黒子のアメフト (ゆまる)
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「黒子テツヤです」

 

小早川セナは、ピンチに陥っていた。

 

(なんでこうなるのぉ〜〜〜っ!?)

 

高校初日から同じクラスの不良に目をつけられ、パシられ。

急いで売店に行って帰ってきて、パンが売り切れだったと言うと、帰ってくるのが早すぎると言われてキレられた。

小学校から何百回とパシられたせいで、超速のパシリスピードを誇るセナだったが、今日が初対面の不良三人がそのことを知るはずもなく。

結果、不良に掴まれて校舎裏にポツンとある何かの部室へと連れていかれているのだった。

 

「ここなら誰もこねーだろ」

 

「つーかこんなとこあったんだな。ラグビー部か?」

 

備品の山に放り投げられるセナ。

不良三人はよく見ない物ばかりが置かれている部室が珍しいのか、キョロキョロと中を見回している。

不良の一人、タラコ唇が鎧のようものを山から掘り出し、それに腕を通した。

 

「装・着っ!」

 

「カッカッカッ、似合わね〜」

 

ポーズを決めるタラコ唇を見て、残りの二人が愉快げに手を叩く。

そんなことをしてる間に逃げ出したいセナだったが、この部屋の唯一の出口に三人が立っているため、そこを抜け出すことはできない。処刑の時間を待つ罪人のように、目を泳がせて怯えながら待つことしかできなかった。

しかしふと気づく。

部屋の入り口に、人影があることに。

 

「よーしじゃあ嘘つきセナくんにタックルお見舞いし──」

 

 

「ここがアメフト部ですか?」

 

 

突然背後からかけられた声に三人が飛び上がる。

気配がまったくしなかったのだ。

 

しかしパッと振り向くと、そこにいたのは見るからに地味な生徒だった。

背はそんなに大きくなく、細いわけでも太いわけでもなく、顔も特徴があるわけではない。『地味』としか表現が出来なかった。

 

「……ンだよびびらせやがって!ここは今使用中だ、シヨーチュー」

 

「殴られたくなかったら帰れ帰れ」

 

声をかけてきたのが歯牙にもかける必要がない存在だとわかると、三人はしっしっとそいつを追い払うように手を振った。彼は変化の乏しい表情ながらも、少しだけ眉根を落とす。

 

「……アメフト部の方ですか?」

 

「うっぜーな、早く行けっつってんだろォ!?」

 

「なんならてめーも処刑対象に加えてやろうかァ!?」

 

一向に動く気配がない彼へ、三人がメンチを切りながら凄む。

しかしそれでも彼は表情を変えることなく、タラコ唇がつけている鎧をじっと見つめると、その口を開いた。

 

「アメフトの道具を、いじめに使わないでほしいんですけど……」

 

完全に自分たちの話をスルーし淡々と話す彼に対し、三人の血管がビキビキと音を立てた。

 

「ハ!?」「はぁ!?」「はぁぁ──」

「き、君たち!!!もしかして!!

にににに入部希望者!!!??」

 

しかし彼らの怒声は誰かの大音声によって途切れることとなる。

思わずその場にいた全員が耳をふさぎその声の主を見ると、そこには栗のような頭をした巨漢が驚愕の表情で立っていたのだった。

 

「ンだ次から次へと!」「やっちまえ!」

 

すでに堪忍袋の緒の限界が来ていたのか、不良たちがたった今自分たちに実害をもたらした巨漢へと突撃した。

だが巨漢は三人がかりでもびくとも動かず、不良たちの足は地を掻くだけだ。

 

「あ、タックルっていうのは、脇の下を押し上げる感じで、こう!!」

 

それどころか巨漢が腕を振り上げただけで、三人まとめて吹き飛ばされてしまう。

壁にたたきつけられた三人は悲鳴をあげながら走り去った。

 

「あ、ま、待って〜!!」

 

しょんぼりと部室の方へと帰ってくる巨漢だったが、そこに残ったままの地味な二人を見ると、目を星が出る勢いで輝かせた。

 

「き、君たちも入部希望者!!??」

 

「いや、僕は……」「はい」

 

否定しようとしたセナだったが、その前に地味な彼が頷く。巨漢はそれを二人の総意と勘違いしたのか、涙をドバドバと流しながら雄叫びのような歓声を上げた。

 

「いやったぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 

✳︎

 

「んーと、『黒子テツヤ』くん……?」

 

栗田良寛、と名乗った巨漢は、ケーキと紅茶を差し出しながら二人の名前を聞いた。

「自分はそのアメフトとかいうスポーツに全く興味はなく、入部希望ではありません」という言葉を、セナはまだ言い出せないでいた。言えば怒った栗田にぶん投げられると思ったからだ。セナの脳裏に先ほどのヤンキーたちの姿が浮かび、ブルリと体を震わす。

どうやらこの黒子という少年はアメフト経験者らしく、ポジションやら経験年数やらを栗田に細やかに聞かれていた。セナは肩身を狭くしながら紅茶をズズ…と啜るばかりである。

 

「え、えーっ!!?あの帝光中学のアメフト部!?す、すごいよ黒子くん!」

 

「帝光中学……?」

 

セナの呟きを栗田が聞き、その首を勢いよく向けながらキラキラした目で語り始めた。

 

「帝光中学は全国の中でもトップの強さでね!何度も何度も全国大会で優勝してるんだ!ずっと強豪って呼ばれてたんだけど……」

 

「呼ばれ()()ってことは、負けちゃったんですか?」

 

そこで黒子がその話を引き継ぐ。

 

「……逆です。強すぎたんです。強すぎて、もはや強豪ではなく『最強』と呼ばれるようになりました。その理由は、100年に一人レベルの天才である五人の存在。

彼らは──『キセキの世代』と呼ばれています」

 

「ちょうど、セナくんと黒子くんと同い年だね!その五人が同時に出た試合じゃあ、200点差がつくこともあったんだ」

 

「に、200回もゴールしたんですか」

 

「あ……そっか、セナくんはアメフトのルールわからないんだね。アメフトは一回で6点とか入るんだ。見てもらったほうが早いかも」

 

栗田はそのあたりにあった防具やラダーを放り投げ、下からビデオを出してビデオデッキへと差し込んだ。

テレビにアメフトの試合の様子が映し出される。

一目見ただけで、その激しさがわかった。

互いの選手が体を思い切りぶつけ合い、タックルで吹き飛び、ボールにがむしゃらでかぶりつく。

吹き飛んだ選手がタンカで運ばれていくのを見て、セナはぶるぶる震えた。

 

(いや、いやいやいや無理無理無理)

 

「結局この試合、負けちゃって……一回戦負け。クリスマスボウルのクの字も見えないよ」

 

「クリスマスボウル?」

 

「要は日本一決定戦、です」

 

「そう、年に一回だけ、クリスマスに!東西の最強チームが激突するんだ!

そりゃもうすごくてね!東京スタジアムのオーロラビジョンにリプレイとか映って……。

皆で目指すもののために文字通り敵にぶつかってく。その瞬間が燃えるんだ!」

 

そう語る栗田の目は、少年のように輝いていた。

セナもなんとなく、その瞬間を想像する。

鳴り響く歓声。包み込む熱気。肩を組む仲間。

無意識に、ごくっと喉が鳴った。

 

今まで痛みから逃げ続けてきたセナは、自分がスポーツをやるなど想像したこともなかった。しかし、これ以上に楽しいものなどないという風に語る栗田の顔を見ていると、セナはこのアメフトというものに少しだけ興味が湧いた。だけど、自分にはこのスポーツは向いていない。

 

「あ、あの。僕、入部希望じゃ、ないんです」

 

「え……えぇ〜〜〜っ!!」

 

ズガーンという擬音が聞こえるほどにあんぐりと口を開けて驚愕する栗田に、セナは慌てて言葉を続ける。

 

「僕、スポーツとかやったこと、なくて……。力とかも全然ないし、入っても迷惑かけるだけだと思うんです……」

 

「そんな──「そんなことないです」

 

栗田よりも先に、黒子がそれを否定した。

黒子はセナの目をまっすぐに見て、言葉を紡ぐ。

 

「大事なのは能力じゃなく、やりたいかどうか、だと思います」

 

(やりたいか……どうか……)

 

セナの目にふと部室の壁の部員募集のポスターが目に入る。

そこには『主務も同時募集!』と書かれていた。

 

(確か、マネージャーみたいな仕事だっけ、主務って……。それなら力がなくても……)

 

「じゃ、じゃあ、主務って、僕でも出来ますか」

 

「は、入ってくれるのセナくん!?」

 

「ちゃんとやれるかわからないですけど……」

 

「大歓迎だよ〜〜〜!!」

 

「あばばばばば」

 

栗田がセナの腕を掴んでぶんぶんと振り回す。目を回すセナの背中をさすりながら、黒子がその表情をほんの少し和らげながら言う。

 

「小早川くん……でいいですか?よろしくお願いします」

 

「────うん!」

 

生まれて初めて出来た「部活の先輩」と「部活の友達」。

セナの胸中は、この部室に連れて来られた時とは比べものにならないほど晴れやかで、高揚感に満ちていた。

 

 

✳︎

 

 

入学祝いで新しく買ってもらった携帯の、幼馴染のまもり姉ちゃんしか登録されていなかったアドレス帳に「栗田良寛」と「黒子テツヤ」が加わった。それをニマニマと眺めながら帰り道を歩くセナだったが、突如その頰を殴られ尻餅をつく。そして腕を掴まれ無理やり立たされた。

 

「おうセナ。さっきのデブの番号教えろ。ついでにあの地味な奴もだ」

 

「あのデブ部活やってんだろ。大会なんて出場停止にしてやるよ。」

 

セナの頭の中に栗田と黒子の顔が浮かぶ。

あの優しい二人を、巻き込みたくない。

セナの目が、恐怖を帯びながらも不良たちを睨みつけた。

 

「いやだ!!おまえらなんかに渡すもんか!!」

 

セナは自分を掴んでいるタラ唇の手に噛みついた。タラ唇が痛みで思わず手を離したその隙に、セナがするりと抜け出す。

 

「あ、てんめっ、待てコラァ!!」

 

走る。走る。

捕まれば今度は殴られる程度じゃ済まない。

何より、栗田と黒子に迷惑をかけたくなかった。

 

道路を駆け、公園を抜け、坂を下り、商店街。

そこを抜ければ駅だというのに。

安売りセールのせいか、商店街は人でごった返していた。

 

(? あれは……小早川くん)

 

ワクドナルドからバニラシェイクを片手に出てきた黒子が、セナの姿を見つける。

 

セナは一瞬だけ考え込むように立ち止まっていたが、次の瞬間人混みの間を縫うように超スピードで駆け抜けた。

まるで突風がその場を吹き抜けたような感覚がして、黒子は目を見開く。この感覚には、覚えがあった。

後ろから追いかけてきた不良たちが人にぶつかり、怒声を放つ。

 

「……すごい」

 

思わずセナの後を必死で追いかける。セナは回り道していた不良の一人をスピンしながら抜き去り、改札を抜け、駅のホームへと飛び降りて、出発寸前の電車へと文字通り飛び込んだ。

それを駅のフェンス越しに見ていた黒子は、ゴクリと息を飲んだ。

胸を激しく打つ鼓動は、息切れのせいだけではないのだろう。

 

 

✳︎

 

 

栗田は、ザ・極悪非道の異名を持つ男、ヒル魔とともに部室へと向かっていた。欺瞞・脅迫・銃火器が当たり前という、現代社会に真っ向から喧嘩を売る危険人物だ。

今日も肩に当然の如くアサルトライフルを担いでいるが、栗田はそれを気にすることなく並んで歩いていた。

 

「実は昨日ね、新入部員が二人も入ってくれたんだ!一人は主務希望なんだけど」

 

「おー、そうか。俺も一人ランニングバックを見つけてなァ。まさに黄金の脚だ。やる気満々で是非入部してぇってな」

 

「へー、よく見つけたねヒル魔!」

 

「ハイ入部届け書いてー」

 

部室の扉を開けるとそこには、家路で突然拉致され縄で芋虫のようにぐるぐる巻きにされたセナが転がっていた。ついでにヒル魔が撃つ銃の弾を体をくねらせ必死に避けている。

 

「セ、セナくん!?」

 

その後、半ば無理やりユニフォームを着せられ、グラウンドへと連れて行かれたセナ。

ユニフォームには『21』の数字が書かれ、ヘルメットには目を隠すようにアイシールドがつけられていた。

 

「テメーの選手登録名(コードネーム)は今から……アイシールド21!!」

 

「主務だってのに〜!!」

 

泣き喚くセナを無視してヒル魔が栗田へ向き直る。

 

「んで、もう一人はどこにいやがる」

 

「メールは送ったんだけどなぁ。まだ来てないみたいだね」

 

「あの、来てます」

 

「ぴやぁぁぁぁぁぁ!?」

 

栗田の後ろに立っていた黒子が声をあげると、栗田とセナがギョッと目を剥き飛び退る。ヒル魔ですら目を見開いていた。黒子は慣れているのか、特にリアクションもせずにヒル魔に向き直るとぺこりと頭を下げた。

 

「初めまして。黒子テツヤです。ポジションはレシーバーをやってました。よろしくお願いします」

 

「……黒子テツヤ?」

 

黒子の自己紹介を聞いて、ヒル魔の眉が上がる。

 

「帝光中学のか?」

 

「はい」

 

「……試合には出てたか?」

 

「はい。全部ではないですけど、一応毎回ベンチには入ってました」

 

「えぇっ!?す、すごいね黒子くん!」

 

「そうなんですか?」

 

「帝光中学って部員が凄く多いから、試合に出してもらうのも凄く難しいんだって!特にほら、キセキの世代がいたから更に、ね」

 

ヒル魔が目を細め、何かを考え込む素振りを見せる。

いつもハッキリと物を言い即断即決ばかりのヒル魔にしては珍しいと、栗田がその顔を覗き込んだ。

 

「何か引っかかるの?ヒル魔」

 

「いーや……とりあえず40ヤード走やってみっか」

 

「40ヤード……」

 

「だいたい36mくらいだね!アメフトだと50m走じゃなくて40ヤード走で足の速さを測るんだ」

 

「普通のやつなら5秒台。5秒の壁が凡人と短距離選手(スプリンター)の境界線だな。ほれ測れ」

 

栗田とヒル魔の二人が先に走り、記録は栗田が6秒5、ヒル魔が5秒1だった。ヒル魔は自己ベスト記録を更新したらしく、かなりテンションが上がっている。

 

「それじゃ次は、黒子くん!」

 

「はい」

 

膝を屈伸させていた黒子が、スタート地点へと向かう。

その姿には強者のオーラなど微塵も感じられなかったが、強豪中学の試合メンバーだったということは、とんでもなく速かったりするのだろうか。

栗田とセナが、ゴクリと息を呑んで見守った。

 

ヒル魔がロケットランチャーを構え、天に向かって撃つ。校舎を震わせるほどの爆音をスタート合図に、黒子が走り出し、至って普通に走り抜けた。セナがストップウォッチを押し、そのタイムを恐る恐る見る。

 

「こっ……これは!!」

 

 

『5秒5』

 

 

黒子の記録は男子高校生の記録のザ・平均だった。

 

「えーっと……」

 

反応しづらい。栗田とセナがもにょもにょと口を動かす。

しかし黒子は

 

「僕も0.1秒早くなりました……!」

 

と微かにガッツポーズを決めている。分かりづらいがその目も輝いているように見えないこともない。

 

「……黒子(コイツ)のほうは一旦おいとくか。ほれ、次走れ」

 

「え?いや僕は選手じゃ……」

 

ヒル魔が笑顔でガチャリとロケットランチャーを上ではなくセナに向けて構えたのを見て、セナは言葉を切って急遽スタート位置についた。

 

「よーい……」

 

またロケットランチャーから弾が放たれ、空で轟音と共にパラパラと花火が舞う。

走り抜けたセナの記録は──

 

「5秒0!5秒の壁ジャスト!」

 

「う、うそっ!?」

 

自分が思っていたより好記録だったのか、セナがストップウォッチを覗き驚く。

その様子を見て、黒子が口を開いた。

 

「小早川くん、今の本気ですか?」

 

「えっ?う、うん、本気で走ったけど……」

 

黒子が考え込むように目を伏せた。

 

(絶対こんなものじゃない、はず。だって昨日見たあの速さは、感じたあの感覚は紛れもなく────)

 

黒子の意識を遮るようにヒル魔がセナへと近寄る。

 

「爆裂スタートダッシュだが、すぐにスピード緩めるから徒競走じゃ記録が出ねぇ。つまりスピード緩めさせなきゃいいわけだ」

 

そう言いながら『ほねっこおやつ』と書かれた袋を開け、中の菓子の一つをセナの背中へと放り込んだ。そして大きく息を吸い、その名を叫ぶ。

 

「ケルベロス!!」

 

ぺたらっぺたらっという音が辺りに響く。

どこからか走ってきたのは……恐犬。

 

「BOWWOW!!」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!!」

 

小柄でありながらその名に恥じぬ恐ろしさの顔の犬が、セナの背中を目掛けて走り出した。

風を巻き起こし土煙を巻き上げながら一直線に駆け抜けたセナ。

しっかりストップウォッチを押して測っていたヒル魔が雄叫びをあげた。

 

『4秒2』

 

「YAーーーHAーーーーー!!見やがれ奴の本領を!!高校記録なんてもんじゃねぇ、プロのトップスピードだ!」

 

(人間の限界、光速の4秒2……。こんな速さ、キセキの世代の人たちにもいなかった……!)

