FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm (水天 道中)
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Prologue
設定集(第1話〜第3話+α)


活動報告で述べたように、ストーリーの節目ごとに投稿していきます。また、本編で描写し切れなかった設定や小ネタも紹介する都合上、やむを得ずネタバレを含む内容となりますのでご了承ください。



ラグリア・オズワルト

『セリナと仲良くしてくれるなら、僕は大歓迎するよ』

 

年齢:25歳

好きなもの:読書、料理

嫌いなもの:騒音

イメージ:波風 ミナト(NARUTO疾風伝)

 

ルーシィ達の依頼(クエスト)攻略の最中、突如(とつじょ)として現れた(なぞ)の青年。赤みがかった長めの黒髪とブルーアイが特徴。読書が趣味で、常に本を一冊は持ち歩いている。ちなみに好きなジャンルは小説とラノベ。

また、自宅の一軒家に血縁関係のないセリナを居候(いそうろう)させて面倒をみている。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の面々との親交を深めてからはたまにギルドに遊びに来るが、その際ミラに、セリナにバランスの良い食事を食べてもらえる方法について相談しに行くこともよくある。

 

セリナ・ロゼルタ

『アハハッ。電気の力ってホント便利だよネー』

 

年齢:10歳

好きなもの:雷、カレー(辛口)、ラグリアの料理

嫌いなもの:野菜

イメージ:藍原(あいはら) 延珠(えんじゅ)(ブラック・ブレット)+アリシャ・ルー(SAO/A)

 

金髪ツインテールが特徴の少女。とても明るい性格で、常に元気いっぱい。ラグリアの家に居候しており、彼に(むすめ)のように(なつ)いているが、食事の(たび)に野菜を魔法(まほう)で黒焦げにしては困らせている。

 

カリン・ミナヅキ

『私にとっての宝物は"魔法"ね』

 

所属ギルド:光精の樹(アルフ・ツリー)

年齢:19歳

好きなもの:綺麗(きれい)なもの(特に宝石)

嫌いなもの:風精の迷宮(シルフラビリンス)

イメージ:アリス・マーガトロイド(東方Project)

 

金髪ショートヘアーでグリーンアイの女性。

トレジャーハンターでは(めずら)しく魔法を使うことができ、その珍しさとギルド内トップの実力から『宝石女王(クリスタライト・エンプレス)』の異名を取る。

トレジャーハンターでありながら金銭的な意味では財宝に興味がなく、あくまでアクセサリーとして見る少し変わった考え方の持ち主。収入は主にギルドにくるトレジャーハント以外の依頼(いらい)や、副業でやっている作家業をこなして得ている。

名前の由来は『NARUTO疾風伝』のサスケの仲間である香燐(カリン)水月(スイゲツ)

 

光精の樹(アルフ・ツリー)

魔導士(まどうし)(よう)する珍しいトレジャーハンターギルド。かつてユーリ達が所属していた『風精の迷宮(シルフラビリンス)』とはライバル同士。

カリンと他のギルドメンバーの間には()めがたい実力差があるらしく、X七九一年の大秘宝演武(だいひほうえんぶ)では彼女が執筆活動のために不在だったため、二位という結果に甘んじている。

しかし当のカリンは自身の実力について並々ならぬ自信をもっており、『風精の迷宮』のヒロシ、ララ、ドレイクの三人をまとめて相手にしてようやくまともな試合ができるだろうと豪語(ごうご)している。

 

サラ・ヘンドリックス

 

さらさらの銀髪を一本の三つ編みに束ねて肩から垂らした魔導士(まどうし)の女性。

やや病弱な体質で、人見知り気味なこともあって、友人のカリンとも顔を合わせる機会はなかなか取れていない。

しかし、自分の体調よりも友人のことを気にかける心配性な一面もある。

モデルはSAOのユリエールと、ブラック・ブレットのユーリャ・コチェンコヴァ。




以上、設定集第1弾でした。
今後のストーリーで明らかになっていく情報と連動し、内容は適宜追加・修正されていく予定です。
また、設定集ではラノベのカラーページを参考に、基本的に本編を読む前に目を通す前提で文の構成を考えています。
が、これとは別に投稿する予定の小ネタや裏設定の解説では多大なネタバレを含むため、本編の内容をある程度把握してから読むことをお勧めします。


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第1話 本を読む人

処女作です。
また、不定期投稿、加えて加筆修正が多いです。
それでもいいという方は楽しんでいってください。


 すっきりした気分と共に目が覚め、上体を起こして一つ伸びをする。

 (かたわ)らのカーテンを開けると、(さわ)やかな朝の日差しと抜けるような青空が目に飛び込んできて、(まぶ)しさに一瞬(いっしゅん)目を(すが)める。今日も申し分ない仕事日和(びより)だ。

 ひとつ(うなず)くとまずシャワーを浴び服を着替え、ひと通りの身支度を済ませる。時刻は午前七時。

 肩掛け(かばん)(ひも)(にぎ)り、自分の相棒達──星霊(せいれい)(かぎ)を腰に着けたのをしっかり確認すると、階段を下っていく。

「いってきまーす!」

 大家さんに一声かけてから、ルーシィはいまの自分の家、マグノリアの宿を出た。行き先は勿論(もちろん)、多くの仲間達が待つもう一つの家だ。

 顔なじみになって久しい漁師のおじさんやすれ違う人達と簡単な挨拶(あいさつ)を交わしながら、街の至るところを通っている水路沿いの道を歩いていく。その短い間、ルーシィはここ数年の間に起きた様々な出来事に思いを(めぐ)らせていた。

 二年前。バラム同盟最後の一角『冥府の門(タルタロス)』を自分達が倒したことで、長く続いた闇ギルドとの戦いは、一応の決着をみた。その後マスターから解散令が発表され、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』はなくなってしまった。

 しかし去年の大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)でナツが現れてから、かつての仲間達を集める旅が始まり、それはやがてゼレフ(ひき)いるアルバレス帝国軍との戦争に発展。再びの壮絶な戦いを()て、無事にすべての仲間達が顔を合わせることができた。そうして再び世界に平和が戻り『妖精の尻尾』もまた、元あった場所に再建されて、現在に至る。

 徐々(じょじょ)に巨大な城のような建物が視界に大きくなってきた。その上部中央の幕には『妖精の尻尾』のギルドマークが染め抜かれている。正面の大扉をくぐれば、もうそこは活気あふれる皆の(ギルド)だ。

 

 

      1

 

 

「あ、ルーシィ、おはよう!」

「おぉ、丁度(ちょうど)いいところに。ちょっと来てくれ!」

 ギルドに入った瞬間(しゅんかん)、右側から二つの声を掛けられそちらを見ると、(うろこ)模様のマフラーに桜髪の青年と、その(かたわ)らには羽の()えた青い猫──正確には魔法(まほう)界の生物・エクシードという──が浮かんでいた。

「ハッピー、ナツ、おはよう! ──で、どうしたの?」

 ルーシィが歩いていくと、桜髪の少年──ナツは右の壁にかかっているボードを指差しながら口を開く。

「いや、この依頼(クエスト)なんだけど、ハッピーが(おれ)一人じゃ無理だって言うんだよ」

 すると彼の横で浮かんでいるハッピーが不満そうな声を上げる。

「当たり前だよ。いくらナツが強くてもさすがに危ないよ」

「えぇ!? どの依頼よ?」

 その言葉に軽く(おどろ)きながら、ルーシィも沢山(たくさん)の紙が所狭(ところせま)しと貼られた長方形のボードに目を向けた。

 この巨大なボードは正式名「依頼板(リクエストボード)」という。文字通り、様々な依頼(クエスト)が書かれた紙、依頼書(いらいしょ)を貼り付ける掲示板だ。依頼を受けたい場合は、ここから依頼書をちぎってギルドの受付に持っていけばいい。

 多くの場合一回の仕事でこなす依頼は一つだけだが、一度に受ける依頼の数は個人の自由である。

 「これだ」といってナツが指差した依頼書には、『Thief Subdue』とあった。意味は盗賊(とうぞく)退治。

 多くの依頼の報酬(ほうしゅう)は「(ジュエル)」という単位で表記されるお金で支払われるが、その額も十九万Jと──討伐系依頼の相場が十六〜二十万Jであることから考えても──比較的高めだ。

 それを見て、ルーシィはひと安心した。ナツでも苦労するような内容、という意味ではなかったらしい。

「あぁ、そういうことね。確かに、一人でこなすのはちょっと無理があるかも」

 ハッピーが腕組みして横目でナツを見る。

「ほらー」

「んだよルーシィまで」

 そのやり取りに少しクスクスと笑ってから続ける。

「でも報酬がちょっと多めだし、相手の数も不明って書いてるから、念の為にもエルザ達も誘った方がいいと思うよ」

 言ってから、酒場(さかば)になっているギルド中央を見渡すと、ほどなくして目的の人物達は見つかった。

 歩いていき、テーブルのひとつに固まって座っている四人に声をかける。

「みんな、ちょっといい? 相談があるんだけど」

 すると右奥に座る、(よろい)緋色(ひいろ)の髪の女性──エルザがケーキを食べる手を止めて応える。

「構わないが、どうした?」

「うん、ちょっとこの依頼なんだけど」

 持って来た依頼書をエルザに渡す。

「ナツとあたしだけじゃちょっと心配だから、エルザ達も一緒(いっしょ)にどうかなと思って」

「ふむ、確かに、二人だけではもしなにかあった時に大変だろう。わかった、すぐ準備しよう」

「私もご一緒します」

「たまにはこういうのもいいわね。人手は多い方が効率もいいし」

 エルザの前に座っていたウェンディとシャルルも賛成する。

 しかし、グレイだけは立ち上がるといきなりナツと(にら)みあい始めた。

(おれ)も行く。足手まといになんじゃねぇぞこのクソ炎」

「あぁ? そりゃこっちの台詞(せりふ)だヒエヒエ野郎」

「やんのかコラ」

「やんのかコラ」

 その時、エルザの(ひとみ)から(すさ)まじい殺気が放たれる。

「やかましいぞ。落ち着いてケーキを食べさせろ」

「「はい……」」

 

 

 馬車に数分揺られてたどり着いたのは、山あいの小さな村だった。

「ここが依頼書(いらいしょ)にあった村で間違いないみたいね」

 ルーシィが(つぶや)いていると、横合いから声をかけられた。

「これはこれは、もしや、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の方達ですかな?」

 見ると、腰の曲がった白いヒゲの老人が(つえ)を突きながら歩いてきていた。

「はい。依頼を受けてやってきました」

 エルザが答えると、老人はにっこり笑い、ゆっくりした口調で言った。

「そうですか。それはどうも。私は、この村の村長をやっとります。家はすぐそこですので、どうぞ」

 

 

 村長に続いて民家の一つに入り、村長の孫娘(まごむすめ)という女性にお茶を出してもらった後、椅子(いす)に座った村長は静かに語り始めた。

「あれはつい数日前のことでした。山の方から何人もの若い男達が現れて、村の住人達に悪さをし始めたのです。金目のものも沢山(たくさん)(ぬす)まれました。当然村の若者達が協力して立ち向かいましたが、盗賊(とうぞく)達は数が多く、村にいる若者では人数で負けてしまいます。

 さらに奴等(やつら)はどうやら集団で動いているらしく、その幹部達は魔法(まほう)を使うそうなのです。ただの人間である私達ではとても(かな)いません。そこで孫の提案で盗賊退治をあなた方魔導士(まどうし)ギルドの皆さんにお願いしたのです。改めて、どうか盗賊達をこらしめて下さい」

 村長と孫娘さんに同時に頭を下げられ、エルザは少し(あわ)てたが、すぐに安心させるべく口を開く。

「大丈夫です。そんな盗賊達、私達が必ずすぐに退治してみせます」

「あたし達に任せて下さい」

 ルーシィも村長に笑ってみせた。

「それで、その盗賊達はいまどこに?」

 エルザが()くと、村長はすぐに答えた。

「前は山から降りてきていたのですが、いまは村の近くの大きな廃墟(はいきょ)をアジトに使っているようです」

 

 

      2

 

 

「あ、あれじゃない?」

 村の中央の大通りを抜けたところで、シャルルが空中で声を上げ、遠くを指さした。

 見ると確かに、村の右側にある山の(ふもと)付近にそれらしい建物が見える。

 まばらに()えた木々や巨大な岩をいくつか()けながら進むと、唐突(とうとつ)に視界が開けた。

 元は図書館かなにかだったのだろうと思われる巨大な建物はいまは石の灰色()き出しの、ただの直方体形の箱のような外見になっており、ヒビだらけの壁の上の方に並ぶ窓からは、崩落してボロボロになった天井(てんじょう)が見通せる。中から(かす)かに喧騒(けんそう)のようなものが聞こえるが、肝心(かんじん)の中の様子まではわからない。

「私が見てくるわ」

 そう言ってシャルルが窓に向かって飛んで行った。少しして、すぐに引き返してくる。

「確かに、かなりの人数がいるわね。ざっと三、四十人ってところかしら。奥の方で数人が固まってたから、多分あれが集団のリーダーと幹部達だと思うわ」

「ありがとうシャルル」

 ウェンディがそう言うと、まだなにかあるのか、シャルルは一度考える素振(そぶ)りを見せてから続けた。

「あー、あと、全員なんか変なマスクを着けてたわ」

「マスク?」

 ルーシィが言うと、シャルルは(うなず)いて続ける。

「えぇ、鉄でできた、鼻から下を隠すような形の。仲間の目印みたいなものかしらね」

「鉄のマスク? それってもしかして……」

「ん? ハッピーどうかしたか?」

 ナツが(たず)ねたが、ハッピーはただ笑って「なんでもない」と答えるだけだった。

「とりあえず、建物の入り口を探そう」

 エルザの言葉に再び歩き出し、建物の右側に回る。

 するとそこには、巨大な両開きの(とびら)があった。どうやら、これが建物の正門らしい。

「恐らく入り口はここ一つだ。(みんな)、準備はいいな?」

 エルザの言葉に、各々(おのおの)目配(めくば)せして(うなず)きあう。

「では、行くぞッ」

 大扉が押し開けられると同時に話し声が()んで、中にいる人間の視線が一斉にこちらを向く。

 盗賊達は、バラバラな位置に置かれた椅子(いす)に座っており、宴会の()っ最中といった様子だった。だが彼等(かれら)(みな)その手に剣やバット等の武器(ぶき)類を(にぎ)っており、鉄のマスクが顔の下半分を(おお)っている。

 そしてその奥には、大量の金品が詰め込まれた沢山の巨大な箱。形からしておそらく本棚(ほんだな)を壊して箱にしたのだろう。その手前、一段高くなった場所に四人、リーダーと幹部らしき人物が座っている。彼らは魔法が使えるからか、他の者達とは違い武器を持っているようには見えない。

「なんだお前らは!?」

 集団の最奥(さいおう)にいたリーダーと(おぼ)しき女性の言葉に応じるべくエルザが息を吸った、その時だった。

「あーッ、お前達は!!」

 突然(とつぜん)ハッピーが大声を上げ、女性を指差した。彼女もなにかに気付いたのか、「げッ」と漏らす。

「え、何、知ってるの?」

 ルーシィが言うと、ハッピーはこちらを見た。

「ほらルーシィ、前に言ったじゃん。ナツがオイラの魚を取り返しに行って山を()き飛ばした話」

「あぁ、アルターナ(さん)の事件ね……って──ッ」

 そこまで考えて、ルーシィも気付いた。

「もしかしてあいつら、その時の盗賊ッ?」

「うん、あのマスク、間違いないよ!!」

 ナツ達は一年前、修行の旅といって大陸の各地を点々としていた。その途中、新聞に()るほどの事件をいくつか起こしているのだが、ハッピーが言っているのはまさにその一つだ。

 アルターナ山消滅事件。それは以前聞いたハッピーの話によれば、魔導士ギルドを自称する盗賊に()られた魚を取り返すために盗賊のキャンプ地に乗り込んだナツが、その時毒キノコを食べて暴走していたのも(あい)まって怒りのままに突撃(とつげき)。そのまま魔力を爆発させてしまった結果の出来事なのだそうだ。

 しかしその時の敵の数は四人だったはず。ナツに復讐(ふくしゅう)するためかは知らないが、仲間を増やしたらしい。

 視線を戻すと、相手もかなり(あせ)っているようだった。

「また『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』か……ッ。はッ、だッ、だからなんだ! 火竜(サラマンダー)一人が五人に増えたところで、こっちにはあの時の十倍いるんだ。構わねぇ、やっちまえ!!」

 集団全員が武器を振りかざし、雄叫(おたけ)びを上げる。ルーシィ達も身構えた。といっても、こういう討伐(とうばつ)依頼(クエスト)は日常茶飯事(さはんじ)だ。対処には皆慣れている。

「四人がかりでナツ一人にやられといて、どっからそのやる気が出て()んだよッたく……」

 ルーシィの(なな)め後ろで、左手に右拳(みぎけん)を重ねる『()()()()()()』特有の構えを取りながら、小さくグレイがこぼした。

「敵に集中しろグレイ。いつでも油断は禁物(きんもつ)だ」

 エルザの言葉に、ルーシィも改めて(まなじり)を鋭くして敵集団を見据える。その時、予想外の現象が起きた。

「──お取り込み中、失礼します」

 ()(ちが)いに(さわ)やかな声がしたかと思うや、ルーシィが振り返るより早く、メンバーの中央にいたナツとルーシィの間を赤みがかった長めの黒髪の男性が歩き過ぎていった。

 あまりに突然(とつぜん)のことに、ルーシィを含む全員が声もなく瞠目(どうもく)した。いつから背後にいた?

 突如(とつじょ)現れた謎の男性はロングコートを(ひらめ)かせつつ、戦闘(せんとう)直前の緊張を意に介する様子もない軽い足取りで歩いていく。やがて、まだ毒気(どっけ)を抜かれたような表情を一様に浮かべ、武器を振り上げたまま固まっている盗賊集団とルーシィたちの、ちょうど中間付近で立ち止まった。

「今度は(だれ)だボ?」

 幹部の大男のダミ声の問いにも男性はまったく動じず、(おだ)やかなトーンで切り出した。

「別に(たい)した者じゃありません。ちょっと質問がありましてね。(ぼく)の家族が宝物を()られたらしいんですよ。盗られたのは観賞用の魔水晶(ラクリマ)で、(ぬす)んだ相手は鉄のマスクを着けていたらしいのですが、なにか知りませんか?」

「それって、これのことか?」

 そう言って、リーダーの(となり)にいた茶髪の男がポケットから一つの魔水晶を取り出す。

「あぁ、それですね。でもどうしてあなたが持っているんですか?」

 そこで初めて男が「あッ」と漏らした。どうやら男性の言葉に反射的に反応してしまったらしい。

「いや、そうじゃねぇ。これは、その、落ちてたんだ。だからお前の娘が盗られたのとは(ちげ)ぇよ」

「そうですか……」

 男性は少しがっかりしたように肩を落とした。だが次の瞬間(しゅんかん)、男性の声が静かな冷気に包まれる。

「──ではなぜ、僕の家族が娘だとわかったんですか?」

「なに……?」

「僕はさっき、『家族が宝物を盗られた』とだけ言いました。なぜ、それだけで娘と判断したんですか?」

「そ、それは……ッ」

 男がぎょっとして口ごもる。謎の男性はその反応に深い()め息をつき、ひとつ(つぶや)いた。

「仕方ない……。──その魔水晶、返してもらうよ」

 そう言うと、男性はコートのポケットに右手を突っ込む。出てきたのは、一冊(いっさつ)の本。

 まさか、たった一人であの()(ほう)(しょ)らしきものを武器に戦おうというのか。

 あまりに危険すぎる。魔法書だけで対処できる人数ではないのは明白だ。

 リーダーの女性は男性の行動を悪足掻(あが)きと取ったか、にやりと笑う気配を(にじ)ませた。

「敵は一人に減ったぞ! やっちまいなぁッ!」

 先ほどに数倍する音量の蛮声(ばんせい)を聞きながら、しかしルーシィはわずかな違和感を覚えていた。

 ──なにかがおかしい。

 一般的に、魔法書に記されている魔法を使う場合、その魔法の名称か、発動に必要な特定の文言(もんごん)(えい)(しょう)、あるいは特定の動作等、なにかしらの予備動作が必要になる。

 だがいま男性はなにかを読み上げるでもなく、ただ立って本に目を落としているようにしか見えない。

 ──まさか、あれは魔法書じゃない? でも、だったらどうして?

呑気(のんき)に本なんか読んでんじゃねぇよッ」

 そうこうする内、(ぞく)の一人が男性に打ちかかった。右手の剣を容赦(ようしゃ)なく垂直に振り降ろす。

(あぶ)──ッ」

 ない、そうルーシィが叫びかけたその時、信じられない事が起こった。

 ぐらり、と男性の上体が傾き、必殺の一撃(いちげき)完璧(かんぺき)なタイミングで回避(かいひ)。のみならず、同時に跳ね上がった掌打(しょうだ)が賊の右手を(とら)え持っていた剣を(はじ)き飛ばす──その一連の動作を、本から一瞬(いっしゅん)たりとも目を離すことなくやってのけたのだ。

 さらに、まだ男性の左手は動きを止めない。次の瞬間(しゅんかん)には引き戻されていた手が(こぶし)(にぎ)り、驚愕(きょうがく)の表情を()りつけた賊の胸にめり込み勢いよく吹き飛ばす。

 あまりの手際(てぎわ)にさすがの大集団もわずかにたじろぐが、すぐに態勢を立て直すと男性を取り囲み、今度は四人が二人ずつ時間差をつけて突っ込んでいく。

 男性は腰を落とし左拳(ひだりけん)を引き(しぼ)ると、正面の一人の胸に(たた)き込み、返す(ひじ)で背後の一人の腹を強打。敵がひるんだ一瞬の(すき)()び上がると開脚の要領で左右の二人を()り倒し、着地ざまに体を半回転させて後ろの一人に回し蹴りを浴びせ吹き飛ばす。

 その間にも背後から(はさみ)(ごと)く交差された刃が迫るが、男性はオーバーヘッドキックでその交点を器用に蹴りつけた。着地したところで体勢を(くず)した相手の顔面に裏拳(うらけん)を浴びせ、もう一人は貫手(ぬきて)(のど)を突く。

 盗賊達は数にものを言わせて次々と攻撃を浴びせているが、全員が倒されるのも時間の問題だろう。なにしろ実力があまりにも違い過ぎる。そして何より驚愕すべきは、どれだけ相手の攻撃が激しくなっても、男性は少しも本から顔を上げていないということだった。

 数分後、腹に打ち込まれた拳打に最後の一人がどさりと崩れ落ち、残るはリーダーの女性を含む四人だけとなった。対する赤黒い髪の男性は、(かす)り傷どころか服すら傷ついていない。相変わらずゆったりと構え、右手の本に視線を落としている。途中、何度か相手のスキを突いてページをめくっているように見えたが、まさかあの状況で本当に本を読んでいたのだろうか。

「くそ……どうなってんのよコイツ……」

 幹部の女性が(うめ)き、異常なものを見る目で男性を見ながら数歩後退(あとじさ)った。すると、男性はそこで初めて本から顔を上げ、まったく疲労(ひろう)を感じさせない(おだ)やかな声で告げる。

「そろそろ大人(おとな)しく魔水晶(ラクリマ)を返してくれないかい? 君達の実力じゃ、何時間かかっても(ぼく)は倒せない」

 男性は左手を伸ばして観賞用魔水晶を渡すよう(うなが)すが、リーダーはそれでも(あきら)めず、右腕を振って叫ぶ。

「ふざけるなッ。せっかく手に入れたお宝を誰が渡すかよッ。オイ、やれッ」

「う、うおおおぉぉッ」

 雄叫(おたけ)びを上げたのは、先ほどの茶髪の男性幹部だった。右手に左拳(ひだりけん)を重ねる、グレイと似たような構えを取り、その場で体を一回転。彼の手元を青白い光が包む。

鉄造形(アイアンメイク)、『棘鉄鎚(ニードルハンマー)』ッ!」

 男が手を突き出すのと同時に、その光の中から(くさり)(つな)がった、棘つき鉄球(モーニングスター)のような巨大な金属(かい)が男性めがけて飛び出した。

 男性は伸ばしたままだった左手を返し、(てのひら)を男に向ける。

「『大気の障壁(エアリアル・ウォール)』」

 すると男性の目の前の空間で環状(かんじょう)の白い光が(はじ)けた。

 なんと、あれだけの人数を相手に素手で戦っていたのでてっきりただの人間とばかり思っていたが、彼も魔導士(まどうし)だったらしい。しかし、彼はいま何をしたのだろうか。その問いを口にする前に、ヒントとなる現象はすぐに起こった。

 突如(とつじょ)ガツンという(なぞ)のインパクト音が廃墟(はいきょ)中に響き渡り、男性の目の前でまるで見えない(かべ)にでもぶつかったように鉄球が停止。そのまま床に落ちてしまったのだ。

 いや、とルーシィは首を振る。実際、あそこには壁がちゃんとあったのだ。空気(エア)でできた、見えない(ウォール)が。

 だとすると、彼の操る魔法(まほう)は──。

 巨大な鉄球をあっさり止めてしまった男性は、手を引き戻すと再び静かに口を開く。次の瞬間(しゅんかん)、ルーシィは自分の読みが甘過ぎたことを(さと)った。

「『超重力砲(テラグラビティキャノン)』」

 空気を自在に操る魔法──ではない。重力(グラビティ)

 その時、(わず)かに体が軽くなったように感じた。そのことに困惑する間もなく、男性が腕を突き出す。

 直後にドスンという再びの謎の、しかし先ほどとは別種の衝撃音(しょうげきおん)。同時に、重さ二トンほどもありそうな鉄球が、繰り出した本人である男めがけて、(はじ)かれたように飛んで行った。

「ぐあッ!!」

 当然、技を止められた驚愕(きょうがく)に放心状態だった男がかわせるはずもなく、吹き飛んで背後の壁にめり込みダウン。その衝撃で飛んできた観賞用魔水晶(ラクリマ)を、男性は本に視線を据えたまま左手でキャッチした。

「さて、あとは君達だけど……まだやるかい?」

 その問いは、残るリーダーと二人の幹部に向けられたものだったが、彼らはもうそれどころではなくなっていた。

「お前がいくボ!」「お前がいけ!」「アンタがいけよ。てかアンタマスターだろ!?」

 男性に対するあまりの恐怖にパニックになり、三人で()っ組み合っている。

 ルーシィは戦闘(せんとう)の終了を感じ、彼等(かれら)を取り押さえるべくナツ達と共に廃墟(はいきょ)に足を()み入れた。

 しかしその時、半分振り返った男性の左手がこちらに向けられ、すぐ目の前で巨大な白い光の輪が(はじ)けた。

 一瞬(いっしゅん)見えた男性の青い(ひとみ)が鋭く光ったのを見て、ルーシィ達は(あわ)てて立ち止まる。

 ──いまの光は、さっきの空気の壁の魔法……!?

 目を見開いたままルーシィ達が見守る中、男性の静かな声が廃墟に響く。

「これで(ぼく)の目的は達したことになる。でも、それとは別にもう一つ、やらないといけない事があるんだ」

 盗賊(とうぞく)達も異変に気付いたのか、(つか)()喧嘩(けんか)()めて男性を見上げる。男性はゆっくりと左手を持ち上げ、彼等のさらに後方、大量の金品が詰まった沢山(たくさん)の巨大な箱を指さした。

「それは、ここに来る途中にあった村の人々のもののはずだ。それだけ多くの人を困らせた罰は、しっかり受けてもらうよ」

 そう言うと、男性は左の手のひらを天井(てんじょう)に向けた。つられて、ルーシィ達も上を見上げる。

 そこに見えているのは、ボロボロの天井と、(いく)つも開いた穴から(のぞ)く青空──それだけだった。

「えッ……?」

 ()()を見た瞬間(しゅんかん)、ルーシィは思わず声を上げていた。

 青空の中に、キラキラと(またた)く星のようなものが見える。

「空が……光ってる……?」

 その時、ルーシィの(なな)め後ろで同じく空を見上げていたエルザが(けわ)しい表情で言った。

「いや……あれはただの光じゃないぞ……ッ」

「え!?」

 改めて上空、謎の発光体群を見上げた時、ルーシィも気付いた。

 ──光る点が、徐々(じょじょ)に大きくなっている。

 ルーシィたちの視線の先で、男性がさっと腕を振り降ろす。

「『陽光槍雨(シャイニング・ランサー)』」

 直後、想像を絶する厄災(やくさい)が訪れた。

 いきなり天井(てんじょう)崩壊(ほうかい)したかと思うや、空から無数の()()()が降り注ぎ、崩れ落ちた天井も巻き込み地面に突き立つ。直後、すべての(やり)が強い光を()き散らしながら轟音(ごうおん)と共に爆発(ばくはつ)。視界を(まば)ゆい光が白く染め上げた。

 数秒後、ルーシィたちが咄嗟(とっさ)に上げた腕を降ろしてそっと目を開けると、廃墟内の風景はその有りようを大きく変えていた。

 床は一面が徹底(てってい)的に破壊し()くされており、先ほどまで三人で固く抱き合ってぶるぶる震えていたリーダー達や、なんとか起き上がろうともがいていた盗賊(とうぞく)達は一人残らず昏倒(こんとう)戦闘(せんとう)不能。

 天井には巨大な穴がぽっかりと口を開け、なんとも風通しがよさそうだ。

 しかし、先ほどまで男性が造り出した空気の壁があった辺りからこちら側は、まるで定規(じょうぎ)で線を引いたかのように無傷だった。ここまで廃墟を滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にした破壊力を通さなかったことを考えると、(すさ)まじい防御力だ。

 そして、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』が討伐(とうばつ)するはずだった盗賊団を単身、それも無傷で壊滅させてしまった、赤黒い髪にブルーアイ、ロングコートを着た長身の男性は後ろ頭を掻きながら苦笑を浮かべて歩いてきていた。

「割り込んだ上に手柄(てがら)を横取りするような真似(まね)をして済まなかった。えっと、君達は……」

魔導士(まどうし)ギルド、『妖精の尻尾』の者です」

 エルザの言葉に、男性の(ひとみ)が軽く見開かれる。

「ほぅ、君達があの……。いや、これは本当に申し訳ない。家族の宝物を取り返したかっただけで、なにか下心があったわけじゃないんだ。報酬(ほうしゅう)はすべて君達のもので構わない。迷惑だったかな?」

 男性の苦笑に、ルーシィは(あわ)てて取りなす。

「いえ、迷惑だなんてそんな……。あたし達はたしかに盗賊退治に来ましたけど、代わりにやってもらえて、(むし)ろ感謝しています。それで、あなたは、一体……」

「おっと、自己紹介が(おく)れたね。僕の名はラグリア・オズワルト。ただの通りすがりの魔導士だよ」

 あれだけの戦闘を見せた後で『ただの通りすがり』は流石(さすが)にちょっと無理があるだろうと思ったが、ここはあえて深く考えずに続ける。

「そう、ですか……。あの、ラグリアさん、あたし達にできることなら、何かお礼をさせてくれませんか? ギルドも、ここからそんなに遠くないですし」

「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 そう言って、ラグリアはにっこりと微笑(ほほえ)んだ。

 

 

      3

 

 

「ただいまー!」

 元気よく声をかけながら扉を開けると、横合いからすぐに返答があった。

「あら、お帰りなさい、ルーシィ。戻ったのね」

「あ、ミラさん。マスターは? ちょっと話があるんだけど」

 ルーシィが(たず)ねると、入って左側にあるカウンターの中の女性──ミラジェーンはすぐに答えた。

「マスターなら、いまは酒場(さかば)の方にいるわよ」

「わかった。ありがとう!」

 それだけ言うとルーシィは短い階段を降り、酒場に入った。といっても、マスターがいる場所は大抵(たいてい)決まっている為、特別探す必要もない。すぐに目的の小柄な老人の姿を見つけ、小走りで駆けていく。

「ねぇマスター、ちょっといい?」

 すると、バーカウンターの上であぐらをかいている白髪(はくはつ)白髭(はくぜん)の老人、マカロフは、木のジョッキを持ったままこちらを見る。

「む、なんじゃルーシィか。どうした?」

「うん。さっき依頼(クエスト)受けに行ったんだけど、行った先で偶然(ぐうぜん)会った男の人が手伝ってくれたから、何かお礼がしたくてちょっと来てもらってるの」

「男? (だれ)じゃ」

「よくわからないけど、ラグリアっていう人」

 その時、マカロフの(まゆ)がぴくりと動いた。

「ラグリアじゃと? まさか……」

 彼の言動が少し気になったが、振り返るとちょうど(みんな)が入ってくるところだった。

「あ、来た来た。おーい、こっちこっち」

 呼びかけに気付いたらしく、ナツたちはラグリアを連れてまっすぐこちらに歩いてきた。

 ルーシィはマカロフに紹介するべく口を開きかけたが、それより早く、マカロフが意外な反応を見せた。

「おぉ、やはりお前さんじゃったか」

 対するラグリアも、特に緊張した(ふう)もなく応じる。

「どうも、マカロフさん」

 不可解な二人の様子に思わず顔を何度も見比べる。

「え、え? なに、二人共もしかして知り合い?」

 困惑するルーシィの発言に、ナツ達も(そろ)って不思議そうな表情になる。

 マカロフは一つ「ふむ」といってから、静かに切り出した。

「この間のアルバレスとの戦争の中で、聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)序列一位、イシュガルの四天王の一人でもあったゴッドセレナの奴が、アクノロギアの襲撃(しゅうげき)を受けて死亡扱いになっとるのは、(みな)も知っておるじゃろう」

 ルーシィは話の流れを見失い狼狽(ろうばい)しかける。

 聖十大魔道とは、この大陸イシュガルにおいて最も優れていると定められた十人の魔導士(まどうし)達に与えられる称号のこと。余談だが、目の前のマカロフもその内の一人である。そしてその上位四名こそが『イシュガルの四天王』と呼ばれる大魔導士達だ。しかしなぜいまその名前が出てくる?

「あまり公表されてはおらんが、仮に聖十(せいてん)の称号を持つ者が死んだ場合、その者より下にいた全員の序列が繰り上がることになっておる。──そうして空席になった十位の座に新たに着いたのが、そこにおるラグリアというわけじゃ」

「えッ?」「な……ッ」

 あまりの衝撃(しょうげき)に、ルーシィとナツが思わず声を漏らし、その場にいた全員が目を見開く。そして──。

「「「せ、聖十大魔道ッ!?」」」

 ナツ、ルーシィ、グレイの三人で同時に叫んだ。続いて、グレイが(うな)るように(つぶや)く。

「どうりで強さが滅茶苦茶(めちゃくちゃ)なわけだぜ……」

 確かにルーシィも、ラグリアの戦闘(せんとう)能力の高さはひしひしと感じていた。あそこまで計算された、美しいとさえ思える身のこなしは、ルーシィもいままでに片手で数え切れるほどしか見たことがない。しかし──。

 ルーシィは改めてラグリアの容姿を眺める。いま目の前にいる男性の見た目からは、まったくその強さは想像できない。ましてや聖十の称号を持っていることなど、この場にいる全員が夢にも思っていなかっただろう。

「あはは……。(おどろ)いたかい?」

 当のラグリア本人は、少し()ずかしそうにただ笑っているだけだった。

「で、では、あなたほどの大魔導士が、なぜあのような場所に……?」

 エルザの問いに、ラグリアは一つ(うなず)いた。

「うん。詳しいことは、いまからすべて説明するよ」

 

 

 全員がその場にあった椅子(いす)(こし)かけ、ミラジェーンが出したドリンクが全員に回るのを待って、ラグリアは説明を始めた。

「まず、事の始まりは数日前に(さかのぼ)る。(ぼく)の家族……と言っても正確には居候(いそうろう)なんだけど、彼女を外に遊びに行かせた時、しばらくして泣いて帰ってきたんだ。話を聞くと、どうやら盗賊(とうぞく)にこれを奪われたらしい」

 言いながら、ラグリアは先ほどの魔水晶(ラクリマ)を皆に見せる。

「これは僕にとっても、彼女に買ってあげた大切な物でね。それから僕は情報を集めた。そこからは、君達の想像通りだと思うよ」

「あの盗賊たちの存在が浮かび上がり、乗り込んだら私たちがいた、と」

 エルザの言葉に、ラグリアは一つ(うなず)く。

「うん。あとひとつ、村に入った時、村人達が金目のものを大量に盗まれたという話を小耳に挟んでね。魔水晶(ラクリマ)を取り返すついでだし、あの場で君たちに引き渡しても逆に困るだろうと思って、捕まえやすいように無力化した、というわけさ」

 改めて、(だれ)からともなく感嘆の吐息(といき)が漏れた。

「そういうことだったんですね……。ところで、戦っている時に持っていた本の事なんですけど……」

 ルーシィが言うとそれだけで委細(いさい)承知したらしく、ラグリアは少し苦笑した。

「あぁ、よく言われるよ」

 そう言って、ラグリアはコートのポケットから(くだん)の本を取り出し、テーブルに置く。

「君達も見ていてわかっただろうけど、これは魔法書(まほうしょ)なんかじゃない。僕の持ってるただの小説さ」

「どうして、こんなものを……?」

 ルーシィの問いに全員が無言の同意を示していた。

「まぁ一言で言うと『好きだから』なんだけど、なぜあの時読んでいたのかについては、僕の魔法(まほう)から説明する必要があるね」

 ラグリアはそこで一旦(いったん)言葉を切ると(おごそ)かに告げた。

「僕の魔法の名は『具体化(リアライズ)』。その名の通り具体的な形をもたないものや実体のないもの、目に見えないものを『任意の形状に凝縮、固定』して操る魔法なんだ。例えば──こんな(ふう)に」

 ラグリアがカップを持ち上げ、もう一方の手をテーブルにかざすと、手とテーブルの間に白い光の輪が(はじ)ける。

 再びカップを降ろすと、あたかも見えない箱にでも()っているかのように、カップはテーブルから離れた空中で止まった。

「「おぉー!」」

 ナツとハッピーがテーブルに顔を近づけて子供そのものの反応をしている間も、ラグリアの説明は続く。

「他にも、格闘戦(かくとうせん)では衝撃(しょうげき)を操って相手に伝わり(やす)いようにしているし、操るものが液体ならこんなことも出来る」

 ラグリアがカップに手をかざすと、中のドリンクが宙に浮き上がる。そしてラグリアが手を(にぎ)った、次の瞬間(しゅんかん)──パキィン、という氷結音(ひょうけつおん)と共に、ドリンクは球状にまとまって凍結(とうけつ)してしまった。

「「おぉー!」」

「これは氷の魔法とは違って、水分を圧縮して強制的に凝固させたんだ。だから、僕が魔力を解かない限り溶けることはないし、反対に解いてしまえば……」

 (こお)ったドリンクの球をカップの中にそっと降ろす。

「圧力が消えて、すぐ液体に戻る」

 ラグリアが手を開くと同時に氷の(かたまり)は元のドリンクの姿に戻った。

 その様子を何気ない調子で眺めながら、グレイは、ラグリア・オズワルトの使って見せた技の数々に思いを()せる。

 掴みどころのないものにかたちを与え操る魔法(まほう)、『具体化(リアライズ)』。グレイが確認できたものだけでも、衝撃(しょうげき)、空気、重力、日光、圧力と、(すで)に五つもの対象を操っている。更に圧力操作によって液体を凝固させられるということは、ある程度の物質は操作できる状態に変化させることも可能だろう。

 そして、数多く存在する魔法の中でも、炎や風、水といった具体的な形をもたないものはかなりの割合を()めている。自然に存在するものを操っただけでも(すさ)まじい威力(いりょく)を発揮するこの魔法が、仮に他者のそれにも干渉できるとき、その脅威はいかほどのものになるだろうか。まったく、底が知れない。

 だが、疑問がすべて氷解したわけではない。

「それで、この魔法と本にはどういう関係が……?」

 エルザが(たず)ねると、答えたのはラグリアではなく、カウンターの上のマカロフだった。

「強過ぎるんじゃよ。実際、戦闘(せんとう)中にラグリアの目を見た者、つまり本から顔を上げさせた者で、無事だった者はまずおらん。掴みどころのないものにかたちを与え武器にするというのは、それほどまでに強大な力をもっておるんじゃ」

 マカロフの言葉に、ラグリアも(うなず)く。

(ぼく)も以前、両手での使用を練習しようとしたことがあるんだけど、とても対人戦で制御できるような威力じゃなかった。だから、読書は僕の趣味であり、力を(おさ)えるリミッターの代わりでもあるんだよ」

「そう、でしたか……。よく、わかりました」

 さすがのエルザにも想像しがたい話だったのだろう。微笑を浮かべるその口元は、どこか引きつって見える。

 すると、重くなってしまった場の空気を察してか、ラグリアが「さて!」と明るい声を出した。

「仕事のお礼もしてもらったことだし、今度はこちらからなにか、お()びの気持ちを込めてやらせてもらえないかな?」

「いえ、だからお詫びなんてそんな事、別にいいですよ。あたし達、ほんとになんとも思ってませんから……」

 ルーシィは慌てて顔の前で手を振ったが、ラグリアは違う、と苦笑を浮かべてかぶりを振る。

「他人が実行中の依頼(クエスト)への承諾(しょうだく)を得ない割り込み参加は、どんな言い訳をしようと明らかにギルドのマナー違反行為にあたる。聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)に選ばれた者の当然の礼儀として、僕の頼みを聞いてくれないかい?」

 ルーシィは困惑してナツ達と顔を見合わせた。そこまで言われれば、断る方が(こく)というものだろう。

 それに初めて言葉を交わした時から薄々(うすうす)気付いてはいたが、目の前の赤黒い髪の男性は聖十(せいてん)の称号や自身の強さといったものには、一切(いっさい)執着(しゅうちゃく)がないらしい。改めて、本当に良い人と出会えたと思う。

「わかりました。そういうことなら」

 ルーシィが笑ってみせると、ラグリアの表情にも、ようやく元の明るさが戻ってきた。

「よかった。それなら、これから僕の家に招待するよ。ついて来て」

「えッ、そんな、いいんですか?」

 立ち上がり、歩いていこうとするラグリアに思わず聞き返すと、彼は柔らかく微笑(ほほえ)んだ。

「家族にも会わせたいしね。それに、『妖精の尻尾(このギルド)』は君達の家、なんだろ?」

 思いがけない言葉に、(だれ)からともなく笑みこぼれていた。

「それで、アンタの家ってのは、ここからどのくらいなんだ?」

 ギルドの外に出たところでグレイが(たず)ねると、ラグリアはなにやら意味ありげな笑顔を浮かべた。

「そのことについては、心配はいらないよ」

「あ?」

 しかし、ラグリアはそれ以上なにも言わない。

「そこに一列に並んで」

「どういうことだろう?」

 ハッピーが()いてくるが、ルーシィも肩をすくめて応える。

「さぁ?」

「さて、それじゃあ始めるよ」

 ラグリアは、ルーシィ達が一列になったところで、すっと右腕を持ち上げ、こちらに(てのひら)を向ける。

「『ディストーションライン』」

「…………え?」

 恐らくいまのは彼の技名の一つなのだろうが、今度こそ何が起きたのかわからなかった。

「振り返って、ゆっくり一歩()み出してみて」

 ラグリアに指示されるままに回れ右をし、全員が(そろ)って一歩分足を前に出す。

 ──次の瞬間(しゅんかん)、景色がぐにゃりと(ゆが)み、一瞬(いっしゅん)の目まいに似た感覚の後、ルーシィ達は一軒の家の前に立っていた。ナツ達の家に似た、なだらかな三角屋根の一軒家。

「な、なにこれ、どういうこと!?」

 振り返るとラグリアの姿もなく、ただ広い草原とそれを囲む林があるだけだった。

 その時、ルーシィ達の三メートルほど後方の景色がぐにゃりと歪み、その中からラグリアの姿が現れる。

「これが、僕のもう一つの技だよ」

 こちらに向かって歩いてきたラグリアは、ルーシィとナツの間を通り過ぎると振り返り、続ける。

「空間を()じ曲げることで、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のギルド前と僕の家の前の二つの地点を(つな)いだんだ。ここはマグノリアから南東に二、三十キロ行った辺りだよ」

 そこでルーシィも、ようやく気付いた。

「そっか。距離の心配がいらないっていうのは、この技があるからだったんだ」

「そういうこと。そしてこれが、僕の家だ。さあ、中に入って」

 そう言って家の方に歩いていくラグリアの背を、ルーシィ達も(あわ)てて追いかけた。




はじめまして。水天(みそら)道中(どうちゅう)です。
・作中の時期について
始めにも述べましたが、本作品の時間は原作の最終回のその後ということになります。アニメしか見ていない自分としては予想になってしまうわけで、もう既に若干(?)の誤差も発覚してしまっていますが、とりあえず「FAIRY TAIL」のいちファンとして、「いつまでも終わらないでほしい!」という想いをぶつけてみました。

・キャラクターの名前について
作中にわずかながら出番のある『妖精の尻尾』の看板娘ことミラジェーンのフルネームは、「ミラ・ジェーン」ではなく「ミラジェーン・ストラウス」という、主要キャラの中でも屈指の長さになっています。作品を読む上では問題ありませんが、著者自身、ファンの身でありながらこのことに気付くのに数年も掛かったという苦い経験があるので、ささやかながらここに注釈を記しておきます。

最後に、本作品の感想を書いて頂けると幸いです。
一言だけだとしても、そのひとつひとつが励みになります。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第2話 天空(そら)翔ける電光

第1話で登場した彼について。
イメージは某忍者アニメの主人公の父、年齢は25歳です。
あれ? そういえば本書の時間は原作の最終回のその後、ということは主人公達と彼の年齢の開きが思ったより……。まぁ、その辺りはご容赦下さい。
ちなみに本シリーズの主人公はもちろんナツとルーシィですよ?


      1

 

 

 ラグリアは自宅のドアノブを回すと、ゆっくりと押し開けた。

「ただいま。セリナ? いる──」

「──おかえリぃぃぃッ‼」

 どたばたという足音がして、いきなり中から小さな影が飛び出してきた。ラグリアがさっと(かわ)す。

「おわッ」「ふぎゃッ」

 直後、ラグリアのちょうど真後ろにいたナツにぶつかり、ハッピーも()き込んで吹き飛んだ。

「な、なに!?」

 ルーシィが見ると、倒れ込んだナツの上に一人の少女が乗っていた。歳は十歳くらいだろうか。黄緑色のおしゃれなドレスにミニスカート。長い金色のツインテールを(つつ)状の髪留(かみど)めでまとめている。

「ッてぇな、何しやがんだ!」

 ナツが上体を起こして怒鳴(どな)ったが、少女はただ悪戯(いたずら)っぽく笑っているだけだった。

「にしシッ。……あれ? ラグリアじゃなイ」

 そう言って辺りを見回すと、こちらを見て満面の笑顔で手を振ってきた。

「あ、いタ。おかえリー」

「まったく、『あ、いタ』じゃないよ。早くそこをどくんだ」

 えへへ、と笑って少女がナツから離れると、こちらに向かって歩いてくる。

「えっと……この子が、ラグリアさんの?」

 ルーシィが見ると、ラグリアは(あき)れた、というように右手で顔を押さえていた。

「そう。一人で出かけて帰ってくるとよくこうなるんだ。お(かげ)でだんだん慣れてきたよ」

 ルーシィが苦笑していると、少女がぱっちりしたライトブラウンの(ひとみ)でラグリアを見上げる。

「ラグリア、この人達は(だレ)?」

「お客さんだ。魔導士(まどうし)ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の皆さんで、こちらから順にルーシィ、グレイ、エルザ、ウェンディ、シャルル。そしていまセリナが(ぼく)と間違ったのがナツだ」

 セリナと呼ばれた少女がこちらを見るのに合わせて軽く(うなず)く。

 と、そこでまだ呼ばれていないエクシードがいるのに気付き、ルーシィは辺りを見渡す。

 するとハッピーは先ほどのセリナの突撃(とつげき)で吹き飛んだナツの更に二メートルほど後方でうつ()せになって倒れていた。たしかナツの左手で顔面を強打していたのだったか。

「あ、ハッピー、大丈夫?」

 ルーシィの呼びかけから一拍(いっぱく)おいて、ハッピーは震える右手を持ち上げた。

「あい……なんとか……」

「まったく、だらしないわね」

 シャルルのきつい一言に、ウェンディが苦笑していた。ラグリアも苦笑してから口を開く。

「まぁ、とりあえず中に入って。一旦(いったん)落ち着こう」

 

 

 ルーシィ達は以前にも一度、聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)の家を訪れたことがある。

 序列四位、ウォーロッド・シーケンの家。

 無類の植物好きである彼の家は大小様々な鉢植(はちう)えが所狭(ところせま)しと並べられ、家自体からも樹木やコケが()えていたので、はっきり言ってボロい印象が強かった。

 しかしラグリアの家は対照的にインテリアの(たぐい)はそれほど多くなく、こざっぱりとしていた。そして、広い。ウォーロッドの家は鉢植えのせいでいまいち広さがわかりづらかったが、同じくらいの規模だとは考えにくかった。

「まぁ(たい)したものは置いていないけど、ゆっくりしてくれ」

 ラグリアの言葉に、部屋の中央の大テーブルを囲むように並べられた三脚のソファーに全員が座り、セリナもルーシィの(となり)にちょこんと(こし)を下ろす。

「セリナ、これを」

「ン?」

 そう言って、ラグリアはポケットから観賞用魔水晶(ラクリマ)を取り出すと、セリナの前のテーブルに置く。今日の午前中に彼が盗賊(とうぞく)団から取り返してきたものだ。

 それを見た瞬間(しゅんかん)、セリナの表情がぱっと明るくなった。

「あ、私の魔水晶! ラグリア、取り返してくれたノ!?」

「うん。遅くなって済まない」

「ううん、ありがとウ!」

 魔水晶を大切そうに抱きしめるセリナを微笑を浮かべて眺めていたラグリアは、そこで彼女の肩をポンと(たた)く。

「それじゃあセリナ、改めて皆さんに自己紹介を」

 上機嫌で一つ(うなず)くと、セリナはこちらを見る。

「私はセリナ。セリナ・ロゼルタ、十歳。よろしくネ!」

「うん。よろしく、セリナちゃん」

 ルーシィが言うと、他の皆もそれぞれ返事を返す。ただ、ナツとハッピーだけは微妙な表情を浮かべていた。

「さて、自己紹介も済んだことだし、なにか作るよ。君達、昼食がまだだろ?」

「それなら、なにかお手伝いをしましょうか?」

 エルザの言葉に、だがラグリアは軽く右手を上げて辞退する。

「いや、君達はお客さんだ。そこの本でも読んで待っていてくれ」

「本?」

 思わずそう聞き返して振り返ったところで、ルーシィは感嘆の声を上げていた。

 部屋の一角に巨大な本棚(ほんだな)が置かれ、(かべ)の一部を完全に(おお)い隠している。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』にも小さい図書館があるが、その半分くらいの量はあるだろうか。近づいてみると、週刊誌から小説、料理本に魔法書(まほうしょ)と、種類もかなり豊富である。

「ありがとうございます!」

 ルーシィが振り返ると、ラグリアは(すで)にキッチンで料理の支度をしていた。

 

 

 思い思いの本を手に取り、待つこと数十分。

「はい、お待ちどうさま」

 キッチンから戻ってきたラグリアがテーブルに料理を並べ始めた。

「ありがとうございます。……うわぁ……」

 ルーシィは大皿の上に盛られた料理を見た瞬間(しゅんかん)、再び感嘆の吐息(といき)をつく。出されたのは豪華(ごうか)な肉料理だった。早速(さっそく)ナツとグレイ、そしてハッピーがいそいそと食べ始める。

「それと、セリナにはこれ」

 そういって、ラグリアはもう一枚の大皿をセリナの前に置いた。

「ラグリアのカレーダ! わーイ!」

「なんで、セリナちゃんだけ別なんですか?」

 ルーシィが()くと、ラグリアはセリナの(となり)に座ってから答えた。

「セリナはこう見えて結構(けっこう)(から)いもの好きでね。(みんな)の口に合わないだろうと思って分けたんだ」

 ラグリアの言葉に改めてセリナが美味(おい)しそうに食べるカレーを見ると、確かに見るからに辛そうな色のルーがたっぷりかかっていた。

 それからしばらくはラグリアが作った料理の美味しさに皆ものも言わず、ただ黙々(もくもく)と食べ続けた。

 食事がもう少しで終わるというところで、ナツがなにか思い出したように「そういや」といってセリナを見る。

「お前、魔法(まほう)は使えるのか?」

「魔法? うん、使えるヨ」

「じゃあ後で(おれ)と勝負しようぜ、勝負」

 いきなりのナツの放言にセリナがなにか言う前に、ルーシィは(あわ)てて間に割って入った。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよナツ。アンタの力じゃ、セリナちゃんに怪我(けが)させちゃうでしょ」

「大丈夫だって。ちゃんと手加減(てかげん)はするからよ」

「なにが大丈夫よ。去年だって熱だけで大魔闘演武(だいまとうえんぶ)の会場半分溶かしちゃったくせに」

「確かに、ナツの力では手に余るだろう。私もルーシィの意見に賛成する」

 エルザの言葉に、シャルルが皆の顔を眺め始める。

「そうね。だったらこの中では、ウェンディが妥当(だとう)かしら。年齢的にも」

「そういうことでいいですか?」

 ウェンディが見ると、ラグリアは楽しそうな笑みを浮かべていた。

「あぁ、問題ない。セリナもそれでいいかい?」

 セリナもこくりと(うなず)きを返す。

「じゃあ決まりだね。言っておくけど、セリナは強いよ。この(ぼく)が保証する」

 

 

      2

 

 

 試合はラグリア宅前の草原が広がる広場で行われることになった。

「うわー、楽しみだなぁ。ねぇ、この試合、どうなるんだろ?」

 ルーシィが車寄せ(ポーチ)の手すりにもたれながら左を見ると、グレイは二人の方を向いたまま答える。

「ま、フツーに考えたらウェンディの勝ちじゃねぇか?」

「ウェンディー、頑張(がんば)ってーッ」

「どっちも負けんなーッ」

「あい!」

 シャルル、ナツ、ハッピーも声援を送るなか、ただ一人、静かに笑っている人物がいた。

「どうしたんですか?」

 見ると、ルーシィの右隣(みぎどなり)に立つラグリアは、笑顔のまま答える。

「いや、こういうのっていいなと思ってさ。皆いつもこんな感じなのかい?」

「はい。とっても楽しいですよ」

「そうか……。お、始まったみたいだね」

 

 

「ではこれより、ウェンディ・マーベル、セリナ・ロゼルタの試合を始める。両者は前ヘ」

 審判(しんぱん)役を買ってでたエルザの指示に、ウェンディとセリナはお互い一歩前に出る。

「決着は、どちらかが戦闘(せんとう)不能、または戦意喪失(そうしつ)した場合とする」

 エルザの説明が続くなか、十メートル前方に立つセリナが笑いかけてきた。

「いっぱい楽しもうネ!」

「よろしくお願いします」

 ウェンディも笑顔で(こた)えると、表情を引き()めて横合いからかけられる声援を意識から閉め出す。

 両腕を広げて(こし)を落とし、セリナから見て気持ち(なな)めに構える。対するセリナは笑顔のまま棒立ちになっており、特に構えを取る気配も見せない。

 その外見からはなんの圧力も感じ取れないが、直感が油断してはならないと告げていた。

「始めッ」

 エルザの合図に、先に仕掛(しか)けたのはセリナだった。

「いっくヨーッ」

 右腕を高々と上げ、振り降ろす。ウェンディは構えを()き、(かん)任せに横に大きく跳躍(ちょうやく)

 次の瞬間(しゅんかん)、たったいまウェンディがいた位置に上空から一筋(ひとすじ)閃光(せんこう)が降り注ぎ、轟音(ごうおん)と共に地面に浅い(あな)穿(うが)った。

 ──落雷……ッ?

 さらにそれは一度に(とど)まらず、セリナがこちらに向かって腕を振り降ろす度に次々と襲来(しゅうらい)し、ウェンディがいた辺りの下草を徐々(じょじょ)に地面ごと(えぐ)っていく。

 ──これがこの子の魔法(まほう)……。それなら……ッ。

 何度目かの落雷に合わせて大きく()んだ直後、ウェンディは空中でモーションを開始した。

天竜(てんりゅう)咆哮(ほうこう)!!」

 ウェンディの口から放たれた竜巻(たつまき)のブレスが、(ねら)(あやまた)ず次の攻撃(こうげき)の予備動作に入っていたセリナに向かっていく。

 しかしその直前、セリナが上げていた腕を垂直に振り降ろした。雷はセリナの目の前に落ち、その衝撃(しょうげき)で竜巻が相殺(そうさい)される。

(すご)ーイ! だったら次はどウ?」

 そういって、セリナが両腕を引き(しぼ)る。()いで()き出された両手から放たれたのは、網目のように水平に拡がる放電攻撃だった。

 頭上に意識をやっていたのが災いして一瞬(いっしゅん)反応が(おく)れるが、なんとか後方に()んで回避(かいひ)

 しかし、ウェンディにとっての不運は、回避の瞬間にわずかに足下を見てしまったことだった。

「『飛雷針(ひらいしん)』ッ」

 はっとして顔を上げた時には、セリナの右手がなぎ払うように振られた後だった。一瞬の(ひらめ)きが見えたのと同時にバシッという雷鳴音(らいめいおん)(はじ)け、体の動きが(ふう)じられる。

 ──えッ?

 なんとか首を曲げて自分の体を見下ろすと、胸の中央に黄色く発光する十センチほどの(くぎ)のような物体が刺さっていた。しかし、痛みはない。

 しまった、スタン効果のある攻撃……!?

 見ると、セリナは(てのひら)の上に電気の球をつくり出し、いままさに放とうとしている──マズい。

「『雷榴弾(プラズマグレネード)』ッ!」

 セリナの右手が突き出され、電気の球がウェンディめがけて飛んでくる。

 ──しかしその直前、ウェンディの身体を黄緑色のベールが包み、体の(しび)れが消滅(しょうめつ)した。

 十全に余裕をもって風をまとった腕を振り、飛んできた電気の球をあさっての方向に弾き返す。

「えッ、なんデ!?」

 瞠目(どうもく)するセリナに、ウェンディは静かに告げた。

状態(じょうたい)異常(いじょう)回復、『レーゼ』。私に状態異常系の魔法は効きません。皆をサポートするのがお仕事だから」

 そこまで言ったところで、ウェンディは信じられないものを見た。

 先ほど自分が弾いた電気の球が、ラグリアの家の横手にある林に向かって飛んでいく。次の瞬間(しゅんかん)、直径約三メートルもの範囲を巻き込む白い爆炎(ばくえん)()き上がったのだ。

 背筋(せすじ)氷塊(ひょうかい)を入れられたような悪寒(おかん)(おそ)う。あんなものをまともにくらっていたら、痺れるどころでは済まなかったかもしれない。

「うーン、もうちょっとだったんだけどナー。やっぱり強いネ、アナタ」

 ウェンディはなんとか平静を(よそお)いながら、両腕を広げて再び構え直す。

「セリナちゃんだって、十分強いと思うよ」

「フフッ、ありがとネ。じゃあ……これならどうかナ?」

 セリナの動きに意識を集中し、身構える。一瞬(いっしゅん)後、ウェンディは三度驚愕(きょうがく)する羽目になった。

 両腕を広げたセリナの体が、ふわりと宙に浮き上がったのだ。

 ジャンプしたのではない。不可視の羽をはばたかせたかのように移動し、一メートルほどの高さでぴたりと静止した。

「そんな……ッ」

「アハハッ。電気の力ってホント便利だよネー。こーやって空を飛ぶことも出来るんだヨ?」

 

 

「な、なにあれ……!?」

 ルーシィが叫ぶと、(となり)のラグリアは静かに告げた。

「『電磁浮遊(エレクトリック・フロート)』……。あれもセリナの技の一つだよ。体の表面を帯電させることで、周囲に磁場を発生させて浮いているんだ。でも、セリナにここまでさせるとは……。さすが、と言うべきだろうね」

「どういうことですか?」

 見ると、ラグリアはセリナに視線を向けたまま微笑を浮かべていた。

「そのままの意味だよ。セリナは雷や放電だけでほとんどの相手と戦えるから、あの技を使うことは少ないんだ。つまり、セリナも本気を出し始めてるってことだね」

 

 

 セリナが次々と降らせてくる雷を、ウェンディは必死で()け続けていた。

 彼女が使う電撃(でんげき)の魔法はラクサスの雷の滅竜(めつりゅう)魔法と違って一撃(いちげき)の破壊力が低い反面、攻撃(こうげき)のインターバルが非常に短くて済む。

 更に雷の方は予備動作を始めた後も軌道(きどう)を変えられるため、攻撃の時はもとより防御時にも猛威を振るうだろう。加えて、セリナのあの反射神経。つけいる(すき)がまったくと言っていいほどない。

 せめて、少しでも()を作ることができれば……。

 刹那(せつな)、起死回生の一手が電撃的に脳裏をよぎる。

 セリナが放った電気の球を、ウェンディは体を回転させ、できる限り小さい動作で回避。同時に交差させていた腕を、セリナに向けて大きく広げた。

「天竜の翼撃(よくげき)ッ!」

 ウェンディの両腕から発生した風の(うず)がセリナに殺到(さっとう)する。

「わわわワッ」

 セリナは(あわ)てて横に移動して渦から逃れるが、ウェンディの真の(ねら)いは攻撃(こうげき)を当てることではなかった。セリナに攻撃を(かわ)()()()ことで発生する、(わず)かな間。

 直後に思い切り地を()り、空中のセリナを目がけて大きく跳躍(ちょうやく)する。

「天竜の砕牙(さいが)ッ!」

 指先に風をまとわせた右手を、全力で振り抜いた。

 しかし、セリナは体勢を(くず)した格好(かっこう)のまま、しかも先ほどとは反対の方向に移動する。

 必殺の一撃(いちげき)を躱されたことに(おどろ)きながらも、ウェンディはなんとか着地に成功。素早く身体を反転させ、再び構えを──。

 ──その時、ウェンディの目に、あり得ない光景が飛び込んできた。

 セリナの顔が、()()()()()()()()()()()

「な……ッ」

 馬鹿(ばか)な。つい瞬刻(しゅんこく)前までウェンディと彼女の間には確かに三メートルほどの距離があったはずだ。それを一体どうやって……。

 そんなことを考える間もなく、セリナの掌打(しょうだ)がウェンディの胸に据えられる。

 次の瞬間(しゅんかん)、バシィッという雷鳴音(らいめいおん)と共に一瞬(いっしゅん)体が浮いた。セリナの(てのひら)から放たれた電流が全身にビリビリと強い(しび)れを広げ、思わず片目をつぶる。

 続けてセリナは左拳(ひだりけん)を振りかぶった。ウェンディは防御しようとして、そこで初めて、体が少しも動かせないことに気づく。スタンだ。

 ──回復が間に合わない……ッ。

 掌打を据えられたのと同じ箇所に(こぶし)が打ち込まれた瞬間、少女のものとは思えない怪力にウェンディは吹き飛び、肺から空気が(しぼ)り出される。

 違う。これは拳の威力ではない。セリナは拳を打ち込む瞬間、接触面で電撃(でんげき)炸裂(さくれつ)させたのだ。

 全身を(たた)衝撃(しょうげき)に顔を(ゆが)めながらウェンディが片目を開けると、セリナは右手の五指(ごし)(そろ)え、腕を引き絞った姿勢で空中を滑るように追撃(ついげき)してきていた。その右手が、(まば)ゆい光に包まれる。

「『御光の手(ブリューナグ)』ッ!!」

 ()き込まれた右手から放たれた雷が、ウェンディの視界を白く染め上げた。

 

 

「そこまで! 勝者、セリナ・ロゼルタ!」

 エルザの判定(ジャッジ)が入り、セリナは満面の笑顔で軽くジャンプする。

「わーイ! やっタ!」

 ルーシィ達は、ラグリアただ一人を除き、全員が残らず絶句していた。理由は三つある。

 一つ目は、ウェンディの敗北を(だれ)も予想していなかったこと。加えて、セリナの戦闘(せんとう)センスである。

 猛攻(もうこう)に次ぐ猛攻でウェンディに反撃の隙をほとんど与えずに勝利をもぎ取ったこともさることながら、ウェンディが治癒(ちゆ)魔法を一度使っただけで最後の三連撃(れんげき)によるたたみかけを思いついたあの対応力は──ラグリアが自己防衛の為に稽古(けいこ)をつけている可能性を()まえても──見事の一言だ。

 しかし、これらはむしろ大きな問題ではなかった。

 三つ目は、セリナが最後に三連撃を繰り出す直前、信じがたい現象が起きたことだ。

 彼女はウェンディの攻撃を(かわ)した直後、まるでコマ落としの映像のようにウェンディの背後に移動していたのだ。あまりの速度に、一瞬(いっしゅん)理解がついていかなかった。

「ラグリアさん、さっき、セリナちゃんは一体……」

「──よっしゃあッ!」

 ルーシィがラグリアの方を見たその時、反対側で叫び声が上がった。

 ぎょっとして声の方を見ると、ナツが車寄せ(ポーチ)の手すりを跳び越え、セリナに向かって勢いよく走り始めたところだった。その彼の拳を、炎が包む。

「今度は(おれ)が相手だ! 火竜(かりゅう)鉄拳(てっけん)‼」

「ちょっとナツ! アンタなにやって──ッ」

 ルーシィは叫ぶが、すでに間に合わなかった。()っ込んでくるナツに気づき、セリナも慌てて上空に逃れようとする──。

 直後、ルーシィ達は再び瞠目(どうもく)する羽目になった。

 ナツの炎をまとった(こぶし)がセリナに触れた瞬間(しゅんかん)、彼女の体が眩ゆい光を()き散らして爆発(ばくはつ)したのだ。いや、したように見えた、というべきか。

 ほどなくしてセリナがラグリアの(となり)に着地する。

「ふぅ、びっくりしタ〜」

「え、えッ? なんだったの、いまの?」

 思わずセリナが先ほどまでいた場所と彼女の顔の間で視線を往復させていると、そうこうする内に()き上がっていた土煙(つちけむり)が晴れ、中からナツの姿が現れる。

「あが……が……ッ」

 彼は黒焦(くろこ)げになってうつ()せに倒れ、完全に気絶していた。

 

 

      3

 

 

 ナツはソファーのひとつに(こし)かけたまま、脱力して大テーブルに()()していた。桜色の髪は、彼の体が電気を帯びているせいで普段より一層(いっそう)ツンツンと逆立っている。

「くっそ〜、まだ(しび)れんぞ〜」

「回復、しましょうか?」

 苦笑しながらウェンディが言うが、その提案をシャルルがあっさり一蹴(いっしゅう)する。

「ほっときなさいよ。自業自得(じごうじとく)なんだから」

「そうね。子供相手に不意打ちなんかした罰よ」

 今回はルーシィもシャルルの意見に賛成した。腕を組んで(となり)のナツを横目で軽く(にら)む。

「んだよ、ひでぇなぁ」

「どっちがよ。セリナちゃん、怪我(けが)してたかもしれないじゃない」

 そこでルーシィは、セリナが見せた不可解な現象の事を思い出した。しかしその事を口にする前に、ナツがテーブルに突っ伏したまま、首だけ動かしてラグリアの隣に座るセリナの方を見る。

「つぅかさっきのあれはなんだったんだよ? お前の体、パンチがすり抜けたぞ」

「えぇ!?」

 (おどろ)いてセリナを見ると、ラグリアが口を開いた。

「それは(ぼく)が説明するよ。セリナが使う魔法(まほう)、『電流(エレクトリシティ)』は、強力な電流で攻撃(こうげき)やパワーアップをする他に、体を電気のエネルギー体に変えることもできるんだ。電気になったセリナは稲妻の速度で動き、基本的に物理攻撃が効かなくなる。ちなみにさっきの爆発(ばくはつ)はその副作用みたいなもので、強い衝撃(しょうげき)を受けるとああなるんだ。危険過ぎるから、実戦でもよほどのことがなければ、()ける時だけ使うように言ってるんだけどね」

 苦笑するラグリアの言葉に、場に感嘆の吐息(といき)が漏れた。

「そっか……。最後のあれは、そういうことだったんですね……」

 様々な感情が()り混じったウェンディの(つぶや)きを聞きながら、ルーシィも軽く苦笑する。

「でも本当にびっくりしました。まさかウェンディが負けるなんて……。魔法は、ラグリアさんが教えたんですか?」

 そのことを口にした瞬間(しゅんかん)、なぜかセリナがぎくりとした。

 ラグリアは彼女の背にそっと手を回し「この人たちなら大丈夫だよ」と、優しく(さと)す調子で言う。それが駄目押しになったらしく、セリナはドレスの右の(そで)(まく)った。

 右腕は、前腕(ぜんわん)部がアームカバーですっぽりと包まれている。セリナはそれにゆっくり手を()けると、取り去った。

 室内に静かな驚愕(きょうがく)(ふく)らむ。

 セリナの手首から(ひじ)にかけて、巨大な稲妻形の傷跡が走っていた。ラクサスの右目の上にもほぼ同じ形状のものがあるが、あまりに大きいせいで痛々しい印象が強い。

「これは……?」

 ルーシィが顔を上げると、ラグリアは深刻そうな顔で言った。

「実は、セリナは僕と出会う前から魔法を使うことができていたんだ。なんでも、雷に打たれてこの腕の傷を負ってから、電気を操る能力が身についたらしい」

 コンプレックスでもあるのか、セリナはラグリアが説明する間に、アームカバーも袖も元に戻してしまっていた。グレイがソファーに寄り掛かったまま気のない声を出す。

「魔力を持たねぇ人間は、雷に打たれりゃ大抵は即死するっていうけど、運良く助かったと思ったら魔法を発現していたってわけか」

 その言葉に、ラグリアは一つ(うなず)く。

「ああ、セリナはこの力のせいで周りから疎外されていてね。そのせいで、僕と出会った時も人間不信に(おちい)っていたんだ」

「そうだったんですか……」

 見るとセリナは、いつになく難しそうな表情で(うつむ)いていた。先ほどまでの明るい表情とのあまりの差にしばし言葉を失うが、ルーシィはなんとか言葉を探し、出来るだけ(おだ)やかに切り出す。

「セリナちゃん、魔法を使えるようになる方法はなにも人に教えてもらうだけじゃないし、不安になることはないよ」

「ルーシィの言う通りだ。誰かに教わって使えるようになる者、自分で学ぶ者。そしてなにかがきっかけで魔法を発現するセリナのような者も、決して少なくはない。私もそうだったからな」

 エルザに続き、ようやく回復したらしいナツも笑って親指で自分を指差す。

(おれ)やウェンディなんて、(ドラゴン)に教えてもらったしな」

 呆然(ぼうぜん)としていたセリナの顔が、不意にくしゃっと(ゆが)む。セリナは俯いて素早く(そで)で目元を(ぬぐ)い、再び顔を上げた時にはいつもの明るい笑顔に戻っていた。

「うん、そうだネ。(みんな)ありがとウ。私はもうだいじょーブ!」

 ラグリアも安心したように静かに笑うと口を開く。

「セリナを君達と会わせることができて本当に良かった。僕からも改めて礼を言うよ……。それにしても、君達を見ていると楽しんでいるのがよく伝わってくるよ。僕はギルドに所属した事はないんだけどね」

「えッ、そうなんですか?」

 ルーシィが()き返すと、ラグリアは苦笑して続ける。

「何度か誘われた事はあるけど、全部断ったんだ。うるさいのはどうも苦手でね。でも、君達は違う。なんというか……温かい。不思議と落ち着くんだ。君達のギルドなら、本もゆっくり読めそうだよ」

 ラグリアらしい言い回しだと思いながら、ルーシィはふと思いついた提案を口にした。

「あ、それなら、ウチに来ませんか? よかったら、セリナちゃんも一緒(いっしょ)に」

 しかし、ラグリアは(さわ)やかな笑顔は(くず)さず軽く首を振る。

「いや、それはいいよ。その代わり、といってはなんだけど、またギルドに顔を見せに行ってもいいかな?」

「はい、それは勿論(もちろん)!」

「いつでもいらして下さい」

 ルーシィに続き、エルザも笑って答えた。

「それはよかった。君達も、またなにか困った時はいつでも声を掛けてくれ。できる限りの全力で(こた)えよう。それと、また近くに来ることがあったら顔を見せに来てくれると(うれ)しいな。セリナも喜ぶだろうし」

 ラグリアが見ると、セリナは満面の笑顔を浮かべて大きく(うなず)いた。

「また遊ぼうネ!」

「でも、迷惑になりませんか?」

 ルーシィの言葉に、ラグリアは再び微笑を浮かべる。

「セリナと仲良くしてくれるなら、僕は大歓迎するよ」

「はい、勿論です! ありがとうございます!」

 (だれ)からともなく笑みこぼれ、場に穏やかな空気が流れる。

 と、その時、ナツがなにか思いついたように「あ」といってセリナを見た。

「んじゃあセリナ、ウェンディとも戦ったことだし、今度は(おれ)ともう一勝(ひとしょう)ぶッ!」

 その言葉が終わる前に、ナツの言葉はゴッという重い音と共に途切(とぎ)れる。(となり)のソファーに腰掛けていたエルザがナツの頭を髪ごと鷲掴(わしづか)みにしてテーブルに(たた)きつけたのだ。

 エルザは(あき)れたように目を伏せたまま口を開く。

「いい加減にしろナツ。お前の力ではセリナに怪我(けが)させるどころかこの家自体が()き飛びかねん。さっきも説明しただろう」

「う……ッ」

「まったく、もう(あきら)めなさいよ」

 ルーシィの言葉にウェンディが苦笑していると、シャルルが紅茶のカップから顔を上げ、小馬鹿(こばか)にしたように少し笑ってから横目でナツを見る。

「ていうか、アンタ最初に吹き飛ばされたままなのが(くや)しいだけなんじゃないの?」

「ぐッ」

「うわ、大人気(おとなげ)ねぇなぁ」

「ナツもまだまだ子供だね」

 ナツの反応に、グレイが面白がってシャルルの尻馬(しりうま)に乗り、ハッピーもそれに便乗する。

「く……ッ。うッ、うるせぇ──ッ‼」

 ナツが上体を起こして両の(こぶし)を勢いよく突き上げたところで、ラグリアやセリナを含むその場にいた全員の笑い声が、部屋中に(ひび)き渡った。




さて、第2話も終わり、そろそろストーリーも盛り上がってくる頃となりました。
これまでの話で登場したオリキャラ達は、ブラック・ブレットの蓮太郎(れんたろう)延珠(えんじゅ)がベースとなっています。2話で登場した彼女の服は、延珠の服の黄緑色版、といった感じでしょうか。
ちなみに彼女の言葉について、音声的な特徴は考えておりません。読者様のご想像にお任せします。
え? ブラック・ブレットのサブヒロインの『彼女』はどうしたって?
ご安心を。ちゃんと次回出しますよ。お楽しみに。
それでわ、しーゆーあげいん!


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スミレ山編
第3話 スミレ山編[序章]森の中のハンター


そういえば、第2話で登場した彼女の容姿についてちょっとしたこだわりがあることを述べていませんでした。
彼女の髪飾りは、VOCALOIDの初音ミクのように、(つつ)状のものを立てて使っています。形状は東方Projectの霊夢のものを想像してもらえるとわかりやすいと思います。
また、本作品は後々東方Projectの世界観とクロスオーバーする予定ですから、お楽しみに。

※今回、挿絵(さしえ)あります。


「ホンット、アンタってよく食べるわよね」

「しゃあねぇだろ、ミラの料理が美味(うめ)ぇんだからよ」

 ここは『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の酒場の一角。向かいの席で皿に載った大量の──と言えるのか知らないが──炎を夢中でがっついているナツを、ルーシィは頬杖(ほおづえ)()いて眺めていた。

 いま彼が食べている炎は、それぞれ『ファイアチキン』『ファイアパスタ』といい、炎の滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)であるナツのためだけに考案されたミラジェーン特製メニューだ。

 その時、ナツが大口(おおぐち)を開けてかぶりつこうとしていた炎が、まだ皿の上にある部分ごと赤い氷に包まれた。しかしナツはそれに気づくことなく、思い切り歯を氷に突き立てる。

 がりっという音と共に、氷が盛大に(くだ)けた。

「ガッ、(つめ)てッ。──おいグレイ、何しやがんだ!!」

 振り返った彼の視線の先に、椅子(いす)に行儀悪く逆向きに座り、こちらに片手を軽く()ばしたグレイがいた。先程の赤い氷は、彼が『氷の造形魔法(アイスメイク)』と並んで操る氷の滅悪(めつあく)魔法(まほう)──炎をも(こお)らせる絶対零度の氷の特徴である。

 グレイはナツを(にら)みつけたまま、悪そうに口角を()り上げる。

「ヘッ、昨日(きのう)お前がラグリアの料理食い過ぎたせいで、(おれ)は満足に食えなかったんだよ。それはそのお返しだこの野郎」

「お前まだ言ってんのか。あれはお前が食うのが遅かっただけだって言ったろ」

 二人は立ち上がると、(ひたい)を突き合わせて睨み合い始める。

「やかましい。俺が取っといた分まで食いやがって」

「あぁ? あったら食うだろフツー」

「なんだと?」

「やんのかコラァ」

 そこまでで、喧嘩(けんか)はついに(なぐ)り合いに発展する。

仕返(しかえ)しをしてなにが悪いってんだよ!」

「うるせぇ! 俺の朝メシ返しやがれ!」

「だったらあの氷でも食ってろよ!」

「お前の氷なんか食えるか!」

「あーあ、また始まった……」

 ルーシィが止めに入るべきか半ば本気で思案していると、すぐ横を緋色(ひいろ)の髪の女性が歩いていった。

()めんかッ!」

 エルザはナツとグレイの間まで歩いていくと、二人の髪を掴み、勢いよく頭同士をぶつける。

「「エ、エルザ……」」

 (にぶ)い音が(ひび)き、二人は完全にダウンしてしまった。

 

 

      1

 

 

 先ほどと何ら変わらないナツの食べっぷりを眺めていたルーシィは、そこで彼の後方、ギルドの受付(うけつけ)前に見憶(みおぼ)えのある二人組がいることに気付いた。

 カウンターの中のミラジェーンと何事か話していた彼等(かれら)も、ちょうどこちらに気づいたようだった。歩いてきながら、赤黒い髪にロングコートの男性が軽く右手を上げて挨拶(あいさつ)を寄越す。

「やあ、早速(さっそく)邪魔(じゃま)するよ」

 彼の(となり)を歩いていた金髪ツインテールの少女も両腕(りょううで)を水平に広げ、魔力(まりょく)を発動させて宙に浮かび上がる。

「あっそびに来たヨー」

 その時、男性がはっとした表情になる。

「あ、セリナ、ちょっと待った」

 しかし、もう遅かった。突然(とつぜん)セリナが空中で体勢を(くず)し、なにかに引っ張られるように加速し始める。

「うエッ? あわわわワッ」

 セリナは両手をばたつかせるが、そのままこちらに向かって()っ込んでくる。直後、彼女の(ひたい)が鉄クズを食べていたガジルの側頭部を直撃(ちょくげき)した。

「ぐおッ。()ッて……。なんだ?」

 食事の手を止めたガジルが、(あわ)てて魔力を解除して地面に降りたセリナの方を見たところで、ルーシィはようやく納得(なっとく)する。

「『鉄』と『磁場』……。ああ、そういうことね」

 ガジルが操るのは鉄の滅竜(めつりゅう)魔法。自身の腕や(あし)を鉄の武器(ぶき)に変えて攻撃(こうげき)したり、全身を鉄の(うろこ)に変え攻撃や防御(ぼうぎょ)を行う魔法だ。

 対してセリナの浮遊能力は、体の表面を帯電させて周囲の空間に磁場をつくり出し、磁力の反発によって宙に浮き上がるというもの。

 おそらくはセリナが発生させた磁場にガジルの鉄の体が引っ掛かり、体重差の関係で彼女の方が引き寄せられてしまったのだろう。

 セリナも痛かったらしくおでこをさすっていたが、すぐに顔を上げると笑って後ろ頭を()く。

「アハハ……。ごめんネ?」

「お、おう……」

 ガジルが困惑して金髪の少女を眺めていると、彼女はそそくさと男性の背に隠れる。

 その様子を見て、(となり)腰掛(こしか)けていたレビィが小さく笑いを漏らした。

「ガジル、なんか怖がられちゃったみたい」

「なんでだよッ?」

「はは……。セリナも悪気はないんだ。許してやってくれないか?」

「いや、別にいいけどよ……」

「それで今日(きょう)はどうしたんですか、ラグリアさん?」

 首を(ひね)りながら食事を再開するガジルを尻目(しりめ)にルーシィが見ると、ラグリアはこちらに向き直った。

「おっと、そうだった。皆(そろ)っているみたいでちょうど良かったよ。実は昨日(きのう)、まだ紹介していなかった友人がいてね。また一緒(いっしょ)に来てくれないかな?」

「私達は問題ないですが、ご友人の方は大丈夫なのですか?」

 エルザの言葉にも、ラグリアはあっさりと(うなず)く。

「うん、その辺りはあまり気にしない人だからね。きっと喜んでくれるはずだよ」

 先日と同じメンバーでギルドを出て、ラグリアの指示に従い一列に並ぶ。

「では、行こうか」

 ラグリアが右手を持ち上げ、(てのひら)をこちらに向ける。

「『空間接続(ディストーションライン)』」

 

 

      2

 

 

 風景がぐにゃりと(ゆが)み、一瞬(いっしゅん)立ちくらみがした後にルーシィ達が見た光景は、予想とは少しずれていた。

 目の前には無数の木が密生しており、ルーシィ達がいま立っている場所より少し薄暗い。ラグリアの口ぶりから、てっきり友人の家の前に飛ばされるものと思っていたが、家らしきものは見えなかった。

「え、なに、これ……?」

 ルーシィが思わず(つぶや)くと、背後から短いため息が聞こえた。

「やっぱり、こうなってたか……」

 振り返ると、ラグリアが困り顔で後ろ頭を()いていた。

「どういうことだ?」

 ナツの問いに、ラグリアは苦い表情になって答える。

「実は、(ぼく)の『空間接続(ディストーションライン)』にも限界があってね。目的地を目視出来ない場合でも飛ぶことはできるけど、その場所を知らなかったり覚えていなかったりすると失敗し易いんだ」

「てことは、つまり……」

 ルーシィの言葉に、ラグリアは一つ(うなず)く。

「あぁ、ここは本来飛ぼうとしてた場所じゃない。でも、安心して。友人の家は、この森の中にあるんだ。少し歩けばすぐ着くよ」

 そう言ってラグリアが歩き出し、ルーシィ達も薄暗い森に足を()み入れた。

 

 

 森の中は、想像していたよりも更に不気味だった。日光が密集した葉に(さえぎ)られているせいで晴天にもかかわらず辺りは薄暗く、気のせいか、空気も少し肌寒(はだざむ)く感じる。

「なんか、嫌な感じね」

 シャルルが(つぶや)き、グレイもわずかに顔をしかめる。

「気味が(わり)ぃな……」

 すると、少し先を歩いていたナツが笑顔で振り向いた。

「んなこと言って、本当に幽霊(ゆうれい)が出たりしてな」

「ひッ……」

 (となり)のウェンディが小さく声を漏らす。

「ちょっとナツ! そういうのやめなさいよッ」

 ルーシィが怒鳴(どな)るが、ナツは笑って応じる。

「あははッ、冗談(じょうだん)だって」

「まったくもう……」

 そこでふと前方を見ると、ラグリアは歩きながら、しきりに辺りをきょろきょろと見回していた。

「ラグリアさん? どうかしたんですか?」

 ルーシィの言葉にラグリアはなぜか一瞬(いっしゅん)動きを止め、微妙(びみょう)な表情で振り返る。

「……ん?」

 彼のその反応にとてつもなく嫌な予感をひしひしと感じながら、ルーシィは恐る恐る質問を重ねた。

「ま、まさか……迷った……?」

 ラグリアが引きつった笑みを浮かべる。

「あははは…………ごめん」

「そんなぁ……」

 ルーシィの情けない声に全員が一様に顔を強張(こわば)らせるのを見て、ラグリアは(あわ)てて顔の前で手を振る。

「だ、大丈夫だよ。こうなった時の考えも、ちゃんと用意してあるから」

 そう言うと、彼は右手の人差し指と中指を(そろ)えてこめかみに当てた。あれは思念(しねん)伝達(でんたつ)魔法(まほう)の一種、『念話(ねんわ)』の構えだ。

「聞こえるかい? 今日、是非(ぜひ)君に紹介したい人達がいて、一緒に来て(もら)ってるんだけど、ちょっと森で迷ってるんだ。……ああ、ありがとう。よろしく頼むよ」

 ラグリアは腕を降ろすと、こちらに向き直る。

「すぐ来てくれるってさ」

「よかった〜」

 一気に緊張の糸が(ゆる)み、ルーシィ達はそれぞれ近くにあった倒木や切り(かぶ)の上に座り込んだ。

「でも、どうやってここまで来るんだ?」

 ナツが見ると、ラグリアは切り株に腰を下ろしながら答える。

「彼女は手先が器用で、魔法(まほう)で動く人形をいくつも作ってるんだ。だから多分、その中のどれかを寄越してくれるんじゃないかな」

「人形を寄越すったって、この森、どれくらいの広さなんだよ?」

 グレイの問いに、ラグリアは少し考える素振(そぶ)りを見せる。

「そうだな……。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の七、八倍ってところかな」

結構(けっこう)広いんだな……」

「ま、気長に待つしかないさ」

 ラグリアは微笑を浮かべると、コートのポケットから本を取り出して読み始めた。

 

 

 どの方向から助けが来るかわからないため、自分が首を動かして見える範囲に注意を払おうということになってから、すでにかなりの時間が経過していた。

 だが、いまのところ(だれ)からもなにか見つけたというような情報は挙がっていない。

 切り株に座っていたセリナが(しび)れを切らしたように足をばたつかせる。

「ねぇラグリア、まだなノ〜?」

「もう少しの辛抱(しんぼう)だ。危ないから、(ぼく)(そば)を離れないでくれよ」

「むぅぅ……」

「そういえばセリナちゃんは平気みたいだけど、怖くなったりしないの?」

 ルーシィが(たず)ねると、セリナはこくりと(うなず)く。

「うン。何回か来たことあるから、もう慣れちゃっタ」

「ふ、ふーん……」

 それでもこんな場所に長く居続ければ誰でも不安になってくるものだが、これもこの少女が生来(せいらい)持っている強さの一つということだろうか。

「はははッ。なかなか根性あるんだな、セリナ……は……」

「ん? どうかした?」

 ナツの声が不自然に途切(とぎ)れたのでルーシィが()を向けると、(なな)め後ろの倒木に(こし)かける桜髪の青年は顔を右に向けて小さく口を開けたまま固まっていた。

「おいナツ、聞いてんのかよ?」

 彼の左隣の切り株に座ったグレイが言うと、ナツはさらに一拍(いっぱく)おいてから、低く(しゃが)れた声を出した。

「おい……なんだよ、あれ……」

 ナツの視線を追って、ルーシィも首を一八〇度反対に戻す。直後、そこにあった光景を見て体が強張(こわば)るのを感じた。

「え……?」

「う、(うそ)だろおい……」

 後ろのグレイの声も、ナツ同様(かす)れている。

 ルーシィ達の視線の先には、いつの間に現れたのか、(なぞ)の小さな発光体があった。

 地面から一メートルほどの空中で風もないのにゆらゆらと揺れながら、静かな燃焼音(ねんしょうおん)と共に青白く輝くそれは、どう見ても──鬼火(おにび)。そうとしか形容できない外見をしている。さらに、事態はそれだけでは終わらなかった。

 鬼火が、ゆっくりとこちらに向かって近づいてきたのだ。

「なんか、こっちに来てませんか?」

「逃げといた方がいいんじゃ……」

 ウェンディとシャルルが顔面蒼白(そうはく)になって(つぶや)くが、動き出す者はいなかった。得体(えたい)の知れない恐怖で、体が思うように動かない。

 その間にも謎の発光体は空中を滑るように移動し、ルーシィ達の三メートル前方で突然その姿を変える。

 より正確には、煙のように炎が消え、中から立方体形の一つ目の頭蓋骨(ずがいこつ)のようなものが現れた。

「「「「「「「ぎゃああああ! 出たあああああ!」」」」」」」

 五人と二匹で一斉(いっせい)に飛び上がり、同時に絶叫。

「どどどどうしますか?」

 ウェンディが泣きそうな表情になり、ナツが腰を落として構える。

「とりあえず(なぐ)るか!?」

「──いや、その必要はないよ」

 ナツを手で制したのは、他でもないラグリアだった。

「これは幽霊なんかじゃなくて、友人が作った人形の一体だ。監視魔水晶(ラクリマ)を移動型に改良しているみたいだね」

 その台詞(せりふ)に思わず全員で安堵(あんど)吐息(といき)()らす。

「なんだ、そういうこと……」「びっくりさせやがる……」

 ルーシィとグレイが(つぶや)くのを、ラグリアは苦笑して眺めていた。

「まぁ、なにはともあれ、これで森から出られるわけだ。じゃあ、道案内よろしく」

 ラグリアの声が聞こえたかのように頭蓋骨のような人形はくるりと向きを変え、森の奥に向かって進んでいった。

 

 

      3

 

 

 奇妙な人形の後に続いて森の中を進んでいくと、唐突(とうとつ)に視界が開け、広い円形の空き地と、その中央に建つ小屋が見えた。横に長い母屋(おもや)の右側に何やら(とう)のような六角柱形の構造物がくっついている。

 頭蓋骨はルーシィ達を小屋の玄関まで案内すると、ドアの脇に()ける。

 ラグリアがノックしようとすると、中から女性の声がした。

「開いてるわよ」

「そ、そうか。じゃあ失礼するよ」

 ラグリアがドアを押し開けると、思いがけず目の前に一人の女性が立っていた。背格好はルーシィと同じくらいで、(とし)もそう離れているようには見えない。

 全体的に青いロングドレスの首に(ひじ)の上までを(おお)う白スカーフを()き、肩の上で切り(そろ)えたウェーブ気味の金髪を赤いカチューシャで()めている。

 女性は口をヘの字に曲げ、不機嫌そうな半眼(はんがん)でむっつり押し黙っていた。

「やぁ、カリン」

 ラグリアがぎこちなく笑みを浮かべると、カリンと呼ばれた女性は二、三歩(あゆ)み寄ってきて、大きなエメラルド色の(ひとみ)(あき)れたように彼を見上げた。

「また使ったんでしょ」

「え?」

瞬間(しゅんかん)移動よ。この魔法(まほう)の森は道がややこしいから使わない方がいいって、前にも言わなかった?」

「あ、そうだったかな。いや、いつも使ってるとどうしてもつい、ね。あはは……」

「まったく……。まぁ、いいわ。どうぞ入って。あんまり広くはないけど」

 カリンに(うなが)され入口をくぐると、室内は入ってすぐのところで二つに区切(くぎ)られていた。左の部屋は、玄関側の壁に向かう形で一組の(つくえ)椅子(いす)が置かれており、反対側の壁には一枚のドア。奥に本棚(ほんだな)があるところを見ると書斎のようだ。右の部屋はリビングで、中央に据えられた大テーブルを四脚の椅子が囲んでいる。

 一番奥の席に座ったカリンに続き、セリナが勝手知ったる様子でその左に楽しそうに腰を下ろしたところで、再びカリンが口を開く。

「で、どうするの? これじゃあと二人しか座れないんだけど」

「あぁ、それは大丈夫」

 そう言うとラグリアが軽く右手を振る。次の瞬間、複数の光の輪が(はじ)け、ルーシィ達の背後にリビングのものとまったく同じ形の透明な椅子が不足している分だけ出現した。カリンは(わず)かに目を見開いたが、すぐに失笑気味に笑う。

「あんたの魔法(まほう)って、ホントなんでもアリよね」

「まぁそうひがむなって」

 ナツとルーシィが残りの席に、ハッピーとシャルルがテーブルに、そして残りの面々がラグリアの造り出した空気の椅子に座ったところで、ラグリアは正面に座る人形のような印象の女性を差し示した。

「彼女が(ぼく)の友人で『宝石女王(クリスタライト・エンプレス)』の二つ名をもつトレジャーハンターのカリンだ」

「セリナちゃんの時も言ったけど、その紹介の仕方やめてくれない?」

 カリンが抗議(こうぎ)するが、その口元はあくまで微笑を浮かべている。

「で、こちらが魔導士(まどうし)ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の皆さん。名前は全員わかるかい?」

 「えぇ、大丈夫」とだけ言うと、カリンがこちらに向き直る。

「初めまして、トレジャーハンターギルド『光精の樹(アルフ・ツリー)』所属、カリン・ミナヅキよ。といっても、副業でやってる作家業の方が本業みたいになってきてるけど」

 名乗ると共に彼女が挙げた左手の甲には、木の実を意匠(いしょう)化したような緑色のギルドマークがあった。

 

【挿絵表示】

 

 ルーシィはカリンの後半の言葉に先ほど見た書斎を思い出しながら口を開く。

「カリンは、本も書いてるの?」

「えぇ。そういえば、あなたも時々小説書いてるのよね?」

 その言葉に、ルーシィは思わず苦笑する。

「まぁ、副業と言えるほどじゃないけど……」

 するとハッピーが、両手で口元を押さえながらにやにや笑いを向けてくる。

「全然売れなかったもんね」

「うっさい」

 ルーシィがぼそりと言い返したところで、ラグリアが再び口を開く。

「カリンの小説は僕も読んでいてね。実はうちにある小説の一部分はカリンの作品なんだよ」

「へぇ……。そうだったんですね」

「そ。この人が家に来るたびに面白い話を持ってきてくれるお陰で最近はあんまりネタには困らないけど、それはさっきも言った、作家業の方が本業みたいになってる原因の一つでもあるのよね」

「それって、大丈夫なんですか?」

 自分の()め息混じりの発言にウェンディが言わんとしたことを察したらしく、カリンは肩をすくめてみせた。

「別に。ウチはそこまでうるさくないから問題ないわ。ただ一昨年(おととし)大秘宝(だいひほう)演武(えんぶ)で『風精の迷宮(シルフラビリンス)』に負けたのがすごく悔しかったの。あの時はちょうど執筆の方に(いそが)しくて出場できなかったからね」

「『風精の迷宮』って、前になんかそんな奴いなかったか?」

 グレイの問いに、ルーシィも考え込む。

「えっと……あぁ、確かに。太陽の村で戦った三人組ね」

「へぇ、あなた達も戦ったことあるのね。しかもその三人って、ギルドトップクラスのヒロシ、ララ、ドレイクのことじゃない?」

「うん、多分そんな名前だった」

 ルーシィが(うなず)くと、カリンは盛大に嘆息(たんそく)した。

「そっか……。やな性格だったでしょ?」

 その言葉に思わず苦笑する。

「まぁ、確かに……」

「私もあいつ()とはそりが合わないのよねぇ。お宝を手に入れるためなら手段を選ばないところとか特に。だから余計に負けた事に腹が立つのよ。私にとっては不戦敗だったわけだし……」

 その時、グレイがおもむろに口を開いた。

「なぁ、一ついいか? さっきから聞いてると、作家としての仕事の方が忙しいみてぇだけど、なんで『宝石女王(クリスタライト・エンプレス)』なんて呼ばれてるんだ?」

 カリンは一瞬(いっしゅん)きょとんとした表情になった後、すぐに微笑を浮かべる。

「あぁ、そういうことね。それは、私が使う魔法(まほう)のことなの」

 カリンが右手を差し出すと、その(てのひら)の上に大粒のルビーが出現する。

「私が使うのは『結晶魔法(クリスタルマジック)』。氷や宝石といった様々な結晶を操る魔法よ。トレジャーハンターで魔法を使える人はほとんど居ないし、そういうところからも付いた名前でしょうね。

 宝石や財宝の中には(すご)い値段がつくものもあるけど、私はそういうのは抜きで、ただ純粋にアクセサリーとして綺麗(きれい)なところが好きだからこの仕事をしてるの。だから言ってしまえば、私にとっての宝物は"魔法"ね。これはジョークなんかじゃなくて、私の正直な気持ち。あ、ちなみに」

 そこで言葉を切ると、カリンは入り口に向かって手招きする。するとドアの脇にずっと控えていた頭蓋骨のような人形が空中を滑るようにこちらへ飛んできて、カリンの腕にすっぽりと収まった。

「このスカルちゃん一号機も、中に搭載されてる監視魔水晶(ラクリマ)を作るところから私がやったわ」

 ──へ? ちゃん?

 この頭蓋骨にしか見えない人形は、明るい室内で見てもカリンの腕に(かか)えられていてもやはりその不気味な印象はあまり変わらず、どう見てもそんな可愛(かわい)らしい名前が似合うものではない。

 名前があったことはともかく、冷静な雰囲気をまとうカリンのあまりに意外すぎる一言に、ラグリアどころかセリナまでもが困惑して押し黙ってしまった。

 カリンは(ほお)を染めると、()ねたような声を出す。

「なによ、みんなして。私が人形に可愛い名前付けたらなにか変?」

「い、いやいや、そういうことじゃないよ。ただちょっと名前が意外だっただけで」

 ラグリアが(あわ)てて顔の前で手を振ると、カリンは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「失礼ね、こんなに可愛いのに」

「……。あ、それで、一号ってことは、他にも作ってあるのかい?」

「えぇ、同じ形の人形が他に三機、常にこの森全体を巡回しているわ」

「同じって……その見た目にはなにか意味があったりするの?」

 ルーシィが言うと、カリンは肩をすくめる。

「別に。単なる遊び心よ。こうやって不思議な見た目にしておけば、初めて見る人は(おどろ)くでしょ? だからもし変な奴がいたらこの子を使って(おど)かすの」

「へ、へぇ……」

「じゃあなんであのタイミングで使ったんだよ」

 (くちびる)をとがらせるナツの問いに、カリンも不満そうな声になる。

「あの時はちょうどこの子しか使えなかったの。作品はいつも片付けてるから」

 そこでカリンはなにか思い出したのか、「あ、不思議といえば……」と(つぶや)くとスカルちゃんを傍らに置き、表情を改めてこちらに向き直る。

「あなたたち魔導士(まどうし)は、普段依頼(いらい)を受けて活動するのよね?」

「え? あ、まぁ……」

 話の流れが見えず、ルーシィが困惑しながら(うなず)くと、カリンは続けた。

「じゃあ私から一つ、依頼させてもらうわ。ちょっと待ってて」

 そう言うが早いか席を立ち、カリンは部屋の右側、外から見てちょうどあの(とう)のような構造物があった方向の(とびら)へと歩いていった。開け放たれた扉の向こう、短い渡り廊下(ろうか)の先の壁を本が()()くしているのを見る限り、あの中は書庫かなにかだったらしい。

 ややもせず戻ってきたカリンの腕には、一冊(いっさつ)の分厚いハードカバーの本が(かか)えられていた。

 カリンはテーブルの上に本を置くと、手を動かしながら再び口を開く。

「私達トレジャーハンターの仕事の形式も、あなた達とほとんど変わらないわ。私は色々なところに足を運んでは仕事ついでに小説のネタに使えそうなものを探してるんだけど、その中で、面白い、というか不思議な場所が見つかったの。それが……ここ」

 話しながらページをめくっていたカリンは、あるページの一つの図を指し示した。

 広い森の向こうに巨大な山がそびえ、頂上にはなにかの建物らしきものが見える。

文献(ぶんけん)によると、この山の名前は『スミレ(やま)』。頂上に建っている館には(めずら)しい宝石があるらしいわ。でも、なにかおかしいと思わない?」

「というと?」

 ラグリアの言葉に、カリンは曲げた指の背で図をこつこつと(たた)く。

「こんな山奥に、こんなに大きい建物が普通ある?

 しかも周りは一面森よ。もっと言うと、珍しい宝石があるって話はあるのに、取ってくるのに成功した話がどの文献を見てもないの。変でしょ?」

「確かに……」

「だから私、昨日(きのう)このスミレ山に行って来たの。そしたら更に奇妙なことが色々とわかったわ」

 そこで言葉を切ると、カリンは図の下の方、森が広がる部分を指差す。

「まずはこの森。ここには、人を(おそ)うような危険な怪物が沢山(たくさん)いるわ。とは言っても、私が一人で無事に行って帰ってこれたんだから、魔法(まほう)さえあれば特に問題はないはずだけど」

 カリンは森を差し示した指をまっすぐ上に滑らせると、スミレ山の上で止めた。

「そして、問題のスミレ山よ。結論から言うと、この調査は失敗だったわ。今回はラグリアがいればなんとかなったかもしれないけど、やっぱり一人で無茶すると良いことないわね」

「森より危険なモンスターがいたとかですか?」

 ウェンディが()くが、カリンは首を左右に振った。

「いいえ、そんな簡単に説明できる話ではないわ。まず、天候が変わった。私が行った日は晴れてたのに、山を登り始めてすぐに濃い霧が出たの」

「すぐに……?」

 エルザが繰り返すと、カリンは軽く(うなず)く。

「ええ、それもほとんど直後にね。山の天気は変わりやすいっていうけど、あの時は特別湿度も高くなかったし、さすがに不自然でしょ?

 それでもなんとか道を見つけて進んでいくと、今度は風もないのに周りの木が()れ始めたの。まるで立ち去れって言ってるみたいに。

 いつもなら気にせずに進むところなんだけど、情報が少なかったのと、なんとなくだけど嫌な予感がしたから、そこで(あきら)めて戻ったわ。そして、一番(おどろ)いたのがその後。私が山を下りた瞬間(しゅんかん)、立ちこめていた霧が一気に晴れたの。いままでいろんな遺跡のトラップを見てきたけど、さすがの私もあれにはぞっとしたわ」

「山自体が、侵入者を追い返したってこと……?」

 シャルルが言うと、グレイも(うな)るように(つぶや)く。

「だとしたら、不気味過ぎんだろ」

 そこで、(あご)に手をあて考え込んでいたエルザが口を開く。

「いや、それよりも気になるのは霧の方だ。カリン、その辺りで、他になにか気がついたことや、わかったことはないか?」

「残念ながら、あの霧については(なぞ)のままよ。ただ、あとひとつだけ。私も帰る途中で気づいたんだけど、スミレ山の上に建っている館は、現在も使われている形跡があるわ」

 ルーシィはぎょっとしてカリンを見た。

「それって、いま住んでいる人がいるってこと?」

「おそらくね……。でも仮にそうだとしても、まともな神経の人間なら長くいたいとは思わないはずよ」

「どういうことだ?」

 ナツの問いに、カリンはルーシィ達をまっすぐ見て、告げた。

「これまでに得た情報から私が導き出した答えはこうよ。あの館には、()()()()()()()()()がいる」

 (つか)()、場に不気味な静寂が満ちる。

「人間じゃない、なにか……」

 ウェンディが(つぶや)き、エルザが(うなず)く。

「なるほど。確かにそう考えると、色々とつじつまが合うな」

「人が住めないような場所に住んでるのは人間じゃないからで、それが宝石を守ってるから(だれ)も取って来れないってことね」

 シャルルが言うと、カリンは頷きを返した。

「ええ、私が体験したことになにか合理的な説明をつけるとしたら、これが一番だと思うわ。それで、話が長くなっちゃったんだけど、調査の続きをして、あの山になにがあるのか確かめて来てほしいの。それが私の依頼よ」

 カリンが話し終えた瞬間(しゅんかん)、ナツがやる気全開の笑みを浮かべ、椅子(いす)を鳴らして立ち上がる。

「そういうことなら簡単だ。(おれ)たちでいますぐにでも行ってきてやる!!」

「そうね、と言いたいとこだけど、まずは一旦(いったん)ギルドに戻って用意して来ないと……」

 ルーシィは苦笑したが、カリンは気分を害したふうもなく応じる。

「急ぎの用事でもないし、(あせ)る必要はないわ」

 その時、ラグリアが立ち上がった。

「よかったら、(ぼく)がまた送ろうか? そしたらギルドまで歩く手間は省ける」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「何度もお手数をおかけしてすみません」

 エルザの言葉に、ラグリアは微笑を浮かべる。

「礼には及ばないよ。僕の『空間接続(ディストーションライン)』は、二地点間の距離を限界までなくす技だから、移動距離と魔力消費量が比例していなくてね。実はどんなに長距離を移動しても、ほとんど魔力(まりょく)を消費しないんだ」

 場に感嘆の吐息が漏れるが、カリンだけは彼の横に来ると意地悪く口の端を持ち上げる。

「また魔法(まほう)の自慢かしら?」

「いや、そういう意味じゃないよ」

 (あわ)てるラグリアの反応を楽しむように、悪戯(いたずら)っぽく笑うと、こちらに向き直る。

「あなたたちだけだとまた道に迷うでしょ? 戻ってくるまで、スカルちゃん一号を貸しておくわ。目的地さえ言えば案内するから」

「あ、ありがとう……」

 カリンが半分振り返って手をかざすと、テーブルの上に置かれたスカルちゃんの()鬼火(おにび)めいた青白い光が(とも)り、空中をこちらに向かって滑ってくる。

 ではやはり、ここに来る時のラグリアの言葉は聞こえていたのだろうか。そんなことを考えているとラグリアが退出しようとしていたエルザを呼び止めた。

「あ、ちょっと待った。言い忘れてたけど、わざわざ外に出なくても飛ぶことはできるんだ。前は周りの人を(おどろ)かせないようにしていただけだよ」

 そう言うと、その場でルーシィ達を一列に並べ、(てのひら)をこちらに向けて技を発動。

「これで大丈夫だ」

 その時、カリンがなにか思い出したように「あ」といってから口を開く。

「あなた達の昼食、待ってる間に作っておくわ。まだ食べてないでしょ?」

「あ、うん。どうもありがとう」

 ルーシィが言うと、今度はラグリアがカリンを見た。

「それなら、僕も手伝うよ」

「そう。ありがと」

 二人が歩いていこうとしたその時、セリナが走り寄ってくる。

「私も料理やりたイ!」

 その言葉に、ラグリアは苦笑した。

「駄目だ。今度また教えてやるから、今日は大人(おとな)しくしといてくれ」

「えエ〜」

「別にいいじゃない、今日教えてあげれば」

 不思議そうなカリンの言葉にも、ラグリアはとんでもないというように首を振る。

「いや、前に一度料理させてみた時に、セリナが魔法を使ったせいでうちのキッチンが爆発(ばくはつ)してるんだよ」

「え……?」

 これにはさすがのカリンも固まってしまうが、すぐにセリナに笑いかける。

「セリナちゃん、料理に魔法使わないって約束する?」

「あ、あれはもうやらないヨ!」

 いきり立つセリナから顔を上げると、カリンは微笑を浮かべる。

「という(わけ)で、決まりね。行きましょ、セリナちゃん」

「うン!」

「そ、そういう問題か……」

 困り果てた表情で二人の後を追うラグリアの背を眺めながら、ルーシィは知らず笑みこぼれていた。

「どうした、ルーシィ?」

 (となり)のナツが不審(ふしん)そうな顔で訊いてくる。

「こうして見ると、なんか本当の家族みたいじゃない?」

 その言葉に、グレイも(おだ)やかな笑みを浮かべた。

「確かに、言われるとそう見えなくもねぇな」

 ルーシィ達の視線の先では、書斎の奥にあったキッチンで、赤黒い髪の男性と彼になだめられながらもはしゃぐ金髪ツインテールの少女、その横で野菜を切る金髪ショートヘアの女性が楽しそうに料理をしている。

 その時、ハッピーがぼそりと()き舌風に(つぶや)く。

「でぇきてぇる。──みぎゃッ」

 後半の悲鳴は、いつの間にか背後に移動していたスカルちゃんが頭にかじりついたことによるものだ。

 その声でふと顔を上げたカリンは、なぜかにっこりと微笑(ほほえ)んだ。

「その子、私に変なこと言ったヒトに自動で()みつくから、気をつけてね」

「あうぅ……」

 頭を押さえて青くなるハッピーに思わずルーシィは()き出す。見るとウェンディや、セリナを(はさ)んでカリンの隣に立つラグリアも苦笑を浮かべていた。

「さぁ、私達も行こう」

 エルザの言葉に(うなず)きあい、体を半回転させると、ルーシィ達は新たな冒険への第一歩を()み出した。




はい、いよいよ本格的に盛り上がってきた第3話、いかがだったでしょうか。
今回登場した彼女について、容姿のイメージは東方Projectのアリス・マーガトロイド、年齢はルーシィと同い年です。
彼女の邸宅についてはとあるMMDer様が使用されていたアリス邸を参考に考えました。内装は上手く考えられている反面ややこしく、文字の説明だけではイメージしにくかったと思うのでここに見取り図を掲載しておきます。

【挿絵表示】

また、これまでは下書きが完成した状態で執筆作業を行っていたのですが、次回以降は中途半端にしか下書きができていない為、これまで以上に本格的に不定期投稿になってしまうことをここに宣言しておきます。
しかし、もうすでに頭の中を含めてかなりの量の設定を作ってあるので、次回以降も楽しみにしていて下さい。
それでわ、しーゆーあげいん!


