いろはのプロポーズ大作戦、ですっ! (しゃけ式)
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わたしのボタンですよ、それ! 1

 結婚式の披露宴会場。今は新郎新婦の二人の写真が一枚、また一枚とスクリーンに映されているため、会場内は全体的に薄暗い。わたしは沢山ある円卓の一つの前で、それをぼーっと眺めていた。

 

「やあ、いろは」

「葉山先輩」

 

 黒のタキシードをスマートに着こなす好青年。この人と会うのは何年ぶりかな。大学生の頃に何回か出会ったっきりだから、多分二、三年ぶりくらい?

 

「結衣のウェディングドレス姿、綺麗だね」

 

 ちら、と葉山先輩は壇上に目をやる。そこにはとても幸せそうな結衣先輩が新郎とスクリーンに映る写真を見て楽しげに談笑していた。

 

「ですね」

「……やっぱりいろは、ちょっと暗い?」

 

 わたしの顔色を覗いては、少し不躾なことを言ってくる。軽くため息をついた。

 

 

 

 そんなの決まってるじゃん。なんせ新郎は──

 

 

 

「新郎の比企谷、あいつもあんな風に笑うんだな」

 

 

 

「……ですね」

 

 先輩は大学三年生の夏に結衣先輩と付き合い出した。周りのみんなはやっとかと一様に口を揃えていたっけ。当然みんなから祝福され、そのまま仲を育んで三年後の今日、無事ゴールインしたというわけだ。

 

「いろはにはそういう浮いた話はないの?」

「何ですか、わたしのこと狙ってるんですか?」

「あはは、そうじゃないさ。ただ吹っ切れてるのかなって」

 

 ……余計なお世話です。どうせわたしは負けヒロインの一人で未だに先輩を思い続けていますよーだ。絶対に口にはしないけどね。

 

「まあ、ぼちぼちってところです! ほらぁ、この歳になるとやっぱり将来性? そういうのも気になるー、みたいな?」

 

 だからわたしは無理やり明るく振る舞う。

 葉山先輩はこういう()に弱い。乗ってあげるのが優しさとでも言いたげに、柔らかい笑みを浮かべる。

 

「そっか。失礼なことを訊いちゃったかな」

「大丈夫ですよ! 何なら葉山先輩でも……なんて!」

「生憎だけど、俺は誰とも付き合うつもりがないから」

 

 わたしに一線を引いて断る。別に本気で言ってないし何とも思わないけど。

 

 ……それにしても、先輩嬉しそうだなぁ。そんなに結衣先輩と結婚するのが嬉しいのかな。

 

 

 

 何でわたしじゃ、ダメだったんだろう。

 

 

 

「なあいろは」

「はい?」

 

 さっきよりは少し落ち着いた声色でわたしの名前を呼ぶ。真剣な話なのかな。

 

「俺ってさ、今はもう弁護士として働いてるわけなんだけどね」

「そうらしいですね。流石葉山先輩です!」

「職業柄か、相手が今何を考えているか何となくわかるようになったんだよ」

「……何が言いたいんです?」

「いろはは結衣に劣っていたんじゃないと思うよ」

「っ!!」

 

 思わずドキリと胸を鳴らす。わたしはぎゅっと自分の手を握り締めた。

 

「好きな人に告白ってしたことある?」

「……そんなの、他でもない葉山先輩(あなた)にしましたよ」

「好きな人じゃなかっただろ? 人の心を語るのは傲慢だろうけど、多分それは憧れだったんじゃないかな」

「……」

「いろはが本当に好きになったのは、比企谷だけだよ。だからこそ告白も出来なかった」

 

 ……そんなの、言われなくてもわかってる。だから今こんなに辛いんじゃん。

 

 

 わたしだって先輩の隣を歩きたかった。

 

 わたしだって先輩と手を繋ぎたかった。

 

 わたしだって先輩に愛されたかった。

 

 

 先輩への涙はもう随分前に枯れちゃった。だからこの場で泣かずに済んだと思えば、それも少しは意味があったのかな。

 

 

「いろは。どうしても比企谷と一緒になりたかったか?」

「……はい」

「好きだったから?」

「……だったじゃありません。今でもわたしは、ずっと、ずぅっと先輩のことが好きです」

 

 

 

「うん、そっか。じゃあやり直そう!」

 

 

 

 ……は? 葉山先輩は何を言ってるの? 雪ノ下先輩に振られたせいで頭おかしくなっちゃった?

 

「ごめんごめん、そんな顔になるのも無理ないよね。やり直そうっていうのは言葉通りの意味。比企谷と結衣、それにいろはにとってターニングポイントになった出来事をやり直そうって言っているんだよ」

「ごめんなさい、正直何一つ理解出来ないです」

「そうだな……、よし! じゃあ一つ俺の魔法(・・)を見せてあげよう!」

 

 葉山先輩はわけのわからないことを言いながらパチン、と指を鳴らす。大きな破裂音が披露宴会場に響き渡ると──

 

 

 

 ──その瞬間、会場全員の動きが止まった。まるで時間が流れていないかのように。

 

 

 

「え、ええ!? 何ですかこれ!? ふ、フラッシュモブ!?」

「あはは、何で新郎新婦じゃなくていろはにするのさ。彼ら彼女らは正真正銘止まっているよ」

 

 言いながら、葉山先輩は隣の円卓にいた人の肩をポンポンと叩く。案の定その人は微動だにせず、全く動かない。

 

 ……いやいやいや! 案の定じゃなくて! 何これ、どういうこと!?

 

「俺、最近妖精の力にも目覚めたんだよ」

「……今すぐ病院に行ってください」

「いやでも、事実時間は止まっているわけだしさ。別に嘘を言ってからかっているわけじゃないんだ」

「仮に葉山先輩が妖精だったとしても、それがわたしに何の関係があるんですか?」

「さっきも言っただろ? やり直すんだよ。あの頃の青春を」

 

 あの頃の青春、と言われて先輩との思い出が次々と浮かんでくる。

 高校生の頃の奉仕部。生徒会。そして卒業式。

 大学は同じところに入れたから、先輩と結衣先輩が一緒に入ってるサークルに参加して、海とか山とか色んなところに行った。

 

「ほら見てよ、今スクリーンに映っている写真」

 

 葉山先輩に促されてスクリーンに視線を向ける。そこには卒業証書が入った筒を持った先輩と結衣先輩と雪ノ下先輩、そしてわたしの四人の写真が映っていた。

 先輩の着ているブレザーに付いている二つのボタンのうち、上のボタンはなくなっている。その在処を示すように、結衣先輩は筒とは逆の手をぎゅっと握っていた。

 

