図書委員の奏でる旋律と綴られし恋歌 (ネム狼)
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本が好きな後輩と内気な先輩の気づいていない想い

久々の新作です
先輩と後輩の恋愛をお楽しみに


 本というのはいいものだ。

 

 本とは恋愛やミステリー、哲学等様々なジャンルがある。そのジャンルによって面白かったり、感動したりと作品の評価が決まってくる。

 

「やっと読み終わった。どのくらいかかったのやら……」

 

 俺は本を閉じ、机に本を置いてふぅ、と一息吐いた。

 

 俺の名前は椎名千景(しいなちかげ)。女性のような名前だが、母さんから由来を聞いたところ両親から名前をとったそうだ。母の名前は椎名千尋(しいなちひろ)、父の名前は椎名景久(しいなかげひさ)だ。

 

 母さんは千尋の千を父さんは景久の景、ここから組み合わせた結果、俺の下の名前は千景になったそうだ。それも相まってか俺の容姿は女性みたい、しかも女顔と来た。そのせいか俺は男女問わず人気があるらしい。

 

 しかし、人気があるのは俺はあまり嫌なんだけどな。何故かと言うと人気が高いと自由に過ごせなくなるからだ。全く、一人にしてほしいものだ。

 

 あと、俺の所属している学校は花咲川学園で高校一年だ。昔は女子校だったそうだが、だいぶ前から共学になったらしい。一体いつから共学になったんだろう、気になるが、知らない方がいいかもしれない。

 

 肩まで伸びたセミロングの黒髪を一つに縛る。因みに俺の目の色は赤だ。黒髪に赤の瞳、カッコいいと言われがちだが、実際は中二病なの?と言われている。解せぬ。

 

 さて、読み終わった本を返しに行こうか。俺は図書委員だが、まだ活動時間ではない。あの人は先に来ているだろうか、今なにをしているのだろうか。俺の頭の中はあの人はどうしているのかということでいっぱいだった。

 

 

――唐突だが、俺には気になっている人がいる。

 

 

 その人は俺と同じ図書委員で学年が一個上の先輩だ。ピアノを習っているらしく、さらにバンドにも入っているらしい。そのバンドは確かガールズバンドだったか?

 

 それにしても眠いな。昨日何ページか読んでたから寝るのが遅かったんだ。なにせ、寝た時間が深夜の二時だからな。深夜は学生が起きていい時間じゃない。この前なんてゲームをやっていたら朝になっていたっていうこともあった。

 

 これからは時間に気を付けよう。気を付けようっと言ってもどうせまた遅くなるだろうな。

 

 そんなことを思っていたら図書室に到着した。さあ、活動開始だ。

 

 俺は扉を開け、図書室に入った。読み終わった本をカウンターに置き、担当の人に返すことを伝えた。

 

 とりあえず本を整理するか。俺は本棚に近づき、返却された本を持ち、棚に戻し始めた。あれ、あの人は……。もう来てたのか。

 

「こんにちは白金先輩」

「あ……こんにちは。椎名……君」

 

 俺の気になっている人とは、返却された本を棚に戻している人、もとい白金燐子先輩だ。

 

「お疲れ様です。もう来てたんですね」

「うん……。私も授業が……終わって……すぐに……来たからね」

「そうですか。棚に本戻すの手伝いますよ」

「ありがとう……椎名君」

 

 白金先輩は微笑みながら言った。いつ見てもいい笑顔だ。

 

 白金先輩は内気な性格をしているが、男子に人気があるらしい。白金先輩は綺麗で美人、しかも優しい。それが理由ならまだわかる。しかし、白金先輩目当てには本当の理由がある。

 

 その理由はというと、胸だ。

 

 白金先輩はよく見ると胸が大きいんだ。身体目当てを理由に白金先輩に近づく男子が何人かいるが、俺はそんなことを理由に白金先輩に近づいた訳ではない。そんなことをするのは精々変態くらいしかいないと俺は思っている。

 

「ん……しょ」

 

 本棚を見ると、白金先輩が背伸びをして返却された本を上の棚に納めようとしていた。あれ、白金先輩って背低いよな?届かないんじゃないのか?

 

 俺は白金先輩に近づき、納めようとしていた本を棚に入れた。あまり白金先輩には無理をしてほしくない。先輩を助けるのは後輩である俺がやらないと!

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「椎名……君?もしかして……本を……納めて……くれたの?」

「ええ、納めましたよ。先輩が背伸びをして本を納めようとしたので、大丈夫かなって思ったんですが、届いてなかったので助けました」

 

 さっきの白金先輩を見ていたら放っておけなかった。困っていたら助けてあげなきゃって思ったから。母さんにも言われたんだ。困っている人がいたら助けてあげなさいって。

 

「そう……なんだ。ありがとう椎名君」

「ど、どういたしまして……」

 

 白金先輩は顔を赤くしてお礼を言った。どうして顔が熱くなるんだろう?ていうかなんで俺までこんな状態になるんだよ。

 

「と、とりあえず、本戻しましょ!」

「そ、そう……だね」

 

 はあ、気まずいな。白金先輩のことは気になるけど、この先どうなるだろうか。先が思いやられるな。

 

 あと言い忘れていたが、俺が白金先輩を気になった時期は入学してから一週間だ。本を借りに来た時にカウンターで受付をしている人がいた。

 

 その受付をしていた人が白金先輩だ。俺が推理系の小説を借りるために受付をしてもらっていた時にこう言われた。

 

「珍しい……ですね。この本を……借りるなんて」

「え、そうなんですか?」

「はい。この本は……あまり読まない人が……いませんから」

 

 そうなのか。だとしたら面白いかもしれない。あまり注目されない本でも実は面白いという本だってある。所謂、隠れた名作というものだ。

 

 俺と白金先輩は本について話すようになった。おすすめの本を教え合ったり、読んだ本について語り合ったりもした。

 

 俺は話していくうちにこう思った。もっと白金先輩のことを知りたい、白金先輩と仲良くなりたい、これがきっかけで俺は白金先輩のことが気になり始めた。

 

 

――本が好きな後輩の青春の始まりでもある。 

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私には気になる人がいます。

 

 その人は私より歳が一個下で、同じ図書委員の人です。髪が長く、顔も綺麗で最初は女の人だなと思いましたが、よく見ると男の人でした。

 

 名前は椎名千景。女の人のような名前ですが、私はいい名前だと思っています。

 

「帰ったら……NFOをやらないと」

 

 私は内気な性格をしていますが、オンラインゲームが好きで、あこちゃんとは「NeoFantasyOnline」通称NFOをやっています。

 

 最近は新しい人と知り合い、フレンド登録もしました。

 

 職業が魔法剣士だけど、あれは上級職だ。ということは相当やり込んでいる、所謂廃人かもしれない。廃人なのは私も同じだけど……。

 

「でも、その前に……図書委員の活動が……あるから、図書室に……行かなきゃ」

 

 もう椎名君は来てるかな?彼が図書委員に入ったのはつい最近だ。入ったばかりたからまだわからないこともあるかもしれない。ここは先輩である私がしっかりしないと!

 

 私は図書室に入り、椎名君が来ているかを確認した。まだ来てない。もしかして補習とかかな?椎名君は成績は悪くないって聞いてるけど、何をしているのかな?

 

 私はRoseliaというバンドに所属していて、キーボードを担当している。今日は練習もあるから、椎名君と一緒にいられる時間は少ない。私にとってこの少ない時間はとても大切な時間だ。

 

 そういえば返却された本が溜まってたんだった。私は背が低いから高い所までは届かない。手を伸ばして納められるのがやっとだ。私の手が届く範囲で戻そう。

 

 棚に本を戻そうとした時、音がした。誰か入って来たみたいだ。私は扉の方に目を向けた。入って来たのは椎名君だった。

 

 よく見ると椎名君は本を手に持っている。あの本は私が薦めた幻想文学の小説だ。

 

 あ、椎名君と目が合った。目を合わせただけなのに耳が赤くなってしまう。

 

「こんにちは白金先輩」

「あ……こんにちは。椎名……君」

 

 私は椎名君に挨拶をした。大丈夫かな?耳が赤くなってるの気づいてないよね?

 

「お疲れ様です。もう来てたんですね」

「うん……。私も授業が……終わって……すぐに……来たからね」

 

 そう、私は授業が終わってすぐ図書室に来たんだ。同じクラスの氷川さんとはさっきまで一緒だったけど、「風紀委員の仕事が残っていますので、ライブハウスでお会いしましょう」と言って別れた。椎名君は鞄を置いて私の元に来た。手伝ってくれるのかな?

 

「そうですか。棚に本戻すの手伝いますよ」

「ありがとう……椎名君」

 

 どうやら手伝ってくれるみたいだ。私と椎名君は返却された本を棚に戻し始めた。戻しているだけなのに、私にとってのこの時間はとても心地よいものだ。椎名君と一緒にいるだけなのに、私の心は幸福感で満たされていた。

 

 

――この幸福感はなんだろう、どうしてこんなに心地よいのか……。

 

 

「ん……しょ」

 

 私は背伸びをして本を棚に納めようとしていた。あと少し、あと少しで届く。でも、届かない。私ってこんなに背低かったかな?

 

 その時、本が納まる音がした。あれ?もしかして入ったのかな?でもよく見たら誰かの手がある。隣を振り返ると、椎名君が側にいた。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「椎名……君?もしかして……本を……納めて……くれたの?」

「ええ、納めましたよ。先輩が背伸びをして本を納めようとしたので、大丈夫かなって思ったんですが、届いてなかったので助けました」

 

 椎名君は微笑んで言った。その時、胸がドキっと鳴った。え?なんなの今の音は!?もしかして、私がドキっとしちゃったの!?こんなこと初めてだからわからないよ!

 

 私の耳はさらに赤くなってしまった。椎名君に気づかれていないか心配で私の心臓はバクバク鳴っていた。

 

「そう……なんだ。ありがとう椎名君」

「ど、どういたしまして……」

 

 椎名君の顔を見ると、椎名君まで顔を赤くしていた。どうしたんだろう、なんで顔赤いんだろう?

 

「と、とりあえず、本戻しましょ!」

「そ、そう……だね」

 

 私と椎名君は本を戻す作業に戻った。やっている間、椎名君をチラっと見たけど、普通の表情だった。しかし、耳は赤くなっていたようだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 図書委員の活動を終えて俺は家に戻った。あの後、白金先輩とは会話も無く、最後はさようなら、と一言言っただけだった。

 

 俺は白金先輩のことが気になっているけど、こんなことは初めてだからどうしたらいいかわからない。なにか話題はないかと頭の思考回路をフル回転して探したが、何も見つからなかった。

 

 こんなんでいいのか?なんの進展もなくこのまま時が過ぎてしまうのか?いや、そんなことでは駄目だ!頑張らなきゃ!

 

「明日は話せることを探そう」

 

 俺は電気を消して眠りに就いた。

 

 

――白金先輩のことは気になる。けれど、わからない。

 

 

――この感情は一体なんなんだ?どうしてこんなにもドキドキしてしまうのか……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「はあ……。なんで……あんなことに……なったのかな?」

 

 椎名君と放課後に会えたけれど、なにも会話がなかった。そういえば椎名君は私がRoseliaに所属しているってことを知っているのかな?

 

 私は家に帰ったが、NFOはログインだけで済ませてしまった。そう、やる気が出なかったのだ。あこちゃんにはチャットで「今日はやめておくよ」と断ってしまった。

 

 こんなことは初めてだ。椎名君のことは気になっても何を話せばいいのかわからない。

 

「やっぱり……私が内気……だから……かな?」

 

 私は内気でしかも人見知りだ。こんな自分が椎名君のことが気になるなんて、よくそんなことができたなと、気にする資格があるのか、と思ってしまう。

 

「……でも、もう少し……頑張ってみようかな」

 

 次はこんなことはないようにしよう。もう少し自分を変えていかないと!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私が椎名君を気にするようになったのは、彼が図書委員になってからだ。

 

 椎名君と本のことについて話したり、おすすめの本を教え合ったりと色んな話をした。

 

 もう少し話がしたい、私はそう思った。そう思っていた日に椎名君は図書委員になった。

 

 私は心の中で喜んでしまった。椎名君のことが知りたい、と。その日から私は椎名君のことが気になり始めた。

 

 

 椎名君のことを考えると胸がトクントクンと鳴ってしまう。なんだろう、この胸の高鳴りは……。

 

 私はまだこの気持ちを知らない。この胸の高鳴りがなんなのかさえも……。

 

 

――内気な先輩の恋の物語が綴られようとしていた。

 




というわけで1話終了です
更新が遅くなることがあるかもですが、よろしくです
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それぞれの休日の過ごし方、ライブへのお誘い

2話になります
本編どうぞ


 さて、今日は何を弾こうか。この弾くというのは楽器のことだ。

 

 俺にはいくつか趣味がある。そう、読書だけじゃないんだ。ゲームも趣味の一つであり、ゲームに関しては家庭用やアーケード、オンラインゲームもやっている。もう一つはピアノを弾くことだ。

 

 ゲームと読書、ピアノ、これらが俺の趣味だ。ゲームに関しては母さんの影響だ。母さんには何度対戦しても勝てない。母さんはそれほどまでに強い人だ。

 

 そしてピアノだが、これには理由がある。何故弾こうと思ったか。その理由は、音ゲーの曲をピアノで弾いてみたい、というのが弾くようになった理由だ。

 

 中学二年から始めて約二年経つが、俺はそこまで上手くはない。もちろん、コンクールにも出てはいない。ピアノは自己満足で弾いているにすぎない。俺は弾けるようにするために何回も他の人の動画を見たり、原曲も数回聞いた。

 

 俺には絶対音感が無いから弾けるようになるのに相当の時間を掛けた。どのくらい掛かったかは覚えていないが……。

 

 弾く時は大抵動画にアップしている。ただし、顔は出していない。映すのはピアノの鍵盤と手、正確には弾いているところだ。

 

 俺は動画を撮るために機材の準備をした。動画を撮り始めてまだ一年しか経っていない。投稿したのはわずか6件だ。

 

 機材の準備を終え、俺は息を整えた。緊張する。コンクールではないけれど、動画に撮ってるんだ。それはつまり、本番ということだ。

 

 

――練習は本番のように、本番は練習のように。

 

 

 俺は心にそう言い聞かせ、ピアノを弾き始めた。やはり、難しいものだ。練習して2週間近くだが、もう少し練習時間を増やせばよかったと俺は後悔した。

 

 その後、俺はピアノを弾き終えた。はあ、疲れた。やっと終わった、と俺は心の中でそう思った。

 

「はあ、はあ……。難しい曲だったな」

 

 俺は機材の電源を切り、機材を片付けた。さて、あとは本を読むとしよう。ある程度読んだらNFOをやるとしよう。またあの人達は来ているだろうか。確か魔法使いと死霊使い(ネクロマンサー)だったか?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私はヘッドホンを外し、休憩に入ることにした。オンラインゲームは集中すると時間を忘れてしまう。練習をするのと一緒のような気がする。

 

「今日の……クエストは……いつもより……周回が捗ったかな」

 

 あこちゃんも今はお昼にしているかもしれない。私もそろそろお昼にしないと……。

 

「フレンドの……シャドウさん、魔法剣士だよね?あのプレイ……上手だったな」

 

 シャドウさんは他にもタンク系や魔法使い、ヒーラー等様々な職業も担当する時がある。主に高難易度クエストの時はすごくお世話になっている。シャドウさんがいないとクリアできないクエストも何個かあったくらいだ。

 

 今日は練習は休みだけど、私は出掛けたりはしない。あこちゃんは巴さんと出掛けているみたいだから、今日は一日中家に籠ることになるようだ。

 

「そういえば、椎名君は……休日は……どう過ごしてるのかな?」

 

 私は椎名君のことをよく知らない。彼がどういう本が好きなのかとかはまだしも、どう過ごしているのかはわからない。何かできそうなことないかな?

 

 私は考えた。椎名君をもっと知るにはどうしたらいいか、彼は他に何をしているのか等、色々なことを考えた。

 

「……そうだ!ライブに誘う……手があった」

 

 今度椎名君にチケットを渡そうかな。私は早く平日にならないかと待ちきれない気持ちになり、心が躍った。私はどうして椎名君にここまでしようって思ったんだろう。

 

 本当にわからないものだ。きっと私は自分のことを知ってほしいという気持ちになっていたのかもしれない。それなら私はできることをしよう。

 

 

――早く平日にならないかな?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 俺は思ったことがある。髪がやけに伸びすぎたと。このまま伸ばしていると腰辺りまで伸びてしまうかもしれない。

 

 多分下手したら風紀委員にも言われるかもな。特に氷川先輩には確実に言われるだろうな。あの人は風紀委員だ。噂で聞いた話だが、ギターをやっている、という話を聞いたことがある。それは本当なのか?

 

「髪どうしようかな。白金先輩に聞いてみようかな?」

 

 今は肩甲骨辺りまでだけど、少し切った方がいい。切れば少しは首元辺りがスッキリするだろう。俺は迷っていたのだ。

 

 髪を切った方がいいのかを母さん達に聞くか、又は白金先輩に聞こうか。なんで迷うのか、自分で思い切って決めるのも手の一つだ。どうしたらいいのやら……。

 

 俺はさっき撮った弾いてみたの動画を見た。やっぱり練習が必要だ。再生回数なんて100件程か、こんな動画に100行くなんて、おかしいものだ。コメントには「素晴らしい!」だの「指が変態」とかが書かれてる。変態は余計だ。

 

「全く、碌なコメントがない。まあいいか、いつものことだし……」

 

 俺はそう思いながらコメント一覧をマウスでスクロールした。ん?なんだこのコメントは?

 

「ピアノがとても上手です。表現も素晴らしくて聞き惚れてしまいました?誰だろ?このコメントを送ったの」

 

 名前を見ると「Rin」という人だった。そういえばNFOのフレンドに聖堕天使あこ姫やRinRinがいるけど、そのうちのRinRinっていう人とは別人だよな?そうであってほしい。

 

 でも、正直言うと嬉しかった。俺の心はこんなコメントを送ってくれたことに感動した。思わず泣きそうになった。

 

「なに泣いてんだ。こんなことで泣きそうになるなんて、俺って涙脆かったかな?」

 

 いつからだろうか、こんなに涙脆くなったのは。本を読んで感動してマジ泣きしてたんだからまあ当たり前か。

 

 よし、決めた。髪については白金先輩に聞こう。きっといい意見をくれるに違いない。

 

 次の日、白金先輩に聞いてみた。

 

「髪を……切ろうかについて?」

「はい、長くなったので、切ろうかなって迷ってるんですよ」

 

 俺は図書室で白金先輩と受付をしながら話をした。今日は白金先輩と受付だからちょうどよかった。しかし、隣にいると気まずくなるな。なんでだろう......。

 

「私は……今のままが……いいかな」

「今のままってことは、長い方ですよね。なんでですか?」

 

 俺は白金先輩に何故今のままがいいのかを聞いた。悪いことを言われたら泣くかもしれない。白金先輩の意見なんだ。受け止めないといけない。

 

「うーん……。なんて言うんだろう。長い方が……椎名君らしい……かな?」

「俺らしいですか?」

「うん。短いとなんか……アレ?って感じになるから、私は今のままが……好きかな」

 

 

――今のままが好きかな。

 

 

 俺は思わずドキッとしてしまった。白金先輩にそんなことを言われるなんて思わなかった。ああもう!なんでこんな時にドキドキしちゃうんだよ!

 

「そ、そうですか!ありがとございます!」

「……どうしたの?」

「な、なんでもないです!」

「?」

 

 なんか隠しきれてないような気がする。大丈夫かな?早く昼休み終わってくれないかな?

 

「あ、そうだ。椎名君に……渡したいものが……あるんだけど……」

「渡したいもの?」

「うん、これ……なんだけど」

 

 白金先輩に渡されたのはチケットだった。それもRoseliaのチケットだった。なんでこんな物を持ってるんだ?

 

「実は私……Roseliaで……キーボードを……やってるんだ」

「そうなんですか!?」

 

 俺は驚いた。しまった!図書室は大きい声は駄目だったんだ。マズかったな、今のは。

 

「そ、そうだよ。それで……もしよかったら……ライブ観にきて……ほしいかなって……思ってね」

「観に行きますよ。白金先輩の演奏、聞いてみたいです」

「ありがとう!ライブ、来週だから……観に来てね!」

 

 白金先輩は笑顔でそう言った。その笑顔は俺にとって眩しい笑顔だった。この笑顔を見るだけで明日も頑張ろうって思ってしまう。どうしてそう思うんだろうな、不思議なものだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 よかった。来てくれる!勇気を出してよかった。さあ、ライブに向けて頑張ろう!

 

 

――椎名君に私を、白金燐子を見てもらわないと!

 

 

 私は笑顔で微笑んでそう心の中で誓った。椎名君、どう思うかな?きっと驚くだろうな。私の心はどんなことになるかを待ちきれない気持ちになりながらそう思った。

 




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咲き乱れし青薔薇の宴、少年は何を想うのか

更新遅くなってごめんなさい
ライブ回になります


 今日は土曜日だ。学校も休みだから、さあ休もう!といつもはこんな感じだが、今日は違う。何故かというと、今日はRoseliaのライブだからだ。

 

 先週の月曜に白金先輩からチケットを渡され、来て下さい!と強く念押しするかのように言われた。白金先輩はキーボードを担当していると言っていたが、どんな感じなのか気になっていた。

 

 もう一つ気になっていることがある。それは、ライブの時の白金先輩だ。あの人は学校では静かだけど、本のことになると饒舌になる、それが俺の知っている先輩だ。じゃあライブではどうなるか、それは見てみないとわからない。

 

「時間は十時からだったか。そろそろ出ようかな」

 

 俺は私服に着替え、出掛ける支度をした。休日に出掛けるのは久しぶりだ。確か母さんと父さんはいたよな?

 

「母さん、出掛けて来るね」

「珍しいわね、千景が出掛けるなんて……」

「まあね。あれ、父さんは?」

「景久さんなら今日はさっき出掛けたわ。本を買いに行くと言ってね」

 

 そうか、父さんはいないのか。父さんは図書館の司書を勤めている。平日は司書、休日は家にいる。あと、母さんは常に家だ。本人曰く、出掛けるのはめんどくさいとのことだ。母さんはゲームは得意、さらに家事もできる、俺からしたらこんな母親でいいのかと思うが……。

 

「父さんいないならしょうがないか。とりあえず、行って来るよ」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 ライブハウスの名前は確かcircleだったか。俺はスマホで場所を調べるためにマップを開いた。徒歩で十五分、そんなに遠くはないな。俺はライブハウスを目指して足を進めた。

 

 少し肌寒いな。さすがにTシャツにパーカーはまずかったか。まあいいか、いつ暑くなるかわからないし。それにしても思ったが、ライブを観る時って必要な物とかってあるのか?今持っているのは貴重品の財布とスマホ、あとチケット、このくらいしか持ってきていない。

 

 まあ大丈夫だろう。分からなければ調べればいいんだ。ライブの時の白金先輩は想像できないな。それに、衣装も

どんな物なのかも分からない。俺は心のどこかで思っていたのかもしれない。

 

 このライブで何かが変わるんじゃないのかと、本ばかりで退屈していた俺の人生を、何かを知ることができるんじゃないのかと、俺はそんなことを期待していた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 もうすぐライブが始まる。

 

 私はライブ前なのに緊張していた。今日は今までとは違う。そう、今日は椎名君が来るからだ。椎名君は来てくれてるか、ライブは成功するだろうか、私は不安に駆られてしまった。

 

 椎名君に別の私を知ってほしいという理由でライブに誘ったけど、正直言うと、椎名君に何を言われるのかが一番

怖いと私の心が叫んでいた。

 

「りんりん、大丈夫?」

「白金さん、白金さん!」

「っ!?あこ……ちゃん、氷川……さん。どうしたん……ですか?」

 

 あこちゃんと氷川さんに声を掛けられた。二人共どうしたんだろう?心配そうに私を見ているけど、なにかあったのかな?

 

「白金さん、体調は悪くないですか?」

「りんりん、無理はしてない?」

「私は……大丈夫……だよ、あこちゃん。氷川さんも……心配をお掛けしてしまって……すみません」

「大丈夫なら良いのですが、無理はしないように気を付けて下さい」

 

 氷川さんはあまり無理をしないように、と心配そうに言った。あこちゃんもりんりん、しっかりね!と言ってくれた。ここで逃げちゃ駄目だ!ここで逃げたら、椎名君のことを知ることもできなくなってしまう。

 

「すう……はあ……」

 

 私は呼吸を整えた。自然と緊張は解れてきたようだ。よし、頑張ろう!

 

 私はライブに向けて準備を整えるために立ち上がった。今井さんや友希那さんからも大丈夫かと言われたが、大丈夫ですよ、と私は答えた。正直言うとまだ大丈夫じゃない。けれど、やるしかないんだ!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 すごい人気だな。Roseliaが人気なのはクラスの男子が話をしていたのを耳に入れた程度だが、ここまでとは思わなかった。

 

 Roseliaの曲については動画に投稿されていたものを予習のつもりで何回か聞いたから大丈夫だ。そこは大丈夫なんだが、俺としては俺を知っている人、正確にはクラスメイトだ。この休みの日はできれば会いたくない。

 

「この行列だと、ぶっ倒れそうだな。気を付けないと」

 

 俺はライブハウスの中に入り、黒髪ショートヘアのお姉さんのいる受付の方へ向かった。

 

「いらっしゃいませー!一名様ですか?」

「ええ、そうです」

「了解!私は月島まりな、よろしくね!」

「は、はい。椎名千景です、よろしくお願いします」

 

 月島さんか。見た目からすると二十代後半に見えるな。いや、女性に年齢のことは厳禁だったな。母さんにも言われたことだった。

 

 ライブハウスのスタジオって広いのか?だとすると数名の客に囲まれて観るということだよな、俺大丈夫かな?

 

 スタジオに入って数分が経ち、ライブが始まった。周りが暗くなり、曲が始まる。この曲は「BLACK SHOUT」か。歌い出しが終わった途端、辺りが急に明るくなった。

 

 そこにいたのは白金先輩だけでなく、風紀委員の氷川先輩もいた。あの人もメンバーの一人だったのか!?い、意外だな。普段は真面目で厳しそうな一人なのに、ライブになると雰囲気が全く違う。

 

 俺は曲が流れている中、ずっと白金先輩のことを見ていた。学校の時の静かな雰囲気ではなかった。俺から見た白金先輩は……。

 

 

――とても輝いていた。

 

 

――楽しそうに、笑顔で弾いていた。

 

 

 俺は白金先輩の姿に夢中になっていた。その姿は本当に魅力的だった。

 

(全く違う、俺の想像していたものと違う。白金先輩、あなたはどうしてそんなに楽しそうなんだ?)

 

 周りの観客はとても盛り上がっていた。しかし、俺は呆然としていた。けれど、心の中では咆哮を上げるかのように叫んでいた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 ライブが終わった。私は溜まった疲れを吹き飛ばすように息を吐いた。肩の力が抜けていくような感じがした。外は夕方だった。ライブ中に客側の方をチラッと見たけど、椎名君の姿はあった。演奏中、目が合ったような気がしたけど、気のせいかな?

 

「今日のライブは大成功だったね、友希那!」

「大成功なのは当然よ。そうでなければRoseliaのボーカルは務まらないわ」

 

 友希那さんは自信満々に言った。あこちゃんもいつもより相当元気だった。さすがは努力家だ。今井さんと氷川さんも輝いていた。私はどうなんだろう?

 

 自分のことは自分でわかっていても、ライブの時の自分がどんな感じなのかは他人に言われないとわからないものだ。今度椎名君に聞いてみようかな?

 

 私達はライブハウスを出て、外に向かった。その時、私の目に映ったのは私の後輩であり、気になる人だった。

 

「し、椎名……君!?」

「あ、白金先輩」

 

 

――どんな感じかを聞くのは今度では無くなったみたいです。

 

 

 




というわけでライブ回終わりです
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青薔薇との初対面、緊張する後輩

2週間ぶりの更新です
更新遅くなってホントにごめんなさい



 ライブが終わり、外はまだ明るかった。時間を見ると十二時、もうこんな時間なのか。早いものだ、時間とはこんなにもあっという間なんだなと俺はそう心の中で思った。

 

 しかし、ライブの時の白金先輩は綺麗だったな。つい見惚れてしまった。そう、周りが目に入らないくらいにだ。どうしてあの人はあんなに輝いていたのだろうか。その理由は俺にはわからなかった。

 

 そして俺は今どこにいるのかというと、ライブハウスの隣にある休憩所にいる。Roseliaのライブの後、コーヒーを飲もうと思ってここに来た。うん、落ち着くな。こういう時は読書に限る。どうやら本を持ってきて正解だったな。

 

 読書をして三十分くらいの時間が経った。そろそろ帰るとするか。そう思っていた時、ライブハウスから誰か出てきたようだ。よく見ると、Roseliaの人達だった。え、白金先輩!?

 

「し、椎名君!?」

「あ、白金先輩」

 

 まさかここで会うなんて思わなかった。どうする、何を話せばいいんだ!?

 

「お、お疲れ様です……」

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 やばい、なんか気まずい。この雰囲気はどうしたらいいんだ!?どうする、どうする俺!?

 

「あなたは椎名君ですか?」

「紗夜、知っているの?」

 

 そうだ、氷川先輩もいたんだった。ていうか氷川先輩と俺ってどっかで会ってたっけ?どこで会ったんだ?

 

「はい、彼とは同じ学校で後輩なんです。私が本を借りる時に受付をしていたので、そこで知り合いました」

 

 思い出した。いつだったかは忘れたが、本を借りに来た人がいたな。受付をしていた時に申請してて、それでその人が氷川先輩だってわかったんだっけ?

 

「こ、こんにちは!氷川先輩!」

「こんにちは。椎名君。ここにいるなんて珍しいですね」

「ここに来たのはですね、今日Roseliaのライブがあったので、観に来たんですよ」

「観に来た?チケットはどうしたんですか?」

「チケットは白金先輩から頂きました」

 

 燐子やるじゃん!と茶髪でギャル風な人が言った。誰だろう?俺が知っているのは白金先輩と氷川先輩だけだ。他の人は誰なんだ?

 

「自己紹介が遅れたわね。私は湊友希那、ボーカルを担当しているわ。よろしく」

「ベースをやってまーす、今井リサです。よろしくね!」

「我が名は大魔王宇田川あこである!……えっと、ドラムやってまーす!」

 

 湊さんと今井さんか。あと、宇田川さんだったか?この子、キャラがヤバいな。というより、中二病か?大丈夫だろうか、心配だ。

 

「俺は椎名千景です。白金先輩と氷川先輩とは同じ学校で、学年は一年です。よ、よろしくお願いします!」

 

 うわあ、緊張してるよ俺。こんな凄い人達の前なんだ。緊張するに決まってる。俺、どう思われてるかな?変な奴、それとも思い込みの激しい奴?どっちなんだろう。ああもう、不安だらけだ!

 

 

――白金先輩の前でこうなるなんて、俺ってついてないな……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 椎名君は頭を下げて友希那さん達に挨拶をした。よく見ると緊張してる。椎名君、大丈夫かな?

 

「頭を上げて、椎名さん」

「は、はい!」

「そんなに畏まらなくてもいいわ。あと、こちらこそよろしく」

 

 友希那さんは椎名君によろしくと言った。そして椎名君は頭を上げたけど、驚いていた。もしかして、まだ緊張してるのかな?

