ハンターが飛び込んだ先がダンジョンなのは間違っているだろうか? (あんこう鍋)
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『自己紹介から始まる行方不明かな?』

駄文な上に初めての投稿です。色々拙いのでゆっくりと更新していく予定です。


 少女は灰色気味の白髪と、薄い紫の瞳の儚げな印象とは別に、健康的な程よく日焼けした肌の健康良児の少女だ。幼い頃からそんなに変化の無い体型は“彼女の職業柄を考えれば嬉しい物”だが、平均から見ても低い身長のせいで特定の大物の武器が扱いきれないのが少女の悩みである。そう、この娘。武器を使うのだ。

 

 少女は『大陸』では『ハンター』と呼ばれる者。多種に渡る凶悪なモンスターを狩猟する狩人であり。そのモンスターの驚異から人々を守ったり。時には生態系を守るために密猟者と戦う事もある。《公平たる守護者》が少女の『ハンター』としての立ち位置である。

 

 とはいえ、絶対数の少ないハンター。村などの拠点を守護する。所謂、専属ハンター等の特殊な例ですらも、数多くの危険な依頼や、何故か珍味を納品したり。たまに、やんごとなきお方の依頼でモンスターの卵を抱え込んでせっせと走りながら飛竜に襲われたりとか。

 

 あとは、わがままな第三王女の無茶振りに頭を悩ませたりする。「お前は、村の専属なんだろ? なんでそんなに、あっちこっちに行ってるんだ?」と一般人から“思われないぐらい”多忙なのだ。

 

 無論ハンターである彼女はフリーながら。細かい採取メインの依頼も大型のモンスターの狩猟依頼なども行う。「あれ? 多分このクエスト委託したヒトもう手遅れなような・・・・・・」と思わせる内容もある。

状況としては二体の大型モンスターに襲われてて睡眠状態にされる一歩手前で、どうにかアイルー経由で出した依頼。後日その依頼をだした調査員は無事だったらしいが、恐ろしい強運か・・・・・・もしくは悪運か。彼女がそのクエストを達成し、後にその一報を耳にした時、ポカンとした面持ちで「えっ? あの人無事だったのかな? マジで?」と驚いていた。 

 

 とはいえ、素行自体はハンターの業界では比較的普通のハンターであるし【ハンターランク】と呼ばれる【☆】の数も4個。【☆】の数は『ハンター』達を管轄する【ハンターズギルド】への貢献度や、その実力に対して安定したモンスターの狩猟可能レベル。及び、緊急性の高いクエストの達成などで格ハンターに付与されていき、結果的に【☆】の多いハンターはそれだけで格付けが上がっていく仕組みになっている。基本的に【☆】が3つまでが『下位ハンター』。【☆】4からが『上位ハンター』と分けられており。上記の通り少女は上位ハンターに属する。それもなり立てホカホカの新入りだ。

 

 世界には『G級』と呼ばれる最高位のハンターもいるが今の少女にとっては夢のまた夢であった。念願の上位ハンターの仲間入りをしたものの。未だに下位の装備しか持っていない状態だ。上位から受けられるクエストでは勿論の事ながら、狩場の危険度も跳ね上がる。

 

 つまるところ、実力不足のハンターでは、対処できないモンスターの狩猟が解禁される。気を引き締めて適切な対処をしないと即、先人の仲間入りになってしまうのがこの業界の常識だ、上位の強力なモンスターの狩猟を安定させる為の、早めの装備の新調は必須なのだが。素材の入手方法といえば、結局の所「ひと狩り行こうぜ!」と言う奴だ。この辺りは全てのハンター共通である。

 

 少女は勇猛よりも安全を取るタイプの『堅実なハンター』である。

 

 若い者にありがちな猪突猛進な部分もなく、二手、三手先を見据える狩りの仕方は、同僚のハンター達の中でも一目置かれている。

 

 少女が臨時のパーティーを組むだけで、狩りの成功率が飛躍的に上がるのでハンター達をまとめる【ハンターズギルド】も重宝する存在であるし、彼女自身が声をかければ、喜んで共に狩りに同行するハンターも多い。

 

 雪の土地の村にいる専属ハンターとか。温泉で有名な村の専属ハンターとか。一部の熱狂的なファンもいてるぐらいだ。しかし、そんな事は彼女は自覚していない。

 

 さて、そんな少女を説明する上で欠かせない情報がある。実は二つ悪癖があるのだ。一つは、コンプレックスでもある「身長」の話題をすると、ひどく喧嘩早くなる・・・・・・短気になるというもの。そしてもう一つ、これが問題だ。その悪癖の前に。ハンターの狩場と呼ばれるいくつかの土地を調査する『王国の地質調査員』の存在から語らねばなるまい。

 

 彼の仕事は『ハンター』の狩場の調査とレポートをハンター御用達の雑誌に掲載することだ。問題なのは、その独特な説明文「だが、決して気を抜くんじゃねえ。何故なら、ここが○○だからだ!」から始まり。最後のその土地に一つはあるであろう、ジャンプポイントと呼ばれる存在の説明、というよりも毎回飛び降りる所でレポートが締められているのだ。彼は一体何を目指しているのだろう? などと思うハンターも少なくはない。

 

 無論。まったく無駄な情報ではない。ハンターの狩りに置いて狩りの対象が体制を立て直す為や、瀕死の状態から回復のために移動する事がある。コレが飛龍と呼ばれる空を移動できるモンスターだと実に厄介だ。何分、地を走ることしか出来ない、人の身でしかないハンターにとって追いかけるのも一苦労でもある。そんな時に知っておけば得。程度の情報なのがジャンプポイントだ。とはいえ地形とモンスターの生態を完璧に熟知できての荒業であり、移動時間短縮にも繋がるが、正直、正気の沙汰ではない。

 

 話が若干ズレたが少女の悪癖というのはこのジャンプポイントを見ると、とにかく、飛び込みたくなるというものだ。安定とは掛け離れた、スリルのあるハンターという職に就くだけあって。そういう刹那的な快感は誰もが大小関わらず持っている。安全第一を掲げる彼女もそのハンターの業からは抜けることはできないようであった。というよりもその条件において彼女はかなりの狂気的な行いをする類の人間である・・・・・・まぁ、何が言いたいかと言えば“この話の主役の少女は変わり者である”という事だ。

 

 そんな“変わり者”の少女は決して、“英雄的な素質のある主人公”ではない。むしろ、ヘタレにして能天気。どこまでも、どこにでも居てる、ちょっとばかり、狩りに対して保身の強いだけの『ハンター』でしかない。

 

 彼女の名前は。【パイ・ルフィル】ハンター歴3年目の見た目はチビッ子。狩り方は堅実。(主に変)人達に好かれる今年で16歳の可哀想なぐらいに、『落ち込む』事が多い。巻き込まれ体質な少女。これは、そんな少女『ハンター』の摩訶不思議な狩人の冒険譚である。

 

 

―――――――

 

 

 パイ・ルフィルは不機嫌であった。その可愛らしい顔を最大限顰め、パイは現在、目の前にあるクエストカウンターを睨んでいた。そんな彼女の心境とは別に。太陽はその輝きを地上へと満遍なくふらせている。南から吹く風も湿気を含まない爽やかな物で、気温こそ高いが不快ではない。

 

 周りには通り過ぎる人々。活気にあふれ所々の露天からは食品や、工芸品なども販売されており、威勢のいい声が響いている。道行く人々の表情も明るく、この場所が平和なのがその光景だけでわかるであろう。

 

 そんな中での顰めっ面の少女。『上位ハンター』の仲間入りという祝い事の後にする表情ではないが、それには訳があった。

 

「くぬぅ、なかなかに、いいクエストないかな・・・・・・なんで、ウラガンキンのクエストばっかなのかな?」

 

私はあのアゴモンスターは嫌いだ。よく動くし縦長だし。転がってくるし。なんであんなモンスターの依頼が多いのか・・・・・。 皆、嫌がって『受けないから』残っているんだ。わかっていたかな。あのアゴ。皆嫌いだもんね

わかるとも

 

 「かな」と言う少々特徴的な語尾をつける少女。パイは数々の強敵との戦いで溜まったストレスからの。止めの【緊急クエスト】で、少女のジャンプしたい欲が爆発したのだ。小女の現在の拠点である【バルバレ】は砂漠の真ん中にある都市である。

 

 数多くの砂漠を渡る船で溢れかえる貿易都市だ。少女の睨む先は数々のクエストを貼り付けられてる。クエストカウンターと呼ばれる物で。【ハンターズギルド】が管轄する依頼を受けるためには、必ず通さなければいけない行程でもある。

 

 【我らの団】と呼ばれる“変わり者の多い”キャラバン所属の受付嬢からクエストを受けようと考えていいたがピンとくるものがなく、溜まったフラストレーションのはけ口を探しているパイ。そんなパイに空気を読むことなく語りかける【旅団の受付嬢】。

 

「あっ、そうそう。聞いてくださいよ。トビ子さん。この間なんですけどね。特注のクエストをハンターさんに受けてもらったんです。けどね、ウチのハンターさんすごいんですよ!」

「アゴ滅するべし・・・・・って、どんな、クエストだったのかな?」

 

 おおっと、いけない、いけない。アゴの事を考えてて一瞬意識が飛んでいた。私はアゴの事を頭から話して友人に振り返る。

 

 受付嬢から話しかけられた事で、顰めっ面から素の表情に戻ったパイ。呼ばれた“トビ子”とはパイの愛称であり、“ハンター”と呼ばれたのは【我らの団】所属の『専属ハンター』の事で、パイとは新人時代からの長い付き合いの『新人時代からの同期』である。

 

「はい! 実はですね この間の事なんですが、武具を使わずにモンスターを倒せるのか? って聞いたらパンツ一丁で行って。なんとキックだけであの青熊獣《アオアシラ》を狩猟しちゃったんですよ! もう悔しくて悔しくて・・・く・や・し・い! って感じです」

「・・・・・・ん? ちょっと待ってくれるかな。貴女、何させてんのかな?」

 

 想定していた無理難題より酷い内容だ。私は目の前の緑色の彼女の『本当に心の底から悔しそうな顔』に呆れてしまう

 

 【バルバレ】では【我らの団】の旅団に属する受付嬢である彼女から。基本的に依頼を受注するので、こうした他愛のない会話はよくする間柄でもある。ちなみに【我らの団】は『専属のハンター』とその相棒の『筆頭オトモ』『大柄の竜人』と『小柄なヒューマン』の鍛冶師二人と『竜人商人』と『アイルーの料理人』。そして最後に『団長』・・・・・・計7名のキャラバンである。そんなキャラバンの受付嬢というよりは、受付嬢は総じて話し好きである。

 

「いや。『最上位ハンター』の【☆】7つのハンター相手に、そんな変な事させるって。貴女も相当に鬼畜かな? 彼。優しいからそんな依頼でも受けるんだろうけど、普通はしないかな? 私? しないよ? フリじゃないよ?」

 

 だって。怖いじゃない? あれ、ぶっちゃけ熊であるし。

 

「でも。トビ子さんなら、アオアシラの抱きつき行動もすり抜けられるんじゃないですか?」

「ねぇ、さりげなく身長が低いって言いたいのかな? 私も怒るんだよ? 武器で切りつけたりしないけど、【アレ】。投げつけるよ?」

「・・・・・・ごめんなさい。クエストカウンターが大惨事になっちゃうんで。やめてください」

 

 さりげない受付嬢の毒舌に対してパイ特性の【アレ】・・・・・・モンスターに拘束された時などにお世話になる【アレ】で脅す。チラつかされたモノに顔を青ざめる受付嬢。しかも、会話の内容からしても“大陸でも最上位の戦力であるハンター”にえげつない事をやらせている。決して強力なモンスターなどではないアオアシラでもそれはハンターの命とも言える武器があってのこと。

 

 間違っても“パンツいっちょ・・・・・・”インナーだけで行くものではない。

 

 しかし。パイは思い出す。彼のハンターは人々から、“パンツ一丁でなんでもできる。まつげの長いハンターである”と評されている事を。一体何故。そのような評価を受けることになったのか・・・・・・気にならないといえば嘘になる。

 

 するとギルドの集会所の方からその話題の『パンツのハンター』・・・・・・もとい、『我らの団ハンター』が歩いてきた。黒髪の高身長の・・・・・・パイと比べれば正しく大人と子供だ。その青年は前に見た頃に比べ、より精悍になっており。経験を積んだ者特有の余裕を感じさせる。

 

 彼は、かつて伝説の古龍の『天廻龍《シャガルマガラ》』を当時。殆ど情報もない状態で討伐し。ドントルマでは特殊個体の『鋼龍《クシャルダオラ》』を『筆頭ハンター』達と迎撃している。それ以外にも色々と困難に打ち勝ってきた狩人であり。パイとはハンターの新人時代からの付き合いだが、これほど差があくとは。

 

「やぁ、トビ子ちゃん。久しぶり、元気だった・・・っと昇格試験に受かったんだよね? おめでとう!」

 

 会話の中にある愛嬌から青年は人に好かれる人物である。我らの団のハンターも今でこそ。最上位のハンターではあるが。新人の時は同期だったパイと、臨時のパーティーを組むことも多く。我らの団ハンターも“彼女から学ぶことは多かった”と語るぐらいに知識豊富な少女との狩りでの経験が、右も左も分からない我らの団ハンターを強くしたとキャラバンのすべてのメンバーが認識している。

 

 そんな評価を受けているとは毛ほどにも思っていないのがパイであるが、そんな彼女のジャンプポイントからの飛び癖と、今だに少数ながらも、『ハンターズギルド』からの情報共有によって技術が確立しつつある。【スタイル】と呼ばれる技能。その中で【エリアル】と呼ばれる踏める台があれば、それを踏み台にして対象を高い位置からの強襲や、それに伴う背中に乗る事に特化した戦闘スタイルである。

 

 それは、その新人時代の相方でもある、【太刀】と呼ばれる獲物を好んで使っていた青年。当時の我らの団ハンターの邪魔にならないように考えついた。パイなりの狩りの方法でもあるが、それを目撃したほかのハンターからは。“見ていて気持ちの悪くなるぐらい、回転しながら飛び回っている変な女ハンターがいる”という噂から彼女の本名よりも愛称のトビ子の方が有名になってしまった。

 

「久しぶりかな? そしてありがとね。今、君の所の受付嬢から青熊獣を蹴りだけで倒したって聞いたんだけど。君、仕事を選んだほうがいいと思うよ? まぁ、純粋にすごいとは思うかな?」

 

 そんな少女の言葉に。愉快そうに笑う、我らの団のハンター。その笑顔も子供みたいに無邪気で、どことなく此処の『団長』の笑い方に似てきている。ついつい、つられて笑うパイ。一通り笑ったあとパイは本来の目的を思いだし目の前の同僚に尋ねる事にする。

 

「所で。いつもの『気晴らし』に行こうと思うんだけど、君的に何処かオススメとかあるかな?」

 

 我らの団のハンターは顎を手でさすり。しばし考えるように首を捻るが、すぐに左手の手の平を右手で叩きこう返す。

 

「それなら、今の時期が一番綺麗な【渓流】とかどうかな? 僕もやったけどあそこのはいいよ。水辺にたどり着くから比較的安全だしね」

 

「なるほど。【渓流】ね・・・ユクモ村にも長いこと行ってなかったし、そうしようかな?」

 

 我らの団のハンターに言われて目的地が決まったので。受付嬢に『渓流の採取ツアー』のクエストを受注する旨を伝え準備する。

 

「ああ、そうだ。そこに例のジャンプしに行くのは分かったけど採取とかもしに行くのかい?」

 

 我らの団のハンターのその質問に違和感を感じたパイは少し考えてから、返事を返す。

 

「『ドキドキノコ』が在庫がないからそれぐらいだけど。どうしてかな?」

 

「実は、後日正式に【ハンターズギルド】から通達があるんだけど。最近各地の狩場で行方不明になる『ハンター』が出ているらしいんだ」

 

「そうなの? 神隠し的な・・・あるいは。ハンターズギルドの感知できていないモンスターの仕業とかかな?」

 

 我らの団ハンターの穏やかではない話に、少女の声に小さな警戒の色が出る。狩場の状況が不安定な場合。目的のモンスター以外の厄介なモンスターの乱入なども警戒しなければならない。コレは成たての上位のハンターの軽視しがちなミスの一つで、下位と同じような気持ちで準備を怠った結果、予想外の強敵にであい死亡する事件も多い。。まぁ、大概はあのワニ野郎に食われるのだが。

 

「それは、わからない。行方不明と言っても毎年何件かはあるだろ? ただ、その共通点の多くがそのハンターの実力では危険の少ないであろう、採取関連のクエストや小型モンスターの狩猟。【ハンターズギルド】でも狩場は安定しているのは確認済。もちろん、万が一があるのがこの業界だけどね」

「・・・・・・わからないという事自体が、重要であり問題ってことかな? 確かに、ギルドも何が原因か調べる必要があるけど・・・もしかしてさっきギルドの集会所から出てきたのってその案件なのかな?」

「察しがいいね。まだ決まったわけじゃないけど、もし動くときは最悪の可能性を考慮して僕も行く事になるだろうし、多分。ヘルブラザーズや、ポッケ村とユクモ村のハンターとかも声が掛かるだろうね」

 

 最近はドントルマの方でクエストを受けることも多い我らの団ハンターが。なぜここの【ハンターズギルド】から出てきたのかその疑問が解消された。

 

「なんでか、大半の最上位のハンターって専属の所が多いものね。そういえば、ユクモの姉さんも依頼で飛び回ってて、ユクモの温泉が恋しいって言ってたかな?」

 

「ははは。あの人も相変わらずだね。とにかく、怖がらせるつもりじゃないけど。行くなら装備とか整えて行ったほうがいいよ。トビ子ちゃんがジャンプ以外に危険な事をしないってわかってるけどね」

 

 昔から。自分の事なら迷わず突き進むのに。人ごとになると心配性になる彼の心遣いにこそばゆい物を感じながらもパイは頷く。

 

「わかったよ。ありがとかな。でも、そういう君達だって原因が分かって、もしも正体不明のモンスターならその前に立つ事になるんだよ?」

 

「うん。今のうちにいつでも動けるように準備を怠らないようにしておくよ。それじゃ、これで失礼するね」

 

 挨拶を残して。キャラバンのマイルームへと向かう我らの団のハンターと受付嬢と別れ。少女も拠点である借り家へと戻る。昨日から何故かぐったりとしている少女のオトモのアイルー。名前は『シロ』である。そのシロが帰宅した『ご主人』に、うつ伏せの状態から片手を上げて挨拶しようとするがそれも叶わず力尽きる。一体こいつの身になにがあったのか? 現状話が出来そうな状態でも無さそうなので、一旦意識から外してアイテムの整理をしようと少女がアイテムボックスを開けた瞬間――

 

「トォォォォビィ子ちゅあぁぁぁぁぁぁん!! お姉さん、待ってたよー!!」

 

 ――突然、女性がアイテムボックスから飛び出してきた。驚き尻餅をつくパイは驚きながらも、現れた人物を見て直ぐに冷静になる。

 

「うおっ、ビックリしたかな・・・・・・!? って、ユクモの姉さん。どこから出てくるのかな」

 

 アイテムボックスの中から飛び出してきた女性は。『ドッキリ大成功』と書かれた木の立札を掲げて得意げに胸をそらす。先程の話に出てきた“ユクモ村の専属ハンター”のまさかの出現と変わらぬ姿に少女は苦笑いを浮かべる。

 

「とりあえず先に、上位ハンター昇格おめでとう! トビ子ちゃんの頑張りはお姉さんも知ってるから、大丈夫だと思ってたけどね」

「あー、ありがとかな。姉さん。所でうちのシロがぐったりしてるんだけど、ねぇさん、何か知ってるかな?」

「うん、知ってるよ。というかお姉さんが原因だよ?」

「・・・・・・どういうことかな?」

 

 少女の問いに対して堂々と“自分がやりました”と告げる先輩でみある姉貴分にジト目になるのを自覚しながらも続きを促す。

 

「実はね。トビ子ちゃんが緊急クエストを無事にクリアしたって聞いたときにね。お姉さん思ったの。可愛い妹分になにかプレゼントとかできないかなって? でも素材って基本的にギルドの決まりで譲渡できないじゃない? だから逆に考えたの。トビ子ちゃんの関係者なら素材を取得しても問題がないってね?」

「まぁ、確かにそうかな。えっと、それで?」

「だから、留守番中のシロ君を、強制的に私のところの相棒と組ませて、【☆】4から受けれる、闘技場クエストを・・・・・・ぶっとうしで10回させた。これが、不思議なぐらいにコインでなくてさー。相変わらず怖いね。『物欲センサー』は。まぁドス系二体の狩猟だから大丈夫、大丈夫」

「鬼かな、あんたは!? そりゃ普通はブッ倒れちゃうよ!」

 

 少女が考えている以上にえぐい事になっていたようだ。あはは、と笑う姉貴分に対して疲れた頭をさすり、少しの間オトモに休みを与えようと考える。

 

「でも、なんで闘技場に? あそこって確かコイン系の素材ぐらいしかもらえないよね・・・・・・」

 

「うん、これ作るためだよ。お姉さんからのトビ子ちゃんへのプレゼントはね・・・・・・このヘアバンドだぁ!」

 

 アイテムボックスから取り出した装備を見た少女の表情が消えた。その反応にニタリと笑う姉貴分。数分後、パイの拠点から猫のような悲鳴と共に暴れる音が聞こえたが。それも直に収まったのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

「トビ子のやつが上位に昇進になったんだって?」

 

 マイルームでオトモと共にアイテムボックスの整理件補充をしていた我らの団のハンターは、背後からの声に振り返ると、そこには我らの団の団長が酒瓶を手に立っていた。ちなみに今は真昼間である。

 

「ええ、団長も聞いたので?トビ子ちゃんの実力から考えたら、ちょっと遅い気もしますけど。おめでたい話です」

「誰もが、お前さんみたいに行ける訳じゃない。まぁ、あの時のど素人だったお前さんと同期だからな。一方は最上位ハンターで片方はやっと『上位ハンター』だ。それでもその上位に行けるのがどれだけ居てるかって話だけどなぁ」

「懐かしいですね。まだ『ハンター』のいろはも解らない頃にトビ子ちゃんに出会ってなければ、きっと僕はここまで来ることはできなかった」

 

 懐かしむように微笑む、我らの団ハンター。実際に彼女の狩りの方法は堅実かつ、効率的。肉体への消耗もできるだけ減らすことで長期にわたって狩人として現状を維持できる。

 

 並のハンターのように武器だけを振り回し、強行突破するだけの素人では、強くなる前に何かしらの怪我が原因で、引退している可能性だって大いにあっただろう。

 

「ギルドマネージャーもトビ子の奴には期待しているらしくてな。これで上位の依頼も片付けられると喜んでたぞ。トビ子ほどなら教官としても十二分にやっていけそうだしな」

「ウチの受付嬢も喜びますね。数少ないモンスター談話のできる同性の友人ですし」

「あれは。面白い話なのか・・・・・・? 一度だけアイツのスケッチブックを見たが・・・・・・なぁ?」

 

 【旅団の受付嬢】。彼女はモンスターの生態を独自に調べ独特なイラストと共にスケッチブックに書き記している。あくまで趣味の範囲なので誰も深くは突っ込まないし。我らの団ハンターなどは独創的なあの雰囲気が好きなので、モンスターの狩猟から帰還するとよく、旅団の受付嬢にその時の狩りの様子などを話している。

 

「ところで、団長の要件はそれではないでしょう?」

 

 我らの団ハンターはアイテムボックスから手を離し団長の数歩前まで近づく、ハンターの言葉に、団長はその眼を険しくし懐から羊皮紙を出して我らの団ハンターに手渡す。

 

「・・・・・・これは、準備を急ぐ必要がありますね・・・・・・」

 

 それは報告書が書かれた羊皮紙であり。その内容は以下の物だ。

 

『ー先日。下位のハンターの三名が孤島で素材を採取している最中。『青熊獣《アオアシラ》』の乱入を監査用の気球が確認した。三名の内二名がその狩猟に参加し無事に狩猟を完了させたが。そこから離れた場所で採取していた一名の『ハンター』の行方がわからなくなる事件が起こった。

観測船と気球による捜索虚しく、狩場の制限時間経過のため、残りの『下位ハンター』二名は帰還。飛龍などの大型の生物は確認されておらず。戦闘の痕跡も確認できず。血痕等の負傷の跡も確認されていない。

【ハンターズギルド】はこの異常事態に強固なモンスターの特殊発生を視野に入れた大規模捜索を決行することを議会で可決した。

それにより、我らの団の団長及び、我らの団専属ハンターの出頭を要請する。緊急クエストとしてコレを発令するものとする。』

 

「こんなきな臭い依頼は初めてだが。これ以上【ハンターズギルド】の信用を落とす訳にはいくまい。何が出てくるか判らんが、大丈夫だ、お前さんならできる! できる!」

 

 いつもの団長の発破に苦笑いを浮かべる我らの団ハンターと酒を飲みながら笑う団長。

 

 しかし、彼らが知るのはもう少し後になるが、この翌日にとある一人の『上位ハンター』が【渓流】で採取中に行方不明になることになる。

 

 そのハンターは女性の狩人で渓流の採取ツアーに向かう手続きをしているのが、【バルバレ】の『我らの団の受付嬢』からの報告で上がる。

 

 彼女の名は『パイ・ルフィル』通称トビ子と呼ばれる期待の新たなる『上位ハンター』であった・・・・・・。

 





~あとがき~

作者はね、思うんですよ。
『MHに出てくるハンターってかなり愉快な奴らじゃね?』っと。
意思表示の方法が出せないハンター(歴代主人公)とかは置いといて、ゲーム中に逢うハンター達は結構楽観的な部分が見えるんですよね?

故にーー今回のオリ主は本気で(体格以外)趣味に走りました。いつ死んでもおかしくない狩りの世界で生きるたくましさと、後悔しない生き方をしている彼女の異世界英雄譚がどのようになるのか・・・・・・、

生暖かい視線で見守ってくれれば嬉しいです。



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『ジャンプした先は。摩訶不思議な洞窟でした・・・・・・ここ、ドコかな?』

MHXXでスキル構成見ながら作ってみた装備が想像以上に『痛くて』即採用になった。


パイ・ルフィルはノリノリで歩いていた。場所は【渓流】紅く紅葉した木々と、時に舞い落ちる葉が、水面のせせらぎと共に風情を醸し出している。そんな中を“数多くのポーチを体中に取り付けて”歩いていた。

 

 パイという少女は『ハンター』という職業上の仕来りを守り。自然と調和する。実に狩人としての理想の在り方だが。狩人としての基本から少しばかり離れていた。

 

 本来ならば身体能力のパフォーマンスを最大限発揮する為に、敢えて持ち物を制限するのが『ハンター』としての基本である。

 

 しかし、彼女は違った。身体に着けられるなら着けれるだけのアイテムポーチを装備し、それらを駆使してモンスターを追い込むのが彼女の狩り方だ。

 

 着地地点の『大タル爆弾』配置や定期的な目印である『ペイントボール』の効果が切れる前にぶつけるのは当たり前だし。周りに煙幕を張る為のアイテム。『けむり玉』での奇襲や、嫌らしい配置での『罠肉(モンスターに不利になる細工をした生肉)』、強烈な光を生み出す『閃光玉』で戦局を調整し。聴力の高いモンスターには高周波を巻き散らかす『音爆弾』で感覚を狂わせ。相手を消耗させる。

 

 最後は満身創痍のモンスターが眠りに落ちたその足元に『落とし穴』や『シビレ罠』等の罠を設置し、弱った上に寝起きにいきなり罠での地面に沈めると言う鬼畜な所業の後――麻酔の薬品で眠らせる。こうして確実に狩猟するのが、彼女の基本スタイルである。割と容赦がない・・・・・・。

 

 おまけに、体力を回復させる『回復剤』やその上位の『回復剤グレード』。長期の戦闘に備えたこんがりと焼いた『こんがり肉』や毒を扱うモンスター用に『解毒薬』やられ状態を回復する『ウチケシの実』保険の為の『ハチミツ』と緊急時の帰還アイテム。摩訶不思議な『モドリ玉』などを常時用意している。

 

 ちなみにモンスターに拘束された時用にもっているとある物は専用のポーチに入れている。【アレ】と同じところに入っている『回復剤』等の物に口をつけたくはないし、万が一【アレ】が割れたりしたら大惨事である。それほどの物なのだ。それもたくさん持ってきている。大概は使うことなく終わるが・・・・・・。

 

 直接、武器を使って戦う事もあるが、怪我などのリスクも高くなる為に「殴れるときに殴る」を基礎としている若干のヘタレ気質と回避と攻撃を同時にできる戦闘スタイルは実にパイの気質にマッチしていた。

 

「けーりゅー♪ けーりゅー♪ ガーヴァのフン~♪ ジャンプポイントにゃ、タケノコ採取~♪」

 

 そんな彼女は現在、変な歌を歌いながらも、いつものようにお気に入りの装備とは違う“とある方のコーディネートされた”装備を纏っていた。その装備で《渓流》へと赴いていた。彼女の装備は白色を主にした若干のツギハギ感が感じる装備で。ハンター界では古来のモンスターの名前と取って【キメラ装備】と呼ばれる。同種のモンスターの素材ではなく、違うモンスターの素材を使って作り上げた各パーツを合わせて、多種のスキルを発動させる為の装備であり、妙なこだわりの『ハンター』が好んで作りたがる。ある意味オーダーメイドな一品ともいえるだろう。彼女の装備も頭部の新品の上位素材で造られた以外は以前からある下位装備でコーディネートされている。上から順に

 

頭装備 アイルーヘアバンド《白》

 

体装備 パピメルペット《白》S2(罠師珠)(狩人珠)

 

腕装備 ファルメルマート《白》S1(狩人珠)

 

腰装備 ルドロスフォールド《白》S1(罠師珠)

 

足装備 ハントグリーブ《白》S2(狩人珠×2)

 

御守り 闘士の護石《気力回復+3》S1(罠師珠)

 

発動スキル

『スタミナ急速回復』『罠師』『ハンター生活』の三つのスキルが発動している。武器は双剣の一段階強化されたオーダーレイピアである。

 

「見た目は小柄で力はつよい~♪てっきを乗り越えくるくるまわる~♪」

 

 パイは光を失った瞳で歌い続ける。見た目が実にイタイ事になっている。ハンター仲間から真顔で「そんな装備(見た目)で大丈夫か?」と聞かれたのでパイは死んだ目で「大丈夫だ(スキル的には)問題ない」と答える場面がギルド集会所であったとか。

 

 特殊なコインで造られた頭装備。【アイルーへバンド】と一見《スキル》重視のように見える装備のコーディネート。これは、ユクモ村の専属ハンターに着せ替え人形にされて行き着いた装備ではあるが。見た目に関しては確実に、ユクモのハンター好みの“自分には似合わない可愛い・・・・・・ファンシー系装備であり”パイとしても、スキル構成的には問題ないのも確かであるので、若干の躊躇もあったしなんだか、してやられた感が半端なかった。

 

 冬の手前であり紅く色づいた葉やひんやりとした空気が、山から吹き川辺には魚影と水面から跳ねる姿が見られる。だが。そのひんやりした空気とは違う、寒気に一瞬身をすくませるパイ。ここは夜の砂漠や、雪山ではない。ホットドリンクは必要ないはずだ。先日の強行軍でテンションダダ下がりの、相棒のアイルーを連れてこなかったが。こんな事ならば気晴らしも兼ねてアイルーキッチンで弁当でも作ってもらって一緒に来れば良かった。などと一瞬感じた恐怖を忘れるために別のことを考えながらも“気前のいいお爺さんから貰ったピッケルグレート”で鉱石を掘りながらも、例のジャンプポイントがあるエリアへとたどり着く。

 

 草と土の香り湿度の高い場所特有の匂いとなって。パイの鼻腔を刺激する。使い古され立て付けの悪いハシゴを上り、竹林の中である物を探す。こういうコツコツと採取するのもハンター生活の醍醐味である。

 

「たっけのこ採取でポイント集め~♪今日のご飯はタケノコごは・・・ぶほぅ!? けっ、ケツがぁぁ!」

 

 のんきに特産タケノコを採取していたパイの臀部に鋭い痛みが発する。歌の最中かつ大型のモンスターが来ることのない狭い場所であったので。油断していたからか、女性らしくない悲鳴が上がる。

 

「ぬぉぉぉ・・・!一体なにが・・・メラルー・・・・・・またお前かな、今回は許すまじ!」

 

 そこにはニャーニャーと小躍りしている。アイルーによく似た二足歩行できるネコモドキがいた。アイルーは性格も温厚でハンター戦闘時のサポートや、料理。装備加工などの専門の職につき、人間のよき隣人としての立場があるが。こいつは違う。こいつはメラルーと呼ばれるイタズラ好きで、手癖も悪く、よくハンターの手持ちのアイテムから何かを抜き去っていく。そして、卵の運搬時とかの落としたらダメな物を持っている時とかになんでか、嬉々として狙ってくる。悪意の塊のような奴である。

 

 そんなハンターの嫌いなモンスターの上位に属する。メラルーはパイが武器を構えるよりも早く、地中へと潜っていった。こうなったら盗まれた物が帰ってくる可能性はほぼないであろう。ちなみにハンターの嫌いなモンスターの一位は個体名ではなく。通称

「ホーミング生肉」と呼ばれる【ファンゴ】と【アプケノス】と【リノピロス】の三種類で生肉をはぎ取れて“大型モンスターにとって”ベストなタイミングでハンターを吹っ飛ばしたり体制を崩してきたりする。厄介者である。パイもクエスト中に尻に何回も突撃を受けている。

 

「今回は一体何を盗まれて・・・・・・『モドリ玉』かぁ、なんでこんな時に限って、嫌なもの盗まれるのかな」

 

 『モドリ玉』とは特殊なキノコから調合できるアイテムだ。使うと何故か安全地帯であるベースキャンプへと移動できる。その特殊なキノコ【ドキドキノコ】は、少し前にギルドの急募の依頼で孤立した、調査員の脱出の為に、ドキドキノコの納品依頼のがあり。それの為に倉庫の中のを全部納品してしまったのだ。パイも今回作っておいた最後の『モドリ玉』を持ってきたのだが。

 

「なんか、一気にテンション下がった・・・もう飛び込んで、さっさとキノコ採取でもしようかな」

 

 気が落ち込んだら、つい独り言が漏れてしまう。せめて本来の目的を果たそうと、巨大な植物の弦で出来た自然の橋を危なげなく歩んでく。そこからの遥か下は雲がかかっており。それがどれほどの高さなのか想像もつかない。常人であれば恐怖で足がすくんでも不思議では無いし、はっきり言って足場も良くない。高所恐怖症などあれば絶対に近づきたくない類の場所である。

 

 そんな場所に立ちながらもパイのテンションは上がっていた。最高潮まで上がっていた。その場で『ステップ』しちゃうぐらいテンションが上がっていた。そして空を見た瞬間気づく。遥か彼方に赤い光の点がある事に、しかしその赤い光はしばらく眺めて

いると消えてしまう。

 

 なんだったのかな? パイの中で疑問は浮かぶがものの。特に気にするような事ではないと思い直し。パイは眼前に広がる雲海に視線を戻す。

 

 もう我慢の限界だ! パイは『イェーイ』っとポーズを決めて。ヤッホーイとバカみたいなセリフと共に愉快げに飛び出した。

 

 それはもう、躊躇なく飛んだ。それも彼女のこだわりの前方に一回転をしながら飛び出した。その時に彼女の運命は決まったのだ。

 

 もし、その時飛び込まずに、先にキノコを採取しに行っていれば?

 

 そもそも、飛び込むこともなく帰っていれば?

 

 もしくは。『行方不明のハンターの一件』での『我らの団ハンター』の忠告を『正体不明のモンスターが、直接関与した可能性』と決め付けていなければ?

 

 パイが橋から飛び出し、視線を足元に向ける。今だ雲まで遠く瞬間のスリルを楽しもうとした瞬間、彼女が落ちていくその先に突如として黒い穴が出現した。

 

 ちょっとなにかな!? 驚愕に開かれるパイの瞳に映る光景は現実的とはかけ離れていて、それが逆に恐怖を駆り立てる。

 

 だが翼のない身では姿勢を変えるぐらいしかできず自由落下の勢いのまま。パイは空間に突如として生まれた穴へと落ちていった。

 

 

―――――――

 

 

 我らの団ハンター(以下ハンター)は、旅団の受付嬢からの突拍子のない報告に、一瞬思考が止まった。

 

 ハンターがその知らせを受けたのは、トビ子事。パイ・ルフィルと別れて3日経った昼間の事だった。自身が知っている何処か飄々としながらも、何回も無茶を言ってくれる旅団の受付嬢が、慌てふためきながら支離滅裂な説明を行う。その説明の意味を理解した瞬間、ハンターは周りの音がひどく遠くなったような感覚に陥り、それとは別に、回転だけが早くなる頭の脳裏に、三日前にあった彼女の顔

が浮かぶ――

 

「・・・・・・ターさん! ・・・・・・ハンターさん!」

 

 ――呼ばれた事で、思考が戻る。落ち着いて考えてみると『あの娘がただでどうにかなるとはおもえないよね・・・・・・』ハンター・・・・・・は小さく呼吸を整え。受付嬢の肩に手を載せて頷く。安心させるように。落ち着かせるように。

 

「トビ子ちゃんが例の行方不明の被害に遭ったんだよね? それなら、すぐにギルドにいこう。【渓流】の依頼だった事とか説明した方がギルドの動きも早くなる・・・・・・」

 

「残念だが、我らの団ハンターよ。今回は確実だ。先程、観察用気球の観察員から報告があった。トビ子が【渓流】の橋から飛び出した瞬間に、その姿を消したと。観測船は飛龍及び、大型のモンスターの存在も確認されていない上に、雲に紛れる前だったから見間違いではないそうだ。そして捜索も保留になった・・・・・・」

 

「・・・・・・えっ、嘘でしょう? トビ子ちゃん・・・・・・運悪すぎ・・・・・・」

 

「ちょっとまて。お前さん・・・・・・ショックを受けてないのか?」

 

 受付嬢の背後、ハンターのマイルームに入ってきた、カウボーイハットの大柄な男、【我らの団】の団長がこれまでに見たことのない真剣な表情で語りかけてきたが、ハンターの様子と言葉をきいて呆れていた。他の団員も初めは心配そうではあったが、ハンターのあっけらかんとした様子に全員が顔に疑問符を貼り付ける。

 

 七人も入ると手狭に感じるマイルーム。そのベッドの近くにいるハンターから「じゃあ、みんなに聞くけど。あの『トビ子』ちゃんがみすみすとモンスターにやられると思うかい?」そう言うハンターに、団長を含めた6人は納得するように頷く。「確かにあの娘のしぶとさは『G級』並みだしね」と顔に書いてあった。

 

 しばしの沈黙が流れ・・・・・・「あー」などと、取り繕うように唸ったあと、団長は【ハンターズギルド】の意向を語りだす。

 

「ギルドは今回の一件で、事件の方向性の誤りを修正した。コレまでのように、【古龍】のような確認の取れていない、モンスターの被害であるならば、ギルドは戦力を向けてこれに当たった・・・・・・。当たれたのだが。今回のような例でハンターを動かすのは危険すぎる。ミイラ取りがミイラになってしまうなんて、笑い話にもならん。わかるだろ?」

 

 【ハンターズギルド】の意思を改めて聞くが、確かに、例のない珍事件である事は確かだ、実際『穴に落ちた者』が無事である保証はない。それがメンバーの全員に伝わり、俯く。しかし、なぜだろうか? あのチビっこがそう言う結果に終わる光景だけがなぜか浮かんでこないのは・・・・・・。

 

「・・・・・・確かに話はわかった。しかし、これでタダで終わらせないんだろ? 団長?」

 

 我らの団の団長の長年の親友である旅団の加工屋の力強い言葉がマイルームに響く。旅団の加工屋はその瞳を信頼を載せて所属する団の団長に向け。その意思に受けて、団長も力強く頷く。

 

「ああ、【我らの団】はこれから、ギルドの意思を関係なく。クエストの条件の追加を我らの団ハンターに頼もうと思う」

 

「団長さん。それってどういう事ニャル?」

 

 旅団の料理長のアイルーが確認の為に詳しく詳細を求める。

 

「各クエスト時にギルドの依頼内容とは別に、このクエストを我らの団のハンターにギルドに無許可のクエストを受注してもらう。内容は『【正体不明の現象】の調査。及び、トビ子こと【パイ・ルフィル】を含めた被害者の捜索』だ、これからは忙しくなる! 危険なクエストだが、お前さんよ・・・・・・やってくれるか?」

 

 団長はギルドの意思を無視。所属するハンターの危険を承知の上で、旅団のハンターに確認を取る。旅団のハンターがコレを承認し、もしギルドにバレるようなことになれば・・・・・・団の存続やソレを受けた旅団のハンターのギルドの信用すら堕ちるだろう。

 

「ええ、やらせてもらいます。」

 

 ハンターの力強い返事に笑みを強くする団長。、さらに活気に包まれる我らの団のメンバー。

 

「ならば、俺にできるのは装備の強化だな。お前が素材を狩ってくる限り、最高の物を作ろう」 

 

 旅団の加工屋が男らしい笑を浮かべ、拳を軽く突き出す。

 

「なら。私もハンターさんがもっと活躍できるように。一杯デコってあげるね! よーし、頑張るぞー」

 

 旅団の加工屋の娘が、手を振りながら意気込み。

 

「ニャラば、私は旦那を料理でサポートするニャル! 絶対に行く時は私の料理食べていくニャルよ」

 

 旅団の屋台の料理長が、愛用のオタマをもって飛び跳ねる。

 

「わしも商人だ。あんたさんの居ない間にアイテムをもっと増やせるようにやってみるよ。気にすることなく使っていきなさい」

 

 旅団の竜人商人が、軽快に笑いながら商売のルートを考え。

 

「ハンターさん。私、自分に出来ることをしながら信じてます。トビ子ちゃんと一緒に帰ってくるって。クエストを用意して待ってます。だから、ハンターさんも頑張ってください」

 

 手を合わせて、微笑む旅団の看板娘。

 

「世の中は未知がいっぱいだ。それに立ち向かう姿を俺達はいままで見てきた、そしていつだってここに帰ってきた! 我らの団ハンターよ未知に挑み、成すことを成してこい! ハッハッ! お前さんならできる! できる!」

 

 団長の豪快な笑いが響く。

 

「旦那、旦那。トビ子はこの筆頭オトモの仲間ニャ! 前も言ったけど筆頭オトモは仲間の危機を見捨てないニャ! 筆頭オトモと旦那は最高のコンビニャ!」

 

 筆頭オトモの闘志に、我らの団ハンターもその精悍な顔と瞳に決意を滾らせる。必ず原因を見つけ出す。その思いを胸に彼らは動き出す。強大な道に向かってその足で一歩を踏み込む。力をつけなければならない。今よりも高みに・・・・・・その、想いが彼を更なる高みへと登ることになる。上位ハンターを超える存在。【G級ハンター】への頂へと・・・・・・。

 

 

――――――

 

 

 パイ・ルフィルは混乱していた。

 

 黒い穴に入って困惑していたパイはというと、黒い穴に入って時間にして数秒ぐらいか・・・・・・体感時間なので正確ではないが、そのぐらい過ぎた頃、唐突に暗闇を抜けて真っ黒の世界から、その色を戻した景色は先程の四季折々の自然豊かな場所とは真逆の、薄暗い程度の開けた洞窟の中、その天井近く。瞬時に体制を整え敢えて転がるように衝撃を殺しながら着地を成功させたパイ。立ち上がり。周りを確認するがその景色に心当たりがなく。少なくとも《渓流》の知っている場所ではない。

 

 即座に背中のエモノを抜き払い構えながらも全方位に警戒を行う。《スキル》【ハンター生活】の地図の開示が発動し、自分の今立っている場所の大まかの情報が頭に入ってくる。方向感覚に自信のないパイはこの《スキル》がないと、たまに迷うことがある。よく行く狩場ででそうなるのだから。彼女は結構な方向音痴なのだ。

 

「・・・・・・? ここはどこかな、空から落ちたら洞窟にいるって、なんだか摩訶不思議かな」

 

 興味深く周りを観察するが、特に変わり映えのしない景色が広がるだけ。洞窟というのが最も正しいだろう。だが、不意に何かが割れるよう不快な音が背後から聞こえ一

瞬うろたえる。背後を振り返ると異常な事に洞窟の壁から【カンタロス】を大きくしたような昆虫型のモンスターがはい出てくるところであった。

 

「なに、壁から出てくるなんて。はっ! コレが噂に聞く異次元タックルの真相かな!?」

 

 かつての狩りで噂されていた。【雌火竜《リオレイア》】が壁をすり抜けて突撃してくるとか、明らかに2M離れてるのに攻撃に巻き込まれたりなど、理不尽な事があったとか。

 

 かつての、古株のハンターから聞いたことのあるパイはひどく狼狽する。目の前にモンスターは小型だが、あそこからいきなり大型のモンスターが突撃してくるとか。考えただけでゾッとする。

 

 しかし、獲物を見つけた未確認のモンスターの突撃に反射的に戦闘体制を取る。パイは低く前に向かい飛び出す。相手の上を取るように回転を加えた対空移動を行う。丁度未確認のモンスターの真上を位置取り、左手のオーダーレイピアをモンスターの尾から胴体に向けて切り裂く。背中から腹の先まで切り裂かれ、悲鳴を上げるモンスター。その少し離れた背後に着地し、モンスターの様子を伺う。弱っているのか鳴くだけで襲いかかる様子でもないので、パイは武器を仕舞おうとした瞬間――

 

「バカ野郎!瀕死のキラーアントを放っておいて武器をしまうんじゃねぇ」

 

 そこに、赤毛の青年がモンスター。【キラーアント】とよばれたモンスターの首を背負った太刀で叩きつけるように切断すると。直ぐに腰のナイフで胴を切り裂きモンスターの中から石を取り出し、即座に周りを警戒し出す。剥ぎ取りをするということは彼はハンターなのだろうか?

 

 しかし、獲物横取りはいただけない。

 

「赤毛のハンターさん。いきなり出てきて何するかな、って、あれ? なんで、モンスターが灰になってるのかな?」

 

 石を剥ぎ取られたモンスターが灰になるのを目の前にして。パイは一つの可能性に行き着く。若干、不機嫌そうな赤毛の青年に向かい合うと、出来ればあたって欲しくない予想を恐る恐る、声に出す。

 

「あのー、私はバルバレのハンターでパイって名前なの。貴方はどこのハンターかな? そこのモンスターも初めて見たけど・・・・・・あと、なんでモンスターが灰になったのかな?」

 

「何言ってるんだ? モンスターの倒したら、灰になるのは常識だろう? まさか、そこまで無知な新人がここまで来たのか・・・・・・? っと、すまん。俺の名前はヴェルフ・・・・・・俺は鍛冶師で冒険者だが・・・・・・ハンターってのはなんなんだ?」

 

 本気でわからないのか、困惑した表情を浮かべる赤毛の青年。ヴェルフの返事にパイはハンター生活で久方ぶりに途方に頭を抱えることになる。どうやら。此方の常識が通じない場所に来てしまったようだ。

 

 パイは【落ち込む】地面に膝と手をついて明らかな落胆を体現する、そんな、パイの姿に赤毛の青年も混乱するのであった・・・・・・。




『ステップ』『イェーイ』『落ち込む』はアクションです。ゲーム内の動作をそのまましていると思ってください。彼女の奇行はつづく。


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『その時を精一杯、楽しむのは間違ってない・・・・・・よね?』

誤字報告ありがとうございます。
文面的に色々指摘していただいたので、作者の都合で書き直しました。
見ていただいた上にご指摘してもらえるのは、とても嬉しいものです。
これからもよろしくお願いします。

4月24日足りない説明などを追加しました。




 ヴェルフ・クロッゾは困惑していた。

 

 現在目の前で露骨に落ち込んでいる冒険者の姿の前で、今の状況に至った経緯を、“何故こうなったのか”を思いだそうとする。

 

 彼の日常は思うように上がらない【ステイタス】に望まない魔剣の制作依頼、仲間からの嫉妬と【ファミリア】の中で孤立している実状。

 

 “鍛冶師”としての努力が認められない苛立ちが、作品に出てしまう事が更なる苛立ちを生んでしまう悪循環に陥っていた。

 

 友と呼べる数少ない者達からの言葉ですらも、認めたくない気持ちを心に持ちながら前へと足掻くためにヴェルフはいつものように『ダンジョン』に向かっていた。

 

(あいつらは『俺』を見てはいない、見ているのは『クロッゾ』でしかねぇ・・・・・・クソっ! なんでだ! 鍛冶師は己の腕を鍛え客の要望に答えていくのが仕事であり、喜びのはずだ! 俺以外にも【魔剣】を打てる奴もいるだろう・・・・・・なんで、鍛冶師として生きたいだけなのに・・・・・・。しかし、それには【ランクアップ】をしないと・・・・・・せめて、『鍛冶』のアビリティをとらねえとな)

 

 ヴェルフは【ヘファイストス・ファミリア】所属の鍛冶師である。【ヘファイストス・ファミリア】とは【オラリオ】にいくつか存在する鍛冶系の【ファミリア】の一つで高級武具ブランドで有名でもある。

 

 そこに所属する、ヴェルフもまた鍛冶師であるが今だに【ファミリア】の名を背負える程の実力のない、団員でしかない。その理由の一つが発展アビリティと呼ばれる【経験】を積む事で発現する。

 

 専門的な物が多く【ランクアップ】時に取得可能な物であるので、特に鍛冶師達は幾つもの発展アビリティの中から『鍛冶』の取得を狙っている。ヴェルフもその中の一人である。

 

 【ランクアップ】を行う過程として、【ステイタス】を上げる為には格上の【経験値】が必要である。しかし、格上と戦うということは同時に負傷や普通に死ぬ危険性も孕んでいる。その為に。冒険者は徒党を組んで生存率を上げるのだ。

 

 ヴェルフ・クロッゾにはその徒党を組める仲間がいなかった。

 

 同じ【ファミリア】であろうと。同じ家族であろうと。彼の持っている『特殊性』が彼の持っている『血筋』が。ヴェルフの在り方の邪魔をしていた。

 

 溜まる鬱憤を晴らすために潜った迷宮の第七層で、狩りを行おうと思っていると目の前で他の冒険者が新米殺しと呼ばれる。【キラーアント】を相手に戦闘をしている所を目撃する。

 

 獲物を食らおうと、その強靭な顎で噛み付こうと突撃するキラーアントは冒険者へと突撃する。

 

 だが、冒険者は鋭く跳躍すると文字通り飛び上がりつつ、回転を加えた斬撃でキラーアントの腹を上空からの体制から一線――見事に切り裂いたのだ。

 

 これにはヴェルフも驚く。それを見た時はその冒険者の動きもそうだが、キラーアントの硬い装甲を切り裂いた、レイピア状の剣の切れ味に鍛冶師として、ヴェルフは驚愕した。

 

 本来は『突く』事におもむきを置いている細身の刀身では、刀や剣のような切る動作に向いてはいない。

 

 キラーアントを切り裂き瀕死にさせた冒険者は、少しの間警戒して動きを止めていた。そして、危険はないと判断したのか一歩、キラ―アントに近づいてゆく。

 

 止めを指すのだろうと思っていると、その冒険者は信じられない行動にさらに、ヴェルフは驚愕する事になる。

 

 『キラーアント』。ダンジョンの七層から出現するモンスターで“新米殺し”の異名を持つ昆虫系のモンスターだ。特徴の一つは瀕死の状態になると、仲間を呼ぶ習性がある。

 

 そんな瀕死の状態で仲間を呼んでいるであろう、キラーアントに止めを指すことなく、剣を収めたのだ。

 

 正気の沙汰とは思えない行動をとる冒険者に向かって、瞬時にヴェルフはその冒険者へと駆けた。

 

 こんな近くで他のモンスターを呼び出されるなんて、馬鹿げた真似を見過ごせるほど彼の精神のは余裕もなく、剣を収めた間抜けな冒険者の姿に今まで溜めた昏い鬱憤が爆発した。

 

「バカ野郎! 瀕死のキラーアントを放っておいて武器をしまうんじゃねぇ」

 

 乱暴な言葉と共に、まともに動けないキラーアントの首を太刀で切断する事に成功したものの油断は出来なかった。

 

 もしかしたら既に他のキラーアントが近づいている可能性もある。冒険者としてのマナー違反なのは理解しているが、手早く魔石を取り出し警戒する。

 

 灰になるキラーアントに目もくれず周りを警戒する。しばらくしても何かがこちらに接近する気配も音もしなかった、ヴェルフは深く息を吐いて警戒のレベルを下げる事にした。

 

「赤毛のハンターさん。いきなり出てきて何するかな、って、あれ? なんで、モンスターが灰になってるのかな?」

 

 ヴェルフの目の前の冒険者が安堵の表情からすぐに少し怒ったよう表情をしたと思えば、眉をひそめながら声をかけるが、とたんに目を丸くして驚いている。ヴェルフは心の中で表情がコロコロと変わる奴だ。っと思っていた。

 

 しかし、落ち着いて見てみれば目の前の冒険者の、実に奇抜な格好をしている事にヴェルフは気づく。

 

 装備が・・・・・・実に独創的である。頭部には猫人を模倣したような猫の耳のヘアバンドと、胴と腕は蝶のような鮮やかな・・・・・・目立つ装飾を付けられた鎧。足元は見えないが腰に付けられたのも。若干の動きづらさが見てわかるような、スリットのある厚めのロングスカートタイプ・・・・・・。

 

 少なくとも、ヴェルフであれば防具に求める実用性とは掛け離れた、変な感性に困惑すると同時に気づく。

 

 「俺が今まで、“こんな目立つ《冒険者》の情報を今まで知らなかった”」事にだ。すると、その《冒険者》が不安そうな表情で近づいてきた。頭部の猫耳と背丈の低さから、非常に保護欲がそそられるが・・・・・・って違う。ヴェルフは気を取り直してから、取り敢えず話を聞いてみる事にする。

 

「あのー私はバルバレのハンターでパイっていうかな。貴方はどこのハンターなのかな? そこのモンスターも初めて見たんだけど・・・・・・あと、なんでモンスターが灰になったのかな?」

 

 この冒険者はパイというらしい。どうやら新米のようでこの階層には初めて来たのだろう。しかし、そこまで考えたとき新たな疑問がヴェルフの中で浮かんだ。今、この冒険者はこう言ったのだ。“なぜ、モンスターが灰になるのか?”と、確かに目の間の冒険者はそう言った。

 

「何言ってるんだ? モンスターの倒したら灰になるのは常識だろう? まさか、そこまで無知な新人がここまで来たのか・・・・・・? っと、すまん。俺の名前はヴェルフ・・・・・・俺は鍛冶師で冒険者だが・・・・・・ハンターってのはなんなんだ?」

 

 訳がわからなかっので疑問をそのまま尋ねる。すると、そのパイと名乗った冒険者は顔色を青くさせて力尽きたように地面に手と膝を付け頭を下げる。余計にわからない状況になってしまった。

 

 ヴェルフは頭を抱えて嘆息をつく。鬱憤を晴らす為にダンジョンに潜ったら訳のわからない女性に出会ったのは間違いがどこかにあったのだろうか? などと考えながら。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・フィオルは困っていた。

 

 あの後。ヴェルフと名乗った青年と共に『ダンジョン』と呼ばれる洞窟を上がっていき外へと・・・・・・驚いたことにあそこは地下であったのだ。地上で浴びる瞼に眩しい太陽の光に安堵しながらも、渓流での一件で自分の知らない土地に来たのは理解した。それが予想外に厄介な世界だったのもこれまでの間に鍛冶師の青年説明を受けていた。

 まず、この大陸では此方の言うところの“モンスター”という存在は居ない訳ではないが“向こう”よりもはるかに少ないという事。

 

 そして、あの【キラーアント】というのが、こちらで言う所の『ジャギィ』程度のモンスターであったという事。実際に戦った身としたらそれ以下だというのがパイの感想であった。

 

 何より問題なのが、こちらは向こうの大陸以上に素材の入手が難しいという事だろう。

 

「つまり。トビ子はココとは別の大陸とやらの。ハンターって職の狩人で、バカみたいに高い所から飛び込んだらダンジョンにいたと? いや・・・・・・流石に俺も、そんなこと簡単には信じられないぞ? まぁ俺から見ても異常に、ダンジョンのことを知ら無さ過ぎるとは思うが・・・・・・ちなみに、ふざけているわけじゃないよな?」

 

 まさかの。呼び名がトビ子なのはヴェルフが、パイの戦いを見ていてその戦闘の印象からきたアダ名らしい。どうやら、パイ・ルフィルと言う少女はその名前からは逃れられないらしい・・・・・・泣ける現実である。

 

「そうだね。私も信じられないかな。私としても。ココは神様が地上に居てて。その神様の『神の恩恵』を受けてダンジョンに篭る冒険者が『魔石』っていうものを売ることで生活する。それで『ステイタス』を『経験値』で強化して言って強くなるって・・・・・・うん。ふざけているのかな?」

 

 不機嫌なパイの言葉に苦笑いを浮かべるヴェルフ。彼としてはふざけているつもりはないし。この【オラリオ】では、むしろパイの言動の方がここではふざけていると取られかねない。

 

 常識に関する認識の違いから、このまま別れると言う選択肢を選べない真面目な鍛冶師は、自分の判断だけでは現状の解決は困難と判断して、パイに一つの提案を持ちかける事にした。

 

「なぁ、知らない土地で気が張るのは仕方ないが、一度俺の【ファミリア】に来ないか? もしかしたら、ヘファイストス様ならなにかわかるかも知れない。行くところも今のところ無いんだろ?」

 

 ヴェルフの提案に少し考えるように瞳を閉じるパイ。このまま個人で彷徨っていい結果が出るとは思えないし。目の前のヴェルフが悪人には思えない。パイは素直に助けを受けることにした。

 

「そうだね。よろしくね、ヴェルフ」

 

「おう、トビ子。よろしくな!」

 

明るく歯を見せた笑みに私の中で同期のハンターの事を思い出す。きっと彼は今頃心配しているだろう。いや、してないか? とにかく今は無事を伝える術すらない。

 

「ん・・・・・・トビ子、どうした置いてくぞ?」

 

 ヴェルフの声に笑顔を浮かべる。どの道この場所からの帰還が安易ではない事が理解できているならば、それを考えるのは後でもいい。

 

 重要なのは現状の把握であり情報を手に入れる事、コレが最重要課題だと割り切ると、パイはヴェルフの後を追いかける。

 

「遠いかと思ったけど直ぐなんだね」

 

 というよりも出てきた場所が半分目的地でもあった・・・・・・。【摩天楼施設《バベル》】と呼ばれる巨大な塔の地下こそが、先程のパイとヴェルフが出会ったダンジョンだったのだ。そこからは歩いてヴェルフの後ろをトテトテと着いていってる所だ。

 

「俺の工房はココとは違うんだけどな・・・・・・っとこっちだ。この時間だとここに居ることも多いからな」

 

 前方のヴェルフが何やら狭い上に何も無い・・・・・・それこそ入口しかない部屋に入っていく。それに習う形でパイも入るヴェルフがスイッチを操作すると、今しがた入ってきた入口が閉まる。

 

 その時パイはふと、【大陸】の《ハンターズギルド》での飲み会での一幕を思い出す・・・・・・以前に酒に酔ったユクモ村のハンターに聞いた「男はオオカミなのよぉぉぉ!

 私は女と見られてないけどねぇ・・・・・・テヘペロ!」という、セリフが何故か頭に浮かんだ。

 

 パイが昔の事を思い出していると、急に部屋自体が動き出した。足場の不安定な所に立っているような不快感を感じ、思わず腰を落とし手を広げてバランスをとってしまう。それを見たヴェルフが“うっかりしてた”と呟き遅いながらも説明してくれた。

 

 これはエレベーターという機械で原理を説明されたがよく理解でなかったが、噛み砕いてもらってやっと、“井戸の水を汲み出す滑車みたいなものらしい事がパイにも理解できた”つまり、今乗っている部屋はバケツな訳だ。バケツに運ばれる初めての体験にパイはちょっと感動しながらも目的地に着く。その理解の仕方にヴェルフは諦めたように溜息をついていた。

 

「ここが目的の場所だ。ヘファイストス様が居てるか聞いてみるか」

 

「ん? ここにいるのは珍しいな。ヴェル吉。主神殿を探しているならば、何時もの所だ。手前も会いに行く所だから一緒に行くか? っと。そちらのは、面妖な格好をしているが知り合いか?」

 

「げっ・・・・・・椿か、こいつはトビ子・・・・・・じゃなかった。パイだ」

 

「パイ・ルフィルだよ。初めまして椿さん。トビ子ってのはヴェルフの私の対してのあだ名かな」

 

「おお。コレは丁寧な対応を。失礼した。初めましてだ。手前の名は椿・ゴルブランド。この【ヘファイストス・ファミリア】の団長をやらせてもらっている」

 

 椿・ゴルブランドと名乗った女性は長い黒髪と赤眼の左目を眼帯で隠している、長身の女性であった話し方もサバサバしており女っけはあまり感じないものの、パイにとっては実に不快な存在であった。主に胸部の装甲の厚さがだが。

 

「ぐぬぬ・・・・・・目の前の揺れる物をもいでやりたいかな! 割かし本気で!」

 

「ほぅ。手前としても邪魔な物だからな。分けれるなら受け取って欲しいものだ」

 

 椿の余裕の対応にパイは泣いた。膝から崩れ落ち。手の平を地面につけて、『落ち込む』。そして、むせび泣いた。世の中にはどうしようも出来ない事があるのは理解していたが。目の前の“揺れる母性の塊”と呼べる理不尽を前に、胸を抑える・・・・・・掴めるモノすらない現実にさらに涙が溢れた。

 

 

「お前ら。男の前でなんつー会話してるんだ・・・・・・。椿も止めてやれよ。トビ子の奴、マジ泣きしてるぞ?」

 

 若干引いた面持ちで。傍観を決めていたヴェルフだったが、突然泣き出したパイと――泣き出した無乳という名の“敗者”であるパイを不思議そうに眺めている・・・・・・無自覚にも勝者となった“巨乳”の椿。ついに、ヴェルフは居た堪れなくなりパイへと助け舟を出す。その言葉のお陰かパイは涙を拭いて立ち上がる。

 

「む。これは済まなかったな。そこまで落ち込むとは思っていなかった。では、行こうか。ついてこい。こっちだ」

 

 神ヘファイストスの居る部屋とやらに着いたが、椿の用の方が先なので“すまんが、待っててくれ”の一言と共に部屋の中へと入ってゆく。ヴェルフとパイは外で待っていると、時間にして十分もしない内に椿が退室してきた。

 

「もういいのかな? 椿さん」

 

「ああ、手前の要件は済んだ。二人の事も軽く伝えておいた。入るといい」

 

「ありがとかな。椿さんは一部は好きじゃないけど。他はとてもいい人だね」

 

「その一部はどうすることもできんな。手前もお主のような気持ちのいい奴は好みだぞ。ではなパイ、ヴェル吉。また逢おう」

 

 他愛のない会話と挨拶を済ませて椿と別れる。ヴェルフがドアを数回ノックしてから「入っていいわ」と言う返事と共に入室すると、そこには事務机の座る美しい赤髪と右目を眼帯で隠した男装をした女性と、絨毯の上でゴロゴロしている滅すべき者がいた。

 

「こんにちは。初めましてかな。私の名前はパイ・ルフィル。貴女が神ヘファイストスさんかな? 所でそこの居てる乳の化身をもいでもいいかな? 何処をとは言わないけど」

 

「ちょっと、待ってくれるかい!? ボクはいきなりそんな事言われることしたのかい!?」

 

 挨拶からの突然の暴力発言にドン引きの三人。ヴェルフに関しては目の前の床に転がりながら喚く人物をみてさらに引いてる。男装の麗人もチラリと。床の乳の化身に視線を向けるがすぐに此方に向き直る。その対応に“あっ、何時もの事なんですね?(察し)”となる。ヴェルフとパイ。

 

「そうね、初めまして。私が此処のファミリアの主神。ヘファイストスよ。それで、椿から軽くは聞いたけど、どうしたの? ヴェルフ?」

 

 何事もなかったかのように柔らかな表情で語りかけてくるヘファイストスの対応に、この状況でこの様な対応ができるのはすごく人が出来ているのかと感心するパイの隣で、ヴェルフがここに来た理由を語っていき、パイが補足を付け加えてゆく。

 

 ヴェルフとパイが語り終えると、ヘファイストスさんと流石に床に地べたに座った乳女も考え込むように思案顔を浮かべる。

 

「ねぇ。パイ。貴女がその【大陸】から来たのは間違いないようね。伝えるのが遅れてしまったけど、神は人間の嘘を見分けられるわ。貴女の話が、全て虚偽りのないものだってわかったわ。それでも、地上に危険なモンスターが蔓延る世界って・・・・・・。少なくともこの辺じゃ、【ハンター】っていう職業の話も聞かないわね」

 

「ヘファイストスに同感だよ。トビ子君は、一体どんな人外魔境で育ったんだい? あと僕の名前はヘスティアだ。これでも神様だから敬ってもいいんだぜ?」

 

「なるほど、神綱:ロリ巨乳目:ヒモニート科:駄女神属のヘスティアかな? 略して巨乳ニートって呼んでもいいかな? あと、トビ子っ言わないで欲しいかな? ニート乳神様?」

 

「辛辣すぎやしないかい!? しかもなんで神の言葉知ってるんだい!? もうそんな子はロリ無乳のチビ子で決定にしてやる!」

 

「ヘスティア? まるで生物図鑑みたいな説明になってる所に関しては突っ込まないのかしら?」

 

「いいよ、その喧嘩買ってやるかな! 今まで「小さい」とか「絶壁」とかは言われた事あるけど。「無乳」とは初めてかな! こんな乳はもいでやるぅぅぅ!」

 

 どんどん熱が入ってゆく二人の凸凹ロリに疲れたような溜息を吐く、ヴェルフとヘファイストス。このままでは埒があかないと思ったのかヘファイストスは手の平でパン、パンと叩いて二人を落ち着かせる。

 

「とにかく、落ち着くまでのパイの世話はヴェルフ。貴方が見なさい。いいわね?」

 

「え、俺ですか? いや、しかし・・・・・・」

 

「最近、作品の造りが上手くいってないんでしょ? 主神の命令よ。少し頭を冷やしなさい。そういう時はゆっくりと考える時間も必要な事もあるわ」

 

「・・・・・・確かに、そうですね。分かりました。なぁ、トビ子。後でいいから、ちょっとその装備見せてくれないか? さっきから気になってな」

 

「あら、そう言われてみればそうね・・・・・・未知の大陸の技術か、じゃあ、仕事も一段落したら、私もヴェルフの工房に行くわ。椿も連れて行くけど大丈夫かしら?」

 

 そのヘファイストスの言葉に、ヴェルフは一瞬考えるが少し掃除の時間さえ貰えればと条件をつけて承諾する。その後バベルを離れ北東へと向かう。明らかに【大陸】とは文化レベルが違う街並みを珍しそうに眺めるパイと、そこから離れすぎないようにたまに後ろを確認するヴェルフ。

 

 何個かの質問に答えながらも歩いていくと景色も変化していき、鉄の音と鉄の香り漂う一角へとたどり着く。

 

 どうやら、ここがヴェルフの工房のある場所らしい。掃除の為にと中にはいるヴェルフも待ちながら一人、外で待つ事となったパイ。だが、そんなに散らかってもなかったのだろう。そんなにも待つことなく入室の許可が降りる。

 

「案外、早かったかな・・・・・へぇ、工房ってこんな感じになってるんだね。こっちの工房とは全然違うかな?」

 

 入って、階段を下りでみると、広くはないが。十分なスペースのある作業場に着く。作業台や火は灯っていない小さな炉がある。鍛冶師の道具でる槌なども、乱雑な用に見えるが自分の使いやすいように整理されている。鍛冶師の必需品である為きちんと、整備された状態で並べられている状態に鍛冶師として信用できる事が伺える。

 

 こういう風景は向こうでもよく見ていたのでここが“信頼できる職人のいる”作業場だとはすぐわかった。

 

「トビ子の所の鍛冶か・・・・・・っと、早速だが装備を見せてくれるか・・・・・・? っとこの鉱石は邪魔だな直してくる」

 

 装備を見せる・・・・・・つまり、こういうことか! パイは“いつものように”装備を見せる為に装備を外していく。

 

 素材を直す為に背を向けていたヴェルフは気づくことなく、素材を置き場に直して振り返ると「なぁ!?」っと驚いたように声を上げた。

 

 それもそのはず。ヴェルフの目の前には下着姿のパイが、は不思議そうにヴェルフを見ている。作業台には綺麗に置かれた彼女の装備が並べられていた。

 

「確かに装備を見せて欲しいとは言ったものの、脱ぐとは思っていなかった・・・・・・すまん、言葉が足りなかった」

 

 「とはいえ」と苦笑いを浮かべるヴェルフの視線に、パイの憤慨一歩手前であった、言葉に出さず共視線で理解できる、女性らしさが全くと言って無い。

 

 まるで幼い妹を見てるような表情のヴェルフに『キック』をしようか迷っていると・・・・・・ドアの開く音に振り返る。すると、そこにはヘファイストスと椿の姿があった。それと、二人はその目は冷め切っていた。

 

「ヴェル吉、邪魔するぞ・・・・・・ふむ。これは、後にした方がいいか?」

 

「・・・・・・なにしてるのよ? ヴェルフ」

 

 運の悪いことに、入室してくる女性二人を見てヴェルフとパイは考えた。客観的な思考で考えた。その結果この状況は客観的にアウトじゃね? っと行き着いた。故にヴェルフはこの状況に最も効果的であろう言葉を、両手の手の平を突きつけて叫ぶ。

 

「違う! 俺は無実だ!!」

 

「知ってる? そう言うやましい心の人は皆、そう言うのよ?」

 

「・・・・・・ですよねー・・・・・・はぁー」

 

 切り込まれた主神のお言葉にどうやら選択を間違えたらしいと、諦めたヴェルフは天井に視線を向けて大きな溜息を吐くのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 女三人寄れば姦しいという言葉が有るが、それは男女関係なく『趣味人』が集まっても姦しい物なのかもしれない。

 

 パイはそんな事をボンヤリとしながらも思っていた。なぜ、そんな事を思うのか? その原因は先程からの目の前の三人の『鍛冶馬鹿』達のせいだろう。

 

「この武器はどうなっておるのだ? この硬度と切れ味なのに刀身の色彩といい。手前らの知らぬ技術が使われておるぐらいしか、手前には分からぬな」

 

「すげぇ、この服。まるで布のようなのに硬い。こんな素材今まで見たことがねぇ。具足に使われてる鉄の加工技術も恐ろしいぐらいに精巧だ。それに、この穴にはめ込まれた穴に付けられた珠も、これだけのものを作るにはどうすればいいかわからねぇ」

 

「総じて。高い技術と高品質の素材で作られているわね。デザインがちょっとアレだけど。コレだけの物を見せられたら。私達の常識から外れた世界。と言うのも頷けるわね」

 

 上から椿。ヴェルフ。ヘファイストスの順に【大陸】で生産された、パイの装備を見ながらお互いの意見をぶつけ合っている。流石は鍛冶師なのか、こういう興味が尽きることもないのだろう。

 

 しかし、「流石に下着姿は不味かろう」と椿から買って貰った服に袖を通してから早数時間。パイはそのへんの木箱に座りながらも足を振るしかしていない。説明も必要とされていないのでひたすら、論議に夢中な三人を眺めるだけと言うのも少々飽きてきていた。

 

「ねぇ、三人とも。その装備預けておくから。ちょっと外見てきてもいいかな?」

 

 パイの言葉に三人は振り返ると各々が熱中しすぎた事を謝ると、パイの提案に頷く。ヴェルフが迷ったらいけないと親切に地図を渡してくれ、ヘファイストスがもしもの為にと、多少の路銀を渡してくれた。

 

 椿も“行くなら路地裏は入らないほうがいい。”と忠告してくれたので、うなづいて返事する。

 

 さて、パイは未知の【エリア】はオラリオの街を観光する為に工房を後にする。まずは、楽しもう。そう決めて地図を片手に駆け出すのだった。

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時系列的には原作一年半前ぐらいの出来事です。いろいろツッコミ所があると思いますがどうか、生暖かい視線で見てくれると幸いです。



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『【アレ】を投げるときは用法、用量を正しく守って使うべきかな?』

ついに最初の犠牲者が・・・・・・作者はなんて酷い奴なんだ(ゲス顔)

この間久々にモンハンのXX起動しました。そしてセーブがブッ飛んでいました。
っというわけで、気持ち悪いぐらいにピョンピョンしてきます。

4月24日 改修しました。


 

 リリルカ・アーデは自分の人生に絶望していた。

 

 この世に生を受けたときから、決まっていたレールは歪な物で、非力な少女が直すには酷な物であった。

 

 頼れるものもなく。彼女が唯一できる事は“灰を被って”姿を変えること、“生き残るため”だけの人生が『リリルカ・アーデの今までの人生』だ。灰を被った少女はその身一つで生きるのにはそれなりの工夫が必要だった。

“灰被りの魔法”で姿を変えていても所詮は魔法、いつかは解けてしまう・・・・・・永遠に続く安息などなく、彼女にとっての現実は必ずやってくる。

 

 鈍い音と共に壁に叩きつけられる。その衝撃で肺から空気が漏れ蹴られた腹部が熱い痛みを発する。いつもの『現実』事だ、リリルカは必死になって“逃げようと行動する”。このような表通りから死角になる裏路地に助けが来る事などまずありえない、例え誰かが見かけたとしても、かかわり合いに成りたくないとばかりに目を逸らしと避けていくだろう。

 

 周りを囲むのは、《冒険者》と呼ばれる【オラリオ】には珍しくもない者達である。リリルカは自分を痛めつける屑に、少しでも興味を引かせるようにゆっくりと動く。

 

 すると、その態度が気に入らなかったのか、再度蹴られ、仰向けに転がる、今度こそ動けないように見せる事が必要である。

 

 リリルカを囲んでいるのはいずれも獣人であった。下卑た笑みを浮かべながらその中の一人が痛みで動けないようにみえるリリルカの身体をまさぐりだす。

 

 生理的な嫌悪感がリリルカの心に怖気を帯びて襲った。だが、実の所この行為については理由を知っているので必要以上に不安に思う事もない。しばらくして用が済んだのかリリルカの眼前に、中身の無くなった財布を叩きつけられ、主犯のカヌゥと言う男が酒の匂いを漂わせながら問いかける。

 

「アーデ。お前これだけじゃねぇだろ?」

 

「これで・・・・・・全部ですよ・・・・・・この間も、持っていったばっかりじゃないですか・・・・・・」

 

 嘘だ。もう半分以上は別のところに隠してある。しかし、隠しすぎると疑われるので、敢えて多めに所持しそれを守る為の行動取る。最低限の暴力を受けることを前提に行う。こうしないと何時まで経っても終わらない。

 

 いつか”魔法使いと出会うこと”を夢見て、今は“灰をかぶり続けるしかない”。しかし、今日は虫の居所でも悪かったのか。同じ【ファミリア】の構成員でもある男達は舌打ちを打つと、その後も嬲るように加減を加えた暴行をりリルカに行い続ける。

 

 断続的に続く、痛みに涙が溢れそうになるが。コレがアイツラを増長させる原因になると理解してからリリルカが涙を流すことはなかった。利用価値があれば命までは取られる事もない。逆に言えば命以外は取られるという事だ。

 

 だからこそ上手く生きた。幸いにもリリルカは頭の出来が良かっし物覚えも悪くない。それの代償なのだろうか? リリルカには決定的なほどに“力”がなかった。

 

 種族が弱かったのもある。ステイタスが弱かったのもある。言い訳や理由は数多くある。だが、大きな要因は、きっと彼女はその在り方に対して優しすぎた。賢すぎた。

 

 そして、最大の不幸が希望を失いきれないその心が、『リリルカ・アーデ』という個人を歪にしてしまったのだろう。

 

 だから、弱い彼女は今日も、オラリオの裏路地で同じ【ファミリア】の・・・・・・力が強い存在に搾取されている。

 

 その行動は強者が弱者から簡単に奪っていく行動であり。【ステイタス】の低いLv1の小人族などは明らかな弱者でしかない。

 

 そして、例え殴られようと時期に飽きれば終わる。それだけの事だ。

 

 過去からずっと続いている。暴力行為が彼女の思考を犯していく。“異常”が“普通”になるほどの日常。だが、それは突然の終焉を迎える。

 

 それは、“茶色の何か”であった。認識をする前にリリルカの意識は強制的に途切れる。

 

 路地の向こうから小さな人影が走ってくるのが最後に映り、その後に同じ【ファミリア】の構成員の悲鳴が聞こえた気がしたが、今の彼女にそれを確認する術はなかった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは憤慨していた。

 

 とは言えど初めから怒っていたわけではない。

 

 久々のゆっくりした時間を観光に使おうと飛び出した先。ヴェルフの工房を離れ、【オラリオ】の街を散策していた。

 

 《バベル》から北東の方角に位置する。ヴェルフの工房から装備の技法を見て、学習するのに必死になっている三人を放っておいて都市の地図を片手に観光を決意して飛び出したのはいいものの。いくら地図があるとは言え。土地勘がそのものがあるわけでもない。そこに気づいた私は、取り敢えず周りを見渡す事にした。

 

 先程出てきた《バベル》が中央にあるのでアレを目印にすればいい最低でもスタート位置には戻れる。そう、あのデカくて、長くて、太い物を目印にすれば・・・・・・だ。深い意味はない。そのバベルを中心とする【オラリオ】の街は外壁から中心にかけて建物の高さが低くなっており、逆に周りを囲むようにそびえ立つ外壁の方の建物は比較的高い傾向がある。

 

 なにしろパイ・ルフィルと言う少女は方向音痴なのだ。その彼女に取ってこういうわかりやすい作りはありがたい事であろう、問題は方角ぐらいだが・・・・・・まぁどうにかなるだろう。パイは考える事をやめた。

 

 実際に『広い街であるだろう』とは考えていたパイだが。実際に歩いてみると『迷宮都市』の街の広大さが伺える。大まかに八つの放射線状に別れたメインストリートとそれぞれの区間に特徴のような物がある事をその目と、耳と、足などの感覚でだがおぼろげに見えてくる。

 

 【北】の関連は工業系統の施設が多く。装飾品や鍛冶関連の施設に飽きてきたので、パイは行き先を【西】の方角に変えて散策を開始した。露天を冷やかしたり平和な町並みを眺めたりしながら、ふとした興味で路地裏へと入ってしまった。その結果――勿論迷った。なにしろ、彼女は方向音痴なのだ(震え声)。

 

 そして、パイは目撃する。一人の子供に大人が寄ってたかって暴行を行っている・・・・・・その光景、複数の男性に暴力を振るわれている少女と言う図を目撃する事となる。

 

 ソレを見たときの感覚を一言で表すならば、気持ちのいいものではない。であった。暴行現場を目撃してしまうと言った現状に至る経緯はさておき、路地裏に近づく事もなければ関わることもなかった、つまりは椿の忠告を無視した結果である。

 

 きっと、彼女には、この様な事態を想定していただろうし。パイが被害者になる可能性もあったと言う意味合いをもつ『忠告』だったことは明らかだ。

 

 とはいえど、か弱い一般人であるならともかく、パイは『ハンター』である。ハンターである以上は非情にならざるを得ない状況というのは多少はある物だ。

 

 弱き者を助けるにしても、状況の判断が難しい状態で安易な考えで行動するほど彼女は幼くなはなかった。

 

 判断するための情報と、自分の足場を天秤にかける勇気。それを冷静に考える事のできる安定した精神力が、今までの『パイ・ルフィル』の狩人としての生存するための術であり、獲物を追い詰めるための狩人の術でもあったし、それが今までの生存に繋がっている事が自身の自信に繋がっている。

 

 とはいえ・・・・・・では、パイ・ルフィルは非道な存在なのか? 答えは否であるー。むしろ、こういう事には喜々として突っ込むだろう。

 

 簡単に言えば。パイ・ルフィルと言う人間は生き賢い人間ではあるが。我慢強い人間ではない。彼女の思考は瞬時に状況を把握し、自らの状態を把握し、現状の状況を理解した。

 

 そして・・・・・・最臭兵器【こやし玉】を使用することで、命にかかわらなくて、実にスマートに現状を解決する方法を導き出し、なんの躊躇もなく実行した。

 

 その結果――

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! くっ! くせぇぇぇぇ!」

 

「おい馬鹿! こっちくんな! うえぇ・・・・・・うっぷ・・・・・・」

 

「ヒィ!? うっ・・・・・・おえぇぇぇぇ・・・・・・ゲロロロ・・・・・・」

 

 爆散する臭気と付着した【アレ】に、たまらず悲鳴と嘔吐きを抑えきれずに嘔吐するケモ耳共。使った本人でさえも少し鼻を抑えている。少なくとも閉鎖的な空間で使った事が無かった事に今になって気がつく。パイは思った。これは中々に・・・・・・むせる。

 

 目の前に居てた誰得なケモ耳オッサン共が悲鳴と嘔吐を繰り返す阿鼻叫喚な現場。お手製の【桃毛獣《ババコンガ》】のフンから調合した【こやし玉】の威力に少しだけ恐怖してしまった。これはまずい。大型モンスターに拘束された時など使うのを躊躇してしまうかも知れない。

 

 それはともかく、静かな路地に突如発生する激臭。ひどいカホリが立ち込めた。なんて近所迷惑なんだろうか。これは人が恐怖するカホリだ。それも『大型のモンスターでさえも匂いで逃げ出す』程のカホリだ。

 

 鼻の良さそうな獣にはちょうどいいだろう。パイ自身もあのカホリの中で口につけるものを使うのを躊躇ってしまう。慣れている者でもコレなのだ。

 

 よく見たら、少女も若干の引きつった口元から涎を垂らしながら、白目を向いて倒れている。

 

 ・・・・・・おそらく、暴行のショックで気を失ったのだろう。きっとそうだ。その明らかに一般的に見せられない状態の少女を置いて逃げ出す訳にもいかず。

 

 パイはケモミミ共は無視し、少女を抱き抱え直ぐに昔からの伝統の卵運搬スタイルの間抜けな走り方で裏路地から逃げ出した。

 

 そして、誰もいなくなった路地裏ではその後、数時間の間鼻を摘ままずにはいられない激臭が漂う魔空間となったのだった。

 

 ちなみにその数分後、ある美少女の従業員が多くて料理の旨いで有名な料理屋から、ドワーフの女将の怒声が響いたのはそこの隣人と従業員しか知らないのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「ん・・・・・・ここは?」

 

 目が覚めると、そこはメインストリートでした。なんて下らない事を考えながらリリルカはその瞳を開ける。見慣れた場所である事が『ココ』が西のメインストリートである事を認識できた。

 

 とは言えど、自分は先程カヌゥに散々蹴られていたはず・・・・・・その割に痛みのない身体を不思議に思っていると、誰かが覗き込んでくるのが見えた。逆光で顔は見えないが髪の長さから女性である事は伺える。

 

「あっ、目が覚めたかな? こんにちは、お嬢ちゃん。痛みはないかな?」

 

「えっ? あっ、こんにちは・・・・・・」

 

 声をかけてきた女性は覗き込んでいた顔を上げると、そこには灰色がかった髪と神秘的な紫の瞳をもつ少女が居た。痛みのない体に先程の出来事が夢だったのではないだろううか? そう思えるような状況だ。

 

 リリルカはその時、懐に忍ばせていた財布の感触が無い事にあれが現実であったと再認識する。そして、目の前の『冒険者』が『ポーション』を使用した治療を行ったのだと“理解した”。

 

 そうでもなければ誰が好き好んで、あの様な状態の人間を助けて、治療まで行うというのか。

 

 しかし、それならば相応の態度というものがある。

 

「あの。もしかして、冒険者様がリリを助けてくれてのですか? ありがとうございます! リリは、リリルカ・アーデと申します」

 

「これは、ご丁寧に。私はパイ・ルフィルだよ。まぁ、助けてたというか・・・・・・気絶させてから拉致したってのが正しいかな? いやー、ごめんね。リリルカさん。まさか君まで気絶するなんて思ってなかったかな。」

 

 今、こいつなんて言った? リリルカはパイと名乗った少女の言葉。「気絶させて、拉致?」なにやら不穏なワードが聞こえたがあえて無視することにする。

 

 しかし、同時に疑問を覚える。なぜだろうか、どうも暴行を受けてからの記憶が曖昧だ・・・・・・。

 

 思い出そうとしながらも目の前の微笑んでいるパイを見つめるリリルカ。その視線にパイは小首を傾げる。そんな彼女の仕草にリリルカの嫌いなタイプの甘ちゃんであろうと思った瞬間、リリルカの中で色々と記憶が蘇る。

 

「カヌゥ・・・・・・殴られる・・・・・・痛み・・・・・・茶色の玉、げき・・・・・・臭・・・・・・うっ!! 痛い! 頭と鼻の奥が痛い! 主に鼻が痛い!!」

 

 色々と思い出した記憶を心が拒絶する。鼻の奥がツン・・・・・・なんて生易しく思えるほどの痛みが、先程の心身共に慣れた暴力とは違う類のものだ。もはや劇物の領域のナニかにリリルカは震える。隣のパイがなにやら小声で「やっぱり、覚えてたかぁ・・・・・・」と呟くのが聞こえた。

 

 リリルカ自身は暴力に関しては耐性があるので今回のトラウマは暴力2に対して【正体不明のナニか】が8の割合だ。しかもソレを投げたであろう人物は隣にいる。なんてこったい。リリルカは即座に退避を選択した。

 

「リリルカ。大丈夫もう暴力を振るってくる人はいないよ」

 

 優しく語りかけるパイにリリルカは「違う! そうじゃない!」とツッコム。相手に怪しまれないように明るく接するが内心はひどく焦っていた。というか一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちで一杯である具体的に言えば――

 

(ははは、早くこの人と離れたい! なんでかわかりませんが、記憶を失う前に明らかなに危険なモノをこの人は投げてきました! そんなものを所持している人が普通なはずがない。この場合は直ぐに退散が一番正解のはずです!)

 

 ――っとなる。しかし、隣に居る恐怖の対象はそんな事を毛ほどにも思っていないのか、優しげな瞳で見つめるのみであった。

 

「ん、どうしたかな? まぁ気にしないでいいかな、自分のやりたい事をしただけだし・・・・・・それにさ。リリルカさんも一刻も早くここから離れたいよね?」

 

 パイが気楽に放った言葉が、リリルカの心を鷲掴みにした。一瞬、心の臓が変な鼓動を行ったのがリリルカにはわかった。そして、その相手の言葉の意図を考える。自分の先程の言葉や表情になにか不備があっただろうか。

 

 強者を不快にさせる態度があったのか? 自身の交渉術に自信がならば、“それ以外の要因?”リリルカはその瞬間から軽度のパニックに陥った。

 

 彼女は、その私生活の理由から人には言えないような事も少なからず手を出してきた過去がある。それを咎めるような想いも薄くなって久しい。だが、罪悪感も全くないといえば嘘にもなる。

 

 そんな、中途半端な倫理観の中で生きていた彼女にとって、居心地の悪さはもはや友達ともいえる間柄だ。冷や汗が流れ喉が渇く。

 

「ど、どうしてですか? リリは冒険者様がいないと何もできないサポーターですよ? そんな、まるで逃げるみたいな・・・・・・」

 

 それは、まるでココから逃げ出したい理由を知ってるかのような。“リリルカ・アーデが今までやってきたことを”知っているかのような言葉に纏まらない思考だけが空回りする。

 

 勿論、全然事情の知らない、パイからすれば、本当に不思議で仕方がなかった。「あんな事があったんだし、すぐ休みたいよねー」程度の気持ちで話しかけると、突然目の前のリリルカの表情が固まり顔色も悪くなってきたのだ。むしろ、りリルカの口からでた《サポーター》と呼ばれる単語の方に意識が向かった。

 

 『ハンター』にとってのサポーターと言えば数多く思い出すが、筆頭で言えばやはりオトモだろう。年々知識を蓄え、どんどん活躍する彼らの活躍は凄まじいの一言につきる。

 

 決して散る事のない兵士・・・・・・それがオトモである。罠は仕掛ける、笛を吹けば体力を回復してくれて爆弾を持たせれば勇猛果敢に敵へと特攻する。なにより可愛らしい。『筆頭オトモ』なんて時たま「アンニュイだにゃー」なんて言っても姿なんて最高だ!

 

 まぁ本人はアンニュイの意味わかってないだろうけど。

 

 もう。オトモアイルー居てたら『ハンター』要らなくない? ハンターならずニャンターなんて出現されたら流石にまずい。パイは願った。そんな未来が来ませんように・・・・・・っと。

 

 話がひどくそれてしまったが、サポーターという言葉の通りだとすれば、それはなにかしらの、『サポート』をするという事だ。しかし、サポートと一言で言うが具体的には? 少なくともハンターの常識を当てはめる訳にもいかないのでパイは素直にりリルカに聞いてみる事にした。

 

「リリルカさんってサポーターって奴なんだ。えっと、聞きたいんだけどちなみに《冒険者》とどう違うの? もしかして、サポーターって冒険者に殴られたりする人とかじゃないよね?」 

 

(殴られるのがサポーターの仕事ですって? ふざけないで、なんでそんな、当たり前のこと聞くんです? なんで、こんなに追い詰めるの?)

 

 実際本気で“知らないので”聞いただけのパイの質問であったのだが、そんな事情を知らないのはリリルカとて同じことであった。無神経な質問に彼女の昏い感情が湧き上がってくるのを自覚した。リリルカもこの時、平常な状態で無かった事もあり。彼女にしては珍しく考えるよりも口が出た。

 

「あんなのはサポーターの仕事じゃない!リリだって好きで――」

 

「好きで・・・・・・なにかな?」

 

 やってしまった――リリルカは血の気が下がるのを自覚しながらも目の前のパイを睨みつける。完全な八つ当たりである。

 

 それを受け止めたパイも、無表情に近い表情になっていた、理由は簡単で明らかに「選択」を間違えた事を自覚し呆然としていたからである。パイは思った。「いくら何でも、暴力振るわれるのが仕事な訳ないじゃんかな・・・・・・」っと。

 

 りリルカの眼前には、先程の微笑んでいる甘ちゃんな女性も、危険物を持っている人間でも、そのどちらでもない。決定的に違う。戦う者の顔がそこにはあった。油断せず、必要以外の感情を全て切り取ったような。一種の効率化を果たしたような。そんな印象を纏った戦士がそこにはいた。リリルカとは違う人種である。

 

 呆然となる事で、いままで隠していた気配が漏れているパイは、偶然にも威を伝えるには十分な説得力を纏う結果となった。なんとか、思考で言葉を紡ぐがこれがりリルカをさらに追い込んでしまった事をパイ自身は気づいていなかった。

 

 勘違いが、勘違いを生んでいる状況が続く。もはや二人の間に先程の温和な雰囲気などない。あるのは張り詰めた空気だけであった。(主にリリルカのだが)

 

 りリルカの中でひしひしと絶望がその足音を立ててくる。目の前の人物からは逃げられない。誤魔化せない。それが理解できた。リリルカは唐突に訪れた破滅の香りと死を孕んだ狂気が彼女の中で残っていた自制心を侵食していく。

 

 ああ、もういいか――リリルカはその瞬間、諦めた。自棄になったとも言う。今までの濁った思いがまるで火山の噴火のように溢れ出るのを止めることなく叫んだ。

 

「リリは・・・・・・好きで・・・・・・すきで・・・・・・好きで、あんな場所にいるんじゃない!! 貴女みたいな強い冒険者には分からないですよね、搾取される弱者の気持ちなんて! 明日食べるものを、食べれないかもしれない不安も、当たり前に続かない日々も、居場所でさえもいつだって奪われるかもって不安で眠れない夜も! 冒険者ってだけで・・・・・・冒険者ってだけで当たり前のように居てられる奴らの傍で、その時の稼ぎがもらえるかって、惨めな気持ちで待ち続ける気持ちなんて。貴女にわからないんでしょう!」

 

 慟哭――そう呼ぶに相応しい、リリルカの叫び。ひどく理不尽な行為だと理解している。目の前の彼女はなんの関係もない。むしろ暴行をされているところを救われた形の恩人だ。

 

 情けなさでリリルカ泣きそうになる。そんな資格などないと、最低の行為だと、りリルカの心にある良心が彼女の責め立てる。

 

 シン――っと、静まり返る大通りで何人かが、こちらを不安そうな眼差しで眺めている。《冒険者》同士の喧嘩など一般人からすれば厄介事では済まされないぐらいの被害になるかもしれないのだ。不安になるのは当たり前だ。

 

 そして、目の前の女性の目に映る心の変化を悟る。“ああ。やっと、楽になれる”。リリルカは最後に自分に正直になれた事を噛み締めながら瞳を閉じ――

 

「いや、ないわぁ・・・・・・君・・・・・・どんだけ辛い人生おくってたのかな」

 

 ――そう思った時期が私にもありました・・・・・・。

 

 目の前の少女。リリルカの魂の叫びに正直ドン引きしてしまったパイは、ついつい真顔で対応していたが。ちくしょう・・・・・・内容が重すぎるかな・・・・・・予想以上の内容に私の表情は渋いモノとなっているだろう。それだけはパイにもわかっていた。

 

 そして、この皆様の視線である。

 

 泣きそう・・・・・・“リリルカさんの口から出た叫びはね、もうね。色々重いよ”と、それを叫んだ本人はといえば、胸の内を曝け出し安堵したのか、私の表情から何を勘違いしたのか目を閉じ”まるで処刑待つ囚人みたいに”諦めたように脱力してる。君は私をなんだと思っているのかな?

 

 ああ、周りの視線は痛い。取り敢えずまずは彼女から更に事情を聞こう。その“リリルカさんがこれほど苦しむ原因となったもの”に対して“ちょっとオハナシ”しに行こう。そう考えまずは行動に移そう。取り敢えずこの場所から移動せねば・・・・・・っと、その前に。

 

「ごめんねリリルカさん。実は、私、パイ・ルフィルはね。冒険者ではなく【ハンター】なのです!!」

 

 呆然と目を丸くするリリルカに手を差し伸べ、パイは取り敢えず修正だけはしておくのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 リリルカ・アーデは呆気にとられていた。

 

 数刻前には死を覚悟し。感情を爆発させ爽やかな気持ちで逝けると思っていたのだが。現在【ソーマ・ファミリア】のホームは凄惨な有様になっていた。

 

 時折ピクピクと痙攣している構成員が壁から尻を突き出した状態でいてたり、壁にめり込んでいたりしている。

 

 そして、現在眼前では冒険者・・・・・・じゃない。『ハンター』のパイが主神のソーマを足で踏みつけながら。【ソーマ・ファミリア】の団長である。ザニス・ルストラをタコ殴りにしている光景が写っている。

 

 メガネの細面だった名残は無く。殴られ腫れた顔はもはや原型がない。どうしようもないクズではあるし、コイツのせいでファミリアの立場が悪くなっていく構成員も多々いることから決して同情はできない。まぁ、とにかく目の前の光景は刺激的なものである事は確かだ。

 

「なにコレ? りり・・・・・・わかんない」

 

 私は思考を放棄し始めた脳内を落ち着かせて思い出す。

 

 事の始まりは、あの【西】のメインストリートでの出来事から。パイ様の「私! ハンターです!」発言のあとの事。場所を移動して落ち着いたリリルカとパイは少し死角になっている喫茶店で休んでいた。

 

 それから。改めてリリルカは自分のこれまでの事をパイに洗いざらい説明した。

 

 所属している【ファミリア】の事。

 

 【神酒《ソーマ》】の事。

 

 自分が生き残るため、《冒険者》の二世として、望まぬファミリアからの脱退の為に盗みなどの犯罪に手を出した事。

 

 【ファミリア】の秩序は崩壊していて、強者が弱者を搾取するのを、団長や幹部も容認している状況である事も。

 

 吐き出して、スッキリした。リリルカの表情は涙の跡と泣き腫らした跡こそあるが生涯で一番晴れやかなものだった。きっとこれまでの人生の中でこういう機会もなく生きてきた彼女にとって今日の出来事は一生忘れられない物になるであろう。

 

 最後まで話を聞き終えたパイは私の頭を優しく撫でる。リリルカにとっては殆ど受けることのない優しさ。それも、自分を隠すこともしていない相手からの物に、知らずに溢れた雫を、触れる事ない気遣いが乾いた心に痛いほど染みた。少しの間を開けて。今度こそいつもと違う『不器用な笑顔』で話すリリルカに、パイも「リリルカはその顔の方がいいかな!」と笑う。

 

「そうかぁ。リリ・・・・・・いや、リリルカさんの所ってひどいね。そこの神様ってなにやってるのかな?」

 

「ソーマ様は・・・・・・そうですね。畑でお酒の材料作っているか酒蔵でお酒作っているか」

 

「ふぅん? ここに来る前に【ヘファイストス・ファミリア】の主神様に会ったけどさ。【ファミリア】の団員の事すごく見てたし、考えてたけど。人も神もそれぞれ、個性があるんだね・・・・・・まぁ。そこのソーマさんって神については酒に関することしかない、変神ってことでいいのかな?」

 

「そうですね。もうリリも相当の間、逢っていませんし。そういう認識で正しいと思います」

 

「よーし、わかったかな。じゃあ、あれだ。個人的に腹もたったし。“狩るか”【ソーマファミリア】を」

 

「え!? 狩る?」

 

 それから直ぐに行動を開始したパイは【東】にある酒蔵件、【ソーマ・ファミリア】に殴り込みをかけた。

 

 【神酒】を飲む権利を買い取るために団員の多くが迷宮に降りている時間帯で、守りの手薄な状態といえど『神の恩恵』を受けた冒険者・・・・・・いくら、大多数がLv.1であってしても、ここまで一方的な蹂躙になるものなのか?

 

 そう思わせるほどに、【ソーマ・ファミリア】の本拠は酷いことになっていた。

 

「貴様、何者かしらないが。【ソーマ・ファミリア】に堂々と攻め入るとはな! げふらぁ!?」

 

「あれ、リリルカ? お前がここにいるとはめずら・・・・・・ぐふぉ!?」

 

「あ!? パイ様、この人は比較的・・・・・・チャンドラさーん!?」

 

 目に映る、構成員を全員拳で叩き伏せてゆくパイ。そして可哀想にも一人、半分無関係なというか、この【ファミリア】の良識人が吹っ飛ばされた。思わず叫んでしまったが。そんな事は関係ないとばかりに、パイの快進撃は止まる事なく突き進ん行く。

 

 途中で先程、暴行と窃盗を受けた獣人のカヌゥ達が現れたが。姿を見せた瞬間に“茶色に染まった”。この世のものとは思えない断末魔を残して、ビクンッ! ビクン! と痙攣しながら倒れるカヌゥの姿を見て、私の背筋に氷の塊を当てられたかのようなに怖気が立ったのはここだけの話ということにして欲しい・・・・・・。

 

 そして――

 

「アーデ!! 貴様・・・・・・このような事をしでかして、無事で住むとおもってないだろうな!」

 

 ついに目的地に着いたがそこには二人の人物がいた。メガネを駆けた細面の男と、髪で目元を隠した少年。どちらかがソーマなのか、逢ったことのないパイには判別がつかないだろう。そう思って声をかけようとしたリリルカだが、それより先にパイが口を開く。

 

「リリ、どっちかな? あの気持ち悪くていやらしい感じのメガネと、気持ち悪い根暗そうな少年。どっちがソーマかな?」

 

「気持ち悪いメガネ!?」

 

「ね・・・・・・ねくら?」

 

 その問いの例え方のひどさにあんまりだとは思ったが。リリルカ自身の生理的に無理担当の【ソーマ・ファミリア】団長のザニス・ルストラが怒りに任せて、剣を抜きパイに斬りかかる。

 

 それを見て直ぐに気持ちを切り替え。「気持ちの悪い根暗です!」と告げると。パイは迷うことなく拳打をザニスに叩き込む。メガネが砕け散り、即座にザニスの胸ぐらを掴んんだと思ったら、ひたすら殴り続けるパイ。

 

 さらに、逃げようと這いずりながらも動いたソーマを目ざとく見つけ踏みつける。正しく。これで現状に至るわけですね。ハイ、リリルカもよくわかりませんね。

 そして聞くに耐えない鈍い打撃音がしばらく響くのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「ふむ。いい加減にしなよ? ソーマさん。貴方がちゃんとしないから団員さんたちが悪い方向にいっちゃうんじゃないかな?」

 

 ようやく、殴り終わったのか道端のゴミの用に捨てられる団長。パイ様は紅く染まった拳を下げて、足元ソーマを見る。そのパイ様の眼光に身を竦ませるソーマだが、胆力があるのか、返事を返す。

 

「知らん・・・・・・下界の子は弱い。私は酒を作れればそれでいいんだ。なぜこの様なことをする?」

 

「おっけー、わかった。じゃあ今から、このモンスターのフンで作った【こやし玉】を酒ダルに順次投下するね!」

 

「んなぁ!? っや!! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 すごく。いい笑顔で青筋を立てるパイは左のポーチから例の危険物【こやし玉】を取り出す。いったいいくつ詰め込んでいるのだろうか? 

 

 ソーマの慌てたような叫びに長年の溜飲が下がる思いを感じながらも《匂い的な意味での》危険がないぐらいに後退しておく。

 

 あれは、今思えば気絶できたからこそ幸せだったのだと今ならそう思える。ここに来るまでに二回ほど投げていたが少し離れていても口元に布を当てていても感じる匂いに、リリルカは恐怖した。

 

 そしてカヌゥ達に同情した。いくら糞みたいな奴らでも、糞をぶつけらる事までされることは・・・・・・いや、むしろ軽いですね。リリルカ精神の安定を取るために思考放棄している間に、ソーマが必死に此方に語りかけていた事に気づく。

 

「アーデと言ったな! 助けてくれ! この下界の子は本気だ。本気で酒蔵を潰す気だ! 頼む、こいつを止めてくれ、いや、お願いします!」

 

 (あんなに必死なソーマ見たことないですねぇ。ザマァ!)

 

 おっといけない。ついつい本音がでてしまった。いつも気だるそうに畑を耕している姿しか見てなかったリリルカはため息をつきながらも危険物をちらつかせる『ハンター様』を止める為に声をかけるのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 

「んで? 反省する気になったのかな?」

 

 1・6倍ほどに晴れ上がった顔の元イケメン系クズ団長を部屋の端に放置し、パイとリリルカは対面で腰を摩りながら座るソーマと対峙していた。

 

 あれだけの破壊活動をしてもやり足りなかったのか、若干不機嫌そうなパイは“いつでもやれるぞ?”と言いたげに【こやし玉】を手で弄んでいる。

 

 リリルカとしてはものすごく危ないものをお手玉みたいにしながら横でいじらないで欲しいと言う気持ちでいっぱいだが、十二分に脅しの材料になっているのも確かなので一先ず放っておく。

 

「むぅ・・・・・・。すべて団長のザニスに任せていたというのは。確かに私の落ち度ではある・・・・・・か」

 

 理不尽な暴力からの反省の強要というソーマからすれば、たまったもんじゃない現状に渋い顔になるのは当然の事だ。それでも、目の前の眷属の怒りも話を聞いておぼろげながら理解は出来たらしい。

 

 そんな、ソーマの反省の意思を感じ取ったのだろうか、パイも危険物を弄る手を止めていままで疑問に思っていた事をソーマに尋ねる。

 

「ソーマさんって、お酒の神様なんだよね? そんなに人が飲んだらやばい酒ってわかってながらなんで造るのかな?」

 

「私には酒造りしかないからな。昔から友神にも“お前は酒以外本当に趣味がないな”と笑われていたよ・・・・・・それに、求めていたのかもしれない。私の造った物に酔うことのない子共というものを・・・・・・いつしか、期待もしなくなっていたがね」

 

 答えたソーマの表情はどこか疲れきったような物であった。ソーマの独白に彼は彼なりの眷属に対して希望を抱いていたことを知った。

 

 だからと言って、それがリリルカにとって許す理由にはならない。

 

「あんな物があるから、【神酒】なんてあるから。リリは生まれてからずっと惨めな思いをして、生きなければならなかったんですよ! すこしでもリリたちの事を見てくれていたなら。こんな事には・・・・・・」

 

「・・・・・・っ・・・・・・すまない・・・・・・済まなかった」

 

 小さく――あまりにも小さい、謝罪の言葉――しかし、その痛みを堪えるようなの表情がソーマの心境を物語っていた。

 

「ふむ・・・・・・ねぇ。ソーマさん。さっきさ、【神酒】で酔うことがない子供がいたらって聞いたけどさ。いたらどうしたのかな?」

 

「そうだな、あの時はそれ以上の酒を作ろうとそう思い、さらに精を出していただろうな・・・・・・今はどうだろうか」

 

「ならさ、飲んでみるよ。その【神酒】ってやつを、それで、私が何もなかったらさ、『約束』をしてくれないかな?」

 

「・・・・・・約束?」

 

 パイの提案を耳にした瞬間。リリルカは自分の耳を疑った。そしてその内容を理解した瞬間表情が強張り、顔色も悪くなるのを感じた。私もまた【神酒】に呑まれた一人である、あれの恐怖はよく理解できていた。

 

「ダメです! あれはそんな生易しいものじゃないんですよ! いくらパイ様が強くても・・・・・・」

 

「ありがとかな、リリルカ。でもね。きっとこのままじゃ変わらない。だから飲むよ。お願いできるかな? ソーマさん」

 

「・・・・・・いいのか・・・・・・? わかった。まっていろ」

 

 立ち上がり、酒を取りにいくソーマを目で追いながらも、リリルカは隣のパイの服を掴む。そのリリルカを安心させる為に微笑みながら視線を向けるパイ。薄茶の瞳と紫の瞳が交差する・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは少し後悔していた。

 

 正直酒ぐらいで大げさなと思う部分も多い。しかし、目の前のリリルカの顔面蒼白かつ必死な形相に流石に、危機感を刺激されていた。

 

 あれ? ひょっとしてかなりやばいものだった? こうなったらそれこそ後の祭りでしかない。どうやらモンスター相手には働く危機管理能力もお酒には反応しないらしい。

 

「どうしてですか! パイ様のお気持ちは嬉しいです。でも危険なんですよ。今からでも遅くありません! アレだけは飲まないでください」

 

「・・・・・・そんなにやばいやつなのかな?」

 

 流石の【ハンター】的な意味で頑丈だと自負していても、ここまで止められると怖いものを感じ始める。一体何が出てくるんだろうか? もしかしたら、拷問に使えそうなぐらい臭いとか? 飲むと変態するとか? かつてクエストクリアの酒の席で全員が倒れるまで飲むとか良くやっていたが、これでもここまで怯える物ではないはずだ。パイは少し自分の言動を本気で後悔し始めた頃ソーマが酒瓶を持って帰ってきた。

 そして。酒器に波波と酒瓶から液体を注ぎ、パイへと差し出す。

 

「・・・・・・見せてくれ。お前の・・・・・・地上の子供の可能性を・・・・・・」

 

 生唾を飲み込みながら杯を受け取る。先程のリリルカの発言で慎重になったのかまずは軽く香りを楽しむ。とてつもなく芳醇な香りが鼻腔を通り抜ける。そのまま、躊躇することなく。一気に飲み干す・・・・・・。

 

 僅かな期待を含んだ視線をおくるソーマと絶望をその顔に貼り付けるリリルカ。

 

 永遠とも言える一瞬が過ぎ、パイは唇から杯が離す・・・・・・変化があるとすればそれは、とても不満げなパイの表情であった。

 

「・・・・・・!? パイ様。大丈夫ですか!」

 

「・・・・・・っ! なんともないのか?」

 

 驚くリリルカとソーマ。二人の様子にパイは自分意思で確かに頷く。そして、強くソーマを睨めつけて断言する。

 

「ねぇ、ソーマさん。これさ、最早『毒』の領域の飲み物かな?」

 

 

――――――――――――――

 

 

 ソーマは未知の感覚に震えた。

 

 『毒』今ある最高の作品を飲んだ目の前の下界の子から告げられた。

 

 その言葉にソーマは震えた、これは・・・・・・恐怖ではない? いままでの下界の子は何処か我を失い酒を求めるだけの存在へと変わり果ててしまった・・・・・・だが――

 

(この子供はなんと言った? 『毒』と言ったのか?【神酒】を?)

 

 この子共は違う。その評価そのものに・・・・・・そこに怒りは無い。むしろそう表現するだけの理由を聞きたかった。

 

「それは、どういうことだ?」

 

「うん。全てにおいて『美味い酒』なんだろうね。私もこんなの初めて飲んだかな? でも美味すぎて物足りないんだよね。完成された故に、面白くないお酒なんだよ。ソーマさんはさ、苦いお酒って飲んだことあるかな? こっちじゃ結構主流なんだけどね。まぁ、苦いってだけあって、美味しくはないんだろうけどさ。“仲間と苦楽を共にして乾杯する”酒の味は最高なんだよ。分かる? 人の中にある苦しさや。喜びなんて関係なく。酔わせるだけの酒はさ。もはや人には『毒』っていうしかないんじゃないかな?」

 

 流れるように説明される。『ぐぅの音もでない』とはこういう事を言うのだろうか、ソーマはしばし考える。パイの言葉は正しく「目からウロコ」だ。

 

 今までは、『酒』だけしか考えてこなかった。何かに合わせるとか、誰かと酒盃を分かち合う楽しみもまた酒の良さである。そんなことまで忘れていたとは・・・・・・。

 

「・・・・・・酔わせるだけの、酒・・・・・・か」

 

「それにね、なんとなく、覚えがある感覚なんだけど・・・・・・」

 

 そう言って、パイは腰の右に括りつけてたポーチから何かの実を取り出す。それを二つ取り出し一つを口に放り込み飲み込む何故か、謎のポージングを取った。謎の行動とは別に本人は確信がいったのかもう一つをリリルカに渡す。

 

「あの・・・・・・パイ様? これはなんですか?」

 

「これは、【ウチケシの実】って言ってね。まぁいろいろと悪い効果を打ち消す実なんだよ。変なものじゃないから食べてみて欲しいかな?」

 

「説明を聞く限りはすごく、変な物なのですが・・・・・・では、いただきます」

 

 ものすごく、怪しいと思いながらも【ウチケシの実】を飲み込む。すると、彼女の中で今まで「普通」だと思っていた物が、初めから無かったように視界と思考は透き通るように広がってゆく。【神酒】の幸福感とは違う感覚にリリルカの表情が驚きに染まり。周りを見渡し、何かを確かめるように頭を降る。

 

「これは・・・・・・?」

 

「!? どうしたんだ、アーデよ」

 

「ソーマさんのお酒を飲んだら中毒になるって話だったし、飲みすぎた時によくやる『酩酊』状態を直す時とかにね。私もやってる方法だったんだけど・・・・・・案外上手くいったかな?」

 

 この下界の子はその様な知識もあるというのか・・・・・・ソーマは感心する。しかし、周りを見渡していたりリルカの視線がある一点に向けられた瞬間リリルカの様子がおかしいことに気がつく。

 

「・・・・・・? アーデ、どうし・・・・・・?」

 

 リリルカの視線が【神酒】に向かった瞬間状況は一変する。突然リリルカの顔面が蒼白になり体がひどく震えだす。手だけが忙しなく動き。

 

 近くにいたパイの服の裾を掴んだ瞬間恐ろしく感じるぐらいの力で抱きつくが何故か視線だけが【神酒】を離さない。

 

「リリルカさん・・・・・・っ!? ソーマさん! 直ぐに【神酒】を隠して! 早く!」

 

 その様子に何かを気づいたパイは叫ぶようにソーマにに向かって急いで【神酒】を元の場所に戻すように指示する。

 

「・・・・・・!? わっ、わかった!」

 

 ソーマも目の前の状況に一瞬だけ慌てたが。直ぐにパイの指示通りで【神酒】を元の位置に戻し急いで眷属のもとに戻る――

 

 ――そして、戻った先でが見たのは、震えながら恐怖に耐えている子供であった。その瞬間、『毒』と呼ばれた、その意味をソーマは悟った。

 

 今、自分の目の前の眷属を“ここまで追い詰めた原因”の正体を、いままでそれを認めずに見なかった己の行いの意味を・・・・・・。

 

 湧き上がる罪の念がソーマに降りかかる。そして、まるで“一人の人”のように、“酒の事しか頭になかった愚者”はその瞳から初めて後悔の涙を流すのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルはリリルカと共にベッドに並んで寝ていた。

 

 ここはリリルカが贔屓にしている宿屋の一室である。

 

 時刻は夜であり、時折飲み屋からの歓声や怒声が聞こえてくるが、そんな程よい喧騒以外は静かな夜の部屋にパイとリリルカは居た。

 

 あれから、後悔の念に押しつぶされそうなソーマと【神酒】と言うトラウマに震えるリリルカを落ち着かせ、ソーマにある『約束』を取り付けさせてから【ソーマ・ファミリア】のホームを出た。

 

 その足で。ヴェルフの工房まで戻ったまでは良かったのだが。そこには数時間前と同じか・・・・・・いや、それ以上にハッスルしちゃった三人の鍛冶馬鹿の姿があった。

 もう、諦めた。パイは疲れきった溜息を吐いて外に出ると、近くをたまたま歩いていた鍛冶師の女性に頼んで“外で泊まってくると”メモを書いてもらい工房の目立つところに置いてきた後、再度街の中を散策する事にした。

 

 すると、中央の《バベル》の広場に先程別れたばかりのリリルカがぼうっとしている姿があった。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 沈黙、お互いに目が合っているが声をかけることもない。リリルカからの意思の表示も見られない。パイ自身も、流石にリリルカがこの短時間で起こった事を纏める時間が必要であることは理解している。だから特に声をかけないというだけなのだが。

 

 しかし、気になった事もあるのでそこだけは確認しておく。

 

「もしかして、【こやし玉】の臭い取れなかったかな?」

 

「真っ先に、そっちを心配するんでしたら使わないでくださいよ。パイ様」

 

「いや、だって傷つけずに無効化しようとしたら、あれがベストじゃないかな?」

 

「精神的な傷がすごく酷いんですよ! そうですね、こういうのは責任を取ってくれないといけないですよね?」

 

「ふぇぇ・・・・・・食べないで欲しいかな」

 

「食べませんよ! 人聞きの悪い事をいわないでください」

 

「冗談かな」

 

「ですよね。じゃあ夕飯でも付き合ってください」

 

 そして、コレまでの愚痴を聞くためにりリルカの部屋に来ている。一種の女子会だろう。そして、リリルカが思った以上に脱いだら凄い事に気づき、心の中で血涙を流したのは今回は内緒の話だ。

 

 日が暮れて、喧騒が遠ざかる。時間は深夜になり。初めは盛り上がっていた二人の会話も、自ずと少なくなってくる。

 

「・・・・・・パイ様。今日は、本当にありがとうございました・・・・・・」

 

 ぽつりっと呟いた、りリルカの言葉は小さく。夜の闇に溶ける返事をするのも簡単だが。だが、パイは聞こえない振りをした。

 

 そして、ふと昔の事を思い出す。

 

 かつて、『ハンター』になるなんて思ってもいなかった頃。初めて『ハンター』としてのユクモのハンターの姉さんに出会った事。

 

 凶悪な『雷狼竜《ジンオウガ》』が居てると言うのに、たかだか腕っ節の強いだけの愚かな子供は薬草を取りに【渓流】に村を抜け出して入った。勿論大人達は十分に注意していた。少女の身体能力はそれをくぐり抜けられるものであったと言うだけの事だった。

 

 しかし、初めて見る大型のモンスターという存在とあの強大な姿と咆哮怯え潰れかけの廃屋の中に隠れるぐらいしか幼い子供にとっての自衛の手段は無かった。ジンオウガの息遣いすら伝わる距離で恐怖に耐えることの出来ずに、少女は廃墟を飛び出し駆け出すがジンオウガにとってそれは餌が飛び出したに過ぎない。

 

 すぐに追いつかれ吹き飛ばされる。山の斜面へと転がる少女は追い詰められ必死に逃れようとするが、数歩分の距離が取れただけであったすると、急に雨が降りだし遠くの空で巨大な蛇のようなものが舞っているのが見えた。あるいは幻覚だったのか・・・・・・。目と鼻の先までゆっくりと近寄ってくる、ジンオウガの体毛から漏れ出した電が輝きを強くする。

 

 “食われる”大人の注意を無視して来た事を後悔し、目を閉じた瞬間――肉の潰れる音でもなく骨が砕ける音でもない、風を切る音と食料を狩りに行くときによく耳にする音が――矢が突き刺さる音が響いた。

 

 ジンオウガの肩に明らかに普通のサイズではない矢が刺さっていた。ジンオウガが振り向き。少女もそちらに顔だけを向ける。

 

 そこには、強弓を構える数ヶ月前から村の専属になった暇な時などに遊び相手になってくれる女ハンターがいた。いつも馬鹿騒ぎと温泉を堪能している姿とは違う“少女が見た事のない『ハンター』”の姿があった。

 

 ハンターとジンオウガ。狩人と雷狼竜の戦いは少女の目には神話のように映った。

 雷光が轟き、閃光が舞う。弦が引き絞られ、射られた矢尻が閃光を反射し輝きを放つ。

 

 そして、何十という攻防は紙一重で避けたジンオウガの爪の一撃から、狙ったように極限まで引き絞られた弓矢による眉間を打ち抜くことで終わった。

 

 最後に輝きを強くした物の力を失い倒れるジンオウガを荒い呼吸を直しながらも弓を構えるハンターそして、確実に討伐できたことを確認すると少女に向かって、いつもの用に笑いかけるのであった。

 

 ジンオウガ相手に幼い子供をである、少女を守りながら戦う彼女の姿は今も忘れることのできない大切な記憶だ。

 

 自らも傷を負っているのにかすり傷を追った少女を先に治療してくれた。

 

 あの優しいハンターはそのあと。親のいない震える・・・・・・私と一緒に寝てくれたっけ。

 

 なんで、今はあんな感じになったのだろうか、かつては真面目な部分もあったユクモのハンターの昔の記憶を思い出しながらパイはクスリと笑う。

 

「そっか・・・・・・ちょっとは、近づけたかな・・・・・・」

 

「・・・・・・パイ様?」

 

「ごめん。なんでもないかな・・・・・・じゃあ、もう寝ようかな、おやすみ、リリルカ」

 

 こうしてその日は静かに眠りにつく。朝にはリリルカは【ソーマ・ファミリア】のホームへと出かけて行きパイもヴェルフの工房へと戻る・・・・・・しかし、そこに広がる光景にパイの表情は引き攣ることになる。

 

「いい加減にするといいかな? どんだけ人の装備みたら気が済むのかな?」

 

 徹夜で丸一日装備をいじり回しているバカ三人の姿に、ここ最近もっとも多く行っている【落ち込む】動作を行うのであった・・・・・・。

 

 




ついにでました。『こやし玉』まったくもって、ひどい話です。
最後にいい話みたいな展開になりましたが、ぶっちゃけこの主人公。かなりえぐいです。
しかし、大タル爆弾で仲間を吹き飛ばしてもその仲間に笑って許してくれるぐらいの『被害』ですんでいるような世界の住人ですからね。
『ハンター』は自他共におおらかな人種なんでしょう(褒め言葉ではない)

ではまたの機会で。


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『お酒を飲んでも呑まれるな。とは言うけれど、つい呑まれちゃうかな?』

どんどん。原作へと近づいています。
今回はとある【ファミリア】団長さんと個人的に好きなキャラが被害にあいます。

タグに「モンスターハンター」を追加しました。

4/26改修


 あれから二日の時間が経った。【ソーマ・ファミリア】半壊の一件から、オラリオの中での【ファミリア】間の緊張感が高まり、町の住人も表にこそ出さないが、機敏に空気の変化を感じていた。

 

 嘗てのオラリオの暗黒時代。世代の若い者ですらも記憶にあるぐらいの事件である。【闇派閥】の活動はなりを潜め沈静化し、ひと時の平和な時代に慣れてきた頃だ。人々が不安に思うのは仕方のないことであった。

 

 そして、その“元凶”はと言うと……。

 

「おばちゃーん。じゃが丸君、うす塩味3つ頂戴ー!」

 

「おや、パイちゃんじゃないか! また来てくれたのかい? ハイよ、一個おまけしとくよ」

 

「いいのかな! ありがとうなのかな!」

 

 随分と馴染んでいた。神の恩恵が無い人間であるパイはこのオラリオでは一般人でしかない。まさか冒険者の蔓延る本拠を短時間で半壊させるなどと、神々でさえ解るわけもなく“架空”の冒険者、又は闇派閥の関与が囁かれていた。

 

 

―――――――――

 

 

 【ロキ・ファミリア】の団長。フィン・ディムナはその頭脳を駆使し、先日の事件を思い返していた。

 

 【ソーマ・ファミリア】は決して強い【ファミリア】では無い。精々がLv.2が数名。他はLv.1。しかも、その時はそのLv.1も多数はダンジョンに潜っていたらしい。

 

 そんな、【ファミリア】を半壊させるだけで終わらせる目的。それがどうも引っ掛かり、考える事を、終わらせることが出来なくなっていた。まさしく釈然としない。

 

「フィン。少し休んだらどうだ?」

 

「リヴェリア……ガレスも・・・・・・もう、こんな時間かいけないな。考えても仕方ないのはわかっているんだが」

 

 嘆息がもれる。不快感を隠すことなく、頭皮を掻く。そんな小人族の団長の姿に苦笑いを浮かべる副団長のエルフの女性、リヴェリア・リヨス・アールヴはその端整な顔を凛と引き締め一歩前に出る。

 

「フィン。私から一つ報告が、この二日で起きた細細ではあるが、事件の件でひとつ。気になる事がある」

 

「へぇ・・・・・・それは、どういう物だい?」

 

「ああ・・・・・・それはな、今回の犯人の起こした事件は『死者が出ていないこと』そして

『何らかの糞便を使っている』という事だ」

 

「・・・・・・うん? 一つ目はよく聞こえたんだけど、二つ目はなんだって? 僕の聞き間違いじゃないならば。『糞便を使っている』なんて、日頃の君から絶対に聞かないような言葉が出たと思うんだけど」

 

「安心せい、フィン。ワシにもそう聞こえた」

 

「ふむ・・・・・・私も、正直耳を疑った。それに出来ればこんな事も言いたくはなかったが、【ソーマ・ファミリア】の獣人の数名が二回にかけて・・・・・・『悲惨な事』になったそうだ。その、例の【ヤツ】でな」

 

「まさしく。『妖怪フン投げ』というべきかの、今回は『闇派閥』とかは関係ないのではないか? むしろ、そんな事するのに関わり合いたくないしの」

 

 リヴェリアのサッパリ理解できない報告と、ガレスの呆れたような声に、先程まで悩んでいた事が馬鹿らしく思えてくる。

 

「まぁ、確かにね・・・・・・。とはいえ、何もしないというのも【ロキ・ファミリア】としても。【オラリオ】に対してもそれなりの体制は取らないとね。夕飯の後にラウルと一緒に見回りに行ってくるよ」

 

「ラウルと? 二人で大丈夫か?」

 

「彼も実力はともかく、経験さえ積ませればいい指揮官になれる素質がある。まぁ、今回は息抜きの度合いも大きいけどね」

 

 心配そうなリヴェリアの言葉に彼女が以前からロキに、ママと比喩されている姿を思いだし苦笑する。そして食堂へと向かうための執務室の椅子から腰を上げるのだった。

 

 

―――――――――

 

 

 闇が深くなると【オラリオ】の街の魔石を利用し街灯がその明かりで照らしてくれる。これも、魔石の原産地でもあるダンジョンの恩恵で栄えた街である、【オラリオ】だからこその光景であろう。

 

 街の住民は明日の生活のために灯りを消す所も多く、主に活気に溢れるのは冒険者を相手する酒屋の類いが多くなる。

 

 いつ終わりが来るかわからない、排他的な生活に少しでも活を入れたい故の行動であろうが、このような情緒ある光景は昔から見ているフィンとしても気持ちのいいものであった。

 

「えっ? 『妖怪フン投げ』っすか? あの、団長はどう考えてるんすか?」

 

「そうだね、正直よくわからないかな? 情報が少なすぎるのと、【ソーマ・ファミリア】も必要以上に騒いでいない事も謎だ」

 

「それは、変な話っすね。普通【ファミリア】に被害が出ているのを隠すわけでもなく、放置するなんて・・・・・・どういうことっすかね?」

 

「ふふ・・・・・・それを考えるのも、必要なことだよ・・・・・・」

 

 現在、フィンとラウルはオラリオの街の北の方面を見回り中である。

 

 こういった活動は主に【ガネーシャ・ファミリア】の十八番ではある。だが、別にお互いに邪魔にならなければいいだけであるし。お互いに人手がある事に越したことはない。

 

 【ファミリア】の団長自らが、この様な行動に出るというのはいささか軽率な気もするが、こちらには頼りになる副団長もいる。

 

 それに、『団長』自らが民衆の為に行動を起こす。という【ロキ・ファミリア】としての顔見せの意味もある。一種のデモンストレーションと言う奴だ。

 

「考える・・・・・・っすか。もしかして、今回の俺が呼ばれた理由も、何かしらの意味があるって事っすか?」

 

「どうだろうね? 少なくとも換金所での一件以外では、僕はラウル。君を信用しているつもりだけどね」

 

「・・・・・・もう、あれで懲りたっすよ・・・・・・では、団長の期待を裏切らないように頑張るっすよ・・・・・・団長・・・・・・!?」

 

「ああ。気づいているよ」

 

 何かしらの成果があればいい。その程度の認識で始めた『見回り』だったが、どうやらフィンの運が良かったのか彼の口元が自然に笑みを作る。

 

 それは何故かって? 

 

 ソコには紙袋を被った、見るからに怪しい人物がフラフラとこちらへと歩いていたからだ。

 

 なんで紙袋? しかもご丁寧に目の部分は穴を開けてはいるが顔色もわからず。不気味でしかない。

 

 もしかしたら極度の酔っているだけの一般人かもしれない。しかし、村娘のような格好に似つかわしくないポーチをそれも、全身に取り付ける一般人など聞いたこともない。

 

 なにより―――その左のポーチに視線を向けた瞬間、自らの今までの窮地を助けてくれた“親指”に強い痛みを感じる。これを疼きと評するには問題がある。そう思わせる何かが目の前の人物にはあった。

 

 格好からすれば女性だろう、あまり言いたくはないが凹凸の少ない体型に髪すらも隠すように深く被った紙袋で顔は視認できない。

 

 もしかしたら、女装をした男性の可能性も捨てきれない。

 

「ふふ・・・・・・ラウル。気をつけろ。僕の勘が告げてる。“あれはやばい”っと」

 

「勘って・・・・・・団長の“うずうず”っすか・・・・・・?」

 

「そうだね・・・・・・強いて言うとすれば。“熱された鉄の針を親指の関節に打ち込まれた”ような痛み・・・・・・っ、痛ったー・・・・・・」

 

「すごく痛そうっすけど大丈夫っすか!? ってか、それは最早拷問っすよね!?」

 

 ラウルのツッコミを聞き流しながら、フィンは友好的な態度で目の前の人物にコンタクトを取ることにした。

 

「やぁ、こんばんは。僕は【ロキ・ファミリア】のフィン・ディムナ。こんな夜更けにどうしたんだい? しかもそんな酔狂な格好をして・・・・・・さ」

 

「・・・・・・ん~? もしかして、私にいってるのかな~?」

 

 紙袋のせいかくぐもって耳に届いた声は何処か中性的でこれだけでは性別を判断できなさそうだ。それよりもだ・・・・・・。

 

 そんな紙袋かぶってるんだから、そうに決まってるだろ! ツッコミたい衝動を抑えつつもフィンは少し冷静に考えてみる。

 

 実は僕の勘は気のせいで「ひょっとしなくてもこの人は普通に酔っているだけでは?」っと。

 

「実はね、僕たちは今、ある【ファミリア】が半壊した事件を追っているんだ。君は見たところ冒険者のように見えないし。小人族《パゥルム》が一人でこんな所にいるのも感心しないし、なにかある前に家に変えることをおすすめするよ」

 

 少し。カマをかけてみる。すると明らかに目の前の人物が一瞬、本当に一瞬だが硬直したのを確認した。

 

 隣のラウルに視線を向けると、彼も即座に小さく頷く。どうやら、“当たり”のようだ。

 

「ん~。今さ、なんて言ったのかな?」

 

 目の前の“容疑者候補”が確認を込めた質問を返してくる。気のせいでもなく、その声音には明らかな害意が見える。

 

「それは「ある【ファミリア】が半壊した事件を追っている」・・・・・・の所かい?」

 

「あ~、そこじゃないかな?」

 

「? 「君は見たところ冒険者のように見えないし」って所かい?」

 

「・・・・・・その後・・・・・・かな?」

 

「?? ひょっとして「小人族《パゥルム》が一人でこんな所にいるのも感心しない」って所・・・・・・かい」

 

「だれが、パゥルム並みにちっこいって!? 流石に怒るかな!! ゲキ怒なのかな!!」

 

「えっ・・・・・・ええっ!? 君、ひょっとして「ヒューマン」だったとか・・・・・・いや、それは済まなかった。てっきり背丈も・・・・・・あ」

 

 予想外の切り返しに混乱した上に更なる失態を重ねてしまった事に気づいたフィンは、マヌケにも数瞬の間その身を無防備に晒す結果となった。

 

 目の前の人物が腰の左のポーチに手を入れた瞬間。親指から激痛が走る。

 

「ぬがー! これでも喰らうかな!」

 

「危ないっす!? 団長!」

 

 その声と共に投げつけられた物を不覚・・・・・・としか言えないぐらいに呆然としか見ている事しかできなかったフィンを救ったのは。ラウルだった。

 

 フィンの小柄な身体を引っ張るようにして、自らの背後へと回しながら前に出ることでその投げられた物をその身で受ける。

 

 しかも体制が若干前かがみ気味だったせいで不幸にも投げつけられた物がラウルの“顔面”に直撃する。

 

「!? んはっ!!?」

 

 弾け、飛び散った【ソレ】がラウルの顔を染め上げ、そして、息の詰まったような悲鳴を上げるラウル。

 

 【ソレ】は、その凄まじい臭気を巻き散らかしてゆく。そして、ラウルの身体が力なく膝から崩れ落ちるのをフィンはただ呆然と見ているだけしか出来なかった。

 

「ラ・・・・・・ラウルゥゥゥゥ!!? きっ・・・・・・貴様ぁ!!」

 

 なにが、【団長】だ。この体たらくは弁明の出来ない物であることは明確。警戒してなお先手を取られた事実に、フィンは自らをの不甲斐なさを叱責する。

 目の前の人物の投げた物を見た瞬間、こいつがお目当ての『妖怪フン投げ』である事は確定した。

 

「フッ~・・・・・・フ~・・・・・・・ツギハ、オマエカナ?」

 

 こいつ・・・・・・先程の酔っているだけと思っていた人物は、紙袋の奥から怪しく光る双方を紅く染めて、なにやら禍々しいオーラを立ち込めさせている。

 

 冗談抜きで本当に妖怪じみてきた相手にフィンも、「今のままでは」確実な勝利を勝ち取れないと確信する。それに“今は指揮を気にする状況ではない”。

 

「ここで、確実に倒す・・・・・・」

 

 余程の事がない限り使う事のない詠唱を小さく紡ぐ――指先に生まれた【ソレ】を額に埋め込んだ瞬間――世界が紅へと染まる。

 

 ~ヘル・フィネガス~

 

 形式は『高揚魔法』。効果は、戦闘意欲が引き出され全能力が超高強化される。

 しかし、そんな便利な物がなんの副作用もなく使える訳もない。代償として『発動中はまともな判断能力を失う』。

 

 フィンの指揮官としての立ち位置とは反対の単体戦力としてしか使えない、正しく、フィン自身の『切り札』だ。

 

 【オラリオ】の闇に輝く双方の“紅”は残像を残す勢いでぶつかる。

 

「はぁぁぁぁ・・・・・・ふっ!!」

 

 槍の突きから即座に薙ぎ払う。振るう軸を限りなく内側にする事で独楽が回るように連続で振るわれる刺突と斬撃の嵐が、『妖怪フン投げ』へと殺到する。

 

 Lv.6の身体能力と小人族という種族的弱点を補い、血の滲むようななんて事が生ぬるく感じる鍛錬と、試練を超えた先で手に入れた“力”。

 

 しかし、これが気持ちのいいぐらい当たらない。というか。気持ちの悪くなるぐらい意味不明な動きで避け続ける目の前のナニカ。

 

 (こいつ本当に人間か?)

