記憶と海岸の町 (アイバユウ)
しおりを挟む

第1話

私の名前は水川カオリ。この海辺にある小さな町にすんでいる19歳の女性だ

ただ私には記憶がない。16歳より前の。私はこの海岸の町で3年間生きているが記憶が戻る気配はない

でも今はそれでいいと思っている。今の私には大事なものがあるからだ

記憶を失って放浪していた私を引き取ってくれた大切な今の両親だ。

両親以外にもこの町に住んでいる写真家の男性。そして、私がすんでいる旅館で住み込みでお仕事をしているみんな

私にとってはそれだけで幸せだった。それ以外は今の私には必要のないものだった

たとえ記憶が無くても良い。それでも今の私は幸せだ。

この町で平和に生きていけるならそれでいい。でも時々夜寝ている時に夢でうなされる時がある

まるで何かに追いかけられている夢だ。私は必死に逃げているのに彼らは追いかけてくる

どこに隠れようとずっと追いかけてくるのだ。私を獲物にしているかのように

だから、そのたびに私は飛び起きてしまっている。そのたびにお母さんが眠っている部屋に行ってベットに潜り込んでしまう

初めから一緒に寝ればいいと思ったりもしたけど、19歳にもなって恥ずかしいという感情はある

私は浜辺で夕陽を見ていた。いつものことだ。旅館で必要なお酒などを注文するために家から15分ほど離れたお店に注文に行く

電話でも良いかもしれないがそれでは私が家から一歩も出ない事を両親は知っているのかいつも私の担当

私にとっては家族のためになるなら別に気にする事ではないのでいつもお酒の注文をして昼から浜辺で海を見たり

防潮堤で釣りをして時間を潰した後、自宅がある旅館に戻るのが日課となっていた

これがいつものあたりまえの光景なのだ。たとえ記憶が無くてもそれでもいい

私は今を生きているのだから。幸せな家族と一緒に。

たとえ血縁関係が無くても、家族と思っているなら家族なのだから

だからそれでいい。私は今日は浜辺で夕陽を見ていると写真家の男性で旅館とは反対側の丘に住んでいる相葉ユウさんが声をかけてきた

 

「カオリちゃん。今日もお散歩かな?」

 

「はい。いつもの事ですけど」

 

わたしにとってはこれはいつものことだ

私は夕日が海に落ちていくのを見てある程度、暗くなると

いつも手にしている懐中電灯のスイッチを入れて、自宅である旅館に帰っていった

浜辺から15分ほどだが、道路にはあまり街灯がないため暗い。

ここに来たときはなかなか慣れなかったが今では当たり前のことだと認識している

私はゆっくりと歩いて旅館に向かって歩いて帰っていった。自宅のある旅館は20名ほどが宿泊できる小さなものだ

それでも多くの人が利用する有名な旅館だ。私にとっては大事な家だ

旅館に到着すると私はお客さんも利用する正面玄関から入っていった。

玄関そばにあるカウンターにはお父さんがいつもいる。昔は私も裏口から入ろうとしていたのだが

お父さんとお母さんがふらふらする私を心配しているのか表から入ってくるようにと決めたのだ

そうすれば必ず誰かの目には止まるからと。住み込みでお仕事をしている人も含めて私にとっては大切な家族だ。

私は玄関ののれんを抜けるとすぐにお父さんが今日も無事に帰ってきたなと言って私の頭を軽く撫でた

私は少し恥ずかしいようなくすぐったいような思いをしながらも、

これがお父さんなりの愛情表現であることを知っているから嫌がるそぶりを見せるような事はしなかった

 

「ただいま。お父さん。お酒の注文はいつものようにしておいたから」

 

「いつもご苦労様。それとまた届いていたぞ。誰だかは知らないが宛先にカオリの名前が書いてあった」

 

ここ半年ほど続いている事だ。謎の手紙。誰が出しているかはわからないがあてなは私。

手紙の内容は私のことを心配しているのかお体は大丈夫ですかといった内容だ

週に1度のペースで届いている。消印はいつもバラバラで同じところからの物は見たことがない。

始めの内はイタズラだと思っていたが今では誰なのか興味が出てきた。

でも返事を書こうにも差出人が誰なのかわからないからどうしようもない。

私はいつものように手紙が入った封筒を受け取ると別館にある自室に戻った。

部屋に戻るとハサミを使って丁寧に封筒を開封して内容を読んだ

今回も内容は似たようなものだった。けがなどはしていないかどうか心配するよう内容だった

 

「だれなのかな?」

 

