嵐虎騎士ブイツー (疾風のナイト)
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第1章

 いくつも存在する次元の中、どこかの次元に存在している世界。この世界の特質として他の世界とは異なり、この世界には善と悪の神がいた。

 やがて、自然環境と言う名の箱庭が創造され、生き物と言う名の駒が創造される。同時に駒は善と悪の神の性質によって変質する。

 例えば、善の神によって生み出された駒であるが、この駒達は基本的には人間や動植物として誕生する。

 さらに悪の神の手によって生み出された駒であるが、この駒達はモンスターに代表されるような異形な者達に変質する。

 悪意に満ちたモンスター達が人間を獲物として襲い掛かるにつれて、逆に人間もまたモンスター達のことを敵として認識するようになる。そして、人間とモンスターの間において、果てしない戦いが始まるのである。

 この世界に生きる者達は皆、自らの意志で生活していると思い込んでいるが、その実態はあくまでも善と悪の神の意志に過ぎないのである。

言い換えれば、この世界に生きる者達は自覚することなく、全てが気まぐれな神の意志に沿って生活しているのだ。

 だが、このゲーム盤上のような世界に異変が発生する。それと同時にこの異変は善と悪の両方の神にとっては好ましくないものであり、さらには世界の理を揺るがしかねないものであった。

 この日、遥か天空の彼方より、2つの流れ星がこの世界の大地に落ちてきたという。1つの流れ星、それは神々しい光を宿した流れ星であった。もう1つの流れ星、それは禍々しい光を宿した流れ星であった。

 それぞれに聖と邪を象徴するかのような全く対照的な光を宿した2つの流れ星。この2つの流れ星がこの世界にとって、大きな影響を与える存在になることになるとは今は誰もまだ知る由もなかった。

 

 この世界のリーンホースと呼ばれている辺境が存在する。但し、辺境の地方と言っても、豊穣を司る地母神を祀る神殿があり、それに合わせて催し物が開催されるため、地域としてはそれなりに賑わっている。

 そのような辺境のリーンホースにおいて、無数に存在しているダンジョンの1つ。さらにこのダンジョンの中には、小鬼と呼ばれるモンスター達が根城としている。

 小鬼と言えば、人間の子供程度の体格・力・知能しか持たず、数多く存在するモンスターの中でも最弱と呼ばれることも多い。但し、逆に言えば、一定の力と知能を持っているが故、単体であればともかく、集団戦になれば非常に厄介かつ危険な存在でもあった。同時に小鬼達の有利な場所で戦うのであれば、さらに厄介さと危険性が増すことは尚更のことであった。

 そのような小鬼達が潜んでいるダンジョン内部において、たった1人で追い込まれている女神官。今、女神官は小鬼達に対する恐怖の影響により、この場から完全に動くことができないでいる。

 このダンジョン内に女神官がいる理由。それは冒険者ギルドから受けた依頼、小鬼達の討伐以来を達成するためであった。

 ごく最近、独り立ちの年齢を迎えたため、生まれ育った神殿を出て冒険者となった女神官。少しでも多くの困っている人達を助けるべく、女神官は自らの意志で冒険者の道を選んだ。

 冒険者として登録手続きを済ませた際、小鬼の討伐の依頼を受けたパーティーに誘われ、女神官はパーティーの一行に加わることになった。

 なお、パーティーの編成についてであるが、少年の剣士、女格闘家、女魔法使いで編成された駆け出しのパーティーであった。

 このようにして、女神官を含めた若い冒険者達のパーティーは出立した。出立した後、ダンジョンを発見することに成功する。全ては順調であるかのように思われた。

 だが、ダンジョンに足を踏み入れた途端、小鬼達の強襲を受ける羽目になるパーティー一行。前方だけではなく、左右と後方の全方位からの集団攻撃であった。

 数の暴力で襲い掛かってくる小鬼達、前衛の少年剣士と女格闘家、同時に後方の女魔法使いも殺され、女神官自身も怪我を負うことになってしまった。その結果が今の女神官が置かれているである。

 やがて、ついに我慢できなくなったのか、動くことのできない女神官に向かって、襲い掛かろうとしている小鬼。その姿はか弱い乙女を襲おうとする暴漢と何も変わらない。

「っ!!」

 襲い掛かってくる小鬼を見た途端、思わず身を縮込めてしまっている女神官。そうした時、ダンジョン内で一陣の風が吹いたような気がした。

 次の瞬間、女神官のことを襲おうとしていた小鬼の胴体は真っ二つになっていた。この現場を目の当たりにした途端、女神官は言葉を発することができなかった。

 真っ二つになった小鬼の亡骸の先にあるもの、そこには只ならぬ気配を発する1人の騎士が立っていた。

 突然、小鬼達が蠢くダンジョンに現れた騎士の風貌。まるで全身が鎧で構築されているかのような格好である。特に背中からせり出している翼のような突起が印象的である。

 そして、そのような極めて異質な風貌をした騎士の右手には、独特な形状をしている金色の剣が握られている。

 不思議な気配を発している剣を握り締めており、無数に群がる小鬼達と対峙している騎士。今、騎士の意識は暴悪なる無数の小鬼達に向けられている。

 この時、無数に蠢いている小鬼達と対峙している騎士に対して、ある獣のイメージを重ねて見ている女神官。女神官が目の前の騎士に重ねている獣のイメージ、それはこの世界において東方でも最強の獣と呼び名の高い虎であった。

「ここからは私が相手だ!」

 闘争本能が激しく昂ぶっている小鬼達に向かって、高らかに宣言してみせる騎士。この騎士の宣言を聞いた途端、小鬼達の視線は一気に騎士の方に集中する。

「(ふむ……前方に10体、左右に10体ずつ、後方に10体か……)」

 夥しい殺気を発する小鬼達に包囲されながらも、敵の数を冷静かつ正確に把握している騎士。そんな騎士の佇まいはまさしく熟練の戦士そのものである。

「ならば……」

 数では圧倒的に不利な現在の状況を冷静に把握した後、その場で独楽のように回転を始める騎士。そうした最中、騎士の回転は時間が経過するに比例して速度を上げていく。

 急に不可解な行動を始めた騎士に対して、強い警戒心を抱いたのだろうか、四方八方から一斉に襲い掛かる小鬼達。

「あっ……!」」

 小鬼達に襲われそうになっている騎士に向かって、何かを言おうとしている女神官。だが、先程の出来事が思い起こされて、女神官はそれ以上の言葉が出なかった。

 すると次の瞬間、小鬼達の身に思いもしない出来事が起こる。高速回転を続ける騎士に近づこうとした途端、小鬼達は次々と上半身と下半身を切り離されていく。

 気がつけば、高速回転を続けている騎士は何時しか1本の竜巻を生み出していた。目の前の竜巻に闘争本能を刺激されたのだろうか、小鬼達は敵愾心を剥き出しに次々と攻撃を仕掛けてくる。

 だが、それも騎士の起こした竜巻の前には無駄なことであった。小鬼達は誰1人として竜巻を突破できるどころか、逆に巻き起こる風の刃でその身を寸断されていくばかりであった。

 突然、この場に現れた騎士の巻き起こした竜巻によって、多くの仲間達を失ってしまった小鬼達。本能的に危険を感じたのだろうか、一旦、騎士から距離を置く残りの小鬼達。そのような小鬼達の表情は鬼気迫るものがあった。

「凄い……」

 瞬く間に小鬼達を追い込んでいく騎士の姿を目の当たりにして、驚きと畏敬が混じった表情と共に呟いている女神官。

 目の前に現れた騎士は姿こそ異様であるが、その技量と戦闘力は極めて高い上、さらには対集団戦闘にも習熟していることが見て取れた。恐らくはどこかの高名な騎士であるに違いない。

 突然、この場に現れたたった1人の騎士によって、自らが追い詰められていることを認識する小鬼達。

 すると、急に視線を目の前に立ち塞がる騎士から別の場所に移す小鬼達。多くの同胞たちを切り刻んできた騎士から視線を移した先、それは先程まで追い込んでいた女神官であった。

 襲い掛かってくる小鬼達を前にして、怪我の影響と足が竦んで動けない女神官。今、女神官の脳裏において、先程までの一連の出来事がフラッシュバックする。

「ひっ……」

 あまりの恐怖でか細い悲鳴を上げる女神官。しかし、そんなことはお構いなしに群がる小鬼達。

 しかも、女神官に関して言えば、小鬼達の策略により、怪我を負っている状態である。最早、どうすることもできない。再び危機に陥った女神官がそのように思った時であった。

「何を下らぬことをやっているか……」

 相手側の節操のない行動に心底呆れた様子でそう告げた後、疾風の如き速さをもってして、小鬼達を次々と斬り倒していく騎士。残った小鬼達を斬り倒した後、騎士は戦いの終幕として、その手に握られている独特な形状をした剣を納める。

 狡猾な手段で冒険者達一行を全滅寸前に追い込んだ上、残る女神官に襲い掛かろうとしていた小鬼達。

 だが、この場に突然、現れた謎の騎士により、本来、優勢であった小鬼達は瞬く間に全滅させられたのであった。

「貴様達など……我が剣の前にはゴミ屑同然……」

 物言わぬ骸となった小鬼達に向かって、吐き捨てるように言う騎士。だが、そのような騎士の台詞には、小鬼達への嘲りの感情は一切感じられなかった。

 むしろ、騎士の表情は人間を平然と殺害した挙句、さらには自らの欲望のために利用する小鬼達に対する怒りに満ちていた。

「……大丈夫か?」

 小鬼達から女神官に視線を移した後、そのように呼び掛ける騎士。傷を負っている女神官の安否を確認するためであった。

「は、はいっ!」

 予想もしていなかった騎士からの呼び掛けに対して、慌てて返事をしてみせる女神官。だが、女神官が既に満身創痍の状態得あることは言うまでもなかった。

「嘘を言うな……怪我をしているだろう……」

 そう言った後、騎士はどこからか、止血用の布切れを取り出してみせる。その動作は日常茶飯事と言わんばかりに無駄がなく、同時にそれでいて迅速そのものであった。

 それから、騎士は手慣れた様子で肩に傷を負った女神官の手当てをする。その動作は迅速かつ無駄がない。

「っ!」

 騎士による手当の際、傷の痛みで顔を顰める女神官。だが、その痛みも一瞬のものであり、すぐに安堵感が女神官を包んでいく。このことは騎士の手当てがいかに的確であるかを意味していた。

「手当もすぐに終わるから我慢するんだな」

 そう言った後、さっさと手当てを済ませる騎士。手当としては簡易的であるが、日常的な行動する上では何の支障もないだろう。

そうした最中、それまで沈黙を保っていた女神官が口を開いた。

「あ、あの……有り難うございます……」

「礼に及ばない……それよりも、ここから一旦、離れるぞ」

 女神官からのお礼の言葉に対して、この場から離れるように促す騎士。ここは一旦、この場から離脱することが最善であると騎士は考えていた。

「それから、君達の身に何があったのか……まずはそのことを説明してもらおうか?」

「はい……」

 目の前にいる騎士からの質問に対して、現在に至るまでの事情を説明する女神官。この場に訪れたこと、まだ出会って間もないものの、仲間達を失ってしまった女神官は包み隠さずに話した。

「成程な……」

 女神官から事情を聞いた後、そのように呟いている騎士。すると次の瞬間、騎士は思わぬ言葉を口にする。

「結論から言っておこう……君は冒険者とかいう者に向いていない。悪いことは言わん……今すぐに冒険者を辞めるべきだ」

「なっ!?」

 騎士の口から放たれたあまりにも冷徹な一言。出会って間もないにもかかわらず、騎士からの辛辣な一言に絶句してしまう女神官。

「どうして、そんなことを言うんですか?」

「先程、君から聞いた話……それに目の前の現状を見れば、分かり切ったことだ」

 傷心状態である女神官の必死な抗議に対して、あくまでも冷徹な態度で振る舞う騎士。そして、女神官の心を抉るような騎士の言葉はまだまだ続く。

「そもそも、君は神官だろう?戦闘で言えば、前線で戦う者達を補助する役の役割を担っている。戦闘において補給役は真っ先に狙われるべき対象だ。だが、君の集団は君だけを除いて全滅した……それはどういうことを意味するか……君には分かるか?」

 必死になって抗議をしている女神官に向かって、淡々とした調子で言葉を続ける騎士。さらに騎士は女神官に宣告する。

「結論から言えば、君は自身の役割を果たすことができず、共に戦うものを死なせてしまった」

「っ!!」

 無情にもそのように断言してみせる騎士。一方、騎士の言葉によって茫然自失としている女神官。

 そう言って女神官から背を向けると、その場から立ち去ろうとする騎士。すると、騎士の後方から何かが聞こえてくる。

 すぐさま向き直ってみせる騎士。そのような騎士の視界に映ったもの、それは膝を突いた状態で泣いている女神官の姿があった。

 泣いている女神官。突然、目の前に現れた得体の騎士に反論することなく、ただただ己の無力を嘆いている女神官の姿がそこにはあった。

 騎士の言っていることはまさしく正論である。それと同時に女神官が自責の念に苛まされていることは言うまでもないことであった。

「す、すまない……言い過ぎたようだ。それならば、是非とも、私の方から君に頼みたいことがある」

 度が過ぎた自身の発言に謝罪の言葉を述べる騎士。女性しかも年端もいかぬ女の子を泣かせるなど、誇り高き騎士として恥ずべきことである。

 騎士としてあるまじき行為を深く反省した後、今度は目の前の女神官に頼みごとをする騎士。それは騎士なりの不器用な優しさでもあった。思いもしなかった騎士の言葉に女神官が反応する。

「いえ、良いんです……それよりも頼みたいこと……」

「実を言うと私には記憶がないのだ」

 騎士の口から告げられた衝撃的な一言。さらに騎士は女神官に対して、現在に至るまでの経緯の説明を始める。

「気がつけば、私は周囲が焦土と化してしまった荒野の中に立っていた。覚えていることと言えば、自分の名前だけ……非常に情けないことだが、それ以外のことは何も覚えていないのだ……」

 自分自身の事情について素直に打ち明ける騎士。その後、騎士は風のざわめきを感じて、ざわめきの元を辿るように駈け出したのであった。

 そして、風のざわめきに導かれるまま、辿り着いた騎士が目にした光景。それこそが小鬼達によって仲間達を殺害され、絶体絶命の窮地に追い込まれた女神官の姿であった。その後の行動は女神官の見てのとおりである。

 最早、自分が何者さえも分からない状況。この時、これまで冷静を維持していた騎士の表情は一瞬の間だけ、先程までとは打って変わって気弱そうな表情になる。

「もし、よろしければ、私の滞在する街に訪れてみませんか?」

 恐怖に怯えた先程までとは打って変わり、まるで迷子に手を差し伸べるかのようにして、穏やかな口調で騎士に話しかけてくる女神官。女神官は本能的にではあるが、目の前の騎士が抱えている孤独感を感じ取っていた。

「……感謝する。申し遅れたが、私の名前はブイツーと言う」

「私はマナ……マナです」

 お互いに自分の名前を名乗る騎士のブイツーと神官のマナ。簡単に両者の自己紹介を済ませた後、早速、ブイツーとマナはこれからのための行動を開始する。

「それでは早速、案内を頼もうか」

「は、はいっ!!」

 ブイツーからの依頼に対して、様々な感情が渦巻いている涙を拭った後、元気な表情で返事をしてみせるマナ。但し、そんなマナの表情は一種の強がりであり、癒えていなかった。

 何といじらしい娘なのだろうか。行動を共にしてきた仲間を殺害されてしまってもなお、必死に平静を保とうとしているマナに対して、ブイツーは敬意の念を抱かずにはいられなかった。

「よろしく頼んだぞ」

 何とか自身を奮い立たせようとしているマナに対して、改めてのお願いをするブイツー。そのようなブイツーの姿はまるで人を導く指導者のようであった。

 このようにして、善と悪の神が戯れる世界を舞台として、自分の記憶を失った騎士ブイツーの戦いの物語は幕を挙げたのである。それは同時に未知なる世界の命運を揺るがす戦いの幕開けでもあった。




この話は“「ゴブリンスレイヤー」の女神官の出会った相手が別の相手だったら?”をコンセプトに考案した作品です。
元々、話はある程度組んでいたのですが、時間と労力が必要になることが分かったため、お蔵入りとなっていました。
しかし、最後の春巻きさんの↓の作品に刺激され、読み切り形式の短編小説にして、投稿することにしました。
https://syosetu.org/novel/187891/1.html
ちなみにゴブリンスレイヤーの世界観をベースにしていますが、主な変更点があります。
①キャラ等に固有名詞が与えられている
②コブリンが小鬼と表現
③グロ描写の大幅な省略
これは主人公がSDガンダムのキャラクターであることに起因しています。

ちなみに主人公のブイツーですが、実は相当な悪者です。
何故ならば、原作の作品では「幻魔皇帝アサルトバスター」を名乗り、悪事の限りを尽くしてきました。しかも、洒落になっていないレベルです。
このため、新しく生まれ変わったブイツーが自らを見つめ直し、過去に犯した罪と向き合っていくという流れを想定していました。

もしも、興味や疑問等があれば、気軽に連絡してください。

長々となりましたが、これで私のあとがきとさせていただきます。


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第2章

マナの案内で冒険者ギルドに訪れたブイツー。そこでブイツーはマナが受けた依頼が失敗したことを報告する。
冒険者ギルドの受付嬢から冒険者ギルドについての説明をする。
そうした中、ブイツーのことを快く思わない冒険者達がいた。
ブイツーと冒険者達の戦いが始まる。


 辺境の地・リーンホース。そんなリーンホースは辺境の地でありながらも、それなりの賑わいを見せている地域である。

 現在、リーンホースの街中を歩いているブイツーとマナ。そんなブイツーとマナは今、街の人々から奇異の視線で見られていた。

 本来であれば、自身に課せられた依頼に失敗したばかりだけではなく、行動を共にしていた冒険者の仲間達を失ってしまった挙句、おめおめと逃げ帰ってきたマナに対して、厳しい眼差しが向けられて然るべきなのであるが、今回ばかりは人々が向けている先が違っていたのである。

 街の人達が奇異の視線を向けている先、それは明らかに異質な姿をしている騎士であるブイツーであった。

 これまでの間、見慣れてきた人間や噂に聞くモンスターと異なり、あからさまに異様な姿をしているブイツー。そんなブイツーがどう見ても只者ではないことは一目瞭然であった。

「何者なのかしら……?」

「モンスター?違うけど……いずれにしても得体が知れないわ」

 まるで騎士の鎧が人間と一体化したような姿をしているブイツー。あまりにも異質な姿をしているブイツーを目にした途端、当の本人に聞かれないよう、影で口々にそんなことを言い合っている街の住民達。

 だが、当のブイツー本人は一向に気にする様子はなかった。そのようなブイツーの態度はある意味、超然としているとも言えるだろう。傍にいるマナでさえも不思議で仕方がなかった。