「……これ、先輩の上のボタン。ホントはわたしがもらう予定だったんですよ」

「そうなの?」

「はい。いつだったか先輩に二人っきりで生徒会の仕事を手伝ってもらった時、冗談で言ってみたんです。『先輩が卒業する時は胸に一番近いボタンをください』って」

「そっか。じゃあいろはは優しいんだな。結衣に譲ってあげて」

 

 そう。わたしは本来もらえるはずだった先輩のボタンを結衣先輩に譲った。そのことは結衣先輩に伝えてないからあの人には今でも自覚はない。

 ただ嬉しそうにボタンを眺めたりする結衣先輩を見て、わたしは先輩に何でくれなかったのか追求するのをやめた。もしもそれで先輩が結衣先輩にボタンを返してって言うかもしれないこと思うと怖くなったんだ。

 

「うん、ならいろはの最初のやり直し先は比企谷の卒業式にしよう!」

「……お話はありがたいんですけど、やっぱりこんなの結衣先輩が可哀想です。もしもボタンが貰えたとしても、わたしは後々絶対に後悔すると思います」

「じゃあいろは、『ハレルヤチャンス』って言ってくれないかな? そしたら過去に行けるから」

「話聞いていました!? この流れは普通に行かないでしょう!?」

「大丈夫。今回は俺も特例としてついて行くから。向こうの世界の葉山隼人に乗り移るよ。……はぁ、また優美子の告白を断らなきゃならないのか……」

 

 そんなに嫌なら行かなきゃ、というかわたしに行かせなきゃ良いのに……。葉山先輩も行きたくなくてわたしも行くのを躊躇っている。誰も得しないじゃん。

 

「行きたくないって顔だね」

「……当然です」

「まあ一度だけさ。これは単なる夢だと思って戻ってみなよ。夢でくらい比企谷からボタンをもらっても罰は当たらない」

「……」

 

 わたしは無言で葉山先輩へ視線を刺す。だけど葉山先輩は何食わぬ顔でにこにこしていた。

 

「……『ハレルヤチャンス』、でした? 何だか古臭い合言葉ですけど」

「うん。お願いするよ」

「今回だけですからね」

「いろはさえ望めば俺からはまだ何回か機会を与えられるとは思うんだけどね」

「過去に戻るのは今回の一回きりです。……それでは」

 

 わたしは大きく息を吸って。

 

 

 

「ハレルヤチャンス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はっ!?」

「会長、何寝てるんです! 送辞の原稿の最終確認は終わったんですか? 職員室に行くって言ってましたよね!」

「え、えっ? いや……その……」

「行ってないなら早く行ってくる!」

 

 ピシャン! と音を立てて締められるドア。ここは……生徒会室かな。周りをよく見るとそこは慣れしたんだ部屋だった。

 

 スカートのポケットに入ったスマホの電源を入れ、日付を確認する。七年前の三月二日。間違いない、先輩達の卒業式の日だ。

 

「本当に……過去に戻ってるんだ……」

 

 わたしは懐かしさで胸がいっぱいになる。こんなことあるんだ……。

 わっ、スマホも古いタイプ。確かこんなの使ってたっけ。

 

 ……あと、心做しかお肌も瑞々しい。知りたくなかったけど、わたしも老けてたんだ……。平塚先生もこんな気持ちだったのかな……。

 

「……で、俺はいつまで待たされるんですかね」

「へっ?」

 

 いつも聞いていた気だるそうな声。わたしは堪らず声の方へ視線を向けた。

 濁った目に不釣り合いな整った顔。困った様子でわたしを睨む男の子は──

 

 

 

「せせせ、先輩っ!? どうしてここに!?」

「いやお前どうしても何も、お前が呼んだんだろうが。送辞の原稿の確認をお願いしますぅ〜! とか言って」

「……うっわ先輩きもっ」

「泣くよ? 俺卒業式で泣いたこと一度もねえけど式の前に泣いちゃうよ?」

「ぷっ、あはははっ! 」

 

 今と変わらない、いつもの先輩。そんな微笑ましさにわたしは思わず笑ってしまった。

 過去に戻ってきたわたしからすると目の前の先輩は年下の男の子なんだけど、それでも先輩はやっぱり先輩だ。というか先輩が大人っぽすぎるんですよ。

 

「で、原稿」

「はい、えっと……。あ、ポケットの中だったんだ。どうぞ!」

「ん」

 

 中身も見ていない送辞の原稿をそのまま手渡し、先輩はそれに目を通し出す。

 ……真剣な眼差し。こうして見ると、やっぱり先輩ってカッコイイ顔してるんだよね。まつ毛も長いし、これで性格と目が腐ってなかったらもっとモテそうだなぁ。

 

「どした」

「え? いや、その……、なんとなく?」

「あ、そ。……ほれ」

 

 原稿用紙がピラッと差し出される。相変わらず読むの早いなぁ。デキる男って感じがして何かカッコイイ。

 

「良いんじゃねえの? これなら先生への確認も一発だろ」

「そうですか! いつもありがとうございます!」

「……んじゃ、俺はそろそろ行くわ。奉仕部に呼ばれててな」

「はい、ではまた!」

 

 先輩はのそりと立ち上がってドアへと歩き出す。

 

 

 

 奉仕部、ってことは。結衣先輩とも話すんだよね。

 このまま見送って、また後悔したくないもん!

 

 

 

「先輩!」

 

 わたしは考えるよりも早く先輩を呼び止める。先輩は少し面倒臭そうに振り返り、わたしを待った。

 

「約束! 覚えてますか!」

 

 いつもの可愛いアピールを捨て、感情丸出しで()()する。ちょっと恥ずかしい。

 

 

 ……って、あれ? 先輩、ちょっと気まずそうな顔?

 

 

「……ん、あ、ああ。あれな! 覚えてる覚えてるもうバッチリだわ。じゃあ俺行くから。別に忘れてなんかないからな」

 

 先輩に似合わないテンションでまくし立てるようにペラペラと言葉を並べて、先輩はわたしの返事も待たずに走り去って行った。

 

 

 

 ……今の、もしかして誤魔化された?

 

 もしかしなくても誤魔化されたよね!? わたしにボタンをくれるの、やっぱり忘れてるんじゃないの!?

 

 

 





3話までは連日更新です!



