魔法科転生NOCTURNE SS置き場 (人ちゅら)
しおりを挟む
ネタ短編
SS#001 黒い嵐
再創世後まもなくの、メガテン時空のお話になります。
(元ネタは言うまでもなく SJ です)
西暦2012年3月。
とはいえ両親ともに一般家庭で育ったシンとは異なり、千晶は──分家とはいえ──れっきとした旧財閥の令嬢である。諸方面への根回しやらで時間がかかり、まだ入籍には至っていない。おそらくは株主総会の後、6月頃になるだろうと言われている。
そんなわけで、それまでに独り身でやれることをやってしまおうと思っていた矢先に、あの
それにしても何故、南極なのか。
これはつまり──
「つまりは君の全力を確認しておく必要があるということだよ」
分厚い氷に覆われた氷面は、鏡のように太陽光を反射するが、それでもこの男の以前よりも更に後退した額の輝きには優るまい。などと益体もないことを考えながら、シンはかつてのシジマ軍総司令、そして今では自身の実質的な後見人となっている
「この世界は
──それは分かるが。
「加えて戦争だ。既に資源の枯渇は世界各国の知るところとなっている。石油、食料、水、と戦争の火種はあちこちで燻っている。
──なるほど。
「
──そうか……
* * *
シャドウ事件とは、シンが養護教諭として勤務する私立・月光館学園で人知れず起こった超常事件のことだ。
ある日を境に月光館学園を中心とした地域で、人間が自我を喪失するという
遡れば桐条財閥の会長・
シンはニュクスの分霊の居城・タルタロスの塔への攻撃には参加しなかったが、代わりにアマラ経絡の小部屋へつながる【扉】を用意し、またタルタロスの塔に支援物資を置いてくるなどして、生徒たちに裏から力を貸していた。
この事件を集結させるにあたり、一人の少年がその命を落とした。死の象徴たる死神“デス=ニュクス・アバター”をその身に封じることで、その影たるシャドウがこれ以上誕生しないようにしたのだ。
だが、シンはその結末に納得がいかなかった。
封印の器となってしまった彼には、何の罪科も責任も無かった。十年前、偶然その実験事故から逃げ出したデスと遭遇してしまった。ただそれだけだったのだ。それだけでそれまで生きてきた
シンは彼の来歴と己が人修羅化した経緯とを重ね合わせた。
それは到底、認められるべきものではない。
認めてはならないものなのだ。
故にその少年の魂を救済すべく、アサクサの泥を求めた。
* * *
「米国では先日、全長何十キロという巨大な
──……………。
「もちろん、それを望まない勢力も有る。使用された加速器は事故に偽装して破壊されたから、当面の心配はない。同規模の加速器の建設にかかる時間も考えれば、ざっと数十年単位で計画は頓挫するだろう。だが記録を消し切ることは出来なかったし、その寸毫の時間でアマラ経絡からこちらの世界に悪魔が進出してきた」
無論、アマラ経絡を通って
マガツヒを補給したければ人間を襲うのが手っ取り早い。そもそもマガツヒを消費しないよう、こちらの世界に存在を安定させる方法だってある。どちらにせよ、悪魔が
──……誰だ?