 街中の人達からは奇異の眼差しで見られているばかりか、さらには謂われのない陰口を叩かれながらもなお、常に堂々とした態度でいるブイツーの振る舞い。

 そのようなことを意に介することもなく、気高い態度を貫いているブイツーの姿であるが、まさしく騎士と呼ぶに相応しいものであった。

 やがて、街の中心部に到着するブイツーとマナ。そのようなブイツーとマナの2人の前には今、広大な面積と保有している建物が建っていた。

「ここが冒険者ギルドの建物です」

 そんな言葉と共に目の前の建物について、ブイツーに説明をしているマナ。さらにマナは冒険者ギルドという組織についても、知っている限りの内容をブイツーに教える。

「成程な。行くぞ……」

 そう言った後、建物内に足を踏み入れるブイツー。そんなブイツーを追いかける形でマナもまた、建物内に足を踏み入れるのであった。

 

 冒険者ギルドの建物内に足を踏み入れたブイツーとマナ。この時、建物内いる人達の視線がブイツーに向けられる。

 一方、そのような視線に一切動じることのないブイツー。何故ならば、今、自身に向けられている視線であるが、先程、リーンホースの街中で向けられた視線と同じものであったからだ。

 それから、ブイツーはマナを伴って、受付の方に足を運ぶことにする。そうした中、受付にいる受付嬢がブイツーとマナの対応を始める。

「お疲れ様でした。本当に」

 冒険から戻ってきたマナに対して、労いの言葉をかけている受付嬢。この時、受付嬢はマナの身に何かが起こったこと、依頼で何かがあったことを悟る。

「……有り難うございます」

 受付嬢からの労いの言葉に対して、沈んだ表情で返事をしているマナ。まだ、マナは先程のことを完全に割り切れていないようであった。

「依頼の顛末については私が語ろう」

 そう言ってマナから話を引き継いだ後、マナの引き受けた依頼に関して、受付嬢に報告しているブイツー。

 結論から言ってしまえば、マナ達が引き受けた依頼は失敗である。マナを除く冒険者達は小鬼達に殺されてしまった。

 偶然のブイツーの介入によって、残ったマナは助けられ、小鬼達は倒したものの、その場で退却を選択したのである。

「そうでしたか。ところで貴方は何者ですか?」

 ブイツーから依頼の顛末についての報告を聞いた後、今度は異形の姿をしているブイツーに質問をしている受付嬢。

「私の名前はブイツーと言う。以後、よろしく頼む」

 あくまでも紳士的な口調で自らの名前を名乗ってみせるブイツー。さらにブイツーは言葉を続ける。

「私は自分の名前以外のことを何も知らないのだ。もしよければ、この冒険者ギルドという組織のことについて、教えてはもらえないだろうか」

 目の前の受付嬢に向かって、隠し事をすることなく、素直に身の上を語っているブイツー。

「分かりました。この冒険者ギルドのことについて、説明をさせていただきます」

 ブイツーからの頼みを引き受けた後、冒険者ギルドについての説明を始める受付嬢。一方、ブイツーは受付嬢の話に耳を傾けることにする。

 受付嬢からの説明によれば、冒険者ギルドとは冒険者達が所属する公的組織であり、冒険者の管理と様々な依頼の達成を目的としている。

 所属する冒険者にはいくつもの等級があり、それに応じて様々な依頼を受けることができる。言い換えれば、実力に応じて依頼のレベルも変わってくるのである。

 冒険者ギルドに冒険者としての登録をすれば、誰でも冒険者になれるのであるが、個人で実力に差があるため、実力にバラつきが生じている状態だ。

 こうした冒険者ギルドの状況であるが、国の軍隊が強大なモンスターや悪魔を相手にしているためであり、身近な問題にまで手が回っていないためである。

「成程。状況が理解できた」

 受付嬢から多様な角度での説明を聞いた後、うんうんと頷きながら納得している様子のブイツー。そう言っているブイツーの表情であるが、今までに見せた勇猛果敢な騎士の姿とは異なり、まるで経験豊富な軍略家のような顔をしている。

「つまり、冒険者ギルドは軍隊が対応できない問題を解決する組織であり、冒険者達は軍隊の兵士達の代わりのようなものか……」

 長い説明を聞いた後、受付嬢に指摘を入れるブイツー。ブイツーからの鋭い指摘を耳にした途端、受付嬢の表情が明らかに変わる。

 そのような受付嬢の表情についてであるが、まるでブイツーからの指摘を待っていたと言わんばかりの表情である。

「この状況を貴方はどう思われますか?」

「冒険者としての登録さえすれば、誰でも冒険者になれる冒険者ギルド……今のままでは人的資源の浪費になる危険性があるな」

 対峙している受付嬢からの言葉に対して、深く切り込んでいくブイツー。そんなブイツーの表情は冷徹とも言えた。

 冒険者ギルドの冒険者が必ずしも依頼を成功させるとは限らない。依頼の失敗による再起不能、最悪の場合、死亡という事態まで起こっている。現にマナが行動を共にしていた冒険者達が最たる例だ。

 しかも、失敗による被害は冒険者達だけに留まらない。依頼が達成されない場合、被害は増す一方である。

「確かにご指摘はごもっともです。ですが、批判は誰にでもできるものです。……逆にお聞きしますが、どうするべきだと考えていますか?」

 真正面からブイツーに疑問を投げかける受付嬢。現状を批判するだけならば、誰でもできることである。それ以上に増して、肝心なことは閉塞した現状をいかに打開するかであった。

「ふん、挙げ足だけを取るだけならば、それは単なる悪口だ……批判とは言わん。問題があるのであれば、同時に解決策も提示してみせる……それが真なる批判というものだ」

 受付嬢に対する最初の前置きとして、そのように言っているブイツー。

「まずは教育者がいるな……何よりも先に世間知らずなお坊ちゃんやお嬢ちゃんには、ちゃんとした教育係が必要だと考えている……」

 さも、当たり前のことのように淡々とした口調で語ってみせるブイツー。この時、何人かの冒険者はブイツーのことを睨みつけていた。

 何故ならば、この場所にいる冒険者の何人かにとって、先程のブイツーの言葉は聞き捨てならないものであった。

 しかも、冒険者達の眼前にいるブイツーは人間でもなければ、モンスターでもない異形の姿をしている。

「おい!さっきから話を聞いていりゃ、偉そうなことをベラベラと!」

 そうした中、冒険者の1人がブイツーに食ってかかる。ブイツーの言葉を聞いて、プライドが傷つけられたと思ったのだろう。なお、この冒険者についてであるが、いかにも荒くれ者のような雰囲気を醸し出している。

 先程の冒険者の言葉に対して、他の冒険者達もまた、同調の態度を示している。よそ者であるブイツーの言葉に腹を立てたのであろう。

「ブイツーとか言ったな。俺と勝負しろ!」

 さらに先程の冒険者はブイツーに戦いを申し込む。ブイツーの周囲には今、剣呑な空気が支配している、

「……良いだろう」

 自信に満ちた表情で応対しているブイツー。多くの敵意を向けられてもブイツーが全く動じていない理由、それは既に自身に対する鋭い視線を感知していたからであった。

「ブイツーさんはどうですか?」

 そう言った後、ブイツーに視線を移している受付嬢。そんな受付嬢の視線であるが、まるでブイツーのことを試しているかのようであった。

「良いだろう。全員、まとめて相手になろう」

 冒険者からの申し込みをあっさり受け入れてみせるブイツー。まるでこの程度のことなど、造作もないと言わんばかりの態度である。

 

 冒険者ギルドの本部の敷地内にある模擬戦場。この模擬戦場は冒険者達の実力向上のために整備された鍛錬場であった。

 そのような模擬戦場内において、それぞれが独自に調達した装備で身を固めている冒険者達。金、地位、名誉、正義……冒険者を志した理由は人それぞれである。

 一方、広大な面積を保有している模擬戦場の中において、たった1人で数多くの冒険者達と対峙しているブイツー。

「……」

 事の成り行きを黙って見守っているマナ。一見すれば、ブイツーが圧倒的に不利であることは明白である。

 だが、小鬼達で見せたブイツーの戦いぶり、とてもではないが、並大抵の者ではできない芸当である。

 ブイツーの戦いをこの目で見たからか、今のマナにとっては、この戦いが未熟な狩人達と屈強な猛虎との戦いのように見えたのだ。当然、勝負の行方は分からない。

「それでは戦闘を開始します!」

 受付嬢がそのように告げた後、戦闘開始の合図である笛が鳴る。次の瞬間、張り詰めた空気が支配する。

「……」

 試合が開始された途端、自慢の攻撃魔法を発動させるため、呪文の詠唱を始める魔法使い。攻撃魔法の詠唱を始めていたのだろうが、魔法自体が発動までには時間を要するのが欠点である。だからこそ、魔法使いは先手必勝法として、ブイツーに対する攻撃魔法を発動させたのだ。

 すると突然、目の前から姿を消してしまうブイツー。まさしくブイツーは影も形もなく目の前から消え去ったのである。

「どこだ?奴はどこにいる?」

「まさか、逃げたのか?」

 ブイツーが姿を消した途端、急に浮足立っている冒険者達の集団。そうした中、集団の中で異変が起こる。

「っ!!」

 突然、声にならない叫びを上げたと思えば、その場に倒れ込んでしまう魔法使い。当然のことであるが、冒険者達の視線は倒れ込んでしまった魔法使いのいた場所に向けられる。

 倒れ込んだ魔法使いの背後に立っている者、独特な形状をした剣を握り締めたブイツーであった。そう、ブイツーは魔法使いの回り込み、背後からの攻撃で気絶させたのである。実に単純明快な話であった。

 但し、ここまで至るブイツーの速さであるが、目にも留らぬ速さであり、まさしく電光石火と言っても過言ではなかった。

 受付嬢の合図で戦闘が開始されて早々、何の躊躇もなく敵陣の中に切り込んだブイツー。別の見方をすれば、ブイツーは今、たった1人の状態で敵陣の真っ只中にいると言っても過言ではない。

「ブイツーさん!」

 思わずブイツーの名を叫んでしまうマナ。経験が不足しがちなマナから見れば、冒険者達に囲まれたブイツーが圧倒的に不利なように見えたからだ。

 だが、その一方でマナはブイツーであれば、今の状況を簡単に突破することができそうな気も同時にしていた。

 ブイツーのことを取り囲んでいる冒険者達。ただ、攻撃を仕掛ける絶好の機会であるにもかかわらず、冒険者達は誰もその場から動こうとしない。

 試合が始まって早々、敵陣に切り込まれて動揺しているのだ。しかも、冒険者達は思うように動けないでいる。何故ならば、迂闊に動いた場合、同志討ちになる可能性があったからであった。

 それぞれに相手の動きの読み合いをしている各々の冒険者。一種の膠着状態と言っても過言ではないだろう。だが、その間もブイツーにとっては絶好の好機であった。

「どわっ!?」

 その場に倒れ伏してしまう男性の剣士。男性の剣士自身、冒険者としてそれなりの腕は立つのであるが、ブイツーに切り込まれた動揺のあまり、無防備の状態となってしまっていた。

 続けざまに一撃を加えては確実に相手の冒険者達を仕留めていくブイツー。そのようなブイツーの動きはまさに熟練の戦士そのものであり、数多くいる冒険者達の中でも滅多にお目にかかれないものであった。

「今度は俺が相手だ!」

 そう言った後、鼻息を荒くして前に出る者がいた。ブイツーの前に現れた者、それは鎧に身を固めており、右手には大型の斧と左手には盾を装備している重戦士であった。

「成程……これだけの重装備……力に自身があると言う訳か……」

 目の前の重戦士を見た途端、そのような言葉を漏らしているブイツー。全身を覆う分厚い鎧、重量のある大斧と盾、装備から察するにこの重戦士は自身の筋力に自信を持っているのだろう。

「ふんっ!!」

 次の瞬間、重量級の大斧を振り下ろしている重戦士。その一撃は鉄の鎧さえも砕くほどの攻撃力であった。

「やった!」

 渾身の攻撃の後、勝ち誇ったように叫んでいる重戦士。この時、重戦士は自らの勝利を信じて疑わなかった。

 だが、重戦士の視界にはブイツーの姿はおろか何もない。そう、重戦士の渾身の攻撃は空振りに終わってしまっていた。

 それだけではない。重戦士は自身の背後から異様なプレッシャーを感じる。まるで背筋が凍りつくかのような感覚である。

 急いで視線を向ける重戦士。そこにはいつの間にか、重戦士の背後に回り込んでいるブイツーの姿があった。

 迅速な動きで重戦士の背後に回り込むことに成功したブイツー。だが、重戦士の鎧は全身を包み込む構造となっており、並大抵の攻撃では全く歯が立たないことは目に見えていた。

 どうやって重戦士を突破するのか、誰もが注目している最中、当のブイツーは思わぬ行動に出る。

「ふん!」

 突然、重戦士に向かって足払いを見舞うブイツー。一方、無防備の重戦士はブイツーの足払いをまともに受ける羽目になる。

 文字どおり足元を掬われてしまった重戦士。そして、体勢を崩されてしまった重戦士は勢いに任せるまま、重々しい音と共に前方に倒れ込んでしまう。

「ぐぎぎぎ……」

 何とか起き上がろうとする重戦士であるが、自身の装備する鎧の重量のため、なかなか起き上がることができないでいた。そればかりか、起き上がろうとすれば、起き上がろうとするほど、重戦士は心身の消耗を強いられる結果となる。

「過度な装備は時に自分の首を絞めることになる……そのことを覚えておけ」

 うつ伏せに倒れた重戦士に向かって、そのように言ってみせるブイツー。事実、重戦士はブイツーを捉える事ができなかっただけでなく、逆に手痛い反撃を受けてしまっていた。このざまではしばらくは動くことはできないだろう。

「さて、次はお前達か……」

 残った冒険者達と向き合った後、剣を構え直しているブイツー。同時にブイツーからは尋常ではない気が発せられる。

 これまでの間、屈強の冒険者を単身で倒してきたブイツーと相対することにより、あからさまに浮足立っている冒険者達。

 ブイツーの視線の先にいる冒険者達、新米同然の者達ばかりであった。単身でも屈強なる冒険者達を撃破しているブイツー、明らかに色々な経験が不足している冒険者達、そんな両者の戦いの結末は戦わずとも明白である。

 そうした中、決して油断することなく、戦いを終わらせようとしているのか、剣を構え直しているブイツー。一方、残っている冒険者達は完全に逃げ腰になってしまっている。

「そこまで!!」

 その時、受付嬢による制止の声が周囲に木霊する。当然のことながら、ブイツー、残った冒険者達の視線は受付嬢の方に向けられる。

「この戦い。ブイツーさんの勝利です!」

 戦いの趨勢を見届けた後、ブイツーの勝利を宣言する受付嬢。模擬戦闘、それは得体の知れないブイツーの勝利に終わってしまっていた。

「どうしてだ!俺達はまだ戦える!」

「そうだ!そうだ!」

 受付嬢の裁定に怒りを含んだ抗議の声を上げる冒険者達。侮蔑の話題とされる可能性があったからだ。

 一方、ブイツー本人は瞼を閉じて沈黙している。最早、自身の方から何も語ることはないと言わんばかりの態度である。

「いいえ。私はこの裁定を覆すつもりはありません」

 聞き分けのない冒険者達に向かって、そう言い切ってみせる受付嬢。未だに納得がいかない冒険者達に対し、受付嬢はそれまでとは表情を一転させて説明を始める。

「これはブイツーさんの作戦勝ちです」

 目の前の冒険者達に対して、毅然とした態度で説明する受付嬢。そして、受付嬢による説明はさらに続く。

「まず、ブイツーさんは魔法使いの方に攻撃を仕掛けました。これは魔法によるリスクを防ぐためです。次に実力のある方から攻撃を仕掛けていきました。これは皆さんの士気を低下させるためです」

 連続性のある受付嬢の説明。魔法使いを倒した後、ブイツーは実力のある冒険者達に狙いを定め、その上で確実に仕留めていったのだ。

 なお、実力と実績のある冒険者に対して、積極的に攻撃を仕掛けた理由であるが、これは精神的な動揺を誘うためであった。

 熟練度の高い同志が倒されれば、それだけ精神的な安定性は失われていき、隠している動揺が露わになる。別の言い方をすれば、士気は低下していくことを意味していた。

 だが、ここで注意しなければならない点がある。窮地に追い込まれるほど、逆に奮起する者もいる。但し、今回の戦いではそうした気質の者はいなかった。

 そうした点をブイツーは完全に見抜いた上で突いたのだ。ある意味、ブイツーの作戦勝ちであると言っても過言ではない。

 否、単なる作戦勝ちではない。何故ならば、先程の作戦についてであるが、ブイツーの類稀な技量があって成立するものであったからだ。

「さあ、ブイツーさん、どうですか?」

「……」

 受付嬢からの鋭い質問に対して、沈黙を維持しているブイツー。どうやら、受付嬢の推理は当たっていたようだ。

「これで終わったな……」

 そのように告げた後、その場から立ち去ろうとするブイツー。これ以上、ここに留まっている理由はない。そう言わんばかりである。

「これから、一体どうするつもりですか?」

 この場から去ろうとするブイツーに向け、率直な質問を投げ掛ける受付嬢。この土地のことを知らないこと、制度を知らないこと、こういった事柄を考慮すれば、受付嬢はブイツーがこの土地に慣れていないことを察知していた。

「先程も言ったとおり、私は宿なしの上に文無しの身でな。早いうちに寝床を確保しておきたいんだ」

 あの聡明な受付嬢のことだ。適当なことを言っても無駄に終わるだろう。今後のことについて、自らが考えていることを正直に語っている。

 むしろ、こうしたことには既に慣れている。記憶喪失の身でありながらも、ブイツーにはそのような感覚さえあった。

「もし、よろしれば、この冒険者ギルドに滞在してはどうですか?」

「……」

 立ち去ろうとしているブイツーに対して、そのような提案をしている受付嬢。予想外の受付嬢の提案にその場にいる誰もが驚きを隠せないでいる。

「条件は……?」

 受付嬢に向かって即座に質問をするブイツー。何の見返りもなしに提供するなど、とても考えられないことである。きっと裏に何かあるはずだ。直感的にブイツーはそのように踏んでいた。

「貴方にはここで新人冒険者の指導役になっていただきます」

 受付嬢がブイツーに提示してきた条件。それはブイツーが冒険者ギルドの教官となり、新しい冒険者を指導することであった。

「何分、たった1人で彼等を倒してしまったのですから」

 そう言った後、戦いに敗れた冒険者達を一瞥する。頭数では圧倒的に有利であるにもかかわらず、実際の戦闘ではたった1人のブイツーに敗北してしまったのだ。

 大勢で挑んだのにもかかわらず、たった1人に返り討ちに遭う有様。これでは近いうち、大きな失敗をすることは目に見えていることであった。

 だからこそ、それぞれの冒険者達の実力の底上げを図る必要があり、その指導役としてブイツーを指名したのだ。

「もう1つ条件があります。それはブイツーさん自身、ここの冒険者になってもらうことです」

 ブイツーに次なる条件を提示する受付嬢。それはブイツー自身、この冒険者ギルドに所属する冒険者となることであった。

「冒険者として得られた報酬ですが、それはブイツーさんの報酬になります」

 先程の条件に補足事項を付け加える受付嬢。依頼の対価として支払われる報酬については、そのままブイツーに支払われるというものであった。

 この措置についてであるが、本来であれば、ブイツーの支払われるべき給金代わりであった。

「分かった。その提案に乗ろう」

 素直に受付嬢からの提案を受け入れることにするブイツー。当然、提示された条件に全て満足している訳ではないが、今のブイツーにとっては魅力的な提案であった。

 確かに生きていく上で欲望は必要なものである。しかしながら、過ぎた欲望は身を滅ぼすだけである。

「これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ頼む」

 嬉しそうね表情で言っている受付嬢に対して、あくまでも冷静な態度で受け答えをしているブイツー。

 このようにして、新米冒険者の教育係兼冒険者として、ギルドに身を寄せることになったブイツー。

 思わぬ形であったが、ブイツーは当面の拠点を確保することに成功した。だが、それは大いなる旅路におけるステップの1つに過ぎなかった。

 




