【艦隊これくしょん】「雨」合同作戦誌【合作】 (ウエストポイント鎮守府)
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肘笠雨は東南東へ往く(紫和春)
肘笠雨は東南東へ往く 前編


主要登場人物
秋野幸次郎中佐:横須賀海軍工廠特殊艤装整備部門部長
篠原藤兵衛中佐:横須賀海軍工廠特殊生体整備部門部長
智東喜一大将:横須賀鎮守府司令長官
遠山優斗:川崎総合製薬研究所水棲生体研究員
艦娘一同



 横須賀鎮守府海軍工廠特殊艤装整備部門の面々は神妙な面持ちをしていた。

 

「……んで、調査のほうはどうなんだ?」

「出てますよ。いつものシステムエラーです」

「そうか。……はぁー、もう分かんねぇなチキショー」

 

 部長の秋野幸次郎中佐による大きめの溜息が静かな作業場に響き渡る。

 

「そんで、お医者さんのほうは何だって?」

「こっちと同じように出たようですね。高熱、関節痛、全身の倦怠感……インフルエンザに似た症状だそうです」

「やっぱりそうか……」

 

 彼らの話しているものは海軍所属の人型特殊兵器、艦娘である。人類の生存権を脅かす深海棲艦と戦いで連戦連敗を喫したときに現れた艦娘は、日本海軍の傘下に入り、これまで対深海棲艦戦線を戦い抜き、日本の安全を確保し続けていた。

 そんな戦争を5年以上続けていたある日、艦娘たちに異変が起こった。1週間に一度のペースで艦娘とその艤装に不明なエラーが発生し、システムに障害が起こるようになったのだ。

 艤装整備部門で「お医者さん」と呼ばれていた同じ工廠にある特殊生体整備部門――艦娘本体を整備する部署――も、秋野中佐と同じように原因不明の症状に悩まされていた。

 

「とにかく明日までにプログラムを再インストールして、お医者さんの治療を待ってからいつものように調整するぞ」

「了解です」

「ったく……。こんな時に軍部は何考えてんだ?いきなり艦娘の編成を大幅に変えるなんてことしやがって」

「ホント、資料の引継ぎやらなんやらで忙しいったらありゃしないっすよ!」

「だいたいなんで佐世保の白露と時雨や球磨型の二人がこっちに回ってくるんだ?おかしいだろ」

「大陸のほうはもういいのかな?」

「大陸含めて南方まで進出したんだろ?なら次は太平洋だろうな」

「あんな広大な海で深海棲艦探すとか無茶しますねぇ」

「まぁ、俺たちゃ曲がりなりにも軍人だ。とにかく上の言うこと聞いとりゃいいんだよ。ほれ、仕事だ仕事」

「へーい」

「妖精さんも忘れるなよー」

 

 艤装整備部門で作業が始まったころ、生体整備部門では艦娘の治療が行われていた。

 

「脳波微弱、意識戻りません」

「もう一度電圧上げて刺激を与えろ、再起動はまだだ」

「体温40.25度、まだ上昇します」

「アステルスロイン100cc追加投与。疑似体液油も忘れるな」

「高速修復材用意出来ました」

「今は治療が先だ。高速修復材は生理食塩水で希釈して患部に塗擦しろ」

 

 治療台に乗せられているのは、最も被害がひどかった最上である。ただの損害ならば入渠するだけにとどまるが、この場合では例のエラーが彼女の体を蝕んでいるため早急な治療が必要になるのだ。とは言っても体を開いたりはしない。あくまで彼女らが持つ高い治癒力に任せるのが基本的な方法であり、生体整備部門の技官はその補助として治療を施すのだ。

 PCから伸びるコード類が頭部や胸部に接続されている姿は何かしらの検査を受けている様子を彷彿とさせる。

 

「体温の低下を確認。脳波、心拍数が安定してきています」

「覚醒準備、慎重にな」

 

 高速修復材の効果により体の傷が癒えると、本来持ち合わせている治癒力が効き始めてくる。コンピュータ側から覚醒用のシークエンスを送って数分もすれば、エラーはすぐに解消され問題なく目を覚ます。

 

「……う、あれ、篠原中佐? ここは……?」

「大丈夫か? 自分の名前は言えるか?」

「ボクは最上……、確か小笠原周辺の警戒に当たってて、大破しちゃって……」

「そこまで言えるなら大丈夫そうだ。念のため、入渠の前に検査をしておこう」

「じゃあ報告書は書いときますね」

「頼む」

「しっかしこれで最上は着任以来6回目のエラーか。結構な頻度だな」

「何か理由があるんでしょうかね?」

「さぁな。定期検査では何の異常も見当たらないし、正直お手上げだ」

「一回精密検査に回すように意見具申しましょうよ」

「これ以上の戦力の欠落はしたくないがなぁ……」

 

 そんな良くない空気が流れている横須賀鎮守府海軍工廠を尻目に、軍令部は北太平洋方面の制海権奪還のためトラック泊地や大湊警備府からミッドウェー島への進軍を決定した。

 一大攻勢のために投入される戦力は戦艦重巡が計10隻以上、水雷戦隊も鎮守府防衛に残された艦隊以外のほとんどが参加することになっている。

 そしてこの作戦には日本海軍連合艦隊も加わることになった。汎用巡洋艦である Japan Navy Ships(JNS) 伊吹を中心に十数隻が艦娘の護衛を担当する。通常なら艦隊護衛から補給まで行える総合的プラットフォームである艦娘専用海上輸送支援艦のみが就くのだが、今回ばかりは軍令部の威信を掛けた反攻作戦であるため実績を作りたい思惑が存在していた。

 もちろん反対意見も出たが、南太平洋と南方海域を奪還した実績の前には勝てなかったらしい。それに、同盟国アメリカとの交信が途絶えてから数ヶ月たったこともミッドウェー島進軍の理由の一つである。

 通信が発展した現代で交信が出来なくなることはあり得ないことであり、原因は一切不明だ。深海棲艦の通信妨害兵器が登場したとの噂も流れているが信ぴょう性はない。

 もともと日本とアメリカは対深海棲艦戦線において兵器開発などで協力体制にある。人類の叡智をかけて対深海棲艦兵器の速射砲やミサイルの開発を共同で行ってきたが、艦娘が登場してからはこちらの開発に力を入れていた。

 さらにアメリカへ艦娘関連の技術供与もされていて、近くアメリカ製艦娘が完成するとのことだった。そこで技術士官を乗せたJNS鞍馬と共に艦娘を代表して多摩が訪問しに日本を発ったが、運悪く通信途絶に巻き込まれてしまい、現在も安否は不明である。

 


 

 軍令部が重大な決定をした翌日、精密検査を受け終わった最上が艦娘寮に戻ってきた。その顔は若干の疲れが見えていた。

 

「ただいまー。ようやく解放されたよー」

「やっと帰ってきたか」

「お疲れ様です」

 

 彼女を出迎えたのは横須賀鎮守府所属第一艦隊第七戦隊の摩耶と鳥海である。かなりの頻度で医務室に担ぎ込まれる彼女を出迎えた二人は、最上と同じ第七戦隊に編成されているため寮が同室になっている。

 

「今日の治療は少し早かったな」

「今回は症状が軽かったらしいよ」

「まったく、航空巡洋艦が欠けると艦隊が大変になるんだぜ?」

「摩耶達はそのための防空要員でしょ?」

「へっ、よく言うぜ」

「ふふっ」

 

 最上と摩耶の掛け合いを尻目に手元の本を読んでいた鳥海は、ふと一つの疑問を口にする。

 

「そういえば最上さんはそんな病弱ではなかったはずですよね?」

「うおっ、鳥海がしゃべった」

「ちょっと摩耶?」

「あっははは……。でもそうだね、ボクあんまり病気になった記憶がないような……」

「そもそも艦娘は怪我はしても病気にはならねぇだろ」

「そうね、病気になるのは本来あり得ないこと。だからこそ謎です」

「謎って、それは言い過ぎじゃねーか?」

「あり得ないことが現実に起きているということは、そこに何か原因があるはずです。もしかすると病気になるには一定の条件があるのでは……」

「出たよ、鳥海の悪い癖」

「ふふっ。じゃあボクはちょっと寝るよ。一晩中検査はさすがに堪えたなぁ」

「おっおい、アタシを置いていくな!」

 


 

 数日後、最上と篠原中佐は秋野中佐のいる海軍工廠のある埠頭に来ていた。やることはもちろん、最上の艤装の調整である。

 第四工廠の作業場の奥には、秋野中佐とともに最上の艤装と妖精さんがいた。

 

「やっと来たか」

「秋野中佐、いつも迷惑かけてごめんね」

「これが仕事だからな。早速作業に取り掛かろう」

 

 最上は自分の艤装を背負うと、自分の脳波と同期して艤装の操作を開始する。その艤装はプログラムを一度リセットし、再インストールしたものであるため使い勝手が違う。それを秋野中佐がPCを使って微調整を行っていく。

 調整作業はものすごい勢いで進む。これはひとえに妖精さんのおかげでもある。

 妖精さんの持つ艦娘に対する技術というものはまさに超技術の類いであり、艤装が本人と同期できたり人が直立で水面に立ったりといった物理法則を無視したものも、全て妖精さんがいるからこそ出来る芸当なのだ。

 そのため最上本人と艤装の双方が円滑な動作をするように妖精さんがある種の仲介役となってやり、秋野中佐はエラーを生じさせないようにチェックするのがいつものやり方である。

 

「うーん、出力の上がり方が遅いかな? もう少し敏感に出来る?」

「了解、動力伝達の値を7.5上げる」

「うん、いいね。後は主砲と偵察機の調整もしたいな」

「分かった。軽く数値をいじったら公試に出るぞ」

「公試の前に一度簡易検診したい。いいか?」

「はいはい。わかってますよ、お医者さん」

 

 最上の休憩がてら、篠原中佐が簡易検診を行う。この場では身体には特に問題はないようだ。

 軽く水分補給をした後、最上は艤装を装着して公試のために鎮守府正面の湾内を走る。

 秋野中佐はPCを開き、最上の艤装の状態をリアルタイムでチェックしだす。篠原中佐は最上の様子を双眼鏡を使いながら眺めていた。

 埠頭で二人の男が無言でたたずむ。お互いの仕事の関係上、あまり不仲でいるのはよろしくないのだが、彼らの性格が自然とそうさせていた。

 しかし、その静寂を打ち破ったのは秋野中佐のほうからだった。

 

「なぁ、篠原さん」

「なんだ?」

「仕事柄こんなこというのはおかしいかもしれないが、俺は彼女たちのことを娘のように思っている。彼女らが出撃するときは無事に帰ってくることを祈り、何事も無く帰ってきた時はホッと安心するし、怪我して帰ってきたときは全力で治す。それが何となく娘を思う親の気持ちに思えるんだよ」

「私は独身だからなんとも言えないが……」

「そうだな、これは俺が勝手に思ってることだからな。だからこそ思うところがある」

「と、言うと?」

「今回軍部がミッドウェー島に進軍するらしいじゃねぇか」

「日本海軍の威信をかけて深海棲艦に勇猛果敢な一撃を与える……だったか」

「だがな、どうもいけ好かねぇ部分がある。鎮守府防衛のために残した艦娘以外はほぼ全員前線行き。そのまま進軍を続けてハワイの奪還、アメリカ西海岸までの航路を確保するという無茶苦茶な作戦。正直軍部は浮かれてるとしか言いようがねぇ」

「だから作戦には反対ですって意見具申でもするのか?」

「バカ言え。俺のような人間に軍部がまともに取り合うわけがあるか。……俺たちは軍人だ、上の言ったことに従うだけ。ただ一人の人間として思っただけだ」

「……いつものあんたらしくないな」

「なんとでも言ってろ」

 

 再びの沈黙。遠くで波しぶきが一つ立っているのが見える。

 そしてまた言葉を発したのは秋野中佐だった。

 

「そういや篠原さんはどうなんだ?」

「何が?」

「彼女らのこと、どう思ってるのかって話」

「……さぁ?」

「さぁってお前……」

「秋野中佐は艦娘のことを娘のようだといったな」

「そうだな」

「私は対話可能な兵器だと思っている」

「……あんた俺より技術者っぽい思考してるな」

「秋野中佐こそ、我々に近い考えをお持ちのようだ」

 

 会話が途切れると秋野中佐は慌ただしくPCを操作する。それを見た篠原中佐は持っていた双眼鏡で水平線を見た。そこには公試を終えてこちらに戻ってくる最上の姿があった。

 


 

 ミッドウェー島への進軍を主目標とした北太平洋制海権奪還及び米国との航路確保のための軍事行動、通称「景号作戦」が発動された。

 連合艦隊が特殊艦隊――艦娘で編成された艦隊を収容した輸送支援艦を護衛している中、当の本人たちはさほど危機感を感じている様子はない。

 

「なんか緊張するなー」

 

 一番緊張感のない口調でいうのは、自称最新鋭軽巡の阿賀野である。

 

「阿賀野姉、そのまま寝ないでよね」

「矢矧ひどーい!阿賀野そんなことしないよっ」

「だったら作戦説明の時に寝そうになったのは何かしら?」

「あ、あれは……」

「ほんと、阿賀野さんは妹を困らせるのが得意ね」

 

 横からちょっかいを掛けてくるのは同じ第十九艦隊に所属する霞だ。

 

「もー! なんで阿賀野が悪いみたいになってるのー!」

「実際そうだからでしょ」

「でも霞ちゃんもたまにあるわよねー」

「ちょっ、荒潮姉さん!?」

「おしゃべりはそこまでにしなさい。私たちは夜間奇襲攻撃に出るんだから、少しでも寝ておかないと」

「むうー、阿賀野が旗艦なのに矢矧が仕切ってるぅ」

「阿賀野さんはそんな柄じゃないですし、いっそ旗艦変わっちゃえばいいんじゃないですか?」

 

 夕張が阿賀野に対し痛烈な一言を吹っ掛ける。

 

「もー! 皆してひどいよー!」

 


 

 景号作戦が実行に移されたころ、秋野中佐は横須賀鎮守府の司令長官室を訪れていた。

 ドアをノックして司令長官室に入室した秋野中佐は、窓の外を眺める男性に礼をする。

 

「海軍工廠特殊艤装整備部門の秋野幸次郎であります。本日は貴重な時間を作っていただきありがとうございます」

「いや、礼には及ばんよ」

 

 そう言って男性は秋野中佐のほうを振り返る。

 彼こそ横須賀鎮守府の司令長官、智東喜一大将である。

 

「それで、重要な話とはどのようなものか?」

「はっ、昨今艦娘の間で発生している原因不明のエラーのことです」

「それは知っとるぞ。軍令部のほうでも無駄話の話題になる程度にはな」

「それに関して、一つ意見具申を致したく参りました」

「ほう、申してみよ」

「単刀直入に言いまして、横須賀鎮守府内に艦娘のエラーの原因を究明する対策室を設置してほしいのです。海軍工廠のほうでも原因を追究するため独自に調査を進めていますが、どうしても手が足りずに難航しています。そこで海軍艦政本部から研究員を派遣してもらい、これをもって原因を突き止めたいと思う所存であります」

「なるほど……、一理あるな……」

「ですので、ここは司令長官からもお力添えをお借りしたいと存じます」

「ふむ、言いたいことは分かった。ならば秋野部長にはその対策室の室長をやってもらおう」

「な、え……!」

「いやかね? ではこの話はなかったことに」

「いえ! ですが自分は特殊艤装の整備もあるので兼任となると……」

「無理もなかろう。……実際は軍令部はそんなこと気にしていないのだよ」

「はぁ……」

「艦娘にエラーが生じても、君たちがなんとか対処して問題なく活動している。軍令部はそれで良しとしている節があるのだ。おそらく私から何を言っても聞く耳を持たぬだろう」

「しかしそれでは!」

「わかっておる。これが艦娘全体に影響を与えるものなら早急に対策を立てねばならんだろう。だからこそ、秋野部長に対策室の室長をしてもらいたいのだ。勝手を知るもので集まったほうが分かることもあるだろう」

「では!?」

「私なりに話が分かる人間を集めよう。秋野部長のほうでも必要な人材がいれば話をしておいてくれ」

「はっ!」

 

 秋野中佐は踵を返し、勢いよく部屋を飛び出していく。その姿を見届けた智東大将は一つ大きな溜息を吐き、早速準備にかかった。

 


 

 鎮守府庁舎と工廠の中間くらいにひっそりと建つ、乾ドッグに似た艦娘出撃用埠頭にある倉庫のような建物。そこの会議室に横須賀鎮守府に所属する第一艦隊の面々と司令長官たる智東大将、他数名がいた。

 

「緊急招集をかけてしまって申し訳ない」

「大丈夫だよ、提督」

 

 智東大将の言葉に時雨が反応する。ほかの艦娘も同様の意見だった。

 

「本日集まってもらったのは、出撃の話ではない。むしろ逆である」

 

 智東大将の言葉に、彼女たちは面食らった。

 

「本日1500時より横須賀鎮守府所属第一艦隊の出撃を無期限禁止とする」

「し、司令官さん!? 何を!」

「なんで出撃できないのー?」

「提督、北上さんの活躍が見られないようにするのはどういうことかしら?」

「やめなって大井っち」

「まぁ、君たちが文句をいうのも無理はないだろう。詳しくは彼が話してくれる」

 

 智東大将の紹介で出てきたのは秋野中佐であった。脇には分厚いバインダーを抱え、彼女らの前に出る。

 

「えー、今回第一艦隊の出撃停止を司令長官に頼んだのは自分だ。簡単な説明になるが、艦娘に起こる謎のエラーを解明するために横須賀鎮守府にいる艦娘で原因を探りたいということだ」

「でも、今のところ特に問題はないけど……」

「エラーが発生している時点で問題なんだ。本来ならこれを解消するのが先決なのだが、今はあいにく大規模作戦の真っただ中でな。これに充てるリソースが足りてない状態だ。よって俺が対策室の室長を兼任することになった。あとは有志によって運営することになる」

「私としても、謎のエラーで艦娘が行動不能になるのは由々しき事態だと考えておる。初期に発生したエラーに対して艦政本部は対策と原因を探ったが、結局一切不明で終わっていて、一時的な緊急処置として実施した艦娘への薬剤投与と艤装プログラムの再インストールが常態化しているのは問題だと思っとる」

「これの被害がどれだけになるかがまったく分からない。作戦行動中の特殊艦隊の半分以上がエラーによって動けなくなってしまっては、それだけで現場は大混乱だ。俺がもう少し早く決断していれば、景号作戦の一時凍結もあり得たかもしれなかったがな……」

 

 秋野中佐は少しばかり悔しそうに唇を噛む。その思いは彼女たちにも届いたようで、会議室に重い空気が流れた。

 その中で口を開いたのは篠原中佐である。

 

「そういうわけだから、しばらくの間出撃はない。私も対策室の一員として参加することになったから気が済むまでとことんやるつもりだ」

「……だそうだ。俺からは以上、あとは指示があるまで寮で待機」

 

 こうして横須賀鎮守府での原因究明が始まった。

 


 

 ミッドウェー島より西に約100km、北西ハワイ諸島の末端に位置するクレ環礁の南方15kmのところは既に前線と化していた。

 景号作戦の主力部隊である第十一艦隊。旗艦大和以下、武蔵、長門、陸奥、妙高型4隻を擁する艦隊は航空支援のもと、最前線にて砲撃戦を行っていた。

 

「主砲、撃て!」

 

 大和の46サンチ砲から撃ち出される砲弾はほぼ水平の弾道をとって重巡リ級へと命中する。これによりリ級は大破になるが、安心している場合ではない。

 深海棲艦側も主力のようだが、そこには戦艦棲姫と空母棲姫の姿があった。この2体の凶暴性は、詳しく知らないものも恐れるほどのものである。

 後方には第一航空艦隊に所属する赤城、加賀、飛龍、蒼龍が航空攻撃をしているものの、空母棲姫の攻撃はすさまじいものだ。

 

「第二次攻撃隊発艦急いで!」

「戻ってきたのは半分だけね、敵に不足はないわ」

「やだやだやだぁ! なんであんなに攻撃が通らないのよ!」

「友永隊も苦戦してるわね……、もっと攻撃隊を出さないと……」

 

 そんな彼女らの上を何本もの白い筋が伸びていく。

 日本海軍の汎用巡洋艦が発射した対深海棲艦用兵器、SUM-3Aクラスターミサイルだ。通常のミサイル同様、VLSから発射される母弾は目標の近くまで飛翔し、内臓されている小型のミサイルが放出される仕組みである。放出された子弾は、前線にいる艦娘の妖精さんによってセミアクティブ方式で終末誘導が行われ、深海棲艦へと向かう。

 一見非効率に見える兵器でもあるが、目標が人間程度の大きさでは通常ミサイルでは大きすぎる上、命中しても小破程度にしかならないため結果として数で押すのが最善の選択肢であった。

 クラスターミサイルは第一航空艦隊の上空を通り過ぎ、砲撃戦が行われている前線まで飛翔する。深海棲艦まで1kmというところで母弾のカバーが外れ、中から複数のミサイルが母弾の速度を生かしトップスピードのまま飛び出していく。子弾は前線にいた長門の妖精さんにより終末誘導を受け、勢いよく戦艦棲姫に向かっていった。

 しかし戦艦棲姫もただでは食らわない。自身の対空砲を用いて、押し寄せる子弾の波を撃ち落としていく。

 だが小型ながらもミサイル、その速度には追い付けずに何発か取りこぼしている。それらが戦艦棲姫へと命中し、体が爆炎で包み込まれた。

 この程度では大したダメージを負っていない戦艦棲姫。黒煙が晴れるのを待って攻撃しようと艤装を構える。しかし、まだ煙が晴れない状態で突っ込んでくる何かが突っ込んできた。

 

「逃がしはしない!」

 

 武蔵による急な接近。それに対応するにはあまりにも時間が短すぎた。

 

「主砲、一斉射!」

 

 至近距離からの砲撃。もちろん戦艦棲姫が無事でいられるわけがなかった。

 

「ギィャアアアア!」

 

 耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。これには相当なダメージが入ったようで、戦艦棲姫の動きが鈍る。

 それでもただではやられまいという意地なのだろうか。瞬時に艤装を動かし、武蔵に向けて砲撃をする。これが武蔵を掠り、小破となってしまう。

 

「グッ! だがこれしきのこと!」

 

 武蔵は戦艦棲姫から距離を取りながら砲撃を続ける。後方上空からは次の攻撃機隊が攻撃準備に入っていた。

 


