紲星あかりの双子の姉 (零ミア.exe)
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零
この動画を作った時に何となく思いついたものを思うがままに書きました。
※ダークサイドもどきです。
※紲星あかりの双子の姉
「ねえ、お姉ちゃん。ここどこ……?」
「しーっ」
「……うぅ」
月の明かりが無ければ一寸先すら見ることが出来ない、深い森の中。
「お姉ちゃん、あかり、足、痛いよ……」
「我慢しなさい。私も痛いの」
「お姉ちゃんも、足、痛いの?」
「……そうね、すごい痛いわ」
私達は今、この荒れ果てた森を、息を殺しながら裸足で歩いている。足に木屑が何回刺さったのか覚えていない。正確には、片手で数えられなくなったあたりで考えるのをやめたのだが。
「お姉ちゃんが我慢するなら、あかりも我慢する」
「うん、いい子ね」
ここだけ見ると、年の離れた姉妹のように見えるかもしれない。でも、私達は双子。だから、いつまでもこのままではいけない。しかし──。
「…………ッ!」
ふと、遠方で草木の揺れる音。おおよそ六時の方向だろうか。
奴は私達を追ってきている。いつまでも帰ってこない私達を、
奴も、今回ばかりは無傷で連れて帰る気はないのだろう。
私達が逃げ出す際に、奴が熊対策のボウガンを持ち出していたのを
「灯、走るよ」
「お姉ちゃ……!?」
幸い、奴は足が遅い。灯の足より遅い。
ならば、捕まる要素はない。
「お姉ちゃん、ちょっと、待って、速いよ!」
「頑張って走って──」
──そう、思っていた。
「……え?」
右目の左端に映る、棒状のモノ。
歪む視界。
その全ては、『私が正面からボウガンの矢を撃たれた』という解答をはじき出す材料となっていた。
「お姉──」
そして、解答をはじき出した瞬間。
私と灯を、絶望が襲った。
「鉄の味はどうだ、
その声には、聞き覚えがあった。
ボウガンの勢いによってバランスを崩した私は尻餅をつく。常人なら痛みによってバタバタとのたうち回るところなのだろうが、私はそれ以上の恐怖を感じていた。
──目の前に、
憶測だが、さっきの
「アンタ……!」
「実の親に『アンタ』はないだろ……なぁ!」
私の一言は奴の琴線に触れてしまったらしく、奴がボウガンの矢を射出。私の右脇腹に着弾。
「ううぁっ……!」
「お姉ちゃん!」
灯が私へ駆け寄ると、奴の視線が灯へ向く。
同時にボウガンのリロードを始めた。
「おー、灯か。元気かー?」
「ひっ……!」
奴の視線で、灯が足を一歩分引く。
やはり、潜在的な恐怖を感じるのだろうか。
そんな灯の気持ちなど露ほども知らず。奴はリロードされたボウガンを片手に、こちらへと歩み寄る。
「ほら、こっちおいで。お父さんと一緒に帰ろうや」
「…………」
「灯……?」
灯は、
奴の歩みが止まる。今までになかった動きで驚いているのだろうか。
「……灯、何の真似事だ?」
「…………だっ」
「灯、やめなさい」
「やだ……」
「あか──」
「やだ!!」
灯は尻餅をついたまま動くことの出来ない私を庇うように、奴の前に立ち塞がったのだ。
「なんでこんなことするの!? あかり達が、何かしたの!?」
「あ……?」
「やめてよ、
「…………!」
「灯、やめなさ──」
刹那、ヒュンと物が風を切る音。
後方の大木から響く、鈍い刺突音。
灯の近くで宙を舞う銀色の糸。
ボウガンの矢は、灯の銀糸のような髪を掠めて二、三本ほど散らした後、後ろの木に刺さった。
「大した理由なんてねぇよ」
「え……?」
「ただただ、楽しいからやる。お前らの慟哭と悲鳴が、俺を
「ひっ……!!」
奴の眼光で、灯が言葉を失う。
──奴は狂っている。
奴はもう、常人に戻れないらしい。奴はそれを認めるように、ゆっくりとボウガンのリロードを始めた。
私は脇腹に刺さったボウガンの矢を抜こうとするが、どうにも激痛が走る。状況的にはそれくらい我慢しないといけない。だが、左目と右脇腹に刺さっている矢は、それを良しとしなかった。
再度、灯の様子を窺う。
灯は放心していた。『私が痛めつけられるのを見て泣き叫んでいた』のが、『私が痛めつけられる原因だった』ことにショックを受けたのだろう。
しかしこのまま動かないとなると、灯は矢で貫かれてしまう。
──灯は、私が守らなければならない。
「っ……」
脇腹に刺さった矢を、呼吸を整えてから一気に引き抜く。その痛みで声が出そうになるが、必死に声を殺す。ここで声を出せば、私が動き出す前に奴のヘイトはこちらを向く。それが向けば、ボウガンを打ち込んでくるに違いない。
