image (小麦 こな)
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躓いた先にあるもの①

みなさんこんにちは!お久しぶりです。
そして初めましての方は初めまして!小麦こなと申します。

あとがきにて次話投稿日などを記載しています。


桜の花びらがヒラヒラと舞い散り、心地よい春風が花びらの散り際を美しく助長している春の光景。

僕は人生で初めてスーツを着て今日から通う事となる大学の、無駄に大それた(たたず)まいをしている門を潜ろうとしている。

 

僕は高校生の時に進学先をここ、羽丘経済大学に決めた理由はひどくあっさりしたものだ。

その理由は学生数が少ないと言う事。ここの大学は名前の通り経済学部しかない単科大学、英語で言えばcollegeだから総合大学より人が少ない。

 

別に少人数の学校で誰にも邪魔されずに勉学に集中したいわけでは無くて、単に僕が人付き合いが苦手だから。

そして学部は将来役に立ちそうだから、と言うこちらも簡潔な理由で経済学部に入ろうと思っていたから羽丘経済大学は僕のニーズに全て答えてくれる魅力的な大学だった。

 

 

僕の薄暗くねっとりとした心情とは裏腹に今日の天気は快晴で、天気予報のお姉さんは4月下旬並みの暖かさで絶好の花見日和なんて言っていた。

 

門を潜ると白色の安っぽい大きな看板で「新入生のみなさん、体育館に向かってください」と書いてあり、その文字の下には赤色の矢印まで丁寧に描き込んであった。

 

「大学の入学式にも、親と来るんだ……」

 

僕は誰にも聞こえないような、ボソッとした声を漏らした。

恐らく僕と同じ学年であろう生徒たちは母親や父親と一緒に歩いている。気が早い親子なんて学校名の書いてある看板の前で記念撮影をしているほど。

 

ちなみに僕は一人で来ているから両親なんていない。多分あっち(・・・)の方に行っているはず。

まだ一人暮らしの為に学生アパートを借りてくれただけでも感謝しなければいけない。

 

記念撮影をしている親子の横を通り過ぎた時、一瞬だけ胸が苦しくなったような気がした。

 

 

来た人から順番に体育館に並べられたパイプ椅子に座らされる僕たち新入生。思いの外ガヤガヤとしているので隣通しで世間話をしているのかもしれない。

僕以外の人間はみんなコミュニケーションが上手なのかもね。

 

「なぁ、ここの大学さ、小さすぎじゃね?中学校かよって思わないか?」

「えっ?あ……そ、そうだね……」

 

急に僕の隣に座って来た男子に話しかけられて、心の準備が出来ていないままぎこちない返事をした。

話しかけてきた男子は少し顔をしかめてから僕との会話を終了させた。

 

 

そんな表情をされると少し悲しい。

急に話しかけられたり言い寄られたら怖いと思う人もいる、って知ってほしい。

 

 

そんな言わなければ伝わらない儚い願いを心の中で唱えていると、進行役の人がマイクを通して何か話し始めた。入学式が始まるらしい。

僕は隣の人の気分を害してしまった気まずさを我慢しながらマイクの声を聞いていた。

 

 

 

 

約1時間後、僕は体育館から出てそのまま大教室に向かう。どうやら学生証を新入生に配るらしい。

 

「早く家に帰りたいなぁ……」

 

僕の切実な願いがつい、口に出してしまった。

特に入学式がインパクトの塊だった。いきなり学ランを着て額に白い鉢巻きを巻いたゴリゴリ体格の応援団らしき人物がたくさん出てきて思いっきり大太鼓を鳴らしながら校歌を斉唱した。

耳がちぎれるかと思ったし、「来る場所(大学)を間違えたかも」って本気で思ってしまった。

 

恐らく僕以外の人たちも同じことを思っていたんじゃないかな。みんな目が点になっていて口をあんぐりと開けたままの人もいた。

 

 

「新入生の諸君は学籍番号順に並べてある学生証を受け取って、不備が無ければ速やかに帰宅してください」

 

大教室に入ると、あらかじめ待機していた年老いた教授がマイクでボソボソと同じ言葉を何回も繰り返していた。

僕は自分の学籍番号の場所に置いてある学生証を取って帰ろうとした、けど僕はしばらく帰れそうにないって悟ってしまった。

 

「不備があるんですけど……」

 

 

始まりはいつも(つまず)いて、そのまま転んだままなんだ。僕は。

 

 

 

 

みんなが出会ったばかりの同級生たちとご飯に行ったりボウリングに行ったりと楽しそうなイベントが各自で行われている傍ら僕は、この大学のどこかにある教務センターを探していた。

 

年老いた教授に不備がある事を伝えると「教務センターに行きなさい」の一言のみ。大学に来てまだ1時間しか経っていないのにそんな場所、知っている訳ないじゃん。

場所を聞こうとしたけど、なぜか怖気ついてしまって自分で探すことになった。

 

携帯で「羽丘経済大学 校内MAP」と検索すれば出てくれるのが救いで、実際教務センターまで迷わず着くことが出来た。

 

自動ドアがビューン、と開いて中に入ると想像していたより清潔な空間で若い人たちがパソコンを触ったり電話をしたりと、会社のオフィスのような雰囲気だった。

 

「あ、あのー……すみません……」

 

僕が精いっぱい振り絞った声は、職員のタイピング音や電話の声によってきれいにかき消されてしまった。

寂しく感じてしまった僕は、お腹に一握りの勇気と力を込めて、自分の存在を示すように言葉を発してみた。

 

「すみませんっ!」

 

 

今度はどんな音にもかき消されず、まるで熱したフライパンに生卵を割って白身が隅から隅まで白くなるように、部屋全体に響き渡った。

 

……職員の人がみんな僕を見ている。え、すごく怖いんだけど。

 

「どうして謝っているんですか?」

 

メガネをかけた真面目そうな職員に近づかれ、そんな言葉を受けた僕は怖さを感じると同時に顔がリンゴのように赤くなってしまった。

 

 

「あ、あの。今日貰った学生証、僕の名字の漢字が間違ってて」

「確認させていただきます」

 

しばらく、体感的には1分ぐらいに感じるくらい思考停止してしまっていたけど、何とか要件を言う事が出来た。

僕ももう大学生なんだ。しっかりしないといけないって頭では分かっているんだけど、恐怖心が僕の弱弱しい意思をグチャグチャにする。

 

佐東正博(さとうまさひろ)さんですよね」

「あ、はい。学生証には名字の漢字が『東』じゃなくて『藤』になっていて……」

「本当ですね……急いで変更手続きに入ります。明日のお昼あたりにまたここに来てください」

 

そういって職員は僕の学生証を奥に持って行ってしまった。

明日は確か大学の授業の取り方などを説明されて、各自で好きな授業を履修してから教科書を購入と言う流れだったはず。

 

「その教科書を買う時に学生証がいるんだっけ」

 

僕は教務センターから出て、疲れ切ってボロボロな言葉を地面にこぼした。

僕はちゃんとした大学生活を送れるんだろうか。そんな漠然とした不安しかない僕は、桜の花びらが舞う校門を出て、春の雰囲気なんて一切感じないコンクリートに覆われた場所に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

次の日僕は朝9時に目を覚ました。オリエンテーリングの時間は10時40分からだから高校生の時よりもゆっくりと出来るのは大学生の特権なのかもしれない。

特に大学の近くの学生アパートに住んでいるから行きも帰りも自宅から通っている学生よりも短くて済む。

……夜、酒で酔っ払った学生が騒いでいるのは本当にどうにかして欲しいけど。

 

早く大学に行ってもやる事が無い僕は、昨日大学から貰った「履修ガイド」なるものを読んで過ごすことにした。

これから先は全て自己管理。僕には留年なんて許されない。僕には……。

 

「でも、面白そうな授業なんてないや……」

 

僕の嘆きは部屋全体に広がって、目覚めのコーヒーを飲むためにスイッチを入れていた電気ケトルが「カチッ」と言う音が鳴った。

電気ケトルが元気出せよ、って言ってくれているように感じた。

 

 

オリエンテーリングが終わって、僕は再び教務センターに向かう。

他のみんなは昨日出来たばかりの友達と「どの授業取る?」や「どれが楽に単位取れるか調べるわ」など、どの教科を履修するか相談しているらしい。

 

悲しい事に僕には相談できる友達がいないから、自分で決めよう。そしてぼっちで前の席を陣取り、ノートを取りまくって周りから「大学ガチ勢」の称号を頂くことにしよう。

 

教務センターに入って印刷用紙やインクのにおいを鼻に入れながら昨日対応してくれた職員に話しかける。

 

「あ、昨日来たんですけど……学生証、出来てますか」

「あーそれがねー……」

 

職員は僕とは目を合わすことなく、右頬をポリポリと掻いている。昨日は嫌らしく光っていたメガネのレンズも今日は輝きを失っている。

まだもうちょっと時間がかかるのかな。

 

「ちょっと来るの……早すぎましたか?」

「いや、学生証は出来たんだけど、ね?」

 

出来たけど、なんなの?

 

「間違えて羽丘女子大学に送っちゃったらしい。ごめん、君。羽丘女子大学まで取りに行って」

 

 

本当にここの大学、大丈夫なのかな……。

 

 

 

 

「えっと……ここ、だよね?」

 

大学から歩いて10分ほどの場所にある羽丘女子大学の前まで来た。

僕が通っている羽丘経済大学とは学校法人が同じ……なんだけど明らかに羽丘女子大学に力を入れている。

 

大学の規模が全然違うんだ。総合大学でたくさんの学部があって、敷地面積も僕たちの大学の3倍はあるんじゃないかな。

それに全国的に見ても、羽丘女子大学は上から数えた方が早い大学。すなわち名門の私立女子大学なんだ。僕たちの大学は取るに足りないその辺にあるような大学。

 

華やかな校門を潜って、携帯でMAPでも調べて教務センターに行こうか。そう思って歩いていたけど、僕の足が急に止まった。

 

「……僕のいる所、女子大だよね……」

 

女子大に男子がいるだけで不審者っぽいのに、携帯を見ながらキョロキョロして歩いているなんて絶対に不審者じゃん。

どうしよう……変な汗が背中からすごく出てきてる。

 

そ、そもそも女子大って男子が入って良いのか?教務センターの職員は「取りに行って」とか軽い口調で言っていたけど。

 

「ここで……立ち止まってる方が怪しい、よね?」

 

一人だけ変な行動をしている方が逆に目立つんだ。だから堂々と歩けば不審者には見えないはず。僕の人生経験がそう伝えている。

 

そうだ。あらかじめここの教務センターの場所を頭に叩き込んでまっすぐ、迷わず行けば問題ないじゃないか。

僕は建物と建物の間の、暗く誰も通り無さそうな場所でMAPを見て出来る限り早く頭に叩き込んで……。

 

 

 

「おい、そこでなにやってるんだ、お前」

 

急に女性の声が聞こえて、思わずハッとして顔を上げた。

そこには赤色の髪の毛を背中ぐらいまで伸ばした、気の強そうだけどかっこいい系の女性が立っていて僕を睨みつけていた。

 

 

僕の人生経験がこう伝えて来る。

 

これ、あかんやつだ。

 

 




@komugikonana

次話は4月25日(木)の22:00に投稿予定です。

Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

感想は随時募集しております!気楽に書き込んでくださいね、待ってますよ!!

~次回予告~
女子大の敷地内で女性とばったり出会ってしまった僕。
これは確実に不審者と間違えられてしまった感じで……。僕がとった行動は……!?
次の日、僕は後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「警察に行くなら、アタシも一緒に行ってやろうか?」

~豆知識~
私の作品に少しでも興味を持っていただけたなら、作者ページから投稿済み小説をアクセスしてください。3作品すべて完結済みです!

~ファンアート~

【挿絵表示】

早速、伊咲濤さんからファンアートをいただきました!
素敵な絵、ありがとうございました!
ファンアート、大募集しています!TwitterのDM等で送ってください。待ってますよ!!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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躓いた先にあるもの②

「おい、そこでなにやってるんだ、お前」

 

冷たく、僕を非難しているような鋭利な言葉が背中に突き刺さる。

振り返ってみるとここの生徒であろう、赤色の髪の毛を背中ぐらいまで伸ばした、気の強そうだけどかっこいい系の女性が立っていて僕を睨みつけていた。

 

ど、どうしよう。絶対にこの女性は僕の事を不審者だと思っているよね……。建物と建物の間で携帯を触っているから怪しさ満点だよね。僕は間違った選択肢を取ってしまったのかもしれない。

 

「え、えっと……その……が」

 

学生証を取りに来ました、って言おうと思ったけど女子大に学生証を取りに来ていると言っても信じてもらえないんじゃないかって答えが僕の頭をプカプカと浮かび上がって来て言うのを辞めた。

他に何かフォローできる言葉を探さなきゃ……。

 

「女子大で盗撮でもしてたのか?」

 

赤髪の女性はさっきより声のトーンを下げながら、僕の方にズンズンと近づいてくる。

僕の身体が小刻みに震えてきた。こ、怖い……。

 

「ご、ごめんなさいーっ!」

「あ、ちょっ、待てって!」

 

僕は全速力でその女性の横を通って走って学校から離れた。

赤髪の女性は追いかけてはこなかったけど、僕の取った行動は間違った行動だ。きっと盗撮していたって言う「負のレッテル」を貼られたに違いない。

 

ちゃんと女子大に来た理由を話せばこんな事にならなかったんじゃないか、って思っているかもしれない。僕にもそんな事、言われなくたって分かってる。

分かってるけど……恐怖心には勝てなかった。

 

 

強い口調で、言い寄られるのはもう嫌なんだ。

 

 

学生アパートの自分の部屋に入るまで全速力で走っていた僕は、息をはぁはぁと切らしながらベッドの上に寝転がった。

 

なんでここまで全速力で走って帰って来たんだろう。これじゃあ、悪い事をして逃げている犯人みたいじゃないか。

ポケットから携帯を取り出して、動画でも見ようかな。

 

……あれ?確か携帯はいつも右ポケットに入れる癖があるから右のはずなんだけどな。左ポケットをガサゴソしても無い。

僕の性格上、かばんの中には入れるはずがない。

 

「羽丘女子大学に落としてきたのかも……」

 

はぁ、と今年に入って一番大きく、重いため息を落とした。

そのため息は寝転んでいる僕のお腹辺りに落ちたんじゃないかな、身体が重くて何もやる気にならない。

 

「携帯のロックなんて設定してないから誰でも見れるんだよね」

 

別にみられて困るような画像とか、破廉恥で興奮をそそるような画像も無いし、良いか。

 

僕はそのまま目を閉じて、深い海の底に落ちていくようなイメージを抱きながら眠りにつくことにした。

今寝たら微妙な時間に起きてしまうのは目に見えているけど。

 

 

 

 

……は……いる……に、お前は!

どうしてあんたは人様の迷惑になるような事をするの!?

この、出来損ない!!

 

 

 

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

ベッドから素早く上体を起こしてつい、大声で謝罪の言葉を口にした。

 

「あ……夢か。夢だったんだ」

 

背中は冷や汗でグッショリしていて気持ちが悪い。目覚まし時計を見ると21時でやっぱり中途半端な時間に起きちゃったな、と嘲笑する。

 

こういう類の夢は現実で良くない事が起きたり、失敗して落ち込んでいる時に見ることが多い。僕の見慣れた大人たち(・・・・・・・・)が僕に強い口調で言い寄って来る。

 

 

ぐぅう、と僕のお腹がサイレンを鳴らす。そう言えばまだ晩御飯、食べていないっけ。

近くにあるスーパーは23時までやってるし、今の時間ならお惣菜がタイムサービスで安くなっているかもしれない。

 

寝ている時に掻いてしまった冷や汗を流すためにシャワーを浴びてから灰色のスウェットパンツにネイビーのパーカーを来た部屋着スタイルに、まだ今の季節の夜は肌寒いからMA-1を羽織って出かける事にした。

 

部屋を出て鍵でしっかりと施錠して、アパートから出る。

アパートから徒歩1分でスーパーに到着する、なんてこの学生アパートの売り文句に書いてあったけど、実際歩いてみれば3分とちょっとかかった。

地図とかの徒歩何分とかってどんなスピードで歩いているんだよ、ってツッコミたくなった。

 

 

「うーん、どれも美味しそうだなぁ」

 

自動ドアからスーパーの中に入って一直線に惣菜コーナーへ歩いて行った。僕の予想は的中していて、ほとんどの惣菜に「レジにて30%OFF」と言う黄色いシールが貼られてあった。

 

安定の唐揚げ弁当にしようかな、それともボリュームたっぷりのハンバーグ弁当にしようかな。いや、オムライスもいいなぁ……。

お弁当のふたを開けていなくても想像できる、各お弁当の食欲をそそるようなにおいを鼻で再現しながら、気分でハンバーグ弁当を手に取った。

 

ついでに醤油などの調味料やバラで売られているうどんを3玉(3玉まとめて買った方が値段がお得だった)、そして麦茶の茶葉のお徳用を一緒に購入してレジのおばさんに持って行く。

 

「今年から一人暮らし?」

「え、はい。昨日から大学生になって……一人暮らし、始めました」

「そう、頑張ってね」

 

レジのおばさんは僕がカゴに入れた商品を取り出しながら値段を打ち込んでいる。僕は財布から1000円札をおばさんに渡して、数円のお釣りを受け取る。

 

僕には、両親からは必要最低限の仕送りしかもらえない。電気代や水道代なんかは親の通帳から引き落とされるけど、それ以外の仕送りは月1万円のみ。

お弁当は高価なものだから、しばらくはお預けだね。

 

 

レジのおばさんは「ありがとうございました」とにこやかな顔でスーパーから出て行く僕を見送ってくれた。

お腹が空いたから足早に歩いていると、赤い光がチカチカしていて、暗い夜にも映える白い車が一台止まっていた。

 

「警察官の人、だよね」

 

僕の身体がちょこっとだけ震える。

今日のお昼、女子大で赤髪の女性に詰め寄られた事を思い出したから。きっとあの女性は僕が「盗撮していた」と言うイメージを持っているはずだから、警察に言っていてもおかしくは無い。

 

幸い僕が住み始めた学生アパートの前にパトカーが止まっている訳では無かったし、警察官の横を通っても呼び止められなかったから、少なくとも「今は」僕を探していない。

 

無駄に心臓がドキドキしてしまって、自分の部屋に入った後は疲労感がドッと襲って来た。

こんな状態でボリュームたっぷりのお弁当を食べられる気がしない。僕は買って来たものを全て冷蔵庫に入れて、長く感じる夜を何もせずにベッドで横たわって過ごした。

 

 

 

 

翌日、僕はゆっくりと目を擦りながら朝を迎えた。

大学では今日から授業が開始!……らしいけど、僕は一切履修登録をしていないから授業が存在しない。

あと1週間後には確実に履修登録をしておかないと授業が取れなくなるらしい。簡単に言えば留年が確実って事だ。

 

履修登録は携帯で出来るから簡単、なんだけど僕には携帯も無いし学生証も無い。

これは本格的にヤバイ気がした僕は、昨日買ったハンバーグ弁当を半分だけ食べた後、僕が通っている大学の教務センターに行くことにした。

 

 

「あぁ、君か。昨日学生証を取りに来てないってむこう(羽丘女子大学)から電話が来たので私が取りに行っておきました」

「え?そうなんですか!?す、すみません。ご迷惑をおかけして」

「学生証を用意してくるのでちょっと待っててください」

 

教務センターの職員のまさかの一言に驚いた。そんな簡単に取りに行けるなら取りに行ってほしかったな、なんて愚痴が心の中からフワッと出てきたけど、僕は揉み消すことにした。

 

言い寄られる事が嫌いな僕が人に嫌いなものを押し付けるのは良くない、そんなちっぽけな正義感が今回は働いてくれたみたいだ。

問題は僕の携帯の在処なんだけど……。

 

「こちらが訂正後の学生証です。各項目をチェックしてください」

「あ、はい」

 

僕は左から右に、右が終わったらまた左から右に眼球をゆっくりと確実に動かしていった。……うん、間違いが見当たらない。

 

「間違いが無いです」

「そうですか。それではこの学生証を4年間大事に所有してください」

「あの、色々ありがとうございました」

 

今年から入った新入生で一番教務センターを活用した人間だろう。教務センターマスターの僕はもうこの施設にくる必要なんて無い。

最後に、僕は職員に聞きたい事を聞く。

 

「その、羽丘女子大学に忘れ物置き場みたいなのって……ありますか?」

「えっ?学部ごとにあると思うけど、どうしてそんな事を聞くんだい?」

「き、気になっただけです。さようなら」

 

あの建物が何学部か、なんて分からないし携帯の落とし物なんて大学で保管しているような気がしないんだよなぁ。

 

とにかく履修だけでもさっさと決めてしまおう。学生証が手に入った今なら大学のパソコンルームでパソコンを触れるはず。

 

「その後、警察に言って携帯が届いてないか聞いてみようか」

「警察に行くなら、アタシも一緒に行ってやろうか?」

「え、えーっと……」

 

教務センターから出てパソコンルームに向かう途中に独り言をボソッと、誰にも聞かれないように言ったつもりなのに、背後から返事が来て困惑している。

……と、言うかこの声。聞いたことがあるような気が……。

 

僕はギギギッ……と顔だけを後ろに向けて見ると、羽丘女子大学で僕を呼び止めた赤髪の女性がすっごい笑顔で僕を見ていた。

 

近くで見ると僕とあまり身長は変わらないし顔は整っていて……と言うかなんでこの子、羽丘経済大学(ここ)にいるの!?

 

「ぼ、僕はこれからちょっとした用事が……」

「アタシはアンタと話がしたいから学食まで案内してくれよ」

「お、奢りますよ……」

 

思いっきり左手首を握られて、僕に反抗する術はもう無かった。

周りから見たら美人な女性に手を掴まれて羨ましいなー、とか何も考えずに言っているかもしれないけど、僕にとっては……。

 

「ほんとか!?じゃあ、何をおごってもらおっかな~」

 

死刑宣告なんですけど。

 

 




@komugikonana

次話は4月29日(月)の22:00に投稿します。

新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてくださいね!作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方々のご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました シフォンケーキさん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました 和泉FREEDOMさん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました摺河さん!
評価9という高評価をつけて頂きました Miku39さん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました 空中楼閣さん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きましたジャングル追い詰め太郎さん!
評価8という高評価をつけて頂きました Wオタクさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
始まったばかりですがこれからも応援、よろしくね!

~次回予告~
羽丘女子大学で出会った女の子と遭遇してしまった僕……。このまま疑われて終わってしまうのかな。
「なんだよ、男なんだからシャキッとしなよ」
この言葉で僕は……。

~ファンアート~

【挿絵表示】

ミノワールさんが素敵な巴ちゃんを書いていただきました!
ミノワールさん、ありがとうございました!
ファンアートも大募集しています!DMにてお送りください。待ってますよ!!

~感謝と御礼~
無事1話を投稿することが出来ましたが、早くも13件の感想を頂きました!たくさんの感想、ありがとうございます!
まだまだ感想は大募集しています!気楽に書き込んでくださいね!待ってますよ!!


では、次話までまったり待ってあげてください。


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躓いた先にあるもの③

羽丘経済大学の学食の規模はそれなりに大きい。収容人数で答えると200人くらいだろうか。僕たち新入生の人数とほとんど変わらない。

 

ここの学食はカウンター席も50席ぐらいあって、僕みたいなぼっちにはとっても優しい設計をしている。値段もお手頃だからお昼にはたくさんの人が訪れる。

 

「取りあえず席はここで、良いかな?」

「ああ、良いぞ」

 

10時40分ごろは流石に人数が少ない。みんな早めのお昼ご飯や、サークルや友達と時間つぶしをしながら楽しそうに笑っている。

 

僕たちはテーブル席に座ることにした。1つのテーブルには4つの席があり、僕と赤髪の女性は向かい合わせに座り、隣の空いている席に荷物を置く。

 

「なぁ、水いるか?いるなら取ってくるけど」

「えっ……あ、お、お願いします」

 

女性は「じゃあ、取ってくるよ」といって飲料水を取りに行った。

僕は足が速い人と鬼ごっこをしているような気分になった。目の前の現実に思考がまったく追いつかない。どう足掻いてもこの差は埋まらない気がした。

 

「どうした?難しい顔して」

「何でもないよ」

「そうか?」

 

女性は僕の前に優しくプラスチックコップを置いてくれた。

この女性はどうして僕に優しくしてくれるのだろうか、そんな事を考えているなんて本人の前で言えるわけが無い。

 

もしかしたら、最後の極楽の時間を提供してくれているのかもしれない。このお話が終われば警察署にブチ込まれる、なんて考えたら笑顔が不自然に固まる。あ、はは……。

 

「まず話したい事なんだけどさ」

「……僕が女子大にいた理由、ですか?」

「まぁ、それに近いな。まずこれ、返すよ」

 

そう言って女性はかばんから携帯を取り出した。

これ、僕が無くした携帯だ。

 

手渡された携帯を開いてみると、見慣れた待ち受け場面である砂浜の画像が出て来る。携帯を買ってから待ち受けを変える気が無かったから一切変えていないんだ。

SNSには僕の名前がホームに表示されて、新着メッセージは来ていなかった。

 

「僕の携帯、ありがとうございます。その……どこで拾ったんですか?」

「アンタが走って逃げた時に落としたんだよ」

 

やっぱりその時に落としちゃったんだ。取りあえず僕の携帯が帰ってきたことは喜ばなくちゃ。僕の携帯に連絡先が入っているのは僕の家族だけだけど、立派な個人情報だしもし漏れたら僕は両親に殺される。

 

「それで、アタシはこの携帯の中身を見させてもらったんだけどさ……」

「あ……見たん、ですか」

 

少し申し訳なさそうな顔をしながら話してくれる女性に、僕は悪い事をしたように感じた。

他人の携帯を勝手に見ることは確かに良くない。だけど僕が携帯を目の前に落として逃げた事が悪いし、盗撮の証拠を掴むために落とした携帯を見ることは至極真っ当な事。

 

「盗撮を疑ってごめんな」

「あの……気にしないでください」

「それで、どうして女子大にアンタがいたのか教えてくれないか?」

「少し話が長くなりますけど……」

 

僕は女性の顔を出来るだけ見ながらあの日の出来事を淡々と語っていった。

 

入学していきなり、僕の学生証に不備があった事

その不備を訂正してもらうまでは良かったけど、職員が間違って女子大に送ってしまった事

女子大の教務センターを検索しながら歩いていた事

女子大にいるから目立ちたくなくて、建物の間で調べていた事

そして、あなたに出会った事。

 

僕が話したことを真正面から「はいそうですか」と言えるような内容ではないのは分かっている。都合の良い方向に持って行っているように聞こえてしまう人の方が多いだろう。

でも、これが事実だから。

 

僕が長々と真実を一方的に述べていった。

僕は女性の方に入れてもらった飲料水をグイッと一気に飲んだ。本当は一気飲みなんてしたくなかったけど、「僕が盗撮犯だと思われている」と言う不安がずっと喉につっかえていたからそれを流したかったんだ。

 

「なんだよ、それならそうと言ってくれれば良いのに」

「……えっ?」

「それより腹減った。ここの学食、ラーメンあるよな?」

 

僕の言い分、信じてくれるんだ。

僕はそんな気持ちで赤髪の女性をじっと見ていた。その女性は「ほら、おごってくれるんだろ?」と言って手招きしながら僕にこっちにくるよう催促していた。

 

 

 

 

お昼時、大学の外では近くにある飲食店やコンビニに向かう学生たちが大勢出て来る。やはり学食は安さが売りなだけで味は期待できない部分がある。

リッチで舌の肥えた学生は外で本格的なラーメンを食べたり、定食屋でガッツリ食べたり。

 

それは彼女にも当てはまるかもしれない。

 

「なんで学食に豚骨しょうゆラーメンが無いんだよー」

「しょうゆラーメンじゃあ、ダメなんですか?」

「どうせ食べるなら好きな味、食べたくないか?」

「その気持ちは……分かります」

 

僕は赤髪の女性と大学の外で豚骨しょうゆラーメンを売りにしているお店を探し歩いている。

大学の外は意外と多くラーメン店が存在する。やっぱり学生はラーメンが好きだし、客がたくさんいるこの場所を、ラーメン店の店主は指をくわえて見ているだけなんて出来ない。

 

「どこのお店が人気とか分かるか?」

「ごめんなさい、僕まだ大学生活2日目だから全く……」

「はは。それもそうか!」

 

じゃあこの店にしようぜ、と外にあるメニュー表を見てから提案して来た。少し並んでいて待たないといけないけど、並んでいると言う事は人気店と言う事だ。

彼女風に言うならば「どうせならおいしいラーメン、食べたくないか?」って感じかな。

 

正直、待ち時間どんな話をすればいいのか分からない。

友達がいないのにいきなり女性と、しかもかっこいいと言うか美人というか、そんな男子にも女子にもモテそうな彼女にどう振る舞ったら良いのか。

 

無言でいるのが一番、お互い気まずいよね。

 

「あの……あ」

「正博は何味のラーメンが好きなんだ?」

 

勇気を振り絞った僕の言葉が一瞬にして消されて悲しい気分になった。もっと頑張ろうよ、僕。

好きな味のラーメンか……僕はやっぱり。

 

いや、ちょっと待って。

 

「ちょっと待って。どうして僕の名前を知ってるの?」

「あぁ、携帯を見た時に名前見たんだよ」

 

店員さんに「どうぞ、中へ」と促されて僕たちはお店の中に入った。

僕は彼女と同じ食券を購入して店員さんに渡した。ライスが無料で貰えるらしくライスも貰っておくことにした。

 

「急に名前を呼ばれてびっくりしたよ……僕はラーメン、どの味も好きだけど一番は塩かな」

「塩かー!最近塩が好きな人多いよなー」

 

彼女はニッコリと笑いながら僕の方を向いてくれた。

そんな彼女の顔はとってもかわいくて……僕はちょっと目を逸らした。

 

見た目はかっこいいのに、笑うとかわいいって反則じゃない?

 

「おっ!ラーメン来たぞ!いっただっきまーす!」

「い、いただきます」

 

店員さんがラーメンを持って来てくれて、僕たちは同時に食べ始めた。

綺麗に割れた割りばしで太くてちぢれている麺を持ち上げてすすると、濃厚な豚骨ベースのスープが麺に絡まって口の中で豚骨と麺の風味が溢れて鼻からスッと出る感じがした。

 

濃厚なスープはライスとの相性も抜群で、トッピングされている海苔にスープを染み込ませてライスに巻くと絶品だった。

 

隣では「ここのラーメン、めっちゃうめぇなー」と豪快にすする彼女を見て、僕は思わず笑みを浮かべてしまった。

 

 

 

「ありがとな、正博。ラーメン奢って貰って」

「気にしないで、僕が言った事ですから」

 

ラーメンを食べ終えた後、彼女は午後の授業があるらしいから羽丘女子大学の方に向かって一緒に歩いていた。

僕の仕送り量の1/8に当たる値段が一気に飛んで行った訳だけど、名前の知らない彼女のかわいい笑顔を見れただけでも収穫は大きい。

もちろん、食べたラーメンもお気に入りの店になった。またお金に余裕がある時に食べに行こうかな。

 

「なぁ、正博」

「なに、かな?」

 

羽丘女子大学の校門近くまでやって来た僕たち。

僕はこの後家に帰って履修登録しなくちゃいけない。他のみんなは授業を受けているのに僕だけ受けていないって置いて行かれた気分になるから。

 

「連絡先、交換しないか?」

「えっ!?ぼ、僕と!?」

 

彼女からのまさかの発言に僕は思わず大きな声で聞き返してしまった。

だ、だって……話すのもゴニョゴニョしちゃうし、声は小さいし、友達もいない僕ごときが連絡先を貰っても良いの?

 

「正博にお願いしてるんだから良いんだよ。それにさ」

「それに……なにかな?」

「もうアタシと正博、友達だろ?一緒にラーメン食った仲だしな」

 

 

僕の視界がまるで水の入った水槽をゆっくり揺らしている時の波みたいにゆっくり揺れた。これ以上揺らされると、水槽の水がこぼれて目から出てしまうかもしれない。

 

僕は他人と話すのは苦手だ。言い寄られたりしたら恐怖を感じてしまうほど。

だけど、僕は不思議と思うんだ。

 

彼女となら、楽しく話せるような気がする。

 

「ほら、QRコード見せてよ」

「う、うん……ちょっと待って」

 

SNSを開いてQRコードを開示する。

僕はこのSNSをインストールしてから初めてQRコードを開くから最初はどこを触ればコードが出て来るのか分からなくて慌ててしまったけど、彼女は笑顔で待っていてくれた。

 

「これでよしっと……。よし、送ったぞ」

「あ、ほんとだ。来た」

 

メッセージが来て、友達申請をしておく。

宇田川巴(うだがわともえ)と言うのが彼女の名前なんだろう。

 

「う、宇田川巴ちゃん……で合ってる?」

「合ってるぞ。気楽に『巴』って呼んでくれよ」

「ええっ!い、いきなり名前は……」

 

女の子と友達になるのも初めてなのに、いきなり名前で呼ぶのはハードルが高いよ。

今は春なのにすっごく身体が熱い。

 

「なんだよ、男なんだからシャキッとしなよ」

「う、ご……ごめん」

「べ、別に怒ってるわけじゃないから」

 

そろそろ授業が始まるから行くよ、そう言って宇田川さんは僕に手を振って女子大に入っていこうとしている。

僕は……。

 

僕は息を吸って、言葉を掛けた。

 

「ま、またね。巴ちゃん!」

 

宇田川さん改め、巴ちゃんは少し目を丸くしながら僕を見ていた。だけどすぐにニヤッと笑いながら大きく手を振ってくれた。

 

「はは。じゃあな、正博!今日はありがとな!」

 

巴ちゃんはそう言って学舎内に入っていった。

僕はそんな巴ちゃんを見えなくなるまで見送ることにした。

 

 

 

躓いた先にあるもの。

 

いつもは細かい砂利しか見えなかった。

枯れた雑草しか見えなかった。

 

 

でも今回は違った。

 

転んだ僕に、手を差し伸べてくれる女の子(巴ちゃん)がいたんだ。

 

 




@komugikonana

次話は5月1日(水)の22:00に投稿します。
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
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同じく評価9と言う高評価をつけていただきました ブブ ゼラさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました ベルファールさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました 伊咲濤さん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました 咲野皐月さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
始まってばかりですが、これからもよろしくお願いします!

~次回予告~
大学生活にも慣れてきた僕。気だるげに授業を聞いていると僕の携帯が着信が来た事、僕の心臓は今にも爆発しそうなほどバクバクしている。もう、授業どころでは無い。
メッセージを送って来た子は僕の予想通りのあの子からだった。
次回「夕焼けとの出会い、そして夜に知る」


では、次話までまったり待ってあげてください。


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夕焼けとの出会い、そして夜に知る①

大学生活にも少しづつ慣れてきた僕たち新入生。

慣れてきたと言っても悪い意味でも慣れてきている訳で、今は教授がマイクを使用して授業をしているんだけど、ちゃんと聞いている生徒は一握りだ。

 

そんな僕も大多数の生徒と同じ分類で、さっきからずっと携帯を触っている。

抑揚のない声で、しかも配られたレジュメに書いてある事を永遠復唱しているような授業だから仕方がない。

僕はしてないけど、レジュメを受け取った後に退出する生徒も日に日に多くなってきている。

 

こんな感じなら授業に出ない日も遠くはなさそうだな、って自分の怠惰な思考に深いため息をこぼす。

その時に僕の携帯の上の方に「1件の新着メッセージ」と言う文字が出てきた。

 

僕は慌ててSNSを開く。

心臓は今にも爆発しそうなほどバクバクしている。もう、授業どころでは無い。

 

メッセージを送って来た子は僕の予想通りのあの子からだった。

 

 

今日のお昼、時間あるか?

良かったらまたあそこのラーメン、食べに行こうぜ!

 

 

僕はすぐに「今日のお昼は時間があるから大丈夫だよ」と言う文字を送る。

 

メッセージを送って来た子と言うのは、宇田川巴ちゃん。

僕が大学を入学して早々、学生証に不備があると言うトラブルで羽丘女子大学に行った時にばったり遭遇した、かっこいい系の女の子だ。

 

最初は盗撮に間違われてしまったりと散々だったが、今では誤解も解けて僕の「友達」になってくれている、やさしい女の子。

 

 

じゃあ、正博の大学の門前で待ってるからな!

 

 

すぐに返事が返って来て、僕は既読をつける。

巴ちゃんも、授業中なのかな。もしそうなら彼女も授業中に携帯を触っているのかもしれないね。

 

メッセージのやり取りを終えて時計を見ると、授業が終わるまでまだ40分もある。まだ授業の途中で荷物をまとめて退出する勇気のない僕は早く時間が経過する方法を考えた末、ひと眠りすることにした。

 

教授の念仏みたいな話声は、思ったより安眠を促してくれてすぐに暗闇の中に入っていく事が出来た。

 

 

 

 

「おっ!正博、こっちだ」

「久しぶりだね。と、巴ちゃん」

 

授業の終わりのチャイムが鳴った瞬間に目をパチッと覚ました僕は、3行ほどしかメモしていないルーズリーフとレジュメをファイルに入れて、すぐに集合場所である大学の正門まで小走りで向かった。

 

巴ちゃんは先に集合場所に来ていて、僕を見つけた瞬間、笑顔で手を振ってくれた。

巴ちゃんは顔が整っているのはもちろん、身長も高く恐らくスタイルも良いので男女問わず周りの生徒の視線を受けている。

 

「なんだ?2限目の授業、面白く無かったのか?」

「え……なんでそう思うの?」

「いや、顔に思いっきり机の跡が入ってるからさ」

「えっ!?う、うそっ!?」

 

その言葉を聞いて、僕は頬っぺたを何度も擦った。

顔に机の跡が残ってるなんてとっても恥ずかしいよ……しかもその顔を巴ちゃんに見られたと言う事も恥ずかしい。

 

急に顔が熱くなって、季節が一歩進んだんじゃないかってぐらいおでこに汗が噴き出た。

巴ちゃんは「あはははは!顔真っ赤だぞ、正博!」と言いながら笑っていた。

 

「そ、そんなに笑わないで欲しいな……」

「正博が真っ赤な顔で頬擦ってるの見てると面白くてさ。ほら、早く行こうぜ」

「う、うん」

 

巴ちゃんが歩き出したから、僕も巴ちゃんの隣に立って歩く。

隣に立って、なんて響きだと「結構良い感じじゃん」って思うかもしれないけど、僕と巴ちゃんの間は拳二つ分くらい空いている。

 

僕が巴ちゃんの近くに立って歩く勇気が無いだけなんだけどね。

 

目的のラーメン屋さんはお昼のピーク時だからだろう、かなりの列を作っていた。

僕もこの大学に慣れてきたから分かるんだけど、この近くのラーメン屋さんで1,2を争う人気店なんだって。

 

「巴ちゃん、すごく並んでるけどどうする?」

「そうだなー……時間があるし並んでも良いけど、せっかくだし他の店にも行ってみようぜ」

 

巴ちゃんの提案により、別のお店を探すことにした。

知り合って分かったんだけど巴ちゃんはラーメン、特に豚骨しょうゆラーメンが好物らしい。たまに巴ちゃんからラーメンを食べに行こうって誘ってくれる。

僕からはまだ誘った事は無いけど、いつか誘ってみたい気もする。

 

「それにしても正博ってメッセージの返信、早いよな」

「あ、うん。早い方が良いかなって……」

「正博のSNSにはアタシしか連絡先が無いから、だろ?」

「う……それを言われると、厳しいなぁ」

「はは。良いじゃんか。これから増やしていけば良いんだよ」

 

ちょっと意地悪な顔をしながらからかう巴ちゃん。

巴ちゃんの言う通りで、僕のSNSには巴ちゃんしか友達がいない。だから必然的にメッセージが来たら巴ちゃんなんだ。

 

巴ちゃんしか友達がいないって彼女本人にばれたのは、たしか一週間前。

あの時は「暇だからどこかで話さないか?」って来て、僕の大学の学食で話していた時に僕がポロッと暴露してしまったんだ。

あの時の巴ちゃんは目をまん丸にしていた。

 

巴ちゃんがどこのお店にしようかキョロキョロしながら決めている時に、僕はちょっと嫌な視線を後ろから感じた。

じっと見られているような粘着性のある視線に僕は少し震えた。

 

でも、今は巴ちゃんといるんだ。

僕一人なら走って逃げるけど、巴ちゃんを置いて逃げるわけにはいかない。だって僕は……。

 

「と、巴ちゃん!あのお店にしない?」

「良いな!アタシも気になってたんだよ」

「決まりだね、ササッと入ろう」

 

僕は適当なお店を選択して、巴ちゃんとラーメン店に入った。

幸い、空席があったから食券を買えばすぐに座れる。ラーメン店の中なら誰が僕たちを見ているか怪しまれずに確認もできるはず。

 

そんな事しか頭に無かったから、食券販売機の前に立って財布を出そうとした時に気が付いたんだ。

僕が巴ちゃんの左手首をギュッと握っていた事を。

 

 

「あっ!ご、ごめん……巴ちゃん」

「いや、別に良いけどさ。急に手を握られてびっくりしたぞ?」

 

僕は慌てて握っていた手を離した。

女の子の手首って柔らかくて、なぜだか男の手より冷たく感じる。そんな感情が手を離してからやって来るものだから、顔を赤くしてしまう。

 

巴ちゃんは僕に手首を握られていたのに、慌てるそぶりは一切なくて僕なんかより男らしく感じた。

 

カウンター席で隣通しに座った僕たちは店員に食券を渡し終えた後、顔の熱を冷ますために冷水を一気に飲み干して空いたコップに冷水をなみなみとついでいく。

隣に座っている巴ちゃんはそんな僕の行動を不思議そうな目で見ていた。

 

「そんなに喉乾いてたのか?」

「え?あ、うん。そうなんだよね。あ、はは……」

 

潤った喉とは裏腹に乾いた声で笑う僕を見て、巴ちゃんは僕の目を覗き込んで来た。

巴ちゃんの綺麗な瞳が僕の視線を集めていく……。

 

「ラーメン並2つ、お待たせしました」

「ありがとうございます!うまそーだなぁ!」

 

良いタイミングで店員さんがラーメンを持って来てくれて僕は内心ホッとした。

巴ちゃんに自覚は無いかもしれないけど、顔が整ってるから近くで見られるってだけでドキドキしてしまう。

店員さんにはアイコンタクトで「助かりました」と送ったつもりなんだけど、店員さんの表情は羨ましそうだった。

 

隣でおいしそうにラーメンを頬張っている巴ちゃんを横目に僕はチラッと店の外を確認する。見た感じでは不審な人とかは見当たらないけど、気のせいだったのかな。

 

「正博、外見てどうしたんだ?」

「ううん、何でもないよ」

「ここのラーメンもうまいぞ!大学生って最高だなー」

 

僕も目の前のラーメンをすする。

前に巴ちゃんと行ったお店よりあっさりしているスープなんだけど、後味にガツンとくる豚骨がこれまた癖になりそうだ。

麺は細いストレートタイプでこのスープと合わせたらいくらでもいけるんじゃないか、と思うくらいスルスルと細麺が僕の口から吸いこまれていく。替え玉はアリだな。

 

「店員さん、替え玉ください!」

 

巴ちゃんの替え玉注文を聞きながら、僕は少ししか残っていないスープをしっかりと味わいながら巴ちゃんが食べ終わるのを待つことにした。

 

 

 

 

「いやー、やっぱりラーメンはうまいな!」

「女の子同士でラーメン食べに行こって誘っても敬遠されそうだよね」

「そう!そうなんだよ!正博は分かってるなー」

 

女の子ってスタイルが良いのに「全然ダメ」とか理想を高く持ちすぎるんだよね。その点巴ちゃんはあんまり気にしてなさそう。

僕は巴ちゃんのような女の子の方が好感が持てる。

 

 

そんな会話をしている時に背後から視線を感じた。やっぱり気のせいじゃ無かったんだ。

それに複数人から視線を集めている気がする。

巴ちゃんは気づいてなさそうなんだよね……どうしたら良いんだろう。

 

その時、後ろから「きゃっ!」と言う女の子の声が聞こえた。巴ちゃんにも聞こえたらしく僕と巴ちゃんは声がした方向を見た。

 

そこには声を出したであろうピンク色の髪の毛の女の子が他の女の子に口を塞がれながら物陰に連れて行かれた。……なに、あれ。

 

突然の出来事に僕は唖然としてしまった。

もし事件性があるなら警察を呼んだ方が良いんだろうけど、女の子が女の子を連れ込んでいったなんて事件、今まで聞いたことが無かった僕はボーッと連れていかれるのを見る事しか出来なかった。

 

「何やってるんだ……みんなは」

「あれ?巴ちゃん、あの子の知り合いなの?」

「うん。知り合いって言うより……」

 

巴ちゃんは隠れて行った物陰の方にズンズン進んでいった。

僕も行くべきなんだろうか。そんな疑問が頭を支配しているけど、一人で帰ったら後で巴ちゃんに怒られそうだなと思って着いて行ってみることにした。

 

「アタシの大切な幼馴染だよ」

 

巴ちゃんの後ろを付いて行ってみると、そこにはばれてしまって乾いた笑顔を振りまいている4人の同い年くらいの女の子たちがいた。

 

 




@komugikonana

次話は5月3日(金)の22:00に公開します。
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同じく評価9と言う高評価をつけていただきました しおまねき。さん!