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わたしのボタンですよ、それ! 2

 卒業式は滞りなく終わり、校門には卒業生でいっぱいになっていた。

 

 にしても、先輩どこにいるんだろ。これだけ人でいっぱいだと見つけるのも一苦労だ。せめて先輩じゃなくても、知ってる人さえいれば……。

 

「あ」

 

 思うのも束の間、早速一人知り合いを発見した。わたしは彼女のもとへ向かう。

 

「平塚先生!」

「おお、一色か。見事な送辞だったぞ」

 

 いつもの白衣を纏い笑顔を浮かべる平塚先生。七年前の平塚先生と言うと、丁度今のわたしの三、四つくらい上かな。学生の頃は思わなかったけど、三十路ってほど三十路感がないのが凄い。

 

「口を開かなきゃだけど」

「何か言ったか?」

「いえ、何も。それより平塚先生、先輩見ませんでした?」

「お前が言う先輩と言うと比企谷のことか? 比企谷ならさっき奉仕部の部室で別れてから見ていないな」

 

 やっぱり奉仕部。てことは結衣先輩とはもう顔を合わせたわけだよね。

 

「そ、その! 先輩って結衣先輩と二人きりだったりとかは……」

「いや、そんなことは特になかったと思う。あの場には雪ノ下も居たしな」

「そうですか……」

 

 わたしは安堵してほっとため息をつく。

 そっか、二人きりじゃなかったってことはまだ先輩は結衣先輩にボタンを渡してないんだ。

 

 だって先輩、言ってたもん。

 

 

 

『何でブレザーのボタンが一つ無いか? ……あんま広めんなって言われてるけど、二人ん時に由比ヶ浜がくれって言ったんだよ』

 

 

 

 嘘じゃなかったら、まだ先輩は()()()()()()()を結衣先輩に渡していない。そのことに安心するともに、早く先輩を見つけなきなゃって焦ってしまう。

 

「にしても、この季節は辛い」

「何がですか?」

「いやな? 私はもうかれこれ十回弱は卒業生を見送っている訳だが……、この歳になるとやっぱり涙腺に来るものがあってな。おかげで発症していない花粉症を語る羽目になるんだよ」

「あーわかりますそれ! 二五歳を越えた辺りから急に涙腺緩みますよねー!」

「おお! わかってくれるか一色! そうなんだよ、若手の頃はまだそんなこともなかったのだが……、ん?」

 

 そこで何かに引っかかったのか平塚先生が言葉を止める。

 でもわかるなぁ……、すぐ泣いちゃうの。先輩が結衣先輩と結婚するって聞いた時はありえないくらい泣いたもん。

 

「……おい一色」

「はい?」

「なぜ一七歳のお前が私に共感出来る?」

「……あ」

「馬鹿にしているのか貴様ァ!!!」

「き、貴様って!? 生徒に対する言葉遣いじゃないですよ!?」

 

 忘れてた、今わたしは高校生だった! ていうか平塚先生怒りすぎじゃない!? めっちゃ怖い!

 

「と、とりあえず失礼します!!」

 

 幸い平塚先生は追いかけてくるほど怒ってはいないらしく、走ってその場を後にするとすぐに見えなくなった。

 ホント、平塚先生の怖さは女性のそれじゃない……。あ、ダメ。これ怖くて泣いちゃうやつかも。今が一七歳で良かった。

 

 

 

 疲れて足を止めると、今度は明らかに不自然な女の子達の集団がわらわらと蠢いていた。既視感のある光景。

 確かこれは……。

 

「あはは、ありがとうみんな。祝ってもらえて嬉しいよ」

「葉山先輩が卒業しちゃうなんて……、私耐えられません!」

「私も!」

「あたしもです!」

 

 葉山先輩に群がる女の子達。みんな涙目の熱っぽい視線で葉山先輩を見つめていた。

 ……うわぁ、モッテモテだなぁ。いつ見ても凄い。

 

「あ」

 

 遠巻きに見ていると、わたしに気付いたのか葉山先輩と目が合う。意味ありげに笑ったってことは、やっぱり今は妖精(笑)の方なのかな。

 

「いろはー! 首尾はどうだいー?」

「わ、バカ!」

 

 あんな状況でわたしに声を掛けたら周りのみんながなんて思うか……! あ、ほら! みんなこっち凄い目で見てるし!

 

「頑張ってくれよー!」

「もう! うるさいですよ葉山先輩! こっちはこっちでちゃんとしますから!」

 

 言いながら、わたしはその場から早足で逃げ出す。あの人絶対わざとだ! あんな空気読めない人じゃなかったもん!

 

 ……そう言えば、葉山先輩言ってたな。また三浦先輩を振らなきゃなって。

 あんな状況ってことは、もしかしたらもう振った後なのかも。だとしたら今は泣いてるだろうし、会いたくないなぁ……。

 

 

 ──なんて考えると出会ってしまうのはもうお約束ってやつなんだよね。目の前にいる人を見て、わたしは思わずため息をついた。

 

 

「うっ、ひっく……」

「……三浦先輩。どうしたんですか」

「……見てわかんないの。泣いてるだけ」

「そうですか」

 

 校舎の裏。三浦先輩は誰も居ない場所で三角座りをして、一人涙を流していた。理由は多分予想通りだと思う。

 

「……隼人に振られた」

「いや、聞いてないですって」

「本当に好きだったんだけどなぁ……」

 

 ……そんなこと言われたら、ここから立ち去れないじゃん。早く先輩見つけなきゃなのに。

 

 わたしは三浦先輩の隣に腰を下ろし、遠くを見つめる。わたしからは何かを話しかけるわけじゃないし、ただ隣に居るだけ。それだけだけど、居ないよりはましかな、なんて。単なる自己満足ってやつかな。

 

「あーしさ、本当はわかってたんだ」

「何がです?」

「付き合ってもらえないこと」

 

 いつの間にか涙を止めていた三浦先輩は、過去を懐かしむかのように言葉を紡ぐ。一つ一つ、今までの恋心を整理しているように。

 

「……じゃあ、何で告白したんですか? 本当に好きなら振られたくないものじゃありません?」

「それ、アンタが隼人に告ったのは本気じゃなかったってアピール?」

「違いますよー」

「……ふふ、まあ何でも良いし。理由はこの気持ちに区切りを付けたかったからかな」

 

 区切り。その言葉にわたしの胸は思わずドキリと鳴った。

 

 告白しなかったから、告白出来なかったから。

 

 わたしがいつまでも先輩のことを好きなのは、もしかしたらそのせいなのかな。

 

 

 ……ううん、なのかな、なんてあやふやなものじゃなくて。それは真実なんだと、わたしは実感した。

 

