五等分の結末 (のんびり+)
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プロローグ

はい、どうものんびり+です、
五等分の花嫁にハマりました。
推し? みんなかわいいです!
今回はプロローグです。
それでは、のんびりしていってね!


『えぇ!? 結婚指輪って、普通忘れないでしょ!?』

「すまん……俺も細心の注意を払ってはいたんだが……」

 電話越しに溜め息をついて、声の主は仕方ないといった様子で返事を返す。

『わかったよ。そっち着いたら渡しに行くね』

「あぁ、ありがとうな」

 彼はそこで電話を切り、何とか最悪の事態は回避することが出来たと安堵の息を漏らした。もしも、このことが"彼女"に知られていたらと思うと……。

 彼はおぞましい想像に身震いし、(かぶり)を振ってそれを打ち消した。そして、先程の電話相手である妹に、心から感謝し涙した。

 

 気を取り直そうと、彼は鏡に映った自身の姿を観察してみた。

 顔はいつも通り、別段変わったところはない。だが、身に着けているタキシードのせいか、全体的に少し大人びて見える。まあ、実際に大人なのだから、大人に見えて当然なのだが。

 それでもやはり、この服装は、外見だけではなく雰囲気すらも彼により一層深い品格を宿らせている。さながら英国紳士のようだ。

 そんな自分に何だかむず痒くなった彼は、一度鏡から目を離して、今頃は別室でドレスアップしているであろう"彼女"のことを考えた。

 結婚式の花形は、やはりウェディングドレスに身を包んだ花嫁だ。純白のきらびやかなドレス姿で、バージンロードを歩く花嫁……。きっと、誰もがその光景に目を奪われることだろう。

 自分でもこんなに見違えたのだから、"彼女"のウェディングドレス姿はそれこそ輝いて見えるに違いない。彼はその情景を思い浮かべ、胸を高鳴らせた。

 ふと鏡に視線を戻すと、気色悪いニヤケ顔があった。

 危ない危ない、人がいなくて良かった……。彼は表情を元に戻し、椅子の背もたれに寄りかかる。

 

 ……それにしても、まさか、自分が結婚とは。しかも、相手が"彼女"だなんて。

 高校生の俺に言っても、信じられないだろうな。あの頃は、「恋愛は学業から最もかけ離れた愚かな行為」と思っていて、勉強のことしか頭になかったもんだ。

 そんな在りし日の俺に、例えばこう言ってみる。

「なあ、高校生の俺。お前はこれから大変なことに巻き込まれる。それはそれは大変なことだ。でも、おかげでお前は大切なことをたくさん学ぶ。もちろん、恋愛もだ。お前はいつか、あの五人の中の誰かと結婚するんだぞ」

 そんなことを告げられた高校生の自分が取り乱すさまを想像して、彼は小さく笑った。

 

 気づけば、あっという間だったな。

 彼は懐かしそうに目を細めて、自分が送った波乱万丈な日々を思い出していた。あの、忙しなくて、騒がしくて、目まぐるしくて、楽しかった日々を。

 湯水のように湧き出る懐かしい思い出に、口元を緩ませながら、彼の意識は徐々にまどろみの中へと(いざな)われていった。

 

 

 

 ――夢を見ていた。

 "彼女"と出会った高校二年の日、あの夢のような日の夢を。

 

 

 




はい、導入部分が終了したので、次回から個別ルートでの話となります。
最初の花嫁は、あの人です!
それでは次回も、のんびりしていってね!


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中野 五月
食堂邂逅


はい、どうものんびり+です。
どうでも良いけど三人称視点は苦手です。ご了承下さい。
それでは今回も、のんびりしていってね!