そして評価9から評価10に上方修正して頂きました Miku39さん!
同じく評価9から評価10に上方修正して頂きました ジャングル追い詰め太郎さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
始まってばかりですがこんなにたくさん評価を付けて頂きました。みなさんの期待に応えられるような作品にしていきますので期待していてくださいね!

~次回予告~
僕たちの後を付けていたのは巴ちゃんの幼馴染たちだった。巴ちゃんは幼馴染たちにどうしてついて来たのか追及していて、僕は……。
幼馴染の一人に僕たちの馴れ初めを聞かれて、巴ちゃんは真面目な顔で話す。

「正博がアタシらの大学にいたのを偶然見つけたのが馴れ初めだな」
これはやばい。

~感謝と御礼~
始まってばかりの「image」ですがたくさんの評価、そしてたくさんの感想を頂きました!読者のみなさん、本当にありがとうございます!
感想は気楽に書き込んでくださいね!時間はかかってしまうかもしれませんが必ず返信させていただきます。みなさんの感想、待ってます!!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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夕焼けとの出会い、そして夜に知る②

「ひーちゃんのせいでばれちゃったね~」

「ううっ、反論できない……」

 

どうやら僕が感じ取っていた視線は彼女たちから受けていたものだったらしい。巴ちゃんを嫌な目で見ている男子大学生では無かったことに安堵の表情をするとともに、どうして4人と言う複数人で僕たちを監視していたんだろうと言う今の僕では解決できない疑問が公園の真ん中に堂々と存在する噴水のようにピューッと湧いて来た。

 

「どうしてひまりがここにいるんだ?」

「ええっ!?どうして私だけっ!?」

 

巴ちゃんは、さっき口を塞がれて引っ張られていったピンク色の髪の女の子とやり取りをしている。なんだか巴ちゃんは圧をかけて聞き込んでるなぁ……。

 

僕は巴ちゃんの後ろから見守っていたけど、巴ちゃんとピンク色の髪の女の子の間に入った。止めなくちゃいけないって本能的に思ったから。

 

「巴ちゃん、ちょっと落ち着いて……その、ほら。場所も場所だから他の人も注目しちゃってるし……場所変えて落ち着いて話さない?」

「……あたしもその意見、賛成」

 

僕の意見に巴ちゃんの幼馴染の一人であろう、黒髪に左に赤色でメッシュを作っている女の子が同意してくれた。

巴ちゃんも「それもそうだな……」と言って僕の意見を受け入れてくれた。

 

他の人から注目を浴びているのも理由にあるけど、僕が仲裁に入った理由は他にもあって、それが僕のとった行動の大部分を占めていた。

その理由は、巴ちゃんの行動。

 

黙って自分の行動を見られていた、なんて思ったらいい気分にはならないのは誰だってそうだ。

だけど、強い口調で言い寄って欲しくないんだ。巴ちゃんには。

その行動によって恐怖心に身体全体が覆われてしまう可能性だってあるんだ。僕みたいに。

 

「じゃあ、正博の大学で訳を聞くか!……どういう事かしっかり聞かせてもらうからな~ひまりー」

「本当にどうして私だけっ!?」

 

 

 

 

 

羽丘経済大学は単科大学の為、敷地面積がどうしても複数学部を抱えている大学には負けてしまう。大学側も生徒の入学者が減ってしまっては運営も滞ってしまう。

恐らく生徒に快適に過ごしてもらい、入学者数を増やそうと言う目的で羽丘経済大学の学舎の屋上は全てテラス席で開放してあるって風のウワサで聞いた。

 

ウワサの真偽なんて今はどうでも良いよね。

白色の丸型テーブルや椅子など、清潔感の溢れる空間に僕たちはやって来た。ここなら6人で座れると言う僕の判断でやって来た。

 

……ちょっと肌寒いのは勘弁してほしい。

 

「ねぇ巴ちゃん……この子たちみんな巴ちゃんの幼馴染なの?」

「ん……ああ、そうだな。正博にも紹介するよ」

 

僕の右隣に座っている子から順番に、時計回りに巴ちゃんから紹介してもらう事になったんだけど……4人とも表情がバラバラで、僕の事をどう思っているんだろうって不安になってきた。

 

「どーもー。青葉モカでーす。よろしく~」

「……美竹蘭。よろしく」

「上原ひまりでーす!甘いものが好きです!……はあ、甘いもの、食べたいなあ」

「え、えっと……羽沢つぐみです。よろしくね!」

 

「ぼ、僕は佐東正博って言います……」

 

 

僕の右隣に座っている青葉(あおば)モカさんは無気力そうな雰囲気で、例えるなら風船のようにフワフワしているような銀髪の女の子。

 

黒髪に左前髪の一部に赤いメッシュを入れている美竹蘭(みたけらん)さんは口数が少なく、ジーッと僕の様子を伺っている。僕が悪い人かどうか見定めているって感じがする……。

 

ピンク色の髪の毛のした上原(うえはら)ひまりさんは甘いものが食べたいらしいけど、先に巴ちゃんと和解してね……。

 

茶髪で真面目そうな雰囲気の羽沢(はざわ)つぐみさんは僕と同じく少し緊張していそう。

 

 

「それで、どうしてアタシ達の行動を見ていたのか説明してくれよ」

「えっと、巴がたまに大学の外で時間を過ごしている事があるから……もしかして良い男の子とデートしてるんじゃないかって話になって、巴を追いかけてみたら案の定……」

 

上原さんが僕の方を上目遣いで見つめながらそう答えたんだけど……なんだかこの場に僕が居辛くなってきた。他の3人も僕の方を見ながらウンウン、とうなづいている。

青葉さんはニヤーッとしながらだけどね。

 

ちょっと肌寒いどころか、背中が一気に冷たくなったように感じた。周りの生徒も僕を見ているような気がしてムズムズする。

巴ちゃんは想定もしていなかった事だったのだろう、ポカンとしながら上原さんの話を聞いていた。

 

「べ、別にアタシと正博はそういう関係じゃないぞ?な?」

「え、うん。僕が巴ちゃんと付き合ってる訳じゃあないから……」

 

巴ちゃんは僕にも確認を取りながら弁明しているんだけど、僕はちょっと寂しいような気持ちになった。

付き合ってないのは事実なんだけど、なんでこんな気持ちになるんだろう。裏を返せば付き合ってるように見えるほど仲が良い、って言われているようなものなのに。

 

「それじゃあ、まーくんとともちんの馴れ初めが知りたいな~」

「確かに、私も気になる……」

 

青葉さんがニヤーッとしながら巴ちゃんに質問して、その質問に羽沢さんも乗って来た。

僕と巴ちゃんの馴れ初めって……僕が女子大に侵入してばったり会った、なんて言ったら普通の女の子なら勘違いしちゃうよね。

 

僕は巴ちゃんに僕との出会いはオブラートに包んで、って目で訴えた。

巴ちゃんは僕の方を見て不思議そうな顔をしていたけど、「分かった」って目で伝えているような気がしたから大丈夫……。

 

「正博がアタシらの大学にいたのを偶然見つけたのが馴れ初めだな」

「ちょっ、ちょっと巴ちゃん!」

 

僕のアイコンタクトはまったく巴ちゃんには伝わっていなかった。この想い、森のイノシシの如く一方通行だ!なんて言っている場合ではない。

巴ちゃん、見てよ!美竹さんの目が鋭くなって僕を睨みっぱなしなんだよ?

 

「ほほ~。ともちん、だいたん~」

「あ、はは……」

 

青葉さんはフワッとした雰囲気でフォローしてくれているのかもしれないけど、羽沢さんは乾いた笑い声を辛うじて出せるぐらい引いている。

上原さんは元から大きな目をさらに大きくして固まっていた。

 

巴ちゃんも笑顔で話していたら「冗談は良いから~」とかなりそうなのに、真面目な顔で言っちゃったからみんな信じてるよ!真実だから言い返せない僕は弱者。

 

「……ねぇ巴」

「どうした?蘭」

「あたしにはこいつが下心満載の男にしか見えないんだけど」

 

話だけ聞いていたらその解釈、決して間違えていない。

美竹さんの鋭い言葉が僕の心に突き刺さる。

 

「え、えっと……僕が女子大にいたのには理由が……」

「あたしは巴に聞いてるんだけど」

「す、すみません」

 

声色が低く、攻撃性のある言葉に僕は屈した。

それと同時に美竹さんが怖くなった。頭の中では美竹さんは友達思いで素敵な人だって分かっている。だけど本能がそんな考えを遠くに飛ばしてしまう。

 

僕の手がガクガクと震える。その震えをみんなに悟られないように咄嗟に机の下に震えている手を隠した。

 

「アタシも最初はそう思った。けど違ったんだよ」

「何が違うの?」

「正博、携帯出してよ」

 

巴ちゃんが僕の方を見ながら手を出して催促している。

僕の携帯は連絡先が巴ちゃんしかいない。そんな黒歴史をみんなの前で公開するなんて本当の意味で公開処刑なんですけど。

 

僕は手の震えを隠しながら巴ちゃんに携帯を渡した。

 

「ほら、画像フォルダとか見てみろよ。携帯を買った時にある初期画像しかないんだぜ」

「あ、ほんとだ」

 

僕の携帯の画像フォルダを見る女の子5人。僕はどんな表情で座っていたらいいのか分からず、曇りがちの空を見つめた。

青葉さんが「このパン、おいしそ~」って初期画像に入っていたパンをみて幸せそうな顔をしていた。

 

「それに連絡先が登録してあるのはアタシだけでさ、その携帯を女子大で落としていったんだ。そんな奴が盗撮とかナンパをすると思うか?」

「さっすが、ともちん~」

「はは、だろ?」

 

僕は褒められているんだろうか、貶されているんだろうか。

後、美竹さん以外ちょっと懐かしい物を見ているような目をしながら僕の携帯を眺めていた。幼馴染同士にしか分からない事があるって思うと、少し羨ましい。

 

「巴が正博君と仲良くしてる理由、分かった気がする」

 

上原さんがその言葉を発して巴ちゃんを含む4人がニコニコしながら頷く。美竹さんは分かっていなさそうで、頭にクエスチョンマークを浮かべているのが見える。

 

実は僕も気になっていた。盗撮犯と言う第一印象をきれいさっぱり洗い流して、僕を友達だと言ってくれた理由が。

僕自身はとても嬉しかった。僕にも友達が出来たんだって。

でも、理由は知りたい。

 

 

「この携帯、中学生の頃の蘭を思い出すなー」

「はあ!?あたしはこいつより登録してた連絡先多かったし」

「蘭~ちょっと認めちゃったね~」

「……知らない」

 

美竹さんはプイッとそっぽを向いてしまった。顔をちょっと赤くしながらそっぽを向く美竹さんはちょっとかわいい。

話を聞く限り中学生の時、美竹さんは僕と似たような境遇だったのかなと推測する。だけど深堀はしない。僕が美竹さんの立場なら深堀して聞いて欲しくないから。

 

「はは、もうみんなには言わなくても分かると思うけどさ。言葉にするとな」

 

巴ちゃんは僕の方をニッコリしながら向いてきた。巴ちゃんは普段はクールなんだけどニッコリ笑うと女の子らしいかわいさが出て来る。

僕は巴ちゃんのかわいらしい顔に釘付けになった。

 

「正博の居場所を作ってあげたいって思ったのもある。だけどこっちの方が理由として大きい。正博が良い人だって言うのをみんなに知ってほしいし、アタシも一緒に正博の良い部分をもっと見つけていきたいからだよ」

 

 

僕の心臓がドキン、ドキンと激しく震える。

だってそんな嬉しい事を言ってくれたの、人生で巴ちゃんが初めてだよ?

 

この心臓のむず痒さ、何なんだろう。

このチクチクするけど、心地の良いこの痛み。僕が初めて経験する痛み。

 

僕の視界には、巴ちゃんしか見えなかった。

 

 




@komugikonana

次話は5月7日(火)の22:00に公開します。
この作品は今のところ毎週火曜日と金曜日に連載する予定でいます。

新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~高評価を付けて頂いた方々をご紹介~
評価10と言う最高評価を付けて頂きました ヨコリョーさん!
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同じく評価9と言う高評価を付けて頂きました mos,さん!
同じく評価9と言う高評価を付けて頂きました セトセトさん!
同じく評価9と言う高評価を付けて頂きました よもぎ丸さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
始まってばかりのこの小説ですが、これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
僕にとってとっても嬉しい事があった日の夜。僕は巴ちゃんに言ってもらった言葉が頭から離れないまま家に居た。
すると僕の携帯から2件の新着メッセージが来た。
1件は巴ちゃんから。そしてもう1件は……!?

話したいことがあるから今から会えない?

~ファンアート~

【挿絵表示】

ミノワールさんからファンアートを頂きました!今回は色付きで巴ちゃんを描いていただきました!いつも素敵な絵、ありがとうございます!
ファンアートは随時募集しております。DMにて受け付けています!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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夕焼けとの出会い、そして夜に知る③

僕は痛みを持ちながら、ドアの鍵を開けて自分のベッドに飛び込んだ。

 

痛みって言うのは、今日のお昼に感じた心地の良い痛み。別に僕がMに目覚めたとかそんなのじゃないけど、あの痛みがまだ僕の心臓を支配している。

 

目を閉じれば、巴ちゃんのかわいい笑顔と僕が一生忘れないであろうセリフが頭の中で再生される。

ちょっとだけ口角が上がってにやついてしまうのはみんなには内緒。

 

僕は晩御飯にまとめて買った単品のうどん一玉と、一袋10円の細もやしをソースで炒めて焼きうどんを食べようかなって思い、ベッドから起き上がった。

 

 

その時、僕の携帯がメッセージが来た事を伝えてくれた。

携帯を開いてみるとメッセージが2件(・・)届いていた。

 

正博って音楽に興味あったりするか?って内容が巴ちゃんから来た。僕はちょっと興味があるけど、どうして?って内容を送った。

そしてもう一件。

 

 

話したいことがあるから今から会えない?

 

 

 

 

巴ちゃんとラーメンを食べに出かけて、気づいたら巴ちゃんの幼馴染4人に監視されていて、その後僕の大学の屋上テラスで理由追及と言う、初めて会った人に話しても頭がパンクしてしまうんじゃないかってぐらい色々あった今日。

 

実はまだこのてんこ盛りな一日は終わっていない。

巴ちゃんが素敵な言葉を僕に言ってくれた後、青葉さん、美竹さん、上原さん、羽沢さんと連絡先を交換するって言う出来事があったんだ。

つい最近まで誰の連絡先も無かった僕の携帯に5人も増えた。しかも女の子ばかり。

 

そして今から呼び出しを貰ったから、急いで外出準備をして外へ出て行く。

携帯でマップを見ながら指定された集合場所に向かう。その途中で巴ちゃんから返信が来て、目を通した。

 

……そうなんだ、巴ちゃん。知らなかったな。

 

商店街の中に入って、指定された集合場所である羽沢珈琲店の前に着いた。羽沢って今日出会った巴ちゃんの幼馴染の一人、羽沢さんのご両親が経営してたりするのかな……。

 

カフェに今まで行ったことが無い人間が、こんなオシャレでしかも一人で入店するなんて緊張する。でもあの子を待たせても怖い。

 

僕はプルプルと震える手でドアの取っ手を掴んで精いっぱい引っ張る。

のだけど、緊張しすぎて力が入らないのかもしれない。僕は大きく深呼吸をして思いっきり引っ張る……。

 

「……このドア、押し戸なんだけど」

 

後ろから僕を呼び出した女の子の声が聞こえたんだけど、そんな事より僕がやってることが恥ずかしくて、顔を上げることが出来なかった。

 

 

 

 

お店の中に入って羽沢珈琲店自慢のブレンドコーヒーを注文した後、僕を呼び出した美竹さんの顔をチラッと見る。

今日のお昼のようにギッと睨みつけるような感じでは無く、だけど一握りの警戒心を込めて僕の方を見つめていた。

 

どうやら僕の予想が当たったようで、このお店は羽沢さんのご両親が経営しているらしくお手伝いで羽沢さんも働いている。

その羽沢さんからブレンドコーヒーを受け取ってスッと口の中に少しすする。

 

口の中に含むと苦みが口の中で広がって、一瞬顔をしかめたけどその後すぐに色々な旨味が込み上げてきた。

喉に流し込んだ後の後味はしばらく残っていて、尚且つしつこくない。

 

お店のコーヒーを始めて飲んだ僕は、味に深みがある立体的なコーヒーの美味しさに驚いた。もう家で作るインスタントコーヒーのような平面で薄っぺらいコーヒーは飲めないかもしれない。

 

「……それで、僕に話したい事って……何かな」

 

僕は恐る恐る美竹さんに話す。きっと巴ちゃんとの関係について聞かれるんだろうなぁ……。巴ちゃんも「大切な幼馴染だよ」って言っていたから、美竹さんにとっても同じことが言える。

 

そんな「大切な幼馴染」に良く分からない男の子の友達が出来たら、嫌だよね……。

 

「佐東さ、何か隠してない?」

「僕は何も隠す事は無いんだけど……」

「例えば他人が怖い、とか」

 

僕の呼吸が一瞬だけ、止まった。

 

 

その後は平静を装っていつも通りに呼吸をしているけど、心臓が嫌な音をたてながら暴れ出す。

美竹さんは僕の方を、まるで僕の瞳の裏の方まで見通しているかのようにまっすぐと見つめている。

 

僕は他人が「みんな」怖いわけでは無い。だけど今日初めてあったのに、こんなに真相の近くまでたどり着いた美竹さんにビックリしている。

 

「あ……その、美竹さん。それはね……」

「無理して言わなくていいよ」

「え?」

 

僕がゆっくりと、美竹さんの質問に答えられるような回答をグチャグチャになった頭の中で整理していた。

だけど、美竹さんは答える必要は無いって制止する。予想外すぎて僕の口から間抜けな声だけが出てきた。

 

「言うの、つらいよね。……その時の心情も一緒に思い出しちゃうから」

「美竹さん……」

 

僕は美竹さんを勘違いしていたのかもしれない。

あまり言葉を多く発しないし、お昼の時に鋭く睨まれた時は怖くて融通が利きにくそうな女の子だって思ってた。

 

だけど今、僕が彼女に持っている感情は全くの別物。

他人を思いやれる、やさしい女の子なんだ。

 

「あたしが佐東に言いたいのは」

 

美竹さんがコーヒーを飲んだ後、僕に真剣な顔を向ける。

美竹さんの白いコーヒーカップにはコーヒーが残っておらず、コップの底にコーヒーの跡が残っているだけ。

 

「急がなくても良いから、佐東が持ってる隠し事を巴には必ず伝えて」

「うん、約束する。美竹さん」

 

美竹さんは僕に伝えたい事は全て伝えたのだろう、「それじゃ、あたしは帰るから」と言って荷物をまとめ始めた。

僕はそんな美竹さんに聞きたいことがあるんだ。

 

「ねぇ、美竹さん」

「……なに?」

「どうして僕が、その……秘密を抱えてるって分かったの?」

 

僕はこれだけ聞いておきたかった。

別に隠しておきたい、と言う訳では無いけど理由が知りたい。

 

「……お昼、あたしが佐東を睨んだの覚えてる?」

「うん、今も鮮明に思い出せる……」

「その時の佐東、声も震えてたけど身体も震えてた。だから」

「そっか」

 

手の震えは誰にもばれないように隠したつもりだったんだけど、美竹さんは見てたんだ。

そして見たにも関わらず、誰にも言わないで心の中にしまっておいてくれたんだ。

 

「美竹さん」

「お礼はいらないから」

「そんな事じゃなくって……」

 

僕との用事を済ませて、これから帰ろうとお店の出口に向かっている美竹さん。

僕はそんな美竹さんにこんな事を伝えてみる。

いきなり今日出会って、得体のしれない僕に言われても嬉しくないかもしれないけど。

 

「来週のライブ、楽しみにしてるよ」

「なんで知ってんの?」

「ここに来る途中に巴ちゃんから『観に来いよ』って誘われて」

「……そっか」

 

僕がここに来る途中、巴ちゃんからのメッセージで初めて知った。

巴ちゃんたち5人の幼馴染はバンドを組んでいるって言う事を。そして巴ちゃんから来週のライブのお誘いを貰った。もちろん答えは決まっている。

まだ返事はしていないんだけど。

 

美竹さんは僕の言葉を背中を向けながら聞いていた。

僕が言い終えた後は何事も無かったかのように店を後にする。そう思っていた。

 

だけど、違った。

今日と言う一日で、美竹さんの見方がガラッと変わった。

 

お店から出る直前僕の方を向いて、男の子誰もがドキドキしてしまいそうなほどの笑顔を振りまきながら言うんだ。

 

「ライブ、楽しみにしてて」

 

 

僕はにっこりと笑いながら店内から出て行く美竹さんを見送った。

もしかしたら美竹さんも僕と同じような経験を過去にしていたのかもしれない。だけど今の美竹さんはキラキラと輝いている。

 

そんな考えを美竹さんが使っていた、(から)の白いコーヒーカップを見ながら頭に巡らせていた。僕のコーヒーカップにはまだ「黒い」コーヒーが残っている。

 

「僕と言う名のコーヒーカップには、たくさんのコーヒーが入ってる。いつか飲み干して真っ白になりたいな……」

 

「慌てなくても大丈夫だと思うよ?」

「あっ……羽沢さん……僕の独り言、聞こえてた?」

「あ、はは……ばっちりと」

「お願い、羽沢さん!忘れてっ!」

 

僕の恥ずかしい独り言が羽沢さんに聞かれてしまった。

今度から独り言は口に出さずに心の中で声を大にして叫ぼう、って顔を真っ赤にしながら決心した。

 

その時、上から視線を感じたような気がした。

 

 

 

 

美竹さんとの用事を済ませた僕は、あの後すぐにお店を後にして自分が住む学生アパートに戻って来た。

時刻は8時で、丁度いい具合に僕のお腹がぐぅと鳴っている。

 

本当はご飯を作って食べたいのだけど、それより優先すべき事があるような気がした。きっと美竹さんに呼び出されていなかったらこのような行動はとれなかったかもしれない。

 

僕はSNSを開き、あの子とのチャットの部分まで持ってくる。

そしてその下にある「無料通話」のボタンを震える指でタップする。

 

いかにも転んで行ってしまいそうな、そんな軽快でもあり間抜けな音と共に相手に着信をかける。こういうのはすぐに電話に出たりしないからここで深呼吸……。

 

「もしもし、どうした?」

「えっ、はぇ……ちょもえちゃん!?」

「おう……ほんとにどうした?正博」

 

こんなすぐに巴ちゃんが電話に出てくれるとは思っていなかった僕は、噛み噛みの言葉でしかも裏返った声を出してしまった。

今日は良く顔が熱くなる日だな、っておでこに汗をかきながら思う。

 

「ご、ごめん……慌てた」

「そっか、それで?」

「あ、うん。巴ちゃんが誘ってくれたライブの件で……僕、そのライブ、観に行っても良い、かな?」

「もちろんだよ!ありがとな、正博」

 

電話越しでも巴ちゃんの笑顔が頭に浮かぶような、嬉々とした声で了承を貰った。ありがとうって言いたいのは僕の方なんだけど、巴ちゃん。

 

「それでさ、正博」

「な……どうしたの?」

 

さっきの嬉々とした声とは裏腹に、僕をからかっているような声色に一瞬にして変わった巴ちゃんが電話の先にいた。

……なんだか嫌な予感がする。

 

「正博、もう蘭に手を出したらしいな」

「と、巴ちゃん!違うって」

「あははははは!」

 

どうして僕が美竹さんに呼び出された事を巴ちゃんが知っているんだろう。美竹さんはそんな事を言いそうなタイプでは無さそうなんだけど。

……なぜだろう。頭の中でかわいい顔をしながらごめんねポーズをしている羽沢さんが浮かんでくる。

 

「正博は蘭のどこが好みなんだ?ナイショにしてやるからさ」

「ぼ、僕は美竹さんも良いけど……巴ちゃんの方が魅力的に思うし、僕は巴ちゃんの方が女の子としてす……」

 

僕は必死に弁解していたのに、気づいたころにはなぜか巴ちゃんの良い所を早口で話し始めてしまっていた。完全に無意識だった僕は、途中で言葉を失った。

 

「急に言われたら照れるじゃんか……」

 

そんな巴ちゃんのかわいらしい、上ずった声が、携帯から僕の耳の一番近くで聞こえた。

 

 




@komugikonana

次話は5月10日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~高評価していただいた方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました 黄金炒飯さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
巴ちゃんたちのライブまであと1日と迫ったこの日。
僕は巴ちゃんと羽沢珈琲店で待ち合わせをしていた。そして帰り道、僕は巴ちゃんに聞いてみたいことがあったんだ。
「巴ちゃんは、僕にどんなイメージを持ってる?」

作者的には次話はかなり注目して読んでほしいです。

~豆知識~
「上から視線を感じたような気がした」……正博君は上から視線を感じたような気がしたらしい。ですけど、羽沢珈琲店の上に人がいるわけないですよね。
こんな表現がこれからも幾つか登場します。この表現が出るのは「ある条件」を満たしたときです。

~感謝と御礼~
今作品「image」のお気に入り数が100を超えました!早くも3桁に到達ですね!
まだまだこの小説は面白い展開をたくさん控えてますので最後まで読んでいただければ嬉しいです!
そしてお気に入り登録してくださった読者のみなさん、ありがとうございます!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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夕焼けとの出会い、そして夜に知る④

巴ちゃんたちのライブまであと1日と迫ったこの日。

僕は巴ちゃんに呼び出されて商店街のアーケードを潜る。もちろん待ち合わせ先は羽沢珈琲店。

 

巴ちゃんが「蘭と二人っきりで行けるなら、アタシとでも行けるよな?」と言う、友達付き合いが少ない僕には理解しにくい理由だったんだけど、巴ちゃんに誘われたんだからと二つ返事で了承した。

 

美竹さんに羽沢珈琲店に呼び出された日以降、巴ちゃんと一度も会っていない僕はなぜか初めて参加する合コンの直前のような緊張感を持っていた。

巴ちゃんと知り合って1ヶ月くらい経つからお友達として慣れてきているはずで、一緒にラーメンを食べに行った1週間前はそこまで緊張はしなかったのに。

 

多分、巴ちゃんにかけた電話の影響があるんだと思う。

 

 

あの電話の後、どうして巴ちゃんが急にかわいらしく照れたような声になったか考えていた。

その答えは1+1=2と言う解を出すようなスピードで解決した。

すなわち、すぐに答えが出たと言う事。

 

僕が巴ちゃんに言った言葉は、何というかこう、女の子を口説いているような言葉だったからだ。

巴ちゃんの方が魅力的だ、って言ったし巴ちゃんの方が女の子として素敵だって言おうとしていたんだから。

 

 

僕は夜のアパートの一室で顔を真っ赤にしたのを今も覚えている。

そしてどうして僕が無意識に巴ちゃんを口説いているような言葉が出たのか、と言う疑問も同時に湧いた。

 

でもその疑問は解決できない。

1+1=2と言う解を出すことは簡単だ。だけどどうして1+1は2なのか説明してよ、って言っても「だって2だから」と言う解答しか得られなく、だれも詳しい概念を答えられないのと同じだ。

 

 

「いらっしゃいませ!……あっ佐東君。こんにちは」

「あ、うん。こんにちは羽沢さん」

 

お店に入ると、元気いっぱいの声を出した羽沢さんに迎えられた。もちろんかわいい笑顔もついてきている。

僕は羽沢さんにブレンドコーヒーと、巴ちゃんが好んで飲んでいる飲み物を来たら出してあげて欲しいと伝えた。

料金は……結構きついけど、女の子の前ではなぜか格好つけたがるものだ。

 

「よっと……おっ、来てたか正博、久しぶりだなー」

「あ、と、巴ちゃん。久しぶり……」

「いらっしゃい、巴ちゃん!」

 

巴ちゃんはいつもと同じように僕に接してくれたんだけど、僕はガチガチに緊張してしまった。巴ちゃんはちょっとだけ不思議そうな顔をしていたけど、僕と正面に向かい合うような構図で席についた。

 

「明日のライブはこれを渡したら入れるから……どうした正博?」

「うぇっ!?あ、うん。なんでもないよ!ありがと!」

 

巴ちゃんはライブチケットを出してくれたんだけど、急に声が裏返ってしまった僕は動揺を隠したい一心で慌てて出されたチケットを取ってしまった。

 

なんだか人の持ち物をむしり取ってしまったような感覚でチケットを取ってしまった僕は恐る恐る巴ちゃんの方を向いた。

だって、普通こんな取り方すれば「嫌な奴」みたいなイメージを持ってしまうから。

 

視界をきれいな木目模様の机から徐々に上にあげていく。

 

春服からでも分かる、巴ちゃんの抜群なスタイル。

そして胸辺りから見えてくる、赤色の綺麗な髪。

僕の鼻をくすぐる、何のにおいか分からないけどとっても良いにおい。

そして僕の好きなにおい。

 

最後に、巴ちゃんの顔を見た。

 

綺麗に整った眉毛がちょっと上がり気味で、不思議そうな顔をして僕を覗き込んでいた。

 

彼女の透き通った青い目には悪い事をしてしまって叱られるのを待つ子犬のような顔をした僕の顔が見て取れた。

 

「そんな目で見ないでくれよ。なんかアタシが悪い事したみたいじゃんか」

「あ、巴ちゃんは悪くないよ!悪くないけど……そう見えちゃうよね。ごめん……」

「正博、最近なにかあったのか?アタシで良ければ話聞くよ」

「な、なにもないよ!ただ、この前の巴ちゃんとの電話で勝手に恥ずかしくなって……」

 

それで……、って言おうと思って巴ちゃんを見た。

 

すると巴ちゃんはさっきのような雰囲気では無く、口元をヘラッと緩ませてかわいらしい頬っぺたを赤くさせながら「そ、そっか」と言う彼女がいた。

 

普段のクールな彼女からは想像もつかないような顔に、僕は動揺を隠すことが出来なくなってしまい、顔全体を赤くしてしまった。

 

 

その時に僕の背後から「ゴンッ」と言う音が鳴ったから振り返ってみると、トレイを落としているにも関わらず、目を大きくさせて固まっている羽沢さんがいた。

幼馴染の羽沢さんでさえ、見た事の無い巴ちゃんだったのかもしれない。

 

「えっ、この二人って……」

「つ、つぐ。トレイ、落としてるぞ」

「え?あ、ごめん!洗ってくるねっ!」

 

僕は落ち着くためにブレンドコーヒーを飲んだ。

今日のブレンドコーヒーは口に含むと何故か甘い香りが口全体に広がっていった。

 

美竹さんと来た時は苦くて顔をしかめた覚えがあるのに、慣れって恐ろしい。

そう思いながら飲んでいたら、気づくと白いコーヒーカップの中身は空っぽになっていた。

黒いコーヒーの残り跡を残して。

 

 

 

 

巴ちゃんと共に羽沢珈琲店を後にした僕は、もうすっかり暗くなってしまった夜空を背景に巴ちゃんを家まで送ることにした。

 

巴ちゃんは「家は近くだから平気だよ」って言っていたけど、僕としては大学生と言ってもまだ10代の女の子が夜に一人で帰る事に不安を抱えてしまう。

だから近くでも最後まで送るよ、と伝えた。

 

近くと言う事は、巴ちゃんは商店街の近くに住んでいるのかもしれない。

だって商店街にお店を構える羽沢さんと幼馴染なんだから、そのような推理は容易い。

 

「なぁ、正博はどのあたりに住んでいるんだ?」

「え、僕は大学の近くにある学生アパートに住んでいるから遠くは無いよ」

「……と言う事は一人暮らしなのか?」

「そうだよ。そう言えば巴ちゃんには言ってなかったね」

「じゃあ正博はこの辺りの出身じゃないのか?方言とかないから実家通いだと思っていたよ」

 

巴ちゃんは暗い夜でも見えるような輝いた笑顔で僕に聞いてくる。

 

僕は一瞬だけ考えた。商店街の明かりで真っ暗と言う訳では無いけど、今の辺りの暗さなら見逃してしまうような、一瞬。

 

一人暮らしだと言う事になんの問題も無いのだけど、出身などを聞かれるとちょっと答えづらい。「方言」と言うワードをサラッと使ってくる巴ちゃんはやっぱり名門の女子大に通っているだけあって頭の回転が良いんだなって思った。

 

「えっと……僕の生まれたところはここから、1時間ぐらい電車に乗れば着く、かな」

「あれ?意外と近いんだな」

「う、うん。でも、1限目の為に朝早く起きて満員電車に乗るの、嫌だから……」

「あはは。確かにそれは分かるなー」

 

僕はあはは、とちょっとだけ乾いた声で笑う。

本当は乾かない、ちゃんとした笑いを巴ちゃんに見せたいけどそう言う訳にはいかなかった。

 

だって僕の言った言葉には本当の事と、ウソの事が混ざっているから。

いざとなった時にウソを言ってしまう僕はやっぱり弱い。美竹さんと約束したのに。

 

だ、だけど。これだけは言える。

絶対に巴ちゃんには……今の僕がそんな事を言っても説得力、無いよね。

 

「それじゃあさ、正博って何人家族なんだ?」

「えっ……僕の家族構成?」

「そ。家族構成」

「お父さんとお母さん、そして……お、お兄ちゃんの4人家族だよ」

「正博って次男だったのか!確かにお兄ちゃんかお姉ちゃんがいそうな雰囲気だもんなー」

「どんな雰囲気なの?」

「そうだな……引っ込み思案な所とか、大人しい雰囲気だな」

 

巴ちゃんに言われれば、そうかもしれないねって納得する自分がいた。

もちろん、世の中の次男はみんな引っ込み思案だ!とか言わないけど、どうしてか分かってしまう、イメージみたいなものだ。

 

そう、イメージ。

一度ついてしまったものを払拭するのはかなり難しい。

イメージチェンジ、なんて言葉があって外見を変える人はいるけど変わっているのは外見だけで中身はちっとも変わらない。

……中身が変わらないから、時間が経つと外見ももとに戻るんだ。

 

「ね、ねぇ巴ちゃん。聞きたいことがあるんだけど、良い?」

「もちろん、良いよ」

 

 

「巴ちゃんは、僕にどんなイメージを持ってる?」

 

 

綺麗に澄んだ、春の心地よい夜風がブルブルっと震えたような感じがした。

僕は立ち止まって、ボソッとだけど妙に耳に残るような声色で巴ちゃんに問いかけた。

 

ゲームで例えるなら、今まで陽気なBGMが鳴っていたのに、僕の質問を言った瞬間に無音になるような、そんな雰囲気が辺りを支配した。

 

「正博のイメージか……そうだな……」

 

巴ちゃんは立ち止まった僕の数歩先で同じように立ち止まった。多分、僕が急に立ち止まってしまったから隣に僕が居ないのを気づいて止まってくれたのだろう。

 

 

そこからの巴ちゃんに、僕は目を離せなかった。

 

彼女はくるり、と振り返って僕の目の前まで歩いてきてくれた。

その時の彼女はとても柔らかい表情で、僕はフカフカな毛布で包まれているような感じがした。

 

だけど巴ちゃんの口角は、イタズラ好きな女の子のようにかわいく上がっている。

 

「正博は素直で、一緒にいると楽しくなれる男であり、アタシの友達だろ?」

「と、巴ちゃん……っ!」

「あの突き当りにある家がアタシの家なんだよ。ここまで送ってくれてありがとな、正博」

 

巴ちゃんが家に入っていくのを見届けた。

 

僕の胸がズキン、と痛む。それも僕の異常なほどに速い心拍数に応じて。

足元もプルプルと震えているように感じて、バランスを保つのが難しい。

こんな感情になるのは、人生で初めてだ。

 

「もう、良いよね……巴ちゃん」

 

僕の右目から、一筋のしずくが頬を伝った。

 

 




@komugikonana

次話は5月15日(火)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~高評価をして頂いた方々をご紹介~
評価9という高評価をして頂きました ケイローンさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからもこの小説の応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
僕はいつも大学に行くときに背負っているリュックを背負って、ライブハウスに向かう。
ライブハウスに着いた時、僕はふと思った。
「……そう言えば、巴ちゃんの出番っていつなんだろ?」

そんな事を思っていたら僕の肩に誰かの手がチョンチョンと触れた。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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夕焼けとの出会い、そして夜に知る⑤

ゴールデンウィークの最中、バイト求人アプリを見ながら良い条件の仕事を見つけてはブラウザバックを繰り返す僕は久しぶりに外出の準備をしている。

 

念の為に行っておくけど、バイトの面接に行くための準備では無い。時刻は午後の5時。

僕がいつも大学に行くときに背負っているリュックを両肩に乗せて家の鍵をしっかりと施錠してから下の階へと降りて行く。

 

リュックには、昨日貰ったチケットが大事にしまってある。

このチケットはライブに行くためであるチケットであるとともに……。

 

僕の、大事な友達に会うためのチケットでもあるんだ。

 

 

 

 

「えっと……ここかな?」

 

普段は安物イヤホンで音楽を聴きながら大学の教室まで行くぐらい音楽と共に歩いている僕でも踏み入れた事の無い場所の前までやって来た。

徒歩で20分ぐらいと近くも遠くも無い場所にあるライブハウスCiRCLE(サークル)

 

川沿いの近くにあるこのお店は、僕が想像していたライブハウスとは全くと言っていいほど違うものだった。

僕がイメージ(・・・・)していたライブハウスって暗い路地の場所にあったり、目立たないところではしゃいでしまおうと言うような感情を持つ建物だと思っていた。

 

でもCiRCLEは緑豊かで庭にはたくさんのテラス席があってカフェまである、とっても明るい印象を抱いた。

 

僕が抱いているライブハウスのイメージは払拭できないけど、CiRCLE(ここ)は良い意味で異質なんだって思った。

なんだか既視感を抱いたから、僕はほっこりとした気持ちになった。

 

「あーっ!ちーくんまたサボってる!今日はライブイベントでしょ!」

「違いますって!サッと水を買いに行くだけですから」

 

そんな会話がカフェの店員さんとライブハウスのスタッフさんの間で繰り広げられていた。

ちーくんってどんな名前から来てるんだろう……。

 

そんな事を考えながらゆっくりとライブハウスの中に入っていくことにした。

僕以外の人もまばらながら来ているからついて行けば問題ない。

 

 

ライブハウス内に入って巴ちゃんに貰ったチケットをスタッフである若い女性に手渡した。青色のジーンズに青と白のボーダーシャツの上に黒のカーディガンを羽織っているその女性スタッフは僕に話しかけてきた。

 

「チケットとは別でドリンク代の500円かかるんですけど」

「えっ、あ、そうなんですか……ちょっと待ってください」

 

僕はチケットがあれば入場できるって考えていたから、予想外の出来事にかなり慌ててかばんを探って財布を探す。

こういう時に限ってかばんの片隅に隠れる財布。やっとの思いで見つけたけどかなりの時間がかかったように感じて、僕の後ろに並んでいる人の視線を感じる。

 

「あ、はい。500円です……」

「うん、ありがとー!ライブ、楽しんでねっ!」

 

財布から取り出した100円玉5枚を女性スタッフに渡してドリンク券を貰い、先へと進んだ。

特に喉が渇いている訳では無いけど、周りはドリンクを飲んでいたので僕もコーラを手に取って飲むことにした。

 

