あたし真風羽華代。タバコ吸えなきゃ地球滅ぼすんで。何ヒーローって? 勝手に決めんじゃねぇよ死ね死ね死ね (やまいこ)
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No.01みゅ - タバコ
人は生まれながらに平等じゃない。
事の始まりは――
「長ぇよゴミ」
無感情に紡がれる言葉と同時に繰り出される拳。
人に向けて放ってはいけないレベルの殴打は――しかし、
名前は『ミュ』という。語尾もミュである。
猫の様な――
犬の様な――
背中に白い羽が生えている不思議な生物。
人語を介する以外は謎としか言いようのないもの。それが――今しがたコンクリート塀に穴をあける勢いで吹っ飛んでいった。
見た目にも可愛いと言われる
学校指定の制服を着用し、時より吹く風によって白いパンツが見えても気にしない。けれども見たものは必ず殺すと決めている。これは男限定である。
金髪ドリルのツインテールでお嬢様風――
清楚な容姿に平均的な太さの手足を持つ可憐な外観。
彼女の名は『
ちなみに――名前に反して――成績は
それが尋常ならざるパワーを発揮する人間とは到底思えない。しかも『個性』ではなく素のパンチでこうなのだから彼女の本気はどれほどのものか。
「ったく、ここ何処よ?」
学校に向かう途中で『アタスンモ』という悪魔のような外観を持つ化け物と戦っていたら見知らぬ道に迷い込み、絶賛迷子中だった。
学校をサボれる口実が出来たので別に大して困っていない。お腹が空くまでは――
「そういや小っこいのどこ行った?」
先ほど吹き飛ばした生物が戻ってこない。数分ほど待ってみたが一向に現れないので真風羽は早々に諦める。
居れば居たでうるさいだけだ。いつもは唐突に現れて襲ってくるアタスンモの姿も見かけない。
(……マジここ何処だ? 携帯も圏外みたいだし。ったく最近のスマホは使えねぇな)
最新機種である
では何が使えるのか。
(事前に
送る相手が居ないので真偽を確かめることは出来ない。自宅宛てで試してみたものの――いつもは即座に返ってくる返事も今は一向に無い。
近くの携帯ショップで聞けばいいのだが、その前に所持金を確かめる。と言ってもキャッシュレスの時代を先取りしている真風羽のサイフはとても軽い。ほぼカードしか無かった。
現金は持ち歩かない。無ければ寄ってくる――自称――『
そういう生活を続けてきた為、いざという時の対処に困惑してきた。
(……知っているところならまだなんとかなったのによ。めんどくせぇな)
ポケットが空――タバコ以外の事は頭に無かった――だと分かるやいなや、あからさまに不機嫌となった。それはもう可愛らしい清楚さは何処へやら。今にも人を殺しそうな憤怒の
「……チッ」
最近は喫煙の規制が厳しくなり、購入もままならない。普段は親が――会社ごと――買い占めたタバコが大量にあったので新規に買う必要が無かった。しかし、今は手持ちが無くなったら購入せざるを得ない。
未成年である真風羽に売ってくれる店は――おそらく――無い。であればどうしたらいいのか――
当ても無く歩いていると真風羽の嗅覚に反応があった。それはとても馴染み深い匂い――タバコのもの――であった。
反応を探っていると前方から歩いてくる一団を見つける。
服装は何処かの学校の学生服。年の頃は中学生風が複数人。
ガラの悪そうな男子生徒達だ。
「やっぱり
「お前らタバコはやめろっつってんだろ!」
三人居る中で一番の極悪人風の面構えの男子が友人――と思われる――が持っていたタバコを
思わぬ行動にタバコにロックオンしていた真風羽は驚愕した。
運良く見つけたので平和的に分けてもらおうかな、と思った矢先の行動だったので激しい怒りが
自身は認めていないが、
「……お」
い、と声をかけようとしたところへ別方向から得も言われぬ物体が男子達に襲い掛かった。
通路は一方通行ではない。真風羽にも死角はある。その死角から現れたのは間違いなく化け物であった。しかし、
襲来者は俗に『
『個性』を持て余した人間は正義か悪に分かれる。様々な事情があるにせよ、犯罪行為は容認できない。それゆえに『個性』の乱用は法律で規制されている。これは正義側であっても同じこと。