 カレンダーが(めく)られてから数日。世も四月になり、各々が新しい環境や学年での生活に期待や不安を募らせている。

 しかし、この男――上杉風太郎にとっては、学年が上がろうが何だろうが、そんなものは一切関係なかった。彼の懸念はただ一つ、勉強のみ。

 彼は勉強の出来が良ければそれで良いのだ。それが良いのだ。それ以外に必要なものなどないのだ。

 上杉風太郎は、まさに勉強至上主義者だった。

 実際、彼は常に成績学年トップを走り続ける優等生だ。テストの点はいつも満点。彼にとってそれは当たり前のことだった。

 そんな彼を、同学年の生徒達のように「天才」の一言で片付けるのは簡単だ。しかし、彼の実績は常に彼自身の努力によって勝ち取られたものである。満点に至るまで、膨大な労力と時間を勉強に費やし尽力(じんりょく)しているのだ。それを「簡単」と表現するのは、不当ではなかろうか。

 だが、それとは別に、かのアルベルト・アインシュタインの言葉にこんなものがある。「天才とは努力する凡才のことである」と。なるほど、確かにこの言葉通りなら、上杉風太郎は天才と言えるだろう。

 

 

 そして、その彼はというと、教室から一番近いトイレの個室に閉じ(こも)っていた。

 つい先刻、三時限目の授業が終了するとほぼ同時に、彼の妹である上杉らいはから連絡が入ったのである。『お兄ちゃんまだ授業中? 空いた時間にTELください』との事。これを確認した風太郎は、すぐさまトイレへと直行したのだった。

 学校にいる時、らいはからの連絡は滅多にない。何か重要な連絡でもあるのだろうか。

 そんな事を考えながら、風太郎は携帯電話を耳に当てた。

『お兄ちゃん!! お父さんから聞いた!?』

 突如、らいはの大声が風太郎の右耳をつんざいた。

「ど……どうした、らいは。落ち着いて話してくれ」

 耳鳴りしつつも、風太郎は何とか興奮状態の妹をなだめる。

『あ、ごめんね』

 声量を落とし恥ずかし気に謝罪するらいはだが、まだ少し声が弾んでいる。

 どうやら、今から伝えられるのは悲報ではなく吉報のようだ。風太郎は電話を反対の耳に再度当てて、今回の要件を尋ねた。

『あのね、うちの借金なくなるかも知れないよ』

「は?」

 妹の口から告げられた言葉に、心の声がそのまま漏れた。

 それを気に留めず、妹は事の経緯を話し始めた。

『お父さんが良いバイト見つけたんだ。最近引っ越してきたお金持ちのお家なんだけど、娘さんの家庭教師を探してるらしいんだ』

 そこまで聞いて、風太郎は察しがついた。なるほど、その家庭教師とやらを俺にやれと?

『アットホームで楽しい職場! 相場の五倍のお給料が貰えるって!』

 なんだその胡散臭いキャッチコピー。

「裏の仕事の臭いしかしないんだけど」

 冗談半分、本音半分の風太郎の発言に、

『人の腎臓って片方無くなっても大丈夫らしいよ』

 割と笑えないジョークを返すらいは。確かに、腎臓は片方無くてももう片方が正常なら日常生活に支障は出ない。流石、俺の妹。博識だな。

 青ざめた顔で沈黙する風太郎に、らいはの笑い声が届く。

『嘘だよ嘘。でも、成績悪くて困ってるって言ってたよ。私、お兄ちゃんなら何とか出来るって信じてる!』

 まるで、自分が家庭教師をやる前提で進む話に、ストップを掛けようとした風太郎だが、らいはの言葉で口をつぐんだ。

『これで、お腹いっぱい食べられるようになるね!』

 そんな妹のセリフに感化されたのか、風太郎の腹の虫が大きく鳴いたのだった。

 

 

「焼き肉定食。焼き肉抜きで」

 昼休みになり、風太郎は食堂へと(おもむ)いていた。いつも通り、ニ百円で済む質素な食事を注文して受け取ると、自分の定位置へと向かう。

 さっきの休み時間は、結局バイトの拒否も出来ず、あれ以上の話も聞けずで終わってしまった。……どうするべきなのだろうか。

 風太郎は自身が持っているトレーに目を落とす。そこにあるのは、白米、味噌汁、お新香の三品。家庭教師をすれば、焼き肉定食焼き肉抜きではなく、堂々と焼き肉定食を食べる事も出来る……。

