TS転生だとしても、絶対に諦めない。 (聖@ひじりん)
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プロローグ『転生成功?』

 


 目を開けると、白い世界に居た。周りを見渡しても白。上を見ても白。下を見ても白。

 

「なるほど、これはアレか、アレなんだな」

 

 そう自分一人で納得してみるが、一向にここの主が出てくる気配はない。

 

 まあそもそも、気配を感じるなんて芸当は俺には無理な話だけど。

 

「さて、仮にここがその空間だったとして、なんで俺はここにいるんだろうか」

 

 腕を組んで、思い出そうとする。

 

「……あーうん、なるほど。頭が痛い。割れる様に痛い」

 

 とりあえず、諦めた。続けても、どうせ思い出せそうに無いし。

 

 それに、思い出せなくても一つだけ確実な事がある。夢ではない。 

 

「ところがギッチョン!!」

 

「お、お前はアリ……いや、このノリはやめておこう」

 

「なんですか、なんですか!! ノリ悪いなー」

 

 どうやらここの主らしき、それっぽい恰好をした女の人が出てきた。

 

 開口一番の言葉にノリを合わせなかった事に不満を感じてらっしゃるのか、少し不機嫌な感じだ。

 

 しかし、まあ、あれだ……かなり、可愛い生き物だな、うん。

 

 神様って言ってもちゃんと五体満足だし、スタイルも中々……いや、かなり良いだろう。

 

 顔は整っているし、髪は腰まである綺麗な金髪。

 

 果たして肉体がちゃんと実体として存在しているのか、自由に容姿を設定出来るのかは分からないけど眼福なのは間違いない。 

 

 それと、これは俺の勝手な予想だけど、きっと純粋に違いない。神様だから貞操概念があるかはわからないけど、なんとなく下ネタに弱そうだ。

 

「今、もの凄く貞操の危機を感じたんだけど」

 

「ははは、気のせいだ。で、現状を教えてくれ」

 

 どうやら、貞操概念はあったらしい。がばっと身体を抱きしめている。

 

「うーん、気になる……けどまあ、話を進めようかな」

 

 ……というか、読心術とかないんだな。

 

「君はね、半分死んでいるんだよ」

 

 そんな事を考えていると、衝撃……でもない事を言われた。

 

「半分……というと、脳死?」

 

「現実的とは少し違うんだよね。文字通り、半分死んでいるんだ」

 

 文字通りの半分? 

 

「まさか、真っ二つにされて、半分体がないとかじゃ?」

 

 まあ、そんな事あり得るわけ──

 

「凄いね、正解だよ」

 

 まじか、恐ろしいな。というか、どうやったらそう死ねるんだ。いや生きてるのか。

 

「いやいや、おかしいだろ。現実的に考えてもどうやってその状況にならないはずだ」

 

「まあ現実的にはならないよね」

 

 現実的にはならない……なるほど、そういう事か。

 

「世界は、非現実な世界。つまり、魔法などの存在が確立してしまったのか」

 

「凄いね、君って賢いんだ」

 

 なんか、褒められた。素直に喜んでいいのだろうか。

 

「まあ一般よりは、って程度……いや、あんた神様なんだから俺の事くらい知ってるだろ?」

 

「神様なんていっぱいいるんだよ。それに君は、元々私の担当区域の人じゃないんだよね」

 

 なるほど、神様にも十人十色が当てはまるのか。

 

 意外と言えば意外だが、自分に起こってる現実的にはありな話だな。

 

「じゃあ、なんであんたが俺の所に?」

 

「上司から流れてきたの、多すぎて」

 

「なるほど」

 

 世界が急に改変。恐らく神様のもっと上がいきなりそうしたから、上司が把握する前にこの事態が起こった。つまりは、死人が多すぎたのか。

 

「なら、なんで俺の記憶がないんだろうか?」

 

「え、本当?」

 

「ああ……勝手な予想だと、死に方があまりにも酷かったから消してくれたんだろうけど」

 

「うん、かなり酷いね」

 

 やっぱりな。でも、そうなると困ったな。

 

 覚えているのは、どうやら俺は変人……いや、変態の部類に入っている事だけだ。

 

 さっきから、神様の胸に触りたくてしょうがない。なんとか抑えているけど……記憶が消えて無かったら、間違いなく触っているはずだ。いや、揉んでいる?

 

 ……とりあえず、この事は置いといて本題に戻ろう。

 

「俺はどこの世界に行けばいいんだろうか?」

 

「そこまでなんだね……うーん、どうしようかな。思い出したい?」

 

「いや、無理に思い出して頭痛が酷くなるのは遠慮したい」

 

 正確には、神様が酷いと感じるレベルの思い出を、わざわざ思い出すのは精神的に持つ気がしないからだが。

 

 ただ、自分の事だけは思い出したい。

 

 本当にさっきから、本能と理性? らしき物が戦っている。天使の囁き対、悪魔の囁き的な。

 

「あ、じゃあ、死ぬ瞬間以外を思い出す感じでどう?」

 

 その提案を聞いて、ピンと来た。そして、悪魔の囁きが勝利した。

 

「いや、なんとかなりそうだ」

 

 行動は迅速だった。

 

 目標を捉えると、目から脳へ。脳から首、肩、腕、手のひらへと伝い、対象をキャッチした。

 

「え?」

 

 いや、キャッチというよりは、ゲットだろうか。

 

「ふむ、なんか思い出せそうな気がしてきた」

 

 神様が唖然としているなか、俺は冷静に集中し手を動かし続ける。

 

「ちょ、ちょっと待って……ぅん、ひぁ、ん、ん……」

 

 感触はマシュマロ……いや、別の物に例えるのは失礼だろう。

 

「いやぁ、だめぇ……ンっ!! ふぁ、あっ……」

 

 まさに、おっぱいだ!!

 

「あ、あ、あ、あ、あのさ」

 

「なんだ?」

 

「なんで、君は平然と私の胸を揉んでるのかな!?」

 

 なんで……なんでだろう? しいて言えば、悪魔の囁きが勝ったからだろうな。

 

「……気のせいだ」

 

 とりあえず、誤魔化した。

 

「気のせいじゃないよ!! 私もちょっとノってあげたけど!! 普通、神様にそんなことする!?」

 

「……」

 

 手を放す事はせずに、手を止めて考える……が、直ぐにやめた。

 

 彼女が神様じゃなくても絶対に触るからだ。

 

「答えは、あんただから触った。以上だ」

 

 というわけで、手の動きを再開する。

 

「いやいや、かっこよく言えば許されるとでも!? まあ、顔は好みだし、声はかっこいいし……そ、それに触り方も……って、何言わせるのよ馬鹿!!」

 

「ぐふぅ!! 思い出した!!」

 

 俺の頬に、ビンタが炸裂した。さっきの頭痛より痛かった。

 

 だけど、そのお陰で"俺"を思い出す事に成功した。 

 

「このタイミングで!?」

 

「ああ、ありがとう。おかげで何が好きだったかも思い出したよ」

 

 ちゃんと死に際も思い出したけど……思ってたより、酷く無かった。

 

「な、なんだか複雑なんだよ。でも、役に立ったな……ん? いや、私だけ一方的に被害受けてるよ!?」

 

「大丈夫、ナイスおっ──ぐはぁ!!」

 

「それ以上言ったら、次は容赦しないんだからね」

 

「い……いえっさー」

 

 魔法弾らしき物が鳩尾に入ってなかったらまた言う所だった。

 

「よろしい。で、君はどの世界に行きたいのかな?」

 

 にしても、可愛い顔してやる事はえげつないな……いや、俺が悪いんだけどな。手加減してくれたっぽいし。

 

 普通に考えて、神様の攻撃食らってダメージだけで済む訳ないし。

 

「えーとだな、死ぬ直前に読んでいた本が『HUNTER×HUNTER』だからその世界で」

 

 他にも行きたい世界はあるが、女の子がいっぱいいる所として、G・I編に出て来た恋愛都市がある事だし。

 

 それに── 

 

「そんな簡単に決めて問題ない?」

 

「無問題だ」

 

 唯一俺が読んで、買ってる漫画だしな。

 

 もちろん、ゲームはするけど……ギャルゲー系ばっかだしな。セーブとロードが出来ないとツライ。

 

「それなら、その世界にするね。じゃあ特典は? 三つだけど」

 

 何が良いだろうか。正直なんでもいいと言えばなんでもいいしな。

 

「とりあえず、体をあの世界に最高水準で適応出来る体にして、二歳の時に転生させてくれ」

 

「了解。あ、それで一つかな」

 

「あ、二つだと思ってた……」

 

 得したな……けど、そうなるとどうしようか。能力、念に一つ使うとして……時間貰おうか。簡単に決めすぎるのも、あれだし。

 

「他の二つは時間が欲しい。能力にかなりかかるだろうし」

 

「わかった、じゃあ決まったら呼んでね。それまで他の子も対応してるから」

 

「ありがとう」

 

 そう伝えると、神様は一瞬で姿を消した。初めて、神様っぽいと思った。

 

 ……さて、神様も居なくなったし、ゆっくり考えよう。

 

 まず、何をしたいかだけど……G・I編に行く。これは絶対条件。

 

 後はそうだな……旅団のマチに会いに行くのと、ネオンに会いに行く為にかなり戦闘力がいるか。

 

 つまり、女の子とキャッキャウフフをしようと思うと、使える念じゃないと絶対にダメな訳だ。

 

「うん、時間がかかりそうだ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 ──そこから、俺の念が決まるまでかなりの時間を要した。

 

「ナイスお──」

 

「こらこら、何て呼ぼうとしたのかな? 次は容赦しないって言ったよね?」

 

「じょ、冗談だって」

 

 まさか顔面に飛んで来るとは思ってなかった。てっきり下に飛んで来るもんだと思っていたので、油断した。

 

「で、決まったんだね」

 

 何時間経ったかは分からないけど、本当に時間が掛った。本当に使える念かは分からないけど……かなり優秀なはずだ。きっと。

 

「ああ。残りの二つ、まずは一つ目だけど……あの世界にある念、っていう能力の指定」

 

「うん、了解。説明は無くても大丈夫。イメージを持ったままでいてね」

 

 なるほど、そんなのでいいのか……便利だな。いやまあ、当然なのかも知れないけど。

 

「残りの一つもかなり悩んだけど、才能かな」

 

「才能?」

 

「うん。あらゆる物に対しての才能。そつなくこなせるとか、一を聞いて十を知り、十を体感し百を感じれる……的な」

 

「なるほど」

 

 最後のは完全に造語だけど、イメージ的には合ってるんだよな。

 

「死が直ぐ近くにあるあの世界で、優秀な能力は合っても使いこなせないなら意味がないし……と思って、戦闘経験とか戦闘に役立つ物がいいかなとか考えたけど、それだと曖昧過ぎて想像出来なくてさ。それなら、パソコンに勝る優秀な脳と考えて、結果的に才能に落ち着いた……って感じだ」

 

「よ、よく考えてるんだね。他の人たちは、はーれむ? とか何とか言って、直ぐに決めちゃってたけど」

 

 ハーレムか……自分で作ればいいしな、うん。

 

 うん?

 

「うん。じゃねえよ!! あっちの世界でこの容姿が受けなかったらモテないじゃないか!!」

 

「!?」

 

 何故、気が付かなかった……このままだと、容姿だけだと普通よりは少しモテる程度の俺が、女の子にモテる訳がないじゃないか!!

 

「困った……」

 

「それは大丈夫。特典とは別に、おまけで修正しとくよ」

 

 目の前の神様が、女神に見えた。いや、元々女神か。

 

「じゃあ、そのイメージを持ったままでいてね。これから君を送るから」

 

 そう言うと、俺の足元に魔法陣的な物が出てきた。

 

 なんか、あっさりしているな……まあ他にも人がいっぱいいるし、対応は早くないといけないのか。

 

 じゃあ、さっきは何であんなに漫才? してたかって言われたら、俺がボケてたしな。真面目に進めると、こんなにもスムーズに終わるんだな。

 

「10秒後に送られるよ」

 

「了解……あ、ちょっとこっち来てもらっていいか?」

 

「ん? いいよ」

 

 俺は咄嗟に思い付いた事を実行する為に、元々近くにはいたけど、神様を更に近くに呼んだ。

 

「で、どうしたの?」

 

「近くで言おうと思ってさ、改めてありがとうって」

 

「あ、うん。どういたしまして」

 

 後、5秒くらいだな。

 

「本当に助かった。それじゃ次に会うときは死んだ時かな?」

 

「君の担当が私になったらだね」

 

「じゃ、担当になってくれよ。それじゃ──」

 

 そう言って、俺は最後にもう一度。それが辺り前の様に手を伸ばし、神様の胸を揉んだ。

 

「ナイスおっぱい!!」

 

「ちょ!?」

 

 そして、俺の意識はなくなったが、残ったのは至福な感触だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「まあ、最後くらい……って、最初もそうだけど。でも、まあ次に会ったら責任とって貰おうかな、なんせ初めての相手だし」

 

 そして主人公の知らぬ所で、死後の未来が確立されてしまったのであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「リナ?」

 

「成功したみたいだな、無事に」

 

「あ、あなた!! リナがいきなり変な事を!!」

 

 あれ、驚かれたって事は……まだ、あんまり話せない時期なのか。

 

「なんて言ったんだい?」

 

「成功した、なんたらかんたらって」

 

「ははは、まさか。まだ二歳だぞ」

 

「でも、確かにそう言ってた気がしたんだけど……そうよね、今日で二歳ですもんね」

 

 なるほど、まだ二歳か。確かに言葉をしっかりと話せる時期じゃないな。

 

「おれ、にさい!!」

 

 なので、少し馬鹿らしく、片言らしく言ってみる。

 

「……」

 

「……」

 

 すると何故か身構えられた。

 

 あれ、まだこんなに話せないのか?

 

「にさい」

 

「そ、そうよリナは二歳ね」

 

 よし、これならいいんだな。

 

 話す感じは合ってるから、次はどれだけ動けるか試すか。

 

 赤ちゃんは平均的に一年前後で立つ事が出来るらしいから、二歳だとわりと動く程度かな?

 

 そう思い、腕を回したり、歩いてみる。

 

「この子、元気が余ってるのかしら?」

 

「そうかも知れないな、今日はそういう日なんじゃないか?」

 

 そう言って、恐らく母らしき人が机に座って父らしき人と話始めた。

 

 こっちに視線がない事を確認した俺は、とりあえず座ってから立ってみる。少しぐらつくが可能。

 

 次は走ってみる……これも余裕だけど、少し息があがるというか疲れるな。

 

「あら、あの子走ってるわ……外に連れて行ってきますね」

 

「あ、なら俺も行こう。仕事は一段落ついているしな」

 

「おそと? いくー」

 

 ちょうどいい、走れるだけ走ってみよう。

 

 そう思い時間を確認すると14時となっていた。どれぐらいで動けなくなるか挑戦だ。

 

 そして近くの公園に連れられ、草の茂る広場に来た。

 

「良い時間になったら帰るわよ。わかった?」

 

「うん」

 

 そして走ろうとした時に気が付いた。むしろ、なぜ気が付かなかったのか。

 

 なんだ、この服? ひらひらして、動きにくいじゃないか。おまけに色がピンクだし。

 

 ……ピンク? ひらひら?

 

「……」

 

 う、嘘だろ。

 

「あの子、いきなり固まってるわね。どうしたのかしら」

 

「ちょっと行ってくるよ」

 

 なんで、ないんだ?

 

「どうしたんだリナ?」

 

「あの、俺って女?」

 

「……」

 

「……」

 

 そして舞い降りた沈黙。

 

 それは、色々な意味で否定できない現実を語っていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 と、そんな事があってから二年が経ち、四歳だ。現在、暦は5月10日。

 

 誕生日は4月10日にあるので大体一ヶ月経ったぐらいだ。

 

「本当に、いつからこうなったのかしら」 

 

「生まれた時から」

 

 そもそも、名前で気づけよって話だったんだけど……本当に馬鹿だ。

 

「そうよね、それはそうよね」

 

 もう、諦めた……訳でもなく、とりあえず言葉づかいだけは抵抗してみている。

 

 ただ、やはりどこか前の持ち主の女が反応して、時々そちらに揺らぎそうになるのだが。

 

「だけど、負けない」

 

「そうね、頑張って言葉づかいは直しましょう」

 

「もう無駄だけどな」

 

 そう言って、公園に逃げた。もうこの流れは何度もしているので、母も追いかけて来ない。

 

「さて、今日も特訓だわ…………特訓だ」

 

 くそう、いつか勝ってみせる。

 

 とりあえず、準備体操してから走り込み。それが終わり、次は腕立て伏せなどの筋トレ。数千回で限界を感じる。

 

 いくら最高水準でお願いしても、多分これが限界なのだろう。身体発達の。

 

「……よし、次は念だ」

 

 他人の視線が怖かったので、いつも公園の中と言っても人の来ない森林地区で特訓している。時々動物、リスや熊が来るが今では友達になった。

 

 そうして、念の訓練をしている内に日が暮れそうになったので家に帰った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そしてそこから更に数年経ったある日、16歳になった誕生日の日にふと頭にある予感がよぎった。

 

「なるほど、今年が始まりの年」

 

「ん? たしかに16歳だから色々始めれる歳だけど?」

 

「だよね……私、やりたいことがある。ちょっと待ってて」

 

 母の返事を聞くより早く、部屋に戻ってハンター試験応募カードを取り、母の元に戻る。

 

「これは……ハンター試験応募カード!?」

 

「うん。私、ハンターになりたいんだ」

 

「……と、驚いてみたけど特に反対はしないわ。好きにしなさい」

 

 ……いや、まあうん。

 

「ありがとう、ママ……でも、本当にいいの?」

 

 ちなみに、もうすっかり女として馴染んでしまい、男だった頃の垂れ流していた情熱はもう薄れている……はずよね。

 

 未だに可愛い女の子等を見ると興奮して手は出るけど、昔の私だと間違いなく……うん、酷い人間だったわ。

 

「いいわよ。どうせ反対しても行くんでしょ?」

 

「え、うん」

 

「ほらね」

 

 流石は母。こちらの考えは読まれていた。親が強いと言うよりは、本当に母は強し。父はかなり鈍いし。

 

「これっていつなの?」

 

「来年直ぐだから、後一年はあるよ」

 

「そうなのね。じゃ、条件があるわ」

 

「うん、何?」

 

「連絡とお金。お金はしっかりと送りなさい。お金はしっかり送りなさい」

 

 ……そしてこの母、中々に現金なのよね。言葉づかいもしっかりと矯正させられたし。本当はもっとおっかない人なんだと、何となく思う。

 

 今では、仕草や服装と言った、何もかもを叩き込まれたし……。

 

 一応過去として、前の自分の記憶もあるけど、殆ど忘れている。覚えているのは、この世界のある程度の設定と自分の前の世界の行動、神様との会話ぐらい。

 

 何故か、女として矯正……調教? されている記憶は殆どない。いや、思い出せないが正解。

 

「わ、わかった」

 

「後は……死なないで帰ってきなさい。一年に一回、必ず」

 

「……ありがとう、ママ」

 

 色々と騙して生きて来たけど、やっぱりこの人は私の母ね。人生では二人目になるけど、どっちも選べないわね。

 

「いいえ。パパには内緒にしておくから、絶対にハンターになりなさい」

 

「うん」

 

 こうして、現金な母の元、無事? にハンター試験を受けることが決まった。



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ハンター試験編   
1話『試験スタート』


  

 そして、見送りに来た母から励ましの言葉を受けた私は、船に乗って試験場を目指す。

 

 一年も経っていないけど、本当にこの一年は早かった。

 

「おいおい、女がハンターになるんだってよ。甘く見られたもんだな」

 

「黙れ下等種。殺すわよ」

 

 口から、咄嗟にそう出た。条件反射の様なもの。

 

 この身体になったのと、母の矯正のお陰か副作用か男に嫌悪感に似た何かを感じる様になった。

 

 昔の記憶も少なからず影響していると思われるけど、とにかく男が嫌い。念の制約にもある意味役立っているし、女の子が好きな私としては問題はない。

 

 嫌悪感を抱く、嫌だと感じる条件は、ぶっちゃけ勘。それ以外だと視線かしら。

 

「っは、出来るもんなら──」

 

 男が近づいて来ようとしたので、念を飛ばして気絶させた。

 

 力加減を間違えなくて良かったけど、あれで静孔が開いたのでどの道死ぬ事になりそう。

 

「さてと、しばらく暇になるわね」

 

 船の中をざっと見ても、まだレオリオやクラピカが見当たらなかったので恐らく私が一番早い。

 

 三人が来るまで、特にする事もないし……精神統一でもしましょうか。

 

 そう思いマストに登り、座禅を組める横木で止まる。

 

「お、おい嬢ちゃん!! そんなとこに居たら危ないぞ」

 

「私なら大丈夫」

 

 船員の人が注意してくれるけど、流石にこの程度でどうにかなるほどやわに訓練してない。

 

 ちらっとだけ船長からの視線を感じ、そちらに向いてサムズアップ。すると船長は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そこから一度目の嵐が終わるまでそこで待機していた。そろそろ船長に呼ばれるはず。

 

 例の三人が船に乗っているのはもう知っているけど、挨拶はしなかった。まだ知らない人だし。

 

『これからさっきの倍近い嵐の中を航行する。命が惜しい奴は今すぐ救命ボードで近くの島まで引き返すこった』 

 

 その船長の放送から、ばたばたと慌ただしく乗客が救命ボートで逃げていく。

 

 人が減った所で、私はマストから飛び降りて船長室に向かう。

 

「結局、客で残ったのは四人か。名を聞こう」

 

「オレはレオリオという者だ」

 

「オレはゴン!」

 

「私の名はクラピカ」

 

 なるほど、近くでみると漫画と全く同じね。現実的に見る視点だと少しは違うかなと思ったけど、まんまその通り。

 

「で、嬢ちゃんは?」

 

「私はリナ」

 

 うーん、レオリオからの視線が強いわね。そういうキャラって知ってたけど、気にするレベルじゃないわね。嫌な感じはしないし。

 

 けど、無駄にスタイルがいいのも考え物よね……自分で触って楽しむくらいしか出来ないし。

 

 とにかく、後は流れに身を任せるだけなので、先に言っておきましょう。

 

「ちなみに、私がハンターになりたい理由は恩返し。お金を稼いで両親に恩返しをしたいわ」

 

「なるほどな。ほかの三人はどうだ?」

 

 これで、もう大丈夫よね? またマストに戻……いや、壊れるのよね。ならしょうがない、ここで待ちましょうか。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ……そこからややあって、ドーレ港に到着しバス停まで来た。

 

「っけ、意外に主体性のねー奴だな……リナちゃんはどうするんだ?」

 

 ゴン、クラピカが話通りに離れて行ったので、私は別行動を取ることにした。

 

「私は別ルートで行くわ。じゃあね」

 

 レオリオの返事を待つのも面倒だったので、直ぐにその場を離れた。

 

 恐らく、姿が消えたように見えるのかしら。

 

 なんて考えながら走ってザバン市の定食屋を目指す。

 

「あーなるほど。バスはこの辺りでこうなってたのね」

 

 その道中、気になるものがあったので足を止めた。山道に入ってしばらくした辺りで、バスが破壊されていた。

 

 少し中を覗いてみると、人が死んでいる。当然と言えば当然だけど、逃げれない人はハンターになるなって証拠ね。

 

「私には関係ないけど……さ、次々」

 

 そして、再び走りだした。

 

 そこから、1時間後にザバン市に到着。能力を使えばもっと早く付いていたけど、何かあるかわからないし温存も大切と考えたので使わなかった。

 

「さてと、日が暮れる前に定食屋に入りましょうか」

 

 と、そこでふと思い出した。

 

 試験が始まるのは明日だったはず。それならどこか近くのホテルで休憩するのが得策ね。

 

 そう思いホテルで一晩を過ごし、翌日。朝ごはんを定食屋のステーキ定食にすればいいと考えたので、シャワーを浴びてから定食屋に向かった。

 

「いらっしぇーい!! ご注文は?」

 

「ステーキ定食、弱火でじっくり」

 

「……あいよ、奥の部屋にどうぞ」

 

 本当にこれでいけるのね。何も変わってなくて良かったわ。

 

 そしてステーキ定食を食べながら待つ事数分。どうやら到着した。

 

 扉が開き、外に出ると凄い数の人間かこっちを見た。そして、一部を除いて視線は外れてくれない。

 

 理由を挙げるとしたら、昔の私みたいな顔をしているからで、この身体のせい。

 

 嫌な感じがビンビンするわね。

 

「だ、大丈夫かい? 良ければこの俺が」

 

「いやいや、ここはこの私が」

 

 やっぱり、逆ハーレムならすぐに目指せるわね。

 

 改めて思った。

 

 まあ、どうせこの人たちは死ぬんだろうし関わらない方がいいというか、そもそも関わる気はないけど。

 

 そう思い、番号を配ってる人の元へ向かう。

 

「あ、あれ? 今の子はどこに?」

 

「げ、幻想? いやいや、そんなはずは……」

 

 やはり、有象無象はこのレベルの実力。全力の十分の一も出していないにも関わらず反応不可能。当然だけど、大体の戦闘力は確認できたかしら。

 

 人が多かったから、ヒソカやイルミには気づかれてないのが幸いね。

 

「君は400番だよー」

 

「ありがとう」

 

 そして番号札を貰い、胸の辺りにつける。

 

 つけ終わると同時に、数ある視線の中から一人だけ、後ろから近づいて来る。恐らくトンパかな。

 

「お、珍しいね。ここに女の子が来るなんて。そしてルーキーだね」

 

 肩を叩かれる前に振り向いて、一歩下がる。

 

「新顔なのは間違いないけど、女なんて関係ない。プロのハンターでもいっぱいいるでしょ?」

 

「そ、それもそうだね。俺はトンパ、よろしく」

 

 トンパは手を差し出してくるが、悪寒がしたので手を振って断った。

 

「そ、そうか。ならお近づきにジュースでもどう?」

 

「あ、貰うわ」

 

 これがあのジュースね……。

 

 迷わず飲んでみると、確かに味がおかしい。ただ、味による満足はなくても、違う意味での満足感は手に入れた。

 

「それじゃあ俺は他にも挨拶する奴がいるから、また後で」

 

 そして、新顔の女。私にしっかりと下剤入りのジュースを渡したトンパは人ごみに消えた。

 

 残念ながら効かないのよね。

 

 この世界では大体の事に対応できた方がいいと考えたから、キルア。というよりゾルディック家と同じでこの身体には毒、電気、熱、痛みに耐性を付けている。

 

 自分自身に拷問に近い事をするのには中々に覚悟が必要だったけど、未来に向けて妥協はしたくなかったので頑張った。

 

 流石に幼かった時に毒を手に入れるのは苦労したけど……母のお陰で手に入ったし。本当に何者なんだろう。

 

 そう言えば、拷問に協力してくれてた様な気がしたけど、記憶が曖昧なので気のせいかしら。

 

「訓練の日々は、辛かったわね」

 

 しみじみ、そう思う。

 

 本当に神様にお願いしておいてよかった。ちゃんと適応できるし、傷の治りもかなり早いし、それなのに傷は残らない。

 

 骨折なんて安静にしていれば2週間も掛らなかったし。

 

「っと、そろそろゴンたちが来るわね……とりあえず、先頭にいようかしら」

 

 サトツさんの横が一番人が少ないだろうし……サトツさんなら、嫌悪感レーダー、今命名が鳴らないみたいだし。

 

 なので、壁のでっぱりみたいな所を使い先頭に出る。

 

 ……そしてまたそこから暫くして。

 

『ジリリリリリリリリリリリリ』

 

 サトツさんが隠し壁から出て来て、不気味な鐘の音を鳴り響かせた。

 

「では、これよりハンター試験を開始いたします」

 

 サトツさんはでっぱりから降りると先頭に出た。

 

「こちらへどうぞ」

 

 サトツさんが示したと同時に歩きだしたので、それに合わせてサトツさんの横を歩く。

 

 すると、一度だけこちらを見て、視線を前に戻した。

 

「承知しました。第一次試験、404名全員参加ですね」

 

 今から始まるのね、ハンター試験が。

 

 まずは持久走だけど……先に行くのはありなのかしら? 後で質問してみましょうか。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 なんて考えながら隙を伺っていると、いつの間にか、地上への階段の中間地点まで来ていた。

 

「あれ、いつの間に……」

 

 どうやら、呼吸をするのと同じくらいどうでも良かったらしい。

 

 記憶が飛んだ様な感覚があるけど……うん、一応あるわ。

 

「やっとリナさん見つけたよ。先頭に居たんだね」

 

「ああ、ゴン。それに……」

 

 ゴンの隣に居たのはもちろんキルアだけど、初対面なので名前を言うのはまずいので飲み込む。

 

「あ、オレはキルア。よろしく」

 

「私はリナ。よろしく」

 

 そこから、ゴンたちと話していると出口が見え、階段を上り切った。

 

 暗い所から明るい所に出た時の独特の眩しさから、目に入ってきたのは、原作と変わりない風景。

 

「ヌメーレ湿原。通称、詐欺師の塒。二次試験会場へはここを通って行かなければなりません」

 

 色々と感慨深いけど、じめじめするし早く抜けたいわね。

 

 それが私の一番の感想だった。

 

 確かに、ここまで来たのね。これがあの……とかはあるけど、一番はそれ。

 

 なんて考えていると、いつの間にかサトツさんの割と長々しい説明が終わりを迎えていた。

 

「騙されることのないよう注意深く、しっかりと私の後をついて来て下さい」

 

「嘘だ!! そいつは嘘をついている!!」

 

 サトツさんの説明が終わると同時に、一人の男が乱入して来た。

 

 見るからに怪我人で、立ってはいるものの全身傷だらけ……例の男だ。

 

「そいつは偽物だ!! オレが本当の試験官だ!!」

 

 そうサトツさんに指をさしながら言うが、真実を知っている者からすれば早く死なないかしらと思うばかり。もちろん、早くここを抜けたいから。

 

 しかし、現実はそう甘くなく、ヒソカが二人に攻撃するのはもう少し後。

 

 ……そう言えば、なんでコイツはこんな嘘をついてまで出てきたのかしら。

 

 まあ、そんな事は作者しか知らないだろうけど……正直この世界は世界観を借りたに過ぎないからつい考えてしまった。

 

 ここはあくまでも私の世界。原作とはいえ、ずれてしまう事がそろそろ出る頃はず。

 

「その時は楽しむだけだけど……」

 

「ん? どうかしたのリナさん?」

 

 かなり小声で呟いてみたけど、このぐらいならゴンにも聞こえないのね。

 

 ……いや、正確にはなんて言ったかわからない程度だから、聞き取れないだけで聞こえてはいるのね。

 

「ううん。なんでもないわ」 

 

 少し確認しておきたかったので試してみたけど、やっぱり耳がいいのね。

 

「それでは参りましょうか。二次試験会場へ」

 

 そう言ってサトツさんがまた走り出す。

 

 あの男については興味が無かったのでスルーしたけど、やっぱり少しは見るべき……まあいいわ。

 

 そして走り出して少ししてから、かなり深い霧のゾーンに入った。

 

「ゴン、リナ。もっと前に行こう」

 

 よ、呼び捨て……そう言えば、キルアって誰に対してもこんな感じだったわね。

 

「うん、試験官を見失うといけないもんね」

 

「それよりも……ね」

 

「ああ、ヒソカから離れた方がいい。あいつ、殺しをしたくてウズウズしてるから」

 

 一応はキルアに合わせてみたけども、ヒソカの殺気はそれ以前から気になっていた。

 

 なんて、凄まじい殺気なのかしらと思ったのと──

 

「霧に乗じてかなり殺るぜ」

 

 早く戦ってみたいと思った。

 

 流石にこちらから殺気を向けると、こんな不本意な所で戦闘になるから向けないけど。それでも、早く戦ってみたいと思うのは、この世界に対応した結果なんだろうなと思う。

 

 けど、思うだけで絶対に実行はしないし、命の削り合いの意味で本気で戦いたい訳じゃない。 

 

「ゴン!!」

 

 レオリオの悲鳴を聞き、ゴンがクラピカたちを助けに向かった。

 

 キルアは少し悩んだようだけど、走る事を決めたらしい。

 

 私は元々知っているとはいえ、裏を知るのは中々に面白いわね。

 

「大丈夫よ、ゴンなら」

 

「なんでわかんの? 正直、無謀だと思ったんだけど」

 

「勘かしら」

 

「勘ね……リナも大概、面白い人だよね」

 

 知ってると言えないのは中々辛いかもしれない……いっそ、予備知識が無い方がいいかもしれないわね。

 

 いまさら変更なんて出来ない事は分かっているけど、どこか腑に落ちない。

 

「そうかしら?」

 

「俺が知ってる中でもかなり面白いよ。まあゴンには劣るけどさ」

 

「ゴンが面白いのは同意。さて、このまま向こうでゴンたちを待ちましょう」

 

 こうして、私とキルアは無事に二次試験場に到着。

 

 その後、ヒソカがレオリオを背負って到着。それに続く形でゴンとクラピカも到着したので、まだ大きな変更点はない事を確認して安心した。

 

 そして、ブハラの腹の虫が鳴り響く中、二次試験が始まる12時を迎えたのであった。

 

 



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2話『トレード』

「そんなわけで、二次試験は料理よ!!」

 

 そのメンチの言葉に、会場にいる私を除く全員が声を上げたり、無言になったりとそれぞれ驚いていた。

 

 そして、説明が進む中で私は違う所に注目を置いていた。

 

「んー、良いわね……触りたい」

 

「な、なんかリナさんから、一瞬ヒソカに似たオーラを感じたんだけど」

 

「……そ、そうかしら。気のせいよゴン」

 

 どうやら無意識の内に危ない物を発していたらしい。ゴンだけが反応してくれたけど、正直周りにいる出来る人間には気づかれたはず……うん、気を付けよう。

 

 なにより、メンチがこちらを睨んでいたし。

 

「それじゃ、二次試験スタート!!」

 

 なんて考えていると、二次試験が開始しそれぞれが森の中に消えていった。

 

 ブハラのお題は、もちろん豚の丸焼きだ。

 

 ちなみに、私は少し出遅れた。

 

「……この程度の遅れなら、どうにでもなるわね」

 

 と言うわけで、森に入ってグレイトスタンプたちを見つけた。

 

 他の受験者たちがやられているので、どうやらこの場所では誰も討伐に成功しなかったみたいだった。

 

「結構いるのね……」

 

 その呟きが聞こえたのか、一匹が振り向いて私と目が合った。

 

 猛スピードでこちらに突進してくるが、私にはお話にならないレベルだ。

 

 衝撃を受ける事もなく私は右手で受け止めた。予想していたよりも、遥かに軽い攻撃だ。

 

「こんなものよね……」

 

 突進してきた豚は、私のその言葉に恐れをなしたか、平然と受け止めた事に恐れをなしたのかはわからなかったが慌てて逃げ出そうとする。

 

「でこぴん」

 

 もちろん、逃がす事なく制裁。逃げるとは何事か。

 

「あ、でもそのまま持ってくのも気が引けるわね……ううん、気にしても無駄かしら」

 

 私は枯草等を集め、火種を用意し手荷物からライターを取り出して着火。火を大きくしていき、豚を放り込む。

 

 しばらくして良い感じに豚が焼き上がったので、火を消して熱々のままブハラの元へ。

 

「これでいいのよね?」

 

 どうやら一番乗りは私の様だ。

 

 てっきり、最後だと……あ、冷ましてないからね。結果オーライ。

 

「うん、美味しそうだよぉ」

 

「……これ、全然冷めてないわね。ううん、むしろ焼き上がって直ぐの状態。熱く無かったの?」

 

「その方が、美味しいでしょ?」

 

「そりゃまあ……」

 

 なら無問題。ブハラも食べきったみたいだし。

 

「とりあえず、合格かしら?」

 

「えぇ、二次試験第一部合格よ。次のお題まで待っててね」

 

 それなら次の為に魚を捕りに行こう。お題の説明は受けなくても、もう知っているし。

 

 そんな訳で川に到着。

 

「狙うのはコウカクルイね」

 

 ちなみに、コウカクルイとは甲殻類では無くて、この辺りで滅多に捕れない魚として有名らしい。捕れる頻度は、毎日この公園の一つの川に絞って狙っても、一年に一回程度。なので、その分とても美味しいとの事。

 

 メンチは食べた事があるかもしれないけど、それでもいい。必ず美味しいと言わせてみせるわ。

 

「でも本当に便利ね……この美食マップ、ビスカ森林公園編」

 

 さっきの豚の一番近い出現場所もこれに書いてあったし。コウカクルイの事も書いてあった。定価1200円でザバン市のホテルにて購入した。

 

 恐らくだけど、ハンター試験の伏線として用意してあったヒント。誰も気づいて無いと思うけど。

 

「で、一年に一回の魚ね……時間はあまりないから、さっさと探しましょうか」

 

 私は一度深呼吸をし"絶"を解く。

 

「それじゃ、行くわよ……円!!」

 

 魚の形は本で知っているので、それに似た形の生物を円を使い探す。

 

 私の円の半径は、全力で約700m。幼い頃からの訓練のお陰だけど……流石に王様には負ける。

 

 実際には王様の、あの円が使いたかったんだけど人間じゃ無理そう。

 

「っと、見つけた。川の中なんてだるいわね」

 

 そして、円を使いながら川を回ること数分。コウカクルイと思われる、とても小さな魚を川の奥底で発見した。大体200mは下。

 

「潜るしかないのね……服濡れるの嫌だけど」

 

 溜息一つ付いて、飛び込もうとする……が、いい方法を思いついたので動きを止めた。

 

 そうよ、誰も見てないし脱げば濡れないわ。円で警戒していれば、誰か近づいてきても気づくし。

 

 ヒソカとか、イルミとかが走りながら近づいてきたら、着替えるのは流石に間に合わないけど……多分、今は説明を受けてるだろうし、大丈夫。

 

「……よし、脱ごう」

 

 脱ぐと決まれば話は早いので、着ていた白のミニ丈ワンピースを脱いで、腕時計を外す。

 

 機能性がほぼゼロなこんな恰好をしているのは、母の趣味。こういった服しか買ってもらえなかった。確かに、カジュアル、動きやすい服装もない事もないんだけど、持ってきていない。

 

 それに、機能性はゼロでもハンデにも満たない程度だから問題ない。

 

 なんて考えながら、下着姿になり、思考停止。

 

 ……これも、脱ぐのかしら。

 

 自分に質問だった。

 

 確かに、下着……ちなみに黒よ。その下着を脱げば濡らさずに済むし捨てなくていい。ただ、そうなると全裸で外の空間を数秒間を過ごす事になる。これは私にとって問題じゃないかしら。

 

 見られる事もないだろうし、仮に見られてもそいつを抹消すれば済む話。下着もトップブランドの下着なので、上下で数十万はしたので捨てるのも忍びない。

 

 ……うん、脱ぐか。

 

 最終結論も出たので、ぱぱっと脱いで川にダイブ。あっという間に200mに到達し、コウカクルイを発見。すぐさま捕獲、浮上。

 

 川にしてはかなり綺麗な水だったようで、全然ぬめぬめしなかった。むしろ、つやつやなっていた。

 

 少し得したわね……って、それよりもさっさと着替えましょう。このままだと完全に変態よ。

 

 鞄からタオルを取り出して、身体を素早く拭く。拭き終わったら、タオルはいらないのでその場に捨て、下着を装着しワンピースを着る。

 

 そういえば、始めて下着を付けた時は苦労したわね……精神的な意味で。あの頃は男の自我の方が強かったし。

 

 なんて考えていたら、その辺に転がしていたコウカクルイが逃げようとしていたので再度捕獲。それを片手に持ったままトランクキャリーバックを閉じて試験会場に戻った。

 

「あれ、あんた説明受けてないのに……」

 

「まあ、それぐらい予想できて一流のハンターになる資格があるんじゃない?」

 

 なんて言ってみても、ただの卑怯な手なんだけど。

 

「なるほど。それにその魚は……確かコウカクルイね」

 

 流石に知っていたよう。ただ、その反応を見る限り食べた事はない模様。これはラッキーね。

 

「それじゃ、早速作ってあげるわ」

 

 ちなみに現在、試験会場に人は誰一人としていない。円を使い、みんながいなくなるタイミング。要するに、魚を捕りに向かった所を確認し戻って来たから。

 

 そして私はキッチンに立ち、魚を慣れた手つきで捌く。この分量だと、6カンが精一杯かしら。私が食べる分も含めると……メンチと半分ね。

 

 とりあえず、握ってしまおう。今日のこの日の為に、寿司屋に弟子入りした三日間。やっと役に立つんだから。

 

 ……そう言えば、大将元気だろうか。跡を継いでくれって言われて断ったけど、かなりショック受けてたしなぁ。

 

「と、集中ね……ふっ!!」

 

 私は、素早く正確な手つきで6カンを握りきる。久々だったけど、何とかなった。完成度は80%は越えているかしら。

 

「はい、どうぞ」

 

「いきなりまともな寿司が出て来たわね……じゃ、早速」

 

 握った寿司を口に入れ、目を閉じながら味わって食べる事数秒。メンチが目を開いた。

 

「……合格ね」

 

「どうも」

 

 どうやら、よほど美味しかったらしい。感想を聞く前に合格と出てしまった。そのまま二カン目を食べてたし。

 

 私も味が気になったので食べてみる……なるほど、これは美味しい。

 

「本当に美味しい物には、飾った感想なんて不要で美味しい以外の言葉が出ないのね」

 

「うん。この握り寿司は今まで食べた中で一番だわ。よく捕って来たわね」

 

「まあ、運が良かったのよ」

 

 円で探しても、あの一匹しかいなかったし、実際、運が良かったのは確か。

 

 そこを踏まえると、何故一匹だけしかいなかったのかを考えるのも面白そうだけど……まあ、もう二度と必要にはならないわね。

 

「一年に一回会えればいいって話だから、私も探すに探せなかったのよね……今回の試験も、そこの部分に期待してたし」

 

 だから美食マップなんてあったのね。

 

「なるほど、それは良かったわ……ああ、後それと私が合格ってのは内緒で」

 

「どうして……いや、特に言う必要もないし試験に集中するから気にしなくてもいいけど」

 

 これで面倒な事が一つ減るわね……それじゃ、早速。

 

「一つ、メンチにお願いがあるのだけれど、いいかしら?」

 

「ん、どうしたの」

 

「もし、この試験で私以外に合格者がいなければ、私も不合格にしてほしいの」

 

「……それはまたどうして?」

 

 当然なメンチの疑問。その答えは至って単純だ。

 

 ただし、そのまま伝えると警戒度が増してしまう恐れがあるので、ここは慎重に──

 

「その代わり、メンチの胸を揉ませて欲しいから」

 

「……」

 

「……」

 

 あ、間違えた。

 

 思わず口に出てしまい、ブハラを含めこの場に静寂が訪れた。

 

「えと、その……本気よ。抵抗するならそのまま揉みしだく!!」

 

 とりあえず、更に押しておきましょう。言い直しても、手遅れ感があるし。

 

「あんたさっきまでそんなキャラじゃなかっ……さっきの殺気に似たのはそれね」

 

「て、てへぺろ」

 

「……」

 

 そしてまた、静寂になった。どうしよう、どうやってこの場を乗り越えよう。

 

 ……でも、後悔はしてないわ、うん。

 

「はあ……世の中には色々な変人がいるのは知ってるけど……分かったわ、もし他に誰も合格者が居なければ好きなだけ胸を触るといいわ」

 

「よっしゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 思わず、軽く飛び上がってしまった。5mは飛んだ。

 

「いや、喜びすぎよ!?」

 

「当然じゃない。可愛い子の胸よ!! それを触れるのよ!!」

 

 これで目標の一つを達成出来るわね……ふふふ、もし合格者が出……ないと信じるわ。

 

「そ、そう……でも、あたしが嘘を言った可能性──」

 

 カチッ──と、腕時計のあるボタンを押す。

 

『分かったわ、もし他に誰も合格者が居なければ好きなだけ胸を触るといいわ』

 

「大丈夫。ボイスレコーダーで録音済みだから!!」

 

 証拠が無くなってしまうと困るので、ばっちり録音はしておいた。

 

 いつかこういう時が来ると信じて、かなり性能の良いボイスレコーダー付き腕時計を買っておいて正解だったわ。

 

「……恐ろしいわね。その執念」

 

「褒め言葉ね」

 

「そんな鼻血出して言われても……」

 

 薄々、気づいてはいたけど興奮し過ぎね。絵面的に美しくも可愛くも……いや可愛いかも知れないけど、どちらかと言えばアウトね。

 

 トランクから拭くものを取り出して、鼻血拭き取る。

 

「失礼したわ……じゃ、そう言う事で試験終わったらよろしく」

 

 触れる事はほぼ確信したので、とりあえず使った包丁等の片づけをする事にした。もうそろそろ、他の人が帰って来る事だろうし。

 

 あ、どうせならゴンたちが捕ってくる魚貰って、新しいのでも握ろうかな……なんて考えながらも、片付けを済ませていく。

 

 そして、片付けが終わり大人数の足音が聞こえて来た。どうやら、ゴンたちもいるようね。

 

「あ、キルアだけ場所が離れてるのね」

 

 そっか、番号順よね。

 

「うん。で、リナさんはさっき──」

 

「居なかったけど大丈夫。さっき聞いたから……それに、魚はみんな捕ってくると思ったから、少し貰おうかなって」

 

「あ、それなら俺のをあげるよ……気持ち悪いのしかないんだけど」

 

「それでいいわ。ありがとう」

 

 と、そこから試行錯誤してる素振りを見せつつ、試験終了までの時間を適当に潰した。

 

 もちろん、第二次試験の合格者は誰も出なかった。いや、私を除いてだけど。

 

 私はこれで目標達成したので、とりあえずゴンの傍でしかるべき時まで待機する。

 

「ど、どうなるんだろう……」

 

「大丈夫よ、きっと」

 

 そこでメンチの電話が終了し、改めて合格者が誰も居ない事を伝えてきた。

 

 その結果に落胆する者が多いのは当然なので、とりあえずそれに合わせるが……内心では笑いが止まらない。

 

 今すぐにでもメンチの元へと駆けたいが、何とか抑える。楽しみはハンター試験終了まで取って置く、もとい焦らす予定だし。

 

 と、そのタイミングで誰か忘れたが、太ってる男がキッチンを壊した。そこそこの怪力ね。

 

「納得いかねぇな。とても、はいそうですかと帰る気にはならねぇ」

 

 その言葉に、何人かが頷いている。当然よね。

 

 ただ、仮に今回で通ってたとして……次の試験をクリアできるとも思わないけど。

 

「また来年がんばればー?」

 

 よし、このタイミング!!