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人外の種族関連情報(スミレ山編)

今回は作中に登場する用語の解説ですが、事前情報というよりも裏設定などのまとめになっているので、本編を読み進めてから目を通すことをお勧めします。

また、設定集と小ネタ解説の二種類を投稿していくというような話をしていましたが、ストーリー進行の都合上、今回のような場合を含め複数のパターンに分かれることになりそうです。
よって毎回の前書きに、どういうかたちで記載しているか、どのタイミングで読めば良いのかを明記するように心がけるつもりですから、ネタバレが苦手だという方は注意して読み進めてください。


[スミレ(やま)

マグノリアの(はる)か東にある、様々な怪物が棲むといわれる山。

モデルは『東方Project』の「妖怪(ようかい)の山」。

 

[鬼]

スミレ山を支配している妖怪の一族。

一番の特徴は頭部から突き出た角で、人間を圧倒的に凌駕(りょうが)する身体能力と馬鹿力をもち、魔法(まほう)とは異なる『武法(ぶほう)』という力を操る。

また、多くの鬼は酒が大好物の酒豪で、極端に嘘を嫌う正直者。

比較的人間に友好的で、身勝手な理由から世界を支配しようとした悪魔を嫌っている。

 

橙鬼館(とうきかん)

鬼達が暮らす、スミレ山の頂上に建つ巨大な館。

スミレ山を遠くから見ると館の全貌(ぜんぼう)がはっきり見えるが、山を登り館に行こうとすると(なぞ)の白い濃霧が発生して方向感覚を狂わせ、迷っているうちに見えない何かに襲われて(ふもと)まで追い返されるという。

モデルは『東方Project』の「紅魔館(こうまかん)」。

 

妖精(ようせい)

背中から生える(はね)(とが)った耳が特徴の種族。

高い魔力(まりょく)をもっており、人間と同じく魔法を操ることができるが、多くの妖精はあまり賢くないため上手(うま)く使いこなすことはできない。

同じ妖精の中でも多数の種族に分かれており、それぞれに異なる魔法の属性の適性や得意分野がある。

また、倒されても無限に再生することができる。これは彼らの身体がエーテルナノからつくり出されているためで、悪魔と違って再生機関を必要としない。完全な再生に必要な時間も一分程度と圧倒的に短くて済むという大きなメリットがある。

 

天狗(てんぐ)

スミレ山に暮らす妖怪の一族。

頭に着けた頭襟(ときん)が特徴で、風の魔法に秀でており、自在に空気の流れを操る能力をもつ。

彼らは大きく二つの種族に分かれており、そのどちらも人間に友好的な態度を取る。

 

(からす)天狗〉

背中から生える鳥のような(つばさ)が特徴の種族。

天狗の上位種で、高い飛行能力をもつ。そのフットワークの軽さを活かして広報活動や情報収集を主に担当しており、人間界の情報も彼らが集めている。

 

白狼(はくろう)天狗〉

犬のような耳と尻尾が特徴の種族。

天狗の下位種で、飛行能力や翼はもたないが、代わりに高い敏捷(びんしょう)性をもつ。

白狼天狗全員に曲刀と紡錘形(ぼうすいけい)(たて)が支給されており、戦闘(せんとう)時はそれらを駆使した、天狗の一族に伝わる個流剣術で戦う。

基本的にスミレ山の警備を担当しており、「白狼(はくろう)隊」という部隊で仕事にあたる場合もある。




ということで、用語解説集第1弾でした。
今回は第6話までに登場した用語の解説でしたが、妖精の話は情報量の都合上、次の『人外の種族関連情報No.2』で改めて詳しくまとめようと思っています。もう少しお待ちください。

ちなみに今回の用語解説を第3話の前ではなく第4話の前という一見中途半端な位置に割り込み投稿した理由ですが、しっかり自分の中で考えがあります。

本編を既に読んだ皆さんならご理解頂けると思いますが、第3話は『スミレ山編[序章]』と銘打(めいう)っておきながら『まだPrologueの続きである』という意味をもたせてあります。つまり、『スミレ山』という新章のキーワードが出たから形式上『序章』に含まれるというだけで、本題はまだまだこれからなわけです。
そこで、章の区切りとは別にこのような解説情報を挟むことでストーリーの切れ目を()えてぼかし、ここまで読んで下さった皆さんが読後の気持ちを次回にもっていき易いように意識したということでした。読者の皆さんがスムーズに読み進められるよう加筆修正を繰り返す一方で、自分から混乱を招くような行動をしてすみません。

自分は作品の本編でもこのように、細かい描写にもできるだけ意味をもたせるように努力しているつもりですから、これを機に読者の皆さんがそんな小ネタに気づいてくれることを心よりお待ちしております。


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設定集No.2(鬼)

今後投稿する『設定集』は、現時点ではすべて『スミレ山編』のストーリーに(から)む内容ですから、ほぼ確実に第4話の手前に割り込み投稿するかたちになる予定です。


レンカ・ハーネット

『"武法"って響き、あたしは好きだね。いかにも戦う種族って感じでさ』

 

年齢:?(外見年齢28歳)

好きなもの:東洋の酒、勝負事

嫌いなもの:(うそ)、悪魔

イメージ:星熊(ほしぐま) 勇儀(ゆうぎ)(東方Project)

種族:鬼

 

(ひたい)の中央から伸びる円錐(えんすい)形の赤い角と、頭の両側から後方に向かって部分的に跳ねた栗色のロングヘアーが特徴的な長身の女性。山のマークは右前腕(ぜんわん)にある。

またかなりの巨乳の持ち主で、その大きさはルーシィをも上回る。

雑で荒っぽい面が目立つが、根は気さくで情に厚い人柄。橙鬼館(とうきかん)の当主を務めている。

また、格闘家としての顔も(あわ)せ持っており、毎日の特訓で(きた)えているお陰で皮膚や髪は鋼より丈夫。

鬼の中でもずば抜けて高い身体能力と、橙鬼館当主としてのリーダーシップの高さから「暁の地平を()べる鬼神」の二つ名を持つ。

戦闘(せんとう)時は自身が()み出した格闘技と武法(ぶほう)を巧みに使い分けて戦う。

 

ミレーネ・カトラシア

『この私がいる限り、侵入者は橙鬼館には一歩も入れさせない』

 

年齢:?(外見年齢16歳)

好きなもの:甘いもの、紅茶

嫌いなもの:暑さ、乾燥

イメージ:シノン(SAO/S)+メガアブソル(ポケットモンスター)

種族:鬼

 

側頭部から上向きに伸びる左右非対称の紺色の角と、額の両側で結わえた黒髪ショートヘアーが特徴的な少女。山のマークは左太腿(ふともも)にある。

鬼でありながら特別酒が好きということはなく、無駄な争いも好まない。常識的な考え方の持ち主で常に落ち着いているが、時折周囲に悪戯(いたずら)を仕掛けて遊ぶお茶目な一面もある。

また、自身の角の形がコンプレックスで、どんな事情があっても彼女の事を「悪魔」というと視線で殺される。

橙鬼館周辺の警備と門番を任されているが、とある理由から館の住人以外でその事を知る者は少ない。

常用する戦法の特徴と業績の優秀さから「姿無き(インビジブル・)暗殺鬼(ガーディアン)」の二つ名を持つ。

戦闘では武法と我流の剣術を組み合わせたトリッキーな戦法を得意とする。

 

バーナ・トールス

『レンカ様のため、このバーナ・トールス、推して参ります』

 

年齢:?(外見年齢19歳)

好きなもの:ワイン、音楽

嫌いなもの:ゴキブリ

イメージ:小悪魔(東方Project)+(ほん) 美鈴(めいりん)(東方Project)

種族:鬼

 

側頭部の二つの小さな円錐(えんすい)形の白い角と、黄色から赤へと頭頂からグラデーションのかかったロングヘアーが特徴的な女性。山のマークは右腹部にある。また、警備及び護身用に自身の武法で造り出した武器を常に身につけている。

穏やかな性格で礼儀正しく、常に丁寧な口調で話す。橙鬼館(とうきかん)の図書館の司書を務めている。

また同時にメイド長も兼任しており、仕事量の関係でこちらが主になることが多い。

戦闘(せんとう)では自身の武法の特性を活かして多彩な武器を操り戦うが、最も得意とするのは斧槍(ハルバード)

名前の由来はSAOアインクラッド第一層主街区・トールバーナ。

 

アシュリー・レフィエイル

『魔法の可能性は無限大。だからこそ研究のしがいがあるのよ』

 

年齢:?(外見年齢23歳)

好きなもの:本、魔法

嫌いなもの:運動

イメージ:パチュリー・ノーレッジ(東方Project)+伊吹(いぶき) 萃香(すいか)(東方Project)

種族:鬼

 

側頭部から伸びる木の枝のような短い角と、顔の両側に垂らした髪の先端にリボンを着けた紫色のロングヘアー、ナイトキャップのような帽子(ぼうし)が特徴的な小柄な女性。山のマークは左首筋にある。

図書館の管理をしているが、滅多に外出せず運動もしないため体が弱く、最も鬼らしくない鬼といえる。

物静かな性格で、個性派が多い橙鬼館(とうきかん)組の中ではあまり目立っていないが、その落ち着いた物腰から他のメンバー同様レンカからの信頼は厚い。

また、趣味で魔法を研究しており、独学ながらかなり高難度の魔法も使いこなすことから「静かなる鬼の魔術師」の二つ名をもつ。

自身の武法(ぶほう)もあまり戦闘(せんとう)向きではないため、戦闘時は主に魔法に頼る戦い方をする。




今回は、独自設定により登場することとなった『鬼』という新たな種族についての解説でした。
また、前書きで述べた割り込み投稿時の設定集の扱いですが、文字通り『設定集』というタイトルのものに限定した話です。『人外の種族関連情報』や『小ネタ解説』など、他のタイトルを付けたものに関しては随時(ずいじ)、前書き及び後書きにて報告していく予定ですからご注意ください。


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人外の種族関連情報No.2(妖精 詳細)

今回は、前回の『人外の種族関連情報』を投稿した際に予定していた通り、妖精に関する情報をまとめていきます。一応設定集の一種として読者の皆さんが概要を振り返ることができるように作りますが、多少のネタバレを含む場合があります。


火妖精(サラマンダー)

魔法(まほう):火

得意分野:武器(ぶき)の扱い、攻撃(こうげき)

 

赤い(かみ)(はね)が特徴の種族。活発で、悪戯(いたずら)好きな妖精が多い。

種族名はナツの通り名「火竜(サラマンダー)」とは無関係。

本来はバーナのメイド業の手伝いが主な仕事だが、いつも何かしらトラブルを起こして、彼女や他の妖精メイド達を困らせてばかりいる。

 

水妖精(ウンディーネ)

魔法:水、回復

得意分野:料理、水中活動

 

水色の髪と翅が特徴の種族。橙鬼館(とうきかん)の給仕担当。ミレーネに(あこが)れている妖精が多い。

 

風妖精(シルフ)

魔法(まほう):風

得意分野:高速飛行、聴力

 

緑色の(かみ)(はね)が特徴の種族。主にバーナの仕事の手伝いをしている。

風魔法による掃除が得意だが、加減を誤って物や壁を壊してしまうこともしばしば。

 

土妖精(ノーム)

魔法:土

得意分野:建築、採掘

 

褐色(かっしょく)の肌が特徴の種族。大工担当だが、他のメイド等がすぐにものを壊してしまうせいで過労気味の妖精が後をたたない。

ちなみにアシュリーが使う「魔法石」は彼らの一人がスミレ(やま)で偶然発見した鉱石の一種。

 

猫妖精(ケットシー)

魔法(まほう):特になし

得意分野:飼い慣らし(テイミング)敏捷(びんしょう)

 

ネコ科の耳と尻尾、小麦色の翅が特徴の種族。スミレ山周辺の森に棲む怪物達は橙鬼館メンバーの言うことだけを聞くように彼らがテイミングしたもの。

ハイレベルテイマーなら操られている生物すらもテイムできる。

 

光妖精(アルフ)

魔法:聖

得意分野:自由飛行

 

金髪と白い(はね)が特徴の種族。他の妖精と違ってある程度の光さえあれば無限に飛ぶことができる。

 

闇妖精(インプ)

魔法(まほう):影、幻惑(げんわく)

得意分野:暗中飛行、暗視、トレジャーハント

 

紫色の髪が特徴の種族。少しの時間であれば暗い場所や闇夜でも飛ぶことができる。

 

音楽妖精(プーカ)

魔法:特になし

得意分野:楽器演奏、歌唱

 

思い描いた楽器を魔力(まりょく)で実体化させる不思議な能力をもつ。

妖精(ようせい)メイド達で楽団を結成しており、宴会(えんかい)を盛り上げてくれる。

 

鍛冶妖精(レプラコーン)

魔法(まほう):特になし

得意分野:武器(ぶき)生産、細工

 

金属光沢のある頭髪と、先端が機械部品(歯車)を思わせる形状になった銀色の(はね)が特徴の種族。

妖精達の武器も作るが、主な仕事は食器や装飾品等の製作と加工、修理。

 

※一部の種族について、魔法属性の適性の(らん)に『特になし』と記載しているのは『その種族全体としては特に適性のある魔法属性が存在しない』ということです。

妖精メイド個々人をみれば、特にこの属性の魔法を多用している、この属性の魔法が得意、といった好みの(かたよ)りはありますし『どの属性の魔法にも適性がない』ということではありません。

 




はい、今回は『人外の種族関連情報』の続きでした。
今回の内容は一つひとつが軽かったので、投稿に必要な文字数の最低ラインをクリアできるか心配でしたが、ぎりぎり条件を満たすことができたのでひと安心しています。
念の為に用意していたサブキャラクターの妖精メイド達の紹介は、改めて今後まとめて投稿することになると思います。


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設定集No.3(妖精+α)

前回の投稿から割と間が空いてしまいました、設定集第3弾です。
今回から少しの間は妖精のオリキャラの紹介になりますが、情報量の都合上、キャラクターの登場順から多少前後することになります。
また、前回の『設定集No.2』で報告し損ねましたが、スミレ山関連の登場キャラの情報は、設定集第1弾よりもネタバレを多めに含む内容となっています。
本編を読む前に目を通す前提で作っていると言ってしまった手前申し訳ありませんが、内容の半分ほどが『裏設定・小ネタ解説集』同様に情報まとめサイトのような形式となっているので、その点はご了承下さい。


ルミネア

『聞こえる……。あなた達は人間ですね?』

 

年齢:?(外見年齢10歳)

好きなもの:明るい曲

嫌いなもの:大きな音

イメージ:壬生(みぶ) 朝霞(あさか)(ブラック・ブレット)

種族:音楽妖精(プーカ)

 

黒髪ストレートヘアーに紫色の(はね)が特徴の少女。幼い容姿をもつ妖精(ようせい)の中では比較的頭が良く、少しなら敬語も使える。大人(おとな)しい性格で、静かな話し方をする。口癖は「聞こえる」。

音楽妖精(プーカ)の楽団長を務めており、バイオリンの演奏が得意。

自身の魔法(まほう)で周囲の様子がわかるため目を閉じていることが多く、風妖精(シルフ)並みの聴力をもつ。

 

リリス

『あたいの可愛(かわい)い使い魔達相手に随分(ずいぶん)と暴れてくれたそうじゃないか』

 

年齢:?(外見年齢16歳)

好きなもの:使い魔のフェンリル

嫌いなもの:一人

イメージ:火焔猫(かえんびょう) (りん)(東方Project)

種族:猫妖精(ケットシー)

 

両サイドを三つ編みにしたおさげの赤髪にネコ科の黒い耳と尻尾(しっぽ)が特徴の少女。気さくで陽気な性格で、人懐(ひとなつ)っこい。

使い魔の巨大な狼・フェンリルとは強い絆で結ばれており、常に行動を共にしている。右の(ほお)に描かれた水色の大小二本の牙状のペイントはフェンリルとの絆の証。

猫妖精(ケットシー)の中でもトップクラスの実力をもち、『迅狼(じんろう)使いリリス』の名で知られている。また、ハイレベルテイマーの一人でもあり、フィオーレ王国に近い方角の森に()むモンスター達は彼女がテイムした。

フェンリルの背中に乗って戦うことが多いが、降りて戦う場合は猫妖精の敏捷(びんしょう)度を翅で更に加速するため、走る速度はフェンリルにも負けない。

戦闘(せんとう)ではロングボウによる精密射撃とクロー系の武器(ぶき)を用いた高速戦法を得意とする。

 

フェンリル

 

種族名『剣歯狼(サーベルウルフ)』。

四つん()いの状態で高さが二メートル近くもある巨大な狼型のモンスター。

白銀に輝く体毛と剣歯虎(サーベルタイガー)めいた犬歯(キバ)をもつ。その巨体からは想像できない速度で走ることができ、『迅狼(じんろう)』とも呼ばれる。

優しくも勇敢(ゆうかん)な性格で、とても利口。初対面の相手でも敏感に善悪を感じ取り、相手が善人と判断すればリリスの命令がない限り(うな)り声も上げない。

また、氷属性の魔法(まほう)を操ることができ、冷気のブレスを吐いたり自身の(きば)に氷をまとって破壊力を上げたりと多彩な技でリリスの戦闘をサポートする。

 

ネフィリム

『ねぇねぇ、私と遊ぼうよー』

 

年齢:?(外見年齢10歳)

好きなもの:夜、暗い場所

嫌いなもの:太陽

イメージ:ミスティア・ローレライ(東方Project)+フランドール・スカーレット(東方Project)

種族:闇妖精(インプ)

 

紫色のサイドテールと鳥のような異形(いぎょう)の黒い(つばさ)が特徴の少女。愛称は「ネフィ」。ただし翼は自身の魔法(まほう)でつくり出した仮の姿で、実際は昆虫の翅に似た流線形をしており、色もクリアグレー。

とてもやんちゃで、いつも誰かを困らせては楽しんでいるが、戦闘(せんとう)に関しては冷静でクレバーな面も見られる。

また、見かけによらず妖精(ようせい)の中でもずば抜けて高い魔力(まりょく)を持ち、その戦闘能力はラグリアに「セリナと同格かそれ以上」と言わしめるほど。

魔力を高めるための(つえ)を常に持ち歩いており、戦闘では「魔法職(メイジ)」を主に担当する。

 

ベルクス

『妖精がみんな馬鹿(ばか)なんじゃねぇ。馬鹿が多いだけだ』

 

年齢:?(外見年齢17歳)

好きなもの:料理、暴れること

嫌いなもの:子供、妖精(バカ)

イメージ:里見(さとみ) 蓮太郎(れんたろう)(ブラック・ブレット)+ジュダル(マギ)

種族:水妖精(ウンディーネ)

 

一つの大きな三つ編みに束ねた水色の長い髪が特徴的な長身の少年。常にぶっきらぼうな態度を取るが、根は誠実で面倒見がよく仲間思い。

そのため部下の水妖精の少女達からも兄のように(した)われており、表面上は面倒臭がりながらもしっかりと仕事を教えている。

また、フェンリルやネフィリムにも(なつ)かれており、特にネフィリムは顔を合わせる(たび)に寄ってくるため、毎回苦労して引き()がしている。

リリスやミレーネからは以上のことについてよくからかわれており、特に立場も近いリリスとはよく軽口を(たた)きあう仲。

料理の腕は一流シェフ並みだが、あまり積極的にやろうとはしない。ただし、気分がノっている時に料理をさせると剣や魔法(まほう)を使い始めるため、近づくとかなり危険(それでも料理はしっかり完成する)。

戦闘(せんとう)では魔法は補助程度に(とど)め、身の丈ほどもある大剣(たいけん)でのめった()りを得意とする。

 

サーペント

 

ベルクスが『水蛇突咬』で放つ水の大蛇。なぜか感情と意思をもっており、リリスに(なつ)いている。その正体はアシュリー(いわ)く『生物の形をとる魔法(まほう)が突然変異を起こして魔法生物に変化したもの』。普通の生物と同じように飲食が可能で、摂取したエネルギーは彼が住み()である大剣に戻った時点でベルクスの魔力に変換される。

ちなみにベルクスの大剣には医学の神の力が宿っており、刀身をかざすことで強力な治癒(ちゆ)魔法を発動できる。また、特殊能力により刃こぼれしてもすぐに再生する。

これらの能力はサーペントにも反映されており、触れた対象者の傷や疲労等を()やし、またどんな傷を負っても再生する。




今回は、妖精の中でも特に目立って描写されている四人と、その関連情報の解説でした。
現時点の予定では、スミレ山関係の登場キャラ紹介は次回の『設定集No.4』で、『設定集』の投稿はその次の『設定集No.5』でそれぞれ一旦締めくくるつもりです。
また『裏設定・小ネタ解説集』は現在登場しているすべてのキャラについて一人ひとり順を追って投稿していく予定ですからご期待下さい。


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設定集No.4(妖精②+天狗)

前回の『設定集No.3』の後書きで述べたように、今回までは妖精のオリキャラ解説がメインとなります。ただ、純粋に妖精の解説ではなく、作中に登場した残りのサブキャラクターすべての解説になるので、一部例外を含みます。
これまで通り、多少のネタバレを含む内容となっているので、苦手な方は注意して読み進めて下さい。


リドラ

 

逆立った赤髪が特徴の火妖精(サラマンダー)の少年。活発な性格で、誰かに悪戯(いたずら)を仕掛けてはミレーネに(しか)られている。

モデルはSAO第二巻『朝露の少女』にて最初に登場した孤児院の少年。

 

レイン

 

部分的に編み込んだ水色のロングヘアーが特徴の水妖精(ウンディーネ)の少女。大人(おとな)しく真面目(まじめ)な性格で、ベルクスを「ベルさん」と呼んでいる。

シアン、フロウと一緒にいることが多く、失敗が多いことで引っ込み思案なところをシアンによく指摘されている。

容姿モデルはSAO第四巻にて初登場する新規ALOのアスナだが、性格は同作品のシリカを参考にしている。

 

シアン

 

先端にいくにつれて内ハネのついた青緑色のショートヘアーが特徴の水妖精の少女。お調子者で狡猾(こうかつ)な性格で、ベルクスを「ベル()ぃ」と呼んでいる。

レイン、フロウと一緒にいることが多く、彼女たちに限らず、主に他の妖精(ようせい)メイドに対するツッコみ役。

リドラの悪戯(いたずら)(あき)れているが、かく言う彼女もレインなど親しい仲間に悪戯を仕掛けてはベルクスに(しか)られている。

モデルは東方Projectのリリカ・プリズムリバー。

 

フロウ

 

ウェーブのかかったクリアブルーのショートヘアーが特徴の水妖精の少女。常に明るく前向きな性格で、語尾を伸ばすようなのんびりした話し方をする。ベルクスのことは「シェフ」と呼んでいる。

レイン、シアンと一緒にいることが多く、三人まとめて通称「水の三妖精」。名前の由来は「浮く(フロート)」で、その名の通り周囲から浮くことが多い。

かなりの天然で、独特な思考回路を持っており、時々会話の成立が難しくなる。

モデルは東方Projectのメルラン・プリズムリバー。

 

アイリス

 

黄緑色のポニーテールが特徴の風妖精(シルフ)の少女。真面目な頑張(がんば)り屋だが力の加減が上手くないため、橙鬼館(とうきかん)の掃除中に物や壁を壊しては(ひど)く落ち込み、その(たび)にバーナに(はげ)まされている。

ちなみにミレーネも、アイリスのように未熟なメイドには寛容(かんよう)な態度で接するよう心がけており、それもまた彼女が妖精メイド達の人気を集める理由の一つである。

モデルは東方Projectの大妖精。バーナとの関係も二次創作作品における彼女と美鈴(めいりん)の関係を参考にしている。仕事の空き時間に魔力(まりょく)操作の稽古(けいこ)をつけてもらったり、オフの時には他の妖精メイド共々遊び相手になってもらう等、プライベートでも関係は良好。

 

グレック

 

金髪にネコ科の耳と尻尾(しっぽ)を生やした猫妖精(ケットシー)の男性。一見近寄り難い印象だが、面倒見が良い一面をもっており、多くの妖精(ようせい)メイド達から好かれている。

リリスの先輩(せんぱい)で、スミレ(やま)の東側の森に()むモンスター達の世話を担当するハイレベルテイマーの一人。

テイミングのスキルが非常に高く、彼の指揮する使い魔たちは『人間の軍隊と同等以上に統率が取れる』と評される。

 

ニクロ

 

長めの茶色いおかっぱ頭が特徴の鍛冶妖精(レプラコーン)の少年。頼りない印象だが、リリス(いわ)く腕は確からしく、ベルクスからも信頼されている。

モデルはSAOPのネズハ。

 

疾風丸(はやてまる) (あや)

『あややや、こんなところに人間とは珍しいですねぇ』

 

年齢:?(外見年齢21歳)

好きなもの:面白いネタ、後輩いじり

嫌いなもの:酔った鬼

イメージ:射命丸(しゃめいまる) (あや)(東方Project)

種族:鴉天狗(からすてんぐ)

 

背中から生えた黒い(つばさ)が特徴の女性。飄々(ひょうひょう)とした性格で、口癖は「あやや」。

その性格からほとんどの妖怪(主に鬼)からはうとまれているが、しっかりと自分の信念をもって活動しているため、実はかなり信頼されている。

鴉天狗の中でも並外れた飛行能力をもち、その最高速度は音速を超える。

妖怪世界で新聞記者としてその機動力を最大限に発揮しており、「ブン屋」の名で知られている。職業柄、ペンとメモ、カメラは絶対に手放さない。

戦闘(せんとう)時は、各所を鉄で補強した羽団扇(はうちわ)、「鉄葉扇(てつようせん)」で風を自在に操り戦う。

 

メープル・スプリンター

『いまこそ、特訓の成果を見せる時!』

 

年齢:?(外見年齢18歳)

好きなもの:将棋(しょうぎ)、剣術練習

嫌いなもの:尻尾(しっぽ)を触られること

イメージ:犬走(いぬばしり) (もみじ)(東方Project)

種族:白狼天狗(はくろうてんぐ)

 

白髪ショートヘアーに白いイヌ科の耳と尻尾が特徴の女性。真面目(まじめ)な性格で、常に丁寧(ていねい)な口調で話す。中規模警備部隊「白狼(はくろう)隊」の部隊長を務めている。

ミレーネの活躍のお陰で部隊の仕事はほとんどないが、毎日の剣術練習は欠かさず行っており、剣術指南役を担うミレーネからも高い評価を受けている。

白狼天狗はオオカミの妖怪であるため「犬」と言われると怒るが、驚いた時などにはなぜか猫っぽい悲鳴を上げる癖がある。

戦闘(せんとう)時は、白狼天狗全員に支給される曲刀と紡錘形(ぼうすいけい)(たて)を用いる個流剣術と、自身の魔法(まほう)を組み合わせて戦う。

 

ウェルフ

 

白髪ロングヘアーに白いイヌ科の耳と尻尾が特徴の白狼天狗の女性。サバサバした性格で、(はず)むような笑い方をする。

メープルの同僚(どうりょう)で「白狼隊」に所属する警備員の一人。

メープルが侵入者を直接追い返すことが多いのに対し、ウェルフは主にトラップの作成と設置を担当する。

モデルは東方Projectの今泉(いまいずみ) 影狼(かげろう)




スミレ山関連のオリキャラ解説は、現時点では以上となります。ただし他の設定集同様、内容は今後のストーリーで明らかになっていく情報と連動し、適宜追加・修正されていく予定です。
ちなみに妖精メイドについては、サブキャラ枠としてメインキャラと情報のまとめ方をわざと変えて記載しました。
また、今後本編を書き進めていくにあたり、新たな設定を追加した場合は随時(ずいじ)、前書き及び後書きにて報告していこうと考えています。


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第4話 スミレ山編[序章]幻惑(げんわく)の霧

今回からしばらくはこれまでの一話読み切りではなく、「スミレ山編」という一つのストーリーとして書いていこうと思います。
ちなみに私事ですが、2019/04/28に投稿した話が消えてしまいました。いやー、びっくらこいた、油断するもんじゃないね。……精進します。


 ルーシィ達が、ラグリアの造り出した空間の境界を抜けると、思いがけずそこは『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のギルドの中だった。その事を認識すると同時に、横合いから「わッ」という声が聞こえる。

 見ると、カウンターの中のミラジェーンが目を丸くしていた。当然の反応なのだが、いつもおっとりしている彼女がここまではっきりと(おどろ)きを顔に出したのを見るのはかなり久しぶりのことかもしれない。いや、もしかすると戦闘(せんとう)以外ではこれが初めてか。

「え……? いまどうやって入ってきたの……?」

「あー、えっと、あはは……」

 ルーシィはこの状況をどう説明したものかと笑って後ろ頭を()いた。

昨日(きのう)、ここに連れてきた人、ラグリアさんっていうんだけど、あの人の魔法(まほう)で送って(もら)って、そしたら、ここに……」

「あ、あぁ、あの人ね。へぇ……。なんか、ものすごい魔法ね」

 ミラジェーンの言葉に、ナツとハッピーと三人で思わず何度も首肯(しゅこう)する。

「それで、今日(きょう)会ったラグリアさんの友達って人に依頼(クエスト)(たの)まれたから、そのことをマスターに報告しようと思って」

「そう、わかったわ。マスターはいつものところにいるから」

「はーい」

「ではルーシィ、報告は任せていいか?」

「うん、わかった。任せといて」

 エルザの問いに、ルーシィはすぐに(うなず)いた。

「では、一度ここで解散だな。集合は一時間後、場所はギルドの正門前にしよう」

「あの……」

 そこでウェンディがおずおずと口を開いた。

「この人形は(だれ)が持ちますか?」

 この人形、というのは、彼女の傍らに浮いている一つ目の頭蓋骨のような人形──依頼人(クライアント)のカリンが作ったスカルちゃん一号機のことだ。エルザは少し考える素振(そぶ)りを見せると、すぐに答えた。

「そうだな……。よし、ハッピー、人形一体ぐらい持てるな?」

 指名を受けたハッピーは顔をしかめ、空中を滑るように人形から距離をとる。

「うえぇ、オイラが持つの? だってこれいつまた()みついて──」

「──くれぐれも傷付けないよう気をつけるんだぞ」

「あ、あい、わかりましたごめんなさい……」

 有無を言わせぬエルザの眼光に、首を縦に振るしかないハッピーだった。

 

 

      1

 

 

 大変なことになってきたものだ。

 グレイは我が家ヘと続く道すがら、昨日から立て続けに出会った人達のことを改めて思い返していた。特に、つい十数分前に唐突に依頼(クエスト)を申し出てきた女性、カリン・ミナヅキについて。

 トレジャーハンターの彼女と聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)のラグリア。一切(いっさい)接点をもたないはずの彼らが一体どのような経緯で知り合ったのかは想像するほかないが、グレイがカリンについて(おどろ)いたのは、彼女が魔法(まほう)を使えるということだった。

 以前戦った『風精の迷宮(シルフラビリンス)』の三人組も、一人ひとつずつ魔法道具を持ってはいたが、魔法は使えないようだった。カリン本人もトレジャーハンターで魔法を使える人は少ないと言っていたし、つまり彼らにとってはそれだけで絶大なアドバンテージになるということだ。

 カリンは自身の二つ名の由来について(めずら)しいことを挙げていたが、しかしギルド内で魔法を使えるのが彼女だけ、というわけではないだろう。カリンの戦闘を見たことはまだ無いが、あの森の中で独り暮らしをしていることや、仕事中も基本単独行動らしいことから考えても、やはり彼女の戦闘能力やサバイバルの知識も相当なものと見て間違いない。

 ラグリアが先日言っていた通りもし彼らの力を借りることになった場合──勿論(もちろん)そんなことは無いに越したことはないが──それは自分達にとって、とてつもなく巨大な心の支えとなることだろう。

 とりとめもない思考に身を任せている内に、どこをどう通ったのか(おぼ)えていないにも関らず自宅のすぐ目の前まで歩いてきていた。習慣とは恐ろしいものだ。

「ただいま〜……っと」

 あるはずのない返答にさして期待せず、ドアを押し開けた──のだが。

「──お帰りなさいませ、グレイ様ッ」

 グレイが中に一歩()み込むや、いきなり青い人影が正面から突っ込んできた。

「うおッ!」

 あまりに突然のことにびっくりして手を突き出すと、相手の顔が勢いよく(てのひら)と激突した。「へぶッ」という奇声を上げながら(なお)も両腕を伸ばして抱きつこうとする相手を片手だけでなんとか()さえ込む。

「なッ、ジュビア、お前なんでいるんだよ!? 朝はギルドで食ってただろうが! つーか毎回(おれ)に抱きついてくんなよ‼」

 ツッコミを入れている間、ずっとグレイの右手の中で何事か(わめ)いていた青髪の女性は、そこでようやくグレイに抱きつくのを(あきら)めたらしく、「ぷはッ」といって体を起こした。手型が赤く残る顔をさすってから(ほお)(ふく)らませる。

「うぅ、そんなに顔を強く押さえられたら息できないじゃないですかッ」

「お前がいきなり飛びかかってくるから、体が勝手に動いたんだよ!」

 グレイは盛大な()め息をついた。ジュビアとの共同生活は、いまに始まったことではない。

 二年前、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の解散と共にギルドがなくなってしまい、そこからアメフラシ村にあるグレイの新居に二人で暮らしていた。『黒魔術教団(アヴァタール)』にグレイがスパイとして潜入(せんにゅう)していた時期は別行動を余儀(よぎ)なくされた──その間、ジュビアは(とこ)()せ、大変なことになっていたらしい──が、アルバレス帝国との戦争の終結に(ともな)い再び世界に平和が戻ったことで、また以前の生活に戻れたというわけだ。戻れた──のは良いのだが、グレイがスパイ活動をしていた(ころ)の反動か、こうして彼女が家にいる時にグレイが帰ってくると、これまで以上に重たい好意をぶつけられ、グレイは毎度辟易(へきえき)させられている。

「……で、だからなんでいるんだよ?」

 再びグレイが疑問を投げかけると、ジュビアはにこやかな笑みを浮かべながら、グレイの予想の(なな)め上をいく答えを口にした。

「今朝グレイ様がギルドを出て行かれた時、昼までにここに帰ってくることをジュビアの『グレイ様センサー』が予知しました」

「はぁ?」

「だからジュビアは依頼(クエスト)に行くのを()めてグレイ様が帰って来るのをこうして待っていたのです」

 ──そういえばこいつ、さっきギルドで見かけなかったな。依頼に行ってたんじゃなかったのか。

「そして、その間に……」

 そこで一度言葉を切ると、ジュビアはいそいそと小走りで()けていく。その様子を嫌な予感をひしひしと感じながらグレイが眺めていると、ジュビアは部屋の中央のテーブルを手で差し示した。

「ジュビアはパンを焼きました」

 そこには、いつかの再演の(ごと)()()()()()()()()()()()()()丸いパンが並んだ箱が置かれていた。

「食えるかッ!」

「はい、こっちの『グレパン』はジュビアが食べますので、グレイ様はジュビアの顔をプリントしたこの『ジュビパン』を……」

 (ほお)を染めながら差し出されれば断る気になれないが、生憎(あいにく)いまはカリンに昼食を作ってもらう約束をしてしまっている。

「あー、(わり)ぃ、ジュビア、今日はちょっと一緒に食えねぇわ」

 するとジュビアはシュンと肩を落とした。

「そうですか……」

「あぁ、いまは依頼(クエスト)の準備しに戻ってきただけだからな。すぐに戻らねぇと、他のみんなを待たせることになるし……」

「ということは、恋敵(こいがたき)候補が増えるんですかッ?」

「なんでそうなるんだよッ?」

 そこでグレイはふとあることを思いつき、ジュビアの顔を見た。

「そうだ、ジュビア、ついでだしちょっと依頼の内容、聞いてくれねぇか?」

 

 

 グレイが荷物を整理しながらかいつまんで語った依頼(クエスト)の内容を聞き、ジュビアは考え込んだ。

「そうですか、そんな事が……」

「あぁ、それで、(おれ)もエルザに言われて気づいたんだけど、クライアントが山に入ってすぐ出たっていう霧のことがどうも引っかかるんだよ。多分なにかの魔法(まほう)だと思うんだけど……心当たりねぇか?」

 ジュビアが自身の体を水に()える『水流(ウォーター)』の遣い手であることを考慮に入れての質問なのだろうが、ジュビアは首を横に振った。

「いえ、特には……。それよりも、建物を建てて生活するような人間以外の生き物といえば、悪魔では……あッ、すみません。ジュビア、つい……」

 かつてその悪魔に両親と魔道(まどう)の師を奪われた過去を(かか)えるグレイに対する余りに無神経な失言にジュビアは謝罪したが、グレイはすぐに軽く首を振った。

「いや、大丈夫だ。……確かに俺も人間じゃねぇって聞いて最初はそれを考えた。けど、そうなると不自然なことが(いく)つかあるんだ」

 そこでグレイは手を止めると、顔を上げてジュビアを見る。

「もし『冥府の門(タルタロス)』の奴等(やつら)に生き残りがいたとしても、あのマルド・ギールってやつの(みょう)な技で(した)()壊滅(かいめつ)してたし、幹部には霧みたいなやつもいたけど、あれは普通の霧じゃなくて魔障(ましょう)粒子(りゅうし)だ。そして(イー)(エヌ)(ディー)は炎の悪魔だし、まず復活してねぇ」

 そういえば、ガジルがアルバレス帝国との戦争で戦った悪魔も、身体が魔障粒子で構成された強敵だったらしい。しかしそれもガジルを道連れにしようとして失敗しており、まず生きてはいまい。

 魔障粒子とは、紫とも黒ともつかない毒々しい色をした物質で、そんなものが霧状に広がるようなことがあれば、普通の人間でもすぐに異常事態だとわかる。

 そしてなにより、魔障粒子には魔力の微粒子である大気中のエーテルナノを破壊してしまう性質がある為、魔力(まりょく)を有する魔導士(まどうし)が吸収すれば猛毒として作用するのだ。万が一、グレイ達の依頼人(クライアント)を取り巻いた霧の正体が魔障粒子だったとして、魔法を扱えるという彼女が無事で済む道理が無いのである。

「……ということは、他の種族……?」

 ジュビアの(つぶや)きに、グレイも(うなず)く。

「あぁ、まだ俺達の知らねぇ奴等が出てくるのはまず間違いねぇだろう……っと、こんなとこでいいか」

 グレイはナップザックのヒモを()めると、背負うと同時に立ち上がった。

「お前のお陰で一応頭ん中は整理できたわ。ありがとうな」

「あッ、いえ、ジュビアは特に何もできませんでしたし……」

 (ほお)紅潮(こうちょう)させつつ(あわ)てて立ち上がり、ジュビアは肩をすくめる。

「いや、話を聞いてくれるだけでもいいんだ。そんじゃ、行ってくる」

 肩ごしに軽く手を上げたグレイの(さわ)やかな微笑に、ジュビアの心は心地よい浮遊感と共に天に(のぼ)っていった。

 

 

「あ、来た来た!」

 ルーシィが言うと、息を切らして走ってきたグレイは(ひざ)に手を突いて口を開いた。

(わり)ぃ、遅くなった。待たせちまったか?」

「ううん、ウェンディ達もいま来たとこ。どうしたの?」

 ルーシィの問いに、グレイはすぐに上体を起こして答える。

「いや、帰ったらジュビアがいたんでちょっと依頼(クエスト)の事を(しゃべ)ってたんだけど、出発しようとしてたらいきなりぶっ倒れちまって」

「あははッ。なにそれ」

「ま、彼女らしいわね」

 シャルルの冷静なコメントと対照的に、ウェンディが心配そうにグレイを見上げる。

「それで、ジュビアさんは大丈夫なんですよね?」

「とりあえずベッドに寝かせといたし、別に問題ねぇだろ」

「よし、それでは出発しよう」

 エルザの言葉に、全員がそれぞれの返事を返した。

 

 

      2

 

 

「どうぞ入って。開いてるから」

 エルザが小屋のドアをノックしようとしたところで、中から女性の声が聞こえた。しかし、今朝訪れたとき含まれていた若干(じゃっかん)の険は取れている。

 エルザは二、三度(まばた)きしてから「わかった」といってドアを押し開けた。

 リビングの奥の椅子(いす)に座っていた金髪の人形使いは、手に()せた水晶(すいしょう)玉から顔を上げると席を立ち、微笑(ほほえ)みながらこちらに向かって歩いてくる。

「お帰り。ご飯はもう出来てるわ」

「……ねぇ、カリン、最初のときも思ったんだけど、なんであたし達が来るタイミングがわかるの?」

 ルーシィの問いに、カリンは何をかいわんやというように小首を(かし)げる。

「言ったでしょ? スカルちゃん(その子たち)は監視魔水晶(ラクリマ)から作ったって。この魔水晶はその受信機」

 カリンが水晶玉を左手に持ち()えてパチンと指を(はじ)くと、水晶玉は(はかな)い音を立てて(くだ)け散ってしまった。魔水晶はそれなりに値が張るので、もったいない気もするが『結晶魔法(クリスタルマジック)』を操る彼女にかかれば容易に(いく)らでも造り出せるのだろう。

「けど、一回目は見てなかったじゃねぇか」

 グレイの指摘にも、カリンはすぐに(こた)える。

「あぁ、ラグリアはよく道に迷うから、スカルちゃんを使ったらどのくらいでここまで来れるか、もう大体(おぼ)えちゃったの」

 そこでカリンは振り返ると、テーブルの左の椅子にもたれて読書中の青年に話しかける。

「あんたにはもう説明してたわよね?」

 ところが、返事がない。長めの前髪に隠れて目許(めもと)は見えないが、時折ページをめくっているので寝ているわけでもなさそうだ。

「ねえってば、聞こえてる?」

「…………」

 まったく……、と小さく毒づくと、カリンは大きく息を吸い込み──しかし、そこで動きを止めた。

「……?」

 ルーシィがちらりと視線を向けると、カリンはなにか思いついたのか、口元に手をやって悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべていた。かと思うや、(かたわ)らのスカルちゃんに手をかざす。

 なにをするつもりかと思っている間にも頭蓋骨(ずがいこつ)型の人形は音もなく宙を滑っていき──不意に、赤黒い髪の青年の頭にかじりついた。

(いた)ッ!」

 ラグリアは勢いよく上体を起こすと、後頭部に手をやりながら振り返ろうとして、そこでようやくこちらに気づいたようだった。

「あ……。あぁ、戻ったんだね。お帰り」

 背後で浮いているスカルちゃんをちらりと見やり、苦笑しつつ続ける。

「カリン、呼ぶならせめて肩を(たた)くとかにしてくれないかい? これの()みつき、結構(けっこう)痛いよ」

「こうでもしなきゃ気付かないじゃない。それと『これ』じゃなくてスカルちゃんね。ちゃんと名前で呼んで。……って、そうじゃなくて」

 腕を組んだまま器用にスカルちゃんを引き戻したカリンは、そこで両手を(こし)に当てて語調を強める。

(みんな)帰ってきたってのに、いつまで本読んでんのよッ?」

「ご、ごめん、(ぼく)が悪かったって。……いやぁ、一度本に集中してしまうと周りでなにか起こっても全然気付かなくてね、済まない」

 言いながら立ち上がるラグリアにルーシィは笑って軽く首を振ったが、カリンは(となり)に立った彼を横目で軽く(にら)み上げた。

「どこかの(だれ)かさんはそれでも盗賊(とうぞく)四十人くらいなら軽〜くやっつけちゃうんだからね。いつもその調子でお願いしたいものだわ」

「無茶言わないでくれよ。あれは魔法(まほう)で視野を広げているからできることなんだ。読書中いつもはさすがに魔力が()たないよ」

 ラグリアは困り顔で笑うが、トレジャーハンターであり魔導士(まどうし)でもある金髪の女性は腕を組んで(あご)をツンと反らす。

「どうだか。聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)サマの大魔力はそんなことで切れるものかしらね」

 それだけ言うと、カリンは部屋の右の(とびら)ヘと歩いていった。

「セリナちゃん? お昼にしましょう」

「はーイ」

 扉を押し開けたカリンが声をかけると、すぐに金髪ツインテールの少女が小走りに走り出てきた。続いてラグリアが手を軽く振り、空気の椅子(いす)を出現させ不足分を補完。次に指を弾くと──恐らく空間を操作したのだろう──部屋の中央のテーブルに一瞬(いっしゅん)にして色とりどりの料理が並べられる。

 カリンはそれを見て実に微妙な表情をつくったが、今度はなにも言わなかった。

 すぐに表情を改めると得意げに胸を張る。

「さ、腕によりをかけて作ったんだから、冷める前に食べて頂戴(ちょうだい)

「いや、作ったのは主に僕だったような……」

 ラグリアの(つぶや)きに、カリンは()ねたように(ほお)(ふく)らませた。

「もう、余計なことは言わなくていいのよッ」

 そのやりとりにクスクス笑いつつルーシィ達が席につくと、早速ハッピーを含む男三人組は食事を始める。彼らの行動に(あき)れながら女性陣が手を合わせようとした、その時だった。

 バシッという雷鳴(らいめい)音と共に、視界が一瞬フラッシュした。ナツとグレイが(おどろ)いてそれぞれ持っていたスプーンとフォークを取り落とす。

「えッ、なに!?」

「あ……ッ」

 ルーシィが叫んだ直後、カリンが悲痛な声を漏らし、ラグリアががくりと項垂(うなだ)れた。

「まぁ、こうなるのは予想できていたけど……なにも全員の分を()き込むことないじゃないか──セリナ」

 改めて食卓(しょくたく)をよく見ると、その見た目には小さいながら確かな変化があった。

 後で向かう依頼(クエスト)の目的地・スミレ(やま)戦闘(せんとう)になることを考慮して、高カロリーで消化にも良いものを選んだのだろう。出されたものはパスタとスープだったのだが、パスタの付け合わせの野菜(いた)めが真っ黒に()げてブスブスと白煙を上げている。

 ラグリアの()め息混じりの言葉に、両手から放った高圧電流で野菜炒めを消し炭に変えてしまった張本人のセリナは憤然(ふんぜん)と鼻から息を()く。

「野菜は嫌いだって言ってるじゃン。なんで昨日(きのう)みたいにカレーにしてくれなかったノ?」

「いや、それは色々と事情があってだな……」

 その時、先ほどから「やっと自力で作れるようになった野菜炒めが……」と、なにやらぶつぶつ(つぶや)いていたカリンがピタリと動きを止め、不敵な笑みを浮かべた顔を上げた。

「ラグリア、ここは私に任せてくれないかしら?」

「え?」

()()をやってみるわ」

「『アレ』って……──ッ」

 なにに思い至ったというのか、ラグリアの表情が引きつった。

「あ、あの、カリンさん? それをやらなくていいように(ぼく)がいたんじゃ……」

「もう決めたの。大丈夫よ、私だって練習してたんだから」

 そう言うと、カリンはスタスタとキッチンの方ヘ歩いて行ってしまう。

「あの、ラグリアさん? どうかしたんですか?」

 事態の流れから取り残されたルーシィが(たず)ねると、ラグリアはこちらに向き直った。

「あぁ、カリンが使う『結晶魔法(クリスタルマジック)』は、金属を操ることもできるんだ。それで、いま言っていたのは……」

 背後、鼻歌でも歌い出しそうなテンションで野菜を丸ごと次々と並べていくカリンをちらりと見やり、早口で続ける。

「悪い、説明している時間はなさそうだ。とりあえず気をつけて」

 言いながら、なぜか魔力(まりょく)で料理に空気のフタをするラグリアを呆然(ぼうぜん)と眺めている間に、カリンの準備が整ったようだった。

「さて、それじゃ見せてあげるわ。私の練習の成果をね」

 そういって、カリンがすっと両腕を持ち上げると、彼女の周囲に置かれていたフライパンや包丁等の調理器具がふわりと浮かび上がる。ルーシィはここにきてようやくカリンの意図を悟った。そして、ラグリアが顔を引きつらせている理由も。

「おい、本当に大丈夫なんだろうな、あれ……」

「ちょっと、(はな)れといた方がいいんじゃ……」

 ルーシィと同じ結論に至ったらしいグレイとシャルルが(つぶや)くが、今更(いまさら)対策を立てる余裕はなかった。

「ハァッ!」

 ()け声とともにカリンが腕を振った直後、宙に浮かんでいた調理器具が、一斉(いっせい)に高速で飛び回り始めた。リビング全体を、縦横無尽(じゅうおうむじん)に。

「「「「「「「うわああぁぁッ」」」」」」」

 ルーシィ達は悲鳴を上げながら椅子(いす)から転げ落ち、四方八方から飛んでくるナイフやお玉を死にものぐるいで()けまくる。

 数秒後、調理器具たちの危険極まるダンスがやっと落ち着いた時には、お玉のひとつが窓ガラスを突き破って外まで飛び出し、切り傷だらけの壁や(とびら)には包丁やナイフが何本も刺さっていた。一人の怪我(けが)(にん)も出なかったのは奇跡以外のなにものでもない。

 自宅を数秒でズタボロにした金髪の女性は、(あご)に手をやり考え込んでいた。

「うーん、なかなか上手(うま)くいかないわねぇ……。あ、ごめんなさい。ちょっとやり過ぎちゃったわね」

「「「「「「「どこが『ちょっと』だッ」」」」」」」

 五人と二匹、全員分の叫びに(こた)えたのは、カリンではなく(つか)れ果てた表情のまま笑うラグリアだった。

「あはは……。実を言うと、前よりは随分(ずいぶん)マシになったんだよ、これでも」

「え……。じ、じゃあ、前って一体……」

 ルーシィが恐る恐る質問すると、ラグリアはカリンをちらりと見たあと、(かか)げた左手の人差し指を垂直に立てた。

「ここの屋根が吹き飛んだ」

 余りの衝撃(しょうげき)に、ルーシィは声も出せないまま天井(てんじょう)を見上げた。──と、次の瞬間(しゅんかん)そこにあったものを見て(こお)りつく。

 先ほど飛び回っていた包丁のうち一本が、いまにも落ちてきそうなほど浅く刺さっていたのだ。そして、その真下には、ラグリア。

 知らせなければ、そう思い口を開きかけるが、今度はカリンが口を開く。

「あの時は、ラグリアが手伝ってくれたからなんとかなったけど、大変だったわ」

 ラグリアがカリンに向き直るのと同時に、彼の頭上の包丁が抜けた。

「あ……ッ」

 思わず声を上げるが、ラグリアはまだ(せま)り来る危険に気づいていない。

 ──しかし、ルーシィの危惧(きぐ)杞憂(きゆう)に終わった。

 上体をカリンに向けたままのラグリアの右手が()ね上がり、ガキンという金属音と共に包丁があさっての方向に飛んでいく。一体いつの間に手に取っていたというのか、彼の手にはフライパンが(にぎ)られていた。

「だから普通に料理してくれって言ってるじゃないか。そしたらこんな……ん?」

 ラグリアは降ろした右手のフライパンと天井を見比べ、不思議そうな表情を浮かべた。しかしすぐに視線をカリンの方に戻す。

「……危険なことにもならないだろ?」

 カリンも特に(おどろ)いた様子はなく、腕を組むと挑戦的な(ひとみ)でラグリアを見返す。

「これは魔力(まりょく)制御の練習にもなってるの。だから駄目、()められないわ」

「いや、もっと別の方法もあるだろ……。ところでカリン、このフライパンは?」

「あんたがさっき、落ちてきた包丁を(はじ)いたのよ。さっきから持ってたじゃない」

 カリンの言葉にラグリアは再び天井を見上げ、そこでようやく納得(なっとく)したようだった。

「あぁ、それで……」

 つまり、先ほどの行動はまったくの無意識だった、らしい。そして恐らく、飛び回っていたフライパンを片手で受け止めたのだろうことも。そんな馬鹿(ばか)な。

「あのー、ラグリアさん? さっき言ってた屋根って、どうやって修理したんですか?」

 とりあえず話を変えようと思い、ルーシィが(たず)ねると、今度はカリンが苦笑した。

「あぁ、それはね、ラグリアに魔法(まほう)で時間を巻き戻してもらったのよ」

「…………は?」

 予想外の返答に、ルーシィは今度こそ思考停止に(おちい)った。しかしラグリアはルーシィ達が固まっていることに気づかず、平然と説明を補足する。

「確かに、(ぼく)の『具体化(リアライズ)』は物質の時間も操れる。まだ制御に慣れていないから、あまり使いたくないんだけどね……カリン、またやるのかい?」

「えぇ、悪いけど、お願いするわ」

 あっさり(うなず)くカリンに、ラグリアは深い()め息をつくと辺りを見回し、(つぶや)いた。

「まぁ、大丈夫か」

 パチン、と指を(はじ)く。次の瞬間(しゅんかん)、部屋中の傷跡が徐々(じょじょ)に消えていき、同時にすべての調理器具がルーシィ達の体を透過(とうか)しながら元あった位置に戻った。最後に割れた窓ガラスが完全に修復されたところで、カリンが満足げに微笑(ほほえ)む。

「ん、ご苦労」

 自分達は、本当に、本当にとんでもない人達と出会ってしまったものだ。

 あまりにも大きな衝撃(しょうげき)の連続に、ルーシィ達は驚愕(きょうがく)も感嘆も通り越してただただ(かす)れた笑いを漏らすことしかできなかった。

 

 

 結局、ラグリアが電光石火の勢いで代わりの副菜を用意し、波乱続きのテーブルセッティングはようやく終わりを(むか)えた。

 流石(さすが)はラグリアの手料理というだけあってパスタの出来栄えは見事なもので、即席の副菜まで申し分なかったときには思わずウェンディと二人で顔を見合わせて笑ってしまった。

 スープの方は少し塩気が強かったが、これも自分達が(のち)戦闘(せんとう)することを考慮に入れてのことなのだろう。そんなことを考えながら、ルーシィは改めて尊敬の視線をラグリアに向けたが、赤黒い髪の青年はスープを一口すすると軽く苦笑した。

「うん、まぁ、少し塩辛(しおから)いけど、一応合格かな?」

 するとラグリアの向かいに座るカリンが彼をキロリと(にら)みつける。

「あら、ラグリア先生は身内に厳しいのね。そんなに言うなら料理のことも色々教えてあげれば良いんじゃない? セリナちゃんはこれで二回目の料理なんだから、充分(じゅうぶん)よく頑張(がんば)ったわよ」

「いや、別に不味(まず)いとは言ってないさ。充分美味(おい)しいよ」

 (あわ)てて顔の前で手を振るラグリアに、カリンは上目(うわめ)(づか)いで指先を突きつける。

「じゃあそう言えばいいのよ。まったく、素直(すなお)じゃないんだから」

「このスープはセリナちゃんが作ったんですか?」

 横から差し(はさ)まれたウェンディの問いに、カリンは笑って大きく(うなず)く。

「えぇ、具を切ったのは私だけど、スープの味つけは全部セリナちゃんがレシピ見ながらやっちゃったんだから。ホント(えら)いわ〜」

 カリンの(となり)に座るセリナは、彼女の言葉に(うれ)しそうにえヘヘ、と笑った。

 料理をすべて胃に収める(ころ)には、けだるい満足感に満たされていた。

 しかし、量が多かったというわけではない。ラグリアが配分したのだろう、きっちり腹八分目に調節された食事は少し物足りず、ナツやグレイなどは空気も読まずに文句(もんく)を垂れてエルザに(いさ)められた。それでも、ラグリア達三人が作り出す(おだ)やかな空気や、大勢で食卓を囲む新鮮(しんせん)な楽しさが、(わず)かに残る物足りなさを打ち消していた。

 一息ついた後は、カリンが書庫から再び例のハードカバーの本を取り出してきて机上に広げ、それを『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の面々プラスアルファ、ラグリアにセリナ、そしてカリンが囲む。

 カリンはテーブルに手を突くと、真剣な表情で全員を見渡した。

「じゃあ、改めて情報を整理しておくわね。まず気をつけなきゃいけないのは、森にいるモンスター達。魔法(まほう)を使う個体はいないはずだけど、一応言っておくと、どれもとにかくでかいわ。私が見た中では、一番小さくて三メートルくらい」

 それを聞いたナツが、右の(こぶし)を左手に打ちつける。

「上等だ、何体でもぶっ飛ばしてやる!」

「ま、それくらいの大きさの(やつ)なら、(おれ)たちの敵じゃねぇな」

 グレイの余裕の微笑にルーシィも一瞬(いっしゅん)視線を向け、片頬(かたほお)を持ち上げる。

「……そして次に『スミレ(やま)』よ。今朝言ってた霧についてなんだけど、発生したタイミングを思い出したわ。森の奥に入っていくと、ある地点からモンスターが出てこなくなるの。霧が出るのはそのすぐ後よ。

 ……それで、これも念の為言っとくけど、私の依頼(いらい)はあくまで『スミレ山』の調査だから、あまり無茶なことはしないでよ──特にあなた」

 いきなり指差されたナツは、特に気にする(ふう)もなく笑って応じる。

「大丈夫だって。はははははッ」

「ホントかしら……」

 疑いの目でナツを見るトレジャーハンターの女性の(つぶや)きに、エルザが一歩進み出る。

「私たちは討伐(とうばつ)系の依頼(クエスト)は特に数多くこなしている。達成率は期待してくれて(かま)わないぞ」

 カリンは一瞬(おどろ)いたような顔をしたが、すぐにふっと口元を(ゆる)めた。

「流石は大陸最強の魔導士(まどうし)ギルドね。さっきの反応といい、私なんかとは大違いだわ。ひょっとして、いま言った注意も失礼だったかしら?」

 これにはルーシィ達もはにかむほかない。エルザも苦笑しつつ首を振る。

「いや、情報は多い方が有り(がた)い。……それで、『スミレ山』の場所は?」

 カリンはエルザの問いに少し考える素振(そぶ)りを見せると、すぐに答えた。

「ここからだと、東に三千キロ行った辺りかしら」

結構(けっこう)あるわね」

 シャルルの言葉に、カリンはにやりと笑った。

「そこはもちろん、ここにいる反則級の大魔導士(まどうし)サマにお任せよ。ねぇ?」

 無言の圧力を含んだ翠色(すいしょく)(ひとみ)気圧(けお)されながら、ラグリアも(うなず)く。

「あ、あぁ、(ぼく)の『空間接続(ディストーションライン)』は、目的地の正確な位置座標さえわかれば使えるからね」

 カリンはルーシィ達をまっすぐ見ると、にっこりと微笑(ほほえ)んだ。

「そういうわけだから、気をつけて行ってらっしゃい。健闘(けんとう)を祈ってるわ」

 

 

 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の面々がラグリアが造り出した空間の境界をくぐるのを見送ってから、カリンはほっと一つ吐息(といき)を漏らした。

「想像以上に良い人達だったわね。今朝会ったばかりなのに、もうずっと前からつきあいがあったみたいに話し(やす)かったし」

 (となり)に立つラグリアも、(おだ)やかに微笑む。

「同感だ……というか、だからこそ紹介したんだよ」

 その言葉に、しかしカリンは彼を横目で軽く(にら)み上げた。

「それはいいんだけど、連れてくるのが突然(とつぜん)過ぎるのよあんたは。一人暮らしの、それも年頃(としごろ)の女の子の家にいきなり大勢で押しかけるとか、デリカシーが無いにもほどがあるんじゃないの?」

「い、いや、それは確かに悪かった。けど、一度で済ませるにはあれしかなくて」

 カリンは(あき)れて腕を組み、嘆息(たんそく)する。

「私をギルドに連れて行けばよかったでしょ?」

「あ、ハイ……」

「まぁ、沢山(たくさん)の人の前で話すのは苦手だから、それはそれで困るけど。──で、今回の転移(てんい)上手(うま)くいったんでしょうね? さっきはなにかやらかしたみたいだけど」

 カリンの問いに、ラグリアはこくこくと頷いた。

「あぁ、大丈夫。今回は君が座標を教えてくれたからね。ありがとう」

「そ、そう。それならよかったわ。……どういたしまして」

 不意打ち気味の感謝の言葉に、(ほお)が熱くなるのを(うつむ)いて誤魔化(ごまか)す。

「じゃあ、これからどうするの? まだいるならお茶()れるけど」

 しかし、ラグリアは軽く首を振った。

「ごめん、今日はちょっと、料理のことで相談したい人がいてね」

「相談したい人?」

「『妖精の尻尾』の、ミラジェーンさん」

 その返答に、カリンも納得(なっとく)した。ギルドの看板(むすめ)である彼女なら、確かに良い相談相手になるだろう。

「あぁ、そうね、いいんじゃない? 私なんかじゃ話にならないものね」

 後半の語調を強めながら言うと、ラグリアは苦笑した。

「いや、そういう意味じゃ……まぁ、否定はしな──」

「──なにか言った?」

 カリンが睨むと、ラグリアは(あわ)てて首を振る。

「いや、なにも。……それで、僕がいない間、セリナを(あず)かってて欲しいんだ」

「ん、わかったわ。ところで、通信用魔水晶(ラクリマ)は持ってるわよね?」

「あぁ、勿論(もちろん)、大事に使ってるよ」

 そういってラグリアが取り出したのは、(てのひら)サイズの板状の魔水晶だった。この直方体形の物体は、『妖精の尻尾』の一時解散中、元メンバーで『念話(ねんわ)』使いのウォーレンが発明したものと()()()()()()だ。というのも、カリンはこれの構造解析に成功し、改良版の製造もできるのだ。つまりラグリアがいま持っているのもその改良版ということである。

 カリンはラグリアの言葉に、意地悪く口の端を持ち上げる。

「その割には今朝連絡くれた時、『念話』使ってたわよね?」

「あ、あぁ、そうだったね。ははは……」

「まったく、つい魔法(まほう)を使ってしまうなんて、贅沢(ぜいたく)(なや)みね。……じゃあ、私も少しやることあるから」

「わかった、セリナのこと、よろしく(たの)んだよ」

 

 

      3

 

 

火竜(かりゅう)鉄拳(てっけん)‼」

 炎をまとったナツの(こぶし)が正面から突進してきたイノシシを吹き飛ばし、

氷造形(アイスメイク)、『氷創騎兵(フリーズランサー)』‼」

 グレイが放った(いく)つもの氷の(やり)が、左から来たタカアシグモの(あし)全弾(ぜんだん)命中。

「天竜の翼撃(よくげき)‼」

 更に右上空から飛来したタカがウェンディの両腕から発生した暴風に飲まれ墜落(ついらく)し、

天輪(てんりん)循環の剣(サークルソード)‼」

 エルザの放った無数の剣による斬撃(ざんげき)が、背後から忍び寄っていたザリガニの硬い(から)(おお)われた全身を徹底(てってい)的なまでに切り刻む。

 ルーシィ達は、無事『スミレ(やま)』の(ふもと)に広がる広大な森に転送され、順調な行軍(こうぐん)を続けていた。しかし、誤算だったのはその面積だ。カリンの本の図だけで()し測ることができないのはわかっていたが、延々(えんえん)と続く深い森は一向に終わる気配がない。

 少し進んだところで不意に視界が開け、芝生(しばふ)が広がる小さな空間に出た。エルザを除く全員でその場にへたり込む。

「この森、いつになったら終わるんだよ?」

「森が広いというか、モンスターが多い……」

 大の字に倒れ込んだナツとうつ伏せになったハッピーのぼやきに、ルーシィも(うなず)きを返す。

 カリンの事前情報通り、モンスターはどれも巨大だった。確かに、それだけで苦労することはない。だがこの数分間だけでも、軽く二十を超えるモンスターと遭遇(そうぐう)しているのだ。ここまでハイペースな戦闘(せんとう)が今後も続くことになれば、いかに楽なものもその限りではなくなってくる。

 ルーシィが考え込んでいると、少し先まで行っていたエルザが戻ってきた。

「とりあえず、この近くにモンスターはいないようだな。……ところで、本当にこのまま進んでいいんだろうか?」

「え? それってどういう…………あッ」

 そこでルーシィも、エルザの言葉の意味するところを悟った。

 現在、ルーシィ達はラグリアに転送されたポイントからほぼ変わらず前進を続けている。それはラグリアが正確な座標に飛ばしてくれたことを(だれ)ひとり信じて疑わなかったからだ。

 確かにラグリアにはその能力がある。しかし彼は、カリンの家に向かう前、こうも言っていたではないか。

 目的地を知らない場合、転移(てんい)に失敗し易い、と。

 そして()(しげ)る高木が視界を(さえぎ)っているせいで、ルーシィ達はここまで一度も『スミレ山』の姿を見ていない。

 その時グレイが「そうだよ……」といって上体を起こす。

「方向はこっちで合ってんだろうな?」

 ルーシィと同じことを考えていたのだろう彼の言葉に、エルザも(あご)に手を当てて考え込んだ。

「まずいな……。よし、ハッピー、悪いが『スミレ(やま)』の位置を空から見てきてくれ」

「あいさー……」

 ()そべったまま(つか)れきった顔で(こた)えると、ハッピーはエクシード特有の魔法(まほう)(エーラ)』を展開し、十メートル上空まで飛び上がって辺りを見回す。

 ──しかし次の瞬間(しゅんかん)、空中で軽く()び上がると(あわ)てて戻ってきた。

(みんな)逃げてぇッ!」

「え?」

 ルーシィが(つぶや)いた──直後、ハッピーの背後上空に巨大なワシが現れた。全員で悲鳴を上げ、転がるように森に()け込むと、ハッピーも続く。

 木の裏に回り背をぴったりと木につけると、すぐにズン、という震動が足下から伝わった。巨大ワシが着地したのだ。

「……?」

 しかし、様子がおかしい。ルーシィがそっと木の陰から顔を出すと、こちらを見据(みす)えるワシの(するど)(ひとみ)とばっちり目が合い、慌てて首を戻すが、それでも巨大ワシは依然(いぜん)動く気配がない。もう一度顔を出すと、まだ見ていた。

「なんで、(おそ)って来ないの……?」

 ルーシィの言葉に、他の皆もそっと様子を(うかが)う。

「なにかを待っているのか……?」

 エルザはそう言うと、視線をワシに据えたまま続けた。

「いずれにしろ、動かないなら好都合(こうつごう)だ。ハッピー、『スミレ山』の方向は?」

 ルーシィの後ろに(かく)れたハッピーも動かずに答える。

「えぇと、こっち……オイラ達の後ろだよ」

「よし、皆いいか、このままゆっくり下がるぞ」

 エルザの指示に、ナツが意外そうな顔になった。

「戦うんじゃねぇのか? あんなの一発だぞ」

 エルザはナツを一瞥(いちべつ)すると、すぐに(こた)えた。

「もしかすると、この森のモンスター達は私達が立てる音に集まってくるのかもしれん。だとすれば、あのワシと戦えばまた囲まれる可能性がある。モンスターが少ないいまの内に先を急ごう」

 その言葉にナツも渋々(しぶしぶ)ながら意見を引っ込め、全員で後退する。巨大なワシは何を考えているのか読めない瞳でじっとこちらを見ていた。

 巨大ワシの姿が見えなくなると、早足でその場を離脱。しばらく進んだところで速度を(ゆる)め、全員で安堵(あんど)吐息(といき)を漏らす。

「なんで襲って来なかったんだろ?」

 ルーシィが再び疑問を口にすると、エルザは軽く首を振った。

「わからんが、もう追っては来ないだろう」

 そこでなにかに気づいたのか、エルザは「ん?」といって顔を上げた。

「そういえば、先ほどから(みょう)に静か過ぎないか?」

 その言葉に、ルーシィも辺りを見回す。言われてみれば、先ほどまで遠くで聞こえていたモンスターの(うな)り声が()んでいる。と、次の瞬間(しゅんかん)──。

 ──周囲に、濃い霧が立ち込めた。

「な……」

 思わず立ち止まり、お互いの顔を(ぬす)み見る。一応全員の顔はなんとか見えたが、周囲の森は三メートル先も見通せなくなってしまった。

「これがカリンの言っていた霧か……。(みんな)、気を引き()めていくぞ」

 エルザの言葉に各々(おのおの)(うなず)きあい、ルーシィ達は霧の中ヘと進んでいった。

 

 

「うーん、そうねぇ……」

 カリンは自宅の(となり)に備え付けられた倉庫の中で独り唸っていた。

 その時、(すさ)まじい轟音(ごうおん)が大気を(ふる)わせ、思わず()び上がる。

「きゃあッ!」

「ただいマー」

 元気な声とともに、開けっぱなしだった(とびら)の向こうでキッチンに入った金髪少女の姿が見え、()めていた息を苦笑とともに()き出した。日課を終えたセリナが戻ってきたのだ。

「お帰り、セリナちゃん」

 そう言うと、ラグリアにちゃんと(しつ)けられたセリナは手を洗いながら満面の笑みを返してくる。

 彼女の魔法(まほう)、『電流(エレクトリシティ)』については、ラグリアからひと通りの説明を受けていた。

 一般的に、高い火力を身上とするのが雷属性の魔法の特徴だが、彼女の『電流』は術者の身体を電気エネルギーに変換するという、他に類を見ない能力を(あわ)せ持つ。(ゆえ)に雷属性の魔法の中でもとりわけ巨大なエネルギーをもっており、彼女は常時その力をもて(あま)しているらしい。そこでラグリアは、食後に外で遊ぶことをセリナの日課と定めることで、()まり続ける余分な魔力(まりょく)を適度に吐き出させているというわけだ。

 彼の熱心な指導のお陰で、いまではセリナも自在に技を発動できるまでに上達しており、魔力の発散も遊びの一環(いっかん)として楽しんでいる。それ自体は喜ぶべき事なのだが、ここ最近のセリナは日課の()めくくりに決まって大技(おおわざ)を一発放つ為、カリンはその轟音に毎度(おどろ)かされている。雷が特別苦手というわけではないし、身構えてもいるのだが、やはりいつ来るか予想できない爆音(ばくおん)というのはそう簡単に慣れるものではない。

「カリンは何やってたノ?」

 気がつくと手洗いとうがいを終えたセリナがこちらを(のぞ)き込んでいた。

「ん? あぁ、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の(みんな)に渡す報酬(ほうしゅう)をどうしようか考えてたの。本来の依頼(いらい)形式を無視しちゃったから、お金だけじゃ悪いと思ってね。セリナちゃんは遊んでていいわよ」

「はーイ」

 セリナは小走りに()けていくと、お気に入りの西洋人形と小説を取ってリビングに戻った。物語の場面を人形で再現する、というのがいまの彼女のマイブームらしい。

 その背中を見送ってから、カリンは再び思考を(めぐ)らせつつ引き出しの一つに手をかけ、中を(あらた)め始めた。

 カリンの自宅の(となり)に備え付けられた六角柱形の(とう)の内部は、(とびら)を除く五面すべてに(いく)つもの引き出しが付いた倉庫になっている。カリンはそこに自分の人形や本、そして仕事の報酬や記録等を細かく分類して収納しているのだ。

 しかしいくら人にあげられるものが多いといっても、正式な依頼(クエスト)の報酬ともなればことはそう単純にはいかない。仕事やその報酬として手に入れたアクセサリー類は論外だし、自作の人形や本は男性陣に受けが悪い。

 思案の末、やはり最近上達してきた料理の一つでも披露(ひろう)しようかなどと考え始めた(ころ)、いつかの仕事で手に入れたとあるレアアイテムの事を思い出し、カリンはピタリと手を止めた。トレジャーハンターの間でも最高のS級秘宝(ひほう)に指定されている、究極の希少価値をもつ魔法道具(マジックアイテム)

 なぜいままで気づかなかったのだろうか。カリンは興奮に(あら)くなる呼吸を(おさ)えつつ、急いで目的の引き出しを(あさ)り始める。

 ──あった。カリンは引き出しの奥に大切に保管していたそれを、慎重(しんちょう)につまみ上げた。

 S級秘宝の例に()れず(すさ)まじい高額がつくこの魔法道具は、トレジャーハンターであるカリンには使い道がなく、本来ならすぐ(ジュエル)換金(かんきん)されるはずだった。

 だがカリンはこの道具(アイテム)のクリーニングを終えた時、その優美な形状と(かがや)きにすっかり魅了(みりょう)されていた。(ゆえ)に今日まで厳重に保管し、一番の宝物としてとっておいたのだ。

 そして今日、その宝がようやく再び日の目を見る時が来たのだ。覚悟(かくご)を決めろ、カリン・ミナヅキ。

 何も(おそ)れることはない。このS級秘宝は、本来あるべき場所ヘと帰る為だけに、(つか)()その姿をカリンに見せてくれたのだから。大丈夫、きっと()()ならば、上手(うま)く使いこなせる。

 カリンが腕を伸ばし魔法道具(マジックアイテム)を高く(かか)げると、屋根の採光窓(さいこうまど)から差し込んだ陽光が反射して、唯一(ゆいいつ)無二(むに)の存在であることを示す()()に、キラリと輝いた。




さて、ついに始まったスミレ山編、いかがだったでしょうか。
ちなみに今回後半の伏線回収はまだしばらく先になる予定です。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第5話 スミレ山編[序章]橙鬼館

前回とは打って変わって、今回と次回は新しいキャラクターがバンバン登場します。サブプロットとしてそれぞれのキャラクターの説明は入れていく予定ですからご安心を。

※今回、挿絵(さしえ)あります。


      1

 

 

「まずいな……」

 先頭を歩いていたエルザが(つぶや)く。

「どうしたの?」

 ルーシィが(たず)ねると、エルザは振り返った。

「このあたりは磁場が強いらしい。コンパスが壊れてしまった。これではどっちに行けばいいのか……」

 見ると彼女が持つコンパスの針は、くるくると回り続けている。

 ルーシィ達は、いまだに『スミレ(やま)』の方角を判じかねていた。というのも、山はかなり大きな平たい円錐(えんすい)形になっているらしく、どっちに行けばカリンの言っていた東に進んでいることになるのか、体感ではわからないのだ。

 しかも視界を(さえぎ)るこの濃霧。状況は限りなく最悪に近い。

 しかしルーシィは、その言葉を受けて「ふっふっふ」と不敵に笑ってみせた。

「ルーシィ、どうした?」

 ナツたち男性陣が怪訝(けげん)な表情をするが、ここは無視して続ける。

「ようやくあたしの出番がきたってことよ」

 そういって(こし)鍵束(かぎたば)から一本、銀の鍵を取り出す。それを(かか)げると、不可視の(とびら)に差し込むイメージと共に手首を(ひね)る。

「開け、羅針盤(らしんばん)座の扉──ピクシス!」

 するとルーシィの手を中心に金色の光が(あふ)れ出し、そのなかから頭にコンパスを()せた、赤いペンギンのような生物が現れた。

「ピクー!」

 星霊界(せいれいかい)に通じる(ゲート)を開き、契約(けいやく)した星霊を呼び出す。これがルーシィの使う魔法(まほう)、星霊魔法である。

「おぉ、こいつは大魔闘演武(だいまとうえんぶ)の時の」

 グレイの言葉に、胸を張って説明する。

「そう、羅針盤座の星霊・ピクシス。どんなときでも正しい方角を教えてくれるのよ」

 だが、当のピクシスはビクリと(ふる)えると、そそくさとルーシィの背に隠れる。彼の視線を追うと、その先には、エルザ。

 ルーシィはすぐに状況を理解し、苦笑した。

 二年前の大魔闘演武予選で、ルーシィは立体迷路を攻略するためこの星霊を呼び出したのだが、その時エルザがコンパスを持っていたせいでなんの活躍もさせられず、星霊界に帰してしまったのだ。

 しかも星霊界はこの世界とは時間の流れが異なり、あちらでの一日はこちらの三ヶ月に相当する。まだトラウマが消えていないのだろう。

 一瞬(いっしゅん)きょとんとした表情をしたエルザも、さすがの察しの良さでコンパスを掲げてみせた。

「安心してくれ。これは壊れている」

 その言葉にピクシスは羽でバランスを取りながら前に進み出た。その様子を微笑を浮かべて見ていたルーシィは、改めて明るい声を出す。

「さぁピクシス、東はどっち?」

 ピクシスは頭のコンパスに両の羽を当て、「ピクピクピク……」と(うな)り始めた。高速で回転していた針は、ややもせずピタリと止まる。方向は進行方向やや右。

「ピクー!」

「あっちよ!」

 両の羽でビシッと東を差し示したピクシスとともにルーシィが指先を向けると、一行は軌道を修正、行軍(こうぐん)を再開した。

 それからしばらくして、地面に(ゆる)やかな勾配(こうばい)がついてきた。ようやく本格的に『スミレ山』を登り始めたらしい。

 と、その時、ルーシィが歩いていた脇の草むらが突然(とつぜん)がさりと鳴った。

「──ッ」

 ぎょっとして足を止めるが、他に異常はない。そう思ったのも(つか)の間、今度は周囲の木々が一斉(いっせい)に大きく()れ始めた。

「ちょっと、なによこれ!?」

 ルーシィの叫びに、ピクシスとウェンディも不安そうに身を寄せてくる。

「一体、なにが起こってやがる……」

 グレイが(まゆ)をひそめて(つぶや)いた数秒後、(なぞ)の怪現象は発生したときと同様唐突(とうとつ)()み、辺りには再び、耳が痛くなるほどの静寂(せいじゃく)が戻ってきた。

「止まった……?」

 ルーシィが呟くと、エルザが真剣な表情で振り返る。

「恐らく、いまのがカリンが言っていた現象で間違いないだろう。この先、なにが起こるかわからん。注意して進むぞ」

 その言葉に、顔を強張(こわば)らせながら各々(おのおの)(うなず)きあった。

 

 

 カリンは、昔受けた仕事の記録を読み返しながら、独り物思いに(ふけ)っていた。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』に渡す報酬(ほうしゅう)が思いのほか早く決まってしまい、手もちぶさたになっていたのだ。

 顔を上げると、セリナは正面の席で人形片手に大人(おとな)しく小説に視線を落としている。その表情を、カリンはいつしかじっと眺めていた。

 よく笑い、よく泣き、よく怒るセリナ。ここまで感情を見せてくれるのに丸々一年も費した。

 彼女と出会った(ころ)の事に思いが至ると、ちくりと胸を痛みが刺す。

 ラグリアの仲介で知り合った頃のセリナの、敵愾心(てきがいしん)と人間不信にすさんだ(ひとみ)には面食らった。あれほど(かたく)なな拒絶を、カリンはこれまで味わったことがなかった。

 しかしいまでは、カリンとラグリアの二人共によくなついてくれており、少し活発過ぎるきらいはあるが、そんなところも含めてカリンはセリナのことが好きだ。無論年のはなれた妹、いや、口幅(くちはば)ったい言い方をすれば自分の(むすめ)のような──。

 そこまで考えてからふと(われ)に返り、カリンは耳まで真っ()になった。同時に、計ったようなタイミングでセリナが顔を上げ、ばちりと視線が交錯(こうさく)する。

「ン? どしたのカリン?」

「う、ううん、なんでもないよ‼」

 首を(かし)げるセリナに(あわ)ててぶんぶんと首を振ると、(うつむ)いて滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にページをめくり、強引に資料を読むふりをする。少ししてから(わず)かに目線を上向(うわむ)けると、セリナはもう読書を再開していた。

 内心で安堵(あんど)に胸を()で下ろすと、カリンも改めて視線を落とす。気づけば『スミレ山』の情報をまとめた箇所(かしょ)を開いていた。自然気持ちが切り()わり、カリンは再び思考に没入する。

 そういえば、『妖精の尻尾』の面々はいま頃どうしているだろうか。

 ラグリアの『空間接続(ディストーションライン)』による転移(てんい)が成功していればそろそろ『スミレ山』に着く頃ではないか。そこまで考えて、カリンは思わず笑ってしまった。カリンとて、彼らの実力を知らないわけではないのだ。

 このフィオーレ王国が(ほこ)るイシュガル最強の魔導士(まどうし)ギルド、『妖精の尻尾』。彼らの名を知らない者は、もうこの大陸にはいないと言っても過言(かごん)ではない。それでもカリンが慎重(しんちょう)を期したのには、(いく)つかの理由がある。

 『スミレ山』を調査して、初めカリンは山自体に何らかの仕掛(しか)けがあると考えた。しかしその推測は、帰り(ぎわ)に山頂の館に(とも)る明かりを見たことで、そこの住人の仕業(しわざ)だろうという、確信に近いものになっている。館の住人が宝石を守っているのであれば、それを(ねら)う侵入者を追い返すというのは至極(しごく)当然のことだ。

 そこでカリンは、はたと疑問に思う。

 では、館の住人は一体どうやって侵入者の存在に気づいている? 門番のような役割を(にな)う者がいるとしても、相手が山に入った時点で気づくというのはいくらなんでも早すぎやしないだろうか。

 そもそも、霧で相手を混乱させるという方法からしておかしい。

 動揺(どうよう)を誘って追い返すことが目的ならば奇襲(きしゅう)をかける方がよっぽど効果的だし、自身も影響を受けてしまったのではむしろ逆効果になる。

 更に財宝を狙うような者はおおよそ盗賊(とうぞく)やトレジャーハンターであることがほとんどだ。霧が出たくらいで(おどろ)くような物好きの素人(しろうと)の方が少ないだろう。

 その時、脳裏(のうり)に電光が走り、カリンは思わずあっと声を上げた。右手で口を押さえ、椅子(いす)を鳴らして立ち上がる。セリナがぎょっとして顔を上げた。

「えッ、ちょっとカリン、ホントにどうしたノ!?」

 しかし、カリンにはその声ももう聞こえていなかった。急いでドレスのポケットから小型通信魔水晶(ラクリマ)を取り出すと、コマンドを(たた)き込んで耳に押しつける。

 やはり自分の直感は間違っていなかったのだ。もし仮にこの推測が正しかった場合、大変なことになる。

 ──私としたことが、こんな簡単なことに気づけなかったなんて……ッ。

 コール音が何度も鳴る間、カリンは必死に『妖精の尻尾』の無事を祈った。

 

 

 ラグリアは『妖精の尻尾』のバーのカウンター席に座り、看板(むすめ)ことミラジェーンとの雑談に花を()かせていた。

「今日の昼も、見事に野菜(いた)めを黒()げにされてしまってね」

「あらあら……」

 居候(いそうろう)の少女の所業に、ミラジェーンは苦笑する。

「それで、セリナにどうしたら野菜を食べてもらえるか、相談に来たんだ」

「そうねぇ……。野菜が見えてたら駄目なんだから、ハンバーグに混ぜるとか……」

 その時、ラグリアの通信用魔水晶(ラクリマ)に着信があった。「失礼」といって席を離れ、通話に応じる。

「どうしたんだい?」

『──大変なの、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の(みんな)が──ッ』

 切迫(せっぱく)したカリンの続く言葉に、ラグリアは耳を疑った。

「……なんだって……?」

 

 

 ようやく『スミレ山』の(ふもと)にたどり着いたルーシィ達は、順調に()を進めていた。

 その時、耳元で聞きとれるかとれないかの小さな声がした。

「…………去れ……」

「? ウェンディ、なにか言った?」

 (となり)を歩いていたウェンディは、きょとんとした表情で小首を(かし)げる。

「なにも言ってませんよ?」

 おかしいな、と首を(ひね)りつつ、なんとなしに周りに視線をやっていると、ナツがいきなりなにもない所で(つまづ)いた。

「うおッ。──おいグレイ、なにすんだ!」

「あぁ? なにがだよ?」

「とぼけんじゃねぇ、いま押したろ!?」

「知らねぇよ、自分でこけたんだろ」

「んだとコラ」

「やんのかテメェ」

「ちょ、ちょっと二人とも、やめなさいよ……」

 ルーシィが仲裁(ちゅうさい)に入ろうと手を伸ばした、そのときだった。

「──ナツ、グレイ、伏せろッ!」

「「ハイッ! ……って、え?」」

 エルザが、剣を振りかぶって二人に()りかかっていた。二人が(あわ)ててしゃがむと、水平に振り抜かれた剣がその上を通過する。

「お、おい、どうしたエルザ!?」

 ナツが叫ぶが、エルザは聞こえていないのか、周囲の森に視線をさまよわせている。そして、次の瞬間(しゅんかん)──。

「──ルーシィ、かわせッ!」

 今度はルーシィに向かって突っ込んできた。

「ひいぃッ! なに、なに!?」

 咄嗟(とっさ)に飛び退()くと、たったいまルーシィがいた位置に剣が振り降ろされる。

「ちょっとエルザッ? 止まりなさい!」

「エルザが壊れたぁッ!」

 シャルルとハッピーが叫ぶなか、当のエルザは再び油断なく構える。次に起こった現象は、ルーシィ達の理解を超えたものだった。

 エルザの剣がいきなり耳をつんざくような金属音を()き散らし、その横腹からへし折れたのだ。折れ飛んだ剣の半身は、回転しながら宙高く吹っ飛び、上空できらりと陽光を反射したかと思うと、少し離れた地面に突き立つ。

 全員が唖然(あぜん)として見守るなか、それを見たエルザはなにかを確信したような顔になり、再び叫ぶ。

「何者だ、姿を現せ‼」

 しばしの静寂(せいじゃく)。そして──霧の中から、ルーシィが聞いたあの声が聞こえた。

「──まさか私の戦略が見破られるとはね……」

 見ると、霧がルーシィ達の背後に凝集(ぎょうしゅう)し、少女の顔をかたちづくった。その輪郭(りんかく)は周囲の霧に溶けるように同化して、顔以外にも霧が濃くまとわりついており判然としない。まるで石膏(せっこう)の壁に人の顔だけを()ったかのようだ。その位置から、彼女の身長がウェンディよりやや高いくらいだとわかる。伏せられていた(ひとみ)が薄く開かれ、(するど)い視線がこちらを射た。

「でも、それだけでやられる私じゃないわよ」

 再び霧が拡散して、少女の気配は()き消えていた。全員で背中合わせになり、新しい剣を出したエルザが虚空(こくう)に向かって叫ぶ。

「待ってくれ! 私たちは、お前たちと戦いに来たんじゃない!」

「じゃあなにが目的なの?」

 声は霧で拡散され、出所がわからない。

「この山にあるという宝石を探しに来た。()りに来たんじゃない、探しに来たんだ!」

 わずかに少女が考え込むような沈黙(ちんもく)

「……害意はないのね?」

 エルザは構えを解き、剣を消す。ルーシィはぎょっとして彼女を見た。

「ちょっ、エルザ!?」

「あぁ、当然だ。これでいいか?」

 再びの沈黙。そして──。

 ──ルーシィ達を取り囲んでいた霧が、生物めいた挙動で退いた。

「詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 気づくと、先ほどの少女がルーシィ達の三メートル前方に立っていた。その容姿を見て、ルーシィは息を()む。

 (こん)色の戦闘(せんとう)服に、ショートパンツ。さらさらとした黒髪はストレートのショートだが(ひたい)の両側で結わえた細い房がアクセントになっている。くっきりとした(まゆ)の下で、ネコ科の動物を思わせる藍色(あいいろ)の大きな(ひとみ)が、こちらを見据えていた。

 そして、彼女の頭には、上向きに伸びる左右非対称の流線形の、紺色の(つの)

 ──明らかに、人間ではない。

 (みんな)を代表してエルザが進み出る。

「私達は、魔導士(まどうし)ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』という。ある人物からこの『スミレ山』の情報を聞いて、調査しに来た」

 少女はそれに対し、感情の薄い声で(こた)える。

「そう。私はミレーネ・カトラシア。この先に建つ橙鬼館(とうきかん)っていう館の門番をしている鬼よ」

「オニ…………って、悪魔とどう違う──ッ」

 ハッピーがなにかを言いかけたところでミレーネと名乗った少女が全身から(すさ)まじい殺気を放った。

「死にたいの、ネコちゃん? あなたくらいならウチのモンスターの(えさ)にもならないし、料理して私たちで食べようかしら」

「あうぅ、ご、ごめんなさい……」

 ミレーネは一度深呼吸すると、軽く首を振る。

「いいえ、こちらこそごめんなさい。このテの話題はどうも感情の(おさ)えが利かないの」

 改めてこちらを見て、ミレーネは一つ(うなず)いた。

「私達にとっては、敵意のない人間はお客さんなの。館に用事があるのよね? 案内しながら色々説明してあげるから、ついてきて」

 呆気(あっけ)に取られたルーシィ達が固まっていると、霧に溶けかけたミレーネが「早く」と()かす。

 (あわ)てて後に続くが、すぐに異変に気づく。ルーシィ達の周りだけ、綺麗(きれい)に霧が晴れているのだ。

「やはり、この霧はお前の仕業(しわざ)なのか?」

 エルザの問いにミレーネは前を向いたまま答える。

「『濃霧帯(ホワイトアウト)』。それがこの霧を出す技の名前よ。私たち鬼は、魔法(まほう)とは違う『武法(ぶほう)』という力を操るの」

 ミレーネは一拍(いっぱく)おいて続ける。

「他にも鬼には色んな特徴があるわ。まず、基本的に酒と勝負事が大好きで、(うそ)と悪魔が嫌い。だからいまの私も正直に質問に答えてるわ。

 ちなみにウチにはあと何人か鬼がいるけど、彼女達の前では悪魔の話は基本タブーよ、気をつけてね。

 あと、身体能力や筋力、五感なんかも人間とは比べものにならないくらい優れているし、なによりこの(つの)

 ミレーネは自分の角を指差した。

「私を含めて、武法を使ったりして隠せるヒトもいるけど、やっぱりこれが一番の特徴ね」

 ミレーネは一度立ち止まり、今度は後方の森を差し示す。

「この森には、ウチのメイド達が飼い慣ら(テイム)したモンスター達が山ほどいるわ。さっき戦ってたのがあなた達よね?」

 そこでグレイが、おもむろに口を開いた。

「なぁ、一応(おれ)たちのことは信じてもらえたみてぇだけど、そんなに情報ペラペラ(しゃべ)っちまっていいのか? 俺たち、実質部外者だろ」

 すると、歩き出そうとしていたミレーネが再び動きを止め、半分だけ振り返る。さっきは藍に見えた瞳が、薄青く底光りしながらルーシィ達を射貫(いぬ)いた。

「言ったでしょ? ここにはモンスターが山ほどいるって。仮にあなた達が嘘を()いていて、私から情報を抜き取ることが目的なら手遅れよ。──だってあなた達、もう囲まれてるもの」

「──!?」

 慌ててルーシィ達は視線を周囲に(めぐ)らせるが、どんなに集中しても気配はまったく感知できない。しかし鬼が嘘を嫌う種族であるというからには、ハッタリではないのだろう。

「自分達が置かれてる状況がようやく飲み込めてきたんじゃない? あなた達が私に敵意を向けた瞬間、森のモンスター達があなた達を()るのよ。仮に私を倒せたとしても、結果は同じ。いまは私がいるから攻撃(こうげき)してこないだけ。だから余り私の(そば)を離れないで。彼らの餌になりたくなければね」

 その言葉に、ルーシィ達は言葉もなくミレーネの後に続いて山を登っていった。

 

 

      2

 

 

「着いたわ。──ようこそ、私達の家、橙鬼館(とうきかん)へ」

 ルーシィ達がたどり着いたのは、見上げるほど巨大な門の手前だった。

 門の中央上部には、山の上に円があり、そこから放射状に(つの)のようなものが三本生えたマークが(きざ)まれている。

 

【挿絵表示】

 

 ミレーネが門に手をかけると、案に相違して軽い音とともに奥手側に向かって開く。果たしてそこには、絵本の中のような光景が広がっていた。

 幾何学(きかがく)的に刈り込まれた庭木のある広大な庭園は、完全な左右対称(シンメトリー)になっており、その上を()き通った緑色の(はね)の生えた十歳ほどの少女達が、飛び回りながらせっせと庭木に水をやっている。その姿からひと目で人間ではないのはわかるが、鬼でもなさそうだ。彼女達は一体……。

 不思議な光景の中をゆっくり歩いていくと、やがて館の正面玄関に突き当たる。

 再びミレーネが押し開けると、今度は左右に伸びる長大な通路が現れた。巨人の家に迷い込んだかと思うほど広い。

 しばらく歩いたところで、ミレーネがとんでもないことを(つぶや)いた。

「──私たち鬼は妖精(ようせい)をメイドとして(やと)って、色んな仕事をさせてるの」

 ミレーネの言葉に、ぎょっとして彼女を見る。

「妖精? あの水やりをしてた子達って、妖精なの!?」

 鬼の少女は、要領を得ない顔で振り返る。

「そうだけど、なに?」

「いや、だって……」

 妖精は実在したのか、そう喉元(のどもと)まで出かかる。ミレーネはルーシィの反応にはさして興味を示さず、すぐに前に向き直ると説明を続けた。

「妖精には色んな種類がいて、それぞれに得意分野があるわ。まず、武器(ぶき)の扱いと攻撃(こうげき)、火属性の魔法(まほう)()けた火妖精(サラマンダー)

「はい?」

「え?」

 歩きながら再び思考停止するミレーネとルーシィ。

「……なに?」

「あ、いや、ちょっとね……ごめん」

 ──サラマンダーって、火竜(ナツ)じゃん。

「……次に、回復、水魔法と水中活動に長けた水妖精(ウンディーネ)、主に給仕(きゅうじ)係をしているわ。聴力と高速飛行、風魔法に長けた風妖精(シルフ)、さっき庭木に水をやってたのは彼女達。建築、採掘(さいくつ)、土魔法に長けた土妖精(ノーム)

 それから、光がある程度あれば無限に飛べる光妖精(アルフ)。逆に闇夜でも飛べて暗視能力ももち、主にトレジャーハントをしている闇妖精(インプ)敏捷(びんしょう)性に長け、飼い慣らし(テイミング)能力ももつ猫妖精(ケットシー)。楽器演奏と歌唱に長けていて、妖精達で楽団を結成している音楽妖精(プーカ)鍛冶(かじ)やものの修理をこなす鍛冶妖精(レプラコーン)。……ざっとこんな感じね」

 ルーシィ達は、一気に脳に情報を流し込まれて軽い興奮状態に(おちい)っていた。しかし、一つだけ全員が共通して理解したことがある。

妖精(ようせい)って、本当にいたんですね」

「うん、そうだね、ウェンディ」

「え? 私、なにも言ってませんよ?」

「え?」

 ルーシィはウェンディの(となり)を見る。そこには、先程まで確かにいなかった人物が平然と歩いていた。

 薄い桃色(ももいろ)のフリル付きロングドレスに裸足(はだし)、耳のような羽飾りを頭に着けた少女。

「「「「「「「初代ッ!?」」」」」」」

 ──『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』初代マスター、メイビス・ヴァーミリオン。

 五人と二匹、全員が叫んだせいで、今度こそミレーネが()び上がった。

「えッ、なに!? っていうかあなた達なんなの!? さっきから変なところで引っかかったり、いきなり大声出したり……」

 ミレーネに軽く謝罪し、なんとか言いくるめると、彼女は釈然(しゃくぜん)としないながらも前に向き直る。

 メイビスの体は幽体(ゆうたい)というわけではなく、れっきとした魔力(まりょく)による思念体(しねんたい)だが、ミレーネには見えておらず、声も聞こえていない。というのも彼女が指定した制約により、彼女の姿は『妖精の尻尾』メンバー以外の者には見えないのだ。

「初代、どうして……?」

 全員の気持ちを(はか)らずも代弁(だいべん)したウェンディの言葉に、感動でだばだばと涙を流していた少女は(そで)でごしごしと目を(こす)ると、キラキラした大きな(ひとみ)でルーシィ達を見上げる。

(ひま)なので、来ちゃいました」

「来ちゃいました、って……」

 ルーシィは苦笑した。相変(あいか)わらず、この人は自由だ。

 メイビスは、前を向いたまま口を開く。

「スミレ(やま)、面白いところですね。私、感動しました」

 その言葉に、(だれ)からともなく微笑(ほほえ)んだ。

 ──妖精に尻尾はあるのかないのか。そもそも妖精は本当にいるのか?

 ──ゆえに永遠の(なぞ)、永遠の冒険。

 それこそが『妖精の尻尾』初代マスター・メイビスの(かか)げたギルドの基本理念である。

 その時、「ぎゃあああああ!」という悲鳴が聞こえた。今度はルーシィがびくりとする。

「えッ、なに?」

「あー……。いつものことよ」

 ミレーネは前を向いたまま、(あき)れた声を出す。

 ほどなくして、数個前方の部屋から一人の女性が飛び出してきた。黄色から赤ヘと頭頂部からグラデーションのかかった派手なロングヘアーとは対照的に黒の多いシックなワンピースのメイド服を着こみ、頭には二本の円錐(えんすい)形の白い(つの)。その容姿から、すぐに彼女が鬼だとわかった。

 女性は素早(すばや)く左右に視線を(めぐ)らせるとミレーネの姿を見つけ、見事なフォームでダッシュしてくると頭一つ分以上低い少女にすがりつく。

「うわあぁぁん、ミレーネさぁん、助けて下さいぃ。アイツが、アイツがまた出たんですうぅ」

「まったく……。バーナ、あなたねぇ、いい加減(かげん)自分で対処できるようになりなさいよ。ここに来て何年目だと思ってるの?」

「だって、だってぇ……」

「あのー、どうしたの……?」

 ルーシィが(たず)ねると、ミレーネはバーナと呼んだ女性をくっつけたまま呆れ顔で振り返る。

「まぁ、見てればわかるわ」

 バーナはすぐに立ち直ったらしく、ミレーネから離れると一緒についてきた。

 ミレーネは問題の部屋の前までくると右の(てのひら)をまっすぐ突き出す。

「『濃霧帯(ホワイトアウト)』」

 すると部屋全体が濃い霧に包まれる。

「この技で出す霧は私の触覚と連動していて、出した範囲内の地形なんかを動かずに知る事ができるの」

 少しして、ミレーネは閉じていた(ひとみ)を開いた。

「そこ」

 ミレーネが部屋の一角に掌を向けると、霧がそちらに集まっていく。

 小さな球状になった霧に包まれて引きずり出されたのは、茶色がかった黒い虫──ゴキブリだった。(となり)に立つバーナが「うえッ」と漏らす。

「蒸発」

 そういってミレーネが右手を(にぎ)ると、ジュッと音を立てて霧の球が蒸発。ゴキブリが死んで床に落ちる。

「はい、これでいいわね」

「え? し、処分は……」

「これで、いいわね?」

 ミレーネが発する不可視の圧力に、バーナががくりと項垂(うなだ)れた。

「はい……わかりました……」

 バーナは、持っていたちりとりと手箒(てぼうき)でゴキブリを処分した後、こちらに向かって歩いてこようとして、そこでようやくルーシィ達に気づいたらしい。

「あれ、ミレーネさん、その方達は?」

「人間のお客様よ。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』っていう魔導士(まどうし)ギルドの人達だって」

 バーナは「へぇ」と一つ(つぶや)くと、ミレーネの隣まで歩いてきて折り目正しく礼をする。

「改めて、初めまして、バーナ・トールスです。この館のメイド長で、地下図書館の司書もしています。先程はお()ずかしい姿を(さら)してしまいました」

 後ろ頭を()くバーナの挨拶(あいさつ)に、それぞれ簡単な自己紹介で(こた)える。

「それで、いまレンカのところに案内しようとしてるの」

 ミレーネの言葉で、バーナも状況を理解したようだった。

「そうですか。じゃあ私も、館の見回りがてらご一緒します」

 こうして、新たなメンバーが一行に加わった。

 

 

      3

 

 

 そこでミレーネがふと前方を見ると、口元を(ゆる)める。

「ちょうどいいところに、ちょうどいい子が来たわね」

 見ると、闇の中から溶明(ようめい)したのは、()つん()いでも高さ二メートル近くあるオオカミだった。白銀に輝く美しい体毛と剣歯虎(サーベルタイガー)めいた犬歯(キバ)をもっている。

 全員で思わず悲鳴をあげるが、すぐにオオカミの上から「おや?」という声。

 ルーシィ達が固まったまま見上げると、オオカミに(だれ)か乗っている。その人物は、その場で()び上がろうとして思い切り天井(てんじょう)で頭を打つと、「ここの天井低いんだよにゃ〜」といってずるずると降りてきた。

 両サイドを三つ編みにしたおさげの赤髪にネコ科の黒い耳と尻尾。身にまとうのは橙色(だいだいいろ)戦闘(せんとう)服。背中からは透明な小麦色の(はね)が生えている。その容姿から、鬼とは明らかに違う雰囲気(ふんいき)を感じた。

 少女は人懐(ひとなつ)っこい笑みを浮かべて口を開く。

「やぁ、あたいは猫妖精(ケットシー)のリリス。(みんな)からは『迅狼(じんろう)使いリリス』とも呼ばれてるね。あ、あんた達のことは大体聞いてるから、自己紹介は結構(けっこう)だよ」

 そこでリリスと名乗った少女は、ルーシィ達の視線に気づいて苦笑する。

「あぁ、この子は『剣歯狼(サーベルウルフ)』。名前はフェンリルっていうんだ。見た目は怖いかもだけど、絶対()まないから安心しな」

 リリスがフェンリルと呼んだオオカミの下顎(したあご)()でると、フェンリルは目を細めてされるがままになる。確かに、ルーシィたちを見ても(うな)り声ひとつ上げないことが、彼女の言葉を裏付けていた。

「ちなみにこの(ほお)のペイントはこの子との絆の証さ」

 にッ、と笑った少女の右頬には、大小二本の水色の牙状のペイントがあった。

 しかし、そこで一転、リリスは哀切(あいせつ)に訴える。

「ねぇミレーネさん、いい加減フェンリルの大浴場への出禁(できん)解除して下さいよ〜。(みんな)入った後、夜に入ればいいじゃないですかぁ」

「だーめ。あなたついこの間アシュリーがアレルギー起こして倒れたの忘れたの? 毛一本でも落ちてたら反応しかねないんだから」

「だって部屋の浴室じゃ(せま)いんですってば〜」

「駄目と言ったら駄目。これだけは(ゆず)れないわ」

「むうー」

「ま、まぁまぁ、ミレーネさん、そんなぴりぴりしなくても……」

 不穏(ふおん)な空気を感じ取り、バーナが仲裁(ちゅうさい)に入る。

 ルーシィ達が苦笑して手をこまねいていると、再びリリスがにやりと笑ってこちらを見た。

「あ、そうそう、森の小鳥たちから聞いたよ。あたいの可愛(かわい)い使い魔たち相手に、随分(ずいぶん)と暴れてくれたそうじゃないか」

 その言葉に、ルーシィはぎくりとする。

「あ、えッ、あのモンスター達ってあなたの……? あの、それは、ごめんなさい……」

 しかしリリスは笑って顔の前で手を振る。

「いやいや、怒ってるわけじゃないよ。『妖精の尻尾』だっけ? あんた達強いんだねぇ、って話さ。あたいの使い魔達があれだけやられたのは何年ぶりかねぇ」

 やけに年寄り臭い話し方をする少女の気に飲まれそうになりながら、ルーシィは口を開いた。

「あの、それで、『あたいの使い魔』って……?」

 リリスは、一瞬(いっしゅん)きょとんとした表情になる。

「ん? そのままの意味さ。この森の、あんた達が来た方角にいるモンスター達は皆あたいが飼い慣ら(テイム)したんだよ。あたいはハイレベルテイマーの一人だからね」

「へぇ……。……あ、そうだ。あたしたち、この山にあるっていう宝石を探しに来たんだけど、なにか知らない?」

 その言葉に、彼女は(あご)に手を当て考え込む。

「宝石……いや、知らないね」

「そう……」

 ミレーネも心当たりはなさそうだったし、となるとカリンが言っていた話は何だったのか。

 ルーシィが思考に没入しかけたとき、近くの部屋の大きめの(とびら)が内側から開かれた。

 出てきたのは十歳くらいの少女だった。ストレートロングの黒髪の下から、紫色の翅が生えている。

 少女は目を閉じたままこちらに向かってゆっくりと歩いてきながら、ぶつぶつと(つぶや)く。

「聞こえる……知らない声、知らない足音、知らない心音……。聞こえる……。あなた達は人間ですね?」

 目を薄く開いてこちらを見る少女にリリスが明るい声をかけた。

「おぉ、ルミネアちゃんか。この人達はね――」

 その時だった。

「──『探索の音色(サーチ・サウンド)』」

 唐突(とうとつ)に少女が技名を呟き、ルーシィ達は一拍(いっぱく)遅れて身構えた。しかし、なにかが起こるでもなく、少女が続ける。

「聞こえる……。……なるほど、大体理解しました。あなた達は魔導士ギルド『妖精の尻尾』。(めずら)しい宝石があるという(うわさ)を聞き、この山に探しに来た、と」

 ルーシィ達は、全員が残らず瞠目(どうもく)した。

「なんで……わかるの……?」

 ルーシィの呟きに答えたのは、リリスだった。

「あー、そっか、君には言葉での説明は不要だったね。紹介するよ。彼女は音楽妖精(プーカ)のルミネア。いまみたいに、人の心を読むことができるんだ」

「妖精楽団団長、ルミネアといいます。突然(とつぜん)のご無礼、お許しを」

 静かな声でリリスの言葉を引き取ったルミネアは、両手をこちらに差しのべる。

「お()びに、私の能力の一部をお見せしましょう」

 すると、彼女の両手に(あわ)い光をまとったバイオリンが出現する。

「このように、私たち音楽妖精には魔力(まりょく)によって楽器を実体化する能力があります」

 そういって、おもむろにバイオリンを()き始める。(おだ)やかな音色が流れた。

 少しして演奏が終わりバイオリンを消すと、ルミネアは再び口を開く。

動揺(どうよう)を落ち着ける音色を奏でました。いかがでしょうか?」

 ルーシィはハッとして手を開閉してみる。確かに、先ほど彼女が現れた時の動揺が去っている。

 ──これが音楽妖精の力……。

「ありがとう、ルミネアちゃん」

 ルーシィが笑いかけると、率直な物言いに慣れていないのか、ルミネアは(ほお)を染める。

「楽団の練習があるので」

 そういって、彼女は戻っていった。他の部屋よりも大きいあの部屋は音楽室かなにかだったらしい。

「さて、それじゃ、皆ついてきて。リリス、あんたはフェンリルの散歩よね、来る?」

 ミレーネが言うと、リリスは破顔(はがん)した。

「楽しそうだし、行きます」

 

 

 それからしばらく館の中を歩いていると、再び(だれ)かがこちらに向かって来たらしい。ミレーネが「あれは……」といって足を止める。

「──ちょっと(あや)さん、そんなに急がなくても大丈夫ですってば」

「──なにを言いますかメープル、善は急げ、ですよ」

 (さわ)がしい話し声と共に、二人の女性が歩いて来た。一人はイヌ科の白い耳と尻尾をもち、もう一人は背中に鳥のような黒い(つばさ)が生えている。

 二人の頭には、いわゆる頭襟(ときん)と呼ばれる赤い物体が()っていた。

 黒い翼の生えた女性が先にこちらに気づき、何やら意味ありげな笑顔を浮かべる。

「あややや、こんなところに人間とは珍しいですねぇ」

 ミレーネが、あからさまに嫌そうな顔をした。

白々(しらじら)しい……。あんたこの人たちのこと、最初から見てたでしょ?」

「!?」

 ぎょっとしてルーシィが見ると、女性はにやにやと笑いながら続ける。

「何の話ですかねぇ? (わたし)はこれが初対面ですが?」

 そう言うと、こちらに向き直った。

「申し遅れました。(わたくし)鴉天狗(からすてんぐ)疾風丸(はやてまる) (あや)といいます。新聞社の広報活動をしていますので以後、お見知りおきを」

(わたし)白狼(はくろう)天狗、メープル・スプリンターといいます。森の中規模警備部隊、『白狼隊(はくろうたい)』の隊長を務めてい──にゃッ!」

 文と名乗った女性に続き、白いイヌ耳の女性が自己紹介していると、文がおもむろにメープルの尻尾を掴んだ。

 メープルは文をキッと(にら)む。

「尻尾はやめて下さいと言ってるでしょうが!」

 敬語の怪しくなった少女にも、文はのらりくらりと応じる。

「すいません、反応が面白いものでつい……」

「「まったく……」」

 (あき)れたメープルと、ミレーネの声がハモった。

 文は気を取り直すと、ポケットからペンとメモを取り出す。そこで彼女の(うで)がメープルの尻尾に引っ掛かった。

「にゃッ。……もうッ」

「えッ? あぁ、すいません、事故です事故。

 ……それでは、早速ですが、取材させて下さい! あなた達、魔導士ギルド、『妖精の尻尾』の方達ですよね?」

「私達のことを、知っているのか?」

 エルザが言うと、文は首が千切(ちぎ)れんばかりに(うなず)く。

「えぇ、勿論(もちろん)! そう言う貴女(あなた)は、エルザ・スカーレットさんですね? 『妖精女王(ティターニア)』の二つ名をもつ『妖精の尻尾』最強の女!」

「そう言われると、()ずかしいものだな」

「エルザ、流されちゃ駄目よッ」

 シャルルが注意するが、今度は彼女に矛先(ほこさき)が向く。

「貴女はシャルルさんですね。昨年変身魔法を覚えられた。

 そして貴方(あなた)は、ナツ・ドラグニルさん。『火竜(サラマンダー)』の二つ名をもつメンバーのエース!

