【完結】けものフレンズ(勝手に)2 (佐藤東沙)
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第一話 いるかとあしか

「うわー、海ってすっごく広いね、かばんちゃん!」

「うん、そうだねサーバルちゃん」

 

 見渡す限りの大海原。二人の少女がバスを改造した舟に乗り、どんぶらこどんぶらこと進んでいます。その二対四つの瞳は、普段見る事のない光景に輝いておりました。

 

 彼女達は“フレンズ”。動物、もしくはその一部に“サンドスター”と呼ばれる摩訶不思議な物質が当たって生まれた、“アニマルガール”です。元になった動物の性質を受け継ぎますが、その容姿は不思議な事に、例外なく人間の女の子に似た姿になるのです。

 

「ねえねえかばんちゃん、海ってなんで青いのかな?」

 

 ネコミミと尻尾を生やし、随所に斑点の意匠が施された服を着た少女が、同乗者に問いかけます。元気な彼女は“サーバル”。『ネコ目 ネコ科 サーバル属 サーバル Leptailurus serval』のフレンズです。ちょっとおっちょこちょいですが、好奇心が強く身体能力が高く、そして何より友達思いです。

 

「う、うーん……空の色が映ってるから、じゃないかな? ほら、水に顔が映ったりするし……」

 

 帽子を被り、大きなかばんを背負った少女が応えます。彼女の名は“かばん”。昔は自らの種族すらも知りませんでしたが、紆余曲折を経て成長し、こうして海に飛び出した、『霊長目 ヒト科 ヒト属 ヒト Homo sapiens』のフレンズです。身体能力は低いですが持久力が高く、手先が器用で高い知能を有しています。

 

「おおー! きっとそうだよ、さっすがかばんちゃん!」

「そ、そんなことないよぉ。それに、合ってるか分からないし……」

「海ハ元々青インダヨ、カバン」

 

 人工的に合成された電子音が、かばんの腕に巻かれたレンズのような物体から発されました。

 

「ラッキーさん」

「ボス!」

 

 声の主は“ラッキービースト”。フレンズのすみか“ジャパリパーク”のガイドロボット、そのうちの一体です。よんどころない事情でボディの大半を失ってしまっていますが、それでも知能と機能には問題はありません。本来はフレンズと直接喋る事は許可されていませんが、今は諸事情あってその制限は解除されています。

 

「太陽光ハ虹ノ色カラ出来テイルンダケド、海ハ青色以外ヲ吸収シテシマウンダ。ソノ青色ガ様々ナ方向ニ散ラバッテ、ソノ一部ガボクタチノ目ニ入ルカラ、海ハ青ク見エルンダヨ。空ノ色ガ映リコンデイルノモ確カダケドネ」

「へー……。あれ? 海の水をすくった時は透明だったのに、それでどうして青くみえるの?」

「青以外ヲ吸収スルト言ッテモ、ホンノチョットノ量ジャ分カラナイヨ。沢山ノ海水ガアッテヨウヤク、目ニ見エルヨウニナルンダヨ」

 

 サーバルは話を理解できたようで、感心したような表情を見せています。かばんと共に行動する事で、少しばかり賢くなっているようです。

 

「なんで青色だけが吸収されないんですか?」

「青イ光ハ波長ガ短イカラダケド……。ウーン、ソウダネ、青ハ特別ナ色ダカラダト思ッテオケバ、大体間違イナイヨ」

 

 前提知識のない二人には理解しきれないとラッキーは判断し、曖昧な説明に切り替えました。随分と高性能な人工知能です。これもまたサンドスターの影響によるものなのかもしれません。

 

「さっすがボス! ものしりだね!」

「うん、すごいねラッキーさん!」

 

 二人はそんな説明に納得したようで、キラキラとした瞳をラッキーに向けます。そこで何となく会話が途切れ、潮騒(しおさい)だけが響く中。かばんが、サーバルをまっすぐ見つめました。

 

「その、サーバルちゃん」

「なーにー?」

 

 見つめられたサーバルは、こてんと首を傾けます。そんな彼女に向けて、かばんは少しだけ微笑みながら言いました。

 

「ありがとう」

「え?」

 

 いきなりの感謝の言葉に、サーバルはぱちくりと目を(しばた)かせます。やわらかな表情のかばんが、大切なものを扱うように言葉を重ねました。

 

「『ヒトを探す』というのはボクのわがままだったのに、ついて来てくれて」

 

 だからこそかばんは、こうして海に漕ぎ出したのです。もっとも正確には、サーバルは勝手について来たのですが、そこは問題ではないようでした。

 

「いいんだよかばんちゃん! 私もかばんちゃんと一緒にいたかったから!」

「サーバルちゃん……」

 

 サーバルはかばんに満面の笑みを向けます。心の底からそう言っている事が分かる、向日葵(ひまわり)のような笑顔でした。

 

「それに――へぅわぁあ!?」

「うわぁっ!?」

 

 何かを言いかけたサーバルが、奇声を上げて前に倒れ込みます。かばんもそれに巻き込まれ、二人揃って仲良く座席に突っ伏す事になってしまいました。

 

「い、いたたた……」

「ご、ごめん。だいじょうぶかばんちゃん!?」

「だ、大丈夫だけど……なにが……?」

「な、なんかいきなり、首筋につめたいのが……」

 

 目の端に動くものを見つけ、二人の目線が自然と下に向けられます。そこには、びちびちと元気よくのたうち回る、一匹の魚の姿がありました。

 

「……おさかな?」

「跳ねたのが飛び込んできたのかな?」

 

 どうやら海面から跳ねた魚がサーバルの首に当たり、それに驚いて倒れてしまったようです。思わぬ珍事に目をぱちくりさせる二人でしたが、そこに外から声が響いてきました。

 

「あー! 私のお魚がー!」

「ちょっと、どこまで行くんですか!?」

 

 髪色が上から灰・水・白のグラデーションになっている少女と、白黒ツートンカラーの髪色をしたメガネの少女が、海上からひょっこりと顔を覗かせておりました。

 

 

の の の の の

 

 

「ありゃ、そりゃあごめんねー」

「もう、アナタはそそっかしいんですから……」

 

 グラデーションの少女はてへへと笑って頭の後ろに手をやり、残る一人がそれをたしなめるように眉をハの字にしています。二人は車上に上がり、サーバルとかばんに向き直っていました。車中はあまり広くはありませんが、皆小柄なので四人でも何とか収まる事が出来ています。

 

「ちょっとびっくりしたけど、平気だよ!」

「お二人は、なんのフレンズさんなんですか?」

 

 かばんの問いかけに、グラデーションの少女が胸を張りました。

 

「私は“バンドウイルカ”! イルカって呼んで!」

 

 『鯨偶蹄目 マイルカ科 バンドウイルカ属 バンドウイルカ Tursiops truncatus』のフレンズです。その言葉を証明するかのように、陸に上がった彼女のスカートからは、ヒレのついたイルカの尾が伸びていました。

 

「私は“カリフォルニアアシカ”です。どうぞアシカとお呼びください」

 

 メガネの少女は、『ネコ目 アシカ科 アシカ属 カリフォルニアアシカ Zalophus californianus』のフレンズです。確かに言われてみれば、ロンググローブや水着はアシカのごとく艶のある黒で、長い黒髪はまるで尾びれのようでした。

 

 そんな海獣フレンズ二人に対して、サーバルが元気よく自己紹介します。

 

「私はサーバル! こっちはかばんちゃんだよ!」

「かばんちゃん? そんなフレンズ、いましたかしら?」

「……ひょっとして、ヒト?」

「ヒトを、知ってるんですか?」

 

 意外なところから出て来た意外な言葉に、かばんが目を見開きます。そんなかばんの様子を気にする事なく、イルカは何の事もなさそうに続けました。

 

「昔はいっぱいいたよー。いつの間にかいなくなっちゃったけどねー」

「どこに行ったか知りませんか!?」

「わっかんない」

「そうですか……」

 

 無情な台詞にかばんが肩を落としました。無理もありません。イルカはどうやら、細かい事をあんまり気にしない性格のようでした。

 

「ひょっとして、ヒトを探しているのですか?」

「はい、ぼくもヒトのようなので」

「なるほど、仲間を探しているという事ですか……。申し訳ありませんが、私ではお役に立てそうにありません」

「いえ、気持ちだけでも嬉しいです。ありがとうございます」

 

 敬語同士の二人の横で、サーバルが興味津々といった顔で、イルカに質問していました。

 

「ねえねえ、イルカちゃんはどうしておさかなを追いかけてたの?」

「ちょっと小腹が空いたから、おやつにしようと思って」

 

 フレンズは通常、ジャパリまんという肉まんのようなものを食べていますが、それだけしか食べられないという事はありません。可能ならですが、料理を作って食べる事もあります。食性は雑食になっているようですが、そこはフレンズ。元の動物の性質もしっかり受け継いでいるので、イルカが魚を追いかけても何らおかしい事はないのでした。

 

「そしたら逃げられちゃって――」

「海からぴょんってとびだして私に当たったんだね! あははは、おもしろーい!」

「面白い……かなぁ?」

「おもしろいよー!」

「……そう言われれば面白いかも! じゃあ次はもっとたくさんとばそう! トビウオ祭りだよ!」

「なにそれすっごくおもしろそう! 私もやるー!」

 

 脳みそがとろとろとろけてバターになりそうな会話ですが、フレンズは概ねこんな感じです。根っこが野生動物なので、割と本能で生きています。割合には個体差があります。

 

「それにしても……ヒト、ヒトかぁ……懐かしいなあ……」

「どうしたの?」

 

 ひとしきり騒いだイルカがふとかばんに顔を向け、遠い目を見せます。サーバルがその顔を覗き込み、かばんとアシカの目もまた彼女に向きます。そんな視線を気にする事なく、イルカはニコッと笑顔を見せて宣言しました。

 

「……うん、よし! ヒトなら久しぶりのお客さんだ! いいもの見せたげるよ!」

「おや珍しい。()()をやるんですね、イルカ?」

「うん! 手伝って、アシカ!」

「もちろんです」

 

 

の の の の の

 

 

「うわー、すごいすごーい!!」

「本当にすごいねサーバルちゃん!」

 

 サーバルとかばんが見つめる先では、バンドウイルカとカリフォルニアアシカによる“ショー”が行われていました。水を味方に、縦横無尽に泳ぎ回る二人が高く跳び上がり、空中で交錯します。

 

「えいっ!」

「それっ!」

 

 今度はイルカが一際高くジャンプし、アシカが反対側からその下をくぐり抜けます。アーチを描く水しぶきに太陽の光が反射し、きらきらと虹色に(きら)めきました。

 

「ふわぁ……!」

「きれい……!」

 

 サンドスターを思わせる七色の輝きに、サーバルとかばんの瞳も輝きます。そこでアシカが、どこからともなく青いボールを取り出しました。

 

「いきますよ!」

「おっけー!」

 

 ボールがぽーんと、空高く投げ上げられます。イルカがそれに追随して跳び上がり、更に上へと弾き飛ばしました。

 

「それっ!」

 

 落ちて来るボールに向け、イルカと入れ替わるようにアシカがジャンプします。彼女はイルカと同じように、空中でボールを真上に打ち上げました。

 

「やあっ!」

 

 アシカの次はイルカ、イルカの次はアシカと、入れ代わり立ち代わりボールを跳ね上げます。ボールは重力から切り離されたように宙を舞います。まるで二人がかりのお手玉です。

 

「アシカ!」

「ええ!」

 

 イルカが一際高くボールを飛ばすと、海上でスタンバイしていたアシカがそれを受け止めます。手ではなく、なんと頭で。よく弾んでいたはずのボールは、まるで磁石が入っているかのようにアシカの頭に貼り付き、全く落ちる気配を見せません。

 

「よっ、はっ、ほっ」

 

 動物のアシカが優れたバランス感覚を持っている事は有名ですが、この“アシカのフレンズ”にもそれは立派に受け継がれているようです。もっとも動物の方のアシカは、頭ではなく鼻とヒゲでボールを支えるのですが、まあ些細な事です。

 

「よーしラスト! 大技行っくよー!!」

 

 言うと同時にイルカが海に潜り、勢いよくアシカを下から持ち上げます。そしてそのまま尾びれで水を激しく叩き、驚くべき事に尻尾の力だけで海上を疾走し始めました。自分一人のみならず、アシカを肩に乗せてです。これはフレンズの身体能力だからこそでしょう。

 

 野生のイルカもジャンプはしますが、このように尾で水面を叩いて身体を持ち上げるのは、ヒトが教えないとできません。どうやらこのバンドウイルカのフレンズは、かつてヒトの飼育下にあった個体のようです。

 

「はいっ!」

 

 アシカは海を駆けるイルカに乗っていますが、頭上のボールはやはり落ちる事はありません。風圧も重力も足場の悪さも何のそのです。とんでもないバランス感覚です。

 

 彼女らはそのままバスの周りを一周すると、合体を解除し、バスで見守る二人に向け笑顔でポーズを決めました。サーバルとかばんは当然拍手喝采です。

 

「すごいですお二人とも!!」

「すごい、すごいすごーい! ホントにすごーい!!」

 

 サーバルの語彙力がお亡くなりになられていますが、それも無理もありません。言葉を忘れるほどに見事な完成度だったのです。彼女の語彙力は普段からこんなもんだというのは気のせいです。

 

「えへー、ありがとー!」

「ありがとうございます!」

 

 そんな素晴らしいパフォーマンスを見せた二人は、どこか得意げに手を振ります。ひょっとしたら、在りし日を思い出していたのかもしれません。何はともあれ、ここで終わっていたならばとても綺麗にまとまっていたでしょう。しかしそうは問屋ならぬサーバルが卸しません。

 

「すごいすごいすごい! 私もやるー!」

「え?」

 

 サーバルは興奮を抑えきれず、ぴょんとバスを飛び出します。かばんが止める暇もない早業でした。

 

「みゃ、みゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ!!!!」

 

 そしてその勢いのまま、なんと海を走り始めました。右足が沈む前に左足を出せば沈む事はないという、究極の脳筋理論を現実にしています。一体いかなる原理が働いているのでしょう。これもサンドスターが起こした奇跡なのでしょうか。

 

「サ、サーバルちゃん!?」

「おぉー」

「あら、やりますねあの子」

 

 これには三人もビックリです。温度差はあるようでしたが。

 

「うみゃみゃみゃみゃみゃ!!」

 

 飛沫(しぶき)を巻き上げ海を掻き分けサーバルは走ります。その姿はまるでブレーキの壊れたダンプカーか、暴走する機関車です。

 

「みゃ――――みゃ!?」

 

 イルカとアシカと同じように、バスの周りを一周するまではよかったのです。しかし戻ろうと、急に方向転換したのがよろしくありませんでした。物理法則が仕事を思い出し、当然の帰結としてサーバルは失速し、ざっぽーんと音を立てて哀れ海に沈んでしまったのです。

 

「う゛み゛ゃー!?」

「サーバルちゃーん!!?」

 

 サーバルは体を張って文字通り、オチをつけてしまう事になったのでした。

 

 

の の の の の

 

 

「ビックリしたよサーバルちゃん……」

「あ、あははは……」

 

 得意というほどではありませんがサーバルは泳げるので、大事にはなりませんでした。これもやはり元になった動物の影響でしょう。水を嫌うネコもいますが、サーバルキャットはしっかり泳げるのです。

 

「それにしても、二人ともすごかったよ!!」

 

 余韻できらきらと目を輝かせるサーバルが、再度バスに乗ってきているイルカとアシカを絶賛します。深呼吸し気分を落ち着かせたかばんもそれに続きました。

 

「本当にすごかったです。さっきのは、PPP(ペパプ)みたいに誰かに見せたりはしないんですか?」

 

 かばんは人気のペンギンアイドルユニットの名を引き合いに出しますが、イルカはゆっくりと首を横に振ります。その表情は、どこか物寂しさを感じさせるものでした。

 

「私にとっての“お客さん”は、ヒトだけだから」

「私は気にしませんが……やはりイルカは少し気にしすぎなのでは?」

「ごめんねアシカ。でも、ここは譲りたくないんだ」

 

 細かい事を気にしないであろう彼女がこう言うという事は、これは彼女にとってきっと細かくない事なのでしょう。過去に何があったのかはイルカにしか分かりません。しかし決して譲らない事は分かっているアシカは、ため息をついて肩をすくめました。

 

「……まあ私も無理にそうしたい訳ではありません。イルカが嫌だと言うのならそこまでです」

「ありがと」

 

 なんとなくしんみりとした空気が流れる中。そんな空気を読まないきゅるるーという音が、かばんのお腹から鳴り渡りました。

 

「かばんちゃん、お腹すいたの?」

「う、うん……」

「じゃあごはんにしよう!」

「そ、そうだね!」

 

 少しばかり赤くなった顔を誤魔化すかのように、かばんは荷台に積んである袋に手を突っ込みます。彼女はそこからジャパリまんを取り出すと、近くにいたアシカに差し出しました。

 

「はい、どうぞ」

「よろしいんですか?」

「ええ、さっきのお礼だと思ってもらえれば」

「お礼…………」

 

 アシカがそのジャパリまんを見つめます。その瞳は焦点があっておらず、ここではないどこか、今ではないいつかを幻視しているかのようでした。

 

「アシカさん?」

「ご、ごめんなさい。ええ、いただきますね。ありがとうございます」

 

 不思議そうな顔をしたかばんから、慌てたようにジャパリまんを受け取ります。その様子をやはり不思議に思ったのか、サーバルが声をかけました。

 

「どうしたの、アシカちゃん?」

「昔……そう、遠い昔の事を思い出していました。と言ってもおぼろげで、本当にあったかどうか私にもよく分からないのですけどね」

「昔、ですか?」

「ええ……。……昔の私は、さっきのように、誰かから何かをもらっていた気がします。かばんちゃんさんを見て、ふとそんな感覚が浮かんできました。懐かしい……とても懐かしい感覚です」

「アシカさん……」

 

 ちゃんはいりませんよ、とは言えない雰囲気です。しかしこの場には、そんな雰囲気をものともしないフレンズが存在していました。

 

「お腹空いたよ、早く食べようよー」

「そ、そうですね! いただきましょう!」

「いっただっきまーす!」

「い、いただきます」

 

 小腹が空いていたイルカに促され、しんみりした空気もお構いなしなサーバルが音頭を取り、皆一斉にジャパリまんを頬張りました。

 

 

の の の の の

 

 

「では、私達は行きます」

「それじゃーねー」

 

 アシカがぺこりと一礼し、イルカがひらひらと手を振ります。とそこで、イルカが何かを思い出しました。

 

「あ、そうだ。言い忘れるとこだった」

「なーにー?」

「最近、海のごきげんがあんまりよくないから気を付けてね」

「ご機嫌、ですか?」

「ええ、どうも奇妙な感じです。海の中でセルリアンらしきものを見かけた事もありますし、注意してください」

「セルリアンは怖いですからね……。分かりました、気を付けます。わざわざありがとうございます」

「うん、よくわからないけどわかった! ありがとー!」

 

 言うべき事は言ったと、海獣二人が海に飛び込まんとしたその時、かばんがイルカを呼び止めました。

 

「あ、あのっ、イルカさん!」

「ん?」

 

 イルカは不思議そうな顔で振り向きます。かばんはそんな彼女に向け、意を決したように言いました。

 

「本当に、すごかったです! だから――」

「だから?」

「――他の誰かに、もっと見せてもいいんじゃないでしょうか! そ、その、あんなにすごいのに、誰にも見せないのは、もったいないと思います……!」

「………………」

 

 イルカの顔は、前髪に隠れて窺う事が出来ません。誰も、サーバルさえも口を開く事なく、場に沈黙が流れます。短いような長いような、何とも言えない不可思議な時間が過ぎ去り、イルカが前を向きました。

 

「………………ま、考えとくよ」

 

 その一言だけ残し、彼女は海に飛び込み潜って行ってしまいました。

 

「ああちょっと……! すみません、私もこれで」

「う、うん、またね!」

 

 アシカもまた海に飛び込み、イルカの後を追いかけます。にわかに静かになったバスの中。サーバルが海を見つめ、誰に言うともなしにこぼしました。

 

「いっちゃったね」

「……ねえ、サーバルちゃん」

「どうしたのかばんちゃん?」

「ぼくは、余計な事を言っちゃったのかな……」

 

 かばんの瞳が揺れています。そんなかばんの手を、サーバルが力強く握りました。

 

「そんなことないよ!」

「サーバルちゃん……」

「誰にも見せたくないんだったら、私たちにも見せなかったはずだもん! だからイルカちゃんも、本当は誰かに見てもらいたかったんじゃないかな?」

「あ……」

 

 サーバルが鋭く本質を突きます。彼女はただのおっちょこちょいではありません。ほかの人の気持ちを(おもんばか)れる、すばらしきおっちょこちょいなのです。結局おっちょこちょいなんじゃないか、とかそういう細かい事は気にしてはいけません。

 

「それに、あんなにすごかったんだもん! 他のみんなも見たいと思うよきっと!」

「……ふふっ、そうだね。やっぱりサーバルちゃんはすごいや」

 

 笑顔になったかばんに、サーバルが不思議そうに首をかしげました。

 

 

の の の の の

 

 

「ずいぶん遠くまで来たね、サーバルちゃん」

「こんなにすすんでも終わりが見えないなんて、海ってほんとに広いんだね」

 

 ざんぶらこざんぶらこと、バスは海を進みます。もう陸地はどこにも見えません。周り一面、のっぺりとした凪の海です。

 

「……オカシイヨ」

「ラッキーさん? どうしたんですか?」

 

 そんな中、かばんの腕に巻かれているラッキービーストが怪訝そうな声を上げました。

 

「コノ辺リニハ、小サナ島ガイクツカアルハズナンダ」

「しま?」

「……何も見えませんよ?」

 

 二人はきょろきょろと辺りを見回しますが、島らしきものは何も見えません。あえて言うなら、カモメかウミネコらしき鳥が空を飛んでいるくらいです。

 

「ウーン……ヒョットシタラ、大キナ地殻変動デモアッタノカモシレナイヨ。パークデモ、地形ガ既存ノデータト食イ違ウ事ガアッタカラ」

「ええと……原理は分かりませんけど、地面が大きく動いて、島が海に沈んでしまった、という事ですか?」

「ソレデ合ッテイルヨ、カバン。地殻――――」

 

 ラッキービーストが何かを言いかけたその時。かばんの隣から、どさっという何かが倒れるような音が聞こえてきました。

 

「え?」

 

 かばんが反射的に顔を横に向けると、今さっきまで元気に喋っていたはずのサーバルが、床に倒れていました。その息はひどく荒く、彼女の身に尋常ならざる事態が起きている事を示していました。

 

「サーバル!?」

「サーバルちゃんッ!?」

 

 かばんの顔が、蒼白に彩られました。

 




 一期の最後、バスにはかばんとサーバルの他にも誰かいたようですが、ここでは二人だけという事にしています。


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第二話 うみのうえのほてる

「サーバルちゃんッ!?」

 

 倒れたサーバルの肩をかばんが掴みます。体温は変わらないようですが、息は荒いままです。どうしようとパニックになりかけたその時、手首のレンズ状の物体から冷静な声が響きました。

 

「落チ着イテ、カバン」

 

 ラッキービーストです。機械であるラッキービーストは、こういう時でも平静を保つ事が可能なのです。

 

「ドウヤラ、サンドスターガ枯渇シカケテイルヨウダネ」

「サンドスターが!?」

「ジャパリマンヲ食ベサセテ、サンドスターヲ補給サセルンダ」

「分かりました!」

 

 かばんは荷台の袋を開け、ジャパリまんを取り出します。

 

「コノママダト危険ダ。パークニ戻ルヨ」

 

 ピコピコとレンズ状の部品が点滅し、バスが180°回頭します。ラッキービーストは、このバスの運転手でもあるのです。

 

「サーバルちゃん! 食べられる!?」

「ぅ……」

 

 かばんが小さくちぎったジャパリまんをサーバルの口に当てますが、意識のない彼女が食べる事は出来ません。それを見たかばんの瞳に、決意が宿りました。

 

「ダメだ……なら――!」

 

 かばんはジャパリまんを咀嚼すると、サーバルの顔を上に向かせ。迷わず口を合わせると、どろどろになったそれを流し込みました。

 

 

の の の の の

 

 

「モウ大丈夫。コレナラ、ソノウチ目ヲ覚マスハズダヨ」

「よ、よかった……」

 

 かばんは胸を撫で下ろします。サーバルはすうすうと寝息を立てており、危険な状態を脱したという事を示していました。

 

「でも、サンドスターが足りなくなるなんて、なんで……」

「激シク動イタカラダネ。海ノ上ヲ走ッテイタカラ、ソレデタクサン消費シタンダト思ウヨ」

 

 フレンズは生きているだけでサンドスターを消費しています。生きていくためのエネルギーとしてサンドスターを必要とする、と言い換えた方がいいかもしれません。そしてフレンズは、体内のサンドスターがなくなると、元の動物に戻ってしまうのです。

 

「……あれ? 今までもサーバルちゃんは激しく動く事はあったのに、平気でしたよ?」

「ソレハサンドスターノ濃イパーク内ダッタカラダネ。パークカラ離レテサンドスター濃度ガ薄クナッタカラ、少シノ運動デ枯渇シテシマッタンダト思ウヨ」

 

 フレンズはジャパリまんからだけではなく、空気中のサンドスターを吸収する事も出来るようです。しかしそれは同時に、彼女達はサンドスターの薄い場所には行けないという事も意味していました。

 

「島ニハサンドスターヲ放出シテイル火山ガアッタカラ、モット遠クマデ行ケルハズダッタンダケド……マサカ、島ガナクナッテイルトハ思ワナカッタヨ」

「それは……仕方ないですよ。そんなの、誰にも予想なんて出来ません」

「ソレデモ、フレンズノ健康管理ハボクノ仕事ダ。ダカラ、ボクノ責任ダヨ」

「そんな事――!」

「うーん……」

 

 その時、眠っていたサーバルがもぞもぞと動きました。反射的に顔を向けたかばんの目の前で、サーバルのまぶたがゆっくりと開いてゆきました。

 

「……あれ、かばんちゃん……?」

「サーバルちゃん!」

 

 かばんは勢いよくサーバルに抱きつきます。サーバルは目をぱちくりさせながらも、おずおずと彼女を抱きしめ返しました。

 

 

の の の の の

 

 

 陽が水平線に沈みかけ、海を赤く染める頃。サーバル達は、ジャパリパークへと戻ってきていました。

 

「サーバルちゃん、体は本当に大丈夫なの?」

「うん、もうなんともないよかばんちゃん!」

「それならいいけど……無理はしないでね」

「大丈夫!」

 

 サーバルはにっこりと笑顔を見せます。かばんはまだ若干心配そうですが、サーバルの興味が正面の景色に向いた事を見て取り、追究を一旦引っ込めました。

 

「ここ、でた時とはちがうところだよね。どこだろう?」

 

 出港したのは小なりと言えども港でした。しかるにこの場所は、奥には桟橋こそ見えていますが、どう見ても港ではありません。そして手前にはとても目立つ建物が立っており、桟橋の奥には砂浜が、そのまた奥には林が見えています。二人にとっては見覚えのない場所です。

 

「一番近クテチョウドイイ場所ガココダッタンダ。ココモジャパリパークダカラ心配イラナイヨ」

 

 ポンコツだから別の場所になった訳ではありません。むしろメンテナンスもなしに今まで稼働しているのですから、非常に優れた性能だと言えるでしょう。

 

「今日ハモウ遅イカラ、アソコニ泊マロウ」

「あれってなーにー?」

「ジャパリホテルダヨ」

 

 手前の建物を指してラッキービーストが言います。それはホテルと言うには、形状が大分逸脱していました。窓がたくさんあるビルという点は変わりませんが、屋上にはクジラを(かたど)った巨大なオブジェが設置されています。そして何より驚いた事に、建物の下半分が海に没しておりました。

 

「ホテルって?」

「旅ヲシテイル人ガ、一時的ニ休ムトコロダヨ。ロッジト似タモノダト思エバイイヨ」

「へー」

「明かりがついてますね」

「データリンクノ通リナラ、フレンズガイルハズダヨ」

「じゃあ早速いってみよう!」

「もう海の上を走っちゃダメだよ?」

 

 

の の の の の

 

 

 かばん達が到着する少し前。ホテルの中で、とあるフレンズがソファーに身体を預け、やる気もなさげにぐだーっと溶けていました。

 

「あー……」

 

 都市迷彩のようなまだら模様の、灰と濃緑のパーカー。ところどころが跳ねている灰色の髪に、瞳孔が縦に裂けた金色の目。スカートからは細く長い尻尾が伸び、彼女の種族を表しています。『爬虫綱 有鱗目 クサリヘビ科 ハブ属 “ハブ” Protobothrops flavoviridis』のフレンズです。

 

「なー、なーなーなー」

「はい、なんでしょう?」

 

 そんな彼女に返事を返したのは、全体的に薄いピンク色の少女でした。エプロンドレス風のミニスカ衣装に、頭には変わった形の髪飾り。頭の上の獣耳は、特徴的な垂れ耳です。『哺乳綱 鯨偶蹄目 イノシシ科 イノシシ属 イノシシ亜種 “ブタ” Sus scrofa domesticus』のフレンズです。

 

「いつまで掃除やってんだー?」

「もちろん、ピッカピカになるまでです!」

 

 ブタはハブに答えながらも、手に持ったモップを動かします。彼女は綺麗好きなのです。しっかりと元の動物の性質を引き継いでいます。といっても別に太ってはいませんが*1

 

「ピッカピカにしてどうするってんだー?」

「お客さんがいつ来てもいいように、綺麗にしておくんです!」

「ほー、お客さん、お客さん、ね」

 

 ハブの口元が皮肉気にゆがみ、黄金の瞳がぎらりと光りました。

 

「客なんかいつ来るってんだ! こんなオンボロホテルになんざ誰もこねーだろ!」

「で、でもこの間、二人も来ましたよぅ」

「ありゃただの人探しで、しかもすぐに帰ってっただろ! つーか二人“も”つってる時点で、客がいねーのは明らかじゃねーか!」

 

 毒舌です。どうやら毒蛇なので毒を吐くという事のようです。ちなみに動物の方のハブは、ピット器官*2で熱を探知すると問答無用で噛みつくという、とても攻撃性の高い蛇です。毒そのものは弱いのですが量が多いので、人が死ぬ事もままあります。

 それを考えると、これでも大分マイルドになっているのかもしれません。

 

「あーもう、同じ事何回言わせんだよ……。客がいねーんだから、掃除なんかしたって意味ねーだろーがよ……」

「ほほう、では私も同じ事を何回でも言いましょう」

 

 ハブが座っているソファーの裏側から、にゅっと頭が生えてきました。銀と黒の大きな獣耳と、それと同色の美しい髪が目を惹きます。ブレザーにも似た濃灰色の服装が、彼女の髪色とよく調和しています。『哺乳綱 ネコ目 イヌ科 オオミミギツネ属 “オオミミギツネ” Otocyon megalotis』のフレンズです。

 

「げっ!」

「支配人!」

 

 そしてブタが言うように、このホテルの支配人でもあります。従業員はこの三人しかいませんが。

 

「私達は、いつお客様が来てもいいように、ホテルを完璧に保たなければならないのです!」

「クソ、地獄耳め……」

「何か?」

 

 オオミミギツネは鋭い眼光でハブを黙らせ、勢いに乗って畳みかけます。

 

「だいたい! アナタの持ち場はここじゃないでしょう! さっさと戻る!」

「だってよぉ、お客――」

「お客さんは来ます! 必ず来ます! 見なさい、この素晴らしい景色を! 他では決して見る事は出来ませんよ!」

 

 めいっぱい胸を張り、ガラスの向こう側に手を向けます。確かに彼女の言う通り、絶景であり他では見られない景色と言えるでしょう。

 

「水ん中に! 沈んでんじゃねーか!」

 

 何しろ半分海の中なのですから。景観という点では唯一無二でしょうが、わざわざフレンズが来るかは疑問です。海獣系のフレンズなら海中の景色は見慣れているでしょうし、水を忌避するフレンズも存在します。

 

 そもそもの話として、このホテルは陸地と直接は繋がっていないので、泳ぐか空を飛ばないと来られません。アクセス面からして問題があると言えるでしょう。

 

「うるさいわよ! ここはねえ、元々はすっごく人気のあるホテル……だったらしいんだから! お客さんが来ない訳ないの!」

「らしいって何だ! いつの話だ! 今! 客なんざ誰もいねーだろ!」

「いつ来るか分からないから準備するのよ!」

 

 いい事言った、とばかりにオオミミギツネはドヤ顔を見せます。ハブはそれに毒気を抜かれたのか、大きく息をつきました。

 

「はあぁぁ……。……なぁ、ところで今気づいちまったんだが」

「何かしら?」

「…………もし、もしだが、このホテルにお客がたくさん来たとして」

「いい事じゃない」

「この三人で手は足りんのか?」

「ぁっ…………」

 

 オオミミギツネが完全に固まりました。まるで石像のごとしです。どうやら全く考えていなかったようです。大きなケモミミのてっぺんから尻尾の先まで硬直してしまった彼女を横に、ブタが拳を握りしめて宣言しました。

 

「あっ、あの、そしたら私、もっともっと頑張りますから!」

「ブタさんは素直でイイ奴だなあ……」

「えへへ……」

「でもなぁ、こればっかは頑張って何とかなるとは思えねえんだよなあ……」

「ええー!?」

 

 どんなに頑張ってもどうにもならないでしょう。なにせ、物理的に手数が足りなくなるのです。フレンズは大抵とんでもない身体能力*3を持っていますが、それでも不足なのは目に見えています。

 

 ホテルの未来に暗雲が漂っている事に気づいてしまったその時。ロビーの方からチンチンチンという、呼び鈴の音が響いて来ました。

 

「お客様ッ!?」

「あっおい!」

 

 オオミミギツネは、将来惹起(じゃっき)されるであろう全ての問題を棚上げにして、ホテル支配人としての本能が命じるままに走り出しました。

 

 

の の の の の

 

 

「あはは! これおもしろーい!」

「サ、サーバルちゃん、もういいんじゃないかな?」

 

 受付に備え付けられていた呼び鈴を、サーバルが調子よく鳴らしています。当初彼女には呼び鈴が何だか分からなかったのですが、ラッキービーストが使い方を教えてしまったのです。

 

「お、お待たせしました。ジャパリホテルへようこそ!」

 

 何故か三三七拍子で鳴らされていた呼び鈴を、急いで駆け付けたオオミミギツネが止めます。そのままさりげない仕草で取り上げ、営業スマイルを二人に向けました。

 

「わたくし、当ホテル支配人のオオミミギツネと申します。お泊まりですか?」

「は、はい」

「うん!」

「――った」

 

 小さく呟かれた言葉に、かばんとサーバルの意識が向けられます。そんな二人の様子も意識の外に、オオミミギツネは喜色を(あらわ)にしました。

 

「――やった! やったやった、やったー! やっぱりお客さんは来るのよ! そうよ、人手不足が何よ、お客さんが少ないのが何よ! 私はこのホテルをパーク一のホテルにするの!」

 

 ぴょんこぴょんこと飛び跳ね始めた彼女に、かばんとサーバルの目がまんまるになります。ひとしきり跳ねた後、その視線にようやく気付いたオオミミギツネは、顔を真っ赤にさせながらも支配人としての業務に戻りました。

 

「た、大変失礼いたしました。すぐにお部屋を用意させて頂きますので、申し訳ございませんが、ここでしばらくお待ちください!」

 

 それでも恥ずかしかったようで、早足で走り去って行ってしまいました。二人はそんな彼女の後ろ姿をぽかんと見つめていましたが、かばんが気を取り直してサーバルに向き直りました。

 

「お、大きな耳のフレンズさんだったねサーバルちゃん」

「そ、そうだね。私よりおっきかったかも!」

「オオミミギツネノ耳ハ、顔ト同ジクライノ大キサガアルヨ。ソレデ虫ノ動ク音ヲ聞キツケテ食べルンダ」

「虫を食べるんですか?」

「小鳥ヤ果物ナンカモ食ベルケド、主食ハシロアリダヨ」

「へー、すっぱそうだね!」

「ど、どうだろ……?」

 

 どうやらサーバルは食べてみた事があるようですが、アリはすっぱいのです。これは蟻酸(ぎさん)という毒を持っているためです。しかしシロアリはアリではないため蟻酸は持っておらず、従ってすっぱくはないでしょう*4

 

「かばんちゃんかばんちゃん、外見て外!」

「え? うわぁ――――!」

 

 海上ホテルであるため、窓の外には海が広がっています。果てしない海は、吸い込まれてしまいそうな深い蒼色です。夕焼けの余韻が空を淡い茜色に染め上げ、海と空が美しいコントラストを描き、ちぎれ雲がアクセントとなっています。

 

「キレイだね……」

「うん、すっごいね……」

 

 太陽が沈むにつれ、そんな風景が刻一刻と色を(かす)れさせていきます。まるで水平線が溶け落ち、海と空とが渾然一体となってしまうようでありました。

 

「あれ? なんだろ?」

「え?」

 

 ふと横を向いたサーバルが何かを見つけました。壁に半円形の、大きな扉らしきものが嵌まっています。彼女がその前に立つと、いきなりそこが開かれました。

 

「らっしゃい!」

「うわぁ!」

「ははっ、びっくりしたか? まさにヤブヘビってヤツだ!」

 

 扉ではなくシャッターだったようです。その向こうにはスペースがあり、そこからハブが飛び出してきました。客が来た事を察知して、いつの間にか持ち場についていたのです。彼女は『客がいない事』は不満でも、『ホテル従業員として働く事』には特に不満は無いようでした。

 

「えーと、ここは……」

「おう、お土産コーナーだ! 色々置いてるぜ?」

「おみやげ?」

「旅の思い出や記念になるような品物の事だ」

 

 『おみやげ』と書かれた暖簾(のれん)が上から垂れ下がっており、棚には様々な物品が並べられています。そのうちの一つを、サーバルが手に取りました。

 

「なんだろこれ……棒?」

 

 何故か全国の土産物屋に置かれている定番、木刀です。()には『じゃぱりパーク』という文字が入っており、ご当地感を醸し出しています。サーバルはそれを楽しそうに振り回しますが、ハブがびくりと反応しました。

 

「うおっ、こっちに向けんな! 俺はそういうのが苦手なんだよ!」

「そうなの? ごめんね」

 

 どうやらハブ取り棒を思い出すようです。妙な形で元の動物の性質を引き継いでいます。

 

「これってひょっとして――サーバルちゃん?」

 

 かばんが手に取ったのは、台の上にたくさん並べられている、デフォルメされた二頭身でした。ハブがすかさず説明を入れます。

 

「おっ、ぬいぐるみとはお目が高いな。今一番人気の商品だぜ」

「それ、私? 似てるかなー?」

「うん、似てるよ。ホラ、耳の形とか服もそっくりだよ」

「そう言われるとそんな気がしてくるかも! かばんちゃんのはないのかな……あっ、これカラカルかな?」

 

 サーバルが取り上げたのは隣のぬいぐるみです。シルエットや服のディテールはサーバルに似ていますが、色が違います。サーバルは浅黄(あさぎ)に近い色合いですが、こちらは赤みが強く、薄めの緋色です。また服にはサーバルにはある斑点がなく、耳の先端に房毛(ふさげ)がついているのが特徴的でした。

 

「知ってるフレンズの人?」

「うん、お友達だよ! かばんちゃんは……そういえば、会ったことなかったかも」

「……かばん? お前、かばんって言うのか?」

 

 ハブが唐突に、かばんの名に反応しました。まじまじと見つめる彼女に向け、サーバルが元気よく手を上げます。

 

「そうだよ! こっちはかばんちゃんで、私はサーバル! かばんちゃんを知ってるの?」

「あ、ああ、俺はハブだ。いや、知ってるっつうか……。……お前がかばんなら、ヒトか?」

「そ、そうです。あの、どこかでお会いしましたか……?」

「いや、そういう訳じゃあない。お前を探してるヤツらに会ったんだよ」

「僕を?」

「かばんちゃんを?」

 

 息がぴったりの二人にハブは一つ頷きを返し、その時の事を話し始めました。

 

「何日か前、『ヒトのフレンズを探してる』って二人組が来たんだ。んでその片方が、お前の名前を出してたってワケさ」

「誰が……?」

「それは――――ああ、ちょうどいいな。こいつらだ」

 

 ハブが手に取ったのは、種類の違うぬいぐるみ二つです。片方は鱗状の茶色いスカートに同じ模様のハンチング帽、もう片方は模様は六角形ですが似た帽子に、藍色の髪。かばんとサーバルの目が、後者にとまりました。

 

「これって……」

「……オオアルマジロさん?」

「知り合いか?」

「はい、前に一度……でも、なんで?」

「ヘラジカが呼んでるのかな?」

 

 サーバルがオオアルマジロのボスの名を挙げます。しかしそれだと、腑に落ちない点があります。

 

「それなら、オオアルマジロさんと一緒にいるのは、ヘラジカさんと一緒にいたフレンズさん達の誰かじゃないかな?」

「あっ、そっか」

「俺も探してる理由までは聞いてねえな。まあ直接会って確かめてみりゃいいんじゃねえか? 連中が今どこにいるかは知んねえけどよ」

「そうですね……」

 

「大変お待たせいたしました。お部屋のご用意ができましたので、こちらにどうぞ」

 

 ちょうどその時オオミミギツネが現れ、二人をスイートルームに案内したのでした。

 

 

の の の の の

 

 

 部屋に荷物を置き、ホテル内の施設を一通り回った後。かばんとサーバルの二人は明かりを消した部屋の中で、ベッドに横になっていました。かばんは仰向けですが、サーバルは本能のためか、うつ伏せで猫のようなポーズです。

 

「わぁ……」

 

 かばんが窓の外を見て声を漏らします。揺れる海藻の間に魚が泳ぎ、その鱗に月光が時折反射して白銀にきらめいています。そう、ここは海中に位置する部屋なのです。

 

 この薄いガラスでは水圧を受け止めきれない*5ようにも思えますが、割れる気配は微塵もありません。このホテルは陸地に立っていたが半分水没した、とオオミミギツネ達は思っているようですが、ひょっとしたら最初からこういう建物だったのかもしれません。

 

「その……かばんちゃん」

「どうしたのサーバルちゃん?」

「ごめんね」

「えっ?」

 

 唐突にかけられた意外な言葉に、かばんは困惑します。サーバルは元気なく言葉を続けました。

 

「その……私、あんまり頭がよくないから、考えてようやく気づいたんだけど…………。私がたおれたから、かばんちゃんはパークに戻ったんだよね? だから、私がいなかったら、今頃ヒトを見つけられてたかも――」

「そんな事ない!」

 

 かばんはベッドから思わず身体を起こします。常にない強い調子にサーバルは目を(しばた)かせますが、構わずかばんは詰め寄りました。

 

「サーバルちゃんを危ない目にあわせてまでやらなきゃいけない事なんてない!」

「かばんちゃん……」

「だから……『私がいなかったら』なんて、言わないで……」

 

 うつむいてしまったかばんに、サーバルがそっと手を伸ばします。その手がかばんの頬に触れ、少しだけ濡れたその時。枕元に置かれていた、レンズ状の部品が点滅しました。

 

「二人トモ、モウ寝タ方ガイイヨ」

「ボス……」

 

 黙って経緯を見守ってきたラッキービーストです。その声はいつもと変わらぬ合成音ながら、どこか優しく響くようにも思われました。

 

「人間モフレンズモ、疲レテイルト良クナイ事ヲ考エルト聞クヨ。ダカラ今ハ眠ッテ、疲レヲトッタ方ガイイヨ」

「……そうだね。寝よっか、かばんちゃん」

 

 サーバルの言葉に、かばんはこくりと一つ頷きを返します。二人はほどなく眠りにつきましたが、その手は強く重ねられておりました。

 

 

の の の の の

 

 

「――んちゃん! かばんちゃん、起きて!!」

「ぅん……なに……?」

 

 焦ったようなサーバルの声に急かされ、かばんの意識が眠りから引き上げられます。周りはまだ暗く、未だ夜は明けていません。ですがそんな事に構っていられないと言わんばかりに、サーバルが一点を指し示しました。

 

「あそこ! あれ見て!!」

 

 指の先の窓の外。仄暗い海の中で、何かが(うごめ)いています。

 

「ぇ……?」

 

 夜の海に紛れてしまいそうな、暗い灰色の体躯。表面はでこぼこしていますが、全体としてはゆがんだ球のような楕円のような奇怪な形状です。明るさが足りないせいで分かりにくいですが、その体からは触手のような太い腕が四本、うねうねと伸びています。

 

 そして、体の中央に鎮座する、ぎょろりとした一つ目。()()と目が合ったかばんが、驚愕と共にその名を叫びました。

 

「セルリアン!!」

 

*1
平均的なブタの体脂肪率は13%前後。

*2
一部の蛇が持つ、赤外線を感知する器官。

*3
コミック版だと、サーバルが1㎞を34~35秒で走り、300㎏の岩を16m投げている。これでも『フレンズ標準』。

*4
食べてみた人の話によると、木の香りと仄かな甘みがあるらしい。

*5
一例として、沖縄(ちゅ)ら海水族館の巨大水槽(高さ8.2m×幅22.5m)は、厚さ60cmものアクリルガラスを使っている。




 評価感想ありがとうございます! 短編から連載に変更しました。


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第三話 ほてるおおそうどう

「セルリアン!!」

 

 セルリアン。フレンズを()()()()性質を持つ、フレンズの天敵です。()()()()()フレンズは元の動物に戻り、記憶も消えてしまいます。セルリアンは形も大きさも様々ですが、目が一つしかなく、“石”と呼ばれる弱点が身体のどこかにある事は共通しています。石を破壊すれば倒せますが、それ以外で倒すのは困難です。

 

「うわっ!」

「ガラスが!?」

 

 そのセルリアンが、ガンガンと窓ガラスを叩き始めました。いかなジャパリパーク驚異の技術力と言えど、こういう状況は想定されていません。みるみるうちにガラスにひびが入り始めます。

 

「逃げようかばんちゃん!」

「う、うん!」

 

 反射的にラッキービーストと帽子とかばんを引っ掴み、大急ぎで部屋を出ます。その後ろから、バリンとガラスが破れる音が聞こえてきました。

 

 咄嗟にドアは閉めましたが、その下からわずかに海水が染み出してきています。ホテル内の空気が抜けないと水は入って来られないので、完全に浸水するまでは時間がかかるはずです。とはいえ悠長にもしていられません。