 

 日が沈んだ後、一部夜戦に突入した艦隊はあったものの、無事にクレ環礁周辺の制海権奪還に成功し、つかの間の休息に入った。

 この間に艦娘は特務工作艦のJNS敷島で応急修理が行われる。そのため環礁の周辺では日本海軍の汎用巡洋艦が警戒に当たっていた。

 

「いやー、小破は多いと思ってましたけど、ここまでとは……」

 

 JNS敷島で艦娘の修理を担当している明石が愚痴をこぼす。工作艦の艦娘である彼女は、もちろん前線なんかには出ず、もっぱら修理専門として作戦に参加している。

 しかしながら作戦行動中以外の艦娘を相手に、明石一人で相手にできるわけもなく、各鎮守府工廠の技官たちが揃って修理を行っていた。

 

「でもよかった、大破は山城だけで」

「不幸だわ……」

「いやいや、あれだけの深海棲艦相手に轟沈無しなんて運がいいですよ」

「やっぱり私なんてその程度の艦娘なんだわ……」

「げ、元気出してくださいよ山城さーん……」

 

 明石は明朝から開始される作戦のため、夜通し修理に励むことになった。

 



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肘笠雨は東南東へ往く 後編

 

 横須賀鎮守府海軍工廠では謎のエラーの原因を探るため、工廠にいる技官全員で探っていた。

 現在は最もエラーの発生が高い最上の本体及び艤装の精密検査を行っている最中だ。

 

「体には特に異常は見当たらないですねぇ。むしろ健康そのものですよ」

「脳波、心拍数、同期の速度、どれも基準値内に入ってます」

「艤装のプログラムには問題はない。しいて言うなら少しコードに無駄があるってとこか」

「艤装自体の配線なども見てみましたがマニュアル通りです。問題のある繋ぎ方はありませんでした」

「妖精さんも検査プログラムを走らせましたが異常はありませんでした」

 

 鎮守府の比較的端のほうにある一室。半ば物置と化していた小会議室を、艦娘エラー対策室にして情報を集めていた。

 この日は最上の精密検査の結果を上げる予定だったが、どれも「異常なし」という事実のみが上がってきた。

 

「つまり、これは最上自身には問題がないということかね?」

 

 同席していた智東大将が質問する。

 

「結果を見ればそうなります。どの項目も艦娘が行動するにあたって許容範囲内であることを示していますので」

「問題が発生しているのに原因が分からないとは、いささか可笑しな話であろう?」

「その通りです」

「まだ検査していないところがあるのではないか?」

「その可能性は捨てきれません」

「では早急にやるべきだ」

「しかしながら長官、仮に検査が行われなかった箇所があったとしても、ここではもう限界です。これ以上の検査を行うのであれば、東京の、それこそ設備のある研究所で行うしか方法はありません」

 

 早速壁にぶつかった。異常が見つからなければ対策の立てようがない。対策室のメンバーは様々な憶測をぶつけ合うが、所詮は憶測でしかなく、どれもはっきりとしたことは分からなかった。

 夕刻、傾き始めた太陽の日差しが対策室に差し込む。休憩に入りながら、各々自由なことをしている。

 最近紙タバコから電子タバコに乗り換えた秋野中佐は情報がまとめられたホワイトボードを眺めていた。いたるところに「異常なし」の文字が躍っている。

 そこにコーヒーを手にした篠原中佐が寄ってくる。

 

「何も分からないな」

「あぁ……」

「ここまで原因が出てこないとなると困難を極めるってもんですよ」

「結果を残しているっていう点では優秀な軍人なんだがな」

「はっは、今のは珍しく面白かったぞ」

 

 対策室に残っている技官数人が茶々を入れる。しばらく仏頂面だった秋野中佐も笑みを浮かべた。

 

「さて、困った状況には変わりないが、何か策はあるのか?」

「さぁな。明日までに何も出てこなかったときは、いよいよ研究所に運ぶか」

「そうなると……艦娘専門の研究施設は国立の、しかも海軍省管轄の川崎総合製薬研究所だな」

「それ俺たちで依頼するのか?」

「民間人ならいざ知らず、同じ海軍の人間はどうだか分からんぞ」

「横須賀の工廠が勝手にやってるだけだからな。下手に動くと軍部から怪しまれる可能性だってある」

「そうなると俺たちだけじゃどうしようもないなぁ……」

「というか、長官は外部から研究員だか有識者だか呼んでくるって話じゃなかったか」

「それがうまくいかないから困ってんだろ。だいたい艦娘関連の技術者なんて工廠か艦政本部ぐらいにしかいないんだから」

 

 そこまでの話を聞いた秋野中佐は、はたと気づいた。

 

「今なんて言った?」

「え?」

「今『外部の研究者』って言わなかったか?」

「い、言いましたけど……」

「そうだよ……。問題は『内部』じゃない、『外部』だったんだ……!」

 

 周りがあっけに取られている中、秋野中佐は自身のPCを取り出すと、必死に何かの情報を探しているようだった。

 

「秋野中佐? 何を探してるんだ……?」

「これまでの最上の戦闘日誌だ。これで原因が分かるかもしれない」

「戦闘日誌って……、どこからですか?」

「横須賀着任から出撃停止命令までだ」

「それ結構な量ですよ!」

「今はやるしかないんだ! いいから手伝え!」

 


 

 艦娘寮の一室、駆逐艦部屋には最上が訪れていた。

 

「もー、時雨はかわいいなぁ」

「や、やめてよ最上……」

 

 時雨にべっとりとくっ付いている最上。はたから見ればイチャイチャしているカップルそのものである。

 

「白露姉さん……助けて……」

「えへへぇ……」

「ちょっと日向ぼっこしてないでっ」

「まーまーいいじゃないかー。同じ僕っ子なんだしー」

「最上さんもさっきまで検査してたんですし、少しぐらいゆったりさせてもいいんじゃない?」

「五月雨までそんなこと言うんだ……、ぐすん」

「時雨姉さん、いつもより情緒不安定ですね……」

 

 春雨が若干引いた目で見てくる。実際その通りで、時雨は先に言い渡された出撃禁止によってナイーブな状態に陥っていた。

 

「むふふー、時雨はかわいいなぁ」

「この最上ちょっと変だよぉ!」

 

 最上は最上で、度重なる検査のせいによってノイローゼ気味になっている。

 そして二人が発するよく分からない負のオーラが融合することによって、ごく狭い範囲に特異な空間が発生した。

 

「す、すごいオーラだー!」

「そのノリに乗っちゃダメだと思います、白露姉さん」

 

 駆逐艦部屋は比較的平穏である。

 


 

 一週間前とは打って変わって、対策室の机には大量の資料が積みあがっていた。そしてその資料群に倒れこむように秋野中佐以下数名が眠り込んでいる。

 ここ数日間は連続徹夜で作業をしていたため、対策室は多少劣悪な環境になっていた。

 

「おはようご……うわっ、なんだこれ?」

 

 この日の担当者が資料の読み込みを引き継ごうとして部屋に入ってきたときに、室内の惨劇を目の当たりにした。

 

「う……、あぁ、朝か……」

「秋野部長、大丈夫ですか……?」

「あぁ……、そうだな。……3時間寝たから大丈夫だ」

「それはダメだと思いますよ……」

「えぇと、進捗の話か?」

「えぇ、まぁ。秋野部長の調子が戻ってきてからでもいいですが」

「いや、早いほうがいい。すぐに始めよう」

 

 朝日が昇ったころ、対策室には工廠の技官たちが集まっていた。

 

「とりあえず、今のところ判明しているのはこの通りだ」

 

 秋野中佐は大量の情報が書き込まれたホワイトボードから、これまでに分かったことを別のホワイトボードに書き込む。

 

「要点としてはこれくらいか。まず基本的に全国各地で起きている。月別にエラー発生件数を整理してみたものから、夏前後に増えているように見えるが相関性はないと見られる。艦種別でも相関はない。ただし空母艦娘のエラー発生は少ないことが分かった。個人で見るとエラーを発生したことある艦娘は全体の半分ほどいたが、最上のように複数回エラーが起きている艦娘は数えるほどしかいない。そして発生した海域に法則性はなかった」

「これだけ見るとなおさら関係性が見当たりませんね」

「そうだ。ここからの原因のあぶり出しはさらに困難を極めるぞ」

「そこが課題だ。どこかに必ず共通点が存在するはずなんだが……」

「状況が好転するまでは辛抱強く耐えるしかないのかもな」

「ここまで来てダメなのかよ……!」

「あと少しで答えにたどり着きそうなのに……」

 

 技官たちの間でざわめきが起きる。

 それを収めようと篠原中佐が口を開く。

 

「諦めるのは早いぞ。まだ洗い出しが終わってない資料もあるし、別のところに答えがあるかもしれないからな」

「とにかく今日までの資料整理報告は終わりだ。あとは今日の担当に投げるからよろしく」

「了解しました」

「俺は飯食ってくる」

 

 秋野中佐が対策室を出た。そのあとに続くように技官たちがゾロゾロと移動する。

 食堂についた秋野中佐は定食セットを頼み、席に着くともくもくと食べ始めた。

 

「秋野部長、ここ良いですか?」

「ん、あぁ構わん」

 

 秋野中佐の部下が隣に座る。とは言っても何か会話があるわけでもなく、ただ時間が過ぎるばかりである。そこに後から対策室のメンバーが次々と周りに集まってきた。

 そうなれば話すことは限られてくる。

 

「もっと根本的な何かがあるはずなんだよ、あれは」

「いやあれ以上探っても何も出てこないだろ」

「じゃあ、エラーがないのはどうやって説明するんだ?」

 

 原因が分からないこそ、議論は尽きないものである。

 そんな中、一人の技官が話題を変える。

 

「とりあえず話し合いはそこまでにして、もうちょっと別の話をしましょうよ」

「別の話とは?」

「対策室の片づけですよ。あんな劣悪な環境じゃ出来ることも出来ませんよ」

「あー、確かに。あのままやってたら、数日足らずで足の踏み場もなくなりそうだな」

「……劣悪な環境ねぇ」

 

 秋野中佐は部下たちの会話を聞いていた時、あることに気が付いた。

 

「環境……。そういや発生海域周辺の海流や気象には手を付けてなかったな……」

「中佐? 今なんて?」

「環境だよ。もしかしたら海流の関係で彼女らに何か影響を及ぼしているかもしれない」

「ただの海流に原因があるとは思えませんが……?」

「いや、意外とそうでもない。海流の影響で地球の気候に影響を与えているのは知られているところだしな」

「はぁ……」

「飯食ったら気象庁に問い合わせだ。エラー発生日時の日本周辺の気象データをすべて取得するんだ」

「でも秋野部長、今日は非番じゃありません?」

「……あっ」

 

 秋野中佐の発想により、次の日には環境項目を合わせた統計データがまとめられた。

 智東大将も臨席した報告会で、秋野中佐と篠原中佐が説明を行う。

 

「本日は足を運んでいただきありがとうございます、司令長官」

「問題ないさ。それよりも、原因が分かったそうだな?」

「はい。その結果はこちらに」

 

 篠原中佐がホワイトボードに大きい紙を貼り付ける。

 

「この地図には艦娘たちがエラーを生じた海域と、気象庁が発表している各種データからおそらく関係のある気象現象を記したものになります」

「ほう。して、その気象現象とは?」

「雨です」

 

 一瞬、対策室の時間が止まった。

 

「あ、雨?」

「はい。一概にとは言えませんが、降水量にして5mm以上の雨が降ると彼女たちにエラーが発生する確率が跳ね上がります」

「こちらの地図は艦娘がいた日時と、その時の天気を記載しています。それによれば、どの場所でも当時は雨が降っていたことが分かります」

「それは本当なのか?」

「今のところ、それ以外の原因が見当たりません」

 

 対策室は騒然となった。

 

「なるほど……、原因が雨とは思わなかった」

「確かに、空母は雨天では運用しない……」

「これまで判明した事象に説明がつくぞ」

「灯台下暗しってやつだな」

「だが、なんで雨なんだ?」

「雨が原因なら陸上への影響はどうなる?」

「お前ら、今は報告の最中だ。一回黙れ」

 

 技官たちのざわつきを秋野中佐が収める。

 

「とは言っても、あくまで雨は原因の一つに過ぎません」

「それに原因が分かっても、彼女たちがなぜエラーを生じるのかの理由が不明のままです」

「なるほど。すぐには全てを解明できるというわけではないようだな」

「現状はそうです。今後は雨天時の試料採取を行って、解析を行う予定です」

「そうか。……しかしまぁ、雨に気を付ければ問題はないということが分かってよかった」

「えぇ、今はそれで大丈夫かと」

「気象庁も、今後は雨の心配はないと言っていましたし」

 

 彼らの間に安堵の空気が流れた。

 

「ですが、逆に雨が降らなければ我々はエラーの原因を調べることはできないと同義。今の心配事はここです」

「そうなったら、私自身が雨乞いでもしてやろう」

 

 智東大将が冗談ぽく言う。それに釣られるように笑いが起きた。

 和気藹々としたとした空気が流れる中、対策室の扉が勢いよく開いて一人の通信兵が飛び込んでくる。

 

「大変です!」

「な、何事かね? 唐突に入って来よって……」

「先ほど海軍の秘匿回線において、夜戦強襲作戦を実施していた第十九艦隊全員にエラーが発生した模様! 現在作戦司令部に救助の要請を出しています!」

「何?」

「第十九艦隊って誰がいた?」

「第十九艦隊なら、確か阿賀野が旗艦を務めていると聞いたな」

「阿賀野はこれまでエラーを出していないはずじゃないか!」

「一体何が起きているんだ……!」

 

 部屋の中は困惑と騒音に包まれた。

 その時、篠原中佐の携帯電話がなる。電話に出るため、篠原中佐は一度対策室を出た。

 そして数秒後。

 

「なんだとぉーーー!」

 

 対策室にいた全員が驚き、動きを止めた。声の主である篠原中佐がこんなにも叫んだのは初めてだったからだ。

 そして再び室内に戻ってきた篠原中佐は、絞り出すように声を出す。

 

「南太平洋で熱帯低気圧が発生……、今後猛烈な雨雲となり、ミッドウェー諸島に移動しているとの情報が入った……」

 

 対策室にいる誰もが戦慄した。今までエラーが発生していなかった艦娘にまで影響が及ぶ可能性があることを意味しているからだ。

 そんな中、最初に動いたのは智東大将だった。

 

「すぐにミッドウェーの司令本部と海軍省に連絡せよ! 即刻作戦の一時中断と現状維持に全力を注ぐよう掛け合うのだ! もし駄目なら私自身が乗り込んで説得させてやる!」

「了解!」

 

 通信兵は慌てて対策室を飛び出していく。技官らは一瞬動くことが出来なかったが、すぐに自分たちがやるべきことを思い出した。

 

「すぐに情報収集だ! 第一艦隊には外出禁止を徹底せよ!」

「はい!」

 


 

 ミッドウェー諸島に展開していた作戦行動中の艦隊は、ほぼ全員行動不能に陥っていた。

 それに対応するため、景号作戦ミッドウェー島暫定司令部は混乱を極めている。

 

「古鷹エラー発生により第十三艦隊全艦行動不能! 現在輸送支援艦に収容中!」

「第四航空艦隊以外はウェーク島に退避中! 以降命令あるまで待機しています!」

「行動可能な艦は?」

「第三戦隊の日向、第十二戦隊の愛宕、第二十戦隊の筑摩、第四十四駆逐隊の文月と長月、第四十六駆逐隊の磯波と浦波です!」

「よし、すぐに再編して防衛に回せ!」

「了解!」

 

 暫定司令部のすぐそばにはJNS敷島が停泊しており、その中では明石と同行した技官全員が艦娘の応急処置を施していた。

 

「とにかく症状が重くて大破の娘を優先で治療して!」

「アステルスロインが足りない! こっち持ってきてくれ!」

「こっちは氷だ! とにかく冷やすものを!」

「再起動は絶対にするな! 装置が足りないからなぁ!」

「巡洋艦艤装の7番基盤はどこだ!?」

「倉庫にまだあったはずだ!」

「朝潮型の回路図どこにあるんだよ!?」

「あっちの机にないか?」

「時間ねぇんだよ、整頓しとけっていつも言ってんだろ馬鹿タレが!」

 

 もはや地獄絵図のようだった。

 

「ふぃー、これじゃきりがないよ」

「明石さん、少しは休憩したほうがいいですよ。もう十何時間もやってるでしょう?」

「うん。でもね、治療を続けないとあとが大変だから……」

 

 そういうと明石は急に力が抜けたように、膝から崩れ落ちてしまう。

 

「明石さん!?」

「だい、じょうぶ、だから……っ」

「……! 熱がすごい、エラーが出たのか……!」

 

 艦娘を後ろから支えてきた大黒柱が倒れてしまったことで、現場はさらに混乱を極めることになってしまった。

 


 

 ミッドウェー諸島で惨劇が起こっているころ、横須賀鎮守府も大雨に見舞われた。

 世の中には雨を待つ人が一定数いるが、ここ横須賀鎮守府にいる技官たちほど雨を待ち焦がれた人はいないだろう。

 雨合羽を着て、雨水を溜めたビーカーを眺める男。ある種の不審者の風貌をしている秋野中佐である。

 

「よし、十分な量を確保した。早速解析のほうに回してくれ」

「了解」

 

 部下がビーカーを工廠に持っていく。秋野中佐は雨の中にたたずみ、海を眺める。

 

「早く対策を練らねば……、彼女たちを救わねば……」

 

 その工廠では持ち込まれた雨水を検査にかけていた。

 

「見た目の違いは特にないですね」

「化学的な性質も水と相違はなさそうです」

「X線分析装置にもかけよう」

 

 部屋の隅で若干埃をかぶっていた蛍光X線分析装置に雨水を投入する。一時間もすれば結果が出てきた。

 

「えぇと、水素、酸素……、あれ?」

「どうしました?」

「これ見てくれ。アルミニウムやら鉄やらの金属物質の含有量が多いぞ」

「自然の雨でこれだけの金属が含まれるなんておかしいですね」

「もしかしたらこれにエラーの秘密があるかもしれない。一応顕微鏡で見よう」

「うちにあるの光学だけでしたよね?」

「まぁ、一応な」

 

 プレパラートに一滴垂らした雨水を光学顕微鏡で観測する。PCの画面に映し出される映像を工廠の技官たちが見守りながら、少しずつ倍率を上げていった。

 100倍ほどになったところで画面に変化が現れる。

 

「なんだこれは……?」

「点のような何か、としか言いようがありませんが……」

「おい、500倍のレンズなかったか?」

「ちょっと待ってください」

 

 物品保管棚から目的のものを持ち出し、レンズが付け替えられると、点のようなものがより鮮明に写し出された。

 

「これは……!?」

 

 その場にいた者、全員が驚愕した。

 それはまさに深海棲艦そのものだったからだ。

 

「なんてこった、こんなことがありえるのか……!」

「写真! 写真撮っとけ」

「だいたい1μmってとこですかね?」

「こりゃあ大発見かもしれないけど……。どうします、篠原中佐?」

「……秋野中佐と智東長官を呼んできてくれ」

 

 意外な真実が明らかになったことで、もはや一人では決断しきれなかった。

 数十分もしないうちに対策室には関係者が詰め寄る。

 

「して篠原中佐よ、一体どうしたというのだね?」

「エラーの原因が判明しました」

「本当か!?」

「えぇ。正体は深海棲艦でした。この写真がそれを示しています」

「まぁ、何となく分かっていたようなもんだが……」

「見たことがない見た目してるな」

「こういうことなので、今後の方針をお話しすべく智東長官にご足労いただいたわけであります」

「ふむ、では篠原部長の考えはどうかね?」

「私としては、写真に写っているコレが実際に深海棲艦のものであるかを確かめる必要があると考えます。よって川崎の総合製薬研究所にサンプルを送り、これが深海棲艦由来であることを確認したいと存じます」

「本当に依頼するのか? 篠原さん」

「現状、それが手っ取り早いからな。それに、これが深海棲艦のものと分かれば軍令部も何かしら動いてくれるはずだ」

「とにかく事態は一刻を争う。もしものことがあれば私が全責任を負おう」

「ありがとうございます!」

「しかし深海棲艦のものが雨に含まれていると分かっても、再発防止策はどうするつもりだね?」

「それはこれからの検査次第です。今のところは深海棲艦が何らかの攻撃を仕掛けているとしか分かってませんから」

 

 その結論が出たところで、対策室のドアが開く。

 

「大変です、篠原中佐!」

「どうした?」

「試料が消滅しかけています!」

 

 その報告に、誰もが眉をひそめた。

 

「あ、いや、ちょっと事情が特殊と言いますか……」

「なんだね? 報告ははっきりと申せ」

「はい。えぇと、深海棲艦のものと見られる粒がですね、時間経過と共に小さくなっていったことが分かったんです」

「なんだと?」

「それをよく観察したところ、それ自体が崩壊していることが分かったんです」

「どういうことだ?」

「理由は分からんが、そうしないといけないことでもあるのか?」

 

 ザワザワと話し声が対策室内に響く。

 秋野中佐は少し考え事をすると、無言のまま対策室を出ていこうとした。

 

「どこにいくんだ、秋野中佐」

「篠原さん。原因を突き止めるには、当時の状況に近づけるのが一番だよな?」

「……そりゃあそうだが」

「艤装の予備はまだあったはずだ」

「一体何を……」

「っ! まさか秋野部長、予備を使って暴露試験を行うつもりじゃ!?」

「その通りだ。それが一番手っ取り早い」

「確かに現物を使って対策を講じるのは良い手段だろう。しかし秋野部長よ、もっと他にやり方があるのではないか?」

「時間がありません、司令長官。今こうしている間にも前線では困難を極めているかもしれないんです」

「まぁ、慌てることはなかろう。多分もう少しで来るからな」

 

 智東大将がのんびりと時計に目をやる。しかしその口調からは何かを待っているようだった。

 そう時間を置かずに、対策室の扉が開く。

 

「智東提督、お客様をお連れしました」

「うむ」

 

 警備兵についてくるように、一人の気弱そうな男性が入ってくる。

 

「ど、どうも。失礼します……」

「……司令長官、こちらの方は?」

「うむ。私の旧友が川崎総合製薬研究所の関係者だったことを思い出してな、彼のほうから深海棲艦の研究をしている者を送るように伝えていたのだよ。それが彼、遠山研究員だ。ちょうど今日来る予定だったから、直接こっちに来てもらったのだよ」

「遠山優斗です、よろしくお願いします……」

 

