Tic Tac シャドウバース (fet_light)
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1.はじまりは盤面ロック

 陣内高校2年B組。

 授業と授業の合間の15分休み。

 教室では携帯端末をいじる生徒、グループで集まって談笑する生徒たち、ファッション誌を囲んではしゃぐ女子生徒たちと、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。

 その一角。

 スマートフォンを持った眼鏡の三白眼の男子生徒を中心に、4人ほどのグループがあった。

 三白眼の男子生徒は黙々と携帯端末を操作する。それらにまわりの生徒たちがどよめくような歓声を上げた。

「すげぇ、これで10連勝!」

「先行潜伏ロイヤルをあそこからひっくり返すなんてすげぇよ!」

 周囲の賛辞に対して、一方の三白眼の生徒は目元ひとつ緩めはしない。そして携帯端末を畳んだ。

「あれ? もう終わりか?」

「馬鹿、もう休み時間終わりだろうが」

 周囲を囲む生徒の内、一人が怪訝に問いかけるも、別の一人がツッコミを入れる。入れられた方の男子生徒が愛想笑いをする。

「ハハ……でもすごいよ三和は。この前のJ……JUC?って大会にも勝ったんだろ?」

「JCGな」

 三和と呼ばれた三白眼の生徒が短く訂正を入れた。それから短く告げた。

「トップ運に救われた。あれは本当ラッキーだったよ」

「でも前も準優勝までいったって話じゃないか。これなら手に入るんじゃないか? 1億」

「1億?」

 怪訝な声を上げたのは、先ほどツッコミを入れられた男子生徒だ。

「1億ってなんだよ?」

「1億円だよ。なんでもそのシャドウバースっていうゲーム、世界大会に優勝すれば1億円らしいじゃないか」

「え!? まじかよ⁉ ゲームの大会だろ⁉」

 先ほどまで三白眼の生徒が携帯端末でプレイしていたのは、シャドウバースというデジタルカードゲーム。

 8種類のリーダーから1人を選択し40枚のデッキを組み、相手と戦うカードバトルゲームだ。

 その世界大会の優勝賞金は1億円を超える。俗にe-sportsと呼ばれるゲームの大会の中で異例の高額賞金が支払われたことでニュースにもなったゲームだ。

「えええ……? じゃあ三和ってその一億目当てにゲームしてるの?」

 ツッコミを入れられた男子生徒の言葉に、三和と呼ばれた生徒は唇の端を歪めた。

「このシャドウバース、ジャンケンって呼ばれているの知ってるか?」

「ジャンケン?」

「どんなうまいプロだって運が悪ければ素人に負ける。世界大会で優勝するにはそのジャンケンに勝ち続けなければいけないんだ。宝くじを買うのと変わらないどころか、買えばそれで終わりの宝くじの方がコスパがいいよ」

「んと……まあ……そらそう簡単に1億は手に入らないよな……」

「ま、もし何かの手違いで優勝したら焼肉……いや高級寿司ぐらいおごってやるよ」

「ははっ、期待して待ってるよ」

 三白眼の少年の言葉に別の男子生徒が景気よく笑う。

 と。

「三和君、次の化学の授業の手伝いにきてほしいって樫崎先生が呼んでいるわよ」

 そこに声がかかった。甲高い透き通るようなソプラノ。立っているのは三和と並んでも遜色ないような長身の女子生徒だった。だからといって体格がいい印象はなく、均整のとれたスレンダーなプロポーションをしている。染めているわけでもないのに陽の光を反射させる栗色の髪を背中まで伸ばしているのが見事だ。

 永瀬美鈴。アイドルの卵をしており彼女の容貌見たさに他校から人が押し寄せるほどだ。同じクラスでも生粋のゲーマーである三和は話したことなど数えるほどだ。もちろんその全てが今回のような業務連絡で雑談は一度もない。

「ああ永瀬、わかった」

 化学部教諭の樫崎美和子は、化学部に籍をおいている三和に授業の手伝いを時折させていた。今回もその呼び出しだろう。

(にしても今から呼び出しじゃ授業に間に合わねぇじゃん)

 今回に限らず樫崎は時間にルーズだ。5分や10分の遅刻はざらだ。授業はテキパキと進行して時間通りにきっちり終わらせるので生徒からの評判はよかったが、客観的に見ればあまり勤勉とは言えないだろう。

(ま、いっか)

「……って」

 他の生徒たちが教室の中に戻る中、逆に廊下へと出た三和は数歩歩いて背後を振り返った。

「永瀬も手伝えってか?」

 永瀬美鈴が後ろをついてきていた。声をかけられた美鈴はハッと一瞬硬直すると、少しぎこちなくうなずいた。

「う、うん……。その、重たい物だから二人で運べって……」

「ああそういうことか。わかった」

 三和は一瞬美鈴の反応に違和感を覚えたものの、特につっこまずに流した。そのまま前をむき、振り返った際に少しずれた眼鏡の位置を右手の人差し指でなおすと直進した。

 背後では美鈴がきょろきょろと挙動不審に視線をさまよわせていたのだが、それには気づかなかった。

 樫崎は職員室以外に、化学準備室という事実上の根城を持っている。おそらくいるのはそこだろうと当たりをつけ、背後の美鈴にたずねることなく三和は進んだ。

 世間話の一つでもしようかと思ったが、アイドルの卵と生粋のゲーマーではおよそ共通項が見いだせる話題が思い浮かばなかった。

 美鈴はインターネット番組などにはぽちぽちと出ているそうだが、生憎と三和は一度もそれらを見たことが無く、何を言ってもうわっつらのお世辞にしか聞こえないだろうと思った。

 美鈴の方からも話かけてくることはなく、沈黙のまま二人の靴底が廊下の床を叩き続ける。

 渡り廊下を抜けて階段を上がった二階。

 三和が先頭となって化学室の隣にある化学準備室の扉を開いた。

「お、きたか」

 鍵のかかった薬品棚が並ぶ室内の最奥、小さなデスクの椅子に腰かけた樫崎美和子が顔を上げた。

 デニムのセーターの上に白衣を羽織っている。たれ目の童顔だが真っ赤なぽってり唇に、ゆったりとした白衣をはっきりと押し上げる豊満なバストとアンバランスに色香のある女性教諭だった。

「永瀬、一応戸を締めな」

「はい」

「え?」

 戸惑う三和の背後で、ガラガラと音を立てて美鈴が横開きの戸を閉めた。さらにはパチリと鍵まで閉める。

「……どういうことです?」

 訝しみに三白眼を細めながら三和が問うと、樫崎は一瞬薄く笑むと、視線を三和から美鈴へと移した。

「あたしから説明するかい?」

「いえ、私からします」

「………?」

 三和は美鈴を振り返った。美鈴は緊張に引き締まった顔をしており、心なしか頬が紅潮しているようだった。

(いったい何が……)

 思わぬ展開に珍しく三和が焦っていると、胸に手を当てながら、美鈴が声を張り上げた。

「あの、三和君。私にシャドウバースを教えてください!」

「……はい?」

 

 

 

 美鈴の口から説明されたことを要約すると、ことの顛末はこうだ。

 永瀬はとあるインターネット番組に出演することが決まり、番組の企画でシャドウバースの称号の一つ、グランドマスターを目指すことになったという。

 三和は知らなかったことだが、美鈴はFPS型のバトルロワイヤル系統はやりこんでいてそこそこの腕なのだが、事がカードゲームになると一切触ったことが無いという。

 そこでシャドウバースのプレイヤーとして校内でも有名な三和に指南役としての白羽が立ったそうだ。

「それぐらいなら別に教えてもかまわないけど。……なんでわざわざ樫崎先生が噛んでいるんです?」

 わざわざ密室を作ったのもそうだが事が大仰すぎるのが解せず、三和は顔をしかめた。

 三和の疑問をくみ取ったらしく、樫崎は背もたれに背中をあずけ椅子をぎしりと軋ませながら言った。

「事務所の方針とやらでな。誰かに師事はともかく、特定の男子に教わっていることがばれるとまずいそうだ。そこらへんのアイドルの苦労は想像できるんじゃないか?」

「まあ……色々な噂は聞きますがね」

 人気商売のアイドルは恋人問題一つで人気が大きく低迷するという。

 美鈴のような駆け出しの新人アイドルとなればそれが致命的なのだろう。

「そういうわけで、今回のことはあたしらだけの秘密だ。口の堅いあんたなら大丈夫だと思うがね。あと、練習の場所に困ったならこの準備室を使いな。他の教師たちにも基本内緒ってことにしておけ。まあいざというときはあたしがケツを持つがね」

 話の筋としては担任の菅原智一あたりに頼むのが自然に思えるかもしれないが、菅原の評判は悪く女子生徒への軽いセクハラなどの苦情があいついでいた。

 美鈴が菅原ではなく樫崎に頼ったのはそこらへんの信頼の差だろう。

「その……引き受けてくれる?」

「あー……教えると言ってもなぁ」

 独学で学んできた三和にとって他人に教えるという経験はないものだ。心構えができておらず、わずかにひるんだ。

 しかし……眼鏡の位置を直しながら美鈴を見ると、彼女の表情は真剣そのものだった。アイドル業というのがどういうものかわからないが、自分がプレイしているシャドウバースというゲームに真摯に取り組もうという姿勢は好感が持てた。

「……わかった。俺で力になれることなら手を貸すよ」

 わずかな逡巡の後、三和はうなずいた。「本当⁉」と美鈴は弾けた笑顔をむけた。

「話がまとまったようで何よりだ」

 樫崎が最初からこの展開がわかっていたかのように薄く笑む。

「それじゃ、今日の放課後二人とも別々にこの準備室に来な。一応、周囲の目に気を付けておけよ」

 

 

 

 

 陣内高校の化学部の活動はあまり盛んではなく、週に一度あればいい方だ。

 今日は特に活動がなく、化学準備室がある階も特殊教室ばかりで放課後はほとんど人気が無い。

 秘密の会合として悪くない場所だった。

 三和と美鈴の二人が時間をずらして化学準備室に行くと、デスクでテストの採点をしている樫崎が出迎えた。マイペースな樫崎は2人にほとんど視線を送らず、自分の業務であるテストの採点に没頭しているので三和は無視することにした。

「それで、永瀬はどれぐらいシャドウバースを知っているんだ?」

「えっと……チュートリアルをちょこっとやったぐらい」

「ふむ」

 

 シャドウバースは8種類のリーダーから一人のリーダーを選び、そのリーダーが使用可能な膨大な数のカードから40枚のデッキを選んで相手と戦うデジタルカードゲームだ。

 カードには場に出すことで直接戦わせる『フォロワー』、使った瞬間効果が発動する『スペル』、場に置かれている限り効果を発動する『アミュレット』の三種類がある。

 それらのカードを使い、先に相手のリーダーのライフ20点を削った方が勝ちというのが基本ルールだ。

 

「じゃあグランドマスターを目指すという話だけど、アンリミテッドとローテーションのどっちで目指すんだ?」

「アンリミテッドにローテーション……って何?」

「今のシャドウバースには二つのレギュレーション、つまり対戦ルールがあるんだ。今まで発売されたすべてのカードが使用可能なアンリミテッドと、使用できるカードパックが限定されたローテーションの二つだ」

「ええっと企画側からは特に決められていなかったと思うけど……どっちがオススメ?」

「そうだな、あくまで番組のプロモーションと考えるとローテーションの方が世間の注目度が高いからいいんじゃないか。世界大会もローテーションで行われるし」

「そう。じゃあローテーションにする」

「じゃあメインのリーダーは何する?」

「え?」

「エルフ、ドラゴン、ロイヤル、ヴァンプ、ウィッチ、ネクロ、ビショップ、それからネメシス。シャドウバースはこの8種類から一人のリーダーを選択するんだ」

「ああ……そうだったね。私は最初エルフのアリサって娘で進めたけど……」

「アリサか。ふむ……」

「どうかした?」

「いや……エルフは今の環境ではちょっとだけ不遇でな。簡単に言うと難しい」

「そうなの?」

「ああ。まあだからといってグランドマスターを無理というわけじゃないから止めはしないけど」

「三和君は誰を使っているの?」

「俺? 一通り使えるけど、ヴァンプとネクロマンサーかな」

 大会では二種類のデッキを持ち込み、両方のデッキで勝った方が勝ち抜けるBO3形式というルールが基本なため、三和はメインデッキを二つ持っていた。

「ただこれは俺のこだわりみたいなもので、今はロイヤルも強いしオススメだぞ」

「ふぅん……」

「ま、最初はスキンの見た目で決めていいと思うぞ」

 三和は自分の携帯画面を見せていく。性能に違いはないが、同じリーダーでも複数人のキャラクターが存在し、それらをスキンと呼ぶのだ。例えばロイヤルクラスであれば、エリカ、レイサム、アルベール等々。スキンはお金を出せば必ず手に入るものもあるが、極低確率でしか入手できないレアスキンが存在し、さすがの三和でも全網羅まではできていないが大半は入手していた。

「ふぅん……かわいい女の子が多いね」

「ま、最近の流行りって奴だな」

 軽く咳ばらいをしつつ三和が言った。

「この子……ルナって言うの? 最初から使えるんだよね。ストーリーで見た気がする」

 美鈴が興味を示したのは、ぬいぐるみを抱えた10歳ぐらいの金髪の少女だ。

「そうだな。リーダーはネクロマンサー。今強いぞ」

「じゃあ私この子にしようかな」

「ネクロなら俺も使っているからとりあえず俺のデッキをコピーしようか。デッキコードを教えるから」

「デッキコード?」

「やり方を教える」

 三和は美鈴の携帯端末を受け取り操作した。

 しかしすぐに顔をしかめる。

「エーテルが足らないな。圧倒的に」

「エーテル?」

「シャドウバースのいいところでな、どんな強いカードでもエーテルさえ消費すれば作れることなんだ。これで比較的誰でも強いデッキを作りやすい」

「でもエーテルが足らない……エーテルはどうやればたまるの?」

「主な入手方法はカードの分解だ。つまり課金してカードを買うことだな」

「ふーん。どれぐらいかかるの?」

「……わからないけど……2万ぐらいじゃないか?」

「2万……」

 茫然としたような口調で美鈴が漏らした。

「ん? アイドルならそれぐらい簡単に出せるんじゃないか?」

「ちょ、ちょっと待ってね。マネージャーに掛け合ってみる」

 ひきつった顔で美鈴は電話をかけだした。何事かやり取りするものも、話が漏れ聞こえる限りあまり芳しくない。

「……もしかして、アイドルって儲からないの?」

「……弱小プロダクションでインターネットの裏番組しか出れないにぎやかしだからね……洋服とか化粧品とかで精一杯よ」

「ん……たしかにそっちにお金とられそうだな」

「無理してもらった企画だから番組側には請求できないし、自腹切るしかないわ。事務所も5000円までなら出せるって」

「ごせんえん……」

 まるで子どものお小遣いのような額に三和は反応に困る。

 恥ずかしながら、三和は高校生の身分で数万単位の課金をすでにしていた。

 世知辛いアイドル業界を垣間見つつ、自分の課金額は明かさない方がお互いのためだと思った。

「ま、まあ、課金できるのなら構築済みデッキを買うのがオススメだぞ」

「構築済みデック?」

「そう。普通はカードパックというのを一つずつ買うんだけど、その場合何が出るかはランダムなんだ。一方で構築済みデックは決まったカード40枚がセットでもらえる。それさえ買えばすぐに戦えるってわけ」

「へー、そうなんだ。じゃあそれさえ買えばいいのね」

「いや。低ランク帯ならともかく、グランドマスターを目指すなら構築済みデックだけじゃ無理だ。弱いカードを強いカードに入れ替えないと勝ち抜くのは難しいだろう。ただ構築済みデックのもう一ついい所があって、普通にパックを買うよりエーテル還元率がいいんだ」

「エーテル還元率?」

「さっきも言った通りカードはエーテルを消費することでも手に入れることができるんだけど、カードを分解した時に得られるエーテルはレアリティによるんだ。そして構築済みデッキは高レアリティのカードがたくさん入っているから、同じ金額を出してパックを買うよりも、よほどのことがない限り多くのエーテルがもらえる」

「ふーん。ようするにお得ってことよね」

「そういうこと。あ、ただ注意点が一つ」

「何?」

「お金に困っているのなら、一日に3回受けられるミッションをこなすといいんだけど、ミッションの中には『特定のリーダーを使って勝利する』というものがあるんだ。だから使わないリーダーだと思ってカードを全て分解してしまうと、そのミッションをこなせなくなる」

「ということは……全リーダーのデッキを持っていた方がいいって事?」

「そうだな。まあ始めたては低ランク同士で当たるんだけど、構築済みデックさえ買っておけば楽勝だよ。ランクが上がる頃にはカードがたまっていると思う」

「う、うん……」

 三和の言葉にも美鈴の表情は硬い。お金には相当に苦労している様子だ。

(なんか意外だな……永瀬がこんなにお金に困っているなんて)

 アイドルの卵だけあって普段の美鈴は立ち居振る舞いも華やかで会話もセレブに富んでいる。

 それがまさか数万の課金に躊躇するとは。

(カードゲームはお金かかるからなぁ……。シャドバはまだ優しい方だと思うけど)

 シャドウバース以外のカードゲームの中には一枚のカードに数十万の値段がつけられるものもある。

 それらに比べればシャドウバースの敷居はかなり低い。

 実際、SNS上での知り合いの中にはこまめにミッションをこなすことで、ほぼ無課金で全リーダーの環境トップデッキを揃えている知り合いもいる。

「将来への投資と割り切って払うしかないわ」

「課金するならコンビニでプリペイドカード買ってくるか」

「大丈夫。クレジットカードがあるから」

 この辺りは普通の高校生よりもこなれている。

 美鈴はその場でクレジットカード決済を利用し、ゲーム内通貨のクリスタルを購入した。

 このクリスタルを使ってカードパックを購入ないし構築済みデックが買えるのだが……。

「なあ、ちょっと俺に任せてくれるか?」

「何を?」

「いらないカードを分解して必要なカードを生成するんだけど、数が膨大だから一つ一つ指示するよりも俺がやった方が手っ取り早い」

「うん。任せる」

 美鈴は三和を信用してくれているようだ。シンプルなデザインのピンク色の彼女の携帯端末を手渡され、三和はしばし操作に没頭した。

 中々に苦労する作業である。

 カードゲームには『環境』という言葉がある。

 簡単に言えば『流行り』だ。

 ある強いデッキが存在したとする。強いのだから当然そのデッキは流行る。すると、他のデッキには弱いけどその流行っているデッキには強いというメタデッキが流行り出したりする。そしてその特定のデッキには強いデッキが流行り出すとまたそれに強いデッキが流行り出す……とカードゲームの環境は短い時間で変動していくのだ。

 ふつうはその環境の変化は緩やかなものだが、時に激変することがある。

 新しいカードパックが出てきた時だ。新しいカードが追加されることで、それまで見向きもされなかったカードが日の目を浴びることは珍しくない。

 カードを生成するのに消費するエーテルは、同じカードを分解して得られるエーテルの数倍する。無駄にカードを分解して、いざそのカードが必要になった時に生成するのでは、大きなロスが生まれるため、分解するカードは吟味しておきたい。

 苦労してやりくりしながら、なんとか三和はネクロマンサーデッキを完成させた。

「とりあえずこれが俺が使っているネクロマンサー。細かい部分はいじってもいいと思うけど一つの基本だと思ってくれ」

「ありがとう」

 両手を合わせて美鈴は喜んで見せた。

「女の子が多いのね……あれでもドラゴンとかもいる」

「そうだな、ネクロマンサーの低コスト帯には強い女キャラクターが多いんだ。でも鍵となるのは『幽霊支配人・アーカス』だ」

 

 

《幽霊支配人・アーカス》

コスト7 攻撃力6 体力6

[ファンファーレ ]『このバトル中、自分のリーダーは「自分が元のコスト3以下のフォロワーをプレイしたとき、それを破壊する。その後、ゴーストX体を出す。Xは「そのフォロワーの元のコストの値」である」を持つ。リーダーはこの能力を重複して持たない。』

 

 

「幽霊支配人・アーカス?……ええっと……ようするにゴーストを生み出す? そのゴーストっていうのが強いの?」

「強い。なぜなら『疾走』を持つからな」

「『疾走』?」

「カードの特殊効果に『疾走』というものがあるんだ。普通、場に出たフォロワーはそのターンには行動できない。だけど『疾走』を持ったフォロワーはプレイした瞬間に動くことができる。さらには『怪物の少女・フラン』などによって、アーカスの効果が発動した後は相手が展開した強力なフォロワーを除去するのも難しくないんだ」

 

 

《怪物の少女・フラン》

コスト3 攻撃力0 体力1

[ファンファーレ]

『・フランの従僕

 ・フランの呪い

チョイス したカード1枚を手札に加える。』

[エンハンス:7]『 チョイス ではなく、フランの従僕1枚とフランの呪い1枚を手札に加える。』

 

 

「怪物の少女・フランって、これ……? あ、これ3コストだから、アーカスの効果でゴーストになっちゃうんだね」

「そう。さらに『フランの呪い』を『チョイス』することで3コストで7点のパワーが出る。シャドウバースではほとんどのカードはコストと同じぐらいの打点しか出せないから、二倍以上出せるアーカス後のフランは滅茶苦茶強い」

「滅茶苦茶……かぁ」

「アーカスの基本プランは7ターン目にアーカスを着地させ、8ターン目9ターン目に敵の盤面を除去し、10ターン目に『幽想の少女・フェリ』の特殊効果で3回攻撃して決着をつけることだ……って言ってもまあ、いきなり理解しろなんて無茶は言わないよ」

「はは……ごめん、ちょっと話が左の耳から右の耳に流れているかも……」

「習うより慣れろだな。一回やってみよう」

 三和は自分の携帯端末を取り出した。美鈴にやらせるべきかと思ったが、美鈴はまだ始めたてでランクが低く、当たるのは同じような低レート帯だ。

 低レート帯はまだカードを揃えていない人たちが多く、このデッキの強みを実感する以前に蹂躙するだけになるので、お手本として三和がすることにした。

 三和のランクは最高位のマスターで、シーズン開始から一週間を待たずにグランドマスターに到達している。このレート帯であれば、基本的に環境トップのデッキとしかマッチしない。

「ゲーム用語を説明していこうか。最初に3枚の手札の内、いらないカードを選んでシャッフルできる。これをマリガンというんだ」

「マリガン? 何語?」

「シャドウバースとは別のカードゲームから流れてきた言葉だけど、何か前調べたらゴルフプレイヤーが語源らしいな」

「へー」

「このマリガンは超大事だ。基本としてはまず相手のリーダーを確認しておくこと」

「相手のリーダーは誰?」

 画面には剣先を鋭く構えた黒髪のボブカットの少女が映っている。

「エリカだな。ロイヤルだ。ロイヤルで特に気を付けないといけないのは、『簒奪の絶傑・オクトリス』だ」

「ふーん? そんなに強いの?」

「強いというか、一種のメタカードだな。相手の『ラストワード』を奪うという能力を持つ」

「『ラストワード』?」

「そのフォロワーが倒された時に発動するタイプの能力のことだ。ほら、こいつ」

 三和は『禁絶の腕・ニコラ』というカードを見せた。

「このニコラは死んだ場合、同じニコラを強化した上で手札に帰ってくる。アーカスを使う上で重要なカードなんだけど、その効果をオクトリスはまるまる奪う。できれば奪われたくはない」

「ふーん。そうなんだ」

 三和は『禁絶の腕・ニコラ』と『ソウルコンバーション』をキープ。後は返した。

「先行は先に行動できるという有利がある分、進化権と最初に配られる手札が一枚少ない。だからこの『ソウルコンバーション』のようなドローカードを先に握っておきたい」

「ふーん、なるほどね」

 マリガンが終了し、1ターン目はお互いに何もせずに終了した。

「さっき言ったオクトリスは3コストだ。だから先行2ターン目にニコラを出しても問題はない」

 三和は『禁絶の腕・ニコラ』をプレイ。

 それに対して相手は『メカゴブリン』をプレイしてきた。

「ほお、珍しい。機械ロイヤルか」

「機械ロイヤル?」

「今ロイヤルの主流はリーシャを採用したミッドレンジロイヤルと言われるものなんだ。それに対して機械タイプのフォロワーを多く採用したのが機械ロイヤル」

「ふーん。メカゴブリンを出しただけでそれがわかっちゃうんだ」

「ああ。こういう相手のアーキタイプを読むのは大事だぞ」

 3ターン目。三和は場に出した『禁絶の腕・ニコラ』で敵のリーダーを攻撃してライフを19まで減らすと、『ソウルコンバーション』で『禁絶の腕・ニコラ』を自らの手で破壊。代わりに2枚ドローする。

「俺のネクロマンサーは2コストがかなり多く採用されている。だからドローすれば2コストを引く確率は高い。仮に引けなくてもラストワードの効果で手元に戻ってきたニコラを出せる」

 三和は『ソウルコンバーション』の効果で引いた『幽葬の少女・フェリ』をプレイ。

 3ターン目の相手は、『メカゴブリン』で三和を直接攻撃。これで三和の体力は18まで減る。

 そして『魔弾の狙撃手・ワルツ』をプレイ。

「ワルツはファンファーレ……手札からプレイした時に発動する特殊効果で、除去スペルを入手できる。1コストスペルの『必殺の魔弾』か、5コストスペルの『浄化の魔弾』か」

「どっちが入手したかわからないの?」

「ワルツのファンファーレは『チョイス』という効果でどちらかを選ぶんだが、『チョイス』を確認する方法はない。状況から考えると使いやすい魔弾を選択するのがベターだけど、こっちの5ターンセレスへの対策に聖弾を選んだ可能性もある」

「ふーん?」

 4ターン目。三和は場に出た『幽想の少女・フェリ』で『魔弾の射手・ワルツ』を攻撃。相打ちさせる。

そして攻撃力2に強化された『禁絶の腕・ニコラ』と、新たにひいた『禁絶の腕・ニコラ』の2枚をプレイ。

 4ターン目相手のターン。

 相手はまず『簒奪の絶傑・オクトリス』をプレイ。攻撃力2に強化された『禁絶の腕・ニコラ』のラストワードが奪われてしまう。

「あ、ラストワード奪われちゃったよ!」

「ニコラはもう一枚あるから問題ない。それとオクトリスにいつか奪われるのはわかっていた。3コストとPPを外したタイミングで使わせた分、アドバンテージをとったとも言える」

 相手は『簒奪の絶傑・オクトリス』を進化。

三和は即座に画面左上をタップしプレイログを見た。

(『靴』と『聖杯』か……)

 相手の動きが一瞬止まる。どうプレイするか悩んでいるようだ。

 そして、場に存在する『メカゴブリン』で攻撃力1の『禁絶の腕・ニコラ』を攻撃して破壊。

 進化した『簒奪の絶傑・オクトリス』は攻撃力2の『禁絶の腕・ニコラ』を攻撃して破壊。2点の反撃を受け、体力5の『簒奪の絶傑・オクトリス』は体力3点まで減らす。

 しかし残った1PPで、手に入れたばかりの『黄金の聖杯』を『簒奪の絶傑・オクトリス』に使用。体力を2回復させる。

 場には2/1の『メカゴブリン』と4/5の『簒奪の絶傑・オクトリス』が残った。

「ち、体力5で残ってしまったか」

「まずいの?」

「ちょっとな……セレスの能力を生かせない」

「セレス?」

「『永遠の花嫁・セレス』。アーカスと並んで、ネクロを環境トップに押し上げているパワーカードだよ」

 

 

《永遠の花嫁・セレス》

コスト5 攻撃力1 体力4

自分のターン終了時、自分のリーダーを3回復。

[交戦時]『交戦する相手のフォロワーに3ダメージ』

[ファンファーレ]『 永遠の誓い 1枚を手札に加える。』

 

 

「その理由の一つが交戦時能力。交戦時能力は、フォロワー同士が攻撃し合う前に発動するんだ。つまりもしオクトリスの体力が3以下だった場合、殴り合ったとしてもセレスは無傷で残るんだ」

「ふーん。じゃあ別のカードをプレイする?」

「いや……」

 呟きつつ、三和は手札を見た。

「セレスは強いカードだ。このままプレイする」

 宣言通り『永遠の花嫁・セレス』を三和はプレイ。

進化して『簒奪の絶傑・オクトリス』と交戦。交戦時効果が働くも、セレスは4点の反撃を受け体力を2まで減らす。

「セレスが強い理由のもう一つはターン終了効果だ。場に存在するだけでリーダーの体力を3点回復する」

 先ほど『メカゴブリン』の攻撃で18点まで減った三和の体力が3点回復する。ただしリーダーの最大体力は20なので、現在の三和の体力は20。

「次に相手に出されて厄介なのは『ドラゴンナイツ』のヴェインか」

 独白しつつ三和はターンを終了する。

 相手の5ターン目。

 相手は『トランプルフォートレス』をプレイ。

 さらに『トランプルフォートレス』を進化。進化時効果で場に3体の『プロダクトマシーン』が出現する。

「わっ、一杯でてきたよ」

「この横展開が機械ロイヤルの特徴だ。そして直接召喚される『炎獅子の大将軍』が厄介なんだ」

「大将軍……?」

 三和が説明しようとした矢先。

 相手は、『必殺の魔弾』をプレイ。体力が2残っていた『永遠の花嫁・セレス』は破壊される。

 場に2/1で残っていた『メカゴブリン』は三和を直接攻撃。これで三和のライフは18に再度減らされる。

 盤面には2/1の『メカコブリン』、6/5の『トランプルフォートレス』さらに1/1の『プロダクトマシーン』が3体と並び、五つある盤面が全て埋まっていた。

「ちょ、ちょっと。これ不味いんじゃない?」

 圧倒された盤面に美鈴が慌てる。だが、むしろ三和は薄く笑んでいた。

「いや。勝ち筋が見えたところだよ」

 6ターン目。

 三和は『永遠の花嫁・セレス』のファンファーレ効果で入手した『永遠の誓い』をプレイすると、即座にターンを終了する。

「永瀬、覚えとけ。これがシャドウバース特有の『盤面ロック』だ」

「盤面ロック…‥?」

「シャドウバースでは一度に5枚までのカードしか盤面に出すことができない。そして場が5枚のカードで埋まっている場合、新たにフォロワーをプレイすることはできない」

 6ターン目。相手は時間をかけたものの、やはり盤面ロックのせいでカードをプレイできないようだ。

 6ppを一切使うことなく場に出ていた『プロダクトマシーン』を進化。

 場に出ていたフォロワー全員で三和を直接攻撃。三和の体力が18から13点削られて残り体力は5。

「かなり痛いダメージをもらったけど、相手は6PPも無駄にした。このアドバンテージは大きい。そして6ターン目にプレイした『永遠の誓い』で俺の手札のネクロマンスカードは全て2コストダウンした」

 三和の7ターン目。

 まず三和は失った体力を回復させるために『心眼の双葬女・レディグレイ』を0コストでプレイ。進化させて『トランプルフォートレス』を攻撃。3点ドレインの効果で三和の体力は8点まで回復する。進化時効果で呼ばれたのは『禁絶の腕・ニコラ』だった。

「お、ラッキーかもな」

 呟いてから、三和は7コストになった『屍竜・ファフニール』をプレイ。

《我が吐息、天地を焦がす……》

 屍竜が咆哮を上げ無数の火球が降り注いだ。たなびく黒煙が晴れた後には屍竜以外の姿はなかった。

「ファフニールのファンファーレ効果は、墓地の数を消費して場の全てのフォロワーにダメージを与える」

 『屍竜・ファフニール』の攻撃は三和がプレイした『心眼の双葬女・レディグレイ』が呼び出した『禁絶の腕・ニコラ』まで巻き込んで、自身以外を全て灰燼へと帰した。

 相手の場を埋め尽くしていたフォロワーも、ドラゴンの吐息の前には一片たりとも残っていない。

「倒した機械フォロワーの数は5体か」

 わずか迷った末、三和は0コストになった『死の夢の少女』をプレイ。

 相手のライフは19、三和のライフは8。リーダーの体力では大きくビハインドを背負ったものの、盤面には8/10という凶悪な存在が鎮座しており、さらには2/2の『死の夢の少女』が存在している。

「さて、返せるか」

 『屍竜・ファフニール』の存在は圧倒的なものの、三和のライフは残り8と心もとない。

 最悪の想定としては次の7ターン目、『クイックブレーダー』2枚と『絶望の指揮官・セリア』が存在した場合進化権を使ってトドメを刺される。

(だが機械ロイヤルであればクイックブレーダーを採用することは少ない。その3枚が揃っている可能性は限りなく低いはずだ)

 しかしもしかしたらという緊張が自然と指先に力がこもり、意図せずに三和は眼鏡の位置を押し上げた。

 そして返した相手の7ターン目。

 これまでの中でもひときわ長い長考に入る。

(ここまで悩むとなればこのターン死ぬことはなさそうだな……)

 おそらく『屍竜・ファフニール』をどう処理するか悩んでいるのだろう。

 そして時間いっぱい悩んでから相手は動き出す。

《英雄ヨハンは裏切らない!》

 鋼鉄の斧を構えた鈍色のロボットが飛び出てくる。『純鉄の英雄・ヨハン』だ。

 

 

《純鉄の英雄・ヨハン》

コスト7 攻撃力3 体力5

自分の機械・フォロワーが破壊されるたび、自分の手札のこのカードのコストを-1する。

[突進]

自分の場に他の機械・フォロワーが出るたび、それは突進 を持つ。

 

 

 

 『純鉄の英雄・ヨハン』は7コストフォロワーだが、手札にある時に自身の機械・フォロワーが破壊されるとコストが下がる。先ほど『屍竜・ファフニール』に5体の機械・フォロワーが倒されたのでコストは2コストまで下がっていた。

 さらに相手は、『簒奪の絶傑・オクトリス』で奪った『禁絶の腕・ニコラ』をプレイした。

 『禁絶の腕・ニコラ』は機械・フォロワーに分類されており、『純鉄の英雄・ヨハン』の効果で突進能力が付与される。

 一度目は攻撃力3。『死の夢の少女』にぶつけ相打ち、手札に戻り攻撃力4に強化された『禁絶の腕・ニコラ』を再度プレイ。

 『ファンファーレ』効果により、『禁絶の腕・ニコラ』は攻撃力1に戻り、それと引き換えに『禁絶の一撃』を手札に加える。

 そして『純鉄の英雄・ヨハン』と『禁絶の腕・ニコラ』は『屍竜・ファフニール』に攻撃。『屍竜・ファフニール』の体力を4点減らす。余った1PPで『リペアモード』を使い、相手はリーダーのライフを20まで回復させた。

「ちっ、盤面にフォロワーを残さないか。わかっているじゃないか」

「勝てそう?」

「まだわからないがいけそうだな。ネクロマンサーはアーカスが基本だけど、一応三つの勝ちパターンが用意されているんだ。それがこの『屍竜・ファフニール』で盤面をひっくり返すパターン。そして、セレスの『永遠の誓い』でコストを下げたフォロワーを、『グレモリー』で一気に展開して盤面勝ちをするパターン」

 8ターン目。

 三和は流れるようにプレイする。

『永遠の誓い』の効果でコストの下がった『心眼の双葬女・レディグレイ』と『禁絶の腕・ニコラ』、『ビッグソウルハンター』をプレイ。そして『グレモリー』のエンハンス効果を発動する。

 『グレモリー』のエンハンス効果は『自分の場のフォロワーを全て進化させる。』それは言ってしまえば、全てのフォロワーの攻撃力と体力を+2するという意味だ。

 10/8、3/5 4/5、4/3、1/1。

 場に並ぶ合計スタッツ、22/22。

 三和は『グレモリー』のエンハンス効果で進化した『屍竜・ファフニール』で敵のリーダーを攻撃。10点のダメージを与えライフを20から10まで減らす。

 相手の8ターン目。

 相当な苦境であるはずだ。長い長考に入る。

(厄介なのは相手の手札に『禁絶の一撃』が入ったことか……。墓地は13だけど機械ロイヤルは一気に膨れ上がるから……)

 悩んだ末に相手がプレイしたのは、0コストまで下がった『純鉄の英雄・ヨハン』。

 そして『トランプルフォートレス』をプレイ。最後の進化権を使用。

 場に大量に『プロダクトマシーン』が出現し、それらは『純鉄の英雄・ヨハン』の効果により全て突進が付与される。

 6/5の『トランプルフォートレス』は4/5の『ビッグソウルハンター』を攻撃し、体力を1残して破壊。

 3体の『プロダクトマシーン』は全て『屍竜・ファフニール』を攻撃し、『屍竜・ファフニール』の体力は残り5。

 そして『鈍鉄の英雄・ヨハン』は『心眼の双葬女・レディグレイ』に攻撃。『心眼の双葬女・レディグレイ』の体力を残り2まで減らす。

 相手は残り4PP。

 三和は思わず舌打ちした。

「機械神か」

 相手がプレイしたカードは、三和の想定通り『機械神』のアクセラレート。

 効果はこのバトルで倒された機械・フォロワーの数だけ、1点ダメージを敵のランダムなフォロワーに与える。

 このバトルで倒された機械フォロワーの数は11体。場に残された『屍竜・ファフニール』、『心眼の双葬女・レディグレイ』、『禁絶の腕・ニコラ』、『グレモリー』の合計体力はちょうど11。

 降り注ぐ光芒が、正確に全てのフォロワーを射抜き、22/22を誇った三和の盤面が全て更地にされた。

 それどころか相手には3/2の『純鉄の英雄・ヨハン』に6/1の『トランプルフォートレス』が残っていた。

「あれを返すか……」

 正直あれを返されるとは思わなかった。機械ロイヤルのキーカード、『純鉄の英雄・ヨハン』と『トランプルフォートレス』を2枚ずつ抱えていた相手の豪運といっていいだろう。

「かなり不味いな」

「三和君のライフは8しかないもんね。この2体を残すと負けだよね?」

「それだけじゃない。相手の手にはニコラの効果で手に入れた『禁絶の一撃』がある」

「『禁絶の一撃』?」

 

 

《禁絶の腕・ニコラ》

コスト2 攻撃力1 体力1

[ファンファーレ]『このフォロワーの攻撃力が4以上なら、禁絶の一撃1枚を手札に加え、このフォロワーの攻撃力を1にする。』

[ラストワード]『禁絶の腕・ニコラ1枚を手札に加え、+X/+0する。Xは「破壊される直前の攻撃力の値」である。』

 

 

 

《禁絶の一撃》

コスト5 スペル

相手のリーダーか相手のフォロワー1体に4ダメージ。

[ネクロマンス:20]『4ダメージではなく10ダメージ。』

 

 

「ニコラは倒される度に強化されて手札に戻ってくるけど、攻撃力4を超えるとまた1に戻って代わりに5コストのスペル『禁絶の一撃』が手札に入るんだ。墓地が20ある状態で『禁絶の一撃』を使うと、相手のリーダーに直接10ダメージを与える」

「ええっと、相手の墓地は16……?」

「今場に出ているヨハンとトランプルフォートレスを倒して18。相手のハンドには1コストスペルの『黄金の靴』が確定であるから、適当な低コストフォロワーに『黄金の靴』を使い自殺させれば墓地は20になって条件を満たす」

「三和君ライフ8しかないよね? 負けちゃうの?」

「いや」

 三和は小さく笑んだ。

「まだわからないかな」

 今のターンに倒された『グレモリー』は、場に残った進化済みフォロワーに、ターン終了ごとに『カードを一枚ドローする』能力を付与する。

 これにより、三和は4枚のドローを得ていた。

 9ターン目。

 三和は『死の夢の少女』のラストワード効果で手に入れていた『深淵の夢』をプレイ。場に出たゴーストで敵のリーダーを攻撃。相手の体力は9点に減る。

 残った6PPで、スペル『悪霊の憑依』をプレイ。

 体力2残っていた『純鉄の英雄・ヨハン』を破壊し、スペルの効果で新たに場に出た『ゴースト』で『トランプルフォートレス』を攻撃、破壊。

 最後の4PPで『永遠の花嫁・セレス』を場においた。

 そしてターンエンド。『永遠の花嫁・セレス』の効果で3点回復し、三和のライフは11点。

「これで『禁絶の一撃』の即死圏内から逃れたが……『炎獅子の大将軍』の召喚条件を満たしたか」

「炎獅子の大将軍?」

 三和が説明するよりも先に、ターンエンドしたことによって相手のターンが始まる。

 そして、流星のような煌めきと共に相手の盤上にフォロワーが飛来してきた。

《いざ出陣! 焦土を行け!》

「わっ、何かでてきた!」

「直接召喚。一定の条件を満たすことで、デッキからカードを直接呼び出す特殊効果だ。炎獅子の大将軍の召喚条件はバトル中に15体を倒すこと。さっきヨハンとトランプルフォートレスを倒したことで召喚条件を満たしたんだ」

「そこまで数えていたの?」

「まあね。機械フォロワーは横並びの多いアーキタイプで『炎獅子の大将軍』と相性がいい。デッキにはまず入ってるから、警戒していたんだ」

「まずそう?」

「ああ……やはりアーカスを発動できなかったのが痛かった」

 先ほどの『グレモリー』のドロー効果により手札には『幽霊支配人・アーカス』がきているが、相手の墓地カウントが20を目前にしている以上『永遠の花嫁・セレス』でライフを回復しないと万に一つも勝ち目はない。『幽霊支配人・アーカス』をプレイする隙がなかった。

 9ターン目。

 相手は『高潔なる騎士・レイサム』をプレイ。そして余った1PPで『黄金の靴』を使用。

 『黄金の靴』の効果は使用したフォロワーに突進を付与できる。突進を得た『高潔なる騎士レイサム』は三和の『永遠の花嫁・セレス』に攻撃、破壊。

 同時に場には『高潔なる騎士・レイサム』の効果で1/1の『ナイト』が疾走状態で出現する。

「レイサムは、ロイヤルにとってのアーカスのようなカードなんだ。発動すると永続効果で、攻撃する度にナイトを呼び出し疾走を付与するんだ」

 1/1の『ナイト』は疾走効果により、このターンにリーダーへの直接攻撃が可能だ。

 当然三和を直接攻撃。三和のライフは10になる。

 相手の場には8/3の『高潔なる英雄・レイサム』、4/4の『炎獅子の大将軍』、1/1の『ナイト』。

 墓地数は19。『禁絶の一撃』の条件を満たしていないものの、目の前の『高潔なる騎士・レイサム』を無視してターンは渡せない。

 しかし……三和は笑んだ。それまでの笑みとは種類の異なる笑みだ。目つきが悪いと言われる三白眼を糸のように細め、普段の彼からは想像がつかないような柔和な顔をしている。

「細い勝ち筋だったけど、諦めずに進んだから打てた。この勝負、俺の勝ちだ」

「……!」

 美鈴は息を飲んで見つめているしかできない。

 三和の指先が動く。プレイしたのは『幽想の少女・フェリ』。

 不要となった『幽霊支配人・アーカス』と『禁絶の腕・ニコラ』を葬送し、『深淵の夢』から生まれた『ゴースト』に3回攻撃する効果を付与する。

 そしてデッキに2枚入っている『蒼の少女・ルリア』をプレイ。エンハンス効果でコスト7以上のランダムなニュートラル・フォロワーをデッキから手札に加える。

 該当するニュートラルカードは、三和のデッキには1枚しかない。

 『飢餓の絶傑・ギルネリーゼ』。

 

 

《飢餓の絶傑・ギルネリーゼ》

コスト7 攻撃力3 体力5

[潜伏]

[ドレイン]

自分のターン開始時、このターンが自分の10ターン目かそれ以降なら、自分と相手はカードを5枚引く。

[ファンファーレ]『自分の他のフォロワーすべてを+2/+0する。』

 

 

 ドレインや潜伏、ドロー効果など多種多様な能力を持つが、最大の強みはファンファーレで『他のフォロワーの攻撃力を+2する』。

 場に出たゴーストの攻撃力を2点上げて攻撃力は3点。そして先ほどの『幽想の少女・フェリ』の効果で3回攻撃が可能となっている。

 相手の体力は、ちょうど9。

「守護を置いておくべきだったな。それだと俺はほぼ詰みだった」

 言いつつ、ゴーストを3回タップする。3点を3回で9点。

《お見事です……》

 相手のライフを全損させ、画面上のエリカは白い光の粒子となって霧散した。

「ふぅ~~~~。……軽く見せるつもりが神経使う試合だったよ」

 苦笑を浮かべつつ、美鈴を見る。

「始めたてに見せるには、ちょっと何が起こっているかわかりづらい試合だったかな」

「ううん。……いや、わかってないかもしれないけど、ちょっとコツとかわかった。盤面ロックとか、相手の出すカードを予想してプレイするとか」

「カードゲームは手札に何が配られるか運だけど、配られたカードにあわせて柔軟に対応できれば勝率につながる。本音を言えば、7ターン目にアーカスをプレイしたかったけどな」

「うん。結局アーカスさんでなかったね」

 美鈴がくすりと笑む。

 お手本というよりは邪流の勝ち方になってしまったが、それがデッキを使いこなすということだ。レアな今回のケースを体験できたのはある意味よかったのかもしれない。

 問題点としては、初心者に今の試合が理解できたかどうかだが、美鈴は優等生で呑み込みが早いので案外身になったかもしれない。

「じゃあ次は永瀬がプレイしようか。一応言っておくとな、グランドマスターになるためにはまず最初のビギナーから初めて、D、B、A、AA、マスターの5段階を上がってから1万ポイント貯めないといけない。結構気の長い企画だぞ、これ」

「お仕事だもの。それにちょうどいい配信の材料だし」

「配信?」

「私ローカルライブやってるんだ」

「ああ、個人配信か」

「そう。普段はバトルロワイヤル系のFPSをするんだけど、今回の企画でシャドウバースをすることに決めたんだ」

「ふーん。チャンネルを教えてもらってもいいか?」

「うん、いいよ。あ、でも……」

 美鈴は言いにくそうに歯切れ悪く言う。

「ごめん。事務所側の方針で男の子に教わっているってのは隠す方針だから、コメントとかは気をつけてもらわないと……」

「心得ているよ」

 すまなそうに言う美鈴に、安心させるように三和は言った。

「コメントは一切しない。反省点があれば、ラインか何かで教えるよ」

「うん……。三和君。本当にありがとうね」

 美鈴がはにかむ。華のある笑顔だ。それを今独占できていると思うと、悪い気はしない。

「がんばれよ。アイドル」

 普段斜に構える三和だが、応援の言葉は素直に出た。真摯に、ひたむきに、自分のプレイするシャドウバースに向き合う彼女を応援したい。心からの言葉だった。

「うん」

 弾むような笑顔とは、このような顔を言うのだろうかと思った。

 

 

 

 

 

「それじゃ、三和君」

「ああ、お疲れ様」

 美鈴は数戦ランクマッチをして、ダンスのレッスンがあるからと化学準備室を後にした。

 美鈴は全勝した。低ランクではまだカードが揃っていないプレイヤーがほとんどで、一度だけしっかりとしたデッキの相手と当たったが、横で三和が教えたこともあって勝利した。

 彼女がどれぐらいのペースでランクを駆け上がるか知らないが、しばらくはその状況が続くだろう。

「ふ~む」

 と三和の背後で声が上がった。

 振り返ると椅子に腰かけた樫崎が大きな伸びをしていた。

「どうかしましたか、先生」

「肩がこった」

 つぶやくと腕をまわす。樫崎はずっとテストの採点をしていたらしい。

「なぁ三和。お前永瀬とお近づきになったわけだが……そういう気は起きんのか」

「また不躾な質問ですね」

 思わず眉根を寄せ、癖で眼鏡の位置を直した。

「まあ……魅力的だと思いますよ。でも、住む世界が違うでしょう」

「そう諦めちゃ、何もはじまらんぞ」

「いいんですか、教師が不純異性交遊を勧めて」

「馬鹿め。少子化問題のために異性交遊は進めるところまで進めた方がいいんだよ。ようは不純にまでいたらなければいいんだ」

 開き直った様子の樫崎に三和は肩をすくめた。

「カードゲームと一緒ですよ」

「ん?」

「カードゲームはアドの取り合いです。細かなアドを積み重ねて勝利するんです」

「ふーん? 今は好感度を稼ごうって腹積もりか?」

「いや……彼女に嫌われて女子生徒の反感を買うのがディスアドってことですよ」

「ふん。横文字を使って煙に巻くのはお前さんの悪い癖だ」

(我ながら面倒な性格だとは思っているけど……)

 三和だって男の子だ。魅力的な女子生徒を見れば下心の一つぐらい持つ。

 だが永瀬美鈴は同時にひたむきにアイドルを目指していた。それを邪魔することなく、応援したい気持ちが三和にはあるのだ。

(だから今は……)

「ま、一人前のカードゲーマーとして育てる。それだけですよ」

「ふん。少々面白くはないが、まあお前はそういう奴だったな。精々鍛えることだ」

 

 時計の針が、ちょうど17時を刻んだ。

 




三和悠平(みわ・ゆうへい)
使用リーダー:全リーダー(しいて言うならネクロマンサーとヴァンパイア)
眼鏡をかけた三白眼の持ち主。驚いたり焦ったりと自分の想定外のことが起こると眼鏡の位置を直すのが癖。
学業の傍らシャドウバースをたしなんでいる。


永瀬美鈴(ながせ・みすず)
使用リーダー:ネクロマンサー(暫定)
腰まで伸ばした見事な栗色の髪の持ち主。
アイドルの卵。
華やかな外見とは裏腹に、弱小プロダクションの所属で給料は雀の涙。洋服代や化粧品代、ダンスのレッスン代などで出費がかさみお金には苦労している模様。
営業活動の一環と小遣い稼ぎに個人配信を行っている。


使用デック
三和ネクロマンサー
https://twitter.com/fet_light/status/1118876277341966336
相手機械ロイヤル
https://twitter.com/fet_light/status/1118888990403223554


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2.恋心はコントロール

 美鈴の芸名は凪咲理江。有名な占い師に母親が依頼して画数などから考えてもらったものだという。

「それでは収録はいりまーす!」

 アシスタントが声を張り上げる。今日はグランドマスターチャレンジ企画の2回目の収録の日だった。

 初回はサプライズで番組側から企画の事を話され、チュートリアルを受けるだけで終わったが、今は三和のおかげで美鈴のランクはすでにビギナーからD1まで昇格していた。

 収録といっても、小さなインターネット番組。

 予算の都合がつくわけもなく、撮影場所は殺風景な会議室で、美鈴がシャドウバースをプレイしながら、カメラを構えたディレクターの質問に答える簡素な光景だ。

 

「あれ、凪咲ちゃんもうビギナーから卒業してるね」

 

 開口一番ディレクターの野田が美鈴のランクに気づいた。

 

「はい。あれからちょっと自分でプレイして今D1です」

「シャドウバースのこと少しは勉強した?」

「はいっいっぱいしましたっ」

 

 主に三和から教わったのだが、番組側にも三和のことは秘密ということになっている。

 

「構築済みデッキというのを買って、自分でデッキを組んだんです」

「リーダーは何を選んだの?」

「ネクロマンサーのルナちゃんです。ぬいぐるみを抱えた姿がかわいくって」

 

 美鈴はカメラに映るようにルナのスキンを見せた。

 これらのやりとりは、後で編集して必要な部分だけ切り抜いて番組に使われるはずだ。

 単にシャドウバースをプレイするだけでは盛り上がらないので、野田は話を引き出そうとプレイの合間に質問を挟んでくる。

 

「お気に入りのカードってある?」

「えー、かわいい子が多いから難しいですね……うーん……これですかね」

 

 

《幽想の少女・フェリ》

コスト2 攻撃力2 防御力2

[ファンファーレ]『このターンが自分の10ターン目かそれ以降なら、2回葬送 する。2回葬送 したなら、ターン終了まで、自分の他のフォロワーすべては「1ターンに3回攻撃できる」を持つ。

(2回葬送 するには、幽想の少女・フェリが場に出たあと、自分の場に空きが2つ以上必要)』

 

 

「上品なところが素敵ですし何より効果が強いんです。いつも助けられています」

「このデッキはどこで勉強して組んだの?」

「ええっと、攻略サイトとかSNSとかで調べて……他の人のを参考に組みました」

 実際は全て三和に言われたままなのだが、質問された場合はこう答えるように助言されていた。

「勝率いいね。もしかしてうまい?」

「デッキが強いんです。お小遣いを使ってカード集めて……」

「けっこうガチだね」

 

 野田が苦笑をにじませながら言った。

 美鈴も微笑んで、

 

「ガチですね」

 

 と答えた。

 それから、自分から言葉をつむぐ。

 

「私、e-sportsって言葉好きなんですよ」

 

 野田は黙って美鈴の言葉を待つ。

 

「ゲームだけど、ネットを通じたむこうには対戦相手がいて、お互い競い合う。昔では考えられなかったことですけど、それって素敵なことだと思うんです」

 

 そういったやりとりを数度繰り返し、時間が来たので収録終了。

 

「お疲れ様でしたー」

 端役である美鈴の出番は終わりだ。別の収録のために素早く場を開けなければいけない。

 美鈴は一礼すると席を立った。

 と、チーフディレクターの横田喜助が歩いてきた。

「いやあ、理江ちゃん、予想以上に勉強してきたね。うちの若い奴が驚いていたよ」

「本当ですか? あ。もしかしてやりすぎちゃいました?」

「いやいやそんなことないよ。たしかに最初はアイドルの娘が四苦八苦する方向で編集していこうかと思ったけど、この調子ならアイドルがガチで挑戦する企画として売り込んだ方が盛り上がりそうだね。がんばってはやいところグランドマスターになっちゃってよ」

「はいっ」

 元気よく返すと、横田は満足そうにうなずき手を振りながら立ち去った。

 入れ替わりに美鈴に近づいてきたのはマネージャーの鈴木信成だ。

「理江ちゃん、お疲れ様」

「はい。今日みたいな感じでよかったですか?」

「そうだね……僕としてはアイドルの子はもうちょっとゲームを苦手にしている方がかわいいと思うけど……ま、横田さんは上機嫌だったしいいんじゃないかな」

 そうは言うが鈴木の表情はかんばしくない。鈴木としては美鈴をゲーマーアイドルとして売り込もうという気はないのかもしれない。

「……ところで……」

「はい?」

 突然声を潜めてきた鈴木に、美鈴は耳を寄せる。

「例の……シャドウバースを教わっている男の子は大丈夫かい?」

「あっはい大丈夫です。あまり話したことない人でしたけど、話してみると思いの外気さくっていうか」

 今まで教室で見る三和は不愛想に三白眼を光らせ、近寄り難い印象を抱いていた。

 今度の企画のことで三和を頼るのも美鈴は相当悩み、だからまずは樫崎に助言を仰いだのだ。

「そうかい……ただくれぐれも気をつけてね。アイドルは恋愛禁止だから」

「あっ……はい」

 鈴木の言葉に美鈴は冷水を浴びせられた感覚に陥る。三和をそういう対象としてみているかというとそこまではないが、女の子なのに年相応の恋愛ができないというのは冷たい現実だった。

「相手に気をもたせるようなこともしちゃだめだよ。ほらゲームオタクって粘着質だからね」

「三和君は……そんなことないです」

 思わず美鈴はふくれっつらをした。いくらなんでも鈴木の偏見はひどいと思った。

 三和はがんばれと言ってくれたのだ。報酬も何もないのに、無償で自分を応援してくれている。

 陽の元に出ないで欲しいという美鈴の自分勝手な願いに嫌な顔をせず、自分は日陰者でいいから美鈴にがんばれと言ってくれたのだ。

 だから誰のためでもなく、鈴木の言葉を否定せずにはおられなかった。

「そ、そうかい」

 美鈴の剣幕に、ひるむように鈴木は慌て無理やり会話を打ち切った。

「さ、それじゃ送るから車を回してくるよ。表で待ってて」

「はい」

 鈴木に対する不機嫌さを隠そうともせず、美鈴はうなずいた。

 

 

 

 番組側との取り決めで、美鈴のグランドマスターチャレンジ企画は、今回のような収録と美鈴のストリームライブの録画を切り出して編集し番組で流すことになっていた。

 ビギナーからグランドマスターになると相当な時間がかかるらしく、いちいち収録に時間を割いてはいられないというのがその理由だ。

 というわけで、実質サービス残業のようなものだが、家でも美鈴はシャドウバースをプレイしなければならない。

「よし、ばっちし」

 鏡を前に美鈴は自身の姿を見て満足げにうなずく。

 美鈴は紺と白を基調としたセーラー服を着こんでいた。制服ではなくコスプレ。モチーフはお気に入りカードとして挙げた『幽想の少女・フェリ』だ。

 何かとお金がかかるアイドル家業だが、美鈴の母は裁縫が得意で、こういった衣装を自前で作ってくれる。美鈴が本気でシャドウバースを取り組んでいるとわかると、わざわざ衣装を作ってくれたのだ。

 そしてパソコンとwebカメラをセットし、配信ソフトを起動する。

 プライベートのストリームライブ。

 別のアイドル仲間に勧められて始めた地道な営業活動だ。

 たまにはファンからの投げ銭でお小遣い稼ぎもできる。

「それでは今日もシャドウバースはじめまーす!」

 元気いっぱいに声を上げて自分に活を入れ、始める。

 番組からは『配信で番組のこと、いっぱい宣伝しておいてよ』と事前に許可を受けている。

 だから配信タイトルにははっきりと『一からグランドマスターを目指す』と書いている。

 そのせいか、普段から美鈴の配信を覗きにくる常連以外に、シャドウバースプレイヤーと思しき人たちも見に来ているのか、いつもより少しだけ来場者が多かった。

(あ~でも三和君の言う通り、デッキパワーで押せちゃうなぁ)

 三和の言っている通り、下位のレート帯はカードを揃えていない者たちが多く、特に悩むことなく美鈴は連勝を抱えていた。ちらほらと出てくる強いデッキ所持者には負けることもあったが、全体的に楽勝ムードだ。

(これじゃ視聴者がつまらなそうだな……そうだ!)

「やってやるワン! 怒ったワン!」

 美鈴はカードたちの声真似をしだした。

 途端にコメント欄がにぎわいだす。

「あなたの未来と死が見える~♪」

「現実って夢より素敵?」

「ちゃんとかまえろよ……飛ぶぞ」

「いっしょにがんばりましょー!」

 『似てる』『似てない』『かわいい』『この声真似して』

 コメント欄からは声真似のリクエストまできだした。

(ふふ、よかった。あ、フェリだ)

 

「調教の時間だな!」

 

 いつもの調子で声を張り上げカードをプレイ。

 

「ご褒美だ!」

 

 コメント欄では『感謝します』『もっとお願いします』『もっともっとお願いします』。

 と謎の連帯感が生まれだしていた。

 

 

 

 

 

 一方。

「また負けたぁぁぁぁぁぁ!」

 時間を見つけて三和とやる練習戦では、ほとんど三和が勝っていた。

 美鈴の使っているデッキは相変わらずネクロマンサーだが、三和はロイヤルだったり、ウィッチだったり、今は不遇というエルフだったりするが、ほとんど三和が勝っていた。

「はは、まだまだだな永瀬。今のレートでは楽勝かもしれないが、マスターになればこんなデッキと当たり続けるんだからな、覚悟しておけよ」

「うう……容赦ない。……でもなんでこんなに差が出るの」

「うーんとにかく相手の動きを予測して厄介な盤面構築をすることだな。あと相手によってアグロにプレイするかどうかも重要だ」

「アグロって何?」

「アグロはアグレッシブの略で、序盤に試合を畳むということだ。逆に長期戦がコントロールで真ん中がミッドレンジ。ほら。ネクロマンサーは10ターン目からフェリの効果で爆発的な打点を出すだろ? だからできれば10ターン前に終わらせるよう積極的に動くのが大事なんだ」

 告げると、三和は携帯端末を操作した。

 現在、お互いの携帯端末はシャドウバースを起動し、ルームマッチモードになっている。

 三和はエルフのデッキを選択し準備完了を押した。

 美鈴もネクロマンサーで準備完了を押した。

「今回俺はミッドレンジコルワエルフを使う」

「ミッドレンジコルワ?」

「《絢爛の紡ぎ手・コルワ》を軸としたデッキだ」

 

 

《絢爛の紡ぎ手・コルワ》

コスト5 攻撃力4 体力4

[ファンファーレ]『このバトル中、自分のリーダーは「自分のターン開始時、フィル1枚を手札に加える。直前の相手のターンに自分のリーダーが受けた合計ダメージが4以上なら、1枚ではなく2枚手札に加える」を持つ。リーダーはこの能力を重複して持たない。』

[エンハンス:8]『フィル3枚を手札に加え、自分のPPを3回復。』

 

 

《フィル》

1コストスペル。

自分のフォロワー1体を+0/+1する。

自分がこのバトル中にプレイしたフィルが(このカードを含めず)4枚以上なら、そのフォロワーは「1ターンに2回攻撃できる」を持つ。

 

 

「効果を簡単に説明すると、アーカスやレイサムと同じ、永続効果をリーダーに付与するんだ。効果はターン毎に1コストスペルの『フィル』を1枚手札に供給する」

「『フィル』はどういう効果なの?」

「4枚まではただフォロワーの体力を+1するだけの効果なんだけど、5枚目からはそれに加えて1ターンに2回攻撃できるという効果を追加する。特に疾走フォロワーと相性がいいんだ」

「ふーん」

 

 聞きながら、エルフにはどんな疾走フォロワーがいたかなと思い出す。

 一番に思い浮かべたのは『歴戦の鷹匠』が呼び出す『飛翔する狩鷹』だ。

 あとは9コストで6点の攻撃力を持つ『天喰らう異形』。

 それからニュートラルだが『至高の戦神・オーディン』か。

 ともかく対戦開始。

 

 

「今回はそっちが先行、こっちが後攻だな」

「うん」

 

 

 1ターン目。美鈴の手札は『グレモリー』と『グール』と『永遠の花嫁・セレス』。

(先行だし1ターン目にグレモリーをプレイして、2ターン目にグールを出してカードをドローする)

 美鈴は『グレモリー』をプレイ。ターンエンド。

 

 後攻1ターン目。三和のターン。

「こっちはゴブリンをプレイ」

 『ゴブリン』は能力を持たない1コスト攻撃力1体力2のニュートラルフォロワーだ。

 

 

 2ターン目、美鈴のターン。

 美鈴は『グレモリー』で三和を攻撃し、ライフを19まで減らした後『グール』をプレイし『グレモリー』を破壊。代わりに2枚ドローする。

 

 2ターン目後攻三和のターン。

 まず『ゴブリン』で『グール』を攻撃、破壊。

 そしてアミュレット『伝説の幕開け』をプレイ。

 効果はターン終了時にフォロワーの体力を+1し必殺を付与する。

 三和はターンエンド。『伝説の幕開け』の効果で『ゴブリン』が1/2必殺持ちのフォロワーになる。

 

 3ターン目美鈴のターン。

「うわっ必殺は厄介」

 美鈴の手札は『悪意の憑依』、『禁絶の腕・ニコラ』、『死の夢の少女』、『ビッグソウルハンター』、『永遠の花嫁・セレス』、『幽霊支配人・アーカス』。

(悪意の憑依でゴブリンを倒してもなぁ。かといって2コストフォロワーを出したら『森荒らしの報い』で厄介なことになるからビッグソウルハンターかな)

 美鈴は『ビッグソウルハンター』をプレイ。

(1コストのゴブリンと相打ちは癪だけど、森荒らしの報いを考えたらやっぱりこうかな)

 ターンエンド。三和にターンを渡す。

 

 3ターン目後攻、三和のターン。

 三和は必殺を持つ『ゴブリン』で『ビッグソウルハンター』と相打ちさせ、『森の女王・リザ』をプレイする。

 女王というよりはお姫様のようなかわいらしい少女が場に現れた。

(あら? ラストワード持ち?)