 

「どっちに逃げよう!?」

「上! 上なら水も入ってこないよ!」

 

 かばんの声に従い二人は走り出します。その後ろで、水の流れ込む音が一際大きくなりました。

 

「ホテルのフレンズさん達にも知らせないと!」

「で、でも、どこにいるのか分からないよ!?」

 

 広いホテルです。今からあちこち探し回るのは現実的ではありません。大声を出せばあちらから見つけてくれるかもしれませんが、セルリアンが寄って来る可能性もあります。何よりあまり時間をかければ、入って来る水で身動きが取れなくなってしまう事でしょう。

 

「カバン、アノボタンヲ押スンダ。アソコノ、赤イランプノ下ダ」

「ラッキーさん! 分かりました!」

 

 かばんがラッキービーストの指示を疑う事なく受け入れ、薄いプラスチックの奥にあるボタンを強く押し込みます。そう、ホテルには必ずある、非常ベルのボタンを。

 

「うわっ!」

「この音は!?」

 

 ジリリリリと、ホテル中に大音量が鳴り響きます。とっさの判断で、火災報知器を警報代わりにしたのです。やはりとんでもない高性能人工知能です。その音に追われ、フレンズが部屋から転がり出て来ました。

 

「なんだなんだ何事だ!?」

 

 ハブです。意外と近くにいたようです。かばんが現状を端的に伝えます。

 

「セルリアンです! 窓が破られて水が入って来てます!」

「何だとぉ!」

 

 あまりの事態に、スカートから伸びる長細い尻尾がぴんと立ちます。それでも素早く状況を飲み込んだ彼女は、二人と並んで走り始めました。

 

「オオミミギツネちゃんとブタちゃんは!?」

「今の時間なら上で寝てるはずだ! つってもこの音で起きんだろ!」

「なら上まで逃げて二人と合流しましょう!」

 

 

の の の の の

 

 

「セ、セルリアンが来るだなんて……」

「ど、どうしましょう、支配人……」

 

 上階、ホールにて。三人は残る二人のフレンズと合流を果たしていました。海面より高いここならば、内部が完全に水没しても水は入ってきません。ですが、予断を許すような状況ではない事は明白でした。

 

「うぅ……まだお客様もほとんど来てないし、PPP(ぺパプ)のライブもロクに見てないし、ホールでディナーショーもやってもらってないし、握手もしてないし、新曲も聞いてないのに……」

「お前んな事考えてたんか……」

「意外と余裕ありますね……」

 

 そんな危機的状況で思わず欲望が漏れ出るオオミミギツネに、ハブとブタが半ば呆れた目を向けます。それに気付いた彼女は、頬をわずかに赤く染めて咳払いしました。

 

「ゴホン! と、とにかく! どうにかしないといけません!」

「どうにかって……どうすんだ?」

「に、逃げましょうよぅ」

 

 ブタがハブの服の裾を掴み、気弱そうに提案します。しかしハブは眉をひそめました。

 

「……セルリアンは海から来たんだよな? このホテルから陸に行くにゃ、泳がなきゃならねえんだぞ?」

「あ……」

「泳いでる間に襲われてしまうでしょうね。私達は、そこまで泳ぎが得意という訳でもありませんし」

「あ、あの、すみません、僕は泳げないです……」

「そんなぁ……」

 

 かばんの自己申告もあり、ブタの垂れ耳がより垂れます。まあ最初から無理がある提案です。泳げると言っても、セルリアンより速く泳げるかは分かりません。追いつかれたら最悪全滅です。

 

 ちなみにかばんは泳げませんが、これは訓練する機会がなかったからでしょう。ヒトは陸上生物としては、むしろ泳ぎが上手い方です。オリンピック選手は時速7.5~7.6㎞で泳げますが、これはペンギンと大体同じくらいの速度*1なのですから。

 

「ハンターの人達を呼べば……」

「来る前に俺らが襲われなきゃいいがな。つーかどうやって呼ぶんだよ」

「あぅ……」

 

 ハンター。セルリアンを狩る事を生業とするフレンズです。彼女達なら確かにどうにかなるでしょうが、今ここにいない以上はどうにもなりません。ラッキービースト間の通信で呼ぶにしても時間がかかります。ハブの言うように、その間にセルリアンに襲われてしまうでしょう。

 

「そうだ、みんなでバスに乗っていったらどうかな?」

「全速力で飛ばしたから充電が切れてるって、ラッキーさんが……」

「ダメかあ……。あ、ここでじゅうでんできないかな? ほら、あのカフェの時みたいに!」

「ココニモ充電設備ハアルケド、時間ガカカルヨ」

 

 日が昇ったらホテルの太陽光発電で充電するつもりだったので、今はまだカラです。夜でもホテルの電気は使えるので充電池はどこかにあるのでしょうが、そこから取ってホテルそのものの電源が落ちる事を懸念したのが(あだ)となりました。

 

「そっか、あの時も時間かかったもんね……」

「それに、バスから電池を抜く時に襲われるかも」

 

 初めて聞くラッキービーストの声にホテルのフレンズが騒いでいますが、説明したらすぐに納得してくれました。基本的に彼女らは素直なのです。

 

 それはともかく、出る案にことごとく問題点が見つかってしまっています。こうなればと腹を括ったオオミミギツネが、拳を握りしめて宣言しました。

 

「こうなれば、戦うしかありません! 私達のホテルは私達で守るのです!」

「あ、あの、私は戦いは……」

「ブタさんアナタ力は強いでしょう! 今やらずにいつやるというのですか!」

「おい落ち着けよ。確かにやるしかねーんだろうが……お前らは戦えるのか?」

「私は大丈夫!」

「僕はちょっと無理です……」

 

 フレンズの身体能力や戦闘能力は、概ね元の動物に準じます。クマやライオンのような大型獣なら強く、コアラのような小型獣では弱く*2なります。

 

 この場のフレンズを、元になった動物の体重で比較すると、オオミミギツネは3~5㎏、ハブは1.3㎏前後。ブタは100㎏を超えますが見ての通り及び腰。ヒトは40~60㎏といったところですが、かばんはフレンズとしては少し特殊で、体格相応の身体能力しかありません。結局のところ、戦力になりそうなのは元が10~15㎏のサーバルのみです。

 

「一人だけでもいるだけマシか……?」

「あ、あの、セルリアンは海の中にいるのに、どうやって戦うんですか……?」

 

 ブタが重大な問題点を指摘します。泳げると言ってもさほど得意ではない以上、海中では上手く動けないでしょう。セルリアンに後れを取ってしまう可能性は、決して低くありません。

 

「うげ、そういやそうだった……」

「うぅっ、八方塞がりじゃない……。逃げるのも戦うのもダメなんて……せめて、PPP(ぺパプ)の新曲ライブだけは見たかったわ……」

「諦めんの早すぎんだろ! 戦うんじゃなかったのかよ!」

 

 ああでもないこうでもないと、どったんばったん大騒ぎです。そんな中、サーバルの視線が自然にかばんに向かいます。彼女は瞳に決意を宿し、一歩前に進み出ました。

 

「考えがあります。皆さん、聞いて下さい」

 

 

の の の の の

 

 

「どうですか、オオミミギツネさん?」

「――――いますね。でも、ずいぶん遠いです。ひょっとしたら、私達を見失っているのかも」

 

 ホテル内部、大ホール。水が侵食して来ている波打ち際。オオミミギツネが目をつぶり、海中に意識を向けます。彼女の役目は、聴覚による偵察です。その聴力ならば、距離があってもセルリアンの動きを捉える事が可能かもしれない、とかばんは考えたのです。

 

 なお火災報知機の警報音は、すでにラッキービーストが止めています。普通は操作パネルを直接いじらないと止まらないはずですが、ここではラッキービーストが干渉できるようになっているようです。

 

「な、なら、今のうちに逃げられませんか?」

「無理よ」

 

 腰が引けているブタを、オオミミギツネがばっさりと一刀両断します。

 

「さっきも言ったけど、私達が泳いでいる時に気付かれたら逃げ場がないわ。セルリアンがどこにいるかが分かっても、こっちが動けなきゃ意味がないの。ここで倒しておかないと」

「って事は、やっぱここまでおびき寄せねえとだな」

「う、うぅ……よ、よし! やります!!」

 

 ブタがおみやげの木刀を振り上げ、柱をガンガンと叩き始めます。セルリアンに聴覚や触覚があるかは分かりませんが、暗い海の中で活動しているのなら、その可能性は低くない――というのが、ラッキービーストの推測です。ダメならまた別の方法を考える予定でしたが、どうやらその必要はなかったようです。

 

「――――! 動きました! こっちに向かってます!」

 

 オオミミギツネの耳がぴくぴくと動きます。緊張が走る空気の中、かばんの声が響きました。

 

「みなさん、作戦通りに!」

 

 四者四様の返事が返され、海中からセルリアンがその姿を現します。大きさは150cm程度といったところで、セルリアンとしては中型です。だからこそ、ホテルの廊下や階段を通り抜けられたのでしょう。

 

 セルリアンは四本の触手をうねらせ、空中に浮かびます。セルリアンの中には水を苦手とするものもおりますが、これは水陸両用のようです。巨大な一つ目が、ぎょろりと不気味に動きました。

 

「えーい!!」

 

 オオミミギツネが木刀を投げつけます。投擲(とうてき)は本来ヒトの専売特許のようなもの*3ですが、フレンズはヒトと酷似した身体を得ているために可能なのです。元の動物の性質に引きずられたのかフォームはかなりデタラメですが、身体能力がそれをカバーします。

 

「ひぃ! こっち向いた!」

「ったりめーだろ! 動け!」

 

 木刀はカンという音を立て、セルリアンに命中しました。セルリアンは弾力のあるゴムのような体をしている事も多いのですが、どうやら硬い個体のようです。その一つ目がオオミミギツネを捉え、触手がうねうねと伸びます。彼女は尻尾の毛を逆立たせ、一目散に逃げだしました。

 

「うひゃあああ!」

 

 触手をよけながらオオミミギツネが走ります。セルリアンの動きそのものは遅めですが、不規則に動くため厄介です。さらに触手の速度はそれなりで、おまけに四本もあるので必死です。

 

「ハ、ハブ、まだなのぉ!?」

「もうちょい待て!」

 

 他のセルリアンと異なり表面がでこぼこしているので、弱点の石がそれに紛れてしまっています。その事を予想していたかばんが、ハブに石探しを依頼していたのですが、難航しているようです。

 

「――見つけた! 体の真後ろだ! ほんの少しだが温度が高い!」

「お、温度なんてわかんないわよー!?」

「スマン! 形が綺麗な四角形だ!」

 

 ハブにはピット器官があり、赤外線、つまり熱を可視化する事が出来ます。そしてセルリアンには体温があります。かばんは以前の経験からそれらの事柄を知っており、ならば熱の差から石を探す事が出来るかもしれない、と推測したのです。

 

 むろん何の証拠もない、単なる憶測です。ですがそれは今、正しかった事が証明されました。

 

「サ、サーバルさん、はやくぅー!」

「うぅー、そんなに動かれたらうまくあてられないよー! オオミミギツネちゃん、止まれないー!?」

「ムチャ言わないでー!!」

 

 とは言え、それで石を破壊できるかはまた別の話です。石に直接攻撃を当てるなら、セルリアンの飛んでいる場所までジャンプしなければなりませんが、急に動かれると狙いがズレてしまいます。跳躍してセルリアンに取り付き、しかるのちに破壊するという手もありますが、触手が危険です。

 

「うぅー、私だって、私だってー!」

「お、おい!?」

 

 ブタが片足で数度地面を蹴り、セルリアンに突進します。予定にない行動にハブの目が点になり、セルリアンの視線がブタへと向けられます。四本の触手が、ターゲットを変えました。

 

「うわぁああああー!!」

「危ねえ!!」

 

 ブタの勢いはすさまじく、まさに猪突猛進です。ですが馬鹿正直に正面から行ってしまってはいい鴨です。触手が(うごめ)き、彼女を絡めとらんとしたその時。かばんの声が横から響きました。

 

「ブタさんそのまま突っ込んでっ!!」

 

 セルリアンの目が唐突にブタから外れ、触手の動きが止まります。セルリアンの目を惹いたのは、紙飛行機でした。かばんがあらかじめ作っておいたものです。セルリアンには動くものを追いかける習性があるため、それを利用して足止めをするつもりだったのです。

 

 予定とは少し違う形で使われた紙飛行機は、しかしてその役目を見事に果たします。その一瞬の隙にブタがセルリアンの懐に飛び込み、走る勢いを全て注ぎ込んで、彼女は頭を上に思いっきり突きあげました。

 

「う、あああああ――――ッ!!!!」

 

 轟音と共に、セルリアンが天井に叩き付けられます。『しゃくり』です。元はイノシシの習性で、敵に突進しその勢いのまま頭を持ち上げ捻りこむ、というもの。まともに当たると成人男性でも数メートルは吹っ飛び、太腿の血管が破れて死ぬ事もあります。

 

 フレンズになっても、その習性はしっかりと受け継がれているようです。いえ、パワーアップしていると言うべきかもしれません。なおイノシシを家畜化したものがブタなので、イノシシの習性がブタに残っているのは全くおかしくありません。同種とされる事もあるくらい近いのです。

 

 とにもかくにも、セルリアンの動きは止まりました。その瞬間を狩人は、本来肉食性の獣であるサーバルは逃しません。

 

「うみゃみゃー!!」

 

 天井につきそうな程に高く高く跳び上がり、自慢の爪を振り下ろします。ぱっかーんと石は破壊され、セルリアンは無数の色とりどりなキューブとなって飛び散り消滅したのでした。

 

 

の の の の の

 

 

「いやあやるなあお前! ヒトってのは頭いいんだなあおい!」

 

 ハブが笑顔で機嫌よく、ばしばしとかばんの背中を叩きます。かばんは困ったような顔で、しかしさりげなーくその手を押さえて言いました。

 

「いえ、みなさんのおかげです。その、すみませんでしたオオミミギツネさん、一番大変なところをやらせてしまって……」

「い、いえ、私が適任でしたから」

 

 聴覚による偵察はまだしも、囮は地味にキツイ役どころです。付かず離れずセルリアンを引き付けておかなければなりません。しかし彼女の言うように適任ではありました。オオミミギツネにはセルリアンに対抗できるだけのパワーはありませんが、それなりにすばしっこく頭も回るからです。

 

「ハブさんもありがとうございます。石を見つけてくれなかったら、きっと倒せませんでした」

「なあにいいって事よ! 石の温度が違うかも、なんて俺一人じゃ思いつかなかったしな!」

 

 ハブはばっしんばっしんと再び背中を叩きますが、かばんはやはりそれとなくその手を押さえます。水面下で微妙な戦いが起こっていますがそれは置いて、かばんが心配そうな顔をブタに向けました。

 

「ブタさんは……大丈夫ですか?」

「は、はい。あの、ごめんなさい、勝手に動いちゃって……」

「いえ、ブタさんが無事ならよかったです」

 

 紙飛行機だけでセルリアンの動きを封じ切れたかどうかは、微妙なところです。ブタがある程度のダメージを与えていたからこそ、ああも上手く作戦がハマった……のかもしれません。はっきりしない? セルリアンの詳細なデータが不明な以上、それは仕方がない事です。

 

「そ、その……サーバルちゃん、ごめん」

「え?」

「もっと、安全な方法を考えつけたらよかったんだけど……ううん、僕が戦えていれば……」

「いーの! フレンズによって得意なことちがうから!」

 

 サーバルを危険に晒したと落ち込むかばんを、サーバルが笑い飛ばします。

 

「私はあんまり頭がよくないから、かばんちゃんが代わりに考えてくれてるんだよ! だから気にすることなんてないよ!」

「ほー、かばんが考えてサーバルがやるのか。なかなかいいコンビじゃねえか」

「そ、そうですか……?」

 

 サーバルがふふんと胸を張ります。

 

「そうだよ! かばんちゃんは、すっごくすごいんだから!」

「そ、そんなことないよ。サーバルちゃんの方がすごいよ!」

「かばんちゃんの方がすごいよ!」

「サーバルちゃんだよ!」

「かばんちゃん!」

「サーバルちゃん!」

 

 むーっとにらみ合いますが、次の瞬間相貌(そうぼう)を崩し、どちらからともなくぷっと噴き出します。それにつられて皆の頬も緩み、笑い声がホテルの中に響いてゆきました。

 

 

の の の の の

 

 

「にしても、これからどうすっかねえ……」

 

 内部まで浸水したホテルを見ながら、ハブが黄昏ています。先程とは打って変わって、今のホテルのように沈んでいます。そんな彼女の後ろから、オオミミギツネがひょっこり頭を出しました。

 

「コラ、お客様がいらっしゃるのにそういう事言わない!」

「つってもよお、マジでどうすんだよ。ただでさえお客が少なかったのに、こんなんじゃあますます来なくなるだろ」

「うっ」

「しかも来たら来たで、三人じゃそのうち手が足りなくなるのは目に見えてる」

「ううっ」

「泊まれる場所が減っちまったから、その辺はどうにかなるかもしれねえが……本末転倒だよな」

「ううううー!」

 

 敵を倒しましためでたしめでたし……で終わらないのが現実です。セルリアンという問題は解決されましたが、それ以外の問題はそのままです。というか水没した分悪化してます。

 

「……もういっそ、別んトコに移るか?」

「それはダメ! 私はこのホテルを、パーク一のホテルにするの!」

 

 そこは譲れないようです。ですが実際問題として、解決策はどこにも見当たりません。ハブが思わずため息をつこうとしたその時、唐突に後ろから声がかけられました。

 

「あの……」

「うおぅ!?」

「うわぅ!?」

 

 二人が驚きに飛び上がります。勢いよく振り向いた先にいたのは、かばんでした。

 

「い、いたのか……」

「ごめんなさい、聞くつもりはなかったんですが、出るタイミングがなくなっちゃいまして……」

 

 あはは、と誤魔化すように笑うかばんは言葉を続けます。

 

「それより、お話を聞いて思いついた事が――」

「何か名案がッ!?」

 

 オオミミギツネが食い気味に食いついてきました。心なしか、セルリアンと戦っていた時よりも素早く見えます。かばんはちょっとのけぞりつつも、朗らかな笑みを絶やさず提案しました。

 

「こういうのは、どうでしょうか?」

 

 

の の の の の

 

 

「いらっしゃいませ! ジャパリ()()ホテルへようこそ!」

 

 後日。オオミミギツネが、満面の笑みで客を出迎えていました。客のフレンズは不思議そうな顔で、受付の横に並べられている、大きなヘルメットのような物体について尋ねます。彼女は営業スマイルを崩す事なく、よどみなくその質問に答えました。

 

「はい、こちらは海の中でも呼吸が出来る道具です」

 

 要するに、酸素ボンベ内蔵の海中ヘルメットのようなものです。酸素の補給不要で動く辺り、ジャパリパーク驚異の技術力です。サンドスターの力かもしれません。万能ですサンドスター。

 

「これを使用して、ホテルから直接海中散歩を楽しめるのが当ホテルの自慢でございます」

 

 ホテルの浸水している部分から潜り、水で満たされた廊下を歩き、セルリアンが破った窓を通って外に出る、という事です。直接海に潜ればいいのではないかとも思われますが、オオミミギツネ的には譲れないところなのでしょう。

 

「――おや、早速行かれますか。ではブタさん、案内して差し上げて」

「はい! こっちです、お客様!」

「いってらっしゃいませ、ごゆっくりどうぞ」

 

 気合に満ちたブタに案内され、客が早速水中へと向かいます。オオミミギツネはそれを見送り、二人の姿が見えなくなると、低く含み笑いを漏らしました。

 

「ふふふ……海中ホテル計画、ついに始動よ! ゆくゆくは観光名所ホテルとしてジャパリパークに君臨し、そしてPPP(ペパプ)のライブを……!」

「おい、アメリカビーバーと連絡ついたぞ」

「よくやったわ!」

 

 アメリカビーバー。かばんから教えてもらった、高い建築能力を持つフレンズです。その彼女に頼み、桟橋を伸ばしてホテルまで繋げてもらおうという計画です。連絡は、おそらく空を飛べるフレンズにでも頼んだのでしょう。

 

「これでまたセルリアンが出ても逃げられるわね!」

「お客が泳がねーでも来れるようにするのが目的じゃなかったか? いや分かるけどよ」

 

 船なんて気の利いた物はなかったので、これまでは空を飛べない客は容赦なく泳がせていました。そういうところです。

 

「しっかしあいつもオモシレー事考えんな」

「ええ、あの発想はなかったわ」

 

 かばんの提案。それを一言でまとめるなら、『宿泊施設としてではなく、観光施設として売り出す』という事でした。水没したホテルという点を逆手に取り、物珍しさを前面に押し出す作戦です。

 

 とは言え泳げるフレンズばかりではありません。なので彼女は当初、海のフレンズのみを対象にしようと考えていました。それを補足したのはラッキービーストです。彼(彼女?)は潜水ヘルメットの存在を教え、水に入れるフレンズに範囲を広げたのです。

 

 そして肝心のヘルメットは、イルカとアシカが持ってきてくれました。ラッキービーストの通信で連絡を取る事に成功したのですが、幸運な事に彼女達は元から置き場所を知っていたのです。

 

「鳥のフレンズには宣伝と従業員の募集を頼んでるし、これは私達の時代も近いわね!」

「それを考えたのもかばんだがな」

「話の腰を折らないの! とにかく、ホテルの未来は明るいのよ!」

 

 この後、アメリカビーバーの面倒な性格のせいで、作る前から桟橋増設計画が座礁しました。

 

 

の の の の の

 

 

 未来にそんな事になるとはつゆ知らず、ホテルを出たかばんとサーバルは、バスに乗って森の中の道を進んでいました。

 

「オオミミギツネさんたち、大丈夫かな……」

「あの三人ならきっとなんとかなるよ!」

 

 サーバルが笑顔で言うと、本当にそんな気がしてくるから不思議です。そこでサーバルの顔が、ふと何かに気付いたようなものになりました。

 

「ところでかばんちゃん、次はどこに行くの?」

「あれっ、決めてたんじゃないの? バスに乗ってたから、てっきり行きたいところがあるのかと思ってたよ」

「ないよ?」

 

 きょとんとした顔です。ノープランだったようです。フレンズは割と好奇心と本能に任せて動くので、こういう事もあります。

 

「それなら、ひさしぶりに私のなわばりに戻る?」

「うーん、それも悪くないけど……そうだ、ラッキーさん!」

 

 突然名を呼ばれたラッキービーストが、ピコピコと点滅します。

 

「ドウシタノ、カバン」

「ラッキーさんの体って、元に戻らないかな?」

「ボスの……体?」

「うん、ラッキーさんって機械だからたくさんいるでしょ? なら、体だけのラッキーさんもどこかにいるんじゃないかな、って」

「体だけのボス? 見つけてどうするの?」

「僕の腕にいるラッキーさんを入れたら、ラッキーさんが元通りになるかもしれない」

「おおー!」

 

 ラッキービーストの『本体』はあくまで、かばんの腕に巻かれているレンズ状の部品です。なのでかばんが言っている事が可能なら、このラッキービーストが再び体を得る事も出来るでしょう。

 

「スペアノボディハアルヨ。デモ、僕ノ事ハ気ニシナクテイイヨ」

「なんでー? ボスがまた動けるようになったら、私もうれしいよー?」

「僕ハパークノガイドロボットダ。ダカラ、優先サレルベキハフレンズノ事情ナンダヨ」

「えー? よくわかんないけど、だめだよそんなの!」

 

 むぅうとサーバルが膨れますが、こればかりはどうにもなりません。ラッキービーストは非常に高性能ですが、それでも人工知能なのです。自身の定義を自身で変える事は出来ません。

 

「……ラッキーさん。今の僕は、ジャパリパークのガイドなんですよね?」

「ソウダヨ。正確ニハ暫定パークガイドダヨ」

 

 かばんはフレンズですが、同時にヒトでもあります。それを利用し、ラッキービーストがかばんを『暫定的なパークガイド』と定義する事で、様々な制限――ラッキービーストはフレンズと直接会話禁止、等――を外しているのです。

 

「なら、パークガイドからの要請です。ラッキーさんは、自分の体を取り戻してください」

「――――了解シタヨ。スペアボディニ換装スルヨ」

 

 レンズ状の部品が青く点灯し、ラッキービーストがパークガイドからの要請を受諾しました。それを見ていたサーバルが、不思議そうな顔をしています。

 

「えーと、どういうことかばんちゃん?」

「ラッキーさんの体を直しに行ける、って事」

「そうなの!? やったー! やっぱりかばんちゃんはすごいね!」

 

 サーバルが片手を勢いよく突き上げ、元気よく言い放ちました。

 

「よーし、ボスの体のところまでしゅっぱつだー!」

「最寄リノ保管場所ハ逆方向ダカラ、Uターンスルヨ」

 

*1
敵から逃げる時等、瞬間的になら時速12~13㎞出ると言われている。

*2
コミック版だと1㎞を5分12秒。腕力も弱く運動神経も悪い。

*3
投擲が可能な生物は少なく、その中でも人間はトップクラス。




(かばんさん作者より頭よくない……?)


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第四話 さいそくしょうぶ

 ところどころに岩山や木が点在する、赤茶けた荒野。そこで二人のフレンズが、言い合いながら土煙を巻き上げ地を駆けておりました。

 

「あーっもう、追っかけてこないでよー!!」

 

 時折後ろを見つつ走る彼女は、一見するとサーバルに似ています。ですが彼女よりもくすんだ黄色をしており、耳が小さく長髪です。そして少しツリ目ぎみで、上瞼(うわまぶた)にアイシャドーが入っています。『ネコ目 ネコ科 チーター属 “チーター” Acinonyx jubatus』のフレンズです。

 

「つれないな! 共に速さを磨こうじゃないか!」

 

 そのチーターを追いかける少女は、オレンジのジャージにブルマという、色々と攻めた格好をしています。頭から鹿にも似た角が二本生えていますが、鹿ではありません。どちらかと言うとキリンに近い種です。『鯨偶蹄目 プロングホーン科 プロングホーン属 “プロングホーン” Antilocapra americana』のフレンズです。

 

「だから、私は一人が気楽だって言ってるでしょ!?」

「一緒に走る仲間は何人いてもいいものさ。さあ、共に走ろう!」

 

 ソロ専門のチーターを、プロングホーンがパーティに誘おうとして揉めているようです。といってもこれは種としての本能に根差すものであるため、中々難しいでしょう。チーターは他の多くのネコ科と同じように単独で暮らしますが、プロングホーンは群れを作って暮らすのです。

 

「速さとは才能だ。その才能を何かに役立ててみないか?」

「何の話よ!?」

「もちろん速さの話さ! 私と一緒に走れば、その才能が役立つ場所が見つかるぞ?」

「おあいにくさま、私の才能はもう私の役に立ってるわ! とにかく私は一人がいいの! ほっといてちょうだい!」

 

 勧誘は行き詰まっているようです。きのこ教徒にたけのこ教を布教するようなものなので当然でしょう。音楽性の違いはいかんともしがたいのです。

 

「大体ねえ! 一緒に走る一緒に走るって、アンタにはもう“ロードランナー”がいるでしょ!」

「呼んだか?」

 

 噂をすれば何とやら。チーターが名を口にしたまさにその時、彼女の後ろからひょこっと顔が飛び出てきました。その足は地面についておらず、宙に浮いています。その頭から小さく横に突き出た翼がぱたぱたと上下しています。鳥のフレンズはこうして空を飛ぶことが出来るのです。

 

「うわ出た!」

「そりゃ出るさ、プロングホーン様あるところに私あり、だ!」

 

 どこか得意げな彼女のTシャツは、青と水色のツートンカラーで、中央には『Beep!』という文字が入っています。下は太腿丈のスパッツのみで、体にぴっちりと吸い付いています。プロングホーン程ではありませんが、こっちも割と攻めています。腰からは巨大な尾羽が伸び、灰色の髪の所々から、星模様のついた黒髪が生えていました。『カッコウ目 カッコウ科 ミチバシリ属 G・ロードランナー(オオミチバシリ) Geococcyx californianus』のフレンズです。

 

「あっやっぱダメだ、飛ぶと疲れる」

「アンタ何しに出て来たワケ!?」

 

 そんな彼女はあっという間に失速し、地に足を付けました。ロードランナーはれっきとした鳥ですが、飛ぶのが苦手なのです。フレンズ化すると飛行は楽になる、というのは他の鳥のフレンズの言ですが、それでも元の性質には抗いがたいようです。

 

「やっぱり道は走ってこそだよな!」

「ホント何しに出て来たワケ!?」

 

 ロードランナーは二人について走り始めました。それはまさに爆走と言っていいほどで、チーターにも引けを取っていません。『道走り(ロードランナー)』の名に恥じず、『飛べる鳥』の中では走る速度が最も速いのです。

 

「いいぞロードランナー、その調子だ! このまま二人でチーターと共に突っ走ろう!」

「はいっ、プロングホーン様!」

「もうヤダこいつらー!」

 

 追いかけている方はノリノリですが、追いかけられている方はちょっと涙目です。ぼっちに協力プレイを強要するとは、なんと残酷なのでしょうか。しかしチーターはただのぼっちではありません。地上最速を誇るぼっちなのです。

 

「もうこうなったらぶっちぎってやるわ! この私を舐めんじゃないわよ!」

 

 チーターの()せた金色の瞳に炎が灯ります。エンジンの回転数を上げ、二人を引き離そうとしたその時。今まさに走っている道のど真ん中から、未知の何かがやってくるのに気づきました。

 

「へ?」

「ん?」

「お?」

 

 しかし高速移動中で、おまけに口論で気が逸れていた三人にとって、その気づきは遅きに失していました。反応しきれずどんがらがっしゃんとその物体にぶつかり、三人はあらぬ方向に吹き飛んでしまったのでした。

 

 

の の の の の

 

 

 三人がぶつかったのは、サーバルとかばんが乗るバスでした。衝撃でバスは横転してしまったのですが、驚いた事にぶつかった方は無傷です。頑丈です。

 

「もー、あんなにいきおいよく走ったらあぶないよー!」

「すまなかった、普段は誰もいないものでな」

「ごめんなさい」

 

 サーバルにしては珍しく、怒りの感情を(あらわ)にしています。ぷんぷん、という言葉がぴったりで、あまり迫力はありませんが。

 

「まあまあサーバルちゃん、誰もケガはしなかったんだし……」

「でもかばんちゃん、ケガをしたら死んじゃうんだよ? 私はじょうぶだからいいけど、かばんちゃんがケガをしたら大変だよ!」

 

 どうやら本能がうずいたようです。野生動物にとって多くの場合、ケガと死は等号で結ばれるので無理もないかもしれません。ケガをして動けなくなれば、それは死ぬしかないのです。

 

「で、でもほら、サーバルちゃんのおかげで何もなかったんだし……ね?」

「うーん……かばんちゃんがそう言うなら……」

 

 ラッキービーストが『高速で移動するフレンズが近づいている』と警告し、ぶつかる一瞬前にサーバルがかばんを抱えてバスから飛び出したため、皆無傷で済みました。野生の本能のなせる業です。

 

「でも次からは気をつけてね!」

「ふん、道の真ん中をトロトロ走ってるのが悪いのよ!」

「チーター」

 

 プロングホーンがチーターをじっと見つめます。草食動物特有の横長の瞳孔に、静かなれども確固とした意思が宿っています。それに怯んだチーターは、かばんとサーバルに向き直りました。

 

「わ、わかったわよ! ぅー…………ご、ごめんなさい! これでいいでしょ!?」

「は、はい」

「う、うん」

 

 素直……ではありませんが、それでもしっかりと頭を下げた彼女に、二人は面食らったように首肯を返します。プロングホーンが忍び笑いを漏らしながら、チーターに近づきました。

 

「ふふふ、私はチーターのそういうところが好きだぞ」

「す、好きとか、何言ってんのよ!」

「という事でどうだ? 私と一緒に走る気になったか?」

「なるワケないでしょ!? どういう頭してんのアンタ!」

「こういう頭だが?」

「ツノを押し付けないで! アンタのツノはトゲが生えてて痛いのよ!」

 

 じゃれ合う二人を見たサーバルが、先程の怒りもどこへやら。にっこり笑顔で言いました。

 

「二人とも仲良しだね!」

「アンタの目節穴!?」

「いやいやいい目をしているさ。そうさ、私とチーターはとっても仲良しなのさ」

「だから違うって!」

「素直じゃないなチーターは」

 

 チーターは意地になって否定し、プロングホーンは余裕綽々に微笑みます。そんな二人を横目に、かばんがロードランナーに問いかけました。

 

「その、いつもこんな感じなんですか?」

「ああ」

「仲がいい……んですよね?」

「プロングホーン様が楽しそうだからなんでもいいぜ!」

 

 手下の(かがみ)のような答えが返ってきました。比較的自由な傾向が強いフレンズの中で、こうして明確に誰かの下につく姿勢を見せるのは割と珍しい事です。上下関係を持つフレンズは他にも存在しますが、友達や仲間の延長線上といった程度で、そこまで厳格なものではありません。

 

「ああもうとにかく! 何度も言ってるでしょ、私は一人で走るの! だいたい私は地上最速なんだから、誰も私に追いつけないわ! 一緒に走るなんてムリよ!」

「ほほー、最速か。果たして本当にそうなのかな?」

 

 一際大きな声を上げたチーターに、ロードランナーがいやらしい笑みを浮かべて近づきます。チーターは怪訝な顔を彼女に向けました。

 

「はぁ? 何言ってんのよ」

「いやいや、最速はプロングホーン様だからな。チーターもプロングホーン様には劣るとはいえ、一応それなりには速いからな。認められないのも無理はない」

「は? はああ!? 地上最速はこの私、チーターよ! コイツなんかであるもんですか!!」

 

 正面からプライドを刺激されたチーターが沸騰します。ロードランナーは煽り運転の上手いフレンズだったようです。

 

「ほんとかぁー? プロングホーン様に負けるのが怖くて、そんな事言ってるんじゃないのかー?」

「私が負けるなんてあるワケないでしょ!!」

「ならば勝負だ!! 私が勝ったら、私の仲間になってもらうぞ!」

 

 すかさずプロングホーンが乗ってきました。息がぴったりの主従です。

 

「ふん、なら私が勝ったら金輪際仲間になれなんて言わないことね!!」

「いいだろう、いざ勝負だ!!」

 

 そういう事になりました。

 

 

の の の の の

 

 

「スピードは私の方が上だったんだから、私の勝ちよ!」

「先にゴールしたのは私だったんだから、私の勝ちだろう?」

 

 レース終了後。チーターとプロングホーンの二人は、激しい口論を繰り広げておりました。どちらの言い分にも一理あるので、双方一歩も譲りません。

 

「あちゃー、ダメだったかあ……。白黒はっきりつければ何とかなるかと思ったんだがなあ……」

「あ、あの、ロードランナーさん」

「ん?」

 

 失敗したなーと独りごちるロードランナーに、かばんがおずおずと話しかけます。

 

「ああいう、焚きつけるような言い方はあまりよくないと思いますよ……?」

「そりゃそうだ、良い訳がない」

「え?」

 

 あっさり肯定されたかばんが、目をまん丸にしました。

 

「でも私はプロングホーン様の部下だ。だからプロングホーン様の望みのためなら、ああいう言い方だってしてみせるのさ。チーターにとっちゃ迷惑だろうが、そんな事は知らないね」

「それは……」

「ま、失敗してるんだから世話はないけどな。さて、次はどうすっかねえ」

「…………」

 

 かばんは何も言えませんでした。頭が良くとも友に恵まれていようとも、彼女はある意味まだ産まれて間もない赤ん坊のようなもの。悪い事を悪い事と知って、それでもなお主のためにと実行するロードランナーに対するには、未だ積み重ねた時間が足りません。

 

 かばんは何かを考えるように黙りこくってしまいます。そんな彼女に代わって口を開いたのは、勝負の行方はあんまり気にしていなさそうなサーバルでした。

 

「二人ともすっごい速かったけど、それじゃダメなのかなあ?」

「チーターハ最高時速120㎞、プロングホーンハ最高時速90㎞ニ達スルト言ワレテイルヨ。フレンズ化シテイルカラ、オソラクモット速クナッテイルヨ」

 

 二足歩行になっているのに走行速度が上がるのは謎ですが、それを言うならフレンズという存在そのものが割と謎なので、あんまり気にしてはいけないところなのでしょう。鳥のフレンズなど、明らかに物理法則を超越して飛んでいます。

 

「じそく120きろってどのくらい速いの?」

「サーバルヨリ少シ速イクライダネ。90㎞ダトサーバルヨリ遅イヨ」

 

 ちなみに動物のサーバルは時速70~80㎞と言われているので、あくまでフレンズのサーバルを基準とした話です。

 

「すごーい! でもそれなら、チーターちゃんの方が速いんじゃない?」

「チーターハ確カニ速イケド、短イ距離シカスピードヲ保テナインダ。プロングホーンハ長イ距離デモ速度ヲ保ッタママ走レルンダヨ」

 

 チーターが全力で疾走出来る距離は170~200m、最大でも500mです。しかしプロングホーンは全力で800m、時速55㎞程度なら6000mも走る事が出来ます。フレンズ化して距離も速度も伸びていますが、傾向そのものは変わっていません。

 

 ちなみにプロングホーンがこんなに速くなったのは、チーターから逃げるためではないか、という説が存在します。プロングホーンは名前に『americana(アメリカーナ)』とあるようにアメリカ大陸に棲息していますが、昔はアメリカにもチーターが存在していたのです。

 それがフレンズと化した後は、プロングホーンがチーターを追っかけているのですから、不思議な因縁を感じさせる話でした。

 

「それって結局どっちが速いのー?」

「私よ!!」

「私だ!!」

 

 言い争っていても速さに関する事は聞こえているようで、二人揃ってサーバルに迫ります。判断がつかず困った彼女は、隣に助けを求めました。

 

「うーん、私にはよくわかんないかなー……かばんちゃんはどっちが速いと思う?」

「え?」

 

 かばんは少々ぼーっとしていましたが、サーバルに話しかけられ現実に戻ってきました。それでも一応話は聞こえていたようで、確認を取ります。

 

「えーっと……チーターさんとプロングホーンさんのどっちが速いか、という事ですよね?」

「そうよ!」

「そうだ!」

 

 かばんは顎に手を当てて少し考え込むと、顔を上げて提案しました。

 

「うーん――――なら、距離を変えて走る、というのはどうでしょう?」

 

 

の の の の の

 

 

「じゃあまずは、あの木のところまで行って戻って来るという事でいいですか?」

「ええ、いつでもいいわ!」

「どんとこいだ!」

 

 かばんが指し示したのは、ちょうど一本だけぽつんと生えているひょろ長い木です。往復だと2㎞くらいはありそうですが、この程度だとフレンズにとっては短距離の範疇です。

 

「ではいきますよ。よーい――ドン!」

 

 かばんの合図と共に、二人は風になりました。目にも留まらぬとはまさにこの事です。あっ、という間もなく、チーターが戻ってきました。地上最速に偽りなしです。

 

「ゴール! ぜえ、やっぱり私が、はあ、地上最そげほごほげほっ!!」

「だ、大丈夫チーターちゃん?」

「水です、どうぞ」

 

 土煙でも吸い込んでしまったのかむせ返るチーターに、かばんが水筒を手渡します。むさぼるように水を飲む彼女の後ろで、プロングホーンも戻ってきました。

 

「うぅむ、負けてしまったか……さすがはチーターだな」

「プロングホーン様はこれからっす! 次は必ず勝ちます!」

 

 彼女も全力ではあったのですが、チーターのようにバテてはいません。まだまだ余裕がありそうです。性質の違いが如実に現れる結果となりました。

 

「じゃあ次のコースは……と言いたいところですが、チーターさんは少し休んだ方がよさそうですね」

「私を、誰だと、思ってんのよ、このくら……げっほげほげほ!」

「無理をするな、休んでおけ。最速は逃げたりしないさ」

「そうだな、休んどけよチーター」

「ロードランナーさん……!」

「負けた時の言い訳にされても困るからな!」

「ロードランナーさん……」

 

 かばんが同じ台詞を吐きますが、そこに込められた意味は真逆です。プロングホーンのためとは言っていましたが、煽り運転は割と素なのかもしれません。そんな挑発に乗って激昂しかけたチーターを、サーバルの純粋な瞳が貫きました。

 

「チーターちゃん、休も?」

「うぐぅ……わ、分かったわよ!」

 

 

の の の の の

 

 

「待たせたわね! 次も勝って、完全勝利を決めてやるわ!!」

 

 休憩を挟んで復活したチーターが、腰に手を当てふんすとふんぞり返っています。一度勝った事で有頂天になっているようです。天狗のように伸びた鼻が幻視されるほどです。

 

「いいや、勝つのは私だとも。最速を極めるためなら鬼にもなるぞ、この角にかけてな!」

 

 対するプロングホーンはチーターに負けじと、その名の由来になった枝角(プロングホーン)を見せつけるようにそびやかし、不敵に微笑んでみせています。一敗してはいますが、少なくとも気概の面では互角であるようでした。

 

「ではさっき決めた通り、この道をぐるっと一周して先に戻って来た方の勝ちです。いいですね?」

「なんでもいいわ、さっさと始めなさい!」

「ああ、異論はない! 最終決戦だ!」

 

 道はかなり長く、短く見積もっても数十㎞はありそうです。それでも双方、全く負ける気はないようでありました。

 

「それでは、よーい――ドン!」

 

 チーターとプロングホーン、ついでにロードランナーが一斉に走り出します。距離が長いため先程より抑えめとはいえ、それでもすさまじい速度です。その姿はたちまち土煙の向こう側に隠れてしまいました。

 

「あれ、サーバルちゃんは行かないの? なんだか体がうずうずしてみたいだけど……」

「うーん、最初はいこうとおもってたけど、いいや! かばんちゃんを一人にさせたくないから!」

「サーバルちゃん……」

 

 サーバルがえへへと笑います。とそこで、彼女は何かに気付いたような表情を見せました。

 

「あ、そうだかばんちゃん」

「どうしたのサーバルちゃん?」

「これでチーターちゃんが勝ったら、勝負はチーターちゃんの勝ちだよね?」

「え? うん、そうだね」

「プロングホーンちゃんが勝ったら、どっちの勝ちになるの?」

「引き分けだね」

 

 さらっと吐かれた言葉に、サーバルがぱちぱちと(まばた)きします。

 

「えっと、いいの?」

「うーん……さっきちょっと考えたんだけど、どっちが勝っても(かど)が立ちそうだったんだよね……。だから、ここは引き分けにした方がいいと思ったんだ」

 

 チーターが勝てばプロングホーンは潔く引き下がるでしょうが、ロードランナーがいます。口の立つ彼女は何だかんだと理由を付けて、再びチーターを勝負に乗せてしまうでしょう。チーターの方から勝負を挑ませれば、プロングホーンが拒むとは思えません。

 

 何より、『勝負をしている』という事は『チーターと共に走る』という事なので、プロングホーンの望みを疑似的にですが叶える形にもなります。ロードランナーが躊躇(ためら)う理由はありません。そうなればチーターの勝利など有名無実です。

 

 プロングホーンが勝てば、チーターは不承不承(ふしょうぶしょう)ながら一応従いはするでしょう。しかしその性格上ストレスを溜める事になるのは見えていますし、それがいつ爆発するか分かりません。どういう形で爆発するかも分かりませんが、良い方向に進まない事だけは分かります。

 

「えーっと、つまり……この勝負は、プロングホーンちゃんが勝つの?」

「うん。短い距離ではチーターさん、長い距離ではプロングホーンさんが速いってラッキーさんが言ってたし、さっき見た限りでもそうみたいだったから」

 

 むしろこの場合は、『一勝一敗になると勝負が付かない』と三人が気付くかどうかの方が重要です。そうなった時の考えは一応ありましたが、難易度が高いのであえて口に出してはいませんでした。

 

「だから、どっちも最速って事にして何とか丸く収められないか、って思ったんだけど……」

「かばんちゃんでもむずかしいの?」

「二人のしたい事が正反対だから、どうにもならないかなあ……」

 

 チーターは『一人で走りたい』、プロングホーンは『チーターと一緒に走りたい』。見事に相反しています。どっちも満たすのがベストではありますが、それは前と後ろを同時に見るようなもの。であるならば、どうやったってベターにしかなりません。前提条件が変わらない限り、誰がやってもおんなじです。

 

「そっかあ……むりかあ……。でも、うーん…………」

「サーバルちゃん?」

「うん、それでもきっとなんとかなるよ! だってかばんちゃんはすごいし、チーターちゃんとプロングホーンちゃんはとっても仲良しだし、ロードランナーちゃんはプロングホーンちゃんのことが大好きだもん!」

 

 何の根拠もない断言です。しかしニカッと笑うサーバルは、心の底からそう信じているようです。かばんはそんなサーバルの笑顔をきょとんと見つめ、クスリと顔をほころばせました。

 

「そうだね、きっと何とかなるよ。サーバルちゃんは、本当にすごいや」

 




 令和でもよろしくお願いします。


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第五話 しょうぶのはてに

「はあ……はあ……」

「ふっ、やはりな」

 

 荒野に生える木々の中、チーターとプロングホーンが走っています。多少チーターがリードしていますがその様子は苦しそうで、それを確認したプロングホーンはしたり顔です。

 

「何が、よ」

「チーター、お前は確かに速いが疲れやすい」

「アンタ、気付いて……!」

「ここから先、私についてこられるかな?」

「おお、プロングホーン様の本領発揮っすね!」

 

 プロングホーンがギアを上げ、目を輝かせたロードランナーがそれに追従します。ですがその一歩を踏み出さんとしたその瞬間、チーターの鋭い声が響きました。

 

「待ちなさい!」

「な、なんだ!?」

「待てと言われて待つヤツは……」

「違うわ! 前見て、前!」

 

 その声に従い二人が前を向くと、そこには奇怪な物体が存在していました。暗い灰色のいびつな球体が宙に浮かび、その表面は岩のようにデコボコしています。その中央に位置する一つ目が、不気味に動きました。

 

「セルリアンか! 面白い、ここから先はセルリアンも加わってかけっこという事か!」

「冗談言ってる場合じゃないっすよプロングホーン様! 逃げましょう!」

「ふん、あの程度なら、逃げる、までもないわ!」

 

