのかしら?」

 

 惚けた顔したエイミがからかってくる。

 

「はぁ? 偉い賢者様が甘えたこと言ってんじゃねーよ!」

 

「ふふっ、冗談よ。でも、こうやってキチンと話したのは初めてだけど、でろりんって思ってたより良い人なのかしら?」

 

 微笑んだかと思うと、エイミは今まで見せたこともない穏やかな表情で俺を見てくる。

 それとも、エイミが俺とキチンと話していないと言うように、俺がエイミをキチンと見ていなかっただけなのか?

 

「知るかよっ。俺は自分のヤりたい事の為に動いているだけだ。良いか悪いかなんてエイミが勝手に決めやがれ」

 

 反省の余地はあるが、そう簡単に態度を変えられそうにもない。

 

「やっぱり、そうやって意地を張ってる方がでろりんらしいわね。だけど、この際だから言っておいてあげるわ……色々と隠したいならもっと上手にやることを覚えた方が良いんじゃないの?」

 

「……何の事やら? まぁ、聞くだけ聞いといてやるよ。さぁ、無駄話はこれ迄だ……エイミは気付いているのか?」

 

 色々と為になる会話だったが、そろそろ打ち切って本来の目的に戻るとしよう。

 

「えぇ……この階に来てからモンスターの配置が妙よね」

 

 俺の表情の変化を読みとったのか、エイミも真剣な表情に戻って真面目な答えを返してくる。

 エイミの見立は正しくこの階層に降りてからは、下層へ繋がる通路を塞ぐ様にモンスターが配置されていた。

 纏まった雑魚モンスターなんかイオラを放てば一網打尽に出来るのだが、敵陣の真っ只中で無為に魔法力を消耗させるのは危険であり、迂回しつつ進んだ結果、いつしか闘技場へと続く道を歩かされていたのである。

 

「あぁ、恐らくあの趣味の悪い闘技場に誘導されている……多分、その先にはヒュンケルがいる」

 

「恐らくとか多分とか、アテになるのかしら?」

 

 原作に近い状況からの推察になるから、ほぼ間違いないのだが言えなかったりする。

 

「さぁな? どっちみち誘われてんなら俺達の事はバレているって事だろ? だったら、誘いに乗るのがヒュンケルを知る近道になるってモンだ」

 

「ハァ…。あの人以外が待ち構えてたらどうするつもりなのよ……アナタって慎重な割に豪胆な所も有るわよね? でも、良いわ。あの人の事は私も知りたいし、行きましょう」

 

「ヒュンケル以外が居れば逃げるに決まってんだろ? 良いか? 例えヒュンケルしか居なくとも、俺が逃げると決めたら絶対に逃げるからな? それが出来ないなら帰ってくれ」

 

「そんなの解ってるわよ。私はでろりんより弱いですからねっ」

 

 根に持っていたのか小さく舌を出したエイミは、自虐的な台詞を述べると″スタスタ″と歩き出した。

 

 どうやら、事実をそのまま告げるのも良くないらしい。

 

 こんな感じで俺達は、モンスターに誘導される迄もなく、闘技場を目指して突き進むのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49

「この先、よね?」

 

 長い通路の先に光が見えると、並んで歩くエイミが立ち止まり此方を見て確認してくる。

 

「そうだな……ヒュンケルとは俺が話す。エイミはいつでもルーラを使える様にしておいてくれ」

 

 交渉毎に向いていない自覚はあるが、引き出したい情報は俺にしか解らない。

 挑発と、ノヴァから学んだ驚愕の演技を組み合わせて、なんとか引き出せれば良いのだが……。

 

「えぇ、解ってるわ」

 

「じゃぁ、行くぞ!」

 

 互いの顔を見合わせて頷き合った俺達は、光の射す方へと石の通路を踏み鳴らして歩を進める。

 程無く通路を抜け太陽の下へと帰還する。

 

 抜け出た先は、古代ローマのコロシアムを思わせる石造りの野外スタジアム……パッと見た限り″人影は″見当たらない。

 背後から追ってくるモンスターもおらず、見事に誘導に掛かってみせたとみて良いだろう。

 

 後はヒュンケルの登場を待つばかりだ。

 

「誰も居ないじゃない?」

 

 キョロキョロと辺りを見回したエイミが、ソワソワしている様に見えるのは気のせいだと思いたい。

 

「待っていたぞ!!」

 

 スカした男の声がスタジアムに響き渡ると、マントを羽織った黒髪の剣士が闘技場へと通じる大階段を下りてくる。

 

 魔剣戦士″ヒュンケル″……アバンの使徒にして不死騎団長でもある何があっても死なないチート野郎。 魂の力は″闘志″であるが、魔族に囲まれて育った生い立ちを考えれば、ダイに匹敵する程の純真さも持っている。

 その純真さから来る不器用さの余り、登場当初はアバンに対するの逆恨みからダイ達と敵対したいた。

 闘いの中で真実を知ってからは、ダイ達の頼れる兄貴分として常に最前線で闘い続けた人類最強の男だ。

 

 戦略的に考えて、何としてでも味方に引き込まないといけない。

 

「アイツか?」

 

 腰にある禍々しい魔剣がヒュンケルであると示しているが、小声でエイミに聞いておく。

 

「えぇっ」

 

「テメェがヒュンケルかっ!」

 

 聞くまでもないが、これも御約束だ。

 

 それに、人っ子一人居ないスタジアムだが、観客席の最上段には悪魔の目玉が何体かぶら下がっており、魔王軍の監視下にあるのは間違いない。

 悪魔の目玉を倒したところで、無数に在る通路から新たに出現する可能性は高い。

 今回のところは、倒したつもりで話すよりも、聞かれている前提で話す方が良いだろう。

 

 本番では何か手を打たないといけないが、この闘技場の現状を知れたのは最初の収穫になる。

 

「如何にも! 俺の名は、ヒュンケル!! 魔王軍六大団長が一人っ、不死騎団長ヒュンケルだ!!」

 

「デカイ声で言わなくても知ってるっつーの! テメェ何考えてやがる? 草葉の陰でアバンも泣いてるだろうぜっ」 

 

 挨拶代わりにアバンの名を出して反応を伺う。

 背後でエイミが「え…?」と驚いているが気にしない。

 

「フ……アバンか……惜しい男を亡くしたモノよ」

 

「ナニッ? テメェっ判ってんのか!? アバンはハドラーに殺されたんだぞ!!」

 

 まぁ、実際は死んでいないんだが、ここで明かすわけにもいかないし、この反応次第で原作との違いも見えてくる。

 

「無論、承知している。アバンはハドラーと闘い敗れた……惜しい男であるがそれだけの事よ」

 

 先程に続いての″惜しい男″発言……アバンへの復讐心は無いのか?

 

「あんっ? テメェ正気かっ!?」

 

「武人が互いに正々堂々と闘い敗れた……つまりはハドラーの実力が勝っただけの話ではないか? 恨み節を言うならアバンを救えなかった己の力量不足を恨むが良いわっ」

 

 ダメだコイツ……全然動じねぇ。

 しかも、武人の中にハドラーを含んでないか?

 実際ハドラーは武人化してたが、それだけでヒュンケルが認めるハズは無い。

 ハドラーとヒュンケル……二人の間にも何かあったのだろうか?

 

「待ってよ! アバン様は貴方の師なんでしょ!? どうしてそんな事が平然と言えるのよ!」

 

「昨日の女か? 愚かな……貴様は、如何なる存念で武人の闘いにケチを付ける? ハドラーはアバンに正面から挑み、そして勝利したのだ! この結果にケチを付けるのは敗者であるアバンをも貶すと知れ!!」

 

 黒いヒュンケルは割って入ったエイミの叫びに対し、一切の動揺を見せず見事な答えを披露する。

 

 ヒュンケルは武人的思考を備えたままで、禍々しい迄の暗黒闘気を備えている。

 非戦闘時の今は闘気を押さえている様だが、ハドラーとの戦闘を経た俺には判る……ヒュンケルの闘気は間違いなく暗黒闘気。

 

 意味わかんねぇよ。

 

「そ、それはっ」

 

「バカッ、言い負けてんじゃねぇ!」

 

 たじろぐエイミを下がらせた俺は、ヒュンケルに向き直す。

 

「フザケンなっ! 侵略しといてどの口でほざく!! そもそも、テメェらが襲って来なければ闘う必要なんざねぇんだよ!」

 

 剣を抜いて切っ先をヒュンケルに向けた俺は、侵略行動そのものを糾弾する。

 もう少し話を聞いておきたいが、エイミの動揺がハンパない。

 早めに情報を引き出して逃げるが勝ちだ。

 

「フ、貴様も愚か者よ……闘いたくなければ抵抗しなければ良かろう? 大魔王に従うのを良しとせず、闘いの道を選択したのは他ならぬアバンではないかっ!」

 

「勝手な事をっ! 殴り返したから悪いとでも言うつもりか!?」

 

「ならば聞こう……人間は、他者を殴らんのか? 俺の友には、ただソコに居ただけで人間に虐げられた者がおるわっ!」

 

 哀しげな瞳に怒りの色を灯らせたヒュンケルが声を僅かに荒げる。

 

「ちっ、ラーハルトかよ……魔王軍に保護されちまったのか?」

 

「その通りだ! 貴様はラーハルトを探していた様だが……アテが外れたか?」

 

「なっ、何の事やら?」

 

 くそっ。

 ヒュンケルの動揺をさそうつもりの俺が動揺してどうする!?

 

 それに……俺の行動はバレていたのか?

 

「フ……惚けるか? 貴様の事は調べがついておるわ! ラーハルトの事を知っていた理由など問わぬ……強欲の勇者でろりんよ!! 貴様は何故人間に味方する? 貴様こそ人間の愚かしさに苦しめられた男であろう!! 権力を握るだけの弱者に、強者である貴様が良いように使われる……おかしいと思わぬのか!?」

 

「あんっ? 俺がいつ利用された? 勝手に人の境遇を語ってんじゃねぇ! 大魔王を倒す為に″俺が″世界を利用してるんだ!!」

 

「ふ……ふははははっ! 貴様は大魔王を倒せると思っておるのか……愚か、いや、哀れな男よな」

 

「あんっ!? 哀れはテメェだっ! どうせ何も知らされず大魔王に利用されてんだろうがっ」

 

「フ……貴様の言葉をそのまま返してやろう……オレが大魔王の力を利用しているのだ! 人間と魔族!! 二つの種族の存在がオレ達の様な悲劇を産む……ならばっ、大魔王の名の下に、全てを一つにすれば良いのだ!! コレは悠久の時を生きる大魔王にしか果たせぬ事だ!」

 

 なんだそりゃ!?

 人間と魔族の対立が悲劇を招くとしても、この馬鹿野郎は極端に走りすぎだろっ!?

 そもそも大魔王は人間世界を統治するつもりなんか、1ミリ足りとも持ち合わせていないのだ。

 大魔王の真の目的を知っているなら″大魔王の名の元に一つに″なんて事は口が裂けても言えない。

 つまり、ヒュンケルなりの目的があるにしても、大魔王にたぶらかされているのに違いはない。

 

 どっちが哀れだ、って話である。

 

「そんなっ!? 貴方は自分の意思で魔王軍の侵略に手を貸すと言うの!? お願いよっ、悪の手先にならないで!」

 

「エイミっ!? バカッ、お前は下がってろ!」

 

 ヒュンケルの元へ走ろうとするエイミの腕を捕まえ食い止める。

 

「侵略ではない。大魔王による統治だ……人間の王では何時まで経っても魔族への迫害は無くならないのだ! お前が大魔王を侵略者と呼び、その行いを悪だと言うならそれも良かろう……オレは例え悪と呼ばれようとも大魔王の世を築いてみせる!」

 

「どうしてっ? どうして人間である貴方が大魔王に力を貸すのよ!?」

 

「エイミっ!! しっかりしろ! こんな野郎の話なんざ聞く必要がねぇ!」

 

 理由なんか聞かずとも大体の見当は付く……人と魔族の対立の構図がヒュンケルやラーハルトの身に起こった悲劇を産み出す温床となっている。

 ラーハルトと二人で話し合う内に気付き、例え人類国家を滅ぼしてでも問題の根っこを刈り取ろう! とでも思い込んだのだろう。

 

 コレだから責任感の強い奴は困るんだ。

 

「でろりん……でもっ」

 

「良いからっ、俺に任せろ! 馬鹿な兄弟子はぶん殴ってでも更正させてやる!」

 

「傲慢なモノ言いだな? だがっ、それでコソ魔王軍の勇者に相応しいと言えよう……強欲の勇者よ! 魔王軍に入れっ! 貴様の居場所は人間の国などに無いわっ!」

 

「はぁ? 勝手に決めんなっ! メラミ!」

 

 最早この場での問答は不要。

 

 観客席に立ち一段上から見下ろすヒュンケルに先制のメラミを投げ付ける。

 

「無駄だっ!」

 

 ヒュンケルは″鞘″から魔剣を引き抜き様に、海波斬を放ってメラミを切り裂いた。

 

 切り裂かずとも横に避ければ良いものを……余程、腕に自信があるのだろう。

 

「でろりんっ!? まだ話は終わってないのにっ」

 

「噂通り血の気の多い男よ……良かろう! 相手になってやる……さぁ、来い!」

 

 ジャンプして飛び降りたヒュンケルが闘技場内で剣を構える。

 

 それにしても、噂通り、ねぇ。

 ヒュンケルを味方に引き入れた暁には詳しく聞く必要がある。

 

「エイミは下がってろ! ベ・ギ・ラ・マぁ!!」

 

 エイミを壁際に下がらせた俺は、ヒュンケルに向かって閃熱呪文を唱えた!

 

 ヒュンケルに向かって一直線に閃熱が伸びる。

 しかし″フ″と鼻で笑ったヒュンケルは、目を閉じて動こうとしない。

 

「ヒュンケル!? 避けてっ!?」

 

「おいっ!? どっちの味方だ!?」

 

 エイミの叫びに思わず反応して振り返る。

 

「余所見して良いのか?」

 

「ナニッ!?」

 

 直ぐ近くでヒュンケルの声が聞こえる。

 

 ″バッ″と首を振り正面を向き直すと、剣を振り上げたヒュンケルがソコに居た。

 

 

 バカなっ!?

 

 あの一瞬でベギラマを避けつつ距離を詰めたというのか!?

 

 ″キンっ″

 

 無造作に振り下ろされたヒュンケルの一撃を剣で受ける。

 

「ほう……良い反応だ」

 

 鍔迫り合いが始まると″ニヤリ″と笑みを浮かべたヒュンケルが、余裕の発言を繰り出した。

 

「っ!? テメぇっ、舐めんなっ」

 

 ″カッ″と成った俺は連続で剣を振るう。

 

 俺の犯したミスは致命的な隙を産んでいた……ヒュンケルは俺を殺そうと思えば殺せたハズだ。

 

 完全に舐められている。

 

″キンッ、キンッ、キン″

 

 ガムシャラに攻撃を繰り出すも、全て軽々と防がれる。

 

「どうした? 貴様の腕はこんなモノか……この程度の腕前でアバンの弟子を名乗られては、アバンも浮かばれまい」

 

「ふざけろっ! 俺の本領は剣じゃねぇ!!」

 

 アバンの名が出た事で自分のスタイルを思い出す。

 

 バックステップで一旦距離を空けた俺は、ヒュンケルが追ってこないのを良いことにトベルーラで宙に浮く。

 

 俺がアバンから学んだのは総合力だ。

 剣で勝てなきゃ魔法、魔法で勝てなきゃ剣……あらゆる敵に対応出来る応用力を求めて、両手が使える爪を手にしたんだ。

 ヒュンケル相手に剣で張り合っても勝ち目が無いのは、やり合う前から解りきっていたハズだ。

 そもそも、今日は単なる偵察……俺は一体何をムキになっていたんだ!?

 

 ヒュンケルと相対していると、無性にイライラするのは何なんだ?

 

「まさか卑怯だなんて言わねぇよな? イオっ!!」

 

 ヒュンケルの頭上から一方的にイオを連続で唱え続ける。

 

 ヒュンケルは素早いステップで交わしつつ、海波斬でイオを迎撃している。

 

 上から見ていると良く判る……コイツ、速いな。

 これもラーハルトの影響だろうか?

 仲良し二人組で切磋琢磨した結果、ヒュンケルはチートクラスのスピードも身に付けているのか?

 

「でろりんっ落ち着いて! やり過ぎよっ!」

 

 横目でエイミを確認すると、口元をマントで隠している。

 

 気付けばイオの爆発でホコリが舞い上がり、ヒュンケルの姿が確認出来ない。

 

「ちっ……まさか、死んでねぇよな?」

 

 目を凝らしてホコリの中心の様子を伺う。

 

「無論だっ!」

 

 ヒュンケルの声と共に″何か″がホコリの中から真っ直ぐ伸びてくる。

 

「痛っ!?」

 

 身を捩って交わそうとするも避けきれず、右肩を掠めた″何か″は空の彼方へと消えていった。

 

「い、今のは、何!?」

 

「テメぇ……圧縮した暗黒闘気を放ったのか?」

 

 ジンジン痛む右肩を押さえてホコリに向かって叫ぶ。

 

「その通りだっ! 遠距離からの攻撃は貴様等魔法使いだけのモノではないっ」

 

 ホコリの中からドヤ顔のヒュンケルが、無傷な姿を現した。

 

 近距離は剣の腕、中距離はスピード、遠距離は回復不能な闘気砲……コイツ、鎧を装備したらマジで完全無欠になるんじゃないか?

 

「エイミっ、準備は良いか!?」

 

 もう充分だ。

 

 バルトスの名を出した時の反応も見たかったが、これ以上ヒュンケルと単独でやり合うのは危険過ぎる。

 隙をみてエイミのルーラで逃げるとしよう。

 

「えっ、でも……」

 

「女の手を借りるか? ならば、此方は奥の手を使うとしよう……魔法さえ封じ込めれば賢者など物の数にもならんわっ」

 

 エイミが戦闘に参加すると勘違いしたのか、魔剣を鞘に収めたヒュンケルは、その鞘を眼前に垂直に立てて構えを取る。

 

 チャンス到来とはこの事か。

 

「アムドぉ!!」

 

 ″鎧化″の叫びで魔剣の鞘が帯状に伸びて、ヒュンケルの身体に巻き付いて行く。

 

「エイミっ行くぞ!」

 

 呆然とその光景を見詰めるエイミの横に降り立った俺は、撤退を告げる。

 

「アレッて何なの……?」

 

「魔法を弾く鎧だな……良いから今の内に帰るぞ」

 

「え、えぇ……ルーラ!!」

 

 こうして情報を仕入れた俺は、ヒュンケルが鎧化している隙にエイミのルーラでパプニカ城へと逃げ帰るのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50

 侵攻4日目の夜。

 

 ダイ達との自然な再会を果たす為「勝手知ったる宿でゆっくり休む」を口実に、ロモス城下のいつもの宿をとっている。

 口実に使っているが実際、この宿はかなりのグレードを誇る。

 広い占有スペースと充分な数のベッド、旨い料理と室内への配膳サービス、鍵付きの個室まで備えているといった、至れり尽くせりの宿屋と言える。

 室内は清潔を保たれ、コレでお一人様10Gとか意味が解らなかったりする。

 もしや、勇者を名乗る者には、赤字覚悟の大サービスをする暗黙の掟でも有るのだろうか?

 

 宿屋の謎はさておき、ロモス城に程近い二階建ての宿屋となれば此処しかなく、ダイが泊まるとしたらこの宿になるハズだ。

 しかしながら出合う正確な日付となると、よく判らないのが悩みの種だ。

 確かダイ一行は、最低でも一泊はネイル村で過ごし、それから1日かけてロモスの王宮を目指す……つまり、夜更けにダイが現れるのは早くても明日以降になる計算だ。

 と言っても″クロコダインが″原作に準じた行動をとる保証が何処にも無い以上、計算するだけ無駄なのかもしれない。

 原作では紋章を輝かせたダイがハドラーを撃退した事で、クロコダインに勇者討伐の命が下ったのだ……ダイが力を見せなかったこの世界では、クロコダインが全く動かなくても不思議じゃないのである。

 この世界でも百獣魔団長であるクロコダインは、侵攻初日こそ先頭に立ってロモス城下に攻め寄せたらしいが、二日目以降は姿を見せず、その変わりに二足歩行の牛、所謂″ミノタウルス″と呼ばれるモンスターが先頭に立って暴れているとの情報を得ている。

 牛が何なのか気になるところだが、ピンクのワニは原作通りサボり中ということで、ダイ抹殺指令が出ないなら遭遇しない可能性は高く困ったモノである。

 

 いや、下手にクロコダインと遭遇すれば命の保証は出来ないし、会わないならそれはそれで良いこと……なのか?

 

 ふぅ……。

 

 辞めよう。

 

 こんな事を考えてもキリがない……アバンは何故、ダイ達を気にせず修行に打ち込む事が出来たのだろう?

 弟子に寄せる信頼の差だろうか?

 

 落ち着かないが、ダイ達を信じて見送ったからには待つしかなく、俺に出来る事はヒュンケルの野郎をぶん殴ってでも、この場に連れてきておく事だ。

 出来る事ならダイがあの扉を叩く迄にヒュンケルを説得し、この宿で顔合わせを行う段取りを整えたいのだが……正直、難しい。

 ヒュンケルが復讐心で動いていないなら説得の糸口は見えず、戦闘で勝利するのも至難の業だ。

 原作において成長途上のダイが勝利を収められたのは、憎まれ口を叩くヒュンケルであったが、心の底に迷いを抱えていたからに他ならない。

 そもそも、ヒュンケルに勝利したとしても、それで事態が好転するような話でもないんだよなぁ…。

 

 ・・・

 

 よしっ。

 

 説得はアバンに丸投げするとしよう。

 

「浮かない顔してどうしたの?」

 

 城の見える窓辺の椅子に腰を掛けてグラス片手に考えていると、部屋着を着たマリンが向かいの椅子に座って話しかけてきた。

 長い髪を下ろしたマリンは長袖、長ズボン、肌の露出が少ない所謂パジャマといった装いだが、戦闘着をコレにすべきだろう。

 

「いつも通りだ……浮かない顔で悪かったなっ」

 

「そうよね……貴方は何時も独りで悩んでいたのよね? 気付いてあげられなくてごめんなさい……」

 

「ちょっ!? なんでマリンが謝るんだよっ。俺は自分の意思でやってきたんだ……同情も批判も聞きたくねぇよ」

 

 自虐的発言のつもりが″ハッ″したマリンに伏し目がちに謝られ、慌てて取り繕う。

 根が真面目過ぎるマリンは、神託を知って以来何かにつけてこんな感じだ。

 些細な会話でもどこかきごちなく、悪く言えば腫れ物に触る様な扱いだ。

 

 俺としては扱いはともかく、マリンのこんな顔なんか見たくないんだが、どうしたものか?

 

「批判だなんてっ……言うわけないじゃない」

 

「どうだかな?」

 

 良い返しが思い浮かばず短く呟いた俺がグラスを″グイっ″と飲み干すと、気まずい沈黙が流れる。

 

 ずるぼん達は夜の街に繰り出している為に、今現在この広い部屋にはマリンと俺の2人きりだ。

 アバンを待たなければ成らない俺が遊びの誘いを断ると、マリンも誘いを断りこの部屋に残る事を選択したのだが……そもそも何故ここにマリンが居るんだ!? って話である。

 

 少し話が前後するが、日中エイミのルーラで地底魔城から逃げ出した俺は、パプニカ城内にある″ルーラの間″と呼ばれる中庭に降り立ち、レオナとアポロの出迎えを受けた。

 適当にレオナの探りをはぐらかしてアポロの体調を確認した後は、アルキードへと舞い戻って世界樹防衛戦に参加したのだ。

 群がる雑魚を蹴散らしつつ世界樹に″ゴールドラッシュ″を巻き起こした俺は、マリンとの合流を果たしてパプニカの近況を伝えると、一度城に戻る事を提案する。

 文句一つ言わず素直に了承したマリンは、ルーラでパプニカへと飛んでいったのだった。

 それから日没迄戦い続け魔王軍の撤退を確認した俺は、パーティーを率いてロモスの宿へと場所を移す。

 世界樹での出来事を肴に部屋へと運ばれた料理を和気あいあいと食していると″コンコン″とノックの音が響き、

 

『勇者様に御会いしたいという方をお連れしました』

 

 と宿の親父の声が扉の向こうで聞こえた。

 

 アバンがやって来たと思った俺が軽い気持ちで「通してくれ」と告げた事で扉が開くも、そこに立っていたのは鞄を抱えたマリンだったと言うわけだ。

 

 俺なんかに構わず今晩位はパプニカ城下で過ごせば良いモノを……そうしないのは、俺が″神託の勇者″だからだろう。

 レオナに秘密を話したかどうかは定かじゃないが、マリン個人の判断だけでも特別視しかねないのだ。

 マリンに特別扱いされるのは辛いところだが、それもこれも騙してきた報いといえる。

 世話になってる手前、追い返す訳にもいかず日中の苦労を労い、共に食事を済ませて今に至ると言うわけだが……。

 

 マリンの態度が微妙に固く、2人きりとなった空間はやりにくいモノがある。

 

 ・・・ん?

 

 ふ、2人きりっ!?

 

「ど、どうしたの!?」

 

 ″ガタッ″と椅子を引いて立ち上がった俺を見上げるようにマリンが小首を傾げている。

 

「い、いや……な、なんでもない」

 

 なんでもない訳なんかなく、背中を冷たい汗が流れている。 

 なんだ? この緊張感はっ!?

 

 これでは超魔ハドラーと向き合う方がいくらかマシである。

 今迄もマリンと2人で話した事はあったが、こんな閉鎖的な空間で2人きりとなれば話は違ってくる。

 

 お、落ち着くんだ。

 

 俺は勇者でマリンは賢者……たまたま2人きりになっただけで殊更意識する様な事はないハズだ。

 

「そう……?」

 

「あ、あぁ。そ、そんな事より何でパプニカ城下に留まらなかったんだ? あっちはあっちで大変だろ?」

 

「なんでって……姫様に……いえ、違うわ……貴方が神託を…………これも違うわね……わ、私は、貴方が気になるの! 一緒に居たかったのよ! 悪い!?」

 

「えっ? ソレッて?」

 

 い、今のは告白と言うものじゃないのか!?

 こんな時はどうすれば良い!?

 

 まずいっ。

 

 こんな時の対処法は誰からも習ってないし、前世の知識も全く役に立たない。

 とりあえず、ベッドの上に誘って横並びに座るパターン……なのか?