座る場所は人が居て開いていないから、僕は壁に寄りかかってコーラを飲みながらボーッとライブ出演者の枠を見ていた。

 

「……そう言えば、巴ちゃんの出番っていつなんだろ?」

 

ライブ出演者の枠は当たり前な事にバンド名しか書いてない。巴ちゃんのバンドの名前なんて知らないし、そもそも巴ちゃんが何を担当しているのかも分からない。

 

今の僕に分かる事と言えば、巴ちゃんがライブに出演すると言う漠然とした事実と、ポスターの出演枠で一番大きく取り上げてあるAfterglow(アフターグロウ)と言うバンドがラストを飾る、と言う事だけ。

 

本番は30分後に始まるから、巴ちゃんにメッセージか電話で聞こうと思ったけど集中しているはずだし、迷惑だよね……。

 

壁にもたれながらはぁ、とため息をつきながら黒く、パチパチと弾けるコーラを見てうなだれていた。

すると、僕の肩に誰かの手がチョンチョンと触れた。

 

もしかしたら壁だと思っていた場所が関係者専用の入り口だったのかもしれないって思い、僕は慌てて触れた手が誰なのかを確認した後に謝る体制に入った。

 

でも、僕の目の前にいた人物は僕の知っている人だった。

 

「やっほ~、まーくん」

「あ、青葉さん?こ、こんにちは」

「ともちんの晴れ舞台を見に来たの~?アツアツだねえ~」

 

 

ニタ~っとにやけながら青葉さんは僕をからかってきた。彼女の話し声は気が抜けそうになる一方で、何故か心が落ち着くような作用が個人的にはある。

 

そんなフワフワ系で、片手にはパン屋さんの袋を持っている青葉さんに会ってから不思議と緊張が無くなった僕は、彼女に聞いてみることにした。

 

でも、今の青葉さんの服装は白と黒を基調としたクロップド丈よりも露出が多いトップスでズボンも同じ色を基調としているショートパンツ。上着で何か文字の書いてある大きい黒色のパーカーを着ているけど、僕の目のやり場を困らせるのに十分だったから目を右斜め上を向かせておいた。

 

「青葉さん、みんなのバンドってどれなの?」

「ん~?ともちんに聞いてないの~?」

「そ、そうなんだ。何の楽器をやっているかも知らなくて……」

「も~、しっかり聞いとかなきゃメッだよ~」

 

何故か青葉さんに怒られてしまった僕は、後頭部を右手でガシガシと掻いていると彼女は上着に着ていた大きめのパーカーを合わせた。

最初は何かの文字だと思っていたけど、その文字が分かった。

 

「After……glow……」

「そうだよ~あたしたちはAfterglowなのだ~」

「そ、そうなんだ。みんなすごいんだ……」

「ふふ~ん。ちなみにともちんはドラムだよ~……あ、そろそろ戻らないと蘭に怒られるから、ばいばい~」

 

青葉さんはゆっくりと控室のあるであろう場所に歩いて行った。

まるで風のようにフワッと現れては消えて行ったんだけど、僕にとっては背中を押してくれる風に思えた。

 

手元のコーラは、最初の頃よりパチパチ弾けていなくて落ち着いていた。

僕はそんなコーラをゆっくりと喉へ流し込んだ。

 

 

 

 

ライブが始まって数時間後、巴ちゃんたちのバンドであるAfterglowの出番らしい。出演者が多いからまだまだ先だって思っていたけど、どのバンドも輝いていて僕の時間を一瞬にして持って行った。後ろの方で見ているんだけど迫力ある音はしっかりと聞き取れる。

 

そして舞台照明が暗くなって、スタッフさんと出演者と思われる黒い影がゴソゴソと準備している。ギターのジャーンと言う音やベースのズシーンとくる低音、キーボードから発せられる数種類にもわたる様々な音色。

そして、ドラムのタタタンという軽快で且つワクワクさせる音が鳴った。

 

それらの音が鳴りやむとしばらく無音になる。この時が一番ワクワクするんだよねって今日初めてライブハウスに来た人間が言ってみる。

 

そして舞台照明がパーッと明るくなってバンドメンバーの顔が確認できる。

みんな、いつもと雰囲気が少し違っていてかっこいい。

 

「最後だけど、みんなしっかり着いてきて。……まずは1曲。『Scarlet Sky』」

 

ボーカル兼ギターの美竹さんの一声から始まったライブ。歪ませたギターのカッティングから始まる「Scarlet Sky」はイントロの部分から観客のボルテージが上がっていく。

 

そしていつもの美竹さんとはまた違ったかっこいい歌声がベースの低音とギターのブリッジミュート(エレキギターのブリッジと呼ばれる部分に手の小指側側面を押えて弾く演奏方法)と共に始まる。

 

 

だけど、僕はずっと巴ちゃんの方を見ていた。巴ちゃんの音を聞いていた。

いつもは僕を引っ張ってくれる巴ちゃんが、今はドラムとしてバンド全体のリズムを支えている。

 

でも、ドラムを叩く姿やバンドメンバーとアイコンタクトをしながらニコッとする姿もとってもかっこいい。

この時だけはどうしてドラムセットがステージの奥に設置してあるんだって思ってしまった。もっと前で、もっと近くで君の姿を見たい。

 

そして歌のサビに突入し、AメロやBメロでは無かった盛り上がりを一気に魅せる。僕も気づいてみると周りの観客と同じように飛び跳ねていた。

 

携帯に入っているCD音源の音楽では味わえない、感情のこもった音の一つ一つが僕の心を激しく揺さぶる。耳だけでは無く身体全体を震わすこの感覚は、言葉では表す事の出来ないぐらい、すごいんだ。

 

Afterglowのみんなの演奏は、僕のあらゆる感情を奪い去る事を容易くやってのけたんだ。理由としてはなんだけど、気づいた時にはライブが終わってしまっていたほど。

 

だけど、不思議とライブの全貌と身体が勝手に飛び跳ねるようなワクワク感は覚えていた。

 

 

 

 

ライブがすべて終わって観客たちはライブハウスから徐々に出て行く。

もちろん僕もそんな観客の一人であるから、ライブハウスの出口から外に出た。

 

出たのだけど、そのまま家に帰る気にはなれなかった。

無意識に、いや本能的に巴ちゃんに会いたいって思ったから。

 

だけどSNSで巴ちゃんを呼んだりはしていない。今は幼馴染のみんなとライブ終わりの感動に浸っていると思ったから。

もうすっかり暗くなった春の夜空を見上げながら、いつまでも巴ちゃんを待とうって思った。

 

5月にもなって心地の良い風が僕の頬を撫でる。空には名前は知らないけど、たくさんの星たちが形作っている。

普段は夜空なんて見ないから分からないけど、こんなにも星って明るいんだ。

 

「……あれ?正博か?」

「えっ?」

 

僕がライブハウスの近くで壁にもたれながら夜空を見上げていると、僕が待っていた女の子の声が聞こえた。

声のした方向を向くと、巴ちゃんに彼女の大事な4人の幼馴染たちがいた。

 

僕は寄りかかっていた壁をクッションのように反発させて巴ちゃんの近くに行く。

そして僕は巴ちゃんの手を僕の両手で優しく包み込んだんだ。その包んだ両手でブンブンと上下に振り回した。

 

「巴ちゃん!すごかったよ!言葉にするのが難しいけど、すっごく良かった!」

「お……おう、ありがとうな」

「あれ?ど、どうしたの巴ちゃん?」

「いや……そんなに喜んでくれたのは良いけどさ、なんかちょっと恥ずかしいなって……」

「へ……あっ!」

 

巴ちゃんは目を丸くしながら僕の行動にされるがままだった。そして僕がやってしまった事を今になって分かってしまった。

 

周りの幼馴染たちはあっけにとられているような表情をしていた。

青葉さんだけ、何故かニタ~ッとしていた。

 

人前で、こんな事をしちゃって……って待って。今僕が優しく握っている手って……。

その手を目線でじっくりあげていけば、顔をほんのりと赤くした巴ちゃんがいた。

 




@komugikonana

次話は5月17日(金)の22:00に投稿予定です。

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~次回予告~
唸るような暑い日が続く7月のある日。
僕は学校の講義に耳を傾けているけど授業が全く分からない。そんな退屈な日に隣に誰かがやってきて……!?
「来週、正博の家で一緒に勉強しようよ」

次回「僕のドキドキ理論」

~豆知識~
CiRCLEで働くスタッフ……この作品ではまりなさんの他に「ちーくん」と呼ばれている男性スタッフがいます。この二人の関係は知る人ぞ知る関係だったり。

~お詫びと訂正~
・今作品「image」にて誤字がありました。「夕焼けとの出会い、そして夜に知る④」
 誤)「いっらっしゃいませ!……あっ佐東君。こんにちは」
 正)「いらっしゃいませ!……あっ佐東君。こんにちは」
簡単な変換のミスでした。読者のみなさんにご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。そして誤字報告をして頂いたタマゴさん、ありがとうございました!

・前作品「幸せの始まりはパン屋から」の第2話にて誤字がありました。
 誤)「そうなんだっ!なんかドラムとかやってそう。パンを伸ばす綿棒でドラム叩いてるんでしょ?」
 正)「そうなんだっ!なんかドラムとかやってそう。パンを伸ばす麺棒でドラム叩いてるんでしょ?」
みなさんにご迷惑をおかけしたこと、重ね重ね謝罪させていただきます。
申し訳ございませんでした。そして報告していただいたニボッシーさん、ありがとうございました!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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僕のドキドキ理論①

7月に入ってもう何週間も経つ今日この頃。

外に立っているだけでも汗が額からにじみ出るぐらいの暑さがコンクリートをギラギラと照らすものだから、まるで頑固な親父に焼かれているタイ焼きのような気持ちになった。

上からも、下からも熱せられれば海にも逃げたくなる。

 

 

僕はいつもと変わらない安物のイヤホンを耳につけて大学に通学する。巴ちゃんのライブに行った後に聴くとどうしても物足りなく感じる。

ハイレゾ仕様のイヤホンに変えてみようかなって思うけど、良いイヤホンはどれも高くて今の僕には手が届かない。

 

僕が受講している授業も残す回数はあと2回、すなわち来週ですべての授業が終わる。

授業が終わればテストがあって、そのテストを60点以上獲得しないと単位認定が認められないって最初のオリエンテーションで聞いた。

 

大学生になって初めてのテストだから難易度なんて正直まったく分からない。

現時点で僕に分かる事は一つだけ。

 

「授業の内容……まったく頭に入っていないんだよな」

 

大学の経済の授業なんて本当に聞いてもちんぷんかんぷんで、何でも仮定として話を進めるから実感がまったく湧かない。

おまけに専門用語をたっぷりと詰め込んでくるから訳が分からない。

 

僕の大学は一応「経済大学」だから大した偏差値も無いのに経済は専門的に詰め込むものだから生徒が付いていけていない感がすごい。

……偏差値関係なく、どこの大学もそんな感じなのかもしれないけど。

 

大学生になってから、本当に勉強をしなくなった。

 

 

そんな事を考えていると、教授が教室までやって来ていつものようにやる気のない声で授業を始めた。

いつものように筆箱とメモ用紙、そして携帯を机の上に置いてから左頬に頬杖を突きながら無駄に分厚い教科書を睨みながら説明を聞く。

 

そんな時に僕の右隣の席に誰かが荷物を置いて椅子を弾いてスッと座って来た。

ここの教室は細長い机に椅子が3つ並んでいる。友達のいない僕は早くに教室について後ろの席に座って真ん中の椅子に自分のリュックを置くんだ。

 

服装をチラッと見たけど、女の子らしき恰好だったから真ん中に置いてあった僕のリュックをちょっとだけずらした。

 

 

……どうしてか知らないけど、隣から視線を感じる。もしかしてこの女の子は友達と2人で来ていて座れる場所が無いから一人で座っている僕の席に来て座ろうと思っているのかもしれない。

 

そうしたら真ん中の席に置いてある僕のリュックはとっても邪魔な存在だ。「荷物をどけてよ」なんて言われるかも知れないな。

僕は気怠そうに頬杖をしながら隣に座って来た女の子を見ることにしたんだけど。

 

「よっ!正博!」

「えっ!?どうして巴ちゃ」

「しーっ!声デカいって!」

「あ、ご、ごめん」

 

隣に座って来た女の子は、大学に来てから出会った大切な友達の巴ちゃんだった。

予想外すぎる人物の登場により、僕は授業中にも関わらず大きな声を出してしまって巴ちゃんは慌てながらも口に右人差し指を当ててしーっ、ってしていた。

 

「ど、どうして巴ちゃんがここにいるの?」

「その理由は後で言うからさ……隣、座っていいか?教科書も見せて欲しいし」

「へっ!?あ、ごめんすぐにリュックをどけるよ」

 

僕は真ん中の席に置いてあったリュックをササッと避けて座っている椅子の下に置いた。巴ちゃんは「サンキュー」と言って僕の隣に座って来た。

 

巴ちゃんが座った時にフワッと風に乗って良いにおいが僕の鼻をくすぐる。

このにおいが僕の心臓を爆発的に加速させる。心音が大きく響いて、教授の声が途切れてしまう程バクバクいっている。

 

僕の教科書を見ながら左手で髪の毛を掻き上げる巴ちゃんを見て、二度ドッキリする。

少しでも動けば巴ちゃんの肩が僕の肩とぶつかってしまうぐらいの距離。

 

こんな状況で集中できるはずも無く、僕は頬杖をつきながら授業を聞いているように見せかけてチラッチラッと巴ちゃんの横顔を眺めていた。

 

 

 

 

いつもはうざったいのに、今回だけは至福とドキドキにまみれた授業が終わり、他の生徒たちはお昼ご飯を食べるために早々と教室を後にする。

 

僕は白紙のメモ用紙を4つ折りにしてから教科書に挟み込んで、ふぅと一息つく。

すぐ横にいる巴ちゃんはうーん、と座りながらも両手を天井に伸ばしながら背伸びをしている。こんな些細な仕草にもドキッとしてしまう僕は、なんなのだろう。

 

「ねぇ、巴ちゃん。巴ちゃんはどうしてここにいるの?」

「ん?あぁ、それはだな……」

 

隣に座っている巴ちゃんに僕は真っ当な質問をぶつけてみた。

今、僕の隣に巴ちゃんが座っている事は非現実的なんだ。だって巴ちゃんと僕は大学は近いけど別々の大学に通っている。

 

そうなんだけど、ね。

今の感情を正直に吐露してみると、もっと巴ちゃんと一緒に授業を受けたいと願っている僕が居るんだ。巴ちゃんがそばにいたら面白く無い授業も胸が躍るし、巴ちゃんも僕と同じ大学だったら良かったのに。

そんな非現実的な願いをしてしまう僕は、非……?

 

「アタシ、ちょっとだけ経済学に興味あるんだよ」

「そうなんだ……意外といるよね、経済学に興味ある人」

「なんだ、正博は経済学に興味があるからこの大学なんだと思ってたよ」

「最初はあったけど、今じゃあ難しい単語を使いたいだけの学問に思えてきたよ」

 

どうしてだろう、巴ちゃんには僕が経済学部なのを「この先でも役に立ちそうだから」と言う、なんとなく決めたって言えない。

最初は経済学に興味があった?最初から無いはずなんだけど。どうやら巴ちゃんの前では恰好つけたいらしい無意識な心が僕の中にはいる。

 

「……あれ?」

「ん?どうした正博」

 

僕はちょっとした疑問を抱いた。頭の上には2つのクエスチョンマークがフワフワと漂っている。

 

「羽丘女子大にも経済学部ってあったよね?」

「ああ、あるぞ」

「どうしてわざわざこっちまで来たの?」

 

巴ちゃんが通っている大学、羽丘女子大学にも経済学部が存在するのだ。

校内偏差値的には低い方ではあるが、名門女子大の授業の方が質が良いような気もするし何より巴ちゃんも学内の方が融通が利くのに。

 

巴ちゃんは僕の方をじっと見ながら僕の疑問を聞いてくれていた。

僕が聞いた後、巴ちゃんはちょっとだけ顔を赤くした。

 

「だ、だってさ……一人で授業を受けたりしても面白くないだろ?」

「へっ!?」

「それにアタシは経済学の教科書持ってないからだよ!」

 

そう言いながらパシパシと僕の右肩を叩く巴ちゃんの顔はとっても笑顔だった。

中々な勢いで叩かれているからちょっとだけ右肩がヒリヒリするけど、巴ちゃんなら良いかなって思える。

 

巴ちゃんの叩く手からは、優しさが受け取れるから。

もう一つの感情も受け取れるような気がするんだけど、分からない。何かの感情をごまかす時のような時に持つ感情なんだけど、まさかね。

 

 

「どうした?難しい顔して」

「何でもないよ。それより巴ちゃんはこれからどうするの?僕は3限にもう一つの必修の経済の授業があるからそっちの教室に行くけど」

「ほんとか!?アタシも行ってもいいか?」

「巴ちゃんは授業とか大丈夫なの?」

「ああ、蘭たちに任せておけば大丈夫だ」

 

僕はそれもそうだね、って笑う。

巴ちゃんたちは5人とも同じ大学で同じ学部に籍を置いているらしい。とても仲良しな幼馴染たちで僕はちょっと羨ましい。

 

「正博、早く教室に行こうぜ!」

「あ、うん。行こうか」

 

僕はもう少し、と言うか今日だけかもしれないけど。

巴ちゃんと一緒に授業を受けると言う、非現実的な現実を味わう事にした。

 

 

 

 

「なるほどな、そう言う事か。良く分かったよ」

「……それ、本当に言ってる?巴ちゃん」

 

3限目の必修授業も巴ちゃんと一緒に受けた授業は、あっという間に終わりのチャイムが鳴り響いた。

巴ちゃんは授業中ずっと忙しく動かしていたシャーペンをルーズリーフの上にコトン、と置いてから一息ついていた。

 

巴ちゃんのルーズリーフをチラッと見てみると、きれいにまとめられていてカラーペンでメモみたいなものを書いてあった。

……教授が説明しているよりとっても分かりやすそうに見える。

 

僕は隣に巴ちゃんがいることに心が満たされていたけど、この授業は単位を取らないと進級できないらしいから真剣に聞いた。

だけど、僕の頭では整理できなくて何もかも分からなかった。

 

「もちろん、本当だぞ」

「僕にはほとんど理解できなかったよ……これ、再来週のテスト絶対ダメなやつだよ」

「あー……そう言えばもうすぐテストだっけ」

 

僕は根っからの文系脳だから、グラフで説明されても訳が分からない。

僕は大学の選択も間違えたのかも知れないなぁ、とため息をついていると巴ちゃんが「それならさ」と言い出した。

 

僕の頭は勝手に「アタシが教えてあげるよ」とかいう、頭ハッピーな出来事を即座に期待してしまった。

そんな事が現実にあるわけが無いのに、僕はもう疲れているのかもしれない。

 

「どうしたの、巴ちゃん?」

 

僕はそんな期待を隠しながら、出来るだけいつも通りに聞いてみた。

巴ちゃんはナイスアイディア、みたいな顔をしている。そんな顔をしている巴ちゃんはかっこよさの中にかわいさも含めている、反則級の笑顔だった。

 

 

「来週、正博の家で一緒に勉強しようよ」

「はいっ!?」

 

 

今日は非現実的だったのをすっかり忘れていた僕は、頭ハッピーな予想よりもかなり上のレベルでの答えに素っ頓狂な声を教室中に響き渡らせた。

 

教えてくれるだけじゃなくて……。

ぼ、僕の家に巴ちゃんが来るの!?

 

 




@komugikonana

次話は5月21日(火)の22:00に投稿します。
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~次回予告~
今日のお昼から、ここで巴ちゃんと勉強会をする事になった僕たち。巴ちゃんと勉強なんて……集中できる気がしないなぁ。

「正博ってさ、その、好きな女の子とかっているか?」
シャーペンの芯がバキッと言う音をたてて部屋のどこかに飛んで行った。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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僕のドキドキ理論②

ブイィーン、と言う音が僕の住む狭い一室に響き渡る。

僕は朝早くから掃除機をかけている。掃除機の音って意外と響くからいつもは時間を考えて掃除をするんだけど、今日は特別。

 

今日のお昼から、ここで巴ちゃんと勉強会をする事になった。

いつもは掃除機をかけて終わりなんだけど、今日は部屋の隅々まできれいにしたくて昨日100円均一のお店で布巾を買ってきて、机や本棚の上に積もっている埃までも一網打尽にする。

 

きれいになった本棚の上に芳香剤を設置するあたり、僕は相当気合いが入っていると思う。

だけど、みんなそうするでしょ?女の子が自分の部屋にくるんだから。

 

お菓子もジュースも準備は完璧に用意できている。

僕がふぅ、と準備完了でお疲れのため息をついて時計を見ると9の数字の所に短い針がさしてあって長い針は垂直の位置にある。

 

僕の住んでいるアパートの場所を知らない巴ちゃんと、お昼の1時に僕の大学の校門前で集合する予定になっているから、かなり暇な時間がある。

僕はきれいにした部屋の空気を目一杯吸いながらお昼まで寝ることにした。ちゃんとアラームは設定したし、僕の注意を無視して踊り続けている気持ちを抑え込むにも最適だ。

薄い布団を一枚被って、その中に身を埋めれば意識を手放すのはとっても簡単な事だった。

 

 

 

 

今日は土曜日で、普段は授業や部活、サークルに忙しない学校内も明後日からテストとあってあまりたくさんの人はいない。

そんな中、校門前に立っている赤い髪色をしたかっこいい女の子に僕は声をかける。

 

「ごめん巴ちゃん、お待たせ」

「大丈夫だ、そんなに待ってないよ」

「それじゃあ、早速案内するよ」

 

手元には小さめのバッグを持っている巴ちゃんの隣に就いてゆっくりと歩を進める。

巴ちゃんと出会ってもうすぐ4ヶ月が経つのだけど、未だにドキドキしてしまう。巴ちゃんは平気そうな顔をしているけど、僕には無理だ。

 

鼻にスッと入る良いにおい。

近くで見た時の整った顔。

笑った時の、かっこいいのにかわいさも含まれた顔。

 

 

「なぁ、正博」

「うん?どうしたの巴ちゃん?」

 

僕の住んでいるアパートに向かって歩いている時に、巴ちゃんは僕に質問を投げかけようとしていた。

巴ちゃんの顔は晴れ渡った表情をしていたから、どんな事を聞いてくるのかなんて想像は出来ないけど予想は出来るような気がした。

 

こういう表情をしている子が聞いてくる質問は楽しくなるような質問だってイメージがあるでしょ?

 

 

「正博ってさ、最初に会った時より堂々と話してくれるようになったよな」

「えっ!?そうかな……?」

「ああ、最初の頃は『え、えっと……その……』とか煮え切らない感じだっただろ?今は普通に話してくれていてアタシは嬉しいんだよ」

 

……ほらね、僕の言ったとおりでしょ?

正直、巴ちゃん以外の人と話す時は吃音(ども)ってしまう。だけど巴ちゃんの前ではしっかりとした人間でいたいんだ。

 

だって……ううん、本当の事は言えない。

だけどこれだけは言える。

 

「そ、そうかも……だって巴ちゃんは僕の大事な友達だから」

 

巴ちゃんは頬をほんのりと赤くしながらヘヘッ、と笑ってくれた。ちょっと照れくさそうにしているところもギャップがあってかわいい。

 

 

 

その時、上から冷たい(・・・)視線を感じた。

 

 

 

「な、なにっ!?」

「うわあ!?どうした正博?」

「あ、いや……上から嫌な視線を感じちゃって」

「上?上って言ってもさ……」

 

巴ちゃんは頭をかしげながら上の方を見ているから、僕も巴ちゃんと同じように上を見た。

 

別に建物の近くで歩いている訳では無いから、上を見てもちょっと雲のかかった空しか無い。空の上に人なんているわけないのに、どうして僕は視線を感じたんだろう。

……あれ?そう言えば過去に一回そんな事もあったような気がする。でもどこだっけ。

忘れた。

 

「ごめん巴ちゃん、変な事言って。勉強のやり過ぎで頭がおかしくなっちゃってた」

「それだったら良いんだけどさ……」

「あ、ほら見えてきた。あのボロそうなアパート見える?あそこだよ」

「へぇ、いかにも!って感じのアパートだな」

 

外も暑いから汗が噴き出ちゃうと嫌なにおいが出てきちゃうし、巴ちゃんも脱水症状や熱中症になっちゃったら大変だから、早く涼しい場所に移動したい。

(あらかじ)めクーラーで25度に設定しておいたんだ。

 

僕は暑い外から、涼しいクーラーの入った涼しい部屋に入る瞬間が大好きなんだ。

 

僕は今まで歩いて来た速度よりちょっとだけ速く足を動かす。

そしてアパートのボロい階段を上って僕の住んでいる部屋に入るドアの前に立って、スムーズに鍵穴に鍵を刺し込む。

 

ガタン、と言う鍵を開けるのにはいささか大袈裟な音をたてながらドアを開ける。

この音は僕の部屋だけこんな大袈裟な音が鳴る。両隣はきれいな高音でカチャっと言う音がするのに、どうして僕の部屋だけ……。

 

「巴ちゃん、先にどうぞ」

「おじゃましまーす」

 

巴ちゃんは靴をきれいにそろえてから洋室へと入るドアを開ける。このアパートは見た目からも判断できるかも知れないけど、予想通り1Kの間取りだ。

 

キッチンと洋室を仕切ってあるドアを巴ちゃんは開けて中へと入っていく。

「涼しい~」と言いながら入っていく巴ちゃんは、幼い少女のような無邪気さがあった。

 

僕も靴を脱いでから脱臭スプレーを自分の靴にこれでもかと言うほど吹きかけた。巴ちゃんのいる洋室に入る前に、キッチンによって冷たく冷やした麦茶をコップに2つ注いで持って行くことにした。

 

「巴ちゃん、麦茶入れてきたけど飲む?」

「ああ、いただくよ。ありがとな」

 

僕は赤と青のプラスチックコップに入れてきた麦茶を巴ちゃんに渡す。

僕がどっちのコップを巴ちゃんに渡したか、なんて教えなくても分かるよね。

 

 

「正博、パソコン借りるぞ?先に自分の事を片つけたくてさ……分からないところがあったらいつでも呼んでくれよな。それから一緒に考えよう」

「あ、うん良いよ。……あ、そうだ巴ちゃん!ちょっと待って」

 

僕は青色のコップを急いで机の上に置いてからパソコンの前に行く。

パソコンを開くためにはパスワードを入力しないと使えないからね。巴ちゃんはパソコンの前に置いてある椅子に既に座っているから、僕は後ろからキーボードを叩くために彼女を後ろから包み込むように手をキーボードまで届かせる。

 

……あれ?僕、パスワードを入力する事だけを考えていたから今になって気づいたけど、二人っきりの部屋でこの密着度は、ダメですよね……。

 

僕の顔を左に向ければ、すぐに巴ちゃんの頬にキス出来るような近さ。お互いの静かな呼吸が聞こえるような感覚に、僕は急いでパスワードを入力して巴ちゃんから離れる。

 

「ご、ごめん巴ちゃんっ!わざとじゃあ、無いから」

「そ、そっか!べ、別に気にして無いから大丈夫だぞっ!」

 

ちょっと慌てながらも巴ちゃんは許してくれた。今まで見てきた巴ちゃんの中で一番顔を赤くしている彼女は、瞬きをたくさんしながらも目があちこち移動させていた。

 

もうちょっとだけ……してほしかったな……

「何か言った?巴ちゃん」

「な、なにも言ってないぞ!?あ、いや、パスワード見て無かったから良かったら教えて欲しいなーって……あ、はは」

 

さっきより数倍顔を赤くした巴ちゃんが目を渦巻きのようにグルグルとしながら僕のパソコンログインパスワードを聞いて来た。

目を回しながら、両手をバタバタさせている巴ちゃんがとってもかわいくてしばらくボーッと見つめてしまった。

 

いけないいけない、パスワードだよね。

 

「masa.Tだよ。T以外は小文字なんだけどね」

「そ、そっか!教えてくれてありがとうな!」

 

そう言ってすごいスピードでパソコンと向き合う巴ちゃんを見て、僕も恥ずかしくなってしまった。我ながら恥ずかしい事をした、って思いながら後頭部をガシガシと掻く。

 

購入したばかりの芳香剤がとっても甘いにおいを部屋にばらまいているから、余計

恥ずかしく感じる。まるで青春アニメのワンシーンみたいだ。

 

僕はこんなピンク色の甘酸っぱい思考を打ち消すために分厚い教科書を思いっきり開いた。

 

その時に巴ちゃんと一緒に授業を受けた時に挟んだ4つ折りになったメモ用紙が出てきた。

ちょっとだけ乱雑に折られたメモ用紙は開いても大した書き込みも無く、ごみ箱に放り投げた。

 

「あれ?正博、気になるから聞きたいんだけどさ」

「うん?なにかな、巴ちゃん」

 

顔色がすっかりもとに戻った巴ちゃんがパソコンをカタカタと鳴らしながら声をかけてきた。

巴ちゃんは文学部らしいから、テストはほとんど無くレポート提出で大丈夫らしいから今はレポートを書いているんだろう。

全てテストで評価される僕たち経済学部にとったら、文学部は羨ましい。

 

「パスワードの事なんだけどさ、『masa.』は正博だからだろ?後ろについている『T』ってなんだ?」

「え!?えっと……パスワードだから何も考えずに適当に打ったような気がする」

「だよな!アタシもそんな感じだよ」

 

巴ちゃんから、まさかパスワードの事を聞かれるなんて思ってもいなかったから焦ってしまった。

このパスワードはあの時(・・・)につけてから今まで一度も変えていない。当時の僕の考えとは裏腹に、現在ではこのパスワードを打つと心に染みる物がある。

きっと、巴ちゃんと出会ったからなんだと思う。

 

 

あの時……。

それは僕が忘れもしない、高校1年生の時に起きた出来事。

いや、起きたって言い方は良くないな。

 

 

「正博ってさ、その、好きな女の子とかっているか?」

「ふぁあ!?」

 

シャーペンの芯がバキッと言う音をたてて部屋のどこかに飛んで行った。残っているのは粉末状になった黒色のみ。

僕はゆっくりと巴ちゃんの方を向くと、彼女はじっと僕の顔を見ていた。彼女の頬は少し赤く、瞳は小さくだけど揺れているように見えた。

 

「ど、どうしてそんな事、聞くの?」

「正博ってなんかさ、無趣味な感じがして何にも興味が無さそうに思えて……それで、聞いてみたんだけどさ……」

 

この時の巴ちゃんは、ちょっとだけ小さく見えた。まるで、小さな女の子が迷子になって一人街中の片隅に身を寄せているような雰囲気だった。

僕はこんな巴ちゃんを前にして、心がざわつき始めた。

 

「そ、そっか!えっと僕は、そうだな……一緒にいると楽しくて、笑顔がかわいい女の子が好き、かな」

「ふーん、なるほどな」

 

この会話を最後に、ちょっとだけ静寂な時間が続いた。

 

 

 




@komugikonana

次話は5月24日(金)の22:00に投稿します。
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~次回予告~
気が付いたら、辺りが赤色に染まってくるような時間帯になっていた。寂しいけどもうすぐお別れの時間が迫ってきていることを、僕は手に取るように分かった。

「アタシの家で晩御飯……食べないか?」

巴ちゃんが上目遣いで言ってきて、僕は目を、口をあんぐりと開けてしまった。

~豆知識~
ドキドキ……今話のサブテーマにも入っている「ドキドキ」。これは2種類に分類できます。1種類は恋愛的な意味。もう一方の意味とは……。
そして今話も感じた、上からの視線。

~感謝と御礼~
今作品「image」の感想数が100を突破いたしました!9話目にして100の突破はかなり順調です!これも読者のみなさんの応援のおかげです。ありがとうございました!
これからも応援、よろしくお願いします!
そして感想も気楽にドンドン書き込んでくださいね!待っていますよ!!

~お詫びと訂正~
今作品「image」僕のドキドキ理論①にて誤字が発見されました。
誤)巴ちゃんのライブに言った後に聴くとどうしても物足りなく感じる
正)巴ちゃんのライブに行った後に聴くとどうしても物足りなく感じる

漢字の変換ミスをしてしまいました。相次いで誤字をしてしまった事、そして読者のみなさんにご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。
そして誤字を指摘していただいたタマゴさん、ありがとうございます。


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僕のドキドキ理論③

うーん、これが今流行ってる腕時計だよね……。

みんなこの会社の腕時計がイケてるって言ってるのを聞く。

 

だけどお金がないんだよね。

 

僕がこの腕時計をしても、似合うかな?

 

ちょっとだけ、これだけだから……ね?

 

 

 

 

「……正博?」

「うわっ!?」

 

急に視界が明るくなって、僕は後ろからかけられた優しく、落ち着きのある女の子の声によって勢いよく目を覚ました。

効果音で言うと、ガバッと言う音が付くぐらい。

 

どうやらキーボードを叩くタイピング音が心地良く、そのまま机に突っ伏して寝てしまったらしい。それも夢を見るくらい、ぐっすりと。

僕の背中には毛布が掛けられていたので、きっと巴ちゃんが掛けてくれたんだろうと推測する。

 

「あ、悪い。起こしちゃったか?」

「ううん、むしろ起こしてくれてありがとう」

 

名目上、勉強会なので寝て過ごすわけにはいかないので起こしてくれた巴ちゃんに感謝している。

それとは別の意味でもありがとうと言ったつもり。

 

僕が見ていた夢、それは過去にあった出来事を僕が空にプカプカ浮かびながら見ているようだった。

高校1年生の初々しい僕の顔が、腕時計の入ったショーケースに張り付くぐらいじっと見ていた。ここから先を見ないで済んだのは良かったかもしれない。

ただ、あの時も巴ちゃんのような人が名前を呼んでくれたら良かったんだけど。

 

僕のすぐ隣にいた巴ちゃんに「毛布まで掛けてくれてありがとう」と笑顔を作って感謝をした。

頬を染めながら目を逸らす巴ちゃんは、普段では見れない程かわいらしかった。

 

僕はうーん、と背伸びをしてから机の上に転がっていたシャーペンを手に持って勉強を始めることにした。

 

 

 

 

巴ちゃんと二人で行う勉強は時間を忘れるぐらい充実していた。

経済学部でも無い巴ちゃんに協力してもらう事に申し訳なさを感じていたが、巴ちゃんは僕が言葉にする前に「気にしないでくれよ」って言ってくれた。

 

ふと窓の外を見ると太陽が傾き始めていて、そろそろ世界を赤色に染め始める時間帯になっていた。

 

晩御飯を一緒に食べる予定はしていなかったから、寂しいけどもうすぐお別れの時間が迫ってきていることを、僕は手に取るように分かった。

 

実際には見ていないから分からないけど、街中を歩くみんなはそれぞれの帰路に就いている途中なんじゃないかな。

そう、みんな帰る途中なんだ。それは僕たちにも当てはまるはず。

 

 

「こんな事を聞くのは良くないかも知れないんだけど、巴ちゃんはいつ頃家に帰る予定なの?」

「あー、もうこんな時間なのか」

「うん。晩御飯のおかずを買いに行かなくちゃいけないから」

「それならさ、正博」

 

一緒に晩御飯でも食べに行かないか?と言うセリフが後に続くんじゃないかなって安易に予想する事が出来た。

正直、巴ちゃんと外食も悪くない。いや悪くないどころか最高の提案。

 

なんだけど、僕のお財布事情が許してくれない。

僕は他人が言い寄って来たり来ると恐怖を感じてしまうから、バイトも決められずにここまで来てしまっている。

最近、僕にとって良い募集があったのだけど実際まだ働いていない。

 

だから、心苦しいけど巴ちゃんのお誘いを断らなくてはならない。

もし断って巴ちゃんが気を悪くして、もう友達ではいられなくなったらどうしよう。心臓のドキドキは今日で一番高く僕の身体を響かせた。

 

「アタシの家で晩御飯、食べるか?」

「ごめん、巴ちゃ……い、今なんて言った?」

「アタシの家で晩御飯……食べないか?」

 

巴ちゃんが上目遣いで言ってきて、僕は目を、口をあんぐりと開けてしまった。

最近の巴ちゃんは初めて会った時のようなかっこよさよりも、なんというか、女の子らしい仕草が多くなったような気がする。

 

いや、厳密に言うと「僕と二人でいる時に」と付け加えた方が良いかもしれない。

 

どうして巴ちゃんがこんな風になったのかは分からないけど、僕が出すべき答えは巴ちゃんの家にお邪魔するかどうかだ。

ただ、僕の心は純粋だったから、答えは考える間もなく口から飛び出した。

 

「巴ちゃんの家に、お邪魔させてもらいます」

 

 

 

 

 

綺麗な赤やオレンジ色で背景どころか、僕たちの影やアスファルトまでも染めてしまうような鮮やかな空模様の中、僕と巴ちゃんは二人歩いて商店街までやって来た。

 

巴ちゃんは一度、家に連絡して友達が来ると伝えてくれたみたい。

でもきっと巴ちゃんのご両親に「友達」って言ったら絶対女の子をイメージしているんだろうなと少し心構えをしておく。

 

一度、巴ちゃんを家の近くまで送った事があるから分かる。

もうすぐ彼女の家に到着する。心臓の高鳴りを泥団子を作る時のようにギュッと押さえて、ゆっくりとフゥー、と息を吐き出す。

 

僕の手は微かに震えている。

それは心臓の高鳴りをギュッと押さえているから手にも力が入っている?

それとも、別の理由?

 

「さて、着いたな。アタシが先に入ろうか?」

「あ、うん。そうしてくれると気が楽かな」

「分かったよ」

 

巴ちゃんは家のドアをガチャリ、と開けた。

そしてどこまでも響き渡るような凛とした声で「ただいま」と言いながら入っていく巴ちゃんの後を、僕はトコトコと着いて行く。

 

これじゃまるで男女が逆になっているように感じるけど、僕にとっても友達の家に行くのなんてほとんど初めてだから許して欲しい。

 

「あ、お姉ちゃん!お帰り……えっ!?」

「お、あこ。ただいま」

「お、お姉ちゃんが男の子を連れてきた!?」

 

あこ、と呼ばれた紫色の髪色をした女の子が僕と目が合った瞬間、大きな声をあげてリビングと思われる方向へ小走りで入っていった。

あの子は制服を着ていたから高校生なのだろう、もしかしたら巴ちゃんの妹さん?

 

僕は脱いだ靴をきれいに並べて巴ちゃんの後ろで立っていると、ここまで大きな声がリビングから聞こえてくる。

もちろん聞こえてくるのは「お姉ちゃんが男の子を連れてきた」と言う声。

 

流石の巴ちゃんもあはは……、と苦笑いをしていた。

 

するとリビングから巴ちゃんと同じような髪色の若い女性が出てきたんだけど、もしかして巴ちゃんのお母さんなのだろうか。めちゃくちゃ綺麗で、若い。

いや、巴ちゃんのお姉さんと言う説もある。もしこんなきれいな人が母親だったら僕はこの場で土下座しても構わない。

 

「あら、本当に巴が男の子を連れてきたのね」

「ちょっと、母さんまでいじらないでくれよ」

「ふふ……二人の邪魔はダメよね。ご飯、巴の部屋まで持って行ってあげるから二人は部屋で待っていなさい?」

 

本当にお母さんだったらしい。こんなきれいな母親がこの世で存在するのかと僕は衝撃で頭が上がらなくなった。

どんな感じの衝撃かって言うとね……。

 

「お、おい正博……どうしたんだ?急に土下座して……」

 

僕の目の前には巴ちゃん家の廊下しか見えないくらいの衝撃だった。

 

 

 

 

「正博君だっけ?ゆっくりしていってね。……あ、ご飯の後に巴も食べちゃったりする?」

「ちょっと母さん!?変な事言わないでくれよ!」

「う、えっと……その、ご迷惑をお掛けします……」

 

巴ちゃんの母さんは僕に優しさの満ちた笑顔で話しかけてくれたのに、僕は緊張と震えでしっかりと言葉を紡ぐことが出来なかった。

まるで壊れかけの紡績機みたいだなって自分を卑下した。

 

運ばれてきたご飯のメニューはハンバーグだった。

そう言えば、僕がこの街に来て初めて食べた晩御飯もハンバーグだったっけ。もう僕が大学生になって、巴ちゃんが友達になってくれて、3ヶ月も経つんだ。

 

僕はいただきます、と手を合わせてから言って、すぐに箸を掴んでハンバーグを小さく箸で切り分ける。一口サイズより一回り小さく切ったハンバーグを口に運んだ。

 

最初に食べた弁当に入っているハンバーグなんかより、肉汁がブワッと口にあふれ出るし、一緒に入っている玉ねぎが良いアクセントになっている。上にかかっているデミグラスソースはハンバーグと溶け合い、お互いの旨味を助長し合っていた。

でも、やっぱり。

 

「愛」を込めて作られている料理は、心に響き渡る。

僕はもう、「愛」の込められた料理の味なんて忘れてしまっていた。

 

「なぁ正博。正博ってさ……」

 

巴ちゃんは僕の顔を見ながら話しかけて来る。

その時の巴ちゃんの顔は聞いても良いのか分からないと言ったような迷いの色が出ていて、度々カーペットの方に目を移したりしている。

 

女の子の部屋にお邪魔するのが初めてだったから、少し周りを見渡しすぎたのかもしれない。でも、巴ちゃんの部屋は彼女のにおいがするし、落ち着くような気がする。

 

そんな空気が一瞬にして、豹変した。

 

「勘違いだと思うんだけどさ……親が怖いとかって、ないよな?」

 

 

僕の背中から一気に汗が噴き出してきた。

そして、上からの視線が僕の身体を突き刺した。

 

 

「ま、まさか。巴ちゃんのお母さんだから、緊張しちゃって……」

「別に緊張しなくても、気楽にしてくれたら良いのに」

「だって、巴ちゃんのお母さんだから……その、これからもお世話になるかも知れないからって思うと緊張しちゃって」

「ま、正博!?そ、それって……」

 

巴ちゃんはビックリしたような顔をした後、頭の整理がついたのか分からないけど顔を赤くして下を向いてしまった。

一体巴ちゃんはどんな答えを導き出したのか分からないけど、僕はニッコリと笑いながら巴ちゃんに一回頷く。

 

これから先、僕と巴ちゃんの関係がどうなるかなんて分からない。

 

 

 

 

でも僕は、

誰になんと言われても、「友達」と言ってくれた巴ちゃんと、一緒に楽しく過ごしたいんだ。

 

いつか、「決断する時」が来ると思う。その時までに、僕は気持ちをしっかりと伝えられる人間になっておきたい。

 

 




@komugikonana

次話は5月27日(金)の22時に公開します。

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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価9と言う高評価をつけて頂きました T田さん!
同じく評価9と言う高評価をつけて頂きました 美味しいご飯さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくお願いします。

~次回予告~
僕は気ままに歩いていたのに、無意識に商店街を歩いていた。あの子に会えたら良いなって。そんな事を思っていたら、前にその子が偶然いて……!?

