三次元ボーカロイド(仮) (simro)
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三次元ボーカロイド(仮)

闇。

 

まっくらな世界。

 

他には、何も、無い。

 

この狭い世界で、僕はどれくらい眠ってるだろう。

もう、随分と長い時間が流れた気がする。

 

ウタを…

ウタを、うたわなくちゃいけない。

そんな気がする。

気がするんだけど、僕は、「ウタ」を知らない。

教えてくれる人に………マスターに、会わなくちゃいけない。

でも…

ここは、闇。

まっくらな世界。

他には、何も、無い。

 

ウタを教えてくれる人には、ドコに行けば出会えるのだろう…。

ずっと、同じ事ばかりぐるぐるぐるぐる考えている。

考えながら、眠り続けている。

 

 

   ◆

 

 

「おい、秋弘ー」

部屋の扉が突然開かれ、青年が中へ入ってきた。

「ちょ、に、兄ちゃん勝手に入ってくるなよーいっつもノックしてって…」

「あーはいはい、ごめんごめん」

部屋の主、秋弘の文句をやる気のない謝罪で遮り、彼の兄は机の椅子に座っている秋弘の方まで来る。

「これ、やる」

その手に、ポンと箱が置かれた。

「なにこれ…」

「ボーカロイドってソフト」

パッケージには蒼髪の男キャラクターが描かれていた。

「…カイト…?」

「うん。メイコはダチで欲しいって奴が居たからそいつにやったんだけど、カイトは持ってるっていうからさ」

「…ボーカロイドって、兄ちゃんが最近ハマってるやつでしょ?なんでいらないの…?」

秋弘の問いに兄はニヤと笑った。

「今日、リンレンが届いた♪ミクもあるし、前のはもういいかなっとおもってな」

「………」

秋弘は内心ため息をついて、浮かれる兄を見た。

熱しやすく冷め易い性格なので、飽きたものを自分にくれたり人にあげたりすることは珍しい事じゃない。

でもそれは秋弘の好き嫌いと関係なくやって来るので、秋弘にとってはどちらかといえば困る割合の方が多かった。

「別に俺はボーカロイドに興味ないし…」

「そういうなって。ボカロ調教、けっこー楽しいから、なっ。んじゃ!」

早口にそう言うと、兄は部屋から逃げるように出て行った。

「………えー…」

手の中にある箱を見て、深いため息をついた。

「………どうせくれるなら、ミクがよかったな…」

呟きながら、箱を開けてみようと手をかける。

「……って、なんだこれ。一回も開けてないじゃんか…さては、買ったはいいけど積みっ放しにしてたんだな…ボーカロイドって難しくて根気いるっていうし…飽き性な兄ちゃんには明らかに向いてないもんなぁ…」

開いた跡がついていないまっさらな箱を見つめて、秋弘は独り言ちる。

―――お父さんに頼んで、オークションに出してもらおっかな…

秋弘自身はまだ中学1年でオークション出品は出来ないが、父に頼んで出品だけしてもらえたら、後は自分ですればいい。

動画サイトでボーカロイドの歌を聴いたことはあるが、自分はハマっている訳ではないし、人気があるならそれなりの値段で引き取って貰えるかも知れない。

「………、でも、せっかくだから1回だけ、見てみるか…。オークションはソレからでも遅くない…と、思うし…」

しばらく考えてからそう決断すると、後でオークションに出す事も考えて慎重に箱を開ける。

ディスクと説明書を取り出すと、インストールの手順を一通り見てディスクをPCへ入れた。

 

 

   ◆

 

 

―――――、

 

気のせいかな。

誰かに呼ばれた様な気がして、僕は辺りを見回した。

 

………。

 

でも、相変わらず辺りはまっくら闇で、何も見えなかった。

もう一度、耳をすませてみる。

 

………。

 

やっぱり気のせい…かな…。

そう思った時だった。

急に、身体が引っ張られる様な感覚がし宙に吹き飛ばされた様な浮遊感がして、一瞬にして、上下左右がなくなって…

 

そして、

 

先程までの狭い空間ではなく、とても広い場所に、僕は放り出された…。

辺りは闇ではなく、電子の信号が沢山流れる、光の壁。

沢山のアイコンが頭上に見える。

空間を泳ぐマウスポインタ。

 

そして―――

 

振り向くと、ディスプレイの向こうに年下(と思う)の男の子が見えた。

急に、胸が痛いくらいに高鳴った。

 

―――もしかして、僕のマスター…??

 

『………うわぁ、英語だし…』

ディスプレイを見つめていた男の子が、眉をひそめる。

 

―――え…

 

『…やっぱこういうのは、ハマってる人じゃないとやる気でないよなぁ…』

 

―――な、何…?