己の『個性』を正しく使うためには免許が必要である。それを得るために学生達は
誰でも得られるわけではない狭き門となっていた。
もちろん、誰もが正義のヒーローになれるわけもなく。はみ出し者が出てくるのは自明の理。
悪側につきたがる者は多くないが正義から零れ落ちた『個性』の使い道は様々であった。
例えば――一般人に襲い掛かる泥の塊と化した
「こいつ……何処から……」
「隠れミノ見っけ」
泥は
身体は流動的。だが、それでも
姿の変容もまた『個性』の特色である。
タバコを
しかし――
今まさに一人の少年が餌食になるところだった、のだが――
流動的で物理的に掴めない筈の身体が不意に動きを止めた。いや、
「な、なんだ!?」
泥の塊にしか見えない
そこには悪魔が居た。
正確には憤怒の形相で泥を
「……おい。あたしの服が泥まみれなんですけど?」
確かに言われてみれば女子高生の姿は泥水を浴びたように汚れていた。
「ああ? 今はそれどころじゃ……」
と言葉の途中で泥の
尋常ならざる速度を乗せた拳を仇敵と認めた相手に繰り出す。一拍の呼吸音の後に衝撃波が発生し、爆豪を取り込もうとした泥が吹き飛んでいく。――ついでに爆豪も一緒に。
真風羽は
真風羽のパンチ
不満を示しつつ飛び散る
「クリーニング代。……出せ。ついでにタバコもよこせ、いいな?」
「……は?」
得体の知れない相手に
何なんだ、この女は、と泥の
新手のヒーローか、と危惧するも自分の知る情報に女子高生の姿は無い。であれば何者だと疑問符がたくさん浮かぶ。
真風羽はポケットに入っていた唯一の所持品であるライターを点け、それを
(なんでライターがあってタバコが
このライターはどこの店でも手に入る一般的な物で、特別なアイテムではない。
大部分が泥で出来ている為に熱自体は然程感じない。けれども容赦のない行動に恐怖を覚える。
「なあ、お前。犯罪者だよな? 悪人なら殺していい法律になってんだよな?」
「……いえ、立派な殺人罪に問われますけど……」
「ああ? てめぇのような化けモン殺してなんで殺人に問われるんだ? この国の法律はいつ改正したんですか?」
と言いつつこめかみに太い血管を浮かべ、
ある意味、
今もどこか潰せないかあちこち殴ったり、踏みつけたりしていた。そして、失敗する度に舌打ちする。
これでも真風羽はれっきとした
攻撃方法が己の肉体を使った物理攻撃*1なだけで――
(液状を掴む『個性』か? 衝撃波が出る攻撃に説明がつかん)
緊急事態の為に思考が定まらない
とにかく、この女とこれ以上の問答はヤバイと――
だが、逃げようにも万力で固定されたかのように動かせられない。
女の細腕如きと頭では思っている。それなのにだ。
(手持ちにタバコがあれば……。だが、あったとしても俺の身体はヘドロだ。すぐに駄目になる)
自身の『個性』を今ほど悔やんだことは無い。
タバコ以外に金だが――こちらも逃走中に落としたようで大して残っていなかった。
今頃大半の金を――
先天的。後天的。遺伝的。
要因は様々だが地球の総人口の八割は『個性』持ちと言われている。ヘドロ状の
「金が無くてもクリーニング代だ。さっさと持ってこいゴミクズ」
(……
液状化した肉体に平然と物理的に攻撃してくる女子高生に戦慄を覚える。それと自身の丈夫さは運がいいのか悪いのか――
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No.02みゅ - 知るかよ
唐突に襲われた
よく分からない女子高生が自分を救ったかと思えば
同年代であれば絶対に譲れない矜持を示しているところ。
それなのに圧倒的ともいえる存在感によって普段は――呆然と佇むこと――しない失態を犯していた。
(なんなんだ、こいつは)
その言葉が何度も内に湧いては響いていく。
まず彼がしなければならないことは助けてくれたことに対する謝礼である。しかし、自尊心の塊ともいうべき爆豪にそんな気持ちは皆無に等しい。
ただただ自分の出番を奪った相手が許せない。こいつは俺が倒すべき敵だ、と。
――いつもであればすぐにでも突っかかっていくところだ。特に
(……どうして液状化した身体を掴める? それが奴の『個性』なのか?)