私は疑問を浮かべながらも、いつものように手紙を読んでいった

手紙はいつも自筆できれいな字だ。私は手紙を一通り読むと大切に封筒に直して室内に置いている金庫に入れた

元々この別館もお客様向けに貸し出されている物だが本館を改築した時に別館は従業員用の部屋に変わった

だからこの別館は、私の大事な家族が住んでいる家なのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

私はとりあえず、本館にある食堂に向かった。時間はもう午後6時だ

ここでは食事はみんなで食べる物だというのがお母さんとお父さんの考えで、お客さんは食堂で食べることになっている

お仕事をしているみんなが食べられるのは彼らが部屋に帰った後だが。私はこの時間に食べるように言われている

私としてはお母さんとお父さんたちと食べたいけど。それでは寝るのが遅くなるからと言っていつもこの時間だ

もう19歳なのだからと思っているが皆にとっては私は子供のままのようだ。

私は仕方ないかなと納得して、いつも食堂のカウンター席で食べている。

1人様で宿泊する方向けにカウンター席が食堂には設置されているのだ。

私はいつもその席で食べている。私が食堂に行くと今日も10名ほどのお客さんがいた

カウンターにも数名のお客さんが。私はお客さんに交じってカウンター席に座ると厨房のおじさんが私用のメニューを出してくれた

この旅館では地元で採れたものをその日のうちに仕入れてその日のうちに料理してお客さんに出すことで有名なのだ

何度か全国版の雑誌にも乗ったことがあるほどの料理の味は定評があるほどだ。

ただ、私には毎日それでは飽きてしまうだろうという事で普通の家庭で食べるようなメニューが出されることが多い

私専用のメニューといわれるゆえんである。

おじさんにいつもありがとうございますとお礼を言うと食べ始めた

今日もおいしい料理でいつものようにゆっくりと食べていった。

食堂からは海が一望できるオーシャンビューとなっている。

綺麗な光景で今は夕日の代わりにつきが見え始めている。このあたりは街灯も少ないため星々の輝きも見えてくる

だから人気の旅館ランキングに入っているのだろう

夕食を食べ終わると私はごちそうさまでしたと言ってカウンター越しに食器を返すと自室に戻っていった

ただその前に私には大事な用事があった。本館と別館の間には小さな庭がある。

そこには私が世話をしているネコさん達が数頭住んでいる。元々は野良猫だったが私が引き取ったのだ

お母さんとお父さんはネズミが増えないからちょうどいいわと言って気にしていない。

私は1度自室に戻って通販で買っているキャットフードとミルク。そしてエサ皿を手にすると中庭に戻り、彼らにも晩御飯をあげた

最近になって新しい仲間が増えた。可愛い子猫だ。2頭の子猫ようにはミルクを晩御飯に食べてもらっている

彼らはとても人懐っこいので今までトラブルを起こした事は無い。それどころか。隠れた旅館の魅力になっていると

旅館でお仕事をしている仲居さんから聞いたことがある

まぁ私には特に関係のない事だが

 

「ゆっくり食べて大きくなってね」

 

私は軽く子猫2頭の体を撫でた

彼らが育ってまた愛されたらそれは良い事だ

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話・第4話

私は彼らにエサを与えた後。別館にある自室に戻ると金庫から手紙を取り出した

 

「いったい誰からの手紙なの?」

 

私のいつもの考え事だ。誰が?何の目的で?

別に脅迫するわけでもなければ何かをしてほしいというものでもない

ただ健康でいてほしいという事を願っているという事は分かる

でも一体何の目的で。ここにいることが分かっているなら直接会いにくればいいのに

住所が分かっているならできるはずだと。なのにいつも手紙だけ。

それも毎回消印は違う場所。差出人はたぶん女性だろう。字もきれいだし

手紙からは良い香りがするときがあった。香水の臭いかどうかまでは分からないが

私は別にそういうのには興味はない。服はいつもネット通販などで頼んでいるが

別に時代の最先端を行きたいというわけではないのでいつも少し地味目の服を着用している

その方がこの海岸の町では浮く事は無い。むしろこの町の空気が派手なものを嫌っているのかもしれない

まぁ、そんなことは別に私にはどうでも良い事なのだが

以前1度だけ海外からの郵便だったことがあるが。そこに手紙を書いたが宛先不明で帰ってきた

いったい誰からなのか。わからないままだった。

その日は悩んでも仕方がないと思って眠りにつくことにした。

 

「私ってなんで記憶がないのかしら」

 

それは私の中で時々出る悩みだ。何故記憶を失ったのか。なぜこの町に来たのか

眠っていると突然室内に設置されている電話が鳴った

 

「誰なの?こんな時間に」

 

基本的に別館の電話はそれぞれの部屋に個別の電話番号がきちんと割り当てられている

今まで私の部屋の電話はなった事がない。

 

「はい。水川カオリです」

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・プープープー』

 

「間違い電話だと良いけど」

 

思わず私は金庫の方に目を向けた

もし手紙の差出人と関係があるならと思って発信者番号を見ると公衆電話だった

 

「気味悪い」

 

----------------------------

 

翌朝、私は毎日と同じように午前8時に目が覚めた

目覚まし時計をセットしなくても、私は規則正しく起きることができる。当たり前かもしれないが

目を覚ますと私は電話を見た。その時留守番電話にメッセージが入っているのを見つけた

恐れを感じながら、聞くためのボタンを押した

 

『突然のお電話すみません。今日の昼にもう1度電話します』

 

メッセージはそれだけだったが女性の声だった。私はもしかしたらと思った

記憶を失ったときのピースが戻るかもしれないという希望を。その日は偶然にも日曜日だったため、

私は朝食も食べることなくずっと電話の前で待ち続けた。そしてお昼の正午ぴったりに電話が鳴り始めた

私は震える手を必死に抑えながら、受話器に手を伸ばした

 

「もしもし、水川カオリです」

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥初めまして、私の事を覚えてますか?』

 

声は女性で私よりも年上の人のように感じられたが聞き覚えはなかった

 

「ここ半年、お手紙をくれた方ですか」

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい』

 

「どうして」

 

『これからでも良いので1度お会いしたいのですが、お時間を作っていただけませんか』

 

突然の申し出に私は戸惑った。見ず知らずの他人に待ち合わせの要望があってもすぐには答える事はできない

でもその時、真相が分かるかもしれないと思って思わず良いですよと答えてしまった

 

「今日は会えますか?隣町にある駅で待ち合わせをしたいのですが良いですか。午後3時に」

 

私はこの旅館の隣町にある鉄道の駅を指定した。電話の相手の女性はすぐに大丈夫ですと答えた

 

「1つだけ質問をしても良いですか?どうして突然半年前にお手紙を?」

 

『その時にすべてお話します』

 

そう言うと彼女は電話を切った。私は今の両親に何も相談せずに答えたことに少し負い目があった。

でも相談はできないと思った。今更過去のことについて掘り返している事を気づかれたくなかったというのが少しあったからだ

それからすぐに私の部屋のドアがノックされた。私は思わずびくっと肩を揺らしながらもすぐにいつもの冷静な態度に戻す

立ち上がるとドアに向かった

 