 さらに貴女はルーシィ・ハートフィリアさん。昨年新しい魔法を覚えられたそうですが、それによって、かなり戦闘(せんとう)能力が向上されたとか。まだまだありますよ──」

「──にゃッ!」

「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」

 その時メープルが、唐突(とうとつ)に悲鳴を上げた。全員の視線が一斉(いっせい)に彼女に集中する。

「メープル? どうかしました?」

 文が視線を向けると、メープルは(うつむ)いてぶるぶると(ふる)え、押し殺した声を出した。

「…………た、じゃ……」

「え?」

「『どうかしました?』じゃないですよッ! もう怒りました。覚悟(かくご)して下さい!」

 メープルが持っていた曲刀を振りかざし、文に()りかかった。文は危なげなくかわす。

「えッ、ちょ、ちょっと待って下さい、誤解ですって!」

「何が誤解ですかッ、いま私の尻尾また触ったでしょうが! 仏の顔も三度までって言葉知ってますか!?」

「いやいやいや、ホントになにも知りませんって! 待って、斬らないでぇッ!」

 逃げていく文とそれを追うメープル。事態の流れから完全に取り残されたルーシィ達が呆然(ぼうぜん)と見送る中、ミレーネだけが楽しそうにクスクスと笑っていた。

「あれッ、ミレーネさん、さっきからそこにいました?」

 バーナの指摘に、ミレーネは笑顔のまま顔を上げる。

「ん?」

「……。あ! さっきメープルさんの尻尾触ったの、ミレーネさんですねッ?」

 鬼の少女は、悪びれもなく(こた)えた。

「だってメープル(あの子)の反応、可愛(かわい)いんだもの」

 その言葉で、全員が状況を理解した。

 ミレーネは、霧とは別に姿を(かく)す何らかの技をもっている。それを利用して人知れずメープルの背後に回り、文の仕業(しわざ)に見せかけて彼女の尻尾を触ったのだろう。

 ミレーネの思いがけないお茶目な行動に、全員が苦笑を漏らした。

 しかし次の瞬間(しゅんかん)、ミレーネの表情が峻厳(しゅんげん)なものに変わる。視線は右側、窓の外に向けられていた。

「──侵入者」

 彼女の言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。

 

 

 




さて、それでは新しいキャラクターについて説明していきましょう。
ミレーネのイメージはSAOのシノン(ゲームのSAO対応アバターの姿)に、ポケモンのメガアブソルの(つの)を生やした感じです。
バーナのイメージは東方Projectの小悪魔、性格は(ほん) 美鈴(めいりん)をイメージしました。
リリスのイメージは同作品の火焔猫(かえんびょう) (りん)。服は新規ALOのシノン。
ルミネアのイメージはブラック・ブレットの壬生(みぶ) 朝霞(あさか)
疾風丸のイメージは東方Projectの射命丸(しゃめいまる) (あや)
メープルのイメージは同作品の犬走(いぬばしり) (もみじ)です。
以上、長くなってしまいましたが、悪しからず。次回の後書きもこんな調子になるんだろうなぁ……。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第6話 スミレ山編 書架に(きら)めく魔導の石

前回描写ができていなかったので、ここに注釈を入れておきます。
橙鬼館のモデルは、東方Projectの紅魔館(こうまかん)、色は(だいだい)色を基調としています。語感から気づいた方もいらっしゃるかもしれませんね。
それでは引き続き新キャラ登場回になる第6話、どうぞ。


      1

 

 

「──侵入者」

 ミレーネの言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。

「対象の数と、現在地は?」

 バーナも真剣な顔になり(たず)ねると、ミレーネは動かず答える。

「三人。まだ山を登り始めたばかりよ」

「あの、よかったら、あたし達にも教えてくれない? なんで、そんなことがわかるの?」

 ミレーネはルーシィを一瞥(いちべつ)すると、すぐに(こた)えた。

「私の武法(ぶほう)の名前は『霧雨(サイレントレイン)』。水分を操る武法よ。いま使ってる技は『水滴千里眼(ドロップスコープ)』。空気中の水分を小さな水の球に圧縮して空中に(とど)めることで、それを通して遠くを見通すの」

 続けて、バーナに向けて事務的に告げる。

「で、三人のうち一人は昨日(きのう)も見た人よ。金髪に青いドレスの女性」

 ──ん? 昨日? それにその特徴って……。

「あと二人はその仲間でしょうね。赤黒い髪にロングコートの男と、金髪ツインテールの少女。バーナ、侵入者の所へは私が向かうから、あなたはレンカに報告を──」

「──ち、ちょっと待って。その人達、もしかしたらあたし達の知り合いかも」

 ルーシィの言葉にミレーネは二、三度(まばた)きした後、すぐに反応を返した。

「心当たりがあるのね?」

 ルーシィが(うなず)くと、ミレーネは窓に触れる。すると窓の表面がさざなみを打ち、侵入者の姿が映し出された。

 それを見て、ルーシィは確信する。間違いない。

「やっぱり、ラグリアさん達だ。多分あたし達を心配して追って来たんだと思う」

「そう、それなら話が早いわ。一緒に来てくれる?」

 是非もなかった。

 その場にいた全員で元来た道を引き返し、館の入り口を目指す。

 正門前に着き、リリスがフェンリルを解放してしばらくして、霧の中に三つのシルエットが浮かび上がった。

 その内の一人、青いドレス姿の女性はこちらに気づくと(あわ)てて()け寄ってくる。

「良かった、(みんな)無事!? ──ッ」

 そこでミレーネ達の姿を認め、はたと立ち止まる。

 ルーシィはミレーネにちらりと視線をやり、口を開いた。

「このヒト達は、ここの住人よ。こっちが鬼で、こっちは妖精だって」

「オニ……? 妖精……?」

 カリンが警戒心の抜け切らない表情で(つぶや)くが、すぐに彼女の後ろから声をかけられる。

「やぁ皆、無事みたいで良かったよ。カリンが慌てて連絡してきたものだから、ちょっとびっくりしたけどね」

 ラグリアはカリンの(となり)に来ると、彼女を見て続けた。

「ほらね、大丈夫だったじゃないか」

「でも、危険だった事に変わりはないわ」

「そんなこと、最初からわかってたじゃないか。なにをそんなに(あせ)る必要があったんだい?」

「うぅ、だって……」

「皆の実力は、君も十分わかってるだろ?」

 ラグリアの言葉に、カリンは仕方なく頷く。

「ところで、君達が、ここの住人かい?」

 彼の言葉に、それぞれ簡単な自己紹介を交わした。

 落ち着いたところで、ミレーネが口を開く。

「それじゃ、あなたたちも一緒について来て。ウチの当主の所に案内するわ」

 

 

 橙鬼館当主の部屋の(とびら)は、他のものとは違い、壁面よりも濃い橙色(だいだいいろ)をしていた。

 ミレーネがノックすると、すぐに「入れ」という女性の声が聞こえる。

 中で二、三言会話したあと、ややもせずミレーネが顔だけ出してきた。

「入って」

 その言葉に、全員で足を()み入れる。

 中は執務室になっており、奥に大きな執務机と肘掛(ひじか)椅子(いす)。そこに、一人の女性が座っていた。

 (ひたい)の中央から伸びる円錐(えんすい)形の赤い(つの)と、頭の両側から後方に向かって部分的に()ねた栗色(くりいろ)のロングヘアー。体操服に似た白いシャツの布地を押し上げる胸の(ふく)らみは、ルーシィをして目を見張るほどに大きい。

 書類整理をするその右腕(みぎうで)前腕(ぜんわん)部分には、館の門に(きざ)まれていたあのマーク──色は橙色だ──がある。

 女性は顔を上げると鼻からひとつ息を()き、ニッと人好きのしそうな笑顔を見せた。

「ようこそ、橙鬼館(とうきかん)へ。あたしはここの当主をやってるレンカ・ハーネットだ」

 レンカは傍らに置いていた一升瓶(いっしょうびん)(さかずき)を手に取ると、一杯(あお)ぐ。それを見て、ミレーネがわずかに困惑した表情を見せた。

「レンカ、執務中の飲酒は……」

「固いこと言うなミレーネ、お前もどうだ?」

「はぁ……。遠慮(えんりょ)するわ」

 レンカは肩をすくめると、こちらに向き直る。

「ミレーネから事情は聞いたよ。ウチにあるっていう宝石のことが気になってるらしいね。あたしも心当たりはないが、館の中は自由に見学して回るといい」

 ただし、といってレンカは続けた。

「一つ、条件がある。これからあたしら鬼とあんたら人間で、親善試合を開催(かいさい)することにした。あんたらにはそれに出場して(もら)う」

「おお、勝負か! 乗った!」

「ちょっ、お(じょう)様、そんないきなり……」

 上機嫌で応じたナツとは対照的に慌てるバーナに、レンカは笑ってみせる。

「悪いなバーナ、これはあたしの中での決定事項だ」

「はぁ……」

 ()め息をつくバーナを見てルーシィは、顔に出さずに嘆息(たんそく)した。どうやら彼女たちも、奔放(ほんぽう)な上司に振り回される立場らしい。

「時間は追って連絡する。それじゃ、引き続き見学を楽しんでいってくれ」

 そういって、橙鬼館当主・レンカは、もう一度ニッと笑ってみせた。

 

 

「まったく……。あのヒトは言い出したら聞かないんだから……」

「まぁ、仕方ありませんよ。久しぶりのお客様ですし……」

 歩きながらブチブチと文句(もんく)を垂れるミレーネを、バーナがなだめていた。

「前にも、こんなことってあったの?」

 ルーシィが()くと、ミレーネは(あき)れ顔で振り返る。

「えぇ、常にあんな調子よ。突然(とつぜん)とんでもないことを考えついて、言い出したら私達がなんて言っても聞いてくれないの」

 ルーシィが苦笑していると、メイビスが口を開いた。

「しかし、あの者からは確かに他の鬼とは違うものを感じました。彼女は優れた指導者なんだと思いますよ」

 ただミレーネ達従者を振り回しているような鬼ではないのはルーシィも見ていてわかったが、彼女がそう言うからには、やはりなんだかんだいって(すご)い鬼なのだろう。

 ルーシィが物思いにふけっていると、いきなり頭上を小さな影が二つ、勢いよく追い越していった。

「わッ、なに!?」

 思わず首をすくめてから見ると、それぞれ赤と黒の(はね)の生えた少年と少女がきゃっきゃと笑いながら飛んで行くところだった。その後ろ姿から、彼らが妖精(ようせい)であることはすぐにわかった。

「あッ、コラー! 廊下(ろうか)は飛んじゃ駄目だっていつも言ってるでしょ!」

 バーナが叫んだ後、申し訳なさそうな顔で振り返る。

「すいません、(おどろ)かせてしまって。あの子たち、よくああやって遊んでるんです」

 その言葉に、ルーシィは苦笑した。

 と、その時、数メートル前方の天井(てんじょう)大音声(だいおんじょう)と共に竜巻(たつまき)が貫通した。全員でびくりとする。

「こ、今度はなに!?」

「あぁ、えっと、あれはですね……」

「あー! またやってしまったぁー!」

 声は、一つ上の階から聞こえた。

 なにか言いかけたバーナは、表情を改めてミレーネを見る。

「ちょっと、(なぐさ)めに行ってきます」

「えぇ、(たの)んだわ」

 対するミレーネも、目を伏せたまま(こた)えた。

 バーナは助走にもならない速度で走っていくと、優に三メートルはある上の階に一足飛(いっそくと)びで()び上がる。さすがは鬼、これくらいは朝飯前らしい。

 ルーシィ達が上の階が見通せる位置まで歩いてくると、バーナは床に両手を突いて落ち込んでいる黄緑色のポニーテールの少女──恐らく風妖精(シルフ)だろう──を元気づけていた。

「うぅ、また床を、館に傷を……」

「大丈夫、大丈夫ですから、アイリスちゃん。ね? 顔上げて下さい」

「大丈夫じゃないです。今度こそクビです……」

「そんなことありませんってば! ちゃんと修復すればいいだけですから!」

「はい……。いつもすみません……」

 なんとか立ち直ったらしい少女は、(うつむ)いて(そで)で目元を(ぬぐ)うと(きびす)を返して帰っていった。

 バーナはそれを見届けると、穴からこちらへ飛び降りてくる。

「とりあえず、大丈夫そうです」

 それを見て、ルーシィはナツ達と顔を見合わせた。

 本当に、色んな妖精がいるらしい。

 

 

      2

 

 

 一階に降りてきたルーシィ達は、館の端へと向かっていた。

「あそこが水妖精(ウンディーネ)達の仕事場、厨房(ちゅうぼう)よ」

 ミレーネが言うと、中でなにか指示を飛ばしていた水色の長い髪を一つの大きな三つ編みに束ねた長身の少年が丁度(ちょうど)こちらに気づき、部屋から出てきた。

 その背にはバスタードソードとでもいうのだろうか、十キロ以上ありそうな肉厚長大な銀の段平(だんぴら)を差している。

「おー、ミレーネさんにバーナさんじゃねぇか。ん? そいつ()(だれ)だ?」

「こんにちは、ベル。この人達は人間のお客様よ。魔導士(まどうし)ギルド、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』っていうんだって」

 ミレーネの言葉に、ベルと呼ばれた少年は「ほぅ」と(つぶや)くと、軽く会釈(えしゃく)する。

「どーも、(おれ)は水妖精のベルクスだ。ここの料理長をやってる。よろしくな」

 全員で軽い挨拶(あいさつ)を返す。ルーシィは軽く意外の感に打たれて呟いた。

妖精(ようせい)には、あなたみたいなヒトもいるのね」

 するとベルクスはぶっきらぼうに言い放つ。

「べつに妖精がみんな馬鹿(ばか)なんじゃねぇ、馬鹿が多いだけだ」

「あぁいや、そういう意味じゃ……」

 どう言ったものかとルーシィが考え込んでいると、厨房の奥から陶器(とうき)の割れる騒々(そうぞう)しい音が聞こえた。ベルクスが首だけで振り返ると、ややもせずに三人の十歳ほどの少女達が歩いてくる。

「どうした」

 向かって左の、先端にいくにつれて内ハネのついた青緑色のショートヘアーの少女が「早く」というように(となり)の少女を(ひじ)小突(こづ)く。

「すみませんベルさん、お皿を割ってしまいました」

 すると真ん中に立つ、部分的に編み込んだ水色のロングヘアーの少女が進み出た。

「そうか、わかった」

「あらぁ? その人達はだぁれ?」

 右側に立つウェーブのかかったクリアブルーのショートヘアーの少女の言葉に、全員で軽く自己紹介をする。

「こいつ等は左から順にシアン、レイン、フロウ。こっちは人間のお客様だ」

 ベルクスが言うと、フロウと呼ばれた少女がほわんほわんと笑いながら、とんでもないことを口にした。

「へぇ、人間ねぇ……。──じゃあ、美味(おい)しいの?」

「「「ッ!?」」」

 ルーシィ達がぎょっとしていると、シアンがなにか理解したような顔をしたあと、(あき)れ顔で口を開く。

「あのねぇ、フロウ、よく聞いて。()()だから。人参(にんじん)でもインゲンでもなく、ニンゲンだから」

「あ、あぁ、人間ねぇ。わかったわかったぁ」

 フロウが(うなず)き、シアンは一つ()め息をつくと、ベルクスに向き直る。

「そんなことよりベル()ぃ、早く戻らないと。誰かが怪我(けが)してからじゃ遅いわ」

「そうねぇ、行きましょうシェフぅ」

 ベルクスは鼻から息を()くと二人の頭に手を置き、ぐしゃぐしゃと頭髪を()く。

「だからその呼び方はやめろって言ってるだろうが。後で行くから持ち場に戻れ」

 レイン達三人が戻っていくのを見送ってから、ベルクスはひとつ(つぶや)いた。

「……まったく、これだから馬鹿は手がかかる」

 そういって歩いていく水妖精の少年の長い三つ編みを半眼で眺めながら、ルーシィは口を開く。

「なんか、不良みたいなヒトね」

 するとバーナが苦笑した。

「ああは言っても、ベルくん、ちゃんと部下のことも考えてるんですよ」

 その時、ベルクスが立ち止まり、再びこちらに向かって歩いてきた。

 まさかさっきの言葉が聞こえたのかとどきりとしたが、違った。

「なぁアンタ等、昼はなにか食ったのか?」

「エッ? あぁ、パスタとスープくらいだけど……」

 ルーシィが答えると、ベルクスはにやりと笑う。

「じゃあちょっと待ってな。なにか作ってやるよ」

 そういうと、ルーシィ達の人数をかぞえ、調理場に向かって歩いていく。

 ベルクスは(いく)つかのフルーツとなにかの生地(きじ)を取り出すと、大剣(たいけん)に手をかけた。その様子を見ていたミレーネが(あわ)ててこちらを振り返り、皆を押し下げる。

「皆、危ないから下がってッ」

「?」

 ルーシィが口を開きかけた、次の瞬間(しゅんかん)

 ベルクスが料理の材料を高く放り投げ、大剣を抜き放った。

「『流水閃(ストリーム・エッジ)』ッ」

 彼が技名を叫ぶと、剣を包んでいた水が刃状に長く伸び、変幻自在な軌道を描きながら具材に殺到する。

 まずフルーツが()り刻まれ、生地がいくつにも切断され、それが剣先により円形に形作られ──。

 ベルクスは大剣をしまうと、落ちてきた複数の物体をキャッチして差し出した。

「ほれ、ちょい遅めのおやつだ」

 彼の両手の指の間には、フルーツを詰め込んだクレープが(はさ)まれていた。それを受け取りつつ、ルーシィは呆然(ぼうぜん)と呟く。

「なんで、あの方法でこんなものができるの……?」

 水色の髪の大剣遣いは、得意げに笑って答えた。

「ま、ひとつの特技みてぇなもんだ。そんじゃ、俺はこれで」

 そこでベルクスはルーシィ達の背後を見て「げッ」と漏らす。何事かと思っていると、すぐさま後方からどたばたという足音。

「あ、ベルクスだ。ねぇねぇ遊ぼー」

 明るい声と共に一人の少女がルーシィたちの頭上を飛んできて、ベルクスの顔に張りついた。その背中に生える黒い(つばさ)を見て、ルーシィはすぐに彼女が何者か理解する。先刻(せんこく)バーナの注意を無視してルーシィたちを飛び越していった少女だ。

「ああああああぁぁぁもう、うぜぇなぁッ! 離れろこの馬鹿ッ」

 ベルクスが苦労して少女をなんとか引き()がすと、少女は地面に降りる。

 紫色のサイドテールの少女は、ベルクスから離れてもなおも(あきら)めず、彼にすがりついた。

「ねぇねぇ、私と遊ぼうよー」

「うるせぇな、今はそんな時間ねぇんだよ。それよりほら、自己紹介しろ自己紹介」

 ベルクスが(うなが)すと、彼女はこちらを向く。

「こいつはいっつも館の中を飛び回って遊んでる闇妖精(インプ)のネフィリムって奴だ」

「ネフィリムでもネフィでも、好きに呼んでいいよ。よろしくね」

 手に持った、紫色の宝石のはまった(つえ)(かか)げる彼女の言葉に、全員で簡単に自己紹介を交わした。

 そこでルーシィはおや、と思う。彼女の(はね)は、他の妖精のように流線形ではなく、鳥の(つばさ)のような異形(いぎょう)の姿をしており、色も真っ黒だ。

「ネフィちゃん、それは……?」

「あぁ、これ? これは魔法(まほう)で作った羽だよ。ミレーネさんに教えて(もら)ったんだ、ね」

 その言葉に、ミレーネが答える。

「えぇ、ネフィの使う魔法の名は、『常闇の深淵(シャドウ・デプス)』。影を自在に操る魔法よ。彼女の翼は日光を遮断(しゃだん)して吸収を(おさ)え、飛行能力を底上げする為のものなの」

 ネフィリムが「ちょっとならいいかな」といって魔力(まりょく)を解除すると、影で構成された翼が消えていき、中からクリアグレーの流線形の翅が現れた。

「ほらね。──あ、リドラ、ちょっと待ってね、すぐ行く!」

 ルーシィ達の背後を見た紫髪の少女は、影の翼を再構成するが早いか勢いよく飛び上がると、ルーシィ達の頭上を帰っていった。

「まったく、あの馬鹿野郎……」

 ベルクスが顔に手を当てて呟くのを苦笑して聞いていると、ラグリアがおもむろに口を開く。

「彼女、強いね。恐らくセリナと同等……いや、それ以上かもしれない」

「本当ですか?」

 ルーシィが()くと、ラグリアは(うなず)いた。

「あぁ。まず、彼女は影で飛行能力を底上げしていると言っていたね。彼女達妖精(ようせい)の飛行能力は光を原動力とするわけだから、それを遮断するのは人間でいえば(おもり)を着けて生活するようなものだろう。

 それにあの杖に付いていた宝石、あれがさしずめ、魔力を底上げしているんだろ?」

 その言葉に、ミレーネが感嘆の吐息(といき)を漏らす。

「なかなか(するど)いわね、あなた。そう、彼女は飛行能力と共に、魔力もあの杖で常に底上げしてるの。妖精は元々高い魔力をもってるから、あなた達人間が彼女と正面きって魔法(まほう)()ち合ってもまず勝てないでしょうね」

 そこでミレーネはなにかに気づいたのか、「ん?」といってラグリアを見た。

「いま、宝石って言った?」

「え? あぁ……それが、どうしたんだい?」

「いえ、あなたたちが言ってた宝石っていうのが何のことなのか、わかるかもしれないわ」

 

 

 次に案内されたのは、地下だった。

「ここは、図書館になってるの」

 ミレーネが言いながら(とびら)を押し開けると、中を見てルーシィは思わず声を上げる。小さな扉からは想像できないほど中は広く、部屋の左右には無数の巨大な本棚(ほんだな)が何列も並んでいる。どうやら橙鬼館(とうきかん)の敷地分の面積があるらしく、その蔵書数は想像もできない。

 正面奥、一段高くなった部分には巨大な執務机があり、(だれ)かが座って読書中らしいが、遠過ぎて顔までは見えない。

 近づいていくにつれて、それが一人の女性であることがわかる。顔の両側に垂らした髪の先端にリボンを着けた紫色のロングヘアー、ナイトキャップのような帽子(ぼうし)を被っている。

「アシュリー、お客さんよ。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』っていう魔導士(まどうし)ギルドの人達だって」

 ミレーネが声をかけるとアシュリーと呼ばれた女性は顔を上げた。

「あら(めずら)しい」

 そういって立ち上がる──と、横を向いた彼女の体が真横にスライドした。

 執務机で隠れていた足下が(あらわ)になると、ルーシィはその理由を理解する。彼女は自身の能力で浮いているようだった。

 それを見たミレーネは無言で彼女の背後に回ると、肩に両手を置く。と、次の瞬間(しゅんかん)、思い切りアシュリーを床に押しつけた。メキッという音がして彼女の足下の石造りの床にヒビが入る。

「イタタタタタタタ! わかったミレーネ、わかったから、魔力(まりょく)解くから一回(はな)して!」

 鬼の少女の怪力から解放され、アシュリーは荒い息をつきながらこちらを見る。

「は、初めまして、私はアシュリー・レフィエイル。この地下図書館の管理をしてる鬼よ」

 アシュリーが帽子を取ると、そこには木の枝に似た小さな二本の(つの)があった。先ほどは髪に隠れてよく見えなかったが、左の首筋には黄色い山のマークがある。

 帽子を被り直したアシュリーは足下を見ると、一つ()め息をつく。

「ほらミレーネ、あなたが無茶するから床にヒビ入ったじゃないの、もう……」

浮遊魔法(ふゆうまほう)を移動に使わないっていうのは、私と決めたことでしょ? ただでさえ動かないんだから、少しは自分の力で歩きなさいよ」

 そこでルーシィは、先ほどから(かか)えていた疑問を口にした。

「あの、あなたって鬼なのよね? それなのに魔法を使えるって、どういうこと……?」

 その言葉に、アシュリーはすぐに答える。

「あぁ、それには、私の武法(ぶほう)から説明する必要があるわね」

 不意に、アシュリーの目の前にホロキーボードが出現する。

「私の武法の名前は、『古代図書館(エンシェントアーカイブ)』。情報を武力(ぶりょく)で圧縮して管理したり、対象者に与えたりする武法なの。それに……」

 そこで一度言葉を切ると、ホロキーボードを操作。すると今度はボンッ、という音とともに、彼女の傍らに一冊のハードカバーの本が出現する。アシュリーはそれを手に取り、続けた。

「情報を実体のある本の形にすることもできるわ。それで、私が魔法を使えるのは、これのお陰」

 アシュリーが本を開いた次の瞬間、本自体が発光し始め、(すご)い勢いでページが勝手にめくられていく。同時に色とりどりの八面体形の結晶(けっしょう)が無数に(あふ)れ出し、アシュリーの周りに展開した。

 本から飛び出してきたことと、ひとりでに浮遊(ふゆう)旋回(せんかい)していることを除けばただの宝石のようだ。

「これは『魔法石(まほうせき)』。魔力を蓄えていて、ひとつにつき一種類の属性変化ができるの。

 例えばこれは赤いから、火属性の魔法ね。こっちは青いから水属性。緑は風属性で、黄色は雷。水色は氷、紫は(えい)属性に幻惑(げんわく)の魔法……。あ、無色のものはただ魔力を蓄えてる奴で、例えば空間魔法なんかの、どの属性にも当てはまらない魔法のエネルギー源になるわ。

 こんな感じで、私は武法を利用して魔法を間接的に使うことができるの」

 ちなみに、といってアシュリーが明後日の方向に呼びかけると、本棚(ほんだな)の林の間から褐色(かっしょく)(はだ)の少年が現れる。同色の(はね)をもっており、ひと目で妖精とわかった。

「魔法石は彼ら土妖精(ノーム)がこの山で採掘をしていたところ、偶然見つかった鉱石の一種らしいの」

 そこで彼女が見ると、少年は眠そうに欠伸(あくび)をした。よく見ると、目の下には小さな(くま)まである。

「あなた大丈夫? いくら土妖精が耐久力に優れているからって、死なないわけじゃないんだから無理は禁物(きんもつ)よ?」

「はい……大丈夫です……」

「なんかそれらしいこと言ってるけど、元はといえばあなたが大規模な採掘を命じたからこうなってるんだからね?」

 ミレーネの指摘にアシュリーは(ほお)を染めたが、すぐに顔を上げると辺りに展開していた魔法石を回収し、半ば強制的に話題を切り換えた。

「私は趣味(しゅみ)で魔法の研究をしているのだけれど、魔法はいいわよ。魔法の可能性は無限大。だからこそ研究のしがいがあるのよ。……まぁ、魔法を使うあなた達には言わなくても伝わるか」

 得意げに解説するアシュリーに、今度はグレイが質問する。

「ここにある本って、全部アンタの武法でできてるのか?」

「まさか。でも良い質問ね。私の武法は本から情報を読み取って記録、管理することもできるから、ここに暮らしてる私との相性がいいの」

「住んでるの? 部屋なんか見当たらないけど……」

 ルーシィが(たず)ねると、アシュリーはすぐに答えた。

「あそこに扉があるでしょ? あの奥が私の私室よ」

 見れば確かに、部屋の隅の一見わかりにくいところに小さな扉が見えた。

 続いて、ミレーネが口を開く。

「それで、あなた達が探してる宝石って、アシュリーの魔法石のことなんじゃないかと思うの」

「宝石?」

 アシュリーが言うと、ミレーネは(うなず)いた。

「えぇ、この人達、私達が持ってる宝石を探しに来たっていうのよね。私も初め(なん)のことかわからなかったんだけど、館を案内してる内にあなたが持ってるその石のことを言ってるんじゃないかって思って、それで連れてきたの」

 アシュリーも少し考える素振(そぶ)りを見せると、ひとつ頷く。

「そうね。私達は別に(だれ)も宝石や財宝を隠し持ってるわけじゃないし、それが一番考えられるわね」

 確かに、それはルーシィも魔法石を見たときから気づいていた。ここの住人がどうやって生計を立てているのか知らないが、恐らく人里に降りたアシュリーが魔法石を持っているところを誰かが目撃し、館に(めずら)しい宝石があるなどという(うわさ)が立ったのだろう。

「そっか、そういうことだったのね……」

 この一件に一番興味を示していたカリンが、残念そうに(つぶや)く。

 その時、頭の中に大音量の放送が鳴り(ひび)いた。

橙鬼館(とうきかん)内にいる全員に連絡する』

 その声で、ルーシィはすぐに状況を察する。これはレンカからの『念話(ねんわ)』だ。

『現在、この館には人間の客人が訪れている。そこであたし、レンカは、館の見学の交換条件として親善試合を実施することを決定した。開始時刻は午前二時、大広間に集合だ。観戦を希望する者、及び参加者は、それまで十分な休息を取っておくことを推奨(すいしょう)する』

 その声に、ルーシィ達は頭上、図書館の壁にかかっている時計を確認する。時刻は午後の五時。

 同じく時計を見上げていたミレーネが、盛大な()め息をついた。

「午前二時って、ど深夜じゃないの……。ごめんなさいね、ウチのレンカが勝手に……」

 その言葉に、ルーシィは笑って軽く首を振る。

 レンカの館内放送にいち早く切り()えの早さを見せたのは、アシュリーだった。

「そうと決まれば、まずはあなた達の部屋を見繕(みつくろ)わないとね」

 そういって本から(いく)つかの魔法石を取り出すと、魔法を発動。館全体がわずかに震動する。続いて、彼女も『念話』で館内放送をかけた。

『いま、私、アシュリーの空間魔法で館の構造を若干(じゃっかん)組み替えたわ。といっても、一つの部屋に四人入れるようにしただけだから安心して。妖精メイドたちは、ほとんどいつもの部屋に入ればいいから』

 その後、アシュリーに指示された通りの部屋にそれぞれが向かい、一度解散となった。

 

 

      3

 

 

 ルーシィは浴室の戸を引いた瞬間(しゅんかん)、ウェンディ達と共に感嘆の声を上げる。大浴場は『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』にもあるが、それよりも一回り以上大きい空間が広がっていた。

 早速洗い場に(こし)かけると、体を洗い始める。

 少しして、(となり)に一人の少女が歩いてきた。

「どう? 広いでしょ、ウチの大浴場は」

 ミレーネはそう言うと、同じく洗い場に腰かけて体を洗い始める。

「うん。私達のギルドのより大きいかも」

 そこでルーシィがふと見ると、彼女の左太腿(ふともも)紺色(こんいろ)の山のマークがあることに気づく。

 ミレーネはルーシィの視線に気づくと、手を止めてマークを指差した。

「あぁ、これ? これは私達の仲間の証みたいなものよ。レンカの顔を(かたど)ってるの。……といっても、(みんな)それぞれ色んな解釈をしてるわ。上の部分がレンカの顔、下がスミレ(やま)って言うヒトもいれば、山の上に朝陽(あさひ)が光ってるって言ってる子もいる。ウチはレンカの方針である程度の自由が保証されてるからね、その辺りもしっかり決まってないのよ」

「へぇ、そうなんだ。私達も、体のどこかにマークがあるの。これは家族の証。あなた達と似てるね」

 ルーシィが右手の甲にあるピンクのギルドマークを見せると、ミレーネは「そうね」といって微笑(ほほえ)んだ。

 そこで、反対側の二つ隣に座っていたエルザが口を開く。

「ところでさっきは済まなかったな、折れた剣を直してもらって。感謝する」

「それは、私じゃなくて後でニクロに言ってあげて。あの子、自分に自信が持てないでいるから、喜ぶはずよ」

 ニクロ、というのは、先ほど案内された鍛冶妖精(レプラコーン)の作業場で出会った長めの茶色いおかっぱ頭の少年だ。頼りない印象だったが、リリスが言う通り鍛冶(かじ)(うで)は確かで、ベルクスからも信頼されているらしい。

 その時、「よッ」という()け声とともにミレーネの隣にレンカが座った。

「いやぁ、事務整理は(かた)()るねぇ。ようやく終わったよ」

 その言葉に、ミレーネが嘆息(たんそく)する。

「あなたねぇ、自分の仕事が終わる時間も考えないであんな連絡したの?」

「いや、それはちゃんと考えてたさ。ただ、何度やっても疲れるってことだよ」

「ふん、それならいいけど」

 そこでミレーネは体を流したあと、ルーシィとレンカの胸の辺りに視線を走らせ、自分を見下ろす。と、突然(とつぜん)居心地悪そうに「先にお風呂頂くわね」といって浴槽(よくそう)の方に歩いていってしまった。

 

 

 グレイが頭を流していると、不意に横合いから声をかけられた。

「よお、後ろ姿でわかったぜ。やっぱりアンタ()か」

「あ?」

 見ると水色の短髪の少年が、ナツを(はさ)んでグレイの(となり)に座ったところだった。

「……(だれ)だお前?」

 ナツが言うと、少年は朗らかに笑ってみせる。

「おいおいもう忘れたのか? (おれ)だよ」

 少年が自分を指差してにやりと笑ったところで、ナツが「あッ」と声を上げた。

「お前は、ウェンディのピクルスか!」

「誰がピクルスだ、ベルクスだよ! あと水妖精(ウンディーネ)だ、名前くらいちゃんと覚えろ!」

 

 

「ん?」

 隣のウェンディが、顔を上げて男湯の方を見た。

「どうかした?」

 ルーシィが(たず)ねると、彼女は「いえ……」といって続ける。

「いま、誰かに呼ばれた気が……」

「?」

 

 

 ベルクスはひとしきりツッコミを入れると、盛大な()め息をついた。

「はぁ……まぁいい」

「なぁ、それより、なんでさっきと髪型が違うんだ? 俺も一瞬(いっしゅん)わからなかったぞ」

 グレイが言うと、ベルクスはこちらを見る。

「あぁ、なるほど、やっぱこれのせいか……。まぁ、後で見せてやるよ」

「「?」」

 ひと通り体を洗い終わり、湯船に()かっていると、今日一日歩いた疲れが取れていった。

 しばらく温まってから浴室を出るとグレイは頃合(ころあ)いを見計らってもう一度ベルクスに声をかける。

「で、なにを見せるって?」

「まぁ見てなって」

 そういってベルクスは服を着て、最後に大剣(たいけん)を背中の剣帯に落とす。すると彼の髪が突然伸び始めた。

 グレイたちが口をぽかんと開けて見守っていると、ベルクスは(こし)辺りまで伸びた髪に空気を入れ(ふく)らませながら慣れた手つきで三つ編みにくくっていく。

「こういうことだ。アシュリー様が言うには、俺の剣には医学の神の力が宿ってて、強力な治癒(ちゆ)効果があるらしい。だからいっつもこの髪の長さで、邪魔(じゃま)だから風呂の度に自分で切っちまうんだよ」

「へ、へぇ……」

 ──なんじゃそりゃ。

 

 

「はぁ〜、一日歩いて疲れた〜」

 ルーシィが二段ベッドの上の段に倒れ込むと、下の段にいるウェンディが苦笑する声が聞こえる。

「しかし、まだすべてが終わったわけではない。夜の試合に向けて、しっかり休まねばな」

 隣のエルザの言葉に、思わず嘆息(たんそく)する。

「あぁ、そっか、まだそれがあるんだった」

 するとそこで、エルザの下の段に座っているミレーネが動いたのが見えた。見ると、彼女が差し出した(てのひら)の上に浮いていた霧の球が拡散する。

「何してるの?」

 ルーシィが(たず)ねてみると、ミレーネは顔を上げて微笑(ほほえ)んだ。

「この部屋の空気を加湿したの。乾燥(かんそう)は女のコのお(はだ)には大敵でしょ?」

 その言葉に、ルーシィも口元をほころばせる。

「ありがとう、ミレーネ」

 

 

 寝室に戻ったグレイは、二段ベッドの上の段で頭の後ろに両手をやり、脚を組んで仰向(あおむ)けに寝転んでいた。しかし、下の段から聞こえる騒音(そうおん)のせいでまったく寝つけない。

「ったく、うるさくて寝れやしねぇ」

 思わずそう(つぶや)くと、隣のベルクスが顔を引きつらせながら苦笑する。

 二段ベッドの下の段では、ナツと逆立った赤髪の少年──火妖精(サラマンダー)のリドラが大喧嘩(おおげんか)を繰り広げていた。

 二人共活発な性格が災いして、気が合わないらしい。先ほどから子供そのものの言い合いを続ける彼らに、グレイはほとほと(あき)れていた。

 そこで、ベルクスが口を開く。

「まぁそれについては安心してくれ。ウチにはルミネアっていう音楽妖精(プーカ)がいるんだが、あいつの技に、一定範囲内の対象者を強制的に眠らせる技があるんだ。それが始まれば、誰だろうと嫌でも眠れるさ」

 

 

 ルミネアは時計台の前のスペースに来ていた。時刻は午後七時少し前を指している。

 そろそろ頃合(ころあ)いだろうと思い、魔力(まりょく)を発動。バイオリンを出現させて構えた。

 目を閉じ、時計の針ではなく、その内部で秒を刻む音に意識を集中させる。

 これは意外かもしれないが、音楽妖精(プーカ)ならば全員が全員、自分のような芸当をできるわけではない。音楽妖精は楽器演奏と歌唱に()けた種族であり、突出した身体能力はもたないからだ。しかしルミネアは様々な周波数の振動を操る自身の魔法(まほう)振動(ウェーブ)』により風妖精(シルフ)に匹敵するレベルの聴力を発揮できるのである。

 ──聞こえる……。(ほお)()でる風の鳴る音。大時計の長針と短針の(こす)れ合う音。その内部でただひたすらに回り続け、秒を刻む歯車の()み合う音……。

 そして──時計が七時ちょうどを指した瞬間(しゅんかん)、ルミネアは目を開けた。

「この山と森に住まう者達よ、静かな眠りにつけ……『常闇曲(ヒプノーシス)』」

 

 

 ──ルミネアが放った特殊な音波はスミレ山を囲む森のほとんどに届き、種族を問わず効果範囲内にいたすべての者に数秒の内に(おだ)やかな眠りをもたらした。




さて、それでは新しいキャラクターについて説明していきましょう。
レンカのイメージは東方Projectの星熊(ほしぐま) 勇儀(ゆうぎ)
アイリスのイメージは同作品の大妖精。バーナとの関係も、彼女と美鈴(めいりん)の関係がモデルです。
ベルクスのイメージは容姿がマギのジュダルの水色版。性格はブラック・ブレットの蓮太郎(れんたろう)をちょっと荒くした感じです。彼の愛用する大剣(たいけん)の構造イメージは以下の挿し絵を参照。

【挿絵表示】

水の三妖精達のイメージはそれぞれ、
シアンは東方Projectのリリカ・プリズムリバー
フロウは同作品のメルラン・プリズムリバー
レインは新規ALOのアスナ
となっています。
ネフィリムのイメージは東方Projectのフランドールとミスティアを足した感じです。容姿がフラン、翼がミスティア。彼女の杖の構造イメージは以下の挿し絵を参照。

【挿絵表示】

リドラのイメージは、SAO第二巻「朝露の少女」にて最初に登場した孤児院の少年。
アシュリーのイメージは東方Projectのパチュリーに萃香(すいか)の角の小型版を生やした感じです。はい、橙鬼館(とうきかん)のモデルを紅魔館(こうまかん)にした結果、彼女しか適役が思いつかなかったんです。
最後に、ニクロのイメージはSAOPのネズハです。
以上、どんどん盛り上がってきたスミレ山編、いかがだったでしょうか。
次回以降の数話は、バトルシーンでガンガン飛ばしていく予定ですのでご期待下さい。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第7話 スミレ山編 変幻(へんげん)自在(じざい)熔鉱炉(ようこうろ)

プロットは仕上がっていたのですが、細かい表現やセリフがなかなか思いつかず、投稿が遅れてしまいました。楽しみに待っていて下さった方、申し訳ありません!
それでは予告通りバトル回になる第7話、どうぞ!


 意識が、(どろ)の底から引き上げられるように覚醒(かくせい)していく。

 薄く目蓋(まぶた)を開けると、(だれ)かが自分を見下ろしていることに気づく。

 ぼやけた視界が焦点を結ぶにつれ、よりはっきりとそのシルエットが見えてくる。紫色のサイドテールの少女だ。

 彼女はこちらの意識が戻ったことを確認するなり、振り上げていた右(うで)を思い切り振り下ろした。

「わあッ」

 ルミネアが(あわ)てて()けると、彼女が持っていた魔力(まりょく)増幅用の(つえ)がベッドに(たた)きつけられる。

 ルミネアは()め息をつきながら上体を起こした。

「はぁ……。そういうことは心臓に悪いので()めてもらえませんか、ネフィリムさん?」

 少女、ネフィリムは、杖を(かか)げながら満面の笑みで(こた)える。

「えへへ〜。そろそろ時間だよ、ルミネアちゃん」

 ネフィリムを横目で見ながらも、ルミネアは事務的に返した。

「そうですか、ありがとうございます」

 一礼すると、着替(きが)えてからベッドを降りる。向かう先は当然、館の中心部、時計台前だ。

 しばらくして所定の場所にたどり着き、ルミネアは就寝前の再演の(ごと)くバイオリンを出して構える。時刻は午前一時半を指していた。

「この山と森に住まう者達よ、眠りから目覚めよ……『起床曲(アラーム)』」

 

 

 ──ルミネアが放った特殊な音波はスミレ(やま)を囲む森のほとんどに届き、その種族を問わず効果範囲内にいたすべての者を眠りから解放した。

 

 

「……ん、あぁ……。もうこんな時間か」

 ベルクスの(つぶや)きに、伸びをしながら例によって頭の上に疑問符を浮かべる(となり)のグレイに、ベルクスは淡々と説明する。

「『起床曲』。一定範囲内の対象者の意識を覚醒させる、ルミネアの技だ。効果範囲が広い割に魔力(まりょく)消費量が少ないから、こうやって目覚まし時計の代わりに使ってんだよ」

 へぇ、とグレイが一つ呟くと、二人で着替え始めた。

 着替えが終わり、人心地つくと話題もなく、天井(てんじょう)を眺めるともなく眺める。

「ベルくん、起きてる?」

 しばらくして、控えめなノックの音がした。

「リリスか?」

「うん。良かったら、ちょっと(しゃべ)ろうよ」

 部屋を出ると黒いネコ耳に赤髪の少女が出迎えた。ベルクスは廊下(ろうか)の壁に背を(あず)けると、(うで)を組んで口を開く。

「お前、この時間でどうやってここまで来た? 女子(りょう)は反対側の(とう)だろ」

 ベルクス達が暮らす橙鬼館(とうきかん)の本館は、中央にそびえる時計台を取り囲むように位置する四つの塔をコの字型の(やかた)(つな)ぐ構造となっている。

 そして正面から館を見て、右側が男子寮、左側が女子寮となっているのだが、その二棟を繋ぐのは正門側の通路と、館の背後に屹立(きつりつ)する二本の展望台(ベルヴェデーレ)の足下に申し訳程度にある細い渡り廊下のみ。

 館内での飛行は──あまり気にしている妖精(ようせい)は見ないが──基本禁止であるため移動は徒歩だろう。リリスの部屋がいま女子寮のどこにありどのルートを通ったとしても、ベルクスの部屋まで来るにしては余りに早い。

 以上の情報を()まえた問いに、しかしリリスはなぜか得意げな顔で答える。

「それはまぁ、あたいの隠れた自慢かな」

 意味不明な返答をする猫妖精(ケットシー)の少女には取り合わず、ベルクスは鼻から息を()いた。

「まぁいい。……にしても、アシュリー様はなんでこんな部屋割にしたんだ? ルミネアの魔法(まほう)がなきゃ、うるさくて眠れないところだったぞ」

 部屋の中ではグレイの下の段で、ナツとリドラが折り重なって眠っている。ルミネアの『起床曲(アラーム)』には確かに意識の覚醒を強制する効果があるが、この場合『常闇曲(ヒプノーシス)』の効果を解除する為に使用されたはずなので、昨晩(さわ)(つか)れて自然に眠ってしまっていた彼らには効果が無いのだろう。

 ベルクスのぼやき半分の問いかけにリリスは苦笑すると、簡潔に答えた。

「まぁ……テキトー?」

「ッ、あのヒトらしい……」

 ベルクスが(あき)れて顔を押さえると、リリスは続ける。

「それを言うなら、ウチの鬼様達は勝手なヒトばっかりだよね。お(じょう)様だって今回の親善試合いきなり組んじゃってさ」

「それ、お嬢様(あのヒト)の前で絶対言うなよ」

「わかってるって。これはあたい達二人の秘密ってことで」

 リリスが出した(こぶし)に自分の拳を軽くぶつける。と、彼女は「あッ」といってこちらを見た。

「ルミネアちゃんが技を使ったってことは、もうあんまり時間ないよね。それじゃベルくん、また後でねー!」

 ()けていくリリスに、ベルクスは気のない返事と共に手を振り返した。だが直後、ベルクスの目が奇妙なものを捉える。

 リリスは廊下の中ほどまで駆けていくと、おもむろに手近な窓に手をかけたのだ。何をするつもりかと眺めていると、リリスは窓を開け窓枠に片脚を掛ける。

 と、そこで振り向いた彼女と目が合った。一瞬(いっしゅん)ぎくりとしたリリスの顔を見て、ベルクスはようやく彼女の意図を(さと)ったが、同時にリリスは背中の(はね)を大きく一度()ばたかせて外に飛び出す。

「あッ、おいリリス──ッ」

 ベルクスが(あわ)てて駆け出して彼女が開けた窓の前に辿(たど)り着いた時には、リリスはもう時計台側面の梯子(はしご)を登り終わるところだった。

 ベルクスがやり場のない怒りをどうにか表現しようと滅茶苦茶(めちゃくちゃ)手振り(ジェスチャー)をしていると、当のお転婆(てんば)猫妖精(ケットシー)悪戯(いたずら)っぽい(ひとみ)で勝ち(ほこ)ったような笑みを浮かべて、口元に人差し指を当ててみせる。

 まるで『鬼の誰か(上司)に告げ口したら、ベルくんも連帯責任になるよ』とでも言いたげだ。

 リリスは素早(すばや)く身を(ひるがえ)すと、小走りで時計台の裏に走っていく。彼女の姿が見えなくなってすぐベルクスが耳を()ませると、ブゥウウウという虫の羽音(はおと)めいた猫妖精の飛翔音(ひしょうおん)が、(かす)かに聞きとれた。

 ベルクスは窓枠に両手を掛けたまま、がくりと項垂(うなだ)れる。

 ──ッたく、あのアホネコ……。

 

 

      1

 

 

 リリスが橙鬼館(とうきかん)中央の大広間に向かうと、そこには(すで)に種族、容姿共に多種多様な妖精達が()めかけていた。

 リリスは首を巡らせて静かな喧騒(けんそう)()く仲間達を眺める。

 ここに集まっている妖精だけで、どれだけの数になるだろうか。リリスも真剣に数えたことがない為総数は把握(はあく)していないが、五十人くらいにはなりそうだ。

 しばらく待っていると、この山では聞き慣れた新聞(ブン)屋の声が耳に飛び込んできた。

『あ、あー、マイクテス、マイクテス。……さあッ、いよいよこの時間がやって参りましたッ。人と鬼、両者間の親交を深め合う親善試合! 名付けて、スミレ(やま)人妖対抗親善試合ッ!』

 鴉天狗(からすてんぐ)の女性が叫ぶと、にわかに場が沸き返る。しかしその中に小さく『なんで私まで……』という女性の声が混じったのを、リリスは聞き逃さなかった。どうやら、普段は山裾(やますそ)の森を警備するはずのメープルも、流れで引っ張り出されているらしい。

『ミレーネさんが戦うところ、見たいんじゃないんですか?』

『うぅ、それは、そうですけど……』

 メープルが渋々(しぶしぶ)(だま)り込み、(あや)がニッと笑う気配。

『司会進行と実況はこの(わたくし)、ブン屋でおなじみ疾風丸(はやてまる) 文が、そして解説はこちら、山の中規模警備部隊、『白狼(はくろう)隊』の隊長であるメープル・スプリンターさんが務めます』

『ええッ? 私がやるんですか!?』

 明らかにメープルの声が裏返ったが、文は無視して続ける。

『それでは早速、この方にご登場して頂きましょう。このスミレ山を()べる我らが主、レンカ・ハーネットさんです!!』

 その声に、地をどよもすほどの爆発的な歓声が上がった。リリスも、二階バルコニー部分に栗色(くりいろ)のロングヘアーの女性が現れた瞬間(しゅんかん)、目を輝かせてその容姿を見上げる。

 レンカはひとしきり妖精メイド達に手を振り返すと、最後に文達のいる司会者席──本来は同じく二階バルコニーの一部だが──に手振りで謝意を表し、手すりに両手を突くとよく通る声で話し始めた。

「やぁ、橙鬼館に勤める妖精メイド諸君、そして人間の魔導士(まどうし)諸賢。あたしが今回の親善試合を主催(しゅさい)する、レンカ・ハーネットだ」

 一呼吸を置いて、レンカは集った面々にゆっくりと首を巡らせる。

「まずは、あたしの一存でこの場を設けてしまったことに謝罪したい。特に深い考えもなく、(みな)が本来寝静まっているであろうこの時間帯に試合をしたいと言い出したのは、すべてあたしの不徳の致すところだ。

 さて、夕刻にも連絡したように、この館には現在、人間の魔導士(まどうし)ギルドとその仲間達が客人として訪れている。名前はこの中でも聞いたことがあるという者もいるだろう。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』だ」

 その言葉に、妖精メイド達が色めき立つ。

「ブン屋の情報によれば、彼らはこの大陸・イシュガルにおいて最強の勢力を(ほこ)っており、海の向こうの大国・アルバレス帝国の軍勢すらも退けているらしい」

 レンカはやにわに両手を持ち上げると、手すりを(たた)いた。

「そこでッ、あたしは彼らの持つ力、思いの力を試すことにした。そのための親善試合だ。この山では、鬼も妖精も天狗もみな仲間同士! 種族の違いなど関係ないッ。そんな垣根を越えたあたしらの思いの力がどれほどのものか存分に披露(ひろう)し、是非人間たちとの友好の証として、ここに示そうじゃないか!」

 再びの地をどよもす歓声。リリスも思わず手を叩いて快哉(かいさい)を叫んでいた。

「以上で、あたし、レンカ・ハーネットからの、開会の挨拶(あいさつ)とする。疾風丸、後は頼んだ」

『はい、熱いお言葉、どうもありがとうございました!

 それでは続きまして、この試合のルール説明に移らせて頂きます。ルールは至ってシンプル! 我々スミレ山の住人と魔導士ギルド『妖精の尻尾』の一対一の三回勝負! 先に二勝を収めた方の勝利となります。試合に出場する順番は、各チームでの相談。じっくりと考え、両チーム共に作戦を練って下さい!

 また、どうしてもこの試合に参加したいッ、という方は、遠慮(えんりょ)なく鬼のどなたかに申し出て下さい。余りに多い場合は、申し訳ございませんが抽選(ちゅうせん)となりますので、焦らずお早めの申告をお(すす)めします。……最後に、アシュリー・レフィエイルさん、会場のセッティングをお願いします!』

「フッ、そう来ると思ってたわ。任せて頂戴(ちょうだい)

 そう言うと、人混みの中にいた鬼の魔術師は持っていた本を開き、複数の魔法石(まほうせき)を展開する。

「シチュエーション1 ステージ名"コロッセウム"起動」

 すると景色がぐにゃりと(ゆが)み、気づけばリリス達は広い円形の闘技場の中にいた。

 これこそが、『静かなる鬼の魔術師』、アシュリーの空間魔法の真骨頂。その時と場合に応じて、ある程度(せま)い空間であれば細かい環境すら一瞬(いっしゅん)で、それも現実に忠実に再現してしまうのだ。

 闘技場二階、観客席に移動していたリリスは、同じく移動してきた大勢の妖精の中に見知った背中を見つけ、小走りで()けていく。

「ネフィちゃん、ルミネアちゃん!」

 片方の紫髪の少女はすぐにこちらに気づいて手を振り返してくるが、もう一方の少女は背を向けたまま何の反応も寄越(よこ)さない。

「ルーミーネーアーちゃんってば」

 一歩()み出すごとに一音ずつ発しながら近づいていき、リリスが黒髪の少女の両肩に手を置くと、彼女はビクリとしてからゆっくり振り返る。

「あぁ、リリスさん。すみません。文さんの声が大きかったので、音声を干渉して耳を閉じていました」

「……。にゃはははッ、確かにブン屋の声は(ひび)いてたけど、説明はちゃんと聞かなきゃ駄目だよ?」

 リリスの言葉に、ルミネアは微笑を浮かべて応える。

「大丈夫です。そこはネフィリムさんがちゃんと──」

「──聞いてないよ?」

 ルミネアが一瞬固まってから(となり)を見るとネフィリムは屈託(くったく)のない笑顔で続けた。

「だってさっきまでセリナちゃんのとこ行ってたし」

 微妙な空気が流れる中ルミネアはゆっくりとこちらに顔を向け、至極(しごく)真面目(まじめ)な表情を作った。

「それでは仕方ありません。リリスさんで良いです」

「仕方ないってなにさ、『で』って何?」

 

 

 ルーシィたち『妖精の尻尾』のメンバープラスアルファ、ラグリアたち三人は、闘技場地下に敷設(ふせつ)された選手控え室に集まっていた。

 アシュリーの空間魔法については見事の一言に()きるが、いまはそれよりも考えることがある。

「うーん、三回勝負ってことは、この中の半分以上が出られないことになる訳よね……。(みんな)、どうしよっか?」

「一番手は(おれ)で決まりだろ!」

「ナツ、アンタねぇ……」

 単純なナツの発言を制したのは、他でもないエルザだった。

「まぁ落ち着けナツ。考えることはいくつかある」

「そうだね。一回状況を整理しよう」

 エルザの言葉に、ラグリアも同意を示す。

「相手は恐らく、三試合すべてを勝負事が好きな鬼で占めてくるだろう。そして、彼女たちは人間とは比べものにならない能力をいくつも持っているとミレーネは言っていた。そこで、私に考えがある」

 一拍(いっぱく)置いて、エルザは真っ直ぐな視線で全員を見渡した。

「この勝負──第一試合は、私が引き受けよう」

 

 

      2

 

 

『さあッ! まもなく制限時間一杯となりますが、両チームとも、出場メンバーは決まったのでしょうか! ……解説のメープルさん、お互い、どう来ると思いますか?』

『はい。まず、スミレ山チームですが、(おどろ)きました。想像していた以上に立候補者が多く、抽選による選出が行われたからです。その後、何事か話し合っている様子だったので、より良い選出をする為にレンカさんがなにか別の選出方法を提示したのでしょう』

 (あや)の手慣れた進行とは対照的に、メープルは困惑を隠し切れない声で(こた)える。彼女はなにも知らされずに巻き込まれたため、まだ状況を飲み込み切れていないのだろう。

 だが、普段から緊急事態に対処している警備部隊長の面目躍如(めんもくやくじょ)というべきか、その声音(こわね)は既に落ち着きを取り戻し始めていた。

『次に『妖精の尻尾』チームですが、こちらについてはまだ私たちが知らない事が多く、よくわからないというのが正直な感想です』

『なるほど、ありがとうございます! 面白い取り合わせが出てくると良いですね!

 ……さて、どうやら試合開始の時間が近づいてきたようです。アシュリーさんが設定した"コロッセウム"二階の観客席には大勢の妖精メイド達が詰めかけ、開戦の時をいまかいまかと待ちわびているのが伝わってきます!』

 その時、観客席の右端で音楽妖精(プーカ)の楽団がファンファーレを(かな)で、制限時間がきたことを告げた。

『はい、たったいま、制限時間一杯となりました! 観客の皆さん、いま一度ご着席願います!』

 (あや)の言葉に、妖精達のざわめきがわずかに収まる。

『それでは早速、出場者にご登場頂きましょう。

 ──まずは『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』チーム……おっと、これはいきなり本命の登場か!? フィオーレ王国最強の女騎士(きし)、エルザ・スカーレット選手ッ!!』

 闘技場一階、右手側から溶明(ようめい)した緋色(ひいろ)の髪に(よろい)姿の女性は、十メートルほどゆっくり歩いてくると立ち止まり、キリッと引き締まった表情を作る。

「エルザ・スカーレット、参るッ」

『……続いてスミレ山チーム。まず先陣を切るのは、この方! 橙鬼館(とうきかん)のメイド長でありながら地下図書館の司書をも務める、バーナ・トールス選手ッ‼』

 闘技場の反対側から鬼の女性が現れ、観客席、特にエルザから見て左手側の風妖精(シルフ)らしき少女達が大きく沸き返る。

「バーナさーん、頑張って下さーい!」

 その中の一人、確か名前をアイリスといった黄緑色のポニーテールの少女の叫びに、バーナは笑顔で両手を大きく振り返して応えた。

 しかし次にエルザの方を見ると、ぎょっとして()()る。

「げッ、確か貴女(あなた)って、ここに来る途中ミレーネさんを倒しちゃった人ですよね?」

「あ、あぁ、そうだが……そう、なるのか……?」

 エルザが困惑して答えると、バーナはがくりと項垂(うなだ)れた。

「うわぁ、どうしよう、勝てる気がしない……」

 しかしバーナはそこで(ほお)(たた)き深呼吸すると、閉じていた目をゆっくり開く。その顔からは、もう気弱な雰囲気(ふんいき)は消えていた。

「レンカ様のため、このバーナ・トールス、推して参ります」

 その言葉と共に、彼女の手が背に差した剣に伸びるのを見て、エルザも異空間にしまってあった剣を取り出し構える。それを見て、バーナは再びぎょっとした表情になった。

「ええッ? 貴女も剣遣いなんですか!?」

「……そうだが、どうした?」

「それでミレーネさんに勝ったなんて、ホントに勝てる気がしないよぉ……」

 (うつむ)いて何事かぶつぶつと(つぶや)いていたバーナは、首をぶんぶん振るともう一度構え直す。

 エルザは内心苦笑しつつ彼女の様子を眺めながら、その(じつ)冷静に相手の戦力を分析していた。

 こちらに剣の()っ先を向けるバーナの体格は自分とそう変わるものではない。

 剣を持っている、ということは彼女の武法(ぶほう)は補助、あるいは武器に関するなにかだろう。

 館の見回りをしていた際、彼女は一足飛(いっそくと)びに三メートルは下らない高さを跳躍していた。

 やはり気を付けるべきはあの身体能力か。そう考えながら、エルザはぐっと剣の(つか)(にぎ)り込んだ。

 開戦の合図は何もなかった。にも関わらず、二人が地を()ったのは同時だった。

 突進の勢いもそのままにバーナが突きの構えを取るのを見て、エルザは刀身を横に寝かせて弾き(パリィ)の構えを取る。(はじ)きは難なく成功し、エルザは一瞬(いっしゅん)で相手の(ふところ)(もぐ)り込んだ。

 右手外側から剣を振り抜き、脇腹(わきばら)(ねら)う。だがその時、バーナの右手が残像を残して消えた、と見えた時には、(すで)にエルザの剣が弾かれた後だった。

 これが鬼の反射神経。エルザは相手に動揺(どうよう)気取(けど)られぬように素早(すばや)く構え直し、今度は小細工なしに正面から打ちかかる。

 受け側に回ったバーナの(うで)が、目まぐるしい速度で振るわれ、エルザの斬撃(ざんげき)をことごとく弾いていった。だがエルザも負けてはいない。時折防御の合間に差し(はさ)まれる雷撃(らいげき)(ごと)一撃(いちげき)一撃を、瞬間(しゅんかん)的な反応だけで叩き落とす。

 十数合にも及ぶ攻撃の応酬(おうしゅう)ののち、二人の剣が正面から激突し、鍔迫(つばぜ)り合いにもつれ込んだ。息がかかるほどの距離で互いに(にら)み合う。しかし、両者共にその口元は(ほころ)んでいた。

「なかなかやるな……ッ」

「有り(がた)いお言葉ですね」

 だがエルザは、この時点においてまだバーナ・トールスの脅威(きょうい)というものを見誤っていた。

 バーナが剣を握るのは、いつしか右手のみになっており、左手はフリー。それに気づいた瞬間、その左手に(まば)ゆい光が出現する。

 危険を察知してバーナを突き(はな)し、距離を取ろうと後方に()ぶが、その動きに追いすがるようにバーナの左手が動き始める。

 十分に距離を取った──はずだった。しかし彼女の左手に生まれた光が細長い(やり)を形成した途端(とたん)、その穂先(ほさき)が一瞬、しかしはっきりと目に見えて伸長した。

「ぐッ」

 (よろい)の腹に鬼の腕力を乗せた重く強烈な一撃をまともにもらい、エルザは(うめ)いてたたらを踏む。顔を上げ、奥歯を食いしばりながら彼女を見た。

「それがお前の魔法(まほう)……いや、武法か……」

「その通りッ。私の『フォージ』は、超高温のマグマから金属製の様々な武器(もの)を造り出す武法です。剣一本で戦っていては、手数で私に(かな)いませんよッ!」

 バーナが槍を消して左手をなぎ払うように振ると、今度は彼女の周囲に無数の小さなマグマの球が出現する。それがナイフに変じると、バーナはこちらに向かって一斉(いっせい)に解き放った。

「『千本刀(サウザンド・ブレード)』ッ」

 しかし、その直線的な軌道を読み(たが)えるエルザではない。目を見開いて技の軌道を読み切ると、一刀流で命中弾のみを正確に弾き、魔力を発動させた。

換装(かんそう)炎帝(えんてい)の鎧‼」

 すると、エルザの全身を(つか)の間強い光が包み、まとっていた鎧が赤と黒の炎を模したデザインの鎧に変化する。髪型もストレートからツインテールに変化していた。

 異空間にしまってある武器や鎧を瞬時(しゅんじ)に呼び出して装備する──これがエルザの操る魔法、その名も換装魔法『騎士(ザ・ナイト)』である。

 この鎧は火属性の魔法に耐性をもつ。彼女は自身の武法を、『超高温のマグマから武器を造り出す』ものと語った。そこから、火属性の攻撃も可能であると類推するのは至極(しごく)自然。

 バーナが、走り込むエルザを迎え入れるように両手を開く。と、次の瞬間(しゅんかん)、武法の特性を活かした多彩な連続攻撃(こうげき)が始まった。

 剣と太刀(たち)、太刀と大剣(たいけん)、大剣とナイフ、戦金槌(ウォー・ハンマー)、長槍、薙刀(なぎなた)、そして斧槍(ハルバード)。上下左右正面あらゆる方向から次々と(おそ)い来る斬撃(ざんげき)打撃(だげき)刺突(しとつ)、そして()ぎ払いを、エルザは火属性の二刀流とステップ回避(かいひ)ですべて受け切る。

 猛攻(もうこう)(さら)されながらも、エルザは冷静にバーナの技について考察していた。ここまでの戦闘(せんとう)で、二つほどわかった事がある。

 彼女の操る武法『フォージ』は、基本的にはエルザの換装魔法やグレイの造形魔法に似た特徴を有している。だが、一度造り出したものをマグマに戻して直接別のものに造り変えたり、造り出したものの形状を保ったままその一部分だけをマグマに戻したりできる。

 バーナの視線の置き方や両手の動きに集中していれば、次の攻撃がどこから来るか大方の予想は可能だ。一部をマグマに戻した武器による攻撃も、この火属性の剣を使っている限りは十分受け切れるだろう。だがそれだけでは現状を打開するには足りない。

 斧槍の一撃を大きく跳んでかわした直後、エルザは再び魔力(まりょく)を発動させた。

「換装、幽絶(ゆうぜつ)(よろい)‼」

 すると今度は髪型はハーフアップに、鎧はワンピースのビキニとロングドレスが組み合わさったような戦闘スーツに変じていた。背後には、あたかも鳥の羽の如く複数の巨剣(きょけん)がその()っ先を地に向けて展開、浮遊している。

 防戦一方だった不満を爆発させるがごとく、エルザは猛然(もうぜん)とバーナに()りかかった。

「うわッ」

 斧槍(ハルバード)という長柄(ながえ)武器を出していたことが(あだ)となって一瞬(いっしゅん)反応が遅れ後退したところに、容赦(ようしゃ)なく空中の剣を放つ。

 バーナは危なげなく攻撃を受け、または(かわ)していくが、その体勢に(すき)を見るやエルザが直接手に取った剣を差し挟むため、今度はバーナが防戦一方となる。

 そしてエルザは知っている。この鎧の真の恐ろしさは、この密なる連環攻撃には無いことを。

 宙を自在に舞うすべての剣をバーナが弾き、そこに一瞬の油断が生まれた瞬間(しゅんかん)、エルザは一気に間合いを詰め一撃を──浴びせるではなく、そのまま彼女の(わき)を走り抜けた。

「……?」

 頭上に疑問符を浮かべるバーナに背を向けたまま、エルザは静かに口を開く。

「私の剣は……──斬ったことに気づかせない‼」

 次の瞬間、(すさ)まじい斬撃の嵐がバーナを襲った。

「ぐあああぁぁぁッ!」

『おぉっと、これは凄まじい一撃が入りましたッ! バーナ選手、大丈夫かッ? ──? あれは……?』

 決着を確信したエルザだったが、その感慨(かんがい)はすぐに驚愕(きょうがく)へと変じる。

 ──エルザの剣が、至るところからドロドロと溶け出している。

 あわてて背後、悲鳴を上げるバーナを振り返ると、そこにはエルザをして(おどろ)くべき光景が広がっていた。

「あああぁぁぁ…………っと、いやぁ、咄嗟(とっさ)に防いで正解でしたよ」

 そこには、体の各所に赤熱(せきねつ)するプレート状の防具をまとった一人の鬼が立っていた。

『あれは……。バーナ選手の『熔炎の鎧(バーニング・スケイル)』だーッ! バーナ選手、見事にエルザ選手の攻撃を返り討ちにしていたーッ‼』

 

 

      3

 

 

 バーナの体から凄まじいオーラが(ほとばし)り、彼女の黄色から赤へとグラデーションのかかった髪を逆立たせ、白い角と相まってさながら炎のように見せる。

 

 

 ルーシィは、バーナが見せた技の数々に感嘆を禁じ得なかった。

 エルザの戦闘(せんとう)能力が彼女に劣っている、ということは断じてない。(むし)ろエルザの方に分がある。それは戦闘が始まる前から薄々わかっていたことだが、バーナはその多彩な攻撃(こうげき)手段で、見事にエルザを撹乱(かくらん)していた。

 その時、ボシュッという音とともに本日何度目かになる「あうッ」という声が(かたわ)らから聞こえ、ルーシィは苦笑しながらそちらを見る。

「あの、さっきから何やってんの?」

 声の主、ミレーネは、片手を軽く持ち上げた格好(かっこう)のまま口を開いた。

「あの子が本気出すとこっちまで熱波が届くから暑いのよ」

 その言葉にルーシィは納得(なっとく)する。彼女は水分を操る武法を扱うこともあって、熱や乾燥を嫌う節がある。たったいまも、熱を遮断(しゃだん)するために霧をまとっていたところ、バーナが魔力……ではなく武力(ぶりょく)を発動させたため、そのベールが破れてしまったのだろう。

 ただ、霧をまとっていてエルザたちの戦闘が見えているのか(いな)かは、(はなは)だ疑問だが。

「ねぇアシュリー、あなたなら、簡単に消えない霧を出すくらいできるでしょ? ちょっと私に使いなさいよ」

「まったく、いつも冷静なクセにこういう時だけ我儘(わがまま)言うのね痛い痛い痛い! わかった、使ってあげるからほおをひっはらないれ!」

 

 

 エルザの体は驚愕に(こお)りつきそうになりながらも、脳からの命令によって自然にバーナから距離を取っていた。

 ──幽絶の(よろい)での攻撃を防ぐとは驚いた。ならば、これならどうだ!

換装(かんそう)天輪(てんりん)の鎧‼」

 思考を立て直したエルザの髪はストレートに戻り、代わりに全身に白銀に輝く美しい鎧をまとっていた。その背には、飛行能力こそ無いものの巨大な(つばさ)が生えている。まるで、きらびやかな衣装をまとった天使になったようだ。

 ──(しか)り、いまのエルザは、戦場に降り立つ鋼鉄の天使だった。

 天輪の鎧──エルザが持つ鎧の中でも、特に多彩な攻撃法をもつ鎧である。

 エルザは高く飛び上がると、その周囲に無数の剣を展開する。

「天輪・繚乱の剣(ブルーメンブラット)‼」

 エルザの周囲に浮かんだ剣たちは、変幻自在な軌道を描きながらバーナに殺到(さっとう)する。

「無駄ですッ。『灼熱の光環(ブレイズベール)』ッ」

 バーナが叫ぶと、彼女の身体を中心に周囲の床面が溶けるほどの熱波が放射された。

 そのすべての()っ先を彼女に向けて飛んでいた無数の剣は、あまりの高熱に残らず無残な姿に変形して床に落下する。

 エルザは着地すると、反撃に備えて更に距離を取りながら魔力を発動。

「逃しませんよッ。『火炎の一薙ぎ(フレイム・リーパー)』‼」

 ──換装、金剛(こんごう)(よろい)

 エルザが一対(いっつい)の巨大な半月型の(たて)をかざしたのと、バーナが放った三節棍(さんせつこん)による()()が届いたのは、ほぼ同時だった。

 遠心力により元の全長の何倍にも伸びた三節棍は、その一節の表面をマグマに変え、超高温により金剛(ダイヤモンド)製の盾に面白いようにめり込んでいく。しかし、あわやというところでエルザはその一撃を受け切っていた。

 盾を放棄し反撃に転じようと魔力を発動したところで、バーナが再び叫ぶ。

「く……ッ。それなら……ッ」

 彼女が三節棍を目の前に水平に(かか)げると、棍はドロドロと溶け出し、その姿を二(ちょう)拳銃(けんじゅう)に変えた。

 次の瞬間(しゅんかん)バーナが左右の引き金を引きまくり、銃弾の暴風が(おそ)い来る。

 転瞬(てんしゅん)立ち止まったエルザの判断は、至って冷静だった。かざした剣を高速で動かし、弾丸を次々と撃墜(げきつい)していく。

 その光景を、バーナは果たしてどんな気持ちで見ただろうか。それは、彼女の青ざめた顔を見れば明らかだった。

「えぇ!? 銃弾を()るとかもう反則じゃないですかぁ」

「? 何の話だ? そんなルールは聞いていないが」

 言葉の意味を判じかねたエルザの返答に、バーナはがくりと項垂(うなだ)れる。

「いや、そういう意味じゃなくてですね……。まぁ、いいです」

 彼女は一転してキッとこちらを見据(みす)えると、大きく一歩退いた。

貴女(あなた)の実力、十分理解しました。私も、全力で応戦させて頂きます……ッ」

 そう言うと、バーナは両(あし)をたわめ、闘技場の天井(てんじょう)に届かんばかりの高さまで()び上がる。それを見て、エルザも走り出していた。

「これで、決めます……ッ。『烈火岩鎚(ボルカニック・ボム)』ッ!」

 彼女が出したメイスの頭部表面が真っ赤に赤熱(せきねつ)し、振り降ろされた勢いで隕石(いんせき)もかくやという速度で(せま)り来る。同時に、エルザは思い切り跳び上がった。

 ──換装(かんそう)黒羽(くれは)(よろい)

「黒羽・月閃(げっせん)ッ」

 悪魔(あくま)(ごと)(つばさ)をもつ漆黒(しっこく)の鎧に身を包んだエルザの体は、降り注ぐメイス頭部と衝突(しょうとつ)する直前、最早(もはや)考えずとも駆動(くどう)していた。

 下段に構えた剣を(なな)めに振り上げて、メイス頭部を一刀両断する。そしてバーナが「え?」と漏らす(ひま)もあらば、(すで)に次の行動に移行していく。

 換装、天一神(なかがみ)の鎧──。

「天一神・星彩(せいさい)ッ!」

 黄金と青で統一された鎧に一瞬にして身を包んだエルザは、同時に手にした薙刀(なぎなた)をバーナに向けて振り降ろした。

「ぐあああああぁぁぁぁッ‼‼」

 エルザは目を伏せたまま着地。一拍(いっぱく)遅れて、戦闘不能となったバーナが闘技場の床に(たた)き付けられる。

『け、決着、決着、決着ーッ‼ エルザ選手の華麗(かれい)な一撃が、見事バーナ選手を打ち破ったぁッ! スミレ(やま)人妖対抗親善試合、第一試合の勝者は、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』チーム、エルザ・スカーレット選手だああぁぁッ!』

 (あや)の実況に、爆発的な歓声が上がった。エルザはその中に自分の仲間達のみならず、橙鬼館(とうきかん)の妖精メイド達の声も混じっていることを余すことなく(さと)り、全身で受け止めた。

 




はい、第一試合は見事エルザさんの勝利!
まぁ、エルザさんは相変(あいか)わらず色んな意味でエルザさんでした笑
なお、投稿が大幅に遅れてしまったお詫びと言ってはなんですが、これまでのストーリーをちょっとだけ加筆修正しておきました。自分のモットーは『何度読んでも楽しめる作品』を作ることですから、改めて読み返したいという方は大歓迎してお待ちしております。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第8話 スミレ山編 その魔法(ちから)は善なるか

前回難産になったお陰で、今回は少し早く投稿することに成功しました! わーパチパチ。
前回に引き続き、今回もバトル回です。
それでは第8話、どうぞ!


 最初に聞こえてきたのは、チュンチュンという鳥の鳴き声だった。

 なにか、とても柔らかいものにくるまれている。温かくて心地いい。

 沼の底から()い出るように意識が覚醒(かくせい)していった。

 目を開け、視線を宙にさまよわせる。見慣れた木製の天井(てんじょう)。ベッドに寝かされている。

 ジュビアはぼやけた思考をまとめようと、頭を回転させる。自分はどうしてこんなところにいるのだろうか。

 確か昼、家に帰ってきたグレイを出(むか)え、彼の話を聞き、それで──。

 その時、ジュビアの顔が耳まで真っ赤になった。

 思い出した。ジュビアはグレイを見送るために戸口に立ったところ、振り返った彼の余りに(さわ)やかな微笑に気分が高揚(こうよう)し過ぎてしまい、その場で気絶してしまったのだ。

 ──つまり、グレイ様はジュビアをお姫様()っこでベッドまで運んで──ッ。

『まったく、しょうがないな、ジュビアは』

『それじゃあ、行ってくるぞ』

 そういって、グレイが気を失ったジュビアの(ほお)一時(いっとき)のお別れのキスをする。そしてそれでもジュビアは目を覚ますことなく、グレイに寝顔をばっちり観察され──。

「〜〜〜〜〜」

 ジュビアは体を半回転させてうつ()せになると(まくら)に顔を()め、()ずかしさに足をばたつかせて悶絶(もんぜつ)した。

 ──あー! あーッ!

 と、そこではっとして顔を上げる。

 自分はどれだけ眠ってしまっていたのだろう。いま(ごろ)グレイたちは、依頼(クエスト)の目的地に向かっているか、もう着いた頃合いのはずだ。

 時計を見ると、時刻は午後の二時を指していた。

 

 

      1

 

 

『さあッ。一試合目から早速盛り上がってきたスミレ山人妖対抗親善試合! 続いて登場するのは一体(だれ)なのかッ? 

 ──まずは『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』チーム。……あれは……ッ。週刊ソーサラーのイケメン魔導士(まどうし)ランキング上位ランカー、グレイ・フルバスター選手ッ‼』

 闘技場右側から黒髪の青年が現れると、妖精たちの一部から歓声が上がる。どうやら、先ほどのエルザとバーナの戦いで、少なからぬ数の妖精メイドが『妖精の尻尾』の(とりこ)になったらしい。

「おしッ、やってやるぜッ」

『……続いてスミレ山チーム。二番手にしてこのヒトの登場だ! 彼女の警備が破られたのは未だたったの一回! 橙鬼館(とうきかん)を守る鉄壁の門番、『姿無き暗殺鬼(インビジブル・ガーディアン)』の二つ名を持つ、ミレーネ・カトラシア選手ッ‼』

 闘技場反対側から彼女が現れた瞬間(しゅんかん)、観客席、今度はルーシィ達とは反対側の水妖精(ウンディーネ)がいる辺りから爆発的な歓声が上がった。恐らく鬼のなかでも、特に人気を集める妖精の種族には(かたよ)りがあるのだろう。

「ミレーネさーん、頑張って下さーい!」

 ルーシィの横で、先刻(せんこく)のアイリスと同様に声を張り上げるバーナに、ルーシィは苦笑して口を開いた。

「アンタ、さっきまで戦ってたのに、休んでなくていいの?」

 バーナの身体を包むメイド服は、先ほどのエルザとの戦いを受けてボロボロになっており、右腹部の赤い山のマークが(あらわ)になっている。

 すると彼女はむっとしてこちらを見る。

「心外ですねぇ。私だってこう見えて、れっきとした鬼なんですからね? 貴女(あなた)方人間と違って、体は丈夫なんですよ」

「あら、それはごめんなさい……」

 ルーシィが()びると、鬼のメイド長はすぐに笑顔に戻った。

「まぁ、別にいいですよ。……ミレーネさん、応援してますから──」

 ──その時、ゴキッと嫌な音がして、バーナの体がよじれる。

()……ッたい……ッ」

「…………馬鹿(ばか)

 彼女の向こう側に立っていたアシュリーが、小馬鹿(こばか)にしたようにぼそりと(つぶや)いた。

 

 

 紺色(こんいろ)の流線形の(つの)が特徴的な鬼の少女は、真っ()ぐ歩いてくると立ち止まり、泰然(たいぜん)と笑って口を開く。

「私はレンカと違って遊びで戦うことはあんまりしたくないけど、やるからには簡単に負けるつもりはないわよ」

 その言葉に(こた)えるようにグレイは着ていたシャツを脱ぎ捨て、上半身(はだか)になると左手に右拳(みぎけん)を重ねて構えた。

「──上等だ。どっからでもかかってこい」

 

 

      2

 

 

 ミレーネは特に構えを取る様子も見せず、再び口を開いた。

「あなたには、一度手の内を説明してしまってるわね」

「フン、それがどうし……──ッ」

 不意に、鬼の少女の周囲に濃い霧が立ち込め、彼女の姿を(おお)い隠していく。

「──でも、その程度のことで私に勝てるとは思わないことね」

 ミレーネを包んだ霧はすぐに闘技場全体にその範囲を拡大していき、一気に視界が悪くなった。

 咄嗟(とっさ)にパニックに陥りかけ、グレイはすんでのところで抑え込む。

 ──眼で(とら)えようと思ったら駄目だ。

 もどかしい焦燥(しょうそう)と恐怖に板挟(いたばさ)みになりながら、息を吸い、(ふる)えながら吐く。

 目を閉じ、触覚と聴覚に全神経を集中させつつ思考を巡らせた。

 相手は霧に(まぎ)れて攻撃(こうげき)してくる。それだけではない。彼女は霧が無くとも姿を隠す技をもっている。

 しかし、たとえ姿が消えても実体までなくなるわけではあるまい。

氷造形(アイスメイク)、『(フロア)』ッ」

 グレイは両手を床に突き、魔力(まりょく)を発動させた。

 一瞬(いっしゅん)にしてグレイの両手を中心に氷が拡がっていき、闘技場の床のほとんどを覆い尽くす。

 直後、ミレーネが立っていた位置のはるか横から、どさりとなにかがくずおれる音がした。

 ──そこかッ!

「氷造形、『氷創騎兵(フリーズランサー)』‼」

 グレイが放った無数の氷の(やり)は、(ねら)(あやま)たず標的、転倒したミレーネに全弾(ぜんだん)命中。ミレーネの武力(ぶりょく)が解除され、にわかに霧が晴れる。

 ミレーネは曲芸めいた動きで(こお)った床に手をついたかと思うと高速で一度バック転し、靴跡(くつあと)を引きながら後退した。

「まさか床を凍らせてくるとはね、やってくれるじゃない。霧の中で私を捉えたのはあなたが初めてよ?」

「へッ、そりゃ(うれ)しいね」

「じゃあ、これならどうかしら?」

 そう言うと、(てのひら)の上に霧の球を出現させる。

「見(おぼ)えはあるんじゃないかしら?」

 その言葉に、グレイは不敵に笑った。

「あぁ、あのゴキブリを退治した技か。なんだよ、(おれ)もあんな(ふう)に簡単に倒せるってか?」

 グレイの嫌味に、ミレーネも(わず)かに笑みこぼれる。

「そうじゃないわ。こんな使い方も……」

 不意にミレーネが(うで)を振り上げ、グレイはようやくその意図を悟った。

「──あるってことよ──ッ!」

 霧の球は彼女の足下に投げつけられた途端(とたん)爆発し、煙幕よろしく彼女の姿を覆い隠す。

 しまッ──。

「──氷造形、『槍騎兵(ランス)』ッ」

 可能な限りの高速で造形を終え放った槍は、しかしわずかに間にあわず、発生した霧を拡散させるだけに(とど)まった。

「さぁ、あなたの実力、見せてもらおうかしら」

 ミレーネの声は闘技場のあちこちに反響(はんきょう)して、出所がわからない。

「せっかくだから、私のもうひとつの技もいま教えてあげる。『霧衣迷彩(ミストローブ)』。水蒸気を全身にまとって任意に光を()じ曲げる技よ。当然、姿が見えなくなるだけだから足跡は消せないけど、この状況であなたが私を捉えるのは不可能に近いわね」

「ご丁寧(ていねい)にどうも」

 ぶっきらぼうに言い放ちながらも、グレイは絶望的な戦力の差に意識が遠のきかける思いだった。

 『床』による転倒という作戦を使ってしまったいま、グレイの動向に対するミレーネの警戒レベルは限りなく高くなってしまったとみて良い。加えて彼女の言葉通り、目視で捉えようにも、霧の動きを見ることすら封じられた。どうすればいい。どうすれば。

 その時、背後で(かす)かな音が聞こえ、思わず体が反応してしまう。

 ──氷造形──ッ。

「──遅い」

 つまらなそうな声がすぐ後ろで聞こえたかと思うや、虚無(きょむ)より切り出された人型の凶手から素早(すばや)斬撃(ざんげき)が放たれる。

「ガッ」

 無理矢理体を(ひね)って、造り出した氷の剣を振り抜くが、その刃は(むな)しく空を切った。

 

 

 ルーシィは戦闘(せんとう)の様子を、固唾(かたず)()んで見守っていた。といっても、自分にもミレーネの姿は見えていない。グレイがでたらめに氷の剣を振りかざす度にどこからともなく不可視の斬撃が走り、彼の全身にどんどんと傷を増やしていく。しかもグレイの攻撃(こうげき)にカウンターの要領で放たれるその速度は、回数を増すごとに段々速くなっているようだ。

『あぁーッと、これは一方的な展開! グレイ選手、なすすべもなくミレーネ選手の猛攻(もうこう)(さら)されていますッ!』

「勝負あったわね」

 (すず)しい顔で(つぶや)くアシュリーに反論しかけるが、その声は喉元で()れて(つぶ)れてしまう。

 (くや)しいことにルーシィにも、この状況をグレイが打開するビジョンが見えてこなかった。

 

 

      3

 

 

 もう何度目にもなる斬撃に、グレイは遂に(ひざ)を突いた。

「あら、もうお(しま)い? (さみ)しいわね」

 ぐうの()も出ない。なんとか頭を回転させて、返す言葉を探すが、(にく)まれ口を(たた)く余裕すらもないほどにグレイはダメージを受けていた。

「他人をいたぶる趣味(しゅみ)はないから、これでひと思いに終わらせてあげる」

 再びいずことも知れぬ虚空(こくう)から声がして、立ち上がりかけていたグレイを濃い霧が包む。

 マズイ、この感じは──ッ。

「蒸発」

 次の瞬間(しゅんかん)、想像を絶する激痛が全身を駆け抜けた。

「がああああああッ!」

 グレイを包んだ霧が一気に沸騰(ふっとう)、蒸発し、超高温の水蒸気が全身を焼く。

 しかしその刺激は、かえってグレイを奮い立たせる結果となった。よろめきながら立ち上がり、笑う膝をなんとか立たせる。

「あら、まだ立てるの? まぁ、そうじゃなくちゃ面白(おもしろ)くないけどね」

 絶望に歯を食いしばりながら、顔を上げて前方を見る。辺りに視線を巡らせるが、やはりミレーネの姿は依然(いぜん)として()き消えたままだ。

 ──冗談(じょうだん)じゃねぇ……このまま終わらされてたまるかよ……ッ。

 グレイが氷の剣を取り落とすと、落ちた剣は(はかな)い音を立てて(くだ)け散ってしまう。しかし、グレイはすでに別の秘策を用意していた。

 ──そっちがその気なら、(おれ)にだって考えってモンがあんだよ……ッ。

「そうねぇ……。私としてはこのまま楽に終わらせてあげたいんだけど、降参してもらうわけにもいかないし……」

 ぶつぶつと余裕綽々(しゃくしゃく)の態度を感じさせる調子で(つぶや)くミレーネの声は、心なしか、前方からしているように聞こえた。

 勝機。

 グレイが右(うで)に左手を当てて魔力(まりょく)を発動させると、グレイの半身に黒い(あざ)が浮き上がる。

 ──油断大敵、だぜ……ッ。

(こお)りつけ、『銀世界(シルバー)』ッ!」

 グレイが叫ぶと同時に、辺り一帯が赤い氷に包まれた。当然、勝利を確信して完全に(すき)を見せていたミレーネも巻き込まれ、棒立ちになったまま氷の彫像と化している。

 グレイは再び魔力を発動させる。

氷雪砲(アイス・キャノン)‼」

 グレイがその肩に出現させた巨大なランチャーから放たれた氷の衝撃波(しょうげきは)は、氷漬けになったミレーネに苦もなくクリーンヒット。彼女を覆っていた赤い氷を粉砕しながら矮躯(わいく)の少女を()き飛ばす。

『おぉっと、これは強烈な一撃! 氷漬けになったミレーネ選手を見事吹き飛ばしたーッ!』

 観客席から歓声が上がるのを、グレイは目を伏せて聞いていた。

 

 

「やったッ」

 ルーシィが叫ぶと同時に、(となり)にいたレンカの身体がぴくりと動く。彼女とて、まさかあそこからグレイが反撃に転じるとは思わなかったのだろう。

 ──そう思いながら得意絶頂になってそちらを見たルーシィの表情は、一瞬(いっしゅん)にして凍りついた。

「あれは……」

 レンカは、見たこともないような凄絶(せいぜつ)な表情をしてグレイを見据えていた。ルーシィも、その表情の意味するところをすぐに理解する。

 スミレ(やま)の中腹で出会ったミレーネの言葉が、脳裏に再生された。

『鬼には色んな特徴があるわ。まず基本的に酒と勝負事が大好きで、(うそ)と悪魔が嫌い』

『ちなみにウチにはあと何人か鬼がいるけど、彼女達の前では悪魔の話は基本タブーよ、気をつけてね』

 グレイが先ほど状況を打開すべく使った、広範囲を氷漬けにする技は、氷の滅悪(めつあく)魔法(まほう)──要するに、悪魔の力だ。

 彼の行動は、いままで自分達を客人として自然に受け入れてくれていた彼女たち鬼の禁忌(タブー)に触れてしまうものだったのではないか。

 しかつめらしい顔で黒髪の青年を見ていたレンカの口元は──しかし、不意に(ゆる)んだ。

「まぁいいだろう。仮にもあいつはあんた()の仲間だ。悪い奴じゃないんだろう? 良い悪魔、ってことで」

 その言葉にルーシィは内心で安堵(あんど)に胸を()で降ろしながら苦笑した。

「なによ、()()魔って……」

 レンカは気まずそうに、ぎこちなく苦笑する。

「……けど、あいつは……」

「?」

 ルーシィが視線を追うと、彼女の視線は、闘技場の中央、鬼の少女に向けられていた。

「──まずいわね……」

「え、なにが……?」

 嫌な予感をひしひしと感じながら振り返ると、アシュリーも先ほどのレンカ同様に厳しい眼差(まなざ)しを彼女に向けている。

 アシュリーは、ことさらに暗い声を出した。

「私たち鬼が、嘘や悪魔を嫌ってるのは知ってるわよね? あの子はね、あの悪魔みたいな(つの)の形がコンプレックスになってて、私達の何倍もそのテの話に敏感(びんかん)なの」

 

 

 目を開けたグレイも、すぐに異変に気づいた。

 ──ミレーネの様子がおかしい。

 先刻(せんこく)まで余裕たっぷりにグレイに嫌味を垂れていた鬼の少女の顔は伏せられており、全身からは(くら)い気を放っていた。

「…………力を……」

「あ……?」

「──なんで、悪魔の力を使えるの?」

 そのひとことで、グレイも状況をすべて理解した。だが戦っている手前萎縮(いしゅく)するわけにもいかず、努めて冷静に、余裕の態度で構える。

「あぁ、これか? 実はちょっと訳あって、昔戦った奴からもらってな──」

「──……が……」

「なに……?」

「人間が、悪魔の力を使える訳がない。もし、あなたが私に……()()()(うそ)()いているというなら……」

 ミレーネはなおもぼそぼそと口の中で(つぶや)きながら、右手の中に何やら短い棒状の物体を呼び出す。

 それは円筒(えんとう)形の氷だった。グレイが(いぶか)しんだのも(つか)の間、今度はその先端から勢いよく水が噴射される。さらに、噴き出した水流は即座にその範囲を(せば)めていき、最終的に細長い水の刀身のような見た目へと収束した。

 しかし、その形状は氷の(つか)と同様に円筒形で、先程まで彼女が浴びせてきていたような(するど)斬撃(ざんげき)を放つのに適しているようには見えない。

 グレイはミレーネが新たなアクションを起こす予感に、警戒しつつ氷の大剣(たいけん)氷聖剣(コールドエクスカリバー)』を出して構えようとした。

 しかし。

 それよりも圧倒的に早く。

 ミレーネの姿が(かす)んだかと思うや、グレイの身の丈を超えるほど巨大な氷の刀身が(またた)く間に粉砕される。いつの間にか彼女はグレイの(わき)をかすめ、十メートル背後に立っていた。

「ぐ……ッ」

「私は、絶対にあなたを許さない……ッ‼」

『おっとミレーネ選手、いきなりの早業(はやわざ)でグレイ選手の技の出かかりを(つぶ)したぁッ』

 (あや)の実況が入るが、(だれ)も歓声を上げることはなかった。その場にいた全員が、もう状況を痛いほどに理解できていたからである。

 

 ──このまま試合を続けるのは危険だ。

 

 しかし同時に、もう一つ理解していたことがある。

 それは、ここで試合が中断されることはないということ。なぜならその瞬間にこの親善試合の趣旨(しゅし)が崩壊し、鬼と人との間に決して消えない(みぞ)を刻んでしまうことにもなりかねないからだ。

 ──グレイ独りの力で、切り抜けるしかない。

白霧刀(はくむとう)・シラナミ。それがこの()の名前」

 もはや怒りすらも通り越したのか、静かに(たたず)む鬼の少女の声はいっそ(おだ)やかですらあった。

「『この世に高圧の水ほど硬い物質はない』。それが私の座右(ざゆう)(めい)よ。そして──」

 ミレーネの姿が再び()き消え、(すさ)まじい斬撃の嵐がグレイを(おそ)った。

「ぐああああぁぁぁ‼‼」

「──この言葉を、あなたの冥土(めいど)土産(みやげ)として送るわ」

 

 

「グレイ様ぁ……愛してますぅ……。──ハッ」

 夢と(うつつ)(かよ)()が絶ち切られ、ジュビアは反射的に跳ね起きる。

 ──なにか、嫌な予感がする。

 ジュビアの『グレイ様レーダー』に恋敵(こいがたき)候補が引っかかった? いや、そうではない。

 これは何か、もっと……そう、もっと邪悪な……。

 外を見ると日は(すで)にとっぷりと暮れており、窓の外には数メートル先も見通せない(やみ)が広がっている。

 時刻は、午前三時前を指し示していた。

 

 

 グレイは、満身(まんしん)創痍(そうい)の状態ながらもなんとか立っていた。

「こ、の……野郎ォ……ッ」

 (けもの)のように荒い息を漏らしながら、背後、こちらを静かに(にら)()える鬼の少女を睨み返す。

 もう、なりふり構っていられなかった。

 グレイはその行動が火に油を注ぐようなものと理解しながらも、再び魔力を発動させた。

「いきなりすばしっこく、なりやがって……これでも食らいやがれ……ッ」

 グレイが弓を引く構えを取ると、その手の中に赤い氷の弓矢が出現する。グレイは残る全魔力を注ぎ込んで、矢をミレーネに向けて放った。

氷魔(ひょうま)(ゼロ)破弓(ハキュウ)ッ!」

 しかし、またもミレーネの姿が(かす)む。そこからは、奇妙にスローモーションで世界が流れた。

 彼女がゆっくりと走り込んでくると同時に、高速で放たれたはずの矢が同じくゆっくりとミレーネの胸に吸い込まれていく。

 だが、矢が当たる直前、彼女の左手が動いた。

雲散霧消(ウォーターバニッシュ)

 永遠のような刹那(せつな)、グレイは確かに、彼女が技名を(つぶや)くのを聞いた。同時に、自身が犯した失策に歯噛(はが)みする。

 ──しまった、こいつは水だけじゃなく、氷まで──ッ。

 その時には、赤い氷の矢はボシュッという音と共に蒸発し、ミレーネの放った突きが回避(かいひ)不可能な距離にまで(せま)っていた。そして──。

 

「──止まれミレーネッッッ‼‼」

 

 突如(とつじょ)闘技場内に(とどろ)いた稲妻のごとき大喝(だいかつ)に、その場すべての時間が停止した。

 グレイは、固い(つば)をごくりと飲み込む。

 ミレーネの放った、超高圧の水の刀身による神速の突き込みは、グレイの喉元(のどもと)からわずか数ミリのところで永遠に停止していた。

 

 

 ルーシィがびっくりして耳を(ふさ)ぎながら(となり)を見上げると、橙鬼館(とうきかん)当主・レンカの厳しい表情があった。

『えー、し、勝負の結果は……』

「──疾風丸(はやてまる)、一回(だま)ってな」

『あ、ハイ……』

 有無を言わせぬレンカの眼光(がんこう)に、司会者席でなにかを言いかけた(あや)(ちぢ)こまる気配。

 レンカはバルコニーの手すりに右手(あし)を乗せると、鬼の膂力(りょりょく)でもってごくごく自然な動作で飛び降りる。

 着地衝撃(しょうげき)(かが)んで殺し、長身の女性は迷いなく真っ()ぐ、動作を停止しているミレーネに向かって歩いていく。そして、彼女の左(うで)(つか)むと、押し殺した声を出した。

「おい、どういうことだミレーネ。いまの一撃(いちげき)、間違いなくグレイ(こいつ)を殺す気だったろ……ッ。これが親善試合だと知っての行動かッ?」

 ミレーネはそれでも動かなかった。しかし、やがて右腕を降ろすと、シラナミを消して(きびす)を返す。

「どこに行く。おい、ミレーネ……ッ」

 レンカの制止も聞かず、鬼の少女は一人、闘技場の奥ヘと消えていってしまった。

 レンカはしばらく黙っていたが、すぐに二階バルコニーを見上げてよく通る声を出す。

「済まない、(みんな)、試合は一旦(いったん)中止だ。勝負はあいつの勝ちでいいが、あたしはそれよりもあいつをなだめてくる。──アシュリー、後の事は(たの)んだ。あたし達が帰ってくるまでの間、()()たせておいてくれ!」

 そう言うが早いか、彼女もミレーネを追って闘技場の奥ヘと走っていってしまう。

 その様子を、誰もが呆然(ぼうぜん)と眺めていた。




はい、今回はミレーネさんの勝利!
……というより、少し(?)暗い感じで締めくくる形になってしまいました。
次回はレンカさんの言う通り試合は一旦お休みして、シリアス回になる予定です。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第9話 スミレ山編 鬼と妖精の輪舞曲(ロンド)

前回の後書きについて、訂正(ていせい)、というか追加情報です。
今回はシリアスメイン、バトルサブの二本立てストーリーでいきます。
それでは第9話、どうぞ!


「──止まれミレーネッッッ‼‼」

 

 突如(とつじょ)闘技場内に(とどろ)いた稲妻のごとき大喝(だいかつ)に、その場すべての時間が停止した。

 ルーシィがびっくりして耳を(ふさ)ぎながら(となり)を見上げると、橙鬼館(とうきかん)当主・レンカの厳しい表情があった。

『えー、し、勝負の結果は……』

「──疾風丸(はやてまる)、一回(だま)ってな」

『あ、ハイ……』

 有無を言わせぬレンカの眼光(がんこう)に、司会者席でなにかを言いかけた(あや)(ちぢ)こまる気配。

 レンカはバルコニーの手すりに右手(あし)を乗せると、鬼の膂力(りょりょく)でもってごくごく自然な動作で飛び降りる。

 着地衝撃(しょうげき)(かが)んで殺し、長身の女性は迷いなく真っ()ぐ、動作を停止しているミレーネに向かって歩いていく。そして、彼女の左(うで)(つか)むと、押し殺した声を出した。

「おい、どういうことだミレーネ。いまの一撃(いちげき)、間違いなくグレイ(こいつ)を殺す気だったろ……ッ。これが親善試合だと知っての行動かッ?」

 ミレーネはそれでも動かなかった。しかし、やがて右腕を降ろすと、シラナミを消して(きびす)を返す。

「どこに行く。おい、ミレーネ……ッ」

 レンカの制止も聞かず、鬼の少女は一人、闘技場の奥ヘと消えていってしまった。

 レンカはしばらく黙っていたが、すぐに二階バルコニーを見上げてよく通る声を出す。

「済まない、(みんな)、試合は一旦(いったん)中止だ。勝負はあいつの勝ちでいいが、あたしはそれよりもあいつをなだめてくる。──アシュリー、後の事は(たの)んだ。あたし達が帰ってくるまでの間、()()たせておいてくれ!」

 そう言うが早いか、彼女もミレーネを追って闘技場の奥ヘと走っていってしまう。

 その様子を、誰もが呆然(ぼうぜん)と眺めていた。

 

 

      1

 

 

「あわわ、ど、どうすれば……」

「落ち着きなさいレイン。──ベル()ぃ!」

 (あわ)てるレインを(たしな)めたシアンの言葉に、ベルクスは軽く首を振って気持ちを切り()える。

「わーってる。アシュリー様、どうすんだこれ!?」

 闘技場反対側の観客席にいるアシュリーは、至って冷静だった。

「私達は、お(じょう)様に言われた通りこの間を保たせればいいのよ。安心して、あの二人なら大丈夫」

 そう言って、複数の魔法石(まほうせき)を展開すると『念話(ねんわ)』をかける。

(みんな)、落ち着いて聞いて。最初に出場者を決める前、戦いたいと申し出たヒトは大勢いた。そこでこれから私たち残ったメンバーで、立候補制の試合を行うことを提案するわ。どうかしら?』

 困惑(こんわく)しながらも全員が同意のざわめきを生むなか、ベルクスは一人微妙(びみょう)な気分で鬼の魔術師を眺めた。

 ──この近距離で、『念話』使う必要あったか?