 

「セ セナ君!!すごいよすごすぎるよ!!」

 

「春の大会はもらったな」

 

「あ、そっか、もうすぐ大会だね」

 

「とりあえず大会のために助っ人集めねぇとな」

 

「試合人数足りないもんね」

 

「試合っていつからなんですか?」

 

「明日」

 

「はやーーーーっ!!」

 

「……もしかしてとんでもないところに入部してしまったんでしょうか」

 




アイシールドの二次創作少なすぎィ!自分、創作いいっすか?
最近黒バスをまとめ買いしたから黒バス要素もぶちこんでやるぜー!
展開予想とかは勘弁してください!なんでもしますから!(なんでもするとは言ってない)


【tips!】
黒バス原作ではキセキの世代は10年に一人の天才と言われてますが、そうなると阿含は100年に一人の天才ということでキセキの世代の10倍天才なん?それはどうなん?ってなったので、キセキの世代のほうを格上げしました。まるで100年に一人の天才のバーゲンセールだな。


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「六人目がいるって話だ」

ヒル魔が奴隷──もとい助っ人を集め、試合する人数が足りないという問題はクリア。

 

そしていよいよ今日は東京大会、セナたちの泥門デビルバッツの一回戦の相手は恋ヶ浜キューピッドだ。彼女持ちが入部の条件で、彼女を必ず試合に連れてくるというふざけたチームである。デビルバッツの助っ人メンツも嫉妬の炎をメラメラ燃え上がらせている。

 

 

「き、緊張してきた〜……」

 

「相手はどんなチームなんですか?」

 

「かなり弱小。キャプテンの初條ってのがそれなりに器用なとこ以外はウチと似たようなもんだ」

 

「こっちにはセナくんと黒子くんが入ってくれたからね!これは勝てるかもだよ!」

 

()()じゃねぇ勝つんだよ」

 

皆が防具をつけていくなか、セナは制服のままドリンクを出したりスパイクを渡したりと主務業をこなしているのを見て、黒子が首を傾げた。

 

「? 小早川くんは着替えないんですか?」

 

「ぁいや、僕は主務だし……あ!ほら、これ!ビデオ!撮らなきゃ!ね!」

 

ビデオカメラをぶんぶんと見せつけるセナ。どうやら黒子はセナがすでに選手をやる気になっていると思っていたらしく、少し気落ちする。

 

「そう、ですか」

 

「勝てそうなら出すこともねーよ。秘密兵器他チームに晒したくねーしな」

 

ヒル魔の言葉にセナも胸を撫で下ろした。

 

「負けそうになったら出す。容赦なく出す」

 

そして続いた言葉に肩をガクリと落とした。

 

「んで、ファッキン地味」

 

((ファッキン地味!?))

 

「テメーは……何が出来る?」

 

ヒル魔が黒子の顔を見据えながら聞く。しかしその表情には疑問というよりは期待の色が浮かんでいた。

 

「────消えることができます」

 

✳︎

 

「ぶっ こ ろす!!yeah!!」

 

「……すごいかけ声ですね」

 

モテない男子たちの殺意が篭った掛け声ととともに、いよいよ試合開始。

 

「えっと、最初は泥門の攻撃、ですか?」

 

「そ、アメフトは野球みたいに攻守が分かれてるんだ。まずはこっちが攻撃!」

 

両チームの選手たちがズラリと並び、睨み合う光景にセナはゴクリと息を飲む。

自分が言うのもなんだが、吹けば飛んでしまいそうな黒子で、対抗できるのだろうか、と心配そうに黒子を見つめた。

 

それは敵も同じようで、黒子の前に立ちマークについた敵選手が黒子を見て失笑する。

 

(うおっ、なんだこいつ影薄っ……!こりゃラクショーだなぁ)

 

✳︎

 

『消えることが出来る』と宣った黒子は続けてヒル魔にこう言った。

『パスもらえますか』。

 

「SET!HUT!」

 

誰も黒子の能力を知らない。

どう見てもパワーのある体格ではなく、眼を見張るようなスピードがあるわけでもない。全国トップの中学でレギュラーになれる要素はどこにもない。栗田ですら、レギュラーというのは本人の見栄ではないかと少し思ってしまっていた。

そんな中、ヒル魔だけは半ば確信していた。

 

中学の大会の情報をそこまで積極的に集めていたわけではないが、それでもほんの微かに聞いたことがある噂。ガタイも無ければ生まれついての才能もない。それでも、闘い方ひとつで天才たちへと追いついた、()()()の選手がいると。

 

ヒル魔は黒子が()()なのだと、何かを起こすのだと確信して、そこへボールを投げ込んだ。

 

「見ててねマリちゃーん!このチビぶっつぶ……へ?」

 

 

黒子をマークしていたキューピッドの選手の視界から、黒子の存在が消えた。

 

 

左を見て、右を見て、振り向いた時には、いつのまにか後ろにいた黒子がボールをキャッチしている瞬間だった。

 

「パス通ったー!!」

「20ヤード前進!」

 

他のキューピッドの選手が黒子を止めたが、マークしていた彼はいまだ目をパチクリとさせていた。

 

「何やってんだ!」

 

「か、影薄すぎて見失っちまった、悪い……」

 

確かに油断はしていた。それに彼女のほうをチラリと見もした。

それでも、普通あんな一瞬で人が消えるものなのか。

 

違和感を拭えないまま、彼はまた黒子の前へと向かうことになる。

 

✳︎

 

「もう一回パス、ください」

 

『もう一回黒子へのパスで行く』とヒル魔が発言する前に、黒子がヒル魔へそう言った。

何を隠そうヒル魔も今のパスキャッチ……というよりキャッチに至るまでの一連の流れを理解出来ずにいる。

傍から見れば黒子のマークはただ棒立ちしているだけだった。

アメフト経験ゼロのデビルバッツの助っ人ですらもっとマシな動きをするだろう。

あれは……困惑、の顔だろうか。

少なくとも、黒子がマークに対して何かをしたのは間違いない。

何かを起こすとは思っていたが、まさか何が起こったかわからないことになるとは思ってもいなかった、とヒル魔はその口の端を歪め、目を細める。

 

✳︎

 

「SET!HUT!」

 

(もう目ぇ逸らさねぇからな、この地味やろ───

 

────へ?な、んで……」

 

マークに入った彼は、またしてもその視界から黒子を見失うことになる。

 

「パス成功ー!!」

 

まさかと思い振り返ると、自分の後方でボールをキャッチし走り去る黒子の背中が見えた。

 

「なにやってんだぁ〜〜〜!!」

 

なんとか黒子を止めたものの、すでにキューピッド側のゴールラインはすぐそこ。

 

黒子のマークをしていた選手に顔が変形するほど怒鳴り散らしている初條を横目に、セナがなんとかルールを把握しようと考え込む。

 

(あ、守備側は相手がボールをキャッチするのを防がなきゃいけないのか。なのに、あの人は棒立ちだから怒られてるってことかな……)

 

キューピッドが思わずタイムアウトを取った。ベンチに戻ってきた黒子に栗田が目を白黒させながら問いかける。

 

「ど、どうなってるの?」

 

「──キセキの世代には……()()()がいるって話だ」

 

「へ?」

 

その問いに対し、ヒル魔がガムを咥えながら答えた。

 

「『キセキの世代ならざる者ながらキセキの世代に認められているが、誰もその姿を見たことがない・見たことを覚えていないと言う選手がいる』。ンな噂があった」

 

「それが黒子くん、ってこと……?」

 

「そんな風に呼ばれてたんですか。なんか幽霊みたいですね」

 

「慣れてますケド」と言いながら、少し心外といった雰囲気で黒子が眉根を落とす。

 

「じゃ、じゃあ黒子くんは、自由に消えたり出来るの?」

 

「さすがに自由には無理ですけど」

 

「でも消えるってどうやって?」

 

「ミスディレクション……視線誘導です」

 

「み、ミスド?」

 

聞き慣れない単語、ついでに英単語であるというだけでセナの脳が聞き取りを拒否する。

 

「手品師とかがやってんだろ。左手で派手な動きをしてる内に右手でタネを仕込む。客は左手に目がいって右手に気づかねぇ」

 

「あ、テレビで見たことある……」

 

「コイツがやってんのもそれだ。自分は元から薄い影を更に薄く。その上で相手の視線を自分とは別の場所、ものに移動させて、相手の視界から()()()

 

「そ、そんなことで……?」

 

「はい、その通りです」

 

ヒル魔の説明に、説明の手間が省けましたと言いたげに頷く黒子。

それに対してヒル魔の顔は納得がいかないような、何とも言えない顔をしていた。

 

視線を逸らさせれば相手には自分が見えなくなる。言うのは簡単だ。

だがそれくらいでこんな芸当が可能になるわけがない。

持ち前の影の薄さを利用したうえで、さらに他のスキルを犠牲にして、相手のマークを外すことだけに特化している。あまりにも歪だった。

 

それでも、今のヒル魔には。今のデビルバッツには。この上なく適材であった。

 

「おいファッキン地味。さっきと同じようにマーク外せるか?」

 

「マーク一人なら、ほぼ確実に」

 

淡々と答える黒子に、ヒル魔は口角を吊り上げた。

 

✳︎

 

(ぜったい、ぜ〜〜〜ったいに目を離さん!)

 

二回も出し抜かれた彼は、目から血管が浮き出るかというほどにギンギンに滾らせ、一挙手一投足を見逃さんと黒子を睨みつけていた。

 

しかしそれは逆に黒子にとってありがたいと言えた。

黒子の一挙手一投足に注目するということは、それだけミスディレクションしやすくなるということだ。

 

敵選手。ボール。自分の目線。クォーターバックの動き。ボール。観客。彼女。パスを求める手。チームメイトの位置。審判。ボール。

 

あぁ、ほら。目が逸れた。

 

(あ────)

 

3度目ともなれば、彼ももうわかるだろう。

彼の後ろには、ボールを受け止めた黒子がいる。

 

(──こいつ、止めるの無理なんじゃね?)

 

ヒル魔は先ほどの二回でキューピッドの選手の守備を大体把握した。

そしてその間を縫うようなパスルートを黒子に指示していた。

ボールを持ったまま走る黒子の前方には、誰もいない。

 

「タッチダウン!!」

 

横からタックルを食らいつつも、黒子が倒れ込んだ場所はゴールゾーンの中だった。キューピッドの面々が怒声を上げ、デビルバッツの面々が歓声を上げる。

セナもよくわからないままにガッツポーズを決めた。

 

(と、とりあえずあの色が違うところにボールを運んだらゴールなんだな!)

 

ヒル魔がキックしたボールは外れ、スコアは6対0。

攻守交代、今度はデビルバッツの守備である。

 

「クッソ、意味わかんねぇ……!!」

 

キューピッドの選手がぶつくさと言いながらセットする。

最初に選択したプレーは、パス。

デビルバッツの助っ人たちは、いまいちキューピッドのレシーバーの動きについていけていない。

その内のレシーバーの一人に、キューピッドのクォーターバックがボールを投げた。

 

「よっしゃ、どフリーだ!パスせいこ──」

 

パスのキャッチ成功を確信していたレシーバーから少し離れた位置で、別の選手が目をぐるりと回した。

 

(……待て、俺のマッチング相手、どこ行った?)

 

その疑問は一瞬で解明される。

パスされたボールを、突如レシーバーの眼前に現れた黒子が叩き落とした。

 

「んな……っ!?」(どっから湧いたコイツー!?)

 

「うおおおおパスカット!」

 

パスしたボールをレシーバーがキャッチできなかった場合、そのプレーは失敗となる。4回のプレー以内に10ヤード進めなければ、そのチームの攻撃は終了し、攻守交代。

今キューピッドは、攻撃権4回のうち1回を黒子に止められたのだ。

 

「偶然だ!もっかいパスでいくぞ!」

 

キューピッドの次のプレーもパス。泥門の守備は素人ばかりで、まともにパスを止めることも出来ないはずなのだ。その判断は間違っていないといえるだろう。

────黒子テツヤがいなければ、の話だが。

 

(よし、今度は大丈夫だろ!)

 

キューピッドのクォーターバックが、周りに誰もいないレシーバーを狙ってボールを放る。

 

「は……え、ちょ、ま」

 

しかしそのボールはまたしても、黒子の手によって弾かれ、レシーバーへと届く前に地に落ちた。

黒子は持ち前の影の薄さ+敵クォーターバックの死角に入り込むことによって、パスを投げる箇所を誘導したのだ。

 

(なんでだ!?足も速くねえし背もデカくねえし能力は全然高くねえのに!アイツ一人にいいようにされてやがる!)

 

初條もさすがにおかしいと感じ始めたのか、戦慄の表情を浮かべる。

 

「しょうがねぇランで進めるぞ!」

 

(あ、ボールを持ってそのまま走るのもアリなんだ……)

 

キューピッドはやむなくランプレーを選択。

セナは心のメモ帳に「ボールを持って走るか、投げるかしてゴールに運ぶ」と書き加えた。

 

(もしかして、これも黒子くんは止めれるの……?)

 

今までのプレー全てで、黒子が活躍している。その能力の詳細はよくわかっていないが、とにかくなんか凄いのだということはセナにもわかった。ならば、このランもミスディレクションとやらでどうにかするのではないか。

セナが期待のこもった目で黒子の姿を追う。

 

しかしランナーへと向かっていった黒子は相手のブロッカーにどつかれて、べちっと前のめりに倒れた。

 

「すごい普通に倒されたー!?」

 

「ランナー止めろぉー!!」

 

鼻についた土を拭いながら、黒子が立ち上がる。

 

「歩きならともかく、高速で走ってくる相手に真正面からミスディレクションを決めるのはまだ無理です……」

 

「そこまでは求めやしねェよ。相手のパスっつー選択肢削ってるだけでも充分だ」

 

✳︎

 

キューピッドが黒子の対応を決めかねているのと同時刻、フィールドの観戦エリアに二人の男がやってきた。

 

「ああ、試合始まっちゃってら。進が改札ぶっ壊さなけりゃもっと早く着いてたのに……」

 

「何もしていないと言っているというのに。あの駅員も強情だった」

 

「あー、うん、そうね……。っと、泥門が先制してるじゃん」

 

「予想よりもずっと早いな。栗田の突進(ラッシュ)が決まったか?」

 

その二人の男を見たヒル魔がしかめっ面をして黒子を呼び寄せる。

 

「……チッ!ファッキン地味、交代だ!」

 

「! まだやれます」

 

「王城が偵察に来てやがる。見やがれ」

 

「あ、桜庭くんでゃ「桜庭なんかどうでもいいんだよ、隣だ隣」

 

ヒル魔が栗田の顔を引っ掴んで顔の向きを変える。

 

「進清十郎。40ヤード走4秒4でなおかつベンチプレス135kg。正直キセキの世代以上のバケモンだ。奴にだけはこっちの手の内明かしたくねぇ」

 

「……わかりました」

 

少し不満気に見える雰囲気でベンチへと戻っていく黒子。

わかりにくいが、試合に出たがりのようだった。

 

「お?あの15番引っ込めたぞ?」

 

「ま、マジか!?うおぉぉぉやったぁぁぁ!!」

 

「なんかよくわからんが、不気味な奴だったな……」

 

黒子に三度も出し抜かれた選手が歓喜の声をあげる。

他のキューピッド選手も黒子の異常さを薄々感じていたのか、安堵のため息を漏らした。

 

 

そこからの試合展開はまさに泥仕合。

デビルバッツはまともにパスを取れる者がおらず、キューピッドもパスを投げるために下手に時間を使えば栗田がラインを突破してきて投手にタックルをかまされる。お互いにランを中心に攻めていたのだが、どちらも一点も取ることなく試合時間は刻々過ぎていった。

 

後半残り12秒。ことごとくヒル魔や栗田のいる辺りを躱して走っていたキューピッドがついにタッチダウンを決めてしまう。

 

「いいいよっしゃぁ!!次キック決めれば逆転だぞ!」

 

今の点数は 6対6。

タッチダウンを決めた後にはボーナスゲームがある。キックしたボールをゴールポスト、つまり棒と棒の間の空間に蹴り入れることが出来れば、追加点が入る。

 