 

 い、いや、落ち着けっでろりん。

 

 この二日間で嫌われていると確認したばかりじゃないか。

 これはきっと「神に仕える賢者として神託の勇者を放っておけない」……こんな意味合いで他意は無いハズだ。

 

 うん。

 そうだ、そうに違いない。

 そうだとしたら訂正しておかないといけないな。

 

「ま、まぁ、マリンが俺の近くで行動するのは止めないが、俺は神託の勇者じゃないからな?」

 

 座り直し水を一口飲んだ俺は、冷静を装って話し始める。

 誤解されがちだが、俺は単に原作を知っているだけの一般人だ。

 今日まで必死にやって来たお陰で、かなりの実力を身に付けた自覚はあるが、それでも″俺だけの力″では、ヒュンケル相手じゃ逆立ちしたって勝てないだろう。

 

「え……? 神託を授かったのって嘘なの……?」

 

 表情の消えたマリンが哀しそうな瞳を向けてくる。

 

「それは嘘じゃない……但し、俺は神託を授かったダケの人間だ。神託が告げる勇者とは俺の事じゃない……大魔王を倒すのは他の誰かだ」 

「それが……ダイ君、なのね?」

 

 僅かに考える素振り見せたダケでマリンは″答″に辿り着いた様だ。

 

「流石に判るか? まぁ、そう言うことだ……だから俺は″あの時″レオナに襲いかかりダイの本気を引き出そうとしたのさ。解ってると思うが、これも他言無用だぞ?」

 

「そうだったのね……」

 

「あぁ……だから、コレから先は俺と一緒に行動してもパプニカの国益に利する事は特に無いぞ?」

 

「っ!? そんな理由で一緒に居たいんじゃありませんっ!」

 

「じゃぁ、何だよ?」

 

「そ、それは……」

 

 ″コンコン″

 

 マリンが言葉を詰まらせたところで、ノックの音が室内に響く。

 

『勇者様に御会いしたいという方をお連れしたのですが……』

 

 扉の向こうで宿屋の親父の声が聞こえるも、何処と無く煮え切らない印象を受ける。

 

「鍵は開いている……入ってくれ」

 

「えっ? ちょっと? 今入ってもらうの!?」

 

「当然だ……俺はこの来客を待ってい、た? って老師!?」

 

 開いた扉に目を向けると、ソコには頭から白い布を被った人物と宿屋の親父が立っていた。

 

「あの……勇者様……宜しいのでしょうか?」

 

「ん? あぁ、ありがとう……もし、他にも来客が有れば案内してくれ」

 

 肝心のアバンが来ないし、可能性は薄いがダイが来ないとも限らない。

 

 俺が感謝と頼みを告げると、宿屋の親父はホッとした表情を浮かべ、深々と御辞儀するとソソクサと去っていった。

 不審者にしか見えない人物を案内する事に抵抗があったのだろう。

 

「おや? マリンさんがどうして此処に?」

 

「なんだぁ!? アンタかよっ! ったく、その格好は何なんだよ……まぁ、お互い無事でなによりだ」

 

 ズッコケそうになるも、室内へ一歩足を踏み入れた不審者改め、アバンの元へ移動した俺は、扉を閉めて握手を求める。

 

「でろりん君のお話を参考に作ってみたのです。半端に変装するよりも、この方が余程万全と言えます……流石は老師ですね」

 

 いや、怪しさ満点だろ?

 

「その声……アバン様っ!?」

 

「ノンノンノン……バッドですよ? その者は死んだことに成っています。私の事はゴースト君とお呼び頂けると助かります」

 

「パクりじゃねーかっ」

 

「ま、そうとも言います」

 

「えっ、と? でろりんとゴースト……様はどんな関係かしら?」

 

 俺とゴースト君を交互に指差したマリンは混乱している。

 

「あれ? 話してなかったか? この悪ふざけが好きなゴーストは俺の師匠の一人だ」

 

 馬鹿な兄弟子が居るとしか言ってなかったのか?

 

 いかんな……自分でも誰にどんな嘘を付いてきたのか分からなくなっている。

 

「違いますよ……目的を同じくする同志です」

 

「ん? そうなるのか? ま、どうでも良い話だ……早速だがヒュンケルについて話そう」

 

 こうして、展開に付いていけない感じで呆気にとられるマリンを尻目に、ヒュンケルの現状をアバンに報告するのだった。

 

 

◇◇

 

 

「そんな事になってましたか……私は、ヒュンケルの成長を喜ぶべきなんでしょうか? それとも、悔やむべきでしょうか」

 

 俺の報告を聞き終えたアバンが、誰に言うとも無しに呟いている。

 白い布を被ったままのアバンの表情を伺い知る事は出来ないが、その心中は察するに余りある。

 

 この世界のヒュンケルは復讐心から抜け出して、しっかりとした理想を持つまでに″成長″していると言えるのだ。

 単に属する勢力が魔王軍というだけで、何ら悪いことではない。

 勿論、人類国家から見ればヒュンケルの理想は脅威でしかないが、そんな脅威論は既得権益者による保身の為の言い訳とも言えるのだ。

 達観しているアバンになら、魔族目線の理想も理解出来るのだろう。

 

 しかし、アバンは人類国家に属する勇者だ。

 諸手を上げてヒュンケルの″成長″を喜べない、といったところだろうか。 

 だが、俺にそんな事は関係ねぇ。

 ヒュンケルを味方にしてダイのフォローに回らせる……全ては、大魔王を倒す、ただソレだけの為に。

 

「こうなっちまったのは悔やんだって仕方ねーよ。大事なのはヒュンケルをどうするか、だろ? 俺はお手上げだから、アンタはコレからどうやってヒュンケルを″更正″させるか考えるべきだ」

 

 こうなったのは俺のせいかも知れないが、何をすれば誰がどうなって、アレがこうなる……なんて事は俺にはサッパリ判らない。

 俺に出来るのは目の前の問題を一つ一つ片付けていく事だけで、原作知識を活かしきれていると言えないのが、何とも情けなかったりする。

 

「でろりん君……あなたという人は……。そうですね、何とか考えてみましょう」

 

 よしっ。

 コレで説得は大丈夫だ。

 

 後は、どうやってヒュンケルと闘うか、だな。

 闘わずに済むならそれに越したことは無い……しかし、如何にアバンでも口先だけであのヒュンケルの心は動かせまい。

 

 力なき正義は無力。

 

 ヒュンケルと大魔王……二人の理想を打ち砕けるだけの力がある事を見せる必要があるのだ。

 

 厳しい闘いになると予想されるが、甲羅の盾の修復さえ済めば時間稼ぎ位は俺にだって出来る。

 

「私に出来ることは?」

 

 黙って聞いていたマリンが協力を申し出てくれる。

 一切の疑念を挟まず何の口答えもしないのは、俺達が勇者だからだろうか?

 俺は昨日と何も変わっていないのに、肩書き効果は思ったよりも凄いのかもしれない。

 

「世界樹を護ってくれ……それと、死なないでくれれば十分だ」

 

「はいっ」

 

 マリンは力強く頷いた。

 

 それから、地底魔城への突入方法を打ち合わせた俺達は、帰ってきた酔っ払い連中を寝かしつけると、明日に備えて眠りに就くのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51

 一夜明け、午前中で戦闘準備を整え説得迄の流れを打合せた俺と″エイミ″は地底魔城の迷宮に突入している。

 後ろから黙々と付いてくるエイミは″モシャス″で化けたゴースト君なので、厳密に言うならアバンとやって来た、となる。

 

 ダメージで変身が解けるこの世界のモシャスの性質上、時折現れる雑魚の全てを蹴散らすのは俺の役割の一つだ。

 その俺の背では黄金の甲羅がレミーラの光を反射させて輝きを放っている。

 切り札として隠しておきたくもあったが、ヒュンケルは手の内を隠してやり合える相手でもない。

 午前中に訪ねたロン・ベルクから″鎧化″しても大丈夫、とのお墨付きと、装備をブッ壊した小言を貰っているし、これで上手くいかなければお手上げだ。

 ロン・ベルクはとある目的の為に鍛冶屋をしているが、それでも自身が造った武具には誇りがあるらしく、何処の誰とも知れない相手に武具を壊された事で大層ご立腹だった。

 

 甲羅を破損させた事は、

 

『冷気と炎を連続で受ける馬鹿がどこにいる!? 最高の盾も使い手がこれではな』

 

 と罵られ、籠手の破損については、

 

『左右一対の籠手をバラバラに装備する馬鹿がいるとはなっ!?』

 

 と呆れられ、先日渡した″氷炎の刃″ついても、

 

『こんな子供騙しを俺に造れと云うのか!?』

 

 と、ぶちギレられた。

 

 こんな感じのロンの口撃で、ヒュンケルと闘う前から俺のHPは危うく0になりかけた。

 何とかロン・ベルクの精神攻撃に耐えた俺は、

 

『俺は弱いからアンタの作品で強くなる……それが良いんだろ? 元々強い奴に武器を渡してソイツが最強に成ればアンタは満足するのかよ?』

 

 と、原作知識を活かした大魔王への武具献上を連想させる言葉で、ロンの歓心を買う事に成功する。

 気を良くしたロンに籠手の修復を依頼して、比較的本気で打った剣を受け取った俺の装備は、

 

 E 勇者服

 E 甲羅の盾

 E ロンの剣×2

 

 となっている。

 因みに、コスプレ勇者服はずるぼんの夜なべによって新調されている。

 ずるぼん曰く、

 

『勇者なんだから小綺麗にしなさい、見た目は大事よ!』

 

 と毎度お馴染みの台詞だが、素材にパプニカの布が使われている辺り、防御力も考えて作ってくれたのだろう。

 

 有難い事だ。

 

 ロンとずるぼんの助けを借りて装備を整えた俺は、暗黒闘気によるダメージの回復待ちの間、ゴースト君と念入りに打合せた。

 昼を迎える頃には肩の鈍い痛みが消えて、回復呪文の効果が発揮される。

 アポロから聞いていた通り、暗黒闘気による回復不能状態からは、丸一日も有れば脱け出せるとみて良いだろう。

 魔王軍との戦いは1日で終わる類いのモノでもないし、暗黒闘気によるダメージを負った場合は、無理をせずに撤退するのも選択肢の一つになる。

 

 しかし、本日のミッションは、知られてはいけない情報……アバンの生存も明かす都合上、失敗も撤退も許されない難度の高いモノとなっている。

 

 その肝心のミッション内容だが、詳細は知らされていない。

 ゴースト君の立てた計画によると、俺が自分の想いのままにヒュンケルと向き合い、話し、闘う事が重要らしい。

 そうすることでヒュンケルの説得に活路が見出だせるそうだが、何の事やらサッパリ判らない。

 俺がヒュンケルと話しても喧嘩腰にしか成らないと思うのだか、それでも良いそうだ。

 ゴースト君が白い布の下で何を考えているのか定かでないが、ヒュンケルに関する俺の主観も交えた報告を、一字一句漏らさず何度も聞いた上での判断なら従うまでだ。

 人に任せると決めた以上は任せる……それが丸投げ作戦のキモになる。

 

 こんな事を考えながら迷宮を黙々と歩き続け、その道中で″魂の貝殻″の回収を行い闘技場へと繋がる通路を目指すも、明らかにモンスターの数が少ない。

 闘技場へと誘い込む様な配置でも無いし、何か企んでいるのだろうか?

 

「この先だ」

 

 一抹の不安を感じたまま闘技場に繋がる通路へと辿り着く。

 

 振り返って″エイミ″に告げると、黙ってコクリと頷いている。

 言葉を口にしてもエイミの声に聞こえるが、中身はアバン……大勇者が女言葉で話すのは何となく嫌なので黙って貰っている。

 光の差し込む出口へ進むにつれて、多くの気配が感じ取れる。

 

 やはり、罠か?

 

 だが、策さえ決まれば何が待ち構えていようとも恐れる事は何もない。

 

 俺とエイミは歩みを止めることなく通路を進む。

 

「待っていたぞっ!! よくも再び姿を現せたモノだな!? その豪胆さダケは褒めてやる!」

 

 闘技場に足を踏み入れると、言葉通り待ち兼ねた様子のヒュンケルが、闘技場の中央で腕を組んで待っていた。

 

 おーおー。

 完全武装の為に表情は判らないが怒ってる、怒ってる。

 しかも、観客席には大量のモンスターを配置済みときたもんだ。

 まさか、雑魚をけしかけるつもりなのか?

 

「それが自慢の鎧か?」

 

 軽口を叩きながらヒュンケルに近寄り、一定距離を保って立ち止まる。

 ヒュンケルと正面で向き合った俺は、視線を動かし油断なくチラチラと観客席を確認していく。

 

「如何にもっ! この鎧こそが大魔王から授かった最強の鎧だ!!」

 

「へー。スゴいなー」

 

 ヒュンケルの自慢にならない自慢を軽く流しつつ観客席を探る。

 パッと見た限り観客席に居るモンスターの大半は骸骨剣士やミイラ男……異彩を放つのは正面最上段からコチラを見下ろす、髪を逆立てたロープ姿の骨魔道師位か?

 

「貴様っ、ふざけているのか!?」

 

「待って、話を聞いて頂戴!」

 

 怒れるヒュンケルの元へと″エイミ″が駆け寄る。

 

「昨日の女か? 貴様は、一体なに、をっ!?」

 

『ルーラ!』

 

 女に手を出さない弱点を持つヒュンケルに抱き付いた″エイミ″が、ルーラで彼方に飛んで行く。

 

「よしっ」

 

 ここまでは俺も知る計画通り。

 これ程上手く決まったのは、本物のエイミが空気を読まない言動を繰り返してくれたお陰だろう。

 次に会う機会が有ればお礼でも言うとしよう。

 

「ふ、ふ、ふ……正義の味方がそう来よるか」

 

 骨の漏らした呟きがここまで響く。

 

「生憎だが、俺は正義の味方じゃないんでな? ま、不死騎団は今日で終わりだ!」

 

「ふ、ふ、ふ……それは、どうかな? あの男など居なくとも不死騎団の不滅に変わりは無い……時に貴様、二人を追わずとも良いのか?」

 

 焦りの色を浮かべない骨野郎は、俺達の作戦を見抜いているかの様だ。

 

 てか、コイツ誰だよ?

 

「・・・ふんっ! テメェこそ団長様を追わなくて良いのか? トンだ不忠者だな?」

 

 黙って視線を送り続けたが、こんな奴は俺の記憶の何処にもない。

 

「ふ、ふ、ふ……我等が従うはガルヴァス様のみよ」

 

「あん? またガルヴァスかよ……誰だか知らねーが邪魔をするなら、いずれソイツも倒してやるぜ」

 

 ガルヴァスの事も気になるが今は″エイミ″を追うのが先決だ。

 

 骨野郎に啖呵を切った俺は、返事を待たずにキメラの翼を天に投げ、決戦の地デルムリン島へと飛ぶのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「貴様っ…舐めた真似をっ!? 正体を見せろっ!」

 

 俺がデルムリン島に到着すると、ヒュンケルは剣を冑に収めたまま首を振るって攻撃を仕掛けている。

 密着したせいか、早くもエイミがエイミじゃないと気付いている様だ。

 

 ヒュンケルが歌舞伎役者の様に首を振るうと、エイミに向かって額の剣が伸びていく。

 どう見ても伸び過ぎだがロン・ベルク脅威の技術力の前に不可能はない。

 

 ″エイミ″は華麗なステップを使って交わしていたが、横凪ぎの攻撃が迫ると手にした剣で魔剣の一撃を受け止めた。

 その瞬間、″ポワン″と煙を上げて正体を晒すことになる。

 

 と言っても、姿を現すのはゴースト君だ。

 

「貴様等っ!? 何処までもふざけた真似をっ」

 

 正体を暴かれたゴースト君は、到着した俺と合流すべくコミカルな動きでドタドタと後退する。

 

「はぁ? ふざけてんのはテメェだろうがっ! 魔王軍なんかに本気で力を貸してんじゃねぇっ……草場の陰でバルトスも泣いてるだろうぜっ!!」

 

 ゴースト君を庇うように前に出た俺は、ヒュンケルの説得を開始する。

 ゴースト君が自ら白い布を脱ぎ去る迄が俺の役割だと事前の打合せで決まっているのだ。

 

「なにっ!? その名を何処で聞いた? ・・・さては、アバンか!?」

 

「アバンは人の秘密をペラペラ喋る男じゃない……コイツを聴いてみなっ!」

 

 甲羅に仕舞った″魂の貝殻″を取り出した俺は、ヒュンケルに向けて下手でゆっくり投げ渡す。

 

「これはっ……!?」

 

「死に行く者の最後の言葉を記録するアイテムだ……地底魔城で偶然見つけた」

 

 この魂の貝殻には、ヒュンケルの養父である地獄の騎士バルトスの最後の言葉が籠められている。

 

 原作でのヒュンケルは、養父であるバルトスが正義の為に殺されたと勘違いしており、それが原因で正義そのモノを憎むに至っていた。

 

「最後の……?」

 

「攻撃しないでやるから聞いてみろよ?」

 

 手元の貝殻と俺の顔を何度か見たヒュンケルは、額から剣を取ると地面に突き刺し冑を脱いで貝殻を耳に当てた。

 

 このヒュンケルがバルトス遺言……幼き自分の身に起こった悲劇の真実を聞いた位で考えを変えるとも思えないが、万が一という事もある。

 何より、親の遺言を伝えてやるのは世の情けってもんだ。

 

「父さん……」

 

 瞳を閉じてバルトスの遺言に聞き入るヒュンケルが呟いている……コイツが単なる敵なら必殺の一撃をぶち込む大チャンスなんだが実に惜しい。

 

 俺が卑怯な事を考えている間も、静かに時は流れゆく。

 と言うのも、ヒュンケルの放つ闘気に恐れをなしているのか、島の住人が全く寄ってこないのだ。

 少しでもマホカトールの影響が有るかと淡い期待も寄せていたが、期待外れに終わったらしい。

 

 まぁ、良い。

 

 決戦の地にデルムリン島を選んだ最大の理由は監視を巻くためだ。

 今のところ、こちらは上手くいっている。

 

「そうであったか……やはりアバンは」

 

 遺言を聞き終えたのか、呟くヒュンケルは胸元で魂の貝殻をグッと握り締めている。

 

「そういう事だ! アバンは全てを知りながらお前を弟子にしたんだ! それを聞いてもまだ魔王軍に居よう、って・・・やはり、だと?」

 

「父の最期はハドラーより聞かされておる……父の命を奪ったのは″魔王ハドラー″だった、とな」

 

「はぁ!? だったら何で!?」

 

「解らぬか? 父の仕えた男は時を重ね、自らの死期を悟り立派な武人へと成長したのだ……先程の貴様の問いに答えてやろう! 父ならば草場の陰で喜んでおるわ!」

 

「っ!? それはハドラーの事だろうがっ! お前が魔王軍の一員として罪無き人々を殺める事を喜ぶハズはねぇ!」

 

「フ、人の世に育った貴様に父の何が判る? 言ったハズだ……死を嫌うなら争わず大魔王に従えば良いのだ。俺は……罪無き者に悲劇が訪れる事のない世を築く為、武人として闘うのだ!」

 

「矛盾してんだよっ! その過程で産まれる悲劇はどうする!? テメェ、知ってんのか? パプニカの姫さんはホンの子供だ! その子供の親を奪い、戦地に立たせるのがお前のやろうとしている事の中身だ!!」

 

「・・・」

 

 俺の叫びにヒュンケルは瞳を閉じて考える素振りをみせる。

 

 しかし、ダメだろう。

 

 ヒュンケルの面を拝んでいるとイライラは収まらないし、それを隠したこんな口先だけの説得では、きっとコイツは改心しない。

 そもそも俺は、コイツや大魔王が悪いと思っていないのである。

 そんな俺の説得が心に響く道理はない。

 

 正義なんてモノは立ち位置で変わり、魔族の側に立って考えれば、大魔王が偉大な支配者で有ることに疑いを挟む余地はない。

 大魔王が悪なのはあくまでも人間と、それを依怙贔屓する神の都合に過ぎないのだ。

 

「……無論、承知の上だ。悲劇を産み出す俺の行いは悪であろう……だがっ、人間と魔族! 二つの種族に隔たりがある限り悲劇は永久に無くならんのだ! 悲劇の無い世の為なら、俺は悪そのもので構わん!!」

 

 案の定、ヒュンケルは持論を持って堂々と反論してきた……コイツが罪を覚悟で行動しているなら、俺には言葉で改心させる術がない。

 

 チラリとゴースト君に助けを求める視線を送る。

 

 しかし、ゴースト君はフワフワと跳び跳ねている!

 

「ちっ・・・そうかよっ! だったら力ずくでも止めてやるよっ! テメェも、大魔王もなっ!」

 

 魔法力を身に纏った俺は、戦闘体制を整えていく。

 

「クククっ……ハァーハッハッハっ!!」

 

 突然、大口開けたヒュンケルがバカ笑いを始めた。

 

「あん? 何がおかしい?」

 

「コレが笑わずにいられるモノか。貴様程度の力量では大魔王はおろか俺にさえ通用せん!」

 

「んなもん、ヤってみなくちゃ判らねぇだろがっ!」

 

「判るさ……貴様の力量は既に見切った。剣も魔法も高いレベルで操る貴様は勇者と呼べるだけの力はある……しかし、それだけだ。人間の勇者では魔王軍は倒せんのだ……悪い事は言わぬ、我が剣の錆になる前に貴様も魔王軍に入れ!」

 

「ふんっ……確かに剣の腕はテメェが上だ。それは認めてやる……だがっ!!」

 

 甲羅を外し天に翳す。

 

「装備の性能差で俺の勝ちだ! アムドぉ!!」

 

 ブラフを吐いた俺は、装着中に攻撃されない事を願いつつ、黄金の鎧をその身に纏うのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52 アバンの視点

アバン視点で話が進みます。







「その鎧は……俺達の鎧と同じ!?」

 

「ふんっ……なんだかんだと聞かれてなくとも答えてやるのが世の情け! 世界の破壊を防ぐ為、大魔王の野望を打ち砕くデロリーンスリー!! このチート鎧の輝きを恐れぬならっ、掛かってこいってんだ!」

 

「貴様っ……どこまでもふざけおって!」

 

 ″鎧化″に成功したでろりん君は、手元に残った仮面を装着すると、その場で足を踏み鳴らし右に左に腕を伸ばしてポーズを決めました。

 

 それを呆然と眺めたヒュンケルが、地面に突き刺した剣を手に取って憤慨しています。

 

 イケませんね。

 

 ヒュンケルが勝利を目指すのであれば、でろりん君を″鎧化″させない事が重要でした。

 幼いあの子には、自らの腕に対する自信を超えた過信が有ったのを覚えていますが、大きく成長した今も直っていない様ですね。

 一見ふざけている様にしか見えない、でろりん君の行動に隠された意味に気付いていない……いえ、探ろうともしていない。

 

 これでは足元を掬われてしまいます。

 

 マトリフが編み出した重力を操る呪文″ベタン″……その力と″光魔の杖″に用いられた技術を応用して創られた全身鎧には、魔法力を消耗し続ける事で重力から受ける影響を軽減させる効果があるのです。

 あの様な動きを見せるのは、鎧に魔法力を行き渡らせる為であり、軽くなったバランスに慣れる為でもあり、それに気付かせない為なのです。

 でろりん君がチートなる表現を使い、

 

『ハッハッハ! 最早、鎧ってかパワードスーツ!』

 

 と、よく判らない単語も用いて評する黄金に輝く全身鎧こそ、ロン・ベルク殿の技術の結晶と言えますが、誰にでも装備が可能な代物では有りません。

 重力を操り続けるには大量の魔法力が必要であり、軽減された重力下で動くにはそれ相応の体術を必要とします。

 戦士や武闘家では重力軽減の効果が得られず、魔法使いや僧侶ではロクに動けない……つまり、黄金の鎧は勇者としての力量を備える者にしか装備出来ないのです。

 素材の都合上、少々派手な色合いになっていますが、デザインにも拘るロン・ベルク殿の匠の業により見た目的にも″勇者の鎧″と言って差し支えありません。

 

 ヒュンケルとは正反対に自らの力を過少に評するでろりん君ですが、ロン・ベルク殿宅にて拝見した、鎧を纏った時の動きは人間の到達出来る領域を越えていました。

 しかし、鎧の感触を確めたでろりん君の発した言葉は、

 

『良しっ! コレでなんとかヒュンケルと殺り合えるぜ』

 

 といったモノであり、勇者の鎧を纏った自身よりも、魔剣戦士となったヒュンケルは上であると認めているかの様でしたが……にわかに信じる事が出来ないでいます。

 鎧の性能を発揮するには魔法力を消耗し続けなければならず、長期戦に向かない欠点等もありますが、鎧を纏ったでろりん君と打ち合える人間がいるとは思えないのです。

 

「ふざけてんのは、ヒュンケルっ、お前だ!! 大魔王にビビりやがって! その負け犬根性を叩き直してやるぜ!」

 

 鎧を輝かせたでろりん君が、剣を握り今にも飛び掛からんとしています。

 

 そうです。

 

 ヒュンケルは大魔王の力を間近で感じ取り軍門に下る事を選んだのでしょう。

 そしてそれは、大魔王の力を誰よりも知りながら立ち向かう、でろりん君にとって赦すことの出来ない行動に見えるハズです。

 

「愚かな……大魔王は誰にも倒せん! 生き延びるには頭を垂れるしか無いのだ!」

 

 冑の隙間から哀しげな瞳を覗かしたヒュンケルが言い返していますが、言葉足らずも変わらない様ですね……でろりん君が誤解してイライラするのも無理はありません。

 

 ヒュンケルの本当の狙いは人類を生かす事にあり、その為に大魔王の軍門に下っているのでしょう。

 素直と言えない性格の持ち主である彼が声高に叫ぶ事は本音と異なる、と見るべきなのです。

 大魔王の力を知るヒュンケルは、自らが悪となり負け犬と蔑まれようとも、魔王軍の中で確たる地位に就き発言権を確保する事で人類の身の安全を獲得し、自身の想い描く理想の世界へと繋げるつもりでしょう。

 その最大の障害となるであろう人類の抵抗は、不死騎団を使って被害を抑えつつ挫く……これは不死騎団の進軍方法からも明らかですね。

 

 ヒュンケルが不死騎団長として闘う事で、死者を産み出している事は否定出来ない事実です。

 しかし、ヒュンケルが団長に成らずとも、他の誰かが不死騎団長に選任され、人類に牙を向くのも間違い有りません。

 ヒュンケルが不死騎団長として軍団を指揮する事で、人類の被害が軽減されている、と言えなくもないのです。

 勿論、大魔王を倒せるならば被害はもっと少なくなります……ですが、容易く倒せる相手ならば、でろりん君は苦労しません。

 大魔王の実力を知ったヒュンケルはでろりん君とは正反対に、実現不可能にみえる理想論に賭けるよりも、実現可能な方法論を選んだのでしょう。

 

 彼が何の策も用いず不死の軍団を進軍させれば、パプニカ軍は労せず勝利を収める事が出来ます。

 勝っても勝っても終らない戦い……最初の頃は何の問題もありません。

 しかし、月日を重ねれば重ねる程、人々は大魔王の強大さを思い知る事になるのです。

 パプニカ最強であるアポロ殿がヒュンケルに敗れてしまっている以上、指揮官を倒して軍団の瓦解を狙う手も打てません。

 小さな勝利を積み重ねる事が出来ても、最終的な勝利が見えないままに戦い続けられる程、人は強くないのです。 

 

 頃合いを見計らってパプニカ王家に降伏勧告を行う……これがでろりん君も気付かない、ヒュンケルの狙いのハズです。

 

「あん? 命惜しさに番犬に成ったってのか? 見損なったぜっ!」

 

 主語の抜けたヒュンケルの言葉に、案の定でろりん君が誤解している様です。

 

 やれやれ……ヒュンケルの説得が終われば、でろりん君の誤解もなんとかしないといけませんね。

 

「ふっ……御託はいい……どうした? こないのか?」

 

「言われ無くとも行ってやる! 覚悟しやがれ!!」

 

 挑発に乗ったでろりん君が気勢を発して、ヒュンケル目掛けて突進しました。

 

 金色に発光するでろりん君のその速度たるや、正に光の矢の如し。

 距離を置いているからこそ、なんとか目で追うことが出来る……其ほどの速度です。

 

「何っ!?」

 

 驚きの声を上げるヒュンケルでしたが、バランスを崩しながらも避けてみせました。

 

 なるほど。

 

 初見であの攻撃に対応出来るヒュンケルは、私が考える以上に腕を上げているのかもしれません。

 

「ちっ、直線的な攻撃はさすがに避けやがるか……だがっ」

 

 大地を蹴って素早く切り返したでろりん君が、剣を振り上げてヒュンケルに襲い掛かります。

 

「口ダケでは無い様だな!」

 

 ヒュンケルも剣を振るって応戦します。

 

 単純な素早さならば、でろりん君が上……連続で繰り出される攻撃の前にヒュンケルは防戦一方です。

 ですが、驚愕すべきは今のでろりん君を相手に、押されながらも打ち合えるヒュンケルのレベルです……彼の鎧は魔法に対する耐性が高いだけで、他の性能は備わっていないのです。

 でろりん君の報告通り、ヒュンケルは私の想像を遥かに越えた戦士へと成長している様です。

 

『天才達の頂上決戦』

 

 でろりん君は、神託の告げるこれからの闘いをこう表現していましたが、その通りなのかもしれません。

 バラン殿にハドラー……そして、目覚ましい成長を遂げたヒュンケル。

 戦闘能力だけで考えるならば、残念な事に私のレベルでは太刀打ち出来そうに有りません。

 それ故に神託の世界の″私″は、自らの力の無さを嘆き他のベクトルに活路を求め破邪の洞窟に潜ったのでしょう……実に″私″らしい行動だと言えます。

 ですが、でろりん君と彼によってもたらされた神託を知るこの世界の″私″は、もう少しだけジタバタしたいと思います。

 差し当り、でろりん君の為に大量の輝石を用意するのが良いかも知れません。

 

『装備がチートなダケで俺は大して強くねーよ』

 

 こう嘯くでろりん君ですが、現に装備は彼の手元に有って、今、私の目の前で恐るべき力を見せているのです。

 

『何もしなけりゃ30分。だが、実際の戦闘なら肉体強化に魔法力を使うし魔法も放つ……ま、チートタイムは良いとこ10分だな』

 

 との事ですが、シルバーフェザーさえ有れば″チートタイム″なる時間を、幾らでも引き延ばす事が可能なハズです。

 ヒュンケルを圧倒する勇者の鎧を纏うでろりん君ならば、きっと″天才達の頂上決戦″でも闘えます。

 

 ……おや?