 

「こ、こちらこそ!」

「あ、アタシもよろしくね!」

 

 それからは友希那さんや今井さん、あこちゃんからも握手をした。けれど、椎名君はヘトヘトのようだった。私達はいつも通りファミレスで今回のライブの反省会をすることになった。もちろん、椎名君も一緒だった。どうやら、今井さんが一緒にどう?と誘ったようだ。

 

 私達が反省会をしているところを椎名君はじっと見ていた。あまり見られると恥ずかしいけど、私はそんなことは全く気にしていなかった。

 

 反省会が終わってからの椎名君は今井さんやあこちゃんから色々と聞かれたようだ。学校ではどう過ごしているのかを聞かれたり、趣味は何なのか等も聞かれた。

 

「そうかそうか、椎名君はそんな人かあ」

「まあそんなところです。ていうか聞いてどうするんですか?」

「椎名君がどんな人なのか気になってね」

 

 今井さんは笑顔で椎名君に言った。今井さんとあこちゃん、凄いな。初対面なのに、どうしてこんなに聞けるのかな?それに引き換え、私は椎名君に質問なんて一つもできていない。

 

 私は椎名君に聞こうにも、そんな勇気が湧かなかった。私は今井さんとあこちゃんが椎名君にここまで聞けることに羨ましいと思ったと同時に、どうして私はここまで積極的になれないのかと、心の中で後悔した。

 

「ところで、椎名さん」

「何ですか?湊さん」

「会って間もないのに言えることではないのだけれど、椎名さんのこと名前で呼んでもいいかしら?」

「湊さんがよければよろしいですよ。下の名前は千景です」

「ありがとう。じゃあよろしく、千景」

 

 ズルいよ!と今井さんが言った。どうやら今井さんも椎名君のことを名前で呼びたいようだ。椎名君は構わないですよ、と言った。

 

「じゃあ、あこはチカ兄って呼んでいい?」

「いいですよ、宇田川さん」

「やった!ありがとう!」

 

 あこちゃん、嬉しそう。私と氷川さんはさすがに申し出なかった。氷川さんも会って間もないのに、名前で呼ぶのは早すぎるのでは?と疑問に感じたようだ。私は名字のままでいいかな。まだ、椎名君を名前で呼ぶのは早いと感じた。

 

 

――どうしてかはわからないけど、そんな気がした。

 

 

「それにしても氷川先輩」

「どうしたのですか?」

「テーブルにポテトが大量にあるのは気のせいでしょうか?」

「き、気のせいですよ!何方か注文したのかもしれません!」

 

 氷川さん、隠せてないような気がする。氷川さんがポテト好きなのは本人は隠せているつもりだけど、友希那さん達にはバレバレだ。口に出していないだけだから隠せているのかもしれない。

 

「そういえばさあ、りんりんとチカ兄ってどうやって知り合ったの?」

「っ!?」

 

 あこちゃんに聞かれた瞬間、私はビクッとしてしまった。どうしよう、何て言ったらいいんだろう。今井さんは興味津々で私と椎名君を見ている。しかも意外なことに友希那さんと氷川さんもだ。

 

「どうします?白金先輩」

「どうするって?」

「俺と白金先輩がどうやって出会ったかですよ。湊さん達が興味津々ですけど、話します?」

「話に入る所悪いけど千景。私とリサは学年は二年よ」

「嘘!?すいません湊先輩。気づきませんでした」

 

 話していなかった私が悪いわ、と友希那さんは微笑んで言った。それはいいとして、これは話すしかないよね。でも、下手をしたら私が椎名君のことが気になっていることがバレてしまう。なるべく気づかれないようにしないと!

 

 私と椎名君はお互いの出会いを話すことにした。椎名君が本を借りる時に受付をしたのが私であること、それだけを言った。

 

「そうなんだ!なんかロマンチック!」

「ロ、ロマンチック?」

「そうだよ!なんかこう、お互いが気になってるとかはないの?」

「それは……ありません……」

「さすがにそれはありませんよ。今井先輩が期待しているようなことはありません」

 

 なーんだ、と今井さんは残念そうに言った。よかった、なんとか誤魔化せたようだ。でも、椎名君がそれはありませんって言ったけど、ちょっと傷ついてしまったのはここだけの話。

 

 やっぱり、今日のライブを見てどう思ったかを聞くのはまた今度にしよう。今ここで聞いたら誤魔化した意味がない。受付で一緒になって時間が空いたら聞いてみようかな。

 

 私は思った。もう少し椎名君のことを知ることができたらよかったなと、椎名君に何か聞けばよかったなと思った。今回は聞けなかったけど、今度趣味とか聞いてみようかな。




燐子セリフ全くありませんでしたが、燐子視点でほぼ喋ったから許して!
感想と評価お待ちしてます


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後輩はキザになり、先輩は無意識にときめく

二週間ぶりの更新になります
タイトル名迷った結果こうなったけど気にしないで下さい


 NFOはそろそろレイドイベントが迫ろうとしていた。そう、もうすぐ連休が迫っているんだ。ゴールデンウィークになると必ずレイドイベントが来る、これはソシャゲにおいてはお約束であり恒例でもある。

 

 もちろん今回はRin-Rinさんと聖堕天使あこ姫さんにも協力を呼び掛けた。準備は万端だが、あとはレベル上げと装備、必要なアイテム等を揃えていくだけ、徹夜しない程度にやっておけば大丈夫だろう。

 

 それもいいけど、まだ貯まってる本があるからそっちも消化しないといけない。父さんは司書だから連休であっても図書館に行かなきゃいけないし、母さんは暇だとゲームやるからなぁ。因みに母さんもNFOをやっている。もちろんフレンド登録も済ませている。名前はひろちーだ。

 

 レイドもやらなきゃいけない、貯まってる本も消化しなきゃいけない、連休は休みたくても趣味でやることがある。下手をしたら社畜並みになってしまう。まあこればかりは自業自得か。

 

「そういえば白金先輩は連休は何をしているんだろ。聞いてみるか?」

 

 気になるけど聞かない方がいいかもしれない。先輩にだって知られたくない事があるし、それを考えたらまずいか。ていうか聞こうにも俺、先輩の連絡先知らないんだった。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 もうすぐ連休、ロゼリアの練習やライブ、NFOでのレイドイベント、私は連休なのに随分と忙しいような気がする、そう感じるのは私だけかな?

 

 図書室で受付をしているけれど、隣には椎名君がいる。椎名君と一緒になることが多いけど、気のせいだろうか?そういえば椎名君は連休の予定ってどうなってるんだろう?聞いてみようかな。

 

「椎名君は……連休の予定って……どうしてるの?」

「連休ですか?大抵は読書くらいになりますかね。それくらいしかありませんね」

「そう……なんだ……」

 

 読書くらいしかない、椎名君はそう言った。椎名君って読書以外に何かないのかな?趣味とかなら何か聞けるかもしれない。よし、聞いてみよう!

 

「椎名君は……何か趣味は……ないの?」

「趣味ですか?そうだな……」

 

 椎名君は顎に手を当てた。何だろう、なんでか知らないけど様になってる。椎名君なら探偵とかも似合いそうだ。もし機会があったら探偵の衣装を作ってコスプレさせようかな。あと、大正浪漫や黒服とかも似合うかもしれない。椎名君ってコスプレの素質ありそうなんだけど、どうだろう……。

 

「先輩、白金先輩!」

「な、何!?」

「どうしたんですか?なんか考えに耽ってたような感じしてましたが」

「な、何でもないよ?」

 

 何故に疑問形なんですか、と椎名君は半笑いで言った。恥ずかしい!椎名君にみっともない所見せちゃった!どうしよう、椎名君引いてるかな?私は耳が赤くなっている感じがした。

 

「話戻しますが、趣味でしたらゲームがありますかね」

「珍しい、てっきり……読書だけかと思ってた」

「俺は本の虫じゃないですよ。といっても積みゲーはありませんがね」

 

 私はオンラインゲームが好きだ。じゃあ椎名君はNFOはやってるのかな?でも椎名君にはそんなイメージはない、彼には申し訳ないけど、やってるような感じがしない。

 

 他に何かないかな、私は椎名君の趣味のことを更に知りたくなった。聞きたいけど、どう聞いたらいいんだろう……。さっきは聞けたのに、なんで今になって迷っちゃうんだろう。

 

 そんなことを考えていたら昼休み終了まで十分を切っていた。そろそろ戻らなきゃいけない時間だ。知りたかったけど、聞けなかったのが残念だ。また今度聞こうかな。

 

「もう時間ですね」

「そう……だね。教室に戻ろうか」

 

 私と椎名君は受付から出て図書室を出ようとした。その時、私はあることを思い出した。そういえば聞いてなかったな。この前のライブの時、私はどうだったかを聞いていない。聞くなら今しかない!

 

「椎名君!」

「どうしました?何か忘れ物でも……」

「違うの。この前のライブのこと何だけど……。椎名君から見て……私どうだった……かな?」

 

 私は勇気を出して椎名君に聞いた。どんな答えでもいい、変だったとかでもいい。私は椎名君がどう感じたかを聞きたい!

 

「この前ですか、今言うんですか?」

「今じゃないと……駄目かな……」

「わかりました。じゃあ言いますね」

「いいよ。聞かせて!」

 

 椎名君はライブの時の私がどうだったかを言った。私はドキドキしながら椎名君の言葉を聞いた。

 

 

――とても綺麗で輝いていましたよ、見惚れるくらいに。

 

 

 椎名君は微笑みながら言ってくれた。私はその一言を聞いてドキッとしてしまった。椎名君、私だけじゃないよ。今の君も、言ってくれた今の君も一瞬だったけど、輝いていたよ。

 

「ま、まあそんな感じです。じゃあ俺鍵返して来ますね!あと、練習頑張って下さい!」

 

 椎名君と私は図書室を出て鍵を締め、椎名君は先に戻っていった。私は胸に手を当てて心臓がまだ鳴っていることを感じた。止まる様子は全くないようだ。

 

 どうしよう、ニヤケちゃいそうだ。こんなの氷川さんに見られたらなんて言われるか。椎名君のあの一言は凄く嬉しかった。そのせいか、溜まっていた疲れまで吹っ飛んだような感じもしたし、あの時の椎名君は若干顔が赤かったように見えた。

 

「椎名君、ありがとう」

 

 私は一人、誰もいない図書室の入り口の前で椎名君にお礼を言った。今日の練習は頑張れそうだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 はあ、なんであんなこと言ったんだ俺は......。綺麗で輝いていましたって、キザにも程があるし自分で言ってて凄く恥ずかしかった。

 

 白金先輩、どう思ってるかな?引いてなきゃいいんだけど……。俺は暇潰しにピアノを弾くことにした。それにしてもなんで家にピアノが置いてあるんだ?まあいいか。

 

 今弾いているのは「Weight of the World」だ。とあるゲームの主題歌で、動画にピアノコレクションがあったので聞いて弾こうと思ったんだ。

 

 そのゲームはやったことはないが、世界中で売上が凄いと聞いている。弾いていればあの恥ずかしい思いは消えてくれるかもしれない。でも、あの時の白金先輩の表情は衝撃を受けたかの表情だった。

 

 もしかすると「え?何を言ってるのこの人は」って思ってるかもしれない。そう思われてたら白金先輩に嫌われてる可能性もある。いや、そう考えたくはないな。

 

 俺は弾くことに集中できないと判断し、ピアノを弾くことを止めた。駄目だ、集中できない。こんなに集中できないのは久しぶりだ。

 

「困ったな。こんなに集中できないのは久しぶりだ。しかし、白金先輩どう思ってるのか気になるな」

 

 いや、こんなことを考えるのはやめよう。こんなこと考えてたら気が散りそうだ。忘れよう、こんなマイナスなこと。だから信じよう、白金先輩が引いていないってことを祈ろう。祈るしかないんだ。

 

「そういえば、Rin-Rinさんとあこ姫さんからNFOのリアルイベント誘われてたんだったな。連休だったっか、行く準備しとかないとな」

 

 そうだ、こういう時は短編小説を読もう。恋文の短編が読んでる途中だからそれを読んで心を落ち着かせよう。そうした方がいいな。

 

 俺はこの時知らなかった。

 

 このリアルイベントで会う人が知っている人であるということを……。

 

 

 

 

 

 

 




恋文の日が二日前にありましたが、申し訳程度になったことは許して下さい
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先輩と後輩の初めての通話、イベント前の前哨戦

久しぶりの更新です
遅くなってごめんなさい


 五月、連休に入った。連休に入るということで題はいつもより多く出されたが俺は帰ってから真っ先に終わらせたから問題ない。もちろんNFOのログインは逃していない。それにこの連休はレイドイベントで忙しかったり、リアルのイベントにも行かなければならない。

 

 リアルイベントは連休の三日目だ。もちろんRinさんとあこ姫さんとも待ち合わせの件は話を付けたから大丈夫だ。しかし、このあこ姫さんだが、どこかで聞いたような名前な気がする。気のせいだろうか……。

 

 俺はあることを思い出した。そう、白金先輩と連絡先を交換したことだ。これは大きな進歩だと俺は思う。なんでだろう、なんでこんなにも嬉しいと感じるんだろう。こればっかりはよくわからない、試しに白金先輩と電話で話してみようか。

 

「でも大丈夫か?多分だけど練習で忙しいだろうからな。後にした方がいいか」

「何を独り言を言ってるの?」

「え?母さん居たのかよ!」

 

 ええ居たわよ、と母さんは部屋の入り口にもたれながら言った。いつからいたんだ、それにドアは開けっ放しにしてないはずだ。

 

「千景、夕方からNFOのイベントだけど、ご飯を食べ終わったらやるわよ」

「了解、今回のボスドロップとクエスト報酬は逃すわけにはいかないよ」

「その通り、私は一度もイベント報酬は逃したことはないけど、千景、あなたは頑張りなさい。期待してるからね」

 

 母さんはNFOサービス開始から今までイベント報酬を逃したことはない。なにせ廃人だからな。俺は何回か逃してたが、いくつかは復刻イベントで手に入れたからいい。だが、今回は何としてでも手に入れなければならない、そのために準備は整えたんだ。

 

 じゃあまた後でね、と言って母さんは部屋から出た。大丈夫だよな?白金先輩に電話しようとしたことは聞いてないよな?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は今あこちゃんとNFOで曜日クエストを周回している。強化に必要なアイテムの採取を行い、あこちゃんにまた後でと言ってヘッドホンを外した。時計を見たらお昼になっていた。

 

 シャドウさんはまだ来ていないようだけど夕方くらいに来るのかな?

 

 椎名君は今何をしているんだろう。ゲームはやるって言ってたけど種類は聞いていないからわからない。この前椎名君と連絡先を交換したけど電話しようにも緊張してしまう。

 

 ここは私から電話を掛けてみようかな?いや、しばらく待つ?どっちにしようか私は迷ってしまった。

 

 迷っていたらスマホが鳴った。誰だろう?もしかして椎名君かな?私はスマホの画面を見て名前を見た。名前は……椎名君!?

 

「ど、どうしよう……。出た方が……いいよね?」

 

 せっかく椎名君が電話をしてくれたんだ、ここは先輩として話をしよう。でも、どんな話をしよう。いや、そんなことを考えてる場合じゃない。私は思い切って椎名君の電話に出ることにした。

 

 

「もしもし……?」

「もしもし白金先輩、こんにちは。すみません突然掛けちゃって」

「い、いいよ……私も掛けようかなって……思ったから」

 

 え、そうなんですか!?、電話越しに椎名君の驚いた声が聞こえた。椎名君から掛けて来るなんて、先を越されちゃったかな。

 

「椎名君、何やってるの?」

「今ですか?休憩してるところですね、さっきまでゲームをやってましたので」

「そうなんだ。そういえば椎名君って何のゲームをやってるの?」

「そうですね……。音ゲーとかシミュレーションとか辺りで恋愛系はたまにやる、こんな感じですかね」

 

 恋愛系もやるなんて意外だ。恋愛シミュレーションをやっている椎名君は想像できない。なんとなくだけど椎名君からは廃人の匂いがする、気のせいではなさそうだ。

 

 もう一つ私が気になっているのは椎名君の指だ。椎名君の指はどこかで見た記憶がある。そう、この前見たピアノの動画だ。私はなんとなくだけど椎名君の指を覚えている。聞いてみよう、聞けば何か分かるかもしれない。

 

「椎名君って……ピアノやってる?」

「ピアノですか……?どうしたんですか白金先輩、何かありましたか?」

「私ね、この前……ピアノの動画……見たんだ。なんかゲームの曲……だったかな?その曲を……ピアノで弾いてた動画……なんだけど」

「そんな動画ありましたっけ?見間違いじゃないんですか?」

 

 まだしらを切るつもりだ。コメントならわかるかもしれない、あのコメントを書いたのは私でRinとは何を隠そう私のことなんだから。

 

「じゃあこのコメントに……聞き覚えある?最後のところに……聞き惚れてしまいました……ってあると思うんだけど……」

 

 そのコメントを言った瞬間、椎名君は黙ってしまった。これは正解かもしれない、私はそう確信した。確信したら口元が緩んでしまった。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 どうしてわかったんだ?知らないふりをしたのにこんなにあっさりとバレるなんて……。俺はこれ以上しらを切ってもしょうがないと判断し、負けを認めることにした。

 

「正解です、白金先輩」

「やっぱり椎名君……だったんだね。ピアノ……上手だったよ」

「そんなに褒めないで下さいよ、照れるじゃないですか」

 

 俺は口元を緩ませて言った。こんな直接言われたら照れるに決まってる。ヤバい、ニヤけそうだ。

 

「でも本当のことだよ。ピアノができるなんて……意外だったし、カッコいいなって……思ったから」

「白金先輩、これ以上褒められると死にそうなので言わないで下さい」

「し、死んじゃうの!?ごめんね椎名君!」

「いやなんというかですね……。それくらいに嬉しいということです!誤解招いちゃってごめんなさい」

 

 なにをやってるんだろう俺と白金先輩は……。まあ嬉しいっていうのは事実だ。ニヤけそうになるのを俺はずっと堪えていて腹筋も痛い、ここでニヤけてるのがバレたら白金先輩に笑われてしまう。それだけは避けたい!

 

「あ、そうだ。白金先輩、明後日になるんですけどその日って空いてますか?」

「明後日?ごめんね、その日は……あこちゃんと約束してて……空いてないんだ。誘ってもらって……ごめんなさい」

「全然大丈夫ですよ。空いてるのかなって気になっただけですので、気にしなくていいですよ」

 

 本当にごめんなさい、白金先輩は申し訳なさそうに謝った。こんなことを言わせてる俺も悪いよな。先輩なのに言わせてる時点で俺が悪いんだ、俺も謝ろう。

 

「俺もごめんなさい!白金先輩を謝らせるようなことになってしまって……」

「椎名君は悪くない!断った私が悪いよ、椎名君は悪くないから……」

 

 俺と白金先輩は悪くないだの、ごめんなさいだのを数分に渡って繰り返した。それも約十五分くらいだった。だから何をやってるんだ俺は!

 

「そろそろ切りますね白金先輩、あこちゃんとの約束、楽しい一日になるといいですね」

「ふふ、ありがとう。椎名君も……風邪引かないようにね?じゃあまた学校でね。じゃあね」

「はい、じゃあまた学校で。さよなら」

 

 俺は電話を切り、スマホを机に置いた。どのくらい話したんだろう、多分一時間半くらいかもしれない。白金先輩との初めての通話だったけど、話せてよかったな。さてとNFOのレイド、頑張るか。あとは明後日のリアルイベントだが、何を着ていこうか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「はあ、疲れた。椎名君の約束、断っちゃったな」

 

 あこちゃんとの約束とはNFOのリアルイベントのことだ。椎名君の約束よりゲームの方を優先させるなんて私らしくない。せっかく椎名君とお休みの日に会えると思ったのに、自分でそのチャンスを潰すなんて、先輩として情けない。

 

 学校で会った時はまた謝ろう。私の心の中は椎名君の約束を断ってしまったという罪悪感で一杯になった。ごめんね、椎名君……。

 

 

――この時まで私は予想していなかった。

 

 

――このリアルイベントで君と会えるなんて……。




お互いに行くところが一緒でしかも知らない状態で会うと
色んな意味でヤバいよね


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イベント開始、巡り合う図書委員と魔王

更新遅くなってマジでごめんなさい
今回は千景と燐子とあこがNFOプレイヤーとして再会します



 五月三日、NFOイベント当日。今日はある人と約束をしている日だ。

 

 一昨日白金先輩にどこか出掛けないかと誘おうとしたが見事に撃沈してしまった。まああこちゃんと約束しているなら仕方ないか。

 

 今回の俺の服装は外が暑いため、黒のTシャツにジーパンとシンプルな服装にした。髪はいつも通り一つ縛りにしてある。しかし、この服装でよかっただろうか。Rin -Rinさんとあこ姫さんに会うとはいえ、俺からしたらだらしないとしか言い様がない。もう少しきちんとした服装にすればよかったな。

 

 待ち合わせ場所は確か駅前だったか。特徴としてあこ姫さんが紫髪のツインテール、Rin-Rinさんがストレートの黒髪か。あれ?この特徴ってどこかで見たような気がする。気のせいか?いや、気のせいであってくれ。

 

 歩いて二十分、俺は駅前に到着した。はあ、歩いただけなのに疲れた。ホント俺って体力ないな。運動した方がいいかもしれない。こんな姿白金先輩には見せられないし図書委員として情けない。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「りんりん、大丈夫?」

「だ、大丈夫……だよ。私は……緊張なんて……してないから」

 

 あこちゃんと合流して駅前に着き、あとはシャドウさんが来るのを待つだけ。待つだけなのに私は緊張していた。シャドウさんはセミロングの黒髪が特徴だって言ってたけど、私の記憶が正しければ、見覚えのある人がいるような気がする。

 

 

――あれ?誰だったかな?

 

 

 そういえば椎名君はどうしてるかな?気になるけど、後で聞けばいいかな。はぁ、外が暑い。あこちゃんの首筋から汗が出てる。なんだろう、中学生なのに色気を感じる。何でかな……。

 

「どうしたの?りんりん」

「っ!?な、なんでもないよ!」

 

 ヤバい、感づかれたかもしれない!大丈夫かな?気づかれてないよね。気づかれてたらロリコンだって思われちゃう。あこちゃんにはロリコンって言われたくないな。いや、椎名君にロリコンって言われるのはもっと嫌だ!

 

 椎名君にロリコンって思われたらどうしよう。そんなことになったら立ち直れないかもしれない。なるべく気をつけよう。

 

 私はシャドウさんが来ているか周りを見た。あ、あの姿はシャドウさんかな?

 

 

――ん?何か見覚えがある。セミロングだよね?

 

 

 私は記憶を辿り、その髪型に当てはまる人を探した。黒髪で女顔……。あの姿はもしかして椎名君?ということはシャドウさん=椎名君!?

 

「ねえりんりん、あの人ってチカ兄だよね?」

「え?椎名君かな?記憶にないなぁ」

 

 私はあの人が椎名君であることに気づいている。気づいているけれど知らない人だと惚けて現実逃避することにした。あれは椎名君じゃない、別の人だ。

 

「あれ、あこちゃん!ここにいるなんて白金先輩と待ち合わせしてるの?」

「おはようチカ兄!りんりんならここにいるよ!」

 

 ちょ、あこちゃん!?なんてことを……。

 

「あこ姫さんとRin-Rinさん探してるんだけど、どこにいるかわかる?」

「え?その二人ならここにいるよ?」

「え?もしかしてだけどあこ姫さんってあこちゃんのこと?」

「そだよ!それで、Rin- Rinさんがりんりんなんだよ!」

 

 私は気づかれないように椎名君の方に視線を投げた。あの顔は驚いてる。大抵の人ならそんな反応するよね。

 

「それはマジなの?あこちゃん」

「うん!本当と書いてマジだよ!」

「……マジかぁ。改めておはようごさいます、白金先輩」

「お、おはよう。椎名君、今日はいい天気だね……」

 

 私は何を言ってるの!?余計に緊張しちゃうよ!椎名君にバレちゃった、どうしよう合わせる顔がないよ!どうしたらいいの、教えて神様!

 

「ね、ねぇ椎名君。聞くけどシャドウさんって……もしかして……椎名君のことかな?」

「……はい、そうです。俺がシャドウです。千景の景から取ってシャドウにしました」

「カッコいい!じゃあチカ兄はあれだね、サウザンドシャドウだね!」

「サウザンドシャドウ!?恥ずかしいからやめてくれ……」

 

 とりあえず休みたい。穴があったら入りたいよ。はぁ、今日はついてないなぁ。椎名君とどう話せばいいのかな?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 Rin-Rinさんとあこ姫さんが知っている人だったという衝撃的なサプライズの後、二時間くらいしたイベントを終えて喫茶店に寄ることにした。なんだろう、さっきは無心でいられたけど、今は緊張する。

 

「まさか白金先輩とあこちゃんがNFOをやってたなんて意外だったな」

「そうかな?あこはりんりんに誘われて始めたよ」

「白金先輩が誘ったんだ。俺は母さんがゲーマーでさ、その影響で始めたんだ」

「むしろ私は……椎名君がシャドウさんだったことに……びっくりだよ」

 

 大丈夫です白金先輩、俺もびっくりだから。まさかフレンドの人が近くにいるなんて思わなかったから俺も同じ気持ちです。

 

 というかどうしよう、話題が思い付かない。何を話せばいいんだ?レイドのことか?本のことか?練習の調子とかか?駄目だ、全く思い付かない。こんなことなら話題を決めればよかった。

 

「し、椎名君!」

「っ!?どうしましたか白金先輩?」

 

 白金先輩は緊張しているのか、俺に話し掛けてきた。相当震えてる。まぁ無理もないか、さっきあんなサプライズ的なことがあったんだ。緊張しないわけがないか。まぁ、俺も緊張してるけどな。

 

「椎名君はその……残りの連休はどう……するの?」

「残りですか?残りは空いてますよ。暇な時はイベント周回してますが……」

「そう……なんだ。じゃあ来週は……どうかな?」

 

 来週か。来週は父さんに司書の手伝い頼まれてるから二十日なら空いてるな、その頃なら予定はないから大丈夫だ。何かあるのかもしれない、念のため聞いてみるか。

 

「二十日の土曜でしたら空いてますよ。何か予定でもありますか?」

「……よかった。その日なんだけど……もしよかったらどこかに出掛けない?行けたらで……いいんだけど……」

 

 出掛けないか?それってもしかしてデートなのか!?まさか白金先輩から誘われるなんて思ってなかった。でもこれはチャンスかもしれない。確かに俺は白金先輩のことが気になる、もっと知ることができるかもしれない。そう考えると行かないという選択肢はない。

 

「わかりました。そのお誘い、是非とも行かせて下さい。俺も一昨日白金先輩をお誘いできなかったので……」

 

 

――そのお出掛け、ご一緒させて下さい!

 

 

 俺は微笑んで白金先輩に言った。あれ?俺何をしてるんだ!?ヤバい、無意識にやっちまったかも!?しかもあこちゃんがいる前で!

 

「な、なに!?もしかしてりんりんとチカ兄デートするの!?」

 

 違うよ!と俺と白金先輩は声を揃えて言った。声が揃っていたことに気づき、俺と白金先輩は互いに見つめ合い、顔を赤くしてしまった。これを見たあこちゃんは「いいなぁ、あこもこんな青春したいなあ」とニヤニヤしながら言った。そうだった、あこちゃんいたんだった!

 

 

――中学生の前で何をやってるんだ俺は!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 はぁ、私はなんてことをしてのだろう。椎名君を誘うなんて、私らしくないや。

 

 

――そのお出掛け、ご一緒させて下さい!

 

 

 あの時の椎名君、カッコよかったなぁ。私はあの声を聞いた途端に耳を赤くしてしまった。椎名君には気づかれていないと思うけど、あこちゃんには気づかれてしまった。しかもあこちゃんからは「チカ兄のこと好きなの?」と聞かれた。

 

 そんなことないよ?と私は否定したけど、どうだろう。あこちゃんはまた聞いて来るかもしれないし、今井さんなら確実に追求してくるかもしれない。あの人は乙女な部分があるから、恋愛になってくるとそういう所が怖い。

 

「私、大丈夫かな?椎名君に嫌われてないよね?」

 

 こんなことを言っても仕方ない。誘ったからには頑張らなきゃ!でも、初めてのことだから今井さんに相談しようかな?

 

 相談するということは椎名君のことは聞かれる、それは避けられないことだ。その時はその時、こうなったら当たって砕けろだ。頑張ろう!

 




久しぶりに書いたとはいえ、激寒レベルでつまらなかったかもです
読者の皆様、ホントに申し訳ないです


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甘いのかわからないお誘い、準備は万端に

二週間ぶりの更新です


 連休が終わって数日、白金先輩からデート?の誘いを受けたがあれで本当によかったのだろうか……。

 

 先輩に誘われたからには断るわけにはいかない。まずは身だしなみを整えよう。髪は切らない方がいいって前に先輩から言われてるし、そうなると服装辺りか。

 

 服は買いに行かないとまずいが、何にしたらいいんだ?どうすればいいんだ?

 

「駄目だ、どうしたらいいかわからん。というか白金先輩はどんな服装が好きなんだ?」

 

 まぁ服装に関しては誰かに相談するか。うん、そうしよう。それがいい。

 

 気晴らしにピアノを弾くか。本は読もうにも途中で読む気が無くなるからやめておこう。さて、何を弾くか。たまには歌いながら弾くのもいいかもな。

 

 俺は棚から楽譜を取り出し、ピアノが置いてある所へと向かった。ピアノといっても電子ピアノだがな。母さんはあれでもピアノの調律師でもある。

 

 今回弾く曲は「ロミオとシンデレラ」だ。とある電子の歌姫の曲らしく、最近ではあるバンドがカバーしたらしい。

 

 しかしこの曲、歌詞が生々しい部分がある。それを考えると恥ずかしいが、ここは吹っ切れて歌うとしよう。幸い母さんと父さんはいない。

 

 

――よしやるか!

 

 

 五分くらい経って曲を弾き終える。歌いながらやったが、さすがに投稿はしない。そんなことしたらまた白金先輩に聞かれるだろうし、精神的にもきついからやめておこうか。

 

「ふぅ……。心のモヤモヤが取れた感じがするな」

 

 今回は歌ってよかったな。歌詞の意味すら気にしないでやってたけど大丈夫だろうか。気にしてたら負けか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「はぁ……」

 

 溜め息を吐くなんて私は何をしているのだろう。椎名君を誘う、連休での電話の時に椎名君の誘いを断ったから埋め合わせをしようと思ってあんな事を言っちゃったけど、自分でもとんでもない事をしたなと感じている。

 

 上手くいくのか、私にはそれが心配だった。椎名君のことが知りたい、それが今の私の目標だ。知ることができれば内気な自分を変えられるのではないか、そんなことを思っているけれど、まるで椎名君を踏み台にしているんじゃないのかと私はそんなことを思っていた。

 

 

――こんなことが椎名君にバレたら彼はどう思うのだろう。蔑まされるのは当然かな。

 

 

「白金さん、大丈夫ですか?」

「ひ、氷川さん……何がですか?」

「心配だったので声を掛けたのですが、何かありましたか?」

 

 氷川さんにまで心配されるなんて、情けないことをしてるな私は……。椎名君をお出掛けに誘ったことを相談してみようかな?氷川さんに相談してみてどうしたらいいかを聞いてみるのもアリかもしれない。

 

 私は氷川さんに今回の事を相談してみることにした。氷川さんは真剣に話を聞いてくれた。いい答えが聞けるかもしれない。私は藁にも縋る思いで氷川さんの答えに期待をした。

 

「……なるほど。椎名さんをデートに誘った、ということですね」

「デートだなんてそんな……恥ずかしいです……」

「恥ずかしいだなんて、私からしたら白金さんは凄いと思いますよ」

「そうでしょうか?」

「はい、とても素晴らしいことですよ」

 

 氷川さんは私を見守るかのように言った。素晴らしい、そんなことを言われると照れてしまう。ああ、思い出すと恥ずかしくなる。

 

「話を戻しましょう。今回の件は今井さんにも話してみませんか?」

「今井さんにもですか?」

「ええ、彼女ならファッションのことやデートについてのことなら話が聞けるかもしれませんよ?」

「今回の事で話を聞かれたら……どうしたらいいでしょうか……」

 

 そうだ、今井さんなら必ず聞くだろう。今井さんは乙女な部分が大きい。聞かれたら相談するつもりで答えよう。うん、そうしよう。

 

「その時は私も側にいますので何とかします。私としても白金さんが恥ずかしがる所は見た……。間違えた、見てはいられませんからね」

「氷川さん……何か聞いてはいけないことを……聞いたのですが……」

「いいえ、何も言ってませんよ?」

 

 本当かな?氷川さん、何かおかしいところが一瞬見えるけど大丈夫かな?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 母さんに聞いてみたが、全く参考にならなかった。それどころか自分で何とかしろと言われた。あんまりだ。

 

 まぁしょうがない、ネットで調べて何とかするしかないか。白金先輩を上手くリードできるように頑張ろう。後輩である俺がリードしないと!

 

「とは言ったものの、どうしたらいいか……」

 

 正直言うと不安しかない。白金先輩はどんな服装で来るのか、どんな一日になるのか、期待してしまうがどうなるかはわからない。ご想像にお任せしますなんてなったら妄想になってしまう。

 

 気晴らしに図書館に行くか。本とネット、この二つで調べてみるか。こんなこと白金先輩には恥ずかしくて言えないな。

 

 俺は家を出て図書館に向かうことにした。図書館に行くのは久しぶりだな。今回は本を借りない。それにしても思ったが……。

 

 

――図書館にデートに関する本ってあるのか?