 

 

 レンカは一人、スタスタと先行する鬼の少女に追いすがるように手を伸ばす。

「ミレーネ、おい、ミレーネッ」

 しかし彼女は振り向かず、レンカの(つか)んだ手を振り(ほど)こうと激しく()する。

(はな)して……ッ。……いまは、独りにさせて」

「いいや、離さないね。ちょっとこっちに来い」

 半ば強引にミレーネの腕を引くと、自分の執務室まで連れてきて入らせる。

 肘掛(ひじか)椅子(いす)(こし)を降ろすと、目の前の少女に視線を()えたまま、組んだ両手に(あご)を乗せて口を開いた。

「さあ、何故(なぜ)あんなことをしたのか、理由を聞かせて(もら)おうか」

 

 

 妖精メイド達が次々と挙手した結果、アシュリーが提案した立候補制の試合は(またた)く間に始められた。

 ギィン、という音と共に二振りの剣が打ち合わされ、反動で双方が靴跡を引きながら吹き飛ばされる。

 水色の長髪を一つの三つ編みにした少年、ベルクスは銀の大剣(たいけん)を引き戻しながらにやりと笑った。

「剣遣いって知った時から、アンタとは一回手合わせしてみたかったんだよ」

 水属性の魔法(まほう)に耐性を持つ海王(かいおう)(よろい)に身を包み、煉獄(れんごく)の鎧に付属する異形(いぎょう)の巨剣を持ったエルザは、彼の言葉に不敵な笑みで応じる。

「それは奇遇だな、私も同じ事を思っていた」

 そこでおもむろにベルクスが大剣を引き(しぼ)り、突き技の気配をみせるが、エルザとの間合いは十メートルは開いている。

 魔力(まりょく)発動の予感に、刹那(せつな)の判断で横っ飛びするが、その動きをベルクスは読んでいた。

「『水蛇突咬(ファングスラスト)』ッ」

 水をまとった刀身が突き込まれると同時に、()っ先から()き出した奔流(ほんりゅう)が蛇を(かたど)りながら(おそ)い来る。

 防御しようと(かか)げた剣に水蛇(すいじゃ)()みついた。インパクトの瞬間(しゅんかん)、強烈な衝撃(しょうげき)に全身が(きし)みを上げ、靴底が激しく床を引きずる。

「手元に気をつけな。さもなきゃ(おれ)の蛇が得物(えもの)を頂くぜ?」

「フッ、では私も忠告しておくとしよう。攻撃(こうげき)する時は、常にその先を考えることだ」

「あ? なに言って……──ッ」

 不意に頭上に魔法陣(まほうじん)が展開し、ベルクスが(あわ)てて飛び退()くと、彼がたったいまいた位置に無数の剣が降り注いだ。

 エルザは剣を切り払うと、告げる。

「私の魔法は、武器(ぶき)や防具を装備するだけではない」

 ベルクスは(ほお)を引きつらせて笑った。

「ツッ……。つくづく底が知れねぇな、アンタって人は」

 

 

火竜(かりゅう)鉄拳(てっけん)ッ」

 ナツが振り抜いた(こぶし)は、しかし紫髪の少女に届く前に頑強な漆黒(しっこく)のバリアに(はば)まれる。

「ッてぇな、なんだよ、そりゃあ?」

 球状のバリアが消え、中から現れた少女は滞空したまま、(わる)びれもせずに小首を(かし)げて答えた。

「なにって、だから影だって言ってるじゃん」

「硬すぎんだろッ!」

 余りの防御力にツッコミを入れるが、ネフィリムはケタケタと笑う。

「こんなことも出来るよ? 武器化(アーマライズ)!」

 すると、彼女の持っている(つえ)の先端が黒い剣に変形する。いや、正確には影をまとったのだ。

「ゲッ」

 ナツが初撃(しょげき)(かわ)すと、ネフィリムは空中で捻転(ねんてん)して杖を()()()()()くる。やがてその先端が、鋭利(えいり)(かま)に変じた。

「うわッ、とッ」

 ナツは上体を(ひね)ってなんとか回避(かいひ)するが、ネフィリムは(つばさ)を細かく(ふる)わせて器用に全身を高速で回転させながら、武器の重量を感じさせないほどのスピードで次々と()ち込んでくる。その動きはランダムで、そのうえ距離を取ろうにも、ピッタリと張りつかれているせいで体勢を立て直す(ひま)がない。

 

 

「うわああああッ」

 ルーシィは悲鳴を上げながら矢の雨を必死で(かわ)す。

 リリスが操るのは、換装(かんそう)魔法『射手(ジ・アーチャー)』。異空間にしまってある弓と矢を瞬時(しゅんじ)に換装する魔法だ。エルザの『騎士(ザ・ナイト)』と違って異空間に入れて持ち運べる限界量は数ではなく重量で決まっているらしく、降り注ぐ矢の雨が()きる気配は無い。

 手甲(ガントレット)と一体化した弓を両の(うで)に装備したリリスは、得意げな顔で口を開く。

「あたいの『自動射手(オートマチック・アーチャー)』は弦を引かずに矢を放てるロングボウ。反撃できるもんならやってみなーッ」

「くう……ッ。それなら……ッ」

 ルーシィは腰元(こしもと)鍵束(かぎたば)から一本、金の鍵を取り出し掲げる。

「開け、人馬(じんば)(きゅう)(とびら)──サジタリウス!」

 するとルーシィの右手を中心に金色の光が(あふ)れ出し、馬の被りものをした男性が出現した。リリスが目を丸くする。

「おおッ、なんだい、そりゃ!?」

「あたしの魔法、星霊(せいれい)魔法よ。そして──ッ」

 次にルーシィは、持っていた人馬宮の鍵を胸に突き立てた。すると今度はルーシィの全身が金色の光に包まれ、黄緑色のドレスをまとった姿に変化する。その両手には、弓矢を(たずさ)えていた。

 ──ルーシィの第二の魔法、変身魔法である。

星霊衣(スタードレス)、サジタリウスフォーム! ──さぁ、いくわよッ」

「反撃開始、でありますからして〜もしもしッ」

 独特の口調で話すサジタリウスとともに弓を構え、お返しとばかりに一斉(いっせい)に矢を連射する。

「スターショットッ!」

()(たい)ッ、(いち)とはッ、ちょっと卑怯(ひきょう)だにゃあああッ」

 猫よろしく()つん()いのような格好(かっこう)で、ぎりぎりの回避を続けていたリリスだったが、やがてある一発を皮切りに連続で被弾(ひだん)する。

「にゃあッ!」

「やったッ。 ──ッて、えッ?」

 白煙(はくえん)(とばり)が晴れた先には、ルーシィの予想した光景はなかった。

 ──リリスの姿が無い。

 どうにかして回避したのかと思ったが、どうもそういう雰囲気(ふんいき)ではなかった。

 やがて、変化が訪れる。

 ──リリスがいた位置に小麦色の光が凝集(ぎょうしゅう)し、彼女の形ヘと徐々(じょじょ)に変化していく。

 最後に光が(はじ)け、無傷のリリスが現れた。

「あはは〜、油断しちゃったにゃ」

「どッ、どういう、こと……?」

 

 

「あぁ、彼女たち妖精はね、死なない代わりに、一定以上ダメージを受けると爆散(ばくさん)して、一分後に再生するわ、無限に。体がエーテルナノからできてるから」

「そんなのアリッ?」

 アシュリーの説明に裏返った声を出すルーシィだったが、その驚愕(きょうがく)はグレイとても同じだった。それでは妖精との戦闘(せんとう)は、大多数が途中で回復できない人間側の圧倒的不利ということではないか。

 だがそんな状況でも、悠長(ゆうちょう)に説明する時間を与えるほど、グレイの気は長くない。

「戦闘中によそ見できるほど余裕(よゆう)なのかよ!」

 ──氷造形(アイスメイク)、『槍騎兵(ランス)』ッ。

 アシュリーはちらりと横目でこちらを見ただけだった。次の瞬間(しゅんかん)、彼女の体が真横にスライドして氷の(やり)をかわす。アシュリーお得意の浮遊(ふゆう)魔法だ。

「あら、ごめんなさい。でも、親善試合なんだから気楽にいきましょうよ」

 その言葉に、グレイは(ほお)を引きつらせた。

「こっちは一回死にかけたんでね……ッ」

 アシュリーは悲しげな表情で応じる。

「あの()繊細(せんさい)なの。許してあげて。それに、いまは試合を楽しみましょう?」

 そう言うと、彼女は開いた本から複数の赤い魔法石(まほうせき)を展開して魔力を発動させた。灼熱(しゃくねつ)業火(ごうか)が発生し、奔流(ほんりゅう)となってグレイを包み込む。

 しかし、それよりも一瞬早く、グレイも魔力(まりょく)を発動させていた。たちまち赤い氷が拡がり、炎の波を包み返す。

 アシュリーが驚愕に息を飲む音がした。

「炎が、(こお)りついた……?」

「ヘッ、(おどろ)いたかい? こんな事もできるんだぜ?」

 グレイの言葉に、彼女がにやりと笑う気配。

「フッ、ますます興味深い……」

 

 

      2

 

 

 レンカの問い掛けからしばらくして、ようやくミレーネは重く閉ざした口を開いた。

「……あの人……グレイは、悪魔の力を使った」

「確かにその通りだ。あいつは明らかに人外(じんがい)の力を使っていた。でも、それはあいつがヒトじゃない証拠にはならない」

 ミレーネは()みつくように反撃してきた。

「でも……ッ。人間が、魔法(まほう)以外の力を使えるなんてこと、あり得るのッ?」

 レンカは一度目を()せ、慎重(しんちょう)に言葉を(つむ)ぐ。

「お前は、あいつ()の目を見たか?」

「え……?」

「あたしは見た。鬼のあたしを前にしても純粋(じゅんすい)で、それでいて強く、真っ()ぐな視線だった。それが、あたしがあいつ等を初見で信頼(しんらい)しようと決めた理由だ」

 ミレーネは毒気(どっけ)を抜かれたように鼻から息を()く。

「そう……。やっぱり、私はあなたとは違うわ」

「そうでもないさ。……なぁミレーネ。そもそも、鬼や悪魔、人間の違いってなんだと思う? 能力的な意味で」

 ミレーネは(あご)に手をやって考え込んだ。

「そうね……。まず鬼が使うのは『武法(ぶほう)』。エネルギーの源は、自然エネルギー。次に、悪魔が使うのは負の感情を力にした『呪法(じゅほう)』。最後に、人間は思いの力を(かて)に『魔法(まほう)』を使える……。こんなところかしら」

「そうだな。人間や悪魔が様々な思いの力をエネルギーにするのに対し、あたし達鬼は大自然からそのエネルギーの一部を借りて技として放つことができる。だから理論上の限界は存在しないと言っていい。

 でもここで重要なのは、人間も悪魔も、何かしらの思いを力に()えてるってとこだ。つまりこの二種族のパワーの源は、まったく違うようでほとんど同じもの。あいつ()だって、無限の可能性を秘めてるといえるんだよ。

 アシュリーがよく言ってるだろ? 『魔法の可能性は無限大だ』って」

「でもそれは、いまの話と関係ないわ。だってアシュリーがいつも言ってるのは、魔法にできないことなんてないだろうって話だから……」

「あぁ、確かにそうだな。でも、あたしはこうも考えられると思うんだ。武法に理論上の限界が存在しないように、魔法や呪法にも無限の()()()()があるんじゃないか、ってね」

「私にも、人間と悪魔を対等にみろっていうの?」

 ミレーネが()き捨てるように言うと、レンカは困ったように苦笑を漏らした。

「おいおい、あたしはそんな事、ひとことも言ってないだろ? らしくないぞ、ミレーネ」

 ミレーネは目の前の鬼の女性を直視できず、視線を()らして再び黙り込む。しかし次の瞬間(しゅんかん)、レンカが不意に忍び笑いを漏らし始めた。

「……?」

「いや、悪い。お前を笑ったんじゃないんだ。ただ、ちょっと面白いことに気づいてね」

 ミレーネが無言で先を(うなが)すと、レンカは先ほどまでの真面目な表情から一転、普段の明るい笑みをつくる。

「お前、"武法"って言葉についてどう思ってる? 何でもいい。なにか言ってみな」

「……は?」

 ミレーネは呆気(あっけ)に取られてレンカの顔を見た。この鬼の当主は、一体なにを考えている? 自分を説教するつもりでこれまでの流れをつくったのではないのか?

 真っ白になりかけた頭を軽く振り、ミレーネは思考を立て直す。

「そうね……。特にそんなに深く考えたことはなかったけど、別に好きでも嫌いでもないわ。使えるものは使う。ただ、それだけ」

「なるほど。まぁ、お前が考えそうな意見だな」

 (あご)に手をやって軽く(うなず)くレンカに、今度はミレーネが問いかける。

「じゃあ、あなたは? レンカはどう思うの?」

 レンカは不敵に笑うと、こちらの質問を待っていたとばかりに泰然(たいぜん)と答えた。

「"武法"って響き、あたしは好きだね。いかにも戦う種族って感じでさ」

 あまりに彼女らしいその返答に、ミレーネは思わず笑みこぼれた。

「まったく……ホント、あなたってブレないわね」

 レンカはその言葉に照れくさそうにひとつ笑うと、両手を頭の後ろで組み、背もたれに寄り掛かって天井(てんじょう)を見上げた。

「いやぁ、にしても、こうしてお前と話してると、最初にお前()と出会った時のことを思い出すねぇ」

 その言葉に、ミレーネの思考も遠い記憶の彼方(かなた)(いざな)われる。

 紆余曲折(うよきょくせつ)あって故郷を追われたミレーネたち鬼は、素性を隠し、散り散りになって大陸の各地を放浪(ほうろう)していた。

 それからミレーネが最初に出会った鬼は、アシュリーだった。同じ種族同士であるため、武法で隠していた(つの)を見抜かれたのだ。

 人気(ひとけ)がないといっても人里でその事を指摘された時は咄嗟(とっさ)に逃げ出しかけたが、そんなミレーネを彼女は引き止めた。

 何人かの鬼たちでいま、再び新たな地に帰る場所を作ろうとしている。彼女はそういった。そして願わくば、またすべての鬼が(そろ)って同じ空を見上げられる日が来るのを待とう、と。

「そこに、あたしが飛び入りで入ってきたんだよな」

 そう。彼女──レンカの登場は突然(とつぜん)だった。

 いきなり自分たちの前に現れたかと思うや、彼女は勝負をしようと持ちかけてきたのだ。鬼たる者、(こぶし)(まじ)えて語り合おう、と。

 結果は、言うまでもない。ミレーネたちの惨敗(ざんぱい)である。アシュリーに付き従っていたバーナも含めてこちらは三人だったというのに、レンカ一人に押し負けたのだ。

 そこからレンカは、鬼を集める計画の先陣を切って話を進めた。

 鬼たちが帰って来る『場所』の設立。そのためにまず、各地に点々と暮らしていた天狗(てんぐ)や妖精を集めて協力を得ること等。

 つまり、彼女の力なくして、いまの橙鬼館(とうきかん)の存在はあり得なかったといっても過言ではない。

「……落ち着いたか?」

「えぇ、大分(だいぶ)

 レンカは再び(つくえ)に両(ひじ)を突くと、真っ直ぐこちらを見る。

「ところでミレーネ、お前、なんでお前があたしを名前で呼ぶことを許可してるかわかるか?」

「それは……。この橙鬼館の基本理念が、自由主義だから、かしら?」

「確かにそれもある。でも、本当はもう一つあるんだ」

 一拍(いっぱく)おいて、レンカは告げた。

「実はな、ミレーネ。──あたしは、お前をいずれ、次期橙鬼館当主に任命しようと思っている」

 ミレーネは、ぎょっとして彼女を見る。

「えッ? でもそれって……」

勿論(もちろん)これはいま決めたことじゃないし、(みんな)にも伝えていない。ここだけの話だ」

 レンカはニッと笑うと、続けた。

「でも、明確な理由が一つある。それはやっぱりお前の言葉を、お前自身を信じたいっていうことだ。これは、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の皆を信じたいと思ったのと似ている。だからお前にも、あたしのことをもっと信じ、頼って欲しい。この意味、わかるよな?」

 レンカの視線は、いつしか優しいものに変わっていた。

 その言葉にミレーネは居住まいを正すと、口を開く。

「はい、お(じょう)様」

 しかしレンカは(つか)の間きょとんとした表情になると、いきなり爆笑し始めた。

「な、なによ……」

「いやいや、まったくお前ってやつは真面目(まじめ)だなぁ。そこはいつも通り『わかったわ、レンカ』でいいんだよ」

 そこでレンカは立ち上がると、こちらに向かって歩いてくる。

「さて、そろそろ戻らないとな。皆を待たせちまってる」

 すれ違いざまにミレーネの肩に手を置くと、レンカはもう一度ニッと笑った。

「これからも期待してるよ──相棒」

 

 

      3

 

 

 『妖精の尻尾』と妖精たちの戦いは、見事なまでに膠着(こうちゃく)状態に入っていた。

 ナツと向かい合って(つえ)を構えていたネフィリムは、そこでナツの背後に視線をやる。

「あ、後ろ」

「ヘッ、その手はくわねぇぞ」

「いや、ホントだって、ホラ」

「あ?」

「──(すき)あり」

 ナツが振り返った瞬間、後頭部を杖で思い切り(なぐ)られた。

 

 

「あ、ミレーネさん……」

 バーナが次に気づき手を止めると、向き合っていたアイリスを始めその場にいた全員が徐々に手を休め、闘技場の一角に視線を集める。

 「おぉ、やってるやってる」という明るい声と共に、やや胸を張って歩いてくる長身の鬼の当主とは対照的に、小柄(こがら)な鬼の少女の面持(おもも)ちは暗かった。

 やがてレンカが立ち止まり、少し遅れてミレーネも立ち止まる。

 橙鬼館メンバー、『妖精の尻尾』、ラグリア、セリナ、カリン。全員の視線が集まる中、鬼の少女はおもむろに頭を下げた。

「皆……ごめんなさい。私の勝手な行動で試合を中断させてしまって、皆の気分を台無しにして。……迷惑(めいわく)だったわよね……」

 

 

「──あぁ迷惑だな、迷惑極まりないッ!」

 

 

 (みな)が静まりかえる中、いきなりその中の一人が聞こえよがしにがなり立てた。

「ち、ちょっと、()めなよベルくん……」

 リリスが顔面蒼白(そうはく)になって小声で制するが、水色の三つ編みの少年は聞く耳を持たない。愛用する銀の大剣(たいけん)を肩に担ぎ、ミレーネの下へ歩いていく。

「確かにアンタは折角(せっかく)(じょう)様が企画した親善試合を勝手な行動で中断させた。皆の気分もぶち壊しにした。

 いまやってた乱闘(らんとう)だって、(もと)を正せばアシュリー様が提案したから成立したようなもんだ。アンタは迷惑と言われても仕方ない行動しか取っちゃいねぇ。けどなぁ……」

 そこまでいうと頭を下げた姿勢のまま固く目を(つぶ)るミレーネの眼前(がんぜん)まで来て立ち止まり、ぶっきらぼうに言い放った。

「──そんなことで、(おれ)たちが怒るとでも思ってんのかよ?」

「え……?」

 ゆっくりと顔を上げたミレーネに、ベルクスは周囲の妖精メイドたちを見回しながら続ける。

「アンタはウチの中でも特に優秀な鬼材(ジンざい)だ。尊敬しているメイド達も多い。そんなアンタが、辛気(しんき)(くさ)表情(カオ)でもしてみろ」

 そこでベルクスはにやりと笑ってみせた。

「──その方が、心配(メイワク)かけることに、なるんじゃねぇか?」

「…………。……フッ、そうね。アンタの言う通りだわ、ベル──ありがとう」

 ルーシィたちがここ、橙鬼館に来て初めてミレーネの見せる満面の笑顔に、ベルクスは顔を逸らして(ほお)をポリポリと()く。

「いやなに、俺は、当然のことを言ったまでだ……」

 そこで、彼の背後にこっそり忍び寄っていたリリスが彼の顔を(のぞ)き込む。

「あれ? もしかしてベルくん照れてる? にゃははははッ、かわいい」

「かわッ、テメ、なに言ってやがるこのクソネコッ」

「あー、ベルくん(ひど)ーい。あたい、ネコじゃなくて猫妖精(ケットシー)だもーん」

「どっちでもいいわ!」

「あぁ……シェフ、素敵ぃ……」

「フン、良いこと言うじゃん、ベル()ぃ」

 今回はシアンも、フロウの天然ぶりは放置することにした。

 ひとしきりベルクスとリリスの掛け合いが終わると、メイドたちは徐々に闘技場の奥ヘと歩いていく。その背中を見ながら、ルーシィはいつしか笑みこぼれていた。

「一時はどうなることかと思ったけど、なんか良い感じに収まったんじゃない?」

「あぁ、だな」

 近くにいたグレイも(おだ)やかな笑みで応じる。

 その時、不意に「きゃッ」という悲鳴が上がって、ミレーネの姿が消えた。全員で動きを止め、そちらを見る。

 どうやら落とし穴に落ちたらしい。(となり)を歩いていたベルクスが傍らの足元を見たまま固まっている。

「ミレーネさん? だい、じょうぶ、か……?」

 すると闘技場の一角からけたたましい笑い声が上がった。見ると、確か名前をリドラといった火妖精(サラマンダー)の少年が腹を(かか)えて笑い転げている。

「ぎゃははははッ、は、腹(いて)えッ。バーナさんに仕掛けるつもりだったのに、まさかミレーネさんが引っ掛かるとはな。ぎゃはははッ」

「あぁもう、だから止めようって言ったじゃんリドラぁ」

「私が引っ掛かる予定だったんですか……」

 泣きそうな表情であわてるアイリスと、困り果てるバーナ。

「終わったわね」

 シアンが冷静なコメントを(つぶや)いた直後、穴の(ふち)からすごい勢いで右手が伸び、突いた床面をピシバキ、という久しく聞いたこともない怪音と共に破壊する。

 ベルクスを始め穴を眺めていた全員の顔が、一様にビクリと引きつった。

「お、おい、アンタ、大丈夫、だよな……?」

「──私を(わな)()めるなんて、良い度胸してるじゃない」

 肩まで穴から乗り出した彼女の声音(こわね)から、恐ろしい形相(ぎょうそう)でリドラを(にら)み据えたのが背後からでもはっきりとわかった。

「あわわ、落ち着いて下さいミレーネさんッ」

「アンタが落ち着きなさいレイン」

「あぁ……怒ってるミレーネさんも素敵ぃ……」

「フロウ、アンタはアンタでなに言ってんの……」

 ミレーネはそのまま床を突き(くだ)くと、一飛びで五メートル近く()び上がったかと思うや、着地した瞬間に彼女の姿がブレる。

 「うわあッ」というシアンの悲鳴と、(すさ)まじい衝撃(しょうげき)(おん)がしたのはほぼ同時だった。ミレーネが穴から十メートル離れた場所で手刀(しゅとう)を振り降ろした姿勢で立ち止まっているのを見て、ようやくリドラが彼女に吹き飛ばされたのだと理解する。

 リドラはその全身を闘技場の(かべ)にめり込ませ、完全に気絶していた。

「……殺さなかっただけ有り(がた)く思いなさい」

 修羅(しゅら)の形相で言い放たれたミレーネの言葉に、場の空気が(こお)りついた。

 と、その時、どこからか、カチャカチャとなにかを操作する音が聞こえる。

「それと……──目障(めざわ)りなどこぞのカラスはいまの内に片づけておこうかしら」

 ミレーネの視線を追って背後を見ると、柱の陰に隠れて「いやー、リドラさんは良い仕事をしてくれましたよ。ミレーネさんの(おどろ)いた顔、これはスクープになります」と何やらぶつぶつ呟いていた鴉天狗(からすてんぐ)(あや)が、ビクリと跳び上がる。

 次の瞬間、ルーシィの(わき)(こん)色の風が吹き抜けた。それよりも一瞬早く高速で飛び出す、黒い影。

「待ちなさいッ。そのカメラ、絶対にぶち壊すッ」

「やですよ、私の商売道具になにするんですかッ」

 (またた)く間に遠ざかっていく二つの声を聞きながら、ルーシィ達はただただ苦笑を漏らすことしかできなかった。

 

 

 




はい、というわけで前回の暗い雰囲気を見事払拭(ふっしょく)した第9話、いかがだったでしょうか!
……と言いつつ、一方で納得がいっていない自分がいる今日この頃です。というのも今回までの数話は、鋭い読者の皆さんならお気づきかもしれませんが、文字数が初期の頃よりやや少なめになっています。
文字数を稼ぎたい気持ちはさらさらありませんし、それでも面白いと言って下さる読者様の言葉は嬉しい限りなのですが、結果としてスペース多用による文字数稼ぎをしてしまっているのもまた事実です。
そこで、次回にはちょっぴり素敵な(もよお)し物を用意したいと計画している次第です。忙しい時でも、いや、忙しい時こそ趣味においても自分に厳しく!やっていこうと思っていますので応援よろしくお願いします。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第10話 スミレ山編 山妖式戦闘術

前回宣言した通り、今回と次回はちょっと工夫を凝らしたつくりになっています。期待して読んでやって下さい。
それではいよいよスミレ山編ラストバトルになる第10話、どうぞ!


『スミレ(やま)人妖対抗親善試合ッ。盛り上がってきたこの大会も、早くも最終ラウンドを(むか)えましたッ。ここまでの成績は両チーム共に一勝一敗、この第三試合にてすべてが決まります! ──えー、それはいいんですが、これ、外して(もら)えませんかね?』

 元気に司会をしていた(あや)だったが、唐突(とうとつ)に語調が弱まる。それもそのはずだ。文はミレーネの手により、ロープでぐるぐる巻きにされて司会者席に座らされていた。

 ミレーネは目を閉じて(うで)を組んだまま口を開く。

「駄目よ。アンタはちょっと油断すると何しでかすかわからないからね。カメラもいまは没収」

『えぇ〜。じゃあ──』

「──メープル、絶対にロープ、外さないでよ?」

 即座に先手を打たれた文が固まり、(となり)のメープルが苦笑する。

「文さん、無理みたいです……」

 文は盛大な()め息をつくが、進行の役目を思い出したのかすぐに気持ちを切り()えたようだった。

『対戦するのはこの方々! 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』チーム、竜炎(りゅうえん)の王・イグニールに育てられし炎の申し子、ナツ・ドラグニル選手ッ!!』

 闘技場右側から桜髪の青年が現れると、妖精メイド達が歓声を上げる。

『そしてッ、遂にこの方の登場です! この親善試合の主催(しゅさい)者にしてスミレ山チームメンバー最後の(とりで)! 『暁の地平を()べる鬼神』こと、レンカ・ハーネット選手ッ!!』

 反対側から彼女が現れた瞬間(しゅんかん)、いままでとは比べものにならないほどの爆発的な大歓声が巻き起こった。

 レンカはゆっくりと歩いて来ながら口を開く。

(ようや)くあたしの出番かい。いよいよ大詰(おおづ)めだねぇ」

 立ち止まったレンカは、おもむろに顔を上げると、観客席のアシュリーを見上げた。

「アシュリー、この闘技場にかかってる防御用の術式を(はず)せ」

「えッ? でも、それじゃあ試合が……」

「あたしの武法(ぶほう)はお前も知ってるだろう? どうせ試合が始まれば、この館は()たない」

「……。ハァ……、わかったわ」

 彼女は(あきら)めたように(こた)えると、開いた本から無色透明な魔法石(まほうせき)を展開し、口の中で何事か唱える。すると闘技場の(かべ)全体を(おお)っていた不可視の防壁が消えていくのがわかった。

 レンカはそれを見届けるとナツに向き直り、右前腕(ぜんわん)のマークを見せつけるように腕を突き出して構えた。

「さぁ、戦場は整った。お互い、盛大にいこうじゃないか」

 そこでルーシィはおや、と思う。彼女は強気な言葉とは裏腹に目を()せており、まるで瞑想(めいそう)しているようにも見える。

 ナツはそれを好機と取ったか、にやりと笑うと小細工なしに真っ正面から突っ込んだ。しかし、レンカは動かない。

 ──と、次の瞬間。いくつかの出来事が、立て続けに起こった。

 ナツが走り始めた直後レンカが腰を落とす。そして彼を十分引きつけると、刮眼(かつがん)。左右の手の位置を入れ替えるように上体を(ひね)り、(こぶし)を繰り出した。その一連の動作は、ルーシィには彼女の身体全体が(かすみ)()かって見えたほどに素早(すばや)く行われていた。

 打ち合わされたナツとレンカの拳打(けんだ)に、闘技場ごと震動。衝撃波(しょうげきは)が二人の周囲の大気を吹き飛ばし、建材がパラパラと降り注ぐ。

 

 

 グレイは天井(てんじょう)を見上げ、呆然(ぼうぜん)(つぶや)いた。

「おいおい、たった一撃(いちげき)にこの震動……本当に大丈夫なのかよ?」

 その言葉に、アシュリーは二人に視線を向けたまま答える。

「大丈夫……とは言い切れないわね……」

 ルーシィが見ると、鬼の魔術師は(あや)しい笑みを浮かべていた。

「だってあんなに楽しそうなお(じょう)様、私達も久しぶりに見るもの」

 

 

      1

 

 

 打ち合わせた拳を引き戻したレンカは、内側に折り(たた)んでいた左手と、右(あし)を連続で()ね上げる。

 ナツがそれらをかわすと、彼女は上体を沈め、振りかぶった左拳(ひだりけん)を打ち降ろした。(ねら)われたのはナツではなく、床。再びフロア中に走る激震に、床面が大きく割れ飛び巨大なクモの巣状のひびが入る。

 ナツはなんとか()(とど)まると、大きく後方に()んで距離を取った。

 レンカは足下の床面を()りつけ、そのまま脚を振り抜く。次の瞬間(しゅんかん)、鬼の膂力(りょりょく)によって床材が粉砕され、数百数千の破片となってナツめがけて(おそ)いかかった。

岩津波(いわつなみ)ッ」

「がああああッ」

『早速出ましたッ。レンカ選手の操る山妖式戦闘(せんとう)術の奥義(おうぎ)の一つ、『岩津波』!』

 (あや)の実況の中、レンカは追撃の掌打(しょうだ)を振り上げる。しかし、ナツとの距離が十メートルはある中、彼女はいったい何をしようというのか。その疑問は、すぐに氷解した。

 レンカが直角に曲げた(うで)を大振りかつ俊敏(しゅんびん)な動作で振り降ろした直後、彼女の腕全体から炎が(おうぎ)状に展開されたのだ。

 

 

「炎ッ?」

 ルーシィの叫びに、(となり)に立ったアシュリーはすぐに答える。

「『業火扇(ごうかせん)』。あれもお嬢様が編み出した体術のひとつよ。腕全体と空気との摩擦熱によって炎を生み出してるの」

 

 

 腕を振った勢いで発生した突風を受けてか、炎は更に燃え上がりながら進んでいく。しかし、同じく炎を扱う魔導士(まどうし)であるナツに、この技が通じる道理はなかった。次の瞬間、思い切り息を吸い込んだナツの胃に取り込まれていく。

「フゥ……。結構いけるじゃねぇか」

 口元を(ぬぐ)いながらにやりと笑うナツを見て、さすがのレンカもわずかに目を見開いた。

「へぇ……炎を食べるとは(おどろ)いたねぇ。こいつを何発打っても無駄ってことかい」

「なんならもっと食ってやってもいいぞ?」

 その言葉に、レンカも不敵な笑みで応じる。

「なかなかやるじゃないか。こりゃ久々に楽しめそうだ」

 レンカが正面に伸ばした手を床面にかざすと、床材の破片が浮き上がり、球状にまとまった。それは彼女が(てのひら)をナツに向けた途端(とたん)(はじ)かれたように桜髪の青年に向けて飛んでいく。

砂礫球(されきだま)!」

 ナツが炎をまとった(こぶし)で難なくそれを(なぐ)(くだ)くと、レンカは掌を合わせ、祈るようなポーズを取った。

「あたしの武法(ぶほう)岩武踊(いわぶよう)』は、大地の力を(かて)に土や岩を武器(ぶき)とする能力。精神を()()まして大地と一体となることで──より大規模な技を使えるようになるのさッ」

 レンカが両(うで)を開くと、彼女の頭上の周囲に複数の岩の球が浮き上がる。その数、九つ。

「ハアッ!」

 掛け声とともに彼女が解き放った瞬間(しゅんかん)、それぞれが大きく弧を描きながらナツに殺到(さっとう)した。

 ナツはそれらの軌道を読むと危なげなく(かわ)し、または炎をまとった両の(こぶし)で砕いていく。しかし、それを見て、レンカはにやりと笑った。

「聞いてなかったかい? そうやってあたしの操った岩を砕いちまうとねぇ……」

 レンカの言葉に呼応するように、ナツの周囲の破片が浮き上がる。

「……ッ」

「──それも武器に出来ちまうんだよッ!」

 直後、ナツを取り巻いていたすべての破片が、吸い寄せられるように彼の体中を殴打した。

「ぐあああぁぁッ」

 

 

「ナツッ!」

 グレイが叫ぶと、エルザが(けわ)しい表情で口を開く。

「まずいな……」

「え……?」

「あの武法、つまりは自分の周囲にある、すべての土や岩を武器にできるわけだろう? ──闘技場の床を見てみろ」

 エルザの言葉にグレイが視線を戻すと、すぐに彼女の言葉の意味するところを理解する。

 ナツたちの戦う闘技場の床面は、(たび)重なるレンカの攻撃によって、その半分以上の面積が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に破壊されていた。あれではレンカの武器がそこらじゅうに落ちているのと同じことだ。

 ナツの置かれている状況は、限りなく最悪に近い。

 

 

      2

 

 

 ナツは、レンカの恐ろしいまでの戦闘センスに翻弄(ほんろう)され、苦戦を()いられていた。

 基本的に単純な(なぐ)り合いが得意なナツにとって中・遠距離攻撃を主体とするレンカの戦法は、相性が悪いと言わざるを得ないのだ。

礫機銃(つぶてきじゅう)ッ」

 レンカが腕を水平になぎ払うと、彼女の周囲に浮き上がった破片が紡錘(ぼうすい)形に形成されて降り注ぐ。

 ナツは、彼女から見て真横に走って()けると、立ち止まりざまにモーションを開始した。

火竜(かりゅう)咆哮(ほうこう)!!」

 しかしレンカはガードするでもなく、ナツが口から放った炎のブレスを真っ向から受ける。

 ブレスがレンカに直撃するが、巻き上がった白煙は彼女が振った(うで)によって軽々と吹き払われた。

 余裕(よゆう)の表情で手招きするレンカに、ナツは正面から走り込む。

「かかって来なッ」

「火竜の鉄拳(てっけん)ッ」

 しかし、レンカはナツの(こぶし)に自分のそれを合わせるでもなく構えた。

 ナツが拳を振り抜くと、見事な体捌(たいさば)きの受け身で腕を巻き取り、後方に投げ飛ばしながら()りつける。

 ぎりぎりの体勢でそれをブロックしたナツに、続く左拳(ひだりけん)を受け切る(すべ)はなかった。

 腹にめり込んだ鬼の拳に、ナツは病葉(わくらば)同然に吹き飛ばされて二階の一角に激突、貫通する。

 

 

「あぁッ、お(じょう)様そっちは私のワインセラーッ」

 悲鳴を上げるバーナの肩に、小さな手が優しく乗せられた。

 振り向くと、ミレーネがすべてを(さと)った表情で軽く首を振る。

(あきら)めなさいバーナ。レンカがああなった以上、もうこの場であのヒトを止められるのはあの桜髪の炎(つか)いだけよ」

「そんな……。私のコレクションが……」

 がくりと項垂(うなだ)れたバーナにミレーネは心底同情したが、同時に至って冷静に戦局を眺めていた。

 ──といっても、私だってレンカが負けるとは思っていない。

 ──とりあえずアシュリーに言って、どうにかして観客席ヘの被害だけは()けないとね……。新聞(ブン)屋の方は……まぁ、いいか。

 

 

 レンカは圧倒的優位に立ちながら、ナツの戦闘(せんとう)センスに舌を巻いていた。

 初めは人間相手だからとタカをくくっていたが、彼は明らかにレンカの動きに徐々(じょじょ)に順応してきている。特に先ほどの一撃(いちげき)はレンカの動きを確実に捉えた上で放たれており、自分でなければ十中八九、間違いなく顔面に一発もらっていただろう。

 そんなことを考える間にも、桜髪の少年が白煙の(とばり)を切り裂いて飛び出してきて、レンカをわずかながら(おどろ)かせた。

「火竜の劍角(けんかく)!!」

 (ひたい)に炎をまとって真っ()ぐ突っ込んできたナツの顔面を咄嗟(とっさ)鷲掴(わしづか)みにし、床に(たた)きつけつつ追撃(ついげき)の拳を振りかぶる。

 しかしナツは、それをすんでのところでブロック。靴跡を引きながら後退した。

 ──これはどうやら、あたしも本腰(ほんごし)を入れて戦った方がいいかもしれないねぇ。

 レンカは久々の強者(つわもの)の登場に自分の中でカッと闘志の炎が燃え上がったのを感じ、口角を()り上げた。

 ──いいだろう。鬼神の本領を見せてやるよ。

 ナツが拳に炎をまとったのを見て、レンカは再度、受け身の構えを見せる。

「火竜の鉄拳ッ」

「ハアッ」

 再び打ち合わされる拳打(けんだ)に周囲の大気が吹き飛び、いよいよ耐えかねた闘技場の一部が崩壊し始めた。

 拳を焼く炎の熱にも、レンカはまったく動じる様子をみせない。それどころか、彼女はこうして強者と拳を(まじ)えられることに得がたい(よろこ)びを感じていた。

 レンカはそのまま両拳(りょうけん)でラッシュをかけ、それらをフェイントにアッパーカットから流れるような動作でナツを()び越しざま、()りに(つな)げる。

 そして彼がたたらを()んだのを見届けてから、着地と同時に武力(ぶりょく)を発動させた。

「大地の衝角(しょうかく)!」

 すると、彼の背後の床面が巨大な円錐(えんすい)形に隆起して少年を(なな)めに突き上げる。

「うおッ」

 一撃目を皮切りに連続で放った武力は、彼の足下の床面を次々と盛り上げ、粗削(あらけず)りの剣山のような地形が顕現(けんげん)する。

 しかし、彼の反応は素早(すばや)かった。即座に(とげ)のひとつを(なぐ)(くだ)くと反動を利用して大きく跳び上がり、武力の範囲外に移動する。

「ラアアアァァッ」

 ナツの拳は、炎をまとっておらずとも人間離れした驚異的な膂力(りょりょく)と破壊力を発揮し、破壊した剣山の破片を盛大に巻き上げた。

 目くらましだと気づいた直後、レンカは視界の端に動く影を捉える。そこを逃すレンカではなかった。

「甘いねッ」

 武力を発動し瓦礫(がれき)紡錘(ぼうすい)形の弾丸(だんがん)ヘと変化させる。と、それらを空中に(とど)めたまま拳を繰り出した。

破空拳(はくうけん)ッ」

 レンカの右拳(みぎけん)はいとも容易(たやす)く音速を越え、パァンという衝撃音(しょうげきおん)と共に空気を圧縮して()ち出す。

 ナツはレンカの思惑(おもわく)通り、瓦礫のみに意識を向けている。そして、彼がそれらをかわそうと動いた途端(とたん)、巨大な空気の壁が彼を捉えた。

「な……ッ」

 顔に驚愕(きょうがく)の表情を()り付けたまま吹き飛ぶナツを見届けながら、レンカは決着の予感に静かに目を伏せて残心(ざんしん)する。

 直後に彼の体は(すさ)まじい倒壊音と共に闘技場の壁を貫通し、壁材が(くず)れ落ちた。

『ああッと、これは強烈な一撃が入りましたッ。ナツ選手、大丈夫でしょうかッ?』

 レンカはナツが戦闘不能になったことを確認しようと歩き出したところで、すぐに足を止めた。

 ──様子がおかしい。

 ナツが沈黙(ちんもく)しているのは、状況的に(げん)()たない。レンカの(かん)もそう言っている。

 しかしいまの静寂は、そんな雰囲気(ふんいき)ではなかった。

 

 

「──力を貸してくれ、ラクサス」

 

 

 本来聞こえるはずはないが、レンカは確かに煙の中からかすかにそんな声がしたのを聞いた。

「──モード、雷炎竜(らいえんりゅう)……」

 今度はよりはっきりと声がする。そして。

「──雷炎竜の咆哮(ほうこう)ッ!!」

 一気に煙が吹き飛ばされ、その中から雷をまとった巨大な炎の波が押し寄せてきた。

「……ッ!」

 レンカが顔をガードしてそれを受け切ると、やがてその向こうから、一人の少年が歩いて来る。その体の表面には、無数の小さな電流が流れていた。

 

 

「やったあッ、いけー、ナツぅッ」

「そんな、(うそ)よ……」

 拳を突き上げて跳びはねるハッピーとは対照的に、ミレーネは呆然(ぼうぜん)と目を見開いていた。

「レンカの『破空拳(はくうけん)』を受けて無事に立っていられる人間がいるなんて……彼は、一体……」

 その言葉に、ルーシィは得意になって答えた。

「『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』いちの問題児、ナツ・ドラグニル──滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)よ」

 

 

      3

 

 

「雷をまとった炎かい。なかなか強そうじゃないか」

 レンカが言うが、ナツは静かにこちらを(にら)み据えただけだった。

 不意にナツが爆発(ばくはつ)したように突進してくる。それを見て、レンカは(うで)を上げて防御姿勢を取った。

 がっぷりと両者の腕が組み合わされ、衝撃波で辺りの床材を吹き飛ばす。そこからは、余人には目にも()まらぬ速さの攻防が行われた。

 凄まじい手数の技を繰り出し回避しながら再び繰り出す演舞めいた攻防。一秒間にお互いが打ち合う手数だけが気が狂わんほどに多い。

 そんな中、レンカは久しく感じたことのない思考の加速感を味わっていた。ナツと攻防を数合繰り広げる度に脳の回線の回転数が一段階ずつシフトアップしていく。

 ナツは数十合にも及ぶ攻防ののち、反動を利用して一度距離を取る。

 

 

 ──その時。

 

 

 ──レンカの中で、不思議な現象が起こった。

 

 

 右腕を振りかぶる桜髪の少年の拳を、雷をまとった炎が包む。その姿が、紅白の巫女(みこ)服をまとった黒髪の少女と重なる。

 その奇妙な既視感(デジャヴ)はすぐに消えたが、しかしその現象は、レンカの思考回路を(つか)の間ショートさせるのに十分な効果をもたらした。

「雷炎竜の撃鉄(げきてつ)ッ!」

 放たれたナツの拳は、確実にレンカの顔面に吸い込まれていく。そしてインパクトの瞬間(しゅんかん)、レンカの体を雷を伴う炎の奔流(ほんりゅう)が包み込んだ。

 その強烈な衝撃(しょうげき)に、レンカの体は靴跡を引きながら十メートルも吹き飛ばされる。鬼である自分にとってこれは信じられない出来事だった。

 ナツは追撃に走り込むと、両拳(りょうけん)でラッシュをかけてくる。

滅竜(めつりゅう)奥義(おうぎ)『改』紅蓮(ぐれん)雷炎竜(らいえんりゅう)(けん)ッ!!」

 一瞬(いっしゅん)の精神の(ほころ)びを突かれたレンカに、それらの攻撃(こうげき)を防ぐ(すべ)はなかった。

 すべての拳を全身に受け、更に十メートルほど下げられる。しかし、このまま終わるレンカではない。

「く……ッ。無刀(むとう)居合(いあ)い!!」

 その名の通り居合い抜きの要領で放たれたレンカの手刀(しゅとう)を、ナツは体勢を低くしてくぐる。と、彼の(はる)か後方の壁面に巨大な斬撃痕(ざんげきこん)が刻まれた。

 鎌鼬(かまいたち)。そうとしか形容できない一撃(いちげき)

 レンカが長年の経験から編み出した体術、山妖式戦闘(せんとう)術における絶技のひとつである。当たればナツに致命的なダメージを与えてしまう事は言うまでもないため、いままで意図的に(ふう)じていたのだ。

 砲弾がぶち当たったかの(ごと)轟音(ごうおん)と共に、館全体が激しく震動。

『めッ、メープルさん、あれは……』

『『無刀・居合い』……。私も自分の剣術の参考にさせていただいている、レンカさんの技です。久々に目にしましたが、どうやら以前より射程距離が伸びているようですね』

 続く二撃目は垂直に振り降ろす。ナツが横に()んで()けると、先ほどレンカが()り出した剣山を両断していた。

 (ふところ)に潜り込もうと走り込むナツを、レンカは(こし)を落として(むか)()つ。

「雷炎竜の──ッ」

「山妖式戦闘術──ッ」

 ナツが振りかぶった拳を再び雷をまとった炎が包む。ほぼ同時に、レンカは下からすくい上げるようなアッパーを放った。

「撃鉄ッ!」

破空拳(はくうけん)ッ」

 人間離れした膂力(りょりょく)をもったナツの拳と、そこから(ほとばし)る雷をまとった炎の奔流(ほんりゅう)、そしてレンカの超音速の拳により発生した巨大な空圧が、真っ向から激突。周囲を真昼のように染め上げる。

 ぶつかりあった両者の技の均衡(きんこう)は、すぐに(くず)れた。

 レンカの拳が、前方に強く押し込まれる感触。耳を(ろう)する破裂音と共に振るわれたアッパーが空気の壁をせり上げ、桜髪の少年の体を打ち上げる。ナツは何が起こったのかわからないような顔をしていた。

 空高く打ち上げられたナツの体は、闘技場の天井(てんじょう)にぶち当たり陥没(かんぼつ)、貫通させる。

『ああッと、レンカ選手の一撃により、闘技場の天井が大きく崩れ落ちたーッ!』

 

 

「なんというパワーだ……」

 戦慄(せんりつ)しながら(つぶや)いたエルザに対し、今度はミレーネが得意げに口を開いた。

「当然よ。(むし)ろ私達からしたら、あの技を(じか)に受けて無事なあの人の方が信じられないわ」

 

 

 レンカはナツが吹き飛んでいった先を後ろ頭を()きながら眺める。

 ──もしかして、やり過ぎちまったかね?

 しかし直後、夜空の一点にキラリと光る物体を見つけ、レンカは不敵な笑みを浮かべて構え直した。ナツがその両手に、雷をまとった炎の尾を引きながら降り注いできたのだ。

 見開かれた(ひとみ)の中には、明らかな戦闘継続の意志。闘志(とうし)の炎。

「雷炎竜の──鳳翼(ほうよく)ぅぅああッ!!」

 技の勢いに重力加速度をプラスアルファした急降下爆撃(ばくげき)(ごと)き両拳が、隕石(いんせき)もかくやという勢いでレンカが両手で繰り出した掌打(しょうだ)と正面からぶつかり、辺りの大気、床材、岩盤、その他あらゆる障害物を、残らず吹き飛ばした。

 

 

「はい、レンカさんとナツさんの素晴らしい試合、(みな)さんいかがでしたでしょうか!

 ……ッと、申し遅れました。(わたくし)、スミレ山の新聞記者、疾風丸(はやてまる) (あや)といいます!」

「私は、橙鬼館(とうきかん)メイド長兼地下図書館の司書、バーナ・トールスです」

「ここでは試合の模様は一旦(いったん)お預けにして、やや遅ればせながら、橙鬼館に勤めるバーナさんの技の数々を紹介、説明していこうと思います! バーナさん、今回は取材に応じて頂き、ありがとうございます」

「はい、よろしくお願いします」

 

 

千本刀(サウザンド・ブレード)

 自分の周囲に浮かべた無数の小さなマグマの球からナイフを造り出して一斉(いっせい)に放つ、私の基本技ですね。技のモデルは、東方Projectの十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)さんの投げナイフだそうです。

 

熔炎の鎧(バーニング・スケイル)

 体の各所にプレートタイプの防具をまとう、防御系の技です。エルザさんの攻撃を防いだ時は自分でも(おどろ)きました。まさか後から斬撃(ざんげき)(おそ)ってくるなんて……思い出すだに恐ろしいです。

 あんな風に防具の表面をマグマに戻すことで、直接攻撃をした相手に逆にダメージを与えることも出来ます。

 

灼熱の光環(ブレイズベール)

 立っている地面が溶けるほどの熱波を体から放射して、水分を含むあらゆる魔法(まほう)等の技を無力化する攻防一体の技です。エルザさんの無数の剣を変形させるのに使った技ですね。

 また、この技は掌や口から放つことも出来ます。

 ちなみに豆知識なんですが、名前の「光環」というのは太陽のコロナのことだそうですよ。皆さんは知ってましたか?

 

火炎の一薙ぎ(フレイム・リーパー)

 表面をマグマに戻した三節棍(さんせつこん)を振って対象を切断する技です。

 ちなみにエルザさんとの試合で棍が伸びた原理ですが、私の武法(ぶほう)の特性はレジスチルというポ○モンをモデルにしているらしく、そこから取ったそうです。あの腕、伸びるんですよ。金属なのに不思議ですよね。

 あ、あと余談ですが、レンカ様の髪を切ることができるのは私の武法で造った(はさみ)だけです。えぇ、あのヒト、体だけじゃなくて髪まで鋼みたいに、いや、それよりも丈夫なんですよ。

 

烈火岩鎚(ボルカニック・ボム)

 造り出したメイス系武器(ぶき)の頭部表面をマグマに戻して、振り降ろした勢いで(つか)から切り離して飛ばす、私の一番の大技です。まぁ、エルザさんには通じませんでしたが。

 

 

「……以上で、私の説明は終わりです」

「はい、ありがとうございました! そして読者の皆さん、試合はまだまだ続きますので、これからも楽しみにしていて下さいね。ではまた次回お会いしましょう!」




はい、ここからが本当の後書きです笑
自分は度々プロの作家さん方が創り上げた作品のお世話になっているのですが、いやはや、小説を書くというのは楽しい反面、思った以上に大変なものです。というのも今回までの数話とその前書き、後書きで期待値を上げ過ぎてしまったことを痛いほどに思い知らされたからです。
改めて、本職の作家さん方の凄さを実感しました。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第11話 スミレ山編[終章]暁光の()ずる地平に

私事ではありますが、遂に久しぶりの本文一万字超えを達成しました! わーぱちぱち。
それではラストバトル後編になる第11話、どうぞ!


 レンカはナツが吹き飛んでいった先を後ろ頭を()きながら眺める。

 ──もしかして、やり過ぎちまったかね?

 しかし直後、夜空の一点にキラリと光る物体を見つけ、レンカは不敵な笑みを浮かべて構え直した。ナツがその両手に、雷をまとった炎の尾を引きながら降り注いできたのだ。

 見開かれた(ひとみ)の中には、明らかな戦闘継続の意志。闘志(とうし)の炎。

「雷炎竜の──鳳翼(ほうよく)ぅぅああッ!!」

 技の勢いに重力加速度をプラスアルファした急降下爆撃(ばくげき)(ごと)き両拳が、隕石(いんせき)もかくやという勢いでレンカが両手で繰り出した掌打(しょうだ)と正面からぶつかり、辺りの大気、床材、岩盤、その他あらゆる障害物を、残らず吹き飛ばした。

 

 

      1

 

 

 アシュリーは、二人が激突(げきとつ)する寸前、とっさに防壁を展開し、二人をドーナツ状に囲む観客席全体を包み込んでいた。

 ──直後、アシュリーの予想を大きく上回る現象が起こる。

 二人がぶつかった衝撃(しょうげき)は、辺りの床材のみならず、それを取り囲む壁面すらも崩落(ほうらく)させたのだ。観客席がすべて崩壊し、観戦していた『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』メンバーとその仲間たち、そして大勢の妖精メイドたちが崩壊に飲み込まれる。

 ──試合はッ?

 落下の衝撃をやり過ごしたアシュリーが闘技場中央に目を()らすと、やがて白煙の中から二つの影が(あら)わになる。案の(じょう)というべきか、二人ともまだ倒れてはいなかった。依然として、目にも()まらぬ速さの攻防を続けている。

 しかしその戦闘は、ほんのわずかずつ一方的な展開を見せ始めていた。

 ──レンカが、ナツの猛攻(もうこう)に押されているのだ。

 ナツはレンカが(はな)った岩の球をすべて(かわ)すと、彼女の(ふところ)に潜り込まんと走り込む。

 レンカは立て続けに神速の手刀(しゅとう)を放つが、それらの軌道を読み切っているナツに当たることはない。白煙を切り裂きながら後方に抜けていく斬撃(ざんげき)には目もくれず、ナツは再び両拳(りょうけん)でラッシュをかける。

 その彼の身体の至るところには、いつの間にか(うろこ)のような模様が浮き上がっていた。アシュリーは、それを見て今度こそ瞠目(どうもく)する。

 自分は知っている。滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)と呼ばれる(りゅう)(ごろ)しの魔導士(まどうし)だけが、真に力を解放した時のみ見せる、あの姿を。

 文献(ぶんけん)からの知識としてしか触れたことはなかったが、アシュリーは直感的に、あれがそうなのだろうと理解した。

 ──(ドラゴン)と同じ力。ドラゴンフォース。

 

 

 レンカは、何度目にもなるナツの(こぶし)を受けながら、そこに宿る力の変化に本能的な部分で気づいていた。

 ナツの姿を見る。彼は真っ()ぐレンカを見据えながら、()るぎなく構えている。だがその体には、先ほどまでとは打って変わって鱗のような模様が浮き上がっていた。

 脳裏(のうり)に、過日(かじつ)鬼の魔術師(アシュリー)の言葉が再生される。

(ドラゴン)を倒すための魔法(まほう)滅竜(めつりゅう)魔法を習得した人間は、大きく分けて三種類いるの』

『彼らの共通点として挙げられるのは、膨大(ぼうだい)な魔力を取り込んだときや強い感情が爆発したとき、その真の姿を解放するということ。それこそが──』

「──ドラゴンフォース、ね……」

 レンカは思わず(ほお)を引きつらせて構えた。

 ──こりゃあいよいよ、ここいら一帯の自然エネルギー全部を使わなきゃ、さすがのあたしにも勝ち目が見えなくなってきたよ。

 レンカは静かに目を()せると、自分の心音に耳を()ませる。

 生命あるものはいずれは(ほろ)びゆき死に至り、再生循環を繰り返す。

 天の(ことわり)万物(ばんぶつ)の調和を保つ条理に心を致し、同化させ、自分を()ぎ澄ませる。

 脳裏を光芒(こうぼう)一閃(いっせん)し、カッと(ひとみ)を見開く。

 そして──橙鬼館(とうきかん)の面々をして驚愕(きょうがく)する程のオーラの放射が始まった。

 地鳴りが大地を()すり上げ、レンカの体に限界ぎりぎりまで、エネルギーが流れ込んでいく。直感的に、これが最後の大技の発動だとお互いが理解していた。

 レンカが両(うで)を振り上げると、周囲の地面の破片が浮き上がり、徐々(じょじょ)に巨大な岩の円盤(えんばん)を形成していく。同時に、ナツも(こし)を落として構えた。

天蓋(てんがい)崩落(ほうらく)ッ!」

「滅竜奥義(おうぎ)『改』紅蓮(ぐれん)爆雷刃(ばくらいじん)ッ!!」

 腕を振り降ろすと共に放った岩盤が、雷をまとった爆炎(ばくえん)奔流(ほんりゅう)を押し(つぶ)すように降りそそぐ。次の瞬間(しゅんかん)、両者の技が激突した。落雷のような轟音(ごうおん)を夜空に()き散らしながら辺りの大気を吹き飛ばす。

 やがて、降りそそぐ岩盤にヒビが入る。それはみるみるうちに全体に及び、紅蓮の業火(ごうか)がレンカの視界に映るすべてを焼き尽くした。

 だが、レンカの意中からはもうそんなことも()せていた。迷わず走り込み、炎の(とばり)の中から現れる桜髪の少年に向けて技を発動する。

 レンカの(てのひら)を中心に武力(ぶりょく)渦巻(うずま)き、あたりの瓦礫(がれき)を球状にまとめ上げた。同時にナツの右拳(みぎけん)を炎が包む。

砂礫球(されきだま)ッ」

火竜(かりゅう)鉄拳(てっけん)ッ」

 両者の技が交錯(こうさく)する寸前、東雲(しののめ)の空から(あふ)れ出した暁光(ぎょうこう)が、二人の視界を白く染め上げた。

『あぁーッと、ついに日の出を(むか)えたスミレ(やま)の頂上で、両者の一撃(いちげき)がぶつかり合ったあッ。果たして勝負の結果は──ッ?』

 

 

 ルーシィは、祈るような気持ちで戦局を見守っていた。

 ナツもレンカも満身(まんしん)創痍(そうい)の状況下でお互いの大技が正面から激突(げきとつ)し、さらに二人の一撃が交錯した。これではどちらが先に力尽きても不思議ではない。

 しだいに白煙の帳が晴れていき、ナツたちの姿が(あらわ)になる。結果は──ドロー。まだ二人ともしっかりと地に足を付け()ん張っている。

 ──しかしその時、ナツの体が(かし)いだと思ったら、どさりと背後に倒れ込んだ。(わず)かに遅れて、レンカも仰向(あおむ)けに倒れる。

「レンカッ」

「お(じょう)様ッ」

「「「「「「ナツ」さんッ」」」」」

 各々(おのおの)が各々の応援する者の名を呼びながら、(たま)らず我先(われさき)にと()け出した。

 ボロクズのように倒れ込んだナツにすかさずウェンディが駆け寄り、治癒(ちゆ)魔法をかける。

 彼は少しの間眠るように目を閉じていたが、すぐに「いッてて……」といってゆっくり(まぶた)を持ち上げた。

「ナツ、大丈夫!?」

「しっかりしろ、ナツッ」

 ルーシィとグレイの言葉に、ナツはゆるゆると視線を動かし、(みんな)の顔を眺める。

「試合は……どうなった……?」

 その言葉に全員が気まずげに彼から視線を外した。

 先ほど、確かにナツはレンカより先に倒れていた。あれでは、試合の結果は……。

 その時、カツカツ、という、下駄(げた)石畳(いしだだみ)()む音がして、ルーシィはそちらを見る。レンカが歩いて来ていた。

「いやぁ、感服したよ、ナツ・ドラグニル。この勝負はあんたら人間側の勝ちだ」

「え……? だって、最後は、ナツが、先に……」

 ルーシィの言葉に、レンカは後ろ頭を()く。

「確かに、倒れたのはそっちが先だ。けど、戦ってる時、一瞬(いっしゅん)あたしの動きが(にぶ)ったときがあったろ?

 どうにも不思議なことなんだが、あたしはあんたらよりもずっと前に(だれ)か強い奴と戦った気がするんだ。その時のことだろうが、ちょいと頭をよぎっちまってね。不甲斐(ふがい)ない話さ」

「──前にもそんなこと、言ってたわよね?」

 苦笑する彼女の後ろからミレーネが声をかけた。

「たしか……『紅白の巫女(みこ)服の少女の姿がちらつく』とか……。なんなの、あれ?」

 鬼の少女の問いかけにも、レンカは()め息混じりに軽くかぶりを振った。

「……わからん」

 

 

      2

 

 

 そこからは、(すさ)まじい勢いで館の修繕(しゅうぜん)作業が行われた。というのも、ラグリアが時間を巻き戻し、さらにアシュリーが復元の魔法をかける、という二段構えが図らずも完成していたからだ。

 館の修繕が無事終わると、今度は巨大な長机(ながづくえ)が用意され、盛大な祝宴(しゅくえん)(もよお)される。

 親善試合に参加したすべてのメンバーは、レインを始めとした水妖精(ウンディーネ)たちの手厚い看護を受け、問題なく動けるまでに回復していた。

 ルミネア率いる音楽妖精(プーカ)の楽団が、大広間の一角で上品なクラシックを奏でる。そんな中でも、グレイは冷静に状況を観察していた。

 人間、妖精、鬼、天狗(てんぐ)。ヒトとヒトならざるものが分け(へだ)てなく接することができるこの状況。大昔には当たり前のように広がっていたであろうこの光景が、いま目の前にあることを嬉しく思うべきか、それとももう見られないのではと(なげ)くべきか。

 自分は、前者でありたいと思う。少なくとも今は。

「ここ、いいかしら?」

「あぁ──ッて、え……?」

 反射的に返答してから質問の主を確認して、グレイは(つか)()固まってしまった。声をかけてきたのは、誰あろうミレーネだったのだ。

 しばし、居心地の悪い静寂(せいじゃく)が訪れる。

「……もう、落ち着いた、のか……?」

 気まずさを打開するべく(ほう)った問いは、ぎこちない響きを残した。

「えぇ、レンカに説教されたお陰で、だいぶ」

「そ、そっか……」

 そのまま会話の糸口が見いだせないでいると、今度はミレーネが口を開く。

「ねぇ……良かったら、あなたのこと、もっと詳しく教えてくれない?」

「え?」

 見ると、鬼の少女は体をひねり、こちらに軽く身を乗り出してグレイをまっすぐ見据(みす)えていた。

「あなたはなんで、悪魔の力を使えるの?」

 その言葉に、グレイは考え込む。

「そうだな……。どっから説明すっか……」

 グレイは(うで)を組むと、言葉を探しながらおもむろに口を開いた。

(おれ)たちは二年前、『冥府の門(タルタロス)』ってギルドと戦った。その中に、死体を操る呪法(じゅほう)を扱う奴がいたんだ」

「あぁ、知ってるわ」

「そうなのか?」

「えぇ、だって私達鬼は、一度悪魔との戦争に負けて故郷(こきょう)を追われてるからね。その悪魔っていうのが、今あなたの言った『冥府の門』よ。

 漆黒(しっこく)僧正(そうせい)キースのことよね? 死体を操る呪法、『死人使い(ネクロマンサー)』……。思い浮かべただけで()き気がするわね……」

「そうか……。あぁ、それで、俺達もそいつと戦ったんだが、そいつに操られてた死体の中に、俺の──親父(おやじ)がいたんだ」

「え……?」

「親父は、(イー)(エヌ)(ディー)っていう悪魔を倒すために自分から進んで奴の実験台になったって言ってた。そのために修得した魔法(まほう)がこの、滅悪(めつあく)魔法だ。そして、俺にその意志を(たく)した。ENDは、お前が倒せ、ってな。

 だから、俺は、親父の遺志を()がなきゃならねぇ。ENDは、俺の手で倒さなきゃいけねぇんだ……ッ」

 ちらりと視線を向けると、ミレーネは呆然(ぼうぜん)とグレイを見ていた。しかし、すぐに我に返ると前触(まえぶ)れもなく頭を下げてくる。

「ごめんなさい。あなたのこと、ろくに知りもしないであんなことしてしまって……私が悪かったわ……」

 その言動にグレイは(あわ)てて顔を上げるよう(うなが)した。

「あぁいや、それを言うなら俺だって、アンタ()鬼が悪魔を嫌ってるって聞いてから、この力は使わねぇよう気をつけてたんだ。それを結局自分から使っちまうなんて、情けねぇよな……。だから、その、なんだ。──アンタがそんだけ、強かったってことだな」

 グレイが笑ってみせると、ミレーネは束の間(ほう)けたようにこちらを見てから、不意に笑いを漏らす。

「フッ、ありがとう。あなたって、案外優しいのね」

 その言葉に、グレイはムッとして(こた)えた。

「『案外』は余計だ」

 再び訪れる静寂。しかし、今度は居心地悪くはなかった。

 会話が途切(とぎ)れ、二人で前を向いたまま(だま)り込む。

「──いやぁ、おアツいですねぇ。それで、初デートはどこになさるんです?」

 いきなり背後からかけられた声にびっくりして振り返ると、そこにはいつの間にか頭に赤い頭襟(ときん)()せた女性が立っていた。

「お前は……ッ。たしか……鴉天狗(からすてんぐ)の、疾風丸(はやてまる) (あや)、だったか」

「おぉ、まさかあのグレイさんに名前を覚えて頂けるとは、光栄です〜ッ。はい! (わたくし)、疾風丸 文、清く正しく、やらせて頂いておりますッ」

 グレイの反応に、文はグレイの手を持ってブンブンと振ると、その場でビシッと敬礼する。

 グレイは彼女のペースに流されそうになりながら、辟易(へきえき)しつつ口を開いた。

「けど、何だよ初デートって。俺たち、別にそういう関係じゃねぇぞ」

 そこでちらりと(となり)を見たグレイは、その場で(こお)りつく。ミレーネが、静かに横目で文を(にら)みつけていた。冷や汗がどっと吹き出す。

 マズい。非常にマズい。

 しかし、文はそんなグレイの言葉が聞こえていないのか、なおも饒舌(じょうぜつ)に独りごちる。

「それにしても、人間と鬼が付き合うことになろうとは……いやぁ、時代も変わりまし──がふぅッ」

 だがそこで文の言葉は途切れた。ミレーネがカップを手に持ったまま、反対の腕で思い切り彼女の腹に(ひじ)打ちを入れたのだ。

 文は体をくの字に曲げ、腹を押さえて口を開く。

「ゲホッ、ちょ、ミレーネさ……ゴホッ、実力行使はないですって……。骨、折れちゃいます……」

「あら、だからそうならないように、ちゃんとお腹を(ねら)ってあげたんだけど……──ひと思いに()り捨ててあげた方が良かったかしら?」

 愛剣・シラナミを出して(かか)げてみせるミレーネに、文はガタガタと震え始めた。

「ひッ、お、お助けええぇぇッ!」

 悲鳴を上げながら走り去った文に、ミレーネは吐き捨てるように言い放つ。

「まったく、(うそ)冗談(じょうだん)の区別もつかない奴は嫌いよ」

 グレイは(ほお)を引きつらせて苦笑しながらも、そこで彼女が持っているものが酒瓶ではなくティーカップであることに気づいた。

「あ、そういえば、アンタは紅茶なんだな」

 その言葉に、ミレーネも手元に視線を落とす。

「あぁ、これ? そうよ。私はお酒よりこっちの方が好きなの」

 なおもグレイが眺めていると、(するど)い視線がこちらを射た。

「別にお酒が飲めない年齢ってわけじゃないのよ?」

 グレイが降参を示すため手を軽く上げると、ミレーネは続ける。

「あなた、いま何歳(いくつ)?」

「えッ? あぁ、二十歳(はたち)だけど……」

 するとミレーネはフッと笑みこぼれた。

「私たち鬼は、みんな軽くあなたたち人間の百倍は生きてるわ」

「ひゃく……ッ?」

 ──じゃあアンタは、一体いま何歳なんだよ?

 ミレーネはグレイが固まっていることには気づかず「あら、レンカは三千歳いってるんだっけ?」と独りごちると、「あ」といって(なな)め前に向き直る。

「そういえばあなた、最初に会った時、どうやって私に攻撃(こうげき)してたの?」

 彼女のはす向かいに座るエルザは、紅茶のカップを降ろしてから平然と答えた。

「あの時お前が何をしていたのかは、ナツ達の様子を見ていてなんとなく分かった。攻撃については、すべて私の推理に(もと)づいた(かん)だ」

「勘……ですって……?」

 ミレーネが固まっていると、近くのテーブルの上で魚を食べていたハッピーが口を開く。

「エルザは(すご)いんだよ。『冥府の門(タルタロス)』との戦いで五感を操作する呪法を使う敵と戦ったんだけど……えーと、名前は……」

「五感を操作……隷星天(れいせいてん)キョウカのこと?」

 いまだ動揺(どうよう)しながらもミレーネの出した助け舟に、ハッピーはハッとして続ける。

「あ、それだ! そのキョウカっていう奴がエルザの五感を全部奪ったんだけど、エルザはそれでもそいつの位置をしっかり捉えて逆転したんだ!」

「えッ? な、なんッ……。えぇえ……?」

 余りにも大きな衝撃に連続で見舞(みま)われ、ミレーネは(なか)ばパニックになりながら、ハッピーとエルザの顔を交互に見比べる。

 グレイはそんな彼女の普段からは考えられないほど間の抜けた声と表情に、爆笑したい衝動(しょうどう)を独り必死に(こら)えていた。

 

 

「あ、ちょっとリドラッ? 私のソーセージ返しなさいよ!」

「代わりに人参(にんじん)やったろー!」

 隣で食材を取り合うシアンとリドラを眺めながら、ルーシィは知らず笑みこぼれていた。

 しかし、その微笑(ほほえ)ましい光景は長くは続かない。彼らの背後に立った水色の三つ編みの少年が二人の頭にげんこつをぶつけたからだ。

「食材で遊ぶな馬鹿(ばか)ども」

()った……。だってベル()ぃ、リドラが!」

「いーや、シアンがもたもたしてるのが悪いね」

「なんですってぇ!?」

()めろっつってんだろテメェ()。いい加減にしねぇと放り出すぞ」

「あはは……。この料理って、あなた達が作ってるんだっけ?」

 苦笑しつつルーシィが質問すると、少年、ベルクスはすぐに穏やかな表情になって答える。

「あぁ、確かにそうだ。料理は基本、(おれ)たち水妖精(ウンディーネ)が作ってる。出来はどうだ?」

「うん。とっても美味(おい)しい」

「そっか、そりゃどうも。──ホラ、お前等もこのお姉さんを見習え」

 なおもわめくシアン達をベルクスがなだめていると、彼の背後から黒いネコ耳に赤いおさげ髪の少女が寄ってきた。

「ベールくん♪」

「なんだよ今度は……。いま(いそが)しいって──なんだ、リリスか」

「えー、なにその反応。傷つくなぁ」

「じゃお前がこいつ等の相手しろよ」

「──やだ」

「……。テメェ、あのなぁ……」

 即答したリリスに、ベルクスが(ほお)を引きつらせる。

「それよりさ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんだよ?」

「いまここで、『水蛇突咬(ファングスラスト)()ってよ」

「……は? なに、お前? 遂にMに目覚めたのか?」

「違うよぉ、『遂に』ってなに!? あたいにじゃなくて軽くで良いから(から)撃ちしてって言ってるのッ」

 要領を得ない顔ながらもベルクスはルーシィ達から距離を取る。

「危ねえから下がってろよお前等。──『水蛇突咬』ッ」

 軽く突き込まれた大剣(たいけん)()っ先から蛇を(かたど)った水流が放たれる。しかしその勢いは(ゆる)やかで、安定していないのかふらふらしている。やがて、(おどろ)くべき現象が起こった。

「お〜、久しぶりだね()()()()()。元気にしてた?」

「「…………は?」」

 ルーシィとベルクスの声がハモった。水蛇(すいじゃ)はふらっと方向転換すると、リリスに向かってすり寄っていったのだ。

「よしよし、いい子だねぇ」

 ベルクスは固まっていたが、すぐに(てのひら)を突き出して「ちょっとタンマ」の姿勢を取ると、もう片方の手でこめかみを押さえて口を開く。

「おい、ちょっと待て。なんでこいつがお前に(なつ)いてる。いや、それ以前にこいつに意思なんてあったのかよ。てか勝手に名前付けんな」

 ひと通りベルクスがツッコみ終わると、リリスが答えた。

「いやぁ、あたい達で、その剣取りに行った時あったじゃん? その時あたいがその剣に触れて魔力(まりょく)が流れ込んじゃったらしくてさ。アシュリー様が言うには、『生物の形をとる魔法が突然変異を起こして魔法生物に変化したもの』らしいよ」

「なんだそりゃ」

 その時、水蛇改めサーペントがくるりと回頭すると大皿から唐揚(からあ)げを一つ(つま)み、今度こそベルクスは閉口した。

 ──だから、なんなんだよお前は。

 

 

「ねぇねぇ」

 バイキング制の食事を皿に取っていたカリンは、横合いから()けられた声にすぐに応じる。

「なにかしら?」

 紫髪の少女、ネフィリムは大きな(ひとみ)でカリンを見上げていた。

「あなたってトレジャーハンターなんだよね。セリナちゃんから聞いた」

 その言葉で、カリンは彼女の言わんとすることを察する。ベルクスの話では確か、彼女の種族は闇妖精(インプ)。そして彼女たちは暗中飛行と暗視能力に長けている他、主にトレジャーハントをしているはずだ。同業者としてカリンに興味を示しても何ら不思議ではない。

「そうよ」

「じゃあさ、いま宝石持ってる?」

「いまは無いけど、魔法(まほう)で出すことはできるわ」

 カリンが掌を差し出すと、その中に大粒のルビーが出現する。

「わぁ、綺麗(きれい)〜。──貸して」

「あッ、それは魔法で造ったものだから──」

 カリンの制止も聞かずにその手からひったくられたルビーは、ネフィリムの手に渡った数秒後、(はかな)い音と共に(くだ)け散ってしまった。

 ネフィリムはムッとした顔でカリンを見上げる。

「消えない宝石出してよッ」

「だからいまは無いって言ってるじゃない!」

 カリンが叫ぶが、ネフィリムはすぐに違うものに気を取られてそちらに走っていってしまった。

 カリンは大きな()め息をつくと、気持ちを切り()えて辺りを見回す。と、すぐによく見知った背中を見つけ、歩いていった。

「ラグリア、ちょっとあれ見て」

「ん? あぁ、あれね……」

 ラグリアはカリンが指差す先を見て(おだ)やかな微笑を浮かべる。

 ネフィリムの走っていった先にはセリナやルミネアを始めとした妖精達が集まっていた。

「セリナちゃん、前はあんなにヒトと付き合うのを怖がってたのに、いまはもうあんなに楽しそう」

「そうだね……。いままで本当に、よく頑張(がんば)ってくれたよ。本当に……」

 

 

「はい、またまたこのコーナーがやって参りましたッ。(わたくし)疾風丸(はやてまる) (あや)橙鬼館(とうきかん)メンバー紹介!」

「私は橙鬼館の門番をやってる、ミレーネ・カトラシアよ。よろしく」

「ミレーネさぁん、そんなに嫌そうな顔しないでくださいよぉ。スクープですよ? 今回の一面飾るんですよ?」

「やかましいわね……。私も(ひま)じゃないの。それ以上余計なこと言ってると帰るわよ?」

「あぁ、わかりましたすいませんって。……それでは今回はミレーネさんに、普段の警備の仕方について、(うかが)いたいと思います」

 

 

1、『水滴千里眼(ドロップスコープ)』で山の周囲を監視する。

 いつも仕事でやってることね。『水滴千里眼』は私が使う技の中でも特に消費する武力(ぶりょく)が少ないから昼休憩(きゅうけい)を一度入れたらまる一日でも見張ってられるわ。まぁそんなことしたら、レンカに『働き過ぎだ』って怒られちゃうけどね。一歩も歩かずに山全体を巡回できるなんて、便利でしょ?

 

2、侵入者を見つけたら、『濃霧帯(ホワイトアウト)』を発動して相手の様子を伺う。

 これには侵入者を動揺(どうよう)させるのに加えて、メープルたち警備員の姿を(かく)す意味もあるの。そして最も重要なのが次。

 

3、相手の戦闘(せんとう)能力を分析し、必要に応じて『霧衣迷彩(ミストローブ)』を発動して侵入者への警告に向かう。

 ここでようやく、私の出番ね。さっき『濃霧帯』で侵入者を動揺させるって言ったけど、そこで戦闘能力も分析する必要があるの。戦闘能力のない人間に無闇(むやみ)に『霧衣迷彩』を使ったって、武力の無駄(むだ)だしね。

 

4、侵入者が警告に応じない場合、(おど)かしたり、場合によっては攻撃(こうげき)してスミレ(やま)(ふもと)まで誘導する。

 これは私の仕事の中でも一番楽しい作業ね。視界がほとんど真っ白の状態で脅かした時の人間の反応といったら……フフッ。

 4番の説明は特にいらないわよね? そのままの意味だし。

 

 

「ざっとこんな感じね」

「はい、ご丁寧(ていねい)な解説、どうもありがとうございました!

 そして読者の(みな)さん、私達の出番は一度ここで終わりですが、また会えると良いですね! それでは、その時まで」

「「しーゆーあげいん」!」

 

 

      3

 

 

 橙鬼館(とうきかん)の面々と、(まぶ)しい朝焼けに見送られながら、ルーシィ達は後ろ髪を引かれる思いがしながらも館を後にした。

 どうやら昨晩の内に情報が行き渡っているらしく、山の中腹にいるはずのモンスターが飛び出してくるようなことはない。

「行きは大変だったけど、帰りは楽ちんだね」

 ハッピーの言葉に、ウェンディが応える。

「スミレ山、大きかったもんね」

「そういやこの依頼(クエスト)、失敗だったのか?」

 ナツの問いに、今度はカリンが答えた。

「いいえ、失敗どころか大成功よ。あなた達のお陰で、私達は期待していた以上のものを得られたもの」

(あら)たな関係を築くことも、出来たしね」

 ラグリアの言葉に、セリナが彼を不安そうな眼差(まなざ)しで見上げる。

「また、(みんな)と会えるかナ?」

 その問いに、ラグリアは笑って答えた。

「あぁ、セリナが望めば、きっとまた彼らは(こころよ)出迎(でむか)えてくれるさ」

「そっカ、良かっタ」

「ところで、報酬(ほうしゅう)はどうなるんだ?」

 グレイが言うと、カリンが再び口を開く。

「それについては、期待してくれていいわ。皆にピッタリな、とっておきのものを用意してるから」

「また変な料理だったり──みぎゃッ」

 何事か(つぶや)いていたハッピーの言葉に、彼の後頭部にスカルちゃんがかじりついた。

 

 

 山の(ふもと)に降り、霧が名残惜(なごりお)しそうに晴れたところで、ラグリアが『空間接続(ディストーションライン)』を発動。一気にカリンの家まで帰る。

「ふ〜、やっと着いた〜」

「そうか? 結構すぐだったじゃねぇか」

 ナツの言葉に、ルーシィはチッチッ、と指を振ってみせた。

「こういうことは、気分が大事だったりするものよ」

「それじゃ、私は報酬を取ってくるわね。入って待ってて」

 そう言って、カリンが一足先に自宅に戻る。

「報酬、何だと思う?」

「カネだけじゃねぇことは確かだな」

 ハッピーとグレイを落ち着かせるように、エルザが口を開く。

「報酬よりもまず、依頼を達成出来たことに感謝せねばな」

「難しいコト言いやがる」

「石頭だねエルザは」

「──なにか言ったか?」

 エルザがキロリと(にら)みつけると、ハッピーとナツはすぐに口を(そろ)えて言った。

「「ルーシィが」」

「えッ? なんであたし!?」

 ルーシィが(あわ)ててそう返したところで、カリンが報酬の入った小袋(こぶくろ)を人数分(かか)えて戻って来る。

「さぁ、皆の分あるから取っていって」

 見る限り内容物は同じようなので、各自で手に取り中身を(あらた)める。

 中には、いくらかの(ジュエル)が入っていた。

「これが報酬か? ただの金貨じゃねぇか」

 ナツの言葉に、しかしカリンは意味ありげな笑みを浮かべる。

「特別なのは、これからよ。──あなた、ちょっと」

 カリンに手招(てまね)きされたルーシィは、いそいそと進み出た。

「特別って言ったのは、これのことなの」

 目線で(うなが)され手を差し出すと、カリンが小さな物体を()せてくる。

 ルーシィは恐る恐る、閉じていた手を開き、それを見る。と、次の瞬間(しゅんかん)、ルーシィの身体がビクリと痙攣(けいれん)した。(あし)から力が抜けて、その場にへたり込みそうになるのを必死に(こら)える。

「ルーシィさん? どうしたんですか?」

「何か変なものだったのか?」

「ちょっとアンタねぇ……」

 ウェンディに続いて口を開いたナツを、シャルルがたしなめる。しかし、ルーシィにはもうそんな言葉も聞こえていなかった。

 閉じた手を開き、もう一度見る。何度見ても見間違いようがない。

 金色に輝く、美しい(かぎ)。それが、ルーシィがカリンから受け取ったものだった。

 しかしただの鍵ではない。この世にたった十二種類しか存在せず、ルーシィとともに数多くの激戦(げきせん)を戦い抜き、ついに『冥府の門(タルタロス)』との戦いで失われたはずの、家族に等しい鍵だ。

 気づけばルーシィの(ひとみ)からは澎湃(ほうはい)と涙が(あふ)れ、(ほお)を伝って(てのひら)の中へと(こぼ)れていた。そのまま濡れた手を胸の前に引き寄せ、やっとの思いでルーシィは(つぶや)いた。

 

 

「──おかえり、アクエリアス」

 




はい、ここまでで、スミレ山編完結となります。
これからの数話は、いままでに登場したオリキャラ達のサブストーリー集になる予定です。
それでわ、しーゆーあげいん!


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幕間
第12話 赤髪の救世主(メサイア)


サブストーリー集を書く、と予告してから、大分(だいぶ)時間が経ってしまいました。楽しみにしていて下さった方、すみません!
それではオリキャラ達による裏話集第1弾、どうぞ!


 時はX七九二年、フィオーレ王国で『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』が闇ギルド『冥府の門(タルタロス)』を下した、その翌年の春先。

 フィオーレ王国の東側に位置する森の中で、少女が独り、(ひざ)を抱えて座り込んでいた。

 不意に全身を(すさ)まじい気怠(けだる)さが(おそ)い、意識が遠のきかける。

 もう、どうすればいいのかわからない。少女には、帰る場所がないのだ。

 目を閉じると、最初に思い返すのは、騒がしくも温かい笑い声。

 そう。少し前まで、少女もごく普通の家庭の一員だった。生来(せいらい)の明るさから、一家に笑顔をもたらす存在。その活発さは両親に(わず)かながら心配をかけるほどだった。

 しかし、ある日を境に、その生活は一変することとなる。

 空一面が雲に包まれ、雷が鳴る中。それでも少女は元気一杯に外を走り回っていた。少女には、雷の鳴る音にある種のスリルを覚え、遠雷(えんらい)のもたらす轟音(ごうおん)にも(おく)さない豪胆(ごうたん)な一面があった。

 だが、それがきっかけとなり、少女を不幸が(おそ)う。

 家の前の広い草原で走り回っていた少女の頭上で突如(とつじょ)空が(うな)り、一筋の閃光(せんこう)となって少女めがけて降り注いだのだ。

 そこから何が起こったのか、少女は知らない。目が覚めると右(うで)には凄惨(せいさん)な傷跡が刻まれ血液を(したた)らせ、辺りの草原には両親が転がっていた。

 彼らが動き出すことは、もう二度となかった。

 それから少女は家を飛び出し、街に向かった。

 しかしそこで、少女は(あら)たな問題に直面することになる。

 街中で少女が近づいたもの、触れようとしたものすべてが電撃(でんげき)が走ったように傷つき、または破壊されてしまうのだ。

 恐怖に()られた少女は立ち寄ったパン屋から思わずパンを(いく)らかかっぱらい、その場から逃げ出した。

 目つきが悪くなった。

 落ち延びた先々で、生きるために殺人以外のありとあらゆる犯罪をして命を(つな)いだ。

 人を信じることをやめた。

 それからどれくらいが()っただろうか。近くに街もなく、人気(ひとけ)もないこの森に辿(たど)り着き、現在に至る。

 その時、背後に立つ木から一羽の小鳥が舞い降り、少女の目の前の地面にとまった。

 その愛らしい姿に、少女は思わず手を伸ばす。

 しかし直後、空から一筋の閃光が降り注ぎ、無慈悲にも少女の目の前に落ちた。

 少女は再び(ひざ)を抱えて小さくなる。

 少女の(ほお)を、一筋の涙が走った。

 ──どうして、こんなことになったんだろウ? 私はただ(みんな)と仲良くなりたイ。それだけなのニ。(だれ)も傷つけたくなんかないのニ……ッ。

 

 

      1

 

 

 X七九二年、某日(ぼうじつ)

 青年、ラグリア・オズワルトは王国政府からの通達を受け、ERA(エラ)にある魔法(まほう)評議会会場を訪れていた。

 室内には聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)と呼ばれる、大陸で最も優れた十人の選ばれし魔導士(まどうし)の内数人が(ひか)えている。

「魔導士、ラグリア・オズワルト」

 魔法評議院新議長にして事実上の序列一位、イシュガルの四天王の一人でもある男性、ハイベリオンの(りん)とした声に、ラグリアは背筋を正す。

「貴君はその(たぐい)まれなる才能を(もっ)てこれまでに数々の善行を成し、またこのイシュガルに暮らす多くの民に幸せと平穏をもたらした。──以上のことから、我々評議院は協議の結果、貴君を(あら)たな聖十大魔道の一員として(むか)え入れることを決定した」

 その場にいた一同が一斉(いっせい)に拍手する。ハイベリオンはその口元にわずかに(おだ)やかな笑みを(たた)えた。

「ラグリア・オズワルト。貴君はこの決定を受けるか?」

 ラグリアはその場でひざまずき、答えた。

 

 

「──はい、喜んで」

 

 

 自宅ヘと帰る道すがら、ラグリアは右手を持ち上げ、視線を落とした。

 ──この僕が、聖十大魔道とは、ね……。

 先程(さきほど)の式典でハイベリオンが口にした口上を脳内で反芻(はんすう)してみる。

 『貴君はその類まれなる才能を以て──』

 才能。自分の最も得意とする魔法(まほう)、『具体化(リアライズ)』のことを言っているのは言うまでもないが、自分はこの力に嫌悪を覚えていた。

 ラグリアがこの魔法に出会ったのは、まだ魔法学校にいた(ころ)だった。魔法の勉強をしようと魔法書を読み(あさ)っていたところ、ふとこの魔法の名前に目が()まったのだ。

 当時、自分はなにをしても平々凡々(ぼんぼん)な、ごく普通の学生だった。しかしこの魔法との出会いが、その生活を一変させることになる。

 筆記、実技試験の首位通過。更には私生活でも何度となくこの魔法に助けられた。

 ここまでを客観的に見るなら、自分は『素晴らしい才能をもった優秀な魔導士(まどうし)』と映るだろう。だが裏を返せばそれは、この魔法が無ければ(たい)した功績も上げられない、ただの成り上がり者だと言える。

 それに、自分は目立つ行動を取るのが嫌いだ。それはもて(はや)される利点がある一方で、自分の身を危険に(さら)すリスクを負うことにもなるからである。

 リスクという点では、この魔法を嫌う理由についてもう二つほど挙げられる事実がある。一つ目は、この魔法を手にしてからというもの、様々な(ねた)みを買ったことだ。

 自分はなにもしたつもりはないのに、周りが勝手に妬み、又は()(たた)える。この魔法を手にした結果当然のように与えられたその環境が、自分には(ひど)く苦痛だった。

 もう一つは、この魔法の特性である。自分は一度、この魔法の真の力を試そうと思って、両手での使用を練習したことがある。しかしそれが、間違いの始まりだった。

 この魔法、『具体化』にはただ一つ、恐ろしいデメリットが付きまとう。それは簡潔にいうと、『全力での発動が出来ない』ということ。より詳しく言えば、この魔法を百%の力で使ったが最後、脳に過剰(かじょう)な負荷が掛かり、全血管が破裂、使用者自身の命を奪ってしまうというものだ。

 自分はまだ運が良かっただけなのかもしれない。徐々(じょじょ)に魔力の出力を上げていくという方法を取ったことで、脳に掛かる負担は軽減されたのだから。代わりに、一生落ちない血の色が頭髪に染み付いてしまったわけだが。

 話を戻そう。先ほどの話に付け加えていうならば、この一年を思い返しても、なにかハイベリオンの言うような特別なことをしたという自覚はない。読書をしながらのらりくらりと過ごし、思い出したように運動がてら遠くの街まで散策に行き、そうして自分の一日は過ぎていく。そして気付いた時には一年が過ぎていた。それだけのことだ。

 これから先、また自分はそうして過ごしていく。それで本当に良いのだろうか? 

 (あら)たな聖十(せいてん)の一員として、もっと出来ることがあるのではなかろうか……。

「おいコラ、どこ見て歩いてんだテメェッ」

 ラグリアを際限ない自己否定と責任感の(うず)から救ったのは、突如(とつじょ)耳に飛び込んできたガラの悪い男の声だった。

 見ると路肩の木の陰で、へたり込んだ十歳前後の金髪ツインテールの少女に、不良のような三人の少年が(から)んでいる。

 普段の自分なら関わることを嫌っただろうが、幸か不幸か近くには自分の他に(だれ)もいない。

 ラグリアは一つ(うなず)くと、まっすぐ彼らの元ヘと歩いていった。

 とりあえず親呼べや、といって足で少女を小突(こづ)いているリーダー格の少年の後ろから、出来る限り自然体を(よそお)って声をかける。

「あぁ、こんなところにいたのか! やっと見つけたよ!」

 不愉快そうな顔で振り返る少年達を無視して、彼らの間に割って入ると、「さぁ、来るんだ」といって呆然(ぼうぜん)としている少女の手を取る。

「おい待て、テメェが保護者か?」

 強引に立ち去ろうとしたラグリアを、案の(じょう)というべきか少年達が取り囲んできた。

 ラグリアは努めて冷静に混ぜ返す。

「あぁそうだ。正確にはこの子の親戚(しんせき)だけどね。何か用かな?」

 まんじりともせずにラグリアが少年を見ると、少年はわずかに気圧(けお)されたような表情をする。(なお)もラグリアが視線を()らさずにいると、少年は(きびす)を返し、「……おう、行くぞ」といって仲間を引き連れて去っていった。

 その背中を見送ってから、ラグリアは少女の手を(はな)し、素早(すばや)く彼女の体に視線を走らせる。とりあえず、目立った怪我(けが)はしていないようだ。

 見ると少女は、猜疑(さいぎ)(こご)った(ひとみ)でラグリアを(にら)み上げていた。

 ラグリアは少女を刺激しないように、慎重(しんちょう)に言葉を(つむ)ぐ。

「……(おどろ)かせてしまって済まなかったね。君、名前は?」

 少女はラグリアを睨みつけたまま答えない。

「どこから来たのかな。街はまだずっと遠くのはずだけど」

 少女は答えない。

親御(おやご)さんは? なんでこんなところに一人でいるんだい?」

「…………」

 ラグリアは処置なしと鼻からひとつ息を吐き、少女から視線を上げて遠くの街を見やった。

「……そうか。それならひとまず、僕の家に──」

 その時、少女がいきなりラグリアを突き飛ばして()け出した。

 不意を突かれた驚きに立ち(すく)んでいると、右手に(なぞ)の違和感を覚え、視線を落とす。

 例によって『無意識に』動いたのだろう右手には、小さな電流が走っていた。

「これは……魔法……?」

 ラグリアが手を開閉しながら(つぶや)いた直後、どさりと何かが(くず)れる音が聞こえ、顔を上げる。

 少女は、ラグリアから数メートル離れたところで、糸の切れた人形のように倒れてしまっていた。

 

 

 気を失う直前に頭に浮かんだのは、『もう苦しまなくても良いんだ』という安堵(あんど)の言葉だった。

 死ぬことに対して、恐怖がないといえば(うそ)になる。自分はありとあらゆる手を使ってやっとのことでここまで辿(たど)り着いたのだ。それなのにこんな、街からも離れた何もない道端で行き倒れるなど、不条理にも程があるではないか。

 しかし同時に、(あきら)めの感情も胸中にあった。いくら活発さが取り()の自分といえど、もう何日とまともな食事にありつけず、ロクな睡眠も取れていないのだ。そんな状態で人気(ひとけ)のない道をさ迷い続け、最後に(だれ)かが助けて生きる希望を持たせてくれる。そんな感動的展開が有り得るのは、絵本か小説の中だけだ。

 助ける、といえば、先ほど自分が突き飛ばした男。彼がまだ近くにいたはずだ。しかし、自分は差しのべられたその手すらも振り払って逃げてしまった。

 人を信じることをやめてしまった自分に、安らかな死に様など与えられるはずもない。

 そこまで考えて、ようやく気付く。

 強烈な目眩(めまい)(おそ)われ、地面に倒れ込む刹那(せつな)の思考にしては、やたらと長くのんびりとしている。そもそも背中を押し返す感触が妙にふわふわと柔らかい。それに、何か柔らかいものにくるまれている。

 ゆっくりと(まぶた)を持ち上げると、いきなり飛び込んできた光に目を(すが)める。頭上で自分を照らしていたのは、きらびやかなシャンデリアの(あか)りだった。そして、どこか(なつ)かしい木製の天井(てんじょう)

 自分は大きなソファに()かされ、体には毛布が掛けられていた。しかし、なぜ?

 慎重(しんちょう)に上体を起こし、再び倒れ込みそうになりつつ視線を(めぐ)らせると、その疑問はすぐに氷解(ひょうかい)した。

 キッチンらしき作業場でこちらに背を向け、何かを煮込(にこ)む長身の男。その長めの頭髪はまるで血が(にじ)んだように赤黒く、自分が気絶する直前まで近くにいたあの男性で間違いあるまい。

 男性は脇に置いていた器に目の前の大(なべ)から二杯のスープのようなものをよそると、(ぼん)()せたそれらを持ってこちらに向き直り歩いて来ようとして、そこで自分に気付いたらしい。(つか)の間軽く目を見開き、柔和(にゅうわ)そうな微笑を浮かべる。

「あぁ、良かった。気がついたんだね」

「…………」

 少女が押し(だま)っていると、青年はゆっくりとこちらに歩いてきて、自分と少女の目の前にそれぞれ器を置く。案の(じょう)というべきか、出されたのは温かいコーンスープらしい。

「……なんデ」

 そこで初めて声が出ることに気づき、少女は続けた。

「なんデ、助けたノ?」

 青年は一瞬(いっしゅん)動きを止め、困ったように後ろ頭を()いた。

何故(なぜ)、か……。確かに、どうしてだろうね。上手(うま)く言えないけど、君が大変そうにしていたから……かな?」

 そんな理由だけで、人は初対面の他人を助けるものなのか。ましてや少女が突き飛ばした時、彼も自分が持つ『力』に気付いたはずだ。それでもなお救いの手を差しのべてくる以上、そこに何かしらの下心があると考えるのが自然なのではないか……。

「まぁそんなことより、食べると良い。お腹が()いているんだろう? 詳しい話は、その後だ」

 (なぞ)の青年は(おだ)やかな口調でそう告げると、自分のスープに手をつける。少女もそれを見てから、ゆっくりとスプーンを手に取り、スープを一口すすった。

 次の瞬間(しゅんかん)、少女は目を見開く。

 美味(おい)しい。自分が家で食べてきた料理を軽く超えるであろうその味に、気付けば無我夢中で器の中身を平らげていた。

 青年は穏やかに目を細めてその様子を見守っていた。

「うんうん。それだけ食べられる元気があるなら、ひとまず安心だね」

 少女は食器を置くと、再び口を開く。

「どうしテ、こんなことしてくれるノ?」

「ん? はっきりした理由は、済まないが(ぼく)にもよくわからない。ただ言えるのは、君が何か、大きな悩み事を抱えてるんじゃないかと直感した。だから君を助けることに決めた。それだけさ」

 あくまで穏やかな笑みを(くず)さない青年の真意が読めず黙り込んでいると、青年が居住(いず)まいを正した。

「そうだ。そもそも、名前も名乗らない知らない人からいきなり助けられて、信用しろという方がおかしな話か」

 青年はこちらに手を差し出しながら苦笑気味に笑う。

「僕の名は、ラグリア・オズワルト。改めて聞かせて欲しい。君の名前は?」

 差し出された手をしばらく見つめた後、少女も恐る恐るその手を(にぎ)り、答えた。

「……セリナ。セリナ・ロゼルタ……九歳」

「セリナちゃん、か。良い名前だね。しばらくは、ウチでゆっくりしていくと良い。これからもよろしく」

 それが少女──セリナ・ロゼルタと、聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)新序列十位、ラグリア・オズワルトの出会いだった。

 

 

      2

 

 

 それから数日は、セリナの体力の回復を待つことにした。

 セリナはあまり自分の事について語ろうとはしなかったが、ラグリアと会うまで何日も、あるいは何週間とあの森の周辺をさ迷っていたのは聞くまでもない。

 そうしてセリナが外出できるまでに回復した、ある日。

 ラグリアはセリナを連れて、自宅からほど近い──というにはやや距離のある十キロほど離れた森の中を歩いていた。

 行き倒れていたセリナにいきなり長距離を歩かせるのは忍びなかったが、頼れる人物が一人しかおらず、弱冠(じゃっかん)九歳の少女を刺激し過ぎないよう転移魔法(てんいまほう)を使えないことも考えると、(いた)し方なかった。

 と考えている間にも、案の(じょう)というべきか、例によって道に迷った。仕方なくセリナを近くの倒木に座らせると、(そろ)えた右手の人差し指と中指をこめかみに当て、思念(しねん)伝達(でんたつ)魔法の一種、『念話(ねんわ)』の構えを取る。

「聞こえるかい? 実はいま、君の家を目指して森を歩いてたんだけど──」

『──また迷った、と』

 ラグリアの数少ない知り合いの一人、カリンの(あき)れ返った声がすぐに返ってきて苦笑する。

「そういうわけなんだ。でも、今回はちょっと事情があって、アレは使っていない。単純に道に迷って困ってるんだ。いつも通り、頼めないかな?」

 ラグリアの声音(こわね)のわずかな変化から状況をある程度察したらしい小説家の少女は、少しの間考え込むように沈黙(ちんもく)した後、すぐにいつもの調子で答えた。

『……。……わかったわ。すぐに警備(けいび)中のコを送るから、大人(おとな)しくそこで待ってて』

 (うで)を降ろし、先ほどから落ち着きなく体をむずむずとさせていたらしい少女に向き直る。

「すぐに助けが来るよう手配したから、安心していいよ」

 ラグリアは努めてゆったりとした動作でセリナの(となり)(こし)を下ろすと、コートのポケットから愛読書を取り出して読み始めた。

 セリナは辺りの木々を眺めながら何か考え事をしているようだったが、少しして不意にラグリアのコートの(そで)を引っ張ってくる。

「それ何?」

「この本かい? これは……」

 読んでいる箇所(かしょ)(しおり)を挟み、表紙を眺める。タイトルは『ブラック・メモリー』。

「そうだね……。セリナくらいの女の子と暮らす学生の男の子が主人公の、バトルアクションものの小説、だね。暗くて怖い部分もあるし、セリナにはまだちょっと難しいかな」

「そっカ」

 それから特に話す言葉もなく、ただひたすらに時間だけが流れた。

 しばらくして、(ひか)えめにコートの(すそ)が引かれる。

「ん?」

「ねぇ、あレ……」

 セリナが指差す先を見ると、果たしてそこにはラグリアの予想した通りの光景が広がっていた。

 地面から一メートルほどの空中で風もないのにゆらゆらと()れながら、静かな燃焼音(ねんしょうおん)とともに青白く輝く物体。

 このまま放置してもなにも問題がないのはわかっていたが、現にセリナが恐怖を感じている上、これ以上彼女のトラウマを増やすわけにもいかないので、ラグリアはすぐに明るい声を出す。

「あぁ、あれが僕の呼んだ助けだよ。ちょっとここで待っていてくれるかい? すぐに終わる」

 セリナが不安そうに(うなず)いたのを確認してから立ち上がり、青白く輝く物体に向かってまっすぐ歩いていくと、自然体を(よそお)って話しかける。

「助けに来てくれてありがとう。……ところで、こちらの声は聞こえてるんだろう? その、言いにくいんだけどさ、この人形のデザインは、どうにかならないものかな?」

 そう。これは、小説家でありトレジャーハンターであり、さらに魔導士(まどうし)でもある少女、カリンがこの魔法の森を警備するために設計、製作した人形だ。

 監視(かんし)、通信、通話とその用途は様々で、こうして話しかけるとこの森のどこかにあるカリンの家と連絡が取れる、というわけだ。ただ、その姿形がどう見ても立方体形の一つ目の頭蓋骨(ずがいこつ)──要は、この薄暗い森と相まって完全にお化けにしか見えないのである。

 ラグリアの言葉に呼応(こおう)するように青白い炎が消え、頭蓋骨の中央部にはめ込まれた通信魔水晶(ラクリマ)に不服そうな金髪の人形遣いの顔が映し出された。

「ホント、あなたって失礼なコト平気で言うわよね。あのねぇ、前にも言った通り、私はこのデザインが気に入ってるんであって、なにも骸骨(がいこつ)が好きなわけじゃないの。そして一度作り上げた作品には(たましい)が宿るから、それを壊して作り直すなんてことは作品に対する冒涜(ぼうとく)になるの。わかる?」

 苦笑と共にラグリアがこくこくと頷くと、カリンは続けた。

「まぁいいわ、その代わり、後でみっちり説教してあげるから覚悟(かくご)なさい」

「あぁ、それなんだけど……」

 ラグリアは声のトーンを落として告げる。

「君からは見えないだろうけど、僕の(そば)に君に会ってほしい()がいるんだ。だから詳しい話はまた今度聞かせてくれないかな?」

「それは……どういう……?」

「頼む。僕もまだ状況がよくわからないから君に相談しに来たんだ。いまは何も聞かずに案内してくれないかい?」

 カリンはすぐに表情を改めると、神妙(しんみょう)に頷いた。

「じゃあ合図を送るから、ちょっと見ていてくれ」

「わかったわ」

 カリンが通信魔水晶から離れてしばらくしてから、頃合いを見計らって、ラグリアは右拳(みぎけん)魔力(まりょく)を集め、真上に突き上げながら解き放つ。

 ラグリアの拳から放たれた日光は、その強い光で昼空にもはっきりと花火よろしく聖十(せいてん)の称号を刻んだ。

 少しして、カリンが戻って来た証拠に、彼女の顔が通信魔水晶に映り込む。

「たったいま、サインを確認したわ。そこからなら、私の案内なんてなくてもすぐに着くわよ?」

「それじゃあ、方向と行き方だけ聞いて良いかな?」

「すぐ近くに、小さな倒木があるでしょ? そこから左にまっすぐ行って、三本並んだ木を通り越したところよ」

「本当にすぐだったね。君の案内がなくても辿(たど)り着けたかもしれない」

「仮定の状況を想像する余裕(よゆう)があるなら、今後迷わないようになる方法でも考えなさい」

 カリンのキツい一言に、苦笑するしかないラグリアだった。

 

 

 ラグリアがカリンの家の戸をノックして開ける間、セリナはずっとラグリアの後ろに隠れていた。

 近づいてきたカリンもその事に一瞬(いっしゅん)気づかなかったのだろう。歩いて来ながら、おや、という表情になる。

「この()が、私に会わせたいって言ってた娘ね?」

「あぁ、ついこの間、行き倒れになっていたところを偶然助けてね。名前はセリナだ。セリナ・ロゼルタ、まだ九歳らしい」

「ふーん」

 カリンは(ひざ)に手を()せると、セリナに顔を近づける。セリナが一歩退いた。

「初めまして、怖がることないわ。私はカリン・ミナヅキ。この人の友達よ」

 良いものあげるわ、といって、カリンは(にぎ)った右手を差し出してセリナの目の前で開いてみせる。そこには小さな紫色の宝石が載っていた。

「これはアメジスト。触っていれば、気分が落ち着いて楽になるわよ」

 セリナが恐る恐るそれを受け取ると、少ししてわずかに緊張が(ほぐ)れたのがわかった。いままでずっとラグリアのコートの(すそ)(つか)んでいた手が自然に離れる。

「ありがとう。君に会わせて正解だったよ。こんな芸当、僕には絶対に出来ないからね」

 ラグリアの言葉にカリンは得意そうな笑みを浮かべると、そのまま無言で入室を(うなが)す。

 セリナに右手のリビングに行くようにいうと、ラグリアはカリンを追って左手の書斎奥の戸をくぐった。彼女は宝石や魔水晶(ラクリマ)を扱わせると抜群に才能を発揮するが、料理の事となると自分がいなければとてもまともに作業できない。よってセリナに出す料理を作ろうというカリンには、いうまでもなく監督(かんとく)役が必要なのだ。

 自分と出会うまで彼女が一体どういう食生活をしてきたのか料理好きなラグリアとしては(おお)いに気になるところだが、ここは『優しくてかっこいいお姉さん路線』でいこうとしている彼女の気持ちを尊重して、何も聞くまいと自制しておく。

 今日の昼食はハンバーグにしようと決まり、ラグリアはハンバーグを、カリンは副菜の付け合わせを用意することにした。

 料理が無事完成し、心細そうに席に着いていたセリナの下に運んでいく。

「さぁセリナちゃん、今日のお昼はハンバーグよ!」

 いつになくテンションの高いカリンが皿をセリナの前に置いた、その時だった。

 セリナが顔をしかめたかと思った途端(とたん)、彼女の目の前でいきなりバチッと火花が散った。

「「え?」」

 二人して呆然(ぼうぜん)と目を見開いていると、ブスブスという音がして皿から白煙(はくえん)が上がる。

 見ると、付け合わせの野菜(いた)めだけが真っ黒に焼け焦げていた。

 カリンが肩を震わせ始める。恐らく、泣くのを(こら)えているのだろう。

「わ、私の……私の野菜炒め……」

「か、カリン、しっかり……。セリナ、何をやったのかな?」

 責める口調にならないように気をつけながらラグリアが問うと、セリナはボソリと答える。

「私……野菜嫌イ……」

「だからって、人から出されたものをいきなり焼くのはいけないよ……」

 二人の間に(はさ)まれたラグリアとしては、そういって聞かせるのが精一杯だった。

 

 

      3

 

 

 カリンとの相談の結果、ラグリアの家でセリナを静養させるのが最善だろうという結論に至り、しばらく()ったある日のこと。

 ラグリアがいつも通りキッチンで献立(こんだて)を考えていると、おもむろに服の裾が引かれる。

「ん? どうしたんだい?」

「私も……何か作ってみたイ……」

「ほう! それは素晴らしい心がけだね。しかし、セリナが作れるものとなると……そうだね、カレーでも作ってみようかな?」

 ラグリアが見ると、セリナの(ひとみ)にわずかながら光が宿った。

「私……カレーは大好キ……」

「そうか……。よし! そうと決まれば、まずは材料の下ごしらえからだね」

 ラグリアが野菜を並べ始めるとセリナがあからさまに不機嫌になったので、なんとか言いくるめながら準備を進める。

 野菜の切り方を覚えた後のセリナは、心なしか楽しそうに見えた。

「これを切って……そう、押さえる手には気をつけてね。それが終わったら、こっちに入れるんだ」

 ラグリアの指示通り具材を(なべ)に入れていく間、セリナは心の中で(つぶや)いていた。

 ──私ももうちょっとお母さんと過ごせたら、こんな事もできたんだろうナ……。

「次に、火を()けるんだけど……これはちょっと危ないから──」

「いいノ、私がやル」

 ラグリアはセリナを見てから、すぐに身を引いた。

 といっても、セリナもどうすれば良いのかわかっているわけではない。料理をやりたいと言ってしまった手前、最後まで自分でやってみたいという好奇心が、セリナにいまのような台詞(セリフ)を言わせたのだった。

 改めてキッチンの設備を見て、軽く後悔する。

 恐らくあのカリンという女性が造った火を点ける為の装置なのだろうが、セリナの目の前にはいくつものスイッチらしき突起が並んでいたのだ。

 セリナの家は特別裕福(ゆうふく)でも貧乏(びんぼう)でもなく、生活に必要なものは一通り揃っていたが、もちろんこんな装置は見たことがない。

 とりあえず、火を点けるだけだ。簡単なことじゃないか。そう自分に言い聞かせながら、おそるおそる手を伸ばす。

 まずは一つ目。なにかが作動したのはわかったが、自分はいま何をしたのだろう。

 二つ目。変化なし。

 三つ目──を触る前に、セリナの脳裏(のうり)にある考えがよぎった。

 数週間前、カリンの家を訪ねて食事を振る舞われた際、セリナは野菜炒めを電流で()()()()()

 あの『力』の使い方が、そのまま使えるのではないか。

 セリナは一歩下がると、両手を振り上げた。

 ──火を点けるだケ。それだケ……ッ。

「えイッ」

 直後、セリナの予想を完全に裏切る現象が起きる。

 セリナが放った電流がすべて装置内部の着火機構に吸い込まれ、見事なまでに『力』が暴発。装置が故障爆発(ばくはつ)し、キッチン全体に炎が燃え広がったのだ。

「うワッ! ──えっト、み、水、水……ッ」

「──大丈夫」

「エ……?」

 ラグリアの落ち着いた声に振り返ると、セリナは呆然(ぼうぜん)と目を見開く。

 燃え広がった炎の動きが、完全に停止していた。まるで、キッチンの周辺だけ時間が止められたような光景に、わけもわからずセリナは(となり)に立っていた青年を見上げる。

 ラグリアはキッチンの惨状(さんじょう)には目もくれず、セリナに幾度(いくど)となく安心感を与えてきたいつも通りの微笑を浮かべていた。

「これが僕の魔法(まほう)、『具体化(リアライズ)』だよ」

 一拍(いっぱく)おいて、ラグリアは続ける。

「簡単に言うと、僕の能力で炎が広がるのを止めたんだ。あとは、このキッチンの周りの空気をどければ……」

 ラグリアがパチン、と指を鳴らすと、炎が何事もなかったように消える。

「燃やすものがなくなって、炎は消える」

 セリナが目をぱちくりさせていると、ラグリアは苦笑した。

「まぁ、この魔法の効果を説明するのはちょっと難しいかな。ところでセリナ、僕と出会う前と後で、君の周りで何か変わったことがなかったかい?」

 そう言われて、セリナはここしばらくの出来事を思い返してみる。そこで、あることに思いいたり、顔を上げた。

「私の『力』が、弱くなってル」

 ラグリアは一つ(うなず)いた。

「うん。正確には、君のその『力』が暴走しないように、リミッターを付けさせてもらった」

「リミッター……?」

「そう。僕の魔法……『力』はね、形のないものや目には見えないもの……例えば炎とか、空気とかを自在に操ることができるんだ。

 セリナの『力』、つまり魔法は、『電流(エレクトリシティ)』という名前の、電気を操るものなんだ。詳しいことも、色々調べさせてもらった。

 セリナの魔法はとても強力だけど、代わりに大きな危険が付きまとうものだ。それは、魔法を使っている君自身が一番よくわかっているだろう」

 セリナが頷くと、ラグリアは続ける。

「そこで僕は、君の身体(からだ)に力を(おさ)えるリミッターを魔力(まりょく)でくっつけることで、魔力をある程度コントロールできるようにしたんだ。

 これは目に見えるものじゃないし、(だれ)にも触ることはできない。もちろんセリナにも、僕にもだ。だけどこれで、かなり力を制御し易くなっただろう。

 なにも(あせ)ることはない。それに、もう何も怖がらなくていい。セリナはこれから僕と一緒(いっしょ)に、ゆっくり時間をかけて、魔法を自由に使えるように練習していけばいいんだ。セリナのことは、責任をもって僕が面倒をみよう」

 ラグリアが(やわ)らかく微笑(ほほえ)んだのを見て、セリナの中でなにかが(はじ)けた気がした。同時に、涙がとめどなく(あふ)れ出してくる。

 セリナは必死でそれを(ぬぐ)うと、顔を上げて破顔(はがん)した。

「ラグリア、ありがとウ」

 思えばこれは、セリナが自宅を飛び出してから、初めて見せた笑顔だっただろう。




はい、今回は第1、2話に登場した彼らの出会いの物語でした。
セリナのバックグラウンドのイメージとしては、命の重みを忘れていない時のゼレフと、ブラック・ブレットの延珠(えんじゅ)の過去を混ぜ合わせた感じです。
FTのギルドメンバーは何かしら暗い過去を抱えているという初期の設定を意識して創り上げました。この想いが読者の皆さんに上手く伝わっていれば幸いです。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第13話 (くら)水晶(すいしょう)の迷宮

やって参りました、オリキャラ達の織りなすサブストーリー集第2弾!
それでは、どうぞ!