 場に出てきた『森の女王・リザ』にはラストワードを持っていることを示すドクロマークが点灯している。

(どんな効果だっけ……)

 美鈴はカードをタップして効果を確認する。

 

 

《森の女王・リザ》

コスト3 攻撃力1 体力3

[ファンファーレ]『コスト最小のエルフ・フォロワーをランダムに1枚、自分のデッキから手札に加える。』

[ラストワード]『次の自分のターン開始時、コスト最大のエルフ・フォロワーをランダムに1枚、自分のデッキから手札に加える。』

 

 

(わあっサーチ能力)

「ねぇ三和君」

「うん? なんだ?」

「リザで呼び出すフォロワーって何?」

「うーん? それって俺のデッキの中身を聞いているのか?」

 三和は渋い顔をした。

「いやネクロマンサーだったらルリアから持ってくるのはギルネリーゼ一択だよね? そういうのがリザにもあるのかなぁって」

「エルフのデッキタイプは色々だから特定は難しいな。ファンファーレで呼び出すフォロワーは1コストかもしれないし2コストかもしれない。ラストワードで呼び出すカードは『クインセイバー・シンシア』、『マシンランスエルフ』、『不殺の絶傑・エズディア』……などあるが、今回の俺のデッキはどれでもない。俺のデッキには6コストフォロワーが5枚入っている」

「へぇ、シンシアでもない6コストフォロワーが5枚? ということは確定サーチじゃないんだ」

 『森の女王・リザ』や『蒼の少女・ルリア』が持つ『デッキからランダムならフォロワーを手札に加える』能力だが、デッキを組む時点で呼び出す条件にあったカードを1種類に絞ることで、手札に加えるカードを特定することができる。

 それが確定サーチで、三和が組んでくれたネクロマンサーデッキには高コストのニュートラル・フォロワーが『飢餓の絶傑・ギルネリーゼ』しかいない。

 しかし今回の三和のデッキは少なくとも2種類以上のフォロワーから抽選されることになる。

「一応、『雷鳴の軍神・フニカル』や『火焔の軍神ヤヴンハール』が複数枚でてきた場合は、エズディアを使ったOTKを警戒したほうがいい。機械系が多ければマシンランスエルフと予想を立てられるけど、今のエルフは色んな軸が存在するから先入観はやめた方がいいかな」

「なるほどね」

 『伝説の幕開け』の効果で『森の女王・リザ』の体力が+1され必殺が付与される。

(1/4必殺持ちかぁ……)

 美鈴の手札には『森の女王・リザ』を除去できる札が無い。

(できれば5ターン目にセレスを着地させたい……)

 そのための手を考える。

 

 

 4ターン目、美鈴のターン。

 美鈴は『悪霊の憑依』をプレイ。『森の女王・リザ』に2点ダメージ。さらに場に出た『ゴースト』で『森の女王・リザ』を攻撃。

『森の女王・リザ』の体力を1点まで減らす。

 残った2PPで『死の夢の少女』をプレイ。

(これでリザに上からとられるのだけは回避した)

「ふむ。ゴーストまでリザに当てるか。『白華の弓使い』のケアか?」

 三和が眼鏡を押し上げる。

 

 4ターン目、後攻三和のターン。このターンから進化権が使用可能となる。

 三和は『森荒らしの報い』をプレイして『死の夢の少女』を破壊。手札に『フェアリー』を加える。

 そして『歴戦の鷹匠』をプレイ。手札に『飛翔する狩鷹』を加える。

「……」

 しばし三和の手が止まる。

「進化するなら……こっちか」

 『歴戦の鷹匠』を進化。進化時効果で手札に存在する『飛翔する狩鷹』に必殺を付与する。

「ファフニールケアかぁ」

「白状すると、俺のデッキにはファフニールほどの大型フォロワーを除去する手段が他にない」

 三和は『森の女王・リザ』で美鈴の体力を19点に削るとターンエンド。

 『伝説の幕開け』の効果で、『森の女王・リザ』の体力を+1する。

「む。そっちにつくか」

「ラッキー♪」

 

 

 5ターン目先行、美鈴のターン。

 これ幸いにと『永遠の花嫁・セレス』をプレイ。

「進化してリザちゃんいただきます!」

『森の女王・リザ』は必殺を持つが、体力が3以下なので『永遠の花嫁・セレス』の交戦時効果で一方的に破壊される。

 美鈴の場には3/6の『永遠の花嫁・セレス』。

 三和の場には2/4の『歴戦の鷹匠』。

 それぞれが無傷で残った。

 タンエーンドし『永遠の花嫁・セレス』の効果で美鈴のライフが20まで回復する。

 

 5ターン目後攻、三和のターン。

 ターン開始時、『森の女王・リザ』のラストワード効果でコスト最大のフォロワーをランダムに手札に加える。

 さらにアミュレット『伝説の幕開け』のカウントダウンが終了し破壊された。

(必殺持ちの狩鷹でもセレスの交戦時を突破できない。簡単には返せないでしょ)

 内心ほくそ笑む。

 そんな美鈴の表情をちら見して、三和がぼそりと呟く。

「対エルフの基本その一。相手の手札枚数に注意せよ」

「え?」

 三和はカードをプレイ。

 プレイしたカードは『天稟の射手・メーテラ』。

「メーテラは進化時効果で敵一体に手札の枚数分ダメージを与える。俺の手札は7枚。7点ダメージだ」

「ううっ」

 強みである交戦時能力が働くことなく『永遠の花嫁・セレス』が落される。

「やっぱフランが怖いよな。使っておくか」

 三和は余った1PPで『アーボリスト・ライラ』をプレイ。

 ファンファーレ効果で『天稟の射手・メーテラ』の攻撃力と体力をそれぞれ+1する。

 そして場に残った『歴戦の鷹匠』で直接攻撃。美鈴のライフを18まで削る。

 PPを使い切りターンエンド。

 場に残ったのは6/5の『天稟の射手・メーテラ』、2/4の『歴戦の鷹匠』、1/1の『アーボリスト・ライラ』。

 

 

  6ターン目、美鈴のターン。

「うう……」

 『永遠の誓い』をプレイしたいが、6/5の『天稟の射手・メーテラ』は無視しがたい。

 悩んでいると、三和が台詞を挟んだ。

「ちなみに俺のデッキは、リザのファンファーレのサーチ先を『アーボリスト・ライラ』に絞っている」

「えっ。てことは……」

 『アーボリスト・ライラ』にはエンハンス効果があり、4PPで使うと場のフォロワー全員の攻撃力と体力を+1する。

 もう1枚『アーボリスト・ライラ』を握っていた場合、次のターンの盤面が一気に強化されることになる。

(やっぱり無視できない!)

 美鈴は『ビッグソウルハンター』をプレイ。墓地6を消費して『天稟の射手・メーテラ』を破壊。

 余った3PPでアミュレット『深淵の夢』をプレイ。

 場に出た『ゴースト』は、『アーボリスト・ライラ』を攻撃し破壊する。

 

 

 

 6ターン目後攻、三和のターン。

 三和が一瞬迷ったのちプレイしたのは『翠嵐の斧使い』。

 

 

《翠嵐の斧使い》

コスト6 攻撃力6 体力5

突進

[ファンファーレ]『このバトル中、自分のリーダーは「自分のターン終了時、このターン中にカードを3枚以上プレイしていたなら、相手のリーダーに2ダメージ」を持つ。(翠嵐の斧使いの能力が複数働いた場合、リーダーは同じ能力を複数持つ)』

 

 

「そうね、翠嵐の斧使いか」

「翠嵐は突進持ちだからこのターンに攻撃できる」

 三和は『翠嵐の斧使い』で『ビッグソウルハンター』を攻撃、破壊。

 場に残っていた『歴戦の鷹匠』で美鈴を直接攻撃。美鈴のライフが2点削れて、18点から16点となる。

 

 

(リザのサーチ先の1枚は翠嵐の斧使いってことか。確かに突進能力もちで使いやすいし効果も重複するから強いもんね)

 7ターン目美鈴のターン。

 アミュレット『深淵の夢』の効果で『ゴースト』が1体生まれる。

 『ゴースト』は三和を攻撃してライフを18点に削る。

 7PP全てを消費しプレイしたのは『幽霊支配人・アーカス』。

 最後の進化権を消費して『翠嵐の斧使い』を攻撃。6点の反撃を受けるも破壊する。

 美鈴の盤面には8/2の『幽霊支配人・アーカス』。

 三和の盤面には2/4の『歴戦の鷹匠』が残った。

「そっちの手札、随分と細いな」

 三和が三白眼をむけながら言った。

 美鈴の手札は残り5枚。その内一枚は『永遠の誓い』だ。

 『幽霊支配人・アーカス』は低コストフォロワーを破壊させて打点を稼ぐのが主なため、効果を生かそうと思うと手札の消費が激しい。

 しかし美鈴は慌てなかった。

(大丈夫よ。私にはニコラがあるから)

 ラストワードの効果で破壊される度に手札に戻る『禁絶の腕・ニコラ』があれば、手札が尽きるということはない。これ一つで手札問題が解決する夢の一枚なのだ。

 ターンエンドし、三和にターンを渡す。

 お互いの体力は美鈴が16、三和が18。

 盤面的には美鈴が負けているが、『幽霊支配人・アーカス』を採用したネクロマンサーデッキの力はここからだ。

 

 

 7ターン目後攻、三和のターン。

「俺はコルワをプレイ」

 宣言通り『絢爛の紡ぎ手・コルワ』をプレイ。

「最初に言っていたカードね」

「翠嵐の斧使いの効果を発動するためには毎ターン3枚のカードをプレイしないといけない。でも今のエルフはドローカードが乏しくて手札が枯れがちなんだ。でもコルワがあれば毎ターンフィルを供給してくれる」

「シナジーをちゃんと考えているんだね」

 三和は残りの2PPで1コストスペル『フェアリーサークル』を使用。手札に2枚の『フェアリー』を加える。

 そして余った1PPで『フェアリー』をプレイ。進化して『幽霊支配人・アーカス』を攻撃。相打ちする。

「残った『歴戦の鷹匠』はフェイス」

 『フェイス』とは、リーダーへの直接攻撃を指す。

 宣言通り『歴戦の鷹匠』は美鈴を直接攻撃、ライフを16から14まで減らす。

 さらに、ターン終了時に追加で2点ダメージを受ける。

 『翠嵐の斧使い』のリーダー付与効果だ。

 これで美鈴の体力は12。

「コルワをプレイされたってことは、これから毎ターン2ダメージを覚悟しないといけないんだ」

「ま、そんなところだな」

 

 

 眉間に皺を寄せつつ8ターン目、美鈴のターン。

 何とか打開策を見つけたいが、手札が5枚しかない状況ではいかんともしがたい。

 アミュレット『深淵の夢』で出た『ゴースト』で三和を攻撃しライフを18まで削ると、『グール』をプレイ。

 『ゴースト』を破壊し2枚ドローする。

 手札には『永遠の花嫁・セレス』が来た。

(でも使うなら次のターンかな)

 『グール』から変化した2体の『ゴースト』に加え、『禁絶の腕・ニコラ』を3回プレイする。

「なるほど、手札にニコラを握っていたか」

 三和がうなずく。

「一応言っておくとトップ解決じゃなくてさっきから持っていたからね」

 苦戦を自覚しつつ唇をすぼめて言う。

 8点分の『ゴースト』で『歴戦の鷹匠』と『絢爛の紡ぎ手・コルワ』を破壊。

 除去に全力を使ったため、三和のライフを削ることかなわずまだ18点。

「ターンエンド。三和君の番」

 

 8ターン目後攻、三和のターン。

 三和の動きがしばし固まる。知る限りの知識で美鈴は三和の手を考える。

(三和君が言っていた5枚の6コストフォロワーの1枚は翠嵐の斧使いってことだよね。シンシアは入っていないって言っていたから、また翠嵐の斧使いかな?)

 だとすると毎ターン4点を覚悟しないといけない。厳しい展開になりそうだ。

(さっきのグールのドローでセレスは引けたけど……)

 進化権を使いきった三和が除去に苦労してくれればいいのだが。

 そう思った矢先。三和が動く。

 プレイしたのは予想通り『翠嵐の斧使い』。

「2枚もひくなんてずるい」

「1枚はリザからのサーチだぞ」

 とがめた口調も正論でいなされる。

 三和は『翠嵐の斧使い』に加えて2枚のフェアリーをプレイ。

 ターンエンド。『翠嵐の斧使い』の効果は重複するので4点ダメージ、美鈴のライフは8点にまで削られる。

「いたたた。やばい、やばいって!」

 焦りから普段使わないような素の言葉が美鈴の唇から漏れた。

 三和はふっふっふと不敵に笑っている。

 

 

 美鈴の9ターン目。ドローを確認してから何をプレイするか考える。

 そして目をはっと見開く。

「ラッキー♪」

 ターン開始時に『深淵の夢』から出た『ゴースト』で場に出た『フェアリー』を破壊。

 そしてプレイしたのは『ビッグソウルハンター』。

 『ビッグソウルハンター』のファンファーレ効果で『翠嵐の斧使い』は墓地6と引き換えに破壊される。

「お前それ……3枚目だろ」

「いやー、三和先生が組んだデッキって強いですわぁ」

 左うちわを仰ぎながら、携帯端末をタップする。

 3体の『ゴースト』の内1体を残った『フェアリー』に当て、残りは三和を直接攻撃。

 三和のライフを16点まで削る。

(残った6PP……)

 美鈴のライフは8点。

(どう考えてもセレスで回復しないとやばい!)

 三和の手にはすでに1枚『飛翔する狩鳥』が加わっている。

 もしもう一枚『歴戦の鷹匠』があれば、『翠嵐の斧使い』の効果で削りきられてしまう。

 5PPを使って『永遠の花嫁・セレス』をプレイ。

(1PP余るけど……)

 美鈴は自分の手札を確認する。

 美鈴の手札には『グレモリー』が1枚あった。

(でも場に空きがないしエンハンス効果で使いたいよね)

 美鈴はそのままターンエンド。

 場に『永遠の花嫁・セレス』があるので美鈴のライフが3点回復して11点になる。

(進化権を使い切った三和君にセレスの除去は難しいんじゃないかな。そして次は10ターン。フェリの3回攻撃が使えるようになる)

 美鈴の手札には『幽想の少女・フェリ』と『グレモリー』の両方が存在する。

 『深淵の夢』も最後の『ゴースト』を出して破壊され、盤面をフルに使えるはずだ。

 十分一発逆転を狙える。

「そのセレスはいいセレスだぞ」

 と、珍しく三和が褒め称えた。

「でなければこのターンで終わっていた」

 

 9ターン目、後攻三和のターン。

 三和は『ホワイトヴァナラ』をプレイ。

《ウホウホウキャキャーッ!》

 白猿のいななきが響き渡る。

「わっ、何そのお猿さん⁉」

「ホワイトヴァナラは能力が強化された時に進化して疾走持ちになる。コルワエルフの代表的なフィニッシャーだ」

 三和は『ホワイトヴァナラ』に『フィル』を2枚プレイ。体力を2点増やし、『ホワイトヴァナラ』は進化。

 5/7疾走守護持ちのフォロワーとなる。

 美鈴のライフは現在11点。

 『永遠の花嫁・セレス』の回復がなければ『翠嵐の斧使い』の効果と合わせてライフが0になっていた。

(疾走能力だけど盤面のセレスを無視してリーダーを攻撃してくる? それとも……)

 三和は迷わずに『永遠の花嫁・セレス』を攻撃し、破壊した。

 交戦時効果もあわせて4点の反撃を受け、『ホワイトヴァナラ』の体力は残り3。

(ま、見逃してくれないよね……)

 三和はターンエンド。

 『翠嵐の斧使い』の効果で4点の追加ダメージを受け、美鈴の体力は7点。

 

 

(でも10ターン目がきた!)

 美鈴は手札を確認する。

 

『禁絶の腕・ニコラ』

『永遠の誓い』

『永遠の誓い』

『屍竜・ファフニール』

『幽想の少女・フェリ』

『心眼の双葬女・レディグレイ』

『グレモリー』

『冥界の番犬・ケルベロス』

 

 

 場には『深淵の夢』の『ゴースト』が一体。

 三和のライフは16。

(フェリで2PP使うとして残りは8PP? ってことはグレモリーを使うとして……9点と3点と3点と1点で16点?)

 三和のライフはちょうど16点だが、盤面に残っている『ホワイトヴァナラ』は守護を持つ。

「対ネクロマンサーの基本。10ターン目に守護をおく」

(うー、もしグレモリーがルリアだったら……)

 18点以上を叩き出して三和に勝っていたはずだ。しかし欲しいカードがこないのがカードゲームだ。

 美鈴はこのターンに勝つことができないことがわかると、最善の一手を考えて打つ。

 これまで使うことのできなかった『永遠の誓い』をプレイ。

 手札のネクロマンサー・カード全てのコストを2さげる。

 そして0コストとなった『禁絶の腕・ニコラ』と『心眼の双葬女・レディグレイ』をプレイ。

 『深淵の夢』が最後に生み出したのも含めて場には5体のゴーストが並ぶ。

 その内3体を『ホワイトヴァナラ』に当てて破壊。残りは三和を直接攻撃、三和のライフを14点まで減らす。

 最後に3コストになった『冥界の番犬・ケルベロス』をプレイ。

(『禁絶の一撃』が手に入ったし最大打点を叩きこんだ方がよかったかな? でも回復されるかもしれないし、ケルベロスを除去しながらならそんなに大きな守護は立てられないはずだからこれでも……)

 もやもやとした悩みを抱えつつターンをエンドする。

 

 

 

 10ターン目、三和のターン。

 このターンさえ乗り切れば……だが。

 冷や汗を垂らしながら三和の顔を見て、にっこりと営業用のスマイルを浮かべて小首をかしげる。

「次のターン、ある?」

「ない」

 三和に慈悲はなかった。

 三和は3PPを使い『飛翔する狩鷹』をプレイ。2/1の疾走フォロワーだ。

 続いて3PPを使い『森の女王・リザ』をプレイ。

「さっきも言ったが、俺のデッキはリザのファンファーレでライラを確定サーチする」

 余った4PPで手札に加わった『アーボリスト・ライラ』のエンハンス効果を発動。

 場の全てのフォロワーの攻撃力と体力を+1する。

 そして攻撃力3点の『飛翔する狩鷹』が美鈴を直接攻撃。

 ライフを7点から4点まで削り、ターンエンド。

 『翠嵐の斧使い』の効果で追加の4点ダメージが入り美鈴のライフはちょうど0となった。

「というわけでまた俺の一勝だな。手札に無かったのはルリアか? フェリか?」

「ル、ルリアだよ」

 三和は美鈴の手札すら予想できていたらしい。全く頭が上がらない。

 『永遠の花嫁・セレス』や『幽霊支配人・アーカス』も手札にきていたし引いたカードが悪かったわけではない。プレイも悪くなかったはずだ。

 それなのに上回られた。

「三和君、エルフが不遇っていうの嘘じゃん……」

「うーんまあ、確かに回った時のエルフは強い。ただ今回のミッドレンジコルワエルフは、キーカードとなるコルワを引けなかったらかなり苦しい展開になる。つまり事故りやすいんだ」

「そっか。翠嵐も白いお猿さんもコルワのフィル頼みだもんね」

「そう。あとロイヤルとかには普通にパワー負けしたりする。他にも苦手なデッキが多いんだ」

「ふーんそうなんだ。でも可愛い女の子多いし乗り換えようかなぁ」

「機械軸とか進化軸とか色々あって、手の内が読まれにくいのもエルフの強みだな。ただ……」

「ただ?」

「1つのデッキならともかく、色んなデッキに手を出そうとするとエーテルが高くつく」

「うっ」

 美鈴のお財布事情はいまだ厳しい。

 今でさえ、ネクロマンサー以外のデッキを作ってみたい誘惑に駆られているのに、一度エルフのデッキを作ろうものなら……。

 あれもこれも試したくなって、課金してしまうだろう。

(も、もうちょっと考えようかな……)

「ちなみにこっちが一番警戒したのは誓いケアだな」

「誓いケア?」

「セレスが手札に加える『永遠の誓い』。あれを使われるとどんな手が飛んでくるか予想しづらくなる。だから常に強いフォロワーを置いて、使う暇を与えなかったんだ。ちなみに4ターン目にすでにメーテラは引いていたけど、セレスの返しに使いたかったから温存した」

「なるほど……そこまで考えているんだね……」

 相槌を打ちながら、美鈴の中々でふつふつと疑問が沸き立った。

「三和君って、全部のカードを覚えているの?」

「いや」

 三和は苦笑した。

「さすがにそこまでは覚えていないさ。環境の主流のカードを抑えているだけだよ」

「環境の……主流?」

「シャドウバースはもう千枚以上カードがあるけど、結局その内で強いカードってのは意外と限られている。夢がない話だけど、弱いファンデッキでは勝ち抜けないぐらいに環境が煮詰められているんだ。だから必要最低限を覚えてケアをするだけでだいぶ違うんだ」

「テストの出題範囲だけ暗記しているってことね」

「そうだな。時折予想外の問題を出されて点数を落とすのもそっくりだ」

 苦笑を上げながら三和がうなずいた。

「今回はコルワと白いお猿さんにしてやられたわね。覚えておかないと」

「そうだな。今回使ったのはこのデッキだけど、他にも注意しないといけないカードが……」

 

 

 

 

 

「やっぱり三和君と戦うとタメになるなぁ」

 湯船に浸かり体を休めつつ、美鈴はつぶやいた。

「お姉ちゃん、三和君ってだれ?」

 声をかけてきたのは7歳年下の妹の桔音(きつね)だ。

 永瀬家では桔音がまだ幼いこともあり、風呂代を節約するために一緒にお風呂が入るのが日常だった。

「三和君は、お姉ちゃんの同級生だよ」

「男の子?」

「そ。ゲームがうまいんだよー」

「お姉ちゃんとどっちがうまい?」

「三和君の方がうまいよ。あーでもFPSとかはどうかなぁ」

 桔音はきょとんとしている。桔音はまだFPSというものがよくわかっていなかったりする。

「なんか楽しそうだね。お姉ちゃん」

「そう?」

「もしかして……ボーイフレンド?」

「そ、そんなんじゃないよー」

 美鈴は慌てた。

 確かにゲームはうまいし勉強もできる。見た目はとっつきにくいけど意外と世話焼きだし、何より目を細めた時の笑った顔がとても印象的だ。

(でも私……まだ男の人と付き合えないし……)

 マネージャーの鈴木の言葉が蘇る。

 彼氏をつくるなど、鈴木は絶対認めないだろう。

「あのね、お姉ちゃん……」

「うん? なに?」

 普段物おじしない桔音が声のトーンを落としているのに、優しく聞き返す。

「私ね、告白されちゃった」

「ええ、すごいじゃん!」

「うん……それでね……返事をどうしようかなって」

「相手の男の子はどんな子なの?」

「たかくんはね、サッカーが得意で、勉強ができて……」

 言いつのりつつ、桔音の頬が紅潮していくのがわかる。

(そっか、桔音もそのたかくんが好きなんだね……)

 家族だ。それぐらいはわかる。

「それなら、OKしちゃいなよ」

「うん……いいのかな?」

「そうよ。何か悪いことある?」

「でも……お姉ちゃんは男の人と付き合っちゃいけないんでしょ?」

 まだ小学生の桔音にそんな話をしたことはないが子どもは敏感だ。

 どこかで知り、姉に遠慮しているのだろう。

「お姉ちゃんはね。でも桔音は大丈夫」

 美鈴は桔音を抱き寄せ髪を撫でる。

 桔音はくすぐったそうに顔を寄せた。

「でもお父さんにはまだ秘密にね。不機嫌になるから」

「わかった。お父さんには秘密にするー」




シャドバ用語
・ケア(英:care = 注意)
 対策を講じること。特定のカードに対して対策となるカードを手札に握ったり盤面構築をすること。
・フェイス(顔面の意)
 敵のリーダーを直接攻撃すること。
・リーサル
 勝利条件を満たすこと、あるいはその手段。
・トップ解決
 三和が嫌いなもの。

使用デック
美鈴
https://twitter.com/fet_light/status/1118876277341966336
三和
https://twitter.com/fet_light/status/1120235788522835968




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3.BO3はランチの後で

「悠平にぃ、お風呂あがったよー」

 3つ年下の中学生の妹、洗衣(みより)が髪をタオルで拭きながら声をかけてくる。「ああ」と簡素に声をかけて三和は席を立った。

「お風呂場までそれもっていくの?」

 洗衣は三和が手に持った携帯端末に目ざとく気づいたようだ。

「ああ、ミッションやらないといけないからな」

「ゲーム好きだねぇ」

 妹の洗衣は特別ゲーム好きということはなく、中学では卓球部に所属している。特に興味を持ったそぶりを見せずソファへとむかい、テレビのリモコンを取ってチャンネルを操作しだした。

 その後ろ姿に舌を出しつつ、三和は風呂場へとむかう。

 三和の携帯端末は防水加工をしているので、湯船に落すなどしなければまず問題はない。

 もっとも本当はゲームのために持ってきたのではない。

 美鈴のストリームライブを見るためだ。

 三和は美鈴との約束を守り、家族にもシャドウバースのコーチングのことを秘密にしている。美鈴のストリームライブを見るのもこういう一人の時だ。

 美鈴はあれから順調にランクを上げていた。短期間のうちにB3まで駆け上がり、今日でA0への昇格戦だったはずだ。

 見るとちょうど1勝1敗の最終試合だった。

(見たところ相手は安上がりで作った聖獅子ビショップというところか……)

 聖獅子ビショップは『聖獅子の結晶』と『聖獅子の神殿』をキーカードとしたデックだ。レジェンドカードを採用しなくてもある程度のデッキパワーを持ち、デッキがうまくまわった時の爆発力は上位のデッキをも上回る。

 実際、序盤に『聖獅子の神殿』をおかれて美鈴は苦戦していた。

 聖獅子ビショップの対処法。それはそもそも『聖獅子の結晶』を使わせないこと、そしてライフを12点以上に保っておくことだ。

 『聖獅子の結晶』はフォロワーを呼び出すスペルなのだが、3回つかうごとに呼び出すフォロワーが強くなっていくという性質を持つ。

 そして最終形態の『聖なる王の獅子』は4/4疾走フォロワーだ。

 『聖獅子の神殿』が1つ置かれている場合、『聖獅子の結晶』が1枚あればエンハンス効果を利用することで10ターン目に12点の疾走ダメージを出せる。

 それに耐えられるライフを確保していくのが肝だ。

「お、プレミしたぞ」

 プレミとはプレイミスの略。最良の選択肢があるのに、間違った手を打ってしまうことだ。

 プレイミスをしたのは美鈴の方だ。

 盤面ロックが可能で墓地20が次のターンに達成でき『禁絶の一撃』で勝利がほぼ確定しているのに、『ビッグソウルハンター』で墓地を消費してしまったのだ。

 三和が口出しするまでもなく、配信のコメント欄から指摘があった。ここ数日美鈴のストリームライブを時折見ているが、日に日に来場者は増え、コメントは活発になっていた。

(本当にがんばっているな)

 美鈴に聞いたところ、美鈴が抱えている仕事は何もこのグランドマスター企画だけではないらしい。他の地道な営業、行楽地や商業施設での興業、ダンスやボイストレーニングの稽古……。

 それらの合間を縫ってシャドウバースのランクを上げていっているのだ。

 プレイミスがあったものの、相手の10ターン目を凌ぎ、後攻10ターン目に『幽霊支配人・アーカス』と『幽想の少女・フェリ』の効果で美鈴は勝利した。

 コメント欄が昇格戦を祝う声で溢れ帰る。

「とりあえず、昇格戦おめでとう」

 約束通りコメント欄には決して書かずに、三和は一人で美鈴の勝利を祝った。

 

 

 

 翌日、三和が登校すると、教室に入るなり大柄な男子生徒が声をかけてきた。よくつるむ内の一人の尺本哲夫だ。

「よう、三和。相変わらず眠そうだな」

「おう。お前は早いな。朝練か?」

「ああ」

 哲夫は野球部のマネージャーをしている。

 恵まれた体格をしているが中学のころに部活中の事故で足を怪我してしまい、選手としての道を諦めたそうだ。

「なあ三和、悪いけど宿題写させくれねぇか」

「またかよ」

「昼飯奢るからよ」

「しょうがないな」

 褒められるべきことはでないかもしれないが、どちらにしろ苦労するのは哲夫だ。

 それに三和も特別裕福というわけではない。こういった臨時収入でカードを買うお金を蓄えているのだった。

「おはよー」

 わずか遅れて美鈴が教室に入ってきた。数人が挨拶を返す。三和は目だけで挨拶を送り、美鈴は他のクラスメイトにバレないように微笑んだ。

「そういや知っているか?」

「うん?」

 ノートを写させている哲夫が不意に話しかけてきた。

「永瀬もシャドウバースを始めたんだってよ」

「ほう。それは初耳だ」

 いけしゃあしゃあと三和は白々しく言う。

「なんでも番組の企画とかでな、生放送でシャドウバースのプレイ画面を配信しているんだぜ」

「ふぅん」

 三和はいかにも興味なさそうに相槌を打つ。

「なんだ? せっかくだからコーチングでもしてやればいいじゃねぇか」

「必要あるのか?」

「うん……? そういえば見ていた限り連勝していたな……」

 三和の返しに哲夫が首を傾げる。「それなら俺の出番はないよ」とそっけなく三和は返した。

 と……

「ん? あれ葛木じゃないか」

 教室に入ってきたのは隣のクラスの葛木宗次郎だ。上背のあるモデル体型をしており、特にスポーツもしていないのに肩幅が広い。見事な金髪だが染めているのではなく地毛だ。母親がカナダ人なのだそうだ。

 三和も哲夫も葛木とは一年の時に同じクラスだったので面識がある。

「永瀬、おはよう」

「お、おはよう」

 葛木はナチュラルに美鈴に話しかけていた。自然と三和は耳をそばだててしまう。

「君、シャドウバース始めたんだって? 俺が教えてあげるよ」

「ありがとう……でも悪いから」

 葛木はシャドウバースをネタに美鈴に近づこうとしているようだ。美鈴は困った顔でガードを固める。

 そう。葛木もシャドウバースをやっている。

 それで一時期は三和や哲夫とも絡んできたのだ。

 だが葛木は自尊心の強いプレイヤーだった。

 居丈高に他人のデッキを批判し、仮に負けると「運負け」と運のせいにして自分の非を認めなかった。

 近づいてきたのは葛木の方なのに、三和がはっきりと目にわかるほど勝率に差をつけると葛木の方から自然と離れていった。

「あいつも懲りねぇな」

 哲夫も葛木の人間性については快く思っていないようだ。顔をしかめている。

 葛木の下心は見え見えだ。美鈴も困った顔をしながら心を許そうとはしない。しかしそんな曖昧な態度で引き下がるほど葛木は殊勝な性格をしていなかった。

「グランドマスターを目指しているんでしょ? まかせてよ。俺もうローテーションもアンリミテッドもグランドマスターになったからさ」

 葛木の性質が悪い所はハーフ故の見た目の良さだ。

 背も高く普通に笑った姿はさわやかであり、はた目には悪意など感じられない。

 有象無象の男子が近寄ろうものなら普段は追い払う美鈴の友達も、葛木に関しては「いい機会じゃん」「一回教わるだけ教わってみたら?」と後押ししていた。

 だが本人の美鈴は乗り気じゃなかった。

「大丈夫。足りているから」

「足りている? もしかして誰かに教わっているの?」

「そういうわけじゃ……ないけど」

「ならいいじゃん。俺この学校で一番うまい自信あるよ」

「……ったく」

「おい、三和?」

 突然席を立った三和に哲夫が驚く。

「これも腐れ縁だな」

「……なんだ三和じゃん。元気しているか?」

 葛木は口の端を歪めている。その姿勢に臆したところはない。はっきりとした勝率で負けたことも、葛木の中では単に運が悪かっただけと片付けられているのだろう。

「葛木、この学校で一番うまいっていうのは聞き捨てならないな」

「なに? 自分の方が一番うまいっていいたいわけ?」

「とりあえず。他人のクラスであーだこーだとちょっかいかけられるのは迷惑だ」

 言い捨てると、「ふーん?」と葛木が顎に手を添えた。

「どういう訳?」

「とりあえずお前が一番シャドバが上手いってのは撤回させてやる。久しぶりに一戦やろうぜ」

「三和の方から挑んでくるなんて珍しいじゃん。いいぜ、やろう」

 葛木の目が猛禽のように細められる。

「ルールはどうする?」

「1本先取だと運負けだって言うんだろ。BO3でやろうぜ」

「了解。となると時間かかるな。昼休みにやろうぜ」

「ああ」

「おい、三和、本気か?」

 哲夫が怪訝に問いかけてくる。三和自身も自分のキャラじゃないなと思った。自分には関係ないことに三和は普段は傍観者だ。

 だが美鈴の頑張りと葛木の人間性は知っている。もし三和が傍観し、場の空気に美鈴が流されてしまったら……きっと三和は後悔するだろう。

 そんな恐れに似た予感があった。

「哲夫、よかったな」

「何が?」

「今日の昼飯は購買のパンで済ます。安くつくぞ」

 にらみ合う三和と葛木、その中心でぽかんとした顔で美鈴はつぶやいた。

「びーおーすりーって、なに?」

 

 

 

 

 三和と葛木の決闘は一つのクラスで起こった小さないざこざだったが、狭い校舎に数百人の生徒が密集した学び舎という特殊空間、さらにはその渦中にあるのが学校のアイドル永瀬美鈴。

 噂は尾ひれに背びれがついて、永瀬美鈴をとりあっての決闘ということになっていた。

『三和君困るよ~。大事にされちゃ~』

「あぁ悪い……ちょっと軽率だった」

 三和と美鈴はそれぞれ男子トイレと女子トイレにこもり、携帯アプリを使って連絡をとりあっていた。

「とりあえず俺が勝っても負けてもどちらとも付き合わない。そこははっきりさせておけ」

『うん。……でも葛木君がそんな曲者なんだってね』

「女子には優しいからな、あいつは」

 葛木という男は、相手によって顔を使い分けるのだ。だから人によっては一生葛木の本性には気づかない。

 だが立場の弱い者にはハゲタカのように群がり、相手の自尊心を傷つけることに愉悦を抱くタイプなのだ。葛木という男は。

『もう……でもこれじゃ勝ってもらわないと、葛木君がおさまらないよ。絶対勝ってよね?』

「ああ」

『でもね、ありがとう』

「なにがだ?」

『私のために面倒事に首つっこんでくれたんでしょ? それはお礼言わないといけないなと思って』

「かえって大事にしてしまった。すまない」

『勝ってくれれば、マイナスは帳消しで収支プラスだよ』

(プラスになって何がもらえるんだか……)

 三和は苦笑した。

(とにかく勝つにしろ負けるにしろ……何がしかの話の持っていきかたは考えておかないとな)

 シャドウバースはプレイングが全てではない。カードの引きという運の要素が大きく作用する。

 それに懸念が二つあった。一つは去年同じクラスだったころより葛木が腕を上げている可能性、もう一つは環境の違いだ。

 シャドウバースはシリーズごとに新しいカードパックが発売され、それによって環境が大きく変わる。葛木も三和も、お互いが知っているころとは異なるデッキを使っているのだ。

 勝つ自信はあるが、100%ではない。

『ところでさ、三和君』

「なんだ?」

『びーおーすりーって何?』

「Best of 3の略でBO3。簡単に言うと三本中二本先取した方が勝ち。加えてシャドウバースだと、異なる2つのリーダーのデッキを持ち込んで、一度勝ったデッキは使えなくなる。両方のデッキで勝たないといけないんだ」

 シャドウバースの大会フォーマットはこのBO3が主流で、最短で2戦、最長で3戦。

 所要時間は15分から20分前後といったところだろう。よほどの長期戦にならなければ昼休み中に決着がつく。

 

 

 昼休み、対戦場所は三和たちのクラスとなった。

 噂を聞きつけたギャラリーたちがちらほらといる。個人用の携帯端末の小さな画面では観戦も何もあったものじゃないと思っていたら、なんと葛木が大型のタブレット型端末を持ち込んできた。

「お前それ、没収されないのかよ」

 思わず呆れが口をついてでた。

「何を言っているんだ。これは備品だよ。ソフ研のね」

「あぁ……そっか。お前副部長になったんだっけ」

 ソフトウェア研究部、略してソフ研。

 噂でしか知らないが、学校の備品のパソコンや携帯端末を使ってゲーム三昧をしているという話だ。

 それとこれも本当かは知らないが、葛木が先輩も後輩も嫌いな人間を追い出し実質的な王になったと聞いている。

 と、教室の横開きの戸が大きく音を立てて開かれた。そして教室中がざわつく。

 入ってきたのは化学担当の樫崎美和子だった。

 教師の介入にはさしもの葛木も浮足だつ。担任の菅原は面倒事を避けて見て見ぬふりをするだろうが、樫崎は別だった。

 人垣が二つに割れる。その間を樫崎が闊歩してきた。

「お前ら何をしているのかわかっているのか?」

 樫崎の口からドスの効いた声色が吐かれる。たまらず、葛木がいつもの猫かぶり顔をして言った。

「何を言っているんですか。ただのゲームですよ。なぁ?」

「……ああ」

「私が問題にしているのはね、当の本人の永瀬を置いてけぼりにしていることだ」

 名指しされた永瀬は居心地悪そうに体を縮こませる。

「女の子の心を勝手に景品にしなさんな。男同士で馬鹿なプライドを賭けるのはいいけどな、この子はアイドルっていう立派な職業を目指しているんだ。つまらんことでその道を閉ざすな」

(ナイスだ、かっしー)

 三和は心の内で喝采を上げた。

 三和としてはようは葛木が美鈴につきまとわなければいいのだ。

 樫崎の介入でうやむやになるのならそれもいい。

「というわけであたしが立ち会わせてもらう。勝ったからといって彼氏面ずるのはお角違いだよ」

 葛木が舌打ちめいた顔をする。ここまで大事にしたのは、葛木としては勝ちの流れに乗って美鈴に交際を申し込む三段だったのかもしれない。

「俺はたた、こいつよりシャドバがうまいってことを証明できればいいだけですよ」

 三和が言う。と、葛木が皮肉めいた顔をして言った。

「いい性格をしているな、お前」

(お互い様だ)

 視線で火花を散らす。

「というわけでBO3? だったか? ようわからんが、イカサマのないようにな。永瀬、あんたが審判な」

「え? 私?」

「適役だろう。あたしにはわからんし」

「ええっと……それじゃ、始めてください」

 美鈴は初心者だろうが、三和も葛木も共に大会経験者だ。勝手はわかっているので自分たちだけで進行できる。

 二人はまずそれぞれ使用する2つのデッキを選択する。

 三和はネクロマンサーとヴァンパイア。

 葛木はロイヤルとドラゴン。

 使用リーダーが別れた。

 そして1本目で使うデッキをそれぞれ選択。

 試合が始まるまで相手がどのデッキを選択したかはわからない。

 この読み合いもBO3の勝負所だ。

 

 1本目。

 三和はネクロマンサー。

 葛木はロイヤル。

 先行は葛木だった。

 

 最初の手札の引き直しは、葛木は3枚キープ。三和は2枚交換。

「げ、先行3枚キープかよ」

 うめきを上げたのは、シャドウバースを多少かじった哲夫だった。

 横で見ていた美鈴も哲夫のうめきに共感し思わず拳を握る。

 先行は後攻に比べると最初に配られる手札が一枚少ない、進化権が一つ少ないというデメリットがあるものの、先に動けるという大きなメリットを抱えている。

 そしてこの先に動けるというメリットは序盤戦で大きく作用し、先に強い盤面を構築されれば後攻は後手にまわるしかない。

 先行3枚キープは怖い予兆なのだ。

 

 

 1ターン目は三和も葛木も共にパス。

 

 

 先行2ターン目、葛木のターン。

「ま、小手調べだ」

 プレイしたのは『簒奪の従者』。

 プレイした時は攻撃力1、体力1だが、交戦時能力を持つ。

 交戦時に攻撃力と体力をそれぞれ+1し、財宝カードを手札に加えるという実質2/2/2のフォロワーだ。

 

 後攻2ターン目、三和のターン。

 プレイしたのは『死の夢の少女』。

 それを見た瞬間葛木の目が細まる。

 

 

 先行3ターン目、葛木のターン。

「そいつでいいか。もらっておこう」

 プレイしたのは『簒奪の絶傑・オクトリス』。ファンファーレで三和の『死の夢の少女』のラストワードを奪う。

 『簒奪の従者』は三和を直接攻撃。三和のライフを19点に減らす。

 

 後攻3ターン目、三和のターン。

 三和はラストワードを失った『死の夢の少女』と『簒奪の従者』を交戦。交戦時能力で『簒奪の従者』の攻撃力と体力が+1され相打ちとなる。

 そしてランダムな財宝カードが葛木の手札に加わる。加わったのは『黄金の靴』。

「ふむ、悪くないな」

 葛木が顎に手を添えて言う。三和は無言。

 三和は3PPを消費して『怪物の少女・フラン』をプレイ。

チョイス効果で加えた3/2の『フランの従僕』をそのままプレイする。

「ふむ……」

 葛木が考え込む顔をする。

 

 

 先行4ターン目、葛木のターン。

「『フランの呪い』じゃなくて従僕か。グールでドローするつもりかい? いや……」

 葛木は考え直す。

「悪意の憑依か?」

 『簒奪の絶傑・オクトリス』は『フランの従僕』と相打ち。奪ったラストワード効果で手札に『深淵の夢』を加える。

 4PPは『月の刃・リオード』と『レイピアマスター』を2PPエンハンスで使用。

 ターンエンド。三和に手番を渡す。

 

 

 後攻4ターン目、三和のターン。

「なら俺はこれだ」

 まずプレイしたのは『グール』。『怪物の少女・フラン』を破壊し2ドローする。

 ドローを確認し、プレイしたのは『心眼の双葬女・レディグレイ』。進化権を発動する。

 『心眼の双葬女・レディグレイ』の進化時効果でこのバトル中に破壊された2コストフォロワーを呼び出す。該当するのは『死の夢の少女』だ。

「レディグレイでレイピアマスターを攻撃、ターンエンド」

 『心眼の双葬女・レディグレイ』のドレイン効果により三和の体力は20まで回復する。

 葛木の場には潜伏状態の1/3の『月の刃・リオード』。

 三和の場には1/1の『グール』、3/3の『心眼の双葬女・レディグレイ』、2/2の『死の夢の少女』。

 お互いのライフは両方20。

 

 

 先行5ターン目、葛木のターン。

「ふふ、でもこれで僕の勝ちさ」

 葛木は『月の刃・リオード』を進化させ、進化時効果で0コストスペルの『陰伏天誅』を手札に加える。

 即座に『陰伏天誅』をプレイし、『グール』を破壊。手札に『アサシン』を加える。

 そして5PPを使ってエンハンス効果の『白刃の剣舞』をプレイ。

 

 

《白刃の剣舞》

コスト2 スペル

ランダムな相手のフォロワー1体に1ダメージ。これを「自分のフォロワーの最大攻撃力の値」と同じだけ行う。上限は10回。

[エンハンス:5]『ダメージを与える前に、自分のフォロワー1体を+2/+2する。』

 

 

 『月の刃・リオード』の能力値が、5/7にまで上がる。

 そして三和のフォロワーに5点ダメージ。三和の場のフォロワーを全滅させる。

「くそっ先行5ターン剣舞かよ。上振れじゃないか」

「あれをされると……」

「ターンエンドだ」

 葛木は『月の刃・リオード』の潜伏状態を維持。三和に手番を渡す。

 

 後攻5ターン目、三和のターン。

「葛木、お前とはデッキの枚数調整で何度も議論したよな。『フラウロス』の枚数とか」

「議論? ああ、そうだったな」

「お前はネクロマンサーを組むときグールを何枚入れる?」

「グール? あんなのを入れたらデッキパワーを落とすだけじゃないか。断然僕は『スパルトイサージェント』だよ」

「なるほどな。フランは?」

「アーカスの要だよ? 3枚入れるさ」

「そうか、俺はフランを2枚にしてビッグソウルハンターを3枚入れている。なぜかわかるか?」

 葛木の顔が引きつる。

「お前みたいな潜伏剣舞に対抗するためだよ」

 三和は宣言通り『ビッグソウルハンター』をプレイ。

 ちょうど6溜まっていた墓地を消費して『月の刃・リオード』を破壊。

 残った2PPで『幽想の少女・フェリ』をプレイする。 

「お前の手札、『スカイセイバー・リーシャ』がいるな。それと『アサシン』で、次のターンもリオードを隠すつもりだったんだろう」

 ピキリと葛木の頬のひきつりが強くなる。彼の大型タブレット端末を見ている人間は、彼の手札に『スカイセイバー・リーシャ』が存在することがありありとわかる。

「ふん。ロイヤルの力はここからさ」

 葛木は『簒奪の使途』をプレイ。ファンファーレで1点ダメージを『ビッグソウルハンター』に与え、手札に『黄金の首飾り』を加える。

 そして先に手札に加えていた『黄金の靴』をプレイ。財宝カードを使ったので2点ダメージを盤面に残っていた『ビッグソウルハンター』に与え破壊する。

 『黄金の靴』の効果で突進を得ているので、『簒奪の使途』は『幽想の少女・フェリ』を攻撃して破壊、2点の反撃を受け残り体力は3。

「ほら、そっちのターンだ」

 

 

 後攻6ターン目、三和のターン。

 三和は初めから決まっていたようにカードをプレイする。

 『永遠の花嫁・セレス』。

「あ、そっか……」

 美鈴が思わずつぶやいた。

「次は7ターン。『ドラゴンナイツ』のエンハンス効果も発動しない。『スカイセイバー・リーシャ』じゃ上からとれない。普通のミッドレンジロイヤルだと適性PPで破壊できるカードがないんだ」

 三和は『永遠の花嫁・セレス』を進化。『簒奪の使途』を攻撃。

 交戦時能力で3点のダメージを与え、『永遠の花嫁・セレス』は無傷で残る。

「すごい……! 最初に『簒奪の従者』から『黄金の靴』が出たことでこの展開を読んでいたんだ!」

「ぐぅ……!」

 なまじ『黄金の靴』があるから、葛木は確定でとれる『簒奪の使途』で安易にとってしまったのだろう。だが体力3で残すことはネクロマンサー相手には悪手だった。

「そっちの番だ」

 三和は悠々と手番を返す。

 

 

 先行7ターン目、葛木のターン。

 『スカイセイバー・リーシャ』ではセレスを上からとれない。

 葛木のデッキで『永遠の花嫁・セレス』を唯一上からとれるのは『簒奪の使途』だが今使ったばかりで手札にはない。

「くそっ!」

 葛木は舌打ちまじりに『ドラゴンナイツ』をプレイ。

 『炎帝・パーシヴァル』をチョイスし、『アサシン』で潜伏を付与する。

「セレスを無視して伏せパーシヴァル……そんな手が……」

 次の8ターン目であれば進化権もあわせて『永遠の花嫁・セレス』を対処できる。

 三和のライフは最大値の20だし、『永遠の花嫁・セレス』の回復効果もこのターンは無視してもかまわない。

 

 

 7ターン目後攻、三和のターン。

 樫崎が美鈴に問いかけてきた。

「あたしにはよくわからないけど、三和が優勢かい?」

「えっと………まだわかりませんけど、たぶん………」

 三和はまたもノータイムでプレイ。

 6/6の『幽霊支配人・アーカス』が場に置かれ、最後の進化権を使用。

 『アサシン』を攻撃、破壊する。『永遠の花嫁・セレス』は葛木を直接攻撃、3点のダメージを与え17点まで削る。

 盤面には8/6の『幽霊支配人・アーカス』、3/6の『永遠の花嫁・セレス』。

 

 

 8ターン目。葛木のターン。

(パーシヴァルは味方のフォロワーが多いほど攻撃力が上がる。爆発的な打点を出せるフォロワーだけど、この盤面、どう動く……?)

 せっかくのダメージも盤面に『永遠の花嫁・セレス』が存在する限り回復され続ける。

 8/6の『幽霊支配人・アーカス』も無視するには高すぎる攻撃力だ。

 葛木は長考に入る。

 長い沈黙の末にプレイしたのは、『高潔なる騎士・レイサム』。最後の進化権を使用する。

 攻撃したのは『永遠なる花嫁・セレス』。

 6点の反撃を受けるも『高潔なる騎士・レイサム』は耐え、『永遠なる花嫁・セレス』を破壊。

 同時にリーダー付与効果で『ナイト』を疾走状態で場に呼び出す。

 『ナイト』はまず『幽霊支配人・アーカス』を攻撃。体力を5まで減らす。

 そして潜伏状態だった『炎帝・パーシヴァル』は三和を直接攻撃。

「顔面の殴り合いに持ち込むつもりか!」

 見守っていた哲夫がうなった。

 『ナイト』を呼び出し、『炎帝・パーシヴァル』の攻撃力は7点。

 呼び出した『ナイト』と合わせて三和のライフを8点削る。

 これで三和のライフは残り12点。場には8/5の『幽霊支配人・アーカス』。

 葛木のライフは17点、場には10/3の『高潔なる英雄・レイサム』、7/4の『炎帝・パーシヴァル』、1/1の『ナイト』。

 

 

 

 後攻8ターン目、三和のターン。

 三和はドローを確認してからしばし固まる。悩む手がきているということだろうか。

 三和は『禁絶の腕・ニコラ』を3回プレイ。手札が『禁絶の一撃』で埋まるのを嫌ったのか、最後の2PPで『悪意の憑依』を使う。

 7体の『ゴースト』の内6体は葛木のフォロワーを除去するのに使い、『ゴースト』1体と『幽霊支配人・アーカス』で葛木を直接攻撃。

 ライフを17点から8点にまで削る。

「すごい殴り合いだ……。でも次葛木君はアーカスを除去しないと……」

 今の三和であれば『ゴースト』を生み出す能力により、生半可な守護などたやすく貫通する。

 『幽霊支配人・アーカス』はまず残せないはず。

 葛木がどんな手を打ってくるか。

 

 

 先行9ターン目、葛木のターン。

 プレイしたのは『白と黒の決闘』。

 エンハンス効果で『白の王・イメラ』と『黒の女王・マグナス』を手札に加える。

 『白の王・イメラ』は突進能力を持ち、攻撃時に『ナイト』を呼び出す。『高潔なる騎士・レイサム』のリーダー付与効果と合わせて2体の『ナイト』が出現する。

 その2体の『ナイト』と合わせて5点で『幽霊支配人・アーカス』を破壊。

 残り5PP、葛木がプレイしたのは『簒奪の絶傑・オクトリス』で奪った『深淵の夢』。

(とことんまでライフを詰める気……!)

 『ゴースト』の攻撃でも『ナイト』は出現する。

 呼び出された『ナイト』と合わせて2点のダメージを叩きこみ、三和のライフを10点まで削る。

(次のターン2点は確定。葛木君の手札は……)

 葛木の手札を確認して、美鈴は戦慄する。

(まずい、三和君、セレスを引かないと!)