 息が切れ切れですがそれに構わず、チーターはセルリアンに突っ込みます。小型なので倒せると踏んだようです。彼女は爪を一閃させますが、セルリアンはただ吹き飛んだだけでした。

 

「か、硬っ……! なにあれ!?」

 

 チーターは速度に特化しすぎて戦闘能力は低い*1のですが、それでも大型のネコ科肉食獣です。その一撃を耐えたとなると、相当な硬度である事がうかがえました。

 

「おい無理すんなチーター! お前がやられたらプロングホーン様が悲しむ!」

「うっさい!」

「チーター冷静になれ、そもそもあれでは石の場所も分からんだろう。ここは引くべきだ」

 

 表面の凹凸の中に弱点の石が紛れてしまっており、ぱっと見では場所が分かりません。触手はなくサイズも小さいですが、かばん達がホテルで遭遇したセルリアンと似たタイプです。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさい!! 私が、チーターが地上最速なのよ!! アンタたちは黙って見てなさいッ!!」

 

 チーターの瞳がぎらぎらと燃え上がり、野生の力が解放されます。彼女は全身からサンドスターを(みなぎ)らせ、セルリアンに飛びかかります。レーシングカーをも上回る加速力はいかんなく発揮され、彼女は霞と消えました。

 

「あああああッ!!!!」

 

 そして次の瞬間、連続した打撃音が豪雨のように響き、セルリアンが爆散します。色とりどりのキューブが、花火のように飛び散りました。

 

「速い……!」

「な、何が……?」

 

 チーターにはハブのようなピット器官はないので、石の場所が分かった訳ではありません。()()()()()()()()()()()()()()()()のです。要するに力押しのゴリ押しですが、それはこの場合この上なく効果的でした。

 

「ぜっ、はっ、ぜっ……!」

 

 ですがその代償は甚大です。元から息が切れているところに全力を出したのですから、体力は底をついています。彼女は荒く息をつき、がくりと片膝を地面に落としました。

 

「お、おい、チーター!?」

「わ、ぜっ、わたしが、ぜっ、最速、よ……!」

「んな事言ってる場合じゃないだろ! とりあえず一旦――」

「ロードランナー、チーターを連れて逃げろ」

 

 プロングホーンの硬質な声にロードランナーが前を向くと、そこには一つ目が三つほど浮いていました。そして反対方向からは二体ほどやって来ています。挟み撃ちです。

 

「こ、こんなに……!」

「お前ならチーターを担いだままでも逃げられるだろう。あとは任せたぞ」

 

 ロードランナーは飛ぶのが苦手なので、おもりがあると上手く飛べません。スペック的にはもしかしたら行けるのかもしれないのですが、元の動物の性質とは中々に覆しがたいものなのです。

 

「な、何言ってるんすか……そうだ、なら全員で森の中に逃げ込めば……!」

「こいつらは振り切れるかもしれないが、見通しの悪いところで他のセルリアンに襲われたらどうにもならないだろう」

 

 セルリアンはこの場の五体だけとも限りません。もしも他にもいた場合、戦うにしても逃げるにしても、見通しのいいこの場所の方がまだマシです。サルのように木々の上を飛び移れれば良かったのでしょうが、プロングホーンにはそれは不可能です。やはり元の動物の性質は覆しがたいのです。

 

「囲みを破るから、その隙に行け。私は、ここでこいつらを食い止める」

「イ、イヤっす! プロングホーン様が逃げないなら私も逃げません!!」

「そ、そうよ……私の、ことはいいから、とっとと行きなさい……! 私は、一人が、いいって言ってる、でしょ……!!」

「危ない!」

 

 息も絶え絶えのチーターの横で、近づいて来た一体をプロングホーンが蹴り飛ばします。木に当たって落ちますが、蹴られる前と変わらぬ動きで仲間と合流しました。やはり石を破壊しないとダメージにはならないようです。

 

「私を、仲間を見捨てる情けないフレンズにさせてくれるな。さあ、行け!」

「そ、そんな…………いや、そうだ!」

 

 何かを(ひらめ)いた顔のロードランナーは、思いっきり息を吸い込みました。

 

 

の の の の の

 

 

「――――Beep! Beeeeep!!」

「な、なに!?」

 

 奇怪な音が唐突に、スタート地点で待つかばん達の元へと届きました。サーバルが耳をぴくぴくと動かし、その音に反応します。

 

「この声……ロードランナーちゃん?」

「えっ、これが?」

 

 かばんが驚きますが無理もありません。ロードランナーの声とは似ても似つかない重低音です。彼女達は聞いた事はありませんが、車のクラクションに似た音です。

 

「ひょっとしたら、あっちでなにかあったのかも!」

「まさか……セルリアン!?」

 

 ちなみに鳥の方のロードランナーの鳴き声は、ハトの『クルルルル』やニワトリの『コココココ』に似ています。『Beep(ミッ)』は車のクラクションを真似たものだと言われています。従って、車などほぼ存在しないジャパリパークのロードランナーがそう鳴くのは明らかにおかしいのですが……まあどこかで妙な電波でも受信したのでしょう、きっと。

 

「それならいそがないと! かばんちゃん、私のせなかに!」

「えっと、分かった!」

 

 一刻を争うかもしれないと判断したサーバルが、かばんを背負い走ります。かばんは足が遅い*2し、サーバルは力が強くて足が速いので、こっちの方が早いのです。

 

 そうして瞬く間に、声のもとへと辿り着いた二人が見たものは。前から二体、後ろから三体のセルリアンに挟まれ、まだ動けないチーターをかばいながら奮戦する、プロングホーンとロードランナーの姿でした。

 

「――来た! 来ましたよプロングホーン様!」

「……見ての通りだ! すまないが手を貸してくれ!」

「まかせて! みゃみゃみゃみゃー!」

 

 サーバルはかばんを降ろし、セルリアンに飛びかかります。続けざまに爪が二体のセルリアンに当たりますが、それで倒せたのは偶然石を捉えた一体だけで、もう一体は吹き飛んだだけでした。

 

「うー、軽いけどすっごいかたいよあのセルリアン!」

「でも前が空きました!」

「よし、ここは逃げるぞ!」

「ちょ……」

 

 プロングホーンがチーターを抱きかかえます。お姫様抱っこです。それを見たサーバルが真似をしてかばんを同じように抱きかかえ、尻ならぬ尾に帆掛けて一目散に逃げだしました。

 

「サーバルだったか、お前も中々速いな! どうだ、今度私と共に走らないか?」

「いま走ってるよ?」

「おお、そう言われればそうだな!」

「サーバルちゃん、後ろ! ついて来てるよ!」

 

 かばんの声の通りにサーバルがちらりと後ろを振り向くと、セルリアンがふよふよと浮きながら、それでもサーバル達に劣らない速度で追いすがって来ていました。どうやらホテルに出没したものとは異なり、移動速度は速いようです。

 

「けっこう速いね!」

「むぅ、セルリアンも存外速いものだな。最速を極めるのは難しそうだ」

「……これ、まずくないですか?」

 

 かばんが心なしか低い声を出します。そんな彼女に、プロングホーンが不思議そうな顔を向けました。

 

「何故だ? このままのペースなら引き離せるぞ?」

「引き離せる距離になるまで、サーバルちゃんが持たないかもしれません。隠れてやり過ごせるような場所もありませんし」

 

 サーバルは足は速いのですが、あくまでネコの一種。瞬発力はあっても持久力はありません。ましてやここは暑いので、汗をほとんどかかないサーバルにとっては厳しい環境です。熱中症になってしまいます。

 

「私はだいじょうぶだよ!」

「……いや、無理はしちゃダメだぜ。ここで足手纏いが増えたら皆やられる」

 

 ロードランナーがちらりとチーターに目をやります。サンドスターを使い過ぎたのか、いつの間にか気を失ってしまっている彼女が回復するには、まだ若干の時間がかかりそうでした。

 

「ではどうする? あのやたらと硬いセルリアンを倒す方法でもあるのか? チーターが一体倒しているから石があるのは確実だが、どこにあるのか分からないぞ?」

「あのセルリアンの石は、正方形をしていると思います」

「同じのにどっかで会ったのか?」

「はい、この間。もっと大きくて遅かったんですが、色や表面の感じはそっくりです」

 

 彼女達は森を抜け、再び赤錆色の荒野へと出ます。セルリアンはしっかりと追いかけてきていますが、増援はありません。どうやらあの四体で全てのようです。その様子を確認したプロングホーンが呟きました。

 

「それなら、やりようはある……か?」

「戦うんすかプロングホーン様?」

「ああ、倒せるなら倒してしまった方がいい」

「にげてもまたいつ襲われるかわからないもんね」

「そういう事だ。あの大きさなら、ハンターを呼ばずともどうにかなる。隠れる場所のないここなら、不意打ちされる危険もない」

「となると、問題は数っすね……」

 

 先ほども一応、短時間ですがチーターをかばいつつも応戦する事は出来ていたのです。あのサイズと一対一なら後れを取る事はないのでしょう。最大の問題は、ロードランナーの言うように、四体という数でした。

 

「それについては、僕に考えがあります」

「考え?」

「はい。皆さんの力を、貸してください」

 

 かばんが、彼女達の瞳をまっすぐに見つめました。

 

 

の の の の の

 

 

「行きますよ!」

 

 サーバルから降りたかばんがセルリアンに対峙します。彼女は、その手に持つ紙飛行機をセルリアン目がけて投げました。

 

「……ッ!」

「ひっ」

 

 それを見たプロングホーンとロードランナーの体が強張ります。その紙飛行機には火がついていたためです。フレンズはヒトと酷似した体を持っていますが、元の動物の性質も色濃く残しています。ゆえに一部のフレンズを除き、どうしても本能が火を恐れるのです。

 

 そしてセルリアンには、『動くものや光を追いかける』性質があります。その双方を満たす紙飛行機に思わずつられ、その動きが止まりました。

 

「今です!」

「うみゃみゃー!」

「っ、行くぞ!」

「は、はい!」

 

 火に慣れていたサーバルが先陣を切り、プロングホーンとロードランナーがそれに続きます。サーバルはまず、止まったセルリアンの中の一体を、思いっきり吹き飛ばしました。

 

「ふたりとも、おねがい!」

「任せろ!」

「おう!」

 

 吹き飛ばした一体に、プロングホーンとロードランナーが向かいます。仲間と分断された事に気付いたのか、セルリアンがそちらに向きますが、サーバルが残る三体を牽制して行かせないようにしています。

 

「ここはとおさないよ!」

 

 セルリアンはサーバルに向かおうとしますが、そこに二つ目の紙飛行機が通り抜け、彼らの視線がそちらに吸い寄せられます。かばんによる援護です。

 

「ありがとうかばんちゃん!」

「サーバルちゃん、気を付けて!」

 

 サーバルとかばんの役目は、プロングホーンとロードランナーの下にセルリアンを行かせない事。今のところそれは、上手く機能しているようです。

 

「あった! 石がありました、プロングホーン様の右側っす!」

「よくやった! よし、これで!」

 

 そしてプロングホーンとロードランナーの戦いは、今終わりを迎えたようです。プロングホーンの蹴りが石を破壊し、セルリアンはぱっかーんとキューブになって消滅します。石の場所さえ見つけてしまえば、二対一では苦戦する相手ではないようでした。

 

「よし、次だ! どんどん来い!」

「うん! いっくよー!」

 

 かばんの考えた作戦は非常に単純です。即ち、『分断して各個撃破』。局地的に数の有利を作り、少数の敵を囲んで棒で叩いて仕留める、というものです。その有効性は、古今東西ありとあらゆる戦場が証明しています。しかし、そうそういつも上手く行く訳ではない、という事もまた証明されているのでした。

 

「えっ!?」

 

 それは偶然か、はたまたセルリアンにも知能があるのか。残っていた三体のセルリアンがばらばらにばらけ、それぞれ別々の方向へと進みます。(まと)が分散した事で、サーバルに迷いが生まれました。

 

「ど、どうしようかばんちゃん!?」

「一番近いのだけでも吹き飛ばして!」

「う、うん!」

 

 かばんのとっさの判断に従い、サーバルがセルリアンを殴り飛ばします。しかし、手の届かなかった残る二体は、合一(ごういつ)してプロングホーンの方へと向かっていました。

 

「くっ!」

 

 プロングホーンは反射的に一体を蹴り飛ばします。偶然にも石に当たったようで色とりどりのキューブとなって消滅しますが、その光の煙幕の向こう側から、残る一体が突進して来ました。

 

「プロングホーン様!!」

「――ここまでか」

 

 彼女は蹴りを繰り出したせいで体勢が崩れており、避ける(すべ)はありません。その速度に、ロードランナーもサーバルも、かばんも間に合いません。プロングホーンが悲壮な覚悟を決めたその時。連続する打撃音と共に、迫るセルリアンが爆散しました。

 

「ふっ、遅いわね。止まって見えたわ!」

 

 チーターです。かばんの足元に寝かされていたはずですが、いつの間にか意識を取り戻し、プロングホーンのピンチに駆けつけたのです。

 

「チーター……お前、どうして助けに……?」

「言ったでしょ? 私が、地上最速だからよ!」

 

 チーターはふふんと笑みを浮かべ、プロングホーンに言葉を投げます。

 

「諦めるなんてらしくないわね! あのウザいくらい私を誘って来たアンタはどこに行ったのかしら? ここまでじゃないわ、ここからでしょ!」

「……ふっ、そうだな、その通りだ!」

「さあ、残りはあの一体だけでしょ? ちゃっちゃと片付けちゃいましょ!」

「ああ、共に行こう!」

 

 二人が肩を並べ、最後の一体に挑まんとした刹那。戦っていたサーバルがそのセルリアンを、ぱっかーんと破壊しました。

 

「あ」

「え」

「ちょっ」

 

 中途半端に足に力を入れたところで、急に止まったのが悪かったのでしょう。まるでギャグ漫画のように、チーターが地面にずっこけました。

 

 

の の の の の

 

 

「そ、その、大丈夫ですかチーターさん?」

「言わないで」

 

 とても微妙な顔でチーターが横を向いています。触れて欲しくないようです。彼女は話題をそらすべく、プロングホーンに顔を向けました。 

 

「そ、そんな事より! アンタは大丈夫なの?」

「私か? 無事だ。これもチーターのおかげだな!」

「アンタはプロングホーン様の恩人だ! 感謝してます!」

「ちょ、ちょっとよしてよ、懐かれるとやりにくいわよ」

 

 ロードランナーに手を取られたチーターは、困ったような表情を見せます。そんな彼女に、プロングホーンが悪気も裏もなく追撃をかけました。

 

「ああ、本当にチーターのおかげだ。お前がいなかったら私はやられていた」

「そ、その、気を失った私を運んでくれたんでしょ? その借りを返しただけよ!」

 

 ぷいっと再び横を向いたチーターの顔は、少しだけ赤らんでいます。先程転んだのが理由ではない事は明らかです。そこでサーバルがふと気づきました。

 

「そういえば、勝負はどうなったの? ひきわけ?」

「途中で邪魔が入ったんだから、勝負無しじゃないか?」

 

 ロードランナーが公平を装ってさりげなく主をフォローしますが、プロングホーンはゆっくりと首を横に振りました。

 

「いや、先に一勝したのはチーターだろう。だから、チーターの勝ちだ」

「プロングホーン様……」

「と、当然ね! 私が地上最速なのよ!」

「だからこれからは、私がチーターに挑む! 最速の座を賭けてな!」

 

 腰に手を当て、ふんぞり返ってプロングホーンが言い放ちます。しかしチーターはその言い分を、ずんばらりんと斬り捨てました。

 

「何言ってんのよ、私が最速って決まったんならもう勝負する必要はないでしょ。大体、私は一人で走るんだって最初から言ってるじゃない」

「そうか……」

 

 プロングホーンが落ち込みます。心なしか頭の角までへにょりと垂れているようです。

 

「で、でも、たまになら一緒に走ってあげてもいいわ! か、勘違いしないでよ、今回の借りを返すためなんだからね!」

「そうか……!」

 

 チーターのお手本のようなツンデレに、プロングホーンが復活します。一気にテンションが上がった彼女は、その勢いのまま再度チーターを抱き上げました。お姫様抱っこで。

 

「ならば早速走ろう! さあ行くぞ、最速を極めに!」

「へ?」

「お供するっすよ!」

「ああ、二人にも世話になった! またいつか会おう!」

「それじゃあさよならだ! 行きましょう、プロングホーン様!」

「お、降ろしなさ~~ぃ!!」

 

 プロングホーンはサーバルとかばんに言葉だけ残し、そのまま赤土の大地を爆走し始めます。取り残された二人は、あまりの急展開にぽかんとするしかありません。ドップラー効果で間延びしたチーターの声だけが、虚しく響いておりました。

 

*1
頭が小さいので噛む力が弱く、脚が細いので力がない。下手をすると『素手の人間』にも負ける。

*2
あくまでフレンズ基準では。




 (物語的に)おいしいところをかっさらう女、チーター。


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第六話 けいばじょう

 柔らかな陽光が木々の隙間から落ちる道を、バスが進みます。その助手席に座るサーバルが、窓からひょこんと顔を出し道の先を見つめました。

 

「うわぁ、おっきいね!」

「あそこが目的地ですか?」

「ソウダヨ」

 

 そこには大きな建物が建っていました。大きなガラスの窓が規則的にはめ込まれている、灰色のビルです。高さとしては三階建てですが、横に広い作りになっており、かなりの敷地面積である事が分かります。しかしその外観は半ば木に隠れ、表面にはツタが這っており、人の手が入らなくなって久しい事を感じさせていました。

 

「あれなーにー?」

「ジャパリ競馬場ダヨ」

「けいばじょう?」

「本来ハ馬ノレース、ツマリカケッコヲスル場所ダヨ。デモココノ競馬場ハテーマパークダト思エバイイヨ」

「てーまぱーく?」

「観光施設ノ事ダケド……ソウダネ、遊ブタメノ場所ダト考エレバ大体アッテイルヨ」

「へー、あんなに大きいところで遊べるなんてたのしそうだね!」

 

 どうやら賭けを行う場所としての競馬場ではないようです。それでも動物園と思しきジャパリパークに、何故競馬場を造ろうと思ったのかは謎です。JRA(日本中央競馬会)からの出資でもあったのかもしれません。

 

「あそこにラッキーさんの体があるんですね」

「ボスが元にもどるんだね! はやく行こう!」

「焦ラナクテモスペアボディハ逃ゲナイヨ、サーバル」

 

 

の の の の の

 

 

 バスから降り、ひび割れた自動ドアを抜けると広々とした空間が広がっていました。巨大な窓ガラスからは日差しが差し込み、ホテルのロビーにも似た室内に明るさをもたらしています。在りし日の活気を思わせる佇まいと、人一人いない静寂とがあいまって、不思議な雰囲気を醸し出していました。

 

「うわぁ、おっきい子だねー」

 

 しかしそんな空気も、サーバルにかかれば何でもないものだったようです。彼女は興味津々な様子で、正面に設置されている像に近づきました。あたかも走っているところを切り取ったような、躍動感のある馬の像です。

 

「ホントだ、大きいね」

「おや? 誰かな?」

「私はサーバル!」

「僕はかばんです」

 

 その像から聞こえてきた声に、二人は素直に返事を返します。その声は、含み笑いをしているような気配を漏らしながら言葉を続けました。

 

「ほほう、サーバルとかばんか。しかしいきなり来たからびっくりしてしまったよ。そのせいでどうも調子が出ないなあ。ああ、どうしたものか」

「ご、ごめんなさい!」

「ごめんなさい」

 

 慌てて頭を下げる二人の前に、いたずらっぽい笑みを浮かべた少女が出てきました。像の陰に隠れていたようです。

 

「ははは、うそうそ。冗談だよ」

「あーっ、フレンズー!」

「はじめまして! あの、あなたは……?」

「サラブレッドだ。“あおかげ”と呼んでくれ」

 

 茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせたその少女は、タンクトップとロングスパッツ姿です。色んな意味で、プロングホーンに勝るとも劣りません。服も髪も目も尾も黒褐色をしており、青鹿毛(あおかげ)の名に偽りなしと言えるでしょう。『ウマ目 ウマ科 ウマ属 ウマ サラブレッド あおかげ Equus caballus』のフレンズです。

 

「ここには何をしに来たのかな?」

「そうだ、ボス! 体はどこ?」

「地下ダヨ」

 

 

の の の の の

 

 

 地下の奥まった場所に、『関係者以外立入禁止』と書かれている扉がありました。それが読めるかばんは少し躊躇しますが、ラッキービーストの声に従い開きます。

 

「こんなところがあったとはね」

「あおかげさんはこの辺りには来なかったんですか?」

「ああ、もっぱら表で走っているからね。ボスが喋る事と言い、まだまだ知らない事はあるものだ」

 

 ノブの先は真っ暗でしたが、ラッキービーストが点滅すると明かりがつきます。そこは通路になっており、部屋がいくつかあるようでした。

 

「ボス、どこー?」

「一番奥ノ、『倉庫』ト表示サレテイル部屋ダヨ」

「あそこかな?」

 

 鍵はかかっておらず、ノブは抵抗なく回りました。部屋の中には棚があり、何に使うかもよく分からない、雑多な物品が詰め込まれておりました。

 

「うわー、いろんなのがあるねー!」

「そうだね。おや、これは……」

 

 あおかげが手に取ったのは、U字型をした金属板です。少し内側に湾曲しており、ところどころに穴が開いています。サーバルがそれを、しげしげと見つめました。

 

「なにそれー?」

「上にもあるんだが、何だかは分からないんだ。たくさんあるから、よく使っていたものだろうとは思うんだが」

蹄鉄(ていてつ)ダネ」

 

 ラッキービーストの声に、皆の視線がそちらに向きます。

 

「ていてつ?」

「馬ノ(ひづめ)ニ釘デ打チ付ケテ、蹄ガスリ減ラナイヨウニスルタメノ道具ダヨ。名前ハ鉄ダケド、大体ハアルミ製ダヨ」

「釘って……痛くないんでしょうか?」

「蹄ハ爪ダカラ痛クナイヨ」

 

 馬の蹄の外側部分には神経がないので当然痛みもありません。ただし蹄内側部分の白線(白帯)より中には神経が通っているので注意が必要です。

 

「へえ、これはそういうふうに使うものだったのかい」

「あおかげはウマなのに、わからなかったの?」

「昔の事はよく覚えていなくてね」

 

 あおかげは飄々と肩をすくめてみせます。フレンズは基本的に動物時代の事を覚えているものですが、そうとは限らない事もあるようです。

 

「ラッキーさんの体はどこですか?」

「ソコノ白イ箱ノ中ダヨ」

 

 棚にいくつか並んでいる箱の一つをかばんが取り、そのフタを開けます。そこには、何とも形容のしがたい物体が、透明なビニール袋にくるまって収められていました。

 

 タマゴのような胴体に大きなネコミミをくっつけ、縞模様の尻尾を生やし、短い二本脚を取り付けたもの、と言えばいいのでしょうか。目はありますが腕はありません。耳は青く腹部は白く、それ以外は水色です。胴体の中央には首輪と思しきベルトが巻かれており、その下にかばんが持つ『レンズ状の部品』と同じものがはまり込んでいました。

 

「おお、確かにボスだね」

「コウイッタ施設ニハ、不測ノ事態ニ備エテイクツカ予備ガ置カレテイルンダヨ」

「この透明なのはなにー?」

「ビニールダヨ」

「へー……おもしろーい!」

 

 サーバルはビニールの立てる音が気に入ったようで、ラッキービーストから外したそれで遊び始めました。好奇心旺盛で興味の対象がすぐ変わる辺りはまさにネコです。

 

「ここからどうすればいいんですか?」

「真ン中ノレンズヲ外シテ、代ワリニボクヲ入レルンダ」

 

 かばんが予備の方にはまっていたレンズ状の部品を外し、腕のバンドからラッキービーストを取ります。それをボディにはめ込もうとしたところで、ふとその手が止まりました。

 

「ラッキーさん、今外したこっちのラッキーさんはどうなるんですか?」

「ドウモナラナイヨ。ズットソノママダヨ」

「……でも、目を覚ましたら、こっちもラッキーさんになるんですよね?」

「ソウダネ。ボクトハ別個体ダケド、ソレモラッキービーストデアル事ハ間違イナイヨ。デモ起動前ダシ、ボクタチハ沢山イルカラ、気ニシナクテイイヨ。ソレハソノママソコニ置イテオイテ」

「…………」

 

 かばんは何かを考え込むように動きを止め、それからおもむろに、起動前の方のラッキービーストを腕のバンドにはめ込みます。いつの間にかビニールを手放していたサーバルが、不思議そうな顔で尋ねました。

 

「そっちのボスもつれてくのー?」

「うん。こうした方がいいと思ったから」

 

 かばんはそのまま何も言わず、腕にあった方のラッキービーストをボディにはめ込みます。カチリという軽い音と共に、あるべき場所に戻ったパーツは、赤く点滅し始めました。

 

「再起動中……再起動中……」

 

 誰も何も言わず息を呑み、合成音を吐き出すラッキービーストを見つめます。レンズ状の部品が赤から青になり、目に光が灯ります。そして、仰向けになっていたボディが立ち上がりました。

 

「コノ体デハハジメマシテダネ。ボクハ、ラッキービーストダヨ」

「……ボス? もどったの?」

「ソウダヨ。コレカラモヨロシクネ、カバン、サーバル」

「わぁ……! はい、よろしくお願いします!」

「やったー! ボスが元にもどったー!」

 

 かばんは喜色を顔いっぱいに湛え、サーバルはぴょんこぴょんこと全身で喜びを表現します。そんな二人に、あおかげが顔を向けました。

 

「おめでとう、と言えばいいのかな?」

「うん、ありがとう!」

「ありがとうございます、あおかげさん」

「私は何もしてないが……そうだね、二人はこれから時間はあるかな? あるのならここを案内してあげよう」

「いいんですか?」

「ああ、折角だしね」

「わーい、ありがとうあおかげー!」

 

「――――アッ」

 

 ようやく復活したラッキービーストが、不吉な声と共に横に倒れます。二人が慌ててその体を支えました。

 

「ボス!?」

「ど、どうしたんですかラッキーさん!? まさか、何か不具合が……!」

 

 新しい体に何かあったのかと焦る二人に、ラッキービーストは目を弱々しく点灯させて告げました。

 

「電池ガ切レカケテイルヨ」

「え?」

「光ニ当テレバ充電サレルカラ、後ハ頼ムヨ」

 

 その言葉を最後に、ラッキービーストは沈黙しました。長時間放置されていたので、充電池が放電してしまっていたようです。どうにも締まらぬ復活劇でありました。

 

 

の の の の の

 

 

 競馬場の中を見て回ったかばん達は、運動場へと出て来ていました。一面が砂に覆われた、訓練用と思しき薄い象牙色のグラウンドです。

 

「――心配カケタネ。モウ大丈夫ダヨ」

「あ、ボス! やっと起きたの? おねぼうさんだね!」

「ラッキーさん、本当に大丈夫なんですよね?」

 

 かばんに抱きかかえられていたラッキービーストが、返事の代わりにその手から離れ下に飛び降りました。ようやく動けるまでに充電されたようです。小さな体にそぐわぬ脚力でぴょこぴょこ飛び跳ね、足跡が砂に幾重にも重ねられました。

 

「ん?」

 

 不意にサーバルの視界に、白が映りこみます。彼女がそちらに顔を向けると、白い少女が軽快な足取りで馬用のハードルを飛び越えていました。

 

「あおかげ、あの子は?」

「ああ、彼女も同じサラブレッドで、“しろげ”だ」

 

 (くつわ)を模したと思われる頭のバンドも、タンクトップとロングスパッツという服装も、ポニーテールも頭から生える馬耳もあおかげと瓜二つです。しかし全体的に黒い彼女とは対照的に、こちらは全身真っ白でした。『ウマ目 ウマ科 ウマ属 ウマ サラブレッド しろげ Equus caballus』のフレンズです。

 

 あおかげとは全くの同種ですが、白色のサラブレッドは非常に珍しい存在です。突然変異かその遺伝でしか生まれません。なおアルビノではないので、目は赤くはありません。

 

「キレイなジャンプだね」

「うん、すごいねサーバルちゃん」

「ひゃあっ!」

 

 見慣れぬ二人に驚いたしろげが、柱の陰に隠れます。柱は細いので隠れ切れていませんが、彼女はそこからおずおずと顔を出し、視線をさまよわせながら問いかけました。

 

「い、いつの間に……。あおかげさん、“くりげ”さん、その方達は……?」

「え?」

 

 初めて聞く名前にかばんとサーバルが後ろを振り向くと、そこには一人のフレンズが佇んでいました。バケツらしきものを抱え、そこから何かを口に運んでバリボリとかじっています。サーバルが目をぱちくりさせ、端的に誰何(すいか)の声を上げました。

 

「……だれ?」

「くりげだよ。珍しい子がいるね!」

「くりげさんもサラブレッドなんですか?」

「そうだよ!」

 

 溌剌そうな彼女は、あおかげ達とは少し異なり、陸上選手のような格好をしています。具体的にはスパッツではなくパンツです。“栗毛(くりげ)”の名の通り全体的に栗色ですが、前髪の中央に一房だけ白髪が生えているのが特徴的です。『ウマ目 ウマ科 ウマ属 ウマ サラブレッド くりげ Equus caballus』のフレンズです。

 

「なに食べてるのー?」

「ペレットだよー。力がモリモリ湧いてくるよ~! あなたも食べる?」

「わーい、食べる食べるー!」

 

 サーバルは小さな円筒状のそれを受け取り口に放り込みます。しかし次の瞬間、その顔は何とも言えない表情へと変じました。

 

「うー、へんな味ー……」

「ありゃ、口に合わなかった? おっかしいなぁ、とっても美味しいんだけどなー」

 

 馬用ペレットの原料は、牧草やふすま*1、トウモロコシ、大豆の搾りかす等です。肉食獣のサーバルには消化出来ません。フレンズ化した今なら可能なのかもしれませんが、それでもやはり元の動物の性質が美味しいとは思わせないようでした。

 

「これから競技場に行こうと思っているんだが、二人は来るかい?」

「は、はい!」

「私も行くー!」

 

 しろげはおずおずと、くりげは元気よくあおかげの提案に賛同します。そうして全員で競技場へと向かう事になりました。

 

 

の の の の の

 

 

 競技場に続く暗いトンネルの中を、あおかげの先導で歩きます。ほとんど何も見えていないかばんが、きょろきょろしながら不安そうに言いました。

 

「真っ暗ですね……」

「暗いところはまかせて!」

 

 暗闇の中でサーバルの瞳が光っています。これは網膜の裏側に“タペタム”という反射板があるためです。外から目に入った光は、網膜を通り抜けた後、タペタムに反射して再度網膜を通り、外に出て行きます。光が網膜を二度通る仕組みになっているので、弱い光でも物が見えるのです。

 

 その一方、ネコは視力が悪く、色もほとんど分かりません。ですがかばんとの会話を見る限りそういった事はなく、ヒトと同じ色覚を得ているようです。

 

「ここだよ」

「わあ……」

「ひろーい!」

 

 トンネルを抜けた先は、広い広いグラウンドでした。一周で3.5㎞くらいはありそうです。先程の運動場とは異なり、トラックには芝が敷き詰められています。

 休日の競馬場といった風情ですが、よく見ると木が伸びすぎてスタンドからの視線を塞いでいたり、柱の上のナイター用照明がいくつか脱落していたりと、やはり人が出入りしていない事をうかがわせていました。

 

「よし。じゃあ、一勝負しようか」

「え?」

 

 あおかげが唐突に告げます。一瞬面食らったサーバルでしたが、負けないよー! と宣言すると意気軒昂にスタートラインにつきました。

 

「がんばれがんばれー!」

「よーし、じゃあ行くよー。位置について、よーい――――ドン!」

 

 しろげの合図と共に、二人は一斉に駆け出します。砂ではないので砂煙は上がりませんが、代わりに踏まれて千切れた草の青臭さが風に乗って鼻をくすぐります。三人と一体が見守る中、あおかげとサーバルは疾風の如く走り抜け、コースを一周して戻ってきました。

 

「勝った」

「速すぎるよぉ~」

「惜しかったね、サーバルちゃん」

 

 勝ったあおかげが両手でガッツポーズを決め、負けたサーバルは地面にうつ伏せになってヘコんでいます。そんなサーバルを見てか、復活したラッキービーストが解説を始めました。

 

「サラブレッドハ最高デ時速90㎞ニモ達スルンダヨ」

「それって、プロングホーンさんと同じくらいですよね?」

「ソウダヨ。ソコマデ速度ヲ出セル個体ハ少ナイケド、ソレデモヒトヲ乗セタ状態デ、時速70㎞クライハ出セルヨ。ソノ速度ヲ数分間保ツ事モ出来ルヨ」

「とっても力持ちで足が速いんですね」

 

 ちなみに日本在来馬だと、どう頑張っても時速40~50㎞程度しか出せません。体高*2が170㎝もあるサラブレッドと異なり、120㎝くらいしかないからです。サラブレッドは『足の速い馬を掛け合わせた品種』という事もありますが、それ以前に足の長さが全く違うのです。

 

「ヒトを……乗せる……?」

 

 呟かれた声にかばんが顔を向けると、くりげが遠い目でラッキービーストを見つめていました。あおかげが訝しそうに彼女に近づきます。

 

「どうしたんだい?」

「――へ? い、いや、ちょっと……そうだ、そこのあなた!」

「は、はいっ!」

 

 急に呼ばれたかばんが、ピンと背筋を伸ばします。

 

「ちょっとこっち来て!」

「え、えっと、どうしましたか?」

「いいから私に乗って!」

「はい!」

 

 勢いに押されたかばんが、言われた通りくりげの背中に抱き着きます。くりげは一瞬何かに気付いたような顔になりましたが、すぐに眉根を寄せました。

 

「違う……こうじゃない……。近いけど……そうだ、こう!」

「え? うわっ!」

 

 くりげがかばんを持ち替え、両手でその足を支えました。その様はまるで(あぶみ)に足をかけているようでした。

 

「そう、これこれ! なんだか分からないけど、すっごくしっくり来るー!」

「な、なんだろう……何故か、とっても懐かしい気分……」

「確かに……いや、ひょっとすると……」

 

 それを見た二人のサラブレッドは、何だかよくわからないショックに愕然としています。少し考え込んだあおかげがダッシュで厩舎に向かい、何かを取って戻って来ました。

 

「なにそれー?」

「分からない。が、今こそ必要なのではないか、と感じたんだ」

 

 彼女が持ってきたのは、黒い棒状の物体です。長さは60㎝ほどでしょうか。柄が付いており、中ほどから平べったく滑らかになっています。この場ではラッキービーストしか知りませんが、それは乗馬鞭と呼ばれるものでした。

 

「はい、これ持って」

「え? え?」

 

 あおかげが鞭をかばんに渡します。流れに流され思わずそれを手に取ったかばんと、彼女を背に乗せるくりげを見て、サラブレッド二人の目がきらきらと輝きました。

 

「お、おおおお……!」

「こ、これは……!」

 

 馬に跨るヒト……のフレンズ版です。鞭がそこはかとなく危険な雰囲気を出していますが、乗せている方は大真面目です。野生で生きられないサラブレッド*3という時点で推測はつきましたが、やはり彼女達はかつてヒトの飼育下にあった個体のようでした。

 

「これだー! いっくよー!!!!」

「え? えっ!?」

 

 テンションが振り切れてしまったくりげが、勢いよくコースを走り始めました。まるで暴れ馬です。いや彼女は馬なのですが。

 

「あはははははは!!」

「うわああああぁぁぁ!!」

 

 かばんは振り落とされないよう彼女の頭のバンドを掴みますが、ちょうど手綱を持つようになってしまい、それがくりげをなお一層猛り立たせます。競走馬としての本能に火がついてしまったようです。

 

「へぶっ!」

「うわっ!」

 

 しかしはしゃぎすぎたのか、くりげは盛大に転んでしまいました。慌てて三人が駆け寄ります。

 

「か、かばんちゃん大丈夫!?」

「う、うん。ちょっとびっくりしたけど」

 

 地面は芝で柔らかく、ちょうどくりげがクッションのようになったのでかばんは無傷で済みました。しかし下敷きになった方は、そうはいかなかったようです。

 

「い、痛たた……」

「く、くりげさん、それ……!」

「え……?」

 

 しろげが指さす彼女の膝には、軽い擦り傷が出来ていました。出していた速度がうかがえますが、フレンズは基本頑丈なので大した事はありません。しかしサラブレッド達にとっては、そうではないようでありました。

 

「な、なんてことだ……」

「う、うそ……」

 

 目は見開かれ体はわなわなと震え、傷から目を離せません。ケガを負ったしろげが、全てを諦めたようにため息をつきました。

 

「ああ、これで終わりかぁ……。あおかげ、しろげ、私が死んだらここに埋めてね……」

「そ、そんな、くりげさん……」

「……分かった」

「あおかげさん!」

「聞き分けるんだ、しろげ……!」

 

 まるで通夜か葬式のような雰囲気です。いきなりの愁嘆場(しゅうたんば)にかばんは、そのケガを心配する前に戸惑わざるを得ませんでした。

 

「え、えっと、どうしたんですか? そんなに大きなケガには見えませんが……」

「大丈夫! そのくらいならツバをつけて休んでれば治るよ!」

 

 サーバルが野生動物的治療法を提案します。野生の世界ではケガは即座に死に繋がりますが、それは重傷ならばの話。しろげの負った程度のケガなら、サーバルの言う通り舐めておけば治るでしょう。いささか雑ではありますが。

 

「足を怪我した馬は、死ぬしかないんだ……」

「だから、私が死んだらこの競技場の真ん中に埋めてね……。見晴らしがいいから、ゆっくり眠れると思うの……」

「え、えっと……?」

「事実ダヨ、カバン」

 

 事態が飲み込めず更に混乱するかばんに、ラッキービーストが目を光らせ解説を始めます。

 

「馬ハ歩イタリ走ッタリスル事デ、体中ニ血液ヲ送ッテイルンダ。ダカラ動ケナクナッタ馬ハ、心臓ダケデハ血液ヲ循環サセル事ガ出来ズニ死ンデシマウンダヨ」

「そんな……!」

「でも、しろげのケガくらいなら歩けるとおもうよ?」

「脚ヲ怪我スルト他ノ脚ニ負担ガカカッテ、蹄ガ蹄葉炎(ていようえん)*4トイウ歩行困難ナ病気ニナッテシマウンダ。歩ケナクナル事ニ違イハナインダヨ」

 

 馬が脚を骨折しただけで処分されるのはこのためです。放っておくと、血行の滞った体の末端から壊死して悶え苦しんで死に至ります。安楽死は可哀想と言う者もいますが、むしろ慈悲なのです。

 

 現在の技術ならよほどの重傷でない限り骨折も蹄葉炎も治るようになってきていますが、それでもやはり問題はあります。治療中に痛みで暴れて転倒し、より重傷を負ってしまう事や、ストレスから治療困難な病気になってしまう事があるのです。そうなればやはり安楽死させるしかありません。

 

 結局のところ馬とは、走れなくなった時点で死ぬ生物なのです。野生では『足を折る=動けなくなる=敵に襲われる』なので、そういう仕様なのも仕方のない事かもしれません。猫のような小さな生物なら物陰に隠れて回復を待つ事も可能ですが、馬は長期間横になると死ぬ*5のでそれも不可能です。

 

「そんなのだめだよ! ねえボス、なんとかならないの!?」

「アワ、アワワワワワワ」

 

 激したサーバルがラッキービーストを掴んでゆさぶります。折角復活したのに、またスペアボディが必要になりかねない勢いです。

 

「お、落ち着いてサーバルちゃん」

「でも、かばんちゃん!」

「さっきのはフレンズになる前の話だから、今は大丈夫だよ。ですよね、ラッキーさん?」

「ソウダネ。フレンズ化シタ今ナラ、ジャパリマンヲ食ベテオケバ治ルヨ」

 

 えらくぞんざいな治療法が出てきましたが、要はサンドスターを補給しろという事です。フレンズならそれで十分治ります。不思議生物です。

 

「ソレデモ心配ナラ、ココニハ救急箱ガアルハズダヨ」

「案内してください」

 

 

の の の の の

 

 

「はい、これでもう大丈夫ですよ」

 

 くりげの膝を、白い包帯が覆っています。それを為したかばんは、彼女を安心させるように微笑んで治療の終わりを告げました。

 

「だ、大丈夫なのかい?」

「う、うん、もう痛くないよ」

「このままじっとしていればすぐ治ると思います。あとはラッキーさんの言っていたように、ジャパリまんを食べてください」

 

 その言葉を聞いたくりげは、半ば呆然としてうわ言のように言葉を吐き出します。

 

「わ、私、死なないの……?」

「フレンズナラソノ程度ヘッチャラダヨ」

「う、うわーん、ありがとー!」

「うわっ!」

 

 くりげがかばんに抱き着き、おいおいと泣き始めてしまいました。一瞬驚いたかばんでしたが、すぐに落ち着きその背中をぽんぽんと軽く叩きます。

 

「いや助かったよ。君はくりげの恩人だ」

「いえそんな、僕は……」

「だからお礼に、今度はオレに乗ってくれ」

「え?」

 

 スッとごくごく自然な動きで、あおかげが背中を向けて膝をつきます。かばんは何を言われたかすぐには飲み込めず、目を白黒させています。そんなあおかげに向け、しろげがいきり立ちました。

 

「あーっ、ズルいですよあおかげさん! 次は私に乗ってもらおうと思ってたんですから!」

「いやいやこれはあくまでお礼さ。だからホラ、遠慮せずに、さあ」

「ちょっと待ってあおかげ、何しれっと横から割り込んでるの!」

 

 くりげが復活しました。今泣いたカラスが何とやらです。いや彼女は馬ですが。

 

「それよりさっき転んだ時に閃いたの! さあ、これで私のお尻を叩いて! これはきっとそうやって使うものだったのよ!」

「え、えぇ~!?」

 

 くりげが鞭を手にかばんに迫ります。鞭を無理矢理かばんに持たせ、そのままお尻を突き出します。色んな意味で犯罪的な光景です。まさか本当に叩く訳にもいかず、困り切ったかばんは頼れる友人に助けを求めました。

 

「サ、サーバルちゃん助けて!」

「私知ってるよ! たたかれて喜ぶのは、マゾって言うんだよね!」

「サーバルちゃんッ!?」

 

 笑顔でとんでもない台詞が飛び出てきました。もっともPPP(ペパプ)のフルルも知っていたので、意外とフレンズ間では有名な知識なのかもしれません。

 

 とにもかくにも、この友人の助け舟は泥舟だと確信したかばんは、今度はラッキービーストに助けを求めました。

 

「ラッキーさん!」

「ゴメンネカバン。ラッキービーストハ、フレンズニ直接干渉出来ナインダ」

「さっきまで普通に喋ってたじゃないですか!」

 

 唐突なポンコツ化です。役に立ちません。むしろ空気を読んだ結果のようなので、ポンコツというよりは高性能の証かもしれませんが、どっちにしても役には立ちません。

 

「さあ」

「さあ!」

「さあ!!」

 

 黒白栗のサラブレッドが鼻息も荒く迫ります。かばんは思わず顔を引きつらせますが、助けの手はどこにもありません。ジャパリパークでは、自分の身は自分で守るのが掟なのです。

 

「かばんちゃん、大人気だね!」

「こ、これはなにか違うよぉ~!」

 

 爽やかな風が吹く競馬場に、ちっとも爽やかではないかばんの悲鳴が響き渡りました。

 

*1
小麦の皮。主に小麦粉を作る時に出る。

*2
動物が立った時の、地面から肩までの高さ。頭は無関係。

*3
速度以外を切り捨てているので他がしょぼく、逃げても野生化は無理。人間が競馬を止めたらまず間違いなく絶滅する。

*4
蹄が変形して血行障害をきたし、炎症が起き組織が壊死する病気。

*5
自分の体重で内臓に負担がかかり、様々な不具合が出る。




 事 案 発 生


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第七話 じゃんぐる

 お待たせしました、やっと書けました。


「つ、疲れた……」

「あおかげたちはよろこんでたんだから、叩いてあげたらよかったのに」

「そんな事できないよぉ……」

 

 競馬場を後に走るバスの中。ぐったりしているかばんに、サーバルが無情な言葉をかけます。彼女としては、喜んでいるのだからそうしてあげればいいだろうという事のようです。そういう事ではありません。

 

「馬ノオ尻ノ皮ハ分厚イカラ、叩ククライナラ平気ダヨ」

「ほら、ボスもこう言ってるよ?」

「ラッキーさぁん……」

 

 ラッキービーストがいらん知識を出してきます。確かにその通りだし、フレンズは頑丈なのでかばんの力で振るう鞭程度は平気なのでしょうが、そういう事ではありません。

 

「そ、そうだサーバルちゃん、次はどこに行こっか」

「次?」

 

 困ったかばんが、いっそ清々しいほどあからさまに話題を逸らします。サーバルはきょとんとした瞳を彼女に向けました。

 

「ほ、ほら、ラッキーさんは元に戻ったから、次に行くところは決まってないよね」

「そういえばそうだね」

 

 ヒトを探して出港し、トラブルのために戻り、ラッキービーストの体を元に戻すために競馬場を目指した、というのがこれまでの道のりです。ラッキービーストの件が片付いた以上、彼女らに明確な目的地は存在していません。

 

「かばんちゃんは行きたいところがあるの?」

「折角の機会だから、もっとパークを見て回ろうと思って」

「パークを?」

 

 こてんとサーバルの首が斜めに(かし)ぎます。

 

「うん。ホテルもそうだけど、まだまだ僕の知らない事がパークにはたくさんある。だから、ヒトを探しに行く前に、それをもっと知りたいと思ったんだ」

「えーと、つまり……これからも一緒ってことだね!」

 

 サーバルが思考のステップを何段か飛ばして結論に至りました。とは言え飛ばさずとも結論は同じだったでしょう。何だかんだで、サーバルは本質を突く女なのです。

 

「いいの?」

「うん! 私も、もっとかばんちゃんと一緒にいたいから!」

「……ありがとう、サーバルちゃん!」

 

 向日葵(ひまわり)のような笑顔が花咲きます。そこで話はまとまったと見て取ったのか、バスを運転しているラッキービーストが口を挟んで来ました。

 

「ソウイウ事ナラチョウド良カッタネ。モウスグ次ノエリアニ到着スルヨ」

「つぎのエリア?」

 