 宝石。それは、何十種とある鉱物の内、美しく輝くものを指す言葉だ。

 古来より人はその輝きに神秘的なものを感じ、独自の解釈によって各々(おのおの)をあるものの象徴、また、超自然的な力が宿るものとして信じ、大切にしてきた。

 例えば翡翠(ひすい)。フィオーレ王国の王女であるヒスイ・E・フィオーレの名前としても有名なこの緑色の石は、身に着ける者にその魔力(まりょく)による強い加護を与える力をもつ。

 緑、といってまず思い浮かぶ宝石の一つとしては、エメラルドがあるだろう。名誉の象徴とされるこの石には、危険を察知すると色がくすむという魔力がある。

 同じような能力をもつ石に、ルビーが挙げられる。これは幸福の印。さらに、そこから派生して恋愛運を引きつけるともされている。また、所持する者に病気や毒に対する耐性をわずかだが与える力もある。

 黄金(こがね)色に輝くトパーズは、誠実の象徴。その魔力は特殊で、身に着ける者の心の眼を洗い清め、真実を見せたり、精神を落ち着ける効果をもつ。そして何より特筆すべきは、更に強い魔力をもつものの場合、霊界との通信を可能とするものもあるという点だ。

 七色に輝く希望の象徴オパールは、触れた者に時折未来の映像(ビジョン)を見せることがある。群青(ぐんじょう)色の岩絵の具として芸術家に高い人気を(ほこ)るラピスラズリは、神力の象徴。前述のオパールの効能を高める魔力をもっている。

 宝石の王者ともいえるダイアモンドは、純潔と力の象徴。その(たぐ)(まれ)なる輝きは多くの人々を惑わすが、同時に力や欲に(おぼ)れた者には恐ろしい天罰(てんばつ)を下す。

 以上のように、宝石と呼ばれる鉱物の中には、(まれ)に強い魔力をもっているものも、数多く存在するのだ。

 

 

      1

 

 

 トレジャーハンターの女性、カリンの朝は早い。日の出頃には目を覚まし──この魔法(まほう)の森の中でもカリンの家の周辺だけは開けているのでそれがわかる──脇の短い梯子(はしご)を降りると、シャワーを浴び服を着替える。自宅横に接合された倉庫へと向かいながら、今日は気分転換も兼ねて仕事に向かってみようと考えた。

 カリンの身支度はまず、装備の確認から始まる。貴重品入れからずっしりと重みのある特注品の金属のベルトを取り出してきて、机上(きじょう)に置く。考えることしばし。

 今日の気分から瞬時(しゅんじ)にベルトの装飾パターンを決めると、あとは早かった。

 カリンの操る『結晶魔法(クリスタルマジック)』には、精神を集中させて丁寧(ていねい)に多めの魔力を込めることで、その石が本来もつ魔力を何倍にも増幅・引き出すことを可能とする性質がある。

 精神の安定を与えてくれるアメジストとトパーズは両端に、その内側には傷や毒を()やす効果のあるルビーとエメラルド。更に内側には未来を垣間(かいま)見せるオパール、その効果を増幅するラピスラズリ、そして最後にダイアモンドを設置。

 一つ(うなず)くと、一層重みを増した特製のベルトを腰に巻き、家を出た。向かう先はカリンの苦手な、それもむさ苦しい男達の()まり場だ。

 カリンが暮らす魔法の森には、一日にほんのごく(わず)かずつ植物達の植生が変わるという特徴がある。その変わり方にはある程度の法則があるのだが、たった一週間外に出なかっただけでも(おどろ)くほど変わっている部分もある。カリンもここに家を構えて三年以上が()つが、いまだにその規則性の半分も頭に入っていない。

 しかし、そんな時の助けこそが、カリン愛用の警備員たちだ。

 まっすぐ前方、目の高さに右手を突き出してコマンドを発声。

「さぁスカルちゃん。来て、私のかわいい使い魔」

 やがて薄暗い森の中から、青白い火の玉がカリンの元へとやってきた。

 スカルちゃん。カリンが製造、命名した忠実な魔法人形だ。彼らは一号機から四号機までがあり、それぞれ通信、通話、監視、警備と目的に一対一(いったいいち)対応で魔力が込められた魔水晶(ラクリマ)を内蔵している。

 カリンが呼び寄せたのは、監視や偵察(ていさつ)に特化した一号機。

「目的地、トレジャーハンターギルド『光精の樹(アルフ・ツリー)』」

 再び、今度は道案内用のコマンドを音声入力すると、ややもせずスカルちゃんは森の外へとカリンを導き始めた。

 

 

「おッ、プリンセスのお出ましだぜ」

「ホントだ、珍しいな、カリン」

「私は(プリンセス)じゃなくて、女帝(エンプレス)よ」

 ガラの悪い男連中の冷やかしをすまし顔であしらうと、カリンはギルドの一角に座る。

「あ、カリンじゃん、久しぶりー。元気にしてた?」

 横合いからかけられた声に顔を上げると、カリンはハッとして軽く目を見開いた。

「サラじゃない。身体の方はもう大丈夫なの?」

 サラ・ヘンドリックス。さらさらとした銀髪を一つの三つ編みに束ねて肩から垂らし、白いブラウスを着込んだお(じょう)様然とした姿は、こんな男臭いギルド内には似つかわしくなく、自分よりも『女王(エンプレス)』の呼び名が似合いそうだといつ見ても思う。自分が心を許そうと思える数少ない女友達の一人だ。

 彼女はやや病気がちなところがあり、カリンとはお互いあまり人混みが好きではないこともあって、なかなか顔を合わせる機会がないのだ。

 サラは人見知り気味な笑みを浮かべて答える。

「うん、もう大分(だいぶ)。カリンこそ、しばらく見ないから心配してたよ〜。家まで様子を見にいくわけにもいかないし……」

大袈裟(おおげさ)ね。まだ一週間も()ってないじゃない。こんなの私にとっちゃ、引きこもった内にも入らないわ」

 目線で着席を促すまでもなく、サラはいそいそとカリンの目の前の席に座ると、両(ひじ)(つくえ)に突いて身を乗り出す。

「それで、今日はどんな仕事にいくつもりなの?」

「ん〜? そうねぇ……」

 カリンは言いながら手の上に円盤(えんばん)状の望遠魔水晶(ラクリマ)を造り出すと、ギルドの端に置かれた掲示板を眺める。

 少しして目星をつけると、サラを引き連れて歩いていった。

「これかしらね」

 カリンは一枚の紙を千切(ちぎ)って(となり)の友人に見せる。『HUNTING』。文字通り、獣の捕獲を意味する依頼だ。五万(ジュエル)〜七万Jと、なかなかオイシイ報酬(ほうしゅう)額である。しかし──。

「あぁ、ハンティングね。確かに簡単そう……ってちょっと待ってカリン。ホントにこれで良いの!?」

「え?」

 サラが目を()いたのを見て、改めてカリンも注意して依頼内容に目を落とす。そして驚きに声を上げた。

「ハァ!? 報酬十二万J!? どうなってんのよコレ!!」

 思わず大声を上げてしまいギルド中の視線を受けて首をすくめながら、もう一度視線を落とす。

 見ると獲物の絵はなんだか不気味な悪魔のような姿の怪物が描かれており、依頼の詳細説明にも『正体不明の怪物が夜毎(よごと)村の畑を荒らす』と書いてある。

 しかし、カリンはすぐに気持ちを切り()えた。

「そういうことね。大丈夫よサラ。どうせこの村の人達が話を盛って、ちょっと報酬を釣り上げてるんだわ」

 サラは釈然(しゃくぜん)としない様子だったが、彼女とて自分の力量を知らない訳ではない。カリンが重ねて大丈夫、というと、それ以上は追求してこなかった。

 仕事が決まれば、あとはやることは決まっている。ギルドの受付で依頼書を提出し、簡単な事前説明を受けるとギルドを後にした。

 

 

 しばらく汽車に()られ辿(たど)り着いたのは、近くに鉱山のある農村だった。

 カリンは駅から少し歩いたところに広がる光景を見て、すぐに違和感に気づく。一面に広がる畑は、その半分ほどが激しく荒されていたのだ。

 畑の一つに近づき(かが)んでみると、獣のものと(おぼ)しき足跡を見つける。大きさは約三十センチ。鳥やクマの足跡とも違う、異様な形状をしていた。

 家の一つを訪ね、話を聞くことにする。

 住人達は、口を(そろ)えて言った。

 この村には夜ごと、小悪魔が来る、と。

 一見気味の悪い話だったが、ただのモンスターが突然変異したものを思い違いしているだけ、ということも充分有り得る。

 カリンは村人達を安心させるべくあくまで気丈に振る舞うと、()()が出るという廃坑道(こうどう)の入り口に立つ。

 ベルトをみると、案の(じょう)というべきか、エメラルドやルビーの色がわずかに(くも)っていた。

 一歩()み出した、その時だった。

 おそらく手を降ろした際、偶然オパールに触れたのだろう。カリンの目の前に、瞬間(しゅんかん)的に予知(ビジョン)が展開される。それを見て、カリンは(まゆ)(ひそ)めた。

 ──なんだ、これは?

 竜のような巨大な怪物と対峙(たいじ)する、ロングコートを羽織(はお)った一人の長身の青年。

 予知はすぐに消えてしまったが、それが近い未来に起こり得る事実であることは痛いほどに理解できた。

 ──恐れるな、私。

 カリンは自分にそう言い聞かせると、あえて予知を頭から追い出し、視界の()かない暗い坑道へと進んでいった。

 

 

 カリンは、方位磁針(コンパス)の針を(てのひら)の上に魔力で造り出すと、スカルちゃんが発する青白い(あか)りや、道のところどころに生えている水晶(すいしょう)の輝き、ヒカリゴケのような植物の放つ光をランタン代わりに進んでいく。いま進んでいる方角はほぼ真東らしい。

 坑道の中は、その(せま)い入り口からは想像できない程に広く、複雑に入り組んでいた。カリンはその中を、長年の経験から得た(かん)を頼りに進んでいく。

 しばらくして、十字路のような場所に出た。スカルちゃんのまとう炎のわずかなゆらめき具合から、更に奥に進む道は左側と判断する。

 と、少しして、足が水()まりを()んだ。カリンがスカルちゃんに上昇の指示を出すと、骸骨(がいこつ)型の人形はやや上空に浮き上がり、強い光で遠くまで道を照らす。どうやら、ここから先は雨水の溜まってできた水道になっているらしい。

 カリンはすぐに情報をまとめると、考えうる最善の手を打つ。

氷結(ひょうけつ)の陣・雪時雨(ゆきしぐれ)ッ」

 叫ぶと同時にカリンの右掌が白い霧に包まれ、雪の結晶の形をした複数の小さな氷の(やいば)が放たれた。それらは水面(みなも)に当たるとたちまち(こお)りつき、細い氷の道を造り上げる。

 一つ(うなず)くと、迷いなく歩を進めていった。

 

 

 更に何度となくあった曲がり角を、道なりに曲がりながら進んでいくと、何時間か経過したところで今度は一気に視界が開けた。

 簡単にこの光景を言い表すなら、天然の地下神殿(しんでん)、といったところか。

 人工物ならざる天然の石柱が頭上から伸び、地面から生えた石柱と連なったものが無秩序(ちつじょ)に林立している。それらはすべて幅が三メートル以上もあり、視界を(さえぎ)られて奥行きが測れない。

 しばらく進んでいくと、どこからか、何やら鼻歌のようなものが聞こえてきた。タイミング良く大きな岩の(かべ)に行き当たったため、そこに背をぴったりとつけながら壁の端を目指して横歩きしていく。

 鼻歌は徐々(じょじょ)に大きくなっていく。どうやら、この先にまだ空間が広がり、そこにいる人物が何か一人で(しゃべ)っているらしい。しかし、こんなところに、人間?

 カリンがベルトを確認すると、ルビーとエメラルドの輝きがほとんど失われていた。ここまで色がくすんだのを見るのは何ヶ月ぶりだろうか。その反応は確実に、自分が大きな危険に向かって近づいていることを如実(にょじつ)に表している。

 気をつけろ。そう自分に言い聞かせながら飛び出そうとした、その時だった。

 いきなり背後から(うで)(つか)まれ、岩陰に引き戻された。

 目を白黒させていると、口を開くよりも早く口元に立てた人差し指が当てられる。相手の顔を見て、カリンは今度こそ目を見開いた。

 赤黒い長めの髪に、白いロングコートを羽織(はお)った、長身の男性。

 ──予知で見た男性だ。

 線の細いその顔の造作(ぞうさく)はいかにもひ弱そうな印象を与えているのに、青く(するど)い眼光だけが、そんな印象を裏切って光っていた。

「静かに」

 男性はごく小さな、しかし強い口調でそう言うと、カリンが(うなず)いたのを確認してからゆっくりと指を降ろす。

(おどろ)かせてしまってすまない。でも、これは君のためなんだ」

 一拍置いて、男性は小声で続けた。

「君、名前は? なんでこんな所にいるんだい?」

 カリンはなんとか思考を立て直して、相手に敵意がないことを確認すると口を開く。

「私は、カリン・ミナヅキ、トレジャーハンターよ。ここには、この岩の向こうにいるモンスターを捕まえに──」

「──いけない」

「え……?」

「ここは、君みたいな人が来て良いところじゃない。いますぐ元来た道を帰るんだ」

 言外(げんがい)に意味するところを知り、カリンは男性に詰め寄りかけたが、彼はそれを手で軽く制する。

「あぁ、君が言いたいことはよくわかる。あのモンスターに懸賞金(けんしょうきん)が掛かっていて、君の目的はそれを手に入れることなんだろう?」

 カリンは必死で自制し、声を(おさ)えて反発した。

「全然わかってないじゃない。トレジャーハンターが皆(カネ)の亡者みたいに言わないで……ッ」

「そんなつもりで言ったんじゃない。ここに僕以外の人間がいるのは具合が悪いんだ」

「……。詳しく、説明してもらえる?」

 男性は一瞬耳を()ませるような顔をすると、手短に告げる。

「僕の名は、ラグリア・オズワルト。一ヶ月ほど前からとある事情で、ここの監視をある施設から任されていた。ここで何が行われているのか探る為に、また、ここに人間が来ないように」

「つまり、どういうこと……?」

「ごめん、これ以上詳しく言うと、君も巻き込んでしまう可能性がある」

「べつにいいじゃない。ここに来た目的は違っても、要するに、この先にいるモンスターを倒せばいいんでしょ? だったら私も戦う。私だって、丸腰でこんな所まで来るわけないと思わない?」

 その言葉に、ラグリアは処置なしと鼻からひとつ息を()いた。

「わかった。そこまで言うなら協力して(もら)おう。ただし、それは戦闘(せんとう)についてじゃない。ここから逃げて、外の村の人達に説明するんだ。ここに(だれ)ひとりとして入れちゃ駄目(だめ)だ、と」

貴方(あなた)ねぇ……ッ」

「頼む。理由を説明できないのが本当に残念だけど、それがいまできる限りの最善の策なんだ」

「…………。……わかったわよ……。私は外に出ていれば良いんでしょ?」

「そうしてくれると助かる、ということだ。決して、君を足手まとい呼ばわりしているわけじゃない。そこだけは理解しておいてくれ」

 カリンが憤然(ふんぜん)とその場で(うで)を組みながら頷くと、ラグリアは静かに岩陰から一歩進み出た。

 しかし、カリンは動かない。当然だ。こんなわけのわからない理由だけで、どこの馬の骨ともわからない奴に手柄(てがら)を横取りされて(だま)っていられるものか。そんな事をすればギルド最強の女魔導士(まどうし)、『宝石女王(クリスタライト・エンプレス)』の名が泣くというもの。機会をみてあの青年のスキを突き、獲物を横取りし返してやる。

 

 

      2

 

 

 カリンがそっと岩陰から首だけ出すと、ラグリアは足音を殺してスタスタと歩いていく。

 彼の歩いていく先を見て、カリンは顔をしかめた。

 岩でできた天然神殿の天井(てんじょう)から垂れた幾本(いくほん)もの触手に固定されているのは、どうやら(ドラゴン)の全身骨格のようだった。しかし、完全な白骨の死骸(しがい)ではなくそのところどころに肉片がこびりついており、全体的に(なぞ)の邪悪なオーラに包まれている。

 そしてその足元には、何かの機械を操作する一人の怪しい影。カリンが目を()らしながらベルトを探ると、自然に指が左端のトパーズに触れ、視界が鮮明になる。

 どうやら(うさぎ)の耳のような髪型の少女らしい。白衣をまとっており、どこか間の抜けた学者然とした雰囲気(ふんいき)を感じる。

 耳を澄ませると、あの耳障(みみざわ)りな鼻歌──いや、笑い声が聞こえてきた。

「ファファファファファ。あとはここをこーしてぇ、あれをこーやってぇ〜。あー、楽し〜」

「──楽しそうだね」

 突然背後から掛けられた声に、少女がぎょっとして振り返る。

(だれ)ッ?」

 すると少女は、ニヤーっと下卑(げび)た笑みを浮かべた。

「あんれぇ〜? ここは一応関係者以外立ち入り禁止なんだけどね〜? 何? イケメンがこの天才科学者ラミー様になんか用?」

「別に(たい)した者じゃないさ。ちょっと道に迷ってしまってね。ちょうど君を見つけて帰り道を()こうとしたところだ」

 ラグリアが泰然(たいぜん)と混ぜ返すと、ラミーと名乗った少女は気味の悪い笑い声を上げる。

「ファファファファ、道に迷った? この地下研究所はかなり頑張らないと見つけられないように設計されてるんですけど。道に迷ったぐらいじゃ弱っちい人間どもなんて、どっかで行き倒れて終わるはずなんですけど、ファファファ」

 ──研究所?

 それにいま、あのラミーという少女は気になる事を言った。

 弱っちい人間、と。

 つまりあの少女は、人間ではなく、後ろに()られている竜の骨で何かの実験をしている。そしてラグリアは、その実験ないし研究を危険なものと判断して止めようとしている……そんなところか。

「そうか……(つたな)い言い訳は通じないみたいだね……」

 ラグリアが肩をすくめると、ラミーは小馬鹿にしたように笑う。

「ファファファファ、当たり前でしょー。このラミー様の前でデタラメ言ったってムダムダ……ん?」

 ラグリアがおもむろにコートのポケットから一冊の本を取り出す。と、次の瞬間(しゅんかん)、彼の全身から(すさ)まじいオーラが(ほとばし)った。

「評議員ラグリア・オズワルトより、研究員ラミーに警告する。いますぐにその研究を中止し、おとなしく(ばく)につくんだ」

 カリンはその言葉に、耳を疑った。

 魔法(まほう)評議院。それは魔法界の秩序を守るべく様々な取り決めを行う施設。そこに属する職員こそ、評議員と呼ばれる者達だ。

 カリンはわけがわからなくなっていた。ラグリアの口上(こうじょう)がハッタリでないのなら、彼はその評議員の一人ということになる。しかし、どういうことだ?

 それでは、あのラミーという者は──。

 ラミーもわずかに目を見開いたあと、必死に平静を(よそお)おうとしていたが、遠目にもラグリアの意外な気迫に気圧(けお)されて(あせ)り出したのがはっきりとわかった。

「ファッ、ファファファッ。なに言ってんのこのイケメン。いきなり現れて意味わかんないこと言い始めたかと思ったら、今度は評議員気取り? ファファッ、ファファファファ……。

 そッ、そんなヤツにはぁ、この新型ドラゴノイドのエサになってもらうしかぁないねぇ〜。ファファファファッ」

 ラミーが手元にあったコンソールにコマンドを打ち込むと、彼女の背後にあった(ドラゴン)亡骸(なきがら)から邪悪な気が放射される。そして──。

 ──触手から解き放たれた意思なき竜が、しっかりと地に足をつけ全身を(ふる)わせ、がっぱりと口を開けて咆哮(ほうこう)した。その音圧により、洞窟(どうくつ)全体が震動する。

 マズい。そう思った時には矢も(たて)(たま)らず飛び出していた。

「ラグリアッ!」

 ラグリアがハッとして振り返り(わず)かに歯噛(はが)みする。しかしさすがの切り替えの早さで小さく(うなず)くと、後は任せる、というように骨の(ドラゴン)ヘと向き直った。

 ラミーがあからさまに嫌そうな顔をする。

「ハァ? まだ人間がいたのぉ? ラミー、ブスにはキョーミないんですけどぉー」

 カリンはその言葉に、唇を引きつらせた。

「それはお生憎(あいにく)さまね。これ以上アンタの気分が悪くならない内に、とっとと終わらせてあげる」

 カリンは右手を突き出して魔力を発動させる。

氷結(ひょうけつ)の陣・雪時雨(ゆきしぐれ)ッ」

 しかしそれを合図にしたように動き出した竜の(つばさ)が強風を巻き起こし、氷の刃がラミーを切り裂くことはなかった。

「ファファファファ、無理無理。このドラゴノイドは人間に倒せるよーには設計されてませぇん。ブスはブスらしく、(みじ)めに泣き叫びながらエサになることねー」

 カリンが歯噛みすると、ラグリアがこちらに背を向けたまま叫ぶ。

「この骨の(ドラゴン)は僕が排除する。カリン、君はあの科学者の方を頼む!」

「そんなこと、言われなくてもわかってるわよ……ッ」

 ラグリアが手を突き出すと、骨の竜は身を低くして苦しそうな(うな)り声を上げる。どうやら彼が操るのは、重力操作の魔法らしい。

 それを受けて(ドラゴン)の注意がラグリアに向いたのをしっかり見届けると、カリンは彼の武運を祈りつつラミーに向かって走り込んだ。

紅玉(こうぎょく)の陣・降矢(こうし)煌天(こうてん)ッ」

 カリンが(うで)を振ると、ラミーの頭上に(やじり)状のルビーが複数出現し、彼女に向かって降り注いだ。

「ギャンッ」

 ラミーはそれを(かわ)し切れず、まともに食らってその場でくるくると回転する。

 カリンは小さくガッツポーズをしたが、その感慨(かんがい)はすぐに驚愕(きょうがく)ヘと変じた。

 回転を停止したラミーの身体には、傷ひとつついていなかったのだ。

「ファーファファファ。私の呪法(じゅほう)は滑って滑って滑りまくる呪法。どんな攻撃もこのラミー様には通じないんだよぉ」

「く……ッ。それなら……ッ」

 カリンは両手を上げると、再び魔力(まりょく)を発動させる。すると、今度はラミーの頭上から一つが手のひらほどもある雪の結晶の形の氷の(やいば)が、ひらひらと舞い降りる。

「お……?」

「氷結の陣──」

 カリンが両腕を振りおろしながら目の前で交差させると、ラミーの周囲に(ただよ)っていた氷の刃が徐々(じょじょ)に回転し始める。

「雪時雨ッ」

 次の瞬間(しゅんかん)、彼女に向かって吸い込まれるように飛んでいった。

「ファーッ! …………ファファファ、ファファファファファッ。アンタ馬鹿ねぇ。こんなんでこのラミー様に効くとでも? 全然効かないんですけどぉ」

「いちいちうるさいのよこのウサ耳女ッ。青玉(せいぎょく)の陣・晶突(しょうとつ)ッ」

 カリンが地面に手を突くと、ラミーの足元から生えた巨大なサファイアの柱が彼女を突き上げる。

「ごふぉッ」

 

 

      3

 

 

 ラグリアは骨の(ドラゴン)対峙(たいじ)しながら、その巨大な体躯(たいく)と、そこから繰り出される物理攻撃(こうげき)に攻めあぐねていた。

 相手は大した魔法(まほう)攻撃能力ももっていないらしく、しつこくラグリアを()みつけ、または噛み砕こうと追いかけてくる。対してラグリアの『具体化(リアライズ)』は目に見えないものならば何でも操れる、一見万能に近い魔法に見える。が、当然そんな甘い話はない。操れるのは()()()()()()()()()()()目に見えないもので、こんな日光も差さず、風も吹かない洞窟(どうくつ)の中となると、一気に火力不足となってしまうのだ。

 なんとか空気の刃を放って応戦するが、相手はあのラミーという()()が改造したことで、呪法(じゅほう)とやらにより強化されているらしく、ダメージらしいダメージがなかなか通らない。

 そうこうしている間にも骨の竜は再び咆哮(ほうこう)し、回頭するとトレジャーハンターの少女に向かって走り始めた──マズい。

「く……ッ。『大気の障壁(エアリアル・ウォール)』……ッ」

 ラグリアが(ドラゴン)の進行方向を(ねら)って腕を突き出すと、竜が見えざる壁に頭からぶつかり、不機嫌そうに首を左右に振る。ラグリアは(つか)()本から顔を上げ、決然と怪物を(にら)()えた。

「君の相手は、こっちだと言っているだろう」

 

 

 一方その(ころ)、カリンもラミーの『滑りまくる呪法』に攻撃をすべて(はじ)かれ、決定打を与えられずにいた。

 カリンの操る『結晶魔法(クリスタルマジック)』は、無数に存在する宝石を自在に操り、攻撃や防御を行う魔法だ。しかし、大半は飛び道具のように中距離から相手を攻撃する技である為、ラミーの呪法との相性は最悪に近い。

 さらにラミーは自分からはまったく攻撃してこないくせに──科学者と名乗っていたので、恐らく非戦闘員なのだろう──無駄にすばしっこく、フェイントを折り混ぜてもなかなか攻撃がヒットしない。しかも前述の通り彼女に飛び道具系の技はほぼ意味を成さない為、無理に攻撃しようとしてもこちらが体力と魔力を消耗(しょうもう)させられるだけだ。

「く……ッ。はぁ……はぁ……。この……ッ」

「ファファファファファ、どーするよ人間。アンタの魔法じゃ、このラミー様には(かす)り傷ぐらいしか与えらんないよぉ〜?」

 カリンはそこであることを思いつき、不敵な笑みを浮かべた。

「それはどうかしら?」

「ファ……?」

水晶(すいしょう)の陣・三点柱(さんてんちゅう)

 するとわずかな地鳴りの後、ラミーの周りを三本の水晶の柱が(ゆえに)の記号の形に取り囲んだ。

 ラミーは(つか)の間きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに失笑を漏らす。

「……プッ、ファファファファ! なにそれ、こんな結界ごときで私を捕まえたつもり? こうすれば降参するとでも? ファファファファファッ」

「──確かに、それは難しいかもね」

「ファ……?」

 カリンはスタスタとラミーに向かって歩いていくと、結界に一瞬だけ自分が通る分の穴を開け、彼女の前に立つ。

「でもねぇ……」

 カリンは腰を落として構えると、両手に魔力(まりょく)を集中させてラミーを至近距離から(なぐ)りつけた。

「──アンタなんかが私を降参させる方が、百年早いからッ!」

「グッフォォオアァッ」

 ラミーは軽々と吹き飛ぶと「グヘッ」といって背後の結界に背中からぶつかる。

 ずり落ちてきたラミーは、しかしまだ余裕(よゆう)を残した笑みで口を開いた。

「ファファファファ、何やってんのよこのブス。私にはどんな物理攻撃も意味を成さない……ん?」

 そこで、ラミーが見下ろした彼女の身体に、変化が訪れる。

 ──緑色に輝く宝石の結晶が、ラミーの腹からどんどんと面積を拡げていっているのだ。

「ファッ? 何コレ、何コレ怖い!」

 ジタバタともがくラミーを冷ややかに見下ろしながら、カリンは静かに告げる。

「──翠玉(すいぎょく)の陣・岩礁(がんしょう)(つめ)。それが私がいま使った技よ」

 やがて、ラミーの胴部は完全にエメラルドの結晶に包まれ、彼女は芋虫(いもむし)よろしくもぞもぞと動くことしかできなくなってしまった。

 カリンの操る技、『翠玉の陣・岩礁の爪』。両腕に装備したエメラルドの(クロー)で攻撃するだけでなく、触れた箇所からエメラルドの結晶を拡げて相手の動きを制限してしまう技だ。

 カリンは、足元に転がるラミーに、(やり)(ごと)き視線を向ける。

「アンタ最初から、私のことブスブスって連呼してたわよね?」

 ラミーはなんとか(しり)で後ずさりしようとするが、カリンが出した結界がすぐにそれを(はば)んだ。彼女の顔はもう、冷や汗でびっしょりだった。

 カリンは両手の指をポキポキと鳴らしながら、嗜虐(しぎゃく)的に口角を()り上げる。

「散々コケにしてくれたツケは、しっかり払って(もら)わないとねぇ?」

 

 

 ラグリアはぎりぎりの防戦を続けながらも、冷静に状況を分析していた。

 恐らくいま、ラグリアを追い回している(ドラゴン)はラミーの操作の手をはなれ、完全に暴走状態になっている。その証拠に、攻撃(こうげき)のパターンがだんだん決まった行動になってきている。

 ──この程度ならば、勝機はある。

 竜の噛みつきからの二回連続の()みつけを難なくかわし、ラグリアは足元に魔力を発動させた。

 ──重力操作──ッ。

 ラグリアの両(あし)を中心に重力場が()じ曲がり、(ドラゴン)の頭を越える高さまで跳躍(ちょうやく)

 ラグリアには、この一撃を決められるという確信があった。この骨の竜は確かにラグリアを(ねら)って攻撃してきているが、その他の動きにはかなり無駄が多い。いまも自分を追尾してくることなく、ラグリアが先程までいた空間を眺めている。

「『超重力砲(テラグラビティキャノン)』」

 今度はラグリアの左手を中心に重力場が変形。(ドラゴン)の頭頂部めがけて(こぶし)と同時に重力の(かたまり)()ち下ろした。

 ラグリアの重力場をまとった拳はいとも容易(たやす)く竜の頭を巨大な円形に陥没(かんぼつ)させ、粉砕しながら地面に(たた)きつける。

 ラグリアは反動を利用して跳び退()くと、(ドラゴン)が完全に動かなくなったのを確認し、静かに本を片付けた。

 そこでハッとして、この場にいるもう一人の人間、トレジャーハンターのカリンがいた辺りを眺める。

 ラグリアの見解ではあのラミーという悪魔に負ける程度の力量ではないように見受けられたが、勝敗の帰趨(きすう)は一体どうなったのか。

「カリン! だいじょう──。……うわ……」

 ラグリアがカリンを視認した時最初に頭に浮かんだイメージは『コスプレ少女を痛めつけるイジメっ子の不良(むすめ)』というものだった。

「──ラグリア、終わったわ。これで良かったのよね?」

 緑色の結晶に包まれて蓑虫(みのむし)のような姿になり、最早(もはや)原形をとどめない程に顔面をボコボコにされたラミーのウサ耳を、カリンは片手で持ち上げてこちらに見せつけていた。

 

 

      3

 

 

 坑道(こうどう)の最後の曲がり角を曲がると、西陽(にしび)が目に飛び込んできて、(まぶ)しさに一瞬(いっしゅん)目を(すが)める。

 ラグリア達は事後処理を終わらせる為、村へと向かおうとしていた。カリンの苛烈(かれつ)な暴行を受けたラミーと骨の(ドラゴン)残骸(ざんがい)をあのまま坑道の奥地に残してくるのはやや危険な気もしたが、運んでくる途中でラミーが目を覚ました場合、何をするかわからないことも考えると、致し方なかった。

 入り口まで戻ってくると、(となり)を歩いていた金髪の女性が口を開く。

「さて、と。これで仕事は終わりね。じゃあ改めて、何で貴方(あなた)みたいな人がここに来たのか、理由を教えてくれる?」

「……やっぱり、言わないと駄目かい?」

「当たり前よ。あんな簡単な説明だけで、納得(なっとく)できる訳ないでしょ?」

 ラグリアは少し考える素振(そぶ)りを見せると、観念して答えることにした。

「わかったよ。カリン、君はバラム同盟、という言葉を聞いたことがあるかい?」

 カリンは小首を(かし)げて即答する。

「確か、闇の魔導士(まどうし)ギルド最大勢力の同盟よね?」

「あぁ、その通り。闇ギルド(かれら)はいまも評議院が定めた魔導士ギルド連盟に登録しておらず、悪事に手を染めているものが多い」

 一拍置いて続ける。

「その中で、ただひとつだけ、構成員の人数、容姿、規模、使う魔法……すべてが(なぞ)のギルドが存在する。それが、『冥府の門(タルタロス)』」

 カリンはそれを聞いて、ゴクリと(のど)を鳴らした。

「彼らについてわかってる事は本当に少ない。その中で、僕が手に入れた情報は、彼らが使う能力が()()()()()()ということ」

「つまり、人間じゃない? ──ッて、あ……ッ」

 カリンが声を上げて口に手をやったのを見て、軽く(うなず)いた。

「あぁ、僕も聞いた。あのウサギ耳の少女・ラミーは、自分の能力を『滑りまくる()()』と言っていたね。恐らく彼女のウサギ耳も、飾りなんかじゃなくて身体の一部だ。そして、今回の一件でわかったことが一つある」

 ラグリアはカリンをまっすぐ見ると、告げる。

「恐らくラミーが所属しているのだろう『冥府の門』は──ゼレフ書の悪魔を所有、または改造して飼い慣らしている」

 カリンが、体をブルリと震わせた。

「そんな……ッ」

 彼女もそれを聞いてようやく自分の犯しかけた(あやま)ちの危険性がどれほどのものか、気づいたのだろう。

 不老不死にして最凶最悪の黒魔導士・ゼレフ。彼が魔道の研究の末辿(たど)り着いたのが『自分を殺してくれる者の創造』。そうしてつくりあげられた無数の魔法書に召喚方法が記されているのが、ゼレフ書の悪魔だ。

 ラグリアは決して口には出さなかったが、実はもう一つ気づいたことがある。

 それは『冥府の門(タルタロス)』が、ゼレフ書の悪魔を増産しているのではないか、というもの。

 勿論(もちろん)これは完全に自分の憶測である為、評議院上層部に持ち帰ったところで一笑に付されるだろう。だがラミーと名乗ったあの少女のウサギ耳。そして、彼女が操っていた骨の(ドラゴン)。物理現象としてはとても説明がつくものではなかった。

 カリンを見ると、愕然(がくぜん)と目を見開いたまま、彫像(ちょうぞう)と化している。

 怖がらせてしまったかと思って口を開きかけた、その時だった。カリンが不意にフッと笑みこぼれると、すぐにいつもの高飛車(たかびしゃ)そうな笑顔に戻った。

「カリン……?」

「まさか、軽い気持ちで受けた依頼が、こんな大事に発展するなんてね……」

「え?」

 カリンはついいままでから一転し、晴れ晴れとした表情で伸びをする。

「あーあ。せっかくオイシイ仕事見つけたと思ったのに。やっぱり世の中そんな甘いもんじゃないわねー」

 ラグリアが(ほう)けてその様子を眺めていると、カリンは振り返って笑った。

「そういえばラグリア、貴方(あなた)にお礼言わないとね」

「ん? なんのことだい?」

「アイツらよ。貴方、私とあのラミーってヤツが戦ってたとき、私を(かば)ってくれたでしょ? 私、ちゃんと見てたんだから」

 そこでラグリアは、ようやく思い出した。骨の竜の注意がカリンに向きかけた際、自分は空気の壁で咄嗟(とっさ)に彼女を守ったのだったか。

「あ、あぁ、骨の(ドラゴン)から君を庇った時のことかい? まぁ、あれは僕も、あまり考えてやったことじゃないんだけどね」

 その言葉に、カリンは苦笑した。

「もう、そこは(うそ)でも『どういたしまして』とか流してれば良いのよッ」

 ラグリアより五つは歳下であろう金髪の女性は、かなり強めに背中をバシンと(たた)いた。

 

 

 村の人々に事のあらましを伝えると、彼らは仰天(ぎょうてん)すると共に、ある言い伝えを話してくれた。

 毎年、ある決まった時期になると、得体の知れない怪しい人影が複数であの坑道に入っていき、しばらくすると何事もなかったかのように立ち去るという。

 彼らの容姿はおろか身長以外の情報はまったくわからず、村の人々に危害を加えるわけでもない為、あまり気にしたことは(だれ)もなかったらしい。

 ただ不気味だったのは、その者達が現れるのが決まって新月の夜で、彼らと目を合わせた者は心を病むということだった。

 カリンはもうラグリアの話だけでそのテの話題は聞き飽きていた為あまり重要視しなかったが、ラグリアは真剣にその話を聞き込み、細部までメモを取ると、評議院に持ち帰るといった。上層部も『冥府の門(タルタロス)』関連の話には興味をもち始めている為、少しでも関係がありそうな事柄にはアンテナを張っておこう、ということらしい。

 

 

 しばらくして、ラグリアとカリンは村を()つことにした。ラグリアには転移(てんい)魔法があるため徒歩で帰るといったら、カリンはその事に興味をもったらしい。

 あまり自分の能力をひけらかすのは好きではないのだが、カリンは自身が小説家でもあることを明かし、そのネタに使えるかもしれないから、というよくわからない理由で付き合わされることになる。

「……じゃあ、よく見ててくれよ?」

 カリンがまじまじと眺めてくるのに内心(あき)れつつ、魔力(まりょく)を発動。

「『空間接続(ディストーションライン)』」

 十メートルほどの距離を瞬間(しゅんかん)移動すると、カリンは感嘆(かんたん)の吐息と共に手を(たた)く。

「へぇ。それが貴方の技なのね。魔法を見るのは久しぶりだから、なんか新鮮な感じがするわ。……ちなみに、どれくらいの種類の対象を操れるの?」

 ラグリアはその言葉に困り果てて後ろ頭を()く。

「さぁ……。この魔法は、()()()()()()()()()が特徴というか、底なし(ぬま)のようなところがあってね。自分でも何種類の対象物を扱えるのかわからない。何せ、目に見えないものや形のないもの、(つか)みどころのないものを操る、という魔法だからね」

「ふーん。ねぇ貴方、よかったら、今度ウチに来ない?」

「え?」

 ラグリアが聞き返すと、カリンはハッとして、いきなり挙動不審になる。

「あッ、いえ、別に変な意味じゃないわよ? 貴方の魔法って面白そうだから、改めて時間を取って会って話せないかなって……。ホントにそれだけなの、それだけ!」

 ラグリアはしばし考えると、すぐに笑ってみせた。

「あぁ、君が良ければ、またたくさん話したいな」

 すると、カリンは(つか)の間(ほう)けたような表情になった後、(うつむ)いてしまう。

 何かまずいことでも言ってしまったかと思っていると、カリンはぼそぼそと口の中で(つぶや)いた。

「……ありがとう」

「……?」

「なんでもないわ。あ、そうだ」

 そう言って、カリンはウエストポーチのポケットをまさぐると、なにかを取り出してラグリアに(にぎ)らせてくる。

 手を開くとそれは、(いく)らかの(ジュエル)だった。ラグリアはそれを見て、(あわ)てて突き返す。

「そんな、(もら)えないよこんな大事なもの。僕はただ──」

「──いいの、私からの(ささ)やかな気持ちよ。それに……」

「それに?」

「なんでもない」

 先ほどから(みょう)に挙動不審なのが気になったが、カリンがそういうならば深くは追求するまいと思った。

 それから二人で他愛(たあい)もない雑談に花を咲かせ、日没前に帰らなければというと、そこで解散となる。

 夕映えのためか、去り際に見たカリンの横顔は赤かった。

 

 

 後の聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)新序列十位、ラグリア・オズワルト。そして『光精の樹(アルフ・ツリー)』最強の女魔導士、カリン・ミナヅキ。

 二人の共同戦線はほんの一時(いっとき)だったゆえに、彼らはまだ知る(よし)もなかった。

 ──この出会いが、いずれ世界の命運を左右する、重要な分岐点(ターニングポイント)であったことを。




はい、何やら気になる終わり方をしたお話でしたが、皆さん楽しんで頂けたでしょうか!
カリンが仕事用の装備として身につけるベルトは、デルトラ・クエストの秘宝のベルトが元ネタです。それぞれの宝石の効果も、それを参考に決定しました。
また、今回登場したオリキャラ、サラのイメージは、SAOのユリエールとブラック・ブレットのユーリャのMIXです。
それでわ、しーゆーあげいん!


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裏設定・小ネタ解説集(第1話〜第3話)

今回は、第3話までに登場したキャラクターに関する裏設定・小ネタ解説になります。題名の通りですね。
この中で自分がやりたいことは、一言でいうと『本編だけでは描き切れなかった部分の補足説明』です。
当然ながらまだ本編を読んでいない方にとっては多大なネタバレを含むことになりますから、ネタバレが苦手な方は今回の場合、最低でも第3話、可能であれば第13話まで読み進めてから目を通すことを強く推奨します。


・ラグリアについて

 まずは、作中最初に登場したオリキャラにして、その恐ろしい戦闘(せんとう)能力の高さで読者の皆さんに強烈な印象を与えたであろう彼、ラグリアについてお話ししていきましょう。

 彼の使う魔法(まほう)具体化(リアライズ)』については後ほど解説しますが、この性質についてよくわからない、という方がほとんどではないでしょうか?

 正直に言って作者である自分自身、この魔法の性質はあまり考えずに作ってしまったため、描写を考えていく内に新たな気づきを得て驚かされることがままあります。何が言いたいかといいますと、作者も描写の掘り下げ方を試行錯誤している段階だから、疑問点が残っても一旦そのままにしておいて、安心して読み進めてほしい、ということです。

 

 ここではそんな彼の言動の中で、現時点で一箇所だけ説明ができなかった部分があるので、ここに注釈を入れようと思います。

 第1話で『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のメンバーからギルドに招かれたラグリアはその後、自分がルーシィ達と出会うまでの経緯(いきさつ)を簡単に説明していました。

 しかしそこにひとつ、本文の情報からは読み取れない箇所があったことに気づいたでしょうか? それは、ラグリアがあの村に来てからルーシィ達の前に現れるまでに、どうやって盗賊(とうぞく)たちの情報を入手したのか、という点です。

 

 確かに彼は『村に入った時、村人たちが金目のものを大量に盗まれたという話を小耳に挟んだ』という説明をしていました。しかしルーシィ達が村を訪れて村長の話を聞き、盗賊たちと対峙(たいじ)するまでに掛かった時間はものの十数分。ラグリアが遅れて村に到着し、情報を集めて整理してからルーシィ達の前に現れるには時間が短すぎるわけです。

 では、彼はどうやってそれらの行動をこなしたか。

 ごく簡単に説明すると、ルーシィ達についてきていました。

 厳密には転移(てんい)魔法で村まで飛んだ後、ルーシィ達の訪問を察知して身を(かく)し、彼らと村長の話を家の外で聞いていたわけです。

 

 ちなみにその時ラグリアは、魔力(まりょく)を感知してルーシィ達の存在に気づいた直後、日光を操作して自身の姿を隠し、気配を絶った上でルーシィ達についてきていたので、ルーシィやナツ、グレイはおろか洞察(どうさつ)力に優れたエルザの能力をもってしても気づくことはできませんでした。ラグリア自身も皆を混乱させない為にあえて、自分が『妖精の尻尾』とは完全に別のルートから情報を集めてあの場に現れたように説明していたので描写できませんでしたが、実態は前述の通りです。

 

具体化(リアライズ)

 さて、続いて今度はラグリアが操る魔法(まほう)具体化(リアライズ)』について説明します。

 

 第1話の描写の時点で様々な性質が判明したこの魔法ですが、本質は『掴みどころのないものにかたちを与え操る』というもの。そんな恐ろしい効果をもつ魔法には必ず何かしらデメリットが付きまとう。ラグリアはこの魔法を使用する際、決まって本を片手に保持した状態から発動していました。それは使用時のリスクを極限まで下げるためであり、魔力の暴走を防ぐ狙いもあります。

 ちなみにラグリアは基本的に右()きですが左手も限定的に使うことができ、自分はこれを『半両利き』と呼んで、ラグリアを始めとした一部のオリキャラに採用しています(Twitterの質問箱の返答参照)。

 

 『具体化』の恐ろしさの一つは、ラグリアの意思に関わらず、彼の『無意識』にさえ干渉し、危険を察知した瞬間(しゅんかん)にオートで迎撃(げいげき)することにあります。これだけ聞くと便利に聞こえるかもしれませんが、実態はそんなに甘くありません。

 それは裏を返せば、『意識していなければいつでも魔力が暴発する可能性がある』ということ。ラグリアはこれによって過去に何度か人を傷つけてしまったことがあり、その経験が責任感の強い性格として表れているわけです。

 

 ちなみに聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)の設定は、実力=序列(じょれつ)ということから『戦闘(せんとう)での実績をはじめ、様々な功績をあげた者の序列を評議院が協議のうえ変動させる』といったものだと自分は考えています。

 その基準で考えた場合、ラグリアは争いを好まない穏やかな性格が(あだ)となって最下位()まりですが、実際の実力は聖十の称号の元保有者・ジェラールを軽く上回るレベル、と位置づけています。

 

〈『具体化(リアライズ)』詳細〉

 次に、『具体化』の効果の詳細情報の紹介と、それぞれの技の効果について説明していきます。

 効果範囲は大雑把(おおざっぱ)に分類すると主に、

 

①自分の周囲

②対象の周囲

③①+②

④視界全体

⑤水平方向での視界360°全体

⑥立体的に見た視界180°全体

 

の6パターン。反動は番号に比例して大きくなる他、その世界に大きな影響を与えるものを操ろうとするほど大きくなっていきます。その最たる例は『時間』。時間は世界のあらゆるものの在り方に影響する上、どこにでも存在するだけに効果範囲の指定が必然的に難しくなってしまいます。

 第4話で時間の操作を頼まれたラグリアが『まぁ、大丈夫か』と発言した理由がこれで、あの時ラグリアの中では、効果範囲の指定を失敗すれば反動を受け、皆に要らぬ心配をかけてしまうという思いが生まれていたわけです。

 ただし、この『効果範囲』はあくまで『魔法の効果が及ぶ範囲』であり『魔力を発動した時点で操る対象が存在している範囲』ではありません。

 また、同時に二種類以上のものは操れず、あくまで操作するだけですから、操作する対象もその場にあるものに限定されてしまいます。

 さらに、通常の状態なら操れる対象でも、明確な形状があれば操作不能になります。

 

大気の障壁(エアリアル・ウォール)

 空気を固めて不可視の巨大な壁を造り出す。物理攻撃だけでなく魔法もほぼ完全に防ぐことができる。

 

 ラグリアが最も得意とする防御技ですね。この技の効果範囲は、つくる壁の形状によって流動的に変化するので明確に定義はできません。

 

陽光槍雨(シャイニング・ランサー)

 (やり)の形に固めた日光を上空から大量に降らせる。石造りの建物程度なら簡単に貫く貫通力をもつ。

 

 ラグリアの圧倒的な強さをありありと表現したこの技は、上記の基準で簡単に分類すると②になります。日光を槍状に固め、ありのままの日光の動きに任せて上空から降らせる。

 ちなみに『同時に二種類以上のものは操れない』と前述しましたが、作中でラグリアがドリンクを浮かせた状態から圧縮してみせたように、対象の状態を一度『固めて』しまえば、後は対象の位置や方向、あるいは別の対象を自由に操作できるようになります。

 この技で例えると、槍状にした日光の方向を操作して水平に()ち出す、といった応用が()くわけです。

 

超重力砲(テラグラビティキャノン)

 自分の周囲の重力をごく狭い範囲に集め、相手に向けて撃ち出す。重力の方向を変えているだけなので、どちらかというと「(キャノン)」というより衝撃波に近いダメージを与える。

 

 この技は第13話で少し掘り下げましたが、自分の(てのひら)の周囲に辺り一帯の重力を集めて方向をねじ曲げ、任意の方向に相手を吹き飛ばす技です。

 第1話でこの技が使用された際、ルーシィが『(わず)かに体が軽くなったように感じた』のはこのためで、あの時彼らの周囲の重力は部分的にラグリアの手の周りに収束していたわけです。

 

空間接続(ディストーションライン)

 瞬間(しゅんかん)的に空間を(ゆが)ませることで二つの地点を(つな)ぎ、瞬間移動を行う。二地点間の距離がほぼなくなるため、メストが使う「瞬間移動(ダイレクトライン)」のように移動距離の長さと魔力消費量が比例することはなく、常にほぼ魔力消費量ゼロで発動できる。

 ちなみに目的地を目視できない場合でもその座標が特定出来ていれば成功するが、知らない場所や人物を目的地にすると失敗しやすい。

 

 この技は自分の目の前の空間と目的地前の空間を操作しているので、効果範囲の分類は③。本来この辺りになってくると反動が目に見えるかたちで現れるはずですが、ラグリアは操作範囲を最小限に(とど)めることでデメリットをほとんど無い状態にまで抑えています。

 

 

・セリナについて

 天真爛漫(てんしんらんまん)な元気っ()として第2話から登場した少女、セリナ。続いては彼女についてのお話です。

 彼女は第2話と第4話でその能力について、第12話でバックグラウンドについて掘り下げました。その中で『自身の体を電気エネルギーに変換できるため、その膨大(ぼうだい)なエネルギーを常時もて(あま)している』といった説明をしたと思います。

 自分の中の『電流(エレクトリシティ)』のイメージはざっくりいうと『無限に電気を生み出す発電機が体内にある状態』で、じっとしていることが苦手なのも、彼女の性格というよりその辺りが影響しています。

 また、特筆すべき点は『過充電(オーバーチャージ)による体力の消耗(しょうもう)が起こらない』ということでしょう。どんなに電流を浴びても平気なのはラクサスも同じでしたが、彼の場合は電気を()め込み過ぎると体力を(けず)ってしまうデメリットがありました。

 しかし、セリナの場合それはあり得ません。彼女自身が電気の(かたまり)ですから、電気をいくら溜め込んでも魔力(まりょく)が暴走する危険性が徐々(じょじょ)に高まる程度で、受けたエネルギーにより余計に元気になっていくだけなのです。

 

電流(エレクトリシティ)

 基本的には強い電流による高い火力と機動力が持ち味のこの魔法(まほう)ですが、やはり強力なのは『体を電気のエネルギー体にすることで物理攻撃(こうげき)を無効化する能力』と『電気になった部分に相手の体や金属製の装備が触れることで逆にダメージを与える能力』でしょう。

 余談ですが技名のコンセプトは『統一感が無いのが統一感』。あえてバラバラの名付け方をすることで、それ自体を一種の特徴として位置づけました。

 

飛雷針(ひらいしん)

 投擲(とうてき)用の武器・ピックの形にした電流を投げつける。ピックは当たった相手を(しび)れさせ、一定時間動きを(ふう)じる。

 技の動作のモデルはSAOのキリトの投擲スキル。効果の由来は同作品のGGOに登場する特殊な銃弾(じゅうだん)、電磁スタン(だん)

 

電磁浮遊(エレクトリック・フロート)

 体表面を帯電させ、周囲に磁場を発生させて宙に浮かぶ。移動する方向や速度も自在に調節出来る。

 技名(漢字)の由来はポケモンシリーズに登場する技「でんじふゆう」。

 

雷榴弾(プラズマグレネード)

 (てのひら)から電気の球を放つ。球は人間サイズの岩程度なら簡単に粉砕するほどの爆発(ばくはつ)を起こす。

 技名(読み)と効果の由来はSAOのGGOで登場するバトルアイテム「プラズマグレネード」。

 

御光の手(ブリューナグ)

 全身を電気のエネルギー体に変化させた状態で相手の(ふところ)()っ込み、強烈な電撃(でんげき)を帯びた両手で連続攻撃(こうげき)する。

 まず右手を掌打(しょうだ)の形にして打ち込み、同時に電流を流して相手の動きを封じる。

 続けてすぐに左手で拳打(けんだ)を打ち込み、同時に電撃を接触面で炸裂(さくれつ)させ、相手を吹き飛ばす。

 最後に再加速して相手を追尾しながら、雷をまとった右手で突きを放つ。

 ちなみに一段階目の掌打から放つ電流は「飛雷針」よりも強力。

 技名(読み)の由来はケルト神群の別名「勝利の(やり)」、ブリューナグ。

 また、この技は基本的に連続技としての使用を想定していますが、最後の突き込みだけでも同名の技として扱うつもりです。

 

 

・カリンについて

 最後は、ラグリアの友人として第3話から登場したカリンについて、本編では描写し切れなかった部分の解説です。

 彼女はトレジャーハンターなのに魔法(まほう)を使うこともできるという、これまでになかった立ち位置のキャラクターです。それ(ゆえ)にギルドトップという高い実力をもつ反面、本職の魔導士(まどうし)ほど魔法(まほう)の扱いに習熟しておらず、また友人であるラグリアが大魔導士であることも重なって頻繁に彼に対する嫌味を言ったりしています。

 しかし根の部分は誠実かつ繊細(せんさい)で、ラグリアのふとした言動を気にする純情な部分も持ち合わせています。普段は単独で仕事をこなしているため冷静な判断力をもつ他、危機管理能力にも()けており、様々な面で優れた才能をもっているといえるでしょう。

 ここでは、そんなカリンについての裏設定を紹介していきます。

 

 彼女に関する設定で気になるのはやはり、カリンが住む魔法の森でしょう。

 カリンが暮らす森には不思議な特徴があり、簡単に道を覚えることができません。カリンがそのことを知ったうえでラグリアに強くあたるのは、彼女のラグリアに対する恋心の裏返しでもありますが、ラグリアの能力に対する感覚の齟齬(そご)が一番の原因です。

 ひと言でいうと、ラグリアの才能を(うらや)ましいと思っているのです。

 ラグリアは第12話でも触れたように自分の力を嫌っており、周りの評価も苦痛に感じています。それでもカリンからすればとんでもない才能の持ち主のように映るわけで、それだけ高い能力をもっているならば、魔法の森の特徴を攻略することなど容易(たやす)いはずだ、と少し過大評価しているわけです。

 だから読者目線でみると無茶振りに感じる言動も、彼女にとっては『ラグリアのような大魔導士が、なぜ自分にもできることをこなせないのかがわからない』。

 実をいうと、ラグリアには魔法の森で迷わずに済むだけの能力は一応あります。

 たとえばカリンの家の前辺りにグー○ルマップよろしく魔力(まりょく)のマーカーを設置し、次に訪れる時はそれを目印に転移(てんい)魔法を発動すれば良いのです。ラグリアほどの大魔導士の魔力量であれば、一度行くごとにマーカーを付け替えるなどの対策を取れば目印が消える心配もありません。

 しかしそこはマイペースで天然なラグリアのこと。『道に迷わないようにする』という目的ばかりに気をとられて、根本の問題を解決する方法に気づいていないのです。

 

 次に、カリンが使う魔法(まほう)について。

 彼女が自身の魔法を他人に見せる際、決まってルビーをつくり出していることに気づいたでしょうか? 実はこのちょっとした描写にも込めた意味がしっかりあります。

 第13話の冒頭では様々な宝石がもつ魔力を解説していますが、ルビーについては以下のように書いていました。

『幸福の印。さらに、そこから派生して恋愛運を引きつけるともされている。また、所持する者に病気や毒に対する耐性をわずかだが与える力もある』。

 ここで重要なのは二つ目、恋愛運を引きつけるともされている、という部分です。

 カリンはどちらかといえばあまり(うらな)いのようなオカルト話を信じるタイプではありませんが、宝石については例外です。何しろ彼女には、その宝石がもつ魔力を何倍にも増幅し、引き出す力があるわけですから、信じる信じないではなく、その石がもつとされる力を実際に引き出すことができるのです。

 そんなわけで、ラグリアと少しでもいまより親密な関係を築きたいと思っているカリンは、その思いを(つの)らせるあまり、無意識に感情が行動に出てしまっているということでした。

 また、当のラグリアはといえば、そんなカリンの内心にはまったく気づいておらず、いつでも快くもてなすカリンを『いきなり押しかけても気にしない、心の広い人』と解釈しています。カリンはそんな彼に(あき)れている節もあってツッコみ役に回ることも多く、彼の立場を気にせず対等に口をきく数少ない人物の一人となっているのです。

 

結晶魔法(クリスタルマジック)

 氷や宝石など、様々な結晶を操る魔法。技の名前の前に「〜の(じん)」という種類を表す言葉が付く。

 集中して丁寧(ていねい)に多めの魔力を込めた宝石には特別な力が宿り、一種の魔法道具(マジックアイテム)のように使うことができる。ただし前述の条件を満たす必要があるため、ただ攻撃や防御をする際使用する宝石にそういった魔力が宿ることはない。

 

氷結(ひょうけつ)の陣 雪時雨(ゆきしぐれ)

 (てのひら)から雪の結晶の形の氷を回転させながら放ち、対象を切り裂く。連射できる他、陽動に使ったり、複数を一度空中に(とど)めてから一斉(いっせい)に発射する等、かなりの応用が()く技。

 

紅玉(こうぎょく)の陣 降矢煌天(こうしこうてん)

 空中から(やじり)状のルビーを大量に降らせる。また、自分の周囲に発生させてから()ち出すこともでき、特に技名はつかないがルビー以外でも同じような動作は可能。

 

青玉(せいぎょく)の陣 晶突(しょうとつ)

 地面から巨大なサファイアの柱を()やして相手を()き上げる。使い方によって防御も出来る。技の効果の由来はジュラが使う技「崖錐(がいすい)」。

 

翠玉(すいぎょく)の陣 岩礁(がんしょう)(つめ)

 両腕にエメラルドの(クロー)を装備して攻撃(こうげき)する。爪は攻撃するだけでなく、触れた箇所からエメラルドの結晶を拡げて相手の動きを(ふう)じる。技の効果の由来は「NARUTO疾風伝」のやぐらの「珊瑚礁(さんごしょう)の術」。

 

水晶(すいしょう)の陣 三点柱(さんてんちゅう)

 相手の周囲に三本の水晶の柱を()やして造り出した魔力耐性のある結界に閉じ込める。応用で逆に自分が結界に入ることで防御にも使える。




以上、裏設定・小ネタ解説集第1弾でした。
『設定集』がラノベのカラーページにあたるものであるのに対して、この『裏設定・小ネタ解説集』はWikipediaのような情報まとめサイトの形式を意識したものになっております。
また、今後投稿する『裏設定・小ネタ解説集』は現時点ではすべてスミレ山編とそれに続くサブストーリー集までの中に挟んだものを紹介するかたちになるので、ほぼ確実に第14話の手前に投稿することになる予定です。


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裏設定・小ネタ解説集(鬼)

前々から書きたい内容は大まかに決まっていたのですが、更新作業がなかなか軌道に乗らず、いままで掛かってしまいました。楽しみに待っていて下さった読者の皆さん、申し訳ありません!
今回は皆さんお待ちかね(かどうかはわかりませんが)、久々の裏設定・小ネタ解説集です。全体的にこれまでのストーリーを圧縮したようなかたちになっているので、ネタバレが苦手だという方は第13話まで読んでから目を通すことを強く推奨します。


・レンカについて

 第6話で遂に登場したスミレ山の統括者・レンカについて、本編では描写し切れなかった小ネタ要素などを紹介していきます。

 まず始めに、彼女のモデルである東方Projectの勇儀(ゆうぎ)と比べて、レンカの容姿のどこがどう違うのか伝わりづらかったと思うので解説しておきます。

 

 レンカの髪型は本編の中で『頭の両側から後方に向かって部分的に()ねた栗色(くりいろ)のロングヘアー』と描写していました。これに対して勇儀の髪型を自分の言葉で表現するなら『前髪を(ひたい)の真ん中で分けた金髪ロングヘアー』といった感じになります。

 どういうことかというと、勇儀が自分の髪を角の位置に合わせて分けている状態なのに対して、レンカは頭の横の髪を跳ねさせている。前髪は邪魔にならない程度に切り、あとは流れるに任せている、ということでした。また、勇儀の角は星マークが入っていることが大きな特徴ですが、レンカの角はただの赤い円錐(えんすい)形という違いもあります。

 

 服装については、勇儀からほとんど改変していません。体操服をモチーフにしたシャツと、ブルマの上に半透明のロングスカートを穿()き、足には下駄(げた)。手足に(かせ)は着けていません。

 

 続いて、レンカに関して作中で描写した小ネタ要素について説明していきます。

 まず『人外の種族関連情報No.2』では橙鬼館(とうきかん)に務める妖精(ようせい)メイド達の種族についてひと通り紹介しました。その中の土妖精(ノーム)の説明文に『大工担当だが、他のメイド等がすぐにものを壊してしまうせいで過労気味の妖精が後をたたない』と書かれていたと思います。

 この部分、よく読むと『他の妖精メイド等』となっていますよね。『等』ということは、妖精メイドの他にもものを壊してしまうヒトがいるというわけで、その筆頭がレンカということです。

 彼女はかなり大雑把(おおざっぱ)な性格ですから、あまり周囲のことを考えません。勿論、当主としての気配りはしっかりやっていますが、日常的な行動では力加減を間違うこともしばしば。例えば椅子(いす)に座る際に勢いをつけ過ぎて肘掛(ひじか)けを折ってしまったり、感情の(たかぶ)りに任せて(つくえ)(たた)いた拍子(ひょうし)に叩き割ってしまったり。

 土妖精たちは本来の大工仕事に加えて、そうした調度品の破損への対応にも追われ、慢性的に過労となってしまっているのです。

 

 ちなみにこの話、レンカは鬼の中でもずば抜けた身体能力をもつので特例ではありますが、他の鬼なら大丈夫というわけでもありません。鬼は人間と同じように身体能力や体質に個人差こそありますが、肉体の強度は基本的に皆高いです。

 よってアシュリーのような身体が弱い鬼でも、床に押しつけられると足を怪我(けが)する前に床にヒビが入る、といったことになってしまいます。

 

岩武踊(いわぶよう)

 土や岩を操る武法(ぶほう)。ジュラが使う土系魔法と違い、引力を発生させて浮き上がった地面の破片を操るような技が多く、拳一つで簡単に地面を破壊する腕力をもつ鬼と相性が良い。

 精神を研ぎ澄まして大地と一体となることで、より大規模な技を発動できるようになる。

 ちなみにナツとの戦いでは、自分の手の内を隠しつつ彼の力量や手の内を探るために体術で床を破砕してからその破片を操っていましたが、足場が傷ついていない状態でも技を発動することはできます。

 

砂礫球(されきだま)

 地面に手をかざし、周囲の地面の破片を球状にまとめて撃ち出す。球の大きさは自在に変化させることができ、大きさに比例して威力が上がる。

 また、以下のような応用が出来る。

 

1.(てのひら)の上に留めて相手に(たた)きつけ、相手ごと吹き飛ばす。技の効果の由来は「NARUTO疾風伝」のうずまきナルトの「螺旋丸(らせんがん)」。

 

2.自分の頭上に保持した状態から撃ち出す。同時に保持できるのは九個までで、それぞれを個別に操作することも出来る。

 

礫機銃(つぶてきじゅう)

 小さな紡錘(ぼうすい)形の地面の破片を大量に放つ。

 また、以下のような応用が出来る。

 

1.浮かせた破片に「破空拳(はくうけん)」(後述)を打ち込む。通常時より速度と貫通力が上がり。破片を避けても「破空拳」の空圧が相手を捉え吹き飛ばす。

 

・大地の衝角(しょうかく)

 地面を巨大な円錐(えんすい)状に隆起させる。連続で放ったり同時に複数放つことができ、視界すべてが攻撃(こうげき)範囲。

 

天蓋崩落(てんがいほうらく)

 両腕を上げて地面の破片を巨大な円盤(えんばん)状にまとめ、腕を振り降ろすと共に上空から相手に落とす。

 

[山妖式戦闘術]

 レンカが長年の経験から編み出した、鬼の怪力を最大限に活かした特殊体術。基本的な打撃技に加え、魔法(まほう)にしか見えないような絶技も存在する。

 

破空拳(はくうけん)

 超音速の正拳突(せいけんづ)きで空気を圧縮して撃ち出す。約五十メートルという驚異的な射程を誇る。アッパーカットで軌道を上空に向けることも可能。

 技の効果(ただし最後以外)の由来は「NARUTO疾風伝」のマイト・ガイが使う体術「八門遁甲(はちもんとんこう)の陣」奥義「夕象(セキゾウ)」。

 

無刀(むとう)居合(いあ)

 高速で手刀(しゅとう)を振って鎌鼬(かまいたち)を発生させる。射程は約二十メートルと「破空拳」ほどではないが、横に拡がりながら飛んでいく為、水平に放つと広範囲を切断することができる。

 

岩津波(いわつなみ)

 足下の地面を蹴りつけて粉砕し、そのまま脚を振り抜くことで衝撃波によって前方の地面すら砕きつつ、無数の破片を巻き上げて相手に叩きつける。

 

業火扇(ごうかせん)

 手を掌打(しょうだ)の形にして(ひじ)を曲げ、腕を高速で斜めに振り降ろすことで腕全体と空気との摩擦熱により炎を生み出す。炎は腕を振ったことで発生した風を受けてさらに燃え上がり、(おうぎ)状に展開しながら進んでいく。

 

 

・ミレーネについて

 次は、第5話から登場し、ストーリーを一気に盛り上げることに一役買ってくれたであろう彼女、ミレーネについての小ネタ解説です。

 

 まず、彼女の容姿について。ミレーネの容姿はTwitterの方でキャラクター作成アプリ「カスタムキャスト」を使って自分のイメージを再現したものを投稿しています。

 容貌のイメージはほとんど再現できたという自負があるのですが、問題は角。作中では「左右非対称の流線形で紺色(こんいろ)」ということしか描写されておらず、カスタムキャストの再現度にも限界があったのでここに注釈を入れておきます。

 

 ミレーネの角のモデルは、第5話の後書きでも述べた通り、ポケモンのアブソルがメガシンカした姿「メガアブソル」の角です。ここで一度あのポケモンの姿を思い出して頂きたいのですが、あの角、平面的でしたよね?

 そうなんです。ミレーネの角は、他の鬼と比べて奥行きが少なく、板のようになっています。この設定が直接本編に関わってくるということは無いはずなんですが、かなり(こだわ)ったところですから、カスタムキャストの再現画像や作中の描写だけでは誤解していた、という方はここで覚え直して頂けると幸いです。

 

 続いて、ミレーネに関して作中で描写した小ネタ要素について、もしかしたら伝わっていないかも、というところを解説していきます。

 まずはFT恒例のサービスシーン、第6話で描写された入浴シーンについて。この時、ミレーネが何を考えて居心地悪そうにしたのか、という点です。

 この部分はそれぞれのキャラクターの位置関係をしっかり考えて作ったので伝わっていると思いたいですが、イメージができていない方向けに少し注釈を入れます。

 説明を始める前に、イメージを助けるために手元に文房具か何か小さいものを用意してください。そして、その一つひとつを各キャラに見立てて並べると簡単に状況が把握(はあく)できるはずです。

 最初、ルーシィの右隣(みぎどなり)にミレーネが座り、二人でスミレ(やま)のマークについて話していました。話がひと区切りついたところでルーシィの二つ左隣からエルザが会話に参加します。

 続いてミレーネのさらに右隣に、事務整理を終えたレンカが座りました。さて、ここまでの情報をまとめるとどうでしょうか? 右から順番にレンカ、ミレーネ、ルーシィ、一つ飛ばしてエルザと並びます。あとは彼女達の体型に注目すれば……わかりましたね? つまりはそういうことです。

 

 また、この後のシーンでルーシィとエルザの間にはウェンディが居たことがわかりますが、ここについても少しだけ注釈をば。

 男湯のシーンに移行し、ナツが例によって記憶力ネタを披露してくれましたが、その際ウェンディがなんとなく自分の話をされていることに気づいていました。この部分は、漫画やアニメでよくある『離れた場所で自分の噂話(うわさばなし)をされていることは何故(なぜ)か察知できる』という意味しか含んでいません。

 橙鬼館(とうきかん)は全体が石造りの洋館で、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』にある大浴場のように男湯と女湯で会話できるような、部分的に空間が繋がった構造ではありません。更に、ウェンディが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だから他人(ひと)よりも優れた聴力で聞き取ったということもないので、少なくともこのシーンに限っては深読みする必要はないです。

 

 次は、ミレーネの台詞(せりふ)回しについて、(こだわ)った部分の紹介です。

 鬼は酒と勝負事が大好きで、(うそ)と悪魔が嫌いという設定でしたが、この『嘘が嫌い』という部分を印象づけるために細かい表現を工夫しました。

 鬼は嘘や嘘をつく者を嫌いますが、それはなにも『真実と異なること』を徹底的に嫌悪するという意味ではありません。第11話のミレーネの台詞が良い例で、彼女たちは嘘と冗談(じょうだん)の区別をしっかりつけて話していることが読み取れます。

 また、作中で度々『嘘を()く』というように漢字表記を使っているのも、他人を(だま)し害をもたらす『嘘』に対する彼女たちの嫌悪感を込めたからです。

 ちなみにミレーネの初登場時にルーシィのモノローグで入れた『鬼が嘘を嫌う種族であるというからには、ハッタリではないのだろう』という一文も、鬼が嫌うという『嘘』の許容範囲をルーシィたちが理解し切れていないことに加え『ハッタリも事実と異なる以上、鬼が仕掛けるはずはないだろう』という推測の意味を込めることで、前述したような後々の細かい描写の印象を逆説的に強める効果を(ねら)いました。

 

 最後は、第10話における試合の余波で遂に橙鬼館が崩壊(ほうかい)し始めるシーンの、ミレーネの心情描写についてです。

 このシーンでミレーネが(あや)のことを放置した一番の理由は当然、第9話で自分の()ずかしいシーンを激写されてしまったことへの仕返しですが、裏の意味もあります。

 それに深く関係しているのは『設定集No.4』で述べていた、橙鬼館メンバーからの文に対する信頼度です。文は常時ヘラヘラしており、言動の端々どころかそのすべてから胡散臭(うさんくさ)さが溢れ出ているような掴みどころのないキャラクターです。しかし、記者としての信念はしっかりともっており、時にその情報収集能力は橙鬼館の興廃すら左右してきたといっても過言ではありません。

 それでも普段のいい加減な言動が(しゃく)(さわ)るということで鬼の皆さんから毛嫌いされているわけですが、ミレーネもあの場で本当に文が危険な目に遭ってもいいと考えるほど冷酷ではありません。

 

 では彼女が胸中で(つぶや)いた『まぁ、いいか』という言葉の真意とは何だったのか。

 簡単にいうと、あの程度のことで(あや)が負傷するなどあり得ない、というのが正解です。

 文を始めとしたスミレ山に暮らす妖怪たちは、過去にも何度か橙鬼館が崩壊しかねないほどの大惨事を乗り越えてきたわけで、それはつまり、あの場で放置された程度で大事に至るようなら、そもそもいま現在無事に息をしている道理がない、ということになります。これはそういった過去の辛い経験が裏付ける事実であって、ミレーネ個人の感情による判断ではありません。

 また、それでも文はあの時、余計な行動ができないようミレーネに(しば)り上げられていました。しかしそこはそれ。彼女の隣にはミレーネが信頼を置くメープルが座っているのです。たとえメープルが危険に見舞われても、目の前で縛られている文を置いて逃げることは絶対にしない。ミレーネはそこまで計算に入れた上で、縛り上げたままの文を放置しても問題ない、と判断していたわけです。

 長々と裏設定を語ってみましたが、結局のところミレーネは『あのカラスうっとうしいから少しこらしめてやろう。本当に危なくなったらメープルもいるし大丈夫』程度にしか考えていません。自分もあのシーンは単純にネタとして楽しんで頂ければそれで良いと思っています。

 

霧雨(サイレントレイン)

 水分を操る武法。ジュビアが使う「水流(ウォーター)」と違い、水の密度や圧力など、水そのもの以外も操ることができる。

 ミレーネは自身の使う武法に絶対の信頼を寄せており、「この世に高圧の水ほど硬い物質はない」というのが彼女の座右の銘。

 空気が乾燥しているほど負担は大きくなってしまうが、ごくわずかでも空気中に水分があれば使用できる。

 

 ミレーネの武法については第11話でほぼ説明し切っていますが、小ネタ解説を本編でやるわけにはいかないということで、改めてここにまとめ直します。

 

雲散霧消(ウォーターバニッシュ)

 対象物が含む水分を瞬間的に沸騰(ふっとう)、蒸発させる。使い方によっては水や氷、その他水分を含むものを操るあらゆる魔法(まほう)及び呪法(じゅほう)を打ち消すことができる。基本的に無生物に対してしか使用できない。

 

 第11話の橙鬼館(とうきかん)メンバー紹介のコーナーで唯一(ゆいいつ)説明できていなかった技ですね。この技は対象に含まれる水分の温度を操作しているので、対象が水分を含んでさえいれば、その性質に関係なく無力化することが可能です。

 

濃霧帯(ホワイトアウト)

 空気中の水分の密度を上げることで、一定の範囲内に濃霧を発生させる。

 この濃霧は武力(ぶりょく)を通じて術者の触覚と連動しており、術者は技の効果範囲内の地形などを動くことなく知ることができる。橙鬼館の住人以外がスミレ山に入ると必ず発生する謎の濃霧の正体。

 また、以下のような応用ができる。

 

1.(てのひら)サイズの球状に圧縮して足下に投げつけることで目眩(めくら)ましに使う。

 

2.応用1の状態から密度を下げて空気を加湿する。ある程度狭い室内でのみ有効。

 

白霧刀(はくむとう)・シラナミ

 水に凄まじい圧力をかけることで、細い円筒(えんとう)形の氷の(つか)と、同形の超高水圧の水の刀身をもった剣を造り出す。円筒形の刀身は(やいば)をもたないが、その水圧はあらゆる対象物を切断破壊する。ミレーネの座右の銘の由来にして、彼女の愛剣(あいけん)でもある主武装(メインアーム)

 技の効果の由来は「SAO」のGGOでキリトが使う武器「光剣(こうけん)」。

 

霧衣迷彩(ミストローブ)

 水蒸気を全身にまとい、任意に光をねじ曲げて辺りの風景に溶け込む、()わば光学迷彩のような技。足跡だけは消すことが出来ないが、足音を殺すことで驚異的な隠密(おんみつ)性を発揮する。また、この技は使用する武器(ぶき)にかけることも可能。

 『濃霧帯』の霧の中で侵入者を追い払う「見えない何か」の正体はこの技を使っている時のミレーネ。

 

水滴千里眼(ドロップスコープ)

 空気中の水分を小さな水の球に圧縮して空中に(とど)めることで、それを通して遠くを見通す。一つだと百メートル前後が限界だが、複数を同時使用することでより遠くを見通したり、光の屈折を利用して同時に二つ以上の方向を見ることができる。

 主に警備の仕事用に使用する技で、橙鬼館の住人以外がスミレ山に入った時点で必ず『濃霧帯』を発動できるカラクリの種。最高で約二キロメートル先の対象物を見分けることが可能。

 

 

・バーナについて

 続いて、ミレーネと同じく第5話から登場し、彼女とは正反対のキャラクター性で鬼の多様性を体現してくれたバーナについての裏設定解説です。

 彼女の容姿はTwitterの方でキャラクター作成アプリ「カスタムキャスト」を使って自分のイメージを再現したものを投稿した他、2020年11月時点現在のTwitterアカウントのアイコンにも使ったりしています。

 そんな彼女の容姿について、カスタムキャストの再現度の限界により伝え切れていない部分の注釈を入れておきます。

 

 彼女の髪色の設定は、東方Projectの(ひじり)をイメージして頂けると理解が早いと思います。頭頂部から耳辺りまでは黄色もしくは金髪で、そこからグラデーションが始まって一気に赤色になる、というカラーリングです。

 第7話のエルザとの試合で、本気を出したバーナの髪が逆立(さかだ)って炎のように見えるという描写をしましたが、実はバーナの角と髪色の設定は、このシーンを描きたいがためだけに作ったといっても良いです。

 細かいことを言いだすと、容姿モデルである東方Projectの小悪魔と決定的に違う外見的特徴が欲しかった等ある程度は動機づけが出来ます。しかし正直なところ、第11話までの彼女の描写で最も力を入れたのはあのシーンであり、そこに向けて設定を組み上げました。

 

 また、同シーンの描写で特に(こだわ)ったのは、バーナの武法の特性が判明した直後の打ち合いです。

 この部分は展開のスピード感を重視して詳細説明を大胆に撤廃し、バーナが造り出した武器(ぶき)の名前だけを羅列しましたが、動きの詳細なイメージはしっかりもちながら描いていました。

 順を追って簡単に説明すると、

 

 バーナが(やり)を消して『千本刀(サウザンド・ブレード)』を発動、左手を再びフリーに。

 

→エルザの突進に合わせて、右手の剣と左手に造り出した太刀(たち)で二連続の()り降ろし。

 

→左手首を返して斜めに斬り上げ、同時に引き戻した右手の剣に武力を注いで大剣(たいけん)に変更、刺突(しとつ)

 

→エルザが二の太刀を防ぎながら刺突をかわし、(ふところ)に飛び込んできたところで太刀をナイフに変更。高速の連撃(れんげき)で押し返す。

 

→十分な間合いを確保したところで両腕(りょううで)を振り上げてナイフと大剣を融合、戦金槌(ウォー・ハンマー)に変えて振り下ろす。

 

→戦金槌を引き戻し、更に距離を取ろうと後退するエルザに向かって踏み込みつつ長槍に変えての刺突。

 

→エルザに(はじ)き上げられた長槍の穂先(ほさき)が慣性力に流されるのに逆らわず振り上げる動作に転用し、穂先を薙刀(なぎなた)に変えて斬り下ろす。

 

→更に踏み込み距離を詰めながら薙刀の穂先を斧槍(ハルバード)に変更、右手首を返して横一文字に()ぎ払う。

 

といった流れになります。バーナはこのように鬼の膂力(りょりょく)を活かした、人間では実現不可能な連続攻撃を得意としているのです。

 ちなみにバーナは様々な武器を造り出して戦いますが、人間なら両手を使わなければ扱えない大型の武器でも、鬼の膂力をもって片手で充分振るうことができます。

 

[フォージ]

 超高温のマグマから金属製の様々なものを造り出したり、マグマのような高熱を操る武法(ぶほう)。前者は造形魔法に似ているが、一度造り出したものをマグマに戻して直接別のものに造り変えたり、造り出したものの形状を保ったまま一部分だけをマグマに戻したりできる。

 また、造り出す金属は(すさ)まじく硬い上に伸縮自在という特殊な性質をもち、レンカの髪はこの金属で造った(はさみ)でしか切ることができないらしい。

 

 フォージの設定を初めて読んだ時、読者の皆さんの中には『マグマ自体を攻撃に使えばいいじゃないか』と思った方もいらっしゃると思います。この点については、はっきり言って個人的な(こだわ)りによるところが大きいと思います。

 しかし一応「造形魔法とは似て非なる武法」を作りたいという思いが最初にありました。それから、バーナの実力は鬼の中では最弱クラスです。故に『マグマを操る』という設定にしてしまうと余りにも強くなり過ぎるから、という論理的な理由もあることをご理解頂けると幸いです。

 

千本刀(サウザンド・ブレード)

 自分の周囲に浮かべた無数の小さなマグマの球からナイフを造り出して一斉(いっせい)に放つ。

 技の効果の由来は「東方Project」の咲夜(さくや)の投げナイフ(能力使用時)。

 

熔炎の鎧(バーニング・スケイル)

 体の各所にプレートタイプの防具をまとう。防具の表面をマグマに戻すことで、直接攻撃をした相手に逆にダメージを与えることもできる。

 

灼熱の光環(ブレイズベール)

 立っている地面が溶けるほどの熱波を体から放ち、水分を含むものを操るあらゆる魔法(まほう)及び呪法(じゅほう)を打ち消す。

 また、以下のような応用ができる。

 

1.高熱で相手の武器を変形させて使用不能にする。

 

2.飛び道具や遠距離系の魔法及び呪法を無力化する。

 

烈火岩鎚(ボルカニック・ボム)

 造り出したメイス系武器の頭部表面をマグマに戻し、振り降ろした勢いで(つか)から切り離して飛ばす。

 

火炎の一薙ぎ(フレイム・リーパー)

 表面をマグマに戻した状態の三節棍(さんせつこん)を振って対象物を切断する。三節棍は遠心力で伸びるため、元の全長の何倍もの射程距離をもつ。

 技の名前(漢字)と効果の由来は「七つの大罪」のバンが使う技「死神の一薙ぎ(アサルトハント)」。

 

 

・アシュリーについて

 今回最後に小ネタ解説をするのは、橙鬼館(とうきかん)に暮らす鬼のうち残る一人、アシュリーです。

 彼女の容姿もミレーネやバーナ同様に「カスタムキャスト」で再現したものをTwitterの方に投稿していますが、他の二人とは違いかなり上手くイメージをかたちにできたと思います。ただ、やはりそれでも注釈を入れておきたい部分が無いわけではありません。

 

 まず、彼女の容姿はほぼ完全に、モデルである東方Projectのパチュリーを改変せず使用しています。寝間着のような服には原作のパチュリーと違って縦縞(たてじま)が入っていたり、顔の両側に垂らした髪を(くく)るリボンの数や色が違ったりと細かい部分で違いを出そうとはしてみましたが、無数の二次創作の設定によって様々な容姿が存在する東方キャラの前では誤差範囲に収まってしまうようですね。

 しかし、原作のパチュリーとの明確な違いはしっかりもたせてあります。まずは第6話の後書きでも述べた彼女の角。東方Projectの萃香(すいか)の角の小型版と説明していたこの角には、彼女と違ってリボンを着けていません。そしてここからがアシュリーの容姿について最も(こだわ)った部分。

 

 と、本題の前にほんの少し予備知識の紹介をしておきます。

 自分がたびたび創作のお世話になる一大コンテンツ『東方Project』。「神主(かみぬし)」の愛称で親しまれるZUN氏を原点に、無数のキャラクターや物語、そして派生作品を世間に送り出し続けるこのコンテンツの原作において、ZUN氏が生み出した独創的な帽子(ぼうし)、通称『ZUN帽』というものが存在することを、読者の皆さんはご存知でしょうか?

 有名どころですと、橙鬼館のモデルとなった紅魔館(こうまかん)の当主たる吸血鬼・レミリアやその妹のフランドール、レミリアの親友にしてアシュリーのモデルとなった魔法使い・パチュリーのナイトキャップ等が挙げられます。

 そしてこの三人が身に着けるナイトキャップ。その見た目からドアノブカバーに例えられるこれらですが、レミリアのものは単純な円形なのに対して、パチュリーのそれは両サイドに(ふく)らみをもったデザインとなっています。

 パチュリーは魔法使いですから、容姿は人間と変わりませんし、この膨らみもただの装飾でしょう。しかしこの設定を知った時、自分はこれを有効活用する方法を思いつきました。

 

 第9話で少し触れましたが、橙鬼館に暮らす鬼たちはその昔、故郷を追われて大陸の各地を放浪(ほうろう)していました。

 いかなヒトとヒトならざる者たちが当たり前の(ごと)く共存する時代といえど、両者は上手(うま)()み分けをしていたため、多くの人間が暮らす街中を鬼がうろついていては、人外というだけで目立ってしまいます。人間とは明らかに異なる性質をもち、容姿も特徴的な彼女たちは時に目撃されただけで恐れられもしたことでしょう。それ故に、原則として素性は隠さなくてはならない。特に自分達がヒトではないことを喧伝(けんでん)してしまう角はなんとしても見られてはならないのです。

 ミレーネは自身の武法(ぶほう)によって光を任意にねじ曲げ、角を隠すことができますが、アシュリーの場合役に立ったのは、先ほどから説明している帽子でした。

 角をもつキャラクターが帽子を被る場合、恐らく角に掛からないように被る姿をイメージされる方が多いと思いますが、アシュリーは違います。

 先ほど紹介したパチュリーの帽子のようにサイドに膨らみをもったデザインであることを活かし、そこを角の収納スペースにしているのです。これこそが、彼女の容姿設定に盛り込んだ小ネタで自分が特に拘った部分だというわけでした。

 

古代図書館(エンシェントアーカイブ)

 情報を武力で圧縮し、管理したり対象者に与えたりする武法。ヒビキが使う「古文書(アーカイブ)」と同じくホロキーボードのようなものを呼び出すことで情報の検索や分析ができる。対象者にただ情報を与えるだけでなく、情報を実体のある本の形にすることも可能。

 また、本から情報を読み取ることもできるため、図書館で暮らすアシュリーと相性がいい。

 

魔法(まほう)

 アシュリーが独学で学んだ魔法。彼女が肌身離さず持っている巨大なハードカバーの魔法書(まほうしょ)には、一つにつき一種類の属性変化ができる「魔法石(まほうせき)」や、どの属性にも分類できない特殊な魔法が無数に記録されている。鬼であるアシュリーが魔法を発動するには欠かせない、彼女の半身ともいえる本。

 ちなみに「魔法石」の色は基本的に、妖精の服のベースカラーと一致させてあります。そう考えてから読み返して頂けば楽に情報を整理できるでしょう。

 

・浮遊魔法

 対象物を浮かせて操る。使用する魔法の中では最も使用頻度が高い。

 

・思念伝達魔法

 言葉や映像などを伝える魔法。他者の念を術者を介して相手に伝えることもできる。

 

・空間魔法

 空間を操作する魔法。ある程度(せま)い空間であればその時と場合に応じて、細かい環境すらも一瞬(いっしゅん)で、それも現実に忠実に再現することができる。

 魔法の効果の由来は「ブラック・ブレット」の司馬(しば)重工のVR訓練施設。

 

 空間魔法については、作中で描写できなかった部分があるのでここに注釈(ちゅうしゃく)を入れておきます。

 第11話の試合終了後のシーンで、橙鬼館の修繕(しゅうぜん)作業について簡単に説明しましたが、その時の文面は以下のようなものでした。

 『ラグリアが時間を巻き戻し、更にアシュリーが復元の魔法をかける、という二段構えが図らずも完成していた』。

 しかし、ここまで『裏設定・小ネタ解説』を読んでくださった皆さんなら、この一文に隠れた違和感を見つけられるのではないでしょうか? 『具体化(リアライズ)』の特徴を改めて思い返してみて下さい。そう、橙鬼館ほどの大きな建物を修復する作業は、ラグリアには荷が重いのです。

 

 このような表現にした理由は、グレイを一人称視点にしたことによるラグリア本人との感覚のズレを描写したかったからです。グレイはこの時、他の人達と共にアシュリーとラグリアの作業を見守っていましたが、当然ながら二人がどのタイミングで魔法を使っているのかずっと注視していたわけではありません。

 よって説明文にグレイの主観が混じり、ラグリアが主導で作業を進めたものと思い込んでいることを演出していたのです。この思い違いはカリンとセリナ、そしてナツたち他の『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』メンバー全員にも同様にいえることです。

 実際のところ、この時ラグリアは、アシュリーの空間魔法だけでは手に負えない、細々(こまごま)した部分の修繕しか担当していません。その中にはナツとレンカの試合中に壊されてしまったバーナのワインセラーもちゃんと含まれており、彼女は無事、自分の大切なコレクションを取り戻すことができていたのです。

 

 

 最後に、ここまで説明してきた四人の鬼達の位置づけをまとめておきます。

 まず、ミレーネは特に『鬼』という種族の、人間とは異なる価値観にフォーカスを当てています。発見した侵入者には徹底して冷徹な態度を貫きますが、門番として館を守る使命を念頭においた上で相手がみせた誠意にはきっちりと応える。

 更に、勤務中のストイックな姿勢が目立つミレーネですが、部下に対しては個々人の性格を見極めた上で向き合うため寛容(かんよう)な態度をみせることも少なくなく、水妖精(ウンディーネ)を始めとした妖精(ようせい)メイド達から尊敬の眼差しで見られています。

 

 また、戦闘(せんとう)時の描写では敏捷(びんしょう)性を強調しました。その機動は視認すら難しく、移動音もほとんどしないため、彼女の武法(ぶほう)と合わさると攻撃(こうげき)の予測は困難を極めます。

 ちなみに、足音を殺す技術にかけて彼女の右に出る者は橙鬼館(とうきかん)内にはおらず、ミレーネも『(くつ)()いたまま音を立てずにフローリング等の硬い足場を走ることもできる』と自負しているレベルです。

 

 次にバーナは、メイド長としての職務を(まっと)うしようとする真面目(まじめ)さや、どんな相手にも優しく接する包容力など、ミレーネと対照的に言動の端々から人間味を感じられるように意識しました。

 しかしその穏やかな物腰(ものごし)は時にメイド達の気の緩みを招いてしまい、彼女の気苦労はいつも絶えません。気弱な部分もあって頼りない印象が強いですが、それらのキャラクター性はミレーネがつくり出すシリアスな雰囲気をコミカルさで中和し、バランスをとる役割を果たしていると思います。

 また、戦闘描写では、平常時と異なり気魄(きはく)(あふ)れる姿に力を入れました。おどおどした普段の態度から一転し、凛々(りり)しい表情を見せたあのシーンは皆さんの印象に強く残っているのではないでしょうか。

 

 次にレンカについては、モデルとなった勇儀(ゆうぎ)の立ち振る舞いを可能な限り忠実に再現することに拘りました。がさつで豪快な思考回路をもちながら、その言動にはどこか愛嬌(あいきょう)があり、類稀(たぐいまれ)なるカリスマ性で個性豊かな橙鬼館の住人たちをまとめ上げる。

 

 そんな彼女の戦闘描写は、正に鬼の頂点に君臨する彼女に相応(ふさわ)しく思い切りぶっ飛んだものを目指しました。第10話と第11話で描写した試合の白熱ぶりから、少しでも原作フェアリーテイルに近いものを感じとって頂けていたら、これほど嬉しいことはありません。

 オリキャラ達ばかりがスポットを浴びて未だに活躍の場がほとんど無い主人公・ナツですが、せめて原作を知っている方には、自分が彼の勇姿に込めた想いが伝わっていることを祈っています。

 

 最後に、アシュリーについて。

 彼女は体が弱く、鬼らしい特徴をまったくもっていません。ネタ要員としての性質が強い設定は、初めから(ねら)って作ったわけではありませんが、それでもその意外性でもって、自分が組み上げた鬼のイメージをあえて壊し、物語にコミカルさを加えることはできたと思います。

 戦闘も得意ではないので描写が少なく、そこに込めた想いを語ることも現時点では難しいですが、今後のストーリーで活躍するシーンは幾らか考えてあるのでご期待下さい。




以上、裏設定・小ネタ解説集第2弾でした。
今後の『裏設定・小ネタ解説集』は『設定集No.3』の後書きでも述べた通り、橙鬼館(とうきかん)の住人たちについて順を追ってまとめていくことになります。
しかし、活動報告にてお知らせした現在計画中の幕間(まくあい)増量企画を進めていく内に、そちらの方を先に投稿した方が伝えられることが多いと思い至りました。
よって今後の『裏設定・小ネタ解説集』の更新は一旦お休みにして、本編の新しいお話の執筆に注力したいと考えています。
これまでの期間でかなり構想はまとまってきているので、いままでの本編と同程度のクオリティでお届けできるように頑張ろうと思っています。読者の皆さんはいましばらく気長にお待ち下さい。


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第14話 秘境に()まう者たち

前回投稿した『裏設定・小ネタ解説集(鬼)』の後書きで宣言した通り今回から少しの間、幕間(まくあい)増量企画がスタートします。
また挿入投稿する都合上、最新話となっている新章の一話目の話数がズレていきます。
それでは、サブキャラクター達が脚光を浴びることになる『幕間』パート、どうぞ!


 まだ朝の日差しも射し込まないほどの早朝。

 青々とした木々が()(しげ)り、見渡す限り似たような風景が続く深い森の中で、とある一行が()を進めていた。

 その中の一人、バンダナを巻いた長髪の男が気怠(けだる)げに口を開く。

「それにしてもよぉ」

「あん? どうした、ドレイク」

 すると先頭を歩いていた刺々(とげとげ)しい髪型のリーダー、ソード・ヒロシが歩きながら振り返り(こた)えた。

「本当にこんな森の中にお宝なんてあるのか? お前のいう山もまだ見えねぇけどよ」

 長大な狙撃銃(スナイパーライフル)七四式長距離砲(ナナヨン)』を(かつ)いでいた肩から降ろしたスナイパー・ドレイクの問いに、ヒロシは失笑気味に笑う。

馬鹿(ばか)野郎、そんなの超当たり前に決まってんだろがッ。それじゃなにか? 俺が超聞き込みに回った村の奴ら、(そろ)って(おれ)たちを超(だま)そうとしてるってのか? それこそ超、ありえねぇ」

「そういうんじゃねぇけどよ……。こうも同じ景色が続いたら、(だれ)でもウンザリするだろ」

「ドゥーン、ドゥーン」

 (となり)を歩く三頭身の大男、ハンマー・ララもドレイクの言葉に賛同するようにリーゼントを(たて)に振った。しかし、ヒロシの自信に満ち(あふ)れた表情は(くず)れない。

「心配すんなって、充分な情報は超集まってんだ。俺の目に(くる)いはねぇ。間違いなく、お宝はこの先で俺たち『風精の迷宮(シルフラビリンス)』を超待ってる。モンスターどもが超ひしめく山──スミレ(やま)でな」

 

 

 いつも通り朝早く目を覚ました猫妖精(ケットシー)のリリスは、自身の換装(かんそう)魔法(まほう)射手(ジ・アーチャー)』により一瞬(いっしゅん)にして着替えを済ませ身支度を整えると、新鮮な空気を求めて橙鬼館(とうきかん)の屋上に向かった。

 屋上に出ると、広大無辺な森の向こうから(のぞ)朝陽(あさひ)出迎(でむか)えた。まだ(しら)み始めたばかりの空には雲は少なく、今日(きょう)もまた良い天気になりそうだ。

 リリスが伸びをしていると、視界の端に人影を捉える。見ると、リリスと同じく橙色(だいだいいろ)を基調とした戦闘(せんとう)服に身を包み、真剣な表情で遠くを見据(みす)える長身の男性が立っていた。

「おはようございます、グレックさん」

 リリスが声を掛けながら近寄っていくと、(うで)()まっていた鳥が飛び去ったところで男性がこちらに向き直る。

「リリスか、おはよう。今日も元気そうだな」

 彼は猫妖精のグレック。リリスの先輩(せんぱい)で、スミレ山の東側の森に()むモンスターたちの世話を担当する、ハイレベルテイマーの一人だ。

 細く引き()まった筋肉質な体型と、キマジメそうな線の細い顔立ちは、一見周囲を寄せつけないオーラを発散している。しかし、そんな印象とは裏腹に面倒(めんどう)()が良い一面をもっており、多くの妖精(ようせい)メイドたちから好かれている。テイミングのスキルも非常に高く、彼の指揮する使い()たちは人間の軍隊と同等以上に統率が取れると評判だ。

 ちなみに猫妖精(ケットシー)は皆、動物を手懐(てなず)けるテイミングという特殊な魔法(まほう)を使うが、その派生能力として、野生動物や低位のモンスターとであれば言葉を介した会話が可能である。先ほど彼の腕に留まっていた小鳥も、何か情報を伝えにきていたのだろう。

「なんか難しい顔してましたけど、考え事ですか?」

 (おだ)やかに微笑(ほほえ)んだグレックに問い掛けると、彼は精悍(せいかん)な顔つきに似合わないネコ耳をぴくぴくと(ふる)わせつつ、重々しく(うなず)く。

「あぁ、(おれ)の使い魔たちに先んじて、森の小鳥たちが情報をもってきてくれた。どうやら森で侵入者らしき人影を見たらしい」

 その一言で、リリスも(まなじり)(するど)くした。

「対象の(くわ)しい情報は?」

「若い人間の男が三人。現在地は橙鬼館の東側、俺の管轄(かんかつ)エリアよりもやや外側だ。こんな早朝にやってきたことから考えても、それなりの手練(てだれ)とみていいだろう。しかし……」

 グレックは歯切(はぎ)れ悪く言い(よど)むと、リリスを見て、続ける。

「連中の動きが(みょう)なんだ。館を(ねら)っているような様子はあるが、一向にこちらに向かってくる気配がない。ここ一時間ほど森の外周付近をぐるぐると……。

 初めは攻め込む機会を(うかが)っているのだろうと考えていたが、それにしては歩みに迷いがない。他の侵入者もいないようだから、陽動の線も薄い」

「……もしかして、単純に道に迷ってたり? この森、結構広いうえに磁場が強くて、コンパスとか使えないですし……」

 リリスが苦笑すると、グレックも困り顔で、鼻からひとつ息を()く。

「だと良いんだがな……。何か(たくら)んでいると厄介(やっかい)だ。それに迷っているだけでも、時間が()てば正しい方角を見つけ出すかもしれん。どちらにせよ、こちらから仕掛ける方が得策だろう」

 そういって金髪の猫妖精は細長い尻尾(しっぽ)をムチのように一度ひゅんとしならせた。

 

 

 スミレ山の終端部分、斜面の終わりから一定の範囲内には、警備員たちが鍛錬(たんれん)を積むための簡易訓練場が点在する。山の住人によって木々が部分的に切り倒され、武器(ぶき)を満足に振るえるスペースが確保されているのだ。

 その中で、中規模警備部隊『白狼隊(はくろうたい)』隊長の白狼天狗(てんぐ)、メープルは一心不乱に剣術の稽古(けいこ)に打ち込んでいた。

 森の警備を務める白狼天狗には、その全員に曲刀と紡錘形(ぼうすいけい)(たて)が支給される。メープル達はそれらの装備を用いた個流剣術を主な武器として仕事にあたるのである。

「朝早くから精が出るわね」

 不意に横合いから掛けられた声に、曲刀を振る手を止めそちらを見ると、特徴的な形の紺色(こんいろ)の角をもった少女が微笑みながら歩いてきていた。

「おはよう、メープル」

「あ、ミレーネさん、おはようございます」

 メープルは折り目正しく礼をしながら、自分たちの剣術指南役を務めている鬼の少女にそっと尊敬の視線を注いだ。

 メープルたち白狼天狗は文字通りオオカミの妖怪(ようかい)であるため、普通のオオカミ同様に聴覚(ちょうかく)嗅覚(きゅうかく)が優れており、何者かの接近に目視する直前まで気づかない事など、まずあり得ない。

 しかしたったいま、橙鬼館(とうきかん)の門前から歩いてきたのであろうミレーネが声を掛けてくるまで、メープルは彼女の存在を一切(いっさい)感知できなかった。

 確かに鬼は他種族を圧倒するに足る身体能力を(いく)つも備えているが、こうも容易(たやす)く自分たち警備員の目を()(くぐ)る鬼となるとミレーネをおいて他にいない。

 彼女が自身の技を(みが)く過程で、音を殺して動く技術が自然と体に染みついた部分もあるのだろうが、メープルからみれば余人には真似しようのない天性のセンスという他なかった。

「私たちになにかご用ですか? 今日(きょう)は別に、稽古をつけていただく予定はありませんよね?」

「えぇ、そういった話ではないわ。そして、あなたにとっては良い知らせかも」

 そういうと、ミレーネはメープルを()()ぐ見て、続けた。

「あなた達に久しぶりの出動要請が出たわ。どうやら森の外周を、怪しい連中がうろついてるみたいなの。それも、そこそこの手練(てだれ)。日頃の鍛錬の成果、存分に見せてきてやりましょう」

 

 

      1

 

 

「オイ、超待てよ。アレって……」

「ん? ヒロシ、どうかしたか?」

 ヒロシが何かを見つけたらしく、ドレイクはララと一緒(いっしょ)に彼が指差す先を見る。

 そこには赤いリボンが巻かれた一本の木があった。ドレイクもそれを見て嫌な顔になる。

「アレ……お前が『目印に』って超巻いてたヤツだよな?」

「あぁ……。ってことは……」

 三人で顔を見合わせ、一拍遅れて頭を(かか)える。

「「俺たち、さっきから同じ場所を歩いてたのか!?」」

「ドゥーン!?」

「おいヒロシ、テメェ、こっちで合ってるって言ったじゃねぇか!」

「知るかよ! コンパスも超使えねぇこの状況で道に迷わない方が超おかしいわ!」

 パニックに(おちい)りかけた思考を立て直し、ドレイクは状況を整理しようと努めた。

「あークソ、もういい。俺がちょっと、高い所探してくる。上から見れば流石(さすが)に……」

 しかし、歩き出そうとしたところで、ヒロシに(うで)(つか)まれる。

「待て。いくらお前でも、いま独りで動くのは超危険じゃねぇか?」

「そんなこと言ったって、じゃあまた出鱈目(でたらめ)に歩くのかよ。俺はこれ以上御免(ごめん)だぞ」

 ドレイクが制止を振り切って歩き出そうとしたその時、近くの(しげ)みががさりと鳴った。

「──ッ」

 見ると、茂みの()れる動きはジグザグにドレイク達から離れていく。

「……おい、見たか?」

「あぁ……」

 ヒロシが(こた)えつつ背負っていた愛剣(あいけん)変形銃槍剣(チェインブレイド)』を抜き、ララも巨大な手の形をした(つち)強化甲型鎚(ストロンガー)』を(にぎ)り直した。

 ヒロシがにやりと笑って口を開く。

「確かに俺たちの目当ては超お宝だが、モンスターだって超カネになるはずだよなぁ?」

「オマケに(おそ)いにくる方向が分かれば、この迷い森ともおさらばできる。(わな)のつもりか知らねぇが、わざわざ道を教えてくれるとはありがてぇ」

「このまま追いかけて、ドゥーンってとっ捕まえちまおうぜ」

 

 

 (たけ)り狂った笑みを浮かべ、一斉(いっせい)に走り出した侵入者達を、立ち並ぶ高木の陰から静かに見送る三対(さんつい)の目があった。

「意外とあっさり掛かりましたね」

 (あき)れの(にじ)んだ声でそう()らすイヌ耳の少女に、ミレーネは彼らの背中から視線を外すことなく応える。

「えぇ、でもあなた達も聞いたでしょ? あいつ()、罠の可能性を考えたうえで迷わず追いかけていった。グレックの言う通り、明らかに素人(しろうと)ではないわ」

「それに、三人とも(みょう)武器(ぶき)を持っていましたよね」

 メープルの(となり)で口を開いたのは、彼女と同じく白いイヌ科の耳に尻尾(しっぽ)白髪(はくはつ)ロングヘアーに、白狼(はくろう)天狗(てんぐ)の装備で全身を固めた少女。

 彼女の名前はウェルフ。メープルの同僚(どうりょう)の警備員で『白狼隊』の頼れる一員だ。ちなみに先刻(せんこく)茂みを揺らして侵入者達の注意を引いたのも、ミレーネの指示で彼女がやったことである。

「そうね。あの武器がどんな性能をもってるかわからない以上、迂闊(うかつ)に近づくのは少し危険だわ。今回は私も近くで様子をみておくから、あなた達はいつも通り位置について。警戒(けいかい)(おこた)らないようにね」

 ミレーネが言うと、二匹の白きオオカミはその場で軽く(ひざまず)き、背後に大きく()んで風景に溶けた。

 

 

「チィッ、どこに(かく)れた!?」

「木が超邪魔(じゃま)で超見通し悪いぞ」

「ドゥーン!」

 ヒロシたちは辺りの茂みに目を()らすが、先程までの揺れは止まり、遠くで聞こえていたモンスターたちの(うな)り声も()んでいる。

「クソォッ、見失ったか!?」

 上体を起こして悔しそうな声を出すドレイクだったが、直後にその動きを止める。

「……あれ、(きり)なんていつから出てた?」

「は?」

 ヒロシも顔を上げて辺りを見ると、ドレイクの言葉通り、周囲に霧が出始めていた。しかも、その濃度は刻一刻と増しているように見える。

「なんだコレ……」

「ドゥーン?」

 思わず棒立ちになって霧を眺めていたその時、再び近くの草むらががさりと鳴った。

「おッ、獲物か!?」

「いや待て! こっちも超揺れてんぞ!」

 反射的に声を上げたララにヒロシが(こた)えたのとほぼ同時に、三人の周囲の草むらが揺れ始める。いや、草むらのみならず、その近くの木々さえも大きく揺れ動いていた。

 しかし、なにかが飛び出してくる気配はない。

「なんだよ、(おど)かすだけか? 来るならいつでもいいんだぜ? (おれ)の『七四式長距離砲(ナナヨン)』が相手になってやる」

 膝射ち(ニーリング)の姿勢で構えるドレイクに続いて、ヒロシも不敵に笑うと口を開く。

「隠れてるだけじゃ超つまらねぇだろうがよ。おい、ララ、この辺の超邪魔な木、俺たちで超間引(まび)いちまうってのはどうだ?」

「いいなそれ。隠れる場所が無くなれば、ドゥーンと出てくるしかねぇ。こっちも見通しが良くなって一石二鳥ってわけか」

 二人で武器を振りかぶり、手近な木を目掛けて振り降ろす。

 ──その時、ガキィンという金属を力の限り(たた)いたような快音がして、気づけばヒロシの『変形銃槍剣(チェインブレイド)』は上方に跳ね返されていた。ララも、攻撃(こうげき)(はじ)かれたらしく、ヒロシの後ろで『強化甲型鎚(ストロンガー)』を振り上げた格好(かっこう)のままよろめいている。

「あぁ!? この木、ドゥーンって倒せねぇのか!?」

「いや、違う。(だれ)かに超(ふせ)がれたんだ。いまのは木の手応えじゃなかった」

 ヒロシは改めて(まなじり)(するど)くすると、再び静まり返っていた森に向かって叫ぶ。

「おいコラ、さっさと出てきやがれ!! トレジャーハンターの仕事、超邪魔(じゃま)するとどんな目に()うか超見せてやるよ!!」

 しばしの沈黙(ちんもく)。やがてヒロシの正面の茂みの向こうに、一対(いっつい)の赤い光が出現する。

(たい)した余裕(よゆう)ですね。自分たちの状況も理解し切れていないのに」

 少女の声。濃霧(のうむ)(さえぎ)られて姿形はよく見えないが、体格は自分たちより一回りも小さい。それを確認し、ヒロシは嘲笑(ちょうしょう)した。

「ハッ、(だれ)が状況を超わかってねぇって? そりゃ超こっちの台詞(セリフ)だな。

 俺達『風精の迷宮(シルフラビリンス)』をそこらのトレジャーハンターギルドと一緒にされちゃ超困るぜ。なんたって、フィオーレいちのトレジャーハンターギルドを決める超お祭り『大秘宝(だいひほう)演武(えんぶ)』超優勝ギルドなんだからな!」

「…………」

 ヒロシは『変形銃槍剣』を少女に()きつける。

「悔しかったらかかってこい。相手が女子供(こども)だろうが超関係ねぇ。邪魔な奴らは排除する!」

「ドゥーン、ドゥーン!」

 ララが相槌(あいづち)を打つように叫ぶと、少女の赤い(ひとみ)剣呑(けんのん)な輝きと共に細められた。

「私は事実を述べただけですよ。あなた方は本当に何も気づいていない。その証拠をお見せしましょう」

 そういって、少女がさっと(うで)を振り上げる。直後、(おどろ)くほど近くから無数の低い(うな)り声が聞こえてきた。

「──ッ!?」

「わかりましたか? あなた方は完全に包囲されているんです。この山のモンスターたちは私の指示ひとつで動く。あなた方を生かすも殺すも私の気分次第です。

 ……とはいえ、我々も無益な争いは望みません。館にこれ以上近づく気がないのであれば、早急にお引き取り下さい」

 ヒロシは一つ深い()め息をつくと『変形銃槍剣(チェインブレイド)』を降ろして口を開いた。

「あーそうかよ、超わかった。お前の言う通り超帰るわ──とでも言うと思ったか、この超小娘(こむすめ)が!」

 ヒロシが『変形銃槍剣』の刀身側面に付いたレバーを引き腕を突き出すと、ガシャガシャと騒々(そうぞう)しい音を立てて剣が変形していく。

「超()き!!」

 これが、ヒロシの愛用する『変形銃槍剣』の能力。側面のレバーを引くことで、状況に応じて剣、(やり)(じゅう)と三つの形態に変形できるのだ。

 だが敵も()るもの。長大な槍に変形した『変形銃槍剣』のリーチを即座に見切り、目にも()まらぬ速度で移動する。

「ララ!」

「ドゥーン!」

 ヒロシが叫ぶまでもなく、回避位置を予測したララが『強化甲型鎚(ストロンガー)』を振り降ろしていた。少女は(こぶし)の形をしたその頭部に正面から激突(げきとつ)。火花を散らして空中に投げ出される。

「おっと!」

 すかさずドレイクが『七四式長距離砲(ナナヨン)』の引き金を引くが、少女は持っていた刀を空中でひと振り。()(げき)(だん)(はじ)いて後退した。

 しかしヒロシは、遂に姿を現した少女のシルエットを認めて今度こそ驚愕(きょうがく)の声を上げる。

「なッ、コイツ人間じゃねぇのか!?」

 霧の中にぼんやりと浮かぶシルエットの頭部からは三角の耳。(こし)の辺りからはふさふさとした尻尾(しっぽ)が伸びているのがわかったのだ。

 少女は舌打ちすると上体を起こし、曲刀をピタリとこちらに向けて構えた。

「フン、だからなんだってんだ! どんな奴だろうと頭()き飛ばせば(しま)いだろ! さっきは上手(うま)く防いでたが、この至近距離で天才スナイパーの(たま)をそう何度もかわせると思うなよ!?」

 ややうわずったドレイクの声で我に返り、ヒロシも構え直す。

「そうだ! こっちは男三人、それも王国最強のトレジャーハンターギルドの超メンバーだ。ガキがたった一人で超どうにかできる状況じゃねぇ!」

 やかましく(わめ)く侵入者たちを油断なく見据(みす)えながらも、メープルは(あき)れが礼に来る思いだった。

 先刻(せんこく)連携(れんけい)などをみても、確かに彼らの腕前は見事と言わざるをえない。だが、彼らには決定的に欠けているものが(いく)らかあった。

 まず状況を冷静に見極める能力だ。メープルがわざわざモンスター達に命令してまで包囲されている事実を教えたにも関わらず、彼らはどうやら自分を倒せばどうにかなると思っているらしい。指揮する者を失ったところで、理性をもたない怪物たちが動けなくなることなどあり得ない。それどころか暴走して手がつけられなくなる可能性もあるというのに。

 次に、彼我(ひが)の戦力差を正しく()し測る能力。メープルが人間ではないと理解してもなお、先ほどのような売り言葉が出てくるというのは、流石に考えが(あさ)はかすぎるのではなかろうか。それほど自信があるのか、はたまた愚鈍(ぐどん)なのか。

「ドゥーン!」

 もやもやした感情を(かか)えたまま様子を(うかが)っていると、ララと呼ばれていた三頭身の巨漢が()()()っ込んできた。

 先ほどはダッシュの勢いを制御し切れず、咄嗟(とっさ)(たて)をぶつけて空中に逃れたが、あの質量はまともにブロックして受け切れるものではない。

 刹那(せつな)の判断で、相手の巨体が狙撃手(そげきしゅ)の死角を広げているのを見抜き、メープルは再び跳躍(ちょうやく)する。だがその時、後方にいた剣(つか)いのヒロシが(ふところ)に手を入れ不敵に笑ったのが見えた。直後になにかをメープルに向けて投擲(とうてき)してくる。

結晶(けっしょう)爆弾(ばくだん)! 一コ五千(ジュエル)もする超高級品だぜッ」

 ──しまッ──。

 メープルが盾を(かか)げて爆発(ばくはつ)に備えたその時、小さな立方体(キューブ)状の魔法道具(マジックアイテム)に濃霧が(から)みついた。ミレーネの武法(ぶほう)による支援だ。

「なにィッ、超不発しただとッ?」

 瞠目(どうもく)するヒロシを尻目(しりめ)に、メープルは小型爆弾を盾で(たた)き落としつつ宙返りすると、近場の木の幹を()りつけ方向転換。一瞬(いっしゅん)で間合いを詰めると、防御に剣を掲げるヒロシの思惑を外して盾を水平に構え、(とが)った先端に全体重を()せて腹めがけて打ち込む。

「ぐはッ」

 さらに盾の下に滑り込ませていた右腕を(かん)(はつ)()れず振り抜き、同じ箇所を二度撃ちするかたちで峰打(みねう)ちを浴びせると、ヒロシは(たま)らず仰向(あおむ)けに倒れ込んだ。

「うおおおぉぉッ」

 続いて巨大な手の形をしたハンマーを振りかざし、野太(のぶと)雄叫(おたけ)びを上げるララが再び突進してくる。

 今度は退()かず、ハンマーが振り降ろされるのに合わせて軽く横に跳躍(ちょうやく)。すかさずガラ()きの(どう)に一撃を──。

 次の瞬間(しゅんかん)、予想外の現象が(おそ)った。ララのハンマーが突如(とつじょ)変形し、メープルを(つか)み上げたのだ。

「ぐ……ッ」

 全身をがっちりと(にぎ)り込まれ、振り(ほど)こうにも上手(うま)く力が入らない。食いしばった歯の隙間(すきま)から(うめ)き声が漏れる。

 ──マズい。このまま(つぶ)される──?