「入るなぁぁぁぁ!」「入れぇぇぇぇ!」

 

初條が蹴ったボールは無常にもゴールポストの間を抜け、キューピッドに追加点が入ってしまった。たった1点の追加点だが、残り10秒ではあまりにも遠い1点。

 

「おやおや!?入っちゃったかなぁ!?」

 

初條が嬉々として泥門を煽る。

泥門のメンツもお通夜ムードだ。ヒル魔が苛立たしげに舌打ちをした。

 

「チッ、隠したいとか言ってる場合じゃねぇな」

 

「! 交代ですか」

 

「テメーじゃねぇ座ってろ」

 

ガタリと立ち上がったが、スン……とベンチに座りなおす黒子。

 

「え?でもさすがに黒子くんを出したほうがいいんじゃ……」

 

「脚が速いランナーと謎のテクニックを使うレシーバー、どっちを見られるのがイヤだと思ってんだ。進に黒子のキャッチ見せたら最後、ぜってぇ次戦うまでに原理を解明してくんぞ」

 

「…………んん?脚が速いランナー?」

 

ヒル魔の言葉に引っかかりを覚えたセナが首を捻る。

デビルバッツにそんな選手はいただろうか。セナの頭が解答を導き出す前に、ヒル魔の手が答えを指差した。

 

「というわけで出番だアイシールド21」

 

「なんでぇぇぇぇぇ!?」

 

「早く着替えてこい30秒以内1秒遅れるごとに銃弾一発ぶち込むぞほらいーちにーぃさーんしーぃ」

 

「ほわぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

カウントダウンしながらライフルを足元にぶっ放してくるという理不尽を受けてトイレの裏へと走り去っていくセナを見送り、ヒル魔が桜庭と進の方へと向き直る。

 

「さて、今のうちに桜庭だけでも排除しとくか……。

 

あれれ〜!?あそこにいるのはジャリプロの桜庭くんかなぁ!?」

 

敵ベンチまで聞こえる大声で叫ぶヒル魔。

ギラリ。

その瞬間、キューピッド選手の彼女たちが、目の色を変えて桜庭へと突進していった。

 

「桜庭きゅん!!」「さーくらばちゅわぁぁぁん」

「さっ、桜庭くん!」「ささささくららびゃはふほほほほ」

 

「うわっ!!ヤバイ!!進任した!」

 

桜庭がビデオを進に押し付け逃げ出すが、5秒後には進の手の中のビデオは無残な鉄屑へと成り果てていた。

 

「ビデオがおかしい」

 

進が桜庭を追いかけてどこかへと走り去る。

その様子を見てヒル魔がパチンと指を鳴らした。

 

「お?何故か進まで消えた!ラッキー!よし、黒子も出すぞ」

 

「ホントですか」

 

「あっちはおそらく何人かでテメーを止めにくるはずだ。ミスディレクションは使わなくていい、引きつけろ。その間に────

 

「うお!?」「誰だ!?」「はえー」「すっげ!」

 

────アイシールドがぶち抜く!」

 

土煙を起こしながら駆けてきたアイシールドに、デビルバッツの助っ人たちが目をむく。

 

「よーし作戦会議!敵がキックしたボールは俺がキャッチする。んでテメーにトスする。テメーはそのまま敵を避けつつゴールラインまで走り抜ける。デビルバッツ勝利、以上だ!絶対途中でコケんなよ」

 

「えぇえぇえぇ〜……そんな都合よく……」

 

「テメーの足ならイケんだろ」

 

「セナくんなら大丈夫だよきっと!」

 

「君は……君が思っているよりも、ずっと凄いんです」

 

「ぼ、くが……」

 

セナの体が震える。それは、恐怖とは違う感情で。

そんなことを言ってもらえたのは、初めてで。

誰かに頼ってもらえたのも、初めてで。

 

応えたい、と思ったのだ。

 

 

「キューピッドのキックオフです!」

 

「15番潰せー!何もさせんなー!」

 

ヒル魔の予想通り、新しく入ったアイシールドには目もくれず、キューピッドの選手の数人は黒子へと突撃する。黒子がセナへと叫ぶ。

 

「行ってください!」

 

ヒル魔が取ったボールを、セナへと投げ渡す。

 

「行けッ!」

 

栗田がセナの進行ルートにいる相手を押し潰す。

 

「行ってー!」

 

 

(皆が皆、ボールを前に進めるために頭使って、体を張って、頑張ってる……。これが、アメフト……!!)

 

ゾクゾク、とセナの体に得も言われぬ感覚が込み上げてくる。

 

「あの補欠潰せー!!」

 

ボールが渡ったセナに向かって、残りのキューピッドの選手たちが向かってくる。

それをタックルを横っ飛びで躱す。稲妻を描くようにギザギザに走り抜ける。突っ込むと見せかけて、大きく切り返す。面白いようにキューピッドの選手を全て抜いていく。

 

「なんだあの曲がり方(カット)とスピード!?」「高校レベルじゃねーぞ!?」

 

セナは最後の一人の前で減速し、相手を見上げる。

 

「ビビって止まった!」「よっしゃぶっ潰せー!!」

 

しかしセナは相手がタックルする瞬間に、ロケットスタート。

自分が今出せる最高速で相手の横を駆け抜ける。

突如として目標を見失った相手は、虚空にハグしたまま地面へボトリと落ちた。

 

(もう、誰もいない───!誰も、止められない!)

 

ゴールゾーンに足を踏み入れたセナは、ガッツポーズをとる。

 

「タッチダウン!!」

 

瞬間、デビルバッツから大歓声が起こった。

試合時間残り0秒、スコア12対7。

デビルバッツの逆転勝利、初勝利だった。

 

✳︎

 

「小早川くん。僕は、影なんです」

 

その日の帰り道。

帰る方向が一緒になったセナと黒子が並びながら歩いている途中、突然黒子がそう言った。

 

「へ?」

 

「僕一人じゃ、どうやったって勝ち進むことは出来ません。自信があります」

 

「そ、そこ自信持つとこなんだ……」

 

「僕は君という光の、影になります。

君を……このチームを、日本一にしてみせます。

だからクリスマスボウルを、目指してみませんか?」

 

黒子はセナを真っ直ぐに見て、言った。吸い込まれそうなその瞳に少し怯みながら、セナが目を泳がせる。

 

「いやでも、キセキの世代とかいう凄い人たちに勝てるかわかんないっていうか僕程度がおこがましいっていうか……」

 

「今日の試合を見て確信しました。小早川くんには、()()にも劣らない潜在能力(ポテンシャル)がある」

 

「だ、だけど────」

 

「僕は、小早川くんなら勝てると信じます」

 

黒子が言い切り、セナはしばらく口をもにょもにょ動かして俯いていたが、やがてその顔を上げた。

 

「えと……よろしくお願い、します?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

ビビリでパシリで小市民な人類最速ヒーロー()と、

地味で貧弱で無表情なキセキの凡人()が、約束を交わした。

それは図らずしも、ヒル魔と栗田ともう一人の、デビルバッツの最初の三人が交わしたものと、同じであったのだ。




オマケ
王城高校前駅にて

「駅長!例の彼が改札をぶっ壊しました!」

「ぐぬぉぉぉまたか!仕方ない、改札のひとつを彼専用にするか……」

翌朝
『機械オンチの人用改札』

「駅長!別の改札から入ろうとした彼がまたぶっ壊しました!」

「自覚がないんだな!?ならばこうだ!」

翌朝
『王城高校アメフト部選手、進清十郎様専用改札』

「駅長!自分専用など恐れ多いと遠慮した彼が別の改札を!」

「謙虚だなぁちくしょう!!」


現在
『筋力トレーニング用改札』

「駅長!おもりの量をもっと増やしてほしいと彼から要望が!」

「えぇい、いくらでも増やしてやれぇい!!」


【tips!】
今作の黒子の背番号は15です。黒バス原作では11なのですが、デビルバッツだとムサシと背番号が被ってしまうため、帝光時代の背番号15を採用しました。


【tips!】
石丸は犠牲になったのだ、ミスディレクションの犠牲にな……。石丸出したら黒子の影の薄いキャラ持ってかれちまうんだよ!ごめんな石丸……。
「いいよいいよ……」あ、いいそうです。



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「わかりやすいあだ名ですね」

 

 

恋ヶ浜との試合の翌朝。

ヒル魔のスパルタトレーニングで狂犬ケルベロスに追われ、ガジガジと頭をかじられるセナ。

そこに「寝てんじゃねーぞ」と、ヒル魔がセナに向けて銃を乱射するシーンを、セナの幼馴染、まもりが目撃してしまった。まもりは「セナをいじめないで!!」とセナをかばうが、ヒル魔がそこでピンと閃き口を開く。「誰かマネージャーがいればセナくんの負担も減り、お仕置きする必要もなくなるなぁ〜」と。

まもりはヒル魔の思惑通り、セナを守るためにアメフト部のマネージャーになったのだった。

 

「姉崎さんも入ってくれたし、デビルバッツ初勝利も収めたし、こりゃ今年はいけるぞ〜!!ホワイトナイツみたいな強いところと当たらなきゃ……」

 

「次はどこと戦うんですか?」

 

「ホワイトナイツ」

 

「「ほぎゃーーー!?」」

 

さらりと答えるヒル魔に白目を剥く栗田とセナ。

しかし黒子は、何かを思い出すようにその目を空へと向けた。

 

「ホワイトナイツは、たしか……」

 

✳︎

 

王城ホワイトナイツとの試合日。

デビルバッツが試合会場へと入ったのと同じタイミングで、王城ホワイトナイツも会場に到着する。

ゾロゾロとホワイトナイツのメンバーが続くなか、眼鏡をかけた長身緑髪の男子が、黒子の姿を見て立ち止まった。

 

「……黒子」「緑間、くん」

 

「ん?知り合いか?」

 

ホワイトナイツの巨体のライン、大田原が緑間と呼ばれた男の横からひょこりと顔を出す。

しかし彼はフン、と鼻を鳴らすと、テーピングされている左手の指で眼鏡を上げ、顔を背けた。

 

「……いえ、知りません。人違いでした」

 

「そうか!ドンマイ!」

 

大田原とともに振り返ることなく立ち去る緑間。

その後ろ姿を眺める黒子に、セナが首を傾げた。

 

「えっと……知り合いじゃないの?」

 

「彼は──キセキの世代の一人です」

 

「ええっ!!?」

 

栗田とセナが目を見張りながら、首がねじ切れんばかりの勢いで緑間が行った方向と黒子を交互に見た。

 

「緑間真太郎。全ての能力が高い次元で完成されてる、中学ナンバーワンクォーターバック……っつーのが中学最後の評価だな」

 

「……彼らは、成長速度も普通の人の比じゃないです。今、どれほどの強さになってるかは、わかりません」

 

「そ、そ、そんなぁ〜!どうしよう!ヤバイよヒル魔〜!」

 

「……ま、王城が最初から緑間を使ってくるなら、な」

 

ヒル魔が王城のベンチを横目で見ながら、呟くように言った。

 

✳︎

 

 

「クォーターバックは高見でいく。いいな?」

 

ホワイトナイツの監督、庄司軍平が有無を言わさぬ威圧感を出しながらそう言った。高見は三年生で、ホワイトナイツの正クォーターバック、()()()男だ。

 

「……温存ですか」

 

「当然だ。泥門なんぞに緑間を使ってデータを晒すわけがあるか。……神龍寺も来とるしな」

 

「わかりました。負けそうになったらすぐ交代させてください」

 

緑間の物言いに、庄司監督のこめかみがピクリと動く。

 

「……そんなことが、あり得ると?」

 

「監督。どんな相手だろうと、敗北の可能性は存在します」

 

去年、練習試合でホワイトナイツがデビルバッツと戦った時のスコアは99ー0で圧勝だった。そこからたかだか一年足らずで、関東最強候補のこのホワイトナイツとまともに戦えるようになるはずがない。その発言はこのチームと自分への侮辱だ。そう感じた庄司監督は緑間に対し声を荒げかけたが、進の言葉で冷静さを取り戻す。

ちなみに進はこの前のデビルバッツの試合のビデオを取れなかった責任を負い、この試合のスタメンから落ちている。

 

「ああ、わかってる。だが仮に、仮に危なくなったとしてもまず進から投入する。緑間は出来れば準決勝以降まで他チームに見せたくはない」

 

「わかりました」

 

淡々と頭を下げる緑間を見て、庄司監督は鼻で大きく息をついた。

礼儀を知らないわけではないが、ところどころでプライドの高さというか、不遜さが目立つ。中学で無敗だった故にある程度は仕方ない面もあるだろうが……。そんな欠点を補ってなお余りありすぎるほどの能力の高さがあるのだ。

 

「……ところで緑間、なぜカップ麺を持っているんだ?」

 

「食わねーなら貰ってやるぞ!」

 

「食べないでください。これは今日のおは朝のラッキーアイテムです」

 

「……他の奴になら、フィールドに余計な物を持ち込むなと怒鳴るところなんだがな」

 

以前も緑間が練習にプリンを持ってきたのでそれを「たるんどる!」と咎めて捨てさせたところ、その後の練習内容が散々なものになった。ラッキーアイテムなんぞに頼る精神性では云々と庄司監督も最初は言っていたが、何故か尽く壊れていく練習道具、突然の雷雨、練習場に迷い込んだ凶暴過ぎる犬etc……精神だけではどうにもならない事象が続き、試しに緑間にプリンを買い渡した途端にピタリと災いが止んだため、例外として緑間のラッキーアイテムだけは見逃すことになったのだった。

 

✳︎

 

「騎士の誇りにかけて勝利を誓う。そう我々は敵と闘いに来たのではない。倒しに来たんだ!」

 

「俺らは敵を倒しに来たんじゃねぇ。殺しに来たんだ!」

 

「「「Glory on the Kingdom!」」」

「「「ぶっ こ ろす!yeah!」」」

 

 

 

「さぁエース桜庭くん率いる王城ホワイトナイツとなんとかデビルバッツの試合が始まります!果たして何点差つけてくれるんでしょうか!」

 

桜庭目当てのテレビスタッフが、桜庭へとマイクをぶんぶん振っている。それを見た桜庭がその表情を暗くした。

 

観客席にいた、関東最強の高校・神龍寺高校の選手たちが、王城のスターティングメンバーを見て不平の声を漏らす。

 

「はぁー?進も緑間もベンチかよ!来た意味ねー!」

 

「まぁ泥門相手だしなー。それでも余裕だろ」

 

「噂のキセキの世代ってのを拝みたかったんだがな」

 

「ま、ウチにも一人いるだろ。アイツと同格なのがあと四人いるとか、想像したくねーな」

 

✳︎

 

会場全体が消化試合のようなムードになっている中、ヒル魔が笑みを浮かべる。

 

「ケケケ、奴ら完全にこっちを舐めてやがる。おありがてぇこった。

ファッキンチビ!!」

 

「は、はいぃ!?」

 

「一発目からぶちかませ!!」

 

「えぇえ!?」

 

 

 

「SET!HUT!」

 

セナがボールを渡され、敵陣へと走り出す。

その頭の中では、昨日の黒子との練習が思い出されていた。

 

✳︎

 

「小早川くん、ちょっとだけ練習しませんか?」

 

「練習?」

 

「はい。例えばボールの持ち方とか、ちょっとした走り方とか……知っているだけで、だいぶ違ってくると思います」

 

「う、うん。じゃあお願いします」

 

「まず、ボールはこう持って、脇に挟み込む。これが基本です」

 

「こう?」

 

「はい。この状態で空いている腕で相手を押しのけられたらいいんですけど、まだ難しいかもしれません。なので、こう抱き抱えるように持ってみてください。

「ボールは何より大事です。相手に叩き落とされたり、奪われたりすることを一番に防がなくてはいけません。このことを念頭に置いておいてください。

「走り方は、敵を大きく躱すよりも味方を盾と思ったほうがいいです。

盾を使って防御するイメージで────

「ボールをキャッチするときは────

 

「ちょ、ちょっと待って、休憩を……」

 

✳︎

 

(ボールががっちり、鎧で守られているみたいだ……!スパイクも足が全然滑らない!それに皆が盾になってくれるなら……)

 

アイシールドがフィールドの端を駆ける。

 

(逃げるよりも……盾!)