 

 

 今更こんなことを思うなんて、気づくのが遅すぎた。何をしているんだ俺は……。

 

 まあいいや、ダメ元で探してみよう。無ければ本屋に行って買うしかない。多分図書館には無いかもしれない。今日は調子悪いな。

 

 図書館で探してみたものの、案の定無かった。そりゃそうだ、あるはずがない。あったら奇跡としか言い様がないし、何で置いてあるんだよって聞きたいものだ。

 

 本屋に行くか、もはやそれしかないな。本屋だったら置いてある筈だ。

 

 本屋に入り、目的の本を探すことに一時間掛かった。よし、何とか買えたな。あとはどうするかを調べつつ計画を立てる。上手くいくといいのだが、なんか不安しかないな。

 

「今日はNFOやる時間はなさそうだな。よし、ログインだけにするか」

 

 白金先輩とのデートのためだけにここまで熱心になるなんて……。確かに先輩のことは気になるが、知りたいという一心、しかも本を買うということまでするっておかしいな。母さんだったら笑ってるに違いない。

 

 読んで調べてみよう、何が書いてあるかは読んでからのお楽しみだ。あくまでもこれは参考にするためだ。間違って本のようにするなんてことはしないようにしよう。読んで自分なりにやる、その方がやり易いだろうな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今井さんから色々と聞かれてしまった。その時の氷川さんの表情が怖かったけれど、何なのかは聞かないでおこう。

 

 今井さんや氷川さんから意見をもらったけれど、途中から友希那さんとあこちゃんも話に入った。結果、みんなから袋叩きの如く聞かれてしまった。あこちゃんが全部言ったことが原因だ。

 

「あこちゃんが言うなんて……全く想定してなかったなぁ」

 

 言ったのは私だ。計画に関しては今井さんと相談して何とかなったけど、問題は実行に移せるかだ。昨日は椎名君とは会えなかった。はぁ、会えなかったのが残念だ。

 

 でも明日は椎名君に会える。会えるだけなのにドキドキするんだろう。それだけなのに、どうして……。

 

 

――どうして……どうしてこんなにも、顔が熱くなるんだろう。

 

 

 その理由はわからない。わからないけれど、いつかわかる時が来るかもしれない。それは自分で探そう。

 

 

 




紗夜がまたしてもキャラ崩壊してますがお許しを


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お互いを知り合うのは難しいことなのか

デート回前半です


 五月二十日、とうとう約束の日が来た。いや、来てしまったと言うのが正しいか。

 

 ああ緊張する。白金先輩はどんな私服で来るのか、今日はどんな一日になるのか、俺の頭はそんな期待ばっかりでいっぱいになっていた。この状態で上手くいくのか心配になってきた。

 

 俺が来てきた私服なんて大したものじゃなかった。黒のTシャツに黒のジーンズという黒一色だ。あまりにも酷すぎる。

 

 髪に至っては前髪を微妙に切っただけだ。最近前髪が伸びたから自分で切ったけど、これでよかったのだろうか。こんな状態で来たことが白金先輩に凄く申し訳ない。

 

「はぁ、こんなんだと先輩に嫌われるよな……」

 

 自分で調べた結果がこれって酷すぎるにも程がある。しかも計画すら立ててないという。ノープランで来るなんて情けない。

 

 俺は今回のデート?が上手くいくのか心配になった。ちゃんと白金先輩をエスコート出来るのか、思い出に残る一日になるのか、そればっかりを考え、頭が重くなるくらいに深く考え込んでしまった。

 

 

 髪は一つ縛りではなく、普通に下ろして来た。今回はこれで行こうということになってきたけど、何を言われてもいい。覚悟は出来ている。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 椎名君もう来てるかな?私は楽しみ過ぎていたあまりに寝坊をしてしまった。椎名君に連絡をするのを忘れていたけど、出るときに連絡はしておいた。椎名君は大丈夫ですよと言ってくれたけど、私がこんなことするなんて彼にどう謝ったらいいんだろう。

 

 私は全力で走り、途中で息切れもしたが、必死になって椎名君の元へと向かった。今日はいつもより違ってゴシック風のドレスにしてみた。

 

 全力で走っているから身体中汗だらけだ。椎名君に嫌な思いをさせてしまう。

 

 走ってどのくらい経っただろうか。三十分程走ったのかもしれない。数歩歩いてようやく椎名君の元に辿り着いた。

 

 

――椎名君、ごめんね……。

 

 

 私は泣きそうになっていた。せっかく椎名君と約束したのに、彼を待たせるなんて、本当に私は情けない。何をやっても上手くいかない、今回も上手くいかないのかと思ってしまう。

 

「先輩、大丈夫ですか!?」

「椎名君……遅くなって……ごめんね……」

「先輩、まずはどこかに座りましょう?休憩した方がいいですよ」

 

 椎名君に肩を貸しますと言われ、私と椎名君は近くのベンチに座った。椎名君は鞄から水を出し、飲んで下さいと言われ、私は言葉に甘えて飲むことにした。

 

「落ち着きましたか?」

「う、うん。ありがとう椎名君」

「いえいえ。先輩が無事でよかったですよ」

 

 椎名君は優しい。こう思うと私は恵まれているなと思ってしまう。とりあえず謝らないといけない。私は渡された水を椎名君に返した。

 

「あ、しまった!」

「どうしたの?」

「すいません、この水……飲み掛けでした。本当にごめんなさい!」

 

 え?飲み……掛け……?ということは……まさか!

 

 

――間接……キス……だよね!?

 

 

 私は間接キスをしたことに気づき、顔が真っ赤になった感じがした。沸騰したような、そんな感じだ。私のバカ!何をしてるんだろう私は!椎名君の方を見ると彼も顔を赤くしていた。

 

「ごめんね椎名君!」

「こちらこそごめんなさい!これは俺が悪いです」

「いや、私が悪いよ!」

 

 私と椎名君は互いに向き合えずだった。恥ずかし過ぎる。遅刻に続いて間接キスまでするなんて、何をしているんだろう私は……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 白金先輩はようやく落ち着いたようだが、遅刻の件で謝り、先輩が泣きそうになってしまった。 先輩が無事ならそれでいいんだ。俺が先輩を迎えに行けばよかったのかもしれない。

 

「椎名君、本当にごめんなさい」

「もう大丈夫ですよ先輩。理由が楽しみ過ぎたっていうのは俺も同じですから」

「え?椎名君も……なの?」

「はい、実は楽しみのあまり、眠れなかったんですよ。この通り髪は癖毛立ってるし、目の下に隈は出来てるし、この通り何とか起きれていますが……」

 

 そう、俺もこの日を楽しみにしていたんだ。白金先輩と出掛けられる、それはファンにとっては凄くレアなことだろう。だが、俺は先輩から誘われたんだ。それを不意にするということは先輩に対して失礼だ。

 

「そうなんだ……。大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。先輩をエスコート出来るように頑張りますから!」

「ありがと。そういえば椎名君、前髪切ったんだね」

「ああこれですか?前髪が伸びたので少しだけ切りました。先輩も髪型違いますね、一つ結びですよね?」

「気づいたんだね。うん、今日は……髪型……変えたんだ」

 

 気づいたのは今だった。この時の先輩は凄く可愛かった。俺はそんな白金先輩に見惚れてしまった。何だろう、今一瞬胸がキュンとしたような気がする。

 

 白金先輩はバタバタしてもちゃんと身だしなみを整えた。服装までしっかりしている。それに控えて俺は何をしているんだろう。

 

「椎名君、どうしたの?」

「な、何でもないです!」

「そ、そう……」

「そんなところです。とりあえずそろそろ出掛けましょうか」

 

 俺はベンチから立ち上がり、白金先輩に手を差し伸べて立てますか?と聞いた。白金先輩は俺の手を握って立ち上がり、大丈夫だよ、と答えた。

 

 先輩ってお嬢様みたいだな。何か場違いみたいだ。場違いでも何とか着いていけるようにしないと!

 

「椎名君、もう一つ謝らないと……いけないことがあるんだけど……いいかな?」

「謝らないといけないこと?何ですか?」

「今日ね……計画立てたんだけどね……全部忘れちゃった。頭が真っ白になっちゃって……」

 

 このデート、どうやらノープランで行かなければならなくなったらしい。

 

 

 




次回は多分テキトーになるかもです


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互いを知ること、新たに綴られる頁

デート回後半です


 先輩の立てた計画が真っ白になった、俺はその言葉を聞いて白金先輩を慰めることにした。大丈夫だ、真っ白になったのなら色んな所に出掛けるということでもいいと思う。

 

「椎名君、ごめんね」

「大丈夫ですよ白金先輩。真っ白になったのなら色々な所を見たり出掛けたりでもいいと思いますよ?個人的になりますが、そんな感じでも旅をしているみたいで楽しいと俺は思います」

 

 俺は個人的な意見を先輩に言った。これはあくまで俺の意見だ。先輩はどう思うのだろう、どんな言葉が出るのだろう。

 

「でもいいの?椎名君に……凄く申し訳ないし、今日のために立てた計画を……無駄にするなんて……私にはできないよ」

「それなら少しずつ思い出してみませんか?出掛けながらなら思い出せるかもしれませんよ?思い出せたらそこに行きましょう」

「うん、わかった。ありがとう椎名君」

 

 よかった、安心してくれた。思い出せないのなら出掛けながら思い出す、これはその場で考えたものだ。なんとかなればいいんだが……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は椎名君の言う通り少しずつ思い出していくことにした。今井さんと相談して立てた計画なんだ、少しでもいいから思い出していかないと。

 

 私と椎名君はどこに行こうかを話し合った。最初に行く場所は喫茶店に決まった。私が遅れたことで時間が十一時半になったため、私達は早速お昼を取ることになった。

 

 中はまだ混んでいなかった。椎名君は普段は少食みたいであまり食べないそうだ。私達はコーヒーとサンドイッチを注文した。同じメニューを注文したなんて何の偶然だろう。いや、偶然と言っていいのかな?まぁいいや。

 

「そういえば先輩言い忘れてました。今日の私服、可愛いですね」

「へ!?そ、そうかな?」

「そうですよ。ゴシック風って変わってるなと思いますが、先輩らしくていいと思います」

「あ、ありがとう……。椎名君もかっこいいよ?」

「……ありがとうございます。なんか照れるな」

 

 私が椎名君の私服を褒めたら椎名君の耳が赤くなっているのが見えた。椎名君って照れやすい感じなのかな?私としては仕返しができたからいいかな。また一つ椎名君の意外な一面を知ることが出来た。うん、いい感じだ。

 

 私はお昼ご飯を食べ終え、椎名君から話がありますと言われた。何だろう、話って……。何を聞かれるのかな?

 

「白金先輩は何故Roseliaに入ったのですか?」

「私がRoseliaに入った理由?」

「はい、ずっと前から気になっていたんです。先輩がどうしてRoseliaに入ったのかが知りたくて……」

 

 椎名君からの話とは私がどうしてRoseliaに入ったのか、ということだった。私はそれを聞いて何かホッとした、そんな感じがした。どうしてかはわからない。

 

 けれど、何となくわかる。

 

 

――椎名君が私のことを知ろうとしてくれているのが少し嬉しかった。

 

 

 私は椎名君にRoseliaに入った理由を話した。その時の椎名君の表情は真剣だった。感動しているのか、私のことを知ろうとしてくれているのか、どっちなのかはわからない。でも、椎名君が真剣に私の話を聞いてくれているのは凄く伝わった。

 

「これが私がRoseliaに入った理由だよ」

「そうだったんですね。先輩は強いですね」

「強い?私が?」

「はい。内気だった先輩がRoseliaに入って色んなことを経験して、ここまで変わることが出来たなんて凄いですよ」

 

 私が強い、椎名君はそう言ってくれた。確かに私は自分でも何か変わったなと実感している。椎名君と出会って、椎名君がどんな人なのかを知ろうとしていて……。

 

 昔の私は確かに内気だった。今でもそうだけど、心は強くなってると思っている。これはあくまでも個人的だ。

 

「ありがとう椎名君」

「え?どういたしまして……でいいのかな」

「ねぇ椎名君」

「何ですか?」

 

 今度は私が聞く番だ。椎名君が何故ピアノを始めたのか、それを聞いてみよう。あの演奏を最初に聞いたとき、私は感動してしまった。歌いながら弾いているものもあった。あの時の椎名君はとても歌が上手だった。

 

「私も……聞きたいことがあるんだ。椎名君が……どうしてピアノを弾き始めたのかを……知りたいんだ」

「大した話にはならないですけど、それでもいいですか?」

「私は……構わないよ。だから……聞かせて……?」

 

 わかりました、椎名君は一呼吸して言った。どんな理由なんだろう、私は心の準備をしつつ椎名君の話を聞くことにした。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 俺がピアノを始めた理由か、いつぐらいだったかな。中学一年辺りになるか……。まだ俺が本にしか興味を持っていなかった時に母さんからやってみないかって勧められてそっから始めたんだったな。

 

 俺は昔のことを思い出しながら白金先輩に説明をした。あの時のことは今でも覚えている。最初弾いた時はこんなに楽しいんだなって思わなかった。どうしてもっと早くに始めなかったんだろう、どうしてピアノと出会うのが遅くなったのだろうって後悔していた。

 

 母さんが調律師になったのは二十五歳辺りの頃だった。俺が弾いているピアノは母さんが過去に使っていた物で、チューニングは定期的にやっている。歌いながら弾くってことをやったのは中学二年生からだ。あれから弾くことが楽しくなったんだ。

 

 それからは読書やピアノ、さらにゲームと俺は趣味を増やしていった。ここまで変われるのならもっと早くにやればよかったって今でも思っている。

 

「とまあこんな感じですね」

「そうなんだ。椎名君って……私と……似てるね」

「そうですか?どの辺がですか?」

「ピアノを弾いたり、本を読んだり、ゲームをしたりって……まるで私みたいだなって……思ってね」

 

 言われてみるとそうだ。なんか振り返ってみると白金先輩と似てる部分あるな。何でか恥ずかしくなってきたな。俺と先輩だと、先輩の方が色々と経験している。それに引き換え俺はあんまりだ。もし比べられたら俺はどう感じるのだろう。あまりこんなこと思いたくないな。

 

「そうですね。俺と先輩が似てるって、何て言ったらいいんだろう……。偶然、じゃないですかね?」

「偶然……かな?」

「俺もわかりませんけど、似てるのならそうなのかなって思ったので。ごめんなさい、なんか不快な思いさせちゃいましたね」

 

 せっかくのデート?なのに、何をしてるんだ俺は。白金先輩にこんな思いをさせるなんて情けない。これじゃあ先輩のことを知るなんてできないも同然じゃないか。

 

「ううん、そんなことないよ」

「え?」

「私は不快には……思ってないから、椎名君は気にしなくて……いいよ」

 

 白金先輩は顔を赤くして言った。何で顔を赤くしてるんだ?俺は何か言っただろうか、不快には思ってないとなると何か変なことを言ってしまったのか、気になるな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私と椎名君は喫茶店から出た後、本屋に寄って互いに欲しい本を買い、服屋にも行った。私が衣装を作ってきることを言うと、椎名君は驚き、凄いですねと言われ、私は凄く嬉しかった。椎名君にここまで言ってもらえるなんて、どれほど嬉しいことだろう。

 

 結局私は真っ白になってしまった計画は思い出せなかった。今回のデートは終わってしまったけれど、それでも椎名君のことを知ることができてよかった。

 

 私は今日のことで一番嬉しいことがあった。さっきの喫茶店で椎名君からピアノのことを聞いた時のことだ。その話を聞いた時、私と椎名君はどこか似ている所があるんじゃないのかって思った。

 

 それが、私にとってはとても嬉しいと感じた。どうしてかはわからない、でも゙似ている゙という言葉がどこか心地よいと、響きのいい言葉だと私は思った。

 

 

 私と椎名君の距離が何となくだけど、少し縮まったような気がした。

 




デート回これにて終了です


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初めて一緒に帰る二人、静かなる想いは変化する

久しぶりの更新となります


 六月、季節はそろそろ夏になろうとしていた。けれど、夏の前に梅雨がある。梅雨なんて夏前の前哨戦みたいなものだ。

 

 俺は図書室で本を読みながら白金先輩が来るのを待っていた。昼飯を早めに済ませて図書室の受付をする、今回も白金先輩と二人で受付となっている。今回もというより毎回、まるで仕組まれているかのようだが、気のせいではなさそうだ。

 

 先月の先輩とのデート以来、俺と先輩の距離は縮まったような気がした。初めて会った時よりも笑顔が増えている。特に俺と二人きりの時になると笑っていることが多い。

 

「お待たせ……椎名君」

「こんにちは先輩。俺もさっき来たばかりでしたから大丈夫ですよ」

「よかった。また……遅れちゃったかなって……思ったよ」

 

 本当は先に来ちまったけど、ここは気を遣って白金先輩に合わせよう。後輩は先輩に気を遣わせない、これは重要だ。それにしても先輩、大丈夫だろうか。なんか汗を掻いてるように見えるけど、どうしたんだ?

 

「先輩大丈夫ですか?暑そうに見えますけど……」

「暑そうに見えるかな?もしかして……私が急いでたの……わかるの?」

「それはわかりませんけど、顔から少し汗が出てましたから暑そうにしてたのかと思っただけです」

 

 先輩が急いで来てたってなると焦ってたのかもしれない。これからは迎えに来た方がいいのか?いや、そんなことしたら噂になるし先輩のファンに追っかけられるからやめておくか。

 

 俺と白金先輩は図書室の受付側の椅子に座り、受付の準備を始めた。誰かが来るまでの間は俺と先輩だけ、つまりは二人きりだ。何とも恥ずかしくなる雰囲気でもある。

 

 それはさておき、今日は誰が来るのか。まぁ誰でもいいんだけどな。そんなことを心の中で言っていると、白金先輩が話し掛けてきた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「ねぇ椎名君」

「どうしましたか先輩?」

「椎名君って……ピアノ弾くとき……どんな曲を弾いてるの?」

「そうですねぇ、アニソンとかサントラの曲とか、あとゲーソンや色んな曲を弾くことが多いですね。たまに弾きながら歌うことありますね」

 

 凄い、私は椎名君がここまで弾けることに驚いた。前にピアノを始めた理由を聞いたけど、色んな曲を弾いてるんだ。動画でも見たけど、椎名君は歌いながら弾いてる時がある。じゃあ最近は何を弾いてるんだろ……。

 

 私は気になった。椎名君がどんな曲を弾いているのか、どういう風に弾いてるのか、それを知りたくなった。この二ヶ月で椎名君のことを色々と知ることが出来た。けど、まだ足りない。椎名君といると安心する、そんな想いを堪能したいという気持ちが芽生えた。

 

「歌うこと……あるんだ。今度……聞かせてもらっても……いい?」

「投稿はしませんが、先輩の方に動画送りますよ」

「ありがとう。楽しみに……してるね」

 

 椎名君の歌声はどんな感じ何だろう。早く聞いてみたいな。私は彼がどんな想いでピアノを弾いているのか、どんな想いで歌っているのか、とても気になっていた。動画を見た時の椎名君は凄かった。あれだけ弾けるには相当の練習が必要だ。椎名君はどのくらい練習したんだろう。

 

 昼休みを終えて私と椎名君はそれぞれ教室に戻った。授業が終わり、放課後を迎える。玄関で靴を履き替えて門を出ようとした時、椎名君の姿が視界に入った。

 

 椎名君、一人なのかな?今日は一緒に帰ろうかな。ここは椎名君を驚かしてみよう。多分気づいてない筈だ。私は気づかれないように、音を消して近づいた。

 

「椎名君……」

「っ!?し、白金先輩ですか……。ビックリしましたよ」

「ごめんね。よかったら……一緒に帰らない?」

 

 よし、作戦通りにいった。私は一緒に帰らないか、と直球で言った。椎名君は無言のままで、頬から冷や汗が流れていた。冷や汗が見えるほどなんて、焦ってるのかもしれない。ちょっとやり過ぎたかもしれない。

 

「どうして俺と帰りたいんですか?」

「それはまぁ……椎名君と一緒に……帰りたいからかな。理由はないよ」

「な、ないって…」

「駄目……かな……?」

「わかりました!わかりましたから泣きそうにならないで下さい!」

 

 私は椎名君に微笑みながらありがとう、と言った。そして気づかれないようにガッツポーズをした。やった、これで一緒に帰れる。本当に理由はない、私が単純に帰りたいと思っただけなんだ。何を話そうかな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 どうしてだ、どうしてこうなった。まさか白金先輩から一緒に帰ろうって言われるなんて、何を話したらいいんだ。今も俺と先輩は無言のままだ。こういうことになるのなら話題を考えればよかった。

 

 白金先輩の方を見ると耳が赤くなっているのが見える。綺麗な黒髪で隠れているけれど、今は耳が見える程に先輩の髪は少し乱れていた。先輩、俺を誘うのに緊張したんだな。

 

「あの……先輩」

「何!?ど、どうしたの……椎名君」

「最近、暑くなりましたね」

「そう……だね……」

 

 俺がそう言うと、また静かになった。気まずいしこうなってくるとどうしたらいいかわからなくなる。こうなったら――

 

 

――あの話題でいくしかない!

 

 

「そういえば先輩、NFOの方は調子どうですか?」

「順調だよ。どうしたの椎名君……何かあった?」

「ここまで話題なかったじゃないですか?それで、何か話せることないかなと思って、話したのですが……」

 

 あの話題、それはNFOだ。オンラインゲームなら話せることは多い。俺と白金先輩はやっているし、あこちゃんや母さんと話す時ならこの話題は出せる。困った時は趣味を出すに限る。

 

 俺と白金先輩は家に着くまでNFOの話をした。クエストでの打ち合わせをしたり、途中から本のことで話し合ったりと話題は尽きなかった。よかった、これで互い沈黙を続けるというのは避けられた。

 

 話をしていたら白金先輩の家の前に着いた。先輩の家ってこんなにでかいんだな。お嬢様である可能性が高い。気になるけど、聞かない方がいいかな。

 

「それじゃあ……私はこれで……」

「もう着きましたか、早いですね」

「そうだね。椎名君、今日はありがとうね」

「こちらこそ。じゃあ先輩、またNFOで会いましょう」

 

 そう言って俺と白金先輩はそれぞれの帰路に足を進めた。さぁ、帰ったらやることがいっぱいだ。先輩と約束した弾きながら歌う、これもあるしNFOでのクエスト、これだけだけど俺からしたら忙しい事だ。特にピアノは失敗しないように気をつけないといけないな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は部屋に入り、鞄を置いた。そういえばそろそろ期末試験だ。椎名君って試験勉強大丈夫かな?まだ先のことだから今はいいかな。その時になったら聞いてみよう。

 

 椎名君の声は少し高めだ。そうすると歌ってる時は低い声とかも出してるかもしれない。早く歌声を聞きたいな。友希那さんなら聞きたがるかもしれない。いや、あの人のことだからそうなることは間違いないか。

 

 でも意外だった。まさか歌いながら弾いてたなんて、知った時はビックリした。私は椎名君のことを知ることが出来たと思うと、口許をニヤリとさせた。まずい、こんなところ母さん達には見せられない。彼に知られたらどんなことを言われるのかわからない。

 

 私は未だにわからなかった。椎名君のことを知りたいということは自覚してるけど、知ることが出来たってなると満足してしまう。どうしてなのかな?私はその想いを知りたいと最近になって思うようになった。

 

 

 

 

 

 

 




作者の中でのNFOはFF14みたいな物をイメージしてます


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眠りの先輩、弄り倒す後輩

一時間くらいで書き上げました


 梅雨が終わろうとしているのに、外は未だに雨だ。しかも大雨という、何とも運が悪い。俺は今日も図書室の受付をしている。しているのはいいが、隣で白金先輩が眠そうにしていた。この人徹夜したな。

 

「先輩大丈夫ですか?眠そうですけど……」

「大丈夫だよ。昨日NFOで……周回しすぎただけ……だから」

「さすがにやり過ぎですよ!素材を集めたい気持ちはわかりますが、休憩はしてください!」

「ごめんなさい。そうだよね……椎名君の言う通り……だよね」

 

 廃人って体壊しそうな所あるから怖いな。俺も前に徹夜したけど、母さんにすげぇ怒られたことがある。先輩が倒れたら洒落にならない。倒れないように気をつけてもらわないと、俺の身が持たない。

 

 今は昼休みで、人は誰も来ていない。終わりまででいいから寝かせてあげよう。先輩には休んでもらわないと駄目だ。

 

「先輩、今は誰も来てませんから休んでていいですよ。俺が見張ってますから」

「いいの?今は受付……してるし、椎名君にも……悪いよ」

「俺は大丈夫です。先輩には寝てもらった方がいいですし、今日は練習あるんじゃないんですか?練習があるなら休憩はした方がいいですよ」

「……わかった。椎名君に……そこまで言われたら……休むことにするよ。少し寝るから、時間になったら……起こしてね?」

 

 俺は頷いてわかりましたと言い、先輩はおやすみ、と言って目を瞑って眠りに就いた。昼休みが終わるまで二十分、少しだけだけどおやすみなさい、白金先輩……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は椎名君に言われて眠りに就いた。少しだけだけど、椎名君の声がする。本の頁を捲る音がする。椎名君、隣にいるんだ。

 

「先輩ぐっすり眠ってる。よっぽど疲れてたんだな。ホントお疲れ様だよ」

 

 椎名君は私のことを心配してくれてるんだよね?何となく皮肉が籠ってるような気がする。少しショックだなぁ。今回は自業自得だから仕方ない。

 

 あれ、よく考えると私の寝顔、椎名君に見られてるよね?大丈夫かな?何か言われないかな?怖いけど、凄く不安だよ。

 

「それにしても先輩の顔って綺麗だな。ここまで綺麗だと、隣にいる俺は場違いかもしれないな」

 

 そんなことないよ!椎名君は隣にいても全然問題ないから!むしろ側にいてほしいくらいだよ!私は何を言ってるの!?こんなこと椎名君の前では言えないよ。

 

 私は眠りに就きながらも冷や汗が流れているのを感じた。雨が降っているせいか寒気がする。だ、大丈夫かな?くしゃみ出そうで怖いんだけど……。

 

 その時、何かが肩に掛かった。これは……毛布?何で図書室に毛布が……もしかして椎名君が掛けてくれたのかな?掛けてくれたのなら嬉しい。暖かいし、そんなことをされると心臓が高鳴ってしまう、私はいい後輩を持ったよ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 先輩が寒そうにしている、俺はそれに気づき、何故か置いてあった毛布を先輩の肩に掛けることにした。何で毛布があったんだ?もしかして先生が置いていったのか?まぁいいか。

 

「先輩に風邪を引かれると心臓に悪いな」

 

 俺はそう言いながら先輩の頭を撫でた。何かこうしてると先輩、妹みたいだな。気づかれたらつい撫でたくなった、バレたらそう言っておくか。

 

 撫でていると、先輩の体が倒れ始めた。危ない!このままだと机に頭をぶつける。俺は咄嗟のことに焦りを感じ、左腕を伸ばして白金先輩の頭がぶつかるのを防いだ。よかった、間に合った。

 

 てか待て、これって腕枕になってないか?付き合ってもないのに腕枕ってハードル高すぎないか?このまま見られたらまずい。特に氷川先輩に見られたら説教待ったなしだ。

 

 俺は白金先輩の風紀を乱すために隣にいるんじゃない。誰かが手を出さないように見張っているんだ。変態から守るっていうのもある。下心なんて一切ない。

 

「しょうがない、暫くこうしているか。時間になるまでの辛抱だ、耐えるしかないな」

 

 今の俺の体勢は机にうつ伏せの状態で左腕を伸ばしている。しかも腕には先輩の頭が乗っかっている。何なんだよこの体勢は!?どうしてこうなった!?

 

 よく見ると、先輩の耳が地味に赤くなっているのが見える。もしかして起きてるのか?さっき倒れそうになった時に起きちまったのか?俺は気になって先輩を起こさない程度の声で呼ぶことにした。

 

「せ、先輩?白金先輩?」

「……すぅ」

「よかった、起きてないか」

 

 起きてないのはいいけど、匂いを嗅がれたのは気のせいか?本当だとしたら先輩が変態認定されちまう。さすがに喜びはしないが、くすぐったいな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今何時かな?私はそろそろ起きていい頃だと思い、目を開けることにした。あれ?目の前が真っ暗?どうなってるの?私は顔を上げて目を少しずつ開けた。

 

「あ、ちょうど起きた。おはよう……ございます……」

「お、おはよう。あれ?椎名君、なんで……うつ伏せになってるの?」

「こ、これですか?これには言えない事情があって……」

 

 言えない事情?何だろう?私は椎名君に近づいて問い詰めることにした。しかし、問い詰めた結果、とんでもないことを聞いてしまった。

 

 私が倒れそうになった時に椎名君は左腕を伸ばして私が頭を机にぶつけそうになった所を守ってくれたのだ。私はそれを聞いた瞬間、顔が真っ赤になった。

 

「ごめんね!本当にごめんね!腕痺れてるよね?」

「このくらい大丈夫ですよ。先輩が怪我をしていないのと比べれば大したことないですよ」

「で、でも……。痛いでしょ?」

 

 椎名君は平気そうな顔をして笑っていた。そんな笑顔を見せられたらどうしていいかわからないよ。椎名君ってたまに無理をする、私を守ってくれるのは嬉しいけど、無茶はしないでほしい。

 

 私が落ち込んでいると、椎名君は私の頭に手を置いた。このタイミングでやる!?それは私にとって追い討ちでしかないよ!?

 

「そんな顔をしないで下さい。俺は平気ですし、先輩が疲れ取れたのなら全然大丈夫です」

「椎名君、無理だけはしないでよね?」

「わかってますよ。無理はしないようにってことは気をつけてますから」

 

 じゃあ鍵返して来ますね、と椎名君は職員室へと向かっていった。改めて思ったけど、椎名君って生意気な後輩だなと思う。これは私にとっては凄く得をしたなと思う。

 

 さっき私は寝ている時、どさくさ紛れに椎名君の腕を嗅いだ。こんなことをするなんて、私は変態だ。気になっている後輩の匂いを嗅ぐって、バレたら引かれるかもしれない。

 

 そう思いながら私は教室へ戻る。今日の練習はいい感じになるかもしれない。椎名君のおかげだ。

 

 

 




こんなシチュエーションは現実にはありません


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試験に備えての準備、苦手は克服すべし

先輩との勉強は耐久である


 ようやく梅雨が明けた。俺は来る期末試験に向けて勉強を始める。現代文は得意だから問題はない。しかし、理系は俺にとっては苦手な物だ。こうなってしまっては最悪補習になってしまう。そうなったら洒落にならない。

 

 先輩は練習をしてる。あの人、練習と勉強もあるよな?両立出来てる辺り凄いと思う。俺はただの図書委員で、先輩はRoseliaの一員、この時点で俺と先輩は差が出ている。これじゃあ白金先輩は高嶺の花そのものだ。

 

「ん、んぅー。はぁ……。分からない所がいくつか出てきたな」

 

 文系は出来ているが、理系がボロボロだ。今度先輩に聞いてみるか。今日はここまでにして寝よう。俺は支度をして眠りに就くことにした。てか明日先輩時間空いてるかな?

 

 次の日、俺は先輩に時間が空いてるか聞いた。今度の中間は良い点を取りたい。ここで失敗したらあとに響くし、先輩にも何か言われかねない。

 

「時間は……空いてるよ。もしかして……中間テストの勉強?」

「まぁそんなところです。理系がボロボロなので、分からないところを聞こうと思ったんです」

 

 そうなんだ、と白金先輩は納得した。ここで勉強となると時間が空いてる時にしか出来ない。活動中の時は暗記系、日本史、世界史、生物等に限られてくる。数学や現代文はこの時間だと出来ない。

 

 先輩は顎に手を当てて何か考えていた。その様子が様になっていて、綺麗だなと見惚れてしまう。こんなこと考えてる辺り、俺は先輩に"毒されている"のかもしれないな。そうだったら、顔を合わせられない。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 休日の土曜日、私は椎名君と勉強会をやることにした。原因は私だ。私が教えてあげるという形になった。場所は私の家でやることになった。

 

 椎名君は"私の後輩"で、気になる人だ。付き合ってもいないのに、私は初めて男の子を自分の家に上げた。大丈夫、何かが起きることはない、ない筈だ!