表情は怒りに近いが内面は至極冷静であった。
状況分析も大事だが対処法を自分でも考えておく。それは
それは自分が『ヒーロー』になるために必要だと思っているからだ。
大事なことは相手に負けない事。勝つのはついでだ。
自分の能力の弱点くらい把握している。それが爆豪少年であった。
先程から
能力自体は至極単純な
特殊な光線やら飛び道具類は見かけない。
(油断はしたが爆発の能力が通じねえ相手でもねえ。……しかし、取り込まれていればヤバかったのは事実だ)
外見的には向う見ずに見られがちだが爆豪は反省できる人間だ。それが発揮されるのに少し時間がかかるだけで。
「金が無いならおまわりさんが来るまで大人しくしてもらおうか。あたしの服を汚しておいてさようならは常識を疑っちゃうなーあぁ?」
凶悪な表情で
威圧感はあったけれど恐怖するほどではないと爆豪は判断する。
彼女の目標はあくまで
「適度に痛めつけておかねーとなぁ、おい」
ガスガスと泥を踏みつける。
いくら物理的な攻撃とはいえ大して通用しないのでは、と思ったものの反撃は今のところ無い。効いているのかは疑問である。
先程から
黙って見ているだけではいけないと思い返した爆豪は近くで様子見をしていた一般人に警察などを呼ぶように言った。
それから程なく『プロ』ヒーロー*1が現れる。
駆けつけたヒーローと警察機関によって現場検証が
先程まで暴力の権化が居たはずなのに今はどこにでも居そうな
真風羽は素行に問題はあるが敵が居なければとても大人しい子である。ただし、タバコを吸っていなければ
「ちょっと~。この人のせいで服が汚れたんですけど~。クリーニング代は誰が出してくれるんですかぁ~」
(あとタバコ吸いてえ。めっちゃタバコ吸いてえ。ヤニタイムはもう限界に近い)
「んっ? そういうのはちょっと……」
「暴力を受けたり、辺りの損壊程度によっては保証金が出るかもしれないけれど、単なる衣服の汚れは……自己責任かな」
「チッ」
真風羽のあからさまな不満にヒーロー達は苦笑した。
警官の方は素行の悪そうな女子高生の態度に不満を覚えつつも淡々と仕事をこなしていく。
この世界の警察は『個性』を悪用する
事情聴取をしようにも不満顔の真風羽に恐れをなした警察。同じくプロヒーローも近づき難い印象を持った。
かといって事件を起こした
それから――真風羽よりは素直な爆豪が分かる範囲で応えていたが、彼もやはり謎の女子高生の存在を気にしていた。
(……不本意だがこの女は強い。しかも何らかの『個性』を持っている気がする。態度から俺達の事なんて眼中にねーようだが……)
そもそも爆豪を助けようとしたわけではなく、
そう考えれば単なる正義感で
自分の知るどのヒーローとも違うようだし、もしかすれば別の地方から出てきた『ヒーロー志望者』かもしれない。
(……だが、情けねえ姿を晒しちまった。今の俺じゃあまだ力不足なのか……)
爆発力には自信がある。だが、ただ単に飛び散るだけでは駄目だと思い知った。
相手はそんな事でも動じないタイプだった。であれば次はどうするのか――
爆豪は過信しない。
己が一番のヒーローとなる為に。憧れの存在に認めてもらえるように――いや、
強い想いを抱く彼とは対照的に真風羽はイライラを募らせていた。早くタバコが吸いたい、と。
一向に開放してくれない事で真風羽の顔は少しずつ険悪になり、地面にヒビが入っていく。それを宥めようにも彼女の機嫌は直らない。
一見、不良娘の様な彼女だが警察や法律を――一応――遵守する気持ちがある。
『アタスンモ』なる化け物は問答無用で肉塊にするほどだが。
「君の言う住所が全く見当たらないんだが……」
「知るかよ、クソポリ公が」
そう言って地面に唾を吐く真風羽。もはやいつ怒りが爆発してもおかしくない。
最初に見かけた時よりも邪悪な顔に変化し、爆豪は一歩後ずさる。いや、他のプロヒーローすらも。