 

「な、んだぁ!?はえぇ!!」

 

味方選手のほうに向かい相手を誘導。味方がブロックした瞬間を狙って切り返し前へ進む。

予想外のスピードにホワイトナイツのディフェンスはついていけない。

止まり。ロケットスタート。左に大きく跳んで。味方がブロック。敵の間を抜け。もう目の前には誰もいない。

 

 

「タッチダウーン!!」

 

 

「し、試合開始1プレイ目……。信じられないことが起こりました!先制点は泥門デビルバッツ!!」

 

「うおおぉぉぉぉ!!?」

 

 

庄司監督と進もその目を見開き驚愕の表情を浮かべていた。

 

「な、んだとぉ!!?」

 

「40ヤード4秒6ほどと思われるスピードに、超人的な曲がり(カット)……。彼はおそらく、長期にわたり特殊な走力訓練を施されているものと思われます……!」

 

「俊足のランニングバック、か……。緑間が懸念していたのは、この選手のことか……?」

 

確かに計算外ではあった。だが多少速いランニングバック一人でホワイトナイツが負けると思われているのなら、見くびりすぎだと言うほかない。

だが庄司監督のその感想は、的外れ。ホワイトナイツでただ一人、緑間だけが「弱小チームにランニングバックが一人増えただけ」でないことを、知っている。

しかし緑間は黙ったまま、カップラーメンを手の平で転がした。

 

✳︎

 

攻守交代、デビルバッツの守備。

デビルバッツは選手たちの配置が中央へと偏ったフォーメーションだ。

 

「いきなり、ゴールラインディフェンス……!?」

 

ゴールラインディフェンスは、主にランを止めるためのフォーメーションだ。その名の通りゴール前でランの力押しを防ぐために使われることが多い。だが今は、ゴールまで50ヤード以上残っている。

 

「こんなもんパス投げりゃしまいじゃねーか」

 

さっきのは俊足のランナーが運良くタッチダウンしただけで、デビルバッツはやはり弱小の雑魚チームか。会場が小さな嘲笑に包まれる。

 

(パスは投げる前に潰そうって魂胆かい?だがそう上手くいくかな)

 

デビルバッツのラインが高見へと突撃しようとするが、尽く止められている。唯一栗田だけが大田原を仰向けに押し倒すが、そこまでだ。

 

高見は落ち着いて、その目で空いているパスターゲットを見つける。

 

(桜庭がフリー!)

 

「待て高見ッ……」

 

高見がボールを投げた瞬間、桜庭の手前にいきなりデビルバッツの選手が現れた。少なくとも、高見にはそう見えた。

高見の死角にいた黒子だ。高見は桜庭のほうに投げたのではない、投げさせられたのだ。

 

桜庭の前で黒子が視界を塞ぐように跳ぶ。

 

(う、ボールが、見えな───!)

 

「やめてー!桜庭くんの邪魔しないでー!」「邪魔よ地味男ー!」「頑張ってエース桜庭くん!」

 

桜庭ファンの女たちが悲鳴をあげるが黒子はどこ吹く風だ。目の前のボールに集中し切っている。

逆に桜庭はその応援のせいで集中出来ずにいた。「俺はエースじゃない」と自虐し、反射的に体が縮こまる。

さらに言えば、黒子と桜庭で身長差はあるものの、桜庭にはジャンプしながらのキャッチを確実に成功させる技術がない。

黒子が、手の中で跳ねさせながらもそのボールを取った。

 

「インターセプトだぁぁぁ!!」

 

インターセプト。敵チームのパスを空中でぶん取るという守備のビッグプレーだ。成功すれば攻撃側の攻撃権がいくつ残っていようがその場で攻守交代になる。

 

そしてまだ、ボールは黒子の手の中だ。

黒子が横へとトスをすると、そこにいたセナがボールを受け取る。

 

また先程の焼き直しのように、セナが王城の選手たちを抜いていく。いや、先程よりも王城は混乱している。通ったと思ったパスが相手に奪われたのだ。さらに言えばこの展開はヒル魔の計算通り。デビルバッツの他の選手は黒子のインターセプト前提で動いていた。想定外の攻守交代によって混乱したホワイトナイツと、計算通りの攻守交代でそれぞれが指示されたターゲットをブロックしているデビルバッツ。大きすぎる隙間を、アイシールド21は面白いように抜けていく。

 

「タッチダウン!!」

 

10秒足らず。桜庭と黒子がいた位置からゴールラインへとアイシールド21が駆け抜けた時間だ。唖然としていた観客たちが遅れて歓声を出す。

 

「……う、おぉぉぉおぉぉ!!すげぇあのアイシールド!!」「はっやはやい!!」「王城からアッサリ2タッチダウン!!」

 

「ん……なアホな……」

 

12対0。

ホワイトナイツどころか、この会場の誰もが予想しえなかった点数。

デビルバッツという新進の弱小チームが、関東最強格のホワイトナイツから開始5分以内で2タッチダウンを奪ったという現実を、まだ誰も認識できずにいた。

 

「すみ、ません監督。桜庭が、フリーに見えてしまって……」

 

「監督。どうしますか?」

 

高見が俯きながら帰ってきた。緑間が庄司監督へと目を向ける。皆、監督が怒声を撒き散らすと予測し身構える。しかし監督は腕を組み一瞬の間考えて、すぐに口を開いた。

 

「……次の守備から進を出す。緑間はまだ温存だ。だがもう1回タッチダウンを取られたならすぐに出す」

 

庄司監督の顔つきが変わった。さっきまではまだ心のどこかで油断していたのだ。タッチダウンこそされたが、それは選手たちの心に隙があったからだと。だが2回目ともなれば、相手を認めるしかない。

今、デビルバッツはホワイトナイツの『敵』として、認められた。

 

 

✳︎

 

高見は黒子のインターセプトを警戒しているのか、100%通る短いパスと力押しのランを連発。実力がハッキリ出る確実なプレー相手では、泥門が隙をつく余裕はなかった。

 

「チッ、出来ればもう一発くらい奪いたかったが、さすがにそこまで甘かねぇな」

 

「攻撃に転じること前提の守備なんて初めて見ました」

 

「あたりめぇだ!アメフトってのは99点とられても100点とりゃ勝つんだよ。攻めて攻めて攻めまくるのがデビルバッツだ」

 

「なるほど」

 

このチームのことが分かってきました、と黒子は頷いた。

 

✳︎

 

「タッチダーウン!」

 

結局王城の攻撃を止めることは出来ず、タッチダウンされてしまう。

王城が得点後のキックも決め、12対7。

 

 

そして次は、泥門の攻撃。王城の守備は、一人だけメンバーが変わった。それだけでホワイトナイツが剣呑で引き締まった雰囲気へと変化していく。

神龍寺の面々がガタリと席から立ち上がり双眼鏡とビデオを取り出す。

 

「おっおっ、きたきた進だ!!」

 

ヒル魔が顔を歪めるのと同時、桜庭ファン以外の観客がざわつく。

 

「出てきやがったか……」

 

「進だ……!」「撮れ撮れ!」「高校最速……」

「日本史上最強のラインバッカー……進清十郎!」

 

 

「警戒すべきはあのアイシールドのラン。他に目ぼしい奴はおらん、ランに集中して守れ」

 

監督がそう指示を出したが、進はその目を黒子へと向ける。

 

(確かにあの15番の肉体に、目を引くものはない……。

が、さっきのインターセプトは……偶然、か……?)

 

直接対面した者しか感じ得ないはずの違和感を、進が感じ取る。

しかし逆に言えば、進ですらも初見で看破することは不可能だったということである。

 

 

「ケケケ、奴らウチの攻撃がアイシールドだけだと思ってやがる。もう一発サプライズだ!」

 

「SET!HUT!」

 

「また21番のランだ!止めろ!」

 

セナが走り出すが、それはフェイク。ヒル魔の渡すフリである。

ボールはまだヒル魔の手の中にある。

 

「違う、21番はボール持ってない!!」

 

ヒル魔はフリーの黒子へとボールを投げ込み、易々とパスを成功させた。

 

「んなーっ!?」

 

「なんだアイツ!あんな奴いたか!?」

 

ランを重点的に守るといっても、当然パスを放置しているわけではない。特に黒子は先程()()()()()()インターセプトを決めたのだ。なのでホワイトナイツのコーナーバック、井口が黒子をマークしていたのだが、()()()井口は黒子から遠く離れた位置で目を見開きながら辺りを見回していた。庄司監督から怒号が飛ぶ。

 

 

「よし、もう一発だ。連中がただの偶然、守備の怠慢だと思ってるうちに進めるだけ進む」

 

ヒル魔の言葉通り、王城は井口のミスだと判断し特に対策を講じることはしなかった。黒子は井口の視線を外し、悠々とパスをキャッチする。

 

「え、なんで、また──!!」

 

「泥門パス成功!25ヤード前進!」

 

残り十数ヤード。

王城が思わずタイムアウトをとった。井口が絶望した表情でベンチへと戻っていく。

 

「なぁにをやっとるかぁぁぁぁあ!!」

 

「ひぇっ」

 

戻った井口を、監督が給水用のタンクを拳で叩き潰しながら怒鳴りつけた。

 

「競り合ってから取られるならまだしも、突っ立ったままでホイホイパスを決められて!!やる気がないか!?帰りたいか!!?ん!?」

 

「ち、違うんです監督、ホントに、ホントに!なんか目の前からフッて消えて、気づいたらパスが通されてて!」

 

「そんな言い訳が通じると────」

 

「監督」

 

緑間が監督の言葉を切るように声を発した。

 

「井口先輩は嘘をついていませんよ。そういう芸当が出来る者が、向こうのチームにいるだけです」

 

 

王城のベンチを見ていたヒル魔がその目を吊り立てドリンクボトルを握り潰した。

 

「チッ、あのファッキングリーン、ネタバラシしてやがるな」

 

(ファッキングリーン!?)

 

「わかりやすいあだ名ですね。緑間くんが聞いたら激怒しそうですけど」

 

✳︎

 

「元帝光中学!?」「しかもレギュラー!?」

 

「ま、マジかよ、なんで泥門なんて超弱小校にそんなのが……」

 

緑間が、泥門に元帝光中の選手がいることを伝えると王城の選手たちがざわめく。

 

「緑間。何故言わなかった?」

 

「聞かれませんでしたから。それに泥門程度なら勝てるとおっしゃったので」

 

悪びれる様子もなく、しれっと緑間が答える。緑間は王城高校に入ってまだ一ヶ月も経っていない。公式の試合は初めてだ。緑間はつまり言外にこう言っているのだ。『これで負けるようならその程度の高校なんだろう』と。

自分の入った高校が、敵に新戦力が入っていることを想定もせずに舐めきって、それで無様な姿を晒すようなら即やめて別の高校に行くつもりでいた。『人事を尽くして天命を待つ』。緑間が信条としている言葉だ。

さすがに無実の先輩がスタメンを下ろされかけるのは良心が痛んだので声をかけてしまったが。

 

「少なくとも黒子()は、並の選手では1対1で敵わないでしょう」

 

俊足のランニングバックと消えるレシーバー。

二人増えただけで、もはや去年のデビルバッツとは完全に別物だ。

だが、それだけだ。

 

「泥門の攻撃の要はあのアイシールドと15番のレシーバー。そこさえ抑えればあちらに攻撃の術はなくなる」

 

「あの15番を重点的にマークしてください。

アイシールドは……自分が止める」

 

進がその引き締まりつつも筋肉質の腕をゴキリと鳴らす。

ホワイトナイツの選手たちの顔つきが、変わった。

 

✳︎

 

黒子に三人のマークがつく。一人の視線をミスディレクションで外しても、残りが黒子を追ってしまう。注目された状態で三人同時にミスディレクションを決めるのは、不可能に近い。

 

「これは、さすがにちょっと……!」

 

黒子に投げられないことを悟ったのか、ヒル魔がボールをセナへと渡す。

セナがそのままボールを持って外側へと走り込んだ。

 

しかしそこにはすでに進が待ち構えている。

 

「エース対決だッ」

 

セナが、進の伸ばした手を横っ飛びで躱したかのように見えた。

しかし次の瞬間には進の腕がセナの腹部へと、突き刺さっていた。

セナの息が一瞬止まり、痛みがせりあがる。骨がきしむような感覚を味わいながら、セナは進に引き倒された。

 

「スピアタックルが決まったー!!」

 

 

(痛い……そうだ、これが痛いだ……。痛い!!)

 

痛いことから逃げ続けてきたセナが感じた久しぶりの痛み。

その痛みは、セナに進への恐怖を植え付けるには十分すぎるほどだった。

 

✳︎

 

「また止められたー!!」

 

セナの走はことごとく進に止められる。

黒子へのパスは囲まれていて出来ない。

王城の読み通り、デビルバッツにはもう攻め手がなくなっていた。

 

「ククク、ちょっと速いだけのチビと、地味〜なレシーバーだけ。進が入った以上、ラッキーパンチももう起きねえよ」

 

神龍寺の選手たちが嘲笑う。

あわや下克上なるか、と騒いでいた会場も段々と盛り下がってきていた。

 

王城は少しでもボールを奪われる危険があるプレーはもうしない。

着実に、確実に、泥門を倒しにきていた。

 

 

「前半終了ー!!21対12でホワイトナイツの優勢です!」





オマケ

「ファッキングリーンなのだよ!」
「ファッキンブルー」
「ファッキンパープル〜」
「ファッキンイエローっス!」
「ファッキンレッド!五人合わせて」

「キセキレンジャー!!」どかーん


「…………ふ」

「黒子くん?どうしたの?」

「いえ、ちょっと考え事を」

【tips!】
姉崎さんを忘れていたからとりあえず無理やり詰め込んだわけではないぞ!ホント忘れてないから!ホント!

【tips!】
早く関東大会まで行きたいので、ところどころ雑にカットするかもしれません。ご容赦を。


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「彼は、あなたより速いですよ」

ハーフタイム。

 

「ダメだ、もう帰ろう……」

 

何度も進にタックルを受けたセナの心は、完全に折られていた。

胸や腹からじわりと痛みが浮き上がる。

後半もずっとあの痛みを味わうことなど、想像もしたくなかった。

 

コッソリトイレで着替え、ユニフォームとメットを隠すように持って周りを警戒しながら通路を歩く。

 

「どこへ行くんですか?」

 

「ひゃあぁぁぁぁあ!?」

 

しかしいつの間にか後ろに立っていた黒子の声で、セナの心臓が光速4秒2で跳ね動いた。

 

「く、くくっく、黒子くん……」

 

黒子の目はセナが持っているユニフォームに向いていた。

セナがそれに気づき、申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「僕にはやっぱり、無理だよ……」

 

黒子が、「小早川くんなら勝てる」と言ってくれたのは正直嬉しかった。こんな自分でも、人に勝てるものがあるのなら、誰かの力になれるのなら。そう思った。

でも、ダメだ。皆が望むヒーローの正体は、ビビリでパシリで小市民のインチキヒーロー。タックルを食らっただけで心が折れる有様だ。

本気であんな約束、したわけじゃなかったでしょ?

そんなことを言おうとして黒子の目を見たセナは、ハッと息を呑む。

黒子はただ真っ直ぐにセナの目を見つめていた。

その目には呆れや落胆など欠片も感じない。感じることができない。

 

「小早川くんなら勝てると思っているのは、今でも変わりません」

 

黒子がその表情を変えないまま口を開く。しかしほんの少しだけ、気のせいレベルの話ではあるけど、セナにはその機微がわかるようになってきた。多分、悲しみ。黒子の目にあるのは、悲しみだ。何への?

 

「でも無理に続けてほしいとも、思っていません。君がアメフトを嫌いになってしまうことが…………一番辛い」

 

(アメフトが、嫌いか……?)