 

「お、お邪魔します……」

「ゆっくり……してていいよ。コーヒー……持ってくるね」

 

 というか私は何で椎名君を家に上げたんだろ……。彼を信用しているからかな?それとも何だろう。私のことを知ってほしいから?考えるだけでも恥ずかしくなる。私は唇に手を当てた。何かここまで深く考えるなんて、何やってるんだろ私……。

 

 椎名君に勉強を教えるだけだ。だから、疚しいことは何一つない。ある訳がない。氷川さんが知ったら大胆ですね、何て言うに違いない。

 

 コーヒーとホットミルクを用意する。こういう時はホットミルクを飲んで落ち着こう。うん、そうしよう。

 

「お待たせ……勉強やってたんだね……」

「ありがとうございます。生物は特に駄目なんです。文系はまぁまぁですがね」

 

 コーヒーとホットミルクを置き、椎名君と向かい合わせになるように座った。私も勉強の用意をしよう。やりながら椎名君を教えればいい。わからなければ隣に来るなりして教えよう。

 

 1時間半後、私は椎名君の隣で理系を教えることにした。椎名君が分からない所に詰まったようだ。彼の横顔を見ると、本当に男の子?と思うくらいに女の子の顔をしていた。集中している、真剣な顔がカッコいい。

 

「椎名君……また前髪伸びた?」

「は、はい!?そ、そうですね……じゃ、若干ですが伸びましたね」

「どうしたの?そんなに驚いて……何かあった?」

 

 何でもないです、と椎名君はしどろもどろに言った。どうしたんだろ?何かあったかな?私、何かしたっけ?何かしたなら謝らなきゃだよね……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 全然集中出来ない!そして落ち着かない!生まれて初めて女子の部屋に入ったけど、その初めてが先輩だなんて、どうしてこうなった!?あ、先輩に誘われたんだったな。

 

 白金先輩は隣で教えてくれてるけど、先輩の髪からシャンプーの匂いなのか、いい匂いがする。そのせいか、なかなか集中出来なかった。教えてもらってるけど、内容が頭に入ってこない。せめて真剣にやってるってことは装うか。

 

「椎名君……大丈夫?落ち着かない?」

「お、落ち着いてますよ?」

「嘘……だよね……。顔に出てるよ?」

 

 マジで!?俺は焦ってしまった。顔に出てたとしたら相当ヤバい!ああもう、俺のせいだ。俺のせいで先輩を困らせてる。俺は先輩に謝ることにした。

 

「なんかごめんなさい。俺のせいですよね?」

「椎名君のせいじゃないよ……ねえ椎名君、落ち着かないのは私のせいだよね?」

「待って下さい。落ち着かないっていうのはそんなことじゃないんです。俺、女の子の部屋に入るの初めてで……それでどうしたらいいかで落ち着かなかったんです」

 

 これは本当のことだ。実際俺はさっきから落ち着いてないし、あと、先輩が近いからっていうのもある。先輩が近いからっていうのは迷惑になるだろうから言わない。いつまでもこんなんじゃ先輩に申し訳ない。

 

「そう……だったんだ。私も男の子を家に上げるの初めてなんだ」

「そうなんですか!?」

「そう……だよ……椎名君……驚き過ぎだよ」

 

 白金先輩が笑った。俺は先輩の笑顔に、あまりに綺麗な笑顔に見惚れてしまった。ああ、この人は何て綺麗なんだろう。俺はこの人を知りたいって思ったんだな。

 

 俺は勉強を再開することにした。先輩に良いところを見せよう。それで先輩に恩返しをしよう。今の俺に出来ることは苦手を克服して、その後先輩に恩返しをするんだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 中間テストの結果は良好だった。椎名君は無事赤点を免れたようだ。よかった、私は安心した。もし椎名君が追試になったら彼と一緒にいられる時間がなくなってしまう。教えられてよかった。力になれてよかった。

 

 あれ?私、なんで一緒にいられる時間がなくなるなんて思ったんだろ?無意識に思っただけかもしれない。私は隣で呆けている椎名君の前髪を触ろうと近づいた。

 

「椎名君……お疲れ様……」

「……」

 

 聞こえていないかもしれない。でも、聞いていてくれているのかもしれない。どうして彼が呆けているかはわからないけど、何かを考えてるいるのか、又は疲れているのかもしれない。

 

 もう夏になる。私はこれから椎名君とどう接していこう。そろそろ名前で呼んでほしい、なんて思っているけど、まだ早いかな?いや、何か呼んでほしいかな。

 

「椎名君……私のこと……名前で呼んでほしいな」

「白金先輩、何か言いましたか?」

「え!?えっとその……私のこと名前で……呼んでほしいなって……」

「な、名前でですか。いいんですか?俺が先輩のことを名前で呼んでも」

「呼んでほしいかな。私も……椎名君のこと名前で呼ぶから」

 

 椎名君は私の顔を見つめて言った。深呼吸をして、心の準備をして、彼は私の名前を呼んだ。

 

 

――り、燐子先輩……。

 

 

 とても緊張している。私のことを名前で呼ぶんだ。初めてのことだから緊張しているんだ。私は椎名君……いや、千景君に名前で呼ばれ、心臓が高鳴った。名前で呼ばれる、悪くない。

 

「はい、千景君」

「な、何でもないです!」

「ふふっ、もう一度名前……呼んでほしいな……」

 

 先輩楽しんでますよね、と千景君は言った。彼の反応が面白いから、彼にもう一度名前で呼んでほしいから、私は千景君をからかった。いつもの私ならこんなことはしない、でも今日は特別だ。

 

 千景君が追試を免れた、そのご褒美だ。私と千景君の距離は分からないけど、少しずつだけど、縮んだような気がした。

 

 来月から私と千景君は名前で呼び合う。それだけのことなのに、とても心地いい。彼の一面をまた一つ知ることが出来た。これからの夏が楽しみだ。




初めて名前で呼び合う時って緊張するよね


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名前の呼び合いと通話という名の密会

名前で呼んでも反応しないと意味がない


 早くも7月は中間に入った。期末は燐子先輩に教わることなく乗り越えられた。しかし、その時の燐子先輩は少し機嫌が悪かった。あの人がそうなるなんて珍しい。何があったんだ……。

 

「先輩、何かあったんですか?」

「……千景君……呼び方違うよ」

 

 え!?先輩って呼んだだけなのに!?俺は今もこの人を名前で呼ぶのに躊躇している。恥ずかしいだけだ。なのに先輩は普通に呼んでいる。絶対恥ずかしそうにしてるだろ、顔赤いし隠せてないし、不器用過ぎるだろ。

 

 燐子先輩口元緩んでる、あとニヤケてる!先輩、しっかりしてくれよ……。NFOであこちゃんとやってるときもニヤケてるのか?だとしたらさすがに引くぞ……。

 

「はぁ、燐子先輩」

「何……千景君」

「やっと反応した。燐子先輩、名前で呼ばれるの嬉しそうですね?」

「う、うん。千景君に名前で呼ばれるの……嬉しいからさ。本当だよ?」

 

 燐子先輩は微笑んで言った。ごめんなさい先輩、その笑顔は眩しすぎです。俺には勿体無いので、あこちゃんに向けてやって下さい。

 

 しかし、こうして名前で呼び合ってるとなんかくすぐったいな。何なんだこれは?知ったら戻れないような気がする。いやいや、知るのはまだ早い。俺は燐子先輩が何故機嫌悪そうにしているのか、聞くことにした。

 

 理由はレアアイテムがドロップしない、という。うんその気持ちは凄く分かる。脳死周回しててドロップしなかったら水の泡になる。それはゲーマーにとって避けられない道だ。俺は本を読みながら思った。これはあれだな、燐子先輩の周回に付き合うか。

 

「ねえ千景君……今度周回に付き合って……くれるかな?」

「いいですよ、俺も最近新しいジョブを使い始めましたのでちょうど良かったです。あこちゃんも誘いましょ」

「うん。ありがとう千景君!」

 

 

――だから眩しいっちゅーに。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君とあこちゃんを誘い、私はレアアイテムドロップに向けて周回を始めた。千景君の始めたジョブはソードマスターだ。カウンターを得意としたりクリティカル率が高かったりというとても強い能力を持っている。けど、防御は低く、その代わり回避は高いという上級者向けのジョブだそうだ。

 

 千景君はこれまでアタッカー、タンク、ヒーラー、バッファ―等、数種類のジョブを使ってきた。全部スキルマしてるし、レベルもカンスト済み、私と同じ廃人の一人だ。気になる人が廃人というところに親しみを感じる。まるで仲間みたいだ。

 

「りんりーん、こっちはOKだよー」

「燐子先輩、俺もいつでも行けますよ」

 

 二人とも準備が出来た、私は今から脳死周回を始める。ドロップさえすれば勝ちだ。頑張ろう!

 

 周回すること2時間、ボスを倒し続け、ようやくレアアイテムが手に入った。疲れた、これでやっとあの装備が作れる。私は千景君とあこちゃんにお礼を言った。あこちゃんは眠そうだ。お疲れ様、二人とも。

 

 あこちゃんはもう寝るね、と落ちた。私と千景君も落ち、今は二人だけで通話をしている。この時間は私にとって千景君と話せる貴重な時間だ。

 

「お疲れ様です先輩、まさか五個も必要だったなんて知らなかったですよ」

「千景君もお疲れ様、ごめんね……数を言ってなくて」

「いえいえ、ジョブの試しとしてはよかったので気にしてませんよ」

 

 千景君、ソードマスター使うの初めてのようだけど上手かったなぁ。本当に初心者なの?っていうくらいに上手かった。やっぱり廃人は実力が違う。

 

 千景君が廃人なのは元からか。私はヘッドホンを直し、ふぅ、と息を吐いた。部屋が寒いかな。部屋は真っ暗だし、私はこの暗い所がちょうどいい。千景君と通話していると図書室のように隣で話している風に感じる。

 

「ねぇ千景君」

「何ですか?」

「千景君の……好きなタイプって……何?」

「え!?」

 

 私は無意識に聞いた。しまった!私は何を聞こうとしてるの!?いくら千景君のことを知りたいとはいえ、これを聞くのはまずいかもしれない。最近の私はおかしい、千景君を名前で呼ぶようになって、勉強会の時に意識し合って、気まずくなって……。

 

「先輩、燐子先輩」

「な、何?千景君……」

「好きなタイプを言いますね。えっと……落ち着いてて、本が好きで、話しやすくて、静かな人が好き……です」

 

 千景君は好きなタイプの女性を言った。ん?それって……私のことなんじゃ?あ、あれ?おかしい、気のせいかな?聞き間違いだよね?

 

 私は千景君に聞こうとした。けど、千景君から返事はなかった。これは聞かないといけない。もう少し話がしたい。

 

 

――というか、そのタイプの人ここにいるよ千景君!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 はぁ、俺何言ったんだろ。今言ったタイプってよく考えたら燐子先輩だよな?に、逃げるか?それとも質問に答えるか。何か聞かれそうだよな……。

 

「千景君……そのタイプの人って……どういう人?」

「それは言えません」

「言えないの?」

「はい。こればっかりは答えられないです。すみません燐子先輩」

 

 そうだ、これは知られたくない。知られたら戻れなくなるかもしれない。俺と燐子先輩の関係が変わってしまうのでは、と頭を過った。ごめんなさい燐子先輩、知られる訳にはいかないんだ。

 

 その後、燐子先輩との通話は終わった。短いようで長いような時間だった。明日から気まずくなりそうだな。多分、聞かれることはないだろう。燐子先輩にはちゃんと謝らないとな。

 

 髪止めゴムを外し、髪を下ろす。寝よう、この想いを鎮めたい。そうだ、俺は燐子先輩の後輩だ。だから、明日から普通に過ごそう。

 

 次の日、俺と燐子先輩は図書室で会った。ああ気まずい、だが話はしよう。せめて話はした方がいい。俺から切り出すことにした。まずは昨日のことを謝ろう。

 

「えっと燐子先輩、昨日はすみませんでした」

「私の方こそ……ごめんね。ちょっとまずい……かなって思って……」

「いいえ、先輩は悪くないです。悪いのは言わなかった俺ですから」

 

 そうだ、悪いのは俺だ。先輩は悪くない。けど、言う訳にはいかないんだ。今じゃないんだ、ここで言ってはいけない。だから先輩、もう少し待っててくれ。

 

 俺と燐子先輩は図書委員の活動をしつつ話をした。練習のこと、本のこと、NFOのこと、色々な話をした。大した会話じゃない。けど、俺にとっては大切な時間なんだ。俺と燐子先輩を結ぶ線でもあるんだから。

 

「それにしても燐子先輩、俺のこと名前で呼ぶの恥ずかしくないんですか?」

「もう慣れちゃったかな。千景君はどうなの?」

「俺は少しだけです。先輩を名前で呼ぶのってどうも恥ずかしくて……」

「少しずつで……いいよ。私が無理に……頼んじゃったからね。何かごめんね」

 

 いやいや謝る必要ないですよ、俺は燐子先輩にそう言った。俺も名前で呼べるようにしよう。頑張らなきゃだな。

 

 

 




話せる時は少しずつ迫っていく


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海への約束、想い人の発覚直前のキャンセル

夏休みは始まる、それはイベントの巣窟の攻略戦でもある


 暑い、暑すぎる。夏休みに入ったのはまだいい、だがエアコンが壊れてるのはどういうことだ?今日はエアコンの代わりに窓を開けて対処するしかないという。扇風機は持ってくのが面倒だ。だったらこれで我慢しよう。

 

 これじゃあピアノを弾く気にもならない。今月はNFOが大規模イベントを始める。俺や燐子先輩、あこちゃんはイベントに備えて絶賛強化中だ。一方の母さんは野良でプレイをやっている。たまに俺と一緒にやる時もあるが……母さん、強すぎだろ。

 

「うぅ……暑い……。ピアノ弾こうと思ったけど、駄目だな。あ、ログインしてなかったな。NFOやろっと」

 

 椅子に座り、パソコンを起動、イベまではまだ期間はあるから今日は周回だけでいいか。昨日から夏休みだが予定の方どうしようか。NFOでコラボイベがある、燐子先輩が一昨日そんなことを言ってたような気がするな。

 

 

――チャットで聞いてみるか。

 

 

 スマホの電源を付け、燐子先輩に電話を掛けた。てか出るかな?まぁ、出たら出たで話してみるか。

 

「……もしもし、千景君?」

「あ、燐子先輩。話がしたいのですが、大丈夫ですか?」

「いいよ、私も千景君とお話したかったから」

「そ、そう……ですか。俺も話したかったですよ?」

 

 何で疑問形になるの、と燐子先輩は微笑みながら言った。ああもう!緊張してるせいか疑問形になっちまった。燐子先輩に話しようとするだけなのに、何で緊張してんだ。いつも通りに話せばいいんだ、いつも通りだ、いつも通り……。

 

 高鳴る心臓を抑えながら俺は燐子先輩にNFOのことを話した。夏にはイベントがあるんだ。だが、今年はアイテムの配布がある。アイテムの配布はコード入力、しかも入手手段は海の家という。

 

「海の家……つまり海に行くってこと……だよね?」

「そうなります。それで、今年はどうしようか相談しようと思って掛けたんです」

「そうなんだ。それなら行こうよ、海に……」

 

 はい?今なんて言ったんだこの人?海に……行く?

 

 待て、それってつまり燐子先輩と海に行くってことだよな!?何で直球で言うんだよ!俺は意識してしまい、顔を赤くした。こうなったらあれだな、水着用意しないとだよな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は千景君に海に行くということを言われた。アイテムを貰うために行くのなら私は当然行く。それはあこちゃんも同じだ。でも、よく考えたらあれだよね?千景君の水着姿を見ることになるんだよね?

 

「燐子先輩、マジで行くんですか?」

「うん……あこちゃんも行くって言ってるし、アイテムの為だよ。千景君も行くよね?」

「え、ええ……。もちろん行きます。燐子先輩、人混みとか大丈夫何ですか?」

「そこは……あれだよ。千景君やあこちゃんと一緒にいれば大丈夫だよ!」

 

 私は千景君と20分くらい電話で話をした。NFO以外でのことも話をした。予定はあこちゃんも交えて建てることにした。はぁ、大丈夫かな?私、千景君に迷惑掛けないかな?

 

「燐子先輩、今日はありがとうございました。じゃあまた後で」

「うん、またね」

 

 スマホを切り、千景君との通話を終えた。スマホを置き、私はベッドに倒れ、顔を枕に埋めて悶えた。ああ、顔が熱い。恥ずかしくなってきた。

 

 やっちゃった!やっちゃったよ!千景君を海に誘うというより、自然な流れで一緒に行くことになっちゃったよ。千景君、どんな反応してたかな……。

 

 私は恥ずかしさのあまり、足をジタバタさせた。頭の中がぐちゃぐちゃになる。普段の私ならこんなことしないのに、今日の私は何かおかしい。千景君と話してるだけなのに、心が弾んでくるし、口元緩んじゃうし、どうしちゃったんだろ私……。

 

「千景君と海かぁ……今井さんに勘ぐられそうで怖いよ」

 

 こうなってきたら水着選ばないとだよね。今度あこちゃんと水着買いに行こうかな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 夕飯を終え、ベッドの上で俺は楽譜に目を通した。楽譜は楽器店で買った物しかない。はぁ、全く集中出来ない。夜になったから少し涼しくなったが、さっきのことで全然集中出来ない。

 

「限定アイテムはまだいい。それどころか、燐子先輩やあこちゃんと海に行く羽目になるなんて、誰が予想したんだよこんなこと」

 

 まだ予定は決まってないが、あれだよな?水着買いに行かないといけないよな?あと、海用の髪飾りか。いっそのこと髪切るか?俺の髪は少し長くなってきている。

 

 俺は前髪を弄りながら考えた。でも、前に燐子先輩は俺の髪のこと褒めてくれたもんな。今のままが俺らしいって、あの時は凄く嬉しかった。髪のことで悩んでたのに、あっさりと言ってくれたんだ。そのおかげで俺は切らずにいれたんだ。

 

「思い出したら顔が熱くなってきたな。これはあれだな、部屋が暑くなっただけなんだ。うん、気のせいだ」

 

 窓を開け、熱くなった顔を涼ませることにした。少しだけだけど、涼しかった。でも、熱くなった顔は冷えることはなかった。それどころか、頭の中はごちゃごちゃになっていった。

 

 やめだやめ!考えると余計集中出来なくなる。今日もまたレベリングをするが、大丈夫だろうか。燐子先輩とはまた会うが、出来るだけ話題は出さないようにしよう。下手したらあこちゃんに質問攻めされかねない。よし、頑張ろう!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 次の日、私は練習に向かった。何だろう、嫌な予感がするんだけど、気のせいかな?主に友希那さん辺りで嫌な予感がする。話を聞いてみてからだ、それで判断しよう。

 

「おはようございます」

「おはよう燐子、話があるのだけど、いいかしら?」

 

 やっぱり!私は友希那さんの話を聞くことにした。けど、それは私の予想斜め上の話だった。嫌な予感というより、情報量が多いみたいな物だった。

 

「貴女、千景と海に行くらしいわね」

「え!?どうしてそれを……」

「あこが言っていたわ」

 

 あこちゃーん!?

 

「ごめんねりんりん、友希那さんが凄く知りたそうにしてたからさ、話しちゃった!」

「そ、そうなんだ……」

「燐子、千景と何かいいことあったの?」

「い、いいことというよりは……お出掛けみたいな……ところです」

「それはつまり、デートね」

 

 そう言った瞬間、今井さんと氷川さんが入ってきた。私はビクッとしながら二人が来たことに気づき、後ろを向いた。氷川さんはキョトンとし、今井さんは面白そうだなぁ、という顔をしていた。あ、これ聞かれるよね?

 

 

――もう逃げられないや。白状しよう。

 

 

 私は全部話すことにした。案の定、今井さんとには質問攻めされ、氷川さんと友希那さんは口元を緩ませて見守りるかのような表情をした。あこちゃんはりんりんすごーい、と語彙力は冥界に置いていったかのようなことを言った。もう、滅茶苦茶だよ……。

 

「なるほどなるほど、つまり燐子は千景のことが……」

「聞こえません!聞こえませーん!」

「白金さん、少し落ち着いて下さい」

「面白い物が聞けたところだし、練習にするわよ」

「ちょ、友希那さん!?」

 

 友希那さん、聞いておいてそれは……。私は心の中でそう言っていると、友希那さんは私の方を向いて優しい表情でこんなことを言った。

 

「今の燐子、とても輝いていたわよ。そうなったら聞かずにはいられないわ」

「友希那さん……」

 

 今の友希那さん、凄くSだ。さっき今井さんが言おうとしたことはわかっている。でも、まだ知りなくない。知るのは今の私には早い。自覚するのはまだだ。

 

 この夏休み、どうなるんだろう。何かが起きようとしている、いいことかもしれないし、悪いことかもしれない。今は練習に集中しよう。海のことは後だ。私は夏を楽しみもうという想いを隅に置き、練習に集中することにした。

 

 




熱烈なる宴はまだ始まらない


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攻めすぎ疑惑の先輩はもう一声欲しい

作者初の水着回
期待せずに


 電車に揺られ、本を読みながら目的地の駅へと向かう。それも燐子先輩とあこちゃんの二人と一緒にという。男俺一人なんだけど、大丈夫なんですかねぇ……。

 

 水着は買って来たからまぁいい。念のため上着も持ってきておいた。この上着が何かに役立つのでは、と思ったのは気のせいだ。俺は隣に座っている二人を覗いた。とても楽しみにしている。そう、今回は配布アイテムが目的なんだ。

 

「りんりーん、海楽しみだね!」

「そうだね……あこちゃん」

 

 これは黙っていた方がいいのか?正直言うと二人と話がしたいが、そうなるとNFOの話題くらいしかない。せめて他の話題があればいいのだが、こういうことなら、色んなことを話せるようにすればよかったな。

 

 さて、いつまでこの状態を続けるか。駅に着くまで?それとも燐子先輩話し掛けられるまでか。話し掛けられたら中断するか。そんなことを思っていると、隣に座っている燐子先輩話し掛けられた。

 

「千景君、何の本読んでるの?」

「こ、これですか!?天体観測の本を読んでいます!」

「天体観測?チカ兄珍しいね」

 

 嘘だ。俺が読んでいる本は恋愛小説だ。それも先輩後輩の本だ。誤魔化そうと天体観測なんて適当に言っちまった。大丈夫だろうか……。

 

 しかし、今読んでる本、ポジション考えると俺と燐子先輩みたいだな。って何を考えてんだ俺は!こんなこと考えたら余計気まずくなるじゃねえか!考えちゃいけない!とりあえず、読むのここまでにするか。

 

 俺は本を閉じて栞を挟み、鞄に仕舞った。一旦話すか。そうだ、そうしよう。せっかく海に来たんだから、ここで本を読むっていうのは場違いだよな。何を話そうか……。

 

 

――もういいや、アレにするか。

 

 

「今回の配布アイテム何ですが、どういった使い方にします?」

 

 俺は配布アイテムの組み合わせや使い方等について話し合った。結局、ゲームの話になるのか。まぁ廃人同士なんだ、仕方ないか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 出発から30分、目的地の駅に到着した。電車の中は涼しかったけど、外は暑い。夏だから暑いのは当たり前だよね。配布アイテムを取って、遊んで、家に帰りたいよ。でも、今日はあこちゃんと千景君がいるんだ。それに……。

 

「千景君のこと……もっと知りたいから。この時間が……大事だから……」

 

 私は千景君に聞こえないように小言で言った。聞こえてないよね?千景君、隣にいるけど聞こえてないよね?あこちゃんには聞こえてるかもしれない。あこちゃんはたまに爆弾投下することがある。そこが怖い。

 

 千景君をチラチラと見ていると、彼が私に話し掛けてきた。もしかしてバレたのかな!?千景君、気づいてないよね?大丈夫かな?どうか……どうかバレませんように!

 

「どうしたの……千景君……?」

「燐子先輩、俺のことチラチラ見てません?」

「み、見てないよ!」

「ホントにそうですか?視線を感じるのは気のせいか……」

 

 千景君は顎に手を置きながら言った。よかった、バレてないみたい。視線を感じるって言ってたけど、その視線は私だ。どうしよう、このまま千景君のこと見てようかな?いや、やめておこう。見てたらバレるし、千景君に何を言われるかわからないから、ここでやめようかな。

 

「りんりん、どんな水着にしたの?」

「水着!?そ、それは……着いてからの……お楽しみだよ」

 

 水着はお楽しみって言っちゃったけど、正直不安しかない。千景君、どんな反応するかな?私は千景君の反応が楽しみだ。あこちゃんはどんな水着にしたんだろ。まずは着いてからだね。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 陽射しを浴びながら、俺達は海に到着した。暑い、その一言に尽きるな。着替えたら海の家の前で合流するということを言い、俺達は更衣室へと向かった。

 

 着替え終わり、俺は海の家で燐子先輩とあこちゃんを待った。それにしても暑いな。久しぶりに水着に着替えたが、大丈夫だろうか。黒のスイムショーツと黒のラッシュガード、黒一色の水着になったが、何も言われないよな?

 

「あんまり見せたくないんだがなぁ……」

「何を見せたくないの?」

「何をって……あこちゃん!?いつから其処にいた!?」

「今来たところだよ!」

 

 今来たのか。考え事をしていたせいか気づかなかったな。さてと、あとは燐子先輩か。あこちゃんの水着はセパレートのビキニか。随分攻めてるが、似合ってるから問題ないか。しかし、こうして見るとやっぱりロリだな。

 

「そ、そうか」

「あ、そうだ。ねえチカ兄、あこの水着どうかな?似合ってる?」

「さすが魔王様、お似合いですよ」

「そうだろうそうだろう!我の纏う神器に相応しかろう!」

 

 要は嬉しいってことだよな。あこちゃんの呪文的なことはあまり分からないな。こういう時こそ燐子先輩が必要だよな。あとは燐子先輩だが、どんな水着なんだ?

 

 あまり想像はしない方がいい。想像したら俺の身が持たない。燐子先輩はああ見えてスタイルがいい。男子達も卑しい視線で燐子先輩のことを見ていた。言っておくが、俺はあの人のことはそんな目で見ていない。

 

 ラッシュガード付きの水着は念のために買ったんだ。何かあった時のため、それもあこちゃんや燐子先輩のためだ。あこちゃんはまだしも、燐子先輩は特に危ない。いろんな意味で!

 

「お、お待たせ……二人共……」

「大丈夫だよりんりん!そんなに待ってないから!」

「あこちゃんに同じくですよ、燐子……先……輩……」

 

 燐子先輩が来たのはまだいい。だが、待て。攻めすぎじゃないのか?黒ワンピースの水着って、似合ってるからいいが、大丈夫なのか!?

 

 白のガウンを羽織っているから胸元はガード出来てる。そう、燐子先輩は脱ぐと凄いんだ。俺は必死に目を逸らした。逸らしつつ、ラッシュガードを脱ぎ、彼女の肩に掛けた。

 

「千景……君……?」

「燐子先輩、絶対に離れないで下さいね!」

「へ!?う、うん」

「これはりんりんわかってなさそうだなぁ。やっぱり脱ぐと凄いは本当なんだねぇ」

 

 ちょ、あこちゃん!それ言ったら気づくじゃん!意識しないようにしてたのに、余計意識しちまう。意識していると、顔が熱くなってきた。もう、燐子先輩の前で何してんだ俺は!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 やっぱり攻めすぎたかな?私はこれでも隠してるつもりだ。けど、周りの視線を感じる。そう思っていると、千景君がラッシュガードを脱いで私の肩に掛けてくれた。もしかして、隠してくれてるの?

 

「千景君、腹筋凄いんだね」

「い、言わないで下さいよ!俺、褒められるのの苦手なんですから」

「そうなんだ。ねえ、水着……どうかな?」

「……似合ってます」

 

 千景君は褒められるのが苦手なんだ。前髪のことを褒めた時は大丈夫だったのに、腹筋のことは苦手、何か部位によって反応が違うのっていいかも。あと、似合ってるって言ってくれたけど、まだ足りないよ。

 

 私は千景君にもう一声いいかな、と言った。似合ってるだけじゃ足りない。普段の私ならそれだけで充分なのに、今回はそれだけじゃ足りないと思っている。理由はわからないけど……。

 

「もう一声、いい?」

「もう一声!?何をですか!?」

「何をって……似合ってるだけじゃなくて、もう一つないかなって」

「もう一つですか?じゃ、じゃあこれでいいですか?」

 

 私は千景君の目を見ながら待った。恥ずかしいけれど、もうちょっとだけ、もうちょっとだけ褒めてほしい。これでも私は今回のために頑張ったんだ。水着は何にしようかだけだけど、それでも私は彼に褒めてもらいたい。

 

「か、可愛いです」

「っ!?あ、ありがとう。千景君」

 

 千景君は恥ずかしがりながら言った。彼のことを見ていると、よく頑張ったねって言いたくなる。あんまりやり過ぎると、千景君が照れ死しそうだ。私も人のこと言えないな。

 

 可愛いって言われた私も恥ずかしい。千景君に可愛いって言われるのは全くなかったから、言われた時はは凄く嬉しかった。何だか、今日は頑張れそうだ。配布コードを貰って、海も楽しむ。

 

 

――今の私なら何でも出来そうだ。もう、何も怖くない!

 

 




こうして彼女は無意識にフラグを建てる


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青春の海、お似合いのポニーテール

水着回後半です


 二人と合流し、俺達は最初に何をしようかについて話し合った。海の家に行って配布アイテムを貰うか、海で遊ぶか、という意見が出た。海で遊ぶという意見はあこちゃんが出した。俺と燐子先輩は話し合うことにした。

 

「燐子先輩、最初海で大丈夫ですか?」

「いいよ、あこちゃんの……意見に……賛成」

「ホント!?ありがとりんりん、チカ兄!」

 

 あこちゃんが笑顔で言った。この子には笑顔が似合う。魔王モードに入らなければ普通の中学生何だが、今の時と魔王モードの時じゃ全然違うな。

 

 しかし、魔王モードって燐子先輩が命名したんだよな?我はーとかっていう時になることをそう呼ぶそうだ。それはいいとして、燐子先輩、大丈夫なのか?ガウンがあるから上着は大丈夫、なんて言ってるが、不安だ。

 

「燐子先輩、上着いいんですか?」

「私は大丈夫だよ。千景君だって……腹筋のこと……言われたくないでしょ?」

「それはそうですが……。何かあったら言って下さいよ?」

「うん、頼りにしてるからね」

 

 燐子先輩は微笑みながら言った。相変わらず眩しいな。胸元を見ないようにって必死になってるのに、この人はこんな俺に笑顔を向けてくれている。こんな穢れた想いがバレたらおしまいだ。

 

「あと千景君、バレてるからね」

「へ?何がですか?」

「何がって……その……アレだよ」

 

 

――私の胸、見ないようにしてたんだよね?

 

 

 俺は核心を突かれた。目を逸らし、必死に隠すことにした。仕方ないだろ!耐えるのに大変なのに、気づかれたら終わりじゃん!燐子先輩、俺のこと何でも知ってるような気がしてこええよ!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は千景君とあこちゃん、二人と海に行くことにした。というか私、大丈夫かな?普段の私なら海に行くことすらない。でも、今回は違う。NFOの限定アイテム、そして何より……千景君がいる。これだけあったら行くしかない。

 

「りんりーん、どしたのー?」

「え!?な、何でもないよ!」

「ホントにそう?さっきからチカ兄のことずっと見てるけど……」

「見てないよ!決して千景君が女の子ぽいなぁとかポニーテール似合うなぁとか、そんなこと全く思ってないよ!本当だよ!」

「いやいや、本音駄々漏れの時点で説得力ないよ」

 

 私は手を抑え、失言したことに気づいた。ヤバい!千景君に聞こえてないよね!?聞こえてたら私、死んじゃうよ!さっき何も怖くないなんて言ったのに、早速フラグ回収するって……情けないよ。

 

 どうしよう、千景君に聞かれたらどう言おう。聞こえてるって思うと恥ずかしくなる。今の千景君はポニーテールにしてるせいか本当に女の子っぽくなってる。千景君ってこんなに綺麗だったっけ?

 

「りんりん、そんな年収低いように手を抑えなくても……」

「だ、だって!千景君に聞かれたら……」

「大丈夫大丈夫!チカ兄が聞いてる訳ないよ!"少しだけ距離が空いてる"だけだから!」

 

 

――それ完全に聞かれてるじゃん!

 

 

 そんなことを思っていると、千景君が近づいて来た。これ聞かれる!?聞かれるよね!?私は決心した。これは正直に言おう。言うしかない。聞こえてるんだ、それならそれでいい。

 

「燐子先輩」

「な、何かな!?」

「海、綺麗ですね」

「そうだね……」

 

 言われてみると確かに綺麗だ。これはあれかな?何もないってことでいいんだよね?安心してもいいんだよね?

