武装神姫という時代の徒花 (深波 月夜)
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武装神姫という時代の徒花

2030年代。

それは多数のフィギュアロボットが乱立した時代でもあった。

さまざまなフィギュアロボットが作られ、時代のあだ花として消えていった時代。

それはまさに、フィギュアロボット戦国時代として振り返ることが出来る。

 

本稿では、そのフィギュアロボット戦国時代を駆け抜けた、『武装神姫』というものについて2049年の現在から振り返ってみたいと思う。

 

 

第1章 2030年代のフィギュアロボット事情

 

2030年代は、さまざまな用途をもったロボットが開発、生産された時代であった。

 

それは2020年代までに完成した多くの小型ロボット規格が実用化されたことから始まる。

この時代、アンドロイドという言葉も一般に身近なものとなり、携帯端末で使われていたOSと区別するために、わざわざ『人型アンドロイド』という言葉が流行ったほどである。

それはさらに『人型アンドロイド』が身近になった現在からすれば考えられないかもしれないが、わずか20~30年前にはアンドロイドの多くは大型で、人型を採っているのも珍しかったものだ。

その中で、2020年代に隆盛を極めた小型ロボットの開発には、目覚ましいものがあった。

多くは人間の仕事を助ける業務支援用であったり、生活サポート用であったりしたが、特に医療介護の現場から利用者の精神安定効果を図るための人型介護アンドロイドの需要が高かったことも、より人間に近く、より小型の『人型アンドロイド』を開発する流れが後押しされた。

そして、2020年代末には、身長20㎝に満たない小型アンドロイドが、民生用規格として広く一般に流通するようになったのである。

その中で、『フィギュアロボット』というカテゴリが初めて生まれたのである。

フィギュアロボットはさまざまな形をとり、あるものは生活サポート用アンドロイドの延長として利用者にとってより身近な隣人となり、あるものは競技用アンドロイドとしてモータースポーツの延長を担い、あるものは愛玩用として、ペットロボット化していった。

 

『武装神姫』の前身である『神姫』も、そうしたフィギュアロボットのひとつとして世に送り出された。それまでもAI搭載型の自律思考型アンドロイドは数多く存在したが、その中でも『神姫』は当時画期的であった。Eden Plastics社とGrop K2社が共同で開発したMulti Movable System(MMS)と名付けられた規格を採用した『神姫』は、従来のAI搭載型フィギュアロボットをすべて過去のものにしたと言っても過言ではない。

このMMS規格は大きく分けて頭部、胸部、腹部と四肢、外装部をブロック化し、交換を容易にするという規格としては当時すでにありふれたものだった。画期的だったのはそのAIの中心である頭部(コア部)と胸部(コア・セットアップ・チップ搭載部)である。

コア・セットアップ・チップ(CSC)とはフィギュアロボットの性格・性質を決定づけるパーツのひとつである。従来のAI搭載モデルでは、その性格や性質はAIの中心部であるコアパーツに書きこまれたプログラムによってのみ定められていた。

それに対しMMS規格では、故意にCSCとコアを相互に干渉させることによって、コアに書き込まれたプログラム特性をある時は強化し、ある時は抑制するように設定した。それによって、『神姫』は量産を前提とした規格品でありながら、品質に揺らぎがあり、同じものは存在しないという矛盾した特性をなしえたのである。そうして故意に作られた品質の斑は、唯一無二の個性を持った、家族とも呼べるフィギュアロボットとして好意的にユーザーに受け止められたのである。

当初、MMSの開発元であるEden Plastics社は『神姫』を愛玩用及び生活サポート用として販売を開始した。が、この個性を持った愛玩用フィギュアロボットは、それぞれのオーナーの元で無二のパートナーとして扱われ始めたのである。これに当時流行り始めたフィギュアロボット同士のバトルゲームという要素を、オーナー達が独自に加え始めた。思い思いの武装を纏い、独自のプログラムを用意し、自らのパートナーを戦わせるというゲーム。『武装神姫』の始まりは、そうしたオーナー同士のテーブルゲームの延長として幕を開けたのである。