次に、左目へ刺さった矢を握る。脇腹の痛みを味わった直後で躊躇したが、刺さったままだと動きにくいので覚悟を決める。
そうして勢い良く矢を抜いた途端、生暖かい液体が頬を伝うのがわかった。だが、痛みを我慢するのに夢中で、それどころではない。四肢は健全に動くので、幸いにも矢が脳に達している訳では無さそうだ。
そうして二本抜き終わったところで、奴の状況を確認。既にリロードを終えており、灯にボウガンを向けている。
灯は、未だ呆然としている。
「灯がどんな風に
現状、奴の目には灯しか映っていないらしい。
その灯は、向けられたボウガンに怯んでいる。
それならば。
「これ、最後の矢だから。良い声で鳴けよな……灯ィ!」
私は今しがた引き抜いた矢を握り、奴の動きを観察。
奴は灯の名前を叫び、ボウガンのトリガーに指をかけて、引いた。
それと同時に、私も動き出す。
「うあっ!?」
左足を軸に、右足を時計回りに横薙ぎ。灯の足を両方払い、灯の体が宙に浮く。
「あだぁっ!?」
私は、灯を守る。否、守らなければならない。
灯が尻餅をつく。その頭上を、矢が通り過ぎる。
私は足を払った勢いそのままに、右足で地面を蹴った。
「うがあああああ!!」
「……あ?」
矢は灯の頭上を通過した後、そのまま後方へと消えた。その事実に呆然とする奴の姿。
私はその
「がっ、おま、やめろ、うがっ」
間髪入れずに矢を引き抜いて、左胸板へ突き刺す。引いて、右脇腹に突き立て。引き抜ぬいて、左肩へ刺突。抜去して、そのまま右肩へ振り下ろす。
「アンタが! アンタが今まで私達にやったこと……全て!」
──全て、返してやる。
◇◆◇◆◇◆◇
「お……お姉、ちゃん……?」
私が疲れ果て、手に持った血濡れの矢を落とした時。
その時ようやく、灯の声が私に届いた。
声色的に、奴が死んだと思っているのだろう。
「…………」
「お、お父さん、は?」
灯は優しい。こんな状況下で、奴の心配しているのだから。
「……寝たわ」
「……え?」
だから私は、
私の下にあるのは、泡を吹いて力の抜けている奴の姿。胸板は微かに上下しているし、脈もある。
端的に言えば、気絶である。
灯の顔は見えないが、不安になっているのは明らか。
「もう、大丈夫よ」
「大丈夫って……」
足に力が入らず、その場から動けない。
沈黙が痛い。目に滲みる。
「私も、少し疲れたわ」
「お姉ちゃ──」
私の下にいる奴を中心に視界が回り始めて、そこで意識が途切れた。
◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
身体は起床を求める。
私はそれに従って目を開き、周囲の情報にピントを合わせる。
まずひとつ。左目は開かない。これは矢が刺さった時に覚悟はしていた。布らしき感触があるが、恐らく包帯が巻かれているのだろう。とても痒い。
ふたつ。視界の端に見える、赤黒い点滴袋。恐らく、これは輸血パックだろう。パックの端の方にアルファベットが見える。
みっつ。ほのかな消毒液の匂い。医療関係の建物なのだろう。
「すぅ……」
微かに聞こえてくる寝息。僅かに首を回して、その方向を見る。
──灯だ。
奴がアレだけ武器を振り回していたのに、目立った傷は一つもない。綺麗な髪の毛が何本か千切れただけ。
「……綺麗ね」
左手を灯の頭へ伸ばす。軽く上から撫で、手櫛を入れてみる。やはり、サラサラしている。
その感触を堪能していたら、灯の目が薄らと開いた。
「あれ……あかり、寝ちゃってたんだ……」
「ぐっすりだったわよ?」
「へ?」
顔を上げた灯が、こちらを捉えて固まる。その瞳は徐々に光を持ち始め、それは一気に崩壊した。
「うわあああ!! お姉ちゃんやっと起きたああああ!!」
「灯!! 痛い! お姉ちゃんお腹痛い!!」
「うわあああん!!」
◇◆◇◆◇◆◇
その後、灯の声を聞いて駆けてきた医師に、改めて現状を聞いた。
まずは今回の件。
あの後すぐに灯が警察を呼んだらしく、警官の働きによって、私は今も生きているらしい。警官による止血がもう少し遅れていたら、私は出血多量でこの世とおさらばしていたとのこと。奴は何とか一命を取り留めて、今は警察の監視下に置かれているらしい。
私が奴にしたことは何故か既に正当防衛と認められているようで、悪いのは奴だということになった。
警察曰く、「もうあの子達には関わらない」と発言したうえで、「治療費も慰謝料も、きちんと払う」という旨の発言があったらしい。私的に、そういう所で今更『お父さん』をされても、反応に困る。必ず裏があるに違いない。