皆様、お疲れ様です。疾風のナイトです。
嵐虎騎士ブイツーの原稿データが残っていましたので、組み上げて第2話を創作してみました。
今回の話ですが、ブイツーと冒険者達との戦いを描いています。
少し説明を入れますが、ブイツー自身、相当な実力者でありますが、同時に集団戦のエキスパートでもあります。このため、集団を率いて戦うことに慣れていることは勿論、対集団戦闘にも慣れているという設定です。

皆様が楽しんでいただければ、私としてはこれ以上にない幸せです。
それでは失礼します。


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第3章

ある日、ブイツーはマナと一緒にある場所を訪れる。それはマナが生まれ育った地母神の神殿であった。
そんなブイツーとマナを1人の神官が出迎える。その神官の名前はマハード、マナの師匠であり、同時に地母神の神殿の管理者でもあった。


 この世界の辺境の地であるリーンホースの存在している冒険者ギルドの建物。この建物の一角にブイツーが滞在している部屋がある。

 ここは一体どこなのだろうか。果てしなく広がっている虚空の中、漆黒が支配するだけである。そのような中で2体の獣が激しく争っていた。

 漆黒に染め抜かれた空間の中、2体の獣のうちの1体の獣は雷鳴と共に天を翔ける龍、もう1体の獣は嵐と共に地を駆ける虎であった。

 互いに闘志を昂ぶらせて、真正面から激突している龍と虎。両者の実力は伯仲しており、まさに竜虎相打つと呼ぶべき様相を呈していた。

 両者共に一歩も譲ることなく、互角の戦いを続けている雷の龍と嵐の虎。だが、両者の対決に思いもしない異変が起こる。

 突然、嵐を纏っている虎の身体にどこからともなく現れた蜘蛛にも似た怪物が寄生する。やがて、蜘蛛にも似た生物は虎の中に入り込んでいく。

 すると次の瞬間、虎は見る見る内にその姿を変えていく。徐々にではあるが、より凶暴かつ醜悪な姿に変貌していく虎。

 そして、蜘蛛の怪物に支配されてしまったのだろうか、誇り高き虎はいつしか邪悪な魔物に変わり果ててしまう。

 かつて、誇り高き虎であったもの、蜘蛛の怪物の影響もあったか、醜悪な魔獣にその身を変えており、既に以前の面影は失われてしまっていた。

 予想もしなかった出来事の後、この場に広がっている光景であるが、それは目も当たられない光景であった。

 最早、醜悪な魔獣と成り果ててしまった虎。醜悪な魔獣は本能の赴くまま、雷の龍に襲い掛かるのであった。

「うわああああっ!?」

 叫び声と共にベッドから飛び起きるブイツー。そこには普段の冷静沈着なブイツーの姿はなかった。

「はぁはぁ……夢か……」

 本能的に先程までの出来事が夢であることを悟るブイツー。だが、夢にしては妙に生々しい上、幻覚であるはずの夢で感じることのない現実感が伴っていた。

「夢程度でうなされるとは私もまだまだ甘いな」

 眠りの中から目が覚めた後、喝を入れるように気を引き締めるブイツー。現実でもない悪夢にうなされることなど、我ながら情けないものだ。人々の模範となるべき騎士として、ブイツーは自らを強く戒めるのであった。

 

 寝床から起床した後、すぐに身支度を整えてみせるブイツー。さらにブイツーは自室から出た後、冒険者ギルドの玄関に向かうことにする。

 冒険者ギルドの玄関。この玄関では冒険者ギルドに所属する冒険者達が忙しなく出入りしている中、ブイツーのことを待っているマナの姿があった。

「おはようございます。ブイツーさん」

 目の前にブイツーが姿を露わした途端、にこやかな表情と共に朝の挨拶をしているマナ。少女の特有のあどけなさが残るものの、前に向かって歩もうとする意志が感じられた。

「ああ、おはよう」

 視線の先にいるマナに向かって、朝の挨拶を返しているブイツー。そのようなブイツーの振る舞いであるが、礼節を身につけた騎士そのものであった。

 今回、ブイツーがマナと一緒に外出する理由、それはかつてマナの住んでいた地母神の神殿に赴き、神官からブイツーと一緒に行動する許可を貰うことであった。

 余談であるが、この話は冒険者ギルドの受付嬢にも話している。このことを聞いた時。受付嬢はいつも以上に嬉しそうな表情をしていた。

「優しいんですね」

 冷静沈着な態度を保っているブイツーに対して、そんな言葉と共に微笑んでいるマナ。ブイツーと知り合ってから日は浅いものの、マナはブイツーの人柄を理解するようになっていった。

 ブイツーの言っていることは口調こそ厳しいものの、その中には確かな温もりと優しさが宿っていた。そうでなければ、窮地に追い込まれたマナを助けることは勿論、今日のように

「ふん、誰が優しいものか……」

 マナの言葉にそう返しているブイツー。この時、ブイツーの頭の中に何かの映像が流れ込んでくる。

 突然、ブイツーの頭の中に流れ込んでいる謎の映像。一体何の映像であるのかは分からない。

 ただ、確実に言えることがある。ブイツーが見ている映像は血と狂気で彩られていた。並の者であれば、即座に混乱をきたしていただろう。

「そうだ……俺は悪魔だ……。俺は自分の野望のために色々なものを犠牲にした……」

 気がつけば、そんな言葉と共に意味不明な言葉をぶつぶつと呟いているブイツー。まるで何者かがブイツーに乗り移っているかのようである。

「あの、ブイツーさん」

 そのようなブイツーの姿を目の当たりにして、驚きの表情と共にそう呟いているマナ。今のブイツーは普段の冷静沈着な姿とはあまりにもかけ離れていたからであった。

「ブイツーさん、しっかりしてください」

「はっ!?私は一体……?」

 マナの必死な呼びかけで我を取り戻すブイツー。どうやら、ブイツーは先程までの言動を無意識のうちに言っていたようだ。

「どうしました?大丈夫ですか?」

 心配そうな表情で話しかけてくるマナ。動揺しているブイツーの表情は初めて見るものであったからだ。

「心配ない……大丈夫だ……」

 マナからの問いかけに対して、いつもと同じ口調で返事をするブイツー。ただ、そのようなブイツーの表情であるが、どこか陰りのある表情であった。

 その後、外出の準備を整えた後、マナの生まれ故郷である地母神の神殿を目的地として、ブイツーとマナの2人は出発するのであった。

 

 リーンホースの街中から離れた場所に建っている神殿。この地域で古くから残っている伝承では、この神殿では地母神が祀られているとされている。

 余談であるが、地母神はその名前のとおり、大地に恵みを与えるとされている。このため、住民達からは篤く信仰されている神である。

 地母神の神殿の最深部。祭壇が設置されている最深部に今、白い装束に身を包んだ年若き男性の神官の姿があった。

 この男性の名前はマハード。マハードは神殿に祀られている地母神に仕える神官であり、同時に地母神の神殿の管理者でもある。

 今日もまた、いつものように祈りを捧げているマハード。そうした最中、マハードの脳裏にあるビジョンが浮かび上がる。

 現在、マハードの脳裏に浮かび上がっているビジョン、それは意味深長なビジョンであると言わざるを得なかった。

 全く同じ形状をした剣を所持しながらもなお、相対している黄金の騎士と邪悪な魔神。まるで本質的には同一の存在でありながらも、同時に相反する存在のようでもあった。

 そして、一騎打ちを開始する黄金の騎士と邪悪な魔神。世界の命運を賭けた決戦の様相を呈していた。

 やがて、マハードの脳裏から不思議なビジョンは消えていき、その意識は現実の世界に戻っていく。

「今のは一体……」

 今しがた自身が見たビジョンについて、そんな言葉を発しているマハード。あのビジョンが一体何を意味するのかは不明であるが、少なくとも、ただの幻ではないことは明らかであった。

 すると突然、マハードがいる祭殿の扉が開かれる。それと同時にマハードと同じ白い装束の年若い男が入ってくる。この男はマハードの従者であった。

「マハード様、報告したいことがあります」

 マハードに非礼を詫びた後、報告を始めようとする従者。一方、マハードもまた、従者の報告に耳を傾けることにする。

「一体どうした?」

「実はマナ様がこの神殿に戻ってこられました。ただ、気になることが……」

「気になること?」

「はい……。マナ様には同伴者がいるのですが、この者は得体の知れない者でして……」

 主であるマハードに対して、事情を説明している従者。そのような従者の表情であるが、とても困惑している様子であった。

「……分かった。ひとまず、客室に案内してくれ」

 表情を崩すことなく従者にテキパキと指示するマハード。その後、従者はマハードの指示どおり、マナ達がいる場所に向かっていった。

「(マナ……どうしたのだ。それに得体の知れない者……会ってみないと分からないな)」

 そのように心の中で呟いているマハード。つい先日、マナは独り立ちをしたばかりだ。何故、今になって地母神の神殿に戻ってきたのだろうか。

 それに従者の報告にあったマナの同伴者。得体の知れない者とされているが、一体何者なのだろうか。

 だが、ここで考えていても何も始まらない。そう考えたマハードはマナの待つ客室に向かうのであった。

 

 地母神の神殿内に設置されている客室。この客室は主に外部からの客を対応するために使用される。そのような客室において、マハードは今、神殿の訪問者の対応をしていた。

 地母神の神殿を訪れた者達、それはマハードの愛弟子であるマナ、そして、これまでに見たこともない異形の姿をした騎士であった。

「マナ、どうしたというのだ?」

 目の前に座っているマナに向かって、単刀直入に質問しているマハード。この神殿を訪れたマナの真意を確かめるためだ。

「お師匠様、私は冒険者となりましたが、今後は隣にいるブイツーさんと一緒に行動したいと考えています。お許し願えませんか?」

 そのような言葉と共にブイツーと行動を共にすることを懇願しているマナ。必死なマナの態度から気持ちが本当であることが伝わってきた。

「許すも何も……それはマナ、お前自身が決めることだろう」

 ブイツーと行動を共にすることを懇願しているマナに対して、そのように告げているマハード。そのようなマハードの振る舞いであるが、弟子に対する師匠の振る舞いではなく、同じ神官としての対等な振る舞いであった。

 既にマナは地母神の神殿を出て、自身の人生を歩んでいる。そうであるならば、これ以上、マナの人生に干渉するべきではないからだ。

「成程、あくまでもマナ本人の意志を尊重しているのか……」

 マハードからの言葉を聞いた後、落ち着き払った態度のまま、納得している様子のブイツー。

 一方、異形の姿をしたブイツーの方に視線を向けているマハード。この騎士は一体何者なのかを確かめるためだ。

 この時、ブイツーから只ならぬ気配を察知するマハード。それと同時にマハードは先程、神殿の祭壇で見たビジョンを思い出していた。

 マハードの見たビジョンの中に登場した黄金の騎士と邪悪な魔神。目の前のブイツーはそのどちらにも似ているような気がするのだ。

「ブイツー殿でしたな……もし、よろしければ、私と手合わせを願えないでしょうか?貴方の実力を知っておきたいのです」

 マハードの口から発せられた思わぬ言葉。それは落ち着いた雰囲気のマハードからはとても考えられないような言動であった。

「お、お師匠様……一体何を……?」

 マハードの発言を聞いた途端、反射的に驚きの声を上げているマナ。まさか、マハードがそのようなことを言い出すとは思ってもいなかったからだ。

「……分かった。受け入れよう……」

 マハードからの申し出をあっさりと承諾してみせるブイツー。この時、ブイツーはマハードがただの神官ではないことを察知していた。

「感謝します」

 手合わせの申し出に応じてくれたブイツーに対して、素直に感謝の言葉を述べているマハード。

「(この者の本質を見極める……)」

 誰にも知られることなく、心の中で誓っているマハード。この時、マハードの瞳には覚悟の光が宿っていた。

 

 地母神の神殿から少し離れた場所において、青々とした草原が辺り一面に広がっている。

 そのような草原の中に独り佇んでいるブイツー。神妙な表情をしているブイツーは今、マハードがこの場に現れるのを待っていた。

 マハードからの話によれば、ブイツーと手合わせするためには、それなりの準備が必要であるらしい。

「お待たせしました」

 そのように言った後、ブイツーの前に姿を現したマハード。そのようなマハードの姿であるが、地母神の神殿における神官としての姿からはとても考えられないような姿であった。

「まさか、魔道の者だったのか……」

 今のマハードの格好を目の当たりにして、遠慮のない感想を口にしているブイツー。そしてまた、ブイツーが今のマハードをそのように評するのも無理のないことであったからだ。

 片手には強大な魔力を宿した杖を握り締めており、黒を基調とした装束に全身を包んでいるマハード。その姿は神に仕える神官と言うよりも、むしろ、黒魔術等を用いる魔導士に近い格好をしている。

「貴方が仰っているとおりです。元々、私は魔道士の冒険者でした……」

 静かな口調で自らの素性を打ち明けるマハード。元々、マハード自身、黒魔術に長けた魔法使いの冒険者であった。その腕は厳しい戦いを生き抜き、数々の困難な依頼を達成してきたほどである。

 だが、そのようなマハードにも転機が訪れることになる。それはマハードが強大な魔物との戦いを終えた時のことであった。

 強大な魔物との戦いに何とか勝利したものの、心身共に激しく消耗してしまったマハード。そのようなマハードが辿り着いた場所、それこそが地母神の神殿であった。

 地母神の神殿に足を踏み入れたマハードであるが、この時には精根尽き果てた状態であり、そのまま倒れ込んでしまった。

 そのようなマハードのことを献身的に介抱した者達がいる。この者達こそが地母神の神殿を管理する神官夫婦であった。さらに神官夫婦には1人の娘がいた。この娘こそがマナである。

 神官夫婦の献身的な介抱のおかげもあり、次第に体調を回復させていくマハード。

 やがて、マハードが完全に回復した時、思いもしないことが起こる。外出していた神官夫婦がモンスターに襲われてしまったというのだ。

急いで駆けつけたマハードであるが、時は既に遅く、神官夫婦の生命は風前の灯であった。

 この時、神官夫婦から2つの依頼を受けるマハード。1つは地母神の神殿を引き継いで欲しいという頼み、もう1つは残されたマナを育てて欲しいという頼みであった。

 その場で神官夫婦の最期を看取るマハード。その後、マハードは冒険者としての地位を捨て、地母神に仕える神官としての修業を積み、さらには正式に神官に任命されたのである。

 それからのマハードは神官としての仕事に励む一方、恩師の子供であるマナを懸命に育ててきたのであった。

「そうだったのか……」

 予想もしなかったマハードの境遇を聞いた後、そう語っているブイツーは何とも言えない表情をしている。まさに数奇な運命とはマハードが今までの間、前に向かって歩んできた人生のことを言うのだろう。

「マナを弟子にするなど夢にも思っていませんでした」

 感慨深そうに語っているマハード。恩人である神官の娘であるマナを弟子として、今度は自身が育てることになるとは夢にも思ってみなかった。

「話はここまでにしておこう」

 そんな言葉と共にマハードの話を打ち切った後、独特な形状をした剣を抜いて構えるブイツー。

 マハードと対峙するブイツーの態度、これ以上のお喋りは無用、そういったような態度である。

 確かにマハードから語られる物語は感慨深い話ではある。まだまだ語られていないマハードの物語もあることだろう。

 だが、これから、ブイツーは肝心のマハードと手合わせをすることになる。これ以上、お互いに感傷に浸っている場合ではなかった。

「そうですな。始めましょう」

 内に優しさを秘めたブイツーの意図を理解したのだろうか、懐かしき過去の話を打ち切って、今度は愛用の杖を構えることにするマハード。

 記憶喪失ながらも騎士として高い技量を誇るブイツー、冒険者としての過去を捨て神官として仕えるマハード、そのような両者の間にはこれ以上の言葉のやりとりは不要である。後はお互いの実力をぶつけ合うだけである。

 

 神殿の裏手にある広場を舞台として、開始された騎士・ブイツーと神官・マハードによる戦闘。否、これは熱き精神と崇高な誇りを抱いた戦士による決闘と言うべきものであった。

 ブイツーとマハードによる戦いはまさに手に汗を握るものであり、闘技場の戦いでも滅多にお目にかかれるものではなかった。

「魔連弾!」

 早速、構えた杖の先端から魔力による破壊光弾を発射するマハード。一見、何の変哲のない攻撃魔法のようであるが、幾多のモンスターに多大な損傷を与えてきた技である。

「はぁっ!!」

 一方、いとも簡単にマハードの攻撃魔法を斬り払うブイツー。だが、攻撃魔法を斬り払う芸当など滅多にできることではない。

 単純な武器の性能は勿論のこと、人並み外れた卓越した剣術、魔術に関する豊富な知識、そして何よりも魔術に踏み込む度胸がなければ、攻撃魔法を斬り払う芸当などできないからである。

「ならば……」

 すぐにブイツーの人並み外れた実力を見極めた後、目の前の強敵に立ち向かうため、次なる魔法の詠唱を始めているマハード。

 一方、即座に魔法の発動を阻止しようとするブイツーであるが、他の魔法使い達とは異なり、魔法発動までの詠唱時間が非常に短い上、マハードの周囲には魔力で形成された障壁が発生している。これでは迂闊に流石のブイツーであっても接近することはできない。

 その結果、ブイツーはマハードの魔法発動を許してしまうことになってしまう。仕方なくマハードの発動した魔法に備えることにするブイツー。

「これならどうです……?マジカルシルクハット!」

 次の瞬間、ブイツーの目の前には、4つの巨大なシルクハットと呼ばれる帽子が出現する。それと同時にマハード自身の姿もまた、突然に出現した巨大なシルクハットの中に隠れてしまう。

「何……?」

 そのように言った後、目の前に出現したシルクハットに目を凝らすブイツー。この時、シルクハットの配置そのものこそ、ブイツーの撹乱が目的であることを察知する。

「どれが本物なのだ……?」

 巨大なシルクハットを前にして、目を凝らしているブイツー。恐らく、この4つのシルクハットのうち、いずれかの中にマハードが潜んでいることは間違いないだろう。

「(このシルクハット……単に身を隠すことだけが目的ではないな……)」

 シルクハットを眺めている中、そのように推察しているブイツー。あの思慮深いマハードのことだ。単に自らの身を隠す目的のためだけ、シルクハットを出現させたとは到底思えない。必ず何かしらの意図があって、シルクハットを出現させたのだろう。