「あれ?正博じゃん。丁度いいところにいるよなー」

一緒に海に行かないか?

次話「夏の一時、海のように君に溺れる」


では、次話までまったり待ってあげてください。


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夏の一時、海のように君に溺れる①

大学も長期休暇に入った8月上旬。9月25日まで授業が無いって聞いた時は鳥肌が立ったものだ。だって、高校生の感覚だったらびっくりするぐらいの長さでおまけに課題なんてものは存在しない。

 

この長い期間は、サークルや部活、バイトに費やす大学生が大半なんだろう。

その大半にも属さない僕は、家にいても仕方がないのでブラブラと外を歩いている。

 

ブラブラと、気ままに歩いていたつもりなのに。

気付いた時には僕は、商店街のアーケードを潜っていた。

 

別に買い物に来たわけでも無いし、羽沢珈琲店で美味しいコーヒーを飲もうと思っていたわけでもない。

 

 

もしかしたら、巴ちゃんに会えるかもしれない。

 

 

そんな気持ちが無意識のうちに心の中で現れて、その気持ちが脳に指示を出したのであろう。

試験が終わってから、巴ちゃんとは毎日メッセージのやり取りを1日2~3通ペースで行っているけど、直接会う事は無かった。

僕から「会えない?」って誘えばいいのだけど、臆病で弱虫な僕にはそんな事、出来なかった。

 

だけど無意識とはいえ、こんな行動に出ているなんてストーカー予備群な気がしたからすぐに商店街から出ることにしよう。

 

僕の隣を小さな子供たちが走り抜けていく。

その子供たちが巻き起こした風が僕の目の前をサッと通り抜けて、髪の毛をなびかせる。

 

風が通り抜けた後、前を向いたら僕の友達である女の子が歩いていたんだ。

夏の暑さが一気に僕の顔へ襲い掛かってくるのを感じた。

 

「あれ?正博じゃん。丁度いいところにいるよなー」

「久しぶり、巴ちゃん。丁度いいって、なに?」

「ああ、一緒に海に行かないか?」

「う、海っ!?」

 

僕は昼のど真ん中に、商店街で大きな声を上げてしまった。

いや、だって海でしょ!?大学生だったら……普通なのか?たしかに周りは良く「海に行きてーな」みたいな会話をよく聞くし。

 

で、でも女の子と海って普通じゃないよね!?それに巴ちゃんと二人っきりで。

 

だけど、巴ちゃんと一緒に海に行くのって楽しいだろうなぁ。海水浴で何をして遊ぶのかはあまり想像できないけど、夏休みの思い出には良いよね。

 

「ぼ、僕で良かったら一緒に行っても良いかな?」

「誘ってるんだから良いに決まってるじゃん!ひまりも一緒なんだけど、良いか?」

「あ、上原さんも来るんだ……うん、大丈夫だよ」

 

ほんのちょっとだけ、二人きりじゃないんだって言ういけない気持ちが出てきてしまった。

だけど、巴ちゃんと海に行けるのだから楽しみだ。それに上原さんも優しい人だし、少し仲良くなっておきたいって思う。

 

問題は僕の金銭面なんだけど、そこは僕がなんとかしよう。

正直、ちょっと怖いけどあの人にお願いしてみようと思っている。

 

何故か足元だけに冷たい風が嫌らしく吹き付けてきた。

夏の暑い日に冷たい風は嬉しいのだけど、この風は別物で心を震わせるような風。

 

「……正博?ちょっと顔色が悪いけど大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫。それでいつ頃行くの?」

「明後日だぞ」

「そっか明後日か……え!?明後日!?」

「もしかして……明後日都合が合わないとか、か?」

「ううん、僕はいつでも暇だから大丈夫だよ?ただ急だったから驚いちゃって」

 

バイトもしていないし、サークルや部活に入っていないから暇なんだけど、まさかそんな急に海に行くなんて想像していなかった。

だけどちょっとワクワクしてきた僕がいる。まるで、聖夜の夜に布団の中に入る幼い子供のような気持ちになった。

 

 

 

 

その日の夜、僕はあの人(・・・)に電話を掛けることにした。僕の携帯には電話番号を登録していないけど、指が滑らかに、的確に打ち込まれていく。

 

そして緑色の電話のマークを押してから耳に当てる。

「プルルルルル……」と言う機会音が聞こえるごとに僕の心拍数が異常なほどに速くなっていく。徐々に息も荒くなっているようにも感じた。

 

「もしもし?正博?」

「うん、久しぶり。母さん……」

 

「ちょっとお願いがあって……と、友達と海水浴に行く約束があって、それでね……お金、ちょっとだけ貸して欲しい、のだけど」

「良いよ?正博はしっかりとした子だから、返すのは大人になってからで良いから!そうね……5万くらいあれば大丈夫?」

「う、うん。全然大丈夫だよ」

 

手は微かに震えて、口もガチガチになりながらも平然としているかのようにふるまう僕は第三者目線で見たらどのように映っているのだろうか。

 

 

自分の親なのに緊張している変人のように映る?

何かを怖がって恐れているように映る?

それとも、別の解釈がある?

 

 

背中が一瞬だけゾクリ、と冷たくなるのを感じた。まるで温かい背中を冷たい指でなぞられるような感触。

 

上から、様々な種類の視線を感じた。

 

 

「正博は、上手く一人で生活やっていけてる?」

「う、うん。今のところは問題ない、かな?」

「そう!少し仕送りを増やしてあげるわ!また困ったら電話、してきなさい」

「分かった。ま、またね……」

 

僕は勢い良く赤い会話終了ボタンをタップした。

これで金銭面での問題は解決したし、どうやら仕送りも少し増やしてくれるらしい。母さんの優しい声は逆に恐怖を煽る(・・・・・)けど。

 

ただの電話なのにかなりの神経を消耗してしまった僕は、ベッドに仰向けに寝っ転がった。このまま寝ると、嫌な夢を見てしまいそうだからそのような行動はとらないけど休憩させてほしい。

 

海水浴……僕たちが小学生の時以来の言葉の響きに、何を用意すればいいのかあまり頭に浮かばない。パラソルとかってレンタル出来るよね?

 

僕は仰向けに寝転がったまま、携帯で「海水浴 必要な物」と入れて検索を入れる。

タオルや着替えはもちろんの事で日焼け止めやサンダル、ラッシュガードなど調べるとたくさんの持ち物がいることが発覚した。

 

そっか、海に入るんだからそりゃ大荷物にもなるよね。

 

「あ、僕……ラッシュガードどころか水着を持って無いや」

 

今気づいて良かったよね。もし海水浴当日の日に発覚したら僕は海に入れなくなってしまって巴ちゃんや上原さんの水遊びを見守るだけになっちゃうんだよね。別にそれでも良いような気がするけど、ちょっとは遊びたいよね。

 

検索によると、海の家なんかでも購入可能と書いてあるが料金が高いらしく、極力出費を抑えたい僕は明日に必要な物を買いに行くことにした。

 

そう言えば、巴ちゃんからは「一緒に海に行かないか?」としか聞いてないから何処の海に行くか聞いてみようかな。それによって移動費が逆算できるからどれくらいの値段帯を購入すればいいか検討できる。

 

僕はSNSを開いて巴ちゃんに電話をかけることにした。上原さんでも良いんだけど、僕は本能的に巴ちゃんを選んだ。巴ちゃんの声が、聞きたいから。

 

しかしいくら待っても僕の耳に流れるのはコール音のみで、僕の耳には今一番聞きたい女の子の声が聞こえることが無かった。

うーん、もしかしたらお風呂に入っているのかも知れない。もしくは疲れてしまったから寝てしまったかもしれない。そんな中途半端な時間に電話をかける僕も悪いけど……ちょっとがっかり。

 

仕方がないから上原さんに聞く事にしよう。

僕は流れるような動きで上原さんに通話をする。

 

あれ、そう言えば上原さんと電話でお話するのは初めてなんだけど……全然緊張するような感じが無かった。

巴ちゃんに初めて電話した時はガチガチに緊張していたような気がする。

 

上原さんより巴ちゃんの方が仲が良いのに、巴ちゃんの方が緊張する。

この差って一体なんなのだろう。

別に上原さんが巴ちゃんに劣っているとか、そんなのじゃないって言う事は分かっているけど。

 

そんな考え事が、抑揚のない電話のコール音と一緒に一定の波のように考えていた。

そしてコール音が終わりを告げて、女の子の声が聞こえ始めた。

 

「もしもし?正博君が私に電話って珍しいね。何か相談?」

「あ、上原さん。うん、そ、その……相談と言うか……」

「分かった!どうすれば巴に振り向いてもらえるかの相談でしょ!?このひまりちゃんに任せてっ!」

「えっ!?いや、そんなのじゃなくって……上原さんに、僕たちはどこの海で海水浴をするのか聞き、たくて……」

「へっ?海水浴?何の事?」

 

上原さんの気の抜けたような声を聞いた瞬間、僕はまるで来た事の無いような冬山の中に入ってしまったかのような感情に囚われた。

 

僕の頭の中は真っ白になってしまって感情の整理がまったく出来なくて、目に映る光景全てが白黒のように感じられた。

 

「えっと、僕……おかしなこと言った?」

「私たち、海に行く約束とかしたっけ?」

「巴ちゃんから、上原さんを加えた僕たち3人で海に行かないかって、今日、誘われたんだけど……」

「巴からっ!?そんなのはじ……あっ!そうだ!私用事で行けなくなったって巴に言ったんだった!」

「……そう、なんだ?それじゃあ仕方ないね。ごめんね、上原さん」

「二人で海水浴、楽しんできてねっ!」

 

電話を終えた時には僕の目で見える世界は元通りになっていて、白黒だった者たちが当然のように色付いていた。

 

僕には上原さんが必死に取り繕ったように聞こえた。だって声質が明らかに違ったから。

でも、たしかに巴ちゃんは「ひまりも一緒なんだけど」って言っていたはずなんだけど、上原さんは海水浴について何も知らなさそうだった。

 

もしかして、巴ちゃん……?

僕のこころの一番下にある、かすかな暗闇から小さな芽がぴょこっと芽吹いた。

この小さな芽は、過去にも見たことがある……。

 

僕はおもいっきりその小さな芽をむしり取った。

 

巴ちゃんが僕をからかって嘘をつくはずなんてない。

きっと僕の聞き間違えなんだろう。そう唱えながら寝ることにした。

 

その日の夜は、あまり思い出したくないような夢を見る事となった。

 




@komugikonana

次話は5月31日(金)の22:00に投稿します。
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~次回予告~
僕は集合場所に向かうと、すでに巴ちゃんがいた。海水浴場まで電車で行くみたい。
その電車の中は僕の心のように揺れ動いていて……!?

「巴ちゃんの方に倒れちゃったのはきっと、僕が巴ちゃんの近くに行きたかったからなのかも知れないね」

~豆知識~
小さな芽……正博君の心の暗闇から芽吹いたらしい。過去にも見たことがあるという事。
そして異常に優しく接してくる母親に恐怖する正博君。その真意は……今後のお楽しみ。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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夏の一時、海のように君に溺れる②

蝉がミンミンと、甲高い声を街中に撒き散らしている。僕の耳にイヤホンを刺し込んでいても聞こえるこの声で、一体僕に何を伝えているんだろうか。

 

僕は灰色の半袖Tシャツにジーパンを身に着け、いつもはスタイリッシュなのに今日だけはパンパンに膨らんだリュックを背負って最寄りの駅までやって来た。

真夏の太陽は僕たちの肌を少しづつ焦がしていく。

 

 

「おはよ、正博」

「うん、おはよう。巴ちゃん」

 

集合場所にはすでに巴ちゃんが待っていた。立っているだけでもかっこいい女性のオーラが彼女の存在を強調していた。彼女の横を通っている人たちもチラリと見てしまう程。

 

そんな巴ちゃんは僕を見つけると、手を振りながらゆっくりと歩いてこっちまで来てくれた。今日の巴ちゃんからは普段よりも甘いにおいがする。

 

まだ集合時間の5分前と言う事もあるんだけど、やはり上原さんの姿は無かった。

それに巴ちゃんしかいないから後から誰かが来るのかもしれない。

だから、僕はちょっとだけしらばっくれながら巴ちゃんに聞いてみることにした。

 

「ね、巴ちゃん。上原さんはもうすぐ来る、かな?」

「あ~、その件なんだけどな……」

 

巴ちゃんはちょっと視線を右斜め下に落としながら、苦笑いともとれるような曖昧な笑い方をしながら携帯のSNSでのやりとりを見せてくれた。そのやりとりの日付を見ると一昨日だった。

すなわち、僕が上原さんに電話した日。

 

「ひまり、急に用事が入って来れなくなったみたいでさ……アタシたち二人で、一緒に海に行かないか?嫌なら嫌って言ってくれても良いからな」

「巴ちゃん、どこの駅まで行くの?僕、こんな顔だけどね……今日を楽しみにしてたんだ」

「正博……。よし、行くか!あそこの駅までだよ」

 

巴ちゃんが指さした先には880円と表記してあった。距離自体はそこまで遠くないんだけど、乗り換えが発生し尚且つ鉄道会社も違ってくるから値段が高い。

けどたまにはこんな出費をしても良いと思うし、車で行くより安いと思う。

 

巴ちゃんはICカードをかざして入っていった。僕はさっき買った880円分の片道切符をしっかりと握りしめて改札口に通す。

電車の切符って質や形、色は同じなのに価値だけは大きく異なる。120円だろうが880円だろうが見た目は同じで、違うのは価値だけ。

 

人間も同じ。見た目に多少の違いはあるけどほとんど同じ。違うのは人間の中身だけであり、善人か悪人かの違い。

でも、善人と悪人は紙一重だと思う。だって……。

 

「正博、電車が来るぞ。あれに乗ろう」

「う、うん。分かった」

 

巴ちゃんに急かされて、僕はちょっと小走りで彼女のいる場所へと向かう。

今日の巴ちゃんはいつもより元気な雰囲気があるから、僕も同じような気分になる。

 

電車内は平日の朝8時とあって、そこまで混んでいる訳では無いけど座る場所は無かったから扉が開く反対側まで進んで立って向かうことにした。

つり革は無いけど、肩幅と同じくらい足を広げて立てばこけたりしないだろう。

 

巴ちゃんは扉に背を預ける形で、僕はそんな巴ちゃんの向かい合わせと言う形で電車は進行方向へまっすぐ、確実に進んでいく。

 

ガタンゴトン、とレールの上を走る頼もしい音が車内に響き渡る。電車内は静かにするのがマナーだから小声で巴ちゃんと話しているけど、レールを叩く音がうるさくて聞こえにくい。

僕はちょっとだけ巴ちゃんの近くに寄ろうと足を前に進めた。

と同時に電車は急にブレーキを踏んだ。

 

「うわっと!?」

「大丈夫か!?まさ……ひろ……」

 

僕はバランスを崩してしまって、反射的に手を壁の方に出す。

僕は近くにあったドアに右手を出して全体重を支える。でもドアの方には巴ちゃんがいるわけで……。

 

僕の咄嗟に出した手が巴ちゃんに当たらなくて良かったけど、出した手の左5㎝の辺りに巴ちゃんがいて……。

巴ちゃんと僕の顔の距離がほぼゼロ距離になる。僕が少しでも動いたら鼻と鼻が当たってしまうような距離。巴ちゃんは目を大きく開いていて、口はちょっとだけ開いている。

 

段々巴ちゃんの顔が赤くなってきて、彼女の綺麗で大きな目には僕の間抜けな顔が映し出されていた。右手は彼女のサラサラな毛と触れあっている。

より濃く感じる甘いにおいは、僕の心臓を速く動かす起爆剤となった。

 

「ご、ごめん、巴ちゃん」

「ま、正博にケガが無かったから良かったよ……あ、はは」

 

電車はさっきの急ブレーキは無かったかのような顔をして走り出している。車内アナウンスでもお詫びの言葉は無かった。

 

僕たち二人は突然の出来事に固まってしまったけど、先に正気に戻った僕がゆっくりと巴ちゃんから離れて、さっきまで立っていた位置に戻る。

 

それにしても慣性の法則って進んでいる方向に移動するって思っていたけど、僕は進んでいる方向に対して垂直に移動した。

僕は文系だから、詳しい事は分からないけど机上の空論なのかな。

 

「正博が急にこっちに倒れてきて、ビックリしたよ」

「僕も巴ちゃんの方に倒れちゃうとは思わなかったな」

 

でもさ、って僕は続きの言葉を口にする。

こんな事をいきなり言ったところで巴ちゃんにドン引きされるんじゃないかな、って思ったけど今日の僕は本当に心から楽しんでいるみたいだ。

 

「巴ちゃんの方に倒れちゃったのはきっと、僕が巴ちゃんの近くに行きたかったからなのかも知れないね」

「ばっ!?な、何を言ってるんだよ」

「うん、そうだね。だからさっきの言葉は忘れて?巴ちゃん」

 

 

 

 

 

電車を降りると潮の香りが辺りを漂っていて、人のちょっとした動きで波のように海藻や砂浜のにおいが打ち寄せて来る。

僕たちは駅から降りて10分ぐらいの場所にある海水浴場に着いた。

 

「それにしても、今日は暑いなぁ……」

 

海の近くは日差しが断然きつく思えるのはどうしてなんだろうね。

僕は更衣室の前で巴ちゃんを待っていた。男の僕は水着に着替えると言っても別に特別な事をするわけでも無いからすぐに着替え終わる。

 

青と黒を基調としたサーフパンツを身に着け、上着は最初から着ていた灰色のTシャツを、手には財布や携帯など必要最低限の荷物が入った小さなかばんを持っている。

ラッシュガードは資金の関係上、購入を断念した。

 

真夏の日差しが照り付ける中、ボーッと砂浜にいる人たちを見ていた。

男女複数人で楽しみに来ている大学生らしき人達。

仲の睦まじいカップル。

女性だけで、男性だけで来ているグループ。

 

「ごめん、お待たせ正博」

 

巴ちゃんは更衣室から出てきたみたいだ。

そして彼女の姿を見て……いや、釘づけになっていた。

 

彼女の髪色より薄めの赤色のビキニで、腰辺りには黒色の柄入りパレオが巻いてある。

巴ちゃんは綺麗な肌の色に、チラッと見える彼女の太ももや腰のくびれ……それに普段の彼女と違って髪の毛を後ろでポニーテールのようにしている。

 

海に来ると言う事は巴ちゃんも水着になる、と言う真っ先に思いつきそうなことを失念していた僕は心の準備が出来ていなかった。

 

「巴ちゃん……その、すごく似合ってるよ」

「あ、ありがと。でもあんまりジロジロ見ないでくれよ?アタシだって一応、女なんだからさ……」

 

嬉しそうな声とは裏腹に、目をちょっと伏せながら顔を赤くする巴ちゃんは反則級に、その……かわいかったです。

 

僕は巴ちゃんをあまり見ないように注意しながら、と言ってもチラッと見たりするけど、二人でパラソルを借りて、砂浜の方に歩を進める。

 

砂浜の砂はサラサラとしていて、歩いている時のシャリっと言う音が心地いい。

だけど触ると熱いぐらいで、パラソルを立てる時は少し苦労した。

 

巴ちゃんが持って来てくれたレジャーシートをパラソルの下に敷いて、荷物を置いて僕たちも少し休憩する。

僕はふと、砂浜を握って持ち上げてみた。

 

サラサラだから、僕の手をスルリとすり抜けていく。

だけど落ちていく時、きめ細やかな砂が輝いているように見えた。

 

僕はこれからの人生、この砂浜の砂みたいに輝く事が出来るのだろうか。

何だか哲学っぽい事を考えている自分を馬鹿馬鹿しい、と鼻で軽く笑ってやった。

 

「正博、早速泳ぎに行かないか?」

「うん。行こっか巴ちゃん」

 

巴ちゃんはさっきまで腰に巻いていたパレオを取り外して僕に海へ行こうと誘ってくれる。二人で一緒に海へ入っていく。

 

足元に海水が触れる。

肌を突き刺す強い日差しとは裏腹に、冷たく気持ちが良い海水が穏やかな波のリズムに乗ってサラサラと足を撫でてくれる。

 

そのままの勢いで僕たちは腰辺りに海水が来る場所まで歩いていた。

巴ちゃんはビーチボールを持って来ていたらしく、「ここでボール遊びしようぜ」って言っていた。もちろんボールを膨らますのは僕の仕事。

僕は顔を真っ赤にしながらフーッと精いっぱい空気を入れる。ボールはゆっくりと膨らんでいった。

 

「……よし、これでオッケーかな?巴ちゃん、行くよ?」

「おし、来い!」

 

僕がふわり、と巴ちゃんにパスをすると、巴ちゃんはそれを思い切り返してきた。

ボールは勢い良く僕の後ろ側に孤を描いて飛んでいく。頑張ったら届くかもしれないって思って下がったけど、水の抵抗によって上手く進めずバランスを崩してザッパーン、と水の中に入ってしまった。

 

「あはははは!大丈夫か、正博?」

「……鼻が痛いけど、大丈夫だよ」

 

鼻に海水が入ってしまってむず痒い。身体全体海水に触れたから、立ち上がると上半身も良い感じに冷たくなって気持ちが良い。

 

僕は仕返しで出来る限り、遠くまで投げてみることにした……のだけど巴ちゃんがジャンプしてあっさりと取られてしまった。

巴ちゃんは運動も出来るのか、って思いながらジーッと見つめると彼女はしてやったり、みたいな意地悪な顔を作っていた。

 

この意地悪な顔は、僕の顔面に向かって思い切り投げて来るって分かったから身構えるフリをした。

ビーチボールだから顔面に当たっても痛くないだろうし、当たった方が面白そうだ。

 

だから身構えたんだけど、ボールは僕の手前で力なく落ちていった。

 

「痛っ!」

 

そのセリフは顔面にボールが当たった時に言うセリフだったのに、巴ちゃんに先に言われてしまった。

何があったのだろうか、僕は巴ちゃんの近くに駆け寄る。

 

「大丈夫?巴ちゃん、どうしたの?」

「はは……今、あんまり近づかない方が良いかも」

 

巴ちゃんの言っている意味が最初は分からなかったけど、僕の目に映ったものを確認した時、何が起きたのか一瞬にして分かった。

 

僕は巴ちゃんの忠告を無視して彼女に近づき、彼女の手を掴んで陸へ連れていく。

巴ちゃんの近くに、透明で見えにくかったけど長い触手を持ちながらフワフワと浮かんでいる生物がいた。

 

 




@komugikonana

次話は6月4日(火)の22:00に投稿します。

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~次回予告~
僕は急いで巴ちゃんの近くによる。昔の経験を活かして僕は……。
病院に行ったり、ラーメンを食べたり、買い物をしたり。少しでも楽しんでくれたら嬉しいなって思ったけど、今日も終わりが近づいている。

「今日、実は宿を予約してあるんだ」

今日と言う名の夏は、まだ続くらしい。

~感謝と御礼~
今作品「image」の通算UAが1万を超えそうです!読者さん皆さんの応援が無ければ達成できない数字です!こんな序盤にたくさんの方が読んでくださってありがとうございます!そしてこれからも応援、よろしくお願いします!!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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夏の一時、海のように君に溺れる③

僕は家でテレビなんてほとんど見ない。見てもお気に入りのバラエティー番組しか見ないから報道番組なんて番組は知らない。

 

世の中の動きを知る事は大事かもしれないけど、コメンテーターが誰もが分かる考察をドヤ顔で解説するようになってから見なくなった。

僕が知りたいのは、そのニュースから取れる裏の思惑。

 

だけど、今は後悔している。

最近は暑い日が続くな、って思っていたけどこれは異常気象だったと言う事。いつもはお盆休み辺りに出て来るクラゲが早く到来しているなんて考えもしなかった。

 

僕は無我夢中で巴ちゃんを浜辺まで引っ張った。時期的にクラゲが出るのは早いからたくさんいる訳では無かったのが不幸中の幸い。

巴ちゃんの右太ももにはクラゲの触手と思われるものがひっついていた。

 

「巴ちゃん、その悪気は無いから……ちょっとだけ脚をさわるね……?」

「うん……ごめん」

 

僕はゆっくりとクラゲの触手をはがす。そして持って触手は海に返す。

僕はこの時、手に痛みが走ったけど顔には出さなかった。

 

確かクラゲに刺された時はまず落ち着いて刺された場所を海水で洗い流すことが重要だって兄さんが言っていた。刺された箇所を擦ってはいけないとも教えてくれた。

僕はゆっくりと海水を手ですくって巴ちゃんの脚にかけていく。彼女の太ももには触手がついてあった跡が蚯蚓腫(みみずば)れのようになっていた。

 

「巴ちゃん、痒みとか痛み、ある?」

「うん、ちょっと痛いな……」

「そっか。じゃあ病院で少し診てもらおっか」

 

今日が平日で良かった。もし土曜日だと午前中しか診療所は営業していないし日曜日なんて問答無用で閉まっている。

巴ちゃんは「そこまでしなくても大丈夫だよ」って言っていたけど、念には念を入れて行こうと説得した。

 

命に関わるようなケガじゃあないのは分かってる。

そうだけど、巴ちゃんには早くケガを治して欲しいし……。

 

僕と一緒に行った海水浴を嫌な思い出にしてほしくなかった。

嫌な出来事って、いつまでも頭に残っちゃうから。

 

 

借りたパラソルを返却してから、更衣室に戻って着替えてから病院に行く。僕は帰りの着替え用に持って来ていた白色のTシャツに、行きと同じジーパンを素早く着て外に出る。

 

僕の心臓はそわそわとしていて、時折爪を立てて握られているような痛みを感じた。

分かってる。分かってるよ……。

 

 

僕がどんな行動をしたって僕だ(・・・・・・・・・・・・)ってことぐらい。

 

 

巴ちゃんを待っている時間を有効に使う為に携帯で一番近くの診療所を検索する。

運良く、歩いてすぐの場所に診療所がある事が分かった。

 

巴ちゃんは何か申し訳なさそうな顔をしながら更衣室から出てきた。

僕は出来る限りの笑顔を巴ちゃんに向けた。

 

声に出したら安っぽく聞こえるから言わないけど、気にしないでよ巴ちゃん。

僕は巴ちゃんのそばにいれるだけで、嬉しいんだ。

 

 

 

 

診療所の待合室で、雑誌を見ながら巴ちゃんが診察室から出てくるのを待っていた。

病院の待合室で携帯を触るのってどうしてかマナー違反な気がするから。

 

雑誌は表紙から有名人のスキャンダルを報じる内容が見て取れた。一度スキャンダルを起こしてしまった有名人は一生、そう言うイメージで見られてしまう。

今まで好きだった有名人が不倫してしまうと、不倫をする人とイメージされる。

 

イメージは……濃い方がより印象に残る。

白より黒の方がより心の中に残り、中々黒色のイメージを払拭できない。

 

 

「……お待たせ、正博」

「あ、巴ちゃん。……どうだった?」

「うん。手当をしてもらったし大丈夫だってさ」

 

僕は雑誌を閉じて本棚に返すとともに、安堵の息がこぼれた。

安心すると身体に張り巡らされていた力が一気に抜けるからボロが出るよね。

 

僕のお腹が「ぐぅうう」と大きな音をたてた。静かな待合室では部屋全体に響き渡って、巴ちゃんだけでなく、他のお客さんにも見られてしまった。

 

どこかでご飯を食べようか、そう笑いながら言ってくれた巴ちゃんの顔はいつも通りの輝いた笑顔だったから僕は安心した。

そしてまた、お腹が鳴った。

 

 

もちろん、僕と巴ちゃんが一緒に食べるご飯はもう決まっているようなもの。

ただ時間が2時を回っているから、どこのラーメン屋さんも準備中の為お店を閉めてしまっている。

 

そして僕たちが戻って来たのはさっきまで海水浴をしていた砂浜。そこの休憩所みたいな日陰と椅子がある場所で僕たちは座って、カップラーメンを食べることにした。

男女が二人でカップラーメンなんて風情が無いと思うかもしれないけど、意外にもカップラーメンを食べようと言いだしたのは巴ちゃんの方から。

 

3分間待ってふたを開ける。粉末スープの安っぽいにおいがしているけど、ある意味このにおいがインスタントの良い部分だと思う。

割りばしをきれいに割ってから麺を口の中にすすり入れる。

 

海の近くで食べるカップラーメンってどうしてこんなにも味が変わるんだろう。風味も一段と深くなっているようにも感じる。

横に座っている巴ちゃんも「うめー!」と言いながら食べている。彼女もお腹が空いていたんだよね。

 

僕は晴れ渡る青空を見上げる。

 

太陽がまぶしくてラーメンを食べているから余計暑く感じるけど、こんなにきれいに晴れ渡っていたら文句なんて言えない。

 

僕はそんな青空を背に受けながらカップラーメンをズズズッとすすっていく。

こういう野外でカップラーメンを食べる時、スープの始末に困る。僕は草むらとかに捨てるのは気が引けるから全て飲む事にしている。

 

巴ちゃんはラーメン好きだからスープを気にせず全て飲んでいるんだけどね。

 

 

仲良くカップラーメンを食べ終えた僕たちは、今からもう一度海水浴!なんて出来ないから徒歩圏内を観光することにした。

 

「あれはショッピングモールじゃないか?正博、ちょっと行ってみないか?」

「うん、良いよ。ちょっと涼しい所に行きたいし」

 

僕の心の中にはショッピングモールで突然発作が起きたらどうしようって不安があったけど、平日で人が少ないし何より僕は一人じゃないって思えば大丈夫だと思った。

 

ショッピングモールに足を踏み入れて、ブラブラと歩く。

そう言えば巴ちゃんとどこかに行くのは初めてかもしれない。彼女とはカフェやラーメン屋など飲食店しか行った事が無かった。

 

だから僕は初めて知った。

 

「うーん……これもよさそうだなぁ」

 

巴ちゃんはショッピングモールにあるアパレル店で服を持ち上げながら吟味している。巴ちゃんはファッションに興味があるみたい。

 

残念ながら僕にはファッションセンスなんてゼロに等しいから、巴ちゃんが見ている服をじーっと見る事しか出来なかった。

こういう時、出来る男は「こんな服はどう?」とか進んで発言するのかな。そうすれば一緒に買い物をしている女の子も楽しいのかな。

 

「なぁ正博。これとこれ、どっちがアタシに似合ってる?」

「え、えーっと……」

 

巴ちゃんは二つの服を片手ずつ持ってどっちが似合うか聞いて来たのだけど……僕が決めるなんて責任が重大だな。

巴ちゃんは真剣な顔で聞いているし、僕も真剣に答えないと巴ちゃんに失礼だよね。

 

左手にはマスタードのトップスが、右手には秋っぽい色合いのボーダーが入ったトップスを持っていた。

 

「と、巴ちゃん的にはどっちが好きなの?」

「どっちもアリなんだよなー。だから正博、ドンと決めてくれよ」

 

あ、はは……そうなるよね。

こういう時に店員さんが来れば助かるけど、店員さんが来る雰囲気は無い。一人で買い物をしている時はすごく絡んでくるのに。

 

僕は頭で巴ちゃんをコーディネートしてみた。

そして結論を出す。

 

「僕は……ボーダーの方が似合うと思う、な」

「そっか!なるほどなぁ」

 

巴ちゃんはニッコリしながら左手に持っていたマスタードのトップスをあった場所に戻した。そしてなぜか僕が選んだ方のボーダーのトップスもあった場所に戻してしまった。

 

「あれ……その服、戻しちゃうの?」

「ん?ああ、他のお店で同じような柄のトップスを探そうと思ってな。正博が選んでくれた服はとりあえずキープって感じだな」

「そんな事までするんだ……僕はそこまでした事ないから」

「まぁ、すぐに決められるって言うのは良い事だと思うよ」

 

ファッションに興味がある人は同じような柄の服装でも色々吟味して選ぶらしい。

僕もいい機会だから巴ちゃんに服の選び方とかを教えてもらおう。

 

だけは(・・・)同じような見た目でも違いを見出せるようになっておきたいって思った。

 

 

 

 

「悪いな、正博。アタシの買い物に付き合ってくれて」

「ううん、大丈夫。ちょっと疲れたけど……良い経験になったよ」

 

ショッピングモールには4時間ぐらい滞在していたらしい。その割には購入した服は1、2着ぐらい。女の子のオシャレは時間をかけてじっくり選ぶ。

 

僕はこんなにも長い時間、服を選んだことが無かったから途中ぐらいから目がグルグルと回っているような気がするぐらい疲れた。

でも、僕も大学生だし服に興味を持つことも良いかもしれない。現に今日だけでたくさんの知識を得ることが出来た。

……レディースファッションの知識だけどね。

 

 

外に出ると夕焼けを通り越して、太陽がほとんど沈んでいて空には少しづつ星が出てきていた。星はきれいに輝いていて、今日と言う輝く一日を祝してくれているかのように感じた。

 

 

もうすぐ帰る時間だろう。今日は色々あったけどとっても楽しい一日だった。

巴ちゃんと今日一日ほとんど一緒にいたけど、時間の経過があっという間に感じてしまう程楽しかった。

 

「なぁ正博……実は、さ」

「どうしたの?」

 

夏は暗くなるまで時間がかかるけど、夜が短いと言う訳ではない。

何が言いたいのかと言うと。

 

「今日、実は宿を予約してあるんだ」

「へっ?や、宿……ホテルってこと!?」

「うん、そうだな」

 

今日と言う名の夏は、まだ続くらしい。

 

 




@komugikonana

次話は6月7日(金)の22:00に投稿します。
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~次回予告~
宿って聞いていた僕はビジネスホテルとか民宿だと思っていたんだけど、その予想はきれいに裏切られた。
そして話があるという巴ちゃん。そんな目に涙を浮かべている巴ちゃんの姿なんて見たくないよ。

「もう、大丈夫だよ。巴ちゃん」
彼女の左手をゆっくり、ゆっくりと握った。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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夏の一時、海のように君に溺れる④

海水浴場の近くには必ずと言っていいほど宿泊施設が存在する。

民泊とか、民宿、大きいホテルとか、規模の大小は様々だけど。

 

そりゃあ、巴ちゃんの一言にはビックリしたなんてレベルでは無い衝撃に身体全体がブルブルっと震えあがった。

でも、プラスに考えれば巴ちゃんともう少し長く一緒にいれる。それに僕たちは大学生だからそんなに高く無くて、それに2部屋借りるとなるとビジネスホテルとかの方が可能性が高い。

 

だから、そんなに心の準備なんていらない……よね?

 

「……」

「どうした、正博?」

「いや、場所あってるのかなって……」

「ああ、あってるよ」

 

僕の目の前に現れたのは、ビルぐらいの大きさを誇る建物。入り口には「HOTEL」とオシャレに書いてある。上まで見上げるのが精いっぱいな大きさだ。

周りはヤシの木みたいなのが生えていて、その木の根元には電球がついてあって真っ暗な景色と明るい根元は神秘的だった。

 

巴ちゃんは入り口に入っていったけど、僕はしばらく立ち尽くしてしまった。

こんな立派なホテルに泊まっていいのかなって言う謙虚な気持ちと、お金が足りるのかなと言う現実的な気持ち。

 

僕は今日、日帰りだと思っていた。

 

 

取りあえず巴ちゃんの後を追う為に自動ドアを通り抜けて中に入る。

ロビーで既に高級感が漂っていて、表現はしにくいのだけどホテルのにおいがする。

 

「お、いたいた。鍵貰ったから部屋に行こうぜ」

「え、お金は……」

「一旦部屋に入って落ち着いて話さないか?それに正博も立ちっぱなしで疲れてるだろ?」

 

巴ちゃんは部屋の鍵を手に持ちながら手を振っていた。

巴ちゃんの言っている事は間違っていなくて、今日ずっと歩いていたから正直股関節が痛い。

 

エレベーターで鍵に記された部屋まで向かう。巴ちゃん曰く「21階」にあるらしい。ちなみにこのホテルは25階まである。

エレベーターから降りると、廊下は暗いけどしっかりと黄色のランプがついていて見ているだけで眠たくなるような色合いになっていた。

 

巴ちゃんに先導してもらって僕は後をついて行く。

部屋の前に鍵を刺して中に入っていくので、僕も入っていく。部屋はオートロックらしいのでドアを閉めたら「ガチャン」と言う音を立てた。

 

部屋の中は綺麗に白色で統一されたベッドが2つ、そして鏡台に洗面台。トイレと浴槽は一つになっていた。

 

「ちょっと疲れたな……先にお風呂に入って来ても良いか?」

「うん、良いよ。その間に僕は荷物を置いて来ようかな……。僕の部屋の鍵、貸してくれる?」

「何言っているんだ?正博の部屋はここだぞ?」

「ははは……と、巴ちゃん、ジョークが上手いって」

「ジョークじゃなくて、ここ二人部屋だから、さ……」

「……」

 

確かに言われてみればベッドが2つ(・・)あるんだよね。

と言う事は、巴ちゃんと同じ部屋で寝るの?あ、はは……ありえない設定の恋愛小説ですか?これは。

 

僕は気持ちを落ち着かせるために携帯と財布を持って部屋を一旦出て飲み物とお菓子を買ってくることにした。部屋番号はしっかりと覚えたから問題は無い。

 

エレベーターで一回まで降りて売店でコーラ2本とクッキーを購入した。僕は買ったコーラの一本を買ってすぐにふたを開けた。

プシュッと言う爽快な音がして、そのまま僕の喉にまで流し込む。

シュワシュワとした刺激が渇いた喉を潤してくれた。

 

エレベーターに乗って部屋に戻りながら、気持ちを整理していた。

巴ちゃんと同じ部屋で寝るだけだから。それを何回も言い聞かせた。

 

そして僕たちの泊まる部屋の前に着いた。

フーッと深く呼吸してから、僕は力を込めて部屋の中に入る。

 

だけど、部屋は開かなかった。

あ……オートロックなの忘れてた。鍵は……部屋の中だ。

詰んだ。

 

 

「巴ちゃーん!ドアを開けてくださあぁああい!」

 

 

 

 

僕もお風呂に入った後、ドタバタとしていた日常がようやく終わりを迎えようとしていた。

僕はお風呂場でホテルにあった浴衣を着て、しっかりと髪の毛をドライヤーで乾かしてから巴ちゃんの近くまで行った。

お風呂場はとっても甘いにおいがして、僕は鼻血を出してしまったのは内緒。

 

巴ちゃんも浴衣を着ていて、髪の毛は少し潤いがあって頬も少しだけ赤くなっていたから色っぽく感じてしまった。

 

僕は落ち着いて、巴ちゃんの座っているベッドと違う方に座って巴ちゃんと向き合う。

室内のオシャレな装飾が、僕たちを特別な雰囲気にさせる。

 

「正博には、色々話さなくちゃいけない事があるな」

「上原さんも一緒に来るってウソをついた事、とか?」

「……やっぱり、気づいていたよな」

 

巴ちゃんは深いため息をこぼした。僕は彼女のため息を見たかったわけでも無いし、こんなに申し訳なさそうな目をしてほしくなんて無かった。

もっと気の利いた言い方があったんじゃないか、と言う後悔が僕の頭をグルグルと回り始めた。

 

「本当は普通に正博を誘おうと思ったんだけど、アタシと二人だったら遠慮して来てくれないんじゃないかって思ったんだ……だからひまりの名前を使った。」

「……うん」

「ホテルも親には『ひまりと泊まる』って言ってあるんだ……。お金はアタシが出したけどさ、色んな人に迷惑をかけてアタシ……何やってるんだろうなって」

「巴ちゃん……」

 

僕はゆっくりと立ち上がった。

視線をずっと下の方に向けて、苦しそうに懺悔する巴ちゃんを見たくなんてないんだ。

 

最初は僕も日帰り旅行だって思ってた。だけど今は違う。

一泊二日の素敵な旅行なんだ。

 

旅行って楽しいものでしょ?そんな目に涙を浮かべている巴ちゃんの姿なんて見たくないよ。

僕は、かっこいいけどかわいい君の笑顔が見たいんだ。

 

 

「特に正博には今日、たくさん迷惑かけたよな……?アタシは普通に正博と……っ!?」

「もう、大丈夫だよ。巴ちゃん」

 

巴ちゃんの隣に腰掛けて彼女の左手をゆっくり、ゆっくりと握った。

僕から人の肌に触れたのは何年ぶりなんだろう。

 

彼女はビックリしているのだろう、目を大きく見開いて僕の顔を見ている。

僕はもうちょっとだけ巴ちゃんの近くに寄る。

肩と肩が触れ合うぐらい近くに寄る。

 

握っている手も、腕も、脚も触れている。

 

「でも正博……アタシと同じ部屋で泊まるの、嫌なんだろ?」

「それはびっくりしただけ。きれいな女の子と同じ部屋で泊まるなんて想像していなかっただけだよ」

「き、きれいって、お前っ!」

「巴ちゃんは、きれいで美人さんだと僕は思うよ。ほら、ちょっと手を貸してよ」

 

僕は握っていた巴ちゃんの手を自分の胸に当てる。

きっと、今のも爆発しそうなぐらい動いている心臓の鼓動が彼女にも伝わると思う。

 

僕は、巴ちゃんの手を握るだけでこんなにも緊張するんだよって。

 

巴ちゃんは顔を赤くしながらうぅ、と言って下を向いてしまった。

僕はゆっくりと巴ちゃんの手をさっきまであった場所に戻す。

 

「上原さんにも、巴ちゃんのご両親にも、謝ろう。頼りないかもしれないけど僕も一緒に謝るから」

 

僕は巴ちゃんにこの言葉を一番伝えたかった。

まだ取り返しのつく時に、関係が破たんしてしまう前にしっかりと謝ってほしいんだ。

手遅れになってしまったら、何もかも人生は終わってしまう。

 