 そして何より、らいはのあの言葉。

 らいはには、家庭の事情とは言えいつも無理をさせてしまっている。本当はもっと欲しい物だって、食べたい物だってある筈だ。

 どうすれば良いと、もう一度自分に問い掛ける風太郎だが、答えは出ているも同然だった。

 ――やってみるか、家庭教師。

 そう決意した次の瞬間、風太郎の脳内では、即座に家庭教師をやるに当たっての今後についてシュミレーションが始まっていた。

 そもそも誰の家庭教師をするんだ、人数は、現在の学力は、自分の勉強と並行して家庭教師の仕事が出来るか……。

 考え事をしながらもいつもの席へと到着し、自分の持っているトレーを机に置いた瞬間だった。

 ガシャン……?

 風太郎の物とあともう一つ、計二つのトレーが、机に置かれた音が響いた。

 風太郎が横を見ると、黒いセーラー服を着た女生徒が一人、風太郎と同じく、驚いたと言ったような表情で佇んでいた。肩甲骨辺りまで伸びた髪に、星型のヘアピンをした、碧眼(へきがん)の少女だ。

 うちの制服じゃないな……誰だ……。風太郎は少しだけ少女について考えたが、すぐに興味を失い、まぁいっかと席を引いて――。

「あの!」

 凛とした、透き通るような声がした。

 少女の方に目をやると、しかめっ面をして真っ直ぐに風太郎を見つめていた。風太郎と目が合うと、少女は言った。

「私の方が先でした。隣の席が空いてるので移って下さい」

 風太郎は厄介そうに少女に返す。

「ここは毎日、俺が座ってる席だ。あんたが移れ」

 そんな風太郎の言葉に、少女は尚も表情を崩さず抗議する。

「関係ありません、早い者勝ちです」

 ……面倒臭ぇ! なんだこの女は!

 内心で不満を爆発させながら、風太郎はこれ以上こいつに構ってる暇はないと、強引に席に座った。

「じゃあ、俺の方が早く座りました! はい俺の席!」

「ちょっ!?」

 急に席を取られた事にか、風太郎の人間性についてか、少女は更に顔をしかめた。

 なんだこいつ……。まあ、どうせすぐどっか行くだろ。風太郎は気にせず食事をしようとしたが。

 何故か、少女が向かいの席に腰を下ろした。

「俺の席……」

「椅子は空いてました!」

 それに、と、少女は付け加えた。

「午前中にこの高校を見て回ったせいで、足が限界なんです」

 そう言う少女に対して、今一腑に落ちないといった様子の風太郎は、どう言い返そうか考えた。が、その思考はすぐに断ち切られた。

「上杉君、女子と飯食ってるぜ……」

「や、やべぇ」

 食堂の喧騒に混じって、背後から風太郎達を揶揄(やゆ)する声がした。

「あいつら……」

 からかってくる連中に、風太郎は怒りと照れが入り混じった声を漏らす。そういえば、こいつはどうなんだ。向かいの少女が気になり、チラッと見てみる。

 少女は目を潤わせて、まるで茹でダコのように紅潮した面持ちをしていた。

 無理してんじゃねーよ……。仕方がない、風太郎は少女に言った。

「勝手にすれば?」

 その言葉に、少女は胸を撫で下ろす。

 全く、恥ずかしいなら隣いけば良いだろ。

 風太郎はさっさと食事を済ましてしまおうと箸を持つ。向かいの少女もいただきますと昼食に箸を伸ばす。ここで、風太郎は気づく。

 ニ百五十円のうどん、トッピングに百五十円の海老天がニつ、百円のいか天、かしわ天、さつまいも天、デザートに百八十円のプリン……。昼食に千円以上とか、セレブかよ。……まあ、俺には関係ないし。