 

 

 後攻9ターン目、三和のターン。

 三和の手札は8枚。

 もし前のターンにあと1枚。

 『グレモリー』かいずれかの2コストネクロマンサーカードの内1枚あれば、このターンにリーサルだった。

 葛木の場には1/1のナイトのみ。

 三和は『禁絶の腕・ニコラ』を3回プレイ。6体の『ゴースト』が生成されるが盤面は5枚までなので1体の『ゴースト』があふれて消滅する。

 『ゴースト』の1体は『ナイト』を攻撃し、破壊。

 そうしてこじ開けた盤面に4度目の『禁絶の腕・ニコラ』をプレイ。

 5点分の『ゴースト』で葛木を直接攻撃してライフを3点まで削り、『禁絶の一撃』を手札に加える。

 墓地20にはほど遠いが、墓地が足りていなくても『禁絶の一撃』は4点出る。

 どんな守護を立てても、次のターンにはリーダーに直接4点のダメージを与えることができる。

 三和が考えられる限り最善の手だ。

 

 

 先行10ターン目、葛木のターン。

 ドロー。引いたのは……。

「悪いなぁ三和ァ」

 それまで眉根を寄せていた葛木が、途端に愉快そうに顔を歪める。

「俺のターン開始時ィッ! アミュレット『深淵の夢』の効果で場に1体のゴーストが生成されるぅ!」

 いきなり口調を変え、テンポよく葛木がしゃべりだす。

「そしてリーダーを直接攻撃ィ、レイサムの効果により場にナイトが一体生成されるぅ!」

 盤面には『ゴースト』と『ナイト』が2体並ぶ。

「ナイトでリーダーを直接攻撃ィ! これで2点! そして俺は『絶望の使者・セリア』をプレイするゥ!」

 『空の指揮官・セリア』のチョイス効果『絶望の使者・セリア』。

「場の味方フォロワーを全て手札に回収し、セリアの攻撃力を+2するゥ! これで6点! そしてレイサムの効果で再びナイトが召喚、これで7点!」

 連続して叩き込む葛木。そこで動きが止まる。

「三和。俺は残り5PP。なんのカードをプレイすると思う?」

「レイピアマスター、ランスロット、セリア、レイサムのアクセラレートと首飾り」

 三和はつらつらと述べる。

「ははは、お前何度でも死んでるんだよ! 俺はレイピアマスターをエンハンス効果でプレイ! これによりレイピアマスターの攻撃力を+2する!」

 レイピアマスターの攻撃力は3点。三和の体力は残り3点。

「レイピアマスターの元コストは1! 高潔なる騎士・レイサムの『1コストフォロワーに疾走を付与する』能力により、疾走を得るッ! これで10点。リーサルだ!」

 

 

 場がどよめいた。肉を断たせて骨を断つとでも言うべき、貪欲なアグレッシブさが生んだリーサルだった。

(7ターン目の伏せパーシヴァルの判断といい、葛木君も決して下手なわけじゃない)

 もし三和が先行であれば。あるいはセレスをひけていたら。

 展開は違っていたはずだ。三和の手には『禁絶の一撃』が手札に加わっていたから、葛木が強力な守護を立てても三和の勝ちだった。

 しかしこのわずかな差、引きの運。

 それが勝敗を決するのがカードゲームだ。

(三和君……)

「おい審判」

「えっ?」

 葛木が酷薄な笑みを浮かべながら美鈴に声をかけてきた。

「勝者はどちらだ?」

「………勝者、葛木君、です」

「おっしゃー!」

 葛木が勝ち鬨を上げる。こういった場の空気を作る力は葛木の方が三和の何倍もうまかった。

(……でもいやだ)

 勝者の名前として葛木の名を呼ぶ時、美鈴の心はざっくりと斬り裂かれるような痛みを覚えた。

 丁寧にシャドウバースを教えてくれた三和の姿と、三和と過ごした時間が脳裏に浮かんだ。

 その三和が笑い物にされているのが堪えられない。

(負けないで三和君)

 三和は表情を動かさず、沈黙を貫いている。

 眼鏡の位置を正す。と、その拍子に美鈴と目が合った。

 三和は小さく、かすかにうなずいた。

 任せろと。




シャドバ用語
・上振れ
運がいい方向に偏ること。転じて調子が上向くこと。
対義語は下振れ。

葛木宗次郎
使用リーダー:ロイヤル、ドラゴン
金髪で体格の良いハーフ。見た目は爽やかで明るい雰囲気を持つものの、反面、他人を虐げることに快楽を見出すタイプ。
自分がゲーム好きな一方で似たオタク趣味を持つ者を同属嫌悪し排斥したがる自己中心的性質を持つ。

尺本哲夫
使用リーダー:なし
三和とは一年生のころに同じクラスになって知り合った。
シャドウバースもブームにのっかり一度触れるが、今は引退している。
それでも三和のプレイを見て今の環境もある程度のことは知っている。
一応ドラゴン使いだった。

使用デッキ
葛木
https://twitter.com/fet_light/status/1121920916101844992
三和
https://twitter.com/fet_light/status/1118876277341966336


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4.手の内はライブラリアウト

 三和は追い込まれた。

 あと一敗でもすれば負け。

 葛木のドラゴン相手に、ネクロマンサーとヴァンパイアで二連勝しないといけない。

 さらには葛木の盛り上げによって、場の空気までアウェイになりつつある。

(いい緊張感だ)

 だがそれに反比例して三和の神経は研ぎ澄まされた。

(この前の大会もそうだった)

 一つのミス、一つの不運が負けへと直結する土壇場。

 それに三和悠平という人間は、表現し難い高揚を得るのだ。

(運が味方しないというのならプレイで引き寄せるのみだ)

 

「俺は引き続きネクロマンサーにする」

「わかった」

 

 2戦目、開始。

 先行は三和ネクロマンサー。後攻葛木ドラゴン。

 

 1ターン目はお互いにカードをプレイせずにパス。

 

 2ターン目先行、三和のターン。

 『死の夢の少女』をプレイ。

 

「いいカードを引くじゃないか」

 葛木が賛辞を上げる。

 『死の夢の少女』はラストワードで3コストの『深淵の夢』というアミュレットを供給する。

 手札が少ない先行ネクロマンサーの2ターンの動きとしては理想的だ。

 

 2ターン目後攻、葛木のターン。

 『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』をプレイ。

 

 

 3ターン目先行、三和のターン。

 プレイしたのは『怪物の少女・フラン』。チョイスしたのは『フランの従僕』。

「む」

 葛木の顔が歪む。1/3の『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』では『フランの従僕』を倒すことはできない。

 三和は『死の夢の少女』で葛木を直接攻撃。ライフを18点にまで削る。

 

 3ターン目後攻、葛木のターン。

 スペルか何かを使って『フランの従僕』を除去するかというターンだが、3PPを使って『ドラゴニック・コア』をプレイする。

 『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』は三和を直接攻撃。体力を19点にする。

 

「葛木はランプドラゴンみたいだな」

「うん。純粋なランプドラゴンかサタンドラゴンかはわからないけど」

 哲夫の言葉に美鈴がうなずく。

 今葛木が場に置いたアミュレット『ドラゴニック・コア』は味方フォロワーが進化した時に破壊され、最大PPを増やす効果がある。

 俗にPPブーストと言われるこれらのカードで、早いターンに大型フォロワーを展開する。

 そんなランプと言われる戦術が今のドラゴンの主なアーキタイプだ。

 

 三和のライフは19、場には2/2の『死の夢の少女』、0/1の『怪物の少女・フラン』、3/2の『フランの従僕』。

 葛木のライフは18、場には1/3の『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』とアミュレット『ドラゴニック・コア』。 

 

 

 4ターン目先行、三和のターン。

 三和はまず『ソウルコンバージョン』をプレイ。『怪物の少女・フラン』を破壊し2枚手札をドローする。

 残る3PPでプレイしたのは『心眼の双葬女・レディグレイ』。

 場にある『死の夢の少女』は葛木を直接攻撃。ライフを16点まで削る。

 そして『フランの従僕』は『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』を攻撃、破壊する。

 1PP余らせてターンエンド。

「ふーん、僕だったらリーダーを攻撃するけどね」

 葛木が唇の端を歪めながら言う。哲夫も「三和、やけに慎重だな」と今のプレイに不服そうだ。

「たぶん、『ドラゴニュートの吐息』を警戒したんだと思う」

「でも次は4PP……あ、そっか」

 

 

《ドラゴニュートの吐息》

スペル コスト3

相手のリーダーと相手のフォロワー全てに1ダメージ。

[エンハンス:5]『1ダメージではなく2ダメージ』

 

 

 今葛木のPPは4だが、場に置かれアミュレット『ドラゴニック・コア』にはPPブーストとともにPPを2回復する効果がある。

 もし『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』を場に残していた場合、『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』を進化させることで『ドラゴニック・コア』が破壊され、使用可能なPPは5。

 『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』の進化時1ダメージを与える効果と合わせて『ドラゴニュートの吐息』を使えば、三和の盤面が全て空になることになる。

「攻撃力の高いフランの従僕と進化時能力を持つレディグレイは相手にとってどっちも残したくないフォロワーなはず。今リーダーの体力を詰めるよりも、相手に除去を強要することを三和君は選んだんだ」

 着々と強力な盤面を構築することで相手の選択肢を奪う。

 三和らしいプレイだ。

 

 後攻4ターン目、葛木のターン。

 進化権が解放される。

「悠長にしていると、飛ぶよ」

 プレイしたのは『アンネローゼ』。

 

 

《アンネローゼ》

コスト3 攻撃力2 体力3

[ファンファーレ]『覚醒状態なら相手のフォロワー1体に1ダメージ。』

[進化時]自分の最大PPを+1する。

 

 

 葛木は『アンネローゼ』を進化。『ドラゴニック・コア』が破壊される。

 これで葛木の最大PPは6、使用可能なPPは残り3。

 葛木は『侮蔑の炎爪』をプレイ。

 『アンネローゼ』に1点のダメージを与える代わりに、『フランの従僕』に3点ダメージを与えて破壊。

 『アンネローゼ』は『心眼の双葬女・レディグレイ』を攻撃し破壊。

 2PP余っているが葛木はターンエンドする。

 これで場に残ったのは、三和の盤面が2/2の『死の夢の少女』。

 葛木の盤面は4/3の『アンネローゼ』。

 ライフは三和が19で、葛木が16。

 

「次のターンには覚醒状態かよ」

 哲夫がうめく。ドラゴンは最大PPが7を超えると覚醒状態に入り、一部のカードの能力が強化される。それとは別に、単純に先行の三和と2ものPP差をつけているのは大きい。

「定石だと次のターンはセレスか……?」

 哲夫がうめく。

 

 

 先行、三和の5ターン目。

 三和がプレイしたのは『冥界の番犬・ケルベロス』だった。

 『冥界の番犬・ケルベロス』を進化して場の他のフォロワー全てに『ランダムな敵のフォロワーに1点ダメージを与える』という能力を付与する。

 そして『アンネローゼ』を攻撃。4点の反撃を受ける。

「ケルベロス? セレスはひけなかったのか?」

 哲夫が声をうわずらせる。

 一方、葛木は哄笑を上げた。

「ははははははは。僕のPPが数えられないのか? 次は7PPだよ」

 三和は葛木の哄笑を意に返さず『死の夢の少女』で葛木を直接攻撃。ライフを14まで削る。

 

 三和の盤面には2/2の『死の夢の少女』、5/1の『冥界の番犬・ケルベロス』、2/1の『番犬の右腕・ココ』、1/2の『番犬の左腕・ミミ』。

 葛木の盤面は無し。

 

 

 後攻5ターン目、葛木のターン。最大PPは7。

 ノータイムでプレイ。

《世界は私の下にある!》

 プレイされたのはエンハンス効果の『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』。

 ファンファーレが発動する。

《私の下で、千切れ飛べッ!》

 『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』自身も含めて全体に1点ダメージ。この効果で『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』は進化。

 三和の盤面の体力1だった『冥界の番犬・ケルベロス』と『番犬の右腕・ココ』が破壊される。

 『番犬の右腕・ココ』のラストワードにより再び『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』に1点ダメージ、葛木自身に2点ダメージ、葛木のライフは残り12。

 『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』は進化状態でダメージを受け破壊されなかった場合、1ターンに一回場のランダムな敵フォロワーと敵リーダーに3点ダメージを与える効果を持つ。

《愚かすぎる!》

 ランダム3点ダメージは『死の夢の少女』に当った。『死の夢の少女』を破壊し、三和のライフを3点削り16点まで減らす。ラストワードで『深淵の夢』が三和の手札に加わり、『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』に1点ダメージを与える。

 体力2残した『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』は『番犬の左腕・ココ』を攻撃。反撃とラストワードの1点を受けて『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』は破壊される。

 もうひとつ『番犬の左腕・ココ』のラストワードの効果で三和のライフが2点回復。三和のライフは残り18点。

 お互いの盤面が0となった。盤面はイーブンだが、三和の進化権を葛木は進化権を消費せずに返した。

「ターンエンドだ」

 

 

 哲夫が額に手を当てる。

「ガルミーユケアは常識だろうに。また手札が事故っていたのか?」

「ううん。たぶん三和君は、『異界を統べる者』を警戒したんだと思う」

「異界を統べる者?」

 

《異界を統べる者》

コスト7 攻撃力6 体力6。

[ファンファーレ]『相手のリーダーのクラスのベーシックカードの中から、ランダムに異なる2枚を手札に加え、それらのコストを-3する。』

 

 

「異界を統べる者が手に入れるカードはランダムだけど、ネクロマンサーのベーシックカードには強いカードが多いんだ。セレスをプレイしても異界を統べる者だったら上からとられるし、それに葛木君は手札に『銀氷の吐息』を残している。セレスを出してもたぶん楽に処理されたと思う。だからわざとガルミーユを撃たせたんだよ」

「な、なるほど……。ってか永瀬、お前本当に勉強しているんだな……」

「え? あ、たまたまね」

 

 

 

 6ターン目先行、三和のターン。

 3PPを消費してアミュレット『深淵の夢』をプレイ。『ゴースト』を1体呼び出す

 『ゴースト』で葛木を直接攻撃し、ライフを11点に減らすと、『ソウルコンバージョン』で『ゴースト』を破壊、2枚ドローする。

 残った2PPで『死の夢の少女』をもう一枚プレイ。

「あれ? なんだかんだで葛木のライフ減ってきてねぇか?」

「そうね。アーカスを置ければ一気に即死圏内だわ」

 

 

 6ターン目後攻、葛木のターン。最大PPは8。

(さすがに回復しないとまずいか……?)

 葛木は4PPで『白亜の竜騎士』をプレイ。ファンファーレでチョイスしたスペルを手に入れる。

 チョイスしたばかりの『白亜の瞑想』を2PPで使う。

 『白亜の瞑想』の効果は6点のリーダーのライフを回復する。これによって葛木のライフは残り17。

「カーッ! インチキかよ!」

 一気に回復されたライフに哲夫がうなる。

 葛木は『白亜の竜騎士』を進化。死の夢の少女を破壊。

 場には5/4の『白亜の竜騎士』が残った。

 

 

 7ターン目、三和のターン。

「アーカスのターンだけど、アーカスを着地させるかしら」

 美鈴はつぶやく。

 『深淵の夢』の効果で『ゴースト』が一体生まれる。

 その『ゴースト』は葛木を直接攻撃。ライフを16にまで減らすと、『グール』をプレイ。2枚ドローする。

 残った5PPで『悪意の憑依』と2枚目の『深淵の夢』をプレイ。『悪意の憑依』の2点と2体の『ゴースト』で『白亜の竜騎士』を倒すとターンエンド。

 

 7ターン目後攻、葛木のターン。

 最大PPは9。

 プレイしたカードは9コストニュートラル・フォロワー『氷獄の王・サタン』。

《嘆きの河より世界を沈める》

 門が開き、葛木の山札が全く異なるデッキへと変貌する。

 『氷極の王・サタン』の能力は、デッキ自体を『コキュートスデッキ』という『氷獄の王・サタン』専用の強力なデッキに入れ替える能力だ。

「ふん。進化するまでもないか」

 三和の貧弱なフォロワーを見て、葛木はそのままターンエンド。

 

 

 三和の盤面には1/1の『グール』とカウントダウン2の『深淵の夢』とカウントダウン3の『深淵の夢』。ライフは残り18。

 葛木の盤面には7/7の『氷獄の王・サタン』。ライフは残り16点。

 

 

 先行8ターン目、三和のターン。

 プレイしたのは『幽霊支配人・アーカス』。

「さっきのドローで引きやがったな」

 度重なるドローカードで今の三和には7枚もの手札がある。

 三和はプレイした『幽霊支配人・アーカス』を進化。『氷獄の王・サタン』を攻撃。

《冥界で会おう……》

 不気味な言葉を残して『氷獄の王・サタン』は破壊される。

 そして残った『グール』と『深淵の夢』で生み出された『ゴースト』2体で攻撃。

 葛木のライフを14点に削る。

 

 後攻8ターン目、葛木のターン。使用できる最大PPは10。

 葛木は『蒼の少女・ルリア』をエンハンス効果でプレイ。ランダムなコスト7以上のニュートラル・フォロワーを1枚手札に加える。

 コキュートスデッキは全てニュートラル・カードで構成されるが、コスト7以上のカードは2枚、『貪り食うベヒーモス』か『異端なる冥獣』だ。

 葛木が引いたのは『貪り食うベヒーモス』だった。

 葛木は手札にこれまで温存していた『銀氷の吐息』を使って『幽霊支配人・アーカス』を破壊。

 『貪り食うベヒーモス』をプレイし、進化して『グール』を破壊、ターンエンド。

 『貪り食うベヒーモス』のターン終了時効果によって三和は9点のダメージを受け、ライフは残り9。

 

「相変わらずえげつねーぜ。コキュートスデック」

 哲夫がうめく。コキュートスデッキはあらゆるカードが強力だ。

 中でも注意すべきなのが『アスタロトの宣告』。10コストスペルと重たいが相手のリーダーのライフを1にする効果がある。

 盤面に一体でも残して葛木にターンを回してしまうと、即座に負けになる可能性がある。

 

 先行9ターン目、三和のターン。

 6ターン目に置いた方の『深淵の夢』が最後の『ゴースト』を生み出し破壊される。

 三和は『深淵の夢』で生み出された2体の『ゴースト』で『蒼の少女・ルリア』を破壊し盤面を開けると『ビッグソウルハンター』をプレイ。墓地6を消費して『貪り食うベヒーモス』を破壊し場に3体の『ゴースト』を呼び出す。

 3体の『ゴースト』で葛木を直接攻撃。

 葛木のライフを11点まで削ると、空いた場所に『永遠の花嫁・セレス』をプレイ。

 ターン終了。

 『永遠の花嫁・セレス』の効果で三和のライフが3点回復、残り12点。

 

「墓地は消費してよかったのか? ニコラは手札にきていないのかよ?」

「えっと……もし『怒り狂う氷魔』と『貪欲なスコーピオン』があったらそれでリーサルだからセレスで回復したかったんじゃないかな」

「おいおい、そんな悠長にしている場合かよ」

 

 

 後攻9ターン目、葛木のターン。PPブーストしても最大PPの限界値は10なのでこのターンに使えるPPは10。

(次は三和君の10ターン目。フェリでの爆発的な打点に備えておきたいところだと思うけど……)

 葛木は『ポセイドン』をプレイ。

 そして余った2PPで『暴竜・伊達政宗』をプレイする。

《独眼竜の咆哮に震えよ!》

 

《暴竜・伊達政宗》

コスト2 攻撃力2 体力2

必殺

[ファンファーレ]『自分のPP最大値が10なら、自分のドラゴン・フォロワーすべては、突進 と、ターン終了時まで「受けるダメージは0になる」を持つ。』

 

「伊達ポセかぁ」

「伊達政宗の効果で全員が突進能力を持つ。圧倒的な盤面差も1ターンで覆すドラゴンの切り札ね」

 このターン中限定だがあらゆるダメージを無効化するため、『永遠の花嫁・セレス』の交戦時能力も無効化し破壊する。

 

 2/2必殺、1/3守護、1/3守護、5/7と強烈な盤面が残った。

(ルリアとフェリの両方が揃っていれば守護も突破して勝てるけど、もしなかったら……)

 いくらアーカスであろうと、全処理するには苦労する盤面だ。1枚でも残せば『アスタロトの宣告』で決まってしまう。

 そう、すでに葛木は『アスタロトの宣告』を引いているのだ。

 

 

 

 運命の先行10ターン目、三和のターン。

 『深淵の夢』が最後の『ゴースト』を吐きだし破壊される。

 三和はカードをプレイする。

 たった一枚のカードを。

《我が吐息、天地を焦がす……》

 『屍竜・ファフニール』だ。墓地を消費し、葛木のフォロワー全てを破壊する。

 

「くぅ⁉」

 葛木が表情を歪ませる。『銀氷の吐息』はすでに使ってしまった。『屍竜・ファフニール』の処理を強要される状況だが、果たして処理できるか。

 

 後攻10ターン目、葛木のターン。

 ドローを見て、葛木の表情が変わる。

 プレイしたのは『サタンの波動』。

 1コストスペルで効果はカードを3枚引く。

 ただでさえ強いコキュートスデッキを一気に3枚ドロー。これで複数枚のコキュートスカードを組み合わせることができるようになる。

 そして、一転して葛木の表情が喜悦に変わった。

 『欲望を纏う者』。

 能力は『自分のターン終了時、ランダムな相手のフォロワー一体を破壊し、破壊したフォロワーの攻撃力分の値、リーダーのライフを回復する』。 

 さらに『悪意の炎帝』をプレイ。疾走能力により、三和のライフを5点削って三和のライフは残り7点。

 ターンエンド。『屍竜・ファフニール』は『欲望を纏う者』の効果で破壊され、葛木のライフを8点回復する。これで葛木のライフは19点まで回復する。

 相手の場に守護が無いとは言え、葛木のライフは遠い。

 三和に打つ手はあるのか。

 

 

 先行11ターン目、三和のターン。

 三和は『永遠の誓い』をプレイ。手札のネクロマンサー・カードのコストを2下げる。

 そして0コストとなった『禁絶の腕・ニコラ』を2枚プレイ。4体のゴーストで『欲望を纏う者』の体力を残り1点まで減らす。

 残り4PP。1PPで『怪物の少女・フラン』をプレイ。チョイスしたカードは『フランの呪い』。

 『フランの呪い』と2体のゴーストで盤面を全除去し、葛木のライフを1点削って残り18。

 そして『永遠の花嫁・セレス』を3PPでプレイ。

 ターンエンドで3点回復。三和のライフは残り10。

 『貪欲なるスコーピオン』の即死圏内を免れた。

「しぶといねぇ」

 葛木の表情が憎々しげに歪む。

 『永遠なる誓い』を撃たれてしまった。これでもし2コストフォロワーがもう1枚コストが下がっていたら、『グレモリー』と『幽想の少女・フェリ』で葛木のライフ18点削ることも不可能ではない。

(守護を立てるしかないか……)

 葛木は8PPで守護を持つ『異端なる冥獣』をプレイ。

 『異端なる冥獣』は他のフォロワーの数と同じダメージを自分のリーダーに与える代わりに、他のフォロワーすべてを破壊する効果を持つ。場には『永遠の花嫁・セレス』があるので葛木のライフが1点削れて18点、代わりに『永遠の花嫁・セレス』が破壊。

 そして残った2PPで『怒り狂う氷魔』をプレイ。進化権を2回復する。

 回復したばかりの進化権を使って『怒り狂う氷魔』を進化。

 場には8/8守護の『異端なる冥獣』と6/6の『怒り狂う氷魔』が残った。

「ターンエンドだ」

 

 

 先行12ターン目、三和のターン。

「長いな」

 哲夫が思わず漏らした。

「うん」

 美鈴もうなずく。

 しかし。

「使ったな?」

 三和が眼鏡の位置を直しながら言った。

「うん? 何をだ?」

 葛木には三和の問いの意味がわからなかったようだ。

 三和は答えることなくカードをプレイする。

 まずは『ビッグソウルハンター』。

「ち、うざいカードだ」

 破壊されたのは『怒り狂う氷魔』。場に3体のゴーストが並ぶ。

 残り7PP。

 三和がプレイしたのは『飢餓の絶傑・ギルネリーゼ』。

 場に並んだ『ゴースト』全ての攻撃力を+2し、9点の攻撃力で『異端なる冥獣』を破壊する。

 

 

「そうか! 潜伏状態の『ギルネリーゼ』を破壊できるのはランダム除去だけ! でもランダム除去を持つ『異端なる冥獣』も『欲望を纏う者』も使ってしまった! 葛木君のデッキにはもうギルネリーゼを破壊するカードがない!」

「それだけじゃない」

 三和が冷静にいった。

「葛木、お前の手札はまわっていたが、おかげでライブラリアウトだ」

「ライブラリアウト……って何?」

 美鈴がきょとんとする。教えてくれたのは哲夫だった。

「シャドウバースには相手のライフを0にする以外にも勝利する方法があるだろ? 相手のデッキを空にするっつー」

「あっ」

 デッキが空になった状態で追加の1ドローをすると負けになる。それがシャドウバースのルールだ。

「それがライブラリアウト?」

「そう」

 コキュートスデッキは強力なカードばかり揃ったデッキだが全部で13枚しかない。

 葛木はその内8枚を引き、デッキは残り5枚。

 『飢餓の絶傑・ギルネリーゼ』には『自分のターン開始時、このターンが10ターン目以降なら、自分と相手はカードを5枚引く』という効果がある。

 次のターン、いかなる盤面を構築しようと、三和にターンがまわれば葛木も強制的に5枚のカードを引かされ、ライブラリアウトで負けだ。

 

 

 

「ら、ライブラリアウトだと⁉ くそっ……」

 後攻12ターン目、葛木のターン。

 葛木に残された手段はなかった。

 6PPで『貪欲なるスコーピオン』をプレイ。7/6疾走・必殺・ドレイン持ちというコキュートスデッキでも屈指のフォロワーだ。それを進化させて三和のライフを9点削り、葛木自身のライフを9点回復する。

 三和のライフは残り1。

 葛木のライフは残り20。

 葛木は残った3PPで『氷獄の王・サタン』をアクセラレートでプレイ。デッキに3枚のコキュートスカードを加える。

 これでライブラリアウトだけはまぬがれたが、盤面には『飢餓の絶傑・ギルネリーゼ』が残ったままだ。

 ターンエンド。

 三和へとターンがまわる。

 

 

 先行13ターン目、三和のターン。

 『飢餓の絶傑・ギルネリーゼ』の効果により、三和と葛木両方が5枚のカードをドローし手札が溢れる。

 今ひいたのか、それとも三和の手札では初めから完成していたのか。

「0コストで『幽想の少女・フェリ』をプレイ。そして『グレモリー』をエンハンス効果でプレイ」

 5/7、3/3、3/3、1/1。

 そして『飢餓の絶傑・ギルネリーゼ』は3回攻撃を持つ。

 22点のワンターンキルだ。

 

 

 場がどよめいた。

 丁寧に相手のカードをケアし、完封で抑え込んだ三和の勝利だ。

「ふん、まあ元々ドラゴンはネクロに不利がつくからね。よくやれたものさ」

 葛木は少し言い訳めいた言葉を口にする。確かにネクロマンサーの10ターン目以降の爆発力はドラゴンをも凌駕するし、『ビッグソウルハンター』のように対策カードも多い。

 しかし葛木のカードの引きはかなりよかったはずだ。三和はそれらをしっかりとケアし、丁寧に勝ち切った。

 

 

「さて、最終戦だ」

 葛木のサタンドラゴンと、三和のヴァンパイア。

 どちらが勝つか。

 BO3は最終戦までもつれ込んだ。




シャドバ用語
・OTK
One turn Killの略。1ターンで20点以上の打点を出して勝負をつけること。
厳密にはOTKではなくても1ターンに高打点を出すことをOTKということもある。


使用デッキ
三和
3話と同じ
葛木
https://twitter.com/fet_light/status/1122007462926643201


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5.予想できない盤外戦術

「また負けたぁ。三和君のヴァンプ本当にラスボスみたいに強いね」

「ストーリーでもヴァンパイアのユリアスは一人だけラスボスみたいな強さなんだよな」

「うん。ルピ欲しさにちょっと進めてみた。三和君はずっとヴァンプを使っているの?」

「いや。使っていない時期もあったな。ヴァンパイアは環境が激変したリーダーなんだ」

「そうなの?」

「ヴァンパイアのクラス特性って復讐だろ? だから最初期は復讐を使ったコントロールヴァンパイアが主流だったんだ。でもカードが追加されるにつれて強力な疾走フォロワーが増えて復讐状態を維持するのは危険になったんだ。そうなると今度はアグロヴァンパイアが流行り出したんだ」

「コントロールからアグロに?」

「そう。ひたすら敵リーダーを狙って6ターンぐらいには決着をつけるやつ。だけど優秀な除去が登場したり、実質守護のようなカードが増えたりして、アグロヴァンパイアも厳しくなった。俺はどちらかというとコントロールのヴァンパイアが好きだったから、アグロヴァンプが強かったころは使っていなかったな」

「そんな歴史があるんだね。あ、今ヴァンプのデッキって機械軸もあるよね。あっちは使わないの?」

「使ったよ。考えた人はよくこんなデッキを見つけたなってなって面白かった。だけど環境の最前線で使うには厳しくてね。俺が使うのは……」

 

 

「三和、お前が使うのは蝙蝠(こうもり)ヴァンプだろ?」

 葛木が目を細めて問いかけてきた。

 三和は一瞬葛木の視線を受け止め考える。

 BO3のルールでは、相手のデッキが何かは初めの手札交換に大きく影響する。

 本来は秘匿するべき情報だ。

 しかし。

「ああ。そうだよ」

「だと思った。お前好きだったものな。そういうギャンブルタイプ」

 三和は正直に答えた。葛木には隠しても無駄だと悟ったからだ。

 三和が葛木の人間性を知っているように、葛木は三和の嗜好を理解している。

 

 

 蝙蝠ヴァンプ。

 その命名の由来は8コストフォロワー『闇喰らいの蝙蝠(こうもり)』からだ。

 

 

《闇喰らいの蝙蝠》

コスト8 攻撃力5 体力5

[ファンファーレ]『相手のリーダーか相手のフォロワー1体に「このバトル中、自分のターン中に自分のリーダーがダメージを受けた回数」と同じダメージ。』

 

 

 ヴァンパイアカードには、自分のリーダーにダメージを与える自傷カードと呼ばれるカード群がある。

 『闇喰らいの蝙蝠』はその自傷効果を使った回数が多いほどファンファーレの威力が上がる。

 自傷カウントを増やしつつ相手の体力を削り、そして『闇喰らいの蝙蝠』のファンファーレで一気に相手のライフを削りきる。

 それが蝙蝠ヴァンプだ。

 

「さ、二試合目が長引いた。三戦目はさくっと終わらせよう」

 

 三本目。

 三和蝙蝠ヴァンプ。

 葛木サタンドラゴン。

 

 先行は三和だ。

 手札交換、三和は2枚キープ。

 葛木も2枚キープ。

 

 

 1ターン目はお互いにパス。

 

 

 2ターン目先行、三和のターン。

 プレイしたのは『双石の悪魔』。チョイス効果でドロー効果のある『蒼炎の魔石』を手札に加える。

 

 

 2ターン目後攻、葛木のターン。

 プレイしたのは『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』。

 三和の2/1の『双石の悪魔』に1/3を合わせた形だ。

 

 

 3ターン目先行、三和のターン。

 プレイしたのは『悪夢の始まり』。

 2体の『フォレストバット』を呼びだし、カードを2枚ドローする。

 『双石の悪魔』は葛木を直接攻撃。ライフを18に減らす。

 

 3ターン目後攻、葛木のターン。

 プレイしたのは『侮蔑の従者』と『侮蔑の信者』。

 『侮蔑の従者』に1点ダメージを与え、葛木は手札を2枚ドローする。

 『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』は『双石の悪魔』を攻撃し破壊する。

 お互いの場に残っているのは、

 三和が1/1『フォレストバット』が2体。

 葛木は1/1『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』と2/1『侮蔑の従者』、1/1『侮蔑の信者』。

 

 手札は三和が7枚、葛木が7枚ある。

「三和君も葛木君も手札を増やしてきた」

「さっきの試合、葛木は序盤PP通りに動けていなかったからな。反省したってところか」

 

 

 4ターン目先行、三和のターン。

 2PPで『血の取引』をプレイ。自分自身に2点ダメージを与え、カードを2枚ドローする。

 三和は2体の『フォレストバット』を使って『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』と『侮蔑の従者』を破壊。

 残った2PPで『姦淫の従者』をプレイし自分のリーダーに1点ダメージ。

 残るPPは0だが、0コストカード『眷属への贈り物』をプレイ。お互いのリーダーに1ダメージを与え、お互いの場に1/1の『フォレストバット』を一体召喚する。

 もう一枚。0コストアミュレット『不穏なる闇の街』をプレイ。

「フラウロスの直接召喚条件を満たした!」

 

 

《フラウロス》

コスト4 攻撃力5 体力3

[直接召喚]『3ターン目かそれ以降の自分のターン中、自分のリーダーがダメージを受けたとき、それがこのターン中に4回目なら、このカードを1枚、自分のデッキから場に出す。』

[ラストワード]『自分のリーダーを3回復。』

進化後

[ラストワード]『自分のリーダーを3でなく5回復。』

 

 

 自分の同一ターン中にリーダーが4回ダメージを受けた場合、デッキから『フラウロス』を直接召喚する。

 これによりノーコストで『フラウロス』を場に出すことができる。進化で取りにくい高い攻撃力な上に、自傷した分のライフを3点回復するラストワード持ちだ。

 三和の場には5/3『フラウロス』、4/2『姦淫の従者』、1/1『フォレストバット』。

 葛木の場には1/1『侮蔑の従者』、1/1『フォレストバット』。

 ライフは三和が15点。

 葛木が17点。

 

「攻撃力高い奴が2体いるし進化でも取りづらいえげつない盤面だぜ」

 哲夫の横で美鈴は指折り数える。

(この試合、三和君の自傷は4回)

 

 4ターン目後攻、葛木のターン。

 進化権が解禁される。

 プレイしたのは『アンネローゼ』。進化して最大PPを1増やす。1/1の『フォレストバット』を攻撃して破壊。

 余った1PPで『侮蔑の炎爪』。『アンネローゼ』の体力を1点削って『フラウロス』に3点ダメージ、破壊。

 『フラウロス』のラストワード効果により三和のライフが3点回復、18点となる。

 残った『侮蔑の信者』、『フォレストバット』は『姦淫の従者』を攻撃、破壊する。

 

 場に残ったのは4/3の『アンネローゼ』のみ。

 三和のライフは18。

 葛木のライフは17。

 

「うまく返したな」

「うん。次ヴィーラを使っても『銀氷の吐息』で破壊できる」

 

 

 5ターン目先行、三和のターン。

 アミュレット『不穏なる闇の街』のカウントダウンが終了し1枚ドロー。ターン開始時のドローと合わせて三和の手札は8枚。

 三和は『鋭利な一裂き』で葛木のライフを3点削って14点。

 そして『邪眼の悪魔』をアクセラレートで使用し『アンネローゼ』に3点ダメージ、破壊する。

 そしてアミュレット『不穏なる闇の街』を場に置く。

 これで三和は3回自傷し、ライフは14点。

(自傷回数は7回。いい調子)

 

 

 5ターン目後攻、葛木のターン。最大PPは6。

 盤面が空の状態。

 葛木は4PPで『白亜の竜騎士』をプレイした。

 そして残った2PPでチョイスしたばかりの『白亜の瞑想』をプレイ。ライフを6点回復して20点まで回復する。

 

「白亜の竜騎士、蝙蝠ヴァンプの対策カードね……」

 

 6ターン目先行、三和のターン。

 手札は7枚。

 三和のライフは14。

 葛木のライフは20。

 三和は『悪夢の始まり』をプレイ。『フォレストバット』を2体呼び出し2枚ドローする。

 そして『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』をプレイ。

《愛はパトス、テーゼは消える》

 淫靡な囁きとともに、『白亜の竜騎士』が破壊される。

 

 『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』は自傷回数が7回を超えることで強化されるフォロワーだ。

 ファンファーレの能力で敵フォロワーを1体破壊、さらに攻撃力と体力を+1し疾走を得る。

 三和は1回目の進化権を切る。『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』を進化して葛木を攻撃。

 ライフを4点削って残り16点。

 

 三和の場には1/1/『フォレストバット、』1/1『フォレストバット』、4/6『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』。

 

 

「今度はガルミーユ対策をちゃんとしてきたな」

「うん。さっきの試合ルリアを見せたからね。異界を統べる者はルリアのニュートラル・フォロワーのサーチにひっかかるからサタンを確定サーチできないの。それにヴァンパイアのベーシックカードはネクロほど厄介というわけじゃあないしね」

 

 

 6ターン目後攻、葛木のターン。最大PPは7。

 葛木がプレイしたのは6コストフォロワー『忌まわしき紫竜』。

 ダメージを受けて破壊されなかった時、カードを2枚ドローする能力を持つ。

 攻撃力は4、体力は4。進化して6/6。

 葛木は進化権を使用。『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』を上からとる。

 4点の反撃を受けるも『忌まわしき紫竜』は残り、2枚ドロー。

 これで葛木は8枚まで手札を増やす。

 さらに余った1PPで『侮蔑の信者』をプレイ。

 新たに3枚のカードをドローし、あふれた1枚を墓地に送る。

 ターンエンド。

 

 三和の場には1/1の『フォレストバット』が2体。

 葛木の場には6/1の『忌まわしき紫竜』と1/1の『侮蔑の信者』。

 

 7ターン目先行、三和のターン。

 手札は8枚。

 三和の動きが止まる。

(ここからのヴァンパイアはつらい戦いになるはず……)

 蝙蝠ヴァンパイアはどちらかというと序盤に有利を築き、そしてデッキパワーが落ちるころに『闇喰らいの蝙蝠』をフィニッシャーとして試合を決めるデッキだ。

 一方葛木のサタンドラゴンは終盤に力を発揮する。

 先ほどの『白亜の瞑想』の回復により一撃で削ろうにもライフは遠いものとなっていた。

 三和が動く。

 まずは2PPで『狂恋の華鎧・ヴィーラ』をプレイ。

 残った5PPの内、4PPを使って『フォレストバット』の片方に『姦淫の翼』をエンハンスでプレイ。

 葛木を直接攻撃し、3点のダメージを与えてドレイン効果によりライフを3点回復する。

 1/1のままの『フォレストバット』は『忌まわしき紫竜』を攻撃し、相打ちし破壊。

 進化権は使用せず残したままターンエンド。

 『姦淫の翼』のターン終了時効果により『フォレストバット』は1ダメージを受け体力が2になる。

 三和自身も1点ダメージを受け、三和のライフは16。

(これで三和君の自傷回数は……ええっと……8回)

 

 

 三和の盤面には3/2の『フォレストバット』と2/2の『狂恋の華鎧・ヴィーラ』。

 葛木の盤面には1/1の『侮蔑の信者』。

 三和のライフは16。

 葛木のライフは13。

 

 

 7ターン目、後攻葛木のターン。最大PPは8。

 手札は上限の9枚。

「次は8ターン目か……ふむ、三和の自傷回数は……」

 葛木の目が泳ぐ。

 その視線が不意に、美鈴にむけられた。

(しまった!)

 視線の意図を悟り、慌てて指折り数えていた手を背中に隠すが、葛木に見られた後だった。

 葛木の目が細まる。

「ふぅん……8回か」

(私ったら、迂闊!)

 美鈴は自身を叱咤する。葛木は三和の自傷回数など数えていなかったのだ。

 だが美鈴が指で数えていたために教えることになってしまった。

 葛木のライフは13点。三和の自傷回数は8回。

 0コストスペル『眷属への贈り物』は既に1枚見せたから、万に一つも次のターンに決着がつくということはない。

「場にフォロワーを残したくないな。ならこっちか」

 葛木は『姦淫の信者』で三和を直接攻撃。ライフを16点に減らす。

 それからプレイしたのはエンハンス『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』。

《世界は私の下にある》

《私の下で千切れ飛べ!》

 ファンファーレで全体に1ダメージを与え、進化権を与えることなく進化。

 『狂恋の華鎧・ヴィーラ』を攻撃し、ダメージを受けて倒されなったのでランダムな敵フォロワーに3点、敵リーダーに3点を飛ばす。

《愚かすぎる!》

 侮蔑の咆哮が3/2の『フォレストバット』を破壊し、三和に3点ダメージ。

 三和のライフが12点に削れる。

 

 

 

 8ターン目、先行三和のターン。

 プレイしたのは『フラウロス』と『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』。

 『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』の効果で『侮蔑の絶傑・ガルミーユ』を破壊し、疾走2点ダメージを葛木に叩き込む。

 まだ進化権は使わない。

 

 これで三和の盤面には5/3『フラウロス』、2/4『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』。

 三和の盤面はなし。

 ライフは三和が12点。

 葛木が11点。

 全回復していた葛木のライフが地味に削れてきた。

 

 

 8ターン目、後攻葛木のターン。最大PPは9。

 『氷獄の王・サタン』の着地タイミングだが、三和は進化権を残しているし盤面を放置はできない。

 葛木がプレイしたのは『白亜の竜騎士』。

「2枚目!?」

 チョイスして加えたばかりの『白亜の瞑想』をプレイ。ライフを11点から17点にまで回復する。

 そして最後の進化権を使用。5/6となって『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』を破壊。

 余ったPPで『侮蔑の炎爪』をプレイ。『白亜の竜騎士』の体力を1点削って『フラウロス』に3点ダメージ。『フラウロス』のラストワード効果で三和のライフが3点回復する。

 残った2PPで『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』をプレイ。

 ターンエンド。

 

 これで三和の盤面はなし。ライフは15点。

 葛木の盤面は5/3の『白亜の竜騎士』、1/3『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』。ライフは17点。

 進化権を残しているとはいえ、いつの間にか盤面もライフも上回られた。

 

 

 

 9ターン目、先行三和のターン。

 プレイしたのは0コストスペル『眷属への贈り物』。お互いのリーダーに1点ダメージを与え、それぞれの場に1/1の『フォレストバット』1体を出す。

 そして『闇喰らいの蝙蝠』をプレイ。

「なにっ!?」

 葛木が声を上げる。『闇喰らいの蝙蝠』は蝙蝠ヴァンプが持つ絶対のフィニッシャーだ。

 それをこの局面で使ってくるということは……。

「2枚目か」

「うん。三和君はドローを一杯したし、それに三和君のデッキには……」

 出かかった言葉を美鈴は危うく飲み込む。何も葛木に三和のデッキ内容を教える必要は無いと思ってのことだ。

 今のヴァンパイアはドローカードが豊富なため、『闇喰らいの蝙蝠』を2枚に抑えているデッキもある。だが三和は事故防止と長期戦のために『闇喰らいの蝙蝠』を3枚採用している。

 2枚目を手札に加えていても不思議はない。

 三和の自傷回数は9回なため、これで葛木のライフは一気に9点削れる。

 

 

 三和の盤面には5/5『闇喰らいの蝙蝠』、1/1『フォレストバット』。

 葛木の盤面には5/3『白亜の竜騎士』、1/3『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』、1/1『フォレストバット』。

 三和のライフは14点。

 葛木のライフは7点。

 

 

 9ターン目、後攻葛木のターン。最大PPは10。

「くっ」

 表情を苦悶に歪ませながらドローを確認する。

 一転してその表情が喜悦に変わった。

「ハハハハ、どうやら今日はついているようだ!」

 プレイしたのは3枚目の『白亜の竜騎士』。

 チョイスしたのは当然『白亜の瞑想』。ライフを6点回復し残り13点。

 これは三和も意外だったのか、眉間に皺が寄り眼鏡の位置を押し上げる。

「なんて悪運の強い野郎だ……!」

 哲夫がうなる。

「でも場には闇喰らいの蝙蝠とフォレストバットが……」

《独眼竜の咆哮に震えよ!》

「あっ……そうか葛木君はもう10PP……」

 葛木の最大PPが10に達しているので『暴竜・伊達政宗』の特殊効果が発動する。

 全てのドラゴン・フォロワーは突進と『このターン受けるダメージを0にする』を持つ。

 プレイされたばかりの『白亜の竜騎士』と必殺を持つ『暴竜・伊達政宗』が一気呵成に押し寄せ『闇喰らいの蝙蝠』と『フォレストバット』を破壊する。

 そしてすでに場に出ていた『白亜の竜騎士』と『フォレストバット』、『銀氷のドラゴニュート・フィルレイン』は三和を直接攻撃。ライフを7点削り、三和のライフは残り7点。

 

 三和の場にはフォローはなし。

 葛木の場には5/3『白亜の竜騎士』、3/4『白亜の竜騎士』、2/2必殺『暴竜・伊達政宗』、1/1『フォレストバット』。

 三和のライフは残り7点。

 葛木のライフは残り13点。

 

 

 10ターン目、先行三和のターン。

 三和の動きが止まる。

「まだリザインをしないのかい?」

 葛木が面倒臭そうに言った。

 美鈴はかたわらの哲夫に問いかける。

「リザインって何?」

「投了。負けを認めるってこと」

「そんな、進化権だって残しているしまだわからないのに……」

「遅延行為はやめてくれないか? さっさとリタイアを押せ」

 表情に嘲弄を浮かべて葛木が言う。三和はじっと手元の携帯端末を見つめている。

 と、

「ここまでか……」

 と小さく呟いた。葛木が表情を輝かせる。

「なんだ、リタイアするのかい?」

「いや、そっちはまだだ」

 答えを返すと、プレイしたのはアミュレット『蒼炎の魔石』。2枚ドロー。

「トップ解決は好きじゃないんだ」

 それから薄く微笑む。

「だがそれもまたカードゲームだ」

 そしてプレイしたのは5コストフォロワー、『邪眼の悪魔』。

「やはりそれを握っていたかい」

 葛木が猛々しい笑みを浮かべる。

「一枚で盤面を切り返せるカードだものな。だがそれがヴァンパイアの最後の抵抗だ」

 三和が、残しに残してきた進化権を切る。

 『邪眼の悪魔』は進化しても能力値の上昇が一切ない。

 その代わり、進化時能力として『相手のフォロワーすべてに「このバトル中、自分のターン中に自分のリーダーがダメージを受けた回数」と同じダメージを与える』効果がある。

 三和が自分のターン中にリーダーがダメージを受けた回数は9回。

《憎しみが私を焦がす……》

 怨嗟の炎が、葛木のドラゴン・フォロワー達を焼き払う。

 そして残った3PPで3枚目の『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』をプレイする。

 疾走を得て攻撃力と体力を+1し、葛木を直接攻撃。

 葛木のライフを11点まで削る。

 

 

 三和の盤面には5/4『邪眼の悪魔』と2/4『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』。

 葛木の盤面にはなし。

 三和のライフは7点。

 葛木のライフは11点。

 

 

 10ターン目、後攻葛木のターン。

(もし葛木君の手札にまだ回復カードがあったら……)

 そうなればほぼお手上げだ。

(邪眼の悪魔とヴァーナレクを処理できなければ、あるいは……)

 だが悩むことなく葛木はプレイ。

 『ポセイドン』そして『暴竜・伊達政宗』。

 付与された突進効果によって三和のフォロワーが駆逐される。

 

「ほらっ! この守護を突破できんのかよ! ポセイドンを除去して11点を削りきれるのか!? ああ!?」

 葛木が恫喝する。

 三和の指先が、すっと動いた。

 

 

「勝った」

「はぁ……?」

 先行11ターン目、三和のターン。

 プレイしたのは『鋭利な一裂き』。

 三和自身のライフを2点削り、葛木のライフを直接3点削る。

「おかしいだろっ!」

 ガタンッと椅子を蹴倒して葛木が罵った。

「最後の土壇場でそんな直接打点カードを引くか!? 運ゲーにもほどがあるだろ!」

 『白亜の竜騎士』を3枚ひいたことを棚に上げて、葛木がわめく。

 その間も三和は無言でプレイする。

 プレイしたのはもちろん『闇喰らいの蝙蝠』。

 このバトル中、自分のターン中にリーダーがダメージを受けた回数は10回。

 葛木のライフは残り8点。

 葛木のライフを消し飛ばす。

 

 

「あーもうッ運ゲー運ゲー運ゲー! 先行ゲーだよクソッ!」

 癇癪を起したかのように葛木はわめき散らした。

(それは一理あると思う……)

 少なからず葛木の想いに美鈴は共感した。

 欲しい手札がこない不運。

 相手ばかりが都合のいいカードを引き寄せる理不尽。

 それらは美鈴自身シャドウバースに触れた短い時間で何度も体験した。

「でもそれがカードゲームなんだ」

「永瀬……?」

 哲夫が当惑した顔をするが置き去りに、永瀬が一歩進み出た。

「凄い勝負でした。初めたての私では思いつかないような手の連続でした」

「永瀬、この試合は……」

 言い訳か何かを言いつのろうとする葛木の口を指一つで黙らせ、美鈴は続けた。

「カードゲームは運のゲーム。それは一理あると思います」

「………」

「ですが三和君は己の手札とむきあい、それに沿ったプレイングをしてきました。サタンを封じる盤面構築、『闇喰らいの蝙蝠』での回復強要、長期戦を予想してギリギリまで邪眼の悪魔のために進化権を残していたこと」

 三和が打つ手には、一手一手に意味があった。

「最後に欲しい札を引き寄せたのは運ですが、そこまで戦いを長引かせたのは紛れもない三和君の実力です」

「ぐっ……!」

 葛木自身も自覚していたはずだ。三和が最後の進化権を『邪眼の悪魔』に切った時、明らかに肩の荷が下りた顔をしていた。

 永瀬は宣告する。

「このBO3。2勝1敗で、勝者三和君です」

 永瀬が告げると、初めに哲夫が、小さくパチパチと拍手をし出した。

 それに引きずられるように、拍手の輪は広がっていった。

 膨れ上がる拍手と対照的に、その中心の一人、葛木は表情を徐々に憤怒に変えていった。

「やめろやめろっ、茶番だっ! こんなのっ!」

 耐えかねたように腕を振るう。拍手は周囲の当惑とともに徐々に引いていった。

 静かになった場にやっと溜飲が下がったのか、肩の力を抜くと葛木は三和の耳元に口を近づける。

「今回は負けを認めてやる。だけど勘違いするんじゃねぇぞ」

「はいはい」

 三和は葛木の捨て台詞を聞き流す。

 と、葛木が犬歯をむき出しに笑んだ。

「それとな。……永瀬のこと、精々鍛えてやんな」

「……なんのことだ?」

「しらばっくれるなよ。お前が自分から面倒ごとに首をつっこんだ時点で、裏側は透けて見えるっつぅの」

 葛木の表情は確信めいていた。たまらず三和は癖で自分の眼鏡の位置を直す。

 やはり葛木も三和の性格を知っている。

 三和が首を突っ込んできたことと、短期間で美鈴がシャドウバースの腕を上げたことで推察はついているのだろう。

(やっぱり腐れ縁だな……)

「いらなくなったら俺がひきとってやる。その時は教えろよ」

 それが捨てセリフだったらしい。

 葛木は荒んだ足取りで2-Bの教室を立ち去った。

 

 

 

 勝負が終わったことでギャラリー達は三々五々と散りだした。

「三和君が勝ったってことは三和君と付き合うのかな?」

「まっさかぁ。葛木君ならワンチャンあったかもだけどね」

「でも美鈴はアイドル一筋で彼氏はつくらないらしいよ」

 集まってきたのも勝手なら、立ち去り際のコメントも勝手だ。

 三和が内心舌を出していると、ドンッと背中を叩かれた。

「やるじゃねぇか、三和」

 背骨に走った痛みに顔をしかめていると、哲夫が男臭い顔に白い歯を光らせて笑んできた。

「ちょっとハラハラしたが、まあ順当な勝利だったな」

「ああ。相変わらずあいつはデッキ構築もプレイングも甘い」

 その場にはあと2人残っている人間がいた。

 美鈴と樫崎だ。

 樫崎が唇の端を歪めながら尋ねてくる。

「で、勝利者として三和は永瀬に交際を申し込むのかい?」

「まさか」

 三和は肩をすくめた。

「俺はあのハゲタカが永瀬にまとわりつくのを見逃せなかっただけですよ」

「葛木な。あいつの評価は教師の間でも二分されている」

 樫崎が苦々し気な顔で腕を組んでため息をついた。

「接点がない教師ほど葛木の評価は高い。でも担任は葛木には関わらないようにしているし、ソフ研の顧問の高橋先生は……あいつのせいでソフ研の空気が変わったと嘆いていた」

 教師としても複雑なのだろう。教師の目の届かないところで横暴を振りまく生徒は何も葛木だけではない。だが明確な証拠もないのに手を出したりはできないし、いちいち関わっていてはきりがない。

「ま、その調子でしばらくは永瀬のナイトをしていてくれよ。あたしとしてもあんな俗物に傷物にされるよりアイドルとして成功してもらった方が鼻が高いんでね」

「その発言もずいぶんと俗物ですよ」

 樫崎の歯に衣着せぬ物言いに苦笑しつつたしなめる。

「あ、あの三和君」

 隙間を見つけて美鈴が話しかけると、三和は努めて冷淡な視線をむけてきた。

「永瀬、変な騒動に巻き込んですまなかったな。まあ葛木は糞野郎だから気をつけておけ」

「う、うん……」

 美鈴は三和の視線に気圧されて言うはずだったお礼の言葉を失う。

(シャドウバースを教えてくれる時の普段の三和君じゃない。ただのクラスメイトとしての三和君の顔だ)

 美鈴と三和の関係をあくまで秘密にしようという三和の考えは美鈴にも伝わった。

「……ありがとね」

 だから美鈴はアイドルの永瀬美鈴として極上の笑顔で微笑んだ。

 

 

 

「ん?」

 三和の携帯端末に美鈴から着信が来ていた。

『放課後化学準備室で待っているから来て』

 

 

 

「あれ? かっしーはいないのか」

 話通りに化学準備室を訪れると、樫崎の姿はなく美鈴の姿だけがあった。

「あ、三和君……」

 美鈴の様子はどことなくおかしかった。伏し目がちで目を合わせようとしない。

「どうかしたのか?」

 三白眼を怪訝に細めて問いかけた。

 やっぱり今回の対応はまずかったのだろうか。

 美鈴の言葉を待っていると、やがて決心がついたのか、シャープな顔立ちをキリリと引き締めてこちらの目を見てくる。

「あのね、三和君。私にできることって、何かないかな?」

「あん……?」

 意味がわからず、呆けた顔で聞き返す。

 それが精一杯の勇気だったのか、美鈴は再び視線を伏せると、声をかすませながら言った。

「そのね。やっぱり今回の事で、三和君に凄く迷惑をかけたと思うんだ。だから何かお礼を……したいなって」

「ああ、なんだそんなことか」

 三和は苦笑した。

「いいよ、気にするな。俺は葛木を負かして気分がいい」

「でも……」

「じゃあ立派なアイドルになれよ。そうしたらクラスメイトとして鼻が高い」

 三和は邪気の無い笑みを浮かべる。

 美鈴の好きな、三白眼を糸のように細めた柔和な笑みだ。

 それに美鈴の胸がきゅっとなった。

「そ、それなら!」

「ん?」

「写真撮ろう!」

「写真?」

「そ、そう! 証拠! いつか私が大物になって、そして堂々と今の事を言えるようになったら、その証拠の写真! 私の先生が三和君だったという証!」

「あー……写真?」

「そう。撮ろうよ!」

 美鈴は自分のスマートフォンを操作して、カメラ機能を起動する。

 そして三和に体を寄せる。

「三和君! もっとくっついて!」

「い、いいのか……?」

 美鈴の体からは花の香りのような色香が漂っていた。美鈴は腕をからませ、柔らかい弾力が三和の肘に当る。

「ほら。笑って!」

「あ、ああ……」

 三和が精いっぱいの笑顔を浮かべる。

 美鈴の好きなあの糸のように目を細めた柔和な笑顔ではなく、ぎこちなかったが、美鈴はシャッターを切る。

「撮るよ! 3、2、1」

 パシャッ

「……えへへ」

 美鈴が頬を緩ませる。

 その光景を、三和は呆けたような非現実的なものを見るかのような顔で見つめていた。

「私、きっと今よりももっと有名なアイドルになるから」

 美鈴が笑う。

「だから三和君。……応援しててね」

「ああ……」

 それから。

 美鈴は三和君の頬にキスをした。

 時が一瞬止まる。

「えへへ……」

 美鈴が照れたようにはにかみながら笑う。

「ありがとうね、私のナイトさん」

 美鈴はそれだけ言うと、さっと身を翻して駆け出す。

 長い栗色の髪が弾み、小動物のように尾を引きながら化学準備室を飛び出していった。

(全く、心臓に悪い……)

 ドキドキと、三和の鼓動は高鳴っていた。

 

 

 

 

 美鈴の心臓は、三和以上に高鳴っていた。

「はぁっ、はぁっ、」

 全力で廊下を駆け抜ける美鈴に、放課後にもちらほらと残っていた生徒たちが驚いた顔をする。

 全力で走らなければ、頭の中がどうにかなってしまいそうだった。

 心臓がバクついている。頬がスモモのように紅潮していた。それは走っているせいだけじゃないはずだ。

(私っ、あんな大胆なことを……!)

 どんなに親密なファンとだって一度もしたことない。

 ましてや自分からキスをするなど、自分でもしたことが信じられない。

 心臓は激しく高鳴り、羞恥に立ち止まっていることができず、美鈴は全速力で校内を駆け抜ける。

 だがその激しい動悸は、むしろ心地よさと幸福感で美鈴の全身を満たし、気分を高揚させていた。

(桔音に話さないと)

 7歳年下の妹を思い浮かべる。

(お姉ちゃんにも好きな人ができたんだよって) 

 

 

 

 翌日、早朝。

「よう三和。……なんか今日はいつにもまして眠たそうだな」

「ちょっと寝不足でな……」

 あくびをしつつ、三和は窓際の席に座る。

「わり、ホームルームがあるまで仮眠するわ」

「おう」

 哲夫にそう声をかけた時だった。

 教室の扉が開き、美鈴が入ってきた。

「おはよー」

 美鈴は仲のいい数人の生徒と挨拶をかわす。

 三和はいつものように素知らぬ顔をし、目が会えば周囲にバレないように目だけで挨拶を返すつもりだった。

 しかし。

 カツコツカツコツ。

 美鈴の足取りがリズムを刻んで、わざわざ窓際の三和の席まで近づいてくる。

 学校指定のローファーから、徐々に視線を上げて三和は怪訝に美鈴の顔にピントを合わせた。

 照り付ける朝日を浴びて、美鈴の栗色の髪が煌めいている。

 美鈴は晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「おはよう。三和君」

「お、おはよう……」

 

 

 チックタック。

 チックタック。

 

 

 時計の針は進む。

 

 

 

 




シャドバ用語
・盤外戦術
純粋なゲームプレイ以外で自分を有利にするための戦術。
デジタルカードゲームでは少ないが、例えばプレイできるカードが1つしか無いのに悩んだふりをして、手札に他のカードがあるように見せる遅延行為、エモーションを連打して相手の思考を妨害するハラス行為、今回のようにギャラリーがいる場合はギャラリー達のサインなどから相手の手札を盗み読む行為などなど。

・クラス特性
各リーダー(正確には各リーダーが使用できるカード達)が持つ特殊条件。
例えばドラゴンの場合は最大PPが7を超えるとなる『覚醒』。
ヴァンパイアはライフが10点以下になると『復讐』。
ドラゴンのカードの中には『覚醒状態』でのみ発動する能力を持つカード、ヴァンパイアは『復讐状態』でのみ発動するカードがある。
ちなみに厳密にはクラス特有のものではないため、例えば何らかの手段で別リーダーのカードを手札に加えると、他のリーダーでも最大PPが7を超えていたら『覚醒』効果は発動するしライフが10を下回っていたら『復讐』効果は発動する。

・ルピ
シャドバのゲーム内通貨。ミッションやストーリーを進める、ログインボーナスなどいくつかの入手手段がある。
カードパックやスキンの購入に使える。

・ストーリー
ソロプレイで進行できるストーリー。
全8人のリーダー分あり、全クリアしようとすると結構時間がかかる。
作者は少しづつ進めているがまだ途中。
報酬としてルピやスリーブ、エンブレムなどがもらえる。

・トップ解決
デッキの上(トップ)、つまりドローで加えた札で状況を打開すること。


使用デッキ
三和ヴァンパイア
https://twitter.com/fet_light/status/1123811226016993285
葛木ドラゴン
4話と同じ
https://twitter.com/fet_light/status/1122007462926643201


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6.二律違反のプレイング

 破竹の勢いで連勝を重ねていた美鈴だったが、AAランクに突入した辺りから徐々に勢いを減らしていた。

 AAランクは最高位のマスター一歩前のランク。

 場合によってはマスターランクの相手ともマッチングするランクで、相手のデッキもほとんどが環境トップランクを揃えていた。

 プレイングの面では三和の教えもあってミスらしいミスを起こすことはなくなっていた。

 ただし、どうしても手札が揃わない場合や相手がうまくかみあった場合などどうしようもない試合が増えていた。

(うーん、なんか気分転換が欲しいな……)

 明日三和君に相談しよう。

 美鈴は思い立った。

 

 

「新しいデッキを作ってみたい?」

「そう。だいぶエーテルも溜まったしさ。それと投げ銭の分をシャドウバースに使おうかなって」

「ふーん。結構もらえるのか? 投げ銭って」

「えへへ。お小遣い程度だけどね」

 指でわっかをつくり微笑む。お金に苦労している分、お金の話題には自然と頬がほころんでしまう。

「で、三和君にどんなデッキがいいか聞いてみようと思って」

「そうだなぁ。まず今環境、最強はロイヤルだ」

「最強? 1強な訳?」

「もちろんどんなデッキにも勝てるわけじゃない。ただとにかく安定している。エンハンスやアクセラレート持ちが多いから事故ることがほとんどないし、デッキに入るカード全てが強い。リオードの進化時能力の潜伏の使い方次第でプレイングにも差がでる」

「ふーん。他には?」

「あとは永瀬も使っているネクロ。ただ対策が進んできて、環境当初よりはパワーが落ちてきたかな。永瀬がシャドウバースを始めたのって鋼鉄の反逆者っていう新しいカードパックが発売されたばかりで、新デッキが次々と生まれる混沌とした時期だったんだ。その時にセレスっていうのは今までなかったカードでネクロの立場を押し上げることになったんだけど、今では対策も進んできている。聖獅子ビショップの『アサルトプリースト』とかな」

 

 

《アサルトプリースト》

コスト5 攻撃力4 体力4

守護

[ファンファーレ]カードを一枚引く。

[進化後]

(守護がなくなる)

[進化時] 攻撃済み状態の相手のフォロワー一体を破壊する。

 

「聖獅子ビショップはここ最近になって立場を上げてきたんだ。今強力なラストワード持ちが多いから消滅させる『漆黒の法典』が強いし、『アサルトプリースト』はヴィーラやセレスの対策になる。横並び対策の『安息の狂信者』もあってケアできる範囲が広いデッキなんだ」

「神殿を置いて聖獅子の結晶を連打するだけじゃないんだね」

「そうだな。あとは……蝙蝠ヴァンプあたりもかなり強い部類だ」

「蝙蝠はダメ。自傷っていうのが放送的にまずいから使わないことにしているの」

「そ、そうか……。あとはドラゴンだな。サタンドラゴンから純粋なランプドラゴン、あるいはフォルテを採用したフェイスドラゴンとかもでてきた。今のミッドロイヤルにも結構戦えるけど、一方で苦手なデックがいくつかあるな」

「ウィッチとネメシスは?」

「ウィッチは軸が色々あるけどスペルブーストが強いかな。ただプレイングが独特で、スペブ管理とか結構大変だぞ?」

「そうなのよね……。いざ作っても使いこなせなかったらもったいなって思って手が出ないの」

「ネメシスは実はあまり触ってないし見ないからよくわからないんだよな……マッチしても大体勝っているし、そんなに強い印象はない」

「うーん……あ、そうだ、エルフは?」

「前も話したけどいろんなデッキタイプがあって模索のしがいがあるな。アグロからミッドレンジ、コントロールまで色々ある」

「うーん……どれもやりたくなっちゃうなぁ」

「気持ちはわかるが時間はないからな。エーテルも限られているのならなおさら、絞っていった方がいいと思う」

「うーん……」

 美鈴は意味もなくカードをタップする。

 と一枚のカードが気になった。

「あれ、この娘、こんな能力あったんだ」

「なんだ? ああ、『スカイセイバー・リーシャ』か」

 

 

《スカイセイバー・リーシャ》

コスト5 攻撃力3 体力3

自分のターン中、自分の場に兵士・フォロワーが出たとき、進化する。

[進化後]

[攻撃時]自分の場に黄昏の刃・ナノがいないなら、黄昏の刃・ナノ1体を出す。

[攻撃時]このターンが自分の10ターン目かそれ以降なら、トワイライトソード1枚を手札に加える。

 

 

「この10ターン目以降ならトワイライトソードを手札に加えるって奴? そんなのあったんだなって」

「そうだな。アーカスネクロなら基本的に10ターン以内に終わらせるし盤面にフォロワー置かないから、あまり見る機会ないものな」

 三和は端末を操作して、動画をひっぱってきた。

 まさに10ターン目に『スカイセイバー・リーシャ』がプレイされた動画だ。

《黄昏は、闇を照らす勇気の光!》

《任せて、リーシャ!》

《トワイライトソード!》

 

 

 『トワイライトソード』の効果は全ての相手フォロワーと相手リーダーに5点ダメージを与えるという超強力な効果だ。何よりも目を引くのは演出の豪華さ。『スカイセイバー・リーシャ』と『黄昏の刃・ナノ』が輪唱しながら技名を叫ぶという物だ。

「なにこれっ⁉ 必殺連携技⁉ この子普通に強いし完璧に女の子主人公じゃん!」

「そうだな、元ネタの神撃のバハムートでも人気キャラらしいし優遇されているな……。おれもそいつさえ存在しなかったら今頃機械ヴァンプを握っていたかもしれないんだが……」

「え?」

「なんでもない。まあ今のミッドレンジロイヤルの立場があるのはそいつのおかげでもあるのは間違いないと思う」

「決めた! 私この子使う!」

「うん。さっきも言ったがミッドレンジロイヤルは最強クラスに安定している。いい選択だと思うぞ」

「うん。じゃあこのデッキ組む……として……」

「どうした?」

 トーンを落とした美鈴の反応に、三和が首を傾げる。

「ろくまんはっせんえーてる?」

「ああ。入っているのはほとんどゴールド以上のカードだからな。ネクロも同じぐらいしたけどかなり高い方だな」

「た、高い……エーテル足りない………」

「あー………。どうする? 聖獅子とかならもうちょっと安く済むけど」

「うー……ママに聞いてみる……」

 美鈴は母親のマドカにアプリで連絡を送った。

 今はパートの最中だと思うが、返事はすぐに帰ってきた。

『どうしたの?』

『シャドウバースのデッキを作りたいんだけど、課金しないと手が出ないの。ダメかな?』

 『お願い!』というスタンプを押して懇願する。

『それって今度の番組のために必要なものなんでしょ? ならいいわよ』

 『OK』というスタンプが帰ってきた。

 お礼の意味も込めてハートの散りばめられたスタンプを押して返す。

「OKでた。というわけで魔法のカードの出番!」

 シュッとクレジットカードを取り出す。

 それをぼんやりと眺めていた三和が不意に問いかけてきた。

「永瀬の母親ってどんな母親なんだ?」

「え?」

「いや、アイドル業に理解があるのはわかるけどどんな人なのかなって」

「うーん……」

 マドカは昔不動産関係の会社で働いたところ、社内恋愛で美鈴の父親と結婚、美鈴を身ごもると同時に退社した。

 しばらくは主婦業に専念していたが、美鈴がアイドルに興味を示し、それに出費がかかることを知るとパートで働くなるようになった。

 美鈴の夢を後押ししてくれる最高のパートナーだ。

「しっかりしているし、とにかく笑顔を絶やさない人かな。私が無理なお願いしても笑って許してくれるの。だから申し訳ないって言うか」

「ふーん。永瀬をそのまんま母親にした感じかな」

「そ、そうかな?」

 マドカは美鈴の一つの憧れだった。もし自分が子どもをもったら、マドカのように子どもを応援できる母親になりたい。

 その母親と似ていると言われるのは少しうれしかった。

「永瀬は懐が広いからな。葛木のような奴にも、俺みたいなゲーマーにも気安く接してくれるし。ガードが甘いところが逆に不安なんだけど」

「ガードが甘い?」

「そうだな……思わせぶりな笑顔が多いから、勘違いする生徒って結構多いぞ」

「ふーん……三和君も?」

 ちょっと悪戯心を出して尋ねてみる。三和の顔が一瞬紅潮した。

「馬鹿。こっちはタダ働きで働いているのにからかうな」

「はーい。ごめんなさい」

 微塵も反省していない態度で美鈴は顔をほころばせた。

 

 

 週末の休日。

 三和は妹の洗衣(みより)と一緒にモール街に足を運んでいた。

「中学になっても兄と一緒に服を買いに行くのって恥ずかしくないのか?」

「そうは言っても荷物持ちが必要でしょ? それにこんなかわいい妹と一緒に買い物できて不服なわけ?」

「もうちょっと可愛げっていうものを勉強してこい」

「ひどーい!」

 頬を膨らませている洗衣だが、あまり三和とは似ていない。システムエンジニアをしている父に似た三和に対して、洗衣はライターをしている母に似ていた。どちらかというと線が細く身長が高めの三和に対して、洗衣は丸っこい顔をしていて身長も低くいまだに小学生に間違われる。幸いにも三白眼は遺伝せず、くりっとした丸い目を持っていた。

 この辺りでは一番大きなショッピングモール。

 週末であることも手伝って人でごったがえしており、賑わっていた。

「彼氏さんとデートですか?」

 似ていないせいか、店員にもカップルと間違われる始末だ。

 異口同音に「兄妹です」と発して店員を戸惑わせた。

 何店かテナントを回り、三和の服もあわせて両手に4つの紙袋を抱えた状態となった。

「悠平にぃ、付き合ってくれたお礼にアイス奢ってあげる」

「お前が食べたいんだろ?」

「それじゃ悠平にぃはいらない?」

「もらう」

「もう。感謝の言葉は素直に言わないと。そんなんじゃ絶対彼女できないよ」

 妹にまで苦言を言われる始末だ。その言葉はグサリと三和の胸に突き刺さる。

(彼女ねぇ……)

 どうも自分がそういうものをつくるのは実感が湧かない。

 美鈴とはかなり近しい関係にあるので、全く意識しないわけではないが、彼女にとって眼中にはないと思うし、誰にも優しい美鈴だからあの態度だと思っている。

「じゃ、悠平にぃはあそこのベンチで待ってて」

「あ? ああ」

 洗衣が示したのは、ショッピングモールの中央に存在する広場だった。

 ベンチが複数置かれ、ステージでは高校生ぐらいの少女たちがシックな黒の衣装で踊っている。

(ってあれ……永瀬じゃん)

 ステージ上で踊っている少女たちの中央にいるのは、美鈴だった。視線に気づいたのか、目が合う。

 声をかけるわけにもいかないので片手を上げて挨拶を返すと、美鈴は微笑みで返してきた。人前ではこういった二人だけのサインが二人の挨拶になっていた。

 と。

「お待たせ! 何を見ているの?」

 洗衣が二人分のアイスを片手に近寄ってきた。そして立ち尽くしたまま三和の手を取る。

「!?」

 美鈴が、振り付けを間違えて一瞬ステージ上で硬直した。

 すぐにはっとしまわりのメンバーに合わせるものの、いつもの溌剌とした表情ではなくどこか焦った表情だった。

 幸いにも曲は終盤に差し掛かっており、曲の終わりとともに美鈴はステージを降りた。

 

 

「あの人ふりつけミスってたね。悠平にぃが見ていたのもあの人?」

「ああ……高校のクラスメイトなんだ」

「へぇ、すごい美人さんじゃん! しかもあの人センターだよね? あー、でも踊り間違えるなんて惜しいなぁ」

「いや……普段ならそんなミスはしないと思うんだけれど……」

 そうこうしている内に、パタパタと足音を立てて美鈴が駆け寄ってきた。

「よ、よぉ永瀬」

 人目を気にしつつ、三和はたまたま出会った同級生のふりをする。

 一方、美鈴の方もいつも以上に完璧なアイドルの顔で微笑みを浮かべ、上品にたずねてきた。

「御機嫌よう、三和君。その娘は彼女さん? ずいぶん可愛らしい子だけど」

「いや妹だけど」

「妹でーす」

 背伸びして三和の背丈まで身長を届かせて洗衣が言う。

 一瞬、美鈴の目が点になった。

「え? 妹?」

「ああ。似てないけどな。くれぐれもロリコンとか事実無根な噂を広めるんじゃないぞ」

「血統書つきの妹です! ちなみに彼氏にしたい男性は兄貴と違って目元の優しい男の人です!」

「あ、あらそうなの。あははは、私慌てちゃって……」

「慌てちゃって?」

 反応したのは洗衣の方だった。

「そ、そう! びっくりしちゃって……あははは、次の出番あるからこれで失礼するね!」

 バビューン! と効果音を置き去りにしそうな猛ダッシュで美鈴は舞台袖へと消えていく。

「なんだあいつ……?」

 三和が呆けた顔をする。

 一方、洗衣はガッツポーズをとった。

「悠平にぃ! あの反応は脈ありだよ!」

「は? んなわけ……」

「いやいやたしかに奥が一、万が一、月にスッポン、猫に小判だけれど、少しは異性として意識している反応だよあれは! 私にはわかる!」

「なんで?」

「同じ女の子だから!」

 無い胸を張る妹に、三和は一瞬無表情で眼鏡の位置を直すとデコピンを放った。

「あいたっ! な、なにするの⁉」

「お前こそ身の程を知れ。永瀬と自分を同類扱いするな」

「きしゃー! それが可愛い妹にする仕打ち⁉」

 朴念仁! 唐変木! と罵声を浴びせかける妹を置き去りに、三和は一人歩きだす。

「ま、まってよ! これ女の勘! 悠平にぃには一生に一度のチャンスだよ!」

「嘆かわしいぞ妹よ。どんだけお前の中で俺の評価は低いんだ」

「ふぎゃ!」

 洗衣の顔面を紙袋で軽く殴打して黙らせ、三和は歩を進めた。

(永瀬が俺に気がある?)