 

「こ……ふざけんじゃねぇぇぇ!!」

 

 この場面は、何となくメンチに格好良い所を見せたかったのよね……って、今は女だった。格好良い所を見せても、メンチにその気がなきゃ意味ないじゃない。

 

 しかし、動いてしまったものはしょうがないわね。殴り飛ばそう。

 

「私の獲物に手を出すなぁぁぁ!!」

 

 メンチが構えるよりも、ブハラが動き始めるよりも早く。いや、その男が動き始めたと同時に目の前に駆けて、渾身の右ストレートを顔面に炸裂させた。

 

 自然と、口は動いてくれた。

 

 男はそのまま原作と同じ通りに窓を突き破って外に飛び出た。手加減はしたので、死んではいないはず。

 

 それと、今の私に行動に、私以外の全員が驚いていた。

 

 当然よね……部外者がいきなり乱入。意味が分からない言葉と共に男を殴り飛ばしたのだから。

 

 でも、やってしまったら仕方がないわ。この場を沈めましょう。

 

「女に手を上げる者は、例え神でも私が許さないわ」

 

 え、なに。なんでこんなセリフが浮かんだし。恐ろしいほどダサいんだけど。

 

「す、凄いやリナさん!! 今の早くて全然見えなかった」

 

「あ、あらそう。ありがとう」

 

 確かに全力では無かったといえ、かなりの速度出したし見えなくてもしょうがないわね。でもこれが今のゴンのレベルだとすると、見えていたのは数人かしら。

 

「余計な事をしたのは確かだけど、助かったわ……あたしが殺らずに済んだって意味でね」

 

 それなら、良かったわ。これでもし嫌われたら、嫌がるメンチを無理やり……はっ!! そっちの方が美味しかったかしら!!

 

「今のがなけりゃ、今頃あいつは死んでいたわよ。美食ハンターだけど、武芸なんて嫌でも身に付くのよ。これでもあんたちよりも先輩よ。ハンターについては、あんたたちよりも一日の長があるのよ」

 

『それにしても、合格者ゼロはちと厳しすぎやせんか?』

 

「!!」

 

 そう、館の外。その上空から聞こえてた声に、揃って皆が外に出た。

 

 上を見上げるとそこには、ハンター協会の飛行船。どうやら、会長のお出ましね。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「そりゃぁぁぁぁ!!」

 

 と、気が付けばゴンたちが谷に消えていた。どうやら、マフタツ山に到着していた様だ。

 

 私もゆで卵が欲しいので追いかけようとするが、そこでふとある事に気が付いた。

 

「……合格者出るじゃない」

 

「どうしたのよ?」

 

 あと一歩で飛び降りれるが、そこで立ち止まった事でメンチに声をかけられた。

 

「このままだと、合格者が出るのよ!!」

 

「え、いやそりゃそうでしょ……」

 

 メンチは、この重要さに気づいていないようだった。なら私が伝えるしかない。

 

「だから、このままだと……メンチの胸が触れないのよ!!」

 

「……あ、そう言えばそうね」

 

「ほほう。何の話じゃ」

 

 その少し不思議な会話に、会長が参加して来た。

 

「え……えーと。実は、かくかくしかじかでして」

 

「なんと!! 羨ま……ゴホン。けしか……ゴホン」

 

 してこの会長。中々に助平だったわね、うん。私と通ずる気配を感じる。

 

「まあ……しょうがないし、次の機会を狙う事にするわ……卵は取らなくても合格になるし……ぐす」

 

 上を向いて歩こう。涙がこぼれない様に。

 

「いやいや、泣くほどの事じゃないでしょ!?」

 

「例えるなら、食べた事のない珍味を目の前にして、別の人間に食べられた感じよ」

 

 メンチで例えるとそれぐらい悲しい。

 

「……はあ、分かったわよ。美味しい寿司も食べさせてくれた事だし、特別に!! 触らせてあげるわよ」

 

「……嘘言ってたら、一生拘束して玩具にするけどいい? あ、ごめん嘘よ」

 

 危ない危ない。また思わずポロリと出てしまったわ。

 

「……一瞬、本当にされそうでどうしようかと考えたわ」

 

「安心して。おおよそ冗談だから」

 

 主に、嘘よの部分がとは付け足さない。

 

 こうして、メンチとのイベントを獲得した私は大いに満足したのであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ねぇ、今年は何人くらい残るかな?」

 

「合格者って事?」

 

 時は進み、夜。飛行船の中では試験官の三人がディナーを楽しんでいた。

 

「そ。一度全員落としといてこう言うのもなんだけどさ。なかなかのツブ揃いだと思うのよね」

 

「でも、それはこれからの試験内容次第じゃない?」

 

「そりゃま、そーだけどさー。試験してて気づかなかった? 結構良いオーラ出してた奴いたじゃない。サトツさんどぉ?」

 

「ふむ、そうですね……新人がいいですね、今年は」

 

「あ、やっぱりー!? あたしは294番がいいと思うのよねー、ハゲだけど」

 

「私は断然99番ですな。彼はいい」

 

「あいつきっと我儘で生意気よ。絶対B型!! 一緒に住めないわ!! ブラハは?」

 

「そうだね……新人じゃないけど気になったのが、やっぱ44番……かな」

 

 試験官三人。ここまで言っておいて、あえてスルーした番号があった。

 

 それはもちろん400番。リナの番号だ。

 

 ハンゾー、キルア、ヒソカと番号が挙がれども、それでもやはりあの特異な存在がリナだった。

 

 誰も触れようと思ってない。しかし、触れないでおくのも嫌だったのだろう。

 

 サトツが、ヒソカについて意見したそのまま勢いで、リナの話題に触れた。

 

「で、メンチさんが一番気になっているのは400番ですね。ある意味、私もですが」

 

「うぐ……サトツさん。分かってて触れるのはちょっとヒドイですよ」

 

「そう思うのはメンチだけだと思うよ……まあ、確かにアレだけどさ」

 

 アレとはもちろん、変態と言う意味合いが籠っていた。

 

「ある意味で、あたしにとっては危険人物……っていうか、危険そのものだわ」

 

「メンチをここまでびびらせるのも珍しいよね」

 

「だって、今までにいなかったタイプよ? そりゃあたしだってびびるわよ……従わないと、今頃五体満足じゃ済まない気がしたし」

 

「しかし、戦闘力の面で見れば確実に並のハンターでは敵わないでしょうな」

 

「能力は未知数と言っても、多分体術だけでも恐ろしく強いわね」

 

「あの時のスピードから?」

 

「うん。いくらあの男から殺気が出てて、こちらに来るって分かってても、あの速度は出せない。恐らく44番ぐらいじゃないかしら」

 

「躊躇わずに殴った所とか見ると、ある意味では44番より危険だよね」

 

「理由が恐ろしくくだらないのもね……」

 

「彼女は彼女なりの信念があるという事ですよ。おめでとうございます、メンチさん」

 

「やめてくださいよ!?」

 

 こうして、試験官たちの夜のディナーは過ぎていった。

 

 



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3話『トリックタワー前篇』 

 飛行船での夜。時計を見ると4時20分を指していた。

 

「あ、やっぱりゴンはいい顔して寝るのね」

 

「400番のリナちゃんじゃったな。ワシに何か用かの?」

 

 私は、会長の元へと足を運んでいた。

 

「ボールを奪ったらハンター資格を貰えるのよね?」

 

「おや、聞いていたのじゃな」

 

「ええ。それで、貰えるのかしら?」

 

 そう質問はしてみるけど、ここでボールを奪ったとしてもまず貰えないはず。ゲームを受けてくれるとも思わない。

 

「うーむ、そうじゃの……」

 

 ボール取りゲームは、ゴンとキルアだったから。

 

 会長には勝てる自信。つまり、はなから合格させるつもりは無かった。いや、あったにはあっただろうけど、負ける事は無いと考えていたはず。

 

 それが私になると、難しい。暇つぶしのレベルにはならないから。同条件で、ヒソカ等にも声はかからない。

 

 まあ、それでも私が訊きに来たのには二つ理由がある。もし受けてくれれば儲けもの。次に暇だったから。

 

 だからとりあえず訊いただけで、あんまり意味はないのよね。

 

「うむ、駄目じゃな」

 

「あ、やっぱり」

 

 予想通りだったわね。

 

「何事も形式じゃからの……リナちゃんを含め、44番や他の数人は正直このハンター試験をするまでもなく、ハンター資格を貰っても問題ない実力がある。ただ、そのままあげるとそれはそれで問題じゃ」

 

「それもそうよね。大丈夫、一応だから。それじゃ、三次試験まで寝る事にするわ。おやすみなさい」

 

「うむ」

 

 私は手をひらひらと振りながら、部屋を後にし、適当なベンチに座って寝る事にした。

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

『皆様、大変お待たせいたしました。目的地に到着です』

 

 時刻は9時30分、丁度。

 

 かなりの音量で機内にそう放送が流れ、私を含め皆が窓の外を見た。

 

 窓から見えるのは、雲に届く長い塔。あれが、トリックタワー……。

 

 そして、飛行船が頂上に到達しそれぞれが外に降り立つ。

 

「何もねーし、誰もいねーな」

 

「一体、ここで何をさせる気だ?」

 

 受験者がそれぞれ疑問をぶつけたり、何をするかを思考している様子だった。

 

「でも、とりあえず何かあるんだよね?」

 

「そうだな。いきなり戦闘になる可能性もあるから、警戒は怠らない方がいいかも知れない」

 

 普通だと、クラピカの考えになるわね。

 

 何が始まるか知らなかったら、私もここまで落ち着いてられないだろうし。

 

「えー、それでは只今より説明を行います」

 

 そして、会長の隣に居た……名前なんだったかしら? 忘れたわね。その男が説明を始めた。

 

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点になります。さて、試験内容ですが、試験官の伝言です……生きて、下まで降りて来ること。制限時間は72時間!!」

 

 その言葉に、受験者たちがまた騒がしくなる。

 

 ただ、説明はそれだけだった。

 

 男はそのまま飛行船に消え、飛行船は空へと飛び立った。

 

『それではスタート!! 頑張って下さいね』

 

 三次試験が、スタートした。

 

「さて、何か方法を探しましょうか」

 

 知ってるとは言っても、流石にどこに扉があるかは知らない。ゴンとキルアが見つけるまで待たないといけないし、適当に時間を過ごさないと。

 

「うむ。リナさんはどう考える?」

 

「そうね……」

 

 現在、ゴンとキルアとは少し離れて、クラピカとレオリオの近くにいる。

 

 そして、考えるフリをしながら時間が経つのを待つ。

 

「うわ、すげー」

 

「もう、あんなに降りてる……あ」

 

「ん?」

 

 少し大きめなゴンとキルアの会話が聞こえ、ゴンが指で示している先を見た。

 

 大きめの何かが、こちらに向かって飛んできていた。数は5体。目標は当然、外壁を使って下に向かったガタイのいい男のはず。

 

 男がそれに気が付いた時には、もう手遅れだった。

 

「外壁をつたうのは無理みてーだな。怪鳥に狙いうち……」

 

「きっとどこかに……下に通じる扉があるはずだ」

 

「私も同じ考えよ。それに、人数が減っているわ」

 

 人数を数えると、38人。少しタイミングを早めて教えたので、原作より数が多い。元だと、確か半分くらいって言ってたはずだし。

 

「このまま観察を続けて、人が消えるのを待ってもいいが……恐らく、同じ隠し扉は使えないはず」

 

「何で……あ、そうか。同じルートにさせないのと、偶然見たとしてそこから通られると簡単になっちまうからか」

 

 レオリオって根本的に馬鹿だけど、こういう事は少し賢いのね。

 

「ああ。だから、きっといくつも隠し扉があるはず……そうなると、一人一人別の──」

 

「レオリオ!! クラピカ!! リナさん!!」

 

 そのタイミングで名前を呼ばれ、ゴンに近づく。

 

「そこで、隠し扉を見つけたよ。でも、今迷ってるんだ」

 

「は? 何を迷う事なんかあるってんだ?」

 

 扉が複数あれば、そりゃ迷うわね。近くに密集してるって事は、罠だって考えちゃうんだろうし……。

 

「どれにしようかと思って。扉がいっぱいで……ここと、ここ。後こっちにも3つ」

 

 ゴンがそれぞれの扉の位置を教えてくれる。

 

 良かった、見つけてくれて。

 

「そうなると、この5人でちょうどね。中には罠があるかも知れないけど……行くわよね?」

 

 微笑みながら、4人に問いかける。少し挑発の意味を込めて、やる気にさせる。

 

「俺はもちろん!!」

 

「俺も行くよ」

 

「愚問だな。どうせ通らなきゃいけないのなら、行くに決まっている」

 

「俺も同じだ。運も実力のうちってな」

 

 これで、5人で挑戦できるのが決まったわね。

 

 トンパの代わりに私が入るから……そろそろ何かしらの影響が起きそうだけど、もう後には引けないし。

 

 いいわ、ここからが私のストーリーよ。

 

「それじゃ、恨みっこなしのジャンケンにしようよ」

 

 ゴンのその言葉で、ジャンケンが始まる。

 

 勝者は順に、キルア、クラピカ、ゴン、レオリオ、私だった。

 

 ゴンが裏技を使っていなかったんだ……とか思ったけど、それよりも私って、じゃんけん弱くない?

 

 一戦目から、皆パーで私だけグーで負けたし。

 

 そして、それぞれの扉につく。

 

「1・2の3で全員行こうぜ。ここで一旦お別れだ」

 

 キルアの言葉に、私も含めて全員頷く。

 

「地上で、また会おうぜ」

 

「ああ」

 

「死なないでよ?」

 

「1」

 

「2の」

 

『3!!』

 

 ガコンと扉が回り、すとっと身体が落ちていく。

 

「てっ!!」

 

 そして、レオリオだけが無様に頭で着地していた。

 

「……」

 

「ま、短い別れだったわね」

 

「くそぉぉぉ。5つの扉の何処を選んでも同じ部屋に降りる様になってやがったのかよ」

 

 レオリオがそう思うのも無理ない。可能性としてはあり得るけど、普通は低い確率のはずだろうし。

 

「この部屋……出口がない……」

 

「多分、あれじゃない?」

 

 指で示したのは、ボードとその直ぐ下にある台。その上には、5つのタイマーが用意されている。

 

「なるほど、だから5人。5つの扉が密集していた訳だ」

 

 それぞれがタイマーをはめる。すると、壁から扉が現れた。

 

 扉には、このドアを開けるかが書いてある。

 

「もうここから多数決か。こんなもん答えは決まってんのにな」

 

 原作だと、ここでトンパが邪魔してグダグダ進むのだけど……私だとどれぐらいスムーズに行くのかしら。

 

「まっ、当然丸になるわな。サクサク行こうぜ」

 

 部屋から出ると、また直ぐにボードがあった。右か左の多数決。私は右を押して集計を待つ。

 

 開いたのは、右の檻だった。

 

「なんで右なんだよ!! 普通は左だろ?」

 

 トンパでのイライラがないからか、少し抑え気味だけど少しイラついている様に見える。

 

 でも、ここでうんちくが始まってイライラを増やすのもアレね。

 

「ごめんなさい。間違って右にしてしまったわ。左を押そうと思ったのだけど……」

 

 少し落ち込むフリをする。

 

「あ、いやいいんだ。こんなの、この5人ならどっちだっていいしな!! わははははは!!」

 

 よし、誘導完了ね。めんどくさいグダグダは、出来るだけ撤去しないと。じゃないと楽しめないし。

 

 レオリオを除く他の3人が、小声でレオリオの事を呟いたのはきっと気のせいじゃない。

 

「む!!」

 

 角を曲がり進んだ先に見えたのは、あの空間。

 

 足場が目先で無くなっており、その先に見えるのは正方形のフィールド。更に奥に次の試練へと進む足場が見える。

 

 今からくだらない5試合が始まる訳だけど……トンパいないしサクッと勝利ね。

 

「見ろよ」

 

 奥の足場でフードを被った一人の人間が、フードを取った。そう、傷だらけのハゲだ。

 

 そこからそのハゲの少し長い説明が入り、無駄な多数決が終わる。

 

「よかろう。こちらの一番手は俺だ!! さぁ、そちらも選ばれよ」

 

 本当なら、ここでトンパが戦って……ん、戦ってないけどトンパが出るのよね。

 

 そこの枠に私がいる訳だけど、残念ながら私の目的はまだフードを被っているあの子、レルートだ。

 

「3勝すりゃ勝ちだから、出来るだけ早く終わらせたいよな」

 

「そうは言っても、勝負の内容が分からなければ確実に勝つことは難しいと私は考えるのだが」

 

「まあ、それもそうだよな……」

 

 2人の考えも最もだ。トンパがある意味いい仕事をしたから、ここからの予想付けが上手く行くだけで、この初戦は情報が皆無。

 

 現状、普通に理解出来るのは相手が体格が良くて好戦的な目をしている事。

 

 キルアは相手が元軍人か傭兵だと気づいているはずだけど……今、この段階だとほぼ確信ぐらいのはず。刑期短縮を餌に動いてると分かって、そこで確信を得るはず。

 

 私も、ちょっと色々な修羅場を潜って……まあ、事前情報が一番大きいのだけれど一応は軍人系だと気づける。

 

 ……とりあえず、皆を誘導しましょうか。

 

「うーん、あの人は多分だけど元軍人か傭兵だから、かなり腕に自信がありそうね。対決方法もデスマッチとかになるんじゃないかしら」

 

「あ、リナも気づいてたんだ。俺もその意見に賛成かな」

 

 これで場の空気は誘導成功。ここから誰が行くかを決めるんだけど……そこが問題ね。

 

「でもさ、そうなると誰が行けばいいの? どれだけ強いか分からないよね」

 

「そうね……」

 

 そう、これが問題。

 

 クラピカ、キルア、私は負ける事はないだろうけど、レオリオとゴンは怪しい所。2人とも今の段階は決して戦闘に長けている訳じゃない。

 

 勝てない、とは言わないけど、勝てるとも言いづらい。

 

 なら、勝てる3人の内誰かから行くべきなんだけど、ここで新たな問題が出る。

 

 ろうそくの男だけどゴンに任せる。2勝。そして次の相手は詐欺師の男。間違いなく、誰でもいいから戦えば勝利する。これで3勝。

 

 すると結果として、4戦目が行われなくなる。

 

 4戦目の条件としては、誰かが一度だけ負ける必要がある訳だけど……どうしたものかしら。

 

 やっぱり、少し情けないけど私が行って、わざと負けるのが一番手っ取り早い。けど、そうなるとレルートと戦う権利が無くなる。

 

 そしたら、必然的にレオリオがレルートと戦って、美味しい思いが出来る訳だけど……許さん。そんな羨ましい事は絶対に許さないわ。

 

「……さん。リナさん」

 

 だからと言って初戦にレオリオを行かせて、時間が来るまで拷問とかになってゲームオーバーになるのも駄目。負けると決まってはないけど……って、このままじゃ無限ループよね。

 

「リナさん!!」

 

「ふぇ? ど、どうしたの、ゴン?」

 

 いきなり耳元で大声で名前を呼ばれて、思わず生返事になってしまった。

 

「対戦相手の人が、リナさんを呼んでるんだよ。女がいるなら、女に確かめて貰うのが一番だからって」

 

 どういう意味か理解出来ず、思わず周りを見渡した。

 

 まず、全員がこちらを見ていた。そして、フィールドには男が倒れており、レオリオとレルートが立っている。

 

 よく見ると、フィールドのモニターには80と20の数字。

 

 ……あれ、つまりどういう事かしら。

 

「私が簡単に説明しよう。リナさんはずっとぶつぶつと何かを呟いていて、こちらの話が聞こえてなかった為に、一戦目はキルアが戦って圧勝。倒れているのは、その男の死体だ。そして、次にゴンが戦って、作戦自体は良かったが勢い余って自滅。三戦目は私が戦って勝利。で、今が四戦目。対戦相手とレオリオの賭けバトルなのだが、その相手の男か女を当てる段階でレオリオが男を選択。相手は女だと言うので、それを直接確かめる為にリナさんが呼ばれている」

 

 …………うん、意味は分かったけど長い。

 

「えーと、簡単に説明すると……2勝1敗で、リナさんが呼ばれている。って事になるだろうか」

 

 そう、それでいいのよクラピカ。物凄く分かりやすいわ。

 

「ありがとう、理解したわ」

 

 私の考えていた事が全て無駄になったけど、結果オーライね。

 

 少し急ぎ気味でレルートの元に向かう。

 

「で、私でいいのね?」

 

「当然よ。その為にわざわざ気が済むまで調べていいなんて伝えたのよ。思考力を鈍らせて、誘導して最終的に女に確かめて貰えれば、あたしの損はなくなるってわけ」

 

 ふふふ、本当に損じゃ無ければいいけどね……ふふふ、ふふふ。

 

「ごめんリナちゃん……俺が揺らいだばかりに、負けそうになっちまってる」

 

「いいのよレオリオ!! むしろ良くやったわ!! これで、これで思う存分楽しめるわ!!」

 

「お、おう」

 

 あれ、なんか引かれてる? いやいや、こんな美少女に微笑んで貰って引く男がどこにいるんだって話よね。

 

「さてと……本当に確かめていいのね?」

 

「え、えぇ……いいけど。あなたから、とても不気味なオーラ的なものが伝わってくるのは、き、気のせいかしら?」

 

「…………気のせいよ」

 

 即答するのは、上がっているテンションのせいで難しかった。

 

「そ、そう」

 

 そして、レルートのその何とも言えない不安な顔が私のテンションを更に高める。

 

 私はどうやって堕とそうか考えながら、キャリーバックを取りに戻り、フィールドに戻る。

 

「な、何をする気?」

 

「大丈夫。大丈夫……そう、大丈夫よ。私に任せなさい」

 

 邪魔にならない様に、角に向かう。

 

 バックの中から、防音完備、高性能テント組立セットを取り出し数秒で完成させ、中の空間に布団を準備。

 

「いや、軽く確かめるだけでいい、のよ? 女同士なんだし、直ぐ──」 

 

 そして私は、話の途中のレルートを無言でテントに引きずった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 リナとレルートがテントに消え、この空間に残された男たちは2人が出て来るのをそっと見守っていた。

 

「中で、一体何が行われているんだろうか」

 

 クラピカが、そっと呟いた。

 

「クラピカ、興味あんの?」

 

「何と言うかだな、あのリナさんの顔が頭から離れ無くてな……」

 

 テントを見ながら、どこか遠い所を見るような目でそう言った。

 

「それは俺も一緒だけど……ゴンは興味あるか?」

 

「ううん、ないかな。というか、何であんなに楽しそうな顔してたんだろうね。リナさん」

 

 あの中で、何が行われているか理解できていないのは、恐らくゴンだけだった。

 

 正確には、何が行われているかは誰も知らない。ただ、どの系統の事が行われているかはみんな理解出来でいた。

 

「リナだからかな……レオリオ!! ちょっと覗いてみろよ」

 

「そう思ったんだけどな。入り口に、覗くな危険って張り紙があってだな……」

 

「声とか聞こえねーの?」

 

「恐ろしい事に、全く。組立テントのくせに、防音機能あるみたいだ」

 

「だってよ」

 

 クラピカに向かって、キルアは言った。

  

「いや、別に中での事が気になる訳では……完全は否定はしないが、世の中には知らない方がいい事もあると強く思ったよ」

 

「それには、俺も同感だけどさ」

 

 そこから、二時間以上経って、リナがテントから出て来た。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「楽しかった。本当に楽しかった……久し振りだったから、年甲斐も無くはしゃいじゃったし、やっぱり生の女の子はいいわ……メンチも残ってるし、いつ味わおうかしら」

 

 どうやら、男だった頃の溢れんばかりのリビドーは無くなってはいなかった。むしろ、女になった事により露骨じゃなくて、内に秘めてある分だけ爆発力が大きい。

 

 なんて、冷静に自分を分析出来る程には成長してるわね。昔の出来事も、思い返せば容赦はなかったわね。手当たり次第じゃないだけましかしら。

 

 あ、でもメンチは胸を触るだけなのよね……まあ、その気にさせればいいかしら。

 

「お、おかえり。で、でだな……女だったのか?」

 

「もちろん。じゃないと、二時間以上も遊ぶ訳ないわ……って、そうだった。レルートは色々あってあんまり動けないから、私が代理で賭けの続きをやるわ。指示は全部レルートから聞いて動くから問題は無いわね? 試験官」

 

 カメラがある方向に向かって、そう尋ねる。

 

『……特別に許可しよう。このままだと対戦を離脱したとみなされ、君たちが簡単に通ってしまうからね』

 

 なるほど、一理あるわね。実力等以外で、ある意味ずるをして通るって事になるし。

 

 私たちはそれで問題ないのだけれど……まあ、試験官の立場を考えましょうか。

 

「それじゃ、次はレオリオの番よ。お題を決めて」

 

「ほ、本当にやるのか……分かった。けど、点差がこれだとここからの逆転も難しいなあ」

 

 スコアボードには、90と10の数字。元々レオリオはここで負けるから逆転なんて夢のまた夢なんでしょうけど。

 

 さて、変わるとしたらそろそろかしら。

 

 原作だと、ここでジャンケンで勝負してレルートの心理勝ち。ただ、今回は私が代理として戦う。

 

 原理は覚えているし、負けるとも思わないけど……所詮は運の問題。レオリオがなんかの気まぐれで違う手を出してしまえばそれまでになってしまう。

 

 そもそも、ジャンケンじゃなくなる可能性もある。まあ、そうなってしまえば運が絡まない限りほぼ勝てるから逆にありがたい。

 

 そうなると、ここはどうなるのかしら。

 

「よし、ここはジャンケンでどうだ!!」

 

 ……あーうん、やっぱりレオリオはレオリオね。

 

「分かったわ、ちょっと待って」

 

 一応代理の立場なので、テントに戻りレルートに話を伺う……ふりをする。

 

「…………いや……そんなの、うぅ」

 

 五体満足で、尚且つ服も来ているけど疲れ果てて寝ているからだった。

 

 レルートを起こすのは忍びないと思ったので、とりあえず話を進める為に代理を行おうと考えた。

 

 作戦は見事上手く行って、代理の権利は頂いたのでここで勝てば問題無し。

 

「あっ、そっち……には……もうダメぇ」

 

 うーん、これは危険だわ。早く外に出ましょう。

 

 うなされている……いえ、寝言を言ってるその姿が可愛すぎてまた遊ぶも忍びない。

 

「分かったわ、その条件でいいわ。こっちが賭けるのは80ポイント。負けても、ペナルティの時間は50時間だから安心して。そうよね、試験官?」

 

『その通りだ』

 

 変わっていなくって良かったわ。

 

「っく、いくら仲間だと言ってもここは本気で来るんだな、リナちゃん」

 

「当たり前よ。勝負は常にフェア……じゃなくてもいいけど、レルートの顔を立てないといけないし」

 

 顔を立てるというよりは、責任かしら。なんて考えながら、テントの方を一度見た。

 

 あれを回収しなくちゃいけないんだけど……レルート、出て来れるかしら。いや、出しても大丈夫かしら。

 

 まあ、その辺りは後で考えるべきね。

 

「分かった。掛け声はジャンケンだよな?」

 

「それで構わないわ。じゃ、いざ尋常に……」

 

 静寂の中、突き出したのは拳。レオリオも、拳を前に出した。

 

『ジャンケン!! ポン!!』

 

 声を合わせ、お馴染みの掛け声と共に出した手はパー。

 

 レオリオは、グーだった。

 

『ジャンケン勝負決着!! チップ切れにより、レオリオの負け!!』

 

 試験官が賭け勝負の終わりを告げた。

 

「これでまあ、レルートの顔は立ったかしら」

 

「ちくちょう……チョキを出していればジャンケンには勝てたのによぉ!!」

 

 ……残念ながら、面倒だったのでズルを行った為、レオリオの勝利は絶対にありえなかった。

 

 心理戦を使っても良かったのだけど、ワザと負けるのもどうかと思ったのもある。

 

 使ったのは、もちろんゴンの裏技。あそこで拳を出して来なかったら出来なかった。

 

「これで、2勝2敗……って、次はリナちゃんじゃねえか!!」

 

 陣地に戻っている途中、レオリオが声をあげた。

 

「そーだよ、レオリオの馬鹿野郎。リナなら……まあ、戦闘で負ける事もないだろうけどさ、男ならしっかり決めて来いよ」

 

「それに、負けた事により50時間を失った。今は61時間、残りが11時間。どうするんだレオリオ」

 

「ごめんレオリオ。庇いきれないや……」

 

 陣地に戻った途端、レオリオに集中砲火だった。

 

「いやいや、そりゃそうだが……自信と実力は比例しないって奴というか……正直、すまんかった!!」

 

 レオリオが、すかさず土下座した。

 

 空気自体は穏やかなので、あくまでみんな本気じゃない。トンパがいたらもっと邪険になってるんだろうけど……。

 

「それじゃあ、私が最後ね」

 

 時間を50時間も失っているので、さっさと話を切り上げて先に進む方がいい。そう考えて一歩前に出る。

 

 相手側も、私に合わせて最後の人が前に出て来た。

 

 そして、手枷が取れて、フードを取った。

 

「!! あ、あいつは!!」

 

「知ってるの?」

 

 レオリオが驚く中、私は特に何も感じてなかった。

 

 というかそもそも、近づかなければいいだけだし、足腰が強いとも思っていない。純粋なフットワークだけでどうにかなりそうよね。

 

「解体屋ジョネス。ザバン市最悪の異常殺人鬼だ……」

 

 ジョネスが壁を掴み、素手で砕いて砂に変えた。

 

「ふーん」

 

「あ、そうなんだ」

 

「リナさんならなんの問題もないだろう」

 

「それもそうだな」

 

 ……散々な扱いだった。

 

 敵側が、こちらの反応を見て驚いている。

 

 それもそうよね。殺人鬼が出て来て、相手がその殺人鬼に大したことがない、むしろ楽勝だ。なんて評価だったら、私が敵側でも驚く。

 

 フィールドに向かう途中、そう考えていた。

 

「で、勝負の方法は?」

 

「勝負? 勘違いするな。これから行われるのは惨殺さ。試験も恩赦も俺には興味がない。肉を掴みたい……ただそれだけだ」

 

 よ、良く喋るわね。キルアはここでアマチュアだって思ったのかしら。私はここで思ったけど。

 

 本物なら、ぐだぐだ喋ってないで試合を始めるだろうし、そもそも捕まってこんな所にいないわよね。

 

「女だからって、容赦はしないぞ。泣き叫んでいればいいだけだ」

 

「分かったわ。それじゃあ死んだら負けね……武器は使ってもいいかしら?」

 

「せめてもの抵抗か。いいだろう、さっさと準備するといい」

 

 あ、いいんだ。意外と腕には自信があるのかしら。

 

 私は、バッグから剣を取り出した様に見せた。

 

 手元がデザイン性のある形状で、長さは60㎝ほど。剣より短刀と呼ぶ長さになる。

 

 ただし、取り出せる様に見せる限界が60㎝だったにすぎないけど。

 

「剣か……長さが60㎝程しかない剣で、俺の攻撃を捌けるとでも? 俺は拳銃を持った警官が相手でも──あ?」

 

「うるさいわね……男の耳触りの声を長く聞く理由はないわ」

 

 長々と喋るジョネスがそろそろウザかったので、通り抜けると同時に、ジョネスの身体を胴と腰で真っ二つに切り裂いた。

 

 そして、剣を地面の方向に向けて振るって、血を落す。

 

『ここの先の部屋で50時間過ごすといい。君たちの勝ちだ』

 

 私たちの勝利が決まり、無事にここの試練をクリアした。

  



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4話『トリックタワー後篇』

4話『トリックタワー後篇』

 

 

「き、汚い……乙女の私にはこの空間は辛いわ」

 

「さらっと、嘘付くなよ。リナなら楽勝だろ」

 

「……うん、まあね」

 

 ペナルティの50時間、待機するのに用意されていた部屋はとても汚かった。例えるなら……そう、昔の私の部屋。

 

 知ってはいたけど……まさかここまで汚いとは思っていなかったわね。

 

 確か、トリックタワーって監獄って訳じゃないはずなんだけど……監獄だったのかしら。

 

「しかし、風呂に入れないのは辛いのでは?」

 

「そうね……辛いと言えば辛いけど、我慢するわ」

 

 ぶっちゃけ、今の今まで風呂に入れない事に気が付いて無かった。

 

 だけど、これも試練だと考えれば少しは気も楽になるし問題はない。

 

「うーん、それにしても50時間。暇になるなあ」

 

「違うよレオリオ。暇なんだよ」

 

「……それもそうだな」

 

「ぷっ」

 

 レオリオの呟きにゴンが反応し、その言葉の的確さに思わず吹き出してしまった。

 

「ちょ!?」

 

 うん、これなら退屈せずに済みそうね。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「残りは11時間。急いで進もう」

 

 クラピカの言葉を合図に、走りながら道を進む。

 

 50時間のペナルティは確かに痛かったけど、身体を休めるには丁度いいタイミングだったみたいで、私を除く4人はかなり休息に時間を割いていたし。

 

 もちろん、私も休んだけれど、テントの回収や部屋の片づけをしていたので4人よりは休んでいない。

 

 まあ、暇で動かないって方がしんどかったから動いていたのだけれど。

 

「登るか降りるか……」

 

 角を曲がった所で出て来たのは階段。登るか降りるかのマルバツだ。

 

「裏を考えると、登るのが妥当だろうけど……」

 

「降りましょう。所詮は半々の確率だし、先に降りて正解なら楽でしょ?」

 

 ここは答えが分かっているので直ぐに誘導に移る。

 

「そうだな……よし、降りよう!!」

 

 皆でバツを選択し、階段を降りる。

 

 しばらくすると階段が終わり道に出たので、更に先へと進む。

 

「これは……」

 

 一本道を進んだ先に現れたのは、一つの空間。

 

 部屋の奥に扉らしき物が見え、その上に電子パネル。部屋の中央には地面から出ている謎のコードが繋がっている椅子が5つある。

 

 恐らく、これが原作未登場の電流クイズね。

 

 ここからは完全に自己判断だし、中々茨の道になりそうね。

 

『ここは、電流クイズの間です。今から問題を出します。5つ正解すればクリアです。なお、解答者は誰でも構いませんが、外れた場合は椅子から電流が流れ、小一時間は気絶するものと思ってください』

 

「なるほど……間違えるとかなりのタイムロスを喰らう事になる訳か」

 

「ここに来てかよ。くそう」

 

「文句を言ってる暇はないぜ。さっさと始めよう」

 

「うん」

 

 全員が椅子に座ると、電子音と共に問題がパネルに出てきた。

 

『第一問。興奮すると、目の色が緋色に染まる地方の部族の名前は?』

 

「クルタ族!!」

 

 クラピカが即答した。

 

 うん、クルタ族だしね。

 

『第二問。パドキア共和国にある、ククルーマウンテンに住んでいるとされている暗殺一家の名前は?』

 

「ゾルディック家!!」

 

 今度はキルアが即答した。

 

 うん、ゾルディック家だもんね。

 

『第三問。香水で有名なブランド、シャルルサーチの限定商品の特徴は?』

 

「季節限定!!」

 

 これはレオリオが即答した。

 

 うん、レオリオ愛用のブランドだったしね。

 

『第四問。クジラ島に生息する人に懐かず、他の動物も怖がって近寄らない熊の種類は?』

 

「キツネグマ!!」

 

 ゴンが元気よく即答した。

 

 うん、ゴンに至っては懐かれてるけどね。

 

『第五問。これ、何問目?』

 

「五問目に決まってるでしょ!! てかなに!? 馬鹿なの!? 問題の選択おかしいでしょ!! というか、このメンバーにそんな問題意味あると思ってんのか!!」 

 

 流石に、吠えずにはいられなかった。思わず、最後の方は男口調になってしまった。

 

 危ない危ない。基本的に突っ込み慣れしてないから、古い記憶が蘇ったわ。

 

「大丈夫だ、私もそう思っている……ただ、ラッキーだった事には違いない」

 

「……ええ、そうね。先に進みましょう」

 

 そこから次の試練まで、誰一人口を開かず、ただ走った。

 

 そして到着したのは、マルバツ迷路と書かれた場所。どうやら、マルかバツを選択していき、進む道を決める様だった。

 

 その証拠に、左右に道が分かれている。

 

 ただ、思った……一体、何の意味があるのかしらと。

 

「何の意味があるのだろう。迷路なのにマルバツ……迷路の意味はあったのだろうか? いや、タイムロスを狙った構造なのだろうか」

 

 ほら、クラピカが真面目に考えちゃってるし。

 

 それはそうよね……迷路にマルバツつけてどうなるのよって話。

 

 きっと作者は、軽い気持ちで考えたのよね。どうせ書かないし。

 

「多分そうだと思うよ。でも、いつかはゴールに着くだろうし、ささっと決めて進んじゃおうよ」

 

「賛成だ」

 

「俺も」

 

 …………よし、アレを使いましょう。

 

 目を閉じて一回深呼吸。絶を解いて、円を発動する。

 

 そして、この建物および迷路の構造を理解し、再び絶を使っておく。

 

「なんか今、ぬるい空気が流れて来なかったか?」

 

「私も感じたが……風が吹いている感じでもないな」

 

「うーん、勘違い?」

 

「俺もそう思うけど……リナは何か感じたか?」

 

「……気にするのもいいけど、時間を先に考えましょう」

 

 私の一言で、それぞれが頷いた。

 

 やっぱり、才能があるって事ね……一瞬の円を理解は出来なくても感じる事が出来るなんて。

 

「で、どっちにするよ?」

 

「マルマルバツバツマルバツマルマルバツバツバツよ」

 

『…………』

 

 今度は、私の一言で皆がこちらを向いて無言になった。

 

 そりゃそうよね、思わず答えてしまっただけで、なんで分かったか、そう思うか分からないんだし。

 

 ……まあ、こういう時の為に言い訳は用意してあるんだけど。

 

「私の出身はジャポンって島国の近隣島になるんだけど、その島の巫女でね……つまり、予知の特殊能力や勘がかなりいいのよね」

 

 ちなみに、条件はしっかりと存在するけど、半分本当だ。

 

 予知って部分は、転生者としての原作知識から来ている嘘っぱちだけど、島の巫女って所と勘がかなりいいのは本当の能力。

 

 転生の特典でついた能力かと初めは思ったけど、どうやらそういう血筋の家に生まれたらしい。

 

 特別、巫女としての訓練等受けてはいない。正確には現代に移行していく中で必要がなくなったらしく、秘伝書等も存在するらしいけど、倉庫に眠っているらしい。

 

 母は巫女としてかなり凄腕の能力者らしく、10択の問題だろうと必ず正解できると言っていた。恐らく、念能力者でもあるのだろうけど……まあ、その辺りは全く聞いていない。

 

 と、そう言う訳で私には優れた直感が備わっている。

 

 能力の強さとしては、母と同じレベル。10択でも必ず正解できる……けど、たいして試した事がないので正確には分からない。

 

 ただし、先程あげたように条件があるのであんまり使ってない。

 

「なるほど……便利な能力だ」

 

「わりとってレベルだけど、それなりに便利ね。で、信じるかしら?」

 

『もちろん!!』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、私たちは幾度となく試練に直面した。

 

 迷路の次は地雷つき双六、これは私が神の采配の如く完璧に安全なマスに駒を進め無事にクリア。サイコロが怖いくらい思い通りの出目になったのが理由だけど……きっと、偶然に違いない。

 

 その次は岩から全力で逃げる一本道……だったのだけど、岩をグーパンしてみたらあっけなく破壊。安全に進む事が出来た。

 

 6つ目の試練は、床がいきなり抜ける一本道……これは私の円で何事も無くクリア。

 

 次は壁から槍が飛び出してくる一本道……この辺りで、一本道多くない? と皆で首を傾げたけど気にせず突破。

 

 8つ目は最後の試練の一個前、今度は一本道じゃなく大きな広場。四方八方から矢が飛んで来る部屋で、恐らく一時間は部屋にいた……けど、5人もいれば狙いも拙くなってしまった様で余裕で回避が出来た。

 

 確かにそれなりに疲れはしたものの、命の危険までは怪しかった。そもそも、私は全く疲れて無かったけど。

 

 そして、今の最後の試練。ゴンの機転により、壁を破壊しているんだけど……。

 

「暇だわ……」

 

 参加させて貰ってない。

 

 理由は、レオリオの一言なんだけど──「ここまで全然活躍出来てないんだ。リナちゃんの分まで働かせてくれ!!」との事。

 

 確かに活躍はしてないんだけど……ぶっちゃけそんな事どうでもよくて、クリアさえすればいいので現状、暇なこの状況の方が問題だった。

 

 時間的な余裕はあるので問題ないかな? と思って私も快く受けた訳だけど、結局時間ギリギリになっている。トンパの分が純粋に消えているので、その分のタイムロスが今まで稼いだ余裕の分を消してしまっているって訳。

 

 正直、私なら一撃で壁を破壊出来るのだけれど……全くいらぬ気配りだったわ。

 

 それに気づいているからか、キルアがちょくちょくこちらに視線を向けて来るので、申し訳ない顔で返すしかなかったし。

 

 ……まあ、そろそろ貫通するはずだから、今更どうこう言っても同じなんだけど。

 

「あとちょっとだ!! 頑張って行こうぜ!!」

 

「うん!!」

 

「ああ」

 

「……リナが手伝えばもっと早いんだけどな」 

 

 本当にごめん、キルア。

 

 …………あれ、そう言えば、あんまり多数決してなかったわね。

 

 一致団結していたから、絶対に5の数字になっていたとはいえ……あれかしら、試験官が試練を変えていたのかも知れないわね。

 

 原作とちょくちょく物語が変わっている。そう考えるのが一番なんだけど、果たして私にとって幸運か不幸か……。

 

 このハンター試験が終わってからは、完全に私の物語。原作知識なんて役に立たなくなってくるはず。

 

 それを不幸。不安だと捉えるなら確かに幸運じゃない。

 

 だけど、これが本来の人生。そうなると、幸運なのかしらね。

 

「まあ、いいわ。どっちにしたって、私が楽しい事には変わりないでしょうし」

 

 その呟きと時を同じくして、壁が完全に破壊された様だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ぼけー」

 

 幸運だったと思う。残り物には福があった。確かにあった。

 

 それが私の幸運じゃなかっただけで。

 

「あと、5日……」

 

 壁を破壊し、滑り台にてゴールし、無事に三次試験をクリア。お尻が痛くなりそうだから、最後に順番を貰い滑らず走って進んだ。

 

 すると、私がゴールしたのは最後になるわけで、次の四次試験に誰を狩るかを決めるくじ引きで、私が最後に引くことになった。

 

 私が引いたくじには──『当たりじゃ!!』の文字。一瞬、現実を理解出来ずに試験官に詰め寄った。

 

 ただ、その行為は無駄に終わり、私は四次試験を運によって突破した。

 

 現在は、ハンター協会の運営するホテルにて待機命令を守っていた。一応はホテル内移動が許可されてるので、朝食にと食堂にいる。

 

「浮かない顔してるわね」

 

「ああ、メンチ……ん? メンチっ!!」

 

 とりあえず、抱きしめた。胸にあたる胸の感触が柔らかくて気持ちいい。出来れば私の手とテクニックを持ってして、メンチのこの胸を……まあそれは試験が終わるまで取って置くとしても、この胸は永遠に私の物にしておきたい。いえ、永遠なんてものじゃなくて、本当は死後の世界でも私の物であって欲しいわね。ここまでの胸なんて相当出会うのが難しい。そもそも、メンチは胸だけじゃなくてその全身、どこを見ても魅力的。これならいっそ、私の念能力はそういう能力、操作系とかだったら良かったわね。本当にそこの部分だけは悔やんでも悔やみきれない。

 

「ちょっ!?」

 

 ちょっと感情が高ぶったので、ついでにお尻も触って……揉んでおく。

 

「こら」

 

「ごめんなさい」

 

 ぽこっと頭を殴られたので直ぐに謝った。

 

「謝れたのね」

 

「酷いわ。私を何だと思って……変態ね」

 

 むしろ、メンチからすれば今の所はそれ以上も以下もない、しいていうなら受験生。

 

 自分で言ってて何だけど、それって駄目じゃないかしら。試験全部が終わる前に、知り合い以上にはならないと今後の繋がりが消えてしまいそうね。

 

「自己評価しっかりしてるじゃない……で、調子はどう?」

 

「暇」

 

 簡潔に即答した。

 

 この暇で人が殺せそうな気がするくらい暇だ。つまり、割とイライラしてるんだと思う。

 

「そりゃそっか……あんたが浮かない顔してたから、つい声を掛けちゃったけど。少しは話相手になるかなって」

 

「ん、ありがとう」

 

 言葉と共にメンチを再び抱きしめ、色々な感触を楽しむ。

 

「あんたも、こりないわね」

 

 また、ぽこっと頭を殴られた。

 

「それが生きがいだから」

 

 渋々身体から離れ、椅子に座る。

 

「まあ、あんたは暇でしょうけど、試験をスルー出来たって良い方向に考えなさいよ」

 

「そうね……メンチのお陰で、前より気が楽だわ。本当にありがとう」

 

 感謝の大きさは笑顔で表しておく。

 

「……ま、それなら良かったわ。それじゃあね」

 

 手を振りながら、そそくさと部屋を出て行った。そのメンチの頬が少し赤かったのは恐らく気のせいじゃない。

 

 この私の可愛さを持って最高級の笑顔を見せたなら、男は一コロ、女でも意識はしてしまうレベルのはず。

 

 言動や落ち着きからはクールなキャラに見えても、属性的に言うと私の容姿はキュート属性。そんな見た目キュート、中身クール。

 

 顔の造形は正直言って他を寄せ付けないレベル。童顔で、リアルロリっ娘だと思われてもおかしくない。

 

 だけど、実際にはロリ顔だけでなく、超アンバランスなこの胸があり。くびれ、足、腕の細さは、細すぎず健康的に少しふっくら。肌質はもちろん赤ちゃんのそれに匹敵。

 

 それなのに手入れは一切なし……とも言えないけど、あんまりしていない。

 

 両親から貰った物であっても、これほど完璧な美少女は他にいないと断言出来る。間違いなく、元の私なら出会った瞬間にどこかしらの暗い部屋に連れ込む自身がある!!

 

 そして!! そんな私が見せる飛び切りのパーフェクトスマイルはもはや必殺技にも匹敵する!!