 そこにいる誰もが頼りなさそうな印象を受けた。

 しかし、その考えはすぐに訂正されることになる。

 

「一般的に艦娘の艤装技術のほとんどは深海棲艦のそれを流用して製造されているのは我々にとっては周知の事実ですが、そのまま利用するのは情報の漏洩と同等であることだったり整備の関係などから人類の技術を組み込んで使用しています。しかしそれを逆に言えば艦娘と深海棲艦は共通した部品やシステムを使っているということになりますので深海棲艦を行動不能にするには艦娘のシステムの強制停止と似たような操作が必要になります。今回新たな深海棲艦の兵器が発見されたということで実物を拝見させてもらいましたがおそらく深海棲艦がナノマシンを散布して艦娘に原因不明のエラーを発生させていたとされるので対策は比較的簡単に講じることができます。これまでの研究からソースコードの832行目には行動に関する緊急命令文が指定されていることが分かっているので……」

 

 ほぼ早口でベラベラとしゃべり倒す遠山研究員。艤装整備を担当している秋野中佐も半分ほどしか理解できなかった。

 

「……遠山研究員、簡潔に述べるとどういうことになるんです?」

「つまり艦娘に利用されている通信技術を転用すれば深海棲艦の行動を一時的に無力化することができるということです」

「なるほど。その無力化コードはすぐに作ることができるのかね?」

「緊急停止コードさえあれば一時間ほどで作成可能だと思います」

「よし。秋野部長、遠山研究員と共にコードを作成したまえ」

「はっ!」

「ちなみに遠山研究員よ、根本的な対策はどのようにすればよいだろうか? 意見が聞きたい」

「そうですね。ナノマシンがどのように作用しているかによりますがまずは物理的にナノマシンを艤装に触れないようにすることでしょう。しかし艤装の回路には異常が見当たらないとのことなのでシステムに支障をきたすようなものであることが推察されます。よって現状での一番効果的な対処法はシステムにファイアウォールを設定することでしょう」

「ふむ、分かった。では行ってくれ」

 

 遠山研究員を工廠のほうに案内するため、秋野中佐と共に移動しようとしたときだった。

 突然、鎮守府庁舎の奥のほうから爆発音が響き渡る。

 

「な、何事か!?」

「わかりません!」

「深海棲艦の攻撃か!?」

「一切不明です!」

「今の爆発、艦娘寮のほうだな……」

「落ち着け! 保安部に連絡、まず被害の報告! 篠原部長は現場に急行し、艦娘たちの安全を確保せよ! 憲兵にも連絡を! 秋野部長と遠山研究員はコード作成に注力せよ! 保安員はつける!」

「了解!」

 

 対策室から勢いよく技官たちが飛び出していった。

 


 

 雨の中、鎮守府庁舎から工廠へ向かう秋野中佐のグループと、艦娘寮に向かう篠原中佐のグループ。

 鎮守府庁舎の角を曲がったところで、篠原中佐はその惨劇を目の当たりにする。

 ちょうど2階部分がぽっかりと爆発によって吹き飛んでいたのだ。

 

「なんてことだ……」

 

 寮に入り、階段を駆け上がる。現場は駆逐艦部屋だった。

 そこには爆発に巻き込まれたのだろうか、駆逐艦娘たちが傷を負っていた。

 

「大丈夫か!?」

「し、篠原さん……っ。白露姉さんがっ……、春雨がっ、五月雨がっ……!」

「落ち着くんだ時雨。すぐに工廠に運ぶ。……おい、担架持ってこい!」

「はい!」

 

 そう時間を置かずに、3階の様子を見に行った技官が降りてくる。

 

「上の階の艦娘もケガを負っています! すぐに運びださないと大変です!」

「そこまで損傷がひどかったか?」

「いえ、見た目は軽傷ですがエラーを発症しているようです!」

「なんでこんな時に……!」

 

 そうこうしていると、鎮守府庁舎から応援の士官たちが到着し、次々と作業を進める。

 その横で篠原中佐は、爆発の現場をじっと見つめていた。

 

「大丈夫かい、時雨。歩けるかい?」

「うん、ありがとう。歩ける……よっ」

「危なっ。まだ足に力が入ってないようじゃないか。手を貸すよ」

「ごめんね」

「なぁに、問題ないさ」

 

 技官に連れられ、時雨がその場を後にする。

 だが、それを篠原中佐が制止した。

 

「待て時雨」

「な、何かな? 篠原さん」

「なぜお前だけ無事なんだ?」

「……どういうことだい?」

「お前がいた駆逐艦部屋は爆破されて他の艦娘は重症。上の巡洋艦娘はエラーを生じていて行動不能。こんな重大なインシデントが発生したのに軽傷でいる。不思議としか言いようがない」

「それは運が良かったからじゃ……」

「確かにそれだけなら時雨の強運で回避できたかもしれない。だがこの現場はそうは言っていない」

「篠原部長、何を……」

「見てみろ。これが深海棲艦の攻撃ならばどのようなものが想定されるか?」

「それは……戦艦級の砲撃か、艦載機の爆撃か……だと思います」

「だがどうだ? 砲撃ならこんなにデカい穴は開かないだろう。爆撃なら真横に穴が開くのはおかしいだろう。そしてそのどちらであっても、部屋の中に外壁のレンガの破片が飛び散っていない」

「……なにが言いたいんだい?」

「これは外部から力が加わったのではなく、内部から力が加わったことを示している。ちょうど部屋の真ん中で火薬に火がついた感じに、な」

「……へぇ、すごい洞察力だね」

 

 篠原中佐の推理を聞いて、時雨の態度が一変する。

 

「お前、時雨じゃないな?」

「いや、僕は時雨だよ。ただ……」

「ただ?」

「……『思い出した』だけさ」

 

 すると時雨の目は血のような深紅色に染まった。

 

「そう、深海棲艦の頃をね」

 

 時雨はポケットから何かを取り出すと、それを篠原中佐に投げる。それを危険だと感じ取った篠原中佐は本能のうちに後ろへと飛んだ。

 瞬間、視界を一瞬の閃光が覆いつくし体に衝撃が襲い掛かる。後ろに飛んだにも拘わらず、篠原中佐の体には大きなダメージが入った。篠原中佐はまるで手榴弾を食らったような気分を味わった。

 

「ガハッ、ゴホッゴホッ!」

「へぇ、良く避けたね。でも効いたでしょ? 特別仕様の爆雷は」

 

 駆逐艦ならほぼ装備されている爆雷。なるほど、それを使えば部屋一つ分を吹き飛ばすのは容易だろうと篠原中佐は思った。

 

「時雨……っ、一体いつから……!」

「そんなの、最初からだよ」

「最初……?」

「5年前のあの日、僕がドロップされてからさ」

「何……だと?」

「君たちがエラーって呼んでるやつ。あれは僕たち深海棲艦が散布したシステム阻害用ナノマシンで、深海棲艦の性質を比較的多く引き継いでいるドロップ艦に対して効果的に作用するんだ。研究しているときにドロップ艦か否かに気が付かなかったかい?」

「なっ……!」

 

 それを聞いて篠原中佐は気付いた。最上は特殊艦隊が初めて編成された時の最初のドロップ艦である。そう考えるとこれまで自分が把握している艦娘でエラーが発生しているのは、総じてドロップ艦であったのだ。

 

「でもそれはつい最近の話。ナノマシンは進化を遂げて、ドロップ艦でなくても影響を与えるようになったのさ」

「くっ……!」

「さて、秋野中佐はどこかな? 彼も知ってしまった人だからね、処分しないと。……でもまずは篠原中佐、君からだよ」

 

 時雨はポケットから爆雷を取り出すと、それを篠原中佐の上に持っていく。

 

「やめろ、時雨……!」

「さよなら、篠原中佐」

 

 爆雷が手から零れ落ちる。

 その瞬間、壁の穴から何かが飛び込んできた。特徴的な主翼と四枚のプロペラを持った戦闘機、それはまさしく――。

 

「烈風……!」

 

 烈風は飛び込んできた速度そのままに、機銃で時雨を攻撃する。時雨はその攻撃をうまくかわした。

 

「っ! なんで烈風が!」

「心外でありますなぁ、時雨殿」

「その声は!?」

 

 時雨が壁際に行き、外を見る。そこには黒い外套をまとった艦娘の姿があった。

 

「日本陸軍所属特種船、あきつ丸でありますよ」

「あきつ丸……!」

「ふん、今更陸軍が出てきたところで何ができるんだい?」

「なかなか辛辣なことを言ってくれますな。簡単な話でありますよ」

 

 その瞬間、階段から複数人の何者かが突っ込んできた。

 

「我が皇国に仇なす反乱分子はいかなる人物でも処罰する! 覚悟!」

 

 その正体は日本陸軍第一師団の歩兵小隊である。憲兵に深海棲艦の攻撃の可能性ありと連絡した際、艦娘と多少なりとも戦力があったほうがいいだろうとの判断により訓練を行っていた部隊が駆けつけてきたのだ。

 

「そこの艦娘は敵対状態にあり! 水兵の救出の後、駆逐艦級の艦娘を無力化する!」

「応!」

「クッ! これじゃやりづらい、よっ!」

 

 歩兵小隊に囲まれそうになった時雨は、壁に開いた穴から外へ飛び出した。地面に着地するとそのまま工廠のほうへ駆けていく。

 

「篠原中佐は後回しにして、まずは秋野中佐を……」

「おやぁ、順番が違うのではありませんか?」

 

 立ちふさがるはあきつ丸。すでに烈風を回収し、時雨の目前に立ちふさがっていた。

 

「そうだね、順番が違っていたよ。まずは君をぶっ倒してからだね!」

 

 時雨は持っていた爆雷をあきつ丸に投げる。それを避けんとするあきつ丸の行動を予想して拳を振るった。

 しかし時雨の予想に反して、あきつ丸は爆雷を避けようとはせずにつかんで投げ返してきた。

 

「なっ!?」

「投げてきた手榴弾を投げ返すのは何度かやったことありますぞ、時雨殿」

「グッ! ウワァァァァ!」

 

 投げ返された爆雷をかろうじてよけながら、それでも殴りかかろうとする時雨。

 それを滑らかな身のこなしでかわしながら、時雨の腕をつかんで捩じる。ほんの1秒程度の時間で時雨はあきつ丸に制圧された。

 

「ガッ!」

「大人しくするでありますよ、時雨殿」

「ま、まださ……。まだ……」

 

 まだ抵抗の意思がある時雨だが次第に力が抜けていき、やがてぐったりと気絶してしまった。

 

「おや、もう終わりでありますか? ……時雨殿は一応反乱分子でありますから縛っておくであります」

 

 あきつ丸は時雨を身じろぎ一つできないように縛り上げる。

 

「しかし、なぜ時雨殿の動きが収まったのでありますか?」

 

 それは遡ること数分前――。

 海軍工廠の特殊艤装整備部門に向かった秋野中佐たちと遠山研究員は、工廠にある艤装用プログラムの改変を行っていた。

 

「緊急停止の命令文は?」

「ここです」

「よし、じゃあこれを深海棲艦用に書き換えよう」

 

 遠山研究員は持ってきた荷物からバインダーを取り出すと、内容を参照する。

 

「えぇと……。ここは艦娘だとif関数になってるけど、深海棲艦の場合は……内部でループさせればいいか」

「するとどうする?」

「そうだな……」

 

 このような感じでプログラムをいじっていく。

 ひとまず完成すると、まだ降り続く雨から試料を回収して試験する。それを2,3回ほど繰り返して暫定的な完成となった。

 

「よし、まずは彼女たちに試すんだ」

 

 艦娘寮から運び出された第一艦隊の面々に対し、対エラープログラムを施す。

 するとどうだろうか。今までの苦労がなかったかのように、あっさりと回復した。

 

「ふう、なんとかなりましたな、遠山さん」

「はい。次が本番ですね」

 

 彼らには、時雨が深海棲艦のエラーに蝕まれていることは聞いていた。そのため、時雨は遠隔通信によってエラーを抑えられたのだ。

 横須賀鎮守府の艦娘全員はエラーから解放されたのである。

 

「陸軍の協力に感謝する」

 

 智東大将は陸軍小隊に頭を下げる。

 

「海軍は普段からそのくらい物腰が良ければいいのですがな」

 

 陸軍小隊長が嫌味っぽく言う。

 

「そうですな、海軍所属の艦娘は格闘戦が少し下手でありますからな」

 

 あきつ丸が追撃する。

 

「ははは……。それでは例のものは頼みましたぞ」

「はい、引き受けたからにはしっかりやりましょう」

 

 海軍の依頼を受けて、陸軍が運ぶもの。それは対エラープログラムをミッドウェー島まで運ぶことである。

 それを任されたのが……。

 

「まるゆが運ぶんですかぁ……」

 

 あきつ丸と同じく、日本陸軍所属の輸送潜水艇、まるゆだ。

 

「大丈夫でありますよ、自分がついているであります!」

「ならあきつ丸さんだけで行ってくださいよぉ……」

「それはだめであります。お互いもしものことがあったら大変でありますからね」

「うぅ……」

 

 だがどうして海軍が陸軍に対エラープログラムの輸送を依頼したのか。もちろんではあるが、通信で向こうにデータを送ることはした。それでも本当に届いたかはわからない。そこで陸軍艦娘に輸送を頼んだのだ。

 だが海上輸送なら海軍のほうが似合っているはずだろう。それには第一艦隊はエラーから復帰したばかりであるという理由とともに、海軍の艦娘と陸軍の艦娘は建造方法が異なることも一つに上げられる。それぞれ同じものでも異なるライセンスを取得するくらいには信念を貫く両軍であるが、艦娘関連の技術でも違いが発生してしまったのだ。詳しく見れば、艤装に使われる技術やプログラムを陸軍が独自に開発し、海軍の艦娘と異なることを見せつけるために搭載した。この独自開発が結果として深海棲艦との互換性の高さによるエラーの発生を防いでいたのだ。

 そんな境遇に生まれた陸軍艦娘の二人は、ミッドウェー島に向けて出発した。

 


 

 艦娘のエラー発生によりミッドウェー島暫定司令部は完全に作戦継続を諦め、本土への撤退を検討していた。

 いや。検討というよりは、もはや誰もが撤退せざるを得ない状況であると理解していた。そのため現地の戦略会議は反論が出ることなく、たった1日で退却が決定された。

 早速準備にかかった時に、警戒に当たっていた汎用巡洋艦から連絡が入る。

 

「ハワイ本島より深海棲艦の主力部隊接近!」

 

 これを迎撃するにしても、連日の戦闘で残弾が少なくなっていた。もしここで戦闘が始まれば確実に弾切れを起こし、撤退まで無防備になってしまう。

 

「我々は座して全滅するのを待つしかないのか……」

 

 暫定司令部長官がポツリとつぶやいた。

 しかしそこ一本の通信が入る。

 

「こちら多摩だにゃ。これより特殊艦隊に編入し、敵主力部隊と交戦するにゃ」

 

 声の主は、米国に渡った際に音信不通に巻き込まれた多摩だった。どうやら彼女は無事だったようだ。それと一緒にJNS鞍馬もいる上、さらに複数の艦艇が随伴していた。

 それの正体は次の通信で判明する。

 

「Hi! Iowa級戦艦Name Ship、Iowaよ。助けに来たわ!」

「Hello、正規空母Saratogaです。Iowaは落ち着いてね」

 

 アメリカ製艦娘のIowaとSaratogaだ。随伴としていたのはアメリカ海軍対深海棲艦先任艦隊である。

 通信途絶に巻き込まれた多摩とJNS鞍馬は無事にアメリカに到着しており、米海軍と協力を取り付けて戻ってきたのだ。

 そんな多摩とIowa、Saratoga、そして米海軍はものすごい勢いで深海棲艦の主力部隊を撃破していく。そのおかげか、ミッドウェー島の部隊には大きな損害を出さず深海棲艦を撤退させることに成功したのだった。

 

「これでNo problemよ!」

「みんなのおかげだにゃ」

「それじゃあ、彼女らを救いましょう」

 

 米海軍はそのまま日本海軍のミッドウェー島撤退を支援し、日本まで随伴していくことになった。

 途中であきつ丸とまるゆに遭遇し、彼女らから対エラープログラムを受け取ったものの、これ以上は戦闘不可能と判断され撤退は行われた。これにあきつ丸は無駄足を踏んだと不服を申し立てるが、多摩たちの必死の説得で落ち着きを取り戻したそうな。

 


 

 それから一月ほどの月日が経った。ミッドウェー島で発生した集団エラー発生事件が国会で取り上げられたことによって、海軍省は正式な研究と対策案の発案を余儀なくされた。直ちに艦政本部が調査に乗り出し、横須賀海軍工廠の技官たちが中心となって信頼性のある対策が講じられることになる。

 それと、随伴してきたIowaとSaratogaは意図しない形で日本を訪問することになったため、若干時間がたってはいたものの歓迎行事が行われた。特に告知などしていないものの、かなり多くの見学者がいて二人は関心の高さを思い知らされたのだった。

 

「大変だったな、篠原さん」

 

 歓迎の様子を見ながら秋野中佐は言う。

 

「本当に大変さ。全治4ヶ月だぞ」

「そりゃ気が滅入るな」

 

 全身に包帯やギブスを装着し、松葉杖をつく篠原中佐。時雨につけられた傷はなかなか深いものだった。

 

「時雨はもう軍法会議にかけられたんだっけか?」

「あぁ。軍施設の破壊、特殊艦隊所属艦の破壊工作、軍人に対する殺人未遂などで解体処分ものだ。だが智東長官の尽力によって解体は免れ、深海棲艦製ナノマシン対策の生体実験に参加することで12ヶ月の職務停止処分で決定されたそうだ」

「さすが司令長官だな」

 

 遠くで音楽隊が米軍艦艇乗組員の歓迎する音楽を演奏していた。

 

「遠山研究員はどうしている? 工廠に入り浸ってたんだろう?」

「ついこの間、川崎のほうに帰っちまったよ。出向の途中だったんだが急遽川崎のほうで海軍省主導の対策チームを発足することになったらしくてな、そこの主任に抜擢されたそうだ」

「結局手柄は上層部が掠め取ってくんだな」

「仕方ないさ。俺たちゃ軍人だ。上の命令は聞かなくちゃいけない」

「……そうだな。我々は軍人だったな」

「さぁて、残った仕事を片付けなきゃな。遠山さん曰く、この半年のエラー対策は応急処置に過ぎないらしいからな」

「そうか。私も治療に専念してしっかりリハビリを受けないとな。復職してからも忙しくなりそうだ」

 

 二人はその場をあとにし、それぞれの場所に向かう。

 深海棲艦の猛威はいまだ振るい続けている。

 しかしそれを守ろうとするものもいる。縁の下の力持ちの彼らは、これからもそれぞれの戦場で戦い続けるだろう。

 

 

 




 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
 私のことを初めて知った方もいるかと思いますので、改めて自己紹介させてください。私は紫 和春という者で、普段は「小説家になろう」様にて、異世界艦隊という小説を連載しています。ファンタジーとSFと軍事などを物理法則のスープにぶち込んでかき混ぜたような小説を目指して頑張っています。
 さて、今回は合作初参加ということで気合入れて今作を執筆しました。実際書いてみると意外とストーリーが流れ出てきまして、結構内容が膨れてしまいましてね。自分でも完結できるのだろうかと思いながら執筆したものです。その後の合作参加者による推敲会議では多くの駄目出しが出てきまして、結構ザルだったんだなと実感しましたよ。
 そんなこともありましたが、私としては実に充実した合作になりました。この経験はきっとどこかで役に立つでしょう。
 では皆さん、またどこかで。


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硫黄島基地防衛戦(山南修)
硫黄島基地防衛戦:襲来


この島は地形が変わった。え、なんでだって? それは──



『速報です。深海棲艦が硫黄島へ侵攻開始したという情報が入ってきました。硫黄島は現在対深海棲艦の最前線基地となっており陥落すると近海航路に重大な危険が──』

 

 

硫黄島要塞地下/補給隊待機場

 

「硫黄島の全員に告ぐ。深海棲艦は硫黄島攻撃隊及び、近隣管区攻撃隊の攻撃を受けてなおここ硫黄島要塞に侵攻中である。我々の使命は──」

 

 司令官の訓示なんぞどうでもよくヘルメットの裏に挟んだ写真を取り出し追想に耽った。いつも通り死にはしないとかほざいているが死ぬ時は死ぬ時。馬鹿らしくて聞く気にもならない、そういうもんだと過去にわかっているからだ。十年前、深海棲艦が確認されてから俺やいろんな人が多くを失った。住む場所、金、船、友人、そして家族。俺は失ったものを取り戻したいがそれができないことは同じぐらいわかっている。だからクソみたいな司令官のアホみたいに長い訓示を聞くより思い出に浸る方が時間の有効活用だ。

 

「──軍曹、伊藤軍曹殿」

 

 名前を呼ばれ咄嗟に顔を上げる。部下の一等兵だ。

 

「小隊長殿から伝言です。我々第二八補給中隊第二小隊第一分隊は要塞内で機動的な補給を実施しろとのことです。伝令と通信に余裕がなかった為私が伝言を授かりました」

 

 紙の資料を寄越してくる。どれどれ、要塞内に置いて死蔵を避けるため弾薬その他が不足した陣地、砲に弾薬庫または余裕がある陣地、砲から弾薬を輸送する、か。車の割り当てはトラック四台うちクレーン付き二台。要塞で主流の一五五mm砲弾の重量を上はわかっているのか疑いたくなるもんだ。

 

「一等兵、ヘルニアには気をつけろよ。再生医療受けたいなら別に止めないが」

「あれ補助金あっても高いんで受けたくないですよ。そういえば聞きましたか? あの司令官がやけに楽観的な理由」

 

 戦術はしっかりしているが性格が残念な司令官が楽観的だと。よからぬ事でも企んでいるのか。一等兵はこちらの表情から知らないと察したか説明してくる

 

「なんでも南西諸島で深海棲艦相手に多数の戦果を上げてる特殊部隊が向かっているそうなんですよ。一人で百体もの深海棲艦を撃破したと噂されているところです」

「馬鹿を言え、一人でそんなに倒せるわけないだろう。それに援軍っていうものは大体遅れるもんだ」

 

 一騎当千のような人間が本当に居てたまるもんか。あいつらはそんなにやわじゃない。

 

「……まあそうですね、来ないよりはマシですし、有難く思います」

「来ない友軍より遅れてやってくる友軍ってわけだな。さて、準備に取り掛かるぞ。トラックにボンベを積んでくれ」

「了解しました」

 