 全く思い当たらないわけではない。葛木の一件以来、美鈴との距離が縮まった感覚を覚えることが増えていた。

 だがやはり自分には高嶺の花だという固定観念がどうしてもぬぐえない。

 もう一つは、仮に美鈴に意識されていたとして、彼女がアイドル稼業を目指す以上、自分の存在は足かせに過ぎないという懸念だった。

 カードゲームにおける駆け引きは得意な三和でも、こと恋愛に関してはどの手が最善手か皆目見当がつかなかった。

 

 

 

 

 一方、舞台袖に戻った美鈴は頬を紅潮させていた。

(は、恥ずかしい……!)

 自分の反応は、『いかにも』そういう反応だった。

 正直なところ、美鈴の中では三和への淡い好意を抱く一方、その感情を持て余していた。

 アイドルを目指すために彼氏は作らないと決めたことが一つ。

 そして三和への好意が本当なものなのか、まだ決めかねていることだった。

 誰かに恋愛感情を持つのは美鈴に初めてのことだった。それでも確信できた。『これが恋する』ことなのだと。

 それほどの自覚がありながらも、その思慕が一時の感情に支配されたものだという予感がぬぐえない。

 それに、あまりにも自然体の三和を見ていると、自分など眼中にないのではないかと自信を失うことがある。

 この一方的な想いは、三和にとって重荷にしかならないのではないか。

 だから今まで通りの関係で満足していた。二人で秘密のトレーニングをし、アイコンタクトで通じ合うコミュニケーションに美鈴は絵も言えない幸福感を抱いていたのだ。

 だけど、今日、自分と違う女の子と一緒にいる三和を見てはっきりと自覚した。

 嫉妬心。自分の中に眠る仄暗い劣情。

 三和が誰か違う女の子と歩いていることを想像するだけで、心の内にもやもやとしたものが広がる。

(どうしよう……)

 恋愛禁止のアイドルという立場、はっきりしない三和の自分への印象。

 美鈴が苦しんでいるのは二律違反という矛盾だった。

 と。

「理江~! あんた珍しくふりつけミスったけどどっかしたの?」

 アイドル仲間の長谷部真奈美が声をかけてきた。

 168センチという高身長にスレンダーな体格。黒髪のボブカット。

 耳のイヤリングと胸のはっきりとしたふくらみが無ければ男性と間違われかねない中性的な容貌だ。

「わっ、あんた顔赤いよ。熱でもあるの?」

 真奈美が心配そうな顔でおでこに手を当ててきた。

 真奈美と美鈴の学年は同じだが、見かけ通りの姉御肌で真奈美は面倒見もいい。

「ねぇ……真奈美……ちょっと相談したいことがあるんだけど、後でいいかな?」

「うん? こみあったこと?」

 さすがの真奈美も、突然の美鈴の言葉に驚いた顔をする。

 美鈴がこくんと小さくうなずく。

「そ。まああたしでできることなら相談にのるよ」

 と気風のいい顔で言ってきた。

 

 

 

「ふーん……この子に美鈴が……」

 真奈美には、三和と撮った写真を見せていた。

「こういっちゃあれだけど……目つき悪いね」

「わ、笑うとすごい優しい顔をするんだよ」

「わかったからのろけないでよ。……ふぅん……ねぇ」

「なに?」

「あんたって恋したことってこれが初めてなの?」

「え? うん……」

「小さいころに親戚のお兄ちゃんとか好きにならなかった? あるいは同級生の仲のいい子とか」

「うーん……ないかな。私、テレビに夢中だったから」

 思慕を抱くとすれば、華やかなステージの上で歌って踊るアイドルだった。それも同性の。

「ふぅん……だから免疫が無いのか……」

「その……真奈美は誰かを好きになったことってあるの?」

「そりゃあるよ。最初は従妹のお兄ちゃんで、小学生の時は体育の先生だったかな」

「ええ!? そ、そうなんだ……。普通、そういうものなのかな?」

「そ。まあ最初は恋に恋するとかそんな段階から入っていって耐性つけるものなんじゃないかな」

「真奈美は今……好きな人いるの?」

「秘密」

 ニカッと白い歯を見せて真奈美が言った。

「ふーん。まあ悪い奴じゃないのなら、告白しちゃえばいいんじゃないの」

「こ、告白!? でも私鈴木さんに止められているし、それに三和君がどう返事を返すかわからないし」

「そんなこといったって、理江と一緒にいてちょっかいをかけてこないって絶対自分からは手を出そうとしない草食系男子だよ。相手のアプローチなんて待っていたら一生進展しないよ」

「う……確かに三和君はポーカーフェイス得意だけど……」

「なら理江からモーションかけるしかないよ、うん」

「でも恋愛禁止だし……」

「そうね、絶対にアイドルを目指すっていうのならやめた方がいいかもね。リベンジポルノとかされたら目も当てられないし」

「三和君はそういうことするタイプじゃないと思う……」

「わっかんないよ~。痴情がもつれると厄介らしいから。打ち上げの時の先輩とかマネージャーの昔話とか色々聞いたっしょ?」

「うん……」

 華のあるアイドル業界の裏では、それらの話題は暇がない。美鈴も真奈美も散々脅されていた。

「ただね、本当にこの三和って奴が理江の言う通りの奴なら、表向き秘密にしてこっそり付き合っちゃえばいいんじゃない?」

「こっそりって……マネージャーの鈴木さんにも?」

「もちろん。あの人厳しいからね」

 鈴木であれば、絶対認めないだろう。それは美鈴も共通理解を持っていた。

「ま、こればっかりはあんたが決めることだけどね。あくまでアイドル一本で女の子としての自分を捨てるか、それとも一人の女の子としての自分を捨てずに、好きな男の子を作っておくか」

「うん……そう……だね」

 三和への感情がはっきりするまでは、恋愛禁止でもいいと思っていた。

 しかし三和への思慕がはっきりするほどに、近くにいれないのに触れ合えないもどかしさ、そして誰かに三和をとられる不安を覚えるようになった。

 そして通じ合った時の幸福感。

 あれを美鈴の一方通行のものではなく、三和と共有できたなら……。

「ちょ、ちょっと理江?」

 気づいたら、はらはらと美鈴は泣き出していた。

「ご、ごめん。色々考えたら訳わかんなくなっちゃって……」

「ま、まあまだ学年も始まったばかりだし慌てる必要は無いんじゃないの。美鈴ぐらいの器量だったらたいていの女の子でも取り返せるわよ」

「うん……」

 果たしてそうだろうか?

 三和は一本筋を通す男だ。恋人ができたなら、たやすく裏切ったりはできないだろう。

 例え自分の本心がどうであろうと、自分を犠牲にする。三和はそんな男の子だと短い邂逅の中で美鈴は知っていた。

 そんな三和だから美鈴も惹かれ、そして誰かにとられることを恐れているのだ。

 

 

 

 真奈美とはそれから別の話題をして別れ、携帯端末に映った三和とのツーショット写真をじっと見つめていた。

 昨日までならそれだけで頬が緩んでしまっていた。唇に触れた三和の頬の感触を思い出してしまっていた。

 でも今は少しだけ悲しい。

「あ、ここにいたのか、理江ちゃん」

 と、マネージャーの鈴木が顔を出してきた。

「今日ふりつけ間違ったんだって? どこかひねったりしたかい?」

「いえ、大丈夫です」

「……目が赤いけどどうかした?」

「これは……さっきあくびしちゃって」

「そうかい。まあ今日もお疲れ様。さ、送るから車に乗って」

 鈴木にうながされる。

 美鈴は携帯端末を手に取り、そっとカバンに入れた。

 

 

 

 アイドル………『偶像』。

 美鈴はその存在になることに憧れた。

 誰からも好かれ、誰へも好意を振りまく光のような存在。

 その道を選んだ自分が、決定的な一人を選ぼうとしている。

 それは一種の裏切りだ。

 事実が明るみに出れば、怒り狂う人はでてくる。

 今は優しい言葉を投げかけてくれるファンの中にも、裏切られたとなじってくる人はいるだろう。

 それはとても恐ろしいことだった。何より恐ろしいのが、その矛先が自分の家族や三和といった大切な人にむけられることだ。

 それに、自分を犠牲にしてまで応援してくれる母親の存在。

(やっぱり私、皆を裏切れない)

 三和と親しくなったのは、シャドウバースの企画がはじまりだった。

 しかしそれまで接点のなかった三和に教えを乞うてまで、今回の企画を物にしようとしたのはなぜだったのか。

 それはアイドルとして成功するためだった。

 学園のアイドルとして他校にも知れ渡るほどの美鈴でも、その実、全国区ではインターネットの裏番組のエキストラやバックダンサーが精々。

 今回のような単独企画は、またとないチャンスだった。

(三和君……私はあなたのことが好きです)

 携帯端末を仕舞ったバッグをぎゅっと握り、美鈴は告白をする。

 女の子としての自分への決別を。

(でも私は……私は私だけのものじゃないから……)

 胸が張り裂けそうな痛みを覚えた。切なさという言葉になぜ『切』という言葉が使われているのか、ありありとわかった。

(だから虫のいい願いかもしれませんけど、どうか)

(今と変わらず、私の師匠として一緒の時を過ごしてください)

(あなたが私の存在を重荷と感じる、その時まで……)

 




シャドバ用語
・アクセラレート
カードの元コストよりも少ないコストで、スペルとしてカードをプレイできる能力。
PPがカードの元コストよりも少ない場合はアクセラレートが選択される。

・エンハンス
カードの元コストよりも多いコストでカードをプレイする代わりに追加の効果が発動する。
PPがエンハンスよりも多い場合はエンハンスが選択される。


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7.ラストワード

 ミッドレンジロイヤルを握ってから美鈴のペースは再び上がり出した。

 勝率自体もそうだが、アーカスネクロは元々10ターン目の『幽葬の少女・フェリ』の効果で試合を決めるロングゲームになりがちなデックだ。

 その点ミッドレンジロイヤルは早ければ8ターンほどで勝負が決まる。序盤に有利を築いたミッドレンジロイヤルを覆すのは難しく、相手から早々にリタイアされることも増えた。

 それにより回転数が増えたのも、ペースが上がった要因だった。

(このデッキ、本当に強い)

 『月の刃・リオード』の潜伏『白刃の剣舞』。

 進化権無しで盤面に干渉できる『スカイセイバー・リーシャ』。

 『簒奪の使徒』の4/5という能力値は、進化した『永遠の花嫁・セレス』や『狂恋の華鎧・ヴィーラ』を上からとれる上にカード自体強いという環境によくマッチしたものだった。

 強力なラストワード持ちが多い今、『簒奪の絶傑・オクトリス』は強力なメタカードだ。

(強い……けどならなんで三和君はこのデッキを使わないんだろう?)

 

 

 

「俺がロイヤル使わない理由?」

「うん」

「いや普通に使うけど……」

「でも大会には持ち込まないでしょ?」

「蝙蝠ヴァンプも同じぐらい強いと思っているし……。うーん」

 三和は腕組みしてしばしうなる。その光景が面白かったので美鈴はしばらく眺めていた。

「いや正直に言うとロイヤルを使おうとは思った。けど……」

「けど?」

「俺元々はファンデッカー気質なんだよ」

「ファンデッカー?」

「強い弱いをおいておいて、特定のカードをコンセプトにしたデッキを使う人たち。まあ俺はファンデッカーというより、誰も見つけたことのないようなデッキを模索することに時間を費やす方が正しいんだけど」

「ふーん。だから色んなデッキのこと知っているんだ」

「ああ。他のデッキを見て新しいコンセプトを学んだりできるからな。大会とかでるようになった今は強いデッキを使うけど、昔は強さそっちのけでコントロールヴァンパイアや土ウィッチをいじっていたりしたよ。だからかな、なんでか環境トップデッキを握る気にならないんだ。自分でも悪い癖だと思うけど」

「ふーん。強いからあえて使わないんだ。天邪鬼だね。でも……」

「でも?」

「三和君らしいかも」

「どうせへそ曲がりだよ」

 忍び笑いをもらしつつ言うと、三和は居心地が悪そうに眼鏡の位置を正した。

「それより時間はいいのか? 収録なんだろ? 今日」

「あ、うん。そうだね。それじゃあね、三和君」

 携帯端末をバッグにしまい、パタパタと足音を立てて美鈴が立ち去る。

 見送った三和は、さて自分も帰ろうとかと腰を上げたところで樫崎に呼び止められた。

「ああ三和。明日の実験で使う器具を運びこむから手伝ってくれ」

「わかりました」

 明日は珍しく化学部の活動がある。元々活動の少ない部活だったが、化学準備室を美鈴の練習場所に提供してからさらに活動の頻度は減っていた。

「そういえば新入部員は集まりましたか?」

 先日、新一年生のためのクラブ紹介があったばかりだ。

 三和も参加し、シャボン玉を使った実験をいくつか披露した。

「今の所3人だな。女子が1人に男子が2人だ」

「お、女子は貴重ですね。柏崎が喜ぶ」

 陣内高校の化学部は活動時間に比例して部員が少ない。というよりそんなに活動的でないから部員が少ないのが道理だが。

 今しがた名前の挙がった柏崎は三和と同じ2年生の女子生徒だが、日ごろから女子部員が少ないと嘆いていた。

 女子は三年生にあと2人いるが、年が違うので何かと気を使う上に使い走りのように扱われることが多いらしい。

「女子といえば……お前らいつから交際しているんだ?」

「……は? 誰と誰がですか?」

 一瞬本気で樫崎の言っていることがわからず、三和は聞き返した。

「いや永瀬とお前」

「生憎ですけど男女の仲は一歩も進展していませんが」

「だってお前……」

 樫崎はまじまじと三和を見返して、しばし観察してから嘘がないと見抜いたのか、目を見開いた。

「え? マジ?」

「マジも何もありませんが……。男と女がいたらとりあえず付き合わせるのは小学生の発想だと思いませんか」

「いやでもあのやりとりしていて……ええ……?」

 樫崎が解せぬとばかりに首を傾げる。

 樫崎の戸惑いもわからぬものではない。日ごとに美鈴の三和に対するガードは甘くなり、まるで誘われているかのような錯覚を三和が覚えることは一度や二度でもない。

 美鈴のシャドウバースの腕もだいぶ上がっている。

 グランドマスターを駆け上がるだけなら、これ以上三和に教わるよりランキングに潜る時間を増やした方がいいぐらいだ。

 それなのに美鈴からは当然のように化学準備室へのお誘いの声がかかってきていた。

 樫崎が付き合っていると誤解しても致し方ないかもしれない。

(でも実際付き合っていないんだよな)

 三和の方からアプローチをかけることはないし、美鈴からも距離感は縮まったものの友達以上のモーションはない。

 美鈴の中では三和は珍しい男子の友人、そういう位置づけだと三和は解釈していた。

「近頃の子は……教師の私としては助かるけど奥手というか……。こりゃ少子化も進むはずだ」

 樫崎は一人落胆していた。藪蛇なので三和は放っておく。

 だが樫崎はからんできた。

「三和。こうなったらお前がしっかりするしかないぞ」

(しっかりしているから自制しているんだが)

 内心憤慨する。三和とて青少年だ。ふしだらな発想を持たないわけではない。

 それを自制して美鈴の特訓に付き合っているのだ。

「お前だって、あんなかわいい子とキスしたり、ツーショット写真を撮ったりしたいだろ」

(どちらも済ませているんだよ!)

「男は少しぐらい狼の方が健全だ。高齢化社会の次代を担うのはお前たち若者だ」

「そういう樫崎先生は結婚していませんよね」

「私はいい」

 鉄拳がとんできて額を殴られた。痛みに顔をしかめていると肩をわしづかみにされる。

「あんたも男なら、この機会逃すんじゃないよ」

(どいつもこいつも俺への評価低すぎだろ……!)

 妹の洗衣といい、樫崎といい、これがまるで人生最後のチャンスみたいだ。

 途端に腹の奥底から怒りに似た感情がほとばしり、三和は樫崎の腕を振りほどいていた。

「ほうっておいてください」

「あんたさ、自分への評価低すぎやしないかい?」

「はっ?」

 それはあんたらの方だろう、と言い返そうとしてハッとする。

「自分じゃ永瀬と釣り合わない。そう思っているだろ」

「あ、当たり前じゃないですか。……だって永瀬は……」

「学園のアイドル? そんなことは関係ないだろ。あの子は永瀬美鈴というただの女の子だよ」

 ぐうの音も出ないとはこのことだろうか。

 本当に三和の評価を低く見積もっていたのは、美鈴と比較した三和の自己評価だった。

「男の子には優しさや謙虚さも必要だけどね。あんたの場合、少しはあの葛木を見習った方がいい」

 葛木。

 死んでも真似したくない人種の人間だ。

 だが……だからこそ葛木が美鈴にちょっかいをかけてきた時、三和は葛木に美鈴を奪われる未来を恐れた。

 恋愛に関しては、葛木の方がよっぽど実直で率直なプレイングだった。

「女も幸運の女神さまも一緒だよ。自分に自信のない奴には決して微笑まない。周囲の評価を下げているのは、あんた自身のへそ曲がりな根性だ」

「た……!」

 何か言いつのろうとして、それを歯ぎしりして三和は飲み込んだ。

「たまには……教師らしい説教できるじゃないですか……っ」

「見どころのある生徒だけな」

 そういうと、樫崎は三和の髪をわしゃわしゃと撫でまわしてきた。

「あんたなら永瀬を任せられる。だからあたしゃ世話を焼くんだよ」

「………。髪がくずれるんで、やめてください」

 そう言い返すのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

「え、ここですか?」

 収録のために美鈴が案内されたのは、いつもの殺風景な会議室ではなく、華やかにセットされたスタジオだった。

 さらには出演予定の番組のメインパーソナリティの芸能人の姿もある。

「そ。今日はマスター昇格戦でしょ? だからちょっと豪華に頼むよ」

 チーフディレクターの横田が声をかけてくる。美鈴は緊張し上ずった声で、「は、はい!」と返すのが精いっぱいだった。

 順当にランクを上げた美鈴は、すでにBPを貯めて、マスター昇格戦へと入っていた。

 昇格戦はストリームライブの方でやる予定だったのだが、美鈴の進捗を知った番組の方から待ったがかかった。

 『昇格戦は、番組側でしっかりとした『画』として撮りたい』と。

 話を聞いた時はいつもの会議室での録画だと思っていた。だって美鈴の出演する企画は、番組の中ではたった数分で終わる程度の一企画にすぎなかったからだ。

 しかししっかりとしたセットがあるだけに足らず、メインパーソナリティと一緒に出演できるとは。

「どうも、蔵先輩です」

 メインパーソナリティの一人、芸人『蔵先輩』。挨拶自体が代名詞となっている、一発ギャグで一世を風靡した芸人だ。

「こんにちは、瀬村清平です」

 一方は元プロゲーマー。E-sports関連の実況解説も行うアナウンサーで、プライベートストリームもよくやっている。一時期は美鈴も積極的に見に行っていたこともある人物だ。

「は、初めまして。永瀬美鈴です」

「理江ちゃん、それ本名」

「あっ、間違えました! 凪咲理江です!」

 完全に緊張で美鈴のテンションはアガっていた。

(うー! 落ち着かないと!)

 予想外の展開だが、これは千載一遇のチャンスだ。

 美鈴はセットの隅に移動すると深呼吸した。

(うーでもだめ! これで緊張しないなんて無理!)

「マネージャー!」

 美鈴はマネージャーの鈴木のもとへと駆け寄った。

「どうしたの、理江ちゃん」

「渡したバッグ、貸してください!」

 鈴木には美鈴の私物を渡してある。その内の一つ、バッグを返してもらい、中から携帯端末を取り出した。

 そして見たのは三和とのツーショット写真。

「……にへへ」

 自然と頬が綻んだ。

 おそらく、この機会は本来なら番組側も想定していなかったことだ。

 美鈴の頑張りに、番組側が『画になる』と判断してわざわざ用意してくれたものだ。

 その千載一遇のチャンスをくれたのは三和の教えがあったから。

 そして今美鈴が頑張れているのも……。

「理江ちゃん、そろそろ撮影に入るけど、大丈夫?」

 ディレクターの野田が声をかけてくる。

 美鈴は溌剌とした笑顔で振り返ると、

「ハイッ!」

 と威勢のいい返事で返した。

 

 

 

 

 台本は渡されていた。

「それでは本番入りまーす」

 アシスタントが指で合図する。3、2、1。

「シャドウバース、一からグランドマスター挑戦企画~!」

 蔵先輩のハードボイルドな声色とノリのいいテンションの導入で始まる。

「はい、というわけでこの企画はこの新人アイドルの凪咲理江ちゃんが、全くの初心者、シャドバのシャの字も知らない段階から、最高ランクのグランドマスターを目指す企画でございます!」

 チャラけた様子の調子のいい導入から、対照的に瀬村が礼儀正しく背筋を伸ばした姿勢で美鈴に尋ねてくる。

「それで、凪咲さんはどれぐらい前からシャドウバースを始められているんですか?」

「一ヶ月ぐらい前からです」

「新学年がはじまったのと同時?」

「はい。それぐらいに企画の話をいただいたので。それとシャドウバースのレーティングシステムだと、一ヶ月ごとに集計されるので、グランドマスターになるためには一ヶ月以内にMPを1万ポイント貯めないといけないんです」

「それじゃ理江ちゃんは今どれぐらい貯めたの?」

「いえその……。これからマスターの昇格戦です」

「え? どういうこと?」

「シャドウバースは最初Dランクから始まって、C、B、A、AAと上がっていって、ようやくマスターになれるんです。そしてグランドマスターになるためには、マスターに上がってから1万ポイント貯めないといけません」

「ひゃー!? それじゃあなた、もしかして今ようやくスタートラインに立った訳!?」

「そうですね」

 オーバーなリアクションをとったのは蔵先輩だ。美鈴は苦笑いしつつうなずく。

 と、瀬村が神妙な顔をして言った。

「ということは……凪咲さんはあと十日足らずで1万ポイント稼がないといけない?」

「そうですね」

「それって結構ぎりぎりじゃないんですか?」

「ギリギリです。だからこの一か月間、ほとんどシャドウバースしかしていません」

 台本では、ここで美鈴の一か月間の活動の切り抜きが放送されるはずだ。

 もちろん撮影はそのまま続行される。

「シャドウバースには8種類のクラスがあって、一つのクラスを選ぶんですけど、私は最初ネクロマンサーというクラスを選んで、ここ最近ロイヤルを使うようになりました」

「その衣装は、もしかしてシャドウバースの?」

「はい。『幽葬の少女・フェリ』というカードです」

 母親が作ってくれた『幽葬の少女・フェリ』の衣装を今日も着込んでいた。ロイヤルの衣装は母マドカの手によって鋭意製作中である。

「それはお店で買ったんですか?」

 真面目な顔で瀬村が尋ねてくる。美鈴が照れ笑いを浮かべつつ、手を横に振って否定した。

「いえ、母が作ってくれました」

「自作!? 気合、入りまくりですね」

「えー、理江ちゃんは個人配信も行っており、視聴者の方にはご存知の方もおられるかもしれません。配信では、ご褒美の声真似を披露してくれるとか?」

「あ、はい。シャドウバースのキャラクター達の声真似をしています」

「ではとっておきのを一つ!」

「と、とっておきですか!?」

 カメラがズームし、美鈴をクローズアップする。

 

《構えろよ……飛ぶぞ》

 

 瀬村がきょとんとした顔をする。

「……え? 今の男のキャラクターですか?」

「はい。『禁絶の腕・ニコラ』というキャラクターです」

「あなたそんなかわいい顔と声しているのに、そんなハスキーな声出るのねー!」

「ボイトレとかに通っていて、声真似は得意です」

「もう一つお願いできますか?」

「では……コホン」

 

《あなたの未来と死が見える~♪》

 

「今度は対照的に可愛らしいですね」

「実はわたくしもシャドウバースは少し触っているのですが、正直、どっちも似ています!」

「お、蔵先輩の太鼓判も出ましたね!」

「嬉しいです」

 撮影しているスタッフ達からも拍手が送られる。彼らの表情を見る限り、撮影はいい調子で進んでいるようだ。

「ではこれから理江ちゃんには、実際にシャドウバースの対決を行っていただきます! 現在理江ちゃんは、マスターの昇格戦に入ったところですよね?」

「はい。そうです」

「その昇格戦というのはどういうシステムなんですか?」

 質問してきたのは瀬村だ。蔵先輩が進行役で瀬村が話の引き出し役という配役らしい。

「マスターになるための試験みたいなものです。3回戦って、2回勝たないといけないんです」

「それに勝たないと、一生マスターになれない?」

「はい。でも昇格戦に失敗しても、すぐ挑戦できるのでそんな難しいものじゃないんです」

「ではお願いします! 理江ちゃんのマスター昇格戦、テイク1!」

「テイク2は無いよう頑張ります」

 蔵先輩のテンションに笑みをこぼしながら、美鈴は昇格戦に挑戦した。

 番組側と検討した結果、昇格戦は1勝目をネクロマンサー、2勝目をロイヤルで取ることになっていた。

 1戦目、対蝙蝠ヴァンパイア。

「あ、4ターンフラウロス出された」

「ああ!? 理江ちゃんのライフがガリガリ削られていくッ!? そしてヴァーナレクが疾走! 8ターン目はぁ!? 闇喰らいの蝙蝠ィ~!」

 完封負けを喫した。

 それを横で眺めていた瀬村の感想。

「あの、蔵先輩の実況が完璧なんですけど、結構このゲームやっていますよね?」

「いえいえ、軽くたしなんだ程度です。そんなことよりも理江ちゃん、もう負けられなくなっちゃったんだけど!?」

「4ターンフラウロスをされた蝙蝠ヴァンプはかなりきつくって……次はがんばります」

 2戦目、対ミッドレンジロイヤル。

「リオードの白刃の剣舞! おおっとしかし、理江ちゃんの手札にはあのカードがぁ!? ビッグソウルハンター! 墓地6と引き換えにリオードがお亡くなりに! ジャイアントキリング! 7ターンアーカス着地! フェリで2枚葬送してグレモリー! 18点! リーサルです!」

「お見事!」

 次の試合はなんとか勝つことができた。瀬村も拍手してくれる。

「さて来ました大一番! 最終戦です! 皆様、これ、テイク1でございます!」

 ノリのいい蔵先輩のラップを背に、美鈴はロイヤルを選択。

(どんな相手がくるかな……?)

 気分の高揚とともにローディング画面を待つ。

 相手のクラスは、ヴァンパイア。

 美鈴は後攻。

 

 

 最初の手札交換。

(うーん、アイテールとオクトリスかぁ)

 どちらも3コスト。

 だが美鈴のデックに4PPで動けるカードの割合は少ない。

(ここは両方キープね!)

 『白翼の戦神・アイテール』と『簒奪の絶傑・オクトリス』を両方キープ。

 と、画面をのぞき込んだ蔵先輩が尋ねてきた。

「3コストカードを2枚残しましたね」

 カンペでは『もっとシャドウバースについてぐいぐい話して!』と書かれていた。

「そうですね。私のミッドレンジロイヤルは4コストで動けるカードってあんまりなくって、代わりに進化時能力を持つオクトリスを4コストでプレイしようと思ったんです」

「2コストひけるといいですが……。おっと引きましたね! レイピアマスター!」

「今回後攻なので、姦淫の信者を1ターンに出された場合はレイピアマスターをプレイします」

 相手は1ターン目をパス。

「何も出さないならこちらも出しません」

 美鈴も1ターン目をパス。

 

 2ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『メカゴブリン』。

「あ、機械ヴァンパイアですね」

「さっきのヴァンパイアとは違うデッキですか?」

「そうです。今回の新カードパックで追加された機械タイプのフォロワーを多く採用したデッキです。注意しないといけないのは『深紅の抗戦者・モノ』です」

 

《深紅の抗戦者・モノ》

コスト2 攻撃力2 防御力2

このフォロワーは、進化権による進化ができない。(カードの能力による進化はできる)

[ファンファーレ]『このバトル中に破壊された自分の機械・フォロワーが7体以上なら、ファースト・ワン1枚を手札に加える。』

[進化後]

攻撃力6 体力6

疾走

守護

自分のターン開始時、自分のリーダーとこのフォロワーに1ダメージ

 

 

《ファースト・ワン》

コスト5 スペル

進化していない自分の機械・フォロワーすべてを進化させる。(それらの進化時能力は働かない)

 

 

「モノは通常だと進化権での進化もできないただの2コストフォロワーなんですけど、バトル中に倒された機械・フォロワーが7体を超えると『ファースト・ワン』を手札にくわえるんです。そして進化したモノは、2/2から6/6守護疾走と一気に強力なフォロワーに変貌します」

 

 

 2ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのはエンハンス『レイピアマスター』。

 2/2で場に出現する。

 

 3ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『悪夢の始まり』。

 相手は2枚ドローし、『プロダクトマシーン』が2体出現する。

 『メカゴブリン』は『レイピアマスター』を無視し、美鈴を直接攻撃。ライフを18点に削る。

 

 3ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのは『白翼の戦神・アイテール』。

 ファンファーレで『スカイセイバー・リーシャ』を手札に加える。

「お、メカゴブリンはラストワード持ちですがオクトリスで奪わないんですね」

 蔵先輩が尋ねてくる。美鈴はうなずいた。

「はい。機械ヴァンパイアにはもう一つ『アーマードバット』というラストワードを持つフォロワーがいるんですけど、この『アーマードバット』のラストワードを奪うとかなり有利になるんです。だからできる限り『アーマードバット』が出るまで温存ですね」

 『レイピアマスター』は『プロダクトマシーン』を攻撃。1点の反撃を受け破壊。

 

 

 4ターン目、先行相手のターン。

 プレイしたのは2枚目の『悪夢の始まり』。さらに2ドローを重ね、『フォレストバット』が一体、『プロダクトマシーン』が一体場に出てくる。

 残った1PPでプレイしたのは『姦淫の口づけ』。

 『白翼の戦神・アイテール』に2点ダメージを与え、お互いのリーダーのライフを1点回復。体力を減らした『白翼の戦神・アイテール』に『プロダクトマシーン』を当てて破壊。

 『メカゴブリン』は美鈴を直接攻撃。ライフを17点に減らす。

 

 4ターン目、後攻美鈴のターン。

(相手に理想通りに動かれているな……)

 と、ドローで引いたのは『キャノンスマッシャー』。

「あ、ラッキーです。唯一の4コストで動けるフォロワーを引きました」

「おお、ナイスドローですね!」

 『キャノンスマッシャー』を4コストのエンハンスでプレイ。

《隊列完成!》

 2体の『プロダクトマシーン』が場に出現する。

 『レイピアマスター』は『メカゴブリン』と当たり相打ち。

 『キャノンスマッシャー』を進化させ、『プロダクトマシーン』を攻撃し破壊する。

「これ、機械の方と蝙蝠の方、どっちを優先して倒すとかあるんですか?」

「ええっと、ケースバイケースですけど今回は機械ですね。機械ヴァンパイアには機械を倒すほど強化されるカードと、場に機械・フォロワーが残っていると追加ドローできるカードがあるんですが、次の5コストにそのドローできる方のカードがあるんです」

 

 先行5ターン目、相手のターン。

 まずは『フォレストバッド』が進化した『キャノンスマッシャー』を攻撃。体力を2点まで減らす。

 そしてプレイしたのは『鉄刃の悪鬼』。

 

《ビビルダロォ⁉ この姿ァ!》

 

 進化。『鉄刃の悪鬼』は手札に2枚以上機械タイプのカードを持っていると、進化時能力で2点与えることができる。

 『悪夢の始まり』のドローにより相手の手札に2枚の機械カードがあることは確定している。

 進化時効果で2点ダメージを与え『キャノンスマッシャー』を破壊。残った『プロダクトマシーン』に攻撃し、1点の反撃を受け破壊。

 相手の場には6/4の『鉄刃の悪鬼』。

 美鈴の場には1/1の『プロダクトマシーン』。

 ライフは美鈴が17、相手が20。

 

 

 後攻5ターン目、美鈴のターン。

「さて、手札には『ドラゴンナイツ』と『スカイセイバー・リーシャ』! どっちをプレイする⁉」

「ここは……『ドラゴンナイツ』で」

 『ドラゴンナイツ』をプレイ。チョイスしたのは『不撓不屈の騎士・ヴェイン』。

 進化権を使用し、『鉄刃の悪鬼』を破壊。

 『プロダクトマシーン』は敵リーダーを直接攻撃。ライフを19点に削る。

 ターンエンド。ターン終了効果により『不撓不屈の騎士・ヴェイン』の体力は3点回復。残り体力は4。

 

 先行6ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『機械神』のアクセラレート。

 このバトル中、破壊された自分の機械フォロワーの数だけ1点ダメージをランダムな相手フォロワーに当てる。

 倒した機械フォロワーの数は5。美鈴の盤面の合計体力も5。

 全てのフォロワーが倒され、残った3PPで相手は『火焔の軍神・ヤヴンハール』をプレイ。

 進化はせずターンエンド。

 

 

 後攻6ターン目、美鈴のターン。

「お互いのライフは相手が19、理江ちゃんが17、盤面はぁ、んー、イーブンといったところでしょうか」

「進化権を使わないのならこちらも温存です」

 美鈴の手札には『簒奪の使徒』と『スカイセイバー・リーシャ』、『簒奪の従者』がある。

 美鈴は『スカイセイバー・リーシャ』と『簒奪の従者』をプレイ。

 兵士・フォロワーが場に出たので『スカイセイバー・リーシャ』は進化する。

 

《黄昏は、闇を照らす勇気の光!》

《任せて! リーシャ!》

 

 『火焔の軍神・ヤヴンハール』を攻撃し、3点の反撃を受け破壊。場に『黄昏の刃・ナノ』を出す。

 と、蔵先輩が話しかけてきた。

「今、簒奪の使徒でも盤面を処理できたと思うんですけど、リーシャを選択した理由ってあるんですか?」

「はい。あります。今のミッドレンジロイヤルに一番隙があるのが7ターンなので、その前により強力な盤面を作りたかったんです」

 

 

 先行7ターン目、相手のターン。

 プレイしたのはエンハンス『アーマードバッド』。

 進化して『スカイセイバー・リーシャ』を攻撃。5点のダメージを受けて破壊。

 残った1PPで『姦淫の口付け』を使用。『簒奪の従者』を破壊しお互いのリーダーのライフを1点回復する。

「危なかった」

 ほっと美鈴が一息ついた。食いついたのは蔵先輩だ。

「というと?」

「今のミッドレンジロイヤルって本当に隙が無いデッキなんですけど、しいていうと7ターンだけは1枚で解決できるカードがない一番動きづらいターンなんです。もう一つ、機械ヴァンパイアは機械カウントを稼ぐためにアーマードバットをどこかでプレイしないといけないんですが、オクトリスでラストワードを奪われるのを避けなければなりません。7ターン目アーマードバットは、オクトリスを進化しても上からとれない、厄介なターンなんです」

「なるほど、先ほどリーシャで強い盤面を作ったのが生きたわけですね」

「はい。もし簒奪の使徒を使っていたら、手札に加えていたリペアモードを使ってアーマードバットの体力は6点。オクトリスではとることができませんでした」

「なるほど、そこまで考えてのリーシャだったと!」

 瀬村が驚いたように拍手をする。

 

 

 後攻7ターン目、美鈴のターン。

 美鈴は演技なしに一瞬考える。

(相手の機械カウントは5……)

「ここは……こうかな」

 プレイしたのは『簒奪の絶傑・オクトリス』。

 『アーマードバット』のラストワードを奪う。

 そして『黄昏の刃・ナノ』で『アーマードバット』を攻撃、相打ちで破壊する。

 ターンエンド。

「おおっと、理江ちゃん、余裕の進化権4PP残しでターンエンド!」

「プレイできるカードもあるんですけど、あとあとの事を考えて残しておかないと」

 

 先行8ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『雷鳴の軍神・フニカル』と『火焔の軍神・ヤヴンハール』。

 能力により両方進化する。

 まず『雷鳴の軍神・フニカル』が『簒奪の絶傑・オクトリス』を破壊。奪ったラストワードで2体の『プロダクトマシーン』が場に出る。

 その片方を『火焔の軍神・ヤヴンハール』が攻撃し破壊する。交戦時効果で2点ダメージを与えるので、反撃は受けない。

 

 

 

 後攻8ターン目、美鈴のターン。

(進化権を使ってレイサムが着地できる。けど手痛い反撃を受けるから……。ここはアレも握っているし、長期戦を覚悟して……)

「理江ちゃんがプレイしたのはエンハンス『簒奪の絶傑・オクトリス』! 今度は『雷鳴の軍神・フニカル』のラストワードを奪います! そしてフニカルを攻撃し、破壊! 手札に加えた黄金の杯はリーダーに使用、2点回復! 場に出ていたプロダクトマシーンはリーダーを攻撃! 1点削ります!」

 美鈴のライフは20点。

 相手のライフは19点。

 

 

 先行9ターン目、相手のターン。

 まず『火焔の軍神・ヤヴンハール』でリーダーを攻撃。美鈴のライフを17点まで減らす。

 そしてプレイしたのは『破滅のサキュバス』。

 

《溺れて当然、狂って当然》

 

「おっと全体3ダメージを与えて6/6大型フォロワー破滅のサキュバス! これで理江ちゃんのフォロワーは一掃! ラストワードの4点はヤウンハールに命中、破壊!」

「次は10ターン目ですけど相手の進化カウントはまだ4ですね。機械ヴァンプにはニュートラルの軍神系フォロワーが入っていて、バトル中に6回以上進化すると4点疾走を持つ『至高の戦神・オーディン』を直接召喚するんです」

「そんなカードがあるんですね」

 瀬村が感心した声を上げる。

 

 後攻9ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのは『高潔なる騎士・レイサム』。

 

《誓いの刃をここに重ねよ!》

 

 勇ましい声とともに『高潔なる騎士・レイサム』が着地する。

 そして美鈴は残していた進化権を使用。

 『破滅のサキュバス』を上から破壊する。

 『高潔なる騎士・レイサム』のリーダー付与効果により、1/1『ナイト』が疾走状態で出現。

 敵のリーダーを直接攻撃、ライフを18点に減らす。

 

 先行10ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『マシンエンジェル』と『メカゴブリン』。

「おおっとここで相手は機械フォロワーを並べてきました! 6/6守護です! 場には4体の機械フォロワー、合計スタッツ10/10!。これで相手の機械カウントは7を超えます! 放っておくとモノによって一気に盤面が爆発しますが理江ちゃんは除去できるか⁉」

 

 後攻10ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのはエンハンス『白刃の剣舞』。

「のわぁあぁ~!? 進化レイサム剣舞! 12点ダメージで盤面一掃! そして無人の荒野を行くが如くの顔面パンチ! ナイトと合わせて相手のライフを一気に削って残り5点! これは相手もさすがに予想外かぁ!?」

 残ったPPで『簒奪の従者』をプレイ。美鈴はターンエンド。

 

 先行11ターン目、相手のターン。

 長考に入る。

「盤面には12/5のレイサムに1/1簒奪の従者とナイト。うーん。レイサムが凶悪すぎますねぇ」

「私だったらレイサムの存在は割り切って……」

 美鈴が言い終える前に相手がプレイしたのは、2枚の『深紅の抗戦者・モノ』。

 このバトル中に倒された機械・フォロワーが7体を超えたので、手札に『ファースト・ワン』を加える。

 

《ファースト・ワン・アンロック》

 

「おおっとファースト・ワンの効果で6/6守護が2体! そして12点は……顔面だああ! 理江ちゃんのライフを2点にまで削る! これでオーディンの直接召喚条件を満たし、守護を出さないと終わりだが!?」

「いえ、このターンで終わりです」

 

 

 後攻11ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのは『スカイセイバー・リーシャ』。

 まずは邪魔だった『ナイト』で『深紅の抗戦者・モノ』を攻撃、一方的に破壊される。

 次は『簒奪の従者』で『深紅の抗戦者・モノ』を攻撃。これまた一方的に破壊される。

 しかし『ナイト』が場に出る。兵士・フォロワーが場に出たので、『スカイセイバー・リーシャ』が進化する。

 『スカイセイバー・リーシャ』で『深紅の抗戦者・モノ』の片方を攻撃。破壊。そして手札に『トワイライトソード』を手札に加える。

 『トワイライトソード』は5コストスペル。相手のフォロワー全員と相手のリーダーに5点ダメージを与える。

 

《トワイライトソード!》

 

 相手のリーダーのライフは残り5。リーサルだ。

「お見事でした! そしておめでとう! これにてマスター昇格、達成です!」

 パンパン! と用意されていたクラッカーが破裂する。

 知らず知らずの内に美鈴の気分は高揚していた。

(やっとここまで来たんだ)

 グランドマスターを目指すためのスタートラインに立ったばかりだが、そこまでに長い時間を費やしてきた。

 そしてその努力が、このスタジオという場所ではっきりと結実した。

「いやぁ、横から眺めているだけでしたが……凪咲さんがしっかりとシャドウバースを勉強していることがわかる試合でしたね」

「本当にそうです。間違いなく私よりもうまいと言っていいと思います。……ちなみに本当にシャドウバースは始めたばかりなんですか?」

「本当です! FPSとかはプレイしていましたけど、カードゲームは未経験です!」

 必死に抗弁し、スタジオの笑いを誘った。

 と、瀬村が神妙な顔をして尋ねてきた。

「じゃあ短い期間に上達するコツってなんでしょうか?」

「えっと……」

 コツと聞かれれば一つしかない。

 美鈴がここまで短期間に上達したのは、三和に教わったからだ。

「それは……」

 美鈴の喉から三和の存在が出かかる。

 三和のことを打ち明ければ、どれだけ美鈴の心は軽くなるだろう。

「それは……教えてくれるひとが……」

「教えてくれる?」

「カードが教えてくれるんです!」

 危ういところで美鈴は言い直した。

「カードを好きになって、色んなカードのことを理解していくと、相手がどういう手を打ってくるかわかるようになるんです! それが、上達のコツ、ですね!」

「なるほど! カードを愛する! その理江ちゃんのカード愛にカード達も応えてくれるんですね!」

「はい! たぶん! そうです!」

 蔵先輩のとりなしに、硬直した顔で相槌を打つ。

(危なかった……アイドル一本で生きていくって決めたのに……)

 美鈴の心の内にどっと疲労感が押し寄せる。その後、収録の締めの言葉が蔵先輩と瀬村によってなされたが、美鈴は愛想笑いを浮かべるだけでほとんど何を言われたか覚えてなかった。

 

 

 

 

「理江ちゃんお疲れ様。そして改めてマスター昇格おめでとう」

 上機嫌で声をかけてきたのはチーフディレクターの横田だった。

「いやぁ、いい画がとれたよ。アイドルとか芸人のゲーム挑戦企画ってどうしてもプレイに付け焼刃感が抜けなくてファンから顰蹙買ったりするんだけど、ここまでの物なら鼻を明かせるものが仕上げられるよ」

「本当ですか? こちらこそ、こんなセットを用意していただいてありがとうございます。 夢のようです!」

「いやぁ、理江ちゃん本当がんばっているからね。上と掛け合って予算をひっぱってもらったんだ」

「そこまでしていただいて……本当にありがとうございます」

「いやいやそういうのは言いっこなし! これはお互い様だからね! ……実際理江ちゃんサービス残業みたいなものだったろ?」

 確かに、美鈴はマスターに上がるまでにすでに膨大な時間を費やした。しかしだからといって契約料が上がるようなことはない。

 それから横田は耳打ちしてくる。

「こういうことを言うのもあれだけど……本当は理江ちゃんがここまでがんばるって思ってなかったんだ。適当な画を録って、適当にマスター付近にまで上がったアカウントを渡して、ここまでがんばりましたって態で放送することも考えていたんだ。だけどその必要は無かった。嬉しい誤算だよ」

 業界の裏話に何と返せばいいかわからず硬直していると、横田はぽんぽんと肩を叩いてきた。

「ところでさ、理江ちゃんRAGEに挑戦する気はない?」

「RAGE……ですか?」

「そう。知らないかな?」

「いえ知っています。シャドウバースの大規模大会ですよね」

 上位入賞者には世界大会の出場権も与えられる、シャドウバースプレイヤーの頂点を決める大会だ。

 過去大会の優勝者の中にはチームと契約を結び、給料を得てプロリーグに参戦しているプロプレイヤーも存在する。この大会で優秀な成績を収めることは名誉と実益に直結する大会だ。

「今上とかけあって、この企画をもうちょっと延長して、RAGEの挑戦まで伸ばそうという話があるんだ」

 RAGEは五月のゴールデンウィーク中に開催される。

(ええっと、でもゴールデンウィークは別の興業の予定で埋まっていたような……)

「その、マネージャーと相談してみないと……」

「もちろん。はっきりしたら鈴木さんと交渉するよ。けど考えておいてね」

(次のお仕事のお誘いも頂けるなんて……)

 実はマネージャーの鈴木からは冷たい言葉を投げられていた。

 そこまでゲームをがんばっても、得られるのはゲーム好きな色物アイドルという印象だけ。

 すぐ飽きられるし、そこまでプライベートの時間を削ってまでやる必要はないと。

 だけど確実に美鈴のステップアップに繋がっていた。

(がんばってよかった!)

 グランドマスターになれる期限まであと十日間ほど。なれるかどうかはギリギリといったところだが、ここまできたらやり遂げるしかない。

(帰ったらさっそく配信つけて、ランクマッチに潜ろう!)

 そう固く決意する。

(よし、急いで家に送ってもらおう!)

 マネージャーの鈴木の姿を探す。

 鈴木の姿はすぐに見つかった。

 だが、鈴木の姿を見つけて美鈴の体は凍り付いた。

 鈴木は、美鈴の私物のバッグを勝手に開き、中から携帯端末を取り出していた。

 その画面には、三和とのツーショット写真が映っていた。

「理江ちゃん、ちょっと話いいかな?」

 つとめて笑顔で、鈴木は話しかけてきた。

 

 

 

 

 

「どういうことだ! わかっているのか!?」

 人気のない駐車場に連れてこられたところで、美鈴は突然鈴木に突き飛ばされた。

「君たち年頃のアイドルにとって、男女関係がどれだけ致命的かわかっているのか!? この写真の相手は誰だ!?」

 よろめきながら振り返ると、鈴木は人が変わったような形相で美鈴を見据えていた。

「み、三和君です……。シャドウバースを教えてくれているクラスメイトの……」

「ちっ、やっぱりそいつか……! この写真は相手の男も持っているのか!?」

「は、はい……」

「なんてこった! 流出でもしたらどうするんだ……!」

 鈴木の激昂はとどまるところを知らない。いらいらとした顔でタバコを取り出すとライターで火を着ける。

「それでこの男とはできているのか?」

「できて……?」

「付き合っているのかってことだよ! どこまでやった? もっと危ない写真をとられてないだろうな!?」

「付き合っていません! 三和君は……ただの友達です!」

「そうか。ならもう会うな」

「え……」

「クラスメイトなら会うなってのは無理か。とにかく話しかけられても知らないふりをしろ。これ以上相手に気を持たせるようなことは一切するな」

「で、でも……」

「でも?」

 初めて見る鈴木の眼光の鋭さに、射すくめられるように美鈴は全身を硬直させる。

「もしかして美鈴……お前この男のことが好きなのか?」

「それは……」

「なんてこった……。こんなどことも知らない馬の骨に……」

 美鈴は答えを返さなかったが、反応で鈴木には伝わったようだ。

「番組側の反応はすこぶるいい。僕の予想外だったけど、お前のがんばりがいい方向にむいた」

「……」

「今お前にとってどれほど大切な時期かわかるか?」

「わ、わかっています。だから……」

 目の端に涙を浮かべ下唇を噛みながら美鈴は言った。

「だから三和君とは、あくまでお友達として付き合っているんです」

 この涙は鈴木への怯えから流した涙じゃない。自分の心と矛盾した行動をとる、切り裂くような胸の痛みから流れ出した涙だ。

「最低限の覚悟はできているようだな……」

 鈴木はずれかけた眼鏡の位置を直し、紫煙を吐きだすと、携帯端末を美鈴に差し出してきた。

 美鈴はひったくるようにそれを奪い返す。

「美鈴」

「なんですか」

「その写真、削除しろ」

「え……?」

 鈴木の言っている意味がわからず、反芻する。

「誰かにその写真を見られてみろ。私物を漁りに来るファンがそんなのを見つけたらどうなる? 噂はあっという間に広がるぞ」

 鈴木の言う通り、ファンの中にはアイドルたちの私物を漁るために無断で楽屋や控室に忍び込む者たちもいる。れっきとした窃盗だが、そういった存在は実在するのだ。

「お前の覚悟を試すためだ。ここで決別しろ」

 鈴木の言葉は冷徹だった。美鈴は震える指先で携帯端末をタップする。

(覚悟は、決めたはず……)

 誰かのための美鈴は捨てて、みんなのためのアイドルになると。

 しかし。

 しかし。

 削除ボタンにかかった指先が押せない。

 心が、体が。全身で拒否をしていた。

「……」

 鈴木は紫煙をくゆらせながら、しばしその光景を眺めていたが、待っても美鈴の覚悟が定まらないことを知ると最後通告のように色のない声色で告げた。

「消せないようなら、お前との契約はここで終わりだ。当然、今回の番組の企画の話もなくなる」

「!?」

 すべてが、なくなる?

 この一ヶ月、いやもっと前から地道に築いてきた美鈴のキャリアが。

 母マドカの応援が。

 姉のことを自慢する桔音の笑顔が。

 すべてがなくなる?

 三和との写真を消せなければ。

 三和との写真を消せさえすれば……!

 美鈴の心を虚無感が支配し、痛みも何の感情もなくし、色の無い心で一押ししたようとした時。

 マナーモードにしていた携帯端末が震えた。

「三和君……?」

 三和の方から連絡をとってくることは珍しい。

 あったとしてもシャドウバースのプレイングのことばかり。三和からの話題はいつもそんな味気ないものだった。

「おい、美鈴」

 鈴木の静止の声を振り切り、美鈴は三和とのコミュニケーションアプリを開いた。

 挨拶のスタンプが押され、『収録どうだった?』と聞いてくる。

 今までの三和にはなかったことだった。

『今終わったところ』

『うまくいったか?』

「おい! 美鈴!」

『うん。ばっちり』

 鈴木の静止の声を置き去りに、美鈴は言葉を紡いだ。

 三和との言葉の交換で、手札に無い解答を探すかのように。

『そうかよかったな』

『うん、三和君のおかげ』

 そう告げてから、どうしても気になったことを尋ねる。

『なんで連絡をくれたの?』

『気になっていたから。迷惑だったかな』

『ううん。そんなことないよ』

「無視するな美鈴!」

 肩を強引につかまれる。美鈴の手から携帯端末をもぎとろうとする。

 美鈴はそれに必死で抵抗した。まだ聞きたい言葉が聞けてない。

 バッグで鈴木の顔をはたくと、その拍子にくわえていたタバコが鈴木の手の甲に落ちた。

「熱ッ⁉」

 悲鳴を上げて鈴木が一瞬ひるむ。その隙に画面に目を落とす。

『迷惑じゃないなら俺の方から連絡してもいいかな』

『とりあえずお疲れ様。応援しているから』

 鈴木に邪魔されて返信できていない間に、三和からは連続した通知がきていた。

 初めてのことだ。三和から美鈴を求めてきたのは。

 それが色を失いかけた美鈴の心に色彩を取り戻させた。

(この想いは一方通行じゃない……!)