 

「…………ばーか」

 

 なんか、思考が乗っ取られていた気がするので自分を戒めておく。

 

 試験、早く終わらないかないかしら。

 

 なんて、窓から空を見上げてもその答えは返って来ないのであった。 

  



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5話『そして、天空闘技場へ』

 ドラマとか漫画とかで良くある、大学の授業部屋の様な部屋にて皆が前に集まり、私を含む8名がハンターとして認定された。

 

 そのすぐ後にゴンがイルミにキルアの居場所を聞き、会長が話の終わりを悟り解散の合図を出した。

 

 そして、そのタイミングで私は数時間振りに口を開いた。

 

「あの、一つ言わせて欲しいわ」

 

「おお、やっと意識が戻ったか。で、なんじゃ?」

 

 そもそも意識はあったという言葉を飲み込み、本当に伝えたい一つの言葉を声に出した。

 

「私って不幸な美少女よね」

 

『……』

 

 部屋の空気は、穏やかだった。

 

 ……始まりは、5日前の事だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 私は、会長に面談の呼び出しを受けたので、指定された部屋に向かった。

 

「ん、来たな……ま、座ってくれ」

 

 部屋に入ると、机の前に座敷があり、そこに座れと指定された。断る理由はもちろんないので、素直に座る。

 

「さて、いくつか質問させて貰おうかの」

 

「……スリーサイズとかは答えないわよ?」

 

 一応、会長の性格を考えて釘を刺して置く。

 

 まあ、聞かれても絶対に答える事はないし、そもそも目測で測られてる可能性はあるけど。

 

「是非聞きたい所じゃが……真面目に話を進めようかの」

 

 本当に残念な顔してるわね。これは少し悪い事をしたかしら。

 

「で、まず。どうしてハンターになりたいのじゃ?」

 

「そうね…………そうねえー……」

 

 ヤバイ。理由がない。そう言えば、特に理由がない。ぶっちゃけ、この先の明確な目的すら決めてない。

 

「えーと……」

 

 どうしよう、言葉が出て来ないわね。嘘を言おうにも本当の理由がないし、そもそも本当の事を言おうとも何も考えてない。

 

 会長の反応を窺うと、私の言葉を待っているのか、この状態に気が付いているのか分からないけど、何も言って来ない。

 

「その……」

 

 思わず、さっきから同じ様な言葉で話を繋げてしまうが、残念ながら答えは出て来ない。

 

 えーと、ゴンはジンを探す為。レオリオは一応、金の為。クラピカは……あ、そっか。別に理由はいらないのね。

 

「なりたい理由は特にないわ」

 

 てっきり、理由が必要とか思ったけど、キルアも何となくで受けたんだし別に必要なかった。

 

 あーなんだ、すっきりしたわ。悩んで損ね。

 

 ……そう言えば、母にお金頼まれていたっけ。ならそれでも良かったかしら。

 

 ぶっちゃけ、私の個人資産は生活に困らない程度あるし、母もあるはずなのよね。それなのにお金を送れってのは生存確認じゃないかと思う。

 

「なるほど。では、おぬし以外の9人の中で一番注目しているのは?」

 

 9人? あ、もう合格者が決まったのね。

 

 試験終了にはもう少し時間があるみたいだけど、それぞれに監視員がついてるから大体決まっているのね。

 

「……いないわね」

 

 ただ、少し考えてみたけど、答えが出なさそうだったのでそのまま口に出した。転生者だし、注目と言われても特に注目する相手はいない。

 

 それに、私の目的は未定。しいて言うなら女の子だけど、9人の中に女の子はいない。……落ちた中にポンズがいるはずなんだけど、残念ながら出会いのチャンスは無かったわね。

 

 それにあの子に近づいて触ろうとしたら蜂が出て来るだろうし、刺されても問題はなさそうだけど刺される事は決して良い事じゃない。

 

 もちろん、全て殺してしまえば問題はないけど別にそこまでする理由はない。非常に残念なのは間違いないのだけど。

 

「ふむ……最後の質問じゃ。9人の中で一番戦いたくないのは?」 

 

「……うーん」

 

 こっちは、かなり難しい。

 

 戦いたくないと言えば、全員戦いたくない。ヒソカかイルミ相手だと念での戦いになるので不毛だし、その他だと話にならない。

 

 いやまあ、戦う事は嫌いじゃないし、かなり鍛えてはいるけど生きる為の力だ。

 

 そう言えば確か、クラピカはこの問いに理由があればなんとやらって答えてたっけ。

 

 ……うん、面倒だしそんな感じでいいかしら。

 

「私自身の危機を感じない限り誰とも戦いたくないわ」

 

「なるほどの……うむ、ご苦労じゃ。もう暫く暇を満喫しておくれ」

 

「ん、了解」

 

 ま、こんなものよね。この面談で最終試験がどうなるか気になりつつ、そこから部屋に戻ってまたごろごろと暇を満喫した。

 

 数時間後、ゴンたちと再会して思わず泣きそうになったり。その時にキルア奪還には参加しないと決めていたので、試験終わりの何となくの予定を伝えたり。メンチにちょっかい出して軽く怒られたり。その事を会長に報告してメンチの焦る様子を見てみたり。

 

 色々としている内に最終試験当日になっていた。

 

 そしてかなり広い部屋に私を含む全員が集められ、会長の横には布を被ったトーナメント表らしき物。どこになったか期待と不安を胸に秘めながら、会長が最終試験の内容を発表すると共に、その布が払われた。

 

「……ん?」

 

『!!』

 

 あれ? ……私の見間違いよね。うん、きっとそう。

 

 私の番号は400番。その数字がトーナメント表の一番上にある様に見えるのはきっと幻覚だ。

 

 通常、トーナメントとは勝った者やチームが上に進んで行く。下にいればいるほど戦う数が多く、上にいればいるほど戦う数が少なくて済むシード権が存在する。

 

 シード権とは、前回の大会などで優勝した者や2位、3位といった好成績を収めた者が有利になるシステムで、予選免除の待遇を越え、いきなり準決勝の位置から始まったりするシステムだ。

 

 会長はこのシステム、トーナメント方式を最終試験に反転させ取り入れ、負け進んだ者が上に上がるトーナメントを作った。すると、一番上に行くにつれて合格が遠くなり、戦いのチャンスは少なくなっている。

 

 で、この私の目が逝かれておらず、幻覚でもないとしたら私の番号は一番上にあるのは間違いない。

 

 確かに私は会長に言った──『私自身の危機を感じない限り誰とも戦いたくないわ』と。

 

 だけど、三次試験が終わってから暇を満喫しすぎて、ちょっとムシャクシャしていた私はかるーく相手を捻って遊んで憂さ晴らしをしようなんて考えていた。

 

 その考えが悪いと言うなら仕方がない。この状況が神の采配によるものなら仕方がない。戦うチャンスが一度しかなくても仕方がない。

 

 だけど、だけど……結末を知るこの私にとって、つまりこれは……。

 

「ん? どうかしたのか、リナさん」

 

「…………」

 

 クラピカの声が、遠く聞こえたのは間違いなはず。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そんな感じで、私のハンター試験が終わった訳だけど、何か一言だけ言いたくなったので口を開いた。

 

 なんかピリピリしていた空気が穏やかになったけど、きっと憐れみの空気のはず。決して──『何言ってるんだコイツ』なんて空気じゃないわよね。

 

「そうじゃの、不幸じゃったかもしれん」

 

「でしょ!! そうよねー、やっぱりそうよね。私は最初から思ってたのよ……ジョニーが三回回ってワンと鳴いた時から、ジョニーの前世は絶対に犬だったのよ。確かに性格は猫っぽいけど、間違いなくその伏線は最終回に繋がっていたわけ。最後にあんな展開になるとは思っていなかったけど、いい物語だったわ」

 

「何の話じゃ」

 

「ごめん、本当にごめん。最近、頭がちょっとおかしいの」

 

 本気で謝った。

 

 三次試験の電流クイズの時に薄々気づいた事だけど、どうやら私は情緒不安定? になる事がある人間らしい。

 

 予想外の事。明らかにおかしい事。イライラする事があると、元の人格の影響か、何故か記憶にない幼い頃の影響かは分からないけど、その場合にちょっと性格が変になる。

 

 自分で口に出しといて全く何の内容か分からない所を考えると、これこそ私の前世の記憶なのかも知れないけど……まあ、あり得ないわね。

 

「それは大変じゃの」

 

「全くよ……」

 

 ただ、メインイベントは残っているので、その為の地獄だった。暇という試練だと考えるならお釣りが出るかしら。

 

 約束は胸だけ……ただし、当初の予定通り堕とせば合理となる。抵抗されると少し厄介だけど、私的には抵抗してくれる方が楽しい。嫌だ嫌だと言いながら、私のテクニックでメンチが段々と……うん、完璧なシナリオだわ。

 

 一番困るのは女性経験豊富な事だけど、ノーマルだろうし可能性は極めて低いはず。ただ、メンチほど可愛ければ男性経験はあっても可笑しくないのよね……嘆かわしい。本当に嘆かわしい。決まってないけど嘆かわしい。

 

 まあ、男性経験があった場合でも確実に堕とせると思う。今まで堕とせなかった子はいないし。

 

 今回は一体、何時間耐えてくれるかしら。しぶとそうだけど、素質はありそうだからそんなに時間は掛らないと思うし……ふふふ、楽しみだわ。

 

「……あ、誰もいない」

 

 思考にキリが付いたので俯いていた顔を上げると、部屋には誰一人残っていなかった。別に問題ないけど、声くらいかけて欲しかった。

 

 ……なんか一瞬、声は掛けたぞって声が聞こえたのは気のせいよね。

 

「とりあえず、メンチを探しましょうか」

 

 見つけた後は、私の借りている部屋でいいわね。

 

 ふふふ、ふふふふふふ……今からぐらいは、このテンションでも問題ないわね。どうせ誰にも迷惑かけないし。こういう所を考えるとソロの方がいいのよね。少し寂しい気がするからそこは嫌だけど。

 

 ああ、なんか考えてたら虚しくなって来たわね。早く人肌で暖まりましょう。待っててねメンチ。

 

 時間が惜しいので"円"を使う。どうやら、ゴンたちは名前を思い出せない三角帽子と会話中。メンチはサトツさん、ブラハと共にどこかに向かう模様だが、まだゴンたちの近くにいる。

 

 無いとは思うけど、私との約束を破るつもりかしら。

 

 確かに講義中はメンチがいたにも関わらず視線は真正面をぼーっと眺めてただけだし、目はきっと虚ろだったと思う。しかも、その後に前に集合した時も途中から反応が消えていたと思うので、ワンチャンス逃げれるとか思ったのかも知れない。

 

 ……ま、ないかしら。でも、ちょっとのお茶目を許してもらいましょう。

 

 私は後ろからメンチを襲撃するべく、少し急ぎ遠回りでメンチの背後に向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「色々ありがとうサトツさん」

 

「いえ。あ、ゴン君」

 

 ゴンがサトツの声に戻ろうとした足を止め、振り向く。

 

「いや……体に気を付けて」

 

「うん!! じゃあね」

 

 体調を気遣うサトツに元気よくゴンが返事と手を振り、仲間の元へ戻っていく。

 

「…………」

 

 サトツは今さっき自分が言おうとしていた内容に、自分で驚きながらゴンの背中を見送った。

 

 そして、ゴンたちの背中が遠くなっていく中、メンチたちの視線を感じたサトツはぽつりと語り始めた。

 

「不思議な子ですね。どうも肩を持ちたくなってしまいますよ」

 

 サトツの正直な気持であった。

 

「んふふ。今サトツさん、やばかったでしょ?」

 

 その様子に気づいていたメンチが、少し笑いながら聞いた。

 

「ええ、うっかりしゃべるとこでした……ハンター試験がまだ終わっていない事を」

 

 その言葉は、先程サトツがゴンに言ってしまいそうになった言葉だった。今は終わったが試験官としての立場と、一応は一般のタブーに近い話と考えて飲み込んだのだ。

 

 サトツは、言葉を吐き出せた事でメンチが聞いてくれた事に対して少し感謝した。

 

 ただ、何故かそこで会話が続かず、サトツは疑問を抱えながら振り向いた。

 

「メンチさんは?」

 

「え? ……あれ?」

 

 その問いかけに、メンチと同じくサトツの後ろにいたブハラもその事態に気付く。

 

 メンチが忽然と姿を消していた。

 

 この一瞬の間に一体何があったのかと、二人がこの異常事態に敏感になり直ぐに周りを警戒する。

 

 それと同時に、警戒して初めてやっとメンチのいた場所に手紙らしき物がある事を二人が気づいた。 

 

「……罠ではなさそうですね。ただの手紙です」 

 

 "凝"を使い危険性がないと判断したサトツがその手紙を拾い、開けて内容を二人で確認する。

 

『お宝は美味しく頂くわ。ちゃんと身体は返すし安心して。ばーい、謎の美少女』

 

 誰の犯行か直ぐに思いついた二人だったが、それ以上の驚きでその場を動けずにいた。

 

「あの子の実力は、もしかしなくてもとんでもないものですね」

 

 少し低いトーンでサトツが言った。 

 

「俺とサトツさんの二人に気づかれず、かなり手練れのメンチが何かしらのアクションを起こす暇もない……」

 

「まさに神業と言った所でしょう。あの子があれで殺人鬼だったのならと考えると、想像するだけで死を感じますね」

 

 サトツは身震いはしなかったが、思わず生唾を飲み込むほどには犯人、リナに恐怖を感じた。

 

 もっとも、恐怖を生み出したのは自分の心であり、リナでは無かった為に直ぐに霧散していった。

 

「……ガールズハンター」

 

 ブハラがポツリと呟いたこの言葉が、いずれリナの代名詞になる事を……二人だけが薄々と勘づいていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「い、一瞬何事かと思ったわよ!!」

 

「ごめんなさい。つい、やりたくなって」

 

 無事に作戦が成功し、メンチを驚かせる事に成功した。

 

 誰にも気づかれない様に細心の注意を払い、絶を使ってメンチに接近。そして、大胆かつ慎重に集中しながら、自分が出せる最高速を持って捕獲。

 

 この時、メンチが暴れない様に両手を後ろに回して捕獲専用のロープで縛り、脚も同様に足首を縛って部屋に連れ込んだ。

 

 メンチがヒソカほど腕が立つなら無抵抗では済まなかったけど、やはり美食ハンター。腕はいい方だと思うけど、私には敵わない。

 

「普通、つい人を攫うかしら……」

 

「生憎、普通じゃないし」

 

「……そうだった」

 

 そもそも、普通の人間ならハンター試験なんて受けないと思うけど。人も攫わないし。

 

「で、早速始めていいのかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! こっちにだって……その…………心の準備とか、覚悟とか、心構えとかいるんだからっ!!」

 

 か、可愛い。とても年上には見えない。今の反応だけで襲いそうになったけど、危ない危ない。

 

「全部一緒よね」

 

 でも、からかっておく。

 

「……ああもう!! こっちは緊張してんのよ!! それ以上言うなら触らせないわよ!!」

 

「一生玩具になりたいのなら止めないわ」

 

「ごめん」

 

 ああ、ぞくぞくする。メンチいじめるの楽しいわ。

 

 さっきの言葉は本気だったし、その熱意が伝わって良かったわ。そのお陰でメンチが涙目だし。

 

 あ……このままだとヤバイわね。メンチの可愛さで待っている間に一回ぐらい余裕かも知れない。

 

「冗談よ」

 

「ほ、本気だったじゃない!! どれだけ怖かったと思ってんのよ……ぐすっ」

 

 …………うん、決まった。今決めた。もう無理、我慢できない、頂きます。どうせ、このまま待っていても同じ事になるだろうし。早ければ早いほどいい。

 

 今はもう試験も終わったので、時間はたっぷりある。1日でも1週間でもそれ以上でも問題ない。

 

「ごめんね、メンチ」

 

 謝りつつ、ベッドに座って後ろを向いてしまったメンチをそのまま抱きしめる。

 

「……謝るのはいいんだけど、もう始める気じゃない」

 

「うん」

 

 指摘された通り、その状態からもうスタートした。

 

 ただ、抵抗する様子ではないのでこのまま初めてもオッケーって事なんでしょう。

 

「あ、その前に一応聞いておくんだけど……」

 

「ん?」

 

 揉み始めて、思い出した。大事な事を聞いて無かった。忘れてたのは間違いなくメンチの可愛さのせいだ。

 

「好きな人や彼氏。それに、男性経験は?」

 

「…………いないわよ。後半もない」

 

「そっか、良かった」

 

 一度、ちょっと強く抱きしめる。ちょっとふて腐れちゃったメンチが、また可愛い。

 

「なんでそんな事聞いたのよ。そりゃ、経験がないのは美食ハンターとして色々やってきて、忙しかったのもあるし、良い出会いは無かった事もないけど恋になる以前の問題で、あたしがハンターってのもあったし」

 

 い、言い訳まで可愛いとか本当に反則じゃないかしらこの生娘。

 

 一応生きてる年数は私の方が上だし、転生者として知っているつもりではあったけど……。

 

 まじで舐めてた。鬼可愛い。やっぱり魅力的なキャラクターだった。

 

 スタイルはもはや言う意味のなさを感じるほど素晴らしい。胸、腰、尻。どれを見ても、素晴らしい。軽く触った肌の質感も、しっとりすべすべ。ハードワークなハンターには思えないし、そこらのモデルや女優など目も当てられない。

 

 実際、生娘である様には思えないほどの美少女、美女。絶対に街中で声を掛けられた事はあるだろうし、食べに行った店先や店でも声が掛ったはず。

 

 それなのに断り続け、恋人や好きな人はいないと来た。これはまさに運命じゃないかしら。絶対に、私と出会う為に生娘であったに違いない。  

 

 原作だと知る事のない領域だけど、これは本当に楽しい。

 

 ……そう言えば、昔の唯一のオタク友達は転生したいってずっと言ってたわね。多分、理由は私と違うはずだけど、今ならわかる気がする。

 

「そ、そういうアンタは──」

 

「リナ」

 

 ついでに抱きしめる力を強くして、名前を催促する。

 

「リ、リナはどうしてそうなったのよ」

 

「どうしてって言われたら……まあ色々あるんだけど」

 

 本当に色々ありすぎて困るけど、どれがいいだろう。質問の範囲があまりにもブラックな領域だから答えにくい。転生者で、そもそも男だったはずだから、とでも言うのだろうか。

 

 実際、言っても私の人生には問題ないだろうし、あの女神からも禁止されてないから問題ないはず。でも、それはそれで他の問題が生まれるし。

 

 ……とりあえず、適当に答えましょうか。

 

「元々は、私は男の子として生まれて来るはずだった。で、生まれてみれば女の子だった訳で……恋愛感情の回路が男のままなのよね」

 

「なるほど。整形とか、性別転換とかする気なかったの?」

 

 ……そんなの、あったんだ。

 

 思わず口に出しそうになったけど、何とか出さずにすんだ。

 

 そう言えば、この世界って元の世界より文明進んでたっけ。

 

「無かったわ。両親に悪いから」

 

 そんな事も知らないのに、言ってしまったら設定と矛盾……はしないけど、疑われるわね。

 

「でも、女の子同士だと色々不便じゃない? って、あたしってば何言ってんだろう」

 

 なんで、メンチはこういう反応するのかしら。危うく自我を失う所だった。 

 

「愛があれば大丈夫」

 

 まあ、それでも苦労はした。

 

 なんせ持ってる知識が男の知識……チェリーだったので役に立つ情報なかったし、全然違ったけど。それに、初体験が女でなんて思わなかった。

 

「そういうものなのね。料理と似てるわ」

 

「料理?」

 

 メンチに劣るだろうけど、料理は私も出来る。ただ、似てるかしら。

 

「決して美味しくなくても、不器用だったとしても……あたしの為だけに本気で作ってくれた料理なら、どんな物でも食べられると思うから」

 

 …………ヤバイ、理解出来ない。あんまり似てない。

 

「そ、そうね」

 

 とりあえず、合わせてみよう。

 

「うん、なんかアンタの事。少しだけ理解できた気がする」

 

 あれ!? 話ってこれで終わり!?

 

 なんかもう少し広げて、似てる所を言うんだと思ってたんだけど……まあ、気にしない方向にするしかないわね。

 

「よし、ここまで来たなら覚悟できたわ。遠慮なくやっちゃって」

 

 こ、これはやりにくい。けど、許可が完全に下りたし始めるしかないわね。

 

「それじゃ改めて始めるわね……まずは服の上から──」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「いい、朝日ね」

 

「……」

 

 カーテンを開けてそう言うと、先程まであった反応が無かった。

 

 振り向いてベッドにいるメンチに視線を向けると、どうやら寝てしまった様だった。

 

「まあ、しょうがないわね」 

 

 時計を見ると朝の7時半。メンチを部屋に連れ込んでから、軽く時計が一周していた。

 

 どうしようかしら、私は完全に目が冴えてるし全く眠たくない。とりあえず事情をブラハとサトツさんに伝えるとして、メンチが起きるまで隣で起きてないといけない。

 

 ただ、それだと一つの問題が生まれてしまう……。

 

 この状況に、この私が数時間なんて我慢できる訳がない!!

 

 確かに、小一時間ぐらい……も無理そうね。想像しただけでもう手が出そうになったわ。

 

 一応、反応が無くなるまで遊んだ責任感からゆっくり寝て欲しいとは思うけど、流石にこの状況は毒だわ。

 

 生まれたての姿、通称全裸。無防備な状態、通称無抵抗。部屋に充満している魅惑の空気、通称二人分の匂い。聞くだけで興奮する吐息、通称寝息。ベッド周りに転がるメンチの服、通称お宝。何とも言えない状態になっているベッド、通称事後跡。

 

 ……まあ、興奮する理由はいくらでもあるのだけど。簡単に言えば、いつでもオッケーなのよね。主に私の準備的な意味で。

 

「よし、シャワー浴びてから報告ね。その後に朝食でいいかしら」

 

 それにしても、本当に楽しかったわ。

 

 私も一切服を纏って無かったので、そのままシャワールームに入って汗を洗い流す。

 

 一番楽しかったのはやっぱりあそこね。胸だけだと思ってた時のメンチの反応。

 

 邪魔になるだろうから腕時計を外していたのが失敗だった。いつもなら何となく流れがきそうならスイッチを押してたんだけど、バックの中に仕舞っていた。

 

 一応、記憶には鮮明に残ってるけど……やっぱり残念ではある。

 

「楽しかったわ、メンチ」

 

 シャワールームから身体を拭いて出て来て、メンチの寝顔を見てそう伝える。なんか、メンチの顔を見た瞬間に伝えたくなった。本人はまだ寝てるし聞こえてないだろうけど。

 

 私はバッグの中から白いロングワンピースを取り出してそれに着替える。

 

 さて、向かいましょうか。

 

 本来ならこのままメンチの寝顔や色々を堪能したかったけど、しょうがないわね……うん、しょうがないわね。

 

 別に、涙なんて出てないんだから。

 

「それじゃ、行って来るわね。ゆっくり休んで」

 

 もう一度だけ寝ているメンチに声を掛け部屋を出る。それと同時に"円"を使ってホテル内にいるはずの二人を探す。

 

「三階……ね」

 

 三階のエレベーター付近の部屋にいたので、エレベーターに乗って三階へ。確認した時に起きている事は知っているので、部屋の扉をノックして待つ。

 

「やっぱり、リナさんでしたか。メンチさんは……」

 

「部屋で寝てるわ。一応それを伝えておこうと思ったの。もう子供じゃないし問題はないと思うけど」

 

 部屋から出てきたのはサトツさんだった。部屋の奥からブラハの視線があったので、手を軽く振っておく。

 

「そうでしたか。この後はどうするつもりで?」

 

「朝食と適当に運動かしら。メンチが起きるまで時間を潰そうと思うわ」

 

 メンチの携帯電話にメモを残してるし、それで気づくはず。

 

「なるほど、行ってらっしゃいませ」

 

「うん」

 

 サトツさんにも手を振って食堂に向かう。

 

 朝食を適当に済ませた後は、サトツさんに伝えた通りに外で適当に運動と念の鍛練。自分一人だと出来る事は限られるけど、実戦経験が訛ってないか心配だ。

 

 そして、鍛錬を続けて数時間。時刻は16時。携帯が震えたので、内容を確認するとメンチからだった。

 

 少しホテルから遠い所で鍛錬をしていたので、全速力でホテルに戻り、部屋に戻る。

 

「ただいま!! それと、おはよう」

 

「おはよう。寝ちゃったんだ、あたし」

 

「むしろ、長く持った方よ? 全力でやってないけど、それでもかなり」

 

 敏感じゃないとかじゃなくて、ただ単純に精神力が高かった。むしろ、感度で言えばかなり上だったし。

 

「なんか悔しいわ」

 

「メンチが望むなら、リベンジの機会もあるわよ。ただし、他の女の子で練習したら怒る」

 

「そうは言うけど、これからもリナはいっぱい体験するんでしょ……なんか、それはそれで嫌だ」

 

 …………。

 

「かはっ!!」

 

「ちょ、大丈夫!? 凄い鼻血の量よ!!」

 

 あまりの可愛さに、死ぬところだった。血は吐けなかったけど、これは鼻血だけで死ねそう。ドクドクとかなりの量で流れ出てる。

 

「大丈夫よ」

 

 全然大丈夫じゃないけど。駄目だ、あの生物は危険すぎる。まともに相手してたら萌え死ぬ。

 

 とりあえず、血は止めておこう。興奮のしすぎで血管が切れただけだし。

 

「それならいいけど……って、さっきの言葉は忘れて。リナがそうなのは知ってるし、あたしも料理を止められたら大変だから……」

 

 って、言いながら少し泣きそうなこの生物は、本当に私を殺しに来てるんでしょうね、きっと。

 

 今まで、確かに可愛い子はいたけど……メンチに匹敵するのは、今までで一人しかいないわね。

 

「そうね、厳しいけど……メンチが言うなら、かなり減らすわ」

 

「本当っ!?」

 

 むしろ、こっちこそ本当!? だと言いたい。止めろ的な意味で。

 

 その髪を下した状態で迫りながら、喜んだ最高の顔で言われてしまったら、こっちも素直に頷くしかなくなる。

 

「もちろん」

 

 こっちの世界に目覚めてくれたのはいいけど、これはこれで……うーん、贅沢な悩みね。

 

「でも、注意をしておくと。メンチと"約束"はしたけど、簡単にその覚悟だけは決めないで」

 

「十分、分かってるわよ。リナの考えも理解したし……なんか、そういう男前な律儀な所みると、一瞬男なんじゃないかって思うわ。大体は変態だけど」

 

 ……そうなんだ。私って根が男だし、昔の考えのままだけど、まさかそんな思考してたとは。別に注意する事でもないけど。 

 

「変態で結構」

 

 でも、確かに思い返してみればどこか男前な所が多いっけ。昔の自分の時は、男で変態だったから周りからの評価はゴミみたいなものだったけど、唯一幼馴染が近くにいてくれたし。そう言えば、元気だろうか。

 

 まあ、心配してみても、その幼馴染に殺さ……半殺しにされたんだけど。

 

 魔法が確立して、幼馴染がどうしよう? って泣いてる時に調子に乗ったら体の半分が消し炭だったから、今思い出すと凄い体験した。アイツの能力も割かし凄そうね。

 

「で、リナはこれから天空闘技場に向かうのよね?」

 

「そうなるわ。目標が少し出来ちゃったから」

 

 本来はマチがヒソカの修復と召集をしに来たところを襲撃するつもりだったんだけど、原作に触れてみたいって考えに変わったから、それで是非参加してみたい。

 

 もちろん、マチは襲撃する予定。

 

「それじゃあ、次に会うのは……あたしが覚悟決めた時ね」

 

「うん。急がなくていいし、ゆっくりね」

 

 ただ、一つ言わせて貰うと、そろそろ我慢できそうにない。早く着替えてくれないかな。

 

「大丈夫。あたしもやりたい事とか、新しい自分を見つけれたし……料理もそういう視点で見て進もうかなって。ここは素直に感謝するわ。ありがとう、リナ」

 

「……」

 

 うん、もう無理。

 

「ん? どうかし──」

 

 メンチの笑顔のお礼攻撃に、我慢の限界が来たので私は第二回戦に進む事にした。

 

 もちろん、私が天空闘技場に向かったのは、翌日の事であった。

 




文字数が初めて1万超えました。そのせいで誤字脱字あるかも知れません。


皆さんにお願い。
作品をよりよい物にする為に、感想やご意見待ってます。
感想ページが嫌いでしたら、個人メッセージでも構いません。
折角、ネットという環境にハーメルン様というサイト。これを生かさずして、なんと勿体ない事かと思ったので。

では次の話もお楽しみに!! ……して頂けるとありがたい。


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天空闘技場編
6話『到着からの帰宅』


指摘が合ったので、5話を28日のUPより数時間後に修正しました。良かったら見て下さい。


 

 天空闘技場。勝者のみが上の階に行ける……とか何とか。説明は聞いたけど、知っているので無視した。

 

 ただ、受付の子が可愛かった。メンチとの約束があったので我慢したけど……いつか、爆発する前にメンチ並の女の子を探しましょう。そうそういないけど。

 

 現在、ここに降り立って2日目。

 

 初日はメンチと別れた後。ライセンスを貰った2日後の夜に到着した為に、ホテルでそのまま休む事にした。ハンターライセンスで無料になったので、なんか得した気分。

 

 何となくで取ったとはいえ、確かに便利と言える。

 

 そして、今日は受付用紙にサインして参加を決めた。貰った番号札は4444番。なんか不吉だったので交換して貰おうと思ったら、人が並んでいるの諦めた。

 

 本当に、なんでこんな番号に。

 

 まあ不吉だけど問題はないはず。念能力者と当たったりしたら大変だけど、200階まで武器もないので問題ない。純粋な体術や念技術なら負ける事はないだろうし。

 

 なんて考えながら暗いトンネルの様な道を抜け、視界に飛び込んできたのは原作で見た光景。

 

 男、男、男、男、一つ飛んでも男…………なんて地獄絵図。華やかさなんて一つも存在していない。

 

 階段を降りた先に、アルファベットが振られている正方形のリングが16個、均等な間隔で並んでいる。そして、それを囲む様に観客と対戦者が待つ、大きく見て正方形になっている一辺一辺、4つの座席場所。

 

 私が夕方に来た事もあり人は少ない様に感じるけど、ざっと見でも1000人はいると思う。それにこの内の何百は観客だと思うし、私の順番は割と早く来そう。

 

『4444番。4480番の方。Hのリングへどうぞ』

 

 思っていた通り早く呼ばれた。座ってから10分も経ってない。

 

 ただ、そのアルファベットは私に対しての当てつけなのかしら。きっと他意や私の気にし過ぎだろうけど……何か少し運命を感じる。

 

「4444番。ローブを取って貰えるかな?」

 

 リングに着いたので、早速上がろうとした所で審判にそう止められる。

 

「……」

 

 やっぱり、止められたわね。何となく無理かなと思ってた。

 

 でも、私は取りたくない。

 

 取ったら、かなりというか確実に注目される事になる。別に問題はないのだけれど、むざむざ私の美貌を晒すのはどうかと考えたから。主にハンター試験で。

 

 それまでは視線とか気にして無かったけど、そう言えばこうすれば隠れると思った。それに、視線を感じててもちょっと前なら学校に通っていた時期。流石にフード付きローブで姿を隠すなんて発想は浮かばなかった。

 

 まあ、あんまり人が住んでなかったので視線を感じるも何も、ほぼ見知った顔。それに、学校なんて一学年60人くらいだった。

 

「だんまりだと、流石に試合を認める訳には行かなくなる」

 

 うーん、確かにその通りなのよね。、出来るだけ女だとばれないで上に行きたいけど……。

 

「いや、俺はいいぜ。そんな舐めた格好してる奴に負ける気しねえからな!!」

 

 恐らく、私の対戦相手。2mあるゴリラの様な男が、ちょうどいいタイミングでやって来てくれた。そしてナイス援護。絶対に勝てないだろうけど。

 

「そうはいいましても……胸の辺りの妙な膨らみを見て、武器が無いとも判断できませんから」

 

 ……あ、忘れてた。いくらローブで隠しても、シルエットは私じゃない。確かにこれは駄目そうね。一回、男装しようと考えた時に邪魔になったのを忘れてた。

 

「これでいいかしら?」

 

 バサッと大げさに取ると、視線と言う視線が突き刺さった。そして同時に、リングで戦っていて私を見てしまった男たちがノックアウトしていた。物理的な意味で。

 

 今日の恰好は白のロングワンピース。ハンター試験が終わってからここに来たので、特に買い物に行ってない。他に着衣はあったけど、試験で着ていた短い丈の白ワンピースが3着。今のを合わせてロングが4着だけ。

 

 これ以外に家から持ってきていないのには理由があって、ハンデになるかなと思っていたから。実際にはなんのハンデにもならずに、この考えが無駄に終わったのだけど。

 

 そろそろ違う色か、真面目に動きやすい服装買わないといけないわね……。

 

「も、問題ありません」

 

「まさか女だったなんてな……これはラッキーだ。しかも上玉と来た。どうだ、俺の女になるか?」

 

「……」

 

 心の中でお断りと言っておく。

 

「ちっ、つれねえな。それじゃ、ぶっ倒してやるよ!!」

 

 実際、女に振られたからって、直ぐにその思考になるのはかなり問題よね。こういう男が女の敵になるんでしょう。

 

「ここ一階のリングでは入場者のレベルを判断します。制限時間3分以内に実力を発揮して下さい」

 

 説明を受けている間にリング内の指定されている位置に着いた。

 

 相手は手をボキボキと鳴らして、私を睨んでいる。

 

「それでは、始め!!」

 

 そして審判の合図が響く。

 

「試合中に手籠めにしてやらあ!! ……あ?」

 

 試験の豚より遅い速度で突っ込んで来た相手をかわして、相手の背後。リング一辺の端に移動する。

 

 そう言えば、どうやって倒すか決めて無かったわね。

 

 腕を組んで考えてみる。

 

「今の一瞬で避けた? いや、そんな事ある訳ねえ!!」

 

 再び突っ込んで来る相手を同じ様に回避して、まだ考える。

 

「こ、こいつ……ふざけんなよぉぉぉ!!」

 

 また回避。

 

 でも、もう一度来られるのは労力の無駄になるだろうし、素直に言いましょうか。

 

「ちょっと待って。アンタを倒す方法考えてるから時間ギリギリまで待って」

 

 キルアは手刀。ゴンは押し出し。ズシは武術。

 

「もういい、徹底的にやってやる!!」 

 

「だから、待ってと言ってるでしょ。せっかちよ」

 

 面倒で無駄な労力を使うけど、相手が止めないのでそのお粗末な攻撃をかわし続けながら考える事にする。

 

 ただ、答えが一向に出て来ない。

 

「ねえアンタ。どうやって倒されたい?」

 

「ちょ、調子に乗るなよクソアマ!!」

 

 どうやら、答えてくれないらしい。クズでせっかちで、それでいて心が狭いとか……本当にゴミね。

 

 なんて思いながら腕時計を見ると、2分が経過していた。

 

 うーん、悩んでても仕方ないし、そろそろ終わらせましょうか……と思ったけど、触るの嫌ね。

 

 "剣"があればジョネスの時みたいに触らずに倒せるんだけど、武器は禁止。リングを砕いて、その石で相手を倒そうとかも考えたけど、それも禁止だと困るし。

 

 うーん……あ、そっか。普通は見えないんだった。それなら、これで倒せるわ。

 

「アンタは神を信じてる?」

 

「信じてる訳ねえだろボケ!!」

 

「じゃ、断罪ね」

 

 リングの端に移り、右手を相手に向ける。 

 

「さようなら」

 

 オーラを相手の顔の大きさほど、密度を最少で溜めてそのまま発射した。それっぽく反動も付けておく。

 

 そして、一瞬で相手の顔面に直撃した念弾は、相手の顔を吹き飛ばした。遠くに離れていたので、飛び血などは一切ないけど、審判の服にべったりと色々付着していた。

 

 そこまで強くない威力だったんだけど……貫通してどっかにぶつからないだけましだったかしら。

 

 ハンター試験前の船では上手く気絶させられたから、あの時の威力じゃないと駄目なのね。

 

「これが神の裁きよ……」

 

 とりあえず、殺してしまったのはしょうがない。いつもの様に剣はないけど、右手に地面に向けて振る。

 

 自分で言ってて胡散臭いけど、神様はいると思ってる……というか知ってるし、この場合はあの女神になるのかしら。

 

「え?」

 

 そして、今やっと審判や周りの人たちがこの状況に気付いたみたいで、わっ!! っと騒ぎ出した。

 

 当然ね。対戦していた相手の頭が吹き飛んでいて、恐らくそれをやったのが私ときた。なのに道具を使ってなかったり、神の裁きとか言っていたら流石に驚く。

 

 騒いでる声の中には、呪術だとか魔法だとか奇跡だとかその他もろもろ。とにかく色々なヤジと、期待や恐怖等の様々な視線を感じた。

 

「ぶ、武器の不正使用ではないだろうね」

 

「見えない武器がどこに存在するのよ」

 

 残念ながら念という、一般人には見る事の出来ない武器が存在するけど。

 

「それとも何? 神の裁きを疑うの?」

 

 これ以上の追及は面倒だったので、少しだけ睨んで脅しておく。

 

「い、いえ。50階へどうぞ!!」

 

「どうも」

 

 チケットを受け取り、ローブを拾ってまずエレベーターに向かう。

 

 私の事を知ったのか、ただ偶然なのかは知らないけどエレベーターに乗り込むと誰一人入って来なかった。

 

 これで後は15試合で200階ね……今日は後何回組まされるかしら。ゴンたちは2回だったけど、出来ればもうちょっと多目が良いわね。     

 

 50階に到着し、次に受付に向かう。

 

「い、いらっしゃいませ。リナ様ですね。チケットをお願いしても、よ、よろしいでしょうか?」

 

 ……あれ、予想以上にビビられてる。伝えたのね、あの審判。怯えた顔が可愛いから、全然気にならないけど。

 

「こ、こ、こちらが、先程のファイトマネーでしゅ!!」 

 

 一階で貰ったチケットを渡すと、代わりに封筒を貰う。

 

 それにしてもビビり過ぎよね。なんか、怖いオーラでも……あ、ゴンが言ってたオーラになってるのね。

 

 これ以上は可哀想なので、メンチとの約束を思い出して落ち着く。

 

「きょ、今日はもう一試合あると思いますので、控室にどうぞ」

 

「うん、ありがとう」

 

 一応、最高の笑顔で答える。これで緊張が和らいで欲しいなと思うけど……うん、駄目だった。

 

 少し落ち込んだけど、気持ちを切り替えて控え室に。

 

 部屋に入った瞬間、人が離れていき、椅子に座っていた人たちが熱心に椅子を磨き始める。

 

『ささ、こちらへどうぞ!!』

 

 どうやら、私の為に椅子を磨いておいてくれたらしい。

 

「ありがとう」

 

 素直に甘えて、お礼を言うとその人たちも離れていった。

 

 うーん、これはこれで楽だけど……なんか嫌だわ。200階までの辛抱なんだけど。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 なんて、思っていた二日前の自分を恨みたい。

 

『リナ選手!! またしても不戦勝で、ついに200階への切符を掴みましたぁぁぁ!!』

 

 あれから一度も戦う事なく、私の200階到達が決定した。

 

 確かに嬉しいけど、なんか、なんか嫌だ。どうも腑に落ちない。

 

 ……そうね、異変に気付いたのは50階クラスからね。うん、一番初め。

 

 私のレートがそもそも0倍とかいう、おかしな数字を見た時点で察した。

 

 相手の倍率が100倍なのに、賭けてる人間が誰一人いない時点で更に察した。

 

 リングに呼ばれた後、数分待っても相手が現れない時点でもう諦めた。

 

 恐らくは早く200階にあげる為の、念の分かるお偉いさんによるもの何だろうけど……一戦ぐらいさせて欲しかった。男に触りたくはないけど。

 

 そう考えながら、200階受付に到着。

 

「200階クラスへようこそ。こちらに登録の署名をお願いします」

 

「了解だわ」

 

 ……ん? ビビられてない気がする。

 

 顔を再度確認すると、ゴンたちの時の黒髪の女性ではなく茶髪の女性だった。

 

 もしかして、念を知ってるんじゃないかしら。

 

「私の顔に何か?」

 

「ううん、なんでもないわ。これで良いかしら?」

 

 とりあえず、気にする前に署名を済ませて提出する。

 

「はい、オッケーですよ。早速参戦の申し込みをしますか?」

 

 うん、知ってるわね、この人。というか、念使いだし。

 

 完璧な"絶"じゃないので、"凝"で見たらすぐに分かった。

 

「ええ」

 

 謎もすっきりしたので、紙をさらさらっと書いて提出する。

 

「了承しました。戦闘日は決定次第お知らせしますので、2222号室をお使い下さい」

 

 なんだろう、私ってゾロ目かキリの良い数字に好かれるのかしら。

 

 そう言えば今までもそうだったような……偶然よね。

 

 鍵を受け取り、2222号室に向かう。

 

「ここね」

 

 意外と広かったので、ここまで少し時間が掛った。

 

 そして鍵を使い部屋に入る。

 

 ゴンが言ってた通り、かなり広い……けど、落ち着かないわね。狭い方が好きだし。

 

「住めば都かしら」

 

 でもこの言葉って、少し意味違ったかしら?

 

「まあいっか」

 

 と、荷物を降ろした所でテレビが映り、対戦日が表示された。

 

『戦闘日決定!! 222階闘技場にて、2月2日午後2:00スタート!!』

 

 絶対、誰かの嫌がらせじゃないかしら? 示し合わせたかの様に一緒じゃない。

 

 まあ? 2時ちょうどな所を考えると、単なる偶然なんでしょうけど、ここまで来たら合ってて欲しかった。

 

 でも、今から一週間は丸々あるわね。もしかしなくても、これは家に帰れるかしら。

 

 気になったのでパソコンを付けて飛行船と船を調べる。

 

 どうやら、ここからなら日を跨いだ頃に家に着ける。飛行船からジャポンの首都、そこから船にて私の故郷の星運島のコース。

 

 早速携帯を取り出して家に電話……しようとして止めた。いきなり帰って驚かせてやりましょう。

 

 こうなったらやる事が限られるので、直ぐにチケットを購入。荷物は開けてないので、そのままバッグを持って受付に鍵を返却しようとしたら、無しでいいらしいので鍵をバッグに入れて空港へ。

 

 最終便が21時。現在が20時なのでそのまま待つことにした。

 

「待ってなさいよーママ、パパ」

 

 そして最終便に乗り込み、着くまでの時間を睡眠に使って有効活用。到着した所で急いで船乗り場にダッシュし、最終便に間に合った。

 

 どうやら津波の影響などもない様で無事、普通に運行した。

 

「お嬢ちゃんは里帰りかい?」

 

 で、最終便には私しか乗客がいないので、運賃は船長と喋ればタダでいいとの事。

 

 流石にハンター試験の時の船長じゃなかったけど、このおじさんもなかなかダンディーなおじさんだ。昔はかなりモテたんじゃないかしら。

 

「ええ。1ヶ月ほど旅に出てました」

 

「そうかいそうかい。何を見てきたよ?」

 

「長いトンネルに階段。湿原地帯。森林公園。デカい塔。デカいタワー……ですね」

 

 素直に伝えたらポカンとされた。船長さんの顔にそう書いてあった。

 

「つまり、たいした所には行ってませんよ」

 

「そ、そうだったか。楽しかったかい?」

 

「ええ、それはもちろん」

 

 これは、普通の答えで即答出来た。

 

 思い返すと、何だかんだ楽しい思い出が多く、自分でも少しびっくりだ。

 

 最後の方は暇で死に掛けたより、メンチと遊んだ事の方が印象が強い。

 

 というか、そんな忌まわしい過去なんて私の脳には1バイトすら残っていなくていい。メンチの事と、ゴンたちの事だけでいい。

 

「……嬢ちゃん、男にモテモテだろう?」

 

「とても、嬉しくないけど……船長さんの言う通りだわ」

 

 モテるなら、女の子が良い。残念な事に、私の性別が女だし普通に考えてモテないのだけど。

 

「だろうな。俺がもう少し若けりゃ、間違いなく声を掛けちまったな」

 

「船長さんなら大丈夫だと思うわ。私以外なら」

 

 恐らく60はあると思うけど、全然大丈夫な範囲だ。男前とか以前に嫌悪感レーダーが反応していない。

 

 原作キャラには反応しない様子だけど、モブには視線や話しかけられる。気がこちらに向いてるとずっと反応しっぱなしだし。そう考えると、本当にいい男なんだと思う。

 

 最近は気を無視出来る様になったから別に問題はないけど。

 

「20年前も、そう言って俺を断った美女がいたもんだ。とても嬢ちゃんに似てたな」

 

 どこか遠くを見て、船長は少し笑いながらそう言う。

 

 ……もしかして、突っ込んだ方がいいのかしら。

 

「その女性は私より綺麗?」

 

 なんか、言葉が違う気もするけど……まあ、いいわ。

 

「同じくらいだな……もっとも、そいつにゃ男がいたからだったけどな」

 

「ふーん。そっか」

 

 もしかしなくても、母かな。20年前だと、18歳……くらいだから、あり得ない事ないし。 それに、同じ髪色だし。身長は同じくらいだけど、胸が私より小さいだけだ。

 

 そこからほどなくて、島に到着。

 

 本当に料金はタダで良くて驚いたけど、素直に甘える事にした。

 

「ありがとう」

 

「おう」

 

 そして、あっさりと別れて船長さんは船を出した。視界から消えるまで見送り、私は家に向かう。船場からそんなに距離はないので、言っている間に着く。

 

 ……まあ、懐かしさはないわね。三週間くらいだし、母ともちょくちょく連絡を取ってたので久し振りでもない。

 

 それに、三週間以上家にいない事も多くあったので、本当に懐かしくはない。もちろん、帰って来て嬉しくない事はない。

 

「さてと。どんな反応するのかしら」

 

 家に到着したので、鍵を開けて家に入る。

 

「ただいまー」

 

 少し大きい声で挨拶し、反応を待ってみる。……が、何も返って来ない。

 

 もしかして、寝てるのかしら?

 

 そう思って、"円"を使って家の中を調べてみる。

 

 ただ、二人はおろか、虫の一匹すら発見できなかった。 

 

 二人がいない理由を考えながら、置き手紙らしき物が机にあるのを確認したので、リビングに行って内容を確認する。

 

『旅行』

 

「……なんで、連絡取った時に言わなかったのよ」

 

 具体的に言うと、天空闘技場に着いた日。

 

 わざわざ手紙を残した所を考えると、何の考えも無かったのか、私が帰って来ると思ってなかったから……だと、手紙なんて用意しないわね。

 

 恐らく、ただの嫌がらせね。

 

 こうなると私の目的の一つが無くなったので、他の目的をさっさと終わらせることにする。

 

 他の目的は、荷物の交換。友達と会う。倉庫の資料確認の3つ。

 

 時間はかなりある事だし、ゆっくり消化してもいい。

 

「とりあえず、お風呂に入ってから順番とか考えましょうか」

 

 荷物などはそのままリビングに置き、脱衣所兼洗面所で服をぱぱっと脱いで浴室に入る。

 

 本当は風呂が沸いてからの方がいいのだけど、そこまで浴槽が好きでもないので別に問題ない。体を洗うだけならシャワーだけで十分だ。 

 

 赤い栓を回してお湯を出し、全身をしっかりと濡らす。

 

 私は先に身体を洗う派で、一番最初に洗うのは胸だ。この大きさだと良く蒸れてしまうので、しっかりと洗っておく必要がある。

 

 そういえば、男の我が強かった時は一々ビビってたなあ……どうやって洗えばいいのかとか、自分の体みて恥ずかしいとか。実際、女の子の裸なんてまじまじ見た事はなかったし。

 

「ん……ぅん、ふぁ」

 

 で、この体、中々敏感で困る。

 

 自分で洗っているにも関わらず、そういう所を洗うと自然と声が出る。

 

 我慢しようにも、特に我慢する意味がなさすぎてしないけど、いい加減慣れて欲しい。

 

 それに、軽く昂るので女の子との色々を思い出して、止まらなくなるし。

 

 基本的に私はSだけど、身体は間違いなくMだ。場を踏んでるから慣れと余裕等から相手よりは長く持つけど、本気で攻められたら一瞬で陥落……は、したくないけど、上手かったらしそうで怖い。

 

 まあ、満足する事とは別なので、攻める側じゃないと駄目なんだけど。

 

 体を洗い終え、次に頭。髪ゴムを外し、ポニーテールを解く。

 

 ロングになると私の髪は大体腰の辺りまである。邪魔だなと思って一度切っていいか訊ねたら、母に全力で止められたのでそれ以降は切らずにいい感じで置いとく事にした。

 

 そもそも、その頃は男の方が強かったからだけど。

 

 そして全て洗い終えたので、シャワーをぼーっと浴びながら、私は今後の予定を考える事にした。

 




お気に入りが700を越えました。皆さん、ありがとうございます!!