 その時ちょうど、バスが朽ちかけたゲートをくぐります。その先にあったのは、暗幕と見紛うばかりに鬱蒼と茂った森と、その隙間から落ちて来る強い日差しでした。濃い陰影の中、蒸し風呂みたいに粘っこい空気が肌にまとわりつきます。

 サンドスターの力によって、場所ごとに気候が、時には太陽光の強さまでもが変わっているのです。ラッキービーストがそのエリアを、一言で言い表しました。

 

「じゃんぐるダヨ」

 

 

の の の の の

 

 

「あー…………」

 

 ジャングルの中にぽっかりと開いた、日光が照らす広場の中央。崩れかけた石柱、欠けた石像、朽ちゆく塔が立ち並ぶ中。太く高い切り株の上で、とあるフレンズが大の字になっておりました。

 

 グレーのニット帽に同色のアームカバー、白いへそ出しのタンクトップに、これまた白のジーンズ。肌は少しだけ浅黒く、髪は黒で目は鈍いオレンジ。『哺乳綱 霊長目 ヒト科 ゴリラ属 ニシゴリラ亜種 “ニシローランドゴリラ” Gorilla gorilla』のフレンズです。

 

 ゴリラなのに服が白いのは、おそらくシルバーバックが反映されているのでしょう。ゴリラは成長すると、背中の毛が鞍のような形に白くなっていくのです。

 

 もっともシルバーバックになるのはオスだけなのですが、フレンズは性別に関係なく『種の特徴』が出るのでおかしくはありません。フレンズは皆女性ですが、ライオンはタテガミのような髪を持っているし、ヘラジカは角が生えています。

 

「くっそーあいつら、なんで仲良くできないんだよぉ……」

 

 そんなゴリラな彼女は、死んだ目で中空を見つめ、誰にも言えない愚痴を独り言として吐き出していました。頭を埋め尽くす愚痴の種は、彼女の手下についてです。具体的には、ヒョウ姉妹とワニコンビの(いさか)いについてです。

 

「いっくら言っても全然聞かないし……私がいなくなるとすぐケンカするし……。そもそも何で私が親分なんだ……ああ胃が痛い…………」

 

 剥き出しのお腹を押さえ顔をゆがめます。ゴリラは見た目によらず繊細なのです。ストレスで体調を崩したり、心臓を悪くして死に至る事すらあります。

 

「――――ッ、何だ!?」

 

 聞き慣れない音を聞きつけたゴリラが飛び起き、道の向こうを見据えます。単に警戒したという事もありますが、彼女は手下の前では威厳ある親分を演じているので、万が一にも気を抜いた姿を見られる訳にはいかないのです。

 

「…………?」

 

 ですがその警戒は半分無駄に終わりました。姿を現したのは、手下どころか全く見も知らぬ謎の物体だったからです。その物体は道なりに進んでくると、ゴリラのいる切り株の根元で止まりました。

 

「ラッキーさん、ここは?」

「古代遺跡ヲモチーフニシテ作ラレタ場所ダヨ。デモ、大分壊レテシマッテイルネ」

「こだいいせきって?」

「遥カ昔、ココデハナイ沢山ノ場所デ、人ハ色ンナモノヲ作ッタ。ソレガ古代遺跡ダヨ。ソノウチノ一ツヲ真似テ、コノ場所ヲ作ッタンダヨ」

「へー、こんなおっきなものを作るなんてすごいね!」

 

 物体からは、フレンズと思しき三種類の声が聞こえてきます。どうやら中に入れるようになっているようだと彼女は気づきます。興味を引かれたゴリラは、その物体の前に飛び降りました。

 

「お前ら、ここに何の用だ?」

 

 

の の の の の

 

 

「へぇ、旅か……気楽そうでいいなぁ……」

 

 かばん達の話を聞いたゴリラが遠い目を見せます。まるで疲れたサラリーマンのような目です。

 

「それなら、ゴリラちゃんもいろんなところに行ってみたら? たのしーよ!」

「いや、そういう訳にもいかないよ。あいつらほっといたら、どうなるか分かんないからね」

「縄張り争い、ですか」

「ああ、そんなに仲が悪いんならいっそ離れりゃいいだろと思うんだが……。どうも意地になっちまってるようでねえ……」

 

 はあぁぁ、とゴリラが重いため息を吐き出します。吐いた息が塊になって、そのままずぶずぶと地面に沈んでしまいそうな重さです。とそこで、彼女は何かに気付いたようにかばんに顔を向けました。

 

「……そうだ、アンタはヒトなんだろ?」

「え? はい、そうです」

「ならさ、『動物を思いのままに操る方法』ってのを知らないか?」

「動物を――」

「――思いのままにあやつる方法?」

 

 かばんとサーバルが思わず声を合わせます。ゴリラがかばんに向けて身を乗り出しました。

 

「ああ、噂で聞いたんだ。そんな方法があるんなら、ケンカばっかりしてるあいつらをまとめる事が出来る。だから教えて欲しいんだ。その方法ってヤツを」

「そんな事言われても……」

「そんなの、聞いたことないよ?」

「何?」

 

 ゴリラの顔が横を向き、きょとんとしているサーバルを捉えます。

 

「私はかばんちゃんとずっと一緒にいるけど、そんな方法なんてしらないよ」

「……それは、本当か?」

「はい。僕は確かにヒトですけど、そんな方法なんて聞いた事もありません。パークに昔いたというヒトなら何か知っていたかもしれませんけど、僕はここで生まれたフレンズなので……」

 

 サーバルがぽんと手を打ち、目線を下にやりました。

 

「そうだ! それならボスが何かしってるんじゃない?」

「ボクモソンナ話ハ聞イタ事ガナイネ」

「そうか……噂はしょせん、噂だったという事か……」

 

 ゴリラががっくりと落ち込みます。ラッキービーストが喋っているという、驚愕の事実も頭に入っていなさそうです。それほどまでに頭を痛めていたのでしょう。

 

「ごめんなさい。でも、もしそんな方法があっても、それを使ってフレンズさんに無理矢理言う事を聞かせるというのはよくないと思います」

「うっ……。……いや、その通りだ……」

 

 そしてかばんの正論に更に落ち込みます。言った方は何となくこうなるような気はしていましたが、言わない訳にもいかないので仕方がありません。

 

「ああしかし、そうすると私はどうしたらいいんだ……。あいつらはほっとけないし、でもこのままじゃ……」

 

 進退窮まったゴリラは、頭を抱えてぺたんとへたり込んでしまいました。それを見たサーバルの眉尻が下がります。

 

「なんか気の毒だね……かばんちゃん、なんとかならない?」

「うーん……」

 

 話を振られたかばんは首を捻ります。何とかしてあげたい気持ちはありますが、現状では何ともなりません。そこで彼女は、妥当かつ無難な提案を出しました。

 

「とりあえず、その四人の様子を見に行きましょう」

 

 

の の の の の

 

 

「さっさと出ていきな! ここはアタイたちの縄張りだよ!」

「そうですよ! 何度も言わせないでください!」

 

 太いワニの尻尾がお揃いの二人が、木を見上げトゲのこもった言葉を投げます。『爬虫綱 ワニ目 クロコダイル科 クロコダイル属 “イリエワニ” Crocodylus porosus』と、『爬虫綱 ワニ目 アリゲーター科 カイマン属 “メガネカイマン” Caiman crocodilus』のフレンズです。

 

 イリエワニはダメージジーンズと、大胆に胸元をはだけた黒のジャケットを身に纏っています。ジャケットの素材がワニ皮なのは正しいと言えば正しいのですが、いいのでしょうか。そして薄い灰色の髪は、前側がまるで大顎を開けたワニの口の如くなっており、その種族を主張していました。

 

 メガネカイマンの方は、これまた胸元を大きく開けた半袖シャツに、黒スパッツと白ホットパンツです。薄緑の髪を三つ編みにし、赤いリボンが頭の上に乗っかっています。そして何より、その名の通りメガネです。メガネカイマンは『メガネをかけているように見える』というだけなのですが、妙な事もあったものです。

 

「うっさいなぁ、文句あるんやったらここまで上がってきぃや!」

「姉ちゃんの言う通りや!」

 

 そのワニコンビを樹上から見下ろすのはヒョウの姉妹です。『哺乳綱 ネコ目 ネコ科 ヒョウ属 “ヒョウ” Panthera pardus』と、『哺乳綱 ネコ目 ネコ科 ヒョウ属 “クロヒョウ” Panthera pardus』のフレンズです。

 

 姉のヒョウは、胸元の赤いリボンを除けば、白いシャツに斑点模様のスカート・ニーソックス・ロンググローブと、どことなくチーターに似ています。ですがチーターにはあったアイシャドウは無く、髪型もツインテールで、服の斑点の形も少し違います。チーターは本当に単なる斑点ですが、こちらは花が崩れたような形で、元の動物の模様そのままです。

 

 妹のクロヒョウは、服と髪が真っ黒な事以外は姉と瓜二つです。もっとも同種なので当然と言えば当然でしょう。黒いのはあくまで突然変異*1なので、フレンズ化する前から姉妹であってもおかしくはありません。

 

 それよりも関西弁の方が不思議です。おそらく“豹柄=大阪のおばちゃん=関西弁”というイメージがどこかで混ざり込んでしまったのでしょう。フレンズ化にあたっては明らかに日本の影響を受けている*2とは言え、大阪のおばちゃん恐るべしです。

 

「あんまり仲はよくなさそうだね……」

「いつもあんな調子でな……どうにかなりそうか……?」

「う、うぅーん……」

 

 そんな四人を、木の陰からかばん達が見つめます。ゴリラは藁にも縋る顔でかばんに目線を向けていますが、向けられた方はかなり困っています。ここまで本気で仲が悪いのは予想外だったようです。

 

「……さっきゴリラさんも言ってましたが、あそこまで仲が悪いのなら、一緒にいない方がいいと思うんですが……」

「言っても聞かないんだよぉ……」

「なわばりはあそこじゃないとダメなのかなぁ」

「ワニハ水辺ジャナイトイケナイケド、ヒョウハソンナ事ハナイヨ。フレンズ化シタ今ナラ、ドコデモ問題ナインジャナイカナ?」

 

 縄張りを作る主な目的は、『エサ・安全・繁殖場所の確保』です。フレンズとなった今、どれも必要性は薄れています。である以上、フレンズが縄張りを作るのは本能の名残と言っていいでしょう。フレンズはその本能が強いので問題になっているのですが。

 

「ハン、臆病モンどもが! 降りて来る勇気もないんだろ!」

「登って来る事も出来んのが何ぬかす! 悔しかったらここまで来ればええねん!」

「降りてこないという事は、ここは私達の縄張りだと認めたという事ですね!」

「何勝手な事言うとるんや! ウチらのモンに決まっとるやろ!」

 

 そうこうしている間に、どんどんヒートアップしていっています。売り言葉に買い言葉で、どっちも全く引く気はなさそうです。そんな剣呑な空気の中、真っ先に爆発したのはイリエワニでした。

 

「もう我慢ならねえ! 降りてこねえってんなら降ろしてやるよ!」

 

 オリーブの瞳が鈍く光り、虹色がその体から漏れ出ます。誰が止める間もなく、鋭い正拳突きがヒョウ達の居座る木に向けて叩き込まれました。

 

「うおっ!?」

「おおぅっ!?」

 

 その拳は驚くべき事に、一抱えはありそうな木を容易くへし折りました。現生生物最強の咬合力*3は、腕力という形で表出しているようです。ヒョウ姉妹はネコ科特有のしなやかさで地面に降り立つと、そのコメカミにびきりと青筋を浮かばせました。

 

「やってくれよったな……!」

「姉ちゃん、もう我慢する事なんてあらへんよな……!?」

「ハン、そりゃこっちのセリフだよ!」

「あなた方に我慢なんて高尚な機能がついてたとは初めて知りましたよ」

 

 ワニとヒョウがにらみ合い、辺りに緊張感が満ちます。空間が歪んで見えるほどの一触即発を、ポコポコという太鼓にも似た音が切り裂きました。

 

「こ、この音は……!」

「お前たち、何をしている」

「お、親分……!」

 

 ドラミング*4をしながら登場したゴリラに、四人の目が集まります。ゴリラが一睨みすると、彼女達の背筋がぴんと伸ばされました。

 

「何度言えば分かるんだ。争いはやめろと言っただろう」

「は、はい!!」

 

 先程までの勢いはどこへやら、気を付けの姿勢で直立不動です。ゴリラがどれほど畏怖されているかよく分かる光景です。

 

「すっごいオーラだね……」

「うん、迫力が凄いね……」

 

 それを見たかばん達は小声でひそひそと感想を言い合います。そんな二人に目を向けたイリエワニが、おずおずとゴリラに問いかけました。

 

「あの、その後ろの二人は……?」

「あー………………私の客だ。失礼のないように」

 

 長い沈黙の後、適当な言い訳を引っ張り出したゴリラの向こう側で、四人の注目がかばん達に向けられます。

 

「はー、親分に客なあ……」

「珍しい、いえ、初めてでは……?」

「親分にそんなヤツがおったんやなあ……」

 

 微妙に失礼な上息がぴったりです。ふと湧き上がる、実は仲が良いんじゃないかという疑惑は口に出さず、かばんはぺこりと一礼しました。

 

「初めまして、僕はかばんと言います。こっちが――」

「サーバルだよ! よろしくね!」

 

 元気よく自己紹介したサーバルにつられ、ワニコンビとヒョウ姉妹も次々に名乗ります。そんな彼女達に向け、かばんが少しだけ首を傾け言いました。

 

「少しお話、いいですか?」

 

 

の の の の の

 

 

「ええっとつまり、こういう事ですか? 『特に理由はないけど、何だか気に食わない』、と」

「せやな」

「そうだ」

 

 かばんは内心困ります。理由がないという事は、何をどうすれば改善するのかも分からないという事だからです。離れるのが最も手っ取り早く確実な解決法なのですが、互いの意地にかけてそうはしないだろうという事は、口振りの端々から伝わってきます。

 

 近くにいればケンカは避けられず、かといって離れるという選択肢はない。要するに状況は詰んでいるのですが、同時に一つ、感じる事がありました。

 

「……でも、ゴリラさんの言う事は聞くんですよね。何故ですか?」

 

 正確には『なるべく聞く』ですが、それでも聞こうとしている事には変わりありません。頭に血がのぼると忘れるだけです。

 

「そりゃあ親分だからな!」

「ええ、親分ですから」

「親分やからな」

「親分なんやから当然や」

 

「そ、そうですか……」

 

 やっぱり仲が良いのではという疑惑は飲み込み、かばんはちらりとゴリラに視線を向けます。一見泰然としていますが、かばんには分かります。あまりのプレッシャーに表情が固まっているだけです。かなり分かりやすいので、意外と空気の読めるサーバルも気付いています。気付いていないのはワニとヒョウだけです。

 

 ゴリラは当てにならないと判断したかばんは、大きく深呼吸し、この詰んだ状況を打破すべく四人を正面から見据えました。

 

「……ところで、その親分さんの事なんですが」

「何や?」

「悩みが、あるそうです」

「悩みぃ?」

 

 四人の顔が訝しそうにゆがめられますがそれも一瞬の事。あっという間に彼女達は、いかにもバカバカしい事を聞いたというように笑い始めました。

 

「あっはっはっは!」

「ありえへん! んな訳ないわ!」

「ゴリラの親分に悩み? おもろい冗談やな!」

「ぷっ、くく……!」

 

「かばんちゃん……」

「大丈夫だよ、サーバルちゃん」

 

 その反応にサーバルが不安そうにかばんを見つめますが、かばんはにっこりと笑って見つめ返します。気弱だった彼女はもういません。これまでの経験が、彼女を成長させているのです。

 

「悩みというのは、皆さんについての事です」

「アタイら?」

「はい。皆さんが何かとケンカをするのが、心苦しいと」

「う……」

 

 心当たりしかない四人は思わず怯みます。それを見逃さず、すかさずかばんが畳みかけました。

 

「ケガでもしたらどうしようって、とっても悩んでましたよ。初めて会った僕達に相談するくらいには」

「ちょ」

「親分……」

「そないに、ウチらの事を……」

 

 ようやく我に返ったゴリラが何かを言おうとしましたが、ワニとヒョウのうるんだ瞳に言葉は喉元で止まります。

 

「親分がそんなに悩んでいたなんて……」

「反省せんとアカンな……」

「ぉ、ぉぅ……」

 

 肝心のゴリラを置いてけぼりに、話が勝手に進んでいきます。しかしかばんは、ここで一旦仲直りしても、またヒートアップしたら忘れそうだと感じ、一計を案じました。

 

「そこで提案があるんですが」

「んあ?」

「提案?」

 

「はい。ここは、相撲で勝負してみたらどうでしょう?」

「すもう?」

 

 きょとんとした瞳が、かばんに向けられました。

 

 

の の の の の

 

 

「やり方は簡単です。この円から少しでも身体が出たら負け。足の裏以外が地面についても負け」

 

 拾った棒で地面に円を描きながら、かばんは相撲のルールを説明していきます。何故そんな事を知っているかは不思議ですが、おそらく“ヒトのフレンズ”が持つ知識の一つなのでしょう。

 

「押したり投げたりはいいですけど、殴ったり蹴ったりはダメです」

「そんだけ?」

「はい、それだけです」

 

「ほお、面白そうだな……よし、早速やるか!」

「おっしゃ、負けへんで!」

 

 乗り気なイリエワニとヒョウが、早速土俵に足を踏み入れます。それを確認すると、かばんは手を高く上げ、勢いよく振り下ろしました。

 

「ではいきますよ――――はっけよい、のこった!」

 

 かばんの合図と同時に相撲が始まりました。二人が両手を合わせるように組み合い、土俵の外からメガネカイマンとクロヒョウが声援を送ります。

 

「負けないでくださいイリエワニさん!」

「がんばりや、姉ちゃんなら勝てるで!」

 

 最初は中央で拮抗していましたが、すぐに天秤が傾きます。力で押し負けたヒョウの足元が、ずるずると後退を始めたのです。イリエワニの口元が、愉快そうに吊り上がりました。

 

「……アタイの力にゃ、勝てないみたいだね……!」

「ぬっ……ぐぅっ……!」

 

 ヒョウも全力を振り絞っていますが、イリエワニには押される一方です。それを見たサーバルが、感心したように口を開きました。

 

「イリエワニちゃん、力つよいねー」

「イリエワニハ現代最大ノ爬虫類ダヨ。体長ハ6mヲ、体重ハ1tヲ超エル事モアルヨ」

「ええっと、それってどのくらい?」

「大体ダケド、長サハサーバルガ縦ニ4人分、重サハサーバルガ22~23人分*5ダネ」

「お、おっきいね……だからあんなに力がつよいんだ」

 

 サーバルがイリエワニのサイズに目を丸くしている間に、相撲の決着がついていました。イリエワニがヒョウを押し出して勝ちです。何の捻りもありませんが、初めてならこんなものでしょう。

 

「ぅおっしゃー! アタイの勝ちだ!」

「さすがですイリエワニさん!」

 

「ぐっ、すまん妹よ……!」

「大丈夫や! 姉ちゃんのカタキはウチが取る!」

 

 目を光らせたクロヒョウが土俵に入ります。イリエワニは上がった口角のまま、余裕綽々な態度でそれを迎えました。

 

「ふっ、何人こようが同じだ。返り討ちにしてやるよ!」

「笑ってられるのも今のうちやで。姉ちゃんのおかげで、勝ち目が見えたからな!」

「何?」

 

 訝しげなイリエワニを横目に、クロヒョウがかばんに開始の合図を促します。かばんはイリエワニに目で確認を取ると、再度勢いよく手を振り降ろしました。

 

「はっけよい、のこった!」

「オラァ!」

「んなっ!?」

 

 開始の合図と共に、クロヒョウは素早く横に跳びます。イリエワニはいきなりの動きに対応しきれず、その隙をついてクロヒョウはイリエワニの足を掴み、勢いよくひっくり返しました。

 

「そこまで! クロヒョウさんの勝ちです!」

 

「ま、まけた……」

「っしゃー! 見たか!」

「ようやったで、さすがウチの妹や!」

「姉ちゃんが先に戦ってくれたから勝ち方を思いつけたんや!」

 

 ヒョウは最大で体重は90㎏程度ですが、そこまで大きいのは稀で、大抵は大型犬くらいです。しかし、そのサイズで()()()()()を持っています。その特長はフレンズ化した今でも全く損なわれておらず、むしろ磨きがかかっているようでありました。

 

「まだです! 次はこの私、メガネカイマンが相手です!」

「おっしゃ来いや、今度はこっちが返り討ちにしたるわ!」

 

 かばんの合図も待たず、クロヒョウとメガネカイマンが戦い始めました。メガネカイマンは小型のワニ*6ですがその分小回りが利くようで、クロヒョウに何とかついて行けています。結果として、一進一退のいい勝負となっています。

 そんな中、ゴリラが柔らかい笑みを浮かべつつかばんに話しかけました。

 

「なあかばん、ありがとな」

「ゴリラさん?」

「私じゃ上手く行かなかった。お前のおかげだ」

 

 ゴリラのその言葉に、かばんはゆっくりと首を横に振りました。

 

「ゴリラさんが皆に慕われる“親分”だったからですよ。そうじゃなかったら、こんなに上手くはいきませんでした」

「そ、そうか……」

「はい、そうです」

 

 ゴリラはぷいっと顔を横に向けます。肌が浅黒いので分かりにくいのですが、その顔はわずかに赤く染まっています。照れている事がまる分かりです。

 

「と、ところでこの“すもう”というのはいいな! これならケガもしにくいし、いつでもどこでも簡単に出来る!」

「それはよかったです。ライオンさん達の時みたいに体を動かす何かがいいと思ったんですが、ちょうどよかったみたいですね」

 

 照れ隠しにゴリラが話題を変えました。相撲でも怪我は付き物ですが、頑丈なフレンズならその心配はあまりありません。また、ワニもヒョウもそこまで怪我を恐れる動物ではないので、そういう意味でも適当と言えました。

 

「よし、私の勝ちです!」

「ぐっ、ぐぐぐぐ……!」

「じゃあ次わたしー!」

 

 土俵の外に弾き出されたクロヒョウと入れ替わるように、サーバルが乱入しました。かばんの合図も待たずに三回戦が始まります。

 

 メガネカイマンが風切り音と共に剛腕を振り回し、サーバルがぴょこぴょこ飛び跳ねてそれを躱しています。もはや相撲ではないような気もしますが、フレンズの身体能力ならむしろ自然なのかもしれません。

 そうこうしているうちに、速度で翻弄していたサーバルがメガネカイマンの背中を取って外に押し出し、決着がつきました。

 

「やったー、わたしのかちー!」

「くっ……もう一回、もう一回です!」

「おっと待った、次はウチや!」

「いやアタイだ!」

 

 その時。どこかほのぼのとした喧騒を、禍々しい声が引き裂きました。

 

「――――――ォォォォオオオオッ!!!!」

 

 理性というものが感じられない、唸り声のような遠吠えのような、不吉な声です。それを耳にしたゴリラ達は一瞬で気を引き締め、即座に行動を開始しました。

 

「声は東からや!」

「よし、一旦ここを離れるぞ! 西に向かう!」

「はい!」

 

 ゴリラの指示で皆まとまって動き始めます。まるで軍隊のごとき機敏さです。状況を飲み込めていないかばんが、目を白黒させました。

 

「な、何が……?」

「話は後だ。“アイツ”が来る」

「あいつ、って?」

 

 どこか不安そうな様子を見せるかばんとサーバルに、ヒョウが硬い表情で告げました。

 

「“ビースト”。ウチらは、そう呼んどる」

 

*1
黒変種。メラニズム。アルビノの逆。メラニン色素が過剰に生成され、身体が真っ黒になる。ヒョウ以外でも存在する。

*2
フレンズはどう見ても日本語を喋っているし、残された本等も日本語で書かれている。

*3
実際に計測された中では。大きい個体だと、奥歯部分で25tもある。シャチはイリエワニを上回るとも言われているが、計測が出来ないので詳細不明。

*4
ゴリラが胸を叩くアレ。本来はオスしかしない。ちなみに拳ではなく平手で叩く。

*5
サーバルを身長150㎝、体重45㎏と仮定。

*6
大きくても全長2.5m、体重60㎏程度。全長3mに達する事もあるが稀。



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第八話 びーすと

「ビーストって、なんなんですか……?」

 

 昼なお暗いジャングルの中を走りながら、かばんが尋ねます。ヒョウがそれに対して、簡潔に答えました。

 

「分からん」

「わかんないの?」

 

 サーバルがきょとんとした顔で聞き返し、クロヒョウが姉の言葉を補足します。

 

「見た目はフレンズに似とるんやけど、話がまったく通じひん。ただ暴れて襲い掛かって来るんや」

「新しいセルリアン……とか?」

「さっきも言ったが分からん。パークのどこにでも現れるとは聞いとるが――――」

 

 クロヒョウが何かを言いかけたその時、再びビーストの声が森に響きます。今度はかばんにもはっきり分かるほどの、空と地が震える咆哮でした。

 

「まずいで、近づいて来とる!」

「どうします親分!」

「…………ここで迎え撃つ! 構えろ!」

 

 ゴリラが決断し、ヒョウ姉妹とワニコンビが足を止めて声の方向へと向き直ります。サーバルとかばんもそれに続こうとしますが、ゴリラがそれを制止しました。

 

「二人は行ってくれ」

「えっ……」

 

 思ってもみなかった言葉に、かばんが言葉を詰まらせます。そんな彼女に向け、ヒョウとワニが次々に言葉を連ねて行きます。

 

「せやな。サーバルはともかく、かばんは戦えへんのやろ?」

「戦えねえ奴がいたってしょうがないからな」

「ジャパリパークの掟は、自分の身は自分で守る事。それが出来ないと言うのなら、せめて逃げるくらいはしてもらわないと困ります」

「で、でも……!」

 

 かばんの高い知能が、自分がいるせいで逃げられずに戦う事になったのではないか、と(ささや)きます。罪悪感に足が動かない彼女の背中を、ヒョウがばしんと叩きました。

 

「いたっ」

「ウチらが負けるとでも思とんのかいな! これでも追っ払うくらいは出来るんやで?」

 

「ウガアアアッ!!」

 

 茂みがガサリと動き、暴力を形にしたかのような黒い影が飛び出してきました。すかさずゴリラが反応します。

 

「そういう、事だッ!」

 

 生物の肉体から出たとは思えぬ轟音をたて、ゴリラの剛腕がビーストを弾き飛ばしました。ゴリラの握力は500㎏を超えており、フレンズ化した今、その力は更に上昇しているのです。

 

「ガウアアオオ!」

 

 それでもビーストは全く怯まず、再び襲い掛かって来ます。今度はイリエワニが殴り掛かりながら前に出ました。

 

「テメエの相手はアタイだ!」

「サーバル、かばんを連れていけッ!」

 

 ゴリラの怒声に、弾かれたようにサーバルが動きます。フレンズに色濃く残る本能が、その言葉の正しさを嗅ぎ取ったのです。

 

「行こうかばんちゃん!」

「ゴ、ゴリラさんたちが……!」

「邪魔や! はよ行き!」

「……ごめん!」

 

 サーバルがかばんと、ついでにラッキービーストを抱き上げ走り出します。邪魔だと言うヒョウの言葉は全く正しいものでありましたし、何よりサーバルが()()()()()のは、ゴリラ達ではなくかばんであるからです。

 

「サーバルちゃん!?」

「話はあとで!」

 

 

の の の の の

 

 

「行った、かッ!」

 

 イリエワニの並外れた膂力(りょりょく)を厄介と見たか、ビーストが後ろに跳び退(すさ)りました。理性はなくとも本能は残っているのか、唸りながらゴリラ達を警戒しています。

 

「ヴヴー……」

 

 ちょうど光の差し込むところに居座ったおかげで、その姿が(あらわ)になります。途切れ途切れの縞模様が入ったオレンジと白の髪、同色の尻尾とニーソックス、獣耳、黒いベストに黄色いチェック柄のスカートと、一見するとフレンズそのものです。

 

 しかし、腕には鉄製と思しき手枷と引きちぎられた鎖がぶら下がっており、正気を失った瞳が病的に炯々(けいけい)と光っています。身体からは紫色の毒々しい瘴気が立ち昇り、まるでセルリアンのごとき様相です。

 

 そして何より、“手”がフレンズとは全く違います。フレンズは皆ヒトと同じ手を持っていますが、ビーストの手はかぎ爪に毛むくじゃらの、獣そっくりな手です。

 

 多種多様な役割を持ち、おそらく全生物中最も器用な“手”は、ヒトの象徴そのもの。それを持たないビーストは、『動物がヒト化した』フレンズとは異なる事を明確に示していました。

 

「ちっ、メンドーだな」

「この人数差で、何で逃げないんですかね」

「んな頭がないんやろ」

 

「グルアア!!」

「うおっ!?」

 

 ビーストは突如として、前に出ていたイリエワニを無視し、後ろにいたヒョウを強襲します。予想外の行動に一瞬固まったヒョウは攻撃を受けそうになりますが、ゴリラがカバーに入りました。

 

「親分!」

「落ち着け! ヒョウとクロヒョウは速度で引っ掻き回せ! ワニとカイマンは攻撃を受け止めろ!」

 

 ゴリラが指示を飛ばします。“子分”の能力をよく把握した、理に適った内容です。類人猿らしく、知能は他のフレンズとは一線を画しているようです。“親分”と慕われるのは面倒見の良さのみならず、こういった頭脳面もあっての事なのでしょう。

 

「四人で隙を作るんだ! トドメは、私が刺す……!」

 

 ゴリラの濃いオレンジの瞳に火が灯り、ビーストの紫に対抗するかのように、虹色がその体を覆います。可視化されそうなほどの緊張感の中、ビーストの咆哮を号砲に、再び戦いが始まりました。

 

 

の の の の の

 

 

「ここまでくれば……!」

 

 ジャングルを飛び跳ね移動していたサーバルが、激戦地から十分に離れた事を確認して足を止めます。降ろされたかばんが慌ててゴリラ達のもとへ戻ろうとするのを、サーバルが制止しました。

 

「サーバルちゃん!」

「おちついて」

 

 サーバルがじっとかばんを見つめます。凪いだ海のような静かな瞳に、かばんの昂っていた精神が鎮まってゆきます。

 

「かばんちゃんがあそこにいたら、巻き込まれてケガしちゃうよ」

「それは……」

 

 実際のところは、“ケガ”程度で済めば御の字といったところでしょう。かばんの身体能力そのものは決して低くはない*1のですが、フレンズとは比較になりません。理性なく暴れまわるビーストの前なら尚更です。

 

「それに、ゴリラちゃんたちなら大丈夫。五人もいるんだし、まけるようには見えなかったよ」

「……そう、だね」

 

 かばんの頭に冷静さが戻って来ます。確かに普通なら、五対一では勝ち目はないでしょう。サーバルの見立てがそう間違っているとも思えません。

 

 ですが相手は、どう見ても普通ではない存在です。拭いきれない一抹の不安が、鉛のように胸にわだかまります。悩むかばんに、サーバルが真剣さと不安がないまぜになった表情を向けました。

 

「ねえかばんちゃん、あの子をとめられないかな?」

「あの子って……ビーストって呼ばれてた、あの?」

「うん」

「暗くて僕にはよく見えなかったんだけど……。フレンズ……なのかな」

「わかんない。けど、あのままだとどっちもケガしちゃうし、ほっとけないよ!」

 

 ゴリラ達のみならず、ビーストをも(おもんばか)った言葉にかばんの顔が引き締まり、その瞳に強い意思が宿ります。

 

「――――うん、そうだねサーバルちゃん。どうにかして、止めないと!」

「ありがとう、かばんちゃん!」

 

 とは言え、二人はビーストについて何も知りません。何しろつい先ほど知ったばかりなのです。どうしたものかと考えこむかばんの目が、サーバルの小脇に抱えられていた青いロボットに向けられました。

 

「ラッキーさん、あの“ビースト”について何か知りませんか?」

「少シダケナラ知ッテイルヨ」

「さっすがボス!」

 

 ぴょんと地面に降り立ったラッキービーストが、目を青色に光らせ話し始めました。

 

「サンドスターガ動物、モシクハソノ一部ダッタモノニ当タルトフレンズニナル。デモソノ時、何ラカノ理由デビーストニナッテシマウ事ガアルラシインダ」

「なんらかの理由って?」

「ソコマデハ知ラナイヨ。僕ハパークガイドロボットダカラ、アマリ詳シイ情報ハ持ッテイナインダ」

 

 ビーストが現れた時のガイドロボットの仕事は客の避難誘導であり、その原因究明ではありません。それを考えると、多少でも情報を知っていた事は僥倖と言えるでしょう。

 

「つまり、ビーストはフレンズという事なんですか?」

「僕ニハソノ質問ニ答エラレルダケノ情報ガナイヨ。ゴメンネ」

 

 機械らしい答えを返すラッキービーストに、サーバルが最も肝要な質問を投げます。

 

「それで、あの子はどうやったらとまるの?」

「分カラナイヨ。カツテ人ガ一時的ニ捕ラエタ事ハアルケド、結局ハ上手クイカナカッタヨ」

 

 その結果が、腕にぶら下がる手枷の成れの果てと引きちぎられた鎖なのだと思われます。そして同時に、ビーストがヒトのいた頃から存在し、ヒトの手にも余るものだったという事をも意味していました。

 

「捕らえた……って、どうやってですか?」

「ソコマデハ知ラナイヨ。デモ、沢山ノ人間ト機材ガ動イテイタカラ、オソラク同ジ方法ハ無理ダヨ」

 

 フレンズに協力を仰げば人手はどうにかなるにしても、放置されて久しいパークで機材が揃うとは考えにくく、何より時間が不足しています。仮に方法が分かっていても、今この時には間に合いません。

 

「なら、追い払う方法は分かりませんか。誰かが怪我をする前に、この場だけでも何とかしないと……!」

「分カラナイ。デモ、ビーストハフレンズト違ッテ、本能ガ強イヨウダ。ソノ辺リヲ利用スレバ、何トカナルカモシレナイヨ」

「本能……なら、ひょっとすると……?」

 

 何かに気付いたように考え込むかばんに、サーバルが期待を込めた目を向けます。

 

「かばんちゃん、なにか思いついたの!?」

「うん。上手くいくかは分からないけど、やってみる価値はあると思う」

「さっすがかばんちゃん! じゃあさっそく――ッ!」

 

 サーバルが突然話を打ち切り、左に身体を勢いよく向けます。驚くかばんがどうしたのかと問う(いとま)もなく、茂みがガサリと動き、暗い灰色の体躯が姿を現しました。

 

「セルリアン!?」

「うー、こんな時にー……!」

 

 ホテルや荒野で出会ったタイプと同じものに見えます。大きさはかばんより少し小さいくらいで、サーバルなら一人でもギリギリ倒せる程度だと推測されます。しかしその凸凹の体からは二本の触手が伸びており、厄介そうである事も見て取れました。

 

 逃げてゴリラ達の下へ駆けつける、という選択肢はありません。背中から襲われたら困りますし、万一ビーストと共闘でもされたら脅威が増えるだけです。それを本能的に(さと)ったサーバルは、瞳を黄金に光らせ決意を固めました。

 

「……ここでたおすしかないね!」

「気を付けて、サーバルちゃん!」

 

 

の の の の の

 

 

「ガアアアアッ!!」

「くっ!」

 

 かばんとサーバルが去った後。ビーストとゴリラ達は、一進一退の攻防を繰り広げていました。

 

「こっちや!」

 

 ヒョウが木々の間を飛び跳ね、速度で翻弄しつつビーストに一撃を入れようとします。ビーストはそれに反応し迎え撃とうとしますが、クロヒョウがその隙を突きました。その真っ黒な体躯は、薄暗いジャングルでは迷彩として働くのです。

 

「残念、こっちや」

「グゥ……!」

 

 ビーストにとっては軽く、しかして足は止めざるを得ない攻撃が命中します。それを、ビーストの真正面で攻撃を受け止めていたイリエワニは見逃しませんでした。

 

「オラァッ!」

「グッ!?」

 

「やったか!?」

「いや、浅い!」

 

 イリエワニの拳を避けきれないと見るや、ビーストは自ら後ろに跳んでその衝撃を軽減させました。闘争本能のなせる業です。

 

 恐るべきはビーストと言えるでしょう。戦力差は単純計算で五倍だというのに、“戦闘”を成立させています。ですがそれでも数の差は大きいようで、紫色の瘴気は薄くなり、致命傷こそ避けていますが身体には大小様々な傷が付いていました。

 

「それにしても、今日はずいぶんと粘りますね……」

「ああ、普段ならもう逃げとるはずやけど……」

「……これは、好機かもしれんな」

 

 重々しく口を開いたゴリラに、視線こそビーストから外さないままですが、ヒョウ達の意識が向けられます。

 

「逃げないというならちょうどいい。ここで倒してしまえば、後顧の憂いが消えるというものだ」

 

 ゴリラはいかつい見た目やイメージに反して平和主義者です。力は強いのですが性質は穏やかで争いは好まず、敵からは逃げるのがもっぱらです。しかし平和主義者とは、非戦主義者ではありません。追いつめられれば戦うし、何より至極単純な論理として。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なるほど、道理です」

「やられっぱなしもシャクやしな」

「今度はこっちの番って事やな!」

「やってやろうぜ親分!」

 

 皆のやる気を見て取ったゴリラは、低い声で指令を下しました。

 

()()()()()()()()()()()、ここで潰すぞ」

 

 返事代わりにワニ達のサンドスターが励起し、体から虹色が溢れ出ます。しかしビーストは尋常ならざる気配を感じ取ったのか、唸り声を上げると共に横っ飛びに跳んで脇目もふらず逃亡しました。

 

「ヴゥッ……!」

 

「あっ、逃げよった!」

「ウチらの勝ちやな!」

「正直、また相手にするのはキツイですね」

「なあに、そん時は何度でも返り討ちだ! ですよね、親分!」

 

 逃がしたとはいえ、実質的な勝利に空気が緩む中、何かに思い至ったゴリラが顔色を変えました。

 

「いや――――あっちはまずい!」

 

 

の の の の の

 

 

 セルリアンと相対するサーバルは、かばんの援護の下、危なげなく戦闘を進めていました。焦る気持ちはありますが、焦って返り討ちに遭ったら本末転倒。彼女に残る野生の本能は、戦闘における無謀な行動を戒めていました。

 

「みんみー!」

 

 サーバルの爪が触手を切断します。本体から切り離された触手は、キューブに分解されて消滅しました。これで触手は二本ともなくなり、本体は丸裸。彼女の無意識下でほんのわずかな油断が生まれ――それを消し去る声が背中からかけられました。

 

「サーバルちゃん、気を付けて!」

「うん! ありがとうかばんちゃん!」

 

 サーバルが気を引き締めセルリアンに向かいます。まだ何も終わってなどいません。セルリアンは触手などなくても十分以上に脅威なのです。ですがその脅威を打ち砕かんとする声が、再び後ろから響いてきました。

 

「石は向かって左側に見えた!」

「さっすが!」

 

 かばんがセルリアンの気を引くため、紙飛行機を投げようとした瞬間。猛り立つ咆哮と共に、紫と虹色がぐちゃぐちゃに混じり合った塊が、横合いから凄まじい勢いで突っ込んできました。

 

「オアアアアァァァァ!!!!」

「グルアアアアァァァ!!!!」

 

 取っ組み合うビーストとゴリラです。ごろごろと転がりながら噛みつき引き裂き殴り合い、まさに獣の戦いそのものです。そしてその後ろから、押っ取り刀でワニコンビとヒョウ姉妹が追いついてきました。

 

「皆さん! 一体何が!?」

「かばんか! アイツが逃げて親分が追った!」

「えっと……」

「ビーストが逃げる方向にアナタ方がいるのに親分が気付き、身体を張って止めたという事です」

 

 イリエワニのざっくりしすぎた説明を、メガネカイマンが補完します。ヒョウが悔しそうに言葉を吐き出しました。

 

「親分を助けたいが、ああも密着して動き回られると手が出せへん」

「ウチらの力じゃ、無理矢理引き剥がすんも無理や」

「イリエワニちゃんたちは?」

「アタイらは足が遅いから追いつけねえ」

「業腹な話ですが」

 

 話を聞いたサーバルの目が、自然とかばんに向かいます。彼女がそれに応えようと口を開きかけたその時、異変が起きました。

 

「ゴ、ガアアアアァァァッ!!」

「ぐっ!?」

 

 一際大きく吠えたてると、ビーストがゴリラを弾き飛ばし、驚く事にそのままセルリアンを襲い始めたのです。セルリアンは硬いため、殴っただけでは破壊されずに吹き飛びますが、ビーストはその後を追いかけ追撃をかけています。

 

「何や!?」

「セルリアンを……!?」

「よく分かりませんがチャンスです! 今のうちにゴリラさんを!」

 

 いち早く気付いたかばんが叫び、弾かれたようにヒョウ姉妹が動き出します。二人はゴリラに肩を貸し、戦域から離脱させました。

 

「親分!」

「大丈夫ですか!?」

「ああ……」

 

 ゴリラは体力とサンドスターを消耗し怪我もしていますが、幸い致命傷はないようです。それを確認したサーバルが、声高らかに宣言しました。

 

「よし、にげよう!」

 

 そのあまりの思い切りの良さに、皆が一瞬あっけに取られます。かばんがおずおずと、確認するようにサーバルを見上げました。

 

「……いいの?」

「うん。あの子のことは気になるけど、いまは……」

 

 ビーストを放置して逃げていいのか、と言外に問うかばんに、サーバルはゴリラに目を向けます。それで全てを(さと)ったかばんは、何も言う事なく前を向きます。そしてその目に、独りでに道を走って来るバスが映りました。

 

「遠隔操作デ呼ビ寄セタヨ。皆乗ッテ」

「ラッキーさん」

 

 先程は、バスの音に反応してビーストが追いかけて来る可能性があったため使えませんでした。ですが今なら、音に反応される前に距離を置ける、とラッキービーストは踏んだようです。

 

「何やこれ?」

「ボスが喋った!?」

「いいから乗れ!」

「はい!」

 

 ゴリラが一喝すると、その子分達は全ての疑問を棚上げにしてバスへと乗り込みます。ラッキービーストが運転席に飛び乗り、目を赤く光らせ告げました。

 

「飛バスヨ。何カニ捕マッテ」

 

 

の の の の の

 

 

「いたた……」

「――よし、これでもう大丈夫ですよ」

 

 走るバスの中、かばんがゴリラの手当てを終わらせました。競馬場にはたくさん救急箱があったので、その中身をいくつか拝借して来ていたのです。

 

「も、もうええんか?」

「はい。あとは、ジャパリまんを食べてサンドスターを補給すれば治るはずです」

 

 かばんがさらっとフレンズ式治療法を言い放ちます。順調に染まっているようです。そんな彼女の手を、イリエワニが感極まったように握りしめました。

 

「ありがとう! アンタは親分の恩人だ!」

「い、いえ、僕にはこれくらいしか出来ませんから」

「そないな事言うモンやないで」

「そうですよ、そんな事ができるのはアナタくらいです」

 

 フレンズは最初から器用な一部を除いて、大抵は不器用です。大抵の動物が持っているのは“前脚”であって“腕と手”ではないので、それに引っ張られてしまうのです。サーバルも最初は、手を“猫の手”として使っていました。

 

 それでも練習すれば“手”として扱う事は出来ますが、ヒトの器用さには及びません。仮に医療道具だけがあっても、この場のフレンズではかばんほど上手く使う事は出来なかったでしょう。

 

「いや、世話になったな」

「それは、こっちもですよ」

「謙遜するな。本当に助かったよ」

 

 ゴリラは傷の痛みに耐えるように一つ深呼吸し、かばんを見上げました。

 

「さて、私達はここで降りる。二人はこのまま次の場所に行け」

「え?」

「大分痛めつけたからヤツもしばらくは静かだろうが、確証はない。お前達は今のうちにここから離れておいた方がいい。私達はここを動く気はないしな」

 

 フレンズは本能が強く残っているため、元の生息域から離れたがりません。例外としては何らかの目的があるか、渡り鳥のように移動をする事が本能に組み込まれているかくらいです。ゴリラ達はそのどちらでもないので、ジャングルから動く気は全くないようでした。

 

「……わかった! それじゃあ、またね!」

「おう、またな!」

「また会いましょう!」

 

 サーバルを皮切りに、別れの挨拶が交わされます。かばんは彼女達を降ろすためにバスを止めようとしましたが、ヒョウは軽い調子でそれを断りました。

 

「ケガをしてるみたいですけど、大丈夫ですか……?」

「こんなん軽い軽い。ほななー」

「またなー」

 

 ヒョウ姉妹はひょいひょいと、大きく開いているバスの最後部から飛び降りてゆきます。バスは動いているので危険なようにも見えますが、フレンズの身体能力をもってすればどうという事はありません。

 

「んじゃあな」

「ではまた」

 

 ヒョウに続き、ワニコンビも飛び降ります。フレンズはこういう時はあっさりしたもので、別れを惜しんだりはしません。

 

 残るはゴリラ一人で、同じように飛び降りるのだろうとかばんは思っていましたが、様子がおかしい事に気づきます。覗き込んだその顔は強張り、冷や汗がだらだらと垂れ流されていました。

 

「ど、どうしたんですか?」

「い、痛いの苦手なんだよぉ……」

 

 涙目で情けなく声を震わせるその姿には、先程までの威厳はどこにもありません。その変わりように、サーバルが目をぱちくりさせます。

 

「このくらいの速さならへいきじゃない?」

「いつもならいいんだけど、今は怪我してるから……」

 

 ゴリラは知能が発達しているので、痛みを敏感に感じてしまうのです。フレンズ化して知能が上がっている今、その傾向にはますます拍車がかかっているようでありました。

 

「じゃあやっぱり、バスを止めて……」

「だ、ダメだ! あいつらの前で、情けないところは見せられない!」

「じゃあどうするのー?」

 

 サーバルの本質を突いた問いに、ゴリラはうぐっと詰まります。彼女はすーはーすーはーと深呼吸を繰り返すと、カッと目を見開き、腹を括りました。

 

「フ、フレンズは度胸! うおおおおぉぉぉー!!!!」

「ゴ、ゴリラさーん!」

 

 ひょっとしたらビーストと戦っていた時を超えるかもしれない気迫と共に、ゴリラは走るバスから飛び降りたのでした。

 

 

の の の の の

 

 