「それで正解ですよ、三浦先輩」

「正解?」

「引きずるのは、思ったよりも辛いですもん」

「何か今のアンタは歳上みたい。隼人に振られた者同盟の先輩?」

「あはは、不名誉極まりないですねー」

 

 冗談も言えるようになってきたってことは、三浦先輩ももうそろそろ大丈夫かな。まだ元気ってわけじゃないけど、さっきに比べたらだいぶ明るくなってるし。

 

「……アンタもさ」

「はい?」

「選んだ選択に後悔はしないようにね。ちなみにあーしは今何一つ後悔してないし」

「……身に沁みますね」

 

 まるで全部を見透かされているような忠言。先輩に想いを伝えろって言われてるみたい。

 わたしは軽く息をついて立ち上がった。三浦先輩も特に止める様子はない。

 

「じゃ、わたしは行きますね」

「何しに?」

「何って、そりゃ……」

 

 先輩を探しに。普通に答えたらそれだけ。

 

 

 それだけ、なんだけど。

 

 

 

「後悔しない選択をしに、です!」

 

 

 

「良いじゃん。振られたら今度はあーしが慰めてあげるし!」

 

 

 

「振られませんよ! むしろあっちから告白させてやります!」

 

 

 最後に交わした言葉。その温かさにわたしは目を細め、先輩のもとへと向かうのだった。



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わたしのボタンですよ、それ! 3


感想に評価、ありがとうございます。励みになっております。



 卒業生達は在校生や先生とのお別れの時間をひとまず堪能したのか、学校に残っている生徒はさっきよりも少なくなっていた。

 

 なのに。

 

「なんでまだ見つからないのー……」

 

 先輩ってばもうどこにも居ない! 三浦先輩にあれだけ啖呵切っておいて会えませんでしたー、とかめっちゃダサい!

 教室から奉仕部の部室、校門周辺とか先輩の行きそうなところは全部回ったんだけどなぁ。ホントにどこに居るのやら。

 

 ちらっと目に入る人混みから外れた場所に居る人。卒業生なのか晴れ晴れとした顔で電話していた。

 

「おう、こっちは卒業式終わったよ。お前のところは?」

 

 相手は彼女さんかな。良いなぁ、好きな人と付き合えていて。ああやってすぐには会えなくても電話で繋がれるって何だか素敵。

 

 

 

 ……ん? 電話?

 

 

 

「あっ、そうだよ電話すれば良いじゃん!」

 

 何で今まで忘れていたんだろ! 先輩にどこに居るか聞けば一発なのに!

 わたしはすぐさまスマホに登録してある先輩の連絡先を開き、通話を選択する。

 

 する、んだけど。

 

「やばっ、顔熱い……」

 

 何でだろ、いつもなら用がなくても電話出来るのに。今更緊張する仲でもないんだけど、それでも何だか恥ずかしい。

 

 ……よし、今は何だかアレだし生徒会室で電話をかけよう。幸い鍵はわたしが持ってるし、誰かが入ってくる心配もない。

 

 び、びびったわけじゃないからね! ただほら、ベストコンディションじゃないと何を口走っちゃうかわかんないし!

 

 

 

 うだうだ言いながらも、生徒会室までは瞬間移動したんじゃないかって速さで辿り着いてしまう。普通に歩いていたはずなのに記憶がないとか、わたしどれだけ緊張してるんだろう……。

 

 ガチャリと生徒会室の鍵を開けるが、わたしは中へ入らずポケットからスマホを取り出した。何だか中に入ったら入ったで休憩してしまいそうだし、それなら立っている今が丁度良い。

 

「よ、よし……」

 

 ゴクリ。喉を鳴らして、先輩の電話番号が表示されたところを押す。

 

 プルル、プルル。

 

「……あ、あの!? 先輩ですか?」

 

 コール音が消え、繋がったことを示すスマホ。わたしは焦りながら確認する。

 

「えと、今どこですか? もし良ければ生徒会室に来て欲しいなー、なんて。その、勿論一人で来て欲しいんですけど、えっと」

 

 しどろもどろに言いたいことを伝える。先輩からの返事はない。

 ……変に思われちゃったかな。緊張して上手く話せない。

 

「……あの、もしダメならダメって──」

 

 

 

「──後ろ、居るんだが」

 

 

 

「っ!?」

 

 ばっと振り向くと、そこには先輩が一人で佇んでいた。

 えっ、何でいるの!? わたし電話してからまだ一分も経ってないよね!?

 

「……電話は切っとくか。んで、用は? 無いならこっちが先に話すけど」

「いや、いやいや! それより何でここに居るんですか!? お化けですか!?」

「おまっ、言うに事欠いてお化け……」

「だって、だって早すぎじゃないですか! そ、それこそわたしを探してたーなんて話じゃなきゃ……」

「……そのまさかなんだがな」

 

 先輩はやれやれとでも言いたげに頭をかく。

 そんなこと、そんなこと言われたら……!

 

「もう! 先輩のバカ! こんなところでときめかさないでください!!」

「理不尽にも程があるな……」

「まったく、そんなんだから先輩は結衣先輩に──」

 

 

 

 ──先輩のブレザーへ視線を落とす。二つボタンの片側、上のボタンは既に無くなっていた。

 

 

 

 それがどういう意味か、既視感のある痛みはわたしを即座に襲った。

 

 

 

「……あーあ、またですか」

「ん?」

「今回は言いますからね、先輩。なんせ二回目ですし」

 

 思わず零れそうになった涙を押し留め、先輩の顔を見上げる。

 

 

 

()()、また破ったんですね」

 

 

 

 生徒会室での些細な会話だったかもしれない。冗談だと一笑に付されるようなものだったかもしれない。

 

 ……でも、そんなに先輩のボタン(わたしのボタン)は遠いですか? そんなに軽いものなんですか?