 

 ふとそんな事も思いながらも攻撃を仕掛け続けるフィン。風を切るなんて到底言えないような音がオラリオの街並みに響く。

 

 しかし、流石にそんな攻防も長く続かず、紙袋の怪人も息を切らせ始める。

 

 ここで、仕留める――そのつもりで踏み出そうとした瞬間の事だ。

 

 不意を突いたようなタイミングで『妖怪フン投げ』が何かを投げてくる。先程の【モノ】を警戒してとっさに距離を取る。

 

 いくら肉体的に影響の少ないモノだとは理解していても、受けることはしない。

 

 きっと、精神衛生上、無事では済まないとも理解しているからだ。

 

 だが、これが悪手である事が次の瞬間には即座に理解できた。

 

 闇を切り裂くような閃光。“指の疼き”が強くなった瞬間、瞬時に防御に回ったのが幸いし、視力を阻害されることは無かった物の、一瞬の隙に逃げられてしまったようだ。

 

 シン・・・・・・と静まる、オラリオの街で忌々しげに舌打ちをする。“魔法”を解除し、少しだるさは残るものの、直ぐに気持ちを切り替えて、放置していたラウルの元へと駆け寄る。

 

「ラウル・・・・・・んっ、臭っ・・・・・・その、大丈夫か?」

 

「・・・・・・多分、命に別状はないっす・・・・・・社会的と精神的に酷いダメージを負ったっす・・・・・・あと、自分でもわかってるんで無理に近くに来なくてもいいっすよ・・・・・・」

 

「すまない・・・・・・アレは僕のミスだ」

 

「あー、あれは仕方ないっすよ。所でこの時間に洗える所ってあるっすかね? 流石にこの格好で本拠に帰りたくないっす・・・・・・」

 

「バベルに・・・・・・いこうか、その、ちゃんとフォローするからさ」

 

 哀れな期待の団員を連れて、バベルへと向かう。

 

 幸い他の冒険者に逢うことなく身は綺麗にできたものの、服の方はどうにもならず。衣類店が開く時間まで待ってフィンの手持ちから詫びの意味も込めて購入した。

 

 本拠に戻ったフィン達を少し怒った表情のリヴェリアが門で待っていた。『見回り』の予定時間を大きく超えていたので心配をかけてしまった。事情を説明すると哀れな者を見る目でラウルを見る。

 

「すまないが、もうラウルを休ませたい。ラウル、今日は助かったよ。今日はゆっくり休んでくれ」

 

「すいません、団長・・・・・・お先に休ませてもらうっす・・・・・・」

 

 哀愁の漂う背中を見送る。ラウルの姿が見えなくなったのを確認してから、リヴェリアに向きあう。彼女もフィンの視線での要件を察知したのか。「三時間後にロキとガレスとそちらに向かう。その時に方針を決めよう」とだけ告げて本拠の中へと戻っていく。

 

「さて、次はこちらの番だ・・・・・・覚悟しろよ『妖怪フン投げ』め」

 

 そう呟くフィンを高く登った太陽が照らすのであった。

 

 そして、会議は開かれ『妖怪フン投げ』の対策がなされたものの、それが実行になることは・・・・・・なかった。

 

 

――――――――――――――

 

 

パイ・ルフィルは現在説教を受けていた。

 

「それで、もう一度改めて聞くわね? パイ。これはどういう事かしら?」

 

 ここはヴェルフの工房。

 

 『【ロキ・ファミリア】の【勇者】街中で【ソーマファミリア】半壊の実行犯『妖怪フン投げ』を取り逃がす!』

 

 それは号外であった。その記事を青筋を立てながらパイの目の前につきつけるヘファイストスと、それを後ろから眺めているヴェルフも呆れ顔を浮かべており、“個人としてもやり過ぎたと”思っていた矢先の事であった。

 

 【ソーマ・ファミリア】での事は二人には話している。

 

 ヘファイストスも『実害』と『改善』の報を聞いてしぶしぶながら納得はしてくれた。勿論、やり方に関しては褒められなかった。無論、それは「運が良かっただけでしかない」それぐらいの、理解はある。はっきりいえば。反省はしている。

 “後悔はまったくないけどね”しかし、今回の件はまったくもって別物である。

 

「はい。どういうも何も、昨日。街で泥醉一歩手前になるまでお酒を飲んで、売り言葉に買い言葉で街の中で喧嘩をしてしまいました」

 

 目の前の神様の笑顔に何時もの調子も出ずつい敬語になってしまう。「まずい、やりすぎた」が今回のパイの寝起きの、第一声だ。

 

 昨日は、散策しながら夜更けまで街を散策していたのが悪かった。

 

『ん? おーい、そこの白いの! よかったら一杯付き合わないか?』

 

 そう声を掛けられたのが初めだ。話を聞いてみると、どこかの【ファミリア】の主神らしき男神に呼び止められ、プチ神々の飲み会の席に入ったのはいい。

 

 そして、そのパイの『飲みっぷり』を見て気を良くした神達はさらに酒を勧め、気を良くしたパイもテンションを上げていった。

 

 そして――

 

「天下の【ロキ・ファミリア】に・・・・・・それも、団長に喧嘩を売るって・・・・・・知らなかったといえど、なにをやっているのよ」

 

 ――そして・・・・・・この騒ぎである――そう、知っての通り【ロキ・ファミリア】の【勇者】事、フィン・ディムナに喧嘩を売った『妖怪フン投げ』とはパイの事だ。

 

「しかし、こうなったらトビ子がココに居続けるのも難しくなるな」

 

 ヴェルフの言葉に神妙に頷く。はっきり言って『犯罪者』一歩手前の扱いだ。昨日は一発芸の『怪しげな医者のモノマネ』で使った紙袋のおかげで、顔と髪の色は特定されてはいないが声は聞かれている。

 

「私もそう思うかな、少なくとも数日中に【オラリオ】を離れようかな・・・・・・とは考えているかな」

 

「貴女はそう言うけど、アテはあるの? 貴方にとってはこの世界は【異世界】に近いわよ?」

 

「俺もヘファイストス様の意見に同意だ。せめて、道案内になる人物を見つけてからの方がいいと思うぞ」

 

「あー。確かにそうかな。今日、明日じゃないし少しだけそういうのも当たってみるかな。ここには迷惑かからないようには注意するから、そこは安心して欲しいかな・・・・・・」

 

「今は下手に動くと悪手よ。私にも伝があるからそっちからあたってみるわ。パイはおとなしくしていなさい」

 

「ううぅ、本当にごめんなさい・・・・・・ヘファイストスさん、お願いするかな。あっ、それとヴェルフには個人的にお願いしたい事があるかな」

 

「ん? 無理難題でないなら、構わないが・・・・・・なんだ?」

 

 パイは臨時のポーチから【ある物】を取り出しヴェルフの前に並べる。そして、鍛冶師として【制作依頼】を頼むのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 リリルカ・アーデは多忙の日々を送っていた。

 

 “多忙の日々”とは言えど日数にして三日ほど、【ソーマ・ファミリア】の再構築に頭を悩ませる日々ではあるが、それでも充実な日常ではあった。

 

 そんなリリルカの下に嫌に威圧感のある巨大な物を持ってきたのは、私の恩人でもある『ハンター』のパイ・ルフィル「様」・・・・・・否、「さん」であった。

 

 どうも様呼びをすると、ひどくそわそわするので訳を聞いてみたら、大概の人は彼女の事を「ハンターさん」と呼ばれるらしく呼ばれ慣れていないのでこそばゆいらしい。

 

 まぁ、それはともかく。

 

「随分と“派手に”やらかしたみたいですね。パイさん?」

 

 そのリリルカの一言に心当たりがあるのだろう「うへぇ」と言いたげに、顔を歪ませる『恩人』にイタズラっぽく笑うリリルカは「三日ぶりですね」と挨拶する。

 

「そうなるかな。まぁ、そりゃあリリの耳にも入るかな・・・・・・っとソーマさんは元気かな?」

 

「ええ、今も『例の物』を育てるのに張り切っていますよ。所で後ろのそれは?」

 

「それはよかったかな。ああ【コレ】はリリにプレゼントしようと思って持って来たかな」

 

 今度は何を持ってきたのか? 封を開けてみるとソコには『異様にデカイハンマー』がその姿を現した。

 

「・・・・・・なんです? コレは?」

 

「ん? リリの武器だよ?」

 

 事なげに言葉を返す『恩人』の言葉に『こんな馬鹿げた物を渡されても・・・・・・』と、頭が痛くなるのを感じながら持ってみることに・・・・・・しかし

 

「あれ? 思った以上に“軽い”ですね」

 

「あー、やっぱり、“リリには軽い”かな?」

 

 なにやら含みのある言い方な気もするが、あまり気にせずお礼を伝える。すると、なにやら悪巧みの成功したような笑顔が帰ってくる。不審に思いながらもリリルカはそのハンマーを壁に立てかけパイに向き直る。

 

「どうしたのですか? 何か。面白いことでも?」

 

「いや、なんでもないかな? ああ、そうだ。大事な事を言い忘れてたんだけど、もう少ししたら、この【オラリオ】を去ろうと思うんだ」

 

「・・・・・・!? そう、ですか。あの・・・・・・もう、ここには」

 

「ああ、大丈夫だよ。少しかかるとは思うけど、ちゃんと戻ってくるかな。実は“同郷”の人たちが居るかもしれないから探しに行こうと思ってね」

 

「同郷・・・・・・ですか?」

 

「うん、だからちょっと行ってくるかな」

 

 『同郷』。なんとなくではあるがパイのいう言葉の意味が“私達とは違う”響きがあったのをリリルカは心の何処かで嫉妬していた。

 

 本当に短い付き合いではあるが、パイ・ルフィルという人間性を見て。きっとそれは、リリルカの考えているような物ではないであろう。

 

 それでも何処かで、自分勝手な“期待をしている”自分がいるのをリリルカ自身が自覚しているのも確かであった。

 

「あの、パイさん・・・・・・その旅に・・・・・・」

 

「ん? リリ、なに? どうしたかな?」

 

「・・・・・・いえ、なんでもないです。お土産話ぐらいは期待してもいいですよね?」

 

「うん! 任せるといいかな!」

 

 “リリもその旅に着いて行ってもいいですか?”その言葉を飲み込む。彼女には彼女の。私には私のやる事がある。リリルカは己の欲を飲み込んで笑顔を浮かべる。

 

 それに、また逢えるのだ。ならば、胸を張って逢えるようにしよう。そう決意を胸に、『サポーター』のリリルカ・アーデと『ハンター』のパイ・ルフィルは軽い挨拶をして別れたのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは最終確認をしていた。

 

 今日は、この【オラリオ】から旅立つ日だ。

 

 道案内の人はヘファイストスが見繕ってくれた。本当にこの神様には頭が上がらない。その案内人とはオラリオの外門で合流する形になるので今はまだ出会ってはいない。

 

 目の前には、ヘファイストスとヘスティアそして、何か細長い包をもったヴェルフの姿がある。今回の事で見送ってくれる三人に一先ずお礼を言う。

 

 ヘファイストスにはしっかりとお礼を伝えるパイ。そして、【オラリオ】へ帰ってきて目処が経てば借りていた路銀を返す『約束』を交わす。それを、ヘスティアは複雑そうに眉を八の字にしてみていた。

 

 乳もとい。ヘスティアはこの一週間会うたびに下らない喧嘩をしていたが。それでも見送りに来てくれた事に感謝する。パイと彼女は今まで散々とお互いに『ボロクソ』にいいあった仲だ、短い言葉を交わすだけではあるが笑顔で別れる。

 

 最後にヴェルフがその手に持つ包みを手渡してくれた。それは、少し無骨ではあるが重さも造りもしっかりしている双剣であった。

 

「トビ子の持っている剣の変わり・・・・・・は無理だが。人前で使うならそっちのほうがいいだろう・・・・・・気をつけてな」

 

「ありがとかな、ヴェルフ。短い間だったけどいろいろ助けてくれてありがとうね」

 

「気にするな、旅の安全を祈ってるぞ」

 

 そして、今だ朝日の登りきっていない街を歩き出す。雲一つない空はあと少しすれば群青から蒼天へと変わるだろう。そして、空から視線を戻すと、前からフードを深く被った人物が歩いてくる。

 

 【ロキ・ファミリア】かもと、警戒をするが何事もなく通り過ぎる・・・・・・しかし――

 

「ふふ、“また、逢いましょう”」

 

 ――美しい声が耳に残る。視線だけ振り返りそのフードを被った“女性”を視界から居なくなるまで見送る。

 

 少し疑問にこそ思ったが。あまり考えずにその後は特に問題もなく外門へとたどり着く。

 

 そこには、二つの影があり近づくと一人は金髪の胡散臭そうな『緑』の男と、美しい美貌と蒼い髪をもつ娘がそこにいた。

 

「おや、君がパイ君だね、ヘファイストスからは話を聞いているよ。僕が『案内人』のヘルメス。そして隣にいるのはアスフィだ。」

 

「よろしくおねがいします。アスフィ・アル・アンドロメダと申します。コレは胡散臭いですが一応神ですよ」

 

「はっはっは。辛辣だねぇ・・・・・・えっ。ひょっとして本気で言ってる?」

 

「パイ・ルフィルだよ。よろしくね、ヘルメス。アスフィさん」

 

「あれ? 俺にたいしては敬称はないの?」

 

「「えっ? いります?」」

 

「ああっ!? すごく辛辣ぅ!?」

 

 こうして三人の旅が始まった。とはいえ、せいぜいが二週間程度ではあったが。

 その間で【オラリオ】や主な【ファミリア】の事、そして、この世界での常識を聞く機会も多くあった。

 

 やはり生の声は違う、などと思いながらもパイは二人と打ち解けてゆく。旅の最後の方になるとアスフィの愚痴を聞くほどにまで仲が良くなった。

 

 聞けば、彼女の所属する【ヘルメス・ファミリア】は探索系&郵送業もしているとか・・・・・・いつかお世話になるかもしれない。

 

「俺達の目的地はここさ」

 

 オラリオから西の方角・・・・・・らしい、にある小さな村。そこがヘルメスの目的地らしい、その中の一軒家に立ち寄ると戸を叩く。

 

「うん・・・・・・誰じゃ・・・・・・っとなんじゃ、ヘルメスか。それと、そちらの方は初めてましてじゃな」

 

 家の中から出てきたのは年を感じさせたない体つきのごついお爺さんであった。そして、その後ろに隠れるようにいる少年と目が合う。

 

 まるで。白うさぎのような儚さをもった少年との出会いが・・・・・・彼の運命を変えてしまうとはその時の『ハンター』にはこれっぽっちも考えていなかった。




ラウルさんごめん。汚れ役をやらせてしまいました。
作者はチキンなハートの持ち主ですが。想像してたより高評価でびっくりしています。
これからもちょくちょく更新していきますのでよろしくお願いします。


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『白兎を鍛えてみるのは間違っているのかな?~肉体改造編~』

やっと、ベル君を出せました。
彼のような純粋な子って何というか・・・・・・いぢめたくなりませんか?
あっ、はい自分ぐらいですよね・・・・・・。

誤字報告ありがとうございます。
思ってた以上にアラがあって本当に助かります。

ちょっと書き直しました。あと話が前編、後編になりました。


 ベル・クラネルは筋肉痛に苦しんでいた。

 

 何故なら筋肉痛とは筋肉に負担をかける事で損傷させる事で鍛えることができる。その代償がこの痛みであり詰まるところ。肉体を酷使した結果でしかない。

 

 少年と呼ぶに相応しい華奢な体つきの百人みれば8割は可愛いと評価するであろう、白兎のような容姿の少年。ベル・クラネル。彼がこのような状態になっているのには勿論理由がある。

 

 その理由とは、彼が『ある人物に弟子入りをした』結果、その初日での修行を終えた次の日であるというものだ。

 

 修行。はっきり言って無茶苦茶地味な上にきつい。ベル自身思い出せば、いっそ笑えても来る、笑うと腹筋が悲鳴を上げるので止めておくことになったがそれぐらい地味であった。

 

 これも、自ら望んだ結果であるのでベル自身は気にしていない。むしろ、そんな事はどうでもいいとさえ考えていた。

 

 これは少年のプライドであった。「たった一日で弱音が出てしまいそうになるのが、たまらなく悔しかった――強くなりたいな・・・・・・あの《英雄譚》に出てくる人たちみたいに・・・・・・。」

 

 その想いを胸にベルはかけなしの気合を入れて起き出すのであった。

 

 これはパイとヘルメス達がたどり着いた一軒家の客室。そこにはパイとベルと名乗った少年がいた。

 

 ヘルメス達はこの家の家主と会談があるらしく、のけものにされた者同士で話すのは自然な流れであった。

 

 特定の行動さえしなければ、「とても気のいい人」であるパイの人柄に人見知り気味な少年でもあるベルも直ぐに打ち解けていた。 

 

 なにより、会話の中身は殆どが『ハンター』の狩人譚である。これもベルにせがまれての事であるのと、昔の話ではあるがパイ自身の幼少期に現在の姉貴分に噺をせがんだ姿と重ねて見えたのもあった。

 

 手振り身振りとコロコロ変わる仕草も相まり不思議な臨場感のある話し手の・・・・・・ベルに取っては祖父から子守唄のように聞かされた英雄譚と同じくらい素晴らしい冒険譚に次第に惹かれ、引き込まれていった。

 

 【大陸】での常識は、この世界ではさぞや喜劇に聞こえるだろう。「絶命すると巨大な閃光を生み出す虫」や「武器を研ぐことのできる鱗を持つ魚」などの素材の話等等、語るたびにベルは面白いくらいに反応していった。

 

 そして、そこに僅かしかいない《モンスターハンター》と呼ばれる絶大な力を持つ、英雄が紡ぎ出す英雄譚の数々に少年のテンションは頂点へと登っていた。

 

 たった一人ではないが、彼は知らないだろうが、アイルーと呼ばれる亜人と共に強大なモンスターに立ち向かい狩猟していく。そんな『ハンター』達の物語。その知恵と武器、時には機転と道具を駆使して戦い強敵を打倒してゆく。

 

 そこには正しくベル・クラネルの求めている『英雄像』があった。しかし、そんなベルの心を知ってか知らずかパイは若干の苦笑を浮かべながら話しを締めくくる。

 

「とはいえ、そんな英雄的な人たちも他の『ハンター』とそこまで違うわけじゃないかな。ポッケっていう村を【崩竜《ウカムルバス》】から守ったハンターなんて。毎回会うたびに筋肉に着いて語りだす変人だしね」

 

「とても、親しみやすい方なんですね・・・・・・かっこいいなぁ」

 

「え? 今の会話の何処にかっこいい要素あった?」

 

「だって。すごくお強いのにそれをひけらかす事なく居るのって・・・・・・こう、“強者”って感じがするじゃないですか!」

 

「ええっ? そっ、そうかな~~?」

 

 そんな会話で終わった物のベルの中にその憧れに対する素直な情熱がその熱上げていた、逃がす事のできない熱意。それを叶えてくれるかもしれない『ハンター』が目の前にいる。

 

「パイさん・・・・・・僕を『ハンター』にしてくれませんか! お願いします!」

 

 ベルは即座に弟子入りをお願いしパイを驚かせた。パイからすれば日常の話をしていたらいきなり頭を下げて弟子入りされたのだ。驚かない方が不思議である。

 

 しかし、「お願いします」と言われて「はい、分かりました」とは言えないので理由を尋ねると、ベルは気恥かしそうに語りだす。

 

「僕・・・・・・前にゴブリンに襲われちゃって。ボコボコにされちゃったんですけど、お爺ちゃんが助けてくれたんです・・・・・・でも、このまま弱いままなんて嫌なんです」

 

「それで、『ハンター』に? でも子供であるベルがモンスターに襲われて生き残ってるだけでもすごいと思うかな・・・・・・」

 

「・・・・・・になりたいんです」

 

「ん?」

 

「『英雄』になりたいんです。こんな弱っちい僕じゃ何を言ってるんだ、って思われても仕方ありません。それでも誰かを守って笑顔にできる。せめてそんな自分になりたいんです」

 

「・・・・・・はっきり言って。私の訓練ってぶっちゃけ地味できついよ?」

 

 パイは目の前の少年に最終確認をする。

 

「はい、覚悟の上です。お願いします!」

 

「はー、まぁいいかな・・・・・・その代わりどんだけ最長でも一年。弱音がひどくなったらそこでおしまい。そして家族に許しを貰うこと。それが条件だよ」

 

 パイの言葉にベルはみるみる顔の表情をを輝かせてゆく。ヘルメスとの会談を終えた祖父に即座に許可を得ようと駆け寄り、快く許しを得て喜びに飛び上がるのであった。

 

 

 そして、次の日。修行の一日目である。

 

 パイは一番の基本から。と語ったのは“基本的にハンターと一般人の身体能力の差は埋めるのは難しい”と言うものであった。初っ端からまさかの、弟子のやる気を潰す言葉にベルの頬が引きつる。このあと、別の意味でさらに頬が引き攣ることになる。

 

 しかし、これは基本として知らなければならないことでもある。そもそも『一般人』と『ハンターになれる素質のある人種』はその身体能力からして違う。

 

 恐ろしい、重量の武器と鎧を身にまとい走り回り。壁を登り。モンスターの戦闘ではその重たい一撃を受けて立ち上がる。他にももろもろ有るがハンターになる最低の条件を目の前の少年は“素質”からして持っていない。

 

 雲一つない・・・・・・とは言えないが晴れやかな晴天の下。ベル達が住む村から少し離れた場所に二つの影がある。

 

 一人は純朴そうな少年だ。白髪とルビーのような赤い目が特徴の兎を連想させる。今年で13際になるが年齢に比べて背丈も低く華奢な体型に加え、善人丸出しな表情が彼の人の良さを伺わせるような印象を他者に与える。

 

 爽やかな風と、暖かな陽気の中で今だ風には冷たさが残る。 春の訪れは少し先であるが、今より行われる訓練の事を思えば丁度いい気候であると言える。

 

 その風に揺られる少女は中々に色物であった。農村では珍しくない地味な色合いの服装のベルと比べると、若干のくすみのある白髪と水晶のような紫の瞳を持った少女。

 

 一見すると姉弟のような二人だが、少女は猫の耳を象ったようなヘアバンドと。蝶の羽をデザインしたような鎧・・・なのだろうか? 肩から袖にかけてアゲハ蝶を連想するような鮮やかな色彩の模様と、意味があるのか背中の部分には小さく綺麗な羽が生えている。

 

 袖には花の花開く前の花弁のようにユラユラと風に吹かれ揺れる姿は、確かに見る人が見れば情緒もあるかも知れない。それなのに腰に装着しているスカートは生地が厚めで、同じ昆虫で言うならばサナギのような“硬いもの”のイメージを出している。

 

 そして、何故か足には鉄製の具足がつけられている。

 

 はっきり言って。目立つしダサい。

 

 初めてその姿をみた、ベルは彼にしては珍しくちょっと引いた。

 

 彼の祖父に関しては「これは、神の感性じゃの。痛すぎるし属性もりすぎじゃね?」とつぶやくほどである。

 

 まさしく少女・・・・・・パイ『ハンター』としての装備を身にまとった姿は異形と呼ぶに相応しい格好であった。

 

「ベル。見てるといいかな。今から【双剣】のいくつかの型を見せるから」

 

 そんなイタイ系装備に身を包んだパイは背中から対になった剣を抜き放ち構える。

 

 青みがかった刀身と紅の光沢が映える刀身は武器というよりも。芸術品に近い美がそこにはある。

 

 そして、それを扱う彼女もまた、その剣を構えた瞬間に少女から狩人へと変化する。

 

 息を小さく吐きパイさ動く。左の剣を外側へと下から上へと斜めに払う。

 

 青の刀身が残像を走らせ、左の肘を曲げながら右脚を前に出して体重移動しながらも、右の紅刃を斜めから袈裟斬り気味に落とす。

 

 そのままの勢いを利用して、左に回転を加えながら両手の剣を同時に振り抜いてゆく―― 

 

 ――これは舞だ。力で振り回しているのでもなく武器に振り回されているのでもない。

 無駄な動作を極限にまでなくした動き、その美しさは敵を屠るための技である事すら忘れてしまう。

 

 洗礼された武芸は芸術の域に達すると何処かで読んだ気がするが現物はこれほどの美しさになるのか、その所作を見逃すまいとベルは瞬きも忘れて見る。

 

 パイは一連の斬撃の型を続け様にベルの前で演舞してゆくそして、徐々に剣を振る速度が上がって行く。

 

 最終的には、蒼と紅の剣の残像がまるで半透明なカーテンをそこに幻見させてゆく。

 白き髪が、服の裾が、スカートの布が、本来の動きの激しさをそのはためきで表現しているはずなのにまるで、一つの完成系であるかのように違和感なく顕在する。

 

 まるで妖精が舞うような幻想的なまでの光景にベルは自然に見惚れていった。

 

 すべての剣舞が終えて、パイが此方にに向き直る。彼女の目には何故か頬を赤らめているベルの姿が映った。小首を傾げると、ベルは慌てて顔を隠した。

 

「どうしたのかなベル?」

 

「へ? あっ、いえ。なんでもないです。パイさん」

 

「? まぁいいかな? じゃあ早速だけど、この剣を持ってみてくれるかな?」

 

 ベルは自らの頬に熱が篭るのを自覚しながら羞恥で赤くした顔で『オーダーレイピア』の刃の部分を持って柄の方を差し出された柄を握る。

 

 掴んだ瞬間、目の前にある武器の暴力的な、鋭利な刃物である剣を前に喉を鳴らす。ベルが柄をしっかりと掴んだことを確認すると刃の部分からパイが手を放す。

 

「――えっ!? おっ、重い・・・・・・! あっ!?」

 

 手が離された途端に予想外の重量に、ベルはバランスを崩し剣からつい手を離してしまい落としてしまった。

 

 ベルの手から剣が地面に落ち、鉄同士がぶつかり、高めの音が響く。情けない失態にベルの顔面にさらに血が集まるのが分かった。

 

 農具ぐらいしかまともに使ったことのない彼に、いきなり持たせるような物ではないではないのか? 

 

 若干維持の悪さが出たが、だからこそ“少年に現状がはっきり分かる方法”として。あえて恥を与える事が目的であった。

 

 ベルの表情から情けなさで涙が出そうになっていた、というかちょっと出た。

 

「すいません・・・・・・大事な武器を落としてしまって・・・・・・」

 

 涙を目尻に貯めて謝るベルに対して、パイは微笑みを崩すことなく落ちた愛剣を拾う。軽々しく持ち上げる姿によりベルの表情に影が指す。

 

「これぐらいで潰れたりしないから、大丈夫かな? それよりベルはさ、ゆっくりでもいいからこの剣を持って、私と同じ動きができると思うかな?」

 

 パイの質問に対して、ベルは少し考えてから諦めたように首を横に振った。

 

 とてもじゃないがこんな重量物を降るうなんてできない。両手で一本を持ってゆっくりであるならば今のベルでもできるであろう。

 

 しかし、片手となると・・・・・・そんなこと自分にはできないとベルには思えた。

 

 その答えが浮かんだ瞬間――ベルはある事に気づき、そして顔を上げる。

 

 その僕の様子に満足げに頷くパイ。ベルは自身の考えが正解であったとわかったその時に“ハンターと一般人の違い”を理解する。

 

 少なくとも目の前のパイはベルと似たような身長で、体格もそれほど変わらないのだ。

 

 しかも噂に聞く【神の恩恵】も受けていないという。

 

 パイが何故、一番最初に”あんな事を言ったのか”一連の流れが、最初から理解させた方法としても納得がいった。

 

「だから、ベルには当分の間コレを睡眠時以外の時間、背負って生活してもらおうと思ってるんだ。こっちに来て出来た友達からの贈り物だから。大事にしてね?」

 

 そう言って差し出されたのは胴体に固定できるベルトと腰に固定されている。対になった二振りの剣である。

 

「まず、武器の重さに慣れること。そして、私の前でゆっくりと動作に慣れていく訓練。あとは調合とかかな」

 

「え? パイさん。それだけでいいんですか?」

 

 もっと、スパルタになると思っていたベルは思っていたよりも軽そうなトレーニングの内容に拍子抜けしたような表情を浮かべる。

 

 だが、ベルはこの時は気がついていなかった。この時点でかなりのスパルタであることを・・・・・・。

 

「うん、いいよ。まぁ明日には地獄を見ると思うけどね?」

 

 不穏な事を笑顔で言われ、ベルの表情は引きつる。一体明日からなにをさせられるのか? 不安を感じながらも言いつけ通りの訓練を開始する。

 

 気がついたのが訓練を始めて1時間ほどした頃だ・・・・・・。案外軽いと思っていたが、長時間身につけるとその辛さが良く分かる。

 

 徐々に背筋と腹筋が引き攣るような。妙な痙攣を感じた瞬間。同時に強烈な痛みがベルを襲う。

 

「いぎぃ!?」

 

 いままで感じたことのない“痛み”に体をよじろうとするが、激痛が更に酷くなるだけであった。困惑と焦りが、冷静さを失わせてゆくベルのその姿を数秒見ていたパイが動く。

 

 痛みから逃げようと動こうとするのを逆に止め無理やり直立させる。するとあれほど酷かった。痛みが引いてゆく。荒れた呼吸を戻しながらベルはパイに向かって視線を向ける。

 

「まぁ、慣れてないと痛いよね? 人間って慣れない筋肉を使い続けると痙攣して吊っちゃうんだ。これがすごく痛いんだよ。今のベルが体験したのがそれかな? こういうときは痛みの部分に引っ張られるのと反対に引っ張らないと痛みが引かないんだ。ちょっと楽になったかな?」

 

「ありがとうございます、はい。まだズキズキと痛いですけど、さっきより楽にはなりました。」

 

 そこで、ベルがふと思い出す。

 

 この痛みの原因を今も背負い続けている。それに確かパイはこう告げたはずだ。

 

 “睡眠時間以外はずっと背負う事”と、一時間前の自分を殴ってやりたくなる衝動がベルの中で浮かぶ。

 

 これを“それだけで”で片付けた甘さをベルはこうして、“しっかり”と身にしみて痛感する事となる。

 

 初日の訓練終えてフラフラになりながらもなんとかベッドにたどり着いたのだが・・・・・・ベルの苦難はまだまだ続き――

 

 ――そして冒頭に戻る。

 

 全身が筋肉痛でまともに動くことができないほどだ、“なるほど、確かに地獄だ”と納得し、歯を食いしばりながらもどうにか起き出す。

 

 ベッドの横にある筋肉痛の原因の“ハンターの命”でもある武器を背負い。姿勢を正すとキッチンへと移動する。

 

 キッチンにはベルの祖父が椅子に座りながら、熱い茶を飲んでいた。

 

 ベルが“おはよう、お爺ちゃん”と声をかけると祖父も。“おはよう、ベル”と返してくれる。

 

 そして祖父は続けて暖かい眼差しでしみじみと語る。

 

「なんというか、起きたらキッチンで女の子が料理を作ってくれるってのは男の夢の一つだと。そう思わんか? ベルよ。しかし、これは違うんじゃよ・・・・・・」

 

 そこで。ベルは初めてキッチンにパイがいることに気がついた。

 

 邪魔にならない程度に軽く編んだ三つ編みが、動くたびにユラユラと揺れている。

 

 若干サイズが大きく余裕のあるエプロンと袖のまくった腕はなんというか、生活感がでていて現実的な良さがでている。

 

 この光景に祖父が言いたいことがよくわかる。

 

「ああ。おはよう。ベル。体の調子はどうかな? 多分、筋肉痛がひどいと思うけど」

 

 微笑みながら語りかけるその姿はなんというか・・・・・・こう、あれだ

 

「じいちゃん・・・・・・」

 

「ベルよ・・・・・・」

 

 僕たちはお互いに見つめ合う、きっとこの瞬間、男二人の認識は一緒になったはずだ。

 

「「これ、世話焼きの背伸びしてる妹だ! 決して若妻とかじゃない!!」」

 

「うん、それは私がチビって事かな? 二人とも本気で殴られたいのかな?」

 

 にぱーっと笑うパイに。“笑顔ってのは威嚇の意味があるんだと”目の前に突然現れた木製のおたまを視認した瞬間。二人のバカは床に沈んでいた。

 

 その日から彼女の身長などの話は基本的に禁句となったのは言うまでもないことだろう。

 

 

 それからも、訓練の日々であった。

 

 訓練事態はすごく地味である上に肉体的にきつく、目に見える成果がでないのが精神的な意味でもベルを追い込んでいった。

 

 それでも愚直なまでの前向きさで、重りをつけ続ける訓練を行い続けた。

 

 そして、そんな生活にも慣れてきた頃。

 

「ベル、あれから一ヶ月が経ったね。どう? だいぶ身体の方も慣れてきたと思うけど」

 

 初夏の頃。パイのその質問にベルはこの数日の事を思い返す。とにかく毎日のように疲れて寝る生活ではあったが、言われてみれば体が軽いような気がする。一ヶ月前の恥辱を味わったあの日のにような剣の重みを腕で支えられないなんて事もない。

 

「そうですね、全然違います。最近は筋肉痛になる回数も減ってきましたし。もうちょっと動いてみても大丈夫かもしれません」

 

「ベルは農業で使うような筋力はあっても、戦闘で使う筋肉が弱かったんだよ。だから慣れるまでと思ったけど、全然早い段階で慣れちゃったね。明日からは、体幹を支える以外の、筋力の増強と戦闘訓練も入れていくよー」

 

 その言葉に僕は思わずガッツポーズを取る。

 

 愚直なほどに地味な訓練を続けていた結果が、やっと現れた事に確かな喜びを感じていた。

 

「じゃあ、明日からこの木刀で殴り合いになるかな、あ、勿論装備は付けたまんまだからね」

 

「え・・・・・・?」

 

 前言撤回――どうやらここからが本当の地獄のようだ。

 

 次の日から、確かに戦闘訓練が追加されたのだが。ベルは自らががまだまだ井の中の蛙でしかないと再確認させられただけだった。

 

 開始してから3秒で気絶させられて。限りなく弱いベルのプライドは再度砕かれた。

 

 この一ヶ月の間に不思議には思っていたが何も言わなかった成果である、パイが作っていた木刀での模擬戦で殴打され気を失う。

 

 起きて、殴られ、気を失う。これがほかの訓練や休憩時間以外ずっと繰り返させられる。

 

 そして、地味に辛いのは『調合』の訓練だ。なんでも『ハンター』は各自で自分の道具を作るものらしい。

 

 そのほうが安上がりだという、勿論すべてがそうではないのも最初に説明を受けていた。

 

 とにかく、実践あるのみ、説明だけを受けてもちんぷんかんぷんなベルは大量の『もえないゴミ』を生成していく事となる。

 

 それから、三日かけて二分。七日かけて八分。二十日かけて二十五分と“気絶することなく戦える”時間を増やしてゆく。

 

 生傷が絶えることはないが。それでも食いついてくるベルに、パイも訓練の厳しさを上げていく。

 

 修行開始から四ケ月が過ぎると、戦闘時間が一時間を超えた。

 

 それも、この一ヶ月間は気絶することなく。二人の訓練用の木刀もその摩耗の都合から、八代目になっていた。

 

 武器を使った演舞の方も身体の体幹を崩さずに、振るような振り方が僕に適しているのがわかってきた。

 

 修行を開始して三ヶ月以上はすぎたが、ベルの体格はいまだ同年代と比べても小さい。筋力のみで振るのは体への負担が大きすぎると言う事で、筋力よりも体術を主軸に戦うスタイルを身体に覚えさせていった。

 

 修行も四ヶ月を超えると、少しずつ感覚がわかってきたのか、見違える程に『調合』の成功率が上がっていった。

 

 そして、武器の扱いもやっと慣れてきた所で、パイからある提案を受けることに。

 

「ベル。私は思うんだけどね。ベルは反射神経と反応速度が高いと思うんだ。そこで、これからは【ブシドー】のスタイルの練習をしようと思うんだけど、どうかな?」

 

「【ブシドー】って確か、相手の攻撃をギリギリまで引きつけて回避して、相手の攻撃後の隙に攻撃する。カウンター重視の戦い方でしたよね? たしか、パイさんの先輩にあたる方の戦い方だったと聞いた記憶があります」

 

「あれ? だいぶ前に教えたのにちゃんと覚えてくれてたんだね。うれしいな。うん、その通りだよ。ベルには合ってると思うかな?」

 

「うーん。ですが、今の戦い方が崩れちゃうのも怖いですし・・・・・・考えものですね」

 

「敵の攻撃をサッ、っと避けて斬撃を叩き込む! カッコイイと思うな」

 

「パイさん【ブシドー】の、ご教授おねがいいたします!」

 

( 僕ってすごくわかりやすい。だって「カッコイイ」って言われたら仕方ないじゃないか、浪漫? わかってるよ)

 

 そんな会話を挟みつつも、確実に戦い方を覚えていくベル。元々の戦いの素質があったのか、確実に力をつけてゆくベルに対し調子に乗って訓練を課してゆくパイ。

 

 時に、重石替わりに祖父を抱えて搬送する訓練や、崖を上り下りする訓練、多種にわたる『想定』を踏まえた修行の日々は続いていった。

 

 五ヶ月も過ぎると、基礎的な部分はかなり形になってきた。それをみていたパイは頃合だなと呟くと、ベルに次の修行の内容を告げた。

 

「ベル。明後日から『実戦』を交えた修行にしていくかな。もう十分戦えるとおもうかな」

 

「・・・・・・はぁ!?」

 

 少年の苦難はまだまだ続くのであった。




最近。MHXXの久々に起動しました。セーブがブッ飛んでいました。ヤッタネ。これから新鮮な気分で素材がとれるよ・・・・・・! ちくしょうー


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『白兎を鍛えるのは間違っているかな?~実戦編~』

やっと投函できます。ゆっくりですいません


 『実戦』。いままでの“安全の確保された訓練”ではない。油断のできない一瞬はその綻びを見つけると即座にその身を屍へと変えるだろう。慢心など以ての外である。それをするのは余程の馬鹿かお調子者であるだろう。

 

 そして、その重い空気の中、ベル・クラネルは目の前の因縁の相手と対峙していた。それも四体とである。

 

 『ゴブリン』。それはダンジョンにおいて最弱と呼ばれるモンスター『神の恩恵』を受けてさえいれば余程の状況かミスを重ねない限り負けることはないであろうが、それは恩恵を受けている事が前提である。

 

 ベル・クラネルは恩恵を受けていない少年である。彼の後方ではいつでも動けるように背中の剣を抜いているパイが居る。即死さえしなければ問題などない。ベルはそう思うことで気持ちを切り替え剣を構える。

 

 その瞬間――ベルは地を蹴りゴブリンへと駆ける。壁のように横一列に並んだ最も距離の近い個体へと狙いを定めるとその足を切りつける。

 

 綺麗に関節を狙った斬撃は紅の色を残しながらもゴブリンの足を切り落とす、足の痛みよりも先に体勢を崩した事に驚いたゴブリンは咄嗟に伸ばした手が左右の仲間を掴む。

 

 掴まれた事で意識が仲間のゴブリンに向けられた瞬間――ベルは双剣を水平の構えて腰の捻りながら回転を加えゴブリンの中心で廻り剣線を幾重にも描いてゆき、油断していた二匹のゴブリンの首を切断する。  

 

「――あと二体!」

 

 いきなり仲間が二体失ったことに戸惑うゴブリンの背後を取るように側面を素早く取ったベルはポケットから小石を取り出して草むらに投げる。ガサッっと揺れる音に意識をそちらに向ける。

 

 そして、四体のなかで唯一五体満足であったゴブリンはその首から生えたベルによって突き込まれた刃を驚愕に彩られた瞳で見ながらも絶命した。

 

「・・・・・・はぁ――!」

 

 最後に足を引きずりながら逃げようとしていた最初に切りつけたゴブリンの首をはねて終わらせる。戦闘が終わりベルが感じた違和感は徐々に達成感と共にある種の恐怖を与えた。

 

(これを・・・・・・僕がやった?)

 

 ゆっくりと周りを見渡すベルの視界に映ったものは首を切断された三体のゴブリンの死骸と首を突かれ絶命しているゴブリン・・・・・・鮮やかな手並みとそれを無意識のうち取った行動・・・・・・そこに嘗てのトラウマに打ち勝ったという喜びはなかった。

 

 否――ひょっとすれば、一対一で恩恵でも貰って戦っていれば浮き上がった心のまま誰かにそれを伝えていたかもしれない。

 

 しかし、ここには戦った自分しかいない。そして、そのゴブリン共の生を終わらせたのも自分だ。奪った感覚だけがベルの中で残る。

 

「ふむ・・・・・・ここのゴブリンは畑の農作物とか盗んでいくらしいから農家さんには感謝される。そう思うかな?」

 

「ああ・・・・・・そうなんですか? そうですか・・・・・・それはよかった」

 

 何処か気のない返事を返すベル。

 

「んで、嘗ての因縁の相手を倒した感想はどうかな?」

 

「そうですね・・・・・・正直わかりません。それに、変な言い方になりますけど、簡単に終わりすぎて」

 

「まぁ、それなら後で考えてみるといいよ。とにかく、害獣の駆除としてなら大成功かな!」

 

 そう言って笑うパイを眺めながらベルはその時は綽然としないものを感じていた。

 

 それからと言うもの外で独自の生態系を作っている元々はダンジョンにいたというモンスター達を狩る訓練は続いた。ベルの動きは変な癖のつく前から鍛えていたので迷いなく、相手の急所へと切り込んでゆく。小賢しくも自分の身を守るために、細かな罠や相手の意識を外す技能など狩猟の本分をしっかりと利用し戦ってゆく。

 

 その様な戦いと修行が二ヶ月も続くとベルの精神にある変化が起こり始めた。ぶっちゃっけ慢心し始めたのだ。

 

 この実践訓練が始まった当初はといえば。

 

「僕にできるかな・・・・・・」

 

 などと弱気な事を言っていた少年であったが。流石に数をこなして慣れてくれば・・・・・・それが無傷の圧勝が続けばどうなるか

 

「モンスター? 別に倒してしまっても構わないんだろう?」

 

 そんな今までのキャラを捨て去ってしまう程の変貌を遂げていた。気のせいか何時もの兎のような白髪も逆だっているような気もする。

 

 背さえ高ければ、赤いコートが似合いそうな感じに変貌してしまったベルに『かけごえ』をするパイは特に弟子の増長を止める気もなさそうだ。その理由は確かに彼女の中にあった。

 

 モンスター? ふふん、余裕ですよ? なんていうぐらいの感覚も必要な時もある。そしてそんなプライドを粉砕する必要がある事もパイはしっかりと考慮していた。

 

 そして・・・・・・その“プライドを破壊する方法とはなにか?”そう、それは・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベルは走っていた。

 

 それも、かなり必死に走っていた。なにも知らない第三者がその姿だけを見ればその走りっぷりを誉めていただろうと言えるだけの走りを見せていた。

 

 しかし、それは仕方なきこと。だって、そんな必死に涙と鼻から液体を出している少年の背後には彼を喰らおうとする為に追跡している巨大な影があるのだから。

 

「ちくしょおおおお!! ひっ卑怯だぞぉぉぉ!?」

 

 『ブラッドサウルス』。現在、少年をモグモグしようと追いかけている巨大な影の正体だ。ベルの「なにが卑怯なのか」わからない叫びと共にブラッドサウルスの足音と、どこからか聞こえる笛の音を確かに耳にしながらもベルは思った。

 

 『こんな事になるとわかっていたらしっかり勉強しておけばよかった!』などと考えながらも数日前の事を思い出す。

 

 

――――――――――――――

 

 

「ベル、いままでよく私のシゴキに耐えてきたかな! っというわけで明日最終試験を行おうと思うかな!」

 

 最終試験。そのパイの言葉にベルは無意識に獰猛な笑みを浮かべる。そんな変わり果てた孫を心配そうに眺めるベルの祖父の視線を感じながらもパイはそちらに軽いウインクを飛ばす。

 

「この紙に戦う相手の事が書いてるから“しっかりと”見ておくんだよ? 出発は明後日かなココから西東の方角にむけて移動するよ」

 

「了解――別にいままでと変わらんのさ、打ち倒すのみ・・・・・・では、先に休ませて貰おう」

 

 いや、お前誰だよ!? という祖父の視線を背中に受けながらベルはキッチンから私室へと戻ってゆくドアの閉まる音を確認してからパイの方を向いたベルの祖父は後悔することになる。

 

 なぜなら、そこにいるのは“物凄い悪巧みが成功したような狂気の笑みを浮かべた鬼畜”がいたからである。

 

 今まであえて、少年を実践慣れさせるために選んでいた『弱い』獲物たち、きっと慢心した今のベルでは渡された資料など見ないだろう、見たとしても実物を前にしてどこまでできるか・・・・・・。 

 

「楽しくなってきかなぁ・・・・・・」

 

 そう言って、嗤うパイの姿のベルの祖父は顔面蒼白になりながら震えるしかなかったのであった。

 

 そして・・・・・・

 

 

――――――――――――――

 

 

 少年――ベル・クラネルの悲鳴とも言える叫びが青空の下に響いている。

 

 ベルの背後には数Mはあろう巨体を疾走させながら咆哮を上げる姿が。そして、そんな光景を少し離れた高台から遠目に眺める少女。パイも微笑みを浮かべながら笛を吹く。かつては自分も通った道でもある。先輩ハンターの『自分を基準にした』最終試験は本当に鬼畜であった。

 

 「「俺(私)の教えを守ったらきっとできる!」」と言いながら。ドスガレオス以外の、ドスが付くモンスター達を閉じ込めた闘技場に放り込まれたのだ。

 

 『ドスランポス』『ドスギアノス』『ドスゲネポス』『ドスイーオス』『ドスジャギィ』そして『ドスファンゴ』よくもあそこまで鬼畜な事をしたものだ。毒にはなるし麻痺はするし尻に突撃されるし。まさか、後にアイルーがよく言う「モンスターに噛まれたお尻が痛い」状態になるとは夢にも思わなかった。

 

 そうそう、あんな感じに闘技場の端から端まで助けを求めたり訳の分からないことを叫んで走っていたなぁ・・・・・・その時の自分の姿を弟子に重ねながらも、弟子に向けて笛を吹いていた。これはパイなりの優しさであった。

 

 ・・・・・・プヒュロロ~・・・・・・

 

 ・・・・・・プヒュロロ~・・・・・・

 

 なんとも気の抜けた音が荒野に響く。それこそ第三者が見れば狂気をその光景に見るであろう。

 

 少なくとも笛を吹く前に少年を助けなくともいいのか? と常識的思考を持つ人物であれば大なり小なり、現在進行形で命の危険に晒されている少年――ベル・クラネルを心配するであろう。

 

 だが、ここにいるのはそんな常識人ではない。『ハンター』である。ブラッドサウルスに追いかけられている少年と遠くから奏でられる笛の音を奏でる間の抜けた旋律のみは風に乗って、そして散った。

 

 その時、ベルが躓き勢い良く滑りながら転けた。

 

 ようやく動きを止めた獲物に速度を落としながら近づいてくるブラッドサウルスから逃げようとするが、逃げ切れるなら等の昔に逃げれていると冷静に考え、撃退する方向に思考を変える。

 

「やってやる!やってやるぞ!!」

 

 自らを鼓舞するように声を張り上げ、ベルは腰から剣を抜き払い構え眼前の怪物を睨み付ける。

 

「よし、こ・・・・・・い?」

 

 凛々しい表情から一転して間抜けな表情を浮かべるベル・・・・・・彼の視界には、今まで死角であった壁の先からひょっこりと顔を覗きこむ、もう一体のブラッドサウルスの姿があった。

 

(面白そうだから途中参加してもいい?)

 

 ベルの中で新たに現れたブラッドサウルスがそんな事を聞いてきたような気がした・・・・・・無論幻聴なのだがそんな気がしたのだ。

 

「二体同時とは卑怯なり!!」

 

 ベルは即座に踵を返して逃げ出した。全然楽しくない鬼ごっこが再開されたが先程とは違う一面もあった。

 

 それは、パイが隣に併走してくれている光景であった。

 

「ベルー」

 

 その師匠の姿にベルは感激した。こんな状況に置いていった張本人でがあるが、そこまで鬼畜ではないらしい・・・・・・しかし、現実は甘くなかった。

 

「ちゃんと笛の音は届いてたかな~」

 

「今この状況で聞く内容ではないでしょうがぁぁぁ!!」

 

 パイの場違いな確認に対し、ベルの怒声が響く。なんでこの人は! と強く思うが思えば過去にもそういう所があったとベルは遠い目をする。

 

「所で、さっきから逃げてるけど三日前に資料渡したでしょ? あれ、みなかったのかな?」

 

「ごめんなさい! 謝ります! 調子に乗ってました! 全て僕が悪いんです! 資料も机に置きっぱなしです!」

 

「まぁ、見たところでサイズ的にこうなってたと思うかな」

 

「ちくしょおおおお!? そうだと思ってたけど、やっぱりかぁぁぁ!!」

 

「まぁまぁ。私の見立てだと一対一なら十分にベルでも勝機はある相手を見繕ってきてるから・・・・・・多分、大丈夫かな?」

 

 何処か自信なさげに言葉を締めくくる師匠に「マジかよコイツ」的な視線を送るベルは、後ろをちらりと見るが今までとは全然違う相手に竦む心をどうにか平常に戻そうと試みる。

 

「もー。仕方ないかなーベル太君はぁ」

 

 流石にブラッドサウルス二体は厳しいと、パイは新しい方の個体へと反転して突撃する。相手の直前で跳躍しさらに相手の顎を踏み台にしてブラッドサウルスの頭上へと舞い上がる。そして、頭骨を抜いた『オーダーレイピア』で難なく貫き絶命させる。

 

 急所を突かれ倒れこむブラッドサウルス。固まる、初めからベルを追いかけていたブラッドサウルスとベルは顔を見合わせる。

 

 そして、最初の一匹はベルに倒させる予定だったのでパイは何事もなくそそくさと微妙な距離感を保ちつつ笛を吹く作業を続ける。そんな不思議な行動をとるハンターを異物を見るような目で見るベルとブラッドサウルス。

 

 そこで、これ以上の支援はないと気づいたベル。そして絶望した無駄だと思いながらも表情と視線で助けを求める、もちろん無視され、気の抜けそうな音を立てながら笛を吹き続ける。

 

 そんな、パイの態度に諦めたように無表情になったベルは、無表情で嗤うと言う器用な事をしながらもお互いに気を取り直したブラッドサウルスに突撃した。

 

「ちくしょー! 死んだら、呪ってやるぅぅぅ!!?」

 

 そう呪詛を巻きながら剣を振りかぶるのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

「ははっ、生きてる。僕、生きてる? おうちどこ? おうちかえうー」

 

「おーい、ベルー? ああダメだ。これはやり過ぎたかな?」

 

 真っ白だった髪を含めた体の至るところに血、泥、土、草の汚れがこびりつき、焦点のあっていない瞳は虚ろに虚空を見つめている。

 

 時折、意味をなさない言葉を紡ぐが、パイがベルの顔の前で手のひらを振って見せても瞳孔の動きすら反応しない。

 

 やりすぎた・・・・・・しかし後悔はしていない。

 

 そもそも、パイ自身が受けた最終試験は本当に鬼畜だったのだ。規定のアイテムの詰め込まれたポーチを装着され貸し出された装備・・・・・・のサイズが合わないので急遽作った。その時の加工屋の「嬢ちゃんはチビだから素材が少なくて助かるぜ」という本人からすれば悪意のない褒め言葉が当時のパイの胸にささった。

 

 とにかく、先ほどのとおりドスと名のつくモンスター達の巣窟にたたき出されたのだ。それはもう悲惨な有様だった。しかも、例え力尽きてもアイルー達に救助され、その足で再挑戦・・・・・・結局、試験はクリアできたものの七回ほど力尽きてアイルー達にお世話になった。

 

 とはいえ、なんだかんだで三十分ほどブラッドサウルスと死闘を演じていたのだ、突撃などの大振りな一撃を貰う事なく勝利を収めたが一歩間違えばその身を牙やあの巨体で潰されていたかもしれない。それにベル自身は無我夢中だったが出来る範囲で『ブシドー』の奥義。ジャスト回避を使っていたので十分な成果を上げたといえよう。

 

「よーし、最低でも二体を同時に相手できるくらいには育てるかな」

 

 ベルの体が一瞬跳ねたような気がしたが見なかった事にして馬車を走らせ帰路につくのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 そして最後の調整を終え、パイがこの村に来てから約九ヶ月が過ぎた頃。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは愛弟子を見送っていた。

 

 愛弟子とは勿論、ベルの事である。

 

 ベル・クラネル。とても純粋な少年ではあるし、泣き虫ではあるけど芯の強さは感心するほどだ。

 

 まさか、“あそこまで鍛えてしまうとは”嬉しい誤算についつい笑顔になってしまう。

 

 季節も冬になっている、旅立ちの季節としてはいい時期ではないが。弟子の心意気を邪魔するほど無粋ではない。

 

「お爺ちゃん、パイさん。お世話になりました。お爺ちゃん、オラリオについたら手紙送るね。パイさんもまた後で逢いましょう・・・・・・。じゃあ、いってきます!」

 

 この九ヶ月で成長した少年は自分の実力を試す為に、“本来の目的を果たすために”オラリオへと旅立った。

 

 その姿を見送るパイとベルの祖父は、ベルの姿が見えなくなるまで手を振って見送った。

 

「さて、おじいさんや、ベルも行っちゃったし、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかな?」

 

「なんじゃ? わしの交友関係は女子にはちときついぞ?」

 

「はは、馬鹿なこと言うかな? なんで、おじいさんから“ヘファイストス”さんや、ロリニート巨・・・・・・じゃない“ヘスティア”と同じような感じがするのかな? もしかして知人とか?」

 

 その二柱の名が出た瞬間、爺の表情が凍りつく。どっと冷や汗が吹き出し、露骨に視線をそらす。「な、なんのことかのう?」震え声ながらもシラを切ろうとするが、この爺さん。さすがに嘘が下手すぎる。

 

「あー。じゃあもう少し他のところブラブラしてからオラリオに帰ったら、ロリニートとヘファさんに聞いてみようかな、“貴女達の関係者で女好きのおじいちゃんでハーレム願望があって、オラリオの外に居てる可能性がある”神物に心当たりがあるかどうか。」

 

「本当に勘弁してください! わしの色々な計画がばれちゃうぅ!」

 

 パイの脅・・・・・・オハナシに瞬時に土下座し謝る爺。それに対して、うんうんと頷く。「この娘は鬼じゃあ・・・・・・」という老人から彼、自身の状況と名前を聞き出すのであった。

 

 そして、その二ヶ月後。パイもまた懐かしの【オラリオ】の地に戻る事になるのだが、それは少だけ先のお話である。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルは世間の冷たい風に震えていた。

 

「お前みたいなひょっこい奴はお断りだ! さっさと田舎に帰るんだな!」

 

 その言葉と共に最後に訪れようと思っていた【ファミリア】の門が大きな音を立てて閉じられた。オラリオにたどり着いてから早二ヶ月。

 

 オラリオに来て理解した。この見た目がどれだけ損であることを。

 

 【ファミリア】入団を断られ続けて三十件。路銀の方は今は大丈夫ではあるが流石にこれ以上は宿となると厳しい。

 

 落ち着く為に一旦地面に座り込むが一月の寒気で冷やされた地面は僕の臀部と背から体温を奪ってゆく。

 

 思わず、小さくため息が漏れる。白くなった息が四散し、それが余計に侘しさを生んだ。

 

 それでも、その瞳には影はない。

 

 よし。と気合を込めて立ち上がり歩みだす。最悪は門番をぶっ飛ばして実力を示すのもアリだろうなどと、物騒な思考を自然にしながらしばらく歩きだす。

 

 住宅が少なくなり。ふと視線を上げると、そこには古びた教会が建っていた。

 

 天井は崩れ。廃墟じみているが。何かが、ベルの中で引っかかる。

 

「ごめんくださいーどなたかおられますか?」

 教会の扉を半分開いて声をかけるが。当たり前の話だが、こんな廃墟一歩手前の場所に住んでいる人がいるとは思えない。

 

 返事はないので風を避けるために、ベルは礼儀正しく“お邪魔します”と断りをいれて入る。

 

 教会の椅子を眺め、自分がココしばらくまともに寝ていない事を思い出す。そして、眠気を自覚すると堪らない睡魔がベルを襲う。

 

「ごめんなさい・・・・・・すこし、休ませてください」

 

 風の当たらなくて日差しの差し込む場所で、横になるベル。直に意識は暗転し眠りにつく。起きてからの事を夢見ながら。

 

 ・・・・・・み・・・・・・  ・・・・・・き・・・・・・み・・・・・・ ・・・・・・君・・・・・・大丈夫かい・・・・・・

 

「ちょっと、君。大丈夫かい!?」

 

 目の前に美少女が居た。青みのかかった美しい黒髪をツインテールにしている。

 

 この寒空のしたコートの下は下薄いワンピースタイプの服装で実に寒そうである。

 

 ベルが目を開けると、そこは天国でなく暗くはなってきているが昼に寝た教会であった。

 

 こんな時間のこんな廃墟みたいな所でなぜ?

 

 そう思うがそこで寝ている自分も、人のことを言えないな・・・・・・と自嘲するが直ぐに少女に向き直り一礼する。

 

「・・・・・・すいません、ちょっと眠たくなって、ここで休ませてもらってたんですか。ひょっとしてこちらの方ですか?」

 

「やっと、起きてくれた。君、なんでこんな所で寝てたんだい? ボクが言うのもなんだけど。ここ廃墟だぜ?」

 

 ええ、よく存じてます。でも大丈夫ですよ。そういう訳にも行かず。力なく笑うベル。

 

 その様子に感じるものがあったのか、少女はベルの隣に座る。

 

「で、こんな所で寝ているぐらいだから、何か事情があるんじゃないかい?」 

 

 少女の言葉に、ベル自身も思うところもあった。語れば何かが変わるわけでもない。いつもならそう思ったかもしれない。

 

 だけど、その時は不思議とそう言った考えがうかばなかった。「情けない話なんですけどね?」と前置きをして語りだす。

 

 この【オラリオ】に《冒険者》になるために来た物の見た目の事もあって、入団の試験すら受けれずに門前払いされた事を。

 

「きー、なんなんだい、それは! トビ子君の言葉も酷かったけど君の環境もひどいじゃないか!」

 

 そういって、ウネウネ動くツインテールで怒りを表す少女に。ついつい微笑んでしまう。

 

「そもそも、君だってそこでやられてばっかじゃダメじゃないか! えー。えーっと」

 

 そこで、名乗りを忘れていた事に気づいたベルは立ち上がり少女に名乗る。

 

「そういえば、名乗っていませんでしたね僕は、ベル・クラネルです・・・・・・えっと」

 

「あっ。ボクもだ・・・・・・へへへ、ボクはヘスティア。こう見えても神の一人だよ。しかし、案外僕たち似たもの同士かもね!」

 

「え、ヘスティア様って神様だったのですか!? そうとは知らずに、失礼しました!」

 

 畏まるベルに、いいよーっと笑うヘスティア。

 

「ちょっと前に。知り合いの所を追い出されちゃった。ダメダメ女神だしね。トビ子君・・・・・・ああ、知り合いなんだけどね。あの子の言うとおり。なかなか上手くいかないものだね」

 

 星の光が指す教会で佇む女神の姿に、その微笑みにベルは心に溢れた思いを告げる。きっとこの出会いは運命だと思うから。だから――

 

(僕は【英雄】になれるか分からずとも、目の前の人を笑顔にしたい。最初はそれでいい・・・・・・だって僕の目指す英雄像とは・・・・・・)

 

 

「ヘスティア様・・・・・・いえ神様! 僕を眷属にしてくれませんか?」

 

「へ!? ベル君・・・・・・いいのかい? その貧乏だよ? 君以外団員もいないし、きっと苦労するよ?」

 

「大丈夫です。きっと、僕は神様の眷属になる為にここに来た。今はそう思えるんです」

 

 どこかの出会いとは違う、出会いをする二人から始まる【眷属の物語】は廃墟の教会から始まる。

 

 それは【誰よりも優しい存在】になりたい少年の【眷属の物語】

 

 しかし、この少年はとある事情により、自分が異常だと気づいていないぐらい純朴だったのだった。

 

「なんじゃ、こりゃーー!?」

 

 後日。彼女の拘りによって。初めての契約を行う場所として使わせてもらっている。本屋の二階で神様の悲鳴が轟く。

 

 本当の意味で、初めての眷属を迎え入れたその日から、ヘスティアは悩むことになるのだった。

 

 その原因は――

 

 

ベル・クラネル

 

Lv1

 

 

力  :I 0

 

耐久 :I 0

 

器用 :I 0

 

敏捷 :I 0

 

魔力 :I 0

 

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

 どこぞの『ハンター』が調子にのった結果なのであった。




物欲センサー怖いです。友人もXXを買いなおして二人でやってます。下位ガルルが装備を作りたいと友人が言いました。そして、12体のガルルガを狩りました。
きっと友人は、前世でガルルガの甲殻を虐めていたのでしょう。全然出ません、
他の素材だけがアイテムボックスに貯まる中でつい聞いてしまいました。
「おまえ・・・・・・前世でイャンガルルガの甲殻虐めてただろ?」っと
すると、友は言いました。「いや、なにいってんの?」と・・・・・・ですよねー
当分の間、紫を見たくなくなりました。



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『落ち着いた頃に目立たずに戻る。そのつもりだったかな?』

ようやく、主人公がオラリオに戻ってきました。
そして続々とおかしくなっていく神々・・・・・・オラリオはどうなっていくんでしょうかねぇ?


パイ・ルフィルは異様に上機嫌であった。

 

 燦々と輝く太陽の下【オラリオ】の街の日常は動き出す。『冒険者』相手の商売もあるのでオラリオの朝は早いとは言えど、仕込みから始まる夜明けからは数刻は経過しており、昼時には少しばかり早い、所謂かきいれ時前の休憩時だとする時間帯だ。外を歩く人も疎らではある。そんな中で叫ぶ物の影があった。

 

「オラリオよ! 私は帰ってきたー!」

 

 人々の視線が大声の主に向く。そこに居たのは子供だろうか? 身長は低く小人族《パルゥム》のようにも見える。しかし《冒険者》っぽくない容姿と村娘の格好がよく似合うので、子供がはしゃいでいるのだろうと結論付け興味を失い人々は元の生活へと戻っていく。

 

 子供の正体――それは、言わずと知れた。かつてこの【オラリオ】で『妖怪フン投げ』の名を(実に不名誉だが)欲しいがままにしていたパイ・ルフィルである。

 

 ベルと別れてから、一ケ月の差を開けて戻ってきた久々の【オラリオ】である。

 

 約一年ぶりのオラリオは変わらずで、かつてのやりすぎて、雲隠れせざるを得なかった一週間の惨劇などなかったかのようだ。

 

 久々の帰還に心躍る彼女だが。その背後に巨大な影が生まれた事に気づいていなかった。そして――

 

「そしてぇ・・・・・・突然の拉致!? だれかな!? この筋肉な猪人《ボアズ》さんは、少なくとも貴方みたいな人は友人にいないかな? 現在進行形で俵のように背負われて・・・・・・バベルに入ったー。そしてエレベーターに乗ったー・・・・・・そろそろ降ろしてくれないかな?」

 

「悪いが。主からの命令でな。運が悪かったと思って諦めてくれ。俺だって子供を誘拐したなどと思われたくはない。」

 

「誰が、幼女体型のチビッ子だって? 私の身体を離した瞬間――かつて、オラリオを恐怖に陥れた【モノ】が火を噴くことになるかな?」

 

「・・・・・・その“モノ”が何かは判らんが、俺が悪かった。許してくれ」

 

 ――まさかのオラリオに入ってから数分で拉致されてしまった、パイ。目にも止まらぬ実に鮮やかな犯行だ。

 

 首根っこを掴まれたと思った瞬間には地上から飛び上がり、建物の屋根の上を音もなく走り抜け、一直線に《バベル》のエレベーターまで連れ込まれた。

 

 ちなみに先程のセリフはその間、拉致されてエレベーターに乗るまでの間なのだ。

 

 例えパイの声が一般人に聞こえていたとしても断片的なものしか聞こえなかったであろう。

 

 パニックは一瞬だけで、速度に比べて安全を考慮されていると気づいてからは若干の投げやり気味な気持ちに浸される。

 

 彼女には耐性があったのだ。毎回騒ぎに巻き込む“温泉大好きな女先輩ハンター”の奇行に巻き込まれた結果としてだが・・・・・・。

 

 そもそも、あの先輩ハンターは・・・・・・(以下略)

 

 ――閑話休題――

 

 あれから。エレベーターはかなりの高さまで上り、目的地へとたどり着く。

 

 パイはまるで物みたいな扱いで俵のように抱えられたままのそこにある部屋にあるベッドに下ろされる。そこで、拘束は解かれたものの、別の意味でピンチであるとやっとここで気づく。

 

 パイ自身は己の体格・・・・・・所謂“幼児体型”に近いと自負している。しかも、童顔ではある。どちらかといえば中性的な顔立ちは見るものでも、少女のようにも、少年のようにも見える。故に、自分がそのような対象になるとは考えていなかった。

 

 しかし、どうだろうか。【目につかずに拉致されて】【誰もいないであろう部屋のベッドに下ろされる】もう。身の危険しか感じない状況に非常にやばい。っと背筋が凍るのを自覚した。

 

「ただいま戻りました。フレイヤ様」

 

「お疲れ様。ありがとう。オッタル」

 

 第三者の声に向かって振り返る。その視線の先、パイの目の前に近づいていた人物の・・・・・・声の主の姿を見た瞬間パイは叫んだ。

 

「まっ、まさかの痴女がいた! まさかの展開かな! 筋肉さんと痴女に襲われちゃうのかな!?」

 

「初めまして・・・・・・って誰が痴女よ! オッタルにはなにもさせないわ。襲うのは私だけよ」

 

「そんな、変に露出が多い服きて痴女じゃないとかおかしいかな!? っと言うか、やっぱり痴女じゃん! しかも、なにそのおっぱい! 私へのあてつけかな!」

 

「痴女・・・・・・プッ」

 

「オッタル!? そこ笑うところかしら!? まぁ、いいわ・・・・・・ねぇ、貴女、私の所有物《モノ》になりなさい」

 

 そこに居たのは。銀髪の美しい娘であった。

 

 おそらく男性であるならば十中八九が見惚れるであろう完璧な容姿に、魅惑を含めた唇から漏れる吐息がパイの耳元に掛かる。

 

 大概の人ならばこうやって落としてきたのだろう。アスフィから聞いていた。“美の女神”からの《魅了》がパイに襲い掛かるが。

 

「だが、断る!」

 

「なん・・・・・・だと・・・・・・」

 

 あっけなく断られた事に。女神。フレイヤの表情が驚きに染まり近くでいたオッタルも驚いており、逆に断った本人であるパイも二人の対応に状況も忘れて困惑する。

 

 入口を守るように立つ。猪人と。ベッドで押し倒されかけてるパイと、押し倒そうとしている痴女神。

 

 状況は実に混沌を極めていたが。フレイヤがパイから離れることでお互いに余裕が生まれる。

 

「ところで、なんで私を拉致したのかな?」

 

 落ち着いた所で、パイが二人に質問する。

 

 もしかしたらまだ誰かが隠れている可能性もあるけど、よく見ても部屋にいるのは自分を含めて三人。

 

 しかも一人に関してはきっと手も足も出ない達人だ。

 

 下手に暴れるよりか、会話に持っていったほうが安全だろうと考えたパイ。そんなパイのその質問にハッ――っと我に返った、フレイヤが少しバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「ごめんなさいね。まさか“断られる”なんて考えてもなかったわ。《魅了》まで使ったのに・・・・・・ちょっと自信なくなっちゃったわ・・・・・・貴女を拉致してまでここに呼んだのは、貴女が欲しかったからよ?」

 

「ホシカッタ・・・・・・? 私、オンナノコだよ?」

 

「・・・・・・?? 勿論、知ってるわよ?」

 

「やっぱり、痴女じゃん! 襲いかかるならそこに、オッタルさんいるじゃん! 筋肉で大柄でオッタルさんのオッタルさんだったら。きっと痴女イヤさんも満足できるんじゃないかな!?」

「痴女イ・・・・・・ちょっと! 人を変なあだ名で呼ばないでよ!」

 

「・・・・・・ち・・・・・・じょ・・・・・・い! ブフゥ!? ゴホッ! ゴホッ!」

 

「「オッタル(さん)が、まさかの笑いで咳き込んだ!?」」

 

 オッタルが吹き出し、フレイヤが涙目になる。

 

 この事件後。オラリオの二大勢力の一つ【フレイヤ・ファミリア】の内情が少しづつアットホームな雰囲気になるのだが、それはもう少し後の話である。

 

「へぇ、フレイヤさんってこのオラリオで最強のファミリアの一つ。【フレイヤ・ファミリア】の主神様だったんだね。知らなかったといえ痴女イヤさんって言ってごめん」

 

 【フレイヤ・ファミリア】の主神とその団長である猪人のオッタルから、事情を説明されたパイ。要約すればパイがこのオラリオに迷い込んだ。一年と少し前の時から目をつけていたという。

 

 そういえばと記憶をたどれば。オラリオから逃げ出すときにであったローブ姿の女性。彼女がフレイヤだったのだろう。文字通り、また逢ったが。こんな、再開だとは思ってもいなかった。

 

「もういいわ、私も焦っちゃって、手荒な真似しちゃったし。それで、他の【ファミリア】に入る前に、勧誘しちゃおうって思ってね」

 

「そのあとは、俺が行動に移した、と言う訳だ」

 

 実に迷惑な話である。

 

 疲れたようにため息を吐くパイに自然に近づいてくるフレイヤ。

 

 嫌な予感がビンビンしたので取り敢えずフレイヤから遠ざかるパイ。

 

 更に距離を詰めるフレイヤ。

 

 そんな主神の行動とその結果を知っているのかパイに向けて若干同情するような視線を向けるオッタル、哀れに思うなら行動で示してとパイはオッタルに向けて視線を送っても逸らされた。

 

 そして、ついに壁際にパイの背中が当たりこれ以上の後退ができないことを悟ると、目の前の頬を上気させながら近づく女神に話しかける。

 

「フレイヤさん? なっ・・・・・・なんで、近づいてくるのかな?」

 

「それはね。パイちゃんの顔をしっかり見る為よ?」

 

「どっ・・・・・・どうして、そんなに興奮してるのかな?」

 

「それはね。《魅了》までしたのに。普通にしてる娘に更に、興味が湧いたからよ?」

 

「どどどどっど、どうして私の上着のボタンをはずそうとしているのかな!?」

 

「それはね・・・・・・?」

 

「・・・・・・それは?」

 

「パイちゃんと今から。ニャンニャン(死語)する為よ!!」

 

「やっ、やめろ、こっち来ないでくれないかな! たぁぁすけてぇぇ!! オッタルさぁぁぁぁぁぁん!」

 

 暴走した主神と泣きながら助けを求めるパイの姿に、オッタルは諦めたように深い溜息をついた。そして、主神を止めるために行動するのであった。

 

「女の子同士でも。気持ちよければいいと思うのよ!」

 

「変態痴女イヤさんは、ちょっとは懲りて、黙るといいかな?」

 

「フレイヤ様。流石にあれは私でも弁護するのは難しいです」

 

「時には眷属からの辛辣な言葉というのも・・・・・・アリね」

 

 流石にというよりも、フレイヤさんの余りにも節操のない行動に、パイは常にオッタルの背後に隠れるスタンスを崩さない・・・・・・一応オッタルはフレイヤの味方のはずなのだが。

 

 そんなパイの態度と、なぜか壁にされるほどの信頼を受けている、オッタルに対して嫉妬と不満げに見つめるフレイヤは若干頬を膨らませてからの羨ましさと嫉妬の混じった視線対して、真顔のオッタル。

 

 そんなオッタルの背から顔だけ出して。胡散臭いものを見るような視線をフレイヤさんに向ける。パイだがその視線に気づいて、ドヤ顔を決めているフレイヤさんにイラっとしたので彼女は小さく舌打ちした。

 

「フレイヤさん。オラリオを離れてから色んな所を旅したんですけどね? そこで緑のアホな神様に出会ったんですよ」

 

「どうしたの急に・・・・・・あー、もしかして胡散臭い男神? ヘルメスとか名乗っていなかったかしら?」

 

 唐突に話題を変える私に、乗ってくるフレイヤの返答にパイは『うなずく』。緑とは神ヘルメスの事であるが、その情報だけで特定される彼に少しだけ同情しながらも続ける。

 

「そこで、オラリオとかの情報とかを聞いて来たんですけどね。ねぇ? さっき“女の子同士でも”って言ったよね?」

 

「・・・・・・ええ、言ったわ」

 

 話の主旨がよく分からず、そのまま聞き返すフレイヤ。パイは“それって、つまり。同性でもって意味で受け取ってもいいのかな? フレイヤさん”と確認するように尋ねる。

 

「えっ・・・・・・? ええ。そういう意味よ? とっ、所でその妙に余所余所しい敬語を止めて貰ってもいいかしら?」

 

「そう・・・・・・確か、オラリオに【アポロン・ファミリア】ってありましたよね?」

 

「あっ・・・・・・止めないのね・・・・・・アポロン? 確かにアポロンの【ファミリア】はあるわよ? でもそれが一体・・・・・・ハッ!?」

 

 そこまで、言って何かに気づいたのか。顔を青くさせるフレイヤ。

 

 主神の変化に戸惑うオッタル。そのオッタルの背から顔だけを出してパイはさらに続けて言う光を失った瞳で。

 

「まっ、待って。もしかしてよ? もしかして、パイちゃんの言いたいことって・・・・・・」

 

「そうだね。この場合は・・・・・・オッタルさんにしようか。神的には【アポ×オタ《アポロン責め×オッタル受け》】。これ以上は・・・・・・ね? 言わなくてもわかるんじゃないかな?」

 

「もう、許してぇ・・・・・・私が間違ってました・・・・・・ごめんなさい、オッタル・・・・・・」

 

「フレイヤ様!? なぜ謝られるのですか?」

 

 無表情にフレイヤを見るパイ。突然口元を抑えて泣き出すフレイヤ。そして、それをみてオロオロとするオッタル。

 

 まさか、目の前の少女と主神にの脳内で、現在進行形で自分がそりゃあもう、“凄い事”にされているとは、夢にも思わないオッタルであった。

 

 何故かこのまま放置していてはまずい気がする。っと野生の勘がこれ以上の詮索は危険であると直感で理解したオッタルが、無理やり話題を変えようとするが若干口下手な彼には困難を極め、全員が常時の状態に戻るまで数刻の時間を有するのであった。

 

 バベルでフレイヤとオッタルと友好を深め、パイが《バベル》から出てくると周りは夜の闇をまとい始める時間であった。遠くに夕焼けの茜の色は有るものの、じきに周りが闇に包まれるのが分かる。

 

 大分時間を食ってしまったと反省していると、大袋をもった男性が果実を落とす現場を見てしまう。丁度足元に転がってきたので拾ってからその男性に手渡す。男性は礼を言うとそれだけに留まらず懐から『ポーション』を取り出す。

 

「すまんな。手元が狂ってしまって・・・・・・そうだ、手を煩わせたお礼だ、これを渡しておこう」

 

 そう言って、『ポーション』を渡してくれる。実に太っ腹な人物だ。よくよく見れば、顔立ちも整っており何処か存在も不思議な感じがする。恐らくだが、この男性は神だろう。

 

「ありがとかな。おっと、私はパイって言うかな。所であなたは誰かな? 神様なのはわかるけど」

 

「ん? ああ、私か。私はミアハと言う。この先にある青の薬舗でポーションなどを販売している。【ミアハ・ファミリア】の主神でもあるが・・・・・・まぁ、零細ファミリアというものだ」

 

「え? それじゃあこのポーションも売り物じゃないのかな? それは受け取れないかな」

 

「ううむ・・・・・・しかしだな・・・・・・では、パイよ。うちでよかったら夕餉でもどうだ? 眷属も一人だがいる、同じ女性だから安心してくれ」

 

「そういうことなら、甘えさせてもらおうかな。よろしくねミアハさん」

 

 時間も遅いし、宿は後で取るとして。折角のご好意だ、ここで断るのも悪い気がしたのでパイは素直に好意に甘えることにした。

 

 しかし、そんな雰囲気など今は感じることができない。

 

 ホイホイと呼ばれてついて行った『青の薬舗』。確かにそこにはミアハの言う通り、一人の『眷属』が居た。彼女はナァーザ・エリスイスと名乗った犬人族の女性だ。

 

 ミアハの姿を見た時までは眠たげな表情だったのだが・・・・・・。

 

「ミアハ様・・・・・・この人は・・・・・・?」

 

「ああ、そこで食材を落としてしまった時に世話になった。パイという者だ。パイよ、こちらはナァーザ。此処の団長だ」

 

「よろしくね、ナァーザさん。パイ・ルフィルって言うかな」

 

「そう・・・・・・、私はナァーザ。よろしく」

 

 そこからは、夕飯を作ってくるというミアハと別れたのはいいが。とてつもなく居づらい。

 

 仕方なく。『青の薬舗』の店内を見渡してみるが・・・・・・ふむ。小さいながらも薬屋としての体裁は・・・・・・正直微妙な雰囲気だった。

 

 なにより、目の前にいる犬人族の怒気の篭った瞳・・・・・・なんだこれ? パイは思う。「私が何をしたというのだ?」っと。

 

 そして、始まる夕餉だが、目の前のナァーザからの視線は変わらず・・・・・・ちょっとだけ考え方を変えてみる

 

(ん~。今日初めて逢うはずだし、私個人として何かあるって感じじゃないかな? ミアハさんに問題があるならミアハさんの方に怒りが向くと思うし・・・・・・私が来た事・・・・・・いや、女性が来た事が原因かな?)

 

 そう思えば、何となくではあるが理解できる。とは言えどあくまで知識としてではあるが正直、パイ自身には覚えはないが。

 

(これは、あれかな。好きな異性の傍に自分以外の同性が居たら不機嫌になるやつかな?)

 

 恋っていいねぇ。そんな事を思うパイだが同時に、それが、勘違いから来る嫉妬ではなく。なおかつその嫉妬の対象が自分ではないならなお良かったのだが。

 

(なんで、私は今睨まれているのかな? 不思議だなぁ。本当に不思議だなぁ・・・・・・いや、分かってるかな。ミアハさん。ニコニコしてないで欲しいかな。きっと貴方が思っているような状況じゃないともうかな?)

 

「ミアハ様・・・・・・今度はどこから連れてきたんです?」

 

「ナァーザよ、人聞きの悪いことを言うな。私は人さらいの類いではないのだぞ?」

 

「どういうことかな? もしかしてアレかな・・・・・・ミアハさんって、天然さんなのかな?」

 

「はぁ・・・・・・ごめんなさい。パイ、ちょっとイライラしてて・・・・・・ううんゴメン、なんでもない」

 

 ようやく、視線から敵意はなくなったが、次いで出たのはこびり付いたような疲れを感じさせる表情であった、薬舗というには。余りにも店先にも品物が無いという状況は先程見て知っていた。

 

 なにより、ヘルメスからの情報では【オラリオ】で薬といえば【ディアンケヒト・ファミリア】が有名だと聞いているつまり、店舗に出す品すらも、満足に創れない現状が浮かび上がり。それは、経営上の危機を示していた。

 

「ナァーザさん・・・・・・踏み込んだ話題になっちゃうけど、もしかして、経営とか結構まずいのかな?」

 

「ナァーザ・・・・・・うむ、恥ずかしい所を見られてしまったな。先程もいったがウチは零細の【ファミリア】でな」

 

「ついでにいえば、毎回誰かさんがポーションを無償で配ってるのも大きい」

 

「ぐふぁ・・・・・・そ。それは」

 

「ああ、ホラ。やっぱりさっきも受け取らずに正解だったかな」

 

 パイの発言に鋭い視線をミアハさんに向けるナァーザ。きっと常習犯だったのだろう。本当に受け取らなくてよかったとパイは安堵の息を吐く。

 

 こっちに来てから。前の【大陸】でのノウハウで簡単な『ポーション』なら作れるようになったパイだが。実際は結構難しいものらしい。

 

 実際、此方に来て思ったのは、素材の違いだ。できるだけ向こうから持ってきた物を使わないようには心がけている。

 

 こちらで代用可能な物はできるだけ作れるようにはしているが、やはり向こうの物と比べると使い勝手は良くないし何より性能が弱い。

 

「やっぱり『ポーション』とかの『調合』って難しいのかな。私の『調合』じゃ、そこまでいいの創れないし・・・・・・」

 

 ボヤくように放った言葉。その瞬間妙に静かになった・・・・・・。というか空気が凍った。

 

 ナァーザが信じられない物を見るような目でこちらを見ているが、ミアハの方に視線を向ける

 

 ミアハが驚いた表情でパイを見ていたが、すぐにナァーザさんの方を向く。

 

 見つめ合う二人。そして、その二つの視線がパイの方に向き直り、その次の瞬間に――パイは目の前の二人に両肩を掴まれるのであった。

 

「「確保ぉぉぉぉぉ!!」」

 

「なんでなのかなぁ!?」

 

 きっと、また何かしらの選択を間違ったのだろう。パイはそれだけはよくわかったのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ナァーザ・エリスイスは疲れ果てていた。

 

 切り詰めるだけ切り詰めた生活費で、出来る限り品質を落とさずにポーションを創る。これがいかに難しいか、困難な事か。

 

 ミアハも協力してくれて、やっと何とか生産出来ていると言うだけの事、それでも微々たる物だ。

 

 最悪、薬師として最もしてはならぬ事、偽造も視野にちらりと映る。

 

 濁った思考が、堕ちようとする心に甘い誘惑を誘い掛けてくる。

 

 ああ、自らがこの位置について初めてナァーザは理解した。

 

 誰もが堕ちたくて堕ちる訳ではない。

 

 それは、堕ちるだけの。それだけの軌跡が、確かにあったのだ、ナァーザの時だってそうだ。

 

 きっかけは《冒険者》であれば、ありがちな物でしかない《モンスターに敗北をした》。

 

 全身を焼かれ。四肢を食い荒らされた。嵌まれる度に気が狂う程の恐怖がいまだに夢に見るほどだ。

 

 あの群がり《冒険者》から餌になる瞬間。きっとナァーザは人としての尊厳を失ったのだ。

 

 だから、未だにモンスターを見ると震えが止まらなくなる。

 

 勿論、失った物はそれだけではなかった、どうにか一命こそ取り留めたが『右腕』は戻らなかった。

 

 徐々に狂い始めてゆく歯車。その音を、失意の中でナァーザは確かに聞いていた。

 

 多額の借金。

 

 見切りをつけて、みるみる離れていく団員達を繋ぎ止める資格などその原因を作った自分には無い。

 

 制作費の無い場所に魅力などないだろう。その原因は今もナァーザの右肩から繋がっている。

 

 だから、彼女には見送るしかなかった。

 

 そのときの去っていった団員の顔はもう、思い出せない。

 

 あの時、咎を感じることしかできなかった自分ははどんな顔を彼等を見送ったのだろうか?

 

 残ったのは“薬を創るしかできない戦うことのできない冒険者”と神様。そしてその神からの大切な贈り物だけ。

 

 きっとナァーザ・エリスイスは、悲劇のヒロインなんて柄じゃあない。掴めるものは何だって掴む。

 

 それが、例え、綺麗なままで居られなくとも。それが後ろ指を刺されるような浅ましくとも。

 

 だから。どんなに生き醜い姿を見せようとも目の前の希望を逃せはしない。

 

「お願い、パイ、私達の【ファミリア】に入って!」

 

 どんなに醜くても、藻掻いて見せる。その意思だけは確かにあるのだから。

 

 静かになってしまった、青の薬舗でナァーザとミアハの握る服の擦れる、微かな音だけが耳に残る。

 

「・・・・・・えっと?」

 

 困ったような笑顔を浮かべるパイ。ここは、押し時だと思ったナァーザはは畳み掛けるように言葉を紡いでいく。

 

「週休二日。昇給有り。賞与も働きによって考える。アットホームな職場だよ!」

 

「ひえぇぇ!? こっ、困ります! 困りますかな! 店員さん! おさわりは厳禁かな!? 店員さんがこんなに強引なのはいかがなものかな!?」

 

「パイ! 貴女が店員になるんだよ!」

 

「な・・・・・・ナァーザよ? お主、女性がしてはならぬ顔をしておるぞ?」

 

「目の前の犬耳族の人。マジで怖いかなぁぁ!?」

 

「っく!? ここまで押してもダメなの・・・・・・こうなったらミアハ様用に作っておいた、あれで・・・・・・」

 

「「なにやら。不穏なワードが聞こえたぞ!? おい、何を使う気だ!?」」

 

「例え、修羅に堕ちようと、この手を離さないから・・・・・・ネ? ワタシタチノ【ファミリア】二ハイロ?」

 

「すごく怖いぃぃぃぃ!? さっきまでの怒った顔でも、眠たげな顔でもいいからいつものナァーザさんに戻って欲しいかな!?」

 

「おおおお、落ち着けナァーザよ。ホラ、手鏡だ! 今のお主の顔を見てみなさい!」

 

 目の前に出された鏡に映った自分の姿をナァーザが見てみるが。それは、“本当に私なのだろうか?”爛々と瞳を輝かせてパイの肩を掴む姿は、危機迫っており場合によっては逃がさないと言う意志が覗いている。

 

 人間、本気になれば人が変わるとも言うが、きっと今のナァーザはそういう状態なのだろう・・・・・・かと言え、流石にこれ以上はパイにとっても悪い印象しかないかと、ナァーザは深く深呼吸をして落ち着いた。 

 

「・・・・・・ふぅ。 ちょっとやりすぎた。ゴメン」

 

 隣と前から「えっ・・・・・・ちょっと?」っと聞こえたような気がしたがここは無視する。

 

「所で、さっき聞き間違いじゃないならパイは薬を創れる・・・・・・の?」

 

「えっと、『調合』ならできる、とは言ったかな?」

 

 なにか不味い事を言ったのだろうか? そんな不安が滲み出している表情をみて、私の口元が三日月のように釣り上がるのが分かる。そんな表情をみてガタガタと震えるだす二人を前に私、ナァーザ・エリルイスは何処か狂気じみた笑みを浮かべるのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは恐怖に震えていた。

 

 目の前で強い意思を持つ女性がいる。こう言えばいい意味で捉えられるだろうが、実際目の前にすれば恐怖しか湧き出ない。

 

 考えて欲しい。目の前に肩をものすごい力で押さえつけながら、三日月を連想するように開かれた口元と血走った瞳が目の前にある。

 

 これを好意的に解釈するなど例え『神様』であっても無理だろう。現にその隣にいる神様はドン引きしている。

 

 とにかく・・・・・・。このままではどんどん話が変な方向にいくだろう事は理解できた。だから、この『安全な方法』で解決しよう。

 

 パイはそっとアイテムポーチから【音爆弾】を取り出してその場で投げるのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「なんとなく事情は読めたかな・・・・・・その前に。二人には話しておかないといけない事があるかな」

 

 耳元で突然響いた高周波の音波に耳をやられて転がりまわる二人が落ち着き、青の薬舗の実情を聞いてからひと悶着あって――やっと落ち着いた頃。

 

 パイは平気だったか? 『ハンター』なんて常に大型モンスターからの咆哮を受けてる身だよ。流石に慣れている。

 

 しばし考えた結果。パイは先程の【ファミリア】の勧誘を受ける事にした。しかし、パイとてここで骨を埋める気もない。

 

 だから、二人にはパイの今現在の現状を知ってもらう必要がある。

 

 パイはココに来る経緯と、【大陸】で『ハンター』をしていたということ。なにより、いつかはそこに帰らなければならない事。

 

 だから。せめて経営を楽にする協力こそするけど、根本的解決はそちらにして貰う事。それらを加味し、無条件での脱退を条件に出した。

 

「確かに、パイの言い分は正しい・・・・・・ごめん、私が浅はかだった。それと、実は新商品の目処はついてるの。あとは材料の調達と試作だけ・・・・・・でも、そんな【大陸】なんて。信じられないよ」

 

「いや、先程から聞いているが、パイは嘘をついていない。ううむ・・・・・・しかし、その様な土地は聞いたこともない・・・・・・すまない。私の知識では検討もつかないような所から来たのだな。帰る為の方法など考えもつかないぞ」

 

 二人の言葉に特に思う所もない。各地を転々としているというヘルメスですらも、初耳だといった話だ。ある程度は覚悟はしている。

 

「それはともかく、今の条件でいいならここに入ろうとは思うかな・・・・・・ちなみに入るためには何をすればいいのかな?」

 

「ん? ああ、では、まずは服を脱いでくれ」

 

「すいません。今の話は無かったことに」

 

 自然にセクハラしてきた神から、身を離す為に直ぐに立ち上がり踵を返す。

 しかし、背後から鈍い音が響いたので、視線を向けると頭を抑える踞るミアハと、拳骨を落とした格好のナァーザの姿があった。

 

 痛みで動けない主神・・・・・・のはずである、ミアハを無視して此方に向かいながらも手を合わせて謝罪するナァーザ。

 

「ウチのミアハ様が失礼な事をした。この人、ちょっと考えが足りないところがあるから・・・・・・えっとパイは『神の恩恵』の事は知ってる」

 

 『神の恩恵』それは、神々が地上に住む人々――下界の子を眷属するための儀式。詳しいやり方についてはナァーザから説明を受けた。

 

 神の血を背に受ける事で『ステイタス』というものが発現され、『経験値』と呼ばれる経験の記憶によって。上昇していく。

 

 ぶっちゃけて、言えば強敵と戦い続ければいい訳だ。

 

 だから、先程のミアハの発言は、「神の恩恵を与えるには、直接背中の肌に血を落とさねばならないから服を脱いでくれ」が正解な訳だ。だから私は悪くない。と自らの行動を正当化するパイ。

 

 いくら、インナーになるのにそこまで躊躇のないようなハンターであるパイでも裸体になるのは躊躇する。え? 何その目。まだまだ【こやし玉】の貯蔵は十分なんだよ?

 

 下らない事を考えていたら、拳骨の痛みで呻きながらも、ミアハが立ちあがり、謝罪をしてくる。

 

「ぬうぅ・・・・・・いたた・・・・・・すまない。パイよ確かに異性に肌を晒すのを躊躇するのは当然だな。無論不埒な真似をしないし、ナァーザを監視に付けてもいいので『恩恵』の付与だけでも駄目か?」

 

「まぁ・・・・・・そこまで言うなら大丈夫かな、それでそれはどこでするのかな?」

 

「じゃあ、私のベッドを使って。部屋はこっち」

 

 ナァーザの案内で,部屋にたどり着くとまず女性二人が入り、パイは上の服を脱いでからベッドにうつ伏せの状態で横になる。

 

 ナァーザの合図で部屋に入ってくるミアハは『では、始めるぞ』と告げると。針で自らの指を突く。玉のように血が滲みそれはパイの背に落ちた。

 

 なんというか、思っていた以上に地味だ。こう、力が湧き上がるぅ? とか。そういうのを期待していたのだが・・・・・・。

 

 もう、服を着てもいいのかな? そう思いパイは視線をミアハに向けると。彼はものすごく複雑そうな表情をしていた。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ミアハは困っていた。

 

 理由は目の前の新たな『眷属』の背に映った『ステイタス』だ。なるほど、確かにただの子ではない。先程の『ハンター』として【大陸】で強大なモンスターを相手していたらしい。

 

 ならば、この『ステイタス』は妥当な物なのだろう・・・・・・少なくとも、そう思うしかない。『ステイタス』はその子の今までの経験の記録である。

 

 それを、神が評価し数字化してゆく。どこぞの神は「育成ゲームなら俺に勝るものはいないぞー」などと言っていたが。そんな簡単な物ではないだろう。

 

 さて、現実逃避はここまでだ。私は念の為にこめかみを揉んでから再度、彼女の背を・・・・・・そこに浮かんだ『神聖文字』を見る。

 

パイ・ルフィル

 

Lv.1

 

 

力  :I 0

 

耐久 :※ ∴∉∮

 

器用 :I 0

 

敏捷 :I 0

 

魔力 :I 0

 

 

《スキル》

 

 

【狩人性活《ハンターライフ》】

 

 ・特定の行動での無意識の行動の発生《デメリット》

 ・装備によって特定の《スキル》が発動する。

 ・調合時特定の確率で『もえないゴミ』を生成する

 ・『ハンター』は四人までしかパーティーを組めない。《デメリット》

 ・特定の行動時。体力が回復する。

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【空戦乱舞《エリアル》】

 

 ・踏みつける対象がいれば高く飛ぶことができる。

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

 うん。先ほどとまったく同じだ、ツッコミ所の多さに何故か笑みが浮かぶ。そしてその口からは吐息が漏れる。なんなのだ。このスキルの量は・・・・・・特に耐久とかバグっているじゃないか・・・・・・。

 

「取り敢えず、考えるのは後で、まずは書き記そう」

 

 そう言って手にした用紙に共通語で写しを作成してくのであった。

 




令和になりました。その日になった瞬間、座っていた椅子が破損しました。
朝になって近場のリサイクルショップでなかなかにいい感じの椅子を発見。
お値段300円に即決で購入しました。ありがとう、令和!(関係ない)


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『あなた達? ちょっと、自重という言葉を覚えたほうがいいと思うかな?』

やっと、話を進めました。そしてすいません、やりすぎました・・・・・・。

ステイタスの欄で色んな方々から意見をいただいて、少し文章の変更がありましたが《スキル》意外は0からのスタートにしました。ちょこちょこ変更してすいません。


社会と人とは切っては切れない関係である。

 

 多数の人間性を抱えれば共感もあれば反発も生まれる。共感が集まれば裏面こそあるだろうが、人が集まり協力する事で集団ができる。

 

 集団や群れは個人ではできなかった事もできるようになったり、もしくはできなくなる事もあるだろうが、利点の方が大きい場合が多い。

 

 【ファミリア】などもその理から外れる事無く、大手になればその影響力も比例して大きくなる。

 

 では、個人とは全く利点が存在しないのか? それは時と場合によるだろう。例えば『個人で動くことが多い職についている』場合、その真価を発揮するのだ。

 

 ここは『青の薬舗』。その店舗の販売所に、三人の男女が居る。その中で一番背丈の低い女性の手で開かれた手紙を二人の男女が左右から挟むように眺めている。

 それは手紙では有るがただの手紙ではない。これは『依頼書』である。

 

 それを見つめる女性。パイ・ルフィルはものすごく弛緩した表情でその手紙を読んでいた。

 

 後ろから眺めている二人の犬人族の女性ナァーザ。エリスイスと男神・ミアハもその内容に頬を緩ませていた。ミアハに関しては感動して涙すら流している。

 

 三人の【ミアハ・ファミリア】の中で異色の『ハンター』であるパイの下に届いた手紙・・・・・・その内容は以下の通りである。

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ■ 依頼主:母親想いの娘      ■

 ■【依頼内容】           ■

 ■『 最近お母さんの調子が悪そうな ■

 ■ の、大丈夫だって言ってるけど歩 ■

 ■ く姿もフラフラしてるし、貧乏だ ■

 ■ からどんなお薬がいいかもわから ■

 ■ ないの。おねがいします。わたし ■

 ■ のお母さんを元気にするお手伝い ■

 ■ をしてくれませんか?     』■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 『』の部分が書かれた手紙とその娘の家の場所を記した簡単な地図。そして細かい小銭を集めたであろう100ヴァリスにも満たない金銭も同封されていた。

 その余りにも純粋な心と願いに、そろそろ心の汚れを自覚し始めている冒険者とハンターの二人は、“ほっこり”しながら「あ~この娘いい子だぁ~」などと癒されていた。

 なぜ、この様な手紙がパイの手元にあるかといえば、それは彼女が始めたビジネスという名の「生活の一部」の宣伝の結果である。

 

 『依頼を受けて、その依頼をしっかりとこなすのがハンターである』これは彼女パイ・ルフィル達、ハンターの常識であり良識である。

 

 故に手袋とかスリッパを作りたいとなどと言って。怒ると金色の体毛に覆われる巨大な猿と戦わせられるとかいう『依頼』が来たらどれだけやりたくなくとも、実力があればやらざるを得ない。

 

 この手紙の主の爪の垢を煎じてからあの第三王女に飲ませてやりたい物だ。本気でパイはそう思っていた。

 

 それはさておき、この依頼に関しては不透明な部分が多い。

 

 《ハンターズギルド》では「何を集めればいいのか」とか「何を狩猟すればいいのか」も含めて【クエスト】が発注されていたのでその有り難みを再認識する。

 

「オラリオでもこんなに純粋な子がいるんだ・・・・・・」

 

「この様な無垢な子を放っては置けんっ。ナァーザ、確かポーションの予備はあったな!」

 

「ミアハさん!? だから商品をそのまま持って行っちゃ駄目だっていったかな! とりあえずこの地図の場所に行ってみるかな。ミアハさんは……うん、ナァーザさん一緒に行こ」

 

「……パイは賢い。一緒に行こう」

 

「……実に解せないのだがパイ、ナァーザよ。なぜだ? 私が行くと"問題”があるのか?」

 

「この数日でミアハさんの生態は良くわかったから、その対応かな?」

 

「私の生態? ううむ……? とりあえず、行ってくるといい。私はその間に製薬でもしておこう」

 

 動く天然ジゴロであるミアハなど連れていけばどうなるか・・・・・・依頼人の性別を考えれば人選的にも良くないミアハは留守番させる事を短い会話の中で決定させた眷属二人は、青の薬舗を出て地図が記す場所へと向かうことにする。

 

 パイが【ミアハ・ファミリア】に入団して手始めに始めたのは『便利屋』であった。【オラリオ】に来たのはいいが、ブッ飛んだ《スキル》ととあるパイの奇行によって、ミアハの胃の壁に穴を開けかけていた。

 

 このままバカ正直に冒険者登録すれば、この自由な子の事だ、確実に何かしらする。そして、確実に暇を持て余した神々の玩具になる。かといえ、このままでは虚偽の申告として受け取られるのも癪でもある。ミアハという神は余りにも真面目であり、女性相手以外では空気が読めた。三人で話し合った結果――しばらくの間、パイには他の仕事をして貰う事に落ち着いた。

 

 そこで、パイ本人からの希望もあって中立的な立場での『便利屋』を開始したのであった。

 

 しかし、ひとえに『便利屋』と言えど、こういうのは顧客があってのものである。もとよりこの場所での伝手の少ないパイと言う個人では不利な状態からのスタートだ。知人は何人かいるが、まずは自分でどれだけできるか? それを確かめる意味でもあった。

 

 彼女はまずは顔を覚えてもらう行動に出た。街に繰り出して細かい会話や商店のさりげない手伝い等等。

 

 朗らかな人柄のパイの存在は【オラリオ】に徐々に広がってゆく。そして、そこからさりげなく『なんでも手伝う、便利屋と言う商売をしようと思う』と匂わせてゆくのだ。

 

 乱暴な印象のある『冒険者』に頼みづらいが、何事も頼みごとを聞いてくれる人柄を見せていたパイの活動が実ったのか、活動から一ヶ月もしない内に今回の『依頼』が来たという訳である。

 

「地図だとこの辺かな?」

 

「そうだね・・・・・・んっ、パイ。あの子に聞いてみよう」

 

 近くまで来てみるとかなり入り組んだ区域であった為に迷ってしまった。二人は近くにいた獣人の少女を見つけ、同じ獣人のナァーザが話しかける。

 

「ごめんね、ちょっと道を訪ねたいんだけど・・・・・・いいかな?」

 

 声を掛けるまで俯いていた少女は、その腰まで伸びた黒髪を揺らし見上げる。そしてナァーザから見せられた地図を見ると「これ、わたしが依頼したの」と言葉短めに告げる。

 

「ありゃ、まさかの依頼人だったのかな。こんにちは、私が『便利屋』のパイ・ルフィル。『ハンター』だよ。君がこの依頼をくれた人・・・・・・でいいのかな?」

 

「うん・・・・・・お姉さん達がお手伝いしてくれるの?」

 

「・・・・・・こっちの白いお姉さんが主にだけどね。私はナァーザ。これでも薬師だよ。それよりも、お母さんの調子が悪いって書いてあったけど・・・・・・」

 

 まさかの依頼人であった少女に『依頼』と『状況』の確認を取るパイとナァーザに「薬師さんもいるの!? お願いお母さんを診てください」と言うと二人の袖を掴んで引っ張っていき近くの一軒家にたどり着く。

 

「お母さんーただいまー」

 

 そういって家の中へと消える少女を見送り、顔を見合わせるパイとナァーザ。流石にそのまま家の中に不法侵入する訳にも行かずに玄関先で待機していると、しばらくして足音と共に先程の少女と、少女の母親らしい今だ若いが不健康そうな顔色の女性が姿を見せる。

 

「あの・・・・・・貴女方は?」

 

「突然の訪問してごめんかな。私はハンターのパイ。『便利屋』をしているかな。隣の犬人族はナァーザさんで【ミアハ・ファミリア】で薬師をしている人だよ。本題にはいるけど、今回はお子さんからの『依頼』できたかな。」

 

「えっと・・・・・・依頼ですか? あのどういう・・・・・・」

 

「お子さんから貴女の体調を心配して、元気にするお手伝いを依頼された。見たところ顔色も悪い余計なお世話かもしれないけど・・・・・・」

 

 突然訪問してきた見知らぬ二人組の女性に、怪訝そうな表情を浮かべていた少女の母親であったが説明を聞いて驚いたように娘を見る。娘も親に黙って行動した事に対して若干の後ろめたさがあるのか、少し耳を垂らしている。

 

「そうだったのですか・・・・・・でも・・・・・・うちはそんなに豊かな訳でもありませんし」

 

「ああ、大丈夫かな。お代は依頼人から貰ってるし、それにね・・・・・・」

 

 そう言って少女の母親に近づき耳元でささやく「正直『便利屋』の名前を売りたいって話もあるんで受けてもらえたら嬉しいかな」っと本音を言うと、パイの言い分を理解したのか苦笑しながらも承諾してくれた。

 

 そして、家の中にお邪魔してからナァーザと共に少女の母親の状態を診察してみた結果――「疲労困憊を含めた貧血」である事もわかった。

 

「うん、これならオススメの物があるかな・・・・・・ジャジャーン!《ハンターズギルド》公認の『元気ドリンコ』だ!」

 

 『元気ドリンコ』。ドリンクではなくドリンコであるのがミソである。スタミナを少量回復させる事のできるアイテムで飲みやすい小瓶に入っている。ハンター達からはこれ二本でこんがりと焼いた肉と同じぐらいスタミナが回復する、不思議な液体として人気の品である。

 

 むしろ、一般人の感覚からすれば、肉を貪った瞬間から即座にスタミナに変換する『ハンター』の身体能力も異常であり、不思議なのだが・・・・・・。

 

 パイも【大陸】で多忙な時期など寝る前によくお世話になっていた物だ。次の寝起きでの身体の調子が全然違うのだ。などと、社畜に栄養ドリンクみたいな扱いだが効果は絶大である。

 

 それを二本、ポーチから取り出して少女の母親に手渡す。

 

「これ一本で・・・・・・取り敢えず三回分。一日の寝る前に飲んでみるといいかな、疲労回復と増血効果もあるから今より良くなるよ。今の状態で飲みすぎたら逆に身体に負担がかかっちゃうから。ゆっくり慣らしていく意味で少しずつ飲んでね」

 

 あとは、三日後にまた様子を見に来るかなーっと告げてパイたちは少女の家を後にする。そして、三日後に再度(個人で来たものの迷ったため)ナァーザと共に少女の家を尋ねると、そこには明らかに血色の良くなった少女の母親の姿があった。

 

「あら、こんにちは。パイさん、ナァーザさんも・・・・・・この間は、疑ってごめんなさいね。それに娘にも心配かけちゃって」

 

「いいって、いいって。むしろ初めての依頼も無事に完遂できてよかったかな! どうかな。私の仕事ぶりは。お母さんを元気にできたでしょ?」

 

「うん! ありがとうお姉ちゃん! ハンターってすごいんだね!」

 

 少女の羨望の眼差しにポージングで答えるパイ。そんな『ハンター』に苦笑を浮かべるナァーザと少女の母親であった。そして、その一件以来、噂も広がり【オラリオ】全土、それこそ一般人から【ファミリア】まで幅広い客層を得ることに成功したのである、その一部がこれである。

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ■ 依頼主:多忙な女主人      ■

 ■【依頼内容】           ■

 ■『お前さんが例の『便利屋』かい? ■

 ■ なんでもするって聞いてるけどね ■

 ■ 接客とか得意かい? 少し大きな ■

 ■ 宴会が入っちまって人手が足りな ■

 ■ いのさ。どうだい? 腕に自信が ■

 ■ あるのならウチの店で臨時のウェ ■

 ■ イトレスをしてみないかい?  』■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 そういって、とある『豊穣の女主人』で接客をしながらも元キッチンアイルーであった相棒に鍛え上げられた腕前を披露したりしたら、案外好評で時折手伝いをしている・・・・・・。

 

 またあるときは。

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ■ 依頼主:眠たげな犬人族の女性  ■

 ■【依頼内容】           ■

 ■『定期的に借金の催促と嫌味を言い ■

 ■ にくる【ファミリア】の主神とそ ■

 ■ の付属品を【こやし玉】で撃退し ■

 ■ て欲しい。           ■

 ■ やってくれたら特別に報酬を出す ■

 ■ 同じ【ファミリア】の仲間。   ■

 ■ やってくれるよね?      』■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 身内に甘くしない。というか私念が丸出しの内容であったので流石にこれは丁重にお断りした珍しい例である。

 

 他にはこんなものも。

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ■ 依頼主:赤毛の道化師      ■

 ■【依頼内容】           ■

 ■『アンタが例の便利屋か?ウチはあ ■

 ■ る【ファミリア】の主神や最近ウ ■

 ■ チの団長が心身共に疲労がすごく ■

 ■ てなー。一年前の例の奴のせいや ■

 ■ けど・・・・・・とにかく、なんか元気 ■

 ■ になるもん持ってるらしいやん? ■

 ■ ちょっと、譲ってくれへん?』  ■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 今だ記憶に新しいエンブレムと原因を作った覚えのあるパイは【栄養剤】と【元気ドリンコ】をそっと納品した。後にとある【ファミリア】の団長はアラフォーのテンションとは思えないほどハッスルしていたそうだ。よほどのストレスを感じていたのであろう。

 

 等等、色々な依頼がパイの下に舞い込んできていた。そして、今回はその中である少女の出会いがあった依頼の話をしよう。

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ■ 依頼主:表情の薄い金髪の女剣士 ■ 

 ■【依頼内容】           ■

 ■『最近『ステイタス』の上がりが弱 ■

 ■ い・・・・・・。【ファミリア】の関係 ■

 ■ で剣を師事できる環境がない。  ■

 ■ 【ファミリア】じゃなくて『ハン ■

 ■ ター』なら問題ないはずだよね? ■

 ■ 次の遠征までに少しでも強くなり ■

 ■ たい。お願いできる?』     ■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 そんな依頼にパイは怪訝そうに眉を顰める。何だこりゃ? 依頼としては謎だらけである。取り敢えず剣術を師事できる環境といえば、お得意様の【タケミカヅチ・ファミリア】だろうか、パイはそこによく戦闘訓練の依頼で行くことが多い。

 

 タケミカヅチは武芸の神とだけあってパイ自身も教わる事も多く、ほぼタダ同然の依頼料で受けている。形式上は、依頼人と雇われの関係だが最早【ファミリア】同士の付き合いまで発展している。それもタケミカヅチとミアハの仲が良かったことも大きな要因だった。

 

 しかし、別に断る理由もなく記された時間と場所に赴く事にした。その指定された場所は東側の城壁の上であった。今だ朝日も顔を出さない時間帯。徐々に漆黒から、群青、深めの青へと変化していく空を見ながら目的の場所にたどり着いたパイを迎えたのは、金色の髪を風に波かせている美しい少女であった。

 

「おはよう。私はパイ・ルフィル・・・・・・貴女が依頼人かな?」

 

 パイの言葉に対してコクりと頷く少女そして、その薄紅色の唇を開き言の葉を紡ぐ。

 

「私と・・・・・・戦って?」

 

「思った以上にやばい依頼だった!?」

 

 まるで、偽りの依頼申し訳ありません。貴女にはここで果ててもらいます。みたいな展開であったか? パイの困惑の表情で自らの言葉が間違っていた事に気がついた少女も慌てていた。

 

 慌てながら、えーと、その・・・・・・、あのーっと。どうにか言葉を探そうとして余計に混乱している少女に対して――嗚呼、ただのコミュ障か――っと冷静になるパイ。

 

「あーごめんかな、ちょっと、いきなりだったから驚いちゃっただけかな」

 

「私もごめんなさい・・・・・・言葉が足りなかった」

 

 明らかにちょっとでは済まないのだが、そこは笑って許すのが『ハンター』である。改めて確認を取ると、少女は自らを『アイズ・ヴァレンシュタイン』と名乗った。所属は【ロキ・ファミリア】つくづくあの【ファミリア】とは縁があるようだ。

 

「それで、依頼の内容は剣の腕の上達・・・・・・だったかな? アイズって今のLv.は?」

 

「うん・・・・・・少しでも強くなりい・・・・・・Lv.5だよ・・・・・・」

 

「Lv.5!? それならここでも最高戦力に近いかな・・・・・・それでもさらに強さを求めるのかな?」

 

「強くならないと・・・・・・掴めないから」

 

 アイズのそのセリフを口にした瞬間――彼女の目に映った感情を読み取ったパイは、危うい綱の上に立つような少女の生き方にパイは既視感を感じた。

 

「その依頼、受けるかな・・・・・・ちなみに、アイズはどういうように強くなりたいのかな?」

 

「どういう・・・・・・?」

 

 そこで戸惑ってしまうアイズ。どうやらあまり頭の回転はよろしくないらしい。逆に回転が早くて妙なところに思考が行っているのか・・・・・・。とにかく、強さに対して明白な物が彼女の中に無いと言う事も理解できた。

 

「じゃあ、お互いに剣を合わせるのが一番かな・・・・・・」

 

 パイの言葉に、無表情ながら喜色をその表情に浮かべる器用なアイズに苦笑いを浮かべる。

 

 不思議なアイテムポーチから数本の木刀を取り出すパイにアイズは驚愕の表情を浮かべた。

 

「驚いた、それって魔道具なんだね」

 

「へぁ・・・・・・? ぬぁ、えっと・・・・・・これは、そう、【万能者】にね。でも珍しいものらしくね、コレしかないかな」

 

 そのパイの言葉にあからさまにシュンとするアイズ。パイはアイテムポーチを見ながら胸をなで下ろす。このポーチがこの世界に置いてどれほど・・・・・・いや、向こうの大陸をいれても摩訶不思議な品物であるのを忘れていた。

 

 何しろ『回復剤』や『閃光玉』とかならともかく『大ダル爆弾G』とか何処に置いてたの? と思えるものまで収納可能である、ハンターになれば支給されるダメージが殆どないのに、切れ味だけは異常な剥ぎ取り用ハンターナイフ同様、摩訶不思議がたくさんな世界である。

 

「まぁ。とにかくこの木刀でやり合おう。寸止めは・・・・・・無しの方がよさそうかな?」

 

 お互いに獲物を構える。短めの二本の木刀と少し長めの一本の木刀。双剣使いのパイと細剣使いのアイズ。二人の激突は朝日の光が双方を照らした瞬間――動いた。

 

 瞳が細まり引き絞られた矢が放たれたかの如く突撃してくるアイズの捻り込むような斬撃をパイは自ら姿勢を崩し不安定な状態から右手の木刀の腹でその斬撃をいなす。

 

 軽い体重を利用し、アイズの重たい力の勢いを利用し、回転しながらも左の木刀で斬りかかる。

 

 アイズも斬撃を放った姿勢と同時に放たれた攻撃に目を剥くが、その当たる位置が右の脇腹である事をいち早く察知すると、そのままの勢いで振り抜き――即座に身体をくの字に曲げる。チリッっと服に掠った音が嫌に耳に残る、このままでは防戦になる。そう考えたアイズは体制を立て直す為に軽くバックステップを踏んだその足で更に前に出る。

 

 それを、着地をしたパイが迎え撃つ。流石はLv.5。パイの中で警鐘が鳴らされている目の前の少女は確かに強い。でも故に――脆い!

 

 アイズが選択したのは突きであった。木刀を脇に抱え。全身をバネにして突き込む。その流星の如き一撃をパイは真正面から受けることは・・・・・・しなかった。旋風を起こしながら見事なまでに同じ速度同じ感覚で放たれた両手の木刀がまるで分かっていたかのようにアイズの突きのタイミングと重なる。

 

 ベキッ・・・・・・!モノが壊れる特有の嫌な音がアイズの持つ木刀から発せられる。思わず動きが止まってしまった瞬間――アイズの視界の端にパイの木刀から放たれた斬撃が見えた。

 

 部位破壊、よくモンスター相手にやっていたが。やろうと思えば武器でもできる。それがパイができる唯一の勝利方法であった。そして、呆然とするアイズの頭部へと寸止めで終わらせるとそう思っていたが、パイ自身が気がついていないが今の彼女は、“以前の彼女と同じではない”『神の恩恵』を受ける事で大幅に格上げされた彼女の身体能力を“いつもどおりに”使おうとした結果――

 

 ゴンッ!? とても鈍い音が鳴った。

 

「あうっ・・・・・・!? きゅ~・・・・・・」

 

「ちょ!! えっ!?」

 

 ――寸止めを失敗させて思いっきりアイズ頭部を殴打してしまい。気を失ったアイズの前で冷や汗を流しながらパイは呆然とするしかなかったのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン は夢を見ていた。

 

 これは子供の頃の夢だ。それがわかるのは今は居ない両親がいるからだ。そしていつだって“私の心に残る”あの言葉が聞こえるんだ。

 

 アイズが自覚してなお淡い想いの中で漂っているとその言葉が耳に届く

 

「いつか・・・お前だけの英雄が見つかるといいな」

 

 その言葉を聞くたびにこの後に起こる展開も読めてしまう。しかし気持ちを構える前に状況はアイズの想定外の方に向かう。

 

「たとえ! 英雄が居なくともぉ!!」

 

 その高らかな・・・・・・明らかに状況をぶった切った、空気を読まない声にアイズが振り返ると、そこには大きな影があった。そして、それが何人かが集まってできた影であることもすぐにわかった。

 

 そのシルエットが最も後方の二人を照らされることで露見する。二人はおそらく双子なのだろう「ドハハハハ!」や「バハハハハ!」などと良くわからない笑い声を上げているがアイズの中で彼等が強者である事が感覚で理解できた。

 

 そして、次いでに姿を表したのは一番前で膝をついて両手を広げている大柄な男性とそのアイズから見て男性の右側の後ろで腕を天に突きだしている極東の格好の頭にかぶった笠が特徴的な女性。あと一人分のシルエットは黒いままだ。

 

「はっはっはっ! 驚いているようだな少女よ! 表情筋が動いているぞ!」

 

「ポッケの。それは世間一般では表情が引き吊るって言うらしいよ。さぁてお嬢ちゃん。良かったらお姉さんの胸に飛び込んできても良いんだよ~どう? どう?」

 

 両手の指をワキワキと動かす女性にちょっと体ごと引くアイズの耳にーー遠くからにしては小さな声が届く。

 

「ちょっと、ヘルブラザーズさんも、ユクモの姉さんやポッケに兄さんも、貴方達は無駄にキャラが濃いんだからもうちょっと押さえた方が・・・・・・」

 

どうやら、少しは常識的な人物もいるようだ・・・・・・これが夢である事をすこし忘れつつもアイズは安堵の吐息を漏らす。

 

「「「「我らの団のは黙っていろ!! 我らは下手したらこれ以外に出番が無いかもしれんのだぞ!!」」」」

 

「うわぁ・・・・・メタい上に、自由すぎるよ・・・・・・トビ子ちゃんも毎回こんな人と付き合ってるのか・・・・・・大変だなぁ」

 

 そこでやっと、その声の主を見つけたアイズがその人物へと近寄ると、そこにいたのは黒髪の穏やかそうな笑みを浮かべた青年だった。

 

 重厚な鎧の上から肩にかけられたタスキには『本日は裏方です』と書かれている。そんな青年は近くに来たアイズにニコリと笑って「ごめんね。あの人たち自由だから・・・・・・」と謝ってくる。その謝罪にアイズも「大丈夫です・・・・・・」と返すと気になっていたことを目の前の青年に訪ねる。

 

「貴方達は何者ですか?」

 

「僕たちかい? そうだね・・・・・・僕たちは『ハンター』だよ」

 

「ハンター・・・・・・」

 

 なるほど? アイズは自分の後ろで好き勝手している愉快な連中をチラリと見る・・・・・・あれがハンターか・・・・・・そんな、失望に近い念が浮かぶ。

 

「いや、あの人たちは・・・・・・ちょっとね、少しアレだから。えっとね、ハンターとは、自然との調和を守るもの。時に恵みを貰ったり。時に強大なモンスターを狩ることでお互いの狩猟域の調整をしたりしているそういう存在・・・・・・かな?」

 

「モンスターが・・・・・・怖くないんですか?」

 

アイズの言葉に少し、青年は少しの間考え、真剣な表情で頷く。

 

「怖いね。何だかんだで毎年多くの同胞もやられているし村に被害が出る場合もあるしね」

 

「モンスターが・・・・・・憎くないんですか?」

 

「いや・・・・・・それは――」

 

 青年が何かを言う前に先程のハンター達がこちらに振り向き叫ぶ。

 

「「「「奴等は動く“素材”だ!! 問題ない」」」」

 

「・・・・・・」

「・・・・・・うん、全員がああいう訳じゃないよ?」

 

 アイズの何処か責めるような視線に苦笑いを浮かべながらも、どうにか青年は気を取り直す。

 

「君はモンスターが憎いのかい?」

 

「・・・・・・」

 

 黙りこむアイズに青年は微笑みを浮かべ言葉を続ける。

 

「きっと、君には君の人生があって、君の心は君だけのものだろう。だから、これだけは言わせてほしい。君の時間だけは、君に選んでほしい」

 

「・・・・・・どういう事?」

 

これはある子からの受け売りなんだけどね――そう言うと、青年は視線をハンター達へと向ける。アイズもそちらに振り向いたのを確認して語りかける。

 

「努力とか結果は求められれば、こなして行くのが当たり前。でもね、それを自分の想い以外に使いすぎてしまうと人はね、それが苦しくなってしまうんだ。だから、何処かで自分を許してあげれる、居心地のいい自分で居られる。そういう時間が必要なんだよ。まぁ、有り体に言えば“肩の力を抜け”ってやつだね。」

 

「でも・・・・・・それじゃ、届かない・・・・・・たどり着けない。自分を鍛えないと・・・・・・追い込まないと、先には進めない」

 

「そうだね・・・・・・君の言葉も正しいよ、昔は僕もそう思っていた・・・・・・昔の話になるけどね、駆け出しの時代に一緒に組んでいた子が居たんだけどね。その子がすごく狩りの上手い子でね。いつも一緒に行くたびに、ああいうように為りたい。って無理な事ばかりしていたよ」

 

 アイズの瞳が見開き青年に向く。「意外かい? 誰だって初めから強くはないよ」そのアイズ視線に笑ってそう言葉を返す青年。

 

「とにかく、躍起になって行くうちに何処かキャラバン・・・・・・ああ、僕の仲間なんだけどね彼らとの距離感も自分の中で付けられなくなってきちゃってね・・・・・・そんな時にその同期の子に思いっきり殴り飛ばされたんだよ」

 

 突然の話の展開に困惑するアイズ。青年も笑いながら「あの時は痛かったな」などと軽い口調で語る。

 

「えっと・・・・・・どうして殴られたんですか?」

 

 少なくとも自分の【ファミリア】はそういう事はしない・・・・・・せいぜいフィンとリヴェリアの小言ぐらいだ・・・・・・。

 

「ああ、理由は簡単だったよ。確か“我らの団の今の目が気に入らないかな! 死んだ魚みたいな目をするんじゃないかな!”だったかな? いや、本当にそういう目をしていた訳じゃないよ? それでも、その後に鏡で見た自分の目を見て怖気がたったよ」

 

 すごく、個人的な意味合いを含む理由に思わずドン引きしてしまったアイズだったが、次いで語られた青年に言葉に興味を持つ。無言を催促と受け取ったのか青年は話を続ける。

 

「そこにあったのは。感情の抜けた抜け殻みたいな男だったよ。努力を重ねて、結果を残して、自分を追い詰めて・・・・・・いつしか人の善意の言葉が届かなくなりかけていた・・・・・・そんな男がいたんだよ。そして、その瞬間にはそれまでに疲労が祟って倒れ込んでね。二日程寝込んでしまったよ。次に目を覚ましたのは、無理やり元気ドリンコをあの子から口に流し込まれた時だね。目覚めた僕の顔をじっと見て・・・・・・笑ってくれた」

 

「・・・・・・どうして、その話を私に?」

 

 うすうす青年の言いたい事には気がついていたが、アイズはそう聞かざるを得なかった、それは彼女なりの最後の抵抗だったのかもしれない。

 

「気を悪くしないで・・・・・・なんて言えないね。はっきり言って君の目はその時の僕と同じだ・・・・・・もう一度聞くよ“君はモンスターが『憎い』のかい?”」

 

 その青年の問いにアイズは自らに問うた。“私は『モンスターが憎いのか』と”しかし、その答えはどうしても以前の彼女の答えに行きつかなかった。モンスターは倒すべき対象だ・・・・・・それは変わらない。でもそれは憎いから? 何処かで少女の中で狂っていた歯車が元の位置に戻ったかのような気がした――そうだ、自分は――

 

「気がついたみたいだね。その気持ちは大切にしてね・・・・・・きっと、君は今より強くなれる。それも、君一人の力ではない強さになれるさ」

 

「うん・・・・・・もしかしたら、私は諦めかけていたのかも・・・・・・ありがとうございます。『思い出せました』」

 

「そう、それなら良かった・・・・・・トビ子ちゃんみたいな方法を使わなくてよかったよ・・・・・・んっ!? トビ子ちゃん・・・・・・あ!?」

 

 ひょっとして、最終的には殴り飛ばすことも考慮に入れていた? 青年の言葉にアイズは心の中で、“ナイス! 私、ナイス!”と喜んでいるが、青年の突然、何かを思い出したような反応にアイズは頭上に『?』マークを浮かべる。

 

「ちょちょちょ、みんな! 戻って指定の位置に戻って! 君も、悪いんだけど戻って!」

 

「ええっ・・・・・・?えっと、さっきの場所に戻ったらいいの?」

 

「そうそう、ってユクモの姉さんとポッケの兄さん! 場所が逆だから入れ替わって・・・・・・よし。えっと・・・・・・ごめんね、トビ子ちゃん・・・・・・」

 

 そう言って青年が何かを操作すると最後のシルエットが明らかになる。その姿に全員が呆気に取られる。そこに居たのは半泣きでプルプルと震えている“今まで放置されていた”パイであった。

 

「「「「あっ・・・・・・忘れてた」」」」

 

 ハンター達も本気で忘れていたのだろう。曲げた右肘を左手で押さえたようなポーズのまま自由な先輩たちによって出番を遅れさせられ、あまつさえも忘却の彼方に追い込まれていた『ハンター』の少女はその体全体で「泣くぞ! 本気で泣くぞ!」と無差別に訴えている。

 

 

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

 

 いくら何でも、これは流石に酷い。パイを除く全員が気まずそうに黙り込むハンター達の視線が青年に向く――そのあからさまに『どうにかしろよ、後輩』という理不尽な視線に青年は只管に冷や汗を流しながらも、諦めたように小さく息を吐いた・・・・・・そして――

 

「本番はいりまーす」

 

 青年は考える事をやめた。

 

「「「「我ら! ハンター特選隊!!」」」」

「あんたら、酷いかな!! 流されないからね! 私、無かったことなんかにさせないかな!!」

 

 その青年の合図に勢いでゴリ押ししようとノリで叫ぶ脳筋のハンター達の“四人”の声を上回る声音で叫ぶパイの怒声が響きパイVSハンター達の大乱闘が開始された。

 

 実に酷い内容の“夢”だ。アイズは乾いた笑いをする。青年も同じく困ったように笑っていた。乱闘現場からはと言うと・・・・・・。

 

「バハハ・・・・・・げフゥ!?」

 

「くっ、黒鬼!大丈夫・・・・・・ぎゃあぁぁ!? 止めろ! トビ子! 【ソレ】はシャレ

にならんぞ!」

 

「トビ子ちゃん! 流石にお姉さんが悪かった! だから【ソレ】は仕舞ってぇ!?」

 

「いくら筋肉を鍛えていても【ソレ】は別格だ正気になるのだチビ子! あっ、間違えた。トビ子」

 

「チビ言うなぁ!!? みんなこれで、茶色に染まればいいかなぁ!」

 

 などと、壮絶な会話が聞こえてくる。 

 

 どうやら。あの場所に近づくのは危険そうだ。アイズは神々の言うところの【超法規的措置“別名『見なかったことにしよう!』”】を敢行する。グダグダな上にこんな展開に付き合い来れない。この短い間に少女は大人になったのだ。

 

 そのとき――そんな喧騒とは違う方向から“懐かしさを感じる風”が吹いた。アイズが振り返ると、そこには笑みを浮かべる大切な人達が――【家族】がいた。

 

 そうだ、帰ろう。そう思った瞬間――アイズの意識が何処かに浮上するような感覚を覚える、そろそろ夢が覚める。それを自覚した時アイズは青年に確かめたかったことを尋ねる。

 

「あの・・・・・・貴方は、その同期の人に笑ってもらって・・・・・・嬉しかったですか?」

 

「ん・・・・・・? いや、むしろそのあとの言葉の方が嬉しかったかな?」

 

 アイズの質問に答える青年の言葉が気になり、聞くと、青年は答えた。“それはね・・・・・・”

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ――目が覚めた。パチリと瞼を開き、アイズは痛む頭を摩りつつ起き上がる。

 

「あっ、起きた・・・・・・ごめんかな、大丈夫?」

 

 隣で心配そうに介抱していたパイが、目を覚ましたアイズを見て心底安心したように息をつく。

 

 空の色を見る限り、そこまで時間も経っていないようだ、アイズがどれぐらい気絶していた? と聞くと十分ぐらいかな? とパイは返す。

 

「夢を・・・・・・見たの、トビ子の知り合いがたくさん出てくる夢」

 

「おい、ちょっと待つかな。どこでそのトビ子って名前を知ったのかな?」

 

 パイにとっては、あまりに不名誉なあだ名を口にした少女に対して、アイズは夢の内容を説明し――それを耳にしたパイが戦慄する。

 

(あの人達、ついに時空をこえて空気の読めない行動を取り始めたかな・・・・・・こわいかな! すごく怖いかな!! そして我らの団のハンター! 君、全然“裏方”をできてないかな! なに、私が伝えたかった事伝えちゃってんのかな!? 主人公なのかな!? 君、主人公なのかな!? なにより、私の扱い雑すぎぃ! )

 

 ぬぁ~っと頭を抱え込んでしまったパイに、アイズは吹き出し笑う。その笑顔を見たパイも笑みを強く浮かべる。

 

「アイズ・・・・・・やっと、“自然な表情になったかな”」

 

 その言葉を耳にした瞬間――アイズの中で青年の最後のセリフを思い出す、そして、周りを見渡すと朝日に照らされてゆく【オラリオ】が見えた。その町並みが始まりだす光景に鼓動が跳ねる。

 

「そっか・・・・・・こんなにも綺麗な景色だったんだ」

 

「私達は『ハンター』だから、こういう光景はどの場所でもいいと思うかな」

 

「自然と調和する・・・・・・素晴らしいね、『ハンター』って」

 

 そうでしょ、そうでしょと『うなづく』パイ。

 

(きっと、いつか迎えに行くよ・・・・・・だから、待ってて・・・・・・)

 

 決意を胸にアイズは振り返る――さぁ、ハンターに鍛えてもらおう――っと視界に映るのは『うなづき』続けるパイの姿であった。

 

 夢のとおり、自由人達な『ハンター』達の事を思い出しながらも青年の事を思い出し・・・・・・そこで、アイズは気がついた。

 

「あっ・・・・・・なんか親しみやすいと思ったら。あの人・・・・・・ラウルに似てるんだ・・・・・・」

 

 【ロキ・ファミリア】の貧乏くじ担当の青年と夢に中の青年が重なる。きっと彼も何処かで苦労を重ねているのだろう・・・・・・。アイズはちょっと、夢の中の青年に同情したのだった・・・・・・。




『我らの団ハンター』が主人公してる・・・・・・これだから真面目くんは・・・・・・。

やっと、感想欄の返信ができました。当初からお声をかけていただいた方々には本当に返信が遅れて申し訳ありません。
色々なご指摘をそのまま適応できるほど器用ではないので、おぼつかない部分に苛立ちを持たれるかもしれませんが少しづつ本文で説明して、納得していただけたらなと思っています。


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『久々に再会したのはともかく・・・・・・これ、飛び込んでもいいのかな?』

ここで『オリジナル』アイテムの登場です。とはいえど、そんなに本編に関わりが出る訳ではないです。

《スキル》の【狩人】を【狩猟】に変更しました。

『ハンター』って扱いがひどいと思います。命懸けの割には数人で身の丈の何倍の凶悪なモンスターと身一つで戦わさせられる。おまけに一体分の“貰える素材”では到底作れない武器や、防具一式。案外リアルに考えたら、キメラ装備は一種のハンター達の自己防衛術にではないのかと・・・・・・そんな事ないですよね。すいません言いたかっただけです。
ではどうぞ


 リリルカ・アーデは『ギルド』へと赴いていた。

 

 迷宮都市【オラリオ】は周りを囲むようにそびえ立つ外壁と、空から見る事があるならば、中央のシンボルでもある巨塔から伸びる東西南北へと繋がる八本のメインストリートが特徴的な都市である。

 

 少なくとも外見上の大まかな特徴のかなり大きな都市だ。

 

 同時にこれほどの“巨大で活気に溢れた都市”が存続するにはそれなりの人口とソレをまとめる存在が必要になる。そう『冒険者』と呼ばれる者達だ。

 

 それがこの都市の中央にそびえる“摩天楼施設《バベル》”の地下にある迷宮《ダンジョン》へ名声や夢、金を求めてやってくる。

 

 言い方を悪くすれば“ならず者”のような輩も多く蔓延る。多種の種族が入り乱れるなかで、高潔さを持ち合わせた人格者ばかりの世界ではない

 

 【ファミリア】が大きくなれば、結果的に品行を問われる事も多くなるが、全ての例に当てはまるわけでもない。

 

 故に、そんな『力だけはある存在』を縛る存在というのも無くてはならない。

 

 『ギルド』は一言でいえばブラックな職場だろう。《冒険者》相手の業務など、同じく【神の恩恵】を受けた冒険者で無くては止められない。

 

 あくまで中立かつ冒険者の法の番人という立場の《ギルド》の職員だからこその立場上は《冒険者》より上という事になってはいる。

 

 なにしろ、『ギルド』を経由しなければ満足に。『魔石』を換金する手段もないのだ。嘗ての【ソーマ・ファミリア】も質のいい【ファミリア】とはいえなかった。

 

 しかし、それもこの一年はそう言った荒事は劇的に少なくなった。

 

 リリルカは『ギルド』の受付カウンターで仕事をしている知り合いを見つける。桃色の髪を揺らしている職員である、ミィシャ・フロットに話しかける。

 

「すいません、ミィシャさん。【ソーマ・ファミリア】のリリルカです。【解呪酒】の納品に来ました」

 

「ありがとうぅ! リリルカさん。でも本当に、【ソーマ・ファミリア】は変わったね。一年前は毎日のように『ギルド』とか換金所で暴れたり、問題ばかり起こしてたのにさー。あの時はこっちもピリピリするし」

 

「その時に関しては。いくら謝っても謝りきれませんね・・・・・・」

 

「あ、ごめんね、リリルカさんは違うよ! むしろ、毎回、問題が起きるたびに団長さんと謝りに来てくれたじゃない」

 

「そうですね・・・・・・納品も間違いなさそうなので、リリはダンジョンに潜りますね」

「いってらっしゃいー気をつけてね」

 

 遣り取りを終えて《ダンジョン》へ向かうために歩き出す小人族の少女。リリルカ・アーデは、【ソーマ・ファミリア】所属のレベル1の《冒険者》である。

 

 今だにフリーを含めた、サポーターも兼任している。彼女の外観的な特徴を挙げるとすれば、異様に大きなバックパックと異様にデカイハンマだろう。

 

 もとより手先の器用な小人族は戦闘に関してのアドバンテージ低い種族である。例外もいくつかある、ある大手の【ファミリア】の団長などは、その短所を埋めるために槍を扱い。努力の末に今の位置“Lv.6”の《冒険者》の頂へと登っている。

 

 ではリリルカの場合はどうか? それはもう一年と数ヶ月前の恩人のプレゼントであるハンマーと、彼女の《スキル》を活用できる戦い方を説明しないといけない。

 

【縁下力持《アーテル・アシスト》】

 

・一定以上の装備過重時における補正。

・能力補正は重量に比例。

 

 この《スキル》の説明を聞いた、恩人は三日ほどたった日にリリルカにある物を渡した。それがこのハンマーであった。

 

 なんでも『腕はあるけど残念すぎるネーミングセンスの鍛冶師』に作らせたらしい。

 

 あまりにも、軽々と持ってきて、持ってみると思った以上に軽かったので“その時は気にすること無く”ファミリアの再構成の為に、新たに団長に就任した、チャンドラ・リヒトとソーマと共に新酒の開発を行っていた。

 

 その時にこんなドデカイハンマーを持って帰り、それを見たチャンドラが腹を抱えて笑い。リリルカも苦笑しながらも、ふとした遊び心でハンマーをチャンドラに渡してみたのだが、“それがいけなかった”。

 

  “体格にそぐわない怪力の持ち主である『ハンター』”と“重量物の重さを軽減する《スキル》をもつ《冒険者》”が軽々しく持っているように見えるだけで、実際の重さは異常であると。

 

 その時に誰も気づかなかった事が、チャンドラを悲劇に誘う結果となった。

 

 異常な重量のハンマーはレベル2であるチャンドラでさえも持ちきれるものではなく。油断していた事もあって彼の足の上に落下した。

 

 少ない、経費からハイポーションを買いに走ったのは今になっては笑い話になる程度のいい思い出である。

 

 そして、その重たいハンマーで殴りつけるのがリリルカの戦い方である。重さ故に遠心力を加えて殴打するだけでダメージを負わせられるのだ。実に理にかなった戦い方だと思ってはいる。

 

 ともかく、新生【ソーマ・ファミリア】は【神酒】以外の商品や、恩人からの託された“ウチケシの実”の栽培を成功させ。新商品【解呪酒】の作成に成功した。

 

 【解呪酒】それは、酒に関する状態異常・・・・・・中毒症状の緩和や解呪薬ほどではないが、『呪い《カース》』の緩和、予防などの効果もある。【ソーマ・ファミリア】だけの商品だ。

 

 完成したソレを直ぐに【ファミリア】の構成員に飲ませ、【神酒】の中毒症状を和らげる事でやっとスタート地点にたどり着けたのが、恩人が【オラリオ】を去って五ヶ月後の事だった。

 

 現在では【解呪酒】をアルコール中毒の解毒薬や、ある程度の毒や【呪い〈カース〉】の予防、もしくは治す目的で多くの【ファミリア】が保存している。これの利点は酒ゆえに保存が効くということだろうか。

 

【ディアンケヒト・ファミリア】や他の大手の【ファミリア】に保険として備蓄されるほどとなった。先程の《ギルド》への納品もその一環である。

 

 そうして、【神酒】の影響化から抜け出した【ソーマ・ファミリア】の多くの冒険者は脱退の意思のある者のの希望を募り、多数の冒険者が離れていき、数名は除籍となった。

 

 そして、【神酒】の摂取後は必ず【解呪酒】を飲むことを契約させた団員のみの【ファミリア】となった。

 

 現在では二世と呼ばれる。親が【ソーマ・ファミリア】だった子供達を預かる施設を造り。そこでは時折、子供たちの様子を眺めながら畑を耕す主神の姿が見られる。

 

 話が逸れたが。そんな事があったので。リリルカが【ダンジョン】に潜り始めたのは結局の所、つい二ヶ月ほど前からだ。

 

 経理や施設の運営など。存外、リリルカの出来る仕事は多かった。

 

 軌道に乗るまで時間がかかってしまったのもあるが、なによりリリルカ自身が現状の改善を軸に動く事に喜びを感じ、希望を持って動けた事が大きい。

 

 かつては何処か恐怖を覚えていた、酒についても、労働の後の自分へのご褒美程度に割り切れたことも精神的に余裕のできる要因になったのかもしれない。

 

 そんなダンジョンで巨大なハンマー『ウォーハンマー』と恩人は言ってたが。鍛冶師の鍛冶用のハンマーをバカデカクしたような形状のハンマーで目の前のモンスターを文字通り叩き潰していく姿は《冒険者》の中でも噂になるほどであり、【ランクアップ】した時の【二つ名】が“主に神々にとって”期待されている人物であるそうだ。

 

「さて。バベルについた事ですし。これから・・・・・・ん?」

 

 リリルカが《バベル》の受付に辿り付きダンジョンに降りる申請をしようとした時、ふと、ある少年が視界に映る。

 

 何処か“純朴そうだが、何処か冷めた視線で、恩人と同じふた振りの剣を腰に差した白髪の兎のような少年”。

 

 その少年が装備の確認をしている所であった。リリルカはその様な《冒険者》の情報を思い出そうとするが、全く記憶にない。おそらく最近になってから、【オラリオ】に来た新人であろう。

 

 しかし、それにしては妙に、気負うことのない態度が違和感となって映る。

 

 まるで、かつての恩人のような少年に興味がわいたので、リリルカは少年に近づき声をかける。

 

「おにいさん、おにいさん。そこの髪の白い、お兄さん」

 

「・・・・・・え? もしかして僕の事ですか?」

 

「おはようございます、そうですよ。白いおにいさん。もしソロなんでしたら、サポーターを雇う気はありませんか?」

 

 これが、【オラリオ】で初めての仲間である少年。ベル・クラネルと、リリルカ・アーデの出会いとなった瞬間であった。

 

 

――――――――――――――

 

 ベル・クラネルはちょっと興奮していた。

 

 少年に有りがちな如何わしい気持ちではなく。初めてソロ以外で【ダンジョン】を攻略する未知に対しての興奮である。

 

 しかも、その相手が可愛い女の子となれば尚更である。前言撤回。邪な気持ちもありました。

 

 しかし、それは仕方のない事だって、ベルは『出会いを求めてきた』のだから。それを神様に伝えると。

 

「ベル君。君の育ての親は悪害だよ。即刻そういう不埒な考えを改めるんだ。今ならまだ間に合う」

 

 実に真顔で言われてしまった程だ・・・・・・解せぬ。

 

 とにかく、そんなベルも目の前の女の子を前にして嬉しくないなんて言えない。その栗色の癖のある髪を揺らしながら歩く少女。リリルカ・アーデと会話しながらも階層を降りていた。

 

「ベル様は【オラリオ】に来て。まだ半年なんですね。【ヘスティア・ファミリア】というファミリアは存じませんが」

 

「うん、団員が僕ひとりだし、まだ出来てまもない【ファミリア】だからね。えっと。リリルカさんが知らないのは仕方ないと思いますよ」

 

「呼び方は、リリで大丈夫ですよ? あとリリの言葉遣いとかはもう癖みたいなものなので。お気になさらないでください」

 

「じゃあ、リリって呼ばせてもらうね。改めてよろしく!