 

 剣を打ち合わせる度にヒュンケルに余裕が生まれていきます。

 

 これはっ……!?

 

 剣の腕に差もありますが、経験の差が大きいのでしょうか?

 聞けばヒュンケルにはラーハルトと呼ばれる″チートな速さ″を持つ友がいるそうです。

 ヒュンケルは彼と鍛練を重ねる事で、自身よりも速い者と闘う術を身に付けているのかもしれません。

 

「かなりの速さだが、上には上がいる……その程度では俺の裏を取れんぞっ!」

 

 ついにヒュンケルは、体勢を崩すこと無く、正面からでろりん君の攻撃を受け止めました。

 

「ちっ……ラーハルトか」

 

 小さく呟いたでろりん君が軽くステップを踏んで距離を取りをました。

 鍔迫り合いを続けては、もう一つの欠点を見抜かれてしまいます。

 

「む? 貴様……力を犠牲に速さを得ているのか?」

 

 ヒュンケルは僅かな鍔迫り合いで、でろりん君の剣の″軽さ″に気付いた様です。

 重力の影響を軽減させている都合上、重さを乗せる一撃がどうしても軽くなってしまうのです。

 

「な、なんの事やらっ!? 大体、力なんざ無くとも攻撃は出来るっつーの!」

 

 一方のでろりん君は露骨に動揺しています。

 これでは、肯定している様なモノですね。

 

「ゴースト君! 準備は良いか!?」

 

 一定の距離を保ちフワフワしていた私に、でろりん君が助力を求めてきます。

 事前に打ち合わせた″あの攻撃″を仕掛けるのでしょう。

 

 準備は勿論出来ています……私とて、ただ黙って見ていた訳ではありません。

 

「ふ……叶わぬとみて二人がかりで来るつもりか?」

 

「当たり前だ! 独りで闘う意味はねぇ!! 勇者は仲間と力を合わせて悪をボコると相場は決まってんだよっ!  スーパーゴーストアタックを喰らいやがれ!」

 

 でろりん君は、蔑む様なヒュンケルの言葉を悪びれる事無く認めました。

 もう少し別の言い方が有るように思いますが、間違いでは有りません。

 人間は力を合わせて闘う事で、より強大な敵と闘えるのです。

 

 いえ、それだけでは有りません。

 

 人は力を合わせ工夫を重ねる事でどんな困難でも乗り越えてきました……例え大魔王が相手でも力を合わせれば勝ち目は有ります。

 ヒュンケルには、でろりん君と闘う事でこれに気付いて頂きたいのです。

 この役割は師である私ではダメなのです。

 先人に学び道具の力を使い、仲間と力を合わせる事で、実力に勝るヒュンケルに挑むでろりん君の姿にこそ、可能性があるのです。

 ですが、これに気付いて頂くには今少し、でろりん君の″力″をヒュンケルに見せる必要が有るようですね。

 

 でろりん君の合図に黙って頷いた私は、剣を逆手に持って身構えるのでした。

 









二の腕辺りも覆い隠すロトの鎧になりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53

 

 ″スーパーゴーストアタック″

 

 大層な言い方をしているが、要はアバンと二人で行うアバンストラッシュ・クロスの事だったりする。

 

 飛ぶ斬撃が敵に当たる瞬間、交差するように攻撃を重ねる事で何倍もの威力を産み出すストラッシュ・クロスは、敵の動きを見極めた上で非常にシビアなタイミングを要求される難度の高い必殺技だ。

 本来なら俺の撃てるような必殺技では無いが、二人でやるとなれば話は違ってくる。

 遠距離からアバンがアロータイプのストラッシュを放ち、そこに俺がブレイクタイプのストラッシュモドキを合わせれば、脅威の必殺技の完成となるのだ。

 例え失敗したとしても、クロスがアローとブレイクの連続攻撃に変わるだけなので、試して損をする事はないだろう。

 

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たるのだ。

 

 アバンにどんな思惑があって俺の好きにさせているのか定かじゃないが、布を脱ぎ捨て正体を見せないならば、俺なりにやれるだけの事をやるだけだ。

 

「どうした? 来ないのか?」

 

 余裕寂々、小バカにしたような態度のヒュンケルが手招きしてくる。

 

 何処までもイケ好かない野郎だ。

 

 確かに、ヒュンケルは強い。

 コイツと竜魔人バランが組めば、老バーンなら倒せるんじゃないのか? と、淡い期待をしてしまう程に強いのだ。

 強いからこそ、大魔王に頭を垂れる道を選んだコイツには腹も立つし、疑問も生じる。

 しかし、そんな俺の苛立ちや疑問は、大魔王討伐の目的とコイツの有用性の前では些細な事だろう。

 今日、コイツを寝返らす事が出来たなら、俺の長生き確率は″ぐっ″と高まるハズだ。

 

 左手で剣を構えてヒュンケルを見据えつつ、もう一本の剣を右手で腰の裏にセットする。

 コレで俺の準備は完了。

 ヒュンケルの周囲を慎重に歩いて攻撃の隙を探る。

 

 鎧の性能で軽く成っているハズなのに空気が重い……こうしている間にも俺の魔法力は消耗している。

 

 嫌な雰囲気の中、一周、二周と周回を重ねていくも、ヒュンケルの隙はまるで見当たらない。

 

 まぁ、隙が無いなら作るのみ。

 

「ゴースト・あたっく!」

 

 探り合いが三周目に突入したその時、声色を変えたアバンことゴースト君が、俺の背後からストラッシュアローを放つ。

 

 左に軽くステップを踏んで射線軸を確保した俺は、ヒュンケルに向かって飛んでゆく斬撃を見送った。

 

「これはっ!?」

 

 僅な戸惑いを見せたヒュンケルが、暗黒闘気を纏わせた魔剣を振るって斬撃を掻き消した。

 

 やはり、そうくるか。

 

 実力に裏打ちされた自信からか、コイツは基本的に攻撃を仕掛けて来なければ、攻撃を避けようともしないんだ。

 

 だが、これでタイミングと動きを見る事は出来た……尊大とも言えるその自信の隙を突いてやる。

 俺達が動き回って打ち合おうとも、観察を重ねたアバンならば同じ速度、同じ威力の斬撃を、同じ距離から放つことは可能なんだ。

 

「今の太刀筋はアバンストラッシュ!? 貴様っ、何者だ!」

 

「余所見してんじゃねぇ! テメェの相手は俺だ!」

 

 チート鎧の恩恵による速さを活かして突っ込んだ俺は、ゴースト君に視線を向けるヒュンケルの背後に回り込んで剣を振り上げた。

 

「貴様の動きは既に見切った……俺の敵ではない!」

 

 俺が振り下ろすよりも早く、裏拳の様なヒュンケルの横凪ぎの剣が迫る。

 

″キィンっ!!″

 

 万全の体制で振り下ろした俺の剣が、万全と言えない体制のヒュンケルの剣に受け止められた。

 

「はんっ! 強い奴が勝つとは限らねぇんだよ!」

 

 軽口を叩いて打ち合いに持ち込むも、剣がぶつかる度に衝撃が走る。

 

 どうやらヒュンケルは、力主体のごり押しに切り替えてきているらしい。

 俺が軽く成っているのを差し引いても、コイツの力は強すぎる。

 鎧のおかげで速さに勝るのに、剣撃を重ねる度にバランスを保てなくなり速さを活かしきれなくなる。

 

 くそっ……このままじゃ、殺られる。

 

「ゴースト・あたっく!」

 

 焦りを覚えたその時、背後からゴースト君の声が届いた。

 

 軽くステップを踏んで左に跳ぶと、右下がりの斬撃が通り過ぎてゆく。

 

「今だっ!!」

 

 素早く剣を逆手に持ち代えた俺は、斬撃を追いかける様に大地を蹴った。

 

「無駄だっ!」

 

 ゴースト君による飛ぶ斬撃は掻き消され、俺のブレイクモドキは手のひらで受け止められた。

 

 闘魔最終掌でも使っているのか、黒い影を纏わせた拳にヒュンケルが力を籠めるた瞬間、″ピキッ″と音を立て剣にヒビが走る。

 

「このっ……イケメンチート野郎めっ!」

 

 罵りながら、押したり引いたり剣を握る手に力を籠めるもビクともしない。

 

 なんだコイツ?

 

 力と速さと技に加え闘気による強化、更には不死身の耐久力まで併せ持つであろうヒュンケルは、チートとしか言いようがない。

 これだけ強けりゃ大魔王の寝首をかけそうなモノを……どうしてコイツは黙って大魔王に従うんだ?

 

 これも歴史の修正力とやらの影響なのか?

 

 まぁ、いいさ……。

 

 押して駄目なら引いてみなっ、引いて駄目なら諦める!!

 

 とにかく、このチート野郎はぶっ飛ばしてやる!

 

「無駄な足掻きを……むんっ」

 

 ヒュンケルの気合いと共に″パキン″と剣が折れ飛んだ。

 

 しかし、俺はそれよりも早く剣を手離し次の行動に移っている。

 

「隙有りっ! 武神流・土竜昇破拳!!」

 

 両手の自由を得た俺はヒュンケルの足元に武神流の奥義を放つ。

 

「何っ!?」

 

 衝撃が土竜の様に大地を走り、ヒュンケルの足元から顔を出す。

 

「いくぞ! ゴースト君!!」

「ゴースト・あたっく!」

 

 待ち構えていたのか俺が呼び掛けるとほぼ同時に、三度目となるストラッシュアローが放たれる。

 タイミングは二回計った……オマケにイケメン野郎は突き上げる衝撃に囚われ行動不能だ。

 

 三度目の正直。

 

 これで決まらなきゃ打つ手は無い。

 

「喰らえっ! スーパーゴーストアタック!!」

 

 腰の裏に差した剣を引き抜き、そのまま一気に振り抜いた。

 強制的に宙に浮かされ身動き取れないヒュンケルの胸の辺りで、俺とゴースト君のストラッシュが『X』状に交差する。

 

「うおおぉぉぉ!?」

 

 為す術なくスーパーゴーストアタックの直撃を受けたヒュンケルが、驚きの叫びを上げて鎧の欠片を飛び散らせながら吹き飛んでゆく。

 

「よしっ、ドンピシャ! ザマァみやがれ! 一人一人はテメェに劣っても力を合わせりゃコレくらい出来るんだ! ハッハッハ、……は?」

 

 ん? アバンが俺にやらせたかったのは、これか?

 

 力の劣る俺が、小細工を積み重ねる事でヒュンケルに一矢報いる……それはつまり、力の強いヒュンケルに″誰かと力を合わせれば、大魔王に一矢報いる事も可能である″と気付かせる事に繋がる。

 

 そうだとしたら、アバンも人が悪い……それならそうと言ってくれれば良いものを。

 

「しかし、これは少々やり過ぎたのではありませんか?」

 

 勝利の高笑いを上げていると、ゴースト君がいつの間にか俺の背後で佇んでいた。

 ゴースト君は額の辺りに手を当てて、大の字で天を見上げるヒュンケルを心配そうに見ている。

 

「大丈夫だって。こんな程度でくたばるならチートじゃねぇよ。鎧は砕けても本人はピンピンしてるハズだ……ま、これでコイツもアンタの思惑通り、力を合わせる事で得られる強さを学んだハズだ・・・鎧化解除(アーマーセパレート)」

 

 ベホマ分を残して魔法力のほぼ全てを使い果たした俺は、仮面を取ると鎧化を解除する。

 

 鎧から帯状に伸びた金属が、手元の仮面に集まると″カッ″と光が放たれ、甲羅の盾が形成された。

 

 仕組みはサッパリ判らないが、ロン・ベルク恐るべし。

 

「おや? 流石でろりん君ですね。私の狙いに気付いていましたか」

 

「気付いたのは、ついさっきだけどな?」

 

「そうでしたか……ところで、チートなる言葉が何処の言葉か存じませんが、″反則的″といったニュアンスで宜しいのでしょうか?」

 

 迂闊に前世の言葉を使いすぎたらしい。

 

 原作で描かれた出来事は可能な限りアバンに告げているが、俺の前世に関する事は言っていない。

 見た目はこの世界の住人と変わらない俺だが、中身は違う世界で育った影響が色濃く残されている。

 

 バランやダイは人間じゃない。

 しかし、この世界の理で産み出されている、この世界の住人だ。

 モンスターや魔族もそうだ。

 

 それに比べて、この世界の理から外れた知識を産まれ持った俺は、一体何なんだ? ・・・最近、そう思わなくもない。

 

 必死に闘い抜いて、生き延びて……果たして、人とは違う俺が天寿を全うする暮らしを掴めるのだろうか?

 

 ……まぁ、こんな事は大魔王を倒した後の話だな。

 獲らぬ狸のなんとやら、今は目の前で寝そべるヒュンケルを何とかすべきだ。

 

「ん? あぁ、反則で問題ない……って!? 起きるの早くね?」

 

 少し間を置いてゴースト君の問いに答えると、チート野郎が″ムクリ″と起き上がった。

 

 物思いにふけったが、1分も経ってないぞっ!?

 いくらなんでも早すぎる……まさか、コイツ……ノーダメージなのか!?

 

「よもや、これ程の真似が出来ようとはな……クロスか……交差させる事によって通常を越えるエネルギーを産みだしたとでもいうのか……」

 

 上半身裸に冑スタイルとなったヒュンケルが隠そうともしない怒気を放つと、全身から暗黒闘気が立ち昇る。

 

「ちょっ、待てよ! 何をムキになってんだ!? こんなのレクチャーだっレクチャー!!」

 

 左手に構えた盾で半身を隠しつつ、右手で″待った″をかけて後退る。

 

 やべぇ……魔法力の尽きかけた今、コイツと殺り合えば確実に死ねる。

 

 俺の″待った″が通じたのか、冑に剣を収めたヒュンケルは眼前で腕を交差させて立ち止まった。

 

 って、これは!?

 

「問答無用! くらえっ、ブラッディ・クルス!!」

 

 怒れるヒュンケルが両手を拡げた瞬間、辺り一面に闇が広がり、俺は衝撃と共に宙へと弾け飛ぶ。

 

 飛びそうな意識を″ドスン″と大地に叩きつけられた衝撃で何とか繋ぎ止める事に成功する。

 

 なんだこれ?

 

 

 ″溜め″がほとんど無いとかチート過ぎんだろ?

 いや、″溜め″が無かったから俺達は生きていられるのか?

 大地に産まれた十字の亀裂の向こうで、両手を突いてゴースト君も起き上がろうとしている。

 

「て、テメェっ、汚ねぇぞ!」

 

 ゴースト君に先んじて起き上がった俺は、ヒュンケルを意味もなく罵り注意を引こうと試みる。

 

 暗黒闘気によるダメージを喰らった以上、もう闘えない……あとは、正体を現したアバンの口先に賭けるしかない。

 

「ほぅ? 死にきれなんだか? 今、楽にしてやる……闘魔傀儡掌!」

 

 近付くヒュンケルの手から糸状に伸びた暗黒闘気が俺の手足に絡まると、身体の自由を奪われた。

 と言っても指先なんかは自由に動く……動かないのは手足であって、手首足首を掴まれ力で無理矢理動かされている感じだ。

 神経に作用する様な技ではないらしい……コレは収穫だ。

 魔法力さえ有れば指先から呪文を放って攻撃が出来そうだ。

 

 とりあえず、これから来るであろう″あの攻撃″に備えて、甲羅の盾を離さない様にしっかり握るとしよう。

 

「汚いだと? 多数で襲い掛かる貴様がよくも言えたモノだ!」

 

「はぁ? 多勢に無勢が駄目って法律が何処にある? 一人で勝てなきゃ二人、二人で勝てなきゃ三人だ。それでも勝てなきゃ十人でも百人でも用意してやるぜ! 卑怯だろうがなんだろうが、要は勝てば良いんだ! 世の中、勝った奴が正義になるんだ!!」

 

「ふっ……そんなザマでよく吠える。貴様、置かれた状況を理解していないようだな?」

 

 俺の身体の自由を奪い勝利を確信したのか、冑を脱ぎ捨てたヒュンケルが口角を上げて語り始めた。

 

 チャンス到来とはこの事か。

 ゴースト君さえ起き上がれば闘魔傀儡掌なんか恐くもなんともない。

 

 時間稼ぎに走るとしよう。

 

「あんっ? 理解してないのはテメェだろうが! 大魔王に手を貸してどうする!? それでテメェの望む世界が本気で得られると思ってんなら、救いようの無い馬鹿野郎だぜっ」

 

「なんだとっ!?」

 

「大魔王にとって人間なんざ地上に巣くうただのゴミ……統治して導いてやる義務も無ければ、滅ぼす事になんの躊躇いもない。それくらいお前も解ってんじゃねぇのか?」

 

「だ、黙れっ!」

 

 お?

 

 適当にほざいてみたらヒュンケルが予想以上に動揺している。

 

「黙らねーよ。お前がもし、悲劇の無い平和な世界を本気で望むなら、その世界に一番必要無いのは、″力こそ正義″と謳う大魔王だ!!」

 

「黙れぇっ!!」

 

「良いかっ! 力によって抑圧された平和は、見せかけの平穏であって平和じゃねぇんだっ、俺はそんな世界で生きるのは御免だぜっ!」

 

「黙らんかぁっ!! ブラッディ・スクライドぉ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54

「黙らんかぁっ! ブラッディスクライドぉ!!」

 

「ヒュンケルっ、いけません! 空裂斬!」

 

 ヒュンケルが必殺の一撃″ブラッディスクライド″の構えを取ったその瞬間、白い布を脱ぎ捨てたアバンが空裂斬を放ち、俺を宙に吊り上げ自由を奪う暗黒の糸を切断する。

 

「なにっ!?」

 

 ヒュンケルの注意が逸れるも、時既に遅し。

 身体に染み付いているであろう一連の動作は止まらない。

 

 ヒュンケルの必殺剣が目前に迫るも、移動のままならない落下の真っ最中では、盾を使って耐えてみせるしかない。

 咄嗟に使える程の万能性はトベルーラにはない……結局、最後に頼れるのは鍛え上げた己の肉体だ。

 

「お見通しだ!」

 

 強気なセリフと共に甲羅の盾を突きだした俺は、ヒュンケルの必殺剣をいなそうと試みる。

 受け止める、ではなく、受け流す。

 これこそがこの丸みを帯びた盾の正しい扱い方であり、午前の時間を使って短いながらもロン・ベルクから指導を受けている。

 

 ″キィン″

 

 金属のぶつかり合う甲高い音が響き、必殺剣の軌道を逸らす事に成功する。

 

 しかし……。

 

「痛ってぇ……この馬鹿野郎がっ……お前も俺を勧誘してたんじゃなかったのか? 殺してどうするっ」

 

 正中線への即死攻撃こそ免れたモノの、魔剣は俺の右肩の辺りを貫いた。

 

 血が伝わり流れ落ちる魔剣を左手で掴み、動揺をみせるヒュンケルに文句の一つも言ってやったが聞こえていない様だ。

 魔剣を手放したヒュンケルは、アバンの方に顔を向けたまま″よろよろ″と一歩、二歩と後退る。

 

「でろりん君!? 無事ですか!?」

 

「とりあえず生きてる……だが、血が止まらなければ普通に死ねるぞ、これ」

 

「大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと薬草を用意しています。さ、早く剣を抜いて治療しましょう」

 

「いや……治療は自分でやるからアバンはその馬鹿野郎を頼むっ」

 

 肩を押さえて座り込んだ俺は、駆け寄って片膝付いたアバンが取り出した薬草を受け取ると、顎先で狼狽えるヒュンケルを指し示した。

 取り乱したヒュンケルに暴れられたりしたら俺の苦労は水の泡。

 それどころか命だって危うくなる。

 

「あ、アバンなのか? ……いや、違う! アバンは死んだハズだ!」

 

「・・・いいえ、私ですよ……立派に成りましたね、ヒュンケル」

 

 両手を拡げて立ち上がったアバンは、ヒュンケルに向かってゆっくりと歩を進める。

 

「う、嘘だ! 死人が蘇る事などないっ!! 貴様等っ、アバンの姿を騙り俺を惑わすつもりか」

 

 首を振り叫ぶヒュンケルは後退りを続けている。

 

「確かに完全な死を迎えた者が蘇る事はありません。ですが、話はもっと単純なんですよ。私は死んではいなかった……死の間際、でろりん君に救っていただいたのです」

 

「ば、馬鹿な……それでは俺は・・・」

 

「おーぃ、アバン……ちょっと良いか?」

 

 ヒュンケルが背を向けた処で、アバンに手招きを送った。

 

 剣を引き抜き傷口に薬草を塗りながら二人のやり取りを黙って見ていたが、湧き出た疑問を確かめずにはいられない。

 

「なんでしょうか?」

 

「アレ見てみろよ……俺が闘う必要なんてなかったんじゃないのか? まさかと思うが判っててヤらせたんじゃないだろなぁ?」

 

 痛みから額に脂汗を滲ませた俺は、マトリフ譲りの″睨み″を惚けた顔したアバンに向ける。

 

「滅相も有りません。ヒュンケルが私に対してアレほどの動揺を見せるとは夢にも思っていませんでした……彼の心情は察するに余りありますが、私への誤解を解消しながらも魔王軍に属する事を選んだ辺りにヒントが有るように思います」

 

「ふーん? まぁ、あの野郎の心情なんかどうでもいい話だな……問題は、ヤツが大魔王に立ち向かうのかどうか、この一点のみだ」

 

「大丈夫ですよ。ヒュンケルはきっと私達の声に耳を傾けてくれます……それはともかく、貴方はもう少し人の気持ちを察する努力をしては如何でしょうか?」

 

 責めるでもなく押し付けるでもなく、自然体のままアバンが発した言葉に思わず″ハッ″となる。

 

 これからの戦いにおいて力は当然、心も大事になってくるのである。

 原作における大魔王討伐の大奇跡は、人の心の強さと絆が起こした奇跡といえなくもないのだ。

 軽視して良い要素でないのだが、生憎と俺にはイマイチ解らない。

 

「善処しよう……でも、さっきはあぁ言ったが、今日のミッションが無事に終わるってのは、俺にでも解ってるからな?」

 

 俺達に背を向け佇む後ろ姿を見れば、ヒュンケルが感極まって泣いている事くらい俺にだって解る。

 

 原作と異なる道を歩み口で何を言おうとも、結局ヒュンケルはヒュンケルであり、時期に多少のズレが生じてアバンと再会すれば涙を流さずにはいられない……ヒュンケルにとってアバンはそれほど迄に大きい存在なんだろう。

 

 解らないのは感極まる理由であり、俺がヒュンケルと闘った理由である。

 この結果をアバンが予測出来ていたなら、死闘を演じずとも話し合いで解決出来たことになる。

 

 骨折り損のくたびれ儲け感が半端ないどころか、実際に重傷を負ってしまったが、ヒュンケルが味方化するなら善しとしよう。

 最悪、俺が闘えなくなっても構わない。

 ヒュンケルならばアバンの使徒の長兄としてダイ達を護り、導いてくれるのは原作的にも明らかなのだ。

 