真風羽は聞かれた質問に全て答えた。それなのに警官は疑いの目を向けている。
あまり信用されていない事は自覚している真風羽だが犯罪者を捕らえた自分を長時間拘束してくる警察のやり方が理解できない。
先程から言葉の端々に出てくる『個性』とは何なのか。
普通に殴って捕まえた。それが通じないのであれば他に説明のしようがない。
(あー、めんでえ。めんでえ。めんでえ)
ぶっ殺そうかな、という考えが過ぎるが殺人が良くない事は理解している。
警察官をぶっ飛ばせば更に面倒ごとが増える事も。
(そういや。
彼女を『魔法少女』にした――らしい――
本当に殴り殺せたのはアタスンモだけなのでいまいち実感が湧かない。けれども試す気も無かった。
面倒ごとは嫌いだし、タバコさえ吸えれば
「彼女の言葉が本当だとして……、この携帯端末はどう説明する?」
そう言ったのは側に居たプロヒーローの一人。真風羽に頼んで操作してもらった。
素直に従ってくれたので意外だと驚いた。
最新機種である事を除いてスマホ自体におかしなことはなく、操作にも特に――
彼女の使い慣れた操作によって出された住所は警官立ち合いで確認すると確かに見知らぬ地名ばかり出てきた。
ネットを介した情報は遮断されており、ローカルに保存されている情報だけとはいえ真風羽の言葉に嘘が無い事は理解した。だが――
(現住所はこちらだと道路の上だったり、住宅街になっている。それと電話番号も通じない)
留守ではなく使われていない番号だった。
それ以外で真風羽の保護者を特定する情報は出てこなかった。
(つまり……どういう事だ? 嘘ではないが本当でもない?)
「……で、あたしの情報が無い場合は捕まるの? 犯人を捕まえた正義の人を公務員は何の罪で捕まえるの? 住所不定無職罪?」
敵意剥き出しで真風羽は警察に詰め寄る。
可愛らしい容姿を歪めた威嚇は中々に迫力がある。
(……警察のデータベースにも無いならあたしはどうすりゃいいっての。頼れる知人が居るわけもなし)
学校に友人
少し興奮気味ではあるが思考は鮮明に物事を分析していた。
ここは似て非なる世界だ。
そんな予感がした。
見覚えがあるようで様々な違いがある。まず『個性』を持つ人間による活躍など真風羽の知る日本には無い。それとアタスンモが今も出てこない。
いつもは潰されにすぐ出てくる都合のいい敵だが、今もって現れないところを見ると居ない世界に来たとしか言いようがない。
(そもそも圏外になるほど遠出はしちゃいないし。通信が遮断された事なんて無かった)
情報化社会においてスマホは必需品だ。それが使えないのは残念だが。
それにもまして今一番の懸念は――タバコを吸えない事だ。
一向に進展しない状況に真風羽は彼らの相手をするのはやめようかなと思い始めた。
知らない土地であるならば何をしても問題は無い。いっそ世界も潰してしまおうか、とまで――
普段であれば小うるさい珍生物が色々と手を回してくれるのだが、今は真風羽ただ一人。とても危険である。――世界にとって。いや、地球にとって。
(タバコが吸いてえ。タバコが吸いてえ。タバコが吸いてえ)
面倒な手続きに付き合うのも我慢の限界だ、と言わんばかりだ。
そんな彼女の鬼気迫る迫力は既に周りにも伝播している。確実に――真風羽を長く留めるのは危険である、と。
しかし、公務員である警官達はすんなりと開放するわけにはいかない事情がある。
税金を貰って仕事をしているので。だが、正直に言えば扱いに困っていた。
住所不定の女子高生を引き留めるにしても解放するにしても。しかも連絡手段は断たれている。
一時保護をして保護者か知人を捜索するとなると長く拘留することになる。だが――
(……めんでえが……。その前に……。お腹が空いてきた)
魔法少女としての能力を十全に発揮していないとはいえ運動すれば腹が減る。特に真風羽は育ち盛りの女の子である。
周りに聞こえるくらいの音が腹から響き渡った。