 ヘルメットを被り直し地下要員用に配られたガスマスクを首から下げる。突貫工事のせいでたまに硫黄ガスが吹き出すからだ。ガス噴出孔を塞ぐ資材は全部陣地構築か海の底に消えてしまったから受け入れるしかない。最後に使い古した小銃を下げ、立ち上がった。

 

「野郎共、準備はいいか」

「アイアイサー」

 

 となりの分隊待機室には南西諸島戦から引き連れている兵共が準備万端で整列していた。

 

「我が分隊の任務は──」

 

 言いかけた瞬間、警報が鳴り響く。と同時に地下のこの部屋まで鈍い音多数が響いてきた。榴弾砲の射程内に深海棲艦が入ったというわけか。

 

「始まったか……」

 

 体が最後まで保つことを祈りつつ、伊藤清介(せいかい)軍曹は上を睨み付け、部下への説明をするのであった。

 

 

硫黄島要塞地下/医務室

 

 もう何度も行っている応急処置セットの確認をまた始めてしまった。どれもこれも完璧に収まっていて足りないものなど一つもないのに。私が参加したことがある戦闘の中でこれは間違いなく最大の損害を受け、下手すると自分も死ぬと本能が警告している。それなのに、ああ。

 

智畝(ちうね)中尉、最後の補給で来た医療品はうちに割り当てられました」

「ふむ、大石少尉。確か君の班の医療品が一部不足してたと思うんだが」

 

大石少尉はタブレット端末を弄り確認する。

 

「はい、先日の着陸事故の際に使った分が未補充です」

「ならそっちで補充してくれ」

 

 了解と答えた大石少尉を下がらせ落ち着こうと不味いインスタントコーヒーを口にする。戦前は本格的なコーヒーを入れていた身としては辛いの一言に限る。ないよりはマシであるのは言うまでもない。

 砲撃の振動とは──もちろん火山噴火や地震ではないが──違う振動で紙コップの中に入ったコーヒーが揺れる。その振動は絶えることなく、徐々に強くなっていった。

 

《こちら二ツ根浜第一水際防衛線、深海棲艦からの砲撃を──》

《バカな、まだ二十九km先だぞ》

《戦艦は新型砲でも積んできたのか! 退避、退避!》

 

 医療部隊士官の特権、各部隊と司令部の通信が全てを物語っていた。確か榴弾砲やミサイルを深海棲艦のアウトレンジで撃ち数を減らす作戦だったはずだが、これでは無理かもしれない。

 

「二ツ根浜の医療部隊は」

 

 慌てて配置図を引きずり出し、二ツ根浜の水際防衛部隊と連絡を取る。

 

《第二十二医療中隊だ、防衛隊とともに後退中で支援が欲しい》

「智畝中尉、水際防衛隊の医療支援に回れ」

 

 二ツ根浜の医療支援を現地の医療士官からと上官から命じられ

 

「了解しました。第二十一医療中隊は水際防衛隊の支援に回ります」

「智畝中尉、第二小隊は司令部周辺の応援の最中なので合流には時間がかかります」

 

 配下の三個小隊のうちの一個を要請で司令部周辺に回している以上、動かせるのは定員割れの二個小隊しかいない。呼び戻そうかと思ったが既に医療部隊が展開していることと、あの司令官の顔を思い出し取り止めた。

 

「仕方ない。大石少尉、君と私の班で行こう。既に第二十二中隊が展開しているから足りることを祈ろう」

 

 大石少尉は一瞬顔を険しくし何か言いかけたが、口を閉じ了解とただ呟いた。

 

 

 硫黄島地下に掘られた地下道をトラックが走っていく。ジープから顔を出せば荒削りで採掘機の跡が残る壁に削り取られ、非常灯レベルの明かりと時偶火山ガスが吹き出す急造感溢れる地下道をだ。真横には弾薬やら食料やらがどっさり積まれている。これらは全て摺鉢山の砲兵陣地への補給物資で射角の関係から撃てない陣地や保管庫から引っ張ってきた。

 着弾の衝撃で鈍い衝撃音が響き、パラパラと粉も降ってくる。

 

「崩れ落ちないよな?」

 

 若い二等兵がぼやく。初戦闘という訳では無いがこの中では一番経験が少ない兵だ。

 

「二等兵、ここで死ぬ時は圧死がいいな。閉じ込められて窒息死やら餓死とかは勘弁したい」

「伊藤軍曹殿、我々古参兵としてはせめて空の下で死にたいですな。穴の中じゃあ助けに来てくれる衛生兵の可愛いねーちゃんも来そうにないですし」

 

 ハハハと古参兵共の笑いは取れたが当の二等兵は体を固くしたままだ、ブラックジョークはまだ早かったか?

 

「そう固くなるな二等兵、強い友軍だって来ているって話だ。しかも俺達は沿岸部塹壕の部隊(最前線の弾除け)でも、砲兵陣地(敵の的)でもないだけマシさ。この状況だと司令部も危ないし勝てれば生き残れやすいはずだ」

 

 水際の陣地で受け止める構想じゃなくて上陸したところを叩くという構想なら場所によっては地下も危険だったかもしれないがな。上は一九四五年の海軍と同じことをやらかしている。困ったものだ。呆れ顔で首を振ると、やらかしたな 二等兵がガチガチに緊張している。このまま着いて作業してぎっくり腰とかになったら困る。

 

「おい、お前に対することじゃないから安心してくれ」

「はい、わかりました」

 

 俺の真横の席に座らせたのも不味かったかもしれない。上の榴弾砲からの要請で急ぎだったから仕方ないとはいえもう少し考えるべきだったか。

 

「二等兵、そう固くなるな。分隊長殿はよく物思いに耽るジョークが下手なおっさんだから気にするな」

 

 後ろの車両にいた伍長が部隊無線でおちょくってくる。野郎好き勝手いいやがって。

 

「伍長、君の次回の勤務記録に上官に反抗的と口が悪いと書き加えようと思うがどうかね?」

「まだ書いてなかったんですか隊長殿。てっきりずっと前から書かれていたと思ってました」

 

 これには部隊中が笑い、二等兵も吹き出した。一つ貸しだな、伍長。

 

「隊長殿、まもなく指定された砲兵陣地に着きます」

「わかった、よし! 野郎ども仕事時間だ、ぎっくり腰と落下に気を付けて運べ」

 

 全員が口々に了解と答え、砲兵陣地に到着した。

 

「第二補給小隊到着しました、此方が搬入する物資です」

「ありがとう、軍曹。そことあっちの砲の弾薬消費が激しいため優先して補給してくれ」

 

 分隊を二分し、俺は片方を引き連れ外側にある砲に向かった。既に一五五mm砲弾の薬莢が山のように積まれ、砲身の加熱で陽炎が立ち上っている。

 

「補給分隊です、砲弾三十発を持ってきました」

 

 この砲を指揮しているであろう中尉が此方を振り向き、近づいてきた。彼曰く継続射撃をしていたが砲身加熱ギリギリまで早いペースを維持していたらしい。かなり若い中尉だから仕方ないとはいえ、古参兵も何故ペースを緩めなかったのかと疑問に思いつつ補給物資受け取りのサインを貰った。彼の手は酷く震え辛うじて読める程度の文字だった。何故、そんなに震えているか聞くと

 

「軍曹、そこから外を見てみるといい」

 

 と、一言言われた。訝しんで覗いてみると、そこには……

 

 

 その部屋は吸血鬼がいるなら飛び込んできそうな濃い血の匂いと酔ってしまいそうな程濃い消毒液の匂いがしていた。

 

「第二十一医療中隊分遣隊です、医療支援に来ました」

「第二十二医療中隊の近藤少尉です、二十一は左の部屋の方に回ってくださいとの事です」

 

 若い少尉に言われ私はそちらに向かった。既に二十二が展開しているこの部屋はまさに阿鼻叫喚で見るも無残な姿な死傷者や血痕で溢れていた。原理は不明だが、深海棲艦の放つ火器は撃ったあとに大きくなる。戦艦級ともなれば見かけは機関砲程度でも三六センチメートル砲クラスの破壊力がある。そのためか、彼らが受けた傷は昔の海戦や砲撃を受けた際に出た死傷者の傷に似ている。今から私が診断する兵達もだ。

 

「こちらです」

 

 案内してくれた一等兵が扉を開けると……これまた酷い有様の負傷兵で溢れていた。彼らの多くは最低限の応急処置しかされてなく、まともな診断もされていない。

 

「大石少尉、君と私他に二人で診断を行おう。私は奥から始める」

 

 最低限の医療機器、止血帯と鎮静剤、それに四色のカード(トリアージ・タッグ)を持って部屋の奥に向かった。時折、液体を踏んだり運び込まれた者が落としたと思わしき物を踏んだ音が悲鳴や喘ぎ声に混ざって聞こえる。最も奥の負傷兵のそばにしゃがみこんで診断を行った。データパッドを取り出し負傷兵のドッグタグに書かれているIDを入力。負傷箇所とその状況を確認して軽く止血をして鎮静剤を打ち、緑色のカードを置いた。緑、黄、黒、赤のトリアージシートは色ごとに怪我や容態の酷さを表している。緑色なら止血や応急処置がしっかりしていれば問題ないが、黄や赤はそうも行かない。

 IDと怪我の程度を入力した目の前の負傷兵は辛うじて生きている状況だ。腹が切り裂かれ腸が出るのを誰かの上着で防いでいる。こうなるともうここでは打てる手もなく、輸送する暇もない。私は赤いカードにバツを描いて彼の上に置いた。そして鎮静剤を打ち込んで……放置した。

 

「少尉、そっちはどうかね」

「砲撃で状態が良くない者が多いです。特に戦艦級の砲撃の衝撃波で肛門から腸をやられた者が一定数いて治療室に下げてますが……」

 

 その治療室の手が足りてないと。

 

「……いつも通りやるしかないな」

 

 診断された兵のうち助かる者を部下が治療して私はこの部屋の大半を診断した時上官からの通信が入った。

 

 

 本当にあれが……。俺は十年近く戦場を駆けずり回って来たが、あれほど恐ろしい物を見るとは思わなかった。

 地下道を通る車内の雰囲気も暗く、行きは馬鹿笑いしていた連中は静まり返っている。

 摺鉢山上部の砲兵陣地で見た景色は深海棲艦が七分に、海が三分。あれは精神的に来るし、沿岸陣地が壊滅したのも納得出来る。摺鉢山の壊滅も時間の問題だが。沿岸陣地への砲撃がこっちにも向かってきている気がする。

 走行音と砲撃の振動だけが響く中、途中の分岐路で中尉が停車するよう手を上げていた。

 

「止めろ」

 

 運転手が車を止め後続車もそれに従う。俺は降りて見覚えのない中尉に敬礼をした。

 

「伊藤軍曹だったかな。私は憲兵隊の浜野中尉なんだが君に追加の命令を授かってきた」

 

 いかにも胡散臭げな中尉に嫌な顔を隠しつつ出された命令書をを受け取った。どれ……うお、司令官からか。負傷した海軍特殊部隊(特警隊)大佐を医療中隊が展開している部屋まで連れていけと。小間使いじゃないんだがなあ。

 

「なぜ我々がという顔をしているな。単に位置とタイミングがよかっただけだ。君たちの車両のうち一両を使って慎重に運んでくれ。一応容態は安定しているが安心出来る状況では無いのでな」

 

 そう言い、中尉は兵卒に意識不明の大佐を載せたストレッチャーを一両目に載せるよう指示をした。

 

「伍長、俺と運転手、あと一人以外は待機所に連れて行ってくれ。命令が来た場合は分隊長代理として行動して構わない」

「了解しました、軍曹殿」

 

 この指示に満足したのか中尉は兵卒を残して去っていった。残された兵卒のうち最先任の伍長がよろしくお願いしますといい。ストレッチャーと共に荷台に乗った。あまりの無愛想さと大した説明がないの事に仮面の下で憤りを感じたが、任務だと割り切り助手席に座った。

 

「一等兵、出してくれ。上からの命令で慎重にな」

 

 不満そうな上官が脇にいるという部下には気まずくストレスの溜まる環境が出来てしまったが知ったこっちゃない。こればかりは彼に我慢して貰うしかない。荷台の前寄りに座っている二等兵をミラー越しに見ると何もない窓の外をずっと見ていた。

 目的地までは硫黄ガスの噴出がないルートを取れとも命令書に書いてあったので地表に近い、一部は露出しているルートを取らねばならないが、何もないことを祈ろう。

 

 地上付近の露出部分に来るまで車内は誰も喋らず走行音と砲声と着弾音、時折荷台から負傷した大佐(荷物)の様子を伺う声が聞こえただけだった。その間俺はずっと荷台の連中には見られない角度で不機嫌な顔をしていた。が、十分ほどゆっくり走って地上露出部分に近づいた時酷い硝煙の匂いが鼻を突いた。顔を顰めて露出部分に差し掛かったところで空を見上げるとおどろおどろしい雲がかかり巻き上がった破片か何かが視界に入ってきた。どうやら思った以上に状況は良くないらしい。反対側である南海岸の二ツ根浜や翁浜、摺鉢山以外にも砲撃が飛んできているようだ。

 

「分隊長、医療中隊の士官がどうやらこの先で迎えに来ているそうです。そこで後ろの人達をおろせと通信が来ました」

 

 最後に面倒事が起きそうだが胡散臭く無愛想な連中と離れられるのはいい事だ。

 

「よし、運転手。向かってくれ」

 

 地上の塹壕のような道を走りもう少しで到着と言ったところで対空砲の唸りが轟いた。遅れて空襲警報が鳴り響く。空軍が壊滅させたはずの深海棲艦機動部隊がはやくも復活かもしれない。

 

「くそっ、急げ! ミンチにされちまうぞ」

 

 こんな時に限ってと思いながら運転手の尻を引っ叩き急がせる。何もしないよりはマシだと自分の小銃を取り出し窓の外に向ける。何故か響くプロペラ音が甲高くなり、かなり近くの地面が捲れた。

 

「運転手、もっと飛ばせ」

「ちくしょうが!」

 

 荷台の伍長が口煩く言い立てナイフを天井の幌に突き立て俺が出れるだけの穴を開け身を乗り出し小銃を空に向けた。二、三機いるらしいその空には既に多数の火線が伸びるがまだ落とせないらしい。

 キラリと何か一瞬光ったと思うとプロペラの音が大きくなり薄らと突っ込んでくる何かが見えた。

 敵機だ、そう感じ狙いをつけ引き金を引いた。不安定な体勢からのフルオート射撃で銃身が大きく上を向き慌てて下に抑えたが回されたのは二十発マガジンだったため直ぐに弾が切れた。マガジンキャッチを押して弾倉(マグ)を排出、予備マグを取り出し装填して……ドローンのような深海棲艦艦載機がはっきりと見えてきた。間に合わない、そう感じながら装填(コック)し再度狙いを着けた。一発、二発が出たところで、横合いから光が通り敵機が爆散した。何が起きたか把握する前に破片が顔にあたり頬を浅く切り裂いた。トラックが停車し近くの地下道の入口に医療士官達が見える。味方航空施設防衛機関砲(VADS)か。トラックを降りて医療士官の前で敬礼した時に思い至った。

 

「第二十八補給中隊第二小隊第一分隊分遣隊伊藤軍曹です。負傷者を連れてきました、中尉殿」

 

 既に背後では空襲下であるためか、いそうだ様子の伍長達が荷物を降ろし医療士官の部下とともに下に降りている。そして中年と思わしき中尉が答礼をし語りかけてきた。

 

「智畝中尉だ。運んでくれてありがとう」

「いえ、命令ですので。それでは失礼します」

 

 踵を返してトラックに戻ろうとすると智畝中尉が呼び止めた。

 

「軍曹、これを使ってくれ。軽傷向けのこれは在庫がまだ多いからな」

 

 そう言い湿布を渡してくる。感謝の意を示し今度こそトラックに戻ろうとするとまたプロペラ音が大きくなってきた。

 

「一体全体、何機いるんだ!」

 

 部下が指さし小銃を向けた方向を見ると敵機が真っ直ぐ突っ込んできた。そして何かを切り離し……は。

 

「ぬおっ!」

 

 咄嗟に呑気に見上げている中尉を押し倒した否や近くの地面で爆弾が炸裂した。激しい衝撃を受け視界が一瞬暗転し背中を叩きつけられた。

 

「ぐふっ」

 

 息が詰り体のそこら中が痛むがそれだけだった。頭を振ってめまいを弱める、弱めた気にして軽く体を確認する。頭が軽くややふらつくがそれと叩きつけられた痛み、息苦しさがあった。

 

「あ、中尉殿!」

 

 思い出して突き飛ばした中尉の方に目をやるとうつ伏せで倒れていた。駆け寄り呼びかける。

 

「大丈夫ですか、中尉殿」

「……ああ、大丈夫だ。少々耳がキーンとするが」

 

 中尉は耳を抑えつつ立ち上がった。突き飛ばした際の痛みかちょっと吹っ飛んだ時の痛みか知らないが背中を摩っている。

 

「君のお陰で助かった。ありがとう」

「軍医の喪失は痛いので、少々手荒な真似をさせて頂きました」

 

 手を差し出し、立ち上がるのを手伝う。智畝中尉は手を掴み立ち上がって埃を払った。

 

「予想以上に状況は悪そうだなっと」

 

 中尉は私の横を通りしゃがんで……私のヘルメットを掴んだ。

 

「どうやら何かの破片か石で切れたようだな。君の顎が切り裂かれなくてよかったよ」

 

 顎紐が切れていた。思わず自分の顎を触るが、軽い痛みを感じただけで済んだ。

 

「写真は君の家族かな。仲が良さそうだね」

「はい、良かったですが十年前に洋上で死亡しました」

 

 家族のことを聞かれて咄嗟に答えたが、これは無いだろうと自分でも思った。

 

「……すまない。できれば治療してやりたいが、時間が無い。これを渡しておくから貼っといてくれないか」

 

 といいまた湿布を貰った。有難く受け取りヘルメットも受け取った。

 

「いえ、こちらの言い方も宜しくありませんでした。有難く受け取ります」

 

 

 湿布を受け取ったあと、様子を確認しに来た医療部隊の少尉が智畝中尉を連れていった。中尉はもう一度礼を言うと何やら熱心に少尉と話ながら地下へ入っていった。

 俺は部下の元へ戻ると浮かない顔をした二等兵がトラックの前にいた。

 

「軍曹殿、無事でしたか」

「この顔を見てそれが言えるのかあ」

 

 二等兵はちょっとしたジョークを軽く受け流し状況を説明した。

 

「軍曹殿の部隊内無線機に繋がらなかったのでおそらく故障しているかと。その間私が伍長殿からの通信を聞いていましたが新たな命令が来ました」

 

 ただならぬ二等兵の雰囲気を感じ取り身を引き締めるが、足りなかった。

 

「我々も前線で戦います。もうまもなく二ツ根浜に深海棲艦が上陸します」

 

 

 




私も硫黄島に居たんだよ。居心地はそこそこよかったが、深海棲艦襲来時は地獄だったよ。次々運ばれる兵、物凄い勢いで消費される弾薬と命。地獄の蝦蟇口が開いたみたいだった。そうそう、まだ続きがあってだな。


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硫黄島基地防衛戦: 銀竹

私は地下にいたから生き残れたようなものさ。医官として行ったからね。そういえば艦娘を見たのも──



 

 空襲を受けたが、伊藤軍曹に助けられた私は地下の臨時医務室に向かいつつ大石少尉に患者の状態を聞いていた。

 

「率直に言ってかなり不味い状態です。右足の破片に切り裂かれた傷からかなりの出血があったようでショック・パンツを使いましたが血圧は低いままです。先ほどの爆撃の衝撃でまた傷が開き出血しています。幸いにもそれ以外は問題ありません」

 

 応急処置もかなり腕のいいものがやったらしく移動には耐えれたが爆撃がこっちにも被害を及ぼしているとは……。破片は大きいものはショック・パンツ──空気圧によって脚部から腹部圧迫し血流を上昇させるもの──を履かせる際に摘出したようだが、小さいものが中に刺さったままのようで摘出しなければならない。 

 

「よし、わかった。早急に治療を行う。準備を整えてくれ」 

「すでにある程度整えています。一番準備できていないのはあなたです」 

 

 指をさされ自分の体を確認すると土まみれで汚れていた。むぅ、このままでは患者に細菌が入ってしまいそうだ。  

 

「ああ、すまない。着替えたらすぐに向かうから簡易処置だけでも先にしててくれ」 

 

大石少尉は頷くと部下とともに大佐の治療に入った。さて、急いで着替えるとしますか。 

 

 

* 

 

 私が着替えて臨時医務室に入ると大石少尉が誰かと何やら言い争っているのが聞こえた。何事かと思い慌てて駆け付けると陸上戦闘服を着た海軍の中佐がなにやら命令書を掲げ言っていた。

 

「再度繰り返す、この大佐は我々海軍で引き取る。我々が管轄している医務室で処置するため応急処置を施した後、移動させる。わかったな」 

「ちょっと待ってください」 

 

 大量出血で死ぬかもしれない患者をこの期に及んで移動させるだと、ふざけているのか。都合よく大石少尉が私の名を呼んでくれたおかげで海軍中佐が振り返り私が言葉をつないだ。

 

「第二十一医療中隊隊長の智畝(ちうね)中尉です。一体なぜ危機的状態に近い患者をこの期に及んで移動させるのですか、ご説明ください」 

  

 振り向いた海軍中佐はこれまた患者同様見たことのない顔で掲げていた命令書には司令官の印だけではなく海軍の連合艦隊司令長官の印も押してあった。 

 

「この命令書の通り私はここに運ばれた石橋大佐を硫黄島要塞内の海軍医務室への移送を実行させるために来た。理由としては機密保持の観点から説明は行わない」 

「医療士官として申し上げますが現状、大佐の状態はよろしくありません。ショック・パンツを前線の応急用のものではなく救急車内のものを使用しても血流が不足しています。傷も大きいため止血は困難です。移動はお勧めできません」

 

 海軍中佐はこの返答に満足できなかったのか頭を振りつつ、顔に手を当てた。

 

「中尉、君ならできると上は判断している。司令部の医療品も提供するからやれ」 

 

 あの司令官が医療品の提供を許しただと? そこまでして移す必要がわからない。本当に何がしたいんだ。 

  

「中佐、私は面子や機密のために一人を優先するのではなくその手間を他の多くの人間に割こうとする人間です。命令とあらば実行しますが司令部からは多くの医療品を提供していただくことを期待していると司令官にお伝えください」