次に、左目のこと。簡単に言ってしまえば、もう回復の見込みはないらしい。矢が刺さった時点で眼球は完全に潰れていて、それを治す方法はないそうだ。ただ、潰れたそれをそのままにする訳にもいかないので、綺麗に摘出したとのこと。
左目に包帯を巻いているのは、義眼を作るまでの衛生面の確保と客観的な見栄えの為。流石に目が潰れた有様を晒すのは私も嫌だし、見る相手も不機嫌になるだろう、とのこと。
ここまで聞いて、ようやく私の心に余裕を持つことが出来た。そうして落ち着きを取り戻した、すぐ後のこと。
「明日奈」
「ゆかりじゃない。どうしたのよ」
「お見舞いに来ました」
「そんな、無理して来なくてもいいのよ?」
「何を言ってるんですか、明日奈の為なら無理してでも来ますよ」
彼女は手提げカバンを椅子のそばに置き、その椅子に座った。
結月ゆかり。私の幼馴染。私達と同じく十八歳。職業は声優。
声優界期待の新人として、色んなところからオファーが来るらしい。そういうこともあってか、最近は声優の仕事で忙しいらしく、こうして顔を合わせるのは一ヵ月ぶりだろうか。
もみあげが長めの紫髪と落ち着いた雰囲気が特徴として挙げられる。
「小学校からの仲ですし、あかりちゃんから連絡受けた時、こっちは気が気じゃなかったんですからね」
「……心配させてごめん」
「ホントですよ、もう……」
「……そういえば、マキは?」
私の心がつらくなってきたので、強引に閑話休題。
「マキは明日来るらしいです」
「明日?」
「今日は追っかけしてるアーティストのライブに行ってるらしくて……」
「ああ……納得したわ」
弦巻マキ。同じく幼馴染の十八歳。大学生一年生。
普段はギターの練習をしている。最近はアーティストの追っかけをしている話しか聞かないが。
金髪ロングでハツラツとした性格が特徴。
「……ところで、お父さんから何をされてたんですか?」
「…………」
急に話を戻して表情を切り替えたゆかりが、こちらを見据えて疑問をぶつけてきた。
「あかりちゃんから聞きました。『今までずっと暴力を振るわれていた』と」
「灯が……?」
「どうして黙ってたんですか!? どうして私に相談してくれなかったんですか!?」
「それは──」
ゆかりの剣幕に怯む。声のトーンからして恐らく、ゆかりはこれが気がかりで押しかけてきたのだろう。
「私じゃ、駄目だったんですか……?」
ゆかりの声が
ゆかりに相談しなかった理由、それは──。
「ゆかり達に、笑ってて欲しかったからよ……」
「……笑ってて欲しかった?」
「ゆかりとマキが笑ってるとね、灯も笑顔になってたの」
「…………」
「私は皆が笑ってるときだけ、心が休まっていたのよ」
「私達がいない時はどうなんですか?」
「……私は痛めつけられて、灯は「やめて」と泣き叫ぶ。アイツはその状況が好きらしくて……それで興奮して、喜んでいたわ」
もっとも、灯は自分も対象だったとは思ってなかったみたいだが。
「灯は元々内向的でね、あんなに笑うタイプじゃなかったの」
「それは……」
「だから、灯が笑える場所を壊したくなくて……」
「だから相談しなかったと?」
「……その通りよ」
気まずい沈黙。ゆかりから返答が帰ってくるまでの数秒が、とても長く感じた。
「……分かりました。あまり納得は出来てないですけど、これ以上は問い詰めません」
「ゆかり……」
「でも……今度から、何かあったら相談してください。私も、一緒に考えますから」
「……分かったわよ」
ゆかりが今ので納得したのか、私には分からない。だが、それでゆかりが引き下がったのなら、ゆかりの中で落とし所が出来たということだろう。
「じゃあ、私はそろそろ仕事に戻りますね」
「えっ、仕事抜けてきてたの?」
「そうですよ?」
「……頑張ってね」
「勿論ですよ」
ゆかりはそう言い残し、椅子を立つ。そのままカバンを拾い上げて、病室のドアへと向かった。
「ゆかり」
「はい?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ゆかりがドアを通過して、やがて姿が見えなくなった。
私は誰もいなくなった部屋で、ひとり手のひらを見つめ続けていた。
動画で作れなさそうだから文字で書いたけど、想像以上によく分からないものになった自覚はある
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