家に帰れば充分な食糧を得られるが、ここではそうはいかないと理解する。であればほぼ無一文同然の現状をどうすればいいのか――
無銭飲食は想定していない。適当な『
そんな現状を見ていた爆豪少年は気を利かせて助けよう――という気持ちは湧かず、ただただ驚いたり呆れたりしていた。それは他の者も同様であった。
プローヒーローが揃って突っ立っている。警察も
真風羽はただ無意味な問答を強いられている。
もはや何を言われても右から左へ流れるが如く。
そこへ颯爽と現れる救いの手が――
しかし、都合よくそんな存在が現れる筈もなく、警官の尋問はしばらく続いた。
ただ、物陰からなんとかしようという気配があり、真風羽達の会話の内容も大体聞かれていた。しかし、それでも一歩前に出る事が躊躇われていた。
何故なら
そう自分に言い訳をしている
元はと言えば――
(……どうしよう。かっこよく登場しようにも事件があっさり解決しちゃった今はとても出づらい)
それに体調も良くない今は療養が先決である。それと責任が自分にあるとはいえ手柄を横取りするような真似をしては印象が悪くなる。――どちらにしても印象が悪くなる事には変わらないのだが――
そんな事を考えているのは病的なまでに痩せた人物だった。
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No.03みゅ - 条件がある
物陰から
NO.1ヒーローと名高い『オールマイト』――の本当の姿である。
ヒーローとしての彼は筋肉ムキムキだが、それは『マッスルフォーム』にて世間を
(……しかし、のこのこ出て行ったとしても周りが騒ぐだけだ。それに……今は
――そうなのだが、
そもそもで言えばヘドロの
結果論になってしまうけれど、とオールマイトは事態の成り行きを見守っていた。
その
(しかし、見事な手際だった。何の『個性』かは知らないが……、ヒーローなのか? そうでなければ是非とも雄英に欲しい。他のプロヒーローも勧誘したくてうずうずしているようだ)
素行に問題があろうと正義を愛する者であれば門戸はいくらでも開かれる。
道を間違えた
そうは思ってもオールマイトも現実的な思考でものを考える人間だ。
見物人が多くなり警察も安全確保が難しくなったことに気づいて移動することにした。
爆豪を解放した後、何人かのプローヒーが彼の側に駆け寄ったが上の空のようだった。
それはやはり真風羽の存在が気になったから。
見た感じでは巻き込まれただけで爆豪を助ける気など微塵も無かった。それは理解している。
問題は不可思議な『個性』だ。自分に無い
警官達から引き離れていく真風羽を爆豪は姿が見えなくなるまで見つめていた。それは敵意を向けるためではない。次は自分の力だけで解決してやる、という無言の宣戦布告であった。
警察関係者と真風羽だけになった所でオールマイトがマッスルフォームにて登場する。
筋肉がはちきれんばかりに膨張した文句が付けようがないヒーローとしての姿――
「私が来た」
ポーズを付けつつ警官にアピール。
それだけで安心したのか警官達はオールマイトを快く迎えた。ただ、一緒に居た真風羽は気色悪い登場人物に辟易していた。
肉体美を見せびらかす人間に覚えがあるとはいえ、別に筋肉好きではない。
荒んだ人生を送ってきた真風羽にとって色恋沙汰は未だ無縁であった。
「……あ?」
(怖っ)
真風羽の睨みにさしものオールマイトも言葉に詰まる。それほど今の彼女の顔は恐ろしい形相に見えた。
ただの女子高生である筈なのにここまで憤怒を形作れるものかと。
彼のみならず警官達も息が詰まる思いだった。
「……えーと。とりあえず、
勇気を出して会いに来てみたけれど、真風羽が物凄い怖い顔をしているので口がうまく回らない。
オールマイトをして真風羽は未知の敵で、そう思わせる圧倒的な雰囲気があった。
人を見た目で判断してはいけないのだが実際に目にすると足がすくむほど彼女は恐ろしい気配をまとっていた。