 

「やっぱりチカ兄って女の子だねぇ」

「え?俺が?」

「そうそう!何て言うかなぁ……まるでお姉ちゃんがいる?みたいな?」

「要は俺と燐子先輩が姉に見えるってこと?」

 

 そうだよ、あこちゃんが笑顔で答えた。私と千景君がお姉さん、何かそう考えるとあこちゃんが妹に見える。それはそれでアリかな。

 

 それにしても気のせいかな?なんかあこちゃんが地雷みたいな所に踏み込んでるような気がするんだけど、もしかして敢えて踏んでるの?そうだとしたら、あこちゃん、魔王どころか勇者だよ。

 

「チカ兄ってポニーテール似合ってるね」

「ありがと。髪長いし、今日は海だから縛っとかないと思ってな」

「……てりんりんが言ってたよ」

「燐子先輩が!?」

 

 あこちゃーん!地雷!地雷踏んでるよ!それは心の中で言っただけであって、口に出してないからね!私、心読まれてるのかな?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 やっぱ俺って女なのか?だったらポニーテールやめるか?俺は髪をほどくことにした。しかし、ほどこうとした時、手首を握られた。握ったのは、燐子先輩だった。

 

「せ、先輩!?」

「千景君……似合ってるんだから……ほどかなくても……いいよ」

「……燐子先輩に言われたらほどき辛いじゃないですか」

「本当のことを……言ってるんだよ。千景君、今日だけは……ポニーテールにしてほしいんだけど……駄目かな?」

 

 こんなこと言われたら駄目って言えない。燐子先輩、貴女はズルい先輩だよ。そこまで言われるのは初めてだし、似合ってるって言われたら嬉しくなる。

 

 俺は燐子先輩に一日ポニーテールにします、と言った。燐子先輩は顔をぱあっと明るくし、ありがとうと微笑みながら言った。分かりやすい表情だ。今度から髪型変えようか、俺はそう思いながら二人と海の家に行くことにした。

 

 今回の配布されるアイテム、アイテムというよりは装備だ。それも見た目用で、麦わら帽子とのこと。確かもう一個アカウントあったから、そっちに使うか。

 

「千景君って……データもう一個……あったよね?」

「ありますよ。配布はそっちに回します」

「チカ兄、性能とかどう?」

「性能は水耐性の強化、水属性バフ、こんなところだな。とりあえずはアクセサリー用で使うかな」

 

 性能としてはアレだが、見た目では使える。ちょうど白のワンピースがあるから、今度装備して試してみるか。配布は貰ったから、休憩にするか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 電車に揺られ、私達は海を後にした。あこちゃんは私と千景君の間に座り、疲れたのか眠っている。私も少し眠いけど、家に着くまで起きてよう。

 

「燐子先輩、泳げなかったんですね」

「千景君だって……泳げないよね?」

「まぁ俺も同じです。運動は得意じゃありませんからね」

 

 今日は千景君のこと結構知れた気がする。腹筋を褒められるのは苦手、ポニーテールは似合ってる、運動は苦手、結構収穫あるかな。私は千景君に気づかれないようによし、と小さく言った。

 

 千景君は着替え終わった後でもポニーテールのままだった。やっぱり見入っちゃうな。似合ってるっていうのは事実だから見ちゃう。

 

「あの燐子先輩」

「何?」

「機会があったら、燐子先輩もポニーテールにしてくれませんか?」

「わ、私!?」

「はい。燐子先輩のストレートもいいですけど、ポニーテールも見たいなって思ったんです」

 

 千景君に言われるなんて予想してなかった。千景君に言われたら断れないよ。私は千景君の顔を見て、いつかね、と約束した。千景君にはいつか見せようかな。たまには違う髪型にするのも悪くないし……。

 

 今思ったけど、サラッと私の髪良いって言ったよね?千景君ってたまに私のこと褒めてくれてるけど、気づいてないのかな?

 

 次の日、私は千景君に水着のことや髪のことで褒められたのが嬉しかったせいか、NFOで相当の周回をしてしまった。数え切れないくらいの数で、レアアイテムも大量に手に入ったという。

 

 周回を終えた後、千景君やあこちゃんから怖いと言われた。なんで!?




水着回終了
距離は少しずつ縮んでゆく


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花咲く前の夏、感謝と後悔と迷い

後悔してしまっては遅いのだ


 夏休みの終わる一週間前、俺はとんでもないミスをした。そのミスとは、俺にとって最悪の物であり、あの人に凄く申し訳ない物でもある。

 

「夏祭りに誘えなかったなんて、最悪だ。燐子先輩に何て言うか……」

 

 そう、俺は夏祭りに誘えなかっんだ。燐子先輩と夏祭りに行く、凄く大事なことなのに、燐子先輩を誘えなかった。

 

 俺は大丈夫だ、また来年誘えばいいんだ。そう自分に言い聞かせながら扇風機の前に座った。涼しい……そんなことを言ってる場合じゃないな。

 

「どうするか……ん?電話?誰だ……燐子先輩!?」

 

 待て待てまじか!?タイミング悪すぎだろ!でも、ここで出ないっていう訳にはいかないし……。とりあえず電話に出て話をするか。

 

 

――もう、どうにでもなれ!

 

 

「……もしもし、どうしました燐子先輩」

「千景君、話があるんだけど……いいかな?」

「は、話ですか?」

 

 何なんだ話って。俺の心は押し潰されそうになった。俺は燐子先輩の話を聞くことにした。頼む、夏祭りに誘えなかったことは言わないでくれよ。もし言われたら終わりだ。

 

 話の内容は……案の定、祭りの誘いだった。それも夏祭りではなく、花火大会だ。どうしてこんなタイミングでその話をするんだ、先輩……。俺は燐子先輩の話を聞くのが怖くなった。いや、ここで怖れてどうする?そうなったら、燐子先輩に顔向け出来ないだろ。

 

「花火大会ですか。どうしてまた……」

「あこちゃんを誘おうって……思ったんだけど……今年は巴さんと一緒に行くって言って……それで千景君を誘おうかなって。あ、巴さんはあこちゃんのお姉さんだからね」

「俺をですか、どうして俺を誘うんですか?」

 

 ちょっと待て、何でそんなことを聞いた?俺は何を聞こうとしている?それを聞くってことは……燐子先輩の誘いを断ろうとしているのと同じなんじゃないのか!?

 

「どうしてって……千景君と行きたいからだよ」

「俺と行きたいって、理由になってないですよ」

「理由なんて要らないよ。私は……千景君と行きたいから……誘ったの。だから……千景君が行くって言うまで……私は何度でも言うよ!」

 

 燐子先輩が必死になりながら言った。その言葉は俺の心に痛い程伝わった。そんなことを言われたら、聞いた俺が馬鹿みたいじゃねえかよ。そんなことを言われたら、一緒に行くしかないじゃねえか。

 

 涙が出そうになった。俺は燐子先輩にバレないように分かりました、行きます、と彼女に言った。ごめんなさい、先輩。貴女にあんなことを聞いて、こんな俺を誘ってくれて、ありがとうございます。

 

「ありがとう千景君……待ってるからね」

 

 燐子先輩にそう言われ、俺は先輩との通話を終えた。その花火大会は明日やるとのことだった。スマホを机に置き、ベッドに背もたれた。涙を堪えていたが、限界だ。

 

「燐子先輩、本当に……ごめんなさい」

 

 誘えなかった罪悪感、誘ってくれた感謝、どうして俺なのか、どうして誘ったのかという疑問、俺じゃなきゃ嫌だ。ズルいだろ、あんなの。ズルいだろ、あの言葉。

 

 今は泣こう。いっぱい泣いて、明日の花火大会を先輩と楽しもう。俺は泣いた。今までの人生で一番泣いたかもしれない。あんなことを言われたんだ。そうなったら、泣くしかない。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君との通話を終え、私は机にうつ伏せになった。千景君、何か泣いてたような気がする。気のせいかな?話をしてた時も暗かったし、気まずそうにしてたし、大丈夫かな?

 

「大丈夫だよね。千景君……来てくれるよね」

 

 私は心配になった。千景君はさっきどうして誘ったのかを聞いた。もしかして、来ないってことなのかな?もしそうだったら、私はどうしたらいいの?

 

 きっと千景君は来てくれる、私は彼を信じる。千景君は分かりました、行きますって言った。あの言葉を聞いて私は嬉しくなった。勇気を出して誘えたんだ。だから、明日は私が千景君をリードしないといけない。

 

 そう思っていると、机から振動音が鳴った。電話かもしれない。画面を見ると、あこちゃんからだった。

 

「あこちゃん、どうしたの?」

「りんりん、チカ兄誘えた?」

「うん……誘えたよ」

「よかったー!あ、そうだ。友希那さんとリサ姉と紗夜さんからメール来てない?」

 

 メール?私はあこちゃんに一旦切るねと言い、メールが来ているか確認した。あ、来てる。3件、友希那さんと今井さんと氷川さんだ。メールの内容は、頑張ってねだったり、応援してるよだったり、結果を楽しみにしてます、という内容だった。

 

 これって私のことだよね?何だろ、嫌な予感がするんだけど……。私はあこちゃんに電話を掛け、メールのことを聞いた。

 

「あこちゃん、これって……」

「そのメールはね、りんりんとチカ兄のことだよ」

「やっぱり……」

「とりあえずあこからも言うね。りんりん、チカ兄とくっついてね!」

「あこちゃん、直球過ぎない!?」

 

 じゃあ頑張ってねー、とあこちゃんは電話を切った。待って!?私まだ分かってないんだよ!?千景君は私の大切な後輩だけど……というかバレてるよね!?

 

 私はまだ分かっていない。バレてるというよりも、逃げてるのかもしれない。千景君のことをどう見たらいいのか分からなくなって来ている。この4ヵ月間で彼のことを色々と知ることが出来た。

 

 気になる、というのが最初だった。けど、途中から彼のことを目で追っていた。どう見たらいいのか分からなくなって、私はこの現実から逃げているのだ。

 

「ここまで来たら戻れないよね。千景君に何て言ったらいいんだろ」

 

 けど言えない。彼との関係が崩れるかもしれない。私はそれが一番怖い。崩れることを怖れるのなら、言わなきゃいい。勇気が無いのなら後にしてしまえばいい。

 

 でも、それじゃ駄目だよね。私はそう思いながら迷った。明日を待つ、今の私には待つことしか来なかった。

 

 




想いに気づく日は近い


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夜空に咲く花、二人の本当の想い

その想いはどんな意味?


 燐子先輩に花火大会に誘われ、俺は迷ってしまった。だが、俺じゃなきゃ嫌だと言われた。夏祭りに誘えなかったという失敗、それが原因で俺は先輩に八つ当たりをするかのような話し方をしてしまった。

 

「燐子先輩には謝らないといけないな。でも、やることがあるよな」

 

 まずは花火大会に行く準備だ。昨日は泣いたけど、いつまでもメソメソしてたら駄目だ。切り替えないといけない。俺は深呼吸をした。心を落ち着かせ、瞑想をする。

 

「はぁ……ふぅ……。よし!」

 

 まずは浴衣と髪型だな。燐子先輩には夕方に合流するって言ったから、それまでに準備を整えないといけない。

 

 浴衣は前に着てた物しかない。黒色で彼岸花を模様にした浴衣だ。すげぇ中二が極まってるけど、これしかない。今年はこれでいくか。うん、大丈夫だな。

 

 あとは髪型だ。なるべく浴衣に合う髪型にしよう。ポニーテールにしてもいいが、今回は違う髪型にするか。鏡を見ながら俺はどういう髪型にしようかを選んだ。といっても、スマホを見ながら選んでるだけだが……。

 

「燐子先輩が喜びそうな髪型……ああ迷うー!どれがいいんだ!やっぱポニーテールにするか?いや、待て。もう少し考えよう、まだ時間はあるんだ」

 

 時間はあるといっても今は昼だ。長くて3時間、時間はそれだけだ。考えること5分、ようやく決まった。今回の髪型は――

 

「やっぱりこれだな。ポニーテール。うん、これだ」

 

 燐子先輩に似合ってるって言われて以来、外に出る時はずっとこれだからな。気に入ったからっていうのもある。燐子先輩に言われたからなのか、嬉しかったんだな、あの時の俺……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

――千景君、来てくれるよね?

 

 

 千景君はどんな格好で来るのか、どんな髪型で来るのか、そんなことを想像しながら待っていた。千景君ならどんな浴衣でも似合うと思うけど、どんな浴衣で来るんだろ。楽しみだよ。

 

 私の着てる浴衣は白の浴衣で髪型はサイドアップだ。今日のためとはいえ、やり過ぎたかもしれない。準備をしている間、千景君に褒められたいという想いが湧いた。その結果、私は色っぽさという自分に合わないスタイルで行くことに決めたのだ。

 

「まだかなぁ。あ、千景君!」

「お待たせしました燐子先輩。あと、誘って頂いてありがとうございます」

「そんな……お礼なんていいよ。私も……千景君と一緒に……来たかったから」

 

 千景君と一緒に来たかったのは本当だ。昨日、私は彼に一緒じゃなきゃ嫌だ、行くって言うまで何度でも言うって言ったんだ。思い出したら恥ずかしくなってきた。これじゃあ千景君の顔見れないよ。

 

「燐子先輩、浴衣似合ってますよ」

「あ、ありがと……千景君も似合ってるよ。浴衣とポニーテール」

 

 ありがとうございます、と千景君は顔を赤くしながら言った。何だろう、この初々しい感じ。これじゃあ私と千景君が付き合ってるみたいだよ。

 

 ん?付き合ってる……?私は今何を言ったの!?私は自分の言ったことを思い出し、恥ずかしさが更に増した。どうしよう、湯気が出てるような気がする。千景君に見られてるよね?うわぁ、恥ずかしいよ……。

 

「燐子先輩、会場に行きましょうか」

「う、うん!じゃあ……手……繋ご……」

「え?手を……繋ぐ……?」

「嫌……かな……?」

 

 私は千景君に手を繋ぐのが嫌なの、と聞いた。それも上目遣いでだ。千景君は動揺して、嫌じゃないです、と言った。ふふっ、千景君、可愛い。

 

 私は彼と手を繋ぐことにした。リードしようって決めたんだ。先輩なんだから、良いところ見せないと!私は彼の手を強く握った。あ、やり過ぎちゃった。リード出来るか不安になっちゃったよ……。

 

「先輩、今可愛いって言いました?」

「言ってないよ!?多分空耳だよ!」

可愛いのは燐子先輩何だがなぁ

 

 

――千景君、聞こえてるよ!

 

 

 私と千景君は手を繋ぎながら花火大会の会場に向かった。手を繋いでるだけなのに、顔が赤くなる。千景君の方をチラッと見ると、彼も同じだった。同じ気持ちなのかな?そうだったら嬉しいな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 燐子先輩と手を繋ぎながら歩き、ようやく会場に着いた。恥ずかしかったし、死にそうになった。俺と燐子先輩は受付を済ませ、敷いてあるシートを確保した。そのシートは二人用だった。待て、二人きりで座れというのか?

 

「先輩、まだ手繋ぐんですね」

「まだこのままで……いたいというか……その……千景君と離れたくないというか……」

「燐子先輩、落ち着いて下さい!言ってることが無茶苦茶になってます!」

 

 俺は手を離し、燐子先輩の両肩を掴んだ。どうしたんだよ先輩!?何があったんだよ!?あと、離れたくないって何でこのタイミングで言うの!?反則だろ!

 

 燐子先輩を落ち着かせ、確保したシートに座った。大丈夫なのかこの人?心配になってきたな。何かあったら俺が助けないといけない。何も起きないことを祈ろう。

 

 さて、花火前だが、あの事を言わないといけない。濁すかもしれない、でも言わないと駄目だ。そうしないと、俺の気が済まない。

 

「燐子先輩」

「何?」

「昨日のこと何ですが、誘ってもらってる時に八つ当たりするような聞き方をしてすみませんでした」

「え?八つ当たり?千景君が?」

「はい、あれには理由があるんです」

 

 俺は燐子先輩にどうして八つ当たりするような聞き方をしたのか、理由を話した。夏祭りに誘えなかったことも電話の後に泣いたことも全部話した。

 

 俺は燐子先輩に謝りたかった。先輩にあんな聞き方をした、だから謝るのは当然だ。それも燐子先輩だ。俺はやってはならないことをした。ここで言わなきゃいつ言う?今しかないだろ。

 

「千景君……そんなに謝ることないよ」

「俺は先輩を夏祭りに誘えなかったんですよ?俺が悪いのに、あんな口の聞き方をしたんですよ?」

「千景君は頑張ったよ。私もね、千景君を……花火大会に誘うの……緊張したんだ」

「燐子先輩……」

 

 燐子先輩が俺の頭を撫でた。撫でられる権利は俺には無い。なのに、この人は……燐子先輩は俺を許してくれた。何でここまで優しくしてくれるんだ。何で貴女は俺のことを……ここまで慰めてくれるんだ?

 

 でも、やっと分かった。最初は気になって、知りたいって思って図書委員になって、この人の側にいたいって思った。Roseliaの活動のことやNFOの話、本のこと、色んな話をした。

 

 

――ああ、これでようやくはっきりした。

 

 

――俺は燐子先輩のことが好きなんだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君を慰めて数分経った。私と千景君は寄り添いながら花火の上がる瞬間を眺めた。綺麗だ、私は彼を誘ってよかったと思った。

 

「千景君……綺麗だね」

「はい、どこかの誰かさんも綺麗ですがね」

「……誰かさん?」

「ええ、教えませんがね」

 

 それって誰のことだろ?私だったら嬉しいんだけど……。これじゃあ私は彼に……千景君に毒されてるみたいに聞こえる。それも後戻り出来ないくらいに……ずっと一緒にいたいくらいに重症だ。

 

 私は千景君の手を繋ぎ、指を絡めた。彼は花火に夢中だ。今ならキスできるかもしれない。でも、私にはそこまでの勇気はない。誘うだけで精一杯だ。そんなことをしたら、千景君に何か言われる。だから、やめておこう。

 

 私達は付き合ってはいない。けど、今だけはこうしていたい。付き合っていなくてもいいから、"恋人らしい"ことをしたい。キスじゃなくてもいい、好きって言えなくてもいい。

 

 私はここではっきり言う。口には出せないけれど、心の中でははっきりと言える。私は彼のことがーー

 

 

ーー千景君のことが好きだ。

 

 

千景君、好きだよ

 

 

 私は彼に聞こえないように小さい声で想いを告げた。それは小さな小さな告白だった。恥ずかしくて言えない、それでもいい。それでも私は千景君に何度でも好きだって言う。

 

 

ーー彼と恋人になるまで、何度でも……。

 

 




二人の想いは口に出せなくても大丈夫、心では結ばれているのだから


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想いに気づいた後の二人、変わろうとする二人

活動中に気まずいのは当たり前


 自分の想いに気付いてから3日が経過した。想いに気付いたというより、燐子先輩に恋をしていたというのが正しいか……。

 

 夏休みが終わり二学期に入る。これから燐子先輩に会うが、どう話し掛けるか。普通に挨拶するか、又は花火大会楽しかったですか?これしか思いつかないなんて、どんだけ緊張してんだ俺は……。

 

「燐子先輩に会うだけなのに、迷いすぎだろ。会う前に落ち着かないとだめだ」

「あ、千景君……おはよう……」

「り、燐子先輩!?お、おはようございます!」

 

 ちょっと待て、何で燐子先輩がここにいるんだ!?図書室にいたんじゃなかったのか!?俺は燐子先輩に図書室にいたんじゃなかったんですか、と疑問形で話した。燐子先輩は首を傾げながら連絡した筈だけど、と返した。

 

 

――首傾げてる先輩、可愛いな。

 

 

「え、連絡しましたか?」

「した筈だけど……スマホ見なかった……?」

「スマホ?えっと……あ、ホントだ。すいません、気付いてませんでした」

「謝らなくてもいいよ。図書室に向かってる途中で……千景君に会えたから……私は気にしてないから……」

「燐子先輩……」

 

 俺は燐子先輩を見つめながら思った。会えたからいいって、この人、天然で言ってるのか?それとも狙って言ってるのか?天然だったら恐ろしいぞ。

 

「そういえば千景君、髪切ったんだね」

「これですか?切ったといっても、少ししか切ってないですが……」

 

 

――髪を切ったといっても少しだけで、いつものように一つ縛りだ。

 

 

「前は結構伸びてたけど……今は肩までなんだね。千景君、似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます。燐子先輩こそ、髪……綺麗ですよ」

「っ!?あ、ありがとう……」

 

 俺は何を言ってるんだ。いくら相手が燐子先輩とはいえ、言い過ぎだろ。それも好きな人に言うなんてどうかしてる。昼休みの終わりまで俺の心臓は持つだろうか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君が髪を切るなんて思わなかった。私は何故切ったのか、何があったのかを彼に聞いた。似合っていたのに……カッコよかったのに……どうして切ったんだろう。

 

「燐子先輩、落ち着いて下さい。そんなに切ってませんから、少し切っただけですから!あと、顔近いです」

「ごめんね。心配だったから……。千景君が髪を切るっていうことは……何かあったのかなって思って」

「心配掛けてすみません。髪を切った理由は、変わらなきゃって思ったんです」

 

 変わろうと思った?どういうことなの?私は疑問に思った。何が彼をそうさせたんだろう。私は知りたかった。他にも理由があるんじゃないのか、重大なことがあるんじゃないのか。

 

 それから私は彼に質問をした。花火大会の後、変わったことはあったか、好きなことは増えたか、色んなことを聞いた。けれど、千景君は特に何もありませんよ、と何もかも否定した。

 

「本当に……何もないの?」

「はい、本当です。燐子先輩にも言えないことです」

「そうなんだ……。私にも教えてくれないんだね」

「ごめんなさい、今回は言えないんです」

 

 彼は俯きながら言った。ここまで頑なに言われたらどうすることも出来ない。私は泣きそうになった。千景君に見放された感じだ。好きな人に見放されるって思いたくないのに、どうしても思ってしまう。こんな想いを抱いてしまう自分を殺したい。

 

 

――好きな人の前で……千景君の前でこんなことを思ってしまう自分を呪いたい。

 

 

 そんなことを思っていると、何かが私の手を包んだ。よく見ると、千景君が私の手を包むように握っていた。

 

「燐子先輩、一つだけ教えます」

「一つだけ?」

「はい、一つだけです。″ある人″のおかげで変わろうって思ったんです」

「そのある人って誰なの?」

「それはまだ言えません。言えませんが、これだけは言えます。その人のおかげで俺は変われたって……向き合わなきゃって」

 

 ヒントみたいなものですが、千景君は付け足して言った。まだ言える時じゃないのかもしれない。でも、これだけは言える。私にライバルが出来たのかもしれない。それはまだ分からない。安心していいのかもしれない、警戒した方がいいかもしれないし……。

 

 その″ある人″は、近くにいるかもしれない。その人は千景君を狙ってるかもしれない。それでも私は千景君を信じる。彼と結ばれるまで好きでいたいから……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 燐子先輩は落ち着いた。だが、落ち着いたというよりは攻めてきた。さっきまで俺は燐子先輩の手を握っていたのだが、今度は先輩が俺の手を握ってきたのだ。それも、俺の顔を見つめながらだ。

 

「燐子先輩、そろそろ離してもらえると嬉しいのですが……」

「昼休みの終わりまで握らせて……もっと顔を見せて!」

「どうしたんですか先輩!?先輩の方こそ何かありましたよね!?」

「何もないよ。これは……私を困らせた罰だよ。私に何も教えてくれなかった千景君が悪いんだよ」

 

 誰か助けて、この人怖い。燐子先輩は好きだけど、ここまでされると流石に引く。俺は燐子先輩から目を逸らすことにした。恥ずかしくて見られない、先輩が美人なのがいけない。

 

「目を逸らさないで千景君」

「目逸らしたくなりますよ!今の燐子先輩、怖いですって!」

「千景君がカッコいいのが悪い」

「そういう燐子先輩だって、可愛いのが悪いんですよ!」

 

 あ、やべえ。今の爆弾発言だったよな!?俺と燐子先輩が言い合うと、互いに赤面した。ああもう俺の馬鹿!何でこんなこと本人の前で言っちまうんだよ。せっかくいい雰囲気になったのに、余計気まずくなったじゃねえか。

 

 燐子先輩の顔は赤くなっている。多分、俺も赤くなってる。こんなこと言えるのは燐子先輩だけだ。他の人に言ったら嫌われるレベルだ。最悪、縁切られるくらいに嫌われる。

 

「燐子先輩」

「な、何……?」

「燐子先輩が可愛いのは事実ですからね?」

「あ、ありがと。千景君も、カッコいいのは本当だから……」

「……ありがとうございます」

 

 俺と燐子先輩は気まずくなり、図書室を出ることにした。よく見たら時間だった。このままだとヤバいな。明日から燐子先輩とどう向き合えばいいんだよ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「心臓が止まらない。千景君、あんなこと言うの反則だよ」

 

 いきなり可愛いって言うのはズル過ぎる。千景君に言われるのは凄く嬉しいけど、事実って付け足す所が千景君らしい。千景君は女顔だから、カッコいいどころか綺麗だ。

 

「これじゃあアレだよね?百合……だよね?」

 

 いや、百合って私は何を言ってるんだろう。千景君は女の子じゃない、男の子だ。私は首を左右に振りながら否定した。もし千景君が女の子だったら、私はレズになる。

 

 

――千景君が女の子、これはこれでアリかもしれない。

 

 

「考えるのやめよう。好きどころか、重症だよ……」

 

 練習に集中出来るか心配になってきた。とりあえず、このことは置いておこう。千景君とは普通に話をしよう。そうだ、そうすれば上手くいく。普通にしてれば問題ないんだ。

 

 千景君にまた可愛いって言われたら今日のこと思い出しそうだよ。何もかも千景君が悪い、私をこんな風にさせた千景君が悪いんだ。

 

 でも、彼に可愛いって言われたのは嬉しい。これは本当のことだ。もっと言われたい、そんなことを心の何処かで思ってしまう自分がいた。

 

 

 

 




その"ある人"は目の前にいる


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百合と赤い糸、涙は見せたくない

本作絶賛迷走中



 本棚を漁っていた時、俺はある一冊の本を見つけた。本の内容は、赤い糸についての事が記されていた。二人が赤い糸で結ばれた時、二人は両想いになるという王道展開な恋愛小説だ。この本を読む奴っているのか?

 

「見たことない本だな。燐子先輩なら知ってるかな?」

「その本……読んだことあるよ」

「燐子先輩!?急に驚かさないで下さいよ、後近いです」

「……ごめんね。その本……久しぶりに見たから……。千景君、興味あるのかなって……思ったから……」

 

 燐子先輩が涙目になりながら謝った。何だろう、何もしてないのに罪悪感が込み上げてくる。今の燐子先輩は小動物みたいで、耳が生えていたら垂れ下がっている感じだ。燐子先輩、男子からの目線が怖いって言ってるけど、こういう所なんじゃないのか。

 

 とりあえず早く離れよう。名残惜しいけど、離れないとおかしくなりそうだ。俺は燐子先輩から少しは離れることにした。これくらいならいいか、離れ過ぎると燐子先輩に申し訳ない。

 

 

――燐子先輩、ごめんなさい。

 

 

あっ……

「燐子先輩、どうかしました?」

「な、なんでもないよ!?」

「そうですか。ああそうだ、この本読んだことあるんでしたよね?」

「うん……私が図書委員に……なってから読んだんだ。恋愛系なんだけど、女の子同士なんだ」

「女の子同士、要は百合ですか」

 

 俺が聞くと、燐子先輩が頷いた。百合系か、最初は抵抗あったけど、某弾幕シューティングゲームの二次創作を読んでから耐性付いたんだっけな。

 

 ここで立ちっぱなしで話すのもアレだから座るか。俺と燐子先輩は椅子に座り、赤い糸の本の話をすることにした。しかし、赤い糸で結ばれるっていう辺りにロマンを感じるな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私が読んだ赤い糸の本、この本は私が読んだ恋愛小説の中で特に良いと思った本だ。百合系という所で人を選ぶけど、内容は凄く良い。私が千景君に薦めたい本でもある。語り過ぎないように気を付けよう

 

「この本っていつから置いてあったんですか?」

「確か去年だったかな。私が一年だった頃から置いてあって……同じ図書委員の先輩に薦められたんだ」

「そうだったんですね。俺も最初見た時、普通の恋愛小説かなって思ったんですが、百合系の恋愛は予想してませんでした」

「騙されるのは私も分かるよ。私も千景君と……同じで普通の恋愛かなって……思ったんだ。今見ると……これを書いた人は凄いよ」

 

 私は千景君にこの本の魅力をネタバレをしないように気を付けながら語った。千景君は真剣に聞いてくれた。他の人に話すと、凄いねって引かれるけど、千景君は私の話をドン引きせずに聞いてくれた。

 

 

――何だろう、聞いてくれてるだけなのに、凄く嬉しい。何でだろう……。

 

 

「こんなところかな。後は読んでからの……お楽しみ……」

「燐子先輩、凄い語りましたね」

「それくらい……面白かったってことだよ。千景君……話……聞いてくれて……ありがとう」

 

 私は彼にお礼を言った。引かないでくれたことが嬉しかった。私の話を聞いてくれたことが嬉しかった。好きな人に引かれなくてよかった。もし引かれたらどうしようかなって思ったけど、よかった。

 

「お礼を言われるようなことはしてないですよ。久しぶりに本を薦めてくれましたから、ありがとうございます」

「え!?私はそんな……何もやってないよ……?」

「本を薦めてくれたでしょ。図書委員になる前もしてくれましたし、今回も薦めてくれた。俺はそのお礼を言いたいんですよ」

 

 図書委員になる前、確かに私は彼に本を薦めた。言われてみれば久しぶりだ。あの時のことを思い出す。あの時、私と千景君が出会った四月……懐かしいな。

 

 涙が出そうになる。千景君と出会って……ライブに招待して……海に行って……花火大会に行って、想いに気付いて、ここまで来た。ここまで来るのに長かったんだ。

 

「燐子先輩、泣きそうになってますけど……何かありましたか?」

「ううん、何でもない。ちょっと昔のことを思い出してね……」

 

 駄目だ、涙が止まらない。私は千景君の胸に顔を埋め、涙を隠すことにした。彼は突然のことで動揺したけれど、私の頭を撫でてくれた。手は震えていて、不器用だってことが伝わってくる。

 

 

――千景君、ありがとう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「燐子先輩、落ち着きましたか?」

「うん、もう大丈夫。千景君……ありがとね」

「え、ええ。落ち着いたならよかったです」

「さっきまで手震えてたけど……」

 

 言わないでくれよ、俺は心の中で突っ込んだ。それを言われたら撫でたのが馬鹿みたいじゃねえか。緊張してたのに、この人は……。

 

 燐子先輩が胸に顔を埋めてきた時はマジで焦った。どうしたらいいか分からなかったが、こういう時は撫でて落ち着くまで一緒にいればいいって父さんが言ってたな。

 

 しかし、もう5時か。1時間しかいなかったのに、あっという間だ。燐子先輩は今日は練習は無いって言ってたが、帰りが心配だな。これは一緒に帰った方がいいよな?

 

「燐子先輩、今日は家まで送りますよ」

「大丈夫だよ、私は一人で帰れるから……」

「俺が一緒に帰りたいんです。駄目ですか?」

「……そこまで言われたら断れないよ。いいよ、一緒に帰ろう」

 

 正直言うと心配だった。さっきまで泣いてたから、帰りに何か起こるんじゃないのかって心配だった。俺が一緒にいてあげよう。先輩に何かあったら耐えられない。俺が壊れそうで怖い。

 

 図書室の鍵を閉めて職員室に返し、俺と燐子先輩は門を出た。出る途中で氷川先輩と会ったが、お楽しみでしたねって言われたが、そんなことは一切してない。しかもナニはしないようにして下さいねって、風紀委員怖えな。

 

「千景君、氷川さんに何か言われたの?」

「何も言われてませんよ!?何もありませんからね!?」

「そう?怪しいけど……聞かないことにするね」

 

 こんなこと燐子先輩に言えない。もし言ったら氷川先輩も巻き添え食らうし、燐子先輩に口聞いてもらえなくなる。そんなことされたら俺の身が持たないし、心臓に悪い。

 

 一緒に帰っている時、あることを思いついた。赤い糸を燐子先輩と繋いでみたいと。いくらこの人を好きだからと、やり過ぎか。一度でいいからやってみたいな。

 

「あの、燐子先輩」

「何?」

「今度って時間空いてますか?」

「空いてるけど……どうしたの……?」

 

 

――こんなこと言っていいのか?言わなかったらいつ言う?