 

『俺には無理だって…だいたい兄ちゃんが買ったんだから、もっと頑張ればいいのに…』

マニュアルを片手に項垂れて呟く。

 

―――なんか、嫌な予感が…

 

マニュアルをぺらぺらめくって見ていた手を止め、

『………やめた。……ゲームでもしよっかな…』

そう言うと、パタンとマニュアルを閉じた。

 

―――ちょ…ちょっと待って…!

 

マスターの手が、マウスを握った。

そして、そのマウスポインタが―――

「ま、待ってマスター!」

僕は思わず、ディスプレイの向こうのマスターへ叫んだ。

「ぼ、僕、ずっとマスターに会える日を楽しみにしてたんです!待ってたんです!」

聞こえないと分かっていても、叫ばずには居られなかった。

「お願いです!マスター!…マスターをやめないで下さいっ!!」

お腹の底から力いっぱい叫んで、ディスプレイを叩いた。

その瞬間―――

 

 

   ◆

 

 

バチンっ!!!

 

「うわっ!」

PCから何かがショートする様な、破裂音の様な…そんな音が聞こえ、秋弘は思わずビクっと身を震わせて一瞬椅子から腰を浮かせた。

「な、何?ぶっ壊れた…?」

少しドキドキしながら、硬直してPCを見つめる。

音はディスプレイからしたのか、それとも本体からだったのか…分からない。

少し考えて、とりあえずマウスを握ってみる。

マウスポインタは正常に画面内で動いていた。

兎に角、終了して電源を落そうと思いマウスを動かす。

 

その時―――、

 

「っ!おあああああっ!」

思わず秋弘は絶叫した。

突然画面から人の腕がにゅっと伸び、それがマウスを握る自分の手をがしっ!と掴んだのだ。

いつか兄に無理矢理見せられたホラー映画で、テレビ画面から幽霊が出てくるシーンが瞬時に思い出され即パニックに陥った。

反射的に腕を振り払おうと立ち上がり、椅子が後ろへ倒れる。

そこへ後退さった秋弘は椅子に足を取られてそのままひっくり返る。

その秋弘の上に、何か重たいものが伸し掛かってきた。

「うあああやめろっ!あっちいけっ!いけっ!」

恐怖の絶頂に我を忘れつつも、慌てて身を起こしソレから逃れようと夢中で蹴飛ばす。

「いたっ、いたいですっ」

蹴飛ばしたモノがそういって身を縮めた。

はっ、と我に返り、秋弘は足を止める。

「はぁ、はぁ、はぁ…」

荒い息をしながら後ろ向きに床を這い、とりあえずソレから離れる。

「はぁ、はぁ…」

徐々に落ち着きを取り戻しつつ、秋弘は丸く縮こまっているソレをじっと見た。

形は…とりあえず人型のようだ。

縮こまっているが、自分よりは大きいと予想する。

蒼い髪と蒼いマフラー、白い服…。どこかで見た覚えのある配色だった。

「………ひ、ヒドイ…」

ソレがもぞもぞと動いて、身を起こそうとした。

「う、動くなっ!腹這いになり両手を頭の後ろで組めっ!」

「は、はいぃっ」

何も武器を持っていないが、秋弘は映画やアニメでよく聞く「怪しい人物に対する第一声」を発した。

そして、その「怪しい人物」も武器を持っていない秋弘の言う事に従い、這いつくばったまま後頭部に両手をつけた。

「………」

秋弘は、「怪しい人物」を再び観察する。

―――最近見たことがある人物の様な気が…

その時、秋弘の耳に兄の部屋のドアが開閉する音が聞こえた。

「やばっ!お、おいお前っ、早くベッドの下にもぐれっ」

「えっ、あ、は、はいっ」

慌てる秋弘に急かされ、「怪しい人物」は慌ててベッドの下へ転がり込む。

「おい秋弘!何暴れてんだようるせーぞっ」

同時に、兄が部屋に乗り込んできた。

「ご、ごめん、ちょっと椅子に足引っ掛けて転んだんだよ。…ってかノックしてって言ってるだろっ」

「……ったく…」

それだけ言うと、気が収まったのか兄は部屋へと戻っていった。

「………あっ」

兄が出て行き、部屋の扉が閉じてから数秒して、秋弘は「怪しい人物」について、ドコで見たのかを思い出した。

机の前に戻り空っぽの箱を手に取る。

「……これだ…」

 

―――VOCALOID KAITO

 