「そうですね・・・と、言いたいところですが、そうはいかない様です。負傷の身である貴方に伝えるのは躊躇いますが″ゲスト″がやって来ています」

 

「マジでかっ!? 一体いつの間に? って、痛っ……」

 

 密かに待っていた″ゲスト″の来訪を告げられた俺は、傷口を押さえて立ち上がる。

 

 はぐらかされている気がしないでもないが、決戦の地にデルムリン島を選んだのは″ゲスト″と接触を持つためでもあり、後回しに出来る話でもない。

 原作通りの出来事がおこると仮定すれば、″ゲスト″がデルムリン島に滞在する時間はそう長くはないのである。

 

「ヒュンケルが″ブラッディ・クルス″なる技を使用したその瞬間です。お陰で受け身を取り損ねてしまいました……尤も、アレほどの爆発的な闘気量ですから、万全の体制であってもダメージは免れなかったでしょうね」

 

「そりゃそうだ。なんたってあの野郎はチートだからな? 正面から戦って勝てる様な相手じゃねぇ。だからこそ、味方となった時のメリットはデカイ……手強いヤツ程寝返らせる価値が有るんだ」

 

 そう……手強い奴程味方になれば頼もしい。

 そして、ヒュンケルやクロコダインを筆頭に、魔王軍の連中は大抵寝返らせる事が可能だったりする。

 

 今日の闘いで俺の力はトップレベルの実力者に通用しない事は改めて判った……アバンはコレを俺に伝えたかったのかもしれないが、こんな事は最初から解っていた事だし、俺のやるべき事は何も変わらない。

 ダイ達が万全の状態で大魔王に挑める様にする……その為なら、正義の使者が絶対にしない事でもやってやるさ。

 

「えぇ、その考え方に異論は有りません。説得をもって闘わずして勝つ……手段を選ばない貴方らしい一手であると言えますが……悪い顔をしていますねぇ」 

 

「ほっとけっ! 顔付きが悪いのは生まれつきだ。兎に角っ俺は″ゲスト″に会いに行く! その馬鹿野郎の事は任せるぞ」

 

「分かりました。ですが、これ以上の無理はしないと約束して下さい。どうも貴方はご自身の身を案じないと言いますか、無茶をすると言いますか……」

 

「ふんっ……そいつは見当違いもイイトコだ。俺の作戦は常時″いのちだいじに″だぜ」

 

 心配そうなアバンの間違いを正した俺は、ヒュンケル説得の仕上げを任せ、今後のキーとなるかもしれない人物に出逢うべくブラス宅へと飛ぶのだった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 ブラス宅に到着した俺が上空から目にしたのは、背の低い年老いた妖怪…ザボエラと目される男が″魔法の筒″を握り締めて下品な笑い声をあげる姿だった。

 

 魔王軍六大団長の一人、妖魔司教″ザボエラ″……高い魔法力を持ち周囲から一目置かれる存在でありながら、自分以外の他者を道具と見なし、卑怯とも呼べない戦術を繰り返した結果″ダニ″と蔑まれる事になった哀れな男だ。

 裏切り者の多い魔王軍において、最後まで大魔王を裏切らなかった数少ない人物……のハズが裏切り者的なイメージが強い。

 ハドラーを超魔生物に改造した生物学者もコイツであり、その頭脳は称賛に値する……ハズが魔王軍内における扱いは悪い。

 寿命の長い魔族にとってザボエラの真の価値は判らなかったのだろう。

 もしもの話をしても仕方ないが、遺伝子レベルで細胞を組み合わせられるザボエラが前世にいれば、俺の病を癒せたのでは? と考えずにはいられない。

 

 このように、原作におけるザボエラの評価が不当に低いと感じるのは、俺の思考がザボエラと似ているからだろう。

 自身の望みを叶える為に他者の力を利用する……″望み″に違いが有れど、俺とザボエラの本性はなんら変わらない……そんな気がする。

 

 人の気持ちが解らない俺でも、自分と似ているコイツの説得ならば自信がもてる。

 ザボエラが大魔王を裏切らなかったのは損得勘定の結果に過ぎず、利益を順序だてて提示してやればコイツはきっと耳を傾ける。あの頑固なチート野郎の説得に比べれば楽な相手だ。

 

 人知れず″ニヤリ″と口角を上げた俺は、周辺の様子を探りにかかる。

 

 家の周りにブラスの姿は見当たらない。

 おそらく、ザボエラが手にする″魔法の筒″に囚われたのだろう。

 ザボエラがこの地でこの行動を起こすのは、ダイ達が魔の森で獣王との遭遇戦を行い、優勢のまま終えたと考えて良いのだろうか?

 様々な変化があっても重要な出来事は起こる……これも歴史の修正力とやらの為せる業なのだろうか?

 

 気にならないと言えば嘘になるが、考えたところで解らない。

 頭を軽く振って思考を切り替えた俺は、浮遊に使う魔法力を解除してザボエラの背後に音を立てて降り立った。

 

「だ、誰じゃ!?」

 

 着地音に気付いたザボエラが、どこかコミカルに見える動きで振り返った。

 

「そうビビんなって……怪しい者じゃねぇよ」

 

「お主はっ!? ……強欲の勇者がワシに何の用じゃ?」

 

 鼻水垂らして驚愕に目を見開いたのも一瞬、直ぐに冷静さを取り戻したザボエラは魔法の筒を懐に隠して悪どい顔をしている。

 

「へぇ〜? 俺の事を知ってんのか? ザボエラさんよぉ……」

 

「なぬっ!? 何故儂の名を?」

 

「アンタは有名人だからな? 魔王軍六大団長の一人にして、稀代の天才生物学者……アンタに良い話を持ってきたんだ。そう身構えないでくれ」

 

「ほぅ……小僧、分かっておるではないか。ヒッヒッヒ……如何にも、儂こそが天才・ザボエラ様よ。して? 良い話とはなんじゃ? 鬼面道士ならば返さぬぞ」

 

 原作通り名誉欲が強いのか、正当な評価を受けて気を良くしたザボエラが饒舌になっている。

 

「あぁ、それは別に構わねぇ」

 

 どうせ上手くいかねぇってか、ポップ覚醒フラグの一つだから寧ろ実行してほしい位だ。

 

「では如何なる用じゃ?」

 

「単刀直入に言う……アンタ、俺に手を貸す気はないか?」

 

「なんとっ!? 儂に魔王軍を裏切れというのか?」

 

「そうは言ってねぇよ。大体、魔王軍を裏切るメリットがアンタに無いだろ? 普通に考えたら勝つのはバーンだ……裏切るなんてのは阿呆の所業だ」

 

「左様……人間にしてはよく理解しておるではないか」

 

「まぁな……だから、俺に手を貸すのは″人間にも勝ち目がある″とアンタが思ってからで良い」

 

「ヒッヒッヒ……有り得ぬ話じゃわい」

 

 ニタニタ笑うザボエラは条件を緩くしても乗ってこない。

 どうやら″リューイハイシャック拳″を使う必要がありそうだ。

 

「そうかな? コッチには冥竜王を倒した竜の騎士がいるぜ?」

 

「竜の騎士となっ!? あの最強の生物兵器が生き残っておるのか!? 何処じゃ? 何処にある!!」

 

「ちょっ!? 落ち着けよっ」

 

「さてはバランめか? 成る程、アレほどの強さじゃ竜の騎士だとしても不思議では無いのぅ……」

 

 小さな腕を組んで顎を擦ったザボエラは、一人で喋って勝手に納得している。

 頭の回転が早いのは流石と言えるが、竜の騎士を研究対象と見なしているなら少しマズイ。

 バランに限って遅れをとるとは思えないが、ディアナに目を付けられでもしたら洒落にならない。

 

 大体、なんでザボエラが竜の騎士が生物兵器だって知ってるんだ?

 

「さ、さぁな? まぁ、竜の騎士を知っているなら話は早い。人間に勝ち目があるのは解るだろ?」

 

「さて? それはどうかのぅ? 儂の改造でハドラー様は竜魔人を超える力を得ておる……竜の騎士など恐れるに足りぬわい。そして、偉大なる大魔王様はハドラー様を凌駕する力をお持ちなのじゃ。つまり、儂が大魔王様を裏切る理由も無いのじゃよ」

 

 すっとぼけて押し切ろうと思ったが、順序だてて裏切らない理由をドヤ顔のザボエラにツラツラと語られた。

 

 どうやら″竜威拝借拳″は完全に不発に終わったらしい。

 

「ちっ……」

 

 事実誤認部分を指摘してやりたいが、この場で証明出来なければ只の言い掛かりになる。

 

 こうなったら、此処でコイツだけでも仕止めるか?

 満身創痍の身だが俺の手には黄金に輝く盾がある。

 魔法を封じるこの盾さえ有れば、殺って殺れない相手じゃない。

 

「しかし、じゃ……お主の話は聞いてやるわい。プランは多いほど良いからの……ヒッヒッヒっ」

 

「同感だ……じゃ、手を組む前提で話をするぜ? 俺からアンタへの依頼はハドラーの命を救う事。報酬は大魔王亡き後のアンタの地位になる……無茶苦茶しなけりゃ相応の地位に就けることを約束しよう。返答の期限は、アンタを含めて六大団長が三人以下になる迄だ。どうだ? 悪くない話だろ?」

 

「そうよのぅ……」

 

 俺が一気にまくし立てて返答を迫ると、ザボエラは短い腕を組んで思案を始めた。

 

 先ずはコイツを取り込んでハドラー延命計画を練り上げる。

 その計画をアルビナスに伝えれば乗ってくるのは確実だ。

 アルビナスはハドラーの命令に逆らってでも、ハドラーの生命を救おうとした女……しかも、その手段は″ハドラーの命の危機の元凶であるバーンにすがる″といったトンでもない方法だ。

 手段を選ばないとはこの女の事であり、実現可能そうな方策を示してやれば俺とでも手を組むだろう。

 

 ハドラーとて己の体内に″黒のコア″が埋め込まれていると知れば、大魔王に愛想を尽かす。

 つまり、ザボエラさえ取り込めれば、ハドラーとその親衛騎団を釣り上げる事が出来るのだ。 

 ザボエラでハドラーを釣る……これこそ、原作を知る俺にしか出来ない闘い方ってもんだ。

 障害となるのは黒のコアの除去作業だが……ハドラーの協力が得られるなら外科的に取り出して速攻で凍らせる事も可能になる。

 これら全ては大魔王の目を盗んで行わなければならず、実行に移すタイミングが難しいと言えるが、リスクを背負ってでもやる価値があるだろう。

 

 その為の第一歩が目の前で考え込むザボエラだ。

 

「ふむ……些か府に落ちん点も有るが悪くない話じゃな。じゃがのぅ、それよりもお主と会うた話を大魔王様に告げるのが良いと思わぬか? ″あの小僧が良からぬ事を企んでおります″……とな。ヒッヒッヒ」

 

 流石にザボエラ。

 危ない橋を渡るよりも確実そうな手段を取るか。

 

 しかし、そいつは悪手だぜ。

 

「あぁ、それを言ったらアンタ、死ぬぜ? 俺は大魔王の秘密を知っている。そして、大魔王も俺が何かを知っているのは勘づいている……つまりだ、俺と接触を持ったことを報せれば、アンタも秘密と知ったと見なされて殺されるって寸法だ。知ってんだろ? 疑わしきは罰する……大魔王は非情な男だって」

 

「な、な、なんじゃとぉ〜!? 小僧! さては儂を羽目る気じゃな!」

 

「滅相もない。アンタが報せなければ良いだけだろ? それに、もしかしたら報せてもお咎め無しかもしれないし、大魔王に忠節を尽くすなら寧ろ報告するべきだな、うん」

 

 そう……忠誠心の有る相手ならこんな駆け引きは通用しない。

 損得勘定で動く俺と似ているザボエラだからこそ通用すると確信がもてる。

 

「いけしゃあしゃあとよくも抜かしよるっ……大魔王様は慎重な御方じゃ、お主の言う通りになるわい! ・・・良かろう、お主の提案に乗ってやるわい。しかし、ハドラー様を助けるとは如何なる事じゃ?」

 

「ハドラーの不調は体内に埋められた″黒のコア″によるものだろ?」

 

「お主……何故それを知っておる?」

 

「知りたきゃ教えてやるが、オススメしない……よく言うだろ? 好奇心、猫を殺すってな」

 

「むむむ……良かろう。じゃが″黒のコア″を取り除いたとて最早ハドラー様は助からぬわい」

 

「コアが身体の一部に成ってるんだろ? だったらコアの代わりに″魔結晶″を埋め込んでやれば良い」

 

「魔結晶とな?」

 

「キラーマシーンから取り出した結晶を持っている。コレは元々ハドラーの作った結晶だし、拒否反応のリスクも少ないハズだ」

 

 厳密に言えばこの魔結晶はマトリフの物だが、話せば解ってくれるだろう。

 

「ほぅ……小僧、拒否反応のなんたるかを知っておるのか?」

 

「ん? 詳しい理屈は知らないが、なんとなくなら解るぞ。要は体内に埋め込んだ異なる細胞が反発し合ってんだろ?」

 

「して、その理由はっ?」

 

「いや、だから詳しくは知らねぇって! 免疫細胞とかの影響じゃないのか?」

 

「免疫細胞……とな?」

 

 拳を握り締めたザボエラが執拗に質問を投げ掛けてくる。

 

 なんだ? 俺の知識量でも計っているのか?

 

「細菌とかを攻撃する抗体の事だろ? ってアンタ、まさかっ……知らずに超魔生物を造ったのか!?」

 

「如何にも……細かな事など知らずとも、何と何を組み合わせれば良いかは実験を繰り返せば判るわい。材料には事欠んからのぅ……ヒャ、ヒャ、ヒャ」

 

 自慢気なザボエラが高笑いを始めた。

 

 地道な実験を繰り返す処まで俺と似通っているらしいが……実に不愉快だ。

 

 人の振り見て我が振り直せとはよく言ったモノだ……コイツと同類である俺は、一歩間違えればこうなるということか。

 いや、ザボエラを利用し、ブラスの危機を見逃そうとする俺は、既に外道としか言えないか……。

 

 しかし……

 

「……そうかよ。ま、アンタが何をしようと別にどうだって良いさ。問題は、俺の提案を受け入れるか否か、だ」

 

 人に言えない行いを重ねる俺が、今更引き返すことは出来やしない……大魔王が倒れるその日まで、なんだってやってやるさ。

 

「安心せい。魔王軍の旗色が悪うなれば手を貸してやるわい……尤も、その様な事があるとは思えんがのぅ? 時に小僧、儂の研究に協力せぬか? お主は見込みが有りそうじゃわい……決めるのは人間の旗色が悪うなってからで構わぬぞ。ヒッヒッヒ」

 

 伸びた爪先で俺を指したザボエラが、皮肉タップリに逆スカウトしてきた。

 

 因果なもんだ。

 この世界で誰より早く俺を認めたのがコイツになるとはな……類は友を呼ぶとはこの事か。

 

 だが、原作を頼りに小賢しく立ち回るしかない俺と違い、ザボエラは命を救う事に転じさせられる技術を持っている。

 

「そうだな・・・命を救う方向に研究するなら協力してやっても良いぞ?」

 

「つまらぬ事を申すでないわ……人間の命を救ってなんとする?」

 

「なるほど……どうやらアンタの価値を判ってないのは、アンタ自身のようだな? 良いか? 人は死ぬ……魔族とは比べ物に成らないほどの短い期間で、だ。だからこそ、人は命を大切に思い、命を救ってくれた者に感謝の念を抱くんだ」

 

「感謝とな? 下らぬ感情じゃな」

 

「まぁ聞けよ。感謝を集め続ければそれはいつしか尊敬に代わる……人の命を助けていれば、アンタはそのうち世界中の人々から崇め奉られる事になるだろうぜ」

 

「ま、まことかっ!?」

 

 ザボエラの顔面がドアップで迫る。

 

 うーん?

 

 人間の感謝はいらないくせに尊敬は欲しいらしい。

 どっちも要らない俺とは少し違う様だ。

 

 よく判らないが乗ってくるならもう一押しだ。

 

「言動に多少の制限は付くが保証してやるよ。人にとって、命より重いものは存在せん!!」

 

「な、なんじゃぁ!? 小僧のくせに凄まじい説得力を発揮させよって」

 

「ま、全てはアンタ次第だ……俺の言葉を信じるもよし、大魔王の強さと恐ろしさを信じて従うもよし。その場合……次に会ったら殺し合いだ」

 

「ふむ……考えておいてやるわい。さて、儂はもう去るが握手でもせぬか? これが人間の流儀じゃろうて」

 

 ザボエラが小さな手を差し出してくるが、その尖った爪先からは毒が滴り落ちている。

 

 どこまでも油断ならない野郎だ……今、協定を結んだ俺を害しようとするとはな。

 まぁ、己の身を護るなら此処で俺を始末するのが一番手堅い……これくらいは当然か。

 

「遠慮しておく。アンタの爪の毒は厄介だからな?」

 

「ヒッヒッヒ……喰えぬ小僧じゃわい」

 

「ふんっ……俺に手を貸す決心がついたらルイーダの酒場に遣いを寄越してくれ。アンタの息子″ザムザ″辺りが適任だろうよ」

 

「ふむ……出来損ないの事まで知っておるのか……これは一考の余地があるやもしれぬ」

 

「何をぶつくさ言ってんだ? 行くならササッと行きな……解ってると思うが今日の事を話したら、有ること無いことぶちまけてやるからな!」

 

「ヒッヒッヒ……ルーラっ」

 

 答えの代わりに、不適な笑いを残してザボエラは飛び去った。

 

 一抹の不安は残るがこれでいい。

 自己保身に生きるアイツは強い方に靡く……しっかりと約束を交わしても意味がないのである。

 手を組む意志が有るとだけ伝えておけば、戦況次第で勝手に擦り寄ってくる……そんな奴だ。

 

 

 今日の一手を活かすも殺すも、これからの頑張り次第になってくる。

 肩がジンジンと痛むけれど、立ち止まってはいられない。

 

「よしっ、戻るか」

 

 小さく呟いた俺は、アバンの元へと飛ぶのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55

馬鹿話をどうぞ。









 

 魔王軍侵攻5日目の夜。

 

 無事にヒュンケルを連れてロモス城下の宿にやって来た俺は、カードゲームに興じながらダイ達が現れるのを待っている。

 ザボエラの今日の行動から考えると、今晩ダイ達が現れる可能性は極めて高いと言えるだろう。

 アバンもこう考えているのか、この部屋には来ていない、ってか何処に行ったのか聞かされていない。

 チャイナっぽい服を着たヒュンケルは、俺の対面に着席して真剣にカードを眺めている。

 イケメンにしか着こなせないクールファッションをバッチリ決めるとか、本当に人間世界と隔絶した魔王軍に在籍していたのか怪しいレベルだ。

 てか、一体、いつの間に用意したんだ?

 俺が眠っていた間に準備する時間が有ったとしても、無駄にオシャレが過ぎるぞ。

 

 日中、ザボエラとの悪巧みを終えてアバンの元へと戻った俺は、傷の手当てをするとの言葉に騙され″ラリホーマ″を受けて日没まで昏倒していたのだ。

 それ故に、アバンがヒュンケルに何を話して聞かせたか知らず、ヒュンケルからはロクに話を聞けず、世界樹防衛戦に参加する事も出来なかった。

 

 世界樹を護る!

 

 そう宣言しておきながら、ここに居るマリンやずるぼん達に任せっきりで、全く世界樹を護っていないのはここだけの秘密だ……明日こそはしっかりと役割を果たしたいモノである。

 

 その為にもヒュンケルとダイ達との顔合わせを穏便に済ませたいが……まぁ、ずるぼん達との打ち解け具合を見る限り、余計な心配は無用だろう。

 これは原作補正とかヒュンケルのコミュ能力が高いとかじゃなく、俺が連れてきた手前、アバンの使徒の長兄である、と皆にヒュンケルを紹介したら、すんなりと受け入れられた……単に挨拶をしただけで、だ。

 「よろしく頼む」に対して、「かっこいい」で会話が成立するとか初めて知ったぜ……つくづくイケメンってのは理不尽なもんだ。

 ポップが無駄に反発するのも分からなくもない。

 

「どうしたの? 貴方の番よ?」

 

 ボンヤリ考えていると左隣に座るマリンが急かしてきた。

 

「ん? 俺か……パス」

 

「またパスなの!? カードあるんだから出しなさいよ! パスっ!」

 

 右隣に座るずるぼんがぶつくさ言いながらパスを唱えた。

 

「出すか出さないかなんて俺の勝手だ」

 

「ふ……小細工を」

 

 対面に座るヒュンケルは素早く視線を動かして、俺達の表情を確認しながらゆっくりとカードを出した。

 

「あぁん? これは勝ちを掴むための立派な戦略だっつーの」

 

 ルールを覚えたばかりのヒュンケル相手に、こんな手を使わないと勝てないのは情けなかったりするが、これも勝つためだ。

 このチート野郎はカードゲームまで強いらしく、今のところ三勝四敗一引き分け……ホントに魔王軍にいたのか疑わしいレベルだ。

 

「お主がヤルと卑怯にしか見えんがの」

 

「イカサマを使えるまぞっほに言われたくねぇ。ちゃんと配ってるんだろな?」

 

 俺達にとっての引き分け、つまりは他の参加者の勝利は、まぞっほによるイカサマが原因だ。

 一回戦でずるぼんに配られたカードは、ハートの3からクイーン迄の十枚と各マークの7が三枚のふざけたモノであった。

 バレバレ過ぎるイカサマにジト目を向けたが、

 

『最初はオナゴに華を持たせてやらんとの』

 

 と、まぞっほは悪びれることなく言い放ち、ヒュンケルは「面白い」と呟いたもんだ。

 

「やっとりゃせんわい。真剣にやらせた方が面白そうじゃからのぅ……ほっほ」

 

 俺達が真剣に何をしているのかというと、誰もが楽しめるカードゲームの7並べ。十回勝負で一位抜けの最も多かった者が最終的な勝者となるルールだ。

 

 ゲーム参加者は四名。

 

 最下位の者は見学者と入れ替わる″一回休み″ルールも採用している。

 現在の見学者はへろへろで、まぞっほはディーラー役を務めている。

 ルールを知らなかったヒュンケルは、一回戦こそ最下位に甘んじて二回戦は見学する事になったが、四回戦で初勝利を掴むと六、七、八回戦と三連勝中だ。

 実質的に六戦四勝の手強い相手だが、負ければ俺の勝ちの目が無くなるこの九回戦、なんとしてでも勝たなければならず、現在の所は優勢だ。

 剣で負け、顔で負け、そしてカードでも負けるとなれば、俺の年長者としての面目は丸つぶれである。

 

 まぁ、別に俺がヒュンケルに完敗してもいいんだけどなっ。

 

「そういや優勝特典を決めてなかったな? 優勝者は何でも命令出来るってのでどうだ?」

 

 勝利の道が見えた俺は、ゲームを続けながら有りがちな提案を披露する。

 

 こういったゲームは何かを賭けている方が白熱するのだ。

 

「あんたねぇ、今頃何を言い出すのよ! ヒュンケルの勝ちに決まってるじゃない、変な命令されたらどうするのよ!? って、もうっパスよ! パス」

 

 四度目となるパスを唱えたずるぼんが手持ちのカードを並べていく。

 

 なるほど……カードを出す順番を間違えなければ俺の勝利は確実だな。

 

「良かろう……ずるぼん、心配せずとも俺が命令するのはその男にダケだ」

 

「上等っ! 俺も命令すんのはお前ダケだっ」

 

 勝った。

 ダイヤのナインを止めている限り、この九回戦での俺の勝利は揺るがない。

 最後の十回戦は、まぞっほを買収すりゃぁ絶対に負けねぇ!

 

 くくくっ……こんな所で敗北する己の愚かさを呪うが良いっ。

 

「もしかして……貴方達、仲、悪いの?」

 

 丸いテーブルを挟んでヒュンケルと火花を散らしていると、マリンが恐る恐る聞いてきた。

 

「その様じゃのう……男の嫉妬はみっともなくも面白い見世物じゃわい」

 

 なっ!?

 

「ホントよねぇ……自分で連れてきておいて拗ねるなんて……あんた、馬鹿じゃないの? 大体ねぇ、良い男はそこに居るだけで正義なのよ!」

 

 馬鹿なっ!?

 良い男(イケメン)が正義だとっ!?

 い、いや、違うっ。

 如何なる手段を講じても勝った者こそが正義だ!

 

「今日のリーダーはカッコ悪いぜっ」

 

 ぐはっ!

 

 余計な事を言わないへろへろの発言はグサリとくるぜ。

 

「か、顔が悪くたって、あ、貴方には、私がいるから良いじゃない」

 

「うるへーっ! 別に悪くはねぇだろ!?」

 

 こちとら二十年もでろりんをやって来たんだ。

 例え悪人顔でも愛着はある。

 

「やれやれじゃわい」

 

「ホントね、馬鹿馬鹿しい」

 

「ふ……どうした? 次は貴様の番だぞ」

 

「お、おぅ……?」

 

 おかしい。

 

 なんだ?

 

 さっきまでと何かが違う……なんで、ダイヤのキングが場に出ているんだ!?

 

 コイツ、まさかっ!?

 

 ある可能性に気付いた俺は、テーブルに並べられたカードからヒュンケルに視線を移す。

 

 ″ニヤリ″

 

 こんな擬音が聞こえそうな感じで、ヒュンケルは僅かに口角を持ち上げた。

 

「テメェ……やってくれるじゃねぇか」

 

「何の事だ?」

 

 いけしゃあしゃあとよくも言ってくれる……銀髪に戻っていたから改心でもしたかと油断してりゃぁ、コレかよ。

 

「ほっほっほ……漸く気付きおったか。油断は禁物じゃのぅ」

 

 流石にカードゲームの達人まぞっほ……ヒュンケルのイカサマに気付いていたのか。

 

 いや、イカサマと呼ぶには余りに単純で馬鹿馬鹿しい……ヒュンケルの野郎は、誰かがドボンとなりカードを並べる隙を突いて自らのカードを場に並べていたのだ!

 恐らくは、何戦かに一回の割合で、最も効果的なカードを一枚限り場に棄てていたのだろう。

 ヒュンケルの洞察力とチート染みたスピードの為せる業だ。

 

 だが、証拠がない。

 証拠が無い限りイカサマはイカサマと認められないのは世の摂理だ。

 

 どうする?

 

 俺の手持ちは5枚……対するヒュンケルは三枚とパスを1回残している。

 残り枚数だけならパスを使っていないマリンが二枚と有利だが、恐らく出せるカードは残っていまい。

 

 このままでは負ける……何か、何か手は無いのか!?