「流石にそこまでは分からない。分かっているのは、それなりに
──皆殺しになってないじゃないか。
「それは言葉の綾というものだ。とはいえ目撃されたその魔道士が、はたして
──ああ……
数多の神話伝説にあるとおり、死者を蘇らせたり、死体に別物の魂を乗り移らせて操ったり、死体を物として動かしたりすることは、さまざまな悪魔たちが持つありふれた権能だ。
あるいは生きたまま悪魔と
「その後の消息が分からないことを考えると、魔道士は北米大陸のどこかにいる、ということだ。どこかに隠れているか、市民として溶け込んだか、あるいはどこかの組織に匿われているかも分からないが」
──つまり、情報が漏れた可能性があるんだな。
「……そういうことだ」
──なら真の目的は威圧、いや威嚇か。
「……………」
西暦現在、地球という天体の表面はすべて先進諸国の監視下にある。
南極には先進諸国が観測基地を設営しており、また人工衛星からの観測も行われていることだろう。だがかつて国家の威信を賭けて行われた南極点到達も今は昔、既に南極大陸の政治的・軍事的重要度は著しく低下している。そうした事情から、観測の精度もあまり当てにはならない。
ここでシンが全力の攻撃手段を行使したとして、先進諸国は「何か凄まじいことが起こった」ことは分かるが、その詳細について知ることはできないだろう。
性能の詳細は不明だが、明らかに脅威となりうる攻撃手段がある。
その事実だけが伝わることになる。
──そうしてお前たちは、俺を囲い込みたい。そんなところか。
「否定はしない。これからの世界情勢を考えれば、強力なカードは一枚でも多く欲しい」
しかし、たとえ観測衛星や各種機器が、これから起こすことの情報が得られなかったとしても、ここに氷川を始めとするガイア教団の一味が同席している。彼らから情報が漏れないとも限らない。彼らはシンの弱みを一つ握ることになる。
要するにこれは「保護してやる」という名目で、氷川がシンを自分たちの陣営に取り込むための策でもあるわけだ。
──ふん。
元よりこすっからい駆け引きの世界で、氷川に敵うとは思っていない。
たった数年ではあるが、目的も背景も異なる数多の組織と粘り強く交渉し、妥協を重ねながらも確たる利益を得てきた氷川に、一学生としてデータサイエンスにうつつを抜かしてきたシンが敵うはずもない。もちろん、氷川がシンを害そうとするなら、シンはただ無言でその鉄拳を振るうだけだが。
──まあ良いか。俺自身、確認しておきたかったのも確かだ。
「なら」
──だが的はどうする?
「任せたまえ。ここから西に一キロほどのところに、廃棄された南極基地がある。冷戦期に東側の某国が建てた、生物兵器の開発工場だ。条約によって廃棄、無人化して久しいが、南極では撤去のコストも馬鹿にならない。放置しておけば自然に還る、といった性質のものでもないしな」
──万が一、爆散して危険な細菌が撒き散らされる。なんてことはないよな?
「可能な限り処理はされているはずだが、可能性はゼロではない」
──つまりそのあたりの処理を請け負ったわけか。
「不可能かね?」
──いや、可能だ。
「よろしい」
* * *
人修羅最大の攻撃手段は何かと考えた時、答えはいくつも存在する。
そのうち、特に多くの賛同者を得られるものは、次の三つだ。
ひとつは【貫通】の鉄拳。あらゆる物理的魔法的手段を無視して対象にダメージを与える権能は、人修羅の持つ純粋な力の強さと組み合わさることで無双の破壊力を発揮する。人修羅の理不尽の象徴とされる能力だ。
ひとつは無限の持久力。数多の仲間を従え、数多の回復手段によって無限に近い継戦能力と、数え切れない攻撃手段を持つ人修羅にとって、時間無制限であれば、およそ打倒できないもの、破壊できないものは存在しない。
そして最後の一つが【地母の晩餐】だろう。
これは人修羅の
敵を供物として捧げることで、その存在を大地に還すことで攻撃とする。そうした権能であった。
原理としては、太古の供犠として実際に行われていた祭祀なのだ。人修羅でなくとも行うことはできる。
ただし儀式に際しては、まず地母神を喚起しなければならない。これは儀式を行う祭司の力と照応する。並の人間の魔道士には、それほど強力な地母神を喚起することはできないのだ。そして喚起される地母神の力が、そのまま対象から存在を地に還す力──つまり攻撃力──と照応する。
再創世を為した創世主として、あらゆる悪魔、あらゆる神々の源流となった現在のシンがこの力を揮えば、照応する地母神は最大級のものとなる。
そのためシンは、再創生後にこの権能を揮ったことは一度もない。
良い機会だと、シンは一人、ほくそ笑んだ。
そうして放たれた【地母の晩餐】の権能。
独特のステップと、歌とも唸り声ともつかない
創世主たる間薙シンの
* * *
その日、南極大陸に直径数キロに及ぶ巨大な円筒形の暴風圏が出現した。
それから約二ヶ月の間、それは急激に拡大しながら大陸上に存在するあらゆる人工物を飲み込み、それらを跡形もなく消滅、地上を漂白し、そして突如として消滅したという。
原因不明の超常現象に世界各国は色めき立ち、一時は研究施設建設の動きが活発化したものの、何らの成果を得ることもできないまま次第に下火となり、南極大陸はふたたび静寂の大地になったという。
そして間薙シンは二ヶ月の無断欠勤の末、月光館学園を解雇された。
----
(20191018)訂正
西暦2011年3月 → 西暦2012年3月
目次 感想へのリンク しおりを挟む