 

 

「いいか、射撃命令が来るまで撃つなよ」

 

 薄暗いトーチカの中でブローニングM2重機関銃(M2HB-QCB)の射撃手に声を掛けた。

 深海棲艦の中でも駆逐艦以下にはM2重機関銃が効率よく通る。装甲は無いに等しい上、深海棲艦の中では大型とはいえせいぜい数メートルの体は狙いやすい。ベルトをノルウェー製の徹甲炸裂焼夷弾(HEIAP)にすれば楽に貫徹した上で内部をズタボロにできる。ついでに弾薬庫に相当する器官に当たれば一発ドカンだ。擲弾手が持っている110mm個人携帯対戦車弾でも相当な被害を与えられるが、重機関銃では軽巡級以上になると頭部や多くはない非装甲区画を狙う必要がありこいつらの為に取っておいた方が後悔しない。

 

「はっ」

 

 機関銃手は短く返事をして両脇ハンドルを再度握りしめた。他の部下はMINIMI軽機関銃の機銃手以外は機関銃と無反動砲の再装填支援についてもらっている。ミニミならバラ撒けるからいいが小銃じゃあ余程近くないと大して役に立たない。64式小銃があればよかったが、あるのは89式小銃だけだ。しかし、既にかなりの数が南の砂浜に上陸しているがまだ攻撃命令は出ない。摺鉢山の砲兵陣地と水際の防御陣地壊滅後は散発的に自走砲が射撃するだけでこちらは大して撃ってない。ようやく司令部が頭を働かせある程度上陸してから射撃することにしたらしい。深海棲艦は陸上では途端に動きが鈍くなる。どれもせいぜい人間が走る速度か遅い車程度だ。今、目の前では対戦車地雷や大型のチェコの針鼠擬きで海岸からなかなか侵攻出来ない深海棲艦がうじゃうじゃいる。後ろからは詰まっていることなどお構いなく上陸しようとする奴らが海岸線上にズラっと並んだ。そろそろかもしれん。

 

「司令部より各防御陣地へ。攻撃開始、攻撃開始」

「射撃開始!」

 

 機関銃手がトリガーを押し機銃手とともに射撃を開始した。狙っていた駆逐級は12.7mmx99弾に貫かれ爆発炎上、ATM手が110mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト3)を発射し軽巡級を一隻お釈迦にする。他の防御陣地や北側の砲兵陣地も射撃を行い南の海岸線一帯は壁が立ち上がった。豪雨のように降り注いだ火器の弾で多くの爆発や衝撃で砂煙が舞い上がって深海棲艦がよく見えなくなるが多くが射撃を続けていた。次の瞬間、半壊した戦艦級が右盾の生き残った砲を放ちトーチカを一個消し飛ばした。その戦艦級は戦車の120mm装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)を数発受け、頭を吹き飛ばされ倒れた。数メートルはある戦艦級の個体が後ろに倒れ煙の中に消え、その上を軽巡級が進んでいく。

 観測のためにペリスコープ越しで見ているが、これは二度と見れない光景かもしれないと頭の片隅で考えていると戦車隊に砲弾が殺到し爆炎がひとつ上がる。視界の左手、海岸側にのそりと駆逐級の姿が映った。

 

「機関銃手、あの近い駆逐級を殺れ」

 

 2つ目のベルトを装填し終えた機関銃手に命令をだし、復唱した機関銃手が近距離の駆逐級に射撃を集中した。側面を見せていた駆逐級はこちらを振り向くことすら出来ず頭部をズタボロにされ炎上した。

 

「その後ろの……」

 

 後続の駆逐級への射撃命令を出そうとしたが、近くへ砲弾が着弾し首を竦める。刹那、耳が痛くなる程の轟音が聞こ耳を抑えた。今度はなんだ! その方向を顔をしかめながら見ると近くの野砲を置いた陣地から爆炎が上がっていた。

 

「っくそ、近いものから殺っていけ!」

 

 再びペリスコープを覗き込むと、外側が砂か何かで若干汚れ視界が狭まった。外に出て拭きたくなる衝動を抑えつつ海岸線を見ると大きな爆炎が上がった。戦艦級が一隻爆ぜたようで周囲の駆逐級や軽巡級が煽りを受け誘爆したり損傷したりしている。鏡とガラス越しでも衝撃を感じ気分が高揚した。

 

「銃身交換!」

 

 M2の機関銃手がそう宣言し彼はカバーを開きベルトリンクをエキストラクターの上に置いてカバーを閉めてコッキングハンドルを引いた。耐熱グローブをつけたやつが銃身を外し新しい銃身に交換した。

 銃身交換が完了したのを確認し俺は再び射撃命令を出した。

 

 

 三十分程同じことを繰り返し、一度本土からやってきた戦闘攻撃機が弾薬が尽きるまで深海棲艦を攻撃したがこちらは押されている。深海棲艦は防御陣地を少しずつ破壊し前進を続けていた。

 

「分隊長、M2の残弾はベルト二本だけです。パンツァーファウストは一発残っていますが、焼け石に水です」

 

 副分隊長の伍長がそう言ってくる。

 

「分かっている! まだ小銃擲弾は残っているな?」

「はい、各員に四発ずつ残っています」

「四十発もあれば後退はできるはずだ」

 

 まあ、当たればの話だがな。それを突っ込んでくるほど伍長は馬鹿じゃないのが幸いか。弾薬不足による後退を許可してもらおうと備え付けの電話で司令部に繋ぐ。

 

「こちら第四一六トーチカに展開中の第二八補給中隊第二小隊第一分隊、弾薬不足のため後方の防御陣地への後退許可を要請する」

「こちら司令部、第二八補給中隊第二小隊第一分隊は隣の第四一七トーチカの部隊後退後に後退せよ。第四一七トーチカは既に弾薬切れだ。五分ほど援護せよ」

 

 こっちだってもう殆どないんだと怒鳴りたいが隣は完全に弾切れか。戦友を見捨てる訳には行かない。

 

「了解、後退支援を行い五分後に後退する」

 

 通話を切り、部下共に命令を伝える。

 

「野郎共、隣の後退支援だ。五分間支援した後我々も下がる。機関銃手はそれまでに撃ち切っておけ、パンツァーファウストもだ。ほかは小銃擲弾の用意をしておけ」

 

 部下は了承して行動を始めた。俺はペリスコープを覗きつつ箱から小銃擲弾を取り出し小銃に差し込んだ。弾倉を抜いて弾が入っていることを確認し再度挿入する。第四一七トーチカの連中は丁寧にこちらに一報いれ急いで後退した。機関銃補助手が最後のベルトを入れてコッキングハンドルを二回引いて撃ち始める。ATM手がパンツァーファウストを放ち成形炸薬弾が戦艦級の盾を片方破壊した。戦艦級がこちらに撃ったが被弾の衝撃で上手く狙えないのか至近弾すらなく飛び越えていく。

 

「第四一七トーチカ後退完了。第四一六トーチカ、後退せよ」

「了解、事前の計画に従い後退する」

 

 機関銃手が全て撃ち切ったのを確認し伍長を先頭に立てこもっていたトーチカから久しぶりに外に出た。硫黄の匂いと硝煙の匂いの中に若干血の匂いを感じる。最後の部下が出たのを見て殿に着く。トーチカの中では機関銃の射撃が篭ってよくわからなかったが頭上や近くを沢山の砲弾が飛んでいた。空には暗い雲が立ち込め偶に曳光弾の光が見え綺麗だった。

 

「進め進め、急ぐんだ!」

 

 百メートルも無い距離に駆逐級らしい影を見て部下の尻を叩く。地下を通ってもいいが周囲の地下道は必要最低限以外は工兵が爆薬を仕掛けているため邪魔になる。塹壕の中を後退場所の飛行場付近まで進むしかなかった。

 飛行場付近まであと半分といったところで地面が揺れた。

 

「地震か?」

「いや、後ろだ!」

 

 振り返ると、海岸線一帯で土煙が上がり轟音がなった。海水が海岸に向かい流れていく。土や砂が雨のように降ってくる。

 

「工兵が地下道の一部を爆発したようだ!」

 

 伍長が叫び歓声が湧く。銃を掲げる者もいた。俺も喜ばしいがそれよりもこいつらを比較的安全な場所に行かせることを優先。

 

「喜ぶのはいいが、足を止めるな。一部深海棲艦は既に近づいているぞ」

 

 その時だった。ヌルリと駆逐級が後ろの丘から出てきた。一瞬心臓が止まるかと思ったが、動いていた。幸いまだ気がついていないのか横っ腹を向けている。

 

「総員、擲弾用意。よく狙え」

 

 駆逐級がここから見えない位置に向け砲撃し、動きが鈍っている。深海棲艦独特の生臭さが漂ってきて非常に不快に感じた。部下が構えたのを確認してハンドサインで射撃を指示する。

一瞬だけ部下に遅れて俺自身も引き金を引き、頭部に向けて擲弾を放った。

 擲弾は距離が近かったこともありうまいこと頭部に集中しいくつもの穴を穿った。脳を破壊されたのか駆逐級は動きを止め倒れ、体を痙攣させている。よかった、上手くいった。正直五分五分だったがなんとかなった。

 もうこんなに浸透されているのかとも思い、一刻も早く飛行場付近まで後退した。

 車体を埋めた七四式戦車トーチカの脇を通り飛行場付近の防御陣地へたどり着いく。

 

「第二八補給中隊第二小隊第一分隊だな? この塹壕で待機しろと命令だ」

「了解、少佐殿」

 

 戦車トーチカの先の塹壕にいた少佐と話して塹壕に入り、その中を歩いた。既に後退した部隊がいくつもの塹壕の中に展開していて皆不安そうな顔をしている。多くの深海棲艦を撃破したがまだうじゃうじゃいやがるから押されている。援軍とやらが来ない限りここで玉砕することが容易に想像できてしまう。指定場所までもう少しという所で連続して衝撃が起きた。

 ドスンという音が聞こえまた連続した衝撃と轟音が聞こえ、振り返る。戦車トーチカの首が吹っ飛び火炎が上がっている。少し離れた場所では走っていた機動戦闘車が綺麗に爆散した。

 

「伏せろ!」

 

 誰かが叫び頭を押さえ伏せた。砲撃か、塹壕の中に伏せながらそう考える。飛行場の方で爆発が連続して発生し、焦げ臭さが漂う。

 

「軍曹、こっちだ!」

 

 先任軍曹が塹壕の先の地下道入口から手招きをし、招かれた。部下もその中に退避させ先任軍曹とともに入口で外を見た。

 

「どうやら戦艦級が後退したのと鬼級がさらに後方に出現したらしい。摺鉢山の残存部隊が見つけたようだ」

「鬼級ですか?」

「ああ、軽巡駆逐級を前に出して戦艦級と鬼級で支援砲撃って感じらしい」

 

 その結果がこれか。重巡級が確認されてないのが気になるがこの状況じゃあどうでもいい。着弾の衝撃で土がパラパラと落ちてくる。この砲弾の雨が降やむ頃には防御陣地や地下に逃げれなかった戦闘車両は生き残れないかもしれない。そうなればもう、勝てる要素など全くない。

 先任軍曹が地下に降りていってこの入口から外を見ているのは俺だけになった。少しでも気分を上げようと消毒のため、気付けの為に忍ばせておいたスキットルに入れたウォッカを呷る。砲弾を見ながら呷る酒は案外いいものだ。……ここが死に場所か。そんなに楽しめなかったがいい光景はそこそこ見れた。願わくばもう一度家族の墓参りに行きたかったが、こちらが行く番らしい。

 

「もうちょっと、度を強くすべきだったか……」

 

 いまいち気付けの役に立たない酒をもう一度呷り、空を見上げる。ん、今なにか光らなかったか? また光った。首から下げていた双眼鏡を取り出し光源を見ると……。思ったより、俺は酔っているらしい。よく分からん機械をつけた変な服の少女が空挺降下だと? 

 

「は?」

 

 もう一度覗き込み苦労して見つけるとパラシュートを開き機械から何かを撃っていた。ミニスカ巫女服? あ、白い。もっとよく見ようと塹壕に出て空を見ると飛行場付近に六、南に十二のパラシュートが見えた。巫女服擬き少女をもう一度見るとパラシュートを上手く操作しながら機械から撃っていた。狙われた駆逐級は消え、軽巡級は一撃で爆散する。着弾した弾はここで一番大きい一五五mm榴弾砲よりも大きな土煙を上げ、深海棲艦の重巡級から戦艦級レベルのものだ。彼女は地表近くでパラシュートを切り離すと丘の影に隠れてしまった。

 

「あれは、一体……」

「まさか、本当に来るとは……」

 

 声がして振り返ると先程の先任軍曹が呆けた顔でまだ降りているパラシュートを見つめていた。気がつけば砲撃音は聞こえるが砲弾の雨は止んでいた。

 

「ありゃ、艦娘だよ。南西で戦果をあげた特殊部隊。で、見た目は少女だけど正に一騎当千さ」

「艦娘……」

 

 俺は艦娘という言葉を噛み砕きながら、先程目にした少女達のことを思い浮かべる。既に彼女たちの働きで飛行場付近の深海棲艦は殲滅されたらしい。生き残った機動戦闘車は移動をしている。戦場の女神とも艦の化身とも取れそうな彼女達は我々をこの地獄から救ってくれるかもしれない。お、司令部から通信か。

 

「第二八補給中隊第二小隊第一分隊、こちら司令部。弾薬を持ち前進せよ。鎮魂の丘まで前進し次の命令に備えよ」

「了解。補給後前進します」

 

 通信を切るとどうやら隣の先任軍曹にも前進命令が出たらしい。トーチカを再度利用するのか? まあ、いい。部下共と弾薬を補給しなければ。

 伍長が地下道入口から出てきてこちらに駆け寄ってきた。

 

「分隊長、攻勢に出るようですね。援軍が来るとは思ってなかったですが、分隊長の墓参りに行かなくて済みそうです」

「お前はどうやって生き残る算段なんだ? っと、すまないな」

 

 伍長が消費した擲弾筒を渡してきて受け取った。伍長はニヤリとするし、口を開いた。

 

「分隊長の肉を食って籠城します。運が良ければ助かるでしょう」

「俺の肉は上手くないぞ、さあ行こう」

 

 部下共が出てきたのを確認して塹壕を来た道を辿って撃破された戦車トーチカの傍を通る、他の部隊も弾薬を背負い前進している。丘を越えれば彼女たちの勇姿が見えるかもしれないそう考えると足取りは軽かった。丘の頂上にたどり着き海岸線を見ると、何かがこっちに飛んでくるような感じがした。

 あれは一体、ぐぅっ………。

 

 

 司令部近くの医療室がやっと本格活動を始めたお陰でここに運ばれてくるのは余程の重傷者か近くで負傷した人だけになった。あの海軍中佐は思ったより権力を持っているのかもしれない。

 砲弾の雨は援軍のお陰で止んだが、普通の雨が降ってきたようでここに来た患者がずぶ濡れであることが多い。そう、目の前の彼もそうだった。同じぐずぶ濡れの伍長が運んできた時にはもう手遅れだった。

 

「伊藤青介(せいかい)軍曹、負傷箇所は腹部から胸部にかけての創傷と、脳挫傷。死因は大量出血による出血死と思われる」

 

 彼の分隊は前進の際に戦艦級もしくは重巡級が放った砲弾が本来の目標である(艦娘)を外れ至近弾により五人が死傷した。軍曹以外は軽傷で済んだが最も前にいた彼は助からなかった。運んできた伍長は泣きながら彼を預け分隊の元へ戻って行った。

 私もたった一瞬の付き合いだったが命を救って貰えただけあって、非常に、とても悲しい。

彼が生きていれば、この戦いの後に一緒に酒が飲めたかもしれない。彼の分隊も喜びのまま切り抜けられたかもしれない。いい人を無くしたと感じ、目を拭いた。

 ふと、彼のヘルメットに家族写真が入っていることを思い出しヘルメットを外して確認した。そこには今よりは若く喜びに満ち溢れた彼と奥さん、そして小さな娘が写っていた。写真をひっくり返すと、《二〇一九年 五月十三日 いわき市小名浜にて》と書かれた写真が入っていた。

 この写真を彼の家族の墓に供えよう。それが私ができる彼への最大の恩返しだ。そう感じた私はその写真を胸ポケットにしまい彼の記録を書き終えた。

 

 

 

『番組の途中ですが、速報をお伝えします。先程国防省が本日二十時頃に硫黄島防衛に成功したという発表を行いました。繰り返します、国防省が本日二十時頃に硫黄島防衛に成功したという発表を行いました。これにより──』

 




これでこの物語は終わりだ。彼の写真は今、家族と共にある。今でも周忌の時には墓参りをしているんだ。
騒いでどうしたんだ? テレビを見ろ? これは──




参加しちゃいました。
提海さんは素晴らしいお方なので断れませんでした。讃えましょう。
私は今この瞬間、若干繋がりのある(実質ほぼ無い)二作目をほかの参加者が締切を守らなかった尻拭いのため頑張って書いてます。艦娘と銃のイイ作品だよ! 楽しみにどうぞ。あ、先に言っておきます。私は艦娘が好きだけど自分の登場人物には死に方を作る人です。因みに千畝中尉は家族に見守られて死ぬ良いルートです。艦娘にもそう死んで欲しいけど欲しくないなあって。
艦娘登場以前の通常兵器対深海棲艦というのを書きたかったんで書きました。本当は智畝中尉の手術シーンも書きたかったんですが、無理でした。
深海棲艦の設定は兵器よりな生命で数メートルサイズが普通。艦娘は人造人間です。
最後に、他の人の作品もよろしくお願いします。

追伸:某魚(マグロじゃないほう)はさっさと書け。


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艦これ妄想戦記:南海に悪魔は微睡む(Slyt)
艦これ妄想戦記:荒天に戦火は燿く


【荒天・荒海時の戦闘】
 艦娘にとっての荒海の洋上は、自身の6倍強の障害物が不規則に乱立するという非常に厄介な環境であり、そこを戦場にする場合は特別注意が必要である。
 最大の難点は波浪により射線が通りづらくなるので砲雷撃の命中率は低下する傾向にあり、雨天ともなれば視界不良にもなり自然と両者の相対距離や戦闘半径は縮まってくる傾向にある。因みに多くの場合艦載機の発着艦は困難となる。
 これらの点から、荒天時の戦闘においては戦艦娘などによる遠距離からの速射、水雷艦娘による迅速な接近と砲雷撃が効果的な戦法とされる。
 因みに探知の問題に関しては、艦娘に基本的に備わっている霊波探知機能を用いれば波を透過して深海棲艦を索敵し捕捉することが可能である。普通ならば敵を見失うほどの深刻な視界不良に陥ることはまずない。



 雨。空から無数の水の雫が降り注ぐこの気象は、古来より地上と生命に潤いと恵みをもたらし、一方で生命に禍を齎し、果ては地上の全てを洗い流してきた。雨。人々は古来より崇拝し、畏怖してきた。人の行動、営み、その集合体である文明の盛衰に、この気象が深く絡んでいたのは言うまでもない。

 現代に至り、より技術や文明を発達させてもなお、その事実は変らない。

 

 

 PM1:23 北緯7度西経162度ライン諸島北沖

 空を覆いつくす黒い雲より降りしきる大雨が、強風の下白波の上がる海原を乱れ打つ。雨風の轟音と白波と雨粒の飛沫に満ちる沖合の海。

 その荒海の薄闇を橙の光弾が切り裂いた。

 二方より幾多もの橙色の光弾が飛び交い、海に落ちては白波を砕いて水柱を打ち立てる。幾重もの爆音が次々と響き渡る。

 飛び散る水飛沫から少女が飛び出す。黒を基調とした制服に艦艇の一部を模した重厚な装備を全身に纏う、桃色のサイドテールを靡かせる可憐な少女だ。彼女は荒巻く海の上を高速で滑走していく。地に立つかの如く海面に立つ彼女の足下で海水は渦巻き、あたかも船が水面をかき分けて進むかの如き波しぶきが後ろに曳かれていく。

 桃髪の少女に、似たような装いの少女達が5名縦列で追従、彼女と同じく当然のごとく海上を滑走していく。

 黒、或いは白を基調とした制服を纏い、その上にマスト、艦砲や機銃や発射管などの兵装、煙突、或いは切り取った船体の一部を象った重厚な装備品を身に着け、戦火広がる海の上を駆ける可憐なる少女たち。

 彼女達は『艦娘』。在りし日の記憶を映す『艦霊』を宿し、艦艇の力を振るう少女たち。人類の海の平和と安寧を守るために戦う、海の防人だ。

 相対するのは『深海棲艦』。漆黒の装甲を灰色の体に纏う、機械と生体が融合したような奇怪なる生き物。艦娘と同じく海に沈んだ記憶をもとにかつての艦艇の力を行使する超常の存在であり、海から人の生命と安寧を脅かす敵性存在だ。

 今この荒海で、艦娘と深海棲艦の戦いが繰り広げられていた。艦艇の力を行使する人と同規模存在同士の戦はまさに、ミニチュアサイズにまで濃縮された艦隊戦だ。

 薄闇を照らす橙の光の弾幕を躱しながら、桃色の髪の艦娘が躍り出る。くるりと身を翻すとともに、長大なサイドテールが雨風を切り舞い踊った。そして右手に持つ銃器型の三連装砲を右舷の荒波の間に見える敵方に向け、放った。

 紅蓮の爆炎が雨を散らし、海原を震わせる砲声が響き渡った。

 

艦これ妄想戦記『戦火鎮める雨は降る』

 

 三連射したところでトリガーから指を離し、由良は再度180度ターンして海原を蹴った。直後、由良がいた所に敵の砲弾が通過し、荒波を撃ち抜くのが見えた。

《後ろの皆は大丈夫!?》

 由良はまず自身の乗員妖精、見張り員に霊子の声をかけた。

《従属艦娘に着弾確認できず。無事でしょう。》

《よかった。》

《しかし先程の主砲3連射9発、命中弾は一発のみ、効果も薄いです。》

《距離が遠いからね。》

 先程見えた敵影との相対距離は、目測では凡そ2500だった。ほぼ射程距離ギリギリで咄嗟の射撃、そしてこの雨となれば命中する方が幸運と言えよう。

 それより問題は、敵影の数だ。

《見えた限り重巡リ級、旗艦しか見えなかったけど、他はどうしたのかしら?アレ含めてあと4体だったと思うけど……。》

 そう思考を巡らせ、周囲を探りながら由良は荒波の間を縫うように移動する。その後ろを、従属艦娘達5名が続く。

 従属艦娘達が通過する白波が、突如爆音と共に砕け散り、白波が熱波を伴い麓にいた艦娘達に浴びせられる。

「キャアアアア!!」

 木霊するのは駆逐艦娘五月雨の悲鳴。この激しい雨風と爆音に満ちた環境下でも、尚もよく響き渡るハイトーンクリアボイスだ。

《大丈夫?五月雨ちゃん!》

 由良が霊子通信で呼びかけると、即座に五月雨の声が霊子の波に乗って帰ってきた。

《大丈夫です!これくらいッ!?……とと。》

 持ち直すときに転覆しかけたようだ。

 艦娘は艦艇に比べて転覆しやすい。この荒海の上ならば猶更である。その分艦艇よりも格段に復原しやすいわけだが、それでも戦闘時においては致命的な隙となる。可能な限り避けたいところだ。