活動報告を挙げましたので、良かったら見て下さい。(3月31日)



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7話『新しい出会い』

指摘があったので、4話を4月4日に修正しました。 直に前書きを消します。


 故郷での生活は、実に早く終わりを迎えた。

 

 初日に帰って来た時にやりたい事をまとめ、一週間で消化しようと考えていたのにも関わらず、3日で終了。一応、ギリギリまで滞在したけど、もっぱら友達にセクハラしていた。

 

 メンチとの約束と、その子たちとは肉体関係がないので本当に軽いセクハラまでだったけど、中々楽しかった。

 

 そして、帰郷を終えて天空闘技場に到着。荷物の整理でピンクのリュックサック変わった鞄を背負いながら、2222号室の自室に戻って来た。

 

 ちなみに、服装は相変わらず白のミニワンピース。クローゼットを開けたら、全てこれに変わっていた。間違いなく母の仕業。

 

 で、何となく統一させようと手持ちだったロング丈は家に置いてきて、全てミニになっている。

 

 ……まあ、この世界にはちょっと特殊なルールが存在する。

 

 それは、人間の服装への意識だ。

 

 これは恐らく、指定した世界が二次元である事から出来たルールだけど、全員、あんまり服装が変わらない。

 

 確かに、ファッション雑誌は存在するし、絶対に変わらない訳でもない。

 

 ただ、やっぱり同じに感じる。

 

 一度気になって、その理由を母や色々な人に聞き、返って来たのはほとんど同じ答えで──『同じ服をまとめ買いするのが普通でしょ?』 との事。

 

 それを聞いて、ネットで色々と情報を調べても、やっぱり同じ様な意見のみ。

 

 元の世界だと考えられないけど、同じ服でいいならそれはそれで楽だと思った。それに、変えてもいいと思ってる人は服装を変える事もあるらしい。

 

 この事について初めはかなり考えたけど、それがこの世界のルールと考えたら納得がいったのでそれ以上は考えていない。

 

 実際、無意識の内に同じ物をセットで買う事があったし。

 

「さてと、試合まで残り30分ね」 

 

 リュックを置いて、仰向けでベッドに寝転び、目を閉じる。

 

 対戦者は特に調べてない。念での戦いは少し久し振りになるけど、ここのレベルで負ける気がしない。

 

 念を覚えたてのゴンやキルアが余裕で倒せるレベルが……誰か忘れたけど独楽とか能面とかだと考えると、天空闘技場の念使いは大した事がないはず。

 

 フロアマスターも恐らくその程度のレベルなんじゃないかと推測している。

 

 もしかしたら本物が混じってるかも知れないけど、そもそも本物はここで戦う事はないと思う。

 

 戦闘狂なら来る可能性はあっても、ここのレベルを見ると興が覚めて帰るだろうし。ヒソカはヒソカで、戦いに来たというより、品定めの為に来ているんだと思う。 

 

 ぶっちゃけ、私が天空闘技場に来た理由はあっても、200階クラスで戦う意味はない。

 

 一応250階の人に挑んで、何となく所持権を獲得しようと考えているけど、要らないと言えば要らない。

 

 私の実力がどれだけあるのかは理解しているし、能力の強さも原作中で最強じゃないかと思う。

 

 自分でハーレムを形成し守る。その為に強さを欲した前の私が必死になって最強の能力を考え、女神の手によって最高の体とセンスを貰った。

 

 それをしっかりと鍛え、自分の物にして、数々の修羅場を余裕で回避して来た私は、普通に王様にも届くはずだ。

 

 だからと言ってそれを悪用する事も理由もないんだけど。

 

「……とりあえず、向かいましょうか」

 

 考えていたら、時間がそこそこ経過していたので、222階に向かい控室で待機する。

 

「リナ選手、そろそろ時間です。控室を出て左の通路を真っ直ぐ進んで下さい」

 

「ん、了解」

 

 係員に呼ばれて、指示の通り通路を進む。薄暗い通路に入った所で、奥から光が差し込む。恐らく、ゲートが開き始めた。

 

 なるほど、こんな感じなのね。ちょっとした裏側を知れて嬉しいわ。

 感動をしっかりと味わいながら通路を抜けると、視界に飛び込んできたのは大きめのリングと、その奥に見える相手側のゲート。

 

『先に現れたのはリナ選手!! 一階で見せた超能力により、残りの試合全て、ここまで不戦勝にて登って来た神の僕!! 今日はその力の本当の姿を見る事が出来るのか!!』

 

 観客の大きな声と胡散臭い解説が響く中、反対側のゲートが開き対戦相手が現れた。

 

 ……あれって独楽の人じゃないかしら。

 

 その相手は、どこか見覚えがあった。

 

『そんなリナ選手の相手はギド選手!! 4戦して3勝1敗とまずまずの戦績です!!』

 

 そう言えば、コイツを含めてあの三人って初心者狩りがメインだったわね。

 

 リングに上がって、思い出した。

 

「ここまでは、お嬢ちゃんも分かっている通り、一般人の戦い。だがここからは念での戦い……女だからと言って手加減はしな──」

 

「審判さん、早く始めて下さい。時間が惜しいです」

 

 どうでもいいので、話はスルーに限る。

 

 長々と聞いてもいいけど、勝敗が決まっているなら早く終わる事に越した事はない。

 

「ポイント&KO戦!! 時間無制限!! 一本勝負!! 始め!!」

 

 審判が開始の合図を切った。

 

「調子に乗ってると痛い目に会う事を教えてやろう!! 戦闘円舞曲(戦いのワルツ)!!」

 

 ギドが杖を横にし、その上に独楽を10個出したかと思うと、その独楽を地面に設置した。すると、独楽がそこそこの速度で私の周りを囲みに来る。

 

 そして、ガキィィィン──っと甲高い音を響かせ、私の背後でぶつかった独楽の片方が私目掛けて飛んで来る。

 

「……ま、こんなものよね」

 

 私は、平然と受け止めた。

 

「な、何!?」

 

『なな、なんと!! リナ選手はごく普通にギド選手の独楽を受け止めたぁぁぁ!!』

 

 本来、驚かれる事でもないと思うのだけれど……やっぱり、この程度のレベルね。

 

「だ、だがその程度で勝ったと思うなよ!! 全独楽発射!!」

 

 私の余裕に怒ったのか、ギドは開始そうそうだと言うのに全ての独楽を出してきた。

 

「な、何故だ!! 何故当たらない!!」

 

 回避しながら念を纏う物体の数を感じ取ると、独楽の個数が55個。恐らくこれがギドの最大かつ限界なんでしょうね。

 

 ただ、これだけの数をあの服の中に隠し持っていたとなると、かなりミステリアスね。始めの独楽の出し方もそうだけど、間違いなくマジシャンとか曲芸師? になった方が儲かると思う。

 

 独楽を簡単に操れるんだし、わりと人気が出るんじゃないかしら。

 

 戦って名誉や富を得たいのはここに来た頃からの夢なんでしょうけど、残念ながらそれが叶う事は永遠にないでしょうし。

 

 まあ、この事を伝える理由もないし、もう終わりにしましょうか。

 

 飛んで来る独楽全てを、手刀で叩き落とす。

 

 初期ゴンの"練"ですらノーダメージに終わった威力。特に能力は必要ないし、"練"だけで普通に無傷で全て叩き落とせる。

 

 もっとも、独楽自体の耐久度もそんなに無いみたいで、少し力んで落すと、手が触れた時点で砕けてしまうけど。

 

 ……あ、キルアのヨーヨーみたいな特殊合金で作ったら威力が上がりそうね。

 

「で、まだ続けるかしら?」

 

 リング上に残った独楽が一つになったので、一応聞いておく。

 

「……俺の負けだ」

 

「勝者、リナ選手!!」

 

 観客や解説が盛り上がる中、私はただ無言で自室に戻った。

 

 そして、帰って来た時の様にベッドに寝転んで、さっきの試合を思い出す。

 

 ……全然、面白く無かった。 

 

 私の心を満たしていたのは、虚無感だった。

 

 当然と言えば、当然の結果よね。

 

 蟻と巨像。天と地……もはや、それ以上の実力差がある相手と戦って勝利する。これに、何も面白さが無いのは誰にだって理解出来る。

 

 今回は私が上だったけど、もし逆の場合でもそう感じる。

 

 この試合で、ギドの士気が無くなっていないといい。悔しさで、もう一度私に挑むぐらいの気概があればいい。馬鹿で、偶然だと言い張って現実を認めなければいい。

 

 まあ、初心者狩りを専門としている彼なら、もう理解してるはずだし、こんな所で諦めはしないはず。

 

 これで戦いを辞めるなんて言い出して、ゴンの成長の妨げ? にならないといいけど……そうなったら、私が手伝いましょう。

 

「あーあ……9勝が遠いわね」

 

 主に、私のモチベーション的な意味だ。

 

 分かってはいた事だけど、残り9勝するまでこんな一方的な試合……だけにならない事を祈るけど、多分一方的よね。

 

 カス……何とかが、いたはずだけど、彼も彼で弱いし。ヒソカが遊んでなければ、どうせ瞬殺のレベル。

 

 とりあえず、フロアマスターが強い事を祈りながら戦いを続けましょうか。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 第二戦。2月10日。相手は能面の男だった。

 

 見えない左手とか言われていても、それが見えないのはあくまで一般人だけで……大きくなったり、伸びたりしたけどオーラを纏った私の拳一発で打ち勝ち、相手の降参により勝利。

 

 第三戦。2月12日。流れ通りで車椅子の男。

  

 相手は私の強さを警戒してか、始めから鞭を持ち、なんたらかんたらで鞭を振りながら私に迫って来た。

 

 ただ、警戒しながらも電撃を仕込んである鞭を過信してか、顔にどこか余裕を持っていた。

 

 私は電撃に耐性があり効かないので、キルアと同様の方法で勝とうか考え、情報が漏れるのもアレだったので、鞭を適当に弾いて相手の真正面に移動。

 

 相手が気づいた頃には、鞭を取り上げ場外に捨て、車椅子をこかして相手を転落させた状態に。そしてそのまま車椅子を取り上げて勝利。

 

 第四戦。2月15日。まさかのカスなんとか。

 

 戦うと思っておらず、一瞬だけ驚いたけど試合開始。

 

 ヒソカのリベンジにだけ燃えているのか、能力を見せようとして来なかったので少し挑発。

 

 女性だからと笑顔で受け流され少しイラついたので、私の最高速を持って相手の背後に回って首に強打する。

 

 そしてあっさりと勝利。どうやら、反応出来なかったらしい。

 

 第5戦。2月20日。両刃剣を持ったおっさん。

 

 試合が始まると──「俺の獲物は良く斬れるぜ」と言われたので──「だからどうしたの?」と返して、剣を奪って粉々に砕いて終了。

 

 どんな能力か少しだけ気になったけど、泣き崩れている姿を見てどうでもよくなったのでスルー。

 

 第6戦。2月22日。2m50㎝ぐらいのデカい大男。

 

 強化系の能力者で、地面を砕くなどそこそこのパワーを持っており、一瞬ウボーと重なったけどそこまでのスピードは持っておらず。

 

 触るのが嫌だったので、オーラを飛ばしたり、相手が砕いた元地面の石をぶつけて勝利。

 

 第7戦。2月25日。カストロリベンジ。名前覚えた。

 

 今回は能力を使ってくれたが、そもそも私の回避速度に追いつけず空振りばかり。

 

 確かにお互い近い状態で回避していれば、私でもダブルに当たってしまう。ただ、距離を取れば怖くない。

 

 カストロも能力がばれた事に気づきつつも、周りの観客などにばれてヒソカとの再戦時に情報が知られる事を恐れたのか、終始重なったまま攻撃をしてくる。

 

 それじゃ流石に余裕過ぎたので、回避と同時に後ろに回り、右でミドルキック。

 

 前回と違って反応出来たのかダブルでガードした様子だけど、元々それを込みでオーラを込めて蹴っていたので、本人もろとも巻き込んで場外の壁に叩きつけた。

 

 意識が無くなった様で、勝者はもちろん私だ。

 

 恐らくヒソカはカストロに対して始めから本気で行くつもりはなかった。カストロのダブルは"凝"で見る事で不自然なオーラの塊を確認できるから。

 

 本気なら、始めから"凝"を使ってカストロの動きを確認してから動いたはず。まあ、使っても使わなくても結果は同じなんでしょうけど。

 

 そして、2月26日。街に繰り出した私は、天空闘技場受付の列に並んでいるゴンとキルアに遭遇した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あら、2人もここに来たのね」

 

 自分で言ってて、なんて白々しい挨拶。そろそろかなと思ってたけど、まさか今日だったなんて。

 

「リナさん!! 久し振り!!」

 

「もう一度ぐらいは会う気がしてたけど、このタイミングかよ。てか、なんでゴンたちと一緒にいなかったんだよ?」

 

「絶対にキルアを取り返すって、ゴンたちを信じてたからよ」

 

 建前だと用事があるって事で行かなかった。

 

 本当の理由は、私がいたら未来が変わるかも知れないのが怖くて行かなかった……これを素直に伝えるのは問題でしょうし。

 

「嘘臭い」

 

「酷くない?」

 

 ある意味で嘘だから間違ってないけど、バッサリは酷い。

 

 自分の行いを考えてみても、キルアには特に何もしてないし……実力隠してる事で信用ないのかしら。

 

「リナの本気を見せてくれたら考えを改めるよ」

 

 やっぱり、そこだった。

 

「キルアが私に追いついたら考えるわ」

 

 でも、考えを改めて貰わなくていいので上から言っておく。

 

 視線がぶつかり、軽く火花が飛び散る。

 

 これで少しはやる気になってくれるといいけど、約一名。ゴンだけは全然気づいてないわね。

 

「はあ……分かった。今、どこら辺にいるんだよ?」

 

 そして不利を悟ったのか、キルアが先に折れた。

 

「200階」

 

 付け加えると、後3勝でクリアなんだけど、そこは黙っておく。

 

「おしっ!! 追いついてやるから覚悟しとけよ!!」

 

「なんか良く分からないけど、俺も追いつくよ!!」

 

「ええ、待ってるわ」

 

 手をひらひらと振りながら、その場を後にする。

 

 外に出た目的は息抜きだったけど、これだけでかなり楽になったわね。

 

 ……そう言えば、ヒソカも来てるはずよね。見かけたら声を掛けましょうか。

 

 いや、私が声を掛けられる方が早いかしら。

 

 試験中は接触なかったけど、それは恐らく私の実力を読んだから。試験内で戦って本気で命の削り合いになるのを避けたんだと思う。

 

 ヒソカは自分が負けると考えてないでしょうけど、それでも一応は天秤に掛けたんでしょう。

 

 試験で、もし死んで団長のクロロと対戦やゴン、キルアの成長を見る前に人生を終えるのか。勝って結果オーライになるのか。

 

 確かに殺人鬼で戦闘狂だけど、そういった計算は誰よりもしている。

 

 まあ、襲ってきたら返り討ちなのは間違いないわね。

 

「うーん……今日はどこに行こうかしら」

 

 天空闘技場があまりもぬるいので、ほとんど暇だけど暇な日は適当にご飯を食べ歩いている。何度かまずい物や、流石に食べれない物に当たったけどそれもいい思い出。

 

 それと、この辺りに良く顔を出していたり、知る人は天空闘技場の有名人という事もあり、かなりこの辺りに詳しくなった。

 

 今では知っている店の方が多く、飲食店に至っては行ってない店の方が少ない。

 

 もちろん、詳しいのは天空闘技場の周辺だけ。少し遠出するともうどこか分からないけど。

 

 一応、ウイングの自宅も知ってる。立ち寄る意味は無いので一回も訪ねてすらない。

 

「ん? こんな所に焼鳥屋があったのね」

 

 ぶらぶらしていると、少しややこしい道の先に焼鳥屋を発見。良い匂いなので間違いなく美味しいはず。今日のお昼ご飯……夕ご飯? はここで決定ね。

 

「いらっしゃい」

 

 店に入ると、中々厳つい店長がぶっきらぼうに挨拶してきた。

 

 頭に所々黒く汚れた白いタオル。トップスとボトムスはタンクトップとズボン。両方とも黒色で、腰の位置に黒いエプロン。

 

 絵に書いた様な屋台のおっさんだった。キャラの濃さでは、ノブナガといい勝負かもしれない。

 

 ……オーラが見えるので念使いなんだろうけど、気にする事でもないわね。

 

 開店して直ぐなのか、ただ普通に人か入ってないのかわからないけど、どうやら私だけの様だ。

 

「おすすめはあるかしら?」

 

「ふむ……アイツ以外に来たのが久々でな。おすすめなら全部という事になるが」

 

 後者のようね。

 

 確かに、ここってかなり分かりにくいし……地元民でも余裕で知らないんじゃないかしら。

 

 むしろ、店長の言ってたアイツって誰だかわからないけど、その人しか来てない様だしこれは確定ね。 

 

「メニュー次第ね……全部で何種類?」

 

「焼鳥なら8種類。米系が8種類。おつまみ系が8種類。その他が8種類だ」

 

 8って数字に、なんかこだわりでもあるのかしら。

 

 ……そういえば、店の名前は八夜(ヤヤ)だったわね。店長さんの名前かしら。ジャポン語なのと、店長さんの顔立ちがジャポン系だから納得は出来るし。

 

「それじゃ、全部頂くわ。順番は任せるわ」

 

「ほう……分かった」

 

 どれだけ食べても別に太りはしないので、カロリーなんて気にしないでいい。

 

 これで不味かったらお話しにならないけど、まあ大丈夫そう。

 

 幾度となく食べ歩き、もはや趣味になりそうなレベル。なおかつ、貰った才能のお陰で何となくで店のレベルが分かる様になっていた。

 

 ……きっと、無意識でメンチを意識していて、食に対して興味が湧いて来たのかも知れない。

 

 そして、ほどなくして一品目が出てきて、次々に腹に納めていく内に全てのメニューを食べ終わる。

 

「腹6分目って所かしら」

 

「アイツ以外にここまで食べる奴がいるなんてな……追加はあるかい?」

 

「焼鳥をもう1セット。聞いちゃ駄目ならごめんなさい。アイツって誰なのかしら?」

 

 店長の手が止まり、こちらを向いて視線が合う。

 

「娘だ」

 

 一瞬、聞いちゃいけなかったかと思った。

 

「歳は?」

 

「16だ。今年の12月で17になる」

 

 そう言いながら、手際良く焼鳥8本を焼き始める。

 

「へえ……同い年ね」

 

「嬢ちゃん、それで16か。家の娘にもその落ち着きが欲しい所だ」

 

「逆に苦労するわよ?」

 

 それにしても、同い年で活発系……少し会ってみたいわ。店長が念使いだし、娘も念使いの可能性もある。これは興味が湧くわね。

 

「アイツには少しどころか、黙ってる方が俺は楽だ」

 

 すっごい渋い顔……そんなにうるさいのね。

 

「機会があれば会ってみたいわ」

 

「今日は確か……天空闘技場に行ってるな。そろそろ飯を食いに来ると思うが」

 

 それなら、待っていようかしら。

 

 天空闘技場で女の子なんて……見た事ないと思ったけど、情報なんて仕入れてないし、そもそも知らないわね。

 

 店長の言葉を察するに、100階以上にはいるみたいだから、それなりなのかしら。

 

「なら、来るまでは居させてもらうわ」

 

「そうか……ほらよ」

 

「ん、ありがとう」

 

 全てが焼き終わった様で、グレーの長方形皿に乗せて目の前に置かれた。もも、皮、ささみ、つくね、ねぎま、ハツ、レバー、セセリの順だ。

 

 どれから食べようか考え、腕時計で一度時間を確認する。

 

 まだまだ、時間はあるわね。

 

 ゆっくり食べる事を決め、とりあえずレバーから食べる。

 

 味の方は追加を余裕で頼むほどのレベル。美食ハンターからすればどのぐらいのレベルかは分からないけど、私は胸を張って紹介できる。

 

 機会があればメンチとか誘ってみたいけど……メンチならこれ以上の物をいっぱい食べてるでしょうね。

 

「あ、聞きたかったんだけど……娘さんの実力ってどのくらい?」

 

「俺より強いな」

 

 即答って事は、店長が師匠なのかしら。

 

「念使いとして?」

 

「ああ」

 

 なるほど……店長自体の実力が分からないから推測は難しいけど、オーラから考えると独楽よりは絶対に強いわね。ただ纏ってる"纏"から、かなりの力強さを感じる。 

 

「200階クラスなの?」

 

「いや、今は確か──」

 

「ご飯食べに来ましたよ!!」

 

 店長の言葉を遮ったのは、何かが爆発した様な大きさの音。勢い良く開いた引き戸が端まで行ってぶつかった音だ。

 

 そして、その音の次に少しうるさいけど元気な声。

 

 どうやら、娘らしい。

 

「お前は何でいつもそうなんだ……他に客がいる」

 

「えっ!? お父さんの店にお客様!?」

 

 親子の仲良い会話が聞こえて来る中、私はただ冷静に娘の身体を観察していた。

 

 解くと恐らく腰は越える長さのピンクのサイドポニー。髪留めは普通のゴムで色は黒だけど、髪のボリュームであまり見えない。

 

 そんな彼女の顔立ちは、かなりというか私にも匹敵するレベルで、先程の元気な声が出しているとは思えない。可愛いより、綺麗の部類。

 

 薄いピンクのふんわりブイカットブラウスに黒いホットパンツ。それに黒のオーバーニーハイソックス。ブラウスの丈でホットパンツがチラチラとしか見えず、オーバーニーハイにより絶対領域が大変な事になっている。

 

 どちらかと言えば、前の世界の女性の恰好に近い。

 

 ……そして、私は気づいてしまった。恰好や容姿は問題ないけど、彼女の障害になってる物体に。

 

 あれは、許せないわ。即刻排除ね。

 

「……ひっ!? なんか、あのお客さんから凄いオーラが……」

 

 椅子から立ち上がり、目標に接近。

 

 メンチを助けた時よりも早く。カストロを倒した時よりも早く。

 

 怒りにより肉体の限界を超えて出た最高速度は、ぶっちゃけ自分が一番驚いているけど、とりあえずは障害の排除からね。

 

「え? 後ろ!?」

 

 そして、障害に向けて手を伸ばし、力加減を間違えない様に爪を使って切断する。

 

 ボンッ──という音と共に、彼女のボトムスがちぎれんばかりに膨らみ、正面からはガッツリと谷間が姿を見せていた。

 

「うん。良い仕事したわ」

 

「きゃあぁぁ!!」

 

 私が切断したのは、彼女の胸を押さえていた"サラシ"だった。

 

 何処か不自然な姿勢かつ、重心が少しずれていたのでそこから気づく事に成功した。

 

「な、な、ななななな何ですか!? いきなり!?」

 

 凄く動揺してらっしゃる。

 

 ただ、その問いかけを無視して改めて彼女の胸を見る。

 

 ……あれ、もしかしなくても私より大きいわね。メンチより身長が小さいのに、胸は同じくらい。凶器ね。

 

「悪を成敗したのよ」

 

「悪!? このサラシが悪だったんですか……って、何でそうなるんですか!?」

 

 彼女、声自体は大きいけどこの位は普通ね。観客の方がうるさいわ。

 

 店長的にはこれがうるさいんでしょうけど。

 

「気にしないでいいわ」

 

「気にしますよ!!」

 

 これが彼女、ヤヤとのファーストコンタクトだった。

 




やっと新キャラです。念能力等お楽しみに~。

お気に入りが900を越え、驚きを通り越して焦りました。
皆さんの期待に答える様に頑張ります!!


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8話『変態と変態』

「それじゃ、改めてまして。リナ・ノザト。200階の闘士よ」

 

 何が改めましてかは、全く分からないけど。

 

「…………」

 

 なんか、怯えられてる。

 

 その表情がかなりぐっと来るのだけど、今は耐えましょう。

 

「こら。自己紹介ぐらいしねえか」

 

「……ヤヤ・サクラヅキです。今日で200階に上がりました」

 

 渋々といった様子で名前とクラスと教えてくれる。

 

「それはおめでとう。ヤヤは念使いよね?」

 

「まあ……」

 

 緊張? を解そうと優しく声を掛けてるのに全く効果がない。

 

 むしろ、ちょっとずつ距離が開いている気がする。物理的にも、心情的にも。 

 

「すまねえな。いつもは黙れと言ってもうるさいんだがな」

 

「お、お父さんは少し黙ってて!!」

 

 な、なんか恐ろしく気まずいわね。原因はもちろん私だけど。

 

 とはいえ、現状を打破するアイデアはない。

 

 いつもの様に? セクハラで切り込んでもいいのだけれど、今は間違いなく逆効果。店長さんも見ている、いる状況なのも悪評価に繋がる。

 

 メンチの様に別の場所に連れ込むのも手だけど、セクハラが駄目な状況。さらに、初対面で無理やりという事になるのであんまり乗り気でもない。

 

 まあ、セクハラをする事は確定だから、いずれこっちの道に引きずる機会はあるわよね……。

 

「ひっ!?」

 

 そして、距離がまた開く。

 

 どうやら、ヤヤは感性が強いらしい。自分でも僅かにしか出してないと思ったオーラに気づかれた。私のオーラが思ってたより出てた可能性の方が大きいけど。

 

 って、それよりも解決策……は、浮かびそうにないわね。今は何をやっても言っても逆効果……無限ループね。

 

 ここは一度出直して、時間が解決してくれるのを待ちましょうか。店長さんからの援護も期待して。

 

「ま、同じ階の闘士なら会う機会があると思うわ。少し先輩だし、聞きたい事があったら2222号室を訪ねて頂戴」

 

「……ありがとうございます」

 

 会計を済ませて、店長に一回アイコンタクト。

 

「……ん」

 

 無事に伝わったと思いたい。

 

 そして、二人の視線を感じながら店を出た。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……やあ」

 

 200階に帰ってきたら、語尾にトランプのマークが付いてそうなマジシャンと遭遇した。

 

 私と目が合い、手を軽く挙げて気軽に挨拶してくる。 

 

「……ん」

 

 相手がいくら狂人でも、無視するのはアレなので同じ様に挨拶を返す。

 

「まさか君がここにいたなんてね……あ、そうだ。さっき人から聞いたよ。カス……何とかを倒したんだって?」

 

 ヒソカも名前を覚えて無かったのね。ここまで来ると、なんか不憫に思えて来る。

 

「対して強くなかっただけよ。ヒソカはリベンジマッチがあるのよね?」

 

「ああ。でも、今はそれよりも君に興味があるかな」

 

 その笑顔とぶつけられる禍々しいオーラに、不思議と悪寒等が感じなかった。

 

 普通の念使いなら、この時点で逃げ腰になってそうだけど、私が無関心なだけかしら。

 

「冗談は顔のペイントだけにしなさい」

 

「意味が分からないよ」

 

 苦笑いのヒソカだった。

 

「それが狙いよ」

 

 うん、軽口を言い合う位なら楽しいわね。原作キャラの中でも一位二位を争うキャラの濃さだし……以外と話してみれば普通よね。

 

 ただ、一部のネジが存在しないのは間違いない。

 

 ……私も無いわね。ゴンもないし。誰かしらネジは飛んでるわね。

 

「君ってそんなに変な人だったのか」

 

 苦笑いから、今度は真顔でそう言われる。

 

「ヒソカには負けてると思ってるわよ」

 

 なので私も真顔で返しておく。

 

「……なんか、気が削がれたよ。君とここで戦う事はなさそうだ」

 

 言葉の通り、オーラ当たりが弱くなった。

 

「それは残念ね。無様に負ける姿を見たかったのだけれど」

 

「せめて、もっと挑発の気を込めてくれないか……本気じゃないのは分かるけどさ」

 

 やっぱり、意外と普通ね。

 

 よく考えてみれば、好きで人を殺している訳じゃなくて、戦いが好きで結果的に人が死んでるだけなのかしら。

 

「話は変わるけど、人殺しが好きなの?」

 

 気になったので聞いてみる。

 

「ん……難しい質問だけど、答えはノーかな」

 

 ヒソカからそう聞かされるとそれはそれで違和感があるわね。

 

「もちろん、嫌いじゃないよ。ただ、人殺しが好きならそもそも時と場所を選ばずに殺るよ」

 

「それもそうね」

 

 全くもってその通りだった。

 

 予想は出来ていた答えでも、本当にヒソカの言う通り。

 

 私も女の子が好きだからって誰でも良い訳じゃないし、時と場所を選ぶ。つまりはそれと同じ事。

 

 ヒソカが好きなのは、命の削り合いなんでしょう。

 

「で、質問の意図はなんだい?」

 

「好奇心ね」

 

 転生者として、という言葉は飲み込んでそう返す。

 

 もっとも、世界を借りた私の世界であって、本来のヒソカとは違う生き物のはず。

 

 まあ、特に関わってはいないから、私が影響させた部分は少ないし、ほぼ一緒なんでしょうけど。

 

「それは僕に興味が湧いたって事かい?」

 

 オーラをズズッ──っと私に向けて来る。

 

「寝言は寝ている時に言うから寝言なのよ」

 

 なので、ヒソカの戦意を無に返す。

 

「……はあ。君は本当にツレナイねえ」

 

 もっとも、戦意なんてほとんど感じ無かったし、ヒソカの今の言葉も本音じゃない。

 

 本音というより、そもそも本気で戦意を私を向けてない。

 

「生憎、女にしか興味ないから」

 

「それ、実は関係ないよね」

 

 言われてみればそうね。適当に口から出した言葉だったから、特に考えてなかったわ。

 

「仕様ね」

 

「仕様か……それはしょうがない」

 

 伝わるんだ、この言い訳。

 

「ああ!?」

 

 何故かこのタイミングで大切な事を断片的に思い出した。

 

「っ!?」

 

 ……そう言えばヒソカって旅団よね。なんで今の今までそんな大事な事に気が付かなかったのよ。旅団って事はマチ、シズク、パクノダがいるじゃない。

 

 というか、ヨークシン編に入るんだしノエルにも用事があったのを忘れて……忘れて? この私が?

 

「いきなりどうしたんだい? 流石に僕でも驚いたよ」

 

「ちょっと待って、大事な事を思い出したの」

 

 一体、いつから? というか、誰を忘れている?

 

 自分の記憶に問いただしてみる。が、天空闘技場から先の内容を思い出せない。

 

 ヨークシンについてはキャラクター等は問題なくすっと出て来るけど、ストーリー内容が少し靄が掛っている様な感じ。

 

 キャラクターを繋いで頑張って思い出してみれば、それが少しましになるけど、完全には思い出せない。

 

 純粋に時間が経っていて思い出せない。忘れているなら仕方がない。

 

 ただ、これは何か違う……。

 

「ねえ。自分のオモチャ対象を忘れた事ある?」

 

 トランプタワーを作って遊んでるヒソカに尋ねる。

 

「ん、ないね」

 

 即答だった。

 

「そうよね……」

 

 好きな者を忘れる方がおかしいのよね。

 

 とすれば、私の消えた記憶? について関わっている人間は一人。

 

「用事を思い出したから、ちょっと電話」

 

「それは僕にここにいろって──」

 

 ヒソカの言葉を聞くより早く、その場を後にして携帯を部屋に取りに行く。

 

 携帯を手にし、電話帳から母へと連絡。

 

 そして、待つ事3コール。

 

「そろそろ、掛って来る頃だと思っていたわ」

 

「それじゃ、早速聞くわ。私の記憶について教えて」

 

「ん、最初から話しましょう──」

 

 聞かされた内容は、かなり衝撃的だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「だから、旅団を紹介してくれないかしら?」

 

「僕を待たせた挙句、話の脈絡も無しに何の話だい」

 

 母から聞かされた内容は簡単で衝撃。

 

 どうやら、パクノダと同じ系の念能力で、私の記憶を読んだ。その後、転生者の私を女の子として調教中についでに記憶を操作していたとか。

 

 完全に忘れていなかったのは、そこで母が上手く調整していたらしい。

 

 だから試験になればメンチの事を思い出したり、試験が終われば天空闘技場を思い出した。自然と身体がその方向に進んでいたのはこれが理由だった。

 

 自分でも、今思い返せば流れに違和感を感じる。会長との面談で答えが出て来なかったし。

 

「4番」

 

「……ふむ」

 

 そして、電話の結果。私の忘れていた記憶が戻って来たので、フラグを建築する為に動く事に決めた。

 

「君にはそれを伝えていないし、彼も喋る性格じゃないと思うんだけどね。知っているという事は、それが君の能力かい?」

 

「ある意味ね」

 

 記憶を基にした未来予知。ある意味で能力と言っても差支えない。

 

 今まで必要以上に未来の変化を怖がっていた自分が面白い。私が関わっている時点で、そもそも未来は変わるというのに。

 

「ただ、紹介は難しいかな。あれは僕のオモチャだ」

 

 ゆらりと立ち上がり、トランプを構える。先程よりもオーラが強い。

 

「なら、共闘しましょう」

 

 利害は一致している。

 

 ヒソカは強い相手を求め、私は女の子を求める。

 

 なら、女の子を貰う代わりに、私は強い相手を提供する。

 

「……女の子かい?」

 

「ええ。良い女の子がいたら紹介して欲しい。その代わり、ヒソカが戦いたい相手がいるならそれに協力するわ」

 

 もっとも、旅団の三人以外にヒソカに手伝って貰う相手はいないのだけれど。

 

 それに、手伝いと言っても最初の切っ掛けを楽に作る為。協力が必要ないと言えば必要ない。

 

「オモチャを譲るのはもったいないけど……君が殺す訳でもないし、残るね」

 

「狙うなら全力で死守するわよ」

 

「なるほど、これで君と戦える可能性も生まれる訳だ」

 

 ヒソカはにやっと笑い、トランプを仕舞った。

 

「交渉成立かしら?」

 

「ああ」

 

 これで、三人はクリアね。

 

「それじゃ、する事がいっぱいあるからまた今度ね。これが私の連絡先よ」

 

 携帯を出して赤外線を準備する。

 

「了解」

 

 そして、ヒソカと連絡先を交換して部屋に戻った。

 

 早速パソコンを付けて、メモ帳を起動する。

 

「今日が26日だから……」

 

 カレンダーを見ながら、予定の日にちを大体で入力していく。

 

 これから、忙しくも楽しくなるわね。

 

 未来に期待をしながら、日を跨いでもパソコンと向き合った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ん?」

 

 予定を書き終え、時計が昼を示した頃にチャイムが鳴る。

 

 "円"で来客者を確認すると、ヤヤだった。

 

「私に用事かしら? あ、好きな所座って」

 

「お、お邪魔します」

 

 扉を開けて部屋に入れ、お茶の用意に移る。

 

 まさか、本当に来るなんて思っていなかったわ。昨日の今日だし。

 

 昨日よりは怯えも減って……というか、怯えと言うより緊張かしら。

 

「備え付けの紅茶で悪いけど、茶菓子は手作りよ」

 

 何となくでクッキーを作って正解だった。本来は自分で食べる為に用意したんだけど。

 

「あっ、お構いなく」

 

 まあ、言うと思ったけど。

 

「ヤヤが良くても、私の気が済まないのよ。素直に頂きなさい」

 

 こういうタイプにはこの攻め方が一番効く。

 

「……はい」

 

 と、ギャルゲーで学んだのだけれど、本当に効くのね。そんな馬鹿な、と思ったけど。

 

 何かあったら試してみましょうか。

 

 昔の自分も、ギャルゲー知識を試していたら彼女ぐらい出来ていたのかも知れない。

 

「あ、美味しい」

 

 そして、ヤヤは素直にクッキーを食べた。

 

 いや、別に媚薬とか睡眠薬とか入ってないけど……昨日の今日のはずよね? 

 

 ヤヤが深く気にしていないなら私も気にしないけど。

 

「それは何より。で、本題は何かしら?」

 

「ああっ、そうでした」

 

 この子、本気で忘れてたわね。それほど美味しかったなら別にいいんだけど……。

 

「私と、戦ってくれませんか?」

 

 よりにもよってそんな本題なのね。薄々気づいていたとはいえ、困ったわ。

 

 どれだけ実力があるか分からないし、能力も不明。

 

 私が負ける事は恐らくないけど、女の子が相手だと少し面倒なのよね。

 

 もっとも、能力を使わなかったら問題ないのだけど。

 

「いいわよ」

 

 なので、普通に受ける。

 

 本気で命の削り合いをする訳じゃないし、万が一でも死ぬ事はない。

 

 ……はずよね。

 

「良かった……それじゃ、いつにしましょうか?」

 

 念での戦いだし、万が一が起こる可能性があるのが困る。全てはヤヤの能力次第だけど。

 

「早い内がいいわね」

 

 ヨークシンやグリードアイランドまで時間はかなりあるけど、それでも時間があった方が良い。

 

 予定への準備や、お金を溜めてもいいし。

 

「それなら、明日とかどうでしょう?」

 

「ん、ならそれでいいわ」

 

 かなり話がスムーズに進んだけど、本当に戦っていいのかしら。

 

 私には何の得も無いのよね。

 

「それじゃ、それで申請しておきますね」

 

 まあ、いっか。

 

 今の笑顔だけでお釣りが出るし、揺れる胸を間近で見れる権利を貰えると考えれば問題なんて些細な事。

 

 というか、よく今まで真面目だったわね。

 

 普通ならこのままベッドに押し倒すレベルなんだけど……。

 

「やっぱり美味しい……後でレシピとか聞いてもいいのかな? いや、駄目かな」

 

 なるほど、そっちが素なのね。独り言がかなり可愛い。

 

 そう言えば、この子はオリジナルキャラなのよね。

 

 私がこの世に生まれた? から現れた存在なら、恐らくこの子は私にとっての重要キャラ。

 

 いや、キャラって言うよりかは人ね。私はもうこの世界の人物だし。

 

「戦いが終わったらスカウトしてみましょうか」

 

「うーん、何故か女の子としての敗北感がするのは気のせいかな……ううん、私も負けてないはず」

 

 やっぱり、聞こえてないのね。

 

 ヤヤは、独り言のゾーンに入ると周りの音が聞こえなくなるっぽい。とりわけ、今の興味は私のクッキーの様ね。 

 

 それじゃ、ゾーンから抜けるまでゆっくり待ちましょうか。

 

 ふむ、下着はピンクと白の縞々……これはこれでいいわね。私は一枚も持ってないけど。

 

 そこから、ヤヤが気づくまでに数分を要した。

 

 




文字数減らして、更新速度上げる事にしました。

読んでて、文章長いなと感じた為です。


ヒソカの口調が難しい。


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9話『vsヤヤ』

ひっそり、ゆっくりととですが、実はプロローグなどを細かい点修正しています。

読み直してみると、そこに気が付くかも。


9話『vsヤヤ』

 

 

 

『さあ、本日のメインイベント、リナvsヤヤ選手!! 圧倒的な強さで敵を瞬殺してきたリナ選手に対抗するのは、200階に上がって初対戦ヤヤ選手!!』

 

 今日は一段と観客が多いわね。

 

 柔軟体操で身体を柔らかくしながら、観客を観察していた。

 

『二人とも、200階の闘士では数少ない女性の闘士!! さらに、その容姿は恐ろしく整っており、スタイルも抜群!! ぶっちゃけ、女として勝てる要素が一ミリたりとも感じられません……』

 

 ヒソカを発見した。

 

 見られる事は私にとって何の問題もないけど、これはこれで少し恥ずかしい。

 

 もっとも、能力を使う気はないし見られてもリスクは無い。

 

 観察をほどほどに終えて、視線をヤヤに向ける。

 

 私と同じ様に身体を動かしており、その表情は少し硬い。緊張しているのは誰にでも理解出来た。

 

「……大丈夫?」

 

 対戦相手といえど、今回はただの練習試合の様なもの。ヤヤがどう考えているかは完全に捉える事は出来なくても、命までは掛けてないのは分かりきっている。

 

 だからこそ、私はヤヤを鍛えてあげる程度の考えしかない。

 

 ヤヤも決して、私との実力差が読めないはずは無いし、勝てるなんて考えていないはず。

 

「な、なんとか大丈夫です……ここまで注目されるのが初めてで、少しだけ緊張してるだけですから」

 

 ふんわりと笑顔。

 

 ただ、その笑顔に言葉以上の緊張が籠っているのに気づいていないのはヤヤ本人だけ。

 

「そ、そう」

 

 思わず、言葉がつまり苦笑いになってしまったけど、恐らく気づかれていないわね。

 

 緊張する事は何もないのだけれど……ヤヤの性格ならしょうがないわね。流石に、戦闘が始まってみても同じ様子なんて事はないでしょうけど。

 

 仮にも念使い。ヤヤはあわよくば勝とうと思っているでしょうし、私が舐めた真似をすれば問答無用で命を取りに来るはず。

 

 主に、ヒソカの様な戦い方だけど、あれはいくらなんでも舐めすぎよね。

 

「両者、もう問題ないか?」

 

 お互いストレッチが終わったタイミングで審判がそう聞いて来る。

 

「いいわよ」

 

「は、はいっ」

 

 そもそも、準備すらいらないという言葉は飲み込んだ。

 

「では、ポイント&KO制!! 時間無制限!! 一本勝負!!」

 

 へえ……あの指輪って槍になるのね。凄いわ。

 

 審判が試合のルールを発表している中、ヤヤが右手薬指にはめている指輪に息を吹きかけると、一瞬の内に槍がヤヤの右手に掴まれていた。

 

 柄の長さは2m程で、先端の槍頭は三又になっていてシンプルとはかけ離れた形状、デザインになっている。

 

 一言で言うならイカツイ。殺傷能力はかなりありそうで、突きはもちろん、裂く事も余裕のはず。

 

「開始!!」

 

「先手は頂きます!!」

 

 審判がその場から離れるよりも早く、矛先を地面すれすれに向け槍を構えたヤヤが良いスピードで突っ込んで来る。 

 その表情に緊張の色は一切なく、しっかりと戦う者の顔だった。

 

「えい」

 

「えぇ!?」

 

 そして、その突進を足を掛ける事で失敗に終わらす。

 

「きゃぁぁぁ!!」

 

 自身の速度、反射神経を越える私の速度、突然失うバランス、不恰好な体勢。

 

 全てがヤヤにとっての許容範囲外だった様で、そのままゴロゴロと地面を転がってリングアウトした。そこそこ、大きな音が耳に届いた。

 

「ダ、ダウン!! 1ポイント、リナ!!」

 

 審判のその言葉に、観客がワァァァ──っと盛り上がる。

 

『な、何が起こったのか一瞬分かりませんでしたが、どうやらヤヤ選手がこかされた様です!!』

 

 ぱっと見だと自爆した様に見えたのかしら。

 

「な、なんて戦法……でも、まだまだやれます!!」

 

 ヤヤがリングに上がって来て、先程と同じように槍を構える。 

 

「今度は、本気で行きますから……油断しないで下さいね」

 

「っ!?」

 

 少し冷ややかなトーンで言われた言葉を聞いた後、私はヤヤが動いた瞬間にその場から離れた。

 

「今のをかわせるんですね」

 

 距離を取り、私が真っ先に捉えたのは先ほどまでヤヤが居た場所。

 

 石版が、ヤヤが初動で踏み込んだ個所からヒビ割れていた。

 

『は、早すぎます!! これがヤヤ選手の全力なのかぁぁぁ!!』

 

「なんとかね」

 

 ギリギリまで言わないものの、かなり危なかった。

 

 ヤヤの最高速度が最初に見た速度の少し上ぐらい、と考えていた為に反応がほんの少しだけ遅れた。

 

 油断していたから仕方がないと言っても、完全に私の落ち度。少し考えを改めないといけないのと……アレがどんな能力かを見極めないといけないわね。

 

 "凝"が出来なかったのが少し痛い。

 

 ただ、あの速度で来ると分かっているなら対処は余裕。まだまだ、私が有利ね。

 

「このまま、突き進みます!!」

 

 ヤヤが、同じ速度で突っ込んで来る。

 

 続けて、槍のリーチになった所で連続突き。

 

 私は、片目だけの"凝"でヤヤを見ながら、その全ての突きの回避、時に弾きながら、能力について考察を始める。

 

 ……多分、ヤヤは強化系。初めは槍を取り出した所から具現化系と考えたけど、どうやら間違っているわね。

 

 槍は単体でオーラを纏ってない事から、あれは実物の物と判断するけど指輪になっていた原理は今の所不明。ただし、あれが他者の能力で作られた物なら十分にあり得るので、恐らくこれが有力。

 

 そして、気になるのがこの速度。どうやら槍の方にも速度の強化が付いているので、迫って来た速度、槍を繰り出す速度に影響してると考える。

 

 "凝"で詳しく見る限り、迫って来た時と槍の速度にオーラが付いてこれているので、絶対にヤヤ純粋の速度じゃない。

 

 上記を踏まえて強化系だと判断すると、次は何を強化しているか。妥当な所は全体的な自己強化……と考えるのが普通だけど、どうにも違うわね。

 

 まだまだ未熟なヤヤのオーラ技術で、この攻撃速度とダッシュの速度にオーラが付いてこれないはず。これはさっきも自分で結論付けているし、この選択肢はなくなる。

 

 ……うーん、中々に難しいけど、とりあえず試しましょうか。

 

 私は、ある一つの考えから、ヤヤが槍を突き出した瞬間に右斜めに回避する。

 

 位置的には先程まで回避を続けていた槍の矛先のリーチではなく、柄で叩けるリーチ。

 

「もう気づかれましたか……」

 

 迎撃にと振られた槍を、右手で受け止める。

 

 私の予想通り、軽々と受け止める事に成功した。 

 

「まだ正解かは分からないけど、とりあえずは倒れてね?」

 

「え? って、またですか!?」

 

 少し苦い顔をしているヤヤに右足で足払いをして、今度は左に体勢を崩してこかす。

 

「ダウン!! リナ、ポイント2!!」

 

 そして、ヤヤは槍の柄を私が力を入れて掴んでいる為、体制を整える事が出来ず倒れる。

 

 瞬時に槍から片手でも離せばダウンにはならなかったはず。

 

 もっとも、手を離したらそのまま力づくで槍を奪って壁にでも突き刺したけど。まだそこに気が付いている分、見込みはあるわね。

 

『ヤヤ選手の怒涛の攻撃が続いていたと思いきや、リナ選手は涼しい顔して対処し、現在2対0。このまま同じ調子でやられてしまうのか!?』

 

 実況により場が温まる中、槍から手を離して距離を取る。

 

 本当なら追撃するのがセオリーだけど、今はこれでいい。

 

「で、私の予想だと……ヤヤの能力は強化系。強化しているのは、突進力といった所かしら」

 

「……正解です」

 

 突進は、本来の意味じゃなくて、呼んで字の如くの突進。突き進むの意味。

 

 だから槍の突く速度と、ヤヤの踏み込みの速度が速くなった。

 

 この予想を正確にしたのは、先程のヤヤの動き。

 

 全体的な速度を強化していたなら、柄で叩く時の速度も速くなっている事が当然なはず。

 

 それを確かめる為にわざと柄のリーチに踏み込んで、能力の実態を確かめた。

 

 確かに、槍は突く方が圧倒的に強く、そのリーチを活かしやすい。ただ、それだけで勝つことは難しい。時に薙ぎ払い等の動作を入れる事により、自身のリーチをキープして優位に立つ事が可能になるから。

 

 それなのに、突き一点で攻撃して来る当たり、その辺りに能力の制約があると予想した。

 

「ですが、能力を読まれた所で私が不利になるとは限りません」

 

「その通りね」

 

 これが、強化系の強み。

 

 今回はただ純粋に私の体術が勝っていた為に、一発も当たらなかったけど、並の念使いならもう蜂の巣になっていたはず。

 

 "凝"をしながら攻撃をかわすのも、余裕があったからこそ出来た。

 

 普通なら、隙を見て"凝"で確認し、その他は常に"堅"で戦うべき。いくら自分の防御力に自信があっても、一撃でも喰らえば死に繋がる猛攻なのは見て分かる。

 

 能力を読めたからと言って、突進以外のモーションを取らせて動こうにも槍の使い方は一流。普通に戦っても体術で勝ってなければ、また連続突きのコースになる。

 

 さらに付け加えると……あれが能力の全てではない所。

 

 これからの動きは何となく予想は付くものの、余裕で対処する事は難しくなる。

 

「では、行きますよ!!」

 

 今は私があえて防戦一方の動きをしている為に、ヤヤの回避行動は見ていない。

 

 戦闘というなら、その半分も実力を確認できていない。

   

 槍頭に柄の方にも刃がある事から、本来の動きはもっとエグイはず。

 

 柄が鮫肌の様になっていなかったのが、幸いと言えば幸いで……恐らくそこがヤヤの優しい性格が表れている部分でもある。

 

 私なら間違いなく付けている。

 

 ぶっちゃけ、槍を掴んだのは冷や汗ものだったし。

 

「私も攻撃に移りたいんだけど……全力を出せないのよ。それでもいいかしら?」

 

「涼しい顔して攻撃を避けてるリナさんに言われると、少しだけイラッとしますけど……それでお願いします」

 

 なら、許可も貰ったし使いましょうか。

 

 ヒソカが見ているし、メディアに残るのは嫌だけど、見られて困る能力でもないのよね。

 

 だからと言って、ここまで隠してきた手の内を公にするのは……うん、素直に使いましょうか。

 

「っ!?」

 

 能力を発動し、ヤヤの槍を右手で掴んで地面に叩きつける。

 

 ぶつかった衝撃で石版が砕け、小さいクレーターの様に変化し、辺りには煙幕が生まれる。

 

「大丈夫? 加減はしてるけど」

 

 煙の中のヤヤに声を掛けて、反応を待つ。

 

 叩きつけた感触はあっても、ヤヤの悲鳴等は聞こえなかったから、しっかりガードしたはず。ヤヤの念での防御力なら、本当に悪くて重傷、普通で軽傷レベル。

 

「ギリギリでしたが……一応」

 

 煙が晴れた所で、少しふらつきながら立ち上がり、再度槍を構えた。

 

「ダウン&クリティカル!! 3ポイント、リナ!!」

 

『こ、今度は本当に何が起こった!? いきなり煙が生まれた事しか理解できませんでした!! これがリナ選手の本気なのかぁぁぁ!!』

 

 実況と観客がさらにうるさくなる。

 

 毎回毎回、一度シーン──っとなってから、その反動の様に盛り上がるこの流れ。かなりやりにくい。

 

「で、このまま棄権してくれるとありがたいのだけど……まあ、しないわよね」

 

 ヤヤの目には、まだまだ戦意が籠っていた。どちらかといえば、最初の頃よりも強い。 

 

「それで全力でないリナさんの動きには驚きですけど、諦めるのは嫌ですから」

 

 あー……しっかりと戦士ね。なんか申し訳なくなるわ。

 

 こっちは少しだけ真面目に戦ってるフリをして物凄く揺れる胸と、ホットパンツからチラッと見える下着を、能力の観察と半々で戦っているだけなのに。

 

 もっとも、観客には早すぎて残像レベルでしか見えていないはずだから、この姿を一人……いや、ヒソカは見えてるわね。後でお金とか請求してみましょう。

 

 はあ……その純粋無垢で真っ直ぐな視線が痛いわ。

 

 とはいえ、真面目に戦う事は難しいし、棄権してくれるのが一番でも棄権はない。

 

 攻撃をかわしながら考える事じゃないけど、何かいい方法はないかしら。

 

 こういう事を考えると、本当に人間操作とかヒソカのバンジーガムの様な拘束系の能力が…………拘束?