 

 諦めかけたその時、圧倒的な閃きが舞い降りた。

 

「ふんっ……パスだ。これで俺はドボンだな」

 

 ドボンを宣言した俺は手持ちのカードを素早く並べていく。

 

「ほぅ……そうきよったか」

 

「えっ、コレって?」

 

 そう。

 こうすれば残り枚数の少ないマリンが圧倒的に有利になるのだ。

 

「マリンが勝ってくれ。そうすりゃ最終戦に望みが繋がる!」

 

「わ、分かったわ!」

 

 俺とマリンはガッチリ握手を交わし、期待通りに勝利を収めた彼女の活躍によって、仁義無き闘いは最終戦に縺れ込むのだった。

 

 

◇◇

 

 

「パスだ」

 

「パスだな」

 

「えっ? 私の勝ち?」

 

 ・・・

 

 誰がこんな結末を予想した。

 

 最終戦が始まる前に、ずるぼんが何気なく放った言葉、

 

『最後は五勝分で良いんじゃないの? 延長とか面倒だし』

 

 最後は高得点、お約束的な提案を無下にするわけにはいかず、受け入れた。

 

 まぞっほとのアイコンタクトはバッチリだったのに……裏切りやがって。

 

 まぞっほは、一部の狂いもなくヒュンケルには1から3、俺には11から13を配ったのだ。

 配られたカードを見た瞬間、敗北を悟った俺達の打てる手は、パスを唱えるだけだった。

 

 優勝の栄冠を手に入れたマリンに視線が集まる中、彼女が言った命令は、

 

『でろりんとヒュンケルは仲良くしなさい』

 

 と不可能に近いモノであったが、俺達は二人同時に「善処する」と言うしかなかったのだった。

 

 

 

 こうして馬鹿騒ぎをしながら夜は拭け、ダイ達が姿を見せるのを今か今かと待ちわびるのだった。

 








まぞっほはマリンに勝たせた方が面白そうなので裏切りました。

でろりんとヒュンケルが勝っていた場合の命令は、一字一句違うこと無い同じ内容の命令だったりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56

 

 ヒュンケルと2人でババ抜きを行い続けて二時間は経過しただろうか?

 未だダイ一行は現れていない。

 

 今日じゃないのか?

 何時まで待てば良い?

 

 焦りにも似た感情を覚えつつ、ヒュンケルが手にするカードを引いた。当然の如く数字が揃い二枚のカードを場に捨てる。

 2人でやるババ抜きほど馬鹿らしいカードゲームも無いだろうが、これもマリンの命令だ。ゲームに興じる者の仁義として、約束を違える訳にはいかない。

 それはヒュンケルも同じで黙々とババ抜きを続けている……今のところ29勝27敗。僅であるが俺が勝ち越している。

 

 ダイよ! 早く来い!

 

「アンタ達さぁ……いつまでそんな事を続けるのよ? 明日も早いんだし、そろそろ寝た方が良いんじゃないの?」

 

 寝間着に着替えたずるぼんが腰に手を当て、呆れながら至極尤もな意見を述べている。

 俺だってこんな事をやりたくてやってるんじゃないんだ……俺達を仲良くさせようと企んだマリンからの命令、

 

『カードゲームでもしたらどうかしら? ババ抜きとか良いわね!』

 

 これさえ無ければ眠りこそしないが、ババ抜きなんかとっくに止めて瞑想でもしているところだ。

 

 それはさておき、俺達的には見慣れたずるぼんの透けたネグリジェ姿、黒を基調にした上下の下着に素足は丸出し……コレをポップに見せるのは少しマズイ気がする。

 ずるぼんは黙ってさえいればそれなりに美人の部類で、ボップは年相応にエロかったりするし悪影響を与えかねない。

 

 原作では……確か……ダメだな、ずるぼんの服装までは覚えていない。

 そもそも、この場にマリンとヒュンケルが居る時点で、原作を当てにするのは危険な行為か。

 

「そうだな……ずるぼん達は先に寝れば良いさ。俺達はもう少し遊んでいる」

 

 カードを配りながら寝かし付けようと試みる。

 ポップがどう反応するか定かでないなら、臭いものに蓋をするが如く追い払っておくのが良いだろう。

 

「なんとっ!? お主はそれで遊んでおったのか? ワシの目には、意地を張りおうておる様にしか見えなんだがの?」

 

 今夜から明日にかけてのキーマンであるまぞっほは、ステテコ姿でワイン片手に上機嫌だ。

 

「男には引けねぇ闘いがあるんだよっ!」

 

「馬鹿じゃないの? 意地を張るのものいい加減にしておかないと、変な命令を出したマリンちゃんが可哀想よ? 見てみなさいよ、今もオロオロしてるわ」

 

「わ、私はこんなつもりじゃ……」

 

「良いじゃねぇかっ。こんなもんは待ってる間の暇潰しだよなっ、リーダー! そんで? 一体、誰を待ってんだ?」

 

 追加で注文した骨付き肉にかぶり付くランニングシャツ姿のへろへろが、狼狽えるマリンを尻目に俺の目論見を言い当てた。

 

 これだから、へろへろは油断ならない。

 

「え?」

「なぬ?」

「どういうこと?」

「何だとっ!? キサマッ俺には何も言わぬくせにっ」

 

 へろへろの指摘に一同が驚いている。

 チート野郎の抗議っぽい声は無視しても構わないだろう。

 

 情報を共有し、連係を密にするのは大事だと理解はしている。

 だが、相手が何も話さないのでは連携の取りようもないのだ……俺がヒュンケルから情報を得ていないのは、時間がなかったのダケが原因ではない。

 ハドラーの事、ラーハルトの事、そして大魔王バーンの事……ヒュンケルが口にするのは、強いだとか肩書きだとか、元より俺が知っていた情報ばかり。

 肝心の、何を話しただとか、どんな関係であっただとか、原作との相違点はヒュンケルの内面に関わる事柄でもあり『貴様には関係ない』の一言で取り付く島なく終了する。

 

 尤も、アバンには話している様だし、ダイ達の見守り役は条件付きで了承しているから、どうでも良いと言えばどうでも良い。

 こっちも、神託の細かな内容まで話す気は無いのでお互い様と言えばお互い様である。

 

「ふぅ・・・未来の勇者であるダイ達が現れるのを待っている」

 

 どうせ遅かれ早かれ判る事……小さく息を吐いた俺は簡潔に告げた。

 

「ダイって……あのデルムリン島に居た少年のことかしら?」

 

 マリンにとっては印象が薄かったのか、頬に手を当て思い出す様な仕草をしている。

 そんなマリンは海をイメージさせる水色の長袖、長ズボンのパジャマ姿だ。

 

「ちょっと待ちなさいよ! アンタ、あんな子供を闘わせる気なの!? 見損なったわ!」

 

 根は真面目なずるぼんが前屈みになって俺に顔を寄せると、青筋立てて怒っている。

 

 闘わせるどころか″この為に拉致った″と明かせば姉弟の縁を切られそうな勢いだな。

 我ながら酷い話だと思うが、俺は間違って無いハズだ……現に色々と企んでみても″成長したダイ″以上の勝利の方程式は未だに見つかっていないのだ。

 

「なんとでも言ってくれ……俺だってな、出来ることならガキに頼るような真似はしたくねぇんだよ。だけど、勝てねぇんだ……ヒュンケル、お前になら判るだろ? 大魔王の人智を超越した″力″ってヤツがよ」

 

「……そうだな」

 

 未だ見ぬダイの力に懐疑的なヒュンケルは瞳を閉ざすと腕を組んで頷いた。

 

 ヒュンケルがダイを見守る条件とは、ダイの力がそれ相応のレベルに達しているか、成長の可能性を確信した場合に限る、といった至極当然のモノだ。

 前世に比べると成人年齢の早い世界であるが、それでもダイは幼すぎるのだ。

 子供を戦場には送りたくない……誰だってそう思うし、俺だってそうだ。

 ヒュンケルとバランで片が付くなら、原作ブレイク大歓迎で、一瞬そんな考えが頭を過ったのは確かだ。

 しかし、当の本人であるヒュンケルが

 

『ハドラーと協力したら大魔王を倒せるか?』

 

 に対して、すかさず″無理だ″と答えたのだ。

 シミュレートしやすい様にバランをハドラーに例えて聞いたが、二人の間に大きな力の差は無いだろう。

 やはり、万全を期すならダイの成長は欠かせないのだ。

 

「情けねぇ話だぜ……大の大人が雁首揃えても大魔王に勝てやしねぇ……挙げ句、子供に頼ろうってんだ。寒い時代と思わねーか?」

 

「思わないわよ。ってゆーか、意味わかんないし。寒い時代ってどんな時代よ?」

 

 ・・・

 

 ずるぼんの鋭い突っ込みに一同が困惑の表情を浮かべながらも頷いている。

 

 俺の名言パクリは盛大に滑った様だ。

 

 室内に微妙な空気が漂ったその時、ドアを″ドンドンドン″と叩く音が鳴り響いた。

 

『勇者さまぁ〜!! 勇者さまってばぁー!!』

 

 来たかっ!!

 

 さすが主人公。

 ピンチの時に現れてくれる。これでババ抜きは俺の勝ち越しだし万々歳だ。

 

「誰だか知らねーが、回りの迷惑も考えろ! 空いてるから勝手に入ってこい!」

 

 非常識な行動をたしなめつつ軽く嘯いた俺は、ダイ達を招き入れるのだった。

 

 

◇◇

 

 

 

「お邪魔しや〜す」

 

 扉の向こうでごちゃごちゃ話す声が聞こえたかと思うと、後頭部を掻きながらドアノブを押したポップが姿を現した。

 その直ぐ後ろにはダイと、ピンク色の髪をした少女が申し訳なさそうに俯いて控えている。

 

「あ〜ら、ダイ君じゃない! 久しぶり、元気してた? げふっ!?」

 

 ずるぼんがダイに抱き付こうとしたので、襟首ツマンで止めておく。

 場の空気を和まそうとしての行動だと思いたいが、自分の服装を考えろってんだ。

 

「あ、やっぱり、でろりんだぁ!」

 

 言うが早いかダイが飛び付いて来る。

 

 避けても良かったのだがとりあえず受け止めた。

 

「っ痛……」

 

 受け止めた衝撃でガッチリ固定された右肩の傷に痛みが走る。

 

 くそっ……暗黒闘気チート過ぎんだろ? 大体、ダイが俺との再開を喜ぶ理由が解らないぞ。

 

「テメッ、嘘つき野郎! なんでこんな所に居やがるんだよ!」

 

「おぅ、ポップか。お前、よく逃げずに此処までこれたな? そっちの女の子は誰だ? 紹介してくれよ」

 

 ダイを床に降ろしてポップにピンク色の髪をした少女″マァム″を紹介するように促す。

 ピンク色の髪の上に乗るゴーグル。背負ったリュックにハンマースピア。そして、魔弾銃と思われる金属を腰にぶら下げている。

 聞くまでもなくマァムだろうが、うっかり名前を口走らない内に聞いておくに越したことはない。

 

「へんっ、誰がお前なんかにっ」

「ネイル村で知り合ったマァムって言うんだ。マァムも先生の弟子なんだよ」

 

「ば、バッキャロー! 簡単に教えてんじゃねぇっ。大体、マァムの名前を聞く前にそっちを紹介しろってんだ。このっ、スケベ野郎!」

 

 ダイと漫才のような掛け合いをしたポップは″チラリ″とずるぼんを見ては罵ってくるが、これまたツンケンされる理由が解らないぞ。

 

 俺に加えてヒュンケルまで居るし、今日のポップは大変そうだな。

 

「よしなさい、ポップ! 訪ねてきたのは私達の方よ……それに、その人、怪我してるわ」

 

「なにっ!?」

 

 俺に詰め寄るポップを制止したマァムは、一瞬で俺の負傷を見抜いたとでも云うのか?

 

「嘘っ!?」

「どうして、黙ってるのよ!? って、なんでアンタも驚いてるの?」

 

「いや、大した怪我じゃないし……お前らだって気付かなかっただろ?」

 

 俺の傷の手当ては衣服の修繕も含めて、アバンの手によって行われている。ずるぼんですら欺くこの治療ぶりは、パッと見ただけで判る様なモンじゃない。

 

 それを一目で見抜くとは……これが慈愛の心の為せる業だとでも云うのか?

 

 とりあえず、隠したい俺にはいい迷惑だ。

 

「信用出来ないわね……服、脱ぎなさい」

 

 案の定、ドスの効いた声でずるぼんが詰め寄ってくる。

 過保護なのは相変わらずで、俺に重症を負わせたのがヒュンケルと知ればどうなる事やら。

 

「はぁ!?」

 

「そうね……怪我をしていないなら服を脱いで証明してくれないかしら?」

 

 表情の消えた顔でマリンまでもが詰め寄ってきた。

 

 言ってる意味もキレてる意味も解らねぇぞ!?

 

「なんでそうなる!?」

 

「マァムちゃんだっけ? この子、何処を怪我してるか判る?」

 

「え、えぇ……右肩を庇っているんじゃないかなぁ……って」

 

 お姉ちゃんパワーを発揮するずるぼんの威圧感に押され、マァムはしどろもどろになっている。

 マァムには乱暴そうなイメージもあったが、意外と″押し″に弱いのかもしれない。

 

「……だって? まだ、見せないつもりならコッチにも考えが有るわ」

 

「だから、怪我はしてるけどかすり傷だって!」

 

「ふーん? マリン! この子の服を脱がすわよ!」

 

「わかったわ!」

 

「ちょ!? アホかぁ!!」

 

 こうして俺は、回りの迷惑も考えず狭い室内を走り回る事になったのだった。

 

 ・・・

 

 なんだこれ?

 

 

◇◇

 

 

 

 逃げ回る事でなんとか元気の証明を果たした俺は、ダイと互いのパーティーメンバーを紹介し合った。

 最後に回したヒュンケルの紹介時にひと悶着起こるかと警戒していたが、拍子抜けするくらいにスンナリと″アバンの使徒の長兄″として受け入れられた。

 素直なダイやマァムは兎も角、ポップまで仲良さげに″アバンのしるし″を見せ合うとかナンだよ?

 出会い方が違えばこうも違うと云うことか?

 

 些か腑に落ちないが、いがみ合うよりよっぽどマシなので由とした。

 

 それから、ダイ達の鋭気を養うべくルームサービスを取っての食事会。

 ダイ達は運び込まれる料理の豪華さに面食らっていたようだが、こちとら金にダケは困らない強欲者だ。

 お代は大魔王討伐をもって払ってもらうし、ダイ達への投資は何の損も無いって寸法だ。

 そんな俺の腹黒い計算にも気付かず、ガッツリ飯を喰らうポップがどんなに憎まれ口を叩こうが可愛いモンだ。

 

 ポップを軽くあしらいつつダイから聞き出した冒険譚は、概ね原作と変わらないモノであった。

 

 昨日のうちにロモスの西海岸に辿り着いたダイ達は魔の森で迷い、ネイル村の少女やその子を探して森に入ったマァムと出会ったそうだ。

 ポップは仕切りに隠そうとしていたが、原作通りポップが逃げ出したのも間違いなさそうだ。

 クロコダインとの遭遇戦を助っ人の力を借りて無事に乗り切ると、ネイル村で一晩を過ごして今に至っているワケだ。

 

 ・・・

 

 助っ人って何だよ?

 

 誰だか判らないが、白い布を被った人物の登場に気を取られたクロコダインは、ダイの大地斬を太い腕にめり込ませてしまい一時撤退したそうだ。

 

 やはりと言うか当然と言うか、原作との違いは起きている。しかし、クロコダインはそれなりに怒って地中へと消えた様だし、明日の朝にはロモス目掛けて総攻撃を仕掛けてくる……と思いたい。

 

「ほぅ……あの獣王を退けるとはな……大した小僧の様だ」

 

 

「へへーん。いぇぃっ」

 

 黙って聞いていたヒュンケルが感嘆の声を上げると、鼻の下を擦ったダイがピースサインを繰り出した。

 その姿は無邪気なモノで、闘いの裏にある悲惨さに気付いていないと伺い知れる。

 

 まぁ、それは追々気付くとして、気になるのはヒュンケルの方だ。

 どうも獣王を高く評価している気がする……俺も手合わせした事のあるクロコダインは手強い相手であったが、このチート野郎が気にする程のレベルでもなかったハズだ。

 

 この数年で何か変化でもあったのだろうか? 皆が寝静まった後でじっくり問い詰めてやるとしよう。

 

「ヒュンケルはどうしてクロコダインの事を知っているのかしら?」

 

 疑っている、ってワケでもなさそうだが、マァムが際どい疑問を口にする。

 

「それは…」

「んなもん俺達だって知ってるぞ? 魔の森のピンクワニ、その名はクロコダイン! ってな」

 

 何か言おうとするヒュンケルを遮って、お茶らけた発言で注目を集める。

 こう言えば、ずるぼん辺りが乗ってきて話題が代わるに違いない。

 

 馬鹿正直に″不死鬼団長ヒュンケルだっ″とでも言おうとしたんだろうが、言わせねぇよ。

 ヒュンケルは不満そうにコチラを一瞥したが、兄弟子が元魔王軍……これがどれだけダイ達を苦しめるか知れってんだ。

 

 言わぬが花に、知らぬが仏……真実を話すだけが正義とは限らないのだ。

 

「そうよ。あのワニちゃんはロモス国内だと有名だったし、マァムちゃんも知ってたでしょ? でも、やっぱり魔王軍に入っちゃったのね」

 

「その様じゃな……あの時、倒しておけば良かったのではないのか?」

 

「あん時は別に悪さしてなかっただろ? んなことより、マァム……そのマダンガンだっけ? 見せてくれよ? ってか寧ろ売ってくれ」

 

 マァムが売るわけ無いのは知っているが、こう言えば、ヒュンケルの事なんか誰も気にする場合じゃなくなるハズだ。

 

 くくくっ……罪の告白をして楽になろうなんて、そうは問屋が卸さねぇ。

 

「え? 見せるのは良いけど、売るのはちょっと……」

 

「買ってもらいなさいよ? この子、良い武器には馬鹿としか言えない値段を付けるし、お金に困らなくなるわよ?」

 

「だなっ、金を気にしない生活は気楽なモンだぜっ」

 

「えっ…でも」

 

「金の問題じゃねぇ! その銃はなぁ……先生の形見なんだよっ」

 

 叫び様に木のテーブルを″ドン″と叩いて立ち上がったポップは、その手を強く握り締めて震えている。

 

 別の意味で気まずい空気が室内を支配する。

 

「そ、そうかアバンの形見か」

「そ、それは売るわけにはいかんのぅ」

「あ、アバンって先生よね?」

「ずるぼん違うわよっ、それを言うなら、先生ってアバン様よね、でしょ」

 

 4人は白々しく言っているが、完全に目が泳ぎ、へろへろに至っては食いきれない量の飯を口へと運ぶ有り様だ。

 

 まったく……何やってんだか。

 

「ナンだよ? おちょくってんのか?」

 

 これにはポップも肩透かしを食らった様で、幾分か冷静になったらしく静かに着席し直した。

 

「俺達はしんみりした空気に慣れてねぇんだ……マァム、悪かったな? 盗ったりしないから見せてくれ」

 

「えぇ、それなら」

 

 テーブル越しにマァムから魔弾銃を手渡される。ピストルサイズの見た目に反してズッスリ重い……一体、材質は何なんだ?

 

「弾は入っているのか?」

 

 俺の言葉にマァムは首を左右に振っている。

 それを確認した俺は装填口を″パカッ″と開いたり、大きめの銃口を覗き込んだりと、少ない知識を総動員して構造を調べた。

 恐らく、トリガーを引くことで弾丸に刺激を与え、ソコに籠められた魔法を放つんだろうが…………意味わかんねーよ。

 アバンと何度も話す機会が有りながら、魔弾銃の構造原理を教わらなかったのが悔やまれる。

 前世において、火縄銃の登場で戦の形が様変わりしたように、この魔弾銃こそ一般兵士最強の装備になりうる一品なのだ。

 隊列を組んだ兵士が一斉に引き金を引く……たったこれだけで魔王軍に甚大な被害を与えられるだろう。

 人を見極めて授けるアバンは、誰彼構わず配布する様な真似を望んでいまいが、過ぎた力を手にした事で起こりうる暴走は、規律と法で抑え込めるのは前世の記憶からも明らかだ。

 

「なぁ? マァム……コレを量産する気はないか? 俺にはサッパリ構造が判らなかったけど、複製出来そうな鍛冶屋に心当たりがある」

 

 マァムに魔弾銃を返却しながら一般兵士強化案を提案する。

 

「それは……出来ないわ。魔弾銃は恐ろしい武器よ……こんな力を手にしてしまったら魔が刺してしまうかもしれないわ」

 

「んなこと言い出したら、ナイフ一本持たせられないだろ? まぁ、無理にとは言わないけどよ、一般兵士に良い武器を与えるのは、これからの闘いに欠かせない事だと俺は思うぞ」

 

「あ……でも……ごめんなさい。私は、貴方ほど人を信じられないわ」

 

 魔弾銃を抱き抱えたマァムが伏し目がちに謝っているが、意味が判らない。

 

 今のやり取りで、何故、俺が人を信じている事になるんだ?

 

「そ、そんな事をしなくても大魔王はオレが何とかするから大丈夫だよ!」

 

 俺が怪訝な顔を小首を傾げていると、ダイが明るい声で実に頼もしい事を言っている。

 それにしても、こうやって人を気遣うダイのコミュ力の高さには舌を巻くばかりだ。

 

 だが少し、青いな。

 

「大魔王をなんとかするのは当たり前だ。でもな? 大魔王を倒しました、人間社会も滅びました、じゃ意味がないと思わないか? お前がどれだけ強くなっても一人で世界の隅々まで護るのは無理ってもんだ……魔王軍の犠牲者を少しでも減らすには、名も無き一般兵士の協力が必要不可欠なんだよ。大魔王の野望を打ち砕くのは、あくまでも人間社会を護るための手段に過ぎないことを忘れるな」

 

「う、うん」

「なんだよ、偉そうに」

「そうね、考えてみる」

「アンタってば、いつの間にそんな事を考えるようになったのよ? しっかり勇者しちゃってお姉ちゃんは嬉しいわ」

 

「茶化すなよ。これはダイに向けての言葉で、俺は自分の事しか考えてねーよ」

 

「そうだとしても貴方は立派な勇者よ」

 

 そう呟いたマリンは酒のせいか、頬を赤らめているが、俺がダイに何をしたのか知れば、怒りで顔を赤らめることになるだろう。

 

「ふんっ……どうだかな」

 

 それから、魔弾丸に幾つかの魔法を籠めて食事会は御開きとなったのだった。

 

◇◇

 

 

 

 皆が寝静まり日付が変わる頃になって、俺はムクリと起き上がる。

 夜が明けると百獣魔団の侵攻が有ると考えるべきで、最早ヒュンケルが嫌いだとか、話をしてくれないだとか悠長な事をいっている場合じゃない。

 今夜の内にヒュンケルを叩き起こして、現在のクロコダインの実力を把握しておく必要がある。

 

 僅かな月明かりを頼りにベッドから降りて立ち上がると、同じ様に立ち上がる人影が見えた。

 どうやらヒュンケルも何か話があるらしく、暗闇の中頷き合った俺達は気配を殺して静かに屋上へと移動するのだった。

 

 

 

 

「で? お前は何が聞きたいんだ?」

 

 単刀直入。

 野郎と月明かりの下で中睦まじく話す趣味は無いし、用件のみを聴いてササッと終わらそう。

 

 てか、普通に眠い。

 

「貴様は神託の勇者だそうだな? その内容をオレに話せ」

 

 ヒュンケルは真剣な眼差しを俺に向けている。

 大方、俺が見ていない間に、ずるぼんかマリンかまぞっほ辺りに聞いたのだろうが、ダメダメだな。

 

 守秘義務意識が希薄すぎんだろ。

 

「却下だ。なんでお前に、俺の知識を無償で提供してやらなきゃならねぇんだ?」

 

「キサマっ……」

 

「そう睨むなって……戦略上、話す必要が有れば教えてやるさ。大体、神託の内容はゴースト君も知ってるんだぜ? それなのにお前が知らないって事は、お前に教えるメリットが無いって判断だろ?」

 

 ほとんど悪行を犯さない内に魔王軍と縁が切れたんだから、黙って俺の言うことを聞いてれば良いモノを……違う世界のお前は悪行を重ねた、と教えたトコロで何の意味もないんだからな。

 

「むっ……」

 

「はい、お前の話は終わり。次はこっちだ……百獣魔団は、クロコダインは強いのか?」

 

 ヒュンケルが口ごもった隙に軽く柏手を打った俺は本題に入る。

 

「あぁ……強い。百獣将軍ザングレイは力と体格だけならば獣王に匹敵する」

 

 でたよ……将軍様。

 

 噂に聞いたミノタウルスの事だろうか? まぁ、力任せのパワーファイターならなんとでもなる。

 

「へー? それで? 肝心の獣王はどうなんだ? 相変わらず力任せか?」

 

「いいや……獣王に如何なる心境の変化があったのか預かり知らぬが、ヤツは数年前から技に目覚め、あまつさえ六大軍団長を披露する席で自ら武具を要求し、大魔王から早さを補う腕輪を授かったのだ……暗黒闘気を封じた今のオレでは勝てん」

 

 なんだそりゃ?

 

 早さを補う腕輪と言えば″星降る腕輪″だが・・・なんでこの世界に有るんだ?

 鋼鉄の肉体と怪力無双を併せ持ち、素早さを補強したクロコダインとか……どんな罰ゲームだよ?

 

 一体誰の入れ知恵による変化なんだ?

 

 厄介そうな相手だが、ヒュンケルの口振りから暗黒闘気を使えば勝てる相手とも言えるし、ダイの最初の壁としては適任か?