「美鈴……!」

 舌打ち混じりに、閻魔のような形相で鈴木が睨んでくる。

「いい加減消せ! お前にとってそいつはダニだ! ウジムシだ! 邪魔なんだ!」

「消しません!」

 はっきりと美鈴は声を張り上げた。

「三和君の応援は、誰よりも、どんなファンの声援よりも力をくれるんです! だから消しません!」

「いいのか!? 事務所との契約が打ち切りになっても!」

「鈴木さんの独断でそんなことができるんですか!? ここまで物になっている企画を、一方的に潰すことが!」

 できるわけがない。

 鈴木の事務所はちっぽけな事務所だ。今回の企画をもらったのだって、事務所の力ではない。

 美鈴の力でとってきたものだ。

 ただのマネージャーにすぎない鈴木にできるわけがない。そんなことをすれば事務所全体の信用問題になる。

「私、捨てません! アイドルの夢も、三和君との思い出も!」

「美鈴……ッ!」

 鈴木の形相が悪鬼のように歪んだ。怒りではない。屈辱のせいだ。美鈴が鈴木に逆らったのはこれが初めてだった。

「……後悔することになるぞ……ッ!」

「私、事務所に言ってマネージャーを交代してもらいます」

 鈴木の表情がさらに歪む。美鈴の反抗が想定外だったかのように、目を剥く。

「今までお世話になりました」

 お礼の言葉を言いつつも、美鈴は決して頭は下げなかった。目線はまっすぐに鈴木を見返し、決別を宣告した。

「……付き合い切れない……ッ!」

 吐き捨てるように言うと、鈴木は一人その場を立ち去った。その靴音が聞こえなくなるまで、美鈴は一歩も動けなかった。

 4月の夜はまだ肌寒い。冷たい夜気が、美鈴の体を凍えさせる。

 途端に悪寒が走って、思わず美鈴は肩を抱いてかがみこんだ。

 ほとんど明りの無い駐車場の片隅。

 美鈴は確かな光源である、携帯端末を取り出してタップする。

『どうか』

『末永くお願いします』

 三和に返信を返して携帯端末を閉じる。

 鈴木は一人で行ってしまったし、もう彼に送られるつもりは美鈴にはない。

(タクシー探さなきゃ……)

 美鈴はふらりと駐車場を立ち去った。

 

 

 

 

 




シャドバ用語
・ラストワード
カードが破壊された時に発動する能力。消滅させられた場合は発動しない。
オクトリスはフォロワーのラストワードなら何でも奪ってしまう。
オクトリスの実装当時、『ドラゴンの卵1枚を手札に加える』というラストワード持ちが環境にいたためオクトリスが卵を産むという珍現象も起こった。

使用デッキ
・美鈴ミッドレンジロイヤル
https://twitter.com/fet_light/status/1126459382609301505
・相手機械ヴァンパイア
https://twitter.com/fet_light/status/1126460150041026560


※8話目もほぼ出来上がっているので明日投稿します。


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8.答えの存在しないリーサルクイズ

『どうか末永くお願いします』

「……末永く………?」

 美鈴からの返信待ちで、10分以上携帯端末と睨めっこして待っていた三和は、美鈴の文面に首を傾げていた。

「なんかえらいもってまわった言い方だな……」

 含んだような言い方だが、拒絶するような文章ではない。

 何度も読み返し、その文面の意図を読み解こうとする。三和の国語の成績はいいほうだが、難解で、結局理解できずに思考を放棄した。

「とりあえず、俺の勘違いでも一方通行でもない……のかな」

 少なくとも美鈴は三和のことを友達以上の存在だと思ってくれている。

(気持ちが一方通行じゃないってことは、いいことだな)

 お互いの印象を手探りで探す感覚。

 カードゲームのようにプレイできるコストに上限があるわけでもないし相手の手札の枚数も数えられない。

 ただ自分の強い手札を叩きつければいいわけではなく、相手の都合のことも考えてやらないといけない。

「恋愛って難しいな」

 苦笑を滲ませ、三和はベッドに寝そべった。

 

 

 

 

 

 翌日、永瀬邸。

「美鈴ー! ご飯よー! 美鈴……?」

「いらない」

 母マドカが美鈴の部屋の扉をノックするが、美鈴からは拒絶の言葉が返ってきた。

 昨夜、収録から帰ってきてから美鈴はすぐに自室に駆け込み、部屋を出ようとしなかった。

「学校はどうするの?」

「……ごめん、体調不良ってことにしておいて」

「……そう。わかったわ」

 不審に思いながらも、マドカは今はそっとしておこうと思い、一階のダイニングへと移った。

「お姉ちゃんどうしたの?」

 桔音が不思議そうに尋ねてくる。

「昨日の収録で疲れちゃったみたい。今日はそっとしておきましょう。それより桔音もそろそろ時間でしょ?」

「はーい。いってきまーす」

 ランドセルを背負い、桔音は出発した。

「美鈴ー! お母さんもパートに出かけるからねー!」

 

 

 

 昨日はほとんど眠れなかった。

 携帯端末には何件もの着信が来ている。事務所からだ。おそらくマネージャーの件だろう。

 鈴木が事務所側に何と言ったかはわからないが、今は確認する気にならなかった。

 憔悴した顔で、美鈴は携帯端末の画面を見る。

 三和と写った写真。何度か昨夜の内に消そうかと試みた。けどやはり無理だった。

 次にシャドウバースのアプリを開いた。マスターランクの0MPで止まっている。

(ランクマッチまわさないと……)

 期日まで残り少ない。一日だって気を許していい日はないはずだ。

(だけど今まわしてもきっと勝てない)

 確信があった。こんな沈んだ気分でまわしても、きっと勝てはしない。

(やっぱりけじめをつけなきゃね)

 美鈴は腰を上げた。

 衣服を制服に着替える。睡眠不足による目の下のクマは得意の化粧で誤魔化した。

 バッグを手につかみ、中に携帯端末を仕舞い込む。

「三和君、さよなら」

 最後に呟いて、美鈴は自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 放課後。三和は化学部の実験に参加していた。

(今日永瀬の奴、学校休んでいたな……)

 美鈴はアイドル業の都合で学校を休むことはしばしあったが、担任の菅原によると体調不良らしい。

(うーん。後で連絡入れるか? でも美鈴の友達あたりが連絡しているだろうしなぁ)

 体調不良なら、自分などが声をかけてもわずらわしさを増すだけかもしれない。

「三和ぁ。ぼうっとしていないでしっかりと見とけよー」

「ああ、悪い」

 今は化学部の活動の真っ最中だった。新入部員や、見学に来た生徒たちが混じっていていつもより賑わっている。

 活動頻度自体は少ない陣内高校の化学部だが、不思議と部員の出席率はよく、活動の際の参加率はほぼ100%。幽霊部員は存在しない。

「えー。今回行うのは過酸化水素とヨウ素カリウムの混合で……」

 樫崎がヘマをする生徒がいないか目を光らせながら実験の説明をする。今回は見学者もいるので、万が一がないように三和も周囲に気を配っていた。

「……ん?」

 その視線が違和感のある物を見つけた。

 あるはずのない栗色の髪が廊下を駆け抜けていくのが見えた。

「休んだはずじゃ……」

「どうかした?」

「い、いや」

 気のせいだろうと思いなおす。だがあれほど鮮やかな栗色の髪の持ち主、この学校に他にいただろうか。

 実験はつつがなく成功した。

 樫崎は地味な外見に反して派手な実験を好む。今日は過酸化水素とヨウ素カリウムの混合。

容器に入れられた二つの液体が一瞬で泡となって体積をふくれあがらせながら容器から溢れでる様に見学者たちも沸き立っていた。

「後片付けは二年でするから一年はいいよ」

 片付けの勝手がわからず戸惑う新入生たちに声をかける。何も親切心ではなく、危険な薬品があるのでまだ新入生には触らせたくないだけだ。

「あのさぁ、三和」

「どうした? 柏崎」

 二年生唯一の女子部員の柏崎が声をかけてきた。

「見た? 新入部員の女の子」

「ああ。えらいちっさい子だったな」

「本当。お人形さんみたいだったよね。で話しかけたらすごい人見知りの子で、かわいいのなんの」

「あんま脅かすなよ」

「普通に接しただけだっつーの! ってか怯えさせるのならどうみてもあんたの目でしょ」

「目つきが悪くて悪かったな」

 言いつつ眼鏡の位置を直す。

「それ。目つきもそうだけどそのクセだよ」

「ん?」

「眼鏡を押し上げる癖。それを目の前でされると、『お前のことを見ているぞー!』みたいな空気を感じて圧迫感を覚えるんだよ」

「そう……なのか? これって、目つきが悪いから少しでも正面から見えるように眼鏡の位置を直しているだけなんだが」

「え? そうだったの?」

 三和の返答に虚をつかれた顔をすると、柏崎は笑い転げる。

「あっはっはっは。そっか、逆に気にしているからそんなことしちゃうんだね。でも逆効果だよ」

「……むー……」

 三和は眼鏡の位置を直す癖を直すかどうかで迷い、眼鏡を弄ぶ。

「お前らぁくっちゃべってんな。こっちはテストの採点で残業があるんだぞー」

 柏崎と話していると樫崎からのお叱りが入った。

 2人そそくさと離れてそれぞれ片づけにまわる。

「よし、と」

 最後に樫崎が施錠をして、今日の部活動は終了。

「それじゃ片付けご苦労さん。気をつけて帰れよ」

「お疲れ様でしたー」

 声を上げて三々五々と散る。三和も帰ろうとすると、樫崎に呼び止められた。

「三和。永瀬今日は休みだって?」

「ええ。体調不良だとかなんとか」

「ふーん。昨日収録だったんだろ?」

「ええ。そう聞いていますが」

 樫崎は腕を組んで、指先でトントンと自分の肘を叩いた。

「三和、あとで連絡とってやんな」

「はぁ。なんと」

「それは自分で考えな」

(一方的に宿題を押し付けられてもな……)

 教師は勝手だ。

 とはいえ、確かに三和も気になる。迷惑がられるかもしれないが、連絡を入れてみようと思った矢先のことだった。

 物陰から当の美鈴が飛び出てきた。

「ながっ」

 せ、と言葉を発しそうになったところで、美鈴が口の前に人差し指を立てるのを見て慌てて口をふさいだ。

 美鈴は三和の制服のすそをひっぱると、空き教室へとひきずりこんできた。

 遮光カーテンで仕切られた空き教室。中には余った机が二段重ねになって置かれていた。

「おい永瀬。こんなところ見られたらまずいんじゃないか?」

 一応カーテンのせいで中は見えないが、だからこそこんなところに2人でいるのを見られると言い訳できない。

 しかし美鈴はふるふると首を振ると、三和を見上げてはにかんだ。

「今日はお礼を言おうと思って」

「お礼?」

「うん。三和君のおかげでね、今度の企画、すごい出番が増えそうなんだ!」

 それから美鈴は溌剌と三和に収録の話を聞かせてくれた。

 蔵先輩。一発ギャグで流行ったけど落ち目の芸人じゃないか?

 村瀬清平。元プロゲーマーだけどFPS畑出身じゃないか?

 と疑問符を覚えたが、美鈴が幸せそうに話すので黙って三和は聞いていた。

 聞き終えて、最後に「よかったな」と感想を述べた。

「うん。これも三和君のおかげ」

 にんまりと笑顔を浮かべて、美鈴が白い歯を見せる。

「それでね……私、そろそろ三和君を卒業しようと思うの」

「え?」

「グランドマスターまで時間ギリギリだから、ランクマッチまわさないといけないし……今まで居残り練習付き合ってくれて、ありがとうね」

「いや……気にする必要は無い」

 言葉を返すが、三和の頭の中は真っ白だった。

 卒業? これでお終い?

 こちらはこれからどう美鈴と仲良くするか、そんな未来を思い描いていたのに。

(なんか俺、すっげぇダセェ……)

 三和は自分自身に落胆した。そもそもが、行動が遅すぎたのだ。美鈴には番組の企画という期限が切られていたのに。

 心の中は自分への失望で彩られていたが、それでも美鈴の笑顔に平静さをなんとか取り戻し、声を絞り出した。

「がんばれよ。昨日も言ったけど、応援するから」

「うん。ありがとう」

 微笑みを浮かべると、美鈴は身を翻した。

 栗色の髪が躍る。

(それを見ているしかできないのか? ……葛木だったらどうする?)

 一瞬の内に三和の思考が駆け巡った。しかし最適解は見つからない。

 短い時間が悠久の時のように感じられる。しかしどれだけ時間を引き延ばしたとしても、三和の思考はまとまらなかった。

 美鈴の手が扉にかかる。

「あのね、三和君。私ね」

「なんだ?」

「三和君のこと、好きだったんだよ」

「………?」

 一瞬、思考が断線する。

「でもね、アイドルは恋をしちゃいけないんだって、マネージャーに言われちゃった」

 永瀬が? 自分に?

「だから私諦めることにしたの。こんな私でも応援してくれるかな?」

 言ってから、三和の顔を見て目線を伏せる。

「……なんてね。虫がいいよね」

 美鈴の指先が扉のとってにかかる。

 横開きの扉を開こうと肘に力が入った。

「永瀬!」

 三和は自分でもこんな声が出るのかという大声を発していた。

 びくりと美鈴の体が弾み、動きが止まった。

「みわ、くん……?」

 戸惑う美鈴にずんずんと近づき、肘をつかんで引き寄せると角際においやった。

 恋愛の最善手とはどんなものだろう。そんなことばかり考えていた。

 相手の都合も考えないといけない。そう思っていた。

 だけど喪失を実感した時に味わう心の空虚はなんだ?

 人に恋をしたときはこんな痛みを味合わないといけないのか?

 こんな痛みを抑え込んで、他人を祝福しないといけないのか?

 ……そんなのまっぴらごめんだ。

 美鈴の体を壁際に押しやると、身を乗り出して顔を近づけた。。

「嫌なら抵抗していい」

 それが最後通牒。

 三和が何をしようとしているのか、聡い美鈴がわからないわけがない。

「だ、だめ……」

 美鈴の喉から蚊の鳴くような声が漏れて、体を緊張に縮こませる。

 三和の顔を近づけるほどに美鈴は頬をサクランボのように紅潮させた。両手が三和の胸板に添えられ、小さく押しのけようとするが、抵抗は小さなものだった。

 互いの吐息が吹きかけられる距離。

 美鈴は羞恥に耐えかねるかのように目をぎゅっとつむり、そして震える唇があげられた。

 まずは2人の吐息が混ざり合い、唇が重なる。

 美鈴の脳裏を、白い電流が走った。

 甘美で背徳的なキスの味。してはいけない、別れの言葉のために学校に来たはずだが、その感触は美鈴の理性を侵した。

 唇を放して、お互いに言葉を発さず放心した時間が流れる。

「その、永瀬」

 口を開いたのは、三和の方が先だった。

「順番が逆になったけど、好きだ」

 三和が目線を外さずはっきりと告げる。

 それに一瞬呆けて、理解するにつれて、美鈴は目を涙にうるませた。

「私も……だけど……」

「俺は影でいい。アイドル業の邪魔になるというのならずっと息を潜めている。でも永瀬とは縁を切りたくないんだ」

「いいの………?」

「ああ」

「でもそれって私に都合がいいことばかり……」

「そんなことはない」

「あ……」

 三和が美鈴のおとがいに手をかけると顔を上げさせ、また唇を重ねる。

 右手は美鈴の栗色の髪にそえられ、さらさらと流れた。

「永瀬がいいのなら、ずっと近く……は無理でも、影から応援させてほしい」

「三和君……」

 ああ。どこまで。

 この人は優しく、謙虚なのだろうと。

 たまらなくなって、涙が溢れ、くずれ落ちて嗚咽を上げた。

「永瀬……?」

 三和は、昨夜の鈴木とあった出来事など知らないだろう。

 どれほど三和との関係性に美鈴が思い悩ませたか、知らないはずだ。

 それでも嗚咽を上げる美鈴のそばにずっとたたずみ、髪をなでてくれる。

 美鈴が泣き止むまで、数分の時を要した。

「落ち着いたか?」

「うん……」

 泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、うつむく。

「私、悪いアイドルだ」

「そうか?」

「うん、アイドルなのに、好きな人をつくっちゃった」

「いいんじゃないか? アイドルだって人間だし」

 三和はあっけらかんと言葉を返した。

「それに俺も、永瀬のファンだからさ」

 目を細めた、邪気の無い柔和な笑み。

 美鈴の一番好きな三和の顔。

「三和君……」

 美鈴はぎゅっと三和の首に手を回して抱き着く。

 暖かい体温を抱きとめるように。

「しらばくこうしていて」

「ああ」

 三和も手を回し、美鈴の体を抱きとめる。

 

 

 季節はまだ春。

 肌寒い季節だが、今日の二人には無縁だった。

 

 

 

 




シャドバ用語
・リーサルクイズ
盤面と手札を見せて、『どのようにすればリーサルがとれるか、そもそも存在するのか』を問う問題。
複数枚のカードを組み合わせないといけなかったり、時にはフォロワーを自壊させたりと複雑な手順が必要な問題がSNS上で時折あげられている。


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9.アンリミテッドファンデッキサーカス

「この度はうちの鈴木がご迷惑をおかけしました」

「はぁ……」

 美鈴の新しいマネージャーは、須賀松子という名の朴訥とした印象の女性だった。

「鈴木君はやり手だけど強引なところがあって……理江さんのプライベートにまで干渉したのは、やりすぎだったと事務所から注意しておきました」

「そうなんですか……。それで、契約は……」

「厚かましいとは思いますが、事務所としては理江さんとの契約を続けたいと考えております。鈴木の言葉は、鈴木の独断であって事務所の方針とは違います」

「わ、わかりました。こちらこそ……お願いします」

 丁寧な物腰で頭を下げる須賀に、美鈴はお辞儀で返す。

「ただその……三和君とは、お付き合いをすることになって……」

「男女関係を公表ですか?」

「い、いえ。三和君からは秘密の関係でいいと言われています」

「なるほど……。」

 須賀は一瞬考え込んだ顔をする。

「……事務所としては理江さんのプライベートにまで干渉することはできません。お付き合いを止める権利はありません」

「いいんでしょうか……?」

「はい。何かでモメた場合は事務所も誠心誠意対応しますので、すぐに相談してください」

「あの……理江でいいです。それにそんな堅苦しい言葉じゃなくても……」

 でなければ、マネージャーとして、これから緊密な連絡を取り合うのは難しいと思った。まだアイドルの卵にすぎない美鈴が、マネージャーと明確な上下関係があってはいけないと思った。

「そうね。じゃあ許してくれるかしら? 理江ちゃん」

「あ、はい」

 須賀は砕けた調子で笑うと朗らかな印象を与える女性だった。

「それじゃ、鈴木君のことは一旦忘れて、企画のことをがんばりましょう」

「はい!」

 

 

 

 

「というわけで、ウエストホールであった興行はキャンセル。ゴールデンウィークはRAGE挑戦の密着取材ってわけね」

「はい」

「でもこれはあくまでグランドマスターを達成できたらという条件つき。どう? いけそう?」

「はい。いけると思います!」

 三和との居残り練習はもう卒業した。

 心が通じ合っていることが確認できたから、もうそんな時間は必要ないのだ。

 美鈴は学校の授業が終わるとすぐに帰宅し、ストリームライブを開いてランクマッチに潜っていた。

 1日に2000に迫るペースでMPを稼ぎ、この調子なら十分達成できるという目途が立っていた。

「そう。よく頑張っているのね」

 須賀は鈴木とは全く違うタイプだった。鈴木はスケジュールも何もかも自分で管理したがるが、須賀は辛抱強く美鈴の言葉に耳を傾けてくれる。

「ところで突っ込んだことを聞くけど、三和君ってどういう子なの?」

「えっと……うーん。照り付ける太陽の下にできる日陰みたいな人ですね」

「へぇ、また変わった表現ね」

「自己主張っていうものをあまりしないんです。何をしたいって聞いても合わせるって言うし、何が好きって聞いても通り一辺倒の答えしか返さないし。でもそばにいると、熱い日差しを遮ってくれて、心が過ごしやすくなるんです」

「ふぅーん。だから理江ちゃんのアイドル業にも理解があるんだ?」

「本当に、助かっています」

 美鈴は心の中からの笑みをこぼす。

「そういう子なら私も安心したわ。ただ、やっぱりアイドル業って色々ある職業だから、何かこじれることはあると思うの。そういう時は私や事務所を頼ってね」

「はい」

「あと……これ」

「? なんですか、これ」

 渡されたのはドラッグケースに入った錠剤だった。

「しちゃった時に飲む奴よ」

 一瞬その言葉の意味がわからなかったが、意味深に微笑む須賀の表情で理解して美鈴の顔が真っ赤に染まった。

「わ、私たちまだそんな間柄じゃ……」

「恥ずかしがらなくていいのよ。あなたたちぐらいの子だったら興味があって当たり前なんだから。気を付けていても、ほら、勢いでしちゃうことってあるでしょ? だからお守り替わりと思って持っておいて」

 そう言って強引に渡される。どうやら断れないようだ。

 須賀は話しやすいタイプだが、同時に抜け目ないタイプのようだ。ドラッグケースには特に刻印もなく、傍目にはなんの薬かはわからない。見つかっても風邪薬といえば誤魔化せるだろう。

 鈴木とはあの日以来会っていない。どうやら事務所側からこっぴどく怒られたらしく、直接謝罪にむかわせようかとも提案されたが美鈴は断った。

 鈴木とはもう顔を合わせるのも嫌だった。

 代わりのマネージャーが須賀だ。いかにもなやり手という印象の鈴木と違って外見からは朴訥とした真面目さしか伝わらないが、話しはずっと通じそうだ。

 

 

 

 

 

 放課後の隠れ練習もしなくなり、あくまで表向きはただのクラスメイトである三和と直接話す機会はほぼなくなっていた・

 その代わり。家の空き時間にコミュニケーションアプリや通話で連絡を取り合うことが増えた。

 特に美鈴は声が聞きたくなるので、通話が主だった。

 須賀のことを話題にすると三和はいつもの調子で、「へぇ、よかったな」と相槌を打った。

「とりあえず前の鈴木って奴よりはマシなんだろ? それに同じ女だったら色々相談しやすいだろ」

「そ、そうね」

 渡された薬のことが頭をよぎる。あんなものを男に渡されたらセクハラだ。

「それよりそっちはどう?」

「ああ。駅前のフルーツパフェ大盛りで手を打った」

「え?」

「洗衣を黙らせるのにそれぐらい必要だったんだ」

 通話をしている以上、さすがに家族にまでは隠し立てはできない。直接顔合わせにまではいたってないが、それぞれ交際相手ができたことは家族にそれとなく伝えた。

 しかし三和の妹の洗衣は口が軽く、兄貴にアイドルの彼女ができたと知ればそこらへんにいいふらしかねない。それを承知していた三和は説得に説得を重ね、1600円もする駅前のフルーツパフェで黙らせる確約を得た。

「そ、そう。大変なんだね」

「まあな。永瀬の写真見せたら親も舞い上がっちゃって……。毎日お前のネタで質問責めだよ」

「アハハハ……」

 なんか私のハードルも上がっているなぁ……?

 乾いた笑いが漏れる。

「あ、そうだ。三和君もRAGE出るの?」

「ああ、出るよ」

「ふーんそうなんだ。デッキは決まった?」

「うーん。蝙蝠を持っていくのは決めているんだけどな……。あとはロイヤルを握るか、聖獅子を握るか……それとも他か……決めかねているところだな」

「私もロイヤルは決まったんだけどもう一つのデッキをどうしようかと悩んでいて……」

「ふぅん。でも、カード資産的に組めそうなデッキあるのか?」

「それがね! そのことを話したら、番組から予算がおりたの!」

「おっ。本当か?」

「うん。デッキのもう一つや二つ、簡単につくれるぐらい!」

「なるほどなぁ。じゃあグランドマスターになったら、壁打ちするか?」

「壁打ち?」

「ああ、本格的な練習試合のことだよ。ミスプレイがあったらお互いに指摘し合うし、デッキの中身とかも意見交換する。ま、居残り練習でやっていたことと一緒だけどな」

「ふぅん。でも私なんかで三和君の練習相手つとまるのかな?」

「まあ永瀬もだいぶ腕を上げてきたしな。普段は安原に頼むんだけど」

 三和はクラスでは4人グループで行動することが多い。

 野球部のマネージャーの哲夫、現役シャドウバースプレイヤーの安原圭吾、それとシャドウバースのことは何もわからないのになぜか輪に加わった保縄剛。

「安原は口が堅いと思う。なんなら3人でやるか?」

「ううん。2人がいいなぁ」

 甘い声色で言ってみる。三和が苦笑した。

「わかった。それじゃ2人でな」

 

 

 

 

 

 闖入者は突然やってきた。

「あの、三和せんぱい」

 陣内高校の制服身を包んだ、140センチぐらいの少女。小さいが、制服は確かに陣内高校のもので、1年C組の襟章をしている。髪は吸い込まれるような漆黒。紫色のバンドで止め、ポニーテールにしていた。

「ええっと……新入部員の戸尾だっけ?」

 新入部員はあれからさらに増えたが、結局女子はこの戸尾楓子だけだった。

 背も小さく目立つので、三和も名前を憶えていた。

「化学部の連絡か何かか?」

 そう尋ねるが、楓子は中々話そうとせず、三和とも目を合わそうとしなかった。

(相変わらず人見知りだなぁ……)

 他の新入部員ともこんな感じで、楓子は浮いていた。

 柏崎を初めとした女子部員は決して逃すまいと積極的に話しかけていたが。

 しばらくもじもじとしていた楓子だが、やがてポケットから携帯端末を取り出した。

「?」

 頭に疑問符を浮かべて、三和は眺める。

「せんぱいも、シャドウバースやっているんですよね」

「ああ。そうだけど?」

「私のデッキ調整、てつだってくれませんか」

 抑揚のない声で言う。言って恥ずかしくなったのか、携帯端末で顔を隠した。

(デッキ調整……壁打ちか)

 途端に視線を感じ、三和は視点をずらした。

 美鈴がこちらを見ていた。

(あー……)

 え? これって浮気になるのか?

 そこらへんの男女関係の機微がわからない。しかしせっかくの新入部員だ。無下に接するのも仁義にもとるような気がする。

「だめ……ですか」

 楓子が目に見えてしゅんとなる。

「あ、いや……そうだ安原!」

「ん?」

 哲夫と話し込んでいた安原圭吾に話しかける。

 安原圭吾は哲夫の中学時代からの友人で、シャドウバースのプレイヤーでもある。三和の普段の壁打ち相手の一人だ。

 欠点としては環境トップデッキを使わず、tier3ぐらいのデッキを握りたがることだが、それでもプレイングはうまかったりする。

「この安原も一緒にやるけどいいか?」

「なんの話?」

「シャドウバースのデッキ調整。ああ。化学部の新入部員の戸尾で、こっちは安原」

「とおふうこです」

「よろしく戸尾さん」

 安原は楓子ほどではないが身長が160センチちょっとと小柄だ。服を着せ換えれば女子に間違われても不思議ではない華奢な体躯をしている。

(3人なら浮気にはならないだろ……)

 と美鈴を見ると、またこちらをじっと見ていた。

「何なに? どったの」

 次に声をかけてきたのは、保縄剛だった。

 哲夫や安原と違い、シャドウバースもやってないし特に接点もなかったのだが、三和たちのグループに加わってきた生徒だ。知り合いと別々のクラスになってしまって、三和たちのグループを安住の地と見定めたのかもしれない。

「ああ。ちょっとシャドウバースの壁打ちをしようと」

「お! それならカラオケいこうぜ!」

「お前話聞いていたか?」

「カラオケならドリンクバーも飲み放題だしちょうどいいだろ? 気晴らしに歌も歌えるしさ」

「お前は自分で歌いたいだけだろ」

「からおけ……」

 と、楓子が反応した。

「あの、よければいってみたいです。いってみたことないので」

「そうか。戸尾がそういうのならいいか」

「よし、決まりだな。哲夫、今日部活は?」

「ああ、監督がいないから今日は自主参加だなぁ」

「それじゃカラオケいこうぜ」

「そうだな……そうするか」

「ねぇ」

 と、さらにさらに新たな声がかかった。

「それって壁打ちって奴でしょ?」

 話しかけてきたのは美鈴だった。

「それに私も参加していいかな?」

 気さくな笑顔で話しかけてくる。

「お!?  おっ、おう。いいよなっ、なっ!?」

 永瀬の不意打ちに剛が声を上ずらせる。哲夫や安原は戸惑った様子だが、拒否する反応は微塵もない。

「永瀬、いいのか?」

「うん。私も練習相手を探していたの」

 三和の問いかけの意味を汲み取りつつ、美鈴がうなずいた。

「それじゃやるか。壁打ち」

 

 

 

 

 

 放課後、カラオケ店に移動中。

 隙を見つけて三和は美鈴に話しかけた。

「永瀬、よかったのか?」

「うん。2人っきりならともかく、この大人数ならぜんぜんおかしくないでしょ?」

「たしかに……」

 壁打ちの相手を探すということなら、理由も通る。

「それに直接話せる機会なかったから。いい機会だなって思って」

 笑顔をむけてくる美鈴に、どう返せばいいかわからず、「そうだな」と通り一片当の答えしか返せなかった。

「でもレートの方は大丈夫なのか?」

「へっへー! 昨日9000の大台に乗りましたっ」

「なんだ。順調だな」

 三和でも少し驚くようなペースで美鈴はレートを上げていた。三和も一週間足らずでグランドマスターに駆け上がったが、それはカードパック追加がされたばかりの混沌とした時期、皆手探りで強いデッキを探していた時期だった。

 ある程度環境が固まってきた今、美鈴が三和と同じぐらいのペースでレートを稼いでいるのは、他プレイヤーと比べてプレイングに秀でている証と言ってもいいだろう。

「ところであの子、三和君の知り合い?」

「戸尾のことか? いや……。単に化学部の後輩で話したこともほぼないが……」

「ふぅーん?」

 美鈴は哲夫たちと離れたところでとぼとぼとひとり歩いている楓子に近寄っていった。

「ねえ楓子ちゃん。なんで壁打ちの相手に三和君を選んだの?」

「ちょっと前、金髪の人とのたいせんを見たからです」

「それって葛木君のやつ?」

「そんな名まえ、だったと思います」

「楓子ちゃんもRAGE参加するの?」

「親の許可がでないので、だめです」

「あら、そうなの?」

「別にRAGE出場に保護者の許可はいらないけど?」

 三和が口を挟む。が、ふるふると楓子は首を振った。

「とめられているので、だめです」

「まぁ本人が納得しているのならいいけどな」

「楓子ちゃんはどんなデッキを使うの?」

「びしょっぷです」

「へー! ビショップなんだ!」

 美鈴が顔を輝かせる。

「ちょっと珍しいよね。ビショップ使い!」

「ああ、そうだな。最近になって聖獅子が注目されてきたけど、元々ビショップ使いって少ないよな」

「でもまだデッキをうまくくめなくて……なかなか勝てません」

「なるほどー。それでデッキ調整ってことね!」

 時期が時期なのでRAGEのための練習と思ったが、単に練習相手を求めていただけのようだ。

「大丈夫だよ! この三和君は教えるのがとても上手で……」

「おい永瀬」

「……上手であらせられるような気がするので、たぶん大丈夫だと思います! ね!」

 必死に誤魔化す美鈴だが、その迂闊さに嘆息する三和であった。

 

 

 

 

 部屋に案内されると、剛が張り切った様子で言った。

「それじゃ俺はドリンクとってくるけど何がいい?」

「ジンジャーエール」

「コーラ」

「コーラ2つ」

「紅茶お願いね」

「りょくちゃがいいです」

「おっけー!」

 剛が威勢よくでドリンクバーへと向かう。美鈴が参加しているので張り切っている様子だ。

「哲夫、歌う?」

「うんにゃ。まずお前たちの観戦でもするわ」

 安原の問いに哲夫が首を振った。

「それじゃえーとペアは……僕と永瀬さん、三和と戸尾さんでいいかな?」

「ああ」

「はい。よろしくね」

「……たいせんよろしくおねがいします」

 

 三和と楓子の対戦。

(ビショップか……環境だと聖獅子かチェキババってところだが……)

「……あの、三和せんぱい」

「どうした?」

「あんりみてっどで、お願いします」

「あ? ああ、そっか悪いな」

 いつもの調子で三和はローテーションの部屋を立てていたが、楓子はアンリミテッドを希望しているようだ。

「戸尾はアンリミテッドをメインでやっているのか?」

「……あんりみてっどのほうが、いろんなかーどがつかえておもしろいです」

 膨大な数の存在するシャドウバースだが、二種類のレギュレーションが存在する。

 発売された全てのカードが使用可能なアンリミテッドと、古いカードは使えなくなるローテーションだ。

 大規模大会はほとんどローテーションで行われるので注目度はローテーションの方が上だが、プロシーンではアンリミテッドの試合も行われる。

 またゲーム内イベントの『グランプリ』ではローテーションとアンリミテッドの両方が開催されるので、結局両方をプレイするユーザーは多い。

 三和はローテーションだけでなくアンリミテッドのグランドマスターも達成している。グランドマスターに到達した後はほとんど触っていないので最近の環境には少し遅れているものの、一応デッキも用意してあった。

 三和が建てた部屋に楓子が入室してきた。

 一番に目についたのは、ランク表示に記された橙色の宝石だ。

「えっと、戸尾のランクって今いくつだ?」

「C2だったと、思います」

(思った以上に初心者だな……)

 三和はデッキ選択に困る。三和が組んでいるアンリミテッドデッキは全て、環境最前線で戦うようなデッキだ。

(まあ壁打ちだし、手加減するほうが失礼か)

 三和はロイヤルを選択。

 楓子はビショップだ。

 

「よし、まずBO1な」

「はい。よろしくおねがいします」

 

 先行は三和。楓子は後攻。

 

「へぇ、アルミラージスキンを持っているんだな」

 楓子のリーダースキンは『ムーンアルミラージ・ラミナ』のスキンだ。

 『ムーンアルミラージ・ラミナ』はウサギの耳に一角獣のような角を持つ『魔兎』と呼ばれる獣人の種族だ。今ではローテーション外、通称『スタン落ち』したため見られることは少ないが、人気スキンの一つだ。

「がんばって、とりました」

(狙ってとったってことかな。カード資産は結構潤沢か?)

 『ムーンアルミラージ・ラミナ』のスキンの入手確率はかなり低い。

 数千円の課金でぽんと出るような代物ではない。

 初心者となめてかかっていたことを考え直す。

(アンリミテッドでビショップといえばホーリーメイジかセラフラピスだけど……)

 

 

 お互いに1ターンはパス。

 

 

 先行2ターン目、三和のターン。

 三和は『赤ずきん・メイジー』をプレイ。

《パンとワインを届けに行くの》

 

 

 後攻2ターン目、楓子のターン。

 プレイしたのは『ユニコーンの踊り手・ユニコ』。

《ゆ、ユニコ、がんばりますっ!》

(ほぉ……ユニコか。ニュートラルビショップか天狐、エイラってところか)

 

 

 

 先行3ターン目、三和のターン。

 『純真の歌い手』をプレイ。『赤ずきん・メイジー』は『ユニコーンの踊り手・ユニコ』を攻撃し相打ちで破壊する。

《うぎゅぅ……》

 

 

 後攻3ターン目、楓子のターン。

 プレイしたのは『内気なアルミラージ』。

《月の光は浴びたいけど……》

(内気なアルミラージか……天狐かエイラってところか。いや待てよ。エイラはリーダー回復じゃないと効果がないんだっけ)

 

 

 

 先行4ターン目、三和のターン。

 『レジェンダリー・ファイター』をプレイ。

 さらに『師の教え』を『純真の歌い手』にプレイ。攻撃力を1上げて1枚ドロー。

 スペルをプレイしたので『レジェンダリー・ファイター』が必殺を手に入れる。

 ドローを確認し、攻撃力の上がった『純心の歌い手』で楓子を直接攻撃。2点ダメージ。ライフを18点に削る。

 

 

 後攻4ターン目、楓子のターン。

 『漆黒の法典』で『レジェンダリー・ファイター』を消滅。

 残った2PPで『ラビットヒーラー』をプレイ。

《そこぉ! また怪我しているじゃないの!》

 ファンファーレでリーダーの体力を2点回復。

(うん、天狐だな)

 『内気なアルミラージ』で『純真の歌い手』を破壊。進化権は温存する。

《月の光が!》

 『内気なアルミラージ』はターン終了効果で体力を回復させる。

 

 

 先行5ターン目、三和のターン。

 まずは『ソードエンジェル・エフェメラ』をプレイ。場に他のフォロワーがいないので突進を得る。

《残酷な世界に光を!》

 内気なアルミラージに攻撃。相打ち。

 そして『ミニゴブリンメイジ』をプレイ。

(進化権は温存でいいか……)

 

 

 後攻5ターン目、楓子のターン。

 『天狐』をプレイ。

《友のためには力を惜しまぬ》

 進化権は使用せず、『ラビットヒーラー』と『ミニゴブリンメイジ』を相打ちさせる。

《友の証じゃ!》

 『天狐』の効果でリーダーのライフを1点回復するが、すでにライフは上限の20。

「『天狐の社』をひけないのか?」

「『天狐の社』……? そんなカードがあるんですか?」

「えっ……じゃあエイラか?」

「エイラ……?」

(……デッキ内容を明かさないようにとぼけているのか?)

 戦略としては正しい。表情にも乏しく、虚か実か読めなかった。

 

 

 先攻6ターン目。

 三和は『スパルタクス』をプレイ。

(これでライブラリアウトが勝利条件となる)

 通常、デッキを最後まで引ききると負けるのがシャドウバースのルールだが、『スパルタクス』はそのルールを改変、負けが逆に勝ちになる。

 特殊勝利、エクストラウィンと呼ばれるものだ。

(天狐は実質守護みたいなものだから除去か)

 『スパルタクス』を進化。『天狐』を破壊する。

 『スパルタクス』の効果で兵士・フォロワーを二枚ドローする。

 

 後攻6ターン目、楓子のターン。

「えっと……」

 プレイしたのは『ムーンアルミラージ』。

《私は月に狂う獣……》

 楓子は『ムーンアルミラージ』を進化させる。

《月の輝きが……私を狂わせるッ!》

『スパルタクス』を破壊する。

 ターン終了効果により、『ムーンアルミラージ』は体力を全回復する。

(エイラはリーダー回復じゃないと発動しないはず。やっぱり天狐の社だな)

 

 

 先行7ターン目、三和のターン。

 プレイしたのは『マスターディーラー・アルヤスカ』。

《戦場のドラマ! 愛しい奇跡!》

 手札から指定した1枚を残し、それ以外の全てを捨てる。そして捨てた分と同じだけドロー。

(デッキが読めないから不気味だけど、進化するか……)

 『マスターディーラー・アルヤスカ』を進化。

 『ムーンアルミラージ』を破壊。5点の反撃を受けて残り体力は6。

 

 

 後攻7ターン目、楓子のターン。

「6点守護……」

 確認するように呟くと、手札を見て、楓子はプレイするカードを選ぶ。

『煌角の戦士・サリッサ』。

「サリッサ!?」

《えらっそうに! 叩きのめしてやるわ!》

 

 

《煌角の戦士・サリッサ》

コスト7 攻撃力5 体力5

[突進]

このフォロワーへの4以上のダメージは3になる。

 

 

 楓子は『煌角の戦士・サリッサ』を進化。

 『マスターディーラー・アルヤスカ』にぶつける。

 『マスターディーラー・アルヤスカ』は破壊される。『煌角の戦士・サリッサ』は能力で4以上のダメージは3になるので、体力4で残る。

(サリッサなんて久しぶりに見たぞ……ただでさえ環境入りしたことないのに……)

 驚いたものの、実際に進化『マスターディーラー・アルヤスカ』を撃破して相打ちにならず場に残った。

(刺さっている……のか?)

 楓子のデッキの得体の知れなさに困惑しつつ、自分のターンがまわってきたのでプレイをする。

 

 

 先行8ターン目、三和のターン。

(とはいえここまで来たら、アンリミテッドなら自分の手をつくったものがちだ)

 1PPスペル『大安売り』をプレイ。手札を1枚捨て、『歴戦の武具』を手札に加える。

 そして再び『マスターディーラー・アルヤスカ』をプレイ。

 手札を入れ替える。

 

 後攻8ターン目、楓子のターン。

 プレイしたのは『煌角の戦士・サリッサ』。

「2枚目!?」

 『マスターディーラー・アルヤスカ』を攻撃。1体では倒せないが、先ほど進化していた『煌角の戦士・サリッサ』と共に攻撃して破壊。

 能力によって両方とも場に残る。

 

 先行9ターン目、三和のターン。

「これで終わり」

 三和は『新たなる運命』をプレイ。手札を全て入れ替え、デッキの底にある天使のカードを引く。

 『スパルタクス』の能力による特殊勝利達成だ。

 

 

 

「負けました……」

 心なしか楓子の肩がしょんぼりして見える。

 その小さな体に三和は声をかけた。

「なあ戸尾。デッキみせてもらっていいか?」

「はい」

 戸尾は素直にうなずいた。

 

 

 『ラビットヒーラー』3枚

 『内気なアルミラージ』3枚

 『イビルアルミラージ』3枚

 『ムーンアルミラージ』3枚

 『煌角の戦士・サリッサ』3枚

 

 デッキ名《うさぎさんランド》

 

 

(う、ウサギ島……)

 三和の脳裏に、二足歩行するウサギが一輪車に乗って綱渡りをする光景が浮かんだ。

「お、なんだそっちはもう終わったのか」

 美鈴と安原の戦いを覗いていた哲夫が三和たちに気づく。

「ほぉ、それが戸尾のデッキか? ………うん? こいつは……」

 男くさい顔に名状しがたい笑みを浮かべて、哲夫が感想を述べた。

「ずいぶんと可愛らしいデッキだな」

「はい。お気に入りのカードを集めてみました」

「ウサギ、好きなのかい?」

「はい。ウサギ年に生まれたかったです」

 ほんわかとした空気が漂う。

 そんな中、三和はじっと考え込んだ。

「負けた……永瀬さんうまいね」

 美鈴と安原の方でも勝負が決したようだ。どうやら美鈴が勝ったようだ。

「どう? そっちは」

 安原と美鈴が近づいてくる。そして戸尾のデッキを凝視する三和に気づく。

「あら、このデッキ……」

「へぇ……」

 美鈴と安原も楓子のデッキを見て声を上げる。一方、楓子は自分のデッキを見られて自慢げだ。

「なあ、戸尾」

「なんですか、三和せんぱい」

「勝ちたいか?」

「はい」

「そうか……なあ安原」

「うん」

 三和は安原に声をかける。何を言うでもなく、察した様子で安原はうなずいた。

「戸尾、ちょっとこのデッキコピーさせてもらっていいか?」

「はい」

 三和は安原とともに、コピーしたデッキを前に何事か言い合いだした。

 そっちで手が回らないようだ。

「えっと……」

 残された美鈴は、楓子の顔を見返す。

「歌おっか?」

「はい。うた、すきです」

 

 

 

 壁打ちのはずが、一戦でカラオケに突入した。

 美鈴と楓子のコーラスを背景に、三和と安原の二人は、ああでもないこうでもないと言い合いながら楓子のデッキをいじっていた。

「内気なアルミラージとムーンアルミラージがエイラの効果を受け入れられないから、天狐一択だよな」

「うん。でも今の環境ははやいから、速さを追求しないと」

「天狐を入れといてそれは無理だろ。ここはいっそ早いデッキをメタって、守護と回復を水増ししよう」

「そうだね、OTKにも刺さるし守護マシマシはいいかもね」

「ウィッチは苦手だが………いやそうか、『いにしえの聖域』はウィッチにも刺さるから……」

 

 

 美鈴と楓子がそれぞれ一曲ずつ歌ったあたりで三和たちの作業は完了した。

「戸尾。ちょっとデッキをいじってみたんだけどどうだ?」

「…………。イビルアルミラージちゃんがいません」

「うっ。やっぱりいるか?」

「いえ……あの子はうさぎさんだけどあまりかわいくないので、いいです」

 それからカードの一枚をタップする。

「これが三和せんぱいがいっていた『天狐の社』……?」

 

 

《天狐の社》

コスト5 アミュレット

「自分のリーダーか自分のフォロワー(または両方)を回復させる」能力が働くたび、相手の場にフォロワーがいるならランダムな相手のフォロワー1体に、いないなら相手のリーダーに、2ダメージ。

 

 

「アルミラージたちの多くは回復系能力を持つ。その回復能力と天狐の社はマッチしているんだ」

「こんなカードがあったんですね……きづきませんでした」

「戸尾はいつからシャドウバースをはじめたんだ?」

「……三和せんぱいと金髪の人の戦いを見てからです」

「そっか、始めたてなんだな」

 膨大なカード群から、手探りで組んだデッキなのだろう。

「これでかてるようになりますか?」

「うーん。どうだろうなぁ」

 戸尾の問いに、三和は言葉を濁した。

「下位ランクなら通用するかもしれない。だけど上位ランクだときびしいかもなぁ」

「そうなのですか……」

 戸尾の肩が落ちる。無情だが、シャドウバースの環境は流動的だ。

 シャドウバースはデジタルが基盤なため、情報の交流が盛んで強いデッキはすぐにネットを通じて拡散される。そしてエーテルを使えばどんなカードもすぐに作れてしまうため、皆が環境トップのデッキをすぐに揃えられる。

 その度合いは、ローテーションよりもアンリミテッドの方が過酷と言える。アンリミテッドは全てのカードが使用可能なため、ローテーションでは見られないような凶悪なコンボが存在し、よりはっきりとデッキの力の差が出る。

 回復を軸とした『エイラの祈祷』と『天狐の社』は、かつて環境に登場していたこともあるデッキだが、今のアンリミテッドではやや時代遅れの感じがある。

 例えば今回三和が使ったスパルタクスロイヤルとは相性が悪い。

 エクストラウィンを目指すスパルタクスロイヤルは相手のライフを削る必要が無いため、攻撃にリソースを割く必要が無く、回復で巻き返すアルミラージ達とは根本の基盤が違う。

 なによりも『天狐の社』は5コストで置いた分を、時間をかけて取り戻すカードだ。

 しかし今のスパルタクスロイヤルは短い時間でデッキを掘り尽くしてしまう。

 『天狐の社』では遅すぎるのだ。

「アルミラージを採用しないアンリミテッドのデッキならいくつか教えられるけど」

 始めたてという割には楓子のカード資産はかなり豪勢で、最新のものから古いものまで美鈴に見せたら卒倒しそうなぐらい揃っていた。組めるデッキは色々ある。

「いえ、ちょっとこのデッキを使ってみます」

「そうだな、じゃあ回し方を教えようか。実はそのデッキ、天狐の社はサブプランで本当は早いデッキをメタったデッキで、『いにしえの聖域』が……」

(三和君、楓子ちゃんにかかりきりじゃない)

 面倒見のいい三和の性格は知っているが、美鈴は少し不満げにその横顔を見ていた。

「永瀬さん、どうする? 僕たちも壁打ちを続ける?」

「あ、うん、お願いね」

「デッキ希望ある?」

 安原はさっきほど土ウィッチを使っていた。6/6必殺には度肝を抜かれたが、うまく『白刃の剣舞』が刺さり巻き返すことができた。

(三和君が言っていたなぁ。安原君は三和君以上にファンデッカー気質だって)

 大会に出るようになって環境トップのデッキを使わざるを得なくなった三和と違い、趣味でプレイする安原は自分のペースで使用デッキを選んでいた。そして、まだ誰も見たことのないデッキ開発に余念がないという。

「ちょっと見せてもらっていい?」

「どうぞ」

 安原はたくさんのデッキを持っていた。それぞれに丁寧にデッキ名がつけられている。

「ネメシスのデッキ、対処法がわからないからお願いしていいかな?」

「うん。いいよ。アーティファクトと人形リーシェナどっちがいいかな?」

「リーシェナ……」

 

 『破壊の絶傑・リーシェナ』。

 カードパック『十禍絶傑』の顔を飾った10人の絶傑の一人だ。

 その中でも異彩を放っており、モチーフとして『アイドル』が使われている。

 それぞれの絶傑には信者、従者、使徒、狂信者といったフォロワーが用意されているのだが、リーシェナのそれらは全てリーシェナのファンというシャドウバースの中でも特異な設定を持つキャラクターだ。

 

「リーシェナでお願いできるかな。……強いの?」

「うん。相手の回り方次第だけど結構いけるよ。ただほぼリーシェナを引けないと詰みだから、引けなかった時のことを考えると大会に持ち込むのは怖いデッキだよね」

「ふぅん……それじゃお願いします」

 

 

 

 




安原圭吾(やすはら・けいご)
使用リーダー:環境で不遇とされるリーダー
160センチの華奢な体躯の少年。一人称は僕。
大会の成績や勝敗にはこだわらず、新デッキの開発に没頭するタイプ。



保縄剛(ほなわ・つよし)
使用リーダー:なし
一年生では友人をうまく作れずぼっちだった。二年生ではそんな自分を変えようと一念発起しなんとか三和たちのグループに潜り込む。
シャドウバースはプレイしていない。三和たちのプレイを見ているが理解しているかも怪しい。



戸尾楓子(とお・ふうこ)
使用リーダー・ビショップ
化学部員。1年生。
シャドウバースを知らなかったが、葛木と三和の対戦を経てシャドウバースを知り、イラストに惹かれてシャドウバースを始める。
獣人系のキャラクターが好きで特にウサギが好き。


シャドバ用語
・実質守護
 守護を持っているわけではないが、厄介な能力を持っているため放置できず結局倒すことを迫られるフォロワーのこと。

・特殊勝利(エクストラウィン)
 通常、シャドウバースは以下で勝敗が決まる。
 ①リーダーのライフが先に0になった方が負け
 ②デッキを全て掘り尽くし、追加の1ドロー以上をしてしまうと負け
 しかしカードの効果によって、それ以外の勝利条件をつくるのが特殊勝利。
 『鋼鉄の反逆者』(アディショナル追加前)が発売された現在、特殊勝利は『封じられし熾天使』、『スパルタクス』の二種類が存在する。


使用デッキ
・三和スパルタクスロイヤル
https://twitter.com/fet_light/status/1127389361836707842
・楓子うさぎさんランド(三和と安原の手によって改修後)
https://twitter.com/fet_light/status/1127389753471524864


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10.反響するミラーマッチ

※誤字脱字やミスなど以外には返信を返さない方針にしていますが、感想は全て読ませていただいております。
大変励みになります。お礼申し上げます。


「お~い……、お前ら、そろそろ時間だぞ~」

「えっもうそんな時間?」

「今日はこの辺だね」

 カラオケ店に入ったものの、ほとんど歌を歌わずに三和たちは対戦に時間を費やした。

「最後に楓子ちゃん一曲歌っていく?」

 美鈴はそういって楓子にマイクを挿し出した。マイクを受け取った楓子は、受け取ったマイクをじっと見つめると、やがてそっと美鈴に差し出した。

「永瀬せんぱいのうたがききたいです」

「え? 私?」

「あ、俺も聞きたい!」

 剛もそれにならう。

「そ、それじゃ……コホン」

 改まって歌を所望されると緊張する。

「なにかリクエストある?」

「せんぱいの歌ってあるんですか?」

「いや……実は私まだ一曲も書いてもらってないんだ」

 自分に作詞作曲の才能があればよかったのだが、美鈴は自分で曲を作ったりはできないし、事務所もまだ美鈴の曲を作るまではいたっていなかった。『歌ってみた』動画を幾つかネット上に上げているのみだ。

「じゃあとくいのきょくでおねがいします」

(うー、そういうオーダーが一番難しいんだよなぁ……)

 美鈴が選択したのはとあるアニメソングだった。美鈴は低音も出せるが本来は涼やかな高音だ。美鈴の声質を生かせるのは大衆曲よりもアニメソングに多く当てはまる。

 原作の命を焦がして戦う少年少女を思い浮かべながら熱唱する。カラオケなので控え目だが、手拍子もいれて視線に力を籠める。

 本気は出していないが、それでも美鈴の風格は剛や楓子に伝わっていた。固唾を飲んで曲に聞き入る。

 サビまで歌い切ると、楓子がぱちぱちと噛み合わない握手をした。

「初めてきくきょくですけど、すごくよかったです」

「だったらよかったです」

 気恥ずかしさを覚えながらも微笑む。美鈴が歌ったのは結構有名な曲でテレビCMでも流れていたはずだが、楓子はあまりテレビを見ないのかもしれない。

「うしろの人、永瀬せんぱいと似ていますね」

「え?」

 後ろにあるのはテレビのモニターだ。そこには栗色の髪の少女が映っていた。

「うん。そうだね。実はちょっと意識して寄せているんだ。髪の色が似ているから」

「ああ、似ているのは偶然じゃなかったんだ」

「そう。ほら、お母さんが仕立ててくれた衣装で歌ってみた動画とかもあるんだ」

「この服手作りなの?」

「へぇ~、ブックマークしとこ」

 同じクラスであっても、美鈴とは疎遠にしていたグループの集まりだ。交流で得られる物は多い。

 その一曲を最後に、カラオケ店を辞した。

「それじゃあな。気を付けて帰れよ」

「うん。ありがとう」

 三和が最後に声をかけてくる。その心遣いがありがたい。

 陽はかろうじて西の方に見えているが、美鈴の家は幾つか駅をまたぐ。家に帰る頃には暗くなっているだろう。

(でも大通りを通れば大丈夫)

 防犯ブザーなどの装備は持っている。美鈴も対処法は学んでいた。人気の無い路地に入り込まなければ、大声でも出せばなんとかなる。

「永瀬」

「……って三和君?」

「いや……やっぱこの時間に一人で帰らせるのは危険かなって……」

 語尾をごにょごにょとしぼませながら三和が言う。

「それとも、こういうのはやっぱり目立つからやめた方がいいか?」

「うん……。そうだね。でも今日は折角だから」

 指先でちょこんと三和の甲を叩く。ささやかなお礼だ。まだ腕を組んで街中を歩ける仲ではないが、やはり2人一緒でいると心が弾む。

「デッキは決まった?」

「俺の方は……まだかな。そっちは?」

「リーダーは決まったかな」

「ふーん。そうか。帰ったら配信つけるのか?」

「ううん。今日はグランドマスター付近まで上げて、明日昇格戦配信かな」

「そうか。しかしビギナーから一ヶ月で本当によく上げきったなぁ」

「今更何言っているの」

 思わず苦笑を上げる。初心者をここまで鍛え上げたのは三和だった。

「いやでも視聴者も最初の3倍ぐらいに増えていただろ。フォロワー数もだいぶ増えたんじゃないか?」

「うん。ありがたいことにね」

「今度の企画終わったら、シャドウバースはどうするんだ?」

「うん……。どうだろうね。お仕事があれば呼ばれるけど、私の番組はカードゲーム専門じゃないからね」

 まだ番組放映前だが、口コミで広がったのか、仕事の依頼が少し増えてきている。

 今はグランドマスターを目指すためにそれらを退けているが、多忙になればなるほど、シャドウバースに接することのできる時間は短くなるだろう。

「そういう三和君は? プロとかにならないの?」

「プロかぁ……。いやそこまでは考えていないな」

「三和君の夢ってないの?」

「夢かぁ……。うーん」

(サラリーマンとか公務員とか言いそうだなぁ)

 自分で問いかけつつ、夢の無い答えを予想してしまう。

「研究員……かな」

「研究員?」

「あくまで夢の話だけど、俺がシャドウバースをずっと続けているのはやっぱり検証することが大好きだからなんだ。あのデッキのカードをあれに変えてみたらどうだろう、あのコンセプトのデッキはどうだろうか。そんなことを模索するのが楽しいんだ」

「だから研究員?」

「ああ。ただ頭よくないとなぁ」

「三和君成績いいじゃない」

「ま、夢というか第一志望とかそんな感じ」

 三和はそんな風に誤魔化した。何も今から三和の選択肢を狭める必要は無いと思い、美鈴は何も言わない。

「じゃあ理系かな?」

「そうだな。文系は就職が大変って聞くし」

「私は文系だなぁ」

「アイドルとなるとそうだな。……大学決めているのか?」

「一緒の大学行く?」

 三和は一瞬逡巡するが、首を振った。

「いや、大事なことだからお互いの進路に合致した大学選ぶべきだ」

「手堅いなぁ」

「……ただ浮気するなよ。妬くぞ」

 三和の言葉に目をしばたたかせる。

「三和君でも妬くことあるんだ」

「……お前なぁ」

(アイドルの彼女を持って気が気じゃないんだが……)

 三和は内心思いつつ、悟られるとからかわれるような気がしてやめた。

 と、

「おい、お前らァッ!」

 強い語気に驚いて2人同時に振り返った。

 そこには両腕を腰に当てて、怒りに身を反らしている化学教諭の樫崎の姿があった。

「かっしー!?」

「こんな時間まで出歩いて……しかも二人っきりだと!?」

「あ、いや私たちこれから帰るところで……」

「ていうかお前ら……やっぱりそういう関係になったのか?」

「う」

 樫崎には機会を逸し、まだ報告していなかった。

「それはないだろお前ら。そういうのはまず真っ先にあたしに報告するのが筋ってものじゃないのか?」

 樫崎の怒りは、どちらかというと報告をしていなかったことにむいている気がしてならない。

「すいません、報告する機会なくて……」

「公表するつもりはないから秘密で頼むぜ、かっしー」

「ふーん。まあ、まだ陽も沈んでないし遊びで出歩いていたのは見逃してやるよ。でも見つけたのがあたしだからいいけど、他だったらどうするんだ?」

「さっきまで安原君とかも一緒だったんです。念のためで三和君が送ってくれただけです」

「ほぉ。意外に気配りできるじゃないか。あんたにそんな甲斐性があったとはね」

「相変わらず俺への評価低いっすね……」

 三和はそっぽをむきながら言う。

「多少迂闊だとは思うけど、まああんたらがそれでいいならいいよ。ただこの辺りのこの時間、教師たちが持ち回りで見回りにくるから注意しな。あたしらとしても手をわずらわされない方が助かるしな」

「はい」

 それで見逃してくれるらしい。樫崎は手をふって「しっしっ」と追い払ってきた。

「びっくりしたね」

「ああ……やっぱり迂闊だったかな」

「ううん、そんなことないよ。やっぱりちょっと心細かったから」

 実際、街中を一人で歩いていると声をかけられるのはしょっちゅうあることだ。路地にひきずりこまれそうになって大声で助けを呼んで事なきを得たこともある。

 駅についたところで三和にお別れを告げた。

「お母さんに最寄り駅に車に迎えに来てもらうからここまででいいよ」

「ああ。じゃあな」

「あ、そうだ、三和君」

「なんだ?」

「今日帰ったら最新の衣装見せるから、感想聞かせてね」

 母のマドカからお昼ごろに衣装ができた旨の連絡が着ていた。

「衣装? なんのことだ?」

「配信で着ているコスチュームのことよ」

「へー。また作ったのか。今度もお母さんの手作りか?」

「うん……今回のはちょっと……難ありなんだけど」

「どういうこと?」

「と、ともかく、放送前に三和君に見てもらいたいから、ちゃんと通知みてね!」

 小走りに駆けて、美鈴は立ち去った。

 

 

 

 

「お母さん、やっぱりこの衣装、攻めすぎじゃない……?」

「ううん………そうかしら?」

 マドカが作った衣装。

 それは『舞躍る刃・ディオネ』の衣装だった。

 美鈴のデッキには一枚も入っていないカードだが、美鈴の栗色の髪とよく似あうとマドカが入れ込んで作ったものだった。

 しかしスカートは下着を隠す丈があるかどうかもあやしいし、脇も含めて背面が大きく開いている。

 とにかく露出度が高い衣装だった。

「でも似合っているとは思うのよねぇ」

 マドカはそういう。しかし美鈴としては、似合っているかどうか以前の問題だった。

「まあとにかく彼氏に意見聞いてみなさい」

 そう言われ、携帯端末を取り上げられる。撮影は任せろいうことらしい。

 ポーズをせがまれ数枚写真を撮ると、目の前で送信させられた。

 返事はすぐ返ってきた。

『攻めすぎ』

「ほらぁ!」

「あらあら」

『彼氏の立場としてなら反対。男としては大賛成』

「あらあらあら」

 マドカが忍び笑いを漏らす。

「それ似合っているって事?」

『似合っているけど攻めすぎ』

「着ない方がいいかな」

『絶対浮気しないって約束できるならいいぞ』

「あらあらあらあら」

 それを見ていたマドカはもう腹を抱えて笑い出しそうだった。

「じゃあ三和君も浮気しちゃだめだからね」

『安心しろ、その心配は実質皆無に近い』

「OK、でたわね」

 マドカが微笑む。

「うー……着る方はすごく恥ずかしいんだからね」

「いやーでもすごく似合っているわ。がんばって作ったかいがあったわ」

 『舞躍る刃・ディオネ』はさらさらとしたブロンドヘアーを長く伸ばしている。美鈴の髪は栗色だが、光の当て方によっては金色にも見えるので、再現度は高いと言える。

 プロポーションも中々だ。胸はパッドで盛ることになったが。

「じゃ、明日の配信で初お披露目だね」

 

 

 

「なんちゅー服着るんだ……」

 一方、携帯端末を手に三和は頭を抱えていた。

 『舞い躍る刃・ディオネ』を模していた美鈴はとても似合っていた。

 ただ同時に、露出した脇や肩のラインなど、素肌を衆目にさらすのは気が気ではなかった。

(本当は止めたいけれど……。仕事のためだものな)

 狙いが露骨すぎて離れるファンもいるかもしれないが、それを差し引いても似合っていた。

 三和には止めるべくもない。

(アイドルと交際するのも大変だな……。いや大変なのは美鈴か)

 帰り際に美鈴に将来の夢をたずねられた時、三和は研究員と答えたが、あれはとっさの機転だった。

 アイドルという将来の夢をしっかり見据えている美鈴に比べて、三和は自分の将来について漠然としたイメージしか持っていなかった。

 その差に愕然とし、それでも美鈴に呆れられないようにとっさにそれっぽいことを言ったのだ。

 美鈴は一ヶ月という短期間で、他の興業を片付けながらシャドウバースのランクを駆け上がった。

 それに対して三和はというと……。

(俺ももうちょっとがんばらないとなぁ)

 手の平の携帯端末と机に置かれた教科書。

 どちらを手に取るか悩み、三和が先に手をとったのは教科書だった。

(とりあえず課題終わらせないとな。それから思う存分ランクマッチだ)

 

 

 

 

 歓声が湧いていた。

 それは音声ではなく文字の洪水。美鈴のプライベートストリームのコメント欄だ。

 グランドマスターの1万MPを稼ぎ、美鈴は昇格戦に入っていた。

 コスチュームは『舞い躍る刃・ディオネ』。

 こちらも観衆の反応を沸かせたが、それもいまほどではない。

 美鈴の一か月間を賭けたチャレンジが、もう目の前にまで迫っているのだ。

 現在昇格戦は一勝一敗。

 最終戦。

「おねがいしまーす!」

 間延びした声で『もう一戦』をタップする。

 相手はロイヤルだった。

 美鈴もロイヤル。

 先行は相手。後攻は美鈴。

 

 

 最初の手札交換。

 美鈴の手には『レイピアマスター』と『空の指揮官・セリア』、『スカイセイバー・リーシャ』があった。

(2コストの動きがキープできるけど……ここはハードマリガン!)

 ハードマリガン。序盤の安牌な手をキープせず、強いカードを求めて強気に手札交換することだ。美鈴は3枚とも交換。

(来た!)