 このため、単純にシルクハットを攻撃で破壊することは安易であり、非常に危険な考えである。例えば、シルクハットの中にいずれかに罠を仕掛けていても何ら不思議ではない。

 あらゆる感覚を研ぎ澄ませているブイツー。この時、ブイツーは4つのシルクハットのうち、2つのシルクハットから強い魔力を感知する。

 もしも、並の者であれば、この時点で魔力を感知したシルクハットに攻撃を仕掛けるところであるが、ブイツーは単純に攻撃を仕掛けることは見抜いていた。

 意識を集中させたブイツーが感知した2つの魔力であるが、1つはマハード本人のもので間違いないだろう。続いてもう1つの魔力であるが、これは恐らくブイツーに対する罠と考えられる。

「そこだっ!」

 中央に配置されたシルクハットに狙いを定めるブイツー。斬撃を浴びたシルクハットは無残に切り裂かれ、その中から手傷を負ったマハードが現れると思われた。

 だが、シルクハットの中からマハードが現れることはなかった。それと同時に跡からは魔法陣が出現する。

「っ!罠か……」

 魔法陣に動きを封じ込まれてしまったブイツー。次の瞬間、ブイツーの足元には魔法陣が出現した上、そのまま身動きができなくなってしまう。

「六芒星の呪縛」

 ブイツーの動きが止まった後、まるで呟くように言葉を発しているマハード。どうやら、先程の攻撃は狙いを外してしまったようだ。

「この呪縛は相手の動きを束縛するだけではなく、戦闘能力も一時的に低下させます」

 六芒星の呪縛の効力について、淡々とした口調で語っているマハード。さらにマハードはブイツーに言葉を続ける。

「抵抗すればするほど、消耗してしまいますよ?」

 自らを制限する呪縛の効力に抗っているブイツーに向かって、マハードはそのように断言してみせている。逆を言えば、それだけにブイツーのことを警戒しているのであった。

「(さて、どのような手を打ってくるか……?)」

 さらに六芒星の呪縛に抗うブイツーのことを観察しているマハード。何故ならば、ブイツーがこの程度で倒れる相手ではないことを見抜いていたからだ。

 確かにブイツーが罠の仕掛けられたシルクハットを無視して、マハードの身を隠しているシルクハット自体を攻撃することは可能であった。

 だが、話はそう単純に終わるものではない。シルクハットに隠れたマハードを攻撃しようとして、その間にシルクハットの中に仕込まれた罠がブイツーに牙を剥く危険性があった。

 様々な事態を想定しての総合考慮した結果、ブイツーはマハードの罠を警戒して、あえて罠の仕掛けられている可能性の高いシルクハットを攻撃したのだ。

「貴方の力はこの程度のものではないでしょう?」

「全てはお見通しと言う訳か……」

 あくまでも冷静沈着なマハードの指摘を前にして、観念した様子を見せるブイツー。何故ならば、全てはマハードの言っているとおりであったからだ。

「これでも私は冒険者だったものですよ。甘く見られては困りますな」

 反射的に苦い表情をしているブイツーに対して、指仕草と同時に挑発的な言動を発するマハード。そのようなマハードの姿であるが、幾多の死線を潜り抜けた歴戦の魔術師の姿がそこにあった。

 冷静なリスク分析をした結果、あえてシルクハット内に仕掛けられた罠に嵌ることを選択したブイツー。

 そのような大局的な視野を持っているブイツーが何の手立てを打つこともせず、みすみすマハードの罠に引っ掛かるだけとは到底思えなかったからだ。

「予想していたとおり、油断ならない相手のようだな……」

 あくまで冷静沈着なマハードの対応を前にして、より一層の警戒心を強めているブイツー。一見すれば、柔和な表情が印象的なマハードであるが、実際のところ、頭の回転が速い相当なキレ者のようだ。そうであるならば、こちらの実力の出し惜しみは無駄のようだ。

「はああああああああっ!!」

 すると、自身の中に秘められた全開にさせるブイツー。次の瞬間、ブイツーの背中から眩い光の翼が出現したかと思えば、先程までブイツーの身体を封じ込んでいた六芒星の呪縛が粉々に砕け散る。

「何っ!?」

 六芒星の呪縛を破られたことについて、素直に驚いた表情を見せているマハード。先程の呪縛はマハードの使用する呪縛魔法の中でも、かなり強力な呪縛魔法の部類に入るからであった。

 そんな六芒星の呪縛をいつも容易く打ち破ってみせたブイツー。目の前のブイツーが一筋縄ではいかない相手であることは明らかであった。

「これはさらに気を引き締めなければ……」

 これまでに出会ったことのない強敵を前にして、さらに闘志を高めているマハード。それと同時に以前、冒険者であった頃の記憶が呼び覚まされる。

「……本当に気が抜けないな」

 マハードの様子を目の当たりにして、今まで以上に緊張感を高めるブイツー。数々の魔術を破られながらもなお、マハードの戦意が落ちていくどころか、逆に高まっていることをブイツーは素早く察知していた。

 今一度、手にしている杖を構え直しているマハード。六芒星の呪縛を破られてしまったとはいえ、目の前の相手であるブイツーと戦う手段はいくらでも残っている。修行と経験を積み重ねてきた冒険者であり、現在では神官の名は伊達ではないのだ。

 その場で激しく睨み合っているブイツーとマハード。そんなブイツーとマハードの2人であるが、自身に宿る力を溜めた後、必殺の攻撃を発動しようとしていた。

「……次で決着をつける」

「望むところです」

 そして、次の瞬間、この戦いに終止符を打つため、それぞれ必殺の攻撃を発動するブイツーとマハード。

 戦いが大詰めを迎えている中、草原に駆けつけるマナ。ブイツーとマハードから神殿に待機しているように言われたのだが、どうしても戦いの行方が気になり、この場に来てしまったのである。

「(ブイツーさん、お師匠様、どちらも頑張ってください)」

 必殺の攻撃を発動しようとするブイツーとマハードの姿を見て、両手を合わせて祈っているマナ。生命の恩人であるブイツー、色々な事を教えてくれたマハード、今のマナにとってはどちらも大事な人であった。

「黒魔導!」

 次の瞬間、マハードの杖からは黒い閃光が発せられる。今回、マハードが発動させた攻撃魔法、言い換えれば、黒魔術師としてのマハードの奥義とも呼べる攻撃魔法であると言っても過言ではない。

「うおおおおおっ!」

 自身の内に秘められた力を解放するブイツー。それと同時にブイツーの所持する独特な形状をした剣に強烈な旋風が宿る。

 そして、突きを繰り出してみせるブイツー。そんなブイツーの繰り出した突きであるが、巨大な岩石はおろか、鍛えられた鋼鉄さえも貫く威力を秘めていた。

 次の瞬間、激突するブイツーとマハードの必殺の攻撃。その場で火花が激しく散っている。

「はあああああああっ!!」

 独特な形状をした剣にさらなる力を込めていくブイツー。誇りある騎士として、この場から退く訳にはいかなかった。

「おおおおおおおおっ!!」

 得物越しに見えるブイツーと同様、自身の魔力を惜しみなく注ぎ込むマハード。一瞬でも気を緩めれば、ブイツーに突破されてしまう危険性があった。

 それぞれの必殺技が完全に相殺された後、無傷な状態のまま、お互いに向かい合っているブイツーとマハードの姿があった。

「私の魔法が……」

 黒魔導を相殺されて、素直に驚きを隠せないでいるマハード。先程の魔法攻撃は今までに多くの敵を倒してきた必殺技であるが、このように相殺されてしまうことは初めてのことであった。

「私の剣を防ぐとは……」

 マハードの力量を目の当たりにして、素直に驚いているブイツー。体が覚えている奥の手も呼ぶべき必殺技を発動させたつもりであったが、まさか、このように無効化されるなど思いもしていなかった。

「お見事です。ブイツー殿」

 そんな言葉と共にブイツーのことを称賛しているマハード。そんなマハードの表情であるが、清々しい表情をしていた。

 神殿で見たビジョンの意味は未だに謎であるが、少なくとも、目の前のブイツーは信じることができる。マハードはそのように考えていた。

「それでは神殿に戻りましょうか……」

「……そうだな」

 マハードの呼びかけに同意するブイツー。このようにして、ブイツーとマハードの手合わせは終わりを告げるのであった。

 

 手合わせが終わってから数時間後、荘厳なる造りをした地母神の神殿の門前。

 そこには冒険者ギルドに戻ろうとするブイツーとマナ、さらに元々の神官の格好に戻ったマハードの姿があった。

「ブイツー殿、マナのことを頼みます」

 ブイツーにマナのことを託しているマハード。これがマナにしてやれる精一杯のことであった。

それと同時にブイツーであれば、マナのことを導いてくれるかも知れない。ブイツーのことを信じているからこそ、マハードはマナのことを託したのであった。

「……分かった。引き受けよう」

 そんな言葉と共にマハードからの依頼を引き受けるブイツー。それはまさに男同士が交わした約束であるかのようだ。

「お師匠様……有り難うございます」

 いつも気遣ってくれるマハードに対して、感謝の言葉を述べているマナ。だからこそ、マナはあえてマハードのことをお師匠様と呼び続けているのだ。

「マナ、行くぞ」

「はい!」

 ブイツーからの呼びかけに対して、すぐに返事をしてみせるマナ。どうやら、ブイツーとマナの関係は良好のようだ。

 現在の拠点である冒険者ギルドに戻るため、マハードに見送られる中、地母神の神殿を後にするブイツーとマナ。

 改めて、一緒に行動することになったブイツーとマナ。それは同時にブイツーとマナの壮大なる旅の始まりに過ぎなかった。

 

                                  つづく

 




皆様、お世話になります。疾風のナイトです。
今回はマナが正式にブイツーと一緒に行動する話を投稿させていただきました。
マナの師匠であるマハードの名前の由来ですが、「遊戯王」に登場したブラックマジシャンこと神官マハードです。使う技等もブラックマジシャン絡みになっています。
ただ、別の作品の内容をあれこれと投入するとごった煮状態になるので、気をつけて作品を創っていこうと考えています。

ゴブスレの女神官ことマナですが、「嵐虎騎士ブイツー」のヒロインであり、今後の話の展開で重要な役割を担うことは先にお話ししておこうと思います。
記憶喪失状態のブイツーが己の真実を知った時にどのような行動を起こすのか、傍にいるマナはどうするのか……「嵐虎騎士ブイツー」の最大の焦点の1つと言っても過言ではありません。

話の大筋は見えてきましたが、まだまだ具体性に欠ける部分があります。じっくり煮詰めていきたいと考えています。

それでは今回はこれで失礼します。


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第4章

冒険者ギルドの模擬戦場。ここに今、ブイツーとマナの姿があった。
ブイツー達がここにいる理由、それは冒険者達の訓練を行うためである。
これから先、一体どのような訓練が実施されるのだろうか。


 冒険者ギルドに設置されている模擬戦場。ここは冒険者達が鍛錬できるように整備された施設である。以前、ブイツーが冒険者達を相手に大立ち回りを演じた場所でもある。

 但し、これまでの間、この模擬戦場が活用される機会は少なくなかった。冒険者ギルドに登録した冒険者達の多くはロクに訓練をすることなく、そのままダンジョンに赴くことが多かったためである。

 なお、この事実は冒険者が訓練を積まないまま、依頼を引き受けていることを意味していた。そのため、冒険者達が依頼を達成できず、再起不能に陥ってしまう事態が発生している点についてはブイツーが指摘したとおりである。

 今、この模擬戦場に日常の身支度は勿論のこと、戦闘の装備を整えているブイツーの姿がった。

 色々な出来事を経て、冒険者ギルドに所属する冒険者達を育成する教官であり、同時に一介の冒険者でもあるブイツー。二足草鞋を営むブイツーにとって、今日は前者の初仕事の日であった。

 本来であれば、初仕事ということもあり、緊張するべきところであろうが、どういうわけか、ブイツーにはそうした感情はまるで起こらなかった。

 それどころか、異常なまでにブイツーは落ち着き払っている。まるでこれまでにもそうした仕事を経験したことがあるかのような態度である。

 そんなブイツーの傍にはマナの姿もいる。まだ早朝ということもあってか、眠気が完全に抜け切っていない様子のマナ。

「いよいよだな……」

「あのブイツーさん。私にできることはありませんか?」

 これから実施することになる冒険者達を対象にした講義。気を引き締めているブイツーに対して、素朴な疑問を口にしているマナ。

今日、マナがこの場所にいる理由について、訓練の指導者であるブイツーの勧めによるものであるが、マナ自身、今回の仕事を手伝えるようにはとても思えなかった。

「申し訳ないが、今の君にできることはない」

「っ!」

 相変わらずなブイツーからの容赦のないショックを受けるマナであるが、すぐに落ち着いた様子でブイツーは言葉を続ける。

「確かに今回の訓練で君にできることはないだろう。だが、君はそもそも神官でサポート役だ。これから先、様々な冒険者と組むこともあるだろう……どのような冒険者がどうした特質を持っているのか……それを見極めることができなければ、適切なサポートをすることは不可能だ」

 今回の訓練に立ち会うことにより、得られることになる効果を淡々とマナに語ってみせるブイツー。

 だからこそ、あえてマナをこの場所に呼んだのであった。そう、今回の訓練はマナにとっても、極めて大事な訓練であったのだ。

 やがて、今日の訓練の受講者が集まってくる。それぞれに種族・性別・体格等は異なるが、共通して言えることはいずれも格闘戦の役割を担う者達ばかりである。

 何故、今回集結した冒険者達が格闘戦を担う者達ばかりなのか、それはブイツーからの要望によるものであった。

 本来、1つの集団を形成している冒険者のパーティー。そうなれば、当然、依頼の遂行のため、求められる役割も異なってくる。

 このため、多種多様な特質を保有している冒険者に対して、全く同じことを教えたとしても、訓練の効果が薄いと考えられる。

 そこでブイツーは受付嬢と協議した結果、それぞれの冒険者達の特性に応じて、異なる訓練をすることにしたのである。

 但し、こうした対応は新しい教官が必然的に必要になってくるが、幸い時間的な余裕が残されているのが救いであった。

「……全員出席しているようだな。今から訓練を始める」

 即座に出席確認を終えた後、訓練に移行しようとしているブイツー。どうやら、参加希望者は全員出席しているようであった。

「(何て甘い訓練をしようとしているんだ……俺は……)」

 出席の確認をした後、内心で自身の行為を自嘲しているブイツー。本来であれば、目の前の者達に対して、これでは冒険者達に対する教育効果が見込めないため、そのようなことをすることはしなかった。

 この時、ブイツーの脳裏にフラッシュバックする映像。それは以前、冒険者ギルドで起こった現象と似ていた。

 突然、ブイツーの脳裏にフラッシュバックした映像の内容、それは他ならぬブイツーが何かの修行をしている映像だった。

 一体どういう修行をしているのかは分からない。ただ、少なくとも、ブイツーが今から始めようとしている訓練より、遥かに過酷な内容であることは確かである。

 しかも、修行に参加しているのはブイツーだけではない。修行に励んでいるブイツーの傍には自身とよく似た者もいる。もしかすると、その者とは兄弟なのだろうか。

 フラッシュバックした映像の影響により、思わず動きを止めてしまっているブイツー。当然のことであるが、ブイツーの様子が変であることに訓練の参加者も気づく。

「どうかしたんですか?」

「いや……何でもない」

 参加者の1人から呼びかけられたため、急いで平静を装っているブイツー。この時、ブイツーは己の甘さを強く恥じる。

 冒険者達を指導する立場にいる以上、余計なことに気を取られ、訓練が疎かになってはならない。ブイツーは全身全霊をもってして、目の前のことに専念するのであった。

 

 早速、本日の訓練を開始することにするブイツー。本格的な訓練を開始する前段階として、この場でブイツーは参加者達の前で準備体操を行うことにする。

 予め、準備体操をしておくことによって、全身の筋肉を適度に解しておき、今後の訓練を円滑的に進めるためである。

「今日の訓練は走り込みと模擬戦闘を行う。だからこそ、この準備運動を疎かにするな」

 これからのスケジュールを予告するブイツー。それと同時に準備体操を怠らないよう、受講生達に厳しく念押しをしている。

 当然のことであるが、他の受講生達もまた、目の前で実演するブイツーと同じ行動を開始している。

 余談であるが、見学者のマナも傍にいるブイツーと同じ準備運動をしている。神官という職業柄、他の職業と比較した場合、体力等の身体面で劣ることが多い。

 それならば、身体面の鍛え方を学ぶことにより、基礎的な体力を高めるということは冒険をする上で重要なことであった。

 この時、マナは冒険者として活動するためには、自らの身体を鍛錬する必要があることを知るのであった。

「痛っ!!」

 突然、参加者の1人が痛々しい叫びを上げる。悲鳴を上げた参加者であるが、駆け出しと思われる年若い男の格闘家であった。

「どうした?」

 他の参加者達を落ち着かせた後、急いで年若い男の格闘家の所まで駆けつけるブイツー。すぐさまブイツーは状況把握に努めることにする。

 年若い男の格闘家の右足首には白い包帯が巻かれていることに気づくブイツー。それと同時にブイツーは先程の悲鳴が白い包帯と関係していることを見抜く。

「この怪我はただの怪我ではないな……冒険によるものか?」

「は、はい。この前の冒険で足を怪我しました」

 ブイツーからの容赦のない追求に対して、弱々しい口調で答えている年若い男の格闘家。そのような年若い男の格闘家からの説明によれば、先日の冒険で負った怪我が完治しないまま、ブイツーの訓練に参加していたようだ。

「冒険者たる者が自己管理をできないでどうするのだ?」

 そう言った後、鋭い眼光で年若い男の格闘家を睨みつけているブイツー。そのようなブイツーの表情はいつにも増して厳しいものであった。

 何故ならば、冒険に臨む者であれば、自身を万全な状態に保たなくてはならない。自己を管理することができない者が冒険の依頼を達成することなど、到底不可能なことであった。