 

 あ、その手があったわ。これなら素直に棄権してくれるわね。問題を挙げるとしたら前以上に警戒される恐れがある事だけど……そこを上手くやれば無問題。

 

 ヤヤの猛攻を回避しながら、プランを組み立てて行く。

 

 数秒で悪魔のプランが完成した。

 

「本当に棄権はしてくれないのね? 今からなら、酷い目に合わなくて済むわよ」

 

 早速、一つ目の手順を踏む。

 

「自分に負けたくないですから!!」

 

 無事に、一つ目をクリア。これで大義名分? を手に入れた。

 

「それなら、しょうがないわね……嫌でも棄権して貰うわ」

 

 何の問題も無く動けるので、直ぐに実行に移る。

 

 まず、ヤヤの方向に突っ込み、抱きしめる。

 

「えぇ!?」

 

 次に背中に手を入れて、ブラの背中ホックを外してブラを抜き取る。  

 

 もちろん、観客に見られない様に私の下着と肌の間。通称下着ポケットに挟んでおく。

 

「え、え? ちょ、ちょっと待って下さい!!」

 

 ヤヤがあたふたして、槍を落とした所で場外の壁まで蹴り飛ばし、ヤヤの背後に回る。

 

 やっと現状を理解したヤヤに対して拘束用ロープを2つ、胸の谷間から取り出して腕と足に取り付ける。

 

「な、何ですかこれ!?」

 

 膝かっくんから、正面に回って地面に寝転ばせ、腕を上に移動させて手ごろな岩でワイヤー部分を抑える。

 

「ど、どうなって!?」

 

 最後の拘束用ロープ。地面や壁に打ち付ける用を2つ取り出して、ヤヤのお腹と足を地面に拘束。力一杯、杭の部分を殴って深く固定する。

 

 暴れられると困るので、7㎝にした剣を取り出して、"隠"を使い見えなくし、ヤヤを傷つけない様に肌にぺちっ、と当てる。

 

 これで力が入らなくなるはずなので、ヤヤの地面拘束が完成した。

 

『……一体、何が起こったのでしょうか。今回の試合、何もかも理解が及びません。実況として申し訳ありませんが、この試合は謎すぎます!! 解説できません!!』

 

「ふぅ……」

 

 恐らく、10秒にも満たなかったわね。上出来、上出来。

 

 ヤヤのお腹に座って、一息付く。

 

「ふっ!! はぁ!! やぁ!! って、なんで力が!?」

 

 頑張ってもがいている姿が可愛くて、本来の目的を忘れそうになるけど、ここは我慢。

 

「だから棄権してって言ったのよ」

 

 残酷かも知れないけど、これが今は一番。戦いのセンスなどは理解したから、これ以上戦うのが無駄だった。

 

「で、でも……まだ私は戦えます!!」

 

「いや、この状態からは絶対に無理よ」

 

 戦うもなにも、抜け出す事が不可能な時点で勝敗は決まっている。

 

 仮に抜け出せても、さっきの状態が続くだけで結果的にまた同じ事になる。

 

 だから諦めて貰うのが一番なんだけど……どうにも、まだ心が折れてない様ね。

 

「た、確かに微動だにしかしかませんけど……何とか、方法を思いつけば」

 

 心が折れないのは戦闘での強みでもあるから問題ないけど、現状把握はしっかり出来るべきなのよね。

 

「まあ、諦めないのは結構よ。でも……審判さん、カウントよね?」

 

「はっ、そうでした」

 

 そして、カウント0の声が響き、勝負が決まった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ん、お疲れ様」

 

「……お疲れ様でした」

 

 ヤヤを拘束から解除し、別々のゲートから出て改めてヤヤに会いに向かった。

 

 ボロ負けだったのが悔しいのか、椅子に座って肩を落としているのは落ち込んでいる様に見える。

 

「結局、一度も攻撃が当たらない……どころか、何もできませんでした」

 

 実際は、ヤヤがもう少し本気なら一矢報いる事ぐらいは出来たはずなのよね。

 

 恐らくは、念での対人経験の少なさと、自分の能力の把握。上手な使い方を理解していないだけで、今回はそもそも負けしか結果が無い試合だった。

 

 それでも、私に能力を一つ使わせた事は凄いのだけど。

 

 まあ、ヤヤからすれば使わせたというより、使ってくれたが正解かしら。

 

「でも、これで自分の実力に気づけたでしょ?」

 

 とりあえず、落ち込んでいる姿を見るのはちょっとだけ辛いので、フォローを始める。

 

 そういえば、どうしてヤヤは対戦を申し込んできたのかしら。

 

 自分の実力を知りたかったっていうのが一番でしょうけど……うーん、聞きましょうか。

 

「そうですね……けど、まさかここまで歯が立たないなんて思ってませんでした」

 

「その理由は追々説明してあげるわ。それよりも、ヤヤは何で私と勝負をしたの?」 

 

 質問すると、ヤヤの顔が段々と赤くなり、それに気づいたのか俯いてしまった。

 

 そ、そこまで聞いちゃいけない理由があったのかしら。

 

 内心驚きながら、答えを待つ。

 

「そ、その……たくなくて」 

 

「ん?」

 

 ぼそぼそっとで、聞こえなかったのでもう一度聞く。

 

「ま、負けたくなかったんです!! 同い年の女の子に!!」

 

 顔を真っ赤にして、私の目を見て返って来た言葉は、少し理解に苦しんだ。

 

 えーと、つまりは……私に勝ちたかった。いや、負けたくなかった。だから、勝負を挑んで……何か違うわね。

 

 同い年の女の子に負けたくなかった。ヤヤの言葉はこうだから……。

 

 私より、上だと証明したかった?

 

 やっとここで、一つの言葉が頭に浮かんだ。

 

「負けず嫌い?」

 

「……」

 

 ここでの沈黙は、もう答えよね。

 

「なるほど」

 

 ぷるぷる震えてるヤヤの両肩に手を置き、思った事を口に出す。

 

「可愛いわね」

 

「っ……」

 

 身体をビクッと動かし、また肩が震える。

 

 恥ずかしさと悔しさ……ね。

 

「え?」

 

 座っている状態のヤヤを抱きしめて、私の胸に顔を埋める。

 

 全く、なんて可愛い生き物なのよ。これはもう決定ね。

 

 この娘は、絶対に手元に欲しい。

 

 元から仲間にスカウトするつもりだったけど、スカウトどころがどんな手を使ってでも仲間にしましょう。

 

 メンチは仕事上一緒にいるのが難しいから、定期的に会おうって事になってるけど、ヤヤなら大丈夫。

 

 それに間違いなく、イレギュラー()が生み出したイレギュラー(ヤヤ)。自然な流れなんでしょう。

 

「誇りなさい。ヤヤはいずれ私に追いつくわ」

 

 だから、今はただ泣き止んで貰いましょう。

 

「今回はヤヤが弱かったからじゃなくて、私が強すぎたから。ヤヤの才能は決して並じゃないし、実力もかなりある。能力は優秀だし、この先もっともっと強くなるわ」

 

「本当……ですか?」

 

「ええ。ヤヤが強くなりたいのなら、私が特訓してあげる。ヤヤがレシピを知りたいのなら、私は教えてあげる。ヤヤが望むなら、私はそれに応えてあげるわ」

 

 目的の為とはいえ、これが私の本心。

 

 さらに優しく、少し強く抱きしめる。

 

「……お願いします」

 

「ん、任された」

 

 なんか最近、私って男前じゃないかしら。

 

 この落ち着きと優しさ、それで男でイケメンなら今頃はハーレムを築いていたわね。

 

 今でも目指してるとは言っても、私はほぼ完全に女だし、男に戻りたいとも思わない。それに、誰でも良い訳じゃない。

 

 もっとも、目標のハーレムは皆で仲良くだから……遠い未来になりそうね。

  

 そしてそのまま、ヤヤが泣き止むまで抱きしめ続けた。

 




主、今月から専門生になりました。

UP速度等に、もしかしたら影響が出るかも知れませんが、まあ大丈夫でしょう。


専門の関係で、オリジナルを書く予定なので気が向いたら挙げたいと思います。

あ、専門は小説コースです。


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10話『特訓初日』

「それじゃ、第一回目の特訓を始めたいと思うわ」

 

「よろしくお願いします!!」

 

 試合が終わった翌日、ヤヤと二人で近所の樹海の少し深くまでやって来た。名前は不明。人よりも遥かに太い木や植物で森が形成されており、一瞬自分が小さくなったのかと錯覚してしまう。

 

 ここまで来る間にウォームアップは済ませたので、早速始める事にした。

 

「まずは能力を教えて貰うわ」

 

「能力? 練とか見せなくていいの?」

 

 当然の疑問ではあるわね。

 

 ただ、私の方針だと基礎はとりあえず置いておく。

 

「そんなもの見なくても問題ないわ。大事なのは必殺技、能力よ」

 

 基礎が大切なのは分かるけど、私は重要だとは思っていない。

 

 念の移動速度が戦闘での奥義で、その念を増やす事が強さにつながるのはわかる。

 

 それでも、いくら念総量が上だろうと能力次第じゃ倒せる。むしろ能力があるから相手を倒せる訳で、念の総量が勝負を決める訳じゃない。

 

 だからこそ重要なのは自身の能力を、真から理解する事。

 

 自分で作っているのだから知っていて当たり前ではあるけど、もっと使い方がないか詮索する事によって戦術が広がる。

 

 もっとも、カストロの様にメモリ不足になってしまったら、そこで終了なのだけれど。

 

「分かった。一から説明するね」

 

 それに、槍を"周"を使いながらしっかり戦えていたので、ヤヤの基礎能力はかなり高い。見るまでもなく優秀な部類。

 

「能力名は超突猛進(スーパーチャージ)。試合中に読まれたけど、突進力の強化だよ」

 

 ……いえ、突っ込まないわ。名前なんて飾りだもの。

 

「用途は試合で見せた通り。分かってると思うけど、どの方向にも使えるよ」

 

「試しに一人で動いて貰っていいかしら?」

 

「うん、了解」

 

 ヤヤから少し離れて、動きを観察する。

 

 私の思った通り、本来はかなり優秀な能力だった。相手が私じゃなければ、瞬殺できたはず。

 

 全方位にショートダッシュ。空中に跳ぶ事はもちろん、降りる事も可能。動作には緩急があり突進という性質上、進む方向は丸分かりでも急転回は出来るのでリスクにならない。

 

 槍を掴んでも、槍だけを後ろに動かす事により返し刃にやられるか、そのままヤヤの直打のコンボ。

 

 ちなみに、あの槍は親父さんの念能力によって作られた物らしい。職人気質っぽいと思っていたけど、まさか鍛冶が念能力だと思わなかった。

 

 親父さんの名前は正宗。作った武器などはすべて小さく収納できる、ちょっとしたミステリーアイテムになるらしい。

 

 一瞬、念の範疇を越えていると思ったけど、特質系らしく本来は鍛冶職人と聞いてなんか納得した。

 

 私が試合中に弱点を教えたからか、横払いを動きから除外している。

 

「うん、大体わかったわ」

 

 手を二回叩いて、終了の合図を出す。

 

「どう?」

 

「その能力自体には問題ないし、動きも悪くない。私が教えた欠点も克服出来ている様ね」

 

「良かった」

 

 ヤヤはほっと胸を撫で下ろした。

 

 まあ、良い事なのは間違いないけど、実際にはまだまだ。私からすれば動きに無駄があるし、全体的に甘い。

 

「それじゃ、次の能力を見せて貰うわ」

 

「あー、えーっと」 

 

 次の能力を見せてと言っただけなのに、何故か歯切れが悪かった。

 

 視線も空に向いているし、そんなに使えない能力なのかしら。

 

「どうしたの?」

 

「まだ、考えてないんです」

 

 苦笑いでそう言ってくる。

 

「なるほどね」

 

 それならそれを考える必要が出て来るけど……強化系のヤヤなら一個だけ直ぐに浮かぶわね。

 

「それじゃ、一つ提案してもいいかしら? もちろん、自身のフィーリングは大切だから、聞いてしまうと影響されるかも知れないし、アイデアがあるなら聞くわ」

 

「それが、スーパーチャージは直ぐ決まったけど、他は全然ダメなの」

 

 ゴンみたいな感じね。強化系はこういう所が難しいのかしら。

 

 ……と思ったけど、私もかなり迷ったし誰だって普通ね。

 

「分かったわ。これはあくまで参考だから鵜呑みにしないで欲しいんだけど……槍の矛先を変化させるってのはどうかしら?」

 

「矛先……?」

 

 あ、これじゃ伝わらないわね。

 

「つまりは、"周"で槍を強化してるでしょ? そして、刺す時の槍頭のオーラの方向を変化させるのよ」

 

「ああ、なるほど!!」

 

 どうやら理解してくれたらしい。

 

「実用にするのは難しいけど、戦闘で使えればかなり厄介な能力になると思うわ」

 

 この能力があれば、まず近づく事が難しくなり、懐に入られたとしても方向を変えて刺せばいい。

 

 攻撃を読んでかわしても命中し、一発の致命傷が勝負となるこの世界なら、勝利を掴むのが簡単になる。

 

 もちろん念の力強さや能力発動の速さ、ヤヤ本人が強い必要がある。

 

 それを踏まえても、完成した時にはまさに一撃必殺の能力。

 

 王様を倒すとかになると別問題になるけど……大概の相手は楽々と倒せるはず。

 

「うん、なんかしっくりきたかな」

 

「それは何より」

 

 ヤヤの笑顔に、思わず抱き締めそうになったけど自重した。

 

 これから特訓を始めるのに、こんな序盤で私が暴走して流れを断つのも悪い。

 

 ……本当は今すぐにでもベッドにレッツゴーしたいのだけれど。

 

「えーと、変化系の特訓でいいのかな?」

 

「そうね。まずはオーラの形状を変える所から……あ、無理だわ」

 

 ビスケの様に、オーラを数字に変えようとして思い出した。

 

 私は、変化系を使った事がない。

 

「えぇ!?」

 

 意外だったのか、教えるのが無理だと捉えたのか分からないけどヤヤに驚かれてしまった。

 

 ただ、無理なものは無理なのよね。

 

 今日一日で変化系を鍛えようにも難しいし、教えるとなれば持っての他。一瞬、ヒソカに頼もうと思ったけどそれは嫌だし。

 

 となれば、出来る事は口での説明になる。

 

「ごめんごめん。私は変化系使えないのよ」

 

「それはちょっと困ったね。リナは何系統なの?」

 

 あれ? それも伝えて……なかったわね。

 

「特質系よ」

 

「特質!? 強化系じゃなかったの?」

 

 またヤヤに驚かれる。

 

 強化系だと思われたのは、恐らく試合中の動きから。ヤヤの突進力を強化した速度に、私が何の能力も見せずに追いついていたし、身体能力の向上と見たんでしょう。

 

 実際は特質系だけど、あながち間違いじゃないから、ヤヤの観察眼は良い方ね。

 

「それじゃ、順番に説明しましょうか」

 

 他人にばれるとリスクが増すんだけど……まあ、いいわ。明確な弱点がある訳じゃないし、ヤヤの敵は私の敵でもあるしね。

 

「ん? どうしたの?」

 

 そして、見せようとした所で戸惑った。

 

 確かに、能力を教える事に問題はない。その説明に見せるのも問題ない。

 

 ただ、能力の半数が目に見えない。

 

 一応はオーラが増幅するから分かるだろうけど……うん、何となく理解してもらいましょう。

 

「何でもないわ。それじゃまず、特質の能力からね」

 

 試合ぶりに能力を発動する。

 

「以上よ」

 

 発動はしたので、ヤヤをからかう為に説明を端折ってみた。

 

「ごめん、全然わかんない」

 

 すると困った顔をされ、また抱き締めそうになる。

 

 どうして美少女の表情というものは、私を動かそうとするのかしら。

 

 我慢は身体に毒だから、本当に惜しい。今すぐベッドに行けないのが惜しい。

 

 まあ、最終どこでもデキるけど……やっぱりベッドが一番ね。

 

「ま、またいつものオーラ出てるよ」

 

「これは失敬したわ」

 

 ヤヤに指摘されたので思考を元に戻す。

 

 もうヤヤには私の性癖については試合が終わった後に説明してある。そして、その上で特訓をして欲しいとの事。

 

 だからといって、ヤヤ自身はノーマルだと言っていたし襲って欲しい訳じゃないはず。

 

 もちろん、そんな事は私に関係ないので、その時は残念と伝えた。

 

 ちなみに、この指摘で本日15回目。

 

 これだけ我慢している私を褒めて欲しい。

 

「で、説明に戻ると……今の状態の私は、具現化・操作を"200%"。強化を"140%"で使えるわ」

 

「えぇぇぇ!?」

 

 今度は驚かれてもしょうがない。

 

 本来、念とは六系統に分かれ、自身の適性によって使えるレベルが違う。

 

 元にするのは六性図。強化・放出・操作・特質・具現化・変化と時計周りになっており、その中の一つが本人の適性になる。

 

 そして、適性系統を最後まで極めれる数値は100%。そこから特質を除いて、1つ離れて行く毎に20%下がる。

 

 例えば、特質系の私は特質が100%。操作・具現化が80%。変化・放出が60%。反対側の強化が40%。

 

 これは念能力の基本中の基本で、誰もが知っている事。だからこそ、ヤヤが驚愕したのは何もおかしくない。

 

「ミステリーポイント。制約と誓約は知っているかしら?」

 

「う、うん。自分が決めたルールに従う事によって、念能力が強くなるって奴だよね」

 

 しっかり教えたのね、親父さん。

 

「私はそれを使って、念能力全体を強化しているわ」

 

「……でも、どういう能力なの?」

 

 少し長い説明が必要ね。

 

「適性系統を削って、その値を四倍にして他の系統に割り振る事が出来る。能力名は、私が定めた変価交換(これが私の現実)。これを使って、私の変化系の60%と放出系の25%を三つに振り分けているわ……つまり、340%を強化に100%。操作・具現化に120%づつね。上がるのはキャパシティであって、それに伴って能力レベルも上昇しているわ」

 

「……ほえー」

 

 驚きを通り越して唖然。ヤヤの表情からそれが伝わった。

 

 理解はしてくれた様で良かったけど、そこまで驚く能力……うん、原作知識がなかったらこの発想は浮かばなかったわね。

 

「で、ここからが本命なのだけれど……説明いるかしら?」

 

「いるよ!? なんでそんな質問したの」

 

「ぶっちゃけ、面倒」

 

「うわぁ……ぶっちゃけだね」

 

 本当に面倒なのよね。

 

 大前提の能力は説明したけど、ここからまだまだ説明が必要。

 

 これからヤヤとチームを組んで戦う事になるとはいえ、私は一人の方が楽。目的の為なら人を殺したりもするし、やりたい事が多いから自然と振り回す事になるはず。

 

 その時にヤヤが足手まといになると思わないけど、役に立つとも思わない。自分の性格を理解し、強さを自負しているからこそ、そう思う。

 

 こんな私は本来、仲間を持つべきじゃない人間だわ。

 

 それなのに今回、ヤヤを加えるのはとんだ笑い話にしかならないわね。

 

「一部だけでいいかしら?」

 

 結論、強化系の能力だけ説明しましょう。

 

「うん、それでいいよ」

 

 あっさりと了承された。

 

 その対応に、逆に全部話そうか悩み、意見を曲げずに進める事にする。

 

「ヤヤを倒した強化系の能力。名前は『星帝(セイクリッド・エンペラー)』。身体能力、念総量、顕在オーラ量が全て向上。140%もあるから、どのぐらい強くなるかは……ちょっと見せましょうか」

 

 まずは適当な近い巨木に能力なしで、攻防力50でパンチ。木を砕いた音が辺りにこだまし、動物たちの鳴き声が聞こえる。

 

 殴った衝撃で細かい木片が私に飛んできて、決して当たってもダメージにならないけど、木が倒れて来そうだったので、ついでにひょいっと身体を横に移動して回避した。

 

 木は結局、他の木に引っ掛かって倒れて来なかった。

 

「まあ、これが能力なしね」

 

「いやいや、どんな威力なの!? 気になって殴ってみたけど、多少砕けただけだったよ!?」

 

 なるほど、同じ様な音が聞こえたのは、やっぱりヤヤが木を殴った音だったのね。

 

 ヤヤが殴った木を見ると、五分の一は砕けていた。木の直径が10m位なので、かなりの威力だと思う。

 

 私は五分の三を砕いたので、ヤヤの三倍くらい威力がある事が分かった。

 

「気にしないで良いわ。次は能力ありだけど……」

  

 攻防力25って所かしら。これで同じだけ砕いたら能力での強化は大体二倍って分かるし。

 

 威力を決めたので早速パンチ。そして、先程と同じように移動した。

 

「このように、能力ありとなしだと二倍の差があるわ」

 

「凄いのは伝わったけど、まだ能力あるって事が怖いくらいだよ」

 

 むしろそうでないと困るのよね。一般人守りながらでも、戦って相手を倒せるぐらいじゃないといけないし。

 

 まあ、大抵の相手は星帝と体術だけで倒せるはずだから、使用するのはいつになるやら。

 

「そんなものよ。強化系の能力は以上……あ、完全に忘れていたわ」

 

「ん?」

 

 そう言えば、この能力にちょっとしたおまけが付いていたわね。

 

「見せる事は難しいから言葉だけになるけど、この能力を発動してから身体の部分が無くなれば、大体再生するわ。もちろん即死なら無理だし、発動した時の身体の情報通りにしか再生しないけど」

 

「緑の宇宙人?」

 

「やめなさい、その例え」

 

 ピッ○ロは嫌よ、ピ○コロは。確かに腕は再生してたけど。

 

 というか、この世界にあるのね。ジャ○プ繋がりかしら。

 

「ご、ごめんね。けど、それが本来の能力だよね?」

 

「多分そうだけど、再生させる場面なんて一生に一度あるかないか」

 

 確かこの能力を考えたのも、女の子の前で戦って、腕無くなった後に勝って──『お前がいてくれたから』とかほざいて、俺格好良いをしたかったとかだったわね。

 

 ああ、今考えると阿保だわ。本当に阿保。

 

 普通に圧勝する方が間違いなく格好良い。

 

「なんかもう、規格外だね。リナに勝てる人いるのかな……」

 

「きっといないわよ。むしろいたら困るわ」

 

 一応、能力相性として操作系に倒される可能性はあるけど、操作系なら倒される前に倒すのは余裕。王様の肉体レベルで操作系ならやっといい勝負。

 

 前提条件として、私が星帝だけを使っている場合のみだけど。

 

「あっさり言っちゃうんだね」

 

「ええ。で、そろそろ特訓始めましょうか」

 

 ずっと脱線していたので、通常軌道に戻す。危うく本来の目的を忘れる所だった。

 

「あ、そうだね。まず……変化系の特訓かな?」

 

「そう思ったけど、ちょっと待って欲しいわ。別の能力でヤヤを見るわ」

 

 間違いなく、実戦感が無くなっているわね。

 

 しっかりと戦闘能力以外の能力を作っていたのに、なんで使ってなかったのかしら。

 

 確かに使う意味すらない場面と相手だったのはある。今日まで"凝"も"円"も覚えている回数しか使ってなかったし。

 

 ……まあ、面倒だったのが一番かしら。もちろん二番目は意味ないから。

 

「別?」

 

 ヤヤの疑問に答えずに、操作系の能力を発動し"円"を使用した。

 

「"堅"の持続が一時間ほど。"円"も簡単には出来るのね……前方向のみってなんか面白いわね。能力と性格の影響かしら」

 

「え、私の情報?」

 

「これがもう一つの能力。 能力名は『星帝の世界(セイクリッド・ワールド)』。私が"円"で触れた万物の性質等を、欲しい情報だけ選択して把握出来るわ」   

 

 ビ……ビー? なんとかの能力を参考にして作った能力で、人を選択するとその本人が知らない事はもちろん、才能も把握可能。簡単に言えば、ゲームのステータス画面の様な物を頭の中で見る事が出来る。

 

 ただし、ステータス画面といっても体力や念の総量を正確な数値として見る事は出来ない。それに加えて過去、性格、所持金等。本人とは現状関係なく性質でない部分、事柄も無理。

 

 つまり、理解しているけど説明は出来ない事がある。

 

 本来は戦闘の前準備で使う能力で、相手の能力、必殺技、顕在オーラ、念の総量、癖、好む戦闘スタイル、テンプレになっている動きを大雑把に確認し、戦闘に挑む。

 

 結果として、相手は私に弱点と能力を知られている上で戦闘をしなくてはならない。念使いとして、最も隠匿すべき個所がばれている状態で戦うのは、軽く死を意味する。

 

 今回はヤヤを対象にしているけど、私自身に使う事も可能。適当にコンディションを測ったりして、病気になってないか判別できる。

 

 もっとも、そんなヤワな身体じゃないので病気にはならないけど。

 

 ちなみに、この能力は特質との複合で、"円"の性質を操作している……解釈なんだけど、本来この解釈が出来るとは思っていない。たぶん女神のお陰。

 

「あのさ……人間なの?」

 

「人間じゃなくても、ピッコ○大魔王じゃないわよ」

 

「それじゃ完全体の方?」

 

「セ○でもないわよ……って、そんなつまらない冗談を言うのはこの口かしら?」

 

 ヤヤの正面に移動し、両指三本を口内に突っ込んでから左右に引っ張る。

 

「いはははは、いあいほ!!」

 

 あ、なんかエロイ……これは続行ね。

 

 ちょっと感じた怒りはどこかに消え去ったけど、ぐいぐいと引っ張る。強くしたり、弱くしたり。

 

「ひなぁ、いはいって……ほんなにふうひはれはら、ふるひいほぉ」

 

 …………涙目で口から涎を垂らされたら、続行せざるを得ないわね!!

 

「ほひはひへ、はのひんえる!?」

 

「ばれちゃったわね……でもやめない!!」

 

 ヤヤががしっと私の手を掴んで来るが、能力を発動して抵抗。これでビクともしない。

 

「ちょっほ、なんへほんなほきだけぇ!?」

 

「こんな時に使う能力なのよ、きっと」

 

「へったいひがうよ!?」

 

 あ、そう言えば……。

 

 足を使ってリュックサックから魚肉ソーセージを取り出し、スカート部分が翻るのを無視して私の口元に持ってくる。

 

「はひっ!?」

 

 日頃から柔軟を欠かさない努力の賜物だ。

 

 そして、外のビニール部分を噛み切って開封。出てきた中身をそのままヤヤの口に突っ込んだ。

 

「んぐぅ!?」

 

「あぁぁぁ、いいわ。ヤヤのその表情、本当に最高よ!!」

 

 食べられると困るので指を四本づつに変えて、中から顎を固定。空いている両親指を使ってソーセージを前後に動かす。

 

「んぷっ、んむぅ!!」

 

 間違いないわ、このまま何時間でも遊べる。舐めて溶けてなるまで余裕ね。

 

 溶けるかどうか分からないけど……。

 

「もっといくわよ!!」

 

「ひはぁぁぁ!?」

 

 樹海の深い所に来ていて正解だったわね。

 

 なんて、呑気な事を私は思った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 リナがヤヤを玩具にして遊んでいる頃、遥か上空の部屋にてその遊戯に気づいた者がいた。

 

「んん? このオーラは彼女かな……物凄く邪悪だけど、どんな獲物を捕まえたのかな」

 

 似非マジシャン、ヒソカである。

 

「あ、この前の娘かな。彼女も中々に美味しそうだったけど……」

 

 ヒソカはトランプタワーを作っていた手を止め、ヤヤを狙った場合のリスクとリターンを考え始めた。

 

 だが、いくら考えても自身の天秤が釣り合わなかったので、考えるのを止めタワー制作に戻る。

 

「自分の命は大事にしないとね……死ぬのは最悪の結果だ」

 

 自身が最強だと思っていたヒソカは、リナに出会って価値観を変えた。いや、正確には最強になるにはどうしたらいいかを考えるようになった。

 

 今、トランプタワーを作っていたのも、思考だけでは手持無沙汰になるからである。

 

 ヒソカは自分より明確に強い人間。勝てる見込みすらない相手を見つけて、少なからず喜んでいた。それと同時に無謀だと感じていた。

 

 弱気になっているじゃなく、ただの事実。現状、リナに勝つ手段は全く浮かんでいない。

 

 能力も不明、本気の体術も不明。知っているのは、女性に対して変態で試合中は手加減している事だけ。

 

「悩むねえ……」 

 

 ヒソカはトン──と、一番下の段を指で叩き、未完成なタワーを崩す。

 

 やっぱり、勝利の方程式を見つけられないのだ。

 

 底知れぬ怪物。ヒソカはリナをそう捉えている。

 

 ただ、そんなリナにヒソカが付けた点数は0点。根本的に、ジャンルが違うと考えているからこその点数だった。

 

「彼女、どうやったらあんな化け物に育ったんだろうか」

 

 今度会った時にでも聞こうと思い、ヒソカは別の事を考え始めるのであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あ、顎が疲れた……」

 

「いい筋トレだったわね」

 

 ヤヤの口に魚肉ソーセージを突っ込んでから数時間が経過して、その行為が終了。無理やり突っ込んでいたので、歯に当たってちょっとずつ削れて最終的にヤヤの腹に納まった。

 

「けど、一体何の意味があったの?」

 

「ん?」

 

 もしかして、知らないのかしら。

 

「ソーセージを口に突っ込んで、そこまで意味あったかなぁって」

 

「……拷問の訓練?」

 

「あ、なるほど。そういう意味があったんだね。確かに苦しかった」

 

 これは、本当に知らなかった様ね。深くは突っ込まないけど……これは便利ね。

 

 今度から何かあったら、これを利用させて貰いましょう。

 

「でしょ? これからは時々メニューに加えるわ。それじゃ、特訓の続きやるわよ!!」

 

「うん!!」

 

 どうやら私の仲間兼玩具は、最高レベルで扱いやすい様だった。

 

 これから、どんな事をしようかしら。

 

 恐らく数か月続く特訓が、今日一日で楽しみの要素に全変わり。特訓メニューと称して、ヤヤに色んな事を強要できるなんて、私にはご褒美でしかないわね。

 

 特訓を続けるヤヤを横目に、私は別メニューを考え始めた。




更新遅れました。

そして、リナの能力の片鱗が出ました。


この物語は独自解釈が含んでいますので、能力について違和感を感じても、多少目を瞑って頂けるとありがたい。


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ヨークシン編
11話『いざ、新天地』


ヨークシン始まりました。遅くなってごめんなさい。これから頑張ります。


 

『さあ、始まりました!! 250階のフロアマスター、バーバリア……は?』

 

「ふぅ」

 

 試合のゴングが鳴り、何よりも早く。私は蹴りの一撃で対戦者の男を殺し、試合に蹴りを付けた。

 

 あ、蹴りに蹴りが掛っちゃったわね。恥ずかしい。

 

 誰かが聞いてる訳じゃなかったけど、顔が熱くなる。

 

 そして、リングに赤い花を咲かせた男の死体に背を向けて、私は会場から立ち去った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「結局、あの程度のレベルだったのよ」

 

 ヤヤの特訓を始めてから数か月。一週間後にヨークシンのオークション当日になる日に、ここでの最後の特訓を行っていた。

 

 私の見込み通り、ヤヤには恐ろしいほどの才能があり、飲み込みもかなり速かった。おかげで私の苦労は少なくて済んだ。

 

 むしろ、拷問の特訓と称して色々ヤれた事が、私にとってご褒美だったわね。

 

「いやいや、リナが強すぎただけだって。私ならもっと苦労したよ」

 

「大丈夫。ヤヤでも楽勝だったわよ」

 

 今回で、戦闘において大事なのは、改めて初動だと理解した。

 

 能力? もちろん大事よ。

 

 "凝"? 怠ってはいけないわ。

 

 だけど、相手が能力を発動する前に倒してしまえば、どちらも不要になる。

 

 いや、私は能力を使った身体能力で戦ったから、結局は能力に頼っている事になるけど……まあ、"凝"は不要だったわね。

 

「これだからチート人間は……」

 

 で、ヤヤは特訓と拷問の成果か、色々と強くなった。

 

 今の様に溜息を付きながら、私に文句? を言うのが増えたし、出会った当初より間違いなくメンタルは強固になったはず。

 

「チート人間じゃないわ……美少女よ!!」

 

 とりあえず、チート人間とか言う不名誉な種類分けは嫌だったので反論した。

 

「リナってナルシストだよね」

 

「否定はしないわ……だって、女の子だもん」

 

 いや、待て、私。反射的にポーズまで取って伝えたけど、別にナルシストじゃなかったわ。

 

 それに、最後の言葉。自分で言ってて気持ち悪い。

 

「あ、あ、そう」

 

 ヤヤの表情がとても愉快な事になっていた。

 

「うん、忘れて。ほとんど冗談よ」

 

「だ、だよね。良かった……本当にイカレタのかと思った」

 

「本当にって何よ。いつも私は普通でしょ?」

 

 ヤヤの言葉にすかさずツッコミを入れ、自分の意見を伝える。

 

「……え? ごめん、もう一度言って」

 

 すると、ヤヤは口を大きく開けてから、言葉を催促してきた。

 

 ヤヤの次の反応は、何となく予想出来るけど、もう一度伝える。

 

「……私は普通でしょ?」

 

「いやいやいや。どこをどう見ても──」

 

「ていっ」

 

「んぶっ!?」

 

 私は、ヤヤの口に魚肉ソーセージ二本を突っ込んで黙らせる。

 

 あと、一週間ね……。

 

 空を見て、これから会える原作キャラクターたちに思いを馳せた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして、9月1日の早朝。私とヤヤは、全身が隠れるローブを羽織ってヨークシンの地に降り立っていた。

 

「話した通り、仲間と合流するんだけど……とりあえず携帯ショップね」

 

「え、なんで?」

 

「ヤヤ、携帯持ってないでしょ」

 

「あ、そうだった」

 

 というのは一つの理由で、本当は三人と合流するのが楽だから。

 

 時間が不明なので、とりあえず早めに来たけど……大丈夫よね。

 

「でも、現金は持ってないし、カードも無いよ? 私はハンターじゃないし」

 

「……そこそこ一緒に生活してたのに、私が買ってあげる選択肢は浮かんでこないの?」

 

「いいの?」

 

 一発ぐらい、ヤッた方がいいのかもしれないわね。

 

 ヤヤとは本当に長い付き合いになりそうなので、しっかりと手順を踏んで好感度を上げているつもりだけど……遅いペースなのかしら。

 

「また、いつものオーラ出てるよ」

 

「出してるのよ!!」

 

 少し怒気を混ぜて返す。

 

 このヤヤの天然、どうにかなって欲しいわ。普通はボケ担当の私が、ヤヤのせいでツッコミにされるのよね。

 

 まあ、そこか可愛いのは間違いけど。

 

「な、なんかごめんね」

 

「いいわよ、別に。で、携帯ショップに着いたわけだけど……」

 

 ゴンたちの姿はなく、店内には店主が一人いるだけだった。

 

 なるほど。いくらヨークシンに活気があり、早朝から人が大勢いるとしても、何かないと携帯ショップには入らないから人がいないのね。

 

「いらっしゃい!! オススメは──」

 

「それよりも、黒髪と銀髪の、二人組の少年たちは来たかしら?」

 

 店主がカードサイズの携帯を手に近寄ってきたのを言葉で遮り、ゴンとキルアが来たか確かめる。

 

「いや、来てないね」

 

「そう」

 

 どうやら、ここで待っていれば合流できるらしいわね。

 

「それじゃ……この店にユートピアシリーズの4番以降があれば買うわ」

 

 品揃えは決して良くないけど、ちらほら高性能な携帯が見えるので、もしあればと思って訊ねてみる。

 

 もっとも、ユートピアシリーズがあるなら、店の奥から出てくるでしょうけど。

 

「……お客さん、冷やかしじゃないでしょうね?」

 

「ええ、もちろん」

 

 そう伝えると、店主が店の奥に消えた。

 

 どうやら、あるらしい。

 

「ねえ、ユートピアシリーズって何? 携帯に詳しいわけじゃないけど、テレビで宣伝してる奴?」

 

「簡単に言えば、ここに並んでいる携帯と、性能が天と地の差があるわ」

 

 値段も、その性能差の分だけ高いことは黙っておく。

 

 どうせ、値段を伝えたら断ってくるだろうし、買った後に伝えるほうが何倍も反応が楽しみだから。

 

「へえ~、凄そうだね。どんな感じなの?」

 

「全世界あらゆる所で繋がって、発見されている種族の言語翻訳がほぼ誤差なしで行われるわ。画面は小さくてもテレビを見れて録画も可能。もちろんネットも可能で、回線速度はほぼ一瞬……まあ、つまりは凄いのよ」

 

 説明が長くなりそうだったので、とりあえず辞めておいた。

 

 国のお偉いさんが使う回線を使えるとか、大体の所はその携帯を見せれば顔パスになるとか、ハンターライセンスとは別の領域をカバーしてくれるとか、まだまだ色々あるけどヤヤにはこの程度で丁度いいでしょうね。

 

「なるほどね。リナが持ってる黒いのも一緒の奴?」

 

「私は7番で、最新は8番よ。特に性能の違いはないわ」

 

 ヤヤにそう伝えた所で、店主がアタッシュケースを一つ持って出てくる。

 

「8番です」

 

 そして、私の目の前でケースを開けて型番を教えてくれた。

 

「買った。支払いはカードで」

 

 値段など野暮な物は聞かずにレジに向かってカードを渡し、それを店主がスキャンして何事もなく会計が終わる。

 

「最初の名義は支払った本人だから、今のうちにちゃちゃっと変更しておくわ」

 

「あ、うん。お願い」

 

 携帯会社に電話をコールし、ワンコール。

 

《リナ様、何かございましたか?》

 

「ジャポン出身のサクラヅキヤヤを、この携帯の所持者に変更をお願い」

 

《かしこまりました。少々お待ちください…………はい、確認が完了致しました。ご本人様はお近くにいらっしゃいますか?》

 

「ええ、代わるわ。ヤヤ、適当に確認があるから答えて」

 

「わ、わかった」

 

 携帯をヤヤに渡して、私は店主の元に向かう。

 

「良くあったわね」

 

「抽選で当たりましてね、借金をしてでも購入したんですよ。お陰で売れて万々歳です」

 

 そういえば抽選していたわ。

 

 ……でも、これなら上手く話が通りそうね。

 

「じゃあ、もう少ししたら少年二人組が携帯を買いに来ると思うから、無料にしてあげて。恐らくビートルの7型よ」

 

「了解です」

 

 これがユートピアシリーズが持つ影響力だけど、ヤヤには必要なさそうな、この無駄さがたまらないわ。

 

「終わったよ」

 

 電話が終わったようで、ヤヤが携帯を突き出してくる。

 

「ん、もうそれはヤヤの携帯よ。大事に使いなさい」

 

 手で押し返しながら言葉を伝えて、ヤヤに携帯を返す。

 

「うん……でもこれ、いくらするの?」

 

 ついに、来たわね。値段を教えるこの時が。

 

 私は右手の人差し指を一本だけ立てて、ヤヤに見せた。

 

「10万?」

 

 声は出さず、首を横に振って答える。

 

「え、100万?」

 

 もう一度、首を振る。

 

「……1000万?」

 

 また、首を振った。

 

「1億……?」  

 

 段々とヤヤの表情が曇り始め、私はここで声を発する。

 

「100億ね」

 

「タッカ」

 

 ユートピアシリーズは別名、宝石携帯。希少鉱石を数種類、余すことなく使い作られた携帯で、電導率が最高に良い。

  

 開発コンセプトは──『とことん豪華に性能良く』。開発コストを無視して作られた為に、値段が面白い事になった。

 

 一年毎に番号が進み、今年で8番目。1番目の値段が20億だったので、年に10億づつ上がっている計算になっている。

 

 しかし、いくら希少鉱石を使っているとはいえ、10億づつ上がるほど価値の高い鉱石が見つかっているわけじゃない。

 

 そこで会社は──『ガンガン行こうぜ』の命令を発動。

 

 携帯は様々なパーツから出来上がり、一つ一つが希少鉱石によってできるので、加工の作業が当然必要になる。会社はここに目を付けた。

 

 パーツは決して素人が作れる物じゃない。だけど、作れない事もない。

 

 そう、一つ一つのパーツが、何らかの有名人によって手作りされている。しかも、最高のクオリティでないと、もれなくダメ出し。

 

 つまりこの携帯の製作者は、なんだか凄い数の有名人で、その集合体の合作。だから必然とプレミア価値が付き、とことん豪華……というわけ。

 

 今回、どうせヤヤに持たせるならユートピアシリーズと決めていたので、現金一括即決買い。100億という数字は、あくまでも一般人にとって大きな数字であって、金持ちにはなんら少ない数字になる。

 

 それに、少しばかり割引が効いているはずだし。

 

「大丈夫よ、貯金の一角にすぎないから」

 

「いやいやいや。ハンターになったのは今年だよね。なんでお金あるの!? 闘技場でも8億くらいしか稼げないんだよ!?」 

 

「答えは至って簡単。暇な時に携帯で、スターラッキーと調べなさい……仲間が来たわ」

 

 ヤヤの後ろを指で示してから、私はローブの顔部分を取って、軽く手を上げた。

 

「あ、リナさん!!」

 

「え? うおっ、マジだ」

 

 二人の少しばかり大きい声に周りにいた人、主に男がこちらに気づくけどスルーに限る。

 

「人目に付かない場所に移動するまで、絶対にフードは取らないで」

 

「う、うん」

 

 私は、ヤヤのフードを深く被して、二人に近づいた。

 

「ちょっと久しぶりね。あと、キルア……こんな美少女に向かって、うおっ、は失礼じゃない」

 

 目を細めて、軽くキルアを睨む。

 

「どこにいんだよ、美少女なんて」

 

「え? 目、腐ってる?」

 

 今度は、苦虫を噛み潰した表情でキルアを見る。

 

「なんでそうなるんだよっ!?」

 

 すると、キルアが吠えてしまった。

   

「キルアがつまらない冗談を言うからよ」

 

「そうだよキルア。リナさん、物凄く美人だよ?」

 

「ゴン、てめぇもか!?」

 

 ゴンはしっかり分かっているじゃない。

 

 確か、くじら島に来た女の人とデートした事もあるらしいし、キルアより経験豊富なのよね。

 

 まあ、キルアも分かっているでしょうけど。きっと、ムッツリだわ。

 

「はいはい。とりあえず、レオリオとの集合までに携帯を買うんでしょう?」

 