 

 

――いや、今しかないだろ!

 

 

「今度……俺の家に来ませんか?」

「え!?ど、どうしたの……」

「この前の中間テストの勉強の時、燐子先輩の家に上がったじゃないですか?それで、俺も先輩を家に上げた方がいいかなって思って……」

 

 言葉が詰まりそうになった。勇気を出して何とか言えた。燐子先輩に唐突に言ったのは申し訳ない。でも、タイミングを逃したら一生言えなくなるって思ったんだ。

 

「千景君、私もね……千景君の家に遊びに行きたかったんだ」

「え?じゃあ……」

「うん、今度遊びに行くね」

 

 燐子先輩は笑顔で言った。その笑顔が眩しかった。嬉しさのあまりに泣きそうになった。ここで泣いたら駄目だ、今は堪えないと駄目だ。

 

 俺と燐子先輩は約束をした。前から俺の家に行きたかったって、そんなこと言われたら舞い上がっちまう。好きな人にあんなことを言われたら、嬉しくない訳が無い。

 

 言ってよかったな。言えたせいか、安心してる。燐子先輩との関係が進展出来たらいいんだがな。まだ好きだって気づいてそんなに経ってないが、どうなるか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




その訪問はどんな展開を迎えるのか


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二重奏のお誘い、少しでも貴女と一緒に

後輩のプライベートを知りたい


 燐子先輩を家に誘う約束をしてから5日が経過した。時間とはこんなに早く流れるのかというくらいにあっという間だった。燐子先輩とはcircleで待ち合わせってことにしたが、大丈夫だろうか。

 

「眠い……。昨日は楽しみだったせいか眠れなかったな」

 

 楽しみだったせいか、3時間しか眠れなかった。目を瞑って無心になれば寝れるんじゃないかと思ったが、無駄だった。燐子先輩と約束をしただけなのに、ここまで眠れなくなるとは思わなかった。

 

 今日の予報だと、夕方から天気が崩れるって言ってたな。そうなると時間が限られてくる。こうして歩いてる間に、先輩と一緒にいる時間が無くなる。歩いてる場合じゃない、俺はそう思い、走ることにした。

 

 少しでも一緒にいたい、好きな人と一緒にいたい。そう思いながら必死に走った。今の時間は9時だ。着くまで後何分だ?先輩は待ちくたびれてるかもしれない。急がないと!

 

「はぁ……はぁ……。運動すればよかったな。これじゃあ燐子先輩に恥ずかしい所見られちまう」

 

 全力で走ること15分、途中で歩いたりもしたが、何とかcircleに到着した。ヤバい、疲れた。まだ朝なのに、ここで体力使い切るのはマズいな。

 

 俺は限界だった。今にも倒れそうで、燐子先輩が目の前にいるのに、幻に見えるんじゃないのかってくらいに限界だった。待たせた挙句、心配まで掛けるなんて……情けないな、俺って……。

 

「千景君……大丈夫!?」

「おはようございます……燐子先輩……。待たせちゃい……ましたよね……?」

「ううん、待ってないよ。とりあえず休もう!千景君……休まないと倒れちゃうよ……」

 

 先輩は涙目だった。やっちまった、また先輩を泣かせちまった。はぁ、情けない。燐子先輩と少しでも一緒にいたいって思ったがために、こんな事になるなんて……何をやってるんだ俺は……。

 

 俺は燐子先輩に椅子に座るように促された。とりあえず休もう。休んで、後で先輩を家まで案内すればいいか。さすがに、焦り過ぎた。俺は椅子に座り、目の前の机に突っ伏した。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君がcircleに着いてから数十分経過した。彼は机に突っ伏したままだった。しかも鼾みたいな声まで聞こえる。どうして数十分経過しているのか、その理由はーー

 

 

ーー千景君が寝ているからだ。

 

 

 ここまで走ってきたせいかもしれない。顔は汗びっしょりだったし、息は切れてたしで大変だった。今は寝ているからか、顔色も良くなっている。

 

「千景君、大丈夫かな……」

 

 私は机に肘をつきながら彼の寝顔を眺めた。こうして見ると、千景君の顔は綺麗だ。寝てても綺麗とさえ感じる。あんまり綺麗だって言ってると、語彙力が無くなりそうだ。千景君にはこのことは言わない方がいいかな。

 

 千景君の私服は黒のTシャツにジーンズと、シンプルな服装だった。私の私服は黒の長袖のブラウスに黒のロングスカートと、黒一色だ。やっぱり、黒の方が落ち着く。派手過ぎないようにしたけど、大丈夫かな?

 

「ん……あれ……燐子先輩?」

「あ、起きた……千景君……大丈夫?」

「俺、寝てました?」

「うん、座って……そのまま寝ちゃったかな……」

 

 私の話を聞くと、千景君は固まり始めた。どうしたんだろう、私は心配になり、彼に声を掛けた。何かあったのかな、何か焦ってるように見えるけど……。

 

「どのくらい寝てました?」

「えっと……30分くらいかな……」

「マジかよ……。燐子先輩、待ち合わせしたにも関わらず、時間掛けてすいません」

「謝らなくてもいいよ。千景君、どうしてそんなに急いでたの……?」

 

 私は彼に急いでいた理由を聞いた。理由は、私と少しでも一緒にいたいからだった。一緒にいたい、そんな言葉に私はドキッとした。千景君の口からそんな言葉が出るなんて思わなかった。それも好きな人から言われるなんて……恥ずかしいよ。これじゃあ聞いた私が馬鹿みたいだ。

 

「と、とりあえず行きましょ!俺が案内しますから、着いてきて下さい!」

「う、うん……案内お願いします……」

「分かりました。燐子先輩、手繋いでもいいですか?」

「へ!?手を……繋ぐ……?ど、どうしたの千景君!?」

「花火大会の時、手繋いでくれましたよね?そのお返しです」

 

 駄目ですか、彼は微笑みながら手を差し伸べた。こんなお返しをされたら断れない。私は千景君と手を繋ぐことにした。恥ずかしい。でも、自分で蒔いた種だ。私は手を繋ぎながら、彼と一緒に歩いた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

俺と燐子先輩は手を繋ぎながら家まで歩いた。互いに恥ずかしいのか、終始無言だった。話をしたかったけど、気まずくて話が出来なかった。

 

 歩いて数分、ようやく自宅に到着した。さっきは話せなかったが、家の中なら話せる。家に着いたせいか、さっきより落ち着いたような気がした。

 

「千景君の家って……大きいんだね……」

「燐子先輩程じゃないですよ。とりあえず、俺の部屋に着いてきて下さい」

 

 俺は燐子先輩を家に上げ、部屋に案内した。まずは部屋で待ってもらうか。あと、何飲むか聞いてだよな……。こういうこと、初めてだから上手くいくか心配だな。

 

 家にいるのは俺と燐子先輩だけだ。父さんと母さんは2人で旅行に行ってていない。久しぶりに2人で出かけたいって言ってたから、俺は一人留守番をすることにした。

 

「燐子先輩、何か飲みますか?」

「じゃあ……ホットミルクでいいかな……」

「分かりました。すぐ淹れて来ますので、待っててもらっていいですか?」

「うん……待ってるね」

 

 燐子先輩、ホットミルク好きだって言ってたっけ?図書室で受付をしてて、話してた時のことだったか。そんなことを思い出しながら、ホットミルクとコーヒーを淹れ、トレーに載せた。俺はコーヒーでいいか。あと、お菓子も適当に用意しよう。

 

 トレーを載せながら俺は部屋に向かった。さて、これから二人きりだ。ここからが正念場だ、俺は深呼吸をした。それにしても、部屋からピアノの音が聞こえる。部屋にはグランドピアノと電子ピアノの2種類が置いてある。この音は……グランドの方だ。

 

「燐子先輩、入りますよ……」

 

 俺はノックをせずにドアを開けた。ノックするべきだが、そんなこともせずに俺は入った。燐子先輩の音に釣られたのかもしれない。

 

 ドアを開けると、本当に弾いていた。しかも弾いている曲はメルトだ。先輩は歌ってはいなかったが、弾いているのはメロディの部分だ。

 

 

ーーここで止めるべきか、最後まで弾かせてあげるか。

 

 

 俺は決めた。最後まで弾かせてあげよう。それで、弾き終わったら褒めるんだ。綺麗だって、凄かったって言うんだ。

 

 先輩が弾き終わるのは2分掛かった。俺が部屋に入った辺りで、曲は二番に入っていた。メルトは何度も弾いてたから分かる。今では楽譜無しで弾ける。先輩も楽譜無しで弾けてるようだ。燐子先輩が弾き終わると同時に、俺は拍手をした。

 

「あ、千景君!ごめんね……勝手に弾いちゃって!」

「いいですよ。燐子先輩、綺麗でしたよ」

「そんな……ことないよ……。千景君に褒められると……照れちゃうよ……」

 

 頬を掻きながら彼女は言った。さっきの燐子先輩は本当に綺麗だった。あんな弾いてる所を見たら、世界が違う、この人の隣に立っていいのか、俺とこの人は釣り合うのかとさえ思い知らされる。

 

 俺は燐子先輩に近づき、彼女の頭を撫でた。いや、今はそんなの関係ない。俺は燐子先輩を単純に凄いと思ったんだ。

 

「千景君……!?」

「燐子先輩、もう一度弾きませんか?」

「もう一度?えっと……メルトだよね?」

「はい、今度は一緒に歌いませんか?」

「一緒に?私何かでいいの……?」

「何かでじゃなくて、俺は燐子先輩と一緒に歌いたいんです。駄目ですか?」

「……そこまで言われたら断れないよ。うん、分かった。じゃあ……お願いします!」

 

 燐子先輩は笑顔で言った。相変わらず眩しい笑顔だ。燐子先輩がもう一度弾いてくれるんだ。足を引っ張らないようにしよう。しかもぶっつけ本番、失敗するかもしれないし、一発で成功するかもしれない。

 

「じゃあ……弾くよ……」

「はい、お願いします」

 

 

ーーさぁ、奏でようか!

 

 

 

 

 

 

 

 




これより奏でるは融解の旋律


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溶け合う想い、奏でる融解

今回は視点変更多いので、読む際は気を付けて下さい



 俺と燐子先輩は向き合い、アイコンタクトをした。ぶっつけ本番とはいえ、俺が無茶を言ったんだ。ここでアイコンタクトをしないとズレる。よく考えたら燐子先輩とアイコンタクトするの初めてだな。

 

 燐子先輩が弾き始めた。最初の伴奏の後、俺は歌い始めた。想いを込めながら歌おう。

 

「朝 目が覚めて、真っ先に思い浮かぶ 君のこと」

 

 図書室に向かう度、俺は真っ先に燐子先輩のことが思い浮かぶ。先輩はどうしてるか、先輩は元気か、いつもそんなことが思い浮かんだ。周りから見れば気持ち悪いと言われるかもしれないが、燐子先輩が気になってから始まってたんだ。俺からしたらいつものことだから、気持ち悪がられても気にしない。

 

 

 俺は燐子先輩のことが好きだと気付いた次の日に髪を切った。少ししか切ってないのに、燐子先輩は気付いてくれた。気付いてくれた時は嬉しかった。この人のおかげで変わろうと決めたんだ。俺は変われてるかな……?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君は歌が上手かった。目の前で聞くのと、動画で聞くのとは全く違う。彼の声はちょっと高いけど、歌う時は少し高くなる。女顔、ポニーテール、声が高い、この三つだけで本当に女の子と勘違いしてしまう。

 

 私も想いを歌に乗せよう。千景君も同じかもしれない。千景君のパートが終わった後、私は歌い始めた。

 

 

ーー同じだったら……嬉しいな……。

 

 

「ピンクのスカート お花の髪飾り、さして 出掛けるの」

 

 千景君の家に行く日までの5日間、私は今井さんや氷川さんから色んな事を教えてもらった。今井さんと氷川さんからどんな服を着るか、どんな服なら千景君は喜ぶか、ファッション関係の事を教えてもらった。

 

 選んでもらった私服を着て私は千景君の家に上がった。初めて、男の子の家に上がった。それも好きな人……千景君だ。千景君はまだ私に似合ってるとかは言ってない。弾いた後に褒めてくれたのは嬉しかったけど……。

 

 友希那さんとあこちゃんからは勇気を貰った。応援もしてくれた。貴女なら出来るわ、りんりん頑張って、二人からそんなことを言われた。

 

 私には似合わない言葉かもしれない。でも、今の私なら言える。

 

 

ーー今日の私は可愛いんだ!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 燐子先輩、凄いな。声も綺麗だし、雰囲気も出てる。こんなことを思っているのはいいが、次はサビだ。ここからが重要だ。俺と燐子先輩は目を合わせた。先輩、楽しそうに笑ってるな。

 

「メルト 溶けてしまいそう、好きだなんて 絶対にいえない……」

 

 

ーー俺と燐子先輩、二人の声が重なった。

 

 

 今の俺には燐子先輩に好きなんて言えない。この人が俺の事をどう思ってるか分からないんだ。普通の後輩か、弟のように見ているのか、どっちかかもしれない。それに、関係が壊れるのが怖い。

 

 でも、今は……今だけは溶けていたい。このデュエットの時間、この一分一秒の瞬間は溶けていたいんだ。先輩と一緒に歌っているこの間だけは……。

 

 

ーーだって 君の事が……

 

 

ーー好きなの。

 

 

 俺と先輩は見つめあいながら歌った。見つめながらなせいか、凄く恥ずかしい。想いを込めて歌っているせいで顔まで熱くなる。それに、歌っている時の燐子先輩が愛おしく思う。どうしてだろう……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君は笑顔で私に好きなの、と言った。歌っているのに、告白されてるように聞こえる。私は弾きながら歌うのに必死だ。なのに、ドキドキする。顔まで熱い。

 

「天気予報が ウソをついた、土砂降りの雨が降る」

 

 千景君が嘘をついたのは一度だけだ。勉強会の時に私は千景君を家に上げた。落ち着かないからとかだったかな?千景君は凄く焦っていて、私のせいにしないように嘘をついた。でも、千景君はすぐに謝った。

 

 

ーーあの時の千景君、可愛かったなぁ。

 

 

 春に君と出会って、図書委員の活動中に話をしたり、ライブを観に来てくれたり、色んなことがあった。私が背伸びして本を棚に入れようとした時、君は届かなかったから代わりに入れてくれたよね?あの時は凄く嬉しかったんだよ?

 

 君は何度も笑ってくれた。花火大会に勇気を出して千景君を誘った。あの日、私は君が好きだってことに気付いた。君に恋をしたおかげで、私は変われたんだよ?千景君、君は誰のおかげで変わろうって決めたの?

 

「メルト 息がつまりそう」

「君に触れてる右手が 震える」

「高鳴る胸 はんぶんこの傘」

 

 最初に私と千景君が一緒に歌う。次に私、千景君が交互に歌った。ここまでミスは一個もない。奇跡としか言い様がなかった。ここまでくると、私と千景君の心は結ばれてるのかと思ってしまう。それは言い過ぎか。

 

 君は不器用なせいか手が震えることが多かった。私はそんな君も好きだよ。

 

 

ーー私の胸は今も高鳴っている。それも収まることを知らないくらいに……。

 

 

「手を伸ばせば届く距離 どうしよう……!」

 

 私と千景君の距離は手を伸ばすどころか、指を絡めるくらいに近い。そう思いたいけど、実際はどのくらい近いかは分からない。離れたくないし、ずっと一緒にいたい。

 

 

ーー想いよ届け 君に。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「お願い 時間をとめて」

「泣きそうなの」

「でも嬉しくて 死んでしまうわ!」

 

 二番の最後を一緒に、間奏を交互に、そして一緒に歌った。このまま時間が止まってくれれば燐子先輩とずっと一緒にいられる。けど、進んでいてもいいんだ。

 

 燐子先輩とこうして一緒に歌ってるこの瞬間が愛おしい。嬉しすぎて死にそうだ。

 

 そんなポエム的で痛いようなことを思っていると、ピアノソロに入った。ここからは燐子先輩の独壇場だ。弾いている時の彼女の姿は見惚れるくらいに綺麗だった。楽譜無しでここまで弾けるのは凄いな。

 

「メルト 駅に着いてしまう……」

「もう会えない」

「近くて」

「遠いよ」

「だから」

 

 3番に入った。また一緒に歌い、また交互に、俺が遠いよと歌った後にだからの所で一緒に歌う。この交互に歌う所が俺と先輩、二人で乗り越えられると思ってしまう。何を言ってるんだ俺は……。

 

「メルト 手をつないで 歩きたい!」

 

 俺と燐子先輩は互いに手を繋いだ。燐子先輩は花火大会の時に、俺は先輩を家に案内する時に手を繋いで歩いた。一緒に帰っていた時もそうだった。長いようで短いような時間、家の前に着いたら別れなきゃいけない。さよならって言うのは正直、寂しく感じる。

 

「今すぐ わたしを 抱きしめて!」

 

 燐子先輩が俺の方を向いて儚げな表情で言った。そんな顔をされたら抱き締めたくなるが、俺と燐子先輩はまだ恋人じゃない。先輩、それはまだ早いですよ……?

 

 そして、俺と燐子先輩は見つめ合いながら最後の言葉を歌った。もう終わりか、このまま続いてくれればいいんだけどな。また、一緒に歌えばいいか……。

 

 

ーーなんてね。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私と千景君によるメルトのデュエットは終わった。ここまでミスは全く無かった。私と千景君、相性いいのかな?

 

「……お疲れ様です、燐子先輩」

「千景君も……お疲れ様……」

 

 私と千景君は笑い合った。一緒に歌えてよかった。また、千景君と歌いたい。弾き終えた後なのか、私の心はドキドキしていなかった。多分、気付かない内に収まったのかもしれない。

 

「ホットミルク、冷めちゃいましたね。何かすいません」

「いいよ、冷ますには……ちょうど……よかったでしょ?」

「そうですね」

 

 千景君、君はどんなことを思って歌ってたの?知りたいけど、恥ずかしいからやめておこう。こういうことは心の中に仕舞えばいいんだ。千景君に聞いちゃうと恥ずかしくなって死んじゃうかもしれない。そうなったら嫌だから、やめた方がいいかな……。

 

 

 

 

 

 




想いは知らぬ内に溶け合っていて


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後輩への悩み相談、初めてのデータ閲覧

彼の優しさは心の支えになる


 メルトをデュエットした後、俺と燐子先輩は話をした。コーヒーとホットミルクは冷めてしまったが、燐子先輩は冷ますにはちょうどいいでしょと言ってくれた。フォローしてくれたのかもしれない。

 

「燐子先輩、ホットミルク淹れ直しましょうか?」

「平気だよ……千景君コーヒー冷たくない?」

「俺は大丈夫です。先輩、後でホットミルク飲みます?」

「また飲もうかな。千景君……後で淹れてもらっても……いい?」

 

 もちろん、俺は頷きながら言った。先輩が俺に頼むなんて珍しい。燐子先輩はあまり人に頼むことは無いのに、今回は俺に頼んだ。頼りにされてるみたいで嬉しいな。

 

 さて、これからどうするか。先輩を家に上げたまではいいが、話をしようってなっても何を話そうかに迷うし、ゲームにことやRoseliaのこととか、大体同じこと話してるから、偶には違うことを話したい。

 

「ねえ……千景君」

「は、はい!」

「相談があるんだけど……いいかな……?」

 

 相談?急にどうしたんだ……。燐子先輩は深刻な表情で言った。嫌な予感がする、胸騒ぎがする。俺に関係していることなのかもしれない。何故、俺に関係しているのか、何故、こんなにも嫌な予感がするのか、それは分からなかった。

 

 燐子先輩は俺の隣に座った。隣に座られると気まずくなる。大事な事なのに、何を考えているんだ俺は……。こんな状況で気まずくなったら駄目だろ。切り替えろ、切り替えるんだ。

 

「相談って何ですか?」

「相談というかね……大した事じゃないんだ」

「大した事じゃなくても聞きますよ。話でも悩み事でも、俺は聞きますから」

「ありがと千景君……。今から話すことは悩み事なんだ」

 

 暗い表情をしながら燐子先輩は言った。暗いってことは深刻な問題だろう。燐子先輩が抱えてる問題、結構ヤバい物かもしれない。とりあえず聞いてみて、そっからどうするか一緒に考えるか。

 

「悩み事って何ですか?」

「……視線が気になるんだ」

「視線?」

「うん……。最近ね、男子からの視線が……怖いんだ。千景君は別だから……大丈夫だよ」

 

 男子からの視線か。この半年の間、燐子先輩は男子から相当見られた。冬服の時も夏服の時も卑しい目で見られた。図書委員の活動中も見られていた。活動中の時は俺が側にいたから大丈夫だと思っていたが……。

 

 燐子先輩は人見知りだ。このまま男子からの視線が酷くなるとマズい事になる。そうなる前に何とかしないと、俺が先輩を助けないと!

 

「氷川先輩には相談したんですか?」

「ううん、氷川さんには相談してない。氷川さんに言ったら……巻き込んじゃうんじゃないのかって思って……怖くて……。千景君なら……言えるかなって思って言ったんだ」

「そうだったんですね。燐子先輩、よく頑張りましたね」

 

 燐子先輩は俺に抱き着いた。怖かったんだ、先輩は半年も耐えたんだ。氷川先輩に言ったら巻き込んでしまう。もし襲われていたら、元には戻れないし、Roseliaの活動も出来なくなる。何で俺は気付けなかったんだ。

 

 

ーー本当に情けない、これじゃあ燐子先輩の隣に立つには相応しくないじゃないか……。

 

 

 でも、そんなことを言っている場合じゃない。今は燐子先輩を慰めるんだ。相応しくないとか、情けないとかは後だ。先輩は怖い想いをしながら俺に言ってくれたんだ。こうなったら、燐子先輩の側にいた方がいい。

 

 俺は燐子先輩を抱き締めた。付き合ってはいないけれど、今は先輩を元気付けよう。俺は燐子先輩が落ち着くまで、頭を撫でることにした。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「先輩、落ち着きました?」

「うん……。千景君、本当にありがとう」

 

 私は千景君にお礼を言った。あれから私は彼に慰められた。どれくらい泣いたかは分からない。気付けば、時間は11時だった。デュエットの後に暗い話をしたのはマズかったかな……。

 

「何かあったら言ってくださいね?燐子先輩に何かあったら、洒落になりませんから」

「うん、何かあったら……また相談するね」

 

 氷川さんに言えなかったら、千景君に言おう。男子からの視線は本当に酷い。胸だったり、太ももだったり、身体目当てなんじゃないのかっていうくらいに酷かった。耐えてばっかりじゃ駄目だ。耐えてばっかりじゃ前に進めない。

 

 

ーー私は変わろうって決めたんだ。目の前にいる好きな人、千景君に相応しい彼女になろうって決めたんだから……。

 

 

「暗い話はここまでにしましょ。このまま話してるとキリがありません」

「そうだね……。ねえ千景君」

「何ですか?」

「千景君ってNFOで使ってるジョブって他にある?」

「他ですか?」

 

 私は気になっていた。千景君は色々なジョブを使っている。彼はオールラウンダーだけど、何か隠してるような気がする。お遊び用だったり、ガチ用だったり、何かあるかもしれない。

 

「他っていうか……お気に入りのジョブとかかな」

「お気に入りはありますが……よかったら、俺のデータ見ます?」

「いいの?」

「もちろん!他の人にデータを見せるのは燐子先輩が初めてですが……」

 

 私が初めて、何か嬉しいな……。彼はデスクトップの電源を付けた。千景君、デスクトップ2台なんだ。私の部屋には3台ある、そのせいかあまり驚かなかった。

 

 私はデスクトップ用に使っている椅子に座るように言われた。千景君は勉強机用の椅子に座った。この椅子、座り心地が良い。最近見るゲーミングチェアかな?

 

「千景君、この椅子って……」

「ああその椅子ですか、座り心地良くて気に入ってるんです。見た目はゲーミングチェアですけど、普通の椅子ですよ」

「そうなんだ……。あまりに心地良いから……ゲーミングチェアかと思っちゃったよ」

「騙されやすいって気持ちは分かります。最初座った時もそう思いましたから」

 

 千景君は話をしながらNFOを立ち上げた。どんなデータ何だろう、私やあこちゃんは魔法系だけど、千景君は状況に応じてジョブを使い分けてる。チャットで話し合って決めてるって言ってたっけ?

 

「えっと……これだったかな……。あったこれです」

「これが……千景君のデータ……凄いね」

「強くするのに苦労しましたよ。ジョブはオールですけど、お気に入りはこれです」

「これってデスサイズだよね?」

「はい、見た目がカッコよかったので使い込みました。普段は使わないんですけど、お遊びの時はこれにしてます」

 

 デスサイズ、性能はピーキーで中距離メインのジョブだ。ステータスは魔法寄りだけど、千景君はサブスキルを使ってカバーをしている。アサシンで回避と一撃必殺成功率を高めたり、ソードマスターで攻撃力を高める等、試行錯誤してカバーしてるそうだ。

 

 武器はメインで鎌、サブで両手剣を使っている。デスサイズはマニアックなジョブ故に使う人は少ない。千景君が使いこなす辺りで、どれだけやり込んでるかが伝わってくる。

 

「凄いね……千景君」

「そんなに凄くはないですよ。このジョブは使ってる人少ないですけど、愛があればどうってことないですよ」

 

 その後、私と千景君は一緒にゲームをすることにした。引き分けになったりが多かったけど、彼とやるゲームは楽しかった。外が曇ってきてるけど、大丈夫かな……?

 

 

ーーしかし、私は予想していなかった。それも最悪で想定外な事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




千景の家遊び回は2、3話くらいで終わります


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台風襲来、波乱に満ちた二人きり

それは喜びなのか


 外が曇っているという不安を抱きながら、私は千景君にお昼の事を相談した。相談した結果、昼食は彼が作る事になった。千景君って料理出来たっけ?話してなかったよね?

 

「千景君、料理出来るの?」

「出来るといっても、始めたばかりですが……」

「そうなんだ……手伝おうか?」

「大丈夫ですよ、先輩はゆっくりしてて下さい」

「じゃあ……隣で作ってる所……見ていい?」

 

 それならいいですよ、と彼は顔を赤くしながら言った。何で顔を赤くしてるんだろう……。私、何かしちゃったかな?何かしたなら謝らないといけない。私は何かしたか、思い出そうとしたが、思い当たる節が無かった。

 

 彼が作る昼食は、サンドイッチだった。卵とツナとハムチーズレタスの3種類を作ると言った。どんな風になるんだろう、どういう風に料理をするんだろう。私の胸の中は期待と楽しみで一杯だった。

 

 完成には50分掛かった。私は途中で千景君を手伝った。千景君は料理を初めてからそんなに経ってない。ゆっくりしていいって言われたけど、上げてくれたなら手伝わないといけない。ここで彼に任せてばっかりは駄目だ。

 

「手伝わせちゃってすみません。手は切ってないですよね?」

「手は大丈夫だよ。私もごめんね、邪魔しちゃって……迷惑だったよね?」

「そんなことないですよ怪我が無くてよかったです。とりあえず、お昼にしましょうか」

「うん」

 

 私と千景君は昼食を済ませた後、彼の部屋に戻り、話をした。午後はどうするか、何時に帰るかを話した。天気が怪しいけど、大丈夫かな?天気予報見ておけばよかったかな……。

 

「……外曇ってきたな。燐子先輩、洗濯物取り込んで来ますので、下に降りますね」

「うん……大丈夫?」

「平気ですよ。すぐ終わりますから、待ってて下さいね」

 

 そう言って、彼は下に降りた。私は心配になり、スマホで天気予報を調べた。一昨日から台風が来てるって言ってたような気がする。さっきまで晴れてたけど、昼になってから曇りになった。今日は夕方から……雨!?しかも大雨だ。じゃあ明日は……。

 

「1日中雨……帰れるかな?」

「お待たせしました。先輩、スマホ見てますけど、何かありました?」

「あ、千景君。天気予報見てたんだ。見たら、夕方から雨で、明日も一日中雨なんだ。しかも台風近づいてるってって……」

「それはマズいな。どうします?今日は早めに帰ります?」

 

 早めに帰る、その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられる思いになった。もう少し彼と一緒にいたい、帰りたくない、そんな気持ちが湧いてきた。

 

 どうしよう、そうなるとお母さんに相談しようかな?迎えに来てもらうっていう手もある。でも、私は迷っている。彼と一緒にいるか、このまま帰るか、私は迷っていた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 燐子先輩、どうしたんだ?急に静かになったが、早めに帰るって言ったのマズかったか?台風が近づいているのは事実だ。明日は一日中雨、今日は土曜、明日は日曜。ここまではいいが、どうすればいいんだ?

 

「ちょっと家に電話して相談するね」

「分かりました」

 

 燐子先輩はバッグからスマホを取り出し、家に電話をした。今は待つしかない、燐子先輩がどうするかで後が決まる。もし帰る以外になったらどうする?そうなると……先輩を……。

 

 

ーー泊めることになるのか?

 

 

 いや、それはないか。いきなり先輩を泊めるなんて、そんな都合のいい事ある訳無いよな。家に初めて上げて、泊めるとかそんな事は無い。漫画でもアニメでもないんだから……。

 

「うん……今、千景君の家にいる。うん……うん……え!?それは流石に……」

 

 迷惑じゃないかな、燐子先輩は困惑気味に言った。相談……だよな……?迷惑じゃないかなって辺りで何か起きそうなんだが、気のせいだよな?気のせいであってくれ。

 

 その後、燐子先輩は通話を終えた。相談は終わったか、燐子先輩は何を話すんだ……。気になるけど、聞かないと何も始まらない。俺は先輩にどうするかを聞くことにした。

 

「燐子先輩、どうしますか?」

「そのことなんだけどね……お母さんがね……泊まっていいよって……言ったんだ」

「……はい?」

 

 ちょっと待て、この人は今何て言ったんだ?泊まっていっていい?そう言ったんだよな?親御さん、何てことを言うんだよ、娘さんにそんなことを言うって相当だろ。燐子先輩のお母さんに会う時になったら、何て言えばいいんだよ?

 

「それって本当ですか?」

「うん。お母さんが言ってたから本当かな……。ごめんね、こんなこと言っちゃって……」

「いえ、大丈夫です。燐子先輩に何かあったらマズいですし、今回は仕方ないですよ。着替えとか無いですよね?」

「言われてみれば……。どうしよう……千景君、こういう時ってどうしたらいいかな?」

 

 どうしたら……か。俺は燐子先輩の着替えをどうしようかを考えた。母さんだと、サイズが合わない。母さんはああ見えて背が高い。父さんは……常識的に考えて駄目だし、そうなるとーー

 

 

ーー俺の着替えに……なるのか……?

 

 

 いや、それは駄目だ。そもそも男物を燐子先輩に着せるってどうなんだ!?それってマズいだろ!失礼だし、口聞いてもらえなくなるかもしれないし、どうしたらいいんだ?俺は燐子先輩に着替えをどうするか聞くことにした。

 

「燐子先輩、着替えなんですけど……俺のしかないです」

「千景君の着替えでもいいよ」

「いいんですか!?男物ですよ!?サイズも合うか分からないし、もし合わなかったらどうするんですか?」

「私は大丈夫だよ。私は……千景君の着替えでも平気だから……」

 

 燐子先輩は微笑みながら言った。俺のでも平気って、この人は正気か?いや、正気じゃないのは燐子先輩だけじゃない、俺も正気じゃない。俺の着替えでも平気って聞いた瞬間、嬉しいと思っている自分がいた。

 

 俺も他人(ひと)の事は言えないか。燐子先輩は平気って言ってるんだ。もういい、だったらどうにでもなれだ。何か起きたら、その時はその時だ。

 

「分かりました。風呂に入るときになったら、着替えは用意しますね」

「何かごめんね……ここまでさせちゃって……」

「先輩、こういう時はありがとう、ですよ

「そうだね……ありがとう、千景君」

 

 燐子先輩は俺の手を取りながらお礼を言った。顔が近い、こんなに近づかれたら恥ずかしくなる。着替えの事は解決出来たが、後の事はどうするか。そこは先輩と相談しながらでいいか。今は昼、雨が降るのは夕方だ。雨が降ってからが正念場だ。俺の身が持つか心配だな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 泊まる事の相談が終わった後、千景君は切り替えましょうと言った。千景君は気を遣って明るくしようとしてくれてる。何か迷惑掛けちゃったな……。彼の家に上がってからの私は暗い話ばかりをしてる、それに比べ、彼は明るくしようとしてる。

 

 

ーー先輩なのに、情けないな。私って……本当に……。

 

 

「先輩……先輩……燐子先輩!」

「な、なに……?」

「先輩、また暗くなろうとしてませんか?」

「そ、そんなことないよ!」

「本当にそうですか?」

 

 私は涙を流しそうになった。また、千景君に心配を掛けちゃってる。隠そう、隠さなきゃ!私は彼に本当だよ、と言った。これ以上、千景君に迷惑を掛けたくない。このままだと、幻滅される。

 

「これ以上は聞かないようにしますね。何かあったら言って下さいよ?」

「うん……、ごめんね、また暗くなっちゃって」

「いいえ、先輩が大丈夫なら俺は充分ですよ。暗い話はここまで、今からピアノ弾きますけど、聴きます?」

「うん、聴かせて」

 

 千景君は深呼吸をした。弾く曲はThis gametとTHERE IS A REASON、終わりの世界からの3曲だ。彼は弾きながら歌った。1曲目と2曲目はアニソンで、3曲目はアーティストとシナリオライターがコラボをして作られた曲らしい。2、3曲目の所で千景君は泣きそうになっていた。堪えながら弾いてるけど、千景君大丈夫かな?