「はい」

 

ドアを開けると、お母さんがたっていた。

 

「お母さん」

 

「ごめんなさい。悪いとは思ったけど。電話を聞いていたの」

 

「盗聴していたの!?」

 

「そんなことはしてないから。ただちょうどドアの前にいたの。ここのドアは薄いから」

 

聞こえていたのと呟くように言うとお母さんはそういう事になるわねと言った

 

「お母さん。たとえ、明日会いに行く人が実のお母さんでも、記憶の中にあるのは育ててくれたお母さんだけだから」

 

それに手紙を送ってきた理由を知りたいしと言って何とか正当化すると。気をつけてねと言うと私に車のキーを貸してくれた。

私も19歳だから免許は持っている。車の運転はできる。お母さんは私にお昼ご飯を手渡してくれた

それを受け取ると、お母さんは仕事に戻るねと言って戻っていった

私はとりあえず昼食を食べるために室内のテーブルに持ってきてくれた昼食を並べると食べ始めた

いつもならテレビでも見るところだが。今日はそんな気分にはなれなかった

むしろ緊張をしていた。食事を食べ終えると食器を持って食堂に行き、厨房のおじさんに返した

そして駐車場に行くと軽自動車に乗り込み私は隣町の駅に向かった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

午後2時50分に隣町の駅に到着すると私は駅前のロータリーに車を駐車した

ロータリーと言っても砂利道の広場のようなところだが。一応みんなはロータリーと言っている

バスも止まっているのでそう言っている。ただバスと言っても1時間に1本だけ

電車も同じようなものだ。田舎なのだから仕方がない

そして午後3時になったの私は車から降りて駅に向かった

ちょうどその時駅に1両編成の電車がやってきた。非電化路線のディーゼル電車だ

普段はめったに利用客はいない。ほとんどの人が車を利用するからだ

そのとき1人の女性が電車から降りてきた。私が近づくと彼女は軽く礼をした

 

「水川カオリさんですね」

 

「はい」

 

彼女は私に名刺をくれた。そこには弁護士事務所の名前などが記載されていた

 

「弁護士の長澤エリと言います。あなたにお話があります」

 

そう言うと彼女はどこかでゆっくりとお話をできる場所はありませんかと聞いてきたので駅の近くにある喫茶店を提案すると

 

「ではそちらで」

 

私はエリさんを軽自動車までエスコートすると、助手席に乗るように促した。

彼女はすぐに乗り込んだので私はドアを閉めると運転席に回り込むとすぐそばの喫茶店に向かった

お店の前に車を富まさせてもらうと一番奥のテーブルで話を始めた

 

「突然のお電話に驚かれたと思いますが。あの電話は私の依頼人からの物です。あなたにどうしても渡してほしいものがあるそうです」

 

これをというと数枚のA4サイズの紙を渡した。私はそれを受け取ると少し臆病になりながらも目を通した

そこにはある物が記載されていた。遺産相続に関連する物だと

 

「どういうことですか?」

 

「あなたの実のお父さんが昨夜、お亡くなりに。彼は会社を興して財産を。あなたが失踪してからもずっとお探しになられていました」

 

1年前に私が住んでいる旅館がある雑誌の特集に載せられた。その時に初めて生存を知ったという事だった

ただ、当時は生存していたことが信じられず。探偵に調査をさせた。そして、密かに毛髪を採取してDNA鑑定までさせたとのことだった

 

「どうして」

 

「あなたのお父さんは、持病からあまり自宅から動くことができない状況になっていたので。こちらにくることはできませんでした」

 

でもせめて、忘れていたわけではないという事を伝えるために実の母を通じて手紙を書いてもらってずっと愛している事を伝えたかったと

 

「これが幼いころのあなたの写真です。ちょうど15歳の時の誕生日の物です」

 

渡された写真には確かに16歳で保護された時とそっくりの私と男性と女性が写っていた。

テーブルの上には大きなバースデーケーキが

 

「お母さんはどうしているんですか」

 

「あなたの実のお母さんは生きています。ただ、あなたに会う前に、真実を話して決めてほしいと言われました」

 

「私の本当の名前は?」

 

「皆川レナ。それがあなたの本当の名前です。ですが今は水川カオリさんとしてお話をした方が良いですよね」

 

書類を見るとそこには何百億円以上もの財産目録が記載されていた。

お金だけではない。不動産も大企業の会社の株式も含まれていた

 

「どうして‥‥‥‥‥‥‥‥今更ですよ。3年間、私がどんな思いをしてきたか・・・・・・・」

 

私は彼女に書類を投げつけると喫茶店から出ていってしまった。そして車に乗り込むとすぐに旅館に引き返してしまった

全ては今更なのだ。3年というあまりに長い時間は私にとって重すぎた。

それをいまさらになってお金だのそんなものはどうでも良かった

ただ、会いに来てほしかっただけなのに。

 

「どうして本当の家族が来ないのよ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

旅館に戻ると私はすぐに自室に引きこもった

今更だ。3年間という長い時間の中で思っていたのはお金だけなのかと

お金なんてどうでも良い。そんなものよりも会いに来てほしかった。

そして真実を知りたかったのにわざわざ他人にさせるなんて許せなかった

それだけはどうしても

 

『トントン。カオリ。大丈夫?』

 

「・・・・・・・・・・・ごめんなさい。今日は外には出れないの」

 

『‥‥‥‥‥‥何かあったの?』

 

お母さんに尋ねられても私は会わせる顔がなかった。どうして良いかもわからなかったし私は今は1人にしてと伝えた

 

『わかったわ。でも何か相談したいことがあるなら、いつでも良い私の部屋に来てね。あなたは私の自慢の娘だから』

 