 手札に来たのは『白人の剣舞』。後攻を切り返すための強カードだ。

 2コストのカードは『空の指揮官・セリア』を引いていた。エンハンス効果でフィニッシャーとして使いたいカードではあるが、ここは妥協して使うしかない。

 

 

 1ターン目はお互いにパス。

 

 

 2ターン目、相手は『レイピアマスター』を2PPエンハンスで使用。

 こちらはそれに『空の指揮官・セリア』を合わせる。

 

 

 先行3ターン目、相手は『白翼の戦神・アイテール』をプレイ。

 『レイピアマスター』はリーダーを直接攻撃。美鈴のライフを18点に削る。

 

 後攻3ターン目、美鈴も『白翼の戦神・アイテール』をプレイ。手札に『スカイセイバー・リーシャ』を加える。

 このままでは相手の3コストに上からとられるので『空の指揮官・セリア』は相手の『レイピアマスター』と相打ち。

 ターンエンド。

 

 

 先行4ターン目、相手のターン。

 相手は『白翼の戦神・アイテール』でリーダーを直接攻撃。ライフを16点に削る。

 ここまではロイヤルで後攻を取った場合の規定路線だ。

 相手は『月の刃・リオード』と『空の指揮官・セリア』をプレイ。

(来た、リオード)

 

 後攻4ターン目、美鈴のターン。

 進化権が解放される。

 プレイしたのは『月の刃・リオード』。

 進化をして0コストスペル『陰伏天誅』を手札に加える。

(相手の合計体力は7点。潜伏したリオードを放置すると『白刃の舞』を使われる)

 『白刃の剣舞』は劣勢の切り返しとしても強いが、同時に優勢時にはより格差を広げられるカードだ。

 相手が握っている可能性を考えると、できれば場にフォロワーを残したくはない。

 しかし『月の刃・リオード』のような潜伏フォロワーを倒すためには、AoEと呼ばれる範囲攻撃か、ランダム除去しかない。

 進化した『月の刃・リオード』で『白翼の戦神・アイテール』を攻撃して破壊。

 『白翼の戦神・アイテール』は『空の指揮官・セリア』を攻撃して破壊。

 そして『白刃の剣舞』でランダム3点ダメージ。

 相手を全処理する。

(怯えすぎかもしれないけれど……今の環境は一体でもフォロワーを残したくはない)

 

 

 

 先行5ターン目、相手のターン。

 相手の進化権も解放される。

 相手がプレイしたのは『スカイセイバー・リーシャ』と『クイックブレーダー』。

 兵士・フォロワーをプレイしたことによって『スカイセイバー・リーシャ』が進化する。

 『クイックブレーダー』は体力1残っていた『白翼の戦神・アイテール』を相打ちで破壊。

 『スカイセイバー・リーシャ』は進化した『月の刃・リオード』を攻撃して破壊。体力2点残る。

 美鈴のフォロワーは全て倒されたが、相手はそれでターンエンドせず、攻撃時効果で現れた『黄昏の刃・ナノ』に進化権を使用。

 こちらが握っている『陰伏天誅』対策の進化だ。

「うわぁ……厄介な盤面」

 

 

 後攻5ターン目、美鈴のターン。

 相手の盤面には5/2の『スカイセイバー・リーシャ』に3/3必殺の『黄昏の刃・ナノ』。

「これどうしよ。どうあがいても有利交換無理だよね……」

 5PPと今のハンドではどうしても有利交換は無理に思える。

「むむむ、ここはこーして、こう!」

 『スカイセイバー・リーシャ』と『レイピアマスター』をプレイ。

 『スカイセイバー・リーシャ』は相手の『スカイセイバー・リーシャ』と交戦し破壊。

 『レイピアマスター』は進化。相手の『黄昏の刃・ナノ』と相打ちして破壊。

 こうして美鈴の盤面には1/1必殺の『黄昏の刃・ナノ』のみ残った。

「きっつ……これまずいかもなぁ……」

 不利な盤面処理を強要された。

 コメント欄にも試合展開に不安を覚える声が漏れ出ている。

 

 

 先行6ターン目、相手のターン。

 相手は『月の刃・リオード』をプレイ。進化して『陰伏天誅』を加え、即プレイ。

 『陰伏天誅』の1点ダメージで美鈴の『黄昏の刃・ナノ』を破壊する。

 余ったPPで『簒奪の絶傑・オクトリス』をプレイ。

 ターンエンド。

 

 

 後攻6ターン目、美鈴のターン。

「うわーん、また潜伏……って『白刃の剣舞』?」

 ターン開始時のドローによって、美鈴の手には2枚目の『白刃の剣舞』が来ていた。

「いやでも4PPで攻撃力5点出せるのって……」

 唯一あるのは『スカイセイバー・リーシャ』。

 本来なら、兵士・フォロワーと一緒にプレイして能力で進化させたいカードだ。

 しかしPPの関係上、兵士・フォロワーと組み合わせて『白刃の剣舞』を撃つのは無理だ。

(どうする……?)

 美鈴はじっくりと時間をかけて悩んだ。コメント欄でも使うかどうかで意見はまとまらず二分されている。

 長考の末の美鈴の選択は、

「相手も進化権を使い切った! いっちゃえ!」

 『スカイセイバー・リーシャ』をプレイ。進化権を使って『簒奪の絶傑・オクトリス』を攻撃して2点の反撃を受けて破壊。

 そして『白刃の剣舞』。5点ダメージで潜伏状態の相手の『月の刃・リオード』を破壊する。

 美鈴の場には5/3『スカイセイバー・リーシャ』と1/1『黄昏の刃・ナノ』。

「相手の動きからして絶対剣舞握っているよなぁ。これも返されちゃいそう」

 予想としては2コストフォロワーとエンハンス『白刃の剣舞』、『簒奪の使徒』と『白刃の剣舞』。

 それをされてしまうとこちらは除去が難しく、相手の8ターン目『高潔なる騎士・レイサム』に合わせて動かれてしまう。

 そうなってしまっては受け手にまわるしかない。

 

 

 先行7ターン目、相手のターン。

 相手も若干の思考に入る。

 プレイしたのは『スカイセイバー・リーシャ』。

 そして『アサシン』をプレイ。進化した『スカイセイバー・リーシャ』を潜伏させる。

 ターンエンド。

「うっ、伏せリーシャか」

 次の8ターン目には『高潔なる騎士・レイサム』が着地できる。

 そうなれば必殺を持つ『黄昏の刃・ナノ』が疾走し、こちらが次のターン強力な盤面を作っても破壊される。

 

 

 

 後攻7ターン目、美鈴のターン。

「なはは……こんなの無理! 負けたー! ってあれ……?」

 ドローを確認して驚く。

 手札に来たのは3枚目の『白刃の剣舞』だ。

 コメント欄がざわついた。『不正』と揶揄する者もいるが、大一番の勝負のために祝福してくれる声の方が多い。

「あはは……。カードゲーマーはPrayingが大事ってね!」

 PlayではなくPrayだ。

 『白刃の剣舞』をエンハンスでプレイ。『スカイセイバー・リーシャ』の攻撃力を7点にあげ、潜伏した『スカイセイバー・リーシャ』もろとも相手の盤面を一掃。

 そして『黄昏の刃・ナノ』と合わせて敵リーダーを攻撃。8点削って相手のライフは12点。

「伏せリーシャ、いい手ですねぇ」

 使いどころの無かった0コストスペル『陰伏天誅』をプレイ。相手のリーダーを1点削って、手札に加えた『アサシン』をプレイして『スカイセイバー・リーシャ』を潜伏させる。

 美鈴の盤面は潜伏した7/5『スカイセイバー・リーシャ』、2/1『アサシン』、1/1必殺『黄昏の刃・ナノ』。

(これなら多少不利でも次のターン、レイサムを着地できる!)

 レイサムを先に着地できれば大きなアドバンテージだ。

 

 

 

 先行8ターン目、相手のターン。

 ……だが。

《負けたか……》

 相手はリタイアした。

「はぁー」

 ロイヤルミラーは『高潔なる騎士・レイサム』を先に置ける分先行有利になりがちだが、うまく『白刃の剣舞』を引き込むことで勝利することができた。

 これも最初のハードマリガンが引き寄せた……のだろうか。

「とにかくこれで、グランドマスター達成です!」

 カードの引きに助けられたが、勝利は勝利だ。

 そして美鈴はようやくグランドマスターに到達した。

「番宣させてくださいっ! 5月3日にアミダTVで私がビギナーからグランドマスターになるチャレンジが放送予定で……」

 

 

 

 グランドマスターという一つの到達点を迎え、美鈴の偉業も成し得た。

 今までの感謝をこめて、中々できなかったリスナー達とのルームマッチを数戦することになった。

「ちょっと皆色んな手で笑わせにくるじゃん!」

 美鈴は遊びデッキというものを持ってないが、リスナー達は『唯我の絶傑・マゼルベイン』や『天界の門』などのデッキをここぞとばかりに持ちこんでくる。

 ファンとの交流も、美鈴がアイドルをやる上でのモチベーションだった。

「みんな、応援ありがとうね!」

 心からのお礼を述べて、美鈴は配信を閉じた。

 

 

 

 

 

 携帯端末にはマネージャーの須賀から通知が来ていた。

『お疲れさま理江ちゃん。今、番組の人たちと飲んでいるんだけど、配信見ていたわよ』

「私なれましたよ! グランドマスター!」

『うん。いい画になるって先方さんも喜んでいた。RAGEの企画ももちろんGOサインよ』

「やっ……たっ……!」

 長い道のりを想い、感極まって涙が出そうになる。

『それでね、配信を見ていた横田さんが、衣装気に入っちゃって、その服でいこうってことになったの』

「え……これ、ですか?」

『そうそう。またカードの真似たんだって? ファンの心つかんでいるって喜んでいたわよ』

「えっ、こっ、これ部屋着用でっ」

『何か問題ある?』

「スッスカートの丈が短くって……」

『う~ん同じ女だから気持ちはわかるけど、ファンサービスと思って我慢して?』

 同じ女だから。同性だけが使える最強の封じ手だった。

 鈴木と言い方は違うものの、須賀もやはり業界人だ。

(お母さんに見られてもいいものを用意してもらおう……)

 それが精いっぱいの対抗策だった。

 

 

 

 次に三和に連絡を入れた。

「三和君見てた?」

『ああ。お疲れ様』

「おめでとうが先だよ」

『そうだな、おめでとう』

「でも疲れた~」

『そうだな。やっぱり、お疲れ様』

「うん。でもまだこれで終わりじゃないんだ」

『RAGEか?』

「うん。今日は寝るけど、明日から三和君には壁打ち手伝って欲しいの」

『配信はいいのか?』

「そっちもするよ。でも疲れたから……ちょっとペースは落すかな」

『ああ、わかった。俺もそろそろ、デッキを決めないとな』

「まだ決めてないんだ?」

『そうだな。強いデッキを握るか、自分の好みを優先するか、悩んでいるところだな』

 勝つことに意義を見出すか。

 それとも自分の好きなデッキで勝つことに意義を見出すか。

 三和の矜持が試されているところなのだろう。

(どっちが三和君らしいかな……)

 師匠としての三和の場合、やはり勝つ姿が見たいという思いもある。

 だがどんなデッキを握っていても、例え負けても三和は楽しそうにゲームをプレイしていた。

「どんなデッキを使ってもいいと思うよ。三和君はいつも楽しそうにシャドバしているから」

『そうか?』

「うん。私のために色んなデッキ握ってくれたじゃん」

 今日のファン交流戦でも実感したが、三和は様々なデッキを握ってくれた。

 カードを一つ一つ教えてくれて、その対抗策、予防策を教えてくれた。

 それらを語る時の三和は活き活きとしていた。

 三和もいつかの時に語っていたが、本来はファンデッカー気質なのだろう。

『勝てなくてもいいかな』

 三和のその問いには意表をつかれた。

 三和がそんな質問をしてくる意図が読めなかった。

 でも……。

「うん。悔いが残らなければ、いいんじゃないかな」

『そうか。ならデッキを決めてみる』

「うん。あともう少し、がんばろうね!」

『ああ。とりあえず、今日はおやすみ』

「うん。おやすみ」

 長い一ヶ月だった。カードゲームというものを知らないまま、とにかく三和が作ってくれたデッキを信じ、戦い続けてきた。

 美鈴には自分がどれぐらいすごいことをやってのけたのかはわからない。

 ただ、確かな手ごたえと、ファンや番組からの反響で、自分の過ごしてきた努力が無駄ではなかったと感じていた。

 達成感。そう呼べるものだろう。

「桔音に自慢しちゃおっ!」

 妹は自分以上にカードゲームのことはわからないだろうが、美鈴はお姉ちゃんパワーを発揮したくて仕方がなかった。

 妹の部屋へと駆け込んだ。

 

 

 

 

 




シャドバ用語
・ミラーマッチ
 同リーダー同士の対決のこと。ロイヤル対ロイヤル、ビショップ対ビショップなど。
・AoE
 Area of Effectの略。カードゲーム以外でも使われる。
 日本語に言い換えるといわゆる範囲攻撃。
 潜伏は対象にとれないだけなので、範囲攻撃に巻き込めば被害を与えることができる。



使用デッキ
・美鈴ミッドレンジロイヤルver2
https://twitter.com/fet_light/status/1129291720196218881
・相手ミッドレンジロイヤル
https://twitter.com/fet_light/status/1129293167637852160


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11.挿話のエキストラ

RAGE編前の挿入話です


「今日はテレビの撮影がありますから」

 担任の菅原が言い出したのは朝のホームルームだった。

 美鈴の学校生活の風景をとるために、カメラが何台か入るらしい。

(本当に出番増やさせてもらえそうなんだな)

 美鈴から話には聞いていたが、いよいよ三和が実感できるところまで現実味を帯び出していた。

 美鈴と仲のいい女子生徒がインタビューを受けていた。三和の出番はもちろんないが。

 授業風景などにもカメラが入り、多くの生徒たちが浮ついているようだった。美鈴がアイドル業をやっていることは周知の事実だが、学校にカメラが入るなど初めての事だった。

「今からサインもらっておいたほうがいいかな」

 安原が笑いながらそう声をかけてくる。

「そうだな、もらっておいたほうがいいかもな」

 真面目に返すと、安原が少し不思議そうな顔をした。

「なんだ?」

「いや、いつもの三和ならもうちょっと斜に構えているからさ」

「どうせひねくれているよ」

 自覚していることだが樫崎に言われて以来、少しだけ自分の言動を見直すようにした。

 授業の合間の休み時間、トイレに行った帰りだった。

「あの、三和君よね?」

「はい?」

 声をかけてきたのはスーツ姿の女性だった。スタッフの一員だろうとは思うが、そのわりにはぴっちりとした衣装だ。他のスタッフの人たちはもっと動きやすそうなラフな服をしていた。

「私、永瀬美鈴さんのマネージャーの須賀松子といいます。少しお時間いいかしら?」

「はぁ……」

 どこか二人だけで話せる場所がいいということなので、校舎裏の駐車場に案内した。

「俺に何の話でしょうか?」

「理江ちゃん……美鈴ちゃんと交際しているというのは本当?」

「本当です」

「後悔はしてない?」

「後悔?」

 須賀の言っていることがわからず、聞き返す。

「あの娘はまだアイドルとしては駆け出しもいいところよ。うちの事務所は小さいし、苦労しているし……。でも今大きなチャンスをつかみそうなのよ」

「いいことじゃないですか」

「今はまだいいかもしれない。でもこれからは大変よ? アイドルの彼女を持つってことは。それを秘密にして交際するというのならなおさら」

「………。別れろ、ということですか?」

「そうね。マネージャーとしての立場ならそう言いたいところね。でも……」

「でも?」

「私はつい最近美鈴ちゃんのマネージャーになったばかりという話は聞いている?」

「ええ。鈴木とかいう男の人の代わりだとか……」

「だからまだ美鈴ちゃんのことをよく知っているわけじゃないんだけど、本当に彼女はここ一ヶ月がんばったと思うの。……だって、契約料として支払われるのは収録分だけ。でも彼女はその何倍もプライベートの時間を削って、シャドウバースのレートを上げたのよ? まともな仕事なら考えられないサービス残業よ」

「そうですね。でも、永瀬は、アイドルとか芸人とかは、そのチャンスを死ぬ思いでつかんで、はじめて道が開けると言っていました」

「ええ。それをがんばれたのは……三和君、あなたのおかげじゃないかと思うの」

「俺が?」

「うん。一人の力でできることは限られていると思うの。アイドルもなんでも。応援してくれる人がいるからがんばれるのよ」

「………」

「だから別れろとは言わない。ただ覚悟をしておいて。秘密に理江ちゃんと交際することは、あなたが想像以上に大変なことかもしれないってことを」

「はい……」

「それじゃ、何かあったときのために念のため、連絡先教えてもらえる?」

「はい」

 三和の携帯端末に女性の連絡先が入るのは、家族を除くと美鈴に続いて二人目だった。

「それとね、話は変わるんだけど」

「なんですか?」

「RAGEの撮影風景だけどね、エキストラを用意したいの。それもやっぱりこの学校の子がいいわ。三和君もRAGEに挑戦するんでしょ? 参加してもらえない?」

「はぁ……いいですけど、エキストラって何をすれば?」

「賑やかしよ。カメラがまわっている時にそれっぽく応援してくれればいいわ。ただ、カメラの目があるからあまりベタベタはしないでね」

「はぁ……」

「他にも何人か都合つきそうな子はいないかしら? 理江ちゃんに聞いたら、男の子の友達はあまりいないって話だから」

「じゃあ……俺の友人でいいですか?」

「そうね。お願いできる?」

「何人ぐらいいりますか?」

「あと2、3人いればいいわ」

「わかりました。探してみます」

 須賀と別れ、教室に入ると三和はさっそくいつものメンバーである安原、哲夫、剛に話をした。

 導入としては、たまたま廊下ですれ違った須賀にスカウトされたということにした。

「交通費とか食費とか諸々の経費は出してくれるってさ」

「ふぅん。まあ僕は行っていいかな。一回会場にいってみたかったし」

 安原はすぐにOKを出した。

「よくわからないけど楽しそうだな。俺も参加するわ」

 剛もOKを出した。

「悪いけど俺は無理」

 NGを出したのは哲夫だった。

「ゴールデンウィークは練習試合もあるし何かと忙しい」

 哲夫は野球部のマネージャーをしている。そっちの仕事があるということだ。

「そっか、仕方ないな。とりあえず2人いればいいという話だったけど……」

「おい三和」

 声をかけられて振り返ると、そこには隣のクラスの葛木の姿があった。

「何か用か? 葛木」

「カメラ来ているって話だけど、ないじゃん。どういうこと?」

「さぁな。教室の画は撮り終えたから別のところ移動したんじゃないか?」

「ふぅん。ところでゴールデンウィークって何の話? お前今回のRAGEには出ないの?」

「でるよ」

 そこで一瞬逡巡する。葛木もRAGEには出るだろう。あまり仲良くしたい人種ではないが、見た目には三和よりはるかに華がある。

(まあ、こいつでもいいか……)

 美鈴には葛木のことを言い含めているし、葛木も美鈴と三和の関係を多少察している。付きまとわれても問題はなさそうだ。

「葛木、永瀬の撮影のエキストラとして参加するかわりに経費だしてくれるって話があるんだけど乗るか?」

「ふぅん? どういうこと?」

 エキストラのことを説明すると、わずか逡巡した後葛木もOKを出した。

「まあそういう話なら悪くないな。うちの部員も何人か参加させていいか?」

 葛木はソフトウェア研究部という部活の副部長をしている。

「あー。ちょっと人数は須賀さんに聞いてみないとな」

「それじゃこっちの方でも詳しく決まったら連絡するよ」

「ああ。なるべくはやく頼むな」

 葛木とは去年同じクラスだったころに連絡先を交換してある。長らく連絡はとりあってなかったが。

 結局、ソフトウェア研究部からは葛木とあと2名の女子生徒が参加することになった。

 須賀に聞くと人数に関しては問題ないそうだ。

 

 

 

 

 後日、三和は一年生のクラスを訪れた。

「戸尾」

「あ、三和せんぱい」

「化学部の活動連絡。ゴールデンウィークの部活動の参加できる日にチェックいれてくれだってさ」

 そう言って樫崎から預かっていたプリントを手渡す。

 それをじっと見てから、楓子は顔をあげてたずねてきた。

「この日、三和せんぱいは参加するのですか?」

「いや、俺は……」

 その日はRAGEに参加する予定だった。

「その日は参加しないよ。別に用事があるから」

「れいじという大会のですか?」

「ああ」

「……わたしも、れいじにいってみたいです」

「参加する気になったのか?」

「いえ……でもおうえんだけ」

 そういって楓子は目線を伏せる。

「家族にとめられているんだっけか?」

「……はい」

「なんでとめられているんだ?」

「……うちは華道のおうちなんです」

「かどう?」

「活け花、です」

「ああ、そっちの華道……戸尾っていいとこのお嬢様だったんだな」

 それなら、あの潤沢なカード資産にも納得がいく。高校生のお小遣いでは考えられないようなカード資産だった。

「華道のうちのこが、けいたいげーむにうつつを抜かしていると、外聞がわるいととめられています」

(そんなことはない……と、言いたいが、お堅いひとたちはそういうイメージを持っているのかもな……)

 三和たちがおかしくは思わなくとも、その世界に寄りそう人間たちにとっては、そうなのかもしれない。

「関係ない……と思うけどな。戸尾がいってみたいなら」

「……」

「それにいい経験にもなるだろうし。華道のことはよくわからないけどさ、新しい発想から生まれるものもあるんじゃないか?」

「………」

 戸尾はじっと視線を伏せていた。

「……私も、このひは、お休みにいれておきます」

「うん?」

「かぞくにはなして、れいじにさんかできないか、話してみます」

「ああ。その時は会場で会おうな」

 三和が声をかけると、笑顔で

「はい」

 と楓子ははにかんだ。

 

 

 

 

 

 戸尾家は華族の末裔であり、同時に戸尾流という華道の旧名家だった。

 戸尾流の場合、花を活けるという文化には儀礼的な礼節や所作まで含まれる。戸尾流にとって華道とは、花を活けることそのものが体系化された儀式といって差し支えなかった。

 戸尾家には住み込みの使用人、弟子たちがおり、戸尾家の人間は家の中では着物を着るのがしきたりだった。

 楓子も制服を脱ぐと漆黒の髪を結い上げ、木の葉色の着物に着替える。

「おかあさま。ひとつお願いがございます」

「あら。なにかしら?」

「れいじ、というたいかいの、せいぱいのおうえんにいきたくおもいます」

「レイジ、とは何の大会かしら?」

「……げぇむのたいかいです」

 シャドウバースと言っても通じはしないだろう。大人にとっては、コンピュータでプレイするのはすべてゲームであった。

「ゲームの大会ですか?」

 楓子の母が視線をきつくした。

「何度言えばわかるのです。そのような俗世の遊びにとらわれていては戸尾家の品格に関わります。本当なら遊ぶことすら許すつもりはなかったのですよ……!」

 抑えた声色だが、語気の強い言葉でいいつのる。楓子はしゅんとなって、沈黙するしかなかった。

「ほぉ、ゲームの大会。いいではないですか!」

 そう闊達に言ったのは、楓子の父の華丸だった。

 流しの着物を着て、若旦那の風格がある。戸尾家の直系だが放蕩家で、日がな一日読書をするか近所の仏寺を歩いてまわっていた。

「美恵子さん、楓子が珍しく自分がしたいことを言ったのです。それに折角の大型連休! ご学友と遊ばせるのは経験になるのではありませんか?」

 華丸は妻の美恵子のことをさんづけて、諭すように言う。放蕩家の華丸の縁談に、弟子の中で特に厳しい美恵子を嫁に選んだのは楓子の祖父母であった。

「あなた。楓子は大事な戸尾家の娘です。あなたのように遊び惚けるような大人になってもらっては困ります」

「あっはっは。それは大丈夫ですよ美恵子さん。楓子は美恵子さんの言葉をよく聞いて、真面目に育っていますから。なあ?」

「学校も、休まずいっています」

 楓子は闊達に笑う華丸が好きだった。華丸の笑いには、どこか人好きのする愛嬌がある。

 遊び人の華丸だが、交友関係は広く、この古い屋敷が立ち並ぶ住宅街の老獪な店主や坊主連中から好まれよく茶のみに誘われていた。伊達に遊んでいるわけではなく、その交友関係は戸尾流の繁栄にも少なからず貢献していた。それが祖父たちが華丸の放蕩ぶりを黙認する理由だった。

「ほら美恵子さん。せっかくの楓子の頼みなんですから、いかせてあげてください。私からも頼みます」

 ぺこり、と頭を下げて華丸が言う。およそ威厳というものとはかけ離れた華丸のお辞儀は気安くはあったが、ここぞという時に出す華丸の「お願い」に美恵子は弱かった。

「もう知りません! 好きになさい!」

 そう言い捨てると、立ち上がって部屋を出る。華丸にいいくるめられた時は、養母に愚痴にいくのが美恵子の常だった。

「おとうさま、ありがとうございます」

「楓子は私と違っていい子だからね。たまにはご褒美をあげないと」

 そういって楓子の頭をなでる。もう高校生になった楓子だが、華丸は変わらず幼子のように楓子を扱う。

「レイジ、といったか。どんなゲームの大会か知らないけれど、帰ったらお父さんに話をしてくれるかい?」

「はい。いっぱい、いっぱいはなします」

 

 

 



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12.衆目を集める勝負スキン

 RAGE Shadowverse。

 国内最大級のシャドウバース大会の一つであり、二日間の予選大会を通過した8名がGRAND FINALSへ進出し王座を競う。

 この大会の優勝者・準優勝者は優勝賞金1億円を超える世界大会への出場権を得ることができる。

 

 

 

「これで全員そろったかしら?」

 三和たち美鈴のエキストラとして呼ばれたメンバーは、一か所に集められて須賀が管理していた。

 三和と安原、剛に自費で参加し合流した楓子、そして葛木と名前も知らないソフトウェア研究部の女子生徒2人。美鈴と親しい女友達が3人。計10人だ。

「これから俺たちテレビに顔出しするんだろ? 緊張するなぁ」

 言葉とは裏腹にいつもの呑気なノリで、剛が言う。一方、安原はガチガチに緊張して表情筋が動いていない。

「安原せんぱい、どこかいたいのですか?」

「いや……僕が出場するわけじゃないのになんか緊張しちゃって……」

「調べてみたけど、この大会優勝するだけで400万もらえるんだってなー! 三和、がんばれよー!」

 剛は現金だ。だがその調子の良さが今はリラックスさせてくれる。

 会場はすでに開かれており、受付には参加者の長蛇の列ができている。見学者も多く、会場の熱気はこうして会場の外にいても伝わってきていた。

 参加する三和と美鈴、葛木のエントリーはすでにすませていた。今は美鈴の衣装替え待ちだ。

「そういやさ、永瀬ってどんな服着るんだろうな」

 突然剛がそんな話を降ってきた。

「ん? ああ、そういえば何を着るんだろうな……」

 美鈴からは新しい衣装を作ったという話を聞いていない。特に考えてないが、番組の衣装担当から服を用意されるのだろうと思っていた。

 と、剛が鼻をふくらませながら言った。

「あのさ、SNSでまわってきたんだけど、永瀬、すっげぇエロい衣装で配信をしていたんだってよ! もうスカートなんかミニのミニ。背中もフルオープンの奴!」

(ディオネの衣装か? ……いや、しかしあんなきわどい服……)

 想像して三和は思わず眉間に皺を寄せ、眼鏡の位置を直した。

 全く考えてなかったが、せっかく作った衣装だ。この機会に着てくる可能性はある。

「なんだ三和。お前想像しているのか? お前ってけっこうむっつりだよな。いでっ」

 腹が立ったので靴のカカトで剛の足を踏みつける。それでいくらか気が晴れた。

 果たしてアシスタントに連れられてきたのは、『舞い踊る刃・ディオネ』の衣装に身を包んだ美鈴だった。

 決勝大会ではコスプレブースがあるが、今日は予選大会の一日目でそのような催しはない。

 ただでさえ少ない女っ気に、美鈴の美貌はきわ立ち、一般の参加者からも注目を集めた。

 大会に参加するほどの人間であれば『舞い踊る刃・ディオネ』の衣装であることは一瞬で看破され、その再現度の高さに感嘆の息がいくつも漏れる。

(あいっつ……あんなきわどい服を……)

 一方、三和の内心は平静ではなかった。周囲からの視線には明らかな性的なものが含まれており、正直気が気ではなかった。

「ほらみろ、すごいエロい! ……うぐっ! さ、さっきからなんだよ三和!」

「戸尾もいるんだぞ。エロいエロい連呼するな」

 自分のいら立ちを楓子のせいにしたが、楓子は美鈴の衣装に感動し、「永瀬せんぱい、きれいです……」とうっとりとしていた。

 ようやく真打の美鈴が出てきたことで、スタッフたちが本格的に動いて撮影の準備に入る。

 須賀も声をかけてきた。

「それじゃ、出番があるから心の準備しておいてね」

 段取りは簡単に説明されている。

 まず番組サイドの用意した芸人がカメラにむかって大会内容と企画内容を説明し、それに美鈴が意気ごみを語る。

 カメラがスパンし、応援団幕を広げた三和たちエキストラを映す。三和たちエキストラは美鈴への声援をなげかける。

 それで三和たちの出番は一旦終了。

 カメラを美鈴と芸人に戻し、会場内をめぐっていくという内容だ。

 三和たちは本当に端役の端役でしかない。

(しかし最初はカード代に5000円しか出してくれなかった企画だしなぁ)

 当時は管理癖のある鈴木がマネージャーをしていたとはいえ、その時代を知っている三和となれば、まず自分たちエキストラを経費まで出して用意したのは大きな進歩に感じられた。

 果たして撮影が始まった。

 芸人と美鈴がカメラにむかって話しかけているが、離れた位置に陣取っている三和たちには何を話しているかは聞こえなかった。

 やがてアシスタントが指で合図する。三和たちの出番の合図だ。

 カメラがむけられる。

 三和は鳴り物を鳴らす係だった。剛は拳を振り上げて「ファイトー!」と叫び、楓子もそのポーズを真似する。安原は表情をガチガチに固めてただ拍手をしていた。

 三和たちの出番は、数秒。驚くほどあっさりと終了した。

 カメラが再び美鈴たちにむけられ、締めの挨拶がなされる。

 そして一旦、撮影は終了。

「それじゃ解禁でーす」

(解禁?)

 スタッフの一人が上げた声に首を傾げる。と、美鈴のまわりから芸人やスタッフが離れると、美鈴のまわりにわっと人が集まり出す。

 最初は5、6人といった数だったが、その数はどんどん膨れ上がる。20人を超える人間、それもほぼ全て男性が、カメラや携帯端末を片手に美鈴にむらがっていた。

「なんですか、あれ?」

 異様な光景に、思わず三和は須賀に話しかけていた。

「ファンの撮影タイムよ。まあファン以外の人たちも混ざっているだろうけど」

 ポーズを決めた美鈴のまわりを群衆がとりかこみ、撮影していく。中には露骨にスカートの中身を撮ろうとかがみこむ者も一人ではなかった。

(噂には聞いていたけど……すごい光景だな)

「わかる? あれがアイドルというものよ。有象無象の欲望を受け止める偶像という名の受け皿よ」

 須賀が試すかのように問いかけてくる。

「異様に見えるかもしれないけど、あれが彼女たちの日常なの。むしろ人が群がる方が勲章よ」

 美鈴は完璧な笑顔を振りまいている。しかし、三和と一緒にいるときのぽわぽわとした笑顔ではなく、隙の無いアイドルの笑顔だった。

 それから数十分、シャッター音の止む時間はなかった。

 正直三和にとって気分がいい時間ではなかった。ただそれで覚悟が緩むほど三和は素直な性格をしていなかった。

「俺はあんなことをしません」

「なに?」

 我知らず須賀につぶやいていた。

「永瀬が誰かの欲望を受け止める受け皿になるというのなら、その永瀬の弱音を受け止める受け皿に俺はなります」

「ふぅん……理江ちゃんが言っていたわよ。あなたは、熱い日差しを遮ってくれる日陰のような存在だって」

「?」

「そのまま、彼女の心を涼しくしてやってね」

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 RAGEの予選大会はまずスイスドローと呼ばれる形式で行われる。

 シャドウバースは勝敗に運の要素がからむため、一回負けたら終了のトーナメント方式は適しているとはいえない。

 そのためか、数戦した勝ち星の数で通過者を決める、スイスドロー形式が選択されていた。

 一日目はランダムに6回戦い、その内5勝以上した人間が2日目への参加資格を得る。勝ち星が足らなかった人はそこで予選敗退。

 二日目は勝ち残った通過者と7回戦い、6勝以上でプレーオフトーナメントへの進出権を得る。

 プレーオフトーナメントは、8つのグループに分かれて、それぞれのグループで負けたら終わりのトーナメント方式で戦う。

 各グループを勝ち抜けた合計8名が、後日とり行われる決勝大会、GRAND FINALSへの参加資格を得る。

 予選大会はいずれもBO3のルールで行われる。

 運の要素が絡むシャドウバースだが、試行回数を増やすことでプレイヤーの実力をより平均的に評価しようという配慮が感じられるルールだった。

「それじゃあ、いってくる」

「うん。三和がんばってね」

「葛木先輩ー! がんばってー!」

 参加者である三和と葛木もまた、これからは純粋にプレイヤーとして挑むことになる。

 スイスドロー方式では各対戦が平行して行われるため、応援にまわる時間はない。

(さて、どこまでいけるか……)

 三和が持ち込むデッキは、結局ウィッチとヴァンパイアにした。

 ヴァンパイアは勝率もよく、一番手に馴染んだデッキだった。これを変えるつもりはなかった。

 一方、ウィッチは悩んだ。決して弱いデッキではないが、安定性ではミッドレンジロイヤルに負け、デッキがまわった場合の爆発力では聖獅子ビショップに抗しがたい。

 しかし無性に今期はウィッチを握ってみたかった。他の有名プレイヤーのデッキを参考にしてデッキを組み上げ、色々と試した上で今のデッキになった。

 

 

 

 葛木が連れてきたソフトウェア研究部の女子2人と、美鈴の女友達たちはそれぞれ散っていった。

 残った剛、安原、楓子の3人は一緒に行動していた。

「なんでぇ、試合エリアには入れないのか」

 剛がつまらそうにつぶやいた。

 試合エリアは不正防止のために第三者の見学はできなかった。

「どうする、戸尾さん。2pick大会とか星取りバトルっていうものもあるけど参加する?」

「いえ、わたしは観戦エリアをのぞいてみます」

「そうだね、それじゃ僕も。剛はどうする?」

「いや、俺シャドウバースわからねぇし……お前らと一緒にいるよ」

「この機会にシャドウバース教えようか?」

「いや、無理無理! 俺こういう小難しいゲーム絶対むいてないって!」

「頭の運動にちょうどいいのになぁ」

「かーどいらすとも、かわいいです」

「あ、飲み物買ってくるから席とっておいてくれる?」

「はい。わたしのぶんもおねがいしていいですか」

 

 

 

 

 

 

 初戦は順当に勝てた。

 ヴァンパイアは8ターン闇喰らいの蝙蝠でリーサル。

 ウィッチは多少時間かかったものの、『真実の宣告』の連打から『真実の狂信者』の疾走打点によって相手のライフを削りきった。

(まだ終わってない試合があるな………。休憩エリアにいっておくか)

 携帯端末を起動して美鈴にも一応連絡を入れておく。撮影のために美鈴に携帯を覗く暇があるか怪しいところだが。

 休憩エリアにいくと、ほどなく美鈴がやってきた。

 ちらほらと女性はいるものの、プレイヤーの9割以上は男性だ。さらに美鈴の衣装と容姿は目を引く。

 明らかに周囲の視線が美鈴に吸い寄せられていた。

「三和君お疲れ様。対戦どうだった?」

「ああ。初戦は順当に勝てたよ」

 一瞬、場所を移した方がいいかと思ったが、美鈴との関係性を秘密にしたい以上、オープンな場所で同級生として接した方がいいと判断した。できるだけそっけなく言葉を返す。

「そっちは?」

「私も2勝。葛木君は?」

「いや、見てないな」

 葛木の連絡先も知っているが、わざわざ連絡を取ろうとは思わない。それに負けた場合の葛木は露骨に不機嫌になるから、正直関わり合いたくない。

「ここ、座っていい?」

「どうぞ」

 三和が返事を返す。と、三和の隣に座っていた別の参加者が遠慮したのか、美鈴の神々しさに圧倒されたのか、席を空けてくれた。「ありがとうございます」と100点の笑顔で美鈴が愛想を振りまいた。

「緊張するね。大会」

「永瀬はステージに立っていたりするんだろ? それでも緊張するのか?」

「そりゃあ緊張しますよ。毎回緊張して、おへそに力を入れて乗り切るんです」

「なんだ、意外に根性論だな」

「三和君は大会経験者としてアドバイスはないの?」

「うん? そうだな。自分以外は全て自分より下手だと思い込むことかな」

「わぁ。すごい自信家」

 普段の美鈴とやるのとは違うテンポの会話だ。自分も俳優になったようで少しおもはゆい。

 と、何かに気づいた美鈴が突然席を立った。

 何事かと視線を追うと、小太りした体形のちりちりした毛の男がこちらを見ていた。

(いかにもって感じだな)

 来ているのはアニメTシャツ。手さげにもバッグにもアニメキャラクターがプリントされている。シャドウバースとは関係ないキャラクターで、三和も知らないキャラクターだった。妙に露出の多いキャラクターなので、三和の年齢ではプレイできないゲームのキャラクターかもという予感を覚えた。

 男は周囲にせわしなく視線をやりながら、美鈴に近づいてきた。美鈴はぺこりと頭を下げて、笑顔で迎える。

「乱丸さん、こんにちは! 今日も来てくれてありがとうございます」

 それで察した。美鈴のファンの一人なのだろう。

「り、理江ちゃんお疲れ様。し、試合どうだった?」

「勝てました! これもみなさんの応援のおかげです」

「う、うん、よかった。それで、その、その子は……?」

「クラスメイトの三和君です。応援に駆けつけてくれたんです」

「三和です。俺もRAGE参加するので」

 乱丸。本名よりはハンドルネームっぽい名前だ。対処方がわからないので、できるだけ無味臭のする素っ気ない対応をとる。

「そ、そう、クラスメイト……ただのクラスメイト?」

「そう。普段話す機会ないんですけど、同じシャドバプレイヤーだから情報を交換しあっていたんです」

 美鈴がうそぶく。笑顔を浮かべているが、視線は笑っておらず、全力で三和に訴えかけていた。

(話を合わせた方がよさそうだな)

 三和はできるだけ余所余所しさを装いながら相槌を打った。

「同じクラスでも中々話し合う機会はないですからね」

「そ、そうなんだぁ。それにしても今日の衣装そのえろ……すごく気合入っているねぇ」

「ええ。母が作ってくれた服で……」

 それからは三和の存在は眼中にない様子で、乱丸と呼ばれた男は美鈴と世間話のように早口で話し合い、最後にツーショット写真をとって別れた。

「アイドル業も大変だな」

「大事なファンの一人だからね」

 本心ではどう思っているかわからないが、これほどオープンな場では率直な意見など聞けはしない。

(やはり人前で2人でいるところを見られない方がよさそうだな)

「三和君……?」

 三和は席を立った。

「それじゃ俺は次の試合の準備に入る。お互い明日まで勝ち残れるといいな」

「うん。三和君もファイトね」

「ああ」

 アイコンタクトで別れる。

 次の試合の準備といっても、実際はすることはない。登録後にデッキは変更不可なのでいじれない。トイレもすでにすませた。会場内にはいくつかの催しものがあるが、そちらに参加して試合に遅刻しては目も当てられない。

 と、三和は会場の一角でスタッフたちの作業を見守っているマネージャーの須賀の姿を見つけた。

「須賀さん」

「あら三和君。どうかした?」

「乱丸って人、知っています? 永瀬のファンらしいですけど」

「ええ、知っているわよ。会ったの?」

「ええ。さきほど」

「そう。その人には注意してね。いくつかのサークルにも出禁になっている。特に男性との交友関係に敏感なのよ」

「何をしでかしたんです?」

 あまり公にはできない話なのだろう。須賀は声を潜めて言った。

(推しの娘がね、マネージャーとデキていることを知ったのよ。そしたらステージに上がって刃物を振り回したの)

(それ、刑務所にぶちこまれなかったんですか?)

(幸い怪我人はでなかったわ。それにことを大きくしたくなかった事務所側が、示談にしたの)

「そういう人って多いんです?」

「多くはないわ。まだ理江ちゃんだって駆け出しだし。でもね、強烈なのが一人や二人、業界にはいるものなのよ」

「わかりました。注意しておきます」

「頼むわね」

 須賀の口調には軽い懇願がこもっていた。改めて自分と美鈴が危うい橋を渡っていることを実感する。

 須賀の気苦労を考えると、自分達が原因ながら、多少の同情も覚えた。

(だけれどもう手放せはしない)

 決意を固めて、三和はその場を離れた。

 

 

 

 

「ふぅ……厄介な娘をひきうけちゃったわね……」

 須賀の事務所は小さな事務所で、美鈴は久しぶりに出てきた有望株だ。

 そういう意味では、美鈴のマネージャーに任されたことは須賀にとって喜ぶべきことだ。

 だがやはり三和という爆弾の存在は悩ましいものだ。

(ま、問題の無い娘の方が少ないわけだけど)

 無駄に自尊心が高かったり、仕事にやる気がなかったり。あるいは一人と言わず手当たり次第男をひっかけたり。

 弱小事務所がつかまされるアイドルの卵とはそんな娘ばかりだ。その点美鈴は聞き分けがいいし、仕事にも三和にも一途だし、将来が有望だ。

(それにあの三和君って子……)

 引継ぎを行った鈴木からはただのゲームオタクだと説明を受けていたが、それだけではない芯の強さを感じる。

 こうしてみていて公私混同は極力避けているし、目前のリスクには最低限備えている様子がある。

 慎重派で狡猾。オタクというよりは戦略的なゲーマー、戦うことを好んで行い、そして勝利するためには手段を辞さないタイプだ。

(ま、なるようになるか)

 未来視もない須賀には、ただ事が起こった場合に対処するのみだ。

 と、会場の雑踏を眺めていると見知った顔が通り過ぎていくのが見えた。

「鈴木君……?」

 美鈴の前のマネージャーの鈴木だ。眼鏡をかけたキレ者の印象を与える相貌。

「すいません、少し離れます」

「え? あ、はい」

 近くのスタッフに声をかけ、早歩きで歩き出す。

 しかし鈴木の姿はすぐに雑踏に紛れてしまい、消えてしまった。

「見間違え……? いやそんなはずは……」

 見知った仲だ。見間違えようがない。

(でもなんで……)

 美鈴にも言っていないが、先日、鈴木は事務所に辞表を出した。

 書面上は一身上の都合という話だったが、所長の話では、美鈴のマネージャーを下ろされたことが相当腹にすえかねていたらしい。

(新しい事務所で、理江ちゃんと同じようにこの会場に来ている娘を担当しているのかしら?)

 しかし辞表を提出したのは先日。まだ有給消化中で、籍は事務所に置いているはずだ。

 見た目はキレ者だが、見た目と本人の自己評価に反して、鈴木はそこまで能動的ではない。

 不意に悪寒を覚え、須賀は身をぶるりと震わせた。

(冷房の効き過ぎかしら? だといいのだけれど……)

 嫌な予感を払拭するかのように、須賀は自身の肩を抱いた。

 

 

 

 



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13.白と黒

 休憩エリアに一人取り残された美鈴は、しょんぼりと肩を落とした。

(あ~……三和君ともうちょっと話したかったな~……)

 でも乱丸のような存在もある。判断としては三和の方が正しいのだろう。

(甘えてばかりじゃなくて私もしっかりしないとな。お仕事お仕事!)

「あの……」

 と、声をかけられた。

 カップル、もしくは年齢的に夫婦だろうか。落ち着いた服の男女の二人連れだった。

 声をかけてきたのは女性の方だった。

「素敵な衣装ですね」

「あ、はい。母が作ってくれたんです」

「すごいですね。手作りなんですか」

「はい。これでもアイドルをやっています」

「テレビとか出られているんですか?」

「はい。といってもインターネット番組ですけど。アミダTVってご存知ですか?」

 軽く説明をして、写真撮影を乞われたので、3人並んで写真を撮った。

「SNSに上げても大丈夫ですか?」

 聞かなくてもいいのに、女性はわざわざ配慮して確認の質問をしてきた。美鈴は笑顔で「大丈夫ですよ」と返した。

 今の時代、SNSの情報拡散力は侮れない。ファンとの撮影タイムを設けたのも美鈴の所属する弱小事務所なりの戦術だった。とにかく自分たちの存在をアピールしなければ始まらない。その宣伝力を美鈴の事務所はまだ持っていないのだ。

「あの、自分も写真を撮ってもらってかまわないですか?」

 そのカップルを皮切りに、周囲から人が集まってきた。

 それら一つ一つに美鈴は丁寧に対応した。

 中には、先日放映された番組を見たという人もいた。

 アイドルファンの中には乱丸のような一歩間違えると危険な存在もいるが、そんなのごく一部だ。

 多くのファンは、丁寧に接してくれる。

「大会、がんばってください」

 声援をなげかけてくれる人もいる。

「はい! ありがとうございます!」

 その応援は、確実に美鈴の原動力になっていた。

 

 

 

 

 そうこうしている内に二戦目の試合時間となった。

 美鈴は試合エリアへと足を運ぶ。

(相手はロイヤルとビショップか……)

 三和との壁打ちでも、ロイヤルと聖獅子ビショップの評価は高かった。この二つは苦手なデッキも少なく、事故率が低い。何度も勝ち続けないといけない大会にむいているという結論になった。

 ただ美鈴が選んだリーダーは、ロイヤルとネメシス。

 グランドマスターを駆け上がる際に使ったミッドレンジロイヤルと、安原との対戦をヒントに組んだ、リーシェナネメシスだった。

 一戦目、美鈴はミッドレンジロイヤルを選択。

 相手は聖獅子ビショップを選択してきた。

 美鈴は強気なマリガンをして『白刃の剣舞』を引き込み、うまく勝つことができた。

 二戦目、美鈴はリーシェナネメシス。

 相手はデッキを変更し、ロイヤルを選択してきた。

(ラッキーかも。事前の対戦ではロイヤルより聖獅子の方が勝率悪かったから)

 ミッドレンジロイヤルは少しずつ有利を築いていくデッキだが、美鈴のリーシェナネメシスは一気に盤面をひっくり返すAoEが豊富に入っている。

 ミッドレンジロイヤルよりも、何もない盤面から12点疾走を叩きこんでくる聖獅子ビショップの方を苦手としていた。

 ただ。

(あとはあのカードがないといいけど……)

 ロイヤルには、リーシェナネメシスの絶対のカウンターとなるあるカードが存在する。

 今の環境では採用されないこともあるが、デッキに入っていた場合はたった一枚のそのカードが致命傷となりえる。

 

 

 先攻は相手、後攻は美鈴。

 美鈴は3枚のカードを全て交換する。

 キーカードとなる『破壊の絶傑・リーシェナ』を引き込むためだ。

 後攻の場合、全交換して4ターン目までに『破壊の絶傑・リーシェナ』を引ける可能性は約61%。

 それがリーシェナネメシスを使う上での弱点だ。

 しかし、美鈴は最初の手札交換で引き込むことができた。

(よし、第一関門は通過)

 

 1ターン目はお互いにパス。

 

 先攻2ターン目、相手のターン。

 相手は『高潔なる騎士・レイサム』をアクセラレートでプレイ。

 2体の『ナイト』が場に出る。

 

 後攻2ターン目、美鈴のターン。

 美鈴は『ドールエンジェル・ミーア』をプレイ。

 

 先攻3ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『白翼の戦神・アイテール』。

 『ナイト』はリーダーを直接攻撃。美鈴のライフが2点削れて18点。

(よしっ!)

 相手のプレイに美鈴は心の中でガッツポーズをとる。

 

 

 後攻3ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのは『ジャンク』。ファンファーレで『操り人形』を手札に加える。

 手札に加えた『操り人形』と『ドールエンジェル・ミーア』で2体の『ナイト』を破壊する。

 

 先攻4ターン目。相手のターン。

 相手は『月の刃・リオード』と『空の指揮官・セリア』をプレイ。

 『白翼の戦神・アイテール』で『ドールエンジェル・ミーア』を攻撃、2点の反撃を受けて破壊される。

(よし、ミーアが3点吸い取ってくれた。いい調子)

 『ドールエンジェル・ミーア』は味方の他のフォロワーが進化した時に『操り人形』を一枚手札に加える能力を持つ実質守護的な存在だ。

 相手も無視してリーダーを直接攻撃することはできなかったのだろう。

 

 後攻4ターン目、美鈴のターン。

 進化権が解放される。

(歌って、リーシェナ!)

 ひきこんでいた『破壊の絶傑・リーシェナ』をプレイする。

《ボクを崇めて信じて祈ってよ!》

 進化権を使用。『白き破壊のアーティファクト』を手札に加える。

《壊そうよ! ボク以外のすべてを!》

 

 

 

《破壊の絶傑・リーシェナ》

コスト4 攻撃力1 体力4

[必殺]

このフォロワーは、カードの能力によって破壊されない。(攻撃によるダメージや、能力によるダメージでは破壊される)

[進化時]『白き破壊のアーティファクト1枚を手札に加える。』

 

 

 

 美鈴は『ジャンク』で『白翼の戦神・アイテール』を攻撃。相打ちで破壊。ラストワードで『操り人形』を一枚手札に加える。

 進化した『破壊の絶傑・リーシェナ』は『空の指揮官・セリア』攻撃、破壊する。

 ターンエンド。

 美鈴の場には3/4必殺『破壊の絶傑・リーシェナ』。

 相手の場には1/3潜伏『月の刃・リオード』。

 美鈴のライフは18点、相手のライフは20点。

 

 

 先攻5ターン目、相手は『月の刃・リオード』を進化。『陰伏天誅』を手札に加える。

 そして『白刃の剣舞』をエンハンスでプレイ。『破壊の絶傑・リーシェナ』を破壊する。

 5/7となった『月の刃・リオード』は、潜伏状態を維持したままターンエンド。

(攻撃してこないか……)

 美鈴の手札には、『リトルパペッター・ロココ』があった。

 攻撃してくれれば、カウンターで相手を弱体化させることができた。

 

 

 

 後攻5ターン目、美鈴のターン。

(相手が次にしたい動きは、ほぼ確定でアサシン、リーシャ)

 5PPでは、美鈴にそれを止める術はない。

(なら……)

 美鈴は『粛清の英雄・メイシア』をプレイ。

 手札を一枚ドローする。

 これによりデッキの枚数が偶数となり、ネメシスのクラス特性『共鳴』状態となる。

 そして『ゼンマイの巻き直し』をプレイ。手札に2枚の『操り人形』を加える。

(これで私の手札は9枚。次のドロー分のカードが溢れちゃうけど、アサシンリーシャに対抗するためにはこれしかない)

 

 

 

 先攻6ターン目、相手は想定通りに動いてきた。

 まず『月の刃・リオード』で美鈴を直接攻撃。ライフを5点削って残り13点。0コストスペル『陰伏天誅』を使ってさらに1点削って12点。手札に『アサシン』を加える。

 そして『スカイセイバー・リーシャ』と『アサシン』をプレイ。『月の刃・リオード』を再び潜伏状態にして、進化した『スカイセイバー・リーシャ』は『粛清の英雄・メイシア』を破壊する。

(つらい、けど……!)

 

 

 

 後攻6ターン目、美鈴のターン。

 ターン開始時のドローをするが、手札は上限の9枚持っているので墓地に送られてしまう。

 美鈴は手札に加えていた3枚の『操り人形』をプレイ。

 その内1枚を進化させて、『アサシン』と『スカイセイバー・リーシャ』、『黄昏の刃・ナノ』を破壊する。

 これで『白き破壊のアーティファクト』のコストは4。

《奏でて! 白の章!》

 『白き破壊のアーティファクト』をプレイ。残った2PPで『マリオネットボーイ』をプレイ。

 『白き破壊のアーティファクト』をプレイしたことにより、『黒き破壊のアーティファクト』を手札に加える。

 

 

《白き破壊のアーティファクト》

コスト10 アミュレット

自分のフォロワーが破壊されるたび、自分の手札のこのカードのコストを-1下げる。

このアミュレットは、カードの能力によって破壊されない。

自分のターン開始時、自分のリーダーを2回復。

[ファンファーレ]『 黒き破壊のアーティファクト1枚を手札に加える。』

 

 

《黒き破壊のアーティファクト》

コスト10 アミュレット

自分のフォロワーが破壊されるたび、自分の手札のこのカードのコストを-1下げる。

このアミュレットは、カードの能力によって破壊されない。

自分のターン開始時、相手のリーダーと相手のフォロワーすべてに5ダメージ。自分の場に白き破壊のアーティファクトがあるなら、5ダメージではなく10ダメージ。

 

 

 

 『白き破壊のアーティファクト』と『黒き破壊のアーティファクト』は、共に味方のフォロワーが破壊される度にコストが下がるアミュレットだ。

 そして『白き破壊のアーティファクト』と『黒き破壊のアーティファクト』が共に場に存在する場合、自分のターン開始時に10点ダメージを相手の全てのフォロワーとリーダーに与える。

 場に置くまでの条件が厳しいものの、『黒き破壊のアーティファクト』を置けさえすれば勝利が確約されるに近い。

 それがリーシェナネメシスの強さだ。

(ただ、潜伏剣舞リオードの猛攻に耐えられるか……)

 それが問題だった。

 

 

 先攻7ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『ドラゴンナイツ』。疾走を持つ『俊英の双剣士・ランスロット』をチョイス。

 進化権を使用し、美鈴のフォロワーを無視してリーダーに直接攻撃。

 『月の刃・リオード』と合わせて10点ダメージで美鈴の体力は残り2点にまで削られる。

 余った2PPで『レイピアマスター』をプレイ。

 

 

 後攻7ターン目、美鈴のターン。

 『白き破壊のアーティファクト』の効果で、リーダーのライフを2点回復して残り4点。

 場には5/7『月の刃・リオード』に5/5『俊英の騎士・ランスロット』、2/2『レイピアマスター』。

 強い盤面だ。だが前のターンに『白き破壊のアーティファクト』を強引に場に置いたのは、しっかりと返し札を握っていたからだ。

 『破壊の歌声』。

 カウントダウンを持たないネメシス・アミュレットかネメシス・フォロワーを破壊して、そのコスト分のダメージを相手の全てのフォロワーに与える。

 場に置かれた『白き破壊のアーティファクト』のコストは10として扱われる。

《崇めていいよ!》

 4PPで10点AoEにより、相手の盤面を一掃する。

 余った3PPで、『粛清の英雄・メイシア』をプレイ。

 美鈴には進化権がまだ一つ残っている。

 場に存在した『マリオネットボーイ』で敵のリーダーを直接攻撃。2点削れて残り18点。

 

 

 

 

 先攻8ターン目、相手のターン。

 『高潔なる騎士・レイサム』をプレイしたいターンだろうが、美鈴の場には『粛清の英雄・メイシア』が存在している。

 美鈴は進化権を残している。相手にとって不気味なはずだ。

(どうする……?)

 相手は『簒奪の絶傑・オクトリス』をエンハンスでプレイ。

 進化して『粛清の英雄・メイシア』を破壊する。

 手札に加えたのは『黄金の杯』と『黄金の靴』。『黄金の聖杯』を『簒奪の絶傑・オクトリス』に使用し、体力を2点回復。これによって『簒奪の絶傑・オクトリス』の体力は7点。

 ターンエンド。

 

 

 後攻8ターン目、美鈴のターン。

 《白き破壊のアーティファクト》の効果によって美鈴のライフが2点回復する。これで残り6点。

(メイシアのおかげで8ターンレイサムも回避できた。ぎりぎりまで減ったライフも少しずつ回復してきている)

 活路が見えだしてきていた。

 ただし厄介なのは場に存在する6/7の『簒奪の絶傑・オクトリス』。

 あれを放置はできない。

 美鈴は『リトルパペッター・ロココ』をエンハンスでプレイ。『簒奪の絶傑・オクトリス』を1/3の『ロココのテディベア』に変える。

 そして『ジャンク』をプレイ。ファンファーレで手札に『操り人形』を加え、場に存在する『マリオネットボーイ』とともに、『ロココのテディベア』を攻撃、破壊する。

 『黒き破壊のアーティファクト』のコストは今8だ。

 

 

 

 

 先攻9ターン目、相手のターン。

《誓いの刃をここに重ねよ!》

 相手は『高潔なる騎士・レイサム』をプレイ。先ほど手札に加えた『黄金の靴』を使って、突進を付与する。

 『高潔なる騎士・レイサム』は『ジャンク』を攻撃して破壊。

 出現した疾走を持つ『ナイト』は2/1の『マリオネットボーイ』を攻撃して破壊する。

(これで黒の章のコストは6)

 

 

 後攻9ターン目、美鈴のターン。

 《白き破壊のアーティファクト》の効果によって、ライフが2点回復し残り8点まで回復した。

 相手の場には8/6の『高潔なる騎士・レイサム』。

(だいぶ回復してきたけど、あのレイサムをどうにかしないと……)

 美鈴は『破壊の信者』をプレイ。手札を2枚ドローする。

 ドローを確認し、しばし悩む。

(メイシアは2枚切った。3枚目を引く可能性は高くないし、進化権を切ってもいいと思うけど……)

 心が揺れ動くものの美鈴はぐっと我慢。もう一枚『破壊の信者』をプレイしドローを重ねる。

 そして余った5PPで『心無き決闘』をプレイ。チョイスしたのは『ヴィクトリア』。

 交戦時能力と合わせて6点のダメージを与えて、『高潔なる騎士レイサム』を破壊する。

 

 

 

 先行10ターン目、相手のターン。

 進化権を残しつつ微々たる差だが盤面も美鈴が押し返してきている。

(どうする……?)

 相手がプレイしたのはまず『簒奪の使徒』。ファンファーレの1点は『破壊の信者』の片方に当てて手札に『黄金の小剣』を加える。即座にプレイして、『簒奪の使徒』の効果と合わせて美鈴の『破壊の信者』を両方破壊する。

 余った4PPでエンハンス『キャノンスマッシャー』をプレイ。

 場に出た2体の『プロダクトマシーン』は1コストなので、『高潔なる騎士・レイサム』の効果によって疾走を持つ。

 『プロダクトマシーン』2体と『ナイト』が疾走し、美鈴のライフを3点削る。

 美鈴のライフは5点。

 

 

 後攻10ターン目、美鈴のターン。

 『白き破壊のアーティファクト』の効果によって、ライフが2点回復し残り7点。

(横展開してきたのは助かった!)

 ここぞとプレイしたのは『人形使いの糸』。敵フォロワー全てに1点ダメージを与え、『操り人形』を2枚手札に加える。

 そして5PPで『心無き決闘』をプレイ。チョイスしたのは『ロイド』。

 手札に存在する『操り人形』5枚で相手のフォロワーを全除去し、0コストにまで下がった『黒き破壊のアーティファクト』をプレイ。

《歌うよ! 黒の章!》

 余った1PPで『光明齎す発明家』をプレイ。

(よし! ワルツケアもできた!)