単なる女子高生にここまで相手を畏怖させる力があるものなのか、と。
だが。
それほどの力を悪に向かわせることはプローヒーローであるオールマイトには出来ない。先ほど話していた
世間を賑わせる本物のヒーローに――
それらは結局のところ本人次第だが。
オールマイトとて過剰な期待はしていない。だが、それでも自分はヒーローだ。
世間の期待に応えないわけにはいかない。
「なんだオッサン。あたしに説教垂れに来たのか?」
「……む。そういうわけじゃないけれど……。困っている者を見捨てるほど私も落ちぶれてはいないって話しさ」
軽く話題を切って警官達から詳細な話しを聞いておく。その間、出来る限り真風羽の顔を見ないようにした。何故か今は物凄い怖い顔をしていたので。
誰も居なければ脂汗だけで何キログラム痩せられるか。
とにかく、迂闊な発言は命にかかわりそうだと本能の部分で警告していた。たかが女子高生なのに――
頭ではそう思っていた。
(なんて恐ろしい負のオーラなんだい。可視化されたら辺りが真っ暗になるんじゃないか?)
(腹減ったな……。カツ丼くらい出してくれりゃあいいものをよ)
相手を恐怖に陥れる真風羽も本人としては空腹による不機嫌に過ぎなかった。もちろんタバコが吸えない事も原因の一つではある。
真風羽はとにかく――女子高生の身ではあるが――食欲旺盛で――健康的とは言い難いが――美味いものに目が無い。
こことは違う本来の居場所では『
世間一般で言うところの『ツンデレ』属性を持ち、
――信じられないかもしれないが。
彼女と会話を――無事に――交わせたならばその意外性に驚くこと請け合いである。
ただ、容赦の無さは変わらない。
「……ただ、正直な話し……。君の様な超常の力を持つ者を野放しには出来ない。このままだと逮捕されるおそれがある」
「………」
この世界では『個性』を持つ者は能力を無暗に使用してはいけない、という法律が制定されている。これは『無個性』の一般市民も居るからなのと――
世間に迷惑をかける『
端的に言ってしまえば『個性』を悪用する者達の総称で特定の組織の名称ではない。
他人よりも優勢となる能力を自由に勝手気のままに使いたい人の業ともいえる。
その気持ちは理解できないわけではないが迷惑を被るのは無力な一般市民だ。それゆえに法律で使用を制限している。
迷惑が掛からなければ使ってもいい『個性』は存在する。身近な例えでは建築関係だ。
オールマイトのように
「お互い納得する形を取る上で……、雄英高に体験入学という形で来てみないか?」
「……学校は嫌いなんだけどな」
先ほどの殺意の様な威圧から恥じらいの雰囲気へ。
憤怒から照れに変わった瞬間に場の緊張が解けた。それは目に見えて驚くべき変化であった。
年相応の可憐な華がそこに出現した。信じられない事に誰の目にも真風羽がとても可愛い女の子に見えたのだ。
「話しを聞く限り、君は迷子のようだし……。君が通っていた学校もここには無い」
(私立
「……そうらしいな。なんでなのかは知らねえけど」
「いきなり入学させることはいくら私でも無理だが……。『個性』というものが何なのか理解してからでも遅くはないし、何らかのきっかけになるかもしれない。……それともここで臭い飯でも食うかね?」
いくらプロヒーローとはいえ全ての面倒は見れない。自分に出来る範囲の事しか提示できない。後は本人次第――
多少は無責任になってしまうけれど、それがヒーローとしての常識である。
『個性』は万能ではない。使い方を誤れば警察の厄介にしかならないものだ。
であれば現状を打破するヒントくらいは提示しなければ後味が悪くなる。
――言葉をいくら着飾っても責任転嫁でしかない。主に
寝覚めが悪い、という理由もある。それといつまでも拘束していると何が起きるか分からない。
「行ってもいいが……、条件がある」