 

「こちらこそ・・・・・・それにしても、ベル様は構えもしっかりしていますけど・・・・・・どなたかに師事を受けられたとか?」

 

「・・・・・・うん・・・・・・ソウダネ。シショウハ、イルヨ?」

 

「・・・・・・ごめんなさい。聞かない方が良さそうですね・・・・・・ベル様、先ほどのリリの発言は忘れてください」

 

 ベル達は臨時のパーティを組んで現在、六層まで降りてきていた。

 

 【ヘスティア・ファミリア】に入って【神の恩恵】を受けたベルが最初に直面した問題。それは【神の恩恵】による、身体能力の上昇によるズレの矯正であった。

 

 本来は【ランクアップ】時に起こる現象では有るらしいが。ベルの場合。事前に鍛えていた技を使うための肉体として調整していた物がいきなりガラッと変わってしまった結果である。

 

 実力の割にというか、調整の為に敢えて慣らしのために低い層での狩りをしていた。

 

 しかし、そんな顕著な行動が担当者のギルド職員のエイナ・チュールに高評価であったなどはベルは知らなかった。

 

 そんな調整も数ヶ月もかかって、先日やっと以前と同じ感覚で身体を動かせる所まできたのだ。

 

 今回はアドバイザーでもあるエイナの許可も経て六層まで進出してきた。

 

 知識も立派な武器になる事を師でもあり。姉のような存在から常々言われ続けた上に最終試験のアレである。この階層のモンスターやマップは既に頭に入っている。

 

 ちなみにこういう殊勝な態度も。ベルの担当者のエイナが第六層への進出を許可した要因になっているとは、ベルは気づいていなかった。

 

 

「ベル様、前方にウォーシャドウが三体います」

 

「任せて、リリ・・・・・・フッ!」

 

 小さく息を吐き、ウォーシャドウの群れに突撃する。

 

 走りながら抜刀し一番前に出ていたウォーシャドウに上段から左手の刀を振り下ろす。

 

 ウォーシャドウの異形の爪がベルの斬撃を受け止める。火花が一瞬、ダンジョンを照らすが即座に腕の力を弱める事で自然に着地し、腰を落とすベル。

 

 上段からの攻撃に気を取られたウォーシャドウの隙だらけの腹部に向け、低い姿勢のまま右手に構えられた刃を体ごと回転させ、振り抜くことで切り裂く。

 

 一瞬にして仲間がやられた事に驚いたのか。ベルの視界の左側の奥のウォーシャドウのスキを逃す訳もない。

 

 腰を落とした状態からの跳躍――背筋を使い両手の剣を大きく振り上げて振り下ろす。

 

 左側のウォーシャドウは混乱している間に。両腕を肩から切り落とされ、流れるような刺突で魔石の部分を即座に突き砕かれ灰になった。

 

「これでっ・・・・・・!」

 

 二体のウォーシャドウを瞬時に倒したが、一瞬、僕の右側のウォーシャドウが視界から消える。

 

 ベルは即座に目で追うと、視界に映るウォーシャドウがナイフのように鋭い爪を振り下ろす瞬間であった。

 

「甘いっ―――んだよ!」

 

 しかし、振り下ろされる爪がベルに触れる直前、“動きが加速する”。掻い潜るようにウォーシャドウの脇をすり抜けた瞬間、反転――

 

 ――斜め下段から巻き上げるように切りつける斬撃が、最後のウォーシャドウを袈裟斬りで倒すのだった。

 

「―――ふぅ、大分慣れてきたかな、リリはだいじょう・・・・・・ぶ?」

 

 ベルがウォーシャドウを下し後ろを振り返ると、そこには先程のウォーシャドウをその手に持つハンマーで吹っ飛ばしているりリルカの姿があった。

 

 ベルの技で戦うとは別の豪快な戦い方にベルは若干の恐怖を感じた。

 

 これは、下手に怒らせたりなんかしたら文字通り潰される。っと、そう思って見るベルの視線に不思議そうな表情を浮かべながらリリルカは慣れた手つきで倒したウォーシャドウから魔石を抜き取っていくのであった。

 

 それから、長針が二回ほど回ったぐらいか、それなりに溜まった魔石を見て。現在休憩中の二人。一息つこうとした矢先の事だった。

 

 ベルの聴覚が違和感を感じた。本当に微かな違和感だ。ふと、ダンジョンの奥に視線を向ける。すると、徐々にその違和感が危機感へと変化する。

 

 すると、その危機感の正体が闇の向こうから姿を現した。咆哮を上げその巨体で地を蹴る音を響かせながら。

 

「ヴォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

「「ミノタウロス!!?」」

 

 ダンジョンの奥から突撃してきた異形の影。二足歩行の人型をした牛の頭を持つのモンスターが、その筋骨隆々な体と四肢を振り動かしコチラへ突っ込んでくる。

 

 明らかに初動が遅れたベル達は視線を交わせ瞬時に逃走ではなく迎撃を選択する。そうなればと、お互いに流れるように武器を構え対峙する。

 

 格上の相手だ。きっと逃げるのが最も正解なのだろう。しかしベルにはそんな気が起こらなかった。

 

 ベルは壁を強く踏み込んで走る。『敏捷』に物を言わせた壁走りでミノタウロスの肩を上から切りつける。

 

 ミノタウロスの肩に赤い筋が生まれるが、明らかに深くない傷に思わず舌打ちをする。

 

 そのままの勢いでミノタウロスの背後に着地しながらベルは吠える。

 

「こっちを見ろ!」

 

 叫ぶベルを追いかけて、首を背後に向けようとしたミノタウロスの横っ腹に衝撃が入った。意識外からの一撃を放ったのは、敵とすら認識していなかったであろうリリルカであった。

 

 隙だらけの腹部を殴りつけたのはリリルカのハンマー。しかし、【ステイタス】の低さまでは隠しきれず。傷つけるほどの威力はでない。明らかな力不足にリリルカの表情が歪む。

 

「ナイス、リリ・・・・・・! てやぁ!」

 

「ブフォォ・・・・・・!? ヴォォォ!!!」

 

 棒立ちのミノタウロスを放っておく訳もなく背後から斬りかかる。手数で勝負と言うかの如く幾多の剣閃が走る。

 

 嘗ての訓練時では最後まで体得できなかった双剣での乱舞が、無防備なミノタウロスの背中を傷つけてゆく。

 

 しかし、どの斬撃もミノタウロスを深手を負わせる物ではなかった。

 

 痛みによる怒りに叫ぶミノタウロス。そのまま、ベルはむしゃらに振り回されたミノタウロスの腕の範囲からどうにか抜け出し、短いながらも鋭いステップでリリルカの場所へと戻り、現状の確認を含めた作戦会議を行う。

 

「どうする? リリ。僕はこのままやり合っても倒しきれるかどうかって思う」

 

「・・・・・・リリも同感です・・・・・・けど、足止めできているのも確かです。時間稼ぎしていればひょっとしたら・・・・・・」

 

 圧倒的な危機的状況。来るかもわからない援軍を期待するが。そんな物を期待できない事ぐらいは二人も理解していた。

 

 「逃げるか?」一瞬湧き出る生の執着が、ベルの中で生まれるが、直ぐに頭を振る。おそらく、自分一人ならば可能ではある。でもリリルカは無理であろう。

 

 それならば。囮になるか?

 

「リリ。僕が囮になる。リリはそのまま地上に戻って助けを呼んできて・・・・・・えっ!?」

 

 ベルは。覚悟を決めリリルカを逃がそうと声をかけようとしたとき。目の前のミノタウロスの頭部が突然爆ぜた。

 

 噴水のように巻き散らかされるドス黒い血が近くにいた、ベル達に雨のように降り注ぐ。

 力を失い崩れ落ちるミノタウロスの背後。恐らく。“蹴りを放ったであろう右脚”を下ろしている狼人の青年がその悪い人相に、バツの悪そうな表情を浮かべながら二人を見下ろしていた。

 

 

――――――――――――――

 

 

アイズ。ヴァレンシュタインは焦っていた。

 

 今回の【ロキ・ファミリア】の遠征の帰り。内容とすれば散々ではあったが、ある『ハンター』の教えもあって敵の特性を見抜き、適切な対処をする事で思っていたよりもに武器への負担が少なかった。死者も無いない。

 

 最悪の結果では無かったのが幸運だと。若干の不満はあったが――そう、思っていた矢先の“突然のミノタウロスの逃亡劇”だ。

 

 いくら、突拍子のない行動であろうと、即座に反応できず。気がつけば、六層まで上がってきてしまった。

 

 明らかにLv.1のステイタスの低い冒険者の狩りをする階層だ。

 ミノタウロスの対処ができるような冒険者でなければ、確実にお陀仏である。割かし冗談抜きで、そもそもミノタウロスのカテゴライズはLv.2なのだ。

 

 Lv.1の冒険者でもランクアップ直前の数名なら倒せるだろうか。そんな期待をするのも間違いであろう。

 

「・・・・・・どこ?」

 

 呟く声がダンジョンに響く、その声に答えた訳ではないだろうかその耳にミノタウロスの雄叫びが届く。

 

 かなり近い。アイズはその音を頼りに駆けていくとソコには兎を思わせるヒューマンの少年と小人族の少女がミノタウロスと対峙している場面であった。

 

 その状況にアイズの中で葛藤が生まれる。彼らは武器を構え戦う意志が見える。コレを横取りするのはマナーに反する。

 

 少しばかり困った。いっそ逃げてくれたら迷わず切り込めるのだが・・・・・・などと、考えていたら兎の少年が動く。

 

 その軌道につい目を見開き驚く。壁を踏みしめ疾走する少年。立体的機動からの両手に構えられた剣がその武器としての使命を果たそうとミノタウロスの肩口に打ち込まれる。

 

(っ!? なんて、綺麗な剣筋・・・・・・それに、体幹もしっかりしてる・・・・・・でも)

 

 少年の太刀筋は、不安定な空中である事を踏まえても異常なほど立っている。アイズ自身も剣士であると自負しているが、どうしても『ステイタス』任せの部分も多い。

 

 腰に差している愛剣でなければ、いつ壊れるかわからない不安を抱えながら戦わざるを得ない。そんな心配を感じさせない剣の使い手であろう、少年に尊敬の念を覚える。

 

 だからこそ、【ステイタス】の低さが結果として出てしまう。

 

(それに、あの小人族の娘も・・・・・・すごく、太くてデカいので殴りかかってる・・・・・・すごい)

 

 後に【ロキ・ファミリア】の【勇者】に「フィン・・・・・・小人族って太くてデッカイものって持てる?」と聞いて、副団長もろとも飲みかけた茶を噴出させる珍事件が発生するが。これは別の話。

 

 ミノタウロスの意識が前の小人族に向いた瞬間を狙って。少年がミノタウロスの背後に斬りかかる。双方の刀から放たれる怒涛の如く放たれる剣線が、その筋肉質な背に赤の線を刻み付ける。

 

 奮闘はしているが、致命傷を与えられない二人、そろそろ助太刀をと思った剣を抜き動こうとした瞬間。

 

「・・・・・・あっ、ベートさん」

 

 違う通路から走ってきた同じ【ファミリア】の仲間がミノタウロスの頭部を蹴り。粉砕した。そして、本当に。本当に小さく「やっちまった」と呟いたのをLv.5の聴力は拾った。

 

 呆然としながら、“なんも考えていなかったかのように血で汚したしまった”眼前の冒険者を見下ろしていた。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

 痛い沈黙。「ベートさんアレは流石にダメ・・・・・・だよ。」と思えるぐらい酷いオチだ。アイズは終わってしまった戦いに不満を覚えながらも三人に近づき、声をかける。

 

「あの・・・・・・大丈夫ですか?」

 

 そんなアイズの登場にべートの視線が此方へと向く。その視線から「助けを求めている」事が伺えるが、スッと視線を逸らす事で対処する。

 

「この姿をみて、大丈夫だとは言えませんが。実際とても危ない状態だったので助かりました。ありがとうございます。【凶狼】様。リリは【ソーマ・ファミリア】のリリルカ・アーデと申します」

 

「・・・・・・っは! 助けていただいて、ありがとうございます! 僕は【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルです! あの、【凶狼】って【ロキ・ファミリア】のLv.5の・・・・・・」

 

 二人に礼を言われて、やっと正気にもどったベートが、頭を乱暴に掻きながら困ったように唸る。

 

「あー・・・・・・【ロキ・ファミリア】のベート・ローガだ、一応、怪我はねぇか?」

 

(え!? あのベートさんが気を使ってる!?)

 

 驚きで瞳を丸くさせたアイズはベートを驚愕の表情で見る。

 

「いえ、怪我は大丈夫です! ベートさんってすごくお強いんですね! 僕は全然ダメだったのに」

 

「ん? ああ、あのミノタウロスの傷はお前がつけたのか? へぇ・・・・・・雑魚にしてはやるじゃねぇか! お前らLv.はいくつなんだ?」

 

(誰だコイツ!? これがロキがたまに言ってるデレってやつなのかな・・・・・・)

 

 アイズは口に手を当てて、あわわわ・・・・・・としている。『雑魚雑魚言う人がひどく優しくなってる。ちょっと気持ち悪い』などと思われているとは夢にも思っていないベートとベル達の会話は続く。

 

「僕はLv.1です。まだ冒険者になって半年の駆け出しです」

 

「冒険者になって半年・・・・・・だと? それで、ミノタウロスに傷を与えたのか・・・・・・。余計な事しちまった。実は、あのミノタウロスはウチが原因なんだ」

 

「確か【ロキ・ファミリア】は遠征中だったと。リリは記憶しているのですが、何かあったのでしょうか・・・・・・」

 

「詳しくは言えねぇが、あのミノタウロスに関してはウチのミスだ。どの道『ギルド』に報告しねぇといけねぇしな・・・・・・所で。お前ら。ベルとリリルカか。臭せぇ血を浴びせちまって悪かったな・・・・・・さっさとバベルで流してこい。こびり付くと取れねぇぞ?」

 

(ナニ、コノ、オニイチャン? ワタシ、コンナ、ベートサン、シラナイ)

 

 ついに白目を向いて現実逃避をするアイズ。人は極限にまで理解が及ばないものを見ると、意識を失うと聞く。今の彼女の状態が正しくそれである。

 

「では。失礼しますね! ベートさん本当に助けてくれてありがとうございました!」

 

「おう・・・・・・しかし、駆け出しではあるが、骨のある奴だったな・・・・・・おい、アイズ!? どうしたなんで白目むいてるんだ?」

 

 何処か引いた素振りで慌てて声をかけてくるべートの言葉で、アイズは正気に戻る。

 

「・・・・・・・・・・・・はっ!? えっと・・・・・・ベートさん・・・・・・だよね?」

 

「・・・・・・ん? おっ、おう、そうだぞ?」

 

「・・・・・・ベートさんはもう少し空気を読むべき・・・・・・です」

 

「・・・・・・え!?」

 

 そんな『家族』からの意味の分からない辛辣な言葉に訳も分からず混乱するべートを尻目に先程のモフモフの消えた方向を名残惜しそうに見つめるしか出来なかった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルは身を清めて今日の出来事を振り返っていた。

 

 同じく、血を洗い流したリリルカも一緒に居てる、後は換金所で今日の稼ぎを得るのみだ。

 

「やっぱり、大手の【ファミリア】の幹部はすごいですね。今回はホントに危なかったですねベル様」

 

「そうだね・・・・・・所で、あの初めに声をかけてくれた人・・・・・・大丈夫かな?」

 

「ああ、【剣姫】ですか? なんだか。【凶狼】をみて顔を青くしていましたが・・・・・・なんででしょうね?」

 

「・・・・・・さぁ?」

 

 こんな会話をしながら、二人は換金を済ませ。バベルを出る。今回の儲けは1万4000ヴァリスであった。そんなホクホクな二人。そんな中リリルカが思い出したかのように言う。

 

「そういえば、ベル様は『便利屋』というのをご存知ですか?」  

 

「『便利屋』? いや、しらないかな」

 

「なんでも、依頼してある程度の金銭で動いてくれる人があるみたいですよ。一般の方もよく利用されているらしいですよ」

 

「へぇ~そうなんだ。もし何かあったらお願いしようかな」

 

 そう言いながら歩く二人は、そろそろ区域の分かれ道に差し掛かり別れようとしたその時――

 

「ハンターのおねえちゃん! あそぼー」

 

 『ハンター』?その単語にベルとリリルカは振り返る。そこに居たのは獣人の少女であった。そしてその少女の向かう先をみて、二人は驚く。

 

「「えええ!? パっ・・・・・・パイさん!?」」

 

「おう? あーリリルカもベルもひさしぶりかな? 所で、なんで二人は一緒なのかな?」

 

 自然な動作で少女を肩車した知人である『ハンター』のパイがそこにはいたのだった。

 

・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「ベル様の仰っていた師匠の方とは、パイさんの事だったのですね?」

 

「うん。まさかこんなに早く再開できるとは思ってなかったけどね。パイさんも元気そうで良かったです!」

 

 三人はバベルの前の広場で久々の再会と会話に花を咲かせていた。パイも、まさかベルとリリルカと同時に会えるとは思っていなかったし、それにベルから貴重な情報も聞けた事も良かった。

 

「しかし、【神の恩恵】を受けて、逆に動けなくなるなんてね。リリルカはこれ、どう思うかな?」

 

 パイの言葉にしばし考え込むリリルカ。憶測になりますが――っと前置きをおいてリリルカは自分の考えを語る。

 

「おそらく、ベル様の場合ですと。【恩恵】を“受ける前から十分な技能を習得していた”事が原因なのではないでしょうか? 冒険者は【神の恩恵】を受ける事で『ダンジョン』でモンスターと戦えるようになります。そう言っても過言ではありません。逆に言えば、技とかの技能がなくても、モンスターと戦えるほど肉体が強化される。とも取れます。冒険者によくある、力で叩き伏せるやり方ならともかく、肉体に合わせて馴染ませていく、技を最初から覚えているとすれば? 上級冒険者に有りがちな,【ランクアップ】の身体のズレのようなモノが、ベル様の感覚を狂わせたのではないでしょうか?」

 

「そうなのかな? ベル?」

 

「はい、動きが全然違うんですよ。僕も、今のリリの説明でしっくりと来ました。どうもタイミングが合わなくて・・・・・・結果的に今まで満足にダンジョンに潜ることもできなかったですし。今回も失敗しちゃって・・・・・・」

 

 どうやら、リリルカの考えに問題はなく。ベル自身も自身が思っていたよりも、的確に明確な言葉を言い当てたリリルカに尊敬の念を込めた眼差しを向けている。「やっ、やめてくださいよ」っと恥ずかしそうにそっぽを向くリリルカの様子に思わず。『首を振る』パイ。

 

「リリは頭もいいし観察眼もいいと思うし、素直に褒められるといいかな? 所で、さっき“失敗した”って言ってたけど、ダンジョンで何かあったのかな?」

 

 ベルとリリルカはお互いに顔を見合わせ。今日あったイレギュラーの事を話す。

 

「みのたうろす? それが、なんで上にまできたのかな? 元々十三層からのモンスターなんだよね?」

 

「どうやら、【ロキ・ファミリア】の遠征の帰りに逃げ出したらしいですね。【凶狼】のからの証言なので間違いないでしょう。それにしても。リリのハンマーもベル様の刀でもっても致命傷を与えるのが困難でした・・・・・・ちょっと、悔しいですね」

 

「うん、あの時ベートさん・・・・・・ああ。【凶狼】の方の狼人の方が助けてくれたんです」

 

「そうなんだね。まぁ命あってのなんとやらって言うし。所でベルは何処の【ファミリア】に入ったのかな?」

 

「はい! 僕は今【ヘスティア・ファミリア】に所属しています」

 

「即刻退団することをおすすめするかな?」

 

「「ちょ!? なにゆえ!?」」

 

 いきなりの発言に思わずツッコムベルとリリルカ。「冗談かな」と全然冗談に見えない真顔で言うパイに何故そうなったかはわからないが、ベルは「自分の主神と合わせるときはしっかりと考えてからにしよう」と心に決めた。

 

「えーっと。そういうパイさんはどうしてるんですか?」

 

 話題を変えようとベルが尋ねると複雑そうな表情を見せるパイ。なにかマズイ事を聞いてしまったのだろうかと顔を見合わせるベルとリリルカ。そんな二人に「これは内密にしてくれないかな?」と聞いてくるパイにうなづく二人。

 

「実は、【ミアハ・ファミリア】に所属してるんだけど。まだ『ギルド』には登録してないんだよ・・・・・・理由は・・・・・・ふたりなら察してくれるかな?」

 

「ああ、なるほど。ベル様より遥かに強いパイさんですか・・・・・・なんとなく察しました」

 

「そうですね・・・・・・神様も僕のステイタスを見て常常胃を痛めてましたし。あっ、そういえば青の薬舗で胃薬って売ってます?」

 

「うん、置いてるよ。それでね、入団した当初にちょっと試しにダンジョンに潜ったんだけどね」

 

 パイの言葉にリリルカが即座に反応する。

 

「ちょっと待ってください。パイさん? さきほど、『ギルド』に登録していないと言ってませんでした?」

 

「うん、おかげで主神にも同じ【ファミリア】の仲間にも注意された」

 

「それは、そうですよ。それで・・・・・・どうなったんです」

 

 師の無駄に高い行動力に呆れたベルの言葉にパイは続ける――

 

「その時は全然『ステイタス』が上がらなくてさー、なんだか、腹が立ったからその日の内に食料とかを準備して、三日かけて潜れる所まで潜った」

 

「「なぁにを、やってるんですか貴女はぁ!!」」

 

「聞いて欲しいかな! なんだか最高なロケーションの滝に飛び込んで“ちょっと”は歯ごたえのある奴ら相手に戦って来たのに全然、上がらなかったんだよ! 理不尽かな! 『回復剤』と『研石』の無駄使いだったかな!」

 

 とんでもない行動を起こしていた知人にドン引きしている。ベルとリリルカ。リリルカも知識として知っているが、パイが言う所の滝とは『巨蒼の滝』の事であろう。そして今このバカはこう言った。「飛び込んで」と、記憶が確かなら飛び込んだ先はダンジョンの二七層。それも、飛び込んだ場合生き残ることまずできないはず・・・・・・。きっと、別の滝だろうと無理やり納得するリリルカであった。

 

 ちなみに、この三日間の個人の遠征で【ファミリア】に心配をかけ、ナァーザに本気で泣かれ、温厚なミアハに怒鳴られ。反省したパイがやっと大人しくなるのであった。

 

「というわけで、今は『便利屋』をやってるのかな!」

 

 パイの言葉にあー。っと声を上げるベルとリリルカ。そんな二人は目の前のパイにピッタリで自由そうな『便利屋』という立ち位置に大いに納得する。

 

「っと、ごめんねそろそろ、仕事の続きがあるんだった。じゃあ二人ともなにか雑用とかあったら是非頼ってね! 依頼の投函箱は『青の薬舗』の入口にあるからねー」

 

 そういって駆け出していったパイの姿は雑踏のなかに消えていった。相変わらずな姿に思わず笑うベルとリリルカはお互いに別れの挨拶をしてお互いに帰路につき・・・・・・次の日のこと。

 

 

――――――――――――――

 

 

「あの・・・・・・」

 

 それはーーベルが途轍もなく、男として苦悩しながら起きだす事となった。

 今だ朝日の顔を出し始めた朝の事だった。ロリ巨乳の誘惑に負けず、逃げるようにダンジョンに向かっていると後ろから声をかけられた。ベルが振り返るとそこには薄鈍色の髪の少女が居た。ベルは首を傾げる・・・・・・すると、少女はベルにある物を差し出しながら告げた。

 

「パンツ・・・・・・落としましたよ?」

 

「いくら、うっかりしてるとは自負してるけどそれは無いからね!?」

 

(魔石ならまぁ、ありそうだけどコレはない。しかも僕はトランクス・・・・・・いやいや、何を考えているんだ。)

 

 そう心の中でツッコミながら目の前の純白のブリーフを見る。

 

「ごめんなさい、ちょっとドン引きしちゃって」

 

「いえいえ、こちらこそ驚かせてしまって」

 

(むしろ驚かせる事を優先したんじゃないのか?) 

 

「あの・・・・・・まだ、何か?」

 

「いえ、先ほどのはジョークなんですけどね。コレ落としましたよ?」

 

 そういって純白の布(意味深)をスカートのポケットに入れて取り出したのは・・・・・・魔石であった。

 

「あれ? 本当にうっかりしてたかな・・・・・・すいません、ありがとうございます」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

 多分、出し損ねていたやつだったのだろう。リリルカには悪いことをしてしまった。ベルの中で後悔の念が沸いた時――ついでに腹の音もなった。結構な音が静寂の街並みに響き、ベルの顔が赤くなる。

 

「ふふ・・・・・・お腹が空かれているんですね・・・・・・よかったらこれでも・・・・・・」

 

「いえ、僕の主食はじゃが丸君でもいいですけど、ブリーフは主食になりません」

 

 ポケットに手を入れた瞬間にやんわりと断っておく、どんだけブリーフをネタにしたいんだよ。と思っていると、少女は笑顔で「冗談ですよ、少し待っててくださいね」と言って近くのお店に入ってゆく。その店の看板を見ると、そこには『豊穣の女主人』と書かれていた。

 

「お待たせしました。はい、これ、よかったら・・・・・・」

 

 そういって差し出されたバスケットの中にはおいしそうなパンやチーズ・・・・・・と手ぬぐい・・・・・・そう、手ぬぐいだ、けっしてさっきまで少女が持っていた物ではない。

 

「ええっと・・・・・・これ、貴女の朝ごはんじゃないんですか?」

 

「ええ、そうですよ。そして! 貴方がこれを受け取ったら最後、晩御飯をここで食べないといけないのです!」

 

「知ってますか? そういうフラグってのはバッキバキに折る為にあるんですよ」

 

「そんな! 借金は踏み倒すためにある。みたいな切り返しで来るなんて・・・・・・これが、冒険者」

 

 冒険者なのは全然関係ないが、ベルとしてもこれぐらいはしたたかな対応の方が親しみが湧いてくる。

 

「ははは、じゃあ、今日の晩に寄らせていただきますね。僕は、ベル・クラネルといいます・・・・・・あの、貴女は?」

 

「シル・フローヴァですよ・・・・・・ブリー、じゃなかった・・・・・・ベルさん。よろしくお願いしますね」

 

 シルに見送られながらもベルはバスケットを手にダンジョンへと駆けてゆく――そして思った。シルと名乗った少女・・・・・・絶対最後に「ブリーフ」と言おうとした・・・・・・っと。

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

 

力  :I 4

 

耐久 :I 1

 

器用 :I 60

 

敏捷 :I 21

 

魔力 :I 3

 

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

【】

 

 それは、ベル・クラネルの『ステイタス』であった。恐ろしいぐらいに上がっていない。少なくともヘスティアも理由はわからないらしく、この問題については先送りされているのが現状だ。

 

「なんで上がらないんだろうなぁ・・・・・・よっと」

 

 疑問に思いながらも、今日も六階層でウォーシャドウやフロッグシューターなどを狩ってゆく。ギリギリで回避をしながら切り込んでゆく。そんな、ベルの姿を他者が見れば危険な戦い方と称されるか。勇猛果敢と称されるか・・・・・・とにかく、師である人物の教えの【ブシドー】を多用した戦い方で次々にモンスターを屠ってゆく。一通り倒したあとベルはある事を思い出す。それは自身に発現していた《スキル》【狩猟】である。

 

 【狩猟】。効果は、「ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。」と言うものである。

 

 しかし、経験から発現する可能性の高いのが《スキル》である。ベルはこの様な行動などそんなにした事がない・・・・・・少なくともパイとの修行時に食事の為に野生の獣を狩って解体したぐらいだ。

 

 まさか、その度にパイにせがんで聞かせて貰っていた。『ハンター』の私生活の話・・・・・・その内容の中の“素材”集めに感化され、憧れた結果とは・・・・・・純粋な少年とは恐ろしいものである。

 

「とにかく、ドロップアイテムがもし剥ぎ取れるんだったら・・・・・・」

 

 ゴクリ――っと、生唾を飲んで近くに居る。まだ灰になっていないウォーシャドウに近づき、その爪に刃を当てる。

 

 妙に生々しい感触に不快感を覚えるベルだが、意を決して刃を通してゆく――そして

 

 ~うまくはぎ取れなかった~

 

「・・・・・・うーん」

 

 どうやらやり方が悪かったのか・・・・・・それとも“一定時間”を超えていたのか。

 

「取り敢えず、うまくなるまで練習だよな」

 

 ベルは気を取り直して、ウォーシャドウを探す。その光景を遠目に見ていた、冒険者の後の証言から「白髪の若い冒険者が一心不乱にモンスターの身体を解体している」という一種の怪談話が一部の冒険者の中で伝播したとか、しなかったとか。

 

 多額のヴァリスを持ってホクホクなベルはバベルから出て夕暮れ前の、少し日差しが和らぐ時間帯の【オラリオ】の街を西に向かって歩いていた。結局40体ぐらいのウォーシャドウで試してみたものの、剥ぎ取れたのは一本のみだった。

 

「おや? ベルじゃないかな?」

 

 白髪を揺らし、視線を向けるとそこにはパイが居た。

 

「パイさん、えっと・・・・・・こんにちは・・・・・・こんばんは? ともかく、今仕事の帰りですか?」

 

「そうそう、ところでさベル。この後暇ならさ、一緒に夕飯でもどうかな?」

 

「お誘いですか? えっと、一旦本拠に帰って神様を誘いたいと思ってたんですが・・・・・・あと、場所は僕が選んでもいいですか? ちょっと今日行こうと思っていた所があるので・・・・・・」

 

「うん、そこでいいかな。それにしても・・・・・・神様ってヘスティア? ふふーん? 久方ぶりにあの乳神をいぢるのもいいかなー」

 

 「いじる」ではなく「いぢる」なんとなくニュアンスで理解できたベルだったが、まさか、あんな事になるとはその時のベルは気がつかなかった。

 

 そして、二人の指定は西にある【ヘスティア・ファミリア】へと歩き出すのであった。




ちょっと書きたかった話を書けて良かったです。すいません、文字数一万五千超えました。

感想ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


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『オオカミさんがキャラ崩壊しかけるのは間違っているかな?』

ベートファンの皆様。本当に申し訳ありません!
彼をおにいちゃんキャラにしたかったのです。
したかったのです!


コメントいただきありがとうございました。


 ベル・クラネルは逃げていた。

 

 『韋駄天走り』という言葉を知っているだろうか? 意味は『非常に早く走ること』。

 

 横には身長差をもろ共とせずに並走する現在の状況の原因になったパイの姿がある。ステイタスの差なのかそれとも彼女自身の努力の結果なのか。

 

 とにかく、現状の説明を簡潔にすればベル達、二人は韋駄天の如く走りながらも追いかけられている。

 

「これも全部パイさんのせいですよぉぉ!!」

 

「とにかく今は逃げるが勝ちかなぁぁぁ! ベルぅぅ!」

 

 ベル達は10体のミノタウロスから逃げ出していた。

 

 それも、非効率極まりない大振りのフォームで逃げていた。

 

 重たく響く足音を背に、恐怖で泣きそうになりながらも、ベルは走馬灯のように思い出す。隣の馬鹿師匠の奇行と愚かな自分の行動の結果――こうなった経緯を・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルは己の判断を後悔していた。

 

 ヘスティアとパイの再会はそれはもうひどい有様だった。

 

 ダンジョンの帰りにパイとたまたま出会ったベルは夕飯に誘ってくれたパイを連れ――その足でホームの廃教会に招待した。

 

 しかし、ヘスティアを紹介した時。ベルは間違いを自覚した。出会い頭の双方の取った行動は顔を歪ませると言ったものだ。勿論悪い方向でだ。

 

 きっと、ベルは考える。「僕の知らない所で何かしらの因縁があったのだろう。」そう思える程度には推測できる。そういう雰囲気。

 

「まさか、神綱:ロリ巨乳目:ヒモニート科:駄女神属のヘスティアが、ベルの主神とは・・・・・・どういった縁でそうなったのかな? ん~?」

 

「トビ子君は相変わらずだね・・・・・・まぁ、今のボクは駄神綱:ロリ巨乳目:バイト戦士科:駄目駄女神属だから前より成長したんだぜ?」

 

「なんだと!? では、もうニートともヒモともいえないかな。ぐぬぬ・・・・・・やるじゃないかな。見直したかな!」

 

 一体何を言ってるんだこいつら。

 

 なにやら生物の説明みたいな紹介の仕方で、会話をしている二人を少し引いた場所でベルは冷めた目で、馬鹿げた口論を続ける二人をで眺める。

 

 どこか、懐かしそうに話すヘスティアの話を聞きながら『うなづく』パイも最初ほどの嫌悪の表情ではなかった。よくわからないけど、そういう挨拶みたいなものなのかもしれない。

 

「じゃあ、私がココから去った後に追い出されたのか。自業自得かな」

 

「うっ・・・・・・確かにその通りだけどさ。とにかく、今はヘファイストスに少しでも、借りたお金を返すために働いてはいるよ」

 

「えっ!? 神様・・・・・・借金してるんですか?」

 

「ああ、ベル君には関係ない話だよ、前に世話になっていた友神の個人的な物だから。ボクが責任もって返すし。これ以上ベル君に負担をかける訳にもいかないしね」

 

「そうだよ、ベル。この駄目駄女神・・・・・・なんか。『ドキドキノコ』みたいかな・・・・・・とにかく、コレは甘やかしたらダメな類のやつかな」

 

「・・・・・・遭いも変わらず辛辣だね。トビ子君はなんで、ボクの事をそこまで目の敵にしてるんだい?」

 

「その、首とお腹の間にあるものが萎んでくれたら。崇拝するかもしれないかな?」

 

「まさかの、ボクのアイデンティティーの否定!?」

 

 それから、お茶を交えて落ち着いたころ、ヘスティアがパイに【ファミリア】の勧誘をしたが・・・・・・。

 

「・・・・・・ごめんかな。実はミアハさんの所に入っちゃったんだよ」

 

「ダメ元で声をかけただけだから、別にきにしなくていいよ。それにしてもミアハの所なのか、よーしこれからは、ボクもお得意様になっちゃうぜ!」

 

「あ。そういうのはいいかな?」

 

「辛辣ぅ!?」

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ベル達は、現在ヘスティアに問われ。今までのパイとベルの訓練の話をしていた。

 話を聞き終えると、ヘスティアはベルがいままでで見たことのないような露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

 

「君達・・・・・・一体、何を基準にして訓練しているんだい? ダンジョンに何を求めてるんだい?」

 

「さぁ・・・・・・? 少なくとも私は出会いは求めてないかな?」

 

「はぁ・・・・・・いや、ボクも悪かったよ。じゃあ、次はベル君のステイタスを更新しようか?」

 

「あっ、お願いします。神様」

 

 済まないが外で待機しててくれないか? と言う神様の言葉に素直に部屋から出ていくパイ。すると嘆息をつくヘスティアにベルは心配そうな視線を送るが、ヘスティアは疲れたような笑いで“なんでもないよ”と言う。

 

 ベルは、キョトンとしながらもいつもどおり上着を脱いでベッドにうつ伏せに寝る。慣れた動作でヘスティア腰に乗り、その白魚のような指に針を指に指す。滲んだ血がベルの背に落ちるとステイタスの表示がされる仕組みだ。

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

 

力  :I 4  →:I 47

 

耐久 :I 1  →:I 1

 

器用 :I 60 →:I 89

 

敏捷 :I 21 →:I 79

 

魔力 :I 3  →:I 21

 

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

【憧憬一途《リアリス・フレーゼ》】

 

 ・早熟する。

 

 ・懸想が続く限り効果持続。

 

 ・懸想の丈による効果向上。

 

 

―――――――――

 

 

 ヘスティアは痛む胃を抑えたい衝動を押さえ込んでいた。

 

(トータル140オーバー……ちょっとまってくれよぉ・・・・・・今までの≪スキル≫だけでも問題なのに、なんでこんなレアスキル持ってきちゃうんだよぉベルくぅん)

 

 本気で涙が出そうになってきたヘスティア。しかも“早熟する”? なんなんだこれ?

 

 この子が純粋な事はここで半年も一緒に過ごしていると嫌でも分かる。

(問題は・・・・・・このスキルを発現した何かが、なんなのか・・・・・・だよね?)

 

「ベル君。ちょっと聞いてもいいかい?」

 

「? はい。なんですか? 神様」

 

「すごく、ステイタスが伸びているんだけどさ、ひょっとして最近なにかあったのかい?」

 

「ああ!? すいません・・・・・・実はですね」

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ベルの話を聴き終え、考える。前までこんなスキルが発動していなかったので、パイとの再会が原因である可能性は低い。となるとサポーターで同行した小人族の少女か、あのロキの所の【凶狼】か【剣姫】か・・・・・・。

 

「その小人族か剣姫が怪しいよなぁ・・・・・・」

 

「え? なんですか?」

 

「いや、大丈夫。何もないよ。さてこれがベル君のステイタスだよ」

 

 そう言って。ヘスティアはベルにステイタスの写しを渡す。ベルはその紅玉のような瞳を丸くさせて、そのステイタスを見ている。すると、此方に視線を返してくるが、何が言いたいのかはよくわかっているので“決めていた答え”を返す。

 

「たまに聞く、“成長期”ってやつじゃないかい? それに、ミノタウロスなんて格上と戦って生き残ったんだ。それぐらいの質の高い【経験値】だったとしても、不思議はないよ」

 

「そうなんですか・・・・・・。あれ。あの、このスキルの欄なんですが・・・・・・」

 

「おっと、ボクも少し混乱していたようだね。期待させてごめんよ。ベル君には新しいスキルはでてないよ・・・・・・。そろそろ、トビ子君を呼んで来てくれないか?」

 

「あっ・・・・・・そうですね、ちょっと行ってきます」

 

 そう言って上着を着て外へと向かうベル君を視界で追いながらも、心の中で溜息を突く、前にベル君から聞いた「君はどんな冒険者になりたいんだい?」という質問に対して。『僕は、英雄みたいな存在になって、そして、ハーレムを作りたいんです!』。

 

 っと、堂々と邪気もなく言い切った。純粋・・・・・・? な少年に対して、優しい微笑みが自然にできたのは自画自賛してやりたいくらいだ。いままでどういう環境で育ってきたのか。十中八九、ベルの『祖父』が原因である。

 

「とにかく、次の『神の宴』の事を思えば胃が痛いよぉ・・・・・・」

 

 シクシクと痛む胃の壁と相談していると、外からベルとパイが帰ってくるのがわかった。しかし、どうも様子がおかしい事に気づく。

 

「ベル。大丈夫かな。【コレ】はきちんと閉まってるし。そうそう割れたりしないかな!」

 

「違うんですよ! 【ソレ】が同じ部屋にあるって事が怖いんですよ! 外じゃないんですよ? 室内なんですよ?」

 

「ただいまー、ヘスティア。ねぇねぇ、別にモンスターのフンから作ったアイテムを、この部屋に持ち込んでも……いいかな?」

 

「即刻。上の教会の端っこに置いておくんだ。神威を使うことも辞さないからな!」

 

 なんて危険な物をもってくるんだ! ヘスティアの真顔での采配にベルも青ざめた表情で必死に首を縦に降っているのであった。

 

 

―――――――――

 

 

 『豊穣の女主人』は今日も盛況である。

 

 パイ・ルフィルは何度か接客と調理でお世話になった店の前でポケーっと口を開けていた。結局、胃が痛いのでと辞退したヘスティアに胃に優しい料理を作ってあげた。

 

「ああ、美味しいよ。胃にやさしいよ・・・・・・すごく嬉しいよ・・・・・・」

 

 涙すら流してパイ特性のオートミールをすするヘスティアに憐憫すら感じたパイは少しの間はそっとしておこうと心に決めた・・・・・・それはともかく、パイはベル二人で“ベルの行きたいお店”に行ってみると、そこはパイもよく知る店だった訳だ。

 

「こんばんは、シルさん。約束通りきましたよ」

 

 ベルが何かに気づいたのか、パイもよく知る人物に声をかける。声をかけられた人物も、笑顔で向かい入れる。

 

「こんばんは、ようこそいらっしゃいました! ってあれ? ベルさんと・・・・・・パイ? どうしたの? 今日は仕事入ってないですよね?」

 

「こんばんはかな、シル。えっとね、今日はお客さんとして来たかな・・・・・・入れそうかな?」

 

「そうだったんですか。ええ、大丈夫ですよ・・・・・・お客様、二名入りまーす」

 

 中々に盛況な店内のカウンターに通された二人の前に大柄な女性が顔を出す。その相手の一人が知人であった事に軽く、驚きながらも不敵な笑顔で話しかけてくる。

 

「おや、シルの言ってた坊主ってのは随分と可愛らしいねぇ・・・・・・それに、パイ。あんたが客でくるなんて初めてじゃないか?」

 

「ミアの女将さん、私も中々に忙しい身であるかな。今日は友人であるこの子と夕飯を一緒にしようと誘ってみると、行きたい所があるって言われてね。道案内を頼んだらココだったって訳かな」

 

「あれ? パイさんはここに来た事あったんですか?」

 

「来たというよりも、たまーに忙しい時とかに、臨時の従業員として働いて貰っているんだよ。案外と人気なんだよ? っとそれよりも、坊主・・・・・・シルから聞いたけどあたし達をビビらせるぐらいの大食漢なんだって?」

 

「「・・・・・・え? なんでそれを?」」

 

 驚いたような顔をする客二人に、あら? っと口元を抑えるシル・・・・・・そんな、身内の行動にやや呆れたような顔をする店主のミアは、シルに少し強めに視線を送ると、シルは小さく舌をだしてそそくさと仕事に戻っていった。

 

「とりあえず、念の為に予算を多めに持って来てて助かったかな。取り敢えずこれで、適当にお願いするかな」

 

 そう言って、パイは腰からヴァリスの詰まった袋をカウンター越しにミアに手渡す。「中身は二万ヴァリスあるかな」と言うパイに、ニヤリとミアの表情も楽しげになる。

 

「はいよ――ところで、酒はどうする?」

 

「私は、度数の少ないやつで料理に合うのを順々に度数を上げていく感じでお願いするかな」

 

「僕はーー初めてなので弱くて飲みやすいのがあれば・・・・・・」

 

 二人の注文を受け取った。ミアが厨房へと入ってゆき、しばらくすると金色の髪のエルフの店員が酒らしき飲み物を持ってくる。

 

「おまたせしました。しかし、パイがお客さんとしてくるというのは・・・・・・実に新鮮だ、そこのヒューマンの少年も楽しんでいって欲しい」

 

「紹介するよ、ベル。この人はエルフのリュー。ここの店員さんだよ」

 

「はじめまして、ベル・クラネルと申します。パイさんにはいつもお世話になっています。今日は遠慮なく楽しませていただきますね」

 

「礼儀正しい少年だ・・・・・・では、クラネルさん。パイ。ごゆっくり――」

 

 小さく微笑みながら離れてゆくリュー以外にも、他の店員の猫人ヒューマンの女性・・・・・・全員が美人である・・・・・・が次々と時間を作ってパイに挨拶してくる。全員分の挨拶が済んだ頃に注文の品が到着してくる。

 

 さて、料理が運ばれてみれば、それはかなりのボリュームのある色彩あふれる料理の数々であった。ミアも二人にしては多いヴァリスに奮発した節もある。しかし、ミアは知らなかった。『ハンター』と呼ばれる人種と、それに弟子入りしてしまった人間の普通が、自らの常識に当てはめてはいけないという事を・・・・・・。

 

「わぁ――とっても美味しそうですよ、パイさん!」

 

「相変わらず、ミアの女将さんの料理は美味しそうかな!」

 

 では――っと揃って手を合わせる二人。そして「「いただきます!」」っと告げた瞬間――料理が端から消えていった。流石にこの世界に来て“向こうみたいな『ハンター』らしい食事の仕方”はしていないパイ。

 

 『ハンター』らしい食事の仕方とは、とにかく詰め込む。食事など栄養補給だとでも言いたげにガツガツと食べる。別に誰かに奪われる事を危惧している訳でもなく純粋に食べるスピードが速いのだ・・・・・・そして、その姿もはっきり言って宜しくない。

 

 最後には、満腹である事を示すように腹を叩いて満足げに食事を終える。いつもの事だと、料理を作ったアイルーが自らの料理の感想を尋ねると。「ボリューム満点な“味だった!”」や「神秘的な“味だった!”」など、独特の返答が帰ってくる。

 

 とにかく、『ハンター』は量もよく食べる。一般人からすれば、七人前近い大量の料理も平気で平らげてしまうのが『ハンター』である。伊達に、腹が空いたからと言って狩りの途中でこんがりと焼いた、大きな肉を軽食みたいなノリで食べてしまう訳である。

 

 そんな、『ハンター』もいくら食べ方について気を付けていたとしても、食べる量の事までは考えない・・・・・・つまり――

 

「「とってもおいしい! おかわり!」」

 

 厨房で悲鳴すら上げる暇なく、店内のすべての従業員が文字通り“ビビってしまう”ほどの量の食事が始まったのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ミア・グランドは後に語る・・・・・・「パイが毎回、賄いを遠慮する理由がわかった」っと・・・・・・。

 

 腹も満たされたパイが、度数の強い酒をちびちび飲んでいると、入口の方が何やら騒がしくなってきた。隣のベルも気になったのだろう、背後を確かめるように振り返ると、あっ・・・・・・っと、気の抜けた声を漏らす。

 

 他の客も、ひそひそと話出し――入口から入店してきた集団のエンブレムを目にした瞬間――目を反らしてゆく。

 

 団体の客として入ってきたのはここ【オラリオ】で最大勢力と言われている【ファミリア】の一つ【ロキ・ファミリア】であった。

 

 予約しておいた席に落ち着いた集団は、用意されていた料理と酒が行き着いたところで。赤毛の少女の音頭で宴会が始まる。

 

「みんなぁ! 遠征おつかれさん! フィンも元気になったし、今日は無礼講や! 飲んで騒げや!」

 

 その、言葉を皮切りに【ロキ・ファミリア】の面々が互いに話を交えながらの酒席を楽しでゆく・・・・・・。そのタイミングで、シルが近づいてくる。

 

「【ロキ・ファミリア】ですね。うちのお得意様でよく使ってくれるんですよ? そういえば、パイは初めてだった?」

 

「うん、そうかな。それにしてもフィンって確か、あそこの団長だったよね? 元気になったって?」

 

 パイの質問にしばらく口元に指を当てて虚空を見つめるシル。そして、自分なりに結論が着いたのか「あまり、いい話じゃないけど」っと言って説明する。

 

「実は、一年ほど前の事なんだけど、その【ロキ・ファミリア】の団長と団員が正体不明の怪人に襲撃される事件があったらしいの。団長は無事だったらしいんだけど、その時の怪人を逃しちゃって・・・・・・きっと、それ以降も気を張っちゃったんでしょうね・・・・・・。それに、その怪人はなんでもとても汚いものを投げてくるみたいで、ウチも裏口でやられちゃって・・・・・・あの時のミア母さんの怒りようといったら・・・・・・」

 

「へ・・・・・・へぇ~、そんな事があったのかな? こっ、怖いかな?」

 

「でしょー? まぁ、もう一年以上、その怪人も姿を現していないっていうし。大丈夫だとおもうけどね・・・・・・っと、ごめんなさい。ベルさん。すこし、話し込んでしまいました」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 笑顔で話すベルとシルとパイだが、パイは内心冷や汗ダラダラである。(その事件は記憶に新しい物で犯人は私です。)などと言う訳にもいかず、『栄養剤』と『元気ドリンコ』だけでは償えそうもない事をやらかしたと再認識していた。しかも、たまーに思い出したかのように怒っていたミアの理由も初めて理解した・・・・・・そういえば、リリルカを助ける為に【アレ】を投げたのも・・・・・・思い返せばこの辺だったような・・・・・・。

 

 まぁ、それなりに賑わう店内。妙に悪目立ちしない限りはバレたりしないかな・・・・・・っと考えていたが・・・・・・

 

「あっ・・・・・・パイだ」

 

 あっさりと、以前の依頼人であるアイズ・ヴァレンシュタインに見つかるのであった。ちなみに、定期的に剣の師事は続けており、ベル同様飲み込みの速さ故にパイも喜んで続けている。

 

 

「や・・・・・・やぁ~、アイズ。この間ぶりかな?」

 

「なんや、アイズたんもウチの近くにきいや・・・・・・って、『便利屋』やないか! 例の件では世話になったなぁ!」

 

「ロキさんはお久しぶりかな! あのあと団長さんの調子はどうかな?」

 

「あー、変に調子ようなりすぎて、ちょっと気色悪いテンションになっとったわ。今はもう戻っとるけどな」

 

「何をやってるんだい? ロキ・・・・・・この人たちは?」

 

「おお、フィン。丁度いい所に来たな、この白髪のお嬢が以前の栄養剤を譲ってくれた『便利屋』のパイや」

 

「え!? あの栄養剤をかい? そうだったのか・・・・・・ありがとう。おかげでとても助かったよ」

 

 胃を痛める原因を作って、後に栄養剤を送る。酷いマッチポンプに対して心の底からの笑顔を浮かべるフィンにパイの少ない良心が痛み出していた。

 

「そっ・・・・・・そうかな? うん喜んでもらったならよかったかな?」

 

 その後はお互いの席へと戻り酒や料理を楽しんでいた。しかし、そうなると会話のネタも少なくなってゆき、ついつい最近の話題などになってくる。

 

「でもさー今回の遠征は散々だったよねー【大双刃《ウルガ》】も溶けちゃうしさー」

 

「ぶつくさ言わないの、命あるだけましでしょ?」

 

「ティオネはそう言うけどさーってそういえば、帰りに逃げ出したミノタウロスさ結局どうなったの?」

 

「そういえばそうね、アイズ。たしか貴方とベートが最後まで追いかけてたわよね?」

 

 第一級冒険者のアマゾネスである、【大切断】のティオナ・ヒリュテとその姉の【怒蛇】のティオネ・ヒリュテは同僚の【剣姫】のアイズに当時の様子を尋ねる。

 

「うん、ベートさんが気持ち悪かった」

 

「アイズ? 聞き取れてなかったら悪いんだけど、私達、ミノタウロスの話題してたのよ?」

 

「ごめん、端折りすぎた。実は・・・・・・」

 

 アイズがミノタウロス逃亡の一部始終を語ると「うへぇ・・・・・・」っと姉妹の顔が歪む。

 

「「えっ・・・・・・なにそれ、そんなの“【凶狼】”じゃないじゃない、デレデレワンコじゃない」」

 

「ね・・・・・・気持ち悪いでしょ?」

 

「「確かに!」」

 

「お前ら、人に喧嘩売ってんのか?」

 

 どこか異質なガールズトークに青筋を浮かべて引きつった笑みを浮かべているベートがその会話の中へと入ってゆく。

 

「あっ、デレデレワンコ」

 

「出たわね、ツンデレデレワンコ」

 

「あっ、気持ち悪くないベートさんだ」

 

 ティオナ、ティオネ、アイズの順に好き勝手に言われる青年、ベートは心の中で涙した。

 

「ねぇねぇ。ベル。もしかして【凶狼】ってあそこで一瞬で老け込んだ狼人の青年の事かな?」

 

「えっ!? あっ、そうですよパイさん! あの人がベート・ローガさんですよ!」

 

「なんと? なら挨拶とお礼言わないといけないかな」

 

 遠巻きに会話を聞いていたパイがベルに確認を取ると、二人は席を立ってベートの近くまで歩いてゆく。

 

 ティオネとティオナもパイの存在に気づき視線を向けると、アイズも近づいてくるのが例の少年だとその時初めて気がついた。

 

「こんばんはかな、私は『便利屋』のパイだよ? そちらのベートさんにお礼を言いに来たかな。べートさんベルとリリを助けてくれてありがとうかな!」

 

「こんばんは、【ロキ・ファミリア】の皆さん、僕はベル・クラネルです。ミノタウロスの件ではべートさんに助けていただきました。」

 

 『便利屋』の異名は【オラリオ】にも浸透しているので、ティオネもティオナも直ぐに「ああ、貴女が例の・・・・・・」っと理解する。

 

「ん? おお、ベルじゃねぇか・・・・・・礼なんざいらねぇよ・・・・・・ところで」

 

「ああ、この人は僕の師匠にあたります」

 

 やっと、心の折り合いを付けたべートが返事を返し、となりの『便利屋』とやらとの関係を聞こうとするが、それをベルが先手をとって紹介する

 

 ベルの事を一目置いているベートは知らずのうちに目の前の女性を見る、強そうには見えないが底を測れるような気もしない。不思議な感じの人間であるとべートの中にある野生の本能が告げている。

 

「ほぅ・・・・・・ベルの師匠ね・・・・・・」

 

「ついでにいえば、私を鍛えてくれている人でもある」

 

「「「マジで!?」」」

 

 まさかに身内からの言葉にその場にいたアマゾネス二人とべートが驚愕の事実に同時に叫ぶのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 そのまま、【ロキ・ファミリア】の中で談笑していたベルとパイの話題は、基本的にベルのものとなっていた。ティオナもベルとは英雄譚という共通の話題で盛り上がり。それを呆れながらも聞くティオネとアイズとべートはパイと戦闘面での議論を交わしている・・・・・・そして、夜も更けた頃

 

「でも、あの時にミノタウロスとの戦闘はすごかったよ。パイの弟子だったって事で納得はできた」

 

「まぁ、技術に関してはなかなかにすげえな・・・・・・それは認めてやるよ」

 

「それでも・・・・・・べートさんとアイズさんに認めて貰えた事は・・・・・・嬉しいです」

 

「・・・・・・なぁ、調子には乗るなよ? ベル」

 

「・・・・・・え!?」

 

 べートの突然の否定を帯びた言葉にベルは戸惑いのを隠すせず硬直する。そんなベルを見てベートは伝えるべき言の葉を続ける。

 

「いいか? 俺は雑魚が嫌いだ。確かに、ベルの事は俺も認めている。それは確かだ、それでもお前は“雑魚でしかない”。高Lv.の戦いに置いて技術で補える点は【ステイタス】の壁を補う事は・・・・・・出来たとしてもだ。本に書いているみたいな、大昔のダンジョンのモンスターを・・・・・・それこそ“生身”で倒せるような連中がいるならば、例外だが。少なからず、お前はミノタウロスに“致命傷を与えられなかった。”・・・・・・“努力を重ねようと、気持ちが前に進もうと、結果に繋がらないとどうにもならないのが”冒険者だ」

 

「それは・・・・・・いえ、べートさんの言う通りです・・・・・・。あの時、“助けてもらって”なかったら僕達はどうなっていたか・・・・・・」

 

 ベルの素直な反応にべートは苦笑を浮かべる。

 

「そうだな、“助けてもらう”内はお前は“雑魚”でしかない、いつだって危険は常にあると思うのが冒険者だ。それを考えない奴は・・・・・・強者からすれば“雑魚と呼ばれてもし彼方ない”だろ・・・・・・だから――」

 

 ベートはベルへ向けている視線をさらに強くし――睨むようにしながら告げる。

 

「――雑魚じゃあ・・・・・・この俺の隣には釣り合わねぇって事を覚えておくんだな」

 

 そのべートの言葉に先程まで“何処かにやけていた”ベルの表情が強ばった。そして知らずに握った拳の感触に自らが感じた感情の正体を知る。

 

(悔しい! 実力不足なのもあるけど、なにより、この人にあんな事を言わせてしまった自分が・・・・・・情けなくて、悔しい!)

 

 歯を食いしばり、耐えるようにうつむくベル・・・・・・。そして、数秒の時を経て、確かな意思をその紅玉の瞳に満たし。目の前の・・・・・・憧れの対象――へと向ける。

 

「・・・・・・強くなります! いつか、あなた達と肩を並べられるような・・・・・・そんな冒険者になります!」

 

「ふむ・・・・・・よくぞ、言ったかな、ベル!」

 

 そこで、パイが話に乗りかかる。視線を合わせてくる、真剣な表情のベルを見据え――パイは頷き、ベルも頷く。

 

「強さとは一日で物にならないかな・・・・・・だからこそ、私はベルにこんな言葉しか言えない・・・・・・」

 

「はい・・・・・・大丈夫です。今までもそうでした、そしてこの時も・・・・・・僕達にはあの言葉があります」

 

「「ひと狩り行こうぜ!!」」

 

 まったく同じタイミングで叫んだパイとベルは即座に『豊穣の女主人』の入口へと駆け出す。

 

 最後に入口で振り返った、パイが「ミアの女将さん! もし今日の分足りなかったら後日もってくるかなー」っとだけ伝えると夜の街へと消えていった。

 

 嵐のような一幕に呆然と見送る『豊穣の女主人』の女将と店員・・・・・・そして【ロキ・ファミリア】の面々。

 

「全く・・・・・・らしくねぇな」

 

 そう言って、瞳を閉じながらも自らの席に乱暴に座るべート。息を吐いて目を開けると、そこに広がる光景は・・・・・・何やら感動に瞳を閏わせるフィンやロキ達古参達と、気味悪いものを見るような同レベルのメンバー。そして、なにやら、今までの見方を変えようとしている。下のLv.の連中・・・・・・。

 

「・・・・・・なぁ、フィン、ババア、ジジイ・・・・・・俺、ひょっとしてやっちまったか?」

 

 なんだかんだで想定外に事が進んでいると理解し、冷や汗をかいているべートは唯一の変わらない常識人へと助けを求めるが・・・・・・。

 

「べートがあんなに他人の事を考えてくれていたなんて・・・・・・僕も年齢を取ったか・・・・・・涙脆くなったものだ」

 

「仕方ない・・・・・・フィンはこの一年、あの『妖怪フン投げ』の驚異に常に気を張って居たのだ。今ぐらいは『団長』の肩書きを抜いてもいいであろう」

 

「リヴェリアの言う通りじゃ! フィン。お前は働きすぎじゃ! お前の気持ちと行いは、ちゃんと後世に繋がれておる!」

 

「せやな! ウチもべートの事「ツンデレな空気の読めない奴」やと思ってた! でも、それは間違いやった!」

 

「・・・・・・」

 

(いやいや・・・・・・どうしたよ? こいつら・・・・・・ここ一年はフィンの野郎が気を張っていたのは知っていたが・・・・・・そんだけやばい案件だったのか?)

 

 幹部・・・・・・それも、【ファミリア】のトップ3と主神の対応に何処か引いた気持ちで見つめるべート。次に同じLv5の仲間達へと視線を向けると――異常なモノでも見るような五つの視線が突き刺さる。

 

「・・・・・・なんだよ? バカゾネス、アイズ、ラウル・・・・・・それに、レフィーヤまで・・・・・・」

 

「うわっ!? べートが人に気を使うなんて・・・・・・気色悪ッ!?」

 

「ちょっと、ベート大丈夫? なにか変な物、拾い食いしたの!?」

 

「・・・・・・えっ?」

 

 ベートは耳を疑った。今までなんだかんだでケンカしてきたアマゾネスのティオネ・ヒリュテの暴言とその双子の妹のティオナ・ヒリュテの本気で心配する声につい戸惑い、間の抜けた声を上げてしまった・・・・・・そして。

 

「べートさん・・・・・・【ディアンケヒト・ファミリア】に行こう。アミッドならきっと治してくれる」

 

「えっ!? ええっ!? べートさんっすよね? えっ? 偽物とかっすか?」

 

「ちょ・・・・・・ちょっと、ラウルさん、偽物は失礼ですよ!? えっと・・・・・・もしかしたらお酒を飲みすぎただけかもしれませんし・・・・・・多分」

 

「・・・・・・えっ?」

 

 【ファミリア】の剣士であり、同じLvであるアイズの言葉も中々に酷い物であった。淡い想いを向けている相手からの真顔で【聖女】の治療を推奨されてしまったベート・・・・・。アイズのよくある、天然なのか真面目なのか判断に迷う。

 

 続いて、【ファミリア】の貧乏くじ担当のラウルとレフィーヤの二人が慌て、混乱している。ラウルは何故か、只管に周りを見渡し。レフィーヤに関しては「酔ったら。お水ですよね!」と言いながらもコップに酒を注いで渡してくる。明らかにパニックになっていた。

 

 酷い言われようである。ベートは手渡された酒に口をつけながらやるせない気持ちになっていた。べート自身も決して【ファミリア】内でほかの団員達と仲良くしているなどと日和った事などしていないという自覚はあった。だからこそ力を示した。少しでも前に進み、その在り方でベート・ローガと言う強者の姿を示してゆく。そんなやり方をあえて選び行動してきた。

 

 しかし、今回の事で思った・・・・・・想いだけでも、力だけでも・・・・・・伝わらねぇんだな・・・・・・っと。

 

 後の話になるが。【ロキ・ファミリア】で『ベートがデレデレになっちゃった事件(ロキ命名)』の後でLvの低い団員達が少しでも現状を変えようと鍛錬に励み。賑わう訓練場で時たま悪態を付きながらも団員のアドバイスや面倒を見ている狼人の青年の姿があるとか・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

 

「突っ込むかな―!」

 

「はい! いきます!」

 

 パイ・ルフィルはベル・クラネルと共にダンジョンを駆けていた。

 

 強さに憧れる少年と共に走り抜けてゆく階層はどんどんと下層へと向かってゆく。きっとベル一人ならばある程度の段階で止まっていたのだろうが、今回は動くトラブルメーカーと一緒である。無論そのトラベルメーカーはパイである。

 

 パイは、相変わらずの何処かズレた価値観の元行動した。だからこそ“彼女を信じたベルは後悔することになる”っといよりも、村での鬼畜な修行で懲りていない少年であるベルも大概なのだが・・・・・・。

 

 そして・・・・・・階層は恐ろしい速度で道中の敵を蹴散らし・・・・・・たどり着いた場所は・・・・・・一三層であった。最初の死線(ファーストライン)とも呼ばれる中層域であり。馬鹿でもない限りは準備もロクにしないLv1が来る場所ではない。

 

 テンションは無駄に上がり、酒の力で後先考えていない二人はさらに暴挙に出る。目の前には更に地下へとつながる『穴』がある。

 

 そう・・・・・・忘れてはいけない。この『ハンター』の悪癖を・・・・・・。なにか、変なセンサーでも搭載されているのか。穴の方向を無意識に認識したパイは、隣のベルの手を急に掴むと、一瞬、戸惑うベルを無視し――そのまま穴へと飛び込んだ。

 

「って! パイさん! それは流石にないですよおおお・・・・・・ぉぉぉ・・・・・・」

 

 穴へと落ちてゆく少年の悲鳴がエコーを残してダンジョンに残響を残す。一匹のウサギのようなモンスターのアルミナージが何処か同情を含めた視線を穴へと落ちていった冒険者へと向けていた・・・・・・ひょっとしたら同類と思われたのかも知れない。

 

 そして、落ちた先は・・・・・・たくさんのミノタウロスの群れのど真ん中であった。

 

 そして――冒頭に戻るわけである。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

 

力  :I 47  →:E 471

 

耐久 :I 1   →:D 573

 

器用 :I 89  →:F 391

 

敏捷 :I 79  →:E 489

 

魔力 :I 21  →:I 61

 

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

【憧憬一途《リアリス・フレーゼ》】

 

 ・早熟する。

 

 ・懸想が続く限り効果持続。

 

 ・懸想の丈による効果向上。

 

 

「「言い訳を聞こうか?」」

 

 感情の抜け落ちたような瞳で簡潔に問いただすヘスティアと自分の主神のミアハにパイは愛想笑いで返す。ここは【ヘスティア・ファミリア】の本拠である、朝になっても戻ってこない眷属を心配して外で待っていたヘスティアは廃墟みたいな教会に近づく影を見つけ近づくと・・・・・・そこには悲惨という言葉すらも生ぬるいような己の眷属の姿とその眷属を背負ってくる知人の姿であった。

 

 ベルは・・・・・・生きてはいるけど、絶対安静の状態であった。ミイラみたいに全身を『青の薬舗』から持って来たポーションで浸した包帯で巻かれている。事情を知らなければ誰か分からない状態である。とはいえ『ポーション』や『回復剤グレート』も使っているので。後遺症もなく明日にはいつもどおりに戻っているだろう。

 

 ミノタウロス十体にボコボコに殴られても、生きていたら案外何とでもなるもんだ。パイは遠い目をしながらも、この世界の技術の高さに感心していた・・・・・・さて

 

「いやぁ。ミノタウロス相手にどこまでいけるかって思ったんだけど、まだ今のベルじゃ厳しかったみたいだね・・・・・・まぁ、そんな気はしてたかな」

 

「君は僕の子供を殺す気か!?」

 

 ヘスティアの叫びにパイもやりすぎた事もあって素直に頭を下げる。そして言い訳になるけどと断りを入れてから話す。

 

「いやぁ・・・・・・ブラッドザウルスも倒せたからいけると思ったかな」

 

 そんなパイに呆れた溜息をつくミアハもパイにこの世界の常識を教える。

 

「一応、知らなかったと思うから教えておくぞ? パイよ。外のモンスターはダンジョンのモンスターに比べると格段に弱いのは・・・・・・存じているか?」

 

「・・・・・・え・・・・・・? そうなの・・・・・・かな? えっと・・・・・・ミアハさん? ちなみに、こっちじゃ三十階層で出現するらしいけど。外のは大体どのくらいなのかな?」

 

「十一階層あたりのオークよりすこし強い程度・・・・・・とは話に聞いてる・・・・・・」

 

「まじかぁ・・・・・・よくあそこまで戦えたかな・・・・・・流石はベルだね」

 

 感心しているパイに手を振ってヘスティアがツッコム。

 

「いやいや、そもそも何をしたらあんなになるんだい? 怪我然り、ステイタス然り」

 

「えっとね。十三階層で穴の中にダイレクトジャンプした後に、ミノタウロスの群れの真ん中に着地したんだけどね。そこからかな、流石に多勢に無勢って事で逃げ出したの」

 

「・・・・・・うん、そこに関してはツッコマないぞ! 続けてくれ」

 

「それで、私が戦って倒すのは簡単だったから、ベルに私の『オーダーレイピア』を貸して、戦わせる事にしたのかな。いやーあの時のベルの動きは中々に凄かったかな、人間死ぬ気になったらあんな風に動けるんだって思ったかな」

 

「・・・・・・で?」

 

「まぁ、それでも流石に多勢に無勢で、一発ミノタウロスの一撃を受けたらそのままフルボッコ・・・・・・ヘスティア・・・・・・?」

 

 そこまで語り、パイは目の前に女神がとても。とてーも昏い笑顔を浮かべている事に気づく、もはや闇落ち一歩手前と言われても仕方ないレベルである。

 

「ふふ・・・・・・ふふふ・・・・・・」

 

「いや! まって欲しいかな! 直ぐに『閃光玉』で助け出して、『回復剤』は飲ませたかな!」

 

「そうか・・・・・・それで済むと・・・・・・オ・モ・ウ・ナ・ヨ? トビ子クン?」

 

 どうやったのか、ソファーに座った状態から跳躍したヘスティアは奇声を上げながらパイに突撃する、猫のようなケンカを開始した二人の凸凹な童顔な二人を何処か、引いた目で見ていたミアハは、呻くベルの介抱を行うのであった。

 




ベル君。結局ボロボロになる。


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『武器強化はハンターの醍醐味かな?』

やっと、一年前に関与したキャラに再会できました。
パイの冒険はまだまだ続く!


 ヘスティアは土下座していた。

 

 それはもう、素晴らしいぐらいに見事な土下座であった。もし世に『正しい土下座の仕方』なんて本があれば、彼女の今の姿はその見本になっていることであろう。

 

 そんな、下らない事を考えながらも職務に務めるヘファイストスは、いい加減に視界に入る友神の強情な態度に何度目になるか分からない溜息をつく。

 

「ヘスティア。何度でも言うけど、私は貴女の眷属に武器を作らないわよ」

 

「そこをなんとか、お願いするよ! ヘファイストス!」

 

 この様な会話もあれこれと五十回は超えただろうか、本当に強情である。しかし、そういう真っ直ぐな所がこの友神の良き所である事も知っている。

 

 そもそも、神々は地上に降りた時から“本来の神としての力を封じられている”それを忘れているわけではない。

 

「私は、自らの【ファミリア】のブランドに自信と誇りを持っているわ。貴女の眷属がかわいいのもわかるわ・・・・・・でもね」

 

「ヘファイストスさんー! お久しぶりかなぁー」

 

 突然、ノックの音と懐かしい声にヘファイストスの言葉は途切れ、意識はドアの方向へと向くと、ドアが開きそこには・・・・・・膨大なドロップアイテムを担いだ誰かであった。

 

「・・・・・・パイ?」

 

 久方ぶりの客人にヘファイストスは怪訝そうに尋ねる。なにしろ重なった物で顔が見えないのだ。背丈が以前のパイと同じぐらいなのでほぼ、彼女であることはわかるが。これは一体?

 

「お金を返しにきたのと、ちょっと色々あって《ギルド》を経由できなくてね。直接交渉にきたかな!」

 

 取引だー! 取引だー! っと騒ぐパイに、頭痛を覚えるヘファイストス。この娘。一年も【オラリオ】の外に出ていて全く変わっていない。ヘスティアから聞いていたので、現在のパイの状況も耳には入っていたヘファイストスだが、相変わらずの自由人なパイであった。

 

「所で、なんでヘスティアが土下座しているのかな?」

 

「もう・・・・・・正直、困っているのよ」

 

 そこでようやくヘスティアの存在に気づき、疲れたように話し始めたヘファイストスの言葉を、最後まで聞いたパイはとても渋い顔をする。

 

「ヘスティアの言い分はよーくわかるけど、それをヘファイストスさんにするのはちょっと違うんじゃないかなー」

 

「うぅ・・・・・・トビ子君までそういうのかい? でもベル君は言ったんだ・・・・・・どこぞかの『ハンター』に連れて行かれた適正Lv以上の場所に連れて行かれてボコボコに・・・・・・顔も認識できないような姿で帰ってきて・・・・・・二日ほど「強くなりたい・・・・・・」「ミノタウロス・・・・・・うっ、頭が・・・・・・」ってつぶやくんだ・・・・・・主神として何かしてやりたいと思うのは普通じゃないのかい!」

 

「そんなもん! ベルにダンジョンでドロップアイテム取らせて持ち前の剣を強化すればいいかな!」

 

「ちくしょう! 元凶に良心なんてなかったのか・・・・・・ごめんよ、ベル君! ボクは駄目な神だ!」

 

「「そんなの、昔からじゃないの?」」

 

「ああ!? 最近この辛辣な対応にも慣れてきたぁ!」

 

 そんな、会話をしながらも、パイの持って来たドロップアイテムを鑑定してゆくヘファイストスは明らかに毛色の違う素材に気がつく。

 

「ねぇ。パイ・・・・・・私の記憶が間違いじゃないなら・・・・・・コレ、『ブルークラブの鋼殻』よね?」

 

「ああ、あのヤオザミもどきね。うんそうかな?」

 

「貴女、まさか一人で、二十五層まで降りたんじゃないでしょうね!?」

 

「そうなのかな・・・・・・大きな滝があったからそこから飛び込んで。大きな龍がいたから面倒だったし、早々に帰ってきた時に狩った奴だから・・・・・・正直階層までは覚えてないかな」

 

「とっ!? 飛び込んだ・・・・・・? 『巨蒼の滝』を? 貴女、死に急いでいるのかしら・・・・・・?」

 

「はっはっは。やだなぁ、ヘファイストスさん! そんな訳ないかな・・・・・・所で、そのドロップアイテムはどうかな?」

 

「・・・・・・うちで使えそうなの物を幾つか買い取るけど、流石に全部は無理ね。所で、パイのLv.は?」

 

「ああ、私はLv.1かな。しかも、“低ステイタス”の冒険者かな?」

 

「なるほど、ミアハが胃を抑えながら買い出ししている訳ね?」

 

 良心的な神であるミアハも災難な事だ。ヘファイストスは苦笑いを浮かべながら目の前の非常識の塊を見る。いくら、技能などでLv.だけでは埋まらない差が起こり得るのが人間と言えど、パイをそのまま人間のカテゴライズに入れていい物か・・・・・・。

 

 本人の発言通りであるならば、“低ステイタスのLv.1の冒険者”がLv.2のパーティー推薦の場所にソロで行って無傷で帰ってくるだけではなく。ドロップアイテムを大量に入手してくるなど、どれほどの幸運を持っているのか。確実に他の神々に知られれば【ミアハ・ファミリア】がこの【オラリオ】から消えてでもパイを欲す者も出てくるであろう。

 

 せめて、身近な場所だけでもこの子の居場所であってほしい。ヘファイストスは優しげに目を細めて、下らない言い合いを始めた、パイとヘスティアを眺めるのであった。

 

――――――――――――――

 

 

ベル・クラネルは状況の把握に勤めていた。

 

「おい! この剣を何処で手に入れたんだ!」

 

 なにやら、眼光の鋭い赤毛の青年に肩を掴まれ問いただされているベルは呆気に取られ、なぜこうなったかを思い出す。

 

 前回のミノタウロスにフルボッコにされて、うなされながら寝ていた二日間。処置が良かったのか後遺症もなく復帰できたものの、あんまりな自身の紙みたいな装甲に涙が出そうになった。

 

 アドバイザーのエイナに相談した所。それならっと――その次の日に休みのエイナと共にバベルへと向かった。聞けば、高級ブランドの【ヘファイストス・ファミリア】でも駆け出しと呼ばれる鍛冶師は存在し、“ブランドの銘”は付かないが、自信ある作品を展示できるスペースがあるという事で、その一角に向かうとそこには金銭が乏しい駆け出しでも十分に手が届きそうな品物が多くあった。

 

 そんな中で、エイナと離れ、お互いに良い物を探していると、ふと赤毛の青年が持って来た軽鎧がベルの目に入る。なにか惹かれる物を感じて、声をかけると、少し無愛想で男らしい顔つきの青年が振り返る。

 

「ん? なんだ?」

 

「あっ、すいません。あの、その鎧は売り物ですか?」

 

「・・・・・・ああ、すまん、すまん。そうだ。これは売り物だ・・・・・・ん!?」

 

「? どうしました?」

 

 だが、青年は木箱を落としてそんな事にも気を止めずにベルの肩を掴み・・・・・・そう、どこにも悪い点などない。ベルの少し怯えた表情に、ハッ――っと正気に戻った青年は手を離して謝る。

 

「すっ、すまねぇ。なぁ、その腰に差している剣なんだが・・・・・・見せてくれないか?」

 

「あっ。はい。いいですよ」

 

 ベルから手渡された剣を見て、「間違いねぇ・・・・・・」っと呟く、青年にベルはいつか、パイが話していたこの剣を打った職人の名を思い出す。

 

「あの、もしかしてヴェルフ・クロッゾさんですか? その剣を打った鍛冶師の・・・・・・」

 

「ああ・・・・・・そうだが?」

 

「やっぱり! パイさんから聞いていた通りの人だから直ぐにわかりました!」

 

「お前・・・・・・トビ子、いやパイの知り合いか?」

 

「はい! パイさんは僕の師匠です。この剣はその修行の最後に記念に貰いました。今はパイさんも【オラリオ】に戻ってきていますよ?」

 

「あんにゃろ・・・・・・俺の作った剣を断りもなく渡しやがって・・・・・・とはいえ、ふむ・・・・・・とても使い込まれているが、不器用な使い方はされてないな」

 

「ははは、そりゃそうですよ。パイさんからも「友人の打った大事な剣だから、変な使い方したら・・・・・・【アレ】口に突っ込むかな?」って言われてましたからね」

 

「【アレ】をか? おっ・・・・・・おう。悪かった・・・・・・しかし、それでも、こいつはそろそろ限界だな・・・・・・いや、お前が悪いんじゃない、純粋に寿命だ・・・・・・」

「なっ・・・・・・なんとか、なりませんか?」

 

「ならば、強化しかないかな!」

 

「「うぉっ!? どこから湧いて出た!?」」

 

 通路の真ん中で話していたベルとヴェルフの間からヌッと出てきたパイに。驚き、飛び引く二人の対応にしてやったりと『うなづく』パイ。

 

「驚いた・・・・・・しかし、久しぶりだなトビ子。それでその“強化”っていうのは?」

 

「あんだけ、異質な登場の仕方をしたのに反応はそれだけなんですね・・・・・・どこからきたんです?」

 

「まぁまぁ。ここでヘファイストスさんに挨拶してから、ついでだとおもって散策してたらベルとヴェルフを見かけたのかな。んで、強化ってのは素材をつかって元の武器を強くしていくのかな!」

 

「元の武器を? 新しく打つのでも、修繕でもなくか? 修繕ならこの剣は無理だぞ・・・・・・やっても直ぐにガタがくる」

 

「とりあえず、ダメもとでやってみないかな?」

 

「・・・・・・俺はいいぞ? お前は? もしかしたらその武器を失う可能性もあるが・・・・・・」

 

「クロッゾさんは先程、この剣もガタが来ているといってましたし。それなら可能性がある方に賭けたいと思います」

 

「・・・・・・わかった、なら明日俺の工房に来てくれ・・・・・・トビ子は場所は覚えているか?」

 

「大丈夫かな! 【オラリオ】は散々迷ったからある程度は地理もばっちりかな!」

 

「不安しかねぇ・・・・・・ちょっと待ってろ、簡単な地図書くから・・・・・・っと、俺とした事が、なぁ・・・・・・俺の名前は知ってるだろうが、改めて、ヴェルフ・クロッゾだ。ヴェルフでいいぞ?」

 

「僕は、ベル。ベル・クラネル。僕もベルでいいですよ?」

 

「おう、よろしくな! ベル。さて、じゃあその時にでもこいつ・・・・・・【兎鎧『ピョンキチ』】の調整するか」

 

「「ええ・・・・・・?」」

 

 ベルとパイの“コレそんな名前なの? ないわぁ”という言葉こそ飲み込んだものの表情に出ている。そんな二人を怪訝そうに見つめるヴェルフであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 その後、パイとヴェルフと別れ。エイナと合流したベルは彼女からエメラルドの腕に嵌めるプロテクターをプレゼントとして貰い。えらく、上機嫌で帰っていた。

 

 その彼の視界・・・・・・裏路地に繋がる通路に何かが駆ける姿がチラリっと映り・・・・・・それを追いかける影も見えた。なによりその追いかけられている人物に覚えもあった。

 

(あれ? 今のリリ?)

 

 思考が状況の確認を要求する。直ぐにベルも駆け出し、路地裏へと入ってゆく。少し走ると先ほどの追いかけている方の人物。男の背が見える。怒声混じりに追いかけているので、色恋沙汰である事は少ないだろう。

 

 陽光の少ない薄暗い路地をベルが地を蹴り。壁を蹴りながら飛ぶ。難なく逃走者と追跡者の中間へと着地する。逃走劇に突然現れた乱入者に空気が固まる。

 

「あ、ベル様?」

 

「やっぱり、リリだったんだね。えっと、どうして追いかけられているの?」

 

 人違いじゃなくて良かったと、ベルが安心するも直ぐに目の前の男性に意識を集中させる。男性は怒り心頭なのか、顔を真っ赤に染めてリリルカを睨めつけ・・・・・・そして――

 

「リリルカ! お前だけ逃げ出すなんて俺は許さんぞ!」

 

「嫌ですよ! チャンドラさんも十分に書類仕事できるようになったじゃないですか!

 全部リリに押し付けないでくださいよ!」

 

「お前が、処理した方が見やすいんだよ! 資金なら他の団員が稼いでくれるし【解呪酒】の稼ぎだってあるだろ!? わざわざダンジョンに逃げ込まなくてもいいだろ!?」

 

「・・・・・・何の事ですか? リリ。さっぱりです」

 

「ええ? えっと、ひょっとしなくても僕・・・・・・邪魔?」

 

「聞いてくれよ。そこの白いの、こいつ酷いんだぞ! 俺が常に書類仕事でヒーヒー言ってるのに、呑気にダンジョンに潜ってるんだぞ!」

 

「人聞きの悪い事を言わないでください! 貴方は団長でしょ? 団長なら書類仕事の一つや二つ簡単に済ませてください!」

 

「その一つや二つが百や二百になってるから、こうやって連れ戻そうとしてるんだろうが!」

 

 団長自らが団員を連れ戻そうとしている異質な状況。しかも、内容が内容だ。ベルはそそくさとその場から離れる。夫婦喧嘩は犬も食わないと聞くが、こういう話も他人が関わる必要も無い。

 

 ギャーギャー騒ぐ二人を背にベルは駆け出す。少年はこの瞬間一つ、大人の階段を上ったのだった。

 

 次の日――天気は快晴。『青の薬舗』にパイを迎えに来たベルは迎えついでに『ポーション』を補充しに来ていた。

 

 玄関横の『便利屋』専用ポストにはきっと色々な雑用が書かれた依頼書が入っているだろう。そのポストを横目に店内へと入店すると、いつもの眠たげな表情のナァーザが店内の整理をしている所であった。

 

「あっ・・・・・・いらっしゃい。ベル。この間、パイのせいでミノタウロスにタコ殴りにあったって、ミアハ様から聞いてたけど・・・・・・大丈夫?」

 

「おはようございます。ナァーザさん! 大丈夫ですよ! 『耐久』がものすごく上がったぐらいですよ。そう、『耐久』がね・・・・・・フフフ・・・・・・」

 

「うん。わかった。察した・・・・・・だから瞳に光を戻して、今のベルはちょっと怖い」

 

 堕ちかけている少年の瞳と壊れかけた笑みにナァーザはそっと目を逸らす。あえて『耐久』を強調するあたりが涙を誘う。

 

「おはようかなーベル。あれ? どうしたのナァーザさん?」

 

「なんでもない、パイは少しでもベルに優しくするべき」

 

「ん?? よくわからないけど、気をつけるかな?」

 

 そこで、瞳に光を取り戻したベルもパイに挨拶を返す。ポーションを購入している間にパイは届いた依頼書を確認している。パイの確認作業が終わると二人は、ヴェルフの工場へと向かう。

 

 指定された時間にヴェルフの工場へとついた二人は、大きな音を立ててノックをし。ドアを開けて中へと入る。ヴェルフからノックしても反応がないなら勝手に入ってくれと断りを貰っている。

 

 中に入ると、少し気温が上がったように感じる、炉の熱が部屋全体を温めているのだろう。作業場にたどり着くとそこには、半袖で頭にねじったタオルを撒いているヴェルフが槌の確認をしている所であった。

 

「おはようかな。ヴェルフ」

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いします。ヴェルフさん」

 

「おお――、おはよう二人共。じゃあ、早速やるか・・・・・・まずは鎧の調整だな」

 

 上着を脱いで、黒地のインナーとパンツ姿になったベルに手馴れた手付きで兎鎧を装着してゆく――しかし、そこでベルが気づく、鎧の腕を守る部分が昨日とは形状が違う事に。

 

「おっ? 気づいたか? なに、前のもあるけど少し遊び心が出ちまってな。ちょっと試してくれないか?」

 

 そう言って、ベルの武器を腕に取り付ける。そこでようやくベルはこれが武器の収納できる部分のかわりであると認識する。

 

「ふむ、どうだ? それだと最低限の攻撃力を維持した状態で両手が空くように考えたんだが」

 

 ヴェルフの言葉にベルは少し考えて、外に出ることを提案する。実際に振ってみない事には使用感も分からない。それを伝えるとヴェルフもパイも納得の表情で頷く。

 

 外にでて、近くに人が居ない事を確認して、ベルはフックを打つように腕を振る。今までの剣を握って振るというよりも殴り込む感覚に一瞬、違和感を覚えるがベルは即座に“剣を振る”から“体術による格闘”へと身体の使い方を変更する。

 

 腕を振こみ、時には蹴りを織り交ぜ、ベルなりの最善を探す。しばしの演舞を行い、納得したのか・・・・・・うん。っと頷く。

 

「いいですね・・・・・・これなら、慣れていけば十分に使えそうです」

 

「うん。ベルは体術もしなやかにこなせるから十分戦力になるかな、強いて言うなら刃がむき身なのが若干怖いぐらいかな?」

 

「そのあたりは、ベルに気をつけてもらうしかないな・・・・・・さて、じゃあ今度こそ本来の目的の方だが・・・・・・ベル、材料は用意してるのか?」

 

「あっ。うん。これなんですけど」

 

 そう言ってベルはカバンからウォーシャドウの『ウォーシャドウの指刃』を差し出す。ヴェルフもそれを手にしばし考える。

 

「質はいいが、これだけじゃ一本いけるかどうか・・・・・・」

 

「なら、あと何本あればいいのかな?」

 

「いや、トビ子。出来ればこれ以外の素材も合わせた方がいい・・・・・・って何やってるんだ? トビ子」

 

「ドロップアイテムなら私に任せるかなー!」

 

 そう言うと怒涛の勢いでアイテムポーチから大量のドロップアイテムを取り出すパイ、その量に呆気に取られるベルとヴェルフだが、ヴェルフは鍛冶師の性が刺激されたのか、いくつかの素材を手に考えに没頭する。

 

 時間にして半刻ほど、イメージが固まったのか、ヴェルフは炉の熱を上げ準備してゆく。使うのは『ウォーシャドウの指刃』と『デッドリーホーネットの強殻』ちゃっかりといい素材を使うあたり抜け目無い。

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

 その一声からヴェルフは作業を開始する。熱っされた素材と剣を合わせてゆく、ヴェルフにとっては初めての作業であるがその動きに淀みはない。

 

 槌の打つ音が作業場に響く、誰も口を開かずただ、じっとその工程を見つめる・・・・・・以外にも最初に声を出したのはヴェルフであった。

 

「・・・・・・なぁ、トビ子、ベル・・・・・・お前ら、『魔剣』ってどう思う?」

 

「魔剣? あのびっくり武器かな?」

 

「パイさんみたいな捉え方する人初めてみましたよ・・・・・・そうですね・・・・・・あれば便利ぐらいですかね?」

 

「あれば便利か・・・・・・ベル、どうしてそう思ったんだ?」

 

「回数制限ありですが強力な攻撃手段だからですよ。それ以上でもそれ以下でもないですね。しかも、安定性もないから正直に言えば、身を任せられない道具ですね」

 

「なるほど、お前は魔剣を欲しいか?」

 

「いやいや、特には欲しいとか思いませんね。過ぎた力を持つ趣味もないですし。なによりそんなのに頼っていたら腕が訛っちゃいますよ」

 

「ベルはそういうの欲しがると思っていたから、ちょっと意外かな?」

 

「きっと、前の僕なら少しは思ったかもしれませんね・・・・・・んー、なんだろう。“魔剣を使う僕が想像つかない”んですよね?」

 

「・・・・・・っぷ・・・・・・っくく・・・・・・よくわかった。すまねぇな変なこと聞いてよ」

 

「?? ええ、大丈夫ですよ?」

 

 突然笑うヴェルフにベルは戸惑いの表情を浮かべる。そして、長い時間をかけて、ベルの剣は生まれ変わる。

 

「完成だ・・・・・・トビ子の時は名前すらつけてやれなかったからな・・・・・・コイツの名前は【影刀《エイスケ》】にしよう」

 

((素直にカゲトウとかつけられないのかな・・・・・・))

 

 ヴェルフのセンスにツッコミたい衝動にかられるベルとパイだったが頼んだ以上それは野暮と思い口を紡ぐ。

 

 【影刀】は前回の直剣ではなく、若干の反りのある刀状の黒い刀身の刀であった。以前に比べると厚みが薄く、若干長さが伸びている。持ち手はそこまでの変更はないがバランスが変化している。

 

 ベルは受け取った新たなる相棒を手に、再度外へ出た。大まかな調整をしようと軽く振ってみると違和感の無いことに違和感を覚える。

 

「あれ?」

 

「どうしたのかな? ベル」

 

「振ってみて、違和感がないだろ? 前回の剣にできるだけ近い扱いをできるように重量のバランスを取ったからな。以前と変わらず振れるはずだ」

 

「すごい! 初めてなのに全然馴染んでる! すごいよヴェルフ!!」

 

 ベルは長くなった分の間合いを確かめながら剣を振り、小手に装着すれば体術のバランスを確かめてゆく・・・・・・その姿に満足げに笑うヴェルフ。

 

「おっ? ベル、お前、初めて俺の事『ヴェルフさん』って呼ばなかったな」

 

「あっ!? すいません・・・・・・気に触りましたか?」

 

 そして、思い出したかのように告げる、ヴェルフに謝るベルだったがヴェルフも手の平を前に出して、大丈夫だっと告げる。

 

「いや、むしろそういう気の使い方は苦手だ、友人に接するぐらいで頼む・・・・・・そんでだ、二つほどお願いがあるんだが、いいか?」

 

「うん、ヴェルフがそれでいいなら・・・・・・お願いって?」

 

「俺はLv.1の鍛冶師なんだが、【ランクアップ】をする為の臨時のパーティーを組みたい。その相棒になってくれないかっというのと、俺と専属契約を交わさないか?」

 

「おおっ? よかったじゃないベル。ヴェルフは信用できる鍛冶師かな」

 

「そうですね、わかったよ。どちらも喜んで受ける。これからよろしく、ヴェルフ!」

 

 二人は握手を交わす。その姿を見ながら『うなずく』パイの姿、三人の若者を夕日が照らすのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 我らの団ハンターは『遺跡平原』の中に居た。

 

 目の前の大猪。『ドスファンゴ』へと駆ける。彼の持つ『ストライカー』の『スタイル』は狩技を多様できる『スタイル』である。そして、その真価を発揮する為の布石を彼はもう配置し終えていた。

 

 地を踏みつけ突進してくるドスファンゴの巨体を背負った刀を抜き払いながら、円を書くように切り払われる。その振るわれた刀がその遠心力を利用し、振るわれた刀身がドスファンゴの皮膚を傷つけるのと同時に、ハンターが横に移動した為にドスファンゴは一時的に相手の姿を見失う。

 

 その隙だらけのドスファンゴへと、気合の篭った眼光が獲物に向く。

 

「さて・・・・・・やるぞ・・・・・・セイッ!!」

 

 【桜花気刃斬】。一歩後ろへと下がり、距離を調整すると、ハンターはその身の急速に加速させ、やや回転気味に放たれた剛刃がドスファンゴの身を切り裂く。

 

 身を捩らせ苦痛の声を上げるドスファンゴで、更なる追い討ちをかけるハンターは唐竹割りのような斬撃をドスファンゴへと落とすが、危険を感じて無理やり位置を変えたドスファンゴに避けられる。

 

 決死の突撃をハンターへ向けるドスファンゴと刀を構え対峙するハンター。

 

 ドスファンゴの突撃がハンターに当たる瞬間――神速の斬撃がドスファンゴの頭部を骨すらも切り裂く。

 

 【鏡花の構え】。ハンターの切り札的技である。相手の攻撃のタイミングにあわせて。最も相手のスキの大きくなる刹那の一瞬に最高の斬撃をぶつける荒技である。

 

 決死の特攻でさえも叶わなかったドスファンゴの巨体が地に伏す。

 

 一息をついて、刀を納刀すると空にある気球へと手を振るハンター。クエストの狩猟対象を狩猟した事をサインで伝えると。気球側から予期せぬ反応が帰ってきた。

 

 『乱入してきた敵影有り。』さらに詳細を確認すると相手は。『青熊獣《アオアシラ》』らしい。

 

 無視しても問題はないが、どのみち近くの村の驚異にはなる。ついでだと、ハンターは駆け出すが――彼はそのあとアオアシラの痕跡を見つける事はできなかった・・・・・・。

 

 その『遺跡平原』より遥か彼方には紅く光る何かがあったが・・・・・・それに気がついたものはソコには居なかった・・・・・・。




ベル君。武器を一段階強化しました。


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『お祭りはお祭りでも“危ないお祭り”は考えものなのかな?』

一応生きてます。データが全損したりで呆けていました。

ゆっくり亀更新と行きたいですが今回は『何を言ってるのかわからないと思いますが』複数話更新しますが、この話が最後に書き終わりました話になります。

ね? わけわからないでしょう?


 ベル・クラネルは呆気にとられていた。

 

 ココはオラリオの地下にあるダンジョンである。此処で今のベルのような気の抜けたような表情をしている少年など危機管理の出来ていないなど言われても仕方ないだろう。

 

 しかし――だ、ベルが呆気にとられるのも・・・・・・それこそ、仕方のない事であろう。

 

「おや、ベルー。こんな所で出会うなんて奇遇かなー」

 

「そうですね・・・・・・パイさん。それで、一応聞いてもいいですか? なんで。檻に入ってるんです?」

 

 知人。それも師でもある『ハンター』が檻に入っていた。それと同じ物がいくつも繋げられ持ち出されている光景・・・・・・それは【怪物祭《モンスターフィリア》】と呼ばれる、祭りの準備であった。

 

 準備とは、ダンジョンのモンスターを地上に搬送すると言うものでそれには勿論理由がある。

 

 【怪物祭】とは【オラリオ】で一年に一回ある大規模な祭りである。その中で【ガネーシャ・ファミリア】が力を入れているのは都市の中の東にある円形の闘技場で開かられる。モンスターの調教である。

 

 調教師でもある【ファミリア】の団員による、華麗でありながらも手に汗握る展開は見応えがあるらしく。ベルもパイも今だ【オラリオ】に来て少ししか経っていない駆け出し。話には聞くが実物を見たことはない。

 

 そんな、下準備を目撃したベルは物珍しそうに見るだけであっただろう。本来ならばだが、そんな“調教を受ける側の扱いに、なんであんた居るの?”っというベルの視線にパイは見るものをイラッとさせるドヤ顔で返す。

 

「話せば長くなるから端折るかな。ここより、下層で狩りをして帰ってくると、そこにはなにやら、モンスターを捕獲する怪しげな冒険者達がいたのかな! そして、そんなモンスターを密猟する奴、絶対許さないウーマンな私は、その冒険者達に【アレ】を手に襲いかかったのだ!」

 

「なるほど・・・・・・そうでしたか。あの、【ガネーシャ・ファミリア】の皆さん! すいません! 本当にすいません!! うちの知人が迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした!」

 

「謝るのはまだ早いかな! 【アレ】の一発目を奇跡的に避けた冒険者達との激闘の末。何だかんだで檻の中に詰め込まれて今に至るかな?」

 

「いっっちばん重要な所をぼかさないでくださいよ! 何やってるんですか! パイさんが全部悪いじゃないですか!?」

 

 馬鹿なのこの人? ベルは多少非常識な人物である事は把握していたがまさか、パイが捕まえられるほどの馬鹿はしないであろうと考えていた――そして、現在目の前で檻に入って「これが捕獲されたモンスターの気分なのかなー」などと、本当に呑気につぶやいている人物は確かに居る訳だ。

 

 パイの語る“なんだかんだ”が実に気になる所ではあるが、それを聞くのは非常にまずい気がした。最低でも“檻に入れられるような”事はしたはずなのだ。

                                                                    

「私は断固として非を認めないかな!」

 

「認めろよ! そこはさぁ!」

 

 ダンジョンの中で痴話喧嘩を始める二人の事を護衛件搬送をしている【ガネーシャ・ファミリア】の面々もこれには苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「俺がガネーシャだ!」

 

「私がハンターかな!」

 

「おぅれがぁ!! ガネェェェェシャダァァァァ!!」

 

「わぁたしがァ、ハンターかなぁぁぁ!!」

 

「「どこから見ても変態なんで止めてもらえます?」」

 

 【アイアム・ガネーシャ】。【ガネーシャ・ファミリア】の主神ガネーシャを象った巨大な建物の股間の部分から入らなければならない実に団員から評判の悪い建物であり【ガネーシャ・ファミリア】の本拠でもある。

 

 檻に今だに入っているパイとしぶしぶだが、ついてきたベルは【ガネーシャ・ファミリア】団長のシャクティ・ヴァルマと共に目の前の脳筋丸出しな二人に辛辣な対応をする。

 

 なぜ、こうなったのか。それを説明する必要はないだろう。なにせ、ガネーシャとパイがであって今だに五分も経っていない。つまり、この二人の変人は出会い頭の数瞬で何らかのコンタクトを取り、同調してみせたのだ。まったくもって度し難い。

 

 ガネーシャは顔の上半分を仮面で隠しているにもかかわらず口元だけで満足だと言いたげな笑みを作る。パイも鼻息をフンスっと擬音がつきそうなぐらいに吹いて、とても満足げである。そんな二人に【ファミリア】の団長であるベルとシャクティは疲れたように息を吐いた。

 

「所で、この檻に入っているのは奇っ怪な服装である・・・・・・人間だと思うが! なぜこうなっているのだ?」

 

「ああ、それに関しては僕から、実は怪物祭の出し物のモンスターを捕獲している所をこのパイさんが邪魔をしてしまい、その結果この檻に入れられました」

 

「なるほど! ガネーシャ納得!」

 

 まるで珍獣みたいな扱いではあるが、妙な獣よりもタチの悪い人物であるのがパイという『ハンター』である。最近ではベルも敬意よりもツッコミを優先している。昔よりはいい意味では親しみ、悪い意味では慣れていた。

 

 そもそも、大型のモンスターが当たり前のように居る【大陸】では常に気を張っていないと死の危険性がある。そんな中でアイテムを飲み込むと独特のポージングを行うという、意味を求めてはいけない奇行はどういう事なのか?

 

 そんな、奇行を行う光景を何回も見ているベルからすればその行動は“案外余裕がある”と思えるが実際は回復した分以上にダメージを受ける事も多い。主にそのポージングを取った結果・・・・・・無防備にモンスターの攻撃を受けてではあるが。

 

「ちょっと待つかな? まるで私が悪いみたいじゃないかな? 私みたいな常識人はなかなかいないかな?」

 

「ガネーシャ知ってるぞ! 常識のある人はそもそもそんな事を言わない!」

 

「知ってます? パイさん“常識人”は【火精霊の護布《サラマンダー:ウール》】なしでヘルハウンドの炎を受けて無事では済まないんですよ?」

 

「んんっ!? クラネルよ、今、君はなんといった?」

 

「ええっ。言い間違いじゃないですよ? この人、ヘルハウンドの炎を受けて案外平気そうだったんですよ。こっちは心臓が止まるかと思いましたけどね」

 

 それは、昨日の事だった。武器の新調もできて試し切りにダンジョンへと潜ろうと考えていたベル。そんな彼に珍しく付いてきたパイだったが、ある階層まで来た時にパイがベルに話しかける。

 

「そういえば、ベル。なんか変なもの被ってるけど、それ、なにかな?」

 

「ああ、これですか? 『火精霊の護布』って言って。炎を防ぐ防具なんですよ」

 

「火耐性の高い防具って所かな? それで、どこまで行くのかな?」

 

「そうですね・・・・・・それなら今日は、十三層の入口近くでまず様子見ですかね」

 

 ベルのステイタスではまず行かないような所を素で選んでいる時点でベルの常識も結構狂っているのだが、それを指摘する常識人はこの中にはいない。

 

「なるほど、わかったかな。つまり、そこでその炎を使ってくるモンスターが出るのかな」

 

「はい、ヘルハウンドと言うモンスターですけど、知りませんか?」

 

「ああー、そういえば、嫌な予感がするから出会い頭に叩き切っていたあの犬か・・・・・・なるほどかな」

 

「毎回思いますけど、パイさんって野生の勘とかすごいですよね・・・・・・」

 

 そんな、会話を挟みつつもたどり着いた十三層。そこで二人を出迎えたのは真っ白い兎であった。

 

 『アルミラージ』。その可愛らしい容姿と好戦的な性質がミスマッチなモンスターである。鼻をヒクヒクと動かし、此方の様子を伺っていた。

 

「ねぇ、“アルミラージ”さ、あの“ベル”は倒してもいいかな?」

 

「無理やりすぎるでしょ。その間違い方さぁ、言いたい事はわかるけどさぁ!」

 

「ハンター式ジョークかな!」

 

「殴りたい! このドヤ顔!」

 

 この師にこの弟子あり。低次元な言い合いをする二人の冒険者とハンター。最近は『ハンター』つければなんでも通ると思っている節のあるパイ。そんな隙だらけな二人のアルミラージが手斧のような武器を手に襲い掛かる。

 

 しかし、隙だらけに見えたのは一瞬であった。瞬時に切り替え、放たれた矢のように飛び出したベルは、小手に装着された状態の『影刀』を自ら回転する勢いのまま振るう。

 

 鋭い一撃はアルミラージの胴を切り離し、その体は灰へと変わる。

 

「ああ、ベルがぁ! なんて事をするかな! アルミラージ!」

 

「あっ・・・・・・そのネタまだ続いていたんですね?」

 

「・・・・・・むぅ・・・・・・最近ノリが悪いかな・・・・・・」

 

「はっはっは。なんの事でしょうか?」

 

 むくれるパイに笑顔で返すベル。妙にノリに合わせたらまた酷い目に逢うかもしれないと学習したベルは、引き際を体得したのであった。

 

 そして、そんな二人はお互いに武器を手に持ち構える、そこかしらから聞こえる唸り声に対して獰猛な笑みを浮かべ――突っ込んだ。

 

 その光景を文字で少ない“画材で描くならば”『乱戦の舞踏会』と名をつけるべきか。

 

 お互いにつかず離れず、同じ獲物を扱う上に同じ流派であるベルとパイは間合いも呼吸も知り尽くしている。 

 

 故に――背中を任せる事をせず、むしろ、モンスターが背中に狙いをつけた瞬間には片方の剣に切り伏せられている。攻撃こそ最高の防御という言葉があるが、数で押しているはずのモンスター達がたった二人の冒険者に為すすべもなく殲滅させられている。

 

 しかし、どれほどの注意と警戒をしていても起こるのが事故と言うもの、その時もそれは起こった。

 

 パイの死角から、ヘルハウンドの炎が放たれ、その炎にその身を包まれるパイ。

 

「――ッ!! なっ!? パイさん!!」

 

「あっつぅ!? クック先生の火球ぐらい熱いかなぁぁぁ!?」

 

「・・・・・・ええぇ・・・・・・?」

 

 うっかり特性を発揮したベル。他のモンスターの相手で気がつくのが遅れた上に、その時になってベルは気づく。あまりに自然だったので今まで気にしていなかったけど、“火精霊の護布”をパイが装備していない事を・・・・・・。

 

 そして、炎の中に消えたと思われたパイは・・・・・・案外余裕そうでもあった。ごろごろと転がり、炎を消したパイは怒りながら飛び上がり、お返しとばかりにヘルハウンド達を優先して倒してゆく。そして、周りの敵を駆逐したのちパイも怒りながらベルに近づいてくる。

 

「まったく! この装備は火耐性弱いのかな! 体力の三割持って行かれたかな!」

 

「いや、なんであの炎を受けてそれで済んでいるんです?  しかも三割ってかなり具体的ですね」

 

「火耐性が弱いの部分はツッコミなしなのかな?」

 

「あまり重要そうでもなかったので・・・・・・。所でクック先生って誰です?」

 

「クック先生は【怪鳥《イャンクック》】の事かな・・・・・・なんで先生と呼ばれているのかは実はよく知らないかな」

 

「怪鳥ですか? 確か。そちらの【大陸】のモンスターでしたよね?」

 

 ベルはそこで考える。つまり、ヘルハウンドの炎ぐらいの攻撃は【大陸】では結構当たり前なのかも知れないと・・・・・・。比較する対象が今ひとつわからないが、ベルの記憶の中でも怪鳥は大型のモンスターの中でも弱い部類のモンスターと聞く。【火竜】と呼ばれるモンスターなどどれほどの物か・・・・・・正しく、人外魔境と言う言葉がしっくりくると思うベルである。

 

 とにかく、それよりも恐ろしいのが目の前の『ハンター』であるだろう。色々と規格外である。日々の冒険者の努力を嘲笑うかの如くブッ飛んだ肉体性能と驚異の耐久性にベルの中で、「やだ、ハンターって怖い」と思えていた。そして、そんな異質な存在に鍛え上げられた存在である自分を“普通”と思っている事がこの少年の幸か不幸か・・・・・・。

 

「まぁ。ともかく無事で良かったですよ・・・・・・武器の調子もわかりましたし、上の階層に戻ろうと思いますが・・・・・・パイさんはどうします?」

 

「せっかくここまで来たから。また“ジャンプポイント”に行ってくるかなー」

 

「好きですねー。では気をつけて、いってらっしゃいー」

 

「行ってくるかなー」

 

 そう言って、穴へと飛び込んでいくパイを見送り上層へと向かうベル。特に気にもしていないが、後のパイが言う所の“ジャンプポイント”を目にしたとき。ベルの表情が青ざめたのはまた別のお話なのであった。

 

 そして――

 

「――っと、そういう事がありまして・・・・・・どうしました? ガネーシャ様? シャクティさん?」

 

 ベルが当時の事を語り終えるとガネーシャとシャクティの視線が檻の中にいる“珍獣”へと向く。その視線に不思議そうに小首を傾げるパイ。ベルもそんな二人を不思議そうに見ている。

 

「ガネーシャ・・・・・・理解不能」

 

「私もだ・・・・・・これはもう檻で管理した方がいいかもしれないな」

 

「そんな事いわずに、そろそろ出して欲しいかな―!」

 

 ドン引きしている、群衆の王。ガネーシャとその眷属という珍しい物を見ながらパイは要求を叫ぶ。そんなこんなで怪物祭の準備は進んでゆくのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ロキは苦笑いを浮かべていた。

 

 怪物祭、当日・・・・・・彼女の後ろには護衛件デートの相手に選んだアイズがモノつまらさそうに見ている。

 

 そして、ロキの現在座っているイスとテーブルをはさんでいる神物・・・・・・が先程からキャッキャッと・・・・・・まるで乙女の用に話しかけてくる。

 

「それでね、聞いてロキ。そのパイってのは本当に可愛いのよ! なんだか気まぐれな猫みたいでね、つい――振り向かせてやりたいって思っちゃうのよね」

 

「フレイヤ・・・・・・あんた。『便利屋』・・・・・・パイの事好きすぎるやろ」

 

「そうね・・・・・・パイという名の狩人に魅了されちゃったのかしらね」

 

「おまんが魅了されてどうないすんねん!? なにキリッ! って表情しとんねん。そんなキャラちゃうやろ!」

 

 誰やこいつ。ロキが最近不穏な動きがあるであろうフレイヤに真偽を確かめるため直接出向いたまでは良かったが、なんか少し見ない間に丸くなる所か別神みたいになっている知神の姿に嘆息が漏れる。

 

「神、ロキよ。溜息をつくと幸せが逃げるらしいですよ」

 

「逆に、オッタル。おまん、ようこんな惚気話聞いていられんな・・・・・・ウチ、ちょっと疲れてきたわ」

 

「右から左へ・・・・・・いい言葉ですね」

 

「聞き流しとんのかーい!」

 

「ロキ。お腹空いたからじゃが丸君買いに行ってもいい?」

 

「アイズたんも自由すぎやろ!? せめて護衛してーや!」

 

 もう、グダグダである。本来の目的も果たす事もできずにこのまま終わるのか・・・・・・かつて天界のトリックスターと呼ばれたロキですらもツッコミきれないボケの集団に嫌な汗が流れ落ちる。

 

「んで。そのパイも気になるけど、狙ってるのもまた別におるんやろ?」

 

「・・・・・・ええ、そうね。純粋な子よ、とても、その純粋さの中に広がる世界が見えるわ」

 

「ふぅん・・・・・・やっとマトモな事聞けたわ・・・・・・妙な事はすんなや?」

 

「あら、“妙な事”って?」

 

「しらばっくれんな。おまんが勝手するのはいいけどな。ウチらに迷惑かけんな・・・・・・って事や」

 

「あら、そう? 心に留めておくわ」

 

 言いたいことを終えてロキは、フレイヤの対応に聞こえないぐらいに舌打ちをする。

 

「・・・・・・まぁ、ええわ。それにしてもや、フレイヤにしては珍しいやないか。“そんだけ固執して”手に入れようとしないってのは」

 

「そうかもね、でもね・・・・・・手に入れて可愛がるのもいいけど、たまには外で出会うっていうのもいいかもしれないわ・・・・・・そう思っただけよ」

 

「いうなれば、愛想のいい野良猫みたいなもんか?」

 

「そういう物ね」

 

 フレイヤがそう言いながら外へ視線を向けるとソコには白い髪をなびかせた少女が駆けていく所であった。

 

「ごめんなさい、急遽・・・・・・予定ができたわ! いくわよ、オッタル」

 

「あっ・・・・・・うん、顔で察したわ、『便利屋』によろしくなー」

 

 にやけた顔で飛び出してゆくフレイヤに引きつった笑顔で送り出すロキ、一体、本当にこの短い間にあの女神に何があったのか・・・・・・。

 

「終わった? じゃあ、じゃが丸君買いに行こ? ロキ」

 

「あー、そうやな、ほな行こか、アイズたん」

 

 伝票を手にロキが立ち上がる。会計をすませ店を出ると祭りの活気をその身で感じる。現在平和な【オラリオ】だが、その平和が続かない事をロキの勘が告げていた・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは怪物祭を楽しんでいた。

 

 娯楽の少ない【大陸】でも祭りとなると、とにかく騒いで、飲んで、食べてが原則である。とくに『ハンター』だと強敵などの村の存亡を懸けた戦いの後などは必ずと言っていいほど村人総出でのお祭りになる。

 

 当たり前の話だが、そんな『ハンター』であるパイも大のお祭り好きである。しかも、【大陸】意外の祭りなんて初めての経験だ。彼女は以上にテンションを上げていた。

 

 じゃが丸君やクレープなどの軽食を口に運びながら回っていると急に誰かに後ろから抱きつかれた。

 

「むっ!? この感じ痴女・・・・・・じゃないフレイヤさんかな!」

 

「久しぶりね! パイ! 会いたかったわ」

 

「久しぶりだな、息災だったか?」

 

「オッタルさんもお久しぶりかなー、『便利屋』の仕事も順調かな」

 

 ここ二ヶ月逢っていなかった知人に挨拶を交わすパイ。いつもどおりのフード姿のフレイヤにパイは気になった事を聞いてみる。

 

「ところでさフレイヤさんは外に出るときいつもそんなフードつきの被ってるけど・・・・・・ひょっとしてその下って・・・・・・いつもの痴女イヤシリーズ装備一式なのかな?」

 

「当たり前のように造語を作らないで貰えるかしら?」

 

「流石に、それは俺の口からは・・・・・・」

 

「はぁ・・・・・・察したかな」

 

「ちょっと! なによ二人とも! いいじゃない、私“美の女神”よ・・・・・・そんなにあの衣装、変?」

 

 パイとオッタルの対応にどんどん自信なさげになってゆき・・・・・・ついには胸の上で両手の人差し指指同士をツンツンと合わせながら涙目になって聞いてくるフレイヤ。

 

「はっきり言って、裸体こそ真の美だ! とかいう芸術家とそんなに変わらないかな?」

 

「・・・・・・ほんと?」

 

「・・・・・・まじかな」

 

 パイの意見に少し思案するフレイヤ。もうちょっと露出の少ない衣装も考えようと思っているとパイが呟く――

 

「それにしても、怪物祭って言うぐらいだから、こう“街中にモンスター”が出るとかそういうイベントも期待してたかなー」

 

 パイのそんな常識ハズレな一言が“ロキの勘を当たらせる要因”となった。フレイヤの目が好奇の色を帯び、オッタルの表情が苦い物へと変化する。

 

「・・・・・・じゃあ、パイ、あまり外に居てても困る事になるから、そろそろ行くわね」

 

「んあ? うん。じゃあね、フレイヤさん、オッタルさんも!」

 

 そして、フレイヤとオッタルと別れたパイはその足で日用品などを売っている屋台が多く立ち並ぶ一角へとつくとそこでも知人に声を掛けられる。

 

「ハンターのおねえちゃんー」

 

「おお? どうしたのかな? おチビちゃん。こんな所で」

 

「お母さんのお手伝いしてるー」

 

「とても、良い子かなー!」

 

 そこに居たのはいつぞかの依頼人第一号の少女であった。母親の手伝いという事は屋台の番デモしてるのだろうか。

 

「なら、もう少ししたらまた商品を見に来るかな。しっかりとお母さんのお手伝いがんばるといいかな」

 

「うん! また来てね!」

 

「うん、ちゃんと来るかな」

 

「はーい、お待ちしてまーす」

 

 少女の身体全体を使った手を振る動作に、同じく身体全体を使った『手を振る』で返すパイ。そして、ある程度の区域を見終わった時・・・・・・異変は起こった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは心の中に静かな怒りを覚えていた。

 

 ロキのお願いに付き合ったのはいいが、そこに広がった光景は相手側の主神とのお喋りのみ・・・・・・相手の護衛と何度かアイコンタクトを試みたが、答えは芳しくなかった。

 

 では、向こうが此方の事を蔑ろにしているのかと言えばそうではない。所々に主神の行き過ぎた行いにはキチンと修正する節もあるし、此方の主神に対して礼節を弁えない態度を取る訳でもない。

 

 むしろ、アイズ自身の方がマナーとしては劣っていると自覚できるぐらいには、目の前の“オラリオ最強”を素直な気持ちで見ることができる。

 

 だからこそ、つまらなかった。目の前の“最強”がいる分には何かが起こる事はほぼないだろう。

 

 詰まる所、アイズの怒りは実に子供らしいものであった。“自分に解らない事に巻き込むな”護衛としては正しくない思考ではあるだろう。しかし、敵意のないと解る相手と一緒に居るだけ・・・・・・っというのも割り切れない部分もある・・・・・・故に――

 

「ロキ。お腹空いたからじゃが丸君買いに行ってもいい?」

 

 そう聞いても問題ないはず・・・・・・しかし、即座にその要求は断られた・・・・・・解せぬ・・・・・・。

 

 その後は、ロキと街を回っていたが・・・・・・そこで異変が起こった。

 

 突然の【オラリオ】へと散りばったモンスタ―。

 

 怒りの理由は“ロキとの時間や、自分の時間を奪う出来事が起こった事ではない”。

 

「・・・・・・守る!」

 

 “無関係な人々を危険に晒す原因がソコにある”その事がアイズの怒りに火をつけた。

 

「ロキ・・・・・・」

 

「ええよ、行きや・・・・・・【ロキ・ファミリア】のアイズたんやったら、すぐ終わるやろ?」

 

「わかった・・・・・・行ってくるよ、ロキ」

 

 確認を取ると同時に軽く笑いあった二人は、飛び出す側と、身を隠す側で行動を行う。

 

 アイズは、“ダンジョンでは出来ない方法で索敵する。”すなわち、少しでも高い所から視認で索敵を行うと言うものだ。

 

「見つけた・・・・・・」

 

 つぶやき、先程まで居た闘技場の塔の上から一直線に風を纏って突っ込む。街に溢れたモンスターを愛用の『デスペレート』を振るい瞬時に灰へと変えてゆく。

 

 できるだけ、先程の見える範囲から確認できたモンスターへと、街中を駆け抜け――そして、おそらく最後の一匹――【シルバーバック】を両手に持った対になった二本の黒き刃によって討ち滅ぼした少年と対峙する。

 

 黒き刀を構える少年。ベルは驚いた表情でアイズを見る。アイズもまた、難なくシルバーバック・・・・・・十一層に出るモンスターだ。Lv1でも倒せるし、ミノタウロスの戦いを見たアイズからしても倒せない相手ではないとは踏んでいたが・・・・・・。

 

 

「君は・・・・・・また、強くなったんだね」

 

「アイズさん? すいません。いったいどうなってるんですか? いきなりシルバーバックに襲われちゃったんですけど」

 

「むっ・・・・・・むしろ、防具もない状態で嬉々として戦いに行くなんて自殺願望でもあるのかい! ベル君!!」

 

「へ? わわ!? すいません神様! ちょっと考えが足りませんでした!」

 

「貴女が、ベルの主神なんだね・・・・・・」

 

「ああ、君はロキの所の【剣姫】だね・・・・・・私はヘスティア。ベル君の、そう。ベル君の主神だよ・・・・・・ムゥ・・・・・・」

 

「?? あっはい。よろしく。【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインです」

 

 いきなりヘスティアと名乗った女神に軽い敵意を向けられたアイズは当然のよう困惑するが・・・・・・その気持ちも直ぐに切り替える。

 

「神様! 今すぐここを離れてください! ナニカが来ます!」

 

「ええっ!? なにかってなんなんだい!?」

 

「いいから早く!」

 

 ベルの切羽詰った声にヘスティアは一瞬、逡巡したが意を決してその場から離れる為に走り出す。それを後ろ目に確認しながらベルは油断するなく武器を構える。

 

「なんだと思う? ベル・・・・・・こんなの初めて」

 

「わかりません。とにかく、頼らせていただきますよ・・・・・・アイズさん」

 

「まかせて。簡単に並ばせてなんてあげないから」

 

「「・・・・・・来る!」」

 

 街中に突然・・・・・・なんの脈略も無く突如として空間が歪む。蜃気楼のように揺らめく空間から何かが飛び出してくる――

 

「なんだ。こいつは!?」

 

「初めて見るモンスター。ベル、気をつけて」

 

 ――そこに出現したモンスター。パイがこの場にいれば「瀕死の逃げ方がすんごく可愛いで有名なモンスターなのかなー」などとコメントが貰える事だろう。

 

 【青熊獣《アオアシラ》】。は突如の景色が変わったなどの環境の変化に戸惑っているが、目の前の自らよりも小さきモノをみて後ずさる・・・・・・。

 

 青熊獣も記憶力が少ない馬鹿ではない。だからこそ知っている。少なくとも小さいモノの白いほうは・・・・・・『ハンター』だ。なんか空気が違うし明らかにその目は“獲物を見る目”である。

 

 狩られる!? 青熊獣は自らの死期を悟った・・・・・・そして、自棄を起こしたように立ち上がり威嚇する。その行動に、未知のモンスターという事で警戒するベルとアイズに青熊獣は「おやっ?」思う・・・・・・。

 

 もしかしたら。生き残れるかも? っと・・・・・・しかし、この個体に生き残れる確率は限りなくゼロであろう。

 

「じゃあ、狩りましょうか」

 

「そうだね」

 

 なにしろ、青熊獣が警戒した“ハンター見習い”程度のベルよりも遥かに強い『冒険者』がいるのだから・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

  

 青熊獣は自らの選択を後悔していた。

 

 此処が何処なのか分からないが。もとより居た所の狩人と同類と呼べるの連中が居る。

 

 現在、全身を切り刻まれ喘ぐような呼吸を取りながらなんとか距離を取ろうとその四肢を懸命に動かしているが・・・・・・。

 

「まてー、逃がさないぞ!」

 

 青熊獣にとってベルも怖かった。まず此方の攻撃が当たらない。器用に間一髪で此方の一撃を尽く避けてゆくのだ、そして向こうの斬撃はこちらへと少なくない傷を付けてゆく。

 

 それでもまだ、こいつはマシである。傷といえどそれらは深くはない。向こうの奴らに比べればお遊びのレベルだと断言できる。

 

 それでも、斬りつけられ続ければ危険であるのだが――問題はそこではない――

 

「まてー、モフモフ!」

 

 ――そう言いながら、『ハンター』より速く駆けてくるアイズだ。それの斬撃はベルよりも速く、重い。手にする武器が軽いので一撃では致命傷に至らないが、手数が多い。

 

 結果的に言えば威嚇を行った数分後にはこの有様である。そんな事を考えていると目の前にアイズが回り込んでくると剣を収めて手をワキワキと動かし近づいてくる・・・・・・やだ、怖い。

 

 泣きそうになりながらも後ずさる青熊獣はその命を終える瞬間まで恐怖を味合う事となったのだった・・・・・・。 

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルは頭の中の引っかかっている物を思い出そうとしていた。

 

 目の前に倒れたモンスター。巨大な熊のモンスターだ。そして、それは不思議であった。

 

「死んでいる・・・・・・よね?」

「ええ、確実に絶命しています。アイズさんの疑問はよくわかります。“なんで灰にならない”のか、ですよね?」

 

 そう、このモンスターは結構なダメージが負っているのに灰にならない。自然交配で独自の生態系を作り上げている地上のモンスターと同じくその身を残している。

 

 つまり、“怪物祭に用意されたダンジョンのモンスターではない?”そして、そこまで考えてベルの中にあった“引っかかり”がなんなのかを思い出す。

 

「まさか・・・・・・こいつが、青熊獣なのか?」

 

「あおあしら? ベルは何か知っているの?」

 

 アイズの疑問に対して、確証はないですがっと、前置きを置いてベルはそのまま言うのはマズイと脚色を加えて、パイの世界のモンスターの話をする。

 

「多分ですが、こいつはこの場所には居ないはずのモンスターです。青い毛の立ち上がると三Mほどの巨大な熊のモンスターで腕を振り回したり。腕を大きく広げて抱きつくような攻撃をしてきます。あとは瀕死になると後ろを仕切りに確認しながら逃げます」

 

「さっきまでの、このモフモフの行動に酷似しているね・・・・・・なるほど、だから斬りつけても上手く刃が通らなかったのか・・・・・・でも、なんでこんな場所に?」

 

「そうですね・・・・・・しかし、どうしましょう、これの説明・・・・・・」

 

「・・・・・・フィンやロキに相談・・・・・・する?」

 

「・・・・・・お願いします・・・・・・」

 

 とにかく。散々な【怪物祭】になったとため息をついたベルは『ギルド』の職員とヘスティアへ無事である事を示すために手を振るのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 少女は必死に恐怖と戦っていた。

 

 【怪物祭】の露天の手伝いに来たのはいいが、親の離れている時間帯にソレは起こった。なにやら闘技場の方角が騒がしくなり、何かと思っていると、人々が騒ぎ出す。

 

 「モンスターが逃げ出した。」円形闘技場ではモンスターのテイムが行われている事は少女も知っていたが、それが逃げ出した。つまり、町の中にモンスターが放たれたという事だ。

 

 普通ならば逃げ出すのが正解である。現に周りの露天商なども逃げだしている。

 

 しかし、親から離れ判断が遅れた事が更に少女の身を危険に晒す事になる。

 

 突然に地面の揺れに、思わず物陰に隠れ木材の隙間から外を伺うと・・・・・・ソコには緑色の巨大なモンスターが居た。

 

 そして、それに素手で殴りかかるのは二人のアマゾネスであった。しかし、悲鳴を上げてぶつけた部位を抑える。打撃では有効な攻撃を与えられないのだろう。

 

 早く終わって欲しい一心で隠れ震えていると、頭上の露天の上に何か重たいものが叩きつけれたような音と共に、周りの物を巻き込んだ破壊音が耳に届き・・・・・・思わず悲鳴が上がる。

 

「・・・・・・えっ!? 子供!?」

 

「・・・・・・えっ?」

 

 モンスターの攻撃かと思っていたそれは、吹き飛ばされたのか、口元から血を流している痛々しい姿の亜麻色の髪のエルフであった。

 

 困惑を宿した瞳が少女の恐怖を宿した瞳と交わる。

 

「レフィーヤ! 逃げなさい!」

 

 アマゾネスのティオネが警告を放つが、しかし――

 

「・・・・・・っ! ダメですティオネさん! 避難できていない子がいるんです!」

 

「本当、レフィーヤ!? あっ、本当だ!? どうしよう、ティオネ!?」

 

「なんてこと・・・・・・こんな時に!?」

 

 視界を隠す物がなくなり少女が見つめる先には“先程よりも多くなった”モンスター・・・・・・それも、初めは蛇かと思っていたがどうやら花のようだ・・・・・・恐怖を通り越して冷静になったがそれで身体が動く訳もない。竦む少女身体をレフィーアが覆うように抱きしめる。

 

 せめて、この子だけは・・・・・・悲壮な覚悟が幼いながらも少女にも伝わる。

 

「・・・・・・けて・・・・・・」

 

 少女の口が自然に紡ぐ言葉、それを耳にして居たのは瞳を閉じて衝撃に耐えようとしているレフィーヤだけであったが、彼女は後に語る――

 

「助けて・・・・・・! お姉ちゃん!!」

 

 少女の叫びに呼応するかのように遠くから何かが音を立てて走ってくる音を確かにレフィーヤは聞いた。そしてその音は離れること無く近くづきそして――

 

「まっかせる・・・・・・かなぁぁぁ!!」

 

 何かが頭上を飛び去り、捕食しようとしていたモンスターの触手を切り裂く。一瞬淡い気持ちを持っている女性を思ったレフィーヤだったが、そこにあるのは鮮やかな金色ではなくくすんだ白髪であった。

 

「・・・・・・ハンターのおねえちゃん!!」

 

「やぁ! さっきぶり、さぁて、どこのモンスターか知らないけど、この子は私の、この街での一人目の依頼人なのでね、モグモグさせてあげられないかな・・・・・・って訳で後は私達にまかせるかな!」

 

 そう言って、双剣を構える姿のパイに――きっと英雄とはこういう人達の事を言うのだろう。――っとレフィーヤはこの事件の後、語るのであった。

 

「あれ!? ねぇティオネ。あれってこの間の『豊穣の女主人』にいてた・・・・・・」

 

「ええ、確か『便利屋』よね・・・・・・『便利屋』! あなた、戦えるの!?」

 

 ティオネの言葉に即座にパイが反応し、匠に双剣を操り、襲い来る触手を切り裂いてゆくが・・・・・・ある程度の位置から前に出ない。そしてその理由もすぐに分かった。背後に守ったレフィーヤと少女を守れる範囲から出られないのだ。

 

「見ての通りかなー! 所でこれ、どうやって終わらせるつもりだったのかな!?」

 

「・・・・・・レフィーヤ!? 無理を言うけど動けそう!?」

 

「ティオネ!?」

 

「今現状でこの状況をひっくり返す事ができるのはレフィーヤの魔法だけよ!」

 

「だ、そうかな? 動けそうかな、えっと・・・・・・レフィーヤ」

 

 抱えていた少女の心配そうな瞳に笑みを浮かべフラつきながらも立ち上がる。エルフの少女、その姿にパイも笑みを浮かべ「上等かな」と呟く。

 

「ティオネさん、ティオナさん、『便利屋』さん。このモンスターは恐らく魔力に反応します! ですのでお願いします! 時間を私にください!」

 

「「まかせて、レフィーヤ」」

 

「任されたかな! ぶっ飛ばすといいかな!」

 

 力強い言葉に思わずに笑みが浮かぶ。高揚する気持ちを押さえ込み冷静にこの場を逆転する為の呪文を詠唱してゆく。

 

「ウィーシェの名のもとに願う 森の先人よ 誇り高き同胞よ 我が声に応じ草原へと来れ 繋ぐ絆 楽宴の契り 円環を廻し舞い踊れ 至れ 妖精の輪 どうか――力を貸し与えてほしい」

 

【エルフ・リング】。同族の魔法である限り、その仕組みを理解すれば扱う事の出来る凶悪な魔法である。

 

「いっくぞぉぉ! たぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そのレフィーヤの魔力に反応し、更に攻める勢いが強くなる花のモンスターにパイも本気を出す。突然パイの瞳が赤く光り、そのいつもは何処か飄々としている表情も、獣じみた凶悪さを滲みだしている。

 

 【獣宿し【餓狼】】。瞬間的であるが身体能力を高める、パイの動きが驚異的にまで加速する、斬撃も一太刀の間に弐ノ太刀を入れられる程の速く、力強くなってゆく。

 

「うそ!? あれより更に早くなるの!?」

 

 パイの変化に驚きの声を上げるティオナも触手や軸の部分に打撃を与えながらも時間を稼いでゆく・・・・・・そして――

 

 レフィーヤの周りに風が巻き起こり魔力がその力を抑えこまれる事に異を唱えるかの如く空気を震わせてゆく。

 

「終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ・・・・・・離れてください皆さん!」

 

 【ウィン・フィンブルヴェトル】。レフィーヤの師であるリヴェリアの魔法であり、強大な威力の広範囲魔法でもある・・・・・・それが前衛で時間を稼いでいた三人が散った瞬間、その牙を解放する。

 

 瞬時に世界が白銀へと姿を変える。一気に気温が下がり、時が凍る。何かにヒビが入ったかのような微かな音は徐々に大きくなり、花型のモンスターの凍りついた身体を粉々に砕いてゆく。

 

 暫しの間警戒するが、どうやらこの敵で最後であったようだ。一気に全員の肩から力が抜ける。

 

「やったよ、すごかったよ! レフィーヤ!」

 

「やるじゃない、レフィーヤ」

 

 終わった事に唖然とするレフィーヤに抱きつくティオナとそんな妹に比べて静かに労いの言葉を渡すティオネ。そんな二人に恥ずかしそうに照れた笑顔を浮かべようとしたレフィーヤだったがその前の保護した少女を安全な場所へと、送らないと思いだしその姿を探すと・・・・・・少女は『便利屋』の元に居た。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイは胸元で安心して泣きじゃくる少女をあやしていた。

 

 『ハンター』はあんなモンスターの前にでるなんて日常茶飯事である。あんがいと向こうの【大陸】の住民なども結構遠目ではあるが見る事もあるので、まるで買い物のお願い程度で『大型のモンスター』を狩猟してこいなど言われる訳だが。

 

 しかし、ここは【オラリオ】である『冒険者』もしくは【オラリオ】以外の外での生活経験などなければモンスターを間近で見る機会などないだろう。だから腕の中で泣く少女の“命を危険に晒す恐怖”に対してその反応は当然の物であった。

 

「おお、よしよしかな! よーく頑張ったかな・・・・・・ん?」

 

 そして、恐怖を身に纏うというのは体力をいつもより多く消費する。安心した少女が睡眠を欲するのは自然な流れであった。パイの腕の中で泣いていると思えば寝息を立てる少女に優しげな笑みが自然に浮かぶパイ。

 

「あの・・・・・・」

 

「ああ、レフィーヤ、お疲れ様かな・・・・・・ちょっと待って欲しいかな・・・・・・よいしょ、っと」

 

 少女を赤子を持つように片腕と肩で抱き込んだパイは立ち上がりレフィーヤに向き直る。

 

「いえ! ・・・・・・あっ・・・・・・此方こそ、お疲れ様でした。ありがとうございます。えっと、すいません。あのお名前は・・・・・・」

 

「あー、そういえば名前言ってないかな。ごめんかな。私はパイ・ルフィル『ハンター』件『便利屋』やってるかな」

 

「パイさんですね。私はレフィーヤ・ウィリディス。そのままレフィーヤでいいです」

 

 そういって笑顔になるレフィーヤに釣られて笑うパイ達を遠くから呼ぶ声に皆がその声の方向へ振り返る。

 

「おーい、ティオネ、ティオナ、レフィーヤ・・・・・・それにパイもおるんかいな、って、レフィーヤ!? 腹から血ぃ出とるやないか!? 大丈夫かいな!?」

 

「・・・・・・終わってみたら結構痛いですね・・・・・・」

 

「ありゃ!? レフィーヤこれ飲んで。ウチで作ったポーションかな・・・・・・その名も『ポーション・グレート』なのかな!」

 

「え? いいんですか・・・・・・『ポーション・グレート』?」

 

「別名・・・・・・というか、ただの『ハイ・ポーション』かな・・・・・・」

 

「はぁ・・・・・・? えっといただきます」

 

 なぜか、悔しそうに『ハイ・ポーション』と言い直すパイに戸惑いながらもレフィーヤはそれを飲み込む。するとみるみるうちに傷が治ってゆく。ちなみに初めて【ミアハ・ファミリア】でパイが製薬成功させた『ハイ・ポーション』だったのだが。

 

「これは、新しいポーション! その名も『ポーション・グレート』だぁ!」

 

「パイ、それはもう『ハイ・ポーション』って名前がある」

 

「・・・・・・ナァーザさん。これは、『ポーション・グレート』なのかなぁ!!」

 

「パイよ、ナァーザの言う通り、それは『ハイ・ポーション』だぞ」

 

「ぬぁぁ・・・・・・!?」

 

 それ以来。どうにか『ポーション・グレート』の名を普及しようと頑張っているが、なかなか上手く行かないものである。

 

 『ハンター』の感性はこの世界ではわりかしと厳しいのであった・・・・・・。



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『唐突な急展開は頭が混乱するのかな?』

とりあえず続けて投稿します。


 フレイヤは薄暗い部屋に佇んでいた。

 

 バベルの最上階。とある女神のプライベートルームであるその部屋の主は窓から地上を見つめていた。カーテンによって斜陽の遮られた部屋は薄暗く、そこに立つ女性は薄く笑うと踵を返し彫刻の施された椅子へと座る。

 

 その彼女の背後・・・・・・いままで影で隠れていた場所に巨漢の男が現れる。限界まで気配を消した行動は暗殺者の様にも・・・・・・熟練の従者の用にも見える。女性――この部屋の主、フレイヤに従うように静かに佇む【猛者】へとフレイヤは語りかける。

 

「ねぇ・・・・・・オッタル。あの子シルバーバックを相手にしたのでしょう? どうだったかしら?」

 

「・・・・・・私の独断になりますがあの程度の相手では、フレイヤ様の望まれる状況には至らなかったと思います」

 

「それなら・・・・・・どの程度なら良さそうかしら?」

 

「・・・・・・あの者は一度ミノタウロスと戦い打ち倒せずに終わったと聞きます。“殻を破る相手”としては十分かと」

 

「そのあたりは任せるわ・・・・・・私もちょっと動こうかしら・・・・・・」

 

 フレイヤは魅惑を乗せた笑みのまま立ち上がりテーブルに置かれた一冊の本を手にしオッタルと共に部屋を後にする。そして、主のいなくなった部屋に扉が閉じる音が小さく響くのであった。

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 ロキは目の前の持ち込まれた物を見て気が重くなるのを感じていた。

 

 怪物祭での戦闘から少しの時が立ち、被害も殆どなかった事から大きな混乱もなく、【オラリオ】は概ね平和な時間を取り戻していた。

 

 怪物祭の後、パイ、ベル、ヘスティアは合流した【ロキ・ファミリア】の面々と共に彼女らに本拠に招かれていた。弱小ファミリア所属のベルとヘスティアは居心地終わるそうに、同じく弱小ファミリアであるパイはいつもどおりに呑気に鼻歌さえだしている。

 

 通された客間に座ること半刻ぐらいした頃、近づく足音に三人の視線がドアへと向くと底から、【ロキ・ファミリア】の主神であるロキをはじめとする幹部たちと神、ガネーシャが入室し、最後に一体のモンスターの死体が持ち込まれる。

 

「で? アイズたんとベルが倒したっていうこの未知のモンスターな訳やけど、二人と『便利屋』以外に聞くで? ”こんなモンスター見たことあるか?”」

 

「ガネーシャ! こんなモンスター見たことない!」

 

 ガネーシャの言葉を皮切りに他の面々、ファミリアの団長であるフィンをはじめとする、リヴェリア、ガレス、べート、ヒリュテ姉妹・・・・・・そしてそれを運んできたラウルとレフィーヤはそれぞれにこの存在について初見であると語る。

 

「嘘はないなぁ・・・・・・ベルの話やと、『便利屋』・・・・・・いや、パイたんはなんか知っとるらしいけど・・・・・・これ、なんや?」

 

 ロキの視線がパイに向きその瞬間、全員の視線もパイに注がれる。一瞬戸惑うパイであったが直ぐに気を取り直す。

 

「【青熊獣《アオアシラ》】。一応大型のモンスターに分類されているかな、主にユクモの近くの【渓流】で確認されているモンスターで危険度は低いかな。とは言えど・・・・・・」

 

 パイはそこで一旦話を止めて、腰に刺していた『ハンターナイフ』で青熊獣の表面を剥いでゆく。突然の行動に皆が目を剥くが剥ぎ取れた素材を見つめパイは言葉を続ける。

 

「青熊獣の甲殻・・・・・・かぁ、下位の位で良かったかな・・・・・・」

 

「話の腰を折るようで悪いなぁ、一人で納得しとらんでウチらにもわかるように教えてくれへんか?」

 

 パイの行動に焦れたロキが核心を突くように急かす。

 

「あー、ごめんかな。このモンスターは私達の【大陸】のモンスターで間違いないかな。どうして【オラリオ】の街に出てきたかはわからない・・・・・・つまり、同じ事が起こる可能性は十分に考えられるし・・・・・・コレの危険度は底辺である。その情報でいいのかな? ロキさん」

 

 パイの締めに対して、ロキは苦々しく舌打ちをする。事の重大さにフィン達ファミリアの幹部の表情も硬くその中で、ティオナがパイに質問をする。

 

「ねぇー・・・・・・パイは“危険度は底辺”って言ったけどさ・・・・・・それって、あまり考えたくないけどさ、その【大陸】にはもっとやばいのが居るって事?」

 

「んー・・・・・・ティオナの言う“やばい”の意味がどの当たりかわからないけど、こうなったら無関係って訳にも行かないかな・・・・・・説明するから誰か、【ミアハ・ファミリア】に行ってミアハさんとナァーザさん。そして出来れば【ヘファイストス・ファミリア】からヘファイストスさん、椿さん、そしてベルにはヴェルフとリリルカを連れてきて欲しいかな」

 

 異論もなく、各々が行動を開始し、部屋に残ったロキ、ヘスティア、ガネーシャ。そして、フィンを含む数名の幹部はその間にひとつの事を話し合うことにした。

 

「取り敢えず、パイたんが“異質な存在”である事は理解したわ。そのあたりの説明も皆が集まったらやってくれるんやろ? せやから聞きたい事は別のことや・・・・・・おまん、LV.は?」

 

「あっ! それは私も気になってた! ねぇねぇ。パイはLV.はいくつなの? あの植物のモンスターと渡り合ってたぐらいだから4とか5とかあるんじゃないの?」

 

 ロキの質問に乗っかるティオナに少しだけ難しい顔で考え込むパイ。その表情に本来ではマナー違反になるであろうが気になる面々は静かに視線だけで圧をかける。

 

「信じられないと思うかな・・・・・・それでもいいなら聞くがいい! 私のLV.とステイタスの数値を!」

 

 まさかのステイタスまで公開しようとするパイに流石にとリヴェリアが止めようとするが、フィンが視線だけで指示を送りティオネがリヴェリアの口を塞ぐ事でパイの『ステイタス』が白日の下にさらされ・・・・・・それを聞いた全員が呆気に取られる。

 

 

パイ・ルフィル

 

Lv.1

 

 

力  :I 7

 

耐久 :※ ∴?∮

 

器用 :I 4

 

敏捷 :I 9

 

魔力 :I 1

 

 

 

「「「「「「「「・・・・・・低っくぅ!?」」」」」」」

 

 全員が同時にツッコミ。そのツッコミを聞いてパイが崩れ落ち、そして涙目で語る。

 

「聞いて欲しいかなぁ・・・・・・なんでか全然ステイタスが上がらないんだよぉ・・・・・・何度も何度も、ミアハさんと首をひねってやっとこの間、『ギルド』に冒険者登録したんだけどどんだけ下に潜っても全然上がらないんだよぉ・・・・・・」

 

 情けなく泣き出すパイに全員の視線がロキへと向かう、ロキはその額に冷や汗を流しながら呟く。

 

「あっ、うん。嘘はついてないわ・・・・・・」

 

「・・・・・・まじ? ロキ・・・・・・ということはこの子、Lv.1の超低ステイタスであの・・・・・・武器を持っていなかったとは言えど、私達が倒せなかったモンスターを相手に戦ってたってこと?」

 

「今になったら、ティオネ達が何らかの幻覚を見とった・・・・・・って思いたいけど、そういうわけないからし・・・・・・そういう事なんやろうなぁ」

 

「くやしいかなぁ・・・・・・悔しいかなぁ・・・・・・ぐぬぬ・・・・・・」

 

 パイは『落ち込む』と涙を隠すことなくブツブツとなにかをつぶやき、それを可哀想なモノをみる目で残ったメンバーが見つめ、それは外にでたメンバーが全員戻ってくるまで続くのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「失礼。やっと落ち着いたかな・・・・・・とりあえず。集まってくれてありがとうかな!」

 

「突然、ベル様に呼ばれてその場所が此処なのは驚きましたが。パイさんが関与してるならなんでもありな気がしてきましたよ」

 

「トビ子に常識を語ってもな・・・・・・今回は何をやらかしたんだ?」

 

 呆れた表情で言う、リリルカとヴェルフに「今回は私は関係ないかなー」とパイは返事を返すが――

 

「パイ、貴女の場合いろいろとやっちゃってるから信用自体は微妙なのよね」

 

「主神殿の言う通りだな。まぁ、手前としてはお主のような娘は見ていて面白いから好きだがな・・・・・・それと【凶狼】よ。時に武器の調子はどうだ?」

 

 頭痛を抑えるように額に手を当てるヘファイストスと笑いながらそれを肯定する椿はそのままべートへと語りかけ、二、三言ほど言葉を交わすと満足げに下がる。

 

「二人ともちょっとひどいかな! ミアハさんもナァーザさんもなんとか言って欲しいかな!」

 

「私も、ついに“やったかぁ”って諦めてここまで来た・・・・・・パイは自分の行動を自粛するべき」

 

「ナァーザよ・・・・・・よくぞ言った。正直ここに来るまで生きた心地がせんかったぞ」

 

「・・・・・・あれ? 身内に味方がいない気がするのは気のせいかな?」

 

 呼び出された各々の反応に逆に【ロキ・ファミリア】のメンバー全員が軽く引いている。その感じをいち早く察知したパイは軽く咳払いをして全員を見渡し、語る。

 

「まずは、前に話していた【大陸】の説明をするかな」

 

 【大陸】今だに未知の大地が多く、日々多種のモンスターが確認されている世界。パイはソコでの『ハンター』の存在がどのような物か説明してゆく。

 

 時に刺激的な強弱を加え語られる内容と、向こうでのモンスターの被害。そしてそれに立ち向かう(もしくは立ち向かわさせられる)ハンター達・・・・・・その、時にひどすぎる依頼内容に同情的な視線も時に貰いながらもパイの言葉は続く。

 

 この語り部、凄いのが持ち込んだ紙に雑ではあるが妙に迫力のある絵と共にモンスターを描いてゆく事だ・・・・・・それも会話の速度を落とすこと無くである。

 

 ご丁寧にモンスターと――向こうの平均的なハンターの身長――で比較まで書くのでリアルに想像できてしまう当たりも、全員がパイの話に引き込まれる要因となっている。

 

「結局・・・・・・【角竜《ディアボロス》】の猛攻に耐え切れず潰れた砦とか・・・・・・最悪、『覇竜《アカムトルム》』とか『崩竜《ウカムルバス》』とか考えたくないかな・・・・・・あっ、二匹はこんな感じかな。取り敢えず私が見たことのあるモンスターはこんな所かな」

 

 パイがそう締めくくると沈黙が部屋に広がる。ティオナなど頬が引きつっており。レフィーヤなど泣きそうである。

 

「ははっ・・・・・・笑えんわ・・・・・・まったくもって笑えんわ。アイズたん・・・・・・確認するで? このアオアシラってのは一撃で切り落とせんかったんよな?」

 

「・・・・・・うん、すごく変な感じだった。思ったように刃が入らないし・・・・・・それに、パイはさっき下位って言ったよね?」

 

「アイズ・・・・・・怖いことを聞くね・・・・・・それは、上位もあるという事だね。どうなんだい? ルフィル君」

 

 アイズの言葉をフィンが続け、その言葉にパイは重々しく頷きその動作に部屋の空気がさらに重くなる。

 

「アイズとフィンさんの言うとおりかな。私がさっき言ったのも殆が下位のモンスターの話でさらに上位と呼ばれる強力な個体もいるし・・・・・・それこそ、ティオナのいってた“やばい”のなら最上位の『G級』のランク付けされた個体かな。かつて、そのG級の・・・・・・私は見たことがないんだけど、『祖龍』と呼ばれるは『ハンターズギルド』所属の最強ハンターであるG級クラスの3人掛りでも倒しきれなかったらしいよ」

 

「ふふっ・・・・・・そんなものが出てきたらと思うと、ゾッとするね。しかし、こうなると対策ができないな」

 

 フィンの言葉にパイも腕を組み考える。自分の『ハンター』としての質は決して高くない。先ほどの最強の三人とは知人の仲であるが、その能力の高さは嫌というほど見せられている・・・・・・というか体に叩き込まれている。

 

「所で、パイさんはどうしてこのメンバーにその話を? 【ロキ・ファミリア】の皆様は理解できますが。リリやヴェルフ様にする話かと思えば・・・・・・」

 

「ああ、簡単かな。この話は私と近い人間にしかしていないのと、妙に広げると混乱を招くと思ったからかな、リリルカとヴェルフはどちらかといえばそんな状態になった時に避難させたりとか手伝って欲しいからかな」

 

「なるほど、広げる危険性を考えればこの辺りの人脈がせいぜいという訳ですね・・・・・・」

 

 リリルカはパイの説明に納得する。情報を共有する利点とは別に未確認の出来事を想定するというのもなかなかに難しいものである。それが仮定出来る範囲であれば予測もつくが少なくとも規格そのものが“異常”と言える【大陸】とその基準がわからない内は混乱を招くだけである。そして、次にベートが質問をする。

 

「一応聞いておくんだが、お前は向こうじゃどのくらいの強さだったんだ? 今は情報がお前の話と、アイズが狩ったコイツだけだ、基準がわかんねぇもんに対策もクソもねぇだろ」

 

「ベートさんの言い分は正しいかな。一応私は『上位のハンター』にはなったんだけど、まだ上位のモンスターとの戦闘経験は無いかな・・・・・・戦った中でもっとも強いモンスターは【火竜《リオレウス》】で戦いたくない相手は【雷狼竜《ジンオウガ》】かな・・・・・・ベートさん的な言い方だと『ハンター』としては普通の部類かな?」

 

「パイほどの者でそのような扱いなのか・・・・・・ロキよ、どうする? この議題は隠密かつ早急に対処するべき内容かもしれんぞ」

 

「ミアハの言う通りね。動くにしても、保留にするにしても・・・・・・ロキはどう考えているのかしら?」

 

 ミアハとヘファイストスがロキの方に向き訪ね、ロキもそれに頷きながらも考え――そして――

 

「取り敢えず“保留”や、今の所じゃなんとも言えんし、気を張ってもしゃあない・・・・・・おまけに今は怪物祭に出てきた『花』の事もある。お互いに情報の交換を密にしてやった方が今はいいやろ」

 

 ロキの結論にこれ以上の議論は意味をなさない事を感じ、この日は解散となった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 エイナ・チュールは物陰からとある人物を見ていた。

 

 今日は仕事の休みの日であり、調子もいいので街を散策しようと出かけたその先で、現在アドバイザーとして担当している新人冒険者の姿を見かけたのは本当に偶然であった。

 

 ベル・クラネル。ダンジョンの知識も安全管理も素人とは思えない少年であり、玄人たる戦士のような一面と素朴な少年のような純朴さをもった変わった少年である。

 

 エイナの知る限りでは冒険者としての才能はあるようで、『ギルド』の換金所の職員が「たまにパーティー組んでいるといえど、すごい稼ぎを叩き出す時がある。変な噂も“たまに”あるがそれも稼ぎとは違うらしい」とぼやいていたのを思い出す。

 

 (変な噂・・・・・・? あの時は忙しかったからあまり気にしなかったけど・・・・・・それに、隣にいるのって・・・・・・ルフィル氏?)