そう言うとお母さんは私の部屋の前から去っていった。

私はドアの前で崩れてしまった。何もかもが嘘のように感じられた

お金なんて欲しいとも思わない。ただ、愛していたと伝えてほしかった

なのにこんなのはあんまりだった。そのとき電話が鳴った。恐る恐る電話機に近づくと公衆電話ではなく固定電話からだった

 

「もしもし」

 

『‥‥‥‥‥‥ごめんなさい。お話は聞きました。突然の事で「そんなのどうでも良いです。どうして、どうしてあなたが来ないんですか?!」』

 

「本当に探してずっと会いたいと思っているならどうして」

 

『あなたに会って拒絶されるのが怖かったの。今更家族ずらするなんて図図しいにもほどがあるのは分かっていたので』

 

「でもあんなに手紙をくれるならどうして!」

 

『あなたと会うのが怖かったの。あなたは今は別の人生を生きている。でもあの人が残してくれたたった1つの忘れ形見。だから」

 

「だからって、お金だけで解決するつもりだったんですか!私はお金なんて欲しくない!ただ、ずっと探していたし愛していると直接言われたかった!なのに!」

 

そう、ただそれだけでよかったのだ。たったそれだけの事なのに

それがとてもつらかった。

 

『ごめんなさい。私には今はそれしか言えないんです』

 

そう言うと電話は切れてしまった。私は感情的になった事に少し後悔しながらも、それでも仕方がないと思った

これが事実なのだから。たった一言だけで良かったのに。

それから私は部屋にあるパソコンで本当の自分の名前について調べてみた。すると驚いた。

情報提供者には1億円の謝礼金を払うと書かれていた

ただ、写っていた写真は当時は短髪だった私の姿で。今は私は腰まであるロングヘアだ。

知らない人にはすぐにはわからないのも無理はないかもしれない

でも探偵に調べさせたならわかったはずだ。その時に会いに来てくれたら。まだここまでの感情を持つ事は無かったかもしれない。

私はホームページをずっと読んでいくと小さなメッセージを見つけた

 

『私達はあなたの事を忘れません』

 

そう記載されていた。私はポケットにしまった名刺を取り出すと電話をかけた

 

「水川カオリです」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

私は弁護士。依頼人のことには従わないといけないけど、彼女には申し訳ない事をしてしまった

確かに彼女の言うとおりだ。すべて今更の話だ。1年前に見つけた段階で調査などをせずに会っていたら

もっと別の形になっていたかもしれない。でも実際は違った。あの方は娘を失ってから変わってしまった

喪失感を埋めるために仕事に取り組んで財を築いた。だが空虚な思いは埋める事はできなかっただろう

最愛の者を失うという悲劇は何物にも代える事はできない。

なのに、会う前にお亡くなりになられてしまった。

だからといって、財産分与の話をいきなり持ち出すのはどうかと思った。

だが、あの方にはお金しかなかった。今更父親ずらなんて馬鹿げている事は分かっていた

探偵に調査をさせて彼女の笑顔を見た時、名乗るべきかどうか悩んでいた

ただ、状況が変わってしまったのだ。持病が悪化していくことがかなわず

さらに自らの死が近づくとせめてもの償いとして財産をという形でしか

私は帰りの電車の中でそんなことを考えていた時携帯電話が着信を告げた

 

「もしもし」

 

『水川カオリです』

 

「カオリさん」

 

『あの、さっきはあんなことを言ってすみません。あなたには責任なんてないのに』

 

「いえ、私もごめんなさい。もっとあなたのことを考えてお話をすれば」

 

彼女は申し訳なさそうに話をしていた。でも仕方がない事だ。いきなりあんな話をされたら誰だって

 

『実の父の居場所を教えてくれませんか』

 

「都内の病院で今はお父様は眠られています」

 

『もしよかったら、切符を用意していただけないでしょうか。会うだけでも』

 

「そうですか。わかりました。では明日にでも私が車でお迎えに行きます。電車では時間がかかりますし」

 

そう、1時間に1本しかないし始発も遅い。ここから都内に向かうとなると公共交通機関では時間がかかりすぎる

私は自ら迎えに行って送り届けることを提案すると彼女はそれを了承した。

 

『ご迷惑をおかけしてすみません』

 

「今のご家族にお話はどうされますか」

 

『今は伏せておきたいんです。すべての真相が分かるまでは。だめですか?』

 

「いえ、あなたのお気持ちはよくわかりますので。では明日の午前10時に旅館の方に送るまでお迎えに行きます」

 

『ありがとうございます』

 

彼女はそう言うと電話を切った。私は携帯電話を耳元から離すと心の中で少し安堵した

少しはあの方々も前に進めるかもしれないという思いがあったからだ

3年間、彼らは前に進めなかった。目の前の現実を受け入れることができなかった

そのまるで油が切れてしまった歯車が回り始めたかのように感じられた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

翌朝、私は旅館の自室で目が覚めた。

いつも通りの起床だ。ただ、今日はいつもと違っていた。いつもは着用しない全身黒の服装だった

この町で3年しかいないが。お葬式などにはお付き合いで顔を出したことがある

ただ、そこまで密接した関係を持った町の人で亡くなった方はいなかったので簡単な喪服のように全身黒の服装でだが

私はいつもの朝食も食べる事もなく、お父さんがいる本館のカウンターに向かった

 

「カオリ、その服装」

 

「うん、少し事情ができたから。今日は帰れないかもしれないけど連絡するから。だから………」

 

その続きを言おうとしたがお父さんは抱きしめてくれた

 

「お前がどんな選択をしても俺の大切な娘には変わらない。だから自分の目と耳できちんと判断してこい」

 

「お父さん」

 

「お母さんには俺から話をしておくから。行ってこい」

 