 風太郎はポケットに入れていた、前の時間に返却されたテストを机に広げた。こんな時は勉強だ。勉強は良い、余計な事を考えずに済むからな。それに、テストは返された直後の勉強が一番なのだ。

 昼食を食べながら、テストの復習を始める風太郎。そんな彼に気づいた、向かいの少女が口を開く。

「行儀が悪いですよ」

「……何? "ながら見"してた二宮金次郎は称えられてるのに、俺は怒られるの?」

「状況が違います!」

 さっきから何だ、事あるごとに口を挟みやがって。

 向かいの少女に不満を抱く風太郎は、ここで何か思いついたのか、一瞬だけ意地の悪い顔をした。

「テストの復習してるんだ。ほっといてくれ」

「食事中に勉強なんて……よほど追い込まれてるんですね」

 何故か嬉しそうな顔をする少女。そして次の瞬間。

「何点だったんですか?」

「あ、おい!」

 机の上にあった風太郎のテストを、少女が引ったくった。

 少女はニヤニヤと読み上げる。

「えぇー……上杉風太郎君ですか、得点は――」

 少女はニヤケ顔から一気に(ほう)け顔になり、

「百点……」

「あー!! めっちゃ恥ずかしい!!」

 手で顔を覆って、風太郎が叫んだ。

 それを見た少女は全て察して、頬を膨らませた。

「わざと見せましたね!?」

「なんの事だか」

 風太郎はしたり顔ですっとぼける。しかし、少女はそれ以上の追求はせず、むしろばつが悪そうに言った。

「悔しいですが、勉強は得意ではないので羨ましいです」

 それから、唐突にパンッと手を鳴らして少女が提案した。

「そうです! せっかく相席になったんです。勉強、教えてくださいよ」

 ごちそうさま、そう言い残してこの場を去ろうとした矢先の提案だった。風太郎は考える。

 いつもの俺ならば、こんな面倒な頼み事は断って、テストの復習でもして昼休みを潰すだろうが……。

 風太郎の脳裏を、家庭教師の四文字が()ぎった。

 今まで他人に勉強など教えた事のない俺に、いきなり家庭教師が務まるのだろうか。仕事、それも給料を貰うとなれば、相応の成果を出さねばなるまい。これは良い機会だ。こいつを仮想生徒にして、一度くらい"教える"という事を経験しておこう。

 そう結論づけた風太郎は、咳払いをして、少女の要望に応じた。

「わかった。ただし、この時間だけだ。さっさと飯を済ませろ」

「えっ、自分から言っておいてアレですけど、良いんですか? てっきり断られるものかと……」

「何だ、教えて欲しくないのか?」

「いえ! ありがとうございます。少し待っていてください」

 少女は急いで、でも美味しそうに、うどんとプリンを食べ切った。

 それから予鈴がなるまで、風太郎は少女に勉強を教えた。予想以上に勉強が出来なかった少女に、悪戦苦闘しながらも何とか基礎だけは叩き込んだ。

「これを覚えておけば、さっきの応用問題も何とか解けるはずだ……」

「なるほど、助かりました! 上杉君、教えるの上手ですね」

 憔悴(しょうすい)しきった風太郎とは対称的に、少女は心なしか輝いて見える。

 そんな少女に呆れた視線を送る風太郎だったが、人に教えるのは問題がないとわかっただけ良しとしよう、そう思い直した。

「ほら、もう予鈴も鳴った。俺は教室に戻る。お前も早く行った方がいいぞ」

「それもそうですね。上杉君、今回はありがとうございました。また是非、勉強教えてくださいね!」

 咲いたような笑顔を残して、少女は食堂を去って行った。

 ……この時間だけって言ったんだがな……。風太郎は溜め息を吐いて、自分の教室へと歩を進めたのだった。

 




はい、ということで最初は誰のルートでいくか、わかってしまいましたかね。前書きでも言った通り、普段は一人称しか書かないので三人称は苦手です。
話が全部書き終わってからまとめて出すか、一話一話終わる度に出すか悩んでますが、とりあえず一話だけ出しときました。
いっぱい食べる女の子って良いよね(唐突)。
それでは次回も、のんびりしていってね!