 

その言葉で、セナはもう一度思い返す。ヒル魔に捕まり無理やりアメフト選手を始めさせられてから一週間も経っていない。そうだ、本当はやりたくなんかなかったはずではないか。気まぐれで主務をしようと思っただけで────

 

『うおおぉぉすげぇあのアイシールド!』『かっこいい!』

『はやすぎんだろ!』

 

自分には選手をやるような力も勇気もなくて────

 

『すごいよセナくん!!』『このアイシールドって人すごいね!セナ!』『テメーならいけんだろ』

 

進さんみたいな凄い人に、勝てるわけが────

 

『君は、君が思っているよりもずっと凄いんです』

 

──ない、はずなのに。

 

「痛いのは……イヤだし、僕なんかが進さんに勝てると思えない。だけど……やってみる、よ。

アメフトが嫌いとは、なんだか思えないから」

 

絞り出すように声を出したセナに黒子は目を丸くしたが、やがて薄く薄く微笑んだ。

 

✳︎

 

「さーくらばちゃぁん、ダメよ〜このシールつけてもらわなきゃ〜。

最近アカプロに持っていかれがちのファンを取り返すチャンスなんだから!」

 

マネージャーから渡された、事務所のスポンサーのロゴシールを手にしたまま、ホワイトナイツのベンチで桜庭は頭を抱えて座っている。

最初のインターセプトはうやむやになったものの、依然自分の成績は酷いものだ。高見は良いパスを出してくれているのに、それに応えるプレーが出来ない。

 

『エース桜庭くーん!』『かっこいいー!!』

 

あぁ、また声が聞こえる。

自分はエースどころか、底辺だ。ちょっと背が高いだけで良い気になってレシーバーを始めてしまっただけだ。

向こうの15番、黒子は背が高くなくとも、足が速くなくともスキルで、技術でホワイトナイツに食らいついてきた。パスはとれなくとも、三人も敵を引きつけて。それに比べ、自分はおそらく取るに足らない存在だと思われてる。マークは引き剥がせないし、たまにパスがきてもミスが多い。いっそ全く目立たなければ、彼のようになることも出来たのだろうか。だがそれも叶わない。ファンがそれを許してはくれないだろう。

 

(いっそ、諦めてしまえば……)

 

それはモデルの仕事か、アメフトか。どちらのことを考えたのか自分でもわからないまま、桜庭は結局シールをつけたメットを被った。

 

✳︎

 

「さぁ後半戦スタート!王城は更に何点引き離してくれるのでしょうか!」

 

試合展開は、傍目にはさっきと何も変わっていない。

王城の攻撃は確実に着実に、前進するものだ。

実力差がモロに出るプレーばかりをされては、泥門に為すすべはない。

そしてまた王城がタッチダウンを決める。

 

 

「進さんは、タックルが遠くても片手だけ伸ばして止めてくる……。その分もっと速く曲がって……」

 

泥門の攻撃は、全てアイシールド21のラン。

そしてそれを全て、進に止められている。

しかしセナは気落ちする様子をみせることなく、進をまっすぐに見つめ、次のプレーへ臨む。

 

(横へはリーチが長すぎて多分かわせない、だったら……)

 

「スピンだ!」

 

自分へと腕を伸ばした一瞬の隙をつきその身体を回転させ、その腕をすり抜けるように横を抜けていった。

しかし強引に腕を伸ばした進に背中を掴まれてしまう。

そしてそのまま力尽くで引き倒した。

 

(段々と……速くなっている……)

 

進が、セナを掴んだその腕を見つめる。

 

「どーした?屁でも漏れそうか?」

 

「いえ……」

 

✳︎

 

「このままだとちょっと……マズイかもしれません」

 

黒子が不意に声を出した。

ヒル魔が怪訝な顔をして耳を向ける。

 

「ミスディレクションには、()()があります。時間が経てば経つほどその効果は薄くなる。さらに言えば、僕一人だけでタッチダウンを決めたりすると、どうしても目立ってしまうので……」

 

「相手の視線をずらせなくなるってこと?」

 

「はい」

 

「な・ん・で、もっと早く言わねえんだこのファッキンファッキン地味が……!!」

 

「ごみぇんなひゃい」

 

黒子がライフルの銃口をグリグリと頰に押し付けられる。

 

「チッ、まぁさすがにそこまで万能とは思ってねぇ。それでもまともなレシーバーがテメーだけなのは変わんねぇ。ミスディレクション切れようが出し続けるぞ」

 

「わかりました」

 

✳︎

 

(こいつ……そんなに速くもないし、変な技術をまた使うわけでもない……。さっきまでなんであんなに手間取ってたんだ……?)

 

もはや、王城の選手が黒子の姿を見失うことはなくなった。三人どころか一人でも簡単に相手出来るだろう。

それでもそれでマークを離れさせることが狙いかもしれないため、黒子からマークが離れることはない。

 

その様子を見ている緑間が、その顔を歪めながら息を吐いた。

よく見るとつま先でトントンと地面を叩いており、どこか苛立っている様子だった。

 

✳︎

 

『この状態で腕で相手を押しのけられたらいいんですけど───』

 

(腕……!)

 

黒子の言葉を思い出したセナが、進に向かって腕を突き出す。

進は一瞬虚を突かれたが、即座に腕を伸ばしセナへとタックルを繰り出した。

 

(ダメだっ、リーチが違いすぎてそもそも腕が届かない……!)

 

(先ほどまで、腕を使おうともしなかった奴が……!)

 

「う、おわぁぁぁ!?」

 

進は掴んだセナのユニフォームを引っ張り思い切り引き倒す。息は軽く乱れており、表情も険しいものになっている。その様子は進のチームメイトすらもあまり見たことがないものだった。

 

「……どうしても俺をアイシールドと戦わせたいようです」

 

「フォローいるか?」

 

「いえ、不要です。他を重点的にお願いします。黒子(15番)に人数を割いている分、他が空きやすい」

 

「オーケ〜イ!」

 

✳︎

 

(あの、アイシールド……もう敵わないってわかってるだろ、諦めろよ、早く……諦めてくれよ……)

 

王城のベンチで進とアイシールドの対決を見ていた桜庭が、視線を落とす。

多少足が速い程度じゃ進は抜けない。だって進は高校最速で、高校最強のラインバッカーだ。文字通り格が違う。戦おうって思う方が間違ってるんだ。だから、諦めろ。アイツは天才なんだ。100年に一人なんて言葉でも足りないくらいの……

 

(あ、シールが……)

 

ふと視界の端にメットから剥がれたシールが映った。

桜庭が風で飛んだシールを追ってフィールドの方へ足を踏み出そうとする。

 

「桜庭先輩」

 

ピシャリと聞こえたその声で、反射的に桜庭の足が止まった。

その目の前をアイシールドが超スピードで駆け抜けていく。一瞬遅れて疾風が桜庭の横顔へと吹いた。

止まっていなければ、彼と衝突して大怪我を負っていたかもしれない。

 

「今は、アメフトの試合中ですよ」

 

緑間のその目は冷たく、桜庭を軽蔑しきっていた。

少しでも試合に集中していれば、いくら物が飛んでいこうとプレイ中のフィールドに入ろうとすることはありえないだろう。今桜庭は緑間に、ホワイトナイツの選手としてどころか一アメフト選手としての常識すらないと思われたのだ。

 

「あ……俺っ……違……」

 

弁明しようとしたが、声がかすれて出ない。試合を見ていなかったのも事実。試合には関係ないシールを追ってフィールドに立ち入ろうとしたのも事実。何も違うことなどないのだ。

緑間は何も言いはしなかった。非難する空気を出したのも一瞬だった。

桜庭から視線を外し、試合へと目を向ける。

緑間は桜庭を見限ったのだと、語らずとも理解できた。

 

自分の膝を爪が食い込むほどに握りしめ、桜庭は目を伏せた。

 

(なに、やってんだろ、オレ……)

 

 

✳︎

 

「タッチダウン!」

 

「47対12!」

 

何回目かのホワイトナイツのタッチダウン。試合の残り時間も僅かだ。

 

スコアボード、そして時計をチラリと見たヒル魔がメットやグローブを外しながら口を開いた。

 

「チッ、今勝率が0%になった。後は適当に流していいぞ」

 

「えぇえ!?」

 

淡々と帰り支度を始めるヒル魔に、全員が目を剥く。

 

「さ、最後まで一応頑張ろうよ〜……」

 

「勝つ気ねぇ頑張りなんざ何の意味もねぇ」

 

栗田の言葉を一蹴し、鞄を持って去ろうとするヒル魔。

しかしどこかから、声が聞こえた。

 

「待ってください」

 

黒子だ。声を発するまでどこにいるかすらわからなかったが、その声はよく通り、ヒル魔の足を止めた。

 

「もしかしたら、ラスト10秒で隕石が相手チームに直撃するかもしれないじゃないですか。試合が終了するまで、可能性は完全な0にはなりません。

それにどれだけ大差で負けていようと、逆転不可能と言われても……諦めることだけは、絶対にしたくないんです」

 

そう言って、強い意志を込めた目でヒル魔を見据える。周りでは助っ人たちが「オイオイオイ死ぬぞお前!」と小声で制止しているが、お構いなしだ。

 

「甘臭ぇこと言ってんじゃねぇぞ」と口を開きかけたヒル魔に、セナが声を上げた。

 

「あ、あの!僕も……続けたい、です。もしかしたら進さんを、抜けるかもしれないんです。もう、少しで……」

 

「……進に勝ちてぇのか?」

 

「えっ、いや、それはちょっと大それてるっていうか全然そこまで調子には乗れないっていうかもう少しで抜けそうかもって思っただけっていうか……」

 

「グダグダ言ってんじゃねー!!」

 

「ひぃいぃぃいいいぃ!!」

 

両手にライフルを構え器用にセナの周りだけを撃ち抜くヒル魔。残弾を撃ち尽くすと銃を放り、メットを被った。

 

「……時間がねェ。多分次がラストの攻撃になる。ラストチャンス、死んでもモノにしやがれ!!」

 

「────はい!」

 

返事をして、セナはまもりのほうへ水分補給をしに行った。

安堵の表情を浮かべる黒子へ、ヒル魔が背中から声をかける。

 

「後半になってから、ファッキンチビの顔つきが変わりやがった。テメー、なんか言っただろ」

 

「いえ、大したことは……。アメフトを嫌いになってほしくない、とは言いました。何も言わなくても、小早川くんはきっと戻ってきたと思います」

 

ヒル魔はそれに応えず、黒子の尻を思い切り蹴飛ばした。

悶絶しながらべしゃりと転ぶ黒子が、去っていくヒル魔の背中を恨めしげに見る。

 

「……痛いです。なんで怒られたんでしょう……」

 

「怒ったわけじゃないよ」

 

黙ってキックをするときは褒めてる時なんだ、と栗田が付け加えた。

 

✳︎

 

セナの外への大回り。進に当然のごとく止められる。

意表をついて黒子へのパス。マークが剥がせずボールがはたき落とされる。

先ほどとは逆サイドの外へのラン。進を抜けない。

 

アメフトの攻撃権は4回。次も攻撃が失敗すれば、攻守交代。

後はホワイトナイツが時間をたっぷり使ってボールをキープすれば試合が終わる。

 

泥門デビルバッツの最後の選択プレーは───。

 

「また外へのランかよ!?」

 

「学習しねぇな泥門。進に捕まって終わりだ」

 

最後の一矢すら報いないか、と神龍寺がため息を吐く。

その予想通り、進は既にアイシールドの進行ルートを予測してその先に陣取っている。

 

「いや、これは……」

 

王城のベンチで緑間が呟く。

その目に映っているのは、中央。

 

方向転換(カウンター)!?」

 

アイシールドが超スピードで切り返し、中央へと切り込む。

目指す先は、いまだパワー勝負で負けなしのラインマン、栗田の横だ。

 

「ふんぬらばぁぁぁ!!」

 

「ぬ、ぅぅうん!」

 

大田原が善戦するが、栗田のパワーと重さで、仰向けにひっくり返った。そこはもう、アイシールドが走り抜けるための路だ。

 

しかし進はすでにアイシールドの目前へと迫っていた。

アイシールドが切り返す前にすでに中央のブロックの人数から中央突破だと予測して引き返していたのだ。

 

「とんでもねぇ……!」「ホントにバケモンかよ、進」

 

会場の誰もが進の勝利を確信した。

進と真正面から戦って、抜けるはずがないのだから。

 

その瞬間、進の体が一瞬止まった。

 

「ぐ……!」

 

黒子のブロックだ。

 

依然黒子は数人にマークされている。

黒子はそれを逆手に取り、()()()()()()()()()()()で自分に彼らの視線を集中させた。黒子と、ボール以外のものが目に入らないほどに。

 

ホワイトナイツの数人は、黒子をボールの近くに寄せないことを意識するあまり、進の位置が見えなくなったのだ。

彼らが、黒子が()()をブロックしたということを認識した時にはもう遅い。

 

進の腕が届かないように走り抜けるアイシールド。

しかし黒子の力は貧弱で、進には遠く及ばない。1秒とかからず吹き飛ばされてしまう。すぐにアイシールドの背中を追う進。進の40ヤード走の公式記録は4秒4。高校最速だ。誰が相手だろうと、一瞬でその背中を捉えるのが道理。

 

「ダメだ追いつかれるー!!」

 

倒れながらも、黒子はその結果を見逃さんと目を向ける。そして誰に言うでもなく言葉を発した。

 

「彼は、あなたより速いですよ。光速のランニングバック、その名は───」

 

(もっと……もっと速く……!勝つんだ!!)

 

進が伸ばした手はアイシールドに届かず、空を切る。

離れていく背中を見て、進はその目を見張った。

 

(40ヤード走、4秒2……光速の世界……!!)

 

「───アイシールド21!タッチダーウン!!」

 

デビルバッツから大歓声が上がる。

逆にホワイトナイツからは声ひとつ聞こえなかった。

皆今見た光景が信じられずに、ただ口をあんぐりと開けて呆けていた。

 

アイシールドがゴールゾーンをフラフラと歩いた後、力なく前のめりに倒れる。全ての力を使い果たしたようだった。

 

栗田がアイシールドを背負い、ベンチへと送る。

その横でヒル魔と黒子が、ギザギザの歯を見せつけるような笑みと、変化が乏しくてわかりにくい笑みとを浮かべている。

 

「テメーの勝ちだ」

 

「勝てると信じていました」

 

セナは疲れ切った顔で、しかし嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

✳︎

 

「試合終了ー!!」

 

「終わっ、た……」

 

その後、番狂わせなども起きるはずもなく、王城が時間を使い潰して試合は終わった。

47対18。

デビルバッツの完敗だ。

 

「大会……終わっちゃった……

おおおお〜〜〜〜んん!!」

 

会場中に響き渡るような栗田の泣き声で、セナもこれで全てが終わってしまったのだと、喪失感を覚える。

 

最後の両チームの礼を終え、ホワイトナイツとデビルバッツがすれ違う。

 

「クリスマスボウルに行くのは王城だ!」

 

すれ違いざまに進がセナへとそう言い残した。

 

 

会場から去る王城チーム。

バスへと乗り込む間際に、緑間がチラリとデビルバッツへと視線を向けた。

 

「緑間、あっちの15番と元チームメイトなんだろ?話さなくていいのか?」

 

その様子を見た高見が声をかける。しかし緑間はなにかを振り払うように首を振り、バスへと乗り込んだ。

 

「……ええ。話すことなど、何もありません。B型の俺とA型のアイツは相性最悪なので」

 

「へぇ〜!O型の俺とはどうなんだ?」

 

「どちらかといえば良い方です」

 

「そうか!やったな!」

 

バスの椅子に座り、窓から外を眺める。そして誰にも聞こえないほどの声で呟くのだった。

 

「あんなチームにいるなど……自分の力をドブに捨てているようなものなのだよ」

 

 

泥門高校の春季東京大会の戦績

────二回戦敗退。




オマケ

「確か高見先輩と桜庭先輩もA型じゃなかったですか?」

「は、はははそうだな!あ、相性最悪かもな〜なんちゃって!」

「あ……はは、そっ、すね……」

「いえ、まぁ、血液型が全てではないので……」

(猫山、余計なことを〜〜〜ッ!!)