 言い合いになっている二人の横で、手を二回叩いて目的に誘導する。 

 

「あ、そうだった」

 

「……だな。で、その隣の人は仲間か?」

 

「ええ。どこか落ち着ける場所になったら紹介するわ」

 

 こんな所でヤヤの姿が露わになったら、間違いなくパニックが起こるはず。現状、私だけでも大変なのに。

 

「じゃあ次。なんで俺達がここに来るって?」

 

「この子の携帯を買いに来たのよ。だから偶然ね」

 

「わわっ」

 

 ヤヤを抱きしめてキルアに言葉を返す。

 

「オッケー。天空闘技場、どこまで行ったんだ?」

 

「250階のフロアマスターになったわ」

 

「しれっと言いやがって……結局、リナの実力ってどのぐらいなんだよ?」

 

 答えようとして、言葉の選択を考える。

 

 実力は多分王様を倒せるレベルだけど、王様の存在をキルアは知らない。この時点で迂闊な言葉を選んでしまえば、未来への影響が少なからずあるはず。

 

 ぱっと出てしまって言葉を濁しても、キルアの観察眼と思考力を持ってすれば、必ずそこを突かれる。

 

「そうね……」

 

 ただ、未来の情報を伝えた所で、私への影響は特にないのが結論。

 

 仮に──「ゲーム内でビスケと出会うわ」と伝えても、だからどうなるって話なのよね。選択はその情報を得た人間の自由だし。

 

「ヒソカといい勝負じゃない?」

 

 とりあえず、適当に定めた。今の二人からすれば、ヒソカレベルはかなり遠い存在……と自覚しているはずだわ。

 

「ダウト」

 

 まさかの即答だった。

 

「いやいや、そのぐらいよ?」

 

「何回か、リナの戦闘ビデオを見たからな」

 

 ……なるほど。実力を推測するのが根に染み付いているほど、キルアは得意だったわね。

 

「分かったわ。これも、落ち着いたらね。丁度、レオリオも来たみたいだし」

 

「「レオリオ?」」

 

 そろそろ来ると思って、"円"を使っていて正解だったわ。説明は一切合切、皆がいる時の方が楽だし。

 

「あれ、俺の予測はあってたのに……読まれてたか?」

 

 全員が入り口を見る中、レオリオが店に顔を出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『いただきます / いただきまーす』

 

 それから、二人が携帯を買った後、私たちはヨークシン内で最高級のファミレスに移動。

 

 ──「個室を取れて、料理も美味い。サービスもいいわよ~」と、メンチからの情報が入ったので、有無を言わさずここに決定した。

 

「さてと、まずはヤヤの紹介からね」

 

 テーブルに並んでいる沢山の料理に手を付けながら、話を切り出す。

 

「待ってました!!」

 

「手を出したら殺すわよ」

 

「お、おう。すまん」

 

 ちょっとでもチャンスがあると思わせるのは悪いので、レオリオをメインに威嚇しておいた。

 

「冗談よ。続けて」

 

「今の殺気、紛れも無く本物だったな」

 

「うん。思わず身構えそうになった」

 

 面倒なので、二人のヒソヒソ声は聞かなかった事にする。

 

「えーと、ヤヤ・サクラヅキです。リナと同い年で、ゴン君とキルア君は知ってると思うけど、200階の闘士やってます。今はリナの元で修行中で、実力はまだまだかな」

 

「とか言って、貴方たちが一斉に掛かったとしても瞬殺されるレベルだから気を付けなさい」

 

「ちょっ、リナ!?」

 

「はいはい、どうどう」

 

「んぷっ」

 

 ちょっとお茶目を発揮してみたらヤヤが騒ぎそうだったので、頭を掴んで私の胸に顔を沈めておく。

 

「ま、ヤヤの紹介はこんな物でいいでしょう。次に、今後の目標ね」

 

「ヤヤちゃんに質問タイム……今後の目標決めるぞ、お前ら」  

 

「「レオリオよっわ」」 

 

「当たり前だろっ!? あれが怖くねえのか!?」

 

 ちょっと睨んだだけでこの扱いは失礼ね。別に、そこまで本気じゃないのに。

   

「完全に自業自得だろ」

 

「うぐっ……だけどな、ここは男として……今日からリナちゃんの前で男を辞めるか」

 

 ちょろい、ちょろいわよ、レオリオ。軽く殺気を当てただけで意見を変えるなんて。

 

「そんな事より、今度の目標とか予定を決めようよ」

 

「そうね。いい加減、話を進めましょうか。レオリオがボケにボケまくるから遅れちゃったし」

 

「いやいや、それは──ぐほっ」

 

 秘技、魚肉アタック。原作キャラとは言えど男なので、容赦なく八本突っ込んだ。

 

「さて、どこから話しましょうか」

 

「うーん、まずは──」

 

 それから、ゆっくりと昼食を終える頃には、今後の目標が決定した。

 

 とはいえ、相談する意味は殆どなく、決まっていた様なものだったけど。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「さてと……それじゃ、出かけてくるわ」

 

 最高級ホテルにチェックインし、部屋でくつろいでいた私は、時間を確認して立ち上がる。

 

「え? 今からどこに行くの?」

 

 時刻は21時だし、何の予定も伝えてないのは不自然だったかしら。 

 

「野暮用よ」

 

「ふーん、そっか。帰りは遅いの?」

 

 どうやら、あんまり興味はないらしい。これは好都合だけど、ちょっと寂しいわね。

 

「多分遅いわ」

 

「了解。行ってらっしゃい」 

 

 うん、なんか寂しいから、一回抱きついておこう。

 

「ん、どうしたの?」

 

「エネルギー補給」

 

「なるほど」

 

 あー、柔らかい。

 

 具体的にどこがどうとかじゃなくて、触れている箇所全てが柔らかい。

 

 幸せだわ。ぶっちゃけ、外に出たくないわね。

 

「よし、行ってくるわ」

 

 ただ、そうも言ってられないので身体を離した。

 

「うん、気をつけてー」

 

「ええ」

 

 そしてヤヤに見送って貰い、条件競売をしているはずのゴンたちの元に足を運ぶ。

 

 知ってたけど、物凄い人の数ね。まだ来てないと……ビンゴ。

 

 人混みの中で並んでいるシズクと、遠巻きに見ているフェイタンとフランクリンを発見した。

 

 ちょうど良い時間だったようね。私の勘は相変わらず優秀だわ。

 

 それにしても、何も変わっていなくて良かった……って所かしら。私がいる世界でも、蜘蛛は蜘蛛か。

 

「ちょっと、いいかしら?」

 

 私は二人を警戒をさせない為に、不完全な"絶"にして、立ち姿に隙を増やしてから声を掛ける。

 

 これで、オーラの質が一般人と同じになるはず。

 

「……なんだ」

 

 フランクリンが口を開いた。

 

 身構えられなかった所を見ると、どうやら一般人と思われたらしい。

 

「セメタリービルってどこにあるか分かる? 道に迷っちゃって」

 

 もちろん、嘘ぱっちだけど。

 

「……ああ」

 

「できればそこまで案内して欲しいけど……無理、かしら?」

 

 色仕掛けが効くか分からないけど、涙目上目遣い谷間チラ見せ(女の武器)で訊いてみる。

 

「お嬢ちゃんの目的は地下競売か?」

 

「…………あ、はい」

 

 一瞬、お嬢ちゃんが誰の事か分からず、返答が遅れてしまった。

 

 そういえば私って、まだ17歳だったわね。身長は160cmしかないし、歳相応の顔立ちだし……フランクリンが何歳か分からないけど、確かにお嬢ちゃんで正解ね。

 

「今日は、中止になったはずだ。家に帰ると良い」

 

 どうやら、色仕掛けは違う方向で作用したみたいだった。

 

 フランクリンは、私を殺したくないらしい。

 

「ん、そんな連絡来て無かったわよ」

 

「俺とこいつは警備員だからな。さっき帰れって言われたし、間違いない」

 

 フランクリンがフェイタンを指さし、フェイタンはそれを受けて無言で頷いた。

 

「それは困ったわね」

 

 本当に困った。まさかこっちの方向に話が進むなんて。

 

 旅団と言えど、無益な殺人はしたくないって事なのかしら……ああ、盗賊だから、本当に欲しいならこの後でさらいに来るのね。

 

 もっとも、色仕掛けが効いた訳じゃなさそうだけど。

 

「でも、どうしようもないだろう。大人しく帰ったらどうだ」

 

 うーん。面倒臭いし、そろそろ暴露しましょうか。

 

「じゃあ、あそこで腕相撲してる、黒髪でメガネ掛けた女の子を紹介してくれない? 二人の仲間でしょ? 幻影旅団さん……て、危ないわよ。焦りは禁物」

 

 フェイタンの攻撃をかわし、二人の背後に回る。

 

 本気でないにしろ、今の攻撃速度は中々ね。実力はそこそこかしら。

 

「お前、何者だ」

 

「そうねえ……」

 

 名乗ろうとして、メンチの言葉を思い出した。

 

 決して、名誉な称号じゃないのだけれど……私にぴったりなのが面白いのよね。発案者はブハラらしいし、何かお礼をしましょうか。

 

「通りすがりの、"ガールズハンター"よ」

 

 最高の笑顔で、私は言い放った。




面白かったら、作者冥利に尽きます。

なお、この作品は、作者のモチベーション次第で執筆速度が変わります。あしからず。

……いや、当然だー。


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12話『介入開始』

 

「いい眺めね」

 

 私は旅団の気球に乗り、夜空を旅していた。

 

「ちょっとアンタ。気安く身体に触れようとしてんじゃないよっ」

 

 マチとじゃれ合いながら。

 

「しょうがないわね。やめてあげるわ」

 

 残念ながら、まだ一方通行の気持ちでしかないので、私は大人しく手を引く。

 

 一応、マチの手さばきを確認する意味もあったけど、本気の私には及ばない事がわかった。これならいざって時に力技で抑えられる。

 

「団長が連れて来い、って言ったから手荒な真似はしないけど……この状況で良く動じないね」

 

「ガールズハンターですから」

 

 マチに笑顔で伝えて、今度はシズクの横に移る。

 

 本を読んでいる所を邪魔するのはちょっと嫌だったけど、本能に従って胸に手を伸ばす。

 

「ん」

 

 どうやら、本を読むのに集中しているらしく、シズクは無抵抗で触らせてくれる。ただ、反応が薄いのはあんまり面白くない。

 

 頑張って、声だけでも引き出しましょうか。   

 

「んん」

 

 服と下着の上からでも、しっかりと分かる柔らかさ。着痩せするタイプではないらしく、大きさは見た目より小さいけど、もちろん文句はなし。微乳でも、女の子のおっぱいには変わりない!!

 

「アンタ、いい加減にやめな」

 

「マチが触らせてくれるなら」

 

「……はあ」

 

 マチの呆れ顔、頂いたわ。お金を払ってもいいレベルね。

 

「はっはっはっ、いい女じゃねえか。今度、手合わせしようぜ」 

 

「いいけど、死なないでよ……って、どうかした?」

 

 ウボォーの言葉に笑顔で返すと、何故かきょとんとされた。

 

「んーや。どれくれぇの実力があるか、本気で知りたくなっただけだ。俺達が蜘蛛だって知っていて、いつでも嬢ちゃんを殺せそうな状況でありながら、殺されないという確固たる自信。その上で挑発にも取れる言動なんて、並大抵の実力者じゃそうはいかねえからな」

 

 なるほど、そういう考えをしていたのね。

 

 ウボォーって、どちらかと言えば馬鹿なのかなと思っていたけど、中々に賢いわ。戦闘狂であると同時に、戦闘に関わる事に対して、物凄く真面目な観点も持てる。

 

 これこそ、並大抵の実力者じゃない証拠ね。

 

「お褒め頂き光栄よ」

 

 男なのが非常に残念だけど、クラピカに殺させるのは勿体ないかも知れないわ。場合によっては、助ける選択肢もありになる。

 

「フェイタンは、リナとちょっとだけ戦ったんだろ? どれくらい強い?」

 

 シャルナークがフェイタンにそう訊ねて、シズクを除き皆の視線がフェイタンに向かう。

 

 ただし、私はそんな事を無視して、またシズクの胸を揉む。一応、ちょっとだけ意識は向かわせるけど。

 

「……実力は能力次第ね。体術なら、蜘蛛の誰よりも強いと思たよ」

 

 どうやら、私の実力を読めるくらいには、実力があるようね。お陰で、体術なら基本的に負けないと理解できる。

 

「フェイタンがそこまで言うなら、嬢ちゃんはかなり強いって事だな。おーい、嬢ちゃん。能力は何系だよ?」

 

「特質系よ」

 

 私は手を止めないで、顔だけをウボォーに向けて答えた。

 

「団長やパクノダと一緒か。こりゃ、手合わせが楽しみになってきたな」

 

「手加減はしてあげるから安心していいわよ」

 

 手合わせが決定事項になっている事を無視して、私は微笑んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、気球が撃ち抜かれ、一時間くらい続いた空の旅が終わりを迎えた。

 

 不時着した場所は、原作と同じ通りの荒野。目下の地面には、黒服のおじさんがうようよしている。

 

 空に向かって適当に発泡される銃が、なんかリズミカルで音楽に聞こるのが面白い。

 

「オレがやって来らぁ。嬢ちゃん、一緒に行くか?」

 

 ……あれ、誘われた? ウボォーって一人で戦うのを好むんじゃなかったかしら。

 

「そうね……手伝うわ」

 

 多分、実力を見極める一端なんでしょう。

 

 私は素直に従って、ウボォーの後ろに付いていく。

 

「待て」

 

 一人の黒服が手で仲間を静止しウボォーに近づいて、ウボォーの顔に銃を構えた。

 

「客をさらったの、テメェらか?」

 

「ああ」

 

「この場面でええ──」

 

 面倒だったので、フライング気味に黒服の首を刎ねる。

 

 一般人相手なら、素手に念を込めるだけで余裕なのが非常に助かるわね。

 

「おいおい嬢ちゃん。俺の獲物を取らないでくれよ」

 

「だって、面倒だし……」

 

 できれば、クラピカが来る前に帰りたい。ばれても問題はないけど、ばれない方が面倒じゃない。

 

「それもそうか。なら、さくっと終わらせちまおう」

 

「ありがとう、ウボォー」

 

「いいって事よ。んじゃ、逃げたい奴は逃げな。一人も逃さねえけどな!!」

 

 ちなみに、こう呑気に会話している間も、しっかりと弾丸が命中していたのだけど……まあ、それは置いておきましょう。

 

 どうせ、取るに足らない出来事だわ。

 

「さてと……」

 

 視界の端で捉えた狙撃手二名の為に、手頃な大きさの石を二つ用意した。

 

 そして、視線を向ける事なく石を二つ投擲して、狙撃手の殺害に成功する。

 

 これで服が傷つく可能性を一つ排除できたので、黒服を適当に殺していく。もちろん、剣は使わずに身体のみで。

 

「そこまでだ、バケモンが!!」

 

 恰幅のある、ハゲのおっさんがバズーカーを構えた所で、小石を銃口に投げ入れる。

 

「あ?」

 

 気づいた頃に、時すでに遅し。案の定、爆発した。

 

 爆煙が晴れると、黒服たちとハゲの肉片らしき物が落ちている。焼き具合は、こんがりっぽい。

 

「焼き鳥、食べたいわね」

 

「オレは肉が食いたいぜ。この後、皆で飯でも行くか」

 

「賛成」

 

 逃げまどう黒服たちの悲鳴を無視して、ウボォーと会話を続けた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「っ!?」

 

 クラピカは、双眼鏡を使って見た光景、人物に息を飲んだ。

 

 体格がかなり良く、素手で人を紙屑の如く千切る男。

 

(なぜ、リナさんが……)

 

 その相方は、場違いな美少女。白いワンピースに、茶髪のポニーテール。どこか気怠そうに黒服を殺す様子は、ある意味、クラピカが知る普段のリナと相違が無かった。

 

「どうしたの、クラピカ?」

 

「いや……見てみるといい。相手たちは、桁外れに強い念能力者だ」

 

 クラピカは、動揺を隠せない相手に、動揺を隠そうと試みながら双眼鏡を渡す。

 

(理由は、後で訊けばいい。今はただ、任務に集中する)

 

 そう自分に言い聞かせて、クラピカは一度、リナに対する思考を止める事にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「まず、一人目よ。絶は中々のものだったけど、私に遠く及ばないわ」

 

 ウボォーと陰獣の犬が会話している途中で、地中から出てきそうだった陰獣を、地面を砕くついでに叩き潰した。

 

 確かな感触があったから、運が良くても瀕死状態ね。

 

「まじか、全然気づかなかったぜ」

 

「私は円が使えるからよ」

 

 実際には、事前情報を持っていたのと、使うまでもなく気配が分かったからだけど。

 

「あの面倒なやつか……細けえ作業は嫌いだ」

 

「ウボォーはそうでしょうね」

 

「なめやがって……死んで貰う!!」

 

 私たちの会話に痺れを切らしたのか、犬の言葉をきっかけに、三人で突っ込んでくる。

 

「美少女にそれは酷いと思わない? 死ぬのは貴方たちよ」

 

「は?」

 

 犬は首。

 

「え?」

 

 毛玉は胴体。

 

「あ?」

 

 虫は手足。

 

「全く。自分の実力をわきまえなさい」

 

「うぉぉぉ。何したんだ、嬢ちゃん!?」

 

 ウボォーが驚くのも無理はない。

 

 三人との距離はおよそ10m。飛び道具を使った様子もなく、私は右手を数回振っただけ。

 

 考えられる可能性は、具現化系の何かを"隠"を使って隠していた場合。そして、斬撃性の何かで、距離があっても攻撃が届く物。

 

 つまりは、"凝"で私を見ていないと分からない。想像だけだと、ちょっと判断するのが難しい事になる。

 

「ま、これが私の念能力なのよ」

 

 実際に使ったのは剣……まあ、気づかないでしょう。手の動きを、わざわざ曲線軌道にしておいたし。

 

 もしかしたら、後ろにいる旅団員には勘付かれているかも知れないわね。"凝"による視線は感じなかったから、恐らくだけど。

 

「そうか、こりゃ本当に楽しみだ。残る陰獣は六人……競うか?」

 

「乗ったわ。今のこれはノーカンにして、先に四人倒したら勝ちね。負けた方がご飯奢りで……何か問題あるかしら?」

 

「んや、問題なしだ。次は少し全力で行くぜ」

 

「期待してるわ」

 

 一つ、問題があるとすれば……。

 

 私は少しだけ移動し、ウボォーの背中で間接的に隠れている、ノストラード組を視界に捉える。

 

 クラピカと、ばっちり目が合った。

 

 やっぱり……いたわね。フォローが必要かしら。

 

「どうしたよ、ため息なんかついて」

 

「残る陰獣が、馬鹿じゃなければいいなと思ったのよ」

 

 つまらなさそうに見せて、足に付けておいたホルダーから携帯を取り出し、クラピカ宛にメールを作成して送信する。 

 

 ほどなくしてメールが返ってきたので、内容を確認してからホルダーにしまう。

 

 無事に帰ってくれて助かるわ。こんな所で戦闘なんて、誰の得にもならないし。

 

「あ、陰獣がそろそろ来るわよ」

 

 相手からすれば、"円"の範囲内に入っているなんて思ってもいないでしょうね。

 

「おお、まじか。お前ら、陰獣が来るってよ」

 

 ウボォーの言葉に、残りの旅団員が近くに集合する。

 

「マチィィィ!!」

 

 とりあえず、私はマチに飛びつく。

 

「来るんじゃないよっ」

 

 すると、全力で回避されてしまった。

 

「酷いわ。少しくらい触らせなさい」

 

「さっきも言ったけど、アンタはどこか胡散臭い」

 

 凄く的を射ているので、反論できないのが痛い。だけど、私はめげないわ。

 

「それでもっ!! マチが大好きなのよ!!」

 

 私の想いを、素直に伝えてみる。

 

「性的な意味で?」

 

「うん。あ、いや違……わないわ。そうよ、全部好きなのよ!!」

 

 的確なシズクの合いの手に、思わず本音が出てしまった。

 

「……アンタ、一回病院に行ったほうがいいよ。割りと真面目に」

 

 そう言って、マチは私から遠ざかる。

 

 どうやら、外したようね。今度は、別の方向を検討しないと駄目だわ。

 

「リナって、残念な人だね」

 

 シズクの言葉が胸にクリティカルヒットし、私はその場で項垂れた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ……完全に、忘れていた。間違いなく、私のせいだ。

 

「よし、ウボォーの居場所がわかった。地図を用意したから、今直ぐ向かうよ」

 

 シャルナークの言葉で、数人が慌ただしく部屋から出て行った。

 

 クロロの隣でその様子を眺めていた私は、ため息をついて奴を睨む。

 

「熱い視線を感じる」

 

 語尾にトランプマークが付いてた、似非マジシャンの事を。

 

「知り合いだったのか?」

 

「一応。しゃべった事はないわ」

 

 クロロに質問され、ヒソカに対して嫌味を込めた言葉で返す。

 

「そんなナチュラルに嘘を付かないで欲しいな。僕と君の仲じゃないか」

 

「……はあ」

 

 本当に、余計な事をしてくれたわ。

 

 結論から言うと、クラピカの手によって、ウボォーが攫われた。

 

 その原因は、トランプを使って遊んでいる変態。原作の通りなら、この辺りの時間帯でクラピカと会って話をしている所のはず。

 

 なら、何故。アジトにまだいるかと言えば、恐らくはメールで済ませたから。

 

 とりあえず私が手を回して、クラピカとウボォーの戦闘を避けようと試みたのに、陰獣との戦闘中にウボォーが攫われた。

 

 手段は原作と一緒。キッカケは、両方に確認を取った訳じゃないけど、多分ヒソカの密告。大方、私が旅団と一緒にいると聞いて──「面白そうだ」の理由でやったんでしょう。

 

 もっとも、私が旅団と一緒にいると伝えて起こったはず。ウボォーが攫われたのは偶然じゃなくて必然で、その理由は強化系が良かったから、に違いない。

 

「どうやら、ヒソカに気に入られているようだな。で、リナと言ったか。お前の目的はなんだ?」

 

 ただ、ただ冷静に。それでいて強い意志を全身から感じる。

 

 特に強く感じるのは、交わした瞳から。返答次第じゃ、容赦しないという明確な殺意だわ。

 

「そうね……」

 

 目標は色々ある。その中でも最優先は……やっぱり、アレになるわね。

 

「救済よ」

 

「…………その言葉に、偽りは?」

 

「ない」

 

 私は、一段と鋭くなったクロロの視線を受けながら、そう断言した。

 

 ヨークシンでの最優先事項は、パクノダの死亡回避。彼女は蜘蛛の為に望んで死んだのかも知れないけど、私が存在していて原作女子を死なせる訳にはいかない。

 

 だから、遠回しにウボォーを守ったのだけど……ヒソカのせいで無駄になった。

 

 正直、今からでも余裕で間に合う。けれど、クラピカの事を考えると転がる方向に転がれ、としか思わない。

 

 私が介入するのは、一度だけ。ウボォーの救済に一回手を回したから、この後でウボォーに手を回す気は、恐らく起きないはず。

 

 自分の事なのに予定が未定なのは、私の気まぐれな性格から。それに加えて、対象が男という点。ぶっちゃけ、目標に関係ない点。

 

 この三つの理由から、私は動かない事になりそう……と、自己判断している。

 

 もちろん、マチ、シズク、パクノダから、誰かの身体を対価として出してくれれば、問答無用でクラピカを殺すのだけど……まあ、それは私から提示する事もないし、よっぽどの状況だわ。

 

「…………なるほど。蜘蛛の未来を知っているのか。すると、タレコミはお前が……いや、その可能性は皆無か。お前が何らかの能力を使って知っていても、競売品を守る意味がないしな。なら、お前の目的は他にもあるはずだ。しかも、今の救済という言葉と、ほぼ同レベルの目的だろう?」

 

 で、この男、賢すぎない?

 

 確かに言葉の選択が危ういとは思っていたけど……やっぱり、クロロあってこその旅団って訳ね。カリスマ性が半端じゃないわ。

 

「ええ。クロロの推測通りよ。お望みなら、それも教えるけど?」

 

「いや、フェイタンの言葉で理解した。ガールズハンター……つまり、女だな。ここからは俺の推測になるが、お前が知っている未来だと、三人の内の誰かが死ぬんだろう。だからお前はここに来た。救済とは……ある対象にとって、好ましくない状態を改善し、望ましい状態へと変えることを意味した言葉。自分の目的が救済なら、その蜘蛛の未来を変える事によって、お前に利益が出る。つまり、三人が無事なのだろう。ガールズハンターが女を手に入れると直訳して、手段や合意を問わず身体を手に入れる事であるなら、お前にはその実力がある訳だ。そして、その実力は蜘蛛の未来を容易く変えるほどの力。それと同時に、蜘蛛の事情はお構いなしと見た。お前の、女に対する執着は分からないが、節操なしでもないはずだ。蜘蛛の三人を狙いに来たのが良い例だな。これらから考えられるお前の性格は……欲望に実直でいて気まぐれ。目的の為なら手段を問わず、親しい者でも男なら手に掛ける冷酷さを持っている。逆に、女の為なら自身の命を差し出すほどに狂っている。もっとも、そうならない為の力なのだろう? 救済の成功率も、軽く100%と見た。言い換えると、私の要求を飲んでくれたらオマケも付ける。三人のオマケに、蜘蛛が無傷で済む可能性も選ばせてあげる……って所か。どうだ? かなり的確だと思うが?」

 

「驚きを通り越して、久々に危険を感じたわ」

 

 原作じゃ分からなかったけど、ここまで賢いなんてね。

 

「ある意味、危険を感じているのは俺の方だ。これだけ的確に突いたのに、オーラに微塵の揺らぎも感じられなかったからな。お前……いや、リナ。取引をしないか?」 

 

 この言葉が、このタイミングで来るって事は……なるほど。こんどは逆に驚かせてあげましょうか。

 

「蜘蛛全員が私の為に無償協力と、未来の情報及び、適度な協力ね?」

 

「…………そこまで分かっているなら、言葉にする意味もないか。どうだ?」

 

 蜘蛛が私個人の傘下に入り、その代わりに蜘蛛への協力……ま、美味しい条件ね。取引に見えて、一方的な協力関係だし。

 

 クロロは、それを見越してでさえ、取引と言った。

 

 私の性格を読んだ上での持ち掛けだから、取引で間違ってはないけど。

 

「もちろん、オッケーよ。契約書は、蜘蛛全員の命で良いかしら?」

 

 本当に一方的。もう、脅迫といっても差し当たりない。

 

「愚問になるが、リナにその力があるならな」

 

「愚問ね」

 

「取引、成立だ」

 

 クロロが右手を伸ばしてきて、私は笑顔でそれに答えた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「集まって貰って早速……お前たちには勝手で悪いが、蜘蛛はリナに無償協力する事になった」

 

 あれから数時間経って日付は変わり、九月二日。ウボォーを除く全員が、アジトのメインルームに集められ、クロロからの説明が始まった。

 

 ただ、あれだけじゃ意味が分からなかったのか、何人かが首を傾げている。

 

 当然よね……あ、レアアイテムゲット。

 

 私はそんな中、モンスターをハントするゲームで遊んでいるけど、これが中々面白い。

 

「もちろん、俺の独断だ。だからこれから、簡単な説明を行う」

 

 クロロが一拍置いて口を開く。

 

「まず、リナがガールズハンターで、実力のある念使いだと知っているな?」

 

 旅団員が全員頷き、クロロはそれを見て言葉を続ける。

 

「その実力は、確かめた訳じゃないが、ここにいる俺たち位なら余裕で殺せるそうだ。そして、リナは……今日、ウボォーが攫われる事と、俺たちが競売品を奪う事を知っていた」

 

 クロロの言葉で十人から、それぞれ濃度の異なる殺気を向けられた。

 

 もちろん、スルー。私は任務報酬を受け取り、鍛冶屋にキャラクターを走らせる。

 

「それがリナ自身の能力かは不明だ。しかし、その情報を悪用された訳じゃない。そこで俺は、リナの持つ未来の情報と、ガールズハンターのリナに無償協力を交換した。ここで最初の言葉に戻るが、俺の勝手だ。協力的になるかどうかは自分で決めてくれ。ただし、契約書は蜘蛛の命。こちらからの契約破棄は、蜘蛛の壊滅だと思って貰っていい」

 

 バキッ──と、木が砕ける様な音が響き、そちらに視線を向けた。

 

「ならここで契約破棄して……その女を殺せばいいだけだろ? 団長よ」

 

 ノブナガ右横には砕けた木箱があり、強く握られた右拳で壊した物だと気づく。

 

 今度は視線をゲーム機に戻す事で、スルーに決め込む。

 

「そうだな、それもありだ。リナは女を殺さないと決めているようだし、パク、マチ、シズクは最低でも殺されない。蜘蛛の復帰も可能だろう。ただ、それでどうなる? さっきも言ったが、リナに協力すれば未来が手に入る。これは本人からの情報だが、このまま進めばメンバーが半数以下になるそうだ。これを回避するにはリナの情報が不可欠で、場合によってはリナの協力を仰ぐ事になる。つまり、リナが俺たちに譲歩してくれただけに過ぎない。リナにとってこの取引は、ノーリスク・ハイリターン。俺たちにとって、ローリスク・ハイリターンだ。分かるか?」

 

「分かるが、ならその情報だけで良いんじゃねえか。半数を失う事を念頭に置いて、安全に進めば──いてっ!? 何しやがる、マチ!!」 

 

 このくらいの敵、一撃で倒してほしいわ。

 

「分からないのかい? アイツはガールズハンター。そもそも、私を含めた三人にしか興味が無い。そして、それが目的って」

 

「分かってるよ。だから、あの女を殺して終いだろ」

 

「ノブナガ。ならなんで、俺からこの条件を出した?」

 

 クロロがノブナガに近づいて、質問を投げかける。

 

「そりゃ……未来の情報が欲しいからだろ?」

 

「ああ、そうだ。そして、リナ側の条件はなんだ?」

 

「無償協力……ん? 何にどう協力すんだ?」

 

「つまり、そう言うことだ。別に、内容は決まっていない。そして、リナが情報を出す条件もない。言っただろ? 気まぐれだと。情報が正しいかは不明だ。だけど、正しいかも知れない。そして、情報がなくても、明確な協力という対価を差し出せばリナは答えてくれる。こちらからの破棄と言っても、リナの情報が間違っていれば契約破棄でもない。当然の権利だ。それに、前提条件として……リナが、蜘蛛を滅ぼす可能性は未定。あるかも知れないし、ないかも知れない。未定と未定。これは、取引と称した、友好関係だと思ってくれ」

 

 あー、やっと倒したわ。話も終結に向かっている様子だし、そろそろ口を挟みましょうか。

 

「ただのギブアンドテイクよ。私は三人の身体で遊べればいいし、クロロは未来の情報が手に入る可能性があればいい。そもそも、最初から三人を奪う事は可能だし、別に我慢する意味もない。そりゃ、蜘蛛を壊滅して、反抗的なマチを快楽で堕とすとかは中々にそそるシチュエーションだけど……あ、本気でやらないわよ? 女の子の幸せが一番だわ」

 

 あのオーラが出ていたので、想像の途中で思考を切ってフォローを入れる。

 

 もっとも、マチから離れていたのに、マチに離れられたのはちょっとショックを感じた。

 

「ま、つまりは……信じるも信じないも自由よ。私は本当の事しか言わないし、実力も本物。疑っているなら、少しだけ能力を見せてもいいわ」

 

「……なら、少しだけ見せてくれよ」

 

「了解」

 

 これで露骨に警戒されるのは嫌だけど……とりあえず、フェイタンの能力でも見ましょうか。一応、原作知識として知っているから確認の意味を込めてだけど。

 

 原作キャラで、知らない人の能力を見るのは流石に怖い。身体に影響は出なさそうだけど、心に影響が出ると困る。もしかしたら、見えない可能性もある。

 

 じゃあなんで、こんな能力にしたかって言われたら、原作キャラ以外を見る為なのよね。戦闘補助としての能力だし、原作キャラとは余程の事がない限り、戦闘もしないと思っていたから。

 

「ペインパッカー」

 

 あ、ライジング・サン以外に、数種類もあるのね。知りたくなかったわ。

 

 フェイタンの能力を知る全員が息を飲む中、私はそんな事を考えていた。

 

 

 




遅くなった、変な所で切った気がした……でも、気にしない。


書きたかったクロロとの会話が終了、しかしプロットなしはやっぱえり厳しいなぁ。

今度から、しっかりつくろう。難しい話、難しいし。


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13話『甘くない二人組』

 

 

 ウボォーが殺されたらしい。

 

 旅団が出した答えは、原作と寸分違わない物だった。

 

 当然と言えば、当然だ。

 

 この世界が、あの世界を模していて、起こるべき事象を消化していくとして。おおよそ、これから起こりうる展開は全て一緒になる。

 

 この世界で、現状大きく変化している部分は、旅団に私がいること。

 

 条件競売の賞金首に、私が乗っていること。

 

 そして、ヤヤを除く仲間に、私が旅団と行動していると知られていること。

 

「まあ、だからって、どうなる訳でもないのだけれど」

 

 私はゴンたちの元に向かいながら、一人呟いた。

 

 現在、九月三日十三時。

 

 マチにちょっかいを出し続けていると、早くも数日が経っていた。

 

 危うく、本来の目的……は、女の子だけど。そんな私にも、それ以外の目的があるため、泣く泣くマチの元を離れている。

 

「えーと、ここね」

 

 キルアからの連絡で指定された飲食店に入ると、三人がどこにいるか直ぐに判明した。

 

「いらっしゃいませ」

 

「あそこ三人の連れです」

 

 姿は見えずとも、ひっきりなしに料理が運び運ばれるテーブルを指さし、足を進める。

 

「ちょっとは、店の人の苦労も考えなさい」

 

「あ、リナさん!!」

 

「遅かったじゃねえか」

 

「うるさい」

 

「あでっ」

 

 皿の上に残っていた肉の骨を、高速でキルアの額に投げつけた。

 

「なんだなんだ、この綺麗な嬢ちゃんは? 知り合いか?」

 

 ゼ、ゼットル? には、そこまで嫌悪感は感じないわね。

 

「ええ、そこの生意気なクソガキの保護者です」

 

 タオルで額を拭いているキルアを指差して、にっこり笑っておく。

 

「誰が保護者なんだよ!?」

 

「主に、こうやって直ぐ吠える犬の」

 

「て、てめぇ……後で覚えとけよ。絶対に仕返ししてやる」

 

 むしろ、私がいつもやられている側なのだけれど。

 

「女の子に手を出すとか、最低ね。人間として……あ、ごめんなさい。犬だったわね」

 

 なので、もっとやってみる。

 

「よーし、今すぐやろ──うごっ」

 

 大きく開いた口に、今度はパンを投げつけた。

 

「とりあえず分かったのは……嬢ちゃんが、一番クレイジーって事だな」

 

「うん、そうだよ」

 

「……ゴン?」

 

「ひっ」

 

「私だって、好き好んでこんな性格になった訳じゃないわ」

 

 そもそも私は、性欲を持て余していた、ただの青少年だったし。

 

 神の悪戯さえ回避できたら、今頃はもっと普通な性格だったはず……よね。

 

「ちょっとだけ、Sっ気が強いだけよ」

 

 だから私は、少し弁解しておいた。

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

「全部で三億はするんじゃねーかな」

 

「「おお!!」」

 

 中身は、原作と変わりなし……やっぱり、大筋はそうそう変化しないってわけね。

 

「ただし、業者市だと──」

 

 さて、これからどうしましょうか。

 

 二人と合流したのは、中身を確認する為がメインで、旅団に協力している事の誤解を解くのがサブ。

 

 サブに至っては、まだ話すタイミングじゃないし……そもそも、この様子だと気にしてもいないわね。

 

 クラピカから、何か聞いたのかしら。

 

 もっとも、クラピカに伝えた言葉は一言だけれど。

 

『貴方が仲間だと信じるなら、私は貴方の仲間よ』

 

 自分で言っといて今更だけど、薄情な言葉よね。

 

 言い換えると、いつでも敵になるわよって意味だし。

 

 まあ、そんな馬鹿な選択肢を取るクラピカじゃないし、何も問題は無かったけど。

 

「……って、どこに行ったのかしら。あの、三人」

 

 携帯を確認すると、ゴンからのメールが来ていたので、内容を確認する。

 

「無視するほど、思考していたのね、私」

 

 確かに、声を掛けられた記憶があった。

 

「ま、気にしても無駄……ん?」

 

 ホルダーに仕舞ったタイミングで携帯が振動し、取り出して要件を確認する。

 

「そう言えば、今日だったわね。いいわ、協力しましょう」

 

 クロロからの、メールだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふひっ」

 

 おっと、いけないわね。危ない声が出てしまったわ。

 

 でも、そうも言ってられない物が目の前にあると、我を忘れてしまいそうなのも事実なのよね。

 

 日は既に落ち、夜。

 

 私は、ベッドで熟睡しているネオンに跨っていた。

 

 残された時間は三十分あるか、ないか。

 

 素早く、丁寧かつ、的確に。

 

 そして、大いに楽しむ。

 

「とても、難しいわ。これは、レルートの時やメンチの時とはレベルが違う!! そう、例えるなら……いや、時間がないわね。さっさと堪能しましょう」

 

 やっぱりまずは……肌質からね。

 

 え? 胸? 何の話よ。

 

「こ、これは」

 

 やはり、超ワガママお嬢様だけあってか、肌質のレベルが違う。

 

 恐らく、私が触れてきた中で…………三十本位の指には入るわね、うん。

 

「まあ、こんな所はどうでもいいのよ。私が選ぶ女の子は、大抵素晴らしい物を持っていて普通なのだから」

 

 次は、服の上から胸を触る。

 

 え? 早くないかって?

 

 気のせいよ。形や大きさは、ぶっちゃけ服の上から分かるし、触っちゃえばいいわ。

 

「ふむ……」

 

「ん、んん」

 

 感度、良好。質感、良好。総合、良好。

 

 ネオンって、ぶっちゃけ頭逝ってるタイプの女の子だから、性とか興味あるか不明だったけど……ある意味、こっちにも興味あったのね。

 

「んっ」

 

 間違いなく、手馴れているわ。もう、甘い水の臭いがするし。

 

「うーん……薄々は気づいていたけど、もっと純粋な女の子がいいわね」

 

 もちろん、手を止めるなんて選択は存在しないのだけれど。

 

「という訳で、キャストオフ!!」

 

 そこそこの数の武術に精通する私が編み出した、お得意の脱衣殺法にて一瞬で全裸にさせてもらう。

 

 これが純粋な女の子とか、恥ずかしがり屋なら、当然一枚ずつ剥ぎ取る。

 

 そもそも寝ている時には、反応が面白くないのであまり触れないし。

 

 え? 誰も触れないとは言ってないわよ。

 

「ネオンは起きていると面倒な感じがするのよね」

 

 そう、適当に理由を呟いて、優しく触っていく。

 

「ぅん」

 

「感度は本当にいいわね」

 

 寝ていても声が出るのは、感度が相当いい証拠。

 

 身体が触れられていると、寝ている脳で感じている。つまりは、身体が反応している状態だから。

 

「これだけ馴染んでいるのに、処女って所を考えると……恋愛感は持っているのかしら。クロロにときめいているシーンが無かったから、価値観はずれていそうだけど」 

 

 クロロって、やっぱり恐ろしいほどイケメンなのよね。

 

 ぶっちゃけ、私が女じゃなかったら抱かれても良いレベル。

 

「まあ、この身体は、男ノーセンキューだからあくまでも想像だけれど」

 

「んんっ」

 

「先っぽを刺激しすぎると、流石に起きるかしら」

 

 ずっと、先端に触れないように揉んでいたから、身体が焦れちゃったみたいね。

 

 それに加えて、どうやらいつもこの感じで触っていると見た。

 

「全く、焦らし上手なんだから」

 

「……ん」

 

 ただ、ふと気がつく。

 

「寝ている相手にするの……こんなに面白くなかったかしら」   

 

 合意の上でやっていない、その背徳感はある。

 

 その代わり、合意の上でやる相手の反応がない。

 

「んー」

 

 そう言えば、最近はヤヤの最高レベルしか触ってないから、その差を考えてしまっているのね。

 

 ヤヤの前も、一番強いのでメンチだし。

 

「中々、贅沢な性活してるわね」

 

 二人とも、本番まで行ってないけど。

 

「それでも、手を止める事はないのだけれど」

 

 まあ、色々と考えたけど、これはこれでアリね。

 

 時間制限がなければ、もっと楽しめたはずなのが、少し残念だわ。

 

「さてさて、そろそろ下を責め…………あ、タイムアウトね」

 

 素早くネオンの衣服を元に戻し、ベッドの乱れも修正する。

 

 時間にして、十分弱しかなかった。

 

「もっと遅く来なさいよ……あの優等生」

 

 欲を出せば、まだ数分だけ触る時間はある。

 

 だけど、ここで下手なリスクを取るぐらいなら、後日に手を出しても問題はない。

 

「そうと決まれば、さっさとおさらばね」

 

 窓を開けて外に出て、クロロがいる最上階の部屋まで、壁を駆けて登っていく。

 

 そして、クロロを目視したので、窓ガラスを叩き割り部屋に入った。

 

「お前は一体、どこから入って来るんだ」

 

「窓ね」

 

「いや……まあ、その通りだな。お陰で、順序が狂ったよ」

 

 クロロは本を閉じながら、右親指で背後を指さした。

 

 そこには、椅子に縛られて死んでいる男と、元人間だったらしい肉の破片がある。

 

 きっと、なんたらフィッシュの能力だろう。

 

「細かい事は気にしないでいいわ」

 

「むしろ、気にしてくれ……と、そうだ。リナは、歌は得意か?」

 

 歌……なるほど、私に歌えと言うのね。

 

「いいえ、全然」

 

 なので、そのまま拒否しておく。

 

 実際には、下手でもないのだけれど……その道のプロからすれば、当然、下手くそ扱いされるだろうし。 

 

「そうか……なら、頼むよ」

 

「聞いてなかったの? 歌は全然よ」

 

「だからお願いしたんだ。彼には、それが丁度いい」

 

 私は肩を竦め、眼下の街並みを眺めているクロロの横に立つ。

 

「指揮は、適当に合わせなさいよ」

 

「もとより、曲はない」

 

「そう……なら、いくわよ」

 

 私は旅団員ではないけれど、今だけは貴方の為に歌いましょう。

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

「さてと、彼らから逃げますか」

 

 一曲が終わり、クロロがそう宣言した。

 

「とか言って、地下で待ち構えるのよね?」

 

「まあ、出来れば能力を盗みたい。リナもいるし、もしかしたら可能だろう」

 

 もしかせずとも、相手の無力化は余裕なのだけれど……信用を買う為にも、少し力を見せるべきかしら。

 

「もしじゃなくても、可能よ」

 

「ただ、それはリナがしっかりと戦ってくれた場合だ。どうせ、それなりの援護しかしてくれないのだろう?」

 

 当たらずとも……遠からずね。

 

「ふむ。当たらずとも遠からずか」

 

「……時々、キモいって言われるでしょ?」

 

「そんなお前も、同じタイプの人間じゃないか」

 

 私とクロロは、無言で地下へと足を進めた。

 

 これ以上は互いに無駄、無意味と悟ったからだ。

 

 地下で一番広いホールに到着し、舞台に上がって待機する。

 

「で、実際の所……あの化け物二匹に勝てるのか?」

 

「そうねえ……」

 

 ぶっちゃけ、楽勝だ。

 

 あの二人は念能力者としてトップレベルだけど、それでもトップではない。

 

 明確な能力は分かっていない。けど、それでもネテロの能力には勝らないと思う。こと近接戦闘に置いて、あの能力に負けはないはずだ。

 

 だからこそ、私の強さの証明になる。

 

 私は逆に、あの能力にさえ勝っている能力だから。

 

 戦いには様々な要素が絡み、その中で能力相性は高い割合を占めている。

 

 例えば、ネテロの能力。

 

 あれは近接においては最強だとしても、遠距離からの狙撃や、真正面から打ち破ってくる相手には不利だ。

 

 だからこそ、王様に負ける事になった。

 

 もっともその対処として、零の能力や、狙撃に対しての感覚を伸ばしているはずだけど。

 

 それに、念能力での狙撃等はあんまり強くない能力だ。

 

 おおよそ、人体が念を放出してある程度の威力を保てるのは、せいぜい数キロだけ。

 

 それならぶっちゃけ、狙撃銃を使えばいい。

 

 まあ、それも並の念能力者しか殺せないけど。

 

「手こずるわ」

 

「ダウト」

 

「即答はやめなさいよ」

 

「リナも、嘘はやめるといい」

 

 本当にこいつ、食えないわね。

 

「なら、どうして訊いたのよ」

 

「反応を見たかっただけだ。それに、今ので理解した」

 

 ……こいつ、すり潰しても食えないわ。

 

「って、私の反応が、よくあるクーデレ系のヒロインのようじゃない」

 

「なるほど。三人目くらいのポジションだな」

 

「……」

 

 な、なんでわかってるのかしら。

 

「そんな目で見るな。知的好奇心だったんだ」

 

 知的好奇心でギャルゲを嗜む、犯罪者グループのリーダー。ありか、なしかで言えば。

 

「なしね」

 

「お前はそもそも、男がなしなだけだろう」

 

「そうとも言うわ……それと」

 

 この部屋に入る三つの扉のうち、一つを残してシルバとゼノが入って来た。

 

 なので、私はスカート部分を掴み。

 

「いらっしゃい」

 

 二人に挨拶をする。

 

「こりゃ、たまげたわ。えらいべっぴんさんじゃの」

 

「お褒め頂き光栄よ。それじゃ、早速で悪いけれど……その一、入って来た扉から帰る。その二、世間話で時間を潰す。その三、無駄死にする。どれがいいかしら?」

 

 クロロを残して舞台から降りて、三つの選択肢を伝えた。

 

 もちろん、意味はない。

 

「四番の、やれるだけやってみる……かの」

 

 それが、戦闘の合図になった。

 

 私はバックステップでクロロの正面に立ち、能力を発動して剣を取り出す。

 

 ぴたりと、二人の足が止まった。懸命な判断だ。

 

「流石、ゾルディック家の二人ね。この剣に込められた"何か"を良く感じ取ったわ」

 

「得体が知れない物に恐怖を感じるのは、人間としての本能じゃろう?」

 

「その通りね」

 

 本来ならこの能力を使わずしても、二人を相手に出来る。

 

 ただし、これは防衛戦。クロロからの報酬を貰うためには、クロロに戦ってもらうなんて持っての他であり、無防備なクロロというハンデを背負う。

 

 そうなると、万が一を起こさないように戦う事が必須条件。そうなると、必然的に余裕が欲しくなる。

 

「ふむ……それなりに長く生きてきたつもりだか、ここまでの明確な死の気配は初めてじゃ。どうみる、シルバよ」

 

「具現化系としては稀な選択だ。ただ、彼女ほどの念能力者がシンプルな剣を選択したのなら、それなりの能力がある。または、切れ味が相当高いのだろう」

 