 

「はぁ……はぁ……弾けた」

「千景君、涙出そうだけど……」

「え!?い、言わないで下さいよ!最悪だ、先輩に見られた」

「ふふ……」

「笑わないで下さいよ!」

 

 私は彼に近づき、慰めるように頭を撫でた。こうして見ると、可愛く見える。背は千景君が少し上だけど、今の彼は弟みたいだ。千景君が私の弟だったら、こんな感じかな?

 

 これから千景君の家に泊まるけど、大丈夫かな?お母さんには千景君のことは話したけど、泊まってきていいよ、なんて言われるとは思ってなかった。後輩の家に泊まるのは人生で初めてだ。何も起きなきゃいいけど……。

 

 着替えは解決したけど、寝る時はどうするんだろう。これも千景君と相談しないといけないよね?私と千景君、二人きりだけど……本当に大丈夫かな?

 

 

 

 

 




大丈夫、二人なら乗り越えられるさ


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図書委員の苦労、見えないようにしてほしい物

サブタイトルが壊滅的なのは気にしないで
展開が遅いのは許して下さい


 歌いながらピアノを弾いてから、2時間が経過した。案の定、天気は崩れた。雨が降ってきたとはいえ、油断は禁物だ。燐子先輩が俺の家に泊まるという、最大の壁が立ちはだかっているんだ。だから、安心はしてはいけない。

 

「ちょっと風呂沸かしてきますね」

「うん……待ってるね」

 

 部屋の扉を開け、俺は浴室に向かった。風呂は先に先輩に入ってもらうか。俺はシャワーで済ませよう。燐子先輩が入った後に風呂に入るのは気が引ける。そもそも、女性が入った風呂に男が入るのはタブーだ。家族や恋人はまだいい。世話になっている人や知り合いってなると、話は変わる。

 

「燐子先輩の入った風呂に俺が入る……何を考えてるんだ俺は!?」

 

 燐子先輩がいるのに、何を考えてるんだ!?こんなことを考えるのは先輩に失礼だ。燐子先輩を卑しい目で見たくない。それは好きな人を裏切るのと同じ、もしバレたら人生が終わる。

 

 浴槽を洗い、栓をして自動ボタンを押す。風呂が出来るまで10分くらい掛かる。それまで何をするか……。夕飯を作るか、燐子先輩と話をして時間を潰すか、どっちにするか。

 

 考えても仕方ない。浴室を後にし、部屋に戻ることにした。とりあえず、先輩と話をするか。後、先輩が風呂に入ってる間に着替えも用意しないといけないな。忙しくなるが、燐子先輩のためだ。

 

「お待たせしました燐子先輩」

「そんなに待ってないよ。お風呂……どのくらいで出来そう?」

「10分くらいですね。風呂はお先にどうぞ、俺はシャワ―で済ませますので」

「私が先で……いいの?千景君が先でいいよ。私は……後で入るから……」

「いえ、俺は後でで大丈夫です」

 

 俺は先輩と言い合った。どっちが先に入るかということで言い合った。俺は後輩で、燐子先輩は先輩だ。だから、俺は後でいい。俺が先に入ると、色んな意味で危ない。そうなる前に、先輩に譲らないと駄目だ。

 

「分かった……千景君がそういうなら……先に入るね」

「お先にどうぞ。俺は着替え探しますね」

「頼りにしてるよ……千景君……」

「え、ええ。バスタオルは洗面所にありますので……何かあったら言って下さいね。呼び出しボタンがありますので、それで呼んでください」

 

 先輩はそう言いながら片目を閉じ、部屋を出た。所謂、ウィンクだ。あの燐子先輩がウィンクをするなんて予想してなかった。された瞬間にドキッとしたが、威力がデカすぎる。あんなのされたら、気まずくなるだろ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 恥ずかしい。私、何で千景君にウィンクしちゃったんだろ……。無意識にやっちゃったけど、千景君大丈夫かな?

 

「私……何やってるんだろ。千景君の家に泊まるって決まってからおかしくなっちゃったのかな?」

 

 あのウィンクは本当に無意識だ。狙ったり、意識してやった訳でもない。こんなことを思ってても説得力は無い。今は忘れよう、お風呂に入って無心になろう。それで、出たら千景君とまたお話をしよう。せっかくのお泊りなんだ、楽しくしたい。

 

 下着を脱ぎ、浴室に入る。自分でも大きいと感じる胸とお尻、何でこんな身体に成長したんだろう。周りからは身体目当てのように視線を感じる。本当に怖い。でも、千景君だけは違う。彼は私に普通に接してくれてる。私のことを卑しく見ていない。ちゃんと見てくれてる。

 

「千景君は私のこと……どう思ってるんだろ」

 

 気になるけど、聞いてもいいのかな?何か言われたらどうしよう、拒絶されたらどうしよう。そう思うと聞くのが怖い。そのせいで、私は勇気を出せない。一歩を踏み出せない。これじゃあ、千景君の隣に立つのは相応しくない。

 

「こんなことを思ってても駄目だよね……。友希那さんや今井さん、氷川さんやあこちゃん、皆応援してくれてるんだ」

 

 いつまでも怖気づいてちゃ駄目だ。こんな私は私じゃない。白金燐子はそんな女の子じゃない。私は……変わるって決めたんだ。変わって、千景君の隣に立つって決めたんだ。

 

 あの後、私は気持ちを切り替えることにした。このままお風呂に入り続けてるとのぼせちゃう。のぼせたら、千景君にまた迷惑を掛けちゃうし、私の裸まで見られちゃう。それは恥ずかしいし、避けたい。

 

 身体を洗い終え、私は浴室を出ることにした。千景君、着替え持ってきてくれたかな?置いていってくれてるかもしれないし、大丈夫かな。

 

「千景君、何してるかな……。気になるけど、服着なきゃだね」

 

 着替えは置いてあった。千景君、ちゃんと置いてくれたんだ。置いてあったのは、ジャージだった。このジャージ、花咲川のジャージだよね?サイズ、合うかな?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 燐子先輩が風呂から出た後、俺達は夕飯を済ませた。先輩には俺のジャージを貸すことにした。着替えを置いたのはいい。だが、俺はある物を見てしまった。

 

 

ーーそのある物とは、燐子先輩の下着だ。

 

 

 先輩は替えの下着を持っていない。だから、置いてあったのは仕方ないんだ。燐子先輩の下着は黒だった。せめて見えないようにしてほしかった。無防備過ぎにも程がある。俺じゃなかったら襲われてただろ。

 

 先輩はもうちょっと気を付けた方がいい。やっぱり、側にいた方がいいか?

 

「ありがと千景君。夕飯まで……作ってくれて」

「俺の方こそ、手伝って頂いてありがとうございます。シチューの味はどうでしたか?」

「美味しかったよ。千景君が作ってくれたんだから……美味しいに決まってるよ」

「そこまで言われると照れますね。美味しかったのなら作った甲斐がありました」

 

 よかった、美味しいって言ってくれた。好きな人に直接的言われると凄く嬉しいな。燐子先輩に言われる、それだけでも作ってよかったって思える。

 

 しかし、サイズでかかったか?燐子先輩は俺のジャージを着てるが、ちょっとダボダボになってる。袖は手がちょっと出てるくらいだし、胸元は見えそうだし、問題だらけだ。下は下手に歩けば踏み外すかもしれない。

 

「燐子先輩、ジャージ大きいですけど、着れてます?」

「一応……着れてるかな」

「微妙といったところか。俺が隣にいますから、部屋に行くときは一緒に行きましょ」

「そうだね。何かあったらマズイよね……お願いしてもいい?」

 

 もちろんです、俺は燐子先輩の手を取りながら言った。当たり前だ、貴女に頼まれなくても俺はそうする。踏み外したらちゃんと抱き止めよう。

 

 俺は燐子先輩が足を踏み外さないように手を繋ぐことにした。恥ずかしいが、やった方がいい。先輩に怪我をされたら俺の身が持たない。それにしても、手を繋いだ瞬間に先輩の表情が明るくなったが、何かあったのか?

 

 手を繋ぎながら部屋に向かうまでの間、二人共無言だった。先輩は明るい表情、俺は顔を赤くしていることを隠しながらという奇妙な状況が続いただけだった。

 

「歩きにくくないですか?」

「千景君が手を繋いでくれてるから……大丈夫だよ」

「よかった。部屋に着いたら風呂入ってきますね」

 

 部屋に入り、俺は先輩の手を離した。名残惜しいけど、風呂に入らないといけない。繋ぎ続けていると時間が無くなっていく。だから、今は離そう。

 

 俺は寝間着を持ち、浴室に向かった。燐子先輩、手を離した瞬間にまた手を繋いでほしそうに見てたけど、大丈夫かあの人?後が不安だけど、聞いてみるか。いや、聞くの恥ずかしいな。

 

「時間は……7時半か。寝るまで時間はあるけど、シャワー浴びたら何するか」

 

 正直不安しかない。家にいるのは俺と燐子先輩、二人だけだ。そう、二人きりだ。母さんと父さんがいたら大惨事になっていた。それに、寝る時のこともある。その時はどうするか。

 

 

ーー考えるのはやめよう。その時は……その時だ。

 

 

 

 




地獄という名の天国まで、もう少し


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二人きりの部屋、乗り越えるべき壁

本当の地獄(天国)はこれからだ


 千景君はお風呂に入りに行った。千景君の手を握りたい、千景君に寄り添いたい。どうしてこんなこと思っちゃうんだろう。どうして……こんなに恋しくなるんだろう。

 

「千景君がいないだけで悲しくなるなんて……重症だ」

 

 千景君が戻るまで時間が掛かるけど、ちゃんと待とう。ベッドの下とか気になるけど、漁るのはやめよう。もしバレたら何を言われるか分からない。引かれちゃったら、口聞いてもらえなくなるし……。

 

 それにしても、このジャージ、ちょっとだけだけど大きい。千景君の身長って確か168㎝だったっけ?前に言ってたような気がする。私は157cm、彼とは11㎝の差がある。私より背が高いのは複雑だけど、彼は男の子で、私は女の子だ。

 

「私が背が高かったら、千景君を抱き締められるんだけどなぁ……」

「はぁ……。お待たせしました、燐子先輩」

「どうすればいいかな……」

「燐子先輩、どうしました?」

「ち、千景君!?何でもないよ!」

 

 私は彼にバレないように何もない、何でもないと必死に誤魔化した。千景君、お風呂に出るの早いけど、普段は早いのかな?

 

 今の彼は髪が少し濡れていた。髪が濡れているせいか、カッコイイと思ってしまった。風邪引きそうだから、ドライヤーで乾かしてあげようかな。今日は千景君に色々してもらってるんだ。千景君に何かしてあげないと駄目だ。

 

「千景君、ドライヤーって何処に置いてある?」

「ドライヤーですか?洗面所にありますけど、どうしました?」

「髪……まだ濡れてるから、乾かしてあげる」

「いいですよ!自分でやりますから!」

「私にやらせて!これは……先輩命令だよ!」

 

 先輩命令って言えば従ってくれる。ここで言うのは千景君に申し訳ないけど、私がやらないと意味が無い。泊めてくれてるんだから、千景君にはゆっくりしてもらわないと……。私はそう思いながら、洗面所に向かい、ドライヤーを探した。

 

 ドライヤーを見つけ、部屋に戻る。千景君はじっとしていた。ちょっと言い過ぎたかな?乾かしてる間に謝っておこう。

 

「乾かすから……じっとしててね」

「はい……。燐子先輩、どうしたんですか?俺の髪乾かすなんて……」

「乾かしたいだけだよ。千景君に恩返ししたいから……」

 

 そう、これは恩返しだ。自己満足なんかじゃない、千景君のためだ。ドライヤーの電源を付け、彼の髪を手櫛で梳きながらドライヤーを当てた。千景君、どんな顔をしてるんだろ。気になるけど、今は集中しよう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 燐子先輩に髪を乾かされ、今度は膝枕までされた。しかも、耳掻き付きときた。何でここまでしてくれるんだ?俺は先輩を泊めてあげてるだけなのに、何でここまで……。

 

「千景君、気持ちいい?」

「は、はい……気持ちいい……です」

「ふふっ、可愛い」

「可愛いって……。それにしても先輩、耳かき上手いですね。初めてやるんですか?」

「初めてじゃないよ。たまにあこちゃんにしてあげてるんだ。でもね……男の子で初めては……」

 

 

ーー千景君だけだから……。

 

 

 燐子先輩は耳元で囁いた。俺は囁かれ、ビクッと身体を震わせた。くすぐったい、そんな近くで囁かれたらどう返事をしたらいいか分からない。燐子先輩に膝枕をされているせいか、俺は上を向けない。向いたら、俺の命が無くなる。

 

「……終わった。反対側やるから、私の方に寝転がって……」

「はい……」

 

 俺は先輩の方に寝転がった。寝転がる瞬間に何かが視界に入った。何かというより、大きい物だ。見てはいけない、俺は寝転がった後、目を瞑った。忘れろ、忘れるんだ!今はこの場を乗り切ることに集中するんだ!

 

 燐子先輩は耳かきは男では俺が初めてと言った。耳かきをされると眠くなってくる。気持ちいいのが原因だ。先輩の耳かきは癖になるくらいに気持ち良かった。

 

「取れた……千景君……終わったよ。起きていいよ」

「終わりました……?」

「うん、終わったよ。千景君、途中で眠そうにしてたけど……眠いの?」

「いえ、眠くはないです。耳かき、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 俺は先輩に耳かきをしてくれたことにお礼を言った。どうするか、やってくれたなら俺も何かやらないといけない。だが、何をするかを考えようにも見つからない。ここで悩んだら時間掛かるし、何をすればいいんだ?

 

 何をすればいいか、悩む時間なんてなかった。何故なら、時間は9時を回っていた。あまり起きていてもしょうがないか、今は置いておこう。とりあえず、寝ることをどうするか、それが問題だ。

 

「燐子先輩、もう寝ますか?」

「寝る?時間は……9時。早いね、もうこんな時間なんだ」

「あっという間ですね。じゃあ俺、リビングのソファーで寝ますので、先輩は俺のベッドを使って下さい」

「え、私一人で?千景君、もしよかったらなんだけど……」

「はい?」

 

 

ーー私と……一緒に寝ない……?

 

 

 へ?何を言ってるんだこの先輩は?正気か、正気なのか?俺、男ですよ?俺は先輩を説得した。しかし、先輩は一緒に寝て欲しいの一点張りだった。やっぱり、一緒に寝るしかないのか。

 

 

ーー俺の身が持つか心配だな。何とか朝まで持ってくれよ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は千景君と一緒に寝ることにした。彼は恥ずかしいので、後ろ向きで寝ますと言われた。それを言われたら何も言い返せない。向き合いながら寝るなんて、私には出来ない。もしやったら、恥ずかしくて眠れなくなる。

 

「千景君……起きてる?」

「……起きてますよ」

「ごめんね、急に一緒に寝よって……言っちゃって」

「いいですよ。燐子先輩に言われたら逆らえませんし」

 

 逆らえないって、それだと私が千景君に圧力を掛けてるみたいに聞こえる。もう少し言い方があると思うんだけど……ちょっと酷いな。

 

 それにしても眠れない。抱き着こうかな?抱き着いたら眠れるかな?私は眠れると信じ、彼に抱き着くことにした。ごめんね千景君、朝まで耐えて!朝まで耐えたらご褒美あげるから!

 

「っ!?ちょ、燐子先輩!何してるんですか!?」

「ごめんね」

「謝りながら抱き着かないで下さい!当たってますから!」

「あ、当たってる?ごめんね!い、今離れるから!」

 

 名残惜しいけど、当たってるなら駄目だよね。私の胸が小さかったら気付かなかったのかな?今だけは、私がこんな身体なのを呪いたい。それに、千景君の髪……いい匂いしてたし、嗅ぎたかったな。

 

 そう思っていると、千景君が私の方に寝転がった。恥ずかしいって言ってたのに、何で私の方を向いたんだろう。話したいことあるのかな?

 

「千景君、私の方を向いてどうしたの?」

「眠れないので、燐子先輩と話をしようかなって」

「そうなの?実はね……私も眠れないんだ」

「先輩も何ですか?」

「うん……私も……」

 

 そう言うと、彼は微笑んだ。何かおかしいこと言ったかな?千景君が笑っていると、私まで釣られる。案の定、私は彼に釣られて微笑んだ。

 

「何か私達……同じだね」

「ええ、同じですね」

「ねえ千景君」

「何ですか、燐子先輩」

 

 私は彼に眠くなるまで話をしようと言った。今は彼と一緒にいる、千景君の部屋に私と彼だけの二人きり。この時間は思い出に残る時間にしたい。顔が近いっていうことを気にしないくらいに話がしたい。この瞬間だけが貴重な時間だ。

 

 

ーー好きな後輩と一緒にいる時間が……私は好きだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 凄く恥ずかしい。先輩に突然抱き着かれた時はビックリした。胸が当たった瞬間なんて、心臓が止まりかけた。死ぬかと思った。当たったくらいで死んだら、先輩に怒られるな。

 

 先輩とこうして話をしているけど、顔が近い。燐子先輩はさっき俺の髪を乾かしてくれた。俺も何か先輩にしてあげたい。だが、何をすればいいんだ?

 

「千景君、私の方見て……どうしたの?」

「何でもないです。髪を触ってみたいなとかは思ってませんので……あ、やべ」

「私の髪を触りたいの?いいよ」

「いいんですか?」

「いいよ……千景君なら……私は全然いいし、触ってもいいよ」

 

 待て、触っていいって言ってるけどいいのか?裏があるんじゃないのか?燐子先輩を疑いたくはない。けど、おかしい。何で燐子先輩は俺に対して素直なんだ?それも″俺だけ″、何で?

 

 俺は疑問に感じた。一緒に寝るとか言ったり、先輩は俺に素直になったりする所が多かった。何で俺に対してなんだ?どういう意味で俺にここまでしてくれるんだ?俺は燐子先輩に聞くことにした。何故、ここまで俺にしてくれているのかを……。

 

「ねえ先輩」

「何?」

「先輩は……どうして俺にここまで尽くしてくれるんですか?」

「それは……。何だろう、千景君を信じれるから……かな」

「信じれるって、それはあまりにも無防備過ぎです」

 

 本当に無防備過ぎる。もし、俺以外の男だったら、先輩はどうなっている?こんなことは考えたくない。先輩にとって俺は……何なんだ?

 

「それは分かってるよ。本当にそれだけなの」

「それだけって、理由とかあるんですか?」

「理由はないよ。私はね、千景君を信じてるの。千景君なら……いいかなって。それにね、私は普段は敬語なの」

「それがどうしたんですか?」

「私がこうして千景君に敬語を使ってないのは……理由があるんだ。千景君が……」

 

 

ーー千景君が……好き(大切な人)だから……。

 

 

 大切な人って、どういう意味なんだよ。俺は聞こうとしたが、聞けなかった。聞ける勇気が無かった。これじゃああの時と同じだ。夏祭りに誘えなかった、あの時と……。何で肝心な時に躓くんだ。情けない。

 

「燐子先輩」

「ど、どうしたの!?」

「何でもないです。寝るまでこうさせて下さい」

 

 俺は燐子先輩を抱き締めた。自分でも分からない、何で抱き締めたのか。大切な人って言われたのが嬉しいからか、髪を触るための口実が欲しかったのか、どちらかだった。

 

「千景君、撫でていいよ。髪、触りたいんでしょ?」

「ありがとうございます」

「どういたしまして……おやすみ、千景君」

「おやすみなさい、燐子先輩」

 

 俺と先輩は互いに目を瞑った。背中に先輩の手が回ったような気がしたが、気のせいなのか。もし手が回っていたら、抱き合って寝てるってことになる。それでもいいか。今だけはこうしていたい。

 

 俺は燐子先輩が好きだ。口に出せないけれど、心の中では言える。告白はしたいけど、言える勇気が出せない。でも、いつか言える。いや、言おう。また学校で先輩に会ったら、側にいてあげよう。

 

 

ーーそれで、告白をしたい。先輩のことをもっと好きになりたい。

 

 

 

 




敬語を使わないのは大切な人で好きな人だから


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去り行く嵐、想いは交わるのか

旋律は終幕を迎える


 嵐は去った。燐子先輩を泊めた次の日は晴れだった。予報では一日雨と言っていたが、どうやら外れたようだ。晴れということは、先輩を家に送らないといけない。名残惜しいけど、仕方ない。

 

 送る時も、俺と先輩は手を繋いだ。先輩から手を繋ごうと言われたからだ。しかし、手を繋いでいても無言で、互いに会話をすることもない。添い寝をしたことが原因かもしれない。

 

 俺と燐子先輩は抱き合って寝たんだ。付き合ってもないのに、好きだということも分からないのにだ。何であんなことをしたんだ、何で先輩を抱き締めたんだ……。

 

「じゃあ先輩、また明日」

「うん……また明日。そうだ……千景君……」

「何でしょう?」

「こっち来て……」

 

 俺は先輩の元に向かった。何かされるのか?不安に感じる、先輩を疑いたくない。けど、何かされるんじゃないのかと思ってしまう。俺は警戒することにした。近づいた瞬間、突然柔らかい何かが重なった。

 

 

ーー今、何をされたんだ?

 

 

「り、燐子先輩!?」

「泊めてくれた……お礼だよ。じゃあ、また明日!またね!」

 

 そう言って、先輩は自宅に入っていった。頬に当たった柔らかい物、お礼、まさか……いや、そんなことは無い!ある筈が無い!

 

 俺には受け入れ難い物だった。思い出すだけで顔が熱くなりそうだ。燐子先輩が俺にしてきたこととは……キスだった。あの先輩が俺にキスだなんて……。

 

「何てことしてくれてんだよ先輩。あんなことされたら、余計好きになるだろ」

 

 本当に何てことをしてくれたのか。お礼っていう意味でやったんだよな?好意があってやったんじゃないよな?駄目だ、考えるだけ無駄だ。そもそも、分からないんだ。燐子先輩が俺の事をどう思っているのか、それが分かれば苦労しない。とりあえず、戻ろう。

 

 俺は決意した。先輩の側にいると、告白をしようと。告白出来る勇気は無いけど、やるだけやるしかない。遅くなると、先輩は誰かと付き合ってしまう。そうなる前に早く告白しよう。

 

 髪を乾かす、膝枕と耳かき、更に添い寝……。燐子先輩は俺にここまで尽くしてくれた。あの人は俺を大切な人だと言ってくれた。ここまで言ってくれたんだ。俺も、先輩に相応の事をしてあげないと駄目だ。

 

 

ーーだから……前に進もう。進んで、隣にいてあげよう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君と別れて次の日を迎えた。昨日は眠れなかった。彼がいなかったらではない、理由は他にある。千景君に泊めてくれたお礼で頬にキスをしたからだ。

 

「よく考えたらあれって……ファーストキスだよね?ファーストキスなのかな……?」

 

 キスは初めてだ。それも人生で初めて……。好きな人は出来ても、そこまでの事は分からなかった。もう少し、恋愛関係の本を読もうか迷ったが、読んでも恥ずかしくて続かないからやめよう。

 

 千景君は寝る時、私を抱き締めた。突然のことだったから焦っちゃったけど、どうしたんだろう。あの時の千景君は少しだけ涙目になっていた。私を夏祭りに誘おうとしたときも涙目だった。私に理由を聞こうとしたときも堪えてたようにしてたっけ……。

 

「ここにいましたか白金さん」

「氷川さん……」

「暗い顔をしていますが、何かありましたか?」

「え?暗い顔……してました?」

「ええ。考え事をしているような顔でしたよ」

 

 私は氷川さんに千景君の事を話した。これまでの事や彼と泊まった事、全部を話した。どっちみちバレる、バレるならここで話した方がマシだ。告白をするべきなのか、このまま後輩として接するべきなのかを話した。

 

「なるほど、椎名さんと一緒に寝て、抱き締められて寝た、と……」

「は、はい。言葉にされると……恥ずかしいです……」

「それは確かに恥ずかしいでしょうけど……。では、話を戻します」

「すいません……話を逸らしてしまって」

 

 氷川さんに話を逸らしたことを謝ると、彼女はいいですよと言った。これから相談になる。氷川さんはどんなことを話すんだろう。あこちゃん達がいたら色々話をしてくれるけど、三人はここにはいない。ここにいるのは氷川さんだけだ。

 

「白金さん、貴女はどうしたいんですか?」

「どうしたいって……どういう事ですか?」

「告白をしたいかという事です」

「それは……もちろん、告白したいです」

「じゃあ聞きますが、どうして白金さんは後輩として接するべきかを言ったんですか?」

「それは……」

 

 

ーーそれは……私が千景君の隣に立っていいのか、だからです。

 

 

 本当に私は彼の隣に立っていいのか、彼と付き合う資格が私にあるのか。私は泣きそうになった。ここで泣いたら、弱いですねなんて言われるかもしれない。ここで泣いたらおしまいだ。

 

「もし後輩として接し続けるのなら、私が椎名さんに告白します」

「ひ、氷川さん……何を……言ってるんですか……?」

「白金さんがそんな事を言うのなら、椎名さんと私は付き合います。弱音を吐き続けるのなら、そうして下さい」

 

 そう言って、氷川さんは立ち上がった。何でそんな事を言うの?何で私を傷つけようとするの?

 

 

ーー千景君の事を知らない癖に……。

 

 

ーー千景君の事を好きでもない癖に……。

 

 

 

「駄目です……氷川さん!」

「白金さん……?」

「千景君には……私が告白します!私が……好きって言います!だから……だから……千景君に付き合うなんて言わないで下さい!」

 

 私は泣きながら氷川さんに言った。喉が枯れるくらいに、彼女に自分の想いを告げた。ここで挫けたら、千景君を取られる。このまま、後輩として接し続けたらおしまいだ。

 

「じゃあ白金さん。もう一度聞きますが、椎名さんが好きですか?」

「はい!」

「好きですか……」

「氷川さん!?」

「先程はすみませんでした。白金さんがあまりにも見苦しかったので、きつく接してしまいました」

 

 氷川さんは私を抱き締めながら謝った。さっきのはわざとやったの?確かに、さっきの私は弱かった。氷川さんは私に敢えてきつく接して、私の想いを聞こうとしたんだ。ここまで助けられるなんて、私はなんて情けないんだ。

 

 私は氷川さんの胸に埋まり、涙を流した。どんな顔をしていたんだろう。どんな風に泣いていたんだろう。私は氷川さんの制服が涙で濡れていることを気にせずに泣いた。

 

「落ち着きましたか白金さん?」

「はい……。あ、制服濡れちゃいましたよね?」

「いいですよ。このくらい、どうということも無いです」

「そんな……」

「それに、いい物を見れましたから」

「いい物って何ですか?」

「白金さんの笑顔です。椎名さんのことを話していた時の白金さん、輝いてましたよ」

 

 輝いていたなんて、そんなことを言われたら恥ずかしくなる。氷川さんは何て人だ、私は心の中で彼女を恨めしく思った。そして、氷川さんは付け足して言った。

 

「あと、今日は練習はお休みです。湊さんが白金さんのためにお休みにしたそうです」

「友希那さんが……ですか……?」

「ええ。最後に言いますが……湊さんと今井さんと宇田川さんから伝言です」

 

 

ーー頑張って伝えなさい、だそうです。

 

 

 氷川さんは微笑みながら言った。私はまた涙を流しそうになった。友希那さんと今井さんとあこちゃんから応援の言葉を貰うなんて思わなかった。ここまで言われたら、彼に告白するしかない。いつまでも、ここに止まってたら駄目だ。

 

「図書室に行って下さい。椎名さんはそこで待ってます」

「図書室にですか?」

「はい、私が椎名さんに話がありますので図書室に来て下さいと言っておきました」

「ありがとうございます氷川さん!」

「頑張って下さい白金さん。椎名さんと白金さんが結ばれることを祈ってますからね」

 

 私は氷川さんにお礼を言い、図書室に向かった。氷川さんに背中を押された、友希那さんと今井さん、あこちゃんからエールを貰った。もう後戻りは出来ない、選択肢は一つしかない。千景君に伝える言葉は一つしかない。急ごう、図書室に……。

 

 

ーー千景君と出会った、あの場所に……!

 

 

 

 

 




物語は佳境へ


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物語と旋律は奏で綴りて完成する

旋律はここに終わりを迎える


 昼休みに氷川先輩から話があるって言われたが、何の話なんだ?何かをやらかしたような記憶は無いし、風紀を乱すようなこともしていない。もし、怒られるようなことだとしたら……。そんなことを考えるだけでも、背筋が凍り付く。

 

「しかも場所は図書室って、委員会が終わってからになるよな?」

 

 そんな独り言のようなことを言っていると、激しい音がした。振り向くと、燐子先輩が息を切らしていた。俺はすぐさま、先輩の元に向かった。どうしたんだ、こんなに息を切らして……。

 

「はぁ……はぁ……」

「燐子先輩、どうしたんですか!?」

「千景君……何でも……ないよ……」

「何でもないって、息切らしてる時点で説得力ないですよ!」

 

 俺は先輩を支えながら椅子に座らせた。何で燐子先輩がここにいる?氷川先輩はどうしたんだ?いや、氷川先輩の約束もそうだけど、今は燐子先輩が先だ。

 

 先輩の背中を擦る。支えよう、ここには俺と先輩だけだ。だから、俺が何とかしないといけない。俺は落ち着くまで先輩の側にいた。辛そうな表情だ、見ているのが辛い。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「うん……ありがとう……」

「よかった。そうだ、氷川先輩見ませんでした?」

「氷川さん?み、見てないよ!」

 

 何でこんなに焦ってる?見ませんでしたって聞いただけなのに、焦るなんて……。何か怪しいな。俺は先輩に本当なのかを聞くことにした。

 

 案の定、燐子先輩は見ていたと言った。どこにいるのかを聞いたが、用事が出来たので帰ったと言った。燐子先輩が息を切らしていたのはこのためだったのか。

 

「氷川さんがね……千景君に呼んでおいてすみませんだって……」

「そうでしたか、用事が出来たのなら仕方ないですね」

 

 俺は溜め息を吐いた。呼び出しておいて置いていくなんて、何かあったのか。それは気にしなくていいか。氷川先輩、風紀委員だしRoseliaの練習もあるしで忙しいからな。複雑だが、仕方ないか。

 

「千景君って……好きな人いるの……?」

「な、何ですか突然!?」

「千景君好きな人……いるのかなって思って……」

「好きな人っていうか、気になる人はいます」

 

 燐子先輩に好きな人がいるかを聞かれ、俺は動揺した。唐突過ぎるだろ、いきなり聞かれたらビックリする。目の前の人が好きな人で気になる人だ。こんなことを聞くなんて、先輩どうしたんだ?