 一方、ブイツーからの鋭い指摘を受けた結果、年若い男の格闘家は何も言い返すことができなかった。

「この状態では今日の訓練は無理だ。訓練から外れてもらう……」

 いつも以上に厳しい表情で年若い男の格闘家に訓練の除外を宣告するブイツー。一方、ブイツーからの宣告を受けて、

 この後、年若い男の格闘家は訓練の参加者としては除外されたものの、見学そのものは許されていた。より正確に言えば、ブイツーが訓練の見学を指示したのである。

 当初、年若い男の格闘家の方は見学を拒否の意向を示したのであるが、当のブイツーが見学もまた、稽古の一環であると説いたのだ。

 直接訓練に参加することはなくても、端から見ることにより、得られるものも存在する。だからこそ、訓練を実施する意義があるのだ。

「……」

 準備運動を終えて本格的な訓練を始めようとしている冒険者達、そのような冒険者達を監督するブイツーのことを見守っているマナ。

「よし、今度は走り込みを開始する」

 マナに見守られている中、事前の準備運動に続いて、今度は走り込みを開始することにするブイツー。

 沈黙した状態で訓練の様子を眺めているマナ。すると、同じように見学している年若い男の格闘家が話しかけてくる。

「なぁ……聞きたいことがあるだけどさ。君は何で今日の訓練を見学してるの?」

 訓練の最中であるにもかかわらず、マナに話しかけてくる年若い男の格闘家。そんな年若い男の格闘家の様子であるが、まるで軽薄な若者そのものであった。

「私ですか……?私はあちらのブイツーさんからの勧めで」

 年若い男の格闘家からの問いかけに対して、参加者達の様子を見守るブイツーの方を見ながら答えているマナ。

 冒険者達が走り込みをしているのをよそにして、色々な話をしているマナと年若い男の格闘家。そうした最中、訓練中の私語に気づくブイツー。

「今は訓練中だ……私語はするな」

 訓練の最中にもかかわらず、私語をしているマナと年若い男の格闘家のことを注意するブイツー。さらにブイツーは視線の先にいるマナ達に言葉を続けてみせる。

「見学をすることにより、言い換えれば、見学は見取り稽古なのだ」

 マナと年若い男の格闘家に対して、訓練の見学の意義を説いているブイツー。このため、たとえ見学の立場であっても、訓練中における私語は許さなかった。

「ごめんなさい」

「すいませんでした」

 ブイツーに注意されてしまった結果、素直に謝っているマナと年若い男の格闘家。その後、マナ達は真面目に訓練の見学に励むのであった。

 

 模擬戦場を舞台とした走り込みの訓練が終わり、短時間の休憩を取った後、今度は模擬戦闘の訓練を始めるブイツー。

 2人1組となって模擬戦闘を始めている参加者達。ここまでは普通の模擬戦闘と変わらない。

 だが、ブイツーの指示した模擬戦闘には普通の模擬戦闘と大きく異なる点がある。それは模擬戦闘の対戦相手同士が違う特性の持ち主同士であったことだ。

 それぞれ特性の異なる相手と模擬戦闘を開始する参加者達。相手の特性が自身と異なるためか、最初の方は動きが固かったものの、次第に慣れていく様子が確認できた。

「……そこ、何をしている?」

 そのような言葉と共にある方向に視線を向けるブイツー。そんなブイツーの視線の先にいる者、それは大柄な体格をした男の大剣使いと小柄な体格をした男の手斧使いであった。

 体格に恵まれた大剣使いについてであるが、通常の剣よりも何倍の大きなと重量がある大剣を装備している。対する小柄な手斧使いについてであるが、取り回しの利く手斧を装備している。

 まるで対照的な大剣使いと手斧使いの2人。そのような大剣使いと手斧使いは今、真面目に模擬戦闘をすることなく、

「何で武器も特性も違うのに模擬戦をやるんだよ」

「そうだそうだ。どうせなら、同じような奴と相手をしたかったぜ」

 ブイツーから課された模擬戦闘について、それぞれ不平不満を口にしている大剣使いと手斧使い。何故、わざわざ特性の異なる者同士で模擬戦闘をするのか、ブイツーの意図がまるで理解できなかったからだ。

「この訓練は武器や特性が違う相手だからこそ意味があるのだ」

 大剣使いと手斧使いからの不満に対して、顔色を変えることなく答えてみせるブイツー。さらにブイツーは言葉を続ける。

「これから先、冒険者として活動していく以上、様々なモンスター達と戦うことになるだろう。無事に依頼を達成するためには、様々な経験を積んでおくことに越したことはない」

 目の前の大剣使いと手斧使いに向かって、あくまでも冷静に理路整然とした口調で語ってみせるブイツー。冒険者として依頼を遂行していくことになる以上、モンスター達との戦闘は避けてとおることができない。

 当然のことであるが、モンスターは様々な種族がいることは勿論、戦い方もそれぞれで違ってくる。むしろ、同じ性質の相手と戦うことの方が珍しいと言える。そのことを考えれば、自身と同じ特性の相手と戦うより、異なる特性の相手と戦う方が実戦的であると言えるだろう。

「うっ……」

「くっ……」

 実戦に即したブイツーからの説明を聞き、何も言い返すことができないでいる大剣使いと手斧使い。

「これ以上、訓練を怠けることは許さん……目の前のことに集中しろ」

 大剣使いと手斧使いに一とおりの説明を終えた後、模擬戦闘に邁進するよう指示をするブイツー。これ以上、故意に訓練を怠けることは許さない。ブイツーの周囲からはそういった気配が漂っていた。

 この後、訓練を怠ける者あるいは不平を言う者が出てくることはなく、模擬戦闘は無事に終了するのであった。

 

 やがて、模擬戦闘が終了したことにより、今日の訓練の全日程は終了する。現在、ブイツーの目の前には参加者全員が集結している。

「以上で今日の訓練を終了する」

 今日の訓練が終了したことを告げるブイツー。それと同時に訓練終了による安堵感で参加者達の表情が緩む。

「最後に言っておくが、今日の訓練はあくまでも始まりでしかない……己の腕を磨くのは諸君等自身であることを忘れるな。それでは解散にする」

 最後に念押しの言葉を口にした後、解散を宣言してみせるブイツー。今日の訓練で終わりではない。むしろ、今日の訓練で学んだことを活かして、自らを磨き上げていくことが重要なのであった。

 そして、それぞれ模擬戦場から去っていく参加者達。ブイツーとマナの2人はそんな参加者達の姿を見届けるのであった。

 

 騒がしい昼の時間帯が過ぎ去った後、静かな夜の時間を迎えた冒険者ギルドの建物。冒険者ギルドでは昼夜を問わず、冒険者を迎え入れる体制が組まれている。ただ、夜の時間帯であるためか、人間の重な活動時間である日中と比較した場合、冒険者ギルドを出入りする冒険者達は圧倒的に少ない。

 そのような冒険者ギルドの建物の一角において、ブイツーが滞在している部屋が存在する。

 机と向かい合っている状態のまま、紙の上でペンを走らせているブイツー。どうやら、ブイツーは今、何かの書類を作成しているようだ。

 すると突然、ブイツーの部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。こんな時間帯に一体誰なのだろうか。

「誰だ?」

 机にペンを置いて一呼吸した後、扉の先にいる者に対して、そのように尋ねているブイツー。この時、ブイツーは扉の先にいる相手が誰かの見当がついていた。

「ブイツーさん、私です……マナです」

 扉の先から聞こえてくる声、それは聞き慣れたマナのものであった。どうやら、閉じられた扉の先にはマナが立っているらしい。

「マナか……入れ……」

 この時、予想どおりといった表情をするブイツー。それと同時にブイツーはマナに入室を促す。

 やがて、扉が開いたかと思えば、その先からマナが姿を現す。それから、ブイツーの部屋に足を踏み入れるマナ。

「一体何の用だ?」

 いつもと変わらぬ表情でマナに問いかけるブイツー。この夜の時間に一体何の用があるのだというのか。

「あの、今日の訓練……訓練中に私語をして本当にごめんなさい」

 今日の訓練のことについて、ブイツーに謝罪の言葉を述べた後、一生懸命に頭を下げているマナ。どうやら、マナは訓練の最中に私語したことを心から反省しているようだ。

「あのことか……既に終わったことだ。次から気をつければ、何の問題もない」

 マナからの懸命な謝罪の言葉に対して、何てことなさそうにしているブイツー。ブイツーにしてみれば、後に引きずることではなかったのである。

 ただ、どうしてだろうか。この時、ブイツーは直向きなマナの態度について、自然と悪い気がしなかった。

「そう言えば、ブイツーさんは何をされているんですか?」

 ブイツーに質問しているマナの視線の先、そこには机の上に積み重ねられた書類であった。何の書類なのかは分からないが、少なくとも、ブイツーが作成したものであることは間違いないようだ。

「実は先程まで今日の訓練についての報告書を作成したところだ。完成次第、冒険者ギルドに提出することになっている」

 そのように答えた後、今一度、書類に視線を向けるブイツー。今日の訓練の報告書を作成した上、冒険者ギルドに提出する予定となっている。今後の冒険者ギルドにおける訓練に活かすためだ。

 また、今回の報告書には今回の訓練の参加者についての資料もある。資料にはそれぞれの参加者の身体能力、訓練での態度、特性等が記載されている。

「大変な仕事ですね」

 ブイツーからの話を聞いた後、そのような言葉を漏らしているマナ。この時、マナはブイツーが単なる武芸だけではなく、指導力を発揮していることについて、驚きと尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

「この程度の書類仕事など造作もないことだ」

 一方、あっさりとした様子でそう答えてみせるブイツー。この程度の書類仕事は造作もないことだ。未だに記憶は戻っていない状態であるが、このことは確信を持って断言することができた。

「……もう夜も遅い。マナ、早く戻って身体を休めるんだ」

 目の前のマナに自室へ戻るよう促すブイツー。睡眠時間が短くなれば、その分だけ、疲れが蓄積することを意味している。冒険者である以上、自身のコンディションを万全に維持することは必要不可欠なことである。

「おやすみなさい。ブイツーさん」

 就寝の挨拶を告げて、ブイツーの部屋から出ていくマナ。マナが自室に戻った後、ブイツーの部屋には静寂が戻る。そうした中、しばしの間、閉じられた部屋の扉を見つめているブイツー。

「さて……仕事を再開するか……」

 そのように呟いた後、再び、ペンを握り締めるブイツー。それから、ブイツーは机に向き直ると書類の作成に戻るのであった。

 

                                  つづく

 




皆様、お世話になります。疾風のナイトです。
今回は冒険者ギルドに所属する冒険者に対して、ブイツーが訓練を実施する話を描かせていただきました。
第2章で冒険者の育成の必要性が語られているため、今回の話では実際に具体化をしてみました。あくまでも今回は訓練であり、話的には日常回あるいはお遊び回に分類すると思われます。
次回からは冒険に向かって、話を進めていきたいと考えています。それと同時に本編も本格的に始動していく予定です。
楽しい作品が創作できるように精進していきたいと考えています。

今回はこれで失礼します。


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第5章

冒険者ギルドの受付で依頼の説明を受けているブイツーとマナ。
そんなブイツー達の前に3人の冒険者が現れる。
妖精の弓手、鉱人の道士、蜥蜴人の僧侶の3人の冒険者はブイツーとマナに依頼の話を持ちかける。
今、ブイツーの新しい戦いが始まろうとしていた


 辺境の地・リーンホースの冒険者ギルド本部。今日も冒険者ギルドは多くの冒険者達が出入りをしている。

 そのような冒険者ギルドの受付において、受付嬢を何かのやりとりをしているブイツーの姿があった。そのようなブイツーの傍にはマナの姿もある。

 現在、ブイツー達が受付にいる理由であるが、冒険者ギルドからの依頼を引き受けるためであった。

 冒険者ギルドに所属する冒険者達にはそれぞれ等級が定められており、高い順に白金・金・銀・銅・紅玉・翠玉・青玉・鋼鉄・黒曜・白磁の等級が定められている。

 そして、肝心のブイツーの等級であるが、最上位から3番目の銀等級が与えられている。本来、銀等級は在野でも最高級の等級であり、冒険者でも相当な経験と実績を積まなければならないが、ブイツーの場合、冒険者ギルドの指導者としての役割を担っているための特別な措置である。

 但し、ブイツーの能力と技量は群を抜いており、熟練の冒険者達に勝るとも劣らない。事実、ブイツーはたった1人で冒険者に所属する冒険者の集団を敗北に追い込んでいる。これはリーンホースの冒険者ギルド始まって以来の出来事である。

「以上が飛竜討伐の内容になります。他の依頼については……」

 目の前のブイツーとマナに対して、冒険者ギルドに寄せられた依頼を説明している受付嬢。山岳地帯に出現した飛竜討伐や廃墟に出現した悪魔退治等、受付嬢が紹介する依頼はいずれも難易度の高い依頼である。

 但し、受付嬢がブイツーに難易度の依頼を紹介するのには理由があった。難易度の低い依頼を紹介すれば、高い技量を持つブイツーに対する失礼になる。だからこそ、難易度の高い依頼を紹介しているのだ。

「ちょっといい?」

 突然、ブイツーとマナに話しかけてくる声が聞こえてくる。高い声色から察するに女性のものと思われる。

 即座に後方に向き直ってみせるブイツーとマナ。そんなブイツーとマナの前には3人の冒険者の姿があった。

 まずは1人目の冒険者であるが、年頃の少女を思わせる容貌をした妖精の冒険者である。また、職業についてであるが、背中に背負っている弓を見れば、弓手と推察することができる。

 次に2人目の冒険者であるが、長い年月を重ねた老人を思わせる風貌をした鉱人の冒険者である。また、職業についてであるが、身なりから道士と推察することができる。

 そして、3人目の冒険者であるが、人間よりも一回り体格の大きい蜥蜴人の冒険者である。また、職業についてであるが、独特な衣装から僧侶と推察することができる。

 ブイツーとマナの目の前に現れた3人の冒険者達であるが、彼等の組み合わせは非常に珍しいものであった。

 何故ならば、妖精と鉱人であるが、種族的には仲が悪いからであった。さらに蜥蜴人の冒険者は滅多に見ることがない。この点からも非常に稀有であると言えた。

「もしよろしければ、応接室でお話をされてはどうですか?」

 この場にいるブイツー達に対して、応接室での話し合いを提案している受付嬢。このまま受付で話し込むよりも、ちゃんとした部屋で話をした方がいいと判断した結果であった。

「助かる。それならば、遠慮なく使わせてもらう」

 受付嬢の心遣いに感謝しているブイツー。確かに受付での立ち話は他の冒険者達の迷惑になる。それならば、応接室で話をした方が有意義な話し合いができるだろう。

 その後、冒険者ギルドの応接室に向かうブイツー達。組み合わさった歯車が動き出すかのようにして、何かが今、ゆっくりと始まろうとしていた。

 

 冒険者ギルド本部の2階に設置されている応接室。この応接室は冒険者ギルドへの来客を応対するために用いられる。

 そして現在、応接室のソファーに座っているブイツー。そんなブイツーの隣の席には、マナがちょこんと座っている。

 一方、ブイツーとマナの目の前には、妖精弓手がソファーに座っており、その傍には鉱人道士と蜥蜴僧侶が立っている。

「っと!自己紹介がまだだったね。私の名前はティンクルよ」

 最初に自分の名前を名乗ってみせる妖精弓手。明朗快活な様子の妖精弓手は名前をティンクルと言った。

「ワシはマドックじゃ」

 今度は男性の鉱人道士が自己紹介を始める。飄々とした調子の鉱人道士であるが、名前をマドックと言うらしい。

「拙僧はグラン。以後、よろしく頼む」

 そして、最後に蜥蜴僧侶が自らの名前を名乗る。落ち着きのある雰囲気を醸し出した蜥蜴僧侶であるが、名前はグランであると言う。

「私の名前はブイツー。このギルドに世話になっている」

 相手側の自己紹介が終了した後、今度は自らのことについて語るブイツー。ブイツーの自己紹介は簡潔でありながらも、他を寄せつけない気を発していた。

「マナです。ブイツーさんのお手伝いをしています」

 ブイツーに続く形で自己紹介をするマナ。威風堂々としたブイツーとは異なり、マナの様子はどこか自信がなさそうである。

 実際、マナはこの場にいることについて、気後れの感情を抱いていた。この場にいる者達は全員、相当の経験を積んできた者達ばかりである。果たして、この場に自分がいても良いものだろうかと思っていた。

「アンタさ……結構すんぐりとしているのね。とても強そうには見えないけど」

 ソファーに座ったブイツーの姿をじっくりと眺めている中、自分が思っていることを率直に口にしているティンクル。

 まるで金属の鎧と人が組み合わさったような外見、デフォルメされたアンバランスな体型、そのようなブイツーの姿はまさに珍妙であると言っても過言ではないだろう。

「いや、人は見かけによらんぞ。耳長の」

 そんな言葉と共にティンクルの言葉に口を挟んでくるマドック。この時、マドックは奇怪な姿をしたブイツーが只者ではないことに気がついていた。

 一見、異形の姿をしているブイツー。だが、その実、周囲から発せられる気は研ぎ澄まされた剣のようであり、鋭い眼差しは幾多の戦いを潜り抜けてきた猛者そのものである。

 さらにブイツーが装備している剣。非常に独特な形状をしているが、極めて強い力が感じられる。いかなる力が宿っているのかは分からないが、魔剣と呼ばれている剣に匹敵するか、あるいはそれ以上の可能性がある。

「そろそろ、用件を教えてくれないか?」

 そんな言葉と共に話を切り上げると、肝心の本題に移ろうとしているブイツー。なお、そんなブイツーの左手にはメモ、右手にはペンがそれぞれ握られている。

「それじゃ、話を始めわ……ここ最近、各地で悪魔の活動が活発化しているのだけど」

「……」

 ティンクルの口から話を黙って聞いているブイツー。その一方でペンを握るブイツーの手は忙しなく動き回っていた。

「どうして、悪魔達が活発化しているのか、その原因は分からないわ。だから、貴方達の協力を……」

「……」

 懸命にティンクルが話している中、ブイツーが何かを語ることはしないが、しっかりと耳を傾けており、素早く手を動かして筆記を続けている。

「ちょっと!さっきから黙ったままだけど、ちゃんと話を聞いてんのっ!?」

 すると突然、怒声と共に応接室のテーブルを叩くティンクル。先程から何も喋らないブイツーにティンクルは苛立ちを感じていたのだ。

「当然だ。私は話を聞いている」

 感情剥き出しのティンクルからの抗議に対して、落ち着き払った様子で反論してみせるブイツー。まるで心外だと言わんばかりの口ぶりである。

「ここ最近、悪魔達の動きが活発化しているため、我々に協力をして欲しい……そうだろう?」

 メモに記載された内容をスラスラと読み上げていくブイツー。ブイツーが読み上げている内容であるが、それは今までの説明の要点をまとめたものであった。そう、ティンクルの話をちゃんと聞いていたのだ。

「うっ……」

 ブイツーの読み上げたメモの内容を聞き、言葉に詰まってしまうティンクル。これでは怒るに怒れないからだ。

「ティンクル殿、ここから先は拙僧が代わって話そう」

 感情的なティンクルの様子を見かねたのか、それまで様子を見守っていたグランが話の中に入ってくる。

 ティンクルと交代する形で話を続行するグラン。一方、ブイツーとマナの2人は再び、話を聞く姿勢に戻る。

 グランからの話によれば、悪魔達の活発化に伴い、モンスターが各地で暴れているとのことだ。

 こうした現状に対応するため、各地では原因を究明するための調査活動が行われている。主に王国の騎士団等が中心に調査活動が行われているが、圧倒的に人手が不足しているため、末端では腕利きの冒険者達が協力している状況である。かくいう、ティンクル、マドック、グランのチームもそうした冒険者達である。

そして、最近では、妖精が住んでいる森でも、モンスターが出現したと言う。なお、妖精の森であるが、ティンクルにも関係がある。先程からティンクルが苛立ちを募らせているのも、モンスターの危険に晒されているからである。