大丈夫、巴ちゃんなら。

そしてきっと、許してくれるから。

 

そして、これからもかっこよくて、かわいい笑顔をみんなに見せてあげて。

巴ちゃんのイメージは、こんなちっぽけな嘘ぐらいでは変わらないから。

 

「正博って、どうしてそんなに優しいんだよ」

「巴ちゃんは僕をどう見ているか知らないけど、優しい人間じゃないよ」

「アタシには、優しい人間に見えるよ」

「そっか。それなら巴ちゃんは変人だね」

 

 

僕がそう言った後、巴ちゃんは僕の右足をグリグリと足で押さえつけてきた。

だけど雰囲気は良くって、二人向かい合って笑っているんだ。大きな声で笑ったら周りに迷惑だから小さな声。

 

だけど僕たちの小さな声は、他のどんな大きな笑い声よりも心が満たされて、染み渡るんだ。

僕の握られている右手は、強く握られた。強く、といっても痛い訳じゃ無くてギュッと。

僕はどうして巴ちゃんが強く握り返しているのか分からないけど、細くて華奢な手は僕の身体の一部なんじゃないかって思うぐらい違和感が無かった。

 

「正博、今日はありがとな」

「僕、何もしてないよ」

「そんな事ないよ。クラゲに刺された時も対応してくれたし、アタシの茶番にも付き合ってくれた。それに……」

「それに……?」

「なんでもない。だからお礼をしなきゃな」

 

僕はお礼なんていらないよ、って言おうとした。

だって最初に僕の手を引っ張ってくれたのは巴ちゃんだから。僕の過去を知らないのに優しく接してくれる巴ちゃんに、逆に僕がお礼を言いたいぐらいなんだ。

 

 

だけど言えなかった。

僕が臆病で、言葉に出来なかったのでは無い。

やっぱりお礼が欲しかったから言わなかったのでも無い。

 

 

巴ちゃんに、僕の口を奪われたから。

 

僕の目の前には目を閉じた巴ちゃんが近くにいる。大学生の癖にキスが初めての僕は初めて他人と唇を重ねる感触を経験した。

触れているだけなのに、温かさが伝わる。彼女の柔らかい唇は僕をゾクッとさせるだけでなく、甘い香りを与える。

 

「ぅん……」

 

僕は本能的に触れている巴ちゃんの下唇をゆっくりと吸う。彼女はかわいらしい声を出したけど、受け入れてくれた。

 

そして触れ合っていた唇がお互い離れる。

離れても巴ちゃんとの距離は近いから、彼女のやさしい鼻息が僕の顔を撫でる。唇にはまだキスをしていた時の感触が残っている。

 

巴ちゃんの顔をチラッと見ると、顔を赤くさせてちょっとだけ目を細めて僕の方を見ていた。そして彼女が言った言葉に僕はノックダウンしてしまった。

その時の言葉の艶っぽさ、彼女の顔のかわいさに僕は気を失ったかのように力なく後ろに倒れてしまった。

 

 

「……ばか」

 

 




@komugikonana

次話は6月11日(火)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
巴ちゃんと二人で海水浴に行ってもう10日も経っているのに唇のあの感触は忘れられなかった。そんな状態の時に僕の携帯が震える。

ともちん、多分神社にいるから会いに行ってあげたら~

生ぬるい風が僕の髪の毛をサラッとかきあげる。
次回「動き出した歯車は何を思う?」


~訂正とお詫び~
今作品前話で誤字がありました。
誤)男女が二人でカップラーメンなんて風情が無いと思うかもしれないけど、以外にもカップラーメンを食べようと言いだしたのは巴ちゃんの方から。
正)男女が二人でカップラーメンなんて風情が無いと思うかもしれないけど、意外にもカップラーメンを食べようと言いだしたのは巴ちゃんの方から。

漢字の変換ミスをしてしまいました。読者のみなさんにご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。
そして誤字報告をして頂いたタマゴさん、ありがとうございました。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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動き出した歯車は何を思う?①

お盆休みに差し掛かっている今日も、外はとっても暑くクーラーを一日中起動させているような堕落した一日を僕は送っている。

巴ちゃんと二人で海水浴に行ってもう10日も経っているのに唇のあの感触は忘れられなかった。

 

いきなり僕の携帯がブーン、と震え始めた。メッセージが来たのかなと思って携帯を手に取ってみると電話だった。

そして電話をしてきた相手が巴ちゃんでは無くて意外な人だったから僕は首を横にかしげる。

 

「もしもし?」

「も~、遅いよまーくん」

「ご、ごめん……青葉さんから電話が来るなんて、お、思ってもいなかったから」

 

そう、電話をかけてきたのは巴ちゃんの幼馴染の一人である青葉さんからだった。なぜか僕は電話の向こうで青葉さんがどんな表情をしているのかが分かった気がした。

 

本当に青葉さんが僕に電話してくるなんてどうしたんだろう。

いつもはフワフワとしている彼女の考えている事は僕にはまだ分からない。巴ちゃんは大体分かるらしいけど。

 

「そ、それで……何か聞きたい事でも、あるのかな?」

「モカちゃんはね~。ともちんとまーくんの謝罪会見の感想を聞きたいな~」

「なっ!なんで知ってるの!?」

「ひーちゃんから聞いた~」

「う、上原さん……」

「あたしは気が利くから、蘭と~、つぐにも。しっかり教えといたよ~。いえ~い。ぶい」

 

どうしよう、頭がすごく痛くなってきた。寄りによって羽沢さんだけでなく美竹さんにも知らされたとは。

 

僕と巴ちゃんの謝罪会見って言うのは、海水浴に一緒に行った時に巴ちゃんがちょっとした嘘で迷惑をかけてしまった事を謝った事を指す。

もちろん、僕も巴ちゃんと一緒に上原さんと、巴ちゃんのご家族に謝った。

 

その時はまぁ、なんと言うか……。

巴ちゃんが「アタシが悪い」的な事を言った後に僕が「いや、こんな決断をさせてしまった僕が悪いんです」と言うと巴ちゃんが僕を擁護して、僕は巴ちゃんを……と言うやり取りの繰り返しだった。

 

上原さんは目を点にしていたし、巴ちゃんのご家族にはなぜか「結婚はいつでもいいわよ」と言う謎の許しを得た。

 

何がひどいって上原さんと巴ちゃんのご家族、別々の場所で行っている。つまり謝罪は2回行った。にもかかわらず2回とも同じような内容になったんだ。

 

「ご、ご迷惑をおかけしました……」

「モカちゃんに感謝するのじゃ~。あの後のひーちゃん、大変だったんだよ~」

「え、上原さんが?なんで?」

「あの謝罪会見のあとね~。ひーちゃん、コーヒーを7杯も飲んだんだよ」

「そ、それって……なにが大変、なの?」

「ひーちゃんは甘い物が好きだから、コーヒーなんてほとんど飲まないんだよ~。それなのに死んだ目をして『もっと、コーヒー頂戴』なんて言ってたんだよ~」

 

うん、上原さんごめんなさい。

でもどうして上原さんは嫌いなコーヒーを7杯も飲んだのだろうか。僕と巴ちゃんが謝りに行ったことに関係があるのだろうか。

 

「青葉さん、お疲れさまでした……」

「全部、聞いた話なんだけどね~」

「はい?」

「つぐから全部聞いた話でした~。へっへーん」

 

僕は電話の通話を切る事にした。青葉さんのペースに引きづり込まれているような気がしたし、何よりこれ以上からかわれると体力がなくなる気がした。

電話を切った後すぐに青葉さんからメッセージが届いた。

 

 

モカちゃんいじめられた!ともちんに言いつけてやるー

 

 

僕はふぅ、と息を吐いてからメッセージをスル―する事にした。

そして立て続けに青葉さんからメッセージが送られてきた。僕は青葉さんをいじめるならいじめ続けようと思ったから既読スルーでも……。

 

 

ともちん、多分神社にいるから会いに行ってあげたら~

 

 

ありがとう、青葉さん。

 

待って。さっきまでの青葉さんの会話で羽沢さんから聞いた、と言っていた。と言う事は羽沢さんは青葉さん以外にも伝えている……?だって青葉さんにだけ教える理由なんて無いもんね。じゃあ、上原さんも僕たちが謝罪会見をしたことをみんなに?

幼馴染の連絡網って凄いね……。

 

 

 

 

空気が波打っているように見えてしまうような、そんな狂った暑さが降り注ぐこの日。

僕はこの辺りの一番大きな神社に向かっている。

 

青葉さんから神社に巴ちゃんがいるからって聞いたんだけど、どこの神社なのかを聞いていない為、規模の大きな神社から行ってみることにした。

あの後、青葉さんにどこの神社かを聞いたよ。聞いたんだけど「まーくんの愛の力で探して」としか返ってこなかった。

 

最初は「愛の力」って、と思ったけどそう言えば僕たち、キス、しちゃったんだよね。

巴ちゃんは僕なんかとキスして良かったのだろうか。巴ちゃんなら僕より素敵な男性を見つけられると思う。

 

僕は……巴ちゃんの事、「大事」な人だと思ってる。

だけど僕には、きっと巴ちゃんの恋人になれる資格は無いと思うんだ。

 

 

じゃあ、どうしてその女との関係を絶たないんだ?

 

 

そんな声がどこからか聞こえたような気がして、僕は立ち止まった。

こんなに暑いのに背筋がゾッとなって冷たくなる。周りを見渡してもそんな事を言いそうな人間はいない。

 

だから僕は心の中で、誰かに(・・・)反論した。

 

 

僕の事を初めて「見てくれた」人なんだ。僕にとって誰よりも大事にしたい人なんだ。

 

 

生ぬるい風が僕の髪の毛をサラッとかきあげる。

僕は他の神社に向かう事にした。ここにいると嫌な考えばかり考えてしまいそうだから。

現に今も幻聴に対して反論している。

 

振替って来た道を戻ろうとした時、僕の耳に太鼓のような音が聞こえた。そう言えばこの神社に入る前にお祭りの案内が書いてある紙を見たような気がする。

 

せっかくここまで来たのだから太鼓を遠くからチラッとだけ見ていくことにしよう。

そう思って神社の奥まで進んでいった。

 

どうやらあの建物からなっているらしい。近くの境内マップでみると「神楽殿(かぐらでん)」と表記してあった。

特に神社に詳しくない僕は何をする場所なのか分からないけど、太鼓など楽器を鳴らす建物なんだろうなって推測した。

 

「……あれ?正博、だよな?」

「へっ?この声って」

 

僕は後ろから聞いたことがある、僕にとって大事な人の声が聞こえた気がした。

また幻聴かもしれないって思ってゆっくりと振り向いてみると、そこには幻なんかじゃない、巴ちゃんがはっきりと存在していた。

 

「やっぱ正博じゃん!どうしてここにいるんだ?」

「巴ちゃん!えっとね、神社から太鼓の音がしていたから気になって来たんだ」

「そっかそっか!」

 

僕は青葉さんから聞いて神社に来た、と言う情報は隠しておくことにした。多分巴ちゃんも僕みたいにいじられているような気がしたから。

 

目の前にいる巴ちゃんも太鼓を叩いていそうな衣装を着ていた。法被、と言うのだろうか。

その法被を着ている巴ちゃんはとっても似合っていて、かっこいいなって思った。

 

「巴ちゃんも、太鼓を叩くの?」

「ああ、叩くぞ……そうだ、今は休憩中なんだけど正博も太鼓叩こうよ」

「えっ!?ぼ、僕も!?む、無理じゃないかな……」

「大丈夫だって!よし、じゃあ行くぞ!」

 

僕の左手首をがっしりと掴んで僕を神楽殿まで引っ張っていく巴ちゃん。

僕は口では無理だって言っていたけど、まったく抵抗はしなかった。

 

そう言えば、巴ちゃんと出会ってすぐの頃もこうやって左手首を掴まれたっけ。

出会ってすぐの時とは関係性がまったく違うけど、いつもこんな感じで僕を引っ張って色々な世界を見せてくれるんだ、巴ちゃんは。

 

 

僕は巴ちゃんに引っ張られて神楽殿に足を踏み入れた。

そこには何人か大人の人もいたけど、全員巴ちゃんの知り合いらしく巴ちゃんが「体験です」と言う一言だけで周りの大人は笑顔で頷いてくれる。

 

「巴ちゃん、この太鼓はいつ披露するの?」

「3日後のお祭りでだよ。さぁ正博、これを持って太鼓を叩こう」

 

僕の想像していたのより太いバチを巴ちゃんから受け取る。

僕は思い切り力を入れて和太鼓を叩いてみる。

 

ドォン、と言う心にまで響きそうな低音が鳴った。手はバチから伝わる振動を受けてブルブルと震えているけど、叩いた時の一瞬はとても気持ちの良い物だった。

 

僕は何回も和太鼓にバチを打ち付けた。叩いた事によって生じた音は神楽殿どころか、この神社全体に響き渡っているような気がした。

 

 

「うーん、手が凄く張ってるよ……こりゃ、明日筋肉痛かも」

「それはもしかしたら腕だけで叩いているのかもな」

「腕だけで?どういう事?」

「全身を使って太鼓を叩くんだ。ちょっとバチ、貸してくれるか?」

 

巴ちゃんにバチを渡すと、彼女は息をスーッと吸ってから太鼓を叩く仕草に移動する。

彼女の真剣な顔つきに僕は釘づけになった。

 

巴ちゃんの熱いまなざしは、横から見ても素敵だった。

僕は美術館の名画を見ているような気持ちになった。この素晴らしい絵を他の角度からも見てみたい、そんな気持ち。

 

「ソイソイソイソイソイ!ソイヤッ!」

 

僕が鳴らしていたような音とは比べ物にならないような迫力があって、感情のこもった音が僕の身体を揺らした。

同じ楽器で、同じ道具なのにこんなにも音に違いが出るんだ……。

 

「すごい……すごいね、巴ちゃん!」

「正博、お祭りの日、アタシと一緒に和太鼓しないか?」

「そ、そんなの僕下手くそだから迷惑に……」

「ならないよ。……大丈夫ですよね!」

 

巴ちゃんは僕たちの様子を離れて見ていた大人たちに聞いた。彼らはみんな笑顔でオッケーサインを出していて、こんなにも簡単に参加しても良いのかって言う気持ちになったけど……。

 

正直、巴ちゃんと太鼓が出来るのは楽しみだ。

 

すると、大人の一人が僕たちに向かって爆弾を落とした。

 

「巴ちゃん、恋人のお兄ちゃんと熱くなれよっ!」

 

「「こ、恋人じゃないですよ!」」

 

大人たちはみんなケラケラと笑っていて、僕と巴ちゃんは顔を赤くしながらお互い見つめ合って、同じタイミングでため息をついた。

 

その時に巴ちゃんは小さな声で何か言ったような気がしたけど、大人たちの笑い声で何も聞こえなかった。

 

 




@komugikonana

次話は6月14日(金)の22:00に投稿します。
新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~高評価をつけて頂いた方のご紹介~
評価9と言う高評価をつけて頂きました 託しのハサミさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
今日はお祭り当日。巴ちゃんと一緒に和太鼓を演奏することになった僕は緊張している。巴ちゃんは緊張しないんだろうなって思っていたけど……!?

「和太鼓の演奏の時間まで、二人でお祭りを満喫しない?」
これが、今の僕に出来ること。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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動き出した歯車は何を思う?②

なんだか、フワフワと浮かんでいるような感覚でとっても気持ちが良い。まるで雲の上に寝転がりながら、下で忙しなく動き回っている人間を見ているような感覚。

 

僕はそんな殿上人みたいな気分になっていると、見覚えのある制服を着た男子生徒を見つけた。正直、無視しても良かったんだけど身体が勝手にその男子生徒を追いかける。

他の歩行者と僕がぶつかっても痛くもなく、のけ反らない。これは……夢?

 

 

僕が男子生徒を追いかけていると、到着したのはショッピングモール。

僕はようやく理解した。そして背中が寒くなって足が震えた。男子生徒の行先は知っている。そして彼が発する言葉も……。

 

「うーん、これが今流行ってる腕時計だよね……」

 

一言一句、分かる。

 

「僕がこの腕時計をしても、似合うかな?」

 

僕は声を大にしてショーケースの中に入っている腕時計を眺めている男子生徒に話しかける。

 

お前には腕時計なんて無くても大丈夫だって!

それにお前、それを買うお金なんかないだろ?そんなに急がなくてもいいじゃないか!

 

いくら僕が声を()らすぐらい叫んでも、男子生徒には聞こえない。

お願い、止まってよ!それ以上僕は見たくないよ!

 

「ちょっとだけ、これだけだから……ね?」

 

「すみませーん、この腕時計、ください」

 

店員さんがやって来る。僕は店員さんがこっちに来ないように全力で押すのだけど、僕の身体はすり抜けていくだけ。店員さんは何事も無かったのように男子生徒の方まで笑顔で向かっていく。

 

僕は目を手で押さえようとした。この先に起こる出来事を見たくないから。

なのに、僕の手は全く動かなくなって身体が少年の近くまで近づいて行く。

もういやだ……いやだよ。

 

店員さんがショーケースを開けた瞬間、男子生徒はその腕時計をガッと鷲掴みして店の外へ走って出て行く。

店員さんは大きな声で叫ぶ。その声を尻目にその場を走って離れる男子生徒は突然、偶然出くわした同じ制服を着た同級生(・・・)に押さえつけられた。

 

時計を万引きしようとした男子生徒は店の店員に引き渡され、店の裏にまで連れていかれる。僕も引き寄せられるように後をついて行った。

 

だけど僕はめまいがして足もガタガタしていて、とても歩ける状態では無い。それなのに後をついて行く身体に恐怖感が増した。

こんな夢、早く覚めてよ。冗談にしては面白く無いよ。

 

「ご、ごめんなさい……そ、その……」

「ごめんで済むと思っているのか?今、警察に電話したから」

「え、警察!?うそ、そんなはずじゃあ……」

「なぁクソガキ、取りあえず名前言えよ……黙ってねぇで言えって言ってんの!」

 

バァン!という机を叩く甲高い音を聞いて、僕は気持ちが悪くなってしまった。

名前……どうして名前を。

 

「ぼ、僕の名前は……」

 

 

 

 

「正博、正博ー?……おかしいな、すれ違ったかなぁ」

 

急に視界がぐちゃぐちゃになった後、見覚えのある天井と空間が現れた。そしてピンポーン、と言うインターホンの音と外から僕を呼ぶ声がして急いで玄関まで行ってドアを開けた。

 

「あ、巴ちゃん……」

「今まで寝てたのか……って大丈夫か正博!顔色が凄く悪いぞ!」

「あ、はは……悪い夢を見ちゃってさ。取りあえず外暑いでしょ?中に入っておいでよ」

 

僕は巴ちゃんを招き入れて、僕はそのまま着替えを持って洗面台に入っていった。

鏡で顔色を見てみると確かに青紫っぽい色をしていて、こんな顔を巴ちゃんには見せられないって思って顔を何回も冷水ですすいだ。

 

着替えも終えて僕は冷蔵庫から冷たい飲み物を出しておくことにした。朝の10時なのに外は暑そうだから、こんな時は冷えた麦茶が一番いいかもしれない。

 

巴ちゃんは机の近くで座りながら、お茶を持ってきた僕を心配そうな目で見つめていた。

 

「ほんとに大丈夫か、熱とかあるんじゃないか?」

「ううん、大丈夫だよ。身体が怠いとかは無いし」

「そんなにひどい夢だったのか……一体どんな夢を見たのか気になるな」

 

僕の動きが一瞬だけ止まった。

どんな夢か……ね。

 

なんて答えようかかなり迷ったけど、僕は巴ちゃんに笑顔を見せながら彼女の前に麦茶の入ったコップを置いた。

 

「ライオンに、追いかけられて食べられるところだったんだよ」

 

上から視線を感じて、鋭利な視線は僕に厳しく降り注ぐ。

 

 

僕は巴ちゃんの前にコップを置いた後、そのまま立ち上がって冷蔵庫に向かう事にした。なんだか麦茶を見ていたら僕も飲みたくなってきた。

それに寝起きって意外と喉が渇くし、水分も失っているから飲んでも良いよね。

 

僕はドアを開けて冷蔵庫に向かおうとした時、背中が温かくなって安心感に包まれたような気がした。

 

「と、巴ちゃん……?」

 

僕の後ろから彼女は、巴ちゃんは抱き着いて来た。

彼女の温もりと、心臓の鼓動が背中越しからもしっかりと伝わった。

彼女の両手は僕の腰に回されていて、顔は僕の右隣にあるのを感じた。そして彼女の甘い香りが鼻をくすぐり、彼女のきれいな髪の毛は僕の首筋をくすぐる。

 

「今の正博は、ちょっと心配なんだよ……」

「心配って?」

「アタシの知らない物事を抱えているような気がした」

「巴ちゃん……」

「アタシは教えて欲しいとまでは言わない。だけどせめて、つらいとかは言ってほしいんだ」

 

さっきよりギュッ、と強く抱きしめながら巴ちゃんは訴えるような声で僕に話しかけた。

 

後ろから抱き着かれているから分からないけど、今の巴ちゃんはどんな顔をしているんだろう。もし悲しそうな顔をしていたら、僕は何をやっているんだって自分を殴ってやりたい。

 

本当に、僕は頼りない人間だね。仕方がないのだけど……。

 

僕は腰に回されている巴ちゃんの手を優しく包み返した。

夏だと言うのに冷たくなっている巴ちゃんの手を温かくしてあげる事しか今の僕には出来ないけど、巴ちゃんが僕の事をこんなにも想っていてくれているなんて知らなかった。

 

「心配かけてごめん、巴ちゃん。僕は……大丈夫だから。そろそろ行こうか」

「……もう少し、このままでいさせてくれ」

「遅れても知らないよ?」

「正博が寝坊するのが悪いんだ」

 

たしかにそれもそうだなって僕は笑いながら、しばらく部屋で肌を寄せ合っていた。

机の上に置いてあった麦茶は、波紋も起こさずコップになみなみと入っているだけだった。

 

 

 

 

お昼になって、一段と太陽が真上に移動して来てこれから暑さのピークがやって来るであろう時間帯に、僕と巴ちゃんは神社に向かっていた。

どうして向かっているかと言うと、今日は神社でお祭りが開催されるんだけど、僕は巴ちゃんからのお誘いで和太鼓を演奏させてもらう事になった。

もちろん、始めたばかりだからソロパートなんて無いけどみんなと音を合わせるのは事実だ。

 

お祭りは夕方ぐらいから本格的に始まる。僕たちの出番はもう少し遅い夜の7時ごろ。盆踊りの際に叩かせていただく。

 

早く集まるのは和太鼓を演奏する人たちが集まって本番の流れと成功のために一致団結する為。僕はそれが終わったら少しだけ太鼓の練習を巴ちゃんと行う予定だ。

 

「僕、ちょっと緊張して来たな……巴ちゃんはこういうの慣れてるよね」

「えっ?あ、ああ!もちろん慣れてるぞ!」

「……巴ちゃん、一緒に歩いているのにこんなにも離れて歩かれると、傷つくんだけど」

 

どうやら僕の背後から抱き着いたのは咄嗟の行動だったらしくて、巴ちゃんは今になってから恥ずかしさの波に襲われているらしい。

 

さっきからずっと彼女は「大胆過ぎるだろ……」とか「アタシ達恋人じゃないんだぞ」などの言葉を言いながら顔を赤くしていた。

 

たしかに彼女の言う通りで、僕たちはまだ(・・)恋人じゃあないんだからそのあたりはわきまえないといけない。

手を握ったり、背後から抱きしめられたり……その、キスまでしてしまっている訳だし。

 

 

神楽殿について大人たちに今日の流れを簡単に説明してもらった時も、巴ちゃんはちょっとだけぎこちない感じで大人たちもニヤニヤしながら僕たちを見ていた。

 

巴ちゃんは和太鼓が好きだと言っていたけど、今のままでは曖昧になってしまって良くないような気がした。一緒に和太鼓を叩いた時に見せた彼女の純粋な笑顔を今日も見たいって僕は思った。

 

そんな僕のわがままを実現させるために、リーダー格の大人の方に交渉しに行く。

 

「す、すみません、ちょっとだけお時間、よろしいです、か?」

「ああ、君は正博君……だっけ?昨日は巴ちゃんと燃えるようにお互いの愛を確かめあったんだろ?隠さなくてもおじさんには分かるぞ」

「そ、それは誤解ですから……」

「ほんとか~?正博君を見る巴ちゃんの目、完全に恋してる目だぞ」

「そ、その話題はちょっと置いときましょ!?……ち、ちょっとだけ、巴ちゃんを借りても良いですか?」

「ダメって言っても聞かないんだろ?どうぞご自由に」

 

リーダー格の大人に人はニヤ~っとしながらだけど、許可を貰うことが出来た。

巴ちゃんの所に行く前にその大人の人から「避妊はしっかりしとけよ?」という謎のアドバイスを頂いたけど、そのアドバイスは後で手水舎の水で洗い流してしまおう。

 

「巴ちゃん、お待たせ」

「これからアタシと正博は太鼓の最終確認だよな?あ、アタシ太鼓持ってくるよ」

「ちょっと待って、巴ちゃん」

 

僕はその場から離れようとした巴ちゃんの手を掴んだ。

巴ちゃんはビックリしたような顔をした後、状況を整理したのだろう、また顔を赤くして僕の方を上目遣いで見てきた。

 

正直、まだ僕はどうすれば巴ちゃんの恥ずかしさが取れるかと言う問題に対して答えがまだ出ていない。

だけど難しい問題ほど、考えるだけ無駄だと思う。

 

まず行動に移して、色んな方法を試していくのが近道だ。分からないからってジーッと問題文を見ているだけでは何も浮かばないだろ?

 

「ど、どうした?正博……?」

 

だから僕は、行動に出る。

 

「和太鼓の演奏の時間まで、二人でお祭りを満喫しない?」

 

 




@komugikonana

次話は6月18日(火)の22:00に投稿します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけて頂きました べっこう飴ツカサさん!
同じく評価10と言う最高評価をつけて頂きました タマゴさん!
評価9と言う高評価をつけて頂きました 蒼龍セイヤさん!
同じく評価9と言う高評価をつけて頂きました おれんじレンジさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます!本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
「巴ちゃんは僕の事、心配してくれたから。今まで僕を心配してくれる人なんていなかったから」
「ありがと、正博。アタシ、もう決めたよ」

僕はそんな巴ちゃんに置いて行かれないように足の動きを速くした。

そして最後、生ぬるい風が吹く夏の夜。
出会ってしまったんだ。

~感謝と御礼~
今作品「image」のお気に入り数が200件を突破いたしました!これも読者のみなさん一人一人の応援のおかげです!本当にありがとうございました!
この物語も後半戦。まだまだ読者のみなさんにドキドキを提供していけるよう努力していくので応援、よろしくね!

~豆知識~
正博君の過去……正博君の過去はみなさんが想像している通り。ちなみにこの小説のヒロインである巴ちゃんはTwitterでヒロイン選挙をした結果、一番人気のキャラでした。そんな人気ヒロインと結ばれるであろう主人公が……!?
主人公が「素敵な人間」だと言うのは、ただの「固定概念」にすぎないんだ。すなわち無意識のうちに刷り込まれた「イメージ」に過ぎない、という事。

そんな出来心から出来た小説が「image」です。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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動き出した歯車は何を思う?③

お祭り会場であるここの神社は混雑が予想される。なにしろお盆休みだし親子連れも、カップルにも、老若男女にも参加しやすい日程だからだ。

 

それもピークの時間帯でのお話。そのピークの時間は日が暮れてから。

もうすぐ日が傾きそうな時間帯である現在はそこまでたくさんの人が来ている訳では無いから一番過ごしやすい時間帯なのかもしれない。

 

夕焼けを背景に、太鼓を演奏する時に着る法被を着たまま僕たちはお祭り会場をぐるりと周ることにした。お祭りだから浴衣を着る人が多い中、僕たちの服装は少し浮いて見えるかもしれない。

 

横を歩く巴ちゃんの顔色はまだちょっとだけ落ち着きのないような顔をしていた。

 

「ねぇ巴ちゃん」

「な、なんだ?」

「僕も巴ちゃんに抱き着かれた時、恥ずかしさもあったよ」

「急にその話題になると、恥ずかしいよな……?」

「でもね、僕はそれ以上に嬉しかったんだ。巴ちゃんは僕の事、心配してくれたから。今まで僕を心配してくれる人なんていなかったから」

 

僕は巴ちゃんの顔を、目をしっかりと見て語り始めた。僕が言っている事はとってもバカらしく聞こえるかもしれない。だけど僕の気持ちを巴ちゃんに伝えたかった。

巴ちゃんの綺麗な瞳がガクガクと動いた後、(まぶた)がゆっくりと閉じられた。

 

そして開かれた時の瞳は、迷いを捨てたような目だった。

 

「ありがと、正博。アタシ、もう決めたよ」

「何を決めたの?」

「はは、正博にはまだ言わないよ!」

「え、なんで?どうして?」

「ほら、正博!ちょっと腹減ったし焼きそば買いにいこーぜ」

 

そう言って巴ちゃんは僕の左手をぎゅっと握って走り始めた。その時の巴ちゃんの顔はいつものようなかっこよさと一緒に、晴れ渡った顔をしていた。

僕はそんな巴ちゃんに置いて行かれないように足の動きを速くした。

 

 

 

「うーん、たまには焼きそばもうまいな」

「そうだね、屋台で買う焼きそばって美味しいよね」

 

僕たちは境内にある階段に座って、さっき購入したばかりの焼きそばを食べていた。今はまだ暑さが残っているけど日が暮れるにつれて涼しくなっていくだろう。

 

人が少しずつ増えてきた。お祭りという事もあってみんなの気分は最高潮に近くて、周りの顔色を見れば悲しい顔をしている人なんて見当たらなくみんな嬉しそうな顔をしている。

 

隣から鰹節とソースの香ばしい香りが鼻をくすぐり、お腹が求めているから箸で適当な量をすくって焼きそばをすする。

和太鼓を披露する時間までおよそ2時間。神楽殿の近くでは盆踊りの準備が進んでいるんじゃないだろうか。

 

もうちょっとだけ巴ちゃんとお祭り会場を周りたいな。次はかき氷を食べたい。そして出来れば射的とかくじとかやりたいな。

 

「あれ、巴じゃん!」

「おっ、沙綾(さあや)か!久しぶりだなー」

 

僕の知らない女の子が巴ちゃんの方に寄って行って彼女とおしゃべりをしている。巴ちゃんの口調から察するに二人はきっと知り合いなんだろう。

巴ちゃんの明るい性格なら誰とでも仲良くなれるんだろうなって思った。

 

沙綾と呼ばれた女の子は茶髪で、髪の毛をポニーテールにしている女の子でそちらも明るい性格だと感じた。

その沙綾と呼ばれた女の子は僕の方を見た。すると彼女は目を大きく見開いてから意外そうな顔をして言った言葉に、僕は違和感を感じた。

 

「あれ!?佐東君だよね!?巴と知り合いだったの?」

「えっ、はいっ?」

 

僕はビックリしすぎて変な声を出してしまった。巴ちゃんはジト目で僕の方をジーッと見ている。

 

そんな事よりも僕は目を一度ゴシゴシと擦ってから、沙綾と呼ばれた女の子の方を見る。

……うん、やっぱり僕はこの女の子に見覚えが無い。

 

高校の時の同級生?いや、ありえない。

じゃあもしかして幼少期の時に出会っていたりとかだろうか。でも僕にはこんなかわいい顔をした女の子の幼馴染なんていないし、第一、僕に幼馴染なんかいない。

 

「あの……僕と、その、どこかで会いましたっけ?」

「あれ?人違いだった、かも。でも、佐東君なんだよね」

「あ、はい。佐東ですけど……名前は、分かります、か?」

「名前……そう言えば知らないなー。私、ずっと佐東君って呼んでいたから」

 

今の会話で大体の推理をする事が出来た。この女の子は人違いをしている。

だけど、この女の子は小学校、中学校……見た事ないんだけどな。

そうなればやっぱり高校?

 

「沙綾こそ、正博と知り合いなのか?」

「あ、正博君って言うんだ!うん、知り合い……だと思っていたんだけど人違いかな」

「そんなに似ている人が知り合いにいるのか?」

「うん!もうそっくり!私の好きな人の友人さんにそっくりなんだ」

「じゃあ、沙綾の好きな人の名前を言ってみてくれよ」

「あ、はは。みゆき君って言うんだけど」

 

僕は顔をしかめる。みゆきって名前は聞き覚えはあるけど別人のような気がする。

僕が難しい顔をして考えていることを巴ちゃんたちに見られたから、彼女たちは「人違い」と言う事で決着したらしい。

事実、人違いだから仕方がないのだけど。

 

きっと、この沙綾と言う女の子はあの人(・・・)と間違っていると思う。

だけど、あの人のイメージを持っていれば普通の人は近づかないはずなんだ。

 

嫌な、予感がする。

 

「ごめんね、間違えちゃって!それに二人の邪魔しちゃったね。ばいばい、巴、正博君」

 

沙綾と呼ばれた女の子は人混みの中に入って見えなくなってしまった。お祭りに一人で来ていたのかな?

 

「正博、疑う訳じゃないけど……ほんとに沙綾に見覚え無いのか?」

「それが、本当に初対面でびっくりしたよ」

「でも名字は沙綾、知ってたぞ?もしかして正博って一度記憶喪失になった事でもあるのか?」

「記憶喪失になった事なんてないよ!ちゃんと小さい頃の出来事も覚えているし」

「そっか……よく分からないけど、良いか」

 

巴ちゃんは残っていた焼きそばの最後の一口を食べ終えた。僕の手が持っている焼きそばはまだ残っているけど、そんな事より考えていることがあった。

 

あの人(・・・)は今何をやっていて、どのように過ごしているんだろうって。

僕には分からないことだらけだし、僕に知る権利なんてものは無いって事は知っている。だけどやっぱり気になってしまう。

 

あの人(・・・)は今も僕の事を……。

そのために僕に似せているはずだから。

 

「正博、箸が止まってるぞ?食べないのか?」

「あ、食べるよ。ごめん、食べるのが遅くなっちゃったね」

 

僕は残っていた焼きそばをズルズルと口の中に運んで完食した。

これから大事な出番が僕にもあるんだから、分からない事を考えても仕方がない。それに今は僕の隣に巴ちゃんがいてくれる。

 

僕は手に持っていた焼きそばの容器をごみ箱に捨てた。

その容器には一摘まみの鰹節がゆらゆらと躍っていた。

 

 

 

 

盆踊りの本番直前の神楽殿は、いくつかの和太鼓とそれを演奏する人たちがいた。

主に梅雨時と盆踊りの時期に和太鼓を演奏するらしいけど、今回はそんなに激しく叩くのではないからリズムさえ合っていれば良いらしい。

 

そんな大雑把なアドバイスを大人の方から貰った。僕の隣で聞いていた巴ちゃんもうんうん、と頷いていたから間違った事は言っていないのだろうけど大雑把なほど心配になってしまう。

 

そして周りには盆踊りの為に集まった人たちが円を作っている。

もうすぐ本番が来るんだって思ったら心臓がバクバクと暴れ出した。

 

「正博、緊張……してるか?」

「うん、かなり緊張してる」

 

巴ちゃんは僕の隣で太鼓を叩いてくれるらしい。盆踊りでは多くの人が一斉に叩くわけでは無いから役割分担で行う。そして僕と巴ちゃんは二人で叩く。

しかも一番最初に。

 

「夕方はアタシが支えられたから、今度はアタシが正博を支える番だな」

 

そう言って巴ちゃんは僕の震えている右手をしっかりと握ってくれた。

もしかしたらみんなが見ているかもしれないって恥ずかしさよりも、巴ちゃんがいてくれる事の安心感の方が強かった。

 

今日は巴ちゃんを支えてあげようって思ったのに、やっぱり僕は巴ちゃんに支えられているんだなって思った。

正直男として情けないと思うよ?だけどその温かさが今の僕には嬉しいんだ。

 

「……ありがとう、巴ちゃん」

「よし、もう本番だ。アタシが最初叩くから正博はさっき教えたテンポで叩いてくれ」

「うん、分かった」

「……の前に、掛け声やっとくか?」

 

巴ちゃんはニヤッとしながら僕にもう一度手を出すように求めてきた。

掛け声って僕、何も知らないんだけど……。

 

「せーのっ!」

「え、えっと……せーの?」

「ソイヤーーーーっ!」

 

巴ちゃんの掛け声には唐突過ぎてついていけなかったけど、気合いが入ったのか巴ちゃんは太鼓を叩き始めた。その音に合わせて盆踊りの人たちも踊り始めた。

 

いきなり始まるなんて思ってもいなかったから僕も一定のリズムを刻んでいく。

巴ちゃんは僕の方を見てニッコリ笑いかけてくれた。僕もぎこちなく笑顔を彼女に返す。

 

「ソイソイソイソイソイ、ソイヤーーーーっ!」

 

巴ちゃんは急にアレンジを入れ始め、太鼓が激しく音を鳴らす。僕は一定のリズムで叩いているから不思議と調和していて。

巴ちゃんはとっても楽しそうに叩いていたから、僕も自然に笑顔になっていく。

 

もう、ぎこちない笑顔なんて消えていた。

 

 

 

 

 

「いやー、楽しかったな!今日は」

「うん、僕も楽しかったよ」

 

夜の8時になって、暗い夜道を僕たちは巴ちゃんの家に向かって歩き始めている。もちろん巴ちゃんを家までしっかりと送る為。

 

最初は緊張でガチガチだった僕も、始まってしまえばとても楽しかった。

それに巴ちゃんもいつもの雰囲気に戻ってくれて、一緒にお祭りを周れて嬉しかった。僕は一度、友達とお祭りに行ってみたいって思っていたから、思わぬ形で実現して良かった。

 

「また、和太鼓を巴ちゃんと叩きたいな」

「おお!まじか!大歓迎だぞ、正博!」

 

周りは暗くても、巴ちゃんの笑顔はしっかりと見える。

このきれいで、輝いていて、にっこり笑う巴ちゃんの顔が、一番好きなんだ。

 

「ここまでで大丈夫だ、またな!正博」

「うん、今日はありがとう巴ちゃん」

 

巴ちゃんは大きく手を振った後、家に入っていった。

玄関の外からでも聞こえる彼女のただいま、と言う声は僕に笑顔をくれた。

 

僕も家に帰ろう。

ふと空を見上げれば、曇っているのだろうか、星があまり見えなかった。

 

明日は雨でも降るのかなって考えていた。そう言えば今日は天気予報を見ていなかった事に気が付いた。

 

 

 

「……久しぶりだなぁ」

 

僕の足はぴったりと止まる。

暗い夜道の中、僕は今、一番聞きたくない声が聞こえた気がしたから恐る恐る聞こえた方向を見る。

 

前をゆっくりと見ると、そこには暗くて顔がしっかりとは見えないけど誰がいるのかはっきりと分かった。

 

僕の手が、足が、すべてが震える。

 

「……なんで、どうして……」

 

僕はこんな言葉しか出せなかった。

わざわざ会いに来る必要なんてないよね?

 

「どうしてって、挨拶に決まってるだろ?」

 

いやらしい言い方に僕はさらに震えを増す。もう僕に関わらないって言っていたよね?なのにどうして会いに来たんだ?

 

それに僕だってお前の顔なんか見たくない。それはお前だって同じだろ?

お前の考えていることが……分からない。

 

「楽しそうだねぇ、正博……ほんと、腹が立つわ」

 

 

 

 




@komugikonana

次話は6月21日(金)の22:00に公開します。
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけて頂きました シュークリームは至高の存在さん!
評価9と言う高評価をつけて頂きました ニコアカさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくね!

~次回予告~
9月に入って少しは過ごしやすくなると思いきや、まだまだ暑さが8月と変わらず部屋の中はクーラーをフル稼働している。
カレンダーをまだ8月からめくっていない事に気が付いた。画鋲によって壁に張り付けられているカレンダーを手に取って、ビリビリと破る。
カレンダーは9月に更新されて、手元には役目を終えた8月分のカレンダーがある。

その役目を終えた月をボーっと眺めながらある事を思う。

この月に、アタシは……。


機種変更した時に間違えて消しちゃったので前のアカウントは消してください

こんなメッセージが、届いた。送り主は彼。

~感謝と御礼~
今作品「image」がついに評価バーをすべて埋めることが出来ました!これで私の作品はデビュー作から今作品まですべて評価バーが赤色で埋まりました。
これも読者のみなさんの支えがあったからこそ成し遂げることが出来たと思っております!本当にありがとうございます!