 

 

 

「約束、な」

「何ですか。やっぱり忘れてます?」

 

 勝手に言葉に棘が宿る。わたしはぎゅっと手を握った。

 

「いや、覚えてる。というかそのためにお前を探していた」

「なのにそれですか。酷い人ですね」

「……お前こそ、本当に約束を覚えてるのか?」

 

 先輩は訝しむように眉をひそめる。

 

 そんなの、忘れるわけがないじゃないですか。なんせそのために過去にまで戻ってきたんですから。

 

「一言一句覚えてますよ。『先輩が卒業する時は胸に一番近いボタンをください』、です」

「だよな」

「でも、もうないじゃないですか。どうせまた結衣先輩にあげたんでしょう?」

「またってのはよくわからんが……、ブレザーの第一ボタンは確かに由比ヶ浜に渡したな」

「だったら──」

 

 

 

「──胸に一番近いボタン、だろ?」

 

 

 

 そう言って、先輩は自身のカッターシャツの第三ボタンをブチッと千切り取る。広げた手の平にそれを置き。

 

「ブレザーのやつよりもこっちの方が胸に近いと思うんだが……」

 

 わたしは暫く先輩の手の平にあるボタンを見つめる。何も言わず、何も言えずにただそれを眺める。

 

「お、おい? 一色?」

「……先輩は、本当に」

「……何かまずかったか?」

「本当に、もう!!」

「おわっ!?」

 

 ボスッ。わたしは先輩の胸に飛び込み、そのままぎゅうっとしがみつく。

 

 ……先輩はいつも、そういうことばっかりして。いつもわたしをきゅんきゅんさせて。

 

 本当に、もう!

 

 

 

「そんなの反則ですよ!! 好きになっちゃったらどうするんですか、バカ!!」

 

 

 

「あ、えと、おう」

 

 抱きつかれて急にどもる先輩。こんな時まで先輩は先輩で、ちょっとだけ笑ってしまう。

 

 わたしは先輩の胸にうずめていた顔をあげ、先輩と目を合わせる。

 あと十センチで届いてしまいそうな唇。その距離を縮める勇気は、まだないけど。

 

「先輩」

「は、はい」

「ありがとうございます、ボタン。でも普通は学ランかブレザーで、カッターシャツのボタンなんて聞いたことありませんからね」

「俺にその辺の機微は求めるな。なんせぼっちはそういう事情に疎い」

「……でも、本当に嬉しいです。不覚にもきゅんと来ちゃいました」

「きゅ、きゅん、か。それはまたいかんともしがたいというか……」

「ふふっ、先輩らしいどもり方ですね」

「……流石にそれは誉められてないってわかるぞ」

 

 わたしの両肩に手を置き、先輩は引き剥がそうとする。

 だけど、そんなことさせまいと今度は両手を先輩の腰に回した。

 

「ちょ、バカお前」

「……まだ」

「何がまだだよ。こんなところだれかにみられでもしたら……」

「嫌ですか?」

「……お前の方がずるいだろ」

 

 先輩は観念したようで、両手を上にあげる。

 

 ……本当は、わたしだって恥ずかしいんですからね。先輩。

 

「ね、先輩」

「何だ?」

「わたしは今先輩を抱きしめています」

「……まあ」

「先輩は?」

「え?」

「先輩は?」

「……いや、男がそれするのは」

「先輩は?」

「……botかお前は」

 

 仕方ない、なんて先輩の声が聞こえてくるよう。

 

 ふわりと先輩の温かさが増す。先輩も吹っ切れたのか、わたしをぎゅっとしてくれた。

 

 

 

 ……温かいなぁ。

 

 

 

「ふふっ、先輩ドキドキし過ぎ」

「ぼっちにこんな経験あるわけがないからな。ドキドキしないぼっちが居たらそいつは死んでる。つまり俺は生きてるってわけだ」

「何バカなこと言ってるんですか。……わたしはぼっちじゃありませんけど、ドキドキしてますよ」

「っ……」

「あーもー、恥ずかしっ。こんなこと言うつもりじゃなかったのに」

 

 わたしはすっと抱きしめていた腕の力を緩めると、意図を理解した先輩は腕の中から解放してくれる。

 

 わたしは手の平を差し出す。

 

「んっ!」

「……?」

「んーっ!」

「カンタかお前は」

「くだ! さい! よ!」

「ああ、ボタンな。ほら」

 

 優しく置かれたカッターシャツのボタン。小さいボタンだけど、念願のそれはずっしりとした重みを感じた。

 

「……なあ、一色」

「はい?」

「もし俺が今から変なことを言うとして、お前はどう反応する?」

「変なこと?」

 

 先輩からの不思議な問い掛け。わたしは首を傾げて続きを待つ。

 

「……さっきの行為の延長線上みたいなことだ」

「さっきの……あっ!」

 

 さっきの、ってことは抱きしめあったあれだよね?

 

 てことはもしかして、え? 嘘、告白?

 

「俺にとって奉仕部は居場所だ。あれは三人で初めて一つの場所になる。言い換えれば1+1+1だ」

「え、え?」

「これが仮に2+1になると破綻する。あいつらがどう思っているかはわからないが、少なくとも俺はそう感じている」

「あ、えと」

「……んで、お前はそもそも1に入らない、というか。その」

 

 先輩は照れ臭さを示すように鼻頭をかく。視線もわたしではなくあらぬ方向へ向いている。

 

 ……嘘、やっぱりこれ告白!? せ、先輩ってわたしのこと好きだったの!?

 

「単刀直入……に言うのは恥ずかしいんだが、そうも言ってられないな」

「は、はい!」

 

 

 

「一色、俺はお前を──」

 

 

 

 ──その瞬間、わたしの視界がホワイトアウトする。先輩の声も遠ざかり、やがて聞き取れなくなる。

 

 

 え、はぁ!? 嘘、ここで未来に帰るの!? あと三秒あったら結ばれたのに、嘘でしょ!?

 

 

 

「は、葉山先輩のバカぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「──はっ!?」

 

 目の前に広がるのは結婚式披露宴。服装も制服ではなくこの日のために拵えたドレスを着ていた。周りの止まっていた時間も動き出している。

 

 いや、そんなことよりも。

 

 ばっと隣を見ると、葉山先輩が直角に腰を折り頭を下げていた。

 

「……葉山先輩」

「な、何かな」

 

 顔を上げず、そのままの姿勢で応答する。

 

「その様子ってことは、わたしと先輩がどんな状況だったか知ってるってことですよね」

「……まあ」

「三秒あったらわたしと結婚してたんですよ?」

「いや、流石に結婚は……」

「してたんですよ?」

「……すまない、いろは。あんなタイミングになるとは俺も思っていなかったんだ」

 

 そろりと顔を上げた葉山先輩。恐る恐るわたしの顔色を伺っていて、ひっぱたかれないためか徐々に距離を取る。

 

「……あれって、つまり先輩は昔はわたしを好きだったってことで良いですよね?」

「ま、まあ多分……」

「葉山先輩、もう一度」

「もう一度?」

「もう一度過去に戻してください! 今度こそ決めてみせます!」

「え、でも自分で一回きりだって」

「そんな昔のことは忘れました! ほら、早く!」

「……あははっ、流石いろはだね」

 