ヒーローだの個性だの言われていたがさっぱり理解できない。誰か教えてくれるのであれば願ったりである。しかし、それだけでは満足できないのもまた悩ましい処だ。
一つは食事。主に衣食住の問題。
もう一つはタバコである。これが満たされないと話しが進まない。
場合によれば平和的な会話をしなければならなくなる。
「常識の範囲で頼むよ」
「あたしはタバコが好きな女子高生だ。それが無ければ誰か殺っちまいそうになるほどに……」
(た、タバコ!? それはさすがの私でも駄目だと……)
「銘柄は特に指定しない。あんたらの言う個性? それで量産してくれればいい。要は……タバコさえ吸えればいい。無ければ作れ。それが条件だ」
上目遣いで真風羽は言った。
ニタァと邪悪な擬音が聞こえそうな不気味な笑みを浮かべて。
側に警官が居るのにもかかわらず、この条件を提示してきた度胸はオールマイトといえどもたじろぐ程――
彼女はいったい何者なのか、
名も知らぬ一般人を救った謎の女子高生がただの素行不良を理由に――
問題なのは警官達の目の前でタバコを吸った現行犯ではない。ただの要望だ。それだけでは逮捕に足りえない。
それと
「……難しい事を……」
「既製品を持ってこい、という条件なら難しいだろうな。側にポリが居るわけだし。で? それを分かった上で頼んでいるあたしの条件をおっさんは満たせないわけ? 何しに来たんだ? 自慢? 悪いけど、筋肉に用は無いんだけど」
平然と
口の利き方が悪いだけで逮捕は出来ない。暴力も振るっていない。
真風羽はただその場に立ち尽くし、自分の要望を言っているだけだ。
ただそれだけの相手に対して何もできない。
(ホントに何しに来たんだか……。この子の言うとおりだ)
『個性』でタバコをどうにかする能力に覚えは無い。けれども何らかの条件を満たすことは――おそらく――可能だ。
それはそれで色々と問題があるけれど、悪の道に進ませない為であれば多少の問題は呑まなければならない。
まだ金銭の要求の方が楽だったのでは、と思わせる。
「期待に応えられない場合がある」
(本当なら期待に応えられると自信を持って言わなければならないところだ。だが、内容が内容だ。いくら私でも出来ない事はある。しかし、タバコとは……。この子はどういう育ち方をしたんだろうか)
「あたしも見知らぬ土地で困っていたところだ。衣食住もついでに叶えてくれると助かる」
「そっちをメインにしてくれよ」
「はっ? あたしにとってタバコこそが一番だ。それは譲れねえな」
オールマイトに怯まない真風羽。それは彼女が彼の事を全く知らない人間である証拠。
警官達の目には信じられない小さなモンスターに映り、始終口をパクパクと動かすのみだ。
普段であれば目上の存在に対する態度を改めるように説教をしているところだ。それが出来ないのは真風羽の言い知れない邪悪なオーラのせいか。
オールマイトという全身筋肉で出来たような人物は勢いで高校名を出してしまった事に後で悔やむことになった。彼は個人事務所を持っていなかった。それと自分も赴任予定だったので、つい――
通常であれば事務所への勧誘だけで責任は随分と小さくなる。
(……しかし、タバコをどうしても譲らない女の子なんて初めてだ。健康面からも道徳的にも許されない気がするんだが……)
場を早く治めなければならない焦りか、冷静な判断力があれば余計な失態を演じずにいられたのだが、既に後の祭りである。
要望を検討すると答えただけで真風羽が
暴れられるよりはマシなのだが、どうにも不安が拭えない。それは多くの悪人と接してきた経験則から来る危機意識か。
元々事情聴取と言っても真風羽の個人情報以外は既に済んでいる。後は彼女の振る舞いだけだった。それに未知の『個性』にも興味があった。
少なくとも流動する肉体を持つ凶悪な
真風羽を目的の高校に案内することにした。
正直な話し、入学は方便で事態の沈静化こそが目的だ。後の事は他の知恵者に任せたいとオールマイトなりの目的があった。