 

 パイ・ルフィル。最近【ミアハ・ファミリア】から登録された冒険者である。ベルとは比べ物にならない問題児である。『便利屋』なる何でも屋をしながらもダンジョンに大量の食料を持ち込んで篭れば四日ぐらい出てこないとか、なぜか二四階層に居たとか、虚偽の可能性がなければ彼女はレベル1の超がつく程の駆け出しのはず・・・・・・エイナの知る限りではその情報で間違っていないハズだ。

 

 優良児と問題児・・・・・・変な組み合わせにエイナの好奇心は刺激され、二人の会話が聞こえる距離まで隠れながら近づいてみる。少し聞き取りづらいが会話の聞こえる場所まで接近すると、そこで耳を澄ます・・・・・・すると

 

「最近朝の――調子が悪くて ―― パイさんの ―― 忘れられなくて ―― つい ―― ちゃうんですよ」

 

「そうは言うけどベルも満更じゃないかな ―― それにこの間も腰の ―― すごかったかな!」

 

(・・・・・・んっ!? “腰”“すごかった”)

 

「でもたった一発で ―― 僕、情けないです」

 

「大丈夫かな! 私も ―― の時 ―― だったから ―― 攻め方も変えてみるかな?」

 

「ええっ!? あれ以上の事をですか!?」

 

(どれ以上の事を!? えっ・・・・・・ちょっと待って、あの二人何を話しているの? ってかベル君って・・・・・・)

 

 エイナは耳を動かし二人の会話を盗み聞く。そして、耳に届いたその内容に思わず顔が赤くなるのを感じるハメになった。公共の場、それもバベルの下でなんという会話をしているのか。

 

「でも、パイさんは ―― 小さいから狭い ―― それに、あの動きは反則ですよ」

 

「ふははは・・・・・・お姉さんはテクニシャンだからかな! ベルも ―― ミノタウロス級ぐらい時期に慣れるかな」

 

(ミノタウロス級・・・・・・だと!? 時期になれるって事は・・・・・・いやいや、落ち着くのよ、エイナ・・・・・・っというか)

 

「ベル君! ルフィル氏! もうちょっとそういう話は隠れてしてください!」

 

「「・・・・・・はい?」」

 

 そこまで聞いてて我慢できなくなったエイナが隠れていた場所から出てきて、若干大股気味にベル達に近づいてゆく。声を掛けられたパイとベルはなんの事か分からずに困惑を顔に貼り付けながら顔を赤くしたエイナを見る。

 

「おはよう・・・・・・かな? エイナ、どうしたのかな? 今日は休み・・・・・・私服もなかなかかわいいかな」

 

「えっ・・・・・・えっと、ありがとうございます・・・・・・ってそうじゃない! ルフィル氏! なんて如何わしい会話をしているんですか!」

 

「ええっ!? そうだったんですか? パイさん!!?」

 

「おっ・・・・・・おう!? “一発で力尽きてしまうベルに今日は『耐久』を上げる為に”ダンジョンに篭ろうって話をしてただけなのに」

 

 パイの言葉にエイナは更に目くじらを立てて腰に手を添える・・・・・・所謂“お説教モード”になると戸惑う二人へと右手の人差し指を突き出しながら言う。

 

「へっ・・・・・・へぇ~、ベル君って・・・・・・って“耐久”を上げる!? しかもダンジョンの中で・・・・・・ふっ不潔ですよ! ベル君も、まだ若いんだからそんな特殊な・・・・・・」

 

「特殊!? なんの話ですか!? 僕、今は体術をパイさんから教えてもらってるんですが」

 

「体術(意味深)ですって・・・・・・」

 

「ベルは腰を使っての動きとか体幹がしっかりしているから、多少の無理が効くかな、今日も手とり足取り教えていくつもりだったんだけど、なんでエイナは怒ってるのかな?」

 

「ルフィルさん・・・・・・見損ないましたよ! ベル君みたいな純粋な子をそうやって・・・・・・体術(意味深)といい腰使いを手とり足取り教えるとか、もうちょっと慎みという物をですね!」

 

「よくわからないけど、私は狩りの話をしてただけなのかな・・・・・・」

 

「ハンティングするって言いましたね! ベル君への今後の異性への付き合い方に支障がでるような事を担当アドバイザーとして見過ごせません!」

 

「「えっと・・・・・・何の話?」」

 

「・・・・・・えっ?」

 

 噛み合わない会話に眉を八の字にしながら同時に尋ねるパイとベルの対応に熱が一気に冷めたエイナも間の抜けた声を返す。

 

「パイさん。僕たちは確か、「朝の訓練の調子がでなくて、以前のパイさんの“修行での出来事”が忘れられなくて、つい身体が竦んじゃうんですよ」って話でしたよね?」

 

「うん、「そうは言うけどベルも満更じゃないかな、それにこの間も腰の捻りからの回避もすごかったかな!」って返したかな」

 

「ですよね。それで、「でもたった一発で殴られて気絶するなんて僕、情けないです」って返しましたよね?」

 

「そうそう、それから、「大丈夫かな! 私も弱かった頃の時は、気絶とかしょっちゅうだったから。アイツの数増やして更に攻め方も変えてみるかな?」って」

 

「パイさんって結構鬼畜ですよね・・・・・・そして、僕が「ええっ!? あれ以上の事をですか!?」と返してから「でも、パイさんは身長差を跳躍と体術でカバーして攻撃するし。小さいから狭い場所でも動き回れるしそれに、あの動きは反則ですよ」っと続けたんですよね?」

 

「最後は・・・・・・「ふははは・・・・・・お姉さんはテクニシャンだからかな! ベルもステイタスが上がればミノタウロス級ぐらい時期に慣れるかな」って言った所でエイナが来たかな」

 

「・・・・・・あぁぁぁぁぁ~~」

 

 やらかした・・・・・・エイナは羞恥に染まる顔を手のひらで隠しながら地面に膝をつく。全然変な事もない会話をなんという事か。聞き逃した部分が悪すぎた。勝手に悪いように解釈して責め立てるとか・・・・・・穴があったら入りたい気持ちに成りながらも、涙混じりの謝罪を二人にしようとして、ある事に気づく。

 

「勘違いしてごめんなさい・・・・・・! それと・・・・・・ベル君、ルフィル氏・・・・・・なんか“ミノタウロスぐらい時期に慣れる”って・・・・・・日頃ミノタウロスと戦ってるみたいな言い方だけど・・・・・・」

 

 エイナの言葉を聞いた瞬間、パイとベルは同時に「あっ・・・・・・」っと声を漏らす。目の前の『ギルド』のアドバイザー件職員の少女の性格をよく知っている二人は同時にマズイ――っと考えお互いの目を合わせる。

 

 「冒険者は、冒険してはならない」エイナの口癖のような格言であり、常に死と隣り合わせな『冒険者』達を見送り、その帰らぬ姿を見てきた経験が彼女のような心配性でお節介な性格を考えればどうなるか。

 

 少なくとも、以前のような“うほっ、ミノタウロスだらけの修行風景”の事を言えば・・・・・・考えるだけでゾッするような説教が開始される事は必然である。

 

 故に――

 

「そっ・・・・・・そういえば、聞いてくださいよ! パイさん エイナさん。僕“魔法が使えるよう”になりました!」

 

「「・・・・・・ふぁ!?」」

 

 無理やりな話の流れの変える発言のその意味をしっかりと頭に入れたパイとエイナはベルの言葉の後に同時に奇っ怪な声を上げるのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

【魔道書】と言うアイテムがある。

 

 発展アビリティーである『魔導』と『神秘』が発現した者が制作できるアイテムであり、それを読んだものに魔法を強制的に発現させる効果がある。

 

 パイはその話をレフィーヤから聞いて、この世界の不思議さに首をひねっていた。そんな制作の難しさに対して習得の簡単さに疑問を持ったのだ、まぁそのあたりは“自らの感性と知識、なにより努力で戦う狩人の性”故であろう。

 

 まぁ、パイ自身が魔法に対して何も思わないと言えば嘘にはなる。特にまともの見た最初の魔法がかなりのド派手な物であったのも、その理由の一つではあった。

 

 何だかんだで、エイナの追求を避け、彼女と別れたパイとベルはダンジョンをゆっくりと降りていた。現在十一階層、何時も通りの霧がかった変わらぬ風景に少し気を抜いてパイは文句を言う。

 

「ちくしょー! 羨ましいかなぁ!! 怪物祭の時のレフィーヤの魔法を見た時から羨ましかったのに・・・・・・ベルにまで追い越されたかな・・・・・・よし、ベル。もうちょっと下にいこうか?」

 

「いいですよ! 新しい僕の戦い方も見て欲しいですし、喜んで行かせてもらいます!」

 

 こうして二人はさらに下の層へ、強いて言うならばミノタウロスのいる区画まで行き・・・・・・結論だけで言うと、その後ベルの『耐久』や『魔力』がおかしいぐらいに上昇し。何時も通りミイラ男となって帰ってきたベルの姿をみて、いつもの如く怒天髪となったヘスティアとあきれ果てたナァーザから説教を受けるパイが居た。

 

 

ベル・クラネル

 

Lv1

 

 

力  :E 471 →:B 781

 

耐久 :D 573 →:S 993

 

器用 :F 391 →:B 721

 

敏捷 :E 489 →:S 919

 

魔力 :I 61  →:B 720

 

 

《魔法》

 

【ファイアボルト】

 

 ・速攻魔法

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

【憧憬一途《リアリス・フレーゼ》】

 

 ・早熟する。

 

 ・懸想が続く限り効果持続。

 

 ・懸想の丈による効果向上。

 

 

【牛恐怖症《オックス・フォービア》】

 

 ・牛を見ると震えが止まらなくなる。

 

 ・牛と戦闘時ステイタスが超低下。

 

 ・恐怖を克服した時このスキルは消滅する。

 

 ・スキル消滅時このスキルは変質する。

 

 

 パイは、【ヘスティア・ファミリア】の本拠で青筋を浮かべたヘスティアにベルのステイタスの写しを突きつけられていた。情景一途の部分は流石に消されているが、伸び方を見れば恐ろしさすら感じる上昇の仕方である。

 

 ベルはベッドの上でうわ言のように「牛怖い・・・・・・牛怖い・・・・・・」とブツブツと言っておりよく見れば、微かにだが小刻みに震えている。

 

「これを見てどう思う? ええ? トビ子君」

 

「すごく・・・・・・ステイタスが伸びてるかな」

 

「違う!! そこでもあるけど、そこじゃない! 問題はスキルだよ!」

 

「ベルって好き嫌いはなかったと思うけど・・・・・・次からは牛肉のない場所に誘うことにするかな」

 

 見当違いの返答を返すパイにとうとうヘスティアの怒りが頂点に達した。短いワンピースである事を無視して片足をテーブルの上に乗せてさらにステイタスの写しをパイの顔面につきつけ、叫ぶ。

 

「トビ子君! 君はまたベル君をミノタウロスの群れに突っ込ませただろ!! さぁ吐け! そして何回言わせる気だ! 君は僕の眷属を殺す気かぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「なっ!? なんでミノタウロスだとわかったかな・・・・・・!? ハッ!? まさか、誘導尋問かな??」

 

「パイ・・・・・・牛恐怖症の時点で気づこうよ・・・・・・」

 

「ナァーザさん? あれは牛じゃなくてミノタウロスってモンスターであって・・・・・・」

 

「違う! 外見の問題だよ! 例え筋肉マッチョで、武器を構えてたりカテゴライズがLv2などしても、あれは牛の外見なんだよ! わかるかい?」

 

「でもさーウシタウロス・・・・・・じゃない、ミノタウロスぐらいじゃないともう、ベルの修行相手にならないのかな・・・・・・それより上位の相手だと死ぬかもしれないし」

 

「だからって、一対一とかさぁ・・・・・・あるじゃないか! 別に集団と戦わせなくてもいいじゃないかぁ・・・・・・! 頼むよぅ・・・・・・たったひとりの眷属なんだよぅ・・・・・・いじめないであげてよぉ・・・・・・」

 

 とうとう、ヘスティアが怒りすぎて訳も分からずに、泣き始めてしまう、これにはパイも困ったような表情でナァーザを見る、しかし、ナァーザは直ぐに目をそらしながら言う。

 

「今回もパイが悪い。っというよりもなんで毎回、毎回生きてベルが帰ってこれているのかも不思議で仕方ない・・・・・・普通死ぬよ?」

 

「傍で常に笛を吹いて魔力が尽きかけたらマジックポーション飲ませつつの戦闘だったからかな、ある程度ダメージが蓄積したら助け出して、ポーション飲ませて・・・・・・」

 

「・・・・・・パイって実はベルの事が嫌いとか?」

 

「えっ? なんで?」

 

 キョトンとして真顔で聞き返してくるパイにナァーザは本当に小さくため息をついたのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは呆れ果てていた。

 

 今だに太陽が顔を出していない時間帯、いつもの外壁の東側。久々のパイとの朝稽古・・・・・・しかし、ソコにはパイだけではなくベルの姿もあった。そして、若干憂鬱そうなパイの様子が気になり話を聞いてみたのだが、アイズが思っていたよりもずっと酷い内容につい、同情的な視線をベルへと向けてしまう。

 

「ベル・・・・・・よく五体満足で居てられたね。パイもそんな事ばかりしてたらベルに嫌われるよ」

 

「ははは・・・・・・流石に嫌ったりはしませんけどね・・・・・・しかも、ステイタス自体も上がってるんで文句も言いづらいんですよねェ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

「ちゃーんとその辺りは見極めてやってるかな! 少なくとも私の時のようなひどい事はしてないかな」

 

 こんだけやっといて? っとアイズとベルの頭の中で疑問が膨れるが二人はそれを直ぐに捨てる。この『ハンター』に常識を考えても仕方ない事だし、なによりパイが言う事は基本的に本当の事であり、つまりは“もっとえげつない目を彼女は受けた事がある”ということなのだ。

 

「二人は青熊獣と戦ったことあるよね? 私はねハンターになった瞬間に・・・・・・本当の意味で出来たてホヤホヤの状態でポッケのお兄さんに修行と名ばかりの苦行をさせられたのかな」

 

「「えっと、それって?」」

 

 ベルとアイズが同時に小首をかしげて続きを促すと、その瞬間パイの瞳から光が消えた。

 

「【轟竜《ティガレックス》】と耐久五十分戦闘をさせられたかな。なんでもポッケのお兄さんの因縁の相手らしくてね、お兄さんが専属ハンターになってそんなに経っていない時とか武器がそんなに強くないからか、全部弾き返されて・・・・・・最終的には当時の最先端の武器だった『ガンランス』っていう武器でなんとか倒したらしい・・・・・・そして、コイツの危険度は青熊獣とは比べ物にならないかな」

 

「「明らかに悪意がある気がする!?」」

 

「はっはっはっ・・・・・・いやぁ、一撃でも貰ったら力尽きて気がつけば、ベースキャンプに台車で運ばれてゴミみたいに下ろされてさ、で。いつの間にかお兄さんがソコにいてさ、泣こうが喚こうが首根っこ掴まれて轟竜直行コース・・・・・・しかもさ、【雪山】って寒いんだ・・・・・・特に『ホットドリンク』が無くなった後とかさ、もうガタガタ震えながら涙も鼻水も凍らせながらの修行だったなぁ・・・・・・」

 

 想像しただけで背筋がゾクゾクする内容に、ベルとアイズは肩をすくませる。しかし、パイの話はこれで終わりではなかった。

 

「そうやって、どうにか生きて帰ってきたらね。次はユクモの姉さんが来てね。アイテムの効率のいい使い方を実践だー! って涙と鼻水を流しながら本気で嫌がる私を小脇に抱えて・・・・・・『雷狼竜《ジンオウガ》』のいる【渓流】で・・・・・・うん、あの時は何百回気絶したかなぁ・・・・・・雷が直撃しちゃうと気絶しやすくなるからなぁ・・・・・・へへっ・・・・・・ああ、ちゃんと力尽きたら台車で運んでくれたかな」

 

「あの、パイ。ちなみにその二人は・・・・・・何をしていたの?」

 

「なにも? いや、アドバイスはくれたかな?」

 

「えっ!? アドバイスだけですか? その手伝ってくれたりとか・・・・・・一緒に戦ってくれたりとかは?」

 

「うん。まったく、ポッケのお兄さんは雪山のてっぺんでフルフルベイビーに噛み付かれながら旗立てて、下で戦ってる私にアドバイスくれてたかな」

 

 まったくもって聞いてても訳のわからない状態である。そもそもそのフルフルベイビーというものがわからないベルとアイズだが噛み付くというのが分かったのでろくな物ではあるまい。そしてそんな状態でなぜ旗を掲げる必要があるのか・・・・・・。

 

「そんで、ユクモの姉さんの場合はギルドからちょろまかし・・・・・・貰ってきた大量の支給品を使って狩りをしろって言うんだけどね。やれ、相手の足元まで突っ走って『シビレ罠』セットしろとか、なんでか使わない支給品専用の『音爆弾』と『閃光玉』がごっちゃに入れてるから選んでる間に殴られて気がつけばベースキャンプなんて当たり前・・・・・・少しでも生存率あげようと其の辺の素材かき集めて現地で調合したなぁ・・・・・・『回復剤グレート』とか出来た時は本当に嬉しかったかな・・・・・・ああ、ちなみに姉さんはずっと釣りしてたかな。後ろで雷狼竜から必死に逃げている私をみて笑いながらさ・・・・・・それに、雷狼竜に『シビレ罠』使ったら強化されてゆくんだよね」

 

 そして、続いてのも酷かった。確かにそう考えたらフォローをしっかりしているベルの修行は激甘であると言えた。まぁ、実際の所はポッケの専属ハンター然り、ユクモの専属ハンター然りのかなり“自分基準で行われた悪ふざけであり”実際は新人に対してこんな無茶ぶりをさせられる事はないのが普通であるが、何だかんだで撃退こそ出来なかったが。それ以外の項目をやり遂げてしまったパイについつい調子に乗ってしまった結果なのであった・・・・・・ちなみに彼女の戦闘スタイルは当時の“どう頑張っても武器を振り回すだけでは狩れない”状況から改善策を考えた結果でもある。

 

「まぁ、それを基準にしちゃった私も悪かったかな・・・・・・ヘスティアも泣かしちゃったし、という訳で今日は三人で稽古しようという事にした訳かな!」

 

「ん・・・・・・私達も遠征が近いから頑張る」

 

「そうなんですね・・・・・・よし! ではよろしくお願いします! パイさん、アイズさん!」

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 金属を打ち合わせる音が外壁に響く。

 

 白い髪の少年は両手に握られた双剣を休む間のなく振るい続けている。その振るう先にいる金色の髪の少女は回避と鞘に入ったままの愛剣で時に攻撃を反らしながらも少年の隙が出来た瞬間に容赦なく殴ってゆく。

 

「ぶべらぁ!?」

 

 初日ではあるが、もう軽く10回は殴られ吹き飛ばされている少年――ベルは錐もみに回転しながら硬い外壁の床に叩きつけられ気絶する。そのあと、何事もなかったように同じ白髪の少女と金髪の少女がお互いの剣舞を振るってゆく。

 

 時は経ち、朝焼けすらも見えなかった空は青く澄み渡り、太陽も気がつけば真上に差し掛かっている。時折休憩を挟んでいるとは言えど長時間の戦闘訓練に三人の集中力も途切れを感じるようになっていた。

 

「アイズ、そろそろ休憩しよっか・・・・・・ベルも倒れてるし」

 

「んっ・・・・・・そうだね、ベルもだけど、さらにパイとは戦いにくい・・・・・・」

 

「双剣の強みの手数の多さで誤魔化してるだけかな・・・・・・アイズの魔法とか使われたら普通に負ける可能性は有るかな・・・・・・ベルが目を覚ましたらお昼にしようかな」

 

「じゃが丸君は・・・・・・」

 

「あずきクリーム味が多めにしてあるかな」

 

「流石はパイ・・・・・・ちゃんとわかってる」

 

 表情薄めだが、その中で最上級のホクホク顔のアイズと気絶から数分で起き上がったベルと共に昼食を取る三人は昼食後に軽い眠気を感じていた。思えば朝の早くからの訓練に腹も膨れていて、さらに心地よい陽気と爽やかな風。これほどのお昼寝日和も中々にない。パイは他の二人に提案を出す。

 

「あんまり、やりすぎても逆効果だし、食後にちょっとお昼寝しようかな。どうかな? ベル、アイズ」

 

「いいですね」

 

「いいよ」

 

 パイの提案に二つ返事で返したベルとアイズ。パイとベルはまったく同じ動作で横になり、十秒も経たずに寝息を立てる。

 

「えっ・・・・・・すごく早い」

 

 二人の寝付きの速さにアイズが驚く、アイズ自身も寝付きの良さには密かな自信を持っていたがこの二人ほどではない。しかし、その二つの寝息に一人分の寝息が追加されその刹那の瞬間、アイズは思う。

 

(世の中にはいろんな人がいるんだなぁ・・・・・・)

 

 ――そして、数日後、【ファミリア】のティオナが自分の武器である【大双刃】の借金返済の資金を稼いでいる間も、アイズは自身の剣術の復習を兼ねてソロで中層を目指して進んでいた。

 

 道中、視界を遮る霧と言う特性がでる十一階層の中腹にてアイズは独特な気配を感じた。モンスターの様な敵意でもなくかと言って人間とも言い難い・・・・・・その気配の方向へと視線を向けと、視認出来る距離に怪しげなローブを着た者が立っていた。

 

 見るからに怪しい人物の登場に、自然に手が剣の柄に向かうがそれよりも先にローブの人物が声をかけた。

 

「【剣姫】。君に冒険者依頼を発注したい・・・・・・」

 

 見るからに怪しい風貌でこの様な人目につきにくい環境で接触を図る人物。アイズは既にローブを着た人物を危険な人物としてみていた。

 

 大体、【クエスト】ならば【ギルド】なり、【ファミリア】を通して発注するべき案件である。これが借金でもあれば受けたかもしれないが現在のアイズはそのような枷はない。愛剣の製作者である【ゴブニュ・ファミリア】の担当者も遠征での話を聞いて、“消耗の少なさ”に驚き、同時に珍しく褒めてくれた。ちなみにティオナの【大双刃】に関しては職人の大半が涙を流しながらヤケクソ気味に制作に当たっていた為、つい彼らに同情的な視線を向けてしまったのは内緒である。

 

 若干話がズレてしまったが、とにかく、この様な個人が依頼をしてくる案件は大体二種類の場合がある。“違法性のある場合”か“緊急性のある場合”だ。以前にフィンやリヴェリアから聞いた話によれば、こういう場合は前者が多い。しかし、今回は名指しでの依頼である事を考えれば後者の可能性もある。

 

「依頼の内容による・・・・・・それに、名も名乗らない人を信用できない」

 

 今だにローブを脱ごうとせず佇む人物、顔を見られると困る様な相手なのか・・・・・・アイズの言葉にローブの人物に少し身動きをする。

 

「失礼した。私の名はフェルズ・・・・・・嘗て“賢者”と呼ばれていた愚者さ・・・・・・顔は訳あって見せることはできないが・・・・・・そうだな、では君の主神にこちらの神友であるウラヌスに確認を取るといい、“ギルドにフェルズという人物がいるか”と・・・・・・あっ、それと、このじゃが丸君あずきクリーム味を貰ってくれないか、お近づきの印という事で・・・・・・」

 

 ローブの袖から何故かホカホカと湯気を立てているじゃが丸君を三つ出してくる姿に驚きながらも素直に受け取るアイズ。丁度小腹も空いてきた所なのでありがたく咀嚼してゆく・・・・・・ダンジョンの中で温かい食べ物を食べれる幸せを噛み締めながらも考える。

 

 ウラヌス。『ギルド』を管理する神の名前であると思い出したアイズは一旦、フェルズと名乗った者じゃが丸君の同士の存在に警戒度を下げる。

 

 なにより、あとあと問題のありそうな嘘をつく理由もないだろう、本来ならばフィンかリヴェリア当たりに相談するべき内容ではあるが“緊急性のある場合”ならば時間との勝負になるだろう・・・・・・まずは話を聞いてみる事にしたアイズは、フェルズに問う。

 

「じゃが丸君あずきクリーム味好きな人に悪い人はいない・・・・・・所で依頼の内容を聞いてない、まずはそこから話して・・・・・・」

 

「すまない・・・・・・依頼の内容は二四階層のモンスターの大量発生の原因究明とその解決・・・・・・まずリヴェラの町にある酒場に行って欲しい。そこに“協力者”がいる・・・・・・合言葉は――」

 

 フェルズから聞くべき内容を聞いたアイズは【ファミリア】への連絡と、緊急時の場合を想定して援軍の要請を【ロキ・ファミリア】に伝えて欲しいと、伝言をフェルズに頼むとひとまずは十八階層に向けて駆け出すのであった・・・・・・。 

 

 

――――――――――――――

 

 

 それは“緊急性の高いクエスト”であった。

 

 夜の【渓流】それも人里の近くまで降ってきた【雷狼竜《ジンオウガ》】の狩猟。たまたまユクモ村に滞在していた、ユクモ村専属ハンターの女ハンターは直ぐにその目撃場所まで駆けつけ、その痕跡を辿り目標と対峙していた。

 

「おっと、おお振りな攻撃はこのお姉さんには効かないよー」

 

 雷電を纏いながらその豪腕で叩きつけてくる攻撃を余裕で回避しながらも短槍と勘違いしてしまいそうな矢を弦につがえる。雷狼竜が距離を取ったユクモのハンターへと敵意を向けながら駆けてくる。その様子を眺めながらも弦を引き絞る、ギリギリとしなる弓から放たれた矢はその威力を落とすこと無く雷狼竜の頭部へと直撃し、たまらずに倒れる雷狼竜の姿に慌てることも、油断することなく次の矢をつがえてゆく。

 

「ごめんねー。特に“上位”の素材とか欲しくないけど、村に被害出す訳にもいかないんだよねー」

 

 放たれた矢を無理やり身を起こす事でなんとか回避する雷狼竜は。即座に踵を返すと別の区画へと逃亡を図ろうとする。

 

 あらら。っと攻撃の失敗を呑気に見ていたユクモのハンターも弓を背負い雷狼竜を追おうとするとある事に気がつく。

 

(赤い・・・・・・彗星? なんか不吉ね・・・・・・前に我らの団のハンターも赤い星のある時に、なぜか乱入してきたモンスターが見つからなかったって言ってたし)

 

 闇を照らす月と星の間、ぼんやりと赤い光が浮かんでいるのを見つけた。しかし、目の前の獲物の事に直ぐに思考を切り替え対応しようと雷狼竜へと視線を戻す。そして、彼女が見たのは己の目を疑う光景だった。

 

「ギャワァァァァ!!?」

 

 突如として【渓流】に現れた蜃気楼のような歪み。【砂漠】でないのだからこのような現象など今までの中で見たことがない。なにより、その歪みに雷狼竜が引きずり込まれてたのだ。

 

「―――なっ!?」

 

 突然の異常な光景にすかさずバックステップで雷狼竜・・・・・・及び空間の歪みから身を離し、弓を展開しながらも、すかさず周りを警戒する・・・・・・取り敢えず、目の前の歪みはこれだけのようだ。そして周りの物を手当たり次第に前足で掴もうと――正しく藁にも縋る様な――行動をとる雷狼竜であったが、その抵抗むなしく虚空の彼方へと吸い込まれていった。

 

「・・・・・・なんなの・・・・・・これは」

 

 雷狼竜が吸い込まれていった歪みを見つめつつ、宙に浮かぶ気球に向かって緊急信号を贈る。気球からの返答を確認しながらもユクモのハンターはひとつの可能性を考えていた。

 

 もしかしたら、“例のハンター失踪事件の有力な手がかり”なのかもと・・・・・・だが、突然の事であったために調査隊が【渓流】にたどり着く頃には赤い光も空間の歪みもその姿を消していたのだった。



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『探し物って探している間はなかなか見つからないものなのかな?』

原作とは常に崩壊するもの・・・・・・。とりあえず今回最後の投稿です。


 ベート・ローガは目的地もなく歩いていた。

 

 時刻は正午を過ぎて数刻は過ぎており、所々に探索を終えた様子の『冒険者』の姿もちらほらと見える。平和な【オラリオ】の街の景色を流しながらもその思考は常に動いていた。

 

 そもそもの事の発端は【怪物祭】に突如として現れた“未知の花形のモンスター”の調査であった。たまたま寝坊した上に暇そうなベートを見かけたロキは首脳陣のほとんどが外出している事から渋るベートと共に花の出てきた地下へと調査に向かった。

 

 そして、流石の読みの深さと勘の良さに定評のある主神と言えよう、匂いに敏感なべートに追わせた場所にて、見事に件のモンスターを地下水路の先にて発見した。

 

 ベートも移動中こそは正直に言えば面倒だと思っていたが戦闘となれば話は違う。以前に同僚のヒリュテ姉妹から“打撃による攻撃”の効果の弱さを耳にしていたのでちょっとした出費が出たものの、たやすく撃破に成功した。

 

 だが、問題はそこからであった、匂いを頼りに更に先へ進むと気配と共に“先ほどと同じ匂い”を持った者を見つけ警戒を強める。その場に居たディオニュオスとフィルヴィス・シャリア。その組み合わせにロキ共々きな臭ものを感じることとなる。

 

 此方も人の事は言えないが。なぜこのような場所に神が居るのか? このディオニュソスと言う神はロキ曰くワイン造りに長けた神であるらしい。その言葉にやや甘い香りを感じた自らの嗅覚が正常であると確認できた。ならばあの“花”の発生場所でさえも“匂いが残っていた”事実が目の前の神物とその眷属が“花”に関与している。そう思うのが自然というもの。

 

 話を聞くと、ディオニュソスも己の眷属を“花”に殺害され、その真実を調べるための調査に赴いた結果――ロキとべートと鉢合わせしたと主張する。

 

 ロキに目配せをすると、ロキ自身もそのディオニュソスの発言事態に虚偽の意思“は”感じないと言う。

 

 その後、地上に戻った四人だが、ロキが更に詳しい情報を得る為にディオニュソスとの会見を希望し、その護衛を行おうとしたべートに対し、互いに腹を割って話したいと告げて一人、ディオニュソス達と共に街の雑踏へと消えていった。

 

 おそらく、ロキにはロキの思惑があるのだろう。自由な行動が目立つがその“理由には意味がある”あの神はそう言う奴である。

 

 ――っと・・・・・・今朝から今までの事を思い出しながらもベートは目の前の光景に意識を戻す。

 

「どこかなー、ここですかー?」

 

 多分、ペットでも探しているのだろうか? 目の前に獣人の少女が居る。少女はその頭部から生えているふさふさした耳をぴょこぴょこと動かしながらゴミ箱の中や植木の間などを熱心に観察している。少なくとも人間を探している動作ではないはずだ。ベートの常識はそう判断した。

 

 そうとわかればそのまま通り過ぎればいいだけである。しかし、べートの中にある勘が囁く・・・・・・『この道を通るのはやめておけ』っと、ベートは考える。それは同時に目の前にいるどこにでもいそうな一般人に危険性を感じているのではないか・・・・・・っと、要するに“負けた気分”にさせられるのかと。無論、そのような事を受け入れる訳もなく、勘に背き、ベートはそのまま前進する。

 

 それは選択肢の一つだった、ベートにはあのまま踵を返す選択もあった。そのまま進むという選択を選んだ時点でその責任はベート・ローガの物となる。

 

「おにーさん、おにーさん! そこの狼人のおにーさん!」

 

 ――故に彼は耳に入る少女の声をあえて聞き流した、厳密には無視したわけではないとベートは思う。少女のその言葉の条件の曖昧さに反応する事を保留している状態であると言い訳をしながら・・・・・・。

 

「そこの銀髪の長身の顔にイレズミをしている狼人のおにーさん! 話を聞いてくださーい」

 

 ・・・・・・かなり的確に身体的特徴を言ってくるが此処はオラリオのメインストリートの一つ、人々は行き交い稀有な事であるだろうが自分以外に条件が一致している人物もいるだろう。ベート自らに苦しい言い訳をしながらも声をかけてくる少女をさらに無視して歩を進めるが・・・・・・。

 

「【ロキ・ファミリア】の【凶狼】のベート・ローガのおにーさん~!」

 

 おそらく【オラリオ】中を探し回っても一人しか該当しないであろう情報に現実逃避を止めて、ベートは嫌そうな顔のまま呼びかけてきた少女に向き直る。

 

「・・・・・・なんだよ・・・・・・つか、知ってるならはじめから名前で呼びやがれ」

 

 遠目では見ていたが、幼さが目立つ少女であった。獣人であるのはわかるがこの様な人物に覚えのないベートは軽い困惑を覚えながらも少女を見る。少し癖のある長い黒髪に整っているがくりくりとした瞳の印象によって美少女と言うよりも可愛らしさが印象に残る。

 

「ほら、有名人だから名前まで言ったら迷惑かなーって」

 

「そう思うなら声をかける所から考えろ・・・・・・っで声をかけたんなら俺に用があるんだろ?」

 

「はい! お願いします人を探してるんですが手伝ってくれませんか!」

 

 驚愕の真実にベートは顔が引き攣るを感じた。先ほどのゴミ箱の中や植木の間を見ていた行動が人探しであった事に・・・・・・逆に言えばそのような場所に出現か隠れる習性のある人物を探して欲しいという事だ。

 

「・・・・・・いや、俺は忙しいんだ・・・・・・すまねぇが力になりそうもない」

 

 そんな怪しげな人間な上に厄介そうな事案に絶対に関わり合いたくない・・・・・・本心からそう思ったベートは少女から目を逸らしてやんわりと拒否する、最近は『便利屋』というトラブルメーカーも居るのだ。下手なことに首を突っ込まない方がいい。

 

「ロキさまが以前、ベートさんが街中をウロウロしてたら大抵は暇っておっしゃってましたよ?」

 

「なんでそんな情報を一般人に教えてんだ、あの馬鹿主神は!? って、ウチのロキと知り合いなのか?」

 

 まさかの神物の名前に思わずツッコムが同時に疑問も覚えベートは少女に訪ねてみる。

 

「実は、この間死にそうな目に会ったの・・・・・・その時に・・・・・・以下中略、っという訳で手伝ってくれますね?」

 

「嫌に決まってんだろ? しかも俺の質問に答えてねぇし、なんだよ以下中略って説明する気ねぇだろ・・・・・・話は終わりだな、じゃあな」

 

「そう来ると思った! えいっ!!」

 

 これ以上話すこともないとべートが背を向けた瞬間――少女は機敏な動きで、べートの背中に張り付く。突然の少女の奇行に驚いたべートが無意識に振り落とそうとするが、少女の次の言葉にその動きを硬直させる。

 

「いいんですか? 第一級冒険者が“子供”に怪我させちゃって!」

 

「てめぇ!? これが目的かよ! くそっ、離しやがれ!」

 

 弱者を虐げる行為自体を嫌うベートには効果的であったのか、思うように動く事ができず見る見るうちに器用に上り詰めべートの両肩に足をかける・・・・・・所謂所の肩車の姿勢に落ち着く少女にべートも青筋を浮かべながらも首を回し睨みつける。

 

「さっきも言ったけど、この間死にかけたから、暴力を振るわない『冒険者』はすごく安全だとわかってるの!」

 

 妙に自信満々に語る少女。確かに、理性と秩序を備えた人物であればそのような愚行を行う事はないだろう。ベートは少女の言葉に納得しながらも凶悪な笑みを浮かべ両肩に乗っている足を掴み・・・・・・。

 

「よぅし分かった! なら降りたくなるようにしてやるぜ! おらぁぁぁ!!」

 

 そのまま、少女が落ちないように足を固定した状態で体全体で振り回したり、飛び上がったりする。しかし肝が据わっているのは少女の方もであった。匠に上半身を動かしてべートの動きに合わせて耐えている。とある『ハンター』がこの場にいればきっと「これは! 乗り攻撃の動きかな!」っと若干ずれた事を言っていた事だろう。

 

「ぴゃぁぁ!? いったい!? 着地の瞬間の衝撃痛い! ちょっと止めて! 腰とかお尻とか首とか痛いからぁ!」

 

「なら、とっとと諦めるんだなぁ!!」

 

「断固拒否します! 探すの手伝ってくれなかったら【凶狼】はか弱い子供に吠える人だって街中で言いふらしますよ!」

 

「おい馬鹿やめろ!? それはシャレにならねぇだろうが!」

 

 まぁ、それでも暴れる長身の男性の肩の上、衝撃を緩和できない肩車された状態での着地や遠心力のかかった振り回しなどは少女の各部に確実にダメージを与えてゆく。

 

 街中で肩車した青年とされた少女が騒ぐ光景・・・・・・他人から見ればその光景は“近所のおにいさんが子供と遊んであげている”であり、当人達の真剣さとは別に実に和やかな光景となっていた。

 

 そんな攻防(?)をしばらく行ったあと・・・・・・そこには肩車したべートと肩車をされた少女がグロッキーになった姿があった。

 

「あっ・・・・・・頭振りすぎて頭痛してきやがった・・・・・・どうだ、降りる気になったか・・・・・・」

 

「ふふふ・・・・・・まだまだ余裕だ・・・・・・よぅ・・・・・・ウプッ」

 

「おい、それだけはやめろよ!? 取り敢えず降ろすぞ!」

 

 振り回しすぎて色々とシャッフルしてしまい、青ざめた表情の少女が口元を抑える。その様子にベートも同時に青ざめる。頭上から吐瀉物が落ちてくると言うかなり嫌な未来を回避する為、ベートは急いで少女を地面に下ろすと近くにあったベンチに寝かせる。

 

「まずいな・・・・・・やりすぎたか・・・・・・まぁ、気分がよくなるまでいてやるか」

 

「ほんま最近のベートは、丸くなったなぁ・・・・・・いやぁ、ウチとしてはええもん見せてもらったからいいんやけどな」

 

「うっせぇ・・・・・・見せもんじゃねぇんだよ・・・・・・んっ!?」

 

 体調を害した子供を放っておくなんて世間体の悪い事もできず、諦めた表情で突っ立ていたべートの背後からの知った声に、自然に返事を返しながらもその神物に急いで向き直ると、赤毛で糸目のよく見知った主神の姿があった。

 

「うぉ!? ロキ!?」

 

「しかも、“やりすぎた”んか? こんな幼女をぐったりさせるまで何をやったん?」

 

 ニヤニヤと笑うロキにべートの顔を冷や汗が流れ落ちる。よりにも寄って見られたくない神物ナンバーワンのロキに見つかった事実にべートの中で嫌な汗も流れるのを感じた。そして大概悪い状況と言うのは続くものである・・・・・・。

 

「おや、べートにロキじゃないか・・・・・・どうしたんだい?」

 

「げぇ!? フィン!?」

 

 金髪の小人族である、【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンと副団長であるリヴェリア。そして、ヒリュテ姉妹についてくる形のレフィーヤの五人が此方へと歩いてくる所であった。この状況をできるだけ知人に見られたくないと思っていたべートにとっては嫌なタイミングであった。

 

「チッ、べートをからかうんもここまでやな・・・・・・まぁ、さっきのは始終見とったからちゃんと分かっとるよ。最初に言ったやろ“丸くなった”って」

 

 さらに嫌そうに歪む顔のべートの耳に入る程度の声量で呟くロキ。その言葉にベートの顔色が少し明るくなる。

 

「げぇ・・・・・・って、僕達の顔を見てそんな声を上げなくてもいいじゃないか・・・・・・本当にどうしたんだい?」

 

「・・・・・・おう、フィン。いやなんでもねぇよ、悪かった・・・・・・所でどこ行ってたんだ?」

 

「ダンジョンだよ。とはいえ・・・・・・今回はある事情ですぐに切り上げてきたんだ。ロキ、“花”の事で話がある。夜に時間をとってくれ。べート。勿論君もだ」

 

 べートもフィンの様子と人数の割には異様に早く帰還してきた事からダンジョン内で何かしらのトラブルに遭遇したであろうと踏んでいた。

 

 『花』という事はこちらも地下水路での出来事を報告する必要があるだろう。そこに関してはあまり気にしてはいない、大半がロキが勝手に報告してくれるのでそういう点では気が楽であった。

 

 そうして話していると、幾分か顔色が良くなった少女が起き上がる。そして周りを見渡しティオネとティオナ。そしてレフィーヤを見かけるとすぐにベンチから降りて駆け寄る。

 

「ロキさまの所のお姉さんたち、おひさしぶりです!」

 

「あら? 貴女【怪物祭】の時の子じゃない! 元気だった?」

 

 頭を下げる少女にいち早く気づいたティオネが声をかける。その後レフィーヤ。ティオナの順に思い出しそれぞれに話し始める。

 

「あん? おい、お前らこのチビスケと知り合いか?」

 

「そういえばべートさんは詳しくは知らなかったですよね。以前の“花”の一件で逃げ遅れた子がこの子なんですよ」

 

 嗚呼――っと納得する、べート自体も報告では一般市民の子供が居たのは聞いていたが・・・・・・少女の死にかけたという発言はその時の事であり、確かロキがギルドまで送っていったというのも耳にしている。

 

「なるほど、理解したぜ。おいチビスケ、その人探しってのをそこにいる奴らに頼んだほうがいいんじゃねぇか?」

 

「人を探すなら高いところから見下ろす方がいいと思います」

 

「つまりこの中で一番身長の高い俺が適役って訳か・・・・・・くそ・・・・・・」

 

「って言うよりも。なんでべートとこの子が一緒にいるのよ?」

 

「それについては私が! 実はある用があってべートさんに話しかけたんですが。当然の如く無視をされまして。実力行使で抱きついたらべートさんもやる気になって、もう、すっごく激しく動かれてて、ベートさんも私の体の事を気遣いつつも無理矢理動くから腰がいたくなっちゃった・・・・・・止めてって言っても激しく動くからだよ」

 

 ティオナの疑問に対して嬉々として意味深な意味に聞こえる答えを喋る少女。彼女が放った言葉は決して間違ってはいない。問題は受け取り側の心の汚さであり、彼女は清廉潔白な事しか言っていないのだ。だがそんな事情の知らない人間からすれば少女の言葉はどのように聞こえたのか? 発言が周りに浸透した瞬間、数人を除いたメンバーの場が凍った。反応様々な表情を各々張り付かせたまま全員の視線がべートに向かう。

 

「ベート・・・・・・アンタ・・・・・・最低ね」

 

「えっ・・・・・・嘘でしょ? ベート・・・・・・流石にそれは」

 

 口を半開きにしてまるでゴミを見るような視線を向けてくるティオネと姉とは違って笑顔が引きつっているティオナ。

 

「待て、言いたい事はわかるが弁明させろ・・・・・・っていうか助けてくれ、ロキ・・・・・・」

 

 圧倒的に不審者を見る目で見てくる同僚に即座に自己弁護を諦めたベートは、始終を見ていた主神に助けを求めるが、そこは“面白ければ細かいことを気にしない神々の一柱”である。無論の事ながらロクな事をしない。

 

「おう、わかったわ。確かに“街中であんなに激しい事されたら腰も痛くなる”わな・・・・・・こういうことやろ!」

 

「ロキ!? そんな・・・・・・べートさん! 不潔です!!」

 

 ニヤニヤとしながらもロキの更なる爆弾発言もとい意味深な言葉に更に警戒が深まる。赤面した状態で半泣きのレフィーヤの言葉に、ベートは泣きそうな顔のまま喚く。

 

「違う! そうじゃねぇ!! 余計に場を引っ掻き回す気か!? 違うだろ!? お前ら二人して社会的に俺を抹消する気か!?」

 

 そこに先程まで黙っていたフィンが『まぁまぁ』っと会話に入ってくる、冷静な団長の姿に事態の収束を感じ安堵のため息をつくべートだったが・・・・・・。

 

「まずは、会見からだね。責任は【ファミリア】で取らなければ民衆は納得しないから・・・・・・ねぇ、リヴェリア」

 

「フィンの言うとおりだ・・・・・・馬鹿者が・・・・・・せめて場所を考えろ」

 

「俺の信用のなさが半端ないんだが!?」

 

 ついには頭を抱えて蹲るべートの完全敗北の瞬間をみて、少女とロキが同時に爆笑するのだった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 いきなり笑い出したロキと少女を不思議そうに眺めていたが。始終を見ていたロキが説明しその説明が終わる頃には先ほどの空気は四散していた。

 

「べート、アンタがそう言うやつじゃないって信じてたわよ!」

 

「お前さっき人のこと“最低”ってゴミ見るような目で見ながら言ったよな?」

 

「あー、よかったぁ、ちょっと物理的に距離を離そうかなって迷っちゃったよ」

 

「ティオナ・・・・・・その言葉さえなかったら俺は傷つかずに済んだんだがな・・・・・・」

 

「良かったですぅ・・・・・・身内から犯罪者が出るかと思いましたぁ・・・・・・」

 

「地味にレフィーヤの言葉が刺みたいに刺さるな・・・・・・」

 

「ふふ、ちょっと“冗談”が過ぎちゃったね。僕もちゃんと信じていたよ」

 

「そうだな、フィン。少し戯れが過ぎたな・・・・・・」

 

「おい、フィン、ババアせめてそう言うならせめて視線合わせろ・・・・・・おい、そらすんじゃねぇ!」

 

 酷い手のひらの返し様に青筋を浮かべ怒りに燃えるべート。信頼は積み上げるのは時間がかかるが崩れるのは一瞬と聞くが自身が体験するとなんと無情なことか。

 

「結局の所言うと、日頃のべートの行いが悪いっちゅう訳やな!」

 

「・・・・・・げふっ!?」

 

 ロキの忌憚なき一言によって、べート青年の心に傷を残したものの、とにかく誤解が解けた事まではよかったが、問題は残っていた。

 

 心底嫌そうにしているべートの姿にロキは苦笑いを浮かべながら案を出す。

 

「まぁ、今回は運が悪かったとしてこの子に付き合ったりや。ほな、おチビちゃん。ウチのべート貸したるから探してる人を一緒に探し? その代わりちゃんと、日が暮れるまでの家にかえるやで? 嫌そうな顔すんなやべート。たまにはええやろ?」

 

 確かに妙に駄々をこねるのもあまりいい物ではない。人生諦めが肝心という言葉もある。無理矢理己を納得させたべートは自然な動作で少女を肩車して歩き出す。そしてロキやフィン達と別れて数分、重要なことを思い出し少女に尋ねる。

 

「そういえば、チビスケが探しているってのはどいつなんだ?」

 

「あっ。言ってなかった。えっとね、ハンターのおねえちゃん!」

 

「あの野郎かよ! 本当にロクでもねぇ事しかしやがらねぇなぁ!!」

 

 それこそコレでもかと言いたげなくらいに嫌な顔をしながらも青筋を立てるという器用な事をしながらもベートは黙って当てなく探すしかないであろう。

 

 『ハンター』その名称に即座に『便利屋』の顔が思い出され。べートの中にある嫌いな奴ランク上位にパイ・ルフィルの名前が上がったのだが、これは本人にしかわからないことであった。

 

 とはいえ、何も策なしに探そうなどとはベートも少女も考えてはいない。特に『便利屋』として名高いパイを探す手掛かりとして情報を得やすいという利点がある。べートと少女はそれこそ道行く人に尋ねて回ったが・・・・・・これが骨の折れる作業であった。

 

「パイ? ううむ・・・・・・すまんが朝早くから何処かに行ったとしか分からぬな・・・・・・所で、現在『青の薬舗』でポーション五本購入の度に一本サービスする。というのをやっているのだが、これがそのチケットだ、うん? そうだ、この様な雑用とて立派な仕事だ、だからやっているのだよ、神自らな! っという訳で、よかったら立ち寄ってくれ」

 

 っとパイが所属する【ファミリア】の主神に聞いたり――

 

「パイ? この前、肥料の事で手伝ってくれたけど、今日はみてないわね・・・・・・見かけたら今度うちの新作を送るって伝えてもらえないかしら?」

 

 とある野菜作りに余念のない女神とか――

 

「パイ・ルフィルか? いや今日はウチの子との稽古の日ではないからな・・・・・・力になれずに、すまん」

 

 髪型が若干愉快な武芸の神とか――神々だけならず、冒険者や一般人に尋ねるとその殆どが『便利屋』としてのパイ・ルフィルを知っていた。そして、二人はその『便利屋』の汎用性の高さを垣間見る事となる。

 

 ダンジョン内の素材集めから始まり、特定のアイテムの納品や設備の修繕、溝掃除や屋根の修理。はては子守りの類すら請け負っているらしく。その仕事ぶりの受けもいいのだろう。関係者でもないのにほとんどの人間から「『便利屋』のよろしく伝えてくれ」と言付けを受けるほどであった。

 

「あいつ・・・・・・尻が軽すぎるだろ・・・・・・つか、いくら何でも声かけたほとんどの奴が知り合いだっていうのか?」

 

 そう考えれば驚愕の事実である、ある程度の期間を冒険者としていれば自然と付き合いで顔を知っていく事はあるが、一般人、果ては多くの神々にまで顔を知られている上に関係が良好というのも稀有な例であるだろう。

 

 少なくとも【ファミリア】の在り方を正しく認識しているべートにとっては、それがどれほど異常で困難な事か理解できる。

 

 きっとあの能天気な間の抜けた顔に毒されたのだろう。日頃愉快そうに過ごしている『便利屋』の顔を思い出しながらベートは現状を再認識して疲れを自覚した。

 

「べートさん、お疲れみたいだけど大丈夫?」

 

「チビスケが俺に絡まなかったら疲れなかったんだがな」

 

「それに関しては運がなかったということで・・・・・・あっ、彼処にベンチがあるよちょっと座ろうよ」 

 

 べートの嫌味を軽くスルーしてベンチでの休憩を提案する獣人の少女。ベートも歩き疲れた訳ではないが精神的疲労も溜まってきているので、大人しく獣人の少女を地面におろして自らもベンチに座る。

 

 互いに深く息を吐き、しばしの休息を得ようとするが、そこでべートは獣人の少女が浮かない顔をしている事に気付く。それなりの時間が立っているとはいえ、吐き気を催すぐらいに振り回した事を思い出し、気分が悪くなったのかと不安がよぎる。

 

 ――くぅ――

 

 可愛らしい音が獣人の少女の腹部から鳴る。腹をさすり少女は呟く。

 

「・・・・・・お腹すいた」

 

「・・・・・・もしかして、昼も食べずに探してたのか?」

 

 べートの危惧していた事ではなかった事に安堵しながらも、コクりと頷く少女。時刻も正午の短針が三回ほど回った頃である、成長期の子供にとっては空腹は辛いだろうが、下手に胃に物を入れると夕飯時につかえるかもしれない。そんな事を考えながらも視線を周りに向けるとクレープ屋の屋台が視界に入る。

 

 【凶狼】とクレープ屋。この組み合わせを似合わないと真っ先に言うのはべート本人であるが、きっと彼を知る人間が十人いれば十人は似合わないと答えるであろう。

 

「腹減ってんならそこのクレープ屋で何か買って来るか?」

 

 そう告げて小銭を少女に差し出すが、少女は首を横に振る。

 

「ううん、べートさんには今も付き合ってもらってるし・・・・・・我慢する」

 

 遠慮と言うよりもそういう教育を受けているのだろう。しかし、べートからすれば腹を減らした子供を放置する方が気が良くない。舌打ちを打ってベンチから立ち上がると、見上げてくる少女に何処か気持ちの篭っていない声音で告げる。

 

「あー・・・・・・なんか、無性にあそこの甘味が食いたくなった。俺ひとりで食うのも気が引けるからチビスケ、お前も付き合え。いいか? 戻ってくるまで動くんじゃねぇぞ?」

 

 少女の返事も待たずに大股でクレープ屋へ歩いてゆくべート。少女の側からは見えないのだが、かの【凶狼】が気恥かしさからくる羞恥に頬を染めながらクレープ屋に並ぶ光景があり、それをたまたま見ていた、とある【ファミリア】の【超凡夫】が驚愕の表情で頼まれていた買い物を一度地面に落とした上に同【ファミリア】で慌てた様子でその光景を口伝で広めたのだが、今回は関係のない話である。

 

 そんなべートの背中を見つめていた少女・・・・・・そんな彼女の足元、どこにいたのか妙に毛艶のいい白黒のブチ模様の猫が足元に擦り寄っていた。

 

「あっ・・・・・・猫・・・・・・かわいい」

 

 喉元を撫でられ機嫌よさそうに喉を鳴らした猫は唐突に獣人の少女の元を離れ、まるで少女を誘う様に路地の入口で立ち止まり、そして――

 

 ――みゃあ――

 

 まるで「こっちにおいでよ」と言いたげに一声を上げこちらを見つめてくる。その姿に、早々にべートの言いつけを守らず猫の後を追いかけてゆく少女・・・・・・数分後、青筋を浮かべた【凶狼】がベンチに戻ると、そこには少女の姿はなかったのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 男達は【ファミリア】という居場所を失い、その身を堕ちる所まで堕としていた。

 

 【ソーマ・ファミリア】この一年と半年で一気に【オラリオ】の中で急成長した【ファミリア】。彼らは元々はその【ファミリア】の所属しており、一人は“団長”の肩書きすらある人物であった。

 

 しかし、それは過去の物であり、今やその姿を見る影もない・・・・・・。

 

 もとより【ファミリア】を追放され、さしたる努力も行わずに一人は金勘定を、他の三人は同じ【ファミリア】の弱者から略奪を繰り返していたような輩であり、彼らの実力は『冒険者』の中でも低かった。

 

 実力主義の『冒険者』に取って大きな価値とはそれぐらいのものであり、その価値すらも弱い彼らを受け入れてくれる【ファミリア】など【オラリオ】には存在しなかった。 

 

 ――否、存在自体はしていたが、明らかに“駒”としか扱われなさそうなヤバそうな所とかを除いていった結果・・・・・・恩恵を失った一般人という立場でありながら自尊心だけは強い徒党となったのだ。

 

 そんな経緯があり、浮浪者の様に見窄らしい格好となった四人の“元”冒険者は陽の当たる場所から隠れるように今日も路地裏でを転々としながら生活している。

 

 普通であればそのような者に話しかけるような稀有な存在は居ないだろう・・・・・・そう、普通であれば・・・・・・。

 

 ――みゃぁ――

 

 猫の鳴き声に反応し、無精ひげに死んだ目をした犬人の男が振り返る。

 

 裏路地という環境上、道を熟知し近道として通行する人も多い。しかし、その日はその類の人物が通る日ではなかったようだ。振り返った男。元ソーマファミリアのカヌゥ・ベルフェイは黒と白のブチの入った猫とその猫を追いかけてきた少女と目が合った。

 

「おじさん、そこの浮浪者のおじさん。ちょっといいですか?」

 

 少女の言葉に戸惑いながらも小さく反応する四人。この様な場所でこの様な怪しげな者に話しかけるなど・・・・・・不思議に思いながらも男達のひとり、割れて機能の半分も果たせていないメガネをかけた男。ザニス・ルストラが前に出て答える。

 

「なんだ小娘」

 

「人を探しているんですけど、『便利屋』さんって知ってますか?」

 

「便利屋? いや知らないな・・・・・・用がなければ何処かに行け・・・・・・」

 

 鬱陶しそうに手を振るザニスに対して更に少女はその探し人の特徴を伝えるが・・・・・・それがいけなかった。

 

「そう言わないで、小柄で白髪の女の人なんだけど・・・・・・」

 

「「白髪・・・・・・の・・・・・・おん・・・・・・な? ぬほぉおぉぉぉぉぉ!?」」

 

 “『白髪』『女』”ザニスとカヌゥは同時に思い出し忌々しげに吠える。その変貌ぶりにビクリっと肩を振りわせ困惑する少女。

 

「ええっ? どうしたんですか?」

 

「メガネがメガネの古傷が痛む・・・・・・カヌゥ・・・・・・覚えているかあの屈辱をぉ!」

 

「どういう事?」

 

 血走った目で、メガネを抑えながら吠えるザニスを可哀想な物を見る目で見ながら、少女はまだ冷静そうなカヌゥに向けて声をかける。

 

「お前の今言った特徴の女の・・・・・・あの、クソ投げ女思い出してしかたねぇんだよ!」

 

「くそなげおんな?」

 

「ああ、嘗て【ファミリア】にいた頃に日課をしてたら急に後ろから・・・・・・まぁ、汚いものを投げつけてきた女が居たんだ」

 

「えっ? なにそれ、すごく怖い」

 

 カヌゥが憤怒の如く怒りに震え力説する内容に、少女は一年半ほど前に奇っ怪な事件があったことを思い出す。

 

「っという訳で、チビ。お前に罪は無いが、ちょっとひどい目にあって貰おうという事なんだが・・・・・・」

 

「えっ! どういうわけ!? やだよ その人にされたんであって私は関係ないよ!?」

 

「その時に略奪してた小人も当たり前の話でチビだったしな!」

 

「今、略奪って言ったぁ! 私知ってるよ、それ悪い事だよね! って事はおじさん達は悪い人じゃない! そんな事してるから【ファミリア】に居られなくなったんでしょ!?」

 

「うるせぇ! おいこのチビを抑えろ! 口とか触んなよ俺ら汚ぇんだからチビに変な病気とかになったらまずいだろうが!」

 

 妙に紳士的な部分もある小悪党じみたカヌゥ達三人に拘束され身動きが取れなくなってしまう少女。そこに片方のレンズが割れたメガネが本体である可能性を口にしたザニスが下卑た笑みを浮かべ近づいてくる。その姿に少女は悪寒を感じる。

 

「安心しろ、決して我らはお前のような小娘に社会的な制裁を受けるような如何わしい事はしない!」

 

 路地裏で男三人に拘束されている少女とそれに近づく薄汚れた男・・・・・・そんな犯罪現場としか見えない構図であるにもかかわらず、ザニスはいけしゃあしゃあと告げる。この時点で社会的にアウトなのだが、それを気にする事なく男は懐からペンを取り出す。

 

「おい、ザニス・・・・・・そんなもん持ち出してどうする気だ?」

 

 カヌゥが怪訝そうに尋ねる、ザニスと呼ばれたメガネはやや芝居がかった仕草でそれを掲げる。

 

「よくぞ聞いたカヌゥよ、コレはかの『万能者』が作成したとっても便利なペンだ。水に解けないという特性があり少量の血液をインク替わりにして書けるペンでな・・・・・・そして、今からこれで、小娘。お前の顔に“恥ずかしい落書きをする”!」

 

「「「「なっ!? なんだって!!」」」」

 

 仲良く少女を含めた四人が同時に声を上げる。かなり間抜けな上に下らない内容だが、それ故に少女は問う。

 

「あの・・・・・・恥ずかしい落書きって・・・・・・どれだけ“恥ずかしい”の?」

 

「ん? それは・・・・・・はっ!?」

 

 少女の問いにザニスはしばし考えるような仕草をするが、すぐに顔色を青ざめさせる。そのままカヌゥ達に手招きをし拘束を解かれた少女を置いて円陣を組んでこそこそと会話をしだす。

 

 少女もその間に逃げればいいのについ“内容”が気になって大人しく待っている。円陣が解かれこちらに視線を向けるザニス達の表情を見て少女は逃げなかったことを後悔した。彼らの顔色は悪く、その目は予定外の家畜を出荷せざるを得ない憐憫を含めてなお無機質な物を見る目であった。

 

「すまない、小娘よ。とてもじゃないが口に出してしまうには色々と問題のある内容でな・・・・・・」

 

「うっ・・・・・・うん、じゃあやめよ? 今なら間に合うからね・・・・・・ヒッ!?」

 

もともと壁際だった少女にジリジリと近づくカヌゥ達、そして少女の両腕を再度拘束し、ザニスへと突き出す。

 

「しかしだ、しかしここまで来たからには引き返すことなどできぬ・・・・・・案ずることはない、たとえ口に出せずとも・・・・・・描くことはできる!!」

 

「やめてぇぇぇ! それ水で消えない奴なんだよね! そんなので書かれたら取れないんだよね!?」

 

 暴れる少女だがその姿を見ないように顔を背けて悲痛そうな顔をするカヌゥ達。そんな顔するなら離して欲しいと叫ぶ少女の悲鳴が路地裏に響く。もはや混沌しかない路地裏。少女は不運にも“口には出せないが描くこと”はできる恥ずかしい落書きをされてしまうのを想像して半泣きの表情で首を振るう。

 

「暴れるでない! この先に新たなる芸術が誕生するかもしれないのだ・・・・・・はぁはぁ・・・・・・いかん、緊張で動悸が・・・・・・」

 

 最早、己らがひどく馬鹿げた事をしているという自覚すらないザニス一行。ペンが血液を吸い込み、その先端が少女の肌に・・・・・・触れることはなかった。

 

「取り敢えず・・・・・・この状況見る限り、お前らが悪者って事でいいんだよなぁ?」

 

「・・・・・・いま世紀の革命が起きるかもしれないのだ。邪魔をす・・・・・・ひぎゅぅ!?」

 

 その時、路地裏に怒気を含めた第三者の声が響き・・・・・・その人物によって、丁度中腰で尻を突き出すような姿勢であったザニスの尻を容赦なく下から蹴り上げられる。蹴られたザニスは白目を向いて数センチ浮き上がると泡を吹いて地に伏す事となった。

 

 突然の襲撃者に気絶したザニス以外の三人が警戒するが、その人物の姿を見た瞬間に警戒から畏怖へと変わる。

 

「ひぇあっ・・・・・・!? ひひゃああっ!?」

 

 ひとりが最早悲鳴にもならない声を上げる。しかしカヌゥにはその気持ちが痛いほど理解できた、それはダンジョンの中で化物に出会うような物であるだろうとも・・・・・・。

 

 いや・・・・・・化物であるならば幾分かマシかも知れない。最悪死という逃避がそこにあるだろう。生に執着するが故に恐怖に塗られた思考は、死と言う逃避にすがる事案も確かに存在する。

 

 矛盾を孕んだ恐怖。明らかに理性ある人間がその身を高みへの頂へと突き進んだ強者。目の前にはその強者がまったく似合わないクレープを持って無表情で蹴り上げた足を戻していた。

 

 【凶狼】。べート・ローガ・・・・・・カヌゥ達は思う――“なぜ、こいつがこの様な場所にいるのか? ”っと、実際は失踪した少女を探しに来たのだが、事情の知らないカヌゥには理解できなかった。そして、少しでも安全に、無事にやり過ごす方法を必死に考えている間にも物事は進む。

 

 思考に動きを止めるカヌゥと違い、取り巻きの二人はその間に行動を開始していた。一人は逃亡を図り、一人は無謀にも特攻した。

 

「いっ、行き止まっ・・・・・・!?」

 

 だが――逃亡を図り背後を振り返った男は絶望をその顔に貼り付けながら声を上げる。此処は路地裏の狭い場所。弱者を逃がさぬ為に逃げ場のない場所を選んで来たのだ。退路が防がれている以上これ以上の後退はできない。

 

 獲物を追う事に夢中で自らの現状すらも忘却したのだろう。狩る側が狩られる側になる。嘗てダンジョンで、【ファミリア】で見てきた“常識”とその末路を知るが故に、男は力なく座り込んだ。

 

 そんな滑稽な行動の果ての姿にカヌゥは焦りを通り越して冷静になる。そして、潔い者も居れば足掻く者もいる。

 

「うあああああああああああああああああああっ!?」

 

 それは特攻以外の何物でもなかった【恩恵】なき彼らの身体能力など高が知れている。そして、相手が全くと言っていいほど“手加減”をしている事も、“気絶”で済んでいるザニスの様子を見ても明らかである。

 

 腰から抜かれたやや錆び付いたナイフ。今の彼にとってはそれだけが身を守るための牙であるのだろう・・・・・・とは言えど、どう頑張っても真っ向から第一級冒険者に勝てる理由もなく。カヌゥのやや上をベートの蹴りで吹き飛んでいく様をいっそ清々しい気持ちで見送るカヌゥ。 

 

「あっ・・・・・・ベートさん・・・・・・」

 

 少女が小さく呟く。その呟きを耳にした瞬間、カヌゥは触れてはいけない物に触れたのを理解した。

 

 なぜ、かの【凶狼】がこの様な少女と一緒にいるのか経緯こそ分からないがカヌゥは心の底から思う。

 

(あのクソ投げ女の一件以降本気で運がついてねぇなぁ・・・・・・)

 

 カヌゥは知らない。今回のこの一件もその“クソ投げ女”が関係している事を、その事実を知らない事はカヌゥ達にとっては幸か不幸か・・・・・・。

 

 とは言え、この現状で弁明等出来る訳がない。明らかに少女に対して如何わしい事をしようとしている現行犯である。説得はおそらく無意味、抵抗は確実に無意味、命乞いは・・・・・・しようが、しまいが結果はそう変わらないだろう、カヌゥは静かに微笑み・・・・・・せめてもの自尊心を守る為、声の限り叫ぶ。

 

「何でだよっ、何でてめぇが、ココにいやがるんだよぉおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 顔面に向かって突きこまれた靴底をめり込ませながら、せめて少女を巻き込まぬよう自ら身を捩り壁に激突する。カヌゥは軽い抵抗を行った自らに満足していた・・・・・・そして――

 

「やっ、止めええええええええええええええええええええええええええっーーーー」

 

 最後に残った無抵抗であろう仲間の悲鳴と鈍い音を子守唄にして薄れていく意識を確実に闇へと落とすのであった・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベート・ローガは焦りが安心へと変わるのを感じていた。

 

 少し薄汚れてはいるが。怪我のなさそうな少女の姿に心の中で安堵のため息を吐くと同時に怒りを覚える。

 

 そもそも、たかだかクレープを注文して受け取る間の時間でさえもじっとできないのかと・・・・・・。

 

 説教などすればそれこそ、小一時間ぐらいかかりそうな気持ちを抑え、同時に【ファミリア】のママと呼ばれているリヴェリアの気持ちも少し理解できてしまった。

 

「怪我は・・・・・・ねぇみたいだな」

 

 見ればわかるがあくまで確認である。少女も立ち上がり頷き・・・・・・所在なさげに俯く。その姿にベートも説教する気分になれなかった・・・・・・ベートはうつむき気味に目をそらす少女の頭部に何も言わずに少女の手を置く。

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

 素直に謝る少女に対して苦笑を浮かべるベートだが・・・・・・別に彼は“許した”訳ではなかった。

 

「所で・・・・・・言ったよな?」

 

「・・・・・・えっ・・・・・・んんっ!? いっ・・・・・・痛い! あのベートさん? すごく頭が痛いんだけど!?」

 

 突然の頭部を押さえつけられたような・・・・・・少女にとっては未知の痛み・・・・・・ベートのアイアンクローに少女の頭蓋骨がミシミシと音を立て始める。そんなベートの表情はいっそ微笑みと呼ぶにふさわしく、どこまでも優しき笑みであり、そこに浮かぶ青筋が彼の怒りの程を示していた。

 

「戻ってくるまで、動くんじゃねぇぞ・・・・・・って、俺は言ったよなぁぁぁ!!?」

 

「あだだだだ!? ごめんなさい! 動いちゃいました! 反省してま・・・・・・音ぉ!? 音鳴ってる頭からミジミジって鳴っちゃいけない音がなってるぅぅぅ!」

 

 握力だけで、本来滑る髪をものともせずに少女を持ち上げるベート。その姿明らかに絶賛、児童虐待中の光景であった。

 

 それから、たっぷり5秒間の間折檻を行ったベートは少女と共に路地裏から出て先程座っていたベンチに腰掛け少しふやけたクレープを食べていた。未だに痛む頭をさすりながら少女は改めてべートに礼を言う。

 

「さっきはありがとう、ベートさん」

 

「・・・・・・ケッ、礼なんざどうでもいいから、さっさと食え」

 

 口ではそういうモノの、べートの手には未だに食べかけのクレープが握られており、見る人が見れば少女の食べるスピードに合わせてゆっくりとした速度で食べていることが見て取れる。

 

 横目で美味そうにクレープを頬張る少女を見て次に空を眺めると、やや、茜色の気配が近づきつつあった。もはやそれほどの時間も無いが、もとより人探しなど短時間でできる内容でもない。今にして思えば、この様な時間でゆっくりできたのも事実であり、案外ロキもその当たりを考えて今回の同行を命じたのだろうか。

 

(いや・・・・・・まさかな、もしそうならアイツに頭脳戦じゃ勝てる気がしねぇ)

 

 食えない主神の顔を思い出しながらもクレープを片付けた二人は、再度、少女を肩車してオラリオの街を練り歩き・・・・・・結論から言えばパイに出会うことなく夕暮れの時刻まで過ぎていった。

 

 少女の道案内の下、少女の家まで送り届ける。何故か後をついてきたブチ柄の猫と共に少女が帰宅し、その時にまさかの【凶狼】の登場に少女の母が驚愕したりとか猫を飼いたいとせがむ娘の駄々等など、細かい部分で色々とあったが割愛しておく。

 

 その後、べートは本拠である『黄昏の館』に戻り、夕飯後の幹部達による会議が執り行われ。その内容は大まか“花”の事であった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「さて、これから花の事を話すのだけど・・・・・・その前に、べート。結局あの小さなお嬢さんの想い人は見つかったのかい?」

 

 執務室に集まった幹部達、主神ロキと、トップ3であるフィン、リヴェリア、ガレス。そしてアイズ、べートとヒリュテ姉妹あと、レフィーヤの九人が集まっていた。

 

 そんな中で思い出したように訪ねてくるフィンにベートは頭を掻きながら答える。

 

「いんや、結局見つからなかったぜ・・・・・・しかも、その探し人ってのがあの『便利屋』でよ・・・・・・」

 

 少しめんどくさそうに告げるべートの言葉。その中にある『便利屋』のワードが出た瞬間、ダンジョンへ潜っていたメンバー達が目を丸くして気まずそうにしている。

 

「・・・・・・おい、お前ら・・・・・・どうした?」

 

 その様子にベートは嫌な物を感じながらも声をかける。するとフィンが珍しく、本当に珍しく言葉を選ぶようにべートに告げた。

 

「えっと・・・・・・落ち込まないでほしいのだが・・・・・・その・・・・・・えっと・・・・・・その『便利屋』なんだが・・・・・・ルフィル君は、その・・・・・・“僕達と一緒にダンジョンで『花』の対応”をしてくれていてね」

 

「・・・・・・は?」

 

 フィンの言葉に全員に気まずそうな空気が流れる。長い間、オラリオの街を歩いて探した人物がダンジョンの中に居たわけであり。それはつまり、べートの行動そのものが無駄であったという事になる・・・・・・つまり――

 

「俺のやったこと無駄ってことじゃねぇぇかぁぁぁぁ!! クソがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 本日初めての【凶狼】らしい叫びが黄昏の館に響き渡ったのであった・・・・・・。



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『仮面を着けているとなんだか別人になった気になるのかな?』

忘れた頃に更新する。そういうスタイルでもいいですよね?


 【オラリオ】の街・・・・・・その中になる『黄昏の館』にてベートが憤怒の叫びを上げる十数時間前の事・・・・・・パイ・ルフィルは宛もなくダンジョンに潜っていた。

 

 ここは十八階層リヴェラの町である。安全圏である場所まで降りてきたパイは変な歌を口ずさみながら歩いていた。

 

 『便利屋』としての仕事もなくかと言って、休息を取るほど疲れているわけでもない。上納金として【ファミリア】に献上している金額でファミリアの経済が潤っているのと主神の“悪い癖”を改善させた為に【ミアハ・ファミリア】団長のナァーザが言うには『資金稼ぎの為の手を打つぐらいの資金が集まった』との事だ。

 

 あまり、自立を損なう程の過度の干渉を嫌うパイの性格を短い間と言えど知っている【ファミリア】の主神。ミアハと団長のナァーザは余裕のある資金源を確保してくれてパイに感謝した後、“コレまでの商品としてだけではなく概念すらも変える可能性のある新商品”の構想をパイに提示した。

 

 その内容は確かに画期的であり、これまでに無い商品である事はパイですら理解できた。後の問題はその素材を集めて試作していくだけだがその考えも荒方は決まっているらしい。

 

 以前は常に火の車のような経理だった為に、心に余裕のなかったナァーザだったが、最近は微笑む回数も増え、ダンジョンに潜れない自分に出来る事を見据え日々薬師として新しい事に挑戦している。

 

 パイもその“新商品”の素材集めの手伝いを申し出たが、ナァーザからこれ以上の恩を受けると甘えてしまうのでこちらで時期が来れば冒険者を雇って依頼を出す予定であると・・・・・・最近は商法のやり方を変えて、ある方法を試してみた結果“売上が向上し、神ミアハの欲求も解消できる”アイデアによって金銭的な余裕が出てきたのが大きいだろう。

 

「歩いて~♪ 歩いて~♪ 飛び込む穴あれば入るのが・・・・・・・おや?」

 

 そんな訳で、久々に暇になったパイが散歩感覚でダンジョンに降りてきたのだが、見知った人物を見つけたので声をかける。

 

「ハナーシャさんかな? どうしたのかなー?」

 

 以前【ガネーシャ・ファミリア】に【怪物祭】の出し物のモンスターを捕獲している時に盛大な勘違いをして襲いかかった団員がいた。死角からの【アレ】を見事に回避した豪傑であり中々の実力者である。そんな彼を見かけ声をかけようとするが、ハナーシャの他にもうひとり猫人の女性冒険者が居る事に気づく。

 

 黒髪でショートヘアーの活発そうな女性である。遠めだがハナーシャから女性へと何かを受け渡しているの様だ。

 

 『冒険者』同士の干渉はあまり褒められた物ではない。知り合いではあるが、受け渡し現場を見ていました。とバカ正直に言う必要もないだろうっと思い。パイはその場から離れる猫人の女性冒険者を尻目にハナーシャに話しかけようとした所である事に気づき背後を振り返る。

 

 そこには赤毛の若干目つきの悪い女性が顔を半分だけ覗かせていた。視線はばっちりとハナーシャをロックオンしており、パイの存在には気づいていない。

 

(えっ・・・・・・何このお姉さん。ずっとハナーシャさんの事ガン見してるんだけど・・・・・・ストーカーってやつかな? 怖い人って奴かな?)

 

 まるで精巧な人形の様に瞬きせずに見ている不気味な女性に若干引き気味なパイだが、このまま放っておくのも後味が悪いので話しかけることにする。

 

「あのー。そんな所で何してるのかな?」

 

 パイが赤毛の女性に話しかけた瞬間、今まで全く気付いていなかったのか視線をパイの方向に向けると、女性は驚いた表情をパイに向ける。その表情に可愛らしさを感じながらパイは言葉を続ける。

 

「なんかあのムキムキな人をしっかり見てたけど、あの人に用かな?」

 

「むっ・・・・・・ああ、そうなんだ。なかなか機会がなくてな・・・・・・」

 

 急に話しかけたせいか少し戸惑いながらも赤毛の女性は答える。そんな女性の言葉になるほど・・・・・・っと言いながらも頷くパイ。

 

「つまり、お姉さんは恥ずかしがり屋さんなのかな、しかし、ハナーシャさんは知り合い多いのかな・・・・・・さっきも誰かに何か渡してたし」

 

 したり顔で頷くパイに、見当違いな事を言われた赤毛の女性はやや不快そうに眉をひそめる。

 

 しかし、数瞬してからパイの言葉の後半の意味を理解した赤毛の女性は潜めていた眉の力を抜きパイに尋ねる。

 

「いや・・・・・・そういう訳では・・・・・・んっ? なぁ、今何と言った・・・・・・えっと」

 

「ん? ああ、ごめんかな。私はパイっていうかな!」

 

 言い淀む赤毛の女に今だに自己紹介をしていなかった事に気付いたパイが明るい声音で名を告げる。

 

「パイか・・・・・・私はレヴァスだ。所であの男・・・・・・ハナーシャが誰かと物資の取引をしていたみたいな事を言わなかったか?」

 

 レヴァスと名乗った女性の言葉にしまった・・・・・・と言った表情を浮かべるパイ。とは言えど知ってる事などほとんどないので、そのまま先程見た現場の事を伝えると、レヴァスは表情を落胆させる。

 

「あっ・・・・・・あれ、レヴァス? どうしたのかな?」

 

 明らかに気落ちしてしまったレヴァスにパイは声をかける。声を掛けられたレヴァスも若干しょぼくれており、理由こそ分からないがショックを受けたらしいことが受け取られる。

 

「実は、ハナーシャが持っている物を譲って貰おうと考えていたのだが・・・・・・上手くいかんものだ・・・・・・所で誰に渡したかとかわかるか?」

 

 実の所レヴァスはかなり物騒な方法で“宝玉”と呼ばれるアイテムを奪う算段だったのだが、パイの言葉を聞いてその必要が無い事を知った・・・・・・までは良かったのだが問題はその受け取った相手である。

 

「誰かはわからないかな? 女性だったとは思うけど・・・・・・あれだったらハナーシャさんに直接聞いてみようか?」

 

「いや、大丈夫だ! あとは自分でどうにかできる。せっかく聞いてくれたのに悪いな」

 

 気遣って提案するパイに、レヴァスは慌てた様子で告げる。実際に後ろめたい事をしようとしている訳なのであまり目立ちたくないという理由もあるのだが。

 

「えっと・・・・・・ごめんなさいなのかな。急に話しかけたら怪しいかな・・・・・・」

 

 だが、パイの明らかに気を落した様子にレヴァスはさらに慌ててしまう。

 

「なっ、違うぞ!? 本当にそんなに重要な事ではないのだ」

 

「私には重要でもないのにしょんぼりする理由がわからないのかなぁ・・・・・・」

 

(メンドくさいなこいつ・・・・・・)

 

 レヴァスの中で若干気が急いている為、微妙な苛立ちを感じてしまうが。元より善意で近づいてきた人間を相手に気の利いた言葉を告げれるほど彼女は器用なタイプではなく、余計に気を遣い悪循環を生む。

 

「あー、とにかく、大丈夫だ。物に関しては別の方法を試してみる。だからパイが気にする必要などないんだ! 本当だ・・・・・・ってなんだ!? いきなり・・・・・・はぁ!?」

 

 そんな良くわからない状態でさらに二人を混乱させる出来事が起きる。突然の地響きと共にリヴェラの町。その生命線でもある水源の一つである池から、以前の【怪物祭】で戦闘を経験した“花型のモンスター”。食人花が大量に出現したのだ。

 

 口を半開きにして怪訝そうな表情でその食人花の登場を見つめる二人。【怪物祭】以後の調査に関しては【ロキ・ファミリア】が主に未知のモンスターである食人花の調査を担当し、パイは【大陸】のモンスターの出現条件の調査を担当する流れになっていたが、まさかこちらに出てくるとは・・・・・・まさかのダンジョン内部の比較的中層かつ安全圏と呼ばれるこの場所に複数が出現するとはパイは思っていなかった。

 

 とはいえ、あの食人花を討伐できる冒険者がリヴェラの町に居るかもどうかもわからない。パイは気持ちを切り替え双剣を抜刀させる。目指すは討伐対象・・・・・・っと駆け出す前に背後にいるレヴァスに声をかける。

 

「レヴァスは避難するかな! うおー! 成敗するかなー!!」

 

「おっ、おい待てパイ・・・・・・抜刀したと思ったらすぐに戻すのか!? いやそうじゃなくて・・・・・・行ってしまった」

 

 双剣を抜いたまま走るのは危険と思ったのか・・・・・・ノリで抜き払ったはいいが、すぐに納刀してから食人花に向かって駆け出すパイを呼び止めようとするレヴァスだったがそれを聞くことなく突っ走ってゆくパイ。

 

「オリヴァスゥ・・・・・・あの馬鹿が、まともに仕事もできんのか・・・・・・」

 

 現状に心当たりのあるレヴァスが下手人の名を憎らしげに呟く。計画が破綻した事を感じ痛む頭を抑える。そんな彼女の声も騒動とともに混乱する人々の悲鳴にかき消されるのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 フィン・ディムナは突然の襲撃に動じることなく指示を出していた。

 

 朝から元気なアマゾネスのティオネとティオナ姉妹とレフィーヤからダンジョンの探索の誘いを受け、最近は事務作業ばかりだった事もあり快く承諾。リヴェリアも参加し五人で中層をメインに稼ごうと、その途中にあるリヴェラの町に立ち寄る事にしたのだが。物価の高いリヴェラの町では魔石の換金などで寄ることはあれどほかの用事では珍しい。特に今回は一泊宿で泊まる事を提案し折角なのでその金額もフィン自身が負担すると言った矢先にあれは現れた。

 

 歴戦の猛者でもあるメンバーはともかくレフィーヤはやや困惑気味である。リヴェリアが愛弟子の場慣れしていない様子に、少し呆れたようなため息をつくのを苦笑しながら見ていたが、状況が状況なのですぐに気を取り直す。

 

 強力なモンスターであるが武器を所持したティオネとティオナの二人が居れば十分に討伐可能だろうと、即座に二人に迎撃の指示をだし、魔力に反応すると報告を受けている事と増援を警戒してリヴェリアとレフィーヤは手元に残しながらリヴェラの町の統括であるボールスを経由して街の防衛陣を組んでいる所であった。

 

 そして、そんな所には最近、必ずと言って乱入してくる奴が居る。というか彼女が居るところに乱が起きると言うべきか・・・・・・今回もその例に漏れる事がなかった。

 

「うおー! 討伐じゃー、狩猟じゃー! あっ、フィンさんに、リヴェリアさんに、レフィーヤじゃないかな! こんにちはかな! こんな所でどうしたのかな?」

 

 最近は何処に出てきても驚かなくなってしまった神出鬼没な『ハンター』という娘。パイの姿にフィンも状況に似合わない苦笑いを浮かべながら返事をする。

 

「やぁ、ルフィル君。君は何処にでも居てるんだね。その格好を見るからにアレを討伐しに行くのかい?」

 

 フィンの質問に急ブレーキを掛けながら止まったパイが少し考えるような仕草をした後に答える。

 

「そのつもりなのかな! もしかして手を出したらダメかな?」

 

 パイの言葉に一回頷くとフィンは短い時間で思考を重ねてゆく。

 

 今までこの階層で想定外のモンスターの襲撃で街が破壊された事は多くあっても、あのモンスターが出現したのは今回が初めてのはずだ・・・・・・町が壊滅したとしてもそこにいる冒険者が全滅する事がない以上、あれほど特殊なモンスターによる襲撃であるならば噂ぐらいにはなるだろう。フィンも冒険者としては長いし、情報が武器になると理解してからはその収集に余念がないという自覚はある。

 

 ならば、今までの常識を一回外して思考した方が良い。少なくともあのモンスターは【オラリオ】の・・・・・・地上に出現したのだ。恐らく今頃はロキが護衛を連れて地下水路当たりを調査する為に行動しているだろう。ガレスかべート当たりを連れ添って行動している可能性が高い。出来れば身を危険にするような行動をとって欲しくはないがその自らの足で得た情報が貴重な場合も多く実際に助けられている身としては、ロキとフィンは主神と眷属と言うよりも一種のパートナーのような関係であるだろう。

 

 そう考えれば、次はタイミングだ。何故、この時に出現させたのか。あのモンスターを持ち込んだ存在が居ると考えるのが普通だ。調律師と呼ばれる存在、未だ影すら掴めていないが警戒するに越したことはない。特に“何が目的かわからない”場合はなおさらである。

 

 引き金となるような変わった事、その一つに【ロキ・ファミリア】の主力がこの階層に来た事だろうか? それとも別の理由・・・・・・それこそ目の前の『ハンター』が関連しているのか・・・・・・?

 

 ここは、一つの賭けに出るか? フィンはそれぞれに不安要素を抱えている状態ではあるが、逆に言えばこちらにとっても相手の反応をみるチャンスでもある。そして、目の前にいる『ハンター』の実力を知る二人が現場にいるのだ。此処は攻勢に出る必要性もあると踏んだフィンは、パイに援助を要請することにした。

 

「いや、寧ろ現場に行って欲しい。ただ、あのモンスターの魔石は貴重な物で、できるだけ魔石を砕かずに倒して欲しいのと、出現のタイミングが余りにも不自然だ。調律師が操っている可能性が高い・・・・・・敵がアレだけだとは思わずに警戒して欲しいのと、その情報を先に向かったティオネとティオナにも伝えて欲しい。お願いできるかい?」

 

「なるほど、わかったかな! では行ってくるかなー!」

  

 そう言って飛び出してゆくパイ。そのまっすぐに飛び出してゆく姿を見送りながらもフィンは厳しい視線のまま遠くで破壊活動を続ける食人花を睨むように眺める。軽く疼く親指の痛みを感じながらも、手早く各自に指示を出してゆくのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 オリヴァス・アクトは高笑いしていた。

 

 眼前には破壊されてゆくリヴェラの町があり、それを壁の出っ張りで立ちながら見下ろしている。

 

 オリヴァスは今回の襲撃の内容としてはある物を入手後の陽動を主に命じられていたのだが、彼はそれを実行できるほど我慢強い男・・・・・・っというか思慮深い性格をしている男ではなかった。

 

 常日頃は悪のカリスマ的な知的な雰囲気をまとっている男であるオリヴァスなのだが、常常、気になることがある。先にとある物を奪取するために潜入してい、仲間と呼べるもう一人の存在だ。その人物は、不愛想かつ可愛げのない女性だがその肉体は実に欲情をそそるものであり。目の前にいられると男として目に毒な存在であった。

 

 そんな中で常に知的な男で有り続けようとするのは結構辛いものがある上に、その女。獣のような眼力で常に見ており、正直そんな淫猥な視線を向ければどうなる事か・・・・・・考えるだに恐ろしい。

 

 その、件の彼女が“例の物”を奪取し、そして襲撃と共に離脱という作戦であったのだが。この男はその作戦を真っ先にぶっ潰してしまったのだ。

 

 この様なLv.2~3程度の実力者しかいないような町など徹底的に破壊してから探したほうが良い。と言う短略的思考の脳筋プレイに身を任せた結果。Lv.3何処かLv.6の強者がいる状態で作戦を実行してしまう。

 

 禁欲と仲間内のイメージを維持する生活から一転、この場には自分一人しかいないという開放的な空間。男がその精神を開放する・・・・・・いわゆるところの“はっちゃける”と言う状態になるのも多少首をひねるだろうが、まぁ理解できない話でも無いのであった。

 

 無論、オリヴァスの知る所ではないが現在、彼の元に二人のLv.5が接近しており・・・・・・実際の所は早々に離脱する状況なのだが、前記の通り笑っている程度に物事が見えていない男なのである。 

 

「あーはっはっは!! 見ろぉ私は天才だぁぁ! ひゃっはー!」

 

 しかも、この男の気分は先ほどの“はっちゃける”事で無駄に高揚しており、おまけに、仮面を被っているので正体を看破されることはないと思って思いっきり目立つ上に異様なテンションのまま行動をとっていた。そして、これだけ目立った行動をすれば・・・・・・無論居場所などすぐに特定される。

 

「ねぇ、ティオネ・・・・・・さっきから高笑いしてるあのオッサン。大丈夫かな・・・・・・その、頭とか」

 

「手遅れじゃない? それにしても多分、あれが調律師よ・・・・・・ね?」

 

「いやー、いくら何でもあんなに堂々としてないと思うかな・・・・・・でも、そうなのかな?」

 

 現に若干巨大なモンスターに微妙に隠れて足元まで接近してされている事に気づかずに笑い続けるオリヴァスとそれを見ながら、三人の娘。ティオネ。ティオナ。パイの三人は食人花の触手の攻撃を回避しながらも呑気ともとれる会話をしていた。

 

 正直にいえば、モンスターを倒すのは簡単であったのだが、調律師の存在を考えた結果、見つけた人物であるし、今だに仮面の男、オリヴァスには気づかれていない。では今のうちに強襲して大本を捉えた方が良いのではないか?

 

 だが、そもそも調律師と言える人間があんな目立った行動を取るか? 同時に疑問を覚えた三人は現状も若干迷っていた。もしかしたら罠かもしれないし、相手の素性もわからないという状況が彼女達の判断を曇らせていた。 

 

 しかし、このまま黙って見ているだけでは被害が増えるばかりである、意を決し、ティオネとティオナはモンスターの駆除。調律師の討伐又は捕縛をパイが対応すると取り決め同時に行動を開始する。

 

 さっそく壁をよじ登り始めたパイを視界の端で見送り。ティオネとティオナはお互いに武器を構え、食人花へと向かってその身を躍らせる。

 

「さて! 今度は大切にしないとね・・・・・・二代目【大双刃】の切り心地を試させろー!」

 

 ティオナの快活な声が響き、空気を切り裂く音と共に振るわれた大双刃の斬撃が一体の食人花の胴体を切り離す。

 

 その動作で、以前の愛用していた物と遜色のない一品に仕上がっている事を確認したティオナは満面の笑みで巨大な大双刃を振るってゆく。

 

 そんな双子の妹の死角を潰すように動いていたティオネだが、ククリ刀で迫り来る触手を切り裂いているさなかに。小さな悲鳴に気づきそちらの目を向けると、黒髪の犬人の女性冒険者がカバンの中身をぶちまけて倒れているのが見えた。

 

「ちょっと! ここは危険よ、すぐに立ち去りなさい」

 

「ええっ!? もしかして【怒蛇】!? いや、その荷物が・・・・・・」

 

「荷物と命どっちが大切なのよ!」

 

「いや、えっと・・・・・・」

 

「――あ゛?」

 

 短い問答の末、渋る犬人の冒険者を威圧するティオネ。その深層の化物のような気迫に涙目で逃げ出してゆく犬人の女冒険者に忌々しげに舌打ちを鳴らし、目の前のことに集中しようとした時、違和感に気づき勘を頼りにティオナへと声を張り上げ指示を出す。

 

「ティオナ! 一旦離れて!!」

 

ティオネの言葉に警戒度を上げたティオナは、頭上から何かが降ってくるのを感じて即座にその場を飛び退く。二人が十分に距離を取ったその目の前、先ほどの犬人の冒険者が散開させた荷物の中央に落ちた者が水音を立てて四散する。

 

 ソレは悪臭を巻き散らかし、つい戦闘中であることを忘れ鼻と口を覆う二人。気のせいであろうか、食人花も臭気に恐れを感じたかのようにビクリッっと震え、その動きを止める・・・・・・。

 

 何よりもの変化は落ちてきたソレに少しでも触れたくないと言いたげに急速な機動で動いた物体であった。翡翠の玉が散開した荷物の中・・・・・・巻かれた布を自ら抜け出し、食人花の一体へと近づき・・・・・・その内部へと侵食してゆく。

 

 後に、わかった事だが、上に登っていった『ハンター』のせいで落とされた『こやし玉』を含めた荷物が、急速に形状を変えてゆく食人花をベースにしたような異形の存在が暴れる度に土がえぐられ――奇しくもそれのお陰で匂いの原因であるアレも泉に沈んだ――る、女性の形のような異形となったモンスターを睨みつけ戦闘に集中するアマゾネスの姉妹は武器を構えなおす。

 

「まぁ、多少変わった所でやることに変化はないわよね」

 

「むしろ、やっぱりあれかな、上から落ちてきたヤツ・・・・・・よほど嫌だったのかな」

 

 明らかに不自然な存在である翡翠の玉だったが・・・・・・二人は思う。もし、あれに意志があると仮定するならば、あんな悪臭漂う場所など一秒でも早く逃れたくなる気持ちはよく理解できる。っというか、ヘタをすればアレに直撃していたかもしれないと思うと背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。

 

「「まぁ、どっちにしろ狩るんだけどね」」

 

 同じタイミングで同じ言葉を発した双子は駆け抜け・・・・・・新たなる驚異となった変異体のモンスターに武器を振るうのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 フィン・ディムナは親指に感じる疼きに単体での行動を開始していた。

 

 リヴェラの町での編成を完了させたフィンは指揮をりヴェリアに任せ、自身も食人花の暴れる区域へと駆けていた。その途中、とても奇妙な人物を見かける事となる。

 

 それは全身をややチグハグな鎧で構成された冒険者であった。駆け出しからベテランになるまでの間、確かに装備一式を買い揃えられず、どこか継ぎ接ぎのような感じが残る装備に身を包む時期というのもあり、別にその事に関しては不思議はない。

 

 問題はその装備が明らかに身体に合っていない上に即席感が半端ない。その上、なぜかフルフェイスヘルムは・・・・・・サイズ的にもかなりの大型である・・・・・・なにより、武器も所持していない状態でコソコソとした動きで戦闘区域に近づいているのだ。

 

 怪しい・・・・・・怪しすぎる。フィンは歩の速度を落とし、その奇っ怪な格好の冒険者に声を掛ける。

 

「君、この先は見ての通り危険な場所だ・・・・・・そんな中を単体で行動しているのはどういうつもりなんだい?」

 

「エッ。ワタシアヤシクナイ。チョット、アソコニヨウガアルダケ」

 

 カタコトでフィンの質問に答える不審者・・・・・・素顔を晒す危険性を考慮し急いで即席の変装を行ったレヴェスは背後から声をかけてきた小人族の青年の登場に肝を冷やす。

 

(なぜ、カタコト? やましい事を隠していることは確実か?)

 

(きっとすごく怪しい奴だと思われてるだろうな・・・・・・ってか誰だ?)

 

 やや、俗世に疎いレヴァスは目の前の人物が誰なのか理解しておらず。その様子がさらにフィンの視線が懐疑的なものへと変わってゆく。

 

「僕の事を知らないみたいだね・・・・・・あと、そのヘルムの下の素顔を見せてくれないかい?」

 

 せっかく、変装までして素顔を隠しているというのに、これでは無駄になってしまう。慌ててレヴァスは考える。デリケートかつ自然に聞こえる理由を・・・・・・そして、数秒もかからずに答えを導きだした。

 

「ジツハ、カオニ、ヒドイキズヲオッタ。アマリ、ミラレタクナイ」

 

(どうだ! 傷ならデリケートかつ人に見せたくない理由としては自然だ。さて、どう出る!)

 

「傷? ああそうか、それは配慮が足りなかったようだ・・・・・・っで? 君は一体何者だい?」

 

 ・・・・・・・・・・・・。

 

「・・・・・・センリャクテキテッタイ!」

 

 ・・・・・・・・・・・・長い。あまりにも長い沈黙がフィンとレヴァスの間に流れる。そして、その沈黙を先に破ったのはレヴァスだった。

 

「逃がすか!」

 

 尋問からは逃れられないと悟ったレヴェスが取った行動は逃亡、それを追いかけるフィン。戦場とは関係のないところで無意味にハイレベルな追いかけっこが始まる。

 

「ヤメテ、オイカケテコナイデ、イヤラシイコト、スルツモリナンデショ? ウスイホンミタイニ!」

 

「人聞きの悪い事を言わないでくれないかな? 君が素直に質問に対して協力してくれればいいだけの話だったはずなんだけどね!」

 

「オシャベリナヤツダナ、ソンナンジャ、コンキヲノガス」

 

「こっ、婚期・・・・・・それに関しては。グウの音も出ない・・・・・・なっ!」

 

 かなりの速度で走りながら会話と共に、気合の入った声と共に槍を突き出すフィン。その一撃を躱し槍の穂先を掴んだレヴァスの視界に映ったのは、いつの間に抜き放ったのか短刀と共に肉迫するフィンが逆手で固定された短刀を振りかぶる瞬間の光景であった。咄嗟に首を少しでも曲げ威力をそごうとするが、それは全く予想外の結果をもたらす。

 

 刃が兜の壁面に触れ火花を散らせながらその硬質な素材に傷を付けてゆき・・・・・・そして、それは起こった。明らかにサイズのあっていない兜。そこに当てられた力は・・・・・・本来であれば内部に浸透するはずであったが、レヴェスの顔にあまりにも大きすぎたそれは。まるで冗談のように回転する結果となった、それには流石のフィンも驚き、一瞬動きが止まる。時間にして数秒の間、回転を続けた兜がその動きを止めたが・・・・・・前後ろが真逆となってしまい。妙に痛々しい沈黙が流れる。

 

「・・・・・・モウ! イツダッテ、アナタハソウ・・・・・・! げふっ!?」

 

 取り敢えず黙らそう。フィンは間抜けな不審者の顔面・・・・・・兜の背面を拳の形に凹ませる程の拳打を叩き込む。確実に気絶させる目的で遠慮なく放たれた一撃にかなりの距離を吹き飛ばされてゆくレヴェス。

 

 少しだけスッキリした表情で拳を眺めフィンは一人つぶやく・・・・・・その呟きには若干の驚きが含まれていた。

 

「指が折れた・・・・・・? そんなに硬い材質だったか・・・・・・」

 

 鉄の塊を殴りつけたとはいえど、己の肉体の老いを少し考えてしまう四十代。すこし骨密度を考える食事も取らなかればと思いながら。殴りつけた不審者の方に視線を向けると、驚いた事に対したダメージもないのか壁に向かって飛び上がる瞬間であった。

 

 確実に気絶させたと思っていた故に、油断という失態を行ってしまったフィンはすぐに追い掛けようとするが、距離が思った以上に離れていた事から追跡を断念したと同時に、兜を外した人物が顔に包帯を巻いていた事を視認していた。

 

「ふむ。怪我の話は本当だったのか・・・・・・」

 

 どこか、申し訳なさそうに頭を掻いたフィンは、気持ちを切り替え食人花のいる区域に向かって駆け出す。そして、明らかに先ほどまでいなかった異形の存在に気づき、駆ける速度を速める。

 

 やや、疼きが弱くなった親指の感覚に、安堵しつつも、フィンは一直線に駆けてゆくのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ティオネとティオナと別れたパル・ルフィルは壁を登っていた。

 

 壁の下では戦闘音が響き、その戦闘音を耳にしながらも調律師の対応の為に壁をよじ登っているパイ。

 

「はーっはっはっは!・・・・・・ん?」

 

 今だにバカ笑いしているオリヴァスが事態の変化に気づいた時には手持ちの“調律した駒”の数が半分に減った頃であった。崖下に視線を向ければ、モンスターに果敢に攻めてゆくアマゾネス二人の姿が見える。恐らくLv.5はあるだろう。並の冒険者では苦戦を強いられる程の食人花が撃破されていく以上、この場に長時間居る事は危険と判断し離脱を考えるがそれを考えるのが遅すぎた。

 

「よっこいしょ。さぁて覚悟するかな!」

 

 間抜けな話だが、この瞬間まで接敵に気づかなかったオリヴァスの目の前に壁を文字通り登ってきたパイと対峙する形となる。突然足元から登ってきたパイに驚き後ずさるオリヴァスだが、パイの姿をみて嘲るように笑う。

 

「ふはは! どんな者がきたかと思えばこんなチビのちんちくりんな小娘か! 舐められたものだなぁ・・・・・・!」

 

「舐める部分ならまだまだあるかな! Lv.1の低ステイタス。それが私なのかな!!」

 

「・・・・・・えっ・・・・・・なんで俺の前に来たの? いやマジで・・・・・・」

 

 パイの返答に対して真顔で返すオリヴァス。巫山戯ているにしても何にしても底の見えない相手である。少なくともあの食人花を抜けてきたのだろうか、しかしソコで警戒をしないのがこの男の悪い所である。

 

「・・・・・・ああ、なるほど・・・・・・余りにも小さすぎて食人花が反応しなかったのか・・・・・・あっぶなっ!!?」

 

 オリヴァスが神妙な声音で酷く失礼な事を呟いた瞬間、目の前にやや茶色がかった玉が投げつけられる。慌ててそれを掴んだオリヴァスはそれを投げつけてきたパイに向けて怒鳴る。

 

「何をする! 人が話している時に失礼ではないか! しかもなんだこの玉・・・・・・臭うぞ!?」

 

「やかましいかな! 貴方の方が失礼じゃないかな? 小さいとか言う人には『こやし玉』を頭から被ればいいのかな!」

 

 憤慨するパイの気概にやや後ずさるオリヴァスだが、自尊心の高いオリヴァスはそれでもなお突っかかってゆく。

 

「だからって、いきなり投げつけてくる奴がいるか! それにこやし玉だと・・・・・・こやし? こやし・・・・・・なんてものを投げてくるんだ!?」

 

 そこで、ようやく己の掴んでいるものの正体に気がついたオリヴァスが『こやし玉』を投げ捨てる。落ちた先が未だ“駒”の戦闘区域であった。やや良心が痛んだ気がしたが、そんなことよりも怒りに任せた暴言を吐き散らかす。

 

「汚らしいモノを人に向けるなど、チビかつ貧乳な女っけの欠片もないようなガキのような貴様にはお似合いだな!! いっそ童子に混じって土遊びにでも興じていればいいのではない・・・・・・がぁ!?」

 

 暴言を吐くオリヴァスが言葉の途中で悲鳴を上げ、その身をくの字に曲げる。目にも止まらない速さで腹部に拳を突きこんできたパイの姿が、仮面の穴から見える。そんなオリヴァスから見て有り得ない攻撃を放った娘の表情は・・・・・・笑顔で青筋を浮かべるという中々に見られず・・・・・・そして恐怖を叩き込むには最も適した表情でもあった。

 

「この短時間で一度ならず数回も身長の事を言われるとは思わなかったかな・・・・・・よし、できるだけボコボコにするかなぁ・・・・・・」

 

「おまっ、本当にLv.1なのか!? 並の冒険者じゃ傷つけられない体を彼女に・・・・・・おうふぁ!?」

 

 予想外の痛みに混乱するオリヴァスを更なる衝撃を襲う、それなりに身長の高いオリヴァスと低身長のパイ、そして怒りに任せた彼女の拳打の殆どは高低差的な理由によってオリヴァスの下腹部に集中した。

 

「悶絶させてやるかなぁぁぁぁぁ!! オラオラオラオラ!! 部位破壊かなぁぁぁぁ!!」

 

「らめぇぇぇ! 部位破壊はシャレにならないのぉぉぉぉ!!」

 

 鈍く重さのある鉄の扉を殴るような・・・・・・おおよそ人体から発生してはいけない音を響かせながら殴り続けるパイ。何処とは言えないが色々と大事な部分が部位破壊させるかもしれない恐怖に局部を必死に防御するオリヴァス。

 

「どうしたのかな! こんなLv.1の低ステイタスのチビっ娘相手なのかな! 高笑いするといいかな!!」

 

 瞳を紅く染めて更に殴る速度を上げるパイの猛攻に、オリヴァスは余裕なく涙目で耐えるしかない。一瞬でも防御をおろそかにすればどうなるか・・・・・・少なからず一部分の“部位破壊”は免れない可能性が高い。

 

 全ては上手く行くはずだったと思いながらも悲鳴すら上げる余裕もなく長い時間を耐えつづける。終わりがいつ来るかわからない恐怖に耐えているオリヴァスに救いの手が差し伸べられる。

 

「オラオラオ・・・・・・――ッなんと!?」

 

 一瞬感じた殺気に即座に回避行動を取るパイが先程まで居た所に、十八階層の天井に張り巡らされた水晶の塊が投げ込まれた。その衝撃で吹き飛ぶオリヴァスの首根っこを掴み頭部を殴りつけ気絶させたまま持ち去ろうとする全身を継ぎ接ぎの防具で固め、顔を包帯で巻いた人物の登場にパイが目を剥く。

 

「仲間が居たのかな!? 逃がさないかな!!」

 

 土煙で視界が狭いものの今ならマーキング用の『ペイントボール』をぶつけられる距離である。『ハンター』あるあるの『出会い頭にペイントボール付けてなくて、逃げたモンスターを手がかりなしで探索しないといけない』状態にしないために投げようと構えるが、もともと足場の悪い場所・・・・・・水晶をぶつけられた衝撃で足場が陥落し、空を飛ぶ機能を有していない人間にとって重力に引き寄せられるしかできない。

 

「だぁぁぁぁぁ、『ペイントボール』真っ先にしておけばよかったかなぁぁぁぁぁぁぁ――」

 

 『ペイントボール』。【大陸】などでは移動する大型のモンスターに対して目印の代わりになるアイテムであり、独特の匂いで方角を知ることが出来る便利なアイテムである。

 

 基本的には出会った大型のモンスターにぶつけておけば間違いはないのだが、このアイテムにはぶつけてから特定の時間が経過すると効果が消えてしまうという弱点もある。

 

 定期的に投げておけば問題はないのだが、狩りの最中だと時間の流れに鈍感になりやすく気がついたら効果時間が過ぎていたなども多い。

 

 ちなみに余談ではあるが、『ハンター』あるあるで『大型のモンスターが飛び去った瞬間にペイントボールの効果が切れる』瞬間など実に残念な空気が『ハンター』達の間に流れるのだが・・・・・・これはある程度は皆が通ってきた道と言う物なのであった。

 

 怒りでマーキングの事を忘れてしまっていたパイは、そのまま重力に導かれ泉へと着水し水温で頭を冷やしながらティオネ達と合流する。

 

 岸に上がりお互いに無事を確認するとそこにフィン達も合流しているのが確認できた。聞けば、街の防衛の指示を行った後に此方へと増援に来ていたようだ。

 

 そして、例の仮面の男であるオリヴァスを取り逃がしたパイだったが、フィンもまた例の仲間と思われる継ぎ接ぎ鎧の人物を相手していたが一瞬の隙を突かれて逃げられてしまったと、パイに報告する。

 

 そんな、フィンも食人花の区域にたどり着いた頃にはほとんど戦闘終了間近の状態であり、後にティオネから報告に上がる“女型の食人花の変異種”の討伐も済まされていた。

 

 どんどん、頼もしくなるファミリアの仲間に安心感を覚えつつも各員に労いの言葉を贈る。

 

「結局・・・・・・敵の正体もわからないままか・・・・・・とにかく全員が無事でよかった・・・・・・ティオネ、ティオナ。ご苦労様・・・・・・ルフィル君もお疲れだったね」

 

「くそー、もうちょっとで潰せる所だったのに!! あの仮面、次にあったら確実に潰すかな!」

 

 今だに怒りに燃えるパイに下で食人花と戦っていたティオナが気になった事を尋ねる。

 

「ねぇねぇ、パイ。所で上から鉄の扉を殴りつけるような音が鳴ってたけど・・・・・・あれ何の音だったの?」

 

「相手の股間目掛けて拳打をお見舞いしてた音かな?」

 

「「「・・・・・・っえ?」」

 

 全然予想していなかった答えにティオネとティオナ・・・・・・そしてこの場で唯一の男性であるフィンが同時に声を上げついでに若干内股になる。

 

「えっ・・・・・・股間? えっと・・・・・・冗談?」

 

 どこか苦笑いのような表情のままティオナが再度訪ねるが、パイはいっそ清々しい微笑みで返事を返し、その言葉で更にフィンの内股の角度が更に深くなる。

 

「冗談な訳無いかな~次はぐちゃぐちゃに“部位破壊”確定コースなのかな!」

 

「「「・・・・・・ひぇ」」」

 

 嘘偽りなく本気でやりかねない。っというかコイツならやる。穏やかな笑顔で語るパイの姿に怖気を感じながらも、こいつを怒らせたらダメだなと心に決めた三人だったのだった。

 

 ちなみにリヴェリアとレフィーヤはやや離れた所にいた為にその会話を聞くことなく、それも含めてこのことは三人だけの秘密となるのだが・・・・・・これはあまり関係のない話なのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 レヴァスは憤慨していた。

 

 床に転がしてある仲間――とは思いたくないが――オリヴァスの勝手な行動で計画が台無しになってしまった。例の物すら入手できず最悪この様な所で使い潰すわけにも行かった為に危険を承知で救出に向かったが・・・・・・出来るなら今すぐに処理したい気持ちであった。

 

 大体あの様な高Lv.の冒険者の相手など万全でもないのに務まるわけがない。今回は運良く隙を見て逃げられたが、あれより長い間戦っていればと思うと背筋に冷たいものを感じるほどだ、思い出し背中を震わせながらも憤怒の表情のままオリヴァスを睨みつける。

 

 取りあえずはアジトである此処はしばらくは安全であろう。問題はコレがある事でダンジョンに起こり得る“弊害が”どのような結果として地上に伝わるかがわからないという事だろう。

 

 現在でも正常な状態とは言えないない、ダンジョンの正常な循環機構を無理やりせき止めている現状では、モンスターの行動に対する“異常”を察知すれば確実に調査目的の為に腕利きの冒険者達が出てくるだろう・・・・・・。そのぐらいの考えは誰だって出来る。問題は誰が、何時、来るかということだ・・・・・・レヴァスには逢わなければならない人物がいる・・・・・・せめてその人物に逢うまでは・・・・・・レヴァスは暗くなりそうな気持ちのまま呟く。

 

「アリア・・・・・・」

 

 そして、そのつぶやきで目を覚ましたのか、やく立たず認定を受けてしまったオリヴァスがその上半身を起こす・・・・・・しばらく周りを見渡し、己の現状を確かめた後に此方へと視線を向ける。

 

 謝罪の一つでもするのだろうかと、レヴァスが大して期待もしていない表情で黙ったままオリヴァスを見つめる。

 

「レヴァスよ・・・・・・」

 

「なんだ?」

 

「お前は胸はデカイが不愛想で、目付きが悪くて、言葉遣いが男っぽくて、ついでに言えば毎回、毎回、魔石ばっか食ってる面白みのない女だと思っていたが、その見識を改めよう。お前はいい女だな!」

 

「・・・・・・くたばれ、このクソ野郎」

 

 悪い意味で期待を裏切らないオリヴァスに嫌悪感を強く出して吐き捨てるように告げるが。

 

「ふふ、今ならその程度の罵倒。むしろ心地よいぞ」

 

「・・・・・・」

 

 気持悪い上に汚ない物を見る目でオリヴァスを見つめるレヴァス・・・・・・もう駄目だこいつ――っと諦めたように何処か虚ろな瞳でレヴァスは壁を見つめる。

 

 そんなレヴァスの様子に気づかぬままオリヴァスはやや知的な雰囲気を纏いレヴァスに話しかける。

 

「まぁ、今のは冗談だ・・・・・・計画の時は近い、冒険者もギルドも無能の集まりではない近々――動くだろう」

 

「いや、お前があんな馬鹿な真似しなければこんな複雑な事にはならなかったんだがな?」

 

 オリヴァスの予想に対して、その明らかな原因をやらかした事に対して追求しようと切り返すが・・・・・・

 

「三十階層でアイツを強奪され、頭に血が上っていた事は認めよう。しかし、あれは必要な行動であった・・・・・・」

 

「いや、お前があんな馬鹿な真似しなければこんな――」

 

「レヴァス・・・・・・その時はお前にも動いてもらう」

 

「いや、お前が・・・・・・はぁ、もういい」

 

 恐ろしいぐらいに強引なスルーを敢行するオリヴァスについにはレヴァスも疲れた表情のまま何も言わなってしまった。

 

(何処かにいいこと無いかなぁ・・・・・・)

 

 心の中でそう呟きならが、レヴァスは疲れた表情のままポケットに入れていた魔石をおもむろに口に放り込み咀嚼して飲み込む・・・・・・気のせいであるだろうが今日の魔石は若干塩気を感じる。

 

 彼女の不幸な事は。先ほどの“落ち着いたオリヴァス”を基準にしており、実際“はっちゃけたオリヴァス”を見たことがなかった。

 

 これがその後の不幸につながる事となるのであった・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

 

 神・ロキは呆れた表情で目の前の神物ディオニュソスを眺めていた。

 

 リヴェラの町の騒動から数日が過ぎた『黄昏の館』でロキの対面に座る神・・・・・・ディオニュソスとその護衛フィルヴィス・シャリアが居る。

 

 対するロキは、本拠でありながら護衛をつけておらず、見る者にとっては馬鹿にしているかのような笑みを浮かべている。

 

 地下水路で出会い、べートから懐疑的な視線を受けていた神であり、ロキとしても信用に足るとも思えない神物でもある。

 

 そもそも、彼が此処・・・・・・『黄昏の館』にいる理由は前回の短い会談の続きであると同時に新たなる情報を得たとディオニュソスから持ちかけられたものであった。

 

 なにより、敵陣で護衛を付ける髪とその本拠に居る主神が“護衛をつけずに居る”それこそがロキの格が圧倒的に高く。この二柱の立場の強弱を示していた。

 

「二十四階層の調査・・・・・・か、おまん、ウチに対して何を期待しとるん?」

 

 ロキの口調は軽いが、しかしその言葉は重く、堅い。極彩色の魔石と名付けられた特殊な魔石。“花”のモンスター・・・・・・食人花と名称されたモンスターから抜き取られた魔石が従来の魔石と違う。

 

 それ事実は共通の認識として互いに共有しているが。ソレがなぜ二十四階層の調査に繋がるのか・・・・・・。ディオニュソスの調査の結果だとは言うが、大規模なモンスターの発生に極彩色の魔石が関与する可能性がどれほどあるのか。

 

 利用されるほど気に入らない事はないロキにとって、人情に訴えるやり方など愚策でしかなく利点を提示できないディオニュソスの説明に乗り気になれないでいた。

 

「無論、調査の協力さ・・・・・・此方側でそのような所に出せる戦力がなくてね・・・・・・」

 

「そっちの眷属の不幸は聞いた・・・・・・可哀想やとは思うが・・・・・・ウチらこき使う理由になると思うか? ん?」

 

「ロキ。君は眷属を失ったこの痛みに共感してくれないのかい?」

 

 ディオニュソスの情に訴えるような言葉に、ロキの目元が不機嫌そうに歪む、先程とは違う明らかにドスの入った声でディオニュソスへと向けて言葉を発する。 

 

「おどれ、勘違いすんなや? そういうならや、“うちの眷属もそうなる”危険性も含めて協力要請しとるんよな?」

 

「それは・・・・・・確かに・・・・・・しかし・・・・・・っ!?」

 

 言い淀むディオニュソスに薄く開いた眼光で睨むロキ。その眼光にディオニュソスはたじろき、護衛のフィルヴィスすらも無自覚に構えようとする。

 

「残念やけど、うちに取って旨みが少なすぎるわ・・・・・・今回の件は断るちゅう訳で」

 

 二人の行動を見て、これ以上の会話に意味を感じれなくなったロキは早々に話を切り上げようとするが、それをノックの音と共に入室してきたべートによって塞がれる

 

「おい、ロキ・・・・・・残念だがそういう訳に行かねぇみたいだ」

 

「んんっ? べートにレフィーヤ? どういうことや?」

 

「さっき、門番をしてる奴から知らせが来た。アイズがどういう訳か・・・・・・例の二十四階層へ向かったらしい・・・・・・おまけに救援の要請付きでだ」

 

「ほん? ・・・・・・おまんの仕業っちゅー訳ではないわな?」

 

「誓ってその様な事はない・・・・・・」

 

「・・・・・・ふん。ええわ、ならすまんが、べート。レフィーヤは急いで向かって貰ってもええか? 最近のアイズたんは随分頭も柔らかくなってるからなー。念のための救援要請やと思うんやけど急いだほうがええやろ?」

 

「それならば、私からはフィルヴィスを同行させよう、君の所の【凶狼】には劣るが【千の妖精】と同じLv.3だ。これは私の少ない誠意だと思って欲しい」

 

 無表情から虚を突かれたような表情でディオニュソスを見つめるフィルヴィスの様子に“演技”ではなさそうだと考えたロキは、その案を受け入れ。準備も早々に三人の冒険者はダンジョンへと潜るのであった。

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 【ロキ・ファミリア】でそのような会話がなされていた頃。レヴァスは本当に疲れきっていた。

 

(はぁ・・・・・・癒しが欲しい)

 

 彼女の心の中にあるの言葉はただ一つであった。眼下のひしめき合うモンスターの大群を眺めながら、あのリヴェラの町の騒動から早数日が経ちそろそろこの、モンスターの大量発生を眺めながら歩を進める。

 

 これだけ外見的な異常が発生しているのだ、レヴァスの勘では遅くてあと数日、早ければ今日にでも調査の為の徒党を組んだ冒険者が二四階層を訪れるであろう。

 

 レヴァスはそれを撃退する側である。本来であれば指定の場所にて待機していないとならない立場ではあるのだが、彼女が現在、私的な理由でそこよりも二階層上層・・・・・・二十二階層へと足を運んでいた。

 

 ここ数日のストレスが酷く、もうあのバカという名のオリヴァスと同じ場所で空気を吸うのも嫌だと思い、移動してきたのだ。

 

 動きのない冒険者達を警戒し。やる事といえば魔石をかじるぐらいである。ちなみに始めの方はオリヴァス相手に意識の改変を要求したが聞く耳を持たずにとうの昔に諦めていた。そんなレヴァスがその人物を見つけたのは本当に偶然であった。

 

 娘は白髪と紫のまん丸とした瞳。体格には恵まれなかったようだが、それでも独特の魅力を感じさせる娘・・・・・・本来で可愛らしい印象を他者に与えるであろうが意思の強そうな瞳が娘のあり方を表しているように見える。

 

 ダンジョンの地面に体育座りで魔石をポリポリとかじりながらブツブツと呟いている自分とは違うという事を嫌でも感じさせられてしまう。

 

 時折放たれる溜息がよりいっそう自分のイメージとはかけ離れている。その姿を見られたくないと言う気持ちで移動しようとするが、どうやら決断が遅く、手を振りながら此方へと走ってくるパイに自然と動けなくなってしまう。

 

 力のない笑みを浮かべ頷くレヴァスへと近づいたパイは疲れきったレヴァスに驚いたものの特に遠慮することなく話しかけた。

 

「レヴァス。いったいどうしたのかな? 元気ないかな?」

 

「・・・・・・パイか? お前は元気そうだな。いい事だ」

 

 パイの前ではとレヴァスは本来の鋭い眼光を向けるが、“先ほどの姿を見ていた”パイはそのまま続きを伺う。

 

「なんだか、溜息ついて悲しそうだったから声をかけたけど、ひょっとして一人で居たかったかな?」

 

「・・・・・・済まない、そういうわけではないのだ。ただ、同僚のいい加減さに疲れてきてな・・・・・・落ち着く為に一人でいたんだ」

 

「同僚さんかな? んっー、もしよかったらを話聞くかな? 話してみるとスッキリする事もあるかもかな?」

 

「・・・・・・なに? いや、しかし、その・・・・・・では、愚痴になるが聞いてくれるか?」

 

 再度体育座りをしながらレヴァスはポツポツと語りだす。

 

「実はある計画を実行しようとしてたんだがな、同僚の奴の“要領”が悪くてな“情報”は穴だらけ、“貴重なアイテム”を持っているであろう目標が所持していると思われてたアイテムは他の冒険者に渡っている。さらにその受け取ったであろう冒険者を特定する前に、その同僚が勝手な事をして場所は乱れてしまった上に・・・・・・アイテムを紛失してな・・・・・・私の計画を邪魔しただけではなく、帰ってきたらよく分からないことを言う。せめてと、協力の強化を提案したが、聞く耳ももたん・・・・・・」

 

「うわぁ・・・・・・ひどい話かな・・・・・・しっかし、その同僚さんも酷いことするかな! せっかくレヴァスが計画した物をぶち壊すとか! しかも貴重なアイテムを紛失してのもその人が勝手をしたからなのかな?」

 

「そうなんだ、物事にはタイミングというのがあるだろ? あのバカはそこの所を全然理解していない・・・・・・むしろ嬉々としてぶち壊しに来てるんじゃないかとさえ思える・・・・・・なにより――」

 

 語れば出てくる、出てくる・・・・・・この数日だけでストレスが溜まりに溜まったレヴァスはとにかく確信に触れない程度にオリヴァスの奇行に対する愚痴を語る。その時間、時計の短針が三回ほど回った頃にようやく途切れ・・・・・・それを聞いていたパイなどその苦労話の内容に本気でドン引きしていた。

 

「――ふぅ・・・・・・すまんな落ち着いた。そういえば、パイはどうしてこの場所に?」

 

「うっ・・・・・・うん。ユクモの姉さん並の貯めっぷりだったかな・・・・・っと、実は、二十五階層に行こうかなって来たのかな!」

 

「二十五階層? ふむ・・・・・・それなら今日はやめておいたほうがいい、二四階層にてモンスターの大量発生が起きている。危険だから近づかない方がいい」

 

「えっ? そうなのかな・・・・・・じゃあ今日は戻ろうかな・・・・・・」

 

 パイの目的地を聞いたレヴァス。彼女としても自分に関わりのない者ならともかく、多少縁のある人物を危険とわかっている場所へと送りたくはないという気持ちはある。素直に帰還してくれると言うなら余計な心配もせずに済むだろう・・・・・・っと心の中で安心する。

 

「ふふ、そうするといい。そうだ、よかったら十九階層の出口まで送っていこう。それなりにダンジョンでの経験もあるからな、道案内は慣れたものだ」

 

 なおかつ、十八階層まで送っておけばわざわざ戻ってくる理由もないだろう。それにパイが地上へ帰還すれば高確率で二十四階層の異常も冒険者達の耳にも入るだろう。レヴァスはそこまで考えた後の提案だったのだが・・・・・・。

 

「いいのかな! ありがとうなのかな! レヴァスはいい人かな・・・・・・所でそれって魔石かな? 遠くから見たら齧ってた見たいだけどおいしいのかな?」

 

 パイの屈託のない笑顔を向けられ、ひどくレヴァスにとっては不可解な罪悪感を感じる。その理由を理解できないままに自然に思考だけが廻る。かなりの距離があったはずだが、魔石を齧っている現場を目撃されてしまったようだ。

 

「・・・・・・いや、はっきり言ってマズイ。私は・・・・・・少し特殊でな詳しくは聞かないで欲しい・・・・・・あと普通の人には毒だから食べるんじゃないぞ?」

 

 自身も苦しい言い訳であると理解しているが、レヴァス自身はパイに対して知られたくない気持ちが強く。その意思を感じ取ったのかパイもその事に関しては何も言わなかった。

 

 ――しばしの時間、沈黙が流れ。ふとパイが思い出したかのように小さく声を上げた。不思議に思いレヴァスがパイへと視線を向けると・・・・・・いままで何処に持っていたのかかなり大きめのバスケットとか水筒を取り出しているパイの姿があった。

 

「じゃあ、私のお弁当一緒に食べるかな? ちょっと長く篭るつもりだったから、多めに作ってきたから量は十分にあるかな!」

 

「いや、それよりもどこから取り出した!? それに・・・・・・いいのか? その・・・・・・気持ちは嬉しいが」

 

「いいの、いいの! はら座った座った!」

 

「待て待て、壁を傷付けておくのが先だ・・・・・・うまそうだな」

 

 パイがバスケットの蓋を開けるとそこには主食のサンドウィッチを基礎にして多くの副菜で彩られた料理の数々が鎮座していた。

 

 試しに、黄色がかった物を挟んだサンドウィッチを頬張ってみるとほのかな甘みと嫌にならない程度の辛味・・・・・・外見ではわからなかったがコクのような物も感じる。

 

「それは、特性のたまごサンドなのかな! あえて裏ごしした卵と荒く潰した卵をまぜて粉にしたチーズとマスタードを混ぜたソースを使った一品なのかな・・・・・・ってすごい勢いで食べてるかな!?」

 

 パイに言われ、我に返ったレヴァスは両手でサンドウィッチを掴み一心不乱に口の中に入れ、食事を楽しんでいた自分に驚愕していた。今までの食事(魔石)とは全く違う概念に理解が追いつかず、欲望のままに行動していたのだ。

 

「・・・・・・ああ、あまりに旨くて、つい我を忘れてしまった・・・・・・こんなに旨い物を食べたのは初めてだ・・・・・・ちょっとまて、なぜ泣いてる?」

 

「違うのかな・・・・・・あんまりにもレヴァスが不憫で・・・・・・いいかな! もっと食べていいかな! 年頃の娘が魔石ばっか齧ってたらダメかな、ほら唐揚げとかもあるよ!」

 

 なにやら盛大な勘違いをされているような気がしたが、気にせずに勧められた料理を口に運びその度に感動するレヴァス。みるみる内に血色は良くなっていくレヴァスを慈しむように眺めながらもパイは再確認する。やはり料理は最高であると。

 

 しかし、楽しい時間と言うのはあっと言う間に終わってしまう物。空になったバスケットの容器を見つめるレヴァスの瞳には深い悲しみが宿っていた。

 

 むしろ、そこまで露骨に残念そうな表情をするレヴァスにパイは更に涙を浮かべそうになる。今までどんな食生活をしてきたのか・・・・・・最早、欠食児童に少しでもいいものを食べさしてあげたいと思う、気前のいいおばちゃんのような気持ちを覚えるパイ。

 

 その後、レヴァスがまるで捨てられた犬のような表情をしていた為・・・・・・弁当を作る約束をして――その瞬間、明らかに顔色が明るくなったのだが――レヴァスの案内の下、パイは十八階層の手前まで戻ってきていた。

 

 レヴァスと別れ、リヴェラの町に戻ってきたパイだったが若干の欲求不満を感じていた。いつもは立ち寄らないような酒場に立ち寄ったのも後に思えばそういう気分だったのだろう。

 

 若干薄暗い店内の光源は小さなランプのみであり、雰囲気作りとしてはなかなか落ち着いた感じはするが。しかし多くのテーブル席に据わっているローブの集団の存在が若干気になるくらいだろうか。

 

 とは言えど荒くれ者も多いリヴェラの町ならば正体を隠そうとするのは特別不思議なことでもないかもしれない。そう思い直し、酒場のマスターから注文を聞かれる。いつもならオードソックスまたはおすすめで通すのだが、今日のパイはバカみたいな冗談を言いたい気分であった・・・・・・強いて言うならば、絶対に酒場で置いていなさそうな物を注文する。

 

「じゃが丸君抹茶クリームバジルソースDX~パフェ仕様~を貰えるかな!」

 

 ありえない。普通であれば冗談だとひと目でわかる注文になぜか先程まで座っていた客が立ち上がりフードを取る・・・・・・そして、ある一人の水色がかった美女と呼ぶに相応しい女性の姿をみたパイは間の抜けたような表情を浮かべる。

 

「?? あれ・・・・・・?」

 

「貴女が協力者ですね・・・・・・えっ!? パイ!?」

 

「アスフィ!? どういう事? 協力者って?」

 

 困惑するアスフィとパイ。やく一年半ぶりの再会となったが更に困惑することが起きる。

 

 お互いに注目していた為、さらに入店してきた人物に気づかずに、その人物も注文を聞かれると奇しくもありえないであろう注文を返す。

 

「じゃが丸君抹茶クリームバジルソースDX~パフェ仕様~で・・・・・・」

 

 バカみたいなネーミングの物を短期間に二回も聞いたアスフィは彼女にしては珍しく困惑した表情で、状況を飲み込めてないパイと、無表情ではあるがパイの存在に驚いているアイズを交互に見つめる。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「なるほど・・・・・・ようやく理解できました・・・・・・本来の“援軍”は【剣姫】。貴女なのですね。そしてパイは冗談で言った注文がたまたま合言葉であったと・・・・・・どのような偶然が重なればこうなるのか・・・・・・」

 

 混沌と化した状況をようやく整理できたアスフィは小さくため息を吐く。相変わらず色々とやらかしている様で安心していいのか呆れたらいいのか・・・・・・友でもあるパイの行動には驚かされるばかりであった。

 

 アスフィ自身はヘルメスの護衛の任が多い為に【オラリオ】に滞在していない期間も多く。噂には『便利屋』の情報は耳にしていたし、その『便利屋』がパイである事も知っていた。再開にこれほどの時間がかかったのは単純にタイミングとすれ違いが発生しただけである。

 

 とにかく。現状の確認の為の話し合いにアスフィを含めた【ヘルメス・ファミリア】と援軍のアイズ・ヴァレンシュタイン。そして何故か部外者であるはずのパイがいるのだが、それは【剣姫】である、アイズの一言が原因であった。

 

「パイは十分に戦力になる。純粋な剣技での模擬戦じゃ今だに私の勝率も低い・・・・・・」

 

 第一級冒険者のお墨付きではあるが【ヘルメス・ファミリア】の数名は懐疑的な視線をパイに贈る。少なくとも、この【オラリオ】にとって実力こそ全てである。Lv.5という強者の証を持つアイズの存在は心強いが、パイはLv.1でありしかも『冒険者』としては無名に近い。意見を鵜呑みにするのは危険と感じるのは当然のことであろう。

 

 その理由も察することのできるアスフィにとっても不安定要素を外してしまいたいと考えてしまう。【ヘルメス・ファミリア】の戦闘面での強みは緻密なチームワークであり。どうしてもアイズやパイには独力による戦闘力を期待せざるを得ない。

 

 しかし、ならばとも思える部分もある。先のとおりパイはLv.1である。そんな低Lv.の人間が何故リヴェラの町に居るのか。普通に考えればLv.が低くても複数人の徒党を組んでこれば多少の無理が効くのでそういう点では不思議はない・・・・・・しかし、そうでないとすれば?