 愉快そうに葉山先輩は笑う。心の底から楽しそうな、上辺だけじゃない笑顔。

 

 ……もう、一体誰のせいでこうなったと思ってるんですか。

 

 

 

「──あ」

 

 

 

 スクリーンに映された奉仕部の三人とわたしの卒業式の写真。そこに映っている先輩のカッターシャツ。

 

「第三ボタンが、ない……」

「つまり、今のが本当の過去になったわけだね」

「そっか……」

 

 わたしはちらっと壇上に座る先輩に視線を向ける。同じタイミングでわたしを見たのか、バチッと目が合った。

 

 

 ふいっ。先輩は子どもみたいに目を逸らす。

 

 

「ふふっ、今の絶対抱きしめあったのを思い出したからですよ」

「いろは?」

「さ、次行きましょう! 葉山先輩!」

「……ははっ、元気になって何よりだよ」

 

 先輩、やっぱりわたしを意識してるってことだよね。

 

 次は大学のサークルかな。今度こそ絶対、先輩に告白してもらうんだから!

 

 





とりあえず日刊更新はここまでです(書き溜めが尽きました)。
これはハーメルンの『しゃけ式』にもリンクを貼ってあるのですが、実は今一次創作をメインにやっていまして。息抜きにこちらを始めた次第なんですよ(笑) やっぱり久々の二次は楽しいですね。


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キスなんて、絶対にさせませんよ!1


更新遅かった言い訳タイムは本文の後!(白目)



 喧騒が心地良い結婚式会場。さっきまでは、過去に飛ぶ前までは煩いムクドリの大群みたいに感じてたわたしだったけど、今は顔がによによして堪らない。

 

 ふふふ、なんたってこの時の先輩は花嫁の結衣先輩じゃなくてわたしに告白しようとしてたんだから……!

 

「い、いろは? 嬉しいのはわかるけど、顔が女の子のそれじゃないぞ……?」

「葉山先輩! 早く! 早く次の過去に飛ばしてください!」

「何年経っても、やっぱり相変わらずいろははいろはだね……」

 

 葉山先輩は苦笑いしながらちらっと先輩に目配せをする。わたしもつられて見ると、先輩はあっち向けと言わんばかりに目で葉山先輩を牽制した。

 

 何か二人にしか知らないことがあるのかな。仲良いイメージはないんだけど。

 

「さ、次の写真に切り替わったよ」

「何の写真ですか!?」

「落ち着いていろは。これは……」

「ああ、わたしが大学一年生の時に行ったサークル合宿ですね」

 

 二十人くらいが写った集合写真。みんな各々にピースや肩を組んだりと、仲の良さそうなサークル感が前面に押し出されている。

 

 中でも、先輩の左隣には結衣先輩が恥じらいながらも腕を組んでた。ちなみにわたしは反対の右隣で羨ましそうに唇を尖らせている。

 

「じゃあ時間を止めるよ」

 

 そう言って葉山先輩は指を鳴らす。パチンと音が響き渡った直後、水を打ったような静けさが辺りを支配した。

 

「……これ、多分結衣先輩が先輩にキスした時の後です」

「へえ。じゃあこの頃から付き合いだしたとか?」

「いえ。ただこの頃から距離が近付いたのは間違いないです」

 

 それもとびっきりベタな流れで。

 

「近付いたって言うと?」

「サークルの人が、結衣先輩を強引に連れ出したらしくて。それを助けたのがあの鈍感根暗ぼっちの先輩です」

「あはは、結構言うんだね……」

 

 そして先輩は()()()()()()()嫌われようとする。理由は勿論、少しでも結衣先輩へヘイトが向かないように。

 

「……結衣先輩、その人の目の前で先輩にキスしたそうです。しかも唇に」

「何となく想像はついたよ。比企谷がまた悪者になろうとしたけど、それを結衣が救ったんだね」

「ホント、都合良くそんなイベントに出くわすなんて運命で結ばれてんのかーって感じです」

 

 聞いた話だと、繋がった糸の最初は結衣先輩の飼ってる犬を身を呈して助けたからだとか。

 

 そんなの、本当に。

 

「ズルいですよね。じゃあ運命に選ばれなかったわたしには初めから勝機はないのかーなんて」

「同じことを、昔俺も思ったことがあるよ」

「雪乃先輩ですよね? わたし達みたいな運命に選ばれなかった負け組は、こうやって呪うことしか出来ないんです。運命なんてクソ喰らえですよ」

 

 負けヒロインなんて残酷な言葉、言われた方はたまったもんじゃない。

 

 わたしは眉をひそめながら写真を眺めて、嘆息する。

 

「あ、そうだいろは。次からは俺は過去に行かないし、この写真を撮ったタイミングで今に戻ってくるからね」

「何でです?」

「俺がこの合宿に行ってないからね。まあ大学がそもそも違うから当たり前なんだけど」

「そういうことですか。……じゃあ前みたいに告白の最中に戻されるなんてのは、ないってことですね」

「あれは本当に悪かったと思ってるよ……」

「良いです。これで決めれば良いだけですもんね」

 

 目指すはキス。先輩からしてくれたら嬉しいんだけど、それは無理そうだからわたしから。ひとまずの目標を決めて意気込む。

 

「じゃ、あの合言葉を言ってもらえる?」

「あれ絶妙に古臭くて恥ずかしいんですけど……」

「俺も引き継いだ時には同じことを思ったよ」

 

 妖精(笑)って引き継ぎ制なんだ。どうでも良いことを知っちゃった。

 

「……じゃあ、ハレルヤチャンス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!」

「いろはちゃん、どうかした?」

 

 ぐらっと揺れる感覚がしたと思ったら、視界が一気に変わる。目の前に旅館が見えるのは、確か泊まる予定のところ。

 

 そして私に声を掛けてきたのは、白のコーデをモデルのように着こなす結衣先輩。さっきまで見てたウェディングドレスとどこか重なる。

 

「……何ですか結婚しますよアピールですかウェディングドレスみたいな着こなししちゃって」

「いろはちゃん何言ってるの!? ヒッキーと結婚なんて……そんなの……」

「先輩なんて言ってません葉山先輩って言ったんです!!!」

「言ってないよね!? 隼人君どこから出てきたの!?」

 

 当たり前のように先輩を出してくる結衣先輩にイラっとして適当な嘘をつく。この勝ちヒロインめ……!