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上杉風太郎の憂鬱

はい、どうものんびり+です。
前回からだいぶ空いてしまって申し訳ないです。
亀更新なのでご容赦ください。
それでは今回も、のんびりしていってね!


 教室に戻り、自分の席に着いた風太郎は、おもむろに返却されたテストを机上に広げた。次の時間はホームルーム。風太郎にとっては自習に持ってこいだ。

 昼休み、あいつの面倒を見ていて出来なかった分も含め、たっぷり自分の勉強をしてやるぞ。

 ねっとりとした笑みを溢しながら、風太郎は自習を開始する。

 しかし、何故かいつもよりも騒々しいクラスメイト達の話し声が邪魔で、勉強に集中しきれない。風太郎はイライラしながらも勉強を続行するが、そんな彼の事など露知らずに、教室に話し声が充満する。

「ねぇねぇ聞いた? 今から転校生が来るらしいよ」

「あー! 聞いた聞いた、黒薔薇女子の生徒でしょ」

「おいおい、噂の転校生、女子らしいぞ。しかも美人!」

「キタコレ‼」

 ……うるせぇ。何だって転校生くらいでこんなに騒げるんだ。いくらイベントに飢えた高校生と言っても、もう少し加減ってものがあるだろ。

 風太郎はテスト用紙を机の引き出しに仕舞うと、代わりに本を一冊取り出した。

 仕方がない、テスト関連の勉強は家でやるとして、今は読書でもしておこう。読書は良い。語彙力や想像力という現代人に不足しがちな力を養い、教養を豊かにする。かのアメリカ合衆国の実業家でしられるビル・ゲイツも、年間五十冊は本を読むと言われている。こんな時は本の世界に避難して時間を潰そう。

 それから、クラスメイト達の放つ騒音を受け流して、風太郎は読書に熱中した。

 風太郎にしては珍しい、恋愛小説だった。学校の図書室でたまたま見つけた本だ。普段は読まないジャンルだったが、だからこそたまには読んで見るのも悪くないかと思い借りたのだった。

 しかし、この男、上杉風太郎の恋愛観は一般的な高校生とは一線を(かく)していた。"恋愛とは、学業から最もかけ離れた愚かな行為である"というのが、彼の見解である。

 そんな彼でも、たまには恋愛小説くらい読む。主人公とヒロインの恋の行方に、これからどうなるのだと興味も示す。ただ、ソレはソレ、コレはコレ。

 学生の本分は勉学だ。それにもうじき家庭教師も始まる。恋愛など、している暇はない。

 

 八ページ程読み進めたところで、教室前方のドアが開いた。

 まず、担任の先生が教室に入る。

「はい、号令」

 先生の指示により号令を行い、生徒が着席したのを見計らって、先生が話し始めた。

「えー、今日からこのクラスに新しい仲間が加わる事になりました。中野さん、どうぞ」

 先生に促され、ドアから一人の女生徒が教卓付近まで歩いてきた。

 再びざわつく教室内だが、先生が静まらせる。そして、彼女は言った。

「中野五月です。どうぞよろしくお願いします」

 パチパチパチ。どこからともなく拍手やら歓声があがり、歓迎ムードは上々だ。

 そんな中、ある可能性に思い当たった成績学年トップの男は、頭を抱えていた。

 らいはの話では確か、最近引っ越してきたお金持ちの娘というのが、家庭教師の対象だったはずだ……。さっき食堂で会ったあいつが、噂の転校生だと? それに、黒薔薇女子と言えば有名なお嬢様学校ではないか。