「この『強化甲型鎚(ストロンガー)』は、(なみ)の力じゃ外せねぇぞ!」

 勝ち(ほこ)った笑みを浮かべるララ。しかし同時にメープルは、視界の端に動く影を捉えていた。

 ──直後、(すさ)まじい速度の斬撃(ざんげき)が走り、メープルを掴んでいた鋼鉄の(こぶし)がバラバラに粉砕された。すぐに状況を理解したメープルは、地面に降り立つと素早(すばや)く跳び退(しさ)る。

「んなあッ!?」

 ララが驚きの声を上げる(ひま)もあらば、紺色(こんいろ)の人影は白狼(はくろう)天狗(てんぐ)の動体視力でやっと視認できるほど洗練された動きで足払(あしばら)いを掛けた。かと思うや、同時に反対側の茂みから飛び出した白い人影が、ララの頭上を飛び越しざま流れるような動作で首筋に一撃を(たた)き込み、そのまま向かいの木立(こだち)に消えていく。

 成す(すべ)もなく転倒したリーゼントの大男は、倒れ()した姿勢のまま何かを訴えかけるようにこちらに手を伸ばし、そこで白目を()いて昏倒(こんとう)した。

 数秒の内に倒されゆく仲間を見て、最後の一人──狙撃手ドレイクは何を思ったのか。

 ライフルのスコープから顔を上げ「クソ、バケモノが……ッ」と毒づくと、(あわ)てて立ち上がり逃走に移る。メープルは追うべきか一瞬迷ったが、すぐに彼が逃げ込んだ茂みの奥から「のわあッ」という情けない叫び声。

 メープルが油断なく森に分け()ると、少しして同僚(どうりょう)の白狼天狗の女性が出迎(でむか)えた。傍らには彼女が仕掛けていたトラップにまんまと引っ掛かり、片脚(かたあし)にロープを巻きつけて宙吊(ちゅうづ)りにされた自称天才スナイパーの姿もある。

「お(つか)れさま。コイツどうする?」

 ウェルフの言葉にメープルが口を半開きにして軽蔑(けいべつ)の視線を向けると、プロ意識とプライドだけは高いらしいドレイクはキッと(にら)み返してきた。

「殺すなら殺せ!」

「……別にあなた方の命を奪ったところで、私たちになんのメリットもありませんから。あなたこそ、本当に帰っていただけるならすぐに解放しますよ?」

 その時、頭上の枝が激しく揺れ、気絶して(しば)り上げられたヒロシとララが降ってきた。ドレイクの表情が引きつり、みるみる冷や(あせ)()き出てくる。

「──二人とも、ご苦労さま。よくやったわ」

 明後日(あさって)の方向から掛けられた声にそちらを見ると、満足そうに微笑(ほほえ)むミレーネが手をはたきながら歩いてきていた。

「な、何なんだよお前ら……。一体(なに)(モン)なんだッ?」

「そんなに(おび)えなくても、別にとって()ったりしないわよ。それにあなた達こそ、何が目的だったの?」

 ウェルフの問いに、ドレイクは合わない歯の根を必死に(おさ)えて答える。

「俺達は、この山に(めずら)しい宝石があるって話をそこのヒロシから聞いて、いただきにきたんだ。トレジャーハンターだからな。本当だ、ウソはついてねぇぞ!?」

 メープル達はお互いに顔を見合わせた。珍しい宝石なるものに心当たりはなく、いまいち要領(ようりょう)を得ない話だったが、目の前で(ふる)えあがっているこの男が出任せを言っているとも思えない。

「わかりました。では、次の質問です。宝を(ぬす)むのが目的なら、何故(なぜ)森の外周をうろついていたんですか? 私達の館はこの山の頂上です。()()ぐ攻め込めばいい話だったのでは?」

「迷ってたんだよ! 見通しは利かねぇしコンパスも使えねぇし……。俺達だって好きでウロウロしてたんじゃねぇよッ」

「……ッ」

 ミレーネが不意に顔をさっと伏せた。彼女もまさかあれほどの実力者が本当に道に迷っていただけだとは思わなかったのだろう。よく見ると(かた)を震わせて笑いを(こら)えている。

 しかしそれも(つか)の間のことだった。咳払(せきばら)いをして誤魔化(ごまか)すと、改めてドレイクを見上げる。

「……コホン。それじゃ、あなた達に()くことはもう無くなったわ。約束通り解放してあげる。──メープル、お願い」

 メープルはひとつ(うなず)くと、魔力(まりょく)を込めた曲刀で宙に(するど)い円弧を描く。するとドレイクを吊りあげたロープが彼の足より少し高い位置で切断された。続いてミレーネが持っていた別のロープで『風精の迷宮』の三人組をまとめて拘束(こうそく)する。

「あだッ。……チクショウ……。──って、あれ?」

 改めて自由を奪われたことに気づいたドレイクが、寝転んだ姿勢のまま恐る恐る見上げると、ミレーネは彼らを冷ややかに見下ろしていた。

「……あの、タダで解放してくれるんじゃ……」

「結果的に実害がなかったとはいえ、あれだけ暴れておいてよくそんな事ぬけぬけと言えるわね?」

「ヒッ……」

「あ、そうそう。コレ、貴重なアイテムなんでしょ? まだ使えるみたいだし、返しとくわ」

 そういってミレーネが地面に(ほう)ったのは、先ほど彼女が自身の武法(ぶほう)で不発させた結晶(けっしょう)爆弾(ばくだん)。それを見て、今度こそドレイクの顔から血の()が引く。

「あッ、オイちょっと待て! 冗談(じょうだん)じゃ──」

 直後、何かを言いかけたドレイクの腹に鬼の少女の()りがめり込み、(はさ)まれた衝撃(しょうげき)で結晶爆弾が爆発(ばくはつ)

 爆炎(ばくえん)()き上げながら、『風精の迷宮』のメンバーは恐ろしい勢いで空の彼方(かなた)へと()き飛ばされていった。

「ああああああぁぁぁぁぁ──!!」

「…………あと私たち、()()()帰すとか、ひとことも言ってないから」

 振り抜いた(あし)を上げたまま、ミレーネが()き捨てるように(つぶや)く。

 メープルは口をぽかんと開けて絶句していた。ウェルフも(またた)く間に小さくなっていく侵入者達に半笑いの表情で軽く手を振っていたが、目が合うと思わず二人で笑みこぼれる。

「プッ、アッハハハッ。流石(さすが)ですね、ミレーネさん」

「まさか、敵が使ってきた武器(ぶき)をあんな(ふう)に活用するとは……」

 爆笑するウェルフに続いてメープルが感嘆の吐息(といき)を漏らしていると、ミレーネは右足を気にする素振(そぶ)りをみせる。

「? どうかしました?」

「んー、別に(たい)したことじゃないんだけど、あの爆弾思ったより強力だったから……。さすがに蹴って起爆するのはちょっと無理あったかなー、って」

「気になるんでしたら、あとで水妖精(ウンディーネ)(だれ)かに()させますか?」

「ううん、大丈夫。この様子だと、せいぜい軽い火傷(やけど)ぐらいで済んでるわ。ありがとね、メープル」

「それにしてもいまさらですけど、鬼の体ってホント頑丈(がんじょう)ですよね。もし私達が同じことやったら、間違いなく(あし)折れてますよ」

 ウェルフの言葉に、メープルも苦笑する。

「というか、まず危なくてやろうとしないからね」

「うん、私達の頑丈さについては否定しないわ」

 そういって笑い合いながら、メープル達は橙鬼館(とうきかん)へと引き上げていくのだった。

 

 

      2

 

 

 スミレ山を登る途中で、ミレーネがおもむろに口を開く。

「そういえば、さっきの奴らのことだけど」

「?」

 メープルが見ると、鬼の少女は歩きながら顔だけをこちらに向けて続ける。

「あなた、完全に気を抜いてたでしょ」

「うッ」

 確かにその通りだ。相手はこちらが少女とみるや図に乗り始めるようなろくでもない侵入者。白狼天狗として人間を遥かに凌駕(りょうが)する身体能力をもつと自負するメープルにとっては見下して(しか)るべき手合(てあい)だったし、事実その程度の実力しかもち合わせていなかった。

 しかし、その考え方が不味(まず)いのだ、とミレーネは首を振る。

「あのね、メープル。あなた、私が最初にあいつ()を見たときに言ったこと覚えてる? 私ちゃんと言ったわよね、『明らかに素人(しろうと)じゃない』って。あれはあなたに対する注意でもあったんだけど、伝わってなかったみたいだから改めて説明しておくわ。

 あいつ等みたいに力をちらつかせて挑発するような手合には、直接的な警告は効果が薄いわ。それどころか(むし)ろ逆上させてしまいかねない。それに、手持ちのカードを最初から全て見せてしまうのは、対人交渉において()()よ。今回の場合なら、そうね……。ここが妖怪(ようかい)の暮らす山だって教えてやれば、少しは有利に立ち回れたんじゃない? 人間は、異質なもの、得体(えたい)の知れないものを恐れる。その恐怖心をくすぐれば、警告に従う可能性が高くなるはずよ」

 ミレーネは別段怒るでも(とが)めるでもなく、穏やかな(ひとみ)でこちらを見据えていただけだった。だがメープルはそれに(こら)えきれなくなって(うつむ)く。

「そうですね……」

「まぁ、そもそもあなた達に出動要請がきたのなんてもういつぶりかわからないぐらいなんだし、交渉の(うで)(にぶ)ってたぐらいで落ち込むことないわ。でも、いま言ったことを覚えておけば、きっと今後の仕事に役立つはずよ。

 そして戦闘(せんとう)については、あの剣遣(けんつか)いを倒した一撃(いちげき)、見事だったわ。相手の出方が読めない状況で、しかも空中に()んだうえでのあの体捌(たいさば)き。咄嗟(とっさ)の判断であの身のこなしができるのは、(ほこ)っていいことだと思うわよ?」

 その言葉で少しだけ気持ちが軽くなったメープルは、そこでやっと顔を上向けることができた。

「はい……ありがとうございます」

 ミレーネも(いつく)しむようにひとつ笑みを返す。

「さ、着いたわよ。早く戻って、朝ご飯をいただきましょう」

 そういって、ミレーネは眼前(がんぜん)の見上げるほどに巨大な門を押し開けた。

 広大な庭園の中には(すで)妖精(ようせい)メイド達の姿はない。朝の水やりを終えて自分たちよりもひと足先に大広間に向かったのだろう。

 ミレーネ達がゆっくりと歩いていると、正面玄関が内側から開かれ、フリル付きのエプロンを(うで)に掛けた女性が現れた。

「あ、ミレーネさん、それにメープルさんにウェルフさんも。いま戻ったんですね、おかえりなさい。ちょうど良かったです」

「バーナじゃない。ただいま。どうしたの? わざわざお(むか)え?」

 挨拶(あいさつ)を返しつつミレーネが笑いかけると、バーナは困ったように苦笑する。

「あぁいえ、そういうわけではなく……。お(じょう)様が、ミレーネさんに何か話があるそうです。朝食後で構わないから自分の部屋に来い、と」

 その言葉に、ミレーネ達は顔を見合わせた。

 

 

 館の中でも一際(ひときわ)精緻(せいち)な細工が(ほどこ)された、濃い橙色(だいだいいろ)(とびら)をミレーネがノックすると、すぐに「入れ」という女性の声が返る。

「なに、話って? ……その様子だと、重要な話題ではなさそうね?」

 執務室の中を歩いてきたミレーネは、レンカが両手に持った一升瓶(いっしょうびん)(さかずき)にちらりと非難がましい視線を送った。だが、レンカはそれを見ても(わる)びれもせずにそれらを(つくえ)に戻し、何食わぬ顔で笑みを返す。

「いや、そうでもないよ。お前一人を呼びつけたのにはちゃんと意味がある」

 そういって組んだ手の上に(あご)を乗せると、一転して笑みを消し、まっすぐこちらを見据えた。

「ミレーネ、お前、今日(きょう)はいつから門の前にいた?」

「今日は……グレックからの連絡を受けた(ころ)にはもう仕事始めてたから、大体六時ぐらいかしら」

「そうか。……それじゃあ質問を変えよう。昨夜(ゆうべ)、ネフィリムが夜回り中に廊下(ろうか)でお前と会ったと言ってるんだが、どう思う?」

 その問いに、ミレーネはぎくりとした。

 闇妖精(インプ)は他の妖精(ようせい)と比べて暗い場所での行動を得意としている。ネフィリムはその特性を活かして橙鬼館(とうきかん)の夜警を担っているうちの一人なのだが、その彼女と夜間、しかも館の廊下で顔を合わせたというのは、ミレーネがその時間帯に起きて活動していたことと同義だ。

 事実、ミレーネは昨日(きのう)の朝から一睡(いっすい)もしていない。だからといって取り立てて今日不調を感じているわけでもなし、この瞬間(しゅんかん)も内心の動揺(どうよう)気取(けど)られぬように平素と変わらぬ表情を完璧に作れているはずだ。

 しかし(みょう)なところで(するど)くなる鬼の当主の()は、問いかけられた瞬間のミレーネの(わず)かな変化を見逃してはくれなかった。

 レンカはにやりと笑って鼻からひとつ息を()く。

「あのなミレーネ、あたしだって、鬼が一日やそこら寝なかったぐらいでどうにかなる種族じゃないのは百も承知さ。それでもこうして声掛けをするのは、何も当主としての責任があるからだけじゃない。お前たち一人ひとりの健康を考えてるからなんだよ。

 まぁ、お前の立場もわかる。メープル達だけに任せてて、仮にあいつ()じゃ手に負えない奴が出てきた時にすぐに助けられなきゃ意味が無いからな。でも、だからって、夜通し見張るのはどうなんだ? そうやってあたし達に黙って無理を続けて、いざって時に動けないんじゃ本末転倒だろう。それともお前の感知能力は、まる一日ぶっ通しで見張ってないと部下のピンチも気づいてやれない程度のモンなのか?」

 その言葉に、ミレーネはふっと笑みこぼれる。

「いいえ、そんなことはないわ。あの子達が危ない目に()ってたら、いつだってすぐに飛んでいける自信があるもの」

「なら問題はないな。午前中は少し休んでから仕事に戻れ」

「それじゃあお言葉に甘えて」

「あぁそうだ、ミレーネ」

 ミレーネが(きびす)を返して退出しようとしたところで、レンカが呼び止める。

「?」

「ベルクスとリリスに、ここに来るように伝えておいてくれ。あいつ等にも話したいことがある」

「わかったわ、それじゃあまた後でね。ところでレンカ、あなたも執務中の飲酒は程々(ほどほど)にしておきなさいよ? (いく)ら鬼がお酒に強いといっても、それで何か重大なポカやらかしたら、皆に示しがつかないわよ?」

「……ご忠告痛み入るよ」

 ミレーネの指摘に、再び酒瓶に手を伸ばしかけていたレンカは気まずげに苦笑した。

 

 

      3

 

 

「「遠征?」」

「あぁ、その通りだ」

 ベルクスとリリスが口を揃えてオウム返しにいうと、レンカは一つ(うなず)く。

「実はこの間、新聞(ブン)屋がちょっと気になる(うわさ)を仕入れてね。なんでも、この大陸の近くにモンスターが山ほどいる島があるらしい」

「スカウトしてこいってことですか?」

 リリスが()くが、レンカは首を横に振る。

「いや、違う。奴等(やつら)はどうやら、財宝や武器(ぶき)をしこたま()め込んでいるらしいんだ。その島の近くを通りかかった船が(おそ)われ、金品や()り道具なんかを根こそぎ奪われたり、下手な抵抗をすれば命を奪われる危険もあることで、近隣(きんりん)の港町の漁師達の間では有名なんだと。そこでお前たちには、その島に行ってモンスター共をこらしめてやってほしい」

 ベルクスはその場で(うで)を組むと考え込んだ。

「なるほど、(よう)慈善(じぜん)活動ってことか。でも、何だってそんな事する必要があるんだ? そりゃあその漁師達は可哀想(かわいそう)だと思うが、相手はスミレ(やま)から遠く(はな)れた辺境の住民。そいつ等が何してようが、放置してても(おれ)達が困ることなんか無いだろ」

 その問いに、鬼の当主は意味深な笑みを浮かべる。

「ところが、そういう訳にもいかなくてな」

 レンカは机の引き出しから新聞を取り出すと、広げて視線を落としながら続けた。

新聞(ブン)屋が集めた情報をまとめると、その島のモンスター共はとある目的の為に、武器になるものを集めてる。具体的には──遠からずこの山を襲撃するつもりだそうだ」

「にゃ!? それって一大事じゃないですか!」

 驚きの声を上げたリリスに続き、ベルクスも(まなじり)(するど)くする。

「確かに(おだ)やかじゃねぇな。ただ……その情報は本当に信用してもいいんだろうな?」

 新聞のこちら側に向けられた面にでかでかと書かれた『岩山爆散(ばくさん)!!!! またも人間界で謎の災害発生か!!!?』という、恐らく何かのゴシップ記事のタイトルを見ながら(あき)れ顔でベルクスが訊くと、レンカは苦笑した。

疾風丸(あいつ)の作る記事がどれもくだらないのは認めるが、少なくともあたし達の生活に関わる情報については、一度だって(うそ)を書いてたことはないよ。それに、今回はお前達一人ひとりにもメリットがあるかもしれないんだ」

 そこで一旦(いったん)言葉を切ると、レンカは顔を上げる。

「あたし達も、こうして他所(よそ)の奴らに目を付けられるぐらいには大所帯(おおじょたい)になってきたわけだ。そろそろ武力面の強化も考えたい。そしてベルクス、お前も最近、新しい(けん)が欲しいとか言ってたそうじゃないか。バーナから聞いたぞ?」

 ベルクスは背に差した片手剣の(つか)に手を掛けた。

「まぁ、もっと重い奴がいいってのはあるな」

「そうだろ? 島のモンスター共はその大半が亜人型(デミヒューマン)で、あたし達と同じように色んな武器を使いこなす。おまけに連中を警戒(けいかい)した漁師達が(やと)った傭兵(ようへい)まで襲って所持品を奪っていくから、中には魔法(まほう)効果をもった特殊な装備を扱う奴もいるらしい。

 つまり奴らを討伐(とうばつ)できれば、ウチが襲撃される心配は無くなり、漁師たちの悩みも解決して感謝される。お前達は新しい武器が手に入る可能性があり、ウチの戦力増強も見込める。一石二鳥どころか三鳥も四鳥もあるウマい話っていうわけさ。どうだ? 悪くない話だろ?」

 そういって、レンカはニッと笑ってみせた。

 

 




はい、丸々一年強のブランクを経てのサブストーリー更新でしたが、皆さん楽しんで頂けたでしょうか!
久々に小説らしい作品の執筆活動ができたわけですが、こうして書いてみると、自分の頭の中にある設定を淡々と説明していくのと、本格的に小説形式の文章を(つづ)るのとではまったくわけが違うということを痛感しますね。
これまでの設定解説の投稿は、休載中に執筆の(うで)(なま)らないようにする狙いもあったのですが、無事失敗に終わりました。これまでの自分なら数日で終わらせていただろう作業に一ヶ月も掛かってしまい、その期間中にも他のことに興味が移りまくってだらだらと長引かせる始末。
ちなみに今回のタイトルは、スミレ山のメンバーの話だと思わせておいて、ベルクス達が向かう島の住民達のことも指しているダブルミーニングのつもりだったのですが、『風精の迷宮(シルフラビリンス)』との戦いを描く前置きで色々盛り込んだ結果、やたらとボリュームだけが増えてしまいました。この辺の分量の加減も今後の活動に活かしていけたらと思います。

さて、今回のお話はスミレ山のメンバーが『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の仲間達と出会うしばらく前の出来事です。今回も新しいキャラクターが出てきたので、少し解説していきましょう。
グレックは完全オリキャラ。執筆途中で気づきましたが、そういえばこの連載では初めての完全オリキャラですね。
ウェルフの容姿イメージは、東方Projectの今泉(いまいずみ) 影狼(かげろう)を全体的に白くした感じ。わかる方にはわかると思いますが、紅魔館(こうまかん)組をメインキャラに据えて長期に渡り投稿を続けている某MMDer様の作品中にこのような特徴をもつモブキャラが登場します。自分は彼女の容姿設定が割と気に入ったため採用しました。

次回は高確率で新年の挨拶から始めることになってしまうと思いますが、今後とも本作を宜しくお願いします。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第15話 躍進(やくしん)への回廊(コリドー)

読者の皆さん、お久しぶりです。
年明けからこの方、なるべく早く投稿したいという思いを抱えて(ふく)れ上がり続けるプロットと格闘し続け、遂にこうしてかたちに落とし込むことができました。

そして、今回の投稿で自分のアイデアをまたある程度お伝えできたと思うので、これまで停滞させていた『設定集』の加筆作業や『裏設定・小ネタ解説集』の新規投稿なども随時(ずいじ)再開していきたいと考えています。

それでは、そんなこんなでプロットを山盛り詰め込み、思いの(ほか)大容量となってしまった『幕間(まくあい)』パート第2話、どうぞ!


 潮風が運ぶ海の香り。頭上では海鳥が心地よさそうに滑翔(かっしょう)し、目の前には青い海。無数に係留された漁船の周りを日焼けした(はだ)の筋骨隆々とした漁師達が行き()い、活気(あふ)れる光景をつくり出している。

 ハルジオン。

 ここから北に位置する魔法(まほう)都市・マグノリアを始めとした複数の街にとって、交易の要所のひとつとなっている港町だ。ベルクス達は、(くだん)のモンスターが山ほどいるという島の情報を集める為、人間に変装して人里に降りてきていた。

「おいお前ら、できるだけ自然にいくぞ。遊びに来たんじゃねぇんだ。勝手に動いてはぐれんなよ」

 自分の後ろをついてくる一団の頭数が減っていないのを(かた)ごしに確認しながらベルクスが声を掛けると、(となり)を歩く赤いおさげ髪の少女が背伸びをしながら呑気(のんき)な声を出す。

「大丈夫、大丈夫。心配しなくたってみんなのことはあたいがしっかり見張っとくからさ」

「何言ってんだリリス? お前にも言ったつもりなんだが。というか、主にお前に対する注意なんだが」

「にゃ!? それはあんまりじゃないッ?」

「ま、まぁまぁ、私達もいますし、どっちにしろベルくんばっかり気を張り続けること無いですよ。ねぇ、アシュリー様?」

 集団の後方にいたバーナが横を見ると、アシュリーは()まし顔で(こた)える。

「そうね。(むし)ろ、たかがモンスターの群れの討伐(とうばつ)任務ひとつにお(じょう)様がこれだけの戦力を投じてることの方が気になるわ。これから行く島のモンスターとやらは、そんなに厄介(やっかい)(やつ)らなのかしらね。どう考えても過剰(かじょう)人員よ、コレ」

「……ま、何が起こるかわからねぇから、くれぐれも気を抜くなよ、ってことじゃねぇか?」

 ベルクスは何気ない調子でそう返しながら、彼女がそういうのもむべなるかなと思う。

 討伐隊に選ばれたメンバーは、リリスが連れてきたフェンリルも入れて全部で十人。

 たったいま口を利いた四人に加えて、ベルクスの直属の部下である水の三妖精(ようせい)ことレイン、シアン、フロウ。それからルミネアにアイリスまでついてきているのだ。

 レンカからは事前に『いざという時はスミレ(やま)の総戦力の二割程度までなら応援を寄越(よこ)しても良い』との許しが出ているが、ここまで戦力過多気味の状況で、応援が必要になる事態が想像できない。

 また、確かに彼女たちはひと通りの戦闘(せんとう)訓練を受けているし、実戦において頼りになるレベルの実力があることは上司である自分たちが一番よくわかっているつもりだ。

 しかし、見た目通り精神面が未熟な者も多いため、ともすれば(はた)からみると『親戚(しんせき)の子供達を引き連れてピクニックに来た一団』のように受け取られかねない有様(ありさま)なのだ。

 現に一行の立ち()()いからはお世辞(せじ)にも緊張感が感じられるとは言い(がた)い。

 特にフロウなどはかなり気移りし(やす)性分(しょうぶん)なので、すぐ列を乱してはシアンに引き戻されて注意を受けるといったやり取りを繰り返しており、正に『知らない場所にピクニックに来て浮かれている子供』状態だ。

 そして、もう一つ気がかりな点を挙げるとすれば、それはアシュリーの機嫌(きげん)である。

 彼女ほどの分析力(ぶんせきりょく)の持ち主が、先ほどのような思慮(しりょ)に欠ける(にく)まれ口を(たた)く理由があるとすれば、答えは一つ。任務とはいえ、いきなり館から連れ出されて虫の居所が少々悪いのだろう。

 さらに昼前といえば、普段のアシュリーならば自室に()もって読書に(ふけ)っている時間帯だ。それにも関わらず急用で長距離を歩かされているとあっては、冷静でいろという方が(こく)というもの。

 そこまで考えて、ある事に気づき、ベルクスは振り返らずに後方に問いかける。

「ところでアシュリー様よぉ、アンタまさかとは思うが、いま浮いてねぇよな?」

「──!?」

「『しばらくぶりの外出だから、浮遊(ふゆう)魔法(まほう)で手抜きしないように見張っといて』ってミレーネさんに頼まれてんの思い出したから、ちょっと気になってよ」

「な、何のことかしら!? ちゃんと自分の(あし)で歩いてるわよ? ほら、ちょっとこっち見なさいよベル」

 明らかに取り乱している引きこもり魔術師(まじゅつし)抗弁(こうべん)を背中で受けながら、ベルクスは()えて淡々と告げた。

「ふぅん……。ま、歩いてんならそれで良いんだけどな。もし必要以上に浮遊魔法使ってるなんてことがあれば、帰ってからミレーネさんに報告しないと──」

「──わかったわよ、わかりましたッ! さっきまで浮遊魔法使ってたわよごめんなさい! でもここからは普通に歩くから! お願いだからミレーネに言うのだけは勘弁(かんべん)して!!」

 半泣きになりながら懇願(こんがん)するアシュリーの姿が余程(よほど)可笑(おか)しかったのか、バーナが(こら)え切れなくなったというように軽く()き出す。

 次の瞬間(しゅんかん)、パァン、という(するど)打擲(ちょうちゃく)音が、透き通るような青空を切り()いた。

 

 

      1

 

 

「うう、(ひど)いですアシュリー様ぁ……。ちょっと笑ったからって、何もそんな本気でぶつことないじゃないですかぁ……」

 アシュリーに魔法書(まほうしょ)で思い切り(はた)かれた(しり)をさすりながら、バーナはとぼとぼと歩く。

「だ、大丈夫ですか、バーナさん?」

「回復なら私達水妖精(ウンディーネ)に任せて下さいね?」

 アイリスとレインは心配そうに彼女を見上げるが、前を行くシアンは(あき)れ顔で口を開いた。

「いまに始まったことじゃないんだし、そんな大騒(おおさわ)ぎするほどのことでもないでしょうに。大体、バーナさんは鬼なのよ? この程度で治癒(ちゆ)魔法が要るほどダメージ受けるわけないじゃない」

 すると、隣のフロウが苦笑を浮かべる。

「その通りだろうけど、それはシアンが言うことじゃないかもぉ」

 そこでベルクスが振り返り、()め息混じりに口を開いた。

「さっきからなに騒いでるか知らねぇが、もう港には着いてんだ。そろそろ情報収集、始めるぞ」

 そこからは事前に話し合いで決めたグループに分かれて、各自仕事に取り掛かる。といっても子供にしか見えないレインたちでは、町の住人達にまともにとりあってもらえるとは思えないので、バーナが彼女たちの世話係を引き受け、残りの皆で情報収集をすることになった。

 ちなみにスミレ(やま)の住人が人里に降りる際は無論、自分たちが人外の種族であると悟られてはならない。そのために(つの)(はね)を隠す手段は(いく)らかあるが、今回はアシュリーの空間魔法(まほう)で異空間にそれらを収納する方法をとっていた。

 ベルクスはリリスとフェンリルと連れ立って、改めて港を眺める。

「さて、と。町の住人への聞き込みはアシュリー様に任せて、俺達は港の方をあたるぞ。なんか知ってそうな奴にはどんどん声掛けていこう」

OK(オッケー)。……それじゃあまずは、あの人達かな?」

 早速(さっそく)なにか見つけたらしいリリスの視線を追うと、並んで歩く二人の女性に行き当たった。ベルクスも特に異論はなかったので、ひとつ(うなず)くと二人と一頭で歩いていく。

「あー、そこのお姉さん達、ちょっといいかな?」

 にこやかな表情で発せられたリリスの呼びかけに、彼女達もこちらを見る。一方は俗にカチュームと呼ばれるリボンを頭に着けた、所謂(いわゆる)(ひめ)カットの女性。腰に太刀(たち)()いており、女剣士(けんし)といった出で立ち。他方はウェービーなセミロングの茶髪の頭頂部分をネコ耳のように立てた、猫のような顔立ちの女性だ。

 遠くからでも見えるフェンリルの威容(いよう)に、二人とも気圧(けお)された表情になるが、こちらに先に反応を返したのは剣士風の姫カットの女性だった。

「私たちに、何か用だろうか?」

「うん。あたい達、ちょっと遠くから武者(むしゃ)修行に来ててさ、強い相手を探して回ってるんだ」

 情報を集めるに当たり、ベルクス達は修行のために各地を渡り歩いているさすらいの魔導士(まどうし)ということで通そうと打ち合わせていた。女性は(いま)だフェンリルを気にしながらも特に疑う素振(そぶ)りも見せず、凛々(りり)しい顔に微笑を浮かべる。

「そうか、それは良い心がけだな。……(ちな)みにそれはもしや、私たちと手合わせしたい、ということか?」

 リリスがなにか反応を返す前に、ベルクスは横合いから割って入った。

「いや、もう次の相手の目星(めぼし)もついてるよ。この港町の近くに、モンスターが山ほどいる島があるんだろ? 風の(うわさ)に聞いた程度だが、もしそれが本当なら、その島の奴らと()り合いてぇなって思ってるところなんだよ。なにか知ってることはねぇか?」

「なるほど……。実は、私たちのギルドもこの町から離れている。私たちは、依頼を受けて目的地に向かう途中ここに立ち寄っただけで、この近くに住んでいるというわけじゃないんだ。力になれなくて済まない。

……ミリアーナ、お前もなにか知っているということは無いよな。──ん? ミリアーナ?」

 姫カットの女性が(となり)を見ると、先ほどまで横に立っていたネコ耳の女性の姿が消えている。不審(ふしん)に思って辺りを見回そうとしたところで、ベルクスはぎょっとした。

 ミリアーナと呼ばれた猫のような顔立ちの女性は、上体を傾けて首を伸ばし、姫カットの女性の肩ごしに顔をしかめてリリスを凝視(ぎょうし)していたのだ。(わず)かに遅れて女性も気づき、ハッとした表情になる。

「あぁ、そっちだったか。何をしているんだ。なにか気になることでもあったか?」

 姫カットの女性が(たず)ねると、ミリアーナは妙な体勢のまま答えた。

「ねぇカグラちゃん、なんか私、さっきからずっと、ネコネコの気配を感じてるんだよね」

 その言葉にベルクスはぎくりとする。いまのリリスはネコ耳と尻尾(しっぽ)、それに(はね)を異空間に収納しており、第三者には視認することも、ましてや触れることも不可能なはずだ。

 しかし、いまのミリアーナの発言からして、わかる者にはわかる何かがあるのかもしれない。

「君、家でネコネコ飼ってたりする?」

 楽な姿勢に戻ったミリアーナの問いに、リリスは懸命(けんめい)に笑顔をつくり続けながら応じる。

「にゃはは……。ウチはかなり沢山の動物を飼ってるからね、猫なら一杯(いっぱい)いるよ」

「ふーん、そっか。……でもな〜、なんか君自身からネコネコの気配がするんだよにゃあ。おっかしいなぁ……」

「ミリアーナ、いい加減にしないか。さっきから何をワケのわからんことを……。そんなことより、私たちもそろそろ動くぞ」

 カグラと呼ばれた女性が、リリスにぐいぐい近寄っていくミリアーナを引き戻し、こちらに向き直る。

「済まない、ミリアーナは無類の愛猫家(あいびょうか)でな。少しでも猫の気配を感じるとこうして暴走してしまうんだ。迷惑だったなら、こいつに代わって私が謝罪しよう」

「あぁ、別に気にしてないよ。そういうことだったんだね、にゃはは……」

 リリスが困惑しつつも笑い飛ばすと、カグラも安心したような顔になった。

「そう言ってもらえると有り(がた)い。……そういえば、お前たちの名前をまだ聞いていなかったな?」

 その言葉に、ベルクスは居住(いず)まいを正す。

(おれ)はベルクス。見ての通りの剣士(けんし)だ」

「あたいは魔獣遣い(ビーストテイマー)のリリス。この子は使い魔で『剣歯狼(サーベルウルフ)』のフェンリルさ。よろしく!」

 背中の片手剣の(つか)を軽く持ち上げて見せたベルクスに続き、リリスがフェンリルの(かた)()でながら快活に答えた。

「ベルクスにリリス、それにフェンリルだな。では、私たちも改めて。私は魔導士ギルド『人魚の踵(マーメイドヒール)』所属の剣士、カグラ・ミカヅチだ」

「私はミリアーナ。同じく『人魚の踵』所属の魔導士だよ。また会うことがあったら、リリスとはペットについて色々話したいな。元気最強ー!」

 満面の笑みで(こぶし)()き上げたミリアーナの言葉に、リリスは苦笑するが、今度はカグラも微笑を浮かべて口を開く。

「そうだな。お前たちは武者修行をしていると言っていた。それにベルクスの方は剣士だという。私たちも(うで)には自信があるからな。機会があれば、手合わせの申し出はいつでも受けて立とう」

 その言葉に、ベルクスは口元を(ほころ)ばせた。

「あぁ、俺もアンタ()の実力は気になってたところだ。またどっかで会えると良いな」

 それから二、三言交わし、カグラ達はハルジオンの外へ。ベルクス達は再び情報収集の作業に戻った。

 

 

 漁港の雑踏(ざっとう)の中を歩きながら、ベルクスは頃合いを見計らって口を開く。

「お前、さっきのカグラって人が手合わせしたいのか()いてきた時、反射的に(うなず)きかけたろ」

 ネコ耳の少女は、その指摘にびくりとした。

「えッ、い、いやー、そんな事は、にゃははは……。ハイ……ごめんなさい。ちょっと、野生の本能が(うず)いちゃって……」

「ッたく、本来の目的を忘れてんじゃねぇよ。俺達の仕事は、島のモンスターの討伐。そのための情報集めだろうが」

「はーい」

 リリスは後ろ頭を()きながら苦笑する。

 それからしばらくは、港の中を行き交う人々に声を掛けて回ったが、なかなか(かんば)しい成果は得られなかった。レンカの寄越(よこ)した事前情報通り、ほとんどの漁師は(くだん)の島のことを知っている素振(そぶ)りをみせた。しかし(みな)、一様にその話題を嫌っている節があり、詳しい事を聞き出そうにもうまくいかない。

「クソ、まさか(だれ)ひとり、島の詳細を語ろうとしないなんてな」

 ベルクスが言うと、リリスは困り顔で笑う。

「まぁ、怖がるのも無理ないよ。だって例の島のモンスターたちは、漁師たちが(やと)傭兵(ようへい)でも(かな)わないんだもん」

「わかってるよ。でも、お陰で収穫は見事にゼロだ」

 ベルクスは軽く首を振って気持ちを切り()えると、正面に向き直った。

「仕方ねぇ、一旦(いったん)バーナさんのとこに戻るか」

「りょーかい」

 港の周囲をぐるりと取り囲むように立ち並ぶ街路樹の一角に、固まってじゃれあう一団を見つけて歩いていくと、木陰(こかげ)で休んでいた鬼のメイド長が疲れ切った様子でこちらに手を振ってくる。

「あぁ、ベルくん、リリスちゃん、おかえりなさい。なにか良い情報は手に入りましたか?」

 ベルクスは手を振り返す代わりに、降参を示すべく両手を軽く上げてみせた。

「いいや、さっぱりだ。どいつもこいつも、島のこと自体は知ってるらしいんだが、それ以上のことは一向に教えてくれねぇ」

「ところで、バーナさんはなんでそんなに疲れてるんです?」

 リリスの問いに、バーナは力なく笑って答える。

「いやー、あの子たちの相手をしてたらどんどん体力持っていかれちゃって……。いまはあっちでメイド達だけで遊んでもらってます」

 振り返ると、すぐ後ろの広場で妖精(ようせい)メイド達が元気に走り回っていた。その余りの無軌道(むきどう)ぶりに、リリスが(ほお)を引きつらせながら口を開く。

「バーナさんがここまで疲れるって……あの子たち、この短時間にどんだけはしゃいだのさ……」

 ベルクスも彼女と同じ表情になりながら(こた)えた。

「いや、レイン達(アイツら)の面倒みてるとよくわかるが、ガキの御守(おも)りって一対一でも結構消耗(しょうもう)すんぞ。その上この人数が相手だ。(むし)ろバーナさんが鬼だからこそ、この程度のダメージで済んでんだろ……。けど、そうなると、アイツ()が間違って飛び始めないかが心配だな。(はね)はしっかり隠れてるが感覚はあるし、飛行能力まで(ふう)じてあるわけじゃないんだろ?」

「──いいえ、そんなことは無いわ」

 横合いから掛けられた声に全員でそちらを見ると、縦縞(たてじま)の入った紫色の寝間着に似た服に全身を包み、何やら意味ありげな笑みを浮かべた小柄(こがら)な女性が歩いてきていた。

「おぉ、アシュリー様、戻ったか」

「おかえりなさい。『そんなことは無い』ってどういうことですか? あたいたち普通に自分の翅、動かせてますよ? 見えないですけど」

 ベルクスに続き、リリスが聞き返すと、アシュリーは静かに笑って応える。

「えぇ、あなた達の(はね)は、隠すとき特に何も細工してなかったからね。でも他の妖精メイドは別。

 ベルがいま言ったように、あの子たちは(ほう)っておくと何をしでかすかわかったものじゃないでしょう? だから翅を隠すときに、収納する異空間ごと固定してしまったの。これなら思わず飛んでしまったところを人間に見られる、なんて事故も防げるでしょ?」

流石(さすが)アシュリー様、最初からすべて計算ずくでしたか」

 鬼の魔術師(まじゅつし)の説明に、早くも脱力状態から回復したらしいバーナが軽く拍手を送る仕草をする。

 アシュリーは満足そうに微笑(ほほえ)むと、改めてこちらをまっすぐ見て、告げた。

「ところで皆、さっそく朗報よ。例の島の名前と大体の位置座標、それに幾らかのモンスター達の特徴まで知ってる人の話を聞くことができたわ」

 

 

      2

 

 

「お(じょう)様から(すで)に聞いてる情報は省くわよ。まず、例の島の名前は『サザンカ(とう)』。最初は無人島だったはずのこの島には、いつ頃からかモンスターの影が散見されるようになったらしいわ」

 ベルクスたち一行は、元漁師と名乗る書店の老店主から情報を入手したというアシュリーの説明を聞きながら、彼女に導かれて漁港の端までやってきていた。

「一度現れたモンスターはそのまま()みつき、急激に仲間を増やして島周辺の海域までを縄張りとするようになった。

 その種類は、まず一番目撃されたのがコボルド族にトーラス族、トカゲ男(リザードマン)といった獣人(じゅうじん)型。まだ海にまでテリトリーを拡大する前から、近くを通りかかる船を積極的に襲って着実に戦力を拡大していったそうよ。

 そして海に進出するにあたって現れ始めたのが水棲(すいせい)のモンスターと、飛行能力を有するタイプね……。

まぁ、こんな感じで、自分たちの縄張りに近づく者は容赦(ようしゃ)なく攻撃(こうげき)してくるから、島に着く前から油断はできないわ」

「ちょっと、途中から説明するの()きたでしょ」

 シアンが指摘すると、アシュリーはちらりとこちらを振り返ってから肩をすくめる。

「現時点ではそれぐらいしかはっきりした情報が無いのよ。サザンカ島の近くを通りかかって生きて帰ってきた人間は少なくないけど、(みんな)恐怖で口を閉ざしてる。島のモンスター達は戦力を蓄え過ぎて、とっくにこの辺りの住民の手に負える相手じゃなくなってるんだわ」

 アシュリーの言葉に、ベルクスは静かに(まなじり)(するど)くした。

「そして、肝心の方角だけど、あっちの方だって」

 アシュリーが指差したのは、ハルジオンの港からまっすぐ前方、青一色に染まる広大な海だった。

「……まぁ、そりゃあっちですよね……?」

 バーナが(ほう)けたような表情で(つぶや)くと、アシュリーはムッとして続ける。

馬鹿(ばか)ね、このまま一直線に南下していけば、簡単に辿(たど)り着くって言ってるのよ」

「でも、出航(しゅっこう)を頼める漁師なんて捕まりませんよ? どうやって……?」

「──リリス」

 ベルクスが正面を向いて(うで)を組んだまま呼びかけると、(となり)に立つ猫妖精(ケットシー)弓遣い(アーチャー)は不敵に笑って自身の魔力(まりょく)を発動させ、一(ちょう)のショートボウを取り出した。

 同時にフェンリルの下顎(したあご)()でていた反対の手に、煌々(こうこう)と燃え盛る(やじり)をもった火矢を呼び出すと、白銀のオオカミの眼前(がんぜん)()き出して軽く振ってみせる。

「ほーらフェンリル、よく見とくんだよ?」

「リリス、私のサポートは必要かしら?」

 アシュリーも前を向いたまま質問するが、リリスは笑って首を振った。

「いえいえ、そこまではおよびませんとも。この子もあたいと一緒に、日頃から(きた)えてますんで」

 続いて、火矢を(つが)えると、深呼吸しながら弦を最大まで引き(しぼ)る。

「『火焔の矢(フレイム・アロー)』!」

 直後、リリスはやや上方へ向けて火矢を(はな)った。

 放たれた火矢は、青空に垂直方向の緩い円弧(えんこ)を描きながら飛翔(ひしょう)していく。

 残心するリリスは、矢が鉛直落下の軌道に入る少し手前で再び声を張り上げた。

「フェンリル、ブレス用意(セット)。スリー、ツー、ワン、Go(ゴー)!」

 フェンリルは、その場で大地を()みしめると、胸郭(きょうかく)いっぱいに大気を吸い込む。そしてがっぱりと開いたその巨大な(あぎと)から、周囲の気温を少し下げるほど強烈な冷気を(はな)った。

 冷気のブレスはリリスの()った火矢を猛追(もうつい)するかたちで海上を突き進み、(かす)めた海面とその周囲の水分をまとめて(ことごと)く氷結させていく。

 やがて、つい先程まで何の変哲(へんてつ)もない海だった場所には、幅五メートルほどの一直線で平坦な氷の回廊(コリドー)が出現していた。

 バーナが(ひたい)の前に手で(ひさし)をつくりながら、感嘆(かんたん)の声を上げる。

「おー、なるほど、その手がありましたか! それにしても、かなり遠くまで(こお)りましたねー」

「それにこの氷、相当ぶ厚くて頑丈みたいね。一撃(いちげき)でここまでやるなんて、大したものだわ」

 アシュリーの言葉に、リリスは満面の笑みでフェンリルの喉元(のどもと)をわしゃわしゃと()でた。

「よーし、フェンリル、よくやった! (えら)いぞ〜。ほれ、おやつだよ。いまの内にしっかり味わっときな」

 リリスは(こし)のポーチから生肉を取り出すと、されるがままになっていたフェンリルの口に(ほう)り込む。するとそれを横目で見ていたベルクスが、おもむろに口を開いた。

「お前……まさかその肉、そこら辺の店からかっぱらった物とかじゃねぇだろうな?」

妖精(ヒト)聞き悪いにゃあ!? ベルくんはすぐそういうこと言うんだから、まったく……。ちゃんとあたいが、この子のために館で保存してる、安心安全で新鮮なお肉ですぅ」

「いや、安心安全かどうかは知らねぇよ」

 リリスが口を(とが)らせながら、ベルクスと冗談(じょうだん)半分の口論をしていると、今度はアシュリーが口を開く。

「それじゃあそろそろ敵の拠点に乗り込むわよ。ただその前に一つだけ。私もちょっと考えが甘かったようだから、前言撤回(てっかい)しておくわ。

 ハルジオンに着いた時、私『たかがモンスターの群れの討伐(とうばつ)任務ひとつにどう考えても過剰(かじょう)人員だ』って言ってたわよね? でもあの後、町の住人に聞き込みして回って、気づいたことがあるの」

 アシュリーはそこでひと呼吸おくと、道の先をまっすぐ見据えて続けた。

「恐らくどう足掻(あが)いても、今回の作戦は厳しいものになるわ。(いく)ら私たちが実力をつけていても、これだけの戦力で島のモンスターの物量を押し(とど)められるかどうかは正直、微妙なところ。それでもお嬢様が私たちを向かわせるのは、ひとえに私たち一人ひとりを信頼しているからなのよ。

 この戦い、絶対に()めてかかるわけにはいかないわ。私たちが(すき)を見せれば最悪の場合、群れを刺激するだけ刺激して、襲撃の予定を早めさせてしまいかねない。なんとしても今回の作戦で、一体でも多く敵の数を(けず)るわよ」

 

 

 氷の回廊(かいろう)を集団で進むにあたり、アシュリーの光魔法(まほう)で日光を屈折させ、姿を隠しつつ移動することになった。回廊の先端までくると、その度にリリスが先ほどと同様の手順でフェンリルに下知(げち)を送り、彼が放つ冷気のブレスによって足場を延長していく。

 ハルジオンの住人たちにはもう特に用事はないので気にせずとも問題は無いはずなのだが、それでも交易の要所として数多くの人間が集まるこの町で、万が一にも自分たちの正体が露見(ろけん)すると、(いささ)か具合が悪いと判断しての結論だった。

 数分歩いたところで、港の様子が完全に視認できない距離(きょり)まで来たことを確認し、アシュリーは魔力(まりょく)を解除。光魔法と共に自分たちに掛けていた空間魔法も解き、ようやく(はね)の束縛から解放された妖精(ようせい)メイド達が歩きながら思い思いに軽いストレッチをした。

 続いて、もう人目を気にする必要もなくなったということで、妖精組は軽く()い上がり、行軍のペースを上げにかかる。それに伴いバーナとフェンリルは駆け足で、アシュリーは浮遊魔法で自身を浮かせてそれぞれ飛翔(ひしょう)するベルクス達に並走した。

「で、もう結構沖合まで来たと思うんだが、アシュリー様の所感ではどの辺からがモンスター共のテリトリーなんだ?」

 状況が落ち着いたのを見届けてベルクスが口を開くと、やや先を行く紫髪の女性は前方に視線を据えたまま応える。

「そうね……島には一定の距離までなら、近づいても問題ないらしいわ。だから少なくとも、島のシルエットが見えてきた瞬間(しゅんかん)から警戒(けいかい)する必要まではないと思う」

「なるほど。──おいお前ら、ちょっとでも何か異変を感じたらすぐ知らせろよ。いまアシュリー様が言ったのはあくまでも推測の話だ。実際に何が起こるかは、その時にならなきゃわからねぇ。極端な話、鳥を見たとか魚を見たとか何でもいい。とにかく気づいた事はどんどん報告。いいな?」

「「「「「了解!!」」」」」

 ベルクスの言葉に、リリスを除く妖精メイド達が一斉(いっせい)に応えた。

 

 

「シェフ見てぇ。魚がいっぱい()ねてるわぁ」

 行軍開始から一時間ほどが()った(ころ)、最初に声を上げたのはフロウだった。ベルクスが彼女の指差す方向を見ると、確かに小魚の()れが一箇所(かしょ)に集まって水面を激しく波立たせている。

「あのねぇ……さっきベル()ぃが言ってたからって、なにも本当にいちいちそんな報告することないのよ! もっとこう、重要そうなことを言いなさい!」

「重要そうなこと?」

 呑気(のんき)に明るい声を上げたフロウをシアンが叱責(しっせき)するが、フロウは間の抜けた表情で聞き返す。

 そんな中、ベルクスはなぜだか胸騒(むなさわ)ぎがして彼女達の向こう、小魚の群れを見つめた。

 それにしても、なぜあそこだけ小魚が群れているのだろうか。確かにあのサイズなら群れで動くのが自然だが、他にもスペースは山ほどあるのだ。もっと広がって動いてもいいはず……。

 ……いや、そうではない。彼らが密集しているのには何か理由があるはずなのだ。

 シアンは大袈裟(おおげさ)な手振りを(まじ)えてわかり易い説明を試みているが、フロウはほわんほわんと笑っているだけで彼女の話をちゃんと聞いているのか(いな)かよくわからない。

 ベルクスが(なお)も思考を(めぐ)らせていると、やがてひとつの記憶(きおく)に思い至った。そういえば自分は以前にも、どこか別の場所で似たような話を聞いたことがある。

 あれはそう、確かいつかの任務中に漁師の男性と話をした時だ。

 魚の群れがある一箇所に密集している時、考えられる状況はいくつかあるという。

 そこに(えさ)となるプランクトンが多く存在する場合や、繁殖(はんしょく)のために集団お見合いをしている場合。そうでないならば──。

 

 ──自分たちより大きな魚に(おそ)われ、追い込まれて逃げ場を失っている場合。

 

 ベルクスがそのことを思い出すと同時に、群れ付近の水中で一瞬(いっしゅん)、何かがキラリと(かがや)いた。それはそこに(ひそ)む何者かの目だったか、あるいは(うろこ)か。

 ベルクスは総身(そうしん)に寒気が走る感覚を覚え、二人に向かって(さけ)ぶ。

「お前らッッ、全力で上に飛べぇッ! 総員、上空へ退避(たいひ)いいぃぃッ!!」

 シアンとフロウがその指示に泡を食って上空へ飛び上がり、他のメンバーもハッとして急上昇を開始。(ただ)一人、飛行能力をもたないバーナだけは一拍(いっぱく)(おく)れるが、足下の氷を踏み()めると鬼の膂力(りょりょく)でもって真上に跳躍(ちょうやく)した。

 その直後、回廊(かいろう)両側の海面から小魚の群れを空中に()ね飛ばしながら、複数の巨大な黒い影が飛び出してくる。

 黄色い(ひとみ)(するど)(きば)。小型漁船ほどの体躯(たいく)(よろい)のように包む硬質の鱗は、陽光を反射して(にぶ)い輝きを(はな)っていた。

 姿だけ問うならば熱帯に生息する肉食魚に酷似(こくじ)しているが、あんなに馬鹿(ばか)デカい種類がいるなどという話は寡聞(かぶん)にして知らない。

「チィッ。なるほど、小型の魚竜(ぎょりゅう)か……ッ」

 ベルクスは苛立(いらだ)ちも(あらわ)に歯を()き出して(うな)った。

 魚竜。本来ならば太古の昔、この星の海に生息していたとされる、イルカに似た流線形の身体をもつ絶滅(ぜつめつ)動物を指す言葉だが、この場合は全く意味が異なる。

 彼らは主に水中に生息するだけでなく泥土(でいど)や砂漠、雪原といった半流動体が()める地形にも適応しているため、生息域は意外と広い。さらには(えら)などではなく肺で呼吸を行うため、ある程度ならば陸上での活動も可能という、れっきとしたモンスターの部類に属する獰猛(どうもう)な生物である。

 執拗(しつよう)に追い回していた小魚の群れからベルクスたち一行に標的を切り替えたらしい四頭の魚竜は、空中に(おど)り出た勢いもそのままに回廊(コリドー)上空で器用に仲間たちとの交錯(こうさく)を終えると、やがて巨大な水柱(みずばしら)を上げながら着水する。

 幸い魚竜(ぎょりゅう)たちはベルクスたちを(ねら)って()んだばかりにそのまま回廊に()っ込む、ということはなかった。しかし、着水の衝撃(しょうげき)で発生した大波は四方から回廊を押し包むと、ぶ厚い氷のプレートを無慈悲にも粉々に(たた)き割る。

「ちょおッとぉ!? 私、ジャンプしただけだからあとは落ちるしかないんですけどぉ?!」

「バーナさん、手を! 私に(つか)まって下さいッ」

「アイリス、いくら何でもそれは無茶よ! ベル()ぃ早くッ!」

「アシュリー様! 足場直すのに何秒かかる!?」

「──任せて、二秒で終わらせる!」

 そう言うが早いか、鬼の魔術師は頭を下にして落下同然の速度で海面近くまで降下した。魔法書から水色の魔法石(まほうせき)を周囲に複数展開し、魔力を発動。

 ──海に宿る水のエレメントよ、私に力を……!

「ハァッ!!」

 (するど)い気合と共にアシュリーが右腕(みぎうで)をなぎ払うように振ると、彼女の足下を中心に、先ほどに数倍する範囲にまで(またた)く間に氷が拡張、失われた足場を補完した。

 ややもせずバーナが片(ひざ)()いて着地すると、歯を食いしばって相棒の巨体をなんとか支えていたリリスも彼女に続き、フェンリルをその場に降ろして()めていた息を()き出す。

「助かりました、アシュリー様」

「ふぃ〜! フェンリルも大きくなったねぇ!」

 しかし、当のアシュリーは得意がるでもなく真剣な声で続けた。

「二人とも、気を抜かないで。まだ奴らはすぐ近くにいるのよ!? これは急場しのぎでしかない。──リリス、あなたフェンリルに、走りながらブレス()たせたことある?」

 その言葉にリリスもハッとした表情になると、すぐに首を縦に振る。

「わかりました、やらせてみます! フェンリル、いけるよね?」

「ガルルァッ」

 リリスが問いかけると、勇敢(ゆうかん)な白銀の迅狼(じんろう)は気合い充分とばかりにひと声()えた。リリスもそれを見て、満足げに(うなず)く。

「よし。それじゃ、構え(レディ)──Go(ゴー)!」

 リリスが右手を(かか)げるとフェンリルもまっすぐ前方を見据える。そして彼女の合図と同時、牙の隙間(すきま)から白く棚引(たなび)く冷気を()らしながら駆け出した。

 それを見届けたアシュリーは、すかさず上空のベルクス達に指示を飛ばす。

「ここからは、更にペース上げていくわよ! 状況は刻一刻と変化してるけど、これまで通り、何か異変を感じたら報告。島が見えてきたら警戒!」

「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 

 

      3

 

 

 アシュリーが浮遊(ふゆう)魔法(まほう)による高速機動でフェンリルに追いつき、氷魔法でのサポートを始めて数十分後、遂に水平線上に現れた島の影が徐々(じょじょ)に近づいてきた。

 行軍自体は順調に進んでいるものの、問題はまだ別に残っている。

「バーナさぁん! あの魚たち、まだ追ってきてますよぉ!」

 集団の後方でアイリスが半泣きになりながら悲鳴を上げる。

 先ほど出現した魚竜(ぎょりゅう)の一団は、(おどろ)くべき執念(しゅうねん)深さを発揮して水面直下を猛追(もうつい)してきていた。しかも彼らは仲間を呼び寄せて、じわじわとその群れの規模を拡大している。

 もしも彼らが、自分たちの縄張りにバーナ達が立ち入ったことに目くじらを立てているだけなら、追走はとっくに終わっているだろう。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、このまま振り切れる可能性は限りなく低い。

 ──どうやらこの海域の生態系は、サザンカ(とう)のモンスターたちに荒らし()くされてしまっているみたいですね……。

 その時、背後から盛大な水音がしたかと思うや、バーナの体を濃い影が包む。ちらりと振り返ると、再び魚竜の一頭が空高く()ね上がり、(なな)め後方から突撃(とつげき)してきていた。

「──ッ」

 (ねら)いが自分であることを(さと)り、バーナは(つか)()目を見開くが、素早(すばや)く身を(ひるがえ)すと武力(ぶりょく)で造り出した大剣(たいけん)を抜き()ち。刀身側面を(たて)代わりにして受け止めた。

 だが魚竜(ぎょりゅう)の突進による衝撃(しょうげき)が足場の悪さと相まって(くつ)のグリップを(にぶ)らせ、バーナは自分の意思に反して急激に後退させられる。

 ──あなた方に(うら)みはありませんが、家族を害するというなら(だま)ってられないんですよ……ッ。

 バーナは歯を食いしばり、両足が氷にめり込む勢いで制動をかけながら、魚竜の眉間(みけん)に左手を()えた。

「『灼熱の光環(ブレイズベール)』ッ!」

 基本的にこの技は、術者(じゅつしゃ)の全身から熱波を放射する都合上、このような氷の足場の上で安易に発動すれば後に続くメンバーを巻き込む激甚(げきじん)な二次災害を引き起こしかねない。

 しかし、バーナには考えがあった。

 自身の左腕(ひだりうで)全体を一門の火砲(かほう)に見立て、全身から(ほとばし)ろうとするマグマの(ごと)き高熱の武力をその一箇所(かしょ)収斂(しゅうれん)。さらに集めた武力を押し出すイメージで(てのひら)の上に圧縮し、灼熱(しゃくねつ)の波動に()えて()ち出す。

 ──直後、腹の底に(ひび)くようなズドンという重い炸裂音(さくれつおん)が海上に(ひび)き渡り、優に五トンは超えるであろう巨体が冗談(じょうだん)のように(はじ)き飛ばされた。

 あまりの出来事に、(すき)(うかが)っていた他の魚竜(ぎょりゅう)たちはしばし(ひる)んだように動きを止め、ゆっくりと後退していく。

 バーナはその場で静かに残心すると、(まなじり)を決して鼻から大きく息を吐いた。

 あるときは灼熱のマグマを操って、伸縮自在かつ超硬度を(ほこ)る金属から様々な武器(ぶき)を生み出し、またあるときはマグマの高熱をもって(おの)が肉体そのものを苛烈(かれつ)な兵器と化す。

 これこそが、橙鬼館(とうきかん)が誇る鬼のメイド長、バーナ・トールスの武法(ぶほう)『フォージ』の真髄(しんずい)である。

 

 

 ベルクスは、バーナが放った技の威力(いりょく)(わず)かに気圧(けお)され、ほんの一瞬その飛行を止めてしまった。それはベルクスに限ったことではない。予想だにしない方法で魚竜を()き飛ばしたバーナに、その場にいた全員が釘付(くぎづ)けになる。

 それでも、もたもたしてはいられない。魚竜(ぎょりゅう)たちは怯みこそしたが、(すで)に態勢を立て直して反撃(はんげき)の準備を始めている。

 ベルクスは無理やり意識を残りの魚竜に引き戻した。

「アイリス、お前の風で海水を巻き上げられるか?」

「えっ、わ、私ですか?」

 ベルクスが後ろを振り返ると黄緑色のポニーテールの少女は(おどろ)いたように目を丸くする。

「このまま島まで走り抜けても、着いた頃にはこの魚竜(ぎょりゅう)どもと島のモンスターに(はさ)まれる。それまでにはなんとかしてコイツ()を減らしておきたい。なに、難しい事は言わねぇ。この一帯の海面を軽く()ぎ払ってくれりゃいい」

「は、はい、わかりました!」

 アイリスは腰に()いていた太刀(たち)(さや)を払うと、()っ先を下げて下段に構える。ベルクスはその様子を見守りながら周囲に指示を飛ばした。

「リリス、アシュリー様! バックアップ(たの)んだ!」

「ラジャー!」

「頼まれたわ」

 確かに、彼女の魔力コントロールには(つたな)い部分が多く残る。ミスを許されないこの状況下で、いち作戦の主軸を任せるというのは、兵法の観点からみれば悪手なのかもしれない。

 だが、そうだからこそ、ベルクスは(むし)ろそこに攻略の糸口(いとぐち)を見出していた。この一手が仮に上手く決まれば、島に突入するまで水棲(すいせい)型のモンスターを一挙に足止め出来るかもしれない。

 と、そうこうする内に、アシュリーの準備が整ったらしい。未だ精神統一を続けるアイリスに向けて魔力を発動する。

「──攻撃力(こうげきりょく)()()、『イルアームズ』付加(エンチャント)

「…………。……──は?」

 事態の流れを静観していたベルクスはアシュリーが口にした思わぬ技名に耳を疑った。対するアシュリーは、なに食わぬ顔で見返してくる。

「どうしたの、ベル? 何か失敗だったかしら?」

「いや、そうじゃねぇけど……アンタ、さすがにそれはちょっとやり過ぎじゃ……」

「きっと大丈夫よ。せっかくのアイリスの見せ場なんだもの。どうせならステージは豪勢(ごうせい)に彩ってあげたいじゃない?」

 この気まぐれ魔術師は、不安定な土台に余分な骨組みを差し込む所業のなにを(もっ)て彩りだなどと言いたいのだろうか。

 ベルクスは頭を(かか)えたくなったが、発動してしまったものはもうどうしようもない。ベルクスの苦悩などお構いなしに、作戦は着々と進行していく。

「では、いきます! えーい!! ──わわッ、あわわわわッ!?」

 アイリスは威勢よく太刀を振り上げて魔力を発動するが、直後にその華奢(きゃしゃ)な両(うで)を振り回して身体全体で動揺(どうよう)を表現した。

 それもそのはず。先ほど発動された支援魔法の効果は『攻撃力の倍加状態を対象に付与する』というものである。

 つまりアイリスが例によって魔力の加減を間違えた場合、単純な威力(いりょく)が二倍になるのは勿論(もちろん)のこと、彼女が想定していた威力との落差分まで二倍になった状態で効果が表れることになってしまうのだ。

 果たして、アイリスは見事に力加減を誤っていた。

 足下から伝わる不穏な震動と共に、何かが海底からせり上がってくるような気配。ベルクスはアシュリーに非難がましい視線を向けるが、彼女はただ肩を(すく)めてみせただけだった。

 次の瞬間(しゅんかん)先刻(せんこく)の魚竜たちが上げたものをはるかに上回る規模の水柱(みずばしら)が、海面に幾本(いくほん)も突き立つ。いや、その表現は正鵠(せいこく)を射たものではない。

 アイリスが暴発同然に(はな)ち、アシュリーにその威力を倍加された竜巻(たつまき)の魔法が、それぞれの発生地点周辺の海水を魚竜ごと巻き込んで上空に打ち上げたのだ。

 ベルクスはその光景を途方に暮れて見上げながら、もう半ばヤケを起こしつつ叫ぶ。

「リリス、いまだやれッ!」

 指示を受ける前から予備動作に入っていたリリスは、想定外の惨状(さんじょう)の中でも至って冷静に、明るく振る()うことができた。

換装(かんそう)自動射手(オートマチック・アーチャー)

 リリスが手甲(ガントレット)と一体化したロングボウを呼び出して両腕に装備するとともに、その弓幹(ゆがら)の上に複数の矢が出現する。そのまま両翼(りょうよく)を広げるとリリスはそれらを一斉(いっせい)()ち上げた。

 (はな)たれた矢がアイリスの巻き上げた海水に()き立つと、(かん)(はつ)()れず叫ぶ。

「『落雷の矢(ライトニング・アロー)』!」

 次の瞬間(しゅんかん)(やじり)(まばゆ)い光をともなって放電した。網目(あみめ)のように(ほとばし)る幾本もの稲妻が互いに絡み合いながら、水飛沫(しぶき)の中を縦横(じゅうおう)無尽(むじん)に駆け抜ける。

 巻き上げられた海水が落下するのに従って、周囲の海全体にまで雷撃(らいげき)が及んだのを確認し、リリスは再び声を張り上げた。

「総員、全速前進! いまの内に、島まで一気に()っ込むよ!!」

 妖精(ようせい)メイド達は雄叫(おたけ)びを上げると、一斉に全速力で飛翔(ひしょう)を再開する。

 リリスもその場でネコのごとく身を丸めると、フェンリルとともに爆速(ばくそく)で飛び出した。直後に背中の(はね)(ふる)わせてダメ押しの加速。

 集団最前列を飛ぶベルクスにひと息で追いつくと、そのまま全員でラスト数百メートルを猛然(もうぜん)(はし)る。

 (ほど)なくして、いままで沈黙(ちんもく)を守っていたルミネアが後方で叫んだ。

「島の上空に敵影(てきえい)を感知! およそ三十体、まっすぐ突っ込んできます! このままでは衝突(しょうとつ)します!!」

 その(しら)せに、リリスはベルクスとアイコンタクト。揃って翅を一度強振すると、集団の(はる)か前方へと(おど)り出る。

 回廊(かいろう)に降り立ったベルクスと背中合わせになって(くつ)のかかとで急制動をかけると、水色の髪の少年が背中の片手剣(かたてけん)(つか)に手をかけつつ、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべて口を開いた。

「だったらその前に(おれ)たちで──」

「──一体残らず()ち落とす、だよね!」

 後を引き取ったリリスも不敵に笑うと、両腕(りょううで)に『自動射手(オートマチック・アーチャー)』を再び呼び出す。

 対する敵モンスターの群れは、みな一様に爬虫類(はちゅうるい)の細長い鼻梁(びりょう)をもっていた。前肢(まえあし)は骨格が進化して(つばさ)状になっており、その体躯(たいく)はリリス達の数倍もある。

 飛竜(ひりゅう)。その名の通り、翼状に発達した前肢で自在に空を飛び回り、見つけた獲物(えもの)を群れで襲撃(しゅうげき)する凶暴(きょうぼう)なハンターだ。

 群れをなして来襲した飛竜たちは、こちらの姿を認めると雄叫びを上げて()っ込んできた。

 ベルクスが抜いた剣を後ろに引くと、その刀身を水流が包む。同時に、リリスも両腕のロングボウに複数の矢を(つが)えて構えた。

「『流水閃(ストリーム・エッジ)』ッ」

「『煙幕の矢(スモーク・アロー)』!」

 突き込まれた刀身を包んでいた水流が刃状に長く伸び、変幻自在な軌道を描きながら飛竜の群れに殺到する。それに対しリリスが左の弓で(はな)った矢は真っ黒い煙の尾を引いて飛び、空中で爆発(ばくはつ)。煙幕を張って相手の半数の視界を奪った。

 煙幕から逃れた飛竜たちが、水の刃に腹を裂かれ、翼を貫かれ、首を()かれて次々と墜落(ついらく)していく異様な光景の中、リリスは今度は右の弓に番えた特殊な火矢を繰り出す。

「『火焔の矢(フレイム・アロー)』──()っ飛べッ!」

 燃え盛る(やじり)をもった火矢は、先刻(せんこく)の煙幕に突き立つと、引火。粉塵(ふんじん)爆発を引き起こし、火焔(かえん)の華となって敵集団を瞬時(しゅんじ)に押し包んだ。

 それらの攻撃(こうげき)()え切った個体がいないのを確認して(となり)のベルクスをちらりと見やると、水妖精(ウンディーネ)の少年も(うなず)きを一つ返す。

 リリスは振り返り、右手の指を(くちびる)に当てて音高く口笛を吹き鳴らした。すぐに妖精(ようせい)メイド達を抜き去って白銀の巨体をもつ相棒が駆けてくる。

 その速度を落とさせることなく、リリスが彼の背に飛び乗ると、フェンリルは迅狼(じんろう)の二つ名に()じない超加速で前方を疾駆。ややもせず、サザンカ(とう)の入口がぐんぐん近づいてきた。

 見ると、島の入口にはご大層にも門が設けられており、その両脇には長柄斧(ポールアックス)(たずさ)えた重武装モンスターが二体(ひか)えている。

 頭と胴体の大部分を金属(よろい)でがっちり固めているため顔までは確認できないが、バイザーの上部に空いた穴から赤色の細長いケモノ耳が(のぞ)いていた。

 イヌ科の動物の頭部にヒト型の身体をもった獣頭(じゅうとう)人身の亜人型(デミヒューマン)──コボルドだ。

 門番を務めるコボルド兵たちは急接近するフェンリルを認めるや、通すまいと長大な(おの)を交差させて迎え()つ。しかしリリスはその行動など意に介さず、(あし)でフェンリルの身体を(かか)え込むと、迷わず彼らに向けて両腕の弓を引いた。

「『疾風の矢(ウインド・アロー)』!」

 風をまとって(はな)たれた二本の矢は、一直線に高速で宙を()けると、(ねら)(あやま)たずコボルド兵に吸い込まれていく。リリスは着弾すら待たず、正面の門に向けて更にもう一本、火矢を発射。

 金属鎧の隙間(すきま)からわずかに(のぞ)喉元(のどもと)を風をまとった矢が貫いたのと、門の中央を射抜(いぬ)いた火矢が火柱を噴き上げて門柱ごと炎上させたのは同時だった。

 コボルド兵たちは突如(とつじょ)発生した爆発衝撃波(しょうげきは)に押されたようによろめき、門に足を向けるかたちで左右にどうと崩れ落ちる。

 フェンリルが急制動をかけて立ち止まったところで、ベルクスが後方から追いついてきた。

 聡明(そうめい)同僚(どうりょう)剣士(けんし)は目の前に広がる光景から瞬時に状況を把握(はあく)すると、燃え落ちる門に向けて(かか)げた剣を振り降ろした。

「これより任務開始! サザンカ島を占拠するモンスターを排除する!! 総員、突撃(とつげき)ッ!!」

 フィオーレ王国南部の港町・ハルジオン。

 そこから南におよそ五十キロの海上に浮かぶ島・サザンカ(とう)で、橙鬼館(とうきかん)メンバーと島のモンスターたちとの決戦の幕が、遂に切って落とされた。




明けましてメリーバレイトデー!
というわけで読者の皆さん、改めまして、お久しぶりです。
前回第14話の後書きで『次回は新年の挨拶(あいさつ)から始めることになるだろう』などと調子に乗っていた水天(みそら) 道中(どうちゅう)です。
申し訳ありません。確かに年は(また)いでしまったんですが、自分の想定とニュアンスが逆でした。新作の執筆に時間が掛かり過ぎてしまい、新年の挨拶どころかバレンタインにさえ間に合わせられませんでした。
()びにたったいま、前回投稿時にまだ迎えていなかったクリスマスを始め、新年とバレンタインとホワイトデーのご挨拶をひと息に済まさせて頂きました。

ここからは少し真面目に。
今回の投稿が遅くなったのには、挙げられる原因が大きくひとつあります。
それは、自分が患っている身体障害の治療のために、二週間ほどの入院期間とそこからのリハビリの時間を頂いていた事。ちなみに現在はほぼ普段通りの生活に戻れてはいますが、まだ日常的な動作の中でリハビリを続けている状況です。
実をいうと自分は生まれてすぐから何度も入院・手術を経験しており、その度にこういった『何も手につかない状況』に陥ってきました。

勿論、自分の投稿が不定期になる原因はこれだけに留まりません。なんだかモチベーションが上がりにくいとか、構想をまとめ切れないとか、場合によって様々です。
しかし今回については、遅くともバレンタイン辺りには投稿したいと思っていたところに入院の予定が被ってしまい、リハビリや検査の為の通院などによっていままで掛かってしまったということをご理解頂けると幸いです。
他の理由についても、また説明すべき機会が訪れた際にお話ししていけたらと考えています。

さて、それではそろそろ本題に移りましょう。
当初の予定では今回で幕間(まくあい)増量企画を早々に切り上げ、いい加減本編のストーリーを再開させたいと考えておりました。しかし今回のお話を考える内にどんどんプロットが膨れ上がり、気づけば過去最長記録をまたもや更新する事態にまでなってしまっていました。
余りの計画性の無さに我ながら(あき)れが礼にくる思いですが、こうなったらもう書けるだけ書いてやろうということで、次回こそこのストーリーに区切りをつける方向性で頑張っていこうと思っています。

ちなみに今回名前が判明した戦いの舞台・サザンカ島。そこに巣食うモンスター達の設定は、SAOやモンスターハンター、果てはハリー・ポッターなど、様々な作品から着想を得て制作しました。いずれまた幕間増量企画が終わった辺りで、新たな『人外の種族関連情報』としてまとめていく予定です。

今回の後書きも長々と、それに真面目な話をいきなり書き連ねて読者の皆さんを面食らわせてしまったことかと思いますが、申し訳ありません。
これまで余り自分自身のことは語ってきませんでしたが、そろそろ自分の執筆環境についても理解を求めていくべきだろうと判断した次第です。

それでわ、しーゆーあげいん!


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第16話 (まも)り手なる医神(いしん)(つるぎ)

大変長らくお待たせ致しました。サブキャラクター達が活躍する『幕間(まくあい)』パート。前回第15話の後書きで宣言した通り、今回でついに幕引きとなります。

それでは、いよいよ激化していくサザンカ(とう)のモンスター討伐(とうばつ)戦、スタートです!!




「これより任務開始! サザンカ(とう)を占拠するモンスターを排除する!! 総員、突撃(とつげき)ッ!!」

 リリスの火矢(ひや)により燃え落ちる門に向けて、ベルクスが(かか)げた剣を振り下ろす。

 それを合図に、妖精(ようせい)メイド達は盛大な(とき)の声を上げながら島へと雪崩(なだ)れ込んだ。

 島の内部は、途轍(とてつ)もなく巨大なドーム状の空間だった。アシュリーが空間魔法(まほう)でつくり出す闘技場を思い出すが、優にあの数倍を超える面積があるだろう。

 足下には湿って(こけ)むした岩が隙間なく()き詰められている。岩は外周部分で高く積み上げられ、石垣(いしがき)を形成しながら壁面へと連なる。しかし、壁は単純に石垣を延長したものではなかった。その所々に大きな穴が空いており、通路となってその奥へと続く。

 恐らく、この島のモンスター達の手で築かれたものだろう。ここに至るまでの彼らの動きから、その連携能力や、個々の知能の高さには薄々(うすうす)気づいていたが、ここまでとは。

 そして、遠すぎて一見わかりにくいが、奥の方には金貨や装飾品、武器(ぶき)や防具に至るまでが莫大(ばくだい)な規模でうずたかく積み重なっていた。その光景は、島のモンスター達がこれまでに幾度(いくど)となく働いた蛮行の(すさ)まじさを如実(にょじつ)に物語っている。

 その時、左右の壁の高い所に(いく)つも空いた穴から、金属(よろい)に身を固めた体格も形態も様々なモンスターがぞろぞろと飛び出してきた。全員で武器を構え直し、すかさず走り込む。

 

 

      1

 

 

 まず先陣を切ったのはフェンリルだった。その後ろを追うのは水の三妖精(ようせい)ことレイン、シアン、フロウ。そこにアイリスを加えた四人で散開し、敵集団に向けて()っ込んでいく。

 更にその後ろにベルクスとバーナが続き、討伐(とうばつ)隊の最後方、島の入口付近には、中・遠距離攻撃(こうげき)を主体とするリリス、ルミネア、そしてアシュリーが陣取っていた。

 直後に両陣営の最前列が、真っ向から激突(げきとつ)。派手な金属音と共に空中にいくつもの火花を散らす。

 敵集団直中(ちょくちゅう)に飛び込んだ剣歯狼(フェンリル)巨躯(きょく)は、跳ね回りながら敵の密集陣形に砲撃(ほうげき)よろしく大穴を次々穿(うが)っていく。

 猫妖精(リリス)飼い慣ら(テイム)された使い魔でありながら、主人の指示ひとつ無く効率的に敵陣を破壊するその姿は、モンスターにとって脅威(きょうい)以外の何ものでもない。

 と、こちらにも前列の(わき)を抜けた数体のモンスターが向かってきた。

 バーナを目指して突進してくるのはヒト型の(たくま)しい巨体に牛の頭をもった獣人(じゅうじん)型モンスター、トーラス。対してベルクスに向かってきたモンスターはトカゲの頭と尻尾(しっぽ)をもっていた。

 ベルクスはリザードマンが振りかざす片刃曲刀(シミター)を、正面から(むか)()つ。

 鍔迫(つばぜ)り合い、トカゲ男の突進を押さえ込みながら、片頬(かたほお)()り上げて口を開いた。

「せいぜいが突進しかできねぇ雑兵(ぞうひょう)クラスの割には、なかなか良い剣筋(けんすじ)してんじゃねぇか。だが──」

 そこで視線を相手のシミターの刀身に落とす。

得物(えもの)がその程度のスペックなんじゃあ、いただく気も起きねぇなぁ!」

 叫ぶと同時に押し返すと、再び振りかぶられたシミターに自分の剣を合わせる。斬撃(ざんげき)がヒットした瞬間、その刀身が耳をつんざくような金属音を()き散らして中ほどから折れ飛んだ。

 驚愕(きょうがく)の声をあげるトカゲ男が防御(ぼうぎょ)に掲げた円盾(バックラー)()り飛ばすと、(かん)(はつ)()れず袈裟懸(けさが)けにしながら次の標的を探す。

 そこではっとして上空を(あお)ぎ見るや、ベルクスは(はね)を一度大きく(ふる)わせて飛び上がった。頭上を越えんとしていた飛竜(ひりゅう)たちに(ねら)いを定め、魔力(まりょく)を発動。

「『流水閃(ストリーム・エッジ)』ッ」

 ベルクスの剣を包んだ水流が刃状に長く伸び、真上を飛ぶ飛竜の腹を深く(えぐ)る。そのまま空中で体を(ひね)ると、羽虫や怪鳥(けちょう)のようなモンスターからなる飛行部隊をまとめて(たた)()とした。

 ベルクスは翅を広げて制動をかけ、素早(すばや)く眼下に視線を走らせる。

 そこは魔法(まほう)炸裂(さくれつ)音や銃声、剣戟(けんげき)音が混ざり合い奏でる戦場音楽。その合間に(いく)つもの叫声(きょうせい)が飛び()い、敵も味方も混交した乱戦になっていた。

 バーナは倒した牛男(トーラス)から戦槌(ハンマー)を奪うと、造り出した大剣(たいけん)と共に振り回し、手近なモンスターを次々と()ぎ倒す。

 数匹のモンスターが一度に飛び掛かっていくと、彼女は持っていた武器を投げつけ、体勢を(くず)したところに左右の拳銃(けんじゅう)の引き金を引きまくった。

 レインはアイリスと背中合わせになって死角を殺し、細剣(レイピア)で堅実にダメージを与えている。だが手数で押し切るには敵の数が多過ぎた。加えて重武装のコボルドにはなかなか致命打を与えられず囲まれてしまうが、そこに突如(とつじょ)重い斬撃(ざんげき)が走り、ハッとする。

 一撃(いちげき)で実に三体もの獣人(じゅうじん)()り伏せたのは、身の(たけ)ほどもある薙刀(なぎなた)(たずさ)えたフロウだった。彼女は仲間を包囲網から救い出す間も、相変わらずほわんほわんと笑っていた。

 そうこうする間にも、ルミネアとアシュリー、リリスが(はな)った光弾(こうだん)火球(かきゅう)、無数の矢が大きく孤を描きながら敵集団頭上に雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。

 その隙間(すきま)を縫って、フェンリルが氷の両刃洋刀(サーベル)と化した牙にモンスターを引っ掛け投げ飛ばし、シアンが両手に携えた短剣(ダガー)()りつけつつ戦場を()け抜けた。

 刻々と変転する戦局の確認を数秒の内に完了すると、ベルクスは(はね)(たた)んで落下の軌道に入る。

 ──やはり雑魚(ざこ)をある程度(けず)らなきゃ、魔法(まほう)道具を扱う(やつ)らは出て()さえしねぇか……。

 円運動をかけつつ翅を一度打ち鳴らし、水をまとった刀身をひと()ぎ。落下点付近にいた一団を吹き飛ばしながら石畳(いしだたみ)に降り立つと、愛剣(あいけん)を肩に(かつ)いで腹から声を出す。

「もっと(つえ)ぇ奴いるんだろ? どんどん出てこい! テメェら下っ()が何十体()こうが、討伐隊(オレたち)の肩慣らしにしかならねぇぞ!!」

 

 

 ベルクス達が激闘に身を投じた、その少し前──。

 スミレ(やま)の外周部分に点在する、簡易訓練場。そのひとつの中央で、白狼(はくろう)天狗(てんぐ)のメープルは腰を落とし、目を伏せて音無しの構えをとっていた。

 周囲の木々にはメープルを取り囲むように複数の的が取り付けられている。

 そこでカッと(ひとみ)を見開き、右腕(みぎうで)(ひらめ)かせた。

 視界に標的を捉えるや(いな)斬撃(ざんげき)(はな)ち、的──木製の円盤を次々に両断していく。

 続いて高く跳躍(ちょうやく)すると動作を加速。空中からひと息に放たれた無数の斬撃や刺突(しとつ)は、針に糸を通すが(ごと)き精密さで枝葉の間をすり抜け、やや離れた位置にある的をも破壊した。

 的が最後の一枚になると、メープルは曲刀を大きく振りかぶり、決めの一撃(いちげき)

 宙を舞う木の葉を巻き込み粉砕しながら飛んだ斬撃は──しかし、わずかに(ねら)いが外れ高木に着弾。的の数十センチ上を(なな)めに切断し、重い震動(しんどう)音と共に倒壊させる。

 メープルが着地して呼吸を整えていると、頭上から拍手が降ってきた。

「お〜、相変わらず、目の覚めるような剣さばきですねぇ。ブラボー、ブラボー」

 うんざりしつつ空を振り(あお)ぐと、案の(じょう)というべきか女性が一人、黒い(つばさ)を羽ばたかせて舞い降りてくるところだった。

「ただ、最後の一撃は惜しかったですね。繰り出す瞬間(しゅんかん)(いささ)かの迷いが見てとれました。ドンマイです」

 地面に降り立ち、苦笑と共に親指を立てる(からす)天狗の女性を横目で見返し、メープルはひとつ嘆息(たんそく)する。

稽古(けいこ)をただ見られる分には問題ありませんが、そうやって頭の上を飛び回られると気が散るんですよ」

「あやや、それは失礼しました。まさかあの距離でも邪魔(じゃま)になってしまうとは。ジャーナリスト疾風丸(はやてまる)(あや)、一生の不覚……ッ」

 大袈裟(おおげさ)な物言いからは少しも誠実さが感じられないが、こうみえて文は自分の仕事に確固たる信念と(ほこ)りをもって活動しているので、彼女なりに反省してくれてはいるのだろう。

「わかってもらえたのならいいんですよ。とはいえ、そんな近くに居られても気恥(きは)ずかしいので、冷やかしにきたならいますぐ帰って下さいね」

「やっぱりまだ機嫌(きげん)損ねてるじゃないですかヤダー」

「…………」

 あくまで巫山戯(ふざけ)た態度をとり続ける文を半眼(はんがん)で眺めていると、彼女は得意げな顔で指を一本立てた。

「ずっと刀を振り続けていたら(つか)れるでしょう。肩を()みますから後ろ向いて下さい」

(あや)さんに背中見せると尻尾触られるので嫌です」

「…………」

「……はぁ。何か用事があるんじゃないんですか? 稽古を再開したいので、あるなら早くして下さい」

 メープルは肩を落とすが、文はこちらの様子など気にも()めず、興奮気味(ぎみ)にまくし立てる。

「よくぞ聞いてくれましたねメープル! えぇ用事ならありますとも。頑張(がんば)り屋の部下(メープル)(ねぎら)った後、許可をとったうえでそのモフモフの尻尾を触らせてもらうという素晴らしい重要な用事(ギブアンドテイク)が──あああごめんなさい冗談(じょうだん)! 冗談ですから! 真面目(まじめ)な話もちゃんとありますから待って帰らないでッ」

 話を半分も聞き終わらない内に彼女の(わき)をすり抜けて歩き出すと、目を伏せて熱弁を振るっていた(からす)天狗の女性がすぐに追いすがってきた。

「もう付き合い切れないので、別の場所で仕切り直すだけですよ。というかいま『真面目な話()』って言いましたねッ!? やっぱり、最初から私の尻尾目当てじゃないですか! (あや)さんにはわからないでしょうけど、コレいきなり触られるとすっごくヘンな感じがするんですからねッ? 絶対触らせませんよ!?」

 メープルは両肩を掴む(うで)を振りほどいて距離をとりつつ身構えるが、そこで文が、おもむろに立てた指をチッチッと振り、()らした胸に片手を置く。

「ふふーん。甘い、甘いですよメープル。そんなことで私のしつこい追跡から逃れられるとでも?

 この山にある簡易訓練場の位置情報は当然、すべて()さえてありますし、なんならメープルが好んで利用する場所や時間帯、そのサイクルもきっちり調べ上げてあります。いま逃げたところで、またすぐに見つけ出せると断言しましょう。

 この私の記者(だましい)に火をつけて張り合おうとしたのが運の()きでしたねぇ」

「別に張り合ってるつもり無いですし、文さんが独りで勝手に燃え上がってるだけじゃないですかッ。そして他天狗(ヒト)のプライベート(あば)いてる事を当事者に向かって堂々と暴露(ばくろ)しておいて、どうしてこんなに(ほこ)らしげなんですかねこのパパラッチ。あと『しつこい』って自覚はあるのか」

 独り言に近いかたちで立て続けに悪態をついたその時、不意に頭のどこかがチクリと(うず)いた。

 目の前でにやにやと笑う文の容姿に重なる市松(いちまつ)模様のスカートにツインテールの影。同時に、脳裏(のうり)一瞬(いっしゅん)よぎる、場違いな『望郷』の二文字。

 メープルはいま、なにか大切なことに気づきかけたような気がしたが、しかしその思考は明確なかたちを成す前に霧散(むさん)してしまう。

 (あや)はこちらの胸中など知る(よし)もなく、メープルの散々な罵倒(ばとう)にも何故(なぜ)だかくすぐったそうに笑った。

「いやぁ、やはり取材というのはしつこくないとやってられませんからね。時に(だれ)かの(うら)みを買おうとも、スクープを求めてどこまでも、しぶとくターゲットに食い下がっていきますよッ」

「一応言いますけど、()めてないどころか全力で(けな)してますからね?」

「はい。私にとってはメープルに言われた点も含めて貴重な褒め言葉です」

「清々しいまでの開き直り(ポジティブシンキング)

「まぁまぁ、つまらない茶番はこのくらいにして……そろそろ本題に入らせて下さいよ」

「その『つまらない茶番』引き()ばしてるの、文さんなんですよね、どう考えても」

 (あき)れ返りながらそう(こた)えるが、鴉天狗(からすてんぐ)の女性の笑みは少しも(くも)らない。

「それで、今回ここを訪ねたのはですね、遠征に行った皆さんのことで意見を聞きたかったからなんですよ。メープルからみて、どう思います?」

 ペンとメモを取り出しつつ発せられた問いに、メープルは(あご)に手を当て考え込む。

「そうですね……。まぁ、鬼の皆さんも半数は同行してますし、よほどのことが無ければ苦戦なんかしないんじゃないですか?」

 率直な意見を述べると、(あや)はなにごとかメモに取りながら相槌(あいづち)を打った。

「ふむふむ。つまり、メープルが稽古(けいこ)(はげ)んでいるのも、気持ちを落ち着けるためではないと」

「特にベルクスさん達のことが気がかりってわけじゃないです。ただ、剣術(けんじゅつ)の稽古はもう習慣になってるので、そういう意味では気持ちを落ち着けてることになりますね」

「なるほど」

 そこでふと文が顔を上げて、森の向こう、ベルクスたち討伐(とうばつ)隊が向かった方角を見やる。

「よほどのことが、無ければいいんですがねぇ……」

 何やら意味深なことを(つぶや)く上司を横目で見ながら、メープルは彼女に悟られないように鼻からひとつ息を()いた。

 ──普段からこうして落ち着いた調子でいてくれれば、こちらも真面目(まじめ)に対応しようと思えるし、今より少しは取材も(はかど)ると思うんだけどなぁ……。

 

 

      2

 

 

 リリスは『自動射手(オートマチック・アーチャー)』での援護射撃に徹しながら、眼前(がんぜん)に広がる光景に奇妙な違和感を覚えていた。

 現在の戦況は討伐(とうばつ)隊の優勢。先ほどから魔法(まほう)攻撃(こうげき)をする個体もちらほらと現れ始めたが、数で勝る彼らに(みな)一歩も引かず、安定した戦闘(せんとう)を続けている。

 ──(いな)

 安定した、という状況自体がそもそも不自然だ。

 リリスたちが島に突入してから、すでに体感で五分以上が経過している。それなのに戦況が突入直後からほとんど推移していない。

 その時、バーナに背後から忍び寄るリザードマンを見つけ、半ば自動的に弓を引く。

「シッ」

 風をまとった矢は(ねら)(あやま)たず、トカゲ男のガラ空きの背中に命中した。しかし、標的が崩れ落ちる瞬間(しゅんかん)、リリスは驚愕(きょうがく)に目を見開く。

 たったいま倒れたリザードマン。その手に(にぎ)られた、刃折れの片刃曲刀(シミター)

 間違いない。あれは突入直後にベルクスが()り伏せていた個体だ。

 モンスターの数がまるで減っていない。いや、正確には敵の傷が致命傷を残して回復している。

 どういうことだかまったく理解が追いつかないが、これが戦況の進展を(さまた)げているカラクリのひとつだと悟った。

 不意に背筋に悪寒(おかん)が走り、リリスは(かん)任せに大きく跳躍(ちょうやく)。同時に、たったいまリリスの居た位置に、背後から飛来した物体が突き立ち(はじ)ける。

 その形が崩れる寸前にリリスの目が捉えた飛来物の正体は、(モリ)(かたど)る水の(かたまり)だった。

 ──足止めしてた奴らが立ち直ったか!!

 歯噛(はが)みする間にもリリスは空中で身体を(ひね)り、弓の上に呼び出した矢を射出。二撃目の予備動作に入っていた敵の眉間(みけん)()ち抜き、(すみ)やかに沈黙(ちんもく)させる。

「背後から奇襲を受けてる! 後方支援は中止、海上の敵に警戒(けいかい)!」

 着地と共に飛ばした指示に、アシュリーとルミネアがハッとして振り返った。それと同時に海中から(いく)つものシルエットが浮上する。

 水面から顔を出したのは、()せ細った青白い(はだ)の人間のようなモンスターだった。ニヤニヤと笑う口には(するど)い歯がズラリと並び、(ひとみ)爛々(らんらん)(かがや)かせて銛を振りかざす(うで)には(うろこ)が見える。

「アシュリー様、あれは!?」

水棲人(マーピープル)。海に暮らす人魚の一種よ。また厄介(やっかい)なのが出てきたわね……」

 (となり)に立つ鬼の魔術師(まじゅつし)は、牽制(けんせい)に数個の火球(かきゅう)を飛ばしつつ、視線を敵に据えたまま続ける。

「ここは私とルミネアで()たせるわ。リリス、あなたはベルに伝令を。敵が次々と回復してるのはあなたも気づいたでしょ? このまま何も手を打たず戦っても(らち)が明かない。あなたが(みんな)に情報を届けるのよ」

 振り返ると、ルミネアも薄く開いた(ひとみ)に決意を込めてひとつ(うなず)く。

「後ろは私たちにお任せを。一体残らず確実に仕留(しと)めます」

「……それじゃあ、あとは任せたよ」

 

 

 次々と飛び掛かってくるモンスターを迎撃(げいげき)していたベルクスは、その奥から出現した魔法(まほう)攻撃(こうげき)部隊の列を認め、焼け付くような破壊衝動(しょうどう)がこみ上げてくるのを感じていた。

 剣を強振して近くのモンスターを軽くあしらうと、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべて走り込む。

 コボルドたちが魔水晶(ラクリマ)のついた(つえ)から放つ魔法(だん)を刀身側面で受け流しながら、空いた左(てのひら)から水圧弾を(はな)って応戦。

 半分ほど間合いを詰めたところで制動をかけつつ(こし)を落とすと、そのまま剣を引き(しぼ)魔力(まりょく)を発動する。 

「『水蛇突咬(ファングスラスト)』ッ!」

 ()き込んだ剣の()っ先から(ほとばし)る水流が、巨大な蛇を(かたど)りながら敵陣に殺到(さっとう)。体を左右にくねらせる水蛇(すいじゃ)が弾幕を押し返し、敵の後方支援部隊をまとめて高々と吹き飛ばした。

 いいぞ、とベルクスは内心ほくそ笑む。

 ここまで、脅威となるほどの飛び道具をもつ個体は確認していない。レンカが口にした、魔法効果をもつ特殊な装備とやらのことが当初から引っかかっていたが、それも近接武器(ぶき)に限った話であれば(くみ)しやすい。このまま壊乱に至ればしめたものだ。

 その時、すぐそばに倒れていたトーラスが突如(とつじょ)跳ね起き、ベルクスの体を濃い影が(おお)う。

 見ると牛男が戦槌(ハンマー)を振り上げるところだった。ベルクスの頭上で一瞬(いっしゅん)静止したハンマーの打撃面が、黄色いスパークを幾重(いくえ)にも帯びる。

 ──魔法(まほう)道具ッ? いや、それにコイツはさっき、倒したハズじゃ……ッ?