バスの中の空気がなんだか重くなりました。



【tips!】
GWで遊び尽くしたり五月病だったりで遅れちゃったナ!21日には間に合ったのでセーフだ!(ガバガバ基準)
次はもうちょい早く上がると思うヨ。
原作と同じ展開を書いてるとモチベが下がる、しかしオリジナル展開が浮かぶような頭もないジレンマ。


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「ボクをお持ち帰りシテー!」

試合の翌日放課後。セナはヒル魔に命じられ、誰もいない教室でホワイトナイツ戦のフォーメーションが映った写真を整理していた。

 

「小早川くん、この写真も追加だそうで……す……」

 

教室に入ってきた黒子が、セナを見てその足を止めた。

 

セナは、写真を見ながらその目から涙をボロボロと零していたのだ。

 

「……あっ!?わ、っと、く、黒子くん!」

 

黒子に気づくと慌ててその目を拭い、何もなかった風を装った。

男子高校生、まだ誰かに泣くところを見られるのはなんとなく恥ずかしいのだ。

 

それを察したのか、黒子も言及せずに「追加です」と言って写真を手渡した。一番上の写真には、アイシールド21がタッチダウンを決めた瞬間が映っている。

 

セナがそれを見て、視線を落とした。

 

「もう……全部、終わっちゃったん、だね……」

 

ポツリポツリと呟く。

 

「アメフトが、楽しいって思えるようになってきたんだ。勝ちたいって、思ったんだ。まだ……大会、もっと、続けたかっ───」

 

「小早川くん。終わってません」

 

「へ?」

 

「大会は春と秋にあります。クリスマスボウルにいけるのは、秋の優勝者です」

 

「え?……え?え?」

 

「次は、絶対に勝ちましょう」

 

そこでやっと止まっていたセナの脳内が現実に追いついた。

消えかけていた炎がまた灯る。

まだ終わっていない。王城とも、また戦える。進さんと、また戦える。

これからが、勝負だ。

 

✳︎

 

ホワイトナイツ戦の疲れも取れたとある日。

セナと黒子がグラウンドへと向かうと、恋ヶ浜戦での桜庭ファン軍団と同等かそれ以上の数の女子がワラワラと固まっていた。

その手前では、栗田が練習器具を手に持ったままアワアワと右往左往している。

 

「ななななにこの人の波……」

 

「あっ、黒子っちー!!」

 

女子の塊の中心から腕がピョコリと伸びて、こちらへと手を振った。

 

そこにいたのはおよそ泥門高校に似つかわしくない、長身金髪イケメンだった。この高校にいる金髪は悪魔だけだ。

 

「黄瀬くん」

 

黒子に黄瀬と呼ばれた男は、「スイマセンね、ちょいと通らせ……通らせて……」と女子をかき分けながら近づいてきた。黒子のもとに辿り着くと、人懐こそうな笑顔を浮かべながらベラベラと喋り始めた。

 

「やー待ってたっスよ黒子っち!この前テレビ見てビックリしちゃって!緑間っちのとこの相手の高校に黒子っちがいたんスもん!」

 

「お久しぶりです」

 

「だ、誰……?」

 

「彼も、キセキの世代の一人です」

 

「えぇ〜っ!?」

 

またぁ!?と驚きながら飛び退るセナと栗田。

黄瀬はそんなリアクションにも慣れているのか、ぽりぽり頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。

 

「いやーキセキの世代なんて言われてるけど、オレはそん中でも一番下っ端っスよ。黒子っちと二人でよくいびられてたもんね?」

 

「へぇ〜」

 

「いえ、僕はそうでもなかったです」

 

「どっち!?」「え、オレだけ!?」

 

「それで、今日は何の用ですか?」

 

黄瀬のオーバーリアクションを無視して、黒子が淡々と言う。

久しぶりに会った元チームメイトの割には、すごく淡白である。

黄瀬はそんな態度にも慣れているのか、セナのほうをチラリと見た後口を開いた。

 

「黒子っち、ウチきなよ。こんな弱小高校じゃなくさ。こんなとこじゃマトモにアメフトできないっしょ。マジな話!オレそんけーしてるんスよ、黒子っちのこと」

 

「……そう言っていただけるのは嬉しいですが……」

 

 

「ケケケ、んじゃー試してみっか?まともにアメフトできねーかどうか」

 

「ヒル魔さん!?」

 

いつのまにか黄瀬の後ろにいたヒル魔が、脅迫手帳と書かれた手帳をしまいながら言った。周りを取り囲んでいた女子たちは消え去っている。どうやらヒル魔の恐ろしさのほうが黄瀬のイケメンパワーよりも上回ったらしい。

 

「テメーのスゴさを見せつけりゃ、ファッキン地味も『カンドーしました!ボクをお持ち帰りシテー!』ってなるかもしんねーぞ?」

 

「お、マジっスか!?」

 

「なりません」

 

両手を合わせてクネクネと絶対黒子が言わないであろうセリフを言うヒル魔へ、黒子がジト目で苦言を呈す。

ヒル魔はそれを無視してセナを指差した。

 

「おい主務、アイシールド21呼んでこい」

 

「へ?」

 

「アイシールドをここに()()()()()っつってんだ!!」

 

「はははい!!」

 

ヒル魔が銃を空へとぶっ放すのを見てセナが走り去る。

『とっととアイシールド21になって来い』。という意味である。

 

「……平然と銃を持ってるんスけどこの人」

 

「突っ込んだら負けです」

 

✳︎

 

「へぇ、1on1。いいんスか?勝負どころか、今後のアメフトやる気力もなくさせちゃいまスよ?」

 

貸し出されたメットと防具をつけ、ストレッチをする黄瀬。その表情からは、自分が負けるとは微塵も思っていないことが伺えた。

 

「だだだ大丈夫かなぁセナくん……」

 

「……正直、今の黄瀬くんがどれほど強くなっているかわかりません」

 

「『キセキの世代』様ってのがどれほどのモンかをわざわざ見せてくれるっつうんだ。おありがてぇこった」

 

初めての1on1でビビり倒していたセナだったが、秋の大会でまた進さんと戦って勝つためにはこれくらいで退いていてはいけない、と無理やり己を奮い立たせる。

 

「要は、相手を抜けば勝ちなのか……。よ、よーし……」

 

「はい、どっからでもどーぞ」

 

 

セナが黄瀬のもとへ走り込む。

黄瀬の手が届きそうな範囲に入った瞬間、大きく横へ飛んだ。

恋ヶ浜の選手なら、これだけでもセナのことを見失うだろう。

王城の選手にも、進以外には捕らえられなかった。

そしてまだセナは、目の前の相手が進と同等の相手とは、思ってもいなかったのだ。

 

「ナメてるんスか?」

 

「えっ────ぐぁっ!」

 

横に飛んだはずなのに、黄瀬の顔が正面にあった。

あっさりと捕まり、引き倒されるセナ。手から零れ落ちたボールがてんてんと黄瀬の足元へと転がった。

それを拾いながら、黄瀬が心底落胆した表情でセナを見下ろす。

 

「これもう続ける必要ないでしょ。黒子っち、こんなのが黒子っちの認めた選手なんスか?だとしたら、黒子っちにも正直ガッカリっス」

 

黄瀬は心底つまらなそうな顔で、倒れたセナを見ようともしなかった。少し速いだけ。何のフェイントも技術もなしに、ただ横っ飛びしただけの雑魚。黄瀬はセナをそう位置付けたのだ。

 

「ななな、なにいまの……」

 

「……決して黄瀬くんを、見くびっていたわけじゃありません。僕が最後に見た黄瀬くんならおそらく、もう少し苦戦したはずです。でも成長速度が、予想よりも遥かに……!」

 

(……しかもコイツ、全然本気出してやがらねぇ)

 

三人が戦慄の表情で黄瀬を見ていた。

その黄瀬の後ろで、セナがゆっくりと立ち上がる。

 

「あのっ!」

 

「?」

 

「もう一回……いいですか?」

 

「はぁ?今のでわかんなかったんスか?君程度じゃ100回やろうが1000回やろうが抜かれる気はしないっス」

 

「……黄瀬くん、僕からもお願いしていいですか?」

 

「黒子っち!?……ほーんと、なんなんスか。こいつにそんな価値があるとは到底思えないんスけどねぇ……」

 

ブツクサと言いながらも先ほどと同じ位置につく黄瀬。

セナは大きく息を吸い、黄瀬を観察する。

 

(気が、緩んでた……。黄瀬くんも多分、進さんぐらい強い。だから、進さんの時と同じくらい集中してようやく、スタートラインだ……!)

 

「……ふーん、さっきよりはマシな顔つきっスね」

 

 

先ほどと同じように、黄瀬のもとへセナが走り出す。

いや、先ほどとは少しちがう。

 

(──速くなってる……?)

 

セナが黄瀬の目の前で大きく横へ飛ぶ。これでは先ほどの焼き直しだ。

能力もない上に頭も悪いのか、と心の中で嘆息する黄瀬。

しかしセナは飛び切る前に突如片足でブレーキをかけ、逆サイドへと飛び直した。

 

「おっ……」

 

セナを見下して先ほどと同じタックルの体勢だった黄瀬が一瞬だけ硬直する。

 

「行った!!」「セナ君が抜いた!」

 

 

「そういえば、テレビ見てたっスよ。確か……()()()()()()()()()?」

 

 

「かっ……!」

 

セナが黄瀬の横を抜けたかのように見えた。

しかし次の瞬間、黄瀬の腕はセナの横腹へと突き刺さっていたのだ。

 

(これ……進さん、の……スピアッ……)

 

骨がきしむ感覚を味わいながらセナが地へと倒れ臥す。

黄瀬は自分の右手を見ながらにぎにぎと不満げに動かしている。

 

「んー、まだ少しズレがあるっスね」

 

「い、今のって、進くんのスピア……!?」

 

「……おそらく。黄瀬くんは、ほとんどのプレーを見ただけで自分のものに出来ます」

 

「何それ!?」

 

倒れたセナに目を向けることなく、腕をグルグルと回しながら黄瀬が黒子のもとへと歩いてくる。

 

「黒子っち。そんでどうっスか?学校移ってくれる気になったっスか!?ウチのチーム、パス超重視してるから黒子っちが入ってくれたらもう無敵っスよ!」

 

「そこまで僕を買ってもらえてるのは光栄です。丁重にお断りします」

 

「文脈おかしくねぇ!?」

 

スッと頭を下げる黒子に、涙をちょちょ切れさせるようなオーバーリアクションをする黄瀬。

 

「黄瀬くん。僕は、泥門高校で勝ち残ってみせます。

()()()()キセキの世代全員を倒して、クリスマスボウルに行きます」

 

黄瀬から先ほどまでの軽い雰囲気が消え、その表情がスッと冷たくなった。いまだ真顔の黒子の目を見据えながら、頭を掻く。

 

「……笑えない冗談っスね、黒子っち」

 

「冗談は苦手です。勝ちます」

 

黒子は黄瀬がアメフト部に入る前からキセキの世代のメンツとアメフトをしていた。今更実力差がわからないわけではないだろう。それに自分で言っている通り、黒子がそういう類の冗談を口にしているのは見たことがない。つまり黒子は本気で……。

 

(本気で、あのちっこいのが俺らに勝てると思ってるんスね)

 

黄瀬がセナへと視線を向ける。立ち上がったセナは少し顔を歪ませながらも黄瀬を見据える。二人の視線がぶつかったまま、数秒が過ぎ去り。

黄瀬は手をパンパンと叩きながら黒子へと向き直った。

 

「……ま!気が変わったらいつでも言ってほしっス。

 

───『西部ワイルドガンマンズ』は、黒子っちを待ってるっスよ」

 

もともと無理やり引き入れる気はなかったのか、黄瀬はひらひらと手を振りながら去っていった。

その背中を恐々とした顔で栗田が見送る。

 

「あ、あの強さで一番下っ端なの……?ほほほほんとに勝てるのかなぁ……!?」

 

「ビビってんじゃねぇ!半年後には進もアイツも、アイツよりもすげぇやつらも、全員ぶっ倒すんだぞ」

 

(スゴい……キセキの世代って、ほんとにスゴいんだ……でも……)

 

セナが膝を握り、ブルリと身体を震わせた。

 

(なんだろう、この感じ……。ゾクゾクする)

 

恐怖じゃない。もちろん恐くもあるけれど、それよりも……。

 

✳︎

 

その日の練習が終わり。ラダーを片付ける黒子へ、セナが声をかけた。

 

「黒子くん……」

 

グラウンドには誰もおらず、照明が時折バチリと音を立てつつ二人を照らす。

セナは指同士をつんつんと合わせてごにょごにょしていたが、やがて意を決したように拳を握る。

 

「ぼ、僕がホントにキセキの世代を倒せるのかなーなんて聞いてみたり……」

 

「無理です」

 

「即答!?だ、だよねー。僕なんかがそんな……」

 

ザックリと言い切られたショックでセナはフラフラしながら帰りの支度を整えようとする。

 

()()()()()()、です」

 

黒子が転がっているアメフトボールを拾い上げ、セナに投げて渡す。

セナは腕の中で跳ねさせながらもそれをしっかりとキャッチした。

 

「小早川くん。僕は、小早川くんならキセキの世代を倒せるほどに成長出来ると思っています。きっと君は、素質を持っている」

 

「素質……?」

 

黒子は目を閉じ、今日のことを思い返す。キセキの世代の力を知った者は皆、すぐに頭を垂れてその背中を追いかけることを諦めた。どれだけ努力しても埋まることのない差を知ってしまったから。

しかしセナは、打ちのめされて力の差を知らされてもすぐに立ち上がり、黄瀬を見たのだ。その目は、諦めていなかった。

 

「アメフトに必要なのは、パワーやスピード、才能もそうですが何より、「闘志」……勝ちたいという意思、だと僕は思います。君はきっと、彼らと戦う資格がある」

 

セナの胸の奥でチリチリと何かがひりつく。そうだ、あの時感じたのは恐怖だけじゃなくて……あんな凄い人達と、戦ってみたいと。思ってしまったのだ。

そう気づいたセナは途端に体が疼き出す。きっと一日だって無駄に出来ない。こうしている間にも、進も黄瀬も強くなっているに決まっている。

 

「……も、もう少し練習していくよ。先に帰ってていいよ!」

 

「いえ、付き合います。最後まで」

 

その後、照明が少ない薄暗いグラウンドで、夜遅くまでボールをキャッチする音が響いた。

 

✳︎

 

「レシーバーがもう一人いるな」

 

ミーティング中。ヒル魔がガシャリと銃を地面に立てながらそう言った。

 

「ファッキン地味の力は制限時間付きだ。ミスディレクションが切れたら並、もしくはそれ以下のレシーバーだ」

 

「ヒ、ヒル魔、そんな言い方は……」

 

「栗田さん、大丈夫です。自分でもわかっています」

 

あわあわと栗田が黒子のほうを見ながらヒル魔に注意しようとするが、黒子はそれを制した。

そう、自分が並以下なのはよくわかっている。強豪中学に三年もいたくせに、身体能力もキャッチ力も全くといっていいほど伸びなかった。でも、自分には自分だけの役割がある。そしてヒル魔はきっとこの自分の力を活かしてくれる。そのこともわかっているのだ。

 

「キャッチが上手ぇやつを勧誘してこい。出来れば背が高ぇ奴。キャッチは背が高いだけで有利だ」

 

そうヒル魔は言い渡し、ビラをドサリと二人に手渡すとボールを持って出て行った。栗田がそれを慌てて追いかける。

セナと黒子は目を合わせ、新入部員探しを始めることにした。

 

「背が高い人っていっても、もう大体は他の部に取られちゃってるんじゃないかなぁ……。うーん、僕ももっと背が大きければなぁ……」

 

ビラを適当な場所に貼り付けながらセナが呟く。

その横で、ビラを差し出しても無視されている黒子が口を開けた。

 

「僕ももっと背が高ければ、と何度も思ったことがあります。でも、背が小さくても武器になります。僕のミスディレクションも、背が大きかったら使えなかったかもしれませんから」

 

背が大きいだけで目立つ要素になりえる。つまり、黒子にとってはこの平均的な身長すらも武器なのだ。

 

「何か武器がひとつあれば、戦える。アメフトはそういうスポーツです」

 

(それでも黒子くんも、僕より大きいんだけどなぁ……)

 

155cmのセナが168cmの黒子を羨む。チビの心情はチビにしかわからないのだ。

そういえば緑間くんも黄瀬くんもかなり身長が高かったな、とセナがふと思い出す。

 

「キセキの世代の人も、みんな大きいのかな?」

 

「そうですね……2mを超える人もいます」

 

「2m!!?」

 

どれほどの高さなのか想像もつかずセナが上を見上げる。

 

「もしそんな人と戦うことになったら……ひぃぃ」

 

そんなことを話しながら、二人の今日の勧誘活動は何の成果もなく終わった。

 

✳︎

 

翌日の朝。教室に入った黒子にセナが少し興奮した様子で声をかけた。

 

「あ、黒子くん!今朝すごいキャッチをする人がいたんだ!こう、びゅん、バシーッズザァッて感じで!」

 

「どういう感じかはわかりませんけど、とにかく凄そうというのはわかりました。勧誘はしたんですか?」

 

「あぁいや、野球部らしくて。まだ仮入部期間らしいんだけど……あ、今日1軍2軍の振り分け発表って言ってた」

 

「そうですか……。他の部に入ってるなら、無理に勧誘は出来ませんね。……ヒル魔先輩なら多分どんな手を使っても入れるんでしょうけど」

 

「勧誘っていうか誘拐になりそう……」

 

✳︎

 

その日の放課後。

 

「テメーはビラ貼る場所がめちゃくちゃ、テメーは影薄すぎてビラ渡せねえ、このファッキン役立たずども!!とっととロードワーク行ってこい!」

 

「は、はいぃっ!」

 

走り出した黒子についていこうとしたセナをヒル魔が引き止める。

 

「あぁ、ファッキンチビはオプション付きだ。ちょっとそこで待ってろ」

 

「オプション?」

 

ヒル魔は部室からカバンを持ってくると、ゴソゴソとカバンの中から釣竿のようなものと肉を取り出した。

そして肉をくくりつけた釣竿をセナの背中にくっつける。

 

「……まさか……!」

 

そして部室の横で鎖に繋がれている狂犬(ケルベロス)を解き放った。

 

「行ってこい!!」

 

「ガッファ!!!!」

 

「ヒィィィィィィィィイイ!!!」

 

つかまれば、まず間違いなくセナごと食われる。

自分の限界MAXのスピードでの命がけの鬼ごっこが始まった。

 

✳︎

 

学校の近くの河原。

そこではサル顔の少年、雷門太郎が座り込んで川を見つめていた。

 

「……なにやってんだろな、オレ。こんなとこで、何か変わるわけでも……ん?」

 

「ひぃいいいいいいぃぃい」

 

「小早、川、くん、早すぎ、です」

 

雷門が声の聞こえる方に目を向けると、猛スピードで駆ける誰かの姿があった。もちろんセナだ。

 

「あ!そ、そうだ、これを遠くにやっちゃえば……えぇーい!!」

 

セナが背中の釣竿を抜き、生肉を川の方へと放った。

 

生肉は高い放物線を描き、川のほうへと飛んでいく。

普通なら到底取ろうなどと思えない高さのそれを、その少年は一瞬で反応して助走をつけてジャンピングキャッチした。

 

セナから離されていた黒子だが、その様子は遠くからでもよくわかった。

 

「すごい…………あ。それ、持たないほうが……」

 

黒子が精いっぱいの音量で注意するが、聞こえるはずもなく。

 

「なんだこれ。肉?