 

 ならば話は簡単だ。

 

「ヤバくなったら暗黒闘気を使えよ?」

 

「キサマという男はっ……そんな簡単な話ではない!」

 

「だからそう睨むなって。別に暗黒の力と決別しようするお前さんの決意を蔑ろにする気は無いさ。だが、それに拘って死んじまったら意味がないだろ?」

 

「……オレは、光の闘気で戦い抜いてみせる」

 

「そうかい……ま、それで死んだら笑ってやるから、せいぜい頑張るんだな? でも、ダイ達は絶対に護りきれ! 良いな!?」

 

「キサマに言われるまでもない」

 

「そうかよ……じゃ、明日は頼んだぜ? 百獣将軍とやらの相手は俺がやってやるよ」

 

 話は済んだとばかりにヒュンケルに背を向けて左手をヒラヒラさせる。

 

「……傷は大丈夫なのか?」

 

「あん? 何を訳の判らんことを……無理でもやるんだよ。敵がコッチの都合を聞くわけないだろ?」

 

「そうだな……」

 

 こうして、クロコダイン強化の事実を知った俺は、何か言いたそうなヒュンケルを屋上に残し、夜明けに備えて遅めの眠りに就くのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57

モノローグからスタート。


 明けて翌朝。

 

『グォぉぉぉ・・・!!』

 

 獣王の雄叫びと思われる大きな声で飛び起きたのか、ダイ達が勢いよくやって来た。

 ノックもしないのは良いとして、いくら慌てていたとしてもパンツ姿はどうかと思うぞ、マァム。

 しかし、そんな事を暢気に指摘している場合でも無かったので、マントを外して投げ渡すに留めおいた。

 寝起きのダイ達とは対照的に俺達は準備万端、世界樹に向かう為に装備を整えていたのだ。

 冬が終わり春を迎えようとする季節柄、日ノ出がそれほど早くないのがせめてもの救いだが、こう連日早起きだと回復魔法に頼っても疲れを完全に取ることが出来ないでいる。

 

 そんな俺達の事情を知らないダイは、昨夜と違う俺達の装備姿を見て喜色を上げたが、ロモス王宮には行けない旨を冷徹に告げてやった。

 非難を浴びるかと思いきや、

 

『でろりんの分まで俺、頑張るよ!!』

 

 と、変な風に意気込んだダイが部屋を飛び出すと、ポップとマァムも続いて戻っていった。

 3人を追ってダイ達の部屋へと向かうと、逸早く着替え終えナイフを武器に飛び出したダイとすれ違う。

 余りの速業かつ、その猪突猛進振りに一同が呆気にとられてしまうも、なんとか我に返った俺は二階の窓からダイを呼び止め、ロンの剣を投げ渡した。

 ロンの剣ならばダイの竜闘気にも、少しは耐える事が出来るだろう。

 

 俺がそんなやり取りをしている間に、ヒュンケルは何処で調達したのか、ミステリアスな仮面を取り出して素顔を隠した。

 魔王軍に裏切りを悟られない為の小細工だと思われるが、無駄にキマっているのはナンなんだ?

 

『ダイの事は任せろ』

 

 魔剣を手にダイを追おうとするヒュンケルに、「分かってんだろな?」と念を押していると、着替えを終えたマァムが話に割って入り、魔弾銃をヒュンケルに手渡した。

 

『魔法の使えない貴方が持つのが一番良いと思うの』

 

 これが、一晩悩んだマァムの出した答の様だ。

 確かにベホマの籠った魔弾銃を不死身野郎に渡しておけば、これ以上ないくらい有効的に使えるだろう。

 パーティーが壊滅寸前に追い込まれてもムクリと起き上がって、ベホマ弾、発射! ……敵さんがちょっと可愛そうになるレベルである。

 だがこれは、マァムが自分の力の無さを認める行いでもあり、中々やれる事じゃない。

 

 感心の眼差しをマァムに向けていると、彼女はモタモタと着替え終えたポップを戦場に連れ出そうと説得を開始した。

 

 2人のやり取りを横に見ながら、俺達は俺達で身の振り方を相談し始める。

 今正に総攻撃を受けようとしているロモス王宮を見捨てるのは忍びないが、アルキードは既に毎日総攻撃を受けているのだ。

 俺達と同じく、兵士達の疲労も蓄積されつつある今、ここにいる5人が揃って抜ければどんな事態を招くか想像もつかない。

 

 世界樹優先。

 

 俺を残してアルキード行きが決まりかけたその時、

 

「巻き添えくって、死にたかねぇよ!!」

 

 ポップが魂の叫びを上げたのだった。

 

 その瞬間……″ボコッ″とマァムの右フックがポップの顔面を綺麗に捉える。

 

「何しやがるっ!?」

 

 壁に打ち付けられたポップが左頬を押さえて抗議の声を上げたが、涙を浮かべたマァムの追い討ちをかける言葉に、ぐぅの音も出なくなり俯いた。

 

「わたし……城下で闘ってきます。皆さんもお気をつけて」

 

 ペコリと頭を下げたマァムが、宿を飛び出して今に至る……ってか、なんで城下町?

 

 まぁ、いいさ……こんな事は些細な変化だ。

 大事なのはヘタレたポップがマァムにぶん殴られ、それをまぞっほが見ている事だ。

 これだけ原作と似通った展開ならば、見かねたまぞっほがお節介を焼くに違いない。

 原作では、まぞっほの説得を受けたポップがひと欠片の勇気に目覚め、コレからの待ち受ける過酷な戦いを乗り越えていくのだ。

 

 さぁ、まぞっほ! 後は任せたぞ。

 

「ふむ……凄まじいオナゴよな。 じゃが、自分の力、やるべき事をよーく判っとるわい……そっちの坊主とはエライ違いじゃの」

 

「別に良いでしょ? 魔王軍となんか誰だって闘いたくないわよ」

 

「だなっ。弱いヤツは隠れて震えてれば良いぜ」

 

「それもそうじゃの……さて、そろそろワシラも行くとするかの? ホレっ、流石のお主も武器が無くては闘えまいて」

 

 まぞっほが自分用のブラックロッドを俺に投げ寄越した。

 

「・・・・・・は?」

 

「何を惚けておる? 貸し与えるだけじゃぞ」

 

 いやいやいやいや、元々コレは俺のモン……じゃなくって、なんでポップに説教くれてやらないんだ?

 俺はあの名シーンを再現させる為に、ずっとこの宿をとってきたんだぞ。

 事前に打ち合わせれば嘘臭くなると思い、何も言わずにいたのが裏目に出たのか?

 

「ちょ、ちょっと待てよ。コイツどうすんだよ?」

 

 ダイ達の部屋から立ち去ろうとするまぞっほを呼び止め、手にしたブラックロッドの先でポップを指し示す。

 

 これは非常にマズイ。

 

 原作のまぞっほがポップに向けて何を言ったのか、何となくなら覚えている。

 覚えているが、それを口先だけで薄っぺらく真似てみても、おそらくポップの心には響かない。

 言葉とは不思議なモノで、同じセリフを同じトーン同じ声色で話しても、口にする人間次第で印象がガラッと変わるのだ。

 自分と同じ小悪党に堕ちかけるポップを救おうと、まぞっほが親身に話したからこそ響いた……って!?

 

 まぞっほ、小悪党になってねぇよ!

 

 世間的には俺のパーティーメンバーとして悪名も背負っているが、火事場泥棒の様な犯罪行為はしていない。ってか、する必要がなかった。

 

 くそっ……なんでまぞっほが小悪党になってないんだよ!?

 

 だからか?

 

 まぞっほは、自分と重ならないポップに然したる興味を抱いていない……だとしたら、手詰まりだぞ。

 

「放っておけば良いでしょ? アンタも勇者の弟子なら自分の身を護る位は出来るわよね?」

 

 ずるぼんは子供をあやすようにポップに話し掛けたが、その実、興味が無さそうだ。

 

「そうね。嫌がる子供を無理に闘わせるワケにいかないわ」

 

 やはり興味無さそうなマリンが尤もな事を言っている。

 対象がポップでなければ全面的に同意だが、コイツは無理矢理にでも闘わせる予定だ。

 

 さて、困ったな。

 

「ほっほっ……それは誰の影響かの?」

 

「もうっ、まぞっほさんったらっ茶化さないで下さい……それより急がないと」

 

 そんな事を言いながら頼もしきパーティーメンバーは去っていき、それほど広くない室内に俺とポップが取り残された。

 

 ・・・

 

 どうすんだ、これ?

 

 

 この戦いが終われば、無理やり拉致ってマトリフの元に連れてくか……?

 

 いや、それは下策だ。

 

 勇気に全く目覚めていないポップがあの地獄に耐え切れるハズもなく、逃げ出すのがオチだ。

 

 じゃぁ、どうする?

 

 原作と違う行動に出たマァムの様子も見に行かなきゃいけないし、時間をかけてる余裕はない……こうなったら俺が説得するしかないのだが、俺でポップを説得出来るのだろうか?

 

「……なんだよっ、言いたいことが有るならハッキリ言えよ!」

 

 項垂れるポップをジッと見ていると、口許を拭ってばつが悪そうに立ち上がった。

 

「ん? あぁ、そうだな……」

 

 俺は頬をポリポリ掻きながら言葉を濁す。

 

 普通に無理だ。

 

 勝てない相手に策も無く突っ込むのが勇気だとは思えない。

 こんな俺が″勇者とは勇気ある者!″とか叫んでも白々しく聞こえるだけだ。

 

 こんな時、アバンならどうする?

 

 ん? 

 

 待てよ?

 

 アバンか……そうかっ……別にまぞっほを真似なくても、ポップの強すぎるアバンへの依存を突いてやればイケそうだ。

 重要なのはポップが勇気を持って奮い立つ事であり、俺流に発破かけても結果が変わらなければ問題ない筈だ。

 

「何も無いなら早く行けよ! お前は俺と違って勇者なんだろっ」

 

「いや、俺は勇者じゃないぞ? 便利だから名乗ったりするけどな」

 

「テメッ……ホントに嘘つき野郎だな」

 

「なんとでも言ってくれ……まぁ、俺が嘘つきでもアバンの顔に泥を塗る臆病者よりマシだろ?」

 

「な、なんだとぉ?」

 

 顔を赤くして拳を握ったポップは、俺の言葉の意味が判っていない様だ。

 

「はぁ……やれやれだな……いいか? アバンは俺と違って本物の勇者なんだぞ? そんなアバンの弟子が有事の際に役に立たなければ、誰が何を言われるのか分かってんのか?」

 

「うるせーっ、出来損ないの弟子で悪かったなっ」

 

「残念、そうじゃない……″役に立たない弟子作りにうつつを抜かした″と、アバンが非難されるんだ。もっと他の事に時間を費やせば良かった……ってな? 嘲笑われるのはお前じゃなくってアバンなんだよ」

 

「う、嘘だっ」

 

「嘘だと思うなら逃げてみろよ? 真っ先に俺がアバンを笑ってやるぜ」

 

「き、汚ねぇぞっ」

 

 声を落として得意の悪人顔をしてやると、ポップは青い顔で苦し紛れの罵声を吐いている。

 

 予定通りだが、子供を精神的に追い詰めるのは辛いものがあるな。

 

「だが……お前が仲間を見捨てて逃げる事は有り得ない」

 

「ど、どうして、そんな事が言えるんだよ!? オ、オレは今……ダイを見捨」

「見捨ててないだろ? まだ闘いは始まってもない……躊躇う事は誰にだってある。俺だってそうだぜ? 自分のやってる事が正しいのか……分からないまま戦ってるんだ」

 

「あんた……」

 

「それにな? いくらアバンがお人好しでも、何の見込みも無いヤツに力を授けるワケがねぇ。ポップ……お前は、力を授けるに足る男だとアバンに見込まれたんだ。大好きな先生の顔に泥を塗りたくないなら、アバンの信じた自分を信じて頑張ってみろよ?」

 

 

「先生の信じた自分を信じる……?」

 

 アバンの名を出した効果は抜群らしく、ポップは自分に言い聞かせる様におうむ返しに呟いている。

 

「胸にひと欠片の勇気が有るなら逝ってこいよ……骨は拾ってやるぜ」

 

「マァム!!」

 

 止めとばかりに、まぞっほの台詞もパクってみたが聞いちゃいねえ。

 勢いよく駆け出したポップを二階から見ていると、マァムを追ってか城下町へと向かって行った。

 

 ・・・

 

 だから、なんで原作と違う行動をとるかな?

 

「あーぁ、あのガキ死んだな……」

 

「可哀想な事するじゃない? アバンの弟子だからって弱い子は闘わせなくても良いでしょ?」

 

「そうよ……子供を闘わせたくないのは嘘なのかしら?」

 

「そうではなかろう……恐らくじゃが、あの小僧も神託の告げる勇者の一人じゃろうて」

 

 俺とポップのやり取りを盗み見ていたのか、思い思いの事を口にしながら4人が顔を覗かせた。

 

「俺と違ってあいつも神託の告げる本物の勇者の一人だ……死にゃぁしねえよ。って、そんなことより、まぞっほ! なんで小悪党になってないんだよっ。おかげで俺が説教する羽目になったじゃねぇかっ」

 

「ほ? 藪から棒に何を言うとるんじゃ? 儂が小悪党から足を洗えたのはお主の影響に決まっておるではないか」

 

 

「俺の……?」

 

「そうじゃ……アレはもう十年以上も前になるのかの? 年端もいかぬお主が兄者の元、地獄という言葉すら生温い修行に励んでおったのは」

 

「やめてくれ。思い出しちまったじゃねーか。マトリフのシゴキに比べりゃ魔王軍の侵攻も可愛く思えるぜ」

 

「ほっほっほ……お主はそうやって口答えしながらも兄者から逃げなんだ。あの兄者相手に子供が励んでおったのじゃ……儂も少しは踏ん張ってみようと考えてもおかしくあるまい?」

 

「俺を見て踏ん張ったにしても、頑張ったのはまぞっほ自身だろ?」

 

「そうかもしれぬ。じゃが、儂が大魔法使いとして他者から一目置かれる様になったのは、お主のお陰と思うておるのじゃよ。寄せられる期待が辛い時もあるがの……悪くない人生じゃよ」

 

 大魔法使いと呼ばれているかは一先ず置いておくとして、そんな風に思われていたのか。

 

「まぞっほ……」

 

「お主が影で何をやっておるのか知らぬが、少なくとも小悪党じゃった老いぼれに良い影響を与えておるのは確かじゃよ」

 

「そうよ! アンタは自分でどう思っていても立派な勇者なんだから!」

 

 ずるぼんは相変わらず俺を勇者に仕立てあげたいらしい。

 ここぞとバカリに畳み掛けてくるが、当事者である俺は勇者に拘る気が無いんだよな。

 

「そうかぁ? 勇者とは勇気ある者なんだぜ? 打算で動く俺は勇気とは無縁のニセモンなんだよ」

 

 とりあえず、勇者でないのは確実だから否定しておこう。

 

「先を知る貴方が勇気より打算で動いてしまうのは仕方ないわ。だけどっ、私、貴方を見てると思うの……勇者とは他者に勇気を与える者なんじゃないか……って」

 

「俺が? 勇気を与えるだって!?」

 

「リーダーが現れたら野郎共はゴールドラッシュで元気百倍だぜ! がっはっはっ」

 

「金目的じゃねぇかっ」

 

「よいではないか……お主が打算で動こうと、兵士達が目的が金であろうと、世界樹で闘う者達がお主を頼りにしておる事に違いはあるまいて。お主は勇者である事を頑なに拒んでおるが、そろそろこれも役回りじゃと思うて受け入れてはどうじゃ?」

 

「役回りねぇ……」

 

 改めて考えてみると、まぞっほだけじゃなく俺達も小悪党とは言えなくなっているし、原作と異なる行動をとっているのは、ポップやマァムじゃなくて他ならぬ俺達自身か。

 

 ・・・

 

 って、今更か。

 

「そういえば、アンタの神託だとあたし達は何してたの?」

 

 いたずらっ子の様な表情を浮かべたずるぼんが、実に答えにくい思い付きを口にすると、まぞっほとへろへろ、マリンまでもが興味津々といった様相で俺の言葉を待っている。

 

「ふんっ。今とおんなじ勇者に決まってんだろ? さぁ……魔王軍は待っちゃくれねぇ。 百獣魔団をぶちのめしたら俺も直ぐに行くっ、それまで世界樹の事は頼んだぞ!」

 

 嘘っぱちだが、こんな嘘なら許されるハズだ。

 全うに生きるずるぼん達に、俺達の本性は小悪党! なんて伝える意味はない。

 なぜこうなっているのかイマイチ解らないが、人は選択の積み重ね次第で良くも悪くも変われると云うことだろうか?

 

「任されたわい。じゃが、いよいよ不味くなったら逃げさせてもらうぞい。ほっほっほっほ」

 

 そう言ってまぞっほが笑うと、ずるぼん達も同調する様に″ウンウン″と頷いている。

 

 逃げるのは賛成だが……やっぱ、本性は変わってねぇのかも。

 

 

 こうして、なんとかポップを説得した俺は、百獣魔団との戦いへと突入するのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58

 

 百獣魔団。

 

 読んで字の如く、百種の魔獣の軍団だ。

 実際に百種を越えているかどうかは別にして、猿やアリクイ、羊に蛙。果ては芋虫や樹木に至るまで、獣と呼んでいいのか微妙なモノも含めて、実に様々なモンスターが所属しており、種族の多さに比例してその総数は膨大なモノとなっている。

 攻め寄せた百獣魔団の中には″ドラキー″や″キャタピラー″といった雑魚としか言えないヤツも大勢いるが、正直、あまり闘いたくない軍団だ。

 倒す度に手に残る嫌な感触、耳に残る断末魔の叫び、そして目を覆いたくなる血飛沫……百獣魔団のモンスター達は、世界樹に攻め寄せるソレとは違い、全てが生きているのだ。

 

 ・・・

 

 と、葛藤してみても俺のやるべき事は変わらないんだけどなっ。

 

「よぉーっし! 良くやったぁ! 伏せなっ、イオラオラぁ!!」

 

 敵は……殺す!

 

 民家の上に陣取った俺は、兵士達が路地裏を駆け巡って大通りに集めてきたモンスターの群へと目掛けてイオラを放った。

 当初はポップ達を探してロモスの街中を駆け抜けていたが、狭い路地裏にまでモンスターが入り込む百獣魔団の大攻勢を目の当たりにし、方針変更を余儀なくされたのだ。

 

″ドォーン、ドォーン……どぉん″

 

 二つと一つの爆発音が響き″チャリチャリチャリーン″と大量のゴールドが地面に落ちた。

 

 ん……!?

 

 イオラが発生源でない爆発音の聞こえた方へ顔を振ると、高台にある城が視界に入る。

 ″キッ″と視線を強め遠方に視点を合わせると、城の壁に穴が空き土煙の上がっているのが確認出来た。

 タイミング的に″獣王会心撃″が炸裂した頃合いになるが……ダイは無事だろうか? 一度様子を観に行くべきなのかもしれない。

 

 ……いや、何かある度に手を差し伸べていては、ダイの成長の妨げと成り兼ねないばかりか、魔王軍の連中に″ダイに何かがある″と勘付かれる恐れもある。

 側にはヒュンケルも控えているし、二人を信じて俺は俺のやるべき事をやるとしよう。

 

「おぉ……凄い……」

 

 何に対する呟きか定かで無いが、俺が遠くの城を眺めて佇んでいる間に、兵士達は焼け焦げたモンスターの周りに集まりゴールドを拾っている。

 

「何時までも拾ってんじゃねぇ! ゴールドなんか俺について来りゃいくらでも稼がせてやる!! 次だ、次行くぞ!」

 

「は、はい! 勇者様っ!!」

 

 直立の姿勢を取った兵士A〜Hの前に降り立った俺は、兵士を率いて南にある大門目指して駆け出した。

 雑魚なんか気にせず先にポップ達と合流すべきかもしれないが、街中の惨状を見てしまえばそうもいかない。

 

 指揮官なき魔獣の軍団は手当たり次第に家屋を破壊し、戦闘員と非戦闘員の区別もつけず、人とみれば老若男女関係なしに襲いかかっている。

 これを放置して惨事を招けば、ダイの勝利に傷を付けるばかりか、ダイが己の行いに疑問を抱いてもおかしくないのだ。

 逃げ遅れている一般人がそれ程多くないのがせめてもの救いと言えるが、万が一にも、

 

『獣王を倒しました、でもロモスは滅びました』

 

 となれば意味がない。

 

 ダイの勝利に花を添える為にも街の被害を極力抑えたいのである。

 

 しかし、家という障害物に遮られる街中での戦闘が災いして、俺一人では思う様にモンスターを倒せないでいた。

 そこで登場するのが名も無き兵士の皆さんって寸法だ……雑魚に苦戦していた兵士を助け口先で手懐けた後は、四方に散らばりモンスターを誘き寄せる役割を担わせている。

 

 くくくっ……危険な囮役を小銭に目が眩んだ兵士に任せる、これぞ、でろりん流戦闘術″高みに陣取り呪文を唱えるだけの簡単なお仕事です″だ。

 

「ゆ、勇者様! アチラに火の手が!!」

 

「あんっ? またかよっ……ちっと待ってろ」

 

 背後の兵士から上がった声に従い、軽く浮き上がって火元を目指す。

 

「ふぅ……なんで意味なく燃やすかな? ヒャダイン!!」

 

 上空で火元となった民家を眺めぼやいた俺は、燃え盛る民家に向けて氷結呪文を唱えた!

 伸ばした両の手から吹雪が巻き起こり、炎の形をした氷の彫像が出来上がる。

 氷が溶けても人が住める保証はどこにもないが、木造家屋の建ち並ぶロモス城下において、火災は致命的な被害と成りかねない。

 魔法力を消耗するのは痛いが、初期消火は迅速に行うべきだろう。

 

「おぉっ……流石は勇者さまっ!」

 

「ふんっ……世辞はいい。さぁ! いくぞ!!」

 

 ってか、ヒャダイン位使ってくれよな……マジでロクな人材が居やしねぇ。

 

 待たせた兵士A〜Rと合流した俺は、内心で悪態をつきながら南大門を目指して突き進むのだった。

 

 

◇◇

 

 

 大通りを進み雑魚を見付けては兵士を使って纏めて殲滅、火元を見付けては初期消火……そんな行動を繰り返しつつ南大門へと歩を進める。

 高台に建てられた石造りの荘厳な城を中心に扇状の広がりをみせるロモス城下は、原作を読んで得た印象よりも明らかに広く、未だ南大門に到達出来ないでいる。

 いや、ロモスだけでなくこの世界全体が原作の印象よりも広い。

 

『似て非なる世界?』

 

 との疑念も沸くが、これは恐らく少年向けに描かれた原作が、色々とデフォルメされていたからだろう。

 例えばテランの人口は三千を越えているし、アルキードに至っては推定で三十万を越えている。

 これを正確に描けばバランは″三十万人の虐殺者″となってしまい、敢えてデフォルメしてボカす事で、死と罪の印象を与えない様にしていたのでは無いかと思われる。

 

 この様に、原作で描かれた事がこの世界の全てで無い以上、百獣魔団の侵攻で死者が出た描写が原作に無かったとしても″現実的″に死者が出ない保証は無いのである。

 

 ……まぁ、小難しい事は一先ず置いておくとして、今は兎に角、南の大門を目指す事に専念しよう。

 街中に入り込んだ雑魚を駆逐するのも大事だが、これ以上の侵入を許さないのも重要だ。

 

 って、アレが南の大門か?

 

「ゆ、勇者様! アレを!!」

 

 俺が大門を視界に収めたその時、背後に付き従う兵士が脅えの混じった声を上げた。

 

 額に手を当て兵士が指差す斜め前方を確認する。

 

「ん? ライオンヘッドに……ポップとマァムか? 棒立ちで何やってんだ?」

 

 目算で三百メートル程先の道端で、ライオンヘッドを目の前にして杖を構えて立ち止まるポップ。

 そのポップの後ろで背を丸めて何かを抱えるマァムの姿が見てとれる。

 

「ゆ、勇者様! 御願い致します!!」

 

 兵士Aの声に振り替えってみれば、三列に並んだ兵士達が敬礼している。

 

「あん?」

 

「さぁ、どうぞっ勇者様!」

 

 目をキラキラさせた兵士達が一斉に下手を突き出した。

 

 ・・・

 

 なんだか良いように使われている気がしないでもない……兵士を使っているつもりで、実は使われていたのは俺ってオチか?

 

「はぁ……。まぁ、下手に多勢で挑んでも余計な死人が出るだけか・・・ヨシっ、ライオンヘッドの相手は俺がやるから、お前等は″コレ″を門が中心になるような五芒の形に配置してこい!」

 

 懐から五つの聖石を取り出して、年配の兵士Aに押し付ける。

 

 門はもう直ぐそこだ。

 A〜Zで表せない程に膨れ上がった兵士達を、何もさせずに待たせるのは些か勿体無いのである。

 

「これは……?」

 

 ピンポン玉の様な聖石を指先で摘んだ兵士Aは、色んな角度から不思議そうに眺めている。

 聖石の何が不思議かと言えば、ほぼ真球を描くその形状だろう。

 聖石といい、魔弾銃といいアバンも大概チートである。

 

「ちょっとしたマジナイの道具だ。いいか? 門が五芒の中心って事は、門の外にもソレを置くって事だからな? しっかり人数を使って細心の注意を払って置いてこい!」

 

「はっ!! 皆の者、行くぞぉ!」

 

「「「おぉぉぉ!!」」」

 

 気勢を上げた兵士達が門に向かって殺到していく。

 

 ・・・

 

 説明の手間が省けて助かるが、素直すぎるだろ?

 この世界で″運気の上がる石″なる物を売り出したら、左うちわでウハウハのモテモテに成れそうな気がしてならない……やらないけど。

 

 そんな馬鹿な事を考えながら兵士達を見送った俺は、ライオンヘッドと対峙するポップの方に目を移す。

 

 互いに攻めあぐねているのか、睨み合いが続いている様だ。

 しかし、つい先日、逃げ出したばかりの強敵相手に逃げないダケでも、ポップは大した成長を遂げたと言える。

 それに、この場所……ポップ達が居るのは決して偶然では無いだろう。

 魔の森へと通ずるこの南の門こそ百獣魔団の侵入経路であり、それを押さえる為にこの地に向かって来たのではないだろうか?

 アバンの教えの賜物か、全体を見通せる目も備わっている様だ。

 

 だが、マァムは……どうなんだろう? よく見てみれば子供を抱える母を庇っているのだ。

 慈愛も大いに結構だが……いや、言うまい。

 俺に理解が出来ないだけで、自己犠牲の精神は非難される行いではないらしいからな。

 

「さて、どうすっかな……」

 

 思案しながらもゆっくりと歩を進める。

 

 

 生物であるライオンヘッドを始末するのは簡単だ。

 だが、それではポップの成長に繋がらない……暫く様子を見るべきか?

 

 いや、大事なのは心構えであり既に勇気の片鱗を見せているなら、危ない橋を渡らずともマトリフの修行で力を引き上げる事は可能とみるべきか?

 

 悩ましいところだな。

 

 決めかねていたその時、

 

『グォォーっ!』

 

 大きな唸り声を上げたライオンヘッドの額の辺りに魔法力の高まりを感じる。

 

 コイツ……何気に高等とされるベギラマを使えるんだよな。

 まぁ、ベギラマの一発位なら大丈夫か。

 

「くっそぉぉ! この犬野郎! そっちがその気ならヤってやる! メラゾーマ!!」

 

 残念、ライオンは猫だ。

 

 破れかぶれ感を漂わせたポップがメラゾーマを唱えた!

 しかし、ポップは完全な選択ミスを犯している!