「つまり、未知じゃの。とんだお嬢ちゃんじゃ」

 

 会話していても、一瞬足りとも私への警戒が薄まらない。いや、むしろ濃くなっていく。 

 

 想像の評価は訂正ね。

 

 この二人、本物だわ。   

 

「褒められると照れるわね」

 

「心にも思ってない言葉を口に出しても、意味はないな」

 

 クロロの発言は聞かなかった事にした。

 

「なら、そのついでに能力をぽろっと呟いてくれんか?」

 

「そうね……使ったら、相手は死ぬわ!!」

 

 要望に答えて、簡潔に叫んでみる。

 

 二人とも、なんとも言えない顔だ。

 

「それは困った。使わずして戦ってくれはせぬか?」

 

 返答は、ノー。

 

「ふっ!!」

 

 短く気合を発して、二人を切る。

 

 私の初動にアンテナを向けていたらしく、それなりの速度で振ったが空振った。

 

「やるわね」

 

「そりゃこちらのセリフじゃ。避けるので精一杯とはな」

 

 当たると思っていたのだけれど、やっぱり舐めすぎかしら。

 

 まあ、当たっても腹筋が更に割れる程度の怪我だけど。

 

「それじゃ、これはどうかしら?」

 

 描く軌道は二本。それぞれを狙った斬撃。

 

 もちろん、躱される。

 

 なら、次は二倍の線を引く。また、躱された。

 

「なるほど。今ので、限界ね」

 

「……お嬢ちゃん。それだけの腕を、どこで手に入れた」

 

「どこと言われても、分からないわ。幾つもの修羅場を乗り越えただけだし」

 

 肩をすくめて、適当に答える。

 

 私がこれだけの力を持っているのは、ぶっちゃけると神様のお陰だ。

 

 確かに、修羅場は何度もあったけど、果たして本当の修羅場かと言われれば怪しい所。

 

 せいぜい、必殺技を出すレベルが数回あった程度だ。

 

 しかも、私がただ経験不足だっただけ。今思うと、この状況の半分にも満たない難易度だった。

 

「……ふむ。シルバよ、全力で行くぞ。後ろの目標は一旦無視じゃ」

 

「了解した」

 

 シルバの短い言葉の後、二人のオーラ量、質が跳ね上がる。

 

「へぇ」

 

 その様子に、私は驚いた。

 

 初めて見たからだ。これほどの念能力者を。 

 

「どうじゃ?」

 

「慢心していたと、言わざるを得ないわ…………まあ、撤回はしないのだけれど」

 

 二人に向かって踏み込み、足を払う様に回転斬り。

 

「っ!?」

 

 そして、飛び上がって回避したシルバを剣で叩きつけ、直ぐゼノに突撃する。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 読まれていたらしく、龍が牙を向いて迫っていた。

 

 ただ、それはこちらも想定済みだったので、龍を巻き込む様に剣を叩きつける。

 

 ゼノが勢い良く壁に跳んだ事を目端で捉えて、振り返りと共に、シルバを叩く。

 

「私相手に能力を使わないのは、愚かな選択よ?」

 

 もっとも、使った所で何かが変わる訳でもないけど。

 

 せいぜい、私も能力を使って対抗するぐらいだ。

 

「そうは言うがの……どうして、儂らを斬らんのじゃ? 少なくとも、一回づつは殺されておる」

 

 ま、そりゃそう考えるわよね。

 

「気まぐれとでも言っておこうかしら」

    

 ただ、私が殺したくないってだけ。それに、もうそろそろイルミが暗殺の成功を伝える頃だろうし。

 

「嘘だな」

 

「アンタは黙ってなさい」

 

 相変わらず、後ろの野郎がうるさい。見当違いじゃないから、更にムカつく。

 

「いっそ、切り落とそうかしら」

 

「……お前、今までで一番強い殺気になってるぞ」

 

 誰に向けたかも分かっているくせに、そこに踏み込んで来るコイツは、やっぱり頭がどこかイカれている。間違いない。

 

 私はクロロを相手にしないと決め、改めて二人と対峙する。

 

 この短い間でも、一切の警戒を怠っていなかったのは、流石といった所だ。素直に凄いと思う。

 

 もっとも、それで何かが変わる事もない。

 

「ふぅ…………ふっ!!」

 

 大きく息を吐いてから、二人に踏み込んだ。

 

 ただ、飛び出しが読まれていた様で、ゼノの竜がタイミングよく迫ってくる。その左後ろにはシルバが控えており、二段攻撃が目的らしい。

 

 私は剣を突き出し、能力を発動した。

 

 その瞬間、見えない"何か"を感じたのか、二人が体制を崩しながら左右に散る。

 

「答え合わせは、無しで行くわよ。全力で、逃げなさい」

 

 目標をゼノに定めて踏み込み、右から袈裟斬り。左に剣を引いて横払い。同時に、両手から右手に切り替え、空いた左手でオーラを飛ばす。

 

 そして、その隙にクロロに迫っていたシルバに対し、バックステップで迫り回転斬り。後ろに飛んで回避した所に、もう一度回転して、剣でオーラを放出。

 

 威力が少ない事は読まれていたらしく、腕を交差した上で"凝"でガードされる。

 

 ただし、それはこちらも予想済みなので、着地と同時に地面を蹴って左拳を追加した。

 

 シルバが壁に大きく激突した音を背で受け、ゼノに駆ける。

 

 右下から逆袈裟斬り、短く弧を描いて右上に切り払い。右腰の辺りに剣を引き、そのまま三段突きを繰り出す。全ての攻撃動作でオーラを飛ばしながら。

 

 オーラの直撃を受けたゼノを視界から外し、またクロロに迫っていたシルバに、左肩から振り向いた状態で剣を投擲する。

 

「何っ!?」

 

 シルバが驚き体制を崩しただろうタイミングで、体制を戻しながらゼノを左拳にて壁に埋める。そして、シルバに迫って手刀を繰り出す。

 

「我、星帝なり。塵と化せ、愚者よ…………『星帝の鉄槌(セイクリッド・インパクト)』」

 

 隙が出来た瞬間、ウボォーからインスピレーションを受けて生み出した能力を、シルバにぶつけた。

 

 効果は、ただのストレート強化。前口上のみで発動する、ちょっとお手頃の能力だ。

 

「ふぅ……こんなものかしら。もちろん、傷はないわね、クロロ?」

 

「いや、大きな傷が出来た」

 

「……心の傷とか言ったら、ぶつわよ」

 

「…………報酬は、弾もう」

 

 段々、コイツの反応が読める様になってきた気がする。物凄く、癪だけど。

 

「それじゃ、さっさと計画を進めなさい。色々と頃合いでしょう」

 

「何も伝えてないはずだが……なるほど、本当に未来を知っているらしいな」

 

 今やっと、本当の意味で理解したらしい。

 

 笑顔で頷きながら、クロロは電話を取り出した。

 

「それは何より……で、いつまで寝たフリをしているの?」

 

 少し声を張り、二人に呼びかける。

 

 "世界"の能力を使わずとも、打ちどころが悪ければ気絶程度の攻撃で、二人がへばってない事は分かっていた。

 

「寝たフリじゃなく、休憩と言ってくれんかの」

 

「全くだ」

 

 服を叩いて土埃などを落としながら、二人が立ち上がる。

 

「それは失礼したわ。それと、そろそろ連絡が来る頃よね?」

 

「……嬢ちゃんには敵わんの。今日の仕事は辞めじゃな。帰るぞ、シルバ」

 

「ああ……」

 

 二人を見送り、電話を終えたクロロに視線を向け──

 

「選択肢は、一番だったらしいわ」

 

 何となく、笑顔で言ってみた。

 

「……一つ、いいか?」

 

「何かしら」

 

「キモい」

 

「うん、殺す」

 

 クロロの返事を聞く前に、私は無防備なその腹に拳をめり込ませた。 

 




お久しぶりです、死んでました。

モチベと、モチベと、モチベが。



これからは、しっかり更新出来ると思いますので、お待ちになられた皆さん。また読んで下さい!!


戦闘シーン、難しいよね、うん。


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14話『予言』

お久し振りです。富樫先生並……以上に不定期で申し訳ない。いや、本当にすまない。





 

 

「私だ」

 

「ん、そろそろ掛かってくる頃だと思ったわ」

 

 クロロ護衛任務が無事に終わり、数時間後。クラピカからの電話を受けた。

 

「この前の返答をしようと思って、こちらから連絡させてもらった……と、回りくどいのはよそう。私は、リナさんを仲間だと思っている」

 

「そう……それで?」

 

「今回の事件……旅団の頭が死んだのは、フェイクと見ていいだろうか」

 

 クラピカが訊きたい本題はこれでは無さそうね。さっさと本題に入ってもらいましょうか。

 

「そんな分かりきった事を訊くために、連絡してきたのではないでしょう?」

 

「……頼む。私に、仲間の仇を討たせて欲しい」

 

 ま、そうなるわね。

 

「これは、電話で続ける話ではないわね。一旦、どこかで落ち会いましょう……手土産も持って行くわ」

 

「では、エル病院の屋上に来て欲しい。場所はメールで送っておく」

 

 電話を一度切って、メールを確認。競売には参加するなとメールを返信し、旅団の輪に加わる。

 

「ねえ、ヒソカ。緋の眼はどこにあるのかしら?」

 

「普通に名前を呼ばないでよ……そこの箱」

 

 苦笑いした後、ヒソカは一つの段ボールを指差して教えてくれた。

 

「ありがとう」

 

 素直にお礼を伝え、しっかり中身を確認すると、ちゃんと本物の様だ。

 

「それじゃ、出かけてくるわ。クロロによろしく」

 

「勝手に持って行って、彼は怒るんじゃないかい?」

 

「そしたら、貴方が私を守る騎士になればいいわ……」

 

 段ボールを抱え、背中越しに手を振って会場を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「そっか、それでも彼と戦える可能があるのか……これは盲点だった」

 

 口元を手で隠し、ヒソカは大きく口を歪める。

 

「おい、ヒソカ。さぼってねぇーで、ちゃんと仕事しろ」

 

「ああ、ごめんごめん。手伝うよ」

 

 リナの言葉で、ヒソカの中にしっかりと選択肢が増えていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ん、待たせちゃったかしら?」

 

「時間は特に定めてなかったし、気にする程でもないだろう。それに、組の会話から抜けれたのは、ついさっきさ」

 

 電話で声を聞いた時に思ってたけど、落ち着いているわね。オーラも乱れてないし、平常心って訳ね。

 

「あ、とりあえずお土産から。喜びなさい」

 

「っ!? 薄々は気がついていたが、本当に持ってくるなんて……ありがとう、リナさん」

 

「どういたしまして。もちろん、本物だから、それ」

 

 そもそも、ここで偽物を持ってくる意味はない。それに、ここで本物を持ってくる事で、仲間だという証明にもなる。

 

 もっとも、あんまり褒められる行動ではないけど。

 

「それで、感傷に浸っていないで、本題に入りましょう」

 

「あ、あぁ。そうだな……」

 

 本当に、クラピカは優しい奴ね。

 

「仲間の仇と言ったけど、旅団を殺すつもりなのかしら?」

 

「もちろん、その通りだ。もっとも、旅団が壊滅すればそれでいいのだが」

 

 復讐の炎は、未だ強い揺らめき……ね。

 

「なら、止めるつもりはないわ。ただ、協力もできない」

 

「やはり、そうなるか……では、一つだけ聞かせて欲しい。リナさんの目的は、一体何だ?」

 

「そんなの、女の子に決まってるじゃない」

 

 私は即答した。

 

「ふっ。リナさんは変わらずだな」

 

「当然よ。あるがままに、女の子を求める……ガールズハンターだし」

 

 微妙に癪な二つ名だけど、これ以上に私を表す言葉がないのが悔しい。

 

「リナさんにピッタリの名前だ」     

 

 そう呟きながら、クラピカは何回も首を縦に振っていた。

 

「ま、旅団の中にいる女の子を狙うなら、例えクラピカ相手でも容赦しないから……それだけは気を付けなさい」

 

「了解した……と、言いたい所だが、実際には分からない。目の前にしてみると、激情してしまわないとも限らないからな」

 

 クラピカかは素直でありがたい。

 

「お互い、殺気も込めずに言う台詞でもないわね」

 

「違いない」

 

 二人で笑い合い、その後クラピカがこの場を離れた。 

 

 そして、一人になった屋上で寝転び、夜空と星を眺める。

 

「さて……と。ここから、面倒な役回りをしなくちゃ駄目ね」

 

 クロロ、ヒソカ、クラピカの思惑が絡まる中に、私を入れて目的を達成しなくてはならない。

 

 現在の相違点が、ネオンが緋の眼、偽物を所持していない事。クラピカが少なくとも女の子……マチ、シズク、パクノダを狙わない事。この二点。

 

 日付が変わってから、昼までにクラピカがゴンたちと集合するとして、その時にパクノダの能力を知るはず。

 

 ここで、私が出向いて説得するより、それより面倒な予言イベントがアジトで起こるから、そっちに向かう必要があるわね。

 

 詳しい予言の内容はあんまり覚えてないけど、私がいる影響を見ておかないと、どこで目的が狂うかも分からない。

 

「その都度修正したとして、上手く行くとも思わないし…………私が二人いれば早いのだけれど、瞬間移動が出来るでも可ね」

 

 念能力として、かなりリスクがあったから選択しなかったけど、欲しい時は欲しいものね。人生、何があるか分からない。

 

 もっとも、全力で色々すれば似た様な事は可能だけど、タイムラグが出るし。

 

「いや、そう考えると、瞬間移動もタイムラグあるわね。って、それはいいとして、どうにか楽な方法ないかしら」  

 

 ヤヤを頼るのは微妙だし、あの子達を頼るのも微妙だし……全部微妙ね。

 

「よし、行き当たりばったりで進もう」

 

 私は全ての考えを投げ捨てて、旅団のアジトに向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ただいま……ん、ピリピリ?」

 

 アジトに戻ると、空気が痛い。理由は明白だけど、素直に面倒だ。

 

「ノブナガ、悪が先に、リナに話だ。で、緋の目を持って行ったとヒソカから聞いたが、欲しかったのか?」

 

 問いかけの中に、多少の怒りあり……ね。

 

 全く、ヒソカは余計な事をしてくれるわ。

 

「んー、特に? 私が欲しかった訳じゃないわ」

 

「……嘘は言ってない。が、誰に渡したんだ?」

 

 曰く付きの品を持ち出したのは、やっぱり、疑われるわね。

 

「貴方たちが言う、言わば鎖野郎よ」

 

 言葉が届いたであろう瞬間、大剣を正面の地面に突き刺す形で呼び出して、数人の攻撃を受け止める。

 

「あのね、残念な事に無駄よ? 交渉決裂なら、今すぐこの剣を抜くけど」

 

「全員、引け」

 

 クロロの一声で全員の殺気が、少し収まった。

 

「すまない、リナ。交渉は継続してくれ」

 

「もちろん」

 

 大剣を消して、肩をすくめながらそう答える。

 

「おい団長。目の前に元凶がいて、剣を抜いちゃいけねえってのか」

 

「くどいぞ、ノブナガ。交渉は継続だ。それに、少し前にだが、俺はリナと鎖野郎につながりがあると知った」

 

「何?」

 

「ある娘の能力だ。ノブナガ、生年月日は?」

 

「は? 70年の9月8日だよ」

 

「血液型は?」

 

「Bだ」

 

「名前は?」

 

「ノブナガ=ハザマだ!! 知ってんだろ!!」

 

「ありがとう。それをこの紙に書いてくれ」

 

「良く分からねえが……分かったよ」

 

 突然、クロロの質問責めが始まり、この空間がかなり穏やかな雰囲気に変貌していた。

 

 私にとっては良い事だけど、まさかこのタイミングで占いの流れになるなんて思わなかったわ。

 

「ほらよ」

 

「ん、ちょっとだけ待ってくれ」

 

 そういえば、クロロの占いをまだ見てないけど……私がいる影響が吉と出るか、狂と出るか。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 大切な暦が不意に一つ欠ける。残された月達は盛大に葬うだろう。

 

 加わり損ねた睦月は、祝福を望まず、一人で霜月の影を追い続ける。

 

 

 女神の加護で女月は決して欠けない。血塗られた緋の眼への祝福が喪われるから。

 

 止め、待て。獲物が掛る。しかし、希も絶もない。

 

 手足を差し出せ。寵愛が、蜘蛛の望みに繋がる。

 

 さすれば、過半数動くから。

 

 

 頭が絶たれ、されど手足は動く。東へ、東へ。

 

 三本で、死神を望め。頭が双丘に蘇るから。

 

 ただ、忘却するな。かつての女神は死神だ。対価でなく、売却だ。

 

 死神の吐息が、還る地を虚無に戻すかも知れないから。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「絶対に嫌だよ」

 

「蜘蛛の為なら、別に」

 

「そんな趣味はないから、私は遠慮するわ」

 

 賛成少数。結論、遊べない。

 

「いっそ、殺してしまいましょうか。貴方を殺して私も……死にたいけど、遊べないからやっぱり殺すだけね」

 

 剣を手に呼び出して、マチの方に向けてみる。 

 

「せめて、殺気を込めてからいいな」

 

「……それもそうね」

 

 剣を引っ込めて、近くの段ボールに腰かけた。

 

「ふむ、本題に入ろう」

 

 クロロの一言で場の空気が、改めて静かになる。

 

「この予知能力は確実に当たる。詩の形を借り、四つから五つの四行詩で成り、それが今月の週ごとに起こる予言だ」

 

 本当に性質が悪い能力よね。先天性の能力はこれだから嫌になるわ。

 

 まあ、それならクロロの計画を阻止すれば良かったんだけど……気にもなったし。

 

「自動書記で、残念ながら俺には内容が分からない。そして、これが俺の占い結果だ。読み回してくれ」

 

 クロロは、かなり綺麗に折られた一枚の紙をポケットから取り出し、ノブナガに手渡した。

 

 さりげなく後ろに回り込み、内容を確認してみる。

 

「ふーん」

 

 重要な文章は特に無かった。

 

 結局、私に頼れば平穏無事。頼らなければ、屍山血河。何とも分かりやすい。

 

 問題があるとすれば、この予言で危険があると分かるから、避ける様に動けば無事になってしまう所。

 

 もちろん、妨害は行う。そこまで私は甘くするつもりはないし。

 

「そろそろ読み終わったか? 話を続けると、リナに三人を差し出せば、蜘蛛は無傷で済む。差し出さないなら、三人以外の誰かがそれなりに死ぬ。一番の問題点は、誰が死ぬか分からない事。これは恐らくになるが、リナの気質に依るからだろう。だから一応、精度を上げる為に、他の皆も同じ様に占わせてくれ」

 

 猫扱いされているわ、私。

 

「ワタシ、自分の生年月日知らないね」

 

「オレなんて血液型も知らねーよ」

 

「げっ」

 

「ざまー」

 

 狼狽えているクロロの顔は、中々に、実に愉快だ。

 

 

 

 それから少し時間が進み、二人を除く占い結果が出た。

 

 皆が結果を共有する中、もちろん、ヒソカだけまだ紙を手にしている。

 

 また、さり気なく後ろに回ると、これまた重要でもない。

 

「頑張って誤魔化しなさい」

 

 もっとも、旅団にとっては一大事なので、ヒソカだけに届くであろう程の小声で、文章の改善を応援する。

 

「僕の能力まで知ってるんだね……了解。頑張るよ」

 

 返答は前向きだったけど、横顔が中々に強張っていた。

 

 それもそう。予言の内容が、大筋こそ見覚えがあるけど、かなり難しく変更されている。

 

 主に私の存在が、内容に入り交じり追加されているから。

 

「ふむ、改めて頑張りなさい、少年」

 

「君、僕より年下じゃないか……うん、こんな感じでイケそうかな」

 

 実際には、三十超えているのだけれど……ある意味。

 

 改善文を眺めながら、三十路は嫌だなとか思ってしまった。

 

「ヒソカの占いも見せて」

 

 そして、近くにいたパクノダから、案の定催促が来る。

 

「やめた方がいい。驚くよ?」

 

「後ろのリナはそんな素振り、一切してないわよ」

 

 多少、そんなフリしておけば良かったわね。

 

 いや、未来を知ってる私の行動としては、こっちの方が正しい。結果オーライ。

 

「彼女は未来を知ってるらしいからね……」

 

 渋々のフリで、ヒソカが紙を手渡した。

 

「っ!!」

 

「ほらね」

 

「ちょっと、皆も見て」

 

 パクノダが紙をふわっと投げ、それをシャルナークが受け取る。

 

 簡単にやってのけたっぽいけど、技術のいる投げ方だ。凄いわね、パクノダ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 赤目の客が貴方の店を訪れて、貴方に物々交換を持ちかける。

 

 客は、剣の掟を差し出して、月達の秘密を攫って行くだろう。

 

 

 11本足の蜘蛛が懐郷病に罹り、さらに7本の足と頭を失うだろう。

 

 仮宿から出てはいけない。貴方もその足の1本なのだから。

 

 気まぐれの女神から、有償の祝福を望め。

 

 唯一、貴方の生に繋がるから。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「赤目の客が月達の秘密を。気まぐれの女神には、有償の祝福を望め…………か」

 

「見せろ!!」

 

 ノブナガが、シャルナークから強引に紙を奪う。

 

 そして、読み終えた直ぐに殺気立て刀を抜き、こちらを向いた。

 

「ヒソカ……てめぇもか」

 

「……」

 

「私はそもそも何もしてないわよ」

 

 弁解だけは忘れないでおく。実際、何もしていないし。

 

「イエスと取るぜ!!」

 

「まあ、待てよ」

 

「そうだよノブナガ。まずは話を聞いてみよう」

 

「話も何も、アイツが裏切ったのは確かだろ!!」

 

 殺気の方向が私にない所を考えると、やはり眼中にないらしい。

 

 私はそっと、戦線から離脱し、元の位置に戻った。

 

「ノブナガ、少し黙れ。ヒソカを問いただすより、遥かに簡単な方法があるだろう……なあ、リナ」

 

「ん?」

 

 携帯ゲーム機から、視線をクロロに移す。

 

「何が、俺たちにとっての最善だ? 予言の内容は皆も共通して理解した。その上で、予言を読み取っての最善は、現段階で三人を差し出す事だろう」

 

「間違いないわね」

 

「現状、二人がリナに協力は出来ない。つまり、この予言は、シズクだけをリナに貸し出した場合の結果のはずだ」

 

「うん、それで?」

 

「予言の忠告を無視して進んだ場合、鎖野郎が死に、三人を除く半数以上が死亡。その後に、俺が旅団と接触できなくなり、東へ向かう事が分かる……ただ、ここで気になるのは、どうして俺がその状況になるか」

 

 相変わらず頭良いわね、コイツ。

 

「選択肢はリナが絡むといくらでも増えるが、主に鎖野郎が原因だろう。ヒソカの予言にあった、剣の掟。これは、ヒソカの様子からして間違いなく、言動や行動を縛る能力だ。それに加えて、ウボォーを捕らえた能力も持っているはずだが……今は重要じゃない。大事なのは、"差し出す"と"懐郷病"だ」

 

 そんな頭が良いクロロでさえ、ヒソカの手の平の中と考えると、かなり笑いが止まらない。

 

 もちろん、ポーカーフェイスは忘れずに、心の中でだけど。

 

「差し出すの本来の意味は、刺し出す。そうでないと、"物々交換"と"攫う"で、前後の文意が食い違うからだ。これは想像に依るが、剣の掟とは、相手の体内に仕掛けを埋め込んで発動する能力。ヒソカ程の実力者を相手に、簡単に成功させれた鎖野郎の実力は注意に値する。いや、注意しないと予言の通り、蜘蛛はほぼ壊滅だ」

 

 そう言えば、元々はクラピカが暴れて? 蜘蛛が半数になる予定だったのよね。現状で中々に恐ろしい戦闘力が有ると考えると、クロロの忠告は正しいかしら。

 

「次に懐郷病だが、これは文字通りホームシックの事だろう。分かるだけ予言をしておいて良かった、という所か。つまり、リナが来る前に話していたホームに帰るかどうかだが、帰っていれば三人を除いた全員が死ぬ事になっていた」

 

「なら、結局俺の提案が良かったって話か?」

 

「それは違う。理由は不明だが、待っていれば勝手に仮宿に来る。ただし、希も望もない……共倒れだ」

 

「そういや、そんな文章だったか」

 

 ノブナガって、やっぱり頭悪いのね。時々賢い様に感じるだけで。

 

「さて、ここから話を順番に戻すが……まず、ホームに帰ると鎖野郎に会わないのに、何故壊滅するか。理由と心情は不明だが、原因はリナだ。恐らく、何かで殺しに来るのだろう」

 

 私もそう思う。ホームの位置を知らないから、逃がすまいと四人以外を瞬殺してしまいそうだわ。

 

 もっとも、未来を知っているのにホームの位置を知らないなんて、クロロは思ってないから、そういう結論に至ったのでしょうけど。

 

 全能じゃないと時々困るわね。

 

「次に、俺が生き残りながら鎖野郎が死んでいるが、俺が頭で無くなる事。これは剣の掟の能力が原因だろう。鎖野郎がこのアジトに来て、戦闘を開始。するとリナは三人を守る為に動く為、鎖野郎の狙いが三人以外になる。そして、守られて大人しくしない三人が前に出ると、必然的に戦闘の余波等で傷つく確率が上がる。すると、その事故を起こさない様に、一太刀で原因をことごとく消していく。その結果、三つ巴が起こり、女の次に守る優先度の高い鎖野郎の為に動き、誰かが死亡。その隙で俺に剣の掟が刺さり、三人の誰かが鎖野郎に攻撃。迎撃され傷つき、傷つけた鎖野郎をリナが殺すのだろう」

 

 クロロの語りに、旅団員がそれぞれ頷いている。それも当然ね。

 

 決して、思考力が足りていない訳じゃなく、クロロとヒソカが異常なだけで……一部メンバーを除いて、水準はかなり高い。

 

「さて、結果的に俺が孤立するのは、鎖野郎の能力によってだ。その頃には三人しか残っておらず、三人でリナを頼った所で、蜘蛛は完全消滅するだろう……ただ、不思議というかこれは異常と言おうか。何故予言が、全員で共通してない結論になるか……まあ、恐らくリナのせいだろう。そこがある意味で脅威だが、予言を持ってしても、リナの気まぐれ次第で結末が変わるんだ。誰がどう望もうと、予言を持って行動しても、だ」

 

「てーことは、結局何が正解なんだよ、クロロ」

 

 ノブナガの質問に、全員の視線がクロロに集中する。

 

「まずは、謝ろう。俺が予言の能力を奪ったせいで、リナの気まぐれが加速する事について……だが」

 

 クロロが軽く頭を下げたが、上げた顔にもう謝罪の念は籠っていない。

 

「お陰で、対策は浮かんだ。簡単な話だ、リナ……護衛という名目で三人を連れて、ヨークシンを発ってくれ」

 

 熱い視線が、私を捉えていた。

 




これからはちょくちょく更新頑張りますので、改めてよろしくお願いします。

時間が空くところで、自分が生粋の小説好きじゃないと自覚して、微妙に困る。でも頑張る。


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15話『灰色狂想』

 

 

 空が茜色に染まり始めた頃、私は三人の女子と共に、殺風景で荒れている一室に入った。

 

 クロロのお願いは一旦保留にしている。その理由と目的はただ一つ……。

 

「さぁ、恋バナを始めるわ」

 

「……」

 

「……」

 

「……正気なの?」

 

 なんで、疑われているのかしら。私、何も変なことを言っていないのに。

 

「そんな驚いた顔されても、今までのアンタの行動からしたら、十分おかしいんだけど」

 

「マチの言う通り」

 

 三人から否定されてしまった。

 

「確かに、今までの動きを見る限り、とても恋バナをするタイプには見えないかも知れない。だけど、私はこれでも純粋、純潔、純情なのよ」

 

「「「ダウト」」」

 

 でしょうね、うん。

 

「まあ、信用されてない。されないのは分かったけど、とにかく話には付き合って貰うわよ」

 

 そうじゃないと、一向に前へ進めないし。

 

「アンタを信用出来ないのはあるけど、それ以前にこのメンバーでするわけ?」

 

 マチ、シズク、パクノダ、私。そう思うのは当然なメンバーね。血を血で洗い流した経験のある女子四人が恋バナなんて、おとぎ話でもありはしないでしょう。

 

「んー、実際にはしなくてもいいわ。でも、しないと多少……いえ、かなりの問題が生じるのよね」

 

 主に私の弱点に繋がる問題なので、これ以上疑われない内に話を進めたい。

 

 最も、弱点と言っても、それが伝わって何かが起こる程の弱点ではないけど。

 

「ふーん……あたしゃ付き合ってもいいけど、何か隠してるね」

 

「どうしてそう思うのよ」

 

「勘だ」

 

 出た、マチの直感。

 

 本当、どうにもならない未知なる領域系のシックスセンスはやめて欲しい。

 

 今だけは、あのノブナガに同情できるわ。

 

「残念ながら…………正解。隠している事が一つあるわ。それは恋バナをしようと言った、真意に繋がる事でもある。だから、それを踏まえてもう一度提案するけど……さぁ、恋バナをしましょう」

 

「断る」

 

「マチに同じく」

 

「私も」

 

「でしょうね」

 

 私は項垂れた。

 

 やっぱり、話を進める為には、理由から離さないといけないかしら。

 

 いや、それとも実力行使で進むべき?

 

 自問自答を繰り返すが、一番の答えは出て来ない。

 

 私が望むのは、相手の情報……主に心情なのだけれど、これは『星帝の世界(セイクリッド・ワールド)』を使って読み取れない情報だ。

 

 女の子の心情ぐらい、察してやれる男だと信じきっていた、昔の馬鹿を責めたい。

 

 多少の未練とか置いといて、一旦あの頃に戻って百回ぐらい殺したい。切実に。

 

「なら、一つだけ答えてくれると助かるわ。ぶっちゃけ、恋バナとか言っても、知りたいのは一つだけなのよ。お願いするわ」

 

 三人に目配せてから、軽く頭を下げる。

 

「はぁ、ならその一つだけだ。もちろん、内容によっちゃ、応えない」

 

 マチの鋭い眼光に、身体が絶妙に震えた。

 

「取り消すよ?」

 

「ごめなさい、条件反射よ」

 

 話が進まなくなる方が嫌なので、素直に謝っておく。

 

 今は本当に、話が円滑に進んで欲しいし。

 

「それなら……良くはないけど、いい。で、アンタの訊きたい事は?」

 

 なんて言葉がベストか……多少なりとも、表情やオーラを微動させないと、感情が読めない。

 

 簡潔で分かりやすく、相手の心に刺さり、なおかつ動揺を誘える言葉でないと駄目。

 

 そうなると……やっぱり、名前を出すのが良いかしら。 

 

「三人とも、クロロとかに恋してる?」

 

「はぁ?」

 

「んー」

 

「はい?」

 

 うっわ、なんてグレー。白黒どころか、やっぱり意図が伝わらなさすぎて、何も分かんないじゃない。

 

「えーと……やっぱり無理ね、このメンツだと」

 

 理解力に乏しいメンバーだとは思わないけど、分野次第じゃ諦める必要がある。

 

 その分野が、この恋バナ……正気を疑われた時点で、やめるべきだった。

 

「男性として好きって意味だけど、そこは大丈夫よね? それも分からないなら、直ぐに止めるわ。あ、もちろん、クロロじゃなくても好きな男性がいるなら、その可否だけでもいいわよ」

 

「その心は?」

 

「手を出せない!! ……あ、うん、そういう事」

 

 シズクの返しに思わず答えてしまったけど、ギリギリ結果として発生する理由なので、そのまま肯定する。

 

「また、意味不明な理由だね」

 

 マチの視線が、少し優しくなった気がした。

 

「意味不明なのは承知の上で、訊ねないといけないのよ。最悪、私の命に関わるし」

 

「それは良い事を聞いた。最悪ってケースがどれか分からないけど……やり方によっちゃ、アンタを殺せる訳だ」

 

 やっぱり、マチは根本的には優しいのね。

 

「殺気を込めずに発する言葉ではないわよ。それに、私がソレを伝えた時点で、殺されないって言ってるも同然だし」

 

 あくまでも、最悪のケースの場合。その最悪は、私が気を付けてなお、起きるかも知れないという条件だ。

 

 今まで生きて、ヘマはしてないし……無知であれば、罪でも罪を回避できる。

 

「相変わらずやり辛い……分かった。アンタの質問には答える」

 

「やった」

 

 ガッツポーズと共に、思わず声も弾んだ。

 

「アンタには残念だろうけど、クロロの事は気にいっている。これが恋心と言われればノーだけど、そもそも気にいらない相手の盗賊団なんかに、所属する意味ないよ」

 

 ……ごもっともで。

 

 私の基準からしても、かなりグレーね。無自覚っていうラインは。

 

「マチと同じく。リナには悪いけど、女の子に興味ないし」

 

 シズクもグレー。

 

「私は個人を愛するより、旅団を愛しているわ。これがリナの基準からして、セーフかアウトか分からないけど……」

 

 パクノダもグレー……というか、ほぼアウトね。

 

「全滅じゃない」

 

 見事に全滅した。精々、セクハラして楽しむ位だけど、その基準はツータッチまで。

 

 元々、確かな基準がない為に私の匙加減になり、経験上そうしている。

 

 主に、自身の不利に働きやすい、優れた直感力のお陰で分かったんだけど。

 

「うーん………………」

 

 四方八方に手を尽くせば、手を出せる。

 

 その褒賞が絶対、割に合わない。

 

 多分、精神的に死に掛けるはず。

 

 そこまでして、手を出したいかと言われれば……ぎりぎりノー。

 

 でも、何もせずにこの地を去るのも悔しい。

 

「なるほど、悔しいのね……あの色男、殺すか」

 

 確かな殺気を込めて、言葉を吐く。

 

『っ!?』

 

 三人に距離を空けられ、その手にはしっかりと念の武器が握られている。

 

 私も、それに答える様に無言で剣を出し、右手に力を籠めた。

 

「私の物にならないなら、壊してしまうのが道理よね?」

 

「……悪いけど、共感できやしない。もちろん、抵抗はさせて貰う」

 

 答えたマチの顔から、汗が落ちている。

 

 恐らく、本格的な死を感じているのでしょう。

 

 そうなるよう、本気の殺気を出している訳だし。

 

「なら、残念だけど……私の為に、死んで」

 

 踏み込んで、まずシズクの武器を斬りつけ、消滅させる。

 

 かかと方向からの足払い、倒れる前に身体を抱き、後ろに跳ぶ。

 

「私は、ここよ?」

 

 抵抗されるのが面倒なので、言葉と同時にシズクには気絶して貰い、床に寝かす。

 

「本当に化け物だね、アンタ」

 

 マチが振り向いて、そう答えた。その言葉には、確かな恐怖を感じられる。

 

「さて、人質を作った意味は、良く分かるわよね?」

 

 狙ったのはシズクだし、高確率で条件が通るはず。

 

「……シズクは、うちの要。条件はなんだい」

 

 ああ、本当、良い。 

 

「マチ、貴方が欲しいわ」 

 

 歪めた顔に、混ざっている恐怖心。滲む怒り。得体の知れない、私への興味。

 

 望んだのは、その反応だけど、これは予想以上ね。

 

「分かった」

 

 まだまだ、絶望が足りない。もう一段階、引き出さないと。

 

「じゃあ、まず……服を脱いで、下着になって。元々何も持たないマチなら、造作もない事でしょう?」

 

「くっ」

 

 流石に、この状況で抵抗心は少ないのか、素直にマチが脱ぎ始める。

 

 武器を隠し持っているのが面倒くさいのはあるけど、主な目的は、もちろん脱がしたいだけ。

 

 いいえ、脱いでいる姿が見たい。

 

「へぇ、元々上は付けてないのね。下はスパッツだし、うん、かなり"ソソル"わ」

 

 形が良く、それなりに育った胸。ツンと上向きで、まさに想像通り。

 

 頑なに触らせてくれなかった、その胸が、わずか10m先で披露されている。

 

 多少の羞恥はあったのか、顔がほんのり赤い。

 

「可愛いわね、マチ。次は、四つん這いになって犬の様に、私の足元に来て」

 

「……ふん」

 

 反応を見せるのが嫌だったのか、顔を伏せながら、要求通りに近づいて来る。  

 

 時間はそれほど掛らず、私の足元に近づいたマチは、俯いたまま顔を上げない。

 

「顔を上げて」

 

 身体を震わせながら、マチが顔を上げる。

 

 やっぱり、先ほどより顔が赤い。

 

「うん、可愛いわ。本当に」

 

「次は、どうするんだ」

 

「立ち上がって、私にキスして。もちろん、言わずとも分かる場所に。そして、情熱的に」

 

「変態め」

 

「褒め言葉よ」  

 

 初めから、こうしておけば良かったなと思うけど……ここまで来て、少し後悔してる。

 

 まさか、こんな上手く成功するなんて。

 

 いや本当に、軽い冗談のつもりだったけど、良くあるテンプレをなぞるだけで、普通成功するかしら。

  

「口、開けな」

 

「いーや。無理やりこじ開けて」

 

 うん、怖い。自分の才能が怖い。

 

 こうすれば、何とか最悪のケースになりにくと判明したし。

 

「っく……んく」

 

 とりあえず、キスさせる事に成功した。

 

 言葉を発すると、口が開いてしまうので、黙ってマチの顔を眺める。

 

「ん、ちゅぱ……はっ、んぷ」

 

 で、この娘……もしかしなくても、初めて?

 

「下手糞ね。こうするのよ」

 

 頭の後ろに左手を、右手を顎に添え、顔を上に向かせて口をこじ開ける。

 

「んんんっ!?」

 

 口内に舌が触れた瞬間、私の舌が切断されてしまう。

 

「かかったね、パクノダ!!」

 

 ビックリするほど痛いけど、耐えられない痛みではない。

 

 やっぱり、そんな上手く行かなかったなと反省。パクノダからの弾丸を三発、ふわっと全身から出した念で包み込んで、軌道を変更、撃ち返す。

 

「えっ!?」

 

 狙った箇所はもちろん拳銃。もっとも、特に意味はないけど、時間差で当てて窓枠から外に飛ばす。

 

 私がそっちに割いた行動の間で、マチがシズクを奪還して、パクノダの傍に戻ってしまった。

 

「いはい。はれれない」

 

 仕方がない。まさか使うと思ってなかったけど、治療しましょう。

 

 星帝の慈愛《セイクリッド・アフェクション》。星帝に備わる、修復能力だ。

 

 ヤヤにあれだけ説明しておいて、この結果だと、笑い話にしかならないわね。

 

「心配してくれるなら御の字かしら……さて、振り出しね」

 

「それが、アンタの能力かい」

 

「一部だけど。元々ある私という質量に変化があった場合に、それをリセット出来る能力よ。簡単に言うと、超再生ね。治癒力を限界を超えて強化すると、こんな感じになっちゃうだけで」

 

 失われた血すら補うので、念が続く限り、永遠に輸血も出来る。なんて世界に貢献できる能力なのかしら。

 

 もっとも、この能力も初期に思い描いていた物と、かなり変質してしまっている。

 

 これは、外からの想像と、現実での相違がかなりあった為。それを独自解釈と考察を繰り返す事で、念能力がある程度変化した。

 

「で、聞きたいのはそれだけ? もっと場を繋ぎなさい。そうしないと、終わりが来るわよ」

 

「……さっき、私の弾丸を返した原理は」

 

「ああ、あれね。あれは能力じゃなくて、ただの念操作よ。水の中の抵抗力って知っているかしら?」

 

「空気抵抗よりも、更に大きい程度しか」

 

「それだけ知っていれば上出来ね。で、解説すると……水中では空気中の約19倍、抵抗を受ける。つまり、物にもよるけど、ざっくり言うと負荷が強いのよ。で、問題は念の抵抗力ね。そもそも、念とは何ぞや。どういう仕組みで生み出され、どういう仕組みで動き、どういう仕組みで扱っているのか……考えた事ある?」

 

「……いえ」

 

 まあ、普通はそうよね。

 

 そもそもこの世界の人間に、念について考えるという概念がない。服装と一緒で、世界のルールだ。

 

 世界は広く、念について専門で考える人間もいるけど、それはそれ。元々意味不明な原理で動く念を、理解して使おうとも、その全てを扱える人間ではない。

 

 理論を追い求める人間は、残念ながらその下地がないからだ。

 

 その中で、もし真理に辿りついた人間がいるとすれば……決して、世に公表などしないだろう。

 

 この世界には、個人で戦うには無謀とも言える科学技術。つまりは、兵器が存在している。

 

 端的に言えば、消される訳で。そんなリスクを背負ってまで、ほぼ理解されない理論を説明して回る馬鹿はいない。

 

 力とはあくまで個人の物であり、世界基準に示した場合、必然と世界と対峙する結果になる。

 

 念とは、何ぞや。

 

 私が得た結論も、恐らく足りていない。

 

 人類が、人類の創造を出来ないのと一緒で。

 

 脳が、脳の原理を理解していないのと一緒だ。

 

 精孔を無くすと、確かに念は生まれなくなる。しかし、その精孔にも個人差があり、鍛える限度が存在する。

 

 私が最高の資質を持って生まれ、その私に限界がある。つまり、世界の見えないシステムにあくまでも従っているという事。

 

 もちろん、世界に抑止力があるだけで、世界を破壊できないわけじゃない。

 

 世界=破壊できない。ではなく、抑止力>人の破壊>世界と、抑止力を破壊できないだけ。

 

 もっとも、世界を破壊した所で、何も残らないので意味はない。

 

 まあ、新世界にはそれを叶えるマジックアイテムが多く存在するのだけれど……実物を見た事がないから、まだ想像になってしまう。

 

 人である以上、不老不死になろうと、孤独には勝てない。つまりは、抑止力ね。

 

 ある程度、出来る事柄が自由にあるっていうのが、世界の抑止力に対抗できる唯一の部分。それが、私が違う世界から来た、最大の特典だ。

 

 念とは、なんぞや。

 

 有限的・無限から壱を。

 

 壱から有限的・無限を。

 

 ほぼほぼ、魔法の様な力。

 

 それが念だと、私は思う。

 

「まあ、原理は簡単なのよ。発する念の密度を上げれば、抵抗力。すなわち、防御力、"堅"が出来る。それを瞬時に使えば、空気中に浮いている物体を、四方から包み込むように……まさに、水中と似た効果が生まれる訳。それで止めた弾丸を、念の流れを作り方向を変え、放出させただけ」

 

「簡単に言うけど、私にはできないわ」

 

「特訓すれば出来るわよ」

 

 実際、ヤヤには理論を説明し、理解してもらった。

 

 もっとも、やっているのは"念の操作"。元より水の性質に似ている念を、動かす力を身につける為だ。

 

 すると、いろんな幅が広がるし、簡単に応用が利くようになる。

 

「だから、例えば……」

 

 その場で強く念を発し留めて、念場という物を作る。自身を模った念が、身体から切り離された状態だ。

 

 そして、足に力を込めて地面を蹴ったと同時に、"絶"に切り替え、それを二回。この間、約一秒。

 

「瞬間移動的な」

 

「うひゃぁぁぁ!?」

 

「シッ!!」

 

 パクノダの胸を、思いっきり後ろから揉みしだいた。

 

 中途半端に、念での戦いに慣れている人に対して、かなり友好的な技だ。 

 

 "硬"、"纏"、"絶"をスムーズに行い、錯覚させるだけ。特に名付けてないけど……念応用の一種にしてもいいはず。

 

「戦闘に置いて、念の切り替えが重要なのは分かって頂けたかしら?」

 

 マチの攻撃を回避し、同じ様に元の位置に戻る。

 

「本当に、化け物だね、アンタ」

 

「そうでもないわ。"円"を最初から使っていれば、反応が増えたと分かるし。そしたら、初動で相手の動きに気づけるわ」

 

「前提で無茶言ってんじゃないよ」

 

 ……でしょうね。

 

 ずっと"円"をしながら、戦闘が出来るなら、かなり強い念能力者の証拠だ。もちろん、私以外で知らないし。

 

 ノブナガなら、もしかしたら出来るかも知れないけど……まあ、反応して終わりだわ。

 

 だって実際には、攻撃と共に反応が、物凄い速度で近づいてきた訳だし。

 

「で、改めて選択を。誰か一人、私の物になれば、色々と見逃してあげる。生贄と言ってもいいわ……けど、一番旅団に必要ないのは、マチよね? 情報処理の要である、シズクとパクノダから考えれば」

 

「アンタの物になるくらいなら、死んだ方がまし」

 

「短絡的ね。何も、命を奪う訳じゃないわよ。心を頂くだけで」

 

 結構、物理的にだけど。

 

「はっ、出来るものなら、やって──」

 

 秘技、魚肉ソーセージから編み出した、口封じの効果的な方法。

 

 近づいた時に隠して設置した、念の塊を拘束に使い、マチの動きをその場で封じた。

 

 それに加えて、暴れられると抜けられるので、後頭部に塊をぶつけて気絶させておく。

 

「はあ、言ったでしょ……"円"を使っていれば、相手の初動を読めるって。舌を噛もうとした脳の動きだって、読めちゃうわ」

 

 もちろん、脳の構造に詳しいわけじゃない。精々、何がどれに繋がっているか。

 

 つまり、神経に伝わる前の微細な動きを感じ取り、念を遠隔操作してマチを止めた。

 

 これも、特に操作系や放出系である必要はない。

 

 私はもう一度だけ念を動かし、マチの身体をこちらに誘導する。

 

「手品でも能力でもないわよ。仕掛けは置いてあった訳だし……参考になるか分からないけど、説明欲しい?」

 

「一応」

 

 驚きすぎて、結構、緊張感が薄れてしまっているみたいね。

 

「具現化した能力を、"隠"で隠せるなら、そもそも普通の念も隠せる。離れた能力を操作できるなら、そもそも念を操作できる。放出した念が弱まっていようと、元が違えば確かな質量を持つ……大体はこんな話だけど、少しだけ詳しく話すなら、念系統についてかしら」

 

 マチの服を念で拾って手元に持ってきて、服を掛ける。

 

「さっき水の様にと説明したけど……流れを操作できるなら、人ひとり分の念の塊を用意すれば、流れを作ってある程度だけど誘導が可能になる。必要なのは念を操作する技術と、放出した念を留める技術ね。今の私が使える放出系能力は、45%だけど、これだけあれば人を吹き飛ばす念を放出できる。これを操作するには、どれ位の数値が必要だと思う?」

 

「……同じ位じゃないかしら」

 

「正解は、僅か5%。流れを与えるだけだから、ほぼ誰にでも出来る。念系統はあくまでも何が得意かってだけで、実際に一流の念能力者は、鍛えれる数値を鍛え上げるでしょ。ただ、何故鍛えるかは分かっていない。鍛えれるから、鍛えているだけ。それで、何が出来るか考えないから……そこで停滞する」

 

 まあ、活用すればこんな事も出来るのだと、パクノダが理解しても特に意味はないんだけど。

 

「よく思うのが、放出系の人って念を飛ばしがちだけど……それって正確には、念を身体から離しても、力強さを保つのが得意なんだと思うの。つまり念を放つって能力にしなくても、元々からできるはず。むしろ、飛ばすのは操作系よねって」