 ゴリラ達を見送り、少しだけがらんとしたバスの中。座席に座るかばんが窓の外に目を向けながら、ぼーっと呆けていました。

 

「かばんちゃん、どうしたの?」

「え? ……うん、あの“ビースト”って子について、考えてたんだ」

 

 かばんはふぅとため息を吐き出すと、どこか憂いを帯びた顔で話し始めました。

 

「あの子の事はほっとけない。でも、僕らはあの子について、何も知らない。止めたいと思うけど、どうやったら止められるのか、分からない」

 

 何故襲って来るのか、何故暴れるのか、何故言葉が通じないのか、何故ゴリラを無視してセルリアンを襲ったのか――――。いくつもの“何故”がかばんの頭の中をぐるぐる回りますが、その答えはどこにも見つかりません。思考が袋小路で行き詰まります。

 

「じゃあしってる人にきこう!」

 

 ですがそんな思考の迷宮は、サーバルの的を射た一言で霧散しました。かばんが目をぱちぱちと(しばた)かせ、サーバルを見つめます。

 

「――そうだね、そうだよ。分からないことは、知ってる人に聞けばいい。さすがサーバルちゃんだ」

「えへへ……。あれ、でも誰がしってるんだろう? かばんちゃん、しってそうな人をしらない?」

 

 そのとぼけた言葉に、かばんはくすっと微笑みました。サーバルは鋭く本質を突く女なのですが、その根拠は往々にして感覚と直感なので、過程が抜け落ちたり具体的な方法が出ない事があるのです。

 

 しかし、今この場においてそれは全く問題にはなりません。何故ならば、ここにはサーバルの足りない箇所を補える、頼れる友人がいるのですから。

 

「こういう事を知ってそうな人……となると、思いつくのは二人だね」

「二人……? ……そっか!」

 

 案外察しのいいサーバルは二人という言葉にぴんと来たようで、その表情を明るくします。かばんが一つ頷き、その名を口にしました。

 

「うん。博士さんたちに会いに行こう」

 

*1
体力が相当あったり、木登りを割とあっさり成功させていたりと、同じ体格の人間と比べるとかなり高い。



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第九話 ぺんぎんず・ぱふぉーまんす・ぷろじぇくと

「はぁあああ…………。こんなに探しても見つからないとは……一体、どこにいるのやら……」

 

 歩きながら大きな大きなため息をつくのは、フレンズの中でも一際目立つ少女でした。ハンチング帽に似た帽子とスカート、そして長い尻尾に、松ぼっくりのような意匠の茶色い鱗が規則的に生えています。『センザンコウ目 センザンコウ科 アフリカセンザンコウ属 “オオセンザンコウ” Manis gigantea』のフレンズです。

 

 センザンコウ目は有鱗目とも言い、世にも珍しい『鱗を持つ哺乳類』です。その特徴はフレンズと化した今、服という形ではっきりと出ているようでした。ちなみに姿や食性はアリクイに似ていますが、全くの別種です。

 

「まあまあ、焦っても見つからないよセンちゃん」

 

 そんな彼女を元気づけるのは、オオセンザンコウと似た格好をした少女です。ただしこちらは普通のプリーツスカートで、帽子やネクタイの模様も異なります。鱗模様ではなく、少し崩れた六角形が連続する、まるで甲冑や鎖帷子のような模様です。

 

 また、肩や肘、膝に同じ模様のプロテクターを着けており、いかにも防御力が高そうに見えます。『被甲目 アルマジロ科 オオアルマジロ属 “オオアルマジロ” Priodontes maximus』のフレンズです。

 

「アルマーさん、そんな事を言ってたらいつまで経っても見つかりませんよ。少しは手掛かりでも見つけて来てください」

 

 気楽そうなオオアルマジロに向け、オオセンザンコウが苦言を呈します。彼女達は探偵を自称しており、今はまさにその仕事中なのです。『ヒトを探して欲しい』というのがその内容なのですが、その対象であるかばんはパーク中を移動しているので、中々見つからないようでありました。

 

「手掛かりなら見つけたよ?」

「おお、やるじゃないですか! それで、その手掛かりとは?」

 

 勢い込むオオセンザンコウに、オオアルマジロは飛び切りの笑顔で答えました。

 

「もうすぐこの近くのステージで、PPP(ペパプ)のライブがあるんだって!」

「ライブですか! いいですね!」

 

 “ペンギンズ・パフォーマンス・プロジェクト”、略してPPP(ペパプ)。五人のペンギンフレンズによる、大人気のアイドルユニットです。その情報を持ってきたオオセンザンコウに、オオアルマジロが目を輝かせます。

 

「……じゃないですよ! 真面目に探してください!」

 

 が、すぐ我に返ってツッコミを入れました。仕事中に遊んでいました、と言われるに等しい内容です。そりゃあ怒ります。ですが怒られたオオアルマジロは、きょとんとした顔を見せました。

 

「え、真面目に探してるよ」

「どこがですか!」

「だってさ、ライブならいっぱいフレンズが来るから、その中にいるかもしれないよ?」

「それは……」

 

 オオセンザンコウは顎に手を当て考えます。確かに言っている事はもっともです。PPP(ペパプ)のライブにはパーク中からフレンズが集まるので、その中にいる可能性は低くありません。少なくとも、このまま当てもなく探し回るよりはいいように思えました。

 

 もちろん、ライブを見たいだとかひょっとしたら握手できるかもだとか、そういう(よこしま)な考えは一切全く決して存在しません。オオセンザンコウは仕事に真面目なフレンズなのです。

 

「……それもそうですね! では早速行きましょう!」

「やったー! ぺぱぷぺぱぷー!」

 

 ライブ参加を決めた二人は、意気揚々とステージのある場所へと向かいます。依頼が達成できるかもしれないのですから、これは仕事の一環なのです。

 

 もちろん、仕事で行くんだからチケット代は経費で落ちるよね、なんて事は一切全く決して考えていません。オオセンザンコウは仕事に真面目なフレンズなのです。

 

 

の の の の の

 

 

 明るくくっきりとした光が差す、緑一色の林道。いくつかの地方を抜けたかばんとサーバルは、そんなうららかな道をバスに乗って進んでいました。

 

「ねえねえ、あのたくさんあるツルツルした木はなにー?」

「アレハ竹ダヨ」

 

 サーバルが窓の外を指して尋ねます。サバンナ出身の彼女には、竹は見慣れない植物なのです。

 

「竹ハ木カ草カ決マッテイナインダヨ」

「そうなの?」

「木ト言ウニハ太クナラナイシ、年輪モ無イ。草ト言ウニハ硬イ。木トモ草トモ言イ難イ、例外的ナ植物ナンダ」

「ねんりんって?」

「木ヲ切ッタ時ニ見エル、丸ガ沢山重ナッタ模様ダヨ。竹ニハコレガ無クテ、中身ハ空ッポナンダ」

「へー、ふしぎだねー」

 

 サーバルが一つ賢くなったその時。突然バスのスピードが落ち、止まってしまいました。かばんがラッキービーストに問いかけます。

 

「ラッキーさん、どうしたんですか?」

「前ニ何カアルヨ」

「まえ?」

 

 二人は後部客席から運転席を通して前を見ます。そこには白黒の物体が横たわり、赤茶色がそれに取りすがっていました。

 

「こんなとこで寝たら危ないよ、起きてよぉ」

「ぅーん……」

 

「あのー……」

「ぴゃいっ!?」

 

 バスから降りて声をかけたかばんに、赤茶色が飛び跳ねます。どうやら横たわる白黒に集中するあまり、周りの注意がおろそかになっていたようです。

 

「だ、だれ!?」

 

 立ち上がった正面は、赤茶ではなくほぼ黒です。手袋も上着もホットパンツもタイツも黒で、赤茶は髪くらいのものです。それも白が動物の頭のような模様を作っており、完全に赤茶なのは背中くらいでした。

 

「かばんです」

「サーバルだよ!」

「……フレンズ?」

「はい、そうです。僕はヒトのフレンズです」

 

 かばんとサーバルの自己紹介に危険はなさそうだと感じたのか、彼女は長く太い縞模様の尻尾を波打たせながら、大きく息をつきました。

 

「よ、よかった……。あ、あの、私は“レッサーパンダ”って言います」

 

 『哺乳綱 ネコ目 レッサーパンダ科 レッサーパンダ属 レッサーパンダ Ailurus fulgens』のフレンズです。英語ではそのまま“Lesser panda”ですが、“Firefox”と呼ばれる事もあります*1

 

 最初は単に“パンダ”と呼ばれていたのですが、後からジャイアントパンダが発見されたせいで、“レッサー(小さな)”パンダと呼ばれる事になってしまった、悲哀溢れるパンダでもあります。しかもジャイアントパンダはクマ科で、こちらはアライグマに近い全くの別種というオチまでついています*2。パンダの名を取られ損です。

 

「レッサーパンダちゃんだね! よろしく!」

「ここで何を?」

「ええっと、“ジャイアントパンダ”ちゃんが眠ってしまって……」

 

 見下ろすその先には、セーラー服な白黒の少女が気持ちよさそうに眠っていました。服のみならず髪も白黒で、ロンググローブとタイツは黒いので、顔を除くと本当に白黒です。『哺乳綱 ネコ目 クマ科 ジャイアントパンダ属 ジャイアントパンダ Ailuropoda melanoleuca』のフレンズです。

 

 なお中国語だと“大熊猫(ターシェンマオ)”ですが、“熊猫”とはレッサーパンダの事です。『(クマ)のような猫のような不思議な動物』だから熊猫と名付けられたのです。つまりレッサーパンダは、猫要素皆無の別種に名を取られた挙句、“小さなパンダ”と呼ばれる事になってしまったのです。悲哀が溢れて(こぼ)れるパンダです。

 

「こんな道の真ん中でですか?」

「ジャイアントパンダちゃんはどこでも眠れるという特技があるんです」

 

 ジャイアントパンダは一日10時間くらい寝ています。竹や笹は栄養価が低い上、腸が短いせいで消化しきれず常にエネルギー不足なため、眠って体力温存に努めているのです。だからといってどこでも眠れるという訳ではないのですが、変な形で元の動物の性質が出ているようでした。

 

「いいですよね特技……私なんて何の取り柄もないし、地味だし可愛くないし……」

「レッサーパンダさん?」

「いいんですわかってます、私がダメダメな事なんて、私が一番わかってますぅ……」

 

 レッサーパンダが際限なくどよどよと沈んでいきます。どうも先程のやたらと不遇な経緯が、ネガティブな性格として表れているようです。そんな彼女に、サーバルがにっこりと笑顔を向けました。

 

「だいじょうぶ! フレンズによって得意なことちがうから! 得意なことはこれから探せばいいんだよ!」

「そうですよ。僕もサーバルちゃんのおかげで得意な事が見つかったんですから、レッサーパンダさんも自分に自信がつくような事がきっと見つかります」

「そ、そうでしょうか……」

「そうだよ!」

 

 励まされるレッサーパンダは、期待半分不信半分といった風情です。しかしそのネガティブさから脱する、一つのきっかけにはなったようでありました。

 

「ところで、ジャイアントパンダさんに動いてもらわないと通れないんですが……」

 

 そんな彼女に向け、かばんが本題を切り出しました。道の真ん中を占拠するジャイアントパンダをどうにかしないと先に進めないのです。竹林は密集しているので、少し道を外れて迂回する事も出来ません。

 

「私がうごかそうか?」

「ダ、ダメです! この子はこう見えて、怒らせるとすんごく怖いんです!」

「そんなふうには見えませんけど……」

 

 とぼけた顔ですやすやと寝ています。とてもではありませんが、レッサーパンダの言うようには見えません。しかしその意見を無視するのも憚られ、さてどうするかとかばんが考えたその時。レッサーパンダが空を見上げました。

 

「――――何か来ます」

「え?」

 

 かばんもつられて空を見上げますが、何も見えません。ですがサーバルも何かを感じ取ったようで、頭の上のケモミミをピクピクと動かしています。

 

「この音……鳥のフレンズかな?」

「僕には全然聞こえないや。こんなに早く気付くなんて、すごいんですねレッサーパンダさん」

「え、いや、そのぉ……」

「そうだね、すごいよレッサーパンダちゃん!」

「え、えへへ……」

 

 レッサーパンダは体重5㎏前後の小動物です。そんな非力な生物が生き残るためには索敵能力が必須であり、その能力はフレンズと化した今でも衰えていないようです。そんな特性を褒められ照れる彼女の前に、空から羽音が降り立ちました。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

「こんにちはー!」

「こんにちは……。……あの、どちらさまで……?」

「申し遅れました。わたくし、“リョコウバト”と申します」

 

 レッサーパンダに答える彼女は、一言で表すならバスガイドのような格好をしていました。半袖の白いワイシャツの上にえんじ色のベストと、同色のタイトスカート。首には水色のスカーフが巻かれており、同色の髪も相まってとても派手です。頭の上にちょこんと乗る小さな帽子が、問答無用でバスガイド感を演出しています。

 

 『鳥綱 ハト目 ハト科 リョコウバト属 リョコウバト Ectopistes migratorius』のフレンズです。その緋色の瞳にはハイライトがなく、絶滅種である事が分かります。『動物の一部』からでもフレンズは生まれるので、こういったフレンズはたまに存在するのです。

 

 彼女に続いて(寝ているジャイアントパンダ以外が)自己紹介を終わらせ、かばんがリョコウバトに顔を向けました。

 

「リョコウバトさんは、何故ここに?」

「変わったものが見えたので、降りて来たんですの」

「かわったもの?」

「ええ、そこの四角くて黄色い……動いていたようですけど、これは何ですの?」

 

 彼女が不思議そうに見上げるのは、かばん達が乗って来たバスです。現在のパークで稼働している自動車はおそらくこの一台だけなので、初めて見たのでしょう。

 

「バスです。これに乗っていろんなところに行けるんです」

「へえ……速度はそんなに出てませんでしたが、便利そうですわね。雨風も気にしなくていいでしょうし、これがあれば旅もはかどりそう……」

 

 興味津々にバスを見るリョコウバトの言葉尻に、サーバルが反応しました。

 

「リョコウバトちゃんもたびをしてるの?」

「ええ、これまでパーク中のあらゆる場所を旅行してきましたの」

「あらゆる場所、ですか……。そうだ、それなら、ヒトのいる場所を知りませんか?」

「ヒト、ですの?」

 

 かばんの唐突な質問に、リョコウバトが小首をかしげます。

 

「はい。僕はヒトなので、同じヒトを探してるんです。何か知りませんか」

「ごめんなさい。色んなところに行きましたが、ヒトは見た事がありませんわ。あなたがヒトだと言うのなら、今初めて見る事になりますわね」

「そうですか……」

 

 少し落ち込むかばんを横目に、今度はレッサーパンダがリョコウバトに水を向けました。

 

「それにしても、パーク中のあらゆる場所に行ったというのはすごいですね。迷ったりしないのですか?」

「問題ありませんわ、私の頭の中には地図とコンパスがありますのよ」

 

 リョコウバトは()()を行う鳥なので、方向感覚が優れています。地磁気を感じ取る事で方角が分かるのです。『頭の中に地図とコンパスがある』というのは誇張ではありません。もっともすでに絶滅しているので、元の動物もそうだったのかまでは分かりませんが。

 

「へー、すごーい! 今はどこに行くところだったの?」

「そうでした、忘れるところでしたわ。この近くでもうすぐPPP(ペパプ)のライブがあるんですの」

PPP(ペパプ)のライブ!」

 

 レッサーパンダの長い尻尾がぴんと立ちました。どうやらファンのようです。

 

「あ、あの、私とジャイアントパンダちゃんも一緒に行っていいですか!?」

「もちろんですわ。旅は道連れ世は情け。一緒に見に行きましょう」

「ありがとうございます! ジャイアントパンダちゃん、PPP(ペパプ)だよPPP(ペパプ)!」

「ん……。……ぺぱぷ……? らいぶ……?」

 

 一気にテンションの上がったレッサーパンダとは対照的に、かばんの方はあまり乗り気ではないような様子を見せていました。

 

「うーん、気にならない訳じゃないですけど、僕達は……」

「なんで? 見にいこうよ!」

「でも、あの子が……」

 

 かばんがビーストの事を気にしていると気付いたサーバルは、だからこそ言い募ります。

 

「それでもやっぱり、いったほうがいいと思うよ?」

「サーバルちゃん?」

「かばんちゃん、最近なんだかちょっとくらいもん。気分転換だよ!」

 

 かばんは虚を突かれたように目をぱちぱちとさせてサーバルをまじまじと見つめると、ふっと柔らかく微笑みました。

 

「……うん、そうだね、行ってみようか。そんなに時間はかからないだろうし、マーゲイさん達にも会っていきたいしね」

「じゃあみんなで行こう!」

 

 

の の の の の

 

 

 五人はバスに乗り込み、PPP(ペパプ)のライブが行われるというステージの近くにやって来ました。バスを停めて歩こうとしますが、そこでちょっとしたトラブルが起きます。

 

「うぅーん……」

「ジャイアントパンダちゃん、起きてよぉ」

 

 バスの振動が心地よかったのか、ジャイアントパンダが再び寝てしまったのです。レッサーパンダが起こそうとしていますが、全く動く気配がありません。

 

「んぅ……」

「うー……これはしばらくダメそうです。後から追いつくので、皆さんは先に行っててください」

「いいんですか?」

「はい、無理に起こしてここで暴れられても困りますし。時間までに起きなかったら、ステージ近くの木の上からでも見ます」

「じゃあまたあとでね!」

 

 パンダ二人を置いてバスを出ます。ステージに近づくにつれフレンズが段々と増えてゆき、人混みと言うにふさわしいものとなっていきます。それを見たリョコウバトが、楽しそうに笑みをこぼしました。

 

「ふふ、こういう賑やかな空気はいいものですわね」

「空気、ですか?」

「ええ、昔はよく団体で旅をしてたものですから、懐かしくて」

 

 最盛期のリョコウバトは50億羽にも達し、『空が三日間埋め尽くされた』というとんでもない記録も残っています。フレンズになった今でも、その記憶を保っているようでした。

 

「あ、あれかな?」

「そのようですわね」

 

 歩みを進める三人の目に、ステージが見えてきました。赤く切り立った入母屋(いりもや)の屋根を、龍の装飾が施された柱が支えており、背景には邪魔になり過ぎない程度に流麗な文様が描かれています。竹林という事で、中華風のデザインを採用したようです。

 

 三人の目が、そんな物珍しい意匠に引き寄せられます。とそこに、横合いから高い声がかけられました。

 

「あー!」

 

 そちらを向いたかばん達の目に飛び込んできたのは、サーバルと似た服装の少女でした。ただしサーバルほど耳は大きくはなく、地の色も浅黄(あさぎ)ではなく僅かに黄色みのかった砂色といったところです。

 

「かばんさんにサーバルさん! お久しぶりです!」

 

 『ネコ目 ネコ科 オセロット属 “マーゲイ” Leopardus wiedii』のフレンズです。そんな彼女の、メガネの向こうの瞳が嬉しそうに輝いていました。

 

「マーゲイ!」

「お久しぶりです!」

「いいタイミングで来てくれましたね!」

「なにかあるの?」

「おや、知らなかったのですか? 今日はなんと、新曲初披露のライブですよ!」

 

 マーゲイが早速宣伝します。彼女はPPP(ペパプ)の専属マネージャーなのです。

 

「ふ、ふふ、想像するだけでもう……!」

 

 鼻血がたらりと彼女の鼻からこぼれます。黙っていれば可愛いのに色々台無しです。ですが以前は奇声も上げていたので、これでも大分マシになっています。

 

「おっと失礼しました。ではまた後で!」

 

 ドルオタが高じてアイドルのマネージャーとなった女は、二人の返事も聞かずに走り去ってゆきました。完全に目に入れられていなかったリョコウバトが、目を(しばた)かせながら感想を口にします。

 

「嵐のような方でしたわね」

「前はもうちょっと落ち着いてたような……」

「ライブの準備がいそがしいんじゃない?」

「お待たせしましたー!」

 

 レッサーパンダと、寝ぼけ(まなこ)で彼女に引っ張られるジャイアントパンダが三人に追いつき、皆揃って会場へと入る事が出来たのでした。

 

 

の の の の の

 

 

「いやぁ、大盛況でしたねえ」

「そうですわね。ここまで盛り上がったのは、私が見た中では初めてだったかもしれませんわ」

 

 ライブ終了後。興奮冷めやらぬ中、五人は連れ立って会場を後にしていました。

 

「僕達はこれから図書館に向かいますけど、皆さんはこれからどうするんですか?」

「私はジャパリホテルというところに行ってみようかと思いまして」

「オオミミギツネちゃんたちのホテルだね!」

「あら、知ってますの?」

「はい、この間泊まりましたから」

 

 かばんとサーバルがホテルについて詳しく説明すると、リョコウバトはふんふんと興味深げにそれを聞きます。彼女は最後に大きく頷くと、目を輝かせ顔を上げました。

 

「海中ホテルですか……面白そうですわね。こうしてはいられません、失礼いたします!」

 

 挨拶もそこそこに、リョコウバトは空に舞い上がりあっという間に飛び去って行ってしまいました。普段はもう少し落ち着きがあるのですが、ライブの高揚がまだその身に残っていたようです。

 

「じゃあ私達も、そろそろ行きます」

 

 レッサーパンダが背中にジャイアントパンダを背負ったまま、二人に顔を向けます。

 

「じゃあバスにのってく?」

「いえ、方向が違うでしょう。私達のことは気にしないでください。ジャイアントパンダちゃんの機嫌もよさそうなので、このまま歩いて戻ります」

「わかった! じゃあまたね!」

「また会いましょう」

「ええ、また!」

 

 赤茶と白黒のパンダを見送り、かばんとサーバルも動き出します。

 

「僕達も行こうか」

「うん!」

 

 そして二人がバスまで歩くとそこには、見知った顔と見知らぬ顔が待ち受けていました。二人が誰何(すいか)の声を上げる前に、見知らぬ顔がドヤ顔で語り始めました。

 

「ふっふっふ、やはりここに来ましたね……私の推理は正しかった!」

「え、えーっと……」

「この“ばす”なる代物は、ヒトの乗り物だとアルマーさんが言っていました……。つまり! ここで張っていれば! ヒトは必ずやってくるという事です!」

「あのー……」

PPP(ペパプ)のライブに来るという推理も大当たり……ふっ、自分の才能が怖い」

 

 腕を組んで目を瞑り、これ以上ないほどのドヤ顔です。いきなりの事に事情が飲み込めないかばんは当然困り顔です。ドヤ顔の隣から、見知った顔がおずおずと顔を出しました。

 

「ひ、久しぶり」

「オオアルマジロちゃん?」

「うん、そうだよ」

「ということは……ひょっとしてあの子が、オオセンザンコウちゃん?」

「そうだけど、なんで知ってるの?」

「ホテルで聞いたんだー」

「ありゃ、行き違いだったかぁ……ホテルで待ってた方がよかったかな」

 

 マイペースな会話を繰り広げる二人を尻目に、オオセンザンコウがカッと目を見開き、かばんにずずいと詰め寄りました。

 

「という事で、ヒトのアナタは私達と一緒に来てもらいますよ!」

「いやどういう事ですか?」

 

 あまりの急展開に、さすがのかばんも思わずツッコミを入れます。しかしそんな彼女に構わず、オオセンザンコウはかばんの腕を強引に取りました。

 

「いいから来てください!」

「や、やめてください!」

「ひっ……!」

 

 かばんがその腕を強く振り払うと、オオセンザンコウは何故か怯えた表情を見せ、土下座のような姿勢で丸まってしまいました。

 

「あ、あの……?」

 

 困惑のままにかばんはオオセンザンコウを見下ろします。どうしようと辺りを見回すと、オオアルマジロもまた同じように丸まっていました。二人とも小さく震えており、演技や冗談には見えません。

 

「ど、どうしたのオオアルマジロちゃん?」

「わ、わかりません……体が、勝手に」

「わ、私も……」

 

 オオセンザンコウの方は尻尾まで使って限りなく球に近い形状になっていますが、オオアルマジロの方は精々が半球といった程度です。分かりやすく元の動物の性質を引き継いでいます。センザンコウは球形に丸まれますが、アルマジロのほとんどは球にはなれない*3のです。

 

「えーっと……とりあえず、顔を上げてください」

「な、なにもしない……?」

「はい、何もしませんよ」

「た、食べないでください……」

「食べませんよ!」

 

 どうやら二人の本能がヒトを恐れているようです。オオセンザンコウは丸くなると、文字通りライオンですら歯が立たない程の防御力を誇るのですが、ヒトとは相性が最悪です。危険を感じると丸くなって動かなくなる習性があるので簡単に捕まってしまうのです。鱗が硬いといっても石ほどではないし、水に沈められでもしたら手も足も出ません。オオアルマジロも事情は概ね同じです。

 

「どうしようかばんちゃん?」

「とりあえず、バスの中で話を聞こう。二人ともそれでいいですか?」

「はい……」

「でもまだ動けないのでどうにかしてくださいぃ……」

 

 未だ震えが治まらない二人を、サーバルがバスの中に運び込みます。結局かばん達は、丸まったままの二人から話を聞く事となったのでした。

 

 

の の の の の

 

 

「お話は分かりました」

 

 かばんが『依頼されてヒトを探していた』という話を聞き終え、まだ立ち上がれない彼女達に向かって言葉をかけます。

 

「でもごめんなさい、先を急ぎたいので……」

「そ、そんな!」

「困りますよぉ」

「そんな事を言われても、『依頼人が誰なのかは言えない』『何故ヒトを探しているのかは知らない』、ではさすがにちょっと……」

 

 正論を吐くかばんに、オオセンザンコウも正論で返します。

 

「探偵として、依頼人の情報を無断で明かす訳にはいきません!」

「でもオオセンザンコウちゃん、なにもわからない相手のところにはいけないよ」

「うぐぅ」

 

 サーバルのさらなる正論に、オオセンザンコウは言葉を詰まらせます。オオアルマジロも右に倣えになっているのを見て、かばんが提案を出しました。

 

「その依頼人さんに連絡は取れないんですか?」

「う、うーん、ちょっと難しいかなあ……」

「いるところはそんなに遠くはないけど、鳥のフレンズに頼んでも今すぐはちょっと……」

「時間がかかるのは困ります……。……そうだ、ラッキーさんなら連絡がつくのでは?」

「相手ガドコノ誰カ分カレバ連絡ハ取レルヨ」

 

 ラッキービーストは機体間で無線通信が行えるので、その依頼人の近くにいる個体と通信すれば連絡は取れるでしょう。ラッキービーストはフレンズと直接話す事は出来ない、という制限も今は外れています。

 

「ならそれでいいんじゃない? その子はどこにいるの?」

「ですがしかし、依頼人の情報を漏らす訳には……」

「でもセンちゃん、このままだと埒が明かないよ。ヒトは見つかったんだし、それを伝えるって事で連絡してもいいんじゃないかな?」

「うっ……!」

 

 オオセンザンコウはうーんうーんと唸ります。ハムレットならあの名台詞が出てきそうな悩みようです。彼女はひとしきり苦悩すると、いかにも不承不承といった声で言い放ちました。

 

「分かりました……。でも! 依頼人の情報は許可がないと出せません! 最初は私達だけで話しますからね!」

「センちゃん……。うん、そうだね!」

 

 自称探偵の二人の意思が揃ったところで、先程の勢いはどこへやら、オオセンザンコウがおっかなびっくり口を開きます。まるでお化け屋敷に入らなければならない女子高生のようです。

 

「ですので、申し訳ないんですが、お二人はバスの外に出てもらえませんか……?」

「……まだ動けないんですか?」

 

 土下座の態勢のまま、二人が器用にも頷きます。どうにも締まらぬ様相でありました。

 

 

の の の の の

 

 

 オオセンザンコウ達の案内の下、バスは竹林を抜け、平原へと進みます。平原と言ってもチーター達のいたようなサバンナではなく、緑の多い温帯です。近くには森が、遠くには山が見えています。

 

「そろそろですよ」

 

 オオセンザンコウの声に前を向くと、明らかな人工物が見えてきました。Uをひっくり返したような形のゲートです。往時は鮮やかに彩色されていたのでしょうが、今はその色は剥げかけており、時の流れを感じさせていました。

 

「あのまるいの、なんだろ?」

「家……みたいに見える」

「いえ?」

「縄張りみたいなもの、かな。ほら、博士さん達がいる図書館もそうだよ」

「なるほど! 巣だね!」

 

 球体を半分にしたような物体に、扉や窓、煙突がくっついています。特殊な形状ですが、かばんの言うように家であるようです。どことなくメルヘンチックな雰囲気ですが、やはり色が落ちかけ汚れもちらほらと見えており、古びている事が見て取れました。

 

「あっ、誰かがこっちに向かってるよ。あの子かな?」

「あれは……そうです、あの方が依頼人です」

 

 待ちきれなかったのでしょう。フレンズと思しき二足歩行が、とんでもない勢いで地を駆けてきます。それを確認したラッキービーストがバスを止めると、彼女は出入り口の扉の前に陣取りました。

 

 間近で見える彼女は、薄紫と白の少女でした。ブレザーとスカートは薄紫、首輪のようなマフラーとロンググローブ、タイツとブーツは白。ネクタイの位置には、ハーネスのような形の赤いベルト。

 

 全体的に薄い色合いの中で赤いベルトはとても目立っていましたが、最も目立っているのはそこではありません。瞳です。右眼が銀、左目が金のいわゆる金目銀目(きんめぎんめ)、すなわちオッドアイであり、一目見れば忘れられない特徴になっていました。

 

「ご覧の通り、ヒトを見つけてきましたよ」

「これで依頼達成だね!」

「わぁ……!!」

 

 オオセンザンコウとオオアルマジロが、バスから降りながらかばんを前に出します。薄紫の少女はかばんに飛びつくと、骨にかぶりつく犬みたいな勢いで匂いを嗅ぎ始めました。

 

「えっ、えっと」

「この匂い……間違いない、ヒトだぁ!」

 

 ぱぁっと笑みを咲かせると、そのままかばんに抱き着きます。いきなりの事にかばんは目を白黒させますが、その気配に気付いたのか、彼女はパッと離れました。

 

「いきなり失礼しました! 私、“イエイヌ”といいます!」

 

 『哺乳網 ネコ目 イヌ科 イヌ属 イエイヌ Canis lupus familiaris』のフレンズが、満面の笑みで千切れんばかりに尻尾を振っておりました。

 

*1
ただし有名ウェブブラウザのロゴは狐がモチーフで、レッサーパンダとは全く似ていない。

*2
『外見は全然違うけど、どっちも竹や笹を食ってるからパンダの一種でいいんじゃね?』と当時の学者が雑に名付けた。実際は虫や果実も食べる。ジャイアントパンダの方は雑食で、家畜を襲って食べる事も。

*3
完全な球形になれるのはミツオビアルマジロ属の二種のみ。他は手足を引っ込め甲羅で身を守る程度。丸くなれない種類も存在する。




 姿はなくともこの話の中心はペパプ。なのでタイトルもペパプ。


 次回「いえいぬ」。


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第十話 いえいぬ

「いきなり失礼しました! 私、“イエイヌ”といいます!」

 

 弾けるような笑顔で嬉しそうに自己紹介するイエイヌを、バスから降りたサーバルが不思議そうな瞳で見つめました。

 

「なんだかタイリクオオカミに似てるね」

 

 耳や尻尾の形も似ていますが、何よりオッドアイであるところに注目したようです。ラッキービーストがサーバルの独り言に反応し、ガイドロボットらしく解説を始めました。

 

「似テイルノハ当然ダヨ。犬ト狼ハ亜種……非常ニ近イ種ダカラネ」

「へー、だから二人とも目の色がちがうんだー」

「イヤ、ソレハ多分偶然ダネ」

 

 オッドアイの犬も狼も存在はしますが、少数派です。それでもとても近い種である事は間違いありません。遠い種だと生殖能力のない仔*1が生まれますが、犬と狼の仔*2には生殖能力があります。

 

 とは言えもちろん差異もあります。狼の方が噛む力が強く、身体に比べて足が長めです。犬は狼より腸が長く、ある程度植物も消化する事が出来ます。

 

 そして何より、犬はヒトに非常によくなつきます。今まさにかばんに尻尾を振っている彼女も、かつてはヒトに飼われていた個体のようでありました。

 

「今の声は、ラッキービーストですか。さっきいきなり喋りだした時は驚きましたが……ふふ、懐かしい声です」

「懐かしい?」

「はい、昔はもっといっぱいいたし、よく喋ってましたから。パークの案内ロボットなので当たり前なんですけどね。喋らない今の方がヘンなんです」

「イエイヌさんは、昔パークにヒトがいた頃の事を知ってるんですか?」

「ええもちろんです、でもそれならあなたも……ああなるほど、若いからあの頃の事は知らないんですね」

「え?」

 

 かばんが、何となく違和感を感じて首を捻ります。ですがその違和感を言語化する前に、横からオオセンザンコウとオオアルマジロが入ってきました。

 

「イエイヌさんイエイヌさん、お話し中のところすみませんが」

「約束の報酬を……」

 

 イエイヌははっとした表情になると、気まずげに頭の後ろに手をやります。

 

「そうでした、すみません、つい……」

「いえいえ、こっちとしては依頼成功の証拠をもらえればいいので」

「積もる話は二人……いや三人かな? ともかくそれでごゆっくり、という事で」

「分かりました。報酬は家の中に用意してますから、ついて来てください。そちらのお二人も一緒にどうぞ」

 

 そういう事になりました。

 

 

の の の の の

 

 

 探偵コンビが報酬のジャパリまんを受け取り、ホクホク顔で帰って行った後。テーブルで待つかばんとサーバルの前に、イエイヌが丸いトレイを持って現れました。

 

「お待たせしました、どうぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとー!」

 

 二人の目の前にカップが差し出され、その中の赤い液体が湯気を上げています。それを見たサーバルが瞳を輝かせました。

 

「あ、知ってる! これって“こうちゃ”だよね!」

「そうです! やっぱり……!」

 

 イエイヌは何かを確信したように小声で呟きます。紅茶を口に含んだ二人が、思い思いの感想を口にしました。

 

「あ、おいしい……」

「いいにおーい!」

 

 味覚に重きを置くヒト、嗅覚に重きを置くネコと、こんな小さなところでも差が出ているようです。ネコはヒトより味覚が鈍く、おまけに塩味・酸味・苦味しか分からないと言われているのです。もちろんフレンズとなった今ではそんな事もないのでしょうが、やはり元の動物の性質に引っ張られるのは避けられないようでした。

 

「それで、どうして僕を探してたんですか?」

 

 かばんがカップを下に置き、イエイヌに本題を切り出します。彼女はかばんの問いに、満面の笑みで答えました。

 

「それはもちろん、私のご主人様を探すためです!」

「ごしゅじんさま?」

「えーと……僕はイエイヌさんのご主人様じゃありませんよ?」

「そんな事は分かってます。私がご主人様を忘れるなんてありえません」

 

 彼女は心外そうな表情を見せると、改めてかばんに顔を向け、一言一言を噛みしめるように吐き出しました。

 

「確認しますけど、かばんさんは、ヒトなんですよね?」

「はい、そうです」

「それってつまり、ヒトがパークに戻ってきたって事ですよね? なら、私のご主人様の事を何か知りませんか!? 何でもいいんです、お願いします!!」

 

 テーブルに手をつき身体を思い切り乗り出します。今にもかばんに食いつかんばかりの必死さに、思わずサーバルがなだめに入ります。

 

「お、おちついてイエイヌちゃん」

「落ち着いてなんていられません! ずっと待ってたんです! 私の、私のご主人様はどこですか!」

 

 悲痛さすら感じさせる叫びが、瀑布のような感情の奔流が、そぐわぬメルヘンチックな室内に響き渡ります。かばんは僅かに顔をゆがめ、しかしそれでもまっすぐイエイヌを見据え、ゆっくりと口を開きました。

 

「あの、ごめんなさい。それは、僕には分かりません」

「なんでですか! ヒトなのに!」

「僕は、ここで生まれたヒトのフレンズなんです。だから、他のヒトには会った事がないんです」

「………………ぇ?」

 

 イエイヌは思いもよらぬ事を聞いたかのようにかばんを見つめ、茫洋と言葉を吐き出しました。

 

「うそ……だって、ヒトのフレンズは、確認された事がないってご主人様が……」

「そうなんですか?」

「ソウダネ。僕ガ知ル限リデハ、人ノフレンズハカバンガ初メテダヨ」

 

 かばんの問いかけにラッキービーストが答えます。イエイヌは“ラッキービーストはヒトにしか反応しない”事を知っていますが、それを心の奥底に沈め、自らを奮い立たせるように席から立ち上がりました。

 

「そ、そうだ! じゃあなんでサーバルさんは紅茶を知ってたんですか!? 普通のフレンズはお茶の淹れ方なんて知りませんよね!?」

「えっと、アルパカが山の上で“かふぇ”をやってて……」

「お茶の淹れ方は、図書館で博士さん達に聞いたって言ってました」

「…………ぁ」

 

 すとんと、落ちるようにイエイヌが椅子に座ります。その様はまさに呆然自失であり、痛々しいものでありました。

 

「………………」

 

 鉛のように重い沈黙が部屋を満たします。耳をぺたりと寝かせ俯くイエイヌを前に、誰も何も言う事が出来ません。動く意味を無くした時計の音だけが、虚しく空間に響きます。

 

「………………ヒトがパークに現れたって、噂を、聞いたんです」

 

 ぼそりと、薄紫の少女が呟きます。人に聞かせるための言葉というより、自分の中の自分ではどうにも出来ない感情を吐き出すため、の言葉であるように思われました。

 

「……だから、ヒトが戻ってきたんだって、思って……。……だから、あの二人に頼んで、ヒトを、探してもらえば、ご主人様を、ご主人様に…………」

 

 そこから先は、もはや言葉になりません。外は晴れていてここは室内だと言うのに、雨が降ります。にわか雨が、ぽつぽつと。

 

「その、イエイヌさ――――」

 

 かばんが何かを言いかけますが、それは途中で遮られました。窓の外から響く、不吉な声によって。

 

「あのこえは……」

「ビースト……!?」

 

 ガタンという音に二人が顔を正面に戻すと、イエイヌが椅子を蹴倒し立ち上がっていました。彼女は忌々しそうに、顔をゆがめて吐き捨てます。

 

「またアイツが……! お二人はここで待っててください、追っ払ってきます」

「そんな、一人じゃ危ないです!」

「私もいくよ!」

「いえ、大丈夫です。ご主人様と同じヒトは、私が守ります。それに――――」

 

 イエイヌから、濃密な何かが放たれています。まるでマグマのようなその気配を感じ取ったかばんは、思わず口をつぐみました。

 

「――――暴れたい、気分なんです」

 

 それだけを言い放った彼女は、少しだけ濡れた金と銀の瞳をぎらつかせ、狼のように一つ遠吠えを上げると勢いよくドアから飛び出して行きました。

 

「……僕達も行こう、サーバルちゃん!」

「うん!」

 

 しばしの間固まっていた二人でしたが、思い出したようにかばんが口を開くと、弾かれたようにイエイヌの後を追いかけました。

 

 

の の の の の

 

 

「グルアアアアァァァァ!!」

「ヴヴヴヴゥゥゥ………!!」

 

 紫の禍々しい瘴気を立ち昇らせてビーストが吠え、それに対し総身に虹色を(みなぎ)らせたイエイヌが低く唸ります。視線が交差し、どちらからともなく相手に飛びかかりました。

 

「ガアアアアァァァッ!!!!」

「グガアアアアァァッ!!!!」

 

 紫と虹色が、目まぐるしく入り乱れます。取っ組み合いという生易しいものではありません。野生を剥き出しに牙を互いに突き立て、隙あらば急所を狙い合う獣の戦いです。

 

「ヴ、グゥッ!!」

「ガァアアァァァッ!!!!」

 

 しかしそんな闘争は、徐々にビーストの方に天秤が傾いてゆきます。ビーストは五対一で“戦闘”を成立させるほどの能力がありますが、イエイヌにそれは不可能です。そこには、覆しようのない地力の差が横たわっています。

 

 クマやイノシシに立ち向かう猟犬は存在しますが、単体で勝てる訳ではありません。強力な武器を持つ人間が後ろに控えて初めて勝てるのです。一対一でしかない今、イエイヌの命運は風前の灯火に等しいと思われました。

 

「ガアッ!!」

「キャンッ!!」

 

 そしてそんな予想に違う事なく、ビーストがイエイヌを弾き飛ばしました。木に叩き付けられた彼女はボロボロで、虹色も消えかけています。それでも何とか立ち上がらんとしますが、ダメージは大きいようで、地面に膝をついてしまいました。

 

「グルゥゥゥウウウ……!!」

 

 そんなイエイヌにビーストが迫ります。用心しているのかゆっくりとした動きですが、こちらは大してダメージを受けているようには見えません。傷だらけで土に汚れているのはイエイヌと同じですが、それは行動を阻害する要素にはならないようです。

 風前の灯火が吹き消されんとしたその瞬間、浅黄(あさぎ)の閃光が横合いからビーストを殴りつけました。

 

「みゃみゃみゃー!!」

「グアッ!?」

 

 茂みからサーバルが飛び出し、ビーストを強襲したのです。その後ろから現れたかばんが、イエイヌに駆け寄ります。

 

「イエイヌさん! しっかり!」

「かばんさん……なんで?」

「放ってなんておけません! イエイヌさんも、あの子も!」

「ぁ…………」

 

 その言葉にイエイヌがかばんを見つめます。しかしその瞳は、かばんではなくその帽子を、正確に言うならばその羽飾りに向けられています。さらに焦点も合っておらず、今ではないいつか、かばんではない誰かを見ているようでありました。

 

「――――さん?」

 

 ポツリと漏れた言葉は、小さすぎてかばんの耳には届きません。そこでイエイヌが、ハッと現実へと立ち返り――――同時に、サーバルが吹っ飛んできました。

 

「みゃー!」

 

 冗談のように宙を舞う彼女は、空中でくるんと身体を捻り、四ツ足で着地します。しかしそれでも勢いは殺しきれず、ずざざざと爪で地面を引っ掻き後退し、それでようやく止まる事ができました。

 

「サーバルちゃん!?」

「だいじょうぶ!」

 

 怪我はなくまだまだ意気軒昂ですが、旗色が悪い事は否めません。相手は理性が吹っ飛んでいるので加減とは無縁ですし、地力でもサーバルを上回っています。それでも対抗できているのはサーバルの機転や資質ゆえでありましたが、このままではジリ貧である事は明らかでした。

 

 その劣勢を覆すべく、かばんがサーバルの援護のため背中から下ろしたバッグに手を突っ込みます。しかし本能で何かを感じ取ったのか、ビーストがかばんに向かって突進します。サーバルがその間に割って入ろうとしますが間に合わず――ビーストが吹き飛びました。

 

「ギャウッ!!」

「え?」

 

 思わぬ事態に、かばんが思わず振り向きます。そこには、ボロボロになったイエイヌが、何かを投げ放ったような体勢で立っていました。その瞳には理性の光が灯り、先程の半ば捨て鉢な狂乱は消え失せていました。

 

「私のご主人様は言いました。『飛び道具を扱える。ただそれだけで、人は数多の動物を絶滅させてきた』と」

 

 物を掴める『手』と、可動範囲の広い『肩』。この二つが揃った人類は、『投擲(とうてき)』という強力極まりない武器を手にしました。『こちらの攻撃は届くが、あちらの攻撃は届かない』。たったそれだけで、ライオンでも手を出せないゾウすらも、ヒトは狩り殺してきたのです。

 

「そして『人に出来る事は、フレンズにも出来る』とも。つまり――――」

「イエイヌさん!」

 

 ビーストが今度はイエイヌに向けて飛びかかります。それを見た彼女は石――軽く30㎏はありそうな――を拾い上げ、思いっきり投げつけました。

 

「ガッ!!」

「――――こういう事です」

 

 高速で飛ぶ石は見事にビーストに当たり、その身体を吹き飛ばします。これこそ、スペックに劣るイエイヌが、これまでビーストを撃退し続けられた理由です。“投擲”というアドバンテージを彼女は使いこなす事が出来るのです。

 

 他のフレンズではこうはいきません。オオミミギツネがそうだったように、元の動物の性質に引っ張られるためフレンズは総じて“投擲”が下手なのです。かばんなら可能ですが力が足りません。ゴリラならあるいは、といったところですが、やはり訓練しなければ下手なままでしょう。

 

 ヒトと同じ身体構造と高い身体能力を持ち、人間と長い時を過ごしてきた彼女だからこそ、“投擲”という武器を使いこなせるのです。ヒトの特質とフレンズの能力が、イエイヌの中で融合し昇華されていました。

 

「すごい……」

 

 そんなイエイヌを見たかばんが声を漏らします。ですが何かに気付いたようにハッとすると、勢いよく顔を彼女に向けました。

 

「イエイヌさん!」

「何です、か!」

「その、守られてる僕が言っていい事ではないかもしれませんが……怪我をさせずに追い払う事は出来ますか!?」

「無理で、すッ!」

「グウッ!!」

 

 イエイヌが投げた石を、ビーストが紙一重で躱します。ビーストは警戒したのか距離を置きますが、それを見たイエイヌの顔が、苦み走ったものへとなりました。

 

「見ての通り、加減が出来る相手じゃありません。近づかせたら私が負けます」

「……なら、近づかせずに追い払えればいいんですよね?」

「何を……?」

「ほんの少しでいいです、時間を稼いでください」

 

 かばんに聞き返す事なく、イエイヌが意を決した表情で正面を向きます。そこでは、サーバルがビーストの注意を引いていました。

 

「にゃー!」

「ガルルルルッ!!」

 

 ビーストは何も考えず力で押し込もうとしていますが、サーバルは木々を足場にひらりひらりと跳んで上手く躱しています。あまり離れすぎるとかばんの方に向かいかねないので加減しているようですが、それでも自身の長所である跳躍力と身のこなしを最大限に活かす、見事な立ち回りでした。

 

「ふっ!」

「ギャゥッ!」

 

 そこにイエイヌの投石が差し込まれます。どちらも激しく動いているのに、正確にビーストだけを狙い打っています。ヒトの持つ精密な投擲能力を、イエイヌは完全に再現しているようです。

 

「ヴゥ…………ヴ?」

 

 ビーストの瞳がそんな邪魔者に向けられた次の瞬間。否応なく、その意識が逸らされました。疾風のように飛ぶ、火のついた紙飛行機によって。

 

「グルゥッ!」

 