 

 それと同時にライオンヘッドの額の辺りから、閃熱呪文が放たれる!

 

 ライオンヘッドのベギラマが、放射状に広がったメラゾーマを突き抜けてポップに襲い掛かる。

 

 どうやら、これまでの様だ……背中の甲羅を左手に持ち変えた俺は、魔法力を纏って地を蹴った。

 

「う、うわぁ〜!? ・・・あれ? 熱くない?」

 

 腕で顔を庇い″ギュッ″と目を閉じたポップがすっとんきょうな声を上げたが、熱くないのは当然だ。

 ベギラマの射線上に割り込んだ俺の甲羅の盾が魔法を見事に掻き消したのだ。

 

 ロン・ベルク様々である。

 

「何やってんだ? 戦闘中に眼を閉じてどうする? それにな? ベギラマにはメラゾーマよりヒャダルコだろ? 猫野郎はベギラマ使いって習わなかったのか?」

 

 ライオンヘッドに盾を向け、視線で牽制しつつ背後のポップに語りかける。

 

「う、五月蝿ぇ! いきなり出てきて人の挙げ足とってんじゃねぇ! 大体なぁ、なんだよこのタイミングは!? 隠れて見てたんじゃねぇだろうなっ」

 

「ん? 普通に見てたが隠れてないぞ? 気付かなかったのか?」

 

 敵に集中していた……こう言えば聞こえは良いが、別の言い方をするなら″視野が狭まっていた″と謂うことでもあり、あまり好ましい状態とは言えない。

 

 まぁ、これは経験を積めば自然と身に付く事だな。

 

「て、テメェっ、性格悪いだろ? で、でも助かったし、い、一応礼は言ってやるよ」

 

「ハッハッハっ。その言い回しは礼を言ったことにならねぇんだぞ? まぁ、礼を言われた事にしておいてやるよ……それより、マァムは何やってんだ?」

 

 近くで見るとマァムの顔色は異常に悪い。単に母子を庇っていたダケでは無さそうだ。

 

「怪我人にホイミを掛けるのを止めないんだっ……アンタからも何とか言ってくれよ!? このままじゃ、マァムが死んじまう!」

 

 ポップは切羽詰まった声を上げている。

 俺に頼る位だ……相当マズイ状況だろう。

 

 おそらくだが、マァムは怪我人を見つけては自分の事を省みずに、ホイミを掛けまくっていたのだろう。

 ここからは更なる推測になるが、魔法力が尽きた後は生命力を魔法力に代えてホイミを唱えていたのではないだろうか?

 

 ここに来るまでの道すがら、怪我人が少ないとは思っていたがこういう事か……しかし、解せない。

 

 マァムと言えば慈愛だが、その一方で窮地の時には味方をぶん殴ってでも撤退するクールな一面も併せ持っていたはずだが……?

 

「そうか……まぁ、後でな。 とりあえずライオンヘッドを始末する……お前はマァムの面倒でも見てな」

 

 他人にかまけた結果、仲間に面倒をかける……やはり、マァムらしくないと言えばらしくないが、とりあえず後回しだな。

 

 マァムの方へとポップの背を押しやった俺は、甲羅を背負い直し左手の手袋を外してライオンヘッドに歩み寄る。

 

『グォォ!』

 

 後ろ足で立ち上がったライオンヘッドが前足を勢いよく振り下ろす。

 

「遅い! 喰らえっ! 劣化閃光ショットガン!!」

 

 前足の一撃をかわしてライオンヘッドの懐に飛び込んだ俺は、無防備となった腹にホイミを纏わせた左拳のショートアッパーを連続で叩き込む。

 

 一発、二発、三発……六発目で拳が輝く。

 ワンテンポ遅れて″ちゃりーん″とゴールドの落ちる音が聞こえた。

 それに合わせて後ろに飛び退くと、ライオンヘッドが力無く前のめりに崩れ堕ちる。

 

 敵の死を告げるゴールドドロップ、マジ便利。

 追撃の心配も無くなりゆっくりと振り返る。

 

「つ、強ぇ……一撃かよ!?」

 

「いいえ……一瞬で六発放ってるわ。だけど、最後の一撃……アレは、ホイミの光?」

 

 フラつくマァムをポップが横から抱き抱え支えている。

 

 母子がどうなったかというと、軽やかな足取りで北に向かって走り去る背中が見える。

 

 なるほど……どうみても別の意味で過剰回復だな。

 

「簡単に秘拳の秘密を教えてやる謂れはない。どうしても知りたきゃロモスの山奥にでも行ってみな」

 

 教えてやりたいのは山々だが、秘密厳守で教わったからには、マァムが相手であっても話す訳にはいかない。

 嘘や誤魔化し、騙しに化かしはアリだと思うが、約束を違えるのはナシだ。

 

「ロモスの山奥……? それって武術の神様!?」

 

 まぁ、この反応を見る限り、これ以上俺が何かを言う必要もなさそうだ。

 

「さぁなぁ? そんなことより、マァム……お前、馬鹿だろ?」

 

「えっ……?」

 

「て、テメェ、何てこと言うんだよ!?」

 

「あん? お前が何とか言ってくれって頼んだんだろうがっ」

 

「だ、だからって他に言い様ってモンがあんだろうが!」

 

「良いのよ……ポップ。自分でも馬鹿な事をしていると思うわ……だけどっ放っておく訳にいかないわよ!」

 

 ポップの腕から抜け出したマァムは、自分の両足でシッカリと立って俺を見据えている。

 

「マァム……」

 

「まぁ、そうだな。放っておくのは流石にマズイ。だからと言って、完全に回復させるのはどうかと思うぞ? 歩ける程度に回復してやれば、後は勝手に逃げていく」

 

「そ、そうかしら?」

 

「人間ってのはそんなモンなんだよ。それに、だ……一命さえ繋いでやれば後は他の連中がなんとかする筈だ。戦っているのは俺達だけじゃない……見てみろよ?」

 

『勇者様ーっ!! 準備完了致しましたぁ!!』

 

 門の方から手を振って駆けてくる兵士Bを左腕全体で大袈裟に指し示す。

 

「何だぁ? 勇者って自慢したいのか?」

 

「違うっての。アイツラが勝手に呼ぶんだから仕方ないだろ? じゃなくって、兵士も自分なりにヤれることをヤっているんだ。そんな兵士達に怪我人を任せる事は出来ないのか?」

 

「あ……」

 

「適材適所、役割分担。マァム……お前はお前のヤれることをヤれば良いんだよ。無理に気負う事なんかないんだ」

 

「でも、私っ、ダイや貴方みたいに強くないからっ回復を頑張るしかないのよ!!」

 

 うげっ!?

 

 マァムの変化の理由はダイかよ!?

 

 考えてみれば、原作より強いダイとクロコダインの遭遇戦を見ていれば、力の差を思い知り自信を無くしたとしてもおかしくない。

 いや、自信を無くしているのとは少し違うか……回復はマァムにとっての自分のヤれる事であり、気負い過ぎて励んだ結果がこの有り様だろう。

 ダイの変化は多分俺のせいだから、この痛々しいマァムの姿は巡り巡って俺のせい、か?

 

 って、こんなの分からないっつーの!

 

「ハァ、ハァ……あの、勇者様? 準備整いましたが」

 

 先程、遠目から俺に叫んだ兵士が息を切らせて駆け寄って来ている。

 

「あん? んな事は後だっ後!」

 

「し、しかしっ、兵達は円陣を組んでますが長くは保ちません!」

 

「死ぬ気で頑張れ。今はそれどこじゃねぇんだよ」

 

「そんな!? 酷いっ」

 

 酷いと言われようが兵士の苦境とマァムの苦悩、天秤に掛ければどちらを優先すべきかは明らかだ。

 

「あのっ、私なら大丈夫ですから……先に皆さんの方を」

 

 どうみても大丈夫じゃない顔色をしているマァムが作り笑いを浮かべて場を取り成した。

 

「……ふんっ。じゃぁ、コレでも飲みやがれ」

 

 甲羅から二本の魔法の聖水を取り出して、ポップに向けて投げ渡す。

 

「魔法の聖水じゃねぇか!? い、良いのかよ……コレって3000Gはするだろ?」

 

「それは大魔王が現れる前の相場だ。今じゃ5000は下らねぇよ……中身は変わらねぇのに馬鹿な話だぜ」

 

「ご、5000ゴールド……私っ、そんな高価なモノを頂けません!」

 

「あん? 誰がヤるって言った? 俺が俺の為に、俺の道具をお前等に使うんだ……飲まねぇなら無理矢理ぶっかけんぞ?」

 

 効果は少し落ちるが別に飲まなくても使用は可能となっている。

 前世の金額に換算するなら凡そ50万円……躊躇うのも納得の金額だが、使うべき時に使うのが金であり、道具だ。

 

 時間のない今、これ以上ウダウダ言うなら無理矢理にでも飲ませてやるぜ。

 

「な、なんだよそりゃ? 飲めってんなら貰うけどよっ、後になって金を払えったって知らねぇかんな!」

 

「誰がそんなケチ臭い事を言うかっ! 良いから飲みやがれ!」

 

 ぶつくさ抜かすポップにヘッドロックをかまして、無理やり口元に瓶を押し付ける。

 

「でも、これが貴方の為って……?」

 

 遠慮がちに半分飲んで小首を傾げたマァムの顔色は早くも良くなっている。

 

「強い味方は一人でも多い方が楽だからに決まってんだろ? 元気になったお前等が活躍すればする程、俺は楽が出来るって寸法だ。簡単な話じゃねぇか」

 

 言えない打算も色々あるが、コレは俺の本心に限りなく近い。

 一人で闘うよりも周りを巻き込んで協力を仰ぐ方がどう考えても楽なのだ。

 

 ポップを解放した俺は、両手を拡げて二心無き事をアピールする。

 

「強いったってオレ達は……」

 

「えぇ……」

 

 納得がいかないのか、互いに顔を見合わせたポップとマァムは言葉を詰まらせ下を向いた。

 

 なんでこんな簡単な理屈に気付かない?

 

 てか、なんで俺がコイツラに説教しなきゃならないんだ?

 まぞっほが言っていた″役回り″だとしても、俺はそんな柄じゃないぞ。

 

「あの……勇者様……早くして頂けないでしょうか?」

 

 空気を読まない兵士Bが三度目となる催促の言葉を告げた。

 

「やれやれだ……どうやらこれ以上お前等の相手をしてられねぇ様だ。南門は俺が何とかするから、お前等はお前等で頑張りな!」

 

 フワリと浮いた俺は、適当な激励の言葉を残し南大門上空へと飛ぶのだった。

 

 

◇◇

 

 

 

「……デカクね?」

 

 上空から兵士の配置を見た俺の口から自然とボヤキ節が飛び出した。

 

 大きさを指定しなかった俺のミスだが、五芒の直径は目算で50メートル……普段作る魔方陣のざっくり十倍だ。

 

「出来るのか……これ?」

 

 と、続けてボヤイてみたが、ほぼ正確に五芒星を形どった兵士の頑張りを無駄にするのも忍びない。

 

 ヤるしかないな。

 

 頬を両手で″パシッ″と叩き、大きく息を吸い込んだ。

 

「よぉーし! 玉を持ってるヤツはその場に落とし踏みつけろ! 良いかっ? 転がらないようにシッカリ大地に固定するんだ!」

 

 眼下で待つ兵士達に向けて大声で指示を叫ぶ。

 

 聖石に対してなんとも罰当たりな行いだが、石が転がり五芒を崩してしまえば意味がない。

 

『準備出来ました!』

 

 聖水を飲みながら暫く待っていると、見上げる兵士が準備の完了を告げる。

 

「ふぅ……大丈夫だ。十倍程度ならイケる筈だ!

 邪なる威力よ退け! マホカトール!!」

 

 巨大な五芒星の中心に向けて、右腕を大きく振り下ろす。

 その瞬間、大量の魔法力が身体の中から抜けてゆくのが判る。

 

 やべっ……格好つけずに地上へ下りてから唱えるべきだったか?

 

「ぐぅぅぅ……」

 

 ポップ達も見ているんだ……ここでしくじれば年長者としての面目が立たないばかりか、説教の説得力まで失われる。

 

「くそがぁぁぁ!!」

 

 凡そ聖なる呪文を行使しているとは言い難い叫びを上げて、最後の力を振り絞る。

 

「おぉ!」

「凄い!」

「光が……広がってゆく……?」

 

 門を中心にした淡い光の柱が姿を現した。

 

 相変わらず、原理はサッパリ判らないがなんとか成功したらしい。

 

「よぉーし! その魔方陣を利用して闘え!! 良いかぁ、お前等! これより先は一匹足りとも街に入れるんじゃないぞ!!」

 

『おぉぉぉぉ!!』

 

 俺の偉そうな檄に、兵士達は雄叫びを以て応えた。

 

 これで此処は大丈夫だろう……後は、未だに姿を見せない百獣将軍に備えるだけだ。

 

 こうしてマホカトールを張った俺は、門外でイオの嵐を撒き散らし雑魚を相手に無双する。

 

 それから暫くして、クロコダインの断末魔の叫びがロモス中に響き渡ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59

 クロコダインの敗北を告げる断末魔の叫びがロモス中に響き渡り、人も獣も驚き戸惑い、訪れる一瞬の静寂。

 その直後、戦意を失った魔獣の軍団が遁走を開始する。

 

『逃げるヤツも殺すんだ!』

 

 誰よりも早く叫んだ俺の声は、続いて巻き起こった勝利に湧く歓声で虚しくかき消され、兵士達は武器を手放し互いに抱き合い喜びを爆発させた。

 

 ダメだな……。

 

 こんな雰囲気の中での虐殺行動は流石の俺でも無理だ……いや、雰囲気以前に無双出来るだけの魔法力も聖水も残っていない。

 

 追撃を諦めた俺は勝利の輪には加わらず、光の中心にそびえ立つ南門の上で腰を下ろして魔法力の回復を計り、思案にふける。

 

 この状況を原作に照らして考えれば、ロモスの戦いは人間側の勝利に終わったと見ていいだろう。

 しかし、原作に無かったイレギュラーな百獣将軍の存在が、素直に勝ったと思わせてくれない。

 獣王と比べれば小規模な軍団ながらも、連日の様に攻め寄せていた将軍が今日に限って現れないのは明らかにおかしい。

 息を潜めて攻める機を伺っているのかも知れないし、単に獣王と反りが合わず共同戦線を張る気が無いだけかも知れず、もしかしたらロモスに居ない可能性や、既に倒されている可能性だってゼロではない。

 

 ごちゃごちゃ考えてみたが、要するに先の展開が分からないのだ。

 

 普通ならば当たり前の事だが、原作知識に頼ってきた俺には暗闇の中、光を灯さず歩くかの様だ。

 

 暫く待つべきか?

 

 だが、何時まで待てば良い?

 

 将軍の現れる保証が無ければ、現れない保証もないのである。

 何故か破邪の結界を素通りするモンスターを眼下に収めながら、答えの出ない問答を繰り返し、時間だけがゆっくりと流れるのだった。

 

 

 

 

 逃げるモンスターの群が途切れたら引き上げる。

 

 自分ルールを定めて待つ事数十分、モンスターの群が漸くマバラになった頃、

 

『モォォォゥ……!!』

 

 獣王の雄叫びに勝るとも劣らない鳴き声がロモス中に響き渡る。

 

「きたかっ!」

 

「ひぃっ……ザ、ザングレイ!?」

「そんなっ!? モンスターは百獣将軍が倒れたから逃げ出したんじゃないのかっ!?」

「も、モンスターも引き返して来たぞぉ!?」

 

 待ちわびた俺は喜び勇んで立ち上がったが、勝利の余韻に沸いていた兵士達は、闘いの恐怖に引き戻され軽い混乱状態に陥った。

 俺とは違い肩の力を抜いていた処に覚悟も無いまま強制的な二回戦……パニクるのは無理もない。

 寧ろ、兵士達の戦意を挫くイヤらしいタイミングで仕掛けてきたザングレイを誉めるべきか。

 おまけに鳴き声は南じゃなくて東から聞こえた。

 

 マホカトールに護られた南の門を避けての効果的なタイミングでの侵攻……ザングレイは猪突猛進タイプと考えていたが違うのかもしれない。

 

 それとも優秀なブレーンが控えているのか?

 

 まぁ、東に行ってみりゃ判る事だな。

 残り魔法力は心許ないが裂光拳さえ決まれば俺の勝ちだ……相手は生物であるミノタウルス、何ら恐れる事はない。

 

 とりあえず、兵士に檄、それから東だな。

 

「イオラァ、ビビってんじゃねぇ! ザングレイは俺が殺す!! お前等は魔方陣と城壁を利用して闘ってろ! 正気に戻ったモンスターは魔方陣に絶対入れんっ」

 

 門の上から飛び降り様にイオラを放った俺は、兵士達に向けて何の根拠もない檄を飛ばす。

 

 俺は魔方陣が破られない理屈を知らない、ってかモンスターに素通りされたし、邪気とは何なのか判らなくなった。

 

 そんな疑問をおくびにも出さず兵士達を煽って戦闘に駆り出す。

 

「ゆ、勇者さま……」

 

「良いか? お前等の背後には街がある、人がいる! 自分こそが最後の砦、そう心得て絶対に退くな! 死んでも護りきれ!!」

 

 その結果、兵士が死んでも構わない……言葉には出来ないが俺の檄はこういう意味だ。

 

 全く……酷い話だな。

 

「はっ! この地は我等にお任せ下さい! 勇者様も御武運を!!」

 

 何も知らない兵士達は、手近に転がる武器を手に取って敬礼している。

 

「はんっ……俺の心配は無用だっ・・・アムドぉ!!」

 

 迅速に移動すべく甲羅の盾を頭上に掲げて、黄金の鎧を身に纏う。

 

「おぉ……その御姿は」

「お、黄金の勇者だ!」

「カッケェ……」

 

 見た目にも拘るロン・ベルクの完璧な作品だが、殺し合いに格好良さは関係無いぞ。

 

「ふんっ……俺とお前等じゃ備えが違うんだよ! お前等は地道に弓矢でも撃ってるんだなっ! さぁって……血が、たぎってきたぜぇ!!」

 

 伸ばしたブラックロッドを横に構えて右手を突き出した俺は、当たるを幸いにモンスターを弾き飛ばして南に向かい、それから城壁に沿って東を目指して駆け出すのだった。

 

 

◇◇

 

 

 堀として利用される小川と丸太の柵を左に見ながらひた走る。

 あれほど立派だった城壁は東に向かうに連れて低くなり、小川の出現で柵へと変わった。

 城塞都市と呼ばれるリンガイアと違い、城下町の全てを囲っていないのは国力の差か? それとも、その地に住まう人柄の差だろうか?

 まぁ、空を飛ぶモンスターが居る限り、城壁自体に大した意味がないと言えば意味がない。

 

 そんな事を考えながら走り続けていると、喚声が聞こえて来た。

 

「アーマーセパレートっ」

 

 木陰に隠れて立ち止まった俺は、鎧化を解除する。

 

 適材適所は道具にも通ずる……此所まで来れば魔法力を消耗し続けるチート鎧に用はないのだ。

 

「ふぅ……思ったよりも時間を喰ったな……状況はどうなってる?」

 

 最後の一本となった魔法の聖水を飲み干した俺は、木陰からチラリと顔を覗かせて東門の様子を伺う。

 

 木で造られた門と高さの足りない板の壁、白い煙が所々で上がっている。

 そこかしこでモンスターと闘う名も無き兵士達と、赤い液体を流し地に伏せる者達。

 

 そして、一際目を引く黄色を基調に白で縁取られた全身鎧を身に付ける頭一つデカいモンスター……アイツが噂の百獣将軍ザングレイなら、少しマズそうだ。

 

 それを遠巻きに囲む兵士と、正面で冷や汗を浮かべるマァム。

 

「って、なんでマァムが!?」

 

 俺の最高速度で到着したのがたった今だ……元から東で闘っていたのか?

 だとしたら大した戦術眼だ。

 

 って感心してる場合じゃないっ。

 

 マァムが居るなら……ポップは何処だ!?

 

 首をキョロキョロさせては、慎重に戦場へと近付いて行く。

 

 ……居たっ!

 

 ザングレイの大きな脚に踏みつけられたポップが窮地に陥っている。

 

「野郎っ……!」

 

 何処の牛の骨とも知れねぇヤツが、ポップを足蹴にしてんじゃねぇぞ!

 

 魔力を纏い飛び掛かろうとしたその時、

 

『邪なる威力よ退け! マホカトール!!』

 

 なにっ!?

 

 ザングレイに踏み付けられながらポップがマホカトールを唱えた!

 

 淡い小さな光の柱が出現したかと思うと小型のドーム状へと姿を変える。

 

「こ、これは一体どうした事じゃ?」

 

 その中では鳩が豆鉄砲を喰らった様な鬼面道士、ブラスの姿がある。

 

「ナニィ!?」

 

 正気に戻ったブラスの元へ駆け寄るザングレイ。

 ブラスに掴み掛かろうと腕を伸ばすも、結界に阻まれ″バチっ″と音を鳴らして手を引いた。

 

 これは……原作に有ったあのシーンか?

 原作では、勝利に目が眩んだクロコダインがザボエラの甘言に乗り、ダイの育ての親であるブラスを利用して闘いを挑んだのだ。

 結果、ポップのマホカトールでブラスは正気を取り戻し、神の涙で回復した怒りに燃えるダイの手でクロコダインは倒される事となるのだが……。

 

 闘う相手と場所は違うが、似ていると言えば似ている……これも歴史の修正力とやらの仕業なのか?

 

「小僧! 舐めたマネヲっ!!」

 

 固まる俺の視線の先で、怒りに震えるザングレイが這いつくばるポップを蹴り飛ばすも、すかさず回り込んだマァムがしっかりと受け止めた。

 

「へへへ……牛野郎、お前はもう終わりだぜっ! ダイやアイツはオレなんかと違って本当に強いんだっ……ブラス爺さんさえ護ればお前に勝ち目はねぇんだよっ! さぁっ、好きにしな……殺すなら殺せ! マァムっ、お前は今の内に逃げるんだ!」

 

 よろめきながらも啖呵を切ったポップは、支えるマァムの胸を押して一歩前に出ると片膝付いて座り込んだ。

 

「良かろウ! 望み通り貴様から片付けてくれルっ!」

 

 ザングレイは躊躇うコトなく、崩れ落ちたポップの頭上でバトルアックスを振り上げた。

 やってるコトは獣王と似通っていても、その精神性は違うと云うことか?

 

 まぁ、それなら殺りやすいし、とりあえず防ぐとしよう。

 

 ″ガキンッ!″

 

 ポップの前に飛び出した俺は、力任せに振り下ろされたバトルアックスを甲羅の盾で受け止める。

 両足が大地に沈み、肩の傷口が開いたのか激痛が走る。

 

 これは……本格的にマズイかもしれない。

 

「よう、ポップ。今日はよく会うな?」

 

 道端で偶然出会った……そんな気軽さを以てポップに語り掛ける。

 

 ポップがマホカトール迄使ってみせたなら、もう充分な成長を遂げたと言えるのだ。

 護り切れない可能性がある以上、コイツラを無事に逃がすのが何より重要になってくる。

 

 その為には、余裕ブってみせる必要がある。

 

「へ……へへっ……またアンタか……やっぱり隠れて見てんだろ? 趣味、悪りぃぜ……」

 

「黙って見てたのは途中からだな。お前にしちゃぁ頑張ったんじゃねぇか? 後は、任せなっ!!」

 

 気合いと共に盾を押し上げザングレイのバトルアックスを弾き跳ばす。

 

「現れタカ……強欲の勇者ヨ!!」

 

 僅かに一歩よろめいただけのザングレイは、アックスを両手で握り締め構えを取った。

 

 ドッシリとしたその構えから、パワーに対する自信の程が伺い知れる。

 

「ヒッヒッヒ……どうじゃ? ワシの言うた通りじゃろ? 其奴は最早、満身創痍……ザングレイよ! 叩き潰すがよい」

 

 チョコマカと近付いて来た人面樹にぶら下がる悪魔の目玉……そこに映るは、妖怪ジジィ。

 

 そうか……このジジィが余計な入れ知恵をしてやがったのか。

 

 ・・・

 

「ジジィィィっ……テメェっ………誰だっ!!」

 

 文句の一つも言ってやりたいが、今の俺とコイツは初顔合わせの敵同士……いくらムカつこうとも、ここで顔見知りであると明かすわけにはいかず″ぐっ″と堪える。

 

「ワシは魔王軍六大団長が一人、妖魔司教ザボエラじゃ……お手並み拝見させてもらおうかの? 強欲の勇者殿……ヒヒヒっ」

 

 俺の意を一応は汲んだのか、悪魔の目玉の向こうでザボエラが白々しく名乗りを上げている。

 

「テメェ……」

 

 やってくれるぜ、この野郎……クロコダインがロモスを落とせば六大軍団の評価が高まり、将軍を唆してロモスを落とせれば参謀としての評価が高まり、ロモスが落とせなくとも俺の実力が測れる……いずれに転んでも損はしないって寸法か。

 

 だが、ザボエラさんよ……そのやり方は俺の怒りを買ってんぞ?

 寝返った暁には意味なくぶん殴ってやるぜっ。

 

「でろりんさん! ポップ! 大丈夫!?」

 

「あぁ……なんとか」

 

「俺は余裕だ……お前等も兵士も邪魔だから城に帰ってろ」

 

 ザングレイを注意深く見据える俺は、振り返らずに要点だけを告げる。

 

「な、なんだとぉ!? ちょ、ちょっと強いからって偉そうにっ」

 

「ポップ、止めて! でろりんさんは怪我してるわ!」

 

「怪我だって? 何処も怪我なん、って……アンタ、その肩どうしたんだ!?」

 

 ポップの言葉に右肩を見てみると、赤く染まっていた。

 ここまで滲めばマァムでなくとも気付くだろう。

 

 

「かすり傷だ。それより俺の話を聞いてなかったのか? 邪魔だから帰れ」

 

「ん、んなコト言ったってよぉ、ブラス爺さんも居るんだっ! テメェ一人に任せてノコノコ帰れねぇよ!」

 

「問題ない……抵抗するなよ、ジイさん! イルイル!」

 

 懐から取り出した筒をブラスに向けて合い言葉を唱える。

 たったコレだけでブラスはみるみる内に小さくなって、筒の中へと吸い込まれた。

 

 実にチートな魔法の筒だが、対象者に抵抗の意志が有れば……いや、対象者が″入る″と思わなければ効果が無かったりする。

 

「なっ!?」

「なんじゃと!?」

「魔法の筒!? どうしてあなたが?」

 

「こんなことも有ろうかと……ってヤツだな? ほらっ、コレで安心だ……ソレ持ってササッと帰れ。お前等は良くやったさ」

 

 一瞬振り返った俺は、ブラスの入った筒をポップに投げ渡す。

 

「お、おぅ?」

 

「なに頷いてるのよっ! 怪我人置いて行けるわけないでしょ!?」

 

「だ、だってよぉ……魔法力空っぽのオレは実際、役立たずだぜ?」

 

「だからって……アナタが見せた勇気はもう無いの!?」

 

「あ、アレは……お前を、その……」

 

「はぁ……夫婦喧嘩なら他所でやってくれ。今は戦闘中だ!」

 

 怪我をしている当事者が「任せろ」「逃げろ」「大丈夫」と言ってんのに何で逃げないかな?