私ははいと返事をすると外に出るとすでにセダン車両が止まっていた

車の前には昨日会った弁護士の女性がたっていた。運転席には男性が乗り込んでいた。

運転手付きだなんて知らなかった

ただ、私は真実が知りたかったのかもしれない。私は何も言わずに挨拶の代わりに礼をすると彼女は後部座席のドアを開けた

 

「どうぞ」

 

そう言って

私は車の後部座席に乗り込むと彼女はドアを閉めて助手席に回り込んで乗り込むと車は発進した

 

「昨日は本当にすみません」

 

「いえ、お気になさらないでください。当然の結果ですから。1つお聞きしても良いですか?」

 

「何ですか?」

 

「どうして心変わりを?」

 

「分かりません。私にも。ただ‥‥‥‥」

 

そう私にもわからない。ただ確認しておきたかったのかもしれない。

お金なんかよりも私のことを本当に今も愛してくれているのかどうかを

都内の病院についたのはお昼過ぎだった。私は彼女と一緒の病院の霊安室に向かった

 

 

----------------------------

 

「ここですか」

 

「ええ、そうです」

 

霊安室の前には警備をしているのだろう2人の男性がたっていた。私は弁護士の彼女と一緒にドアを通るとベットに横たわった男性を見た

すると彼女はある物を差し出した

 

「もし来てくれたら渡してほしいと最後のお手紙です」

 

私は手紙を受け取り内容を読み始めた

レナ、いやカオリさん。本当に申し訳ない。こんな形でしか愛情を表現することができない私を

お前のことは片時も忘れた事は無い。ずっと愛していた。

お前があの町で暮らしている事を知って1度だけ見に行ったことがあるのは知らないだろう

その時に気づいたのだ。カオリ、お前にはお前の人生がある。私達が強制するものではないと。だから直接会う事はしなかった

お前を傷つけてしまう事を恐れた。お前はあの町で幸せに生きている。たとえ記憶が無くてもお前のあの笑顔を見た時に思ったのだ

お前の最高の笑顔を。それを壊したくはなかった。だから、本当にこんなことをしてすまない。

だが幸せに生きてくれているなら何よりも私は嬉しい事だ

どうか、これからも幸せに生きてくれ。それが私の願いだ。

これからお前の人生は大変になるかもしれないが。お前が幸せになるならどんな選択をしても良いと思っている

 

私は手紙を読んで最後の方では涙を流してしまった。愛してくれていたのだと

例え、どんな形でも、ちゃんと私のことを見守ってくれていたと。

 

「ごめんなさい。お父さん」

 

私は記憶はないが実のお父さんが愛してくれていたことは十分にわかった。見守ってくれていたのだと

だから手紙をくれたのだと。それがお父さんなりの愛情表現だったのだと。不器用なことかもしれないけど

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話

その日は私はもう今日は晩いからと言って都内のホテルに泊まることになった。

ただ、私はある事をお願いした。無駄に豪華なホテルは避けてほしいと

私としては質素な部屋で良い。豪華な部屋など必要ないからだ

彼女は私の要望をかなえてくれた。ただ警備の都合上という事で豪華でもなければ質素でもない

ふつうのホテルとなったが。私は部屋につくともう1度手紙を読んだ。

愛してくれていたと。それが確認できただけでも私にとっては嬉しかった

見捨てていたわけではなく。ただ私の幸せのために我慢をしてくれていたのだと

それがどれほどつらい事だったのかは私には想像できない。私はとりあえずホテルの室内にある電話に手を伸ばした

お父さんとお母さんに連絡を取るためだ

 

『カオリか。心配したんだぞ』

 

「ごめんなさい。でも、来てよかったと思っている」

 

『会ったのか』

 

「うん。実のお父さんは少し前に死んでた。でもお父さんは私に手紙をずっとくれていたみたい」

 

『それでお前はどうしたいっと聞くのもおかしな話だな。カオリ、もう大人だ。そして自慢の娘だ。すっきりしてくると良いからな』

 

自分の気持ちにうそをつかずにはっきりと言ってこいとお父さんは慰めるかのように言った

私はありがとうと伝えて、また明日もこっちに泊まるようなら連絡するからと言って電話を切った

ベットに横になると私は考えた。実のお母さんに会ってみようかと。

電話ではあんな暴言を言ってしまったけど、もし許してくれるなら

でもなにもかもが今更のように思えているのは、どうしても外す事はできなかった

3年間という時間。それが私には大きな重荷だった

ただ、いつもよりも柔らかいベットに私はすぐに眠くなったので今日はもう休むことにした

明日のことはまた明日考えればいいと。

私はそう思っていた。

 

翌朝、私はいつも通り午前8時に目を覚ますことができた

どうやら私はベットが変わってもすぐに起きれるようで安心した

今日は実のお母さんと会うことにしようかと思っていた。記憶を失った私だ

顔すら覚えていない。そんな私を受け入れてくれるかどうかすら不安材料でしかなかった

服を着替えて窓近くにある椅子に座って外を見ているとドアがノックされた

 

『カオリさん。今良いかしら?』

 

私はすぐに大丈夫ですと言うとドアのかぎを開けに行った

 

「カオリさん、あなたの実のお母さまからもし会えるなら会いたいと」

 

「・・・・・・・・・・・私も、電話では酷い事を言ってしまいましたけど。それに記憶を失った私を受け入れてくれるなら」

 

「記憶の事も電話でのこともご理解されています。状況が状況でしたから。お会いになるならお送ります」

 

行きましょうというと彼女は私をエスコートしてくれた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

ホテルの1階ラウンジに到着すると私は彼女にラウンジのソファに座って待っていてほしいと言われた

どうやらここで面会をするようだが私は緊張してしまう。

本当に今の私を受け入れてくれるだろうか。そして、私自身も実の母のことを受け入れてくれるだろうか

不安材料が多すぎて、内心ではドキドキしていた。数分後、喪服姿の女性がきた

 