 

「お前ら何してんだよ……」

「ヒッキー! いいい、今の聞いてた!?」

「は、何が」

「聞いてませんよねーだって先輩はわたしと結婚するんですもんねー」

「「!?」」

 

 私の言葉に二人して目を丸くする。こんな時まで息を合わせちゃって、ホントにもう……!

 

 三人でわちゃわちゃとしていると、サークルの幹部の人達がパンパンと手を叩いてこれからの動きを説明する。とりあえず荷物を置いてきて、それからもう一度ここに集合するらしい。

 

 私の部屋ってどこなんだっけ。キャリーじゃない手提げバッグの方に予定表とか入ってるかな。

 

「いろはちゃん、あたし達も部屋に行こ!」

 

 ……そう言えば、同じ高校だったからって結衣先輩が無理やりわたしと同じ部屋にしたんだったっけ。男子達の大部屋で雑魚寝とは違って、女子は二人か三人の小部屋。段々思い出してきた。

 

「んじゃ俺も荷物置いてくるわ」

 

 先輩はそう言って一人旅館の中へ入っていく。

 

 ふふっ、そう言えば先輩だけ何故か個室なんだったっけ。男子の人数が丁度十一人で、大部屋が十人部屋だからって先輩だけシングルの部屋に通されるんだよね。ホントいつも通り過ぎて笑えてきちゃう。

 

「ヒッキー一人部屋なんだよね。先輩も別に一人くらい入れてあげても良いのに」

「先輩が嫌がったんじゃないです? 雑魚寝なんて一番嫌がりそう」

「それはそうだけど」

「さ、わたし達も早く行きましょう。部屋どこです?」

「えっとねー確か……」

「結衣ちゃん達は二〇五だよ」

 

 後ろから声を掛けてきたのは幹部連中の一人の三年生。葉山先輩と系統が同じイケメンで、フレッシュを入れたコーヒーみたいな大学生然とした淡い茶髪の先輩。心の中で偽葉山って呼んでたのを覚えてる。

 

 そしてこの人が夜に結衣先輩に無理やり迫る、クソ男だ。

 

 結衣先輩はそうだったと呟いて、偽葉山に向き直った。

 

「ありがとうございます! じゃあいろはちゃん、行こっか!」

「結衣ちゃん、荷物大丈夫? 重かったら持とうか?」

「大丈夫です! いろはちゃん行こっか!」

「オレの部屋三階なんだよなー。つっても大部屋だけどさ!」

「そうなんですか! いろはちゃん行こっか!」

 

 露骨すぎませんか結衣先輩。そう口に出さなかったのを褒めて欲しいレベルで結衣先輩は偽葉山を躱そうとする。

 

 男子の視線って正直全部わかるんだよね。わたしがサークルに入った時から偽葉山はずっと結衣先輩を狙ってたし、何なら五秒に一回は結衣先輩の胸の膨らみをチラ見する。気付かれてないと思ったら大違いなんだから。

 

 そろそろどっちも可哀想になってきたので、わたしは助け舟を出す。

 

「わたし達部屋に荷物置いてきますので、偽葉山も部屋に置いてきてください! 心配しなくともまたここに戻ってきますので!」

「ぶふっ!」

「偽葉山……? よくわからないけど、ならまた後でね」

 

 不思議そうな顔をしながら、偽葉山は観念してわたし達のもとを後にする。これで一安心。

 

「い、いろはちゃん偽葉山って……!」

「えー? だって明らかに葉山先輩の劣化じゃないですかー」

「あはははっ! だ、ダメだよそんなこと言っちゃ!」

「……まあ、わたし的には結衣先輩が偽葉山とくっついてくれれば万々歳なんですけどね」

「!?」

「それで先輩はわたしのものに。知ってます? 先輩の卒業式の日、わたし先輩と生徒会室で……。……さ! 荷物置いてきましょう!」

「いろはちゃん!? 何今の話!?」

「行きますよー結衣先輩ー」

「ちょっといろはちゃん!? ちょっと、ちょっと待ってってか歩くのめっちゃ速い!」

 

 あなたは将来先輩と結婚するんですから、これくらいの意地悪は大目に見てくださいよ。

 

 わたしは心の中で舌をべーっと出しながら、すたすたと歩いた。

 

 




更新が遅れた理由は特に無いです。息抜きって割り切ってたら半年の月日が流れていました()

それはそうと評価や感想めっちゃありがたいです!
書き手の一番のモチベは感想です。これは書き手に共通するマジ中のマジですので、例えばエタってる作品なんかに感想送ったら連載再開とか余裕でありえます。マジで(しつこい)


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キスなんて、絶対にさせませんよ!2

 拝啓、結婚式で血反吐を吐きそうなわたし。わたしは今、若い力を存分に使って走り回っています。

 

「い、いろはちゃん足速すぎ……!」

「案外鬼ごっこ楽しいですね!」

「はぁ、はぁ、待ってぇ〜……」

 

 荷物を置いて旅館の前に集まったサークルの面々が向かった先は広い芝生。散見する人達は男女でバドミントンや親子でボール遊びなど、見るからに楽しそう。

 

 そしてわたし達がしているのは鬼ごっこ。一周回っていかにも大学生っぽい。

 

 ちなみに鬼は結衣先輩含む五人。二十人くらいいるサークルメンバーから無作為に選ばれた。ちなみに先輩は鬼じゃない。

 

「結衣先輩が遅いんですよー!」

「そんなこと言ったってぇ〜……!」

「ふ、そんなことじゃ先輩にも逃げられますよ!」

「そ、そんなことないし! 絶対に逃がさないもん!」

「じゃあわたしは先輩と愛の逃避行をしてきますねー!」

「鬼ごっこだからでしょ!? いろはちゃん今日どうしたの!?」

 

 結衣先輩は息を切らしながらツッコミを入れる。

 今日どうしたの、に対して未来から来ましたなんて言ったらどう反応するのかな。イタズラ心が顔を覗かせるけど、言っても信じてもらえなさそうだから飲み込む。変に混乱させるだけだしね。

 

 さて、先輩はどこにいるのかな。結衣先輩を撒いた辺りでぐるりと草原を見渡すけど、先輩の姿は無い。いつもの影の薄さを発揮してるのかなと目を凝らして探してみる。

 

「……いない」

 

 本当にただの草原だから遮蔽物がないにも関わらず、先輩が見当たらない。

 

 ……もしかして。

 

 わたしはさっきスマホでこっそり撮っていた部屋割を確認する。

 

 先輩の部屋は、三〇一号室。

 