んぎゃぃぁぁぁぁぁあ!!」

 

雷門ごと食い切る勢いでケルベロスが飛びかかり噛みついた。

 

✳︎

 

「あ、今朝の主務か!なんで肉なんか持って犬に追っかけられてたんだよ?」

 

「ははは諸事情ありまして……」

 

合流を果たしたセナと黒子、雷門。生肉にかぶりつき満足したのかケルベロスは横で腕に頭を乗せ寝ている。立ち去りたい気持ちでいっぱいだが下手に刺激すると目を覚まして追いかけてきそうで恐ろしい。

 

「あれ、そういえば野球部の振り分けは……」

 

セナが思い出したように聞くと、雷門はビクリと肩を震わせた。

朝はセナに自信満々に1軍かもしれないなどと言い放っていたのだ。

雷門はその時の自分を殴り飛ばしたくなった。

 

雷門はぽつりぽつりと話し出す。

胸の内はいっぱいいっぱいで、誰かに打ち明けたくてたまらなかった。

 

3軍になったこと。3軍は野球部という扱いですらないこと。自分の夢がプロ野球選手であること。昔グローブをくれた選手に憧れていること。必死で練習したこと。どうやっても上手くなれなかったこと。……自分はプロ野球選手になれないと、わかっていたこと。

 

ボロボロと涙を流しながら語る雷門。黙って聞くセナと黒子。

話し終わったのか、三人の間に沈黙が生まれ、雷門が鼻をすする音だけが響く。

セナがいたたまれなくなって口を開いた。

 

「……ね、ねぇっ、じゃあアメフト部に入らない!?ウチ今、レシーバー……ボールをキャッチする人を探してるんだ!」

 

「……サンキュな、気持ちはありがてぇ。でも野球がダメだったから別のスポーツ、なんてのはカッコわりぃじゃねぇか。野球をダメ元で続けるか、スポーツをスッパリ諦めるか……どっちかにしてぇんだ」

 

それを聞き、セナは押し黙る。

黒子は、雷門の涙が止まるのを確認すると、いつもと変わらない調子で話し出した。

 

「僕も中学の時、3軍でした」

 

「ええっ!?最強の中学のレギュラーだったんじゃ!?」

 

「いぃいっ!?マジで!?」

 

セナと雷門が、意外な黒子の過去にそれぞれ驚く。

セナはあんなに凄い黒子が3軍だったなんて信じられなかったし、雷門はこんなにショボい奴が強豪のレギュラーだなんて信じられなかった。スポーツをやっているかすら怪しい風に見える。

 

「それは途中からの話です。どれだけ練習しても、上手くならなくて。先生に『試合に出られる見込みはないから』と退部を勧められたほどです」

 

「……俺と、同じ……」

 

黒子が淡々と語る内容は、まさしく先ほど雷門が語った内容とほぼ同じだった。

 

「え、でもそこからどうやって一軍に?」

 

「ある人に才能を見つけてもらったんです。自分だけの武器を見つけろと言われて。色々ありましたが、今のプレイスタイルに落ち着いて、レギュラーにも入れるようになりました」

 

黒子は何でもないように言うが、それはどれほど幸運なことで、そのためにどれほど努力してきたのか。同じ状況の雷門だからこそ、黒子の苦悩がなんとなく感じられた。

黒子は雷門の目を見て言う。

 

「君は、アメフトのレシーバーとして、活躍出来ると思います。

正直に言って、君が羨ましいです。そのキャッチ力があれば、僕も()()のような活躍が出来たかもしれない。でもどれだけ嘆いたって、僕には身体能力も、レシーバーに求められる能力も足りない事実は変わらない。自分が持っているもので、戦うしかないんです」

 

黒子は少し息をつくと立ち上がり、ズボンについた土や草を払う。

 

「無理強いはしません。今はダメでも、努力が実を結んで野球の実力が伸びるかもしれません。僕みたいに才能を開花させてくれる人が現れるかもしれません。未来は誰にもわからない。ただ僕は……君とアメフトが出来たら、嬉しいです」

 

「僕も、入る前に思い描いてた自分にはなれてない。でも、思っていた通りにならなくても、今の方が楽しい、そういうこともあるよ!

 

……待ってるね」

 

二人はそう言い残し土手を駆け上がっていく。

ついでに目を覚ましたケルベロスがそれを追っていった。

一人残された雷門は、自分の手を見つめ、そして握りしめる。

 

「…………俺は……」

 

 

✳︎

 

(あ、そういえば名前聞き忘れてた!……でも来てくれない、よね。気持ちは硬いみたいだったし……)

 

黒子よりも数分早く学校に戻って来たセナが校門をくぐると、そこではヒル魔がボトルを片手ににこやかな表情で立っていた。

 

「おかえりセナクン!ロードワークオツカレサマ!お水いるかい?」

 

「え、ええぇええ……!?ななななにごと……!」

 

ヒル魔が人を労うはずがない。短い付き合いだが、それは身にしみるほどわかっていた。恐怖で腰が引けながらも差し出されたボトルを受け取るセナ。

 

「いやー、長い間河原に座って疲れたろうね〜」

 

そう言いながらヒル魔はポケットから携帯を取り出しセナへと見せる。

ヒル魔が見せた携帯の画面には黒子とセナと雷門が河原で座って話している映像が映っている。練習をサボっていたという自覚はないが、事実、練習中に座って友人と談笑していたという動かぬ証拠だった。

 

「え"」

 

セナがギギギと振り返ると、餌をはぐはぐ食べているケルベロスの首輪にキラリと光るもの。カメラの液晶だ。

 

ヒル魔のほうに勢いよく向き直ると、今度はセナの後ろ姿と携帯を見せているヒル魔が、携帯に映っている。

 

「よーし次は倍の時間、行ってみようかセナクン!」

 

「す、すみまぁぁぁあひぃいいいいいいいい」

 

今度は生肉無しでケルベロスが追いかけてくる。

彼の目に入っている肉はセナ自身だ。

 

ヒル魔はセナが去ったのを確認し、持っていた携帯を見て口の端を吊り上げる。

 

「……ま、収穫はあったみてーだがな」

 

そこにはジャンピングキャッチを決める雷門の動画が映っているのだった。

 

✳︎

 

翌日。黒子とセナの二人が部室へと入ると、そこでは雷門がアメフトのユニフォームを着て仁王立ちしていた。背番号は80だ。

 

「よう!やっぱりアメフト部に入ることにした!

 

「えぇええ何があったの一晩で……」

 

「それは嬉しいですけど……いいんですか?」

 

「おうよ!漢としちゃあ、このアメフト部を影で操っている黒幕とやらの存在は見逃せねぇからな……!」

 

「……どんな騙され方したんでしょうか」

 

一瞬でヒル魔の仕業だと看破した黒子が憐れむような目で雷門を見る。

 

「とにかく、歓迎します。僕は黒子テツヤです」

 

「僕は、小早川セナ」

 

「俺は雷門────

「あ、新入部員のモン太くんだねー!!よろしく、よろしく!わーい、新しい仲間だー!」

 

意気揚々と名乗りを上げようとした雷門の声を、部室に入ってきた栗田の声が搔き消す。どうやらヒル魔から連絡を受けていたようだが、名前は間違えて覚えている。

 

「ムッキャー!違う!俺の名前は雷──

「あ、初めまして!新入部員のモン太くん、よね?これからよろしくね?」

 

「モン太とお呼びください」

 

アメフト部の美人マネージャー、まもりが部室に入ってきてそんなセリフを言った瞬間に彼は傅き「仰せのままに(イエスユアマジェスティ)」とでも言わんばかりに頭を垂れた。

 

彼の名前がモン太に決まった瞬間である。

 

「モン太くん……」「モン太くん、ですね」

 

確認する二人を見て、モン太が少し不満げな顔を見せる。

 

「ンだよ、俺らもう友達だろーが!他人行儀でくん付けなんかすんなよ!えーっと、セナと……黒子、クロコ……クロでいっか!」

 

「え……なんか犬みたいなんですけど、それあだ名ですか?」

 

「おう!俺だけ変な呼び名は不公平だからな!」

 

「え、と……モ、モン太」

 

「小早川くんだけ普通なんですね、モン太…………くん。……すみません、呼び捨ては慣れていなくて……」

 

今まで呼び捨てで呼び合うような友達がほぼいなかった二人ゆえに、むず痒そうにしながら言い淀む。

 

「っていうかクロはセナのこともセナって呼んだらどうだ?んで、セナはクロをクロと呼ぶ!」

 

強引に心の距離を詰めにくるモン太にさすがの黒子も困惑の表情を浮かべている。しかし呼び方を変えないとモン太は納得しないようだ。

 

「ええぇ……。

…………よろしくお願いします、セナ、くん」

 

「う、うん、よろしく、クロ……?」

 

こっぱずかしい思いをしていたが、それでも二人の胸中は悪いものではなかった。あだ名で呼び合うような友達が、二人も出来たのだから。

 




オマケ

「今この高校に黄瀬クン来てるんだって!!」
「マジ!?ヤバじゃん行こ行こ見に行こ!」

「あ、アレ!あの金髪、黄瀬クンじゃない!?」

「「「黄瀬きゅーーーーん!!!」」」

「あ?」

……悪魔の背中に突撃した彼女たちがどうなったのか、知る人はもういない。

「どうにもなってません!ていうか私がさせません!」


【tips!】
21日に間に合ってるからセーフ。

【tips!】
あだ名。つけるかどうか凄く悩んだ。黒子に微妙に合ってない気がするし。でもモン太・セナ・黒子の三人は同格の友達って感じにしたくて。ずっと「小早川くん」「雷門くん」呼びも寂しいなってなったので、歯を食いしばりながらもこのようにしました。テツだと某峰と被っちゃうし……。違和感はあるかもしれませんが、泥門高校の黒子はこんな感じ、ということでひとつ。


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「人事を尽くして天命を待つ」

とある休日。

 

「今日の一位は〜〜〜?かに座のあなた!外を散歩してみると良いことがあるかも!ラッキーアイテムはシュークリーム!でも気をつけて、鼻の頭にテープをつけてる人とは相性バツ!!出会うだけで今日の運勢を全部帳消しにしちゃうくらい悪いことが起こるかも!」

 

「……今時鼻の頭にテープをつけているような古臭い人間がいるわけないのだよ。さて、シュークリームを買いに行かねば……」

 

 

セナ、モン太、黒子の三人はランニング兼、用具買い出しとして、スポーツショップへと向かい走っていた。ついでにモン太の入部記念パーティーをしたいとのことで、栗田とまもりに雁屋のシュークリームを買ってくるよう頼まれている。

 

「けっこう売り切れることもあるみたいだから、先にシュークリームのほうから買おっか」

 

「そうですね。というかパーティーの主役が買い出しに行くってちょっとおかしいような」

 

「俺のためにパーティーしてくれるってんだから全然オッケーだ!」

 

三人は商店街へと入り、雁屋の前で立ち止まる。

シュークリームを買おうと、セナが金の入った封筒を取り出そうとしたがつい手から滑り落ちてしまった。

が、落ちる前にモン太がそれをキャッチした。

 

「わ、ありがとうモン太!」

 

「やっぱり凄いキャッチ力、ですね」

 

「フフン、キャッチだけは誰にも負けらんねぇんだ!ほれ」

 

鼻の下を擦りながらモン太が封筒をセナへと投げて寄越した。

 

「フ、自販機で当たりが出るとはな。やはりおは朝の占いはよく当たぶふっ」

 

しかしモン太の手から離れた封筒はセナとは真逆の方向へ飛び、後ろにいた人物の鼻柱へと直撃した。

用具用に結構な大金が入っていたためかなりのダメージだろう。

 

「どんな投げ方したらそんなことに!!?」

 

重力に従いズルズルと落ちた封筒の下には、緑の髪と少し赤くなった鼻、眼鏡、そしてモン太を信じられないように見つめている目があった。

 

「………………」

 

「あぁあすんませんッス!!」

 

「緑間くん……」

 

「へ?あっ!え、えっとキセキの世代の……!」

 

少し驚いた表情の黒子を見て、キセキの世代の一人、緑間だと思い出したセナが「初めまし、いやまずはごめんなさい!?」とへこへこと頭を下げる。

緑間は二人の声が聞こえておらず、フルフルと体を震わせた。

その目はみるみる厳しくなり、誰がどう見ても怒っていた。

ギリッと歯を噛み締め、緑間が口を開く。

 

「鼻の頭に、テープ……!

何故……何故今時鼻の頭にテープをつけているのだよっっ!!」

 

「ええっ!?そこぉ!?」

 

封筒をぶつけられたことではなく、意味不明な点に全力でキレた緑間にセナがあんぐり口を開ける。

 

「もしカッコいいと思ってつけているのだったら今すぐやめるのだよ!時代錯誤の上ダサいことこの上ない!!」

 

「鼻のテープにこんなにキレてる人初めて見た……」

 

「これは俺のアイデンティティファッションだっ!!ぶつけたのは悪かったけどよ、んなダメ出しすんのはお門違いだろーが!テープに恨みでもあんのか!?」

 

「そういうことではないのだよ、そういうことでは────」

 

「あ、スンマッセーン!」

 

ブンブンと頭を抱えながら振る緑間の横から、子供たちが蹴ったサッカーボールが飛んできて顔に直撃した。手に持っていたおしるこの缶は宙を舞って緑間の頭上から中身が降り注ぎ。緑間がぐらついた先には野良猫がいて、驚いた猫は威嚇しながらその爪で緑間の服を切り裂く。

 

「只今より特売タイムセール開催いたしまーす!」

 

セール待ちの奥様方の集団が緑間を踏み越えていって。ボロボロになった緑間にとどめと言わんばかりに上からぴちゃりと鳥のフンが降ってきた。

 

「う、う、うわぁぁぁあ〜…………」

 

もはや人為的なものすら感じる絶望的な運の悪さにセナとモン太がドン引きする。

 

「…………貴様のせいなのだよ」

 

ぬらりと、幽鬼のように緑間が立ち上がりモン太へと迫った。

 

「いっ!?なんで俺!?」

 

「緑間くんはおは朝の占いを妄信してるんです。多分ですけど、モン太くんみたいな人に出会うとアンラッキー、みたいな内容だったんじゃないでしょうか」

 

「逆恨みって言いたいけど今の流れが流れだけに……」

 

「早く、早くシュークリームを買わねば……!ラッキーアイテムのシュークリームを買わねばならない……!!」

 

おしること引っ掻き傷と踏まれた跡でグチャグチャの緑間が、ポケットから財布を探しながら雁屋へと向かおうとする。

しかし驚いた表情で全てのポケットを引っ張ったり叩いたりし始めた。

 

「財布……俺の財布はどこだ!?」

 

ハッと目の前を見ると、キラキラしたお守りがついた財布が落ちている。緑間が安心した顔でそれを拾おうとした瞬間、カラスがそれを掠め取り、どこか遠くへと飛び去っていった。

 

「……………………」

 

絶望の表情を浮かべる緑間。セナもなんだか泣きたくなり、モン太は自分が悪いわけではないと思いつつも謝りたくなってきた。

 

三人が呆然とする中、黒子は一人雁屋へと向かいシュークリームをひとつ買い、緑間の元へと近寄る。

 

「どうぞ」

 

「っ……! 貴様から施しを受ける気はないのだよ」

 

「施しとかじゃないです。元チームメイトですし、これくらいはいいでしょう?」

 

「…………フン」

 

この後に襲い来るかもしれない不幸と天秤にかけたのか、緑間は不承不承といった体でそれを受け取ろうとした────瞬間。

 

「いでっ」

 

セナが持っていた封筒……大金が入ったそれを、バイク二人乗りした不良風の男たちが奪い取り、そのまま走り去った。

 

「へへへ、大漁だ!」

 

「引ったくりー!!」

 

モン太が咄嗟に追いかけるが、相手はバイク。追いつけるはずもなくみるみる差が離れていく。

 

「おい黒子、早く寄越せ」

 

緑間は黒子からシュークリームを貰うと、未開封のおしるこの缶を懐から取り出した。

それを大きく振りかぶる。その姿はまさしくクォーターバック。

 

(爪のケア、よし。スニーカーのヒモ、よし。占いの順位、よし)

 

「ラッキーアイテム……よし」

 

緑間はそう呟くと、おしるこの缶を空へと放った。

 

「人事を尽くして天命を待つ。俺は人事を尽くしている。だから、俺のパスは……完璧だ」

 