「水川カオリさんですね。皆川レイカと言います」

 

「初めましてと言うと失礼かもしれませんね。本当はその」

 

私はそこで言葉を飲んでしまった。言えなかったのだ。実の親子だとは

記憶がない私ではとても言える状態ではないからだ

お互い沈黙が包み込んだ。すると弁護士の彼女がとりあえずソファにかけてはいかがですかといってきたので私達は向かい合う形で座った

 

「もし、あなたの事を覚えていたらよかったのかもしれませんが。今の私には記憶が」

 

「覚悟はしていました。それに、カオリさんを追い詰めたことも分かっています。だからお気になさらないでください」

 

「そうですか。それで今日はどうかされましたか?」

 

「夫は私にあなたに会うのは私が死んでからにしてくれと言っていました。私が会うと連れ戻しかねないからと」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

「失礼とは思いましたが夫の遺品を整理している時に私宛の手紙を見つけて事情は分かりました。夫もギリギリの選択をしたと」

 

「あなたはそれで納得を?」

 

「私としてはカオリさんに帰ってきてほしいと思っています。たとえ記憶がなくても私がお腹を痛めて産んだ子供ですから」

 

確かにそうかもしれない。実の母が彼女なのは間違いない。でも、記憶がない状態で戻るのは少し気が引けた

それにあの町で過ごしてきた日々も好きだった。何事もない静かな町。

こんな都会のうるさい街に戻るというのはあまりにも話が急すぎる様に感じられた

 

「カオリさんがもしよかったら自宅の部屋を見られますか?当時のままにしていますから」

 

私は少し考えた。もしかしたら記憶が戻るかもしれないと。もしそうなら、わずかな可能性にかけてみても良いかもしれない

でもこうも思ってしまった。記憶が戻ればあの町での生活がという事を

私にとってはとても居心地の良いところを捨てることになるのではないかという事だ

それは嫌だった。

 

「カオリさん。私は決して強要はしません。あなたがどういう選択をしても私はあなたの意志に任せるつもりです」

 

「どうしてそこまで」

 

「私にとってはあなたに会えただけでも幸せなんです。それ以上望んだらきっと亡くなった夫が喜ばないと思いますの」

 

あなたにはこの広い世界自由に生きてほしいというのが夫の願いですから

実の父は私を束縛、かごの鳥にするのではなく自由に羽ばたいてくれることを見てくれていた

そしてこの女性も同じだ。はばたくことを望んでいるように感じられた

 

「記憶が戻る可能性があるなら、行ってみたいですが」

 

「ではこれからでも。お葬式にはまだ時間がかかりますので。私達の家は大きな会社の経営をしているので葬儀にはいろいろと」

 

大企業ともなるといろいろと事情があるのだろう。私には今のところ関係のない話ではあるが

とりあえず私達は実家に向かっていくことにした

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話

私が生まれ育ったという家は都会にはなく、都心部から少し離れた静かな住宅街にあった

 

「ここから先が自宅の敷地になります」

 

彼女に言われて外を見ると広い敷地の中に大きな家が建っていた。はっきり言って豪邸だ

今の私には似つかわしくもない物だが、私は少し動揺をした

こんな豪邸に住んでいる両親から生まれてきたんだという事に驚いたのだ

別にお金がないから今の両親のことを責めるつもりなんてありえない。むしろ、愛情をたっぷりとくれたことに感謝している

愛情は金では買うことができないからだ。心の思い出だけはお金の価値で測る事はできない

私達は屋敷に入ると車は正面玄関の前に停車した

するとまるでホテルにいるかのようにドアの前には執事の服装をした高齢の男性がいた

 

「奥様、お帰りなさいませ」

 

「何か異常は?」

 

「ありません。それでお嬢様は」

 

彼がその先を言おうとしたとき彼女が彼の耳元で何かを話すと驚きながらもすぐに冷静な表情に戻り握手を求めてきた

 

「この屋敷で執事をしています。川北トオルと言います。水川カオリさんですね。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします。すみません。記憶があれば」

 

私は申し訳ななさそうに謝るとお気になさらないでくださいと言った

そしてドアが開けられると広い広間に続いていた。もう豪邸というよりはお城のような雰囲気を出していた

今住んでいる私の家とは大違いだったが、執事の男性は私の顔を見て涙を流していた

 

「どうかされましたか?」

 

「いえ、お嬢様が帰りになるのをお待ちしておりました」

 

「すみません。まだ自覚がないので」

 

そう自覚がない。まだこんな豪邸に住んでいたという自覚もなければ家族だったという自覚もない

あるとすれば他人という感情だけなのかもしれない。ただ愛してくれていた特別な関係かもしれないが

ふつうの家族とはちょっと違っている

女性は2階の部屋の前に案内すると両開きのドアを開けた

そこにはダブルベットに子供が使いそうなぬいぐるみや学習机が置かれていた

女の子が生活していたという空気は確かにあった

 

「ここが私がいた頃の部屋?」

 

「そうですね。ここがあなたが生まれ育った家だった。今は違ってしまったけども」

 

突然のことにまだ受け止め切れていない自分がいる。

あまりの豪華さに、それに使われている素材はどれも一流のものであることくらいは私にもわかる

今の私にはとても想像できない世界ということは間違いないだろう

 

「今のあなたにはとても想像できない世界かもしれないけど」

 

私は静かに部屋に入ると机などに触れてみたが記憶が戻ることは今はなかった

どうしたら戻ってくれるのかと思ったが。今はそんなことを考えていても仕方がない

戻らないものを欲しがっても、簡単にかなうものではないからだ

この部屋まで案内してくれた彼女は次に私を広いリビングに案内してくれた

そこはリビングというよりかはまるで大きな食堂といった感じの広さを持っている

これではまるでお城に住んでいるお姫様に近い。そんな世界の人間だったことは私にはすぐには理解できない

 