 

「パイ、貴女に確認したいことがあります。“ここへは何人で来ましたか?”」

 

「んー? えっと、二十二階層まではソロだったかな。そして十九階層の入口に引き返すときは二人かな。そのあと別れて今に至るかな?」

 

(なんとも判断しにくいですね・・・・・・嘘をつく理由もない。しかし俄かに信じがたい・・・・・・団員達を納得させられる材料にはなりませんか・・・・・・)

 

 何処か興味を失ったような団員達の視線に気づいたアスフィもまた話を盛ったのではないかと考える。常識で考えればLv.2がパーティーを組むことが前提の狩場をソロでなんて有りあるわけがない・・・・・・っと。

 

「ちなみに、今までで一番深くまで潜ったのは二十七階層かな・・・・・・って信用ないって顔かな」

 

「ごめん、パイ。私の言葉だけじゃ信用してくれないみたい」

 

「仕方ないかな! 実力重視、見たものしか信じない。これは基本かな! この場合はアスフィ達のほうが正しいかな」

 

 笑いながらも、あっけらかんとした言い方で告げるパイに、アスフィも申し訳なさそうに軽く頭を下げる。

 

「アスフィもそんな顔しないで欲しいかな・・・・・・所でその犬人の人に・・・・・・・ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」

 

「ルルネですか・・・・・・? 構いませんが」

 

「ありがとうかな。ねぇ、少し前にここで【ガネーシャ・ファミリア】のハナーシャさんから何か受け取ってたけどあれってなんだったのかな?」

 

 知り合いなら聞きづらいが、それがほとんど赤の他人なら遠慮なく聞くのがパイという人間である。しかし、その言葉を聞いた瞬間、ルルネと呼ばれた少女はひどく狼狽したように身じろきをすると冷や汗を流し出す。

 

「見られていたのですね・・・・・・何時もの事ながら脇の甘い・・・・・・そのモノが原因で現在我々がここに居るのですよ」

 

「どういうことかな?」

 

 アスフィの説明に疑問を覚えたパイだはその答えはルルネ本人から語られる。

 

「実は、アレがなんなのかは知らないんだ・・・・・・中身を見ないことが条件だったし。なにより彼処にいたなら・・・・・・ん? よく見たら君は彼処であの花のモンスターと戦ってなかった? 【怒蛇】と【大切断】と一緒にさ」

 

 ルルネのその証言で数人のパイを見る目が変わる。二つ名が【剣姫】に劣らない者であるのが要因だが、アスフィはルルネに続きを促す。

 

「うん、確かにそうだよ・・・・・・その特徴的な装備だったから、今まで忘れてたんだけど・・・・・・その時の戦闘の巻き込まれて荷物を紛失しちゃって・・・・・・」

 

「それを元に少しばかり【ファミリア】のある事を暴露するとその時の依頼人に脅されてしまいまして・・・・・・本当に・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

 “ある事”も気になったが。結局ハナーシャが何を渡したのかが分からずじまいとなった。パイとしてはもし今でも入手可能ならレヴァスにでも持っていこうと思っていたのだが、それも叶わないと知る。

 

「つまり、ルルネさんがやらかしたせいで無茶苦茶な依頼を泣く泣く受けなくてはならなくなった訳かな?」

 

「ええ、その通りです。そう。そこにいるルルネのせいで」

 

「やめて! 反省してるから、欲に負けて小遣い稼ぎしようとした事も含めて反省してるから!」

 

 頭を抱えてテーブルに突っ伏すルルネ。そんな彼女をちらりとアイズは見るとそのまま視線をアスフィに向け、そして口を開く。

 

「彼女、ルルネの証言もある。確かにパイはLv.は低いけど腕は立つから、連れて行っても問題はないはず」

 

「【剣姫】はそう言いますが、肝心のパイはどうしますか? 正直に言えば殆ど孤立して戦ってもらうことになると思いますしこの様な依頼の場合、危険度も高い場合が多い。ここで引いても咎めません・・・・・・ただこの場での情報は秘匿としてもらいたいですが」

 

 アイズの証言と、何よりルルネの証言。少しの逡巡こそあったがアスフィは最後の確認としてパイに参加の意思を尋ねる。

 

「もちろん行くかな。少なくともあの花のモンスター相手だったら問題なく戦えるかな」

 

「わかりました・・・・・皆、異論はありませんか・・・・・・では、出発しましょう」

 

 力強いパイの返答に大きく頷き、強い視線のまま周りを見渡しながら言葉を告げる。誰もが否定の意思が無い事を確認し立ち上がる。

 

 立ち上がったアスフィに続くように席を立つメンバーを背にし歩き出す。目指すは二十四階層であり、その先につながる場所への不安を抱きながらも【万能者】はその足を進ませるのであった。



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『部位破壊には【破壊王】が一番、なのかな?』

おかしい、こんな話になる予定はなかったんだ・・・・・・どうしてこうなった・・・・・・。

誤字報告とかありがとうございます。


 ルルネ・ルーイは呆然と眼下で行われている戦闘・・・・・・という名の蹂躙を眺めていた。

 

 【剣姫】と呼ばれるアイズ・ヴァレンシュタインの実力もさることながら改めてみる『便利屋』の戦い方も凄まじいものであった。

 

 高速で相手の間合いへと近づき一瞬で切り伏せてゆく。華のある戦い方のアイズと比べると、基本的な動作で切り進んでゆくパイの戦い方はやや泥臭い印象が残る。

 

 だが、問題の本質はそこではない。地上を駆け抜け切り倒してゆくアイズの立ち位置には絶対に入らないパイ。なぜなら彼女は常に立体的な機動を行い戦闘開始から一度も地面に降りていないのだから。

 

 確かに、『敏捷』が上がり、技術さえあれば壁を蹴りながらの立体的機動は可能である。実際短時間であればルルネにも可能だ。しかし、パイの行っている機動はその域を超えていた。

 

 モンスターの体を足場にして低く、長く跳びながらも洗礼された太刀捌きを魅せてゆく。左右の移動も織り交ぜながら決して一定の場所に居続けない。おまけに高さを利用しアイズが取りこぼした空間を優先して襲撃する事で囲まれるリスクを減らしている。

 

 先程までひしめき合う用に大移動を行っていたモンスターの群れも殆どが灰となりその姿が完全になくなるまでたいした時間もかからないだろう。

 

 そして、その予想通り二人は崖になっている絶壁を登ってくる頃には視界に一体のモンスターの影もなかった。

 

「ははっ・・・・・・これは、予想外だよね、そう思うよね? ねぇ、アスフィ?」

 

「いえ、“彼女”であるならばこのぐらいは朝飯前でしょう・・・・・・意外ですか? ルルネ」

 

 団員とは違う『便利屋』を信頼するアスフィの微笑みすら浮かべた言葉にルルネは団長である彼女の言葉に嘘がない事を、それと同時に団員と同等の信頼を『便利屋』に寄せている事に驚く。

 

「なんて言うかさ、アスフィ、あの子の事を特別視してない?」

 

「パイをですか? そうですね。友人としては確かにそのような節があることは認めましょう。ですが戦力としては別ですよ・・・・・・先ほどの戦闘でそれは証明されたと思いますが?」 

 

 現に、パイとアイズがこちらに合流した後の仲間の反応はリヴェラの酒場の時に比べれば雲仙の差であると言え、感嘆の溜息と吐く者も居るほどである。皆がパイを戦力として十分な存在であると認めていることは明らかであり、それは無論のことルルネもその一人である。

 

「言いたい事は理解できます。ですから安心させる言葉を言いましょう。“判断を間違う事はしませんよ”そういう事ですよね?」

 

「・・・・・・うん、ごめんアスフィ。自分でも不安みたいだよ」

 

「道案内、頼みましたよ・・・・・・ルルネ」

 

 ――不安――それは、ダンジョンに入る以上は必ず心の中で発生するものだ。変化する階層毎の雰囲気の違い。高さ等の違いがあれど密閉空間であり、危険を常に警戒し続ける場所である以上は切っても切れない物である。

 

 なにより、ベテランであれど・・・・・・否、ベテランであればあるほどその警戒の強さは比例して上がってゆき、同時にその緊張の抜き方も覚えてゆく。

 

 皆の命を一身に背負うその細い肩にどれほどの重圧があるのか、ルルネには理解しきれないだろうし、理解できるとも思えない。

 

 だからこそ、先程の口から出た言葉がどれほど不用意な発言であったか・・・・・・ルルネは頭を振り持参した地図を広げて眺める。頼まれた任務を遂行する事のみに集中させるのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは無表情ながら嫌悪感を出した表情で目の前の壁を見ていた。

 

 『食料庫』。そう呼ばれる場所がダンジョンには存在し、彼女達がいる場所も本来であらば食料庫に続く場所であった。しかし、その空間は謎の壁に遮られ内部へのモンスターの侵入を拒んでいる。

 

 ――その結果、ダンジョン内での食料を得られなくなったモンスター達による新たなる餌場を求め、それが大群となり冒険者依頼となった。

 

 何より目の前にある壁。明らかに異常であるのが血管のような物が鼓動を繰り返し明らかに質感も生々しい。本当の意味で肉の壁というべき外観に多少、感性に問題のあるアイズでもやや嫌悪感を抱くに十分であり。それ以外のメンバーも“できるなら近づきたくない”と言いたげな表情を浮かべている。

 

「ねえっ・・・・・・本当に、あれの中に行くのかな・・・・・・」

 

 真っ先に壁に切り込みをかけ内部に続く道を発見したパイだが、その後すぐに閉じられた穴をみて嫌そうな表情をアイズや【ヘルメス・ファミリア】の面々に見せている。

 

「気持ちは本当によくわかります・・・・・・ですが、この先に今回の異常事態の原因がある可能性が極めて高く・・・・・・進まなければならないかと・・・・・・」

 

 生理的に受け付け難い肉の壁に冷や汗を浮かべたアスフィが硬い表情のまま告げる。その言葉に全員が重々しい雰囲気を醸し出し、その後、全員の視線がルルネに注がれる。

 

「・・・・・・本当に申し訳ありません・・・・・・」

 

「まぁ、こんな事態になるとも思ってもいなかったみたいだしね! ルルネを責めるのもちょっと違うと思うかな! しかし、これ生き物なのかなぁ?」

 

 ダンジョン内で土下座して謝るルルネ。そんな空気を払拭しようと明るい声を出すパイだが、目の前の壁について素直な疑問を口に出す。

 

「今までこんなの見たことないけど・・・・・・ひょっとしたら・・・・・・ティオネ達の言ってた“花”の関係かもしれない」

 

「花? ああ、ルルネが【怒蛇】に深層のモンスターを睨みつけるような眼光で睨まれた時に、戦っていたモンスターですね?」

 

「つまり、これ生き物判定でいいってことかな? ねぇねぇ、なら試したいことあるんだけどやっていいかな?」

 

 パイの提案に軽く頷くアスフィ。パイは恐る恐るといった動作で近づき、腰の左にあるポーチから危険物を取り出す。

 

 取り出された危険物を肉の壁に近づけると・・・・・・壁の方が危険物から逃げるように歪に歪む。さらに近づけるとさらに奥の方に、奥の方にと移動してゆく。その様子を見ていた面々・・・・・・【ヘルメス・ファミリア】のメンバーは不思議そうに。アイズは妙に納得したように顎に手を添えて見守っている。

 

 そんな肉の壁も、もう限界だと言いたげに危険物という名の『こやし玉』からこれ以上は離れられないと悟ったのか。大きな穴を創りだす。その光景にパイを除く全員がドン引きしており、結果的に通路を作ったパイはドヤ顔を晒しながら戻ってくる。

 

「やっぱりアレは生き物みたいかな! 『こやし玉』からは逃げられないのかなー!」

 

「ええっ? こやし? ・・・・・・おかげで何も消費せずに進めるのはありがたいですが・・・・・・パイ、他にやり方はなかったのですか?」

 

「投げちゃうと炸裂するから、コレが一番いい方法だとおもうかな?」

 

「そうですね。炸裂は実にまずいですね・・・・・・では中に進みましょうか」

 

 今だ入口で精神衛生上悪そうな匂いを感じながら入りたくはない。アスフィはパイの理性に安心し緊張を解す為に息を吐く。やり方は実にアレだが最後の良心だと思えば納得も行く。

 

 危険物を元の位置に戻しながらついてくるパイ。しかしアスフィは知らなかった。この後その“危険物”が文字通り炸裂することになる事を・・・・・・。

 

 

――――――――――――――

 

 

 レフィーヤ・ウィリディスは精神的な面で疲れきっていた。

 

 場所はリヴェラと呼ばれる冒険者達で作られたダンジョン十八階層にある町である。ダンジョンと言う危険な場所にある為、物価が異常に高く、よほどの経済的に余裕があるか立ち寄らざるを得ない場合を除いては利用する冒険者ぐらいのものであろう。おまけに安全圏と呼ばれる十八階層でもモンスターが居ない訳では無く。たまに、襲撃を受けて壊滅するたびに作り直されている、実に雑草みたいな根性を有した町である。

 

 そんな街の中で溜息をつく。彼女、レフィーヤは自分自身が自信を持てない気質である事は自他共に認識されているレフィーヤだったが、それでも才能があったので『冒険者』としてもLv.3と、それなりに成長しているという自負は持っている。

 

 しかし、明らかに足りない物を追いかけているというのも事実であり、不安を感じる事も多々あるし、何よりも・・・・・・コミュニケーション能力に関しての自信などこの短期間の間で最早ポキポキと折れまくっていた。

 

 地上の建物に比べて大雑把な作りの建物が多く並ぶ場所の一角。そこには眼帯で悪人面の男がその顔に凶悪な笑みを乗せて居る所だ。その男の名はボールスと言う。このリヴェラの街の頭目であるLv.3の冒険者である。ちなみに彼としては普通に笑っているだけなのだが、レフィーヤとしても明らかに威嚇の類にしか受け取れずに、苦笑いを浮かべている。

 

「【剣姫】? 確か【剣姫】の情報だったよな? それだったら確か二十五階層に向かうとかで今から少し前ぐらいに個々から下層に向けて進んでいったぞ?」

 

 最近とある人物の要求に疲れきったボールスからの情報に、レフィーヤは素直に頭を下げて礼を言う。そのレフィーヤの態度にボールスは「やっぱり、このぐらい可愛げのある奴のほうがいいよなぁ」っと一人つぶやいている。その言葉を不思議そうに聞きながらも他の情報を集めているであろう二人のパーティーメンバーを探す。

 

 建物が密集している辺りから少し離れた場所には既に二人のメンバーの姿があり、その二人の明らかに険悪な雰囲気にレフィーヤは自らの気分が落ち込むのを感じた。

 

 理由は、現在の臨時パーティーの空気の悪さだ。【凶狼】べート・ローガと【白巫女】のフィルヴィス・シャリアのお互いの塩対応がレフィーヤの胃を痛ませていた。はっきりと言って相性最悪、このままではアイズの救援に着くまでにストレスで倒れかねない状態であった。

 

「はぁ・・・・・・こんな時“パイさん”ならどうするんでしょう・・・・・・」

 

 明るい笑顔の自称『ハンター』の『便利屋』の顔を思い出そうとする辺りが自信の無さを増長させているのだが彼女はそれに気づいていない。

 

「・・・・・・いま、パイと言ったか? もしかしてウィリディスはアイツと知り合いなのか?」

 

「おい、【白巫女】。今会話に出てきた『便利屋』とは関わらねぇほうがいいぞ、いろいろと、主に精神衛生上な意味でな」

 

「ベートさん! 流石にそれは失礼ですよ! そりゃあ・・・・・・この間の一件は災難だったと思いますけど・・・・・・」

 

「それは、噂の“【凶狼】が幼女の乗り物になった”っというやつか?」

 

 それは不幸な事件であった。詳しくは割愛するが、とある獣人の少女が探している『ハンター』の捜索に(無理やりと言う名の脅し)付き合わされたベートの姿が噂となっていたと言うものだ。

 

「あー・・・・・・それで合ってる。あのチビ、「探すの手伝ってくれなかったら【凶狼】はか弱い子供に吠える人だ」って街中に言いふらすとか言われてな・・・・・・流石に世間帯が悪すぎるだろ?」

 

「むしろ、その子供もかなりの度胸があるように思えるな」

 

「アハハ・・・・・・そうですね・・・・・・所で、フィルヴィスさんもパイさんをご存知なのですか?」

 

「・・・・・・ああ。二人共、もう知っている事だろうが、私の二つ名【白巫女】よりも有名な二つ名がある、【死妖精】などと言う名のほうが通りがいいほどだ。そんな訳で、基本ソロでの活動を主にしていたのだが、そんな時にアイツに出会ったんだ」

 

 街を出て、ボールスからのアイズの目撃情報を頼りにダンジョンを進む途中で出てきた“気になる”情報についてはヤブヘビになりそうなので二人共スルーしている、そんなちょっと可哀想なフィルヴィスの話を聞いていたベートとレフィーヤだがその内容はパイが関わっているとひと目で分かるものであった。

 

「初めて出会ったのはダンジョンの十九層だったか、『冒険者』を長くしている者であれば私の姿を見て近づかないのが普通だ。しかし、アイツは私に・・・・・・裏表のない笑顔のまま近づいてきた、警戒していた私になんて言ったと思う?」

 

「予想外な事ばかりする奴だからな、検討もつかないぜ」

 

「え~っと。わかりません・・・・・・」

 

「アイツの評価について気になってきたが・・・・・・まぁ。正解は「黒髪エルフさんなのかなー!」だ。流石に虚を突かれたような気分だったよ」

 

「「あ~、言いそう・・・・・・」」

 

 ベートとレフィーヤが同時につぶやきながら頷く。妙に奇っ怪な行動が多いが為に至って普通に近い会話を直ぐに連想できなくなっている辺り、この二人も『ハンター』に毒されている。

 

「話を続けよう。それで、話してみれば“私の噂”も知らないような奴だと分かってな。共に行動する理由も無いし、適当に別れようと思ったのだが」

 

「どうせ、あの『便利屋』の事だ、ちょかちょか着いてきたんじゃねぇか?」

 

「よくわかったな【凶狼】。その通りだ。とは言えど私も疎まれる時期が長かったからかな、少し事情の知らない他人との会話を喜んでしまったのだよ」

 

「それじゃあフィルヴィスさんとしてはいい話じゃないですか?」

 

 フィルヴィスの話に耳をピコピコと上下に動かしつつ尋ねるレフィーヤ。ベートも口には出さないものの表情を不思議そうにしている。

 

「まぁ、とは言えどだ・・・・・・【死妖精】なんて異名を持っている身だ。何が原因で他者に迷惑をかけるかわからん。話しながらその辺の事情を伝えたのだが・・・・・・なぁ」

 

「え~っと・・・・・・それで、パイさんはなんと?」

 

 その時の事を思い出したのか、理解しがたいモノを無理やりでも理解しようとするように、眉間に浮かんだ皺を指で解しているフィルヴィス。そんな彼女の表情に“どうせまた変な事を言ったんだろうな”っと思いながらも続きを促すレフィーヤに少し時間を開けてフィルヴィスは語る。

 

「うん・・・・・・アイツが言うにはな『大丈夫かな! 『死妖精』か『死神』かしらないけど、そういう時は自分と仲間がピンチの時に『俺は死神なんかじゃねぇぇぇ!』って叫びながら敵に突撃したらそんな噂もなくなるかな!』っと言われてな、今の当時もどう反応すればよかったのか・・・・・・」

 

「ピンチになってる時点でかなり詰んでいると思うのは俺だけか?」

 

「私もそう思います、ベートさん。しかも、行動が“突撃”一択というのも、悪意すら感じますね」

 

「やはり二人もそう思うか・・・・・・私も、初めは馬鹿にされているか、タチの悪い冗談かと思ったのだが・・・・・・あの笑顔で言われるとな」

 

「「「あれで、真面目に言ってるんだろうなぁ・・・・・・」」」

 

 疲れたようにため息を吐く三人、中々に奇行を繰り返すという共通の認識を持たれた『ハンター』の姿を思い出し、そのまま気分を変える為に会話を切り替えるフィルヴィス。

 

「しかし、そんなピンチになる可能性もある以上、互いに出来る事を確認しておくのもいいかもな・・・・・・【凶狼】の能力ついては聞くまでもないか、私は防壁系の魔法を使用可能だ。平行詠唱もできるので盾役としても使える」

 

「えっ!? フィルヴィスさん平行詠唱ができるんですか!? すごいです! 私も練習はしているんですけど感覚が掴めなくて・・・・・・」

 

平行詠唱とは詠唱を行いながら同時に行動を行う多重思考の技能である。魔術師であるならば必ず取得しておきたい技能であり、詠唱という集中している間の無防備な魔術師にとって、上を目指すには切っては切れない技でもある。

 

 フィルヴィスの様な前衛を担当する魔法剣士タイプなどにも平行詠唱を習得している者は多く、長文による詠唱を近接戦闘時などにも発動できる利点は大きい。

 

「慣れだと言いたいが、結局は思考を並列化する幅を狭めてやれば自然に出来るようになる。例えば、純粋な魔道士のタイプならいっそ回避と詠唱のみに徹すれば時期にできるようになるだろう・・・・・・もし、嫌でなければ暇な時に練習に付き合おうか?」

 

「いいんですか! 嬉しいです」

 

 満面の笑顔で感謝するレフィーヤに面食らった顔をするフィルヴィス。そんな彼女の表情に微かに皮肉げな笑みを浮かべたベートが若干茶化した様な口調で話しかける。

 

「はん、そいつは平行詠唱で苦戦してる程度だからな・・・・・・まっ、強くなるに越したことねぇからな」

 

 そのベートの言葉にレフィーヤとフィルヴィスは目を見開いてベートを眺める。なんとなく言いたい事がわかったベートは頬を掻きながら付け足すように言葉を続ける。

 

「・・・・・・っけ、バカ面晒してんじゃねーよ。“雑魚”が努力するって言うなら俺も何も言わねぇよ」

 

 共通の知り合いという話題に知らず知らずのうちに花が咲き。気がつく頃には当初のギスギスした雰囲気は霧散し、照れている仲間の姿に表情が緩むのを感じながらレフィーヤ達は更に行軍の速度を早め、アイズとの合流を急ぐのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 レヴァスは一時期正気を失っていた。

 

 血に汚れた拳と、原型をとどめていないが目の前のジャガイモみたいな顔面の男は多分オリヴァスだろう。

 

 状況から考えても、オリヴァスに暴行を行い、この様な様にしたのは明らかに自分である。ではなぜこのような状況になったのか・・・・・・少し、冷静になって思い返す。

 

 そして胸元の感覚、しいていうなら衣類のズレを感じた瞬間全てを思い出す。

 

 これは数分前のことだ、冒険者の到着と共に迎撃を開始しようとしたレヴァスはそこに求めていた人物が居ることを肌で感じていた。

 

 とはいえ計画は最終段階である。オリヴァスにこの場所の守護を任せ、レヴェスは一人侵入者のもとへ急ごうとするが・・・・・・そこに待ったをかけたのがオリヴァスであった。

 

「まて、どこに行くつもりだ?」

 

「一人、高Lv.の冒険者がいる。そいつは私の獲物だ」

 

 視線が交差したのは一瞬、ふんっーーっと鼻を鳴らして最初に視線を外したのはオリヴァスであった。

 

 そして、無警戒にアイズのもとへ行こうとするレヴァス・・・・・・そんな彼女をチラリと見たオリヴァスは考える。

 

 この状況、おそらくレヴァスが向かう先で高Lv.の冒険者との戦闘が起こるのは必然であろう。つまり、最悪レヴァスがこの後、斃される可能性もある訳である。

 

 このまま黙って見送ればいいのに、先日の局部の部位破壊の恐怖から、オリヴァスの脳内のネジは緩んでいた。正確に言えば良識的判断に対しての選択能力が著しく低下していた。

 

 結果。後ろから胸部を鷲掴みにきたオリヴァス・・・・・・を殺意に満ちた目で睨みつけるレヴァスという構図となった訳であり、殺意の波動に目覚めた様な視線を向けてくるレヴァスにオリヴァスが指を動かしながらも真面目な顔で弁明の言葉を紡ぐ。

 

「違う。待て、落ち着くんだ。ほら、それって強者と戦いに行く奴だろ? 所謂所の死亡フラグだろ? せめてお前の身に何か起こる前にその巨乳を一回でもいいから味わっておきたいと言うのは・・・・・・ほら、男として当然だろ!?」

 

 最後の最後で“はっちゃけた”オリヴァスの弁護になっていない自己弁護に・・・・・・レヴァスの堪忍袋がついに切れた・・・・・・。

 

 そして冒頭に戻る。これまでのストレスをすべて怒り変えて殴りつけた結果が目の前のジャガイモ男である。しかし、これに関してレヴァスを咎めることは出来まい。周りにいるオリヴァスの取り巻きのような連中も同情的な視線をレヴァスに送っている。

 

「すまん。行ってくる」

 

 どこか清々しさすら感じる笑顔で飛び出してゆく、レヴァスの姿を見送りボコボコにされた仲間を見る。しかし、誰ひとりとして介抱することなく時は流れ。 

 

 しばらくすると、その時は来た。この場所の入口に複数の影を見つけた一人が合図を出す。その合図に闇派閥として戦いの時が来たことを知る。

 

 自業自得な行いで戦闘前に気絶している一人を除いて、彼らの己の戦場へと進むのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 アスフィ・アル・アンドロメダを含む【ヘルメス・ファミリア】は窮地に立たされていた。

 

 肉の壁を抜け、慎重に奥地を目指して進んでいた一行だが突如として起こった落盤によってたまたま先を歩いていたアイズと分断してしまう。

 

 そして、それを見越したかのように出現した食人花の大群に襲撃を受けアイズとの合流を果たせぬまま先に進む事となる。

 

 肉壁に囲まれた空間で未知のモンスターに襲われる。その状況は精神を摩耗させるに十分であった。

 

「【剣姫】と分断されたのは痛いですね・・・・・・パイ、すいませんが期待させていただきますよ」

 

 アスフィの切迫した表情と共に言われた言葉に頷くパイ。パイ自身は現状の状況でもほとんど消耗する事なく食人花を単騎で屠っており、【ヘルメス・ファミリア】も陣形を乱すことなく戦えており、負傷者も出ていない。

 

「アスフィ。こんな状態だから信憑性は微妙だと思うんだけど、本来の地図と照らし合わせたらこの先が食料庫になるはずだよ」

 

 ルルネがそう告げ、手に持っている用紙をアスフィに提示する。その地図といままで通ってきた道を照らし合わせたアスフィは、ルルネの判断に間違いがないことを確認した後にメンバーに注意を促す。

 

 そして、たどり着いた食料庫にて異常な光景を見る事となる。

 

 天井はほかの道に比べるとやや高く、広い。奥に存在する食料庫と呼ばれる柱には本来ではありえない、鱗のようにも見える文様を持った蔦が巻きついており、その蔦が巻かれた食料庫の中央、遠目では確認が取れないが翡翠色の宝玉のような物が埋め込まれている。

 

 まるで、その宝玉と蔦が食料庫の栄養を吸い取っているのかのようだと、誰もがその異質さが目立つ空間に浮き足立つ。

 

「待っていたぞ冒険者・・・・・・」

 

 さらに、その場所に現れた灰色のローブを着込み、何かの動物の骨を仮面の代わりに被った者達。アスフィの中で【闇派閥】の名が思い出され。コレが想定を超えた状況である事に気づく。

 

 合図を出さずに散開する【闇派閥】と思わしき敵の動きに各自が対応し応戦してゆく。食人花も【闇派閥】から調律を受けているのか、アスフィ達の陣営のみに襲いかかってくる。

 

 どうにか最初の襲撃をいなして体制を立て直そうとしたその時、アスフィが前に出る。闇派閥の冒険者の一人を地面に叩きつけ、その身体を拘束させる為に腕をひねり相手の動きを止める。

 

 しかし、次の瞬間・・・・・・アスフィは長年の冒険者としての勘が警鐘を鳴らす。そして、目の前の男の目が嗤った・・・・・・ゾクリッとした背に感じた寒気を置き去りにする様に拘束を解くと同時に後ろに飛び引く・・・・・・すると、先程まで拘束していた男がその身を爆ぜさせる。

 

 自爆する事で相手を共に滅する、手段としては最悪の方法である。いわゆる死兵の命の尊厳を踏みにじる行為と、ソレを平然を行う異常な精神性に【ヘルメス・ファミリア】のメンバーは薄ら寒いものを感じ、緊張に体をこわばらせる。

 

「なんと・・・・・・っく・・・・・・自爆なんて!? こいつら・・・・・・みんな気をつけ・・・・・・パイ?」

 

 爆発しその命を自ら絶った。その光景にパイは肩を震わせていた。その感情は憐憫か・・・・・・答えは否。青筋を立てたパイが【闇派閥】の冒険者達を指差し怒鳴る。

 

「ぬがー、自爆するなんて何考えてるのかなー!! そんな馬鹿な奴らには私特製の【アレ】をぶつけるかな!!」

 

 死兵と化した敵に対して恐ることなく接近するパイ。そして、至近距離から投げつけられた『こやし玉』が前に出ていた【闇派閥】の一人に炸裂し強烈な香りと共に自爆を図ろうとした男が白目をむいて倒れる。

 

 静寂が場を包み込む。大した知能もなさそうな食人花すらも近づくのを躊躇っているように見える。アスフィは背後にいる仲間達に視線を向けると全員が突然のパイの行動に青ざめて後ずさっている。

 

 相手側の者達も震えを隠そうとせずに畏怖を込めた視線を目の前の『ハンター』に向けていた。人間と言うのは理解を超えた行動を行う者に対して恐怖を覚えるのは当然の事であり、この場合はひどい悪臭を巻き散らかしながら怒気を放つパイという存在がそれに当たるだろう。

 

 そもそも、なぜこんな物を投げつけてくるのか。【闇派閥】の男達にはそこからまず理解できず場はさらに混乱してゆく。

 

「お前たち。説教なのかな! そこに直るかな!!」

 

「えっ・・・・・・いや、俺達はお前らの敵であって・・・・・・」

 

「もう一発、逝っとくかな?」

 

「「「「喜んで、説教を受けさせていただきます!」」」」

 

 恐ろしい脅しであった。それ以降有無も言わさず正座してゆく敵兵に命の尊さを熱弁してゆくパイ。

 

「ーー所で、ソコで顔面が酷いことになっている人は助けなくて大丈夫なのかな?」

 

「ああ、あいつは自業自得だから放置しても大丈夫だ。むしろさらに暴行してもいいぐらいだと思う」

 

 レヴァスの逆鱗に触れ未だに絶賛気絶中のオリヴァスを見て心配するパイだがその仲間からの言葉は冷めており、辛辣であった。

 

「一体何したらそこまで言われるのかな?」

 

「女性の胸を背後から鷲掴みにしたうらや・・・・・・もとい、けしからん事をしたんだよ」

 

 男の発言に女性陣の視線がゴミを見るよりも冷たい物となっていく。そしてソコで男達は余計な事をつぶやいてしまう。

 

「でも、気持ちもわかるんだよな。すごい巨乳だったし・・・・・・おっかない女ではあったが・・・・・・それに比べて・・・・・・はぁ」

 

「おう? 言いたい事があるなら言うといいかな?」

 

 やや不機嫌そうなパイの言葉に、男達はさらに続けてゆく・・・・・・。

 

「ならば遠慮なく。あの青髪の人はきっと隠れ巨乳だとおもう、着やせするタイプだな」

 

「犬人の女の子も美乳そうだぜ?」

 

「あのものすごく魔法使い感がすごい子・・・・・・あれこそロリ貧乳!! 最高だぜ!」

 

 男どものテンションがあがり同時に女性陣のテンションが下がってゆく。何故か襲いかかる事もせずにゆらゆら揺れる食人花が居る空間は混沌の色を醸し出していた。

 

「じゃあ、私は?」

 

 気ままに女性陣の胸元の感想を暴露し出す男達。何だかんだで禁欲的な生活を送ってきた分、タガが外れると色々と欲情が出てくるようだ。

 

 そんな彼らの会話の中で己の事を言われなかった事に気づいたパイがおもむろに尋ねると・・・・・・男達は即座に返してくる。

 

「う○こ投げてくる人はちょっと・・・・・・」

 

「っていうか女として品が無いよなぁ?」

 

「貧乳通り越して絶壁だしな」

 

「ないわぁ・・・・・・」

 

「「「「っという訳で満場一致であなたは女として無いわぁ――って事で」」」」

 

「よーし、わかった。死にたいらしいかな・・・・・・ならば、死にたくても死ねない地獄を味あわせてやるかな!」

 

 ポーチから取り出した【アレ】を両手に持って男達に襲い掛かるパイ。確かに物理的に死ぬことは無いだろうが。精神的に深い傷を負う事となるブツを手にくるハンターに我先に逃げ出す【闇派閥】の男達。

 

 当然といえば当然の反応を見せたパイの行動にアスフィを含む数名の女性陣はうんうん――っと頷き、男性陣はやや同情的な視線で危険物を持ったパイから逃げる男達を見つめていた。

 

「むりぃ!? もう無理ぃ!?」

 

「ごめんよぉぉぉ! もう絶壁なんていわねぇぇよぉぉぉ・・・・・・」

 

「たすけてくれぇぇぇぇ・・・・・・汚れちまったよぉぉぉ」

 

「神さまぁぁぁぁぁ・・・・・・」

 

「まぁだまだ行くかなー!」

 

「「「「ふぇぇ・・・・・・たぁすけてくれぇぇぇぇぇ・・・・・・かぁぁちゃぁぁぁぁぁん」」」」

 

 哀れな程に情けない震え声を出しながら【アレ】をその身で受け続けている男達が悲鳴を上げ、パイがさらにテンションを上げて【アレ】を投下してゆく。先程まで大乱闘と言える状況で、現在は阿鼻叫喚と言う状況。同じ空間であるはずなのに全然違う状況へと変化してしまった。状況を少しでも理解しようとするが、うまくいかず・・・・・・アスフィは分断されこの場にいないアイズを羨ましく思う。

 

 しかし、そんな現実逃避もできないまま、なによりも悪臭が此方まで漂ってきており、知性のなさそうなモンスターである食人花でさえもやや迷惑そうにしている。モンスターでさえそう感じるのだ、此方も臭気に眉間の皺を深めているメンバーからの視線がアスフィに突き刺さる。その視線の伝えたい事・・・・・・「アレをどうにかしろよ」に対して「私はあの地獄絵図の中に入りたくありません!」っと視線で返すアスフィ。

 

 そして、最大の悲劇がアスフィ達を襲う事となる。ひたすらにこやしにまみれ、泣きながら世の中に絶望してゆく中、そんな【闇派閥】の男達も死兵として使われるハズの物の存在を思い出してゆく。そして、彼らは逃避として自決を選択することにした。それに気がついたパイとアスフィが同時に顔を青ざめさせる・・・・・・常時での爆発でさえ危険だが、今回はさらに【アレ】がたっぷりと着いているのだ。それが爆発し四散すると言う事がどういう事なのか、詳しく言わずとも分かることであった。

 

「やっ!? 止めるかな! そんな状態で爆発とかしたら悲惨なことになるかな!! やるならどこか遠くで・・・・・・うわぁぁぁ!?」

 

 先程、命の尊さを語ったとは思えない手の平を返して二次災害を回避しようとするパイ。しかし、そもそも彼らを追い詰めたのも四散させたら不味いものを付与したのもパイである。そして、安らかな笑顔で自らの生涯を絶った彼らの最後の抵抗は急いで物陰に隠れたパイを除いた【ヘルメス・ファミリア】に牙を剥くことになる。

 

「った、退避! 退避――!!」

 

「「「「「全力で後ろに向かって前進すんぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」

 

 アスフィの青ざめ余裕のない表情からの命令と共に悲鳴を上げて全力で逃げ出す【ヘルメス・ファミリア】の面々を宙に舞ったモザイク処理を行われたブツが降り注いでくる。 

 

「「「「「あの『便利屋』は何て事をしてくれたんだぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」

 

 見事に精神衛生上の意味で危機的状況を作り出したパイへ。【ヘルメス・ファミリア】の全員の悲痛な叫びが一致した瞬間であった。奇跡的に誰一人として被弾しなかったものの一歩間違えれば大惨事に発展しかねない。見苦しい風景へと変貌した食料庫の岩の隙間からひょっこりと顔を出すパイに、全員から批難の視線に少し脂汗を浮かばせながらもアスフィ達に頭を下げる。

 

「本当にごめんなさいなのかな・・・・・・すごく反省しているのかな・・・・・・」

 

 若干邪魔な近場の食人花(モザイク処理済)をザクザクと切り倒しながら合流したパイは、すごく居たたまれない様子で謝る。そんなしおらしい様子に溜飲を下げてその代わりに大きなため息を吐きながらも応戦していく一行。『ハンター』に関わった人間のため息を吐く回数が多くなるようだ・・・・・・と他人事のように思うアスフィ。

 

 そして、そんな雰囲気をぶち壊す出来事が起こる。突如として破壊音と共に何者かがこの空間に乱入してきたのだ。土煙が収まる頃には乱入者がその赤毛と日頃はきつめの目元を涙目にしながら・・・・・・奇跡的に【アレ】の爆雷を被弾せずにいたオリヴァスの襟を掴んで揺さぶり叫ぶ。

 

「おい、起きろオリヴァス!! アレはヤバイ! ってか臭い!? なんだこの異臭は!? 何がどうなっているんだ!?」

 

「なっ・・・・・・何してるのかな? レヴァス?」

 

 突如として乱入してきた知り合いの姿にパイは驚き呆然と尋ねることしかできないのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 若干時間は巻き戻る。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは落盤した箇所を見つめていた。

 

 結果としては戦力を分断させられた事になるが、聞き取りづらいが声は届くのでパイや【ヘルメス・ファミリア】にも被害がないことが救いであると思えた。

 

 結構な頻度で単独でダンジョンの中を捜索する事の多いアイズに取って単騎になる事に関しては不安要素はない。それに向こうにはパイがいるのでそうそう危機的状況には陥らないだろう。

 

 その考えは見事にパイ自身で“危機的状況”にしてしまうのだが・・・・・・アイズにはそのような事もわからず、取り敢えず立ち止まっていても仕方のないので、奥に向かって歩みを進める。

 

 少しばかり歩を進めてゆくとやや広い空間に行き着く。そしてアイズがその空間のちょうど中央に入った瞬間――微かな殺気を感じてその場を飛び退く。

 

 轟音と共に上がる土煙のむこう、土埃が舞い金色の髪を揺らす。アイズがは剣を抜き払い目を細めて観る視界の先で未だにぼんやりと映る人影に色が足されてゆく。

 

「ふむ・・・・・・やはり初撃で倒すのは欲張りすぎたようだな・・・・・・」

 

 最初に見えた色彩は鮮やかな赤。全体的に赤い服装に身を包んだ赤毛の女性。アイズの頭の中で目の前の風貌の冒険者を探すが覚えがない。少なくとも高Lv.である事は先ほどの奇襲の一撃で見て取れた。

 

 もぐりの冒険者の可能性も無いわけではないが、なんにせよ向こうが敵意を出している以上は応戦をしなければならない。

 

 風を切る音と共に急速な速度で間合いに詰め寄る赤毛の女、レヴァスの手甲越しの拳打を首だけの動きで紙一重で躱したアイズ。油断した訳ではなく即座に密着された状態に持ち込まれた事に内心は驚きながらも身体が冷静な判断を下す。

 

 密着された状態での剣での戦闘が悪手と即座に判断し剣を逆手に持ち替えて柄の部分でレヴァスの鳩尾へと突き込む。

 

 剣の柄から想定より重く、硬い感触が腕に伝わるが、そのまま距離を離すように力が入る最後の瞬間ステップを踏み込むことで距離を取る為に後方に下がる。

 

「・・・・・・誰ですか?」

 

「・・・・・・呑気に自己紹介をはじめると思うのか?」

 

 問いかけるアイズに対してレヴァスは憮然とした表情で答える。その短い会話の間にアイズも剣を回して構え直す。そして、互に姿が消えたかと思うほどの速度でぶつかり合う。上段から振るわれたアイズの刃がレヴァスの手甲に防がれ火花が散る。

 

 本来手数とその打撃力で圧倒するレヴァスの戦い方だが、アイズにとってはパイとの模擬戦で得た立ち回りとさらに磨かれた剣術によって攻撃をそらしてゆく。激突する度に巻き起こる金属音と散る火花が二人の実力が拮抗している事を物語っている。

 

 レヴァスも目の前の相手の技能面の高さに舌を巻く。以前に戦った金髪の小人族程ではないLv.の冒険者であれば確実に優位に立てると考えていた為この結果は予想外であった。

 

 だが、それでもまだお互いに本気を出していないであろう事も感づいている。目の前の剣士。アイズの斬撃には今だ余裕が見られ奥の手が隠されている事は明白であった。

 

「ならば、それも炙りだすか・・・・・・」

 

 レヴァスはコレまでに構築されているパターンを急に変え、アイズの首を刈るように蹴りを繰り出す。急な攻撃方法の変更にアイズの身体の反応が追いつかず。無意識にアイズは最善策を行う。

 

「テンペスト!」

 

 体を包むように発生した風に押される形でレヴァスの蹴りをギリギリで回避したアイズ。そしてその風を纏う姿を見たレヴァスも驚愕に開かれた目でアイズを見る。

 

「その風・・・・・・お前がアリアか!?」

 

 レヴェスは歓喜した、まさかの本命の人物の登場に、自然と頬がゆるむ。

 

 そして、『アリア』の名前に反応したのはアイズもであった。目の前の人物がなぜ母の名を知っているのか・・・・・・疑問は即座に思考に移りそして、ある憶測にたどり着く。

 

(ひょっとして、この人はお母さんの知り合い?)

 

 ありえない話ではないと妙に納得する。見た目二十代ぐらいの女性だが、アイズは知っている。少年のような容姿の四十代男性の存在を・・・・・・つまり目の前の女性が母と同じか、それ以上の年齢だとしても不思議はない。

 

 しかし、なんでこんなダンジョンの中に? 首を捻るが答えなど出る訳もなく、アイズは無難に挨拶から入ることとした。

 

「こんにちは・・・・・・こんばんは? とにかくはじめまして。アリアの娘のアイズ・ヴァレンシュタインです・・・・・・あの、母のお知り合いの方ですか?」

 

「・・・・・・っえ?」

 

 まさか、挨拶してくるとは思ってもみなかったレヴァスがキョトンとした表情を見せる。

 

 そんなレヴァスの表情にアイズも首をかしげる、挨拶に不備はなかったはずだと思うがなにか問題があったのだろうか・・・・・・っと

 

 頭上にクエスチョンマークをだしているアイズに毒気を抜かれたような顔をするレヴァス。

 

「お前・・・・・・アリアだろ?」

 

「ううん? 私はアイズだよ? 貴女は?」

 

「ん? んん? ああ、私はレヴァスだ・・・・・・って違う! おい、なんでそんなに和やかに話している、私達は今しがたまで戦っていたのだぞ!」

 

 レヴァスの言葉にアイズは――おおっ――っと声を上げる。確実に戦闘の事を忘れていたのだろう。レヴァスは目の前の少女の将来が不安になってくる感覚を覚えながら続ける。 

 

「ああ、もういい、いいか? お前が扱い、纏う風こそが貴様がアリアだという証明なのだ」

 

「そうなの? 子供の頃からなんかふわっと、使えたから、ゆるーく使ってたけど・・・・・・」

 

「おい、ふんわりしすぎだろ? そんな、いつの間にかできてたみたいな言い方・・・・・・」

 

「それに・・・・・・お母さんが風纏ってたような、そんな覚えも・・・・・・うーん」

 

「ええいっ! お前は『精霊』に関係のあるやつなんだ! もっと聞きたい事とか知りたい事とかないのか!? 母親の居場所とか・・・・・・「知ってるの?」・・・・・・えっ?」

 

「・・・・・・知ってるの? お母さんの居場所・・・・・・」

 

 レヴァスが“母親の居場所”と言った瞬間ーーアイズの纏う雰囲気が変わった。レヴァスは周りの空気の温度が下がったかのような錯覚を感じ目の前の少女を見つめる。

 

「えっ・・・・・・あの・・・・・・」

 

 怯えるように後ずさるレヴァス。アイズの瞳から光が失われ、笑みを浮かべる・・・・・・っそれは、ニコッでもなく。ニヤリでもなく。ましてはニッコリでもない。ではその笑みを表現する擬音としてどれが一番正しいのか・・・・・・

 

「じゃあ、力づくで教えてもらうね・・・・・・『テンペスト』」

 

 ーーニチャァ。っと嗤うアイズ。到底、女の子がしちゃいけない笑みを浮かべ、纏った風と共にレヴァスに襲い掛かる。

 

「おまっ・・・・・・話せば分か・・・・・・ひっ!? ひぃぃぃぃ!?」

 

 先ほどまで友好的とすら言えるアイズの突然の変貌に恐怖を覚えたのは仕方のないことであろう。

 

 レヴァスは恐怖した。暗黒面に堕ちた少女が超高速で飛びかかり剣を振るう光景を目の当たりにして逃げ出した。全速で逃亡を図るがそれに並行して追い掛けてくるアイズが視界にチラッっと映るのが地味に恐ろしい・・・・・・なにより、時折囁かれる声がレヴァスにとって何よりも怖いものであった。

 

「おしぇてぇ~~・・・・・・居場所ぉ・・・・・・おしぇてぇ~・・・・・・なんで逃げるのぉぉぉ・・・・・・ねぇ、おしぇてぇよぉぉぉぉ・・・・・・」

 

 一体いつからホラーになったのだろうか・・・・・・逃げても追いかけてくる剣鬼・・・・・・じゃなくて【剣姫】。アイズ・ヴェレンシュタインはその端正な顔立と美しい金色の髪を振り乱し近づいてくる。その表情には狂気を浮かばせており、誰もが一目見れば理解するだろう。アレはヤバイっと。

 

「った!? 助けてぇぇぇぇぇ!!? オリヴァァァァッス! パァァァイ!?」

 

 恥も外見もましてやキャラすらもかなぐり捨てて逃げだすレヴァス。最早強気キャラの面影もなく。その表情も八の字に歪んだ眉と涙目の女性でしかない。そして、壁をぶち抜きついでに食人花も惨殺し、全速で戻ってきた場所。ソコで未だに倒れている・・・・・・っというか倒した状態で寝転がっているオリヴァスを掴み首が折れるのではないだろうかと心配になる程の速度で揺さぶる。

 

「おい、起きろオリヴァス!! アレはヤバイ! ってか臭い!? なんだこの異臭は!? 何がどうなっているんだ!?」

 

「なっ・・・・・・何してるのかな? レヴァス?」

 

 壁をぶち壊して乱入してきた人物。レヴァスの登場に面食らうパイを見て、助かったと言いたげに表情を明るくさせてパイに縋り付くレヴァス。困惑するパイに向かって助けを求める。

 

「パイ! 助けてくれ、何かヤバイやつが精霊で追いかけられてホラーテイストなんだ!」

 

「ちょっと、落ち着くかな!? 何を言ってるのか本気でわからないのかな!?」

 

「・・・・・・おぉぉしぃぃえぇぇてぇぇぇぇ・・・・・・」

 

「ひぃ!? きたぁ!?」

 

 先程レヴァスが通ってきた穴からゆらり、ゆらりっと、ややおぼつかない足取りで歩いてくる少女。高速移動の時に髪が乱れ前髪で目元が隠れており、その幽鬼を連想させる姿にパイも怖気を感じていた。

 

「えっ・・・・・・えっと、アイズ?」

 

 やや、戸惑い気味に声を掛けるパイの声に反応したのかやや猫背気味のアイズは首だけを動かしてパイを見る。美人である素質を持つ少女が口元を狂気を含んだ笑みと血走った目でこちらを見てくる図はハッキリ言って不気味である。

 

「正気を失っている!? ダメかなアイズ!! このままじゃ(ヒロイン枠に)戻ってこれなくなるかな!」

 

「【剣姫】!? 一体どうしたというのですか!?」

 

「私にもわからんが母親の居場所が知りたくないのかって聞いたら・・・・・・」

 

 困惑するレヴァスの説明にパイはすぐに理解した。そしてそんなレヴァスに注意事項を伝える様に説明する。

 

「ああ、アイズにその系の話題はダメなのかな。あの子、今でこそ余裕あるけど前は結構思いつめてたから」

 

「あー・・・・・・それは悪い事をしたか・・・・・・ってどうしようか」

 

「大丈夫かな、レヴァス! 私に任せるかな!」

 

 パイの説明に困ったように反省するレヴァス。そんなレヴァスに胸を張って答え。アイズの前に出る。

 

「おしぇてぇぇ・・・・・・おかぁぁぁさぁぁぁん・・・・・・ぃばしょぉぉぉぉ・・・・・・」

 

「怖いかな、アイズっ!? ・・・・・・今から正気に戻してあげるかな!!」

 

「パイ! 先に【アレ】を使うなら一言くださいよ!」

 

「ちょっとアスフィ!? 流石に使わないかな!! さっきので懲りたかな!」

 

 信頼を大いに失ったパイだが彼女には秘策があった。徐に右腰にあるポーチから取り出した物・・・・・・それは未だに湯気を立てているじゃが丸君であった。

 

「ほーら、アイズー大好きなじゃが丸君かなー!」

 

「「まさかの餌付け!?」」

 

 予想外の行動にレヴァスとアスフィが同時にツッコム。しかし、アイズには効果があるのか鼻先をじゃが丸君に近づけ・・・・・・まるで匂いで危険であるか判断するように匂いを嗅ぐとじゃが丸君にかじりつく。

 

 二回、三回と咀嚼し飲み込むアイズ。その表情は先程までのおどろおどろしい物ではなくいつもの彼女の物であった。

 

「・・・・・・あれ? なんでパイがここに居るの?」

 

「・・・・・・えっと、アイズはさっきまでの事覚えてるかな?」

 

「・・・・・・?? うん? 所で・・・・・・すごい匂い・・・・・・」

 

 全く記憶にないアイズの奇行にあの姿を見ていた全員が背筋に冷たい物を感じていた。

 

「まっ・・・・・・まぁ。アイズも無事に元に戻ったし・・・・・・所でなんでレヴァスがここに居るの? キャンプ?」

 

「流石にここをキャンプ地にするには問題しかないと思うが・・・・・・」

 

 パイのセリフに対して呆れた表情で返すレヴァス。じゃが丸君を食べきったアイズが近づきパイに説明する。

 

「あのね・・・・・・さっきこのレヴァスって人に奇襲されたんだ。で、話してみたらお母さんの事知ってるみたいだから・・・・・・ちょっとオハナシヲ、シタイナッテ・・・・・・むぐっ?」

 

「はーい、アイズー。じゃが丸くん食べようねー。ふーむ、よくわからないけど。よし、こうなったら私がレヴァスのいい所を紹介しようじゃないかな!」

 

 正気を失い掛けるアイズの口にジャが丸くんを詰めるパイ。このままでは埒があかないと考えて結果、それならば認識を変えればいいっと早速行動に移す。

 

「は? おい、パイなぜそうなるんだ?」

 

「きっと人となりを知ってもらうのが一番なのかなー。じゃあいくかなー!!」

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 レフィーヤ達三人が二十五層のアイズ達と合流した時に目の前では信じられない光景があった。

 

 場所の一部が凄惨な事となっており、未だにほのかに香る異臭が鼻につく。周りにはゆらゆらと揺れる食人花が呑気に動いている。襲いかかる様子もないが一回腹を貫かれたこともあるレフィーヤにとってはあまり近づきたくない状況であった。

 

「だからぁ。レヴァスはちょっと眼光が鋭いけど、人を思いやる気持ちとかもあるのかな! 私が落ち込んでいたら不器用ながらも励まそうとする所とか可愛いと思うかな! おっぱいも大きいし、スタイルいいし、おっぱいも大きいしぃ! それに無能な同僚さんのせいで毎回苦労しているんだよ! しょんぼりしてる所とか棄てられた犬みたいな一面もギャップになって魅力的なのかな!」

 

「やっ! やめろぉぉぉ~~~パイ! 貴様、それ以上喋るなぁぁぁ!」

 

「まだまだ続くかなー! しかも出会ってそんなに経ってない私に今の二十四層は危険だから、十九層まで送っていこうか? って聞いてくれたのかな! 今時こんな気遣い出来る人がそうそう居るかな!? もうね! 可愛いかな! レヴァスはカワイイかなー!」

 

「ぐぐぐっ・・・・・・いっそ殺せぇぇぇぇ!」

 

 【万能者】率いる【ヘルメス・ファミリア】とアイズ・ヴァレンシュタインは微笑ましいものを見る表情で、『ハンター』の褒め殺しに対する羞恥心で床をゴロゴロと転がっている赤髪の女。

 

 はっきりと言って混沌であった。一体何をどうすればこうなるのか、おまけに転がっているレヴァスの少し離れた場所に倒れている人物など、顔の原型が分からないほど膨れ上がっている。

 

「え・・・・・・っと、あの、どういう状況ですか?」

 

 場の空気を読みつつも一番状況を理解してそうなアスフィに近づき尋ねるレフィーヤ。微笑みを瞬時に真顔に切り替えたアスフィに“今更”っと思いながらも話を聞いてみる。

 

「【千の妖精】ですか・・・・・・【凶狼】と【白巫女】? ああ【ロキ・ファミリア】の関係と言う事は【剣姫】の援軍ですか・・・・・・いえ、簡単に説明しますと、我々と協力していただいた【剣姫】と受けたクエストの途中で未知のモンスターと現在パイ・・・・・・『便利屋』に褒めちぎられている人物。レヴァスとその彼女がボコボコにしたであろう男性がいる現在のルームにて先程まで未知の花型のモンスターや【闇派閥】の生き残りと戦闘していましたが『便利屋』の活躍・・・・・・というか奇行にて撃破、その後乱入してきたレヴァスと暴走状態にあった【剣姫】に『便利屋』が前に出てきて餌付けをして・・・・・・今に至ります」

 

「・・・・・・はぁ・・・・・・?」

 

「なるほど・・・・・・さっぱりわからねぇ・・・・・・」

 

「ふむ・・・・・・あのボコボコにされている男・・・・・・どこかで見たような・・・・・・」

 

 【万能者】と呼ばれるアスフィ・アル・アンドロメダの説明でさえも理解できない状況。しかしどうせ『ハンター』の無駄に広い人脈を考えれば、意思の疎通が可能な個体であれば怪人だろうかモンスターだろうが“友達”になっていても不思議がないと思ってしまう。“常識が毒された人間”しかいない現状ではこれ以上の検索は難しいというものであろう。

 

 なにより、現在も続いている“褒め殺し”に遂に地面に顔をつけた状態で悶絶している赤髪の女、話通りだと彼女がレヴァスらしいが、先程合流したレフィーヤ達からすれば、恥ずかしがり屋な女性に無自覚な羞恥プレイを行っている構図にしか見えない。

 

「なにより、この子基本的に魔石しか食べてないんだよ! 年頃の娘がポリポリッ、ポリポリって! ありえないかな、余りにも不憫だったから持ち込んだ料理を一緒に食べたら表情こそ変わらなかったけど、明らかに魔石を口に入れるスピードよりも早かったし、料理が無くなったら見るからに残念そうにしてたかな! そんな人間味あふれるレヴァスを倒すというのかな! どうなのかなアイズ!」

 

「えっ!? いや、私はただお母さんの知り合いなんだなーって思っただけで倒そうなんて・・・・・・」

 

「おい、『便利屋』! お前どっちの味方なんだよ!」

 

 なぜか味方に説教しだし、それにオロオロとしだすアイズについに見かねたのか、会話に無理やり入り込んでツッコミを入れるベート。そんな彼らに気づいたパイが三人を見て驚く。

 

「あれ!? レフィーヤにベートさんに、フィルヴィスまで居るのかな!? どうしたの? ピクニック?」

 

「んな訳ねぇだろ!? ピクニックならもっと明るい場所でするわ! 大体、なんでテメェがいるんだよ!」

 

「簡単に言うと、偶然に合言葉を言っちゃって今に至るかな!」

 

「どういう事ですか!?」

 

 誰に話を聞いても要領を得ないと言う不思議な状況にベートとレフィーヤの理解力がどんどんと削れてゆく。そんな中、少し遠慮しがちに手を挙げたフィルヴィスが、まとめてみたのだが――と前を気を置いて言う。

 

「何らかの秘密裏のクエストを受けた【ヘルメス・ファミリア】が、自分の所の戦力だけでは目的を達成できない為に増援を呼ぶことにしたが、本来の増援の【剣姫】ではなく、たまたま『合言葉』と同じ条件を満たしたパイが来た・・・・・・後に本来の増援である【剣姫】が来たが能力的に高いパイも連れて行く事になった・・・・・・そして、何らかのアクシデントによって分断した【剣姫】と別れ、パイと【ヘルメス・ファミリア】がこの場で【闇派閥】と戦闘。【剣姫】はそこの赤髪の女、レヴァスとの戦闘時に何かしらの出来事によって暴走状態になり、何の縁かその『レヴァス』と『パイ』が知人であった為、現在はパイが戦闘をやめるように説得している・・・・・・その結果が、このような状態になっている・・・・・・っということか?」

 

「お前・・・・・・よくあの情報だけでわかったな、すげぇな」

 

「すごいです! フィルヴィスさん!」

 

 フィルヴィスの解説にようやく理解できたべートとレフィーヤ。二人に褒められやや頬を赤くするフィルヴィス。

 

「とにかく、レヴァスは赤髪クール系ナイスボディ美女だということは理解してくれたかな!」

 

「うん。理解した・・・・・・ごめん、ちょっと思い出したけどさっきはちょこっと“正気”じゃなかった」

 

「「ちょこっと?」」

 

 アイズの言葉をそのまま返して首をひねるパイとアスフィ。明らかに異常な状態だった様に見えたが、案外彼女の業は深いのかもしれないと考えてしまう。

 

「む~・・・・・・んっ? ここは・・・・・・そういえばレヴァスの奴にボコボコにされて・・・・・・んんっ? なんだこの空間、臭うぞ! なっ!? しかも冒険者だと!?」

 

 そこで、漸く起き上がったオリヴァスが周りを見渡すと、いつの間にか部下たちの姿はなく、何故か地面に額をこすりつけて尻を上げている状態のレヴァスと大量の冒険者。なにより全体的に悪臭漂う空間にいる自分。目まぐりしく思考を重ねてゆくがそれでも混乱してしまうオリヴァス。

 

「やっと起きたのか、オリヴァス! この役たたず!! あれほど怖い目に遭っている時に目を覚まさずに今頃起きるなんて!」

 

 顔だけを上げて八つ当たりもいい所なレヴァスの暴言に苦い顔をするオリヴァス。しかし、膨れ上がった顔では妙に形状が変わった程度の変化しかない。そんなレヴァスとオリヴァスとは違う方向から二重の意味で驚きの声が割り込まれる。

 

「オリヴァス!? もしかして、そこのジャガイモ顔の男・・・・・・オリヴァス・アクトなのか!?」

 

 声を上げたのはフィルヴィスであった。彼女は目の前の男に心当たりがあったもののはっきりと行って、人相云々以前の問題であるほどに変形したオリヴァスが、記憶の中にある人物と一致しなかったのである。そしてなにより・・・・・・

 

「【白巫女】? 今あのジャガイモをオリヴァス・アクトと言いましたか? あの二十七回層の悪夢を引き起こした【白髪鬼】の・・・・・・ですが、彼は二十七階層の悪夢の時に亡くなったはずですが」

 

「いや、確かに原型をとどめていないが確かにオリヴァス・・・・・・だよな? うん、あの若干モジャっとした白髪・・・・・・多分そうだ」

 

 後になるほど自信なさげになっていくフィルヴィスだが、見た目ではわからない程に変形したオリヴァスもまたフィルヴィスを見て思い出したかのように言う。

 

「んっ? そこの・・・・・・・どこかで・・・・・・ああっ!? 思い出したぞ・・・・・・あの二十七階層での数少ない生き残りの・・・・・・えっと、確か白巫女と書いて『みこみこなーす』だったか?」

 

「【白巫女《マイナデス》】だ!! どこをどうすればそうなるのだ! ええい! 数多くの冒険者と【アストレア・ファミリア】を壊滅させた首謀者がこれほどアホでは、あの時亡くなった者たちが浮かばれないではないか!」

 

「うわぁ・・・・・・フィルヴィスが本気で泣いてるのかな・・・・・・所でアスフィ? さっき言ってた『二十七階層の悪夢』ってなんなのかな?」

 

 地面に膝をついて慟哭するフィルヴィス。そんな彼女から視線を外したパイは、アスフィに向かって『二十七階層の悪夢』について尋ねる。

 

「パイは知らなかったのですね。『二十七階層の悪夢』とは嘗て存在した【闇派閥】と呼ばれる反乱分子と呼べる組織とフレイヤ。ロキ。アストレア等の【ファミリア】・・・・・・連合と言いましょう。と抗争を繰り広げられていた時期がありました。そして、徐々に連合側の優勢に傾いていたあるとき、二十七階層で【闇派閥】による怪物進呈を使った自滅覚悟の猛攻を受け、事実上の【アストレア・ファミリア】の壊滅と多くの冒険者の命が散りました。その首謀者が目の前の芋顔になっている【白髪鬼】。オリヴァス・アクトなのです」

 

「なるほど、わかりやすい説明ありがとうなのかな・・・・・・それにしても。なんかあのオリヴァスって人の声・・・・・・どこかで聞いたような気がするのかな・・・・・・」

 

「ん・・・・・・なんだきさ・・・・・・っま・・・・・・ひぃ!? あっ、あの時の部位破・・・・・・可愛らしいお嬢さん・・・・・・」

 

 パイの姿を視認した瞬間、顔を青ざめさせるオリヴァス、今だにパイから受けた暴行を覚えており、数日感の短い間に何度も夢見たほどのトラウマを植えつけられた思い出が蘇ったのだろう。本音を無理やり押さえ込んで言い直すが、それはあまりにも遅かった。

 

「あの時? 部位・・・・・・あっ――!! リヴェラの街で部位破壊し損ねた奴かな!! ここであったが百年目かな! 今度こそ部位破壊コースなのかな――!!」

 

「ひぃ!? くそっ、食人花・・・・・・あのチビ・・・・・・否、小柄でキュートな娘をねらえ!!」

 

 オリヴァスがそう叫んだ瞬間。周りで観葉植物となっていた食人花が一瞬思考をした様に動きを止め【ヘルメス・ファミリア】の・・・・・・小人族である、“小柄でキュート”に分類されるメリルと呼ばれる、貧乳系魔女っ子へと襲い掛かる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! どうしてこっちに来るのー!」

 

「メリル!? 結局、戦闘になるんですね・・・・・・陣形を展開、各個撃破します!」

 

「あの『便利屋』の奴・・・・・・一体なにしでかしたんだぁ? おい、【万能者】。勝手に加勢すんぞ」

 

 即座に戦闘状態へと切り替えたアスフィ達がお互いにカバーしあえる用に密集し、その持ち前の連携を持って確実に食人花を撃退してゆくと同時に、ベートとアイズも離れた位置から攻撃に加わる食人花を迎撃してゆく。

 

「違う! 食人花、そっちの娘ではない! こっちのこやしの香り漂うチビをぉぉぉぉぉのぉぉぉ!? また部位破壊攻撃されちゃうのぉぉぉぉ!!」

 

「オラオラオラ―――! 今度こそ部位破壊なのかな――! ついでに『ペイントボール』もぶつけておくかなー!!」

 

「アッ――――!! すごく異臭がするぅ――――助けてぇぇぇ! レヴァスぅぅぅ!」

 

 言葉通り・・・・・・に動いた食人花だったが、オリヴァスからの意図は汲み取られず、【ヘルメス・ファミリア】へと殺到する食人花。そして、その守りが薄くなったオリヴァスへと勢いよく突っ込んできたパイが、いつぞかの光景と全く同じ様にオリヴァスの下腹部へ早くて重たい拳打を打ち込んでゆく。

 

 その非情な光景と容赦ない急所攻撃にベートを含めた男性陣の表情が引きつる。確実に何をとは言わないが・・・・・・潰すつもりの行動を躊躇なく行った『ハンター』に対して畏怖の感情を覚えるに十分であり、この人物を怒らせてはいけないという認識はこの時の男性陣の共通の認識となった。

 

 そんな中、羞恥プレイで耳まで赤く染めて地面に突っ伏していたレヴァスは全身をプルプルと震わせた後、オリヴァスの悲鳴とも取れる救援要請に勢いよく立ち上がると無言のままオリヴァスとパイの所まで大股で進んでゆきオリヴァスを蹴り飛ばす。

 

 汚い悲鳴を上げて壁際までブッ飛んでゆくオリヴァス。突然の介入に動きを止めたパイを無視してレヴァスは股間を両手で抑えたまま痙攣しているオリヴァスへと近づき、その胸に拳を突き立てその中にある極彩色の魔石を抜き出す。

 

「うぐぐ・・・・・・いったい何をするのだ、レヴァスよ・・・・・・ぱぅわぁげいざー!?」

 

 蹴り飛ばされた後に胸から発する突然の痛みに叫んだオリヴァスの身体が跳ね、ビクンッ――ビクンッ――っと痙攣する、誰が見ても特にもならなさそうな光景だがオリヴァスの胸から魔石が抜かれた瞬間その身体が灰になる。

 

「「「「!?」」」」

 

 突然の裏切りと、人間が灰になるという異常な光景に一瞬だが、全員の動きが止まる。そしてそれを行ったレヴァスはオリヴァスから抜き取った魔石を口に放り込む。涙目のレヴァスが行ったそれは、客観的に見てやけ食いを行っている様にしか見えず。レヴァスは口元をもぐもぐとさせながらもアイズを指差し口の中の物を飲み込むと同時に叫ぶ

 

「もういい!! 今回はこのぐらいにしてやる!」

 

 まるで負け惜しみの様に叫ぶレヴァスの姿に全員が涙目で羞恥に濡れた表情を浮かべるレヴァスに生暖かい視線を向ける。

 

 その視線にさらに憤慨し、地団駄を踏んで悔しがるレヴァスは怒りのままやや短絡的な思考に身を任せて今回の目的であった“宝玉”を食人花に寄生させ逃亡を図るがその前にアイズが声をかけた。

 

「あのー・・・・・・お母さんの話は?」

 

「今更!? なら五十九階層に向かえ!! そこなら知りたい事がわかるはずだ!! うわぁぁぁん! 覚えてろよぉぉぉ!!」

 

 泣きながら、逃げるレヴァスとその姿に「ね? レヴァスはカワイイでしょー」っと呑気に語るパイ。 

 

「なるほど、五十九階層・・・・・・うん、レヴァスさんはカワイイ」

 

「所で、あのモンスターは放置しててもいいのですか?」

 

 目の前でドンドン異質に変化してゆく食人花にアスフィが冷静に訪ね。それを見たアイズ、パイ、べートが淡々とした感じで討伐に向かう。

 

 その様子を眺めながらレフィーヤがつぶやく。

 

「なんだか、今回は私達の増援って要りませんでしたよね」

 

「言うな、ウィリディス。私も同じ事を思っていた・・・・・・」

 

 はぁ・・・・・・っと、二人のエルフはため息を吐く。

 

「よし、討伐完了なのかなー・・・・・・げっ。柱が壊れて天井が崩れてくるのかなぁぁぁ!?」

 

「ああもう!? 今回はグダグダすぎです!! 急いでここから離脱しますよ!」

 

「急いでぇ逃げるかなぁぁぁ!」

 

 討伐した食人花の変異種が巻きついていた食料庫を支える柱が崩れ、天井が崩落してゆく。そんな場所から急いで撤退を成功させ。死者を出さずに無事に地上へと帰還し・・・・・・。

 

 その後、地上に戻ったパイはアスフィから手厳しい説教を受ける事となり、それを遠目に眺める面々の前で猛烈に反省したパイの見事な土下座を披露する事となったのだった・・・・・・。



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『因縁の相手との戦闘はタイマンが基本なのかな?』

主人公不在です。


 ヴェルフ・クロッゾは高揚していた。

 

 バベルの入口の中央広場。石畳の整頓された場所では多くの冒険者達の待ち合わせの場所になっている。そんな中で、本日は常時とは違う顔を見せていた。

 

 【ロキ・ファミリア】の遠征当日である今日は、武器の調整の為に数名の【ヘファイストス・ファミリア】の団員達も共に潜ることになっている。予定探索範囲は五十九階層。

 

 これが、達成されたとなれば【ロキ・ファミリア】の名も大きな意味で轟くことになるだろう。

 

 とは言え、ヴェルフが高揚している理由はそれではなく。専属契約を結んだベルと、当時は使い手も知らなかったが同じく自分の作った武器を使ってくれている少女、リリルカ・アーデの三人で望む初めてのパーティーでの戦闘から数週間、今までは安全圏でのお互いの連携の調整も済んだのでヴェルフが常常行きたいとおもっていた、十一階層へと向かうこととなった。

 

 そんな三人の目の前では他の【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の何人かが遠征に同行する為の最終準備に追われているのが見える。そんな中でヴェルフは知り合いのハーフドワーフの女性を見つけ、向こうもこちらの存在に気づくがお互いに軽く手を挙げて挨拶を済ませる。

 

 あの様子では、遠征を開始するまで暫くかかりそうだ。大人数での移動になるので移動し始めるとダンジョン内は手狭に感じてしまう。ヴェルフはベルとリリルカに早くダンジョンに入ろうと告げた。

 

「しかし、トビ子の縁ってのはすごいな。リリ助もベルも・・・・・・そして、俺も全然違う【ファミリア】なのにこうして一緒にパーティー組んで・・・・・・不思議だよなぁ」

 

「ヴェルフ様の言いたい事はよくわかります。リリもパイさんに出会ってヴェルフ様に作ってもらったこのハンマーがなければ、今だにサポーターのままだったと思いますし」

 

「流石に、トビ子にこれを作ってくれって言われた時は少し面食らったぞ?」

 

「そりゃそうだよね。リリのそのハンマーには僕も初め見た時は驚いたし」

 

 薄明かりが照らす岩をくり抜いたような洞窟内を会話をしながらも、出現するモンスターを確実に屠ってゆく三人。予定する狩場である十一階層はそれなりに遠いが、ヴェルフの経験値稼ぎの為にその階層を選んでいたので思っているよりも進むスピード自体は早い。

 

「そういえば、ベル様の武器は新調なされたのですか?」

 

「うん、ヴェルフに前の武器を強化して貰ったんだ・・・・・・名前は、聞かないで」

 

 リリルカがベルの小手に装着された武器が以前の物とは違うのに気づき訪ねるが、尋ねられたベルは実に渋い表情で言葉を返す。

 

「おい、俺のネーミングセンスに文句があるなら聞くぞ?」

 

 温厚かつ快活な性格のヴェルフがニヤリと笑いながら聞いてくるが、それにベルは苦笑いを浮かべるのみである。

 

「ちなみにヴェルフ様。名前は?」

 

「刀が【影刀(エイスケ)】。鎧が【兎鎧(ピョンキチ)】だ、いい名前だろ?」

 

「・・・・・・ベル様、お気持ち、お察しします」

 

「おい、言いたい事があるなら聞こうじゃないか・・・・・・ええ!?」

 

 実にユーモア溢れるネーミングセンスに自然にリリルカの口から毒が漏れる。そんな扱いにさすがにヴェルフもやや声を荒げ。

 

 そんな会話を挟みながらも、変わりゆく風景を流しながら進み・・・・・・九階層まで辿り着く。そして、今までは違和感程度の物が予感へと変わる。その前兆はダンジョンと言う閉鎖空間の中で確実に三人の中に小さく引っかかていたはずだった。

 

「なぁ。おかしくないか?」

 

 最初に声を出したのはヴェルフ。そして、その言葉に反応して三人の歩が止まる。

 

「ええ、最初は気にしませんでしたが・・・・・・変ですね」

 

 次いでリリルカが、ハンマーを手に持ち周りを見渡しながら答え――

 

「モンスターが、敵が少なすぎるよね」

 

 ――ベルがつぶやくと同時に――唐突にベルは急激な悪寒を感じる。今だ闇が支配するダンジョンの奥。そこに・・・・・・アイツが居る。

 

 常人では測れない第六感に近い何かが、ベルに語りかける。その声は危険を促す物であり、危険を孕んだ警鐘がうるさいぐらいに脳内に響く。

 

 しかし、それと同じぐらいにベルの中で膨れ上がった恐怖が足をすくませる、鳥肌が立ち震えが止まることなく歯があたるカチカチという音がダンジョンに響く。

 

「ベル様?」

 

「どうした・・・・・・ベル?」

 

 明らかに尋常ではないベルの様子にリリルカとヴェルフが声を掛けようとした瞬間そいつは現れた。

 

 ダンジョンという暗闇の先、その闇は深く、冒険者を誘いその身を喰らおうとする。“何時もならば”感じない恐怖に対する“答え”が姿を現す。

 

 それは“人型”であった。しかし、人ではない。強靭な四肢を力強く、そして悠然と進む姿はこの場所にありえない強者の行進を五感で知らせるに相応しい。“片方の角が砕けている”が、それが歴戦の勇士を思わせる貫禄を付与させる結果となっている――

 

 ――ミノタウロスが悠然とその足を動かし此方へと向かってくる。その手には、本来であるならば持ち得ない『大剣』を携えている。

 

 ベル達を認識すると、ミノタウロスは大きく息を吸い込み。そして――

 

「ヴモォォォォォォォォォォォォォォォ――――!!!!」

 

 その存在を証明するかの如く吠えたのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルは震えていた。

 

 すぐ後ろにいるはずのヴェルフとリリルカの声が嫌に遠くから聞こえる気がする、瞳の焦点が合わず目の前の存在が時折ぼやける。目の前にいるのは宿敵・・・・・・というか最早天敵を超えて恐怖の対象である牛の頭を持つマッスルガイ。ミノタウロスであった。

 

 冷や汗が額を伝い顎から地面に落ちた瞬間、決して耳に届かないはずであろう水音が確かに聞こえた気がした。

 

 そして、少年。ベル・クラネルの心は限界を迎え――

 

 「うっしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!? こっ・・・・・・怖いぃぃぃぃいぃぃ!!」

 

 精神的限界を超えたベルは瞬時に踵を返し、ヴェルフとりリルカのそれぞれ首根っこを掴むと全力で来た道を駆け出した・・・・・・つまり逃走したのだ。

 

 それを一瞬だけポカンッとした表情で見たミノタウロスだったが、獣としての本能でベルを追いかける。さらに言うならば常時ならばミノタウロスすらも追いつけない速度で走れるステイタスを持つベルであったが。【牛恐怖症】の効果でステイタス減少していた為にミノタウロスを撒けず距離は話せず速度も拮抗するのみ。

 

「あー、これはあれですね。以前にパイさんが言ってた修行がベル様のトラウマになってしまったんですね」

 

 どこか手馴れた感じすら漂わせながらリリルカがぼそりと呟く。首根っこ掴まれた状態でつぶやくというシュールな状況である。そして、それを聞いたヴェルフも首根っこ掴まれた状態のままりリルカに訪ねた。

 

「修行だぁ・・・・・・リリ助なんか知ってるのか?」

 

「えっと、確かミノタウロス二十体同時に戦わせて、精神力が尽きたらマジックポーションを、体力が減ったらポーションを飲ませて戦闘、気絶してもすぐ起こされる・・・・・・今思えばこれは修行ではなく拷問ですね」

 

「ああ、そりゃあベルの対応にも納得だわ」

 

 呑気に体を浮かせながら運ばれつつも器用に会話するヴェルフとリリルカだが、人間の体力など無尽蔵にある訳もない上に不注意からベルは足をつまづき転んでしまう。そして臀部を強打し悶える。急に宙に投げ出されたリリルカとヴェルフもそれぞれ、腰と顔面を壁に激突さた。ダンジョン内で騒音を起こしながらずっこける三人は、それぞれの痛む患部を抑えながら悶絶している。そんなベル達を追いかけてきたミノタウロスもやや疲れたのか胸に手を当てて呼吸を整えている。妙に人間臭い仕草のする牛である。

 

「ぶもぅー・・・・・・ぶもーぅ・・・・・・」

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

「「・・・・・・フゥ」」

 

 仲良く同じタイミングで息を落ち着けたベルとミノタウロスだがベルは尻餅を付いた状態であった。此処ではない別の場所で起こり得たかもしれないビジュアルである。

 

「ベル様・・・・・・どうやら逃げられそうもなさそうですね・・・・・・腰が痛いです」

 

「怖いのはよくわかるが、覚悟決めろ・・・・・・鼻いてぇ・・・・・・」

 

「ちっくしょぉぉぉぉぉ!! やってやるぅぅぅ・・・・・・うぅ・・・・・・尻痛い」

 

 情けない事この上ない戦闘開始となったが、三人は各々の武器を構え眼前のミノタウロスへと視線を向ける。ちなみに立ち上がったベルだけが若干内股気味である。

 

 そして・・・・・・戦闘開始から数分後、地に伏すヴェルフとリリルカの姿がダンジョンにあった。

 

「ごめんなさいベル様。どうやらリリはここまでのようです・・・・・・バタリっ」

 

「悪い、あとは任せたぜ・・・・・・ベル・・・・・・ガクッ」

 

 開始早々のミノタウロスのタックルによる突進をまともに受けたヴェルフとリリルカは絶望の表情でこちらを見ているベルにお互いに一言だけ告げると気を失う。

 

 冗談のような、いっそ劇的なまでに危機的状況に追い込まれるベル・クラネル。むしろ、ミノタウロスの一撃を受けて気絶程度で済んでいること自体奇跡的なのだが、今のベルにとっては泣き言をいいたい気分を増長させる材料にしかならなかった。

 

「ヴモーーー!!」

 

「そんなぁ!? 二人ともやられるの早すぎぃ!?」

 

 お陰で、二人を見捨てて逃げる選択すらできなくなってしまった半泣き状態のベル。薄暗いダンジョンにミノタウロスの咆哮が響き、その音が反響するたびにベルの心の恐怖心がその身を竦ませる。

 

 馬鹿みたいな“修行”という名の苦行のせいでかなりの不利な状態で戦うこととなった、正しく理不尽に起こった少年の“冒険”が始まった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ヘスティアはたった一人の眷属のステイタスを写した紙を冷や汗を流しながら見つめていた。

 

 

ベル・クラネル

 

Lv1

 

 

力  :SS 1011

 

耐久 :SS 1093

 

器用 :S  971

 

敏捷 :S  989

 

魔力 :S  994

 

 

《魔法》

 

【ファイアボルト】

 

 ・速攻魔法

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

【憧憬一途《リアリス・フレーゼ》】

 

 ・早熟する。

 

 ・懸想が続く限り効果持続。

 

 ・懸想の丈による効果向上。

 

 

【牛恐怖症《オックス・フォービア》】

 

 ・牛を見ると震えが止まらなくなる。

 

 ・牛と戦闘時ステイタスが超低下。

 

 ・恐怖を克服した時このスキルは消滅する。

 

 ・スキル消滅時このスキルは変質する。

 

 

「何だこりゃ・・・・・・S以上ってあるんだ・・・・・・」

 

 今朝、嫌な予感を感じて日頃はしない朝からのステイタス更新を行った。理由の一つとしては弟子の育成という名の鬼畜な所業を繰り返す、パイの拷問を乗り越えたベルが、少しでも楽をできるようにと親心を出した結果なのだが

 

 考えている時間の間に冷めてしまった紅茶に口を付けながらヘスティアは考える。

 

 ヘスティアとて眷属の事となるとかなりの行動力を見せる神物である。知神の所を周りステイタスなどの事を聞きまわり少しでもベルの助けになろうと行動していた。故に神友のタケミカヅチの所で聞いたステイタス隠蔽などはベルが帰ってきたらすぐにしなければならないと思えた。

 

 理由は本来最大でもSまでしか上がらない【アビリティ】の・・・・・・いうなれば限界突破とも言える未経験のSS。それが明るみに出ればと考えれば頭が痛くなる。

 

 もしかしたら知識としては皆が知っていて、語られないだけで他の神々の眷属達もそのランクまで成長している子もいるのかも知れない。

 

 しかし、それを聞く勇気も度胸もないヘスティアにとっては悶々としたものを頭に抱える結果にしかならない。

 

「はぁ・・・・・・考えても仕方ない、ちょっと外に出るかな」

 

 考えても答えが出ないと割り切って外へ出ようとした時、積み重ねられた食器の場所から何か小さな異音が聞こえ、ヘスティアが確認すると・・・・・・ベルのお気に入りのカップにヒビが入っていた。

 

「・・・・・・不吉な」

 

 散歩ついでに代わりのカップを買いに行こうと思いながら教会の外に出ると、目の前を三匹の黒猫が歩いて行った。

 

「・・・・・・なんて、不吉な!」

 

 黒猫が通り過ぎたあと、影が差し上を見上げると、ソコにはカラスの大群が飛んでいた。

 

「・・・・・・もしかしたら、今日がボクかベル君の命日になるかも・・・・・・」

 

 不吉な感じのオンパレードにヘスティアは乾いた笑みを浮かべるしかできないのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルは苦戦を強いられていた。

 

 戦闘が開始されてからしばしのの時間が流れていた。幸いダンジョンの中にある広場まで逃げれた上に倒れているヴェルフとリリルカ達からは十分に距離が取れており、自分が逃げ出した、運悪くモンスターが湧いたりしない限りは安全であるだろう。なにより、ベルの俊敏さを生かした戦闘を行うのに十分な場所であったことが幸いであった。巧みに抜刀と納刀を繰り返しながらも攻撃を当てていくが致命的な要因に思わず眉間にしわを寄せる。

 

 振るわれる斬撃、放たれる蹴りや拳の一撃、ダメージが通らないという事は無いが、余りにも微弱であった。

 

 ベルの中で確信に変わり始めていた恐ろしい想像が頭によぎった。“強化種”と呼ばれるモンスターのなかで時折見られる変異種の存在の事を思い出す。同じ個体に比べるとその危険度は大きく跳ね上がる。階層ごとに狩場としての適性Lv.と言うのを『ギルド』が提示しており。アドバイザー達も『冒険者』達のLvや経験などを加味した上での安全圏を推奨している。

 

 嘗ての【ステイタス】が未熟であったベルでも、ミノタウロスに傷を付ける事はできた。あれから“成長”した【ステイタス】に振り回されないように剣術や体術の訓練も欠かさずやってきた。

 

 少なくない努力量を自負している。それでも決定打を与えられない事がベルの目の前に居るミノタウロスが強化種かそれに近い個体である事を思わせるには十分な物であった。

 

「ファイアボルトォ!」

 

 ベルの突き出された掌から放たれた爆炎が花咲くような炎の華を飾るが、当たったであろうミノタウロスの頭部には傷ひとつなく、ベルの抵抗を嗤うかの如くミノタウロスは瞳を細める。

 

「くそっ・・・・・・威力が低いか・・・・・・何か突破口は・・・・・・――っ!?」

 

 突破口になりうる物ならば――ある。ベルはパイから念の為と預けられたアイテムポーチをちらりと見る。ダンジョンに入る前に入念に確認したからアイテムの配置の場所も分かっている。

 

(後は、使い方とタイミングだけ・・・・・・)

 

「ファイアボルトォ!!」

 

 再度、ミノタウロスの顔面に向けての一撃が放たれ、轟音と共に炎の華が咲きミノタウロスの視界が一瞬塞がれる。ダメージらしいダメージもなく無駄な足掻きと笑うミノタウロスの開かれた視界に映ったのは、何処に持っていたのかと問いたくなるような大きな樽が眼前に飛んでくる光景であった。

 

「ブモッ!?」

 

 想定外の物体に驚き半歩後ろに下がるミノタウロス。そして、視界に映るタルの端から見えるベルが薄く笑うのをミノタウロスは確かに見た。

 

「――ブッ!!?」

 

 今までの自らを傷つけられない攻撃ではない。ミノタウロスは回避を試みようとするが、その判断を下すにはあまりにも遅すぎた。

 

「ファイアボルトォォ!」

 

 ミノタウロスの頭に触れるかどうかというタイミングでベルの『ファイアボルト』が投げつけた『大タル爆弾』に直撃。先ほどとは比べ物にならない爆発が発生する。

 

 悲鳴を上げるミノタウロスの残っていた方の角が爆破の衝撃によって折れて地面に落ちる。皮膚も焼き爛れ右目も衝撃で潰れたのか閉じられている。

 

「だぁぁぁぁ!」

 

 その好機を逃すことなくベルはミノタウロスへと接近する。小手に装着されたままの【黒刀】の柄の部分を右腕からのアッパーでミノタウロスの顎を穿ち強制的に上を向かせ――そして空いた右手から放たれたモノ。『閃光玉』が打ち上げられた衝撃から今だに呆然とするミノタウロスの網膜を焼いた。

 

「「まぶしっ!? ああっ!? 目がっ! 目がぁ!?」」

 

「あっ・・・・・・ごめん。二人共・・・・・・」

 

 そして、ようやく目を覚ましどうにか戦線に復帰しようとしていたヴェルフとリリルカは、ベルから警告なしに放たれた『閃光玉』の・・・・・・それこそ、薄暗い所に目が慣れてきた所からの暴力的なまでの光量に目を抑えながら悶絶している。『閃光玉』を投げるときはキチンと声をかけてから投げよう。そう思いながらも更に使い物にならなくなった仲間を見るベル。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベート・ローガはその発達した聴力でその異様な戦闘音を聞いていた。

 

 現在【ロキ・ファミリア】の遠征中であり、大人数での移動のためどうしても移動速度が遅くなってしまう、その遅さに苛立ちながらも遠くから聞こえる音を鋭敏な聴覚はしっかりと拾っていた。

 

「ふっふっふ~、前みたいに深層に持っていける大双刃だよぉ~、あの花も戦いがいあったけど深層にまたこいつといけるなんてね・・・・・・ふへへへ~」

 

「ちょっと・・・・・・ティオナ・・・・・・普通に気持ち悪いわよ?」

 

「え~、だって怪物祭の花の時もこれがあったからどうにかなったじゃん。やっぱり私の相棒はコイツだよー!」

 

 女三人寄れば姦しいとは言うが。このアマゾネスの姉妹の妹の方は一人でも騒がしい。とはいえどその明るい表情と笑顔に癒される団員も多く、べートも表情と口には出さないがその在り方には感謝していた。

 

 規律はフィンとリヴェリアが管理しているし、何だかんだで幹部やそれに近い者も【ファミリア】の雰囲気を明るくしている。べート自身も己のやり方で【ファミリア】に貢献をしようとはしていた。例え、それが万人に受け入れられないやり方であってもだ。とはいえ、『豊穣の女主人』の一件依頼、妙に皆の目が優しくなり今までのべート像が崩れてしまったのも自覚している為、ここ最近ベートはかなり落ち着いた青年となっていた。

 

「ったく・・・・・・俺達は遊びに行くんじゃねぇんだぞ・・・・・・」

 

「まぁ、気を貼りすぎてもいい結果はでまい。どのみち今回は十八階層より下まではイレギュラーなど発生せんじゃろう」

 

「そうかぁ・・・・・・? まぁ、じじいがそう言うなら・・・・・・いや、そういう訳でもなさそうだぜ?」

 

「どうしたべート・・・・・・むっ? なんじゃあの光は・・・・・・」

 

 いつの間にか隣を歩いていたガレスに返事を返していたベートが気づく。かなりの距離が有るもののダンジョンの奥・・・・・・そこが、一瞬ではあるが強烈な光が漏れた瞬間をべートとガレスを含む多数の人間が目撃した。

 

 そして、直ぐにダンジョンの奥から漏れ出す光に不穏な何かを感じ、べートは駆け出す。後方でガレスとフィンが何かを叫んでいたがその音も直ぐに遠くに流れる。少しして視界の端に金色が映ったと思えばそれは同僚のアイズであった。

 

「なんだぁ、アイズも気になるのか?」

 

「たぶん・・・・・・ベルかパイが戦ってる・・・・・・以前に一回だけ見せて貰った事がある。「センコウダマ」って呼んでたアイテムを使ったんだと思う」

 

「アイテムを使わざるを得ないイレギュラーって訳か・・・・・・急ぐぞ!」

 

「・・・・・・んっ」

 

 『敏捷』に富んだ二人が駆け抜け。たどり着いた先は・・・・・・ミノタウロスが目を抑えながらも暴れまわるが、それを器用に避けながら両手で持たれた刀で切りつけている・・・・・・どう見ても、ミノタウロスがイジメられている光景が繰り広がれていた。

 

「あっ、べート様にアイズ様。あれ? 今日から【ロキ・ファミリア】の遠征ではなかったのですか?」

 

「あっ、リリルカ・・・・・・うん、『センコウダマ』の光が気になって先行して見に来たの・・・・・・なんだろ、ベルの動きが悪いね」

 

「ああ・・・・・・それはですね」

 

 『閃光玉』のショックから立ち直ったヴェルフとリリルカは若干ぼやける視界に飛び込んできたアイズとべートに“ベルの不調の説明”をするとアイズとベートは嫌そうな顔をしながらも同情的な視線をベルに向ける。

 

「あいつ、牛に縁がありすぎるだろ・・・・・・前世で食肉用に牛でも出荷してたのか?」

 

「べートさん。もしかしたら出荷じゃなくて。精肉店の店員の方かも」

 

「いや、どっちも同じだからな」

 

 未知のモンスターである可能性を考えていた為にミノタウロスの姿に気を抜いたべートとアイズがどうでもいい事を言い。それにすかさずヴェルフがツッコム。

 

「とにかく・・・・・・助けなきゃ」

 

 救援の為、細剣を抜いて割り込もうと一歩を踏み出したアイズの肩をベートが掴む。

 

「・・・・・・やめとけ、アイズ。男が身体張ってんだ、それに、横取りはマナー違反ってやつだろ? それに、今回はたった一匹なんだろ? 楽勝だよなぁ! だろ? ベル!!」

 

 べートの放たれた言葉が耳に届いたのか、ベルは一瞬半分だけこちらを見て笑った。そして更にミノタウロスへと猛攻をかける兄弟子の姿にアイズは若干むくれたような表情を浮かべる。

 

「男の子同士にしかわからないなんて・・・・・・ずるい、しかも気持ち悪いべートさんだし」

 

「いいかげんに、その気持ち悪いってつけるの止めてくれねぇか・・・・・・地味に心にくるんだが」

 

「【凶狼】の旦那はベルに対してはツン:1に対してデレ:9だからな」

 

「・・・・・・ちなみに、【ファミリア】の仲間に対しては?」

 

「そりゃ、仲間だとツン:5に対してデレ:3・・・・・・ツッコミ2だろ」

 

「おい、まて鍛冶師、その割合はどう言う意味だ!?」

 

「たぶん、そういうところですよ・・・・・・べート様・・・・・・あっ・・・・・・それと、多分ベル様がアイテムを使ってますけど、時たまこっちにも被害が来るので対応は各自でお願いしますね」

 

 リリルカの注意を聞いて全員が頷くと観戦を再開すると他の【ロキ・ファミリア】の団員達も集まってくる。

 

「まったく、べート、アイズ。今は遠征中だぞ・・・・・・勝手な行動は謹んでくれ」

 

「悪いな、フィン。だが面白い物は観れそうだぞ?」

 

「あれ? あの子べートのお気に入りのヒューマンの子だよね?」

 

「そうね・・・・・・アイズ、確か彼ってLv.1じゃなかったかしら?」

 

「うん、そうだよティオネ」

 

 真っ先にフィンがたどり着き、その後にティオネとティオナが追いつきそれぞれに言いたい事、聞きたい事を終える。その後にリヴェリア、遅れてレフィーヤがたどり着き、その視線の先――

 

「・・・・・・きっと、今日があの子の“冒険”なんだね」

 

 ――先程とは人が変わったかの様に機敏な動きを魅せる兄弟子の姿にアイズはポツリとそう漏らした。

 

 

―――――――――――――― 

 

 ベルの中で何かが変わった。

 

 それが一体、何なのかと聞かれればきっと、数多くの要因が上げる事が出来るであろう――

 

 ――【ロキ・ファミリア】の【剣姫】と【凶狼】によって安全が確保されたヴェルフとリリルカ――

 

 ――同じ師を持ち純粋な敬意をもった剣士。アイズ・ヴァレンシュタイン・・・・・・例え自らのLv.が低くとも、兄弟子として無様な所は見せられない――

 

 ――なにより・・・・・・認めてくれた。背を押してくれた。信頼してくれた。僕が【コイツ】を倒せると――

 

 背中の【エンブレム】が熱を持ち、その熱をより強く、より輝かせろと、心が、想いが・・・・・・ベルの中の枷を外してゆく。

 

「いままで、散々タコ殴りにされてきたんだぁ! やりかえさせて貰うぞ!」

 

 ベルの中で何かが弾け、斬りかかる斬撃は当初よりも遥かに速く、鋭く――なによりも重い。

 

「―――ぁぁぁぁあああ!!」

 

 最初こそ皮膚の上をなぞる様な斬撃はその身に浅くはない傷を付けてゆく。時に抜刀と納刀からの体術にを巧みに使い分け、間合いを切り替えながらも舞うように戦闘を続けるベル。その姿に遥かにLv.で上に立つはずの冒険者達もその視線を奪われてゆく。

 

「あの子・・・・・・クラネル君は、一ヶ月前はミノタウロスに“あそこまでの”手傷を追わせられるほどの冒険者ではなかった・・・・・・そうだね、べート」

 

「ああ、何をしたのかわからねぇが・・・・・・あの時より遥かに強くなってやがる」

 

「本当なのか? しかし、少年の剣術もそうだが。あの体術を組み合わせた戦い方・・・・・・かなり戦い慣れをしているようには見えるが」

 

 そんなベルの動きに対して、フィンの確かめるような言葉に確かに頷き言葉を返すべートに半信半疑と言ったようなリヴェリアは次のベルの行動に目を剥く。

 

「ファイアボルトッ!!」

 

 ベルの切迫した声と共に放たれた稲妻状の炎が紅の華を咲かせ、その光景にリヴェリアが驚きの声を上げる。

 

「・・・・・・なっ!? なんだと・・・・・・まさか、短文詠唱魔法か!?」

 

「ねっ! ねぇ! ティオネ!! あの子今、アイズ見たいに魔法撃たなかった!?」

 

「えっ・・・・・・ええ、見てたわよティオナ・・・・・・驚いたわ・・・・・・何者なの、あのヒューマン」

 

「でも、威力が足りない」

 

 驚くアマゾネスの姉妹と冷静に魔法の威力の低さを指摘するアイズ。それでもめげる事なくベルは猛攻を加えてゆく。

 

「ヴアァァァァァ!!」

 

 気迫の雄叫びと共に横に薙ぎ払われる大剣を地面に転がる様に回避したベルは。即座に左の【黒刀】のみを納刀しそのままアイテムポーチから新しいアイテムを取り出しミノタウロスへと投げつける、先ほどの『閃光玉』の記憶が新しいミノタウロスは振り抜いた大剣を即座の両手に持ち替えてその玉を遠くへと打ち返し瞳を半分閉じる。

 

 しかし、例の光ではなく丁度リリルカ達の真上、向こうも視覚に影響が出るものだと思い込み目を閉じると・・・・・・玉が弾け、今度は膨大な音波の衝撃が鼓膜へと襲い掛かる・・・・・・主に冒険者達にだが・・・・・・。

 

「いったい! 耳が痛いです!」

 

「どわっ!? なんかすごく懐かしい感じが・・・・・・一年半前のあれか!? 相変わらず耳に来るな・・・・・」

 

「にゃわ・・・・・・耳に来る・・・・・・」

 

「・・・・・・っかぁ~~・・・・・・」

 

 しかし、ミノタウロスが二回も食らってたまるかと言いたげに大剣のフルスイングで打ち返された『音爆弾』が丁度、観客席でその効果を発揮した。突然の超音波に観戦していた、ヴェルフ、リリルカ、アイズ、べートは戦闘行動を取っていないというのにダメージを受けている。特に聴力に自信のあるべートには効果抜群である。

 

 ちなみに嫌な予感を感じ取った、べートとアイズ以外の【ロキ・ファミリア】のメンバーは目と耳を閉じていた為に被害は出ていない。

 

 そして知恵が働く故に無防備を晒した。ミノタウロス投げられた物の正体に気づいて直ぐに仕切り直そうとするものの、一歩ベルの行動の方が早かった。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ベルの狙う先はただ一つ、ミノタウロスの持っている大剣・・・・・・それを掴む手首へと大きく振りかぶられた腕が振り下ろされる。両手持ちに切り替え、最大限の体重を乗せた、黒き刃がミノタウロスの関節へと吸い込まれてゆく――

 

「ガッ―――ガァァァァ!?」

 

 ――地面に響く、重たい何かが落ちる音。ミノタウロスが手首から先が無くなった腕を見つめながら悲鳴を上げる。

 

「コイツなら、どうだぁぁぁ!」

 

 ベルの猛攻はそれだけでは留まらない。ミノタウロスが落とした大剣を即座に拾い上げ、その勢いのまま回転、遠心力を加えた一撃は見事にミノタウロスの胸に深い傷をつける。【影刀】よりも深くまで入る感覚にベルの中で今まで靄がかかっていた勝利への光景がはっきりと見えたのを感じた。

 

 致命傷までの深みまで届かずとも【牛恐怖症】の《スキル》が消滅した今、ベルの【影刀】や大剣での一撃は確実にミノタウロスの皮膚を切り裂いてゆく。ベルの体力と精神力の限界が近いが、それでもベルの止まらない。裂いた傷口へと確実に『ファイアボルト』を当てる事でミノタロスの体力を確実に削ってゆく。

 

 そして、たまらずに片足を付いたミノタウロスの隙をついてベルは足元の地面に『シビレ罠』を設置する。

 

 だが、明らかに罠とわかる物に対し、ミノタウロスも警戒してこちらへと近づこうとはしない。

 

 ベルは息を整えながらも考える。どうすればミノタウロスを倒せるのかのみを考える。そして・・・・・・何故か同封されていた【アレ】を思いだし。少し嫌そうな顔をしながらもアイテムポーチから取り出し、思いっきりミノタウロスへ向けて投げつける。

 

 ――べシャ――っと音を立てて【アレ】がミノタウロスの胸にぶつかり、激臭が周りに充満する。後方で短い悲鳴が聞こえた後に、嗅覚に優れた誰かが倒れたような気がしたが、今はその事を放置して相手の動向を見る。

 

「「・・・・・・」」

 

 ミノタウロスとベルは無言。観客は倒れた狼人の青年を介護しながらもうらめしそうな視線をベルへと向けていた。

 

 視線をベルから離して、世の中に絶望したかのような瞳で己の胸元を見つめるミノタウロス。そし小刻みに震え・・・・・・

 

「ブモォォォォォオォォォォ―――!!」

 

 怒りに満ち、憎悪をも宿した瞳がベルに突き刺さる。汚物をぶつけられて怒らない聖人のような精神をもった存在などこの場にはいない。我を忘れたミノタウロスはその四肢を低く構え四つん這いのに構えその質量で潰す為にベルへと突進する。

 

 だが、ミノタウロスがベルの設置した『シビレ罠』に触れた瞬間全身の筋肉が痙攣を起こしその巨体は無様に転がり込む。

 

 ベルは痺れて満足に動けないミノタウロスの口内へ躊躇することなく右腕を突っ込む。

 

「かかったな! ファイアボルトォォ!」

 

 ――轟音――。放たれた焔がミノタウロスの口内を突き抜け内部を焼き尽くさんと放たれる。

 

「まだだぁ! ファイアボルトォォォォ!!」

 

 更に鳴り響く轟音。だが、これまでの激戦の中での魔法の多用はベルの精神力を大きく疲弊させていた。

 

「やっぱり・・・・・・駄目か・・・・・・魔法だけじゃあ倒しきれないか・・・・・・なら!」

 

 明らかな【精神疲弊】の前兆。気を失わないのもベル自身の意地でしかない。いつ途切れるかわからない意識をどうにかつなぎ止め。ベルは最後を飾る手段を決めていた。考える思考よりも身体が先に動いた。

 

 歯を食いしばる音と血管を流れる血流の音が嫌に大きく聞こえる、それでもアイテムポーチに最後まで残っていた“切り札”を体内からの圧力に耐え忍ぼうとするミノタウロスの目の前に置く。

 

 『大タル爆弾G』。『大タル爆弾』よりも強力なそれをベルは最後の力を振り絞るように納刀されたままの【影刀】で振り抜きながら衝撃を与えた――

 

「潰れろぉぉぉぉぉ―――!!」

 

 最大威力の爆弾の爆発による衝撃と『ファイアボルト』による体内の圧に耐え切れずミノタウロスの体が爆散する・・・・・・と同時に背中から至近距離で爆発に巻き込まれたベルも吹き飛ばされてしまう。

 

「うわぁぁ・・・・・ぷぺっ!?」

 

 最後の最後で締まらない勝利の仕方をしたベルは背面の軽鎧の部分を破損させ、インナーも破れた状態で観客たちの目の前まで飛んできて・・・・・・顔面から着地した。

 

「いい物を魅せて貰ったよ。ベル・クラネル・・・・・・本当に、イイモノを見せてもらったよ」

 

 【ロキ・ファミリア】団長。フィン・ディムナは拍手を交えながら素直な賛辞をベルへと贈る。しかし、ベルの目にはそれ以外の別の意思が見えた。なんというべきか、いままで謎だった事件の犯人がわかった時のような・・・・・・

 

「ああ・・・・・・そうそう、クラネル君。君の師匠であるルフィル君に伝えておいて欲しいことがあるんだけどね。「今度じっくりと、話をしよう」と伝えておいて欲しい」

 

「えっ・・・・・・ええ。わかりました」

 

 きっと深くは考えてはいけない、なぜか【勇者】の笑顔に薄ら寒いものを感じ、ベルは素直に頷く。そんな、ベルの背を見つめる瞳があった。その瞳は大きく開かれていた。

 

 礼を言って立ち去ってゆく、ベル達一行を見送った【ファミリア】の面々も珍しく開いた口が塞がらない様子のリヴェリアを不思議そうに見つめている。

 

「リヴェリア? どうしたの?」

 

 放けているリヴェリアに声を掛けるアイズ。そのアイズの声に正気に戻ったリヴェリアは生返事を返しつつ、先ほどの光景を思い返し頭を降る。

 

(オールS・・・・・・そしてSS? まさかな、そのような馬鹿な話があるのか・・・・・・)

 

 神聖文字が読めるリヴェリアでさえも信じがたいステイタスの表記に己の見間違いであると思い直す。それよりも遠征の事に集中しようと、ほかの面々と共にラウルに指揮を丸投げしてしまった場所へと歩むのであった。



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『実家のような安心感とは程遠い帰還なのかな?』

現在あとがきとか使ってなにか遊べないかと模索しています。


 ヘファイストスは美の女神に頬ずりされている『ハンター』を半眼のまま眺めていた。

 

 本日は【ロキ・ファミリア】の遠征当日であり。朝には遠征に同行する椿達とも挨拶を済ませている。たまたま見かけたヴェルフも例のベル・クラネルと三人でダンジョンに篭るらしい。

 

 そして、目の前のパイがもっちり、スベスベの肌を堪能されている現状はきっとパイの望んだ物ではない。そもそもパイはフレイヤに用などなく、時間が空いたので【ヘファイストス・ファミリア】の取引ついでに武具を覗きに来た時に捕まり、現在ヘファイストスの執務室にて呆れ顔のヘファイストスに眺められながらの羞恥プレイを続行中であった。

 

 バベルにある【ヘファイストス・ファミリア】の商品ブースを眺めていたパイを“どこから覗いていたのか”探り当てたフードで姿を隠していたフレイヤに捕まっている姿をたまたま見ていた、ヘファイストスが己の執務室へと押し込んだのが――つい先ほどの事、すごく嫌そうにフレイヤの頬を両手で押しているパイの様子を“飼い主に抱っこされるのを嫌がる猫のようだ”っと感じながらもヘファイストスは口を開く。

 

「フレイヤ・・・・・・貴女、随分と変わったわね」

 

「あら? ヘファイストスにはそう見えるかしら?」

 

「・・・・・・ええ、貴女の眷属に今の絵面が見つかったらと思うと怖い程度にはね」

 

「それはともかく、いい加減離すかなー!」

 

「そうね、下手にその子を怒らせて【アレ】を投げられたりしたら困るわ」

 

「・・・・・・そうね。そろそろ止めておくわ」

 

 最近、【オラリオ】の一部で“危険物認定”となってしまった【アレ】のワードに真顔に戻りパイを離すフレイヤ。神すらも恐れさせる存在へと昇華した【こやし玉】の危険性は今後のオラリオの水面下で確実に広がっていくであろう。

 

 やっと離れた、フレイヤに鼻息荒く憤慨の意を示しているパイとそんな彼女をにこやかに眺めるフレイヤ。確実にそんなパイの反応も面白がっているフレイヤに――ついついため息が漏れてしまうヘファイストスであったが、そんな彼女の執務室のドアからノックの音が聞こえそちらに振り向く。

 

(誰かしら・・・・・・特に面会も無いはずだけど・・・・・・って言うかこの状況をあまり見られたくはないけど、仕方ないわね)

 

 ヘファイストスはタイミングの悪さに痛む頭を抑えつつ「どうぞ」と声をかける。開かれたドアの向こうに居たのは己が【ファミリア】の眷属ではなく、オラリオ最強の座を有している猪人の【猛者】。オッタルが少し気まずそうに入ってきた。

 

「あら、オッタル・・・・・・どうしたの?」

 

「・・・・・・フレイヤ様。先程御報告に戻るとアレンが慌てた様子でフレイヤ様の事を探していましたが・・・・・・なるほど、そういう事でしたか」

 

「・・・・・・あっ」

 

 どうやら、何かの予定を入れていたのに自由に行動していたらしいフレイヤ。護衛の為の猫人の青年は急遽いなくなった主神を探しているという内容であった。

 

 きっと、突発的な行動をして眷属を困らせたのであろうとヘファイストスは踏んでいたが――

 

「だって、パイが下に居てるってわかったから飛んできちゃった・・・・・・てへ」

 

 ――突発すぎる上に、幼稚な理由にヘファイストスはさらなる頭痛を感じ手のひらで額を抑える。っと言うよりも何処でパイの存在を察知したのか・・・・・・これ以上聞くと色々と余計な頭痛の種が増えそうなのでスルーする事にしたヘファイストスは、さっさとこの主神を連れて帰れ。っといった視線をオッタルに向けると度々こういう事もあるの軽く頷くとフレイヤの手を引いてドアに向かって歩き出す。

 

「てへ、ではありません。他のファミリアに迷惑を掛けて・・・・・・では、ヘファイストス様・・・・・・失礼させていただきます」

 

 そう告げると、フレイヤの手を引いて立ち去ってゆくオッタルを眺めながら、ヘファイストスは思う。アイツ、あんなキャラだっけ? っと以前のような――いっそ無機質じみた、人間味を感じられない――人物とは思えないほどに人間性溢れた・・・・・・っと言うか苦労人じみた人物ではなかったはずだ。

 

「随分と【猛者】も変わったわね・・・・・・」

 

「そうかな? オッタルさんは私が出会った時からあんな感じだったけど・・・・・・前はどんな感じだったのかな?」

 

「フレイヤ一筋のイエスマンね。もうガッチガチのお堅い武人だったわ。それに、パイ。貴女何をしたの? あのフレイヤがあそこまでデレデレするなんて・・・・・・天界でもそうだけど、多分下界に降りて初めて見るわよ?」

 

 数多くの人物が『ハンター』と関わり“変化”している事に気がついていない、無論その中にはヘファイストスも含まれている。

 

「さぁ~・・・・・・例の一年半前から目をつけられていたらしいかな・・・・・・でも、なんでなのかは本当にわからないのかな・・・・・・」

 

 思案顔で唸りながら答えるパイに嘘をついていないと判断したヘファイストスはソコで、考えを一旦切り替える。

 

「そう。所で、話は変わるんだけど・・・・・・貴女の友人のベル・クラネルなんだけどね・・・・・・」

 

「ベル? ベルがどうしたのかな?」

 

「最近、ヴェルフが専属契約を交わしたのと、よくパーティーを組んでダンジョンに潜っているらしいわよ」

 

「ああ。今日も三人で潜るって言ってたかな。一応十一階層に行くって言ってたから念の為にアイテムを幾つか渡しているかな」

 

「そうなの? ひょっとして『インファイトドラゴン』対策かしら?」

 

 ダンジョン上層での事実上の階層主と呼ばれる強力なモンスターが浮かぶ。ヴェルフもステイタス自体は問題なく、今まで背中を預けられる仲間が居ない故の浅い階層での孤独な狩りをしていた現状を見ていた親としては、素直に子に友人が出来た事を嬉しく思っていた。

 

「そうそう、ベルは十二分に二人のフォローが出来る程度には実戦慣れしてるから大丈夫だと思うかなー」

 

「そうね。そしてまた、話は変わるのだけど・・・・・・ヴェルフから面白い物を預かってるんだけど、気にならない?」

 

「なになに! 気になるかなー!」

 

 瞳を輝かして食いついてくるパイに微笑みを浮かべながら物置から一つの軽鎧を取り出す。それを並べていくとパイがある事に気づく。

 

「ヘファイストスさん。コレ随分小さい人を基準に作られている防具だけど・・・・・・」

 

「そりゃあ、そうよ。コレはヴェルフが貴女用に作った試作の防具なのだから・・・・・・名前は『猫鎧《ニャンチュウ》』らしいわよ?」

 

 どこからか青い猫のダミ声が聞こえそうな名前と相変わらずのネーミングセンスにパイの表情が若干ひきつる。そして、その部分部分に施された仕組みに驚きの声を上げる。

 

「うわぁ! これって【大陸】の装備に近い構造してるかな!? ひょっとしてヴェルフが独学でここまで再現したのかな?」

 

「そうなのよ。使用感とかは度外視で作ったみたいだから、まずはパイに見て貰おうってね。製作者本人には許可を貰ってるから忌憚のない意見を貰えると嬉しいわ」

 

 そこで、ヘファイストスは思い出してしまった。これはヴェルフがこの鎧を持ってきたときの事・・・・・・今から数時間前の話である。

 

 

――――――――――――――

 

 

「ヘファイストス様、少しよろしいですか?」

 

 ドアのノック音と共に掛けられた声にヘファイストスは書類から顔を上げる。入室の許可を告げると何やら大きな包に入った物を背負ったヴェルフが入室してくる。

 

「朝早くからどうしたの? それに・・・・・・それは?」

 

 ヴェルフの持ってきた物に興味を持ったヘファイストスが見つめる中、ヴェルフはその包を解いてゆく。そして出てきたのは随分と小柄な人間用の鎧であった。

 

「新作・・・・・・と言うよりも試作の品です。新しい機構を使って造ってみました。トビ子の口伝だけで作ったので未だ荒いのは理解していますが、自分でもうまくできたと思うのでヘファイストス様に見てもらおうと思いまして・・・・・・」

 

 そう言いながらも、仮止めで組み立てられた軽鎧を形作ってゆく。関節部などに従来の機構とは違うやり方で取り付けられており、ヘファイストスの興味を持った部分をヴェルフに尋ね、その度にヴェルフが説明してゆく。

 

「これ、もう少し手直ししたら十分に使えそうだけど。名前は付けてあるの?」

 

「ええ、この鎧の名前は【猫鎧《ニャンチュウ》】と名付けました。今のところはパイの専用装備って感じです」

 

(そんなネーミングだからヴェルフの装備って売れないのよね・・・・・・腕はいいのに)

 

 相変わらずのヴェルフのネーミングセンスにヘファイストスは小さくため息を吐く。とはいえ、本来は技術的にも小型化は難しく、それが新しい機構となればなおさらでもある。ヘファイストスはヴェルフの鍛冶師としての腕が更に磨きがかかった事に驚く。

 

 そして、聞きたいことを訪ね切ったヘファイストスは、ヴェルフの貪欲なまでの鍛冶技術に対する、知識欲を司る原動力が気になり尋ねてみる。

 

「ねぇ、ヴェルフ。貴方・・・・・・どうしてコレを作ろうと思ったの? 確かに鍛冶師の業と言えばそれまでだけど、貴方の腕なら別に新技術に手を出さなくてもいいんじゃない?」

 

「あー・・・・・・えっと、俺自身もどう言っていいのかわからないんですけどね・・・・・・」

 

 ヘファイストスの質問に、何処か気まずそうな態度を取るヴェルフ。言葉の続きを待つヘファイストスを見つめ、意を決してヴェルフは後頭部をガリガリと強めに掻くと真剣な表情で告げる。

 

「実は、俺には認めて欲しい人がいます。その人は、立場も鍛冶の腕も遥か高みにいる。それでも、俺はその人に認められたくて、隣に立ちたいと思ってしまった。だから、俺だけにしか出来ない方法も手を伸ばして・・・・・・この【オラリオ】で俺にしかできない物を創り出した時。この想いを伝えようと・・・・・・それが俺の原動力です」

 

 ヴェルフの告白にヘファイストスは自らの頬が赤くなるほどの・・・・・・その情熱的なまでの想いを向けられている相手に一種の嫉妬心すら感じた。

 

「そうだったの・・・・・・それで、その子ってのはどういう人なのかしら?」

 

「どういう人・・・・・・そうですね。友人思いで、友人のダメな所を叱咤し、きちんと自立させようとする意志の強い女性です・・・・・・人望も高く、媚びない高潔な精神に惚れ込みました」

 

「・・・・・・ちなみに、もしよ・・・・・・もし、聞いても大丈夫なら、どこの【ファミリア】の人なの?」

 

「ここです。【へフィストス・ファミリア】に居ます。いえ・・・・・・“ヘファイストス・ファミリア”にしか居ないんです」

 

 ヘファイストスは考える。【ヘファイストス・ファミリア】にいる“友達思い”で“媚びない高潔な精神”を持っている“女性”・・・・・・。ヘファイストスには全然心当たりがなく。誰なのか本気ではわからなかった。

 

 いや――っとヘファイストスは考え方を改める。そこはもっと視野を広げるべきではないかと、友達思いというのは、仲間思いとも取れるし。依頼者との鍛冶師としての関係とも取れる。つまり、“作りたい相手に自らの最高の物を妥協すること無く作れる女性”である可能性。そこでヘファイストスは一人の眷属の存在を思い出す。

 

 椿・コルブランド。【単眼の巨師】の二つ名を持つ【ヘファイストス・ファミリア】の団長のしてLv.5の冒険者である。確かに、作品に対して厳しい彼女は高潔な精神を持ち合わせ。一度使い手として、認めた相手には気を許す傾向にある。あのさっぱりとした性格は良くも悪くも気持ちがよく。なにより男が喜びそうな物も“持っている”

 

 椿とヴェルフ、日頃は椿からヴェルフにちょっかいを出してよくヴェルフから鬱陶しそうにされていたが・・・・・・あれは、よくある嫌よ嫌よも・・・・・・と言うやつだったのだろうか。

 

「もしかして・・・・・・その気になる人って片目を隠してたり・・・・・・してないかしら? あと、その、(胸が)大きかったりする?」

 

 気恥かしそうに尋ねるヘファイストスにヴェルフが一瞬だけ動揺するが。すぐに立て直し、こちらに視線を向け、目を合わせて言う。

 

「はい、その特徴の人ですね・・・・・・まぁ確かに大きい(女性にしては高身長と言う意味で)ですね」

 

 自らの予感が、的中して少しばかりしょげるヘファイストス。しかし、直ぐに顔を上げてほほえみを浮かべる。自らの子供の幸せを望まぬ親などいない。ヘファイストスはヴェルフの思いを応援する事にした。

 

「いいんじゃない。確かに立場(団長と平団員)の違いはあると思うけど、ヴェルフがその時が来れば・・・・・・きっと(椿なら)応えるわ」

 

「本当ですか、それは! 今、ヘファイストス様が言ったこと、嘘ではないですよね?」

 

「ゑ? ・・・・・・ええ、嘘じゃないわ」

 

 ヘファイストスの言葉に食い気味に反応するヴェルフ。その行動にやや困惑しながらも肯定するヘファイストス・・・・・・そして、嬉しそうな笑顔を浮かべたヴェルフが退室する間際、後ろを振り返り男らしい笑みを浮かべ宣言する。

 

「それでは、仲間のベル達を待たせているんで俺はこれで失礼します。・・・・・・それと、これだけ言わせてください。俺が、想いを告げる時、その眼帯を外して貰いますから、覚悟しておいてくださいよ」

 

 そう言って扉の向こうに消えるヴェルフ。そこでヘファイストスはヴェルフのセリフに違和感を覚える。

 

「・・・・・・ん?」

 

 さきほどヴェルフはなんと言った? 『眼帯を外して貰います』・・・・・・眼帯を外す? なにより『貰います?』。まるで、目の前の人物に告げる様に告げられた言葉に、ヘファイストスは数秒じっくりを考えて・・・・・・

 

「・・・・・・うん゛?」

 

 その時になって、ヘファイストスは重要なことに気づく。ヴェルフは一度たりとも“想い人”の名前を言っていない。

 

 なにより、ヴェルフは人とは言ったがソレが“団員”だとは一言も言ってはいない。眼帯をつけていると“確認”したのは自分であり・・・・・・それは自分、ヘファイストスにも適応される。そして、“ヘファイストス・ファミリア”に“しか”居ない存在。それは・・・・・・【ヘファイストス・ファミリア】を“形作るために”絶対に必要な“存在”である事・・・・・・つまり――。

 

「――――――うう゛んっ―――!!?」

 

 ここまで来て、色々と繋がった事でヘファイストスは猛烈な恥ずかしさを覚える。あのヴェルフのベタ褒めの数々。そして、友達思いと評された意味の理由も思い出す。

 

 友神とはヘスティアの事だ・・・・・・っと、確かにあの駄女神を世話し、かなりの優遇を図った、これは他人から見ても自分の行いを客観的にみても、そう評価されてもおかしくない。そのうえ、確かに自立させる為に甘えさせない程度の物件を買い与えた・・・・・・ヴェルフの言葉に何一つ間違いなどなかった。

 

 別の子に対する惚気けた話だと思って聞いていたら、実は自分に向けての恋慕であったなど、笑い話でしかない。そして、その熱烈な想いに気づかずにOKサインを出したのは紛れもなく自分であり、そして、それほどの強烈な熱を持つ青年の真摯な言葉が“嘘ではない”と理解してしまう。

 

 神・ヘファイストスはその後一刻の間その髪と同じぐらいに顔を赤く染めて、羞恥と嬉しさに板挟みにされながらも、執務室の床を転がり続けるのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ヘファイストスはその時の事を思い出して、今だに頬に熱が篭もりそうになる。だが、無理やり煩悩を振り払いどうにか冷静になる。

 

 未だ、桜色に染まる耳元を気にするが、装備を試着して動作を確認しているパイがそこでようやくヘファイストスの様子がおかしい事に気づく。

 

「うーん、ならこの部分がちょっと、動かした時とかに引っかかると思うかな・・・・・・後は――ん? ヘファイストスさん? 顔赤いけど、どうしたの?」

 

「なっ・・・・・・なんでもないわ。それよりももっとパイの意見を聞かせて」

 

「・・・・・・? えっとね、後は・・・・・・」

 

 執務室にしばらくの間ヘファイストスとパイの会話が響き・・・・・・その意見が後に、この防具に更なる進化を遂げさせる事になるのだが、それはまだ先の話なのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 フレイヤは少年の戦いを見届けていた。

 

 神の鏡。遠くの光景を見る鏡、本来は特殊な使用許可がなければ神ですらも使えない奇跡。しかし、その鏡に映された内容は酷い物であった。

 

『うっしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!? こっ・・・・・・怖いぃぃぃぃいぃぃ!!』

 

 出会い頭からの逃走。仲間を見捨てることをしない所は実に評価出来る所ではあるが、これは酷い。

 

「ねぇ、オッタル・・・・・・」

 

「私も驚いています・・・・・・話では勇猛果敢に戦ったと耳にしたので、丁度いい個体を強化しながら稽古をつけたのですが」

 

「“強化種”だから・・・・・・って訳じゃなさそうね・・・・・・あっ、こけた」

 

「まるで、喜劇のように全員どこかしらにぶつけましたね」

 

 暫く観戦していると、突然の光に直視こそ避けたものの、しょぼしょぼする瞳で見続けていると、その場所に【ロキ・ファミリア】の【凶狼】と【剣姫】が現れ、【剣姫】が加勢しようとするのを【凶狼】が止める。

 

『――それに、今回はたった一匹なんだろ? 楽勝だよなぁ! だろ? ベル!!』

 

 【凶狼】の飛ばした激に力強い笑みで返す少年。その姿を見つめながらフレイヤは呟く。

 

「べート×ベル・・・・・・有りね!」

 

 その言葉をしっかりを耳に入れながらも。オッタルは主神の言葉を無理やり聞き流した。

 

 その後も、現地で増える観客と共にフレイヤとオッタルもノリノリで観戦を続ける。時に「惜しい!」だの「そこよ!」など聞こえもしないのに叫ぶ主神と“強くしすぎたミノタウロス”に内心ドキドキかつ冷や汗もののオッタル。

 

 完全に野次馬と化したフレイヤ・・・・・・そして、勝負はクライマックスへと向かい。

 

『潰れろぉぉぉぉぉ―――!!』

 

 気迫を込めて吠えた少年の一撃により、ミノタウロスはその身を爆散させる。途中で若干見苦しい部分もあったが、少年は見事に壁を越えたと言えるであろう。

 

「はふぅー、すっごい戦いだったわぁ・・・・・・」

 

「ええ・・・・・・見事でした」

 

「応援しすぎて、喉が渇いたわ・・・・・・」

 

「では、お茶にしましょう・・・・・・直ぐにご用意いたします」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 神の鏡を閉じて、フレイヤとオッタルがその場から離れる。

 

 もし、そのままダンジョンの中を見ていれば更なるものが見れていた事を彼女は知らない。

 

 ダンジョン六階層。バベルに来たついでにダンジョンへと潜った『ハンター』の下に彼女の因縁の相手がその姿と咆哮を“異界の地”に響かせることになるとは・・・・・・想像にすらできていなかったのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは目の前の現実に混乱していた。

 

 前回の二十五階層から数日ぶりのダンジョンの中・・・・・・場所は六階層の途中。先程まで居たヘファイストスの執務室での要件を終えたパイはそのままの足でダンジョンに潜っていた。

 

 不思議とモンスターの出現が少ないが、何処か少しピリピリした空気を感じながらもやや警戒した状態で階層を順調に降ってゆく。

 

 そんな中、六階層のひらけた場所に立ち寄ったパイは目の前に“見覚えのある”蜃気楼じみた空間の歪みを見つけ・・・・・・そこから現れた存在に驚愕する。 

 

 とは言えど、先日の【怪物祭】で突如として前ぶりもなく現れた【青熊獣《アオアシラ》】の存在から、いつかはこうなる事も予測の範囲では考えてはいた。

 

 それと同時に『コイツ』が現れた事の方が混乱する要因となり、その因縁の深さに自然に眉間に皺が寄るのを自覚していた。

 

 緑の濃さがやや深い翡翠の鱗に覆われた強靭な四肢、肩と背には黄色がかった色彩の硬質さを思わせる鋭利な刺の様に見える逆だった鱗が張り巡らされている。警戒色を思わせるコントラストはそのままその獣の危険性を示すように、その獣の歩を進める度に強者の風格を出してゆく。

 

 【雷狼竜《ジンオウガ》】。それは巨大なイヌ科の動物を思わせるフォルムを宿した大型のモンスターである。本来は高地に生息し滅多に麓に降りてくることはないらしいが、パイが子供の頃、天災と呼ばれる古龍がユクモの地に住み着いた為に雷狼竜が麓へと降り、その個体はユクモ村の専属ハンターとなった女ハンターによって討伐される事となる。

 

 そして、その後、事件の元凶であった古龍すらも討伐したユクモ村の専属ハンターは英雄の一人となった訳だが・・・・・・その後から結構な頻度で雷狼竜が【渓流】に出てきたりしている。

 

 パイ自身は幼少期の因縁と“新人時代の頃に真っ先に埋め込まれたトラウマ”によって雷狼竜が酷く苦手な存在であった。苦手意識もあるが、タイミングや行動がどうもしっくりこず、かなりの頻度で攻撃を受けてしまう相手・・・・・・要は相性が悪いのだ。

 

 しかし、彼女が『ハンター』である以上、戦う理由がある。なにより、このような浅い階層でコイツを放置することはできないと武器を抜き払う。

 

 彼女が狩りを行うには十分な理由があり目の前には狩るべき対象がいる。『ハンター』に取ってこれ以上の理由は必要ではない。

 

「来いよ、ワンころ・・・・・・一年半ぶりにハンターに戻ってやるかな!」

 

 ――奇しくも、師弟共に同じ日に――パイ・ルフィルの“冒険”もまた、誰も知らない所で静かに始まった。

 

 雷狼竜は開戦と同時に咆哮を上げる。空気を震わせ無防備にその空気の振動を至近距離で生身で受ければ三半規管が麻痺しまてともに動く事が出来なくなる。『ハンター』の基礎知識としても咆哮が行われた場合はすかさず耳を守る事を基礎中の基礎として教わる。

 

「うっ・・・・・・るさいかなぁぁ!」

 

 腰を屈め耳を閉じ、咆哮をやり過ごすがそれでも感じる鼓膜の痛みを無視し、雷狼竜へと駆け出すパイ。背中のオーダーレイピアを抜き払うと同時に横回転を加えながら独楽のように回転切りを放つ。鱗と刃が擦れるたびに巻き散らかされる火花を横目に追いながらパイは軽く舌打ちを打つ。

 

 軽く、刀身へと視線を向けるとソコには微細な刃こぼれが確認できた。向こうから持って来たアイテムも長いオラリオ生活で消耗したものも多い。回復剤などはポーションで代用が効くが他の消耗品なども正直な所で言えば心もとない。

 

 その中で地味に困ったのが砥石の存在であった。【ヘファイストス・ファミリア】に通う口実の殆どがオーダーレイピアの研ぎ入れの作業であった。切れ味が鈍りそれを無視して使い続ければ、それだけで武器の寿命が減ってしまう。特にモンスターなどの生き物を切る際などは特に重要な要素となる。

 

 そんな中で持ち合わせていた砥石を切らしてしまったパイにとって、多少面倒でも鍛冶師による刀身のケアは必須であったし、この世界の砥石では【大陸】の砥石ように短い時間での切れ味の回復は望めない。ヴェルフに頼んで定期的に研ぎ上げてもらってはいるが、向こうの砥石が特別だったのかヴェルフ自身も骨の折れる作業であるだとボヤくほどであった。このような事になるのならば節約していけば良かったなどと今更に後悔し・・・・・・これから行われる戦闘に不安を感じるが無い物ねだりが許されるような状況でもなかった。

 

「――っ!?」

 

 パイが少し目を反らした瞬間を狙ったかのように雷狼竜の巨体が殺気をまき散らしながら突撃してくる。跳躍しながらもその太い腕と、鋭利な爪でパイを切り裂こうとするが、パイは即座に横に転がりながら回避行動と取る事でどうにか紙一重で避ける。しかし、姿勢を戻し顔を挙げた先にあった光景は大きな肉球がチャーミングな凶器が振り下ろされる瞬間だった。

 

「――あっぶねぇ!?」

 

 大きく跳ぶ回避方法では遅い・・・・・短い間に察したパイが、転がるよう回避するが、そのパイがいた場所に振り下ろされた前足の一撃が背に生えていた羽の部分を捉え引きちぎってゆく。その破片を見て顔を青ざめさせるパイ、少しでも回避が遅れていれば危険であったと感じさせる攻撃に心臓がドキリとするのを自覚する。

 

「グルルル・・・・・・」

 

「あっぶなー・・・・・・って背中の羽ちょっとちぎれたかな」

 

 しかし、回避だけならば妙な自信がパイにはあった。無駄に新人時代にこいつにボコボコにされてはいない。

 

 とはいえ、回避し続けてても勝負は終わらない、むしろモンスターの狩猟は時間が経てば経つほど対応されてゆき不利となる場合が多い。

 

 短期決戦が最も最適である。パイは雷狼竜へと駆ける。雷狼竜と小さなハンターはその立ち位置を変えながら互の牙を突き立ててゆく。

 

 時に飛び上がり、切り付け、あるいは殴られを繰り返す。大振りな攻撃のタイミングに合わせて無理矢理相手の懐に入り込んだパイが、雷狼竜の腹を切りつけた時に違和感を感じる。

 

 そして、さらに数分の攻防の末、パイがある事に気づく。

 

(おかしいかな・・・・・・? 超帯電状態にならないしその兆しもないかな・・・・・・なるほどかな、電光虫がこっちに居ないからかーあれ? って事は私のだいっきらいなあのビリビリは無いってことかな)

 

 【超帯電状態】。雷狼竜特有の行動であり、遠吠えと共に周りにいる電光虫から発電した電気を纏った状態を指す。身体能力などの上昇や肉体の活性化による行動パターンの変化等。パターンが変化するのがパイが、目の前のモンスターが嫌いな理由の大きな要因であった。

 

 ニヤリッとパイは笑みを浮かべる。勝率が格段に跳ね上がった事に気づいたパイは、今まで回避につぎ込んでいた神経を幾分か攻撃に向かわせる。

 

「はぁ――! 行くかなぁぁぁ、いつもよりぃ――」

 

 そう声を出した瞬間、パイの動きが加速する。強烈な回転をかけ、自らを独楽に見立て、相手の脇腹に横振りの斬撃を当てる。

 

「――余計に多くぅぅぅ――」

 

 更に、急激な方向変化を加えて再度、雷狼竜の右の後ろ足に切り込んでゆく。その動きは上から見れば、独楽遊びの一種にある、独楽同士を弾く遊戯のように見えるであろう。

 

「――回っているのかなぁぁぁ!!」

 

 気合を入れた斬撃を雷狼竜へと叩き込み綺麗に急停止を決めるパイ。

 

 【血風独楽】と呼ばれる『ハンター』の狩技のひとつ。自らが独楽の用に回転しながら斬りつける技であり。三回の方向変換を可能としており相手の追従を許さない高速の攻撃方法となっている。

 

 そして、そのパイを視界に入れる為に動いた雷狼竜よりも早く、その顔面に刃を叩きつけるパイ。顔面に受けた衝撃によろめく雷狼竜に向かって跳躍し、そのまま、雷狼竜の背後へ飛びながら宙を舞うような紅と蒼の剣線が雷狼竜の背を切りつけ鮮血が舞う。

 

 雷狼竜は背後に回り込んだ気配を頼りに振り返るが、振り返った雷狼竜の行動を読んでいたかの様、ベルに渡して置いた物とは別の『閃光玉』が暴力的と表するに相応しい光量を発生させる。

 

「ガッ!!?」

 

 振り向きざまの無防備な瞬間、網膜へと突然に焼き付けられた暴力的な光に雷狼竜の視界は白く濁され、怒り狂った雷狼竜は手当たり次第に暴れだす。パイは乱れた息のままポーションを服用しポージングを決めながら体力を回復する。しかし、それが悪かった。

 

「へへっ! 目の前でいきなり光ってびっくりしたかな・・・・・・! へっ? おわ、馬鹿いま動けな・・・・・・にゃぐはぁ!?」

 

 それは不幸な出来事・・・・・・という名の自業自得であった。視界が遮られデタラメに動く雷狼竜の大振りな攻撃である、宙返りからの尻尾を叩きつける動作が、まさかのポージング中であった無防備なパイに直撃した。頭部を尻尾に打たれその衝撃で鼻から鮮血が吹き出し、その衝撃のまま吹き飛ばされた先の壁にぶつけられたパイ。しかし、なまじ頑丈であるのが『ハンター』である。すぐに起き上がり頭を振りながらも剣を構えようとするが・・・・・・。

 

「ぬぉぉぉぉ!? ゆっ・・・・・・油断したぁ・・・・・・あれ・・・・・・目の前がゆらゆらするかなぁ・・・・・・」

 

 視界がボヤけてはいるが、目の前の存在の動きは分かる、視界が回復した雷狼竜は首を振りながらも、明らかにこちらを認識している。追撃の可能性が十分に考えられるが、思うように動かない身体に焦りのみが募る

 

(――あっ・・・・・・これは、あかんやつかな?)