 引き戻した剣を(かか)げて防御(ぼうぎょ)姿勢をとったところで、痛恨の表情を浮かべた。駄目だ、まともにガードして受け切れる質量ではない。加えて、付加された属性は雷。打撃を防いでも電撃(でんげき)()けられないし、なにより水妖精(ウンディーネ)の自分では相性が悪すぎる。

 直撃であることを脊髄(せきずい)(さと)り、歯を食いしばった。

「──ハアアァッ!」

 あわやという瞬間、ネコ科の肉食獣めいた猛撃(もうげき)弾丸(だんがん)の速度でトーラスの脇腹(わきばら)に深々と突き刺さる。

 闖入者(ちんにゅうしゃ)はモンスターの苦悶(くもん)の悲鳴も意に介さず握り込んだ(クロー)で腹を鉤裂(かぎざ)きにするや、こめかみに向けゼロ距離から弓を引く。

 果たしてベルクスを救ったのは、リリスだった。

「ベルくん、大丈夫ッ?」

「お、おう。──ッ、つぅかお前、後方支援は──」

「あとの二人に任せてきた。それよりも、大変なことになってるんだよッ」

 切迫(せっぱく)した表情のリリスは、そこでひと呼吸おいて、続ける。

水棲(すいせい)型の奴らがもち直した。後ろの二人はその相手で手一杯(いっぱい)になってる! それに、この島のモンスターたち、完全に仕留めなきゃ、どんな傷でも回復できるみたいなんだ!!」

「なんだと!? どうりで数がいつまでも減らねぇわけだ。おかしいとは思ったぜ!」

 周囲の叫声(きょうせい)に負けじと絶叫で会話。

 ベルクスは一旦(いったん)感情を(しず)めると、脳内で状況を整理する。

 無策の戦闘(せんとう)続行はこちらのジリ貧を招きかねない。かといって、この乱戦のなか的確に指示を飛ばすのは至難。さらに、敵の個々の知能を類推すると、ここで声を張り上げれば、言葉で解さずとも意図を悟られる可能性がある。

 ベルクスは瞑目(めいもく)して一度深呼吸すると、(そろ)えた右手の人差し指と中指をこめかみに当て、思念(しねん)伝達(でんたつ)魔法の一種『念話(ねんわ)』の構えを取った。

『全員よく聞け! 敵は未知の力によって、致命傷を与えない限り何度でも復活する。総員、モンスターは確実に仕留(しと)めろ! 繰り返す。モンスターを倒す時は躊躇(ためら)わず、確実に仕留めろ!』

 (うで)を降ろして意識を戦闘に戻しかけるが、すぐに頭の中に少女の声が(ひび)く。

『ベルクスさん、アレッ。島の入口を見て下さい!』

 ルミネアの叫びに振り返り、彼女の指さす方向に目を()らすと、(はる)か海上の青空の中に島から遠ざかっていく複数の影が小さく確認できた。

「別動隊? ……やられた、そういうことか……ッ」

 そもそも、この島のモンスターの最終目的はスミレ(やま)の襲撃だ。ベルクスたちが如何(いか)にここで敵を押さえ込んでも早晩(そうばん)こうなることは飛行型モンスターがいる時点で考慮すべきだったのだ。

 二正面作戦とはやってくれるじゃねぇか……ッ。

『そっちの状況は(つか)んだ。けど、いまは目の前の敵に集中しろ。山に向かった奴らは、きっとお(じょう)様たちがなんとかしてくれるハズだ』

『了解です!』

 ルミネアとの念話を終えると、今度は別の女性の声が後を引き取るように滑り込んでくる。

『ベル、ちょっといいかしら?』

『あん? アシュリー様か、どうした?』

『島に入った時から気になっていたのだけど、ドームの奥の方に色々と積み上がってるのが見えるでしょ? あの中にひとつだけ、奇妙な魔力(まりょく)反応があるの』

 ベルクスはハッとして顔を上げた。

『それって、まさか……』

『えぇ。私たちの突入以後もまったく動いてないことから考えても、ほぼ間違いなくなんらかの魔力装置、もしくは魔法(まほう)道具。──そして、この島のモンスター達が回復し続けられる原因の可能性が高いわ。いまの内に、リリスと協力して魔力の発生源を突き止めて』

 (となり)に立つネコ耳の少女と顔を見合わせて(うなず)きあう。

 ベルクスは手短に謝意を告げてから、ドーム最奥(さいおう)に見える小山のようなシルエットに向けてリリスと二人で()け出した。

 

 

 スミレ山の頂上に建つ巨大な館、橙鬼館(とうきかん)。その巨大な正門の前で、門番、ミレーネ・カトラシアは独り、厳しい表情を浮かべていた。

 眼前(がんぜん)には水で構成された巨大な四角形のスクリーンが浮遊し、いくつもの格子(こうし)状に区切られた水面に監視魔水晶(ラクリマ)よろしく山の各所の風景を映し出している。

 ミレーネの技『水滴千里眼(ドロップスコープ)』は基本的に『空気中の水分を小さな水の球に圧縮して空中に(とど)めることで、それを通して遠くを見通す』というものだ。

 しかし、このように水のレンズとして展開することで、光の屈折を利用して同時に複数の方向を見ることもできるのである。

 その時、頭の中に女性の声が(ひび)く。

『どうだ、ミレーネ? 何か変化はあったかい?』

「いいえ、いまのところ特には。でも、本当にそんなことがあり得るっていうのね?」

 半信半疑の問いに、レンカがにやりと笑う気配。

『あぁ。確かに島のモンスターがどんな(やつ)でも、ベルクスたちが(おく)れをとることはそう無いだろう。(ただ)し、それはマトモに()り合った場合の話だ。

 今回の奴らについて警戒するべきは単純な戦力じゃない。数だ。どんなにこちらが優勢でも、連中が余りに多ければどうしても取りこぼしちまう。そして取りこぼした奴らは当初の予定通り、この館を(ねら)ってくるはずだ。

 あたし()は向こうで頑張ってるあいつ等のためにも、こっちに来た奴らを確実に(たた)かなきゃならないってわけさ』

「なるほどね。そうやって順を追って説明してくれれば納得できるわ。だってあなたってば、いきなり念話(ねんわ)で『(ただ)ちに戦闘(せんとう)準備に掛かれ』なんて連絡するんだもの。(だれ)だって泡を食って当然でしょ?」

『ははは、確かにアレはあたしが悪かった。今度からは気をつけるよ』

 後ろ頭を()く鬼の当主の姿が容易に目に浮かんで、ミレーネはひとつ()め息を吐く。

「その言葉、いつも聞いてる気がするんだけど。──ところで、どうやら来たみたいよ」

『お、もうそんなに近いのかい? 『水滴千里眼(お前の技)』の索敵(さくてき)範囲は確か、最高で二キロぐらいが限界……』

「それは純粋な技自体の索敵範囲ね。私の視力と合わせたら、体調にもよるけど、その二、三倍ぐらいまでは見通せるわ」

『へぇ、そりゃ頼もしいね。それじゃ──ッ』

 そこで不意にノイズと共に念話が切られたと思ったのも(つか)の間、背後頭上からダン、と何かを()みしめるような音が聞こえる。

 まさかと思って、水滴の位置を操作。()()()()()を調整すると、栗色(くりいろ)のロングヘアーの女性が橙鬼館中央にそびえる時計台の屋根に立っているのが見えた。

 ミレーネが嘆息(たんそく)する間にも、レンカがいっぱいに息を吸い込んだのが見えて(あわ)てて耳を(ふさ)ぐ。

「まもなくッ、敵の別動隊が、この館に到達する! 総員、迎撃(げいげき)態勢に入れ!! 久方(ひさかた)ぶりの団体様だ。あたしら総出で、盛大にお出迎(でむか)えするよッ!!」

 念話(ねんわ)すら必要としない圧倒的声量。その爆音(ばくおん)とでも形容すべき大喝(だいかつ)にスミレ(やま)全体がビリビリと(ふる)えた。

 全天抜けるような青空という開けた環境において(なお)響き渡るその号令は、橙鬼館(とうきかん)当主・レンカの(おさ)(がた)(たかぶ)りを如実(にょじつ)に物語っている。

 レンカの采配(さいはい)で館の周囲各所に配置されていた妖精(ようせい)メイドたちの雄叫(おたけ)びを背中に受けながら、ミレーネの心は(あきら)めの境地に達していた。

 ──今回ぐらいは大丈夫かと思っていたんだけど、甘かったみたいね。この館、今日(きょう)で何回目の建て直しになるかしら。

 

 

      3

 

 

「ベルくんッ」

「ああ!」

 寄ってくるモンスターたちをあしらいながら走っていたベルクスは、リリスの声に二人で靴底をにじって制動をかける。うず高く積まれた財宝や武器(ぶき)の山は、もう目の前だった。

「これだけ近くまで来れば、確かに魔力(まりょく)反応があるのがはっきりわかるな」

「この山の真ん中辺りだね。早速探しに掛かろう」

 (うなず)きあい、無数の物資の中に手を差し込んで、かき分けていく。

 個人的には武器類は全部ピックアップして取り分けておき、使えそうなものを選別したいところだが、今は何より、魔力の元を断たなければ。

 一番上に積まれた装飾品を放り投げ、その下の金貨の山を勢いよく押しのけたところで、(かたわ)らのリリスがおずおずと声を掛けてきた。

「ちょ、ベルくんさぁ、焦るのはわかるけど、せめてもうちょっと丁寧(ていねい)に扱おうよ……。使えるのは持って帰りたいんだから……」

「あぁ? 焦るとかそういう問題じゃねぇだろ、この量見ろ。んなこと言ってたら日が暮れても探し終わらねぇぞ」

「そうだけどさぁ」

「あークソ、鬱陶(うっとう)しい。次から次へと(くず)れてきてキリがねぇ。──よし」

 ベルクスは手を止めると、背中の(さや)に剣を納め物資の山から距離をとる。

「リリス、ちょっと下がってろ」

 そう言うが早いか(はね)を一度打ち鳴らし、武器の山に身体ごと飛び込んだ。そのまま限界まで腕を差し込むと、足を()ん張り、全身を使って周りのものを後方に()き出していく。

 少しして手に伝わってきた感触に、ベルクスは動きを止めた。

「ど、どしたの……?」

「あ、いや、この感じは……」

 更にベルクスが積み上がった武器類をいくらか押しのけると、それは唐突に姿を現す。

「え……!?」

「この物資の山は、こいつを隠す為のカムフラージュでもあったってことだな」

 現れたのは、横に長い通路だった。横幅は差し渡し八メートル程度だが、天井(てんじょう)はベルクスが手を()ばせば届くほどに低い。

「行くぞ」

 そう言って足を踏み入れると、ネコ耳の少女もすぐについてくる。

 短い通路の先には、小さな部屋が広がっていた。といっても、ベルクスたちが戦っていたドーム状の空間と比べると小さいというだけで、その広さはちょっとした倉庫ほどもある。

 そして、その中央に、それはあった。

「ベルくん、あれだ! あれが魔力の発生源だよッ」

「おい待て、まだ(わな)の可能性も無いわけじゃ……ッ」

 引き止めたが、おさげ髪の猫妖精(ケットシー)は構わず小走りに()けていく。

 ()め息を吐き、辺りに生き物の気配が無いのを確認すると、ベルクスも両手をポケットに()っ込み歩いていった。

 部屋の中央には一辺が二メートルほどの正方形の石盤(せきばん)が横たわり、その中心にひと(かか)えもある四角(すい)台形の魔水晶(ラクリマ)が置かれている。

 そして、魔水晶には銀色の巨剣(きょけん)鉛直(えんちょく)に突き立っていた。

 ネコ耳の弓遣い(アーチャー)は巨剣の(ガード)部分を逆手(さかて)でつかむと、思い切り引っ張り上げる。

「んッ。ぐ……ッぎぎぎ……。コレ、重過ぎ……ッ」

 リリスも日頃から(きた)えているので、決して非力な(はず)はないのだが、彼女がどんなに翅を羽ばたかせても、突き立った巨剣はびくともしない。

「ダハァッ。駄目だよ、(ぜん)(ぜん)持ち上がらない! 魔法(まほう)でも掛かってんじゃないのッ?」

「いくらなんでも、そこまでする頭ある(やつ)はいねぇ気がするけどなぁ……」

 口ではそう言いつつも、ベルクスも先ほどから嫌な予感はしていた。

 現在見えている部分からどう見積もっても、台座の高さだけでは刀身の長さが足りないのだ。流石(さすが)に魔法で固定されているとまでは考えにくいが、下手をすると地中深くまで貫いている可能性もある。

 リリスと交代すると、ベルクスは先ほどの彼女同様に鍔を両手で握り込み、力を込めると同時に(はね)を全力で震わせた。

「確かに、これはッ、重いな……ッ。リリス、いつも使ってる火矢(ひや)あったろ、あれ貸してくれ。まさかもう全部()()くしたとは言わねぇよな?」

「えッ、いいけど……なにする気?」

 困惑の表情で差し出された火矢を受け取ると、ベルクスは不敵に笑って答える。

「単純な腕力(わんりょく)で駄目なら──発想を変えてみるのが、スジってもんだろッ」

 叫ぶと同時に、ベルクスは逆手に持った矢を台座に向けて思い切り突き立てた。

 燃え盛る(やじり)魔水晶(ラクリマ)に触れた途端(とたん)、接触点を中心に爆炎(ばくえん)が発生。ベルクスの右腕(みぎうで)は、噴き上がった火柱に身体ごと打ち上げられる。

 脳が焼き切れるかと思うほどの激痛に歯を食いしばるが、それでもベルクスの腕は、なすべきことを覚えていた。右手に掴んだ恐ろしい質量の物体を強く握り込む。

 石畳(いしだたみ)に背中から激しく打ち付けられ(うめ)くと、リリスが(あわ)てて駆け寄ってきた。

「ちょッ、ベルくん大丈夫!?」

「あぁ。それより見ろよ、やっぱり魔法で固定なんかされてなかったぜ」

 上体を起こし、右手の剣を突き出しながら片頬(かたほお)()り上げると、リリスはすぐに怒りと安堵(あんど)を同居させた顔を近づけてくる。

「もう! いくら妖精(ようせい)が死なないからって、無茶苦茶だよ!」

「ハハハ、(わり)ぃ悪ぃ。でも見ての通り、無事に抜けたじゃねぇか」

「そーいう問題じゃなーいッ」

 笑いながら立ち上がり、巨剣が刺さっていた場所を見る。台座になっていた魔水晶(ラクリマ)は粉々に砕け散り、石盤(せきばん)には大きな亀裂(きれつ)が走っていた。

 右手に視線を落としたところで、ベルクスはハッとする。

 ベルクスの身の丈にも迫ろうかという肉厚長大な銀の刀身。先刻(せんこく)の爆発の余波を受けそこに無数に走っていた傷が、みるみる内に消えていくのだ。

「……。……ま、これでモンスター共も易々(やすやす)とは再生できなくなったはずだ。良い得物(えもの)も手に入ったことだし、さっさと戻って早いとこ決着(ケリ)を──。……ッて、どうした?」

 顔を上げ(となり)同僚(どうりょう)を見やると、リリスは両手で口元を押さえて笑いを(こら)えていた。

「いや、だって、ププッ。その(かみ)……にゃははッ」

「あ? (おれ)の髪がどうし……──ッておわぁッ、なんだコレぁッ?」

 (いぶか)しみながら頭に手をやったところで、ベルクスも気づいた。

 ベルクスの髪が、腰の辺りまで伸びていたのだ。

「一体なにが──あッ、コイツか、この剣のせいだな!? なんだよ、こんなの聞いてねぇぞ!」

「まぁまぁ、そう慌てなくても。邪魔(じゃま)ならあたいが、ちょちょいっと()んであげようか?」

「…………えっ」

 ニヤニヤ笑いを浮かべて、両手をわきわきと動かすリリスの思いがけない申し出に、間の抜けた反応しかできないベルクスだった。

 

 

「──みんなーッ、お待たせーッ! 色々あって手間取っちゃったよ!」

 ドームの(おく)から届いたその叫び声に、バーナはハッとして視線を向ける。

「リリスちゃん、作戦は成功ですかッ? ──ッて、あれ?」

 そして、予想外の光景に(まゆ)を潜めた。

 見慣れた赤いおさげ(がみ)の少女の(となり)に、なにやら水色の長い髪を一つの大きな三つ編みに束ねた長身のシルエットが見える。

「どういうことです?」「だぁれ、あのヒト?」「まさか、ベル()ぃ? なんで髪伸びてんの?」

 妖精(ようせい)メイド達がざわめく中、(うつむ)いていた三つ編みのシルエットが、石畳(いしだたみ)()いていた銀の大剣(たいけん)を肩に(かつ)ぎ上げた。腹の底から、聞き慣れた荒っぽい声を張り上げる。

「詳しい話は後だ! たったいま、この島のカラクリを(つぶ)した。もう敵は好き放題回復できねぇ。ここから一気に畳み掛けるぞッ!!」

 討伐(とうばつ)隊メンバー全員が疑問を一旦棚上(たなあ)げし、武器(ぶき)を掲げて雄叫(おたけ)びを(とどろ)かせるまで、そう長い時間は掛からなかった。

 

 

 こうして、サザンカ(とう)のモンスターたちはベルクスたち討伐(とうばつ)隊メンバーによって撃破(げきは)された。

 やはりアシュリーの推測通り、ベルクスが破壊した魔水晶(ラクリマ)が例の大剣の魔力(まりょく)を放射させて島全体に加護を与えていたらしい。

 剣を抜いたことで、加護の対象はベルクスに移動。さらにこの大剣は刀身をかざすことで強力な治癒(ちゆ)魔法(まほう)を発動できるらしく、優勢になった討伐隊の猛攻(もうこう)を後押しするかたちとなった。

 それから数時間後、一行は回収した大量の物資を手分けして(かか)え、無事帰路に()いた──のだが。

 ベルクスは、後ろから聞こえてくる楽しそうな笑い声を努めて意識しないようにしながら、複雑な心境で()を進めていた。

 まぁ、彼女たちの気持ちもわからんでもない。仲間が別行動をとっていたと思ったら、数分前とまったく違う姿で戻ってきたのだ。これで面白(おもしろ)がるなという方が無理な相談だろう。

 そこで、小走りで(となり)まで来たシアンが歩きながら、キラキラした目でベルクスの顔を(のぞ)き込んでくる。

「ねぇねぇベル()ぃ、突然女のコにされた気分はどうなの? なんか感想聞かせてよ」

「おい待て、その言い方は()めろ。なにも意識まで女になったわけじゃねぇ。というか、この髪は女になったから()びたんじゃねぇんだよ」

 うんざりしながらそう返すと、シアンは不意にハッとした表情になった後、申し訳なさそうな()し目で妖精(ようせい)メイド達の輪に戻っていった。

「……?」

 その奇妙な反応の意味がわからず困惑したが、すぐにあることに思い至り、(あわ)てて振り返る。

「──別に女装趣味(ソッチ方面)目醒(めざ)めたとか、そういう話でもないからなッ?」

 すると、ベルクスの(なな)め後ろで事態を見守っていたバーナが、苦笑とともに口を開いた。

「まぁ、あとでゆっくり話せば、あの()たちの誤解もすぐに解けますよ。……ところでよく綺麗(きれい)にまとまりましたね、その髪型。リリスちゃんにやってもらったんですか?」

「あぁ、そうだよ。あの時はそうするしかなかったしな。けど、これからどうすりゃ良いんだよ……。いちいちアイツにセット(たの)むのか?」

 先行きに対するあまりの不安に頭を(かか)える。

「よかったら、お(じょう)様のセットのついでに私がやるという手もありますけど」

「選択肢はその二つなんだよなぁ……。しゃあねぇ、バーナさん、(わり)ぃがこれからよろしく頼む。それと、上手(うま)くまとまるような()み方を(おれ)にも教えてくれ」

「お安い御用です」

 バーナがにっこりと快諾(かいだく)したのを見て、ベルクスもようやく笑みを返す余裕(よゆう)ができた。だが直後、()れて(うで)にかかった長い三つ編みを無意識に(はら)いのけたことに気づき、暗澹(あんたん)たる気分に(おそ)われた。

 一行はスミレ(やま)の中腹に差し掛かろうとしている。山を登り始めた時点から霧が出ているので、ベルクスたちが帰還したことは、(すで)にミレーネを始めとした橙鬼館(とうきかん)の住人たちも知るところだろう。

 その時、不意に隣のバーナが声を上げた。

「あれー? 変ですねぇ」

「あ? どうした?」

「いえ、そろそろ、館が見えてもいい頃合(ころあ)いなんですけど……」

 ベルクスも顔を上げて遠くを見やる。

 橙鬼館の住人が買い出しや任務などから帰る場合、ミレーネの計らいで館方向の空だけは霧の濃度を下げられていた。しかし確かに、普段なら時計台のシルエットが見えるはずの位置には、ただ狭霧(さぎり)の立ち込める白っぽい空ばかりが広がっている。

 バーナは後ろに止まるよう合図すると、垂直()びで二十メートルほど跳び上がり、前方の状況を確認してから落ちてきた。

 着地の衝撃(しょうげき)を殺すべく、(かが)んだ姿勢で(つか)()動きを止めると、困り果てた表情で体を起こす。

「えーと……あれは、どう説明すれば……。いえ、隠しても仕方ありませんね。(みな)さん、落ち着いて聞いて下さい──ウチの時計台、完全にヘシ折れてます」

 

 

      4

 

 

 バーナたちが山の斜面を登り切るのとほぼ同時に、立ち込めていた霧は役目を終えて拡散した。そして、目の前に展開された光景に全員が呆然(ぼうぜん)と立ち()くす。

 その様子に苦笑しながら、バーナも改めて、変わり果てた自分たちの家を見上げた。

 コの字型の館に囲まれてそびえていた時計台は、その中ほどから上が消失している。他の部分も多少の崩落はあったが、大きい損壊がそこ以外に見られないところをみると、やはり最悪の事態が起きたというわけではないらしい。

 その時、前方から鬼の少女が歩いてきた。

「皆、お(つか)れ様。よくやってくれたわ。こっちに来た(やつ)らは見ての通り全部片付けてるから、安心して」

「いや、それはいいんですけど……あれは一体、何があったんです?」

 バーナが壊れた時計台を指差すと、ミレーネは振り返って盛大な()め息を吐く。

「うわぁ、すごい音したとは思ってたけどこんなことになってたんだ。まったく……どれだけ直すの大変かわかってるんでしょうね……」

 こちらに向き直ると、(あき)れ顔で続けた。

「お察しの通り、壊したのはレンカよ。それも戦って偶然壊れたんじゃなくて、あのヒトが『翔歩(しょうほ)』の足場に使ったから」

 (だれ)からともなく「あぁ……」と、納得と苦笑を等分に含んだ声を漏らす。

 『翔歩』とはレンカの山妖式戦闘(せんとう)術の絶技のひとつで、空気を()りつけて空を飛ぶというものだ。

 無論、そんな神業(かみわざ)を実現するには、(すさ)まじい脚力と瞬発力が必要になるわけで、技の使用中に偶然でも足が障害物に当たれば、たとえそれがどんなに硬いものだったとしても容易(たやす)く破壊するだろう。

 つまり彼女の発言を言い換えれば、今回は橙鬼館(とうきかん)の時計台がその『翔歩』の犠牲(ぎせい)になってしまったということである。

「まぁ、過ぎた事を考えても仕方ないわ。とりあえず早く入って。ひと息ついたら、今夜はウチの戦力増強祝いってことで宴会(えんかい)だって」

 いつになく上機嫌なミレーネの言葉に、互いの顔を盗み見て笑い合いながら、バーナ達は橙鬼館へと引き上げていくのだった。

 

 

 宴会は、橙鬼館(とうきかん)の大広間で行われることになった。

 振る舞われたのは、館を襲撃しにきた飛竜(ひりゅう)の肉を使った様々な肉料理だ。バーナやベルクスたち水妖精(ウンディーネ)が存分に(うで)を振るった結果、どれも美味(おい)しく仕上がっている。

 なんとも器用なことに、レンカは破壊した時計台が崩落する位置まで計算していたらしく、中庭に面した大広間と厨房(ちゅうぼう)はほぼ無傷で済んでいた。

 リリスからすれば、家を壊すような豪快(ごうかい)な戦い方と、受ける被害の計算を両立していること自体が驚くべきことであり、実にレンカらしいと思う。

 だが、ミレーネにはそんな乱暴なやり方が受け入れ(がた)いらしく、先ほどから長机(ながづくえ)の端でレンカを説教していた。

 リリスが骨付き肉を頬張(ほおば)りながら、いつもの光景を苦笑とともに眺めていると、先ほどから姿が見えない女性がいるのに気づいた。

 ちょうど近くを通り掛かったバーナに声をかける。

「バーナさん、アシュリー様は?」

「あぁ、アシュリー様なら私たちが地下に運び込んだ物資の分析をやってますよ。『万が一、放置したらマズいものなんかあるといけないから』って」

「私も、どんなモノが手に入ったのか気になるなぁ」

 不意に背後から聞こえた声に振り返ると、いつの間にかリリスの(となり)に座っていた紫髪の少女が、机に()()した姿勢で期待に満ちた眼差(まなざ)しを向けていた。彼女の向こうにはルミネアの姿もある。

「そんな話聞いたら、(のぞ)きたくなっちゃうよね」

 悪戯(いたずら)っぽく笑うネフィリムの言葉に、チラリとバーナの顔色をうかがうと、鬼のメイド長は困ったような笑いを漏らした。

 そのまま顔を寄せると、人差し指を(くちびる)に当て、意外な反応を返してくる。

「そろそろ差し入れをしに行こうと思ってたところですし、ついでにちょっとだけ見せてもらいましょうか。ミレーネさんには内緒(ないしょ)ですよ?」

 

 

 ベルクスが行儀悪く片膝(かたひざ)を立てて椅子(いす)に座っていると、横からミレーネがスタスタと歩いてきて、(あわ)てて居住(いず)まいを正す。

 ミレーネは、ティーセットから紅茶を一杯(いっぱい)()れると一口すすり、ホッとひとつ吐息(といき)を漏らした。

「当主にも正面から説教とは、ウチの風紀委員サマもご苦労なこったな」

 苦笑混じりに声を掛けると、ミレーネはフッと笑みこぼれる。

「私ぐらいしかこんな事できないからね。それに、(みんな)の苦労を考えたら必要なことだもの」

 そこで伏せていた目を開くと、ベルクスが椅子の背もたれに立て掛けていた銀の大剣(たいけん)に視線を向けた。

「キレイな剣……。それも今回の収穫?」

「おう。なんでも帰りがけに聞いたアシュリー様の話じゃあ、この剣には医学の神の力が宿ってて、強力な治癒(ちゆ)効果があるんだと。お陰で持ってる間、髪が伸び放題になってこの有様(ありさま)だ」

 ベルクスが肩をすくめると、ミレーネも口元に手をやってクスクスと笑う。

 その時、辺りの照明が落ち、視界が一気に暗くなった。何事かと周囲を見回していると、不意に大広間の(おく)側だけがパッと明るくなる。

 明かりが照らす場所にはステージが組まれ、そこに複数の人影が見えた。しかし、こちらからでは逆光になって(だれ)が居るのかまでは見えない。

 と、そこで再び照明が落ちると、今度はそのなかの一人にスポットライトが当てられる。

 伏せていた顔を上げ、にこやかな笑みを浮かべたのは、鬼のメイド長、バーナだった。

「このスミレ山の危機を救うため派遣(はけん)された討伐(とうばつ)隊の皆さん、任務お(つか)れ様でした!」

 続いて新たなスポットライトが(とも)り、現れたのは音楽妖精(プーカ)の楽団長、ルミネア。

「皆さんの無事と、橙鬼館(とうきかん)の戦力増強を祝して、いまから私達が歌います!」

 そして最後の一人にライトが当てられた時、ベルクスはぎょっとして目を見開いた。そこに立っていたのは、おさげの赤髪にネコ科の黒い耳と尻尾(しっぽ)の少女──リリスだったのだ。

「今夜は無礼講(ぶれいこう)だ! あたいが新たに手に入れたこの妖弓(ようきゅう)竪琴(たてごと)の音色、目一杯楽しんでいってね!」

 リリスが持っていた弓の複数の弦を()き鳴らしたのを合図に、バーナがギターを、ルミネアが魔力(まりょく)で実体化させたバイオリンを演奏し始めた。

「ハハハッ、こんなサプライズ、いつの間に示し合わせてたんだ、あいつ()?」

 ベルクスの笑いに、ミレーネも楽しそうな笑みを浮かべる。

「まぁ、あのステージ自体、アシュリーが魔法(まほう)で出したんでしょうし、図書館で話し合ったんじゃない?

 それにしてもリリスのあの弓、今日(きょう)手に入れたばかりって言ってたのに、もう使いこなせてるし。()み込みの早さは妖精(ヒト)一倍ね」

 使われた楽器は、ギターとバイオリンに竪琴(ハープ)という一見滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な取り合わせだったが、ルミネアが作曲を担当したのだろう。即興演奏は意外なほどの完成度で場を盛り上げていく。

 大広間が(またた)く間に妖精(ようせい)メイド達の歓声で包まれ、(うたげ)は大盛況のままに空が(しら)み始めるまで続けられた。

 

 




これまでのストーリー中で、(いく)らか訂正したい箇所が見つかったので、この場を借りて活動報告をさせて下さい。

まず前回、第15話に関して。
ベルクスの髪型の表記が、三つ編みになってしまっていました。彼の髪は、今回のお話で大剣(たいけん)を手にするまで伸びないので、あれは完全に自分のミスです。

続いて、ルーシィの一人称について。これまで一貫して『私』で通していましたが、原作に準拠して『あたし』に表記を変更します。

最後に変更するのは、作中に登場したナツの技名(わざめい)です。
原作をご存知の方は既にお気づきかと思いますが、これまでにも何度か創作技をさらっと登場させていました。加えて今回、そのひとつである『雷炎竜の翼撃(よくげき)』の名称を『雷炎竜の鳳翼(ほうよく)』に改良します。
物語の主人公ということで、今後もナツの活躍の場はどんどん増えていくと思いますが、これからはこの技名を使っていきますので、そのつもりで宜しくお願いします。

さて、次回からはついに、長らく進行を停止していた『変革の翼竜編』がようやくリスタートします。ここまで辛抱(しんぼう)強く新作の投稿を待っていて下さった読者の皆さん、改めて、本当にお待たせ致しました。そして何より、心からの感謝を。
そのお()び、というわけではないですが、最新話を投稿するタイミングで、思い切って本作のタイトルを変更しようと考えています。
というのも実は、本作のタイトル『FAIRY TAIL New Stories』はざっくり『原作のその後を描く二次創作である』という意味を込めて名付けた暫定的なものでした。執筆開始当初から『どこかのタイミングで変更しよう』という思いを抱えてはいたのです。そのタイミングを、新章開幕直後のいまとさせていただくことになりました。
作品のタイトルも一新し、これからは心機一転、初心に返って活動を続けていく所存です。
どうか今後も引き続き、本作を宜しくお願い申し上げます。

それでわ、しーゆーあげいん!


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人外の種族関連情報No.3(サザンカ島)

第15話の後書きで述べていた通り、今回は第14〜16話まで続いた幕間増量企画中のエピソードで登場した設定のまとめとなります。
また、これまで作中で明らかになった情報を反映し、『設定集No.3』の内容を少し加筆しました。


[サザンカ(とう)

ハルジオンから南に五十キロの海上に浮かぶ島。周辺の海域を通りがかった船を襲う危険なモンスターが山ほどいることで、近隣(きんりん)の港街に暮らす漁師の間では有名になっている。

 

[リザードマン]

トカゲの頭と尻尾(しっぽ)をもった獣頭(じゅうとう)人身のモンスター。サザンカ島に()むモンスターの大半を()めるといわれる亜人型(デミヒューマン)の一種。

片刃曲刀(シミター)円盾(バックラー)など片手で扱える武器(ぶき)を主に使用し、トカゲの機動力を活かした戦法を得意とする。

 

[トーラス]

ヒト型の(たくま)しい巨体に牛の頭をもった獣人(じゅうじん)型モンスター。サザンカ島に棲む亜人型の一種。

戦槌(ハンマー)を始めとした重量級武器を主に使用し、中には雷属性の魔法(まほう)効果をもったものを扱う個体も存在する。

 

[コボルド]

イヌ科の動物の頭部にヒト型の身体をもった獣頭人身の亜人型(デミヒューマン)。サザンカ島に棲むモンスターの中では特に組織立った動きを得意としている。

基本的に頭と胴体の大部分を金属(よろい)で固めた重装部隊と、魔水晶(ラクリマ)がついた(つえ)を持った軽装部隊に大別され、重装部隊が前衛を、軽装部隊が魔法(だん)による後方支援を担当する。

重装部隊は長柄斧(ポールアックス)などのポールアームを主に使用し、島の門番を務める個体も含めて装備はほぼ統一されている。

 

水棲人(マーピープル)

()せ細った青白い(はだ)の、人間のような姿のモンスター。海に暮らす人魚の一種で、身体の各所に(うろこ)があり、(するど)い歯をもっている。

サザンカ島周辺の海域を占拠しており、島に近づく外敵を(モリ)攻撃(こうげき)する。

また、海の魔物(まもの)であるため水属性の魔法を扱うこともでき、銛の先端からその穂先(ほさき)(かたど)った水の(かたまり)()ち出すことで(はな)れた敵にも対応する。

 

魚竜(ぎょりゅう)

黄色い(ひとみ)と鋭い(きば)をもち、小型漁船ほどの体躯(たいく)を硬質の鱗で(おお)った魚類型モンスター。姿は熱帯に生息する肉食魚(ピラニア)に酷似(こくじ)している。

主に水中での生活に適応しているが、肺で呼吸を行うため、ある程度であれば陸上での活動も可能。泥土(でいど)や砂漠、雪原といった半流動体が()める地形にも適応しており、生息域はかなり広い。

サザンカ島周辺の海域に()みついているのは比較的小型の種だが、群れで行動する習性も(あい)まって縄張り内の生態系を荒らし()くしている。

 

飛竜(ひりゅう)

(つばさ)状に発達した前肢(まえあし)で自在に空を飛び回り、見つけた獲物(えもの)を群れで襲撃(しゅうげき)する凶暴(きょうぼう)なモンスター。

四百年前、アースランドで繁栄していた翼竜(ワイバーン)と姿形はほぼ完全に一致しているが、彼らのように口から火炎や光線を(はな)つ能力を有しているわけではない。




今回の情報をまとめるにあたり、第14〜16話を改めて読み返していたところ、少々訂正したい箇所が見つかったので、この場でまた活動報告をさせて頂きます。

第15話の最後で、サザンカ(とう)の位置を『ハルジオンから南に三十キロ』としていましたが、ここでまとめた通り『ハルジオンから南に五十キロ』に修正します。
直したい理由は単純で、自分が明確なイメージをもって距離感を掴み切れていなかったためです。

執筆当初は『大体これぐらいにしたらいいだろう』という直感で設定していました。しかし、よく考えてみれば討伐(とうばつ)隊のメンバーは二時間ほども掛けてやっと島まで辿(たど)りついているのです。
走るより明らかに速いだろう飛行という移動手段でこれだけの時間を掛けて、進んだ距離が三十キロではやや無理があるということで、修正をかけてみました。
え? バーナだけは走っていたのだから、別に修正の必要は無いんじゃないか? ご安心下さい。彼女は鬼ですから、人間よりも速く走れるのです。
ですから今回、サザンカ島の情報として記載した『南に五十キロ』という一文はミスではなく、こちらが決定案となります。ちなみに作中の該当箇所は(すで)に修正済みです。

最後に。
先日、ついに決定したそうですね。待望の「100年クエスト」のアニメ化が。
これまでにも多くの期待の声があがっていたことですし、この決定自体は自分もファンの一人として非常に嬉しいです。
しかし、本作品の設定と多少ネタ被りしてしまっているストーリーの幕開けとあって、二次小説を書いている身としては素直に手放しで喜べない現実もあり……。まぁ、アニメ再開がいつになろうとも、活動は引き続き、めげずに頑張っていきたいと思っています。


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変革の翼竜編
第17話 竜との邂逅(かいこう)


さてさてさーて、遂に新章の始まり始まり、です!
なんとか投稿に至りました。長らくお待たせしてしまってすみません!
それでは、どうぞ!


※今回、挿絵(さしえ)あります。


 しとしとと雨が降り続く曇天(どんてん)の下。

 暗い色のフーデッドコートを羽織(はお)った複数の影が暗躍(あんやく)していた。

 『彼ら』が目指す先には、空を突くほどに巨大な()ち果てた一本の(とう)

 (リバイブ)システム、別名、『楽園の塔』。

 これは十数年前、(やみ)(とら)われた一人の魔導士(まどうし)が完成させた、禁忌(きんき)魔法の一つだ。

 『彼ら』はその(ふもと)まで辿(たど)り着くと、(くず)れ落ちて瓦礫(がれき)の山となり果てた塔の残骸(ざんがい)の中から、一際巨大な魔水晶(ラクリマ)の破片を見つけ出す。そして目深(まぶか)に被ったフードの中同士で目配(めくば)せを交わし、一つ(うなず)いた。

 

 

 その日、フィオーレ王国王都クロッカスの空も、分厚(ぶあつ)い雲に(おお)われていた。

 街の至るところに()く花々すらも寝静まる、ひとけの絶えた大通り。『彼』はそんな中、足音を殺して早足で歩いていた。

 やがて目的の場所に辿り着き、『彼』は足を止める。正面には、破壊された巨大な(とびら)状の構造物。

 異なる二つの時代を(つな)ぐ扉、『エクリプス』である。

 これはかつて、ゼレフの魔法(まほう)星霊(せいれい)魔法を融合させることにより完成された、王国が(かか)える負の遺産だ。

 『彼』はその残骸の中から、手ごろな大きさのものを見繕(みつくろ)うと、一つ拾いあげる。

 その時、常人ならば聞き逃すほどの微音(びおん)とともに、自分と同じくフーデッドコートを羽織った集団が高速で背後に近づいてきた。

 『彼』が振り返ると、巨大な魔水晶を運んできた『彼ら』はそれを(かたわ)らに置き、その場で一斉(いっせい)(ひざまず)く。

 それを見て、『彼』は静かに口を開いた。

「首尾よくこなせたみたいだね」

「はい。すべてあなた様の差配通りです、()()()()

 影の一つが即答する。

「よくやった。こちらもたったいま、手筈(てはず)通りに例のものを入手したところだ。これから一度帰って、作戦を最終段階に移行、引き続き進行する」

 一拍(いっぱく)おいて『彼』は鷹揚(おうよう)に手を広げると、続けた。

(みんな)、これまでよく()え、ついてきてくれた。もうすぐ我らの悲願は達成される。世界の正しき在り方を知らしめよう、()()()()()()()()()

 

 

      1

 

 

 翌朝(よくあさ)

 魔導士ギルド『剣咬の虎(セイバートゥース)』の若きマスター・スティングは、ギルド内に敷設(ふせつ)されたプールの中で、今日(きょう)も元気にはしゃぎ回っていた。

「いやぁ、やっぱりプールは良いなぁ、レクター!」

「ハイ、楽しいですねスティング君!」

 近くで泳いでいた相棒(あいぼう)の赤いエクシード、レクターも満面の笑みで答える。

 そんな様子を眺めながら、ミネルバは不思議な感慨(かんがい)と共に口を開いた。

「まさか(わらわ)の知らない間に、ギルドの中がこんなことになっていようとはな」

 その言葉に、近くにいた水色の髪の女性、ユキノが話しかけてくる。

「そういえばミネルバ様は、このプールは初めてでしたね?」

「あぁ、話には聞いていたが、ここまで本格的なものとは知らなかった。レジャーと鍛錬(たんれん)の組み合わせというのも、なかなか悪くないではないか」

御嬢(おじょう)がいなくなって、スティングがマスターになってからすぐ、あいつが(おれ)たちギルドの皆のためにと、施設の大改造を計画してくれたんだ」

 長めの黒髪をくくりながらローグが言うと、近くで浮き輪に身体を預け優雅(ゆうが)に浮いていた、目元に赤いマスクを着けている青年、ルーファスも口を開く。

「御嬢も記憶しておくと良い。こんな素晴らしい施設のあるギルドなど、この世に二つとないことを」

「この施設を使いこなしてこそ、俺たち『剣咬の虎』は最強だぜッ!」

 ギルドいちの体格を(ほこ)るオルガが、感情の(たか)ぶりに任せてマイク片手に絶叫した。

 

 

 朝の遊泳もとい鍛錬が一段落すると、私服に着替(きが)えてさっそく仕事に取りかかる──ということはなく、まだ皆思い思いの場所に陣取って(さわ)いでいた。

 スティング達が他の仲間たちと談笑に(きょう)じている間に、ミネルバやオルガなど一部のメンバーは、早くも依頼(クエスト)に行くといってギルドを後にする。

 そうしていつも通りの平穏な一日が始まってしばらくして、不意にギルドの(とびら)が開かれた。

 (だれ)かが忘れものでも取りに帰ってきたのか、そう思って何気なく顔を上げたスティングは、そこで(まゆ)(ひそ)める。入ってきたのは、見慣れない二人組だった。

 一人はコバルトブルーの髪に詰め(えり)に似た(こん)色の服を着込んだ少年。もう一人は、逆立った金髪にレッドアイ、顔の周囲を簡素な金属製の防具で固めた長身の青年だ。

(だれ)だ、お前ら?」

 

 

 同日同時刻。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』にて。

 活気に満ちたギルドの中でも特に元気一杯な青年、ナツは、(かたわ)らの椅子(いす)でドリンクを飲んでいたグレイの些細(ささい)な一言に逆上し、例によって(から)み始めた。

「んだとグレイ、もっぺん言ってみろ!」

「ったく、暑苦しいっつったんだよナツ。大体テメェはなんでいつもそうやかましいんだ? 今日(きょう)は天気も悪いってのに、余計気分が悪くならぁ」

「あぁ? やんのかコラ」

「やんのかコラ」

「やっちゃえナツぅ!」

「まったく、いつもいつも、元気があり余ってるって感じね」

 少し離れたテーブルの上で、小躍(こおど)りしながら(はや)し立てるハッピーと、冷静にコメントするシャルル。

「炎と氷の魔導士(まどうし)、ですもんね」

「ま、仲良くニコニコ、とはいかんだろうな」

 困り顔で笑うウェンディに対し、(しぶ)い声でシャルルと同じく冷静なコメントをするのはパンサーリリー。鉄の滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)ガジルの相棒の黒いエクシードだ。

「まーたあの二人は……。どうする、エルザ?」

(ほう)っておけ、そのうち静かになるだろう」

 (あき)れたルーシィの問いに、エルザはケーキを食べる手も止めず、落ち着き払った態度でそう返す。

 確かに、このまま誰も止めなくてもほとんどの場合落ち着くところに落ち着くのがいつものパターンなので、ルーシィも()め息をひとつつくと、それ以上は関わらないことにした。

 ナツとグレイは互いに(ひたい)を突き合わせて(にら)みあい、子供じみた口喧嘩(くちげんか)を続けている。そのうち(なぐ)り合いになるのは目に見えているため、ルーシィは努めて気にしないようにしながら朝食にありついた。

 ──しかしエルザの言葉は、(だれ)も予期せぬかたちで現実のものとなる。

 ナツ達二人が殴り合いに突入しようとした、まさにその時、突如(とつじょ)として大音声(だいおんじょう)とともにギルドの扉が爆発(ばくはつ)したのだ。

 (つか)の間、ギルド中が水を打ったように静まり返る。

 濛々(もうもう)とたち込める砂塵(さじん)の中から一つのシルエットが浮かび上がると、白煙(はくえん)を両手で()きわけながら大きく一歩進み出てきた。

「『妖精の尻尾』ってのはここだなぁッ!」

 荒っぽい大声と共ににやりと獰猛(どうもう)な笑みを浮かべたのは、逆立った茶髪にファー付きのベストを着込んだ少年だった。

「まったく……。あなたはどうしてそう(おさ)えが利かないんです。穏便(おんびん)に事を済ませるということが何故(なぜ)できないんですか?」

 呆れた声がして、少年の後ろから一拍遅れてもう一人現れる。こちらは紺色の詰め襟にコバルトブルーの髪の少年だ。

「あぁ? ぐだぐだ考えていつも遅いテメェよかマシだろうが」

「物事には順序というものがあります。あなたは行動が早いのではなく、単にそれを無視しているだけですよ」

 そういうと、青髪の少年がこちらに向き直る。

「申し訳ありません、このバカがとんだご無礼(ぶれい)を」

 礼儀正しく一礼すると、少年は続けた。

「僕の名は、フェニクス・リーヴェル。こちらはアトラ・バクレイといいます。以後お見知りおきを」

「何(モン)だ、テメェ()?」

 いち早く切り替えの早さをみせたのはグレイだった。その言葉にも、フェニクスと名乗った少年は泰然(たいぜん)と返す。

「これは失礼。我々は、魔導士ギルド『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』。この度は(おり)いって皆さんにご相談があり、()せ参じました」

 

【挿絵表示】

 

 『変革の翼竜』。聞いたことのないギルドだ。フェニクスの礼儀正しさとは無関係に、何故だかものすごく嫌な予感がする。

「『変革の翼竜』だ? 聞いたことのねぇギルドだな」

 ルーシィから少し離れた位置にいたガジルが言うが、フェニクスは依然(いぜん)飄々(ひょうひょう)とした態度を(くず)さない。

「当然でしょう。最近発足(ほっそく)したギルドですからね。

……さて、相談の内容ですが、単刀直入に申し上げましょう。

 ナツ・ドラグニル、ガジル・レッドフォックス、ウェンディ・マーベル、ラクサス・ドレアー。──以上の四名に、我々のギルドへの移籍をお願いしたい」

「「「なッ?」」」

 衝撃(しょうげき)のひとことに、真っ先に噛みついたのは、ナツだった。

「ふざけてんじゃねぇぞ。なんでそんなことしなきゃいけねぇんだよ?」

「まぁ落ち着いて下さい。僕達は、全員が滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)で構成された特殊なギルドです。しかしその特性ゆえに、いかんせん同士がなかなか集まらない。そこで、有力な滅竜魔導士であるあなた方のお力をお借りしたいのです」

「協力して、俺たちになんのメリットがある?」

 バーカウンターに背を(あず)け、腕組みしたラクサスの問いを、だが少年は薄笑いで受け流した。

「我々『変革の翼竜』は、自然を破壊し過ぎた人間達に代わり、(ドラゴン)を頂点とした完全で新しい生態系をつくり直すことを目的としたギルドです」

 そこでアトラが続きを引き取る。

「マスターはある方法で竜をこの時代に(よみがえ)らせることができる。けど、復活させた(ドラゴン)どもがみんないうことを聞くわけねぇよな? そこで俺たち、滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)の出番ってわけだ」

「聞き分けのない竜を制圧する。その抑止力となり得るのが僕たち、というわけです」

 ルーシィは、側頭部をハンマーで一撃(いちげき)されたような衝撃を受けた。つまるところ、彼らが言いたいことを要約するならば──世界征服、ということになる。

 ──その時、ゴッ、という音がして、ルーシィは顔を上げた。ナツが遂に我慢(がまん)の限界に達し、魔力(まりょく)を爆発させたのだ。

(だま)って聞いてりゃあごちゃごちゃ言いやがって……もうアッタマきたぞォッ!」

 そう叫ぶと、彼は止める間もなくフェニクスに(なぐ)りかかっていった。しかし、青髪の少年は薄笑いを張りつけたまま動かない。

 その理由は、すぐにわかった。

 ナツの炎をまとった(こぶし)がフェニクスの顔面を捉えた直後、彼の上半身が水飛沫(しぶき)を上げて爆散したのだ。

「なッ?」

 ──水の滅竜(めつりゅう)魔法(まほう)ッ?

 たちまちフェニクスの身体が水のシルエットとして再生し始めると、彼は愕然(がくぜん)と目を見開くナツを(あわ)れむような(ひとみ)で眺めていた。

 ナツが舌打ちと共に大きく退(しりぞ)くと、今度はいままで事態を静観していたはずのラクサスが、フェニクス達の背後上空から奇襲(きしゅう)をかける。

「だったらこれでどうだよ? ──雷竜(らいりゅう)方天戟(ほうてんげき)ッ!」

「──無駄です」

 ラクサスが巨大な方天戟の形にした雷を振り下ろすが、その行動を完全に予測していたとばかりにフェニクスが素早(すばや)く右手を跳ね上げる。

 直後、二人の少年をドーム状の()()バリアが包み込んだ。雷の(ほこ)は吸い込まれるようにバリアに激突し、雷鳴音(らいめいおん)と共に(むな)しく(はじ)け飛ぶ。

 その現象に今度こそルーシィは驚愕(きょうがく)した。その気持は、ラクサスとても同じだったのだろう。

「テメェ……水の滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)じゃねぇのか……ッ?」

 バリアがゆっくりと溶け(くず)れるように消滅し、(あらわ)になったフェニクスの表情は、こちらをあざ笑うような邪悪な笑みに変わっていた。

 

 

      2

 

 

 一方その頃、『剣咬の虎(セイバートゥース)』の面々も()()()()()()()()()()()()()同じ趣旨の説明を受け、怒りをもって彼らと対峙(たいじ)していた。

 もう一人の青年の名は、ルーク・スレイト。フェニクスの言葉が本当ならば彼も滅竜魔導士ということだろうが、恐らくそれ以前に、彼は恐ろしく強い。先程から伝わってくる圧倒的なプレッシャーと存在感に、スティングは気圧(けお)されそうになっていた。

 その気持ちを振り払うように(うで)を振り、スティングは一歩進み出る。

「ふざけんなよ。テメェ()みてぇなギルドに貸す人材なんて、ウチのギルドにはこれっぽっちもねぇ」

「交渉決裂、ということですか?」

(おれ)たちとテメェ等の間に、決裂する交渉すらない」

「では仕方ありませんね。あなた方はここで僕たちが排除します」

「その言葉、そっくりそのまま返すぜッ」

 スティングは叫ぶと、同時に合わせた両の(てのひら)を引き(しぼ)って構えた。

 白き(りゅう)の輝きは万物を浄化せし──

「ホーリーレイ!」

 まばゆい光に包まれた両手を()き出すと、そこから無数の閃光(せんこう)が相手に殺到(さっとう)する。

 スティングが操るのは(せい)属性の滅竜(めつりゅう)魔法(まほう)。白竜バイスロギアより受け()がれし白き光を操る魔法だ。

 しかし、彼らは直前でそれらを緊急回避(かいひ)。当然初撃(しょげき)(かわ)されるのはこちらも折り込み済みのため、ローグと二人で一気に間合いを詰める。

 こちらの相手はルークだ。スティングは右拳(みぎけん)に光をまとって(なぐ)りつけるが、彼はそれを片手で受け止めてみせた。

 ルークはつまらなさそうに口を開く。

「聖属性の魔法、スティング・ユークリフ、か」

「ハッ、だったら何……──ッ」

 ルークがおもむろに息を吸い込むと、スティングの放った光を取り込んでいく。

 ──コイツも聖属性か……ッ。

 歯噛(はが)みしたスティングは、だがすぐに不敵な笑みを浮かべた。相手が自分と同属性の滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)ならば、攻撃(こうげき)を吸収できるのはこちらも同じということ。後は影の滅竜魔導士であるローグに流れ(だま)がいかないよう引きつけていればいい。

 しかし、その慢心(まんしん)は数秒と()たなかった。

 こちらの行動を読んだルークの姿が、たちどころに()き消えたのだ──速い。

 攻撃が(おそ)ってこないことを確認するや、スティングは危険を知らせるべく振り返った。しかしそれよりも(いち)刹那(せつな)(ぶん)早く、ローグが叫ぶ。

「そっちにいったぞスティングッ」

 ──えッ?

 (つか)の間(こお)りついた思考を立て直した時には、ローグの背後にルークが現れていた。

「ローグ──」

「──お仲間の心配をしている場合ですか?」

「──ッ」

 歯噛みしながらも無理やり意識を背後に集中させ、再び拳を振り抜く。

 しかし、スティングの後ろに出現した青髪の少年の身体は、水飛沫(しぶき)を上げて移動した。

 ──こっちは水の滅竜(めつりゅう)魔法……ッ。

蒼竜(そうりゅう)翼撃(よくげき)ッ」

 回り込まれたと思う間もなく、少年の両(うで)から発生した水の(うず)がスティングを()き飛ばす。

「ぐあああああ!」

 

 

 ──スティング……ッ。

 ルークの攻撃を紙一重(かみひとえ)でかわしながら、ローグは彼を助けにいきたい衝動(しょうどう)と必死に戦っていた。

 悔しいが、『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』のメンバーは自分たちより一枚も二枚も上手(うわて)だ。

 ローグは基本的に自分の身体を影と同化させ、フェイントを織り()ぜて相手を撹乱(かくらん)する戦法をとる。だがあのフェニクスという少年にはあまり通用せず、瞬時(しゅんじ)に作戦の穴を見抜かれ、あまつさえ相性の良い相手と入れ()わる(すき)まで与えてしまった。ここでもし、自分がスティングと再び入れ替わる隙を作ろうとすれば、それこそ相手の思うつぼだ。

 たとえ有利ではない相手でも、いまは目の前の敵に集中するしかない。

影竜(えいりゅう)斬撃(ざんげき)!」

 しかし、ローグの()き出した右手をルークはいとも容易(たやす)くかわしてみせる。

(えい)属性の滅竜魔法、ローグ・チェーニ」

 ぶつぶつとルークが(つぶや)いた次の瞬間、彼の手の中に(まば)ゆい光が出現する。

 マズいと思った時には、腹部に衝撃(しょうげき)。繰り出されたのは、ルークの右手に出現した(やり)からのレーザー攻撃(こうげき)だった。

 ──換装(かんそう)魔法、だと……ッ?

 成すすべもなく吹き飛ばされ、ギルドのテーブルのひとつに背中から激突──息が詰まる。

 一体、何なんだこいつらは。

 激痛に顔をゆがめながら片目を開くと、至近距離でルークが槍を掲げていた。

 (あわ)ててテーブルから転げ落ちて、影に同化しようと魔力を発動させるが、ルークは構わず技名を呟く。

「闇を払え、ダーク・リパルサー」

 直後、鮮血のように赤い光が槍の()っ先から(ほとばし)り、ローグの全身を包み込んだ。

 

 

 スティングは、目の前に立ちはだかる青髪の少年の特殊能力に攻めあぐねていた。

 フェニクスの操る水の滅竜(めつりゅう)魔法(まほう)には自己再生能力があるらしく、こちらの攻撃(こうげき)がかすった程度ではすぐに再生されてしまう。かといって、ローグの得意とするフェイントが簡単に通じる(はず)もなく、ダメージらしいダメージがまるで通らない。

 これでは(らち)が明かない。

 スティングは両の(こぶし)でラッシュをかけると、今度は相手の腹めがけて魔力を発動させた。

 一定のリズムで攻撃し続けていたことが功を(そう)し、スティングの放った一撃は苦もなくクリーンヒット。

 ──白き竜の(つめ)は聖なる一撃。聖痕(せいこん)を刻まれた体は自由を奪われる。

 異常に気づいたフェニクスが驚愕(きょうがく)の表情を浮かべるのを見て、スティングは内心でほくそ笑んだ。

「これが(おれ)の、必勝パターンだぁッ!」

 光をまとった拳を、今度こそ当たるという確信と共に振り抜く。しかしスティングの予想は、またも裏切られることとなった。

 繰り出した拳がフェニクスにヒット。だがその瞬間、彼の身体が水飛沫となって爆散したのだ。

 反撃の予感に身構えるが、いくら待ってもフェニクスの気配は消えたまま。つまり、これは──。

「──分身、だと……?」

 スティングはハッとして振り返ると、今度はローグを()みつけにしている金髪の青年に突進する。

「ローグを離せやコラアアアァァッ!」

 しかしスティングが辿(たど)りつく前に、彼の身体が(まばゆ)い光のオーラをまとい、ギルドの正門から外ヘと消えていってしまった。

 敵をとり逃したことに歯噛(はが)みするが、無理やり思考を切り替えると倒れ伏すローグを助け起こす。

「おい、しっかりしろ、ローグッ」

「……ぐ……、奴等(やつら)は……?」

「敵は逃げた」

「そう、か……」

 まだなにか言いたげなローグは、ゆるゆると右手を持ち上げる。

「マズいぞ、スティング……。奴等の(ねら)いは、滅竜魔導士だ。この国で滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)がいるギルドとなれば、あとは……ッ」

 そこでスティングもハッとして顔を上げ、ギルドの正門方向を見やった。

 

 

 ──ナツさん達が(あぶ)ねぇ……ッ!

 

 

      3

 

 

 ラクサスはこれ以上の追撃(ついげき)は危険と判断したのか、すぐにフェニクスから距離をとる。

 皆を代表して、剣を構えるエルザが口を開いた。

貴様(きさま)ら、いったい何者だ。滅竜魔導士ではないのか……?」

滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)ですよ。しかし、そこの皆さんとは少し違う」

 フェニクスは悠揚(ゆうよう)(せま)らざる態度で両手を開き、続ける。

「僕達『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』のメンバーは、全員が第三世代の特徴をもち、かつ『騎士(きし)聖水(せいすい)』という魔法薬(まほうやく)の効果により、膨大(ぼうだい)魔力(まりょく)ともう一種類の魔法の獲得、そして滅竜魔法とそれの同時使用を可能とした次世代の魔導士……。()わば、()()()()滅竜魔導士です」

「第四世代……ッ?」

 そこでフェニクスは何かを感じ取ったのか、ちらりと背後を見やり、(つぶや)く。

「どうやら、いらしたようですね」

 フェニクスが(わき)()けて独自の敬礼のポーズをとると、その背後から三人目の侵入者が歩いてくる。だがそのシルエットには、明らかに異質なものがあった。

 ルーシィは最初、黒魔導士(まどうし)ゼレフの姿を幻視した。しかしすぐにそれが、漆黒(しっこく)(よそお)いに身を包んだ無造作(むぞうさ)な黒髪の少年であることに気付く。

「フェニクス、この様子だと、彼らは……」

「はい、交渉は決裂致しました。『幻影(ファントム)』の反応が消失したため、あちらも同様かと」

 (なぞ)の少年はその言葉に少し残念そうな顔をした。

「そうか。まぁいい、よくやったね」

「有り(がた)きお言葉です、マスター」

 少年はそのままゆったりと歩いてくると、フェニクス達とルーシィ達のちょうど中間付近で立ち止まる。

「初めまして、『妖精の尻尾』の諸君。僕の名はリゼル・イグドレ。コードネームはネメシスだ。どちらでも好きに呼ぶといい。ここにいるアトラとフェニクスのギルド『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』のマスターをやっている」

 そこで彼はナツに向き直った。

「僕の弟が色々と世話になったみたいだね、ナツ・ドラグニル。……あぁ、(だれ)のことかって? ──アクノロギアのことさ」

 その一言で、室内に戦慄(せんりつ)()け抜けた。

「アクノロギアの兄、だと? 何ワケわかんねぇこと言ってやがるッ?」

 グレイが言うと、リゼルは(おだ)やかそうな笑みを浮かべたまま続ける。

「事実だよ。まぁ、といっても、正確には義理の弟、ということになるか。

 ──僕はアクノロギアに滅竜魔法を授けた(ドラゴン)、滅竜ダークアクノロギアに育てられた人間だ」

「「「な……ッ?」」」

「考えてもみなよ。史実ではどうやら、義弟(おとうと)が竜を滅ぼし、闘争(とうそう)の果てにその身を(ドラゴン)ヘと変化させたということになっているらしいが、本当にそう思うかい?

 彼は確かに強い。でも、アースランド中のあらゆる竜を殺し尽くせるほどの力はもっていないんだよ。君たちが知っている史実の裏には、義弟とは別々の場所で数多(あまた)(ドラゴン)を殺した四頭の竜がいる。

 ──爆竜(ばくりゅう)グランディアス、蒼竜(そうりゅう)コバルティア、閃竜(せんりゅう)シュルティアール、そして僕の育て親、人呼んで滅竜ダークアクノロギア。……あぁちなみに、これらの(ドラゴン)はそれぞれ、僕たち『変革の翼竜』メンバーの育て親だ。まぁ、もうみんな死んでるけどね」

「まさか、テメェ()……ッ」

 ナツがそう絞り出すと、リゼルは続けた。

「あぁそうだよ、ナツ。僕たちはそれぞれがそれぞれの育て親を、自分たちの進化のために手にかけた。(りゅう)(ごろ)しを体験した真の意味での滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)だ。だから皆の身体の中には『(りゅう)魔水晶(ラクリマ)』があるんだよ。

 これでよくわかっただろう? 僕たちは根本的に、君たちとは滅竜魔導士としての格が違う。戦いが生むのは君たちの(むくろ)だけだ。そこにそれ以上の意味は存在し得ない」

「テメェ……ッ」

 そこでリゼルは一転して声を張り上げる。

「よく聞くんだ、諸君! 我ら『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』は次の満月の夜、(ドラゴン)を現代に(よみがえ)らせ、人類の殲滅(せんめつ)作戦を実行する!

 我々の助言を拒否した君たちに、もはや選択の余地はない。存分に残された時を過ごし、絶望に(ふる)えて眠れ。いくよ、二人共」

 それだけ言うと、リゼルは(きびす)を返した。

 去り際、彼はアトラに軽く下知(げち)を送る。すると彼だけは爛々(らんらん)と目を輝かせてこちらに向かってきた。

「マスターからお達しだ。派手にぶっ壊せってな」

 そういうと彼はその場で床に両手を突き、叫ぶ。

「爆竜の地雷衝(じらいしょう)!!」

 次の瞬間、彼の周囲一帯に連鎖的な爆発が発生。その衝撃(しょうげき)と爆風はルーシィ達『妖精の尻尾』メンバーのみならずギルドの壁面を残らず吹き飛ばし、城ほどもあるギルドをまたたく間に倒壊させた。




はい、ということで、不穏な始まりとなった今回、いかがだったでしょうか!
では今回登場したオリキャラ、『変革の翼竜』のメンバーについての説明に移ります。
アトラのイメージは、NARUTOの犬塚(いぬづか) キバと、るろうに剣心(けんしん)相楽(さがら) 左之助(さのすけ)
フェニクスのイメージはブラック・ブレットの巳継(みつぎ) 悠河(ゆうが)を青髪にした感じ。
ルークのイメージはNARUTOの千手(せんじゅ) 扉間(トビラマ)を金髪にした感じ。
そして最後にネメシスことリゼルのイメージは劇場版NARUTO THE LASTの大筒木(おおつつき) トネリを黒くした感じです。
それでわ、しーゆーあげいん!


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第18話 神罰執行への布石

少々遅刻しましたが、ハッピー・バレンタイン!
大変長らくお待たせ致しました。丸二年と四ヶ月ほどのブランクを乗り越え、遂に新章リスタートです。
活動報告でも一度お知らせしましたが、休載期間中に前回17話の描写を色々と変えているので、ストーリーの流れを思い出すためにも是非、読み返してから今回のお話に入ることを推奨します。

そして今回から本作のタイトルを変更し、新たな作品『FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm』として再出発します。新タイトルの和訳は『幻想冒険奇譚』というところですね。新タイトル自体とその意訳、どちらもしっかり悩み抜いて名付けたので、どうか今後もよろしくお願いします!

それでは、本編スタートです!!


 フィオーレ王国の東方に、魔法(まほう)も盛んな商業都市として古くからある街・マグノリア。この街で最大の勢力を(ほこ)魔導士(まどうし)ギルドこそ、ルーシィたちの所属する『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』だ。

 幾多(いくた)の戦いを乗り越え、ついに王国最強、ひいては大陸最強にまで登りつめたこのギルドは、しかしいまや瓦礫(がれき)の山と()してしまった。

 ある日突然(とつぜん)現れた(なぞ)の魔導士ギルド『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』の手によって。

 

 

 跡形(あとかた)もなく(くず)れ落ちた、『妖精の尻尾』のギルド内。積み重なった瓦礫の山から(うで)が一本伸び、建材を()き分けて顔を出したのは(うろこ)模様のマフラーに桜髪の青年だった。

「くっそォ、アイツら、よくも(おれ)達のギルドを……」

 まだ瓦礫の山に半ばほども()もれているナツを一瞥(いちべつ)してから、ルーシィも途方(とほう)に暮れて視線を宙にさ迷わせる。

 確かに、こんな経験は一度や二度ではない。

 自分たちはこれまでにも、何度となく様々な強敵と戦ってきた。その中で、経緯(いきさつ)はどうあれギルドが破壊されてしまったことも何度もある。

 それでもやはり、自分たちの(ギルド)がこうして変わり果てた姿になるのを見るのは、いつになってもそう簡単に慣れるものではなかった。

 その時、明後日(あさって)の方向から金属音がする。見ると、緋色(ひいろ)の髪に(よろい)姿の女性が、持っていた(けん)を地面に()き立てたところだった。

(みな)、無事か!? 各自点呼を! 負傷者がいたらすぐに知らせてくれ!」

「問題ない!」「こっちも大丈夫だ!」「ジェットは、マスターにこの事を知らせに行ってるよ!」

 ギルドのあちこちからいらえが返り、エルザはほっとひとつ息をつく。

「ひとまず、大事に至った者はいないようだな。良かった……」

「──なにも良いことなんかねぇだろ」

 ぶっきらぼうにそう言い(はな)ったのは、上裸(じょうら)に黒髪の青年──グレイだった。彼は苛立(いらだ)(まぎ)れに(こぶし)を傍らの瓦礫(がれき)(たた)きつける。

「なんだったんだよアイツらは!? いきなり乗り込んできてナツ達に移籍しろとかなんとか(さわ)いで、おまけにギルドをこんなにしていきやがって……」

「グレイ様……」

 (となり)に立つ青髪の女性、ジュビアが気遣(きづか)わしげに彼の肩に手を置くと、グレイは口の中で「チクショウ」と(つぶや)き、(ひたい)に手を当てて続ける。

「それに、一番わからねぇのはあのリゼルって(やつ)だ。『アクノロギアの義兄(あに)』とか、まずハッタリだとしても笑えねぇ」

 アクノロギア。『妖精の尻尾』の聖地・天狼島(てんろうじま)で九年前に行われたS級魔導士(まどうし)昇格試験の(おり)、ルーシィ達が遭遇(そうぐう)した漆黒(しっこく)(ドラゴン)。その魔力(まりょく)は異常なまでに強大で、当時のルーシィ達では(かす)り傷ひとつ付けることさえも(かな)わず、たった一発の咆哮(ブレス)に島ごと消されかけた。

 初代マスター・メイビスが天狼島を凍結封印しなければ、ルーシィたちは今頃(いまごろ)この世の人ではなくなっていたに違いない。

 『妖精の尻尾』の面々にとってアクノロギアとは、『死』そのものにも等しい存在なのだ。

 そこでルーシィは、(あご)に手を当て口を開く。

「それにしても変なのよね……」

「ルーシィさん?」

 近くにいた青髪ツインテールの少女、ウェンディの顔をちらりと見やり、続ける。

「ほら、去年あたし、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』が解散したあと、皆をもう一度集めるんだーっていって、情報を集めて回ってたのは話したよね? その時、いろんなギルドについても調べたんだけど……『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』なんていうギルド、できたって話を聞いたこともないの」

「簡単な話だ」

 ルーシィからはやや離れた位置にいた、肩まで伸ばした(あら)い黒髪の青年・ガジルが、顔じゅうに鉄ピアスをつけた強面(こわもて)()き捨てるように言った。

「アイツらが(やみ)ギルドだってことだろ? そう考えれば何も不思議(ふしぎ)な事ァねぇじゃねぇか」

「でも、あんなに強い奴らなのよ? いくらなんでも評議院が(ほう)っておくはずがないわ」

「──ま〜たハデにやられたのう」

 その時、ギルドの入り口方面から聞こえた声に顔を上げると、白髪(はくはつ)白髭(はくぜん)の小柄な老人が見えた。その隣では、茶髪を頭の後ろで(くく)った青年が両手を(ひざ)に置いて肩で息をしている。

 ギルドいちの駿足(しゅんそく)(ほこ)るジェットが、自身のスピードを高める魔法(まほう)神速(ハイスピード)』でマスターに事態を報告し、そのまま送り届けてくれたのだろう。

「マスター!」

 エルザが()け足で老人の下まで向かうと、その場で悄然(しょうぜん)(うつむ)いた。

「マスターの留守(るす)を守れず、申し訳ありません」

「あぁ()い良い。建物なんぞ(いく)らでも建て直せる」

 謹直(きんちょく)なエルザに対し、マカロフはひらひらと片手を振って応じる。

「ひとまず、何があったか、わしにも詳しく聞かせてくれんか?」

 その言葉に、全員で顔を見合わせて(うなず)きあった。

 

 

      1

 

 

 崩壊(ほうかい)したバーカウンターの手前で、ひと通りの事情を聞き終えたマカロフは難しい顔になる。

「なんとも要領(ようりょう)()ん話だのう……。して、其奴(そやつ)らはいま何処(どこ)に?」

 マカロフの問いにも、エルザは首を横に振った。

「見当もつきません……。魔導士(まどうし)ギルドを名乗るからには、何かしらのかたちで本拠地があるはずなのですが……」

 そこで言葉を切り、顔を上げたエルザの視線を追うと、ギルドの仲間たちの姿が目に飛び込んでくる。

 傷の手当てを受ける彼らの中で、独りタブレット端末(たんまつ)型の魔水晶(ラクリマ)を操作していたアンテナのような髪型の男性、ウォーレンはこちらを見て首を横に振った。

駄目(だめ)だ! 魔導(まどう)レーダーの追跡を読まれたらしい。反応が消えちまったよ!」

「……いかがなさいますか、マスター?」

 エルザが視線を戻すと、マカロフは(うな)る。

「ふぅむ……。家族がここまで傷つけられたんじゃ。いますぐにでも反撃(はんげき)に打って出たいところだが、肝心(かんじん)の居場所が掴めんとなるとなぁ……」

「──事はそう単純ではありませんよ、八代目」

 声は、ルーシィ達の後方から聞こえた。

 振り返ると、そこに立っていたのは薄い桃色(ももいろ)のフリル付きロングドレスに裸足(はだし)、耳のような羽飾りを頭に着けた少女だった。

「おぉ、これは初代」

「単純ではない、とは、どういう意味です?」

 エルザの問いに、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』初代マスター・メイビスは、幼い容姿に似合わない静かな(ひとみ)でルーシィ達を見回す。

「はい、順を追って説明しましょう。──まず第一に『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』などというギルドは存在しません」

「いや、だからそれは(やみ)ギルドだってことじゃ……」

 グレイが困惑した表情で口を(はさ)んだが、しかしメイビスは重々しく首を振る。

「いいえ、違います。現在、魔法(まほう)評議院ではあらゆる手を()くして現存する闇ギルドの名前をリストアップしているそうなのですが……。最低でも過去二年間、そこに『変革の翼竜』という名前が記されていたことは無いのです」

 評議院は現在『イシュガルの四天王』を議長に据えて活動しているが、その中には元『妖精の尻尾』創成期メンバーの一人・ウォーロッドもいる。メイビスの(たの)みとあらば、彼が特別に情報を提供していたとしてもおかしくないだろう。

「でも、現にこうして(やつ)らが(おそ)ってきた以上、評議院が見落としてるってことなんじゃないの?」

「いや、恐らくだがそれはねぇ」

 シャルルの問いに答えたのは、左眼(ひだりめ)の下の十字傷が特徴的な男性、メストだった。彼は記憶操作の魔法(まほう)駆使(くし)して評議院に潜入し、ドランバルトという偽名で二重スパイのような活動をしていた時期がある。

 メストはルーシィたちの近くまで歩いてくると立ち止まり、続ける。

「評議院の諜報(ちょうほう)部にも、数は少ないが俺みたいな奴(ドランバルト)を始めとした魔法を使える職員がいる。まして『イシュガルの四天王』が指揮を()ってる現評議院に見落としなんて、万に一つも無いと思うぜ」

「じゃあ、どういうことなんですか? 本来なら存在しないはずの闇(?)ギルドが突然(とつぜん)現れて襲ってくるなんて……」

 困り顔のウェンディの言葉に議論が暗礁(あんしょう)に乗り上げかけるなか、メイビスがひとつ(うなず)いた。

「はい。私も、初めはそこがわかりませんでしたが、考察を進めるうちにその矛盾(むじゅん)を解消する(かぎ)となるものに思い至りました」

「その『鍵』とは?」

 エルザの問いに、メイビスは(つか)()逡巡(しゅんじゅん)する素振(そぶ)りをみせた後、居住(いず)まいを正して告げる。

「みなさんは、二年前の大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)の後に起きた事件を覚えていますか?」

 その言葉を聞いた途端(とたん)、全員が表情を(くも)らせ、苦々しい顔になった。

 無論、ルーシィも鮮明に覚えている。あの地獄は、そう簡単に忘れられるものではない。

 二年前。七年後の未来から来たというローグの計画により、王都クロッカスは混乱の(うず)(たた)き込まれた。

 彼は初め、王女ヒスイに近づいて言葉(たく)みに彼女の信用を勝ち取ると、王国に襲来(しゅうらい)する一万の(ドラゴン)の群れを迎撃(げいげき)するためといってエクリプスの扉を開かせることに成功する。しかし、彼の(ねら)いは初めから王国の危機を救うことなどではなかった。

 四百年前、つまり竜がいた時代と現代を(つな)ぎ、自分は扉から現れた彼らを操ることで人類を駆逐(くちく)、世界の覇権(はけん)を握ること。

「てことは、あいつらも未来人……?」

 ルーシィの(つぶや)きを、しかしメイビスは肯定(こうてい)も否定もせず続ける。

「それは私にもわかりません。過去と未来、どちらの時間(じく)からやって来たのか。ですが、少なくともエクリプスを使ってやってきた別時代の人間。そうでなければ彼らの存在そのものに説明がつきません。そして未来ローグと同じく、竜を利用してこの世界を手中に収めようとしている」

 エルザが、愕然(がくぜん)と目を見開いた。

「では、ネメシスと名乗ったあの男、リゼルの目的は、未来ローグが招いた惨劇(さんげき)の再演だと……!?」

「けど、エクリプスはあの時、ナツがぶっ壊したろ。どうやって現代に(ドラゴン)を呼び出すっつぅんだ?」

 グレイが問い(ただ)すと、メイビスは我が意を得たりとばかりに力強く(うなず)く。

「そこです。ギルドを襲った二人組の説明では『呼び出す』ではなく『(よみがえ)らせる』という表現を使っていました。もちろん、彼らがエクリプスを修復し、再利用を企てている可能性は捨て切れませんが、まず未知の手段で竜を復活させてくるとみていいでしょう」

「確かに……。王宮の(おく)に隠されているエクリプスの残骸(ざんがい)を、わざわざ持ち出してきて修復するのは目立ちますからなぁ」

 腕組みして(うな)るマカロフを尻目(しりめ)に、エルザも(あご)に手をやり考え込んだ。

「となると、やはり問題なのは(やつ)らの潜伏(せんぷく)先か……。それに、出来れば残る一人のメンバーの能力も、いまのうちに掴んでおきたいところだが……」

「──それなら、(おれ)たちが知ってるぜ」

 その時、不意に横合いから掛けられた声にそちらを見ると、そこには見知った顔ぶれが並んでいた。

 黒髪の青年に肩を貸して立つ金髪の青年と、その(となり)には長い黒髪を二つの団子(だんご)状にまとめた女性。さらに彼らの後ろには水色のショートボブヘアーの女性と、二匹のエクシードの姿まで見える。

 魔導士(まどうし)ギルド『剣咬の虎(セイバートゥース)』。二年前の大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)で『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』と大陸最強の座を争った、一騎当千のつわもの達だ。

「お前たち、ボロボロじゃないか。いったい何が──いや、あえて()くまでもないな。お前たちもやられたのか、『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』に」

 エルザの言葉に、金髪の青年──スティングは苦笑した。

「さすがエルザさん、話が早い。あぁ、そりゃあもう好き放題やられたよ。情けない話だ」

 そこで黒髪の女性、ミネルバが口を開く。

(わらわ)とユキノはその時、依頼(クエスト)に行っていてな。手早く片付けて帰ってみれば、二人が傷だらけになっていて(おどろ)いたぞ。それでも、スティングがどうしてもと言うから、妾の『絶対領土(テリトリー)』でこうして運んできたというわけだ。さすがにひと息にここまでとはいかず、多少の時間は掛かったがな」

「とにかくお二人の手当てをお願いできませんか?」

 切迫(せっぱく)した表情のユキノが言うと、スティングたちに(あわ)てて()け寄ったウェンディが悲痛な顔になった。

「酷い怪我(けが)です。すぐに治療(ちりょう)しないと」

 そのまま、スティングの肩からローグを(あず)かろうとするので、すかさずエルザが手を貸す。続いてグレイがスティングにも介助(かいじょ)が必要か(たず)ねたが、彼は軽く手を上げて辞退(じたい)し、エルザたちに続いて歩いていった。

 

 

「いやぁ、ホントすみません。ただでさえ大変なことになってるのに、俺たちまで世話になって……」

「気にするな。困ったときは何事も助け合いだ」

 『妖精の尻尾』地下一階。今回のようにギルドが機能不全に(おちい)った場合は仮設本部も置かれるフロアの一角で、傷の手当てを受けながら後ろ頭を()くスティングに、エルザが笑って対応していた。

「やっぱり、ここもやられたんだな……。この辺から煙が上がってるのが遠くからでも見えたんで、御嬢(おじょう)に『急いでくれ』って頼んだんだけど……間に合わなかったか……」

 (うつむ)く彼に、ルーシィも微笑(ほほえ)みかける。

「アンタが気にすることないわよ。あたしたち、こういうの慣れてるし」

 スティングは力なく笑みを返すと、心配そうにルーシィの背後、ベッドの方を見やった。

「ローグの容態は?」

「傷の回復はもう終わりましたから、しばらく安静にすれば動けるようになると思いますよ」

 静かに胸を上下させるローグの横から、回復に当たっていたウェンディが即答した。

「そっか、よかった……」

 ()せていた視線を上げたスティングは躊躇(ためら)いがちに口を開く。

襲撃(しゅうげき)に来たのは、どんな(やつ)だった……?」

 その問いに、グレイが状況を簡潔に説明した。

「……んで、そのアトラってやつが爆炎(ばくえん)魔力(まりょく)を発動させやがって、一発ドカンでこのザマだ」

「なるほど……」

「では、こちらからも質問させてほしい。お前たちを襲ったのはどんな奴だったんだ?」

 エルザの言葉に、スティングは「あぁ」といって、静かに語り始めた。

(おれ)たちのギルドを襲ったのも二人だった。片方は逆立(さかだ)った金髪に赤い目のルークって奴だ。使う滅竜(めつりゅう)魔法(まほう)(せい)属性──俺と同じだな。戦ってるときに俺の魔法が食われたから間違いないよ。で、もう一人が──フェニクス。ここを襲ったっていう、水の滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)だ」

「えッ?」

 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の面々から、驚愕(きょうがく)の声が漏れる。

「スティング、それは確かか? もし本当なら、奴は同時に二つの場所にいたことになるんだぞ」

 エルザの問いに、だがスティングは重々しく(うなず)いただけだった。

「俺だって信じられねぇよ。ただ、奴は分身ができるみたいで、ウチに来たのは分身体の方だった。だから多分、こっちにいたのが本体……ってことかと」

 そこまで聞き、エルザは(うで)を組んで(うな)った。

「なるほど。あの言葉はそういう意味だったか……」

 顔を上げ、ルーシィたちを見回しながら続ける。

「お前たち、フェニクスがリゼルと話していた内容を覚えているか?」

「えっと、確か……」

『フェニクス、この様子だと、彼らは……』

『はい、交渉は決裂致しました。『幻影(ファントム)』の反応が消失したため、あちらも同様かと』

 ルーシィは口に手を当て「あッ」と漏らした。

「そうだ。奴はあの時、分身がやられた事を感知していたんだ。しかし、そうなるとかなり厄介(やっかい)だな……」

「どういうことですか?」

 ウェンディの問いに、グレイが答える。

「あのフェニクスって奴は、自分とほぼ同じ戦闘(せんとう)能力をもった分身を自在に出せるうえに、本体から分身がマグノリア(ここ)クロッカス(セイバー)ぐらい(はな)れても、その状態を長時間維持(いじ)できる魔力があるってことだよ。おまけに本体はその間でも平気で戦えるときた」

「そして、こちらは現状、相手が分身か(いな)かを見た目だけで判別する(すべ)がない、という点も脅威(きょうい)だな」

 ミネルバの言葉を、再びエルザが引き取った。

「さらに言えば『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』のメンバーは第四世代滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)。『騎士(きし)聖水(せいすい)』なる魔法薬(まほうやく)の効果で膨大(ぼうだい)な魔力を有するとも言っていた。そのレベルの分身を、果たして何体同時に生成できるのやら……」

 苦い表情をしてエルザがかぶりを振ると、場に重い沈黙(ちんもく)が降りる。

 あとには、フェニクスという名前の魔導士(まどうし)に対する冷たい恐怖だけが残った。

 

 

      2

 

 

 フィオーレ王国、某所(ぼうしょ)

 人目につかない丘の上で、四つの影が並んで立っていた。

「良い眺めだね」

 その中の一人、リゼルはひとこと(つぶや)くと(かたわ)らの青年に問いかける。

「例のものの製造は(はかど)っているかい?」

 すると金髪の青年、ルークは重々しく(うなず)いた。

「あぁ、いまのところは順調だ。しかし欲をいえば、落ち着いて作業に取り組める環境が欲しいな」

「では、マスター」

 フェニクスの言葉に、リゼルもひとつ頷く。

「そうだね、そろそろ始めようか。何しろ()()()()()()()()()()()。いままではそれでも問題なかったが、戦争を始めようというのにこの状態では、戦う相手にも礼節を欠くというものだよ」

 リゼルはそこでゆったりと(うで)を持ち上げると、なぎ払うように振った。

「──岩窟(がんくつ)(りゅう)の大地切断」

 

 

 魔導(まどう)レーダーの受信機に視線を落としていたウォーレンが、不意に驚愕(きょうがく)の声を上げた。

「なんだ!? 西の方角に、巨大な魔力反応が複数! 十、十二……い、いや、どんどん増えてる!」

「敵の部隊かッ?」

 エルザの問いに、しかし彼は困り顔で首を振る。

「わからねぇ。ただ、タイミングから考えて多分そうだろうとしか……」

「──たッ、大変だぁぁッ!!」

 (さけ)びながら、地下への階段を転げ落ちるように()け降りてきたのは、茶髪に狐顔(きつねがお)の男性だった。

「お前ら、外に出てみろ。ヤバい事になってる!」

 マックスの言葉に、ルーシィ達は(たが)いに顔を見合わせると、急いで階段を駆け上がる。

「なんだ、ありゃあ……ッ」

 スティングの(つぶや)きに、ルーシィの視線も空の一点に釘付(くぎづ)けになる。

 そこには(いく)つもの巨大なシルエットが寄り集まり、さらに巨大な構造物を生み出そうとしていた。

「岩が……飛んでる……」

 呆然(ぼうぜん)とした顔のシャルルに続き、エルザも戦慄(せんりつ)して口を開く。

「これが、第四世代の力だというのか……ッ」

 

 

 天変地異。

 リゼルの魔力(まりょく)によって発生した現象を形容する言葉が、果たしてそれ以外に存在するのだろうか。

 不意にフェニクスたちの数十メートル先に、ボッと音を立てて光の柱が二本()き立った。すぐにその二十メートルほど先にまた二つ、光が垂直に伸び上がる。そしてもう一組。さらにもう一組。

 だが、事態はそこで終わらない。

 ボンボンボンッという連続音と共に、広大な平地に(いく)つもの光の柱が突き立つさなか、その周囲の大地に光が巨大なサークルを複数描いた。かと思うや、円形内部の地面が地響(じひび)きを立てつつ浮き上がる。

 地表から分離した円盤(えんばん)たちがゆっくり寄り集まっていくとともに、光の柱があった箇所から岩盤が円柱状に引き抜かれ、徐々(じょじょ)に空の一点に集まっていく。

 やがて複数の円盤は円柱状の岩盤を支柱にして円錐(えんすい)台形に積み重ねられ、巨大な浮遊城を形作った。

 フェニクスは、大規模な魔力の行使を()の当たりにした法悦(ほうえつ)に、微笑を浮かべて拍手する。

壮観(そうかん)ですね。お見事です」

「さしずめ、空飛ぶ要塞(ようさい)、といったところか。確かに素晴らしい魔法(まほう)だ」

 満足げに笑うルークに続き、アトラが両の(こぶし)を打ち合わせて火花を散らした。

「さぁてとぉ、これから思いっ切り暴れられるわけか。(うで)が鳴るなぁ!」

 (ひとみ)をぎらつかせて獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる茶髪の少年に、リゼルは苦笑する。

「残念だけど、すぐには()めてこないよ」

「あぁ!? なんでだよ!?」

「準備を整えるのに少なくとも二、三日は掛かるはずだ。仮にも大陸で一、二を争う魔導士(まどうし)ギルドが無策で()っ込んでくるとは思えない。それに、作戦の実行は次の満月の夜なんだ。(あせ)ることはないだろう」

 リゼルは浮遊城を見上げると、芝居がかった調子で両腕(りょううで)を開いた。

「さぁ、雑談もここまでだ。──ただいまをもって、この浮遊城を我らがギルドとする」

 

 

 浮遊城の最上層まで登ると、リゼルは再度、魔力を発動。足場が隆起して岩の宮殿(きゅうでん)をつくり出す。

 内部に足を()み入れて少し進んだところで、リゼルは肩ごしに振り返った。

「ルーク、家具の用意をお願いできるかな?」

「承知した」

 ルークが腕を突き出して魔力を発動すると、床面の中央に巨大な魔法陣(まほうじん)が展開。なにもなかった部屋の中に円卓と、それを囲むように配置された四脚の椅子(いす)が出現する。

 リゼルが一番奥の席に(こし)を下ろすと、全員が自然にそちら側を上座(かみざ)としてそれぞれ席に着いた。

 と、アトラがいきなり卓を(たた)いて立ち上がる。

「とにかくなぁ、(おれ)は暴れ足りねぇんだよッ。大体、コンビ組む必要あったか? 俺一人ならあんな腰抜けども、速攻(ソッコー)で片付けてきたのによぉ──あ、そうだ。おいフェニクス」

 (わめ)きながら指先を()きつけてくるアトラを、正面に座るフェニクスは(あき)れつつ(にら)み返した。

「なんですか、(やぶ)から(ぼう)に」

「『なんですか』じゃねぇよッ! テメェ、さっき奴らが攻撃(こうげき)してきた時、なんで俺まで守った? おかげでカウンター入れ(そこ)ねたじゃねぇかよ」

「あなたに任せると一人で突っ込むでしょう」

「だから、それのどこが問題なんだよ?」

「僕たちは移籍の交渉に向かっただけです。最終的に戦闘(せんとう)になるのは構いませんが、彼らを(つぶ)すことが目的ではなかったんですよ」

「じゃあギルドぶっ壊して従わせりゃ良かったろ」

 フェニクスは盛大な()め息をひとつ()く。

「話のわからない人ですね。それでは何も始まらないと言ってるんですよ」

「んだとコラ。そもそも、テメェがうだうだ言ってるからちっとも暴れ足りねぇって話なんだがなぁ?」

「それは僕とは関係ありませんね。あなたが暴れ足りないと言うのはいつものことでしょう」

「何が関係ないだぁ? テメェ、一回ぶっ飛んでみるかオイ!」

「──二人ともその辺にしておけ。いつまでも会議が始められん」

 組んだ手に(あご)を落としたルークの言葉に、アトラは(つか)()動きを止め、彼をキロリと睨んだ。しかしすぐさま毒気(どっけ)を抜かれたように大きく舌打ちすると、苛立(いらだ)たしげにどっかと座り直す。

 事の成り行きを見守っていたリゼルは、そこでふっと()みこぼれた。

「ありがとうルーク。じゃあまずは、情報の確認からいこうか。事前情報に間違いは無かったかな?」

 その問いに、ルークはこゆるぎもせず即答した。

「あぁ、こちらは問題ない」

「こちらも同じく。ですが、ひとつ意外だったことを挙げるなら、滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)以外の者が動かなかったことでしょうか。大陸で一、二を争う魔導士(まどうし)ギルドと(うかが)っていたので、それなりの苦戦を覚悟(かくご)していただけに、正直あれには拍子(ひょうし)()けしましたね」

 フェニクスも(こた)えると、リゼルは静かに笑う。

「不自然ではないだろう。滅竜(めつりゅう)魔法(まほう)は本来、竜迎撃(げいげき)用の魔法。そんな力をもった人間同士の戦いに第三者が下手(へた)に介入すれば最悪、足を引っ張ってしまう。僕はむしろ、彼らがそれほどの実力者だからこその適切な判断だと思うね」

 フェニクスは面白(おもしろ)くなさそうに鼻を鳴らした。

 その様子に苦笑してから、リゼルは表情を改める。

「さて、これから僕たちは決戦の日までに万全(ばんぜん)の態勢を整えなければならないわけだが……その前に、特に注意すべき点について改めて話しておこう。皆は二年前の大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)の決勝戦を覚えているかい?」

「はい。確か『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』が優勝し、大陸最強の座に返り()いたとか」

 フェニクスの返答に、リゼルはひとつ(うなず)く。

「その通り。だが問題は、そこに至るまでの過程だ。彼らは試合開始後、しばらく経ってから行動を開始。(ねら)()ましたように次々と接敵(せってき)してポイントを(かせ)いでいった。これは彼らの中にそれ(ほど)の計算力と戦略眼(せんりゃくがん)をもつ者がいることを示している。──もしかしたら、僕たちが四百年前の人間だという事も、(すで)露見(ろけん)しているかもしれないね」

 その言葉に、アトラが腹を抱えて笑い出した。

「おいおい、冗談(じょうだん)キツいぜマスター。いくらなんでもそりゃねぇだろ」

「アトラ、いい加減(かげん)に──」

「いいよ、フェニクス。さすがに僕もその点はアトラに賛成する。ただ、厳重に警戒(けいかい)しようという話さ」

 そこでルークがすっと挙手する。

「ではマスター、(おれ)は作業に戻っても?」

「そうだね。いい出来を期待しているよ」

御意(ぎょい)に」

 そう言ったルークの身体を(まばゆ)い金色の光が包むと、瞬時(しゅんじ)に退席していった。

「次にアトラ、君は今後、作戦当日までこの城の中で過ごしてもらう。なに、君が退屈しないように対策は(いく)らか考えてある」

「おう、そこはよろしく(たの)むぜ」

 アトラが頷くと、リゼルはこちらに向き直る。

「フェニクス、君にはいまから指定するポイントに別の拠点を構えてほしい。しばらくの間、そっちで羽を()ばすといいよ。君の役目は、作戦当日まで敵にプレッシャーをかけ続けることだ」

 その言葉に、フェニクスは不敵な笑みを浮かべた。

「なるほど、そういうことならお任せを。ここからは(むし)ろ目立つように動け、というわけですね」

「あぁ。これより始まるのは(たが)いの心の(けず)り合いだ。僕たちの準備が不完全なことは決して(さと)られてはならない。……とはいっても、彼らに知られた情報はごく少ない。いかに優れた洞察(どうさつ)力の持ち主でも、この段階で僕の能力に気づくのは不可能なはずだ」

 リゼルはその漆黒(しっこく)双眸(そうぼう)に静かな闘志(とうし)の炎を燃やしながら、胸に手を当て薄笑いを浮かべる。

現代(いま)を生きる魔導士(まどうし)諸君のお手並み拝見といこう。『滅竜魔水晶(ドラゴンリンク)』がある限り、僕たち『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』に敗北はない。やがて(きた)るべき滅亡(めつぼう)の日まで、せいぜい足掻(あが)いてみせるがいい」

 

 

      3

 

 

 ルーシィたちが浮遊城を呆然(ぼうぜん)と見上げていると、突如(とつじょ)背後から盛大な爆裂音(ばくれつおん)雄叫(おたけ)び。続けてどさどさと何かが(くず)れるような音が聞こえる。

 振り向くと、ナツが魔力(まりょく)爆発(ばくはつ)させて周囲の瓦礫(がれき)()き飛ばし、直後に他のギルドメンバーに取り押さえられたところだった。

「戦争だああッ! イノシシとワインだか何だか知らねぇが、あんな(やつ)らいますぐぶっ(つぶ)してやるあぁッ」

「落ち着けナツッ」「気持ちは(みんな)同じだ!」「つぅか『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』だよッ」

「うるせぇ、名前とかどーでもいいんだよッ。たった四人で『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』に喧嘩(ケンカ)売るたァ良い度胸してんじゃねぇか! まずはあの城ぶっ壊してやるッ」

「──待ってください、ナツ」

 怒り心頭のナツを、メイビスが引き止める。

「不確定要素が多い現段階で乗り込むのは危険です。せめて一度、情報を整理してからでないと」

「あの……」

 そこでスティングが、おずおずと手を挙げた。

「その意見には賛成だけど……アンタ、(だれ)?」

 彼の言葉に、ルーシィはハッとする。彼女は『妖精の尻尾』メンバーにしか認識できない思念体(しねんたい)と別に、アルバレス帝国との戦争の中で生身の身体を取り戻している。外見には違いが無いので気づかなかったが、先刻(せんこく)から話していたのは後者の彼女だったらしい。

「そういえば、『剣咬の虎(セイバートゥース)』のみなさんには自己紹介がまだでしたね」

 メイビスはひとつ咳払(せきばら)いをすると、にっこり笑って告げた。

「私の名前はメイビス・ヴァーミリオン。詳しい事情は話すと長くなってしまいますが、『妖精の尻尾』初代マスターです」

「「「「「初代マスター!?」」」」」

 『剣咬の虎』の面々が一斉(いっせい)に叫び、スティングが(あわ)てて頭を下げる。

「失礼な口()いてすみませんでしたッ。(おれ)が『剣咬の虎』マスターのスティングです!」

「あぁ、顔を上げてください。気にしていませんよ。あなたたちの事は、二年前の大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)(ころ)から見ていましたし」

「……。……マジで?」

「はい、(おお)マジです」

 さらなる驚愕(きょうがく)にスティングは顔だけ持ち上げた姿勢で固まるが、そんな彼に対してメイビスは悪戯(いたずら)っぽく笑って(うなず)いた。

「あの、初代……そろそろ説明の続きを……」

 マカロフの言葉に、メイビスは表情を改める。

「そうですね。私のことは一旦(いったん)置いておくとして、話を先に進めましょう」

 そこで一度言葉を切ると、メイビスはすっと右手を持ち上げて浮遊城を指差した。

「まず重要なのは、あの城が本当に敵のギルドか(いな)かという点です。──ウォーレン、魔導(まどう)レーダーの反応はいまどうなってますか?」

「ほいきた! 現在、あの城の中に魔力(まりょく)反応は四つ。反応の大きさからいって、まず間違いなくさっきの(やつ)らだろう」

「ということはやはり、あの浮遊城が『変革の翼竜』のギルド……」

 (あご)に手をやり考え込むエルザの言葉に被せるように、再びナツが叫ぶ。

「なら決まりだな、いますぐ皆で突撃(とつげき)だ!」

 しかし、メイビスは重々しく首を振った。

「いいえ、まだです。ここで問題なのは、レーダーの反応を本当に信じて良いものかということ」

「「「?」」」

「先の戦争で、私たちは敵からの強力なジャミングを受け、レーダーを無効化されました。それにより敵の侵攻を許し、窮地(きゅうち)(おちい)ったことがあります。それに、あのリゼルという者の魔力。皆さんは、なにか気づきませんでしたか?」

 その問いに、ルーシィは(うで)を組んで(うな)る。

「そう言われても……。あいつを見てすごく嫌な感じがしたとしか……。あ、そういえば、魔力はあんまり感じなかったかも」

「それにさっき、レーダーの反応が消えたって……」

 シャルルの(つぶや)きに、メイビスはひとつ頷いた。

「はい。これらの情報からわかるのは、リゼルがなんらかの方法でこちらからの魔力感知を正確にできなくしているということです」

「じゃあ、いまレーダーに映ってるマーカーは……」

 ハッピーが言うと、グレイも苦い表情になる。

「まずなにかのトラップだってことか」

「おそらくは。そして、それにもいくらか考えられるパターンはあるのですが……中でも最悪なのは、あの城そのものが(おとり)だというものです。敵は滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)。ならばその弱点も当然熟知しているはず」

 ガジルが(あご)()でながら口を開いた。

「要するに、連中があの城の中にいたら酔ってなきゃおかしいって話か」

「確かに、あれが大きな乗り物だと考えたら──()()()()()戦闘(せんとう)どころじゃないですね、うぷぷ……」

「ちょっと、想像しただけで酔わないのッ」

 ハッとしたウェンディが不意に両手で口を押さえ、シャルルが彼女の背中をさすり始める。

「そういうことです。そして、最も恐ろしいのはその先。敵は、(ドラゴン)を戦争の道具として利用すると宣言しました。私が彼らなら、邪魔(じゃま)な滅竜魔導士の早期排除を真っ先に考えます。城に()めてきたところを閉じ込めれば、竜に(あらが)(すべ)を簡単に(うば)えます」

「んじゃどうすりゃいいんだよッ!?」

 (いま)だ仲間に取り押さえられたままのナツが叫ぶと、メイビスはルーシィ達を見渡した。

「リゼルが指定した次の満月の夜まで、まだ約二週間の時間があります。それまでに何としても準備を整えなければなりません。私の方でも、(すで)にいくつか策を考えてあります。皆の勇気と(きずな)を力に()えて、立ち向かいましょう」

 その言葉に、各々(おのおの)が力強く(うなず)いた。

 そこで視線を上げたルーシィは、すぐ横でミラジェーンが配達員と何事かやり取りしているのに気づく。

 ギルドが崩壊(ほうかい)しているのも意に(かい)さず職務をこなす配達員に感心していると、受け取った封筒(ふうとう)を確認したミラジェーンが怪訝(けげん)な顔をしてマカロフの下に持っていった。

「マスター、何でしょう、これ?」

 マカロフがそれを受け取り開封すると、メイビスも横から(のぞ)き込む。

「むぅ、なんじゃこれは? 差出人(さしだしにん)も書いとらん」

「……あッ、これは……」

「? 初代、どうなさいました?」

 不思議そうな表情のマカロフを尻目(しりめ)に、メイビスはにこやかな笑顔でこちらに手を振ってきた。

「ルーシィ、ちょっと来てください」

 首を(かし)げつつ小走りで駆けていくと、マカロフから手紙を受け取る。

 一読して、ルーシィも思わず()みこぼれた。

「あぁ、これ、あのヒト達からだ」

 ルーシィがギルド内に視線を巡らせると、(みな)空気を察して押し(だま)る。

『ごきげんよう、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の魔導士(まどうし)諸賢。なんて言ってる場合じゃないのか。ちょいと見ない間に、何やらとんでもないことになってるみたいだね。ギルドが爆破(ばくは)されたらしいじゃないか。あたしも耳を疑ったよ。

 わかるよ、なんで知ってるんだって顔してるね? 丁度いい機会だ、顔合わせできてない他の仲間のためにも教えておこう。

 ウチに疾風丸(はやてまる)っていう新聞記者がいたのは覚えてるかい? あいつは人間界の情報も色々と集めてるんだが、なにしろその速度が頭抜(ずぬ)けててね。本気を出せば音速(おと)超えも軽い。そんなわけで(だれ)にも姿を見られずに活動できるんだ。その(あや)(めずら)しく泡食って飛んでくるもんだから何事かと思えば、これだよ。

 ともかく、本題に入ろう。要件は単純だ。是非(ぜひ)ともあんたらの力になりたい。力を合わせて、あんたらを(おそ)った(やつ)らにわからせてやろうじゃないか。どれだけ恐ろしい相手に喧嘩(けんか)売ったのかってことをね。

 ただ、それには大きな問題がひとつある。あたしらを知らないそっちの仲間たちにどう受け入れてもらうか、って話だ。そこで、あたしらを知ってる奴同士でなんとか他の仲間を信用させてほしい。勝手な要求なのはわかってる。だけど、あんたらも味方は多い方がいいだろ? ここはひとつ、よろしく(たの)むよ』

 『親愛なる同胞たちへ、心を込めて』と締め(くく)られた手紙を読み終える(ころ)には、ルーシィの胸に様々な思いが渦巻(うずま)いていた。

 手紙の筆者がレンカであることを疑う余地はないが、この文面からは、如何(いか)にして(ねら)った読み手にのみ意図を伝えるかという苦悩が()み取れる。

 当然だろう。スミレ(やま)の住人たちは、そのすべてが、ヒトならざる妖怪(ようかい)である。いかに彼らが人間に友好的といえど、人間側からすれば『人間(ヒト)ではない』というだけで恐怖や忌避(きひ)の対象となってしまう。最悪、姿を見られただけでもパニックが起こりかねない。

 だからこそ彼らはいま()れている。危機に直面したルーシィ(どうほう)たちを助けたいという思いと、衆目に触れることへの不安の間で。

 この手紙は『妖精の尻尾』全体に向けたものを(よそお)っているが、まず間違いなくルーシィたちに向けて書かれたものだ。肝心(かんじん)な情報が抜け落ちた乱雑な文体も、焦って書いたからというより、わかる者にのみ伝わるように気をつけた結果だろう。

 ここは差出人(レンカ)の頼み通り、自分たちがなんとかしてやらねばなるまい。

「……それで? 読んでくれたはいいが何なんだい、その手紙は?」

 しかめっ(つら)のカナの声で我に返ると、ルーシィは(まなじり)を決して顔を上げた。

「実は、あたしたちからみんなに、伝えておかなきゃならない話があるの」

 ルーシィが、先日の依頼(クエスト)一緒(いっしょ)にスミレ(やま)に行ったメンバーに視線で合図を送ると、彼らも心は決まっているようだった。

 

 

 ルーシィたちが先日の依頼での体験をひと通り語り終えた時、仲間たちが発していたのは困惑(こんわく)のざわめきだった。

「つまり、ルーちゃん達は鬼や妖精(ようせい)と会って、しかも戦ったってこと?」

 目を丸くする小柄な青髪の女性・レビィの問いに、ルーシィはひとつ(うなず)く。

「うん。でも、全然悪いヒトたちじゃないの。あたし達と戦ったのだって、力比べみたいなものだし。そもそもスミレ山の妖怪(ようかい)たちはみんな、人間のことを仲間だと思ってる」

「でもなぁ、鬼ってアレだろ?」「こう、角があって、デカくて、怪力で……」

 いまだ(しぶ)い表情のマカオやワカバの(つぶや)きに、なんといって説得したものか考え込んでいると、(となり)のナツが酒樽(さかだる)に片足を()せて口を開いた。

「大丈夫だ。アイツらは怖くなんかねぇ。(むし)ろすげー良い(やつ)らなんだぞ? 戦った(おれ)たちが言ってんだ、間違(まちが)いねぇ」

「けど、会ったことも無いのに突然(とつぜん)『助けてやる』って言われてもな……」「やっぱ不安だよ、俺」

「ま〜、()いではないか、此奴(こやつ)らを信じてやっても」

 ジェットとドロイが言うなか、助け舟を出したのはマカロフだった。

「仮にこの七人の話が間違っているなら、こうして無事に帰ってきとることに説明がつかん。実際にその者たちに会ってみないことにはなんとも言えんが、家族の言葉は信じるのが、ギルドってもんだろう」

 すると、カナが軽く手を上げる。

「私はマスターの意見に賛成だし、ルーシィたちの話も疑っちゃいないが、あんたら一つ大事なことを忘れてないかい? その手紙に返事を書いたとして、(だれ)がどうやってその山まで送るのさ?」

「あ、そういえば……」

 スミレ(やま)の位置ならルーシィたちが知っているが、それもラグリアの転移(てんい)魔法(まほう)で道のりを省いたからこそ一日で行って帰ってこれたのだ。

 確かカリンの話では、スミレ山は彼女の家から(およ)そ三千キロ。仮にギルドから徒歩で向かうとして、往復に掛かる時間は如何(いか)ほどになるだろうか。

「──そこは(おれ)が引き受けよう」

 そういって進み出てきたのは、メストだった。

「俺の『瞬間移動(ダイレクトライン)』なら、山の座標さえわかれば問題ない。正確な場所はわかるか?」

 その問いに、エルザが簡潔に答える。それを聞いたメストは、眉根(まゆね)を寄せて(うな)った。

「意外とあるな……。一回の『瞬間移動』で限界まで距離(きょり)を稼ぐとしても、俺の魔力(まりょく)()つかどうか……」

 しばし考え込んでいたメストだったが、やがて軽く首を振り、顔を上げる。

「いや、考えても仕方ねぇ。少し時間は掛かるだろうが、できるだけ早く帰ってこれるよう努力しよう」

 話がまとまりかけた──その時だった。

「うわー、何こレ、滅茶(めちゃ)苦茶(くちゃ)だヨ」

「待って。あんまり先に行くと危ないわよ」

 聞き覚えのある声にそちらを見ると、金髪ツインテールの少女が歩いてきていた。後ろには青いドレス姿の女性と、さらにその後ろに赤黒い髪にロングコートの男性が続く。

「あれ、セリナちゃん? カリンにラグリアさんも」

 ルーシィの言葉に、ラグリアは足元の瓦礫(がれき)をどかしながら(ひとみ)に同情の色を浮かべた。

「いやぁ、(ひど)有様(ありさま)だね。見たところ、ギルドの皆は無事なのかな?」

「はい、なんとか。ところで今日(きょう)は、皆さんお(そろ)いでどうしたんですか?」

 ウェンディが答えると、ラグリアは意外そうな表情になる。

「あれ、こっちには話が通っていないのか。てっきり知ってると思ってたんだけど」

 そういってコートのポケットをまさぐると、一枚の封筒(ふうとう)を取り出した。

「僕たちも手紙を受け取ったのさ。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の皆を助けよう、という呼びかけの手紙をね」

「ラグリアさんたちも?」

 ルーシィは聞き返しながらも、ようやく理解する。先ほどミラジェーンに手紙を届けた配達員。届け先の建物が崩壊(ほうかい)しているというのにやけに(きも)()わった人だと思っていたが、考えてみればそれ以前に差出人(さしだしにん)宛名(あてな)も明記していないものを、なんの疑念も(いだ)かずに正確に届けるなど不自然だ。ミラジェーンに手渡す際にひとこと声掛けをしてもおかしくないだろう。

 そして同じような内容の手紙がラグリアとカリンの家にも届いていた。とすると、ここから導き出される答えはひとつ。

 あの配達員こそ、スミレ(やま)の新聞記者・疾風丸(はやてまる) (あや)そのヒトが変装した姿だったのではないか。

 この短時間にラグリアとカリンという、(はな)れた場所に住む二人に手紙が届いていることも、彼女が本気を出せば音速さえ超える飛行速度を出せるというレンカの話で説明がつく。

 こちらの内心など知る(よし)もなく、ラグリアは表情を改めると、続けた。

「だいたいの事情は手紙で読ませてもらったよ。今回の一件、僕たちも力を貸そう。なにか手伝えることがあったら何でも言ってほしい」




今回も、今後の作中での描写にも影響するということで活動報告があります。

まずは細かい部分から。自分はこれまで、作中で扱う『白っぽい髪色のキャラ』をすべて『銀髪』と表現してきました。しかしよくよく調べてみたところ、ここまで大雑把(おおざっぱ)な区分けではイメージを伝え切れていないことに気づきました。
よって『スミレ山編』に登場させた白狼(はくろう)天狗(てんぐ)の髪色の描写を『銀髪』から『白髪』に変更。さらに『剣咬(セイバー)の虎(トゥース)』のユキノも『銀髪』から『水色の髪』に改良しました。ちなみに後者はwikipediaで調べた情報プラス、アニメの色合いを参考にしています。

続いて二つ目は、アシュリーのレンカに対する三人称です。
彼女のモデルが東方Projectのパチュリーですから、彼女のレミリアに対する口調に引っ張られて自然と名前呼びをさせていましたが、今回『お(じょう)様』に修正しました。
そもそも、レンカを名前呼びするのはミレーネだけということで特別感を出していたのに、彼女まで名前で呼び始めると不自然だったんですよね。


さて、今回は色々な設定が複雑に絡み合い、執筆活動も一進一退でしたが、構想自体はある程度まとまっていたお陰で、最終的にはそこそこ納得のいくかたちに落ち着けることができました。
ちなみに次回以降は、長期プロットや描きたいシーンの構想はいくつもあるのですが、細かい描写に未定の部分が割と多いため、相変わらず超絶不定期投稿は改善できそうにありません。
しかしそれでも、自分の思い描く物語をかたちにしたいという意思を強くもって、今後も精進したいと思います。
今回も結構なボリュームになってしまったように思いますが、読者の皆さんは楽しんで頂けたでしょうか?
皆さんのご感想、心よりお待ちしています。

それでわ、しーゆーあげいん!


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第19話 戦友(ともがら)(つど)いて弓張り月

本編に入る前に、今回も少しばかり、活動報告があります。

まずは、第17話から登場したスティングについて。
前回18話において『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』に対するスティングの口調を丁寧語でほぼ統一していましたが、これまでの期間に描写を修正しています。
冥府の門(タルタロス)編』の描写を改めて確認したところ、彼は他ギルドのメンバーに対して敬称はつけていますが、その他はくだけた口調になっていたからです。

次に、第8話にて語られたミレーネの座右(ざゆう)(めい)の文面を変更しました。
というのも、以前の文面ではどうにもリズムが悪く、格好がつかないと前々から気になっていたからです。設定集の該当箇所についてもすでに修正済みです。

それでは本編、スタートです!!