 中野五月……不思議な事にらいはの言っていた生徒像と一致する。まさかとは思うが、俺の生徒って──。

「中野さんの席は上杉君の隣ね」

 先生が風太郎の左隣にある空席を指差した。そこで、五月と風太郎の目が合う。

「あ、上杉君! さっきぶりですね」

「…………」

 五月が笑顔で話し掛けたが、風太郎はあまりの衝撃に言葉を失っていた。

 窓際の後方、風太郎の隣の席に座った五月は、またしても風太郎に語り掛ける。

「知っている人がいて良かったです。上杉君、改めてよろしくお願いします」

「……あぁ、よろしく」

 かろうじて返事を絞り出した風太郎は、事の真相を知るべく、五月本人に確認を取ろうと考えた。こんなにも間違っていて欲しい推測など初めてだが、聞きたくもない真実でも知りたいと思ってしまうのは、人間の抑えきれぬ探求心によるものか。

「なぁ、中野」

「はい、なんですか? 上杉君」

「もしかして、お前のところに家庭教師が行くって話きてないか?」

 風太郎が尋ねると、五月は目をぱちくりと瞬またたいた。

「確かに、お父さんから聞かされました。どうしてわかったんですか?」

「いや、別に……」

 ──確定だぁぁ! 絶対こいつだ! 疑いの余地なし! 

 風太郎は組んだ手の上に額を乗せて、今の心情が外に漏れないようポーカーフェイスに徹した。

 なるほど、確かにさっきこいつの学力を見た限りでは、家庭教師を必要とするのも頷ける。そのくらい酷かった。立派な赤点候補生だ。

 驚愕の真実に動揺する風太郎だったが、ここで逆転の発想を見出す。

 まあ、逆に考えれば、これはむしろラッキーなのかも知れない。事前に生徒と面識を持てたし、席も隣だからいくらでも勉強を教える時間はある。良いじゃないか! 家でも学校でも、こいつを勉強漬けにしてやるっ! 

 開き直った風太郎は、内心、溢れそうになる笑みを必死に噛み殺した。

「上杉君、何だか悪意のある笑みをしてますが」

「いや? 別に?」

 五月の指摘を澄ました顔で流すも、五月をこれからどう教育してやるかという事で一杯な風太郎なのであった。

 

 ショートホームルームを終え、各々が帰宅したり部活動へ向かったりとする中、風太郎も家に帰るべく荷物をまとめていた。その時、既に荷物をまとめ終えた五月が風太郎に声を掛ける。

「上杉君、この後って時間あったりしますか?」

「ないね」

 即答であった。

 見覚えのあるふくれっ面をする五月に、風太郎はたじろいぎながらも言う。

「なんだよ。これから俺は帰って勉強だ。何か用があるのか?」

 今日はまだ家庭教師の実施日ではない。こいつ用の勉強プランも不十分だし、勉強を教えるのはこれからいくらでも出来る。勉強教えて下さいとか言ったら適当言って帰ろ。

 そう思案する風太郎に、五月は拗すねたまま応えた。

「あなたに会って欲しい人がいたんです」

「なんで過去形なの?」

「自分で良く考えてみて下さい!」

 ……えぇー。やっぱこいつ面倒だな。

 風太郎はコホンと咳払いをし、話を元に戻す。

「んで、会わせたい人って誰なんだ?」

「……私の姉妹です」

 ……姉妹? 姉妹か。姉妹!? 

 風太郎の脳内は一瞬、パニックに陥ったが、すぐに体勢を立て直す。

 中野は今、姉妹に俺を会わせたいと言った。考えろ。これが何を意味するのか。

 現実時間にして僅か三秒──五月が反応のない風太郎に違和感を覚え、声を掛けようとするまで──にして、風太郎は考えられる限り最悪の答えを導き出した。

「なぁ、中野」

「はい、何ですか?」

「お前のその姉妹ってさ、勉強苦手だろ」

「うっ……まあ、そうですね」

 認めざるをえない真実を肯定した五月によって、風太郎は自身の考えがおおよそ正確である事を知る。そして、最重要事項となる質問を、恐る恐る紡いだ。

「なぁ、中野」

「何でしょうか?」

「お前の姉妹って、一人か? 二人か?」

「四人です」

「……?」

 目を丸くして首を傾げる風太郎に、五月が付け足して言った。

「四人です。私達は五つ子なんです」

「イツツゴ?」

「はい」

 それから数秒、五月が放った単語の意味を理解した時、風太郎の脳は一度、完全に機能を停止した。

 