 

 

 破壊耐性を持つ『白き破壊のアーティファクト』と『黒き破壊のアーティファクト』だが、消滅には無力だ。

 ロイヤル・フォロワー『魔導狙撃手・ワルツ』がチョイスで加える『浄化の聖弾』は、アミュレットを消滅させることができる。

 それがリーシェナネメシス最大のカウンターだった。

 しかし『心無き決闘』でチョイスした『ロイド』は、場に存在している限り、能力の対象に『ロイド』しか選べないという能力を持つ。

 今から『魔導狙撃手・ワルツ』をプレイし『浄化の聖弾』を手札に加えても、対象に選べるのは『ロイド』だけだ。

 

 

 

 先行11ターン目、相手のターン。

 相手がプレイしたのは『レイピアマスター』。

 6点疾走ダメージで『ロイド』を破壊。場に出たナイトで美鈴を直接攻撃し、美鈴のライフは残り6点。

 

 

 後攻11ターン目。

 『白き破壊のアーティファクト』で美鈴のライフを8点にまで回復させ、『黒き破壊のアーティファクト』が敵リーダーに10点ダメージ。

(あとは……)

 美鈴は『破壊の使徒』をプレイ。『黒き破壊のアーティファクト』のコピーを手札に加える。

 最後まで『魔弾の射手・ワルツ』警戒は怠らない。

 そして空いた盤面に『素敵な発明品』をプレイ。

《イけてるメカっす!》

 『光明齎す発明家』で敵リーダーを直接攻撃し、ターンエンド。

 『素敵な発明品』の効果により、『素敵な発明品』は消滅し、美鈴のライフを3点回復する。

 美鈴のライフは11点。

(セリアが2枚あっても10点まで。そうそう出せる打点じゃないはず)

 

 

 先行12ターン目。

 相手は何もプレイせずにターンエンド。

 事実上の投了だ。

 

 

 後攻12ターン目、美鈴のターン。

 『黒き破壊のアーティファクト』の効果により、10点ダメージを与え、敵のライフを削りきる。

 

 

 美鈴の勝利だ。

(はぁ~、残り2点まで削られた時は負けたかと思った~)

 もう少し相手が疾走札を引いていたら負けていた。辛勝だ。

 勝負はやはり甘くはない。

(でもこれでとりあえず2勝かぁ)

 まだまだ先は長いものの、早々に負けることはなくてよかった。

 審判に勝利宣言を告げて、撮影班のところにむかう。

「どうだった? 理江ちゃん」

「相当やばかったです。けど勝ちました」

「やばかったって?」

「ライフを残り2点まで減らされました。でも割り切りプレイでアミュレットを置いたのが功を成して、なんとか回復と除去で巻き返しました」

「大会の感想はどう?」

「一戦一戦緊張のしっぱなしです。とにかくすぐに負けなくてよかった~ってのが今の想いです」

「お友達たちも勝っているらしいよ」

「本当ですか?」

 三和の事だろうか、葛木のことだろうか。いや、たちということは2人ともだろうか。

「もしもあの2人も一日目を勝ち残れるようなら、一緒にインタビューしようか」

「え? そうですね」

 三和はどう答えるかはわからないが、美鈴としては一緒にインタビューを受けたかった。

 三和は美鈴にとっての日陰だが、だからといって三和に一生陰で生きて欲しいわけではない。

 三和だって陽の当たる道を歩んでいいはずだ。否、歩んで欲しかった。

「それは是非お願いします」

 

 

 

 

 




シャドバ用語
・共鳴
ネメシスのクラス特性。デッキの残り枚数が偶数だと共鳴となる。


使用デッキ
・美鈴リーシェナネメシス
https://twitter.com/fet_light/status/1130460030510067712


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14.不意をうつ直接召喚

※アディショナルカードが追加されましたが、この小説はアディショナル追加前の2019RAGESummer予選大会の時期を想定しています。

ウィッチをまわす上で数名の方のデッキを参考、アドバイスをもらいました。
ありがとうございました。


 一方そのころ。

「はいこちらが優勝賞品です」

「どうも」

 安原たちは会場内の催しものを回っていた。

 今しがた4人フライト式トーナメントでメンバーが募集されていたので、安原が飛び入り参加し優勝をさらってきたところだ。

「優勝賞品って何がもらえるんだ?」

 観戦していた剛が覗き込んでくる。

「リアルプロモーションカード。シャドウバースのカードを実際にカード化したものだよ」

 安原が手に入れたものは『希望の女王・リチュエル』だった。

 安原はそれを楓子に差し出した。

「戸尾さんいる?」

「いいんですか?」

「うん。気晴らしに参加しただけだから」

「ありがとうございます」

 戸尾が顔をほころばせる。

「あの……もう一回さんかいいですか?」

「ああ、戸尾さんも参加する?」

「はい。もっとカードほしいので」

「それじゃ人を集めないと……」

 と、剛が携帯端末を取り出した。

「おい、三和から連絡きたぞ。勝ったってさ。合流しようかって話あるけど」

「そうだね。それなら合流しておこうか。戸尾さんいいかな?」

「はい」

 ほどなく三和が現れた。

「おっ、三和こっちこっちー!」

「よ」

 三和は楓子の手に握られているプロモーションカードに気づいた。

「お、何に参加したんだ?」

「4人フライト式トーナメントって奴。人が足りないらしかったからさ」

「戸尾が勝ったのか? やるな」

「あ、いえ。安原せんぱいがとったのを私にくれたんです」

「安原か。やるじゃないか」

「伊達に三和の壁打ちはしてないよ」

 こそばゆそうに安原は返す。

「それにしても二勝したんだって? 今回は調子よさそうだね」

「ああ。まだ油断はできないけどな」

「三和って最高どれぐらいまでいったんだ?」

「前回はあと1勝で二日目ってところで負けちゃったな」

 何か月も前の記憶だが三和は覚えている。幸運な引きに救われたことも、一つの判断ミスによって負けにつながったことも。

「うーん。やっぱり簡単じゃねぇんだなぁ」

「ああ。有名な実力者でも予選敗退は珍しい事じゃないしな」

「永瀬たちはどうなんだ?」

 剛がたずねてきた。

「永瀬は勝ったらしいぞ。名前見たらあった。葛木は登録名を知らないからわからないけど」

「一回全員で合流しないか?」

「そうだな……次の試合まで時間あるし、一回皆で集まるか」

 三和は葛木に連絡を入れた。集合場所は美鈴もいるであろう撮影スタッフの待機所にした。

 三和たちがついたころにはすでに葛木が先についていた。美鈴に自慢げに話している。

(後ろの女子生徒たちが睨んでいるぞ)

 葛木が連れてきたソフトウェア研究会の女子生徒たちが剣呑な視線をむけていた。

 もっともその視線の矛先は美鈴にむけられていたが。

「あ、三和君お疲れ様!」

 葛木の自慢話と女子生徒たちの視線に閉口していたのだろう。話題を転換するように美鈴が声をかけてきた。

「3人とも今のところ負けなしだってね!」

「ああ、お互い健闘できているようで何よりだな」

 順当、とは思わなかった。僥倖という意味だ。一日目とはいえ、大会に挑戦しようという人間は基本的に猛者揃いだ。それに美鈴も三和もやや安定性に欠けるデッキを選択していた。ちょっとした不運で負けることはありえる。葛木は知らないが、葛木は一緒に参加した去年のRAGEでは早々に敗退していた。

「よぉ三和。お前ウィッチを握っているんだって?」

 葛木が笑う。三和は教えてはいないので美鈴が話したのだろう。

「また土か? お前土ウィッチ好きだものなぁ」

 一年生で葛木と同じクラスだった時、一時期三和は土ウィッチを研究していたことがあった。もっとも、アンリミテッドでコントロール系の土ウィッチだったが。

「いや今回はスペルブースト系だよ」

「へぇ……。コントロール系か。それでロイヤルどうにかできんの?」

「ロイヤルはまぁ何とか。聖獅子が案外厄介だけど」

「聖獅子? へぇ……なんかtier上がっているとは聞いたけど」

 葛木の仮想敵にはまだ聖獅子の存在は入っていないらしい。

 RAGE直前に評価を急激にあげてきたデッキなので、葛木はまだ把握していないようだ。

「そういうそっちはデッキに何を選んだんだ?」

「普通ならわざわざ明かしたりしないけど、さすがにフェアじゃないからね。ロイヤルとドラゴンだよ」

「前戦った時と同じか」

「ドラゴンはだいぶ見直したけどね。今の環境ロイヤル一強だからランプからのポセイドンが刺さるんだ」

 やはり葛木の眼中にはロイヤルしかないらしい。

 美鈴がロイヤルとネメシス。

 葛木がロイヤルとドラゴン。

 三和がヴァンパイアとウィッチ。

 それぞれの選択の違いが表れた形だ。

「あ~コホン。ちょっといいかな?」

 わざとらしく声をかけてきたのは、撮影スタッフの一人だった。男はディレクターの野田と名乗った。

「あのさ、ちょっと君たちの画を録らせてほしいんだけど」

「俺たちですか?」

「ああ、いいですよ」

 ためらう三和とは対照的に、葛木は外向けのさわやかな笑みを浮かべて反応した。

「そう。ちょっとだけ。そうだね、こんなのはどうかな……」

 野田が提案したのは円陣を組んで手の平を重ね合わせて、美鈴の「ファイト!」の掛け声とともに重ねた手を掲げ上げるというものだ。

 ベタだが、奇をてらわず3人の団結力を示せるものだろう。

(俺としてはあまり目立ちたくはないけど……)

 美鈴も葛木もノリ気だった。ここで一人辞退するわけにもいかない。

 美鈴の女友達や安原たちも参加し、円陣を組んだ3人の背後で応援幕を広げる。

 美鈴がかけ声を上げた。

「二日目を目指すぞー! ファイト!」

『オーッ!』

 やぶれかぶれで慣れない大声を三和も上げる。安原たちが鳴り物を鳴らしたり拍手したりして盛り上げた。

「ううん、いいねいいね。ありがとう、助かるよ」

 野田はさすがに人を持ち上げるのがうまい。

「がんばってね。もし一日目をいい戦績で勝ち残れたら3人でインタビューをするから」

「は?」

「いやぁ、もしかしたら君たちが未来のファイナリストになるかもしれないんだものね。がんばってね。応援しているよ」

 そう言って景気づけるように肩を叩いてくる。

「い、いや俺はインタビューはちょっと……」

 慌てて口を挟もうとすると、袖をひっぱられた。

 美鈴だった。

「三和君、葛木君、3人でインタビュー受けるためにも、がんばろうね!」

 美鈴は三和に目線で言っていた。インタビューを受けるべきだと。

(いいのか……?)

 三和が目立ちたくないのは、美鈴のためを思ってのことだ。

 だが美鈴は逆らしい。

 その発想は三和の中にもあった。

(あるいは、俺が美鈴と並んでも遜色のない人間になれれば……)

 三和がもし周囲のやっかみを引き起こさないほどの人間になれれば、交際していることが明るみになっても波風は小さくなる。

 そうであれば、須賀と美鈴の負担も軽くなるし、なにより三和としてもコソコソしないですむ。

(そういう意味では今回の大会はチャンスになるかもしれないのか)

 たかがゲームのプレイヤーと世間では一蹴されるかもしれないが、多少なりとも拍がつくにこしたことはない。

 だがそれは宝くじを当てるような幸運と、繊細なプレイングの上に成り立つ可能性だ。

 プレッシャーにもなる。だが三和の闘争心は逆に刺激されていた。

 表情にこそ出さないが、闘志をみなぎらせて対戦エリアにむかった。

 

 

 

 3回戦。

 相手はビショップとネクロマンサーだった。

(ブローディアを持たれていると厄介だな……)

 三和が自信を持っているのは蝙蝠ヴァンパイアの方であるが温存。ウィッチを選択する。

 相手はビショップを選択する。

(さて何ビショップだ?)

 天狐ビショップ、機械チェキババ、そして聖獅子。

 三和が把握しているビショップといえばこの3つだ。

 先行は相手。三和は後攻。

 

 

 1ターン目はお互いにパス。

 三和はほっとする。

(1コス置かれると除去がおいつかなくて結構なダメージもらうからな)

 

 先攻2ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『聖獅子の神殿』。

(聖獅子ビショップか)

 

 

 後攻2ターン目、三和のターン。

(2ターン目神殿置きとは相手は強気だな)

 アミュレットを破壊することができる『熾天使の剣』をプレイする絶好のタイミングだが、生憎と三和のデッキには入っていない。

 プレイしたのは『マシンエンジェル』のアクセラレート。

 2体の『プロダクトマシーン』が場に出現する。

 

 

 先行3ターン目、相手のターン。

 『聖獅子の結晶』をプレイ。2/2の『聖なる盾の獅子』が場に出る。

 そして『レジェンダリーファイター』をプレイ。

 

 後攻3ターン目、三和のターン。

(ウィズダムコアを引いたか)

 アミュレット『ウィズダムコア』をプレイ。

 場に出た2体の『プロダクトマシーン』は『レジェンダリーファイター』に当てて相打ちで破壊する。

 

 

 先行4ターン目、相手のターン。

(エンハンス楽園の聖獣だとかなりきついが)

 相手がプレイしたのは『平和の紡ぎ手』。さらに1PPで『救済の聖獅子』をアクセラレートでプレイ。

 手札に2枚の『聖獅子の結晶』を加える。

 場に出ていた『聖なる盾の獅子』で三和を直接攻撃。ライフを2点削って18点。

 

 

 後攻4ターン目、三和のターン。

(『救済の聖獅子』をアクセラレートで使ったか。どう判断すべきか……)

 『救済の聖獅子』は進化権を使って初めて意味があるフォロワーだ。

 『救済の聖獅子』に進化権を吐くことはないという判断だろうか。

(とりあえず俺の手は……)

 『蒼の反逆者・テトラ』をプレイ、進化。

(ここで毎回悩むんだが……)

 相手の聖獅子ビショップは打点を刻んでいくカードだ。当然三和としては相手のフォロワーを除去したい。

 だが相手は次5ターン目、『アサルトプリースト』をプレイできるターンだ。

(攻撃してしまうと『アサルトプリースト』の特殊効果でテトラが無傷でとられてしまう。ないのならいいが……あった場合……)

 相手の場に6/6のフォロワーがまるまる残ることになる。

 三和は手札を確認した。

(いや返し札がある。ここはあえて誘うべきか)

 『ウィズダムコア』で回復した2PPを使い、『知恵の光』と『ソニック・フォー』をプレイ。

 相手の『平和の紡ぎ手』を破壊する。

 そして『聖なる盾の獅子』に攻撃。2点の反撃を受けて破壊。これで相手のフォロワー全てを破壊する。

 攻撃時効果で回復したPPを使い、『リペアモード』を『蒼の反逆者・テトラ』に使う。これで『蒼の反逆者・テトラ』の体力は最大値まで回復する。

 

 

 先行5ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは想定通り『アサルトプリースト』。進化権を切る。

《弾けろ神の筋肉!》

 進化時能力により『蒼の反逆者・テトラ』を破壊。

 6/6の状態で場に残る。

 

 後攻5ターン目、三和のターン。

(よし、想定通りに進んでいる)

 三和は『知恵の光』を1枚プレイ。ドローを確認して『マシンエンジェル』をアクセラレートでプレイ。2体の『プロダクトマシーン』が場に出現する。

 そして『ウィンドブラスト』をプレイ。スペルブーストは6回溜まっているので7点ダメージで『アサルトプリースト』を破壊する。

 

 

 

 先行6ターン目、相手のターン。

 2PPを使って『レジェンダリーファイター』をプレイ。

 そして『聖獅子の結晶』を2枚プレイ。2体の『聖なる盾の獅子』が場に出現する。

 残った2PPで『愚神礼賛』をプレイする。突進必殺を持った『レジェンダリーファイター』が『プロダクトマシーン』を破壊する。

 

 

 

 後攻6ターン目、三和のターン。

(2/2を並べて横展開してきたか)

 三和はまず『知恵の光』をプレイ。ドローを確認して『マジックミサイル』。体力が1点削れている『レジェンダリーファイター』を破壊する。

(これで真実の狂信者のコストが0)

 『真実の狂信者』は3/5疾走を持つフォロワーだ。

 余った3PPで『メカゴブリン』と『真実の狂信者』をプレイ。

 『真実の狂信者』は『聖なる盾の獅子』を攻撃して破壊する。

 場に出ていた『プロダクトマシーン』はリーダーを攻撃。微々たるダメージだが1点削る。

 相手の場には『聖なる盾の獅子』が一体残った。

(デッキはいい感じにまわっている)

 

 

 先行7ターン目、相手のターン。

 三和のライフは残り18点。

 相手のライフは残り19点。

 相手がプレイしたのは『聖騎士・ヘクター』

『行進せよ! 天の果てまで!』

 勇ましく神々しい声と共に、2体の『聖騎兵』が出現。このターン中他のフォロワー全ての攻撃力を+2し、突進を付与する。

 2体の『聖騎兵』はそれぞれ『メカゴブリン』と『真実の狂信者』を攻撃し相打ちで破壊。

 攻撃力が2点強化された『聖なる盾の獅子』は進化。攻撃力6点で三和を直接攻撃してライフを6点削って残り12点。

 相手の場には4/4『聖なる盾の獅子』、5/6『聖騎士・ヘクター』。

 

 

 

 

 後攻7ターン目、三和のターン。

(ヘクターで顔面レースを急いできたか。この進化は厄介だぞ……)

 三和は『真実の絶傑・ライオ』をプレイ。

《これが世界の真の姿!》

 『真実の絶傑・ライオ』の能力は、ファンファーレでデッキのカード全てを9回スペルブーストする。

 そして0コストにまで下がった『運命の導き』をプレイ。

(来い!)

 引いたのは『蒼の反逆者・テトラ』と0コストになった『炎の握撃』。

 『真実の絶傑・ライオ』を進化。『聖獅子・ヘクター』を破壊し、『炎の握撃』で『聖なる盾の獅子』を破壊する。

 

 

 

 先行8ターン目、

 『愚神礼賛』のカウントダウンが終了し、ラストワード効果で『真実の絶傑・ライオ』が破壊される。

 相手は2枚目の『聖獅子の神殿』をプレイ。手札に『聖獅子の結晶』を加える。

 そして2枚の『聖獅子の結晶』をプレイ。結晶カウントは3だったので、4/4の『聖なる鎧の獅子』が2体出現する。

 

 

 

 

 後攻8ターン目、三和のターン。

(2枚目の神殿か。いよいよ猶予はなくなったな)

 三和は『天外の華・エレノア』をプレイ。

《我こそは天外の華!》

 最後の進化権を使用して『美麗なる術式』を手札に加える。

 そして『知恵の光』をプレイ。

(PPを余らせるが、仕方ない)

 進化した『天外の華・エレノア』で『聖なる鎧の獅子』を破壊、残った片方を『美麗なる術式』で破壊する。

 場に出ていた『プロダクトマシーン』でリーダーを直接攻撃。ライフを18点に減らす。

 

 

 

 先行9ターン目、相手のターン。

 相手は『聖獅子の結晶』をエンハンスで2回プレイ。1回目は『聖なる鎧の獅子』が、2回目は疾走を持つ『聖なる王の獅子』が出現する。

 そして『聖なる王の獅子』はリーダーを直接攻撃。三和のライフを8点にまで削る。

 余った3PPで『プリズムスイング』をプレイ。『天外の華・エレノア』を破壊し、手札に『聖獅子の結晶』を加える。

 

 

 

 

 後攻9ターン目、三和のターン。

(相手は聖獅子の結晶を手札に加えた。この盤面を除去しても確定で20点は出せる)

 猶予はない。

 ドローは……『真実の掟』。

《世界の本質!》

 

 

 

《真実の掟》

コスト7 スペル

カードを自分の手札が9枚になるまで引く。

このカードのスペルブースト が9回以上なら、自分のPPを7回復。

 

 

 『真実の掟』は『真実の絶傑・ライオ』の効果でスペルブーストされている場合、ノーコストで手札上限までドローできるカードだ。

 三和の手札が9枚で埋まる。

 そして……

(揃った!!)

 まずは『知恵の光』を使用。1枚ドロー。

(0コスト導きはあるが……)

 ここは温存する。

 『あのカード』を引きたくないからだ。

 『ウィンドブラスト』と『炎の握撃』を使い、相手の場に存在した『聖なる鎧の獅子』と『聖なる王の獅子』を破壊する。

 残ったPPで『真実の宣告』をプレイ。

《世界に宣告する!》

 たまったスペルブーストは17。ランダムに効果が割り振られる。

 相手のリーダーに7点、『ガーディアンゴーレム』の能力を+5、リーダーのライフを5点回復。

 相手のライフは残り11点、場には8/8の『ガーディアンゴーレム』、三和のライフは13点まで回復する。

(よし、そして……)

 三和は0コストにまで下がった『フレイムデストロイヤー』をプレイし、場に存在した『プロダクトマシーン』で相手のリーダーを直接攻撃して残り10点まで減らす。

 ターンエンド。

 ……だがこれだけでは終わらない。

《予言の時だ。約束の日さ》

 直接召喚、『開闢の預言者』。

 元のコスト1から10のカードを全てプレイすることで、ターン終了時にデッキから直接召喚する。

 今しがたプレイした『フレイムデストロイヤー』の元コストは10。それで最後のピースがおさまり、『開闢の預言者』の召喚条件を満たした。

 『開闢の預言者』の能力値は20/20。選択不可で破壊不可。

 元コストは20もするフォロワーだ。直接召喚以外で召喚することは事実上不可能だが、召喚できれば一枚で勝負を決するカードだ。

 

 

 

 

 先行10ターン目、相手のターン。

 時が凍り付く。

(神殿が2枚あるから結晶がある限り攻撃することができる。だけど、神殿を置いたせいで場にはフォロワーを置けるスペースが3つしかない。結晶が何枚あろうと出せる最大打点は12点までだ)

 三和のライフは13点まで回復している。ギリギリ届かない。

 となると相手がとりうるのは『開闢の預言者』を取り除くか、守護を立ててリーダーへの直接攻撃を避けるかだ。

 しかし三和の手にはスペルブーストの溜まった『真実の掟』があり、次のターンに大量ドローを見込める。守護をたてられても『炎の握撃』や『真実の狂信者』で除去できる公算は高い。

(開闢の預言者を取り除くとしたら……『テミスの粛清』ぐらいか)

 対象指定でも破壊でもなく、場の全てのフォロワーを消滅させる『テミスの粛清』なら『開闢の預言者』を場から取り除くことができる。

 だが聖獅子ビショップのデッキにはまず入らないカードだ。

 相手が動いた。『聖獅子の結晶』の連打だった。

 まずは守護を持つ『ガーディアンゴーレム』を破壊。そして次には『開闢の預言者』の除去に入る。

(まさか除去しきれるというのか?)

 16点、12点、8点、4点。

 『開闢の預言者』の体力が削られていく。

 だが、そこで相手の『聖獅子の結晶』が尽きた。

 ターンエンド。

 

 

 後攻10ターン目。

(悪いな。こっちも負けられないんだ)

 三和は『開闢の預言者』でリーダーを直接攻撃し、ライフを20点削りきる。

 

 

 

 

 続いてのネクロマンサー戦も、得意とする蝙蝠で勝利した。

(こんなところで負けられないしな)

 まだまだ3戦目。折り返し地点だ。

(さて……次の試合までどう過ごそうか)

 人前では美鈴とは会わないと決めた。安原たちはプロモーションカード目当てに対戦企画に参加するので、会いに行っても中途半端だろう。

(一人で休憩するか)

 疲れた頭をクールダウンするために、コーヒーでも飲んでぼうっとしておくのもいいかもしれないと思った。

 自販機で缶コーヒーを買い、休憩エリアの椅子に腰を下ろす。

 と、携帯端末に通知が来た。

 美鈴からだった。

 勝利報告と葛木も勝ったという報告だ。

 それだけにとどらまらず、美鈴からは話が矢次早に繰り出される。

(まあ、これならバレないか)

 次の試合まで、三和は美鈴と他愛もない話をして過ごした。

 

 

 

 

 次の試合時間が迫り、三和が試合エリアへと赴くと、スタッフから思わぬことを告げられた。

「配信卓でお願いします」

「俺がですか?」

「はい。こちらへどうぞ」

 スタッフはうなずく。

 参加規約には、メディアに出演することを同意する旨があった。基本拒否はできないものだろう。

(ちょっと恥ずかしいけど、まあいい経験になるかもな)

 そんな軽い気持ちで配信卓に赴く。

 配信卓の試合は、LIVEで大会公式配信で流れる。手札もプレイヤーの表情も含めてだ。それ以外は通常の試合と特に違いはない。

(さて、相手は誰だろうな)

 配信卓の試合は、たいていの場合、対戦者のどちらかが有名人であることが多い。三和の知名度はさほどないので、あるとしたら相手側だろうか。

「あちらの席で端末をスタンバイさせておいてください」

 舞台袖でスタッフがそう指示し、三和も舞台上へと上がる。

 そこで仰天した。

(美鈴!?)

 美鈴もまた、驚いた顔でこちらを見返していた。

 美鈴が立っているのはちょうど対面。どう見ても相手選手の入場口だ。

 察するに、3回戦の相手は美鈴で間違いないだろう。

 咄嗟のリアクションをとれず、固まっていると、美鈴が不敵に笑んだ。

 グッ! と親指を突き出してガッツポーズをする。

 意図はさしずめ、『全力で戦おう』だろう。

 思わず苦笑が漏れた。

 心境は同じだったが、ガッツポーズはキャラではないので、大きくうなずいて返した。

「スタンバイお願いしまーす!」

 せっつくようにスタッフが声をなげかけてくる。

 三和は、一礼して席へとむかった。

 




シャドバ用語
・tier
デッキの強さを段階的に評価したもの。
主観に基づいたものなので、誰がつけたtierかによって順位が異なることがある。
またデッキ相性もあるので、あくまで大まかな評価にすぎない。


使用デッキ
・三和開闢ウィッチ
https://twitter.com/fet_light/status/1133180611588370432
・相手聖獅子ビショップ
https://twitter.com/fet_light/status/1133181072844382209


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15.ドローに賭ける可能性

「おいおい! 安原! 戸尾!」

 安原が楓子とともに会場内の催し物に参加していると、突然剛が大声で叫んできた。

「映っているぞ! 三和と永瀬が!」

「え?」

「ほらあのモニター!」

 剛が指さしている先のモニターには、確かに三和と美鈴の姿が映っていた。

「え、二人とも配信卓で!?」

 安原は逡巡する。今、楓子と安原はフライト式トーナメントに参加中だ。

「これとこれで、リーサルです」

 ぽかんとする相手と審判を置き去りに、安原は「戸尾さん、景品受け取っておいてよ」と言い捨てて駆けだした。

 モニターには確かに美鈴と三和の姿があった。わずか遅れて楓子も到着する。

 解説は『黒帯』、実況は『ポッポル』というシャドウバース界隈ではおなじみの二人が実況解説していた。

『むかって左の凪咲理江選手が、現役アイドルの卵、右手のWIZE選手はそのクラスメイトという面白い組み合わせとなっております』

『資料によりますと、何と凪咲理江選手がシャドウバースを始めたのは鋼鉄の反逆者が発売されてから。それから一ヶ月足らずでビギナーからグランドマスターまで駆け上がったという、とてつもないホープです。一方、WIZE選手はJCGの優勝経験もあり、お互いに実力者であることが伺えます』

『高校生ですけど、大人びて見えますね。特に凪咲選手。あれはディオネの衣装ですよね?』

『はい間違いないと思います。衣装から気合の入り様が伝わってくるようですね』

 心なしか観戦エリアもざわついている。携帯端末を取り出している人が何人かいるのは、アイドルと聞いてネットで検索しているからだろうか。

『それでは第4回戦、スタートです!』

『使用リーダーは凪咲選手がロイヤルとネメシス、WIZE選手がヴァンパイアとウィッチです』

 WIZEとは三和の登録名だ。美鈴は芸名で登録したようだ。

「すごいです、あの二人がモニターに映っているなんて……」

 楓子が感嘆していた。安原も同じ思いだ。

「うん……これは永瀬さんもいい宣伝になるね」

(三和が緊張しなければいいけど……)

 安原であれば皆の前でプレイするなど無理だ。普段通りのプレイングをする自信なんてない。

 

 

 

 一試合目。

 三和はウィッチを選択。

 美鈴はロイヤルを選択した。

「なぁ、これどっちが有利なんだ?」

 剛が安原にたずねてくる。

「ロイヤルは環境最強と言われている。特に潜伏リオード剣舞をされるとウィッチ側は肝心のスペルブーストができなくて相当つらい勝負になるね。7ターンにしっかりとライオを着地できればウィッチが有利になるけど、それでもリーシャとかで一気に盤面を返される可能性があるから油断できない」

「永瀬有利かぁ」

 

 

 

 先行は美鈴。

 後攻は三和。

 最初の手札交換、美鈴は『白翼の戦神・アイテール』と『簒奪の従者』を残して1枚交換。

 三和は『ウィズダムコア』を残して2枚交換。

 お互いに何度も練習試合をしていたので、お互いのデッキ内容はほぼ知っていた。

 三和のデッキには『マシンエンジェル』が入っているので交戦時効果で攻撃力1に対して圧倒的に有利な『簒奪の従者』が活躍する可能性は高い。また『簒奪の従者』は終盤に引いてもあまり嬉しくないカードなので2ターン目の動きとしてキープした。

 

 1ターン目はお互いにパス。

 

 

 

 先攻2ターン目、美鈴のターン。

 『簒奪の従者』をプレイ。

 

 

 後攻2ターン目、三和のターン。

 『マジックミサイル』を撃って『簒奪の従者』を破壊する。

 

 

『おおーっと! WIZE選手はマシンエンジェルを握っていましたが、マジックミサイルももっていました! 簒奪の従者が裏目に出た形ですね!』

『交戦時能力が働けば実質2/2なものの、基礎の体力は1でマジックミサイルにとられる。簒奪の従者の弱いところがでましたね』

 美鈴のデッキには『簒奪の従者』が一枚しか入っていない。そのことを三和は知っているはずだから、裏をかいて『マジックミサイル』をキープしていないだろうという予測だったが裏目に出た。

 

 先行3ターン目、美鈴のターン。

 『白翼の戦神・アイテール』をプレイ。

 手札に『スカイセイバー・リーシャ』を加える。

 

 後攻3ターン目、三和のターン。

 アミュレット『ウィズダムコア』をプレイ。

 

 

 先行4ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのはエンハンス『キャノンスマッシャー』。

《隊列完成!》

 2体の『プロダクトマシーン』が場に出現する。

 場に出ていた『白翼の戦神・アイテール』はリーダーを直接攻撃。三和のライフを18点に削る。

 

 

 後攻4ターン目、三和のターン。

 進化権が解放される。

 プレイしたのは『蒼の反逆者・テトラ』。進化したので『ウィズダムコア』が破壊され、2PP回復する。『リペアモード』、『ソニック・フォー』に2枚の『知恵の光』が手札に加わるはずだが、手札上限枚数の関係で1枚の『知恵の光』があふれて墓地に送られる。

 まずは『知恵の光』でドロー。

 確認してから『蒼の反逆者・テトラ』で『白翼の戦神・アイテール』を破壊。

 残り2PPで『ソニック・フォー』で『キャノンスマッシャー』を破壊、『リペアモード』で『蒼の反逆者・テトラ』の体力を回復。

 これで三和の場には5/6『蒼の反逆者・テトラ』。

 美鈴の盤面には2体の『プロダクトマシーン』。

 ライフは三和が18。

 美鈴が20。

 

 

 

 先行5ターン目、美鈴のターン。

『凪咲選手には色々な択がありますが……』

『悩ましい択ですねぇ。リーシャではテトラと相打ち、簒奪の使徒では芸がない』

 美鈴は2体の『プロダクトマシーン』を『蒼の反逆者・テトラ』に当てて攻撃。体力を4点に減らし、『不撓不屈の騎士・ヴェイン』をプレイ。

 進化して『蒼の反逆者・テトラ』を攻撃して破壊。

 ターン終了効果で攻撃力を1上げて体力を3点回復。5/5で『不撓不屈の騎士・ヴェイン』が残る。

 

 

 後攻5ターン目、三和のターン。

《我こそは天外の華!》

 プレイしたのは『天外の華・エレノア』。進化して『美麗なる術式』を手札に加える。

 そして『マシンエンジェル』をアクセラレートでプレイ。2体の『プロダクトマシーン』が場に出る。

 『天外の華・エレノア』は『不撓不屈の騎士・ヴェイン』と相打ち。

『黒帯さん、うまく除去できましたね』

『WIZE選手はまだライフを18点残しています。この段階でロイヤルが攻めきれないのは中々苦しいでしょう』

 

 

 先行6ターン目、美鈴のターン。

『白翼の戦神。アイテール』と『魔弾狙撃手・ワルツ』をプレイ。

『おっと。凪咲選手は散らしてきました』

『三和選手は美麗なる術式を手札に加えましたから、中途半端な中型フォロワーを立てても破壊される、それなら横並びをしようという判断でしょうか』

 

 

 後攻6ターン目、三和のターン。

 2体の『プロダクトマシーン』で『魔弾狙撃手・ワルツ』を破壊。

 そして『メカゴブリン』をプレイし、残ったPPで『美麗なる術式』で『白翼の戦神・アイテール』を破壊する。

 3PP残してターンエンド。

『おおっと、ここで美麗なる術式を撃ちましたね』

『スペルブーストを進めようという判断でしょう。これで導きのコストが0。次のターンにライオからの0導きができます』

『このターンに導きを撃って2コスト3コストを探すという動きもありますが、やはりライオ後に打ちたいと?』

『はい。今引いても最大3コストの動きですし、ライオはデッキのカードしかスペルブーストしません。ですからライオを使うまではデッキの中で眠ってもらっていて、ライオ後に導きでドローした方が高いバリューが見込めるでしょう』

 

 

 先攻7ターン目、美鈴のターン。

 『空の指揮官・セリア』をエンハンスでプレイ。『希望の戦術家・セリア』をチョイスし横ならべをする。

『レイサムに備えて横並べ! レイピアマスターは温存でしょうか』

『今2PPで使うよりもレイサム後の疾走必殺役としての役割のために温存した形かと思われますね』

 

 

 後攻7ターン目、三和のターン。

 『真実の絶傑・ライオ』をプレイ。

《これが世界の真の姿!》

 デッキのカードを全て9回スペルブーストする。

 『メカゴブリン』で『シールド・ガーディアン』を破壊。

 最後の進化権を切り『真実の絶傑・ライオ』を進化、『希望の戦術家・セリア』を2点の反撃を受けて破壊。

 ターンエンド。

『まだ導きを撃ちませんね』

『手札にだいぶスペルブーストのたまったフレイムデストロイヤーがいます。小出しにするよりも、一度に大量展開して除去できない盤面を作ろうという判断でしょう』

 

 

 

 先行8ターン目、美鈴のターン。

 『高潔なる騎士・レイサム』をプレイ。

 『誓いの刃をここに掲げよ!』

 進化し、『真実の絶傑・ライオ』を相打ちで破壊。場に『ナイト』が出る。

 『ナイト』で『メカゴブリン』を破壊しつつリーダーに2点ダメージ。これで三和のライフは16点。

 

 

 後攻8ターン目、三和のターン。

 まずは『リペアモード』を使って手札のスペースを開け、0コストとなった『運命の導き』をプレイ。2枚ドロー。

 手札に引いた『マジックミサイル』をプレイ。相手の『ナイト』を破壊する。

 『知恵の導き』でさらにドロー。

『WIZE選手、ここにきてドロー連打!』

『ライオ後のウィッチのデッキは宝の山ですからね。1枚のドローが大きなバリューのカードに化けます』

『引いたのは……真実の狂信者!』

 三和がプレイしたのは『真実の狂信者』が2枚に『フレイムデストロイヤー』。

 3/5、3/5、7/7。

『相手の場には1/2のヘヴィーナイトと1/1ナイトがいますが無視して顔面疾走! 凪咲選手のライフが14点まで削れます!』

 

 

 先行9ターン目、美鈴のターン。

『さて、ロイヤルも苦しくなって参りました! この大量展開、どう抗するのか!?』

 美鈴がプレイしたのはエンハンス『簒奪の絶傑・オクトリス』。

 進化して手札に『黄金の首飾り』と『黄金の杯』を手札に加える。

『おおっとこれは………!?』 

 『簒奪の絶傑・オクトリス』に『黄金の首飾り』を使用。これで能力は7/8。

 『フレイムデストロイヤー』に攻撃して破壊。上からとる。

 そして……

《花が如く舞い踊る!》

『オクトリスのPP回復を利用しての白刃の剣舞! WIZE選手のフォロワーを一掃!』

『いやぁ、お見事でしたね。この勝負、まだわかりません』

 『ヘヴィーナイト』で三和のライフを1点削り、残りライフは16点。

 

 

 後攻9ターン目、三和のターン。

 『ウィズダムコア』をエンハンスでプレイ。進化権を回復させる。

 残った2PPで『メカゴブリン』をプレイ。

 『ウィズダムコア』が破壊され、『知恵の光』2枚を追加でプレイする。

 進化した『メカゴブリン』は体力1残っていた『簒奪の絶傑・オクトリス』と当たって破壊。

 ターンエンド。

『WIZE選手、0コストの炎の握撃を持っていましたが温存しました』

『凪咲選手の手札にはアイテールからひっぱってきたスカイセイバー・リーシャが確定で残っています。あえて盤面を開けることで、トワイライトソードを手札に加えさせないという判断でしょう』

 

 

 

 先行10ターン目、美鈴のターン。

 10PPエンハンスの『レイピアマスター』をプレイ。

《美に焼かれて果てよ!》

 6/6疾走必殺突進守護。

 『ナイト』と『ヘヴィーナイト』と合わせて三和のライフを7点にまで削る。

 

 

 

 後攻10ターン目、三和のターン。

 まずプレイしたのは『開闢の預言者』のアクセラレートで1枚ドロー。

『ここで開闢の預言者をデッキに戻します。あとプレイしていないカードは……』

『6コストですね。真実の宣告をプレイすれば開闢の預言者が直接召喚されます』

 『炎の握撃』をプレイ。『レイピアマスター』を破壊。

 リペアモードでリーダーのライフを1点回復。

『WIZE選手、よどみなくプレイを進めます!』

 0コストになった『フレイムデストロイヤー』をプレイする。

 残ったPPで『真実の宣告』をプレイ。

 溜まったスペルブーストは14。

 美鈴のライフに6点、ガーディアンゴーレムの能力を+5、三和のライフを3点回復。

 これで三和の盤面には7/7『フレイムデストロイヤー』と8/8『ガーディアンゴーレム』、直接召喚される20/20『開闢の預言者』。

 美鈴の盤面には1/1の『ナイト』と1/2『ヘヴィーナイト』。

 三和のライフは残り12点。

 美鈴のライフは残り8点。

『WIZE選手、手札には0導きもありますが、ここは開闢の預言者で勝負を決しようと判断! 手札に温存してターンエンド!』

『ガーディアンゴーレムの守護にライフは12点残っています。無理してドローして開闢の預言者を引いてしまう必要は無いという、実に冷静な判断です』

 

 

 

 先行11ターン目、美鈴のターン。

(さすがだね、三和君)

 美鈴は心の中でため息を漏らす。

 プレイしたのは『ドラゴンナイツ』。守護を持つ『竜殺しの英雄・ジークフリート』と『炎帝・パーシヴァル』をチョイス。

 しかしこのカードでは、『フレイムデストロイヤー』と『開闢の預言者』の攻撃を止められない。

 攻撃せずにターンエンド。

 

 

 後攻11ターン目、三和のターン。

 『フレイムデストロイヤー』で守護を持つ『竜殺しの英雄・ジークフリート』を破壊し、『開闢の預言者』で美鈴のライフを削りきる。

『一戦目、ロイヤル対ウィッチ、勝者はWIZE選手!』

『ドローカードを巧みにコントロールした見事なプレイでした。ウィッチの力強いプレイングを見ることができましたね』

 

 

 

 

(負けちゃったかぁ……)

 美鈴はほうっと息を吐いた。

 やはり最初にもっと強気に手札交換して『月の刃・リオード』と『白刃の剣舞』を探しに行くべきだっただろうか。

(9ターン目、オクトリスで首飾りを引いた時は勝ったと思ったんだけどなぁ)

 やはり三和は強い。

(気分を切り替えて……次は三和君のヴァンプか)

 三和のヴァンパイアは蝙蝠ヴァンパイア。

 三和が最も得意とするデッキだ。ミッドレンジロイヤル相手にも高い勝率を維持している。

(……どっちを使おうか)

 負けた美鈴には引き続きロイヤルを選ぶか、ネメシスを選ぶかの選択権がある。

(うん。こっちだな)

 美鈴が選んだのは………

 




使用デッキ
・美鈴ミッドレンジロイヤル
https://twitter.com/fet_light/status/1133393181675065345
・三和開闢ウィッチ(14話と同じ)
https://twitter.com/fet_light/status/1133180611588370432






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16.鞘中の一刀

『それではBO3二回戦! 凪咲選手はネメシスを選択! WIZE選手はヴァンパイア!』

『WIZE選手はどうやら蝙蝠ヴァンパイアのようですね』

 

 

 最初の手札交換、美鈴はリーシェナを探して3枚交換。

 三和は2/1の『双石の悪魔』をキープ。

 

 

『凪咲選手は……これはリーシェナネメシスでしょうか? しかし引けませんでしたね』

『蝙蝠ヴァンプが相手となると早い試合展開が予想されます。序盤に引けないとつらいですが……』

 

 

 先行1ターン目、三和はパス。

 

 

 後攻1ターン目、美鈴のターン。

 『光明齎す発明家』をプレイ。

《何やらピキーンと閃いたッス!》

『お、リーシェナは引けませんでしたが中々いい動きですよ。手札に破壊の信者があります。2枚ドローできるチャンスです』

『リーシェナを引ける目が増えます!』

 美鈴がチョイスしたのは『素敵な発明品』。回復に専念するようだ。

 

 

 先行2ターン目、三和のターン。

 プレイしたのは『姦淫の従者』。

『手札に双石の悪魔を握っていますが、発明家にとられるのを嫌ったのか従者をプレイ』

『手札に悪夢の始まりが見えているので、次の3ターンの動きは確定しているのでこのターン双石の悪魔をプレイしなくてもいいという判断でしょう』

 

 

 後攻2ターン目、美鈴のターン。

 チョイスした『素敵な発明品』をプレイ。

《イケてるメカッス!》

 『光明齎す発明家』でリーダーを直接攻撃。1点ダメージ。

 

 先行3ターン目、三和のターン。

 プレイしたのは『悪夢の始まり』。2体の『フォレストバット』を場に出し2枚ドロー。

 『姦淫の従者』はリーダーを直接攻撃。美鈴のライフを4点削り、そして互いのライフを2点回復する。

 これで三和のライフは20。

 美鈴のライフは18。

 

 

 後攻3ターン目、美鈴のターン。

 『破壊の信者』をプレイ。破壊不能アミュレット『素敵な発明品』を指定し、2枚ドローする。

『凪咲選手、リーシェナを引き当てます!』

 『光明齎す発明家』は『フォレストバット』を攻撃。相打ちで破壊。

 

 先行4ターン目、三和のターン。

 『双石の悪魔』をプレイ。手札に加えた『蒼炎の魔石』を即座にプレイする。2枚ドロー。

『WIZE選手、4ターンフラウロスは出せず!』

『まだ自傷1回しかしていないのというのは、うーん、つらい出だしかもしれませんね』

 『姦淫の従者』と『フォレストバット』でリーダーを攻撃。これで美鈴のライフを15点まで減らす。

 

 

 後攻4ターン目、美鈴のターン。

 『破壊の絶傑・リーシェナ』をプレイし、進化。

《壊そうよ! ボク以外の全てを!》

 手札に『白き破壊のアーティファクト』を加える。

 場に出ていた『破壊の信者』は『双石の悪魔』を相打ちで破壊。

 進化した『破壊の絶傑・リーシェナ』は『姦淫の従者』を攻撃し4点の反撃を受けて破壊する。

 三和の場には1/1『フォレストバット』が一体。

 美鈴の場には3/2必殺『破壊の絶傑・リーシェナ』が一体。

 三和のライフは20点。

 美鈴のライフは15点。

 

 

 先行5ターン目、三和のターン。

『手札上限枚数の9枚。しかし自傷回数は1回です!』

『いやこのターン……』

 三和は0コストスペル『眷属への贈り物』をプレイ。

 お互いのリーダーに1点ダメージを与え、それぞれの場に『フォレストバット』を出す。

 続いて『鋭利な一裂き』をプレイ。自分に2点ダメージを与えて美鈴のライフを3点削る。

 『邪眼の悪魔』をアクセラレートでプレイ。『破壊の絶傑・リーシェナ』を破壊する。

 『不穏なる闇の街』をプレイ。自分のリーダーに1点ダメージ。

 1ターンに4回の自傷回数を満たし、『フラウロス』をデッキから直接召喚する。

 そして場に出ていた『フォレストバット』に進化権を切り、美鈴を直接攻撃。3点ダメージ。

 三和の場には3/3『フォレストバット』、1/1『フォレストバット』、5/3『フラウロス』。

 美鈴の場には1/1『フォレストバット』。

 三和のライフは15点。

 美鈴のライフは8点にまで削れる。

 三和の自傷回数は5回。

 

 

 

 

 後攻5ターン目、美鈴のターン。

 手札は9枚。

 まずは『素敵な発明品』を指定して『破壊の愉悦』をプレイ。

《壊れるほど奏でる!》

 『フラウロス』を破壊、ラストワードで三和のライフが3点回復する。

 そして『人形使いの糸』をプレイ。ダメージと手札に加えた『操り人形』で全処理する。

 場に残っていた『フォレストバット』はそのまま三和を直接攻撃、三和のライフを17点に削る。

 ターンエンド。

 ライフが10点以下になっているので『素敵な発明品』が消滅。

 美鈴のライフが11点にまで回復する。

 

 

 先行6ターン目、三和のターン。

 アミュレット『不穏なる闇の街』が破壊され1枚ドロー、『蒼炎の魔石』が破壊されて2点ダメージ。

『蒼炎の魔石が割れて2点ダメージ! このハンドなら2回目のフラウロス直接召喚が可能ですが……!』

 三和は『悪夢の始まり』をプレイ。2枚ドローする。

 そして『姦淫の従者』と『不穏なる闇の街』をプレイ。

『フラウロスの直接召喚は狙いませんね』

『手札に1枚のフラウロスが見えます。フラウロスを2枚しかデッキに入れていないのかもしれませんね』

 解説の黒帯の言う通りだった。三和のデッキには『フラウロス』が2枚しか入っていない。

 これ以上『フラウロス』の直接召喚は狙えなかった。

 

 

 後攻6ターン目、美鈴のターン。

(ヴァーナレクが疾走するターン……)

 美鈴は『ゼンマイの巻き直し』を2枚プレイ。4枚の『操り人形』で敵を全除去する。

 そして『白き破壊のアーティファクト』をプレイする。

《奏でて! 白の章!》

 『黒き破壊のアーティファクト』を手札に加え、場に出ていた『フォレストバット』で三和のライフを1点削って12点。

『相手を全除去しつつ6ターン白き破壊のアーティファクト!』

『ヴァンプの弱いところです。横並びが多いもののスタッツが少ないため、十分な人形の量や人形使いの糸でまとめて処理されてしまい、アーティファクトのカウントを進めやすいんです』

 

 

 

 先行7ターン目、三和のターン。

『これから毎ターン2点回復! WIZE選手からすると急がないと少しずつリーサルが遠のいてしまいますよね、黒帯さん』

『はい、そうですね。ドローが潤沢とはいえ直接打点カードが限られていますから、毎ターン2点回復されると時間が延びるほどにリーサルが遠のきます』

 三和がプレイしたのは『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』。美鈴の場の『フォレストバット』を破壊する。そして『姦淫の翼』をエンハンスでプレイする。

 そこで三和の手が止まる。

『進化を吐くか、といったところでしょうか』

『進化権を吐かなくても一応、蝙蝠のリーサル圏内です。しかし光明齎す発明家の素敵な発明品を使われるとリーサルから逃げられてしまいます』

 三和は最後の進化権を使用。

 6点疾走ダメージと6点ドレイン。

 美鈴のライフを5点にまで削る。

 

 

 

 後攻7ターン目、美鈴のターン。

 『白き破壊のアーティファクト』の効果で2点回復して7点。

『さて、闇喰らいの蝙蝠の致死圏内ですが凪咲選手……』

 即座にプレイしたのは『心無き決闘』のエンハンス効果。『ロイド』をチョイスし、進化権を使って進化し『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』を破壊。

『心無き決闘からのロイド! これで3/9必殺守護が立ちます!』

『ロイドは場に存在する限り対象をロイドにしか選べないという効果があります。次のターン闇喰らいの蝙蝠があってもリーダーを狙うことはできません』

 

 

 

 

 先攻8ターン目、三和のターン。

『さてWIZE選手、いよいよ急がなければならなくなってきた!』

 三和は『血の取引』をプレイ。2枚ドロー。

続いてフラウロスをプレイ。

 『邪眼の悪魔』のアクセラレートで『ロイド』を破壊する。

 

 

 後攻8ターン目、美鈴のターン。

 『白き破壊のアーティファクト』のターン開始時効果でライフを2点回復して9点。

 『破壊の愉悦』を使用して『フラウロス』を破壊。

 そして『心無き決闘』で『ロイド』を再度場に出す。

『2枚目のロイド! 耐える! 耐えます! 凪咲選手!』

 

 

 

 

 先行9ターン目、三和のターン。

 プレイしたのは『双石の悪魔』だ。『紅炎の魔石』をチョイスして『ロイド』を破壊。

 残ったPPで『狂恋の華鎧・ヴィーラ』をプレイする。

 

 

 

 後攻9ターン目、美鈴のターン。

 まずは『白き破壊のアーティファクト』の効果でライフを回復し11点。

『黒き破壊のアーティファクトのコストはまだ6。ライフは依然致死圏内ですし厳しいですね!』

『さてどうするか……』

 美鈴は『破壊の信者』で『白き破壊のアーティファクト』を指定し2枚ドロー。

 引いた札を確認し、『美食天使・エカテリーヌ』をプレイ。

《私のレシピに穴はない!》

 リーダーのライフを6点回復。これで17点にまで回復させる。

『エカテリーヌで6点回復! 一気に即死圏内から逃れました!』

『この回復はわからなくなりましたよ。進化権も残していますからメイシアプランでの一発逆転も考えられます!』

『破壊されたフォロワーは13体でしょうか。エカテリーヌが残ればもしや、といったところですね』

 美鈴は『操り人形』を1枚プレイし、『双石の悪魔』を破壊。

 美鈴の動きがしばらく固まる。

(相手の場にはヴィーラが残っている……)

 三和の自傷回数は11回。

 次のターン、『鋭利な一裂き』と『闇喰らいの蝙蝠』があればリーサルだ。

 進化して『狂恋の華鎧・ヴィーラ』を破壊すればその可能性はなくなる。

 だが進化権を使用してしまうとこちらの『粛清の英雄・メイシア』を利用したリーサルプランがなくなる。

(この進化権はよく考えないといけない)

 進化権を切ることは次のターン負けないための一手。

 だがその代償に攻撃のための刃を失うことになる。

 刃を失えば、三和は安心して攻めることが可能だ。

(勝つためには、切ってはいけない気がする)

 悩んだ末に美鈴は進化権を温存してターンエンド。

 三和のライフは17。

 美鈴のライフも17。

 

 

 

 先行10ターン目、三和のターン。

 三和の動きがしばし止まる。

(リーサルがあれば三和君は悩まない。ということは鋭利な一裂きは持っていないんだ)

 内心美鈴は感触をつかむ。

『WIZE選手の猛攻に耐え忍ぶ凪咲選手、この勝負、わかりませんね!』

『お互いのライフはマックス付近まであります。こうなるとリソース面でヴァンパイア側も苦しくなってきてしまい、毎ターン2点回復がつらくなってきます』

『それにメイシアプランも存在しますよね?』

『そうですね。メイシアはまだ一度も見せていません。それでも割り切って自傷カウントを稼いでいくか、ケアしていくか、判断が問われます』

 危ない賭けではあったが、美鈴にも勝機が見えてきた。美鈴は『粛清の英雄・メイシア』をしっかりと握っている。

 三和は『双石の悪魔』をプレイする。

 続いて『姦淫の絶傑・ヴィーラ』をプレイ。ファンファーレで『美食天使・エカテリーヌ』を破壊、加えてエンハンス『姦淫の翼』をつけて4点ドレイン疾走で美鈴を直接攻撃。

 『狂恋の華鎧・ヴィーラ』と合わせて美鈴のライフを11点にまで削る。

『またもやドレインヴァーナレク! これでWIZE選手のライフは19点維持!』

『メイシア対策をしつつ相手のライフを削っていく最高のプレイですね』

 

 

 

 後攻10ターン目、美鈴のターン。

 『白き破壊のアーティファクト』の効果でライフを回復し、13点。

 美鈴は呼気を吐く。

(またライフを削られた……)

 刻一刻と体力を奪われている感覚、現実に例えるならば手足の末端の感覚が壊死していくような感覚。

 そんな喪失感を美鈴は覚える。

(これが三和君のヴァンパイア……)

 だがその怖さを美鈴は知っていた。何度も対面してきたから。

(でも絶対勝てない相手じゃない! カードゲームに絶対はないんだ!)

 美鈴は『破壊の信者』をプレイ。2枚ドローを選択する。

 そして、会場が湧いた。

『ここに来て凪咲選手、3枚目の心無き決闘を引きました!』

『絶体絶命の状況ですが凪咲選手粘ります!』

『後が無いことを理解した上での魂のドローですね!』

『ここからどのようなプレイを見出すことができるか!』

(残りPPは8。手札には人形が1枚……)

 美鈴は己の手札を見渡す。

(行ける!)

『凪咲選手、ロイドをチョイス! 1/9必殺守護! そして、破壊の愉悦をプレイ! ヴァーナレクに4点ダメージ!』

 そして『操り人形』2枚を使って『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』を破壊。

 場に出ていた『破壊の信者』で『双石の悪魔』を破壊する。

 そしてターンエンド。

 三和のライフは19点。

 美鈴のライフは13点。

 美鈴の破壊されたフォロワーは17体。

 

 

 

 

 

 先攻11ターン目、三和のターン。

 ターン開始時、アミュレット『紅炎の魔石』が割れて2点ダメージ。

(まいったな……)

 三和は『闇喰らいの蝙蝠』をプレイ。『ロイド』に13点ダメージを与えて破壊する。

 そして『邪眼の悪魔』のアクセラレートで『破壊の信者』を破壊する。

 『狂恋の華鎧・ヴィーラ』で美鈴のライフを2点削る。

 ターンエンドで美鈴にターンを渡す。

 

 

 

 後攻11ターン目、美鈴のターン。

『これは……耐えるに耐えました! 凪咲選手!』

 美鈴がプレイしたのは『粛清の英雄・メイシア』だ。

 進化権を使用して『粛清の一刀』を手札に加える。

 

《粛清の英雄・メイシア》

コスト3 攻撃力2 体力3

[進化前]

このフォロワーは相手リーダーを攻撃不能。

[ファンファーレ] カードを1枚引く。

[進化後]

(相手のリーダーを攻撃可能)

 粛清の1刀一枚を手札に加える。

 

 

《粛清の一刀》

コスト7 スペル

自分のネメシス・フォロワー1体を選択して、+4/+0する。

そのフォロワーは疾走 を持つ。

選択したフォロワーが粛清の英雄・メイシアなら、+4/+0するのではなく、+X/+0する。

Xは「このバトル中に破壊された自分のフォロワーの数」である。(それはX体)

 

 

《これが世界の結末です》

 美鈴の破壊されたフォロワーは19体。

 『粛清の一刀』の効果により、『粛清の英雄・メイシア』の攻撃力は19点になる。

 三和のライフを消し飛ばす。

 

『おおおおおおなんという逆転劇! 耐えるに耐えてリーサルから逃れ続け、メイシアによる逆襲を測りました!』

『薄氷の上を渡るような手札の引きとプレイングの連続ですが、選択を間違えることなく勝利をつかみましたね』

『これでBO3は最終戦に持ち込まれます! ミッドレンジロイヤル対蝙蝠ヴァンパイア!』

 

 

 




使用デッキ
・三和蝙蝠ヴァンプ
https://twitter.com/fet_light/status/1135176044963479554
・美鈴リーシェナネメシス
(13話と同じ)
https://twitter.com/fet_light/status/1130460030510067712





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17.黄昏は

 緊張で溜め込んだ息を吐きだして、美鈴は体を弛緩させた。

 会場の冷房は全体の人口密度に合わせられている。人ごみと様々な端末が熱を発する一般会場は暑いぐらいだが、閑散とした配信卓では肌寒いぐらいだ。

 しかし美鈴の体は汗ばんでいた。

『いやぁ、クラスメイト同士の戦い、熱いですねぇ』

『お互いに使用するデッキは違うものの、プレイング、カードの引き、実力は伯仲していますね』

『一方でお二人のプレイを拝見していると、ドローの度に一喜一憂する凪咲選手とポーカーフェイスを崩さないWIZE選手、対象的ですね』

『そうですね。まるで月と太陽のような2人です』

『さて、蝙蝠ヴァンプ対ミッドレンジロイヤル。最終試合です!』

 

 

 ロイヤル対ヴァンパイア。

 先行は美鈴。

 後攻は三和。

 

 最初の手札交換。

 ドローソースを重視したのか三和は『双石の悪魔』に『不穏なる闇の街』をキープ。

 美鈴は『白翼の戦神・アイテール』をキープ。

 

 

 1ターン目はお互いにパス。

 

 

 先攻2ターン目、美鈴のターン。

 『空の指揮官・セリア』をプレイ。

 

 後攻2ターン目、三和のターン。

 『双石の悪魔』をプレイ。『蒼炎の魔石』を手札に加える。

 

 

 先行3ターン目、美鈴のターン。

 『白翼の戦神・アイテール』をプレイする。

 『空の指揮官・セリア』は三和への直接攻撃を選択。2点ダメージ。18点に削る。

 

 後攻3ターン目、三和のターン。

 『蒼炎の魔石』をプレイ。2枚ドローする。

 そして1コストで『姦淫の信者』をプレイする。

『おっと先ほどの試合では見られなかった姦淫の信者。攻撃する度に自分のリーダーに1点ダメージ』

 『双石の悪魔』は『空の指揮官・セリア』と当たり、相打ち。

 

 

 先行4ターン目、美鈴のターン。

(姦淫の信者か……)

 攻撃時効果で自分のリーダーに1点ダメージを与える効果を持つ。本来ならデメリット効果だが、蝙蝠ヴァンパイアの場合は『闇喰らいの蝙蝠』の打点が上がり、さらには『フラウロス』の直接召喚のトリガーともなる。

 美鈴は『月の刃・リオード』と『レイピアマスター』をプレイ。『白翼の戦神・アイテール』は『姦淫の信者』を攻撃、破壊する。

 『姦淫の信者』が持つもう一つの能力、ラストワードによって美鈴のライフが1点削れて19点になる。

 

 後攻4ターン目、三和のターン。

 進化権が解放される。

(ヴィーラで盤面を強くするか。それとも自傷を稼いでくるか……)

 三和は『血の取引』をプレイ。2枚ドロー。

 そして『姦淫の従者』、『不穏なる闇の街』を2枚プレイ。

 直接召喚『フラウロス』。

 『フラウロス』に進化権を切り、『白翼の戦神・アイテール』を破壊する。

 三和の場には7/3『フラウロス』、4/2『姦淫の従者』。

 美鈴の場には1/3潜伏『月の刃・リオード』と『レイピアマスター』。

 ライフは三和が13点。

 美鈴が19点。

 

 

 先行5ターン目、美鈴のターン。

(どう動いたものかしら……)

 美鈴の手には様々な手がある。

(……うん、こっちかな)

 美鈴は『簒奪の絶傑・オクトリス』をプレイ。『フラウロス』のラストワードを奪う。

 『レイピアマスター』で『姦淫の従者』を相打ちで破壊し、『月の刃・リオード』を進化。

 まだ終わらない。『白刃の剣舞』で『フラウロス』を破壊し、三和に直接攻撃。3点。

『ああっと貴重な体力回復であるラストワードを奪われてしまう! 5ターン目にして早くもWIZE選手のライフは残り10!』

 

 後攻5ターン目、三和のターン。

 ターン開始時、前のターンに置いたアミュレット『蒼炎の魔石』が破壊されて2点ダメージ。

『三和選手、これでライフは残り8点』

 三和もため息をつく。

(さて……どう動いたものか)

 自傷回数は5回。

(……美鈴の手札は残り4枚。しかも二枚は陰潜天誅とリーシャで決まり。リソース勝負に持ち込めるといいが……)

 三和は『邪眼の悪魔』をプレイ。

『憎しみが私を焦がす……』

 自傷した回数だけ相手フォロワー全てにダメージ。自傷回数は5回。

 美鈴のフォロワーを全処理する。

 奪ったラストワードの効果で美鈴の体力が20点まで回復する。

 

 

 先行6ターン目、美鈴のターン。

(三和君のライフを詰め切りたいけど……)

 三和のライフを全力で削りに行くべきか。

(できればここで進化権は使いたくない……けど邪眼の悪魔放置は怖いな)

 美鈴は『簒奪の従者』をプレイ。ファンファーレの一点は『邪眼の悪魔』を選択。

(小剣か靴)

 手札に加わった財宝カードは『黄金の小剣』。

(やったー!)

『美鈴選手、思わずガッツポーズ』

『本当に表情豊かですね』

 美鈴は『黄金の小剣』とランダム2点ダメージで『邪眼の悪魔』を処理する。

 

 後攻6ターン目、三和のターン。

 美鈴とは対照的に三和は思わず渋面を浮かべていた。

(うーん、そこを引くか。相変わらず持っているな……)

 小剣で一方的に処理でき、靴を引いても相打ち。2分の1に賭けられた中で最悪なカードを引かれた。

(いや……最悪でもないか)

 三和は『狂恋の華鎧・ヴィーラ』をプレイ。さらにエンハンス『姦淫の翼』をプレイ。

 6/6ドレイン持ちで、『狂恋の華鎧・ヴィーラ』の進化時効果で次の自分のターンまでダメージを2点軽減する。

『ヴィーラ姦淫の翼! 6点ドレインで一気にライフを回復します!』

『ロイヤル側はこれをされるとつらい!』

 『簒奪の従者』を2点の反撃を受けて破壊。

 さらにドレイン効果でライフを6点回復し、三和のライフは14点。

 

 

 先攻7ターン目、美鈴のターン。

(翼ヴィーラなんてされたらこうするしかないじゃん!)