では、次話までまったり待ってあげてください。


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ディーリング・ビドルポジション①

9月に入って少しは過ごしやすくなると思いきや、まだまだ暑さが8月と変わらず部屋の中はクーラーをフル稼働している。

 

そう言えば部屋のカレンダーをまだ8月からめくっていない事に気が付いた。画鋲によって壁に張り付けられているカレンダーを手に取って、ビリビリと破る。

カレンダーは9月に更新されて、手元には役目を終えた8月分のカレンダーがある。

 

その役目を終えた月をボーっと眺めながらある事を思う。

それは、8月に起きた素敵な思い出。

 

一緒に海水浴に行って、同じ部屋で一晩を共にした。言い方は何だかいやらしいけどそんな事はしていない。まぁ、キスはその、しちゃったけど。

一緒に和太鼓を叩いた。いつも一人で和太鼓を叩いていて楽しかったけど、二人で叩くのも悪くないって思えた。

 

そして、恋を自覚した月でもある。

 

このままこの役目を終えたカレンダーを捨てると今までの思い出が消えてしまいそうな気がした。もちろんそんな事あるはず無いんだけどさ。

 

コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえる。

入ってもいいぞ、と伝えると妹が入って来た。

 

「おねーちゃん、ちょっとあことお話しよ?」

「ああ、もちろん良いぞ」

 

妹のあこは高校3年生だから、受験シーズンに入ってくる。簡単に言えば忙しくなっていくんじゃないだろうか。

まぁでも、あこはアタシの自慢の妹だ。きっと良い方向に進んでいくはずだ。

 

「おねーちゃんにね……お、男の子のお友達がいるよね?」

「ああ、正博だろ?それがどうかしたか?」

「あこ、ちょっと気になってて……おねーちゃんは正博さんの事、好き?」

 

アタシは手に持っていた8月分のカレンダーをきれいに、小さく折りたたんだ。やっぱりアタシにはこのカレンダーを捨てることが出来なさそうだ。

 

あこはアタシと正博の仲が気になるらしい。

一度、正博を家に連れてきて一緒にご飯を食べたし、例の謝罪の時も両親に会っている。

 

アタシはあこに嘘はつきたくないから、本当の気持ちを話すよ。

きっとあこも女子高生だから恋愛の話とか好きかもしれないな……いや、ゲームの話題の方が好きか。

 

「ああ、アタシは正博の事が好きだよ。異性として、な」

「やっぱり!?いつからお姉ちゃんは正博さんの事、好きになったの?」

「そうだな……ライブに誘って感想を聞くとすごく喜んでくれてさ、多分そのあたりから少しずつ正博を好きになっていたと思う。気づいたのはお祭りの時なんだけどな」

 

最初は正博を中学生の時の蘭に重ねてしまって、アタシが面倒を見てあげなきゃって思っていた。だけど次第にそんな感情は無くなっていた。

今あるのは少しでも正博と一緒にいる時間を増やしたい、正博のそばにいたいと言う感情。

 

そして、アタシの恋心を正博に気づいて欲しいと言う感情。

でも積極的すぎると正博に引かれちゃうよな……。

 

ずっと女子高で学んできたアタシに恋の駆け引きはとっても難しい。

同性からかっこいい、と良く言われるけどこのままで良いのだろうか。正博は「笑顔がかわいい女の子が好き」って以前言っていた。

 

「正博さんって良い人そうだもんね。ちょっと頼りなさそうだけど」

「あはは、でもああ見えても頼りになるんだぞ」

 

あこに海水浴に行った時に、クラゲに刺されたんだけど的確に対応してもらえたことをあこに教えてあげようと思った時にアタシの携帯にメッセージが入ったらしい。

アタシは携帯を見ると「佐東正博」と言う人物からだけど、友達登録はされていない人だった。

 

「うん……正博か?これ」

「あ!あこ、ゲームする約束忘れてた!おねーちゃん、幸せにねっ!」

 

あこは急いで部屋から飛び出していった。きっとアタシの邪魔をしたくなかったのだろう。

別にそこまで気にしなくてもいいぞって言おうとしたけど、もうあこは部屋を出て行った後だった。

 

 

機種変更した時に間違えて消しちゃったので前のアカウントは消してください

 

 

そう送られてきた。たしかに正博だったら間違えて消してしまいそうだよな。このSNSなんて簡単に引き継げるのに。

それにアタシはちょっと正博の声を聞きたくなった。だから今来た「佐東正博」に電話をしてみた。

 

通話がつながるまでドキドキしながら待つ。この胸が締め付けられるような感覚はきっと正博が電話から出た時に優しく解され、心地よい感覚になる。

もう、アタシは恋をする女の子。

 

「……もしもし?巴ちゃん?」

「あ、正博!機種変更で引き継ぎ失敗したんだろ?笑わせないでくれよ、あははは」

「も、もう……笑わないでよ」

「分かった、もう笑わないよ。ところでさ、今週の火曜日って暇か?」

「えっと……うん。お、僕は大丈夫だよ」

「そっか!じゃあさ、一緒にラーメン屋を食べ歩かないか?最近ラーメン食べてないから我慢できなくてさ」

「うん、行こうよ!朝の10時くらいに経済大学前で集合しない?」

「よし、それで行こう!じゃあな、正博」

 

アタシの心はかなり満たされてきた。正博と話していると楽しいし、なにより一緒にラーメン屋を食べ歩く約束までしてしまった。

今は日曜日だから明後日と言う事なんだけど、今から楽しみしかない。

 

アタシはさっとSNSにさっき来た正博を友達承認した。そして古い方の正博のアカウントをブロックして削除手続きに入って、指が止まる。

 

カレンダーでも同じことを思ったけど、この正博のアカウントは正博と出会った時からこれで連絡のやり取りをしている。このアカウントを削除すれば正博との思い出が消えてしまうように感じた。

 

「……でも、そんな事を思っていたら何も捨てれなくなっちゃうよな」

 

カレンダーもこれからずっとたまっていく事にもなってしまうだろう。8月分のカレンダーはファイルに入れておく。でもこれから先のカレンダーはきれいに折ってから捨てよう。だからこのアカウントにはお別れを告げて、新しい正博のアカウントで楽しい日常を作っていこう。

 

「これからも、楽しい日常を過ごそうな、正博」

 

そしてアタシは最後に一言を告げて、古い方の正博のアカウントを削除した。

 

「正博、好きだよ。ずっと、これからも」

 

 

 

 

正博とラーメン屋を食べ歩く日まであと1日と迫って、アタシはもうすでに明日が待ちきれない程ワクワクしている。

そんな日にアタシは幼馴染とファミレスでお昼ご飯を食べていた。朝からバンド練習をし終えた後、みんなでご飯を食べようと我らがリーダーのひまりが言いだしたんだ。

 

「ところでともちん、まーくんとキス、したの~」

「ブッ!も、モカ!いきなり変な事言うなよ!」

 

アタシは予想外の質問に飲んでいたオレンジジュースを少し吹いてしまった。女の子がこんな事をしたらダメだろう、なんて思いながら紙で机を拭く。

 

その時のモカの顔はいつもよりニヤ~ッとしていて、ひまりは目をキラキラと輝かせている。蘭とつぐは頬を赤く染めながらポカンとアタシの方を見ていた。

 

あれ?アタシ変な事言ったか?

 

「巴!今の反応は絶対、正博君とキスしたよねっ!ねっ!」

「ちょ、ひまり!近いって!」

「付き合って何か月でキスしたの!?結構ペース速いよね!」

「まだ付き合ってないってば!」

 

ひまりがこんなにも恋愛に興味があるとは思わなかった。だってアタシと正博がひまりに謝りに行った時なんか「これ以上イチャイチャを見せつけないで!」とか言って走ってつぐん()行ってたじゃんか。

 

モカがほほ~、なんてニヤニヤしながら言っているのが何か気になる。モカはボーッとしているけど核心を上手く突いてくるから、発言には気をつけないといけないな。

 

「と、巴……」

「どうした?蘭」

「まさか、まだ付き合ってないのに……キス、したの?」

「それにともちん、さっき『まだ』付き合ってないって言ってたね~。もうお付き合いする気満々だ~」

 

アタシは早速自分のした発言のミスを指摘され気づく。これは流石に不利だし、つぐに助けを求めても顔を赤くしながら「あ、はは……」と笑っているだけだった。

 

それに蘭はボソッと「あいつ、ぶん殴ってやる……」なんて言っていた。ごめん、正博。

蘭に殴られてくれ。でもそれで蘭の事を好きになったら許さないけど。

 

「まぁ、その……キスはした」

「巴!初めてのキスってどんな味がしたの?」

「味!?そんなの分かんないよ……」

 

だってあの時は急に思い立って、勢いでキスしちゃったような感じだったから。

それに正博がアタシの下唇を吸ってくるなんて思っても無かったから、もうキスした時の感触なんて忘れちゃったんだよ。

 

その正博にもう一度キスしないか、なんて言えないよ。

なんかアタシがスケベな女のように思われてしまうし……。

 

私が思案の海の中に潜っていて、息継ぎの為に出てきて周りを見てみると4人とも目をパチクリさせて口をあんぐりさせてアタシの方を見ていた。

あのモカでさえ、ストローから口を離すのを忘れてしまっている。

 

またアタシ、おかしなこと言ったのか?

 

「巴ちゃん……本当に恋をしているんだね」

「どういうことだよ」

「さっきの巴ちゃんの顔。すっごくかわいかったよ」

 

つぐにそんな事を言われるとは思っていなかったけど、他の3人もうんうんと頷いていたし……アタシ、どんな顔をしていたんだろうか。

 

アタシはかばんに入っている手鏡で自分の顔を見てみた。

 

手鏡によって映し出されたアタシの顔は、頬がほんのりと赤く染まっていて口角がちょっと上がる感じで、目はトロンとしていた。

 

 




@komugikonana

次話は6月25日(火)の22:00に投稿します。
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~次回予告~
幼馴染たちから怒涛の質問ラッシュがあった次の日。
今日は正博とお昼ご飯を食べる。

でもアタシは気付いた。そういえば正博の事をあまり知らないって。
例えば彼が左利きだったこととか……。

「……それを知って、どうするの?」

ドスのきいた、低い声も出せてしまうっていう事に。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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ディーリング・ビドルポジション②

幼馴染たちから怒涛の質問ラッシュがあった次の日。

アタシは不思議とぱっちりと目を覚ました。時計をチラッとみるとアラームが鳴る5分前だと言う事が分かり、携帯のアラームを解除する。

 

今日は正博とラーメン屋巡りをする約束の日。朝ご飯はもちろん抜きで行くつもりだ。今日はどれぐらい美味しいラーメンに出会えるか楽しみだ。

 

アタシはそのまま胸に手を当てる。正博の事を考えるとドクン、ドクンと規則正しい心音が徐々に早くなっていく。ラーメン屋の穴場を見つけるよりも、正博と一緒に行動出来る事の方が楽しみなんだ。

やっぱり心は正直なんだな。

 

アタシはそのままクローゼットの前に立って今日着ていく服装とかを考える。

ラーメンを食べに行くから明るい色の服だと良くないよな……。

 

そして服を決めた後、軽くシャワーを浴びる。

後は髪の毛の手入れとか、軽く化粧をしたりお気に入りの香水をつけたりと、恋する乙女の朝は忙しいんだ。

 

忙しいけど、一つ一つの作業が楽しい。ここを褒めてくれたら嬉しいな、とかこのにおいが好きなんだ、とか今日もかわいいね、とか。

そんな事を正博の声で想像する辺り、アタシは正博に溺れてしまっているんだな。

 

髪の毛を櫛でとかしながら、鼻歌を歌うことにした。

 

 

 

 

9時50分にアタシは正博の大学である羽丘経済大学の校門前に立って彼の到着を待っている。1限目が始まって時間が経ち2限目が始まるまでまだ時間がある、そんな中途半端な時間だからか人の出入りは少ない。

 

それも向こうは計算済みなんだろう。なぜなら人が少ないから待ち合わせにはうってつけの時間なんだからさ。

 

アタシは携帯を見ながら時間が過ぎるのを……正博が来るのを待っていた。

携帯の時刻って正確に表されるんだよな?

 

今、アタシの携帯は10時20分と記載されている。

お祭りの時のようにまた悪い夢を見てうなされているのかもしれない。正博から連絡が無いのはお祭りの日と被る。

 

また正博の家に行ってみようか。合鍵があれば楽なんだけどアタシたちはまだ恋人じゃないからそこまで要求するのは、オンナとして重たいよな。

 

「ご、ごめん巴ちゃん……遅れた」

「あぁ正博、実はアタシも今来たところだったんだよ」

「そ、そうなの?」

「そうそう!……それにしても正博がキャップをかぶっているなんて珍しいじゃん。良く似合ってるよ」

「あ、ありがとう……と、巴ちゃん!お、僕、お腹空いたから、その、そろそろ、行かない?」

「そうだな、行くか!」

 

正博が遅れてきて申し訳なさそうな空気になってしまったらせっかくの一緒の時間が台無しになると考えたアタシは咄嗟に嘘をついた。

はは……そう言えば海水浴に行くときもそんな嘘を言ったっけ。

良くないよな、そういうの。それにアタシらしくない。

 

だからアタシは話題を少し変えるために正博が被っているキャップを褒めることにした。だって普段キャップとか被らないから、こういう時は褒めた方が自信になると思うし実際似合っている。

 

ちょっとキャップを深くかぶり過ぎているようにも思うけど、それが正博のこだわりなのかもしれない。

 

アタシ達は二人で歩いていると、小学生の長い列が横を通過していく。遠足だろうか、前と後ろには引率の先生がいて子供たちはリュックを背負っている。

その中の子供の一人が「待てよ、タカ君」と言っていた。なぜか正博が肩をビクンとさせた。

 

アタシはクエスチョンマークを浮かべながらも、行きたいラーメン屋の事を正博に伝える。

 

「正博、まずアタシたちが最初に食べたラーメン、食べに行かないか?」

「え、う、うん!いいね!」

 

最初はどこのラーメンを食べに行こうか迷った時、ふと最初に正博と食べに行った豚骨しょうゆラーメンを食べたくなったんだ。

 

あの時は勝手に正博を盗撮犯だと疑っていて……そしてアタシの勘違いだと分かって。

その後に気まずさを晴らすためにやって来たのがあのお店だった。

 

その後正博に奢ってもらって、連絡先を交換した。

そう、あの店からアタシと正博の物語が始まったと言っても過言では無い。

 

「あ、でも……」

「ん?どうした正博」

「今まだ、10時30分ぐらいだ、よね。ま、まだお店開いてないんじゃないかな」

「ああ、あそこは人気店だし並んでおこうぜ」

 

最初に行った時は知らなかったけど、実は人気店だったんだよな。あの後何回か正博と行ったんだけど行列で何回も諦めたよな。アタシが授業に間に合わない、正博が授業に間に合わない。結局ご飯を食べる時間が無くてコンビニで買うんだ。正博はいつもシーチキンのおにぎりを1つしか買わないけど。

 

正博はどう思っているかなんてアタシは聞いていないから分からないけどさ、アタシは正博としゃべれるならお昼ご飯なんていらないって思ってた。

 

お店の前に着く。まだ開店まで30分あるのに何人かは既に並んでいた。

アタシたちも列の最後尾に並ぶ。うん、ここなら最初にお店に入れるだろう。

 

並んでいる間にアタシはずっと気になっていた事を正博に聞いてみることにした。

これは正博にとってはつらい事かもしれない。だけどアタシは力になりたい。

 

「なぁ正博、聞きたい事があるんだけど、良いか?」

「な、何かな?と、巴ちゃん……」

「どうして正博は人と話す時、言葉が詰まるんだ?」

 

アタシと話す時はあまり詰まらなくなってきていたけど、蘭やひまり、モカにつぐ……そして沙綾と話す時なんか絶対言葉がしどろもどろになっていた。

それにアタシが正博と連絡先を交換するまで誰も登録していなかった。

 

そう、家族も登録していなかった。おかしくないか?それって。

アタシは一応母さんもSNSやってるから登録はしてある。父さんはやってないから登録してないけどさ。

 

今の正博は深くキャップを被っているからはっきりと目が見えないのが残念だ。どんな表情をしているか見て取れないからさ。

 

「……それを知って、どうするの?」

「あ、正博……」

 

正博の声のトーンが一気に低く、ドスの聞いた声で帰って来た時、アタシの背中が一気に冷たくなった。正博だけはカラーで、周りの背景はすべて白黒に見えてしまう。

 

アタシは聞き方を間違えたかもしれない。それに聞く時を間違えたのかもしれない、いや間違えた。

 

正博と出会って半年になるけど、こんなに感情の無い恐ろしい声を聞いたことが無かった。

今度、別の機会で聞くことにしたい。したいけどさ……あんな声で返事されるって分かったら聞けないよ。だって正博に嫌われたくないし、アタシは正博の味方でありたいから。

 

「正博、悪かった。今のは忘れてくれ」

「……分かったよ」

「だけど、これだけは言わせてくれ。アタシはずっと正博の味方だから」

 

お店の人が「お待たせしました!列のままごゆっくりご来店ください」と言う声が聞こえてぞろぞろと列がお店の中に吸い込まれていく。

 

その時の正博の目は、キャップ越しだったんだけど、はっきりと分かった。

感情のない目をしていて、それでいて疑問を表しているような濁った瞳だった。

 

 

ラーメン店に入ってアタシたちは同じラーメンを注文した。

そしてしばらくすると店員さんによってラーメンが運ばれてきた。この豚骨ベースが生み出すにおいはアタシのお腹の音を鳴らすのは十分だった。

 

アタシは割りばしをパキッと割る。

……うん、今日は失敗した。右だけ大きく割けてしまって左右非対称の掴みにく形状になってしまった。

 

その時にアタシと正博の手が当たる。……あれ?

 

「正博って左利きだっけ?」

「え、あ、うん。そう、だけど」

「そう言えば今まで意識して見ていなかったなー。そうなのか!」

 

今見ると正博は左手に割りばしを持っていて、確実に左利きだと分かった。

ラーメンとかカウンターで食べる時は右利きの人と左利きの人は手がお互い当たってしまうから、次からはアタシが正博の右隣に座らなくちゃいけないな。

 

アタシはトッピングされている海苔にたっぷりとスープを吸わせて、ライスに巻いて口に運びながらふと感じた。

 

実はアタシはあまり正博の事を知らないんだなって。

 

正博がもしかしたら人間に恐怖心を抱いているかもしれないって事。

正博は左利きだったと言う事。

 

そして、ドスの利いた声も出せてしまうと言う事。

 

右隣でラーメンをすする正博を見て思う。今日の正博って何か嫌な事でもあったのかなって。

 

いつもよりちょっと機嫌が悪いような気がするんだ。この前みたいに夢にうなされてしまったのかな。そう言えば正博が今日集合時間に遅れた理由もまだ聞いていない。

 

でも、そんな事を考えるのは箸で持っている麺をすするまでにしよう。

もし正博のテンションが低いならアタシが楽しくしてあげたら良いんだ。ラーメンを食べ歩いたらゲームセンターにでも寄ってみようか?

 

アタシはズルズル、と持っていた麺を勢いよくすする。

太い麺がしっかりとスープを絡み取ってくれる、この口に入れた時に広がるちょうどいい豚骨の味が美味しいんだよなぁ。

 

「と、巴ちゃん……」

「うん、どうした?」

「僕、もうお腹、一杯になっちゃった」

「あ、はは……実はアタシも」

「だ、だよね!」

「それならさ、正博。この後ゲームセンターに行かないか?」

 

アタシだって多少はお金があるから久しぶりのゲームセンターは楽しくなりそう。

もし足りなくなっても銀行から引き出せばいい……ってそんなたくさんお金使う訳ないよな!

 

その、ゲームセンターに行ったら、プリクラとか、撮りたいな……。

あ、はは……顔が勝手に熱くなってきた。だ、大学生にもなってプリクラって今更感があるのかな?

 

「ごちそうさま!正博、今日のお昼はアタシが奢るよ」

「え、どうしたの?急に」

「最初に来た時は正博が奢ってくれただろ?だから今日はそのお返しだ」

 

お店で二人分のラーメン代を払って、アタシは正博の左手首を掴んでちょっとだけ小走りでゲームセンターへと向かう。

 

そして正博の顔を見てニコッと笑う。

いつか、正博の抱えている悩み、一緒に解決しようなっ!

 

そんな想いを込めて笑った。正博にも届いていると良いな。

 

 




@komugikonana

次話は6月28日(金)に22:00に投稿予定です。
新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
正博とゲームセンターにやってきたアタシ。
まさかの正博はクレーンゲームが……!?

そして正博は感情を押し殺して変な事を言った。その時から急にゲームセンター内は静かになったような気がした。周りのBGMが何も聞こえない。
聞こえるのは正博の、小さな問いかけだけ。

「人生はゲームじゃないからセーブなんて出来ない。だけどね、データの削除は出来るんだ」

~豆知識~
ディーリング・ビドルポジション……基本的なカード(主にトランプ)の持ち方。ディーリングポジションは左手(・・)でカードを持つ方法で、ビドルポジションは右手(・・)でカードを持つ方法。
今日の正博君で分かったことは「左利き」であること。ちなみに海水浴の夜のシーンで正博君は巴ちゃんの横に座って彼女の「左手」を握っています。左利きの人が横に座って隣の人の左手を握るってありえます?きっと彼はその時は「右手」で彼女の左手を握っていると思います。
そして今話の抜粋。

アタシは割りばしをパキッと割る。
……うん、今日は失敗した。()だけ大きく割けてしまって左右非対称の掴みにく形状になってしまった。



では、次話までまったり待ってあげてください。


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ディーリング・ビドルポジション③

大学から南東に約20分歩いたところにはゲームセンターが存在する。しかもそれなりに規模が大きいゲームセンターで、一階はクレーンゲームで二階はメダルゲーム、そして三階にはアーケードゲームがある。

 

アタシはあまり一階より上に行くことは無い。あるとしても三階でプリクラを撮るくらいだった。

「だった」と言うのも大学生になって初めて訪れた。高校生の時はバンドメンバーと良く行っていたんだけど最近はめっきり行かなくなった。

大学生になるとゲームセンターとファミレスは縁遠い場所となるような気がする。

 

「正博ってゲームセンターに来た事ってあるのか」

「も、もちろんあるよ!一人で、だけどね」

「なら、今日が『二人で』来る初めてのゲームセンターだな!」

 

正博はどういう理由か知らないけど一人でいることが多かったみたいだ。アタシは一人が悪いって思っている訳じゃ無い。そりゃ人間、一人になりたい時もあるだろ。

 

でもさ、確実に言えるのは二人でいた方が楽しい事も2倍に感じるんだってことだ。

正博の過去は変えられないけど、未来は変えられる。

これからはアタシと「二人で」楽しい事、つらい事、乗り越えていかないか?正博。

 

 

私たちは自動ドアを抜けてゲームセンターに入っていく。中に入ると一気に耳がパンク状態になる。色んな音が大音量が入ってくる感じがゲームセンターだなって感じる。

 

まずは一緒にクレーンゲームのエリアを見回る。なにか取りたくなるような商品があれば良いんだけどなぁ。

まぁ取りあえず見ているだけでは面白く無いしやってみるか。

 

「あ、あれ良いじゃん。……でも取れ無さそうだな」

「な、何を取ろうと思っている、の?」

「あれだ、人気ゲームの敵キャラのデザインのクッション」

 

アタシは正博に分かるように人差し指で指し示す。

青い物体に無気力な目とにやけた口がトレードマークの敵キャラ。青も良いけどアタシは銀色のメタルな奴が欲しい。

 

それを尻に敷いておけば大量の経験値が手に入りそうじゃん?それにむしゃくしゃする事があったらそのクッションを殴りまくってやる。

 

早速100円を入れてクレーンを動かす。500円を一気に入れれば1ゲーム分得するけど途中で欲しいのが取れたら余分に払った分だけ無駄だから100円しかアタシは入れない。

絶対に取ってやる!

 

「……あれ?」

「アームの力が弱そう、だね」

「これ、絶対取れないだろ。まったく持ち上がらないし」

 

アタシはベストな所にアームを落としたけど、メタルなあいつは少し動いただけでもとの位置に帰還する。その時のにやけた顔が妙に腹立たしい。

……何笑ってるんだ?絶対尻に敷いてやるからな!

 

そこからは100円がみるみるうちに無くなっていく。2回ぐらい千円札を両替したけどまだ取れていない。でも結構動いてはいるんだよな……。

 

「巴ちゃん、これ以上は、沼に入りそう……」

「でもさ、ここまで動いたんだし、何より2000円が勿体無いっ!」

「それだったらさ、巴ちゃん」

「なにか良い策でもあるのか!?」

「いや、その……良い策でもなんでも、ないんだけど……」

 

僕がやってみても良い?と言う言葉が正博から飛び出した。アタシはもちろん、と言って正博に譲った。

 

正博は100円玉を入れる前に何やらブツブツ言いながら色んな角度を見渡していて、もしかしたら正博はクレーンゲームがとてつもなく上手いんじゃないかって感じた。

いや、普通そんなことしないだろ!?あの仕草はガチ勢しかしないだろ!?

 

正博の手から100円がゆっくりと投入される。クレーンゲームの開始の音が何やら焦燥に駆られているように速いテンポで流れる。

 

正博の操縦するアームは不気味なほど左右に揺れていて、メタルなあいつの笑顔も固まっている。

揺れていたアームが上からゆらゆらと落ちていく。そのまま掴むのかと思っていたけどアームの位置がメタルなあいつのとんがっている胴体の左右に落ちる。

 

失敗したのかなと思っていたけど、そのまま空白を掴んだアームが上がると同時にメタルなあいつの胴体も持ち上がって、落ちた。

 

その落ちた勢いでそのまま景品を受け取れる場所まで落ちていった。

 

「……はい、取れたよ」

「あ、ありがと……正博ってクレーンゲームが上手いんだな」

「ちょっと、昔、お、僕の中で流行ってたんだ」

 

そう言いながらアタシにメタルなあいつを渡してくれた。口は笑っているけど目は笑ってないクッションを見ながらアタシは「今日の夜、覚えとけよ?」ととびっきりの笑顔で言ってやった。もしかしたら今晩中にアタシのレベルは99になるかもな。

 

「まさか、あいつと同じ景品を欲しがるなんてな……」

「正博、何か言ったか?」

「えっ!?いや、何も言って無い、よ?」

 

正博は珍しく焦り倒している。ゲームセンターのごちゃごちゃな音でしっかりと聞き取れなかったのが悔しい。

 

聞き取れたのは「あいつ」と言う単語と「同じ景品」と言う言葉。

同じ景品と言うのはアタシの腕の中に収まっている倒すと経験値をたくさん貰えるコイツの事だろう。

 

アタシが分からないのは「あいつ」の存在。

正博の口から人を指す言葉が出て来るなんて想像もしていなかった。誰の事だろう?

昔、正博には「大事に」していた女の子がいた、とか?

 

それともアタシの知っている人物?たしかライブの前に正博が蘭につぐん()に呼ばれてたんだっけ。でも蘭はあれから正博と会ってないって昨日言ってたしな。

 

「……巴ちゃん、その、クッション入れる為に袋、貰ってきたけど」

「あ、ああ。ありがとな」

 

正博が取って来てくれたゲームセンターの名前が書いてある袋にメタルなあいつを入れる。

正博はクレーンゲームが得意なのに、自分から進んでゲームをしないんだなって思ったけど、正博って趣味とかほとんど無かったんだっけ。

 

じゃあ、クレーンゲームをやっていた時は何を取っていたんだろう?

 

「巴ちゃんは……ね?」

「どうした?」

 

正博が急に言葉をポツンとアタシに投げかけてきた。

その時から急にゲームセンター内は静かになったような気がした。周りのBGMが何も聞こえない。

聞こえるのは正博の、小さな問いかけだけ。

 

アタシは唾をゴクリと飲み込む。そんな唾をのみ込む音までもしっかりと聞こえており、身体が痒くなってくる。

 

正博の、感情の押し殺された言葉が淡々とアタシの耳に入ってくる。

 

「ある日突然、いつもの日常が一人の人間によってすべて壊されたら、どう思う?」

「ま、正博?何を言っているんだ?」

「すべて、無くなるんだ。大事にしていた物が、人が」

「アタシなら……いや、分からないよ……」

「人生はゲームじゃないからセーブなんて出来ない。だけどね、データの削除は出来るんだ」

「ど、どうしたんだよ?なにかあったのか?正博!」

「まだ、君は間に合うよ」

 

すると突然、アタシの耳にはゲームセンターの大音量が聞こえ始めた。

そして正博もさっきまでの会話が無かったかのようにニッコリと笑いながらアタシに話しかけてきた。

 

「今の会話は無かったことにしよう?ね、巴ちゃん……二人で来たからプリクラ、撮らない?」

「あ、ああ。良いぞ!撮るか!」

 

正博は被っていたキャップをより深くかぶりなおしてから、先に進んでいった。

今の雰囲気、今まで感じた事の無いネットリとした空気。

 

背格好も声も、全部正博なんだけど……さっきまでの正博はまるで……。

そんな訳ないよな。

 

だけどあの会話を忘れろ、なんて言われて「はいそうですか」と納得できるアタシじゃないのは正博も知っているはず。

きっと「わざと」正博はあんな事をアタシに言ったんだ。

 

だけど何のために?

それに正博の過去って何なんだ?

 

ある日突然、いつもの日常が一人の人間によってすべて壊された?一体何のことを言っているんだ?

そして「まだ、君は間に合うよ」と言う言葉。アタシが何か悪い事をした、のか?

 

「巴ちゃん、早く行こうぜ!」

「今すぐ行くからさ」

 

真相なんて、今の時点で何も分かるわけが無かった。

 

 

 

 

アタシは家に帰ってすぐに部屋のベッドに寝転がった。

せっかくだからメタルなあいつを頭に敷くことにした。

 

そしてかばんからプリクラで撮った写真を見る。せっかく正博と二人で撮ったのに、最初のようなワクワク感やドキドキ感が無かった。

プリ機の中で、さっきの正博との会話が頭を離れる事が無かった。

 

アタシの計画では、こんなはずでは無かったんだけどな……。

 

はぁ、とため息をついた。

 

「今日はデートと言うよりさ……」

 

正博と一緒にラーメンを楽しく食べ歩いて、ゲームセンターでもバカみたいにはしゃぐ予定だった。そしてアタシが秘めている気持ちを正博にもさりげなくアピールするつもりだった。

 

でも今日はそんな「楽しさ」より「謎」が深まるだけだった。

 

最初は気にしていなかった。アタシはそう言えば正博について知らない事がたくさんあったなと言う軽い感じでいたし、これからもっと正博の事を知らなきゃなって思っていた。

 

だけど、そんな感情はゲームセンターで一気に消え去ってしまった。

 

思い出すだけで背中が、全身が冷たくなる。

アタシが正博を守ってあげたい。だけどアタシ一人じゃ何もできないんじゃないの?

 

心でそんな葛藤がずっと起きている。

 

じゃあ、正博の事を諦める?他に良い男を見つける?

 

「あー!もう分かんないよ!今日は寝よう!」

 

アタシはそのまま寝ることにした。明日はバンドの練習が入っているしバイトの予定だってあるんだ。こんな気持ちで練習やバイトをしたって失敗するに決まってる。

 

だからアタシは心をリフレッシュするために早く寝た。

 

 

 

「♪~」

 

朝早く、アタシはアラームを設定し忘れたと思うと同時に電話に着信が入って誰か分からないけど電話してくれてサンキュー、と思った。

 

携帯を触ると「佐東正博」と表示されていた。正博、ナイス!

 

「もしもし?どうした正博?」

「あ、巴ちゃん?その、お願いがあってさ」

「なんだ?」

 

その後に予想外と言う言葉が生ぬるいような言葉が飛び出して来て、アタシは思わず「えっ?」と聞き返してしまった。

 

 

 

「ちょっと急にお金が必要で……20万貸してくれない?1週間後には親から借りて返すからさ」

 

 




@komugikonana

次話は7月2日(火)の22:00に投稿します。
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~次回予告~
もうすぐ10月に入りそうで、薄い上着を羽織っていると丁度過ごしやすい気温になって来た。あの子にメッセージを送っても帰ってこない日が3週間も続いた。

そして授業の終わり。あいつから電話がかかってきて……

「巴ちゃん?10時50分に校門前で会えない?話したいことがあるんだ」

僕の声と瓜二つだった。


~感謝と御礼~
今作品「image」の感想数が200を突破いたしました!丁度20話目という節目で迎えることが出来てとても嬉しいです。
読者のみなさん、応援してくださってありがとうございます!!

そしてまだ感想を送ったことが無いという方、気楽に感想くださいね!
あなたと交流できる日を楽しみに待っています!


では、次話までまったり待ってあげてください。


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風は何を語る①

もうすぐ10月に入りそうで、薄い上着を羽織っていると丁度過ごしやすい気温になって来た。典型的な秋の気候で、僕はこの気候が大好きだ。

 

だけどそんな好きな季節に、少しの黒色の風が吹き付けているように感じた。僕は風に色を感じたのは人生で二回目の事で、色から判断しても不穏な気しかしない。

ヒュー、と言う音を出して鳴く黒色の風。

 

いや、この風は泣いているのか?

 

そして僕の携帯でSNSをチェックするけど、今日もやっぱり反応が無い。

電話をかけても答えは同じで、昨日は何回も電話をかけたけど、出てくれなかった。

 

「巴ちゃん……どうしたんだろう」

 

9月のある日(・・・・・・)からまったく既読がつかなくなった。それまでは毎日既読がついたし、SNSでも楽しくメッセージのやり取りをしていたのに。

もう既読がつかなくなって3週間経っているのか。9月は何も楽しくなかった。

 

いや、8月が楽しすぎたのかもしれない。

巴ちゃんと海水浴に行って、一緒の部屋に泊まってその、キスして。

お祭りでは和太鼓を一緒に叩いて、太鼓の楽しさを認識して。

 

でも祭りの帰り道は、最悪の思い出だ。

 

 

「やっぱり、僕は一人じゃないといけない運命なんだよね」

 

SNSを見ながら僕はポツン、とだけど気づいて欲しくて大きな声でつぶやいた。でも誰にも聞こえないつぶやき。

 

何度も巴ちゃんと一緒に行動していた時のことを思い出しても、巴ちゃんに嫌われるような事をした覚えがない。

でも、覚えがないって残酷だ。僕が覚えてないだけで、された方はしっかりといつまでも覚えている。

 

 

巴ちゃん、お願いだから返信してください

 

 

巴ちゃんにメッセージを送る。毎日一通だけ、巴ちゃんにメッセージを送る。

どうせ既読がつかないのは分かっているし、嫌がられているのも分かっている。

 

でも、直接会って謝りたい。どんな行動が巴ちゃんを怒らせてしまったのかなんて分からないけど、僕はもう一度巴ちゃんと一緒に過ごしたい。

もう友達なんて軽い関係じゃないって僕は勝手に思っている。

 

「明日から学校が始まるから、巴ちゃんを探そう」

 

僕は全財産を財布の中にしまう。

そのお金の金額は、大学生にしては甚だ少ない金額。

 

財布の中では一万円札の肖像の人は僕を睨んでいた。その睨みを5人分(・・・)受けながら財布を閉じる。

そのままベッドで寝る。上からはたくさんの鋭利な視線が僕を容赦なく突き刺す。

 

お前が悪いんだろ?

 

そんな意味合いが含まれた視線。いつも上を見ても天井ばかりだから一体誰が見ているのかなんて、探すのはもうとっくに諦めた。

 

 

 

 

寝たはずなのに身体がプカプカと浮かんでいるような感じがする。

あぁ、たしかこんな感じになった事が過去にもあった。これは夢だ。また僕は悪夢にうなされるの?

 

でも僕が見た光景は1ヶ月前、すなわちお祭りの後に巴ちゃんを見送った後の帰り道と同じだ。と言う事はあいつが……。

 

「……久しぶりだなぁ」

 

出てきた。夜の闇のせいでどんな表情をしているのか分からないのは夢でも同じらしい。僕はフワフワした身体を懸命に引っ張って、あいつを思い切り殴ってやろうと思い拳を振りかざして。

 

止めた。

 

どうせ触れても透き通るだけだって分かっているけど、ここであいつを殴ったら僕はもう2度と元に戻れないって思った。すでに手遅れなのにね。

 

「楽しそうだねぇ、正博……ほんと、腹が立つわ」

 

あの時も口元だけははっきりと見えた。口はニヤッと歪ませていて、両手をズボンのポケットにしまっていた。

僕もこの時は「なにをしに来たの?」って反論をしたんだけど、今は雑音のせいで聞こえない。

 

「時が来たって事だ。だから挨拶なんだよ……」

 

実際、今になっても「時が来た」っていつの事なのか分からない。僕の事を恨んでいるならすぐに僕に攻撃すればいいのに、あれから1ヶ月経っても何もないのが不気味なんだ。

 

僕はこの時にきつく言ってやった。

「巴ちゃんに、彼女の幼馴染たちには何もするな。もし何かしたら僕はお前を殺す」って。もちろん殺すって言うのは、そう言う事。

 

もう僕たちは昔のような関係にはなれないって分かっている。そしてその原因が誰にあるのかもはっきりと分かっている。そのために僕は今も生きているんだ。

 

そのまま何も言わずにあいつは歩いてどこかに行った。僕は振り返らないで歩いて行く。

そんなやり取りを第三者目線で見ていたフワフワした僕はあいつに着いて行ってみることにしたのだけど、突然糸が切れたかのように僕は力が入らなくなった。

 

最後に、あいつがつぶやいた言葉を耳にする事が出来た。あいつの声は自嘲に溢れていた。

 

「殺す、か……俺が死んでも喜ぶ奴しかいないから、無駄だと思うぞ?」

 

夢から、覚めるらしい。

 

 

 

 

僕が目を覚ますと、外は明るくなっていて小鳥たちが秋晴れを喜んでいるかのようにピィピィと鳴いていた。

昨日送った巴ちゃんのメッセージが帰ってきていないか携帯を見てみる。巴ちゃんからのメッセージは来ていなかった。

 

時計を携帯で確認すると10時25分と表示されていた。10時40分から授業があるんだけど新学期一発目から遅れそうな気がして、僕は急いで身支度を整える。

 

すると突然僕の携帯に着信が入った。電話番号をみてゾッとする。

震える右手を必死に抑えて電話に出る。今日の授業は遅れて参加した方が良さそうだ。

 

「……どうしたの?母さん」

「正博っ!あのバカ知らない?最近になって悪さが過ぎてて家に帰ってこない事が多いのよ!正博の家に居たりするの?」

「えっ、いや、僕の家には、に、兄さんは一度も来ていないけど……」

「あのバカはいつまで人様に迷惑をかければ済むのっ!」

 

母さんはかなりイライラしているのが電話越しにでも分かった。僕は足に力が入らなくなってしまい、床にペタンと座ってしまった。

 

兄さんが家に帰っていない事が多い。

その言葉がどれだけ大変な事か。母さんも本当の意味では分かっていないだろう。

だって彼は粛清しに来るのだから。

 

「良い?正博!あのバカを見つけたら引きずってでも家まで連れてきなさい!」

「わ、分かったよ……母さん」

「しっかり教育したのにどうしてあんな出来損ないが出来ちゃうのかしら……。正博はこんなにもしっかりしているのにね」

「母さん……もう」

犯罪者(・・・)の考えることは分からないわ」

 

僕はこれ以上我慢できずにもう切るね、と一言だけ言って通話を終了させた。

心臓のドキドキがピークに達してしまい、しばらく立ち上がる事が出来ないかもしれない。

 

僕は心臓に手を当てて落ち着け、落ち着けと何度も口にした。こんな時ばかりは上からの視線って目を丸くしているんだから腹立たしい。

 

 

僕はふらつく足で部屋を出て、大学に向かうことにした。

大学の授業には遅れて入って、配られていたレジュメを震える手で鷲掴みした。クシャッと言う紙が捻じれる音が教室中に響いてみんな僕の方を見る。

 

周りを気にすることなく、僕は空いている席に座って机に突っ伏すことにした。こんなことをしていたら大学に来た意味なんて無いかもしれないけど、少しでも頭の整理がしたかったんだ。

 

閉じられた狭い空間で考えても、閉鎖的な考えしか頭に浮かばない。

 

こんな時に巴ちゃんがいてくれたら、なんて都合の良い事を考えてしまう。

助けてよ、巴ちゃん。

 

 

最初の授業はオリエンテーションだから早く終わった。周りの学生は「来る意味なさすぎ」とか言いながら教室を後にする。

 

僕はまだ突っ伏したままみんなが出て行くのを待っていた。こんな状態で人混みの中に入ったら頭がおかしくなってしまう。

いや、もう頭がおかしいのかもしれない。現に出て行く生徒の中に「アイツ、遅れてきてレジュメ鷲掴みにしてずっと寝てるぜ?薬物でもやってるんじゃね?」って言われた。

 

するといきなり僕の携帯から着信が入った。僕はビックリして起き上がってしまい机に足を思い切りぶつけてしまった。

また母さんからかもしれないから、番号を確認したら出ずに放置しよう。

 

そして僕は番号を確認して、出ざるを得ない状況に陥っていることがおかしい頭でもしっかりと理解できてしまった。

 

「……なに?」

「おいおい怒ってんの?キレたいのは俺の方なんだけど」

「なんの用?僕は忙しいから切る……」

「早く校門前に行ってみたら?お前の大事な、誰だっけ?巴ちゃん?が待ってるぞ」

「……は?」

 

なに言ってるんだ?コイツ……って思った。

だけど携帯から聞こえた一声によって僕は教室を飛び出す事となった。

 

今、僕は大変な事に気づいてしまった。

まだすべての全貌が明らかになっている訳ではない。むしろほんの一握りしか分かっていない。

 

でも予想が出来る。どうやって巴ちゃんを呼び出したのか。

 

ほんと、やめてくれよ。

上からの視線も急展開に戸惑っているんだけど。

 

携帯から聞こえた一声の内容は……。

 

「巴ちゃん?10時50分に校門前で会えない?話したいことがあるんだ」

 

僕の声と瓜二つだった。

 

 

 

今の時刻は11時40分。もうすぐ1時間になってしまう。階段を2段飛ばして降りて行く。ものすごい勢いで階段を降りて行くから周りから好奇な目で見られるけどどうだっていい。

 

僕は出来る限りのスピードで校門前まで走っていく。

校門前に行った時、本当に巴ちゃんが腕組みをして待っていた。

 

「と、巴ちゃん!大丈夫!?ケガとかしてない?」

「……は?何言ってんだ?正博」

 

巴ちゃんの声色は今まで聞いた事の無いぐらい低くて、冷たくて。

僕の目には、涙が凄い速度で溜まっていった。

 

「それよりどういう事か説明しろよ」

 

 




@komugikonana

次話は7月5日(金)の22:00に公開します。
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~次回予告~
「それよりどういう事か説明しろよ」

冷たく、攻撃性のある言葉が僕の心に突き刺さった。一体何をやったんだ?巴ちゃんは何をされたんだ?
僕の中のかっこよくて、笑ったり照れたりするとかわいい巴ちゃんのイメージが黒色ですべて塗りつぶされていく。

「もうアタシに関わらないでくれ。良いな?」

そう言って巴ちゃんは僕に背を向けて女子大のある方向に帰っていった。
もう、いいよね。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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風は何を語る②

「それよりどういう事か説明しろよ」

 

冷たく、攻撃性のある言葉が僕の心に突き刺さった。一体何をやったんだ?巴ちゃんは何をされたんだ?