 風に乗って森の向こうに消えてゆくそれを、ビーストは追いかけます。もはや三人の事は意識に入っていません。小さくなるビーストの背から目を離さないまま、かばんは声を張り上げました。

 

「今のうちです、逃げましょう!」

「は、はい!」

「こっちだよ!」

 

 

の の の の の

 

 

「ここまで来れば、たぶん大丈夫です」

 

 高速で走るバスの中、イエイヌが辺りを確認して口を開きます。彼女の手当てを済ませたかばんがそれを聞き、大きく息をつきました。

 

「よかった……。あ、でも、火が何かに燃え移ったりしないかな……」

「昨日雨が降ったので大丈夫だと思いますが……後で見に行きましょう」

 

 こくりと頷くかばんに、イエイヌが何かを思い出したように話題を振りました。

 

「それにしてもかばんさん、マッチなんて持ってたんですね」

「前、図書館で博士さん達にもらったんです」

 

 博士もフレンズの例に漏れず、本能で火を恐れます。用途は分かっていても自分達では使えないので、火を恐れず扱えるかばんに渡したのでしょう。

 

「かばんちゃんかばんちゃん、あの子が火をおっかけてくのが分かってたの?」

「ううん、最初は火を怖がるんじゃないかって思ってたんだ。ラッキーさんが『ビーストは本能が強い』って言ってたから」

「火はこわいもんね……」

「そうですか?」

 

 イエイヌがきょとんとした顔を見せ、サーバルが肩を落としてそれに応えます。

 

「こわいよ……むりすれば使えるけど、手がふるえちゃうもん。イエイヌちゃんはこわくないの?」

「私は特には……」

 

 犬が火を恐れるかどうかは個体差が大きいので、彼女がこういった反応を返すのは特におかしくはありません。『花火をくわえて遊ぶ犬』なんてのも存在するくらいです。

 

「すごいね! かばんちゃんみたい!」

「いえ、無理をすれば使えるという方がすごいと思います」

「そうなんですか?」

「火を怖がるフレンズが火を使えるようになった、なんて聞いた事がありません。最初から火が平気なフレンズなら別ですけど」

 

 クマやトラは野生でも火を恐れず、それどころか好奇心で近寄ってくる事があります。他にも燃える枝を使って狩りをする鳥*3なんてのも存在し、火を恐れない生物はそこまで珍しいものではありません。

 しかし少ない事は間違いなく、本能を超えて火を扱えるようになった、となるともっと少ない事でしょう。それがフレンズであるとしても、稀有な存在である事は確かでした。

 

「そういえば、博士さん達も火は怖いって……」

「普通のフレンズはそうです。頭が良くても経験を積んでも、ダメなものはダメみたいですね」

「くわしいね、イエイヌちゃん」

「ずっと見てきましたから」

 

 遠い目を見せるイエイヌに、かばんがおずおずと問いかけました。

 

「イエイヌさんは、昔からここにいるんですよね? なら……ヒトがどこに行ったのか、何か手掛かりを知りませんか? 僕も探してるんです」

「分かりません。私が知ってるのは、ヒトはある時パークから出て行った、という事だけです。ご主人様もそうだったので私もついて行こうとしたんですが、ダメだと言われました」

「という事は……それからずっと?」

「はい。あの家で、ずっと待っています。必ず戻ると、言われたので」

 

 空気がどこかしんみりしたものへと変わります。そんな空気をあえて読まず、サーバルが小首をかしげて問いかけました。

 

「なんでついてっちゃダメだったんだろう」

「フレンズはパークから離れると元の動物に戻ってしまいます。元々私はかなりの年齢だったので……」

「あー……」

 

 つまりフレンズ化が解けて元の動物に戻ると、遠からず寿命が来てしまう、という事です。本人(犬)としてはそれでも良かったのかもしれませんが、“ご主人様”の方はそれを許容しなかったのでしょう。

 

「……その、イエイヌさんは、これからも……?」

「もちろんです。今回は私の勘違いでしたが、いつか必ずご主人様は戻ってきます。だから待ちます、いつまでも」

 

 曇りなき(まなこ)に純粋な感情を浮かばせ、イエイヌが静かにされど強く言い切ります。そんな彼女を瞳に映し、かばんが意を決したように唾を飲み込み言いました。

 

「イエイヌさん」

「はい、何ですか?」

「僕達と一緒に、来ませんか」

 

 イエイヌは怪訝そうにかばんを見ます。待つと言った直後に正反対の事を言われれば当然です。しかしそれを分かっていたかばんは、そのまま言葉を続けます。

 

「あの子の……ビーストの事が解決してからですが、僕達はヒトを探しにパークの外に行こうと思ってます。パークから出るとフレンズでなくなってしまうのも、どうにかして解決方法を見つけるつもりです。だから――」

 

 かばんは居住まいを正し、イエイヌの瞳を正面からまっすぐ見つめました。

 

「――僕達と、一緒に来ませんか。そしたら、イエイヌさんのご主人様も、見つかるかもしれません」

「いい考えだね! イエイヌちゃんもいっしょに行こうよ!」

 

 イエイヌは目を見開き、誘う二人をまじまじと見つめます。彼女は半ば呆然としながら、独り言のようにぽつりと呟きました。

 

「…………何故?」

「いっしょに行った方がたのしいもん! ね、かばんちゃん?」

「サーバルちゃんの言う通りです。それに、リョコウバトさんが言ってました。『旅は道連れ世は情け』って」

 

 それを聞いたイエイヌは、ぱちぱちと目を(しばた)かせ――くすりと微笑みました。

 

「…………ふふっ、ありがとうございます。でもごめんなさい、私はやっぱりここで待ちます。ご主人様が帰って来た時、家に誰もいなかったらがっかりさせてしまいますから」

「そうですか…………」

「そんなに肩を落とさないでください。手伝える事があれば手伝います。それに――」

 

 金銀の瞳がかばんの()()を見つめ、次いでその下の濃紺の瞳に合わせられます。帽子に視線が向けられた意味をかばんが理解する前に、イエイヌが笑みと共に口を開きました。

 

「――気持ちは、とても嬉しかったです。かばんさん、あなたに会えて良かった」

 

 嬉しさに揺れるような、湖に(さざなみ)が広がるような、そんな(たお)やかな笑みでした。

 

 

の の の の の

 

 

 イエイヌと別れた後。かばんとサーバルは、図書館へと続く道をバスに乗って進んでいました。

 

「イエイヌちゃん、ごしゅじんさまって人に会えるといいね」

「そうだね……」

 

 車中にどことなく物悲しい空気が流れます。そんな雰囲気を払拭するように口を開いたのは、やはりサーバルでした。

 

「そういえばかばんちゃん、フレンズがパークを出ても大丈夫なようにするって、どうやって?」

「え? ラッキーさんも知らなかったし、まだどうやるのかは全然分からないから、何も言ってなかったんだけど……」

「でもなにか考えてるんでしょ? きかせてよ!」

 

 付き合いの長さから何かを感じたのか、サーバルが興味津々な顔でかばんに迫ります。彼女はそれに押されるように話し始めました。

 

「僕らフレンズの体のほとんどは、サンドスターで出来ている……んですよね、ラッキーさん?」

「ソウダヨ」

 

 例えばかばんは、ヒトの毛髪にサンドスターが当たってフレンズ化した存在です。その体が何で出来ているかといえば、それはサンドスター以外には存在しません。つくづく謎物質です。

 

「だからフレンズの体の中には、サンドスターがたくさんある。そして、サンドスターが足りなくなったらジャパリまんを食べて補給できる」

「サンドスターノ濃イパーク内ナラ、呼吸スル事ニヨッテモ補エルヨ」

「それでそれで?」

 

 サーバルがぐぐっと体を乗り出します。

 

「つまり、ジャパリまんの中にはサンドスターがいっぱい入ってる、って事だよね」

「ソウダネ」

「うんうん!」

 

「ジャパリまんを食べ続ければサンドスターを補給出来るから、パークの外に出る事は出来るはず……だけど、それはちょっと無理だよね」

「おなかがはち切れちゃうね」

 

 フレンズは総じて小柄なので、一度に食べられる量はあまり多くはないと思われます。大量のジャパリまんを用意するのも難しいため、わんこそばならぬわんこジャパリまん方式では無理があります。

 

「だから代わりに、ジャパリまんじゃない何かにサンドスターをいっぱい入れて、自由に取り出せるようにするんだ。サンドスターがジャパリまんに入るのなら、他のものにも入ると思う」

「おぉー!」

「上手く行けば、どこでもサンドスターを補給できるようになるから、パークの外にも出られるようになる……はず」

 

 サンドスター電池方式、という事です。理論としては成立しています。もっとも実現させられるかはまた別の話ですが、それを分かっているからこそかばんは黙っていたのでしょう。

 

「なるほど! すっごーい、さすがかばんちゃん!」

「でも、どうやったらそんな事が出来るのかは全然分からないんだ」

「だいじょうぶ! かばんちゃんなら、きっと上手くいくよ!」

 

 イエイヌの癖が移ったのか、サーバルが尻尾をぱたぱたと振りながら宣言します。話を黙って聞いていたラッキービーストも彼女に続きました。

 

「知ッテイル事ハ少ナイケド、僕モ協力スルヨ。僕ハパークノガイドロボットダカラネ」

「ラッキーさん……はい、ありがとうございます!」

「おおー、なんだか今日のボスはかっこいいね!」

 

 サーバルが言外に“今日以外のラッキービースト”について含みを持たせます。最近は割と頼れるところを見せていたはずですが、やはりこれまでの印象は拭いがたいもののようです。そんな悪意なき言葉の矢に晒されたラッキービーストは、話題を逸らすかのように前を向きました。

 

「目的地ガ見エテ来タヨ」

 

 その声につられかばんとサーバルも前を向くと、赤い屋根と白い壁の建物が見えてきました。建物の内部を巨大な木が貫き天井からはみ出ており、壁の一部が切り取られ中が見えています。なんとも驚くべき様相ですが、老朽化して崩れた訳ではありません。最初からそういうデザインなのです。

 

 そんな奇抜な建物の名は“ジャパリ図書館”。かばんの尋ね人たる博士と助手が住む、ジャパリパークの知の集積場です。

 

 

の の の の の

 

 

 かばんとサーバルが到着する少し前。図書館にて、四人のフレンズが四つの頭を突き合わせ、揃いも揃って深刻そうな表情を浮かべていました。

 

「これは……」

「……まずいのです」

 

 そのうちの二人が、机の上の暗い灰色の物体を睨みながら声を発します。どちらも鉄面皮なので分かりにくいのですが、その声は確かに普段よりも少し低く、胸の内を如実に表していました。

 

 どちらもファーのついたコート姿でデザインもそっくりですが、前者が(とび)色、後者が白色で色違いです。頭からは小さな翼とV字の飾り毛、腰からは尾羽が突き出ており、鳥のフレンズである事が分かります。

 

 白い彼女が『鳥綱 フクロウ目 フクロウ科 コノハズク属 “アフリカオオコノハズク” Ptilopsis leucotis』のフレンズで通称“博士”、鳶色の彼女が『鳥綱 フクロウ目 フクロウ科 ワシミミズク属 “ワシミミズク” Bubo bubo』のフレンズで通称“助手”です。

 

「確かにちょっと良くないかもねー」

 

 二人に同意を返したのは、眠そうな目をした大きな耳と尻尾の少女です。髪は薄い金色、カーディガンはベージュでスカートは白と、全体的にパステルカラーをしています。『哺乳綱 ネコ目 イヌ科 キツネ属 “フェネック” Vulpes zerda』のフレンズです。

 

「…………」

 

 そんな三人の話を黙って聞いているのは、仁王立ちで腕を組み目を瞑る少女です。(ふじ)色の上着と黒いミニスカートで、そこから伸びる太い尻尾は目立つ縞模様をしています。『哺乳綱 ネコ目 アライグマ科 アライグマ属 “アライグマ” Procyon lotor』のフレンズです。

 

 ちなみによくタヌキと間違われますが、姿が似ているだけで別種であり、尻尾の模様か足跡で区別できます。タヌキの尻尾は無地で足跡には肉球の跡がありますが、アライグマの尻尾は縞模様があり、足跡にはくっきりと指の形が出ます。

 

 そんなアライグマな彼女はカッと目を見開くと、腕を組んだまま重々しくも勢いよく言い放ちました。

 

「パークの、危機なのだ!」

 

*1
♂ロバと♀馬の仔の“ラバ”が有名。

*2
狼犬(ウルフドッグ)。犬と狼を交配させた犬種。

*3
野火等で火のついた枝を茂みに放り投げ、驚いて飛び出てきた小動物や虫を捕獲する。オーストラリアに生息する、トンビやハヤブサ等3種類の鳥がこの狩りを行う事が確認されている。



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第十一話 じゃぱりぱーくのおさ

「ごめんください」

 

 かばんが図書館の扉を開けます。内部を貫く巨大な木と、それを取り囲むように作られた階段、そして壁を埋め尽くす本の山が彼女の目に飛び込んできます。かばんとサーバルがきょろきょろと辺りを見回していると、本棚の陰からぴょこんと大きな耳が飛び出てきました。

 

「ひさしぶりー」

「フェネックさん!」

「フェネック!」

 

 駆け寄る二人にフェネックは、前に会った時と変わらぬマイペースさで応じます。

 

「戻ってきてたんだねぇ。ヒトは見つかったのかい?」

「いえ、まだです。それより、博士さん達は……」

「あー!」

 

 かばんが何かを言いかけたその時、階段の上から大きな声が響きます。何事かと目を向ける二人の視線の先では、どこか騒々しい印象を与える(ふじ)色の少女が、かばんを指さし目を大きく見開いていました。

 

「帰ってきてたのか!」

「アライグマさん!」

「アライグマちゃん!」

 

 彼女は驚く二人に構わずどどどと階段を駆け下り、口角泡を飛ばして一気にまくし立てました。

 

「大変なのだかばんさん! パークの危機なのだー!」

「え、えーと?」

「とにかく大変で大変なの――――ふぎゃんっ!」

 

 突如としてアライグマが頭を押さえ、ごろごろと転げまわります。二人が目を白黒させつつも顔を上げると、白がその目に飛び込んできました。

 

「図書館では静かにするのです」

「はかせ!」

 

 博士ことアフリカオオコノハズクです。フクロウらしく無音で空を飛び、アライグマの頭に飛び膝蹴りをかましたのです。以前同じ目にあった事を思い出したのか、サーバルがケモミミをぺたんと寝かせ頭を押さえていました。

 

「ちょうどいいところに戻ってきたのです」

「助手さんも!」

 

 白に続き、(とび)色もまた滑るように空中を飛んできました。助手ことワシミミズクです。彼女は博士の隣に降り立つと、その無表情な鉄面皮でかばん達を見上げました。

 

「そこの芸人が言う事は事実なのです」

「パークに危機が迫っているのです」

 

 かばんとサーバルは思わず顔を見合わせます。アライグマが事あるごとに『パークの危機なのだ!』と叫ぶのは知っていますが、博士と助手が根拠なくそんな事を言うとは思えません。ですがあまりに唐突で衝撃的な言葉だったので、反応のしようがなかったのです。

 

「とりあえずこっちに来るのです」

「何が起きているのか教えてやるのです」

 

 そんな反応は予測済みだったのか、博士と助手が二階への階段を上り始めます。かばんとサーバルは一瞬戸惑いましたが、強く頷きあうとその後ろに続きました。

 

「ぐおおおおおお」

「アライさん、タイミングが悪かったねー」

 

 なお芸人呼ばわりされたアライグマは、いまだに床をのたうち回っていました。

 

 

の の の の の

 

 

「これが何かわかるですか」

 

 テーブルの上に乗せられた、暗い灰色の物体を示して博士が問います。大きさは握りこぶしよりも二回りほど小さく、表面はかなりごつごつしています。まるで年経た亀の甲羅を砕き、出鱈目に固めて黒く塗りつぶしたような物体です。

 

「石……?」

 

 かばんはそれを見てもぴんと来ないようで、首を捻ります。ですがそこで、隣のサーバルが表情を硬くして呟きました。

 

「……あのときのセルリアンに、にてる」

「あ……」

 

 “あのときのセルリアン”。すなわち、以前にサーバルとかばんを飲み込んだ、超巨大セルリアンです。その答えを聞いた博士と助手は、ぴくりと眉を動かしました。

 

「ほう、サーバルが気付くとは意外なのです」

「しかし博士、あの時の事を考えるとそう意外でもないのでは?」

「確かに。あんな事がありましたからね。かばんが気付かないのも無理はないのです」

 

 ぐりんと首だけを回して顔を見合わせ話す二人に、かばんが不安そうな表情を向けます。

 

「あの、それでこれは一体……」

「今、パークにこれと同じ色のセルリアンが多く出没しているのを知っているですか」

 

 かばんに返されたのは答えではなく質問でした。思いもよらぬ言葉にかばんは一瞬答えあぐねますが、サーバルは特に気にせず言葉を返します。

 

「うん、なんどか戦ったよ。あの硬いセルリアンだよね?」

「そうです。知っているなら話は早いのです」

「これはそのセルリアンが残したものなのです」

「あのセルリアンが……」

 

 かばんが視線を机の上の物体に落とします。その横でサーバルが小首をかしげていました。

 

「えーと、つまり……どういうこと?」

「フレンズはサンドスターが動物もしくはその一部だったものに当たって生まれた存在なのです」

「セルリアンはサンドスター・ロウが無機物に当たって生まれた存在なのです」

 

 “サンドスター・ロウ”。サンドスターの亜種で、虹色ではなく黒いモヤのような見た目をしています。助手の言うようにセルリアンの()となりますが、それ以外はほぼ詳細不明の謎物質です。

 

「つまり現在パークで大量発生しているセルリアンは、これにサンドスター・ロウが当たって生まれたものだという可能性が極めて高いのです」

「そしてこれは“溶岩”。火山から出る、高い温度でどろどろに溶けた岩が固まったものなのです」

「岩……だから硬いって皆言ってたんですね」

 

 納得した様子を見せるかばんの横で、サーバルがさらに首をかしげます。

 

「あれ? えーと、セルリアンがいっぱいいるって事は、かざんからサンドスター・ロウがいっぱい出てる、って事だよね」

「です」

「でも、かざんは最近ふんかしてなかったよ? 私たちのいない間にふんかしたの?」

 

 パークの中央にある火山を指してサーバルが尋ねますが、博士は首を横に振りました。

 

「いえ、そういう訳ではないのです」

「それにもしそうだったとしても、あそこからはもうサンドスター・ロウは出ないのです。おまえたちがフィルターを張り直したので」

「念のため確認してきたので間違いないのです。フィルターはそのままだったのです」

 

 フィルター。火山から放出されるサンドスター・ロウを濾過(ろか)する、大規模なフィルターです。かばんとサーバルは以前、アライグマとフェネックと協力して、そのフィルターを修復した事があるのです。

 

「じゃあセルリアンはどこからきてるのー?」

「ふふん、とっくにそれは分かっているのです。我々は賢いので」

「原因の特定は基本なのです。我々は賢いので」

 

 無表情ながら感情豊かな博士と助手が、胸を張ってドヤ顔を見せます。ですがそこでかばんの口から、ぽつりと言葉が漏れ出ました。

 

「ひょっとして……海?」

「む」

「む」

 

 二人が揃った動作でかばんを見ます。『出鼻をくじかれた』という言葉がぴったりでしたが、集中していたかばんはそれには気付かず、代わりにサーバルの頭の上に電球が灯りました。

 

「そっか、あのホテルのときのセルリアン!」

「うん。それに、イルカさんとアシカさんが、『海のご機嫌が悪い』って……」

「じゃあセルリアンは、海からきてたってこと? でも、海にかざんなんてないよ?」

「それは…………いや、でも、ひょっとしたら……?」

 

 かばんの脳裏に、海の上でのラッキービーストの言葉がよぎります。あの時、サーバルが倒れてパークに引き返す事を決めた時、確かにラッキービーストは言いました。

 

「…………『島が海に沈んだ』『島にはサンドスターを放出している火山があった』」

「え?」

「……ラッキーさんが、そう言ってたんだ。そうだ、それにあの時、サンドスターとサンドスター・ロウは、火山から一緒に出てた……」

 

 情報、知識、経験。これまでに得た全てがパズルのピースとなり、かばんの中で急速に組み立てられてゆきます。論理と知性の導くままに、彼女はたどり着いた答えを口にしました。

 

「海に沈んだ後も、火山はサンドスターを出し続けてて、それと一緒にサンドスター・ロウも出てた……!?」

 

 そんな“ヒトのフレンズ”を博士と助手は、探求心と興味と関心のこもった、研究者の目で見つめていました。

 

「ちょっと聞いただけでその結論に至るとは。やはりヒトは高い知能を持っているようですね」

「とても興味深いのです。ですが今は」

「分かっているのです。本題に戻るのです」

 

 博士はごほんと一つ咳払いをして注目を集めると、話を再開させました。

 

「大体言われてしまいましたが、そういう事なのです」

「海のなかにもかざんがあるの?」

「“海底火山”というです。この本に載っていたのです」

 

 助手が開いて見せた本には、見開きいっぱいに溶岩と沸騰する海水の写真が載っており、さらにその上に『海底火山(かいていかざん)』という文字が書かれていました。図書館のどこかから探してきたようです。

 

「おそらく、海底火山から溶岩とサンドスター・ロウが同時に放出され、それがセルリアンになってパークにやって来ているのです」

「セルリアンが増えればパークの危機なのです。放ってはおけません。手伝うのですよ、二人とも」

 

 真剣さを増した二人に対し、サーバルが力強く請け負います。

 

「もっちろん! セルリアンを倒せばいいんだよね?」

「そうですね、サーバルはそうするのです」

「“どこの海底火山からサンドスター・ロウが出ているのか”は、すでに海のフレンズに調査を頼んでいるのです。我々は賢いので」

「我々は賢いので」

 

 なんとなく話がまとまるような流れに向かいますが、そこでかばんが少し慌てた様子で口を挟みました。

 

「ちょっと待ってください、聞きたい事があるんです。だからここに来たんです」

「聞きたい事?」

「なんですか?」

「“ビースト”と呼ばれてる子についてです」

「む」

 

 その名を聞いた二人の眉根が、ほんの僅かに寄せられました。

 

「その様子だと、()()に会ったですか」

()()も頭が痛い問題です」

「あの子のこと、しってたの?」

「当然です、我々はこの島の(おさ)なので」

「それで何を聞きたいですか、かばん?」

「はい。あの子を、止めたいんです。そのための方法を、何か知りませんか」

 

 と聞いてはみたものの、二人がその方法を知っている可能性は低いだろうとかばんは考えていました。知っているのなら、すでに実行しているだろうからです。

 

 それでも、と一縷の望みに賭ける彼女を目にした博士と助手は。微塵も変わらぬ鉄面皮で、すっとぼけた事を口にしました。

 

「止める……息の根をですか」

「ほほう、かばんも過激になったのですね」

「違いますよ!?」

 

「分かっているのです。小粋なジョークなのです」

「場を和ませる軽い冗談なのです」

「軽くないですよぉ……」

 

 かばんはがっくりと肩を落とします。そんな彼女に向け、二人は無表情こそ変わりませんが、どこか柔らかい声で話しかけました。

 

「少しは落ち着いたですか」

「え……」

「だいぶ焦っているように見えたです。焦るといい事はないです」

 

 どうやらかばんを落ち着かせるため、即興でお茶目なジョークを言ってみせたようです。鉄面皮の下から覗く意外な諧謔(かいぎゃく)と思いやりを(さと)った彼女は、ハッとした顔でぺこりと頭を下げました。

 

「その、ありがとうございます」

「なに、気にすることはないですよ。我々は(おさ)なので」

「気遣いくらいはやってやるのです。我々は(おさ)なので」

 

 二人は尊大に、それでも少しだけ優しげに、かばんの謝意を受け取ります。そんな丸みを帯びた空気の中、サーバルが脱線していた話題を元に戻しました。

 

「それではかせ、あの子のことなにか知らない?」

「……難しいです。私達も調べた事はあるですが、大した事は分かりませんでした。この図書館にはビーストについての資料は少ないようなのです」

「そうなんですか?」

「いくら探してもほとんど見つからなかったので、最初から置いてなかったと思われるのです」

「そっかぁ……」

 

 このジャパリ図書館は、あくまで『テーマパークの一環としての図書館』なので、専門的な資料は置かれていなかったのだと思われます。それでも少しはあったのは、客への注意喚起のためかもしれません。

 

「それに私達では難しい字は読めないので、資料があっても分からないかもしれないのです」

「助手、余計な事は言うななのです。“ひらがな”“カタカナ”“数字”は読めるです」

「へー、“もじ”ってたくさんあるんだねー。でも、それだけ読めればじゅうぶんじゃない?」

 

 不思議そうな顔を見せるサーバルに、苦虫を噛み潰したような表情の博士が答えました。

 

「…………“かんじ”が、種類が多過ぎてお手上げなのです」

「おまけに一つの文字に読み方が複数あるのです。あんなものを使っていたなど、ヒトは何を考えていたのかさっぱり分からないのですよ」

 

 外国の文字を無理くり自国語に当てはめたものなので仕方がないのです。当時輸入されたのが漢字ではなくアルファベットだったのなら少しはマシだったのかもしれませんが、今になってはどうにもなりません。

 

「なんか大変なんだね」

「あれ、でもラッキーさんなら読めるんじゃ……」

「ラッキービーストはかばんが近くにいないと喋らないのです」

「肝心なところで役に立たないのです」

 

 二人は足元のラッキービーストに、半ば八つ当たり気味の視線を向けます。が、そんな事をしても意味がないと言わんばかりに大きく息をつくと、再度かばんとサーバルに視線を戻しました。

 

「とにかくそういう訳なので、ビーストについては我々は力になれないのです」

「それに、セルリアンを優先して対処しなければならないのです。ビーストは一体しかいませんが、セルリアンはいっぱいいるのです」

 

 かばんはその言い分を理解せざるを得ません。ビーストが暴れてもパークは滅びませんが、セルリアンが大量発生したらパークが滅びかねないのです。

 

 しかし、だからと言って納得するかは別の話。かばんが言い募ろうとしたその時、二人が口を開きました。

 

「なのでビーストの方はかばんが対処するです」

「我々はセルリアンに備えるのです」

「ぇ……」

 

 かばんは交互に二人の顔を見つめます。『セルリアンへの対処を手伝え』と最初に言われた以上、手が足りているという事はないでしょう。文字通り、猫の手も借りたいのかもしれません。それでもなおそう言ってのけた二人に、かばんは驚きと共に聞き返します。

 

「その、いいんですか?」

「セルリアンも厄介ですが、ビーストを放置できないのも確かです」

「止められるのならそれに越した事はないのです」

「あ、ありがとうございます!」

 

 再び頭を下げようとするかばんを手で制し、博士は変わらぬ無表情で淡々と続けます。

 

「礼を言う必要はないのです。パークの危機に対処するのは当然なのです。我々は(おさ)なので」

「セルリアン程度、我々だけでもどうにでもなるのです。我々は賢いので」

「でもはかせ、ここだとあの子のことは分からなかったんだよね?」

 

 サーバルが鋭く問題点を突きます。博士と助手の言が正しいのならば、この図書館にはビーストの資料はほとんどないはずなのです。それでどうするのかという言外の問いに、助手は再度鉄面皮なドヤ顔を見せました。

 

「ふふん、その程度我々が考えてないと思うですか」

「噂ですが、このパークのどこかに、“研究所”というものがあるらしいです」

「けんきゅうじょ?」

「何かを詳しく調べるための場所です」

 

「何の研究をする場所なんですか?」

「そこまでは知らないのです。なにせどこにあるのか分からないので」

「それってホントにあるのー?」

「可能性は高いと考えているです」

 

 そこまで喋った二人は、視線をかばんに向けました。

 

「かばんを見て確信しましたが、ヒトは高い知能を持っていたはずです」

「そんな()()()が、我々フレンズやサンドスターについて調べなかった、とは考えにくいです。というか調べたからこそ、ジャパリまんを作れるようになったはずです」

「そして調べるなら、このパーク内で調べるはず。わざわざ他の場所で調べるのもおかしな話です」

「確かに……」

 

 筋は通っていますし、蓋然性(がいぜんせい)も高い推論です。となると、焦点になるのはただ一点。“その研究所がどこにあるのか”という事です。

 

「博士さん達は、何か心当たりが……?」

「当然なのです。我々は(おさ)なので」

「と言っても、我々では入れなかったというだけなのですが」

「助手、余計な事は言わなくていいのです」

 

「入れなかったの?」

「おそらくですが、フレンズでは入れないようになっているのです」

「壊せば入れたかもしれませんが、その時はそこまでする理由もなかったです」

「それで、どこにあるのー?」

 

 サーバルの問いかけに、博士と助手は揃った息で告げました。

 

「この図書館から北東の」

「海に近い深い森の中に、それらしき建物はあるのです」

 

 

の の の の の

 

 

 博士と助手の言葉に従い、森の中の道を進む事しばし。潮の匂いがサーバルの鼻をくすぐる頃、木々の間から灰色の何かがちらほらと見えてきました。

 

「あ、あれかな?」

「ソウダヨ。アレガ研究所ダ」

 

 かばんに答えるラッキービーストをつんつんつつきながら、サーバルが少しばかりぶすくれた顔を見せます。

 

「知ってたんなら、としょかんに行く前におしえてくれればよかったのに」

「研究所ハ僕ノ管轄外ダカラ、ビーストノ資料ガアルカドウカハ知ラナインダ。確証ノナイ事ハ言エナイヨ」

 

 妙なところで頭が固い言い分です。人工知能らしい、と言えるかもしれません。

 

「ソレニ研究施設ハテーマパークジャナイカラ、本来ハ案内スルトコロジャナインダヨ」

「むー、なんか納得いかないよー」

「しょうがないよサーバルちゃん、ラッキーさんにも事情があるんだから。それよりほら、行ってみようよ!」

「……そうだね!」

 

 開けっ放しだった門からバスが塀の中に進み、建物の前で止まります。サーバルが兎のように跳ねて飛び出し、かばんもそれに続いてバスを降り、研究所を見上げました。

 

 かなり大きな、白い壁の建物です。体育館のような丸みを帯びたドーム状の屋根が幾つか連なり、円柱状の建造物がそれらをまとめるように中央に鎮座しています。しかし周囲は緑に覆われ、壁は薄汚れており、長い時間放置されていたであろう姿を晒していました。

 

「ねえ、これどうやって開けるのー?」

「関係者以外立入禁止ダヨ、サーバル」

「じゃあ、どうするんですか?」

「トリアエズヤッテミルヨ」

 

 ラッキービーストの目が緑色に点滅し、しばらくの後にピピッという電子音が扉の横から聞こえて来ます。ガラス製の自動ドアが、ゆっくりと開きました。

 

「成功シタヨ」

「わーい!」

「待ってよサーバルちゃん!」

 

 駆け出すサーバルをかばんが追いかけ、研究所の中へと二人は入ってゆきます。

 

 外縁部の荒廃具合に比して、内部は意外にも在りし日の面影を保っていました。埃や汚れはほとんどなく、ガラスの天井から陽光がこぼれ落ちています。ひょっとすると内部清掃用の機能が生きているのかもしれません。

 しかし人の気配だけはぽっかりと欠けており、やはりどこか物寂しさを感じさせる佇まいでありました。

 

「うわぁ、なにこれなにこれー! すっごーい!」

 

 とある一室に入ったサーバルが、興奮してくるくる回ります。スチール製のデスクや回転椅子、棚に置かれた鉱物標本、机に放置されたガラスのフラスコや試験管等々、見た事が無いものがたくさんあったのです。

 

「これは……研究室、かな?」

「けんきゅうしつ……。ここでなにかをしらべてた、ってこと?」

「多分、そうだと思う」

 

 かばんは何の気なしに、棚に並べられていたファイルを一つ抜き出してみます。そこには、驚くべき表題が書かれていました。

 

「『ビーストについて』……!?」

「え? あの子がどうしたの?」

「ここにそう書いてあるんだ。ひょっとしたら、何かのヒントになるかも!」

「おおー!! 中はなんてかいてあるの!?」

「ちょっと待ってね……」

 

 かばんは真剣な顔つきで文字を追いかけ始めます。なんとなく手持ち無沙汰になったサーバルは辺りを見回しますが、そこでふと何かに気付きました。

 

「……ん?」

 

 視界の端で何かが動いたような気がしたのです。反射的にそちらに体を向けると、白い壁に薄緑色の人影がぼんやりと浮かび上がっていました。

 

「うわぁぁああああ!? おばけー!!?」

「うわぁぁああああ!?」

 

 驚いたサーバルの声にかばんも驚き、一瞬にして混乱が巻き起こります。しかし喋り始めた人影のその声が、サーバルに冷静さをもたらしました。

 

『とても残念です……』

「あれ、この声って……たしか、みらいさん?」

「え? え? ミライさん? という事は……」

 

 かばんが見下ろしたその先には、目を緑に光らせたラッキービーストが壁を向いて固まっていました。以前にもあった事ですが、ラッキービーストが過去の記録映像を映し出していたのです。おそらく今回は、“研究所”にヒトが足を踏み入れた事で反応したのでしょう。

 

「ラッキーさんの仕業だったんですね……」

「びっくりした……おどかさないでよ、ボスー」

『……私たちはパークを退去する事になってしまいました。本当に、残念です』

 

 人影ははっきりとした像を結び、眼鏡をかけた若い女性の姿が映し出されました。眉と肩を落とし、意気消沈している事が画像越しでも伝わってきます。

 

『フレンズの皆さんも一緒に避難できれば良かったのですが……せめてアレの研究が終わっていれば』

「アレ? なんだろ?」

「分かんないけど、この言い方からすると……」

 

『せめてもの出来る事として、試作品と資料はここに置いて行こうと思います。ひょっとしたら遠い未来に、フレンズの誰かが完成させてくれるかもしれませんし。それに――』

『――あっ、こんなところにいたんですかミライさん! 急いでください、ミライさんで最後ですよ!』

 

 姿は見えませんが後ろから男の声が聞こえ、ミライがそれに振り向いて答えます。

 

『すみません、今行きます! ……そういう事だから、本当に留守はお願いね、ラッキービースト』

『任セテ』

『さよならは言いません。私たちは、必ず戻ります。だから、また会いましょう!』

 

 そこで人影は消え、記録映像は終わりました。サーバルは何かを思い出すかのようにぼうっと壁を見つめ続けていましたが、かばんの声に我に返りました。

 

「サーバルちゃん! 探そう!」

「……え? えと、なにを?」

「さっきミライさんが言ってた“試作品”とその資料だよ! もしかしたら、あの子の事を解決できるかも!」

 

 

の の の の の

 

 

 その頃、図書館から少し離れた道の上にて。アライグマが図書館を背に土煙を巻き上げながら爆走し、フェネックがその後を追いかけておりました。

 

「さあ急ぐのだフェネック! パークを危機からまもるのだー!」

「そんなに慌てるとまた転ぶよ、アライさん」

「あっはっは、そんなわけないのだ! アライさんは――――ふべっ!」

「いわんこっちゃないねぇ」

 

 見事にずっこけ涙目のアライグマを、フェネックがやれやれと言わんばかりの態度で助け起こします。そんな二人を、空中から見下ろす目がありました。

 

「あいつらは何をしてるですか」

「いつも通りなのでは?」

 

 博士と助手です。彼女達は呆れと不安をもって、仕事を押し付けた相手を見つめていました。

 

「あんな調子で本当に“四神(ししん)”を探せるのか、はなはだ不安なのです」

「気持ちは分かるですが博士、アイツらには一応実績があるです。溶岩を見つけて持ち込んだのもアイツらなのです」

「分かっているです」

 

 “四神(ししん)”。サンドスター・ロウを除去するフィルターを張るのに必要なアイテムです。見た目は黒い石板で、“四神(ししん)”の名の通り“朱雀”“白虎”“青龍”“玄武”の四枚から成ります。

 

 今現在のセルリアン大量発生は、海底火山からのサンドスター・ロウ大量発生によるもの。ならばその海底火山に四神(ししん)を設置し、フィルターを張る事に成功すれば問題は解決されます。

 

 しかしパーク中央の火山にある四神(ししん)は動かす事が出来ないため、新しい四神(ししん)を探さなければなりません。博士達はそれをアライグマとフェネックに依頼したのです。

 

「それでも、空回りして骨折り損になりそうな予感がぷんぷんするのです」

「しかし博士、必ず失敗すると思っていれば、探すようになど言わないはずでは?」

「助手、余計な事は言うななのです」

 

 じろりと目線を向けられた助手はしかし、しれっとした顔で話を続けます。

 

「我々も探すのですから、どうにかなると信じたいところなのです」

「それだけではないですよ。セルリアンへの注意喚起、いざという時の逃走経路や避難場所の策定、戦力になりそうなフレンズに話を通す等々、やる事は山積みなのです」

「手がかかるですが仕方ないです。我々は(おさ)なので」

「我々は(おさ)なので」

 

 二人は翼を羽ばたかせ速度を上げます。大気が風となり顔に当たって流れる中、助手がふと気づいたように隣に顔を向けました。

 

「ところで博士、かばんは気付いてると思うですか?」

「あれは間違いなく気付いてないです。目の前の事に集中しているのもありますが、自分の事には鈍そうなので」

「違いないです」

 

 二人は鉄面皮のまま含み笑いを漏らし、そのまま歌うように言葉を続けました。

 

「様々な場所に足を運ぶ」

「本来関わりのない事に首を突っ込み解決する」

「フレンズのために心を砕き行動する」

「望む未来を引き寄せるために努力する」

 

「それは(おさ)の在り方なのです」

「それは(おさ)への道なのです」

 

「これからかばんはどうするですかね」

「ヒトを探しに外に出るか」

「次の(おさ)としてパークに留まるか」

 

「外に出るなら手伝ってやるです、我々はこの島の(おさ)なので」

(おさ)になるなら仕事を教えてやるです、我々はこの島の(おさ)なので」

 

「決めるのはかばんなのです」

「何を選んでも応援してやるです、我々は心が広いので」

「心が広いので」

 

 ちらりと研究所の方を振り向く二人の顔には、確かに笑みが浮かんでいました。我知らず道を歩むかばんを言祝(ことほ)ぐ、先達としての柔らかな笑みが。

 

「しかし個人的には、パークに留まってほしいところなのです」

「そしたら先代の(おさ)の権限で、かばんに料理をさせる事ができるのです。じゅるり」

「料理食べ放題。実に心惹かれる言葉なのです。じゅるり」

 

 

の の の の の

 

 

 そして、各々が各々のすべき事をこなしながらも時は経ち、数日後。風雲急を告げる使者が図書館に訪れました。

 

「大変です博士! セルリアンが、セルリアンがたくさん出てきてます!」

「リョコウバトではないですか」

「どこにセルリアンが?」

 

 すでに戻ってきていた博士と助手の問いかけに、焦りのままに彼女はその決定的な一言を口にしました。

 

「海です! ジャパリホテルの向こう側の海から、たくさんのセルリアンがやってきました!」

 




 そろそろ終わりが見えてきました。


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第十二話 だいげきせん

「ジャパリホテルの向こう側の海から、たくさんのセルリアンがやってきました!」

 

 戦いの幕開けを告げたのは、何の因果か平和の使者とも呼ばれる鳩でした。そのリョコウバトの言葉に、博士と助手は顔を見合わせ強く頷き合います。指示を出そうと口を開きかけ、その優れた聴力が聞き慣れぬ、しかして聞いた事のある音を捉えました。その音はあっという間に大きくなり、目のようにライトを光らせた、猛スピードで飛ばすジャパリバスが姿を現しました。

 

「博士さん、助手さん!」

「セルリアンがたくさん出たって、ボスが!」

 

 図書館の隣に止まったそのバスから、慌てた様子でかばんとサーバルがまろび出てきます。パーク中の同形機と通信できるラッキービーストが、セルリアン大量発生の報を知らせたのです。

 

「ちょうどいいところに来たのです」

「ラッキービースト、パークのフレンズに危険は知らせたですね?」

「モチロンダヨ」

「なら――――」

 

 何かを言いかけた博士の耳がぴくりと動き、瞳が道の向こう側に向けられます。月明かりに照らされた土煙が見る間に大きくなり、それはとあるフレンズの姿をとりました。

 

「――――かったのだぁー!」

 

 いつでもどこでも全力投球、流しの芸人アライグマです。彼女は図書館に飛び込むと、その勢いのまま博士と助手に詰め寄りました。

 

「分かったのだ! アライさんは天才なのだー!」

 

「相変わらず騒がしい奴なのです」

四神(ししん)は見つかったですか」

「見つからなかったのだ!」

 

 自信満々に胸を張るアライグマに、博士と助手は冷たい目を向けます。

 

「ちょっとでもコイツに期待した我々が愚かだったのです」

「今は芸人に構っている暇はないのです、我々は忙しいので」

 

 二人は(きびす)を返して飛び立とうとしましたが、アライグマの後ろからやってきたフェネックがそれを引き止めました。

 

「まあまあ、ちょっとでいいから話だけでも聞いてやってよー。今が緊急事態だってのは分かってるけどさ、それでも聞いた方がいいよー」

「む……。お前がそう言うなら」

「フェネックに免じて聞いてやるです。とっとと言うのです」

 

 二人が上から目線なのはいつもの事なので気にも留めず、アライグマは話し始めます。

 

「アライさんは四神を探して、パーク中を走り回ったのだ!」

「見つからなかったけどねー」

「そう! 見つからなかったのだ! だからアライさんは考えて考えて、分かったのだー!」

 

 博士と助手は無言ですが、さっさと続きを言えとその表情が何よりも雄弁に物語っています。そんな無言の圧力をものともせず、アライグマは食い気味の前傾姿勢で告げました。

 

「前に見つけた四神は火山の近くにあったのだ! だからきっと、今探してる四神は海の中にあるのだー!」

 

 その言葉を聞いた二人は、思わず鉄面皮を崩して目を見開きます。

 

「……うかつです。いくら忙しかったとはいえ、その可能性に気付かなかったとは」

「かばんが『火山が海に沈んだ』と言った時に気付くべきだったです」

「えーと、どういうことー?」

 

 過程がいくつかすっ飛ばされた言葉に、サーバルが小首をかしげます。まるで独り言のように、博士と助手が口を開きました。

 

「昔は火山は地上にあったと言うです」

「その火山にフィルターが張られていたとするならば、四神もまた地上にあったはず」

「つまり、火山が海に沈んだ時に四神も一緒に沈んだのです」

「かばんから聞いた沈んだ火山の位置と、今回の原因になっている火山の位置は同じです」

「こうしてはいられないです」

 

 博士は足元のラッキービーストをむんずと掴んで持ち上げます。アワワと慌てるその様を気にもかけず、彼女は声を張り上げました。

 

「ラッキービースト、ホテルの近くにいる海のフレンズに通信をつなぐです!」

 

 

の の の の の

 

 

 水と空の界面から、青白い月光が差し込む夜の海のその中で。イルカとアシカのフレンズが、空を飛ぶように海を泳いでおりました。

 

「まったくもー、博士もフレンズ使い荒いよねぇ。こんな状況で四神? を探せなんてさぁ」

「仕方ありません、パークの危機ですから」

 

 差し込む光はいっそ幻想的ですらありますが、眼下を埋め尽くすのはそれとは正反対の修羅場です。ゆらめく光に照らし出されるのは、いびつで歪んだ一つ目の集団。海の底から湧き上がる、暗灰色のセルリアンの大群です。

 

「ボスもつれてけ、って言われたからつれて来たけど、大丈夫なのかな?」

「完全防水ダカラ問題ナイヨ」

「私達は、その四神とやらを見た事がありませんしね。ボスが知っているのなら心強いですよ」

「そりゃそうだけど……そもそも、ホントにあるの?」

「管轄外ダカラ確カナ事ハ言エナイケド、可能性ハ高イネ」

 

 いまいち明瞭さを欠くその返答に、イルカの眉間に皺が寄ります。しかしここで言っても仕方ないと思い直したのか、大きく息を吐きました。

 

「……ま、やるしかないかー」

「あ、あの……私もがんばるから!」

 

 後ろからかけられた声に、イルカとアシカの体がびくりと震えます。その震えを理性で抑え込んで振り向いた先に見えたのは、白と黒の少女でした。

 

 ゴスロリ風の白黒ワンピースに、これまた白と黒のショートヘア。前髪は長すぎて顔の半分ほども隠していますが、隙間から瞳の青い光が覗いています。スカートからは太く黒い尻尾とヒレが伸び、海獣である事を示していました。『鯨偶蹄目 クジラ類 マイルカ科 シャチ属 “シャチ” Orcinus orca』のフレンズです。

 

「う、うん、そうだねがんばろう!」

「そ、そうですね頑張りましょう!」

「えへへ……」

 

 イルカとアシカの声は僅かに震えていますが、無理もありません。海の食物連鎖の頂点に位置するシャチは、二人にとってこれ以上ないほどの天敵なのです。もちろんフレンズと化した今では襲われる事はないのですが、それでもやはり本能は抑えがたいもののようでした。

 

「うわ、来た来た!」

 

 セルリアンの一つ目がぎょろりと動いて三人を捉え、我先にと浮上してきます。イルカとアシカは本能を振り払いセルリアンに向き直りますが、二人をかばうようにシャチが前へと出ました。

 

「だいじょうぶ……私に任せて」

 

 シャチが頭を突き出し、きぃんという高音が走り抜けたかと思うと、セルリアンが色とりどりのキューブとなって砕け散ります。虹色の粒子が消え去るとそこには、もはや何も残っていませんでした。

 

 一部のクジラ類は超音波を発してエコーロケーション*1を行う事が出来ますが、シャチのそれはより強力で攻撃的です。超音波を当てる事で対象をマヒさせる事が出来る*2のです。

 

 とはいえ元の動物には、溶岩が元となったセルリアンを破壊するほどの力はありません。フレンズ化に伴い、出力が大幅に上昇しているようです。ひょっとしたら、キャビテーション*3が起こっているのかもしれません。

 

「……よし」

 

 瞬く間にセルリアンを掃討したシャチは、片手で小さくガッツポーズをします。それは容姿と相まって可愛らしいと言えるものでしたが、彼女を後ろから見つめるイルカとアシカの顔は、少しばかりひきつっていました。

 

 

の の の の の

 

 

 ジャパリホテルのすぐそばの、夜の砂浜。次々に海から湧き出るセルリアンに、フレンズ達が対峙していました。

 