 

 

第2章 『武装神姫』の成立

 

2036年、オーナー同士の中で高まりつつあったバトルゲームサービスを求める声に、公式が応えた。当時すでに流通していた神姫用の武装パーツと、それを扱うための管制プログラムの開発。そしてそれを用いたバトルゲームサービス『BATTLE ROND』を開始したのである。

これが『武装神姫』が産声を上げた瞬間であった。

パーツやプログラムの販売と同時に、『BATTLE ROND』対応型モデルを生産するとしてさまざまな企業が声を上げた。

国内航空機メーカーであった島田重工株式会社からは天使型アーンヴァル・悪魔型ストラーフが、民生用・軍事用パワードスーツ開発で名を馳せていたBLADEダイナミクス社からは犬型ハウリン・猫型マオチャオが、国外での軍用アパレルを専門に取り扱うカサハラ・インダストリアルからは兎型バッフェバニーが立て続けに発売された。

この多様なメーカーがそれぞれの特色を前面に押し出したデザインもユーザーには非常に高く評価され、『BATTLE ROND』は瞬く間に大人気のバトルゲームサービスとなった。以降、『神姫』と言えば『武装神姫』を指し、民生用人型アンドロイドであった『神姫』とそれに武装を施した『武装神姫』は言わば主従逆転の関係となった。それほどまでに、『BATTLE ROND』は人気のコンテンツに急成長したのである。

当時、フィギュアロボットによるバトルゲームサービスは他にもいくつもあった。その中で『武装神姫』が打ち出した特色は、やはりCSCによって作りだされたAIを前面に出したものであった。それまでのフィギュアバトルゲームは多少の違いこそあれ、人間が操作をするという大前提があった。しかし『武装神姫』のバトルゲームでは、人間は操作をしない。戦闘はAIである『神姫』が行い、プレイヤーがアクティブな操作を行わないという敷居の低いシステムも、普段バトルゲームなどとは縁遠い層にも受け入れられた。

さらには『BATTLE ROND』は、早くから神姫ポイントという賞金制度・階級制度を導入し、モータースポーツとしての興業を成立させていったことも特筆するべき事項としてあげられる。これらの施策が単なるフィギュアロボットによるバトルゲームサービスを超えた、エンターテイメントとして社会に受け入れられたことが『武装神姫』流行の要因の一つである。

また、『BATTLE ROND』をプレイしない層にも、本来の『神姫』が持っていた愛玩用フィギュアロボットや、生活サポート用アンドロイドという側面で高い需要があったことも『武装神姫』の隆盛に欠かせない要素である。若年層から高齢層まで、『武装神姫』はそれぞれに合った役割を与えられ、それぞれの層で迎え入れられたのだ。勿論それは生活サポート用アンドロイドであった『神姫』が長い時間をかけて培ったノウハウが必要以上に詰め込まれ、バトルサービス対応型として銘打たれた『武装神姫』にも充分以上にそれらの役割を果たすだけのスペックが与えられていたことも要因の一つだろう。それらは相互に影響を与えあい、単なるバトルサービス、単なる愛玩用ロボット単体では考えられないほどの市場を築き上げていった。

 

かくして『武装神姫』は、さまざまなユーザーの要望に充分以上の魅力を以て応え、時代の寵児として広く受け入れられたのである。

 

 

3章 『神姫ライドシステム』

 

2040年に、『BATTLE ROND』は新たな時代を迎えた。『神姫ライドシステム』と呼ばれたそれは神姫と疑似的な接続を行うことで、神姫を人間が操作できるようにしたシステムである。当時、フィギュアロボットと疑似神経接続を行うことで操作可能にするシステムはいくつかのフィギュアバトルサービスで既に実現しており、このシステムの革新的な部分はそれをAIによる自律行動可能な『神姫』に応用したという一点に集約される。