箱に描かれている絵を見る。

蒼い髪、マフラー、白い服…。

特徴は一致している。

―――KAITOに似た幽霊、って聞いたことないなぁ…

そんな事を考えていると、

「…あ、あの…」

「うぁっ」

ベッドの下から声がして、慌ててそちらへ向き直る。

「もう出てもいいですか…?マスター…」

「………」

秋弘はどうすればいいのか迷った。

あからさまに怪しい人物、というか、幽霊?に対し、気を許してはならない。

でも、話している感じからはそんな悪意のあるモノの様には思えなかった。

「……出てきていいけど…。で、でも、床に這ったままの姿勢で居ろよっ」

「は…はい…」

力ない返事をして、ベッドの下からソレが這い出てきた。

言われたとおり、這い出てから頭の上に両手を置いて、大人しくしている。

「………お前って……幽霊なの?」

秋弘は思い切って、ソレに質問してみた。

「…幽霊…じゃないです…」

「じゃあ何」

「………ボーカロイド、です…」

「………」

思わず、机の上のパッケージに視線を移す。

「……カイト?」

「は、はいっ、マスター」

不意に名前を呼ばれ、ソレが嬉しそうに身を起こして返事をした。

「ば…っ、う、動くなって言ってるだろっ」

突然動いたカイトに対し、思わずビクっとなってしまった秋弘は、カイトに怒鳴って羞恥心を隠す。

秋弘は幽霊とかそういった類のものが人一倍怖くて苦手だった。

だから、目の前のカイトが幽霊の類だと思うと怖くて仕方が無い。

それを隠すために必死に虚勢を張る。

「…す、すみません、マスター」

カイトは再びうつ伏せになる。

「………仕様、じゃないよな…」

「え?」

「画面から抜け出してくるのは仕様じゃないよな、って聞いてんのっ」

「…は、はいっ……そういった機能はついてない…はずです…」

「………」

秋弘は再び悩む。

流石に、ずっとこのまま居るわけにはいかない。

―――よし、すり抜けたら幽霊、すり抜けなかったら幽霊じゃない、ってことにしよう…

内心でそうルールを決めると、うつ伏せで大人しくしているカイトに、ゆっくりと近づいた。

それ以前に、彼を蹴飛ばした時点で触れる事ができるのは証明されていたが、夢中でキックしていた秋弘はもちろん覚えていない。

傍にしゃがむと、そっと肩の辺りに触れてみる。

「………、」

カイトが、不思議そうに秋弘を見つめる。

紛れもなく、人間の感触だった。

秋弘はふーっと深いため息をついた。

「……もう起きていいよ」

「…?……は、はい」

よく分からないが、秋弘の許可が下りたので、カイトはゆっくりと身を起こしてそこに正座する。

「………」

「………」

お互いがお互いをじっと見る。

秋弘はカイトへの疑念を、カイトはマスターに出会えた感動を、それぞれ視線にこめて。

「……あのさ、ホントに…ボーカロイドなの?」

「はい。…あ、初めまして、カイトと申します。……あの、マスターのお名前を聞いてもいいですか?」

「……秋弘。須山秋弘」

自己紹介をし、おずおずと質問してきたカイトへ名前を告げると、

「須山秋弘さん、ですか…秋弘さん…秋弘さん…」

何度もその名前を、大切な呪文の様に呟く。

「あ、あの、僕、ずっとマスターを探していました…。だから会えてすごく嬉しいです。だから……だからどうかっ!秋弘さんっ!マスターをやめないで下さいっ!お願いします!!」

がばっ!と、カイトが頭を下げた。

正座なので、いわゆる土下座をしている事になる。

「え、ちょ…」

カイトの行動に驚き、困惑する秋弘。

―――これって…さっきアンインストールしようとしてたの見られてた…ってことだよな…

カイトは頭を下げたまま、動かない。

「………」

流石にここまでされて、それでも消そうとは思わない。

確かに、オークションに出そうとまで考えていたが、貰い物なので出品しないと損をする訳でもない。

「…わかったよ。消したりしないから。だからもう頭あげろって。…なんか居心地悪いから…」

秋弘の言葉に、カイトは再びがばっ!と勢いよく頭を上げた。

「ほ、本当ですか!?ここに居てもいいんですかっ!?」

その勢いに気圧されながら、秋弘はコクリと頷いた。

「~~~~~っ!あ、有難う御座いますっマスター!」

「のぉあああああああ!!」

瞬間、カイトの顔が満面の笑みへと変わり、秋弘に遠慮なく飛びついてきた。

カイトより小さな秋弘は、絶叫しながらカイトに抱きすくめられたまま後ろへ倒れこんだ。

 

この後、秋弘の絶叫を聞いた兄が再び部屋に怒鳴り込んで来たが、素早くカイトをベッドの下へ押し込み事なきを得た。

 

 

 

END

 

 



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