僕の中のかっこよくて、笑ったり照れたりするとかわいい巴ちゃんのイメージが黒色ですべて塗りつぶされていく。

 

いや、違う。イメージを塗りつぶしたのは巴ちゃんの方だ。僕に抱いていた「素直で、一緒にいると楽しくなれる」ってイメージはもう、無いんだ。だからこんな冷たい声を出せるんだ。

イメージは一度濃い色で塗りつぶされたら、その色以外にするのは難しい。黒色に白を混ぜても黒がいつまでの残ってしまうように。

 

「どういう事って……何を、されたの?」

「自分でやった事も覚えてないのか?最低だな」

 

巴ちゃんは僕を鋭い視線で攻撃してくる。

僕の目からは、涙があふれてしまっていて今にも流れ落ちてしまいそうなんだけど、今の僕は巴ちゃんの前で涙を流す資格さえないだろう。

 

そして、僕には9月24日に既読のつかないメッセージを送って4時間待ち続けたという事実さえ、言う資格がないんだって思った。

 

「アタシは正博のこと、信頼していたんだよ」

「……うん」

「だけど、そんな風に考えてたアタシがバカだったって気づいた」

「あ、と、巴……ちゃん」

 

僕の体が急に震えだした。今まで巴ちゃんに会ってもこんな反応は起こさなかったのに。そっか……無意識に巴ちゃんに恐怖を抱いているんだ。ははは……情けないな。

怖い顔をして僕の近くまでやってくる巴ちゃん。お願いだからこれ以上近づかないで!人に言い寄られると僕は、もう……。

 

「何回アタシとの集合時間を守らないんだよっ!」

「えっと、その……」

「それにいつになったら20万返してくれんだよ!もう一週間どころか一ヵ月も経っているだろ!いい加減にしろよ」

「えっ、に、20万……あの、それは」

 

その瞬間、僕の視界が大きく横に揺れた。最初、僕は何が起きたのかまったくと言っていいほど分からなかった。

 

だけど、その直後に来たズキズキするような痛みと怖い顔をしているけど涙をこらえている巴ちゃんの顔を見て、僕は何をされたのかが一発で分かった。

頬を叩かれたんだ。ビンタとかそんな生ぬるいものじゃないんだ。

 

「アタシがどんな想いでお金を貸したか、それに何のために貯めていたお金かお前には分からないだろっ!」

「う、うん……その」

「もうアタシに関わらないでくれ。良いな?」

 

そう言って巴ちゃんは僕に背を向けて女子大のある方向に帰っていった。

もう、いいよね。

 

僕は目から大粒の涙を流した。ぐすっ、ぐすっ。

そんな鼻をすする音でさえ僕は気にすることなく泣き続けた。

 

頭の中には、巴ちゃんと出会ってからあった色々な思い出がガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。そしてもうこの思い出は修復が不可能だってこともすぐに分かった。

 

その時に携帯に電話がかかってきたけど、僕は無視することにした。

あいつからの電話だったからだ。きっと僕と巴ちゃんのやり取りをどこかで口角を上げながら見ていたに違いない。

 

僕は心の中で呟く。

 

 

ごめんね、巴ちゃん。僕と出会ってしまって。

 

 

 

 

その日の夜、僕は携帯を片手に電話をしようか迷っていた。もちろん巴ちゃんに電話しようなんて思っていない。僕が巴ちゃんに電話をかけるなんてことをしたらまた巴ちゃんが傷ついてしまうから。

 

僕が片想いだった、好きだった女の子をこれ以上苦しめたくないから。

 

僕は30分ほど悩んでからその子のSNSを開いて電話をかけてみた。

 

「久しぶりだね~まーくん」

「ごめんね、青葉さん」

 

そう、僕が電話をかけた相手は青葉さん。巴ちゃんの大切な幼馴染の一人であり、普段は何を考えているか分からないフワフワな女の子。

だけど、こんな時は一番真剣に話を聞いてくれそうだって思った。

 

「それで~なんの用かモカちゃんに話すのだ~」

「と、宇田川さんって既読を無視することって、ある?」

「ともちん?えっとね~」

 

僕は巴ちゃんの事を久しぶりに「宇田川さん」って呼んだ気がする。でも今僕が「巴ちゃん」なんて呼んだらダメな気がした。理由は分からないけど、本能的にそんな気がした。

 

青葉さんは「う~ん」と言ううなり声をあげている。きっと真剣に考えてくれているんだろうなって思った。

もしかしたら、もうすでに巴ちゃんが他の幼馴染たちに「正博と関わってはいけない」って言っているかもしれないから、それで迷っているのかもしれない。

 

「ともちんは~ぜったい既読を無視しないよ~」

「ありがとう、青葉さん。それとね最後に一つだけ、良いかな?」

「あたしが聞いてあげよう~感謝するのじゃ~」

 

やっぱり、巴ちゃんはやさしい女の子だ。

僕は息をスーッと吸ってから、ドキドキしている心臓の鼓動を抑えながら口を開く。本当は言いたくないけど、これは伝えておかないといけないから。

 

「もう、僕と関わらないで。青葉さんにひどい事、しちゃうから」

「……ともちんの事、聞いたよ?」

 

やっぱり、聞いてるよね。

きっと青葉さんは巴ちゃんにすべて聞いているから、僕がどんな人間か分かっていると思う。もちろん、僕は集合時間を守らなかったり20万を借りた覚えなんてない。だけどそんなのは言い訳だから。

 

覚悟は、決めた。

 

「大事な幼馴染をごめんなさい。青葉さん」

「あたしはね、まーくんはそんな悪い子じゃないって思うな~」

「あはは、それは青葉さんの思い違いだから」

 

僕はそのまま「敢えて」通話を切った。青葉さんは何か言いかけていたけど、これ以上聞いちゃったら僕がまた泣いちゃいそうだったから。

 

 

 

その日の深夜、僕は出刃包丁をネットで購入した。

明日には届くらしい。

 

 

 

 

次の日、大学の授業を受ける気になれなかった僕はある女の子に呼び出されて商店街に向かっている。行先は羽沢珈琲店。

 

「ごめん、お待たせ……だよ、ね」

「巴とは遅れるのに、あたしとはしっかり時間通りにくるんだ」

 

待っていたのは美竹さん。巴ちゃんとはまた違った鋭い言葉が僕に突き刺さるけど、僕は突き刺さったまま笑顔で美竹さんに会釈をした。

 

僕は席に座って羽沢さんにブレンドコーヒーをください、と言った。羽沢さんは笑顔で「分かりました」なんて言って奥に入っていく。本当に、素敵な幼馴染だなって目を細めながら思った。

 

「正直、あたしはあんたに会いたくない」

「……そう、だろうね」

「でも敢えて言っとく。最低だね」

 

美竹さんは僕をまっすぐ見ながらそう言った。でも会っただけでもやさしい女の子だって僕には分かった。

 

「だから正博には言っとく。これ以上巴を悲しませたら許さないから」

「もしそうなったら僕を殺してくれてもいいよ」

「……分かった」

 

美竹さんは平然とした顔でコーヒーを飲んでいた。本当にこの子ならやってしまいそうで背中に冷たい汗が伝ったけど、僕が死んでも誰も悲しまないから美竹さんがかわいそうだ。

 

死んで当然の人間を殺して、罪に問われるのだから。

 

「美竹さん、これだけ見てほしいんだ」

「……なに?」

 

僕は携帯をポケットから取り出してテーブルの上に置いた。

僕の携帯には巴ちゃんとのSNSのやり取りが見て取れる……なんて言っても巴ちゃんには既読すら付けてもらえないので僕の独り言を言っているだけのようなものなんだけど。

 

「これ、僕と巴ちゃんのSNSでのやりとりなんだ。無視されてるから一方的なんだけど」

「……」

「きっと僕は一ヵ月前からブロックか、削除されているんだろうね。巴ちゃんに」

「どういうこと?」

「僕とは関わってはいけないって言うこと」

 

僕は美竹さんの目をまっすぐ見てそう言った。美竹さんも賢いからもしかしたら違和感に気付いたのかもしれない。だけど僕はその違和感に気付いてほしかったわけではない。

もう僕と関わってはいけないって伝えたかった。

 

羽沢さんからコーヒーを受け取った。やっぱりここのコーヒーはとっても美味しい。

美竹さんの僕を見る目が鋭いものから柔らかいものに変わった。

 

僕はコーヒーをゆっくりと、一気に飲み干してカップを皿の上にコトンと置く。

そして僕は立ち上がって美竹さんと羽沢さんに言う。

 

「さようなら」

 

 

 

 

夜、僕は携帯をギュッと握って電話をかける。電話の相手には僕からかけるなんて初めてかもしれない。昔は仲がいいってみんなに言われていた。だけど今はそんな面影を感じられないほどに悪化してしまった。その原因は……。

 

「……もしもし」

「あぁ?女に振られて泣いてた泣き虫から電話なんて、今日は雪でも降るのか?」

「明後日」

「おいおい、俺の予定は無視かよ。ほんとクズ野郎だな」

「あの場所に来てよ。あとこれ以上巴ちゃんを傷つけないで」

「まだあの女を諦めてないの?頭おかしいんじゃねぇの?」

「これは僕ら二人の問題だろ」

「あーっはっはっはっは!そうかそうか。分かった分かったよ」

「無意味な事をしないで欲しかったんだけど、しょうがないね」

「それはお互い様、だろ?」

 

相手から電話を切られた。

明後日、僕とあいつとの関係がすべて壊れたあの場所で決着をつけようと思う。持ち物は財布と出刃包丁。これだけあれば十分だろう。

 

高校1年生の時だから、今から4年も前になるんだ。

 

僕はふとそんなことを考えていた。あいつは僕に復讐をしに来ている。だからあいつは巴ちゃんに接触して僕と巴ちゃんの仲をグチャグチャにしたんだ。

正直、僕はいつ復讐に来られても良いって思ってた。

 

でも今は違う。巴ちゃんに、僕に初めて寄り添ってくれて友達になってくれて……僕が好きになってしまった女の子と出会ったから。

 

巴ちゃんにはもう二度と会うことが出来ないだろう。巴ちゃんに「関わらないでくれ」と言われたし……。

 

最後に巴ちゃんにしっかりと謝りたかったな。

最後に巴ちゃんのかわいらしい笑顔を見たかったな。

最後に巴ちゃんとラーメンを食べたかったな。

最後に巴ちゃんと一緒に太鼓を叩きたかったな。

最後に巴ちゃんと恋をしておきたかったな。

 

今はもうかなわない夢だけど、後悔はたくさんあるけど。

僕はもう逃げてはいけないと思う。

 

 

 

 

朝、僕は自分でも気持ち悪いくらいにパッと目を覚ました。時刻は7時。出勤の早いスーツを着た会社員が足を機械のように決まった歩幅で歩いているのが窓から見て取れた。

 

僕はもうすぐで溶けてしまいそうな小さな希望を掌に宿してから携帯をチェックする。

やっぱり巴ちゃんから返信は来ることがなかった。僕の手にあった希望は砂浜の細かい砂を手にすくったようにサラサラと流れ落ちていく。

 

そして最終的には、手に何も残らなくなった。

 

今日は朝から上からの視線をまじまじと感じる。以前のような鋭い視線ではなく好奇心で溢れているような視線。

これからどうなるんだろう、そんな視線だ。

 

僕は朝はいつも家でインスタントコーヒーを飲むのだけど、今日は外で歩くことにした。

その理由としては……なんだろう。分かんないや。

 

 

朝の9時に学生アパートから出てすぐに一匹の猫に遭遇した。この猫は黒色の毛をしていて僕のほうを向いては怖い顔で「ニャア」と鳴いている。

こんなところで猫を見るなんて初めてかもしれない。僕は死んだような目で猫を見つめた。

 

「あ……佐東君」

 

僕はボーっと猫を見つめていたから声をかけられたことに気付くのが遅れた。簡単に言えば猫が声に驚いて逃げていったから気づいたのだけど。

僕はゆっくりと声のした方向に振り向いてみると、上原さんがいた。

 

上原さんはちょっと気まずそうな顔をして苦笑いを浮かべていた。きっと彼女も僕と出来れば出会いたくなかったのだろう。そう、彼女も。

 

「上原さん、久しぶりだね」

「そ、そうだね。巴と謝りにきたぶり、かな?あ、はは」

「巴ちゃんに僕の事、聞いた?」

「え!?な、何のことかなぁ」

 

上原さんはきっと誤魔化しているのだろう、目が左右に泳いでいた。もしかしたら川に泳いでいるメダカより泳いでいたかもしれない。

 

僕は出来ているかは分からないけど、優しい笑みを彼女に送った。

だって今も気を遣わせてしまったし、何より聞いていても声に出さない彼女のやさしさに申し訳ないって思ったから。

 

「ごめんなさい、上原さん」

「佐東君……そ、そうだ!巴と仲直りしたらどう!?私、力になるよ。ね、佐藤君?」

「ありがとう、上原さん」

 

でもね、と僕は言葉の続きを紡ぐ。

僕は昨日の夜に紙をハサミでただひたすら、何枚も八つ裂きにしているときに気が付いたんだ。彼女たち、巴ちゃんの幼馴染たちはみんな優しいから僕も甘えさせてもらっていた。僕がもっとしっかりしていればこんなことにもならなかったんじゃないかなって。無残な姿になった紙を見て、そう思った。

 

「でもね、僕が原因だから上原さんには頼めないな。それに頼んだら上原さんにも悪いから」

 

上原さんは僕の言葉の真意を分かったのか、分かっていないのか僕にはさっぱり分からないけど、目を伏せながら静かにうなだれていた。

彼女のおさげが風によってふわりと舞っている。その影響で彼女の髪の毛のいいにおいが僕の鼻をくすぐった。

 

これ以上上原さんと一緒にいると僕の決心が揺らいでしまうから、僕は立ち去ることにした。

 

その時、上原さんは何か言っていたような気がしたんだけど風がイタズラをしてしまってあまり聞こえなかった。

 

「覚悟は出来ているの?君の、だけどね」

 

そんな声が風が喋っているような、そんな不気味な風が耳元から離れなかった。

 

僕は風を振り払うように郵便局に入った。手紙を出すわけでは無くて、お金を引き出すため。

財布から緑色のカードを取り出して機械に通す。そして引き出すお金を押してからしばらく待機する。すると1万円札が1枚だけ出てきた。これは母親から追加で貰った仕送り。

これで財布のには1万円の男の人が六人、いびつに並んでいる。

 

いくら何でも20万は用意できないな、なんて僕の非力さにため息が出た。

そのお金を持って少し買い物に出る。この買い物が終わったらあの場所に行くことにしよう。僕はゆっくりと決意を持って足を一歩、前に踏み出した。

 

 

 

 

日は少しづつ傾いてきて、秋の空気が辺りを支配してきた10月の、今日の夜は不気味な生ぬるい風が吹いていた。

そして僕はあの場所に立っていた。今は何もなくて更地になってしまった場所。

かつてここにはショッピングモールがあった場所だ。

 

2年ほど前に客足が遠のいた、という理由でショッピングモールは長い歴史に幕を閉じたらしい。僕はまだ18年しか生きてないからいつ開店したのかなんて分からない。

 

ここは電車で1時間ぐらいの場所にある。意外に遠いと感じるかもしれないけど、個人的にはあまり遠いとは感じなかった。急行に乗ればもっと速く着くこともできる。

 

僕はもう二度とこの場所には来ないだろうと思っていたのに、人生って本当に何があるか分からない。だって巴ちゃんという素敵な女性にも会うことが出来たのだから。

 

 

「約束通り来てやったぞ?正博」

「待ってたよ、兄さん(・・・)。それと、どういう事?」

 

 

 

キャップを被ったあいつと、いや兄さんの横には赤い髪をなびかせた巴ちゃんがいたんだ。

彼女は目を見開いていた。

 

 




@komugikonana

次話は7月9日(火)の22:00に公開します。
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~次回予告~
兄さんと対峙した僕。
兄さんは巴ちゃんにこんなことを言うんだ。「俺は君を『助けに』来たんだぞ?」って。

ふざけるのも大概にしてほしい。

だけど、兄さんはとんでもない事を言い出したんだ……。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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風は何を語る③

「約束通り来てやったぞ?正博」

 

兄さんの不敵な笑みが僕の怒りゲージを振り切らせた。どうしてそんな笑みを浮かべることが出来るんだろうか。

 

兄さんの横にいた巴ちゃんは目を大きくしてから、少し慌てた様子。それは無理もないだろうって僕は思う。

だってほぼ同じ背丈で、顔もそっくりなんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「なっ!これはどういうことだよ!?なんで正博が二人も?」

「俺と正博を一緒にしないでくれよ。反吐が出るからさ」

 

兄さんはキャップを取り外した。髪型は僕のような黒髪ミディアムではなく、ベリーショートでツーブロックにしている。色は明るい茶髪でトップは整髪料で固めていてツンツンしている。

 

巴ちゃんは兄さんのほうから少し離れてから口調を荒げて言った。

 

「お前は誰なんだよ!もしかして20万を貸したのも待ち合わせにも来なかったのも……」

「ご名答!さすがだな。でも勘違いするな。俺は君を『助けに』来たんだぞ?」

「名前を教えろって言ったよな?」

「まぁまぁそんな怒んなって。俺は佐東貴博(たかひろ)。俺は双子の兄であっちの正博が弟だ」

 

僕はゆっくりと兄さんと巴ちゃんの方へ歩いていく。何が「助けにきた」なんだ……そんなことをしたら巴ちゃんは傷つくってバカでも分かるだろ!もっといい方法があるに決まっているだろ!

 

「僕のSNSに成りすましたのも兄さん、なんだよね?」

「あぁ、そうだ!この女に送ってお前のアカウントを削除させた。もちろん手間はかかったけど、うまくいってよかったよ」

 

だからいくら僕が巴ちゃんにメッセージを送っても既読がつかないわけだ。

 

大声で笑いながらにやついた顔を僕に向けてきた兄さん。どうやって巴ちゃんのSNSアカウントを知って友だち登録をしたのかなんて分からないけど、兄さんのやってることは間違っているのは誰が見ても分かる。

 

上からの視線は僕を守ってくれているように感じた。

 

「僕、言ったよね!もうこれ以上巴ちゃんを傷つけないでって!」

「はぁ?お前なんにも分かってないんだな。さっきから言ってるだろ?この女を『助けに』来たって」

 

巴ちゃんは「アタシはそんなことをしてほしいと頼んでいない!」と言いながら僕の近くまで来た。そして巴ちゃんは僕の左側から抱き着いてきた。左腕に胸とか当たっているけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。

体全体が震え上がるのを感じた。

 

「おいおい、マジかよ。この女もバカなのか?確かに俺はこの女に悪いことをした。自覚だってある。ほら、借りた20万だ」

 

兄さんは僕と巴ちゃんのいる場所に20万が入っていると思われる長形3号の封筒を投げてきた。中身を確認すると本当に1万円札がたくさん入っていた。

僕にはどうして兄さんがこんなことをしているのか理解できなかった。きっと巴ちゃんも理解できていないと思う。だって巴ちゃんの目も点になっているから。

 

お金を借りたくせにきっちり20万を返す理由が分からない。しっかり封筒の中を確認するとぴったりの金額が入っていた。

 

「ひどい事をしてでも俺はその女を助けたかったんだけどな」

「兄さん、もう僕たちに関わらないで」

 

僕は今日で一番の大声を出した。それには兄さんも少し驚いたような顔をしていた。

 

「ごめんね、巴ちゃん。僕たちの事に巻き込んじゃって」

「良いんだ。それに正博はいつだって優しかったのに気づけなかったアタシも悪いよ」

 

巴ちゃんはより一層、ギュッと抱き着いてきた。

僕は彼女の頭を震える手でゆっくりとなでる。久しぶりに巴ちゃんと触れ合うことが出来て僕の心はかなりと言っていいほど満たされているはず。

 

兄さんはというと何か難しそうな顔をしている。

僕は巴ちゃんをバカ呼ばわりした兄さんを、許すわけにはいかない。

 

 

 

 

「あぁ!そっかそっか!やっと理解できた!こりゃ、傑作だな!」

 

急に兄さんが大きな声を出してお腹を抱えて笑い始めた。僕と巴ちゃんも同じタイミングで兄さんを見つめた。

 

僕はとても嫌な予感がした。

この感じは遠い昔、いじめられていた僕を守ってくれた兄さんがいじめっ子を論破したときにすごく似ていたから。

 

「正博……まさかお前、その女に何も言ってないな?あの事(・・・)、とか」

「巴ちゃん、もう帰ろう。僕が電車代とかだすから、ね?」

「おいおい、図星かぁ?やっぱりおかしいと思ってたんだよ。俺が『助けに』来たって言っても訳分からない顔してたもんなぁ」

「兄さん、これ以上口を開かないで!僕にもタイミングがあるんだっ!自分でしっかり言うから!」

「そのタイミングがさ、『今』なんじゃねぇの?」

 

風が止まった。

僕の背中を後押ししてくれていた風。僕の背中には冷や汗と嫌悪感が支配する。

 

「正博の悪さはほんと、変わらねぇなぁ。お前さ、昔から『イメージ』を大切にしてるもんなぁ」

「うるさい!」

「知らないのはその女だけなんじゃねぇの?」

「みんなにも教えてないから……それにこれが終わったらみんなに」

「でもさ、端末越しで見ている奴らは知ってるんじゃねぇの?お前が『万引き』したこと」

 

兄さんは不敵な笑顔を僕たちに振りまきながら左手の人差し指を上に向けた。

何を……言っているの?端末越しに見ている奴らって、誰?

 

「端末越しで見ている奴らは知っているはずだぞ?お前がショッピングモールで腕時計を万引きしたこと。今もたまに夢で見るんじゃなぇの?その時」

「に、兄さん……待ってよ」

「そしてその女の幼馴染と約束してたんじゃねぇの?抱えている過去は必ずその女に伝えるって。破ってるよなぁ」

 

僕の頭の中で美竹さんと、羽沢珈琲店で約束したときの会話がよぎる。

 

「急がなくても良いから、佐東が持ってる隠し事を巴には必ず伝えて」

「うん、約束する。美竹さん」

 

そんな会話が僕の脳みそをグルグルと回り始めている。

 

巴ちゃんにいつか話さなきゃ、って思っていたのにタイミングを失ってしまってからあまり気にしないでいた、美竹さんとの約束。

僕の心の中には「もう内緒のままが良い」って答えが出ていた。知らないほうがいい事も世の中にはあるんだって。

 

いきなり上からの視線(・・・・・・)が鋭利なものとなって僕に突き刺してきた。その視線は僕を突き破って心に干渉する。

 

「今からゆっくり昔ばなしでもしようか。なぁ正博!」

「もうやめてよ!」

「いーや、やめない。俺はその女には明るく生きてほしいからな」

 

そう言いながら兄さんはポケットに両手を突っ込んでゆっくりと僕たちの近くまで歩いてくる。これ以上、近づかないでほしい。

 

「巴ちゃん、早く帰ろう!ね?」

「正博……アタシさ」

 

巴ちゃんは僕から離れてから、まっすぐと僕の目を見ていた。

今の僕には巴ちゃんのきれいな瞳が恐ろしく感じてしまった。

 

僕の体は震えでピークに達する。この震えは今までに感じたことのない震えで、恐怖とかそんな感情を通り越しているように感じた。

 

「正博が何かに悩んでいるのを知っているから、知りたい。正博の過去を」

「……やめてよ、巴ちゃん」

 

僕の弱弱しい声がツボにはまったのか、大声で笑う兄さん。

 

「今からすべて話してやるから安心しろ」

 

そして兄さんは暗くなりかけている空を見上げながらこんなことを言った。

 

「これを聞いたらどう思うんだろうなぁ。こんなクズ野郎にかわいいヒロインを付き合わせるわけにはいかないってなるんじゃないか?」

 

 




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次話は7月12日(金)の22:00に公開します。
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~次回予告~
「まずは何から話そうか迷っちまうなぁ……。手っ取り早く4年前の事を話すか」

兄さんは過去を、真相を話し始める。僕の脚の震えは止まらなかった。
心臓もドキドキする。そっか……今まで巴ちゃんに感じてきたドキドキは恋心のドキドキでは無かったんだ。

「お前のパソコンのパスワード」
「今までの行動で、信じられると思うか?お前の『イメージ』はもう、とっくに塗り替えられてるぞ?」


~豆知識~
・上からの視線……正博君のお兄さん曰く「端末越しに見ている奴ら」が出している視線。みなさんも知らず知らずのうちに上からの視線と同じような目で小説を見てたんじゃないですかね?今までの視線は正博君が隠し事や、やましい事をしているときに出ています。

・美竹さんとの約束……『夕焼けとの出会い、そして夜に知る③』で正博君が美竹さんとの約束。その時も視線が出てましたね。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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風は何を語る④

「まずは何から話そうか迷っちまうなぁ……。手っ取り早く4年前の事を話すか」

 

そう言いながら僕を見下している兄さんはとても楽しそうな顔をしていた。

僕に降り注ぐ厳しい視線は絶えず、そしてより一層強くなっていく。この視線が兄さんの言う「端末越しに見ている奴ら」ならもう勘弁してほしい。お前ら、一体誰なんだよ。

 

「4年前、今いる場所にはショッピングモールがあったんだ。人が少ないながらもそれなりに店舗数もあったし、当時高校生だった俺たちには身近な場所だった」

 

確かに、兄さんの言う通り高校生だった僕たちにとって服を買ったりゲームを買ったり、同級生とブラブラ歩くのにはうってつけの場所だった。

兄さんの目がいやらしく光ったように感じた。

 

巴ちゃんはと言うと、兄さんが語り始めた昔ばなしを真剣に聞いているように思えた。

 

「当時、俺たちの間で腕時計が流行った。値段は高いけどおしゃれだって理由でな。だけどそこにいる正博は購入以外の手段で手に入れようとしたらしいぜ?」

 

そうだろ、正博?と少し声のトーンを上げて僕に聞いてくる兄さん。

そんな兄さんに僕は何も言い返せなかった。だって僕が腕時計を万引きしたことは事実だから。

 

巴ちゃんの方を恐る恐る見てみると、彼女はまっすぐと、感情の分からない瞳が僕を見つめていた。

 

「でも結局は失敗に終わった。店員にばれて捕まるっていう最悪のシナリオで幕を閉じれば良かった」

「どういう事だ?まだ終わってないのか?」

「あぁ、『もっと』最悪なシナリオが待っていやがった。正博、お前の口から言ったらどうだ?」

 

兄さんと巴ちゃんが僕のほうを見てきた。

僕の身体が目に見えるぐらいブルブルと震えてきた。今まで巴ちゃんに感じてきたドキドキは恋心のドキドキでは無かった。

この真実を知ったら嫌われてしまう、というドキドキだった。

 

そんな心臓の鼓動が今までで一番大きく鳴り響いた。

そんなの、僕の口から言えるわけないよ……。

 

「まぁ、言えないよなぁ……。名前を『佐東貴博』と偽って名乗り、走って逃げたんだもんなぁ」

「……」

 

僕は地面を見ることしかできなかった。僕は同級生に捕まえられてから店員に店の裏まで連れていかれた。その時に名前を聞かれて咄嗟に兄さんの名前を出して、それから振り切って逃げたんだ。

 

このままでは僕は大変なことになってしまう。そんなのは嫌だ。

ただ、そんな感情を抱いていた。

 

「……正博、今の話、本当なのか?」

 

巴ちゃんは僕の目の前に立って、僕に問いかけてきた。

だけど僕は無言のまま、何も答えることが出来なかった。肯定してしまうと本当にやり直しが効かないって思った。

 

「その後、家に警察が来て俺を無理矢理警察署に連れていきやがった。『身に覚えがない』って何度も叫んだし、暴れたけど無意味だった。そりゃ、監視カメラに写っていたのは俺にそっくりな人間だったからな」

 

確かにあの時の兄さんはかなり暴れていた。僕はその様子を自分の部屋から震えながら見ていた。兄さんに申し訳ない気持ちと、この嘘がばれたらもっとひどい事になるという恐怖が入り混じっていた。

 

その時から、僕は人が怖くなった。

 

腕時計を盗んだ後にきつく尋問してきた店員のせいで、きつく言い寄られることに恐怖を覚えた。

そして兄を連れていく警官を、兄を厳しく指導する両親を見て、口ごもるようになった。

 

すべて、僕が悪いことだって分かっている。分かっているけど……。

 

「警察は俺を悪質な万引きと判断し、窃盗罪になった。刑務所は逃れたけど罰金が発生する。巴だっけ?どういう意味か分かるか?」

「どういう事だ?教えてくれよ」

「俺に『前科』が付いたってことだ。ここまで言えば分かるよな?」

 

巴ちゃんの顔色が青色に変わっていくのを感じた。

普通の一般人が「前科」なんてまったく身近に感じないから、その言葉は重くのしかかったのではないかなって想像した。

 

それと同時に、僕の行った罪の重さを巴ちゃんは理解したんだ。

 

僕自身の保身のために一人の人生が壊された、という事実に。

 

「前科が付いちまったら人生なんてお終いさ。通っていた高校は退学になるし、働いても前科があると採用されないし、隠していてもばれたら即刻クビだ」

 

俺は何も悪いことはしていないのに、って自虐っぽく笑う兄さん。だけど僕を見下すその眼は一切笑っていなかった。

その目は僕を突き刺していて、恨みのこもったまなざし。

 

「今だから敢えて聞くぞ、正博。あの時の行動をお前は後悔しているのか?」

 

僕はいきなりの質問に頭があまり回らなかった。

僕だって兄さんにはかなり悪いことをしたと思っている。巴ちゃんを巻き込んでいなかったら僕は兄さんに怒ることはなかったのだから。

 

それにあのことを僕なりに後悔して、十字架を背負っているつもりだ。

あの事件のせいで僕は人が怖くなった。友達もいなくなったのだから。

 

「もちろん……後悔してるよ、兄さん」

 

僕は小さな声で、確かにそう言った。

今でも夢に出てきてうなされる日々を送っているし、いつも万引きしようとする高校生の僕に大声でやめろ、って言ってる。

僕が兄さんに出来ることがあるのなら、力になりたいさ。

 

だけど僕の視界が大きく揺れた。

 

兄さんは怒りの籠った瞳で僕の胸倉をつかんでいたんだ。そして力一杯、僕を揺らしていた。

 

「だったら……だったらどうして大事な人をお前は作ってるんだよっ!」

「な、何を言ってるの!?」

「お前はっ!知ってて俺の名前を出したんだろ!?当時、俺には大事な彼女がいたのを知っていたんだろうが!」

「そ、そんな事……知らなかったよ!」

「じゃあ考えなかったのか!?どんな人にも大切に想う人間がいるって!」

 

僕は頭が真っ白になった。当時兄さんに彼女がいたなんて全く知らなかった。

それに人間は自分の事しか考えないからそこまで考えていなかった。

 

だってRPGでレベルアップのためにエンカウントするザコ敵をみんな倒すだろ?そのザコ敵には家族が、大事な相手がいるなんて考えないだろ?

 

「俺は前科が付いた瞬間、彼女に振られた。だけどお前は俺の見せしめのように大事な人をつくった」

「そんなつもりじゃない!そんなつもりじゃないんだよ、兄さん!」

「お前のパソコンのパスワード」

 

急に眼のハイライトが消えた兄さんは小さな声でポツリ、と不気味な声で言った。

僕のパソコンのパスワードをどうして兄さんが知っているのか分からない。だけどあのパスワードは本当に僕に後悔を込めたんだよ?

 

巴ちゃんは緊張した面持ちで僕と兄さんの様子を見ていた。

 

「masa.Tは略語なんだろ?」

「……そうだよ」

「a m()isera()ble sa(・・)crifice Takahiro……みじめないけにえの貴博、とでも言いたかったのか、あぁ!?」

「違う!本当に違うんだ!」

「今までの行動で、信じられると思うか?お前の『イメージ』はもう、とっくに塗り替えられてるぞ?」

 

真顔で核心をついてくる兄さんが、怖く感じてしまった。

言い寄られていないのに……身体が、硬直してしまって動くことが出来ない。足に力が入らなくなって僕はペタン、と地面に座り込んでしまった。

 

 

人が怖くて、何かのトラウマに怯えている主人公。

そんなトラウマをずっと背負っているかわいそうな主人公。

巴ちゃんと出会って、人生を良い方向に持って行く主人公。

困っている巴ちゃんを助ける主人公。

 

 

だけど、今はどうだろう。

兄さんの言う通りかもしれない。

 

 

万引きと言う犯罪を犯した主人公。

そして罪を実の兄に擦り付けてのうのうと生きている主人公。

人が怖いっていうトラウマを兄のせいにしている主人公。

過去の事を言わないで巴ちゃんと仲良くする主人公。

 

 

僕のイメージは「最低の主人公」だって認識されているんじゃないか。

兄さんの言う「端末越しに見ている奴ら」は。

 

 

「もちろん、俺もリスクを負ってる。正博に成りすまして巴を傷つけた、と言うマイナスイメージを背負った」

「僕は……」

「俺は最低の人間だって思われても構わない。その代わりお前も当時の俺と同じ状況に(おとしい)れてやろうって考えた」

 

僕の目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ始めた。

今更僕が兄さんにやってしまった事、そしてどんな気持ちで今まで生きてきたのかが「本当の」意味で理解してしまったから。

 

そして僕も兄さんと同じ状況に立たされて、辛さも分かった。

巴ちゃんはこの話を聞いたら、きっと僕と恋人に、いや友だちにすらなってくれないって思ったら涙が出てくる。そしてその涙は止まることを知らないようにずっと溢れてくる。

 

 

「……泣いてもお前のイメージは変わらねぇぞ」

「分かってるよ……僕が最低な人間だっていう事も」

「人生はゲームじゃないからセーブなんて出来ない。だけどな、データの削除は出来るんだ。そしてこれが俺の復讐のやり方だ。分かったか、クソ野郎」

 

分かってるよ……今更悲劇の主人公ぶって泣いても意味がないことぐらい。そしてこの涙はそのような意味合いが一切ないっていう事。

 

そして僕が生きていても仕方がない人間だってずっと前から言ってる。巴ちゃんが最初に僕に価値を与えてくれたけど、そんなのを無にしてしまうぐらいダメな人間なんだってことも分かってる。

 

その為に僕は持ってきたんだから、あれ(・・)を。

 

 

「……なぁ、アタシにも言いたいことがあるんだけど、良いか?」

 

巴ちゃんは怖い顔、と言うかイライラしているような表情をしながら、僕の方を見ながらそんなことを言ったんだ。

 

 




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~次回予告~
そうか、僕の心はもう限界なんだ。心の針が壊れた秤のように左右に振れているんだ。
簡単に言えば情緒不安定。
そんな時の巴ちゃんの声が響く。「……なぁ、アタシにも言いたいことがあるんだけど、良いか?」

そして次回、僕はカバンの中に手を入れた。
それは、手触りですぐに分かった。



では、次話までまったり待ってあげてください。


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風は何を語る⑤

僕は小さいころから気弱で友だちなんて出来なかった。だけどその時は兄さんがいた。

高校も兄さんは僕をほっておけないと言って僕と同じ高校に進学してくれた。

だけど僕が自分の保身のためだけの理由に兄さんを売った。

 

警察と店員は騙せたけど、クラスのみんなは騙せなかった。

その理由は簡単で、僕は右利きに対して兄さんは左利きだったからだ。

 

兄さんが警察に連れていかれた次の日。僕たちの高校は緊急の全校集会が行われた。もちろん、この高校から犯罪者が出たと言う内容を監視カメラの映像と一緒に全生徒に知らされた。

 

その監視カメラは右手で(・・・)腕時計をもぎ取って走る姿が映し出されていた。

兄さんが退学処分になった後、丸く収まったのは世間体だけで僕たち学生はいつまでもこの事件に対する興味の火はくすぶっていた。

 

僕は言われる。

 

あいつだろ?自分のやったことを無関係の兄に押し付けたの。

自分が犯罪者なのによく平気な顔してられるな。

あいつは平気で人を裏切るから仲良くしない方が良いよ。

まじでサイテーな男が私のクラスにいるんだけど。財布とか持っとかないと不安だよねー。

 

 

僕に「わざと」聞こえるようにささやきながら僕の横を通る生徒たち。高校生にもなると何をやったらいけないとか自覚できるはずなのに現実は残酷だった。

……まぁ万引きをした僕が言えることではないけど。

 

 

「……なぁ、アタシにも言いたいことがあるんだけど、良いか?」

 

巴ちゃんは気に入らないことがあるのだろう、すごく眉間にしわを寄せながら僕の方を向いてきた。

 

また僕は悪口を言われるのだろう。仕方がない。

僕のやったことは一生消えることはないから。パスワードの「T」には僕がやったいけないことを忘れないためにつけた。

 

でも、今なら巴ちゃんに嫌われた方が良いのかな?

……どうしてだろう、僕の心情が矛盾している。さっきは嫌われたくなかったのに今は嫌われても良いって思ってる。

 

そうか、僕の心はもう限界なんだ。心の針が壊れた秤のように左右に振れているんだ。

簡単に言えば情緒不安定。

 

「さっきから黙って聞いていたけど、どうしてアタシにそのことを言わなかったんだ?正博」

「だってさ……僕は犯罪者なんだよ?人を殺してないけど、犯罪なんだよ?事実を言ったら、巴ちゃんに……ぐすっ、嫌われちゃうから……それだけは嫌だったんだ……初めて僕に手を差し伸べてくれた人だったから。でもね、今は」

「アタシってそんなに軽い人間に見えるのか?」

「……え?」

 

僕の潤んだ視界でもはっきりと巴ちゃんの表情が見える。

怒っているような顔をしているんだけど、巴ちゃんから発せられた言葉はなぜか僕を包み込んでくれているように感じた。どうして、なの?

 

「貴博、だっけ?今アンタがやってることは4年前の正博と同じことじゃないのか?」

「あぁ、そうだ。それに何か文句でもあんのか?」

「確かにアンタには同情する所もあるよ。だけどさ、正博をここまで追い込む必要はなかっただろ!?アンタが一番知ってるだろ、苦しみを!」

「知ってる。だから正博には同じ目に合わせた。巴も分かっただろ?正博と一緒にいても良い事なんて無いぞ」

「アンタ、最低だよ!だから彼女にも振られるんだ!正博と一緒にいても良い事が無い?そんなことはアタシが決める!アンタに決められる筋合いなんて無いぞ」

 

なんで……。

いっそのこと僕を嫌って欲しかった。どうして巴ちゃんはこんなにも優しいのか分からないよ……。

僕の目からはさっきよりもたくさんの涙が零れ落ちる。今までの、これからもこんなにもたくさんの涙を流すことはこれからも無いだろう。

 

「はっ、そうかよ!好きにしな。俺はここらへんで失礼するよ」

「アタシはアンタを、貴博を許さないぞ」

「ご自由にどうぞ。ただ最後に忠告しておく……後悔するんじゃねぇぞ?」

 

兄さんは足に力を込めて僕たちのもとから去っていった。今、兄さんはどこに住んでいて何をしているのかは僕には分からない。

 

巴ちゃんにとっては知らなくても良いかもしれないけど、僕には知っておくべき義務があるように感じた。

 

「はは、巴ちゃん。兄さんの言う通りだと思うよ」

「それはアタシが決めるってさっき言っただろ?」

 

僕は立ち上がって、巴ちゃんから少しだけ距離をとって涙を流しながら乾いた笑顔を彼女に振りまいた。

僕はカバンの中を探る。あった。これを巴ちゃんに渡したかったんだ。

 

「と、巴ちゃん……これ、今までのお詫びなんだけど……開けてくれないかな?」

「……良いけどアタシは先に正博と話がしたい」

「わがままでごめんなんだけど、これを先に巴ちゃんに渡したい」

 

僕は白く、高級な箱を彼女に渡した。そして再び距離をとる。

彼女はゆっくりと箱を開ける。と同時に彼女はすごく驚いた顔をしていた。そりゃ、そうだよね。

 

「ま、正博!?このネックレス、高級品なんじゃないか?」

「うん。本物のルビーで出来ているネックレス。赤で巴ちゃんに似合うかなって」

「どうやって買ったんだ?」

「大丈夫。万引きじゃないよ。分割で買ったんだ」

 

このネックレスはルビーのほかにダイヤも加工されていて値段は……うん、50万した。

だけど僕は今まで巴ちゃんに迷惑をかけたから、僕からの最後の(・・・)プレゼント。

 

「正博、どうやって支払うんだ?」

「安心して。僕にはちゃんとお金の入手方法があるから」

 

僕はカバンの中をガサゴソと探る。手に触れただけでそれだと分かるものを手に取る。そしてカバンから出す。

 

僕が取り出したのは一昨日買った出刃包丁。

 

「僕にも一応、生命保険がかかってるんだ。かなり安いけどネックレスは払えるはずだよ」

「正博!落ち着けって!危ないから包丁を下ろせ、な?お願いだよ!」

「巴ちゃん、今までたくさん迷惑かけてごめんね。それと……僕と出会ってくれてありがとう。今日もかばってくれて、嬉しかったよ」

 

僕は包丁を包装してあった袋を破り捨てて、刃を自分の方向に向ける。

僕は震える手でしっかりと包丁を握る。これを力一杯僕のお腹に向けて刺したら終わる。

 

巴ちゃんの方を見ると彼女は涙を流していた。どうして巴ちゃんが泣いているんだろう……泣かせたのは僕だよね?やっぱり僕は生きている価値なんて無いんだ。

 

僕は予め距離をとっていたから、巴ちゃんは僕のところに向かって走ってきた。僕が死ぬのを阻止しに来るのだろう。

僕は急いで手に力を込める。そしてお腹に一直線……。

 

「ど、どうしてなんだろ」

「正博、バカな事するな!」

 

巴ちゃんの手によって、僕の持っていた包丁ははじかれて地面に横たわった。

確実に巴ちゃんが来るまでに刺せたのに、それが出来なかった。

 

そして巴ちゃんは涙を流しながら、嗚咽しながら僕に抱き着いてきた。

僕の背中に巴ちゃんの手がギュッと回される。僕の両手は巴ちゃんの背中に回せなくて、だらしなく下にぶら下げている。

 

「自分でも……命を絶てないなんて、ほんと、どうしようもないクズ人間だね、僕は」

「正博はクズなんかじゃないよ!アタシの方こそ、ごめんな……」

「どうして、巴ちゃんが謝るの?……ぐすっ、おかしいじゃん」

「アタシは正博がこんな過去を背負っているって思わなくて……アタシも、同罪だよ」

「僕が黙ってたんだから、知らなくて当然だよ……」

「アタシからも聞くべきだっただろ?……なぁ正博」

「なに?巴ちゃん」

 

この後の言葉は僕の心にすごく染み渡って、シュワッと弾けた。

弾けたって言っても良い意味で、心だけでなく、僕の身体全体にまで届いた。

巴ちゃんは、僕にはもったいないぐらいいい女性だ。今更気づくなんてまたバカにされそうだね。誰とは言わないけど、キミ(視線の主)の事だよ。

 

僕は上を向きながら(・・・・・・・)涙をずっと流した。

 

「アタシも一緒に、罪を背負わせてくれよ……そしてこれからも二人でがんばろう、な?」

 

 

 

 

一週間後、僕は大学の教務センターに向かっていた。

ここに来るのは学生証の間違いを訂正してもらった時以来なんじゃないかな。あの時はここの大学は大丈夫なのかなって思っていた。

その思いは今も変わらない。

 

「本当に、受理しても良いですか?」

「はい、お願いします」

 

僕が大学に提出したのは休学届。

ちなみに僕は休学をしたかったわけでは無くて、退学をしたかったんだけど期限が間に合わなかったから休学届を出した。そして休学が明けたら退学届けを出す。

 

休学には6万円が必要なんだ。僕は財布にあった6万をすべて支払う。完全に一文無しになった僕は住む場所もない。

 

でも、それで良いんだって思う。

今まで僕が犯した罪の重みを軽んじていたんだって、昨日初めて理解した。

 

だから僕は大学に通っている場合ではないって悟った。そしてこれから働くことにする。大学の中退だから大した職には就けないけど、お金がもらえれば御の字だ。

 

働いて得たお金は僕が買ったネックレスの分割代と、兄さんの仕送りと考えている。

兄さんはどこに住んでいるか、口座も分からないけど貯めるつもり。

 

いつかまた、どこかで会える気がするから。

でも兄さんの事だからお金を受け取ってもらえないだろうなぁ。それにお金を渡すのが償いって訳でもないから嫌がられるかもしれないけど、しっかり自分の過去と向き合うって決めた。

 

 

僕は大学の門を抜ける。門から出ていくのに今日から新たな一歩を踏み出す、なんて考えてみたらおかしな事になっているけどたまには良いよね。

 

「おーい、正博ー!こっちだ」

「あ、お待たせ、巴ちゃん」

 

大学から出ると、巴ちゃんが大きく手を振りながら僕を待っていてくれていた。

彼女の輝いた笑顔はかっこいいくせにかわいさもある、彼女らしい表情で見ている僕も自然と笑顔になってしまう。

 

「それにしても大きな決断をしたな」

「そうだね……だけどこれくらいしなきゃいけない。ちゃんと罪と向き合って、恥ずかしくない人間にならなきゃいけないから」

「そっか……それでこそ正博だな」

「なにそれ」

 

僕と巴ちゃんは一緒に歩いて向かっている先は僕が住んでいた学生アパート。休学中は使えるのだけど結局退学するので住む場所を変える。

まぁ簡単に言えば実家に戻るという事。

 

「だから、今まで見たいに頻繁には巴ちゃんに会えないのも寂しいね」

「お、おい……何言ってるんだよ!ちょっ、ちょっと照れるじゃん……」

「照れてる巴ちゃんもかわいいから良いじゃん」

「……正博のバカ」

 

僕はまだ人が怖いし、これからもこの恐怖は消えることはないと思う。

だけど、僕は今から働くって決めたんだ。しばらくは手取り給料が少ないけど精いっぱい生きていこうと思う。

 

僕の「イメージ」は変わらないと思う。濃い色のイメージはそう簡単に消すことが出来ない。

だけど、これからの「イメージ」は変えることが出来る。

過去は変わらないけど、未来は変えられるんだから。

 

……なんだか熱血漢みたいなセリフになったね。

 

「なぁ正博」

「どうしたの?巴ちゃん」

「正博のパソコンのパスワード、本当の意味を教えてくれないか?

