全生全帰 (キューネン)
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全生全帰

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「はぁ」

 紅白の巫女が不意を突かれたような声をあげた。

 どこか呆れを含ませたような声色。

 凛とした綺麗な姿勢を保ちながら首だけを曲げている。

 小さなお猪口を手に添えて、頬を朱色に染めた表情を見せてきた。

 そんな清純な瞳が訝しくまじまじと視線を私に向けてくる。

 巫女の左手に、大幣は握られてなかった。

「あら、珍しい。そんな素っ頓狂な声が出せたのね」

「私をなんだと思っているのよ。そんなことよりアンタ、今なんて言ったのよ」

 添えられていたお猪口は巫女の口元へ運ばれる。

 一瞬の空白を過ぎて、巫女の口から大袈裟に息が吐きだされた。

「そのまま通りなんだけど、ね」

 空になっていたアリスのお猪口へ酒が注がれる。

 子供が持てるぐらいの大きさがある酒瓶。

 私の膝元で佇んでいた人形が両手でそれを持ちながら中身を流す。

 中身の行き先は空になっていたアリスのお猪口を満杯にする。

「ありがとう」

 アリスの声に人形は反応しない。

 続けて、紅白の巫女に向けて酒瓶の先を向けた。

「……あんがと」

 飲み干して空にさせたお猪口を低くする紅白の巫女。

 それに反応した人形は両手で先を傾け、満杯にする。

 満杯になる瞬間、人形は傾けていた酒瓶を立て直す。

「これ、あんたが動かしてるんだっけ」

「今日は違うわ。最近、半自動化させたばかりなの。この子」

「勝手に動くなんて面倒ね。変なことしないでしょうね」

「人間や付喪神みたいには動かないわよ」

「なら、別にいいわ。面倒ごと起こさないのは便利ね」

「融通は利かないけど、ね。程度には行動パターンを書きまとめた術式を入力させないと駄目なのよ」

 アリスの語る単語の羅列を耳にした紅白の巫女は口をお猪口で塞ぐ。

 チビチビと巫女の口へ酒が流れていく。

 やがてお猪口の半分ほどが巫女の体へ入っていった。

「……小難しい話は無視するわよ」

「そう、失言だったかしら。ごめんなさい」

 つづいてアリスの唇とお猪口が触れる。

 酒が重量に従ってうっすらと開いたアリスの口へ落ちていく。

 再び空になったお猪口をアリスは口から離す。

「――なら、さっきの質問は小難しい話じゃないのね」

 人形が、アリスのお猪口にまた酒を注いだ。

「ねぇ、霊夢。貴女は、なんで博麗の巫女になったの」

 霊夢の耳元で囁かれるアリスの声。

 これまで微動もしなかった霊夢の体が揺れた。

 驚きを隠せずに零れたような小さな動きをアリスは見ている。

「魔理沙は自称で魔法使いと名乗っているわ、今も」

 霊夢の表情を、眼を、口を、息を、汗を。

 囁きを続けながら、霊夢の一つひとつをじっくりと見落とさずにアリスは観察している。

「でも、魔理沙はまだ人間よ。肉体も、精神すらも捨てることなくずっと人間のままで在り続ける」

 霊夢の動きは止んで、既に最初の静けさを取り戻していた。

 アリスが普段から知る紅白の巫女だった。

「貴女も、博麗の巫女だけれど本質は人間よ。人間と妖怪の均衡を保つ人の形をしたシステム」

 アリスの耳に届く呼吸の音も、数も、ペースさえも変化をみせない。

「でも、貴女は人間よ。魔理沙や人里の人間と同じ。構造も、機能すらも違わない」

 霊夢の視線はアリスを捉えていない。

 博麗神社の境内裏の縁側に居座りながらずっと奥を見ている。

 人や獣の影すら無く、その奥に広がる樹林から視線は動かない。

「それでも貴女も、魔理沙も人間なのよっ。なんで、それでも貴方達は危険を背負い続けているのっ」

 アリスと霊夢の交友関係は端から見ても濃密であるとは言い切れない。

 博麗の巫女と魔法の人形遣いである彼女達の接点は立場からしても良いものではない。

 そんな関係による巫女への疑いが広まってしまえば博麗の巫女の公としての立場に関わる。