 

 俺は燐子先輩に気になる人ならいると言った。好きなんて言えない。側にいるって決意したのに、また躓くのか、また退くのか。

 

「誰なの?氷川さん……?友希那さん?今井さん?あこちゃん?それとも……」

「待って下さい、待って!近いです!あと、あこちゃんはアウトになりますし、Roseliaの皆さんは違いますよ!」

「じゃあ誰なの?」

「言いますけど、誰にもいいませんか?」

「うん、言わない。私と千景君の……秘密にする」

 

 俺と先輩の秘密って、それ言われたら良いってなる。今はそんなことを言ってる場合じゃない。ここまでくると、後戻りは出来ない。ここで言うのか、俺は深呼吸をしながら言った。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「その人は一個上の先輩で、面倒見が良くてお世話になっているんです。本が好きで、笑顔が綺麗で、可愛いなって思える人なんです」

 

 千景君は私の方を向きながら明るく言った。その気になる人を私は知っている。本が好き、いつもお世話になっている、これだけでも分かってしまう。口に出したいけど、そんなことをしたら彼に失礼だ。

 

 千景君は笑顔で私に話した。その人のことを想っている、その人のことが好きなんだなってことが伝わってくる。その人は近くにいるんじゃないのか、その人は千景君のことを好きだって言える人なんだなって思える。

 

「まぁこれくらいですかね。じゃあ次は燐子先輩」

「え!?私も……話すの……?」

「もちろんです。俺も話したんだから、先輩もです。いないなら聞きませんよ?」

「私も話すから……!」

 

 私は彼に気になる人を話した。彼はちゃんと聞いてくれた。聞く度に相槌を打ってくれる。なんて彼は優しいんだろう。なんて彼はーー

 

 

ーーこんなにも……綺麗なんだろう……。

 

 

「えっとね……。私の一個下の後輩なんだ。いつも私の側にいてくれて、本が好きで、優しい人なんだ」

「優しい人か……。なんか同じですね」

「同じ?どこが同じなの?」

「優しいってところとか、本が好きとか。その辺りが同じだなって思って」

「そうなんだ……」

 

 同じだなんて、嬉しいな。嬉しいけど、今はこんなことを思ってる場合じゃない。今は夕方、告白のタイミングは今しかない。だから、急がないと。

 

「なるほど。燐子先輩はその人が気になってるんですね」

「うん。どちらかというと……好き……かな」

「好き……ですか……」

「うん。それでね、千景君に伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」

 

 彼は首を傾げた。言おう、言うんだ。今しかない、ここで逃したら一生言えなくなる。高鳴る心臓を抑えながら、私は途切れそうな声で彼に言った。

 

「えっとね……好きなんだ……」

「へ?今なんて……」

「千景君のことが……好き……なの……」

 

 小さい声かもしれない、途切れるて消えるかもしれない。私は必死に彼に想いを告げた。聞こえてるかな?心配だ。届いていないかもしれない。私は心配になり、彼にもう一度告げた。

 

 

ーー千景君が好きなの!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 燐子先輩は大きい声で言った。今何を言ったんだこの人は……。俺のことが好きって言ったのか?本当だとしたら、喜んでいいのか?

 

「燐子先輩、それって本当なんですか?」

「本当だよ……。何度でも言うよ、私は……」

「わ、分かりました!そんなに言われたら混乱しますから!」

「ご、ごめんなさい!」

 

 俺と燐子先輩は互いに謝った。いや、何で俺が謝るんだ?釣られて謝っただけかもしれない。しかし、燐子先輩が俺のことを好きだなんて、それも本当、マジなのか?

 

 燐子先輩の顔を見ながら思った。どうやら本当だ。あんなに大きい声で言ったんだ。本当なんだな。俺は心の中で納得した。

 

「返事聞きたいんだけど……」

「待って下さい、俺も燐子先輩に言いたいことがあります」

「言いたいこと?」

「はい。俺も燐子先輩のことが好きです」

「え……」

 

 俺は燐子先輩の両肩を掴みながら言った。自分で言ってて恥ずかしくなる。先輩に告白をするって決めたんだ。恥ずかしくなるに決まってる。しかも顔は近い、顔が熱くなるけど我慢だ。

 

 俺の告白を聞いたのか、先輩は涙を流した。マズい、泣かせちまったのか!?俺は先輩を慰めることにした。マズいことだったら、告白どころじゃない。

 

「燐子先輩、どうしましたか!?」

「違うの……その……嬉しくて……」

「嬉しい?」

「うん……千景君が私のこと好きだって分かって、安心したんだ」

「燐子先輩……」

 

 そんなことを言われたら俺まで泣く。泣かないように我慢したが、出来なかった。先輩に釣られ、俺は涙を流した。駄目だ、耐えられない。

 

 

ーー燐子先輩と俺が両想いだったなんて。泣かないって言っても、耐えるなんて……無理だ。

 

 

「ん!?」

「……」

「……はぁ!燐子先輩、何をするんですか!?」

「千景君が泣きそうだったから……キスしたら治まるかなって」

 

 俺が泣きそうになった瞬間、先輩は唇を重ねた。重ねたというより、奪ったが正しい。それも、俺の初めて(ファーストキス)を奪った。

 

 だが、そうなると俺も先輩のファーストキスを奪ったことになるのか?どっちなんだ、そう思っていると、泣いていることが馬鹿らしくなってきた。

 

「燐子先輩」

「何?」

「もう一度、キスしませんか?」

「うん、もう一度しよう」

 

 俺と先輩は指を絡めながら唇を重ねた。目を瞑っているせいか、先輩の表情は分からなかった。どんな顔をしているんだろう、どんなことを思っているんだろう。気になるけど、今はそんな状況じゃない。今は先輩と両想いになれたっていう余韻に浸りたい。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私と千景君は付き合えた。図書室で出会って、図書室で告白して、まるで始まって終わりを迎えるみたいだ。そんな風に見えるけど、私からしたら付き合ってからが新たなスタート何だなと思う。

 

「燐子先輩、俺と先輩って付き合ってるんですよね?」

「付き合ってるかな……。ごめんね……未だに実感湧かなくて……」

「それは俺も同じです。何だろ、両想いだったなんて思わなくてですね……ああもう、何て言ったらいいんだ」

 

 彼は頭を掻きながら言った。そんな仕草が可愛らしい。そう思うと、私は彼に見えないように微笑んだ。

 

「先輩、今笑いましたね」

「笑ってないよ」

「いえ、今笑いました!隠しても無駄ですよ!」

「だって……千景君のさっきの仕草が可愛かったから……」

「可愛いって、燐子先輩だって可愛いでしょ」

 

 不意を突かれ、私は赤面した。いきなり言われたらどう反応したらいいか分からなくなる。たまに見せる不意打ちはズルい。私の後輩はなんてズルいんだろう。この人が彼氏だなんて思うと、いいのかって思ってしまう。

 

 

ーーそんな千景君には罰を与えよう。

 

 

「千景君、話があるんだけど……」

「何ですか?」

「私のこと……呼び捨てで呼んで」

「は?」

「だから……私のこと……名前で呼び捨てで呼んで……」

 

 私は彼に怒り気味で言った。私に不意を突いた罰だ。私は千景君に散々不意を突かれた。ここまで来たら罰を与えないといけない。その罰は、私からしたら大した罰じゃないけど、千景君には厳しい罰だと思う。

 

「それやらなきゃいけないんですか?」

「うん……これも……先輩命令だよ」

「えぇ……分かりました」

 

 千景君は深呼吸をした。何て呼ぶんだろう、今緊張してるけど、どうするんだろう。

 

「り、燐子」

「もう一度お願い、聞こえなかったよ」

「は!?マジですか!?」

「うん」

 

 私は笑顔で頷いた。実は聞こえてる。私は敢えて聞こえないと言った。もう一度呼んでほしいから嘘をついた。千景君を弄るのって結構楽しいな。

 

「燐子!これでいいでしょ!」

「うん、よろしい」

「ちょ、撫でないで下さい!」

「これからは私のこと、呼び捨てで呼んでね。あ、他の人がいる時は先輩って付けてね」

 

 私は後付けで言った。これで逃げ場はなくなった。千景君にはここで慣れてもらわないといけない。私と付き合うんだから、先輩って付けるのはなしにしないと……。

 

「えっと燐子」

「なに、千景君」

「これからもよろしく。あと、付き合ってくれて……ありがと」

「私もよろしくね。付き合ってくれて……ありがと」

 

 私と千景君は唇を重ねた。半年しか経ってないけど、ここまで来れた。友希那さん達が知ったらビックリするだろう。だから、私はここに告げよう。

 

 

ーーこれからは彼と……千景君と旋律を奏で、物語を綴っていくと……。

 

 

 

 




物語はここに終わりを迎える


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終わらぬ恋歌、図書委員に祝福あれ

エピローグと燐子誕生日回、同時にやります


 燐子と付き合ってから一ヶ月が経過した。季節は秋なのに、雨が降ったり、風が強かったりする時があった。秋は暖かい季節なのに、寒い時があるなんて……。

 

 今日は特別な日だ。10月17日、今日は燐子の誕生日だ。Roseliaの人からは誕生日プレゼントは貰っているという。ケーキの杖って言ってたが、あこちゃんが頑張ったそうだ。そのため、今日は燐子とデートとなっている。

 

「寒い、やっぱり燐子迎えに行けばよかったかな」

 

 燐子と付き合うことはRoseliaに伝えてある。皆からは祝福された。祝福された後、湊……いや、友希那先輩だ。友希那先輩達から名前で呼んでいいよ言われた。あこちゃんと燐子以外の人とはあまり関わりがない。なのに、名前で呼んでいいと言われたのだ。

 

 友希那先輩曰く、燐子と付き合うのだから、今後はRoseliaと関わることになるでしょう、という理由だった。これにリサ先輩と紗夜先輩も便乗し、名前で呼んでいいと言われた。あの時は色々ありすぎた。

 

「千景君……お待たせ」

「ああ燐子先輩おはようございます」

「千景君……また敬語使ったね……」

「やば!ごめん燐子!まだ慣れてないだけなんだ!」

 

 俺は燐子に言い訳をした。彼女には敬語を使わないように言われた、これも付き合う時に言われた。先輩と呼ぶのは他の人がいる時、呼び捨ては二人きりの時と友希那先輩達がいる時だけとなっている。友希那先輩達がいる時というのは、後付けだ。

 

 今日の燐子は気合が入っている。上は藍色のカーディガン、中は黒のセーター、下はチェックのグレーのロングスカートという、燐子らしい服装だった。髪形はお団子ロングか。ここまで気合を入れるなんて、凄いなこの人は。

 

「今日は特別に……許します」

「いいのか?」

「うん、今日はね。でも……次はないからね?次やったら……分かってるね?」

「あ、ああ!分かった!とりあえず、行こうか」

「うん!」

 

 そう言って、燐子は腕を絡めてきた。胸が当たってるけど、狙ってやってるのか?狙ってるとしたら策士だ。無意識とは思えない。当たってるなんて言っても、彼女は離れない。今日は燐子の好きなようにしてあげよう。

 

「ああそうだ燐子言い忘れてたけど、服似合ってるよ」

「千景君、それ最初に言わないと駄目だよ?」

「ごめん」

「じゃあ私も……千景君、カッコイイよ」

 

 燐子は耳元で囁いた。だからくすぐったい。近くで囁くなよ、人前でやるなんて……本当に大胆になったな。これは俺のせいなのか?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今日の千景君、カッコイイなぁ。黒のカーディガンと長袖のTシャツと黒のジーパン、黒一色の服装だ。髪型は私の好きなポニーテールだ。千景君のポニーテールは付き合う前から好きだ。千景君は分かってる。

 

「燐子最初どこ行く?」

「最初は……どうしよう。NFOのグッズ見てもいい?」

「もちろん。燐子の行きたい所なら何処でも付いて行くよ」

 

 彼は微笑みながら言った。何処でも付いて行くなんて、本当に優しい。私がこんなことを言っても、彼は来てくれる。でも、あんまり我が儘は言わないようにしよう。言い過ぎたら、千景君が困っちゃう。

 

 NFOのグッズを見ることにしたけど、何を買おう。種類は豊富だし、色々あるから迷ってしまう。決まらなくてもいいから、ウィンドウショッピングでもいいから、見ていこう。

 

「ねえ燐子」

「何?」

「これどうかな?バッグなんだけど……」

 

 千景君が持ってきたのはNFOのグッズもといバッグだった。黒いバッグで、私が使っている魔法使いのイラストを模した、落ち着いた物だ。もしかして、買ってくれるのかな?

 

「これなんだけどさ、買ってあげる」

「いいの?」

「燐子、欲しそうに見てたじゃん?だから、買おうかなって思ってさ」

「……ありがとう千景君、嬉しい……」

 

 千景君は私にバッグをプレゼントしてくれた。私は分かってる、これは誕生日プレゼントじゃない、と。何故分かっているのか、千景君は私にまだ誕生日おめでとうと言ってない。欲しそうに見ていたのは事実だ。千景君はそれに気づいて買ってくれただけだ。

 

 その後、私と千景君は買い物をした。買い物といってもウィンドウショッピングだ。それでも楽しかった。千景君と付き合ってからは毎日が楽しい。図書委員の活動の時も楽しくやれている。二人きりの時や一緒に帰って別れる時もキスをする。前とは違う日常だ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 時間はあっという間に過ぎた。夕方になり、俺と燐子は家に向かった。燐子が俺の家に泊まると言ったのだ。燐子が泊まるのは、台風の時以来だ。

 

「燐子、泊まって大丈夫なの?」

「親には言ってあるから……大丈夫だよ」

「事前に言うって早いな。準備良すぎだろ」

 

 引くけど、燐子らしい。前の燐子は遠慮しがちだったけど、付き合ってからは容赦しなくなった。俺に対しては躊躇なくやるようになった。最後まで一緒にいられるからいいか、突っ込むのはやめよう。

 

 あとは誕生日プレゼントを渡すだけだ。アレのために、俺は準備を始めた。アクセサリーではあるけど、探すのは苦労した。やっとの想いで見つけたんだ。喜んでくれるといいけど……。

 

「お邪魔します」

「どうぞ」

「千景君、部屋に入ったら……話あるんだけど……いいかな?」

「いいけど、話って何?」

 

 俺は燐子を部屋に上げた。話って何なんだ?少しだけ嫌な予感がするが、気のせいか?

 

 部屋に上げた瞬間、俺は燐子に押し倒された。案の定だ。もしかすると、話があるっていうのは嘘かもしれない。それは建前で本音は……。

 

「燐子、どうした!?」

「千景君……キスさせて」

「はぁ!?」

 

 俺は燐子に唇を奪われた。またやりやがった、俺が泣きそうになった時も燐子は唇を奪った。そっちがその気なら、仕返しをしよう。俺は燐子に反撃をした。舌を入れてやる。

 

 舌を入れた瞬間、燐子は離れようとした。逃がさねえ、彼女の肩を掴み、抱き寄せる。ここで蕩けさせてやろう。そうすれば、落ち着く筈だ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「酷いよ千景君」

「燐子も同じだろ。いきなりやるのはズルい」

「それはそうだけど……キス……したかったんだから……させてよ」

「したいなら一言言ってくれよ……」

 

 彼に抱き締められながら、私は反論した。今は夜。私は彼に仕返しをされた。その後は互いに蕩け合った。そう、私は千景君とヤッたのだ。

 

 ヤッたのは初めてじゃない。先月二回くらいやっている。千景君は優しくしてくれたから問題はない。けど、疲れちゃったな。彼を襲ったのを後悔する、私が招いたことだ。自業自得か。

 

「燐子、渡したい物あるんだけど、いいかな?」

「渡したい物?」

「えっと、これなんだけどさ」

 

 彼が差し出した物は小さい箱だった。何だろう、何が入っているんだろう。彼から受け取り、私は開けていいかを聞いた。彼はいいよ、と優しく頷いた。

 

「これって……」

「アクセサリーなんだけど、指輪ってところかな」

「指輪?」

「結婚指輪じゃなくてごめん。まだ結婚は出来ないけど、雰囲気だけで、な?」

「嬉しい……ありがとう千景君」

 

 千景君は私を抱き締めた。本当に嬉しい、まさか指輪を渡されるなんて、思ってなかった。こんなことをされたら嬉しくなる。涙が出そうだ、耐えられない。ああーー

 

 

ーー彼はなんて優しい人なんだろう。

 

 

「千景君、嵌めてくれる?」

「もちろん。燐子、指出して」

「はい……」

 

 私は彼に指を差し出した。嵌める指は中指だ。薬指は、私と千景君が結婚するまでに残さないといけない。今は、今だけはこの時間が幸せな時間だ。

 

「よかった、サイズ合った」

「私の指のサイズ……いつ測ったの?」

「燐子が寝てる時に測った。何かごめん」

「いいよ……許してあげる」

 

 私は彼の唇に優しく重ねた。千景君のことを好きになってよかった、千景君と出会えてよかった。私はなんて幸せ者なんだろう。優しい後輩と……大切な人と恋人になれて私は幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー燐子、誕生日おめでとう。大好きだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーありがとう千景君、私も大好きだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これからの二人に幸あれ。そして燐子、誕生日おめでとう


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幕間 ―甘き旋律と苦い恋歌―
旋律と恋歌、少女に生誕の祝福を


燐子誕生日回です
プラチナの鐘が鳴った時、旋律は奏でられる
なお、この回では二人は付き合ってません
あと名前で呼び合ってます
今回は本編とは別の世界線となっております


 十月十五日、燐子先輩の誕生日まであと二日。俺は先輩の誕生日に備えてプレゼントをどうしようか考えていた。

 

 先輩は何が欲しいのだろう、オンラインゲーム?それとも何だ?俺がピアノで聞きたい曲を弾いて先輩に聞かせるか?後者はいいとして、問題はプレゼントだ。

 

「千景君、一緒に帰らない?」

「いいですよ。燐子先輩と帰りたかったので、ちょうどよかったです」

 

 ここで燐子先輩と会うとは……。多分誕生日の話をするかもしれないな。プレゼントについては先輩に聞いてみるか。

 

 俺は燐子先輩と一緒に帰っている道中、誕生日プレゼントは何が欲しいかを聞いた。しかし、先輩の口からは予想外な言葉が出てきた。

 

「千景君、誕生日プレゼントの……ことなんだけど……何でもいいよ」

「え!?な、何でもですか……」

「私ね、千景君から貰える物なら……どんな物でも嬉しいんだ」

 

 先輩は笑顔で言った。何でもいいって、そんなことを言われたら困る。だが、こんなこと先輩には言えない。そうなると、自分で選ばないといけない。それは俺にとってはプレッシャーでしかない。

 

 今日はまだ時間はある。帰りに買い物をして、それで選ぶか。この人は楽しみにしているんだ。誕生日を不意にする訳にはいかない。選んだプレゼントが先輩を喜ばせることに繋がるのなら、俺はそれで満足だ。

 

 俺はライブハウス前で先輩と別れた。先輩は練習があるというとのことだ。とりあえず、買い物に行こうか。さて、プレゼントは何にしようか。燐子先輩、楽しみにしてて下さいね。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君と別れ、ライブハウスに入って練習の準備をする。友希那さん達も準備を始めているり私は深呼吸をしてキーボードの前に立った。しかし、私の頭の中には千景君がどんなプレゼントを選ぶのか、そんなことで頭がいっぱいだった。

 

「燐子、燐子ー」

「は、はい!」

「大丈夫?ぼーっとしてたけど……」

「大丈夫ですよ?何ともないですよ?」

「じゃあ何で上の空かな?もしかして、千景のことで考えてたのかな?」

 

 顔に出てたかな?千景君のことを言われたということはバレてるよね?恥ずかしい、プレゼントのことで楽しみにしているなんて言えない。あこちゃんは目をキラキラさせながら私を見ているし、今井さんと氷川さん、友希那さんに至っては顔をほっこりさせてる。やめて!私をそんな目で見ないで!

 

「燐子、千景のこと好きなんでしょ?」

「へ!?そ、そんなことは……」

「白金さん、モロバレですので、隠しても無駄ですよ?」

「そうよ燐子。貴女、顔に出てるわよ?」

「そうだよ!りんりん、白状だよー!」

 

 皆にバレてた。駄目だ、これ以上隠しても意味がない。私は何故上の空になってたのかの理由を話した。千景君のことは好きだけど、私は彼に告白出来ていない。そもそも好きだと気づいたのがつい最近なんだ。

 

 理由を言ったの後、誕生日のことで話をすることになった。その話は約三十分程続き、私は中々練習に集中することが出来なかった。早く誕生日にならないかな?このままだと私は恥ずかしさのあまり死んでしまう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 色々とあって、燐子先輩の誕生日当日となった。俺は燐子先輩に渡すプレゼントを何とか選ぶことが出来た。一昨日は迷ってばかりで選べなかったが、昨日もう一度買い物に行って選ぶことが出来た。先輩に聞かせる曲も決まった。決まったといっても前にやった曲だがな。

 

 俺は早めに家を出て、喫茶店でコーヒーを飲みながら燐子先輩と待ち合わせをしている。先輩は今Roseliaの人達、湊先輩達とファミレスに行ってお祝いをしているんだろう。午前はRoselia、午後は俺と一緒に出掛けることになっている。先輩と一緒にいられるのはとても嬉しいが、あまり振り回さないようにしよう。

 

「早めに来たのはいいものの、暇だな……。早く燐子先輩に会いたいな」

「千景君……だよね?待たせちゃったね……」

「先輩!あれ、いいんですか?湊先輩達と一緒なんじゃ……」

「千景君もうお昼だよ?」

 

 俺は時計を見た。え、もう昼なのか!?早いな、てことは二時間待ったのか。まぁいいや、燐子先輩と会えたのならこれくらい、どうってことない。

 

「燐子先輩、どこか行きませんか?」

「どこか?じゃあ千景君の……お家でいいかな……」

「俺の家ですか?わかりました、じゃあ行きましょう」

「ごめんね……待ち合わせさせちゃって……回りくどかったよね」

「大丈夫ですよ。迎えに来たってことにすれば問題ないですよ。俺は燐子先輩と会えただけでも満足ですから」

 

 先輩にそう言うと、先輩の顔が赤くなった。これは出掛けるのではなく、家デートということになるのか。プレゼントは鞄の中にある。包んでもらったから、傷は付いてない。

 

 俺は先輩をエスコートしながら自分の家に向かった。やっぱり先輩、可愛いな。はぁ、ここまで先輩が可愛く思えるなんて、重症だな。俺は先輩のことは好きだ。だが、告白は出来ていない。いつ告白出来るのか、いつ付き合えるのか、それはまだわからない。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君の家に着き、私は千景君の部屋に招待された。最初にピアノを聞かせてくれるとのことで、私は千景君の隣に座った。彼が弾いてくれる曲は「ホンノタビビト」だ。私もこの曲は聞いたことがある。千景君は自分の耳を便りに音を覚えたそうだ。所謂耳コピ、彼は凄いや。

 

「千景君、綺麗だったよ」

「ありがとうございます。先輩にそう言われると嬉しいです」

「ふふっ。そういえば……これって家デート……だよね……」

「燐子先輩、俺気にしないようにしてたのに……。口に出されると恥ずかしいですよ」

 

 言われてみるとそうだ。私は両手で顔を抑えて千景君に赤くなっている顔を見えないようにした。ああ、私は彼の前で何てことを言ったのだろう。これじゃあ気まずくなっちゃうよ!

 

 そんなことを思っていると、頭に何かが乗った。これは……千景君の手?また撫でられた。千景君に撫でられるのは嬉しいけど、恥ずかしいよ。

 

「千景君、わざとやってるの?」

「やってませんよ。先輩が可愛かったので、つい……」

「わざとだぁ」

 

 こんなことでも私は嬉しかった。千景君と一緒にいられる、千景君に撫でられる。それは私の心を落ち着かせるには充分過ぎるものだ。

 

 その後、私は千景君から楽しみにしていたプレゼントを貰った。何だろう、あこちゃんからはNFOのグッズぁったけど、彼は何を選んだのだろう。私は包みを開けた。箱?何なのかな?

 

「開けていい?」

「どうぞ。先輩なら喜んでくれると思って選んだので」

 

 私は箱を開けた。これは……ネックレス?十字架のネックレスだ。千景君、苦労して選んだんだね。ありがとう、千景君。

 

「先輩になら似合うかなと思って選びました」

「ありがとう!千景君付けていいかな?」

 

 いいですよ、と千景君は言った。千景君は何て言うかな?きっと似合ってるって言ってくれる筈だ。私はネックレスを付けて千景君に見てもらった。

 

 千景君にここまでしてもらえるなんて、私は幸せ者ものだ。彼のことを好きになってよかった、彼と出会えてよかった。

 

「どうかな……」

「とっても似合ってますよ。眩しすぎるくらいに」

「ありがとう千景君」

「どういたしまして、燐子先輩」

 

 私と千景君は見つめ合いながら言い合った。告白は出来なかったけれど、まだ先になるかもしれない。いや、今は出来なくてもいいかな。今は、彼と一緒にいられるこの時間を大切にしないと……。

 

 




誕生日回執筆完了です
今回の話は前書きにも書きましたが、本編とは繋がりはありません
この先の展開は読者様のご想像にお任せします


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叶った願いとこれから叶える願い

今回の二人は付き合っていますが、本編とは別次元です


 燐子さんと付き合い始めて3年が経過した。燐子さんは花咲川を卒業して大学に進学した。俺も卒業後、彼女に付いて行くかのように同じ大学に進学した。

 

 

ーー俺は卒業してから一人暮らしを始めた。ここまではいいんだ。そう、ここまでは……。

 

 

「燐子さん」

「千景君……何……?」

「あの……いつまでくっついているんですか?恥ずかしくて耐えられないんですけど……」

「私の気が……済むまでかな……」

 

 俺の隣にいる女性、もとい燐子さん。この人、俺が一人暮らしをするって言った途端、一緒に住もうって言ったのだ。それも顔を近づけて必死にだ。断ったら毎日夜這いを掛けるって脅してくるし、ここまでされたら命が危ない。

 

 もちろん、俺は了承した。この人はありがとうって言って俺に抱き着いたりもした。抱き着かれるのは嬉しいが、あまりやられると色んな意味で身が持たない。

 

「ねえ千景君……何度も言うんだけど、私のこと……呼び捨てで呼んでって……言ってるよね?あと敬語も禁止だよ?」

「それは……絶対ですか?」

「また敬語使った」

「分かった、分かったよ。えっと……燐子」

 

 よろしい、そう言って燐子は俺の頭を撫でた。何か弟みたいな扱いを受けてるんだけど、気のせいか?いや、気のせいであってくれ。

 

 呼び捨てと敬語禁止は付き合ってから言われた。今まで燐子を先輩と呼んでたのに、今は呼び捨てで呼んでいる。まぁ、燐子が幸せそうならいいか……。

 

「そういえば、今日って七夕だよな?」

「そうだね……千景君は願い事どうするの?」

「願い事?もう決まってるよ」

「決まってたんだ。私はまだ……決めてないや……」

 

 燐子はまだ決まってないのか。俺は既に決まっている。願い事は誰かに言えば叶わない何て言うが、本当なのか。本で何度か見ても、諸説ありますとかだから疑問だ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 千景君は願い事は決まっていると言った。でも、私は決まっていなかった。そもそも、願いなんて叶っているんだ。

 

 RoseliaとしてFWFに出る、千景くんと付き合う、千景君とずっと一緒にいる、千景君と幸せになる。もう全部叶っている。願い事なんてもう無い。

 

「あれ……これって全部千景君のことだ……」

「燐子?何かあった?」

「な、なんでもないよ!」

「そっか、何かあったら言えよ?話なら聞くからさ」

「あ、ありがと……」

 

 どういたしまして、彼は微笑みながら言った。相変わらず笑顔が眩しい。今日の千景君、何かキザだなぁ。ライブの感想を言われた時の事を思い出すよ。

 

 千景君の髪は肩まであったけど、今は腰まで伸びている。よく見ると、今日はポニーテールだ。7月7日は七夕だけじゃなく、″ポニーテールの日″でもあるらしい。私は髪を下ろしてるけど、ポニーテールにした方がいいかな?

 

「ねえ燐子」

「千景君!?顔……近いよ……」

「燐子元気ないからどうしたのかなって思ったんだ。俺、何かしちゃったか?」

「ううん!千景君は何もしてないよ!」

「そうか?NFOでフレンドリーファイアしちゃったとかで怒ってるのかなって思ったんだけど……」

「あれは終わった話だよ。怒ってないから安心して」

 

 千景君は心配してくれてる。願い事が決まってないっていう理由で、彼に迷惑を掛けるなんて情けない。これじゃあ私、千景君の隣に立つ資格無いよ……。

 

「燐子、また自分のこと下に見てる?」

「下には……見てないよ……」

「もう一つ聞くけど……何で泣きそうになってるの?」

「っ!?こ、これは……」

 

 私は彼に言われるまで気づかなかった。そう、涙を流していたのだ。千景君は私に近づき、涙を拭って抱き締めた。頭を撫で、背中をさすってくれた。私を安心させようとしてるんだ。

 

 私は彼の胸に顔を埋め、気が済むまで泣いた。千景君は私が泣き止むまで頭を撫でてくれた。私が年上なのに、年下の千景君に慰められるなんて、これじゃあ私の立場が無くなる。

 

 

ーーありがとう……千景君。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 燐子はどのくらい泣いたんだろう。理由を聞くと、願い事が決まっていなくて、どうしようか焦っていたのだ。このまま決まらずに1日が過ぎたらどうしよう、また俺に迷惑を掛けるかもしれないと不安だったのだ。

 

「相当追い込まれてたんだな……」

 

 俺は彼女に膝枕をして寝かせている。泣き止んだ後に寝ちまうなんて、高校の頃と変わってないな。

 

 俺はこうして燐子の寝顔を眺めている。燐子が起きるまで待っていようと決めた。こんな所を友希那先輩達に見られればどうなるか、リサ先輩ならからかってくるだろう。紗夜先輩ならお楽しみでしたねって言うかもだし……あこちゃんだと、どこまでイッたのとかやべえこと聞きそうだな。

 

「まぁあこちゃんなら聞きかねないよな」

「ん……」

「あ、燐子起きたか。おはよう」

「おはよう千景君……。私、どのくらい寝てた?」

「1時間くらいかな」

 

 燐子は膝枕をされていることに気付き、顔を真っ赤にさせた。俺に何度も謝り、膝痺れてないよねとか立てるとか言って心配した。全く、燐子は可愛いな。

 

「燐子、大丈夫だから安心して」

「本当に?本当に大丈夫?」

 

 

ーー燐子が安心するまで数分掛かった。燐子ってこんなに心配性だったっけ?

 

 

 時間は過ぎ、深夜になった。俺と燐子は二人で部屋から空を眺めることにした。綺麗な夜空だ、こうして燐子と空を眺めるなんて……嬉しいな。

 

「燐子、願い事は決まったのか?」

「もう願い事は決まってるよ」

「あれ、決まってたのか」

「うん……その願い事はもう叶ってるけどね……」

「叶ってる?」

 

 俺がそう言うと、燐子が俺に近づき、唇を奪った。こんなロマンチックな雰囲気で唇を奪うなんて、燐子……恐ろしい女だ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

ーー私は不安だった。

 

 

 七夕の当日なのに、願い事が決まっていないということに不安だった。このまま決まらずに七夕が終わったらどうしようか、凄く不安だった。

 

 私がそのことで泣いた時、千景君は側で慰めてくれた。私が何かあった時、彼は側にいてくれた。今回のことを彼に話した時もだ。一緒に決めようかとまで言ってくれた。

 

 願い事はいっぱいあって迷った。Roseliaのことはもう叶っているからいい。千景君のことでいっぱい悩んだ。

 

 私は悩みに悩んで答えを見つけた。千景君と空を眺めている時に答えを見つけた。彼の唇を奪って、私は叶った願いを言った。

 

「それはね……千景君とずっと一緒にいることだよ」

「それが燐子の願いか。俺も言うけど、これから叶える」

「千景君の願い事って何?」

「俺の願い事は……」

 

 願い事を言う前に、彼は私に近づき、目を瞑って私の唇を奪った。

 

「燐子を幸せにする」

 

 千景君の願い事を聞いた瞬間、私はまた涙を流した。今度は違う、今度は嬉しくて泣いた。

 

「り、燐子!?」

「違うの……これは嬉しくて……泣いてるだけだから……」

「よかった、一瞬やばって思ったから……」

 

 千景君、本当にありがとう。私は涙を流しながら、感謝の気持ちを込めて言った。今の私は笑顔なのかもしれない。どんな顔をしているか分からない。でも、私はそれでも彼に伝えたい。

 

 

ーー千景君、私と出会ってくれってありがとう。

 

 

ーー私を好きになってくれてありがとう。

 

 

 千景君の隣に相応しい恋人になろう。千景君に何かあったら側にいてあげよう。私も彼を幸せにするんだ。二人で、これからの未来を歩むんだ。

 

 昔の私ならこんなことは出来なかった。でも、今の私なら……千景君と一緒なら出来る。

 

 願い事はもう叶ってたんだ。私の願い事は叶っているけれど、千景君の願いはこれから、その願いは私も一緒に叶えてあげよう。

 

 

ーー千景君、ずっと一緒だよ。

 

 




これからの二人に幸あれ


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