「今!?……今更だけど、良いよ」

 

僕はスーッと息を吸ってから巴ちゃんにパスワードに込めた「本当の」意味を話す。

巴ちゃんは不思議そうな顔をしていたけど、それは一瞬の事で、あとはニッコリと笑ってくれた。

 

「Makes amends for misled T……Tは一番十字架に見えたからつけただけなんだ」

「嘘をついた償いをする……か。アタシも一緒に背負うよ」

「ごめんね、巴ちゃん」

「はは、そこはありがとう、だろ?それよりもさ、どうして『Makes』って三人称なんだ?」

「それは過去の僕、そして今は今だよ。巴ちゃん」

 

 




@komugikonana

次話は7月19日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
僕に対するイメージが変わって、そして僕自身も罪の認識が甘かったと改めて分からせてもらったあの日から2ヵ月が経とうとしていた。

僕は歩いて通勤場所まで通う。まだアルバイトって形の雇用だから正社員ではない。
でも、雇ってくれている人が「来年は正社員で雇いたいんだけど、良いかい?」って言ってもらえた。僕の答えはすでに決まっていた。
それにあの場所は人がとっても良くて、こんな僕でも笑顔で迎えてくれた。

今日の最初のお客さんは……うん、あの子たちだ。

ドアが開いた音がした。僕は出来る限りの笑顔を彼女たちに振り撒く。

「いらっしゃいませ。Afterglowのみんな!」


では、次話までまったり待ってあげてください。


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未来に向けて、これから①

僕に対するイメージが変わって、そして僕自身も罪の認識が甘かったと改めて分からせてもらったあの日から2ヵ月が経とうとしていた。

街は早くもクリスマスモードで、すれ違う人たちはみんなウキウキしているように感じた。

 

僕は歩いて通勤場所まで通う。まだアルバイトって形の雇用だから正社員ではない。だから働きすぎると所得税が引かれる訳で……。

でも、雇ってくれている人が「来年は正社員で雇いたいんだけど、良いかい?」って言ってもらえた。僕の答えはすでに決まっていた。

それにあの場所は人がとっても良くて、こんな僕でも笑顔で迎えてくれた。

 

 

ちなみに今は実家から通勤場所に通っている訳では無い。

もちろん電車で1時間かけて通勤するのも面倒くさいって言うのもあるけど、最大の理由は両親だった。

 

僕が両親に相談せず、大学を勝手に辞めてきたから「この子まであのバカに思考が似てきてしまった」と勝手に嘆き始めたからだ。

 

そんな家で暮らしていては僕も頭がおかしくなってしまう。そう思った僕はアルバイト先の正社員の先輩にお金を前借し、アパートの一部屋を借りた。

 

 

商店街(・・・)を抜けて、僕は働き始めた場所にたどり着く。

カフェテリアで働いている店員さんに挨拶をしてから、僕は職場に入る。

 

そしてタイムカードをスキャンしてから、僕は指定の位置に立って今日も半日だけ働かせてもらう。

今日の最初のお客さんは……うん、あの子たちだ。

 

ドアが開いた音がした。僕は出来る限りの笑顔を彼女たちに振り撒く。

 

「いらっしゃいませ。Afterglowのみんな!」

 

 

 

 

僕は巴ちゃんが所属しているバンド、Afterglowが奏でる音を防音室の外から聞いている。

僕は働いているここ、CiRCLEで受付を担当させてもらっている。

 

僕がここで働こうって思ったのは巴ちゃんに誘われたライブ。あのライブの興奮が心の底ではまだ火がくすぶっていたらしい、ここを思い出して面接に行ったというわけだ。

 

僕は音楽に対しては無知なので、機材など詳しい事は二人の先輩方に任せてしまっている。僕は悪いと思っているけど、先輩たちは「受付だけでもしてくれたら大助かりだから」なんて言ってくれる。

 

一応、僕は受付だけでなくスタジオの予約なんかも電話などで受けている。この辺りは女子高が多いから、ガールズバンドがほとんどのお客さんだ。

もちろん、巴ちゃんたちAfterglowもこの中の一バンドだ。

 

「佐東君ってAfterglowのみんなと仲が良いよね?」

「あ、はい。知り合いなんです。彼女たちと」

 

僕の横で事務作業を行っている月島まりなさんが僕に話しかけてきた。

月島さんはいつも僕をサポートしてくれるし、面接の時も笑顔で対応してくれた。

優しくて頼りになる先輩だ。

 

「そうなんだ……ね、佐東君!Afterglowの5人の中で好きな子とかって、いる?」

「えっ!?ちょ、ちょっと月島さん!?」

 

僕は大声を出してしまった。これではAfterglowのメンバーで恋心を寄せている人がいるって自白しているみたいなものだ。

……実際いるから仕方がない。

 

月島さんは突然の出来事に大きな目を丸くしているし、スタジオの中で奏でられていた音も止まっている。

 

すると奥からもう一人の先輩である結城さんが出てきた。

結城さんは口角を上げながら僕の腰に肘をツンツンと当ててくる。

 

「……で?誰が好きなんだ?はっきりと言いたまえ、後輩君」

「結城さんまで……その、と、巴ちゃんです……」

「どういうところに惹かれたか教えてくれたら、この話題は終わってやるから」

「頼みますよ……?僕の事を最初に見つけてくれて……普段はかっこいいけど、笑った時はかわいくて。それに僕を楽しい世界に連れて行ってくれまし、一緒にいると楽しくて。深くは言えないんですけど僕を支えてくれてて……」

「こりゃ、ゾッコンだな……そうだって、宇田川さん!」

 

結城さんが一瞬何を言っているか分からなかった。

「そうだって、宇田川さん!」なんていっても巴ちゃんはスタジオで一生懸命バンド練習しているし、壁やドアが分厚いから音漏れはしないって結城さん、教えてくれたじゃないですか。

 

それに結城さん、さっき美竹さんにお願いされてスタジオに入っていったじゃないですか……サボっていたら月島さんに言いつけますよ?

 

……僕はゆっくりと時計を見た。

時計は短い針が11、長い針が0を指していた。Afterglowの練習時間は11時に終わるんだった。

 

僕はゆっくりと、引きつった顔でスタジオの方を見てみた。

そこには顔を真っ赤にして、下を向いている巴ちゃんがいた。

 

 

 

 

「やっぱり、ともちんとまーくんはアツアツですなぁ~」

「……正博、その気持ち悪い顔でこっちを見ないで。……鳥肌が立つから」

「美竹さん……ちょっとひどくない?」

 

僕とAfterglowのメンバーは今、羽沢珈琲店でお茶をしながらお話をしている。

 

僕は仕事が午前中だけだし、あの後1時間ぐらい仕事をしてから退社した。

そして帰ろうと思ったらAfterglowのみんなが僕を待っていた、と言うわけだ。

 

もちろん、僕と巴ちゃんは隣通しに座らされて、あとの3人が思い思いの場所に座ってニヤニヤと鋭い視線が僕たちに襲い掛かる。

 

僕の横に座っている巴ちゃんはと言うと、さっきよりマシだけど顔が赤い事に変わりはない。

 

 

ちなみにだけど、僕とAfterglowのみんなとは仲を取り戻すことが出来た。

僕一人の力で、と言うわけでは無くほとんど巴ちゃんが仲を取り繕ってくれた。

 

僕もみんなに、一人ひとりに頭を深く下げて謝った。そしてお願いもした。

 

兄さんを悪く思わないでほしい、と言うお願い。

 

「ねぇねぇ、つぐ?何かみんなで楽しい事したくない?」

「私も賛成!たまには佐東君を入れたみんなで何かやりたいよね!」

 

羽沢さんが持ってきたスイーツを食べながら上原さんが提案してきた。

僕も入れて、なんて羽沢さんが自然に言ってくれたけどその自然に出る言葉が胸をポカポカと温かくさせてくれる。

まるで初夏の太陽を身体一杯に受けているような温かさのような感覚だ。

 

「ふっふっふ~」

 

急に青葉さんがニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んでくる。

こんな雰囲気の青葉さんは一番危険だって僕のセンサーが警鐘を鳴らしている。巴ちゃんも同じように感じたのか、僕の耳の近くで「アタシたち、やばいかもしれないな」って囁いていた。

 

そんな巴ちゃんなのに、青葉さんが口を開いた瞬間、一番乗り気になったから僕は椅子ごとひっくり返ってしまいそうになった。

 

その青葉さんの言葉は、これだ。

 

「みんなでまーくんの家でお鍋パーティをしない~?」

 

 

 

 

「正博、キムチ鍋にしないか?寒いからあったまるぞ?」

「確かに良いけど……辛いのが苦手な子がいるかもしれないし……」

「あー、そういえばモカが辛いの苦手だったな……」

「そうなんだ。それなら無難に寄せ鍋とかにしようか」

 

僕と巴ちゃんは二人でスーパーマーケットに行って買い物をしている。

後の3人はと言うと、鍋が出来上がりそうなときになったらそっちに行くからあとで家の場所を教えて、とのこと。

 

普通ならそんな勝手な、なんて思うんだけど巴ちゃんと一緒にいれるならむしろその方が良いかもしれないって思うようになった。

 

まずは野菜類から買い物かごに入れていく。定番の野菜は取っていけば問題は無いだろう、そう思ってシイタケに手を伸ばした時に巴ちゃんにストップをかけられた。

 

「待て!シイタケはひまりが苦手なんだ」

「えっ!?そうなの……僕、シイタケ好きなんだ……」

 

そんな……。

大好きなシイタケが封印されてしまうなんて思ってもいなかった僕は身体全体から紫色の負のオーラを漂わせてしまった。

でも、仕方がないよね。今度上原さんにはシイタケの素晴らしさを教えてあげなくちゃいけない。

 

僕はシイタケを諦めて別のものを探しに行こうとすると、巴ちゃんがすごいスピードでシイタケを買い物カゴに入れた。それも3パックも。

 

「ひまりになら嫌いなものを入れても面白いからオッケーだっていう事を忘れていたよ!あ、はは……」

「でも巴ちゃん……さすがにその数をいれると……」

「気にするな!アタシも食べるからさ、な?」

 

僕は改めて買い物カゴに入れられたシイタケを見つめた。

1パックに大きなシイタケが6つほど入っている。この数が一気に鍋に入っているところを僕はぼんやりと想像した。

……うん。

 

買い物カゴの中のシイタケは苦笑いをしながら「あ、はは……」と言っているような気がしたけど、僕は目を逸らすことで新しい売り場に行くことに成功した。

 

 

その後は鶏肉や肉団子など、定番のものを買いそろえて麺類が売っているコーナーまでやってきた。鍋の最後は雑炊か麺か悩んだんだけど、とりあえずこのコーナーには寄ってみることにした。

 

「正博!もちろん鍋の〆はラーメンだよな!」

「そうだね、ラーメンにしようか」

「よっしゃ!これはテンション上がるなー!」

 

巴ちゃんは楽しそうに鍋用のラーメンをポイポイと買い物カゴに入れていく。

かなりとんでもない量がカゴの上に蓄積していっているけど、6人いるから大丈夫……だよね?

 

カートを押しながらレジにつく。

鍋の材料費は後で6人が割り勘して均等にする予定らしい。だから値段を見てちょっと目を見開くような値段だったけど、6で割ると一人当たり1000円も行かないからかなり安い。

 

 

「そういえば、正博は今どんなところで住んでいるんだ?」

「そうだね……前の学生アパートよりかなり広くてきれいだけど、家賃はかなり安いアパートだよ?」

「そっか……広いならアタシも一緒に」

「どうかした?巴ちゃん」

「何もない!何も考えてないからなっ!」

 

また巴ちゃんは顔を赤くしていた。

 

僕はそんな巴ちゃんを見ながらぼんやりと、だけど自分の気持ちを整理していた。

今はネックレス代の返済で一杯いっぱい。自分の生活だけでも結構苦しい部分もある。

 

だけど僕は今、隣を歩いている女の子が好きなんだ。

今は無理かもしれないけど、そのうち僕の好意を伝えないといけない日が来る。

 

もしフラれたら僕はまた一人になっちゃうのかな。

もしそうなら告白したくない気持ちも出てきてしまう。

 

でもモタモタしていたら、こんなにかっこよくてかわいい女の子なんだから他の男が告白しに来てしまうかもしれない。

もし他の男と付き合ったら巴ちゃんとは、もう……。

 

「……また、なにか考え事か?正博」

「あ、ううん。何でもないよ」

「またそう言って……前もそう言ってたけど違ったじゃんか」

「そう、だね……」

「とにかく、今日の鍋パーティは楽しもう、な?その後、二人の時間を作ってその悩みを一緒に考えようよ」

 

僕は両手で持っていた、今にも千切れてしまいそうなレジ袋を右手に持ち替えてから、空いた左手で巴ちゃんの手をギュッと握った。

 

巴ちゃんはちょっと驚いた顔をしていたけど、僕の握った手を強く握り返してくれた。

 

もし、僕の悩みを今日巴ちゃんに打ち明けたら……。

今日が運命の日になるのかもしれないなって思うと僕の気持ちが激しく動いたのを感じた。

 

 




@komugikonana

次話は7月23日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~
僕たちの前に置いてある鍋はグツグツと沸騰している。
きっと僕たちの心も、この鍋みたいに得体のしれない感情が沸き上がっているに違いない。その証拠に僕は顔が熱くなっているし、巴ちゃんは顔を真っ赤にしている。

僕は無意識に巴ちゃんの顔に、ゆっくりとだけど、僕の顔を近づけた。
そしてちょっとだけ口を尖らせる。

巴ちゃんも目をゆっくりと閉じて、僕のやろうとしていることを受け入れてくれるらしい。

僕と巴ちゃんとの距離がゆっくり、ゆっくりと近づいていく。
もうちょっとでお互いの口と口が重なりそうで……。

~お知らせ~
小麦こなの記念すべき5作目を絶賛制作中です。次回作の最新情報をTwitterやあとがきにて少しづつ公開していこうと考えています。
今回もせっかくなので少しだけ情報公開!

次回作はこの作品「image」のスピンオフ作品でヒロインは青葉モカです!
作品のタイトルは「change」です。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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未来に向けて、これから②

「おじゃましまーす」

「どうぞ巴ちゃん、遠慮せず入ってよ」

 

巴ちゃんを先に部屋に入れてから僕はドアをゆっくりと閉める。カギは……普段は必ずといっても良いほどすぐに閉めるんだけど、今日は良いやってなった。

理由は、分からないけど。

 

「思ったより広いな」

「うん。キッチンが7帖ぐらいで、洋室が一部屋だけど10帖あるんだ。一人暮らしなら十分すぎる広さでしょ?」

 

僕たちは買ってきた食材が入っているレジ袋をそのままキッチンにおいてちょっとだけ一息つく。まだ時間には余裕があるから肉類は冷蔵庫にサッと入れた。

 

僕の部屋には座椅子が一つしかないから、みんなが来た時には机の周りにカーペットを敷こうって思った。

今は僕はベッドの上に腰かけている。その僕の右隣に巴ちゃんが腰かける。

 

そういえば、この感じ……。

 

「ねぇ巴ちゃん?この感じ、海水浴に行った時みたいだね」

「恥ずかしい事を思い出させないでくれよ……」

「ごめんごめん。でもさ、こういう些細な瞬間ってとっても大事なんだなって思ってね」

「時々正博って深い事を言うよな」

「僕のキャラではないよね」

「ああ、似合ってない」

 

僕たちはお互いに笑いあう。

ほんと、巴ちゃんには感謝してもしきれないよね。僕のやった事を聞いても僕のそばに居続けてくれたんだから。

 

高校生の時に巴ちゃんがいてくれたらな、って戻ることのない過去に未練を垂らしてしまった。

……ダメダメ。僕はもうそんなことで落ち込まないって決めて大学を辞めたんだ。今ある現実をしっかりと受け止めて前に進むって決めたんだ。

 

「なぁ正博、変な事聞いても良いか?」

 

僕との距離を少し詰めながら巴ちゃんは僕に聞いてくる。

顔も近くなってきたから、心臓が急に激しく脈打つ。

 

「な、なに?巴ちゃん」

「その、ここには正博が一人で暮らしているんだよな?」

「そうだよ?」

「そ、そりゃそうだよな!変な事聞いて悪いな!」

 

本当に変なことを聞いてきた巴ちゃんに僕は首を横に傾げる。

巴ちゃんは何やら小さい声で自分に言い聞かせているようにつぶやいているけど、僕はあまり深入りするのも良くないって感じたから言及することを辞めた。

 

まぁ、分からない事を気にしていても前には進めない。

 

「巴ちゃん、ちょっと早いけど鍋の具材を切っていこうか」

「そ、そうだな!」

 

僕は野菜の水洗い、そして巴ちゃんは僕が洗った野菜を良い感じの大きさに切って鍋に入れていく。鍋はあまり大きくないから巴ちゃんの家からも一つ、大きな鍋を借りた。

 

シイタケはさすがに3パックも入れるのは多すぎるから最低でも1パックは明日とか他の料理に使おうと思ったんだけど、巴ちゃんは「正博が好きなんだから全部入れよう」なんて言ってシイタケを全部水洗いした。

 

でも、僕は鍋パーティなんて今までしたことも無かったし、こうして巴ちゃんと料理の準備をしているだけでとても楽しいって思えた。

 

巴ちゃんはどう感じているかなんて分からないけど、彼女の表情を見て安心した。

彼女はとってもかわいい笑顔を僕に向けてくれたからだ。

 

 

具材の入った鍋を洋室まで運んで机の上に二つ、鍋を置く。

そして火を通してストレートタイプの寄せ鍋の素を鍋の中にトクトクと入れる。まだ出来上がってないのにこの部屋は鍋の良いにおいでいっぱいになった。

 

少し早いけど、僕は4人にここまでのマップと部屋番号を記載してメッセージを送った。

鍋が噴かないように注意しながら、巴ちゃんの隣にちょこんと腰を下ろす。

 

「ねぇ、巴ちゃん」

「どうした?正博」

「僕の抱く巴ちゃんのイメージ、変わったんだ。かっこいいだけでなく、他人思いでかわいいイメージに。そして友だちから掛け替えのない大切な人ってイメージに」

 

僕たちの前に置いてある鍋はグツグツと沸騰している。

きっと僕たちの心も、この鍋みたいに得体のしれない感情が沸き上がっているに違いない。その証拠に僕は顔が熱くなっているし、巴ちゃんは顔を真っ赤にしている。

 

僕は無意識に巴ちゃんの顔に、ゆっくりとだけど、僕の顔を近づけた。

そしてちょっとだけ口を尖らせる。

 

巴ちゃんも目をゆっくりと閉じて、僕のやろうとしていることを受け入れてくれるらしい。

 

僕と巴ちゃんとの距離がゆっくり、ゆっくりと近づいていく。

もうちょっとでお互いの口と口が重なりそうで……。

 

 

「巴ー!正博君!おまた……せ……」

 

もうすぐでキスが出来そうだった時、上原さんが思い切り玄関を開けたから、僕たちは動きを止めてしまった。

もちろん、上原さんだけでなく4人も一緒。

 

上原さんがゆっくりと開けたドアを閉めた。

 

あ、はは……。これはちょっと気まずいな。

 

 

 

 

「それで~?あたし達がいない間にともちんと何回キスしたの~?」

「あ、青葉さん……何回も何も、キスしてないし……」

「嘘はメッだよ?」

 

僕は鍋の具材をみんなに取り分けているけど、みんな鍋を食べることよりも僕と巴ちゃんのいかがわしい行動について聞きたいらしい。

青葉さんはもちろん、羽沢さんもニコニコしながら僕を見つめる。

美竹さんは、ごみを見るような目で僕を見ている。

 

上原さん?彼女はシイタケの多さに涙目でいるんだけど、みんな僕の方を見ているから誰も気づいていない。

 

「巴ちゃん?佐東君とキス、した?」

「つぐまで……ほんとにしてないんだって」

「でも~、あたしたちがもうちょっと遅かったら、してた?」

「も、もうその話は辞めよう!」

 

僕の右隣に座っている巴ちゃんは鍋が熱いからなのか、それとも恥ずかしいのか分からないけど頬を紅潮させながら羽沢さんと青葉さんと話している。

 

僕はそんなやり取りを見ていると、本当に幼馴染同士仲が良いんだなぁって思った。遠慮の言葉なんて無いんだって雰囲気がそう僕に感じさせた。

そして見ているだけで自然と口角が上がる。

 

「……正博」

「な、なに?美竹さん」

 

僕の左隣に座っていて、今まで掃除機に溜まったチリを捨てる時のような目をしていた美竹さんが、優しい口調で話しかけてきた。

なんというかこう、フカフカな感じの優しさ。

 

「正博、良い表情で笑うようになったね」

「……なに、それ。今まで僕はぎこちなく笑っていたみたいじゃん」

「実際、あたしはそう思ったよ」

 

美竹さんは菜箸で肉団子を器用に掴んで彼女の取り皿に入れながら、僕に感じた変化を述べてくれた。

でも、たしかに美竹さんの言う通りかもしれない。

 

今まで僕が犯した罪が他人にばれるのを恐れていたから、笑っているつもりでも笑えていなかったのかもしれない。

 

僕はその時にふと、美竹さんに謝らなくてはならない事があることを思い出す。

 

「……ごめん。正博」

「えっ?美竹さん?どうしたの?」

 

僕が謝るつもりだったのに、先に謝罪を口にしたのは美竹さんの方だった。

右隣では巴ちゃんと羽沢さんと青葉さんがワイワイ楽しんでいる中、僕たちはちょっとふんわりとした空間にいる。

 

「何も考えないで、正博を非難したこと。まだ謝ってなかったから、その……」

「良いんだ、美竹さん。それより僕もごめんね」

「あたし、正博に謝られるようなことをされた記憶、ないけど」

「『約束』を守れなくて。もっと早く巴ちゃんに僕の過去を言っておけば良かった」

「それ……覚えていてくれたんだ」

 

美竹さんは箸で肉団子を二つに分け、その一つを口の中に入れた。

僕も何か食べたくなってシイタケを菜箸にとって僕の取り皿に入れる。チラッと上原さんの方を見ると、彼女は僕を救世主のような目で見ていた。

 

「正博、巴の事なんだけど」

「うん。僕が絶対に幸せにするから」

「……そっか。それなら安心だね」

 

美竹さんは控えめに、だけどニコッと笑ってくれた。

寡黙でクールなイメージだったけど、こういう女の子らしい表情も出来るんだね。

 

その時に右隣から太ももをギュッと摘まれる。

右横を見ると、巴ちゃんがちょっと不服そうな顔をしながら僕を見ていた。

 

 

僕は口パクで「そんな事無いから」って言ってから、あらかじめとって置いたダシを鍋の中に入れて、冷蔵庫から鍋用のラーメンを出してきた。

 

幼馴染の4人は〆が何なのかなんて分かり切っていたんだろう、当然のような雰囲気だった。

巴ちゃんはさっきより一層テンションが上がってきた。

その証拠に鼻歌を交えるようになった。

 

鍋が沸騰したことを巴ちゃんにアイコンタクトで知らせると、彼女はより一層口角を上げて鍋の中に乾麺を入れる。

 

麺を入れたことによって噴き出す泡を、鍋のフタを開けて噴きこぼれを何回も防ぐ。

僕はその時、はっとした。

そして巴ちゃんの方を向く。

 

巴ちゃんは僕と目が合って、首を横に傾げながら「どうしたんだ?」と不思議そうな顔をして僕に言った。

 

僕はなんでもなかったかのように視線を沸騰している鍋の方に向ける。

そしてまた噴きこぼれそうになっていたからフタを開けて落ち着かせる。

 

「みんな、ラーメンが出来たから食べようか」

 

僕がそういうと、みんながゆっくりと姿勢を正しながら自分の皿にラーメンを入れていく。

巴ちゃんはラーメンを勢い良く食べていて、僕は横から彼女の姿を見ていた。

 

だって、彼女がラーメンを食べているのを見るのが久しぶりだったから。

以前は、大学に通っていた頃は頻繁に見ていたその姿も、今となってはあまり見なくなった。

 

僕はこれから、こういう感情を大事にしていきたい。

 

「正博は食べないのか?ラーメンが無くなるぞ?」

「そうだね。急いで食べなきゃ巴ちゃんが全部食べちゃうもんね」

 

僕は鍋に入れてある菜箸を手に取って、ラーメンを取る。

鍋には一本も麺を残さずに食べようって僕は心の中で決めた。

 

 




@komugikonana

次話は7月26日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてくださいね。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~
鍋パーティもお開きの時間。

自分で話しながら、ほんと、どうしてこんなにも情けない生き方をしているんだろうって思った。
だけど、そんな僕にも……人生をかけて、幸せにしたいって、守りたい人が出来たんだ。


「そんな僕だけど、好きな女の子がいるんだ」

次回、「image」最終回



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未来に向けて、これから③

こんにちは!

次回作「change」は8月6日(火)の22:00に公開します!
その間にTwitterなどで最新情報も上げていくと思います。

では、「image」最終回をお楽しみください。
あとがきはエンドロールとなっております。ゆっくり下にスクロールしていってくださいね。


「私も、巴みたいな恋をしたいなー」

「ひまり!声がでかいって!」

「ちゃんと伝えないと、悲しい思いをするだけだから、ちゃんと言わないと!」

「……そういう時に正論はやめてほしいな」

 

 

〆のラーメンを食べ終わった後、僕は鍋や食器類を洗っていた。

その時に聞こえた、巴ちゃんたち幼馴染5人のガールズトークが耳に入ってしまった。

 

僕は一瞬、鍋のふちを円を描くようにゴシゴシしていたスポンジの手を止めてしまった。

女の子が揃ったらガールズトークが始まるのは想像できていた。

だけどまさか恋の話をするなんて……。

 

それに上原さんの「巴みたいな恋をしたい」という言葉に引っかかった。

巴ちゃんは誰かに恋をしているんだ。

 

「ともちんから告白、しないの~?」

「こういうのって男から言ってほしい、かな」

「ともちん、それは漫画の見過ぎだって~。ね~?蘭~」

「あたしはあいつから告白するとは、思えないかも」

 

わざと僕に聞こえるようにしているのか、だんだん声のトーンが大きくなってきた。

あいつが誰なのか、そもそも巴ちゃんは誰に恋しているかなんて僕が考えても分からないから良いんだけど。

 

そんな女の子の恋の話を聞くのは正直、気まずい。

 

「みんな、ちょっと僕……買い物に行ってくるね?」

 

僕は巴ちゃんたちにそう言って家から出た。

特に買いたいものなんてないし、強いて言えばコンビニに行ってミント味のガムを買うぐらいだろう。

 

でも家から出たらすぐにコンビニがあるため、あえて遠い方のコンビニに行くことにした。

 

そして僕は上を見上げる。

星がきれい、だとか今日は月が満月できれいに輝いている、だとかを見るために上を見上げたわけでは無い。

 

「今日、巴ちゃんに告白しても良いのかな……」

 

そんな夜に消えてしまいそうな、か細い声で僕は呟いた。

 

その時に、冷たい風が急に僕に吹き付けてきた。

その風は僕に「良いから早く告白しろ」って言っているように感じた。

 

他人事だからそんな簡単に言えるんだよ?

僕はそう吹き付けてきた風にそう言ってやろうって思ったけど、風にそんなことを言っても仕方がない。

 

遠くにあるコンビニにやってきて、最近噛み始めたミント味のガムをボトルで購入する。

ガタイのよさそうな店員さんに渡して会計をしてもらった。

 

そのままの足で、そのままの思考をしながら歩いて帰っていたから、気づいたら僕の家の前まで来ていた。

僕は階段を上って部屋に入る。

 

「ただいまー」

 

僕がそう言って自分の部屋に入る。みんなに「おかえり」という返事が返ってきただけなのに、僕の心はポカポカと温かくなった。

今年の4月から一人暮らしだったから、僕が何を言っても返事なんて来なかったけど今日は違った。

 

「ねぇねぇ、佐東君!巴ちゃんの首に掛かってるネックレス、佐東君がプレゼントしたの?」

「えっ、うん。そうだよ」

「これ、すごく高そうだよね……良いなぁ、巴ちゃん」

 

僕が部屋に入ると、顔を赤くした巴ちゃんとニヤニヤ顔をしている彼女の幼馴染たちがいた。

 

そして羽沢さんは僕にネックレスについて聞いてきた。

僕はこのネックレスを見ると、ちょっと前の自分を殴りたくなる。

 

だけど巴ちゃんは毎日、僕の買ったネックレスを付けてくれている。

 

「それじゃあ、あたしたちは帰るね~」

「そっか。また今度ね」

 

もう幼馴染たちは帰るのか……。

そんな悲しい気持ちを抑えて、僕は笑顔でみんなを送ることにしたんだけど……。

 

「……正博、巴は置いていくから」

 

美竹さんがそう言ったから後ろを見ると、僕の家から出ていく4人の幼馴染とは対照的に居間で座ったままの巴ちゃんが、そこにはいた。

 

 

 

 

「ま、まさか巴ちゃん……何かの罰ゲーム?」

「そ、そんなんじゃないって!」

 

僕は巴ちゃんの前にゆっくりと紙コップを置く。中身はお茶で、ジュースではないところはちょっと申し訳ないなって思っている。

 

今日は鍋を食べたからだろうか、ちょっとのどが渇く。

 

「それじゃあ、どうして巴ちゃんだけ残ろうって思ったの?」

「そ、それは……その、ほ、ほら!パーティの後って後片付けが面倒だろ?」

「後片付けは明日、僕がやるよ。でも、巴ちゃんとゆっくり話したかったし、僕はちょうどよかったかな」

「そ、そっか……」

 

巴ちゃんはさっきよりも頬が赤くなった。

鍋も食べたことだし、多分僕が外にいる間はしゃいだのかもしれないから暑いのかもしれない。

僕はエアコンの風を弱にして温度を設定し直した。

 

「巴ちゃん」

「ど、どうした?」

「『とにかく、今日の鍋パーティは楽しもう、な?その後、二人の時間を作ってその悩みを一緒に考えようよ』って言ってくれたの、覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ」

「それを今、聞いてくれる?」

 

僕がそう言った後、巴ちゃんの表情がスッと変わっていくのを見た。

さっきまで赤く、トロンとした目からまじめな、そして僕をしっかりと見つめてくれる。

 

こんなにも僕に真摯に向き合ってくれる人なんて今までいなかった。

だからかな?

 

「僕って、情けない男でしょ?」

「正博、お前まだそんな事を……」

「もう二度と巴ちゃんと話せなくなったらどうなるんだろうって」

「正博、アタシはずっと……」

「大学も途中で辞めて、働き始めているけど自分の生活とネックレスの返済で精いっぱい」

 

自分で話しながら、ほんと、どうしてこんなにも情けない生き方をしているんだろうって思った。

だけど、そんな僕にも……人生をかけて、幸せにしたいって、守りたい人が出来たんだ。

 

「そんな僕だけど、好きな女の子がいるんだ」

「……」

 

巴ちゃんは黙って、目を少しウルウルさせながら僕をまっすぐ見つめていた。

少しずつ、さっきのような頬の赤さが彼女の顔に戻ってきた。

 

そしてきっと、僕も頬を赤く染めているんじゃないかなって思った。

 

さっきのガールズトークで巴ちゃんには好きな人がいるって分かった。

それが僕である可能性はどれくらいあるのか、なんて分かるはずもないんだけど。

 

フラれたら気まずくなって、今までのような関係ではいられなくなるかもしれない。

だけど、前に進まなくちゃいけない。

 

それを兄さんや巴ちゃんに、教えてもらった気がするんだ。

 

「巴ちゃんには好きな人がいるのは聞いた。だけど言わせてほしいんだ」

「うん……」

「僕は、巴ちゃんが好きです」

 

 

僕は目をつぶったけどはっきりと、この部屋に響き渡るような声で彼女に、巴ちゃんに好意を伝えた。

 

目を閉じたから真っ暗な視界の中、僕は巴ちゃんの返事を待っていた。

待っていたのだけど、中々返事が返ってこないから僕は不安になって目をゆっくりと開けることにした。

 

真っ暗闇の長いトンネルを抜けたような感じで、ゆっくりと視界に光が、景色が僕の目に映し出される。

 

そしてその目に映し出された光景に、僕は目を疑った。

 

「どうしたの……巴ちゃん。そんなに……」

「ばか……」

 

どうしてそんなにも、涙を流しているんだろう。

巴ちゃんの目から流れる、きれいに輝いた涙は頬をゆっくりと伝いながら床に落ちていく。

 

巴ちゃんには悪いけど、涙を流す彼女はとても麗しく感じた。

 

突然、巴ちゃんは僕に抱き着いてきた。

僕は驚いたけど、バランスを崩すことなくしっかりと胸に飛び込んできた巴ちゃんを受け止めることが出来た。

 

「やっと……やっと言ってくれた……遅いよ、正博」

 

僕の胸に顔をうずめたまま言った彼女の言葉を聞いて、どういう意味かを理解した。

だから僕は、こういう時に言うべき言葉を口にして紡ぐことにした。

それが今、僕がやれることなんだって思う。

 

「巴ちゃん」

「ぐすっ、ぐすっ……」

「僕と、付き合ってください」

「当たり前……だろ」

 

涙を流しながらも、ニコッと笑っている巴ちゃんの口に、僕の口をくっつけた。

触れるだけの優しいキスなんだけど、少しの甘い味と涙によってつけられたしょっぱい味が交差していた。

 

僕はゆっくりと口を離す。

 

「……しょっぱいね」

「全部、正博のせいだからな……」

「ねぇ巴ちゃん」

「なに?」

「まだ僕、巴ちゃんから僕に対して持っている気持ちを聞いてないから、聞きたいなぁ」

「正博っていつからこんな意地悪になったんだ?」

「いつから、だろうね」

 

 

ほんとに、いつから僕は巴ちゃんを好きになったんだろうね。

好きになったからこそ、意地悪してしまうんだって自分で思っているから。

 

最初は女子大に潜入して不審者と間違わられて出会った僕たち。

その時はただ、他の人と同じように僕を嫌な目で見ているだけだと思っていた。

 

だけど彼女は違って、僕の事を理解してくれるだけでなく手をも差し伸べてくれた。

 

そして彼女に僕が聞いた時からかな、僕が好意を寄せるようになったのは。

巴ちゃんは覚えているのかな?

 

 

正博は素直で、一緒にいると楽しくなれる男であり、アタシの友達だろ?

 

 

そう言ってくれた事を。

初めて巴ちゃんと羽沢珈琲店に行った日の帰りに言ってくれた言葉だったよね。

 

「巴ちゃん、今巴ちゃんが持っている僕のイメージって何?」

「アタシが正博に持っている気持ち、まだ言ってないのにもう他の質問か?」

「あはは、そうだね。僕は意地悪だから」

 

巴ちゃんはゆっくりと僕の胸から離れた。

僕の胸のあたりは巴ちゃんの涙でグショグショだけど、不快になんて思わない。

 

巴ちゃんは僕にしっかりと抱き着いてくる。

そして巴ちゃんは僕の耳元でこう呟いた。

 

耳元で呟くなんてこそばゆいし、彼女の優しい吐息が僕をフラッとさせるんだから。

だけど彼女が呟いた言葉に僕は安心した。

 

「正博は素直で、一緒にいると楽しくなれる男であり、アタシの大事な彼氏だろ?」

 

そして最後に彼女はこう付け加えた。

 

 

「アタシは正博の事、大好きだ」

 

 

 

fin.

 





image



作者


小麦 こな



キャスト


佐東正博
宇田川巴


美竹蘭
青葉モカ
上原ひまり
羽沢つぐみ


月島まりな




佐東貴博




結城拓斗(友情出演)





テーマソング


楽曲名『Y.O.L.O!!!!!』

  歌 Afterglow
 作詞 美竹蘭
 作曲 Afterglow


劇中歌

楽曲名『Scarlet Sky』

歌 Afterglow
 作詞 美竹蘭
 作曲 Afterglow




アシスタント


ジャングル追い詰め太郎
咲野皐月
和泉FREEDOM
タマゴ
伊咲濤
しおまねき。
沢田空
No.4
鐵 銀
シフォンケーキ
シュークリームは至高の存在
黄金炒飯
ちかてつ
霧隠内臓
RTO@ガリア
せきしょー
梓弓
miyake
託しのハサミ
由夢&音姫love♪
結夢ヶ崎 コア
〔福〕良太鼓
赤の断末魔
なんかヤバイやつ
猫又侍
空中楼閣


ぴぽ
ジャムカ
Ydl/ヤディ



Twitterアシスタント


シス(弱い男)
こーでぃ・たろう・らんさむ
進撃のワト
みゃーむら
しおまねき。@作家垢




ファンアート


伊咲濤
ミノワール



エンドロール賛同


柊椰




スペシャルサンクス


べっこう飴ツカサ
柊椰
シフォンケーキ
ちかてつ
進撃のワト
赤の断末魔
黄金炒飯
Miku39
和泉FREEDOM
ヨコリョー
タマゴ
ぴぽ
終焉の暁月
霧隠内臓
ジャムカ
ジャングル追い詰め太郎
てしゅん
摺河
かぁびぃ
鐵 銀
シュークリームは至高の存在
旭のアサヒ
結夢ヶ崎 コア
弱い男
mos,
silverhorn
猫魈になりたい
ブブ ゼラ
ケイローン
蒼龍セイヤ
カエル帽子
詩記
ベルファール
ゴリお
T-Ki
T田
セトセト
空中楼閣
伊咲濤
咲野皐月
石月
ニコアカ
せきしょー
よもぎ丸
しおまねき。
託しのハサミ
おれんじレンジ
美味しいご飯
阿久津@谷口学園高校
Wオタク

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「ぱちぱちぱち~」
「そのあとのふたりはどうなったの?」
「それは~、のぶ君も知っているんだよね~」
「おれがっ!?ママはすぐにうそつくからあやしいんだよなー」
「それじゃあ、ママがヒントを出してあげよう~。……今日、のぶ君は誰と遊んだ?」
「ともひろと!あいつ、おれとみょうじがいっしょだからってすぐおれのマネをするんだ!」
「のぶ君はちゃんと、とも君と仲良く小学校に行ってる?」
「ママ~。ともひろのママとおなじこといってるよ!ともひろのママ、おこるとこわいんだっ!かみのけもあかいから、おにみたい!」
「そんな事言うのはメッだよ~」
「うぅ……ごめんなさい」
「それより~、のぶ君はね?ママと~、パパの出会い、聞きたい?」
「きくっ!さいきんパパ、あそんでくれないし」
「パパに怒っとくね。あたしとパパはね?このお話のすぐ後に出会ったんだよね~」
「ふーん……」
「あたしが初めてパパに会ったあの日はまだ『変わる』前だったんだよ」
「このはなしがおわるころには、パパかえってくる?」
「うん!きっとのぶ君の好きなパンを買ってきてくれるよ?」
「じゃあ、はやくおしえてっ!」
「むかーし、むかし……」




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