 ショートした思考回路が復活した風太郎は、五月と共に学校の正門へと向かっていた。五月の姉妹達はもう正門前にいるらしかった。

 比較的機嫌の良さそうに歩く五月とは対称的に、風太郎はまるでこれから死地へ赴く兵士のような足取りをしている。

 こいつは良いな、気楽そうで。

 隣を歩く五月を、風太郎は羨望の眼差しで見つめる。

 俺の考えが正しければ、と風太郎は思う。

 恐らく、家庭教師の対象は五月──他の姉妹とややこしいから名前呼びで良いだろ──だけではなく、その姉妹も含まれるという事になる。そして、その姉妹もどうやら勉強が苦手らしい。五月が苦手と言うのだ、五月に近い学力であるとみて良いだろう。そんなやつら五人の相手を、俺一人でやれと!? 

「あ、いましたよ」

 靴に履き替えて校門へ向かっていると、五月が前方を指さした。風太郎はさされた指の先を見る。そこには、四人の女生徒が佇んでいるのが見えた。

 風太郎らが近づいて行くと、先方もその存在に気づいたようで、手を振る者もいた。

「一番最後に来るなんて、五月ちゃんにしては珍しいね」

 最初に声を掛けたのは、ショートヘアの少女だった。明るい笑みをたたえている。

「ねぇ、ちょっと五月。私、あなたの隣が凄く気になるんだけど」

 続いて、蝶のような髪留めをしたロングヘアの少女が、風太郎に視線を送って言った。

「……五月の友達?」

 次に、ヘッドホンを首に掛けたロングヘアの少女が質問する。

「五月、もう男の子と友達になったのー!?」

 最後に、大きな緑のリボンをしたショートヘアの少女が驚嘆の声を上げた。

「えぇー、まさか五月ちゃんが彼氏を連れて来るなんて。お姉さん予想出来なかったなぁ」

「か、彼氏!? 違います! 私と上杉君はそんな関係ではありません!」

 ショートヘアの少女がニヤニヤといたずらっぽく言うと、五月は顔を真っ赤にさせながらも否定の言葉を発する。キャッキャウフフと続く五つ子の冗談を、風太郎は切り込むタイミングを見計らいつつ聞いていた。

「なぁ」

 そして、会話が途切れた一瞬を見逃さず、風太郎は口を開く。

「あ、そうそう! 君の名前は?」

 しかし、会話のコントロール権は依然として中野姉妹に握られたままであった。

「……上杉風太郎だ」

「ねぇちょっと、あんた五月の何なのよ? 本当に付き合ってないの?」

「中野──五月とはただ席が隣ってだけで」

 気の強そうなロングヘア少女の質問を流すも、

「でも、それなら出会ってこんなすぐに名前呼びするかな?」

 お気楽そうなショートカット少女が空かさず揚げ足を取る。

「中野って呼んだらお前ら全員が反応しちまうだろうが!」

「ずばり、決め手はなんだったんですか〜? 真面目なところ? 好きそうだもんね」

「おい五月、助けてくれ。こいつら会話が成立しないぞ」

「す、すみません……」

 五月は苦笑いを浮かべて謝った。どうやら五月でも姉妹の暴走は止められないらしい。

 風太郎はやっぱり来るんじゃなかったと後悔しながら、中野姉妹の一方的な会話に付き合わされたのだった。

 




はい、姉妹達が出揃いました。
本当はもっと進む予定だったのですが、更新を優先しました。
五月とのラブコメを早く書きたいものです。
それでは次回も、のんびりしていってね!


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