これは今までの『BATTLE ROND』が戦場の俯瞰や戦術の指揮能力を要求されたのに対し、神姫との同調や共感・操作能力が要求されたこともあり、今までの『BATTLE ROND』とは異なる展開が非常に好意的に受け入れられた。

同年、Fバトルという神姫との同調によって戦う新しいタイトルも開催されるようになった。

Fバトルも旧来のバトル同様3階級のリーグ制で、一定の成績を収めることにより、任意で上位の階級に上がることが出来るシステムを採っている。その成績は旧来のシステムでの成果を以て代替できるものもあり、F2バトルまでは『BATTLE ROND』の名プレイヤーたちが盛んに挑戦をする下地ともなった。が、頂点であるF1バトルに参加するためにはF2バトルまでで成績を上げる必要があった。

春・夏・秋・冬と年四回行われるこの大会はしかし、常勝王者と呼ばれるプレイヤーガイア選手の存在によって、今までの神姫バトルとは異なる趣を見せた。というのもガイア選手はFバトル開催以来2年近くもの長きに渡り王座を独占し、計7回の連覇を果たすという神姫バトルの世界でも他に類を見ないほどの偉大な記録を打ち立てたのだ。しかしガイア選手はF1第8回大会からは参加せず、以後公式なバトルの世界からは姿を消してしまった。以降はFバトルも群雄割拠する戦国時代の様相を呈することになる。

そんな2042年、頂点であったF1バトルのさらに上、F0が立ちあげられるが、これは当時起こっていた『武装神姫』を取り巻く不穏な事件から世間の目を隠すために行われたと言われている。実際にそれと前後して、『武装神姫』の業界には斜陽の雰囲気が漂い始めており、F0バトル発足前後に大手のスポンサーがFバトルから手を引いたことからも、それは見てとれる。後に解説するように、2042年には『武装神姫』を利用した犯罪が多く、そうした風潮から『武装神姫』を社会が拒絶し始めていたのだ。

その一方で、生活サポート用のデバイスとして、また相次ぐ『神姫』を用いた犯罪やテロに対抗するためのデバイスとして小型の人型アンドロイドの需要は強く、2043年以降は生活サポート用としての『神姫』が復権。『武装神姫』は新しい製品が発売されず、長い冬の時代を迎えることになる。

この時期、後にライドオンギアと呼ばれる小型端末の開発も進められ、従来の大型筐体やヘッドギア型の端末を使わずに神姫と同調できるようにもなった。このライドオンギアによる同調は、さらに神姫ライドシステムを推し進めたもので、プレイヤーが自分の体の他に神姫の体を操作するという感覚で、言うなれば自分の体が同時に二つに増えたような感覚に近い。

このライドオンギアは次世代型の操作端末として開発されていたが、その操作感の複雑さから実際に次世代筐体として利用されることはなかった。しかしこのシステムは軍事・警察・医療などのさまざまな現場でAIには任せられないものの人間の手で行うことが困難な場面で活用されることになる。

 

かようにして、『武装神姫』への需要の高まりとは裏腹に『武装神姫』は廃れるという矛盾の時代が幕を開けたのである。

 

 

4章 2042年

 

この年、フィギュアバトル業界は大きな転換点を迎えることになる。それは『武装神姫』を用いた全国的な爆破テロ未遂事件に端を発し、『武装神姫』を用いた連続爆破殺人事件、『武装神姫』マスターの連続誘拐事件、それに伴う遠隔操作型武装神姫(通称ミミック)による一般人への無差別襲撃事件、そして『武装神姫』のイメージアップを図っていた大手企業プロメテウス・エレクトロニクス社代表大国貴久氏の自殺事件(一説には先の無差別襲撃・誘拐・殺人に関わっていたとも噂される)と、一年を通じて『武装神姫』を利用した大規模かつ組織的な犯罪が多く明るみに出た年だからである。また、個人的な犯罪としても神姫に対する違法改造、神姫を用いた違法賭博、神姫に対する虐待と、いくつもの神姫犯罪の検挙率が高かった年でもある(これについては大規模違法賭博を行っていた『クラブヴァルハラ』が摘発されたためとする見方もある)。