《大丈夫みたいね。》

 後方を自らの目で確認し、五月雨をはじめ全艦娘に損害がないことを確認する。しかし尚も敵砲弾は由良含めた艦娘達目掛けて飛んでくる。敵の狙いは正確だ。至近弾どころか直撃コースも少なくない。

《とにかく気を付けてね。敵は結構やるから。》

《は、はい!》

 白波の麓を潜り抜けながら由良は霊子通信で五月雨に投げ返す。五月雨の返答が来ると同時に傍らの白波が爆ぜて弾ける。

《敵は確かリ級ツ級ヘ級ロ級だっけ?》

 言ったのは20m後ろに続く村雨だ。

《プラス二級ね。そのリ級が左舷にいる。距離は2500。》

《だったらその周辺に残りもいるっポイ?》

 同じく後ろに続く夕立が呑気な口調で言う。その傍らを橙の閃光が掠めて髪を靡かせるが、その表情は変らない。

《いえ……近くに随伴艦はいなかったわ。》

《敵は隊形を崩して、三方から攻撃を仕掛けているんじゃないかしら?》

 村雨の予測は頷けた。確かに敵の攻撃は三方向から飛んで来ていると観られる。敵はこの荒天の中、連携を取ってこちらを半包囲するように移動して砲撃しているのだ。そう考えれば砲撃の正確さも納得できる。

 うねりの谷間に滑り込む直後、また白波が弾けて橙の閃光が掠めていく。砕けた白波が飛沫となって後続の駆逐艦娘達に降りかかる

《だったら適当な方に突撃して包囲を破ればいいっポイ?》

 夕立の出した提案は常套手段だ。しかし由良はその案に乗れなかった。大きな不安があったのだ。

《駆逐級が見当たらないのが気になるわ。》

《最初の長距離雷撃で仕留めたのでは?》

 そう言ったのは夕立の後方を走る春雨だ。降りかかる爆風と飛沫に対し、白いベレー帽を左手で抑えてこらえる。ピンクのサイドテールが激しく揺らめいていた。

《最初の雷撃で仕留めたのは一隻よ。それは間違いないわ。多分、私たちと同じようにこの荒海に潜んでいるんじゃないかしら?》

《電探に感がないのも?》

《この雨風の中、波の谷に潜んでる敵は見つけにくいでしょ。》

 霊子通信越しに《そっか……》と納得したような春雨の声が聞こえる。

《身を隠してるってことは、隙をついて一気に襲い掛かろうって魂胆かしら?》

《でしょうね。》

 不意に、由良から見て十一時の方向に敵影が走るのが見えた。由良は右方に滑りつつ主砲を9発、進路予測しつつ撃ちこむ。

 直後由良がいたところに敵の砲弾が撃ち込まれる。爆風と水飛沫が由良の髪を靡かせ、ほほに熱い空気が降りかかる。

 由良の放った砲撃は海面を叩いた。外れた。敵も由良達と同じように白波をうまく障害物として利用しているのだ。ランダムに立つ白波の合間を縫うように走りながら、こちらに砲撃を仕掛けてくる。狙いは粗雑。撃ってくると分かれば避けることは難しくない。尤も、今由良達は三方向から砲撃され続けている。回避に精一杯で攻撃に転じにくい状況だ。

《距離1800ってところかしら……相手はヘ級……》

 そんな中で由良は視認した情報から相対距離と敵の識別を図った。

 正面の敵、ヘ級は由良の主砲の有効射程内にいる。射程と主砲火力と敵防御能力から考えれば砲撃で仕留めることは可能だ。しかし、この荒海の上で三方向からの砲撃を躱しながらとなればそれは困難なものとなる。

 村雨の予測が俄然真実味を増す。つまりこの状況が続けば、一網打尽だ。

《さて……どうしましょうか?》

《やっぱり突撃が一番っぽい?》

《でも駆逐級が潜んでいるからね。》

《だったら、炙り出せばいいんじゃない?》

 通信でそう言ったのは、最後尾にいる北上だ。

《炙り出す?どうやって?》

 由良は訊いた。それができれば苦労はしないのだが……。

《当然、突撃よ。》

《ぽい!》

 北上の提案に反応し、夕立が喜びに震えた声で吠える。

《いや、アンタら駆逐はまだよ。》

《くぅ~ん……。》

 北上の制止で夕立の息が消沈する声が聞こえてくる。夕立の犬化が進んでいる。この状況でよくふざけられたものだと由良は呆れながらも感心し、そして直後北上の言わんとすることを悟る。

《つまり、私とあなたで包囲網をかき回すってことね。全く無茶を言うわ。》

《今の状況よりはいいでしょー。んじゃあ由良っぺ、行くよ。》

《はいはい。じゃあ皆、敵の居場所が分かったら、後は頼んだわよ。》

《OK》《OK》《了解》《了解》

 駆逐艦娘達の返事が一斉に届いた直後、最後尾より爆裂音と共に白い水の壁が噴き上がった。砲撃ではない。急加速した北上が立てた航跡波だ。

 航跡波が立つのを見た由良もまた急加速を開始する。タービンがけたたましい怒号をあげながら回転数を上げ、そのパワーでもって足裏にできる不可視の浮揚推進力場に海水を溜め込む。そしてその溜め込んだ水を、踏み込みと同時に後方へ解き放つことで由良は水上をかっ飛んだ。瞬発噴進加速(パルスブースト)。艦艇にはない艦娘ならではのこの航行技術を用い、由良は北上と同様、海原を打ちながら敵方へと突撃する。

 尤も、由良の航跡波は北上のそれよりは低いが。

 急加速でスピードを得た由良は、眼前にあった白波に駆けのぼり、空中へと躍り出る。直後、由良を狙った砲弾がその白波を砕いた。

 強風をその身に受けて宙を舞う。耳を打つのはごうごうと唸る雨風と、敵砲弾が空を切る音。体に覚えるふわりとした浮揚感があたかも自分が今飛翔しているかのような錯覚を与える。

 眼前に広がる荒海に、ぽつりぽつりと見える紅蓮と黄金の鬼火。それは深海棲艦から漏れる霊子の光、彼女達が現世に残す影だ。由良は落ちるまでの間、飛び交う敵砲弾の雨の中でその光を頼りに敵を探る。

《軽巡ヘ級左舷1400、重巡リ級正面右方2100、軽巡ツ級右舷2100……》

 右舷より右から左へ海原を切り裂くかの如く航跡波が立ち昇り、軽巡ツ級から火花と爆炎が散る。北上だ。

 由良の視線が右舷まで移ると、その右側の端に2つの赤い灯を見つける。波の麓に潜みこちらに接近している駆逐ロ級とニ級だ。

《見つけた!駆逐級2体!距離は800か!直ぐに皆に伝えて》

《了解、直ちに位置情報を従属艦娘達に伝える!》

 由良が宙を踊る間に、乗員妖精の通信士が座標データを霊子スクリプトに組み立て、通信機よりそれを駆逐艦娘達に送信する。

 その後、由良は砲弾を掻い潜って無事に着水。白波を滑り降りつつ増速、荒波の中を駆け抜ける。

 敵砲弾が、周囲の波を次々と砕く。熱を孕んだ飛沫が四方から飛び散り、由良に降りかかる。速度を上げて走る由良の体は、その飛沫を弾き返した。

 由良は水面を蹴り、降りかかる飛沫と雨粒を払いのけ、激しくうねる海面を滑り抜けていく。三方向から飛んでくる砲弾は、機動で躱し、波を盾にして凌ぎ、直撃を防いだ。

 目指すは、間近にいる敵の軽巡へ級だ。

 ふと、ひと際高く立ち昇る白波を見つけた。

 由良は両砲を構えてその白波を駆け登り、高く飛びあがった。そして左方の海を見下ろす。視線と共に左腕に付いたスロープ型シールドモジュール上部に備わる高角砲が由良の視線に追従する。

 700向こうに、波の麓に身を隠す軽巡ヘ級が見えた。濃灰色の巨大な頭部のような形状の胴体より、人の上体が生え出たような異形。白骨のごとき白面で覆われた頭で宙を舞う由良を追っていた。頭部右側の孔より迸るその霊子の眼光に、驚きの色が見えた気がした。

 由良の視界に映る照準(レティクル)がヘ級に定まる。照準(レティクル)の色が鮮やかなグリーンに染まる。即ち、有効射程かつ射線もクリアであることを意味する。へ級を由良を見上げ、右手の艦砲を指向させていた。

 一手遅い。

 由良は右手に持つ152㎜三連装砲、左腕スロープ型シールドモジュールの8㎝連装高角砲の引金を引いた。射撃の瞬間、衝撃によって体が大きく揺れる。こらえるところなどどこにもない。

 構うものか。

 由良はブレる体を抑え照準をへ級に定めながら可能な限り空中で砲を撃つ、撃つ、撃つ。一斉射撃。発射弾数24発。抑えきれぬ反動と身体の揺れにより弾道もブレて散布界も広まったが、それでも全弾、へ級周辺へと着弾。周囲の白波を砕いて24本の水柱を並びたてた。

 へ級の身体が水柱に隠れる寸前、爆ぜて砕けた様がちらりと見えた。

《命中した!?》

《した!効果ありだ!が、撃沈したかは不明だ!警戒を続けよ!》

 高速霊波通信で乗員妖精が警告をする。

(倒しきれていないなら、着水際を狙い襲い掛かるはず。ならば……)

 由良は落下しながら通信士に指令の送信を命じる。

 落着するその瞬間、浮揚推進力場を全力で動かし、海面からの衝撃を受けつつ跳ねあがった。

 直後、由良の着地点付近を橙の光弾が通り抜けた。へ級の砲弾だ。

 やはりへ級は生きていた。崩れ落ちる水柱を破り現れたその姿は、歪み抉れた胴体より爆炎を吹かし、焦げた上体を晒しながら、割れた白面より黄金色の霊子の灯を噴出させている。中破だ。

 歪んだ胴より金属が軋む音と甲高い回転音でなる怒号を轟かせ、由良に向い突進する。

 跳ね上がった今の由良に、これを迎撃する術はない。また着地点を狙われたら終わりである。そして中破でも構わず突進して距離を詰めるということは、敵の狙いは雷撃であると考えられる。

 いや、砲撃と雷撃どちらでも変わりはない。どのみち由良にこの軽巡へ級を迎え撃つ術はないのだ。

 由良自身には。

 軽巡へ級の両舷が突如爆発。激しく噴き上がる白い水飛沫の中に、上体が裂け両腕がちぎれて白面が砕ける軽巡へ級の姿が飲まれて消えた。

 体勢を立て直し速度を上げる由良のソナーが、相対距離800あたりに小型の潜水艦の反応を示す。事前に由良が放っておいた艦載潜水艇『甲標的甲型』だ。近辺に位置取りしていたことに気づいた由良は、空中から高速霊波通信で迎撃の指令を送って軽巡へ級を迎撃させたのだ。

(うまくいって良かったわ……。)

 ほっと胸をなでおろす。この甲標的は艦載機と比べて臨機応変な運用は難しい。今のように指令を送って動かすことだっていつもできることではなく、効果的な運用をするには事前の打ち合わせや甲標的搭乗妖精の判断能力が不可欠である。

(あとで褒めなきゃね。)

 再び気を引き締め、由良は残りの敵へと注意を向ける。今最も近いのは、自身より右後方1500程度先の位置にいる重巡リ級だ。

 振り向くと、その位置よりくぐもった爆音を響かせて白い水の花が咲いた。水中爆発。魚雷、それも複数のものが纏まって一斉に炸裂し起こった爆発だ。それが膨大な水を宙へと巻き上げたのである。

 これ程の雷撃を単体で行使できる艦娘など、この艦娘隊ではただ一名、北上しかいない。その北上が、朽ちて水の中へ墜ちていく白い花の下より、白波を切り裂きながら海上を駆け抜けていく。

《敵艦撃沈~。》

 圧倒的な雷撃を叩き込んだ直後とは思えない、緊張感の薄い声が脳裏に響いた。

《流石ね。リ級とツ級の二隻撃沈したなんて。》

 由良は戦闘の最中拾えた情報から北上の戦果(スコア)を予想し、称賛の言葉を送った。が、直後思い返す。確かに北上がツ級に集中砲火を浴びせて炎上させていたのは見たが、撃沈には至ってなかったはずだ。エリートのツ級を彼女の砲撃だけで撃沈至らしめるとは考えにくい。

《うんや。》

 由良の放った賛辞を否定し、由良の脳裏に浮かんだ予測を肯定するような返事を北上は発した。

《私が撃破したのはあのリ級だけだよ。ツ級を仕留めたのは……。》

 軽巡ツ級のいた方向に向くと、荒波を越えてこちらにやってくる村雨と五月雨が二つ見えた。強風に煽られてプラチナブロンドのツインテールと蒼いロングヘアがひらひらと靡く。

《軽巡ツ級撃沈したわ。》

 そんなはつらつとした声で報告する村雨の黒を基調とした制服にも、その隣にいる五月雨の白を基調とした制服にも、目立った損傷は見られない。

《よくやったわ。駆逐級は……》

《駆逐級2体撃沈したよ!》

 夕立の声が響いた。

 見渡すと、一時の方向より荒波を越えて夕立と春雨がやってくるのが見えた。こちらも目立った損害は見られない。

 そして周囲に敵がいないことは、周囲を見渡せば明らかだ。各計器も見張りの妖精もそう言っている。

《敵艦隊の撃滅を確認。》

 安堵の息を吐きつつ、由良はポケットから掌サイズの錨、霊子攻撃錨を取り出す。

《艦娘隊各員より羅針盤へ霊力伝達。》《霊力調律。》《棲地修祓術式最適化完了。》《霊力、霊子攻撃錨へ伝達完了。》《霊子攻撃錨投下準備完了。》

 霊子攻撃錨を握って取り出す間に乗員妖精たちのアナウンスが高速霊子通信で飛び交い、その進捗報告に合わせて手の中にある小さな錨に霊力が込められる。

 ポケットから錨を取り出して0.3秒後、霊子攻撃錨の投下準備は整った。由良は拳を強く握って振りかぶり、海中に投げ込んだ。

 黒い海に打ち込まれた白い錨は急速にその黒の中に飛び込んでいく。霊子攻撃錨は加速しながら棲地要衝に向って一定深度まで沈降、一定深度まで達すると棲地修祓術式が発動、霊子攻撃錨から霊力が棲地要衝に放たれて、棲地要衝を祓うことで霊子攻撃は完了する。

 その間、艦娘達は霊子攻撃錨投下地点周辺を旋回し、周囲を警戒する。

《本当酷い雨風ね~。髪が痛んじゃうわ。》

《しかも見通しが悪いです。本当に厄介ですねこの嵐は。》

《だねー。この嵐が私らの霊電索敵を邪魔するって聞いてたけど、こんなに見づらいとは思わなかったよ。ポイポイ、匂いで敵の位置探れる?》

《無理~この天気じゃあ匂いなんて……じゃなくて夕立イヌじゃないしぃ!》

《だよねー。》

《一応音探、霊音索敵の方はそれほど問題なさそうだけど……どう?》

《はい北上さん。春雨の方も音探の動作は問題ありません。》《五月雨も、異常なしです。》《村雨のも、正常稼働中です。》《夕立!少々ずれてるが問題ないっポイ!》

《直せ。》

《ですよねー。》

《そんなふざけてるから見ろ、旗艦の由良っぺも尻尾ドゥルンドゥルン言わせて怒ってるよー。》

《ドゥルンドゥルン……!!!》

 駆逐艦娘達の、笑いを堪えきれず震える声が聞こえる。間違いなく自分のサイドテールを指しているだろうが、これはこの強風により煽られているだけだ。

《怒ってないから……。》

《それ言ったら、北上さんのおさげだってドゥルンドゥルンじゃないですか……。》

 震えた声で村雨がそう指摘する。すると当然意識は北上の三つ編みおさげに向いてしまい、同じく風に煽られて『ドゥルンドゥルン』と跳ねるおさげが妙におかしく感じてしまい、吹き出してしまった。

 北上が、ジロリと由良の方を睨んだ。

 ちょうどその時、髪の荒ぶりが収まった。雨風が弱まったのだ。

《霊子攻撃、完了しました。》《現在地の霊場の鎮静化を確認。》《棲地要衝修祓の成功を確認。》

 脳内に畳みかける進捗報告と共に、辺りが明るくなっていくのを感じた。雲量が少なくなり、雲を透過する陽光が増したのだ。

 波も低くなり、霊電光学透視索敵も効くようになって電探の調子も周囲の見渡しもよくなった。自分らの行く先に広がる紅に染まる空間も良く見える。

《続いて当該霊場の制圧を開始します。》

 乗員妖精が次の作業、帰路及び次の要衝(ポイント)までの航路の敷設を開始する。いつもやっている棲地攻略戦の工程だ。この荒天下でも所要時間は変らない。

 この間に由良と北上は甲標的の回収を行う。円周運動する母艦に集う甲標的を、一隻一隻手で拾いあげてはスロープ型シールドモジュールに再セットしていく。

《ありがとう。今回の働きは見事だったわ。助けられちゃった。》

《恐悦至極でございます。》

 今回の働きを讃えながら、由良は北上の方を見やる。拾い上げた甲標的が手の内で発光しつつ銛に変化。それを北上は両脛の甲標的ランチャーへ再装填していく。千歳型の甲標的ラックを基に空母艦娘の式神技術を盛り込んで造り上げた甲標的運用モジュール。鎮守府運営開始時より使っている代物だという。

《雨は、やみませんね。》

 作業の最中、村雨の通信が響く。確かに雨の勢いは衰えど止む気配は全くない。風も、前より衰えたとはいえ心なしか強く感じる。

《この棲地を完全に祓わなければ、この雨雲を晴らすことは出来ないということね。》

《面倒ねぇ。》

《さっさと終わらせて、帰ってシャワー浴びたいっポイ。》

《そうね。》

 夕立の愚痴に由良がそう応えたときには、既に作業は完了していた。次に艦娘隊が進むべき航路が、次の戦地へ進む道が指し示されている。

 そして甲標的も全て回収を終えた。

《ではいきますね。総員、巡航速度を維持し前進です。》

 由良の号令の元、艦娘隊は10m間隔の単縦陣を取って進路に沿って航行を開始する。

 紅く染まる棲地へ近づくと、結界に押しのけられるように海と空から紅色が払い除けられ、黒い雲と白波が顕わとなる。そして棲地に入り込む艦娘達を、豪雨と強風が歓迎した。

 

 




用語集
【第四水雷戦隊】
 海上要塞鎮守府に配属している艦娘部隊。当鎮守府には珍しく史実準拠の常設部隊である。
 由良を旗艦として配下に村雨、夕立、五月雨、春雨が入り、一枠分のフリースペースが存在する。今回はこのフリースペースに北上が入れられている。
 尚、一部から『ライオットクルーザーズ』という俗称をつけられている。由良はこれを拒否しているが夕立が気に入っており、さそり座をあしらったエンブレムを採用したり、徐々にこの俗称が浸透していっているという。
【由良】
 第四水雷戦隊旗艦。この艦隊の発足者でもある。
【北上】
 第四水雷戦隊に送られた援軍。御覧の通り相当な実力者である。
【夕立】
 改二。海上要塞鎮守府の主力駆逐艦娘の一人であり、練度なら第四水雷戦隊で最も高い。
【村雨】
 改二。最初期に建造された古参であり、駆逐クラスタにとって頼れるお姉さんの一人。
 立ち絵が「デスボール撃ちそう」と評判だった。
【五月雨】
 ずっこけスライディングでコンボ補正リセットが可能ということが分かり、筋金入りの凄腕の間で話題沸騰のキャラ。
【春雨】
 ドラム缶積み込みからの巻き込みコンボで高得点が狙える上級者向けキャラ。
【要衝】
 深海棲艦棲地における、棲地中核以外の中継地点。プラントや拠点があったり、霊子資源収集基地があったり、パワースポットであったりする。つまりMAPにおけるボスマス以外のマス全て。
 ここに霊塞ブイを設置することで、領域の霊脈やパワースポットと接続して航路に沿って対深海棲艦結界を敷設、帰路を確立することが可能。即ち棲地攻略戦において、艦娘はこれを中継しながら棲地中核(ボスマス)を征圧するのが基本的な流れである。
【羅針盤】
 対深海棲艦対棲地霊子戦闘統合装置【羅針(神)盤】
 棲地攻略における最重要基本装備。
 深海棲艦の実体固定、実体再生成阻止、霊体侵入阻止、複製体進入阻止の機能を有する霊力結界の展開、領域内のパワースポットや霊脈への接続及び霊場征圧、霊子戦闘における各機能の霊力ブースターとしての役割を担う、艦娘の霊子戦闘の中枢的存在。特に結界の存在は最重要であり、これがなければ深海棲艦とまっとうな戦闘を行うことはまず不可能。これを最も効率よく使えるからこそ、艦娘は対深海棲艦における最良の戦力となっている。
 しかしその機能には拭い難き『揺らぎ』が存在し、多くの提督を悩ませる原因でもある。
【霊子攻撃錨/霊塞錨】
 羅針盤に並ぶ棲地攻略における重要装備
 深海棲艦棲地にある(多くは海底に存在する)拠点を攻撃し霊子的に支配されている領域を征圧、解放するための装備である。
 最近の霊子攻撃錨は霊塞錨としての機能も有しており、霊子攻撃成功後は霊脈及びパワースポットと羅針盤とのリンクの中継点となり、帰路に沿って深海棲艦の進入と棲地の影響を防ぐ結界を敷設する。
 この結界がある限り、艦娘はこの帰路に沿って安全に帰還できるのだ。