「それでわしらに協力してくれるか?」

 ブイツーのことを真正面から見据えた上で依頼をするマドック。異形の姿をしているが、卓越した実力を持つブイツーを見込んでのことだ。

 マドックだけではない。ティンクルとグランもまた、ブイツーのことを見つめている。一方、当のブイツー本人は沈黙したまま、何かを考えているかのようだ。

「……マナ、どうだ?やれそうか?」

「えっ?わ、私ですか!?」

 突然、マナの方へと視線を向けたかと思えば、質問を投げかけてくるブイツー。急に意見を求められたため、マナは困惑せずにはいられなかった。

 依頼の話をマナに振ったブイツー。それは今回の依頼を受けるか否かの判断を放棄した訳ではなかった。

 今までの話を総合的に考慮すれば、今回の依頼は非常に危険な依頼になる可能性がある。もしかすると、新人の冒険者であるマナには荷が重いかもしれない。

 荷が重すぎる依頼は生命の危険に関わる危険性がある。だからこそ、この依頼が大丈夫かどうか、ブイツーはまだ駆け出しであるマナに聞いたのだ。

「えっと……私の方は大丈夫です」

 ブイツーからの問いかけに対して、緊張した面持ちで答えているマナ。そんなマナの姿はまさしく健気であった。

「分かった。私とマナが出ることにしよう」

 自らとマナが出向くことを宣言するブイツー。なお、マナの冒険の参加についてであるが、これは今しがた本人に意志確認をおこなったからであった。

「本当にやってくれるのね」

「当然だ……」

 ティンクルからの念押しの言葉に対して、顔色1つ変えることなく答えているブイツー。この時、当のブイツー本人は勿論のこと、隣にいるマナの覚悟も固まっていた。

 こうして、ティンクルとマドックとグランの3人より、重大な依頼を引き受けることになったブイツーとマナ。

 この時、ブイツーとマナは今しがた引き受けた依頼こそ、後に自分達の進む道を大きく変えるものであるとはまだ知らなかった。

 

 冒険者ギルドの受付。この場所には現在、3人の冒険者達との話し合いを終えたばかりのブイツーとマナの姿があった。

 先程の話し合いの内容、これから引き受ける依頼の詳細、冒険者ギルドの出立時刻、ブイツーは簡潔に報告してみせる。

「それは凄いですね。頑張ってください!」

 ブイツー達からの報告を聞いた後、激励の言葉を贈る受付嬢。是非とも、ブイツーとマナの2人には、依頼を達成してもらいたいところである。

「感謝する」

 受付嬢からの激励の言葉を受け、素直に感謝の言葉を述べるブイツー。この時、ブイツーは自分の意識を今回の依頼へと集中させている。

「くれぐれも気をつけてください」

「……当然だ。依頼は全力で達成する」

 受付嬢からの注意喚起の言葉に対して、いつもと変わらぬ表情で答えてみせるブイツー。そんなブイツーの表情には油断もなければ、過信の表情も見られなかった。

「有り難うございます」

 全力で依頼に挑もうとするブイツーに対して、感謝の言葉を述べている受付嬢。この時、受付嬢は安心感を抱いていた。

 何故ならば、冒険者のパーティーの中には、メンバーが慢心することがあり、それ故に依頼が失敗することも少なくなかった。特に初心者のパーティーに多く見られる傾向である。

 だが、今回のブイツー達のパーティーであるが、メンバーはかなりの熟練者が揃っており、その上、ブイツー自身にも油断や過信が見られない。

 技術や能力が優れているだけではなく、強い精神力の持ち主であるブイツー。依頼はほぼ間違いなく成功するだろう。これまでの間、多くの冒険者達を見てきた受付嬢はそう信じていた。

 但し、そんな受付嬢にも気になることがある。それはブイツーと行動を一緒にしているマナのことであった。

 いくら、ブイツーと行動を共にしているとはいえ、マナ自身、冒険者としてはまだまだ駆け出しである。果たして、今回の冒険についていくことができるのであろうか。

「マナ、出られるか?」

「はい。何時でも行けます」

 ブイツーからの言葉に笑顔で答えてみせるマナ。一生懸命に努力しようとする若き冒険者の姿があった。

「(私があれこれと心配する必要はなさそうね……)」

 冒険を前にしたブイツーとマナの会話を目の当たりにして、自分の考えを改めている受付嬢。確かにマナは駆け出しの冒険者であるが、ブイツーと行動していることもあり、そこら辺の駆け出し冒険者より、遥かに熟達しているのであった。

 妖精の弓手・ティンクル、鉱人の道士・マドック、蜥蜴人の僧侶・グラン、人間の神官・マナ、正体不明の騎士・ブイツーで編成されたパーティー。このパーティー編成についてあるが、リーンホースの冒険者ギルドが始まって以来、極めて珍しい編成であると言っても過言ではなかった。

 

 リーンホースの冒険者ギルドから出立したブイツー一行。目的地まで順調に歩を進めていくものの、日が暮れてきたため、今夜は野宿をすることにする。

 野宿の準備が整った後、空腹を満たすための夜の食事に移っている。焚火でこんがりと焼かれた沼池の獣肉、マナが作った乾燥豆のスープが各自に配られている。

「……」

 ティンクル、マドック、グラン、そしてマナが食事中の会話で盛り上がっている中、我関せずといった調子で黙々と食を進めているブイツー。

 そうした最中、マドックの用意した火酒を飲むティンクル。すると次の瞬間、アルコールの度数が高かったためか、ティンクルは顔を紅潮させてしまっている。当然のことながら、すぐさま酩酊状態に陥ってしまう。

「ちょっと~!さっきから何で黙ってるのよ~!ノリが悪いわ~!!」

 火酒の酔いが全身に駆け巡る中、何も喋ろうとしないブイツーに絡んでいるティンクル。ティンクルは先程から沈黙を維持したまま、食事を続けるブイツーのことが気に入らなかったである。

 ただ、ブイツーの態度について言えば、ティンクルだけではなく、行動を共にするマナを除いて、この場にいる全員が思っていることであった。

「……食事中は余計なことを喋らず、静かに食事をする……我が流派の掟だ」

 最早、酒場の酔っ払い同然と化したティンクルからの問いに対して、必要最小限の言葉で語ってみせるブイツー。この時、ブイツーは無意識の間に重大な発言をしていた。

「我が流派?」

 ブイツーの発した流派と言う言葉を聞いた途端、いち早く反応してみせるマナ。マナの知っている限りにおいて、ブイツーがどこかの流派に所属していたということは初めて聞く。

「……未だに思い出せていないが、私は何かの流派……恐らく剣術の流派に所属していたような気がするのだ……」

 マナからの問いに対して、淡々とした口調で答えているブイツー。未だにハッキリと思い出すことができないでいる記憶。ただ、剣術の流派に所属していたような気がする。確たる証拠はないものの、そのような感覚が残っていたのである。

 思いもしなかったブイツーからの意外な発言。それと同時に先程まで賑やかった場が静まり返っている。

「夜の見張りは私が担当しよう……。それまでの間、休ませてもらおう」

 そんな言葉と共に食事を済ませるなり、その場から立ち上るブイツー。そして、ブイツーはそのまま寝床に赴いてしまう。

 仮眠のためにブイツーが寝床に向かった後、その場から立ち上って今までブイツーが使用していた食器を回収するマナ。

「全く、ホント、冷たい奴だわ~!」

 そんな言葉と共に溜め息を吐いているティンクル。どうして、ブイツーはこんなにも無愛想なのだろうか、未だに酔いが残っている中でティンクルはそう思っていた。

「そうでもありませんよ」

 ティンクルの言葉に対して、そのように返した後、ブイツーが使用していた食器を見せるマナ。

 すっかり空になっているブイツーの食器。この食器にはマナの作った乾燥豆のスープが盛りつけられていた。そう、ブイツーは食事中に喋ることはしなかったが、マナの乾燥豆のスープを綺麗さっぱり平らげていたのだ。料理を作った者としてはこれほど嬉しいことはなかった。

 

 夜が明けた後、簡単に朝食を済ませると、荷物をまとめて目的地に出発するブイツー達一行。

 それほどの距離を歩いたのだろうか。森と思しき景色が見えてくる。だが、それはブイツー達が知る景色ではなかった。

 ブイツー達の視界に飛び込んできた光景、それは見るも無残に変わり果てた森の有様であった。

 灼熱の炎で焼かれたのだろうか、黒炭と化してしまっている樹木。圧倒的な暴力で無残に殺された動物達。徹底的な暴力で破壊された森の姿がそこにあった。

「そんなっ!?」

 そう叫んだ途端、放たれた矢のように走り出しているティンクル。残りの者達も急いで後を追いかける。

 変わり果てた森を前にして、力なく膝を突いてしまっているティンクル。そこにいつもの気丈な表情は見られない。

「嘘よ……こんなの嘘よ……」

 無残に焼き尽くされたことにより、悔しさを滲ませているティンクル。妖精にとって森はかけがえのない場所である。その森を焼かれたのだ。まさに胸を引き裂かれるような想いであった。

 悲しみで打ちひしがれているティンクルの姿を見守っているマナ、マドック、グラン。そうした最中、いつもと変わらぬ表情でブイツーが口を開く。

「……追うぞ。まだ遠くにはいけないはずだ」

 開口一番。追撃を決断するブイツー。森が焼き払われて時間が経過していないことを考えると、敵はここから遠くに離れていないと判断していた。

 ブイツーの言葉に反応するマナ、マドック、グラン。戸惑いを隠せないマナに対して、マドックとグランの2人は神経を研ぎ澄ませる。

 冷徹とも言えるブイツーの判断。その一方で冷徹な判断は理にも適っていた。ここで敵を叩いておかなければ、また同じ事態が引き起こされる危険性があるからだ。

「ここから先は戦う意志がある者だけが行く場所だ。そうでなければ、ここにいるんだな」

 冷淡な口調でティンクルに対して、淡々とした口調で告げるブイツー。そのようなブイツーの口調であるが、まるで足手まといは必要ないと言わんばかりである。

「ブイツーさん」

 ティンクルに対するブイツーの態度に抗議をしようとするマナ。ブイツーが冷徹な振る舞いをすることはしばしばであるが、今の振る舞いはいつにも増して非情なものであった。

 しかも、ブイツーは自らの態度を顧みることなく、今度はグランと何かの相談をしている。

「あれは泣くことができなくなった者の眼だな」

 いつの間にかマナの傍に立ち、ブイツーの人柄をそう評しているマドック。ブイツーのことを凝視しているマドックであるが、その表情は普段の陽気なものとは一転して、長い年月と経験を積み重ねた熟練冒険者のものに変わっていた。

「泣くことができなくなった者……」

 恐る恐るマドックに質問しているマナ。泣くことができなくなった者。一体どういう意味なのだろうか。

 この時、マナは背筋が凍るような感覚を覚える。だが、話はそれだけでは終わらない。マドックはさらに言葉を続ける。

「あのブイツーとか言う者、恐らく、幾度も辛い経験を重ねてきたのじゃろう……。じゃが、身の上が泣くことを許されなかった。そして、何時しか、泣くことをできなくなってしまった。そういう意味では危ういものがあるのう」

 そのように言って話を締め括った後、大きく溜め息を吐いているマドック。マドックは今、ブイツーの状態を憂いていた。

「ブイツーさん……」

 独り呟くように言った後、前へと進むブイツーの背中を見つめているマナ。時には冷徹とも言える判断力を持ち、圧倒的な力で目の前の困難を打ち破るブイツー。それはブイツーが強靭な精神力の持ち主の証明であると思っていた。

 だが、ブイツーが泣くことのできない者であれば、話は違ってくる。そしてまた、今のマナの目には、ブイツーの歩く姿が非常に危うく見えるのであった。

 

                               つづく




皆様お世話になります。
まずは投稿が遅くなってしまったことにつきまして、本当に申し訳ありませんでした。
言い訳するまでもなく、創作活動をサボっていました。
今後もこうしたことがあるかと思います。
その時はどうぞ遠慮なくご指摘をください。

さて、以下は本題に入ります。
今回はブイツーとマナの新しい仲間達が登場しました。
種族や職業から既に気づいていらっしゃるとかもしれませんが、「ゴブリンスレイヤー」に登場した妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶です。
今後の物語を盛り上げていくため、彼等に登場していただきました。
記憶喪失のブイツー、経験が不足しているマナ、今のパーティー状態を考慮した場合、熟練の冒険者がどうしても必要でした。
女神官ことマナと同様、妖精弓手にはティンクル、鉱人道士にはマドック、蜥蜴僧侶にはグランの名前がそれぞれ与えられています。

今回の話はコミック版「ゴブリンスレイヤー」の第2巻の話を下敷きにしてあります。主人公がゴブリンスレイヤーからブイツーに置き換わっているため、話の内容等に変更やアレンジを加えています。

コミック版を下敷きにしたためか、第3章と銘打っていますが、今回の内容はパソコンに保存されている第5章の半分になります。
予想以上に長くなることが見込まれるため、分割させていただきました。

現在、続きの内容を鋭意創作中ですので、楽しみにしていただければ幸いです。
それでは今回はこれで失礼します。


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第6章

ブイツーとマナの前に現れた新しい冒険者。
妖精弓手のティンクル、鉱人道士のマドック、蜥蜴僧侶のグラン。
彼等からの協力要請を受けて旅に出るブイツーとマナ。
そんなブイツー達が目の当たりにしたもの、それは無惨に焼かれてしまった森であった。
一体誰が森を焼いたのか、ブイツー達の追撃が始まる。


 森を焼き払った者達の追撃を開始したブイツー一行。幸いにも、近くに足跡が残されていたため、後を追いかけることは容易であった。

 足跡を辿った先に見えてきたもの、それは古びた巨大な石造りの砦であった。何時頃に建造されたのか、あるいは何の目的のために建造されたのか、それらは一切謎に包まれている。

 ただ、1つだけ確実に言えることがある。ブイツー達の目の前に建っている巨大な砦、それは異様な邪気に包み込まれていることであった。何者かが潜んでいることには間違いない。

 当初は感情を昂ぶらせていたものの、落ち着きを取り戻しているティンクル。森を焼いた者達を許すことはできないが、焦っては事を仕損じるだけである。

 やがて、巨大な砦の中に足を踏み入れるブイツー、マナ、ティンクル、マドック、グラン。その足取りは今までに増して慎重だ。

 ここから先は何が潜んでいるのか、どのような構造になっているのか、どのような敵が潜んでいるのか、全く分からない状況である。だからこそ、慎重に進む必要があった。

 ブイツー達が足を踏み入れた砦の内部。内部を照らす照明がないためか、真っ暗な一歩道がどこまでも続いている。

「ここから少し先に気配を感じる。恐らく、この砦を守っている魔物達だな」

 淡々とした口調で全員に告げているブイツー。そんなブイツーの姿であるが、神経を研ぎ澄ませて、自分自身を周りと一体化させているかのようであった。

「お前さん分かるのか?一体、どんな力なのかのう?」

 ブイツーからの言葉に対して、素朴な疑問を口にしているマドック。そのようなマドックの様子であるが、ブイツーの能力に興味津々のようである。

「大まかではあるが、風の流れで周囲の状況が分かるんだ」

 自分の能力についての説明をしてみせるブイツー。どうやら、ブイツーは風の流れを読み取ることにより、周囲の状況を把握する能力があるようだ。

 確実な歩調で砦の通路を進んでいくブイツー達。この時、ブイツー達は事前に気配を察知していたため、既に敵と相対する覚悟が固まっていた。

 すると次の瞬間、砦の内部に潜んでいる魔物達が襲い掛かってくる。相手は巨大蝙蝠。闇夜等の暗い場所での活動に長けた魔物である。

 一方、迫ってくる怪物達を迎撃するため、すぐさま武器を構えているブイツー、ティンクル、グランの3人。

「ふんっ!」

 独特な形状をした剣で巨大蝙蝠を斬り伏せてみせるブイツー。鋭利な一閃の下、巨大蝙蝠の身体が引き裂かれる。

「はっ!」

 両手に装備した2本の短剣をもって、巨大蝙蝠を仕留めるティンクル。ティンクルの武器は弓矢であるが、接近戦では短剣を使用している。

「!!」

 曲刀で巨大蝙蝠の身体を貫くグラン。グランの職業は僧侶であるが、刀剣の扱いにも長けていた。グランの使用している曲刀であるが、単なる刀ではない。竜牙刀と呼ばれており、古き時代から伝わる奇跡の力で生成された刀である。

 迅速かつ的確な動きをもってして、巨大蝙蝠の群れを全滅させるブイツーとティンクルとグラン。その姿はまさしく歴戦の冒険者そのものである。

「ふむ。ここからが本格的な戦いだな」

 巨大蝙蝠の群れを倒し終わった後、今後のことについての判断を下すブイツー。そのようなブイツーの言葉であるが、一種の確信に満ちているかのようである。

「分かるの?」

 ブイツーの判断にいち早く反応するティンクル。何故、そのように考えるのか、その理由を知るためである。

「巨大蝙蝠の群れは恐らく見張りだ。本命はこの先に潜んでいる。先程、風の流れを確認したが、無数の気配を通路の先から感じた」

 そう言った後、闇で閉ざされた通路の先を指し示すブイツー。見立てによれば、通路を抜けた先に無数の気配、つまりは敵が潜んでいるのだと言う。

「それでお前さんはどうするつもりじゃ?」

 ブイツーの方へと視線を向け、素朴な質問をぶつけるマドック。通路の先に敵が潜んでいるとなれば、真正面から衝突することになる。しかも、相手が大勢ともなれば、数ではこちら側が不利なことは明白だ。

「……」

 無言のままで通路の先をじっと見つめているブイツー。そんなブイツーの視線であるが、困難に直面した目ではなく、物陰に潜んで標的を狙う虎の目であった。

「ブイツー殿、何か策でも?」

 通路先に潜む敵に対応するため、ブイツーの意見を聞こうとするグラン。虎のように鋭利な眼差しより、ブイツーが何かしらの策を思いついていることを察知していた。

「そうだな……」

 そう言った後、マドックからマナの順に視線を移していくブイツー。どうやら、策を実行に移していくためには、2人の力が必要不可欠なようだ。

「うん?」

「えっ……?」

 突然、ブイツーから視線を向けられたため、驚きを隠せないでいるマドックとマナ。一体、自分達のどんな力が必要であるというのだろうか。

 