 

 覚悟を決めて目を閉じて全身に力を入れる。

 

「間に合えぇぇぇぇぇ!」

 

 知った声が耳に届き、パイの身体が何かに押され・・・・・・否、抱かれた状態で飛んだ。

 

 それ以外の衝撃も痛みも来ない。恐る恐る瞳を開けると目の前にはにはパイがよく知る、白い髪をした少年が安堵の表情を浮かべていた。

 

「危なかったな、トビ子! ベルが急に飛び出すからびっくりしたぞ」

 

「でも、ナイスでしたよベル様! パイさんも大丈夫ですか?」

 

 赤い髪の青年・・・・・・そして見覚えのあるハンマーを持った少女がそれぞれの愛用の武器を構えて立っていた。

 

「・・・・・・ベル? リリルカも・・・・・・ヴェルフも・・・・・・」

 

「リリ! ポーションをパイさんに渡して」

 

「ミノタウロスの時は直ぐにやられちまったからな・・・・・・頼りないだろうが、援軍に来たぞ! トビ子!」

 

「はい!? ミノタウロス!? どういうことなのかな!? 皆、十一階層に行ったんじゃなかったのかな?」

 

「それだけ話せたら、結構大丈夫そうですね。パイさん、取り敢えずコレを飲んでください」

 

「へっ・・・・・・ああ、うん。ありがとうかな、リリルカ」

 

 突然現れたベル達に驚くパイだったが。リリルカから手渡されたポーションに口を付け飲み干す。

 

 ミノタウロスとの激闘を繰り広げた、九階層からの帰り道。ポーションで体力等を回復させたベル達が帰還しているさなか、突然ベルが異変に気づき駆け出した。

 

 突然の行動に驚き、ベルの後を追いかけたヴェルフとリリルカが見たのは、見知らぬモンスターに追撃をされそうになっていたパイであった。

 

 “見知らぬモンスター”。ベル達にとっては雷狼竜はパイの描いたイラストのみであり、現物は見るのは初めてであったが、目の前のモンスターがダンジョンの少なくとも六階層に存在し得ないモンスターである事は、瞬時に理解できた。

 

「って、そんなことよりも、ベル! 危ないかな!! モンスターの目の間にいきなり飛び出すなんて・・・・・・」

 

 若干の混乱から落ち着きを取り戻したパイがベルに叱責する。

 

「僕たちは冒険者です。守られる存在じゃないんですから、自己責任でやりました」

 

 だが、そんなパイの叱責に対して、ベルが返した言葉にパイは己の間違いに気付く。

 

 パイの視界にはこの【オラリオ】で“守りたいと思っていた”仲間がいた。

 

(いつの間にか、皆を見下していたのかな?)

 

 それは違うとパイは否定する。彼らは守るべき対象ではないと、共に戦える仲間なのだと・・・・・・。

 

 だが、それと同時に、どこかで『ハンター』と『冒険者』が違う存在であると、そう考えている自分が居た事を今になって自覚した。

 

 そして、同時にそれがどれほど目の前の彼らを・・・・・・『冒険者』を侮辱していたかも理解する。彼らは『冒険者』である。自業自得、実力主義、その世界で生きる彼らと【大陸】の『ハンター』。お互いに知恵と武力を持って戦うという点に置いて、さしたる違いなどはない。

 

 そこに、どれほどの差があるというのか・・・・・・目の前の弟子は『冒険者』であるが、パイが育てた『ハンター』の卵でもある。

 

 ――【大陸】のパイ・ルフィルと言う『ハンター』は臆病である。だから、常に安全圏を超えた行動を取ろうとしない――

 

 ――【オラリオ】のパイ・ルフィルと言う『冒険者』は、常に未知に飛び込む自由な人間であった。――

 

 ――【大陸】のパイ・ルフィルと言う『ハンター』は狩りをする度に窮屈さを感じていた・・・・・・自らの殻を破ることなく、何かを喪う事を恐れていた――

 

 ――【オラリオ】のパイ・ルフィルと言う『冒険者』は新しい環境で、“自分を見つめ直すには十分な時間を経た”――

 

 ――パイ・ルフィルは『ハンター』であると同時に『冒険者』である。そして、この場には他にも『仲間』がいる。――

 

 ――今が、今までの自分を超え、変える時だと・・・・・・今までの“常識”が塗り替えられていく感覚に・・・・・・パイは高揚してゆく奥底に沈めていた【狩猟本能】を解き放ってゆく――

 

「こいつは雷狼竜! 【大陸】のモンスターかな! 攻撃手段は上からの手での叩きつけ、跳躍からの突進、普通の突進、バックステップからの尻尾の一撃には絶対当たらないこと! なにより息を吸い込む動作がでたら耳を塞いで、咆哮がくるかな・・・・・・さて、いくよ!」

 

 パイは“仲間”へと短く雷狼竜の攻撃モーションの説明だけを行い、全員が武器を構え・・・・・・そして、同じタイミングで放たれた言葉がダンジョンに響く。

 

「「「「ひと狩り行こうぜ!」」」」

 

 その“セリフ”と共に散開してそれぞれに雷狼竜へと向かって駆け出す。まずはベルが雷狼竜へと真っ直ぐに駆けてゆく。その接近に気づいた雷狼竜が小柄な獲物を叩き潰そうと腕を振り上げ、振り下ろすが、ベルは巧みな体術によって、紙一重でその一撃を回避すると同時にその腕の関節の裏側へと【影刃】を叩きつけるように打ち込む。

 

「やぁ!!」

 

 靭帯に衝撃が走り思わずたじろく雷狼竜の後ろ足、その最も鍛え用のない部分、前足の鋭い爪の生え際・・・・・・そこ左右に散ったヴェルフとリリルカがそれぞれの武器が振り上げられる。

 

「ちょっとは痛い目をみるといいですよ!」

 

「俺の友人に痛い目を見させたんだ! お前も痛い思いしろ!」

 

 そう力強く言う二人のハンマーと鍛え上げた太刀がそれぞれ風を切る音と共に振り落とされ――

 

「ぎゃぁわぁぁぁ!?」

 

 ――肉を潰す音と共に悲鳴を上げる雷狼竜。その攻撃に激怒したのか咆哮を発する為に大きく息を吸い込む。その動作をみた全員が即座に口を半開きにして、耳を防ぐと同時に、空気を震わせる膨大な声量がパイ達に襲い掛かる。

 

 空間を暴力的なまでに震わせるほどの声量に全員の顔が苦痛に歪むが・・・・・・その瞳にさらなる戦意を滾らせ己が倒すべき敵を見つめる。

 

 全員が安全な位置をキープしながらも雷狼竜へと牽制と注意を引くように立ち回ってゆく。

 

 多くの冒険者の牽制に雷狼竜が目移りしている隙にその視線を避けるようにパイがこっそりと近づき、地面に『落とし穴』と呼ばれる罠を設置する。展開後の罠がその上に立っていた雷狼竜の真下。急に地面に大きな空洞が発生し、雷狼竜がその穴へと落ちる。

 

 そして、這い出そうと暴れる雷狼竜の頭目掛けて近づいたベルとパイが、左右から双剣の乱舞による斬撃の舞をお見舞いする。

 

 ベルが嘗てのミノタウロスに放った物とは比べ物にならない程の精度となった乱舞攻撃はパイの乱舞と遜色なく、左右対称に同じ動作の斬撃に堪らず悲鳴を上げる雷狼竜。しかしパイ達の猛攻はこれでは終わらない。

 

「とりゃぁぁぁぁ! ジャンピングからの嫌がらせの始まりかなぁぁぁ!」

 

 そして、『落とし穴』から這い上がり、雷狼竜が体勢を立て直そうとした時、その背に即座に背後に移動していたパイが飛び乗る。背中の違和感から振り落とそうとする雷狼竜にしがみつきながら腰からハンターナイフを取り出しその背中に突きこんでゆく。

 

 そして、暫しの攻防が繰り広げられ、遂に雷狼竜が痛みにたまらずその体を地に伏せた。

 

「みんなぁぁぁ! 今がチャンスかなぁぁぁ!」

 

 その瞬間――パイを除く全員が雷狼竜の頭部へと殺到し己の技量のすべてを込めて斬撃と打撃を加えてゆくが、雷狼竜も黙ってはいない。痛みに耐えて立ち上がり、全身を振るように暴れる。その雷狼竜の抵抗にリリルカとヴェルフが吹き飛ばされるが、ベルだけがその攻撃を躱し、そして、そのままの勢いで回り込んだ先、狙った訳ではないだろうが雷狼竜の背後の尻尾へとその黒き刃を振り下ろす。その刃が綺麗に尻尾の真ん中・・・・・・脊髄まで達するがその次の瞬間、刃から小さな異音が発し――

 

 ――キィン――

 

 それは【影刀】の刀身が砕ける音であった。突然の相棒の紛失に、ベルは一瞬だけ驚きに表情を歪めた物のベルの中にある狩猟本能が視界に入った物を捉えていた。ヴェルフが吹き飛ばされた時に落とした太刀。ベルは転がるように太刀の前に向かうとソレを拾い“相棒”が切り開いた傷跡へと寸分違わぬ斬撃を放ち――見事に雷狼竜の尾を切断してみせた。

 

 痛みに転がる雷狼竜と、振り落とされたいたパイが同じタイミングで立ち上がる。雷狼竜と正面から視線を合わせ・・・・・・交差する視線がこの戦いがもう長くないことをお互いに悟らせる。

 

 雷狼竜がその四肢に力を蓄えパイへと突撃を行う。決死の行動に対してパイはその足で地を蹴り雷狼竜の目の前で跳躍する。

 

 【天翔空破断】。パイが扱える双剣の狩技の中で最大の威力を誇る狩技であり、もっともスキは大きいが当たれば高威力の技でもある、“切り札”である。

 

 飛び込んできたパイに顔面を斬りつけられ、思わずひるむ雷狼竜の最後に見たものは、宙に浮かんだ狩人の瞳とその手に握られた蒼と紅に光る剣の双刃を叩き込む瞬間であった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルはその瞬間に心が震えるのを感じていた。

 

 雷狼竜に吹き飛ばされ、直ぐに立ち上がれずとも、ベルは雷狼竜をその目で追っていた。その雷狼竜へと飛び上がりながら斬撃をお見舞いしたパイが、そのまま高く跳躍し雷狼竜の頭部を回転しながらも、落下の衝撃を乗せた一撃で雷狼竜の額を叩き割った瞬間を―― 

 

 綺麗に着地したパイの背後、その必殺の一撃を受けた雷狼竜は、最後の抵抗に頭を上げようとしたものの、直ぐに力尽きその体を地面へと倒れさせる。

 

「・・・・・・これが・・・・・・ハンター・・・・・・」

 

 ベルは思わず笑みを浮かべる・・・・・・いままで話に聞くだけの物が現実の光景としてその目に焼き付けた瞬間――少年の心にあたらなる情景が生まれたのであった。

 

「いやぁ、本当に助かったかな! ありがとう、ベル! リリルカ! ヴェルフ!」

 

 お互いに防具もボロボロであるが元気な様子で駆け寄ってくるパイに三人は痛む身体をポーションで直しながらも合流する。

 

「所で、改めて聞くけど、皆なんでこんな所に? 確か十一階層に行くとか言ってなかったかな?」

 

「ええ、実は・・・・・・」

 

 時間帯的にもこんな浅い階層にベル達が居る事に疑問を覚え、訪ねたパイにベルが説明する。

 

「なるほど・・・・・・よく勝てたねぇ・・・・・・」

 

「僕もそう思いますよ、パイさんがインファイトドラゴン用にってアイテムポーチを預けてもらってなかったら危なかったかもしれません」

 

「なんというか、絶妙な戦い方だったけどなぁ・・・・・・最後一歩手前を除いてだけどな」

 

「そうですね。ベル様は道具も魔法も使い分けて強敵を見事に打倒しましたよ」

 

「ただ、貸していただいたアイテムも殆ど使い切ってしまいました・・・・・・」

 

「命あってのって事だからそこは気にしていないかな。寧ろ、妙に渋って怪我した時の方が怒るかな」

 

 パイの気遣いにベル達も笑う。そして、腕をぐるぐると回しながら、パイは雷狼竜へと近づく、察したベルもそのあとに続き、二人で黙々と雷狼竜を解体し始める。

 

 自然にモンスターの解体を開始する二人にヴェルフとリリルカはドン引きしている。魔石などを回収する時と同じような光景なはずなのに何故か生々しく感じるのはなんでだろうか。

 

 剥ぎ取りを終えて・・・・・・本来ならば、『ハンターズギルド』の分までも取りきりアイテムポーチへと詰め込んでゆくパイ。ホクホク顔の彼女はふと、雷狼竜の爪の間に何かが挟まっているのを見つけ、それを確認すると突拍子のない奇声を上げる。

 

「もあぁぁぁぁ!!? これは! 『ドキドキノコ』じゃないかな! いや、これは確かにドキドキノコだぁぁぁ!!」

 

「ええ? あの、もしかしてそのドキドキノコって・・・・・・パイさんの世界の『モドリ玉』の材料じゃ」

 

 以前に調合の手ほどきを受けていた時に耳にした記憶を掘り起こして尋ねるベルに、嬉しそうに頷くパイ。

 

「もしかしたら! 私は【大陸】に戻れるかもかなぁぁぁぁ!!」

 

「「「・・・・・・ふぁ?」」」

 

 突然の出来事にベル達からは間の抜けた声が漏れるのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 『現在調合中。邪魔するべからず』と書かれたドアをミアハとナァーザ怪訝そうな表情を浮かべてが眺めている。

 

 ダンジョンから急いで帰ってきたと思えば。張り紙を即座に作り部屋に引きこもったパイにミアハとナァーザは顔を見合わせる事しかできなかった。

 

「なぁ、ナァーザよ。何か心当たりがあるか?」

 

「パイの事ですよね・・・・・・私は無いです・・・・・・」

 

「そうね、あの子にしては珍しいわね」

 

「「「うーん?」」」

 

 そしてしばらくすると、パイの私室から奇声が木霊し、ミアハとナァーザがその声にビクリッっと肩を震わせる。そして、ドアが開け放たれパイが高々と丸い何かを掲げて高らかに叫ぶのだ。

 

「モドリ玉ができたかなぁぁぁぁ!! これで帰れるかもなぁぁぁ!!」

 

「・・・・・・おうっ?」

 

「・・・・・・むぅ?」

 

「パイが帰るですって・・・・・・そう、寂しくなるわね」

 

「「「・・・・・・んっ?」」」

 

 その時になってパイ、ミアハ、ナァーザは自らの本拠に全くの招かれざる客が居る事に気がつき、その客から即座に距離を取った。

 

「「「びっくりしたぁ!? アンタどこから出てきたの!?」」」

 

 脈略もなしに突如『青の薬舗』に出現したフレイヤの存在に全員が同じ言葉を同じタイミングで叫ぶ、その言葉に「あら、辛辣ね。さっきから居たじゃない」と悪そびれもせずに告げるフレイヤ。

 

「いや、フレイヤよ・・・・・・むしろなぜそなたがここに居るのかって事が問題なのだがな・・・・・・しかも護衛もなしに」

 

「ミアハも心配性ね。外にアレンを連れてきているから大丈夫よ。所でパイ。さっきの話だけど、本当?」

 

「フレイヤさんの言う本当ってのは、帰れるって事かな? 確証はないけどね。やってみる価値は十二分にあるとは思うかな」

 

「・・・・・・流石にあと九十年ぐらいこっちに居てもいいのよ?」

 

「超、高確率で死んでる未来しか見えないかな?」

 

 流石は不死の存在スケールがデカすぎて対応に困るパイ。フレイヤも流石に冗談よ。とは言ったもののどこかその表情に陰りが見える。

 

「んー・・・・・・取り敢えず、今からみんなに挨拶を済ませてこようとは思ってるかな。流石に何も言わずにってのもアレだし」

 

「そうね・・・・・・私の所はいいわよ、パイ。またね」

 

 そう言って、青の薬舗から出て行くフレイヤ。なぜここに居たのかという疑問は晴れないままであったが、パイは気にせずに『モドリ玉』をアイテムポーチに仕舞い込み【オラリオ】の街を駆け出すのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 そして次の日。

 

 『ハンター』を見送る為に数多くの人々がミアの好意によって貸切となった『豊穣の女主人』へと集まった。その中心ではパイが『モドリ玉』を持って各自お世話になった人々と仮初である別れの挨拶をしていた。

 

 『モドリ玉』がその効果を発揮するか決まっていない今、お互いにヌカ喜びもできない。しかし、“もしちゃんと戻れた場合”のことも考え、形式場だけでも挨拶を行っていた。【ミアハ・ファミリア】のミアハとナァーザとは昨晩のうちに話し合っており。ここでは軽く会話したのみであるがお互いに笑顔で別れられる。そうパイも思っている。

 

 【ロキ・ファミリア】からはロキ直々に見送りに来ていた。パイと知り合いの団員の殆どが遠征に向かっており、彼女自身がそれを望んだ結果でもあった。

 

「ほな、一応は“またな”パイ! ほんで向こうに帰れたら。例の件、頼んだで?」

 

「わかったかな! ロキさんも元気で! アイズ達には悪いけどよろしく伝えて欲しいかな」

 

「まかせぇ!」

 

 お互いに簡単な確認を済ませ別れる。パイは次に【ヘファイストス・ファミリア】の関係者へと向かう。椿もまた【ロキ・ファミリア】の遠征に同行しておりその姿は見られなかった。

 

「ヘファイストスさん。ありがとうございましたかな! 最初の会えた神がヘファイストスさんで良かったかな!」

 

「そのあたりは、持ってきてくれた素材で十分にお釣りが来るわよ・・・・・・向こうに帰っても元気でね、パイ」

 

「お前は相変わらずだな。トビ子。とにかく、ありがとうな、お前がベルやリリルカと引き合わせてくれた気がしてならねぇ・・・・・・元気でな」

 

「それは違うかな! ヴェルフは鍛冶師として顧客を見つけただけかな! 全部ヴェルフの努力の結果なのかなー! あと例の物は自由に使ってくれたらいいかなー!」

 

「・・・・・・おう、ありがとうな! じゃあ、またな、トビ子」

 

 そして、【ソーマ・ファミリア】のリリルカとソーマも見送りに来ており、パイも二人に挨拶をする。

 

「リリルカ! ソーマさん! お見送りありがとうかな!」

 

 パイの言葉に二人はそれぞれに笑顔で頷く。

 

「パイよ、お前のおかげで酒造りと同じぐらいに楽しみもできた・・・・・・ありがとう」

 

「パイさんは【ソーマ・ファミリア】の恩人ですしね・・・・・・向こうでもお元気で・・・・・・」

 

「なぁに! 一度こっちに来れたんだから、とっとと原因探してまた遊びに来るかな!」

 

 どこかしんみりとした雰囲気をぶち壊すように明るく笑うパイに二人もまた笑い彼女と別れる。

 

 『豊穣の女主人』のメンバーも仕事の合間に別れの挨拶を済ませてゆく。

 

「あー。せっかくパイと友達になれたのに・・・・・・向こうでも元気でねぇ!」

 

「シルも元気でかな、あまりベルをいぢめちゃダメだからねー」

 

 抱きつくシルの背を叩きながら別れると次にリューが近づいてくる。

 

「パイ、短い間でしたが、貴女と働けて楽しかった・・・・・・機会があればまた会いましょう」

 

「リューはもっと笑顔になれば可愛いと思うのに・・・・・・まぁ、そこがリューらしいかな! またね!」

 

「・・・・・・貴女のそういう所は・・・・・・その、気恥ずかしい」

 

 パイの裏表のない言い方にリューは顔を赤らめそそくさと仕事へと戻っていった

 

 他にもアーニャ、クロエ、ルチア・・・・・・最後にミアとも簡単な別れの挨拶を済ませてゆく。

 

 パイが周りを見渡すと出会った全員ではないが、色々な人々が彼女の為に見送りに来てくれる。それだけでパイは自分の行動に間違いがなくそれを誇りに思えていた。

 

「ハンターのおねえちゃん!」

 

「おおっ! おチビちゃん。とお母さんかな・・・・・・怪物祭以来かな!」

 

「怪物祭の時は本当に娘がお世話になりました」

 

「いいってことよー!」

 

「ねぇ、おねえちゃん・・・・・・次はいつ帰ってくるの?」

 

 獣人の少女の言葉にパイは一瞬困ったように眉をひそませる。

 

「実の所、私にもわからないかな。ちょっと場所が遠くてさ・・・・・・まぁ、頑張って来れるようにはするかな!」

 

「ん・・・・・・わかった」

 

 悲しげに耳を垂れさせ俯く少女。その頭を撫でながらパイは笑顔を浮かべる。

 

「大丈夫かな! 多分会えるかな! 私は勘がするどい『ハンター』なんだからね!」

 

「・・・・・・うん! またね、おねえちゃん!」

 

 そして、『便利屋』のつながりで多くの神と別れの挨拶を済ませてゆく、この【オラリオ】の街でであった人々。その中で最後に【ヘスティア・ファミリア】の二人が待っていた。

 

「ヘスティアもありがとうかな!」

 

「なに、トビ子君には何だかんだで色々として貰ったからね・・・・・・良くも悪くもね」

 

「あはは・・・・・・んっ? その用紙はなにかな?」

 

 ヘスティアが胸に挟み込んだ紙を見たパイが尋ねると、ヘスティアはどこか呆れを含んだ苦笑を返し「見たら驚くよ・・・・・・何も言わずに見てくれると嬉しいね」と言うと、パイへ用紙を見せる。それはベルのステイタスの写しであった

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

 

力  :SS 1011 →:SS 1091

 

耐久 :SS 1093 →:SS 1098

 

器用 :S  971   →:SS 1012

 

敏捷 :S  989  →:SS 1029

 

魔力 :S  994  →:SS 1024

 

 

《魔法》

 

【ファイアボルト】

 

 ・速攻魔法

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

【憧憬一途《リアリス・フレーゼ》】

 

 ・早熟する。

 

 ・懸想が続く限り効果持続。

 

 ・懸想の丈による効果向上。

 

 

【怪物狩人《モンスター・ハンター》】

 

 ・モンスターと戦闘時ステイタス補正。

 

 ・【ハンター】と行動時ステイタス上昇。

 

 ・パイ・ルフィルを師と想う限り効果持続。

 

 ・特定の狩技を使用可能。

 

 

 

 ベルに発現した新たなるスキル。【牛恐怖症《オックス・フォービア》】に変わる【怪物狩人《モンスター・ハンター》】にパイは瞳を見開きそのままベルに視線を向けると、ベルは気恥かしそうに小さく笑う。

 

「なぁにコレ・・・・・・パイ、理解できないかな・・・・・・しかもコレ、ヤバくない?」

 

「気持ちはわかるけど察してくれよ・・・・・・君だけなんだぜ? 見せるのも・・・・・・本当は機密なんだから・・・・・」

 

 パイは【情景一途】の欄に指を指す。ヘスティアも諦めたのかそこに関しては最低限のこと以外は何も言わずにさらっと流す。

 

「なにより、この【怪物狩人】・・・・・・妬けちゃうぜ、あんだけ酷い目に逢ってるのに、実はベル君はドがつくほどの被虐趣味があるのかって思ってしまうよ」

 

「はっはっは、何を馬鹿な・・・・・・もしそうならそれ以上に先輩ハンターからいぢめられてる私とか超がつくほどのドMって事になるかな」

 

「ちょっと待て、気のせいか、なんかイジメられているの発音がおかしくなかったかい?」

 

「気のせいかな・・・・・・しっかし。“モンスターハンター”ねぇ・・・・・・おめでとう、ベル! そんなベルにはお祝いが必要かな!」

 

 パイは少し考えた後に屈託のない笑顔のままベルへと近づく、キョトンと首を傾げるベルの前に立つと、パイはおもむろに背負った愛刀をベルへと差し出す。いつかのベルの故郷で行われた記憶が不意にベルの中で思い出された。あの時は無様に地面へと落としてしまった剣をベルは力強く握り受け取る。

 

「【影刀】が折れちゃったからね。ちなみに、本当は武器をあげたりとかはしちゃダメなんだけどね・・・・・・本当に強くなったかなベルは・・・・・・だから、私からの餞別かな」

 

 パイの言葉を聞いた瞬間、ベルの表情が歪んだ、何かを堪える様に歯を食いしばるがそれも無駄と理解したのか俯き・・・・・・地面に雫を落としながらも震える声のままパイへと礼を言う。

 

「パイ・・・・・・さん、いえ、僕が強くなれたのはパイさんや皆さんのおかげです! 本当に・・・・・・ありがとうございました!」

 

 ベルの涙ながらの言葉にその場にいた皆がパイとベルを見守る。ほぼ一年前から始まった短い間の師弟関係。その深さは当事者にしか理解できない物であるだろう。

 

「男の子がこんな事で泣かないのかな! 笑うといいかな! 笑うといいかなー!!

 

「グスッ・・・・・・そう、ですね・・・・・・はい、もう大丈夫です。では、パイさん」

 

「・・・・・・うん。じゃあ、皆! “行ってくるかな”!」

 

 せーのっ! っと掛け声を出しながら【モドリ玉】を地面に叩きつけると緑色の煙幕がパイを包み込み、その煙が四散する頃には『ハンター』の姿は【オラリオ】から消えたのであった。 

 

 

――――――――――――――

 

 

 我らの団のハンターは苦戦を強いられていた。

 

 相手は【千刃竜《セルレギオス》】空中からの襲撃とその鋭利な鱗による【裂傷】が厄介な飛龍型の大型のモンスターである。黄土色のギザギザな鱗と赤いトサカが特徴であり、怒ると全身の鱗が逆立つ。飛ばれた時の飛龍対策である、彼のアイテムポーチの中にあった『閃光玉』が無くなってからそれなりの時間が経っている上に、我らの団のハンターの攻撃を警戒してなかなか上空から降りてこないのも厄介な要因である。

 

(やっぱり、G級の千刃竜は強いな!)

 

 羽を震わし投げナイフのように飛ばしてくる龍鱗を匠に回避しながらも我らの団のハンターの中に焦りが生まれつつあった。そしてその焦りの隙をついて千刃竜の接近を許してしまう。

 

 愛用の太刀では対処しづらい近距離まで来られたら出来る対処も少ない。我らの団のハンターはダメージを覚悟し少しでも威力を減らそうと体勢を変えたその時・・・・・・視界の端に見知った空間の歪みを発見する。

 

(あの歪みは・・・・・・まさか、例の失踪事件の・・・・・・こんな時に!)

 

 先日の空間の歪みに引き込まれた【雷狼竜《ジンオウガ》】の一件は『ハンターズギルド』に報告を受けて対応が急がれていた。その場に居たユクモのハンターなど調査隊の到着の遅さにお冠であったそうだ。

 

 そして、それは逆に言えば向こうからも何かが来る可能性もあるという事、新たなる驚異に我らの団のハンターはその顔に緊張を走らせる。

 

 ――しかし――その歪みから現れた者は。未知のモンスターなどではなく・・・・・・“数ヶ月ぶりに見る”馴染みのあるハンターであった。そのハンターは【オラリオ】から『モドリ玉』で帰還した先で真っ先に落ちた先。千刃竜の背にまたがる形となった。

 

「きょえ・・・・・・?」

 

 突然の重みに千刃竜から間の抜けた声が砂漠に響く。

 

「へっ・・・・・・? ――ほわぁ!?」

 

 瞳をパチクリとしながらもパイは周りを見渡し、最後に自分の乗ったモノを見て悲鳴を上げる。

 

「・・・・・・えっ・・・・・・トビ子ちゃん?」

 

 我らの団のハンターは信じられない物を見たように探し人であった少女を呆然と眺める。

 

 砂漠の風が砂塵を巻き込み二人と一匹を撫でる。空気が凍ったかのように誰もが動かない。だがそんな時も時間にして半秒もなかった。

 

「きょえええええええ!!?」

 

「うわぁぁぁぁ!? なんでぇ!? 千刃竜!? なんでぇ!?」

 

 我に返り暴れだすに状況がまったく分からずにしがみつくパイ。コントのような光景に我らの団のハンターは困惑しながらもパイに告げた。

 

「ええええええ!? いや、取り敢えず、トビ子ちゃん! そいつを落として貰える!」

 

「ふぉぉぉぉ!? 帰ってきて早々のまさかのハンティングなのかなぁー!!」

 

 ハンターナイフを取り出し、一心不乱に千刃竜の背中を突くパイ。こうして、多少のドタバタがあったものの、パイ・ルフィルという『ハンター』件『冒険者』件『便利屋』の少女は無事に【大陸】へと帰還したのであった。



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ハンター短編エピソード1

なんだか細々した物を書きたくなってのんびり書いてました。

パイが【オラリオ】に戻ってきて【大陸】へ戻るまでの間の話です。

こちらは前編になります。


『バイトは労働に入るのかな?』

 

 いつもの用に活気にあふれる店内。夜の闇が深くなってしばらくの時間が経ち。酒の席の酔の具合もちょうどいいぐらいになった頃。『豊穣の女主人』のテーブルにはちょっと変わったメンバーが食事をしている風景があった。

 

本来、他派閥との関係というのは【ファミリア】の窓口を通す場合が多い。お互いに得意な分野でパイプを作っていく関係である以上、商売敵なども存在する。

 

 案外そのあたりで言えば、探索系を主軸にしている【ファミリア】などは全員が商売敵であるとも言えるかもしれない。

 

 同派閥のメンバーならともかく、同盟などの協力関係にあるならともかく、他の派閥の人間同士が同じテーブルで食事をするというのは・・・・・・それなりに珍しい図でもある。

 

「ふぅ・・・・・・しかし、パイさんはなんというか・・・・・・多才ですよね?」

 

 そう呟く、小人族の少女。リリカル・アーデは『豊穣の女主人』の制服の似合う『ハンター』とその手に持たれた料理と酒に目が向く。何故か現在、彼女達の知り合いの“異界の狩人”はウェイトレス姿で給仕をしている。

 

「つか、この料理もアイツが作ったんだろ? なんでミアと同じぐらい美味いんだよ・・・・・・」

 

「トビ子のスペックがおかしいのは思っていたが。ホントに器用にこなすよな・・・・・・」

 

「うん。トビ子の作ったじゃが丸君もおいしい」

 

 上から、【ロキ・ファミリア】所属の【凶狼】ベート・ローガが呆れたように呟き。【ヘファイストス・ファミリア】所属のヴェルフ・クロッゾもその呟きに同意する。そして、無表情でひたすらじゃが丸君というコロッケモドキを口にしつづける【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「パイさんは僕を鍛えてくれていた時は、毎日食事を作ってくれてましたからね」

 

「そうなのかい? ベル君。毎日の様に食事を作ってもらえるなんて、幸せ者じゃないか。まぁ。今は僕も時折ご馳走してもらってるんだけどね」

 

「ドチビの意見に同意するわけちゃうけど、パイたんの料理は旨いからなぁ、はぁ、ウチのとこ入ってくれんかったんや・・・・・・」

 

 【ヘスティア・ファミリア】所属のベル・クラネルがかつての生活を会話のネタにしてそれに乗る、ヘスティア神とロキ神。ふたつの【ファミリア】の主神・・・・・・それも片方は大手の【ファミリア】である事も含めて混沌とした雰囲気を出していた。

 

 『ミノタウロスの一件でのベート・ローガ、デレ期事件(ロキ命名)』から二週間ほど経っていた。色々とべートに対する扱いに・・・・・そう、色々と変化が訪れていた頃。

 

 なぜ、このような状況になっているのか・・・・・・それを語る前に、何故、パイが『豊穣の女主人で働いているのか。まずはそこから語らなくてはならないであろう。

 

 

――――――――――――――

 

 

 話はこの時から四ケ月前まで遡る、場所は【ミアハ・ファミリア】の本拠である『青の薬舗』での出来事であった。

 

「今日、『豊穣の女主人』に行ってくるかな」

 

 その日は実に快晴でありった。青空の広がる天気の良い日の事。【ミアハ・ファミリア】のホームで主神を含めた三人で朝食を取って片付けたあと、『ハンター』のパイ・ルフィルが思い出した用に言う。その言葉に「じゃあ。今日はみんなでいく?」とナァーザが乗ってくる。

 

「あー違うかな。お客さんじゃなくて、店員としていくかな」

 

 誤解を与えた事を誤り訂正するパイに「バイトか? パイには十分に稼いでもらっているから、そんなに貯蓄に問題があっただろうか?」と首をかしげながら、ミアハが尋ねる。彼の記憶の中でも金を使い込んだ記憶もないので不思議そうな表情だ。

 

「うん。そうかな。“ちょっと、一年ほど前に迷惑かけちゃったみたいだからさ”・・・・・・【ファミリア】の業務に支障がない程度ならって、条件で受けることにしたの・・・・・・」

 

「「ちょっと、何しでかしたの?」」

 

 ミアハとナァーザが顔を見合わせた後、同じタイミングでパイに向き直り同じ言葉で尋ねる。その二人の対応に苦笑を浮かべながらもパイが答える。

 

「二人には、前にオラリオでやりすぎたから、オラリオを離れたって言ったかな? その時の話なんだけどね。まぁ、リリルカの話でそこの所はその子に聞いて欲しいかな。あまり他人が話す内容でもないし。とにかく、その時に不可抗力で【アレ】を投げることになってね」

 

 【アレ】というワードが出た瞬間、ミアハとナァーザの視線が店に不釣り合いな金庫へとの向く。お互いに「ああ・・・・・・【アレ】か」と呟くと大丈夫と理解できても、生理的にアウトな劇物を、二人で懇願してでも金庫に置いてもらった。その記憶を思い出す。

 

「もしかして、その【アレ】が炸裂したなら。それは、あれか? もしかして・・・・・・人的被害・・・・・・か?」

 

 恐々とした様子で確認するミアハの様子にナァーザも怖気を感じたようにブルリッ――と震える。

 

 パイも最近になって【アレ】の正しい評価というのをわかってきた。昔、【オラリオ】に来る前の事。ベルと過ごした村の畑の肥料が足りなかった時に。パイが「肥料? 畑にはこれ使えるらしいよ?」と持ってきたのが【アレ】だった。

 

 妙に手馴れた手つきで畑に放り込まれた。【アレ】が炸裂し、周囲に芳醇な・・・・・・あまりのも酷い悪臭が巻き散らかされた。村の人々が異変に気づき集まる中。平然と畑を耕すパイの姿にベルを含む村の全員が戦々恐々した事も、ハッキリと思い出せる。

 

「えっと・・・・・・うん、人には投げたかな・・・・・・違うよ!? ミアさんとか従業員は関係ないよ! ただ、投げた場所がさ・・・・・・店の裏路地・・・・・・だったんだよ」

 

「「営業妨害としか思えない」」

 

 真顔で言うミアハとナァーザに流石にパイも半身を引いて表情を曇らせる。二人から若干目を反らし、やや不機嫌そうな顔を浮かべる。

 

「うっ、わかってるかな! だから・・・・・・こうして、罪滅ぼししてるかな」

 

「パイもこっちの常識がわかってきてると思うから、余程の事がなければ、もうそんな事しないとは思うが。それなら直接誤ったらどうなんだ? パイならそっちの方法を取ると思うが」

 

「ミアハさん。それは真っ先に考えたよ。でもね。ミアハさんは言えるかな? 「あのクソみたいな事件の犯人を見つけたら、私の獲物で掘る!」って鬼神の如く殺気を撒いている、ミアさんを前にして、言えるかな?」

 

「・・・・・・人生。知らないことが幸せな事はある・・・・・・。なるほど・・・・・・ナァーザよ。今日の夕餉はどうする?」

 

 ミアハは聞かなかった事にして、話題を変えるためにナァーザに尋ねる。ナァーザも「そうですね・・・・・・」と思案するも直ぐに答えが出ない様子だ。

 

「なら、二人は、私のオススメの店に行くとかどうかな? 私は気にしないし、今は懐に余裕もあるしね」

 

 そのパイの言葉に、最近全く贅沢も出来ていなかった二人。たまにはと素直に甘え頷く・・・・・・。

 

 ナァーザの淡い思いを知っているパイとしてもその恋を応援したいと思っており、どこか初々しい反応をする二人を見つめながら準備を進めていくのであった。

 

 そして、場所は『豊穣の女主人』へと変わり、緑色が目立つウェイトレス姿となったパイがそこに居た。それを囲むように数人の娘とそこの店長を務める女性である、ミア・グランドがパイの姿を見てから、うんっと頷く。

 

「リューとシルが、『便利屋』なんて胡散臭い奴に依頼を出すって行った時は、ちょっと不安だったけどねぇ。実際に会ってみると、中々に心の強そうな娘じゃないかい! 気に入った、今日は忙しいけど頼んどくよ!」

 

 そう言ってパイの頭を豪快に撫でた、ミアは頼もしい笑みを浮かべたまま厨房へと向かってゆく。これより残った下ごしらえを済ませに向かったのだろう。

 

「改めてよろしくね! パイ!」

 

「よろしくかな。シル、リュー!」

 

 同じくウェイトレスの服装に身を包んだシル・フローヴァとリュー・リオン。彼女達に依頼されて『豊穣の女主人』に臨時のバイトに入ったパイだったが、彼女自身は案外と接客や料理もソツなくこなすタイプの人間であり、【大陸】でも集会所などの手伝いなども何度か経験しているのでこう言う場所での労働もそれなりに手馴れていた。

 

「おミャーが例の『便利屋』かニャ? 今日は頼りにしてるニャ、具体的には多少サボれるぐらい・・・・・・イタッ!?」

 

「何を馬鹿な事をいっているのですか? アーニャ。パイ。このような依頼を受けていただいてありがとうございます」

 

 堂々とサボり発言をするアーニャ。フローメルを小突いたリューは小さく微笑み、パイに声をかける。それに胸を叩いて答えるパイ。

 

 バイト初日であるにもかかわらず、人使いの荒さと予想以上の盛況具合に最初こそ戸惑っていたパイだったが、忙しさのピークを越える頃にはそれ相応に順応していた。

 

 ミアも調理の手が足りない時などにダメ元でパイに手伝いを要請すると、予想よりも料理に関する知識が豊富であったパイに助けられていた。

 

「ルフィルは十分に戦力になるねぇ。お前さんがよかったら定期的に臨時のバイトを頼んでもいいかい?」

 

 手厳しい彼女が嬉々として戦力として扱うという発言に他の従業員が驚いたりと色々とあったが・・・・・・そのバイト初日に事件は起こった。

 

「お疲れ様、パイ。始めてだったのにすごく動きが良かったよね」

 

「シルもお疲れ様なのかな、以前に酒場で手伝ってたからそういう経験もあると思うかな。所で、それは何かな?」

 

 営業時間も過ぎ、軽い片付けと掃除も終え、休憩がてらの自由な時間にパイに話しかけたシルがパイの目の前に置いた物にパイは当然の疑問を口から出す。

 

 ソレは緑がかった発光色の液体であった。食器に入れられスプーンが添えられており、おそらくは食べ物なのだろう・・・・・・外見で判断するのはあまりよろしい事ではないが、果たしてこれは口にして胃に落としていいものなのかどうか・・・・・・判断に困るひと品であった。

 

「ふふ、頑張ったパイに私からのまかない料理だよ。遠慮せずどうぞ♪」

 

 目の前に出された物品Xに自然に周りに視線を向けるが、奇しくもシルとパイ以外の全員がほかの場所で何かしらの行動をとっており、シルの行動に注意を向けていない。

 

「えっ・・・・・・あっ、はい・・・・・・では、いただきますなのかな」

 

 不穏な雰囲気を感じながらもやや粘度のある汁物をスプーンですくうパイ。明らかに天井などの光量とは違う本来から発光しているであろう物体・・・・・・いっそ、モンスターの素材だと言われた方がしっくりくる物だが、ニコニコと笑顔で進めるシルに手前文句を言う訳にもいかず・・・・・・意を決してソレを口に含んだ。

 

「ふぅ・・・・・・パイ、お疲れ様です・・・・・・はっ!? パイ、それを口に入れては!!?」

 

 床掃除を終えて、一息をついたリューは、パイの方を振り返りそこで、シルがパイに渡した物を認識した瞬間、顔を驚愕に染めて危険を伝えようとするが――

 

「もぐもぐ・・・・・・なんだろかな? 『増強剤』を煮詰めて『猛毒袋』の中で熟成させた上に、腐った『モンスターのキモ』と混ぜたような・・・・・・んぐぅ!?」

 

 劇物を混ぜ合わせた味だと語ったパイはその言葉の後に顔を人間では表現できなさそうな色に変えて、腹を抑えて立ち上がり泡を吹いてぶっ倒れた。

 

「シルゥゥゥ!! あんた、また厨房で猛毒作っただろォォ!! うおっ!? ルフィルが見たこともない顔色して泡吹いているじゃないか・・・・・・クロエ! ぼぅっとしてないでディアンケヒトの所の【聖女】連れてこい!! 急患だと言ったらすぐ飛んでくるから!」

 

「わわわっ、わかったニャ!? ミア母さん! パイ! それまで死ぬんじゃないニャよ!」

 

 びくん、びくんと体を痙攣させるパイの体を押さえつけ、舌を噛まないように口に詰め物(雑巾(使用済み))を詰め込み、数十分後にクロエと共に駆けつけたアミッドが別の意味で戦慄した表情のまま解毒を成功させ、なんとか治療に成功したパイ。

 

 そんなパイもすぐに気がつき、後遺症などの心配をした【聖女】。アミッド・テアサナーレが心配そうに声をかける。

 

「ルフィル。大丈夫ですか? 気分はどうでしょうか」

 

「アミッド・・・・・・私、そうとうやばかったのかな?」

 

「ええ、おそらくは相当に強力な毒物を投与されたのでしょう。あと少し遅かったら危なかったでしょう」

 

 事情の知らないプロから毒物扱いされた発光色の液体は他の従業員の手によって証拠隠滅を図られていた。パイは冷や汗を浮かべる。流石に多少の物であればビクともしない胃袋を持つ彼女だが、そのパイであっても死に直結しかねない劇物をシルが作り出したということなのだろうか?

 

「おっかしいなぁ・・・・・・今日のは自信作だったのになぁ」

 

(・・・・・・自信作って・・・・・・毒物制作の?)

 

 っと、アミッド以外の全員が思う。パイはその日に知ったことだがシルの作るものは全体的に食べられたものではなく、それでいてポジティブな正確であるシルは毎回懲りる事なく劇物を製造しているらしい。

 

 とにかく、体調が戻った事をアミッドに告げると安心したような表情を浮かべ【ディアンケヒト・ファミリア】の本拠へと戻ってゆく。安全の為に送っていったクロエを見送り、クロエ以外の視線がシルに向かう。

 

「えへへ・・・・・・その~・・・・・・えへっ」

 

 そう言って舌を出して笑うシルに全員が重いため息を吐く。彼女の料理の犠牲者は従業員全員であり、時折お願いされる味見になんども味覚を破壊されていったことか、今回のような毒物になることは珍しいと後にパイは聞くが、パイが働きに来てからシルの作る物は絶対に口にしないと決めた瞬間であった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 それから、数ヵ月後の時間が経ち、パイも『豊穣の女主人』で多くの回数バイトに入っていた。その日も定期的なバイトの為にバイト先である『豊穣の女主人』に向かっている頃。別の場所、廃墟のような教会の地下室ではとある零細ファミリアの主神が眷属である少年から突拍子もない誘いを受けていた。

 

「初三人パーティ結成祝いぃ? それにボクも誘ってくれるってぇ?」

 

 前日に作られた、やや油の回ったジャガ丸くんのカスを口の周りに付けた【ヘスティア・ファミリア】の主神。ヘスティアが頓狂な声を上げる。

 

 己の眷属、ベル・クラネルがヴェルフ・クロッゾと言うヘファイストスの所の眷属とソーマの所の眷属のリリルカ・アーデの三人でトリオを組んだ事はヘスティアも周知の事である。

 

 特にヴェルフ・クロッゾとは鍛冶師として、直接契約を交わしており自慢の子供が冒険者として良い方向に進んでいる事には満足しているし、リリルカの冒険者とサポーター。二つの視点から見た観察眼と経験も信頼していた。

 

 だが、それはともかくとして、三人の祝いの席に主神である自分が参加するというのもどうかと思う・・・・・・っというのも確かであり、それを提案してきたベルの可愛げある提案に思案するヘスティア。

 

 そんなヘスティアの表情を見て、言い忘れていた事を思い出し慌てて付け加えるベル。

 

「ああ、大丈夫です! 実はヴェルフとリリからも誘って欲しいって言伝をもらっているんです」

 

「えっ? なんでだい?」

 

「【ヘスティア・ファミリア】って僕一人の零細ファミリアじゃないですか・・・・・・それなら、せめてパーティーメンバーの顔を見て貰った方が主神も安心できるって・・・・・・ヴェルフも久しぶりに顔を見たいっていってましたし」

 

 ヴェルフとはヘファイストスの執務室で何回か顔を合わせた事がある、確かに顔見知り程度ではあるが知り合いではある、リリルカという人物とは会った事もないが、随分と殊勝な心意気ではないか。

 

 そこまで言わせておいて、遠慮するのはむしろ相手に恥をかかせる事になるだろう。ヘスティアは笑顔でベル達からの誘いを受けその日の晩に集合場所の『豊穣の女主人』へと向かう。

 

 しかし、『豊穣の女主人』に着いた一行が見たのは。まさかの知り合いの『ハンター』が忙しなく働いている光景であった。

 

「なんで、こんなにお客が多いんだニャー、これもパイのせいかニャー!」」

 

「アーニャ、口を動かすより手を動かしなさい、おまたせしました・・・・・・」

 

「はいよ、六番テーブルと八番テーブルの料理が上がったよ! 嬉しい悲鳴だけどこれほどとはね!」

 

『ルフィルちゃーん! こっちオーダーお願いねー』

 

「はい、わかったかな! すぐ向かうかな!」

 

「ミア母さん! 忙しすぎて。お皿なくなっちゃいました~」

 

「クロエ、今すぐ皿洗いをしな! 勿論リューもだよ!」

 

「キャットピープル扱いのひどい店だニャ~」

 

「・・・・・・手が足りないね・・・・・・パイ! こっち手伝いな、だが、シル。お前はダメだ」

 

「わかったかなー」

 

「え? なんでですか、お母さん!?」

 

「シルやリューの場合は自業自得ニャ」

 

「「「「ルフィルちゃんの手料理を食べれるチャンスキタ━(゚∀゚)━!」」」」

 

 お店ではまず使うことのない表現であろうが、『豊穣の女主人』は混沌の場と化していた。『冒険者』も男神達と一緒に騒ぎ。楽しく呑んでいる。しかし、テンションが高すぎて訳のわからない言葉が飛び交う『空間』にベル達は固まる。

 

「ん? なんや、ドチビやないか。どないしたんや?」

 

 店先で固まるベル一行に声をかける存在に、ベルたちが顔を向けると。神ロキが【凶狼】と【剣姫】を引き連れて歩いてくる所であった。店内を覗き込むロキは「アチャー・・・・・・今日はえらいいっぱいやな」と呟くと。引き返そうとする。

 

『ニ番さんの料理できたかなー!』

 

 その小さな。滝の中で水面に落ちる水滴の音を聞き分けるかのように。ロキの耳にパイの声が確かに聞こえた。聴力の限界を超えた。数多くの会話という騒音の中で捉えた――声――に慌てて振り返る。

 

「ドチビ、説明せぇ!」

 

「トビ子君。バイト。忙しそう・・・・・・これでいいかい? ロキ」

 

「十分や! よしアイズたん、ベート。今日はここで飲もうや!! おーい、席空いてるかー?」

 

「おや、いらっしゃいませこの間ぶりですね、神、ロキ席は空いていますが・・・・・・クラネルさん?」

 

 勢いよく店内に入ってゆくロキに対応をしたのはエルフであるリュー・リオンであった。しかし、ロキの背後にいたベルを見てやや、思案するような表情を浮かべる。

 

「あん? どないしたんや? 席空いてないんか?」

 

「いえ、お席は空いているのですが・・・・・・申し訳ありません、クラネルさん。今日は満席で・・・・・・」

 

 心苦しそうに言うリューに、やっと合点がいったという風に「おおっ」と声を出すロキ。するとロキからヘスティアへ提案を持ちかける。

 

「ようは相席なら席あるんやな? おうドチビ、今日は特別や、一緒に飲むか?」

 

 ロキからの提案に顔を見合わすベル達その様子に「いいんじゃねぇか?」とベートが笑い、「うん。ベル達がいいなら」とアイズも続く。

 

「それなら、ご一緒させてもらいますね」

 

 ベルの返事で他派閥の【ファミリア】のメンツでの飲み会という珍事が起こる。そして席に通されて暫く経った頃・・・・・・冒頭に戻る。

 

 料理の数々が運ばれ、全員が手をつけ始める。いまだ店内の喧騒は激しく。所々で『ルフィル』コールが発生していて、パタパタとウェイトレスが駆け回っている。パイも厨房とホールを行き来しており、まだまだ、解放される様子は無いようだ―――むしろ

 

「・・・・・・ベル。ごめんちょっと来て欲しいかな?」

 

「え? どうしたんですか? パイさん」

 

 話の途中でパイに攫われるベル。呆気に取られる一同の前に、次に姿を表したベルは・・・・・・『制服姿』であった。

 

「ひどいですよ! パイさん、なんでこんな格好しないといけないんですかぁ!」

 

「ベル・・・・・・たん・・・・・・だと?」

 

「予想以上に似合っていて、驚いたかな! 神々よ! これを見るかな!」

 

「「「男の娘きたぁぁぁぁぁぁぁぁ!! これであと10年は戦える!!」」」

 

 いつもは後ろで括っているだけどの髪をほどいたベルは『なぜか。似合っている『豊穣の女主人』の制服を身にまとい。』羞恥に顔を赤らめている、その様子に。ロキとヘスティアとリリルカは無意識に喉を鳴らす。

 

 ベートとヴェルフは遠巻きに――贄――にされた哀れな、兎を肴に飲んでいる。場に流され働かされている友を見ながら思ったことを呟く。

 

「しかし、アイツら、こうして見たら姉弟みたいだな。ベルも女顔ってのもあるが」

 

「髪の色も似ているし、大まかな違いは瞳の色ぐらいか・・・・・・? というか、スゲェなベルのやつ、あの男神メロメロじゃねぇか。トビ子の奴も狙ってやってるんだったらすげぇな」

 

「・・・・・・一応、ベルのやつはココに客できたはずなんだがな・・・・・・『便利屋』のやつもエゲツねぇな。まぁ、俺としては面白いからいいけどな。鍛冶屋もそうおもうだろ?」

 

「同感だ、【凶狼】。同じ立場にはなりたくはないけどな」

 

 あはははと愉快に笑う『ロクデナシ』共を尻目に、じゃが丸君の追加を頼んでいたアイズも「あの二人を同時にモフモフしたいなー」などと邪な事を考えている、この店にはまともな思考をしている人間などひとりもいなかった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「うぅぅ・・・・・・神様・・・・・・ボク、汚されちゃいました・・・・・・なんでか、あの茶髪の神様の視線が、あのいやらしい視線がぁ・・・・・・」

 

「だ・・・・・・大丈夫かい? ベル君(言えない。僕も君の姿を邪な目で見てたなんて・・・・・・しかし、何処のどいつだい! ウチのベル君をそんな目で見るなんて)」

 

 あれから時計の短針が一周して、ようやく落ち着いた店内でクタクタになった、ベルとパイを含めたメンバーが席についていた。客の姿も疎らでベルとパイも今だ『制服姿』ではあるが、これ忙しい時間帯も過ぎたことだし休んでくれとミア母さん直々に休憩をもらっていた。

 

「本当に、今日は盛況でしたね・・・・・・これもルフィルちゃん効果と、ベルちゃん効果ですかねぇ」

 

 そう言って微笑む店員。シル・フローヴァの姿に『味方』してくれなかった事を恨むように視線を向けるベル。それを目を逸らして回避した小悪魔的少女は。パイに視線を向ける。

 

「まさか、こうなると思わなかったかな。普通に手が足りなくてベルを、いけに・・・・・・手伝ってもらって正解だったよ」

 

((((((今。明らかに“生贄”って言おうとしたよな?))))))

 

 ベル以外の心がひとつになった。ちなみにベルはショックからかその言葉を聞いてはいなかった。

 

「まぁ、本当に助かったよ。坊主も悪かったね、お詫びと言ってはなんだがパイも坊主も給与は色をつけておくよ」

 

 ミアの労りの言葉に他の『店員達』も微笑み全員が同時に告げる。

 

「「「所で次のベルちゃんの日はいつ?」」」

 

「・・・・・・・・・・・え゛っ?」

 

 少年。ベル・クラネルの乾いた声が店内に響く。その日からしばらくの間『レア店員』としてベルちゃんは『豊穣の女主人』の名物となるのであった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハンターってめんどくさい人種ですね?』

 

 それは、偶然が重なり合った結果の必然であった。

 

 怒涛の【怪物祭】。【大陸】のモンスターの乱入と未知の花型のモンスターいうイレギュラーが同時に起こった日の翌日・・・・・・。

 

 茜色に染まる夕焼けの色を頬に受けながら、アイズ・ヴァレンシュタインは更なる技能の向上を目指して、いつもの場所となっている外壁の上で剣を振るう。

 

 振るわれる剣線は鋭く、手首の取り回しから来る動きは滑らかである。細剣の特性を損なう事のない動きを体得してからは“不壊属性”を持つ愛剣であろうとその消耗は微々たる物へと変化しており【剣姫】の名の通り優雅さを兼ね備えた剣士となっていた。

 

 そして、その【剣姫】を相手にしているのも剣士であった。くすんだ白髪と魅惑的な紫の瞳。小柄な体躯を最大限に活用して左右に構えられた双剣を操る『ハンター』。パイ・ルフィルは一瞬の隙をついて、右手に握られた剣でアイズの建を弾くと共に、左の刀身をアイズの首元に突きつける。

 

 いつもの訓練である模擬戦は、今だ『ハンター』の勝率が高く、軽く流れる汗を拭いながらも不機嫌そうなオーラを醸し出しているアイズに笑いかける。

 

「やっぱり、手数の多さでこっちの方が有利なのかな。とは言っても、普通に負ける時は負けるからね――。アイズもドンドンやりづらくなって来てるのかな」

 

「・・・・・・連勝しているパイが言うと嫌味に聞こえる・・・・・・」

 

「ぬはははは~まだまだ、頑張れるのかな・・・・・・っと、もう暗くなり始めてるのかな・・・・・・アイズは本拠の門限とか大丈夫なのかな?」

 

「うん・・・・・・今日は外で済ませてくるってリヴェリアとロキに伝えているから大丈夫・・・・・・だよ」

 

 アイズの言葉に少し考えるように小首をかしげるパイ。数秒ほど考えると「それなら」っと前置きを置いてから言った。

 

「夕飯一緒にどうかな? この時間なら豊穣の女主人もまだ席が空いてると思うし・・・・・・どうかな?」

 

「うん、いいよ」

 

 アイズから了承の返事を貰ったパイは早速荷物をまとめてその足で『豊穣の女主人』に向かう。メインストリートを進んでいるとパイ達の前を見知った三人が歩いてくる所であった。

 

「あれー? ベルにリリルカにヴェルフかな。ダンジョンの帰りかな?」

 

「あっ。パイさん! それにアイズさんも・・・・・・こんばんは。今から三人で『豊穣の女主人』に行こうとしてたんですよ」

 

 ベル・クラネル。白髪赤目の少年であり、パイの弟子に当たる人物である。その後ろには栗色の髪の小人族のリリルカ・アーデと赤毛の青年であるヴェルフ・クロッゾとそれぞれ挨拶を交わす。

 

 偶然にも行き先が同じである事から急遽五人で豊穣の女主人へと向かうが・・・・・・そこでも知り合いに出会う事になる。

 

 賑わいを見せる店内にたどり着くと。最初にパイ達に気付いたシル・フローヴァが接客スマイルとは違う親しみやすい笑顔で近づいてくる。

 

「こんばんは、パイ。ベルさんに皆さん・・・・・・えっとお食事ですよね?」

 

 多人数であるというよりも違う【ファミリア】。それも一人は有名人である【剣姫】である事から少し戸惑い気味に確認を取るシル。

 

「急に予約もせずにごめんね。席とか空いてるかな?」

 

「えっと・・・・・・ちょっと、今はテーブル席が・・・・・・あっ、ちょっと待っててくれる? 相席になると思うけど確認してくるね」

 

 相席と聞いて。戸惑う一行。しかし、そんな事を無視して店内の奥に向かったシルは少ししてから戻ってきて。一行を案内する。

 

「なるほど、確かに相席なのかな」

 

「やぁ、ルフィル君・・・・・・なるほど、シルが急に相席を申し出た理由がはっきりしたよ」

 

「久しぶりだな、パイ。元気そうでなによりだ・・・・・・おお、ヴェル吉も一緒か!」

 

 広めのテーブルに座っていた人物は【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナと【ヘファイストス・ファミリア】の団長である、椿・コルブランドであった。

 

 二人は近日行われる合同遠征の詰め合わせを行っており。先程その目処も立ったと言う。

 

 邪魔になるなら遠慮すべきだが、後は食事だけだというので素直にフィンと椿の好意に甘えて相席する事になったのだが・・・・・・ソコにさらに一人追加される事になる。

 

「あん・・・・・・椿にフィン? それにアイズにベルまで・・・・・・どういう組み合わせだぁ?」

 

 ややドスの効いた声を上げたのは怪訝そうな表情で来店したベート・ローガであった。

 

 ダンジョンでひと稼ぎしてきたのだろうヴェリスの詰まった腰巾着からコインが擦れる音が静かに響く。

 

「おお、【凶狼】か昨日ぶりだな・・・・・・よかったらお前も一緒に飲むか?」

 

 あっけらかんとした椿の言葉に少しだけ考える仕草を行ったベートだが断る理由もと組み見当たらなかったのか大人しく空いてる席に座る。

 

 こうして。【ミアハ】・【ロキ】・【ヘファイストス】・【ソーマ】・【ヘスティア】の【ファミリア】の団員が揃うとうい異色の相席となった。

 

 現に周りからは奇っ怪な物を見るような視線がちらほらと見られ、“事情の”知らない人間にとっては疑問は当然のことであった。

 

 お互いに挨拶も済ませた中であり共通の問題を認識し合った仲でもある。

 

 乾杯の音頭から談笑を交えた食事からある程度の時間が流れ。リリルカがふと以前から気になっていた事をパイに尋ねる。

 

「パイさん。前から聞きたいことがあったのですが。なんで、パイさんは何かしらの行動をとる時、あのような、リアクションをとられるのでしょうか?」

 

 そのリリルカの質問が出た瞬間、その場にいたパイとリリルカ以外の全員が硬直した。大きなテーブルを囲む空気が変わる。質問した側と質問された側以外の五人は心の中で「ついに聞いちゃったかぁ」と今まで気になっていたが、避けていた話題を出したリリルカに感謝しながらも。パイの返答を待つ。

 

「・・・・・・? どう言う意味かな? もしかして、“何か変な事してたかな?”」

 

 戸惑うように返事するパイに。全員がため息をつく。その様子に首を左右させて疑問を表情に浮かべるパイ。

 

「あー、トビ子。お前がよくする行動だけど、ぶっちゃっけ大げさだと思うんだが」

 

「だな、落ち込むときとかも、誰が見ても落ち込んでいますって感じだし、しかも、面白いくらいに毎回同じ動きだ」

 

 最近お兄ちゃんキャラの様な扱いを受けつつあるベートと兄貴肌のヴェルフと言う、兄貴分コンビの説明に「ああーそういう事か」と納得するパイ

 

「実は・・・・・・『ハンター』になると自然にああなるのかな」

 

「・・・・・・・・・冗談?」

 

「冗談じゃないかな!? アイズは私が冗談言ってると思ってるのかな?」

 

「そうは言うがな。パイよ。手前から見てもお主の『行動』は少しばかり不可思議に見えるぞ」

 

 腕を組み、心底不思議な物を見る目で語りかける椿に「そこまで言うなら。私の行動がどうおかしいか言ってみるといいかな!」と反論するパイだが・・・・・・。

 

「まずは俺からだ、『あいさつ』これは普通だな。片手を上げるだけだから。しかし『おじぎ』はどうだ? なんなんだ? あの紳士的な対応は。トビ子のキャラじゃないだろ?」っと語るヴェルフ。

 

「これのことかな?」パイはそう言うと立ち上がり。『おじぎ』をする、右手を後ろに回し左手脚の前にもっていき一礼。勿論右足を後ろに向けるのを忘れない。今日は普段着の彼女のお気に入りのスカートが揺れるが・・・・・・なんというか、『男性的な礼』の仕方なので違和感が残る。

 

「次は。私がいうね。私が始めてパイに修行を依頼した日の話なんだけど、私が余裕のない心をもってるって、教えてくれた時に・・・・・・なんでか、ずっと、うんうんってうなづいてたよね? えっと、変な意味じゃないんだけど、なんでなのかな・・・・・・って」

 

 次にアイズが手を挙げて発言する。『世界と生きる』パイの語る“強さ”の意味を・・・・・どこからか流れてきた電波のような夢の中で濃い連中・・・・・・“ハンター達”から教わったアイズ。

 

 その後、目を覚まして、オラリオの外壁から見る朝日の『美しさ』を改めて実感し、景色を見る余裕すらも削って生き急いでいたと気付いたアイズは『今までの自分を肯定する強さ』と『これからの自分の周りの世界を大切にする』事を教えてくれたパイに感謝の気持ちを感じていた。しかし、ふと、後ろにいる彼女を見ると、パイはひたすらに頷いていた。ただひたすらに『うなづく』パイの姿に「ひょっとして、今までの私ってこんな感じに・・・・・・必死過ぎた?」と狂気すら感じるぐらい、ひたすらにうなづき続けるパイに薄ら寒いものを感じたアイズ。結局、お礼の言葉を言うまでその『うなづく』行動は続いたらしい。

 

 周りの気温が一度ほど下がったような気がする。「うわぁ・・・・・・」っと周りが軽く引いていた。

 

「あー、そりゃ、怖いな。次は俺だな。『便利屋』。文句をいうわけじゃねぇが。あの『首を振る』動作、あれどうにかならねえか? わかっててもイラっとするんだが・・・・・・。あと、あのふざけた『拍手』もだ」

 

 べートの何処か遠慮がちな発言に『首を振る』動作を目にしたメンバーの中で「確かに」と肯定する気持ちが生まれた。横に肘を曲げ手の平を肩と同じ位置まであげ首を降っている様子は、まるで「ワタシ、サッパリネ?」とでも言いたげで、気分的にもあまりいい物ではない。そして――続けて悪いがあの時の話もある。と続けるベート。

 

「ほら、前にダンジョンでたまたま会った時があっただろ? あの時の出会った時に遠巻きに手を振って挨拶してきただろ。あれなんだが、あそこまで大きく『手を振る』必要あんのか?」

 

 これは、ベートが一人でダンジョンに篭っている時の事。見飽きた薄青色の壁と天井。歩き慣れたコースを軽く走り抜け。彼が二十四層を通り抜けようとすると、色鮮やかな何かが、回転しながらモンスターを屠る姿を発見する。無視しても良かったのだが。彼は口の悪さと半比例するかのように真面目であった。そしてツンデレであった。仕方ねぇなぁと言いたげに仏頂面で近づいてゆく、ソコにはソロで戦うパイの姿。パイもべートの存在に気づいたのか此方に視線を向ける。そこまでは良かった。

 

「おー! ベートさん。やっほー」

 

 そういって、足を開いてかなりの速度で左を大きく振るパイ。ベートはまさかのパイの行動に目を向いて全速力でパイの下に駆ける。正直「恥ずかしすぎる」まるで、子供のようなわかりやすい行動に。『同類』と思われたくないのだ。近づくことでパイは『手を振る』のを止めるが、次はそのべートの瞬足に感心したかの『拍手』する。直立不動に胸の中心でひたすら手の平を合わせ続けるパイにベートの中で羞恥の感情が湧き上がる。ベートが怒鳴るまでその『拍手』が止むことはなかった。

 

 ベートが話終わると、全員の視線がパイに注がれる。脂汗を滲ませながらその視線を受けとめるパイだが。流石に彼女もその視線の意味を理解できないほど愚かではない。

 

「そういえば・・・・・・僕もルフィル君の奇行を見たことがあるね。椿、君も一緒にいてただろ?」

 

「・・・・・・ん? フィンと、というとアレか? そこの兎を鍛えている時の話か?」

 

 思い出したように語りだすフィンと記憶を掘り返し頷く椿。「なにがあったのですか?」と尋ねるリリルカに一度、軽く頷きフィンが語る。

 

「前に、クラネル君とルフィル君がダンジョンの二層の端っこで鍛錬しているのをたまたま見かけてね。その時は邪魔をしてはいけないと、そう思って声をかけなかったんだけどね」

 

「嘘をつくな。フィンよ。正直に言えば“関わりたくなかった”であろう? あの時のお主は表情が引きつっておったぞ?」

 

 椿の証言に苦笑いをする【勇者】だが、逆にこれが皆の興味につながった【勇者】が苦笑いを浮かべるような訓練とは? その疑問に答えるように。今度は椿が語る

 

「手前もいつも通り、作品の試し切りの為にダンジョンに潜ったのだがな。入って直ぐに見知った者がいるではないかと。何かをみているフィンに近づいたのだが。振り返ったフィンの顔がが余りにも面白いことになっておってな。ついつい、手前も見てしまったのだが・・・・・・アレは何なんだろうな?」

 

「僕には、魔石の詰まった重りを背中にのせて腕立て伏せしているクラネル君と。その横で永遠と天井に向けて手を突き上げて。下げて、突き上げて・・・・・・それを続けているルフィル君の姿と映ったね。あれはエールを送っていたのかい? それとも準備運動・・・・・・とか?」

 

 その光景を想像する。ダンジョンの中で、大げさに腕を天に掲げる姿・・・・・・十分に『ハンター』と言う物に毒されたのか簡単に想像がつくのが分かる。

 

「ああ、アレは『かけごえ』かな?」

 

「「「「ダンジョンの中でする内容じゃないよね!?」」」」

 

 まさかの回答に全員のツッコミが炸裂した。

 

「ベル様は何かないのですか? 外でこれだけあるんですから、【ファミリア】同士の仲もいいですし。ベル様はもっとあるんじゃないですか?」

 

 リリルカからの突然のパスにベルは明らかに狼狽する。

 

「えっ・・・・・・いや、その。どうかな・・・・・・」

 

 その様子に隠し事の匂いを嗅ぎとり、人の悪い笑を浮かべる、ベートとヴェルフとリリルカ。席を立ってベルと内緒話をするようにヒソヒソと語っていたが。ある程度時間がたつとベル以外の三人の視線がパイに向かうがその視線は二種類の意味を持っていた。赤面して手で顔を覆うベルは置いといて、男性二人は「うわぁ、マジかよコイツ・・・・・・ないわぁ」とでも言いたげにドン引きしている。リリルカは無言でパイの腕を掴むと「パイさん・・・・・・説教です」と言い残し外へと連れて行った。

 

「えっと、なにがあったんだい?」

 

 それを見送ったほかのメンバー。気になったフィンがそう聞くと気まずそうにしながらもヴェルフが説明する。

 

 なんでもベル達の住んでいる本拠に遊びに来るパイはよく『くつろぐ』らしいのだが。そのくつろぎ方が。問題で体重をかけて座る時に足を上げながら開く癖があるらしい。そしてダンジョンに行く時以外は彼女はスカートを愛用している。

 

 そこまで聞いて納得するフィンと椿。確かに、年若い少年には目に毒であろう。言いたくない気持ちも良く分かる。おまけにあの主神の存在だ、色々と多感な年頃の少年には酷なことであろう。

 

「俺、アイツと・・・・・・ベルと同じ立場だったらちょっと自信ねぇかも・・・・・・『便利屋』は別だがな」

 

「俺もだ、ベルは純粋だからな・・・・・・。俺なら鍛冶に没頭する時間が増えそうだ・・・・・・トビ子はないけどな」

 

「僕も今でこそ落ち着いてるけど、あのぐらい歳の時なら・・・・・・ねぇ」

 

 男三人の優しい眼差しに、純粋な心で邪な野望をもっている少年は静かに涙を流すのであった。

 

「ひどい目にあったかな? リリルカには「恥じらい」について叱られるし。みんなにはボロクソに言われるし」

 

 憔悴したパイの恨み言に各自苦笑いを禁じえない。半分以上は自業自得であるので誰も擁護しようとはしない。

 

「むぅ~、皆ひどいかな・・・・・・まぁいいかな。ちょっと疲れたしこの自家製『栄養剤』でも飲むかな」

 

 ポーチから瓶にはいった液体を勢いよく飲み込むパイ。そしてコレがきっと最も不可思議な奇行だろう。

 

 胸をそらし力こぶを作るかのように『ポージング』を行うパイの姿に今度こそ全員が立ち上がり叫ぶ。

 

「「「「「「毎回。なんでそんなポーズとるんだよ! おかしいでしょ!!」」」」」」

 

 やはり『ハンター』とは不思議な存在である。結局、今回のことで謎が深まっただけになったのだった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの時の純白の理由を知るためには対話が必要かな?』

 

 

 喧騒が熱を帯び出す時間帯。人が生きる為に日々の路銀を稼ぎそれを消費する事によって明日の活力を得る。

 

 人が生活する上で一つの形として成り立っているが、そんな中で『冒険者』。特に日々の探索で命を天秤に賭けている者にとって、安全な場所での食事。そして警戒をしなくともいい場所でのアルコールは最高の贅沢の一つと言っても良いとも言える。

 

 そして、『豊穣の女主人』はそんな『冒険者』や懐に余裕のある神々にとっては高級な場所であり、それを踏まえた上でも楽しめる場所でもあった。

 

 所謂人気店というだけあって、店内では人と神が同じ席、同じ酒を持って語り合い。時に笑いながらお互いを称える姿も見える。『冒険者』にとっての確かな安らぎの時間がそこにはあった。

 

 しかし、それらは『冒険者』にとってはである・・・・・・。店、それもそれが飲食店の類である以上、そこにいるスタッフが必要になる。調理場と給仕を担当する者がいなければ飲食店として機能させる事ができない。 

 

 そして、店内が賑やか・・・・・・盛況であるならばそれの応じた仕事の活動量も増えてゆくのが道理である。

 

「だぁぁぁぁぁぁ! 流石に久しぶりのバイトでこの忙しさはキッツイかなぁ!」

 

 少しくすんだ白髪の娘が器用に両手で複数枚の食器を持ちながら忙しなく店内を走り回っている。緑かかったウェイトレスの服装に身を包んだ他の同僚とおもわしき娘たちと共に忙しなく駆けてゆく。 

 

 臨時バイト故に期間を置くことの多いパイにとって急激な忙しさの中にいきなり放り込まれるのはかなりの重労働となる。しかし、もとより体力がおおいパイにとってはこの程度はそれなりに回せる内容である。

 

 決して、最高の仕事ぶりとは言い切れないがそつなくこなしていき、本日の営業を終えることができた。最後にある片付けも粗方終え、繁盛期では走り回っていた娘たちも思い思いに休憩を取っていた。

 

 そんな時、ウェイトレスの一人である、シル・フローヴァはバイトで入ってきているパイ・ルフィルへ当初から気になっていた事を尋ねる。

 

「今日も忙しかったね。所でパイはベルさんと知り合いなの?」

 

 シルに取っては以前の【ロキ・ファミリア】の宴会時に知った事実だが。パイとベルは一応は師弟の関係である。それと同時に、パイもベルから聞いていた同僚の奇行について聞き返す。

 

「そうなのかな。そういえば、ベルから聞いたんだけど・・・・・・シルはなんでベルに下着・・・・・・えっと、ブリーフを出したのかな?」

 

「シル・・・・・・貴女は何をしているのですか?」

 

「ちょっとまって、その視線は色々辛い物があると思うの、リューもアーニャもそんな目で見ないで!? そうだね、実はあの日は普通に時間通りに起きたの」

 

 不審者を見る目で同僚に見られるという社会的に危機的状況に陥ったシルは急いで当時の経緯を語りだす。

 

「そうね。あの日はとてもいい感じの快晴になりそうな天気だった・・・・・・快適な目覚めを感じつつも起き上がった私の脳裏に・・・・・・それこそ神の啓示が降りたの」

 

「日頃神様なんて腐る程見てるのに、今更神の啓示って言われてもニャー」

 

「気持ちはわかりますが、まだ話の途中ですよ、クロエ・・・・・・さぁ、続けてください。シル」

 

「そうだね。それでねその啓示の内容が・・・・・・「汝、この後に出会う少年にブリーフを渡しなさい」って内容だったの・・・・・・不思議に思いながらも身支度を済ませてから、タンスに仕舞っていたブリーフを取り出して職場へと向かったわ」

 

「ちょっと待つニャ・・・・・・!?」

 

 そんなシルの話に待ったを掛ける人物が居た。茶色のショートで癖のある髪の猫人の少女。アーニャ・フローメルという娘であり、周りからアホの子などと言われている茶目っ気のある人物である。そんな彼女の介入にパイが不思議そうに尋ねる。

 

「どうしたのかな? アーニャ?」

 

「おミャーら、誰も気づかないのかニャ?」

 

 アーニャの言葉に全員が不思議そうな顔をする。その態度にアーニャは深々とため息を吐く。

 

「おミャーら、キチンと聞くニャ・・・・・・なんで女の子の部屋のタンスから“男物の下着”が出てきた事にツッコマないのニャ!!」

 

 しばし沈黙が流れ、事の異常性に気がついたシルとアーニャ以外のメンバーの表情が驚愕に染まる。

 

「たっ、確かにそうかな!?」

 

「そんな・・・・・・言われるまで気づかなかったとは・・・・・・確か、シルは一人暮らしだったと聞いている」

 

「確かに・・・・・・普通に考えたらおかしい話ね」

 

「それが・・・・・・幼い男の子のニャら可能性としては・・・・・・」

 

「「「ないない、それはない」」」

 

 やや暴走気味な一人を除いてそれぞれに驚き最後にツッコミを入れる。そんな中でもシルはぶれる事なく話を続ける。

 

「まぁ、渡した時はやっちゃったかな? って思ったし、正直ベルさんもドン引きだったけどね」

 

「そりゃ、あの白髪頭じゃなくてもドン引きするニャ」

 

 むしろこの瞬間にも引いているアーニャにシルは不満そうな表情を浮かべる。

 

「むぅー、そこまで、言う事じゃ無いじゃない」

 

「しかし、実際に差し出されたら、二度と近づかないかもしれません。そう考えればクラネルさんはいい人なのでしょう」

 

 リューの真顔での言葉にシルを除く全員が頷く。その対応に涙目になるシル。

 

「でも、そのおかげで、ベルさんはトランクス派だという事がわかったんだよ! これは大きいとお思わない?」

 

「「「「いや、何が?」」」」

 

 男性物の下着の話という微妙な話題で離す乙女達、そんな中でシルは若干誇らしげに説明する。

 

「単純にブリーフ派。トランクス派。ボクサーブリーフ派。珍しいけど褌派などなどの派閥がわかるという事がどれほど重要かわからないの!?」

 

「逆にそれがわかった所で何が、どう変化するのかな?」

 

「・・・・・・言われてみたら何が変わるんだろうね?」

 

「いや、知らないかな・・・・・・」

 

 いきなりキョトンとしてしまったシルにパイは頭を抱えてしまう。

 

 実際、その場のノリとかそういう感じだったのかもしれないっと全員の興味が失せ始め、その雰囲気を察したのかシルは次なる爆弾を投下した。

 

「ひどいよ皆!! 私だって努力してるんだから」

 

「努力って・・・・・・具体的には?」

 

「毎日ベルさんにお手製のお弁当を渡しているの」

 

 落とされた爆弾――ベル・クラネルに毎日のように渡されている危険物・・・・・・もとい、シル特性のお弁当。その言葉に今度こそ全員の顔が青ざめる。

 

 豊穣の女主人の中であるルール。それは厨房にシルを入れないという事だ。

 

 理由は実に単純である。シル・フローヴァという娘。実はものすごく料理下手であるのだ。

 

 いや“料理下手”と言えば料理に失礼であろう、もはや味覚破壊物製造機と言い切ってもいいぐらいの腕前でありバイトにきた当初にシルの手料理を食べたパイなど腹を抑えながら悶絶した過去を持つ。

 

 その彼女の料理を毎日? 冗談ではない、今だに健康そうだが少年の胃は常に崩壊する危険性を孕んでいるという事だ。いや、もしかしたら自然に『耐久』が上がっていく可能性もあるので間接的に見れば、彼を助けていることになるのか・・・・・・。

 

「ひえぇぇ!? シル! バイト初日の時に私が倒れたの覚えているかな!?」

 

 顔を青ざめさせて悲鳴のような声を上げるパイ。

 

「シル。貴女はクラネルさんを殺す気ですか!?」

 

 珍しく怒気を顕にするリュー。日頃シルの味方になる事の多い彼女にしては本当に珍しいことである。

 

「そうニャ! あの白髪頭はちょっと間抜けだけど殺すには惜しいやつだニャ!」

 

 真面目な顔で聞き様によっては酷い発言をするアーニャ。

 

「シルは少し、自重したほうがいいと思うわ」

 

 やや呆れたように言うルノアに・・・・・・

 

「あのお尻になんかあったらどうするつもりニャ!」

 

 全然関係のない部分に怒りだすクロエ。そんな彼女にその場にいたシル以外の全員が同時に指差し・・・・・・告げる。

 

「「「はい、クロエ!! アウトォ!」」」

 

「みんなしてそこまで言わなくてもいいじゃないの!!」

 

 何でだニャ~!? っと叫ぶクロエと同時に悲痛な声で返すシル。味方だと思っていた職場の仲間からの大バッシングに本気で泣きそうになる。

 

 しかし、これほど言われても言い過ぎではないぐらいに彼女の料理スキルは壊滅的であり。何だかんだで味見という名の拷問を何回か受けている被害者からすれば、笑い話で済まされないのだ。

 

 あーだ、こーだと騒ぐ乙女達だが、彼女達は忘れていた・・・・・・確かに営業時間こそ終わっているが今だにかたづけがのこっている事。

 

 なにより、休憩中でもないのに油を売って騒いでいたら・・・・・・それは客観的にどう見えるか・・・・・・。

 

「お前たち・・・・・・随分と“元気”そうだねぇ・・・・・・」

 

 絶対的な強者の声に全員の表情から色が抜け・・・・・・錆び付いた機械のような緩慢な動きで、同じ方向を見る。

 

「なら・・・・・・さっさと後片付けに入りなぁ!! このボンクラ共ぉ!!!」

 

 女主人の恫喝と共に落とされた雷に悲鳴を上げて動き出す乙女達。

 

 結局“弁当”のくだりは流され、その後も白髪の少年の胃にダメージが入る日々が続くのだった・・・・・・。

 



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ハンター短編エピソード2

エピソード1の後編にあたります。

合計45000字を超えたので分割しました。

またのんびり更新します。


『ポッケの兄さんも言ってたかな。【アレ】だって時には役に立つのかな?』

 

 

 ある程度の品質と供給を維持すると言うのは簡単な事ではない。それが鮮度を維持する物であるならば尚更である。

 

 おまけにそれが、傷みやすい物であるならば尚更であろう、それが可能なのはあくまで供給する場所が身近であるからであり、それなりの広大な土地が有るからでもある。

 

 しかし、品質の向上となると別の話になる。試作の段階で土に養分を与え、慣らし、育てる内容・・・・・・野菜に適した環境を作らなければならない。

 

「困ったわね・・・・・・」

 

 【オラリオ】の街、そこのそこに美しい娘がいた、見るからにおっとりとしていて、口では困ったと言いながらもその娘の放つ雰囲気がそこまで深刻そうなイメージを他者に与えない。そんな娘であった。

 

 彼女の名前はデメテル。【オラリオ】の農作物を一端に背負う【デメテル・ファミリア】の主神である。

 

 彼女の悩みはもっぱら農作物の事であり今回もその例から外れてはいなかった。【オラリオ】でデメテルの野菜に文句を言うような人は居ない物の、彼女自身はもっといい方法を探してたまにオラリオの街を散策しながら考え事をしていた。今回も収穫なく終わるはずであった散策であったが、知神の営む『青の薬舗』に見慣れない物を見つけ、足を止める。

 

「なにかしら・・・・・・依頼箱?」

 

 デメテルが不思議そうに小首をかしげながら依頼箱と書かれた箱を眺めていると、『青の薬舗』からこの依頼箱の設置者である娘、パイ・ルフィルが扉を開けて出てくる。

 

「あらっ、可愛らしいお嬢さんね。」

 

「むむっ!? 貴女は見たところ神様・・・・・・貴様も巨乳かぁぁぁぁぁ!!」

 

 唐突に怒りの声を上げるパイに状況を正しく認知していないのか「あら?」っと言いながらも微笑むデメテル。

 

「この世界は残酷なのかな! なんでこんなに乳が溢れているのかな! ぐちぐじでやるぅぅぅ!!」

 

 ついには『落ち込む』格好のまま物騒な事を叫びだすパイ。

 

「もう、そんな事言っちゃダメよ。ほら 泣かないで」

 

 怒り出したと思ったら突然泣き出すパイに、少しばかり困惑したものの、デメテルは持ち前の大らかさで対処する、純白のワンピースが地面に触れ汚れるのも構わずにパイの高さまで膝を付けその頭を優しく撫でた。

 

「なっ・・・・・・なんという圧倒的母性!? 私が・・・・・・この私が、まるで子供扱いとな・・・・・・!? はぁ、いきなりごめんなさいかな。私はパイ・ルフィルかな。【ミアハ・ファミリア】に所属してる冒険者なのかな、ちなみに低身長だけど今年で十八歳なのかな!」

 

「えっ・・・・・・貴女、10歳ぐらいじゃ・・・・・・? あっ、ごめんなさいね、私はデメテル。【デメテル・ファミリア】の主神よ」

 

 そこでようやく、お互いに誤解が解けて、遅まきながらの挨拶が行われ、ついでにと、デメテルは依頼箱についてパイに訪ねてみた。

 

「依頼箱は『便利屋』っていう私の副業に欠かせないものかな、“困り事”があるとここに困っている内容を名前を書いて入れてくれたら私が直接、解決する為に動くのかな!」

 

 ふんすっ――っと鼻息を慣らし無い胸を堂々とそらして言う、パイにデメテルも噂で聞いていた『便利屋』の存在を思い出す。常に斜め上の発想と方法で物事を解決しているらしい・・・・・・とも、そして現状“困っている”自身の状況を考えても彼女に相談する事もいいのではないか? 

 

「ねぇ、パイ・・・・・・貴女って、農業の知識とか豊富かしら?」

 

「昔、知人の兄さんに畑の事はしこたま詰め込まれたから自信はあるかな?」

 

 その言葉を聞いて、もしかしたら新しい発見があるかもしれない。デメテルは早速紙とペンを取り出して依頼の内容を書き記してゆくのであった。

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ■ 依頼主:母性の塊の様な女神   ■

 ■【依頼内容】           ■

 ■『【オラリオ】の野菜を更に美味し ■

 ■ くしたいのだけど、今以上に畑の ■

 ■ 土壌を良くする方法が浮かばない ■

 ■ の『便利屋』さんならいい方法を ■

 ■ 知ってるかもと思って依頼させて ■

 ■ 貰ったのだけど、貴女の知ってい ■

 ■ る良い“肥料”とかは無いかしら』■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 次の日、特に急ぐ依頼もなかったので早速【デメテル・ファミリア】の畑に趣いたパイ。元気かつ大切に畑を耕し、作物の選定などを行われている。それを行う人々の表情は活気に満ち溢れながらもどこか慈しみをもった瞳で野菜一つ一つに愛情を持って接しているのが見て取れる。

 

 この主神にこの眷属有り。まるでそんな言葉が脳裏に浮かぶぐらいに朗らかでゆったりとして空間がそこにはあった。

 

「おはようかなー! すいませーん、デメテルさんに呼ばれてきたパイ・ルフィルって言うかなー『便利屋』がきたかなー」

 

「おおー、お前さんが例の『便利屋』さんかい、デメテル様なら向こうの畑にいるよー」

 

「ありがとかな! おじさん!」

 

 パイの声に比較的近くにいてた男性が返事を返してくる。その返事に礼を言いつつも男性の指差していた方向に歩いてゆくと。数分もせずに目的の人物を発見した。

 

「おーい、デメテルさーん。肥料になりそうなものを持って来たかなー」

 

「もう? 早いのね、偉いわねー」

 

 そういって、頭を撫でてくるデメテルにどこか複雑そうな表情を浮かべながらも、パイは続いて言う。

 

「それで、その土壌を改良したい畑って此処のことかな?」

 

「ええ、まずは試作しないと使えないし、ちょっと離れた所に作ってるのよ」

 

「なるほどなのかな。では、本題に入るね、コレはどんな畑に使っても効果のあるある物をさらに凝縮した物かな、扱いには十分な注意が必要な物・・・・・・下手にさわると危険なものだからね」

 

「ええっ・・・・・・わかったわ。出して頂戴・・・・・・こっこれは!?」

 

 念入りな注意にその額に一筋の汗を流したデメテル、パイが左の腰につけていたポーチから取り出された物を見て、珍しく、ほんとうに珍しい事にデメテルの表情が驚愕に染まる。

 

「【コレ】を今から肥料として使用するかな」

 

「感じるわ・・・・・・まるで大地のエネルギーを蓄えたような物・・・・・・見た目、色共に堆肥であることは明白・・・・・・でもこれほどの物を私は見たことすらないわ」

 

「流石はデメテルさん、違いがわかる女神かな。そう、ポッケ村の畑の最強方法!『モンスターのフン』をつかった土壌改良が私の提案する方法なのかな!」

 

「わたったわ・・・・・・じゃあそれを・・・・・・パイ?」

 

 『こやし玉』に手を触れようとする。デメテルにパイはそっと手の平を突き出して止める。笑みを浮かべデメテルを見つめるそのパイの瞳をみた瞬間デメテルは彼女の決意を悟ったのだ。

 

「こういう汚れ仕事は私の専売特許かなー! 鍬よし! 『こやし玉』よし! いざ、土壌改良かなー!」

 

 そう叫びながら畑の四方に『こやし玉』を投げてゆく、パイ。猛烈な悪臭が畑を覆い、異臭に気づき避難をはじめる眷属達を横目で見ながらデメテルは直ぐに視線を目の間の少女に戻す。即座に鍬で土を耕すパイの動きには無駄がなく、そこかしらに巻き散らかされたアレと土を混ぜ合わせてゆく。デメテルには理解できた、土がさらなる養分の元を受け入れてゆくのを、更に土壌が良くなっていくのを、なにより、一人の少女が・・・・・・それはもう、酷いという状態を遥かに超えた状態になってもなお、鍬を振るう行動を止めない事実にデメテルの瞳から知らずに涙が溢れた。決して異臭で目が染みたからではない。

 

「ポッケ村での地獄の日々を思い出すかなぁぁぁぁ!!」

 

 パイのやけっぱちな叫びがオラリオの郊外に響く。栄養豊富なアレが土に混ぜてゆく。

 

 時は経ち、日が茜色に変わる頃。全身をくまなく念入りに洗ったパイとデメテルの姿が堆肥を織り交ぜられ、耕された畑にあった。初めにあった強烈な悪臭は時間と共にだいぶマシになり、原因を知った【デメテル・ファミリア】の団員達も危険が無いと知り、各々の作業へと戻っていた。

 

 少女の精神衛生上の犠牲――半分は自業自得ではあるが――により、この畑はより良い作物を作る事が出来るであろう。デメテルには確信めいた物を感じていた。

 

「とりあえず、数週間もすれば、土に馴染んでくるからそこから作物を植えたらいいと思うかな」

 

「ありがとうね、パイ、貴女の服も・・・・・・責任をもって処分しておくから」

 

「替えの服を持ってきてて良かったかな・・・・・・ポッケの所じゃ速攻で近場の川にダイブして汚れ落としてたからなぁ」

 

 【大陸】にある【雪山】に近いポッケ村。雪解け水で作られた川などもう凍えるような寒さのはずだが、毎回こやしに塗れながら、畑仕事を強制でさせられていた『ハンター』駆け出し時代だった頃のパイにとっては汚れを落としたい一心でよく川にダイブしていた。

 

 ポッケ村の村人達も気にしないから温かい湯で洗って欲しい。っとパイに伝えてはいたのだが、当時のパイは良識を弁えており、迷惑を考えてそのような行動をとっていた・・・・・・実際は、その村の専属ハンターが“前例を作っており”文字通り感覚が毒された村人たちの本音の善意であったと気づいたのは彼女がバルバレでそれなりに経験を積んだ後の事であったのだが・・・・・・。

 

 昔の事を思い出しながらパイとデメテルは【デメテル・ファミリア】の本拠へ歩く。夕闇が迫る中、デメテル・ファミリアの本拠で別れた二人。

 

 そしてこの話から数年後、デメテルの求める最高の農作物がオラリオの街に流通する事となる。

 

 これは、本当に珍しい【アレ】が人の役に立つ事例として【オラリオ】の歴史の中で静かに名を残す事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ナァーザさん、おクスリを作るのはいいけど、迷惑考えようよ。えっ? 私ほどじゃない?』

 

 木漏れ日の差し込む建物がある。外見は限りなく廃墟であり冬場になればすきま風、夏場になればカンカン照りの太陽が容赦なく降り注ぐであろう。

 

 そして、その建物・・・・・・廃墟と化した教会の地下で事件は起きていた。

 

「やめて・・・・・・ベル、正気に戻って欲しいかな・・・・・・」

 

 広いとは言えない地下室で白髪の少女が同じく白髪の少年に馬乗りの状態で拘束されていた。少年の呼吸は荒く手に持たれた棒状の物を少女の口に突っ込もうとしている所であった。

 

「パイ、貴女はやりすぎた・・・・・・おとなしく制裁を受けるべき・・・・・・」

 

 そして、その場には更に眠たげな瞳の犬人の少女がそんな二人を感情の浮かばない眼差しで眺めていた。そんな犬人の言葉にパイは目尻に涙を浮かべながら懇願するように叫ぶ。

 

「ナァーザさん! 流石に“生”は酷いかな! 一応私女の子なんだよ! 私が一体何をしたっていうのかな!」

 

「三日三晩、ブラッドザウルスに追い掛け回された・・・・・・ミノタウロス10体に死ぬほどボコボコにされた・・・・・・ミノタウロス20体にボコボコにされて・・・・・・回復されて・・・・・・ボコボコにされて・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!? パイさん! 貴女が悪いんだぁぁぁぁぁ!」

 

 少年がぶつぶつっと呟く言葉がパイの耳に入る・・・・・・全てに置いて覚えのあるパイは自然な動作で視線を反らす。そして、光の失った瞳とどこか引きつった笑みを浮かべた少年――ベル・クラネルは奇声を発しながらも手に持った物をパイの口内へと力任せにぶち込んだ。

 

「むがぁ―――! (生の人参も自然な甘みで美味しいかなー!)」

 

「いいよ! もっとやれ! 日頃の鬱憤をここで晴らすんだよ!」

 

 日頃のどこかダルそうな雰囲気を全く見せずにノリノリでベルの応援をするナァーザ。そんな彼女を口の中の人参をモゴモゴと噛みやすい位置に調整しながらパイは思う。押し倒されている床に転がるラベルも貼られていない小瓶、その中身こそが今現在の現状の原因となっている。

 

 『スナオナル(仮)』。それが今回の問題になった薬品の名前であり、効果は『心の中になる欲求などを表に出しやすくする』と言うものだった。それを奇しくも開発してしまったのは、パイの同僚であり神、ミアハが主神とする【ミアハ・ファミリア】の本拠、『青の薬舗』での一幕を交えなければならない。

 

 時間は数刻前まで遡る。製薬を行っていたパイとナァーザ。一通りの数の商品が出来たために当日の業務を終了した矢先のことであった。

 

「パイの【大陸】での調合って不思議・・・・・・少し、真似してみたらこんなのが出来た」

 

 『青の薬舗』の調合室にてナァーザが不思議な色をした薬品を生成していた。その薬品を怪訝そうに眺めるパイは当然の疑問を口に出す。

 

「なにかなこれ? っというか何混ぜたの?」

 

「余ってた外の『ブラッドザウルスの卵』と『じゃが丸君クリーム味』・・・・・・すると、驚きの『心の中になる欲求などを表に出しやすくする』効果のある薬品ができた・・・・・・実に不思議」

 

「本当に不思議かな・・・・・・なんでじゃが丸君なのかも不思議だけど、それを素材にしようとしたナァーザさんも不思議かな・・・・・・」

 

「ちなみに、じゃが丸君はクリーム味意外じゃ何もできなくて、クリーム単体で試してみたけど何も起こらなかった・・・・・・実に不思議」

 

「・・・・・・いや、うん。そうだね、不思議かな」

 

 地味に会話が成立していない事を悟ったパイがそそくさと自分の用件の為の準備を行っていると今度はナァーザの方から声を掛けてきた。

 

「・・・・・・? どうしたのパイ、そんなに野菜を詰め込んで」

 

「ああ、デメテルさんの所の新作の試供品の一部かな、ちょっとベルの所にも持っていこうと思ってね」

 

「デメテルさん? もしかして【デメテル・ファミリア】の野菜の事? いつの間に試供品とか貰えるほど仲が良くなったの?」

 

「『便利屋』の依頼の時にねー。それから贔屓にしてもらっているかな」

 

 そういえば、っとナァーザは思い出す、元よりパイが料理当番である事自体が多く。味も格別なのでミアハとナァーザもパイの手料理に舌鼓を打つほどだ。

 

 そんな中で最近見覚えのない野菜の類を見かけていたが。パイの場合は買い物自体も当人で済ませてしまうので今の今まで気にもしなかった。

 

 それにしても『便利屋』と名の通り多彩な仕事ぶりである。これで店舗用のポーション作成もやってくれているのだから、ナァーザとしては頭が上がらない。

 

「この間はヘスティアに怒られちゃったしねー。その意味でも御裾分けなのかなー」

 

「ああ・・・・・・前のミノタウロスの件だね」 

 

 ミノタウロス数十体相手にLv.1の冒険者を一人で立ち向かわせる。“頭のおかしい”修行をさせられた少年。【ヘスティア・ファミリア】“唯一”の団員であり団長のベル・クラネル。彼は恐ろしいくらいに人がいいので、今だにその修行という名の拷問を行ったパイと付き合いがあるのだが、ふと――ナァーザ思った。

 

 ――本当にあの少年はパイに対して不満がないのだろうか――っと

 

 聖人君子でもあるまいに、彼処まで痛い目をみて何も感じないなんてありえないだろう。少なくともひがんだような節も見られないが不満はあるはず。

 

 そう考えたナァーザは“新薬”をポケットに忍ばせ、パイに声をかける。

 

「それなら、多分、大丈夫だと思うけど後遺症とかないか知りたいから私もついていく・・・・・・構わないでしょ?」

 

 そして、【ヘスティア・ファミリア】の本拠に着くやいなや、新薬をベル・クラネルに(無断で)投与した結果・・・・・・冒頭の状態に至る。

 

 今だにベルに拘束された状態で生の人参を胃に収めたパイのドヤ顔にベルの表情が引き攣る。野菜スティック等の生の野菜を食す食べ方はある事はベルも知っているがそれは食べやすくカットした野菜であり。決してその原型のまま食す物ではない。

 

「バカな・・・・・・馬じゃないんだから、生の人参をボリボリ噛み砕くなんて・・・・・・」

 

「ふふふ、驚いているかな! デメテルさんとこの新作は朝一に収穫してるからアクが少なく生で食べても問題などないかな!」

 

「いや、多分ベルが引いてる理由は若干違うと思う・・・・・・」

 

 得意げに語るパイに冷静にツッコミを入れるナァーザ。そして、対抗心を燃やしさらに新しい野菜を持ち出すベル。

 

「人参じゃダメならこれならどうだぁ!!」

 

「もがぁ―――!(ゴボウの土の香りがマイルドなのかなー!)」

 

「ゴボウすら生でかじる!? ならば次はこいつだぁ!」

 

「まがぁ―――!(きゅうりで水分補給なのかなー!)」

 

「・・・・・・大根は流石に・・・・・・いや、いけるか」

 

「ベル・・・・・・流石に大根突っ込まれたら私の顎が外れるのかな?」

 

 ひとしきり生野菜を口の中につっこまれ最後の手段となった巨大な大根を手にベルが思案しているのを見て流石に冷や汗を流して止めるパイ。

 

「ベル。大丈夫・・・・・・世の中にな拡張ってジャンルが存在する」

 

「なるほど! ならば安心ですね」

 

「どこにも安心できる要素がないかな!? やめるかなー! 大根を押し付けないで欲しいかなー!」

 

 グイグイっと押しこまれる大根を頬で受け止めながら喚くパイ。そんな中、地上の協会につながる部屋の戸が開かれる音に全員の視線が地下室の入口に注がれる。

 

「なっ・・・・・・なにやってるんだい君たちは・・・・・・」

 

 そこにはバイト帰りのヘスティアが居た。そして、彼女の視界にパイに跨り大根を押し付けているベルとそのベルを応援しているだろうナァーザの姿・・・・・・ハッキリ言って全くどういう状態か読めない構図である。

 

「あっ、おかえりなさい神様・・・・・・あと、見てわかりませんか?」

 

「うん。ただいま・・・・・・えっとね、見て分かるならそもそも聞かないと思うんだ、ボクは・・・・・・」

 

「確かにそうですね・・・・・・これは、日頃のパイさんの暴力に対する復讐です!」

 

「そう、現在復讐されているのかな」

 

「それ、復讐だったのかい? てっきり餌付けされているのかと思ったよ・・・・・・」

 

 ヘスティアから見ればこの様な可愛らしい報復で済んでいるのがおかしいくらいである。パイのベルに対する修行や数々の暴挙を上げれば数知れず。恨まれてもなにもおかしくはない。

 

 むしろ、いままでこの様な暴挙を犯した事のないベルが今になって何故このような事をしているのかもわからないヘスティアは首を捻る。

 

「なんか、ナァーザさんが怪しい薬を作っちゃってね。それをベルに飲ませたのかな・・・・・・すると、少しだけ素直になるって効果の薬でその結果、私が報復を受ける結果になったのかな」

 

「素直になってこの程度の悪戯みたいな・・・・・・ベル君・・・・・・君は一体どれほど人がいいんだい?」

 

「ヘスティア様もそう思う? 私もまさかこの程度で済むなんて思わなかった」

 

「ナァーザ君? 一応言うけど君も大概だからね? なに家のベル君を実験体にしているのさ・・・・・・」

 

 ヘスティアのジトーと見る目を自然に視線をそらしてスルーするナァーザ。そんなナァーザに対してヘスティアはため息を吐く事しかできず、そのままベルの方を向く。

 

「ベル君、そろそろトビ子君を開放したらどうだい? 所でその大量の野菜は?」

 

「お裾分けかなー。ついでに晩御飯も作っていこうかな? ベル。夕飯なんか食べたい物とかあるかな?」

 

 先程まで野菜を口に突っ込まれていたとは思えないぐらいに、呑気に話しかけるパイ。それを行っていたベルもまたパイの言葉に反応する。 

 

「えっ? いいんですか。やった! 久しぶりにパイさんの手料理食べれるんですね・・・・・・じゃあ僕、ハンバーグがいいです!」

 

 先程までの怒り顔が嘘のように喜色を顔に浮かべで拘束を解くベル。

 

 純度100%。悪く言えば子供っぽくなったベルにヘスティアとパイが苦笑する。見方によっては情緒不安定にも見えるがコレも薬の影響なのだろう。

 

 単純な少年であるベル・クラネル。彼がこの後、ナァーザ特性の様々な薬品の被検体となる事になるのだが・・・・・・この時の笑顔で料理を楽しみにしている少年にとっては、知る由もない話なのであった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お布団の魔力は最強なのかな?』

 

 それは一見すると城と見間違うような建物であった。白髪の娘はその魅惑的な紫色の瞳を大きく見開き首を上げ眺める。

 

 その娘。パイ・ルフィルの様子に自慢げな笑みを浮かべるのは、この【オラリオ】で二大勢力と呼ばれてりその片方の【ファミリア】の主神であるロキであった。赤毛にスレンダーた体型の彼女は自慢の本拠。『黄昏の館』を眺め続けるパイに声をかける。

 

「どうや、ウチの家は? なかなかのもんやろ?」

 

「すごいかな! まるでお城みたいだし造りもしっかりしてるから、建築費とかもすごかったんでしょ?」

 

 子供の様に瞳を輝かせて聞いてくるパイの姿に自然と笑みを浮かんでくる。しかし、今日、目の前のパイを呼んだ理由を思い出したロキは要件を優先させる為に中に入る事をすすめる。

 

「あっ・・・・・・ごめんかな。そういえばフィンさんに『栄養剤』と『元気ドリンコ』追加の話だったけど・・・・・・なんか気のせいか早くない? 前に渡してからそんなに経ってないかな?」

 

「『豊穣の女主人』で出会ったんが当人にとってはよかったんやろうなぁ・・・・・・っと言ってもあれ飲んだあとのフィンはテンション高ぅなって、なんか気持ち悪いんよ」

 

 ふぅん。っと返事を返し館の中を進み。フィンのいる執務室を開けると・・・・・・そこにはくすんでコシのない金髪に深い疲労の色を示した隈の濃い目元。なによりもやや、やつれたフィンが居た。

 

「「栄養剤とかそういう問題じゃないぐらいに疲弊してるぅぅぅぅぅぅ!?」」

 

 パイとロキ。二人して驚き、叫ぶ。その声に仕事をこなしながら力なく笑うフィン。

 

「やぁ、ロキ。ルフィル君・・・・・・すまないね、みっともない姿を見せてしまって」

 

「どどどどど・・・・・・どうしたのかなフィンさん!? 少しの間、見ないだけでこんなにやつれちゃって・・・・・・」

 

「まったくや!? 最近、飯の時間にも来うへんと思ったらどないしたんや!?」

 

 主神であるロキでさえも慌てふためく程にフィンは弱っていた。とは言えど、彼はLv.6の冒険者数日合わないだけで此処までやつれる物だろうか?

 

 パイは知らない事であるが【ロキ・ファミリア】に置いては基本的に“食事は同じ時間集まれる範囲で皆で食べよう”っというルールがある。その中に数日感フィンの姿はなかったが遠征後の資料やイレギュラーが発生しているのも聞いていた為、特別気にもしていなかったのだ。

 

「あー。いや仕事とかもそうなんだけどね。ちょっと最近寝不足でさ・・・・・・」

 

「寝不足ぅ? 枕が変わったとかかな?」

 

「そんなんじゃないよ・・・・・・最近、ティオネがね・・・・・・活発になってきてね・・・・・・」

 

「今夜は寝かせないよ? ってやつかな?」

 

「それを狙いに来るんだよ・・・・・・鍵をかけているのに、気がついたら開錠されていて、音もなく、ベッドの近くまで接近されているんだ」

 

「なんやそれ・・・・・・怖いんやけど・・・・・・」

 

 影の濃い疲労の色をうつしたフィンの真顔とぼそぼそと告げる声音がソレが嘘ではないと告げていた。

 

「えっと・・・・・・つまり、毎晩夜這いされそうになるのでそのせいで睡眠不足に?」

 

「しかも、昼とか朝とか不定期に寝ようとするだろう? ウトウトし始めて――ふとっ片目だけを開けて天井を見ると・・・・・・居るんだよ。虎視眈々と僕を狙っているティオネと目が合うんだ」

 

 フィンは話す・・・・・・これは先日の事である。

 

 流石に昼夜問わず数日感睡眠を取っていないというのは問題があるし、このままでは団長として示しがつかないと考えたフィンは無理矢理にでも寝ようとあえて起きている時間に寝ようと考えていた。

 

 ドアと窓の鍵の施錠を確認しベッドに横になる。妙に疲れがたまると逆に寝つきが悪くなるので不快ではあるが目を閉じて睡魔が訪れるのを待つ。数分ほどして睡眠の兆候が現れ始めたフィンはその微睡みの中に落ちようとした瞬間、親指の軽い疼きを感じて瞳を薄くあけ・・・・・・絶句する。

 

 目が合った。アマゾネス特有の褐色色の肌を惜しみなく晒す扇情的な衣装・・・・・・なにより双子の妹にはない男性を魅了する双丘・・・・・・ティオネ・ヒリュテが天井にへばりついていた・・・・・・。

 

「ティオネ・・・・・・ひとつ聞きたいんだ」

 

 冷や汗を流しながらフィンは今だに天井にへばりついているティオネに声をかける。

 

「なんでしょう。団長」

 

「君、僕が眠りについたら、何をするつもりでそこに待機しているんだい?」

 

 聞くまでもあるまい。フィンも彼女がこちらに想いを寄せている事自体は気づいている。

 

 とはいえ、内容が内容だし、そもそもフィンから見ればヘタをすれば父と娘ほど年の離れている上に伴侶は小人族にすると決めている。

 

「そんな・・・・・・乙女にナニをするつもりなんて・・・・・・恥ずかしいこと言わせないでください」

 

“何をするつもり”かと聞いて“ナニをするつもり”と返ってくるニュアンスの違いにフィンはこのまま無防備に睡眠を取るのは危険と判断する。

 

「はっはっは・・・・・・仕事しよ・・・・・・」

 

 そして、先日あった出来事を話し終えたフィン。乙女の女子力(隠密行動)に本気でドン引きしているロキとパイ。

 

「・・・・・・超こえぇぇぇぇぇぇ・・・・・・つまり、フィンさんが常に狙われている状態だから緊張状態を維持し続けた結果このやつれフィンさんになったってことかな」

 

「やつれフィンってヒドイ略し方だね。まぁ大まかその捉え方で間違ってはいないよ。ロキも心配かけて済まないね・・・・・・」

 

 謝るフィンにロキは何とも言えない表情を浮かべる。この場合はティオネが原因であるが問題の解決自体は難しい訳ではないと理解できる。

 

 ティオネもやり方に問題が多いのでそれを指摘すれば解らないほど理解のできない娘ではない・・・・・・と思っていたがなぜこうも暴走してしまったのだろうかと首をひねる。

 

「そもそも、ティオネさんってあの双子のアマゾネスの大きい方の人かな、なにがとは言わないけど・・・・・・なんでいきなりそこまで暴走気味になっちゃったのかな?」

 

 当然のパイの疑問だがこれはフィンもロキにも覚えがなく三人で仲良く首をひねる。

 

 三人よれば文殊の知恵と言うがこの場合はティオネがなぜこの様な突発的な行動を取ったのか。その行動の理由が読めず・・・・・・結局諦めてしまう。

 

 しかし、このままフィンを放置するわけにも行かない、現在は気力と体力で持ち堪えているがいつ過労で倒れても不思議ではないぐらいに消耗してしまっているフィンに『栄養剤』や『元気ドリンコ』を与えた所でむしろ悪影響を起こしかねない。

 

 その時、パイの中である事を思い出す。そしてパイは即座に行動を開始する。ロキに一言告げて大急ぎで駆け出し執務室を出て行くパイ。

 

「ルフィル君がすごい勢いで出て行ったけど・・・・・・どうしたんだい?」

 

「いや、寝不足のフィンに最高の物を持ってくるっちゅうとったけど・・・・・・」

 

 突発的な行動に目をパチクリさせる二人そんな二人が黙っている中ドアからノック音がし元気そうな声が響く。

 

「ねぇ、フィンー、こっちにロキ来てない?」

 

 ノックの音に一瞬肩を震わせ慌てるフィンだったが、その声が件の人物ではないことに安堵のため息を吐く。そして、声をかけるとその人物が部屋の中に入ってくる。

 

 ティオナ・ヒリュテ。ティオネ・ヒリュテの双子の妹である。彼女が朗らかな笑顔浮かべながら。ロキの姿を確認すると近づく。

 

「あー、いたいたー。ロキ。さっきアイズが探してたよー?」

 

「あー・・・・・・多分ステイタス更新の事やろ・・・・・・ウチから会いにいくわ・・・・・・所でティオナに聞きたい事あるんやけどな・・・・・・最近、ティオネが変ちゃう?」

 

「ティオネ・・・・・・? って!? フィン、大丈夫!? すごく、なんというか・・・・・・やつれフィンって感じになってるよ!?」

 

 フィンの顔を見て驚くティオナ。フィンもそんなティオナに乾いた笑みを向ける。

 

「そのティオネが原因でこうなってるんだよ・・・・・・」

 

「どういうこと?」

 

 先ほどのフィンの話をさらに簡略化した内容をロキからティオナに伝える。双子の姉の奇行にティオナは引きつった笑顔を浮かべる。

 

「あー・・・・・・でもそれなら心当たりがあるかも・・・・・・」

 

「本当かい?」

 

「ほら、遠征の後の豊穣の女主人で、ベートが気持ち悪かった時にフィンが「年齢をとった」って言ってたじゃん」

 

「おお・・・・・・確かに言うとったな・・・・・・ほんで、それが?」

 

「そしたらね。その後、ティオネが部屋に戻ったら急に考え込んじゃって・・・・・・『団長の子を仕込むなら早めの方がいい』って言い出したんだよ」

 

『ええっ・・・・・・』っと表情を曇らせるロキとフィン。あまりに生々しい表現に明らかに引いている。

 

「つまり・・・・・・アレか? フィンが年齢を取りすぎて、アレ出来へんようになる前に仕込もうと・・・・・・野獣の如く生殖本能に目覚めたと・・・・・・?」

 

「やめてくれ、ロキ! もう頭がパンクしそうなんだ・・・・・・色々と不安材料しかない!?」

 

「私も何回か止めたんだけど・・・・・・そっかー・・・・・・もう実行しちゃってたかぁー・・・・・・」

 

 ドン引きしているロキと顔を青ざめさせて耳を塞ぐフィン。そして遠い目をして双子の姉の行動力に対して現実逃避を開始した妹。

 

 この場合は誰が悪いのだろうか・・・・・・不用意な発言をしたフィンだろうか? それを勘違いして暴走したティオネだろうか? それともその会話をするキッカケをつくったベートだろうか?