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深海棲特種危険生物及び台風による複合災害への対処計画(仮)(高山蓮)
前編


 主催者の高山蓮です。なんとなく某創作者集団内で合同を呼び掛けてみたら集まったので開催させていただきました。
 原稿を一次締め切りまでに仕上げて下さった上に二作目も書いてくださっているなろう作家の紫さんと本格派宇宙小説作家の山南さんには日本海溝より深い感謝を。
 そして私含め原稿が仕上がってない諸氏。頑張ろう。前編すら現時点で仕上がってないのはまずいと思います。
 さて、身内向けは置いといて。今回は久しぶりの自世界……山崎の官これ側から執筆となり設定を見直してみたところなかなか粗が出てきまして……少々これまでの設定とは違う部分が多くなりました。そこはご了承を。
 そのような具合ではございますが私の創作に付き合っていただき、面白いと思っていただければ作者冥利につきます。



15 July 2025 1132Z Philippine sea/SSN-771 Columbia

 

 真っ暗な夜闇と変わらない海の中1隻の潜水艦が静かに息を潜め航行を続けていた。

 

「艦長、現在問題なし。敵影見当たらず、機器は正常です」

「了解した。気難しい娘はどうだ?」

「あぁ、エアコンは安心してください。まだ愚図ってません。もう少しでこの任務も終わりますしなんとか持ちこたえてくれるでしょう」

「あのサウナはもう勘弁だ」

「私も同感です」

 

 副長と艦長はそれぞれ声を押し殺して笑う。アメリカ海軍(USS)に所属するこの原子力潜水艦はこの半月ほど監視警戒任務についていた。

 人類共通の敵を監視するために。

 

「こいつもなかなか年代物だ……はやく休ませる時が来てほしいものだ。私もかなりの年代物だからな」

「まだまだ艦長は現役でしょう?」

「あぁ……そうだな。私達はまだ踏ん張って守らないといけないからな」

 

 副長が頷いたその時ソナーマンが声を上げる。

 

「あっ……10時の方向、距離10マイル。速度15ノット。反応複数。音紋は潜水航行中の水上種と判定」

「なに? 総員戦闘配置」

「戦闘配置急げ」

 

 コンソールに向かっている乗組員たちが忙しなく動き始める。

 

「水雷長より、艦長へ。魚雷の装填許可を求めるとのこと」

 

 一人の司令部要員がそう告げる。

 

「ふむ……魚雷とUUVは何発ある」

「……5発と2機とのこと」

 

 確認のためやや間を開けて応答する。

 

「UUV2機、魚雷2発装填」

「了解」

 

 直ぐに艦長は振り返り航海長兼副長の男を見る。

 

「航海長、地点を記録。敵勢力の確認を行う。アプローチする」

「了解しました。両舷増速」

 

 駆動音が高まり、軽く艦長は手すりを掴み体制を維持する。

 

「魚雷、UUV装填完了」

「注水開始」

 

 その命令でわずかに艦が揺れる。

 

「さて……」

「艦長。計算によるとここは台風の中です。あまり浅い深度まで浮上はできません」

「了解した……しかし奴らもそれなりの深度で潜航しているな……台風を避ける程度の知能はあるか」

 

 台風の中で観測された深海棲艦……未確認水中生物(USC)の報告は数少ない。それ故にこれは珍しいことだが、副長は息をのみ、何か別のことに気付き目を見開く。

 

「艦長……この進行方向、台風予想進路と同じでは?」

「そうなのか……流されているものとみるべきか」

「そこまでは判断できませんが。その可能性はあるかと」

「まぁはぐれ艦隊だろうが敵には変わりない。確認後はフリートガールズに引き渡すのみだ」

 

 いつも大きくは変わらない状況において彼らは特段警戒した様子もなく淡々と述べる。

 

「さて、そろそろ確認できるか?」

 

 そう艦長は言いソナーマンたちの方を見ると一様に顔をしかめていた。手元の機器を何度も操作し何かを確かめているようであった。

 

「どうした?」

「この反応……艦長。敵は」

 

 そう言いかけた瞬間不快な中周波が彼らの……否、艦長を含めた全クルーがその音が聞こえ、ガヤガヤしていた艦内がその瞬間一気に静まる。

 

「アクティブソナーだ……」

「両舷停止!」

「音源、先ほどの敵艦隊」

 

 僅かな間からすぐに各所が動き始め対処にあたる。潜水艦にとっては見つかることは死に直結する。故に全力で対応しなければならない。

 そんな彼らにまたあの音が襲い掛かる。

 

「新たな音源です」

「なんだと……?」

「3時の方向、距離8マイル。音源1。深度5000」

 

 また再び音。

 

「新たな音源……?! 7時方向距離5マイル」

「くっ……ここは敵の哨戒網か! 撤退するしかない」

「水測。敵艦隊編成は?!」

 

 先程遮られた報告を副長が促す。

 

「……不明な音源1つを含む戦艦を中心とした12隻の編成です」

「不明な音源……まさか」

「上位種ないしは新型です」

「5マイル先の敵潜水艦1隻こちらに向かって接近開始!」

 

 別のソナーマンが声を上げる。

 

「対潜戦闘用意。魚雷1発、UUV1機発射目標敵艦隊。その後回頭し急速潜航」

「魚雷1発、UUV1機発射」

 

 その号令ととも大きな音が突然発生し、その後どんどんと離れていく。

 

「敵、なおも接近」

「敵艦浮上! 爆雷投射」

「急げ!」

「急速潜航!」

 


 

英和7年7月17日 9時10分 霞ヶ関/経済産業省別館

 

 ホワイトボードの前に三十代の紺縁眼鏡の男が立つ。

 

「えー、おはようございます」

「おはようございます」

「資源運用特別調整室深海棲特種危険生物災害対策本部朝の会議を行います。では、まず現況確認を行います」

 

 山崎貴志は経済産業省資源運用特別調整室の室長や副室長、各部長、オフィサー職を前に彼は朝の打ち合わせの司会を行なっていた。

 

「確認いたします。英和7年7月15日アメリカ海軍所属原子力潜水艦が6月12日に発生した台風4号と共に北上する深海棲特種危険生物の一群を確認し翌16日アメリカ国防総省と防衛省の見解が一致し、政府に報告。同日中に国家安全保障会議(NSC)が参集され官邸連絡室及び関係省庁に両災害対策本部が設置、並びに対処基本方針が決定されました」

 

 国会会期中、風水害と深海棲特種危険生物のマルチハザード、そして対策時間の少なさ。そう言った要因がこの災害には絡んでいる。

 

「未だ台風4号と深海棲特種危険生物は同期して動いているのが確認されており、気象庁の予測によれば明後日、19日の朝には紀伊半島を上陸の見込みです。現在変更はありません」

 

 そう言い一旦山崎は言葉を切る。

 

「昨日の決定通り、特種危険生物災害対策基本法に基づき鹿児島県南部、宮崎県南東部、高知県南部に避難命令。和歌山県南部、三重県南部に本日避難指示が発令されます。では次に資運室の職務に移ります」

 

 壁に掲げられた地図にはその部分が、九州から近畿までの太平洋側が弧を描くように赤く塗られている。

 

「輸入に関して資源運用部長お願いします」

「今日から西日本でヤードクローズが予定されているとの報告を受けています。台湾辺りでの足止めを行ってる船は多いとも受けています。しばらく海路は見通せません」

 

 当初からその想定はできているが故にそれはあまり大きな波紋は呼ばない。しかし―――

 

「防衛省の意向で北回りも縮小を余儀なくされます。朝一で更なる減便調整が行われました。それでもって空路の欠航等情報を含め最新の数値を反映させると昨日よりさらに下方修正が必要です」

「物資不足は不可避ですね……備蓄あれど」

 

 資源運用部長がそう零す。

 

「それに台風の被害も不確定要素です、敵の動きも同じく。あくまでこのケースはまだマシな方とみるべきでしょう」

 

 資運室は朝一から重い空気に包まれる。ここをはじめ他部署、他省庁でも如何せん3日という暴力的に少ない日数で難題を処理せねばいけないのだ。朝からどこも空気は重い。今も降っている梅雨の雨の所為だけではないだろう。

 

「資源の移転状況はどうでしょうか」

「そちらに関しては国交省と共同し計画通りに進んでいます。夜通しで手配し本日中に九州方面は移動できるでしょう。計画通りとはいえ全部の移転ができないのは残念ですが」

 

 資源の移転。官民問わず該当地域にある資源基地や倉庫の物資を安全な地域への一時的移転を行い難を逃れようとする策である。これに関しては国民から避難生活支援に当てろとの批判もあるが資運室としては現況を見てやらざるを得ない。それだけでなく経産省(ほんしょう)的な思惑もあるわけだが。

 

「他の地域も敢行中ですが道路の輸送量はパンクしているとのことで国交省や自治体に対してバスでの集中的な避難を求めます」

 

 総合政策部長の持田が疑問の声を上げる。

 

「集団避難は元からの指示では?」

「どうにも個人避難も多いらしく、全体的にも影響が出ていると報告を受けました」

「あぁ……」

 

 避難方法の強制的な指定を行える法的根拠がない以上、なんとも悲しきことに現場努力と住民がそれに従ってくれることを祈るしかない。勿論、集団避難できない人のために定められてないのは彼らも重々承知の上だ。

 

「本省と共同で当たっている避難支援はどうでしょうか?」

「資源運用部から報告します。具体的内容は割愛しますが、当初年度計画範囲での対応ができています。ただ資源の被害、輸送状況によっては想定量を大きく割ることが予想されるので予断は許しません」

「では、本日の予定を確認いたします。全体の予定として本日中に住民避難を完了。特種危険生物への対処行動準備令が発令され自衛隊が陣地構築を始めます。また当該地域は警戒区域にも指定されます」

 

 山崎は手元の資料を捲る。

 

「各部の予定を。まず総合政策部」

 

「はい。総合政策部は関係各所に節電等のエネルギー消費の自粛を呼びかけることとし、災害緊急事態の布告可否は現在わかりませんが関係部署との協議の後必要に応じて働きかけていく方向で動きます」

 

 災害緊急事態の布告。それは災害対策基本法と同じ能力を持つもので特種危険生物災害対策基本法にもその規定がある。具体的な効果としては物価統制である。

 先の報告で資源状況にかなりの不安がある。現在法律で指定されている物価統制以上に統制の必要があることを懸念しての対応だ。

 

「以上です」

「次は資源運用部」

「資源運用部は避難生活の支援と今後の計画に関しての検討を行います」

「では資源運輸部」

「資源運輸部も引き続き資源の移転、海外からの輸入路確保に当たります」

「では、以上となります。室長」

「わかった。各部万全を期し対応に当たれ」

「これで朝の資源運用調整室災害対策本部対策会議を終わります」

 

 山崎が軽く礼をするとそれぞれ立ち上がり退出していく。後片付けは部下に任せ彼は調整課のデスク……ではなく資源運用特別調整室災害対策本部事務室とコピー用紙が張り付けられた一室に入る。現在山崎貴志に与えれたのは資源運用特別調整室総合政策部調整課長ではなく資源運用特別調整室災害対策本部事務室長補佐の仕事であった。

 すぐさまメールチェックを行い、政府共通プラットフォームにも何か情報が上がってないか調べる。

 

「議事録作成しました」

 

 山崎が調べている間に議事録作成が終わったらしく室員が声をかけてくる。

 

「了解。送ってくれ。確認する……そうだこの後10時から本省で災害対策会議だ。本部長に連絡しといてくれ」

「わかりました」

 

 昨日は立ち上げでいろいろとドタバタしていた山崎だったが今日はゆったりと事務仕事をこなせそうだと内心思い執務を始めた。

 


 

英和7年7月17日 1035(JST) 北海道別海町

 

「中隊長。警備部から」

 

 中隊長と呼ばれた男は伝令から受話器を受け取る。指揮車の中。直ぐに手が届き受け取る。

 

「はい、2機4連隊1大隊2中隊」

《要件を伝達します。そのまま別海町市街地にて待機してください》

 

 中隊長は顔をしかめる。先ほどまで根室方面で深海棲特種危険生物(しんかいせいかん)の襲撃があり避難誘導を終えたばかりである。されど命令である。

 

「了解しました。これより前進し待機します」

《装備を装着し即時待機してください。場所は道東あさひ農業協同組合 本所・別海支所》

 

 いつも通りの命令といえば命令である。

 

「了解。移動します。全車通達。別海の農協で集結だ」

 

 警備部への通信をいったん切り後ろに続く各車に伝える。それから直ぐに後ろに続く人員輸送車や遊撃車の各車から応答がある。

 中隊長たちが乗る指揮車の外では仄かにサイレンが聞こえ、嫌でもここが戦場の近いことを感じさせる。

 

「しかしまぁ本部もかなりピリピリしているようですね」

「少し過剰とも感じるが想定していて過ぎたることはない……と割り切るしかない」

 

 副隊長は軽く愚痴るが中隊長が諭す。それから指揮車内はエンジンの駆動音とタイヤが地面の上を走る音のみとなった。先ほどの避難誘導の疲れを少しでも癒すためだ。

 そう無言で揺られること数十分。車両が止まり、運転手が告げる。

 

「到着しました」

「了解。ご苦労」

 

 運転手を労い、指揮車を降りる。見上げれば青い北海道の空が広がっている。まだ他の中隊員は到着していないようであった。

 

「私は農協に挨拶してくる。誘導頼む」

「了解です」

 

 フル装備のまま農協の庁舎に入り受付に向かう。

 

「北海道警機動隊です。駐車場お借りさせていただきます」

「ご苦労様です。事前に伺っております。協力いたします」

「ご協力感謝します」

 

 そういい敬礼……ヘルメットをかぶっているため、ヘルメットに指を付け、手を伸ばし、肘を真横に肩まで上げ、敬礼をする。農協職員は軽く頭を下げて応じる。

 その後、外へと戻るとマイクロバス型の人員輸送車が到着していた。他の遊撃車はまだ到着してないようだが直ぐに来るであろうと中隊長は思いながら指揮車まで行くと伝令長が報告する。

 

「残りの遊撃車ももう少しで到着します」

「了解。警備部からは?」

「まだ連絡なしです」

「では各隊に待機を」

「了解」

 

 その言葉通りしばらくするとワンボックスタイプの遊撃車も集まり、中隊総員が中隊長の前に整列する。心なしか疲れが見える。

 致し方ない。非常設の第2機動隊だ。無理もない。

 

「さて、先ほどの避難誘導ご苦労様でした。警備部からの指示でまたここに待機となるが、しばらくは楽にしていてほしい。以上だ」

 

 簡単に挨拶を済ませ解散させる。中隊長も足早に指揮車へと戻り、まぁこれくらいはいいだろうと思いつつ彼はヘルメットを取り装備を緩めた。眠ってしまわないかと少々心配になり買っていた缶コーヒーに手を伸ばしプルタブを開ける。小気味良い音の後に仄かにコーヒーの香ばしい匂いが漂い、呷って飲むと缶コーヒー独特の味と香りが鼻と喉を伝う。

 そのような感じで一息ついた中隊長は腕を組み時間の過ぎるのを待った。

 

———そういえば今頃札幌に残した息子は幼稚園で遊んでるころだろうか。

 

 中隊長は最近忙しく暫く札幌に戻ってないことをふと思い出す。妻は気丈でしっかりしているからつい任せきりにしてしまっていた。彼は内心、頃合いを見計らって休暇を取ることを決意した。そう思っていたところに伝令に話しかけられる。

 

「中隊長。警備部から」

「了解」

 

 そう言い伝令長から受話器を受け取る。

 

「はいこちら2機4連隊1大隊2中隊長」

《根室方面。駆除の大方が完了との報告が入りました。また撤収命令を出しますので待機を続けてください》

「了解しました」

 

 受話器を返し、彼は軽く肩を回す、

 

「さてと撤収準備だ。良かったな」

「本当に毎度毎度大変ですよ」

 

 軽く表情を緩め、指示を飛ばそうとしたときである。

 

「緊急! 野付湾の沿岸警戒システムに感アリ。陸自野付湾警備隊が交戦中とのこと」

「何? そこは封鎖線の中じゃないか……全隊に即応待機を命ずる。警備部に繋げ」

「了解」

 

 野付湾と言えば別海町市街地から平野を超えて真東の場所にある。その距離は約12km。

 

「こちら2機4連隊1大隊2中隊緊急情報を受信指示を求む」

 

 すぐさま警備部に連絡を入れる。

 

《こちら警備部。特種危険生物災害対策基本法に基づき先行し避難指示を行ってください》

「対処法9条に基づく武器利用は?」

《現在検討中。現場判断に任せます。健闘を祈ります》

 

 通信を切ってから小さく舌打ちする。正式名称「深海棲特種危険生物への対処に関する法律」の第9条の3項「特種危険生物被害に直面し、その場において人命又は財産の保護のため必要があると認める場合もしくは部隊保護の際に、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、警察官は、警察官職務執行法第7条の規定により武器を使用することができる。」の適用を警備部に求めるも自己判断と返されてしまった。

 

「中隊長」

「かまわん。私の権限でガス銃を含めたあらゆる火器の携行利用を許可する。訓示の暇はない直ぐに向かわせる1小隊は東部で警戒、遊撃車を使え。2小隊は川から北部、3小隊は南側だ」

「了解」

 

 すぐに伝令らが駆け出す。避難先はマニュアル通り陸自別海駐屯地だ。そこまで別海町市民1万人を誘導せねばいけない

 

「副隊長。ここまで敵は何分だ?」

「約15分ぐらいでしょう」

「やはり間に合わんだろうな」

「ここでの徹底抗戦指示……」

 

 中隊長は多分そうだろうなと応じる。この部隊は専門に訓練された機動隊……本機ではない。普段は他の職務に就く警察官から構成される補完的な第2機動隊である。練度も装備もお世辞にもいいモノとは言えない。

 

「応援が間に合わなかったならば……警察官である以上市民を守らないといけない。この一点において変わらん」

 

 装備を締め直し中隊長が外を見ると拳銃等の装備を確認している中隊員達が見える。彼らの表情はヘルメットで見えない。

 

「なにがどうであれ、思うところがあってもだ」

 

 一斉に人員輸送車と遊撃車が走り出し各持ち場へと向かった。

 

「施設に連絡を入れてくる。本部班はここで指揮を執る」

「了解」

 


 

 第1報から約15分。警戒に当たっていた第1小隊からそれはもたらされた。

 

《こちら1小隊。川から北部、土煙を確認。奴らです。種別不明》

「了解。2小隊、3小隊報告」

《3小隊残り2割》

《2小隊、要支援者の誘導中。遅延してます》

「了解……1小隊対処法に基づく対処行動を行う。北部に小隊集結してくれ。ガス班、小銃班を編成し先頭集団を転倒させよ。新たに編成された2個機動隊分隊は大盾を装備し突破されないよう警戒せよ」

 

 一般的な陸上移動可能種。深海棲特種危険生物第1種丁型(しんかいせいかんいきゅうりくじょうしゅ)ならば大体身長は3m。全長5m。アンバランスな体をたった2本の足で支えるため直ぐに転ばすことが可能だ。言うに易しであることは言わずもがな。

 

「撤退は小隊長の指示に任せる。壊滅を避けること優先だ。3小隊は完了次第北部に移動し支援にあたれ」

《1小隊了解》

《3小隊了解しました》

 

 通信を切ると副隊長が問いかける。

 

「他部隊の応援も来ませんし敵も何故こっちに……」

「わからん。増援の連絡の話はあったが今来てないのを見ると間に合わないだろうな」

 

 増援なしでは約50名程度の第2機動隊。孤立前提かつ抵抗できるかどうかも怪しいがやるだけやってみるしかない。

 

《1小隊。捉えました。イ級です》

「深海棲特種危険生物第1種丁型か。発砲を許可」

 

 正式な識別名にわざわざ言い換え、すぐに通信を切り運転手に命じる。

 

「移動だ。コミュニティセンターまで後退する」

「了解しました」

 

 すぐに走り出すとまた通信が入る。

 

《3小隊終わりました》

「では2小隊に合流。1小隊は既に交戦中だ急げ」

《了解しました》

 

 走り出して直ぐに運転手が報告する。

 

「車の流れが遅いですね。前方で事故かと」

「おぅ……」

 

 中隊長は額に手を当てるさらに時間を稼ぐ必要が出てきたのだ。

 

「陸自に至急援護要請出すように警備部に連絡」

「了解」

「各隊残念なことに後方で渋滞だ。さらに時間稼ぎが必要だ」

 

 すくなくとも2機には重すぎるがやらなければ1万人の市民の命はない。

 

「1小隊。敵の侵攻状況知らせ」

《こちら1小隊、少々遅延させていますがもうそろそろ後退が必要です。敵はそのまま北部です》

「よし分かった。後退はいつでもいい」

 

 北部にいるということは現在の根室への攻撃の意図はないのかと中隊長は考えるもそれから至る結論は絶望的なものでしかない。ここ(べつかいちょう)が目的かここより(とんち)が目的か。

 

「3小隊、南側は?」

《確認できません》

 

 不自然さに恐ろしさを感じるがこれは陸自が奮闘した結果と信じたい。改めて彼は作戦を練り直す。

 

「よし、2小隊」

《はい》

「243、8号線までラインを下げるが問題ないか?」

《はいそこまでは完了してます》

《1小隊下がります!》

 

 1小隊からの無線に焦りが見え相当接近されたのだと察しが付く。

 

「1小隊、3小隊。合流し機動隊4個分隊、ガス及び小銃分隊各1分隊で再編せよ」

《3小隊再編了解しました》

 

 トラップを仕込めないのが厳しい理由の一つ。二つ目は練度と人数。この二つが状況を難しくさせている。

 

「さてと」

 

 稼げた時間はせいぜい3分。2個小隊で当たるといえ、先の遅延作戦で敵の先頭集団は増えてしまった。大幅な時間稼ぎは無理だ。またあまり躍起になりすぎても、突出して挟み込まれるか市民が危険にさらされる。そう考える間にも奴らは迫ってきていた。

 

《1、3小隊迎撃します!》

「くそ早い」

 

 通信を切ったまま敵に対して悪態を吐く。

 

《2小隊確認作業完了。前衛に合流しますか?》

「よし、頼む。まだ安全に避難できる距離じゃない」

《了解》

 

 コミュニティセンターからはまだ車列が大きく見え、追いつかれることは必須だ。

 唐突に無線が入る。

 