「はぁっ!」

 

 丸耳が特徴的な少女が、熊手――掃除用具ではなく、巨大な熊の手が棒の先端についた刺又(さすまた)のような武器――を振るってセルリアンを叩き潰します。相手は小さめのセルリアンとは言え、弱点も突かずに倒せている辺り、卓越した身体能力をうかがわせます。

 

 それもそのはず。彼女は、『ネコ目 クマ科 クマ属 “ヒグマ” Ursus arctos』のフレンズ。日本最大の陸棲動物のその膂力(りょりょく)は、フレンズとなった事でさらに強力になっているのです。

 

「ああもう、キリがないですね!」

 

 赤い棒でセルリアンを砕きながら、金色の少女がぼやきます。中華っぽいレオタードに如意棒っぽい棒に緊箍児(きんこじ)*4っぽい意匠の頭飾りという姿の――有体に言うなら、女版孫悟空*5な少女です。

 

 彼女は『サル目 オナガザル科 シシバナザル属 “キンシコウ” Rhinopithecus roxellana』のフレンズ。キンシコウは孫悟空のモデルという説があります*6が、その影響をもろに受けているようです。

 

「うぅ~、オーダーきついですよぉ~」

 

 パラボラアンテナのような大きく丸い耳をした少女が、少しばかり涙目で、それでも的確に弱点の石を狙って爪で砕いています。『ネコ目 イヌ科 リカオン属 “リカオン” Lycaon pictus』のフレンズです。

 

 リカオンは時速60㎞で数十分も走れる持久力を持ち、イヌ科なので嗅覚も優れています。その特長はフレンズ化してさらに強化されているため、普段は斥候や追跡を主に行っています。その際に培われた観察力は、石の場所が分かりにくいセルリアン相手に遺憾なく発揮されているようでした。

 

 ヒグマ、キンシコウ、リカオン。この三名は“セルリアンハンター”であり、セルリアンを倒す事を生業(なりわい)とするフレンズ達です。そんな彼女達を、少し離れたところから見守るフレンズの姿がありました。

 

「す、すごいですね……さすがはハンター……」

「これ、俺が石の場所を見なくても問題なかったよなあ……」

「そ、そんな事ないです! きっと役に立つ時が来ますよ!」

 

 オオミミギツネ、ハブ、ブタの、ジャパリホテル従業員フレンズです。たまたま近くに来ていたハンター達に戦闘を任せ、されども逃げるのも気が引けるので、こうして遠くから見ているのです。一応背後からの奇襲を警戒するという名目もあるので、遊んでいる訳ではありません。

 

「……ん? あれは……」

「おいおい、ちょっとヤバイんじゃねえのか……?」

「あわわ……」

 

 三人の視線の先で、海が盛り上がりました。3mはあろうかという、一際大きなセルリアンが現れたのです。ハンター達はそれを撃破しようとしますが、周りの小さなセルリアンが邪魔で思うように近づけません。

 

「アレを通すな!」

「分かってますけど!」

「荷が重いですよぉ!」

 

 とその時、オオミミギツネの耳がぴくりと動きます。どこかで聞き覚えのあるその音の正体を彼女が思い出す前に、道の向こうから目のような光が姿を現しました。

 

「うわぁ、セルリアンがたくさんだねー」

「あそこ! ヒグマさん達じゃないですか!?」

「おっきなセルリアンがいるのだー!?」

「だいじょうぶ、まかせて!」

 

 サーバル、かばん、アライグマ、フェネックの四人がジャパリバスを飛ばし、図書館から駆け付けたのです。バスからサーバルが、車のスピードを利用して跳躍します。彼女は夜の空を駆け、狙いたがわず巨大セルリアンの上に着地しました。

 

「い、いしはどこー!?」

「分かってて乗ったんじゃないんですか!?」

 

 しかし飛んだまではよかったのですが、そこから先はノープランだったようです。キンシコウが思わず突っ込みを入れます。見かねたハブが声を張り上げました。

 

「石はお前の左斜め下だ!!」

 

 セルリアンの石は、他の場所よりほんの少しだけ温度が高いのです。ハブはピット器官でその差を読み取り、サーバルに指示を出したのです。

 

「――あ、あった! えーい!!」

 

 サーバルが腕を振り下ろすと、セルリアンはぱっかーんと色とりどりのキューブとなって消滅しました。足場が消えた彼女はすたんと波打ち際に着地し、海水がぱしゃりと撥ねます。いつの間にか周囲のセルリアンを殲滅(せんめつ)していたハンター三人が、サーバルへと近づきました。

 

「サーバル、お前戻って来てたのか!」

「久しぶりです!」

「うん、ひさしぶりだねー!」

 

 旧交を温めあうハンターとサーバルのところに、バスから降りたアライグマもやってきました。腰に手を当て胸を張り、これ以上ないドヤ顔で。

 

「この天才のアライさんが来たからにはもう安心なのだー!」

「調子に乗ってるだけだから気にしなくていいよー」

「フェネック!?」

 

 相方にばっさり斬り捨てられアライグマは涙目です。そんな彼女に、ヒグマが容赦なく追撃をかけました。

 

「そうか帰れ。今は漫才に付き合っている暇はない」

「ひどいのだー!?」

「『ここは危険だから早く離れろ』って言ってるんですよ。ヒグマさんは素直じゃないですから」

 

 キンシコウが含み笑いを漏らします。ヒグマはそれをごまかすように咳払いをすると、今度はかばんに顔を向けました。

 

「かばん、あの()()とやらには何人も乗れるのだろう?」

「は、はい、そうです」

「ならば皆を乗せて逃げろ。ここは私たちハンターだけでいい」

「さっきのでぜんぶ倒したんじゃないのー?」

「いや、今は波が途切れているだけだ。もうすぐ次が――」

「来ました!」

 

 話に入らず周囲を警戒していたリカオンが、海をにらみながら声を上げます。皆がそちらに視線を向けると、海面が不気味に黒く盛り上がり、セルリアンが続々と姿を現しているのが見えました。

 

「これで分かっただろう、早く行け! 邪魔だ!」

「だいじょうぶ、まかせて! じゃまにはならないから!」

「お前さっきも同じこと言ってただろう! いいから――――!」

「ふっ!」

 

 ヒグマの言葉を遮るように、キンシコウの突きが突出していたセルリアンを砕きます。彼女は目線をセルリアンから切る事なく、どこか面白そうに言ってのけました。

 

「ヒグマさん、もうそんな事言ってる場合じゃなさそうですよ?」

 

 ハンターがいかに強力でも三人しかおらず、セルリアンの数は膨大です。となると打ち漏らしたセルリアンが、かばん達を追わないとも限りません。それを理解してしまったヒグマは苦々しい顔となります。

 

「だが……!」

「ふふん、何も心配いらないのだ! アライさんにおまかせなのだー!」

「まー、逃げるくらいなら最初からここには来ないよー。大きいのは無理だけど、小さいのならどうにかなるからさー」

「僕には戦う力はないですけど……それでも、出来る事はあるはずです!」

 

 三人に呼応するように、オオミミギツネ達もまた隠れていた場所から飛び出しこちらに向かって来ています。それを見たヒグマは頭をかきむしると、苦々しさを隠そうともせず声を張り上げました。

 

「ああもう! 自分の身は自分で守れよ!」

 

 全く揃わない七人の返事が返され、セルリアンとの戦いが再び始まりました。

 

 

の の の の の

 

 

「はかせ、もうちょっとスピードは出せないのか!?」

 

 首にマフラーのようなもふもふを巻き、立派な角を生やした『偶蹄目 シカ科 ヘラジカ属 “ヘラジカ” Alces alces』のフレンズが、博士を見上げて文句を言います。現場に向かうために、博士や助手をはじめとする鳥のフレンズが、飛べないフレンズを空輸中なのです。

 

「無茶を言うななのです。これでも全力なのです」

 

 そして言われた方はいつも以上の仏頂面で、自身が吊り下げているヘラジカを見下ろします。こんな()()()を抱えて速度が出るはずもありません。むしろ元の動物の体重*7を考えるなら、飛べているのが奇跡です。

 

「ヘラジカ落ち着け。ここで言っても仕方がない」

 

 ヘラジカを諫めるのは、掠れた金色のタテガミのような髪を持つ少女です。助手に空輸されている彼女は目を瞑って腕を組み、泰然自若といった風情を醸し出しています。しかしスカートから伸びるその尻尾はせわしなく動き、内心を如実に表していました。『ネコ目 ネコ科 ヒョウ属 “ライオン” Panthera leo』のフレンズです。

 

「ライオンの言う通りです。連戦になるかもしれないので、今は体力を温存するです」

「というか暴れると落としてしまうので大人しくするです」

「ぐっ……むむぅ……。分かってはいるんだ、分かっては」

 

 今にも走り出さんとする手足を意志の力で押さえつけ、ヘラジカは不承不承頷きます。それを見ていたライオンが、どこか硬い声で問いかけました。

 

「連戦か……他の場所にもセルリアンが出てると聞いたが、そっちは大丈夫なのか?」

「そちらは他のフレンズに任せているです」

「ホテルの辺りが一番多いようなので、お前たちにはそちらに行ってもらうです。ハンターとかばん達はすでに行っているですが、それでも足りるか分からないです」

 

 今回のセルリアンは海底火山から湧き出ています。であれば、様々な場所にバラけて上陸するのはむしろ当然です。それでもホテル近くが最も多いのは、単に発生源に近いからなのでしょう。

 

「……かばん?」

「そういえば言ってなかったですね」

「かばんとサーバルは戻って来てるですよ」

「そういう事は早く言ってくれ!」

「そうか、かばんが戻ってるのか……」

 

 吠えるライオンとは対照的に、ヘラジカは一人うんうんと頷いています。ライオンが訝しげに顔をそちらに向けました。

 

「ヘラジカ?」

「ならば! 一刻も早く駆け付けねばなるまい!! はかせ、もっと速度を上げてくれ!」

「全力だと言ったばかりです」

「何を聞いていたですか」

 

 博士と助手はジト目をヘラジカに向けますが、彼女はニヒルな顔を作って言い切りました。

 

「ふっ……そんな昔の事は忘れた! 私は、まっすぐ行ってセルリアンをぶっとばすだけだ!」

「絵に描いたような脳筋です」

「たまにお前がうらやましくなるです」

 

 感情豊かな鉄面皮二人は、何とも言い難い光を瞳に湛えてヘラジカを見つめました。

 

 

の の の の の

 

 

 シャチがセルリアン相手に無双しながら海中を高速で進み、イルカとアシカがその後ろについて泳ぎます。アシカが海中でも外さない眼鏡を直しながら、ぽつりと呟きました。

 

「海が、だいぶ熱くなってきましたね……」

「近いって事だね。そろそろやった方がいいか」

「ですね」

 

 三人の瞳が鈍く光り輝き、体に虹色がまとわりついて熱を遮断します。野生解放の応用です。

 

「ボスはどう? 行けそう?」

「短時間ナラ平気ダヨ」

 

 ラッキービーストは砂漠でも問題なく稼働していたので、高温にはある程度耐性があるのでしょう。とは言え、水は空気の約二十倍ほども熱を通しますし、火山の温度は砂漠の比ではありません。放っておいたら、茹でラッキービーストの出来上がりです。野生解放も無限に持つ訳ではない以上、急がなければなりません。

 

「見えた!」

 

 速度を上げた彼女達の目に、ついに海底火山が映りました。サンドスターが固まったのであろう虹色のキューブが連なり、木のようにそびえ立っています。ごぽごぽと沸騰する海水によって向こう側の風景が蜃気楼のように揺らめいており、夜闇よりもなお黒いサンドスター・ロウが、あとからあとから噴き出してきておりました。

 

「多い……!」

 

 そして当然、セルリアンの数も雲霞(うんか)の如くです。それでも大半はあっという間にシャチが砕いてしまいましたが、大物数体は何の事もなさそうに平然と残り、彼女達に向かってきました。

 

「大きいですね、しかもあんなに……」

「こりゃ骨が折れそうだ」

「待って……」

 

 セルリアンに向けて踏み出そうとしたイルカとアシカを、シャチが手を横に出して止めます。二人は疑問の視線をシャチに向けますが、彼女はおずおずと、しかして己の意志をしっかりと込めて口を開きました。

 

「ここは私が何とかするから……二人は、四神を探して」

「それは……」

「私達の目的は、セルリアンを倒す事じゃない……フィルターを張って、サンドスター・ロウを抑える事。忘れちゃダメ……」

 

 二人の返事を待たず、シャチは浮上してくるセルリアンに向かいます。おぞましく動く一つ目がシャチを捉え、暗灰色の体から伸びる触手が鞭のようにうねりました。

 

「……行って!」

 

 その触手を躱し、至近距離で超音波を叩き込みながら、シャチがそぐわぬ大声を出します。残された二人の顔に、決意が浮かびました。

 

「……急ごう! フィルターを張れれば、あのセルリアンも弱体化するはずだよ!」

「イルカさん……。ええ、行きましょう! シャチさん、どうかご無事で!」

 

 

の の の の の

 

 

「くっ、どれだけいるんだこいつらは……!」

 

 ホテル近くの砂浜で、セルリアンを叩き潰すヒグマの口から、思わず愚痴が漏れ出ます。今までにない長丁場に、少し息が上がってきています。クマはどちらかと言えば瞬発型の生物で、持久力はあまりないのです。

 

「はっ、はっ……!」

 

 そしてキンシコウには、その傾向が顕著に出ています。ハンターの中では元が最も小さく、持久型とも言い難いので、そのスタミナの差が現れているようです。棒を杖のようにして体を支える彼女に、リカオンが心配そうに声をかけます。

 

「キ、キンシコウさん、大丈夫ですか?」

「ま、まだいけます!」

 

 リカオンは持久力があるのでまだ平気そうですが、キンシコウは言葉とは裏腹に厳しそうです。増援に来ていたヘラジカとライオンがそれを見て取り、彼女を抑えるように前に出ました。

 

「いや、無理はするな」

「そうそう、ここは私らに任せて少し休みなよ」

「で、でも、私はハンターで……」

「ハッ!」

 

 ライオンが爪を一振りすると、硬いはずのセルリアンは豆腐のように真っ二つになり、キューブとなって砕け散ります。

 

「私らがバテたら代わりに入ってもらうからさ。今は休んでてよ」

「ライオンの言う通りだ! ここは私達に任せるがいい! ヒグマ、お前もだ!」

「…………分かりました」

「ぐっ…………分かった」

 

 言いたい事の全てを飲み込んで、キンシコウとヒグマは引き下がります。入れ替わるようにヘラジカとライオンが、最前線に躍り出ました。

 

「あいつらもそろそろ着くだろう。それまでに減らしておかないとな!」

「ま、プライドの手前みっともないとこは見せらんないしね」

 

 ヘラジカとライオンにはそれぞれ部下がいますが、そちらは陸路だったり別の場所に派遣されたりで遅れています。博士達が最大戦力、つまりこの二人の移動を最優先した結果です。調子よくセルリアンを駆逐する彼女らを見るに、その狙いは今のところ上手く行っているようでした。

 

 そんな彼女達の後ろではかばん達が戦っています。大物はハンター達が、彼女達がわざと見逃した小物はかばん達が相手取るという、単純な作戦です。それなりに順調ではあったのですが、戦闘時間が長引いている事もあり、綻びが出始めていました。

 

「ちょ、ちょっちきっついね……」

「休んでいるのだフェネック!」

 

 フェネックの息が上がり始めています。元は1~2㎏程度の体重しかない小型のキツネなので、持久力が絶対的に不足しているのです。

 

「フェネックさん、いったん下がってください! サーバルちゃん、あまり前に出過ぎないで!」

「うん!」

「ごめん、ね、足手まといで……」

「そんな事気にしなくていいですよ! 僕は直接戦えないですし……」

「いや、指示出して、くれるのは、助かるよー」

 

 後方の戦線を維持出来ているのは、かばんの指示と援護によるところがかなり大きいと言えます。時折紙飛行機や石を投げ、セルリアンの気を逸らしたりもしているのです。そしてもう一つ、大きな要因がかばんの隣に存在していました。

 

「そいつは下だ!」

「は、はいっ!」

 

 ハブが“石”の位置をピット器官で割り出して伝え、そこを他のフレンズが的確に破壊しているのです。そのため全体的な疲労は抑えられていますが、やはり段々と無理が生じて来ていました。

 

「ハァ、ハァ……」

「おい無理すんな!」

「こ、ここは、無理しなきゃいけない、わ……。私がホテルを守らないで、誰が、守るの……!」

「いいから下がってろ! このままだと死ぬぞ!」

 

 オオミミギツネがバテ気味です。元が小動物なので、やはりスタミナが足りないのです。戦いに向いた動物でもないので、精神的な疲労も無視できません。

 

 すなわち現状は、この場にいる十二名のうち、ヒグマ、キンシコウ、フェネック、オオミミギツネの四名が一時的に戦線離脱しているという事です。かばんとハブは戦線の要なので直接戦ってはおらず、実働要員は六名にまで落ち込んでいます。

 

 それでも慣れやライオン・ヘラジカという武闘派の増援もあり、戦況は紙一重ながらも何とか均衡を保っていました。その、不吉さを孕んだ声が聞こえるまでは。

 

「――――ォォォォォオオオオオ!!!!」

 

「この声は……」

「まさか、ビースト!?」

「こんな時に……!」

 

 セルリアンの湧き出る勢いが未だ止まらぬ中。さらなる脅威が、彼女達を襲おうとしていました。

 

*1
反響定位。自身が発した音の反響を聞き取り、周囲の状況を知る能力。潜水艦のアクティブソナーと同じ仕組み。コウモリ類が有名だが、人間でも訓練と才能次第で可能。

*2
クリック音という。鮭類をマヒさせた事例が確認されている。より大型のマッコウクジラは、ダイオウイカをマヒさせて捕食すると言われている。

*3
液体中で圧力差により短時間に泡の発生・消滅が起きる物理現象。規模によっては金属すらも破壊する。

*4
呪文を唱えると頭を締め付ける金輪。乱暴を諫めるためにつけられたもので、飾りではない。

*5
七つの龍な玉の方ではなく、玄奘法師が天竺に経典を取りに行く原典の方。

*6
ただし現在では否定されている。

*7
アフリカオオコノハズクは0.2㎏、ヘラジカは200~800㎏。




 シャチはめっちゃ強いけど、超音波での無双は水中限定。

 次回、最終回。


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第十三話 さんどすたー・ろう

「――――グアアアアァァァッ!!」

 

 砂浜の裏手の林から、叫び声と共にビーストが弾丸のように飛び出してきます。その先にいるのは、スタミナが切れて休んでいたフレンズです。その中でもとっさに動けたのは二名。ハンターたるヒグマとキンシコウのみでした。

 

「ぐっ……!」

「重っ……!?」

「ガアアアア!!」

 

 ビーストは紫の禍々しいオーラを立ち昇らせ、ただ力のままに二人を押し込みます。普段なら一旦引いて態勢を立て直すところですが、今はそれは不可能です。

 

「ひっ……!」

「うっ……」

 

 後ろには、とっさには動けなかったオオミミギツネとフェネックがいるのですから。『自分の身は自分で守れ』と言ったヒグマでも、ここで退くという考えは浮かびません。口では何と言っていようが、彼女達はセルリアンを討ち、フレンズを守る事を使命とするハンターなのです。

 

「ゴアアッ!!」

「う、ぐぅっ……!」

 

 熊手と棒を盾のように構え、二人はどうにかビーストの連撃をしのぎます。しかし見るからに劣勢で、すぐに押し切られてしまうだろう事は素人目でも一目瞭然でした。

 

 他のフレンズもそれは分かっていますが、セルリアン相手に手が離せません。ただでさえギリギリの状況です。誰か一人でも抜ければ、たやすく戦線は崩壊してしまうでしょう。かと言ってビーストを放置するのも論外です。そんな絶望的な状況の中、たった一人だけ動ける者がおりました。

 

「シャアアァッ!!」

「グッ!?」

 

 ハブです。彼女はセルリアンの石の位置を()()事に専念していたので、体力の消耗はほぼ皆無で、なおかつ手が空いていたのです。元の動物そのままの、高い攻撃性を剥き出しにしてビーストに噛みつきます。

 

「ガ、アアアアァァァッ!」

「っ!」

 

 ですが体重の軽さや身体能力の低さが災いし、見境なく暴れるビーストによって引き剥がされてしまいます。反射的に飛びのいた彼女に傷は見受けられませんが、フレンズ化に伴い蛇の毒は失われているため、ビーストに有効的なダメージを与える事は出来ていません。それでも、時間を稼ぐ事には成功しました。

 

「すまん、助かった!」

「気にすんな!」

 

 ヒグマが声を張り上げビーストを睨み据えますが、外見ほど余裕がある訳ではありません。ここだけ重力が増したかと思ってしまうほど体は重く、腕は鉛で脚は砂に根を張ってしまったかのようです。

 

 キンシコウに至ってはもっと酷く、顔は酸欠で青白くなっており、激しく喘ぐように空気を(むさぼ)っています。杖代わりの棒がなければすでに膝を突いていたでしょう。先程の攻防はまさに、死力を尽くしたものだったのです。

 

 ビーストはハブを警戒したのか少し距離を置いていますが、もう一度襲われればこの三人のみではどうにもならない事は明白です。おまけにセルリアンの脅威も全く衰えていません。まさに前門のビースト後門のセルリアンであり、破滅はもうすぐそこに大口を開けていました。

 

「こっちです!」

 

 夜闇に燦然(さんぜん)と輝く光が、そんな未来を切り裂きました。フレンズが、ビーストが、セルリアンですらも、全ての者の意識がその光に引き付けられます。高く掲げられたかばんの手にゆらめく、赤い炎の光に。

 

「ヴアアァァ!!」

 

 理性のない分、思考と行動に間隙(かんげき)のないビーストが真っ先に反応します。誰かが危ないと言いかける(いとま)もあらばこそ。かばんはかざす炎を、思いっきり放り投げました。海に(うごめ)くセルリアンの方向に向けて。

 

 ビーストは光に惹かれ、セルリアンに向けて突っ込みます。ねじった紙にマッチで火をつけただけの簡易松明(たいまつ)は、あっさり海に落ちて光を途絶えさせますが、それでビーストが止まる事はありません。そのまま狂ったように、手当たり次第セルリアンを破壊し始めました。

 

「やっぱり……!」

「なっ……!?」

「これは……!?」

 

 それを見たかばんはどこか納得したように、他の面々は驚きに目を見開きます。かばんはビーストのおかげで戦線に余裕が出来た事を見て取り、皆に集合をかけました。

 

「皆さん一旦集まってください!」

 

 その声に従い戦っていたフレンズが集まり、休んでいたフレンズと合流します。ヒグマ、キンシコウ、リカオン、オオミミギツネ、ハブ、ブタ、サーバル、フェネック、アライグマ、ライオン、ヘラジカ、かばん、そしてラッキービーストの、計十二名プラス一機の大人数です。

 

「かばん、ヤツは何故セルリアンを襲っている? 何か知っているのか?」

「フレンズは、動物かその一部にサンドスターが当たって生まれます」

 

 ヒグマの疑問に、かばんは一見関係なさそうな事を口にします。ヒグマのみならず皆の顔が不思議そうなものへと変わりますが、それを意に介する事なく彼女は話を続けました。

 

「でもビーストは、サンドスターと同時にサンドスター・ロウが当たって生まれるんだそうです」

「そうなのか?」

「サンドスター・ロウだけが当たっても何も起こりません。サンドスターとサンドスター・ロウが同時に当たるという珍しい現象が起こる事で、ビーストになってしまうんだそうです。それも、必ず起こるとは限らないとか」

 

「ほう……詳しいな」

「かばんちゃんは“けんきゅうじょ”で、あの子について色々しらべてたんだよ!」

「けんきゅうじょ?」

「ええと……図書館みたいなところです。ビーストについてヒトが調べた記録が残ってて、僕はそれを見てたんです」

 

 それを聞いたフレンズ達の表情に納得が浮かびます。

 

「フレンズがサンドスターを必要とするように、ビーストはサンドスター・ロウを必要とします。もう少し詳しく言うと、ビーストはサンドスター・ロウをエネルギー源にしているみたいです」

「なるほどな、だからああしてセルリアンからサンドスター・ロウを吸収してるのか」

 

 付け加えるならば、ここに現れたのも偶然ではないのでしょう。サンドスター・ロウを放出している海底火山に最も近く、サンドスター・ロウを満載しているセルリアンが多い場所なので、それに惹かれたものだと考えられます。

 

「きゅうしゅう……そんなことができるのかー?」

「で、できるからああしてセルリアンを襲ってるんじゃないでしょうか」

 

 ブタの言い分に、皆の視線が自然にビーストに向きます。まるで暴走する蒸気機関車のような、凄まじい勢いです。あながち間違った意見だとも思えませんでした。

 

「アイツがセルリアンを倒してくれるなら万々歳じゃないのか?」

「いえライオンさん、そう簡単な話ではないようなんです」

 

 かばんは暴れ狂うビーストを強く見つめ、言葉に力を込めました。

 

「ビーストの体はフレンズと大きくは変わりません。でも、さっき言ったように、サンドスター・ロウを主なエネルギー源にしてます。それが、悪影響を引き起こしてるようなんです」

「悪影響、ですか……?」

 

 呟くようなリカオンの言葉に、かばんは無言で頷き言葉を続けます。

 

「これは想像ですが……苦しいんじゃないでしょうか」

「苦しい?」

「はい。フレンズはサンドスター・ロウを吸収するようには出来ていません」

 

 以前かばん達が、サンドスター・ロウを放出している火山に近づいた時は、体に影響はありませんでした。危険ではありましたが、それはあくまでセルリアンによるものです。つまり、サンドスター・ロウがフレンズに直接的に影響を及ぼす事はないと思われます。

 

「でもビーストは、無理やりにでも吸収せざるを得ません。だから……」

「……苦しくて暴れる、か」

「オアァアアァァァァ――――!!!!」

 

 ビーストが一際高く吠えたてます。まるで慟哭(どうこく)するかのように。フレンズの間にどこか物悲しい空気が流れますが、それを完全に無視する女が一人おりました。

 

「で、結局どうするんだ? ぶっとばせばいいのか?」

 

 鹿なのに猪突猛進なフレンズ、ヘラジカです。あまりと言えばあまりな言動に、ライオンが何とも形容しがたい微妙な表情を彼女に向けました。

 

「ヘラジカぁ……」

「なっ、なんだその目は! 私は何もおかしなことはいってないぞ! ほっとくわけにもいかんだろう!」

「いやそうだが、そうなんだがなあ……」

「いえ、ヘラジカさんの言う通りです」

 

 何とも言えない雰囲気を入れ替えるように、かばんが決然として言いました。

 

「あのまま放ってはおけません。何とかしないと」

「方法はあるのか?」

「――――これを、使います」

 

 かばんが取り出したのは、小さなキューブがついた、黒いシリコン製のブレスレットでした。キューブはくすんだ虹色をしており、まるで色の抜けたサンドスターです。それを見たヒグマが不思議そうな顔を向けました。

 

「これは?」

「ミライさん……ヒトが研究所に残していったものです。時間がないので細かい説明は省きますが、これをあの子に接触させてサンドスターを注ぎ込めば、ビーストからフレンズに戻せる……と思います」

「おお」

「ずいぶん準備がいいな」

「念のために持ってきてたんです。ただ、あの子の体内のサンドスター・ロウが少ない状態じゃないと、多分上手くいきません。それに、実際に試した訳じゃないので……」

「よぉしわかった、この私に任せておけッ!」

 

 ヘラジカが自信満々に胸をドンと叩いて請け負いますが、それにかばんが慌てます。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 仕方がなかった事とはいえ、今のあの子はサンドスター・ロウをたくさん吸収して強くなってるはずです! そう簡単には……」

「だいじょうぶ!!」

 

 ことの難しさを言い募るかばんを、サーバルの底抜けに明るい声が止めます。彼女はそのままニカッと向日葵(ひまわり)の如き笑みを見せ、かばんの手を取りました。

 

「きっとうまくいくよ! だって、かばんちゃんが考えたんだから!」

「サーバルちゃん……」

「それに、かばんちゃんが“けんきゅうじょ”でがんばってたのは私がしってるもん! だから、こんどは私ががんばる番だよ!」

 

 サーバルの言葉に、場の潮目が確かに変わります。その明るさに引っ張られるように、皆がかばんのそばへと集まってゆきます。

 

「アイツを疲れさせて取り押さえればいいんだろ? 私に任せときなって」

 

「なんだかよく分からなかったけど、かばんさんが考えたことならきっと間違いはないのだ! この天才の、アライさんにおまかせなのだー!」

 

「私の力で、どれくらいやれるかは分かりませんが……それでも、私だって戦います! ホテルを守るのは、支配人である私の役目です!」

 

「いつまでもへばってはいられん……。私は、ハンターだ。相手がセルリアンだろうがビーストだろうが、やってやるさ」

 

 ライオンが、アライグマが、オオミミギツネが、ヒグマが。口々にかばんに向けて言葉を投げかけます。ニヤリと笑みを浮かべたハブが、ぽんとかばんの肩を叩きました。

 

「決まり、だな」

「皆さん……」

 

 ハブの後ろで、フェネック達がまっすぐかばんを見つめています。言葉を口にしなくとも、瞳が何よりも雄弁にその意思を語っています。そんな彼女達に向け、かばんは勢いよく頭を下げました。

 

「……ありがとうございます! 皆さんの力を、貸してください!」

 

 十人十色の返事が返されます。息はあんまり合っていませんでしたが、そこに込められた意思は間違いなく一致していました。

 

「グルルル……」

 

 ビーストの唸り声にはたと海を見やれば、もはやセルリアンは一体も残っておりません。イルカ達からの通信もない以上は、フィルターが張り直されたという事ではないのでしょう。おそらく、ヒグマの言っていた“波”――すなわち、セルリアン出現の()()によるものだと思われます。

 

 それはすなわち、セルリアンに気を払う必要はなくなったという事であり。同時に、ビーストの気を引くものが周囲に一切存在しなくなった、という事でもありました。

 

 そして、ビーストから立ち昇る紫の瘴気は、先程とは比較にならぬほど濃く禍々しくなっています。それは夜目の利かないかばんでもはっきりと分かるほどで、まるで暴虐を無理やりヒトガタに押し固めたかのような姿です。ビーストは病んだように輝く黄金の瞳をフレンズ達に向け、狂気に満ちた咆哮を上げました。

 

「ガルアアアァァァアアアア――――!!!!」

「来るぞ! 構えろ!!」

「皆さん、気を付けてください!!」

 

 

の の の の の

 

 

 月光が陰り、暗さを増した海の中。シャチが目にもとまらぬほどの速度で泳ぎ回り、巨大なセルリアンと戦っていました。

 

「くぅっ……!」

 

 小さなセルリアンなら超音波で砕けますが、このサイズだと石が体内に収まってしまっている事もあり、そう簡単ではありません。それでも普段なら、何度か攻撃を仕掛ければ破壊できます。しかし今回は、サンドスター・ロウを供給する海底火山が目と鼻の先。表面を多少削ったところで、即座に回復されてしまうのです。

 

 結果として彼女は、まずセルリアンの表面を砕き、再生される前に石の場所を確認。しかる後に急速に接近し、隠れている石を思いっきり攻撃して体表ごと一気に砕く、という非効率かつ危険極まりない戦術をとらざるを得ない状況に陥っていました。

 

「多い……!」

 

 ですがそんな戦術がいつまでも続くはずがありません。相手が一体ならともかく、何体も存在するのです。足止めが目的である以上、必ずしも破壊する必要はないのですが、次から次へと湧き出てくるのでそんな事も言っていられません。さらに、小さなセルリアンも無視は出来ないため、時折砕いておかなければならないのです。

 

 向かってこないセルリアンは放置し、可能な限り効率を重視して戦っているとはいえ、それでもやはり無理が出てきています。動きは鈍り虹色は薄れ、息継ぎの回数が徐々に増えています。体力とサンドスターの底は、もうすぐそこまで見えて来ていました。

 

四神(ししん)は、一体どこに……!」

 

 そんなシャチを心配する気持ちを押し殺し、アシカとイルカは海底火山のふもとで転がる岩をかき分け、必死に四神を探していました。フィルターを張ってサンドスター・ロウを抑える事が、シャチへの何よりの応援になると信じて。

 

「……あ!」

「どうしました!?」

「これ! これが四神じゃない!?」

 

 イルカが地面から掘り出したのは、黒く四角い石板でした。明らかに人工物であり、自然に出来上がったものには到底見えません。ラッキービーストが目を光らせて石板をスキャンし、常と変わらぬ合成音で、しかして心なしか嬉しそうに告げました。

 

「ソウダヨ。ソレガ四神ダ」

「やった!」

「やりましたね、イルカさん!」

 

 二人は顔に喜色を浮かばせますが、すぐに気を引き締めボスに問いかけます。

 

「それでボス、これはどうすればいいの?」

「ココニ置イテオクンダ。後三枚アレバ、フィルターガ張レルヨ」

「手分けして探しましょう!」

「うん!」

 

 彼女達にもセルリアンは襲ってくるので、戦力を分けるのは本来上策とは言えません。しかし今は時間こそが重要だと判断し、二人は左右に分かれました。

 

「この辺りのはず……あった!」

 

「これ、ですね。よかった、すぐ見つかって……」

 

 火山を挟んで反対側で、二人が二枚目と三枚目の四神を見つけたのは、奇しくもほぼ同時の出来事でした。そのまま火山の周囲に沿って前進し、最後の一枚があるはずの場所で合流します。

 

「最後の一枚ですね!」

「うん、早く見つけよう!」

 

 しかし探せど探せど見つかりません。無情にも時間は過ぎ、焦りだけが降り積もってゆきます。とその時、フレンズの気配に惹かれたのか、群れから逸れたセルリアンが一体近づいてきました。

 

「邪魔!」

 

 しかしイルカが頭を近づけると、あっさり砕け散りました。バンドウイルカもシャチと同じように、超音波を発する事が可能なのです。もっとも本来は攻撃に使えるほど強力ではありませんが、フレンズ化に伴い、至近距離でならセルリアンを破壊出来るほどの出力となっているようでした。

 

「まずいよ、早く見つけないとまた寄ってくるかも」

「…………」

「アシカ?」

 

 何かを考えこんでいたアシカが顔を上げ、イルカをまっすぐ見つめました。

 

「イルカさん、あの“音”は、本来は周りの状況を探るために使うものなんですよね?」

「そうだけど……地面の中は、さすがにやったことないよ?」

 

 超音波で四神を探せないかという、アシカの言わんとする事を素早く読み取ったイルカですが、その答えは否定的なものにならざるを得ません。基本的に経験のない事は出来ないのは、ヒトもフレンズも同じなのです。

 

「でも、このまま探しても見つかるかどうか……」

「うー……そうだね、やるだけやってみる」

 

 イルカは頭を地面につけ、目を瞑って集中します。きぃんと音叉を弾いたような振動が響き渡り、イルカは顔をしかめて頭を上げました。

 

「どうですか?」

「ダメだ、()()()()()()よ」

 

 固体である地面は、液体である海水よりも格段に音を通すので、それが逆によくなかったようです。また、固体は内部で音が反響するため、それがノイズとなっているようでした。

 

「そうですか…………いや、でも……」

「何か考えがあるの?」

「……そうですね、このままでは手詰まりですし……。やってみましょう」

 

 言うと同時に、アシカは自分の鼻面を地面に突っ込みました。大真面目なのですが、それだけにとてもシュールな絵面です。いきなりの奇行にイルカが目を白黒させますが、そんな様子に構わずアシカは真剣な顔で言い放ちました。

 

「さあイルカさん、“音”を出してください!」

「えっ、えっと……とりあえずこの音は、アシカには聞こえないんじゃない?」

 

 アシカの可聴域は250~50,000ヘルツなので、最高で200,000ヘルツとも言われる、イルカの出す超音波は聞こえません。もちろんアシカに聞こえるように低い音を出す事も可能ですが、それではエコーロケーションの性能が落ちて本末転倒です。長波、即ち低い音は含まれる情報量が少ないので、エコーロケーションには不向き*1なのです。

 

「それは分かってます。ですが“振動”として感じ取る事は出来ます。そして私の鼻は敏感です、上手くいけば、上手くいくかもしれません」

「なるほど、やってみる価値はあるね!」

 

 アシカは目を閉じ鼻の感覚に集中し、イルカは地面に頭をつけ再び超音波を発します。反響する振動の中、アシカの眉がぴくりと動きました。その鋭敏な感覚で何かを感じ取ったようですが、何を感じ取ったのかは本人にしか分かりません。ですがそれでも、彼女は頭を上げると一点を指さしてみせました。

 

「――――あの辺りが何か違う感じがします。言葉にしづらい、ほんの僅かな差ですが」

「よし、掘ってみよう!」

 

 イルカは躊躇なくアシカの指した場所を掘り始めます。他に当てがないという事もありますが、それ以上にアシカを信じているのでしょう。二人揃ってもくもくと掘りますが、程なくその手は止められました。

 

「硬っ」 

「これは……?」

 

 一帯の地面は、軽石のような小石から成っています。フレンズなら、素手でも傷一つなく掘り進める事が出来る程度のものです。しかし今当たった場所は、まるで鉄の塊の如き硬さを有していました。

 

「ココハ、溶岩ガ固マッタ場所ノヨウダネ」

「固まった? だから違う感じがしたのでしょうか」

「なんでもいいよ、早くやろう」

 

 イルカの纏うサンドスターがより一層励起し、その手の虹色が輝きを増します。岩を砕いて掘り進めるつもりなのです。しかしそこで、ラッキービーストのストップが入りました。

 

「ココニ四神ガアルナラ、アマリ強クスルト壊レテシマウカモシレナイヨ」

「分かった、加減すればいいんだね」

 

 虹色が弱まると同時に腕が振り下ろされ、岩の破片が海中に舞い散ります。それを数度繰り返し、大きくなった穴からイルカが石板を取り上げました。

 

「あった!!」

「やりましたね!」

 

 おそらくですが、火山が海に沈んだ際、この一枚だけは溶岩に呑まれてしまったのでしょう。他の三枚が表層にあったのは、爆風に吹き飛ばされたのか、それとも溶岩より軽く沈むのが遅かったのか、はたまた謎物質サンドスターの働きか、それは分かりません。今重要なのは、四神が四枚揃ったという事実のみです。

 

「それで、この後どうすれば……」

「ココハ位置ガ悪イネ。モウ少シ後ロニ移動スルンダ」

「分かった!」

 

 ラッキービーストの指示に従い、二人は後ろに下がります。すると、四神に刻まれた文様が緑に光り、ぼんやりと燐光を纏いそのまま宙に浮かび上がりました。

 

「フィルター修復中……フィルター修復中……」

 

 四神から光が爆発し、格子状のフィルターとなって広がってゆきます。きらきらと輝く虹色が火口を覆いつくした時、あれほど噴出していたサンドスター・ロウは、もうどこにも見あたりませんでした。

 

「フィルター修復完了ヲ確認シタヨ。ヨクヤッタネ」

「やりましたね!」

「うん! あ、でも、このままで大丈夫なの? セルリアンに動かされたりしない?」

「前例カラスルト、セルリアンガ四神ヲ狙ウトハ考エニクイネ。ソレニ四神ハ、強イ力ガ加ワラナケレバ動カナイヨ」

 

 その言葉にアシカが四神に触れてみますが、不思議な事にびくともせず、海中に浮いたままです。これなら問題ないだろうと、一息つく暇もなく。イルカの目が、上から落ちてくる人影を捉えました。

 

「――――あれは!?」

 

 慌てて近寄り抱き留めると、ボロボロになった白黒の体が目に飛び込んできます。ゴスロリ風の服はところどころが破け、にじみ出る血が水を赤く染めていました。

 

「シャチさん!」

「ぅ……」

 

 体に纏うサンドスターは切れかけ、明滅を繰り返しています。長すぎる前髪の合間から覗く瞳がイルカに向けられ、彼女は弱々しく微笑みを見せました。

 

「……そっか、成功したん、だね……」

「喋っちゃダメ! 急いでサンドスターを補給しないと……!」

「イルカさんあっち! セルリアンが来てます!」

 

 悲鳴のようなアシカの声に向こうを見やると、セルリアンの群れが続々と迫って来ています。引き付けていたシャチが消えた事で、今度はターゲットをアシカとイルカに変更したようです。サンドスター・ロウはしっかりフィルタリングされていますが、かと言ってセルリアンが即座に消えてなくなる訳ではないのです。

 

「に、逃げよう!」

「そ、そうですね!」

 

 フィルターを張る事に成功した以上、もはやこの危険地域に居続ける理由はありません。イルカがシャチを、アシカがラッキービーストを抱え、全速力で陸地に向かいます。

 

 セルリアンは基本的に動きが遅く、速いものでも海獣二人の速力には敵いません。時折行く手をふさぐようにセルリアンが現れる事もありますが、彼女らは歩行者天国を行く日本人のように、すいすいとすり抜け進みます。

 

「……ふふ……」

 

 そんな海獣に抱えられるシャチは、鉛のように重く碌に動かぬ体を自覚しながら、それでも口角を吊り上げ笑みをこぼしました。

 

「……たおせなかったけど…………わたしたちの、かち」

 

 それは、やりとげたという達成感に満ちた笑みであり。同時に、海の生態系の頂点に立つ強大なハンターにふさわしい、誇りと自負が覗く凄絶な笑みでした。

 

 

の の の の の

 

 

 月が見えなくなり、星明かりだけが照らし出す夜の砂浜。そんな海と陸の境界線で、ビーストとフレンズとセルリアンの、三つ巴の死闘は続いていました。

 

「ギガアアアアッ!!」

 

 ビーストに対峙するのは、ヒグマ、キンシコウ、リカオン、ライオン、ヘラジカという戦闘能力の高いフレンズです。数だけを見るならば、五対一という圧倒的な差です。しかしそれでもなお五人は、ビーストの暴威に押されておりました。

 

「くっ!」

「強いな……!」

 

 ヒグマ達ハンター組は元々スタミナが切れかけており、一時休んだとはいえやはり体力的に厳しいものがあります。持久力のあるリカオンが上手くカバーしていますが、それでも限界は見え隠れしていました。

 

「まだまだぁ!」

「オオッ!!」

 

 戦線を持たせているのは、主にヘラジカとライオンの力です。特にヘラジカは、限界など知った事ではないと言わんばかりに突貫をしかけ、ビーストの体力を削り取っています。ですがそれでも、決着がつく気配は未だ見えません。

 

「ウヴッ!!」

「またか!」

「くそ、キリがないぞ!」

 

 先程の、セルリアンが一時的にいなくなった時はよかったのです。楽ではありませんでしたが、それでも五人がかりで当たる事で、一時はもう一息というところまで追い込みました。しかしそれは、海から再びセルリアンが現れた事でひっくり返りました。

 

 ビーストはセルリアンを破壊する事で、サンドスター・ロウの補給を行い始めたのです。追いかけて阻止しようにも、セルリアンが邪魔で上手く行きません。セルリアンは、ビーストもフレンズも区別なく襲うのです。

 

 ビーストがセルリアンだけを襲ってくれれば多少は違ったでしょう。しかしビーストはある程度サンドスター・ロウを吸収すると、一転してフレンズに向かってくるのです。どうやら体内のサンドスター・ロウが多い時はフレンズを、少ない時はセルリアンを襲う習性を持つようでした。

 

「えーい!」

「ソイツは目の右側だ!」

「は、はいっ!」

「みゃー!」

 

 オオミミギツネ、ハブ、ブタ、サーバル、フェネック、アライグマの六人は、ビーストと直接戦える力はないため、セルリアンを減らす事に集中しています。ハブが石の場所を的確に示す事で撃破は出来ていますが、やはり小型から中型動物のフレンズ。体力の消耗もあり、戦力不足は否めません。

 

 結果として、消耗するばかりのフレンズに対し、ビーストは潤沢な補給を受けている形となり、さらにそこにセルリアンが加わり消耗戦の様相を呈しています。どの陣営が勝つかは分かりませんが、このままでは最初に落ちる陣営は見えています。それを理解しているかばんは、ぐっと拳を強く握りこみました。

 

「みんな……!」

 

 せめて何か、何かないかと頭を回しますが、何も思いつきません。焦燥が砂漠の太陽のようにじりじりと胸を焦がします。ラッキービーストがそんな彼女を見上げ、瞳を青く光らせ告げました。

 

「海ノフレンズ達ガ、フィルターヲ張ル事ニ成功シタヨ」

「ラッキーさん!」

 

 その通信を聞いたかばんの目が強い輝きを宿します。彼女は顔を上げると、戦っているフレンズ達に向け、決然と声を発しました。

 

「皆さん! イルカさん達がフィルターを張り直しました! セルリアンはもう生まれてこないはずです!」

「おお!」

「あと一息ってとこか!」

 

 朗報に士気が一気に上がります。セルリアンの増援がなくなるという事は、ビーストの補給がなくなるという事でもあります。そうすればかばんの策が成功して、ビーストをフレンズに戻す事も可能やもしれません。

 

 真っ暗だった空が、ほんの僅かに白み始めています。夜明けは、もうすぐそこまで来ていました。

 

*1
なのでどの動物でも、エコーロケーションには基本的に高い音を用いる。ただし高音は距離による減衰が大きいため、目的に応じて音の高低を上手く使い分ける。




 はいごめんなさい。最終回とか言っといて、畳み切れませんでした。
 おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです……orz

 ビーストとサンドスター・ロウの関係は完全に独自設定です。
 二話目くらいに思いついた設定ですがようやく出せました。

 次回こそ本当に最終回。


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最終話 けものはいてものけものはいない

「グ、アアアアアッ!!」

「ぐぅっ……!」

「しぶ、とい……!」

 

 セルリアンは全て破壊し尽くされ、もはや増援もありません。ゆえにこそ残った二者、ビーストとフレンズ達との戦いは続いており、それは佳境を迎えていました。

 

 ビーストは未だに紫の瘴気……いえ、サンドスター・ロウを体から立ち昇らせていますが、その勢いは明らかに弱まっています。セルリアンが消えた事で補給が出来なくなったためです。またビーストは常に野生解放をしているような状態なので、消耗が激しい事も大きく影響しています。

 

 かといって、フレンズ達が勝てるかと言えばそれは否です。戦闘が長期に及んだ事で、フレンズの大半はスタミナ切れを起こしてダウンしています。そうでないフレンズも、弱っているとは言え依然強力なビーストに対抗するには力不足で、後ろから見守るばかりとなってしまっています。