 周りのサークルの人達を横目で確認しながら、わたしはさっきまで居た旅館へと向かった。

 

 

 

 

 

 三〇一号室に着く。幸い抜け出したのは誰にも見られた様子は無く、すんなりと部屋の前へ辿り着けた。

 

 ふう、と息をついて身体を落ち着かせる。何となく気配のするドアの向こう側に向かって、わたしはコンコンとノックした。

 

「せんぱーい。居ますかー?」

 

 返ってくる言葉は無い。念の為もう一回ノックしてみるけど、やっぱり変わらない。予想外れてたのかな。居ると思ったんだけど。

 

「……鍵とか、開いてたりしないかな」

 

 思いついたことを呟いて実行に移す。ドアノブに手を掛け下に降ろすと、何の抵抗もなくガチャリと鳴った。

 

 先輩、案外不用心だな。わたしはゆっくりと音を立てないように中へ入った。

 

「お邪魔しまーす……?」

 

 そろりそろりと部屋に入るけど、先輩の姿は無い。もしかして部屋間違えた? でもあのキャリーバッグは先輩のだし……。

 

 先輩の部屋は六畳一間の和室で、奥に丸いテーブルを挟んで椅子が二つ並んでいる。何となく落ち着いた雰囲気はまるで先輩のよう、なんて。

 

「……え、もう布団敷いてるんだ」

 

 奥の方には綺麗に敷かれた布団があった。休む気満々じゃん、合宿なのに。

 

 ……あの布団は、先輩が寝た物。枕も当然そうだろう。

 

「……ゴクリ」

 

 いやいやいや、何考えてるのわたし。そんなのまるで変態だよ。布団に入って匂いを嗅ぎながら枕に顔を埋めるなんて。結衣先輩じゃないんだから。

 

 ……でもほら、シュレディンガーのいろはってね! 先輩が見てないならわたしは変態じゃない! いただきます!!!(意味深)

 

 わたしはふんふんと鼻歌なんて歌いながら布団の中に入ってうつ伏せに寝転がる。やっば、これ寝ちゃいそう……あったかい……。

 

「……お前、何してんの?」

「何ってそんなの、寝てるんですよぉ〜……」

「うつ伏せで寝るのは身体固まるからあんまり良くないらしいぞ」

「でもその分匂いがダイレクトに来ますし……、ん?」

 

 わたし誰と話してるの? バッと起き上がって声のする方を向く。

 

 そこには案の定、先輩が怪訝な顔をしてこっちを見ていた。

 

「……お前」

「皆まで言わないでください! わかりました、わかりましたから!!」

「変態のすることだろ、それ」

「バカ!!! 先輩のバカ!!! 言うなって言ったのに!」

「……悩みがあるなら聞くぞ?」

「何ですか急に優しくしてわたしを落とそうって魂胆ですかそうはいきませんよなんせわたしは変態ですからね!!!」

「自虐風は新しいな」

 

 ああもう、何でこんなタイミングで帰ってくるの!? おかげでわたしが変態みたいに思われたとかもう最悪!

 

「あとその布団、まだ俺寝てないからな」

「死体蹴りどーも!!!」

 

 ホント良い性格ですね! 今回はわたしが全部悪いんですけど!!!

 

「ていうか先輩何で居なかったんですか! そのせいでわたしこんなことしたんですから、これって実は先輩が悪いんじゃないですか!?」

「単に自販機に行ってただけだ」

「なら鬼ごっこに参加してなかった理由は!?」

「呼ばれてないからな」

「あっ……」

「何察してんだよ。……未成年のお前に良いことを教えてやる。二十を超えたら人間後は老いるだけだ。鬼ごっこなんざした日にはひたすら吐き続ける自信がある」

「身に染みていますよ」

 

 今のわたしの身体は十九歳だから全力疾走をしても余裕だったけど、これがリアルのわたしなら絶対グロッキーになってる自信がある。若いって良いなぁ……。

 

「……で? お前は何で俺の部屋に居んの? 鬼ごっこ呼ばれてないのか?」

「先輩じゃないのでそんなことはありませんよ! わたしが来た理由は……」

 

 ……あれ? わたし何で先輩のところに来たんだっけ? 会いたかったから?

 

「うん、会いたかったからです!」

「良いか一色、ぼっちは引かれ合うとかあれ嘘だからな。ぼっちはぼっちで同族嫌悪をする。んで普通の人間はぼっちに会いたくなるなんてことは絶対にない。つまりお前は嘘をついているということだ」

「何ですかその悲しい理論……」

「わかったらとっとと鬼ごっこに戻れ。俺は寝る」

「……あ! そうだ思い出した!」

「……一応聞いてやるよ」

 

 そもそも何でわたしがこの日にタイムスリップしたのか。そんなのただ一つで、結衣先輩と急接近するのを止めるためだ。

 

 今日の夜。偽葉山に言い寄られたところを、先輩がいつものように助ける。自らが悪役になって、結衣先輩へ一縷のヘイトも向けさせない、まるでヒーローのような自己犠牲。

 

 ……ただ、そこでわたしはあることに気付く。

 

 

 

 ──先輩に助けさせないのなら、誰が結衣先輩を助けるの?

 

 

 

「……あーもー!」

「?」

「先輩、今日の夜は寝かせませんからね!」

「は?」

「この部屋だと狭いので先輩がわたしと結衣先輩の部屋に来てくださいね! 異論は受け付けませんよ!」

 

 ずっとわたしの目の届く距離に結衣先輩を置いて、万一抜け駆けをして先輩の部屋に行こうとした時に声を掛けられることも考えて先輩も部屋に置く! これなら距離も近付かせずに結衣先輩を守れるでしょ!

 

 ホント、手のかかる人なんだから!

 

「いや、普通に行かねえけど」

「……来ないなら外堀から埋めていきますので」

「何の? ねえ何の? 俺怖いんだけど」

「わたしの両親は勿論、先輩の家族には小町ちゃんから。大学は……サークルの女の子達かな」

「行く行く超行くからやめろ」

「たまごクラブ買っておきますね」

「平塚先生愛読のゼクシィ飛ばして? やだこの子何する気なの怖い」

 

 ちなみにリアルでは興味本位で買って死にたくなったことがあります。絶対言わないけど。

 

 結衣先輩と結婚した先輩には、絶対言わないけど!!!

 

 




お前ら『アトラスモス』なんて絶対に検索するなよ!!!

『アトラスモス』だぞ!!! 絶対にしてはいけないぞ!!!

絶対に検索してはいけない言葉は『アトラスモス』だからな!!!!!


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