 

 あまりに酷すぎる内容にフィンは色々と吐きそうになる。涙すら浮かびそうになるのを堪えて顔を上げる・・・・・・このような場所で立ち止まっていてもいい方向に向かう訳もない。

 

 そう自分に言い聞かせて。理性を取り戻した瞳で解決策を練る・・・・・・。そんな一人で考え込んだフィンに対してロキとティオナは会話を続ける。

 

「まぁ、アイズの件は確かに伝えたからダンジョンに行ってくるね」

 

「おお、助かったわ。夕飯までに戻ってくるんか?」

 

「うん。【大双刃】の借金返したいしね。晩までには帰ってくるよ」

 

 そう言って執務室から退出してゆくティオナ。その背を見送り。フィンに視線を戻したロキが見たのは。完全に思考の中で敗北を味わった【勇者】の姿であった。

 

「駄目だ!! どのカードを切っても言いくるめられる未来しか見つからない!!」

 

 日頃では絶対に見せない余裕のない表情にフィンがかなり追い詰められているのを知ったロキ・・・・・・そんな彼らの耳にドタバタと走ってくる音が届く。

 

「お待たせなのかな!! 睡眠不足用の最強アイテムを持ってきたのかな!」

 

「ルフィル君・・・・・・僕はもうダメみたいだ・・・・・・小人族の栄光ある未来・・・・・・後は任せてもいいよね?」

 

「自然に私を小人族判定しないで欲しいのかな・・・・・・それはともかく、ジャジャーン!! 安眠アイテムのお布団なのかな―――!!」

 

 アイテムポーチから質量保存の法則を無視したような取り出し方をしたパイが床に敷いたのは極東ではポピュラーは布団と呼ばれる寝具であった。

 

 『黄昏の館』を飛び出したパイは一直線に【タケミカヅチ・ファミリア】の本拠の門を叩いた。それに対応したのはヒタチ・千草であり、おどおどとした仕草で対応にでてきたが相手がパイと知ると途端に表情を明るくして出迎えた。

 

 そして、バイトに行く前のタケミカヅチに事情を説明して干したての布団セットを借りてきたのだった。

 

「なんやこれ・・・・・・パイ。これが安眠できるアイテムなんか?」

 

「論より証拠! さぁさぁ、フィンさん! 入るのかな!!」

 

「やめてくれ! 今眠ると野獣とかしたティオネに襲われてしまう! それだけはダメなんだ、色々と失うものが多すぎる・・・・・・すやぁ・・・・・・」

 

 無理やり布団の中に押し込まれたフィンだが抵抗むなしく日干しされた布団の魔力に負けてしまう。すやすやと眠るフィンに一安心するロキとパイ。

 

 だが、問題は今だ解決していない・・・・・・本能の野獣とかしたティオネ。彼女の暴走を止めない限りフィンの本当の意味での安息はない。

 

 しかし・・・・・・ロキがパイにティオネの暴走の理由を説明すると。驚く程あっさりと解決策が見つかることになる。

 

「要は、フィンさんを襲う必要性をなくしたらいい訳かな・・・・・・それだったら魔法の言葉があるかな」

 

 魔法の言葉を耳打ちで聴いたロキは目を見開き。なるほどっとつぶやく。そして、その言葉をティオネに伝えた所。先日までの暴挙はなりをひそめることとなる。

 

 その事件解決から数日後、体調を取り戻したフィンが気になってロキに訪ねてみたところ。ロキは半笑いをしながら答える。

 

「いやな、ウチも半信半疑やったんだけど、ティオネに『いい遺伝子が欲しいなら男性は初老程度まで待ったほうが優秀な子供ができるらしい』って言ったら。あっさりと納得したわ」

 

「ああ・・・・・・それって根本的解決になってないと思うんだけど・・・・・・」

 

「そんなん言うんやったら、はよ伴侶見つけぇ・・・・・・一族再興の邪魔はせぇへんって約束やからな、忘れてへんよ」

 

 ロキの切り返しにグゥの音も出なくなったフィンにロキは勝ち誇ったように笑う。

 

「しかし、ルフィル君には驚かされることばかりだ・・・・・・週に一度でいいからウチの食堂で働いてくれないか・・・・・・本気で交渉してみようか・・・・・・」

 

「せやなぁ・・・・・・ウチの料理も旨いけどパイたんの料理はまた格別やからな・・・・・・」

 

 話は少し前に戻り、布団で短時間ながら良質な睡眠を取れたフィンはいまだ疲労が取れきれていないものの活力自体は取り戻していた。

 

 とは言え、ストレスで食事も満足に喉を通らないほどに追い詰められていたフィンの身体を労わったパイがロキに頼み込んで厨房で腕を振るった。

 

 昼食には遅い時間であったので食堂にはフィンとロキの二人だけであり、料理はそれほどの時間も掛からずに出された物であったにもかかわらず二人にとっては至高と言うにふさわしい出来の物であった。

 

 ロキには少量のつまみを数種類乗せたオードブル。フィンには以前にヘスティアに作った胃に優しい粥を作る。

 

「美味しい・・・・・・美味しいよ・・・・・・こんな美味しい粥は初めてだ・・・・・・」

 

「なんやねんこの、適量の珍味セットは! 正しくウチが飲みたい酒にぴったりやんけ!? ぬぐぐぐ・・・・・・杯が止まらへん!」

 

 食べる人のことを考えて作られた一品にフィンはスプーンがロキは酒が止まらなくなり、フィンに関しては終いには涙ぐむ始末であり、よほどのストレスが掛かっていたのだと同情的な視線とともに何も言わずに『青の薬舗』製の胃薬を差し出すパイ。

 

 そして、日干しされた布団の魔力に取り付かれたフィンが寝具を新調するのにタケミカヅチの下を訪れ布団の購入先を教えてもらい購入した結果よりよい睡眠とともに仕事の効率が上がったのだが、それはあまり関係のない話なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『借金の返済は計画的なほうがいいと思うのかな?』

 

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】。【オラリオ】で最も有名な医療系ファミリアであり、実績も多くある故に信用も高い回復薬を提供する場所でもある。

 

 そんなディアンケヒトのファミリアの本拠に一人の来訪者が訪ねていた。くすんだ白髪に紫の瞳。最近小人族よりチビじゃね? っと噂され始めている『ハンター』事『便利屋』であるパイ・ルフィルの姿があった。

 

「アミッドー、今月の借金返済に来たのかなー」

 

 もともと、パイが所属している【ミアハ・ファミリア】は【ディアンケヒト・ファミリア】に多額の借金作っていた。つい半年前ではその返済金すらも払えない事も多く、主神であるディアンケヒトが月一に『青の薬舗』に訪ねてはミアハに催促と共に嫌味を言う場面も多かった。

 

 だが、それもパイがダンジョンに潜ったりしていう稼ぎによって【ミアハ・ファミリア】の経済にかなりのゆとりが生まれ・・・・・・なにより、【ディアンケヒト・ファミリア】の顔である【聖女】。アミッド・テアサナーレと、【ミアハ・ファミリア】のナァーザ・エリスイスは犬猿の仲であった。

 

 犬猿の仲とはいったが、大概はナァーザがアミッドに噛み付きアミッドがそれに反論する流れになっており、毎回それを見せられていたパイが気を利かせて月の借金を返済する為に【ディアンケヒト・ファミリア】の本拠を訪れていたのだった。

 

「ありがとうございます。ルフィル。貴女にはいつも苦労をおかけしていますね・・・・・・エリスイスとは、どうも馬が合わないようです」

 

 疲れたようなため息と共にパイへ感謝の意を告げるアミッド。彼女としてもナァーザの様に取り付く島もない態度を取られるというのも疲れる原因の一つであった。

 

「最近は金銭的な余裕とかで大分落ち着いてきたけどね。多分、ナァーザさんも色々と自分を追い詰めちゃってたのかな・・・・・・もうちょっと長い目で見てあげて欲しいのかな」

 

「いえ、大丈夫です。このように気を使って頂いているのにそれ以上を求めはいたしません。ただ、ルフィルは大丈夫なのですか・・・・・・やっかみのような事は言われていませんか?」

 

「最近は『依頼箱』の中に【ディアンケヒト・ファミリア】案件の依頼も入れてないから大丈夫かな!」

 

 そう、パイの同【ファミリア】に籍を置くナァーザ・エリスイスという犬人の少女は、ディアンケヒトとアミッドをひどく毛嫌いしていた。大抵の毛嫌いしている理由はディアンケヒトの陰湿な嫌味を多く聞いていた為なのだが、それらがひどく歪曲した結果、そこに腰巾着の様に着いてきていたアミッドにも怒りの矛先が向いたようであった。

 

 坊主憎けりゃ・・・・・・という訳ではないが、少しばかりナァーザには落ち着いて物事を考えて欲しいとも思っているパイにとっては、表向きは溜飲を下げてきている現状は嬉しいものであった。

 

「・・・・・・っち、なんだ今月もお前さんが来たのか・・・・・・」

 

 白ひげを蓄えた体格の良い男が、不機嫌そうな表情を変えることなく奥の部屋から出てきたのは、この【ファミリア】の主神であるディアンケヒトその人であった。ディアンケヒトはパイの姿を見つけると不機嫌そうな表情をより不機嫌そうに歪める。

 

「ごめんね。ディアンケヒトさん。ミアハさんも「ディアンとの会話をできないのは心苦しいのだが、中々に忙しくてな・・・・・・貧乏暇なしというやつだっという訳で、遊びに来た時には茶ぐらいは出すぞ」って言ってたのかな」

 

「ばばばっ!? 馬鹿なことを言うな! まるで俺がアイツの所に行きたいみたいなことを言うでない!」

 

 パイがミアハからの伝言を伝えると、慌てたように返すディアンケヒト。その様子にアミッドも小さく息をつくと、ヤレヤレと言いたげに呟く。

 

「ルフィルが此処に返済の為に来ているのです。ディアンケヒト様にとっても悪い話ではないとおもいますが・・・・・・」

 

「アミッド、それは簡単なのかな、きっとディアンケヒトさんはミアハさんに会いに行きたいけど、借金の取立てとか、なにか理由がないと行きづらかったのに、私がこうやって持ってくるからそれが嫌なのかな」

 

「おまっ!? そんなわけ無いだろうが! いい加減なことを言うな!」

 

 顔を真っ赤にして怒るディアンケヒトだが、パイの言葉は止まらない。

 

「きっと二人きりだったら。ディアンちゃん。ミーちゃんって呼び合う仲なんじゃないかなって思うんだけど・・・・・・どう思うかな?」

 

「・・・・・・ミーちゃん呼びするディアンケヒト様ですか・・・・・・実に気持ち悪・・・・・・いえ、その。私からはなんとも」

 

「アミッド!? 今、お前気持ち悪いって言いかけたよな!? お前はそんなに主神に対して辛辣なこと言う子じゃないよな!」

 

 突然の眷属から放たれた毒にディアンケヒトが泣きそうな表情を浮かべる。とはいえ、明らかに初老の男性的な外見のオッサンがイケメンと言うにふさわしいミアハに対して「ミーちゃん」なんて呼ぶ光景は実に精神的にキツいものがあるだろう。

 

「しかし、なんでディアンケヒトさんはあんなにミアハさんにアタリが強いのかな? 昔にナァーザさんの義手の件での借金だとは聞いたけど、同じく医療系【ファミリア】で神様同士でしょ? そこまで嫌味いう理由がわからないのかな」

 

 今まで、疑問のままで留めていたものをこの際だからと尋ねる。パイ。しかし、そんなパイの質問に人の嫌な笑みを浮かべたディアンケヒトは吐き捨てるように告げる。

 

「ふん!! 貴様らのような貧乏人には分からぬような高貴な理由があるのだ!」

 

 しかし、そこは天下のパイである、しばし考え、彼女なりの答えを提示する。

 

「なるほど、つまり、ミアハさんがイケメンだから僻んでいるだけなのかな」

 

「げふぅ!?」

 

 パイが提示した答えにディアンケヒトは胸を抑えて重い声を吐き出す。そんな主神を放っておいたアミッドもまた続くように呟く。

 

「そもそも性格の良さや品性と品格もミアハ様より劣ってますしね」

 

「がふぅ!? ・・・・・・あっ、あみっど?」

 

 まさかの眷属からの言葉にディアンケヒトは信じられないものを見るような瞳でアミッドを見る。

 

「何だかんだで商売ではウチでは足元にも及ばないかな。でも冒険者の中ではミアハさんってすごく人気があるのかな」

 

「どむぅ!? そうやって上げて落とすやり方はえげつないんじゃないか!?」

 

「時折、買い出しに出かけているときもミアハ様の噂は耳にしますが、皆揃っていい神だとおっしゃってますね」

 

「ぶふぉ・・・・・・しかし、世の中は・・・・・・マネーだ・・・・・・」

 

 最後の盾を構えるように息も絶えそうなぐらいな勢いで小さく語る・・・・・・だが・・・・・・

 

「そうなのかかな! そういう点では【ディアンケヒト】の製品は良いって聞くかな。でも、値段の設定は高かめだし、値引きが出来ず、融通が利かないって話も聞くけどね」

 

「「うぐぅ・・・・・・」」

 

 最後の最後に笑顔で告げたパイの言葉に同時に胸を抑えるディアンケヒトとアミッド。心の準備が出来ていない状態からの一撃は確実に二人の心の傷をえぐっていた。

 

 奇しくもディアンケヒトにダメージを与える結果となったが。そんな事をしていると新たなる人影が販売所の門をくぐり入ってくる。その人物は本来であるならあまりこの場所に近づかないであろう人物であった。

 

「パイ。帰りが遅いから様子を見に来た・・・・・・なぜ、ディアンは泣きそうな顔でいるのだ?」

 

 青みのかかった長髪を揺らして不思議そうに小首を傾げるミアハ。

 

「ミアハ様・・・・・・その、色々とありまして、今月の返済分は先程ルフィルから受け取っています。ご安心ください」

 

「そうか、いや、なにかトラブルにでも巻き込まれたのかと思ってな。何事もなかったのなら良かった・・・・・・ディアンとアミッドには世話をかけるな」

 

 そう言って困ったような笑みを浮かべるミアハ。その姿に同じく笑みを返すアミッド。

 

「何の用だぁ! この貧乏店の主神がぁ! 大体お前の所の小娘の教育はどうなっている! さっきから人の痛い所をザクザクと刺しおって!」

 

 そんな二人に割り込むようにして、喚くディアンケヒト。ミアハも目を丸くしてやや後ろに反る。

 

「どうしたのだ、ディアン・・・・・・パイ、そなた、ディアンに何を言ったのだ?」

 

「えっとね。ディアンケヒトさんに比べたらミアハさんはイケメンかなって事と、商売はすごく儲けてるけど、街の人の神様としての評価はミアハさんのほうがいいよねってことと。あと、このお店って品質はいいけど値段高いよねって言ったぐらいかな?」

 

「んんっ? そこまで酷い事を言っているようには聞こえないのだが?」

 

 本気で不思議そうにしているミアハにディアンケヒトは唾を撒きながらさらに喚く。

 

「それだけではないだろう!! そもそも性格の良さや品性と品格もミアハより劣っているとか! ミアハの噂は口を揃えて、いい神だと言っているとか!」

 

「あっ。それを言ったのは私ですディアンケヒト様」

 

「ウボァ――――!?」

 

 血を吐くような声を上げて膝をつくディアンケヒト。どうやらパイの一言よりも眷属からの言葉の方が心に来たらしい。

 

 可哀想なぐらいに短時間でダメージを得てしまったディアンケヒトに思わず顔を見合わせるパイとミアハ。

 

 流石に半分は責任があると考えているパイは少し考えるように腕を組み数秒後に何かを閃いたかのように顔を上げる。

 

「ねぇ、アミッド。ディアンケヒトさんってこれからなんか予定とかあるのかな?」

 

 突然の質問にアミッドは少しの間面食らったような表情を浮かべたが直ぐに表情を切り替え、業務を遂行する上での主神の行動を把握できる範囲で考え、答えを出す。

 

「いえ、コレといって予定は入っていないはずですが」

 

「なるほど、なるほどねぇねぇ、ミアハさん。ちょっといいかな?」

 

 そういって、ミアハの耳元で内緒話しをするパイ。そのパイの行動を不思議そうに眺めていたが。パイが懐からだした袋をミアハに渡し、ミアハも苦笑を浮かべながらその袋を受け取り。

 

「ディアンよ、そう嘆くな。いま、少し臨時収入が入ってな、少しばかり酒を嗜もうと思うのだが一人酒では味気ない。迷惑をかけている身でもあるので一つ、日頃の感謝も込めて奢らせては貰えないか?」

 

 ミアハがそうディアンケヒトに囁くと、ディアンケヒトが震えだし、やや怒りの強めな表情のまま顔を上げる。

 

「奢るだとぉ! お前のような貧乏神に情けで奢られるほど耄碌もしておらんわ! ええい! 俺が奢ってやる! 行くぞミアハ!! こんな日は呑まんとやっていられんわ!!」

 

 憤慨した状態で大股で歩いていくディアンケヒトの後を、軽く笑いながらついてゆくミアハ。なんだかんだと言いながらも一緒に飲む程度には憎んでいない間柄の二人の背を眺めながらもお互いに苦笑を浮かべる、パイとアミッド。

 

「何だかんだで、仲悪いわけじゃないからね。あの二人はさ、なんだかんだでディアンケヒトさんがちょっと面倒なだけなのかな」

 

「ディアンケヒト様は医神としては尊敬できるのですが・・・・・・ミアハ様に関してはそう言う節はありますね」

 

 何とも言えない主神の行動に、思わず苦笑いを浮かべるアミッドと顔を見合わせお互いに笑う。そして笑い終えた後にパイはニンマリと笑う。

 

「なっ・・・・・・なんですか? ルフィル。私の顔に何か?」

 

「いやぁ? アミッドもそう言う感じの表情を浮かべる事もあるのかなーって思ってね」

 

 戸惑うアミッドへと告げたパイの指摘に、思わずドキリっとしてしまうアミッド、日頃から自制心を強く持つ事を心がけている彼女にとって、不意だったと言えど、油断した瞬間を見られたというのは中々に羞恥心を擽られる形となった。

 

「あの・・・・・・この事は、エリスイスには内密に・・・・・・」

 

 顔を赤く染めて小さくつぶやくアミッドに、今度は裏表のない笑顔を浮かべるパイ。

 

「いいかなー! アミッドの貴重な照れ隠し見れただけで十分なのかなー!」

 

 そんな、若干デリカシーのないパイの言葉に、珍しく、アミッドは頬を膨らませ、そして――

 

「~~~~~~・・・・・・パイ――!!」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】に響く【聖女】の声。こうして、アミッド・テアサナーレにとって名前で呼べる数少ない友人の中にパイ・ルフィルの名前が刻まれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とある女神の日常は犯罪ぎりぎりかな?』

 

 

「あっはっはっは! 駄目、お腹痛い! なんで、あの子はこんなにもやる事が斜め上の方向にいくのかしら・・・・・・」

 

 大笑いする声がとある部屋に響く。声の主を知る者であればこんなに陽気に笑う彼女の姿を見れば二度ほど目で確認するであろう、それほどに日頃の彼女の、それこそ在り方を知っていればありえないと思える行動を彼女はしていた。

 

 彼女は、美の女神である。名はフレイヤ。ここ【オラリオ】の最大の派閥の一つ、【フレイヤ・ファミリア】の主神であり色々と問題のある女神でもある。そんな彼女の娯楽の一つに本来であれば特殊な状況でなければ使用できない“遠視”を行うことであり、その為に多くの“縁”を作ってきた。

 

 そのフレイヤの見つめる鏡の中に一人の白髪の娘が写っていた。娘は一心不乱に農作業に使われる鍬を振るい続けている。

 

『ポッケ村での地獄の日々を思い出すかなぁぁぁぁ!!』

 

 どこか自棄でも起こしたかのような声で叫びながら土を耕す姿にフレイヤはまたも、笑いすぎて痛む腹筋をおさえながら、目尻に溜まった涙を拭いながらもその光景を見つめている。

 

「ふむ・・・・・・フレイヤ様。パイは一体何をしているのでしょうか・・・・・・」

 

“覗き見”という何時もの事をしている主神へと尋ねる大男、【フレイヤ・ファミリア】団長でありフレイヤの最も信頼する眷属、【猛者】。オッタルは鏡に映る知り合いの姿に素直に尋ねる。

 

「デメテルの所の畑の改良をパイに依頼したみたいね・・・・・・なんとなくやらかしそうな気はしてたけど・・・・・・本当にするなんて・・・・・・プッ、クッ・・・・・・フフ・・・・・・」

 

「なるほど、『便利屋』ですか・・・・・・噂には聞きますが、本当になんでもするのですね」

 

 そこでオッタルはふと考える、彼女、パイ・ルフィルと言う娘がこの【オラリオ】に与えた影響はどれほどのものであるのかを、身近な物だと主神の性格の変化が挙げられる。

 

 第一によく笑うようになった、以前も笑うことはあったが何処か妖艶な雰囲気を纏った冷たい印象の笑みこそが、“彼女の笑い方”であった、現在のような生娘のような笑い方をするような方ではなかった。

 

 聞けば、同じファミリアのアレンも猫人の関係でパイに絡まれているそうだ、『豊穣の女主人』関連だと言う事も、そこで給仕を手伝っているという話も耳に届いている。そう考えればつくづくこの【ファミリア】と縁のある娘である。

 

 それだけではない、軽く情報を得ただけでも、所属する【ミアハ・ファミリア】は当然として、【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】【タケミカヅチ・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】【ソーマ・ファミリア】【ヘスティア・ファミリア】【ディオニュソス・ファミリア】そして【デメテル・ファミリア】果ては、商売敵でもある【ディアンケヒト・ファミリア】の【聖女】とも友好関係にあるという話すらある。

 

 本来【ファミリア】は同盟などの場合を除いて、おたがいの利益の絡まない接触などは基本的にはしない。あくまで派閥同士の軋轢は存在するし、特に組織として大きくなった【ファミリア】はその傾向が強くなる。

 

 それを考えれば、『便利屋』であるパイ・ルフィルはその中で異端の中の異端と言えるだろう。

 

 【ミアハ・ファミリア】と言う零細ファミリア。その中の駆け出し冒険者。そんな存在がこの半年でこれほどの数の【ファミリア】に一定の信用を得るという事がどれほど異常な事であるか・・・・・・なにより“知らずの内に内側に入られている”事が一番の問題であるのに“誰もがその事を当たり前にしてしまっている”。

 

 それこそが、パイ・ルフィルと言う娘の魅力である。と言えば簡単であり、それと同時に、“変化”を受けた人々の中に自らも入っている事に気がついた。

 

 “俺は今までこのような些細な事でフレイヤ様の手を煩わせる者であったか?”その疑問に納得させる材料を探すがオッタルの中には見つからなかった。

 

 そんな、事を思案顔で考えてるオッタルを、微笑ましそうに見つめていたフレイヤもまた、良い方向に変わっている眷属の変化を楽しんでいるのである。

 

(思えば、観るだけの生活が楽しみになったのはいつからだったかしら・・・・・・)

 

 もう彼女を見つけてから、一年と半年になるのだ。不死であり不変でもある神々にとって、“変化”は最大の娯楽の一つであろう。その“変化”を見たらしてくれる眷属と共に生きる事は神々が多くの“不便”を抱えてなお地上へと降りるほど魅力のあるものであった。

 

 フレイヤとしても、多くの戦力としても十分な眷属達を、文字通り正攻法以外の手を使っても集めてきた。その行為に関して罪悪感も感じないし、その眷属たちを大事にしている自覚もある。難色を示した者もいた事はいたが、同性であり、性格の違いもあったし、どちらかといえば“呆れていた”という感覚であっただろう。

 

 そんな“元団長”の顔が脳裏に浮かび、そんな彼女が以前に「あの子が毎回臨時のバイトに、来てくれた時にまかないを断っている理由が、アレとはねぇ」っとボヤいていたのを思い出した。なんでもその弟子の“お目当ての子供”共々恐ろしい量の食材をその胃に落として言ったらしい。あの時の彼女の顔に思わず思い出し笑いをしてしまう。

 

 その元団長といえば、“初めてパイを見つけた”のも彼女の経営する店の裏路地を“観ていた”時であった。

 

 それは栗色の髪をした小人族の少女が複数の男に暴行を受けている光景だった。少女も諦めているのかその“魂の色”はどす黒く変色していた。【オラリオ】での『冒険者』は結局の所、弱肉強食が基本である部分も確かにある、秩序と正義を司る者達が少なければ必然的にこのような弱き者が出てくるのは必然であった。

 

 そこに一人の白髪の小柄な娘が通りがかる。武器を携帯しているわけでもなく“おそらく”冒険者ではないだろうと思える。しかし、その瞳は“強者”特有の物であった。

 

 下手な正義感が身を滅ぼす可能性がある以上、普通であればココは見て見ぬふりをするのが正解であろう。道徳的な感覚としては間違っていたとしても誰も咎めはしない。ココはそういう場面である。

 

 しかし、その娘の取った行動にフレイヤは珍しく目を剥いた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! くっ! くせぇぇぇぇ!」

 

「おい馬鹿! こっちくんな! うえぇ・・・・・・うっぷ・・・・・・」

 

「ヒィ!? うっ・・・・・・おえぇぇぇぇ・・・・・・ゲロロロ・・・・・・」

 

 懐から取り出した『ナニ』かを男達に投げつける。その瞬間に綺麗に意識を失う小人族の少女と悶え苦しむ暴漢達。現場が阿鼻叫喚の地獄絵図の如くひどい有様となり、それを行った娘はそそくさと小人族の少女をまるで何かを運搬するような動きで連れ去っていった・・・・・なによりもだ・・・・・・。

 

「だぁぁぁれだぁぁぁ!! 私の店の裏でこんな巫山戯た真似をしたのはぁぁぁぁっ!!」

 

 しばらく呆然と見ていると、スコップ片手に鬼のような表情で憤慨しているまず今までで見たことにない女将を観ながら、フレイヤの興味は“行動の予測できない”人物である白髪の娘へと注がれていった。

 

 次に彼女を見つけたのは、日暮れ間際の街中であった。ぽてぽてと歩いている彼女にフレイヤも知っている数名の男神が声をかけていた。知っていると言っても親密な仲ではない。そんな彼女はホイホイとついていき、とてもいい飲みっぷりを披露し、場を沸かせていった。一芸を決め、小道具を使い、話術で盛り上げてゆく。かなりの量のアルコールを摂取した娘に男神達は喜んで奢っているようだ。

 

 それは純粋な興味であった。フレイヤが彼女の“魂の色”を視た瞬間――彼女の形が今まで見たことのない純粋なる“光景”であった事に驚く。

 

 萌える草木に揺れる花々、遠くに虚ろう雲と共に広がる世界。雪山。砂漠。密林。まるで自然を自然のまま受け入れるかのような・・・・・・おおよそ“人間らしくない形”。

 

 それでも彼女はソコに存在している。怒り、悲しみ、喜ぶ、何処にでも居てそうな娘であるのに・・・・・・まるで世界を受け入れてしまいそうな位に眩しく・・・・・・美しい。

 

 そんな、今まで見た事のない魂を持った彼女が観ている先で何やら愉快な踊りを披露していた。フレイヤはそんな様子を眺めながら、クスリッ――と笑う。

 

 まるで、チグハグである。魂の色はその在り方を映す鏡のようなものであり、心の強さによって輝きが変わる“強者”の資格とは違う世界の様な輝きにフレイヤは目を奪われた。

 

 余韻を楽しむ様に、熱を帯びた頬をゆっくりと冷ましてゆく・・・・・・そして、それなりの時間が流れ・・・・・・何故か紙袋を――目の部分だけ穴を開けた――被ったまま フラフラと千鳥足のまま歩く娘の前に、知った人物が現れた。

 

 フィン・ディムナ。【ロキ・ファミリア】の団長にして【勇者】の二つ名を持つ小人族である。頭の回転が速い上に“野心家”である彼だが、背後に付いてきた・・・・・・名前を思い出せないモブ顔の青年と共に娘に質問をした・・・・・・その結果――

 

「だれが、パァゥルゥム並みにちっこいって!? 流石に怒るかな!! ゲキ怒なのかな!!」

 

「えっ・・・・・・ええっ!? 君、ひょっとして「ヒューマン」だったとか・・・・・・いや、それは済まなかった。てっきり背丈も・・・・・・あ」

 

 どうやら、娘は低身長をコンプレックスに持っているようで、彼女の逆鱗に知らずに触れてしまった【勇者】も突然のブチギレにタジタジとなっていた。そんな【勇者】へと投げつけられたのは、あの“裏路地”でみた【アレ】であった。

 

 貴重な【勇者】の汚物まみれのシーン。女性冒険者に人気のある【勇者】に降りかかった災害にフレイヤは知らずの内に胸元で両手の拳を握るが・・・・・・。

 

「ぬがー! これでも喰らうかな!」

 

「危ないっす!? 団長!」

 

 なんと、モブ顔の青年が【勇者】を庇い・・・・・・本当に見苦しい事になってしまったのだ。白目を剥いた状態で何とも言えない悲鳴を上げ倒れるモブ顔。期待していなかった状況にフレイヤは小さく舌打ちを打つ。

 

「ラ・・・・・・ラウルゥゥゥゥ!!? きっ・・・・・・貴様ぁ!!」

 

「フッ~・・・・・・フ~・・・・・・・ツギハ、オマエカナ?」

 

 そうだ、【超凡夫】のラウル・ノールドだ。フレイヤは【勇者】の叫びでようやく思い出された名前に納得しながらも彼女と【勇者】を見る。なにやらお互いに殺る気らしく、切り札の魔法使用と言う。【勇者】らしくない短慮な行動を行う。

 

 お互い背丈が短いはずなのに、異様に切っ泊した雰囲気を出している、恐らく双方ともに眼光を赤くして獣のような危うさを出しているからであろう。っというよりも、平和な【オラリオ】の街中で一体何をしているのか・・・・・・。

 

 それでも、流石は最高峰に連なるLv.6の戦士、無駄のなく洗練された槍さばきは例え冷静さを失っても健在である。それよりも驚くのは泥酔状態の娘が数瞬の間であろうとその【勇者】の猛攻を躱したと言う事の方がフレイヤには驚きであった。

 

 しかも、その回避運動の気持ち悪いこと、気持ち悪いこと。ウネウネと四肢を動かし、回避していく姿はひょっとしたら見れば発狂するレベルの物かもしれない。

 

 それでも、能力的にも回避行動を続けることが困難になり始めた頃になれば不利を察したのか強大な光量を発する玉を使用し、娘は何処かへと姿を消していた。その場には悲惨な状態になった青年とそれに目を向けることなく娘の逃げた方向をいまわしげに見つめる【勇者】の姿のみが写っていた。

 

 たった三日ほどの間にこれほどの騒動を起こす人間がそうそう居るだろうか? フレイヤにとっても初めて見るタイプの人間であり興味を持つには十分であった。

 

 しかし、それは同時にやりすぎてしまったという事でもある。特に情報の伝達など早ければ早いほうがいい。次の日には【勇者】襲撃の報が街中にあふれこみ街の話題となっていた。

 

 そうなれば【オラリオ】に居続けるのも難しくなる。現に見つけ出した娘はヘファイストスから説教を受けて半泣きになっている。そしてやはりと言うべきか【オラリオ】の中でほとぼりを覚ますよりも外に行く事を選択する。

 

 その予想どうりの行動に若干の不満を覚えてしまったフレイヤは自らの想像以上に娘の行動を楽しみにしていたことを自覚する。

 

(あら・・・・・・別に他の子みたいに欲する訳でもないのにね・・・・・・)

 

 “引き抜き”の時の様な自らの抑えられない様な劣情を含めた物ではない。それまでの在り方とは違う“何か”を娘に感じていた。

 

 欲しいと言う感情が幼稚に見えるほどに、彼女の心の光景は広大であった。

 

 我が儘を我慢する事が楽しみに変わる様に、彼女の生き様は自由であった。

 

 “不変”を“変化”させるほどの情景がフレイヤに取って劇薬に近い物であろう物であり、本能で理解してしまう。

 

(手に取ってしまえば・・・・・・火傷じゃ済まない・・・・・・まるで、軒先に遊びに来る愛想のいい猫・・・・・・私にとっての貴女はそういう付き合いがいいのかも・・・・・・)

 

 一年と少し後に知神に告げられる言葉。フレイヤにとっての新しい関係を求める布石。もはや性としか言えない密なる関係を欲する。 

 

「・・・・・・なら、私らしい“挨拶”ぐらいはしないとね・・・・・・猫は気まぐれだし・・・・・・ね」

 

 それから時間が過ぎ・・・・・・娘の【オラリオ】を出立する日がやってきた。

 

 時刻は今だ空に青みすらない明朝の事。今だ陽の上がる前の【オラリオ】を歩く小さな影。その娘を視界に入れたまま顔を隠すように羽織ったフードの中で蠱惑を思わせる笑みを作る。

 

 目の前の娘との距離が近づき、やや警戒心を表に出している娘はおそらく【ロキ・ファミリア】を警戒しているのだろう。

 

 ヘファイストスの動向を監視させていた為、ヘルメスと【ヘルメス・ファミリア】の団長が“道案内”を担当することは知っている。

 

 それなりに付き合いのある神であり煮ても焼いても食えない男神だが、仕事はきっちりとこなす神である。彼を味方に取り入れることは困難だがお互いに利用できる関係ならば問題なくできる。

 

 ヘルメスに関してはビジネスの関係こそが最も適した関係であるだろう。彼女の情報はその時に対価を考えればいい。

 

 嘘の中に真実を忍ばせておく性質は生来のものだが、“興味を持てば”協力するだろう。

 

 そこまで思考を働かせていると、彼女に手が届きそうな距離まで接近していた。フレイヤはそのまま歩を進め、彼女と交差した瞬間に優しげな声で縁を繋ぐ。

 

「ふふ、また、逢いましょう」

 

 振り返った娘の絹の触れる音を耳にしながら、後ろを確認することなく歩みを続けるフレイヤ。言葉を紡ぎ、聞き手へと繋いだ。“縁”となって、いつか、この【オラリオ】に戻ってくる事を願う。

 

 それを、まるで確約された未来であるように信じる。立ち止まり、ようやく顔を出した太陽を眩しそうに眺め・・・・・・そしてつぶやく

 

「・・・・・・さて、いつ帰ってくるのかしらね・・・・・・帰ってくるときは“おもてなし”をしないとね・・・・・・」

 

 娘・・・・・・。パイ・ルフィルが【オラリオ】に帰還する一年間の間・・・・・・フレイヤにとって長い一年は彼女を“変化”させるに十分な期間であった。

 

 そして、バベルにあるプライベートルーム。そこで“日課”という名の覗き行為をこなしていると、【オラリオ】に続く門の一つに待ち人を見つける、彼女は大通りで快活な姿を見せておりその魂の形もなにも変わっていない。

 

 そして、そこからの行動は実に迅速かつ周到に練られていた。

 

「オッタル。子猫ちゃんが戻ってきたわ・・・・・・西の通りにいるから、エスコートをお願い」

 

「承知しました・・・・・・フレイヤ様」

 

 その言葉と共にフレイヤが座る長椅子の背後。いつからソコに居たのか・・・・・・極限までに気配を消した猪人の武人の姿が掻き消える。

 

 フレイヤがもっとも信頼する【猛者】が動いた以上、あとは待つだけである。フレイヤはその僅かな待ち時間でさえも愉しむ。

 

 それが“わがまま”な自分の特権だと言わんばかりに、まるで恋人を待つ乙女のようなはにかんだ笑顔を浮かべるのであった・・・・・・。 

 



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第二章 『戻ったけど、色々と忙しすぎるかな?』

忘れられたかな? って頃にUPしに来ました。一応生きています。
プロット自体はそれなりにできているんですが、物語にするのは簡単ではありませんね。
遅遅とした速度ではありますが製作はしていますのでお見苦しい作品ではありますが
よろしくお願いします


 アスフィ・アル・アンドロメダは腕の中にいる友人を抱きしめていた。

 

 腕の中でぐったりとしている彼女はアスフィが一年半ほど前に短い間だが旅をした仲間であり、先日には【ファミリア】の危機を救ってくれた恩人でもあるが、付き合いの長さとしてはそれほど長い訳でもない。

 

 何処か憎めない明るさと、軽口や毒を吐く傾向にあるがそれが不思議と嫌味に聞こえない人柄の少女。パイ・ルフィルは会って間もない頃から居心地の良さを感じさせる人物であった。

 

 いくら主神、ヘルメスの友神の頼みがあるといえど、そのヘルメスとの三人での旅・・・・・・警戒しない方がおかしい状況であるはずなのに、気がつけばパイは古来からの友人であるかの如く振る舞い、つい愚痴を聞いてもらうような仲になっていた。

 

 アスフィ自身もロクでもない主神の悪巧みなどに巻き込まれたせいか性格・・・・・・というよりも考え方が斜めに構えてしまうような節を自ら自覚している。その考え方のおかげで救われた場合も多く、また厄介事に巻き込まれてしまうこともあったがそのこと自体に後悔はない。

 

 そんな、“団長として思慮深くあろうとした自分”でさえも気がつけばパイという人間に絆されてしまったのだ。

 

 そして、そんなパイの交友関係というべきか、彼女の事を大なり小なり好意的に見ている人物は【オラリオ】に多くいる。まさか、リヴェラの町にすらその交友関係があるとは思ってはいなかったが……

 

 そんな中でリヴェラの町で突如として現れた“漆黒の巨人”十八階層という本来であれば安全圏と呼ばれるこの場所の事を思えば 異常であることは直ぐに理解できる。

 

 今は嘗ての正義の体現者達の残した“疾風”が黒いゴライアスの相手をしながら他の『冒険者』と共に戦っている。彼らは驚く事に自らの身の安全よりも『ハンター』の安全を優先したのだ。

 

 アスフィも『冒険者』である。荒くれ者と呼ばれる要因も明日の希望よりも今の快楽を優先する思考も、理解できないわけではない。

 

 そんな、者たちがたった一人の人間を守るために戦っているのだ。今も彼女の弟子である白髪の少年が放った豪炎が黒いゴライアスの右手を吹き飛ばしたのが見えた。

 

 だが――

 

 そんな彼らの努力を嘲笑うかの如く直ぐに損傷した箇所を修復してゆく、明らかに異常とも言える性能のゴライアス相手ではこのままの持久戦は悪手である事は遠目で見ているアスフィは嫌でもわかってしまう。

 

 そんな時、蹴り飛ばされた上に正拳突きを受けて壁に激突した割りには怪我の少ない『ハンター』のパイが腕の中で微かに動く。

 

「――っ!? 気がついたのですか・・・・・・大丈夫ですか? パイ」

 

「・・・・・・アスフィさんかな、ちょっと気絶してた上に体力も九割持って行かれたかな」

 

 体力を九割持って行かれたという割には意識がしっかりしている姿に、ジョークの類だとその場で自然に微笑みを浮かべてしまう。

 

 腕の中から地面にしっかりと足を付けるパイの姿に安心したアスフィは直ぐに鋭い視線を黒いゴライアスへと向けながら若干下がった眼鏡の位置を調整する。

 

「では・・・・・・状況は切迫しています、迅速かつ確実に奴を滅ぼせる方法を考えましょうか・・・・・・」

 

「ごめん、その前に何処かにベッドとかないかな?」

 

「・・・・・・はい?」

 

 パイの質問の意味を測れずに間の抜けた返答をしてしまったアスフィだが、この状況でベッドを所望する理由がわからない。

 

「ひょっとして、先ほどの体力九割の件は冗談ではなかったのですか!?」

 

「冗談だと思われていたのかな!? 酷いかな! 信用がないかな!」

 

 無論のことながら、この場合はアスフィの感覚の方が正しい。大まかな感覚の違いはあれど“九割”の体力の消耗など普通に考えれば“瀕死”と呼ばれても仕方のない事である。

 

 決して、今も鼻息荒く・・・・・・したせいで鼻血を流しているが見た目では元気そうな人間であるパイの姿を瀕死の重体であるとは見ないだろう。

 

「えっと・・・・・・けが人を集めている場所がここより西の方角に仮設されています。そこならばベッドもあると思いますが」

 

「まじかな! よし、回復剤を一個飲んでそこまで行くかな! すぐに戻ってくるからアスフィさんはリューとベル達に助太刀して欲しいかなー!」

 

 そう言い残し回復とポージングを行ったパイが西へと向かって走り出す、そして、奇跡的に激戦区から飛んできた土の塊に巻き込まれ、高く飛んでいくパイ。『ぬあー、回復剤飲んでなかったら一乙だったかな~~!』っと宙で叫びながら、おそらくは救護所の場所へと向かっていっただろう。

 

「まったく・・・・・・パイは何時でも賑やかですね」

 

 困ったように苦笑を浮かべたアスフィも暴れる漆黒のゴライアスのいる戦場へと羽ばたく。あの漆黒のゴライアスに対抗できる手段は今だに決まっては居ないが少しでも勝率を上げる為に【万能者】と呼ばれる『冒険者』は戦場へと向かうのであった。

 

 そして、このような状況になった経緯も語らなければなるまい、そう、それは【オラリオ】基準にして数日前まで遡ることとなるだろう・・・・・・それは『モドリ玉』で【大陸】へと帰還した少し後のパイ・ルフィルの話である。

 

 

――――――――――――――

 

 

 我らの団のハンターは悶々とした思いをしていた。

 

 パイ・ルフィルの帰還。その情報は【大陸】の『ハンターズギルド』各支部に届いた。

 

 彼女を知る者はその帰還の朗報に喜んだ。勿論の事ではあるが我らの団のメンバー達もパイの帰還に大手を上げて喜び、我らの団のハンターもその喜んでいる一人であった。

 

 しかしだ、一個人として――彼女を探していた苦労が無駄になった――ような感覚をどうしても覚えてしまう。

 

 だからこそ、複雑な気持ちを抱えながらも、捜索期間中にG級ハンターと昇級した、我らの団のハンターはその時の人でもあり、馴染みの相棒と温泉大好きな女ハンター事、ユクモ村の専属ハンターの三人で『天空山』へ狩りに来ていた。

 

 切り取られたような絶壁と足場の悪さ、そしてかなりの高度に達している為か気候の変化の幅が大きく、一括りの土地であろうと場所によって厚い雲と雷鳴轟く場所がある『天空山』とはそういう場所がある。

 

 そんな、雷鳴轟く場所の高台から我らの団とユクモ村の専属のハンター二人が見下ろす先に、彼女はいた。

 

「ふはははは! まてー、わんこー!」

 

「トビ子ちゃんは元気だねー。お姉さんそろそろ、依頼って言葉が嫌いになりそうだってのに」

 

「トビ子ちゃんが言うには、「向こうでは歯ごたえのない獲物ばかりで弟子育てがはかどったかなー」って言ってましたけどね」

 

 狩人の猛攻にたまらず逃走する【雷狼竜《ジンオウガ》】を追いかけるパイ・ルフィルの手には『ヘヴーボウガン』に分類される『メテオバズーカ』が握られている。先日、鉱石とかの簡単な素材で作れるとお手軽に作った武器である。

 

 狩猟本能を開花させた同期の姿を眺めながらも、我らの団のハンターは思い出す。なぜこうなったのかを・・・・・・それは今から数日前の事を語らなければなるまい。

 

 

――――――――――――――

 

 

「トビ子の奴がアイツと一緒に戻ってきたぁ!?」

 

 キャラバンと呼ばれる旅団。『我らの団』の団長は旅団に所属する受付嬢からの報告に口を開け用としていた酒瓶を落としそうになりながらも驚きの声を上げた。

 

 改造されて飛空船となった『イサナ船』で【バルバレ】に滞在して数週間。そろそろ別の場所に移動しようかと思っていた矢先の事であった。その報告を上げた我らの団の受付嬢もまたその緑色の服装の袖をはためかせて興奮気味に続ける。

 

「そうなんです! ハンターさんが【砂漠】で【千刃竜《セルレギオス》】の狩猟依頼の最中に発見したそうです!」

 

 我らの団の受付嬢の言葉に団長だけではなく他のメンバーも集まってくる。初めは半信半疑であったようだが受付嬢の様子に真実味が加わってきたのか各々の表情に喜色が溢れてくる。

 

「アイツ・・・・・・ついにやったんだな・・・・・・」

 

「オッショサン! ハンターさんがトビ子さんを見つけたんだよね! よかったよー!」

 

 団長の相棒の竜人の加工屋がその巨体の力を抜いたように肩の力を落とし、その隣になっていた加工屋を師とする加工屋の娘も嬉しさでベソをかいていた。

 

「やる時にはやる奴ニャルよ。旦那はそういう奴ニャル」

 

「そうじゃの・・・・・・して、トビ子の奴はどうしてそのような場所に?」

 

 団長の目の前でチンチラで賭け事に興じていた、屋台の料理長と竜人の商人は安堵の吐息を漏らし、そのまま旅団の受付嬢により詳しい状況の尋ねる。

 

「それが・・・・・・千刃竜との狩猟中に突然何もない空間から飛び出してきたらしく、そのまま千刃竜の背中に乗って、狩猟の貢献したらしいです」

 

「「「「「・・・・・・どういうこと?」」」」」

 

 旅団の受付嬢の説明に、個性派ぞろいの『我らの団』のメンバーは口を揃えるのであった。

 

 とにかく、【大陸】へ帰還したパイは『ハンターズギルド』への報告を後日にする事にした。そして【バルバレ】のマイルームに戻るや否や、オトモであるアイルーのシロや『我らの団』の女性陣にもみくちゃにされながらの再会を果たす。

 

 後日、報告などを済ませたパイと、発見者である我らの団のハンターが『ハンターズギルド』の質問攻めから解放されるまでの間、パイは辟易としながらもその質問に全て答えていった。

 

 それから、数日後・・・・・・我らの団のハンターが『バルバレ』の『ハンターズギルド』の集会所へクエストの報告の為に赴くと、そこには連日の休みなしで指名された依頼をこなし、帰投したユクモ村の専属ハンターの姿があった。

 

 彼女は疲れ果てており、集会所に設けられたテーブルに突っ伏しながら何やら赤い液体でテーブルに『過労』と書かれていた。これは所謂ダイイングメッセージと言うヤツであろうか? となれば彼女がこうなったのは不特定多数の依頼人になるのか・・・・・・。

 

「あら・・・・・・姉さんが死んでるかな」

 

「トビ子ちゃん・・・・・・一言目がそれなのはどうかと思うよ?」

 

 我らの団のハンターがそんな下らない事を考えていると背後から、同期であり先日、奇跡の生還(?)を果たしたパイが脇から覗き込んでいた。そんなパイの不謹慎な言葉に視線を向けながらツッコミ。視線をユクモ村のハンターへ戻すと・・・・・・そのハンターの濁った瞳と目が合った。

 

「――ヒッ!? おっ起きてたんですか、ユクモの姉さん・・・・・・」

 

「小さく悲鳴を上げるのも結構どうかと思うかな・・・・・・とはいえ、今の死人みたいな姉さんにギョロって見られたら確かに怖いかな」

 

「・・・・・・トビ子ちゃん? とぉぉぉビィィ子ちゅぁぁぁぁん!!」

 

 全身の筋肉としなりを全力で使った跳躍。無意味に身体能力の高さを披露しつつもドコをどうやったのか、横に捻りを加えた回転を行いながらユクモ村の専属ハンターはパイに飛びかかる。しかし、パイはそれを横に一歩動くことで避ける。避けられた事で床に激突するユクモ村の専属ハンター。

 

「べぶぅ!? ひどい、トビ子ちゃん! 私の愛が受けられないの!?」

 

「今の姉さんに捕まったら、何されるかわからないかな。所で、大丈夫? なんだかお疲れみたいかな」

 

「避けた事への謝罪はないのね・・・・・・まぁ、それはともかく、聞いてよー二人共!」

 

 避けた事をスルーするパイに、疲れた表情を浮かべていたユクモ村の専属ハンターだが、直ぐに起き上がると今までの不満を爆発させた。

 

 やれ、微妙な事で来る依頼や、わがままな第三王女の“いつもの事”や、わがままな第三王女の“いつもの事では済まされない鬼畜な依頼”などなど、話の六割がわがままな第三王女の話題なのが恐ろしい。

 

 そんな、ユクモの村の専属ハンターの愚痴を料理を味わいながら聞いていた我らの団のハンターとパイはお互いに同情を含んだ視線でユクモ村の専属ハンターを見る。

 

「ってか、なに!? 【金獅子《ラージャン》】に前世でいじめられてたの!? あの王女・・・・・・いくら何でも金獅子狩りすぎよ! アイツ私の弓と相性わるいのよぉぉぉぉ!」

 

 ついには酒が入り日頃の鬱憤を叫びながら泣き出すユクモ村の専属ハンターの姿にパイが声をかける。

 

「えーと、じゃあ姉さん。私と一緒に狩りに行くかな?」

 

「えっ? トビ子ちゃん大丈夫? まぁ。お姉さんはいいんだけど、一年半・・・・・・だっけ? ほとんど狩りしてなかったんでしょ?」

 

 ユクモ村の専属ハンターが尋ねると自信げに頷くパイ。そんな同期に対して我らの団のハンターも先日から気になっていた事を改めて口に出す。

 

「それも不思議ですよね。僕達はこの“四ヶ月”の間探してたのに帰ってきたら一年半ぶりって・・・・・・どういう事なんでしょうね」

 

「それは私にもわからないかなー」

 

 そう、不思議な事にパイが居た【オラリオ】での時間と【大陸】の時間に大きな誤差があった。理由も原因もわからない現象ではあるが細かいことに関しては気にしないのが彼らの常である。

 

「もし、トビ子ちゃんがその・・・・・・オラリオだっけ? 次にそこに行ったらこっちで何年もいてるのに、向こうじゃ三日しか経ってなかったって事もありえるかもねぇー」

 

「逆もしかりって事かな、まぁそのあたりわからないけど、帰り方に関しては『ハンターズギルド』に報告したからね。事故は減ると思うかな」

 

 帰還を果たしたパイは我らの団のハンターと共に【千刃竜《セルレギオス》】を討伐後、自身の体験談と共に『モドリ玉』を使用しての帰還方法を『ハンターズギルド』へと報告した。報告を受けた『ハンターズギルド』は直ぐに下位の各クエストの支給品に『支給品専用モドリ玉』を配布。上位以上のクエストを行うハンター達には確実な安全確保が難しい故に各自にモドリ玉の携帯を促している。

 

 これが、確実ではない事は明確ではあるが、少なくとも実例を作ったパイの言葉を無視できるほどの優著な状況でもなかったのでその案件は以上とも言える速度で浸透していった。

 

「とにかく、私はリハビリついでに狩りに行くから・・・・・・よかったら二人共来る?」

 

 パイの誘いに我らの団ハンターとユクモ村の専属ハンターは顔を見合わせ、一人は心配だからと、一人は依頼を受けない口実にしたいからと、お互いに違う理由でパイと同行することとなったのだが・・・・・・。

 

 当人曰く一半年ぶりの【大陸】での狩りだと言う。先に報告を済ませてきた我らの団ハンターがついでにと、リハビリの意味も兼ねた下位の依頼を見繕っていると横からユクモ村の専属ハンターがあるクエストを持ち出してきた。

 

 それは“上位雷狼竜”狩猟のクエストだった。我らの団ハンターは笑顔でソレを持って来たユクモ村の専属ハンターに引きつった笑顔のまま尋ねる。

 

「あの・・・・・・ユクモの姉さん? さすがに上位はまずくありません? しかも、ソイツはトビ子ちゃんの嫌がる相手ですよ?」

 

「あっはっはっは! 大丈夫、大丈夫! お姉さんにまかせなさい! トビ子ちゃーんこのクエストどうー・・・・・・えっ? うん・・・・・・うん・・・・・・」

 

 アイテムボックス――なぜか、誰が触っても各自のハンター達が所持するアイテムが入っている実に摩訶不思議なボックス――から、持っていくアイテムを選別していたパイに先ほどの依頼書を持っていくユクモ村の専属ハンターは一言、二言と声を掛け・・・・・・意外そうな表情で戻ってくる。

 

「えっと・・・・・・どうしたんです?」

 

「・・・・・・いや、なんでもないよ? 決して嫌がるトビ子ちゃんを見たかったのに笑顔で許可されたとかじゃないよ?」

 

「・・・・・・」

 

 嫌な予感を感じていた我らの団ハンターは自らの勘が当たった事と、同期の・・・・・・どこかパイらしくない行動に疑問を覚える。

 

 いつも、安全第一というか、どこか一歩引いているような立ち位置を厳守していたパイからすれば、格上、それも相性の悪い相手の狩猟など難色を示す事はあっても嬉々として受けるというのが、どうも腑に落ちない。

 

 しかし、同時に今回は『G級』とそれ相応のハンターが二人も同行するのだ。そういう安心感もあるのだろうと納得させる。

 

 我らの団ハンターとユクモ村の専属ハンターのクエスト受諾に未だ『☆6』のクエストを受けるメンバーに『ハンターランクが』『☆4』のパイが居る事に対して疑心を帯びた視線を向ける。受注資格に満たないパイの参加は本来できない。しかし、ユクモのハンターが過去にそんな規定を無視して何回もランク以上のクエストにパイを連れて行っているのを知っているが故の――そんな実に微妙な表情の受付嬢も、パイのリハビリであり彼女には無理させないと我らの団のハンターが告げると渋々ながらクエストの受注手続きを行う。

 

 そして・・・・・・現在、リハビリと言う名の狩りは今だ下位の防具で戦う『ハンター』は人が違うと思えるほどに果敢に雷狼竜へと挑み、攻めていた。

 

「所でさ、我らの団のハンター君・・・・・・ちょっと思ったことがあるんだけど聞いてくれない?」

 

「奇遇ですね、ユクモの姉さん。実は僕も気になることがあるんですよ・・・・・・」

 

 下の方で飛びかかりながらヘビィボウガンから放たれる散弾を雷狼竜の顔面へと当てながら優位に立ち続けるパイを眺めながら二人は同時に言葉を発する――トビ子ちゃんってあんなに好戦的だったっけ?――っと

 

「あははは! 絶好調かなぁー!」

 

 【オラリオ】での完全不燃焼な生活を一年以上もしていた結果。パイの中での狩人三大欲求の一つ、“飛び込みたい欲”でストレスを解消していた物の結局の所の“狩猟したい欲”を発散できなかった。ベルの修行などである程度のごまかし(ストレス発散ではない)をしていたが【大陸】に戻ってきたことでその欲求が爆発した。

 

 以前は、“飛び込みたい欲”の欲求の爆発によって、不幸にも事故に巻き込まれたパイだが、今回はそのような事もなく無事に狩猟も終了し、そんな事も二ヶ月もやっていればすっかりと狩猟技術も向上していた。ちなみに最後の欲求は“無駄に装備制作したい欲”である。

 

 その破竹の勢いのまま、多くの依頼を達成していったパイ。以前とは見間違うほどに精力的な狩猟の受注率と個人での達成率に『ハンターズギルド』も実績を積み上げてゆくハンターを昇進させないという訳にはいかないと、パイ・ルフィルに『緊急クエスト』を発注する。

 

 基本的に『緊急クエスト』はハンター側からすれば勃発的に出された上に、格上とのモンスターとの狩猟となることが多い。そして、それを成功させる事でハンターの『ハンターランク』を上昇させることができる。

 

 パイはこの短い間で二回目の『緊急クエスト』を受けていた。そして、現在『☆5』から『☆6』に上がる為のクエストを受注したのだが・・・・・・。

 

 その緊急クエスト・・・・・・その内容は『【角竜《ディアボロス》】の狩猟』であった。角竜はその頭部に生えた二本の角が特徴の大型のモンスターであり【大陸】ではよく砦を破壊しに来る厄介者で、その割には餌はサボテンだったり愛嬌も忘れないモンスターである。

 

 その角竜は主に突進による攻撃方法を多用し、時折体を回転させながら振り抜かれる尾を使った攻撃など『ハンターズギルド』も強力なモンスターとして認識されている為、それなりの実績と実力を持ち、信用の置けるハンターでなければ狩猟の許可が下りる事もない。逆に言えばそれだけの実力がパイにはあると『ハンターズギルド』が判断したと言う言う事でもあった。

 

 角竜狩猟の当日。その日はお目付けとしてユクモのハンターと共に『旧砂漠』へと狩猟に趣いた二人だったが・・・・・・そこで行われたのは狩猟ではなく命懸けの追いかけっこであった。

 

「なぁぁぁぁぁんでなのかなぁぁ!!」

 

 『旧砂漠』は直射日光による酷暑と呼ぶにふさわしき砂漠と洞窟内はそれとは真逆に氷点下まで冷え込むエリア。そして、暑いが体力を削るほどではないエリアに別れている。基本的には岩場で囲まれた土地である『旧砂漠』は広い砂場である砂漠を除いて、戦闘可能なエリア自体は狭い。それは『ハンター』にとっても攻撃しやすいと言う事でもあり。モンスターにとっても同じことでもあった。

 

 暑くもなく寒くもない。そんなエリアの一つで泣きそうな声音で叫ばれる悲鳴とその悲鳴をかき消すほどの足音が響く。現在、パイは角竜に追い掛けられていた。理由は不明だが、出会い頭からかなりの時間が経過しているのに角竜の突進攻撃以外の行動を取ることなく、執拗にパイだけを狙って西から東へ、北から南へ、その巨体を走らせる。その角竜に向けてやや遅れて戦線に入ったユクモ村の専属ハンターも不可解な状況に珍しく困惑した表情を張り付けながらも矢を弦に当てて引き絞り、放たれた矢は角竜の硬質な皮膚に刺さってゆく。

 

「おっかしいなぁ・・・・・・当たってるわよね? トビ子ちゃーん? 前世で角竜をいじめたりしてない?」

 

「前世の話を今されても困るかなぁ!! 問題は今なのかな! なんで攻撃している姉さんじゃなくて一回も攻撃されていない私に怒りをぶつけてくるのかなぁぁぁ!!」 

 

 重たい装備を担ぎながら全力で走り込むパイが、涙を浮かべながらも不思議そうに尋ねるユクモ村の専属ハンターに悲痛な叫びで返す。何が気に食わないのか角竜の攻撃対象はパイのみであり、先程から念の為にと持ってきていた『強走薬』を飲みながらの全力疾走。効果がある間は疲れる事がなくなる薬品であり。ハンター業界ではモンスターの素材を使って生成することから体に悪そうなイメージもある薬品でもある『強走薬』も残り少なく、これが切れた時の事を早くも思うと背筋に嫌なものを感じてしまう。

 

 なにより、現在パイが装備している『ヘビィボウガン』。これがやや厄介であり、その砲身から放たれる弾丸は確かに強力である。使いこなせばかなりの火力を見込める武器である。しかし、それなりの利点もあれば問題もある。その一つが装備を展開する時に掛かる時間であった。重量もあり取り回しも決して楽ではない。何よりもそんな隙をくれるような相手ではない。迂闊にパイが攻撃に転じようとすればその瞬間には強大な質量による突撃に巻き込まれるだろう。

 

 何よりも、同じ分量の素材を使用して防御性能が『剣士』装備の半分しかないという誠に理解と納得に苦しむ品物となっている『ガンナー』装備なのだ・・・・・・圧死する未来を脳裏にチラつかせながらも現状は逃げ続けるしかない。

 

「あっ、御免!! 間違って拡散矢撃っちゃった!? トビ子ちゃん避け……あっ……」

 

 弓の打ち方の一つに拡散という撃ち方がある……扇状に広がる様に放たれた矢がちょうど走っているパイの横っ腹に直撃する瞬間を目撃したしまったユクモ村の専属ハンター。

 

「おぶぅ!? 何やってるのかな姉さん!?」

 

 幸い防具の上からだったので肉に刺さることはなかったが対モンスター用の巨大な矢である。当たればそれなりに衝撃が襲い掛かる。しかも、認識外からの攻撃だったこともあってパイはその動きを止めてしまう。

 

「ちょちょちょ……いいからトビ子ちゃん!! 早くそこから逃げっ……oh……」

 

 背後から地響きを鳴らしながら追いかけてくる【角竜】の目の前で立ち止まればどうなるか……「ぷぎゅえ!?」っと悲鳴を上げてぶっ飛ばされてゆくパイは、高く吹き飛ばされた後に顔面から砂漠の固い地面にキスをする。

 

 そして、それでよかったのかどうか、目の前の鬱陶しい奴をぶちのめして溜飲が下がったのか、【角竜】は威嚇するかのように吠えると地中へ穴を掘って現在、パイ達がいるエリアから移動してゆく……。

 

 現在パイやユクモ村の専属ハンターの居るエリア外への移動してしまった【角竜】。そして、そのエリア移動と共に力尽きたパイをどこから見ていたのか大量のアイルー達が物陰から飛び出して来て、乱暴な動作で荷車の上に倒れているパイを放り込むと一目散に駆けてゆく。きっと、安全なベースキャンプまで運ばれていき、ゴミを運搬するように乱雑に放り込まれるのであろう。

 

 その後……復活したパイだったが、嫌がらせを超えていっそ、奇跡的と呼べるほどに狙われ続けたパイと遠巻きに攻撃していたユクモ村の専属ハンターが与えていったダメージによって瀕死にまで追いこんだ【角竜】が回復に専念するために寝床に戻るまで生死をかけた鬼ごっこは続いた……そして、怒りと狂気が織り交ざったような凶悪な笑顔を浮かべたパイが、スヤスヤと眠る【角竜】の尻にぶっとい杭を打ち込む『ヘビィボウガン』の狩技を叩き込み狩猟を達成するのだが……ユクモ村の専属ハンターはそのパイの様子に本気でドン引きしていた。

 

 そんな、楽しい狩猟生活を満喫していたある日の事、パイの急激な成長に竜人である老いたギルドマネージャーがひとつの頼み事をパイに話す。これが、パイにひとつの一人の後輩ハンターに出会う切っ掛けとなる。

 

 

――――――――――――――

 

 

 パイ・ルフィルは『ハンターズギルド』のギルドマネージャーに呼び出されていた。

 

 その人物はいつも酒瓶を持ち歩いている老人であり。パイとユクモ村の専属ハンターにとってはユクモ村の集会所での顔なじみでもある人物であった。

 

「新人ハンターの育成?」

 

「そうじゃ。それをパイ君。チミにやって貰いたいんだぜ」

 

 バルバレのハンターズギルドの集会所、そこにやってきたギルドマネージャー肩書きを持つ竜人の老人の言葉にパイは自らよりも適した人物がいるのにと不思議に思っていると、ギルドマネージャーは続けて“パイに頼む理由”を語る。

 

「『カリスタ教官』を知っているだろ? チミの狩技の師事をした教官だ・・・・・・あの者にその新人ハンターの育成を任せていたんだがね。チミと同じく例の失踪を遂げてしまったようでの・・・・・・ああ、『モドリ玉』は持って行ってたようでな、今まで戻ってきていないのは・・・・・・“帰れない状態なのか”それとも、“帰りたくない状態なのか”・・・・・・」

 

「確実に後者だと思うかな・・・・・・んで、狩技等の実技訓練をしたらいい感じなのかな? でも私は現役のハンターだよ? 大丈夫なのかな?」

 

「ほっほっほっ・・・・・・アタシはチミが思っている以上に育成者としての素質はあると思うぜ? それにその子も十二分に基礎をならっておるからの、そんなに難しいものじゃないぞ」

 

 ギルドマネージャーの言葉に一瞬目を逸らすパイ。【オラリオ】での一番弟子の修行内容へのバッシングを受けている為、若干の不安を残していた。しかし、彼女とて馬鹿ではない。

 

「所で、その訓練方式って・・・・・・ユクモハンター式かポッケハンター式かどっちで行けばいいのかな?」

 

「二つを足して割ってから、半分は優しさで組んでくれたら最高かのーっほっほっほ・・・・・・」

 

「あー・・・・・・聞いといて良かったかなぁ……さすがに、下手にして壊しちゃったらまずいしね。うん確認は大事かな!」

 

「チミ・・・・・・ひょっとして、誰かにアレに近い訓練を強いたんじゃないよな?」

 

 二人の熱心的な教育者・・・・・・が行っていた、“狂育”と言う名の鬼畜じみた訓練の様子を知っているギルドマネージャーはパイの言葉にちょっと、人選を誤ったかも・・・・・・っと不安を覚えるのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 新人ハンターは所属するであろう『龍歴院』に入る為に訓練する女ハンターである。

 

 同性からみても高い身長とどこか引っ込み思案な性格で今まで、性格的に『ハンター』に向いていないと言われてきた。それでも愚直な努力を重ねてどうにか最終審査まで漕ぎ着けた矢先の教官不在という事を知り、その心は折れかけていた。

 

 しかし、捨てる神あれば拾う神もある。『龍歴院』から新たなる教官代理が決まった事を聞いて彼女は早速その訓練先である【孤島】のベースキャンプに着いたのは先ほどの事であった、話では先に教官代理が着いているはずである・・・・・・そして――

 

「ぬぉぉぉぉぉ!! ドス大食いマグロぉぉぉ獲ったかなぁぁぁぁ!!」

 

「ひゃぁぁ!?」

 

 突然の叫びに情けなく悲鳴を上げる自分の行動に頬を染めながらもベースキャンプの裏側、小さな泉――水汲みなどで使う――から迷い込んだ魚を釣り上げようとしている小柄な人影が見える。その人影は身体全身を使って、その身長よりも遥に大きい怪魚を釣り上げていた。

 

 なにゆえ釣りをしているのか、そのあたりの事は分からないがここまで送ってくれた飛行船の船員から聞く話によれば、自分以外に訓練を受ける人も狩りに来る人も居ないらしい。そして他に教官らしき・・・・・・というか自分と、目の前の小柄な人物しかこのベースキャンプにはいない。状況判断を下し、おっかなびっくりといった感じで、その人物へと近づくと白髪の子供と同じような身長の女性だった。

 

 驚く事にその女性は釣り上げた巨大な怪魚を、なんと生のまま齧りだしたのだ。

 

「ふぇ!?」

 

「もぐもぐ……うぇ!? ぺっ、ぺっ!! おっ『電光虫』かな!」

 

 いきなり生の魚を調理もせずに噛り付くと言う、奇行を行った人物ーー臨時の教官代理を受けたパイは『ドス大食いマグロ』の腹からでてきた素材をアイテムポーチに入れると、背後から聞こえた声に振り返る、そこには『ハンター装備一式』を身に着けた長身の女性が居た。

 

「おおぅ……変な所見られてしまったかな? えっと、君が龍暦院のハンター候補生でいいのかな? 私は教官代理のパイ・ルフィルだよ!」

 

「えっ……? あっごめんなさい、私が龍暦院のハンター候補生です、今日はよろしくお願いします!」

 

 生で魚の腹を齧る女が教官……新人ハンターの中で不安が募る。その表情がでていたのかパイは朗らかに笑いながら言う。

 

「あっはっは、大丈夫かな、ハンター生活に慣れてきたら皆“こんな感じになる”から」

 

「……はぁ……? えっとルフィル教官、今日はどのような訓練をするのでしょう?」

 

 つまり、『ハンター』にとって生の魚を齧るのは比較的常識的な物なのだろうか? 正直、納得も理解もできないが素直に受け入れておく。新人ハンターはこれ以上の自身の許容範囲外の出来事を避けるために訓練する方向へと会話を進める。

 

「うん、それなんだけど、“正直君がどこまでできるかも知らないから”まずはその確認からかな……使用できる武器から効いても良いかな?」

 

「はい。えっとですね――」

 

 パイは新人ハンターの話を聞きながら内心で驚愕する。体躯は大きく、男性のハンターと比べても遜色ない上に骨格もしっかりしている体格に恵まれたハンターは大成するというのも一種の定説になるほどに体格は大事である。

 

 なにより、この新人ハンターは“武器を選ばないハンター”の素質があった。大概のハンターは多くの種類の武器を扱いきれない場合が多い、どうしても器用貧乏になりがちな傾向が多く、近距離と遠距離用の武器を一種類づつ扱えれば優秀だと言われている。

 

 だが、この新人ハンターは違う。武器の特性を理解し、操作する過程でもそつなくこなしている。実戦でそれを活かせるかどうかは分からないが逸材であることは明白である。むしろ、コレだけの人材の育成に関わらされた事実がパイにとっては軽いプレッシャーを感じていた。

 

「よく、ここまでいろんな武器を使いこなしているかな、それに、操作とかの方も特に言うべき事も無いかな……じゃあ、狩技についてはどこまで聞いてるかな?」

 

「いくつかは、カリスタ教官から師事して貰いました……あとは『双剣』と『ガンランス』と『ヘビーボウガン』の狩技が知らないですね」

 

「分かったかな、そのあたりなら私も覚えてるから何とかなりそうかな……あと、私に教官って呼ばなくてもいいかな? 私は君の事後輩ちゃんって呼ぶかな……じゃあ、始めようか!」

 

 パイの指導が始まり、新人ハンターはその指導の分かりやすさに感激する。以前のカリスタ教官の指導も理解しやすかったが、パイの指導は同時に反復させるやり方で行われるために理屈だけではなく身体にもなじませていった。新人ハンターはそのとき“は”思った、この教官に出会えた事は間違いではないと……。

 

……

…………

……………。

 

「そう思った一ヶ月前の自分を叱りたいぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

「どうしたのかな? いきなり叫んだりしてー」

 

 新人ハンターの教官を引き受けてから一ヶ月、現在二人は『竜の卵』を担いで【森丘】を駆けていた。走る度に感じる風は普通であれば心地よく、開放感あふれる気持ちにさせてくれるであろう。

 

「ぎゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 後方から【雌火竜≪リオレイヤ≫】が追いかけて来なければ……だが、この日の訓練は『運搬クエスト』の訓練であった。内容は『竜の卵』二つの納品。竜の“卵”というからにはそれを産み落とした存在が居る。そして卵を産んだ母親からすれば卵を奪いに来る不届き物に怒りをぶつけない理由など無い。

 

 それは理解できる。それでも依頼があればそれをするのが『ハンター』である事もこの一ヶ月の間でよく理解した。しかし、本来であれば『卵を護る親を倒せば運搬も楽なんだけどね、今回はあえて倒さずに運搬しようかな』などと言い出した教官代理のパイと共に一人一個のペースで運ぶ事となり、竜の巣から卵を拝借し、あえて、崖のある方から慎重に運んでゆく、凹凸の少なく落としやすい卵はちょっとした衝撃で落としてしまったりする。一歩一歩に神経を使いながらも何とか一番下まで降り、別の場所の最後の段差も無事に降りて一息つこうとしたその時、大きな影が『ハンター』二人を覆った。

 

「「……ですよねー」」

 

 同時に上を向いたパイと新人ハンターがつぶやき、見たのは凶悪な口から炎を漏らしながらもにらみ付けてくる……大層ご立腹な卵の母親であった。そしてその瞬間から地獄の鬼ごっこが開催され、そして現在に至るのだ。

 

「あっ、そうだ、ちなみに後輩ちゃん、卵を抱えてる時はできればジグザグに走ると被弾する確立が下がるかな」

 

「もう、息が切れそうです! なんで先輩はそんなにも余裕なんですか!?」

 

 そもそも体格差を考えても並走しているのがおかしい、新人ハンターは自分よりも小柄なパイがなぜ自分と同じ速度で走れているのか本気で理解できなかった。しかも、本人にその気はないだろうが見本のつもりだろうかジグザグに移動しはじめそれが余裕のようにも煽っているようにも見え、新人ハンターは小さく苛立ちを感じた。そして、苛立ちを感じたのは彼女だけではない。憎き卵泥棒に向け怒りの火球を吐き出した雌火竜の火球が奇しくもジグザグに動いていたパイの尻に直撃した。

 

「ぎゃぁぁ!? ケツがぁぁ!! 竜の卵がぁぁぁぁぁ!!?」

 

「せっ……せんぱぁぁぁぁい!!?」

 

 吹っ飛ばされるパイの手から卵が離れ、それが地面に激突し……哀れにもその中身がこぼれ出る。――ベチャ――っと音を立てて割れた卵を見つめていた雌火竜は怒りの咆哮を上げ、その咆哮を耳にしながらも安全なベースキャンプへと逃げ込むのであった……ちなみに落としてしまった竜の卵は再度パイが取りにいってなんとか、無事にクエストは終了した。

 

 新人ハンターは本当の意味でこの一ヶ月で色々な事を体験した。下地を積み重ねてきたお陰ではあるのだがそれでも、他の教官ならどうであっただろうか、新人ハンターは最近のことを思い出すと、突拍子も無い訓練内容であるとは思うし、普通に生傷もできるし、疲れ果てて帰ってくるから泥のように寝るなんて当たり前であった。

 

 それでも、常に教官であるパイはしっかりと見守っていた。失敗談やワザと失敗させてくれた事が考える事を覚えさせてくれたとも自覚できる。

 

 きっと、知識だけを教えるだけではなく経験させるやり方がパイの人を育てる方法なのだろう。土俵を常に下の者に合わせてくれるパイの教育方針とそれを実行することに慣れているように自然にそういう接し方をするパイを新人ハンターは尊敬していた……実際はそのようにやらなければ死ぬような地獄の訓練を元に一番弟子という名の被害者の時の失敗の対応策を織り込んだ結果ではあるのだが……。

 

「そういえばさ、龍暦院の最終審査っていつだっけ……? っお、かかった……何だ、『眠魚』か」

 

 夜の【森丘】で帰りの飛行船の時間まで暇だったのでベースキャンプで釣りをしながら時間を潰していると、唐突にパイが新人ハンターへ声を掛ける。

 

「審査ですか? 審査は後一ヵ月後ですね、その審査が通ったらすぐに試験ですので、先輩との訓練はあと半月ぐらいですね……っと! 『キレアジ』ですね」

 

「結構近いかな……まぁ、私が知る限りの知識は教えたから大丈夫じゃないかな……おおっ! 『黄金魚』だ!」

 

「えっ!? いいなぁ……まぁ、学科もかなり勉強しましたし落ちない自信はありますよ……やった! 『サシミウオ』ですよ!」

 

「ひゃっほー、今日はご馳走かな! さっき取った生肉も焼いちゃおうかなー!」

 

「いいですね! よーし、後、数匹は釣りますよー!」

 

 なにより、妙にノリの明るいパイと一緒に居てることで、自身の性格が知らずに改良されているなど、多感な年頃の少女でもある新人ハンターには分からない事でもあったのであった。

 

 その夜は遅くまで、笑い声が【森丘】に響き、それからあっという間に半月の時間が過ぎていった……。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ギルドマネージャーは目の前の人物の変化に驚いていた。

 

 素質は十分ではあるが、自信なさげにうつ向き気味であった気弱な少女はどこにも居ない。未だに試験官も到着していない室内で落ち着いた様子で待機している。しかしその顔立ち自体に変化があるわけではなくしっかりと見れば、以前に出会った候補生である事が分かる。

 

 印象と言えば、地味と言える反復練習を延々とできる我慢強さとその恵まれて体格だろうか……技能などは後からでもついて来るのでギルドマネージャーは彼女を龍暦院の知り合いに紹介した。『ハンターズギルド』と『龍暦院』は組織も違うし昔は仲が良い訳ではなかったが『ハンター』という共通の戦力を保有する以上、情報を含めた繋がりを強くしてゆくという方向性は間違いではないはずだ。

 

 特に、モンスターの生体調査という研究員としての部分が大きい『龍暦院』ではある程度は学者としての素質を持つ人材を欲していることも知っていたので、そういう点では頭もいい彼女は逸材であると思っていた。大体“実力だけで言うならば”ハンターズギルドは現在でもかなりの戦力を保有しており、龍暦院の戦力になるハンターを増やして行く事は後々の余計な不安を消してゆく為の布石であった。

 

(印象だけでこうも人の見かけが変わるとはの……トビ子に任せたのは正解だったようだ)

 

 おそらく、カリスタ教官に任せていればここまでの変化は無かったであろう、関わる人々を良い意味で変化させてゆく。そんな逸材は自らの価値を知らずにその真価を発揮してゆくのであろう。

 

 不安材料を無くしてくれた恩はまた違う形で返そうと思いながらも、試験官が入室し室内に緊張が走るが、それでもなお変化の無い少女の対応に、ギルドマネージャーは決定された未来をみるような気持ちのまま旨そうに酒瓶を口に当てるのであった。

 

 正式な龍暦院のハンターとなった新人ハンターはその一報を親愛する師へと届けるために【バルバレ】にあるパイのマイルームへと走っていた。

 

 しかし、その場所へとたどり着くと彼女は困惑する事となる。理由は簡単であり、そのパイのマイルームその前に三人の同業者と一匹のアイルーが思案顔で佇んでいたからであった。

 

「あのー、ここってパイ・ルフィルさんの家ですよね?」

 

 新人改め、『龍暦院のハンター』は同姓のユクモの伝統装備に身を包むハンターへと話しかける。話しかけられたユクモ村の専属ハンターは軽く笑いながらも龍暦院のハンターにそのマイルームのドアの掲げられた立て札を指差す。

 

『現在、『危険物』調合中』

 

 実にシンプルに書かれた立て札に、理由をいまいち理解できていない龍暦院のハンターはその瞳をぱちくりとさせる。

 

「【アレ】といっても分からんな、現在トビ子は特製の『こやし玉』を作っておるのだ」

 

「『こやし玉』ですか? 特製って・・・・・・」

 

 『レックスX』装備一式に身を包んだ大柄な男ハンター。ポッケ村の専属ハンターが思案顔でそう告げる。すると、部屋の中からパイの叫びが木霊する。

 

「うん!! この香りかなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 使っている原材料も原材料なのでその叫びをどう捉えればいいのか、取り敢えず危険物の制作は順調そうであることだけはよく理解できた。声に反応して全員の視線が家屋に繋がるドアへと一瞬だけ向くが、すぐに戻し、何事もなかったかのように会話が続けられてゆく。

 

「トビ子ちゃんの【アレ】はぶつけたら確実にモンスターが逃げ出すからねぇ・・・・・・昔、爆弾の起爆に投げられた時は・・・・・・お姉さんあの時から少しの間、ちょっと臭いが取れなかったのよね」

 

 龍歴院のハンターはその時点でこのメンバーの付き合いの深さを肌で感じて押し黙る。そもそも、以前に講習で受けた内容では『こやし玉』は当てるとモンスターが逃げ出す効果はあるものの確実ではないとも聞いている。きっと、かなりの危ない物に変貌させているのだろうとだけは理解できた。

 

 何よりもだ、『こやし玉』と『大タル爆弾』。考えるだけで恐ろしい組み合わせに全員の背筋が凍りつく。確実に爆発の衝撃で四散するであろうモノが無差別に降り注ぐ可能性、いくら『ハンター』でもそれは嫌であったし、精神衛生上無事では済まない可能性など考えたくもない。

 

「あはは・・・・・・所でそういうわけだから、後で来るといいと思うよ、えっと・・・・・・」

 

 そして、誰もが思う事を考えない我らの団のハンターでもないので、引きつった笑顔のままパイを訪ねてきたであろう、恐らく新人のハンターに声をかける。我らの団のハンターから声をかけられた龍歴院のハンターも挨拶が遅れたことに気づき、姿勢を正すとともに頭を下げる。

 

「ごめんなさい! 挨拶が遅れてしまって、この度、龍歴院所属のハンターになった者です!」

 

「ああ、君が? トビ子ちゃんから聞いてるよ。僕は我らの団の専属ハンターだよ。所属は違うけど同じハンターだ、これから宜しく」

 

「私は、ユクモ村の専属ハンターだよ。お気軽にユクモのお姉さんって呼んでくれたらいいよー、よろしくね龍歴ちゃん」

 

「俺は、ポッケ村の専属ハンターだ。筋肉お兄さんとも筋肉の化身と呼んでくれてもいいぞ! 狩りの事でなら相談に乗るぞ! 龍歴の!」

 

「・・・・・・」

 

 自己紹介を交えた後、三人の専属ハンターは、何故か硬直してしまった龍歴院のハンターを不思議そうに見つめる。

 

「ええぇぇぇ!? あの伝説の・・・・・・しかも三人もですか!? 嘘ぉ!?」

 

「ん? 伝説? どういう事、龍歴ちゃん」

 

 あからさまに驚く龍歴院のハンターにユクモ村の専属ハンターが聞き返す。その様子に信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべて龍歴院のハンターが知り得る情報を語りだす。

 

「ご存知ないんですか!? ユクモ村の専属ハンターといえば、ユクモ村の麓まで降りてきた【雷狼竜《ジンオウガ》】を村の子供を守りながら討伐成功させて、天災級の【古龍】が来た時も貴女の事を信じて誰一人としてユクモ村から避難しない村人の話とか感激しました!」

 

 龍歴院のハンターの説明にユクモ村の専属ハンターは何とも言えない複雑な表情を浮かべる。

 

(いや・・・・・・危ないから、避難してって言ったのに、なんでか皆、避難しなかったんだよね・・・・・・村長からは謎の信頼を寄せられるし意味も分からずに信用されるのもけっこうなプレッシャーなんだけどね・・・・・・ってかそんな状況だったの? 皆も普通に生活してたからそんなに危機的状況だとも思わなかったんだけど・・・・・・あれって結構やばかったんだね)

 

 当時の事を思い出し苦笑いを浮かべるユクモ村の専属ハンター。お気楽な村人達の行動を信頼だと受け入れるにはやや考えるところがあり、かと言ってこの純粋な視線を裏切りたくないという気持ちも存在していた。

 

 なにより、自称『ユクモの鬼門番』だと言う青年など、結構あっけらかんとしていたのだ。今に思えばあのような雰囲気であったからこそ肩に力が入らずに狩猟に向かえたとも言えるが・・・・・・。

 

「くっくっく・・・・・・よかったなユクモの。英雄様だと・・・・・・ぷっ」

 

「ポッケの・・・・・・矢で射るよ?」

 

 笑いを堪えるように小刻みに震えるポッケ村の専属ハンターにジト目で辛辣な対応を取るユクモ村の専属ハンター。しかし、先ほどの『伝説の三人』というフレーズからその次の矛先がポッケ村の専属ハンターに向かう。

 

「ポッケ村の専属ハンターさんも英雄じゃないですか! 【轟龍《ティガレックス》】を退けた上に、多くの【古龍】を打倒してきた豪傑の英雄じゃないですか!」

 

(ぬぐぐぐ・・・・・・なんか、村人も村長も“お前ならできる”って感じに持って行かれた上にネコートにも持ち上げられて渋々行ったとは言えぬ!? この無垢な瞳を裏切るのは俺にはできぬ!)

 

 ぷふぅ――っと吹き出すユクモ村の専属ハンターに眉間にしわを寄せて睨むポッケ村の専属ハンター。ポッケ村の村長と同じぐらいの立場にいる存在の、ネコートと呼ばれるアイルーにはよく強烈なクエストを受けさせられた記憶の方が強い。かといって難易度の高いクエストを見事に成功させ、普段は堅苦しい言葉遣いのネコートをアイルー独特の『ニャ』を使わせるほど驚かせるのも、当時の楽しみであった。

 

「お二人共、歴戦のハンターですからね・・・・・・ちなみに三人って言ってたから・・・・・・僕も入っているのかい?」

 

「もちろんです! パンツ一丁でなんでもできるまつげの長いハンターの我らの団のハンターといえば、飛ぶ鳥を落とす勢いの有名人ですよ! 装備も何もない状態で【豪山竜《ダレン・モーラン》】の背に乗り込んで当時見ず知らずの我らの団の団長の帽子を奪還(?)して、さらには『筆頭ハンター』達でさえも撤退に追い込んだ【黒蝕竜《ゴア・マガラ》】を狩猟しただけではなくその秘密すらも解き明かしたハンターですよ! っというよりも、なんというか・・・・・・似顔絵と似てませんね」

 

「「「・・・・・・ぶふっ」」」

 

 その龍歴院のハンターの言葉に三人は以前に見た我らの団ハンターの――酷く尖った――似顔絵を思い出し吹き出す。

 

 全然特徴を捉えておらず、そのおかげか名前の認知度に比べて顔を知られていないという不思議な状態である我らの団ハンター。彼自身がめっぽう無頓着な為に現状訂正することなく放置しているのだが、何故ああいう感じになったのかは分からないが、当時は知り合いとその似顔絵をみて腹を抱えて笑ったものである。そんな四人の邂逅が後に龍歴院最強のハンターへと成長させるとはその時は誰もが思っていなかったのだった。

 

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 そして、それから更に二ヶ月が過ぎたある日【森丘】にパイとシロの姿があった。最近【ガンナー】装備の魅力に取り付かれたパイは相変わらずのキメラ装備に身を包みながら最近の愛用の武器である『メテオバズーカ』と全身“上位”の素材で作られた装備が彼女を飾っていた。

 

頭装備 アイルーヘアバンド《白》

 

体装備 混沌のイー・覇《黒》S3(罠師珠)(狩人珠)(茸食株)

 

腕装備 三眼の腕輪《白》S3(罠師珠)(狩人珠)(茸食株)

 

腰装備 クロメタルコート《黒》

 

足装備 ナルガSレギンス《黒》S1(跳躍株)

 

御守り 龍の護石《回避距離+5》S3(罠師珠)(狩人珠)(茸食株)

 

 発動スキル

 

 〈回避距離UP〉〈ハンター生活〉〈キノコ大好き〉〈罠師〉

 

 地味にスキル重視なパイにとってアイルーヘアバンドとクロメタルコートに付属している【胴系統倍化】と胴装備の『混沌のイー・覇』のスロット3と言うのは実にいい組み合わせであった。強力なスキルは発動できないが、地味に汎用性が高いうえに、今だに手放せない『ハンター生活』は今までのベースキャンプからの安全なスタートを望めない状況において余計に手放せない物となっていた。

 

 そして、救済のようなスキル『キノコ大好き』ふざけた様な名前だが、なかなかに凶悪なスキルでもある。効果はキノコが食べれるようになり、食べたキノコによって様々な恩恵を受けると言うものである。

 

 何より不思議な事に、このスキルが発動していないとキノコが一部を除いて食すことが出ないのである。むしろ、何故スキルが発動するだけで食べれるようになるのか・・・・・・。

 

 パイも新人時代は不思議に思い、首をひねっていたが、最近では考えることをやめていた。『そういうものである』という魔法の言葉が『ハンター』達の中での定説になっていた。

 

 以前の装備に比べるとロングスカートのように見えるとコートを混ぜたような黒光と所々に金色の細工が施されている装甲が貼り付けられている。そして、その胴には彼女の限りなく絶壁でなければセクシーな胸元を強調するような装備であり、その何処か異国の衣装を思わせるデザインが胴と腰の装備がまるで異彩なドレスのような見立てに仕立て上げている。腕はほぼ素肌であることもその要因に一役買っているだろう。

 

 そして、以前から装備しているアイルーヘアバンドの存在によってパイの姿はさながら“白黒の柄の猫”のようなイメージを他者に与える事だろう。

 

 どちらにしても、前回とは異なる“痛い”系装備に身を包んだパイは【森丘】のベースキャンプからほど近いエリアでキノコを採取していた。

 

「アオキノコかな! ニトロダケかな! マヒダケかな! ウホッ!? マンドラゴラとクタビレダケかなー! キノコの天国かなー!!」

 

「ご主人のテンションが上がってちょっと気持ち悪いニャー」

 

 相棒のアイルーでもあるシロでさえも主人のテンションの高さに若干引き気味であった。とはいえ、比較的に手に入りやすい割には“効果の高い”キノコ達を見てパイのテンションはかなり上がっていた。そして、彼女は不幸の星に好かれていた。それはもうその星が隕石とかして彼女の頭上に落ちてくるなんて奇跡が起こりそうなぐらいに好かれていた。

 

 不幸の一つは、鬱蒼と生い茂る森の中にいる事で空に赤い光がある事に気がつかなかったこと。パイは慎重な性格ではあるので、嘗ての状況に近いことを理解すれば警戒を怠ることはなかっただろう。

 

 不幸の二つは、そのエリアは『ファンゴ』が生えてくる事で有名な場所であった事だ。猪の形状をしているファンゴはどういった生体なのか、それとも地中が程よい温度なのか定かではないが、地中から抜け出しながら登場する姿を多くのハンターが目撃している事もあってか、いつしかファンゴ=生えてくる物という認識を持たれている。そして、ファンゴといえばハンターが嫌いなモンスター上位の『ホーミング生肉』の一匹である。

 

 周りに無警戒にキノコを採取するハンターに突撃するファンゴ。丁度、背後に向いていたパイはその突撃を尻越しに受けて吹っ飛ぶ。

 

「こんの生肉がぁぁ!! 許さないのかなーー!」

 

 顔面に土をつけながらも怒り心頭と言いたげに立ち上がったパイの『メテオバズーカ』が火を噴きアッと言う間にファンゴはハチの巣となったが、同時に理不尽な攻撃に晒されたパイの苛立ちは相当の物であった。不思議な物であるが、人間どうでもいい事で邪魔されると怒りの沸点が一時的にかなり下がる時がある……パイにとっては今回の事がソレであった……。

 

「ぬぐぐ……なんだか、腹正しいのかな!! こうなったら飛びこみに行くのかなー!!」

 

「ご主人? 『森丘』に飛び込むポイントはないニャよ?」

 

『孤島』や『渓流』などには存在するが、いくつかの狩場にはシロの言う所の『ジャンプポイント』は確かに存在しない。だが、ひと時のスリルを感じる事に快感を覚えてしまった駄目な人であるパイには心当たりもあるのかそのままエリアを三つほど通り過ぎ場所。周りを岸壁に囲まれた場所にたどり着く。その場所は飛竜種の巣に繋がる場所裏手に当たる場所であり、やや回り道はしないと行けないが龍の巣に繋がる場所に行くことができる。

 

 かなりの高さがあり、底では豚に近いモンスターであるモスがモソモソと草を食んでいる。そのモスを無視して崖を登り始めたパイとシロは、登れる最高の位置である龍の巣への入り口付近に立つと、そのまま助走をつけて飛び立った……今まで死角になっていて気付かなかった空間のゆがみに向けて……。

 

「あっ!? ありえないのかな~~~!!」

 

「ニャ!? ニャンとぉぉぉ~~~~!!」

 

 恐ろしいぐらいに不幸の星に溺愛された『ハンター』。パイ・ルフィルは【大陸】帰還後、半年と少しも経たずに空間の歪みの先、久々の【オラリオ】へと飛び立つのであった。



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第二章 『暇神達の集会所は実は混沌なのかな?』

パイがまた落ちた話よりも少しだけ前の話です。

色々とオリジナルの二つ名にしました。まぁ、今更だとは思いますが……。


 神会。それは神々が暇を持て余し、ちょっと日頃の生活に変化を入れたい事から始まった会議であり、情報交換所であり、老人の病院の待合室のようなものである。少しばかりの誇張は入ったが、それも、言い過ぎとも言えない。時折会議場にて聞こえる会話も世間話程度であり、集まる口実になっている部分も確かにあった。

 

 三カ月に一度と言う頻度も悠久の時を生きる神にとっては一瞬の流れでしかない。そんな彼らに楽しみの一つが【命名式】であった。それは『冒険者』にとってもその冒険者の主神にとっても良し悪し含めた意味で厄介な行事である。

 

 そもそも、冒険者の二つ名はこの会議にて決まる。冒険者の特徴や【ファミリア】の特性など内的、外的要因を加味した上で着けられることが多い。

 

 神に異名を付けてもらえる。一見すると光栄な事のように思えるが、実際は違う。なにしろこの地上にいる神々の大多数は“ロクでもない”者達でしかないのだからだ。

 

 つまるところ、刹那主義な部分も多々ある神々の感性を考えれば、『面白ければ全て良し』を素でするのが神と言う存在である。

 

 故に、感性をフルに活用して“痛々しい”二つ名を考える者が大多数な神の宴において、『いい名前』ではなく『無難な名前』を勝ち取ることこそが重要であり高望みしない事が一番被害を少なくする方法なのである。

 

 そう思い返し、ヘスティアは大きく深呼吸を深く、深く行う。

 

 自らのたった一人の眷属、ベル・クラネルのLv.2昇格・・・・・・子供の成長を喜ばない親は居ないが問題はそこではなかった。五ヵ月でのランクアップ。これが問題であった。

 

 本来ランクアップができるかどうか。その当たりで冒険者の格は決まる。ゲームのようにリセットもできない以上、安全圏での狩りは必然になり、そのうちステイタスの頭打ちを受けることとなる。それでも危険を覚悟で前に進み続けた結果、己の壁を打ち破った猛者のみがその肉体を次の段階へと昇華させることができる。

 

 それが神々が言うところの偉業である。ベル・クラネルの五ヶ月は最短記録であった、アイズ・ヴァレンシュタインの一年を大幅に塗り替える結果となった。

 

 【ファミリア】と言う形式がある以上虚偽の申告を行うことは『ギルド』の意向に反することとなる。

 

(どう言い訳しようかなー)

 

 そんな神の宴に出ないと言う選択肢が無い以上は、参加しなければならない。それは眷属を持った者の宿命であり義務である。おまけに自分は零細ファミリアの主神であり、それが【オラリオ】において何の発言力もないと同義語である以上、命名式にて玩具にされても文句は言えないのだ。そのような事情があるからこそ、ヘスティアの思考と足は重い。心の底から行きたくないと思っているのだから当たり前のことである。なにより、絶対に“どうして短期間でランクアップできたのか?”その問答が確実に絡んでくる事がヘスティアに取って一番の不安要素であるスキルをどうやって隠そうかという部分が問題であった。【情景一途】の効果は確実に隠し通す必要がある。ならば他の理由がいるだろう。それに関しては考えがあるが、果たしてそれに皆が納得してくれるかどうか・・・・・・。

 

(とは言っても、「うちのベル君はミノタウロス数十体相手に殴られながら修行してたからね! ステイタスが上昇するのは当たり前さ! なにより最終的に恐怖心を覚えてなお、ミノタウロスに打ち勝つ! まさに英雄譚のようじゃないか、これを偉業といわずにどうするのさ! まさしく当然の結果さ!」なんて堂々と言っていいものか・・・・・・)

 

「・・・・・・さま――神様?」

 

「うぇ!? なっ、なんだい? ベル君」

 

「いえ・・・・・・先程からうんうん唸っていたんで・・・・・・大丈夫ですか?」

 

 悶々と神の宴の事ばかり考えていたせいで唯一の眷属である白髪、紅眼のあどけない少年。ベル・クラネルの呼びかけすらも聞いていなかったようだ。ヘスティアは軽く息を吐いてベルへと微笑みかける。

 

 自分が今いる場所。本拠の廃墟とかした教会にある地下室。そんな広くも無い場所でうんうん唸っていれば気になるのは当然であろう、それが優しさと純粋さで出来ているような少年であれば尚の事である。

 

「ああ、ごめんよ・・・・・・ベル君。今度の神会で君のランクアップに伴って二つ名が命名されるんだけど、ほら、ボク達って零細ファミリアだろ? 発言権の薄い所の眷属って時に酷い二つ名を付けられたりするからさ・・・・・・それと、最短記録と言えるベル君のランクアップ・・・・・・例の修行の話にしても信じてくれないだろうなーって頭を痛ませていたところなんだよ」

 

「・・・・・・なるほど、神様・・・・・・迷惑かけちゃってすいません」

 

「何を言ってるんだい! ベル君はやるべき事をやっただけだよ。ボクは君が世間に認められる事に関しては誇りに思うくらいだよ! それに、修行に関して言えばトビ子くんが原因だしね・・・・・・あれから四日経って何もない所を見ると無事に帰れたみたいだしね」

 

 『ハンター』。パイ・ルフィル。彼女の名は此処【オラリオ】では有名であった。『便利屋』の愛称の方がしっくりする者も多いだろうが。ここ数日のうちに神々の間では別の“愛称”が囁かれている。その名は“トビ子”。奇しくも同じ呼び名をしているヘスティアだが、彼女自身はニックネーム程度の認識ではあるが他の神々は違う。悪意とは言えないが明らかに面白がっている節があり、その愛称はパイが【オラリオ】を去り『便利屋』が居なくなった次の日から爆発的に広がり始めた。

 

 きっと何処かの馬鹿が広めたのだろう。本来であればパイが嫌がる名前ではあるがヴェルフとヘスティアだけは今のところ許されている。

 

 話が脱線したが、『便利屋』として色んな所に顔を出しては雑用等の雑務の手伝いを行っていたパイはその人柄もあってか各【ファミリア】の主神や団員との接点が多い。

 

 以前にヘスティアが酒の席でミアハに聞いた話ではあるが、『冒険者』登録こそ一ヶ月前にした物のその前から恩恵は付与されているのでパイは【ミアハ・ファミリア】の眷属である。

 

 それが、他の【ファミリア】に入り込み信頼を得るというのがそもそもおかしな話だ。言うなれば【ファミリア】とはブランドである。鍛冶系で言うならば【ヘファイストス・ファミリア】とか【ゴブニュ・ファミリア】。医療系であるならば【ディアンケヒト・ファミリア】と一応ではあるが【ミアハ・ファミリア】もそれに該当する。

 

 なにより、【オラリオ】の最大二大戦力である【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】とも接点があると言う事だろうか、いがみ合う程ではないが水面下では互いに牽制し合うトップ2の間を行き来しているパイと言う人間は実に異質でありながらも、なにより人間味あふれる人物であった。

 

「そうですね・・・・・・おっと、神様! 僕、ちょっとヴェルフの所に行ってきますね。例の武器が完成したみたいなんですよ」

 

「おや? そうなのかい! 確かジン・・・・・・えっとジンなんちゃらの素材で強化するって言ってた奴だよね?」

 

 それは少し前の事、【雷狼竜《ジンオウガ》】との戦いで全損した【影刀】。そして、パイより託されたオーダーレイピア。もともとベルの相棒であった【影刀】を蘇らせようと言ったのはヴェルフであった。

 

 『ハンターズギルド』に持ち帰れない素材の数々をパイはヴェルフに譲渡し、それで『ベルの新しい武器を強化してあげて欲しい』と【オラリオ】から去る前に頼まれたヴェルフは即座に行動に移し、砕けた部分もできるだけ集めて【影刀】の強化及び、修復を図ったが、それ以上に修復不可能なぐらいに破損している部分が多く、これを基礎には出来ないことがわかった。

 

 次にヴェルフが目をつけたのがパイから渡されたオーダーレイピアだが、譲り受けた形見を簡単に使うとなると遠慮するべき部分もある。そのような意味で抵抗を覚えたヴェルフはダメもとでベルに相談した所あっさりと許可が降りた。拍子抜けし理由をベルに尋ねると、帰ってきた言葉はこうであった。

 

「ヴェルフは前に魔剣が嫌いっていってたじゃない? 武器はどんなに気をつけて使っても何時かは限界が来るんだと僕は思う、きっとこのオーダーレイピアだって何時かは・・・・・・なにより、ヴェルフなら今よりももっといい武器を作れる。“鍛冶”を使った初めての作品・・・・・・最高の武器にしてあげてよ!」

 

 これほどの信頼、信用を受けて引っ込むような誇りなどヴェルフにはなかった。そう、ヴェルフとリリルカの二人もまた【雷狼竜《ジンオウガ》】との戦いの中でランクアップを遂げていた。待望のアビリティでもある『鍛冶』を持ったヴェルフであれば今まで以上の領域に踏み込める。そして、その踏み込む時は今であると・・・・・・

 

「顧客にこれだけの啖呵を切らせたんだ。任せろ、ベル! 俺の、今できる最高の一品にしてやるよ!」 

 

 何処か獰猛とも言える笑みを浮かべ真っ直ぐにベルの瞳を見ながらもヴェルフは宣言し・・・・・・そして、そこから休息などの時間以外を工房に篭もり初めて触る雷狼竜の素材の感じを確かめながらの手探りの作業ながらも自慢できる一品へと鍛え上げた物が出来たという一報がベルの耳に入ったのがつい昨日の事であった。

 

 そうやって完成した新たなる武器を見に行こうとするベルの姿にヘスティアも自然と笑みを深くする。どこか頼りない感じが抜けきれない少年であるベルだが、その実力が高い事はよく知っている。少なくとも並の冒険者程度では初めてミノタウロスと対峙した瞬間にひき肉になっていても不思議ではないのだ。冒険者にとって必須とも言える生き残る能力をこの少年は持っている。

 

 頭が悪いんじゃないかと思えたパイの修行内容。そしてその内容を耳にしてなお生き残った眷属の存在が“どこか常識からズレている”っという事に気づいているが意図的にそれは考えないようにしている。

 

「おっと、じゃあ一緒に出ようか・・・・・・ベル君、ボクは全力でどんだけみっともなくとも、必ず不名誉な二つ名を君に送られないように戦ってくるぜ!」

 

 親指をたてながらサムズアップするヘスティアはベルの二歩ほど前を進む。気のせいか一瞬だけ、ヘスティアの顔が、若干の彫りの深い顔立ちのように見えたベルは、その男気が溢れ出す背中で語る主神の姿にベルは立ち止まり自然と敬礼を行うのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 バベルに特設された神の宴専用の間。バベル三十階で行われる神会。そこに多くの神々が出席していた。

 

 広くはあるが、シンプルな作りであり。中央にある円卓を囲むように、ランクアップをした眷属の親である神々が着席している。

 

 周りは大きな硝子で張り巡らされた室内は地上三十階と言う高所であり、晴れ晴れとし蒼天が垣間見える。

 

 どこからか聞こえる他愛のない会話。長い間、逢っていなかった者や数日前に会ったのに久しぶりと挨拶する者。趣味の話に華を咲かしている者等など、実に自由な行動をしている連中がひしめき合う中央。そこに赤毛の細目の神――ロキがマイクを片手にその光景を眺めていた。

 

「ロキ・・・・・・なんで君がそこに立ってるんだい?」

 

「んなもん、ノリや。ドチビもこの会がどういうもんか知っとるやろ?」

 

 笑うロキに頬杖をついて憮然とした表情を浮かべるヘスティア。そんな、日頃なら会う度に喧嘩をしている二人組が普通に会話している光景にほかの神々が色めき立つ。

 

「おいおい、ロリ巨乳とロキ無乳が普通に会話してるぞ?」

 

「明日槍どころか【猛者】の雨が降るんじゃね?」

 

「おいやめろよ、筋肉でオラリオが埋め尽くされるだろう!?」

 

「何それ怖い!?」

 

「そういや、またアレスの奴が戦争吹っかけようとしているらしいぞ?」

 

「あー、はい、はい。いつものことね?」

 

 どんどん会話の方向性がずれてゆくが、それも中央の台に置かれた小槌を叩く音で静まる。

 

「あー。取りあえずや・・・・・・ちょいグダったけんどな『神の宴』。始めるで――!!」

 

「「「「おおおおおおぉぉぉ―――!!」」」」

 

 ノリノリで雄叫びを上げる神々に対して、数名の神はため息を吐く。彼らの大半は後に行われる命名式に意識が持って行かれており、その不安材料は無論の事ながら“発言権”の無さから来る物である。

 

 そして、そんな気の重い神の気持ちなど無視するかの如く会議は進行してゆく・・・・・・近況報告やくだらない事を報告していくファミリア間の情報交換が進められてゆく。

 

「最近、ソーマの奴が落ち着いて、面白くない!! 趣味以外にも幼女とか幼児に囲まれてて羨ましい! ついでにロキのトコのレフィーヤたんとかペロペ・・・・・・んん゛っ・・・・・・」

 

「おい、馬鹿、それ以上はいけない!! しかし、あそこも、ソーマの趣味の酒造り以外にも色々とやり始めているよな」

 

「前に聞いたんだが、なんでもソーマん所が変わったのに『便利屋』が関与していたらしいぞ?」

 

「確かに。パイには前に世話になった・・・・・・所でさっき幼児、幼女が羨ましいと言った奴出てこい・・・・・・子供達には指一本触れさせんからな?」

 

「ソーマが・・・・・・あのソーマが親の顔をしているだと!!?」

 

「安心せぇ、ソーマ。こいつは、あとでウチがちょっと絞めとくさかいに」

 

「今の話に出てきた『便利屋』? 『便利屋』と言えば前に雑用を頼んだことがあるんだが。うちの眷属よりも仕事が早くて丁寧なんだよな」

 

「デメテルの所の新作の野菜を造るのにも関与したらしいぞ?」

 

「色んな所の【ファミリア】に顔出してるらしいな。タケミカヅチの所にも行ってるんだって?」

 

「ルフィルか? ・・・・・・ウチの子供達とも良くしてくれているぞ」

 

「おい、今すぐにでも『便利屋』にタケミカヅチの所に行かないように説得しようぜ」

 

「この天然ジゴロの所に言ってる時点で落ちてるかも知れねぇ。もう俺がペロペロするしかねぇな」

 

「おい、この変態を窓から追放しようぜ? あと、タケミカヅチの子供の二つ名の方向性が決まったな・・・・・・可哀想に」

 

「ちょっと待て、なぜだぁ!?」

 

 そんな、下らない会話が繰り広げられている中、暇を持て余した【ランクアップ】とは関係のない女神も静かだが、その戦いの火蓋を切っていた。

 

「おたくがこの場所に居るとは、確かおたくの所に【ランクアップ】した子はいないって聞いたんだけどねぇ・・・・・・フレイヤぁ?」

 

 褐色肌の女神、イシュタルはその双眸を細ませ隣にいる女神フレイヤを見る。流し目のようなその視線は扇情的とも、嫌味を含めたようにも取れる。そんな視線を涼しげに受けているフレイヤ。

 

「ええ、でも暇だったのよ。イシュタルの所は【ランクアップ】した子がいるんでしょ? ダンジョンの中で強敵と戦って生き延びたのかしらね?」

 

 フレイヤの含む言い方に明らかに嫌悪感を表に出すイシュタル。

 

「まったくだねぇ。なんでも弱いもん虐めをしていた所をうちの眷属が助けに入ったらしいねぇ」

 

「あら、そうなの? 私の眷属もミノタウロスと遊んでいたら覆面をしたアマゾネスの集団に襲われたらしいわ。まったく、弱いもの虐めしちゃった見たいよ?」

 

 挑発に次ぐ挑発。お互いに解っているのに見事にボカした言い方で弱みを握ろうとしているのがわかる。

 

「へぇぇ・・・・・・その襲われたのが、どいつかは知らないけど、それは不運だったねぇ。しかし、その後にミノタウロスが上層に現れたらしいじゃないか。その眷属が取り逃がしたんじゃないかいぃ?」

 

「そうなのよ、さっき言ったアマゾネスに襲われた時に取り逃がしちゃったみたいでね・・・・・・ほんと、何処の誰かはしらないけど、礼儀の知らない親の顔が見たいわね」

 

 怒りに歪む双眸とどこまでも冷ややかな双眸がぶつかり合う。女の戦いに他の神々は身を引いて飛び火を恐れている。

 

((((頼むからそういうのは他でしてくれよ・・・・・・))))

 

 怖い女性の冷戦状態の二人を遠目に長めながら、神々は嵐を通り抜けるのを待つごとく、座して待つ。

 

 そして、幾分かしてから落ち着きを取り戻した頃・・・・・・遂に神の宴の花型といえる命名式が始まった。

 

 【命名式】。神々が己の感性を使いこなし痛い称号を子供達にもたらそうと言う恐ろしい会議である。

 

 現実に多くの冒険者がその割を食っている場合も多い・・・・・・。まぁ、子供達にとっては案外と好評である場合も多いので、どちらかといえば子供よりも親が羞恥に絶望することが多い内容となっている。

 

「――決定。冒険者セティ・セルティ・・・・・・称号は【暁の聖龍騎士《バーニング・ファイティング・ファイター》】」

 

「「「「プギャ――――、イッテエエエエエェェェェェ!!」」」」

 

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 【暁の聖龍騎士】なんて称号をつけられたセティ・セルティと言う冒険者。余りにもイタイを通り越して、いっそ酷いというべき名前にヘスティアの顔が青ざめる。

 

 しかも、このような痛い名前が自らの眷属にもつけられると思えば胃の痛みが激しくなっていく。

 

 そして、同じく顔を青くさせている神。ソーマも自らの眷属の番になって目元まで隠れている髪の隙間から汗を滴り落としながら事の行方を見守っている。 

 

「この子、ソーマの所の子なんだよな」

 

「やべぇ・・・・・・情報がすくねぇな・・・・・・」

 

「【煤の少女】でシンデレラ・・・・・・なんか在り来たりだよなぁ~」

 

「そういえば、ロキの所の【勇者】が気にかけているらしいぞ?」

 

「マジか!?」

 

「それなら嫁同士の殺し合いに勃発しそうだな・・・・・・いっそハンマー使ってるし繋がりで【戦鎚】でトールにするか?」

 

「【怒蛇】とセットとか可愛そうじゃね? しかもそれだと両方共死ぬぞ?」

 

「おどれら誰の家の人間の話しをしてんか、わかって言ってるやろな?」

 

「「「すんません、調子こきました」」」

 

 好き勝手に『ギルド』から提出された資料を見て口々にあーでもない、こうでもないと呟く神々。

 

 ちなみに“情報が少ない”というのは“ネタが少ない”と同義語であり。特にこの一年半の間に冒険者として活動する前はほとんどがフリーのサポーターであり、おまけに立ち位置はしっかりと見極めていた為に、目立つことなく生きていたリリルカの活動はいい意味で神々の目に映らなかった。

 

 そんな、可もなく不可もない冒険者である上に【神酒】と【解呪酒】と言う、【オラリオ】の中でもかなり名の知れた商品を製造しているソーマから“不興”を買いたい連中も少ないわけであり。結果的に無難な称号が送られるのは自然な流れでもあった。

 

 そして、そのリリルカの称号は先ほどの一番目立つ巨大なハンマーを基本にして当人が小人族であることを加味した結果。少しの変更を加えた名前で決定した。

 

「――決定! 冒険者、リリルカ・アーデ・・・・・・称号は【戦鎚《リトルトール》】」

 

 リリルカの称号が決定した瞬間。ソーマの表情が弛緩する。何だかんだで、子の称号というのは主神にとっても思う節もある上に、酒造りという“個人の趣味”以外に目を向けれるようになったソーマにとっては、以前のように無関心に徹することができない内容でもあった。

 

 そして、ヴェルフの番は大手の【ヘファイストス・ファミリア】の主神であるヘファイストス自らが持ち寄った称号がそのまま適応され。【不冷《イグニス》】となった。その理由を他の神々に尋ねられると。やや困ったように頬を掻く赤髪の女神の姿があったがその理由に関しては公言する事はなかった。

 

 次に、不幸にも神の怒りを買ったタケミカヅチは、理不尽な嫌がらせによって愛する子供の一人。ヤマト・命に【絶†影】という読みでは分からない、地味な嫌がらせを受ける事となる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!」

 

 頭を抱えて絶望の声音を上げるタケミカヅチを見ながらゲラゲラ笑う神達をドン引きしたように見つめるヘスティアとヘファイストスとソーマ。

 

 最後に、ヘスティアの眷属。ベル・クラネルの番になった瞬間、どよめきが強くなる。

 

 五ヶ月でランクアップ。これまでの一年という世界最速記録を半年も更新した逸材。

 

 コレが噂にも話題にもならないはずがない。

 

「どういう訳か・・・・・・説明できるわな。ドチビ」

 

 冗談もなにもない無表情で問いかけるロキ。実際、“物語を脚色しているのを知っている”のはこの場では、ヘスティア、ヘファイストス、ロキの三人のみである、【大陸】のモンスターとの先頭に関しては『ギルド』への報告も成されていない。下手な混乱を防ぐためである。とはいえ、【ランクアップ】自体はしてしまった為その理由を語らなければならない。

 

 ミノタウロスの一件も雷狼竜の一件も。先にヘスティア達から聞いていたロキが、雷狼竜の部分を消して神会で説明するストーリーはもうできている。しかし、嘘のつくことに長けていない善神であるヘスティア。改めてヘスティアの瞳を見るロキ。そのロキの真顔の問にヘスティアはため息を一つ吐くと、嘘を織り交ぜた真実を語る。

 

「さっきも話に出た『便利屋』君の仕業だよ。嘘みたいな話だけど本当の話しさ、正直に言えば、ボクも他人に言われれば一笑した後に冗談かと問い直す。そのぐらいの内容だ」

 

「トビ子がかぁ? 詳しく教えろや・・・・・・どんな荒業使えばこうなる? 神の恩恵がどういうもんなんか、少なくとも理解しとるやろ? 少なくとも“普通”をはるかに超えた“無茶”が必要や。それを証明してみぃや」

 

 ロキが野次を飛ばす。ロキ自身が会話に入る以上ほかの神からは疑問を口に出すことは少ないだろう。それを見越しての行動だ。

 

「えっと・・・・・・恩恵を受ける前の少年であったベル君に修行をつけたらしいんだけど、最終試験として外界の『ブラッドサウルス』を二体同時にけし掛けたらしい・・・・・・三日三晩、隠れたりしながらどうにか討伐をしたらしいんだけど・・・・・・頭のネジが飛んでいるんじゃないかと思える修行の、始まりだったよ」

 

 フッ――っと鼻で笑うパイに神会の場が静まり返る。

 

「まじか・・・・・・えっ? 嘘・・・・・・やないんよな? 恩恵の受けてへんヒューマンの子供が? は?」

 

「うん・・・・・・わかる、わかるよロキ・・・・・・でも、冗談でもなんでもないんだよ・・・・・・続けるね。そして【オラリオ】に来たベル君とボクは主神とその眷属の関係になって・・・・・・半年ほど経った頃かな、『便利屋』・・・・・・ボクにとっては、トビ子君が現れた・・・・・・そして、それからベル君はヒドイ目に会う」

 

 そのヘスティアの会話の流れがなんとなく読めるのか、神々の間から「これ以上のことが?」とか「頭おかしいんじゃないの」などなどの声が聞こえる。

 

「そして、まずは・・・・・・これはロキも知っての事だと思うけど、ミノタウロスの上層への移動の事件・・・・・・この時、六階層でミノタウロスと出くわしたベル君と、【戦鎚】のリリ君はミノタウロスを迎撃、撃退こそ出来なかったけどロキの所の【凶狼】が来るまでの期間を生き残った」

 

「おう、ようおぼえとるわ・・・・・・あん時は確かにウチらが悪かった」

 

「こちらこそ、ベル君達を助けてもらっているからね・・・・・・それで、その後ベル君とトビ子くんの狂った修行が始まったんだ・・・・・・」

 

 ヘスティアの瞳から光が失われ。その様子に神会の雰囲気も暗くなる。

 

「初めは・・・・・・ミノタウロス、五体と同時に戦わせた。勿論善戦はしたらしいんだけど、帰ってきたベル君はそれはもう・・・・・・五体満足でこそあったけどヒドイ有様だったよ。人間の顔ってあんなにも膨れるんだね・・・・・・ふふふっ・・・・・・うん、それで、次は十体のミノタウロスと、その次は二十体のミノタウロスと・・・・・・最終的には持ち込んだポーション類が切れるまで。気絶してもトビ子君に回復されて、気絶しても回復されて・・・・・・最終的には牛を見るたびにトラウマで震えるほどに戦わせられたんだ。ウチのベル君は・・・・・・」 

 

 もう、こうなれば誰もが口を挟む余地などなかった。ヘスティアの光の失った双眸からは涙が流れそれだけで悲痛さを物語っており、理由を聞いたロキは後悔すら感じているのか苦痛に耐えるような表情でただ、黙っている。

 

「最後に。そのミノタウロスの強化種とLv.1の三人で戦い・・・・・・そして打倒した・・・・・・それが今回の【ランクアップ】の真相である。この理由じゃ、君達は不満かい?」

 

「「「「滅相もありません!! 気軽に聞いて申し訳ありませんでしたーー!!」」」」

 

 多くの神々が立ったままではあるが、テーブルに頭を擦りつけてヘスティアに謝る。

 

「いや、疑って悪かったわ・・・・・・うん、そら、【ランクアップ】せェへん方がおかしいわな・・・・・・うん」

 

 流石のロキも余りにも酷すぎる内容に、素直にベル・クラネルの【ランクアップ】を認める。己の所のアイズ・ヴァレンシュタインも、八歳という幼いながらにかなりの無茶をした結果【ランクアップ】を遂げたとは言え、そこまで鬼畜のような所業は行っていないだろう。

 

「まぁ、そのトビ子君が関わっていない場所でも、キラーアント耐久数時間連続戦闘とか、正直、うちのベル君もトビ子君に毒されている節もあるからね・・・・・・まぁ、人にあまり言いたくない理由は察してくれよ・・・・・・」

 

「せっ・・・・・・せやな・・・・・・」

 

 そして、【ランクアップ】の理由は知れ渡ったものの、名前を付けるとなるとこれがまた揉めた。

 

 世界最速兎となったベルだが、それは逆に言えば情報が限りなく無いということ、それだけならリリルカの時と同じなのだが、流石に彼処まで悲惨な経験を積んだ少年に対して、これ以上の重荷を背負わせたくないと思ってしまう程度の良心はあった。

 

 いっそ在り来りな内容でいいのではないか? 長い間の討論の末にそのような案が出てくる。しかし――

 

「あら・・・・・・それでもせっかく、これだけ苦労した子供なのでしょう? もうちょっと可愛い名前とかないかしら?」

 

 フレイヤの鶴の一声に会場は静まり、多くの物がその頭を悩ませる。そんな中でロキが挙手する。手を挙げたロキを興味津々で見つめる神々に対して不敵な笑みを浮かべると・・・・・・ロキはその名を告げる。

 

「ウルククスって呼んで白兎と書く。どや?」

 

 その言葉は会場に浸透してゆき、その名前を聞いたフレイヤも「斬新ね、いいじゃない」などとロキに賛同するように呟く。そのフレイヤの言葉を皮切りに多くの神がその二つ名を押してゆき、今までの時間がなんであったのかと、問いたくなるほど簡単にその二つ名で決まったのだった。

 

「【白兎《ウルククス》】で決まりやな! なんでそう読むかに関してはツッコミは無しや! ええな!!」

 

「「「「「イェーイ!!」」」」」

 

 新しい部類のネーミングセンスに神会の会場は今日一番の盛り上がりを見せたのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「白兎・・・・・・ウルククスですか?」

 

 ベルとヘスティアが本拠に帰宅後。夜も深くなったころ少し遅めの夕食を取っていた。話す内容は当然、神会での出来事であり。ヘスティアからの伝えたれたベルの二つ名の名前にベルは苦笑を浮かべる。

 

 二つ名が最悪痛い系ではない物であった事で安心した表情のヘスティアだったが、その名前の由来を理解して微妙な表情を浮かべる眷属に困ったような笑みを返した。

 

 以前の【青熊獣《アオアシラ》】の一件で数多くの【大陸】のモンスターのイラストと名前付きの資料(パイ制作)は今も【ロキ・ファミリア】の資料室の一角に保存されている。

 

 それを知っているベルとヘスティアはロキが、神々の感性に触れそうな範囲で名前を流用したのだろうと考えていた。

 

 まぁ、【大陸】のモンスターの名前など知ってる方が少数であるし、モンスターの名前を付けられたと考えれば微妙だが、新しいジャンルの名前と考えればオシャレにも思える。

 

 なにより兎繋がりだというのだから、神の宴という場を聞く限りではかなりの当たりだと言えるだろう。

 

 じゃが丸君のうす塩味を咀嚼しながらもベルはその事に関しては納得させ、次に気になったことをヘスティアに尋ねることにした。

 

「そういえば、リリとヴェルフもランクアップしたから二つ名が送られたんですよね?」

 

「うん。リリ君はハンマーを使って戦うことから【戦鎚】と書いてリトル・トール。ヴェルフ君は以前からヘファイストスが決めていた名前があったらしくてそのまま採用になったよ【不冷】でイグニスと読むそうだよ。ただタケの所の・・・・・・ああ、僕の神友のタケミカヅチの所の子のヤマト・命って子が割を食ったみたいでね・・・・・・ぜつえいって二つ名なんだけど、【絶†影】って書くんだよ・・・・・・流石のタケも悲痛な声で叫んでいたなぁ」

 

「うわぁ・・・・・・命さん・・・・・・可哀想に・・・・・・」

 

 しみじみと語るヘスティアの言葉に、神の宴というのが大体どういうものなのかを理解してしまったベル。恐らく面白いもの好きな連中が集まっているのだろう。そうでなければ【絶影】という格好良い系の名前の間に“†”を入れる必要性を感じない。世の中の神という存在は恐ろしいものである。

 

「あれ? ベル君はタケの所の子を知っているのかい?」

 

「ええ、パイさん繋がりで何度か逢っています」

 

「ああ・・・・・・そういえばタケが自分以外の戦い方を覚える為に『便利屋』に模擬戦を依頼しているって言ってたね」

 

 タケミカヅチは武神であり、戦闘技術を眷属に教えている。技能だけで下手な冒険者を圧倒する実力であるタケミカヅチだが、眷属のことを想い、同門の流派同士の模擬戦では手の内が分かり、能力の向上が低迷する恐れを感じて“刺激”として『便利屋』事、パイに依頼を出した事があった。

 

 そして、その刺激は良い方向に子供達を成長させるきっかけとなったと、ヘスティアは聞いている。先日の『ハンター』お別れ会の時はバイトの都合で顔を出せなかったが、残念そうな顔をしていたのが印象に残っている。

 

「結構いろんな所で色々とやってたんだよね・・・・・・トビ子君の奴・・・・・・ああ、そうそう。所でベル君。夕飯の後でいいから、君が朝から取りに行った剣を見せてくれないかい?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 そして、夕食後の食器の片付けを終え、暖かい茶で一息つくとベルが布で巻かれた新たなる相棒を手にしてくる。その包みを取るとそこには翡翠のような色合いの美しい刀剣が姿を現した。

 

 「【雷鳴刀(ジンタン)】だそうです。今できる最高の物を作ってくれました」 

 

 相変わらずのネーミングセンスにヘスティアは苦笑を漏らす。その様子にベルも苦笑いを浮かべながらこの刀を受け取りに行った朝のことを語る。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ヴェルフから手渡された剣は見事な物であった。淡い緑と青のコントラストが刀身に映る一品で、武器と言うよりも宝石のような輝きを放つ。オーダーレイピアの対でありながらも色彩が違う刀身と違い。こちらは【影刀】と同じく反りのある刀の系列の刀身を同系統の色彩で纏めている。そして、前回からの改良点なのか刃渡りが【影刀】同程度だが。刃の厚みが増している。

 

「前の【影刀】は振るい手に合わせて作ったが、今回は丈夫さが売りだ。ランクアップした以上は前回と同じ武器のような取り回しもできないだろう? 重さこそ増したが他の性能は折り紙付きって奴だ。銘は【雷鳴刀《ジンタン》】だ。大事に使ってくれよ?」

 

 やや憔悴した感じだが、確かな手応えに笑みを作るヴェルフ。そのヴェルフの信頼に答えるように力強く頷くベルだが、その後にある事に気づく。

 

「あれ? 気のせいかなこの武器・・・・・・なんかピリピリするような・・・・・・」

 

 ベルの疑問にヴェルフが苦笑する。

 

「まぁ、気になるよな? 俺もその辺りの知識が少なくてな。あの雷狼竜の素材を使うと何故か電流をまとう性質があるんだ」

 

「ええっ!? それじゃあ・・・・・・振ったら僕も感電するんじゃないの!?」

 

 驚くベルの様子に笑い声で答えるヴェルフ。不安顔で見つめてくるベルにひとしきり笑った後に説明する。

 

「大丈夫だ。基本的には振っても、振るい手には電流は流れない。それに、俺にしかできないスキルによる方法があるだろ?」

 

「ああ・・・・・・もしかして魔剣の・・・・・・でも」

 

「まぁ・・・・・・思わない所がないって言えば嘘になるけどな・・・・・・それでも、トビ子が託してベルが望んだんだ。俺が鍛冶師である以上、依頼主にとっての最高を求めるのは当然なんだ・・・・・・それにコレは魔剣じゃない。使い手と共に戦う為の武器だ」

 

 使い手を残して砕け散る存在である魔剣を否定したい気持ち事態はいまだにヴェルフの中にはある。しかし、そんな己の矜持を偽った形になったにも関わらずに笑顔をベルに向けるヴェルフ。

 

「なにより、これを打ってて思っちまったんだ。“魔剣に固執する連中”に嫌気をさした身だが、そのお陰で、【大陸】の素材に触れられたと思えば・・・・・・なんか、こう言うのも捨てた者じゃないんじゃないかってな……まだ納得出来てるわけじゃねぇけど……な」

 

「ははは・・・・・・そっか、ヴェルフがそれでいいなら、ありがたく使わせて貰うね」 

 

「……おう!!」

 

 ニカッと笑うヴェルフにベルもまた釣られて笑顔を浮かべるのであった。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 説明を終えたベルにヘスティアも優しげに微笑む。以前にヘファイストスから愚痴のように聞いていた眷属の話としてヴェルフの話を耳にしていたヘスティアとしても凝り固まった思考を持った眷属の事を心配している神友の存在を思い出す。

 

 以前にその神友。ヘファイストスにベルの武器を打って欲しいと頼み込んだが、今になって思えばそれと認めなかったヘファイストスとパイに感謝したい気持ちを感じていた。なにしろ、こうして新たなる力とともに成長してゆく子供を見れる事こそがヘスティアにとっての喜びであるからだ。

 

 今だに成長途中のベルにとって、武器もまた同じく成長の理由になるだろう。共に歩める仲間を見つけ、駆け出してゆくベルの成長に関与しようとしていた事自体も深い思慮を持って考えていかなければならない。ヘスティアに取って大事な眷属であるからこその思いも深い物となっていた。

 

 

――――――――――――――

 

 

「「「「では、かんぱーい!」」」」

 

 神会から一夜明け、ベルとリリルカの姿は『豊穣の女主人』のテーブル席にあった。【ランクアップ】の報を聞きつけたシルとリューが祝いの席を設けてくれたのだった。

 

 乾杯の音頭と共に『豊穣の女主人』にてシル曰くささやかな祝宴が始まる。音頭と共に鳴らされたジョッキの中に入ったエールなどの飲み物が揺れる。

 

 テーブルの一つに並んだ料理の数々。本来であれば仕事中であるシルとリューも普通に着席しており。聞けばミアから“貸して”やるらしく。厨房に視線をやれば力強い笑みを浮かべたミアと視線が重なる。

 

 その大人の心遣いにベルも軽く頭を下げてシルとリューに向き直る。祝う方法も千差万別・・・・・・ベルとリリルカもありがたくミア達の行為に甘え、今日は羽目を外して財布の紐を緩くしようと心に決める。

 

「しかし、三人でパーティーを組んで、同時にランクアップ・・・・・・珍しい事ではありませんが、一体どのような偉業を成し遂げたのですか?」

 

 リューの質問に、流石に【雷狼竜《ジンオウガ》】の戦いの事をいう訳にも行かずやや、はぐらかす。とは言えど“強化種であるミノタウロス”の話をすると納得の表情を見せる。

 

「なるほど・・・・・・ミノタウロス・・・・・・それも、強化種をですか・・・・・・クラネルさん達は強運の持ち主ですね。強化種に遭遇し、それに打ち勝つなど・・・・・・並大抵という表現すら霞むほどの、正しく偉業にふさわしい」

 

 何処か納得したように頷くリュー。そんな彼女の様子にシルが横から声をかける。

 

「ねぇ、リュー? その強化種ってそんなにすごいの?」

 

「ええ、並の冒険者が相手では非常に危険な個体です。シルには今ひとつ理解しづらいと思いますが・・・・・・」

 

「ふーん……そんな怖いモンスターを倒しちゃうなんて、ベルさんはすごいんですね!」

 

 そう言って、目の前に置かれた水を口にするリューとはしゃぐシルそんな二人を眺めながら、リリルカは味の違う果実酒の水割りを飲みながら話を聞いている。

 

「今日はヴェルフ様が来れずに残念でしたねベル様……それに、確かにあの戦いはどちらが勝っても負けても不思議ではありませんでした……」

 

「その個体の推定Lv.は不明ですが、もし討伐失敗していたとすれば、元々のLv,2であるミノタウロスよりも高いLv,でギルドから討伐部隊がダンジョンに送られる事になるでしょう……」

 

 リリルカのつぶやきからリューが続ける。今回の事件では幸いな事に死者はなかったらしいが、その死者の中にベルの名前が入っていても何の不思議もない。リューの「討伐失敗」の言葉にベルの表情に影が差す。

 

「そうですね。僕も今にして思えばよく勝てたと思ういます」

 

 魚料理を飲み込んだベルが真剣な表情でリリルカとリューの言葉に頷く。実際の所、ベル自身もパイから渡されていたアイテムポーチとその中身が無ければ勝てない相手であった。そういう意味でも『ハンター』と知り合い、師事した事で生き存えたと思うと、遅まきながらに背筋に冷たいものを感じる。

 

「いや……リューさんの言うとおりですね。恥ずかしながら僕達の実力だけで勝ち取った勝利とは言い切れません・・・・・・」

 

 強ばったベルの表情に、リューは少し困ったように眉を寄せる。

 

「すいません。クラネルさんにそんな顔をさせるつもりではなかった・・・・・・私の不用意な発言で嫌な思いをさせてしまったようだ」

 

「えっ!? あっ・・・・・・違うんです!? ・・・・・・その、そう言う意味じゃなくて・・・・・・えっと・・・・・・リリィ~」

 

 ベルの情けない救援要請にリリルカは小さく息を吐くと理解しやすく説明をする。

 

「リュー様・・・・・・パイさんがたまに、ここへバイトに来られているらしいですが。パイさんって結構、堅剛主義といいますか安全第一といいますか。そういう所がありませんか?」

 

 リリルカの問に対して考えるリュー。そして思い当たる節があるのか軽く首を縦に振る。

 

「続けますね。そんなパイさんは実はベル様のお師匠に当たる人物でして。弟子思いなパイさんがその日もベル様にいくつかのアイテム・・・・・・爆発物などを携帯させていたのです」

 

 そこまで話すと流石に察したのかリューとシルの表情が和らぐ。

 

「そのアイテムに助けられたという訳ですか・・・・・・なるほど、しかし、道具も使用してこそ、真価を発揮するものです。それもクラネルさんの実力の内という事では?」

 

「・・・・・・リリもリュー様の意見に大賛成ですよ。ベル様は自信が無さすぎるんですよ」

 

 リリルカの呆れたような表情で言われた言葉に渋面を作るベル。リリルカは知らない事ではあるが、嘗て田舎の村で文字通り地獄の鍛錬を行っていたベルに取って“過信=死亡フラグ”であり必要以上の自信などベルにとっては、不要と言い切れる程度の物と化していた。

 

 恩恵も受けていない一般人に、外のとは言えど、ブラッドサウルスをぶつけるなんて鬼畜な所業を、遠慮なく行うのがパイという人間である。それも、適当にしているのではなく、やり方を工夫すれば勝てる相手を見定めてから実践する辺り。正直に言えば“頭がおかしい”と言わざるを得ない。

 

 そんなスパルタな彼女の修行に置いて、過信などすればどうなるか・・・・・・情報を調べる事をその時、有頂天となったベルがパイの忠告を無視し、その後、そのベルの鼻っ柱をへし折られた結果・・・・・・ベルは幼児退行を行う程の精神的に深い傷を負い、その結果が安全の為の努力を惜しまなくなった。

 

 とにかく、そんな訳で実力以上の過信をしないベルは現状の状況にそれなりに満足はしているし、仲間と共に成長できている感覚に、確かな達成感を感じていたが、それを手放しで喜べないという複雑な心境となっていたのだ。

 

「ありがとうございます。リューさんもリリも・・・・・・さて、じゃあ気を取り直して、食べて飲みましょうか!」

 

 だが、このまま暗い気持ちのままの食事など更にごめんだと、そう割り切って、明るい声音で告げるベル。気持ちを切り替えたベルに他のメンバーもそれぞれに時間を楽しむ・・・・・・だがそんな楽しい時間が無粋な客によって妨げられる。

 

「おう、お前さんが【白兎】か・・・・・・あの、『便利屋』の弟子って聞こえたが・・・・・・それは本当か?」

 

 声をかけてきた男は悪人面で男臭そうな顔立ちの男であり、名をモルドと名乗った。そのモルドはベルの前に立つと、突然頭を下げる。その行動に目を白黒させて困惑するベルと不思議そうにそれらを眺めるリリルカ達。

 

「お前の師匠をどうにかしてくれぇぇぇ!!」

 

「すいません! あの人、今度はなにやらかしたんですか!」 

 

 モルドの悲痛な声に即座に椅子から飛び出す勢いで立ち上がり、そのまま床に土下座しながら理由を尋ねるベル。その動きにまったく躊躇はなく。いきなりのベルの行動にシルとリューは驚くものの、リリルカは何時もの事と言いたげに果実酒を口に含む。 

 

「飯食ってる時に悪いとは思ったんだけどよぉ! 聞いてくれよぉ! あの『便利屋』がリヴェラの街に来るたんびに「今日は半額デーじゃないのかなー、ないのかなー」って言ってくるんだよ。訳がわかんねぇよ! なんだよ、『半額デー』って、しかも最近は左腰についているポーチをひたすら小突きながら話してくるんだよ!! 遠巻きに脅されてるんだよぉ・・・・・・どうにかしてくれよ、【白兎】よぉ!!」

 

 大の大人……それも悪人面した男の悲痛な相談にベルの表情が引きつる……というよりも、話題の内容がベルの理解を超えており困惑したような感じの対応で返す。

 

「はっ・・・・・・半額デー? えっと半額って事は品物の値段を半分の値段にしろって事ですよね・・・・・・なんでそんな事を?」

 

「おそらくですが・・・・・・迷宮の楽園にあるリヴェラの街は物価が酷く高い。命あっての物種といえど、半額でも地上で定価で支払ったほうが安いぐらいです・・・・・パイはバイトで手伝ってくれた時などに、一緒に買い物に行く時があるのですが・・・・・・よく値切っていた記憶があります」

 

 リューの説明にベルはなんとなくだが、状況を理解する。おそらく、あまりのぼったくりな商売をしているリヴェラの街の店に怒りを燃やしたのだろう。なんというか実にはた迷惑な客である。

 

「それにしたって。半額はないでしょう・・・・・・えっと、モルドさん、でしたよね。僕にできるかどうかはわかりませんが。次にパイさんにあった時に話してみます」

 

 そのベルの言葉に悲痛な顔から笑顔を浮かべて顔を上げるモルド。

 

「すまねぇ! お前はいい奴だなぁ・・・・・・なんか困ったことで力になれることがあったら声をかけてくれよ! っとすまんな祝杯の途中で、じゃあな頼んだぞ、【白兎】よぉ!」

 

 ベルの返答に本気で感謝しているのか、強面の為、やや怖い笑顔で感謝の言葉を告げるモルド。そしてそのまま彼らはお互いの席へと帰ってゆく。

 

「ベル様・・・・・・良かったのですか? パイさんが地元に帰ったって言わなくて」

 

「うん、なんでかな・・・・・・また、パイさんに出会える気がするんだよ。それはもう、かなりすごい高確率で、巻き込まれる形で・・・・・・」

 

 パイが【大陸】に帰った事を知っている四人はモルドの不安は解消されていることを知っているが、ベルの言葉にその可能性を考えてしまう。

 

 なんというか、彼女に関しては不思議と常識をあてにしてはいけないと思えてくるのが不思議であり、その常識の範囲外のさらに斜め上を行くのがパイ・ルフィルという娘である。

 

 大体、戻る手段が有るという事は、こちらの来る手段も当然あるという事である。どのような方法かは分からずとも、彼女がコチラに・・・・・・【オラリオ】に来てタダで済むはずがない。

 

 常に元気なトラブルメーカー。それがパイであり、そんな彼女の存在を憎らしく感じていない人々に取って、パイの帰還を望まぬ人などいないのだから・・・・・・。

 

「まったく、愛されていますね・・・・・・あのハンターさんは・・・・・・」

 

 天井を見上げ果実酒を置いたリリルカがつぶやく。その口元には笑みが浮かんでおり、昔では考えられなかった優しげな瞳を遠い友人を想いながら閉じるのであった。

 




友人とMHXXを久々にプレイしましたが、DS自体が壊れてセーブデータがお互いに無い状態から再スタート。
とりあえず、上位に行く前に下位でもそれなりの装備にしようと、個人的にはいつもの如くキメラ装備を作ったまでは良いのですが、友人は前世でイャンガルルガを虐めていたのかと疑いたくなるほどに黒狼鳥の甲殻が出ませんでした。18頭ほど狩猟してようやくイャンガルルガ装備一式作った後にDSの中にメモリーカードが無い事に気付き、お互いに心が軽く折れました。

その後、呪われているのではないかと思えるほどに出ない甲殻を再度集めきってG級まで行きましたが。いつかネタにすると思います。


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第二章『【大陸】でも【オラリオ】でも変な奴に出会うのは運命なのかな?』

最初に謝っておきます。
私は、変なキャラしか作れません。そんな私がオリジナルの神を出します。
オリジナルとは言いましたが一応ちゃんと存在する神様の一柱なんですがどうしてこうなったのか……。
原作に名前は出ていないと思うのですが勉強不足でしたらすいません。

さて、どうしてこんな変なキャラが出来たのだろうか……。


 『豊穣の女主人』での祝賀会の翌日。ベル・クラネルにとっての初めての経験・・・・・・神々からの勧誘は、ベルの顔の表情を強ばらせるに十分な物であった。目の前には男神が三柱がいる。ベルもとって知り合いでもなく、馴染みのない神々が各々の欲望に忠実になって話しかけていた。

 

 やや細いが路地裏のような薄暗さもなく、朝の時間という事もあってそれなりの人々が通り過ぎるであろう通路ではあるが、今はベルを含む4人の姿しかない。その内の三人……否、三柱の神はそれぞれに声をかけてくる。

 

「ねぇねぇ、ヘスティアの所なんて辞めてうちに来なYO!」

 

「ベェルきゅぅん、君の為に衣装(女性用)を持ってきた、あの酒場での感動を私にも一度くれないか!」

 

「ペロペロしていい? ペロペロしていい? いいよね!! ついでに改宗してよぉう」

 

「すっすいません! 僕はヘスティア様の所で満足していますんでぇぇ・・・・・・失礼しますぅ!」

 

 狂気すら感じる神々の勧誘の光景にベルはその顔に軽い恐怖の表情を浮かべながらも考える。いつから自分は変態を寄せ集めるような体質になってしまったのか。これが【ランクアップ】を果たした冒険者の第一の試練だというのならば、考えものである。そう、ベルは思いながらもどうにか離脱を図り、成功する。そんな事を本拠から出て四度も行っている。

 

 実際の所は、五ヶ月という短期間での【ランクアップ】という、驚異の成長を見せるベルを興味半分、奪う気半分の神々が各々の自由に声をかけてくるのだが、ベルにとってはミアハやヘスティア、タケミカヅチなどなど、神格者であり善神である神との縁が強く。このような変神共に絡まれる機会など、今まで皆無であった。

 

 特に顔芸が得意なのだろうか、よく声をかけてくる神など、あれほどイヤらしい目つきができるのだろうか……っと疑問に覚えるほど生理的に受け付けられない顔で女装を勧めてくる男神など正直に言えばホラー要素しかない。大体からになぜ、女装を進めてくるのか・・・・・・理解に苦しむベルはそれでも捕まりたくない一心で神々の追跡を躱してゆく。

 

 一躍、時の人となったベルは何処か逃げ込める場所を探して【オラリオ】の街を駆け抜け――そして、さらに三度の神々の勧誘を切り抜け……どうにか逃げ込んだ先で、憔悴しきったベルと、そのベルを苦笑しながら眺めているハーフエルフの少女。

 

「お疲れ様だね。ベル君……まぁ、流石に私も、この短期間で【ランクアップ】報告をベル君からされた時は驚いたしね」

 

 そう言うのは『ギルド』の職員であり、ベルのアドバイザーである、エイナ・チュールは静かに己が作成した資料を束ねる。ベルが逃げ込んだ先。『ギルド』内にある個室に紙の触れるかすかな音が響き、その所作に淀みはなく、彼女がかなりの期間をギルドの職員として職務に当たっているかを伺わせる物であった。

 

「神様からは注意されていましたけど、まさか、ここまで勧誘が多いとは……所でエイナさん。そんなに、この短期間での【ランクアップ】というのはそんなにも凄い事なんですか?」

 

 エイナの言葉に辟易したようにぼやいたベルだったが、すぐにこうなった原因である【ランクアップ】について尋ねる。

 

「そうだね……はっきり言って、Lv.1からLv.2に上がる事すらできず、引退する冒険者も少なくないよ。そもそもの“偉業”ってのが大半が命懸けってのもあるしね。それにしても、六階層での出来事といい、九階層での出来事といい……ベル君はミノタウロスと随分と縁があるんだね」

 

 エイナの放った『ミノタウロス』の単語にベルは苦笑いを浮かべる。それ以外でもかなり世話になっており。いつかお礼に参らないといけないなと暗い考えを心に浮かべる。

 

「今回の“冒険”は大成功に終わったからって油断しちゃダメだよ? “冒険者は冒険しちゃダメ”。ルフィル氏みたいなことしちゃダメだからね。それで、話は戻すけど……そんな偉業を乗り超える為、『冒険者』は日々ダンジョンに潜って【アビリティ】を鍛え、【ステイタス】を向上させていく訳なんだけど、普通はこんな短期間に上がらないんだよ? まぁ、ベル君のやり方に普通を適応させる方が問題あるんだろうけどね」

 

 何処か疲れたような表情で手元の資料。『冒険者。ベル・クラネルの活動記録。』の表紙を指でなぞる。数日前に【ランクアップ】を果たしたベルの為にその日一日掛けて制作された神会用の資料。

 

 内容もなかなかにぶっ飛んだ物であり、曰く、一日、ソロで73000ヴァリス稼いだとか、数時間キラーアントを“呼び出し”狩り続けたとか。これは別口の冒険者の証言ではあるが、曰く・・・・・・死んだモンスターを執拗にナイフで傷つけていたなどなど。後者は噂程度であるが、前者に関しては換金所で担当したギルド職員の証言もあって真実として語られている。エイナの同僚のミィシャ・フロットもその現場を目撃しており。その時の事をこう語っていた。

 

「エイナが担当している弟君さ……冒険者だよね? なんかサポーターみたいなでかいバッグに魔石詰め込んできたみたいなんだけど……」

 

 本気でドン引きしていた同僚の顔に思い出し時間が経った、今でも笑いそうになるエイナ。ちなみに、その魔石に関してはベルがひたすらモンスターを狩り続け、パイから貸し出されていた中身が空になった『アイテムポーチ』に詰めるだけ詰め込んだ魔石をダンジョンから出る前に、同じく『アイテムポーチ』に入れていたサポーター用のバッグに移し替えただけなのだが、事情の知らない人間からすればサポーター並の荷物を持ったままそれだけの魔石を確保するまで戦っていた事になる。はっきりと行ってマトモな冒険者のする行動ではない。

 

「確かに、最近一緒に行動している二人にも、真顔で諭されて……自分の行動に疑問を持ち始めています」

 

「ベル君のパーティ? たしか、今回の神会で【ランクアップ】報告された。【戦鎚】。リリルカ・アーデ氏と。【不冷】ヴェルフ・クロッゾ氏だったわね。アーデ氏はミィシャ。私の同僚ね。彼女の担当だったはずよ」

 

 とはいえ、っとエイナが小さく呟く。もともと、それなりの下積みのあるリリルカやヴェルフは“機会”さえあれば【ランクアップ】は可能であった。今回はたまたま三人の“偉業”だったというだけの話であった。

 

 そう、【雷狼竜《ジンオウガ》】の件は今だに多くの【ファミリア】や『ギルド』にも報告してない案件であった為、今回の神会ではベルは“三人で協力して“ミノタウロスの強化種”を死闘の末打倒した。”っというストーリーを構築し、知り合いにはそのように通していた。

 

 つまり、期間的な意味でリリルカとヴェルフの【ランクアップ】は不思議ではなく、むしろ、本来であればそれほどの時間が掛かる【ステイタス】の構築を短期間で可能にした方法……それこそが神々が最も知りたい要素である訳だ。

 

 ちなみに、神会でヘスティアから直接話しを聞いた神にとっては、ベルは『便利屋』という頭のヤバい奴に“魔改造”された被害者と言う認識をされている。

 

「はぁ……とにかく、僕の事が飛んじゃうぐらい凄い事が起こらないかなぁ……」

 

 そうぼやく少年。ベル・クラネル……彼の願いはこのあと叶えられることになる。それも、かなり悲惨な意味で叶えられることになるのだが、今のベルにそれを知る事はできないのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 茶柱が立っている……その湯飲みの中に浮かぶ縁起のいい光景にタケミカヅチは微笑みを浮かべていた。本日はバイトもなく子供同然の眷属達もダンジョンに潜っており、極東の建物が基礎になっている本拠の縁側で貴重な休息を満喫していた。

 

 きっと、今日は良い事があるのだろう……などと、考えていたタケミカヅチは視界の端に映った光に視線を向けると、その光景にタケミカヅチは怪訝そうに眉を顰めた。それが神が地上の降りてきたものであるだと気が付くと、嫌な予感がタケミカヅチの胸に沸き起こる。

 

「ふむ……確かめるか……しかし、何故か嫌な予感がするな」

 

 幾分か冷めたと言えど、未だ熱を持つ茶を流し込み立ち上がる。それから、軽く身だしなみを整えてから本拠の門を抜けて駆け足で光の柱の方向へと駆け出すのであった。

 

 そして、同時刻に異変を感じた神物が一柱いた。彼女は少しばかり憂鬱な気分で過ごしていたが、日課ののぞき見を行っていた時にある人物を見つけた事により明るさを取り戻す……と同時に顔をしかめる。

 

 服装こそ以前とは違うがその顔と低身長に見覚えがあり、なぜか虚空から急に飛び出してきてオラリオの地面に顔から激突した瞬間を見てしまったのだ。そんな『ハンター』の娘は共に落ちてきた白猫のような生き物と同じ動作で首を左右に振ると、少しげんなりとした仕草で膝をつく。

 

 おそらく、意図して『こっち』に来た訳ではなさそうだが、そんな事は関係のない話でしかない。なにより顔を顰めた理由はそこではない。そんな知り合いの娘。パイ・ルフィルの頭上から降り注ぐ光は美の女神であるフレイヤ自身もよく知っている物……神の降臨のそれであった。

 

「誰よ……なんだか嫌な予感がするわね……変な奴じゃなかったらいいけど……」

 

 そうつぶやくと、軽い足取りでバベルに存在する専用のプライベートルームを出る。そして、数分後に主神の姿が見えない事に気づいた眷属が慌てふためく様子にため息をつく【オラリオ】最強の姿があったのだった。

 

 そして、再度同じ行動によって【オラリオ】に戻ってきたパイ・ルフィルはと言うと……アイルーのシロ共々、呆然と目の前の光景を前にして動けずにいた。

 

 降臨と言う言葉がある、この場合は文字通り“神が“天から”降りてきた”と言う意味での降臨である。

 

 どこか神々しい光の柱と共にゆっくりと降りてくる姿は確かに神々の名にふさわしく、神秘的な光景であるだろうし、降りてくる神も男神であり神々は総じて美形であり、その例に漏れることなくその男神も美形であった。

 

 しかし、パイが呆然としてしまったのはそれが原因ではない。唐突な登場も原因の一つではあるが最大の問題はその男神の一部分、布をそのまま身体に身にまとった様な・・・・・・文献に残る神々のような布をまとっただけの服装に身を包んだその一部分・・・・・・股間を大きく膨らませた男がゆっくりと光を帯て降りてくるのだ。

 

 スカート状に広がった衣服では見上げれば本来は丸見えであるが、不思議な力が働いているのか膝より上が闇に覆われ確認ができない。無論、見たい訳ではないのだが見上げれば嫌でも視線がそこに向くのだ。

 

 それはともかくとして、とんでもない変態の登場である。微笑み地面に降り立った変態は大きく伸びをすると、ソコでようやくパイに気がついたのか大きく両手を広げ、やや腰を前に突き出したポーズで高らかに宣言した。

 

「はっはっはー! ようやく来たぞ! はじめましてだな! 娘よ、我が名はフレイ! ラァヴ・アゥンドゥ・ピィィィスゥを伝える為、天界から只今参上!!」

 

 広げた両腕を左手を顎に右手ピースサインのまま右目を挟み込むよう添えたポーズを取りながら発言をする変態。オマケにやや前に進み、膨らんだ局部がパイに迫る。その迫る速度の倍近い距離と速さで安全圏に離脱したパイは少し周りを見渡すと、視界の端に天高くそびえる巨塔を発見すると同時に、目の前に現れた変態の存在に本気で嫌そうな感じに顔を顰める。

 

「うわぁ・・・・・・とんでもない変態が降りてきたのかな・・・・・・なんでかなぁ? どうして【オラリオ】に戻ってきた瞬間にこんな変態に出会わないといけないのかなぁ……所で、突き出すのは治安管理をしている【ファミリア】でいいのかな? それとも私の顔面に突き出された立派なソレをへし折ったらいいのかな?」

 

 パイ達は前回とは違い【オラリオ】の街のどこかに落ちてきたらしく、詳しい場所までは分らないが、滞在期間の半年で見慣れた《バベル》の存在から此処が【オラリオ】であるとも理解していた。見知らぬ異界でもなければそこまで不用意に警戒する必要もなく。嫌そうな顔を崩すことなく目の間に居る変態へと語り掛ける。それも、指の関節を鳴らしながらである。