「よかったら今日はここに泊まっていきませんか?」

 

彼女からそう提案されたが私には似合わない世界だと思って断ってしまった

ホテルでいいのでと。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私と豪邸と真実

私が生まれ育ったという家は都会にはなく、都心部から少し離れた静かな住宅街にあった

 

「ここから先が自宅の敷地になります」

 

彼女に言われて外を見ると広い敷地の中に大きな家が建っていた。はっきり言って豪邸だ

今の私には似つかわしくもない物だが、私は少し動揺をした

こんな豪邸に住んでいる両親から生まれてきたんだという事に驚いたのだ

別にお金がないから今の両親のことを責めるつもりなんてありえない。むしろ、愛情をたっぷりとくれたことに感謝している

愛情は金では買うことができないからだ。心の思い出だけはお金の価値で測る事はできない

私達は屋敷に入ると車は正面玄関の前に停車した

するとまるでホテルにいるかのようにドアの前には執事の服装をした高齢の男性がいた

 

「奥様、お帰りなさいませ」

 

「何か異常は?」

 

「ありません。それでお嬢様は」

 

彼がその先を言おうとしたとき彼女が彼の耳元で何かを話すと驚きながらもすぐに冷静な表情に戻り握手を求めてきた

 

「この屋敷で執事をしています。川北トオルと言います。水川カオリさんですね。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします。すみません。記憶があれば」

 

私は申し訳ななさそうに謝るとお気になさらないでくださいと言った

そしてドアが開けられると広い広間に続いていた。もう豪邸というよりはお城のような雰囲気を出していた

今住んでいる私の家とは大違いだったが、執事の男性は私の顔を見て涙を流していた

 

「どうかされましたか?」

 

「いえ、お嬢様が帰りになるのをお待ちしておりました」

 

「すみません。まだ自覚がないので」

 

そう自覚がない。まだこんな豪邸に住んでいたという自覚もなければ家族だったという自覚もない

あるとすれば他人という感情だけなのかもしれない。ただ愛してくれていた特別な関係かもしれないが

ふつうの家族とはちょっと違っている

女性は2階の部屋の前に案内すると両開きのドアを開けた

そこにはダブルベットに子供が使いそうなぬいぐるみや学習机が置かれていた

女の子が生活していたという空気は確かにあった

 

「ここが私がいた頃の部屋?」

 

「そうですね。ここがあなたが生まれ育った家だった。今は違ってしまったけども」

 

突然のことにまだ受け止め切れていない自分がいる。

あまりの豪華さに、それに使われている素材はどれも一流のものであることくらいは私にもわかる

今の私にはとても想像できない世界ということは間違いないだろう

 

「今のあなたにはとても想像できない世界かもしれないけど」

 

私は静かに部屋に入ると机などに触れてみたが記憶が戻ることは今はなかった

どうしたら戻ってくれるのかと思ったが。今はそんなことを考えていても仕方がない

戻らないものを欲しがっても、簡単にかなうものではないからだ

この部屋まで案内してくれた彼女は次に私を広いリビングに案内してくれた

そこはリビングというよりかはまるで大きな食堂といった感じの広さを持っている

これではまるでお城に住んでいるお姫様に近い。そんな世界の人間だったことは私にはすぐには理解できない

 

「よかったら今日はここに泊まっていきませんか?」

 

彼女からそう提案されたが私には似合わない世界だと思って断ってしまった

ホテルでいいのでと。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハツカネズミのような考え

ホテルに戻った私はある考えが頭の中でまるでハツカネズミかのようにぐるぐるとしていた

このままこの生まれた家に引っ越すのか。それとも私に愛情をたっぷりと注いでくれたお母さんとお父さんのところに残るか

ある意味では究極の選択だった。どちらを選んだとしてもどちらかを不幸にする

できることなら両方を選びたいところだがそれはかなわぬことだ

 

「どうすればだれもが幸せになれるかな」

 

すべてに平等などありえない。必ず誰かが得をして損をすることになるのだ

それに実のお父さんは私の好きなように生きろと言ってくれた。決断は自分が選んだベストなのだ

 

「でも、私の心はどうしたらいいの」

 

2つの家族に挟まれているのはとても苦しい。実の両親と育ての親

できることなら知らないほうが幸せだったのかもしれない。知らなければこんなに悩むことはなかっただろう

でも実の父は自らの命が散る前にすべてを打ち明けた。あの人の思いが私に伝わるように

生きているときに少しでも話していればまた状況が違った

私もこんなに苦しむことはなかっただろう

 

「幸せになれる方程式っていうのはないっていうのも困った話」

 

私はそんなことを考えるのを一度やめるとホテルの窓から見える外の風景を見始めた

実の父は私に多額の財産を残したがそれをどうしようと勝手だと書かれていた

私は別に経済界の女王になるつもりはないが。ただ、父の遺志を考えるとすべて捨てるつもりにもならない

財産を誰かに管理してもらうしかない事は分かっている。私だけであれだけの財産を抱えれるわけがないし

 

「どうして記憶がないのにトラブルだらけなの?」

 

まったくだ。だが仮に記憶があったとしても同じような悩みをしているかもしれないがそれは仮定の話に過ぎない

すでに起こったものを否定する事はできない。それに私は失ってしまった記憶がよみがえったとしても、お金なんていらないと思った

お金よりも今までの思いだけで私はもう十分だからだ。仮にお金と思いのどちらを優先するかと尋ねられたら私は迷わず思いを優先する

思い出こそ真の宝物だからだ。

 

「とりあえず寝よう」

 

私はそう呟くとふかふかのベットに横になった。その時携帯電話を取り出してお父さんとお母さんに連絡した

 