これらの一連の事件を受け、世論は『武装神姫』というフィギュアロボットの一側面を切り取り非常にネガティブなイメージを持つことになる。結果として神姫ライドバトルを主軸としたFバトルの衰退、ライドオンギアの開発頓挫と、フィギュアバトルサービス『BATTLE ROND』の根幹を揺るがすほどの大騒動となった。メディアもこぞってそれを煽り、MMS規格を採用した『神姫』は危険であるという風評が発生するに至り、後追いで流行に乗った企業のいくつかは武装神姫関連事業からの撤退を発表。初期から参入していた企業からも民生用神姫のみを展開すると方針を転換するものが出始める。

 

『武装神姫』というフィギュアバトルサービスは、こうして終焉への道をたどるのだった。

 

 

5章 『女神装置』登場

 

フィギュアバトルとしての武装神姫が廃れ民生用の神姫が主体となった2045年、突如として小型人型アンドロイドを武装したホビーが再登場することになる。AIによる自立活動可能なフィギュアロボットに武装を施し、戦わせるというコンセプトのそれは『女神装置』という名で、その制作にはかつて神姫を開発したEden Plastics社や島田重工株式会社、BLADEダイナミクス、柳瀬建機など、『武装神姫』を作り、支えていた企業が多く名を連ねていた。

Mechanical Girls×Armament of Miniature=メガミは『武装神姫』が培ってきた技術を継承し、2046年に新たなホビーバトルブームを巻き起こすことになる。

 

一方で、社会にはそれを快く思わない層が多数存在した。かつて犯罪に利用され、廃れたはずの『武装神姫』そのものだったからである。また、それを歓迎するはずのホビー業界でも『女神装置』を『武装神姫』の後継と認めない動きが根強くあった。それは別物というには余りに近く、同一というにはあまりに違ったからだ。

業界団体は安全性の面で『女神装置』は『武装神姫』とは一線を画すという態度を崩さなかったが、その発言がさらに旧『武装神姫』を愛するユーザーの心を傷つけた。結果として、世論は『女神装置』を『武装神姫』と同じとして断罪しようとする者や『武装神姫』とは異なるとして認めようとしない者など、さまざまな声が上がることになった。一方で『武装神姫』の後継を望む声も多く、それらの者から歓迎の声が上がる反面、『武装神姫』そのものの復活を願う声も多かった。

 

しかしそれらの反応は、過去に生活サポートアンドロイドであった『神姫』を、バトルサービス対応型アンドロイド『武装神姫』が駆逐した時と同じ流れではあるのだ。あのときも旧『神姫』を惜しむ声や『武装神姫』を認めないとする声、その他さまざまな声が上がったのだ。その流れの中から、今目の前にいるパートナーを大切にすればよいのだという事実を、人は学ばなかったのだ。

 

 

6章 

 

『武装神姫』が世に出て以来、既に10年以上が経過している。公式なサポートも停止し、既に『武装神姫』を整備するには共食い整備を行う他はないという状況である。また、そのためのパーツも入手する方法は限られ、そもそも高価だ。修理を行うためには専門の知識や道具も必要とする。

 

あなたの家にある『武装神姫』はどうだろうか?

今も元気に動いているだろうか?

それは、あと何年続くのだろうか?

 

コンテンツとして、工業製品としての『武装神姫』は、どうだろうか?

今、動いているだろうか?

それは、あと何年続くのだろうか?

 

『武装神姫』とは、本当に時代の徒花として、終わるのだろうか?



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