 『ドラゴンナイツ』をプレイ。『竜殺しの騎士・ジークフリート』をチョイス。

 必殺効果で相打ちで破壊。

 三和のライフは14点。

 美鈴のライフは残り20点。

 三和の自傷回数は6回。

 手札は三和が7枚。

 美鈴が4枚。

 

 後攻7ターン目、三和のターン。

(さて、ここからあと20点、詰め切れるか)

 三和はまず『悪夢の始まり』をプレイ。『フォレストバット』を2体出して2枚ドロー。

 そして0コストスペル『眷属への贈り物』をプレイ。お互いのリーダーに1点ダメージを与えてそれぞれの場にフォレストバット一体を出す。

 そして『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』をプレイ。美鈴の場の『フォレストバット』を破壊しリーダーを直接攻撃。

 美鈴のライフを17点にまで削る。

 

 

 先攻8ターン目、美鈴のターン。

(まだまだ!)

 エンハンス『ドラゴンナイツ』をプレイ。チョイスしたのは『竜殺しの騎士・ジークフリート』と『炎帝・パーシヴァル』。突進を持つ『炎帝パーシヴァル』で『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』を破壊。

 ターンエンド。

 

 後攻8ターン目、三和のターン。

 2枚目の『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』を切って『竜殺しの騎士・ジークフリート』を破壊する。

 そして『鋭利な一裂き』で2点自分のリーダーのライフを削り、美鈴のライフを3点削る。

 さらにはアクセラレート『邪眼の悪魔』で『炎帝・パーシヴァル』を破壊。

 2体のフォレストバットと疾走を持つ『姦淫の絶傑・ヴァーナレク』でリーダーを直接攻撃。

 美鈴のライフが一気に10点まで削れる。

 

 

 先攻9ターン目、美鈴のターン。

(三和君の自傷回数は……9回)

 蝙蝠を握っていたら致死ラインだ。そして三和の手札の量からして、ないと期待するのは無理があるだろう。

 美鈴は『簒奪の絶傑・オクトリス』をエンハンスでプレイ。

 手札に加えたのは『黄金の杯』と『黄金の靴』。

 『黄金の杯』をリーダーに使用してライフを12点にまで回復。

 『簒奪の絶傑・オクトリス』は『フォレストバット』に攻撃して破壊。

 そして『白刃の剣舞』。

 6点ダメージで敵を全処理。

 

 後攻9ターン目、三和のターン。

(白刃の剣舞を握っていたか……)

 三和のライフは残り10点。『簒奪の絶傑・オクトリス』を残したくはない。

 『闇喰らいの蝙蝠』をプレイして、『簒奪の絶傑・オクトリス』を破壊。

 『姦淫の従者』をプレイしてライフを9点に削りつつ、自傷カウントを稼ぐ。

 

 

 先行10ターン目、美鈴のターン。

(蝙蝠を除去に使うなんて……そろそろ三和君の除去札も切れてきたところかな?)

 そしてドローを確認する。

(あれ? これもしかして……)

 美鈴は『スカイセイバー・リーシャ』をプレイ。

《黄昏は闇夜を照らす勇気の光!》

 そして『高潔なる騎士・レイサム』をアクセラレートでプレイ。2体の『ナイト』が場に出る。

 進化した『スカイセイバー・リーシャ』は『姦淫の従者』を攻撃して破壊。場に『黄昏の刃・ナノ』が出て手札に『トワイライトソード』を手札に加える。

『おおっと凪咲選手、これは……!』

 『陰伏天誅』からの『アサシン』で『スカイセイバー・リーシャ』を潜伏させる。

 そして必殺を持つ『黄昏の刃・ナノ』に『黄金の靴』を使用して『闇喰らいの蝙蝠』を破壊。

『おおっと、温存してきたスカイセイバー・リーシャとアサシンをここで使用しました! 潜伏したリーシャをとる手段がなければ、次のターン2枚のトワイライトソードで合計15点ダメージ!』

『次がラストのターンになりますね』

 

 後攻10ターン、三和のターン。

 自傷回数は9回で、美鈴のライフは残り12点。

(鋭利な一裂きがあれば勝ち)

 三和はドローを確認する。

 引いたのは『血の取引』だ。

『次のターン15点ダメージが確定しているWIZE選手』

『まだあります。血の取引で眷属への贈り物を引けばWIZE選手の勝ちです』

 三和は『血の取引』をプレイ。

 引いたのは、『不穏なる闇の街』と『鋭利な一裂き』。

『おおっとここで鋭利な一裂き、一手遅い! 不穏なる闇の街でもダメですよね?』

『はい。エンハンスがあるので、0コストでプレイすることはできません』

 三和はそっとターンエンドを押す。

 

 

 先行11ターン目、美鈴のターン。

(ごめんね三和君)

 三和はカードをタップする。

『リーシャで5点! そして……トワイライトソード!』

 10点ダメージで三和のライフを吹き飛ばす。

 

 

 

『第四回戦凪咲理江選手対WIZE選手は凪咲理江選手の勝利でした』

『お見事でしたね』

 美鈴はほうっと息を吐いた。しばらく茫然と端末をのぞき込んでいると、声がかけられた。

「すいません、解説席へと移動お願いします」

「あ、すいません」

(そうだった、勝利者インタビューがあるんだった)

 勝った方は解説席で解説者たちからインタビューを受けることになっていた。

 三和の方を確認すると、三和は黙って立ち去っていた。

 美鈴はスタッフの案内に沿って解説席へと移動する。

 黒帯とポッポロ、それとプロプレイヤーでもあるニサが迎えた。

 美鈴が解説席へと近づくと、ポッポロが声をかけてきた。

「勝利した凪咲選手、おめでとうございます。いかがですか、対戦してみて」

 マイクを手渡されたので声を張る。

「本当に綱渡りの勝負でした。いつライフが削られるとびくびくしながら戦いました」

「二戦目のリーシェナネメシス、3戦目のロイヤルも熾烈なライフトレードでしたね」

「かなりドローに救われました。思い切った選択をプレイしてみました」

「ニサ選手、どうですか?」

「ええっと、三戦目の邪眼の悪魔を簒奪の従者でとるシーン、あそこはどういう気持ちでプレイしましたか?」

「最悪進化権を使ってもとれますけど、できれば進化権を使わずにとりたいと思いました。どうせヴァーナレクにとられるターンなので、靴か小剣の50%であれば賭ける価値はあるだろうと思いました」

「相手のWIZE選手とはクラスメイトという話ですが、戦ってやりづらいというのはありましたか?」

「ありました。お互いに二日目に行ければいいねと応援しあっていたので……。でも試合なら全力で戦うのが礼儀だと思っていたので、お互いに全力を出したと思います」

「三戦目までもつれこみましたものね。最後の血の取引を見た時はどうでしたか?」

「あれは……もう負けたかなって思いました。それぐらいみ……蝙蝠ヴァンプは圧力があったので」

「肝を冷やされる戦いだったと。それではこれからの意気込みをお願いします」

「私はシャドウバースをはじめたのばかりなんですけど、みっちりと練習してきました。全力でプレイしますので、応援していただけると嬉しいです」

「始めたばかりでも熱意では負けないと! ありがとうございました!」

 拍手で美鈴は送られる。

(三和君に勝ったんだぁ)

 運に助けられた勝負。三和じゃないプレイヤーなら、選択しないカードの切り方もした。

 しかし三和なら一つの甘えたプレイでも隙をついてくると思い、強気なプレイを心掛けた。

(……三和君と感想戦でもしたいけど、もういなくなっちゃったかな)

 三和は人目を警戒している。おそらく素早く立ち去っただろう。

 そう思いつつ退出口に出たところで、見慣れた姿があった。

「三和君……?」

 待っていてくれたのだろうか。三和らしからぬ行動だった。

「よ、永瀬。お疲れ様」

「待っていてくれたの?」

「いや」

 三和は苦笑を浮かべて、肩をすくめた。

「預けた私物のバッグが手違いで移動されたとかで、今探してもらっているんだ」

「あ、そうなんだ……」

 てっきり待っていてくれたのだと思い、少しガッカリしてしまう。

 三和は周囲を見渡す。

 あたりは人気がなく、運営スタッフが時折通りすがる程度だ。

「よかったぞ。プレイング」

「え……」

「完敗だ。正直、負けるとは思わなかった」

「三和君……ごめんね。私は三和君に勝って欲しいって言ったのに」

「なーに。まだ1敗だから残り全勝すれば二日目の目はあるんだからな。それにお互い様だろ」

「……うん」

 なぜかはわからないが、逆の立場だったら同じようなやりとりをしていたように思う。

 三和は目ではやく立ち去れと合図をしてくるが、美鈴は離れがたかった。

 立ち去らない美鈴に、三和は困ったような笑みを浮かべると嘆息する。

「配信卓映れてよかったな」

「うん。これ以上ない宣伝になるかも。それと三和君と一緒に映れてよかった」

「そうか?」

「うん、思い出になったもの。……あ、勝ったからとかじゃなくてね」

「思い出か……。結局、ろくに話せてないものな」

「うん。三和君ガード固いから」

「美鈴は油断しすぎ」

「え?」

「……っと」

 三和は口を塞ぐ。

「今三和君、美鈴って」

「……」

 三和は無言を貫く。三和は普段、美鈴のことを『永瀬』と苗字で読んでいたはずだ。

 途端に可笑しさがこみあげて美鈴は腹を抱えた。

「あはは……油断しすぎって……あはは……」

 当の三和が油断して下の名前で呼んだのだから世話はない。憮然とした表情の三和に意地悪心がくすぐられる。

「ふふふ……悠平君。ゆーくんかな?」

「俺はそんな可愛らしいキャラじゃない」

 からかわれていると思ったのか、三和はつっけんどんに返してきた。

「ねぇ、咄嗟に下の名前が出たってことは、もしかして下の名前で呼ぶことがあったの?」

「………」

 三和はしばし無言を貫くが、やがて観念したように漏らした。

「……独りで永瀬のことを考える時とかかな」

「そうなんだ。でも嬉しいなぁ」

 ただ下の名前で呼ばれていただけだ。それだけの事実が嬉しかった。

 それでも三和のスタンスは変わらなかった。表情を緩ませることなく、むしろ引き締めて諭すような声色で言ってきた。

「……我ながら軽率だった。あまり下の名前で呼び合うのは、よくない」

「……うん」

 それが美鈴のためを思っての言葉だと理解できるので、美鈴は素直にうなずいた。

 それからふと疑問が湧いた。意地悪な問い。むしろ美鈴が答えを出すべき問いだということはわかっていても、三和に聞かずにはおれなかった。

「ねぇ、私たちいつになったら下の名前で呼び合えると思う?」

 言ってから後悔した。お互いの関係を秘密にしているのは全て美鈴の事情だ。

 それなのに配慮しているのは三和の方だというのに。

 しかし三和は嫌な顔をせず、わずかな逡巡の後、ぽつりと返した。

「わからない。こういうのは正解はないと思うから」

「そう……だよね」

「永瀬がきつくなった時でいいんじゃないかな」

「……三和君って、優しいね」

 見た目は目つきが悪くて、物言いはつっけんどんで、表情も乏しい。

 でもその実、怜悧な容貌の裏では常に真剣に相手のことを考えている。

 美鈴にとっての日陰。

「残り3戦! がんばろうね!」

「ああ」

 

 

 

 三和と美鈴を遠くから見つめている視線があった。

(許さない)

 その視線の持ち主は、ギリギリと奥歯を噛んだ上で激情に頬をひきつらせていた。

(あいつは裏切った。この僕をコケにしたんだ)

 怨嗟のような激情。

(報いを与えなければいけない)

(これは正当な報復だ)

 

 

 

 二人を見つめる視線はもう一つあった。

(あいつは裏切った)

 遠くから見つめているのも一緒なら、その内に秘めた激情も似ていた。

(あいつは俺をコケにした。これが許されてなる物か)

(報いを与えなければいけない)

(これは正当な罰だ)

 

 

 




使用デッキ
・美鈴ミッドレンジロイヤル(15話と同じ)
https://twitter.com/fet_light/status/1133393181675065345
・三和蝙蝠ヴァンプ(16話と同じ)
https://twitter.com/fet_light/status/1135176044963479554




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18.狂った歯車

 2人で待っていると、ほどなくスタッフがバッグを返しにやってきた。

 ぺこぺこと低姿勢で謝罪される。念のためバッグの中身が揃っているか確認してくれとせがまれた。

 言われた通り、三和はバッグの中を一通り確認した。特に異常は見当たらない。

「大丈夫です」

「すいませんでした」

「いえ、大丈夫です」

 低姿勢な運営スタッフを労いながら、三和は携帯端末を取り出した。

「……あー、安原たちから着信きている」

「なんて?」

「撮影スタッフのところで待っているってさ」

「それじゃ一緒に行こうか」

「んー……そうだな」

 三和は一瞬警戒した顔をするも、今こうして一緒にいる以上別れるのは不自然かと思い、共に行くことにした。

 三和はあえて美鈴と距離をとった。不自然なぐらいの距離だ。

 美鈴も三和の意図はわかっていたので、三和に話しかけずに2人無言で撮影スタッフたちのもとへとむかう。

「あ、二人ともお疲れ様」

 一番に気づいたのは安原だった。

「いい試合だったね。見ていたよ」

「プレミなかったか?」

「ないと思うよ。少なくとも僕は気づかなかった」

「やーやー! 三和君も凪咲ちゃんもお疲れ様!」

 陽気に声をかけてきたのはカメラを持ったディレクターの野田だった。

「いい試合だったよ。このまま二人のインタビューしたいんだけどいいかな」

 言葉こそ疑問形だが、野田はすでにカメラをまわしていた。

 選択権はないようだった。

 三和も配信卓で顔を出している。その延長線だと思って応じた。

 

 

 

 三和と美鈴のインタビューを、安原、楓子、剛の三人は遠巻きに眺めていた。

「ネタになりそうなものならなんでも撮るんだな」

「うん。まあ実際はそこから編集して、映す部分はほんの一部だろうけど」

 と、不意に背後から不機嫌な声がかかった。

「なにあれ?」

 背後に立っていたのは葛木だった。一人だけだ。ずっと後ろをついて歩いていた女子生徒の姿はない。

「葛木君お疲れ様。そっちはどうだった?」

「ありえねーって。アンネローゼもドラゴニックコアも引けずに負けたよ。ありえないぐらいの交通事故だよ。それより三和がなんで永瀬と一緒にインタビュー受けているわけ?」

 不機嫌そうに葛木は告げた。安原は説明する。

「さっき配信卓で二人の試合だったんだ」

「永瀬と三和が?」

「そう。その流れでインタビューってわけ」

「ふぅん。ご機嫌そうだな」

 葛木は面白くもなさそうに言った。

 それから突拍子もない事を言った。

「あいつら付き合っているのかな」

「え? なんで?」

 安原には想像の範疇の外だったので聞き返した。

 まったくそんなそぶりは感じなかった。

「だって永瀬にシャドバ教えたの三和だろ?」

 葛木はニヤニヤとした笑みを浮かべながら言う。

 楓子が安原の顔を見返して、「そうなのですか?」と聞いてきた。

「いや……そんな話は知らないけれど」

「いや間違いないね。永瀬の師匠は三和だ」

 葛木は妙に確信めいた口調で断言した。

 そう言われると確かに、RAGE前、カラオケ店でのデッキ調整に美鈴が参加してきたのも不自然だった。分け隔てなく接する美鈴とはいえ、あの積極性は皆驚いたものだ。

 もし三和が美鈴の師匠だったのならあの行動も納得がいく。

 だがまだ腑に落ちない部分はあった。

「でもそんなそぶり見せなかったし……葛木君は何かの根拠あるの?」

「三和は典型的な偽善者タイプだよ。見ず知らずの奴はどうでもいいって思っているのに、関りのある奴には急にお節介を焼きたがる。俺が永瀬にちょっかいかけたら勝負をしかけてきやがった」

「あ、金髪の人はくずきせんぱいだったのですね」

 今更ながら記憶が符号したのか、楓子が気づいた。

(確かに、あの行動は三和にしては不自然だったけど……)

「でもそれならなんでそれを隠すの?」

「あ? アイドルが男と付き合ったらスキャンダルだろ」

 葛木が完全に小馬鹿にした口調で言った。

 葛木の言葉には確かに筋が通っている。

「そんな……でも付き合っているまでは行き過ぎじゃないかな?」

「まあ、それもそうだな」

 持論を展開していた葛木だが、唐突に肩をすくめて身を引いた。

「三和じゃ永瀬の相手は荷が重いよな」

 それだけ言い捨てると、さっさと去っていった。

(な、なんだあいつ……?)

 葛木と付き合いの浅い安原は戸惑った。葛木が単に自分の握っている秘密をひけらかした上で三和をこき下ろし、憂さ晴らしをしたかったとは想像もつかない。

「三和せんぱいと、永瀬せんぱいはつきあっているのでしょうか?」

「さぁ……」

「だとしたらお似合いの二人だとおもいます」

「お似合い……?」

 誰にでも笑顔をむけるひまわりのような美鈴としかめっつらで三白眼の三和。

 対照的な2人だと思っていた。

 だが改めて見直すと、お互いの短所を補い合うようで楓子の言葉を否定できなかった。

 

 

 

 美鈴のマネージャーの須賀は、安原と葛木の会話を盗み聞いていた。

(やっぱり秘密はどこかで漏れるもの……勘の鋭い人は隠していても気づくものね……)

 内心そら寒いものを覚えつつ、須賀の胸中を占めるのは諦観だった。

 須賀としては、受け身にまわらざるを得ない。年頃の二人であれば別れるように言うと逆に火がつきかねないし、仕事のためとはいえ男女の仲を引き裂くのは須賀の流儀にも反する。

 事が表に出た場合に備えて、心の準備をしておくだけだ。

 と、携帯端末に着信があった。

(……鈴木君?)

 鈴木からだった。単なる同僚だが、鈴木は一時期須賀に言い寄ってきていたことがある。鈴木は見た目はいいから須賀もまんざらでもなかったが、一緒の事務所で過ごすうちにヤリ手の風貌の鈴木が自尊心のエゴで凝り固まっていることに気づいて、結局単なる同僚として振る舞った。

『大事なことを伝え忘れていた。今会場に来ている。直接話したい』

(やっぱり会場に来ていたんだ……。でも何の用事だろう?)

 須賀はいくつも疑問を覚えたものの、これから会うというのなら、その時に聞けばいいだろうと思った。

『わかった。どこで会う?』

 と返信を送る。

 鈴木から場所の指定がきた。

 美鈴たちの方を見ると、インタビューを終えたところのようだった。

「ちょっと離れます」

「はい」

 スタッフの一人に声をかけて、須賀は指定された場所にむかった。

 しかし10分待っても20分待っても鈴木はこなかった。

(どういうこと?)

 鈴木に催促の通知を送っても最初の方に『少し遅れる』と返ってきたのみだ。それから10分以上連絡は来ていない。

 結局待ち切れず、須賀は元の場所に戻った。

「ああ、須賀さんおかえりない。さっき鈴木さんが来ましたよ」

 そう声をかけてきたのは野田だった。

「鈴木君が? どういうこと?」

「ああ、なんか理江ちゃんの私物をとりにきたみたいで」

「なんですって!?」

 血相を抱えて、須賀は会場の隅におかれていた荷物置き場にむかった。

 番組側のスタッフが荷物番をしているので大丈夫だと思ったが、鈴木は内部の人間という認識だったのでスルーしてしまったのだろう。須賀が情報の共有を怠った結果だが、鈴木がこのような手段に出るとは想定外だった。

(どういうこと鈴木君? 何を考えているの?)

 状況から察するに、鈴木が須賀を呼び出したのは美鈴の私物が目的だということになる。

「理江ちゃんたちはどこいきました?」

「ええっと、理江ちゃんはお手洗いに。三和君たちは4人でフライト式トーナメントに行くといってしましたよ」

 

 

 

 

 お手洗いの帰り、美鈴は端末に通知が来ていることに気づいた。

(……あれ、通知が来てる……。鈴木さんから……?)

『話したいことがある。三和君も来ているから、ここに来て欲しい』

(鈴木さんが今更……? なんだろう……)

 不審感を覚えつつも、三和が来ているというのなら、行かないわけにもいかなかった。

 

 

 一方、三和の方の端末にも連絡があった。

(美鈴から……?)

『相談したいことがあるからここに来て』

 通知にはそう書いてあり、地図が添えられていた。

(会場の外………?)

 次の試合の対戦時間も差し迫っている。話があるというのなら急がなければいけない。

「悪い、急用ができた」

「急用?」

 安原たちを置き去りに、三和はダッシュした。

「あやしい、ですね」

 置き去りにされた楓子がつぶやいた。

「うん……」

 安原も相槌を打つ。

「やっぱり本当に付き合っているのかな、あの2人」

 

 

 

 指定の場所に先に付いたのは三和だった。

(なんでこんなところに……?)

 周囲に全く人気が無いところだ。よほど人に聞かれたくない話だろうか。

 疑問に思いつつも、美鈴の端末からの着信だったのは確かだ。

 ほどなく美鈴も姿を見せた。

「三和君、鈴木さんは?」

「鈴木? ……それって須賀さんの前のマネージャーのことだよな」

「うん。鈴木さんが話したいことがあるって」

「うん? 俺の方は美鈴から相談したいことがあるって通知がきていたけど」

「え? 私そんなの送ってないよ?」

「送っていない?」

 お互いに状況が飲み込めずに怪訝な顔をしていると、新しく靴音が響いた。

「あ、すずきさ……乱丸さん?」

 現れたのは、美鈴を呼び出した鈴木ではなく乱丸だった。

 二人きりでいるところを見られると怪しまれると思い、美鈴は三和から離れようとした。

 しかしこの時ばかりは三和は美鈴の前に出て、美鈴をかばった。

 乱丸は、表情こそ不敵な笑みを刻みつつも、目は吊り上がりまなじりがぷるぷると小刻みに震えていた。尋常な様子ではないことが伝わった。

「うらぎりものぉ……」

「うらぎり……?」

「お前は僕たちの純真を弄んだ! やってはならないことをしたんだ!」

 ポケットをごそごそとまさぐると、金属質の棒状のものを取り出した。

 それがパチンという音とともに二つに割れる。

 二つ折り式のナイフだ。

「ら、乱丸さん……?」

 乱丸の行動に美鈴が驚いている間に、三和はすばやく周囲を見渡した。

(周囲に退路は……ない)

 乱丸がでてきたのが唯一の退路だ。しかし左右にほとんどスペースはなく、かいくぐっていくのは無理そうだ。

 続いて乱丸の体格を分析する。身長は三和の方が上だが、小太りな乱丸は体重では三和を圧倒している。腕力もありそうだ。

(組み伏せるのも相当難しそうだな……)

「まってください乱丸さん! どうしてこんなことするんですか!」

「お前が俺たちを騙したからだろうが! 純真なふりをしてお金を搾取して、そのくせ男をつくりやがって!」

「騙すなんて、私そんなつもりじゃ……!」

「いいか! アイドルは男をつくっちゃいけないんだ! それがお前らの商売だろうがぁ!」

 乱丸は半狂乱になって己の論理をふりかざした。

 三和はその論理がどれほど自分勝手なものかと思ったものの、それを真っ向から指摘することが状況を好転させないことは想像がついた。

(状況から察するに鈴木が関与している……今更恋人関係をすっとぼけても無駄そうだな)

 三和の口から何を言っても、状況は好転しそうにない。

 乱丸の出方を警戒しつつ、説得は美鈴に任せることにした。

「落ち着いてください。こんなことをしても乱丸さんがつかまるだけです!」

「いいんだよぉ僕はどうなってもぉ……この世からお前たちが消えさえすればいいんだ」

「いいわけないじゃないですか! 刑務所に入ったらライブにも行けなくなるんですよ!?」

(この期に及んで相手の心配か。……美鈴らしいな)

「乱丸さんがしようとしていることは、私たちを傷つけることじゃありません! 自分の人生を台無しにする行為です!」

 自分たちの命が脅かされているのに、美鈴は乱丸を思いやる言葉を投げかけた。

 三和では浮かばない発想だった。

「う、うるさいうるさい! それもこれも全てお前らが悪いんだ!」

 乱丸は半狂乱になりつつも、その声が震えていた。

 決意が揺らぎ始めているのかもしれない。前回も未遂に終わったそうだし、意志は案外脆いのかもしれない。

「やめてください! こんなことをしても、何の解決にもなりません!」

「だ、黙れ! お前たちはそうやって純真なふりをして、いつも僕たちを弄ぶんだ! 内心僕たちをあざ笑って気にもかけないんだろう!?」

「私、乱丸さんのこと知っています! いつも最前列に並んでくれて、踊りでステージを盛り上げてくれて! グッズも山のように買って行ってくれる! 大切なファンの一人です!」

「ぐぐぐぐ……」

「さあ……そのナイフをしまってください」

 美鈴は三和をおしのけて前に出てきた。

 そこに銀光が走る。

「馬鹿!」

 乱丸から閃いた一閃が、美鈴をかすめる。後ろから三和がひっぱらなければ、当たっていたかもしれない。

 乱丸は恍惚とした笑みを浮かべて、涎を垂らしながら言った。

「好きだぁ……理江ちゃん……一緒になろう……?」

(相手を思いやり過ぎて、ぷっつんさせてしまったか……)

「美鈴、俺が時間を稼ぐから電話で助けを呼べ! ブザーも鳴らせ!」

「う、うん」

 美鈴が防犯ブザーを鳴らす。けたたましい騒音が鳴り響くが、人気の無い場所だ。いつ人が来てくれるかわからない。

 ブザーの音で怖気づいて逃げ出すことを期待していたが、逆に美鈴の優しい言葉が相手の殺意を高めてしまったようだ。

 今の乱丸には殺害こそが愛情表現になっている節がある。

「邪魔するなよぉ……。お前も殺すぞぉ……?」

「生憎だけど天邪鬼だと言われてきているんでね。素直に人の言葉に従う性質じゃないんだ」

 三和は強がった。内心では斬られたら痛いんだろうなと思いながら。

 乱丸は不格好にナイフを振り回す。身をひねってかわし、蹴りで体を突き飛ばして牽制する。

 三和は基礎的な筋力はともかく、動体視力はかなりいい方でスポーツの成績は悪くない。

 乱丸が大きくナイフを振って態勢を崩したすきを見つけてとびかかる。

ナイフを持つ腕に両腕を巻き付けた。

「や、やめろ! 離せ!」

 しばしもみ合いになる。なんとかナイフを取り落とさせようとするが、やはりパワーの方では乱丸の方が上だった。

 左右に振られ、その反動で振りほどかれる。

「死ねぇ!」

 ストレートな突き刺しが迫る。態勢が崩れた三和に避ける術はなかった。

 が、後ろから突き飛ばされた。

 美鈴が咄嗟に三和をつきとばし、それでナイフの軌道上から逃れることができた。

 だがそれによって三和の体は横に弾き飛ばされ、乱丸と美鈴を遮るものがなくなった。

「ふひ、ふひひひひひひひひひひひぃ!」

 それが本懐だとでもいうのか。

 乱丸は奇妙な哄笑を上げながら美鈴めがけて襲い掛かった。

(くそっ!)

 三和は強引に態勢を変える。骨が軋み筋肉が痛んだ。

 それでなんとか足をスイングさせ足払いを放つ。前傾姿勢に偏った重心をとっていた乱丸はバランスを崩し転んだ。

「ぐぎゃっ!」

 悲鳴を上げて乱丸が倒れ込む。しかしナイフは手放さない。

「美鈴! ……いや」

 美鈴に取り押さえるよう言おうと思ったが、とりやめる。女の力では乱丸を取り押さえられないだろうし、近づく方が危険だった。

 三和は立ち上がる。そのころには乱丸も立ち上がっていた。

「このやろぉ! お前から殺してやる!」

「やめてください乱丸さん!」

 乱丸の罵声と美鈴の悲鳴が交錯する。

(ひきつけろ、奴から美鈴を遠ざけるんだ!)

 ずれていた眼鏡の位置を直し、三和は神経をとがらせる。

「しねええええ!」

 腰だめにかまえて乱丸は突進してきた。それを受け止めるとみせて、横の壁を手で押して三和はサイドに大きく身をずらした。

「うおっ!」

 勢い余った乱丸は壁にぶつかる。蹴りを放ってさらに体勢を崩させると、背後から抱き着くようにしてとびかかった。

 ナイフの腕をつかんで、壁にうちつける。乱丸がナイフを落とすまいとふんばったところで、三和は足払いをかけた。

 二人とも、もつれこむようにして倒れ込む。乱丸がうつぶせで、三和がそれを抑え込んでいる形だ。

 ナイフを持った乱丸の手を床に何度かうちつけて、3度目で取り落とさせることに成功する。

 ナイフはすばやく払って美鈴の方に飛ばした。

 もっと抵抗するかと思ったが、乱丸は動きを止めた。

「……観念したか?」

「ふふふ……」

「三和君!」

 美鈴が悲鳴を上げる。と、三和の脇腹に焼けつくような痛みが走った。

「なん……」

 首をひねって確認すると、乱丸の左手がナイフを握り、それが脇腹を抉っていた。

 二本目のナイフを取り出して脇腹を刺したのだ。

「ぐっ……!」

 痛みに意識を失いかけるが、ここで乱丸を解放したら美鈴が危ない。

 全身に脂汗をかきながら、乱丸を取り押さえ続けた。

 しかし二本目のナイフをもぎ取る余裕はなかった。

「ふへへ! 死ねっ! 死ねっ!」

 体勢が不自然なため、勢いよくふりまわすことはできないが、ぐりぐりと傷跡を抉ってくる。

 脇腹を中心に焼きゴテを突きつけられたような痛みが広がっていく。

「三和君!」

 悲鳴交じりの美鈴が駆け寄り、そして持っていた中で最も固い鈍器である携帯端末を振り回す。

 その角で乱丸の手を打ち据え、2本目のナイフも取り落とさせることに成功する。

 ほどなく靴音が聞こえてきた。防犯ブザーを聞きつけてきた人か。それとも美鈴が呼んだ救援か。

「こっちです!」

 響いたのは須賀の声だった。警備員らしき男たちを従えている。

「君! 大丈夫かね!?」

 警備員の焦った声で、三和は腹部からの流血が床に血だまりを作っていることに気づいた。

「あとを……頼みます」

 そこで三和の精神力は尽きた。

 

 

 

 

 

 

「三和君!? 三和君!?」

 意識を失った三和に美鈴が声をよびかけるが、三和の反応はない。

「どきなさい! 止血します! 救急車と担架の手配を!」

 須賀が連れてきた警備員たちが美鈴を押しのけ、三和の処置に入った。

 乱丸は警備員の中でもひときわ体格のいい男に連れられて、獣のようなうなり声を上げながら連行されていく。

 美鈴の肩を抱きつつ、須賀が静かな声でたずねた。

「一体何があったの?」

「乱丸さんが襲ってきて……」

「なんでこんなところに2人でいたの?」

「それは鈴木さんが……」

「そう……やっぱり鈴木君が……」

 乱丸の狂暴性を知っている鈴木が、話を吹き込んで2人を襲わせるよう仕向けた。

 そういう筋書きになりそうだ。

(鈴木君がそんなことをするなんて……)

 美鈴に拒絶されたことが、それほど彼のプライドを傷つけたのだろうか。

(それにしてもこれは隠しだてできそうもないわね……)

 被害がなかったのならともかく、負傷者、それも腹を刺されている重傷者が出ている。

 須賀はディレクターの野田に状況を説明した。

『そんなことが……理江ちゃんは無事なんですね?』

「はい」

『無理をさせちゃいけないです。残りは棄権して退避しましょう』

「でもそれじゃ番組の収録が……」

『俺たちとしても惜しいですけど、こうなったら公開できませんよ。お蔵入りです』

「そんな……! ……はい。すみません」

『大丈夫。理江ちゃんには光るものがありますよ。また次の機会にお願いします。とりあえず今日は撤収して、ゆっくり休んでください』

「はい。ありがとうございます」

 通信を切って、須賀は茫然としている美鈴の手をとった。

「理江ちゃん。今日は撤収しましょう」

「……大会は」

「棄権しましょう。もう集中できないでしょ?」

「………」

 美鈴は小さくうなずいた。

「あの……それなら救急車で三和君に付き添ってもいいですか」

「そうね。そうするといいわ」

 三和の安否がわからないことには、美鈴も安心できないだろう。

 三和はすぐに救急車で搬送された。美鈴が付き添いとして乗り込む。

 須賀は美鈴たちを送り出すと、撮影スタッフの元へと戻った。状況を説明せねばならない。

 番組スタッフ、それから安原たちエキストラに呼んだ生徒たちも含めて、事情をかいつまんで説明した。ただ一応美鈴と三和の交際関係までは明かさず、ファンに襲われた美鈴をたまたま居合わせた三和がかばったという苦しい説明をした。

 被害者が出る事件にまで発展した以上、二人の関係をどこまで隠し通せるか怪しい。

 不幸中の幸いだったのは、番組側としては好感触だったことだ。

 事件が起きた以上今回のは番組に出来ないといいつつも、美鈴の評価はよく、また別の機会に呼んでくれるとむこうから申し出てくれた。

 諸々を片付けて時間を作ってから、須賀は鈴木へと連絡を入れた。

「鈴木君、やってくれたわね」

『……ああ、約束をすっぽかしたことかい?』

「しらを切る気? 自分の手を汚さず、こんな汚いことをして……!」

『なんの話かわからないなぁ』

 鈴木は間延びした声でとぼけた。

『会場に救急車がきていたみたいだけど、何か関係があるかい?』

「……下手したら、死ぬわよ」

『……くくっ』

 喉の奥で、確かに笑い声が聞こえた。死ぬかもしれないと聞いてなお笑ったのだ。

 鈴木が自分の想像以上にエゴの塊であることを須賀は思い知った。

「許されると思わないでね。事務所に言って掛け合うわ。あなたは辞職じゃない。クビよ」

『はっ、生憎だけど再就職先は決まっているんでね。あんな古臭い事務所、こっちから願い下げだ』

「クズ」

 これ以上は話していたくなかった。一方的に言い捨てて須賀は通信を切った。

 

 

 

 

「死ぬ、か。はは、はははは……」

 鈴木はすでに会場を後にしていた。

「くくくく、あははは、よくやってくれたよあのキモオタ! あのクソガキをまさかそこまで追い込んでくれるとはな!」

 鈴木はちょっとしたゲームのつもりだった。

 鈴木が出禁にしようと美鈴に言いつつも、美鈴が大事なファンの一人だからとそれを拒んでいた乱丸。

 醜く不衛生で鈴木は嫌いで嫌いで仕方なかったが、あえて乱丸に近寄り、美鈴の交際情報を吹き込んだ。多少の脚色をまじえて。

 その結果が乱丸の暴走。

 事件になったものの、鈴木がしたのは美鈴と三和の交際を伝えただけだ。

 罪に問えるのは、せいぜい三和をおびき寄せるために美鈴の私物をちょろまかしたことぐらいだが、自分は数日前まで美鈴のマネージャーだったのだ。言い訳は立つ。

 大した罪にはならないだろう。

「まったく……ガキの分際で俺にたてつくからだ」

 今でも脳裏に忘れられない。マネージャーの解雇を告げた時の美鈴の表情を。

 美鈴はまだ若いが鈴木でも見惚れるような原石の輝きを放っている。

 高貴さすら漂う洗練された相貌、その瞳が鈴木を視線に映し、侮蔑の色を浮かべていた。

 そのまなざしが、ずっと鈴木の脳裏にこびりついて離れなかった。

「これは正当な罰だ! 俺の命令を無視しやがって! あぁ、いい気味だ!」

 そっと遠くで見ていたが、担架に乗せられた三和と憔悴した美鈴の横顔。

 望外の戦果だった。

 なんにしてもこれで溜飲は下がった。

 後は交際話が表に出て、美鈴のアイドルとしての評判が下がってくれれば万々歳だが、それはじっくりとやるとしよう。

 と、端末に着信が来ていた。

 再就職先の事務所の上役だった。須賀の事務所よりもはるかに大きい。

『こんにちは~鈴木くん、元気~?』

「ええ、元気ですよ。尾月さん。おかげさまで」

 間延びしたオカマ口調には辟易とされるが、鈴木はそんな様子はおくびにも出さずに挨拶を返した。

「それでどうかしましたか?」

『それでね~鈴木くんをうちで雇うって話あったけど、なしになったの~。ごめんね~』

「は? さ、差し支えなければ理由を教えてもらってもいいですか?」

『それがね~。あんたの事務所から赤紙が届いたのよ~。あんた何かした?』

「そっそれはっ……誤解ですっ! あいつらが勝手に濡れ衣を着せてきたんですよ! 信じないでください!」

『う~んあそこの事務所、小さいけどそれなりに真面目なのよね~。そこが赤紙出すなんて相当なことだと思うのだけれど。え~と何々? 解雇された腹いせに元担当の子の交際情報を暴露? それを熱烈なファンにリークすることで交際相手の男の子を刺し殺すよう誘導? わぁ、これが本当ならえげつないわね~』

「そ、それは……いや奴らの被害妄想です!」

 言っていることは全て事実だが、鵜呑みにされると取り返しのつかないことになる。鈴木は必死に抗弁しようとした。

『あのね。鈴木ちゃん』

 尾月が急にトーンを落とした。鈴木の嘘を見抜いているかのように。

『あたしたちって夢を売る仕事をしているの。夢を売るために大事なのはね、何よりも信用なの。信頼できない人間に、夢を託すことはできないのよ』

「……わかりました。他を当たってみます」

『業種を変えることをおすすめするわ。あんたを相手にしてくれるところは同業ではないだろうから。バイバイ』

「……くそっ、須賀かっ!」

 予想以上の行動の早さだった。そして小さい事務所だと思っていたが、そのコネクションの強さも想定外だった。

「くそっ、どうする……」

 他の事務所を当たってみるか。だがそこにも須賀の手がまわっていたら時間の無駄だ。

 いっそ業種を変えるか。華々しい芸能界の一端を見られるかと思ったら、受け持ちの子のご機嫌とりに得意先まわり、仕事は地味で他人の顔色をうかがってばかりだった。

「そうだな。こんな業界、おさらばしてもいいかもな」

 独白しつつ歩いていると、横断歩道の信号が青から赤に変わる瞬間だった。

「ちっ」

 舌打ちしつつ、走り込む。いちいち次の信号を待っていられなかった。

 その時、つんざくようなクラクションが鳴り響いた。

「ん?」

 ダンプカーに轢かれたことを、鈴木は最後まで知覚できなかった。

 

 

 



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19.月と太陽

 三和は手術室に運ばれた。

「三和君助かりますか!?」

「傷を見てみないことには」

 医者は気休めを言わなかった。

 冷徹に告げて、三和の体が手術室に運ばれる。

 救急車で搬送される間、三和は一度も意識を取り戻さなかった。

(……罰が当たったんだ)

 美鈴はそう思っていた。

 隠れて交際していたから、乱丸を激昂させた。

 そして鈴木や乱丸の悪意に無防備だった。

 三和は常に警戒していたのに、美鈴はどこか浮かれていた。

 撮影も順調で、三和との関係も順調で、試合結果も順調だった。

 幸せなことばかりで、だから明るい未来ばかりを思い描いていた。

 三和が手術室に入ってしばらく経った頃だろうか。

 三和の妹の洗依と、洗依によく似た面差しの女性が現れた。

「あ、美鈴さん!」

「悠平の容態はどうですか?」

 女性はおそらく三和の母だろう。名前は歩と言ったはずだ。

 歩の顔を見ていると、申し訳なさが先に口をついて出てしまった。

「ごめんなさい……」

「……まだ手術中なのね」

 歩は気丈な顔をして言った。

「大丈夫よ美鈴さん。あの子は好きな子を残して逝くような柔な育て方はしてないから」

「悠平にぃも無茶するなぁ。でも美鈴さんを守るなんて見直したよ」

 洗依も歩も楽観的な表情をしていた。

 不安を覚えないわけはないだろう。美鈴を勇気づけようとしてくれているのだ。

 やがて手術中のランプが消灯し、医者が出てきた。

「傷口を縫合しておきました。内臓も傷ついてないですし、大丈夫でしょう」

「後遺症とかは?」

「傷跡は残ってしまいますが、勲章ではないですかな。はっはっは」

 豪放磊落な医師だった。大きな笑い声を上げる。

「そちらがお母さんですかな。入院手続きをするのでこちらへ」

「はい」

 美鈴は洗依と一緒に残された。

「よかった……」

 美鈴の身体から思わず力が抜けた。

 と、洗依がすました顔をして言った。

「美鈴さん二度目ですよね。妹の洗依です」

 ふっくらとした顔、まんまるとした目。顔の主要パーツはあまり三和と似ていないが、改めてみるとどことなく面影がある。

「兄がお世話になっています」

「そんな……私が迷惑かけてばっかで……」

「でも美鈴さんと付き合うようになってからお兄ちゃん、よく笑うようになったんだよ。それに家事とかも手伝うようになってくれて、まるで人が変わったみたい」

「私と会ってから、三和君が……?」

「それからね、思い出し笑いをすることが増えたんだよ。一人で部屋の中にいると笑い声が聞こえてきて、何かなって思って覗き込んだら美鈴さんの配信画面開いているの。ちょっと気持ち悪いかなって思ったりもするけど、お兄ちゃんがご機嫌ならいいかなって」

 褒められているのかわからない微妙なライン。

 三和のそういった姿を想像すると、ちょっと可笑しい。

「私が三和君を変えた部分ってあるのかな……」

 三和はいつも飄々としていて、表情を崩さない。

 美鈴から見た三和は、出会った時から変わっていないように思える。

「大ありですよぉ! うちの食卓でも美鈴さんの話題尽きなくて。お兄ちゃんも『あいつは頑張り屋のいい奴だ』って。お兄ちゃんが手放しに人を褒めることってあまりないんですよ」

 洗依は立て板に水とばかりに三和の話をしてくる。

 その勢いに圧倒されつつも、三和が自分のことをどう話しているのか気になって聞いてしまう。

「アイドルと付き合うことで、何か言ってなかったかな」

「お兄ちゃんそういうのは気にしないみたい。それにお兄ちゃんええかっこしいだから」

「ええかっこしい?」

「うん。かっこつけで澄まし顔。口では面倒くせーとか言いながら、人に頼られたりするのが好きなんだ」

「うん……そうだね」

 さすがに家族だ。三和のことをよく知っている。

「昔からそう。簡単なことよりも難しいことをやりがたるんだ。ゲーマーの性分って奴かな。不思議だよね」

「そう……不思議だね」

 美鈴は自分はなんて面倒くさい女なのだろうと思う。

 三和にとって自分は重荷ではないかと三和が倒れてから思い続けていた。

「だからね、私美鈴さんみたいな人が彼女になってよかったなって思うの」

「え?」

「カッコつける時のお兄ちゃんは無敵なの。普段は目つきが悪いだけの兄貴だけどさ。やせ我慢するときのお兄ちゃんはどれだけだって頑張れるの」

「私は……」

「だからこれからもお兄ちゃんをよろしくお願いします」

「私は……助けられているのは私の方なのに……」

「お兄ちゃんは月みたいな人なの。一人じゃ輝けないけど、照らしてくれる太陽があれば、誰かのために頑張れる人なんだ。美鈴さんみたいな太陽の人が彼女だったら素敵なの」

(私が太陽で、三和君が月……?)

 美鈴が三和の存在を日陰だと心を涼ませていたように、自分の存在は三和の心を温めることができていただろうか。少しでも照らすことができただろうか。

「ええっと、よろしいですか」

 洗依と話し込んでいると、スーツ姿の二人組がやってきた。

「私たちこういうものです」

 差し出されたのは警察手帳だった。

「ちょっとお話いいですか」

 

 

 

 

 事件は夕方にはニュースとなった。

 事件の場所はRAGE会場の外であったこと、また動機もRAGEに関係なかったため、単にアイドルファンの凶行という見出しになっていた。

 被害者が未成年ということで報道規制があった。今の所は三和の存在は広まっていないが、それも時間の問題だった。

「どうしたものかねぇ~」

 所長は、対処に苦慮している様子だ。

(はやいところ事務所側の対応を決めないといけないところだけど、当人たちの答えを知るまでは動けないわね……)

 美鈴は三和との交際関係をどうするだろう。

 凶刃に襲われた三和は怖気づくだろうか。

(年頃のアイドルの売りは、発展途上の純粋さと無垢。恋人がいるってことは間違いなくマイナスイメージ。美鈴ちゃんは可愛さと綺麗さ、そして真面目なひたむきさが売りだからなおさら)

 だけど、三和は意志の強い少年だった。

 そして美鈴も本気で三和を好いている様子だった。

 簡単に意志を曲げる様には思えなかった。

(でもこれも仕事……)

 後手に回るのは避けたい。

 麻酔で眠りについている三和はともかく、美鈴の意志だけでも確かめておかないといけない。

 

 

 

 

『別れる気はある?』

 須賀に問われても、美鈴は答えを出せなかった。

 ずっと迷っていた。

 アイドルとしてのキャリアもある。

 だがそれよりも美鈴の中で大きなウェイトを占めるのは、三和とこれからも一緒に居たいという願いと、これ以上三和が傷つく姿を見たくないという相反する想いだった。

『半々ってところかしら』

 沈黙する美鈴に、須賀がつぶやいた。

『三和君はどれぐらいで目覚めそう?』

「今は麻酔が効いていて……でも明日か今日には目覚めるだろうって」

『そう。時間が無いわ。酷なことだけれど、早く決めなさい』

 やはり自分で決めないといけないことなのだ。

 

 

 

 

 

 三和は夢にうなされていた。

 細部は思い出せない。でも美鈴がどこか遠くへと行ってしまう夢だ。

 ためらいがちに振り返りながらも、美鈴は着実に、三和から遠い位置に歩を進めてしまう。

 そんな幻視。

 

 

 

「……ぅ」

「あ、起きた? お母さん、起きたよ」

「……美鈴は、無事か?」

 半死半生の息子の第一声に、歩は呆れと誇らしさが半々といった様子で苦笑した。

「無事よ。傷一つなし」

「そうか。……それならよかった」

 喉がかすれていた。水分が足りていなかった。

「美鈴ちゃんはちょうど席を外しているところよ」

「ここまでついてきたのか?」

「うん。……ただね。ちょっと疲れているみたい」

 無理もないだろう。実際に刃物で襲われたのだ。

 パタパタと足音が聞こえてきた。戸を開いた人物は、ベッドで起き上がった三和を見て驚いた顔をする。

「三和君」

「よ」

 なんでもないように手を上げて三和は言った。

 美鈴は涙に潤ませながら微笑んだ。

「痛くない?」

「ああ。麻酔が効いているのかな」

「あの、御母さん」

 美鈴は歩に声をかけた。

「はい」

 あらかじめ打ち合わせていたのだろうか。

 歩と洗依は揃って部屋を立ち去ろうとした。

 歩は何かを悟った表情で、洗依は不安そうな表情をしていた。

 三和は美鈴の言葉を待った。2人の前では話せない2人だけの話があることは想像がついた。

「別れようと思うの」

 毅然とした表情でむけられる言葉に、三和は三白眼を細めた。

「理由は?」

「……危険だから。今回は無事ですんだけど、私の事情に三和君を巻き込めないと思ったの」

「それが本音か?」

「うん」

「なら別れない」

 三和はきっぱりと答えた。

「俺が美鈴の夢に邪魔だというのなら話が別だ。だけれど、それが理由なら別れられない」

「……怖くないの? 痛かったでしょ?」

「痛かった。けど……怖くはなかった。怖いのは……」

 さきほど夢に見た、遠ざかる美鈴の姿が脳裏に浮かぶ。

 三和は言いかけたセリフを、胸に止めておいた。

 しばし沈黙が挟まれる。どちらも言葉を持て余した。

「三和君にとって、私って何なのかな……」

 ポツリと美鈴は漏らした。

「私、三和君と一緒だと嬉しい。心が暖かくなる。今日一日頑張るぞって気になれる。でも三和君にとって私は……何なのかな」

「………美鈴だよ」

「え?」

「永瀬美鈴。それ以上でもそれ以下でもない。美鈴がアイドルを辞めるというのなら止めないし、続けるというのなら今と変わらず応援する」

「……アイドルを辞めるって言っても、応援してくれる……?」

「ああ」

「続けて、一生売れないアイドルになっても、応援してくれる?」

「ああ。でも美鈴が頑張れば、そんなことはないと思っている」

「私……」

 美鈴はかすれた声で言った。

「欲張っても、いいかな。三和君と夢。両方追いかけてもいいかな」

「ああ」

 三和はうなずいた。

「俺は全力で美鈴を応援する」

 

 

 

 

 そして7年後。

 



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20.影の詩

「あれ? お姉ちゃん今日はお仕事じゃないの?」

 妹の桔音に話しかけられて、美鈴は首を振った。

「ううん。今日は高校の同窓会なの。そういう桔音は部活?」

「そ」

 今日は日曜日だが、桔音は制服に身を包んでいた。

 唐突に美鈴は桔音に抱き着いた。

「桔音、大きくなったね~」

「なぁに? お姉ちゃん」

「うん。あれから7年も経ったんだなって」

 7年前は小学生だった桔音も、今では高校二年生。

 ちょうどあのころの美鈴と同じ年だ。

「お姉ちゃん、今日は綺麗だね」

「そう?」

「うん。やっぱり先生が来るから?」

「そうかもね。お互いに忙しくって最近会えてなかったから」

「そうだね。先生によろしくね」

 

 

 

 

 

 

「よぉ! 三和! ひっさしぶりだなぁ!」

「哲夫か? お前もスーツが似合うようになったな」

「はは、天才塾講師様にはかなわねぇよ!」

「やぁ三和」

 哲夫も安原もスーツ姿に身を包んでいた。高校二年生のころから比べると哲夫はさらに体格がよくなり、顎髭を生やし精悍な顔つきだ。

 安原は整髪剤で髪を固めて眼鏡をかけ、印象が洗練されていた。

「剛は?」

「別の飲み会でこられないって。剛がyoutuberになるって聞いた時はやめておけって思ったけど、世の中何が当たるかわからないものだね」

「でも俺たちの出世頭はやっぱ三和だよな。この前のテレビ番組見たぞ。森先生が出る奴」

「ああ……あれな」

 今の三和の身分は大手進学塾の塾講師。さらに若い世代のカリスマ講師として、クイズ番組にも出演するほどの身分だった。

「早押し問題のアレ、本当にあれだけでわかったのか? 台本渡されていたんじゃないのか?」

「馬鹿。こっちはクイズ本を何本も読み漁っているんだよ。予習復習の玉ものだよ」

「学生やめても勉強か。先生はちげぇなぁ」

「絡み酒の癖は相変わらずだな」

 懐かしさに苦笑を浮かべて、三和は席についた。

「三和く~ん!」

 と、鼻にかかったような甘い声がかけられる。振り返ると、見たことあるような、ないような顔があった。

「ねぇ、サインお願いしてもいい?」

「ああ。……えーと悪い。苗字は今なんだ?」

「やだー! まだ結婚してないわよー! 井上に園田よー!」

「ああ。それじゃ」

 手慣れた様子で三和はサインをした。

「三和、あいつらの苗字覚えていたのか?」

「いや。聞いてようやく思い出したよ」

「おーい三和! こっちのテーブルに来てくれないかー!」

 別のテーブルからもお呼びがかかる。

「モテモテだね、三和」

「……行ってくる」

 愉快気に笑う安原に告げて三和は席を立った。

「久しぶりだな、杉原」

「やぁやぁ悪いね。君の活躍はテレビで知っているよ」

 ハキハキとした物言いの青年は、クラスの委員長的立場だった杉原だ。さほど言葉をかわした記憶はないが、これも有名税というものだろう。

 互いの近況を話し合う。杉原も杉原で、海外の支社をとびまわっているという武勇伝も聞けた。

「いやぁ、君たち2人が来てくれてよかったよ。なにしろ君たち2人が主賓だからね」

「ああ」

「おっと話題にしていたらもう1人が来たようだ」

 入り口で歓声が上がる。

 おそらく三和など前座にすぎない。

 本当の主賓は彼女だ。

「美鈴~! 久しぶり~!」

 多くの級友たちに迎えられているのは、もちろん美鈴だ。

 ドラマやバラエティにひっぱりだこ……とまでは言えないが、いまやテレビで見ない日の方が少ないぐらいのタレントだ。

「彼女のもとにいかなくていいのかい?」

 杉原が気を利かせた様子で確認した。

 三和は首を振る。

「いや2人で会える機会はまたある。譲るよ」

「余裕だね。うまくいっているのかい?」

「もちろん」

 三和の方はその気がなくとも、美鈴はその気があったようだ。

 適当に相手を切り上げると、三和のそばまでやってくる。

「三和先生、お疲れ様!」

「だからやめろよその言い方」

「なんだ、夫婦漫才なら間に合っているぞ!」

 ガヤの冷やかしを浴びながら、三和の隣に座ろうとする。

 それをやんわりと手で制し、三和は杉原に言った。

「杉原。2人で他のテーブルをまわってくるよ」

「ああ。楽しんできてくれ」

 杉原は爽やかに返してきた。

 三和は美鈴と共に各テーブルをまわった。あるテーブルでは歓待され、あるテーブルでは二人の仲を冷やかされた。

「大物カップルだな」

 2人の姿を遠目に見て、哲夫が白い歯を見せて笑った。

「うん。2人とも有名だもん」

「三和も驚いたけど、永瀬もよく持ち直したものだな」

 7年でここまで来た2人だが、順風満帆とはいかなかった。

 まず美鈴。

 若さを売りにした高校生アイドルにもかかわらず、彼氏持ちというのはやはり致命的であった。

 人気は一時期大幅に低迷し、公演でもセンターから外された。美鈴を目当てに足しげく通っていたファンたちの大半も離れていった。

 しかし美鈴は腐ることなく芸能活動を続けた。

 それが返り咲いたのは、大学生以降だ。

 空いた時間を、美鈴は三和と同じ大学に行くための勉強の時間に費やした。2人で勉強して難関大学を合格。

 一方で演技も学び、女優としてオーディションを受け知名度を少しずつ上げていった。

 今では歌も演技もでき、そしてインテリ女優としての立場もある多彩なタレントとして活躍していた。彼女の旬はむしろこれからと言えるだろう。

 一方、三和は大学で教員免許を取得。

 一度は公立高校の教師になるが、すぐに事件は起きる。

 同僚の教師が生徒たちを扇動し、クラスぐるみで生徒をいじめていたのだ。

 三和はそれを教育委員会に告発し、その教師は処分に合う。

 だが若い三和には貫禄が足りなかった。教師ぐるみで陰湿ないじめを行っていた体罰校として学校の名誉は著しく削られ、同僚や校長たちの不満の矛先は告発者の三和にむかった。

 居づらさを感じた三和は、同期から誘いを受けていた進学塾講師に転身。

 そこで若いながらも斬新な教え方をする先生としてメディアからの注目を浴びる。

 同じ塾出身の講師芸能人に連れられる形でクイズ番組に出演したのを皮切りに、主にクイズ系の番組に呼ばれることが増えていった。もちろん、その裏には美鈴が知名度を上げていったのもあるだろう。2人セットのオファーも度々ある。

 7年前、交際していることをオープンにしてからの2人のおおまかな軌跡はそのようなものだった。

「でも三和が教師になるって聞いた時は驚いたなぁ。あれ何がきっかけなんだ?」

 挨拶周りが終わると美鈴と別れ、三和は結局安原と哲夫の元へと席を落ち着けた。慣れ親しんだ人間のそばが居心地よかった。

「ああ……化学の樫崎先生覚えているか?」

「かっしーだろ? 強烈な先生だしもちろん覚えているよ」

「その樫崎先生が死んだの知っているか?」

「え……いや初耳。いつの話?」

 樫崎の死には安原も哲夫も驚いた。

 三和たちが高校に通っていた時点で樫崎はまだ30に届くかどうかといったところだ。死ぬには若すぎる。

「俺たちが大学生だったころだよ」

「原因は何で? 事故?」

「病気。心臓に持病抱えていたんだってさ」

 実家で発作を起こし、家族に看取られながら、救急車の中で息を引き取ったらしい。

 元化学部員だった三和はそのことを知らされた。

「かっしー、いい先生だったものな」

「ああ。……でもろくな挨拶しないまま卒業しちゃったし、心臓に持病を抱えていたなんて知らなかったし。なんか急に申し訳なくなってな。きっかけといえばそれかな。結局、いづらくなって塾の講師におさまってしまったけど」

「三和は生真面目だからね。塾ぐらいラフな方が生きやすいと思うよ」

「教師だったら今みたいに気軽にテレビに映れないだろ。結果的によかったんじゃないか」

「まぁな」

 三和の内に後悔はない。それに思い返すと、自分には教師という聖職は合わないと思った。

 聖職者に一番求められるのは、清廉な誠実さでも、悪を憎む正義感でもない。

 他者を許せる慈悲の心だ。

 不器用で自分を騙せない性格の三和の場合、適職とはいいがたかった。

「そういや、お前たちも同棲を始めたんだろ。そっちはどうなったんだ?」

 話が三和の近況に傾いていたので、三和は安原にさじをむけてみた。

 安原は1年後輩の戸尾楓子と婚約し、同棲を始めたという話だ。

「ああ。あっちがまだ大学生だから結婚は卒業してからってことになった。家の方のごたごたも片付いていないしね」

 楓子の実家は戸尾流という華道の名家らしい。庶子の出の安原との交際に母親が猛反対し、安原と楓子の間には美鈴や三和でもお呼びがつかないような大恋愛があったらしい。

 それでも何とか家族を説き伏せて、婚約まで至ったそうだ。

「籍はどうするんだ? 婿養子になるのか?」

「それもお義父さんと検討中。戸尾家の子どもは楓子だけじゃないからね。別に婿養子にならなくてもいいという話だけれど、どうなるかはわかんないや」

「なになに? 楓子ちゃんの話?」

「お、三和嫁」

 現れたのは美鈴だった。

 23歳。

 ただでさえ大人びていたのに、この7年でより女性として成熟していた。特別露出が多い服でもないのに、白い素肌が眩しい。

「楓子ちゃんの話なら私も聞きたいな。混ぜてよ」

「かまわないよ」

 安原が語って聞かせた。

 

 

 

「ふぅーいっぱい飲んだぁ」

 三和と美鈴は二次会には参加せず、早めに抜けた。

 三和は明日の講義が、美鈴は撮影があった。

「ごめんねぇ三和君。いっぱいのんじゃって」

「ああ。今日ぐらいはハメをはずしてもかまわないさ」

 美鈴は酒が弱い。ただでさえ甘いガードが、お酒を飲むとさらに甘くなる。

 それで三和は普段は美鈴に禁酒令を出しているのだが、今日は三和がいるので美鈴は深酒をした。いい感じにふやけている。

「もう7年経ったんだねぇ、あれから」

「ああ。桔音がちょうどあのころの俺たちと同じ年だな」

「いっぱいあったねぇ」

 7年の歳月は一言ですませられるような簡単なものではない。

 苦しい時、不安な時はいっぱいあった。

 でも過ぎた歳月は、こうして移ろいゆく時の中で振り返る事しかできない。

「ふわぁ。眠くなっちゃった」

 恥じらいもなく大あくびをし、美鈴は呆ける。

「寝てもいいぞ。おぶっていくから」

「でも……いいよぉ」

 美鈴は一瞬否定するも、タクシーの到着を待つ間に眠気の方が勝ったようだ。

「ごめん三和君……やっぱり眠い……」

 そういって、丸くなる。

 小奇麗な顔が、とろけきった顔をしていた。

(まったく……他人には見せられないぞ)

 嘆息しつつ、三和は宣言通り美鈴をおぶさった。

(今日も渡せなかったなぁ。指輪)

 頃合いとしてはいいはずだ。

 7年待った。

 世間の美鈴への評判も、一途に一人の男性を愛した女性として固まりつつある。

 今更、やっかみを心配するほどでもない。

 しかし日々の忙しさの中で、中々渡すタイミングというものがなかった。

(やっぱりしっかり2人の時間をとらないとな)

 気恥ずかしいが、今度美鈴をデートに誘おう。いや桔音やマドカといった永瀬家の面々を誘ってもいい。もはや両家公認の仲だ。

「美鈴。今度渡したいものがあるんだ」

 意識が朦朧としているのをいいことに、三和は思い切って言った。

「たぶん気に入ってくれると思う」

「んー……いいよぉ。そんなものなくっても」

「ん……そんなこと言わずに、受け取ってくれ」

「うふぅん……三和君、好きぃ」

 いよいよ恥も外聞もなくなってきた。

「これからずっとずっと……一緒にいようね」

「……ああ」

 見上げれば月天。

 ネオンの明りに負けないように、蒼い光芒を放っている。

 その明りは、太陽からの反射光らしい。

「これからも……ずっとだ」

 月の明りに照らされながら、三和は誓う。

 永遠の誓いを。

 




これにて完結です。
三和と美鈴はまだ20代。
彼らの人生はまだこれからも続いていくのですが、お話としては終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました。


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