『カオリ、どうかしたか?』

 

「今日もこっちに泊まるね。それとお葬式に参加していこうと思うの。記憶がなくても実の家族のお葬式に出ないなんて失礼だから」

 

『そうか。お前は自分の思ったことを実行すると良い。カオリの人生だからな。強制はしない。しっかり見て聞いて、決めてこい』

 

「ありがとう」

 

私はそう言うとお母さんにもよろしく伝えてというと電話を切って通話を終えると眠りについた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私のお父さんのお葬式前

朝になって目が覚めると私はここに来る時に来ていた喪服のような黒の服を着用した

今日はお葬式なのだ。一応だが、私という存在の事を知っているのはごく限られた人間らしい

それは実のお父さんとお母さんの配慮だった。私という存在が知られれば財産争いに巻き込まれる

そんなことを避けるために事前に遺言書を作り、財産分与を決めた上で争いの種がこちらにまで波及する事を抑えようとしたのだ

もっとも、そんなことが簡単にできるとは思えなかった。人は、お金が絡むとどんなことでもやってのけてしまう。

だからこそ、私はそんなものはほしいとは思わないが。

 

『トントン』

 

「はい」

 

今開けますねと言うとドアを開けると弁護士の彼女がいた。私はもう準備はできていますのでと伝える

 

「では行きましょう。表向き、あなたの事はまだ公表されていません。カオリさんのお母様の意向であなたの意志が決まるまではと」

 

「すみません。いろいろとお手数をおかけして」

 

私は迷惑をかけている事を自覚しながらも、その気遣いにとても感謝した

まだ決めきれていないからだ。どうすれば良いのか

私がどんな選択をしたとしても、誰もが受け入れてくれることは分かっている

でも不幸にはしたくない。誰もが幸せになれる未来を選ぶことができるならそれを選択したい

それができないから苦労するのだが。人は過去を捨てることなく生きる事はできない。

ただ、私には肝心な過去の記憶がない。もしあればまた違った選択肢があったのかもしれない

そんなことを考えながら1階のロビーまで降りると、正面玄関に黒塗りのセダン車両が止められていた

いかにも高級車と言った感じだ。そばには今日は運転手さんがいるみたいでスーツ姿の男性がいた

 

「今日の運転手をしてくれる川北マモルさんです」

 

「いろいろとお手数をおかけします」

 

「いえ、覚えていらっしゃらないとは思いますが。私も幼いころからお嬢様とはお付き合いがありますので」

 

そう言われても私にはわからなかった。記憶がないというのは不便なものだし、迷惑をかける一方だ

私はいろいろとすみませんと言うと、彼は気になさらないでくださいというと後部座席のドアを開けた

私は車内に乗り込むと弁護士の女性は助手席に乗り込み、彼はドアを閉めると運転席に回り込むと乗り込んだ

そして発進していった。お葬式は極めて広い屋内スペースのある場所だった

数多くの、テレビでしか見たことのない政治家の人やマスコミ関係者などがいた

誰もが私の事を娘であることを知らない。それはそれでよかったのかもしれない

ここでもし、そのことが分かっていたらどんなことになっていたか

今までのような静かな生活はできないだろう。実のお父さんの思いがあるからこそ、今まで静かに暮らせた

そう思うと、どう思ったらいいのか戸惑いの感情が出てしまった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話

お葬式は粛々と進んでいった。

私は式場でも比較的隅の方に座り実のお父さんを送る事になっていた

その方が目立たないし、気づかれることもないだろうからという配慮からだった

棺に花を入れる場面の時に限って私はあえて立ち上がると他の参列者と一緒になって花を供えた

それが私にできるせめてもの送り方だったからだ

何もしないというのはあまりにも失礼だと考えたからだ

せめて表立ってできないならお花を供えてあげて送り出してあげたい

そう考えただけだが。棺には優しい顔で実のお父さんがまるで眠っているかのように横たわっていた

 

「お父さん。ありがとう」

 

私は少し目に涙を浮かべながら小声でそう呟くと花を棺に納めた

周囲の人は私の存在を見てもただの最後のお別れをしに来た1人に過ぎないと思っているだろう

でも私にとっては実のお父さんだ。これでお別れであることを思うと涙が出てきた

ようやく会えたのがこんな形だなんてあまりにも残酷だと

もっと、話がしたかった。私はそんなことを考えていた

たとえ、笑い合えるような話ではなくてもいいから、一緒に話をしたかった

でもそれは叶わぬ願いだ。もうここでお別れをするしかないのだ

 

「カオリさん」

 

行動が止まってしまった私に弁護士の彼女が近づいてきて大丈夫?と言った感じで話しかけてきた

でも私には答えることができず、私は彼女に少しよりかかる状態で棺の前から離れた

 

「カオリさん。あなたは本当は」

 

「私、どうしたら良かったんでしょうか。あの人の声も知らない。実のお父さんだというのに」

 

そんなことを考えていると余計に悲しくなってきてしまった

せっかく出会えたのにお別れが棺の前でだなんて

あまりにも残酷過ぎた

 

「もっと早く知りたかったのかもしれません」

 

そうすれば結果は変わったかもしれない。もっともそれは憶測にすぎないが

その時だった。私はとっさにごめんなさいといった。もう手遅れかもしれないがすべて私のせいだと思ってしまった

もっと私が記憶に記憶があれば早く再会していたのかもしれない

失われた記憶については私はどう向き合っていけば良いのか

分からないままだった。私は失われた過去を捨てていくのは

お葬式は終盤になり、実のお母さんたちによって棺は車に乗せられるところまで進んだが

私は少し離れた所から見るしかできなかった。私もどこかで今更実の娘だという事に触れられたくないのかもしれない

親不孝な子供だと言われても仕方がない。

それがどれほどのものなのかと聞かれると答えには困ってしまう

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。