 

 今戦えているのは、ヒグマ、ヘラジカ、ライオン、そしてサーバルの僅か四名。それも皆、体力もサンドスターも底をつきようとしており、お世辞にも余裕があるとは言えない状態です。ビーストがサンドスター・ロウの補給が出来なくなっても、フレンズがサンドスターの補給が出来るようになった訳ではないのです。

 

「くっ、そ!」

「ヴァオァッ!」

「もう、すこしなのに……!」

 

 サーバルが言うように、もう少しです。あと一歩、何かがあれば押し切れます。フレンズ達は疲労していますが、ビーストもまた疲労しているはずなのです。

 

「ヒグマ、さん……わた、しも……!」

 

 そんな様子を見たキンシコウが、棒を杖のようにして立ち上がろうとしています。確かにハンターとして戦闘に長けた彼女が加勢すれば、“あと一押し”となる可能性は低くありません。普段通りの状態だったならば、ですが。

 

「ちょ、ダメですよ先輩! まだ休んでないと!」

「リカオ、ンさ、ん……でも……!」

 

 それが分かっているリカオンは慌てて止めますが、キンシコウは止まりません。泥のように重い身体をどうにか動かし、戦場へと行こうとします。リカオンは腕を掴んで止めようとしますが、自身の疲労を忘れていた事が災いし、砂浜にべちゃりと転げました。

 

「行か、なきゃ……」

「行っちゃダメです!」

 

 キンシコウはそんなリカオンに一瞥もくれる事なく、幽鬼のように進みます。そしてその彼女の胴体に、かばんが後ろから抱き着いて引き止めます。キンシコウは重い体で振り払おうとしますが、叫ぶようなかばんの声で足を止めました。

 

「誰も、誰も犠牲になっちゃダメなんです!」

「かばん、さん……」

「今みんなは、あの子を助けるために戦ってくれています。なら、誰かが大怪我をしたり、いなくなったりするのは絶対にダメです!」

「…………それを、あなたが言います?」

「僕だから言うんです! とにかく、絶対ダメです!」

 

 以前の事を引き合いに出しますが、かばんは全く引き下がりません。彼女はあの頃と比べると、精神的に成長しているのです。弱々しくちっぽけな芽が、強くしなやかな若木に育つように。

 

「……」

 

 そんなかばんを見つめるキンシコウは、彼女の言葉を自身の中で咀嚼していました。

 

 キンシコウは考えます。重い身体を引きずって、それでも戦線に出た自分が、もしも死ぬか元の動物に戻ってしまったら。同僚のリカオンは悲しむでしょう。ヒグマも表面上は冷静に振る舞うでしょうが、内心では自分自身を責めて落ち込むのは目に見えています。

 

「…………」

 

 そして、自らのお腹にすがりつく、このひ弱で奇妙な、でも心優しいフレンズも、また。

 

「………………はぁ」

 

 キンシコウはかばんを見下ろし大きく息をつくと、砂浜にぺたんと座り込みました。

 

「……どのみち、今の状態では足手纏いに、なりかねませんしね」

「! キンシコウさん!」

「信じます。ヒグマさんを。そして、あなたを」

「ぇ……」

「ビーストを、フレンズに()()()()()ので、しょう? 期待、してるわよ」

 

 最後の一言だけは普段の敬語をやめ、茶目っ気と共にウインクしてみせます。意外な行動にかばんは一瞬あっけにとられましたが、瞳に力を(みなぎ)らせ返事を返しました。

 

「キンシコウさん……。……はい、必ず!」

 

 キンシコウはかばんに微笑を向けると、どこか遠い目で祈るように戦場を見つめ、かばんも同じ方向を見やります。その表情には、ヒグマへの信頼と心配が等分に宿っていました。

 

「サーバルちゃん……」

 

 かばんはセルリアン相手では後ろから指示を出す事もありましたが、ビースト相手ではそんな余裕はほぼ存在しません。フレンズもビーストも動きが鈍ってはいますが、それでもかばんでは追いつけない、目まぐるしい速度の戦闘が繰り広げられているのです。

 

 火による援護は可能と言えば可能ですが、フレンズにも悪影響が出るかもしれないので、軽々には行えません。理性では大丈夫だと分かっていても、いきなり火が至近距離に現れれば、()()()と体が一瞬固まる事があるのです。それはあまり火を恐れないヒグマであってもです。本能には抗いがたいものなのです。

 

「グアッ!!」

「こいつッ!」

「逃げる気か!?」

「まずい逃がすな!」

 

 やにわにビーストの動きが変わりました。形勢不利を覚ったか、フレンズ達から距離を置こうとしています。皆で抑え込もうとしますが、限界などとっくに超えている身体は上手く動いてくれません。

 

「ガウアッ」

「待、て……!」

 

 それでも何とか追いすがろうとしますが、ビーストはそんな彼女達を強引に振り払います。そのまま砂浜の裏手の林に駆け込もうとしたところで――――その反対側に勢いよく吹き飛びました。

 

「え……?」

 

 ビーストは悲鳴も上げずに叩き落とされ、それに遅れて石がずしゃりと音を立てて、砂の上に突き立ちます。30㎏はありそうな、かなり大きな石です。それに見覚えはなくとも心当たりはあるかばんの瞳が、大きく見開かれました。

 

「よかった、間に合いました!」

「――――イエイヌさん!?」

 

 かばんの予想に違わず、林から姿を現したのは薄紫の少女でした。特徴的な金目銀目(きんめぎんめ)が目を惹く、イエイヌのフレンズです。

 

「グルアア!!」

 

 かばんが疑問を口にする前にビーストが勢いよく跳ね起き、イエイヌに向かって突進します。彼女は石を片手に構えますが、それを投げ放つ前に、再度ビーストが吹き飛びました。

 

「ふっ、遅いわね! 止まって見えたわ! やっぱり私が最速ね!」

「チーターちゃん!」

 

 ビーストを波打ち際まで蹴り飛ばしたのは、得意げな顔で腕を組む、()せた黄色の少女でした。地上最速の女、チーターです。彼女に続くように、見覚えのある角と翼が姿を見せました。

 

「皆無事か!? もう大丈夫だ、私が来たからな!」

「待ってくださいよぉー!」

 

「プロングホーンさん、ロードランナーさん!」

「かばん、知り合いか?」

「はい、前に一度……」

 

 半ば独り言ちるように、かばんはハブに応えます。その驚愕に拍車をかける声が、空中から聞こえて来ました。

 

「遅くなってしまったのです」

「しかし間に合ったようなのです」

「博士さんに……助手さん?」

「我々だけではないのですよ」

 

 宙で羽ばたく白と(とび)色が、視線を後ろの林に向けます。それにつられてかばんが同じ方向を向くと、そこには。差し込む朝焼けの光の中に、見知った顔がいくつも並んでおりました。

 

「さすがに寝てらんないから、来たよー」

「どれほどお役に立てるかは分かりませんが……私も手伝います!」

 

 森林で出会った、ジャイアントパンダとレッサーパンダが。

 

「戦いは得意じゃないけど、そんな事を言ってる場合じゃなさそうだからね」

「もしもケガしちゃったら、その時はまたお願いね!」

「ケガをしないのが一番ですけどね」

 

 競馬場で出会った、サラブレッドのあおかげ、くりげ、しろげが。

 

「借りを返しに来たぞ、かばん!」

「おーっと、ウチらもおるで!」

「アタイらもな!」

「アナタ達ばかりにいい格好はさせませんよ!」

「そらウチらのセリフや!」

 

 ジャングルで出会った、ゴリラ、ヒョウとクロヒョウ、イリエワニとメガネカイマンが。次々に林から姿を見せます。

 

 そして彼女達だけではありません。カバが、ジャガーが、シロサイが、タイリクオオカミが、他にもかばんがこれまでに(よしみ)を結んだ数多くのフレンズが、勢揃いしていたのです。

 

「みんな……どうして……?」

「ラッキービーストに通信が入ったのです」

「ラッキーさんが?」

 

 かばんは思わず足元のラッキービーストに目を向けます。パークのガイドロボットは、目を緑に光らせながら彼女を見上げ、合成音を発しました。

 

「ソウダヨ。フィルターガ修復サレタ時ニ、応援ヲ呼ンデオイタンダ」

「ラッキーさん……ありがとうございます!」

「気シナクテイイヨ。僕ハパークノガイドロボットダカラネ。パークガイドノ望ミヲ叶エルノモ僕ノ役目ダヨ」

 

 それはつまり、かばんは犠牲を出したくないという事を察し、またこのままでは戦力が足りないという事を自身で判断し、独自に救援を要請したという事です。後者はともかく、前者を人工知能が判断するのは並大抵ではありません。付き合いの長さから類推したのでしょう。ポンコツの汚名返上です。

 

「ふふ、私達鳥のフレンズが運んだんですのよ」

「リョコウバトさん!」

 

 バスガイド風の彼女の後ろには、鳥のフレンズ達が宙を舞っていました。博士と助手がライオンとヘラジカを運んだように、障害物を突っ切って最短距離で空輸したのです。そんな鳥達の先頭に立つ博士と助手が、かばんに顔を向けました。

 

「他の場所に出たセルリアンはあらかた片づけたのです」

「残るはあのビーストだけなのです」

「さあかばん、指示を出すです」

「ぇ……?」

 

 意外すぎる言葉にかばんは目をまんまるにしますが、構わず二人は言葉を続けます。

 

「何をぼんやりしているですか。おまえがやらずに誰がやるです」

「セルリアンはともかく、ビーストなら対処できるフレンズは多いです。一体しかいないですからね。つまり無視してもさほど困らない者は多いのです」

 

 博士はそこで一旦言葉を切ると、かばんの目を正面から覗き込みます。変わらぬ無表情ながら、その琥珀色の瞳には、確かに温かさが宿っていました。

 

 

「それでも腰を上げたのは、かばん、おまえだからですよ。おまえが呼んだから、皆来たのです」

 

 

 かばんが歩んできた道のりが、積み重ねてきた信頼が、これまでに(つちか)った全てが、今この時に繋がっています。皆が駆け付けたのは、決して偶然ではありません。

 

「ぁ…………」

 

 かばんは半ば呆然と博士を見上げますが、すぐに気を取り直すと目を強く擦り、フレンズ達へと向き直り口を開きました。万感の思いをこめて。

 

「…………皆さん、お願いします! 力を貸してください!」

「最初からそのつもりだぜ!」

「任せとけ!」

「捕まえればいいんだよね?」

 

 威勢のいい声が一斉に返り、フレンズ達は我先にと飛び出してゆきます。到底敵わぬと見たか、ビーストは逃げようとしますが、それは到底不可能です。チーターに牽制されて隙を見せたところをジャイアントパンダに吹き飛ばされ、体勢を崩してあっという間に数に押し潰されました。

 

「ガウァアアッ!!」

「ぐっ、暴れるな!」

「かばん、こっからどないするんや!?」

 

 ゴリラがその剛腕でビーストを押さえつけ、後ろから羽交い締めにしています。ヒョウ姉妹が足にすがりつくように動きを封じ、ワニコンビがそれぞれ腕を掴んで必死に組み伏せようとしています。それでもなお暴れるビーストに、ヒョウが怒鳴るようにかばんに視線を向けました。

 

「――――そのまま押さえていてください!!」

 

 言うと同時に、かばんは砂浜を走り始めます。全速力で走っているはずなのに、不思議な事にとても遅く感じられます。まるで油の海を往く船のようです。

 

 そしてさらに不思議な事に、かばんの脳裏にこれまでの事が思い浮かんできます。ゆっくり流れる時間の中、次々に情景が過ぎ去ってゆきます。

 

 サバンナでの目覚め、サーバルとの出会い。

 ラッキービーストも加え、一緒に旅をしようと決めた事。

 カフェ。唾を吐くアルパカ、奇跡的な音痴のトキ。

 地下通路の迷宮。幻想生物、ツチノコ。

 見事な家を作ってみせた、アメリカビーバーとオグロプレーリードッグ。

 部下たちも交えた、ライオンとヘラジカの勝負。

 ぶっきらぼうだけど、優しさも垣間見えた博士と助手。

 PPP(ペパプ)の五人と、そのマネージャーとなったマーゲイ。

 雪の中の温泉。キタキツネとギンギツネ。

 ロッジのアリツカゲラ、漫画家のタイリクオオカミ、迷探偵アミメキリン。

 ハンターの三人。アライグマとフェネック。四神とフィルター。

 超巨大セルリアン。再び始まった、サーバルとの旅。

 

 海の上。イルカとアシカが見せてくれた、合同ショー。

 パークに戻ってから。海上に建つホテル。オオミミギツネ、ハブ、ブタ。

 サバンナで最速を競う、チーターとプロングホーン。G・ロードランナー。

 競馬場のサラブレッド三人。復活したラッキービースト。

 最初は仲の悪かった、ヒョウ姉妹とワニコンビ。頭を痛めるゴリラ。

 PPP(ペパプ)のライブに集まったフレンズ達。

 主を待ち続けるイエイヌ。

 再び会った、博士と助手、アライグマとフェネック。

 海から湧き出る大量のセルリアン。

 

 そして――――ビースト。

 

「ゴアアアァァァァアアアッ!!!!」

 

 まるで地の底から響くが如き叫び声に、白昼夢のような回想は消え去ります。気付けばビーストは、かばんのすぐ目の前です。彼女は臆する事なく、黒いブレスレットにつけられたくすんだ虹色のキューブを、ビーストの胸に押し付けました。

 

「これにサンドスターを!!」

「何だか分からんが分かった!」

 

 ゴリラとヒョウ姉妹、ワニコンビの体が虹色に輝き、サンドスターが励起します。それに伴いかばんの持つキューブが光り輝き、ビーストの声の質が変わります。

 

「グ、アアアアアアアア!?」

「こいつ、いきなり力が……!」

「絶対離すなよ、ヒョウ!!」

「お前に言われんでも分かっとるわ!!」

 

 こんな時でも言い合いは止めないヒョウとワニですが、それに気を配る余裕はありません。かばんは振り払われそうになりつつも必死にこらえ、フレンズを見回し呼びかけました。

 

「皆さんもお願いします!」

「おう!」

「はい!」

「わかった!」

 

 フレンズが次々にビーストに殺到し、虹色を煌めかせます。キューブはますます強く輝き、まるで虹色の太陽が地上に現れたようです。嵐のようなサンドスターの奔流の中、ビーストに明らかなる変化が表れていました。

 

「! 手が!」

 

 (ビースト)の象徴たる動物そのままの()が、フレンズと同じヒトの手へと変容しようとしています。しかしその速度は遅く、それどころか時折獣の手に戻ろうとすらしています。

 

「お、おい、どうなってるんだ!? 上手くいってるのか!?」

「方法はあってます! でもサンドスターが足りないんです!」

「フレンズがこれだけいるのにか!」

 

 “試作品”だからどこかに不具合があったのか、それともかばんが言うようにサンドスターの量が足りていないのか、はっきりとした原因は分かりません。今分かっているのは、このままでは失敗するという事だけです。

 そしてまた一つ、成功から遠ざかる要素が現出していました。

 

「……!」

 

 輝きこそ依然そのままですが、キューブ本体にピシリとヒビが入ったのです。想定外の用途に使われたのが悪かったのかもしれません。薄氷が割れるように、ヒビは時間と共に大きくなってゆきます。

 

 試作品はこれ一つきりです。直す方法は分かりませんし、新しく作る事も出来ません。製作方法そのものは研究所に残されていたのですが、少なくとも今のかばんには実現不可能で、可能になる見通しも立っていません。そしてこの試作品が壊れれば、当然ビーストをフレンズに戻す事は出来ません。

 

 このまま続ければビーストをフレンズに戻せるかもしれませんが、失敗すれば取り返しがつかなくなる可能性が多分にあります。キューブをもう一度作れる保障はどこにもないのです。

 

 ここで止めれば少なくともキューブは温存出来ます。しかしビーストをフレンズに戻すのは、当分先になる事でしょう。また、この数のフレンズを再び集め、その上でビーストを再度捕獲する事が出来るのかは不明です。下手をすれば、二度とチャンスが巡ってこない事もあり得ます。

 

 進むか退くか。否応なくかばんは選択を迫られ――――迷いなく、決断しました。

 

「お願いします! もっとサンドスターを!」

 

 前進を選んだかばんの声に真っ先に反応したのは、休んでいたハンター達です。彼女達の体から弱々しくも鮮烈な、虹色の輝きが噴き上がります。

 

「なけなしのサンドスターだ……持って行け!」

「へばっては……いられません!」

「今までで一番きついオーダーですよぉ……!」

 

 ハンター達に続きライオンとヘラジカが、オオミミギツネ達ホテルのフレンズが、アライグマとフェネックの凸凹コンビが、疲れた体に鞭打ってサンドスターを放出します。

 

 キューブがより一層光り輝き、ビーストの手がヒトの手へと変わってゆきます。それでも最後の抵抗と言わんばかりに獣の手へと戻ろうとしますが、かばんが最も聞きなれた声が、その天秤を傾けました。

 

「みゃぁあああああ!!!!」

 

 虹色に輝くサーバルの手がキューブに触れ、許容量を超えた“試作品”は光の粒となって砕け散ります。それと同時に、ビーストの身体からがくんと力が抜けました。

 

「ガ、ぅ………………」

 

 その手は完全にヒトと同じものになっており。だらりと垂れ下がったビーストの腕から、サイズの合わなくなった手枷がごとりと砂浜に落ちました。

 

 いつの間にか、夜は完全に明けています。黄金の朝日と、それを反射しきらきらと輝く海が、フレンズ達を祝福するように煌めいておりました。

 

 

の の の の の

 

 

 戦いが終わったその後。フレンズ達は皆、すぐ近くのジャパリホテルで体を休めていました。

 

「まったくアンタは、ホントにもう!」

「え、えへへ……」

 

 耳の黒い房毛(ふさげ)が素敵な薄紅(うすべに)色のフレンズが、サーバルの前で仁王立ちして(まなじり)を吊り上げています。彼女は“カラカル”。『ネコ目 ネコ科 カラカル属 カラカル Caracal caracal』のフレンズであり、サーバルの友人です。

 

「アンタがパークの外に出たって聞いた時はホントにビックリしたんだからね! 私に一言もなしに何やってんのよ! 戻ってきても会いに来ないし、おまけにビーストと戦うなんて危ないことをやってるし!」

「ご、ごめんねカラカル」

「まったく……どうせ言うのを忘れてそのまま、とかそんなんでしょ。ホントにおっちょこちょいなんだから!」

「ソ、ソンナコトナイヨ?」

「私の目を見て言いなさいよ」

 

 片言で横を向くサーバルに、ジト目で顔を近づけるカラカル。なんとなく力関係が垣間見えるやりとりです。

 

「そ、そうだ! そっちもセルリアンがでたって聞いたけど、だいじょうぶだったの?」

「アンタね……話をそらしたいんなら、もうちょっと上手くやりなさいよ……」

 

 カラカルは呆れが極まったかのようにため息をつきますが、それでも律儀に答えました。

 

「こっちもこっちで大変だったけどね、ヘビの子が石の場所を教えてくれたからなんとかなったわ。他のところも似たようなもんじゃないかしら。それよりさっきのでサンドスターをたくさん使った方がきついくらいよ」

「か、体はだいじょうぶなの!?」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、平気よ平気! このくらいどうってことないわ!」

 

 サーバルが焦ってカラカルの肩を掴む隣で、かばんがゴリラ達に“試作品”についての説明をしていました。

 

「つまりなんだ、あれには『フレンズにサンドスターを供給する機能』があったという事か」

「それでフレンズがパークの外に出られるようにする、っちゅー事かいな」

「我々は基本的に縄張りから出ないので、使いどころはあまりなさそうですが……。ヒトとは面白い事を考えるのですね」

「壊れてしまったが、よかったのか?」

 

 “子分”達の前なので口調が硬いゴリラに、かばんは少しだけ苦笑しつつ答えました。

 

「いいんですよ、あの子のために使えましたから。それにどのみち、あのままでは役に立たないものでしたしね」

「そうなんか?」

「はい。あれは、“込められたサンドスターを全て供給してしまう”という欠陥品だったんです」

「それは……確かにそれでは、意味がないな」

 

 あくまで試作品なので、これから改良する予定だったのでしょう。その前にヒトは、パークを退去する事になってしまった訳ですが。

 

「ま、そないなもんでも役に立ったんやから、何が幸いするか分からんな!」

「“人間万事塞翁が馬”ですね」

「じんか……なんやて?」

 

 メガネカイマンがこぼした故事成語に、ヒョウが訝しげな顔を向けます。彼女は口角を意地悪く吊り上げ、鼻で笑いました。

 

「ふっ、こんな事も知らないとは。ヒョウはこれだから……」

「なんやと貴様……。……いや、それならイリエワニはもちろん分かるんやな?」

「と、当然だろ!」

「まあまあ皆さん、落ち着いて……」

 

 ヒョウ姉妹とワニコンビがいつものように喧嘩を始めかけ、かばんがそれをなだめます。そんな彼女を、博士と助手がどこか感慨深そうに見つめていました。

 

「かばんも随分大きくなったですね」

「身長は変わってないですよ」

「比喩表現です。分かってて言ってるですね」

 

 博士は首だけを回してじろりと助手を睨みますが、彼女は素知らぬ顔で受け流します。

 

「かばんに指示を出させてみましたが、皆自然に受け入れていたです」

「む、確かに。このままいけば、かばんが(おさ)になる日も遠くないかもしれないです」

「焦ってはいけないです。あくまで選ぶのはかばんなのです」

「分かっているです。しかしかばんが(おさ)になったら、料理食べ放題なのです。じゅるり」

「そういうのを捕らぬ狸の皮算用と言うです。しかし待ち遠しい事は確かなのです。じゅるり」

 

 ワシミミズクな助手が割とシャレにならない言葉*1を吐いたところで、このホテルの支配人が皆を呼ぶ声がロビーに反響しました。

 

 

の の の の の

 

 

 気絶していたビーストが覚醒しそうだという知らせによって、集まっているフレンズの大半がロビーに集まりました。ホテルに集まったのは休憩以外にも、万一ビーストが逃げようとしても対処しやすいだろう、という理由があるのです。海にはシャチを初めとする海獣のフレンズが待機し、準備は万全です。

 

「ぅ……ん……」

 

 数多のフレンズが固唾をのんで見守る中。ソファーに寝かされているビーストの(まぶた)がぴくりと動き、ゆっくりと上に押し広げられてゆきます。焦点の合わぬ黄金の瞳が、不思議そうに周囲を見回しました。

 

「……ここは……?」

「ホテルです」

 

 ビーストが言語を発した事で、フレンズの間に少なからず驚きが走ります。そんな中、フレンズを代表してという訳でもありませんが、かばんが話しかけます。ビーストの瞳の焦点が自身に合うのを見て取り、質問を投げかけました。

 

「自分がどうなったかは分かりますか?」

「………………なんとなく、だけど」

 

 ビーストはゆっくりと体を起こします。紫の瘴気は影も形もなくなり、病んだような色を湛えていた瞳からは、確かな理性が感じ取れます。しかしその体の一部には、明らかなる異常も残っていました。

 

「その、爪は……」

「ああ……ここだけ、残っちゃったみたいだね」

 

 “手”はフレンズと同じ形になりましたが、爪の色だけは変わりませんでした。黒にも見える濃い紫の、サンドスター・ロウの色のままです。かばんはそれを心配そうに見ると、視線を少し上に上げました。

 

「……体は、大丈夫なんですか?」

「まだちょっと重いが……少し休めば回復するだろう。……迷惑を、かけたようだ」

 

 ビーストが深々と頭を下げます。かばんが慌ててそれを止めると、ビーストは真正面から彼女を見据えました。

 

「では改めて。私はトラ。“アムールトラ”のフレンズだ」

 

 『ネコ目 ネコ科 ヒョウ属 トラ アムールトラ Panthera tigris altaica』。トラ科最大の亜種の名です。それを聞いたかばんは、どこか不安そうに何かを確認するかのように、おずおずと問いかけました。

 

「フレンズ……ビーストでは、ないんですね?」

「ああ、おかげさんでね。少なくとも、もう無意味に暴れたりはしないから安心してほしい」

「よかった……!」

 

 安堵に大きく息をついたかばんに、サーバルが勢いよく後ろから抱き着きました。

 

「やったねかばんちゃん!! やっぱりかばんちゃんはすごいや!」

「サーバルちゃん……。ううん、みんなの、サーバルちゃんのおかげだよ!! ありがとう!」

 

 二人の笑顔がじわじわと周りに伝わり、それはざわめきとなり、そしてついには大きな歓喜となりました。

 

「やったなかばん!」

「上手くいってよかったですね!」

 

 フレンズが次々にかばんに声をかけてゆきます。かばんはもみくちゃになりながらも、笑顔で礼を返します。そんな喧噪の中、スピーカーで増幅された声が響き渡りました。

 

『えーみなさん、めでたいところで発表があります!!』

 

 声の主はマーゲイでした。どこから持ってきたのかマイク片手に高台に上がり、フレンズを見回し告知します。

 

『今から屋上で、PPP(ペパプ)のゲリラライブを行います! ぜひ来てくださーい!』

 

 歓声が、爆発しました。

 

 

の の の の の

 

 

 太陽の下でもまばゆく自己主張するライトの光に照らされ、ポップでテンポのいい音楽が流れる中。ペンギンズ・パフォーマンス・プロジェクトのライブが、今終わりを告げました。

 

『みんな、ありがとー!』

『また来てくれよな!』

 

 ペンギン五人が手を振りながらステージを去ってゆきます。自分達もセルリアンと戦って疲れているはずですが、プロ根性です。終わりを締める大喝采のそのただ中で、オオミミギツネがその余韻に浸っていました。

 

「わ、私のホテルで、PPP(ペパプ)のライブが……! 生きててよかった……!」

「よ、よかったですね支配人!」

「ええ……! 新しい従業員も増えたし、私たちはこれからよ!」

 

 オオミミギツネが目を輝かせ宣言します。そんな彼女の後ろで、新たに入った従業員二人が、思わせぶりな笑みを浮かべていました。

 

「ふふふ、無邪気(ムジャキ)(ヨロコ)んでいるな。希望(キボウ)には、代償(ダイショウ)必要(ヒツヨウ)だとも()らず」

 

 意味深な台詞を吐くのは、『スズメ目 フウチョウ科 カンザシフウチョウ属 “カンザシフウチョウ” Parotia sefilata』のフレンズです。上から下まで真っ黒ですが、だからこそ胸元の大きなリボンが非常によく目立っています。黄色と青のグラデーションで、とても美しいリボンです。おそらく元の鳥にある、飾り羽が元になっているのでしょう。

 

仕方(シカタ)があるまい。(ヒト)(ヒカリ)()()けても、(ヤミ)からは()()らすものだ。だが、(ヤミ)直視(チョクシ)せざるを()なくなる(トキ)(チカ)い。彼女(カノジョ)はその(トキ)一体(イッタイ)どうなってしまうかな……?」

 

 相方に負けず劣らず意味深な台詞を吐くのは、『スズメ目 フウチョウ科 カタカケフウチョウ属 “カタカケフウチョウ” Lophorina superba』のフレンズです。彼女もまた真っ黒ですが、胸元はリボンではなく青い飾りがついています。これもまた、元の鳥の飾り羽が元だと思われます。

 

 ちなみにカンザシフウチョウもカタカケフウチョウも、飾り羽があるのはオスだけ*2でメスは地味です。フレンズ化した事でライオンやヘラジカと同じように、女性であっても“種の特徴”が出ているようでした。

 

「ダメだこいつら何言ってるんだか分かんねえ……。人選、ミスってんじゃねえのか……?」

 

 言葉は通じるが話が通じるか怪しい二人を見て、ハブが頭を抱えていました。ホテルスタッフに向いているとはどう考えても言い難いコンビです。さもありなん。

 

「――――イエイヌさん!」

「わう?」

 

 そんなホテル従業員フレンズの横を通り抜け、イエイヌは会場を抜け出そうとしていました。そこをかばんに呼び止められ、思わず振り向きます。

 

「ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「僕はこれから、研究をしようと思ってます」

「え? は、はい」

 

 唐突な言葉にイエイヌは目を(しばた)かせますが、構わずかばんは言葉を続けます。

 

「サンドスターを一時的に溜めて、そこから少しずつ供給する道具の研究です。上手く行けば、僕達フレンズはパークの外に出られるようになる、はずです」

「へえ……いいですね、それは」

「ですから……イエイヌさんも、手伝ってくれませんか?」

「へ?」

 

 イエイヌは驚きに、金目銀目をまんまるにします。

 

「な、なんで私なんですか? そういう難しそうな事は、博士や助手の方が向いているのでは?」

「博士さんと助手さんは、もう協力してくれると言ってくれました。イエイヌさんは、ヒトを直接知ってるんですよね?」

「は、はい、そうですね」

「なら、僕達では気付かないような事に気付けるかもしれません。イエイヌさんには、ヒトと関わった経験を活かしたサポートをお願いしたいんです」

 

 当時の事をイエイヌ以上に知るフレンズが存在しているとは考えにくいので、言っている事は納得できます。それでも特に知識がある訳ではないので、やはり考え込まざるを得ません。ですが次の一言で、彼女の気持ちが傾きました。

 

「それに、パークの外になら、イエイヌさんの“ご主人様”の情報があるかもしれません」

「……分かりました。家からはあまり離れられないので、たまになら」

「ありがとうございます!」

 

 話がまとまったところで、二人の後ろから聞きなれぬ声がかけられました。

 

「話は聞かせてもらった」

「アムールトラさん!」

 

 振り向いたところに姿を現したのは、ビースト改めアムールトラのフレンズでした。イエイヌは条件反射的に身体を強張らせますが、周囲のフレンズ達は特に気にしていないようです。良くも悪くも細かい事を気にしないのがフレンズで、イエイヌのようなタイプは少数派なのです。

 

 彼女はまだ少し重い身体を動かしかばんの前に立つと、話を切り出しました。

 

「その研究、私も協力していいか?」

「え? それはもちろんです。でも、なんで……?」

 

 意外な人物からの意外な言葉に、かばんは首をかしげます。

 

「軽く聞いたんだが、私のために随分と骨を折ってくれたそうじゃないか。その恩返しだとでも思ってくれればいいさ」

「いえ、そんな……」

「それだけじゃあない。見てな」

 

 アムールトラが手を前に出し掌を上にします。彼女が集中すると、驚くべき事に手から紫の瘴気が立ち昇りました。量は以前と比ぶべくもありませんが、まごう事なきサンドスター・ロウです。それを見たイエイヌが、毛を逆立たせ牙を剥き出しにし、かばんを守るように前に飛び出ました。

 

「かばんさん下がってッ!」

「落ち着きなよ、敵意はないよ」

 

 瘴気を引っ込めヒラヒラと手を振るアムールトラに、イエイヌは警戒しつつも引き下がります。アムールトラはかばんに視線を向けると、真剣さを増した表情で続けました。

 

「見ての通りだ。私は今でもどうやら、サンドスター・ロウを扱う事が出来るようなんだ。ま、さっきので全力だから大したことはできないが」

「かばんさんの研究に、それがどう関係すると?」

 

 警戒心を隠そうともしないイエイヌに、アムールトラは苦笑して答えます。

 

「サンドスターの研究をするんだろう? なら、サンドスター・ロウも役に立つはずだ。これは私の感覚だが、この二つはとてもよく似ているからね。右手と左手のようなものだ」

 

 サンドスターとサンドスター・ロウは、同じ火山から噴出しています。あながち間違った意見だとも思えません。考え始めたかばんに、彼女は言葉を重ねます。

 

「それに私のためでもある。そっちで調べてもらえれば、私がサンドスター・ロウを扱える事について、何か分かるかもしれない。また暴走しても困るしね」

「なるほど……。分かりました、よろしくお願いします」

「かばんさん!」

 

 イエイヌが咎めるように声を上げますが、アムールトラはどこか面白そうに問いかけました。

 

「私が信用できないかい?」

「当然です!」

「なら近くで監視すればいい。一緒に研究するんだろう?」

「む……」

「イエイヌさん……」

 

 イエイヌとしてはなんとなく丸め込まれたような気分ですが、正論であるのは分かっています。心配そうに見つめるかばんも無視できず、仕方がないと言わんばかりの様相で、彼女は大きく息を吐きだしました。

 

「はぁ……。分かりました、分かりましたよ」

「イエイヌさん!」

「でも! 何かあったら容赦はしませんからね!」

「ああ、それでいい。これからよろしくな」

 

 スッと自然に差し出されたアムールトラの手を、少しばかり不本意そうな顔でイエイヌが握り返します。

 

「……握手なんて、よく知ってましたね?」

「記憶の片隅にあったんだが、仲良くしたい時にヒトはこうするのだろう?」

「仲良くする気はありません」

「ぇ……」

 

 かばんが小さく声を上げ、イエイヌを見上げます。彼女は少し怯むと、半ばヤケになって言い放ちました。

 

「うぐっ……。分かりましたよ、仲良くですね!」

「ありがとうございます、イエイヌさん!」

 

 どうにか折り合いがついた二人をかばんが嬉しそうに見つめますが、ちょうどそこで横から大きな声が響いてきました。

 

「はぁ!? 出演料にジャパリまん百個ぉー!?」

 

 ホテル支配人、オオミミギツネの声です。今にも噛みつかんばかりの勢いで、ハブに詰め寄っています。どうやらPPP(ペパプ)への出演料の話のようでした。

 

「な、なんだよいいだろ! PPP(ペパプ)のライブをホテルでやるのが夢だって、よく言ってたじゃねーか!」

「私に黙ってやった事が問題なのよ! アナタはまた勝手な事をー!!」

「お、怒んなよぉー!!」

「ま、待ちなさーい!」

 

 一瞬にして沸騰したオオミミギツネが、その気配を感じて逃げるハブを追いかけ始めます。種族は違いますが、まるでト○とジ○リーのごとしです。

 

気付(キヅ)いてしまったな、希望(キボウ)代償(ダイショウ)に」

気付(キヅ)いてしまったな、(ヤミ)がそこにある(コト)を」

「代償や闇って、ジャパリまんの事だったんですか……?」

 

 ○ムとジェ○ーを見つめるフウチョウコンビが意味深な言葉を吐き、ブタが何とも微妙な表情になります。要するに、ハブが勝手にジャパリまんをPPP(ペパプ)に渡した事を、さも意味ありげに言っていただけのようでした。

 

 なんとなく緩んだ空気が漂ってきたところで、サーバルがかばんの後ろからぴょこんと顔を出しました。

 

「おはなしは終わった?」

「サーバルちゃん! どこにいってたの?」

「カラカルとおはなししてたの!」

「えーと、お友達だったよね」

「うん! カラカルはサバンナに戻るって言ってたけど、かばんちゃんはこれからどうするの?」

「とりあえず研究を始めようと思ってるから、研究所に――」

「けんきゅうじょだね! わかった!」

 

 聞くが早いか、サーバルはかばんの手を掴んで走りだします。かばんの足に合わせた速度で、しかして慌てる彼女に振り向く事なく、サーバルは前を向いたまま進んでゆきます。

 

「ほら、はやく行こうかばんちゃん!」

「ま、待ってよサーバルちゃん!」

 

「待ってください、私も行きます!」

「これは退屈はしなさそうだな」

 

 イエイヌとアムールトラもまた二人の背中を追って走り始め、その後ろからラッキービーストが、短い脚でジャンプしながら追いかけます。

 

「ねえかばんちゃん、けんきゅうが終わったら次はどこにいこうか!」

「他の地方があるらしいから、まずはそこに行ってみたいかな。でもサーバルちゃん、もしかしたら研究が終わるより前に行く事になるかもしれないよ?」

「そうなの?」

「資料が他の地方にあるかもしれないから、研究所にあるので足りなかったら、それを探しに行く事になるかも」

「おおー! その時はまたいっしょにいこうね!」

「うん!」

 

 二人は手を繋いだまま、止まる事なく走ってゆきます。高く昇った太陽が、二人の未来を照らし上げるかのように、まばゆく輝いておりました。

 

*1
ワシミミズクは大きいものだと全長70㎝超、翼開長180㎝にも及ぶ巨大な鳥であり、アライグマやキツネを捕食した記録がある。なのでおそらくタヌキも捕食可能。なおアフリカオオコノハズクは全長30㎝もないので、サイズ的に無理。

*2
メスへのアピール用。クジャクの飾り羽と用途は同じ。




 これにて完結! お付き合い頂きありがとうございました!

 一話の投稿日が4月21日だから、ぴったり三ヶ月。今日に間に合ってよかった。

 そのうち没ネタを投稿する、かも。


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地図+没ネタ×2

 没ネタ集なので短め。


大雑把な地図と経路図。

 

 

【挿絵表示】

 

 

前提として、当作は一期と同じ場所なのでこうなります。

赤字・黒字が一期で出た情報、青字が独自設定。

多分公式と設定違うけど、その辺はあくまで二次だからという事で。

なんで二期は地図がないんだよぅ。

 

 

の の の の の

 

 

○『第九話 ぺんぎんず・ぱふぉーまんす・ぷろじぇくと』の没ネタ

 

 

 竹林に建つ中華風のステージにて。響く歓声の中、ペンギンズ・パフォーマンス・プロジェクトのユニットメンバー五人が、舞台の端から姿を見せます。フレンズなので外見はほぼヒトですが、歩き方が完全にペンギンです。

 

 ヘッドホンと、手先まで覆う白黒のジャージかパーカーのような服装は全員共通ですが、ブーツの色など多少個人差があります。元の動物の外見が反映されているようでした。

 

『みんなー、今日は来てくれてありがとー!』

 

 手を大きく振って観客に呼びかけるのは、PPP(ペパプ)のセンター『ペンギン目 ペンギン科 マカロニペンギン属 “ロイヤルペンギン” Eudyptes schlegeli』のフレンズ、通称“プリンセス”です。

 

 本来はオーストラリアのマッコーリー島にしか生息していない、とても珍しい種です。なおロイヤル(王家)という名がついていますが、特に王家と関係がある訳ではありません。外見がどことなく気品があるから、もしくはキングペンギンと同じ場所に生息しているから、というのが名の由来のようです。

 

『よく来てくれたな! 盛り上がっていこうぜ!』

 

 プリンセスに続くのは、『ペンギン目 ペンギン科 マカロニペンギン属 “イワトビペンギン” Eudyptes chrysocome』のフレンズ、通称“イワビー”です。頭からはねた黄色の飾り羽が活動的な印象を与え、ボーイッシュな口調がそれに拍車をかけています。

 

 雪や氷といったペンギンのイメージとは異なり、名前の通り岩場に棲んでいます。ペンギンの中で唯一、両足を揃えてジャンプする事が可能なので、『岩跳び(イワトビ)ペンギン』という名なのです。

 

『がんばりますよぉー!』

 

 拳を握り締め宣言するのは、『ペンギン目 ペンギン科 アデリーペンギン属 “ジェンツーペンギン” Pygoscelis papua』のフレンズ、通称“ジェーン”です。ただの一言ですが、それだけでいかにもな正統派アイドルな雰囲気を醸し出しています。

 

 ペンギンの中で三番目に大きい種であり、同時に最も泳ぐ速度が速い種でもあります。最高時速36㎞は海中生物としては遅い方ですが、水陸両用生物として見るなら十分と言えるでしょう。もっとも天敵のヒョウアザラシは時速40㎞に達すると言われているので、微妙に足りなかったりするのですが。

 

『楽しんでいってねぇー』

 

 微妙にゆるい口調なのは、『ペンギン目 ペンギン科 フンボルトペンギン属 “フンボルトペンギン” Spheniscus humboldti』のフレンズ、通称“フルル”です。天然でマイペースな性格が、とても分かりやすく現れています。

 

 なおフンボルトペンギンは、生息地(チリ、ペルー辺り)では絶滅危惧種なのですが、日本の動物園や水族館では増え過ぎて繁殖を抑制するという、よく分からない事態に陥っています。全フンボルトペンギンの一割以上が日本にいて*1、現地の飼育担当者が来日して繁殖技術を学ぶほどです。

 

 他にもオス同士のカップル*2が確認されたり、翼のビンタが地味に強烈だったり、基本的に一夫一妻なのに不倫してシバかれる個体がいたり、ペンギンのくせに寒さにあまり強くなかったり*3と、色々とネタに事欠かないペンギンです。

 

『ょ、よし! じゃあ早速だけど新曲いくぞ!』

 

 緊張を隠せない彼女はPPP(ペパプ)のリーダーにして、『ペンギン目 ペンギン科 オウサマペンギン属 “コウテイペンギン” Aptenodytes forsteri』のフレンズ、通称“コウテイ”です。何故か一人だけ攻めに攻めたハイレグ姿で、“あぶないみずぎ”状態ですが。

 

 現生最大のペンギンであり、南極に生息しているのですが、よりにもよって冬に子育てをする習性があります。営巣地への移動時間*4も含めて約120日も絶食し、立ったまま卵を温める*5のでたまに餓死します。零下60℃のブリザードの中でも立ちっぱなしなので、たまに凍死します。フルルにマゾ呼ばわりされるのもやむなしです。

 

 実は免疫力が非常に低く*6、日本だと梅雨時などは抗生物質の吸入を行わないと肺にカビが生える事もあるのですが、その辺りはフレンズ化した事で解決しているようです。サンドスターは万能です。

 

『一曲目! “ファーストペンギン”!!』

 

 アップテンポなメロディーが流れ始め、緑のメーザー光がステージを縦横無尽に飛び回ります。勢いよく突き上げた腕から虹色が煌めき、ライブの始まりを劇的に彩りました。

 

「ふはぁ! うへ、うぇへへへへ……!」

 

 そんな彼女達を、舞台袖からマーゲイが凝視していました。彼女はマネージャーなので見る事自体は全くおかしくはありません。そのだらしなく緩み切った顔と、鼻から滴り落ちる【じょうねつのしずく】さえなければですが。

 熱意も能力も才能もあるのに、どうにもこうにも残念な女でありました。

 

 

●没理由

 ペパプはあんまりストーリーに関わらないので出す気がなかったため。

 あと9話はただでさえキャラが多く、収拾がつかなくなりそうだったので。

 

 

の の の の の

 

 

※注意 最終話の雰囲気を損ねる可能性が多分にあります。ご了承の上お進みください。

 

 

〇『最終話 けものはいてものけものはいない』の没ネタ

 

 

「お願いします! もっとサンドスターを!」

 

 暴れるビーストをゴリラ達が押さえ込み、“試作品”のキューブがサンドスターを供給せんと輝く中。かばんの声に真っ先に反応したのは、疲れ切ったハンター達でも、消耗の少ない鳥のフレンズやハブでもありませんでした。

 

「……ソイツにサンドスターを注げばいいのね?」

 

 かばんに確認を取ったのは、腰から大きな翼の生えた、白と薄紫の少女です。鳥とは異なり翼には羽毛は生えておらず、艶のない黒色をしています。『コウモリ目 チスイコウモリ科 チスイコウモリ属 “ナミチスイコウモリ” Desmodus rotundus』のフレンズです。

 

「そうです!」

 

 ナミチスイコウモリは、走り始める事でかばんへの返事に代えます。その走りはコウモリとは思えぬ速度であり、元の動物の特徴がよく現れていました。チスイコウモリは脚が長く脚力が強く、後ろ脚と尻尾の間に皮膜がないので、案外走るのが得意*7なのです。

 

「ガルアアァァァァッ!!」

「おとなしく、して……!」

 

 ゴリラ達に押さえつけられつつ、ビーストはそれでも暴れようとします。ナミチスイコウモリはそんなビーストの顔を両手でがっしりと挟み込み、動かないよう固定します。いかな小型動物のフレンズとは言え、この程度ならば十分可能です。

 

 さて、チスイコウモリはその名の通り、血を吸うコウモリです。夜闇に紛れて牛などの動物に近づき、カミソリのような歯で皮膚を切り裂き血を舐め取ります。

 

 しかし、いつもいつでも血を吸える訳ではありません。時には諸事情から全く吸えない事もあります。そうなると大変です。何せ彼らは、血以外の食物を摂取できず、二日も絶食すれば餓死してしまう*8のです。

 

 そんな時彼らはどうするか。その答えが今まさに、ナミチスイコウモリのフレンズによって示されていました。

 

「ん……」

「ングォウオォ!?」

 

 ビーストの頭を上に向かせて固定すると、彼女は躊躇いなく口を合わせ、そして。自身の胃の中に収まっていたでんでろりんのジャパリまんを、そのまま流し込みました。

 

 そう、チスイコウモリは、空腹の仲間に血を吐き戻して与える習性があるのです。そのフレンズである彼女は、自らの本能に従ったに過ぎません。過ぎないと言ったら過ぎないのです。

 

「ぉぅ……ぐ…………」

 

 ビーストが白目を剥き、その体からがくんと力が抜けます。ジャパリまんに含まれるサンドスターが、内側からビーストの体に染み渡ってゆきます。サイズの合わなくなった手枷が、その腕からごとりと砂浜に落ちました。

 

「……よし」

 

 ナミチスイコウモリはぐっと小さくガッツポーズを決めますが、それを見ていたかばんはもちろん何も言う事が出来ません。口移しは鳥や動物の中では特に珍しい習性ではないのですが、ヒトとほとんど変わらない姿のフレンズがやると、絵面が非常にアレなのです。

 

 いつの間にか、夜は完全に明けています。気絶したビーストの口の端から垂れる【おとめのそんげん】が、黄金の朝日を浴びてきらきらと輝いていました。

 

 

●没理由

 言わずもがな。

 

*1
フンボルトペンギンは全部で一万羽程度と考えられており、日本には約千六百羽ほど存在する。

*2
世界中の動物園や水族館で確認されている。放棄された卵を拾って孵し、『子育て』まで行ったカップルも。

*3
かといって暑さに強い訳でもない。

*4
普段は沿岸部に生息しているが、繁殖は内陸部で行う。50㎞、時には100㎞以上も歩いて移動する。

*5
巣は作らない。うっかり卵を地面に落とすと冷凍卵になる。当然孵化はしない。

*6
南極は寒すぎて菌やウイルスも死ぬため。

*7
血を吸い過ぎてその重さで飛べなくなると、よたよたと歩いて帰る事もある。

*8
小動物だと割とよくある事で、種類にもよるがネズミも概ね二~三日で餓死する。モグラに至っては半日(四時間という説も)で餓死する。




2 完ッ!

 後日談は気が向いたら、ですかね……。


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