「それでデンジャラスガール。君の名前はなんというんだ? 私はオールマイトと呼ばれている。ヒーローは通り名で活動するものだから本名は基本的に名乗らない」
多少の見物人の視線を受けつつ雄英高校に向けて歩き出した時の事である。
名前自体はこっそりと聞いていたが改めて聞くことにした。ついでに自分の宣伝も兼ねて。それと自分の失態は恥ずかしいので聞かれない限り言わない事にしておいた。
(私は世間が思っているよりもシャイなのだよ。だが、嘘をつくことと隠すことは違うからね)
「真風羽華代」
(マジバカよ? 酷い名前だ。昨今
区切りを間違えれば確かにそう聞こえても不思議は無い。
ヒーローネームもキラキラネームに近いので名前についての言及は避けた。
高校に案内する以外の選択について――彼女の自宅住所が存在しない以上放置も出来ない。それゆえに
聞けばキャッシュレス。端末に記された個人情報も当てにならない。更にネットにも繋げる事が出来ない。
出来る事はせいぜい充電くらいだ。こちらは規格が違うという事は無かった。だが、使えないのは変わらない。
家出というわけではなく、どういう訳か宿無しとなった真風羽に独居房を与えるわけにはいかない。人助けした人間なら尚の事。
数か月後に雄英高校は入試を控えている。だが、真風羽を本気で入学させる所までは考えていない。
何らかの線引きが必要なので本人の意思次第ではひっそりと退場してもらうつもりだった。
(大人の世界は醜く汚いものだ。ヒーローとて例外ではない。……だけど、磨けば光るものを持っているならば大人はそれを後押ししなければ格好悪いじゃないか)
人伝に聞いた程度だが、真風羽が邪悪な人間であることは理解した。そんな危険人物を野放しにするよりは多くの事を学べる場所に放り込んだ方が得策ではないかと考えた。
けれどもプロヒーローは忙しい。ずっと彼女につきっきりで居る事は出来ない。
(しかし急に大人しくなったな。……いや、物凄く腹の音が鳴っている。早く何か食べさせないと危険だ、という信号かもしれない)
空腹だから大人しくしている。そう感じたオールマイトは買い物帰りだった事もあり、手持ちの飲み物を一つ与えた。
高校の食堂には学食があるから、それまで我慢してもらうことを告げておく。
「………」
見知らぬ世界――土地かは分からないけれど、真風羽はタバコが吸えない事ばかりが頭の中にあり、食べ物は二番目くらいだった。それゆえかあまり状況に対して不安を抱いていない。
ただでさえ
満たされない日常というものがあり、充実感すら記憶の彼方。
では今はどうなのか――
賑やかさでは前の世界とそれほど変わらないが、
(……買い物とかできないし、寝泊りもどうしようか。ポリの厄介になるのはめんでえ)
極端な不安は無いけれど極端な苛立ちが無い分、まだましだと思った。
側に居る筋肉の塊については興味が無かったので未だに話しかけていない。
会話らしいものも無く、案内されるまま辿り着いたのは学校だ。それも規模の大きい――
「ここが雄英高校だ。一度入れば勝手に外出は出来ないけれど過ごす分には快適だと思う。それで君はこのまま引き返すか、それともヒーローへの道を目指すか。それ以外か……」
「……寝泊りするだけじゃねえのか?」
「それはあくまで君の自宅が判明するまでの間だ。この学校についての知識は?」
「無い」
この地域ではかなり有名な筈なのに、とオールマイトは首を傾げる。
ヒーローについても知らなさそうな人間に出会ったことが無いので、どう答えればいいのか分からない。
だが、なし崩し的に連れてきてしまった以上は最低限の情報を提供しなければ、という思いがある。
いきなり教室に案内することはせず、校長室に向かうことにした。
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