 巨大な砦の奥に位置している大広間。その面積は相当に広く100人以上の人間を収容できるスペースがある。砦が建造された当時、兵士達を待機させるための場所だったのか。

 だが、長い時を経た今となっては、当時の面影などまともに残っていない。その代わりに邪悪な力を宿した魔物達が居座っていた。

 砦の大広間に居座っている魔物達。粘液質な身体の持ち主であるスライム、群れからはぐれてしまった小鬼、巨大蝙蝠、まさに魔物達の混成部隊といったところであろうか。

 暇を持て余しているのであろうか、それぞれ自堕落な時を過ごしている魔物達。この時、魔物達はブイツー達の侵入に気がついていなかった。

 だが、逆に言えば、それだけにブイツー達の侵攻が巧妙であることを意味していた。風の流れを読み、配置を察知されるなど、夢にも思わないことだからだ。

 1体の小鬼が大広間から出ようとする。外の空気を吸うことによって、気分転換でも図ろうとしているのだろうか。いずれにしても、油断し切っていることは間違いない。

 だるそうに漫然と歩みを進めている1体の小鬼。その時であった。小鬼の耳元に声が聞こえてくる。

「呑めや~歌えや~酒の精~」

 小鬼の耳に届いてきた謎の声。年老いた男性のものにも思えるが、朗らかな声質が印象的だ。まるで酒場の酔っ払いが歌っているかのようである。

「歌って~踊って~眠りこけ~酒呑む夢を見せとくれ~」

 大広間のすぐ近く。ここに酒瓢箪を手にしたマドックの姿があった。さらにマドックは酒瓢箪の中に入った酒を口の中に含む。

「《酩酊》」

 次の瞬間、口に含んだ酒を噴き出すマドック。噴き出された酒は瞬く間に大広間全体に広がっていく。

 マドックの発動させた術の名前は酩酊。術の名前のとおり、相手を酩酊状態に陥らせる効果がある。

 マドックの発動した酩酊の影響により、思考と反応が鈍ってしまう小鬼。だが、その遅れが命取りであった。

「いと地母神よ……」

 風の流れに乗って聞えてくる女性の声。先程のマドックの詠唱が酔っ払いの歌であれば、こちらは敬虔な神官による祝詞と言ったところか。

「……っ!」

 女性の声に反応を示す小鬼。だが、先程のマドックの酩酊の効力からか、思うように思考と身体が動かない。

 そんな小鬼の視線の先にいる者。それは錫杖を手に奇跡を発動させるための詠唱をしているマナの姿であった。

「我等に遍くを受け入れられる……静謐をお与えください……」

 意識を集中させて詠唱を続けているマナ。マナは今、地母神に仕える神官として、貸し与えられた力を発動しようとしていた。

「《沈黙》」

 そして今、地母神から与えられた力を発動させるマナ。次の瞬間、沈黙と言う名の奇跡の力で大広間は静寂に包まれる。

「……」

 仲間に危険を知らせるため、叫び声を上げようとしている小鬼。だが、沈黙の影響により、小鬼が声を上げることができない。

 マナの沈黙で意思疎通の手段を断たれてしまう魔物達。そうこうしていると、マドックの酩酊の効力が広がっていき、大広間の魔物達は泥酔状態に陥ってしまう。

 魔物達が全て昏睡状態に陥った頃、大広間の中に足を踏み入れる者達がいた。ブイツー、マナ、ティンクル、マドック、グランである。

 ブイツーは独特な形状をした剣、ティンクルは2本の短剣、グランは曲刀、彼等の手には今、それぞれの愛用の武器が握られている。

 ブイツーとティンクルとグランの3人を前衛、マナとマドックの2人を後方に歩みを進めていくパーティー。魔物達が泥酔状態で眠っているため、進軍に苦労することはない。

「ねえ、本当にいいの?」

 順調に進軍を進めている中、素朴な疑問を口にしているティンクル。敵対する魔物達がいれば、確実に仕留めるのが冒険者達のセオリーである。

 だが、ブイツーは魔物達を泥酔状態にさせただけであり、手をかけるといったことをしていないのだ。これは冒険者達の視点から見れば、かなり異例の行為だとも言える。

「そうじゃ。仕留める必要はないのか?」

 ティンクルの意見に追随しているマドック。お互いの種族の違いからか、対立の多い2人であるが、この時ばかりは一致しているようだ。

「動けなくなった者をこの手にかけようとは思わん」

 眠りこけている魔物達を一瞥した後、ティンクル達の疑問の言葉に答えるブイツー。泥酔して動けない敵を殺める行為をよしとしていなかた。

「それに……」

「それに?」

 途中まで言いかけて言葉を中断させるブイツー。一方、中断した言葉にいち早く反応するマナ。

「必要以上の殺生は憎悪を生み出すだけだ……」

 天井を仰ぎ見た後、マナの質問に答えてみせるブイツー。そんなブイツーの言葉であるが、質問に答えるというよりも、むしろ、自らに言い聞かせているかのようだ。

 やがて、大広間の出口直前まで到着するブイツー達。大広間を抜けた先に魔物達の親玉達が潜んでいる。ブイツー達はそのように見当をつけていた。

 すると突然、大広間全体を強烈な邪気が支配する。それと同時に出口より、こちら側に何かが流れ込んでくる。

「散るんだ!急げっ!」

 反射的に散開を促すブイツーの怒号が飛ぶ。すぐさまブイツー、マナ、ティンクル、マドック、グランはその場から散る。

 次の瞬間、何かが流れ込んでくる。大広間の中に流れ込んできたもの、それは怒濤のように押し寄せてくる灼熱の炎であった。

 幸いにも咄嗟のブイツーの怒号もあり、パーティーは炎の波から免れる。だが、泥酔状態に陥っている魔物達はそうはいかなかった。

 突然、押し寄せてきた身を焼かれ、意識を取り戻す魔物達。沈黙の効果により、魔物達の絶叫が聞こえてくることはないものの、筆舌に尽くし難い苦悶の表情を浮かべていることは間違いなかった。

 灼熱の炎に身体を焼かれる中、まさしく声にならない叫びを上げ、苦しみ悶えている魔物達。地獄の炎とはこのことを言うのかもしれない。

 目の前に広がる光景を見守っているマナ、ティンクル、マドック、グラン。冒険者である彼等にしてみれば、邪悪な魔物達は間違いなく倒すべき敵である。

 だが、どうしてだろうか。目の前で成す術もなく苦しみ悶える魔物達を前にして、冒険者達は言葉で表現しようのない感情を抱いていた。果たして、このような酷い光景が許されていいのだろうか。

「下がっていろ」

 すると突然、ポツリと呟いた後、1歩前へと歩み出るブイツー。その手には独特の形状をした剣が握られている。

 灼熱の炎で身を焼かれている魔物達を見据えた後、静かに独特の形状をした剣を構えているブイツー。そのままブイツーは呼吸を整える。

「はぁっ!!」

 そして次の瞬間、独特の形状をした剣で横一線に薙ぐブイツー。その時、一閃と同時に1本の竜巻が勢いよく放たれる。

 ブイツーが剣を振るうことで出現した1本の竜巻。この竜巻はありとあらゆるものを呑み込む。大広間を侵食する灼熱の炎、身を焼かれている魔物達を次々と呑み込んでいく。

 やがて、全てを呑み込んでしまった後、1本の竜巻は消失する。そして、竜巻が消失した後、まるで全てがなかったかのように灼熱の炎、苦しみ悶える魔物達も消えていた。

「そこにいることは分かっている!出てこい!」

 普段からは考えられない勢いで怒声を上げるブイツー。この時、ブイツーは先程の炎が何者かの仕業であることを見抜いていた。

 先程の炎の波の軌道は明らかにブイツー達、その後方で眠っている魔物達を狙ったものであった。大方、侵入者の始末と役立たずの処刑と言ったところであろうか。

 次の瞬間、大広間全体に地響きが鳴り響く。この砦は相当な年月が経過しているとはいえ、素材には良質な石材を使用しているため、かなり頑丈な造りをしている。

 そのような砦で地響きが鳴り響いているのだ。この砦には只者ではない何かが潜んでいることは間違いないだとう。

 表情を強張らせているマナ、ティンクル、マドック、グラン。彼等は地響きと共に強烈なプレッシャーを感じていた。

 そして、地響きと共に大広間の出口から1体の怪物が現れる。どうやら、この怪物が先程の灼熱の炎を放ってきた張本人のようだ。

「現れたな……」

 大広間の出口から現れた怪物を前にして、静かに身構えているブイツー。同時にマナ、ティンクル、マドック、グランもまた身構えている。

 ブイツーの目の前に出現した怪物の正体。巨大な体躯、鋭く突き立った角、禍々しさを剥き出しにした形相、それはまさしく巨大な鬼とも呼ぶべき怪物であった。

 古くからの口伝えによれば、その怪物は強固な盾を装備した騎士を盾ごと粉砕し、魔術師を上回る術で焼き殺したと伝えられる。

 そして、その怪物と遭遇した冒険者であるが、その恐ろしさのあまり、怪物のことをオーガと呼んだ。

「オーガ……」

 そんな言葉と共に愕然とした表情をしているティンクル。まさか、オーガと遭遇することになるとは思ってもみなかったからだ。

「あれがオーガか……」

 目の前に現れたオーガのことを冷静に観察しているブイツー。様々な書物に目を通していく中、オーガの存在は事前に知っていたが、こうして、実際に本物を見ることは初めてであった。

「マナ、ティンクル、マドック、グラン……急いでこの場から撤退しろ」

 すぐさま傍にいるマナ、ティンクル、マドック、グランに対して、砦から退却するように指示を出しているブイツー。

「ブ、ブイツーさん、どうしてっ!?」

 ブイツーからの撤退指示に対して、真っ先に反応した人物。それは普段から行動を共にしているマナであった。

「ちょっと!何で撤退しなきゃいけないのよっ!?」

 ブイツーの撤退指示に反発しているティンクル。何故、ここまできて撤退しなければならないのか、ティンクルは納得がいかなかった。

「お前さん、一体どういうつもりじゃ?」

 ティンクルと同様、撤退には反対を表明しているマドック。ここは全員で立ち向かうか、あるいは撤退するのがセオリーである。

「ブイツー殿、どうして撤退を?」

 ブイツーの撤退指示に対して、疑問の言葉を投げ掛けているグラン。何故、ここで撤退する必要があるのか、ブイツーの考えを知っておきたかったからだ。

「相手はオーガだ。我々の戦力でも負ける気はしない……。だが、確実に仕留めるためには、戦力をより増強させる必要がある。私が食い止めている間に増援を呼ぶんだ」

 撤退指示を出した理由について、手短に説明をしてみせるブイツー。正直なところ、ブイツー自身、目の前のオーガに負ける気がしなかった。

 だが、戦闘は水ものである。どのような形に戦いが転ぶか分からない。だからこそ、援軍を呼ぶことにより、オーガを確実に仕留めようとしているのだ。

「……分かりました」

 ブイツーの話を聞いた後、意を決したように承諾の返事をしているマナ。だが、本心ではブイツーの言っていることについて、納得し切れていないようだ。

「……分かったよ」

「しょうがないのう」

「御武運を」

 それぞれで承諾の返事をしているティンクル、マドック、グラン。どうやら、ブイツーによる撤退の指示について、ティンクル達は何か思うところがあるようだ。

 やがて、ブイツーの指示どおり、その場から退くマナ、ティンクル、マドック、グラン。この場にはブイツーとオーガの2人だけが残される形となる。

「たった1人で残って正気か?」

 残ったブイツーのことを嘲るオーガ。自らの実力に絶対的な自信を持つオーガにしてみれば、仲間を下がらせたブイツーの行為が自殺行為に見えたのだ。

「……どうかな?」

 オーガからの物言いに対して、眉1つ動かすことなく反論してみせるブイツー。それと同時にブイツーは今一度、独特な形状を剣の柄を強く握り締めている。

「……」

 真正面からオーガを見据えているブイツーの眼。その眼には激しい怒りの炎が宿っていた。

 自らの欲望のため、平然と森を焼き払い、配下の魔物達を焼き殺す。そんなオーガの所業に対して、ブイツーは心から怒りの感情を抱いていたのだ。

 真正面から相対しているブイツーとオーガ。古の砦を舞台として、騎士と魔物による一騎打ちが開始されようとしていた。

 

 幕を開けたブイツーとオーガとの戦闘。ずんぐりとした体格のブイツー、山のような巨体のオーガ。一見すれば、無謀な戦いのようにも見えた。

「貴様のような輩がこの我を倒せるものか」

 対峙しているブイツーのことを嘲るオーガ。目の前の相手は今までに見たこともないが、随分と珍妙な外見をしている。そのような者など相手になるはずもないと思っていた。いや、思い込んでいた。

 すると突然、目のも留らぬ速さでオーガとの距離を詰めてくるブイツー。さらにブイツーは独特な形状をした剣を構えた後、そのまま鋭利な斬撃をオーガの足元に見舞う。

「ぐわっ!?」

 次の瞬間、右脚に激痛が走るのを感じるオーガ。この時、オーガは激痛が走った右脚の方に視線を落としている。

 気がつけば、オーガの右脛の部分には大きな刀傷が生じていた。得体の知れない者に傷をつけられた事実。この事実がオーガの怒りを増大させる。

 この時、オーガはあることに気がついていなかった。本来であれば、オーガの皮膚は並大抵の攻撃を弾くほどに強靭である。

 だが、ブイツーの斬撃はオーガの皮膚や肉をいとも簡単に裂いてしまったのである。このことは装備している剣の切れ味、ブイツー自身の技量が桁違いであることを意味していた。

「小癪な!」

 生意気極まりないブイツーに向かって、渾身の一撃を見舞おうとするオーガ。一方、オーガの巨大な棍棒による攻撃に対して、軽やかな身のこなしで回避しているブイツー。

「私の動きを捉えることはできん」

 オーガによる斬撃を素早く避けてみせた後、涼しげな口調で言ってのけるブイツー。ブイツーにしてみれば、オーガの攻撃は直線的で読むことが容易いかった。

 但し、オーガの攻撃は直線的であるものの、攻撃自体の速度が非常に速いため、並大抵の者であれば、巨大な棍棒の餌食になっていたことだろう。このことからも、ブイツーの能力と技量がいかに卓越したものであるかが分かる。

「このままでは済まさんぞ!我が力を思い知るがいい!」

 ブイツーに対する怒りの炎を滾らせているオーガ。これでまでの屈辱をそそぐべく、次なる手に打って出るオーガ。

「カリブン……クルス……クレスクント……」

 巨大な右手を掲げて、術の詠唱を開始するオーガ。次の瞬間、右の掌の上に火の球が出現したかと思えば、急速な勢いで肥大化を遂げていく。

 オーガが術で生成した火の球であるが、ファイアボールと呼ばれる火の球であった。但し、オーガの場合、魔力が強大であるため、その規模が尋常ではない。

「ヤクダ!!」

 怪しげな詠唱の後、凄まじい勢いでファイアボールを投げつけるオーガ。投擲されたファイアボールであるが、急激な速度でブイツーの方に迫ってくる。

「(さて、どうするか……)」

 オーガのファイアボールを前にして、冷静に思考を巡らしているブイツー。装備している剣の力で相殺するか、あるいは持ち前の機動力で回避するか。本来、ブイツーにはこのファイアボールを対処する方法はあったが、現在置かれている状況が選択肢を奪っていく。

 そして、ブイツーが色々な思考を巡らしている間にも、オーガのファイアボールは容赦なく迫ってくる。これでは回避することは困難であると考えた結果、真正面から防御することでオーガのファイアボールを凌ぐことを選択するブイツー。その時であった。

「いと慈悲深き地母神よ……」

 微かに聞えてくる祝詞を読み上げるかのような声。次の瞬間、ブイツーは不思議な感覚を覚える。それは何もかもを受け止める大地、あるいは慈愛に満ちた女神に包み込まれるかのような感覚であった。

 今一度、目の前の状況を確認するブイツー。オーガの放ったファイアボールであるが、どういう訳か、ブイツーに近づいてくる気配が一向に見られなかった。否、障壁のようなものが出現して、オーガのファイアボールの行方を阻んでいるのだ。

 そのような最中、ブイツーの守護している障壁に亀裂が生じる。オーガのファイアボールの威力が障壁の強度を上回っているのだ。

 すると次の瞬間、亀裂の生じた障壁が砕け散ったかと思えば、新しい障壁がブイツーの前に出現して、今一度、オーガのファイアボールを遮ろうとする。

 しばしの間、ブイツーの目の前では、オーガの放ったファイアボール、復活した障壁との間でせめぎ合いが続いている。

 やがて、オーガのファイアボールが消失した後、ブイツーを守っていた障壁が消失する。そう、激しいせめぎ合いは障壁の勝利と言っても過言ではなかった。

「今の障壁は……」

 オーガのファイアボールが消失した後、すぐに後方を振り返っているブイツー。何故ならば、自分のことを守ってくれた障壁に関して、ブイツーはよく知っていたからだ。

 反射的に後方へと向き直っているブイツー。ブイツー視線の先には今、撤退したはずのマナの姿があった。マナだけではない。同じく撤退したティンクル、マドック、グランの姿もあった。

「マナ!」

 急いでマナの所に駆け寄るブイツー。余程消耗しているのだろうか、今にも崩れ落ちそうになるマナの身体をブイツーが抱き留める。

「マナ、助かった……礼を言う。だが、どうして戻ってきた……?」

 自分を守ってくれたマナに感謝の言葉を述べた後、疑問の言葉を漏らしているブイツー。どうして、マナは指示したとおりに動かなかったのか。

「ブ、ブイツーさんのことが放っておけなかったんです……」

 今にも消え入りそうな笑みを浮かべて、ブイツーの問いかけに答えてみせるマナ。まるで消えかけの蝋燭の灯のようである。

「全く、1人で格好つけるんじゃないわよ」

「ワシ等の力もあてにして欲しいんもんじゃのう」

「もっと、頼って欲しいものですな」

 そうした最中、会話の中に割って入ってくるティンクル、マドック、グラン。彼等もマナと同様、どうしてもブイツーのことが気になり、急いで引き返してきたのである。

「……」

 今一度、自分の中で考えを巡らせているブイツー。あえてこの場に踏み留まり、自分に力を貸してくれる者達がいる。この時、ブイツーはどういう訳か、自身の中で何かが込み上げてくるのを感じる。同時に身体から余分な力が抜けていくのも感じていた。

「……分かった。力を借りよう。ただ、マナはここで休んでいるんだ」

 仲間達の言葉を素直に受け入れた後、疲弊しているマナに語りかけているブイツー。先程、奇跡を発動させた反動からか、マナは体力と精神力を著しく消耗しており、これ以上、戦闘に参加することは困難であった。

「は、はい……」

 ブイツーからの言葉に対して、弱々しい口調で返事をしているマナ。これ以上、マナを喋らせることは危険であるとブイツーは判断する。

 そして、再び、前方へと向き直ることにより、オーガと対峙しているブイツー。そのようなブイツーも傍にはティンクル、マドック、グランが立っている。

「グラン、奴の足元を集中的に攻撃してくれ。マドック、全力で頭部に攻撃するんだ。ティンクルはマドックの援護を頼む」

 早速、ティンクルとマドックとグランに指示を出すブイツー。そのようなブイツーの姿であるが、まるで軍を率いる将のようであった。

「禽竜の祖たる……角にして爪よ……四足……二足……地に落ち駆けよ……」

 早速、行動を起こすグラン。竜の牙を思わせる無数の物体を取り出し、その場にばら撒いたかと思えば、術を発動させるための詠唱を開始する。

 次の瞬間、グランからの詠唱に呼応する爪のような物体。爪のような物体は肥大化していき、他の爪のような物体と結合することにより、まるで骨だけの蜥蜴人といった姿へと変貌する。