 博麗の巫女が中立に在るからこそ幻想郷は維持されている。

 この世界において巫女と、魔法使いの関係は公に認可されて好ましいものではない。

「人間なのに、人間じゃない在り方で生きているのは――」

 アリスらしからぬ感情が込められた言葉だった。

 本人すらも自覚がなく、内心に秘めていた本音。

 かつて春を取り戻す異変において、二人は久方振りに出会った。

 偶然だったその出会いながらもアリスは感謝した。

 彼女達の出会い、魔界での対面を経て二人はまた幻想郷で交わす。

 以前には存在しなかったルール、弾幕ごっこに則って彼女達は美を魅せた。

 そこで紅白の巫女の弾幕に魅せられたアリスにはある種の感情が芽生えていた。

 アリスはその感情に対する自覚はあったが、その感情を理解できなかった。

 それからアリスの探求は始まった。

 霊夢について、博麗の巫女についてあらゆる場所や幻想郷という世界に関する知識を蓄積させる。

 知識を知り得ていく度に、博麗の巫女がどのような世界で成立する現実に怒りを覚えていった。

 アリスが霊夢に抱く感情も次第に大きくなっていった。

「わたしは、わたし――それが、知りたいのっ。貴女が……霊夢が何を想って博麗の巫女なのか」

 知識を得ていった最後に抱いたアリスの感想は人形そのものだった。

 幻想郷という世界を維持させる為だけの人形が、博麗の巫女だと考えついた。

 人妖の中立として振る舞い、壊れてしまえば代替品のように扱われる。

 貢献や評価さえもされず博麗の巫女というレッペルを貼り続けられる人生にアリスは憤慨した。

 霊夢がその道を自らの意志で歩んでいる現実。

 アリスはその答えに探求と、理解を求めその気持ちを言葉に重ねて告げる。

 博麗の人形ではなく、博麗の霊夢という一人の人間を護りたいが為に。

 一人の友人として、博麗霊夢を救えるのなら救う為に。

「――たぶん、何も違わないわよ」

 ずっとアリスの想いを聴いていた霊夢の口は語った。

 その言葉はアリスの思考が止めるには十分すぎていた。

 その意味を、真意を、理解をすることができなかったからだ。

「私と魔理沙。それに、人里の人達や一部の妖怪だって多分違いはないわよ」

 あっさりと淡々に霊夢はアリスに言葉を続ける。

 次々に語られる想いにアリスは言葉が出すことができなかった。

「みんな、ずっと誰かの背中が見えてるって知ったのよ」

 霊夢は想いを応えた。

「せな、か……」

 アリスはその言葉の真意に疑心を抱いた。

「人も妖怪も。ずっとなりたい誰かがいるのよ。それが違うだけで目指す自分というか」

 そっと静かに霊夢が首をかしげる。

 ほんの数センチの距離でアリスと霊夢の視線が重なった。

「小鈴ちゃんとか、魔理沙だって憧れにしている誰かが居て、その誰かに成りたいのよ。だから、成る為に頑張ってる」

「たとえ――その在り方や方法が間違っていたとしても」

 優しい雰囲気を醸し出す霊夢の視線がしゅんと鋭さを増す。

 柔和な形をさせた霊夢の瞳には熱がこもる。

「……そうだったのね」

 アリスは霊夢の応えに、想いを理解する。

 魔界を統括する母の姿に憧れを抱いていたかつての自分自身。

 今も視線を重ね合っている友達も、アリスの母に匹敵する誰かがいる。

「だから――貴女は、博麗霊夢なのね」

「そうよ。だから―――私は、博麗霊夢なのよ」

 探求の果てに辿り着いた答えにアリスはふと笑みが零れる。

 ずっと探してきたそれがもう既に自分の内にあったことに呆れと、嬉しさを抱いて。

「良かった。本当に、よかった……」

「ちょっと。なんで、アンタが泣きそうになっているのよ」

 想いの応え合いに浸る彼女達のお猪口へ静かに酒が注がれる。

 人形遣いと、楽園の巫女の夜はまだ永く続いていくだろう。

 

 




此処までお読み頂きまして、ありがとうございました。
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