空を飛んだ缶は、放物線を描き降下していく。まるで意思があるかのように不良のほうへと吸い込まれていく。

 

「あでっ!!」

 

そしてバイクを運転している不良の頭へと小気味いい音を立てて直撃した。ヘルメットはつけていないため、衝撃はそのまま頭に伝わっただろう。不良は態勢を崩しバイクが横向きに倒れ、地面を擦りながら転がっていった。

 

「う、うぐぐ……」

 

「おい、誰か警察呼んでくれー!」

 

「……えっ、あの距離から缶を当てたの……?」

 

丁度追いついたセナとモン太が、倒れた不良から封筒を取り返した。

その場に居合わせた正義感の強そうな男性が不良たちを抑えつける。

いずれ来る警察が不良たちを捕まえてくれるだろう。

 

「……緑間くん、ありがとうございます」

 

「フン、ラッキーアイテムの借りを返しただけなのだよ」

 

黒子が頭を下げると、緑間は別の方向を見ながらそう返した。黒子は、少し困ったような表情を浮かべる。

中学時代、緑間と黒子は別段仲が悪かったわけではない。むしろ良好とも言えるほどだった。ボールを投げる緑間と、ボールを受け取る黒子。言葉にはしなかったものの、両者の間にはかなりの信頼があったのだ。

だから黒子は、緑間の態度の理由は察しがついていた。

 

「まともに話すのは、あの時以来ですね」

 

 

『────黒子、一緒に王城に行く気はないか?』

 

思い出されるのは、中学三年の後期、とある日。中学最後の大会が終わってからほとんど学校に来なくなっていた黒子は、いつもの無表情から更に感情が抜け落ちて、目からも光をなくしていた。たまたま帰り道で緑間は黒子と遭遇し、俯く黒子に緑間がそう声をかけたのだ。

 

『あそこは厳しいが完全に実力主義。監督の理念も俺と通じるものがある。そして、あの進清十郎もいる。クォーターバックとレシーバーが他に比べて弱い点も、俺とお前が入れば改善される。アメフト部の設備も良いし勉強も大事にしている。良い高校なのだよ』

 

『……そう言ってもらえるのは、本当に、すごく嬉しいです。でも……ごめんなさい、僕はもうアメフトを……続けられる気が、しない』

 

緑間の目を見ようともしない黒子に、緑間は何も言わなかった。言えなかった。何か言った瞬間に、黒子が壊れてしまう気がした。黒子が一礼して、去っていく。キセキの世代のクォーターバックと、レシーバーの関係が、今ここで終わった。

 

 

「俺の勧誘を断ったかと思えば部員数も足りていないような超弱小高校でまたアメフトを始めているとはな。試合の時は一瞬自分の目を疑ったのだよ」

 

「……すみません。あの時は本当に辞める気だったんです。でもちょっと気持ちの変化がありまして……」

 

気まずそうに話す黒子の後ろから、セナとモン太が帰ってきた。

 

「おーい!強盗捕まったぞー!」

 

「──まぁいい。せいぜいその仲良しチームで遊んでいるがいいのだよ」

 

緑間は踵を返し、その場を立ち去ろうとする。

 

「緑間くん!」

 

その背中に黒子が珍しく少しだけ大きく声をかけた。

 

「決勝で、待っていてください」

 

緑間は鼻を鳴らしただけで、何も言わなかった。

 

 

 

翌週。モン太がセナをアイシールドだと見抜いたり、黒子がモン太にアメフトについて教えたりしたのだが、それはさておき。

 

「賊学との五百万賭けた勝負!見なきゃ男じゃねーーー!!」

 

新戦力・モン太の実践投入兼、新入部員獲得のパフォーマンスとして、賊学と練習試合をすることになった泥門。相手チーム、賊学カメレオンズのエース葉柱を、例の如くヒル魔が煽りに煽って500万円などという大金を賭けることになったらしい。

 

「ぜ……ぜってぇ負けらんねぇな……」

 

ヒル魔が大々的に校内で宣伝しまくったため、グラウンドの脇には3桁を超えるほどの生徒が集まっている。

 

「えぇ……それに負けられない理由は、まだあります」

 

 

それは賊学との対校試合が組まれた日。泥門の部室から出る際に葉柱が捨て残したセリフ。

 

「カッ!俺からすりゃ進もキセキのなんとかもみんなゴミだね!」

 

そう言いながら歩き去ろうとした葉柱の正面に、何かがぶつかった。

 

「訂正してください」

 

「うおッ!?なんだオマエいつのまに!?」

 

「キセキの世代の皆はゴミじゃありません」

 

黒子が、葉柱を真っ直ぐに見つめていた。イカツイ見た目の葉柱に全く怯む様子はない。

葉柱は黒子の言葉が耳に届いたのか、その目が嗜虐的に歪んだ。

 

「あ?もっぺん言ってみろザコ」

 

葉柱の腕が黒子へと伸びる。しかしその腕は黒子ではなく、セナの頭を掴んだ。いつのまにか間へと割り込んでいたのだ。

 

「!? なんだこのチビ」

 

「いっ!?……進さんも、ゴミなんかじゃない……最強の選手です」

 

頭を掴まれ顔を歪ませながらもセナは葉柱を睨みつけた。

 

「ハッ!ザコどもが言ってくれんなぁ?」

 

「どっちがザコかは試合で決まることです」

 

なおも淡々と述べる黒子に、葉柱のこめかみがビキリと音を立てる。

 

「上等だ。テメーら、試合で泣いて謝っても許してやらねぇぞ」

 

セナを放り捨て、部室を去る葉柱。

騒ぎが聞こえてか、まもりが部室から飛び出してくる。

 

「大丈夫かセナ!?」

 

「う、うんなんとか……」

 

「お、おまえ結構根性あんなぁセナ!」

 

「セナ君」

 

ズボンについた砂を払うセナに、黒子が葉柱の去った方を見ながら口を開く。

 

「今度の試合、絶対勝ちましょう」

 

「……うん!葉柱さんを倒そう、僕らで」

 

 

「ぶっ潰す!!」「ぶっ殺す!!yeah!!」

 

「泥門デビルバッツ対賊学カメレオンズ、キックオフ!!」

 

そして、試合開始。カメレオンズがキックしたボールを、モン太はなんなくキャッチ。ゴールまで残り60ヤード地点で泥門の攻撃がスタートすることになる。

 

「あの猿、キャッチ上手いっすね……?」

 

「あぁ?上手いなら王城戦で使ってんだろ!あいつらの攻撃はほぼアイシールドのラン!もしくはあの地味なやつへのパスしかねぇ!アイシールドさえ潰せば、後はザコへのパスだけだ!」

 

カメレオンズは黒子へのマークに一人残し、他は前進守備。完全にアイシールド21を止めるための布陣だ。

 

「ケケケ、わかりやすくて助かる。おいファッキン猿、一発目からカマすぞ」

 

「ウッス!!」

 

「SET!HUT!」

 

モン太が誰も止めにこないフィールドを駆け上がる。

アメフトのボールを扱い始めたのはついこの前だ。それでもすでにこの動きは体に染みつき始めていた。どこへ飛んでくるかわからない野球と違って、アメフトはどこに球が来るかわかっている。あとは純粋なキャッチ力。ヒル魔からは、すでに3桁を超える回数のパスを受け取っている。その中でわかったことは、球を受け取る時の手の形。力加減。走るスピードetc。そして、ヒル魔のコントロール。何百球、何千球投げて来たのか。「ここなら取れる」と思ったところにドンピシャで球が来る。

 

(サイテーな先輩だけどよ、努力はMAXしてるんだって、なんとなくわかるぜ!)

 

そして今回も例に漏れず、混み合う中央をぶち抜き、モン太が望んだところへとボールは向かって来た。

 

「パス!?」

 

「こんなん味方も獲れねーよバーカ!」

 

パスミスを確信した敵チームを尻目に、モン太は跳ぶ。

斜め前から飛んだにも関わらず、ボールはモン太の手にまるで吸い込まれるかのように収まった。

 

「努力MAXダーーッシュ!!」

 

「後ろガラ空きだっ」「戻れ戻れーっ!!」

 

誰もいないエリアで大幅にモン太は歩を進め、30ヤード前進。

 

 

「なんだあの猿!?」

 

「泥門のレシーバーってあの地味野郎一人じゃねぇのかよ!」

 

「やっぱり下がったほうが……」

 

「バカが!下がったらアイシールドに走られんだろーが!!」

 

頭に血が上った葉柱は自分の言ったことをそうそう撤回しようとしない。ヒル魔はそこまで計算済みだ。

 

「HUT!」

 

ヒル魔はここでアイシールドへボールを手渡す──

 

「来た!アイシールドだ!!潰せ!!」

 

──()()をした。ボールはまだヒル魔の手の中。

アイシールドを止めに、カメレオンズは総出で突っ込んできている。

止めるものは、いない。その後ろ姿を見て、黒子は予感する。これは、アイシールド21を初めて見た時と同じ感覚。キセキの世代を思わせる、天賦の才の片鱗。

 

(本庄さん、俺……必ず──)

 

(モン太くん……。もしかすると、

君も……"光"に……!)

 

(──アメリカンフットボールで、ヒーローになります!!)

 

「キャッチMAX!!」

 

「タッチダウン!!」

 

ゴールラインの向こう側でボールをキャッチしたモン太は、天に向かって指を立てるのだった。

 

 

ボーナスゲームのヒル魔のキックは外れ。カメレオンズの攻撃は止めることができずタッチダウンされ、キックも決められた。これで点数は6ー7。

 

「クソが!!あの80番が本レシーバーだ!王城戦で出し惜しみしやがって……!」

 

ドリンクのボトルを握りつぶしながら葉柱が、チームメイトを恐喝するような剣幕で打ち合わせをする。

 

「80番は二人でカバー!15番に一人残して後は全員アイシールドだ!!それで止まる……!」

 

その様子を見てヒル魔がケケケといつもの笑いを溢した。

 

「おいファッキン地味。やれるな?」

 

「はい。モン太くんがかなり目立ってますし、それに──」

 

ヘルメットの留め金をバチリと止め、その目に静かに闘志を燃やす。

先ほどのモン太のキャッチ。ド派手で強力な、まさに"光"のキャッチ。自分では、ひっくり返っても真似できないだろう。でも、だからこそ。

 

「──僕も、燃えてますから」

 

 

「SET!HUT!」

 

「猿は塞いだ!あとはアイシールドだけ──」

 

葉柱が勝利を予感して笑みを浮かべるなか。

黒子をマークしていた賊学の選手、荒戸は自分の目を疑った。

 

「あ、え、あれ……?」

 

「泥門パス成功ー!25ヤード前進!」

 

「んなぁぁぁ!!」

 

立ち呆ける後ろから、泥門の前進成功の笛が鳴る。

黒子は、いつのまにかボールを抱えて遥か後方にいたのだ。

 

葉柱が荒戸の胸ぐらをつかみ、今にも殴りかかりそうな格好で怒鳴りつける。

 

「テメェ、殺されてぇか!?」

 

「いや、違うんす!!なんか、急にいなくなって……!!」

 

「テメェが目を離したからだろうが!!ザコのマークすらまともに出来ねーのか!!」

 

「次抜かれたらマジで殺すぞ」と残し、セットポジションにつく。

荒戸は涙目になりながらも黒子を見据えた。コンマ一秒たりとも見逃してはいけない。どんな僅かな黒子の動きも見逃さないようにと……。

 

そういう心理の相手が一番、やりやすい。

黒子は容赦なくミスディレクションを行い、荒戸の横を悠々と抜けていった。

 

(な……んで……後ろに……)

 

「パス成功!!」

 

 

葉柱がもはや何も言わずに幽鬼のようにゆらりゆらりと荒戸へと近づいて来る。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、荒戸は手をブンブンと振り回して抗議した。

 

「見えないんす!!ほんとに!ほんとに!!なんか変な技とか使ってるっす絶対!!じゃなきゃ目の前で見失うとかありえない!!」

 

その言葉で葉柱がピタリと止まった。

たしかに見逃せばぶっ殺すと言っているのに、同じことを繰り返すのは違和感がある。葉柱の言うことにわざと反抗するような、そんなぬるい従わせ方はしていない。

 

思い返せば王城戦でも不自然なパスシチュエーションは何回かあった。全部15番(黒子)絡みで。

 

「チッ……!」

 

大きく舌打ちすると、葉柱はチームメイトに指示を出した。

 

「もういい、潰せ」

 

小細工も、みみっちい作戦も、鬱陶しいザコも。潰せば終わる。

 

プレーが始まった瞬間、賊学の選手は一様に泥門の選手を攻撃した。アメフトの攻撃、ではない。殴る、蹴るの暴行だ。

 

明確な暴力は反則だが、審判にバレなければペナルティは与えられない。いや、実際は反則にされているのだが、同時に様々な箇所で反則が行われたため把握し切れていないのだ。

 

そしてその暴力の刃は黒子とセナに対しても向けられていた。

 

「ぐぇっ!!」「つっ……!」

 

「セナ!!クロ!!」

 

ボールを持っていないにも関わらずタックルされた二人。向こうの目的は完全に痛めつけることだけだ。

 

しかし二人のダメージは軽かったようで、すぐに立ち上がる。

 

「あれ、意外と平気……」「大丈夫、です」

 

(そうだ、進さんのタックルは、こんなもんじゃなかった)

 

痛みで悶絶し、立ち上がるのも嫌になるようなあの強さ。

賊学とは、世界が違う。

 

ふと、セナが黒子の表情に気づいた。黒子にしては珍しく、誰でもわかる程度にムッとしている。わかりにくいことに変わりないが。

 

「クロ、怒ってる……?」

 

「これは、アメフトではないです。

あの人たちには、絶対に負けたくないです」

 

黒子のその目には確かな怒りが込められていた。

 

 

栗田がどこからかつれて来たハァハァ三兄弟を負傷者と交代させ、賊学の喧嘩暴力を返り討ちに合わせ。

走る黒子のもとへ、葉柱が突っ込んでくる。

 

「葉柱と黒子の一騎打ち!?」

 

(再起不能にしてやる……!)

 

スピードで劣る黒子を、アイシールドよりも先に潰そうと考えたか。

不気味なパスキャッチをされる前に消したいと考えたか。

何にしろ、葉柱のその突撃は──

 

「カッ……!?」

 

──不発に終わった。

 

「タッチダーウン!!」

 

「キセキの世代はゴミじゃないですし、デビルバッツはザコじゃありません」

 

葉柱のタックルを掻い潜ってパスキャッチを決めた黒子は、そう言い残してベンチへと戻っていく。

 

「何気にアイツ、負けず嫌いだよな」

 

モン太がそう言って、セナもうんうんと頷いた。

 

 

「クソッ、クソックソクソクソ!!アイシールドさえ、潰せば……!」

 

葉柱がセナを睨み殺しそうな形相で地団駄を踏む。

ヒル魔はそれを見て楽しそうにガムを取り出して口に入れた。

 

「ケケケ、んじゃーお望み通りタイマンやらせてやっか!」

 

今、カメレオンズの守備はモン太と黒子、セナに同等に割かれている。

最初のようなガチガチのラン対策をされればセナも走りづらかったが、今ならば。

 

「今度こそアイシールドだッ!!」

 

中央ラインの栗田が空けた穴を爆走。

その先に待ち受ける葉柱と一対一の構図となる。

 

「やっと来やがった!!骨ごとへし折ってやる!!」

 

嬉々として葉柱がセナへと突撃する。

その目に一瞬怯えかけたセナだったが、そこで思い出したのは王城戦だった。

 

(違う……全然違う……進さんのほうが、何倍も恐かった!!)

 

猛スピードで、葉柱のリーチの外へと走り去る。葉柱が伸ばした長い腕は宙を掻き、セナに触れることも能わない。

 

「ア……!」

 

「タッチダーーーウン!!」

 

尋常じゃないキャッチ力のレシーバー。

未だに何をされているのかわからない、

不可思議な力を使うレシーバー。

そして1対1では絶対に止めることが出来ないだろう、アイシールド21。

 

勝てない。

 

それを口に出しこそしなかったものの、葉柱の心は完全に折れていた。

 

「ケケケ、勝負あったな!アメフトは──ビビらせたら勝ちだ!」

 

そこからは一方的な展開だった。

この日、泥門は創部以来初めて、大量リードで勝利を納めたのだった。

 

「試合終了ー!!」

 

51対20で泥門高校勝利。

 




オマケ

「俺のパスは……外れんッ!」

「ぐえ!なんかべちゃっとしたもんが……」


「……緑間くん、今投げたのおしるこじゃなくてシュークリームですよ」

「ハッ……!マズ────ぐああああああぁ!!」

「ああ……緑間くんに一瞬にして大量の不幸が……」


【tips!】
失踪?してないよ!

【tips!】
オリ展開ってやっぱむずいわ。


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