 

 六性図が近いのも、それが主な理由のはず。

 

 対極に具現化があるのは、具現化した念が、どの性質なのか関係するから。

 

 元々、身体から離しても大丈夫な様に作れる物は、基本的に何の能力も付与できない。コルトピが良い例だと思う。

 

 恐らく、手元で発動する強力な能力も持っているはず。

 

「創造するのは難しいけど、創造できてしまえば、唯一無二になる」

 

「え?」

 

「具現化系の能力の真理ね」

 

 先にキャパシティの概念を埋め込まれると、その時点で制限が大きくなってしまう。私が色々と規格外に見えるのも、あくまでそれの差なだけ。

 

「つまり、リナは……念という本質を、見いだせていない人が多いと言いたいのかしら」

 

「ザッツライト。まあ、そういう訳で……私は帰るわ。貴方たちで言うお宝も手に入れたし、恨まないで頂戴ね。返して欲しかったら、いつでも挑戦を受けるし」

 

 もちろん、見つけられるならだけど。

 

「あ、ちょっと待ちなさい!!」

 

 待つと言われて、待つ馬鹿はいない。

 

 私はお姫様抱っこでマチを抱えたまま、ホテルへと足を向けた。

 

 

 

 

 




調子にムラありすぎ、申し訳ない。


本当にゆっくりと、更新は頑張ります。




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16話『小さな変化』

新年初(遅い)。新展開進みます。


 

「ん? おかえり」

 

「ええ、ただいま」

 

 マチを抱えたま帰って来たというのに、ヤヤの反応が薄い。

 

 ただ、テレビを見ながらポテトチップスを食べるヤヤの姿を見て、何となく……。

 

「夫婦って、こんな感じなのかしら」

 

「夫婦?」

 

「いえ、いいわ」

 

 一仕事終えて帰宅し、それが当たり前だと構えている嫁。百年の恋も、所詮は妥協になってしまいそうね。

 

 とりあえず、マチをベッドに寝かして、絶対に動けない様に拘束具を準備する。

 

 まず、舌を噛み切らない様に、特製・ギャグボール。

 

 次に、関節を外して抜けられると困るので、特注の念縄を使って全身を縛る。これは、念を込めると一切合切、伸縮しなくなる代物だ。

 

 最後に、身体検査にて武器を押収しておく。

 

 もし、手元になくても針を操作でき、尚且つ"発"を使える危険性を排除する為に。そもそも、針がなくても"発"を使える可能性はあるけど……それはその時に対処しましょう。

 

 え、ワールドで確認? 女の子の秘密を無理やり知るなんて、滅茶苦茶に失礼じゃない。

 

「手慣れてるね」

 

「本業ですから……って、感想はそれだけなのかしら」

 

 もっとこう、リナは本当にソッチの人間なんだ、とか。変態!!エッチ!!とか。

 

「うん、別に」

 

 ふっ。

 

「天誅!!」

 

「いやぁぁぁ!?」

 

 腕だけ簡単に縛って、後ろから胸を揉み始める。

 

「ふふふ、本当に嫌ではないでしょう」

 

「う、ふぁ……っっ!? そ、そこは……あっ」

 

 柔らかさは極上。感度も最高。下は知らないけど、胸はとりあえず名器だわ。

 

 どこを触っても感じてしまう様だから、乳首を避けて揉み続ける。

 

「ああ、堪らないっ」

 

「いやいやいや、だめ、だめだって──ふゃんっ!?」

 

 で、焦らしてから乳首をキュッとつまむ。

 

 胸の責め方は無限大にある。それが楽しいし、それが欲に終わりがない証明ね。

 

 乳首を重点に責めてもいいし、揉む方を重視しても良い。

 

「ん、はぅ、きゃう!? うぅん、ひっ!?」

 

 揉む、揉む、摘まむ、揉む、捻る。

 

「ヤヤ、可愛い」

 

「あ、あぁっ。だめ、ほんとっ、んんっ!? ん、あ、あぁあっ!! い、イイイッ……っは、イっちゃうからぁ!!」

 

「だから、イきなさい」

 

 両手の揉む速度を上げて、人差し指だけで乳首を弾く。

 

「あぁぁぁ、だ、だめぇっ!!」

 

 そして最後に、回り込んで服の上から、右胸の乳首に噛みついた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふぅ、これがメインディッシュの前の、メインディッシュという奴かしら」

 

「ぐすっ」

 

 ヤヤは、泣いていた。

 

「可愛い」

 

「いや、もう、ほんとにだめ!!」

 

 腕を拘束されたまま、私の胸で泣いていたヤヤはが、一瞬で部屋の端まで移動する。

 

「へぇ……鍛錬は怠ってないのね。良かったわ、ゾーンポテチが日課に感じる姿だったし」

 

「……ポテチは日課だよ?」

 

 ええい、このホテルが何でも用意してくれるからって、自由を満喫しているわね。庶民的に。

 

 まあ、カロリーの消費も多いし、大体が胸に行くはずだから気にしないでおきましょう。

 

 ヤヤって、私より神秘的な性能を誇ってるのよね。

 

 スタイルキープは置き忘れ、肌のケアはゴミ箱に、食生活はメタボもびっくりだ。

 

 私もかなりおざなりとはいえ……流石に程度がある。

 

 母に躾られた結果でもあるけど、無視し続けるとコンディションが落ちていたことがあった。

 

 それからは、最低でも三日に一度は手入れはするのだけど。

 

「本来なら追加のギルティだけど、いいわ、許す」

 

「え、うん。ありがとう……で、その子は?」

 

「幻影旅団って第一級?盗賊団のマチよ。盗んできた」

 

「ふーん。どうするの?」

 

 純粋なのか、天然なのか。

 

 いや、私のせいで純粋ではないはず。

 

 もっとも、確かに意図は難しいかも知れないわね。

 

 ただ単純欲望を満たして遊ぶだけなら、わざわざ連れて来る意味はないし。

 

 それこそ、メンチやレルートの時みたいに、どっかで監禁すればいい。

 

「仲間に……なるとは思わないけど、とりあえず交渉かしら」

 

「仲間探してたの?」

 

「いいえ、玩具が欲しいだけね。その過程で仲間になってくれれば御の字でしょ? 可愛い女の子が増える訳だし」

 

 とはいえ、中々どうして面倒なのよね。

 

 ツンデレならどうにでもなるけど、全力で嫌われているので対処が難しい。下手すると死んでしまうのも、原因の一つ。

 

 最終手段は……いえ、色々な手段は用意できるから、困ったらアレを頼ろうとも思っている。

 

 アレを使うのは交渉が失敗した時だから、そう出て来る事はない。むしろ、決して頼りたくない。

 

 でも、あの娘……便利だし。その為に、骨も折ったし。

 

「確かに、可愛いと思う。でも、リナが玩具を欲しがるのは納得してるけど、仲間は私以外作らないで欲しいなぁ……なんて、少し思っちゃうかも」

 

 おや、ヤヤがデレた? とりあえず、抱きしめよう。

 

「ありがとう、ヤヤ。その気持ちは、素直に嬉しいわ……なら、貴方の気持ちを尊重しましょう」

 

 うん、仲間はやっぱりいらないわ。

 

 玩具として、手先として……あっちに流しましょう。

 

 彼女たちなら、きっちり管理を出来るだろうし。

 

「え? いや、その……嬉しいけど、いいの?」

 

「いいも何も、貴方がオンリーワンでいてくれるなら、それでいいわ。ま、手癖だけは勘弁して貰うけど」

 

「あー、うん。ほ、ほどほどでお願い……します」

 

「改めて、ありがとう。じゃ、早速」

 

 時間がもったいないし、色々始めましょうか。

 

 私は、頼れる彼女に電話を掛けた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「また、ですか」

 

「ええ、また、ね」

 

「お遊びが過ぎますよ、リナ様」

 

「ごめなさいね。何かお詫びは考えておくから、お願いするわ」

 

「……全く。デート一回でどうでしょう」

 

「あら、その先はいいのかしら?」

 

「高望みすると、非戦闘型の私なんて殺されますから。どっかの誰か……特に、アレには」

 

「アレは最高の成功作であり、失敗作だけど……見た目は可愛いわよ。まあ、シャーロットとは相性が悪いから、しょうがないけど」

 

「性質が未だに受け入れられなくて……最大の失敗でした。では、とりあえず準備を進めます。どれが必要ですか?」

 

「二番と四番。保険として──」

 

「ええ、アレには連絡しておきます。準備が整い次第、メールで連絡を。その後、ミーナに転送させます」

 

「別に、急ぎではないし、ミーナにお願いしなくてもいいわよ?」

 

「……察して下さい」

 

「なら、連絡は電話で。シャーロットとの会話は好きだし、声を聞かせて」

 

「畏まりました。では、また後で」

 

「楽しみに待ってるから、シャーロットのもしもしコール」

 

「さり気なくハードルあげないで下さい……でも、そんなリナ様をお慕いしております」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……誰、今の」

 

 電話を終えると、中々に低いトーンでヤヤからの質問が来た。

 

「ん? 私の右腕ね」

 

 少し意地悪して、回答を簡素にしてみる。

 

「リナの馬鹿」

 

 どうやら、今日のヤヤは……あ、そういえば久し振りだったのよね。なるほど。

 

 マチの事が解決したら、色々と説明しましょう。

 

「ふふっ、今はヤヤが一番よ。でも、もう少し時間を貰うわ。具体的には、マチへの対処が済んだらね」

 

「……分かったけど、なんか、変かも」

 

「変?」

 

「その、リナと久し振りにあったからか……動悸がします、はい」

 

 やっぱり、良い傾向みたいね。

 

 ヤヤにとっては、そうでもないみたいだけど。

 

「それも、気にしなくていいわ。じゃ、少し出かけて来るわね。個室が必要だから」

 

「あ、うん。いってらっしゃい……早く帰って来て下さい。じゃないと、ゾーンポテチ繰り返すから!!」

 

 地味だけど、それは不衛生すぎるので、早く済ましてしまおう。

 

「ええ、分かったわ」

 

 拘束されたマチを抱えて、私は部屋を出る。

 

 向かう先は、ぶっちゃけどこでもいいのだけれど、人目をある程度避けたいので、岩盤地帯へと足を進めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 さて、準備は整ったのだけれど……シャーロットなら、きっと。

 

 そう思った丁度のタイミングで携帯が震え、ホルダーから引き抜いて、名前を見ずに電話に出る。

 

「ベストね」

 

「リナ様の為ですから。と、今から送りますが……ご武運を」

 

 ご武運……?

 

「ん? ええ……って、まさか」

 

 早い、早すぎる。いくらなんでも、アレの到着にはっ──

 

「リ~ナ~さ~まぁぁぁぁぁ!!」

 

 感度の良い耳が上空からの微かな声を拾い、すかさず能力を発動。強化系能力"星帝"を最大数値まで上げて、隣の岩山に跳び移った。

 

 響く爆発音、吹き飛ぶ岩山。

 

 私の立っていた岩山は、飛来したアレによって、根元まで全てが爆散していた。

 

「ちっ、受け止めてくれませんでした」

 

「見つけた早々に、私を殺そうとするのは辞めなさい」

 

 次第に砂塵が晴れていき、そこに立っていたのは、純白のロリータドレスを着た一人の少女。

 

 金髪でアップツインテール。童顔であり、身長は140㎝。ただし、体重は8tもある。

 

 そう、8t。

 

「殺すなんてとんでもないです!! でも、リナ様なら死なないですよね?」

 

「限度があるわ。貴方が相手なら、死ぬ可能性もある」

 

「なら、一回くらい相手して下さいです。まだ処女なのは、私だけじゃないですか!!」

 

 うん、つまりはそういう事。

 

「物理法則って物があるわよ!! 何かの間違いで貴方にのしかかられたら、間違いなく死ぬわ!!」

 

「その星帝状態ですと、実は受け止められるはずですよね?」

 

 どうやら、知力が上がっているらしい。

 

 見た目はどう考えても、知性溢れるお嬢様。クールに笑う美少女と想定したはずだったけど……能力の代償か、思考力がポンコツになってしまった。

 

 もっとも、シャーロットの設計が間違った訳じゃなかったし、原因は不明なのだけど。

 

「誰から仕入れた情報か分からないけども……ずっとこの状態だと、盛り上がれないでしょ」

 

「あ、そうですね。なら、また何か考えますです」

 

 どうやら、落ち着いてくれたみたい。この場合、思い直し?

 

 とりあえず、命の危機が一つ去ったと喜ぶべきね。

 

「で、用件だけは理解しているの?」

 

「もちろんです。記憶消去です」

 

 駄目だった。流石はポンコツね。

 

「シャーロットと会話してないでしょう」

 

「マスターはいずれ殺します」

 

 本当に不安だ、コイツ。

 

「まあ、貴方は最終手段だし、そのまま待機していなさい。二番と四番を呼んであるから」

 

「ああ、型落ちじゃないですか」

 

「貴方の姉たちよ、しっかり尊敬しなさい」   

 

「ふっ尊敬なんて出来るわけないじゃ──くはっ!?」

 

 8tもあるはずのポンコツが唐突に吹き飛び、岩山にめり込んだ。

 

「姉を侮辱するなっ」

 

「相変わらず、能力だけですわね」 

 

 ポンコツが元いた場所には、二人の美少女。

 

 青髪ポニーテルでブルーのミニドレスを着ていて、下にはスパッツを履いている二番。少しツリ目で、シャーロット五重機士の中で一番活発な少女だ。

 

 身長は160㎝あり、体重は70㎏。すらっとしているが、戦闘タイプの彼女は少し重く設定している。

 

 ちなみに、微乳だ。

 

 もう一人の四番は、赤髪で腰まであるストレート。真紅のロングドレスを纏って、赤の手袋をしていおり、腕を組んでポンコツを睨んでいた。

 

 150㎝の40㎏。二番目に軽い代わりに、能力と戦闘のバランスが一番取れている。

 

 ちなみに、巨乳だ。

 

 吹き飛んだポンコツと違い、二人ともまともではあるのだけれど……ポンコツに対しては相変わらず雑だ。

 

「汚れるじゃないですか」

 

 まあ、流石に無傷よね。めり込んで服が汚れただけで、傷もなさそう。服にも、本体にも。

 

 むしろ、あったらびっくりだけど……不意打ちじゃなかったら、二人の全力でもまず吹き飛ばないし。

 

「さて、そろそろいいかしら?」

 

 マチを抱えたままだったけど、そのまま岩山を飛び降りて三人の間に降りる。

 

「リナさまぁ、とりあえず抱きしめてくれっ!!」

 

「まずはキスをお願いします。ええ、それはもう濃く情熱的に!!」

 

 うん、まともでも、ポンコツと比べて……で、あるわ。

 

「アクア、ルー、落ち着きなさい。シトリンが面倒なのは分かるけど、軽々しく吹き飛ばさない。自然破壊はシトリンと同義よ」

 

「「はっ」」

 

 戒めるには、手っ取り早い。言う事も聞いてくれるし、本当にシトリンとは大違いね。

 

 ……いや、言う事はシトリンも聞くけど。湾曲する可能性高いだけで。

 

「悪いけど、このままだと報酬はないわ。だから、さっさとお願いね」

 

 ぶっちゃけ、私にもそれほど時間はない。

 

 目的が決まっている分、大丈夫だと思うけど……ヤヤとも約束したし。

 

「「分かりました(わ)!!」」

 

 まあ、この二人なら早く仕事をしてくれるわね。シトリンが邪魔しなければ。

 

 でも、失敗のリスクも考えないといけないし、その為のシトリンだ。

 

 代償が大きすぎる気もするけど、背に腹は代えられない。

 

「シトリンも、真面目に頼むわよ。頑張れば、望みを叶えてあげてもいいわ」

 

「本当ですか?」

 

「ええ」

 

「やるです!! 姉二人!!」

 

「いや、お前が仕切るなよ」

 

「全くですわ。メインは私たちと分かっていて?」

 

「さぁ、やるです!!」

 

 人選を間違えたかも知れないわね。

 

 けど、一番と三番は……もっと性質が悪いし。そもそも、能力も違うから今回のケースならこれしかない。

 

「それじゃ、洗脳を始めましょう」

 

 意味もない死を招くより、意味のある生が大事だ。

 

 それがたとえ、ある程度の真実から遠ざかっても……母が私にしてくれた様に。

 

 護る事に繋がるから。

 

 

 



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17話『蜘蛛との決着』

 

 

「ねえ、ヤヤ。生まれ変わるとしたら、何になりたい?」

 

 ホテルの自室に戻り、風呂に入ってから私は、ソファーで横になっているヤヤに問いかけた。

 

「……どうしたの、急に」

 

「参考程度に訊いておこうと思っただけね。それ以上の理由は特にないわ」

 

 肩に掛けた白いタオルで髪を拭きながら、ヤヤの視線を誤魔化す。

 

「ふーん、そっか。私は生きているって思えるなら、何でもいいかな」

 

「そう、強いのね」

 

「強いって言うより、そんなアリもしない可能性? の事を考えるのが苦手だから、分かり易く楽な想像をしただけだよ」

 

「ふふ、そう」

 

 結局、マチの洗脳は、直前の問答により断念した。

 

 覚悟が足りなかったというか、なんというか。

 

 どうやら私は、人としての何かを、どこかに落としてしまったらしい。

 

 そもそも、持っていなかった可能性も否定できないけど。

 

「改めて訊くけど、何かあったの?」

 

「うーん、何もなかったわね。しいて言うなら、無駄な取引をさせられた位ね」

 

 興が冷めたと言えば、それだけなのでしょう。

 

 自分の虜にしてから手を出す。

 

 本来の手段はソレだった気もするし、無理矢理も可能であればしてきた。

 

 ただ、いつの間にか手段が目的になっていた……それとも。

 

「ふーん、リナでも失敗する事あるんだね。どんまい」

 

 毒されたか。

 

 転生を願って、その目的とは既に外れている。いや、外されているが正しいかしら。

 

 記憶の改ざんも、普通の家庭に生まれていればされなかった。

 

 ヤヤとの出会いも、記憶が正しければ起きなかった。

 

 見えない意思。

 

 私が私単体で関わる者に関して、色々な一線を越えれない様になっている気がする。

 

 そうしないと、今日みたいに見境がなかったのか。

 

 既に、死んでいたか。

 

「ほんと、困ったわ。ヤヤに助けて貰おうかしら」

 

「私で力になれるなら、どんどん頼って」

 

「……えぇ、ありがとう」

 

 護る物が多すぎると、どこかできっと、何かを失ってしまう。

 

 きっと、そうならない為の救済処置だったとして……。

 

 感謝する先は、あの神様なのかしら。

 

 男で人生を進めなくて済んだって事も。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「で、怖気づいた上で、能力の使用を辞めてしまったと」

 

「そうなるわね。ごめん、シャーロット。お願い損になってしまったわ」

 

「いえ、問題ありません。ただ、どうして辞めてしまったのですか?」

 

「簡単に言えば、気が向いた。かしら」

 

「やらない方向に、ですね。なるほど」

 

 言葉を多くすれば、そこにマチとしての価値がないから。

 

 自分の物ではあるが、自分の物でない感覚。

 

 どこか、気持ちの悪い感情が働いていた。

 

 言葉を交わさなければ、そのまま続行していたけど……結果、良かったのかも知れない。

 

 自分の見つめ直す反省。いや、反省というより価値観の修正か。

 

 行動原理が、気の向くままとなっていたから。

 

 その異常。私からすれば、許容範囲ではあったはずなんだけれど。

 

「とりあえず、全員に埋め合わせは考えているから、シャーロットも考えておきなさい」

 

「ふふっ、気にしなくてもよろしいのですが。分かりました、とびきりの我儘をご用意しておきます」

 

 それから少しの時間、他愛ない話をしてから電話を切った。

 

 さて、これからの目標は……。

 

 ゾーンポテチをしていたヤヤを一度見る。

 

 うん、ヤヤの育成かしら。

 

 もっとも、私が教えるに基礎的な限界が来ているので、ここは彼女にお願いしましょう。

 

 まあ、面識がないので、少し前途多難かも知れないけど。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「で、何もかも予定通りになった訳ね」

 

「ああ、感謝する、リナさん」

 

 今後の計画を考えていた時、クラピカからの連絡が入った。

 

 蜘蛛の団長を確保し、ゴンとキルアが攫われた。これから、その交渉を行うので、集まって欲しいと。

 

 私が三人と恋バナをしていた頃、三人を覗いて他の団員が動いていた訳だけど、結果的には変わってないみたいね。

 

 ヒソカの目的を叶えてあげる為に、私はクラピカ陣営の居場所を、あらかじめ伝えていた。

 

 ベーチタクルホテルにいる、と。

 

 もちろんクラピカと示し合わしており、参加した団員は誰か分からないけど、ゴンとキルアが掴まってしまう未来は一緒のようだ。

 

 多分、流れも一緒なのでしょう。

 

 これが抑止力による物かは分からないけど、まあ、私が出来る手助けは終わり。

 

 蜘蛛にとっても、クラピカにとっても。

 

「で、0時にリンゴーン空港に来てくれると思っているの?」

 

「……ああ、念の鎖は、リナさんの言う通りパクノダには刺さなかった。ただ、それで旅団がどう動くか決まっていないが、リナさんの存在があれば、無下にはしないだろう」

 

 ふむ、これで誰も死なずに済むわね。

 

 事前に女性に何かしら手は出すなと忠告しておいたけど、ここまで上手く行くなんて。

 

 後は、パクノダとヒソカがゴンとキルアを連れてこれば安泰かしら。

 

「ま、妥当ね。じゃあ、それまで私は……」

 

 クロロの元に歩み──

 

「ぼっこぼこね」

 

「大体、お前のせいだと思うが」

 

「ええ、違いないわね」

 

 鎖で身体を縛られ、顔面は腫れあがっている。

 

 なんとも無様な姿。

 

 これも、記憶通りだ。

 

「それより、結局三人は解放したのか」

 

「まあ、考えの違いでね。マチは一度確保したけど、返したわ」

 

「意外だな。どうしてそうなった?」

 

「んー」

 

 理由は、凄く単純だけど、説明は難しい。

 

 何せ、これからの歴史をかき乱したくないのと、私の欲望が天秤に乗せて負けた結果だから。

 

 そりゃ、欲望に任せて動き回っても良かったけど、その徒労が目に見えずとも簡単だった。

 

 洗脳してしまったマチは、マチであってマチでない。

 

 身体だけ欲しかった……のも多少あるけど、もうそれはマチ個人ではないから。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「で、とりあえず洗脳を始めるけど、何か言いたい事はあるかしら?」

 

「そうだね……アンタは、何がしたい」

 

「マチと色々?」

 

「じゃあ、それはあたしじゃなくても良い話じゃないか。なぜ、あたしに拘る」

 

「確かに……そうね」

 

 アクア、ルー、シトリンを見て思い直す。

 

 そういえば、何故こうも焦って手を出そうとしているのか。

 

 確かに、護る為にはマチを洗脳する必要がある。

 

 だけど、その結果、得られるのはマチという身体だけ。

 

 想いの無い身体なんて、特に価値はない。

 

 そうでないと、想いを持って生み出された三人の意味は皆無だ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 念とは、魔法の力。

 

 ただ、魔法よりも圧倒的に利便性がある。

 

 アクア、ルー、シトリンの三人は、シャーロットの念能力によって生み出された。

 

 パクノダに説明した通り、念の概念は異常だ。

 

 その事を知っている私は、高い具現化系の資質を持ち、なおかつ美少女である人間を探した。

 

 それが、シャーロット。発端は大体、五年前の話である。

 

 元の生まれから世界について。そして、念の全てを伝え、協力を得た私はシャーロットの資質を育て三人を創造させた。

 

 "愛玩人形舞踏会(ラブドール・ワルツ)"

 

 一番プラチナ。二番アクア。三番エメ。四番ルー。五番シトリン、の五人を、こうである。という詳細設定をそれはもう隅々まで設定し、イメージさせて造り上げる能力。

 

 容姿、言動、身長、体重。そして、それぞれの"超"能力を。

 

 なんでも斬れる剣。は、概念的に難しい。それはイメージが出来ないから。

 

 ただし、イメージが出来てしまうなら、それを念能力として収める事が出来るのではないか。

 

 そう考えた私が、研究を兼ねて検証した。

 

 結果は大成功だ。

 

 共通項目は、超能力。いわゆるサイコキネシスや発火。瞬間移動と多岐にわたるが、五人それぞれに得意分野がある。

 

 それに加えて、念を必要としない事。

 

 一度発動してしまえば、シャーロットが意図的に解除しないと消えない。つまり、念で創造はしたが、それぞれが単独行動が出来る生命と言っても過言ではない。

 

 理論は簡単で、術者から独立して生きれる様にイメージしたから。

 

 そのイメージ設計には、元世界のアニメという知識や、この世界での意識。それを根本からシャーロットに叩き込み、足りないイメージが無いまで知識を教え切った。

 

 シャーロット自身のイメージ習得には、四年の歳月が掛っている。

 

 先に念という存在を教え、その概念の考え方を教え、四年。

 

 そりゃもう、簡単ではなかった。少しでもイメージがぶれると発動できないから。

 

 むしろ、下手に発動してしまうと、ゴミみたいな能力になっていたはず。

 

 まあ、本当に色々と頑張った結果、念性質のブレイクスルーが出来たのだけど。

 

 一番苦労したのは、イメージの為にアニメを自主制作した事かしら。

 

 念の概念を教え込むより、果てしない苦行だった。

 

 何せ全120話にも及んだ。

 

 途中、イメージの為という事を忘れる程に、血肉を注いでいた気がする。

 

 その仮定で、スター・ディスティニーという会社が出来た位に。

 

 本当、長かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「うん、洗脳は止めましょう。解放するわ、マチ」

 

「は?」

 

 私は、既に恵まれている。

 

 これ以上、何かを欲望だけで求めるのは、恐らく破滅への道。

 

 手に収まらない物が増えてしまうと、結局、どこかで破綻してしまうはず。 

 

 そうなった時、私にはきっと選べない。

 

「いつでもいいかなと思って」

 

「そんなにあたしは甘くないよ。もう二度とアンタの前には現れない」

 

「でしょうね。まあ、機会があればでいいわ」

 

 心が手に入らないなら、ある意味で、もう良い。

 

 もちろん、遊びたくはあるけど……次の機会でも良いでしょう。

 

 まずは、私のヤヤを優先しないと。

 

 確実に、ヤヤは私のモノなんだから。

 

「変な奴」

 

「違いないわ」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして、私はマチとお別れした訳だけど、やっぱり意外に見えてしまうわよね。

 

「ま、気が向いたって事にしておいて」

 

「そうか」

 

 クロロは笑みを浮かべ、壁に背を合わせて目を閉じた。

 

 多分、興味がなくなったのでしょう。

 

「来たか」

 

 クラピカの呟きで、私は窓の外を見る。

 

 しっかりと、パクノダと人質二人がいた。

 

 円で探ると、直ぐ近くにヒソカもいる。

 

 逆に、ヒソカ以外はいないので、問題なしね。

 

 じゃあ、私は帰宅しましょう。これからの為に。

 

「後は頑張りなさい」

 

「……分かった。ありがとう、リナさん」

 

 頭を下げたクラピカを見て、私は手を振ってからホテルへと帰宅した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 9月10日。これからの予定を決めた私は、ヤヤと共に選考会場に来ていた。

 

 バッ……テリー? か、なんかの、グリードアイランド選考会。

 

 落ちるはずもないので、私は気楽に待機しているのだけれど……。

 

「大丈夫かなぁ……ねえ、大丈夫かなぁ、リナ」

 

 ヤヤは物凄く緊張している。

 

「何度も言うけど、ヤヤなら緊張するだけ無駄よ」

 

 何度言っても緊張しているヤヤにこそ、無駄かも知れないけど。

 

「だって、プロのハンターが試験官なんでしょ」

 

「その試験官よりも強いヤヤが、落ちるはずないわ……って、いい加減にしないと、脱がせるわよ」

 

 面倒になって来たので、殺気も込めてヤヤだけを威圧する。

 

「う、分かった」

 

 しゅんと肩を落とすヤヤ。それがまた、可愛い。

 

「分かった、分かったから!!」

 

 ……どうやら、また出していた様ね。

 

 ヤヤから視線を外すと同時に、壇上に黒スーツのおっさんが出てきた。

 

『皆さん、お待たせいたしました。それではこれより、グリード・アイランドプレイヤー選考会を始めたいと思います』

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あのー、お二人はまだですか?」  

 

「え?」

 

 気が付けば、私とヤヤ以外がいなくなっていた。

 

 興味が無さすぎるのも、考え物ね。

 

「今から行くわ。ほら、ヤヤも行くわよ」

 

「う、うん」

 

 して、まだ緊張してるのね、この子。

 

「二人同時でも構わないわよね」

 

「わわっ」

 

 ヤヤをお姫様抱っこし、"隠"で不可視にした剣を取り出す。

 

「いえ、決まりなので──えっ?」

 

 返答は特に聞かず、司会役の声を背で訊いておく。

 

「見せなくてもいいわね?」

 

 壇上に向かって跳びつつ、空中で剣を操作し、シャッターを細かく切り落とす。

 

 そして、あごひげに声を掛ける。

 

 約二秒。

 

 司会者はもちろん、あごひげも理解していないでしょう。

 

「……は?」

 

 まあ、シャッターが切り落されていて、急に女子二人が現れたら、そりゃそうなるでしょうけど。

 

「じゃ、そういう事で」

 

「ズルして、ごめんなさい」

 

 謝らなくてもいいのに、ヤヤは律儀ね。

 

 扉を抜けて、ゴンとキルアの元へ向かう。

 

「お疲れ様、リナさん、ヤヤさん」

 

「さっきの金属音、どう考えてもシャッターが発生源だよな。切り落としただろ?」

 

「凄い音だったよね。細切れ?」

 

「ええ」

 

「私は何もしてないけどね……」

 

 こうして、無事にグリードアイランドの参加権を手に入れた。

  

 

 



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18話『G・I-初日-』

 

「G・Iへようこそ」

 

 ドアが開いた先に、一人の美少女が。

 

 分かっていたけど、とても可愛い。

 

「……何か?」

 

「いえ、進めて頂戴」

 

 いけない。いつも通り目で侵してしまったわ。

 

 これから暫くはヤヤの為に時間を使おうと決めたのに、まだまだ駄目ね。

 

「それでは、ゲームの説明を──」

 

「知っているから、問題ないわ」

 

 エレナの言葉を遮り、発言する。

 

「そうでしたか。では、ご健闘をお祈りいたします。そちらの階段からどうぞ」

 

「ええ、またね、エレナ」

 

「はい……え?」

 

 美少女の驚いた顔。今はこれで満足だわ。

 

 階段を降り、草原に出た。

 

 順番はヤヤと一緒に最後にして貰ったから、ここで待っていればいずれ来るでしょう。

 

「さて……」

 

 G・Iでの目標は大体三つ。

 

 まず、ヤヤの超強化。これに関しては、途中でビスケに投げる予定。

 

 師事するに、私以上に適切な人材だから。

 

 手元を離れてしまうのは悲しいけど、ヤヤ強化の為には仕方がない。

 

 次に、ホルモンクッキーの獲得。

 

 G・Iの中にいる24時間限定で、性別が変わるアイテムだ。 

 

 個人的には女のままで良いんだけど、ヤヤに初体験は男の方が良いか聞いた結果、出来ればと言われたので決断した。

 

 どちらにせよ、私である事には変わりないし、本当は嫌だけどヤヤのお願いなら仕方がない。

 

 最後は、検証。

 

 G・Iには色々なルールは存在するし、カードの効果は大体異常だ。

 

 私の具現化能力が、念を消去する能力である為、恐らくスペルだろうが何だろうが消せてしまうはず。

 

 どこまで消せるのかもちろんの事、そんな人間がいた場合の運営。ゲームマスターたちの対処を見たい。

 

 また、それ次第での裏技も試す。

 

 これについては、ある程度は予想出来ているけど……さて、どうなるかしら。

 

「リナ」

 

「ええ、来たわね。じゃ、早速街に向かいましょうか」

 

 目的地は、とりあえず正面の街で良い。

 

 ゴンたちとあるタイミングで合流する必要もあるし。

 

「凄いね、この世界」

 

「まあ、事前に説明した通り現実世界にあるどこかの島だけれど」

 

 それを念を駆使して造りあげた、ゲームマスター陣の発想が。

 

 G・I内の全てが、念で説明出来たとしても、この規模である訳で。

 

 本当、どれだけの苦労があったのかしら。

 

「……ん、何か来たね」

 

 へえ、こんな感じなのね。

 

 スペルでの移動にて、空からプレイヤーが来る風景って。

 

 凄い、感動した。

 

 光が地面に付き、霧散した先には一人の男が。

 

 スキンヘッドでそこそこガタイが良い。

 

「おお、かなりの上玉じゃねえか」

 

 卑しい視線を感じ、さっとヤヤの前に出る。

 

「これは個人的に手に入れたいねぇ……俺が手取り足取り教えてやるから、一晩どうだ?」

 

「キモイので嫌です」

 

 私が言う前に、ヤヤが言ってしまった。

 

 まあ、いいけど。

 

「ふんっ、そう言ってられるのも今の内だ」

 

 男はバインダーの一番最後のページにカードをセットし、何か操作をしている。

 

 多分、名前を確認しているのでしょう。

 

「リナちゃんと、ヤヤちゃんか」

 

「え、何で名前が」

 

「そういうカードがあるのよ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 とりあえず、コイツは第一生贄になって貰いましょう。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 こいつら、なんで動揺しねえんだ。

 

 茶髪の方はカードを知っていてもバインダーを出さねえし、攻略組じゃねえのか?

 

 桃髪の方は、どこからどうみても初心者だが……付き添いなのか。

 

 まあ、どちらにせよ、こんな上玉は逃しちゃおけねえ。

 

 ここは、しっかり"追跡(トレース)"を発動しよう。

 

 その後で、解除する代わりに身体でも要求すりゃ、儲けもんだ。

 

「あんまり怖がっていないみたいだが、これで攻撃してやる。追跡──っ。か、っ!?」

 

 声が出ない?

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「で、喉を潰せば、バインダーを閉じれなくなるのよ」

 

「なるほど。それでカードを奪えば、殺さないでも良いんだね」

 

「ええ。無駄な殺生は意味ないから……まあ、どちらにせよ、コイツは殺すけど」

 

 卑しい視線だけで、ギルティ対象だし。

 

 とりあえず、星剣で喉は裂いたので、次に脚を切り落とす。

 

「──っ!?」

 

 指輪をしている右手を切り落とすとどうなるか分からないので、一旦、左手を。そして、バインダーを掴んでから、念を放出して男を転がした。

 

 後で、どの程度、バインダーを持ち主から遠ざけると消えるのかも検証しましょう。

 

「そんなに持ってないけど、最初の生贄だし気にしなくていいわね。ブック」

 

 左手の小指につけた指輪から、バインダーを呼び出し、必要そうなカードを移して行く。

 

 全部で指定ポケットが15種類。スペルを中心に、フリーポケットが35箇所埋まった。

 

 残念ながら、ホルモンクッキーはない。

 

 最初から、上手くはいかないわね。

 

「このゲーム簡単だね」

 

「いえ、正攻法じゃないからそうでもないわよ? 警戒されたら終わりだし。まあ、私の実力ならって話よ。もちろん、相手がスペルを唱える前に奪うって手もあるけど、それぞれに攻撃範囲があるし……色々と検証しないといけないわね」

 

 知識と現実は確かな差が存在する。

 

 漫画を読んで知っていても、それがどこまで適用されているか分からないし。

 

 それに、基本的に一緒だと思うけど、そこまで正確に覚えている訳でもないので、ここからが大変だ。

 

 何より、私たちを監視している視線は遠くにあるので、これでヤバイと思われて近づいても来ないでしょう。

 

 わざわざ闇討ちするのも、拷問するのも面倒なので、これでしばらくは何もして来ないはず。

 

 そんな阿呆がいれば、容赦なく殺すけども。

 

「それにしても、ヤヤも大概、狂って来たわね」

 

「え?」

 

「奪えば簡単なんて、外道も外道じゃない」

 

「変身中に攻撃しないのはアニメの中だけって、リナが教えてくれたし。それと、死んだ方が負けってのも」

 

 確かに、教えたわね。

 

「それもそうね。じゃ、後はサクッと検証しましょうか」

 

 這いずって逃げようとしている男の右手を落としてみる。

 

 目の前にあったバインダーは、そのままだ。

 

「なるほど」

 

 恐らく、大天使の息吹等、回復する手段があるからでしょう。

 

 持ち手が消し炭にならない限り……となると、指輪の耐久値は無限なのかしら?

 

 念を込めて、指輪を攻撃してみる。

 

 腕は粉々になったけど、どうやら、無事みたいね。

 

「……そうなると、相手の攻撃に対して指輪でガードできそうね」

 

 もっとも、線の攻撃に限る。

 

「じゃあ、防具も兼ねてるんだ、これ」

 

 ヤヤが右手を顔の前に掲げ、小指につけた指輪をじっくり見ていた。

 

「極端な使い方になるけど、悪くないわね。じゃあ、次はバインダーを離してみましょうか」

 

 男のバインダーを持ったまま、離れてみる。

 

 30mに差し掛かった辺りで、バインダーが煙と共に消失した。

 

 特に意味はないけど、一応は設定されてたみたいね。

 

「それじゃ、改めて街に向かいましょうか」

 

 ヤヤの元に向かい、進行方向を指差した。

 

「うん……あ、リナ。この人どうするの?」

 

「その内、勝手に死ぬでしょう? だから放置よ」

 

「それもそっか。生まれ変わったら、善良になれますように」

 

 ヤヤが手を合わせ、男にお祈りしていた。なんて優しい子。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 街に到着した私たちは、とりあえず飲食店へ。

 

 そう、キルアとゴンが向かった飲食店だ。

 

 聖地巡礼とまでは言わないけど、一度は行って見たかった。

 

 どうやら、二人は既にここを出て……いえ、皿洗いしてるわね。

 

 さらっと無視して、奥の席に座った。

 

「いらっしゃいアル。注文は決まっているカ?」

 

 ああ、これも漫画通りの店員だ。いえ、店長かしら?

 

 生物的に何かわからないけど、相変わらず変な見た目ね。

 

「チャレンジカルボナーラが二つで」

 

「おお!? 女の子で挑戦は珍しいアル。大丈夫アルか?」

 

「ええ」

 

「分かったアル」

 

 キッチンに謎生物が消え、直ぐに両手に大皿を持って、帰って来た。

 

 異次元レベルの早さね。

 

 どんっ。と置かれた皿には、2000gはありそうなカルボナーラの山。

 

 見た目は現実の物と相違ないけど、味はどうでしょうね。

 

「お待たせアル。30分以内に完食すればお代はタダ!! さらに、ガルガイダーをプレゼント!! では、スタートアル!!」

 

「すっごく大きいね、リナ。頂きます」

 

「どうぞ。私も頂きます」

 

 フォークでパスタを巻き取り、一口。

 

 うん、普通のカルボナーラだ。

 

 特に驚きもないほど、普通の。

 

「ごちそうさまでした」

 

「早っ!?」

 

 店員さんが驚くのは無理もない。

 

 ヤヤは基本的に早食いで、大食らいだ。

 

 私が感動している間に、完食位は訳ないでしょう。

 

 まあ、それにしても開始30秒で無くなる速度は異常でしょうが……可愛いので良し。

 

「お嬢ちゃん、化け物か何かアルか」

 

「そうですか? 普通に頂きましたけど。あ、ドリンク頂いても? ソーダを二つ」

 

「普通……アイよー」

 

 店員さんがまた厨房に消える。

 

「ヤヤ、後はあげるわ」

 

 その隙に、ヤヤに皿を渡す。

 

「あ、うん、分かった。頂きます」

 

 そして、文字通り秒で無くなった。

 

 掃除機で吸い込んだみたいに。

 

「お待たせ──あいや、もう終わったアルか!? 2分も経ってないアルよ!?」

 

「ええ、ごちそう様」

 

 大体はヤヤが食べたので、申し訳ないけど。

 

 ただ、普通のカルボナーラをあんな量は食べれない。

 

 滅茶苦茶美味しいなら、食べ切るのもやぶさかじゃないのだけれど。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 食事を済ませた後、二人に声を掛けずに交換ショップへと足を向けた。

 

「いらっしゃい」

 

 あごひげの、大体ゴリラみたいな店員だ。

 

「ブック。このカードを全部買い取って頂戴」

 

 スペルは移動系と複製(クローン)、交信(コンタクト)以外不要なので、纏めてとりあえず売却。

 

「30枚、合計84万ジェニーだ。問題ないか?」

 

「結構よ」

 

 意外と高く売れるのね、スペル系。

 

「ブック。はい、これはヤヤに」

 

 お金カードを受け取り、ヤヤに半分を渡す。

 

「ありがとう……奪ったお金だから、なんとも言えないけど。ブック」

 

「自力で稼いだのと変わらないわ。ゲイン」

 

「リナに声を掛けた時点で地獄だもん……本当、ご愁傷様だったね。ゲイン」

 

「即死してないだけ、幸運ね。さてと、今度はマサドラに向かうのだけど……ヤヤの特訓がスタートするわ」

 

 スペルを使えば一瞬で迎えるけど、それだと修行にならない。

 

 ジンがゴンの為に作ったとはいえ、活用はさせて貰いましょう。

 

 もっとも、ヤヤにとって道中のモンスターなぞ、基礎能力で敵はいないのだけれど……弱点を見極めるのは別問題。

 

 まあ、それでもそこまで苦戦はしないでしょうが。

 

「ついに?」

 

「ついに、よ。道中のモンスターを倒して進んで貰うわ。基本的に手出しはしないから、頑張りなさい」

 

「分かった。どんな敵が出て来るか、楽しみだよっ」

 

 ヤヤはぐっと両手の拳を握り、言葉通りに楽しそうに笑みを浮かべている。

 

 もちろん、私も楽しみだ。

 

 劇中で見れなかったモンスターがいるはずだし。

 

「とりあえず、ショップで色々と生活用品を揃えるわ」

 

「了解」

 

 私はふともものホルダーに付いている、念縄と通常拘束具しか持っていない。どうせ、お金も携帯も役に立たないし。

 

 着替え等の最低限の生活用品は、ヤヤが大きめのリュックなので、そこに入れてもらっている。

 

 決して荷物持ちではない。役割分断だ。

 

「こんな所ね」

 

 適当に必要そうな物資を購入し、またヤヤに渡しておく。

 

 そして、あっさりと森を抜けて岩石地帯に。

 

 出会うと意味もなく面倒なので、呪いの一族には出会わない様に進んだ。

 

「さて、とりあえず頑張りなさい」

 

「うん。真っ直ぐ進むだけで遭遇出来るんだよね?」

 

「ええ、間違いなく」

 

 相手の強さを見極めて、襲ってくるモンスターは恐らくいない。

 

 基本的に、モンスターはそういう存在でしょう。

 

 バブルホースだけは逃げの一択みたいだけど。

 

「あ、荷物は預かっておくわ」

 

「了解。ありがとう、リナ」

 

 この笑顔、プライスレス。

 

 荷物を受け取り、さくっと降りて真っ直ぐ進む。

 

『グォォォ』

 

 早速、現れた。

 

 大小、得物が様々なサイクロプス。

 

 弱点は言うまでもなく、その大きな目ではあるけど、さて。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 サイクロプスが姿を表した瞬間、ヤヤは既に愛槍を手にしていた。

 

 どうやら、戦闘勘は鈍ってないらしい。

 

「猪突猛進!!」

 

 今や、私の瞬間最高速度に匹敵する、ヤヤの猪突猛進。

 

 あくまでも真っ直ぐ進む事に関しての速度だけど、その修業歴から考えれば、私に匹敵するというのはヤヤ自身の才能が目に見える形で分かる。

 

 ズドンッ。

 

 鈍い音。

 

 サイ……巨人の頭部がなくなり、倒れた後に煙と共に消滅した。

 

 破壊力のキャパオーバーかしら。

 

 まあ、弱点を小突いて死ぬなんて、そっちの方が変な話しだから、正しいのは正しいのだけれど……。

 

 ヤヤの攻撃、あそこまで強かったのね。

 

 意外と、ヨークシンで私が色々やっている間も、修行は欠かさなかったらしい。

 

 纏っている念の力強さが、出会った頃より確実に大きいから。

 

「ふぅ、こんな所かな?」

 

 時間にして、約一分。

 

 合計15体の巨人は、既に全てがカード化していた。

 

「お見事。上出来よ」

 

「あからさまな弱点があったし、巨人は余裕だったよ。ちなみに、リナなら何秒?」

 

 ここでどれくらい掛かる? というより、何秒と訊いてくる所が、ヤヤの力量が高い証拠。

 

 全く、私がその力量判断に至ったのは、5歳の頃だって言うのに。

 

「3秒くらい」

 

「あはは、だよね……やっぱ遠距離攻撃持ちはずるいなぁ」

 

「遠距離というか、近距離だわ」

 

 私のは、あくまで剣が大きくなっているだけなので、厳密には近距離攻撃である。

 

 もちろん、相手からしたらそんな事は関係ないのだけれど。

 

「よし、カードも回収出来たし、次の敵に……え?」

 

 岩山と並ぶ大きさの気持ち悪い爬虫類?

 

 私はもちろん存在に気付いていたが、そこまで気が回ってなかったヤヤは固まっていた。

 

 巨人との、余裕での戦い。気を張る意味もないけど、それはそれ。

 

 まあ、もっとも……。

 

「せいっ!!」

 

 また、鈍く低い音。

 

 爬虫類がその大きな身体に穴を開けてから、消滅した。

 

 そりゃ、そうよね。

 

 いくら耐久性を設定していようが、それ以上の攻撃力があれば貫ける。

 

 基準はゴンのパンチ。それで倒せなかったとして、ヤヤはそのままモンスターを倒せる。それだけの攻撃力を持っているといえば簡単だけど……多分、正解じゃないわね。

 

 ヤヤの純粋な破壊力自体はそこまで高くない。

 

 ただし、貫通力というか攻撃力に関しては、一級のプロハンターであっても、並べるかどうかのレベル。

 

 もちろん、プロハンターがヤヤに、だ。

 

「もしかして、モンスターって弱い?」

 

「いいえ、ヤヤの攻撃が弱点なんてお構いなしに貫くだけよ」

 

「あ、そうなんだ。何か、悪いことしちゃったかなぁ……」

 

 回収したカードを見つめながら、そう呟くヤヤ。

 

 うーん、これじゃ修行にならないわね。

 

「まあ想定外だけど、悪い事ではないわ。まずはこの岩石地帯のモンスターをコンプするわよ」

 

「うん、了解!」

 

 何種類いるか知らないし、遭遇次第ではあるけど……就寝前には終わりそう。

 

 まだ、夜になるには早い青空。

 

 星が出る頃になったら、改めて今度について考えましょう。

 

「あ、発見。デストロイ!!」

 

 ……ゾーンポテチ生活中に、どれだけのアニメを見ていたのでしょう、ヤヤは。

 

 言動が時々怪しいヤヤを眺めながら、愚かにも私に攻撃してくるモンスターを消滅させ続けた。

 

 

 



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