 

「ヒッヒッヒ……子供の相手も大変じゃな」

 

「五月蝿ぇ! 妖怪ジジィ!! コイツらを悪く言ってみろ? ブッ飛ばすぞ」

 

 てか、悪く言わなくてもコイツをブッ飛ばすのは確定事項だけどな。

 

「グフフ……オレの目的はロモス王と強欲の勇者ダ。弱者は逃げたくば逃げるが良イ」

 

「お? 話が判るじゃねぇか? 余裕のつもりか?」

 

「ブレーガンの仇である貴様を殺し、ロモスを滅ぼス! クロコダインに出来なかった事を果たし、オレこそが最強の獣王で在ると証明するのダ! 子供に用はない!」

 

 さっきまで足蹴にして、殺そうとしてた癖に何言ってんだ?

 取り敢えず、私怨は抜きにしても将軍であるコイツはブチ殺す。

 

「はんっ……だったら俺は、お前を殺してクロコダインこそ最強の獣王だって喧伝してやるよ」

 

「ぶ、ブレーガンって誰だ?」

 

「さ、さぁ?」

 

「お前等には関わりの無いヤツだ……ホラっ、許しも出たし城に帰って………銀髪の変態仮面と合流しろ………百獣将軍は俺が殺す!!」

 

 隠語を用いて″ボソッ″とヒュンケルとの合流を促す。

 

 おそらく、ダイは竜闘気を使い果たし眠りに就いている……ヒュンケルが戦場に現れないのは、アバンの言い付け通りにダイを護っているからだろう。

 ポップ達が戻れば入れ替わりにヒュンケルがやってくる……それまで耐えれば俺の勝ちだ。

 

「あ……わ、分かりました。だけど……そんな言い方しなくても……」

 

 マァムは一瞬″ハッ″とした後で、変態発言に対する抗議なのか言葉を濁している。

 

 変な所に拘っているが隠したメッセージに気付いてくれたと思いたい。

 

「あん? ワケアリだって紹介しただろうがっ! いいから早く行け!」

 

 ヒュンケルの事は魔王軍に狙われているから、大っぴらに名前は言えないと告げている。

 

 ってか、何でも良いから早く行ってくれよ!?

 

「な、なんだよっ、偉そうにっ……いつか見返してやっからなぁ! か、勝手に死んだら赦さねぇかんな!」

 

「アホかっ。死にたくないから闘ってんのに死んでどうする? 万全でなくたって勝つ方法はあるんだよ」

 

「けっ……行こうぜ、マァム! 今は逃げるのがオレ達に出来ることだ」

 

「え、えぇ……」

 

 ポップに手をひかれたマァムは納得のいかない表情で、コチラをチラチラ振り返りながら去っていた。

 

「待たせたな?」

 

 ポップ達を見送った俺は、改めてザングレイと向き合った。

 

 こうやって見るとデカイな……それに、その巨体を覆い隠すかの様な全身鎧は肌の露出が殆ど無く、使われている金属はヒュンケルの魔剣と同種のモノに見える。

 ブレーガンもそうだったが、将軍様は良い装備で固めてんのか?

 

「モウ良いのヵ?」

 

「あぁ……十分だ」

 

 魔法力は半分以下、魔法の聖水は底をつき、右腕は動かない。

 だが、ポップ達を逃がせたダケで十分だ。

 少し闘い無理そうなら、キメラの翼を使って逃げるとしよう。

 

「でハ……行くゾ!!」

 

 

 こうしてザボエラの策にハマった俺は、圧倒的に不利な状態でザングレイとの闘いに挑むのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60

戦闘開始10分経過から始まります。

残酷な描写にご注意下さい。











 

 くそっ……どうしてこうなった!?

 

「バカ野郎共がっ! 勇者の力を舐めてんじゃねぇ!!」

 

 誰に向けるともなく怒りに任せて叫んだ俺は、残る力を振り絞ってザングレイへと突貫する。

 フェイントも型も何もなく、ただ一直線にザングレイに向かって走り、飛び上がって牛そのモノの顔面目掛けて左拳を突き出す。

 

「お見通しダっ!」

 

 俺の攻撃はザングレイの左腕に備え付けられた盾にいとも容易く受け止められる。

 ザングレイが持つと小さく見えるが、タワーシールド程もあるその盾にはヒビ一つ入りはしない。

 

「フンッ!」

 

 力任せに振るわれたザングレイの巨大な拳が迫る。

 

 あ……やべぇ……。

 

 懐に飛び込んだ事でリーチの長いアックスの刃先は飛んでこない……しかし、この固く握られたバレーボール程もある拳を食らえば死ねる気がする。

 

 実際にコイツを目にした時から判ってはいたんだ……″今の″俺には勝ち目なんか無かったんだ。

 

 俺は……何処で間違えたんだろう?

 

 もっと武器を用意して、しっかり回復しておけば……将軍を待っている間にルイーダの酒場を往復する時間……いや、結果論か……ロモスを離れた瞬間ザングレイが現れる可能性だって有ったんだ……やはり、勝てないなら″でろりんらしく″逃げれば良かった……って、今更か。

 

 それにしても、ヤケに攻撃が遅く感じる……これが死ぬ前に起こる走馬灯現象というヤツだろうか?

 

 ん?

 

 この加速した感覚を使えば、なんとかなる…のか?

 

「まだだ! まだ終われん!!」

 

 空中で身体を捻った俺は、迫る拳に背負った甲羅を向けた。

 ″ガンっ″と全身に衝撃が走り吹き飛ばされた俺は、勢い良く顔面から地面にダイブする。

 

「グハハハハっ! 脆い、脆すぎル! これが獣王の恐れタ強欲の勇者か? マルデ亀ではないヵ!」

 

「ゆ、勇者様を御護りしろぉ!!」

 

 みっともなく地面に突っ伏した俺を見てザングレイは笑い、兵士達はそのザングレイから護ろうと、槍を構えて俺を庇いだてる。

 

「バ、馬鹿かお前ら……何処の世界に兵士に護られる勇者が居るんだよっ」

 

 甲羅の重さに耐えながら左手一本で大地を押した俺は、なんとか上体を起こす……血と土で汚れた勇者服が俺の絶体絶命を物語るかの様だ。

 

「ご無事でしたか!? 此処は我等に任せてお逃げ下さい!!」

 

「はぁ……? お前らが先に逃げろ、と言っているんだっ……キメラの翼が有るから……俺は、いつでも逃げられるんだよっ」

 

 駆け寄って来た年配の兵士Aの助けを借りて立ち上がり、ザングレイに視線を戻すと槍を持った兵士達が取り囲んでいるのが視界に入る。

 

 馬鹿がっ……勝てない相手にまだ挑もうというのか……。

 

「流石は勇者様、備えは万全ですな? では、今すぐお使い下さい! その間我等が時間を稼いでみせます!!」

 

「だ……だからっ、人の話を聞け……って」

 

「皆の者! 突撃だぁ!!」

 

「「「おぉー!!」」」

 

 人の話を聞かない兵士Aは、ザングレイを四方八方から取り囲んだ兵士B〜Hに突撃の指示を下した。

 

「グハハハハ……性懲りもなく死にに来たか! モゥリァァァ!」

 

 ザングレイがバトルアックスを振り回す。

 

「ぐぁ!?」

「ぎぁ!?」

「ぬわらばっ!?」

 

 アックスに弾かれた兵士達が紙切れの様に吹き飛んだ。

 

 あ……死んだ……。

 

 弾かれる事なく胴が上下に分断された者、頭から落ちて首が変な方向に曲がった者……強者の一振りは兵士の命を簡単に刈り取ってゆく。

 

 ・・・

 

 くそっ……なんでだ?

 

 馬鹿かコイツラ?

 

 どうして死にに逝く!?

 

「ヤったぞ!!」

 

 弾き飛ばされなかった兵士の一人が歓声を上げる。

 背後から迫った事で、槍の穂先をザングレイの鎧の隙間から突き刺せた様だ。

 

「グハハハハ……キサマごときの力でハ、この身体に傷一つ付ける事は出来んゾ!」

 

「そんなっ!? ……ヒッ!?」

 

 喜んだのも束の間、平気で振り返ったザングレイの巨大な手が、兵士の頭部を掴み、投げ棄てた。

 

「テメェェェっ! 調子に乗ってんじゃ、ねぇ!! メラミっ!!」

 

 俺は最後の魔法力でメラミを唱えた!

 

 だが、ザングレイの鎧にはメラゾーマですら通用しなかった……メラミが通る道理はない。

 

「その程度の炎では俺を焼く等出来ぬワ……グワっハハハハっ……」

 

 案の定、ザングレイには効かなかった!

 

 勝利を確信したのかザングレイは余裕の笑みを浮かべ、両手でバトルアックスを握り締め″ノッシノッシ″とニジリ寄る。

 

「ゆ、勇者様……こ、此処は我等が……」

 

 生き残った兵士達が俺の前に集い、人の壁を作る。

 

「……もう良い……お前等は逃げろ。こんな処で死んでどうする? 死んだら終わりなんだぞ?」

 

 どうしてこんな簡単な事を解ってくれない?

 コイツ等さえ逃げてくれりゃぁ俺は何時でも逃げられたんだ。

 

「勇者でろりん……キミが我等兵士の命まで気にかけてくれるたのは分かっている。だが、我等の命は我等の信ずるモノの為に使う」

 

 敬語を止めた年配の兵士Aが俺の左肩に″ぽん″と手を乗せ、穏やかな表情で語り出した。

 

「は? 何、言い出すんだ?」

 

「キミが居る限り我等の戦いは終わらんのだ。 キミが万全ならば必ずやザングレイは倒せる! アレほどの大呪文を使ったのだ。恥じる事は無い……今は、逃げるんだ! そして、何時の日か大魔王を倒しロモスに、いやっ世界に平和をもたらしてくれ!」

 

「だから、何を……言っている……? それはホントの勇者が……」

 

「勝手な願いを押し付けてすまんな……行くぞぉ!!」

 

「「「おぉぉ!!」」」

 

 人の話を聞かない兵士Aは、傷付いた兵士を率いて正面からザングレイに斬りかかった。

 

「グハハハハ……五月蝿いハエめ! キサマ等ごときが真の獣王であるザングレイ様を倒せるものヵ!!」

 

 右に左にバトルアックスを振るうザングレイは、斬りかかる兵士を歯牙にも掛けない。

 

 ダメだ。

 

 このままでは全滅する……どうしてこうなった?

 

 これは、勇者を騙って兵士を煽ったムクイなのか?

 

「もう、止めろ!! お前等の力じゃソイツは倒せない! 無駄死にしたいのか!」

 

「へへっ……勇者様さえ無事なら無駄じゃありませんっ。命を賭ける価値はありますよ!」

 

 近くに吹き飛ばされてきた兵士Bが意味の解らない事を言って立ち上がる。

 

「馬鹿かっ、自分が死んでどうする!?」

 

「へっ……へへっ……この牛野郎!! うぉぉぉ!!」

 

 俺の問いには答えず、兵士Bはザングレイに特攻をかけた。

 

 人が……死んで逝く……どうして、こんな……。

 

 くそっ……。

 

 魔法力が有ればこんな奴なんかに。

 

 違うっ!

 

 武器さえ有れば……

 

 違うっ!!

 

 アイツらが居ればっ……俺はこんな牛野郎に負けやしなかったんだ。

 

 俺は……どうして独りで闘って……こんな無様な……

 

 動かない右手で砂を掴み諦めかけた、その時、

 

 

『ウォリャァ!! ゴールデン・スタァンプ!!』

 

 軽く飛び上がったピンク鎧の戦士が、黄金のハンマーを振り下ろす。

 軽い地響きを引き起こし、大地に放射状のひび割れを産み出した一撃は、衝撃だけで兵士を吹き飛ばし、ザングレイの行進をピタリと止める。

 

「……へろへろ?」

 

『ほっほっほ……大魔法使いの秘呪文をみよ! マヒャドぉ!!』

 

 動きを止めたザングレイに向け、緑色の魔法使いの杖先から放たれた猛烈な吹雪が襲い掛かる。

 吹雪は鎧の周りの水蒸気を重なり合うように凍らせ、ついには巨大な氷の彫像を造り上げた。

 

「まぞっほ!?」

 

「あーぁ、みんな傷だらけじゃない? ホイミかけたげよっか?」

 

 聞き慣れた声に振り替えると、腰に手を当てたずるぼんが立っていた。

 

「姉ちゃん……」

 

「勇者がそんな情けない顔しないのっ! 纏めて面倒見てあげるわっ、ベホマラー!」

 

 ずるぼんの身体からキラキラ輝く粒子が拡散され、力ある言葉と共に回復の光を放った。

 完全に事切れた者以外はムクリと起き上がり、自らの体を不思議そうに見詰めている。

 

 肩の痛みこそ消えないモノの、俺の体力も幾分か回復した様だ。

 いや、体力だけでなくパーティーメンバーの思いがけない出現で、精神的にも幾分か楽になっている。

 

「ベホマラーか!? 一体、いつの間に!? いや、それより、どうしてロモスに?」

 

「ふっふーんだ。アタシは僧侶よ? あんな鳥に使えたんだからアタシに出来ないワケは無いのよ」

 

 ずるぼんは、何故か天を指差して″ビシッ″とポーズを決めた。

 

「鳥って……アレか?」

 

 ガキの頃に見た極楽鳥のベホマラーだろう……これまたえらく古い経験を持ち出してきたな。

 

「がっはっは! 一人ずつ癒すのが面倒になったんだんだよなっ」

 

 へろへろはハンマーを軽々と肩に乗せてやって来ると、ベホマラー習得の秘訣を暴露する。

 

「五月蝿いわねっ。こっちの方が効率良いのよ」

 

「なんとか間に合った様で何よりじゃわい」

 

 最後に腰をトントンと叩きながら、まぞっほが輪に加わった。

 

「いや、だから……なんでお前らが此処に来てんだよ!? 世界樹はどうした?」

 

「なんでって……王様の命令に決まってるじゃない?」

 

「リーダーはアルキードの勇者だからなっ」

 

 説明する気がないのか、2人は揃って省略しきった情報を口にする。

 

「いや、意味わかんねーし」

 

「なぁに簡単な話じゃ。アルキードの勇者が理由も告げずに持ち場を放棄するわけにはいくまい? お主の居所は解る範囲でワシ等が伝えておったのじゃよ」

 

「感謝しなさいよ? 王様に嫌われて良いことなんて無いんだからっ」

 

「はいはい言って頭下げてりゃ良いだけだなっ。簡単だぜっ」

 

「ん……まぁ、そうだな」

 

 

「ハァ……あんた達ホントに解ってんの? 王様に嫌われたら晩餐会に行けないのよ!」

 

 ずるぼんは前を指差しポーズを決めた!

 

「いや、別に行きたくねぇし」

 

「アンタが良くてもアタシが困るのよ! それで、今日はロモスが総攻撃を受けてるって教えてあげてたら、『ロモスを救って貸しを作ってこい。ついでにアルキードの勇者も助けて来い』って伝令を受けたの」

 

「は……ハッハッハ……そうかよ、俺はついでか。クックック……流石は王だな、恐れ入るぜ」

 

 遠く離れた王城に居ながらにして、戦局を変える一手を放つ。

 何処まで状況を把握していたのか解らないが、俺にとってはこれ以上ない見事な采配だ……これが王として産まれた者の影響力か。

 

「な、何よ? 急に笑って……頭でも打ったの?」

 

「いや、何でもねぇ。さぁって……何時までも喋ってる場合じゃないな。聖水、持ってるか?」

 

「有るわ」

「ほれっ」

 

 ずるぼんとまぞっほから二本ずつ、合計四本の聖水を受け取る。

 

「よしっ。一気に片付けるぞ!」

 

 受け取った一本を一気に飲み干し、残り三本を頭からぶっかける。

 

「オノレっ小癪な真似ヲ! モゥゥゥ許さん! 叩き潰してくれル!!」

 

 氷から脱け出たザングレイは雄叫び上げて怒っている。

 

 だが……、

 

「許さないのはこっちの方だ……兵士の仇、取らせて貰うぞ!」

 

 ベホマラーで起き上がれなかった者はザオラルでも助かるまい。

 

 ・・・

 

 散っていった兵士に報いる為にも、ザングレイはここで殺す!

 

「グハハハハ! モゥゥ忘れたヵ? 貴様の力は通用せンのダ! 数が増えて強気に成りおったヵ」

 

「数が増えた? 違うなっ! 世界最強のパーティーが揃ったんだ! お前、ツイてないぜ? クロクダインに始まり、キルバーンにミストバーン、フレイザードにブレーガン、ハドラーに親衛騎団……色んな奴が俺の前に立ちはだかったが、今の俺が一番強ぇ!!」

 

「勝つのは俺ダ!! 来い! 勇者ヨ!!」

 

 

 まるで闘牛の様に現れた敵に全力で当るザングレイは、数的不利を気にもしない。

 敵と見れば何であれ闘い倒す……そこには善も悪もなく、ザングレイは実にシンプルと言える。

 ザボエラの策は提案されたから使っただけだろう。 クロコダインをライバル視するだけあって、ザングレイも又、武人なのだ。

 

 と言っても、多くの被害を被った以上、馴れ合う気は無い。

 

「よぉーし! 炎から氷、崩して衝撃、最期は貫く! 後は任せるっ、1分でケリを付けるぞ!」

 

 甲羅の盾をへろへろに渡した俺は、主語を省いて簡潔に作戦を告げる。

 

「任せなっ」

「やれやれ……人使いが荒いのぅ」

「無理しちゃダメよ?」

 

 長年の阿吽の呼吸。

 作戦はしっかり伝わった様で三人はそれぞれの配置に散ってゆく。

 

 ザングレイの正面には、ハンマーを担ぎ盾を構えるへろへろ。

 左右に別れ機会を伺う俺とまぞっほ。

 ずるぼんはへろへろの背後に隠れている。

 

 配置が完了されたのを見た俺は、回復したばかりの全魔法力を解放する。

 

「行くぜっ、まぞっほ! ベ・ギ・ラ・マぁー!」

 

 俺のベギラマに合わせてまぞっほもベギラマを唱えた!

 十字砲火の熱線がザングレイに襲い掛かる。

 

 しかし、ザングレイには効かなかった!

 

「次だ! マヒャド!!」

 

 ワンテンポ遅れてまぞっほもマヒャドを唱えた!

 

 ザングレイは盾を構えて腕を振り、凍り付くのを防ごうとしている。

 しかし、俺達の狙いは急激な温度差による金属疲労だ。

 

「今だ! へろへろ!!」

 

 甲羅の盾を前面に構え、ハンマーを右手で引き摺りながら、へろへろが一気に駈ける。

 

「うおぉりゃ!! ゴールデン・アッパー!!」

 

 振り上げたハンマーがザングレイの守りを崩し、バトルアックスが宙に舞う。

 

「がら空きね。綺麗な薔薇にはトゲが有るのよ! ピンポイント・アタック!」

 

 無駄にポーズを決めたずるぼんのピンクロッドが素早く伸びて、ザングレイの鎧の胸部を破壊し僅ながらも牛革が露になる。

 

「コレで、終わりだぁ!」

 

 全ての魔法力を左手に集めた俺は、過剰としか言えない回復呪文を形成する。

 

 これならば百発百中。

 直に当てれば勝負は決まる。

 

 後は、眩いバカリの輝きを放つ左手を突き出して、ザングレイに突撃をかけるのみ。

 

「喰らえっ! シャイニング・アタァーック!!」

 

 へろへろのハンマーを盾で受け止めたザングレイの懐に飛び込んで行く。

 ザングレイは一瞬コチラを見たが意に介さず、へろへろとの力勝負に意識を戻した。

 槍の穂先も通さぬ牛革に寄せる自信の現れだろうが、その自信は過信と知れ!

 

 ″ドスッ″

 

 嫌な感触と共に、俺の左手はザングレイの牛革を突き破った。

 

「グハっ……バっ……馬鹿な!? オレの身体をこうも容易く貫くとハ!? あ、有り得ヌ」

 

 血へどを吐いたザングレイは驚きながらも、へろへろを払い除け、巨大な手を左右から伸ばして俺に掴みかかろうとしている。

 

 流石の生命力と勝利への執念だ。

 

「ふんっ……メラ、ゾーマ!!」

 

 ザングレイの体内でメラゾーマを唱えた!

 

「モゥゥゥァァっ!?」

 

 鎧の内側から炎が吹き出し、ザングレイの巨体を包み焼いてゆく。

 

「お前、強かったぜ……」

 

 命を奪った相手にかける言葉などなく、短い言葉を告げてバックステップで飛び退くと、誰かに背中を受け止められた。

 

「でろりんさん!? 大丈夫ですか!?」

 

 受け止めたのは息を切らせたマァムの様だ。

 

「マァムか? お前、どうして?」

 

「あら? マァムちゃんじゃない? 大丈夫……って言ったのに来たんだ?」

 

 ん? 

 コイツラ途中で出会ってたのか?

 

「はい……やっぱり、その……心配で」 

 

「ふぅーん? 心配するのは構わないけど、貴女に出来るコトなんかないわよ? この子の怪我はアタシが治すし」

 

「っ痛!? ちょっ、何怒ってんだ!?」

 

 何故か怒り気味のずるぼんは、よりにもよって俺の右手を掴んで自らの方へと引き寄せる。

 左手もボロボロだが、もうちょっと丁寧に扱ってもらいたいモノだ。

 

「怒ってないわよ! さぁ、ホイミかけたげるから横に成りなさい」

 

 そう言って地べたに座り込んだずるぼんは″グイッ″と俺の右手を下に引く。

 

「意味わかんねぇ……大体マァムにはやって貰うことがあるぞ」

 

 疲労感から眠気も襲ってきているし、下手に口答えせず、ずるぼんの膝を枕に横になる。

 

「は、はい! 私に出来ることならっ」

 

「じゃぁ、ザングレイを倒したのはお前とポップな? ロモス王国にはそう報告してくれ。異論は認めない」

 

「え?」

 

「バッカじゃないの!? 意味わからないのはアンタよ! 何考えてんのっ!?」

 

「ふむ……アルキード王じゃな? あの王は野心を隠そうともせぬからのぅ」

 

 怒れるずるぼんとは正反対に、どこか納得した表情でまぞっほがやって来た。

 

 流石、まぞっほ。

 話が早いぜ……これならば後は任せても大丈夫そうだ。

 

「そう言うこった。まぁ、それだけじゃ無いけどな……兎に角、後処理は任せる……ぞ……」

 

 こうして多大な犠牲を払ってザングレイを倒した俺は、魔法力を使い切った代償に強制的な眠りに就くのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おい、知ってるか? ロモスを救った勇者はまだ子供らしいぜ?」

 

「はぁ? 甲羅を背負った変な勇者だろ?」

 

「違うわよ! 黄金の鎧を身に纏った貴公子様よ!」

 

 西の空が赤く染まる頃、ロモスを救った勇者の姿を一目見ようと、多くの民衆が城の中庭に詰め掛けていた。

 

 俺達はその様子を最後尾となる城壁の上で姿を隠して見守っていた。

 

″パァンパランパパパパァン″

 

 兵士達がトランペットを吹き鳴らすと、二階のカーテンが左右に別れ、その中からダイ達が姿を表した。

 

『勇者さまぁ!』

『我らのロモスを救ってくれてありがとぉ!』

 

 巻き起こる大歓声に三人は三様の困惑した表情を浮かべている。

 

「ほぇ〜。本物の勇者はカッコえぇのぅ」

 

「何言ってるのよ!? 本物の勇者はでろりんよ!! ダイ君は頑張ったみたいだけど、闘ったらでろりんが勝つわ!」

 

「いや、なんで俺がダイと闘うんだよ?」

 

「五月蝿いわね! 良い? アソコの真ん中に立ってるのは本来ならアンタよ! それを、こんな所で……バッカみたい」

 

 テラスを指差し怒るずるぼんだが、俺達がここに居ると言うことは、手柄の譲渡を認めていると云うことに他ならない。

 ポップとマァムは、まぞっほの脅しともとれる説得によって、渋々ながらも了承したらしい。

 

 どちらも俺が昏睡中の出来事だ。

 

「そう言うてやるな……コヤツにはコヤツの考えが有るんじゃて」

 

「悪いな、まぞっほ。大層な考えなんてないんだ。俺はアソコに立ちたくない……ただソレだけだ。勇者に寄せられる期待……そんなモノを背負いたくないんだ。勇者にすがって死んでいく人を見るのは、もう……沢山だ」

 

 人が死ぬのは仕方ない……哀しいけど、戦争だからな……。

 だが、俺を守って死んで逝く……そんな姿を見るのは御免だ。

 

「ハァ……アンタってホント馬鹿ね? 兵士が死ぬから闘いを止めるの? 兵士が死ぬのはアンタのせいなの!? 違うわよね!? 悪いのは大魔王で兵士が死んだのは弱いからよ!」

 

 いや、まぁそうだけど、身も蓋もねぇな。

 てか、高レベル僧侶としてその考え方で良いのか?

 

「闘いは止めねぇさ。ただ、兵士を煽るのは程々にするってダケだ」

 

「ふむ。勇者と名乗らねば兵士は寄ってこぬ、寄って来ぬから人は死なぬか……お主の言い分も分からんではないのぅ。じゃが、手遅れでは無いか?」

 

「そうね。アンタが闘いを止めないなら、何処から見ても立派な勇者じゃない? あ、後ろはダメね」

 

「え? マジで? その都度否定すりゃイケんだろ? 本物の勇者はダイに押し付けて、俺は影で将軍をぶっ殺す! これぞ、完璧な役割分担ってモンだ」

 

 ザングレイは思った以上に強かった。イレギュラーである将軍は俺の手で始末せねばなるまい。

 

「はぁ……アンタってホンット馬鹿ね? でも、そうしたいなら付き合ったげるわ」

 

「ほっほっほ。ワシラはワシラの役割を果たすだけじゃな」

 

「リーダーは勇者だからなっ」

 

「だから、ソレを止めろって!」

 

 こうしてダイの晴れ姿を見た俺達は、決意も新たにひっそりとロモス城下を後にするのだった。













でろりんが覚醒したら話が終わるので、こんな形での決着となりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。