「だいたいの事情は手紙で読ませてもらったよ。今回の一件、僕たちも力を貸そう。なにか手伝えることがあったら何でも言ってほしい」

 ラグリアの言葉に、ルーシィは顔をほころばせた。

「本当ですか? それじゃあ……」

 現状をかいつまんで説明し、スミレ(やま)に手紙の返事を出したい(むね)を告げると、ラグリアはすぐに(うなず)く。

「わかった、それなら僕が届けに行ってくるよ。返事を書き上げるまでは、ギルドの修繕(しゅうぜん)の手伝いでもして待ってるから、準備ができたら声をかけてくれ」

「よろしくお願いします」

「──お、おい、ルーシィ?」

 背後から呼びかけられて振り向くと、メストが困惑し切った表情でこちらを見ていた。

「……あ」

 そこでようやくルーシィも気づく。成り行きでラグリアに任せることになったが、つい先ほど、メストが手紙を届けると決まったばかりではないか。

 しかし訂正しようにも、ラグリアはすでにマカロフと話し込んでいるし、労力や時間的な問題を考えても彼の方が適任だろう。

 そこまでの一連の思考を面と向かってメストに説明するわけにもいかず、ルーシィは苦笑とともに謝罪の意を込めて彼に手を合わせた。

「なんだよ、そりゃあ……」

 事態の流れに置き去りにされたメストが呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていると、(となり)に来ていたエルザが含み笑いをしながらこちらを(のぞ)き込んでくる。

嫉妬(しっと)しているのか?」

馬鹿(ばか)言え。いくらなんでも現役の聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)に出てこられたんじゃ、張り合おうなんて思わねぇよ」

「なんだ、知っていたのか」

「当然だ。新聞とか読んでないのか? あー、確かにあの(ころ)は『冥府の門(タルタロス)』のせいでそれどころじゃなかったか……」

 鼻からひとつ息を吐くと、ルーシィが駆けていった先、赤黒い髪の男性の背を眺めながら続ける。

「ラグリア・オズワルト……あの若さで聖十大魔道に選ばれるとは、相当な腕前(うでまえ)なんだろうさ」

 

 

      1

 

 

「いや、それにしても『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の初代マスターがこんなにお若いとは……。確かに、ウォーロッド様がそのようなお話をされていた気はしますが……」

 改めて詳しい状況説明を受けたラグリアが、苦笑とともに(つぶや)いた。

 それに対し、メイビスは興味津々(しんしん)といった様子で口を開く。

「ウォーロッドを知っているのですね」

「ええ、勿論(もちろん)。彼には評議員の(ころ)からなにかとお世話になってますから。マカロフさんにも、ウォーロッド様から紹介していただきました」

「そういえばそんなこともあったのう」

 ラグリアの言葉に、マカロフもうんうんと(うなず)いた。

 そこで表情を改めると、ラグリアは二人をまっすぐ見据(みす)える。

「それで、本日こちらにお邪魔(じゃま)したのは他でもない。僕たちも今回の戦いに参加させていただきたいというお願いに来たんです」

 マカロフが片眉(かたまゆ)を持ち上げ、メイビスが気遣(きづか)わしげな顔で(こた)えた。

「それは、こちらとしては()(がた)い話ですが……彼女たちも、ということですか?」

 彼女の視線を追うと『妖精の尻尾』のメンバーたちに囲まれ、なにごとか言葉を()わしている女性と少女に行き当たる。

「はい。カリンはトレジャーハンターですが、魔法(まほう)を使うこともでき、ギルド内での実力はトップ。セリナもひと通りの戦闘(せんとう)技術は僕から教え込んであります。本職の魔導士(まどうし)には(およ)ばないでしょうが、戦力としては十分かと」

 メイビスは一度目を伏せると、静かな(ひとみ)でラグリアを見返した。

「……わかりました。あなたの判断を信じましょう。八代目も、それで構いませんね?」

 マカロフも目を閉じたまま考え込むように沈黙(ちんもく)していたが、やがて鼻からひとつ息を吐く。

「──ならぬ。これは戦争、魔導士(まどうし)ギルド同士の争いじゃ。試合や稽古(けいこ)などとは違う、命がけの戦いになるのは必定(ひつじょう)。お前さんだけならともかく、無関係の者や子供を巻き込むわけにはいかん」

 ラグリアは()()るように(うつむ)いた。

「──と、言いたいところだがな……」

「え?」

 顔を上げると、マカロフは先ほどの厳しい声音(こわね)から一転、(おだ)やかな瞳でこちらを見る。

「お前さんの強さはわしもよう知っておる。争い事を好まんお前さんがそこまでいうからには、なにか思うところがあるんじゃろう。構わん、お前さんのしたいようにすればよい」

 ラグリアは深い畏敬(いけい)の念とともに頭を下げた。

「ありがとうございます……ッ」

 彼の(かたわ)らで事の成り行きを見守っていたルーシィは、そこでおずおずと口を開く。

「あの……つまり、どういうこと?」

 ラグリアはこちらに向き直ると後ろ頭を()いた。

「僕が聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)に選ばれたのは去年──現評議院が結成されて間もない(ころ)でね。まだ任命されたばかりで右も左もわからなかったところに、『冥府の門(タルタロス)』に爆破(ばくは)された評議会の再建や新たな人材の確保なんかの混乱期が重なって、それはもう大変だった。僕は元々評議員だったから、重大な仕事も数多く任せられたんだ。なのになかなか期待に応えられず、ずっと悔しい思いをしてきた。

 アルバレスとの戦争のときもそうだ。『イシュガルの四天王』が、この大陸を守るため尽力(じんりょく)してくださっていたのに、僕は他の仕事に追われて参戦することすらできなかった」

「でも、それはラグリアさんのせいじゃ──」

「だからッ。今度こそ、(だれ)かの役に立ちたい。聖十大魔道としてだけじゃない。一人の魔導士として、僕の力、君たちのために是非(ぜひ)使わせてほしいんだ」

 ルーシィはラグリアの瞳に強い光が宿るのを見て、言葉を失って立ち尽くす。

「カリンとセリナについても心配は要りません。彼女たちは十分に強い。もし危なくなっても、僕なら二人を守りながらでも戦えるはずです」

 メイビスが、大きくひとつ(うなず)いた。

「そうと決まれば、各地の魔導士(まどうし)ギルドに応援を呼びかけねばなりませんね。それから政府にも早急に事態を報告しておかなければ」

「しかし……こんな曖昧(あいまい)な情報を提示したところで、いち魔導士ギルドの話を政府が信じるでしょうか?」

 マカロフの言葉にも、少女は毅然(きぜん)と答える。

「なんとしても信じてもらうのです。ここでなにも手を打たず、敵の作戦決行を許せば、(おびただ)しい数の犠牲者(ぎせいしゃ)を出すことになるのですから。戦わずに負ける事態だけは、絶対に()けなければいけません」

 そこでメイビスは表情を(やわ)らげると、周囲に視線を巡らせた。

「なによりもまず、ギルドを直すところからですね」

「あ、そのことなんですが……」

 ラグリアが軽く手を上げる。

「スミレ(やま)で会った鬼の中に、高度な空間操作能力をもつ者がいたんです。彼女に協力してもらえば修繕(しゅうぜん)の手間も省けると思いますよ」

 

 

 三十分後。

「この辺りのはずなんだけど……」

 ルーシィが書き上げた手紙を受け取ったラグリアは独り、スミレ山の(ふもと)に広がる森の中を歩いていた。

 といっても正直、現在地についての確証はない。

 周囲の高木が視界を(さえぎ)るせいで、肝心の橙鬼館(とうきかん)だけでなくスミレ山の方向すらも判然としないのだ。

 ミレーネの能力については初対面時に簡単な説明を受けているため、ラグリアもある程度は仕組みを把握(はあく)できている。

 (ゆえ)に橙鬼館を目指して『空間接続(ディストーションライン)』を発動すれば向こうから見つけてくれるだろうと()んだのだ。

 だが──。

 ラグリアは立ち止まり、顔を上向ける。

 現在、霧は出ていないが、問題はなぜ出ていないかということだった。

 これでは、ミレーネがまだこちらに気づいていないだけなのか、気づいたうえで知人だからと放置されているのか、そもそも自分がいまいる森がスミレ山の麓ではないのか判断ができない。

 やはり、なにかしらの合図が必要だろうか。そんな事を考えつつラグリアが魔力(まりょく)を発動しようと構えた、その時。

「あややや。どちら様かと思えば、貴方(あなた)でしたか」

 聞き覚えのある声がして振り向くと、頭に赤い頭襟(ときん)()せた女性が黒い(つばさ)を羽ばたかせて着地するところだった。

「おや、君は確か、この間の親善試合で実況をやっていた……」

「はい、スミレ(やま)の新聞記者、疾風丸(はやてまる) (あや)です!」

 元気一杯に敬礼してみせる鴉天狗(からすてんぐ)の女性に、思わずラグリアは笑みこぼれる。

「そうだった。それに、今回も世話になったね」

「と、いいますと?」

「僕の家とカリンの家、それから『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』に、(さし)(だし)(にん)不明の手紙が届いていた。彼らには援助を申し出る内容の、僕たちには彼らの救援を呼びかける内容のものがそれぞれ、ね。……君が文字通り飛び回って届けてくれたんだろう?」

 すると文は照れくさそうに頭髪を()く。

「いやぁ、これは恐れ入りました。まさかすべてお見通しとは。流石(さすが)聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)というべき慧眼(けいがん)ですね」

 彼女の大仰(おおぎょう)台詞(せりふ)に、今度はラグリアが苦笑する番だった。

「大したことじゃないさ。スミレ山では、あんなことができるのは君ぐらいなんだろう? 手紙の内容からちょっと類推してみただけだよ」

「なるほど。それで、本日はどんなご要件で?」

 その問いに「あぁ」といってコートのポケットから一枚の封筒(ふうとう)を取り出す。

「手紙の返事を届けにきたんだ。それから他にも頼みたいことがあるから、案内してもらえるかな?」

 文は笑って大きくひとつ(うなず)いた。

「お安い御用です。それでは──」

 そういった(あや)の姿が、不意に土煙(つちけむり)を巻き上げて視界から消える。彼女が持ち前の飛行能力で移動したのだと気づくまで数秒かかった。

 確かにこの速度なら、大抵の人間の目に留まることはないだろう。あるいは敵対勢力に存在を感知する(ひま)すら与えずに偵察(ていさつ)できるかもしれない。

 そこまで考えて、ラグリアはおや、と思う。

 (いま)(がた)自分は館までの案内を求めたはずだが、文は独りで先に行ってしまった。まさか、視認すら難しいこの機動についてこいとでもいうのだろうか?

 と考える間もなく下駄(げた)が砂を()むザッ、という音がして、黒髪の女性が戻ってきた。

「すみません、思わず飛ばしてしまいました。では、改めてついてきてください」

 苦笑とともに頭を下げる文に、笑って首を振る。

「──あら、私がいつ代理を頼んだのかしら?」

 その時、明後日(あさって)の方向から声がした。そちらを見ると、ラグリア達から五メートルほど(はな)れた場所、いままで確かに何もなかったはずの空間が()らぎ、紺色(こんいろ)の二本(づの)の小柄な少女が現れる。それを見た途端(とたん)、文の顔に(おび)えが走った。 

「あッ、いえッ、これは、その……ッ」

冗談(じょうだん)よ」

 鴉天狗の女性に冷たい視線を送っていたミレーネは、だがそこでふっと笑みこぼれると、こちらに向き直って居住(いず)まいを正す。

「話はたったいま聞かせてもらったわ。ウチの当主がお待ちかねよ」

 

 

 ミレーネに通された部屋の、他より一段と深い(だいだい)色の(とびら)をくぐると、二人の鬼が出迎(でむか)えた。

 正面の執務机に腰掛(こしか)けるのは、(ひたい)の中央から伸びる赤い角と、頭の両側から後方に向かい部分的に()ねた栗色(くりいろ)の髪の女性。

 その脇には、黄色のグラデーションが入った派手な赤髪に白黒のメイド服の女性が(ひか)えている。

 彼女たちの表情は暗く、部屋の中には厳粛(げんしゅく)なムードが流れていた。

 ラグリアから手紙を受け取った橙鬼館(とうきかん)当主・レンカはそれを一読し、(わず)かな瞑目(めいもく)の後、静かに口を開く。

「ひとまず、返事を届けてくれたことに礼を言おう。こんなにも早くに、ご苦労だった。それで、あんたがこれを持ってきたってことは、もう『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の様子は見てきたね? いまどうなってる?」

(ひど)有様(ありさま)でした……。建物は完全に崩壊(ほうかい)して見る影もなく……。ただ、ギルドメンバーは全員無事だったそうです。いまは、ギルドの地下フロアで傷の手当てをしていますよ」

「そうかい、それならあたしらも、当面は落ち着いてよさそうだな」

 ラグリアの後半の言葉に、レンカはバーナと二人で顔を見合わせ、かすかに口元をほころばせる。

「それで、僕からも一つお願いが」

「どうした?」

「ギルドの修繕(しゅうぜん)を手伝ってほしいんです。親善試合の後、この館を修復した女性がいましたよね。彼女の力を借りられれば、と思ったんですが……」

「なんだ、そんなことかい。ちょっと待ってな。──アシュリー、お客様がお呼びだ」

 レンカが軽く笑って明後日の方向に呼びかけると、彼女の(かたわ)らに小柄(こがら)な人影が実体化した。しかし、その体の輪郭(りんかく)にはブ、ブ、という不規則なノイズが走る。魔力(まりょく)による立体映像、思念体(しねんたい)だ。

 ナイトキャップのような帽子(ぼうし)を被った紫髪の女性・アシュリーは、ラグリアの姿を認めると(あや)しい笑みを浮かべた。

「あら、この間の大魔導士(まどうし)様じゃない」

「アシュリー、早速(さっそく)で悪いんだが──」

 事情を説明しようとした当主を軽く手で制すると、鬼の魔術師(まじゅつし)は続ける。

「大方の察しはつくわ。事件の(しら)せを受けて『妖精の尻尾』へ向かった貴方(あなた)は、お(じょう)様に手紙の返答を届けるように頼まれた。同時に私の能力ならギルドを修復できると考え、(つか)いを引き受けたその足でお嬢様に話を通しにきた。どう?」

 ラグリアが内心で舌を巻いていると、小さく口を開けたまま固まっていたレンカが爆笑し始めた。

「ははははは、こりゃ参ったね。見事だアシュリー、その通りさ。これからそこのラグリアと一緒(いっしょ)に『妖精の尻尾』に行って、ギルドを直してやってくれ」

「承ったわ。じゃあ、地下図書館まで来て頂戴(ちょうだい)

「お客様をわざわざ歩かせるわけ? あなたがこっちまで出てくればいいと思うんだけど」

 不満げなミレーネの指摘にアシュリーは(つか)()視線を()らしたが、すぐに「待ってるわね」とだけ言い残して思念体を消失させる。

「あ、コラッ」

 ミレーネはひとつ嘆息(たんそく)すると、レンカの方を見た。

「レンカ、アシュリーのトレーニングのスケジュールだけど、今週は倍にしても構わないわね?」

 それに対して、レンカは苦笑を漏らす。

「無いよ、そんなスケジュールは。お前が勝手に組んでるだけで。まぁなんだ、その……程々(ほどほど)にな」

 そこでラグリアも苦笑しつつ割って入った。

「ま、まぁまぁ……僕には転移(てんい)魔法(まほう)もあることだし、そこまで手間じゃないから」

 ミレーネが意外そうに片眉(かたまゆ)を上げる。

「なるほど。それでさっき、いきなり私の索敵(さくてき)範囲内に出てきたわけね」

「あぁ、少し(おどろ)かせてしまったね。それで、そろそろ図書館の位置を教えてもらっても?」

「それなら簡単だよ。ここの真下だ」

 ニッと笑って床を指すレンカに続き、バーナも(あご)に手を当て考え込んだ。

「直線距離(きょり)だと、そうですね……五十メートルというところでしょうか。あの、一応確認なんですが、厳密な座標じゃないと失敗するとか、あります? 壁や床なんかにめり込んだりとか……」

「いや、それは大丈夫。それでは──」

 心配そうなバーナの問いに笑って首を振り、後ろに大きく一歩退()いたところで、レンカが口を開く。

「『妖精の尻尾』の皆に、よろしく頼んだよ」

 その言葉に首肯(しゅこう)をひとつ返すと、ラグリアは魔力(まりょく)を発動させた。

「『空間接続(ディストーションライン)』」

 

 

 ラグリアの転移が無事完了したのを確認してから、レンカは前を向いたまま口を開く。

「いまの魔導士、お前たちはどうみる?」

「素晴らしい人だと思うわ。私たちが人間じゃないと聞いても嫌な顔ひとつせず、少しの動揺(どうよう)も恐怖もみせなかった。間違いなく優秀な魔導士である証拠よ。(あや)の情報通り、この大陸で十本の指に入るという実力は伊達(だて)じゃないわね」

 ミレーネに続き、バーナも笑って答えた。

「それに、親善試合の後はアシュリー様とお二人で館を直していただきましたからね。私のワインセラーやコレクションまで元通りにしたあの能力は、(すさ)まじいものがあるかと」

 レンカは満足げに(うなず)く。

「なるほどね。あたしもひと目見たときから只者(ただもの)じゃない気はしてたが、そんなことがあったとは。救援を呼びかけたあたしの目に狂いはなかったようだね」

 そこで席を立つと、バーナとミレーネの二人を交互に見ながら続けた。

「さて、お前たちもすぐ出かける準備に取り掛かってくれ。なるべく早くアシュリーたちに追いつけるようにしたいね──ッて、あぁッ」

 突如(とつじょ)大声を上げたレンカは、そこで天を(あお)ぎ、(ひたい)に手を当てる。

「あ〜、これはしくじったね……。アシュリーたちが先に行っちまったんじゃ、あたしらは『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』まで歩くしかない。さっき話したとき、そのつもりで動くべきだったよ……」

 頭を(かか)える当主にバーナが苦笑したその時、入り口の方からノックの音が聞こえて振り向くと、そこには先刻(せんこく)『妖精の尻尾』へ向けて館を()ったはずの女性の姿があった。

「あれッ、アシュリー様?」

「お(むか)えにあがりましたわよ、お(じょう)様?」

 ノックした手を上げたままにやりと笑ってそれだけ言うと、アシュリーは溜息(ためいき)()き、(あき)れ顔で続ける。

「私だけ先に行けって言うから、どうするつもりかと思ってたけど、やっぱり戻ってきて正解だったわね。用意ができたら皆で一緒(いっしょ)に出ましょう?」

 その言葉に、レンカは気まずげに苦笑した。

 

 

      2

 

 

 一時間後。

 橙鬼館(とうきかん)の面々が『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』にたどり着いたときには、ギルドはアシュリーとラグリアの魔法(まほう)によって完全に修復されているようだった。

 受付に事情を説明しにいこうとしていると、(おく)からルーシィが明るい笑みを浮かべて駆けてきて、彼女に(うなが)されるまま、酒場を縦断。ギルド最奥(さいおう)()えられたステージに上る。

 レンカたちが、変装用に着ていたフーデッドコートを脱ぎ去り、武力(ぶりょく)魔力(まりょく)をそれぞれ解除して角と(はね)(あらわ)になると、ギルドのあちこちから感嘆のどよめきが上がった。

 続いて、ルーシィたちが『剣咬の虎(セイバートゥース)』のメンバーに向けて改めてこれまでの経緯(いきさつ)を簡潔に。それから鬼と妖精の特徴についての詳しい説明を進めていく。

 そんななかで、青髪オールバックの男性・マカオは(うな)るように(つぶや)いた。

「それにしても、あれが鬼か……」

「なんか、(おれ)らが想像してたのとはいろいろと違ったみたいだな……」

 (となり)に立つ、短く刈り込んだ髪に葉巻(はまき)(くわ)えた糸目の男性・ワカバの言葉に首肯(しゅこう)を返す。

「あぁ……。それに見てみろ、あの一本(づの)(ねえ)ちゃんの服。なんだありゃ、スカートか?」

「まぁシースルーとかいうし、変な格好(カッコ)ってわけじゃないんだろうが、あの体つきであれは……」

 ステージ中央で(うで)を組み仁王立(におうだ)ちする女性・レンカは、()まるべきところは締まり、それでいて全体的にむっちりした身体(からだ)端的(たんてき)にいえばエロい体つきというやつである。

 その引き締まった筋肉を()しげもなく(さら)して体操服のような半袖(はんそで)のシャツとブルマをまとい、その上から半透明のロングスカート、足には下駄(げた)穿()いていた。

「それに比べてその隣の()は、可憐(かれん)というか、(ひか)えめというか……」

「うむ。どっちかってーと『可愛(かわい)らしい』って表現が似合う体型……」

 壇上(だんじょう)で説明を続けるルーシィを気怠(けだる)げに眺めていた鬼の少女の(ひとみ)が不意に動き、キロリとこちらを(にら)んだ──気がした。

「「──ッ!?」」

 ワカバとマカオは(あわ)てて視線を()らし、二人で顔を見合わせた。

「おい、まさかいまの会話聞こえて──ッ」

馬鹿(ばか)言え、この距離(きょり)だぞ。それに声はちゃんと(ひそ)めてたはずだ。そう簡単に聞かれるわけ──」

 次の瞬間(しゅんかん)、ゴ、ゴッという(にぶ)い連続音が(ひび)き、脳内に星が飛ぶ。

「ぐえ……」「あいたァ……」

 ウェーブのかかった茶髪ロングヘアーの女性・カナは、ワカバたちに振り降ろした拳骨(げんこつ)を胸の前でわななかせながら、押し殺した声を出した。

「『鬼は人間とは比べものにならないぐらい五感が優れてる』ってルーシィが説明してたの、聞いてなかったのかい。筒抜(つつぬ)けなんだよエロオヤジども……ッ」

「「ごめんなさ〜いッ」」

 

「人間の魔導士(まどうし)諸賢」

 

 耳に飛び込んできたよく通る声にカナが顔を上げると、壇上のレンカが一歩進み出るところだった。

「改めて、あたしが橙鬼館(とうきかん)当主、レンカ・ハーネットだ。今回は急な申し出にもかかわらず厚くもてなしていただき、心より感謝する」

 一呼吸置いて、ゆっくり首を巡らせる。

「あたしたちが人間(ヒト)でないのは諸賢も知っての通り。不安や心配はあるだろう。だが、諸賢ら人間を同じ星に暮らす同胞(とも)として助けたいというのがあたしたちの総意であることは、どうか覚えていてほしい。

 さて、アースランドはいま危機に直面しているわけだが、あたしは諸賢ならば、この困難に打ち()てると信じている。なぜなら、諸賢は二年前の災厄(さいやく)を乗り越えてきたからだ。その人間たちと共に戦えることを、あたしは誇りに思うッ」

 レンカの後半の言葉に、カナの周囲の者たちが賛意を表すようにざわめいた。

「そのうえで、本日は諸賢の戦いを後押しするべく、ある策を用意してきた。──バーナ」

 レンカが軽く下知(げち)を送ると、(となり)に立っていた二人の女性が彼女と入れ替わるように進み出てくる。

 その片方、派手な髪色が目を引くメイド服の女性は折り目正しく一礼してから口を開いた。

「では、私たちの方から詳しい説明をさせていただきます。私が橙鬼館の地下図書館の司書としてお仕えしているこちらのアシュリー様は、図書館の管理と同時に魔法(まほう)の研究もなさっています。そして研究の結果、我々の力を飛躍的(ひやくてき)に高める(すべ)を考案されました」

 バーナの言葉に、ギルドのあちこちからどよめきが上がる。続きを、アシュリーが引き取った。

「あなたたちは、第二魔法源(セカンドオリジン)という言葉を聞いたことがあるかしら? もし聞いたことがあれば手を上げてみて」

 その言葉を聞いた瞬間(しゅんかん)、壇上にいたルーシィたちが一様に──エルザは平気な顔をしていたが──びくりと体を(こわ)()らせ、そろそろと挙手する。見ればレビィたちチーム『シャドウ・ギア』の面々も緊張した(おも)()ちで手を上げていた。

「あら、あなたたちはみんな知ってるのね。その他は三人だけ、と。わかったわ、ありがとう。それじゃあほぼ全員知らないようだし、いちから説明するわ」

 そこで一度言葉を切ると、アシュリーは正面に向き直り、朗々と語り出す。

「すべての魔導士には、魔力(まりょく)の限界値を決める、器のようなものが備わっているの。その器が空になっても大気中のエーテルナノを体が自動的に吸収するから、しばらくすれば器は再び満たされる。でもここ数年の研究で、その器には普段は使われていない部分があることが判明したの。それこそが第二魔法源(セカンドオリジン)(だれ)にでもある潜在能力。

 ここまでは人間の魔導士についての話だったけど、これはなにもあなたたちに限った話じゃない。私たち妖怪(ようかい)についてもいえる可能性がある。そう考えた私は試行錯誤の末、ついに第二魔法源を誰でも使える状態にする方法を()み出したわ。つまりこれをあなたたちに(ほどこ)すことで、いままでより活動時間を増やし、強大な魔力を使えるようになるというわけ」

 説明を聞き終えたとき、マカオ(父親)(ゆず)りの青髪の少年・ロメオは目を輝かせていた。

「おぉッ、それを受ければ(おれ)たちも一気に強くなれるってことだなッ?」

「あの……」

 その時、レビィがおずおずと手を上げる。

「第二魔法源の解放ならナツが受けてるのを見たことあるんだけどさ……確かそれってすッごく痛いんじゃなかったっけ……?」

 その一言で、周囲の空気に困惑が混じった。

「えぇ、確かに『時のアーク』を活用するやり方ならそうなるのは()けられないわね。でも安心して。私のアプローチは(まった)く違う。痛みをゼロにはできなかったけど、問題なく動ける程度には(おさ)えたわ」

 アシュリーの淡々とした口調に(かえ)って不安を覚え、カナは思わずレビィに耳打ちする。

「ちょ、ちょっと待ちなよレビィ。抑えてやっと問題なく動ける痛みって……その時のナツはいったいどうなってたんだい?」

「え、いやぁ……。そりゃあもう、大声で叫びまくりながらのたうち回ってたよ……」

 青い顔で二の(うで)をかき(いだ)くレビィの返答に、ぞっと背筋に悪寒(おかん)が走った。

「で、でも、いまの私たちが短期間で強くなるには、これしかないんだろうし、痛みについても抑えたって話だから大丈夫だよ、きっと」

 レビィが気丈に笑顔を(つくろ)おうとしているからには、彼女の顔色や(あし)(ふる)えを指摘するのは、(こく)というものなのだろう。

 その時、壇上のバーナが芝居がかった調子で両腕を広げる。

「おわかりいただけたでしょうか、私たちの用意した策とは如何(いか)なるものか。我々が立ち向かうべき敵は、(ドラゴン)を使って攻めてきます。そしてこの場には、六人の滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)。その方たちを含めた私たち全員の能力を底上げすることで、より強い力をもって(むか)()とうというわけです」

 

 

「ホントに、こんな落書きみたいなのが魔力(まりょく)の底上げに役立つのか?」

 マカオの疑惑(ぎわく)の視線も意に介さず、アシュリーは彼の体に模様を描き込んでいた。

「にわかには信じられないでしょうけどその通りよ。いまに理解できるわ」

 アシュリーが魔力を発動するとマカオの全身に描かれた模様が白く発光。マカオが小さく(うめ)く。

「うッ、確かにこれはちと(いて)ぇな……。あ、でもツボを押されてるみたいで効きそう……」

(とう)ちゃん、それは魔力を底上げするためのものなんだから、健康にいいとかはないと思うよ」

 順番待ちをしているロメオの指摘に、アシュリーは小さく笑みこぼれた。

「これの目的は確かにそうだけど、健康にも影響するかもしれないわよ? 魔導士(まどうし)にとって魔力は生命の源にも等しいものなんでしょう?」

 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のギルド内には目隠し用のカーテンが張り巡らされ、その中で男女に分かれた魔導士たちが複数の列をつくっている。列の先頭にはアシュリーを始めとした橙鬼館(とうきかん)の住人たちが待ち構え、流れ作業で全員の体に模様を描いていく寸法だ。

「なんでみんな平気なんだ? (おれ)たちの時は死ぬほど痛かったんだぞ」

「ナツぅ、さっきの説明聞いてなかったの?」

 そこで聞こえてきた声にシャルルが首を横に向けると、青い顔で(ふる)え上がるナツにハッピーが(あき)れ返っていた。

 先日スミレ(やま)に向かったシャルルたち七人──正確には自分とハッピーを除く五人──は二年前の大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)の出場チームメンバーでもあり、紆余曲折(うよきょくせつ)あって第二魔法源(セカンドオリジン)の解放を済ませている。よって、シャルルたちは列に並ばず、少し(はな)れた位置から作業を見守っていた。

 そこでふとあることに気づき、シャルルは仲間たちの列に向けていた視線を横に戻す。

「ハッピー、ちょっと来て」

 手招きでハッピーを呼び寄せると、彼の手を引いて歩いていき、ちょうどロメオに魔力(まりょく)を発動したらしいアシュリーに声を掛けた。

「ねぇ、ひとつ確認したいんだけど」

「どうしたの?」

 小首をかしげるアシュリーに、シャルルはハッピーの顔をちらりと見て、続ける。

「実は私たち、まだ第二魔法源を引き出してもらってないのよね。この身体だし、大魔闘演武には出場できなかったから。それ、私たちにも使える?」

「理論上は対象が生物であれば可能よ。ただ、あなたたちに使うとなると、魔力の流れ方から確認する必要があるわね。人間とエクシードでは、身体構造に違いが多すぎる」

「……。……ちょっと見てて」

 そう言ってシャルルが魔力を発動すると全身が(まばゆ)く発光。やがてネコ耳と尻尾、それから服装はそのままに、白い長髪に猫のかたちの髪留めを着けた少女の姿に変化した。

 『妖精の尻尾』の一時解散中にシャルルが覚えた変身魔法である。

「私はこんなこともできるんだけど、これなら多少は手間も省けるんじゃないかしら?」

 変身を完了すると、普段よりもやや低くなった声で(たず)ねる。

 シャルルの唐突(とうとつ)変貌(へんぼう)瞠目(どうもく)していたアシュリーは──しかし、言下(げんか)にかぶりを振った。

「いえ、やめておいた方がいいわ。その魔法(まほう)、寝てる間も持続させることはできないんでしょう? まして何日も変身したままなんて」

「う……ッ」

「さっきも軽く説明したけど、潜在能力を引き出すのは簡単じゃないの。短期間で無理にやろうとすれば、それこそ『時のアーク』を使う場合のように、想像を絶する激痛と戦う羽目になる。私のやり方では、そのデメリットをよりゼロに近づける代わり、効果が完全に表れるまでに少なくとも二、三日は掛かるわ。焦りは禁物(きんもつ)なの」

 確かに、その説明はこの作業を始める直前に受けている。もし仮に、効果が完全に表れるまでにシャルルが変身したり、反対に変身を解いたりすれば、思わぬ事故を招くかもしれない。

「そう……。──。なら、仕方ないわね……」

 変身を解いたシャルルが思わず(うつむ)くと、アシュリーは(おだ)やかな声で告げた。

「でも安心して。あなたたちの第二魔法源(セカンドオリジン)も、この私『静かなる鬼の魔術師』アシュリーの誇りにかけて、必ず解放してみせるわ。そうしたらあなたの変身魔法も、いまよりもずっと長く維持できるようになるはずよ。それだけ高度な変身ができるなら、本当にひと晩眠ったぐらいでは解けないレベルになるかも」

 

 

      3

 

 

「まだ、模様を体に描かれていないという方、いらっしゃいましたらお知らせください」 

 バーナの指示に、低くさざめいていた話し声が徐々(じょじょ)に収まっていく。

 すべての『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』メンバーにラグリアたち、それからギルドに(つど)った『剣咬の虎(セイバートゥース)』の面々に橙鬼館(とうきかん)の住人たち。全員がその体に刻まれた模様を淡く発光させながら、壇上の鬼の女性たちを見上げていた。

 名乗り出る者がいないのを確認すると、アシュリーはひとつ(うなず)く。

「じゃあ、これで第二魔法源を解放する準備は整ったわ。その模様は、これから数日かけて、あなたたちのもつ魔力(まりょく)の器を成長させていく。その速度には個人差があるけど、二、三日もすれば終わるはずよ。発光が収まって模様も完全に消えたら、あとは普段通り生活してもらって構わないわ。

 ただし、注意点が一つだけ。変身系の魔法(まほう)を使える人、いるでしょう? たとえば接収魔法(テイクオーバー)とか……ドラゴンフォースもそうね。要は、体の構造を変える技を使える人。その人たちは悪いけど、模様が消えるまでの間、魔法の使用を禁止させてもらうわ。

 その模様はあなたたちのいまの状態に合わせて器を成長させるから、急激な変化には対応できないの」

 その説明に、リサーナは思わず後ろにいた巨漢の顔を見上げた。

「てことは私たちはその間、三人とも魔法を使えないわけか……ちょっと大変だね」

 兄・エルフマンは、眉根(まゆね)を寄せて(うな)る。

「しかし、これもより強い(おとこ)になるため。なら、我慢(がまん)するしかねぇんだろうな……」

 (となり)を見ると、姉のミラジェーンも困ったような笑みを浮かべていた。

「数日ぐらいなら、仕事ができなくてもなんとかなるわ。あなたたち、よかったらギルドの酒場、手伝ってくれる?」

「おうッ、(ねえ)ちゃんのためなら喜んで!」

 喜色(きしょく)満面(まんめん)でマッスルポーズを取るエルフマンに苦笑しつつ、リサーナも背伸びをしながら答える。

「そういえばここ最近は依頼(クエスト)に行ってばっかりだったっけ。うん、もちろん私も手伝うよ」

 一方で、稲妻形の二本のアホ毛がある緑色の長髪の青年・フリードは、(あご)に手をやり考え込んでいた。

「そういうことなら、(おれ)も仕事に行くのは(ひか)えた方が良さそうだな」

 フリードが使う魔法は二種類。(あらかじ)魔法陣(まほうじん)を描いておき発動する結界の一種『術式(じゅつしき)』と、対象者に刻んだ文字が現実となる『(やみ)文字(エクリテュール)』である。

 この二つのうちフリードが懸念(けねん)したのは後者。『闇の文字』は自身の肉体強化もできるが、その際に姿形を変化させる技もあるという点だった。

 フリードの(つぶや)きに隣のロングヘアーの女性・エバーグリーンが眼鏡(めがね)ごしにこちらを(のぞ)き込んでくる。

「アンタは『術式』だけでもできる依頼(クエスト)を選べばいいんじゃないの?」

「念のためだ。万が一の時になにが起きるかわからん以上、うっかりでは済まされんからな」

 すると、反対側にいたビックスローも(あき)れたように肩をすくめて両手を開き、鼻まで(おお)うバイザーの下でギルドマークの入った舌を()き出した。

「お前も(こま)けぇこと気にするなぁ。そんなもん、俺ら三人で行って、お前が動けない分は俺とエバでカバーすりゃいいじゃねーか」

 その言葉に苦笑しながらも、フリードはやんわりと首を振る。

「それでもだ。折角(せっかく)の依頼でお前たちの足を引っ張るようでは俺の面目が立たない。なに、所詮(しょせん)は二、三日の辛抱(しんぼう)なんだ。大人(おとな)しく酒場でミラたちの手伝いでもして過ごすさ」

 そこで、アシュリーが再度ギルド内を見渡した。

「他になにか、気になることがある人はいる?」

 スティングがなんとなくギルド内を眺めていると、不意に横合(よこあ)いから足音が聞こえる。

 見ると、長めの黒髪で右目が隠れた青年がこちらに向かって歩いてきていた。

「おぉ、目が覚めたか!」

「ローグ様、体はもう大丈夫なんですね?」

 スティングに続いて顔をほころばせたユキノの問いに、ローグは微笑を浮かべて首肯(しゅこう)する。

「あぁ、この通りだ。もう問題はない」

「ローグぅ〜」

「──ッ。フロッシュ!」

 その時、舌足らずな声とともに桃色のカエルの着ぐるみを着た緑色のエクシードが走ってくるのが見え、ローグは片膝(かたひざ)()いて抱きとめた。

「よかった、お前も無事だったか……!」

「もー怪我(けが)痛くない?」

「あぁ、(おれ)は大丈夫だぞ。心配かけたな……」

 そこで改めて、自分の傷が消えていることや周囲の状況に思い至り、仲間たちの顔を見上げる。

「ところで、いったい何なんだ、この騒ぎは? ここは……『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』なのか……?」

 立ち上がったローグが呆然(ぼうぜん)と首を巡らせていると、明後日(あさって)の方向から声がした。

「──その通りだぜ」

 半裸(はんら)の青年・グレイは、歯を見せてニッと笑う。

「お前らがボロボロで駆け込んできたから、俺たちで手当てしたんだよ。ちなみにお前の怪我を治したのはウェンディだ」

「よかった〜、気がついたんだね」

 安堵(あんど)の笑みを浮かべるルーシィに、まだ少し混乱しつつもローグは向き直った。

「そうか……。それは、世話になったな」

「いえいえ、ローグさんこそ、すっかり元気になったみたいで安心しました」

 苦笑するウェンディの言葉に微笑(ほほえ)みを返しながら、どうにか胸の内に(わだかま)る疑問の解消に努める。

「すまない、まだ頭が混乱していて……。これはどういう状況なんだ? いちから説明してほしい」

 ローグの問いに『妖精の尻尾』の面々は互いに顔を見合わせて(うなず)きあった。

 

 

 その(ころ)壇上(だんじょう)のアシュリーたちも、ローグの登場に気づいていた。お互いに目配(めくば)せをかわすとステージを降り、人混(ひとご)みの中を黒髪の青年に向けて歩いていく。

「初めまして。たったいま、ご紹介にあずかった鬼の魔術師(まじゅつし)、アシュリー・レフィエイルよ。よかったら、あなたも第二魔法源(セカンドオリジン)の解放、受けてみない?」

 ローグはその問いに、力強く頷いた。

「よろしく(たの)む」

「わかったわ。それじゃあまず軽く検査させてもらうわね。それとあなたたち『妖精の尻尾』の魔導士(まどうし)じゃないでしょう? ついでに他の人も確認させてね」

 アシュリーは言いながら目の前にホロキーボードを出現させると、さっそく情報の解析を開始する。

 その時、やや(はな)れた位置で事態の流れを眺めていたミレーネの服の(すそ)が引かれる。

 首を(かたむ)けると、紫色のサイドテールの少女がこちらを見上げていた。

「あら、どうしたの?」

 しかし、彼女はなにも言わず、代わりに手招きするので、ミレーネは少女に顔を寄せる。

 ネフィリムは(めずら)しく真剣な表情をつくると、耳元で(ささや)いた。

「あのね、ここに来たときからちょっと気になってたんだけど、ここ、何人か『黒い人』がいる」

「黒い人?」

 見ると、ネフィリムはこくりと頷く。

「なんていうんだろ、上手(うま)く言えないけど……」

「……。(だれ)が『黒い』と思うの?」

「あの人とか……」

 彼女の視線を追うと、長い黒髪をふたつの団子(だんご)状にまとめた女性に行き当たった。

 ネフィリムの魔法(まほう)常闇の深淵(シャドウ・デプス)』は、影を操るだけでなく、応用すれば対象者の心の(やみ)を感じ取ることもできるらしい。その感度、精度は非常に高く、この力に助けられたこともあるというのが、彼女と共に仕事に行った経験をもつ妖精(ようせい)メイドたちの談である。

 つまり、そのネフィリムが何かを感じ取ったということは、この中にも注意すべき要素をはらんだ人物がいることに他ならないわけだが……。

「──待って」

 その時、不意に耳に飛び込んできた声に顔を上げると、アシュリーが展開したホロディスプレイの一点を見据(みす)えたまま固まっていた。

 ミレーネは何事かと思って口を開きかけたが、彼女はすぐに顔を上げ、視線を振る。(ひとみ)(するど)く細められ、問い(ただ)す声の温度は凍結していた。

「あなたホントに人間よね? なんで悪魔因子なんて持ってるのかしら?」

 一同の表情に緊張が走る。鬼と悪魔の確執については『剣咬の虎(セイバートゥース)』の面々にも先ほど説明を終えている。いま自分たちがどんな状況におかれているのか、彼らもすぐに理解できたのだろう。確か、名前をミネルバといった黒髪の女性が気まずげに視線を外し、彼女を(かば)うように他のメンバーが前に出てくる。

「待ってくれ。これには事情が──」

「私たちの話も聞いてくださいッ」

「──いいよお前ら。(おれ)から説明する」

 そういってスティングは、前に出ようとしたローグとユキノの肩を押しのけて進み出た。

 二年前。大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)の終了後、行方(ゆくえ)(くら)ましていたミネルバは如何(いか)なる経緯を辿(たど)ってか『冥府の門(タルタロス)傘下(さんか)(やみ)ギルド『夢魔の眼(サキュバス・アイ)』に加入。その後ギルドは戦力増強の名目の下『冥府の門』の実質的な襲撃(しゅうげき)を受け、彼女だけが生き残る。

 難を逃れたミネルバは、だがそのまま襲撃の首謀者であるキョウカに捕まり、悪魔に改造されてしまったらしい。らしいというのは、スティングたちもエルザからの手紙──しかもその書き方はお世辞(せじ)にも上手とは言いがたく、ある種の呪物(じゅぶつ)じみたものと化していた──でようやくミネルバの情報を(つか)んだため、詳しい事情までは知らないからだ。

 それから、スティングとローグがミネルバを無事に保護。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』と協力して『冥府の門』も打倒し、現在に至る。

 つまり、現在のミネルバが悪魔因子を持っているのは悪魔による改造の結果であり、不可抗力なのだ──そこまでを、できる限り(いつわ)りなく説明する。

 話を聞き終えた鬼の女性たちは、複雑な表情で()(だま)ってしまった。

「その人、悪い人じゃないよ!」

 彼女たちの背後からそんな声が上がり、振り向いたアシュリーは(おどろ)いたような声を出す。

「ネフィ?」

「だってその人、私がここまで近づかないとはっきり『黒い』って思わなかったもん。本物の悪魔だったらこのギルドに入る前に気づいてるよ」

 ──黒い?

 闇妖精(インプ)の少女・ネフィリムの言葉に、だが鬼の女性たちはいよいよもって手をこまねいてしまった。

 すると、さらに後方から一人の女性が歩いてきて、ネフィリムの頭に手を()せる。

「まぁまぁ、ネフィリムもこう言ってるんだ。そいつを信じる材料としては十分じゃないのかい?」

 なだめるようにレンカがそう言うと、アシュリーは大きくひとつ()め息を吐いた。

「わかったわ。お(じょう)様がそういうなら、私からも異論はなし。ただ──悪魔の力を持ってる人と肩を並べて戦う気にはなれないわね」

 アシュリーに横目で()めつけられ、ミネルバは一層小さくなっていく。

「おいアシュリー、その辺でよさないか」

「事情はたったいま説明したろ。これ以上、俺たちになにをしろっていうんだよ!?」

 レンカとスティングの抗議の声にも、アシュリーは(すず)しい顔で、降参を示すように両手を上げた。

「あら、誤解させたのならごめんなさい。でも、私は協力しないなんてひとことも言ってないし、お嬢様の意見にも異論はないって言ったでしょう?」

「あ?」

 (なぞ)めいた微笑を浮かべる鬼の魔術師(まじゅつし)は、首を(かたむ)けてギルドの天井を見上げる。続いたのは、まったく脈絡(みゃくらく)のない言葉だった。

「今夜はよく晴れそうだったわね。きっと月も綺麗(きれい)に見えるわ」

「「「?」」」

 『剣咬の虎』の面々が揃って頭上に疑問符を浮かべるなか、ミレーネだけが不意にハッとして(となり)に立つ少女を見下ろす。

「……なるほどね。わかったわアシュリー、そういうことならすぐ準備に取りかかりましょう」

 

 

「人間の街って、夜でもけっこう明るいのねぇ」

 スティングたちはアシュリーに連れられて『妖精の尻尾』の正門前まで出てきていた。辺りはすでに日が落ち、街灯が夜道を照らしている。

 振り返ると、正門の内側にあるオープンカフェ付近には『妖精の尻尾』のメンバーが詰めかけ、ちょっとした人だかりになっていた。先ほどの剣呑(けんのん)な空気に気づいた者たちが、自分たちを心配して様子を見にきてくれているのだろう。

「見たことないのか?」

 スティングの問いに、アシュリーは肩をすくめる。

「そりゃそうよ。私たちは人里に降りるとき、人間に変装していくのだけど、こんな夜更(よふ)けに出歩いてたら怪しまれるでしょう?」

 その返答に、それもそうかと(ひと)りごちった。

「それで、(わらわ)はなにをすればよいのだ?」

 ミネルバが(たず)ねるが、アシュリーは微笑を浮かべたまま軽く首を振る。

「いいえ、特になにも。()いていえば、そのあたりにじっと立っててくれるだけでいいわ」

 スティングたちは思わず顔を見合わせた。この鬼は、いったい自分たちをどうしようというのか。

 アシュリーに手で示された付近までミネルバが進み出ると、アシュリーは持っていた本を開いた。

 と、次の瞬間(しゅんかん)、本全体が発光。(すご)い勢いでひとりでにページがめくられていき、同時に(あふ)れ出したいくつもの八面体形の結晶(けっしょう)がアシュリーの周囲に浮遊・旋回(せんかい)し始める。

「な、なんだかよくわかりませんが、キレイですね〜ハイ……」

「フローもそーもう……」

 レクターの(つぶや)きに、フロッシュも呆然(ぼうぜん)としながらも同調した。

「これは『魔法石(まほうせき)』といって、魔力(まりょく)を蓄えている特殊な鉱石の一種よ。さっき『鬼は武法(ぶほう)という力を操る』って説明されてたけど、私はこれのおかげで、武法を利用して魔法(まほう)を間接的に使うことができるの」

 そこまでで一度言葉を切ると居住(いず)まいを正し、正面のミネルバを見据える。

「それじゃあ前置きはこの辺にして、そろそろ始めるわね──ステージ名"アストロラーベ"起動」

 すると不意に景色がぐにゃりと(ゆが)み、一瞬(いっしゅん)の目まいに似た感覚の後スティングたちが顔を上げると、周囲の景色はがらりと変わっていた。

 ところどころに花が咲く草原が広がり、ミネルバの足下には巨大な多角形の石盤(せきばん)。その周囲を高さ五メートルほどの柱状の巨岩がぐるりと取り囲んでいる。

「うおッ、なんだよ、これ……」

 スティングたちが瞠目(どうもく)して周囲を見回していると、アシュリーが淡々(たんたん)と告げた。

「私の空間魔法よ。ホントはこんなステージを設ける必要なかったんだけど、少し明るすぎたからね。あとは雰囲気(ふんいき)づくりと、ちょっとした遊び心。安心して。この草原もあの祭壇(さいだん)も現実とは別の位相にあるから。私が魔力を解けばすぐに消えるわ」

 そこでハッとして、スティングは後ろを振り返る。草原がどこまでも広がっているということはなかったが、間近にいたルーシィたち『妖精の尻尾』の一部のメンバーは影響を受け、狼狽(ろうばい)(あら)わにしていた。

 その時、(かたわ)らのローグが苛立(いらだ)ったように口を開く。

「アンタの力はよくわかったが、そろそろ(おれ)たちにも教えてくれ。御嬢(おじょう)をどうする気だ?」

「説明していただけないのには、なにか理由があるんですか?」

 ユキノの質問に、アシュリーは少し考える素振(そぶ)りをみせた。

「理由がある……というのは少し違うの。でも、そうね……端的に言うと、説明が難しいから、かしら」

「それでも〜なにかこう、ありませんかね? 説明が難しいからといって省かれると、こちらとしても少々不安といいますか……ハイ」

「フローも気になる」

 レクターとフロッシュ、二匹のエクシードに見上げられ、アシュリーは溜息(ためいき)()く。

「申し訳ないけど、実際に見てもらった方が早いわ。その方があなたたちも納得(なっとく)できると思うし」

「まだなの〜? 私はいつでもいいよ〜!」

 スティングたちとミネルバの中間付近にいたネフィリムから声が掛かり、アシュリーは顔を上げた。

「そうね、そろそろお願い。この人たちにあなたの力を見せてあげて」

 その言葉に紫髪の少女がニッと笑い、(つえ)(かか)げる。すると、彼女の漆黒(しっこく)(つばさ)が消えていき、中からクリアグレーの流線形の(はね)が現れた。

「あの羽は作り物だったのか……」

 ローグの(つぶや)きに、ミレーネが小さく笑みこぼれる。

「ネフィの『常闇の深淵(シャドウ・デプス)』は影を自在に操る魔法よ。あの翼は光を遮断(しゃだん)して吸収を(おさ)え、飛行能力を底上げするためのものなの」

「なるほど、十分暗いから(はず)したってとこですか」

 レクターが言うと、ミレーネはかぶりを振った。

「それもあるけど、いまから使う技には集中力が要るから、あの子も真剣なの。しばらくは極力静かにね。失敗するといちからやり直しになっちゃうから」

 ネフィリムは両手で杖を握り込み、目を伏せて集中している。たちまち、環状に並ぶ石柱に向かって(やみ)四方(よも)から迫り、月の光が次第に強まっていく。まるで月がネフィリムの魔力(まりょく)に呼応して、祭壇から光を吸い上げているかのようだ。

 やがて、ネフィリムが動いた。

「『闇照らす月華(ムーン・ライティング)』!」

 カッと(ひとみ)を見開くと、頭上に輝く半月めがけて右手の杖を()き上げる。直後、ひと(きわ)強い月光が祭壇中央に立つミネルバに向けて降り注いだ。

 数秒後、スティングたちは輝きが薄れたことを確認して、咄嗟(とっさ)に上げていた(うで)を降ろす。

 そっと目を開けて首を(めぐ)らせるが、周囲に目立った変化は無いようだった。

「なんだったんだ、いまの……?」

 スティングたちが呆然(ぼうぜん)と見守るなか、ネフィリムとなにごとか言葉を()わしていたミネルバは、そのまま二人してこちらに歩いてくる。

 アシュリーはホロディスプレイを出現させて操作。少しして満足げにひとつ(うなず)くと、空間魔法(まほう)を解除して口を開いた。

「これで私たちの目的は達成ね。たったいま、私の方でも悪魔因子の消滅を確認したわ」

 (あや)うく聞き流しそうになって彼女を見る。

「いま、なんて……?」

 アシュリーはちらりとこちらを見て、告げた。

「ネフィの『闇照らす月華』は、対象者がもつ邪悪な心を消滅させる技よ。基本的に殺意とかの明確な悪意にだけ効果があるんだけど、最近になって悪魔因子を取り除けるらしいことがわかったの」

「あと、出せる力は月の大きさで変わるよ。ホントは満月が一番いいんだ。新月でも使えるけどね」

 ネフィリムが照れ(くさ)そうに笑ったところで、ユキノが口元に手をやり(ふる)える声を出す。

「では、ミネルバ様は……ッ」

「えぇ、彼女の体内の悪魔因子は完全に消滅してる。つまり彼女は本当の意味で人間になった──いいえ、人間に戻ることができたのよ」

 じわじわと感慨(かんがい)()いてきて、気づけばスティングは仲間たちと顔を見合わせて笑いあっていた。

(わらわ)が……人間、に……?」

 そんな声に顔を上げると、ミネルバは自身に起きた奇跡とも呼ぶべき現象にまだ頭が追いつかないでいるらしく、目を見開いたまま固まっている。

 スティングは居住(いず)まいを正し、彼女に向き直った。

「『冥府の門(タルタロス)』との戦いが終わって御嬢(おじょう)が帰ってきた時から、(おれ)はずっとこんな日が来るのを待ってたんだ。いや、俺だけじゃない。きっとギルドの(みんな)も。

 こんな時、なんて言ったらいいのかわからないけど──おめでとう。そして改めて、おかえり。これからも一緒(いっしょ)に、力を合わせて頑張(がんば)ろう」

 続いてアシュリーも、口元に(おだ)やかな笑みを(たた)えて口を開く。

「さっきは嫌味みたいなこと言って、ごめんなさい。私も鬼だから、あなたが悪魔の力を持ってるのがどうにも受けつけなかったの。でもいまは、ネフィ(この子)の技が無事成功したみたいでホッとしてるわ。あなたも素敵な仲間がいるじゃない。……それじゃあ私の方からも改めて、言葉を(おく)らせて。

 ──私たちスミレ(やま)妖怪(ようかい)一同、義によって()()()()()()()の力になりましょう」

 そこまでが限界だった。不意に、ミネルバの表情がくしゃっと(ゆが)む。そのまま天を(あお)ぐと、両目からボロボロと大粒の涙を(こぼ)しながら号泣(ごうきゅう)し始めた。

 その時、背後からどっと歓声(かんせい)が上がる。

 見ると『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の魔導士(まどうし)たちが、満面の笑みで口々に祝福の言葉を叫んでいた。

 その中の一人、金髪の女性が走ってくるとミネルバの手を取り笑いかける。

 まるで自分のことの(ごと)く大喜びするルーシィに苦笑しつつ、スティングも温かい気持ちで胸が満たされるのを感じていた。

 スティングは夜天(やてん)に不気味にそびえる巨大浮遊城を(にら)み据えると、この大陸のどこかにいる宿敵たちの姿を思い浮かべた。

 ──『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』。この戦い、まだ俺たちの負けと決まったわけじゃねぇぞ。

 

 




どうも皆さん、半年ぶりですね。

最近、ようやくアニメの消化を再開し、ギルダーツとオーガストの戦闘が激化していくところまで視聴しました。今後の展開の大筋も軽く調べて粗方(あらかた)知っているのですが、やはり見ると聞くとでは大違い。最終章がどんな結末に向かっていくのか、楽しみですね。

また、これまでの活動中に(いく)らか問題も出ました。
以前、活動報告で、原作メンバー解説を作る予定だという話をしたかと思います。しかし、書き進めていく内に気づきました──あまりにキャラが多い、と。
少し考えれば至極(しごく)当然の帰結なのですが、この企画を考えついた当初は『本作で扱うことが多い人物に絞ってまとめればいい』と楽観視していたのです。
よって、当初は原作設定も簡単にまとめる予定だったこの企画、やはり独自設定の解説に重点をおき、原作設定は基本的にわかって頂いている前提で進めようと思います。
この設定集で原作の理解を深めようとしていた読者の皆さんには申し訳ありませんが、気になったキャラについては各自で情報を集めて頂けると幸いです。もし不明な点が出た場合は、それこそ感想というかたちで自分に質問してください。語彙力(ごいりょく)的にも活動の都合上でも、答えられる範囲で対応致します。

それでわ、しーゆーあげいん!


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第20話 天罰を僭称(せんしょう)する者

まずは恒例、活動報告のコーナーから。

第17話のスティングの戦闘(せんとう)シーンにおいて、技を発動する際の口上をモノローグとして追加。さらに情景を想像しやすいように細かい表現を改良しました。
次に、あらすじの内容を少し加筆修正しました。これまでの内容に加えて、本作の時系列をより明確に説明しています。
最後に、設定集のタイトルを少し改良し、目次を開いた段階で何についての設定をまとめたのかわかるようにしました。
設定を確認する際、また新たに本作を読んだ方がネタバレの危険性の有無を確認する際にご活用ください。

それでは本編、スタートです!!


 『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』による、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)襲撃(しゅうげき)から一夜明けた早朝。

 スティング達『剣咬の虎(セイバートゥース)』のメンバーはマグノリアの宿で一泊した後、ギルドのある王都クロッカスへと帰ることになった。

 出発の直前、見送りのためギルド正門前に集まったルーシィたちに、ミネルバははにかんだような表情で切り出す。

「そなたたちには本当に、感謝してもし切れんな。(わらわ)にまさかこんな日が訪れようとは」

 ルーシィは思わず笑ってしまった。

「それを言うならあたしたちじゃなくて、あっちの鬼のヒトたちに、でしょ。あたしたちはただ見てただけなんだし」

「正確には、この子の技のおかげだけどね」

 ルーシィの目配(めくば)せを受けたアシュリーが微笑(ほほえ)みつつ首を(かたむ)けると、(かたわ)らの紫髪の少女も満面の笑みで口を開く。

「どーいたしまして! ……うん、もう大丈夫。全然黒くないね!」

 確かめるように大きくひとつ(うなず)いたネフィリムは、そこで不意に大きな欠伸(あくび)をした。

「私もう眠くなってきちゃった」

 目をこする闇妖精(インプ)の少女に、バーナが苦笑する。

「あぁ、確かに闇妖精(この子たち)にとってはもうそろそろお休みの時間帯ですね。ネフィちゃん、こちらに」

 (かが)んで両腕(りょううで)を開くバーナだったが、ネフィリムは頭をふらふらさせながらも「んー……ベルクスがいい」と(こた)えた。

 申し出を退けられたメイド長が特に気分を害した(ふう)もなく「そうですか」と笑って身を引くと、気怠(けだる)そうな顔の料理長が入れ替わるように進み出てくる。

「ッたくめんどくせぇな……。めんどくせぇが、まぁこればっかりは仕方ねぇ。──ホラ」

 ベルクスが背を向けて屈むと、ネフィリムは「わぁーい……」といって彼の首にしがみつき、かかえ上げられたところで限界がきたらしい。間もなくすぅすぅと寝息を立て始めた。

「だからなんなんだよ、黒いとか黒くないとか……」

 困惑したスティングの(つぶや)きに、ミレーネがクスクスと笑う。

「『常闇の深淵(シャドウ・デプス)』は、応用すると心の(やみ)を感じ取ることもできるらしいの。この子にはそういう『気の波長』みたいなものが黒いオーラかなにかのように見えてるのかもね」

「はーん……」

 わかったような、わからないような。 

 その時、ルーシィの傍らで事の成り行きを見守っていた緋色(ひいろ)の髪の女性が口を開いた。

「ミネルバ、お前が本当の意味で『闇』を抜け出せたこと、私も心から(うれ)しく思う。これまで(やいば)を向け合うこともあったが、今度は(かた)を並べて戦えるのだ。王国最強と(うた)われたお前の力、頼りにしているぞ」

 口元に笑みを浮かべるエルザの言葉に、ミネルバは(つか)の間ハッとしたような表情になるが、すぐに不敵な笑みを(たた)える。

「大陸最強の『妖精女王(ティターニア)』にそこまで言われては、(わらわ)も期待に応えるほかあるまいな」

 そのやり取りに知らず笑みこぼれていたスティングは、表情を改めると桜髪の青年に向き直った。

「ナツさん、二年前の(ドラゴン)との戦いで、(おれ)はナツさんの言葉に勇気を(もら)った。戦う勇気じゃない。仲間を守る勇気を。ありがとう。ずっとそれが言いたかった。

 そして、今度はアンタらみんなのおかげで新しい力まで手に入ったんだ。この恩は、今回の戦いできっと返すよ」

「へへッ、そっか? ま、お互い頑張(がんば)ろうな」

 くすぐったそうに笑ったナツに続き、ガジルも真剣な顔でローグを見る。

「今度の敵は、未来から来たお前と似たようなことをやろうとしてる。初代はそう言ってた。わかってるとは思うが……」

「あぁ、(おれ)が悪に染まることはもう無い。こいつが(となり)にいる限り、な。ひと回り成長した俺たちの姿、今度こそ(ドラゴン)どもに見せつけてやる」

 スティングにちらりと視線を向けつつローグが首肯(しゅこう)を返したところで、ナツたちの後ろから金髪の巨漢(きょかん)が髪をかき上げながら進み出てきた。

「敵は竜。俺たちは滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)。とくれば、まぁやることは一つだな」

 ラクサスの言葉に、ウェンディも気合十分とばかりに小さく両の(こぶし)を握る。

 ナツは右拳(みぎけん)を左手に打ちつけると、開いた歯の隙間(すきま)から燃える吐息を漏らしてにやりと笑った。

「──リベンジマッチだ。燃えてきたぞ」

 

 

      1

 

 

 スティングたちが『妖精の尻尾』を後にしてすぐ、スミレ(やま)の面々も(いくさ)支度(じたく)のため橙鬼館(とうきかん)へと帰る用意を始める。

 全員が荷物をまとめ終わり、改めてギルド正門前に集まったルーシィたちの前で、アシュリーがなにやら含み笑いをしながら口を開いた。

「それじゃあこれで私たちも帰るけど、歩きだと時間が掛かりすぎるわね。私の空間魔法(まほう)でもかなりの労力を要するでしょう。そこで、ちょっといいことを思いついちゃったの」

 不意に出現させたホロキーボード上に(よど)みなく指を走らせると、少しして顔を上げる。

「ここに来る前も見せてもらったけど、あなたの魔法ってかなり面白い性質があるのね」

 彼女の視線を追うと、いきなり話を振られて戸惑(とまど)う赤黒い髪の男性が後ろ頭を()いていた。

「え、あぁ……面白い、かな? 僕の『具体化(リアライズ)』には(つか)みどころがなさ過ぎて、使ってる(ぼく)自身、困ることも多いんだけどね」

 ラグリアの苦笑に、アシュリーも小さく笑う。

「たしかに、あなたにとってはそうなんでしょうね。でも、(なぞ)が多いものというのは、時に素晴らしい研究資料になるわ」

 そういいながら彼女の開いた本が、(まばゆ)く発光。無色透明な複数の魔法石(まほうせき)を展開した。なにをするつもりかとルーシィたちが見守るなか、静かな声が朝の爽気(そうき)(ふる)わせる。

魔力(まりょく)統合。増幅開始。性質解析完了。転写開始」

 アシュリーの周囲を旋回(せんかい)する八面体形の結晶(けっしょう)たちが不意に発光し始めると、それぞれの光が細長く伸びて(つな)がっていき、空中に複雑な幾何学(きかがく)模様を描き出す。

「空間把握(はあく)。座標固定。……こんなところかしらね。それじゃあ──『空間接続(ディストーションライン)』」

「「「!?」」」

 予想だにしなかった技名にルーシィたちのみならずスミレ山の面々も揃って驚愕(きょうがく)の表情を浮かべていると、鬼の魔術師(まじゅつし)は得意げに笑って口を開いた。

「私の『古代図書館(エンシェントアーカイブ)』は情報管理の武法(ぶほう)よ。こうして一度でも見たことがある技なら、その性質を解析して再現することもできるの」

 その言葉に、レンカが苦笑気味に笑う。

「そういやこういうのはお前の十八番(おはこ)だったね。人間とは久しく会ってないから忘れてたよ」

「とはいえ、独自の解釈で模倣(もほう)するだけだから、厳密には違う部分もあるでしょうけどね。ともかくこれで館まではひとっ飛びよ。さ、そろそろ行きましょう」

 アシュリーの言葉に(うなず)きあうと、スミレ(やま)の面々は空間の境界を三々(さんさん)五々(ごご)にくぐっていく。ある者は軽く手を上げて、ある者は一礼して、ある者はしきりに手を振りながら。

 鬼、妖精、天狗(てんぐ)。すべての妖怪(ようかい)たちがアシュリーのつくり出した空間の境界をくぐるのを見送ってから、ラグリアは後ろ頭を()いた。

「いやぁ、あはは……。まさか僕の技をああも容易(たやす)くコピーするとはね。こんな経験初めてだな」

 (となり)にいたカリンが(うで)組みをしたままにやにや笑いを浮かべる。

「逆の立場なら何度もあったんでしょうね」

「いやいや、他人の魔法を真似(まね)る機会なんてそうそうあるものじゃ──。…………」

 そこまで返したラグリアは、だがそこでなにを思ったか不意に苦笑いを引っ込めると、(あご)に手をやり(だま)り込んでしまう。

「……?」

 カリンが小首(こくび)(かし)げたその時、あさっての方向から声が掛かりルーシィがそちらを見ると、配達員が所在なさげに立っていた。

 すぐミラジェーンが小走りで駆けていくと、封筒(ふうとう)を受け取って二、三言交わしたあと戻ってくる。途中、宛名(あてな)を確認した彼女の(ひとみ)が軽く見開かれた。

「──これ、初代宛てみたいです」

 その一言で、空気に困惑が混じる。現在、メイビスの状態を知っている者はごく少ない。天狼島(てんろうじま)に彼女の墓が建てられて以降、表向きには彼女は死んだと告げられていたし、昨年の戦争に際してメイビス自身の口から真実が語られるまでは、ルーシィたちもその説明を信じて疑わなかった。

 その彼女に、手紙? 一体(だれ)が?

「見せてください」

 裸足(はだし)を投げ出してバーカウンターの上に座っていたメイビスは、感情の読めない静かな瞳でそれだけ言うと、ミラジェーンから封筒を受け取る。

「……ッ。これは……」

 手紙を読み進める少女の顔がみるみる険しくなっていき、やがて手紙を(かたわ)らに置くとバーカウンターから飛び降りた。

「少し、急用ができました。私は出かけてきます」

「出かけるって、どこへ?」

 マカロフの問いに半分だけ振り返ると、メイビスは彼の瞳をまっすぐ見返し、重々しく告げる。

「──ウォーロッドの家です。至急伝えたい話があるので直接来てほしい、と」

「なん、ですと……!?」

 すると瞠目(どうもく)するマカロフの横合いからメストが軽く手を上げて割り込んだ。

「あー、初代、それなら移動は(おれ)に任せてくれ。あの人の家まではそれなりに遠いよな? 急ぎの用事ってことなら、俺の『瞬間移動(ダイレクトライン)』が早いぜ」

「それは助かります。ではあなたもすぐに出発の用意を。……ところで、なぜそんなに必死になっているんですか?」

 不思議そうな表情でメイビスが(たず)ねると、メストは「あッ」といって(ほお)を染める。

「いや、別に必死ってわけじゃあ……」

 ルーシィが笑い出したい衝動(しょうどう)を必死に(こら)えていると、隣のエルザも(かた)を小さく(ふる)わせていた。

 そこで不意に振り向いたメストがこちらに気づく。

「あッ、おいコラ、お前らなぁ……ッ」

 彼が(こぶし)を振り上げてなにかを言う前に、ルーシィは笑いながらエルザとともに一目散に駆け出した。

 

 

 三十分後。

 『瞬間移動』の連発によってメイビスを無事に目的地へと送り届けたメストは、顔を上げたところで知らず()め息をひとつ()く。

 (こけ)むした壁面に連なるなだらかな三角屋根から()き出した巨樹を見上げながら、何度見ても珍妙(ちんみょう)な家だと(ひと)りごちった。

 同時に、メストは自分の呼吸が浅く短くなっていることにも気づく。『瞬間移動(ダイレクトライン)』は一度にあまり長距離(きょり)を移動することができず、連続で発動すると魔力(まりょく)の消費も激しくなってしまうが、おそらくいまの呼吸の乱れはそういうことではないだろう。

 なにしろこれから会う人物は聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)序列四位、『イシュガルの四天王』と呼ばれる大魔導士(まどうし)なのだ。以前から面識があるとはいえ会話したのはほんの数回だし、これで緊張するなという方が無理がある。

 メストは一度深呼吸して気を引き()めた。

「ごめんください。ウォーロッド、いますか?」

 駆けていったメイビスがノックしながら呼びかけると、やがて横合いから声をかけられる。

「おぉおぉ、よく来てくれた。メイビスにメストくんまで。こっちに来るといい」

 見ると、樹木のような頭の老人が首と手だけ出して手招きしていた。家の横手に回ると木製のテーブルに広げられたティーセットが目に飛び込んでくる。

「この(とし)になると、なかなか人と会う機会もないから(さび)しくてね。まして久しぶりの来客がメイビス、貴女(あなた)だということで少し張り切ってしまった」

 こちらに背を向けて、カップに飲み物を()れていたウォーロッドは、そこで振り向くと満面の笑みで着席を(うなが)した。

「ささ、こちらに。まずは茶でも一杯いかがかな? (ワッシ)がこういう時のために保存しておいたとっておきの茶葉じゃ」

 いそいそと座ったメイビスに続いてメストもその(となり)(こし)かける。熱い紅茶が胃に落ちると、緊張がほぐれていくのがわかった。

「ま、これで淹れたお茶だけどな」

 そういって、ウォーロッドが持っていたじょうろを(かか)げてみせたのでメイビスが硬直(こうちょく)する。メストも目を見開いて口に含んでいた紅茶を盛大に()き出した。

冗談(じょうだん)じゃよ、冗談!! わはははっ」

 ()せて激しく()き込みながら、そういえばこんな(ジイ)さんだったなとメストは(かたわ)らで腹を(かか)えて笑い転げる老人を思わず(うら)みがましい目つきで見上げる。

 ひとしきり笑ったウォーロッドが正面の椅子(いす)に座り落ち着きを取り戻したところで、困り顔で笑っていたメイビスが紅茶のカップから顔を上げた。

「……それで、伝えたい話というのは?」

 するとウォーロッドはたったいままでの笑みをすぐさま引っ込め、真面目(まじめ)な顔をつくる。

「うむ。話というのは他でもない。昨夜(ゆうべ)、フィオーレ王国上空に突如(とつじょ)現れた浮遊城についてです。が、その前にひとつ確認を。昨日(きのう)妖精の尻尾(フェアリーテイル)』を(おそ)ったのは滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)のみで構成されたギルド。ここまでは違いありませんな?」

 その問いにメイビスはゆっくり(うなず)いた。

「はい。まだ現時点では(なぞ)が多いですが、そこまでは確かな情報と考えて良いかと。そしてタイミングから考えてもほぼ間違いなく、あの浮遊城も彼らの仕業(しわざ)とみて問題ないでしょう」

 メストは体を(よじ)ると、背後の広大な青空を眺める。ここからではさすがに遠すぎて見えなかったが、あの忌々(いまいま)しいシルエットが晴天の中にぽっかりと空いた穴の(ごと)く浮かんでいる様は出発前に確認していた。

 ウォーロッドは沈痛(ちんつう)げに目を伏せると、やがて(おごそ)かに語り出す。

「そうですか……。では、(ワッシ)(つか)んだ情報をお伝えしましょう。──あれはおそらく、ゴッドセレナの魔法(まほう)と同じ能力によるものです」

「なに……!?」

 メストが(となり)を見ると、これにはさすがのメイビスも目を丸くしていた。

「どういう、ことですか……?」

「アルバレスとの戦争の(おり)(ワッシ)らが(やつ)と交戦したのは覚えてますな? その後、現れたアクノロギアに奴が一撃(いちげき)で敗れ去ったことも。

 戦争が終結してから私らは事後処理のため再び戦場に向かったのですが……ゴッドセレナの亡骸(なきがら)は消えていた。大きな血溜(ちだ)まりの跡だけを残して、忽然(こつぜん)と。

 ここから考えられる可能性は二つ。一つはあの時、奴がまだ生きていて、自力で逃げ出した。あの傷ではいくら奴でもそう遠くへは行けないでしょう。その後どこかの段階で『翼竜(ワイバーン)』のメンバーに救われ、その礼として力を貸している……そんなところでしょうな」

「それは……どうでしょう?」

 そこで、(あご)に手を当てて考え込んでいたメイビスが割り込む。

「私はあの戦争で一度ゼレフに捕まったので、ゴッドセレナについても少し知識があります。まだ彼が生きているとしたら、現時点で姿を見せていないのが気になります」

「ふむ、確かに。隠し玉として身を(ひそ)めるよう指示を受けたとも考えましたが、あれは他人の命令を素直(すなお)に聞くような男ではありませんでしたなぁ。まして相手が会って間もない同郷の人間となれば、大陸最強の男(ゴッドセレナ)が気にくわない指示に従うとは……」

 苦い表情でかぶりを振ると、ウォーロッドはハッとしたような顔になってこちらに向き直った。

「あぁ、それで奴の亡骸が消えていた件ですが、もう一つ考えられるのが……」

「──『翼竜』がゴッドセレナの遺体(いたい)から力を(うば)い、(みずか)らの戦力に変えている」

 メイビスの言葉に、ウォーロッドは深刻そうな表情で首肯(しゅこう)する。

「そういうことになりますな。ゴッドセレナはその身に『(りゅう)魔水晶(ラクリマ)』を埋め込んだ第二世代滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)。魔水晶を抜き取れば簡単に能力を奪えます」

「だとすれば、油断はできませんね」

「?」

 片眉(かたまゆ)をもち上げた老人に、金髪の少女は続けた。

「他者から力を奪う方法はいくつかあります。確かにゴッドセレナの場合は魔水晶を奪うのが一番の近道でしょう。ですがもしも他の方法を使われていた場合、それが今回の戦局に影響する可能性もあります」

「他の方法っていうと……」

 メストが(つぶや)くと、メイビスはちらりと視線をこちらに振ってから指を一本立てる。

「たとえば魔法や道具によって、対象の能力のみ奪う場合。これだけでも注意すべき点は(いく)つもあります。

 まずは、戦闘(せんとう)中にこちらが能力を奪われる可能性。魔力(まりょく)を吸収するだけなら魔法自体が使えなくなるとは考えにくいですが、半端(はんぱ)な攻め方は敵の武器(ぶき)を増やすだけになってしまいます。また、魔法道具による吸収ならその道具に注意を払えばいいですが、魔法だった場合そうもいきません」

 メストは顎をさすって(うな)った。

「敵が能力を奪った方法がわからない以上、戦ってていきなり奪われることもあり得るわけか」

「はい。そしてなにより問題なのは、ゴッドセレナの魔力を(だれ)が奪ったのかすら不明だということ」

「え? そりゃネメシスとかいったアイツじゃ……。──ッ」

 少女の静かな(ひとみ)に見つめられ、ハッと息を飲む。

「本当にそう言い切れますか? 確かに現時点で魔力を発動していないのが彼だけである以上、その可能性はあるでしょう。ですが思い出してください。彼らが飲んだ『騎士(きし)聖水(せいすい)』は、膨大(ぼうだい)な魔力ともう一種類の魔法の獲得、そして滅竜(めつりゅう)魔法とそれの同時使用を可能にする。つまり、滅竜魔法と別の魔法を同時に使えるというだけで、彼らが獲得した魔法が二つだけという保証はどこにもないのです」

「ちょっと待てよ、じゃあ──ッ」

「膨大な魔力を得たというならばなおのこと、『翼竜(ワイバーン)』の誰が他者の能力を奪えても不思議ではありません。最悪の場合、全員が、ということも……」

 メストは固い(つば)をごくりと飲み込んだ。

「そんな……。奴らの潜伏(せんぷく)先を()き止めても、問題がそこまで多くちゃ迂闊(うかつ)に攻め込むこともできないじゃねぇか……」

「だからこそ、リゼルはあんなにも余裕(よゆう)でいられたのでしょう。そして、私たちは残された二週間で、その彼らに勝つための作戦を練らなければなりません」

 そこで、いままで沈黙(ちんもく)してメストたちのやり取りを聞いていたウォーロッドが口を開く。

「なるほど。そういう発想はありませんでしたな。流石(さすが)は『妖精(ようせい)軍師(ぐんし)』メイビス。……ともかく、(ワッシ)から言える確かなことは一つ」

 そこまでで一度言葉を切ると、ウォーロッドはいつになくしかつめらしい顔で告げた。

充分(じゅうぶん)にお気をつけくだされ。今回の敵は到底(とうてい)一筋縄ではいかぬ厄介(やっかい)な相手。ゴッドセレナの魔法を使ってきたこと(しか)り、其奴(そやつ)らは(ワッシ)たちの思いもよらぬ手札をまだまだ隠し持っておりますぞ」

 

 

      2

 

 

 抜けるような青空の下、時折(ときおり)吹くそよ風が砂ぼこりを運んでいく。

 巨岩が点々と転がる荒野の中、(うろこ)模様のマフラーに桜髪の青年が立っていた。(いな)、その表現は正鵠(せいこく)を射たものとはいえないかもしれない。何故(なぜ)なら──。

「ナツーッ、気をつけてね、力加減とか!」

「わかってるって! ──いくぞォッ」

 上空で『(エーラ)』を展開したハッピーが遠巻きに見守る中、ナツが小さな岩山に向けて魔力(まりょく)を発動する。

火竜(かりゅう)握撃(あくげき)ッ」

 岩肌を(つか)んだ(てのひら)から炎を発生させると、爆破(ばくは)。小山は(またた)く間にいくつもの岩に変じて辺りに飛散した。

 ここはハッピーたちの家からマグノリアまでの間に位置する荒野。ナツは点在する岩山の中から手ごろな大きさのものを見つけては破壊して回っていた。

 ちなみに普段よく使う『火竜の鉄拳(てっけん)』は先ほどナツが(はな)ったところ岩山の一つを跡形(あとかた)もなく吹き飛ばしてしまったため、計画を修正して現在に至る。

「よぉし、これだけあれば十分だろ。ハッピー、準備はいいな? (あぶ)ねえ時はちゃんと叫べよ」

「あいさー!」

 こちらを見上げるナツに片手を上げて(こた)えると、彼は歯を見せてニッと笑った。続いて手近な岩を見繕(みつくろ)うと、自分の全身をすっぽりと(おお)い隠してなお余りある大きさのそれを両腕(りょううで)で抱え上げる。

「ふんッ、ぐぎぎぎ……──らぁッ」

 気合(きあい)一閃(いっせん)、ナツは頭の上まで持ち上げた巨岩を直上へ(ほう)り投げた。岩はハッピーの眼前(がんぜん)を高速で通過し、みるみる小さくなっていく。

 間もなく降り注いできた岩を(むか)()ったのは、炎に包まれたナツの右拳(みぎけん)だった。

「火竜の鉄拳ッ」

 (こぶし)がヒットした瞬間(しゅんかん)、無数の破片となった岩がハッピーめがけて殺到(さっとう)。ハッピーはそれらすべてを危なげなくかわしていく。

 これがナツとハッピーの二人で相談して()み出した特訓方法。ナツは投げ上げた岩を(くだ)いて攻撃(こうげき)威力(いりょく)と精度の向上を(はか)り、同時にハッピーは彼が飛ばす破片を()けることで空中での機動力を(きた)える寸法だ。さらには全身運動により二人同時に体力を鍛える──ハッピーについては『翼』の持続時間を伸ばす──効果も(ねら)っている。

 

 

 一方、マグノリアの宿の自室で、ルーシィは腰元(こしもと)鍵束(かぎたば)から取り出した一本の鍵を眺めていた。

 水瓶(みずがめ)から水が()き出す様を(かたど)った金色の美しい鍵。その(なめ)らかな曲線をそっと指でなぞりながら、心の中で語りかける。

 ──あなたがいない間、本当に色んなことがあったんだ。おかげで、あたしも前より強くなったんだよ。

 ──待っててね。前より成長したあたしの姿、すぐに見せてあげるから。

 (あら)たに星霊(せいれい)の鍵を手に入れた星霊魔導士(まどうし)は通常、鍵に紐付(ひもづ)けられた星霊を一度召喚(しょうかん)し、人間界に来られる曜日を聞く必要がある。

 だが『彼女』の場合、事はそう単純にはいかない。アクエリアスを呼び出すには水がある場所でなければならず、どこでもすぐに呼び出せる大多数の星霊とは違って契約(けいやく)する状況にも制限がかかるのだ。

 また、問題はそれだけに(とど)まらない。ルーシィは元契約者なのでアクエリアスの都合をすでに知っているが、同時に彼女の性格もよく知っている。契約を結ぶためとはいえ、それだけのためにコップや湯船を用意すれば間違いなく彼女の逆鱗(げきりん)に触れ、その結果どんな目に()わされるかわかったものではない。

 よってルーシィは彼女とどう契約を結び直したものか、切り出し方を決めかねているのだった。

「とりあえず、いまは少しでも戦いに備えないとね! 始めるよ、プルー!」

「プンプーン」

 自分に言い聞かせるように気合いを入れると、(かたわ)らでこちらを見上げていた生物に声をかける。

 二段の雪だるまに肉球のある手足が生えたような姿のこの生物もまた星霊の一種であり、正式名は子犬座のニコラ。彼らは数多くの個体が存在し、召喚・維持のための魔力(まりょく)消費量が少ないことや容姿から愛玩(あいがん)星霊として人気が高い。ルーシィも自分が契約したニコラをプルーと名付けて可愛(かわい)がっていた。

 ルーシィがその場で座禅(ざぜん)を組むと、(となり)に来たプルーもそのポーズを真似(まね)る。

 魔法(まほう)は精神力と集中力を使う。そして星霊は契約者の強さに比例して人間界での戦闘(せんとう)(りょく)が上がる。

 (ゆえ)にルーシィは瞑想(めいそう)で集中力を高めることで、総合的な戦闘力を強化しようとしていた。

 ちなみに星霊の経験が契約者に直接何らかのかたちでフィードバックされるといった話は聞かないため、プルーが座禅を組む意味は残念ながらまったく無いだろう。しかしその愛らしさで気が()れないようにすることも精神力の強化に(つな)がるかもしれないということで、()えて呼び出したまま好きにさせている。

 

 

 いつも通り椅子(いす)に腰かけ、昼食のステーキを食べていたグレイは、そこで眼前(がんぜん)に座る青髪の女性が食事の手を止めていることに気づいた。見れば、彼女はなにやら浮かない顔をしている。

「どうした、ジュビア? まさか模様(ソレ)、やっぱり結構痛むのか?」

 二年前の大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)出場に際して第二魔法源(セカンドオリジン)の解放を済ませているグレイは、当時の筆舌(ひつぜつ)()くしがたい激痛を思い出して顔を引きつらせながら、ジュビアの全身を淡く発光させている模様を指さした。

 だが、ハッとした表情を浮かべたジュビアはすぐに笑って軽く首を振る。

「あぁ、いえ、そういうわけでは……。ただ、アシュリーさんの話を思い出していたんです」

「あ?」

 その言葉で、グレイも先日の説明を思い返した。

 ジュビアは現在、アシュリーが考案した模様を体に描き、自身がもつ魔力(まりょく)の器の成長を待っている。それには二、三日の時間を要するとのことだが、その(かん)の注意点も(あわ)せて聞いていたはずだ。確か、変身魔法(まほう)接収魔法(テイクオーバー)など体の構造を変える魔法の使用を禁じる、だったか。

「あの注意、ジュビアは関係ないと思っていましたが、改めて考えて気になったんです。ジュビアの場合、どこから体の構造を変えていることになるんだろう、って……」

「あー、なるほどなぁ……」

 彼女の使う『水流(ウォーター)』は、水を自由自在に操るだけでなく、自身の体も水に()えられる魔法だ。しかしそれ故に、どこを境界線として体の構造が変わったと判断するかと問われれば、その返答は困難を極める。

 思案の末、グレイはひとつ(うなず)くと顔を上げた。

「わからねぇことをいつまでも悩んでても仕方ねぇ。その模様が消えるまでは、魔法を使わねぇように気をつけるしかねぇだろ」

「……そうですね」

 その返答で気持ちが少し軽くなり、ジュビアも首肯(しゅこう)を返す。それに、グレイが自分のために頭を悩ませてくれたというだけで胸の奥が温かくなった。

 昼食後は二人で後片付けを済ませて、ひと息ついたところでグレイが両膝(りょうひざ)(たた)いて立ち上がる。

「よし、そうと決まりゃあ早速(さっそく)、修行始めるか。なにしろ日頃(ひごろ)無意識にも使ってるモンを使うなってんだ。万が一にもお前が大変なことにならねぇために、俺がしっかり見張っててやるよ」

 自分の胸を(こぶし)でトン、と(たた)いてみせたグレイの笑顔を見上げながら、ジュビアの頭の中で彼の最後の言葉だけが何度も木霊(こだま)していた。

 ──しっかり見張っててやるよ。

 つまり、アメフラシ村にあるこの家に越してきて間もない頃のように一緒に修行できるだけでなく、その様子を間近で観察してもらえるということだ。そこでひとつの電撃(でんげき)的な(ひらめ)きに見舞(みま)われる。

 それは、とんでもないご褒美(ほうび)なのでは……!?

「グレイ様ったら、そんな大胆な……。はいッ、ジュビアも頑張(がんば)ります! 是非(ぜひ)、今後とも末永(すえなが)くよろしくお願いしますねッ!!」

 ジュビアは上気した(ほお)を押さえて立ち上がりざま、喜色(きしょく)満面(まんめん)でグレイの(うで)に抱きついた。

「だあーッ、どこをどう取ったらそうなるんだよッ」

 

 

 自宅前に広がる草原に立ち、ラグリアは自分の右手に視線を落としていた。

 脳裏(のうり)に、今朝(けさ)のカリンとのやり取りが再生される。

『いやぁ、あはは……。まさか僕の技をああも容易(たやす)くコピーするとはね。こんな経験初めてだな』

『逆の立場なら何度もあったんでしょうね』

『いやいや、他人の魔法を真似(まね)る機会なんてそうそうあるものじゃ──。…………』

 ラグリアは魔法学校を卒業した後、評議院の諜報(ちょうほう)部で(もっぱ)ら事務の仕事に()いていた。任務でたまに必要に(せま)られて戦闘(せんとう)したこともあるが、そんな生活だった(ゆえ)に実戦の経験に(とぼ)しい。ギルドに身を置き、日夜様々な依頼(クエスト)をこなす魔導士(まどうし)などには経験量で遠く及ばないだろう。だが、確かにカリンのいう通りだ。

 数少ない戦闘の記憶を思い返しても、他人の戦い方を参考にした経験はある。そして、実際に他人の魔法を使ったことも。それは学生時代に知識として触れたことのあるものがほとんどで、そうでなければ魔法書(まほうしょ)で扱い方を身につけたものだった。

 しかし自分はそのことが特別称賛に値するとは思えない。なぜなら、それは『知識にあるものを適宜(てきぎ)活用する』という、魔導士に限らず至極(しごく)当たり前に多くの人がやっている行動にすぎないからである。

 ラグリアがアシュリーについて(おどろ)いたのはそこではなく、初めて目にする技さえ模倣(もほう)できるという点だ。一度見ただけの原理もわからない技を、持ち合わせの知識を組み合わせただけで再現など、自分にはできた試しがない。まぁ、彼女の場合『古代図書館(エンシェントアーカイブ)』の性質がその(うで)を支えている部分もあるのだろうが。

 では(ひるがえ)って、自分はどうなのか。

 いま思えば、自分は『具体化(リアライズ)』の性質についてそこまで深く考えたことがなかった。争いを嫌って、戦闘から可能な限り距離(きょり)を置いてきたラグリアは、たとえ実戦の中で問題が(しょう)じようとも、解決するための工夫というものをしてこなかったのだ。

 その時、自宅の玄関が内側から開かれ、金髪ツインテールの少女が顔を出した。

「ラグリア、ごちそーさマ!」

 元気に手を上げる少女に(うなず)きを返してから、そこではたと彼女が出てくるまでに要した時間に思い至る。

「セリナ、あの(なべ)に入ってたカレー、まさか全部食べ切ったのかい?」

 小走りに駆けてきたセリナは、屈託(くったく)のない笑顔で首肯(しゅこう)した。

「うン、美味(おい)しいからどんどんおかわりしてタ」

「そ、そうか。ちょっと作り過ぎたから残りは取っておくつもりだったんだけど、参ったな……」

 ラグリアは苦笑とともに後ろ頭を()きつつ、先ほど途切れた思考を手繰(たぐ)っていく。

 自分にとって戦いとはあくまで非日常であり、生活の一部などではないと思ってきた。だが、これからはそうもいっていられない。

 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の助力をするという決断は、セリナを今回の戦いに巻き込むことと同義だ。

 確かに彼女は精神的に強い。カリンが暮らす魔法(まほう)の森も数回足を運んだだけですぐに怖がらなくなった。そのメンタルを支えているのはやはり寒さや()えなどの直接的な脅威(きょうい)と、迫害や蔑視(べっし)などの精神的な脅威をあまた経験してきたことだろう。それでも、まだ十歳の子供なのだ。

 マカロフの前では『心配ない』と言い切ってみせたものの、その実ラグリアは(おのれ)自身が一番心配していることを強く自覚している。保護者としてセリナを守り抜き、彼女をこの先導いていくためにも、もっと真剣に戦うための魔法の扱い方を模索しなければ。

 用意していた食事を完食してくれたことへの称賛と感謝を述べつつセリナの頭を()でると、彼女はくすぐったそうに笑う。続いて準備運動を始めるよう(うなが)してから、改めて自分の右手に視線を落とした。

 『具体化』で操作できるものの条件は、具体的な形をもたないものや目に見えないもの、(つか)みどころのないものの内でその場にあるもの。そこまではいい。

 では、魔法で出したものはどうだろうか?

 『具体化(リアライズ)』を使う際ラグリアが操ってきたのは基本、自然に存在するものだ。そのため、たとえば洞窟(どうくつ)などで戦うと日光や風が(さえぎ)られて(いちじる)しい火力の低下に悩まされてきた。だが、魔法で出したものを操作できるか(いな)かについては試したことがない。

 数多く存在する魔法の中でも、炎や風、水といった具体的な形をもたないものはかなりの割合を()める。自然に存在するものを操っただけでも(すさ)まじい威力(いりょく)を発揮するこの魔法が、仮に他者のそれにも干渉できるならば、大幅な火力の向上が望めるのではないか。

 セリナに声を掛けようと口を開きかけたところで、ふと別の考えが脳裏(のうり)をよぎった。

 いや、なにも他者の魔法である必要はない。自分も基礎(きそ)的なものであればひと通り使うことができる。

 それなら──。

 ラグリアは(わず)かな黙考(もっこう)(のち)魔力(まりょく)を発動。ごうッという燃焼音(ねんしょうおん)とともに、たちまち紅蓮(ぐれん)の炎が眼前(がんぜん)に出現した。続いて炎の形状を操作。(ただよ)っていた炎はすぐに凝集していき、熔融(ようゆう)する寸前の金属の(ごと)煌々(こうこう)(かがや)くひと振りの剣を形作る。

 いいぞ、とラグリアは内心でほくそ笑んだ。あとはいまの流れをよりスムーズにこなせるよう、稽古(けいこ)の中で練習を重ねていけばいい。

 何気なく火炎剣の(つか)に手を伸ばしたところで、脳が()り切れるかと思うほどの激痛を覚えてすぐさま手を引っ込める。

(あつ)……ッ」

 右手の具合を確認しながら、ラグリアは思わず自嘲(じちょう)気味に笑った。

 『具体化(リアライズ)』で任意の形状に凝縮、また固定した対象は基本的に操作する前の性質を保持する。そしていかに魔導士(まどうし)といえど、自身の魔法(まほう)と同じ属性のものが完全に効かないという事はそうあるものではない。ゆえにこうして自身が発生させたものでも、扱いを間違えばダメージは避けられないというわけだ。

 ──これを実戦で使いこなすには、やっぱりかなりの練習が必要だな……。

「ラグリア、なにしてるノ?」

 顔を上げると、準備運動を完了したセリナが小首を(かし)げてこちらを眺めていた。

「早く稽古始めようヨ」

「あ、あぁ、そうだね。そろそろ始めよう」

 ラグリアが軽く手を振って魔力を解くと、火炎剣は内側から(ほころ)ぶように元の炎の姿に戻り、それもすぐに拡散する。

「今日はどうすル?」

「うん。いままでは主に、セリナが魔力を使いこなすための練習をしてきたね。でもこれからは本格的に、戦うための魔法の扱い方を身につけてもらう。これはセリナが、自分の身を自分で守れるようになるために必要なことでもある。

 僕たちに残された時間は意外と短い。過酷(かこく)な道のりになるだろう。いままでより厳しいことを色々と言うかもしれないが、覚悟はいいかい?」

 その問いに緊張した面持(おもも)ちでごくりと(つば)を飲み込むと、セリナはひとつ首肯(しゅこう)した。

 ラグリアは微笑を浮かべて続ける。

(おど)かすような言い方をしてしまったけど、固くなることはないよ。初めのうちは稽古の内容もこれまでとそう大きく変わらない。まずは、いまのセリナの得手(えて)不得手を確認するところから始めようか。いつも通り好きなように打ち込んできてごらん」

 コートのポケットから本を取り出して構えつつ魔力を発動。視野を拡大すると、開いた本を中心に視界が一気に鮮明になった。

 対するセリナが一度伏せた目を勢いよく開けると、ライトブラウンの(ひとみ)(あわ)い黄色の光を帯びる。自身の体を電気エネルギーに変換したのだ。

 突然、パッとセリナが目の前に現れた。同時に跳ね上がった互いの(うで)ががっぷりと組み合わされ、接触面で(まばゆ)いスパークが飛び散る。

 『具体化(リアライズ)』により思考回転数を増幅していたラグリアの目には、セリナが残す稲光(いなびかり)に近い残像がかろうじて見えていた。

 無論、彼女の機動は視認できた程度で対処し切れるようなものではない。

 『具体化』の性質の一つ、無意識への干渉による自動迎撃(げいげき)能力。意識がセリナの動きを捉えるのに先んじて危険を感知したラグリアの魔力が、彼女の繰り出した攻撃(こうげき)に応じるべく最適な行動を選択。条件反射に近いかたちで突進(とっしん)を押さえ込んだのだ。

 空いた左腕で初撃(しょげき)を難なく受け止めると、セリナは両拳(りょうけん)でラッシュをかけてくる。密着状態から文字通り電撃(でんげき)の速度で打ち込まれるそれらを、ラグリアは自身の魔力に()き動かされるまま正確に(たた)き落とす。

 自身の脳と肉体が、別々の思考を行っているような途轍(とてつ)もない違和感。しかしここで意識を統合しようとすれば自動(オート)迎撃(ガード)の処理にエラーが(しょう)じ、以降のセリナの攻撃をすべて独力で(さば)く羽目になってしまう。防御(ぼうぎょ)を『具体化』の自動操作に(ゆだ)ねつつ、ラグリアは眼前(がんぜん)の少女に意識を集中する。

 一方で、別の感情に起因する不快感に、ラグリアは内心で(まゆ)(ひそ)めていた。

 実のところ、ラグリアが自身の『具体化(リアライズ)』や戦いを嫌う大きな理由のひとつが正にこれである。どれだけ周囲から高い評価や称賛を受け、それが正当なものであると頭で理解できていても、心のどこかで常に疑念が付きまとう。自分は『具体化』の性質に身を任せているだけで、結局はなにもしていないのではないか、と。

 事実、この自動操作能力があるせいで、ラグリアは自身の戦闘(せんとう)をどこか他人事(ひとごと)のように感じてしまうことがある。そして戦闘以外でも、どこまでが自分の意志でどこからが操作による行動なのか、その判断は非常に困難だ。(ゆえ)にラグリアはいつしか自身に向けられる評価を『具体化』の性質に対するものとすり()える(くせ)をつけてしまった。それでも、この力を使わなければセリナを、カリンを、自分の大切な人たちを守ることができない。

 だからこそ、いまからでも(うで)を磨く必要がある。

 (だれ)かの役に立ちたい。そしてそれ以上に自分の大切な人たちを守りたい。

 たとえ、いまは自分の力を好きになれずとも、この性質をより深く知り、より上手(うま)く扱うことでその願いが(かな)えられるというなら、(ぼく)は──。

 

 

      3

 

 

 スミレ(やま)の頂上に建つ橙鬼館(とうきかん)内には、普段とは違い緊張(きんちょう)感を(はら)んだ空気が流れていた。

 一時間ほど前、レンカたち『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』へ向かっていた一団が帰宅。すぐに橙鬼館に勤めるすべての妖精(ようせい)メイドたちが集められ『妖精の尻尾』襲撃(しゅうげき)顛末(てんまつ)と、反撃(はんげき)のための作戦の説明を受けた。

 その後、アシュリー主導で一人ずつ魔力(まりょく)の器を成長させる模様を全身に描き込まれ、現在に至る。

「──以上のように、現在、人間界は存亡(そんぼう)の危機に(ひん)しています。我々は人間との友好関係にある者としてこれを見過ごすわけには参りません」

 スミレ山の(ふもと)に点在する簡易訓練場へと集められた『白狼(はくろう)(たい)』ことメープルたち警備員は、上司である(からす)天狗(てんぐ)疾風丸(はやてまる)(あや)がいつになく真剣な調子で読み上げる連絡を静かに聞いていた。

「よって今後は各々(おのおの)が魔力の器の成長を待つ間、より一層(いっそう)鍛錬(たんれん)(はげ)むように。……以上が、レンカさんからのお言葉になります。いまこそスミレ山の妖怪(ようかい)が再び一丸となって困難に立ち向かうときなのです。私たち広報部も、総力を上げて敵の情報収集に当たるようにとのお達しがありました。人間たちを助け、少しでも彼らの勝利に貢献(こうけん)できるように、各自全力を()くして参りましょう。──ではこれにて、(さん)ッ」

 文が手に持っていた葉団扇(はうちわ)──各所を鉄で補強した立派な武器(ぶき)であり、正式名を『鉄葉扇(てつようせん)』という──を音高く横なぎに振ったのを合図に、メープル達は一斉(いっせい)にその場で軽く(ひざまず)くと、みな思い思いの方角へ大きく()んで風景に溶けた。

 

 

 規則的に連続する金属音が(いく)つも飛び()い、手狭(てぜま)な室内に満ちる。それに重なるのは、やや(はな)れた場所で絶えず回り続ける回転砥石(といし)(うな)り。

 ()(ほう)り込んでいた金属素材(インゴット)が充分熱せられたのを確認すると、ヤットコを使って金床(アンビル)の上へ。

 愛用のハンマーを一定のリズムで振るいながらも、鍛冶妖精(レプラコーン)のニクロの心は重く(ふた)がれていた。

「はぁぁぁ……」

 長い()め息をつきながらも右手だけは半ば自動的に動かし続けていると、やがて横合いから叫び声。

「ちょっとニクロッ、手元見てないと危ない!」

「わあぁ、ごごごめんッ」

 思わず背筋が伸びる。

 それからしばらくは、リズミカルな鎚音(つちおと)にのみ意識を集中させた。

 数分後、ニクロがつくり上げた剣を手にとって検分していると、先ほどから少し離れた位置で自分の作業を見守っていた人物が歩み寄ってくる気配。

「まったく、今日(きょう)()め息ばっか()いてどうしたってのよ? 少しは元気出しなさいよ」

 顔を上げると、(あき)れ顔でこちらを(のぞ)き込む少女と目が合った。ベビーピンクのショートヘアーに赤い(ひとみ)。背には──彼女が鍛冶妖精であることを示す──先端が歯車のような形状になった銀色の(はね)がある。

 彼女の名前はガーネ。ニクロの同僚(どうりょう)にして友人の戦槌遣い(メイサー)だ。

 ガーネの問いに、ニクロは眉根(まゆね)を寄せて唸る。

「うぅ……だって、あんな連絡されたら(だれ)だって不安になるよ……」

 (いま)(がた)研磨(けんま)を終えた武器(ぶき)満載(まんさい)した(かご)(わき)に置くと、ガーネはやれやれというように金属光沢のある髪を左右に振った。

「泣き(ごと)言ったってしょうがないでしょ? それに、あたしたちはいままでにも何回かこういうことを乗り越えてきたじゃない。今回だって(みんな)で力を合わせればきっとなんとかなるわよ」

「でも、今回の敵は(ドラゴン)だよ? 四百年前にこの世界を支配してたっていう、あの……。そんな(やつ)らに剣や(やり)なんかで(かな)うはずが……」

「あぁもう、うるさいッ。いい? このスミレ(やま)には鬼っていうとっても強い味方がいるでしょ? それに妖精(あたしたち)だって魔法(まほう)があるんだし。なにも武器一本持って()っ込めなんて言われたわけじゃないんだから、そこまで不安がることないのよ」

 ニクロが眺めていた注文表を(うば)い取ると、(となり)(こし)を降ろしたガーネは出来の悪い弟を(はげ)ますような調子で続ける。

「それと、ただの武器じゃ駄目だとしても、鍛冶妖精(あたしたち)が言われた通り造らなきゃ満足に戦うこともできなくなっちゃうじゃない。大変ならあんたの分まで手伝うからさ、ほら、頑張(がんば)ろ?」

 ニクロはその言葉に小さく(うなず)きを返した。

「ありがとうガーネ。確かにそうだね。僕たちは自分たちにできる仕事をすればいい。いや、そうするしかないんだ」

 確かめるように首肯(しゅこう)を繰り返していると、突如(とつじょ)背中を強く(はた)かれ、思わず(うめ)き声が漏れる。

「その通り、よく言った! わかってるじゃないの。それじゃあ気を取り直して、仕事に戻るわよ!」

 注文表とにらめっこし始めた友人の手荒い激励(げきれい)に、ニクロは胸中で改めて謝意を告げるのだった。

 ──けど、いまのはちょっと痛いよ……。

 

 

 薄暮(はくぼ)

 (かたむ)き始めた太陽が長い影を投げる石畳(いしだたみ)の上を、一人の少年が歩いていた。

 たまにすれ違う通行人は別段こちらを気に留める(ふう)もなく、ただひたすらに歩き過ぎていく。きっと彼らはこれから伴侶(はんりょ)や子供が待つ家に帰り、温かい食事にありつくのだろう。

 まるで普通だ。いつの時代も変わらずそこにある、人々の平穏な生活風景。およそ二週間後に世界の危機が迫っているようにはとても見えない。

 少年は歩きながら、ちらりと自分を見下ろす。

 現在、自分が着ているのはとある魔術(まじゅつ)学院の制服だ。あまり名は通っていないがその歴史は古く、遠く離れた地方から足を運ぶ生徒も多いと聞く。

 しかし、自分はその学院に名義上在籍(ざいせき)しただけで、本当は一日たりとも通ったことがない。こうして街中を大っぴらに歩きやすくするため与えられた偽造品だが、それに気づく者が現れることは永遠にない。

 仮に、これがどこかの学院の、あるいはその学院の制服だとわかる者が自分を見ても『勉強や課外活動で帰りの遅くなった学生』だと考える程度だろう。

 少年──フェニクスは内心でほくそ笑みながら、道行く人々にそっと(あわ)れみの眼差(まなざ)しを向けた。

 自分のような若者が、世界を破滅(はめつ)に導く大掛かりな計画に加担していると言って、(だれ)が信じるだろうか。

 (おだ)やかな風が(ほお)を撫で、靴の裏がコツコツと石畳を規則的に(たた)く。フェニクスは町を離れ、ひとけのない海辺までやってきていた。

 一歩進むごとに足が沈み込む砂浜にやや難儀(なんぎ)しつつまっすぐ大洋へ歩み寄る。と、その速度を緩めるでもなく片足を海へと()み出した。

 革靴の底が海面に触れ、足が()かる──その寸前、フェニクスの足を起点に群青(ぐんじょう)色の氷が出現した。もう一方の足も踏み出すと、その前方に新たな氷が生成・展開される。

 海の青よりも(あお)い氷はフェニクスの歩みに合わせて前方に次々と伸長していき、道なき水面(みなも)(きら)めく群青の絨毯(じゅうたん)をつくり出した。

 そのまま海上を凍結させつつしばらく歩いたところで、フェニクスはふと足を止め、背後を振り返る。

 この辺りなら多少フェニクスが物音を立てたとして近隣(きんりん)の住民に聞きとがめられる心配はなく、またこの時間に目立つ行動に出たとて翌朝(よくあさ)まで気づかれることもないだろう。

 フェニクスはその場で片膝(かたひざ)()き、静かに丹田(たんでん)に力を込めると、あくまで慎重(しんちょう)魔力(まりょく)を高めていく。

 そして──限りなく静かに、()()は始まった。

 フェニクスの突いた右手を中心として、氷が放射状にその面積をじわじわと拡大していく。ある地点まで拡がったところで、今度は地鳴りとともにその表面に無数の氷の柱が生えてきた。それらは水平方向に(かべ)を伸ばしながら、ゆっくりとひと塊の構造物を組み上げていく。

 拡大し続ける土台の上で、刻一刻とかたちを変えていく氷たちがさらに何層も積み重なり、やがてこの国の王宮・華灯(かとう)(きゅう)メルクリアスに勝るとも劣らぬ巨大な美しい城を造り出した。

 フェニクスは氷の城を見上げて、(かす)かに口角を()り上げる。

 確かに先日リゼルが造り出した浮遊城も素晴らしい出来映(できば)えだったが、実用性ばかりを考えられたあの城はフェニクスに言わせれば(いささ)か無骨すぎていた。

 これからあの城を拠点に戦おうというのだから無論それで(なん)ら問題はないのだが、やはり自分にはこちらの方が(しょう)に合っている。そこでしばらくの時を過ごす以上、多少の遊びがあってもいいだろう。

 そこで右手に視線を落とすと、指先から徐々(じょじょ)に色味が失われ、透き通り始めていた。フェニクスは小さく苦笑を浮かべて立ち上がる。背後を見ると、先刻(せんこく)まで長く伸びていた氷の足場も、やはり海岸に近い方から光の粒となって夕焼けに溶けていくところだった。

「さすがにこれだけの大作となると、そろそろこの体も厳しいですか」

 自嘲(じちょう)気味に笑うと、遠く夕焼け空の向こう、浮遊城にいるリゼルに向けて(つぶや)く。

「ここまでの采配(さいはい)、実にお見事でした。宣戦布告から拠点の確保、敵戦力の分析に僕たちへの的確な指示。特に第二の拠点を構える、という策には感服の他ありません。僕の魔法(まほう)迅速(じんそく)にことを運び、人目の少ない時間帯を(ねら)って発見の時間をずらす。それにこの方法なら、(だれ)が城を建てたのかもわからず、より効果的にプレッシャーを与えられるでしょう」

 足場の崩壊(ほうかい)はもうすぐそこにまで(せま)っていた。だがフェニクスはそちらには目もくれず、続ける。

「ただひとつだけ、不平を述べさせていただくと──革靴で砂浜を歩くのは、骨の折れる作業でしたよ」

 最後のひとことを言い終えた途端(とたん)、足下の氷が四散(しさん)した。同時に、フェニクスの全身も溶け(くず)れるように海水と同化する。

 後には、夕焼けに染まる(あるじ)なき城だけが残された。

 

 

 フィオーレ王国上空に浮かぶ巨大な岩と土の城──浮遊城改め『変革の翼竜(イノベートワイバーン)』ギルドの外で、二つの影が並んでいた。

 その一方、地面に片膝(かたひざ)()いた青髪の少年は、目を伏せたまま静かに口を開く。

「拠点の構築、無事完了しました、マスター」

 顔を上げると、(かたわ)らに立つ黒衣(こくえ)の少年は満足げに首肯(しゅこう)をひとつ返した。

「ご苦労だった。……それにしても、なかなかに便利なものだね、()()魔法は」

「まったくもって同感です。こんな技を(のこ)してくれたコバルティア(育て親)には感謝しかありませんよ」

 二人して小さく笑みこぼれると、フェニクスは立ち上がりざまに話題を切り替える。

「ところで、一つお(たず)ねしても?」

「なんだい?」

「はい、以前から少々気になっていたのですが……。マスターはご自身に『ネメシス』というコードネームを付けられています。しかしコードネームというものはそもそも、本来の名前を明かせない場合や、組織内での情報伝達を素早く行うために使うもののはず。

 なのにマスターは『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の魔導士(まどうし)たちの前で本名を明かし、僕たちにコードネームを与えようともされません。そこにはやはり、なにか深いお考えがあるのでしょうか?」

 フェニクスの問いにリゼルは「あぁ」といってからどこか自虐(じぎゃく)的な微笑を浮かべた。

「それはね、言うなれば(いまし)めかな」

「戒め……ですか」

「ゼレフ書の第四章十二節に記された(うら)魔法(まほう)天罰(ネメシス)』。ゼレフがどんな考えであの魔法を作ったかは知らないが、あの言葉は本来、人間が働く無礼への神の怒りと罰を神格化した存在を指す名だ。

 人間は他の生物や自然そのものに対してもっと敬意を払うべきだと僕は思う。フェニクス、君は僕がただ殺戮(さつりく)を望んでいるわけじゃないのはわかるね?」

「無論です。マスターは、人間が自然を傷つけるのを見かねて今回の戦争に()み切られた」

「そうだ。つまり、人間はとり返しのつかないところまできてしまったと判断した。だから天に代わって、僕がこの手で罰を与えようというわけさ。

 だが僕の力、(やみ)滅竜(めつりゅう)魔法の本質は破壊だ。不用意に振るえばこの国はおろか、星さえも一瞬(いっしゅん)で終わらせかねない。それでは人間たちと変わらない。だから僕はこの力を、人間に下す罰としてのみ使おうと決めたんだ。そのための自戒(じかい)、そのための仮初めの名前(コードネーム)さ」

「なるほど……。マスターご自身のお力ではなく(ドラゴン)を使うという作戦も、そのお話が理由なのですね」

「その通り。人類を殲滅(せんめつ)するだけならば容易(たやす)い。僕の全力を込めた一撃(いちげき)で事足りるだろう。だがそんなことをすればこの星の自然まで()き添えだ。竜を使えば、自然の脅威(きょうい)をもって比較的少ない犠牲(ぎせい)のもとに生態系の更新ができる。

 かつてこの地に栄えた(ドラゴン)(よみがえ)らせ、その強大な力により人類を根絶。その後ゆっくり時間をかけて自然を回復させ、新たな楽園につくり変える。それが僕の目指す竜王(りゅうおう)(さい)の果て。

 未来のローグは力及ばず失敗したが、僕たちならばもっと上手(うま)くやれるだろう。何故(なぜ)なら──」

 リゼルはそこで両手を広げると眼下の街を見下ろしながら(おごそ)かに告げる。

「人をして(りゅう)。竜をして人。義弟(アクノロギア)と並び立った(ドラゴン)をも超える僕たちこそ、進化した人間(ヒト)の正統なるかたちなのだから」

 

 




どうも皆さん、改めてお久しぶりです。

進捗報告でも軽く触れましたが、ブラック・ブレットの方と並行して執筆を進めようとしたところやや迷走してしまい、その(あお)りを受けるかたちでこちらの投稿にも手間取ってしまいました。
各作品で書きたい内容は割と早い段階からある程度具体的に決まっていたので、今回ぐらいはいけるだろうと()んだのですが……。やはり以前はできていたからと安易に手を出したのが不味(まず)かったようですね。

さて、今回はこれまでに散りばめてきた設定をまとめながら、新たな伏線を張るかたちとなりました。また新しいキャラクターも出てきているので解説していきましょう。
ニクロのイメージは、SAOPのネズハ。
彼は第6話にも一瞬(いっしゅん)だけ登場しており、その際に解説も済ませているのですが、キャラクター性を掘り下げられたのは今回が初めてということで、ここに改めて情報を添えておきます。
ガーネのイメージはSAOのリズベット。
第6話から登場しているレイン同様に、元ネタの本人をそのまま幼くした感じの容姿で、鍛冶妖精(レプラコーン)としての特徴もアニメのリズベットの新規ALOアバターを参考に決定しました。

次回以降はバトルシーンを多めに盛り込みつつ、今回までに登場させた伏線たちの回収をどんどん押し進めていく予定です。
そろそろナツたち主人公組の活躍も本格的に描いていこうと考えていますから、今後とも本作をよろしくお願いします。

それでわ、しーゆーあげいん!


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