 

「ご主人・・・・・・女性がへし折るとか言っちゃだめニャよ・・・・・・」

 

 あまり女性らしいくない行動を行いながら真顔で告げるパイに、アイルーのシロがあきれ顔でつぶやく。そして、そんなパイの様子に不穏な物を感じたのか先程までのおちゃらけた態度を即座に正すフレイ。

 

「いや、よせ、天界ならいざ知れずここでは我々は一般人とそう変わらんらしいからな・・・・・・それに・・・・・・」

 

 シュン・・・・・・っと自己主張の激しかった物がおとなしくなり、フレイは遠くを見るような瞳で空を仰ぐ。

 

「神威無き今、俺の『勝利の剣』を常時臨戦状態にはできないようだ・・・・・・だが、安心したまえ、ちゃんと代理は持ってきているぞ!」

 

 どうやら、股間を膨らませ続ける事にも神威というのは必要らしい。どうでもいい豆知識を得たパイは白けた瞳をフレイに注ぐがそれを見て何を思ったのか、フレイはスカート状の下半身の部分に手をつっ込むと何処に入っていたのか鹿の角を取り出し・・・・・・もぞもぞと布をまくし立て自らの股に挟み込む。

 

「どうだ! これで俺のアイデンティティが崩れる事はない、ではさらばだ娘よ! 俺はこの【オラリオ】の街を散策してくるとしよう!」

 

 擬似的な自称アイデンティティを自らの中で確立させたフレイは、その代償にやや内股気味になりながらも【オラリオ】の街に消えてゆく。まるで嵐のような一幕を見送りながらもパイはシロと顔を見合わせる。さらに増えた変人の知り合いに対して、これからも頭を悩まされ続けるのだろうなと思いながらも何かに気づき振り返る。 

 

 ドドドドドド……っと地響きすらも鳴らしそうな勢いで、土煙を上げて走ってくる影。方向は南と東からでありそれぞれの影を認識できる距離まで来ると、意外な人物の登場にパイは少しだけ驚いた表情を浮かべる。

 

「「パイ! ここに変態が来なかった!?」」

 

 タケミカヅチとフレイヤと言う珍しい組み合わせの二人に左右の肩を掴まれたパイはその二人の言葉に少しだけ考えたあと、フレイヤに視線と左手の人差し指を向ける。

 

「いや、言いたい事はわかるが今回は違うぞ?」

 

「ちょっと、タケミカヅチ? それはどう言う意味かしら?」

 

 指さされたフレイヤに対して、タケミカヅチが否定する。不満顔になるフレイヤの問に答えることなく話は進む。

 

「あー。フレイヤさんじゃないのかな……えっとそれ以外なら、股間を膨らませる“神威”を使うイケメンの鹿の角を代用品にした変態さんだったらさっき会ったかな?」

 

「ご主人、ご主人……確か、名前は『フレイ』だったと思うニャ」

 

「「……えっ?」」

 

 オトモであるシロから『フレイ』の名が出た瞬間、間の抜けた声を発した後、同時に膝を地面につくタケミカヅチとフレイヤ。状況を理解できずに困惑するパイと毛づくろいで顔を洗い出したシロを放置して二柱の神はお互いに顔を付き合わせて話し出す。

 

「スサノオォ……やはりアイツ一人では抑えきれなかったか……」

 

「オーディンも何やってるのよ……あんな動く猥褻物をみすみす地上に放つなんて……」

 

「あのー。二人共? せめて私にもわかるように説明して欲しいのかな」

 

 パイの言葉に正気に戻ったタケミカヅチとフレイヤは。この数秒で非常に疲れた表情で立ち上がり。今回の問題の人物について語りだす。

 

「すまん、あまりの事に困惑してしまった。先の『フレイ』だが、我々と同じく神である。そして……嫌そうな顔をするな、フレイヤ。気持ちは痛くわかるが……まぁ、フレイヤの兄に当たる神物である。ここまではいいか?」

 

「うん、大丈夫かな? ああ、でもフレイヤさんの神族だと思えば納得できるかな」

 

「ちょっと、それはどう言う意味よ! ねぇパイ?」

 

 妙に納得してしまったパイの反応に、フレイヤがやや泣きそうな顔で抗議の声を上げるが、その声を無視する形でタケミカヅチが続ける。

 

「……続けるぞ? そのフレイだが、別に悪神というわけではない、むしろ限りなく善神であり、子孫繁栄を司る力もある。やや思考がぶっ飛んだ所はあるが基本的には“愛と平和”を愛する男だ。しかもカリスマ性も高く軍を動かせばその軍略をもって兵を、軍を、勝利へと導くことのできる逸材でもある」

 

「……ん? 聞く限りちょっと変な人だけどいい所の方が多いと思うかな……むしろ、なんで二人共フレイさんが【オラリオ】に来た事を嫌がったのかな?」

 

「ああ、それは先程言った、“ブッ飛んだ”部分が問題なのだ。まず、常に……その、張っていただろ?」

 

 タケミカヅチの具体的な部分を抜いた言葉にパイは先ほど眼前に突き出された物を思い出す。確かに、口に出す事を憚られる内容なので素直に頷く。

 

「あ、うん。それはさっき眼前に突き出されたから知ってるかな」

 

「あいつ、パイにそんなことしたの? ねじり切ろうかしら?」

 

 呆れたような口調で答えたパイの言葉に、フレイヤがその瞳を日頃の妖艶な冷たさとは違う色を帯びさせながら小さくつぶやく。その様子を横で見ていたタケミカヅチが慌てたように声を張り上げ、続きを語りだす。

 

「おい、怖いことをさらりと言うな!? そしてだ、カリスマ性が高い……変な話だが、気がつけば魅了されている状態になるのだ。我々には効かないが、兵士などには酷く効果的でな……この場合は、“眷属”にどのような影響がでるか……」

 

「……来て早々だけど、お願いして天界に帰って貰う事は出来ないのかな?」

 

 事の厄介さに気づいたパイが穏便なやり方を提示するが、かの神物の神格をよく知るフレイヤが、彼女にしては珍しく困ったように目じりと眉を顰めながら告げる。

 

「厳しいわね。本人に悪気が無い上に、来るもの拒まずの性格な上に細かいこととか気にしない……っというよりも配慮の出来ない奴なのよ」

 

「つまり、男性版フレイヤさんって訳かな?」

 

「……ぐふっ!?」

 

 配慮に欠けたパイの言葉の刃がフレイヤに突き刺さる。日頃の余裕の表情など欠片も見えないという貴重な状況のフレイヤは半泣きになりながらタケミカヅチの服の裾を掴んで揺らす。

 

「ねぇ? 泣いていい? 泣いてもいいわよね!? ねぇ、タケミカヅチ!」

 

「せめて説明が終わるまで待て! フレイヤの言う通り、説得は効果が薄いだろう……実力行使が最も確実だが、そこにも問題がある……アイツ、すごく強いのだ……俺ともうひとり、同郷のスサノオという神がいるのだが、そいつも俺と同じく武闘派でな・・・・・・二人で、真っ向勝負を仕掛けて互角に渡り合える男である上に、アイツにはさらに凶悪な品物があってな・・・・・・そうそう、パイよ。話が少し変わるのだが、確認させて欲しい。・・・・・・フレイは“剣”を持っていたか?」

 

 真剣な顔で訪ねてくるタケミカヅチ。パイも先ほどのフレイとの会話を思い出し……それらしいものを言う。

 

「剣? 『勝利の剣』って名前を股間についてる物に名づけてたけどソレの事かな?」

 

「いや、それではない。普通に切ったり、突いたりできる剣だ」

 

「まぁアレでも突いたりはできるわね」

 

「ちょっとフレイヤさん?黙っててくれないかな? ……いやぁ、鹿の角ぐらいしか持ってなかったかな?」

 

 どうやら、比喩ではなく普通に武器の方の剣であるらしい。そのようなものは見ていないパイは素直にフレイが持っていた物をタケミカヅチとフレイヤに伝える。

 

「「よぅし! コレは勝てる!!」」

 

「さっきからどうしたのかな? 二人共」

 

 パイの言葉を聞いて思わずと言った感じでガッツポーズを取る二人の神。そんな、二人にやや引いた感じに半歩下がったパイは理由もわからないので聞いてみると、明らかに先程とは違う、気の抜けた笑顔を浮かべたタケミカヅチが説明する。

 

「大事な事なので確認を先にしたかったのだ。やつにはある条件で最強になれる所謂“ちーと”という状態になることができる。例で言うならば、パイは将棋を知っているな? 桜花や命とたまにやっているボードゲームだ」

 

「うん、知ってるかな」

 

 極東にあるボードゲームである将棋。二十二の駒を操り、最終的には“玉”討ち取れば勝ちというゲームであるが。なかなかに奥が深く、“玉”を含む八種類の駒は特定の動きしかできないので、戦略性と戦術が物を言う。

 

 その将棋を模擬戦依頼を受けるたび、パイはタケミカヅチの眷属達と行っており、なれない初期の頃こそ連敗していたが、最後に対局したときはそれなりの勝ち星を奪っていた。それはともかく、タケミカヅチの説明は続く。

 

「板の上の自分の駒が玉しかなく周りを敵側の駒に囲まれている状況を想像して欲しい。こんな状況を見てどう思う?」

 

「……どうやったらそういう状況になるのかが気になるけど……うん。完璧に積んでるかな」

 

 打ち首待ったなしの状況にパイはお手上げと言いたげに手を挙げる。その姿に一度頷いたタケミカヅチはさらに会話をすすめる。

 

「しかし、フレイと『勝利の剣』が合わされば、気がつけば圧倒的な有利であるはずの相手が王手を掛けられているのだ」

 

「何それ怖い。その時不思議なことが起こったとしか言えないじゃないかな?」

 

「不思議……そうだな、それが一番しっくりくる。どのような状況にあっても気がついたら負けている。おそらく、この【オラリオ】にいるすべての冒険者を動員しても勝てんだろうな……故に剣の有無を確認したのだ」

 

「すごく怖い話なのかな……」

 

 有り得ない。そういうべき内容であるのに、タケミカヅチとフレイヤの表情は固く、冗談を言っているような節は見当たらない。つまり、本気で言っているのであって、それがどれほどフレイという神を危険視しているのかもよく理解できた。

 

 嫌な汗が流れる感触に背筋にヒヤリとしたものを感じたパイ。そのまま、しばらくの間沈黙が流れ……彼らの心境とは真逆の呑気で明るい声が響く。

 

「なんや、フレイヤにタケミカヅチやんけ……えらく面白い組み合わせやけど、どないしたんや? うわっ……なにその猫。デカかわええやん」

 

 いつもの赤毛に糸目の【ロキ・ファミリア】の主神であるロキはかなり珍しいであろう組み合わせに眉をひそめる。

 

 ちょうど影に隠れていたパイもロキの声に反応してひょっこりと顔を出すと、久しぶりのロキの顔に喜色を浮かべ挨拶をする。

 

「あっ、ロキさんだ、おはよーかな」

 

「おう、おはようさん……って、なんでトビ子がここにおんねん。【大陸】に帰ったんちゃうんか?」

 

「いやぁ、それが……ん? トビ子?」

 

 ロキの呼び名に違和感を覚えるパイ。【大陸】に戻る前はパイの記憶が正しければロキは彼女の事を『パイ』と呼んでいたはずだ。

 

 「ちょっとロキさん、その呼び名について詳しく――「聞いてくれロキ、大変なんだ」……タケミカヅチさん!?」

 

 パイの取って気になるワードにさっそく話を掘り下げようとしたパイだったが、それよりも早くタケミカヅチに割り込まれてしまう。そんな、タケミカヅチの異様な雰囲気に飲まれたようにロキは茶化す事無くタケミカヅチへと視線を向けながら語り掛ける。

 

「……ってどうないしたんやタケミカ……んっ? フレイヤもなんで無言で近づいてくるんや? タケミカヅチもにじり寄らんとはやく続き言えやぁ!?」

 

 幽鬼の如く揺れながら無言で近づいてくる知神の姿にロキは不穏なものを感じて後ずさるが、その行動よりも早くフレイヤの手がロキの肩を掴む。掴まれた瞬間――ヒッ!?――っと悲鳴を上げるロキに、感情の篭っていない瞳を向けたままフレイヤは静かに言った。

 

「ロキ。落ち着いて聞いて? フレイが……来たのよ」

 

「よし、全力ですり潰す」

 

 フレイヤの言葉に真顔になり即答で返すロキ。妙に会話として成立していない気もするが、フレイヤとロキの表情を見る限り、お互いに言いたい事が伝わっているようであり、その様子にパイがツッコミを入れる。

 

「理解が早いよ!? どんだけフレイって人嫌われているのかな!?」

 

 パイのツッコミにロキが珍しく真面目な顔をパイに向ける。その仕草からはいつものおちゃらけた様な雰囲気は微塵にも感じられず、むしろ、これほど余裕のないロキを見るのは初めてのパイは、色々な意味でドン引きしていた。

 

「何言ってんのやトビ子!! あんな動く猥褻物陳列罪男を放っておいたらあかん。ウチの子総員して……ああ!? いま主力の皆、遠征中やんけぇ!!?」

 

 そこまで言って、自分の眷属の殆どが遠征に行っている事を思い出したロキが叫ぶ。大体、遠征中で暇だったのでブラブラと散策していたのだ「しもたぁー」と頭を抱えるロキに対してフレイヤが真剣な表情でロキに向けて罵倒の言葉を浴びせる。

 

「このやくたたず!! ロキ! あの男を一刻も早く処分しないと【オラリオ】に平和はないのよ!」

 

 プライドの高いロキに向けられた罵倒であれば、普段であれば険悪を通り越した雰囲気になるものだが、今回は違ったロキはすぐさま顔を上げると、妙案を浮かべたような力強い笑みを浮かべる。

 

「しゃあない、こうなったら他の奴ら巻き込んででもやるで! 主力はいなくとも協力はすんで!! ウチの話術の力を見せたるわ!」

 

「期待しているわよ! トリックスター!」

 

 共通の強敵の襲来? に手を取り合う二人の女神。その光景に呆れ果てた表情を浮かべたパイが呟く。

 

「すごいかな……オラリオトップの二大【ファミリア】が協力関係になるほどの相手なのかな……」

 

「それほどの相手なんだ……」

 

「まじなのかなぁ……」

 

 疲れたようにつぶやくタケミカヅチの言葉にパイも呆れたような声音でつぶやくのであった。

 

 それから、多くの【ファミリア】にフレイが降臨した事を告げた結果、その反応の多くは悲惨ともいえる物であった。、明らかに嫌そうな顔をする者。表情を凍らせて震えだす者。酷い物ならば悲鳴を上げる者も出る始末である。

 

 逆に、少なくない神もロキとフレイヤの説得を受けてなお静観を決め込む者もいた。その中にはヘファイストスとミアハの姿もあった。ヘファイストスは眷属をそんなバカ騒ぎに巻き込みたくないと参戦を辞退し、ミアハは普通に「フレイは確かに変神ではあるが、それなりに道理を弁えている。下手に手出ししない方がいい」と言ってフレイの名を聞いて顔色を青くさせたディアンケヒトと共に酒精香りが漂う街へと消えていった。

 

 それでも、かなりの数の【ファミリア】とその眷属が集まる結果となり、そのままの勢いで【オラリオ】の街を進む。町の人々も突然の騒々しさに何事かと騒ぎだす。

 

 それから少しして、先行していたパイからフレイ発見の一報を受け、最大の大捕り物が開始させるのであった……。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 そんな大捕り物が開始される30分前のこと……。

 

 ベルがそれなりの時間を『ギルド』で過ごしてから不特定の勧誘者の影がない事を確認しながらも、石畳の整備された道を歩いていた。

 

 現在、昼飯時期などの飲食関連のピーク時間は過ぎてはいるが未だに活気の抜けきっていない時間帯、屋台などから香ばしい香りが誘惑してきて、その誘惑を満喫しながらも腹を満たす為にと屋台をめぐっていた。

 

 朝からの騒動が嘘みたいな、平和な時間を満喫していると、前の方からよく知った神物が歩いてくるのが見え、ベルは声をかけた。

 

「神様、いまバイトの帰りですか?」

 

 自慢のツインテールをふよん、ふよんと動かしながら歩くヘスティアもベルの姿に気が付いたのか笑顔で駆け寄る。

 

「奇遇だね、ベル君! 朝からダンジョンに行ってたと思うけど、どうしたんだい?」

 

「えっと……実は……」

 

 ダンジョンに向かったはずの眷属が戻るに早い時間であると疑問に思うヘスティアに、ベルは今朝からの出来事を包み隠さず語り……語り終えた後、屋台で購入した肉の串焼きを手にベンチに移動したベルとヘスティア……そして、苦労したであろう自らの眷属に向けてヘスティアは心の底から同情していた。

 

「勧誘は来るとは思ってたけど、その女装を勧めてくる奴って何なんだい……ボクのベル君はそりゃ女装させても可愛いけどさぁ……」

 

 そう言って串焼きに噛り付く。そのヘスティアの言葉に複雑な表情を浮かべながらもベルも熱を持つ肉にかぶりつく。

 

 やや、色気のない食事風景ではあるがそんな雰囲気をさらに吹き飛ばす事件が二人を襲う。初めに気が付いたのはベルであった。なぜか向こう側からどよめきが聞こえ、どことなく騒がしい雰囲気を感じる。

 

 次にヘスティアが不審に思いベルが向いている方向に視線を向けると道を歩く人々が何かを避けるように道を開けてゆき、そこから内また気味で歩きながらも、股間を膨らませている変態が歩いてくる。

 

「……」

 

「……」

 

 二人は沈黙をもって対応した。ベルは関わり合いになりたくないから、ヘスティアはその変態を知っていたから、二人は示し合わせた訳でもなくお互いに首ごと視線をそらすように俯く。

 

 察しのいい奴であればその行動で声をかける事を自粛するであろうぐらいに露骨な行動であった。しかし、察しも悪ければ空気も読まない神物にとっては全くと言って無駄な抵抗でしかなかった。

 

「やぁやぁ、ヘスティアじゃないか! 隣にいる女装が似合いそうなボーイはキミのボーイフレンドかい? こ☆ん☆に☆ち☆は☆!」

 

 名前で呼ばれた上に親しげに声をかけてきた変態……フレイの能天気な声にヘスティアは小さく舌打ちを、ベルは顔を一瞬歪ませたが、あきらめて顔を上げる。そこにはイケメンとしか言えないような爽やかな笑みを浮かべた美青年が股間を膨らませた状態で立っていた。

 

「……こんにちは……神様・・・・・・僕の見間違いでしょうか? 内股気味で股間をふくらませた変態がすごくいい笑顔で語りかけてきてますが」

 

「大丈夫だよ。ベル君、ボクにも同じ光景が見えるから・・・・・・っていうか久しぶりだね。フレイ・・・・・・ボク、君のこと生理的に無理なんだけど?」

 

 挨拶からの辛辣な言葉を発するベルとヘスティアに対してウインク交じりの対応で返すフレイ。

 

「問題ないさ、俺はそんなヘスティアが好きだからね」

 

「すごいですね。もし僕が同じ事を言われたらへこみますよ・・・・・・」

 

 ベル自身も戸惑いながら呆気に取られるという不思議な状況に陥りながらも、目の前の神を見る。この時点で、話を聞かない系の神物であると理解し始め――そして――

 

「むしろ、膨らむね! 何処がとは言わないけどね!」

 

「「うわぁ・・・・・・気持ち悪い・・・・・・」」

 

 その心の中に若干の嫌悪感すら浮かべる結果となった。

 

 だが、このような公共の場所でこのような変態じみた行為をするほどの剛の者がこの程度で怯むわけもない。

 

「ああっ・・・・・・辛辣な言葉もまた愛情を感じるぞ! そう、しかし少年よ・・・・・・その、気持ちも愛と平和の前には素晴らしいものになるんだぞ?」

 

「すごいですよ! 神様、この人どんな言葉でもいいように受け取っていますよ!」

 

 ひょっとしたら、見習う部分すらあるかもしれない、そう思わせる程度にポジティブは性格のフレイにベルは、ヘスティアに顔を向ける。

 

「はぁ……ベル君。この、フレイはね昔から人の話を聞かないからね。しかも、事あることにボクに……いかがわいくて不埒な事の魅力を語りに来る奴なんだよ……」

 

 げんなりとした様子でジト目になったヘスティアがフレイを睨む。

 

「それって、ただのセクハラじゃないんですか?」

 

「まぁ、それだけならね。ただ、その内容には必ず愛についても語られるから……その……ね?」

 

 そのヘスティアの言葉に何となく言いたいことを察するベル。精神的な愛も、肉体的な愛も、確かに重要な事なのだろう。ハーレムを力強く語る祖父も否定どころか最大限肯定していた。

 

 その度に女性関係で物理的に刺された逸話なども入っていたのはご愛嬌というべきか、男としては賛同したいけど、パイという現実を見たら躊躇してしまう……少年、ベル・クラネルは反面教師による英才教育によって少しだけ大人となっていた。

 

「まぁ……ところでフレイ様はどちらにいかれるのですか?」

 

 これ以上ヘスティアに恥をかかすのも悪いので、強引に話を逸らしてゆく。祖父の話の内容も内容だが、村でのパイとの共同生活の中で女性の機微を察する事を覚えた事がここで生きた結果となっていた。

 

「ん? ああ……そうだ、そこの少年よ。すまんが、『ギルド』の場所を教えてはくれないか?」

 

「ギルドですか……? えっとですね」

 

 そうして、フレイに『ギルド』の場所を伝え……去ってゆくフレイの背中を見送って何とも言えない気分のまま本拠へと足を向けたベルとヘスティアだったが、その足が動く前にまた別の理由で止まることになる。

 

「あっ! ベルにヘスティア!! ねぇねぇ、こっちに変態さん来なかったかな!?」

 

 なぜか其処にいた、『ハンター』の姿に一瞬ベルとヘスティアは顔を見合わせ同時にパイに向けて指を向ける。

 

「ぬぐぁー!? これがさっきのフレイヤさんの気持ちなのかな――! ってそうじゃないのかな! フレイって神様がこっちに来なかったかな? 股間を不自然に膨らませた変態さんなんだけど」

 

「フレイ様ですか? ええ、さっきまで会話していましたけど……っていうかパイさん? えっ? どうしてここに?」

 

 あまりにも普通通りに接してきたのでそのまま対応してしまったベルだが、【大陸】に帰ったはずのパイの姿に戸惑いながら訪ねるが……。

 

「ごめん、ベル。ちょっと急いでいるのかな、そうそう、その変態さんを天界に送還する為に戦力を探しているのかな!! ベルも参加するといいのかな! じゃあ急いでいるから後でね!」

 

 突風のように聞くことを聞いて走り出してゆくパイに呆気に取られ傍観するしかできなかったベルは、首をかしげながらも無言のまま本拠の方角に向けて歩き出す。

 

「べっ、ベル君? その、追いかけなくていいのかい?」

 

 パイを追いかける事無く、本拠の方に踵を返す眷属の少年にヘスティアは声をかけるが、その主神の言葉に対して優しげな微笑みを浮かべながらベルはこう返す。

 

「……帰りましょう、神様……僕達の家に……」

 

 その時のベルは勘のような何かが心にささやいていたと本拠に戻って少ししてからヘスティアに語った――絶対に『ハンター』について行っては碌なことにならない――っと、そしてヘスティアもベルもその勘が正しいのだと後に知ることになるのだった。 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 フレイはヘスティアと別れてベルに教えてもらった道をのんびりと歩いていた。

 

 晴れ晴れとした雲一つない快晴。散策するには最高の気候だといえるだろう。

 

「いやぁ……【オラリオ】っていいなぁ……こんな日と場所では歌いたくなっちゃうな~……ようし! 俺の股間の聖剣が♪ んっ?」

 

 そこで、フレイが怪訝そうに周りを見渡す。先ほどまでとは違う。周りにいた一般的な町民ではなく明らかに武装した冒険者達に囲まれていることに気づく。そしてその中で見知った神物の姿を見つけて声をかける。

 

「おお、フレイヤにロキ。それに、ターちゃん、それにその他大勢の同士よ! もしかして、歓迎に来てくれたのか!!」

 

「その前におどれ、公共の場でなんちゅー歌を歌おうとしとんねん! って、歓迎とかそんなんする訳ないやろが! フレイ! おまんを天界に送還する事に賛成した【オラリオ】の精鋭と神々の集まりや!」

 

 明らかに殺気立った連中を前にしても前向きにとらえたフレイの言葉を真っ向から否定したロキ。さすがにその言葉には若干のショックを受けたのかよろめくフレイ。

 

「馬鹿な……なぜだ……説明してくれ!!」

 

「あんたが、毎回毎回、いらん事までオープンに会話するからでしょ? この馬鹿兄。そういうのって、嫌われるわよ? 遊びのつもりで女神にセクハラするじゃないの」

 

 フレイの問いに対して輪から一歩前に出る女神、フレイヤが呆れたようにフレイに告げる。数人の男神からもそれに合わせて野次を飛ばす。しかし、そんな事を言われてもフレイは特に気にしたよう風でもなく言葉を返す。

 

「そうか? しかし、フレイヤよ……お前、毎回天界にいた時でもそこらの男神とよく寝ていたではないか?」

 

「うわぁ、やっぱり男版フレイヤさんじゃないかな……」

 

 フレイヤと【フレイヤ・ファミリア】の団員達と共に来ていたパイが、白けたような視線をフレイヤに向ける。眷属からも若干の呆れを含んだ視線を向けられやや膨れたまま後方の眷属ににらみを利かせるフレイヤ。その行動にパイを除く全員の視線を逸らすことに成功したフレイヤは、そのまま視線をフレイに向けなおす。

 

「ちょっと!! 黙りなさい馬鹿兄! そういうプライベートな事をいちいち言うから嫌いになったのよ!」

 

 半分は自業自得ではあろうが、とはいえど、このような状況でいうような内容ではないのは確かである。少し気の毒に思ったような憐みの視線を一瞬だけフレイヤに向けたロキも一歩前に出てフレイヤの言葉に肯定的な意見を言う。

 

「せやで、フレイ……おまんにとっては当たり前なんかもしれへんけど、地上の子供からすればどう思われるか、そのぐらい考えや」

 

 ロキの言葉に少し思うところがあったのかバツの悪そうな表情を浮かべ、後頭部を掻くフレイ。少し考えた後、自分の行いを思い出していたのか……フレイヤに軽く頭を下げ謝罪する。

 

「なるほど……すなかった。確かにあまり適切な内容ではなかったようだ……」

 

 そこで、そのまま話が終われば若干の美談で済んだかもしれなかったが、この場所には天然トラブルメーカーがもう一人存在していた。

 

「そういえば、ねぇねぇ、フレイさん……ロキさんにもそう言った話あるのかな?」

 

「ちょ!? トビ子ぉ!? 何聞いとんねん!!」

 

 気になったら聞いてみろ。とでも言いたげに尋ねるパイに、今度はロキが慌てふためく、日頃から人を食ったような態度をとるロキの珍しい狼狽ぶりに他の神々も耳を向ける。

 

「あるぞ!! 天界にいる頃にロキが大層気にいっている神が居てな、バルドルというのだが、そいつの親がかなりの過保護っぷりでな、誰にもバルドルに危害を加えさせられない誓約書を多くの神々に書かせたのだ。しかし美少女、美少年大好きなロキは同時に、いつもゆるふわなバルドルの表情を一度でいいから泣かせてみたい……と言い出してな、あの時の努力はすごかったぞ? 誓約に触れないように超遠距離から機械仕掛けの……ピタゴラスイッチだったかな。それを駆使して、バルドルの頭に林檎を落とす事に成功させ、涙目のバルドルを見て歓喜の声を上げていたな。いやぁ、懐かしいなぁ……なぁ、ロキ?」

 

 語り終えたフレイ。そして、羞恥で顔を朱色に染めたロキの周りの神々の視線がロキに集中する。なんというか、嘗て展開で神同士を殺し合いさせていた過去を持つ女神が、同時にそのような子供じみた悪戯を行っていた事に驚き、そして優しげな目で見つめてくる。そしてついに、限界が来たのかロキはその身を地面に向けて投げだし転がりだした。

 

「ぬぐぁぁぁぁ!? やめぇやぁぁ!! 」

 

 ロキにとっては『黒歴史』を超えた過去をばらされた事による、恥辱に悶絶しながら地面を転がり続ける。

 

 天界のトリックスターの撃墜に場の中でどよめきと動揺が走る。だが、その波も一つの音によって静まる。木剣を地面に叩いた……小さくないが乱暴でもない音が水面に広がる波紋のように浮足立った者達を静めてゆく。

 

「過ぎた存在は毒になりかねない……すまんが、貴様には天界に還ってもらう」

 

 静かに見つめあうタケミカヅチとフレイ。【ファミリア】としては零細であるが、武芸者としてはかなりの実力者である武神の覇気に勇猛である冒険者出さえも空気に飲まれてゆく。

 

「本気……って訳か……いいぜ、ターちゃん。そういうわかりやすいの、嫌いじゃないぜ!」

 

 先ほどまでの朗らかな笑みを浮かべていたフレイも、その趣を真剣なものにしている。そして、内股に挟んでいた鹿の角を取り出しそれを構える。無言の中で、緊張だけが膨れてゆく。吹く風すらも感じる事のない集中された世界の中で、誰かが流した汗が落ちる音――知覚できるはずのないその音――を皮切りにフレイとタケミカヅチが動く。

 

 双方に駆け出し相手と自分の距離感が刃の届く距離に入る刹那の瞬間、まるでその姿が掻き消えたような錯覚を感じる共に行われた縮地による間合いの潰しあい、虚を掴むための行動も、彼らにとっては技能の一つに過ぎない。

 

 片や、武芸の理想とする型。片や、野生の型破りな一種の不自然な軌道から放たれた斬撃が交わり激突する木剣と鹿の角。ぶつかる視線と金属ではない物がぶつかり合う音が戦いの開始を知らせる鐘の音となった。

 

 一瞬の間を置いて、誰よりも早く動いたのは【猛者】であった。主神の命により参上した彼は最初の一太刀のぶつかる瞬間まで動けなかった己の勘の衰えを感じていた。それでも、ほかの冒険者とは比べ物にならないほどの反応の速さであったのだが……その恥を怒りに変えるように、叫ぶようにいまだに動かない者に向けて言い放つ。

 

「何をしている! 奴を打ち倒すのだ!」

 

 その【猛者】。オッタルの言葉に我に返った冒険者達が我先にフレイに襲い掛かるが……。逆に多くの者が同時に動いたことで場が余計に混乱してしまう。

 

 タケミカヅチを援護する訳でもなくそれぞれが勝手にフレイを狙い其々の攻撃を繰り出す冒険者の攻撃を器用に避け続けるフレイ。死角から突きこまれたオッタルの一撃にすら反応して紙一重ではあるが回避する。

 

 その人外じみた生存能力にオッタルの実力を知る者達はそろって恐怖すら感じてしまう。だが、実際には神と言えど肉体は人間と同じ。『恩恵』を受けていない程度の肉体を受肉している状況である。では、なぜこれほどの攻撃にさらされながらもフレイは現存し続けられているのか……。

 

「……っ!? むやみに攻撃を仕掛けるな! 味方の動きを利用されているぞ!」

 

「はっはっはっ! 今頃気が付いたのかいターちゃん!」

 

 そのフレイの言葉を耳にしたオッタルは自らの中で恐ろしい考えを抱く。それは、フレイが常に百は下らないであろう冒険者達の行動を先読み、又は誘導しているという考えであった。だが、それであるならばこの現状に納得が行くと言うものだ。

 

 ある程度の力量があれば似たような事はできる。高度な戦闘になればそのような搦め手を含めた“武力”以外の戦う術は必要不可欠となる。狡猾でありながら思い切りのいる矛盾を抱えた先の技能。

 

「馬鹿な……数名ならともかくこれだけの、それも自由に動く者達をどうやって……うっ、うおおおぉぉぉぉ!!」

 

 想像力を超えた予知に近いナニか、オッタルでさえも踏み込み切れてはいない世界を見せられて高揚する気持ちに気づくが……それを認めた瞬間にオッタルの中で何かが瓦解する――それを拒むかの如く、若い頃に戻ったような気持ちのまま剣を振るう。

 

 実質――フレイが行ったのは場の調整であった。むしろ彼にとっては雑兵の類であろうと波のように来られれば対処のしようもない。しかし、この場で最も警戒する強者が、最大の力を出せない状況に常にする事こそが今の状況であるといえる。

 

 むしろ強者故に敵味方問わずぶっ飛ばすような……それこそ無粋な戦い方をしないであろうという前提こそが基軸であり、自然に動きを阻害するように動いているだけでしかない。

 

 おまけに、一対多数であろうと、実際に攻撃に移れるのは四方が限界である。持つ獲物によってはそれ以上の数でも可能だが、このような乱戦じみた場所ではそれも望めない。

 

(さてさて、それに気付いているのはターちゃんぐらいかな? さて、冒険者諸君。もう少し俺を愉しませてくれよ?)

 

 フレイが眺める先に渋い顔を浮かべたまま冷や汗を流す友神の姿に内心でほくそ笑みながらも、フレイは余裕のある立ち振る舞いのまま多くの攻撃をさばいていった……。

 

……

…………

………………。

 

 何とか、戦場が落ち着いた頃には最高位の冒険者数名による四方からの攻撃が最も効果的だと、全員が理解し、勝利のその瞬間は確実に近づいていた。オッタルを含めた【オラリオ】の最高戦力とその周りを取り囲んだ冒険者達……もはやフレイに勝機はないように見える。まさしく、玉の周りをすべての敵の駒で覆った状態である。

 

「ぜぇ……ぜぇ……さぁ、ここまでだ! フレイ! 大人しく天界に還ってもらうぞ!」

 

 長い間の激闘で肩で息こそしているが、気合のこもったタケミカヅチの言葉に多くの神と眷属である冒険者に包囲されたフレイ。明らかに彼は詰んでおり。勝機はない・・・・・・ように見えた。

 

 しかし、そのような状況であるというのにフレイの顔に浮かんだ――球のような汗が流れ、軽傷ではあるもの小さな傷も存在している物の――表情には余裕があり、不敵に笑ってすらいる。そして、その笑みを浮かべたままフレイは言う。

 

「所で……君たちは、いったい、いつから……私が、“勝利の剣”を所持していないと……錯覚していた?」

 

「「「「なん……だと……」」」」

 

 フレイの言葉に主に神々が顔を青ざめさせ後ずさる。多くの冒険者も何処か不安げな表情を見せる。そんな中フレイは下半身をもぞもぞと手探りで探し・・・・・・装飾の施された剣を取り出し・・・・・・そして・・・・・・

 

 ――その時、不思議な事が起こった――

 

……

…………

………………。

 

 微かに戻った意識を懸命に辿り寄せ、【猛者】は己が地に伏している事に気づく。急ぎ立ち上がろうとするがうまく力が入らずに指先すらも満足に動かせずにいた。

 

(――いったい、何があったのだ?)

 

 最後の記憶では敬愛する主神と共にフレイという神を打ち倒すため、多くの冒険者と共に包囲し明らかな勝利を飾るはずだった・・・・・・。

 

(――そうだ……確か……フレイが剣を抜いた瞬間……っく、ここまでしか思い出せない……)

 

 数秒してから漸く身体に力が戻り、よろめきながらも立ち上がったオッタルが見たもの。それは、【オラリオ】のほぼ全勢力が地に伏している。壊滅状態の光景であった。呆然と見渡していると敬愛する主神が倒れているのを見つけ急ぎ駆け寄る。やや煤などがついているが命の別状はなく、気絶しているだけのようである。周りをよく見て、聴けばそこらじゅうからうめき声が聞こえ。全員が“気絶しているだけ”であることが分かる。

 

 やや離れた場所で、パイと思わしき人物と白猫が瓦礫に上半身を突っ込ませ器用に足を直立させた状態でいてる。まるでそう言う植物の類のように見えるから不思議である。

 

 先ほどの戦闘の時はパイの姿が見えなかったが……恐らく、身長とごった返した冒険者の波に埋もれていたのだろう……むしろ他の冒険者よりも酷い扱いなのが見ていて切ない気持ちにさせられる。

 

 それはともかく、これが、神タケミカヅチが言っていた“ちーと”の効果なのだろうか……まるで狐につままれたような気分にオッタルは珍しく、困惑した顔で己の頬を引っ張るのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 『ギルド』。その奥に『ギルド』の創設者である神、ウラヌスがいる。ウラヌスは祈祷の最中に現れた気配に気づくと祈祷を止めて、この祭壇に近づく者を待つ。目の前に現れた神物を一瞥したのち、明らかに目を反らす。そんなウラヌスの動作に気づいてか気づかずか、フレイはイケメンスマイルを展開しながら語りかける。

 

「やぁ、ウーちゃん! ひさしぶり! 元気だったかい! いやぁー。さっき皆から天界に帰れって言われちゃてさ。いやぁ、冒険者って強いねぇ! 正直モロに攻撃受けてたらタダじゃ済まなかったぜ! それで、さっき“勝利の剣”で切り抜けてきたんだけど、お願いがあった来たんだ。私のファミリア……【フレイ・ファミリア】を作りたいんだ!! 許可をくれないか、ウーちゃん!」

 

 まるで機関銃の如く言葉を放つフレイに、ウラヌスは疲れたようにため息を吐く。そして、重要なことを今か今かとまっているフレイに向けて告げる。

 

「別に【ファミリア】の申告ならこのような所に来ずともできる。それよりも……気のせいか、勝利の剣を使ったとか聞こえたのだが……馬鹿なのか? 来て早々で知らなかったかもしれぬから。今回は不問とするが……今後【オラリオ】での神威の無断使用は禁止とするぞ……あと【ファミリア】結成には眷属が必要だということは知っているだろうな」

 

「……Oh……そうなんだ……了解した。そういうえば、私は未だ眷属を一人も作っていなかった……では、ウーちゃん! 眷属見つけたらまた来るぞ!」

 

「いや、だから、別に此処に来なくても……はぁ……」

 

 ウラヌスは疲れたよう眉間を揉み、気を取り直して祈祷を再開する……が、直ぐに祈祷を少し緩めて、深いため息を吐く。また面倒な輩が増えた事に痛み出す頭を抑える。余談だが、『青の薬舗』に頭痛薬と胃薬が常備されるようになるのはこの少し後の事であり『ギルド』の関係者が定期的に購入する光景が見られるのであった。

 

 そして、【オラリオ】全土を巻き込んだ今回の騒動のせいと、フレイの持つ、変態性が非常に強い痴態を見た街の人々の反応はかなり悪く――結果、フレイが眷属を得るまで数年の月日が必要になるのであった。

 

 




これ以降のフレイの“ちーと”は出しません。やり過ぎた感がすごいのは自覚しています。
書きたかったのは「えらくぶっ飛んだ奴が来た」と言う部分だったのではっちゃけさせて貰いました。
普通にいい神なんですが。一応いくつかの情報をやや湾曲させてもらった上に、そこにロクでなし感と残念なイケメンを足して、こうしたら変態っぽくて面白いんじゃないかな? という残酷なキャラ付けしたのがフレイという神様のキャラクターとなった訳です。


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第二章 『石橋を叩いて渡るって言葉があるけど、体重以上の衝撃は無理じゃないかな?』?』

ちょっと短めです。
あと、ちょっと展開早めにしています。


 

 医療系【ファミリア】の一つ。【ミアハ・ファミリア】は眷属二人という零細ファミリアである。

 

 嘗ては中堅の【ファミリア】ではあったが、ある事情で多くの眷属が脱退し現在の眷属の数は団長であるナァーザ一人と、今までは細々とポーションを作る日々が【ミアハ・ファミリア】の日常であった。

 

 しかし、半年前に新たに加入した新星によって【ミアハ・ファミリア】の懐事情は大きく改善され、団長である犬人族のナァーザは独自の今までにない画期的なポーションの製作に乗ろうとしていた時の事だった。いつもの眠たげに見える瞳に珍しくやる気を漲らせ、栗色の髪を邪魔にならないようにカチューシャで固定した瞬間、店内に誰かが入ってくるベルの音が耳に届いた。

 

 やる気に水を差された気分を感じつつも販売カウンターに向かいながらナァーザは――ふと、思い出す。今日は主神であるミアハは出かけており、店内には誰もいないはずであった。そして、ポーション製作の為に調合に集中できる環境にする為に看板には『準備中』の札がかけていたはずだ。

 

 だが、顔なじみなどが来た可能性もある。気を取り直して店先に出ると、そこにいた意外な人物に明らかに気分が悪くなり、そして、それに比例して態度を悪くする事が彼女の中で決定した。

 

「ひどい、仏頂面ですね。ナァーザ」

 

「借金の取り立てなら今月分はもう返したはず……それとも猫かぶるのやめて、さらにむしりに来たの?」

 

 そこにいたのは、青みがかった銀髪の美しい娘であった。【聖女】の二つ名を持ち、ナァーザと同じく医療系の【ファミリア】に所属している治療師である。アミッドが其処に居た。【ディアンケヒト・ファミリア】で【聖女】の二つ名を持つ彼女の在籍する【ディアンケヒト・ファミリア】は同じ医療系と言えど、その規模は大きく違う上に、ナァーザはアミッドを毛嫌いしている節がある。現にナァーザから放たれた一言は鋭く、そして辛辣な物であった。

 

「貴女と口喧嘩をする為にここに来たわけではないです。ナァーザ、単刀直入に話を進めましょう。今すぐに多くのポーションが要ります。先ほど、街の西で大規模な戦闘があったようなのですが、多くの冒険者が負傷している状態です。そして、【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が作戦に参加した冒険者の治療のためのポーションを要求してきましたが。残念なことに【ディアンケヒト・ファミリア】だけでは規定量を確保できませんでした。請求などは後にどちらかの【ファミリア】にすればいいそうです」

 

 純粋なビジネスの話に一瞬だけナァーザは考え込むが、すぐに目の前の人物が医療に関しては実直であることも思い出し、しぶしぶ頷く。

 

「……わかった、今あるポーションをかき集める……運搬はどうするの?」

 

「そのあたりはお互いに不本意でしょうがこちらから人員を出します……急ぎましょう」

 

 そういって、踵を返すアミッドの背中を見送ると、ナァーザもまたポーションの準備を始めながら思う……。

 

 絶対に、今回の騒動に『ハンター』が関わっていると……勘の域ではあるが確信めいた物を感じながらも、先ほどのストレスと新型ポーションの開発が遅れた不満をぶつけようと心に決めたのであった……。 

 

……

…………

………………。

 

 後に『変態神事件』と呼ばれるフレイの討伐失敗から三日が経った快晴の日の事、【オラリオ】に戻ってきたパイの姿が【ヘスティア・ファミリア】の本拠である廃教会の地下室にあった。パイの他には【ヘスティア・ファミリア】の主神。ヘスティアとその勇逸の眷属であるベル・クラネル。そして、リリルカ・アーデとヴェルフ・クロッゾの姿もある。ただでさえ狭い空間に5人を詰め込めばさらに狭く感じるだろう、特に大柄な部類にはいるヴェルフなど肩身が狭そうにしている。

 

 そんな中で、一人立ち上がり自らの現在の境遇を語るは『ハンター』のパイ・ルフィルであった。【大陸】に帰還した後の事をベル達に説明はほとんど終わっており、最後の締めくくりに入ろうとしていた。

 

「まぁ、そう言う訳で【大陸】に戻って愉快痛快ハンターライフを送ってたんだけど、また戻ってきたのかなー! 今度は『モドリ玉』も所持してるし、念の為に本拠の金庫の中にもいくつか常備してるから、これでこちらに来ても帰りの心配をしなくてもいいのかな!」

 

 明るくそう告げたパイの言葉に残りの四人が納得したように軽く頷いた。

 

「しかし、トビ子も不思議な体験を連続でしすぎだろ……【大陸】に戻って数か月も経ってこっちに帰ってきたのに、俺達からすればまだ一週間とちょっとしか経ってないんだからな」

 

 赤毛が特徴的な青年、ヴェルフが苦笑気味に言う。以前の別れからあまりにも日にちが経っていないので拍子抜けしたような気分も感じていたが、それでも再会を喜んでいる一人でもあった。

 

「それにしても、驚きましたよ。リリは町中が騒がしいなって思っていましたら、ナァーザ様達がポーションを大量に持って西の方角に駆けていかれて……気になって追いかけてみたら、死屍累々の地獄絵図……しかも、白目向いて失神しているパイさんをなぜか首根っこ掴んで振っていたのですから」

 

「状況だけ聞くとさっぱりだね……ボク達があの場から離れた後に一体何があったんだい……?」

 

 先日の凄惨な事件の内容は【オラリオ】全土に伝わっており、ヘスティアとベルもすべてが終わってから概要だけは知っていたが気になるので当事者であったパイに尋ねるが、そのパイも眉間に皺を寄せて考え込み。

 

「いやぁ、別に……っというか私にも最後の方はさっぱりなのかな。とりあえずロキさんやタケミカヅチさん、フレイヤさんと色んな【ファミリア】と協力してフレイさんを追い詰めたんだけど、そこで乱戦になっちゃってさ……ほら、私の身長じゃ前に出る前にもみくちゃにされちゃって……気が付いたらシロ共々地面に埋まってたかな」

 

 自分でも状況を理解できてない事を告白すると、それを聞いていたベル安堵の表情を浮かべながらヘスティアに語り掛ける。

 

「さっぱりですが、それがそのフレイ様の力ってことですよね? ほら、神様。あのときに離れておいて正解だったでしょ?」

 

「この師匠不幸者ー! 普通について来ている思ってたのに……それだったら逃亡なのかな! 敵前逃亡なのかなー!」

 

 とてもいい笑顔でヘスティアへと語るベルに、パイはベルが参戦していなかった事に対して理不尽な怒りの矛先を向ける。しかし、多くの理不尽かつ痛い目にあってきたベルも遺憾の意を示す様に反論する。

 

「人聞きの悪い言い方しないでくださいよ! 親不孝者なら聞いたことありますけど……それに、どちらかと言えば戦略的撤退ですね」

 

「ベル君の場合は危機回避能力に磨きがかかってきているんじゃないのかい? 君の師匠のおかげでさ」

 

 二人の会話を聞いていたヘスティアが苦笑まじりに言うと、パイがヘスティアに顔を向けて少し考える仕草をした後に納得したような表情を浮かべる。

 

「ああ……なるほど、ならば仕方ないのかな……そうかぁ、危機回避は重要なのかな」

 

「パイさん……見事にヘスティア様に丸め込まれていますよ?」

 

「トビ子の奴、すごく都合のいい風に納得したな……」

 

 そのまま目を閉じてウンウンと頷くパイにリリルカは苦笑、ヴェルフはあきれ顔でつぶやく。その時、ヘスティアがふと、思い出したかのようにパイに尋ねる。

 

「そういえば、さっき、リリ君が現場でナァーザ君がトビ子君の首根っこを掴んで揺らしていたって聞いたけど。それはどうしてなんだい?」

 

「ああ、なんか……トラブルが起きた時は大半の場合、私が関与しているらしくてね。とりあえず、私を尋問したら早いって風潮がすごいらしいのかな」

 

「「「「ああ……そういう事……」」」」

 

 パイの説明を聞いた瞬間――パイを除いた理由に心当たりのある四人は――目を閉じて軽く首を縦に振る。その様子を見たパイは嫌そうに顔を歪ませる。

 

「……深く聞くべきではないんだろうけど、その反応はどういう意味なのかなー?」

 

 ジト目で尋ねるパイの姿を全員が見た後にそろって肩をすくめて応じる。その対応に対して不機嫌になりながらも

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 ベル・クラネルのダンジョン攻略はそれなりに早い時間に開始される。何事にも適応される事ではあるが不特定多数の人間が出入りするダンジョンにおいて、込み合う時間や、逆に人気の少ない時間と言うのも存在する。ベルもどちらかと言えば人気の少ない時間を好んで入る冒険者である。彼の場合は農村での生活で身に付いた早起きが基軸になっているためであるのだが、人が少ない方が稼ぎを得やすい事もあるし、仲間も特に朝が弱いと言うメンバーが居ないので、ベルのパーティーのダンジョンに入る時間は日が出始めて間もなくと言ったほどに早い。

 

 ダンジョン内部において理屈は不明だが、微量な光量が確保されている所が多い。その結果、時間の流れがマヒしやすくなって想定以上の時間を探索に費やしてしまうケースも多い。それが上層から中層となればなお顕著に表れる。

 

「今日から中層の攻略だけど、サラマンダーウールの方は大丈夫?」

 

「妙な紛い物をつかまされていない限りは大丈夫だろ……その辺りは目利きの効くリリ助を信用しているさ」

 

 十二階層への入り口で確認の為と言う意味で尋ねたベルの言葉に後ろで待機していたリリルカとヴェルフはそろって首肯する。以前、パイと一緒に潜ったときに購入していた火に対する防御性能が高い装備。サラマンダーウールを追加で二着購入しており、それらをリリルカとヴェルフに手渡していた。パーティーでの共通財産での購入とパイに毒されたと思われているベルの為と、過剰を超えて脅しに近い言葉と共に手渡された渡された割引券は実にお財布事情的な意味でそれを譲渡してくれたアドバイザーのエイナへと感謝しながらもベルは普通の気遣いと言うのに静かに心の中で涙を流した。 

 

 攻撃の種類、幅が劇的に変わってくるのも中層からであり、特にヘルハウンドの火炎を乗せたブレスに焼かれるなんてあってはならない。中層での死因の上位に食い込むでありパイのように受けて平気なのが異常であると、その程度の常識はベルの中に存在していた。

 

 その他にも、アルミラージやミノタウロスなどのモンスターも馬鹿にはできない強敵であることも確かである。いくら強大なミノタウロスの強化種に打ち勝てたと言えど、数の暴力の前に敗れ去る可能性も十二分にある。気を抜いて潜るなどもっての外であるだろう。

 

「そのあたりは抜かりなく……それと、“怪物進呈”を意図的にしてくる冒険者様も居ます。万全の体制を維持しつつ進んでいきましょう」

 

 安全面での確認を済ませた上で、危険性の高い可能性を口にするリリルカの言葉に頷くベルとヴェルフ、慣れてきたパーティーとは言えど初心を忘れていない心強さに浮かび上がる笑みを堪えながらもベル達は中層へと歩を進めるのであった。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 【タケミカヅチ・ファミリア】は零細のファミリアである。

 

 そのメンバーは極東から【オラリオ】へと移住した馴染みの者達で形成されており、その仲間意識は強く、武神の指導による武芸の腕前は高く、それぞれの獲物を持って戦う姿は勇猛でありながらも鮮やかさを感じさせる。 

 

 だが、そんな華のある動きとは縁遠い……駆ける足も酸素を取り入れる為の息遣いすらも、鼓膜に届くたびにうるさく感じる。日頃の修練で足音を極力立てずに走る訓練は受けているにもかかわらず、慣れない危機的な状況での逃走に、いつも以上に体力を消耗している事に理不尽とも言える苛立ちを募らせる。

 

 何回も通ったダンジョン内の出口が遠く感じるのは焦りのせいか……高くなる体温に比例して背負った仲間の体温が失われていくような錯覚と戦いながらも、駆け出してからどれほどの時が経っただろうか、常時の状態で感じていた感覚はもはや役に立たない。あるのは必死に生き残るために駆け抜ける意志のみだ。

 

「桜花殿、追いつかれる!!」

 

 張りのある、凛とした声音を緊張で張り詰めさせながらも告げた仲間の警告に振り返ると、それなりの距離を稼いでいたと思っていた事を嘲笑うかのように距離を詰められている事がわかった。振り返った事でようやく立ち止まった桜花達に追いついたモンスターの群れが追い付き、対峙する形となる。

 

「……っく!? 命、ここで迎え撃つしかない……」

 

 背後に背負った兄妹のように過ごした仲間が急激な緩急によって苦し気な声を上げる。明らかに重傷である彼女。千草の危険な状態であるがこのまま逃げ切れるとも思えない。

 

 最悪、他のパーティーにモンスターを擦り付けてでもパーティーを生存させる。人道として間違った事と理解つつも悲痛な覚悟を決めようとしたリーダー。桜花・カシマの背後、そこから緊迫した状況には不釣り合いな声を掛けられる。

 

「あれ? 桜花に命さん? ……どうしたんですか? ほぅわぁ!? 千草さん!? 酷い怪我じゃないですか!?」

 

 振り返った。桜花の視線の先に居たのは、それなりの時間を階層で慣らしていたベルのパーティーだった。今一つ状況を理解しきれていないであろう何処かとぼけた顔を晒しているベルだったが千草の重傷に気付くと慌てた様子を見せる。

 

 桜花はベルの姿を見て同時に、パイの事を思い出す。タケミカヅチに模擬戦の相手として、破格の報酬での依頼と言う形で出会った『ハンター』と名乗る彼女だったが、その実力と搦め手を混ぜた戦術には最初の頃は手を焼かされ、いくつかの苦渋を飲まされる体験をした。敗北をいくつも重ねる内に対策を取って行こうとしてもその更に斜め上の戦略で攻めてくるパイによる模擬戦は――結果としては桜花達にとって有意義な物となった。

 

 そんなある日にパイから紹介されたのが目の前に現れた少年であった。お世辞にも見た目では屈強そうに見えないベルの姿と、自慢の弟子と語るパイの言葉に若干の陰鬱とした感情を持っていた桜花は稽古として一対一の模擬戦を仕掛け……そして、嘗めてかかっていった結果、桜花はベルに見事に敗北した。

 

 桜花自身が弱い訳ではなく、純粋に一撃に趣を置く武芸を主にする桜花と、相手の動きに合わせて回避とカウンターを狙いつつ手数の多さで戦うベルの相性の問題であった。

 

 その後も桜花の敗北で興が乗った団員たちがこぞってベルに戦いを挑んだが、その中でも一番粘ったのはベルと同じく技量を重んじて戦うタイプの命だった。桜花も気合いを入れなおして挑んだものの勝率は未だにベルの方が高い。桜花達の強みはチームで戦う連携も含まれているので個人の実力だけが全てではないが、明らかの技能の上のベルに敬意を持って接し、ベルも謙虚な姿勢での付き合いを重んじる類の人間性であった為、彼らの付き合いは期間としては短いながらも良好であった。

 

 そんな思わぬ伏兵に向けた視線をいったん外し、未だに向かってくるモンスターの群れを一瞬見た後に、残ったメンバーと顔を見合わせ、メンバーの代表として桜花と命は恥も外聞もなく叫んだ。

 

「「助太刀を要求するぅぅぅ!!」」

 

 この間、一瞬である。

 

「はい? ――っ!? わかりました、リリ!! けが人をお願い、ヴェルフは二人を守って!」

 

 急な知り合いからの救援要請に頓狂な声を上げたベルだったが桜花達が対峙しているモンスターの数を見て瞬時に気持ちを切り替え、桜花達と肩を並べる様に前に立つ。後ろからついてきたヴェルフも状況を把握した後に戦闘準備を済ませる。

 

「その方を降ろして下さい。治療します」

 

 状況判断をずばやく済ませたリリルカが、すぐに桜花に背負われていた千草の負傷を治療に取り掛かる。意識が朦朧としていた千草が舌などを噛まないようにと、慣れた手つきで布を噛ませると背に突き刺さっていた斧型の天然武器を力任せに無理やり引き抜く。急に来た激痛に千草が苦悶の声を上げるがそれを無視して所持していたハイポーションを傷口にかけ、残りを千草に飲ませる。

 

「パイさん印のハイポーションですよ。少しはけだるいかもしれませんがすぐに良くなります。あっ、運ぶのは面倒なんで、気絶はしないでくださいね」

 

「うっ……うん、ありがとう」

 

 傷が癒えたと言っても残っている痛みに顔を引き釣らせながらも答えた千草を背にして、リリルカは立ち上がると巨大なハンマーを構える。その横をヴェルフも隣に立ちながらも奇襲を警戒する。 

 

 だが警戒する二人が心配する事無く、前方に展開された前衛の活躍によってモンスターの数は明らかに減らされていった。独特の戦闘スタイルを持つベルが先行して乱戦を仕掛け、連携が崩れた部分を他の【タケミカヅチ】の団員達が殲滅させてゆく。その流れのままでしばらくは拮抗していたが、動けるようになった千草による援護と、陣形を組みなおしたヴェルフとリリルカの前線への戦力投入によって多くの時間を掛ける事無く殲滅に成功する。

 

 そのまま、綺麗に終われば美談になろう物だが、そこで終わらないのがベル・クラネルである。

 

 師匠譲りのトラブルメーカーは最後のヘルハウンドに現在彼が使える最高の技を持って向かう。飛び掛かるヘルハウンドに迎え撃つ形で放つ。【天翔空破断】と呼ばれる『双剣』による狩技の一つである。段差などを利用して飛び掛かると同時に無数の剣劇で切り刻み、着地の瞬間に発生する衝撃を乗せた斬撃を放つ技である。見事なまでに決まったソレは最後に残ったヘルハウンドを灰へと還すとそのまま大きく音を立てて着地した。

 

 武器をしまう事は無いが少し警戒を解きながら近づくヴェルフとリリルカ。周りにモンスターの影がない事を視界を動かしながら確認し終えたベルも気を若干抜いた状態で二人を出迎えようとした……その瞬間、異音と共に丁度三人が集まった部分の床が――綺麗に抜けた。

 

「……えっ?」

 

「……は?」

 

「……おや?」

 

 床が抜けるとは想像もしていなかった三人はそれぞれに間抜けな声と表情を晒した後に重力に導かれるように落下する。悲鳴を上げながら姿を消したベル達を遠目で眺めていた桜花達は、余りにも滑稽な一瞬に反応を示す事無く数秒眺め……。

 

「「「べっ!? ベル殿ぉぉぉぉぉぉぉ!!?」」」」

 

 真っ白になった頭の中でどうにかベルの名を叫ぶ事しかできず、真っ先に正気に戻った千草の声掛けによって急ぎダンジョンを出て、主神に指示を仰ぐべく走りふけるのであった……。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 ――音が聞こえる――

 

 それは息遣いであり、布のこすれる音であり、小さな固い欠片が地面に落ちる音であった。幸いなのは獣の唸り声の類が聞こえない事であろうか、確かに生命活動を行う上で必要な聴覚が生きている事を感じながらもベルはゆっくりと目を開ける。

 

 短い間だったが気を失っていたベルが意識を回復させると其処は見知らぬ場所であった。壁などの雰囲気から今だにダンジョンの中であるとはわかるが、何となく先ほどまで居た階層とは違う雰囲気を肌で感じていた。

 

 落下時に服に付いた細かい小石や砂を落としながら立ち上がる。意識をハッキリさせようと頭を振った所で一緒に落ちた仲間の事を思い出し、すぐに周りを見渡す。

 

「リリ!! ヴェルフ!!」

 

 暗闇に目が慣れてきたのか、薄暗い物の最低限の視界を確保出来た頃……その視界の範囲にリリルカとヴェルフの姿を見つけ駆け寄る。二人を軽く揺すると軽く呻きながらも閉じられた瞼が動く。どうやら命に別状がなかったのかすぐに目を覚ましたものの二人は苦悶の表情浮かべる。

 

「どうにか生きてるみたいだな……しかし、まずいな、俺は足を……リリ助は右手を負傷しちまったか……ベル。リリ助……ポーションはどうだ?」

 

 意識が戻ったと同時にヴェルフは左足を、リリルカは右手が思うように動かせない事実に気付き毒づく、軽く見ても骨折しており同時に回復の手段であるポーションの類が全て容器ごと破損していた。

 

 回復手段がない状況で現在地の確認もできない。冷静に考えれば考える程に生存が難しいと悲観するだろうが、彼らとて修羅場をくぐった経験のある冒険者である。最低限の応急処置と共に手早く荷物を整理し、少しでも生存率を高める為に現状の再確認とこれからの事を話しあおうとした時、リリルカがおもむろに異臭の放つ香り袋を取り出した。

 

「リリ? それって臭い袋? 結構ひどい匂いだね」

 

 そのアイテムの正体を知っていたベルがやや顔を歪ませて尋ねる。だが、その質問に対してリリルカはそっけなく聞こえるような声音で返す。

 

「我慢してくださいベル様、ヴェルフ様も……いま、まともな回復手段もなく武器もまともに振れない、足が動かせない。満足に戦えない。そんなお荷物が二人もいる状況なんですよ? 文句言わないでください」

 

「ごっ、ごめん……でも、なんだろ……そんなに苦にならないというか……うん?」

 

「これでか……ベル……お前、嗅覚が変になっているんじゃないか?」

 

「……実は、リリもそこまで酷いとも思えないんですよね……なんででしょうか」

 

 状況を読まない発言をしたと謝るベルだった、その時に不思議な感覚を覚える。強烈な臭気に顔を歪ませたヴェルフが信じられない物を見たようにベルリリルカを眺める。不思議と匂いに対して耐性のある事に不思議に思うリリルカとベル……そして、その正体に気づいた時に二人の顔色は最悪なぐらいに青ざめる。

 

「畑……堆肥……異臭……うっ!? 頭が……頭が痛い!!」

 

「路地裏……暴行……激臭……うっ!? 頭が……ついでに鼻が痛い!!」

 

「!? お前らどうした!! 急に青ざめて頭抱え込むとか……なにかトラウマ……ああ、【アレ】か……」

 

 臭い袋の臭気よりも遥かの強烈な【アレ】を思い出して、それぞれに頭を抱えるベルとリリルカ。ベルは村の居た頃に堆肥代わりに使われた経緯から、リリルカに関しては出会いの一発と……至近距離でさく裂した一撃に気絶した過去を持つ。

 

「はぁ……はぁ……もっ、もう大丈夫……」

 

「ふぅ……ふぅ……りっ……リリも大丈夫です」

 

「……本当に大丈夫か? 二人とも生まれたての小鹿みたいに膝が震えているぞ?」

 

 いまだに青ざめた顔のまま気丈にも笑みを浮かべるベルとリリルカの姿にヴェルフは不安を覚えながら語り掛ける。しかも、ベル達の顔には冷や汗が大量に浮かんでおり、大丈夫と言う言葉がこれほど信用ならない場面と言うのも珍しい――っと心の中だけでつぶやく。とはいえど、足の負傷したヴェルフが、この中で一番足を引っ張ている。そんなヴェルフを軽々とバックパックに乗せる。

 

「おかげで大分マシになりました……それにしても、このアイテム……使えばモンスターが寄ってこなくなるんですけど……アレにも同じ効果があるんでしょうか?」

 

 リリルカの言葉に誰もが何も言えなくなる。試すのにも度胸の居る案件な上に、結果としては現状と同じかそれ以上の悪臭の中で行動しなければならないという事になる。できればその様な事をしたくはないというのが本音であった。

 

「とにかく、リリには悪いんだけどヴェルフの事お願いするね……敵は、僕がどうにかするからいいとして……この後どうするべきだと思う?」

 

「それに関しては、リリに考えがありますよ。ベル様。ベル様が先ほど使った技の威力によってこのように先ほどの階層よりも下層に落ちた訳です。ベル様の技が見事に地面に穴をあける程の威力だったので……それで、体感的にも二~三階層ほど落ちたと思われるでしょう……この状況で地上に戻る為になれない探索を続けるよりも距離の短い十八階層を目指す方法を取りたいと思います」

 

 まるで、大事な事だと言いたげに二度も強調されたベルの失態に苦々しく項垂れるしかないベル。彼は心底反省したように気落ちした声で謝る。

 

「……すごく……申し訳ありませんでした……なるほどね、さっきまで十三階層だったから今は十五から十六階層だとしたらそっちの方が早いって事だね……でもなんで十八階層?」

 

「俺も行ったことはないが、十八階層はいわゆる迷宮の楽園と呼ばれる安全圏がある場所らしいぞ?」

 

 迷宮の中にある安全圏。ベル自身はその存在を知識としては持っていた。そして、リリルカの話はそこで終わることなくさらに続ける。

 

「そして、十八階層に到着後は他の冒険者に同行する形で地上に戻るか……もしくは体力などを万全にした後に脱出を図る。これが、現在のリリ達の状況的にも生存率が最も高い方法の一つだと思います……判断は、ベル様に委ねます」

 

「……行こう……十八階層へ……ここで立ち止まっているよりも臭い袋の効果がある内に少しでも長く移動しよう」

 

 リリルカの合理的な判断にベルも頷き、進むことを決める。足の負傷したヴェルフをバックパックの上に乗せたリリルカとそのバックにヴェルフを紐で固定させてゆく。文字通りの持つのように背負われたヴェルフは、複雑そうな表情を浮かべていたが状況が状況なので黙って担がれてゆく。

 

 先頭をベルが進みながら薄暗いダンジョンを進む……どこからなく感じる気配に不安が溢れてくるが、同時に仲間と必ず生きて帰る。その使命感がベルの中で闘志が湧き上がってくる。そのまま進んで行くが。上層に比べて中層は広く、マップを所持していないベル達は手探りでの散策を余儀なくされた……。

 

 闇が深い場所を道しるべもなく歩き続ける。安全である保障はいつまで続くかわからず、その保証がどこで破綻するかも予測できない中での散策は確実に三人の精神を蝕んでいった。慎重に行動した結果、想定よりも時間をかけてしまい。最後の臭い袋の効能も切れてしまう。効果が切れた物を捨てて、愛用の『リトルバリスタ』に矢を装填するリリルカは固定されていると言え、未だに痛む右手の痛覚に顔を顰めながらも残る二人に告げる。

 

「ベル様。ヴェルフ様……これで、リリ達を守るものは無くなりました。覚悟は良いですか?」

 

「うん、ヴェルフはヘルハウンドの牽制を優先して、リリはこんな状況で悪いんだけどバリスタで支援して欲しい……僕は、道を作る!!」

 

 効果が弱くなるにつれて高まる気配と獲物を貪ろうとする意思が、丸腰となった三人への視線越しに突き刺さる。唸り声がそこらから聞こえ、明らかに多くのモンスターに囲まれている状況である。しかし、そのような状況であっても三人の顔に恐怖はない。

 

「任せろ、ベル。まだ精神力には余裕があるからな……リリ助、落としたりしないでくれよ?」

 

「念の為に持ってたコレを主力で使う日がくるなんて、冒険者してると何が起こるかわかりませんね。あと、矢の代金は後でベル様に請求しますよ? 回収するような暇はないと思いますしね」

 

 冒険者は冒険を繰り返す度に理解する。繰り返す日々の中でさえも同じ日はないのと同じく、繰り返す冒険に同じときは存在しないと……そして。冒険者であり続ける限り、あきらめる最後の瞬間まで冒険をし続けるであろう。

 

 次を繋ぐために足掻くならば、そこに恐怖心など入れる隙間など存在してはならない。慢心にも近い無責任な自信は軽口となって出てくる。其々に口角を上げてベル達を餌としてみる怪物達を睨みつける。

 

 命を守る事で明日を生きる為に安全を確保する事が「冒険者は冒険してはならない」という格言を作ったとするならば、命を懸ける事で未来へ進む事を足掻く行為は「冒険する」事になるだろう。

 

「――来るよ!」

 

 一寸先の闇の中から赤く光る眼光が揺らぎ、飛び出してきた獣――ヘルハウンドを低い姿勢のまま間合いを詰めて左手で抜き放たれた『雷鳴刀』ですれ違い際にヘルハウンドの首を切断する。急所の首を狙い高い位置に飛び上がったヘルハウンドの死骸の影からさらに追撃を加えようともう一体にヘルハウンドが襲い掛かるが、その瞬間に右手を突き出した姿勢のベルが必殺の呪文を唱えていた。

 

「ファイアボルトっ!!」

 

 閃光と共に爆ぜたヘルハウンドの遺骸が地に落ちる音が響く。その音をかき消す勢いで我先と動き出した多勢かつ複種類のモンスターがベル達に襲い掛かる。

 

 ベルの得意とする戦い方である相手の攻撃に合わせてカウンターを決める戦い方はしない。その代わりに、手数の多さと動きの速さを利用した乱戦へと持ち込んでゆく。ヴェルフを担いでいるリリルカの周りを円を切る様に旋回しながらも確実にモンスターの首を刈り取ってゆく。一瞬、その凄まじさに息をのんだリリルカとヴェルフであったが、すぐにぞれぞれに視線を目まぐるしく動かし、妨害と援護を開始する。

 

 早く、速く、一体のモンスターすらも二人に近づけさせない気概を込めてモンスターを確実に屠ってゆく。ダンジョンの壁を蹴りつけるたびに壁に小さな傷をつけてゆき。そのまま飛び込む様に捻りを加えたまま、モンスターの首を両断し、魔石を砕いてゆく。

 

 そのままの勢いのままに、砂埃を巻き上げながら着地に成功させたベルの前に巨体が現れる。一瞬だけベルの動きが止まるがその姿が映る前に飛び出す。闇の奥から現れたミノタウロスの二体だったが、一体は瞬時に飛び出してきたベルの、挟む様に振るわれた『雷鳴刀』によって腰から上を黒ずみになった断面を残して両断され、一体はリリルカから放たれたバリスタの矢を右目に受けて仰け反る。

 

 前回の強化種ではないとはいえ、未だステイタスの未完成であるベルの一撃で屠れる結果にベルは知らずに力強い笑みを浮かべる。

 

 ヴェルフの雷鳴刀と新たなるスキル【怪物狩人】の効果もあると言えど、現在の危機を切り抜けられる力である事には変わりない。仰け反り、苦しむミノタウロスの背後、口内に紅蓮の炎を宿し此方へと殺意を向けるヘルハウンドに標的を変えようとするが、無理な体勢が祟り反応が遅れる。

 

「あぶねぇ、ベルっ!! 燃え尽きろ、外法の業ッ!」

 

 サラマンダーウールを顔まで手繰り耐える行動に出ようとしたベルの前の前で突然、ヘルハウンドが爆ぜた。爆ぜる前に鼓膜に届いたヴェルフの声にリリルカ達の方に視線を向けるとヴェルフが腕を突き出した形のままヴェルフが頷くのが見えた。ヴェルフが所持している魔法『ウィル・オ・ウィスプ』は相手の魔法に関する攻撃に対して強制的に“魔力暴発”を引き起こす魔法である。魔力暴発を起こした対象はその魔力の反動により爆発によるダメージを負う。対魔法能力においては詠唱などの発動前であれば効果を発揮することが出来る。

 

 ベルの『ファイアボルト』程ではないが『ウィル・オ・ウィスプ』もまた、かなりの短文詠唱であり、攻撃に参加できない分敵の行動に目を光らせていたヴェルフに助けられた形となった。ヴェルフやリリルカの援護に対して力強く頷くと駆け出し、残ったモンスターを手早く打ち倒してゆく。

 

 ほとんどのモンスターの魔石を砕く事で殲滅スピードを優先したものの少数ながら死体の残っているモンスターの魔石を収穫――残すと魔石を取り入れたモンスターが強化種になる可能性がある為――しながらも進んでゆく。 

 

……

…………

………………。

 

 最初の大規模な戦闘のような戦闘は、その後起こらなかったが、それでも、細かい戦闘を数多く切り抜けたベル達は疲弊していた。

 

 ベルは、上の【タケミカヅチ・ファミリア】との共同戦線での時と言い現在の状況に疲弊したと言えど、いまだ余力をもって対応できる理由に感謝する。

 

 中層からダンジョンは大きく変わる。『ギルド』でのエイナからLv.1の頃から受けていた研修で、ダンジョンでの十三階層より下になると一気にモンスターの出現率が跳ね上がると聞いていた。リューやモルドからも中層に向かうならば上層のような無茶は聞かないとも言われていたからだ。

 

 緊急時と言えど、知っていると知らないとでは大きな違いが出る。主に精神的な意味合いで余裕が出来るのは確実に階層を下る事で進めている実感と、リリルカとヴェルフがいまだに健在である事……なによりも、過度の期待こそしていないが自身の持久力に関してはそれなりの自信があり、未だに息を切らさずに戦い続けられるほどの肉体的疲労が蓄積していないというのが最も大きな要因であった。

 

 進む速度こそ遅いが、その冒険も終わりを迎える。いくつかの階層を下った先。やや白っぽく見える広場にたどり着いたベル達。ベルはその時は知らなかったが、そこは『嘆きの大壁』と呼ばれる場所であった。

 

 一気に静けを増した空間に張り詰めていたやや空気が軽くなる。警戒を解かないまま大きく息を吐こうとした瞬間、聞きなれた……だが、それよりも大きな音がベル達の耳に届く。

 

 ――バキッ……パキッパキッ……

 

 目の前にある白き壁。そこから生まれるは迷宮が作り出す純粋たち力の化身。全長七メートルの初めて見る規格外の存在。

 

 ――階層主と呼ばれる『迷宮の孤王』。ゴライアスがその姿を現す――

 

「走って!! リリ!!」

 

 勝てはしない……迷宮の孤王が生まれ落ちた瞬間、ベルの中で単純であり純粋な本能が警鐘を鳴らす。動きを止めた先にあるのは死であり。進み続ける先にある生を掴む為、リリルカの手を掴んで走り出す。

 

「くっ……まずいぞ、ベル……あの野郎、こっちに気づきやがった!?」

 

 動けないが故に背後を振り向き焦る様に叫ぶヴェルフの声を聴きながら未だに遠い出口を睨みつける。背後からの気配は強くなる一方であり、このままでは捕まる可能性の方が高い。

 

「……ごめんっ! リリ、ヴェルフ!!」

 

 だからこそ、ベルは最も全員が生きて帰れる方法を躊躇なく取る。ベルは掴んでいたリリルカの手を引くと同時に立ち位置を反転させる。驚くリリルカとヴェルフを後目にしながらもリリルカのバックパックを思いっきり蹴り飛ばし、出口に向けて浮いた瞬間に、バックパックに固定されていたリリルカの【ウォーハンマー】に向けて右手を突き出し叫ぶ。

 

「ファイアボルトォォォ!!」

 

 爆炎が咲き、悲鳴を上げたヴェルフとリリルカがファイアボルトの爆発の勢いのまま悲鳴を上げたリリルカ達はそのままの勢いで地面を転がり、十八階層へとつながる穴へと落ちてゆく。

 

「……さて」

 

 リリルカ達の姿が穴の奥に消えたことを見送ったベルはゆっくりと背後を振り返る。そこに居るのは暴力的な視線を向ける王の姿である。

 

 ――逃げるべきだと、本能が叫ぶ――

 

 ――立ち向かえと、心が闘志を燃やす――

 

 ――故にベル・クラネルその顔に笑みを浮かべる――

 

「強くなる……その為に、付き合って貰おうか……」

 

 紫電を散らし振り込まれた刀身が風を切る音と共にゴライアスへと、ベルはその身を躍らせる。更なる高みへと昇る為……そして、高みへと駆け出した少年の手には、その道を照らすかのように淡い光が灯っていたのだった……。



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第二章 『重たい物を持つ時は安全安心を確認するのが事故を減らすコツなのかな?(事故が起こらないとは言っていない)』

『大タル爆弾』が三つも入るなら『飛竜の卵』ぐらいアイテムポーチに入れれると思う。

MH4のタマゴクエストはノリ的に好きでした。


  ヘスティアは善神である。

 

 愛嬌と慈愛に溢れ、性格はかなりのお人好しである。とは言えど、やや子供っぽい怒りの沸点の低さも確かに有るが、それが彼女の魅力の一つとなっている。そんな、彼女の姿は現在ダンジョンの中にあった。

 

 場所はダンジョン内部の十三階層。白猫のような【大陸】の獣人である、オトモアイルーのシロに先導されながらもまるで抱えられ荷物のように運ばれている真っ最中であった。

 

 なぜ、こんな事になったのか? ヘスティアは考えようとしてすぐに考える事を止める……理由は簡単であり単純であるからだ。現在ヘスティアを抱えて走っているお馴染みの『ハンター』が原因である。

 

 現状の状況から少しだけ時間をさかのぼり場所を変え説明しよう。

 

 ベル達のパーティーの落盤による事故の後、桜花達【タケミカヅチ・ファミリア】は応急処置を施した千草を含めた全員で主神であるタケミカヅチに報告し、その足でヘスティアのいる廃教会である本拠へと向かいヘスティアに事情を説明したまではよかった。事情を説明し終えた、タケミカヅチ達の言葉を黙って聞き終えたヘスティアは、静かに息を吐くと眉を顰めながらも間接的に眷属を危機に巻き込んだと顔色を沈ませている桜花達に向けて困ったような笑みを浮かべながらも言葉を発する。

 

「そう、悲観した表情をしないでおくれ。ベル君達も君達の助太刀に賛同した結果だし、聞けばベル君の行動にも難があったらしいじゃないか……もちろん、僕の唯一の眷属である事も加味しても無条件で許すって訳じゃないけどね」

 

 最後の方は冗談めいた軽い感じでの声音で語るヘスティアに【タケミカヅチ・ファミリア】総出で頭を下げる。その光景を見つめながらもヘスティア自身はそれほどの危機感を感じていなかった。なんというか、この主神もまたある人物に毒されている節があり、常に死にかけではあるが五体満足で帰ってくる眷属の姿を度々見ている為という部分も相まってしまっているだけなのだが……。

 

 しかし、このまま放置する訳にはいかないのも確かである。ベルの生存は今も繋がりで感じてはいるが、他の二人までは分らない上に怪我などの状況自体もわからないのだ。信用こそあるが確実に帰ってくる保障などあり得ない。自責の念を抱く子供達にこれ以上の負担を強いたくない気持ちが強かっただけでしかない。

 

 心に焦りが生まれつつあるヘスティアの本拠に……まるで、その瞬間を見繕ったかのように登場したヘルメスとそのファミリアの団長であるアスフィの姿と戸惑い気味な表情を浮かべる一人のエルフの姿と『ハンター』の姿があった。

 

「あの……ヘルメス様? なぜこのような場所に……ぬ? ヘスティア様?」

 

「なんか面白そうな感じだったからついてきたけど。確か今日ってベル達はダンジョンに潜っているはず……どうしてタケミカヅチさんや桜花達が居るのかな?」

 

「すんごく話がややこしくなりそうなメンツを連れてきたものだねヘルメス……ボクに何かようかい? 用がなければすぐにでもダンジョンに救援を送りたいんだけど……」

 

 エルフである、リュー・リオンがおそらく理由も告げられずに連れてこられたのだろう。ヘスティアの姿を見て軽く驚く。その後ろから先日のケガを治したパイがオトモアイルーのシロと共に遅れて廃教会へと入ってくる。そんなパイを見てヘスティアは憂鬱そうな顔を隠す事なくこのメンツを連れてきたであろうヘルメスを見る。

 

 普通にタケミカヅチの眷属達でベル・クラネル達の救助を理由に精神的な貸しを無くそうと提案しようと考えていたヘスティアにとって、碌な事をしないヘルメスの登場は嫌な予感以外の何物でもない。そんなヘスティアの心を知らずか知ってか……ヘルメスは怪訝そうに見つめる神友と団長の視線に薄っぺらい笑みを浮かべて対応する。

 

「やだなぁ、そんな顔で見るなよ。聞けば、ベル君がダンジョンで不測の事態になっているみたいじゃないか……そして、救援を送ろうとしてたんだろう?」

 

「むしろ、さっきまで居なかった君が、なんで、その情報を知っているのかの方が……ボクとしては不思議なんだけどね?」

 

「おいおい……俺はヘルメスだぜ? こんな情報を集めるなんて朝飯前さ」

 

 ジト目で見つめるヘスティアにドヤ顔で告げるヘルメスの背後でアスフィとパイがコソコソと会話している。

 

「ねぇ、アスフィ? なんかヘルメスさんが気持ち悪い発言しているのかな……頭を打ったりしたのかな?」

 

「……いえ、最近の個人的な流行のような物でして、割と重要な事からどうでもいい事でもああ言うんですよ……正直、団員達からも受けが悪くて……」

 

「はい、そこの後ろの二人? 神様だって心があるんだから、そういう話は俺がいない所でしようね? 流石に泣いちゃうぜ?」

 

「……で? お前は一体何をしに来たんだ?」

 

 話が進まないので先を促すように話の腰を戻そうとするタケミカヅチの言葉に、ヘルメスは改めて自分がここに来た理由を語る。

 

「ああ、さっきギルドでタケミカヅチの所の……この子達が慌てて出ていくのを見てしまってね。血糊も拭う事なく急ぐ姿に気になって追いかけてみればタケミカヅチと共にヘスティアの所に行くじゃないか? 知り合いのリュー君を引き留めて、丁度暇そうなパイ君を見つけたから全員でストーキング……いや、心配になって来てみたんだ。んで、聞けばベル君達がダンジョン内で事故に巻き込まれ、その救援に向かうって話だ……よかったらお手伝いでもしようかなと思うのは当然じゃないかい?」

 

「ヘルメスが言わなかったらボクも素直に受け取れたんだけどね……」

 

「お前の言葉は素直にとらえるのが愚行だと知っているからな」

 

「ヘルメス様がそのような慈善活動を行うとはとても……」

 

「アスフィやみんなの言う通りなのかな……なに企んでいるのかな?」

 

「パイ。流石にその言い方は……まぁ、気持ちはよくわかりますが……」

 

「……君たち、泣くよ? 見た瞬間にドン引きさせるほどに外聞もなく泣いちゃうよ?」

 

 多数の人々からの心ない声にヘルメスもいつもの飄々とした面を固くさせている。殆どの場合がヘルメスの自業自得なのだが……とはいえ、このままでは埒が明かないので何処かいじけてしまったヘルメスの代わりにパイが桜花に尋ねる。

 

「んで、大方理解したけどさ、どういう状態なのかな?」

 

「ああ、事故は十三層で起こった。詳しくは省くが、ダンジョン攻略中に千草が負傷してしまって、撤退を余儀なくされたのだが、追われる間に俺達だけでは対処できない程の量のモンスターに追われる事になってしまった。命が殿を買って出たのだがその時にベル達のパーティーと鉢合わせてな。こちらの状況を見て助太刀をしてくれたのだ。そして、その場でモンスターを撃破することは成功したのだが、最後に放ったベルの技に地面が耐えられなかったようでな。他の二人のパーティーメンバーと共に下層へと落ちてしまったのだ……急ぎ、タケミカヅチ様に報告を済ませ、あとは今の状況に至るというわけだ」

 

「ふむ……なるほどなのかな……ベル達も強くなったし、よほどのことがない限りは大丈夫だと思うけど……ヘスティア?」

 

「大丈夫だ。まだベル君は生きているよ。だからこそ迅速な行動を行わないといけないともいえるけどね」

 

 この場合ヘスティアは何一つ間違ったことなどしていないし、言っていない。状況がわからない以上迅速な行動は必要であり、それが命のかかっている内容ならばなおさらであろう。最大の問題は常に予想の斜め上の行動を取る『ハンター』という常識離れした存在に言ってしまった事だろうか。

 

「なるほどなのかな……ならば、ちょっとヘスティア……失礼するかな」

 

 それだけを告げてヘスティアを軽い動作でお姫様抱っこするパイ。そんな彼女の行動にヘスティアは目を丸くする。 

 

「……んっ? なんでボクをお姫様抱っこみたいに抱えるんだい? トビ子君……どうして、教会の出口に方向を転向するんだい? トビ子君……ちょっとまって? いやなよかんがするんだけどぉぉぉぉぉぉ……!?」

 

 突然の暴走ともとれるパイ・ルフィルの行動力から来る強引なダンジョンアタックが始まった。一瞬で姿が見えなくなったパイとヘスティアの後姿を見送ったタケミカヅチ達。ポカンっとした表情のままお互いに顔を見合わせるメンバーの中でいち早く正気に戻ったヘルメスが声をかける。

 

「あー、彼女は知らないんだっけ? ダンジョンへの神の侵入を禁止しているの……どうする? すぐに行動しないと、二人と一匹でダンジョンの中に潜っちゃいそうな雰囲気だったけど?」

 

 ヘルメスの言葉にタケミカヅチは頭痛を堪える様に額を押さえ、桜花達にベル・クラネルの救援を指示すると、そこにリューが話に加わる。

 

「状況は理解しました、私も一八階層に用がありましたので……クラネルさんの救援に同行しましょう」

 

「リュー君が行くんだったら一気に楽になるだろうね。それこそ一人ぐらい戦闘のできない足手まといが居ても大丈夫なくらいにね?」

 

 リューの参加表明の後にヘルメスが続く、そのヘルメスの言葉にアスフィが嫌そうな表情を浮かべながら知っている答えを尋ねるような……心底面倒そうな感じに確認する。

 

「それは、ヘルメス様も一緒に来るという事……なのですよね? ヘスティア様を連れ戻そうという大義名分で……ですか?」

 

 ヘルメスはアスフィからの問いに答える事無く、白い歯を見せながら見ようによっては胡散臭い笑顔で返す。主神の性格を知っているアスフィにはそれだけで十分だったのか胃の当たりを抑えつつ俯く。

 

「まぁ、っというわけでみんなでダンジョンに潜ろうか!! 護衛よろしく、冒険者諸君!」

 

 とてもいい笑顔でそう告げるヘルメスと明らかにテンションがダダ下がりなアスフィを交互の見つめ、最後にアスフィを心の底から同情するように見つめるメンバーたちであった……。

 

……

…………

………………。

 

 そして回想は現在へと移る。廃教会から走ってきたヘスティアとパイ&シロはと言えば、ダンジョン内部を爆走中であった。幸い、浅い階層に冒険者の姿はほとんどなく。パイの進行を妨げる存在も居ない。それなりの時間は経過しているが現在っでは問題という問題は発生していなかった。そんなことよりも、最もヘスティアを困惑させているのは“運搬スタイル”での移動などと、全く予想外である移動方法にヘスティアの思考を戸惑わせるには十分であった。だから、今もお姫様抱っこのまま突っ走るパイに落とされないようにしがみつくのがやっとである。そんないっぱいいっぱいな彼女に不幸が訪れる。

 

 以前からミノタウロスのいる階層までの近道に使用していた下の階層へと続く穴。パイはシロに指示を出すと共にその穴へと身を投げる。独特の浮遊感と何の躊躇もなく飛び込んだ穴という危険を危険と思っていないような行動にヘスティアは涙を宙に飛ばしながら叫ぶ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! トビ子君何やってるのさぁぁぁ! ・・・・・・痛ったぁぁぁ!?」

 

 唐突に話は変わるが、『ハンター』のクエストにはあまり人気のないクエストというのも存在する。その内のひとつは“運搬クエスト”と呼ばれるものであり。その運搬するアイテムは・・・・・・かなり脆い。衝撃に弱い癖に重量があり、常に『ハンター』達の中で受けるのが面倒なクエスト上位に食い込んでいる。

 

 余談ではあるが。パイはそんな中で、とあるやんごとなきお方の趣味を知ったのち“とある物”をよく運搬して納品する依頼を受ける事が多い。

 

 とにかく、そんな運搬慣れしているパイだが。やはり・・・・・・女性といえど人一人はそれなりの重量物であり。そんな彼女も他のハンターと同じく高い場所から落ちたら着地時に荷物を落としてしまう事もある。

 

 着地の瞬間に足では踏ん張ったものの腕で抱えていたヘスティアを落としてしまうのも仕方のない事だろう。

 

 『ヘスティアがっ!』っと叫ぶパイと硬い岩場に落とされた衝撃で、尾骨に響く痛みに唸るヘスティアを無視して、再度お姫様抱っこをしようとするパイにヘスティアが待ったをかける。

 

「ちょっと待っておくれ。トビ子君! この方法はいささか問題があると思うんだ、主にボクのお尻的な意味で」

 

「大丈夫なのかな! このままじゃベルの救援に間に合わないかも知れないのかな・・・・・・覚悟を決めるかな!!」

 

「待って!? せめておんぶにして、お姫様抱っこじゃさっきみたいな事に・・・・・・お尻が縦に割れるように痛いぃぃぃいぃぃ!!?」

 

 しかし、ヘスティアの願いが聞き入れられることもなく、先ほどとまったく同じように穴に飛び込み、ヘスティアを落とすパイ。その度に『ヘスティアがっ!』と叫ぶが、絶対に別の方法を取ろうとはしない。

 

 何だかんだで十七階層にたどり着くまでに、数回の『ヘスティアがっ!』の後に地面に臀部やら腰やらを打ち付けたヘスティアが痛くなりすぎて感覚のなくなり始めた臀部を心配しながら、パイを睨みつける。

 

「トビ子君! 君はボクになんの恨みがあるというんだい! お尻が縦に割れたらどうするんだい!」

 

「横に割れたらびっくりするけど縦に割れてるなら普通じゃないかな?」

 

「ご主人、ご主人。多分そういう話じゃないとおもうニャー」

 

 シロの言う通りで勿論の事ながら問題はそこではなく、落とす可能性を改善しない点であるのだが・・・・・・そのヘスティアのお尻にダメージを与えたパイは素知らぬ顔である。

 

 パイに対して若干の殺意を抱きつつも、異常な速度で着いた十八階層への入口・・・・・・『嘆きの大壁』と呼ばれる階層主が出現するポイントに一人の白兎・・・・・・【白兎】が居た。

 

「ベル君!? トビ子君! ベル君だよ・・・・・・よかったぁ・・・・・・生きて・・・・・・ん?」

 

 たった一人の眷属。ベル・クラネルの生存を確認したヘスティアは喜色を表した後に怪訝そうな表情を浮かべる。それもそのはずであった・・・・・・ベルは最初は足止め、または囮などの為に戦っているのだと思われた。

 

「なんか。手が光ってないかな? 新しいスキル? しかも、気のせいかな・・・・・・ベル、ゴライアス相手に修行しているように見えるかな・・・・・・もしそうなら、とってもいい事なのかな!!」

 

「とっても、よくないよ!! おかしいんじゃないかい!? ベル君一人で倒せるわけないじゃないか!? どうして、そう修行に直結したがるんだい君達は!? 脳みそまで筋肉にしたいのかい!?」

 

 感心するように言うパイにツインテールを怒髪天させて怒鳴り散らすヘスティア・・・・・・そう、【魔力疲弊】を起こしかけていたヴェルフを背負っていた事でゴライアスに掴まる可能性があった二人をファイアボルトでぶっ飛ばした後、十八階層へと落ちてゆくのを見送った後にベルは気がついたのだ。目の前の敵は明らかな強敵。ならば「この強敵と戦えば、僕はより強くなれる・・・・・・ならば、修行だ・・・・・・」っと。

 

 ヘスティアの懸念通り、彼の脳内の思考はやや筋肉寄りに成りかけていた。そしてリリルカ達と別れて何だかんだで半時間ほどの間、ベルは一人でゴライアス相手に戦術を磨いていた・・・・・・そこにヘスティア達が合流したのだが、眷属の手遅れなぐらいの修行バカ丸出しな光景に、ヘスティアは知らずに滂沱の如く涙を頬に伝わらせる。

 

 しかも、先ほどのパイの言葉にもあった様に、ベルの両手は輝きを放っている。決して強くはなく淡い光ではあるが、少なくともヘスティアが毎日のように更新した『ステイタス』の表記にはそのような記述はなかった。

 

(つまり・・・・・・土壇場で【恩恵】の更新をせずにスキルを体得した・・・・・・とで言うのかい!? 発現したのではなく己の意思で己の壁を打ち破ったと?)

 

 今だに【恩恵】のすべてを解明された訳では無い。現に、ランクアップ時に発現した【幸運】と言う名のアビリティーは『ギルド』にも登録されていなかったレアなアビリティーである。その事を思えば、確かにスキルを発現前に体現する事も理解ができないわけではない。しかし、いくらスキルが発現した所で問題が発生する。

 

 【ファイアボルト】を例に出せば、魔法としてスロット登録されている事を理解できるのは『ステイタス』に記された情報を、『ステイタス』の持ち主である冒険者が認識して初めて意味を持つ。

 

 つまり、ベル・クラネルに取って理解不能の技能でしかなく、使い道も理解できていない可能性も十二分にあるのだ・・・・・・が・・・・・・。

 

「三分経った!! いっくぞぉぉぉ!!」

 

 だが、ヘスティアの不安を他所にベルは飛び出し、両手の双剣を一方を逆手に持ち替え、自身を独楽のように回転させ、ゴライアスのくるぶしの辺りに激突するようにぶつかってゆく。

 

 Lv.2の・・・・・・それも成り立てとは思えない程の動き、それを三度方向を変えながら放つ。そのベルの動きに今度はパイが関心を示す。

 

「あれって・・・・・・『血風独楽』なのかな!! 以前に狩技の概要は教えたけど、いつの間にか使えるようになったのかな?」

 

 『血風独楽』。パイも使える狩技であり、元々はとある部族の舞をモチーフにして実戦に使えるように昇華させた狩技らしい。その狩技を見事に使いこなし、双剣を左右に広げ急停止を決めたベルは、その視線をゴライアスの足元に向ける。そこには無残とも言えるほどの深い傷跡が残り、その成果に満足したように笑みを浮かべる。

 

「やっぱり・・・・・・この良くわからないけど、光ってる間に時間をかければ掛けるほど威力が上がっていくんだ・・・・・・よぅし! もっと強くなれるぞー!」

 

「さっそく、謎のスキルの概要を理解し始めてるぅぅぅぅぅ・・・・・・べぇるぅくぅぅぅん!! 出会った頃のベル君に戻ってよぉぉぉ~~」

 

 求めた結果に更に嬉々としてゴライアスに立ち向かう少年。そんなベルにヘスティアが情けなく懇願するように叫ぶ。ややズレた感性のパイはそんなヘスティアの様子に首を捻るが、本来Lv.2の冒険者が単独で立ち向かうような相手ではなく。この場合もヘスティアの感性が正しい。

 

 怒りに身を任せて小さな獲物を殴り潰そうと拳を振り下ろすが、ベルは紙一重でその拳打を回避してゆく。そのギリギリの回避方法に、ヘスティアは自らの心臓が止まるのかと思うほど冷たい物を感じていた。

 

 実際はパイより伝授された『ブシドー』による回避術なのだが、慣れない人が見れば中々に恐ろしい物である。

 

 ちなみに『ブシドー』のスタイルにある『ジャスト回避』だが、タイミングが結構シビアであり、時折失敗することがある。

 

 物事に絶対など無い様に、調子に乗って更に色々と試そうとしていたベルが「いい加減にせんかい!」と言いたげにビンタ・・・・・・体格差で見れば高速移動中の馬車に激突されたぐらいの一撃を受けて、ベルが一八階層の洞穴に吹き飛ばされて落ちていくまでその戦いは続いた・・・・・・。

 

「見事にぶっとんだニャね・・・・・・」

 

「べるくぅぅぅぅん!! って、とぉぉぉぉびぃ子くぅぅん!? 走ってぇぇぇぇ、もっと早く走ってぇぇぇ!! 顔がぁぁぁ! おっきい顔が近づいてくるぅぅぅぅ!!」

 

 アイルーのシロの冷静な言葉と共に叫ぶヘスティア。彼女の悲痛な叫び声を上げ――それは即座に悲鳴へと変わる。ベル・クラネルと言う標的が居なくなった事で、ゴライアスの意識が鑑賞していたヘスティアとパイにその矛先が向くのは・・・・・・むしろ自然の理であり、『嘆きの大壁』の入口で、のんびりと見ていたパイ達が足こそ負傷したが、赤子のように這いずってくるゴライアス相手に逃亡を図る。なまじ抱き抱えられているので、凶悪な顔をした巨人に追いかけられると言った後ろの様子が丸見えなヘスティアが、涙や鼻水を流しながら叫んでしまうのも無理の無い話である。

 

「はっはっは―――! だぁいじょうぶかな! もうリヴェラのある階層に着くかな!! いくかなーシロも飛び込むかな・・・・・・っと・・・・・・ヘスティアがっ!!」

 

「痛ったいぃぃぃ!? いいかげんにしなよトビ子君!! 流石のボクも怒るよぉぉぉ!!」

 

「ご主人は何回落としてるのかニャ・・・・・・ヘスティアのお怒りはご尤もだニャー」

 

 やや坂になっていた道を滑り降りてきたパイが短い間のうちにお馴染みになった、『ヘスティアがっ!』を行い十八階層にたどり着いた先でパイの不注意でヘスティアが転がり落ちる。本気で怒り心頭なヘスティアが尻を突き出し顎を地面につけた・・・・・実に情けない状態で怒鳴る。彼女がここまで怒るのは珍しい事であり、よほど尻の痛みがきつかったのだろう。

 

「あの・・・・・・大丈夫・・・・・・ですか?」

 

 そう訪ねてくる第三者の声にヘスティアとパイが声をかけた主の方に視線を向ける、ちなみに先に落ちてきたベルは鼻血を流しながら白目を向いて気絶している。

 

「おお? アイズなのかな、久しぶりなのかなー」

 

「うん・・・・・・パイも、久しぶり?」

 

 知り合いでもあるアイズが不思議そうに眺め挨拶をしてきたパイに挨拶を返す。とはいえ、パイからすれば数カ月ぶりの再開だがアイズとしては数日とちょっとぶりの再会でありお互いの“久しぶり”は若干の違いがあった。

 

 そして、挨拶を終えて、ソコにヘスティアが居る事に気付いたアイズは若干の驚きを覚えつつも尋ねる。

 

「あの、ヘスティア様、ですよね・・・・・・どうしてダンジョンに?」

 

「うん・・・・・・話せば長くも短い話になるんだけど・・・・・・ごめん、ヴァレン某君・・・・・・お尻の痛みが落ち着くまで待ってくれないかい?」

 

「えっと・・・・・・はい。わかりました」

 

 情けない格好でいるヘスティアの言葉に何かを察したのか、これ以上の詮索をやめるアイズ。そして、最後にベルの姿を見つけそこでようやく自分がここに来た理由をパイに話す。

 

「実は今、遠征の帰りで・・・・・・ちょっと訳あって此処で移動を止めている状態なんだけど・・・・・そしたらボロボロになったヴェルフとリリルカがやって来て、ベルが一人でゴライアスと戦っているって聞いたから急いできたんだけど・・・・・・」

 

「そうなのかな。見ての通りみんな無事かな?」

 

 無事? パイの言葉にアイズは心の中で疑問を浮かべる。鼻血を出して白目を向いている少年と、尻を抑えながら唸る女神。これは「無事」に該当するのであろうか・・・・・・。

 

「生きてるんだから、大丈夫なのかなー!」

 

 そう言って笑うパイに恨めしそうな視線を向けるヘスティア。そんな二人を眺めながらアイズもとりあえず苦笑を浮かながら、当初の目的も果たしたのでその場でヘスティアの尻の痛みがある程度引くまでの間、雑談を介していた。それなりの時間が経過し――ベルはその間も放置されている――じゃが丸君の新しい可能性について変な方向の話が盛り上がってきた頃。異変に気付いたアイズが十八階層の入口へと視線を向けた。

 

「? どうしたのアイズ?」

 

 ・・・・・・一八階層の入口に視線を向けるアイズの様子にパイも初めは不思議そうにしていたが気になったのか不用心にも十八階層の穴の部分に近づく……そして、その奥の方から何かが転がる音に気付いたときには遅かった。

 

「「「「どわぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」

 

「げふぅ!?」

 

「あっ・・・・・・ご主人が見事に吹っ飛んだんだニャ」

 

 仲良く同じ叫び声を上げながら更に、十七階層から転がり落ちてくる人の塊がパイに直撃する。吹き飛ばされる『ハンター』を横目で確認するシロ。そんなアイルーを見ていたアイズは転がり降りてきた人物たちを見る・・・・・・その中に知っている神物が居る事に気づく。

 

「ヘルメス・・・・・・様?」

 

「おお、ヘスティア! 無事・・・・・・じゃなさそうだね。ベル君も・・・・・・無事じゃなさそうだね!!」

 

 そう声をかけるヘルメスと微妙に絡まって身動きが取れなさそうな同じ系統の衣装を着た三人組。【タケミカヅチ・ファミリア】のカシマ・桜花。ヤマト・命。ヒグチ・千草であった。その後に少し遅れてではあるがアスフィ・アル・アンドロメダとリュー・リオンが降りてくる。

 

 パイの大暴走の後を追いかけ、こちらも最速で走ってきたのだろう。Lv.の高いアスフィなどは汗一つ流れておらず、涼し気な顔であるが、流石にLv.の低い【タケミカヅチ・ファミリア】の桜花、命、千草はそうはいかない。三人とも荒い息を着きながら息を整えるのに精いっぱいの様子である。

 

「おや、ヘルメス・・・・・・もしかして、追いかけてきてくれたのかい?」

 

「当たり前じゃないか・・・・・・だって、俺達、友神だろ!!」

 

「ゑ・・・・・・? そうだっけ?」

 

 白い歯を見せて笑うヘルメスに対してヘスティアはややキョトンとした表情で返す。下手な嫌味などよりよっぽど心に来る返答にヘルメスは心の中で静かに泣いた。

 

 それよりもヘルメス共々・・・・・・どこをどうやったのか、見事に絡まりあったタケミカヅチの眷属達との密着した光景が一種の生き物のようになっていてひたすらに気持ち悪い。そして、同時に千草の胸元に桜花の顔があり、お互いに赤面しあい、より離れようとするが故に絡まっていく。その事に気付いたヘルメスは即座に叫ぶ。

 

「桜花君!? なんて羨ましい事をしているんだい! ラブコメか!!? ラブコメなのか! よし命君。君の胸元をもっと俺に近づけるんだ!」

 

「・・・・・・ヘルメス様。本当に死んでくれませんか?」

 

「とっても辛辣ぅ!? っと辛辣で思い出したが。トビ子君は何処だい?」

 

 突然のセクハラに絶対零度の視線をヘルメスに向ける命。そんな事など早々に無視してパイの姿を探すヘルメス・・・・・・実に騒がしい神である。

 

 そこでパイの姿が見えない事に気付いたヘルメス達にアイズが指を指す。指差した先にぶつかった衝撃で吹き飛ばされ、顔面を地面に付けて倒れているパイの姿。

 

「何をしているんだい? トビ子くん・・・・・・そんな情けない格好して・・・・・・」

 

 ヘルメスが不思議そうに訪ねるが。そのパイをぶっ飛ばしたのは紛れもなくヘルメス達であった。そんなヘルメスの声に反応したのか、パイは地面から顔を上げてヘルメスを見る。

 

「うん・・・・・・こうなったのもヘルメスさんがぶつかったからなのかな・・・・・・」

 

 恨めしげにヘルメスを見るパイの視線に、ヘルメスと気絶しているベル以外の視線がヘルメスに向く。しかし、この男神は無駄に口が回る男であった。

 

「つまり、俺と現在、結合している三人にも問題がある訳だね! さぁ、どうするトビ子くん! このままでは俺意外にも責任を負って貰う形になるぞ!」

 

 自然に、周りを巻き込み責任を取れせようとするクズみたいな言動を取るヘルメス。パイはそんなヘルメスに感情の篭っていない瞳を向けながら、徐に左腰のポーチに手をかけ・・・・・・ようとした所を顔を青くさせたアスフィとアイズに止められる。

 

「それ以上はいけない!! 正気に戻ってください、パイ! “二十四階層の悪夢(意味深)”を忘れたのですか!」

 

「落ち着いて、パイ・・・・・・他の被害も出てしまう・・・・・・【アレ】は使っちゃダメ」

 

 【アレ】のワードをアイズが口にした瞬間。ヘルメスとそのヘルメスと現在結合中の三人が顔を青ざめさせる。

 

 事ある事に取り出そうとする【アレ】。以前に二十四階層にて使用され精神的被害を巻き散らかした品である。『こやし玉』の使用についてパイに本気の説教を行ったアスフィだったが、流石に街中では使わないというパイの言葉にアスフィは渋々ながら説教をやめた・・・・・・しかし、ダンジョンの中ではその枷は外れる様である。

 

 このままでは、ヘルメスはともかく、桜花、命、千草の関係のない人間まで被害が出てしまう、大体あのような気持ちの悪い状況になった原因が身体能力が一般人並みのヘルメスを三人が神輿のように背負って走って運んできたという経緯があったからである。むしろ、主神のわがままで多派閥の眷属に迷惑をかけてしまった事を含めて、これ以上の被害を出すわけにはいかないと、【万能者】はその頭脳をフル活用して被害を出さない方法を探し出す。そしてこの十八階層。通称“迷宮の楽園”にある施設・・・・・・リヴェラの街を思い出す。

 

「パイ、街中でそれは使わない約束でしょう! ここはリヴェラの街ですよ!」

 

 アスフィに言われてその事に気付いたパイが、忌々しげにヘルメスをみると舌打ちを打って離れる。その様子にアスフィは違和感を覚える。パイという人間がここまで露骨に毛嫌いする理由が解らないのだ。確かに、以前からヘルメスの事を胡散臭い奴だとは語っていたが、それでもここまでの事は無かった。つまり、明らかに態度を変更させる程度の“何か”をヘルメスがした・・・・・・そう考えるほうが普通であり、信頼など限りなく皆無な主神に呆れたような視線を向ける。

 

「ヘルメス様・・・・・・パイに何かしたのですか?」

 

「おいおい、信頼がないね。アスフィ、俺とほとんど行動を共にしている君が俺を疑うなんて、少し酷いんじゃないか?」

 

「アスフィ・・・・・・ヒントをあげるかな。最近【オラリオ】で神様達から私の愛称が決定したのかな」

 

 ヘルメスの言葉にさらに懐疑心を募らせるアスフィ・・・・・・そんな彼女に少し機嫌を直したのかやや不満そうなパイが説明をする。

 

「愛称? 『便利屋』ではないのですか?」

 

「それがね、不思議なのかな。私が【オラリオ】を少しの間、離れている間にね・・・・・・なんか、緑の胡散臭い男神が、“パイ・ルフィルの喜ぶ愛称を”ばら蒔いたらしくてさぁ・・・・・・その愛称が『トビ子』・・・・・・なんだって」

 

「あっ・・・・・・(察し」

 

 そこまで聞いてアスフィも思い出す。一年半前、【オラリオ】から一時的に身を離す為に短期間ではあるが、一緒に旅をした頃。一度だけだが、仲間内からのあだ名に関して、複雑な感情を持っていると言う話を耳にした事があった。

 

 そして、その“パイにとっては不名誉なあだ名を“愛称”と偽って広めた輩が居ると”・・・・・・、アスフィは脂汗を流している主神を冷ややかに一瞥した後パイに向き直り。主審に向けたのとは真逆の優しげな笑みを浮かべながら言った。

 

「前言を半分撤回します。街の中でも、ある程度他人に迷惑さえ掛からなければ、【アレ】を使う事も必要でしょう。得に、緑色の胡散臭い神などその対象にふさわしいでしょう」

 

「あっ・・・・・・アスフィ? アスフィーさーん? 冗談だよね? 俺、君の主神だぞ? 主神の危機を見逃すどころか、危険に晒そうなんてしないよね? しないよね!?」

 

 眷属の裏切りに、ヘルメスの顔が青ざめるのを通り越して土気色になる。そのアスフィの遠巻きなGOサインに、満面の笑顔になるパイ。

 

 そのパイの笑顔に本気で危機感を覚えたヘルメスが。どうにかダンジョンから生還し“偽りの愛称”の件を訂正する為に【オラリオ】中を駆け巡るのだが・・・・・・結局トビ子の響きが人気になりすぎて。数多くの神々と、その眷属に定着してしまった後であり・・・・・・彼はそのトレードマークの緑を“茶色”に染まる運命から逃れることができなかったのだが、それはもう少し後の話なのである。

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ベル・クラネルが目を覚まし周りを見渡すと、そこは中々に混沌を含んだ空間であった。

 

 尻を抑える主神と、タケミカヅチの眷属であり、知り合いの桜花、命、そして、治療を受けたのか元気そうな千草と・・・・・・なぜかヘルメスが絡まり合っている。地味に密度が高く酷く気持ち悪い事になっている四人を、リューと、ベルに取っても一年半ぶりに見るアスフィが四苦八苦しながら“解体”している。

 

 そして、何故か居るアイズとパイが仲良さげに談笑している光景・・・・・・ゴライアスの攻撃を受けて気絶してしまった後にいったい何があったのだろうか。ベルは現状を理解しきれない状況に困惑した。

 

 そこで、ベルの目が覚めた事に気がついたアイズがベルに近づき、簡単な説明を行い、その説明を聞いたベルも先に逃がしたリリルカとヴェルフの安否を確認できて、少し安心したように口元を緩める。

 

 とはいえ、この少年。途中からゴライアスとの修行に集中してしまっており、微妙に二人の事が頭から抜けかけていたのだが、その事を指摘する人間はこの場にいなかった。

 

 そして、アイズの説明が終わり、離れるアイズの代わりにパイが近づき、“なぜこの大所帯が此処に居るのか”を説明し、そこで、漸く現状を把握したベルが、納得した表情をを浮かべる。

 

 まぁ、ヘスティアを運搬スタイルで何度も落としながら救助にきた内容や、ヘルメスを【タケミカヅチ・ファミリア】の三人で神輿のように担いで全力で追いかけてきた逸話など……色々と指摘したい部分も多々あったが、ベルはすべてを飲み込んだ上で笑顔を浮かべて感謝の意を伝えた。

 

「なかなかすごい話ですね・・・・・・でも、皆さん。ありがとうございます! 桜花達も無事みたいで良かったよ」

 

 ようやく“解体”が無事に終了し。変な感じになってしまった関節の調子を、確かめるように動かしている【タケミカヅチ・ファミリア】の面々もベルの様子にそれぞれ安堵の表情を浮かべる。

 

「ベル。さっきは済まなかった。他のメンバーが集まった時に改めて謝罪と礼はするが、先に個人として礼を言わせてくれ。ベル達があのモンスターの大群と共に戦ってくれたお陰で、無事に地上に戻れた。感謝する」

 

「うん、みんなが無事でよかったよ・・・・・・最後のは明らかに僕が調子に乗った結果だからね・・・・・・あとでリリとヴェルフに謝らなきゃ・・・・・・明らかに最後の奴が原因で落ちたんだし」

 

 たはは――っと力なく笑うベルに桜花も釣られて苦笑いを浮かべる。

 

「では、団長が二人で見事な土下座でも披露するのはどうだ?」

 

「いいね、それぐらい潔い方がいっそ面白いかもね・・・・・・それにしても体中痛いなぁ」

 

 桜花が冗談を言うとそれに乗るベルは今頃になってゴライアスから受けたダメージを感じ顔を顰める。

 

「大丈夫? ベル・・・・・・とにかく、ここに居てても仕方ないし、私たちの陣営においで、フィンにも説明しないといけないし」

 

 そう提案するアイズの言葉に全員が頷くと、移動を開始し、【ファミリア】合同の陣営に向かって歩き出すのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 リリルカ・アーデは隣にいる人物が気になって仕方がなかった。

 

 さらりとした金髪と自信を宿した瞳。その小柄な体躯と種族の弱みももろともしない強靭的な精神力と実力を宿した冒険者。【勇者】の二つ名を持つ男がそこに居た。

 

 ここはリリルカとヴェルフ・・・・・・そして、後にくるベル・クラネルの為に貸し出されてテントである。質としてもそこまで高品質な物ではなく。少なくとも【団長】の身分である【勇者】。フィン・ディナムが足を運ぶような場所ではないように思える。

 

 幸いにも肉体の修復を終え、短時間で気絶状態から回復したヴェルフがテントの外へと出てから数分後に訪ねてきたフィンに初めリリルカは入るテントを間違ったのかと思ったが、フィンの目的はリリルカとの会話だという。

 

 なぜ、最高位冒険者がLv.2になったといえど、上級冒険者程度に会いに来るのか・・・・・・リリルカは真意を掴めずにいた。

 

「なぜ、僕が此処に居るのか。理解できないって顔だね・・・・・・理由は二つあってね。ひとつは君に会いに来た・・・・・・そして二つ目は、知り合いから逃げてきた」

 

「はぁ・・・・・・リリにですか・・・・・・? それと、どなたから逃げているのですか? 【勇者】様?」

 

 リリルカの少しだけ警戒している様子にフィンが困ったような笑みを浮かべる。

 

「いやー、身内の事で恥ずかしいんだけど、ちょっと熱狂的な娘が居てね・・・・・・正直、いつも近くってのは神経が持たなくてさ。ここには癒しを求めてきたんだよ」

 

「癒しですか?」

 

「小人族同士ってのが僕に取ってはありがたい。特に、君のような可愛らしい子が相手だと、特にね」

 

 フィンの言葉に、リリルカも朧げながらフィンの言いたい事も理解できた。

 

「そう・・・・・・ですか。なるほど、理解しました・・・・・・所で、その熱狂的な娘さんってどういうお方なのですか?」

 

「そうだね・・・・・・純粋に僕を慕ってくれてて・・・・・・それが暴走して、よく私室とかの天井にへばりついたりして、僕の貞操を常に狙っているような娘かな?」

 

「最初の一文のせいで、後半の狂気じみた行動が際立って聞こえるんですけど!?」

 

 リリルカはフィンの説明に戦慄した。内容を聞くだけでも明らかに関わってはダメな奴であろう空気がする・・・・・・っと言うよりも、そんなヤンでデレ丸出しな人物に追われているというのに、その男の横にいる女という、現在の立ち位置の自分は実はかなり危険な立ち位置にいるのではないだろうか。リリルカは慌ててフィンから身を離す。

 

「ふふ、君は賢く・・・・・・そして敏い・・・・・・さらに気に入ったよ。僕は、君のような女性を探していたのかもしれないね」

 

 フィンのセリフにさらに嫌な予感を感じるリリルカ。気に入ったというが、それはつまり、“例の娘”から狙われる可能性が増したというだけでしかない。

 

 フィンにとっては“嫁探し”の一環で、頭の回転の早いリリルカは好印象であるのだが、リリルカとしてはフィン、当人ではなく“当人を囲む”部分の問題こそが重要であった。

 

「ちょっとやだ! この人、リリを無理やり巻き込む気じゃないですか!? 嫌ですよ! そんな痴情のもつれみたいなのに巻き込まれるなんて、絶対にゴメンですからね!」

 

 泣きそうな顔で叫ぶリリルカに、フィンは凛々しい表情で見つめてくる。

 

「大丈夫・・・・・・君は僕が守るから」

 

「そもそも貴方がここに来なかったら、リリが危険な目に会うこともないんですよ!? なに、かっこいいセリフ吐いてるんですか! 帰ってください!! そっちのテントに帰ってください!!」

 

 普通の女性であれば、ときめく状況であるのに初めの件のせいで不安しかない。半狂乱になって喚くリリルカだが、急にフィンが警戒するように顔つきを変える。その雰囲気を一変させたフィンの様子に僅かにドキリとしたリリルカの口元をフィンが手で塞いだ後にテントの中にある木箱の一つに自らの体とりリルカを押し込む。

 

「――――っ!?」

 

「リリルカさん。すまない、静かにして」

 

 冷や汗を流しているフィンがリリルカの耳元で囁く。急に押し倒された事で一瞬パニックに陥ったリリルカだったが、その切迫したフィンの声に瞬時に冷静になる。

 

 心臓の鼓動すらも聞こえるほどに密着した状態。リリルカとて年若き乙女である。特に美形な男性にここまで近づかれて、何も感じないほど唐変木ではない・・・・・・しかし、次の瞬間には全く別の意味で心臓の鼓動が早くなる事になる。

 

「だんちょぅ~、どこですか、だんちょぉ~・・・・・・おかしいわね、ここから匂いがしたと思ったんだけど」

 

 その声にフィンとリリルカ。二人の額から嫌な汗が流れ落ちる。リリルカはこの声が先ほどのヤンでデレな娘の声だとすぐに理解できた。

 

 そもそも匂いってなんだ、匂いって。目の前のフィンは体臭ケアにかすかな香水をかけているのか驚く程に悪臭の類はしない。むしろ、この微かな香りを追ってきたというのか?

 

 犬もびっくりな嗅覚センサーを発揮してこの場所を特定した人物。【怒蛇】のティオネ・ヒリュテは外見上は誰もいないテントに入ってくる。そして少しの間沈黙した後に静かにつぶやく。

 

「団長の香りに・・・・・・知らない女の匂い・・・・・・ここがそのアバズレのハウスね」

 

(ほらー! だから言ったじゃないですか! どうしてくれるんですか!!)

 

(大丈夫だ、まだ、彼女はこちらの位置を特定していない、今はやり過ごすんだ)

 

(・・・・・・もし見つかったら? 少なくともリリはどうなるのでしょうか?)

 

(・・・・・・かならず、五体満足で地上まで責任を持って送り届けると誓うよ)

 

(無傷・・・・・・とは言わないんですね・・・・・・その潔さは素直に好感が持てますよ? こんな状況にさえならなかったら、でしたけど)

 

 微かな声でさえも感知されかねないこの状況で、アイコンタクトだけで会話をするという絶技を実行するリリルカとフィンの二人。

 

「どこですかぁ? かくれんぼですかぁ?」

 

 遠くから気箱を開けて確認する音が聞こえる。確かに位置までは特定されていないだろうが明らかにこの場所に居ることがわかっているような行動に、リリルカもフィンも顔面蒼白となっていた。

 

(絶対バレてるじゃないですか!! なんか蛇みたいに粘着質な性格なんですけど!? じわじわといたぶられる感じがするんですけど!!)

 

(二つ名が【怒蛇】だからかな・・・・・・しかし、この索敵技能は素直に感心せざるを得ないな)

 

(【怒蛇】って蛇だけにですか? 何を上手い事言ってるんですか!! しかも呑気に感心しないでくださいよ!!)

 

(ふむ・・・・・・最悪、ティオネが僕達を認識する前に、その意識を刈り取るしか方法は無いかも知れないね)

 

(・・・・・・ちなみに、それに失敗した場合はどうなるのでしょうか?)

 

(・・・・・・二人でダンジョン内を駆け抜ける事になるね・・・・・・なかなかにロマンチックだとは思わないかい?)

 

(もう最高のロマン溢れる逃亡劇になりますね!! なんでこうなったんですかー! 最近の行いで悪い事してないのにー!!)

 

 着実に近づく足音・・・・・・フィンは思いつめた表情で覚悟を決め。リリルカは自らの運命を呪い始めた頃、テントの中に別の・・・・・・それも、複数の人間が入ってくる気配と共に最初に入ってきた人間がティオネの姿を見かけて声をかける。

 

「ティオネ? ・・・・・・どうしたの?」

 

 テントに入ってきた人物。アイズに――フィン達の入っている木箱を開けようとしていた――手を止めて振り返ったティオネが、自らのことを棚に上げて顔を出したアイズに尋ねる。

 

「アイズこそ・・・・・・どうしたのよ」

 

「ここに保護したリリルカとヴェルフのパーティーリーダーと、その三人を救出する為に来た団体も一緒に案内したの・・・・・・リヴェリアとフィンを探しているんだけど知らない?」

 

 アイズの質問にティオネも首を振りながら木箱から離れる。そして、例の白髪の少年とその少年に担がれた神物に驚き目を丸くさせる。

 

「ヘスティア様じゃない! どうしてダンジョンの中にいるのよ?」

 

「カクカクシカシカで・・・・・・」

 

「マルマルウマウマって訳ね。わかったわ、団長の居場所はわからないけど、リヴェリアは団長用のテントに居てるはずだから、一応先に伝えてくるわ。ベル・クラネルって名前だったわよね。治療をして落ち着いてからでいいから団長達の所に挨拶に来るのよ?」

 

 最後の言葉をベルに伝えてテントから出て離れていくティオネ。そのままティオネの姿が見えなくなるまで見送ったアイズはポーションが入ってるであろう木箱を開けると、少しだけ困惑気味な表情を浮かべる。

 

「やっ・・・・・・やぁ、アイズ」

 

 なにしろ、そこには先程探している人物の片割れであるフィンと、ここで休んでいたはずのリリルカが重なるように隠れていたのだから。

 

 そんな、二人が木箱から抜け出す光景を、他のメンバーも奇異の目で眺めている。ただ一人、多少の事情を知っているパイだけが、フィンに近づき声をかける。

 

「もしかして・・・・・・ティオネさん、また暴走したとかかな?」

 

「また・・・・・・ですか? 勇者様は、か弱い女の子を危険に晒しちゃうようなお人なんですねー」

 

「うん・・・・・・反省するべきだし、言い訳もできないね・・・・・・まさか、匂いで感知されているとは思わなかったよ。リリルカさんも怖い思いをさせて申し訳なかった・・・・・・実に大失態だと、そう認めざるを得ない」

 

 フィン自身も今回の事でかなり反省したらしく、素直にリリルカに頭を下げる。だがそんなフィンに対してリリルカはさらなる要求を告げる。

 

「ダメです! 今回は本当に死を覚悟したんですから・・・・・・そうですね、じゃあ、期限は決めないので【オラリオ】でオススメのスイーツのお店でご馳走してくれたら許してあげますよ」

 

 そう言ってはにかむリリルカにフィンもやや頬を緩ませ笑う。そして、すぐに力強い笑みを浮かべると確かな意思を持って言った。

 

「・・・・・・ああ、わかった。約束しよう。僕もそこまで詳しくはないから少し時間を貰うけど、必ず誘わせてもらうよ」

 

 そして、ほかのメンバーと軽く話した後に団長専用のテントに戻ると告げて出て行こうとした時、ふと思い出したのかパイの方に向き直る。

 

「なにかな? フィンさん」

 

「いや、すまないルフィル君。あとで団長専用のテントまで足を運んでくれないかい? 大事な、そう大事な話があるんだよ」

 

「? はぁ、分かったのかな、後で向かうのかな」

 

 最後にそれだけを伝えて今度こそ立ち去るフィン。その最後の言葉の意味が分からずに、不思議そうにしていたパイだが、考えても仕方が無いと割り切って、リリルカに話しかける。

 

「ところでフィンさんと二人きりでお話とか……リリルカもやるのかな!」

 

「別にそう言う意味だけって話じゃないですよ、パイさん・・・・・・それに、正直にいえば、あの【怒蛇】をどうにかして貰わないと命がいくつあっても足りなさそうですしね・・・・・・」 

 

 【怒蛇】。先ほどの行動といい言動といい。恐ろしいとしか言えない女の業にリリルカは肩を抱える思い出すだけで震えてしまう恐怖体験をしてしまった。

 

 なにより、現在のリリルカは自らの精神状態のも多少の理解をしていた。確かにフィンは強く人気が高く、はっきり言って美形で性格もいい。理想の男性像の一つと言っても差し支えもないだろう。

 

 しかし先ほどの状況は明らかに『吊り橋効果』という奴だ。はっきり言って錯覚だと思ったほうがいいと思える程度に、リリルカは達観してしまっている少女であった。

 

「だから、リリとしても、何事もゆっくりでいいんですよー」

 

 そう言って、いたずらっぽく舌を出すリリルカ。そんな彼女の逞しさにパイは笑い声を上げて笑う。

 

 そして、戻ってきたヴェルフを交えて、桜花達からは、結果的に怪物進呈紛いの行為を行ってしまった事を謝罪した上で、援護と千草の治療を行ってくれた事の礼を告げ、ベルは調子に乗って大技を使った挙句落盤を招いたことを同じタイミングで土下座して謝った。

 

 流石に、千草の怪我の具合も理解していたヴェルフとリリルカは、桜花達の真摯な対応に苦言とも言えないような小言を交えた程度で許し。ベルに関しては無意味に大技を出さないように注意した。それでお互いに水に流す事にして笑いあう。ひとしきり笑い、場が落ち着いたそのタイミングで“治療を終えた”ヘスティアからベルに声を掛ける。

 

「突然で悪いんだが、ベル君……ステイタスの更新をしようか」

 

 真剣なヘスティアの言葉に先ほどのゴライアスの戦闘を思い出したベルは、静かに頷くのであった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ……プ~ピ~♪ ……プ~ピ~♪

 

 ……フュルルル~~♪ フヒュルルル~~♪

 

 毒にやられ、自由の利かず更に痛みすら発する身体に多くの【ロキ・ファミリア】の団員がテントの中で呻いていた。

 

 【ソーマ・ファミリア】の【解呪酒】も毒には効果がなく今回は余りにも多くの団員が毒に犯された為に持ち合わせていた解毒薬を使ってもなお、多くの団員が身動きが取れない状態になっていた。

 

 ……プ~ピ~♪ ……プ~ピ~♪

 

 ……フュルルル~~♪ フヒュルルル~~♪

 

 現在、【ファミリア】で最も脚の早い【凶狼】。ベート・ローガが単身で地上に解毒薬を調達しに言っており。行く前に、ベート本人が直接毒に苦しむ団員達に、戻ってくるまでの辛抱だと激を入れ、地上へ向けて駆け出してからそれなりの時間が経っていた。

 

 最近の【凶狼】は何だかんだで暴言を吐きながらも、訓練場で後輩などの稽古をつけたり、アドバイスを行ったりしており・・・・・・未だLv.の低い団員達からの信頼を得ていた。

 

 【凶狼】の帰還を心待ちにしながらも、気持ちの悪さに呻くだけしかできない彼らの耳に届いたのは……解毒薬の到着の知らせではなく・・・・・・なんとも間の抜けた音程の笛の音であり、その音は聴くだけで脱力させられえそうなぐらいであった。

 

 なによりも、人が苦しんでいるというのになぜ、こんな音を聴かさらねばならないのか……団員達は定期的に鳴らされている音に苛立ちを募らせる……。

 

 ……プ~ピ~♪ ……プ~ピ~♪

 

 ……フュルルル~~♪ フヒュルルル~~♪

 

「「「「「うるせぇぇぇぇぇぇ!! 人が苦しんでいるときに何で笛ふいてるんだぁぁぁぁ」」」」」」

 

 鳴り止まない笛の音に、ついに堪忍袋の緒が切れた数名の団員がそう叫び起き上がる。そして起き上がった団員はあることに気づく、先ほどまで自分達を苦しめていた毒が消えている事に……。

 

 まさか、あの笛の音が? 同時に思う疑問であったが、しかし笛の音で毒が消えるなんて聴いた事もない……。

 

 急激に回復した体調に関して不思議そうにしていると、笛の音が遠くに聞こえている事に気づいて急いでテントの幕を開けてその音の方向を見る。

 

 そこには、【ロキ・ファミリア】が誇る高Lv.冒険者である【剣姫】について行く、白猫のような生き物と黒いドレスのようなものを着込んだ少女がお互いに笛を吹きながら、他の患者の居るテントに向かっている所であった。

 

 そんな珍妙な光景に間の抜けた表情を浮かべながらも多くの団員がその背中を見送るしか出来なかったのであった。

 

……

…………

………………。

 

 パイ・ルフィルとアイルーのシロは、アイズからここで進行を止めている理由を聞くやいなや、『アイテムポーチ』から取り出した『解毒笛』を片手に毒消しコンサートを開催していた。

 

 それを後に聞いた“解毒薬”を地上に買いに行った狼人の青年がひどく荒む事になるのだが、目の前に苦しんでいる人が居るのに、それを放置するなんて事も出来ないパイにとっては当然の行動でもあった。

 

 しかも、パイだけではなくアイルーのシロもまたオトモスキル『解毒・消臭笛の技』を習得しており、『ハンター』と『オトモ』の摩訶不思議は笛治療によって多くの団員達の毒は抜け去った。

 

 その脱力してしまいそうな音を聞いてなお、確かな効果に驚いているのは何よりアイズ・ヴァレンシュタインであっただろう。

 

 ベル達をテントへと案内し。ヘスティアがベルの【ステイタス】の更新を行うと言う事で。テントの外へと放り出されてしまった一行。とはいえ、桜花達【タケミカヅチ・ファミリア】の三人とリリルカ、ヴェルフの五人も『迷宮の楽園』にはあまり来たことが無いのか物珍しさに散策へと向かい。ヘルメスとアスフィもリヴェラの町へと消えていった。覆面のエルフ。リューも個別に用件があると告げて一人で森の方へと歩いていく。結果アイズとパイ。そしてオトモアイルーのシロの二人と一匹が残る結果となった。

 

 他愛の無い話をしていると、パイから何故ここで行進が止まっているのかと言う質問され。アイズは遠征帰りにパープル・モスの大発生に巻き込まれ多くの団員が毒に犯され、身動きが取れなくなった実情を話した。

 

「毒だったら、もしかしたら力になれるかもしれないのかな!」

 

 そう口にするパイに駄目元で頼んでみたのが現在の笛吹き解毒演奏会に続いており、多くの団員達が苦しげだった表情を和らげテントの幕をめくり奇怪な演奏を続けるアイズ達を見ている。

 

「おい……アイズ! 解毒薬を調達してきたぞ……! なんだこのへっぽこな演奏は……ってお前かよ、『便利屋』」

 

 そんな、アイズ達に声を掛ける人物が居た。その人物の名はベート・ローガ。ベートはかなり急いで帰ってきたのか、額に汗がにじんでおり、予想していた時間よりもはるかに早い帰還を果たした事が伺える。しかし……

 

 アイズはそのベートが持ってきた解毒薬を見つめながら冷や汗を流す……今現在自分がお願いしたことを思い出し、そしてベートが頼まれた物がどう言う物かも思い出す。

 

 足の速いベートに地上に一人で戻ってもらって解毒薬を調達してきて貰う。当初の目的ではそのような段取りになっており、最近かなり丸くなったベートが団員達の為に嬉々として地上へと走って行ったのは体感的には今朝の明朝。そして、今は正午にはまだ早いぐらいの時間である。

 

 かなりのハイペースで往復をしてきたのだろう。しかし、そんなベートの努力はアイズのお願いを聞いたパイによって無駄に終わってしまった。

 

「ごめんなさい……ベートさん……その、解決しちゃった……」

 

「はぁ? 解決? なにがだよ」

 

 観念して搾り出すように言葉をつむぐアイズを怪訝そうに見つめるベート。そんなベートに空気を読まない行動が多いパイが明るい声で話しかける。

 

「ベートさん、お久しぶりなのかな! なんと!! 毒で倒れていた団員さんをこの解毒笛で治療したのかな! これぞ【大陸】が誇る摩訶不思議アイテムなのかなー……どうしたのかな? なんか、悲しみを背負った男前な顔になっているのかな……」

 

 パイの言葉が進むごとに物事を理解してゆくベート。そして、最後には己のした行動が無駄に終わったと告げられた彼の表情は、どこまでも静かな失望を抱えた大人の表情に変わっていた。

 

 

――――――――――――――

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.2

 

 

力  :I 91 →:H 171

 

耐久 :I 58 →:H 101

 

器用 :I 72 →:H 123

 

敏捷 :I 89 →:H 159

 

魔力 :I 54 →:H 113

 

幸運:I

 

 

《魔法》

 

【ファイアボルト】

 

 ・速攻魔法

 

 

《スキル》

 

【狩人之心《ヒト狩リ行コウゼ》】

 

 ・モンスターとの戦闘時の【経験値】の取得上昇。

 

 ・パーティを組む事でステイタスの上昇。

 

 ・笛を吹くと体力を微量回復することが出来る。

 

 

【狩猟】

 

 ・ドロップアイテムをモンスター死亡時一定時間以内“剥ぎ取る”事ができる。

 

【調合】

 

 ・素材と素材を組み合わせることで別の物を作ることができる。

 

 ・一定の確率で【もえないゴミ】を生成する。

 

 

【憧憬一途《リアリス・フレーゼ》】

 

 ・早熟する。

 

 ・懸想が続く限り効果持続。

 

 ・懸想の丈による効果向上。

 

 

【怪物狩人《モンスター・ハンター》】

 

 ・モンスターと戦闘時ステイタス補正。

 

 ・【ハンター】と行動時ステイタス上昇。

 

 ・パイ・ルフィルを師と想う限り効果持続。

 

 ・特定の狩技を使用可能。

 

 

【英雄願望《アルゴノゥト》】

 

 ・能動的行動に対するチャージ実行権。

 

 

 もう、この子供のぶっ飛び具合に関して何も感じなくなりつつあるヘスティアは、無表情で書き記したステイタスの写し。もう一度それを見直して改めてため息を吐く。【英雄願望】。おそらくだがゴライアスとの戦闘時に使っていた光る現象はこのスキルによる物であろう。

 

「えっと……やっぱりなにか発現してましたか?」

 

「うん、ベル君の思った通りのスキルが発言していたよ・・・・・・」

 

 ポーションを浸した布を腰と尻に張ったお陰で痛みが引いたヘスティアは早速ベルのステイタスの更新を行った。その結果、上記のスキルが

発現しており、その説明文をみたベルも己の感じていた通りのやり方で、間違っていなかった事に頷く。

 

 その後、帰ってきたヴェルフとリリルカの二人に声を掛けてベルはヘスティアと共に団長専用のテントの場所へと進み……そこで同じく団長専用テントに呼ばれたパイと合流する。許可をもらいテントの中に入るとそこには【ロキ・ファミリア】の団長。フィンと、副団長のリヴェリアの二人の姿だけであり、他の団員の姿は無い。

 

 三人がテントの中央まで進むと、おもむろにフィンが手の平を突き出す。その行動に足を止めた三人のうちの一人、パイに対してフィンが口を開いた……それは、嘗ての因縁の決着をつける為の言葉であった。

 

「やぁ、久しぶりだね……一年半ぶりかな……“妖怪フン投げ”君……そうだろう、パイ・ルフィル。君があの時の犯人なんだろう!」

 

「なっ!?」

 

 フィンの突然の言葉と共に指差されたことで、驚くパイはその身体を大きく揺らし動揺する……そして、リヴェリアはともかく、まったく状況についていけていない、ベルとヘスティアを置いて二人の世界観に入り込んでしまう。

 

 真剣な表情の二人、その二人の雰囲気に流され緊張を身にまとわせるベルとヘスティア……だが、ヘスティアは思い出す。一年半前の珍事件を……隣で混乱するベルにその珍事件の概要を伝えると、ベルもどこか白けたような視線を前方に居るパイに向ける。

 

 押しだまったパイは皮肉げな笑みを浮かべてながら大量の脂汗を流すという地味に器用な事をしており……そして……

 

「ひ……人違いジャナイカナー」

 

 とても……とても苦しい言い訳をするのであった……。

 




繋ぎの第四話が全然筆が進まなくて今回早いのは第四話よりも先に大方できていたからです。

ちなみにベートさんは好きです。この作品では、どんどん丸くなっていい兄貴分となり、比例して可哀そうな役が多くなってしまうのは……気が付いたらそうなってました……。


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