 グランが創造した骨だけの蜥蜴人。竜牙兵と呼ばれる存在であり、蜥蜴人に伝わる奇跡の1つである。そして、竜牙兵は使役者の命を忠実に遂行する兵士である。

 早速、風のような勢いをもってして、オーガに攻撃を仕掛けるグランと竜牙兵。グランと竜牙兵はオーガの足元、それもブイツーが作った傷痕を狙い、竜牙刀による斬撃を見舞う。

「ぬぐわっ!?」

 次の瞬間、今まで感じたことのない痛みに苛まされるオーガ。そのようなオーガの表情は苦痛で醜く歪んでいる。

 巨体の持ち主であるオーガにとって、攻撃そのものはさほど脅威ではない。ブイツーとの戦闘で生じた傷痕を攻撃されたことにより、オーガの苦痛は何倍にも増していたのだ。

 グランと竜牙兵がオーガの注意を逸らしている間、次なる攻撃を仕掛けようとするティンクルとマドック。

 当然、オーガもまた、ティンクルとマドックの不穏な行動を察知していた。このため、矛先をティンクルとマドックに移すことにするオーガ。

「全く、私が援護役なんて」

 オーガの動きに対応するため、悪態を吐きながらもブイツーの指示どおり、マドックのことを援護するティンクル。弓を構えた後、ティンクルは手慣れた様子で矢を番える。

 タイミングを見計らった後、構えた矢から勢いよく発射するティンクル。発射された矢についてであるが、眼にも留らぬ速さでオーガの額に命中する。

 通常、額に矢が命中すれば、致命傷になることは言うまでもない。だが、オーガの場合、圧倒的な再生能力をもってして、ティンクルの攻撃を凌いでいた。

 ティンクルが自慢の弓でオーガを牽制している頃、攻撃を仕掛けるための準備を整えるマドック。

「仕事だ。仕事だ。土精どもよ。砂粒一粒転がり廻せば石となる!石弾!!」

 ようやく準備が整ったため、術を発動させるマドック。次の瞬間、無数の石礫が生成されたかと思えば、弾丸の如き速さで発射される。

「!?」

 無数の石礫を全身に浴びて、動きを止めてしまうオーガ。いくら、屈強な肉体を誇るオーガであっても、石弾の直撃を受けたとなれば、それ相応の損傷は免れなかった。

「カリブン……クルス……」

 反撃の攻撃魔法を発動させるため、先程と同じように右手を掲げ、詠唱を始めようとするオーガ。オーガがティンクルとマドックを始末しようとした時であった。

「がっ!!?」

 再度、オーガの足元に激痛が走る。急いでオーガが視線を落とすと、そこには足元の傷痕を集中して攻撃を続けるグランと竜牙兵の姿があった。少しでも敵の勢いを削ぐための知恵である。

「(何故だ……?何故、こうも傷が回復しない……?)」

 この時、オーガは違和感を覚えていた。オーガには再生能力が備わっており、一定の損傷であれば、瞬時に回復してしまうほどである。

 だが、ブイツーによってつけられた傷は一向に回復しないのである。そればかりか、傷元は攻撃されればされるほど、一層拡大していくばかりであった。何が原因かは定かではないが、少なくとも、ブイツーの攻撃が並大抵ではないことは確かである。

 それぞれの持ち味を最大限に活かした連続攻撃。ブイツーの的確な指示の下、オーガの態勢は著しく崩れることになる。

「よし……」

 今が最大の好機を判断した結果、一気に勝負を決めようと考えているブイツー。次の瞬間、ブイツーの背中からは光の翼が発生する。それと同時にブイツーは大きく地面から跳躍してみせる。

 勢いよく地面から跳び上がった後、光の翼を羽ばたかせることにより、どこまでも上昇を続けているブイツー。そんなブイツーの姿はまるで天上から遣わされた騎士のようであった。

 その後、下方にいるオーガを目がけて、一気に急降下を開始したかと思えば、独特の形状をした剣を構えているブイツー。

「はあああぁぁぁっ!!」

 高速で急降下している最中、独特な形状をした剣でオーガに斬りかかるブイツー。それと同時にブイツーの剣は巨体を斬り裂いていく。

「ぐおおおおおおおおおおおっ!!!?」

 疾風迅雷のようなブイツーの袈裟斬りを浴びた瞬間、あまりの苦痛に悲鳴を上げてしまうオーガ。今のブイツーの斬撃であるが、オーガの身体の奥深くまで斬り込んでおり、致命傷と言っても過言ではない損傷を与えていた。

 剣の軌道がオーガの巨体の中心部まで達した時、その場で急に動きを止めてしまうブイツー。だが、これでブイツーの攻撃が終わった訳ではなかった。

「沈めっ!!」

 即座に剣の刃の向きを変えた後、光の翼を羽ばたかせたと思えば、今度は急上昇を始めるブイツー。そして、ブイツーの剣の軌道は先程とはまるで逆方向であった。

 ブイツーの描いた剣の軌跡により、オーガの巨体に浮かび上がったもの、それは巨大なVの文字であった。Vの文字は勝利を意味していた。

「ば、馬鹿なっ!?そんな馬鹿なっ!?貴様達のような輩にこの我があああああああぁぁぁぁっ!?」

 ブイツーの必殺の一撃が決まった結果、痛々しい断末魔を上げるオーガ。そのままオーガの巨体は地面に倒れ込んでしまう。それと同時に周囲には轟音と衝撃が発生する。

 巨大なオーガを斬り倒した後、地面にゆっくりと着地するブイツー。それと同時にブイツーの背中に発生していた光の翼も消失する。

「ふむ……」

 優雅な動作で地面に着地した後、倒れ込んだオーガの様子を確認しているブイツー。既にオーガは物言わぬ屍と化していた。

「敵は仕留めた。我々の勝利だ……」

 そんな言葉と共に自分達の勝利を宣言しているブイツー。ただ、ブイツーの立ち振る舞いであるが、勝利に歓喜している訳でもなく、実に淡々としたものであった。

「やった!」

「ワシ等の勝ちじゃ!」

「依頼成功……ですな」

 オーガの討伐に成功したことを知り、それぞれ喜びの声を上げるティンクル、マドック、グラン。そのような3人の表情は達成感に満ちたものであった。

「良かった……」

 ブイツーからの勝利宣言を聞いて、心の底から安堵しているマナ。ブイツーのことは信じているが、こうして、戦いが終わると安心するものである。

 苛烈な戦いの末、依頼を遂行することに成功したブイツー達。オーガの撃破を確認した今、ブイツーは仲間達と一緒に任務を成し遂げたのであった。

 

                                  つづく




皆さんお世話になります。疾風のナイトです。
今回は前回の続きで砦を舞台としたオーガとの対決になります。
前回と同様、今回もコミック版を下敷きにしていますが、若干の変更やアレンジを加えていたりします。
特にオーガとの対決についてですが、原作ではゴブリンスレイヤーが奇策で逆転勝ちしているのに対して、こちらは正面からのゴリ押しになっている気がします(^^;
やはり、SDガンダムが登場する以上、物語構成もSDガンダムっぽくなりますね。

オーガにトドメを刺したブイツーの斬撃の元ネタですが、コミックボンボン版「機動戦士Vガンダム」に登場したV字斬だったりします。
コミックボンボン版では困った時のV字斬と言っても過言ではなく、V2ガンダムの光の翼のお株を奪ったりもしていました(笑)
ブイツー自身、記憶を失っているため、身体が覚えている状態で技を使用しているため、正式な嵐虎剣の技が登場するのはもう少しだけ待っていただければと思います。
ただ、実は既に登場している技もあったりします。

最後に今回も読んでいただきましてありがとうございました。
次は今回の冒険のエピローグ的なお話を提供できればと考えています。


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第7章

依頼が完了して冒険者ギルドに帰還したブイツーとマナ。
2人は今回の冒険について思いを馳せる。

その頃、人智を越えた領域では異変が起こっていた。


 砦での戦いから数日後、冒険者ギルドに帰還したブイツーとマナの2人。そんなブイツーとマナは今回の依頼の顛末を受付嬢に報告する。

 なお、ティンクル、マドック、グランの3人であるが、一旦、彼等の雇い主のところに戻り、今回の依頼が完了したことを報告すると言う。彼等はブイツーとマナのことが気にいったようであり、機会があれば、依頼を持ち込むつもりでいるらしい。

「お疲れ様です。今回の依頼はどうでしたか?」

 労いの言葉を述べた後、今回の依頼に関しての感想をブイツーに聞いている受付嬢。今回の依頼は冒険者ギルドでも異例なケースであったからだ。是非とも、感想を聞きたいところだ。

「……」

 受付嬢の言葉に沈黙を維持しているブイツー。淡白なブイツーの表情であるが、まるでいつもと変わることはないと言わんばかりの表情である。

「マナさんの方はどうでしたか……?」

 今度はマナに話題を振ることにする受付嬢。今回の依頼の感想について、マナにも聞いておこうと考えたのだ。

「わ、私は……」

 突然、受付嬢に感想を求められたため、言葉に詰まってしまうマナ。それでもなお、マナは自分の胸に抱いている感想を言わずにいられない。

 この時、受付付近にたむろしている何人かの冒険者達もまた、それまでの動きを止めて、マナの語っている話に耳を傾けている。

「私はオーガよりも小鬼の方が怖かったです」

 今回、古びた砦を舞台にしたオーガとの戦いについて、率直な感想を言葉にしているマナ。さらにマナは自分の想いのままに言葉を続ける。

「確かにオーガは強敵でした。確かに腕力も強く魔力も強大です。でも、それだけでした……」

 真剣な表情で語るマナは今、初めての依頼のこと、小鬼退治のことを思い出していた。小鬼退治の依頼において、仲間達を失っただけではなく、自らも生命の危機に陥ったマナ。

 あの時、ブイツーが駆けつけていなければ、自分は間違いなく生命を落としていただろう。あの時の記憶は今でも恐怖として、マナの脳裏に焼きついている。

「おいおい、小鬼の方が手強いとか……」

「何を馬鹿なことを……」

 外野からマナの感想を小馬鹿にしている若手の冒険者達。経験の浅い冒険者達からしてみれば、強大な力を持つとされるオーガ討伐よりも、小鬼退治の方が厄介という考え方が理解できなかった。

 冒険者達の心ない言葉を聞いた途端、縮こまってしまうマナ。やはり、自分の思っていることはおかしいのだろうか。マナがそのようなことを考え始めた時であった。

「いや、確かにオーガの討伐よりも小鬼退治の方が厄介だな……」

 すると突然、マナの意見を支持する声が受付内に響き渡る。まだまだ経験不足なマナの意見を支持する声、それはマナにとって聞き慣れた声であった。

 マナの意見を支持する声の主。それは今回の依頼の遂行者であり、同時に冒険者達の指導者でもあるブイツーであった。

「何でそんなことが言えるんだよ」

「そうそう、オーガよりも小鬼の方が手強いなんておかしいだろ」

 ブイツーの言葉に反発している若手の冒険者達。年若い冒険者達にしてみれば、何故、ブイツーがマナの意見を支持するのかを理解できなかったのだ。

「実際に相対していない者が勝手に決めつけるな!」

 この時、未熟な若手の冒険者達に対して、怒りの表情を露わにするブイツー。怒気を含んだブイツーの今の一言により、若手の冒険者達は勿論のこと、今まで騒がしかった場は静まり返る。その勢いたるやまるで鶴の一声ならぬ虎の咆哮であった。

「どうして、そう思われるんですか?」

 周囲の様子が静かになった後、ブイツーに質問を投げかける受付嬢。ブイツーが何の考えもなく、このような発言をするとは考えにくかった。

「確かにオーガの力は強大だった。だが、奴はたった1人だった上、それに他の種族を格下扱いしていたおかげでつけ入る隙はいくらでもあった。この点が集団戦を基本とする小鬼達と違う点だ」

 受付嬢からの質問に対して、先程とは打って変わり、落ち着いた口調で答えているブイツー。同時にブイツーは今回のオーガとの戦いを思い出す。

 確かにオーガは強大な力と魔法の使い手であったが、あくまでも相手は単独であった。しかも、オーガ自身、他の種族を自分よりも格下の存在として見下していた。この傲慢さは生命を賭けた戦いでは致命的である。

 一方、小鬼達は個々の戦闘能力自体は高くないものの、同族との連携行動ひいては集団戦に長けている。その上、経験を重ねる度に学習する特性がある。

「さらに今回の場合、弓手のティンクル、道士のマドック、僧侶のグランがいた。強力なサポートあったからこそ、我々はオーガを確実に仕留めることができたのだ」

 淡々と冷静な口調で言葉を紡いでいくブイツー。そのようなブイツーの脳裏には今、共に戦ったティンクル、マドック、グランのことが思い起こされていた。

 ティンクルの援護を背に受けて、マドックとグランがオーガの戦力を削ぐ。その上でブイツーがトドメの一撃を加える。相手を格下と見下した相手の連携により、オーガは生命を落とすことになったのだ。

「それにマナのフォローがあったからな……」

 最後に締め括るようにして、誰に言うわけでもなく静かに呟いているブイツー。あの時、マナが奇跡の力で守護していなければ、自分はもっと消耗を強いられていただろう。

 だが、実際にはマナの奇跡の力により、ブイツーは消耗することなく、全力でオーガと戦うことができた。だからこそ、全員無事で依頼を達成することができたのだ。

 自身が突出した能力の持ち主でありながらも、あくまで集団による調和と行動を重んじるブイツーの姿勢、その姿はまさしく集団戦闘のエキスパートそのものである。

「騒がせたな。私は部屋に戻る」

 そのように言った後、疲労した身を休めるため、自室に向かうブイツー。これで今回の依頼は本当の意味で完了したのであった。

 余談であるが、若手の冒険者達はマナに謝罪した。一方、マナもまた、若手の冒険者達のことを快く許すのであった。僅かであるが、冒険者達の結束は固まっていった。

 

 夜の時間帯を迎えたためか、昼間よりも幾分か落ち着きを取り戻した冒険者ギルド。冒険者ギルドの建物から少し離れた場所に丘がある。

 この丘からは夜空の景色がよく見ることができる。日が沈み切っているためか、夜空には無数の星が浮かんでおり、まるで悠久の時の中で瞬間的に煌めく生命を象徴しているかのようである。

 丘の上、夜空の大海に浮かぶ無数の星を眺めているブイツー。そのようなブイツーの表情であるが、何か思うことがあるのだろうか、いつにも増して神妙な表情をしている。

 ふと、鋭敏な感覚で人の気配を察知するブイツー。反射的にブイツーが視線を向けると、そこにはマナが申し訳なさそうに立っていた。

「あの、何をされていたんですか?」

 柔らしい口調でブイツーに質問をしているマナ。この時、マナはブイツーが単に星を眺めているのではなく、何かしらの理由があるのではないかと考えていた。

「星を見ることで生命を感じていた」

 一呼吸置いた後、質問に答えているブイツー。一方、ブイツーの言っていることが気になり、マナは詳しい話を聞いてみせることにする。

「生命……ですか?」

「そうだ。我々の手は既に血で濡れている。手を血で染めた分だけ、生命に対して鈍感になりがちだ。戦場で戦う者として、我々は生命への想いを忘れてはならない」

 マナからの問いかけに対して、そのように答えた後、自身の手と携えている剣に視線を落とすブイツー。既にこの手と剣は何度も血に濡れている。どのような大義名分を掲げようとも、この事実だけは変わることがない。

 だからこそ、自分達は生命について、常に想いを馳せることを忘れてはならない。これは戦いに生きる者の宿命なのだ。

「ブイツーさん……」

 ブイツーからの話を聞いた後、何も言えなくなってしまうマナ。この時、マナはブイツーの違う一面を覗き見たような気がした。

 これまでの間、圧倒的な力をもってして、立ち塞がる敵を倒してきたブイツー。その一方でブイツーは自らの宿命と対峙して、生命ついての考察を絶えず続けてきたのである。

 それから、ゆっくりとした歩調で歩み寄っていき、ブイツーの傍に寄り添うマナ。しばしの間、ブイツーとマナの2人は夜空に浮かぶ星を眺めているのであった。

 

 世界の境界から隔絶した場所に存在する領域。誰も立ち入ることができない絶対的な領域、それはまさしく神の領域であった。

 何人たりとも入ることのできない絶対的な領域において、果てしなく広がる盤が設置されている。そして、盤面を挟んで対面している善の神と悪の神。善の神と悪の神は今、自分達が創造した遊戯に耽っていた。

 その盤上には無数の駒が配置されている。人の形をした駒、動物の形をした駒、悪魔の形をした駒、配置された駒の種類は実に様々である。

 盤上の上に配置されている駒、それは盤上と言う名の世界で生きとし生ける者達であった。そう、この世界の行きとし生ける者達は善の神と悪の神の駒に過ぎなかった。

 善の神と悪の神は順番にサイコロを振い、自分の手で動かした駒を戦わせる。時には戦いにおいて、時には不慮の事故や病によって、そして時には寿命が尽きた駒は盤上から消失してしまう。そして、失われた駒が盤上に戻ることは2度とない。

 サイコロを振ることにより、配置された駒を動かし、駒同士を戦わせる善の神と悪の神。この営みは永遠に続く遊戯であるかのように思われていた。

 だが、そのような遊戯にも予想外の異変が起こる。それは同時に今までの営みを揺るがしかねない異変であった。

 突然、盤上より不思議な駒が出現する。どこからともなく現れた駒についてであるが、それは蜘蛛のような形状をした駒であった。

 一見すれば、悪の神に属するモンスターのようにも思えるが、当の悪の神には覚えがなかった。何故なら、最初から遊戯には存在していなかった駒だからだ。

 盤上に現れた正体不明の駒の出現を目の当たりにして、当初、困惑している様子の善の神と悪の神。

 だが、自分達の遊戯をより一層面白くする存在であると考え、善の神と悪の神は蜘蛛の形状をした駒を歓迎する。

 すると突然、蜘蛛の形状の駒は毒々しい糸を散布する。毒々しい糸は徐々に盤上を覆い込んでいく。

 予想もしていなかった出来事を前にして、善の神と悪の神は駒の行為を中断させようとするが、その勢いは留まることを知らず、ついには広大な盤、配置された駒、ありとあらゆるものが糸に包み込まれてしまう。

 いくら、遊戯の創造者である神といえども、盤上の様子が見えなければ、サイコロを振ることもできない。盤上全体が覆われてしまえば、配置されている駒を動かすこともできない。

 最早、善の神と悪の神は遊戯を進めることができない。これで盤上の世界の行方は創造者でさえも分からなくなっていた。

 

                                 つづく




お世話になります。疾風のナイトです。
今回の第7章ですが、第5章から続いていた冒険のエピローグ的な内容になります。
それから、何やら今後の伏線っぽいものがあったりします。

今回の一連の冒険ではティンクル、マドック、グランが仲間になりました。
原作ではゴブリンスレイヤーの仲間になるキャラクターです。
「ゴブリンスレイヤー」の改変作品とはいえ、主人公から仲間達を取り上げてしまった形になりました。
また、原作では登場したはずの魔女も未登場になっています。
だからこそ、この埋め合わせは後程していきたいと考えています。
今後とも精進していきたいと思います!

最後なりますが、今回のお話を読んでくださって、本当にありがとうございます。


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