《こちら北海道警察航空隊所属だいせつ1。第2機動隊第4連隊第1大隊第2中隊応答せよ》

「はいこちら2412本部」

《こちらで監視と偵察を行います。現在南部なし、交戦中の部隊が突出しかけています》

「了解、情報に感謝します」

 

 見上げてみると確かに帯広空港に配備されている警察ヘリが飛んでいた。思わぬ援軍である。

 

「よし、全小隊さらに後退突出している」

《こちら1小隊。了解》

「後退先は……」

 

 目の前の地図に目を落とす。

 

「西別川を使おう……千歳橋を落とせればいいんだが」

「たしかにそれが定石でありますが敵は深海棲艦ですよ。それにそれを実行できる機材も……」

 

 わずかに発砲音が聞こえてくる。前線が下がってきている証拠だ。

 

「本部班前進」

 

 静かに中隊長は言う。

 

「千歳橋を及び西別川を防衛ラインとして設定。住民の安全圏までの避難が完了するまで我々はこのラインを死守する」

「しかし敵は多いです……支えきれませんし確実に突出します」

「では何か策があるか副隊長」

「はい。避難民の最後尾に付き、適時迎撃をすることを提案します」

「それも一理あるが機動性に富む遊撃車が1個小隊分しかない」

 

 副隊長も中隊長も口を噤む。

 

《敵の勢いが強すぎます! 下がります!》

 

 飛び込んできた通信に副隊長は息をのむ。

 

「こちら中隊長。橋の手間で防衛線は引けるか?」

《正直厳しいです。体勢が立て直せません》

「だいせつ1こちら2412本部。避難状況を知らせてください」

《機動隊2412。こちらだいせつ1。最後尾は3km先》

「了解。感謝する……やるしかないな」

「えぇ」

 

「本部班前進。全隊に通達。千歳橋を中心として防衛ラインを引く。これ以上後退はできない!」

《了解。千歳橋で再展開します》

「車両を配置し阻止線を築け」

 

 そう指示を出しているうちに目的地へと着く。

 

「本部班総員降車。これよりここを絶対防衛線とする」

「1小隊原着しました。2、3小隊が敵と共に到着します」

「よし遊撃車を配置、人員輸送車通過後一斉射撃で怯ませろ」

 

 千歳橋手前のT字路を中心に車両と部隊を配備するとすぐに大群に追いかけられるバスが飛び込んで来る。

 

「放て!」

 

 1小隊の残り少ない小銃弾と水平投射のガス弾がばらまかれる。他の機動隊員も拳銃でさらに射撃を加える。先頭の何頭かが転倒し、ガスに当てられてよろける。

 

「2、3小隊展開を急げ! 1小隊本部班! 捨てろ! 盾を持て! 来るぞ、受け止めるななぎ倒せ!」

 

 一応は対特種生物戦闘術は第2機動隊にも叩き込まれてはいるが本職ではない。改めて檄を飛ばし注意喚起する。

 言葉通り奴らは仲間を踏み倒し突撃してくる。敵の大きないびつな口、体を覆う硬そうな表皮が黒光りする。嫌なほどに。不幸にも役割的に小楯しか持ってない中隊長にまず一匹が向かってくる。

 

「中隊長!」

 

 副隊長がそう叫び、割り込む。そのまま体を前傾させ突進してくる敵に対して副隊長は素早く体をかがめわずかに体を捻りながら、一気にばねのように伸びあがり大きな敵のあごにジュラルミンの角を叩きつけた。

 鈍い音とともに両者とも転倒する。こうなると敵はなかなか起き上がれない。

 

「よしナイスだ!」

 

 ものすごい反動で手を痛そうにぶらぶらさせ、尻餅をついている副隊長を立ち上がらせる。しかしまた今度は4頭も飛び出してき、1小隊と本部班の面々は何名かはうまくはじいたものの3分の2ほどは逆に弾かれ吹っ飛ばされていた。

 すぐに防衛線は崩壊寸前だった。

 

「2、3小隊援護入ります!」

 

 その掛け声とともに小隊員が盾や小銃、ガス銃を構え、割り込んでくる。小銃やガス銃を当てながら弾き飛ばされた機動隊員を助け出す。が、もう手遅れであった。

 

「2名やられた……!」

 

 白の白線と赤色のコントラストが目に痛い。食うのに夢中な奴らの脇腹を2小隊の隊員が殴り倒すもその隊員は即死だったようだ。

 

———片方の彼は確か一人身の母に毎月送金している若い隊員だったのではなかろうか。

 

 中隊長はなぜかそのことを咄嗟に思い出してしまい慌てて今に意識を戻す。

 

「くそ、次も流れ込んでくるぞ! 密集隊形!」

 

 小隊や分隊関係なく人数がそれぞれ集まり適度なまとまりが作られる。

 

「絶対後ろを通すな! ガス銃は乱戦では無理だ! 大楯取ってこい!」

 

 その号令で何名か駆け出すが敵も待ってはくれない。

 

「まともに正面から受けるな! 受け流すか殴れ!」

 

 その言葉とともに黒い生物たちが突っ込んできてまた何名か吹っ飛ばされる。まだまだ吹っ飛ばされる。黒い波がまた一人また一人と機動隊員を浚い、飲み込んでいく。

 

「まだだ……!」

「中隊長!」

 

 何者かに中隊長が呼ばれて気付いたその時、そこに副隊長はおらず、深海棲艦(てき)が口を大きく開けていた。一瞬家族のことがよぎる。

 

「死ぬかよ」

 

 彼は咄嗟に腰の拳銃を引き抜いた。




 いつもの官これとは少し趣向を変えてみました。楽しんでいただけたならば幸いです。
 さてこの後の後編ですが、またしばらくお時間をもらい書き上げさせてもらいます。
 この前編は本文のように波乱を極めた半年間でした、具体的には資料が見当たらずに内閣府に問い合わせたり、災害対処の方法を求めて経産省の対策マニュアルや法律を読み漁ったり、北海道警第二機動隊の編成を探してリンク切れや動作が重い箇所が多い道警のHPを回っていたり、内閣府から返答がなくシナリオ変えたりして第7稿まで何度も書き直し、投稿直前にも改稿差し込んだりとなかなか厳しい戦いでした。
 後編もほどほどに頑張りたいと思います。


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緊急戦力輸送(佐武駿人)
前編


 はじめましての方ははじめまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。今回の合作で1番の狂人を自負してる佐武です。
 今回はですね、鉄路での艦娘の輸送というテーマで書かせていただきました。
 至らない点、分かりにくい描写など多々あるかとは思いますがどうか最後までお付き合いください。




────2017年某月某日

 

 舞鶴鎮守府にて

 

 中舞鶴駅から舞鶴鎮守府へ続く専用線の先、普段は数両の貨車が並んでいるそこには鮮やかなブルーをまとった客車が佇んでいた。いわゆる、ブルートレインである。

 

 その前に整列していたのは今回の北方方面支援へ向かう艦隊である。

 かねてより敵戦力の出没が多数報告されていた津軽海峡及び千島への対応及び、敵地攻略作戦のためとして各地からの戦力集結が図られたのである。

 

「────これより我々舞鶴鎮守府大湊派遣隊は各地からの部隊の集う大湊へ向かう。我々舞鶴鎮守府は見ての通り鉄路での移動となる。

道中の行程については国鉄の平田助役から詳しくお話していただく……平田助役、お願いします」

 

 壇上から降りた青年将校に代わり軍服とはまた違った紺色ベースの制服を着用した30代後半から40代であろう男が登壇する。

 

「ただいま武本中佐よりご紹介に預かりました国鉄の平田です。えー…今回は8両編成の客車列車を使用いたします。現在機関車が繋がっている、一番前の客車が8号車、一番後ろが1号車です。7、8号車は業務用車ですのでまるごと締切扱いとなります。ご注意ください」

 

 平田、と紹介された男は今度はもう一人の若い職員の持ってきた路線図を指し示しながら説明を続ける。

 

「経路ですが、東舞鶴駅を経由して、綾部でスイッチバックして山陰本線を走行します。京都駅からは東海道本線、湖西線、北陸本線、信越本線、羽越本線、奥羽本線、東北本線を経て、野辺地駅より最後のスイッチバックを行い大湊線へと参ります」

 

 次に停車駅ですが、と一区切りしてから今度は黒い点を順に叩いていく。

 

「途中、綾部、敦賀、直江津、新津、酒田、秋田、青森、野辺地で乗務員交代等のため停車することとなり、所要時間は22時間と40分の───日本海回りのコースとなります。長い旅路となりますが、どうぞお付き合いください」

 

 つまりほぼ23時間車内に閉じ込められる、というわけだ。それを聞いた艦娘達からは口々に驚き呆れたような声をあげる。

 

「これは作戦の一環だ。文句なんか言ってないで早く乗った乗った」

 

「部屋割りはあらかじめ説明した通りだ! 各員別れて乗車!」

 

 手を叩いて乗車を促す青年将校二人と艦娘達に苦笑しながら平田助役と若手の堀井助役とそれを見守る。

 

「あっ……うちのとは違ってかわいいですね」

 

「堀井助役、あまりデレデレしてくれるなよ」

 

 客車に乗り込む際に暁や綾波に手を振られて舞い上がった堀井助役を嗜めつつ平田助役はその背後に刺さるような視線を感じていた。

 

「何か落ち度でも?」

 

 車内ですれ違ったときにはそんな言葉を刺されることを覚悟して誰もいなくなったホームを確認する。

 

 全員の乗車を確認したのち二人は手を上げて車掌に戸閉合図を出し、堀井助役は機関車へ、平田助役は最後尾の車掌室へ乗り込む。

 

《9081列車機関士へ、こちら9081列車車掌です。応答願います》

 

《9081列車車掌、こちら9081列車機関士です。どうぞ》

 

《9081列車発車ー!》

 

「出発注意! 9081列車発車!」

 

 綾部駅までを担当するDE10形ディーゼル機関車が高らかに汽笛を上げて出発する。

 大湊警備府への支援艦隊を載せた臨時9081列車は舞鶴鎮守府に残る艦娘達や手透きの男たちが手を振り帽を振り、見送るなか、舞鶴の門を抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 単線の中舞鶴線をゴロゴロと進む列車は途中並走する国道を走る自動車に追い抜かされつつ湾のすぐそばに迫る山と赤レンガ倉庫群の間を抜けていく。

 湾に沿って走る列車はかなりの低速運転だ。

 

《ご乗車ありがとうございます。この列車は大湊行きの貸切列車[さくら]号です。車掌は神田と北野、ご案内の不知火、堀井、東雲です。終着大湊までご案内します。機関士の東は途中園部までのご案内となります。

大湊には明朝5時40分の到着予定でございます》

 

 ガタンガタンという小気味良く鳴るジョイント音の調べと車掌の車内放送がよく合い旅情をかきたてる。

 

《続いて車内のご案内です。現在進行方向一番前の車両から8号車、一番後ろは1号車です。お手洗いは1、2、6号車にございます。シャワールームは2号車と6号車です。

また、次の綾部駅にて8号車側へ車両を繋ぐ連結作業を行います。客車揺れますのでご注意ください》

 

 やがて海沿いの国道を離れた線路は北吸隧道をくぐる。ここを抜けると最初の経由地の東舞鶴駅だ。

 汽笛を鳴らした機関車は北吸隧道を速度を上げて一気に潜り抜けると東舞鶴駅へ入線する。

 そのまますぐにスイッチバックして舞鶴線の本線へと転線するのだ。

 

 そのまま舞鶴線を一気に駆け抜けた列車は綾部に入線し機関車をピンクのEF81へと付け替える。同時に進行方向後ろ寄りに艤装や物資を載せた貨車を連結しこの先を15両編成の混合列車として走行する。

 

 

 

綾部駅

 

 

 

 綾部駅の場内信号を越えてきた列車はギィィィイイというブレーキシュー(制輪子)の金属音とともに停止位置目標にピタリと停車する。 

 ここまで引っ張ってきたDE10は誘導係を乗せるとすぐに切り離されて側線へと行ってしまった。

 綾部では車両増結のために10分近く停車するためか何人かの駆逐艦も外へと出てきていた。

 恐らく目当てはホームの駅弁なのだろう。一目散に売店へ走って行っては日頃溜め込むばかりでほとんど使わない給金を引っ張り出す。

 たちまち行列のできた売店に駅弁の存在に気づいた戦艦空母も加わる。

 

 そのうちに側線から目当ての貨車を引き出してきたDE10は入換信号に従い推進運転で貨車を先頭に入線してくる。

 助役の赤旗で一旦停止。この時点で貨車と客車の距離は1mほど。

 作業員が軌道に降りて連結ピンを操作し、連結器が双方共に錠揚げ位置即ち連結待機の状態になると作業員がすぐに退避する。

 再び助役が緑の旗を掲げるとDE10はゆっくりと貨車を押し……ガコン! という音と共に作業員が再び貨車と客車にとりつき、連結を完了させた。

 

 

 出発準備が整い出発信号現示を機関車がピィィと発車前の汽笛を鳴らす。

 それを聞いた艦娘たちは一斉に客車へと駆けていく。

 

「ほら、長門早くして。行くわよ!」

「くっ……! おじちゃん釣りはいらん!」

「いや10円足りねぇぞ!」

 

 最後まで悩んでいた二人もホームを売店のおじいちゃんと疾走し、ギリギリ飛び込んだ。

 

「もう! だから早く決めてって言ったじゃない」

「仕方がないだろう。どれもこれもうまそうだったのだから!」

「だからって……きゃっ」

「おっと……! 結構揺れるな……」

 

 汽笛一声。二人が口論になりかけたところでこれから野辺地まで列車を引くEF81が力強く客車を引き出した。

 製造から30年以上経った客車は継ぎ目をミシミシと軋ませながらも1両1両ゆっくりと進み始め綾部の駅を出発した。

 この先は機関士の交代のある敦賀まで途中無停車である。複線電化された山陰本線を、後ろの荷物(貨車)のため最高速度に95km/hの制限がかかるが、雪の残る山中を列車は速度を落とすことなく時にクネクネと邁進する。

 余談ではあるが京都の山中を走るこの区間は秋には紅葉で山が美しく色づき、多数の行楽客が詰めかける観光地でもある。新線切り替えを行った区間の旧線で観光用のトロッコ列車を運転していることからもその事がわかるだろう。

 これが秋ならきれいな紅葉が窓の外一面に広がっているんだろうけどなぁ、と通路の補助席に腰かけて車窓を眺めていた夕張が呟くと向かいに同じく補助席を出して座っていた響が苦笑する。

 

「仕方ないよ。これも任務なんだから。ところで木曾さんとか軽巡のみんなと一緒にいなくていいの?」

 

「いいのいいの。それに私ってほら、体格的に駆逐艦に近いじゃない? だからこっちにいる方が落ち着くの!」

 

「人はそれをボッチっていう」

 

「う、うるさいなー!」

 

 夕張は不貞腐れたようにそっぽを向く。

 ごめんよ、と響が宥めるが夕張は「知らない知らない」と聞く耳を持たない。

 見かねた綾波が個室から出て来て鉄拳制裁(げんこつ)を加える頃には列車は京都の市街地へとたどり着いていた。

 

 

《皆様お疲れ様です。ただいまの時間は午後0時12分です。列車は定刻通り嵐山駅を通過しいたしました。間もなく車窓に京都の市街地が見えて参ります。右手に見えますのが有名な映画村です。

当列車は間もなく京都駅を通過します》

 

 

 

 東海道本線の新快速を出発信号機で待たせつつ上り外側線と内側線の間にある通過線を抜けていく。

 ホームにはどこから情報を仕入れたのか、既にカメラを構えた一団の姿があった。

 

「一応、こいつは運行情報が秘密だから漏れるのはそこそこまずいんだがなぁ……」

 

 書類を広げたA寝台個室で青年将校───眞鍋(まなべ) (まもる)中佐は車窓に映るカメラの群生を見ながらため息を吐いた

 これだけ話題になっているなら深海棲艦にも作戦は筒抜けではないのか。そんな嫌な予感がした。

 そもそも、舞鶴や佐世保など各地から北方へ増援が送られるのだって津軽海峡や宗谷海峡から侵入した敵機動部隊の日本海沿岸への爆撃が無視できなくなってきている、という面もある。

 

 そして眞鍋護中佐の予感は敦賀駅停車中に的中する。

 

 

 

 

───敦賀駅

 

 

 

 

 

 艦娘を乗せた列車は雪を散らしつつ若干の早着で轟音とともに敦賀駅へと滑り込んできた。

 列車が空気ブレーキ特有の甲高い金属音を響かせながらゆっくりと動きを止める。

 車掌が停止位置を確認していると敦賀駅の助役が走ってきた。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「9081列車の車掌ですか?」

「はい、9081担当車掌の不知火です」

 

 敬礼の後、助役がメモを開く。口頭通告だ。

 

「9081列車に通告します。津軽海峡を通過した深海棲艦の機動部隊が確認されています。空襲警報には充分注意してください。えーなお、日本海縦貫線は各線で間引き運転を行っております」

「はい、深海棲艦の機動部隊による空襲に注意する件、日本海縦貫線は各線で間引き運転の件了解しました」

 

 通告を受けた不知火は内容をメモし、復唱する。

 

「かなり危険な行路になって申し訳ないね。危険だと思ったらすぐに停めるんだよ」

「了解です。お任せください」

 

 大垣、という名札を着けた助役は満足そうに頷くと機関士の方へも走っていった。機関士はこの駅で交代するため、ちょうど引き継ぎ中の様だ。

 

 5分ほど停まっていただろうか助役が出発合図を送り、列車は再びギシギシと動き出した。

 助役の敬礼に見送られて雪の降るなか列車は駅を後にした。

 

 

 

 

 

 列車が日本海沿岸の崖と山を縫う路線に入ってしばらくしてからのことだった。

 提督執務室と化したロイヤルスイートへ堀井助役が駆け込んできた。

 

「眞鍋中佐、どうも我々は奴ら(深海棲艦)からは逃げられそうにないようです。

先ほど輸送指令から空襲警報の伝達がありました。ただいま全力で最寄りのトンネルへと向かってます」

 

「トンネルまでの時間は」

 

「約……30分といったところでしょうか。敵機が目視圏に達するまでは20分前後かと……運命の10分間、覚悟していただきたい」

 

 それでは!と堀井助役は小走りで退室すると編成の前の方へ走っていった。

 その後ろを完全武装の艦娘が数人さらに駆けて行った。

 


 

「敵はすぐに来ます! 急いでください!」

 

 寝台客車特有の狭い廊下を駆け抜け、各デッキに2名ずつ配置していく。

 

「ん、なんだどうした───」

「邪魔です」

 

 途中廊下を走る音を聞いた長門(障害物)が部屋から首を出すが即座に先頭を走る不知火によって部屋の中へ強引に押し込まれる(右ストレートをお見舞される)

 伸びた長門を陸奥が部屋に引きずり込む横を不知火達は目もくれず一目散に走っていった。

 

「矢矧さん、索敵機を! 北北東……若干東よりにお願いします」

「承知したわ……行け!」

 

 矢矧の放った零式水偵はその小ささに見合わぬ速度でぐんぐん高度をあげていくとやがて見えなくなってしまった。

 

「どうですか……?」

「だめね、見つからない……」

 

 しばらく飛ばしたところで不知火が横にいる矢矧に問いかけてみるが結果は芳しくないという。少し高度をあげてみるわ、と矢矧が呟いた。

 

「……! 見つけた!

新型(タコヤキ)30、いつものが50! これは正規空母もいるわよ……」

「了解です。目視圏まではどれくらいですか」

「ざっとだけどね……5分くらいかしら」

 

 幸運なことに敵編隊を先に発見した矢矧の偵察機は雲に隠れつつ触接を続ける。

 

「日本海なんかに敵の正規空母がいるのはさすがにどうかとは思うけど……タコヤキに爆弾が付いてないだけましかしらね」

《熊坂トンネルまであと10分!》

 

 ポツ、ポツと雪に混じって降り始めた雨のなかを、トンネルへ滑り込むべく機関車はほぼトップスピードで鉄路を駆けるが次の熊坂トンネルまではまだ約10㎞もある。戦闘は避けられそうにないようだ。

 

「瑞鳳さん、直掩を!」

「任せて!」

 

 その搭載機を全て零戦へと載せ変えた瑞鳳がありったけの矢を次から次へつがえては空へと打ち上げる。弓から打ち出された矢矧はしばらく飛翔するとミニチュアサイズの零戦へと変化し、列車の上空で編隊を組む。

 27機の零戦隊は3機一組となり列車上空四方八方へ目を光らせる。低空に一編隊を残し、残りの八編隊は空高く、いつでも敵機を返り討ちにできるよう高度を上げた。

 航空機というものは一般的に相手より高い高度に陣取るのが優位である。なぜなら降下によって得られる加速と太陽を背にした奇襲攻撃が可能だからだ。つまり、高高度からの降下をかけつつ奇襲することで零戦の土俵である格闘戦(ドッグファイト)へ一気に持ち込むのだ。

 

「敵機来襲!」

 

 目を閉じて零戦隊と視界を共有していた瑞鳳が敵機の接近を知らせる。同時に零戦隊は2群に別れて雨雲で霞んだ太陽を背に突撃、突然湧いて出てきた迎撃機によって敵機編隊は隊列を乱し、初撃は完全な奇襲となった。

 零戦隊の奇襲によって一時は編隊を乱したが即座に新型機(タコヤキ)は爆撃機を切り離し、零戦隊へと逆襲を仕掛けてきた。

 やがて両陣営は入り乱れてのドッグファイトへと突入し爆撃機は数を減らしつつも零戦隊の迎撃を掻い潜り列車を射程に捉えようとしていた。

 

《敵機来襲! 対空戦闘ヨーイ!》

《これより当列車は戦闘地域に突入します。非戦闘員は床に伏せてください!》

 

「射撃用意……撃ェッ!」

 

 田畑のすれすれを飛ぶ爆撃機に照準を合わせ、不知火の号令と共にデッキに陣取った吹雪、初月、朝潮、白雪、野分、愛宕、矢矧の主砲と対空砲が一斉に火を吹いた。平野に響く砲声と共に車体が左右へ大きく揺れた。

 

「この車両は防弾ガラスなんてないのよ! 機銃一発すら撃たせないで!」

《了解!》

 

 装甲の「そ」もない客車にとっては機銃弾一発が乗員乗客の命取りになりかねない。また、後ろに繋げているコンテナ車には燃料タンク車も含まれている。誘爆でも起こされたらたまったものではない。

 

「初月! 後方上空、投弾態勢の敵機が2機。必ず落として!」

「了解だ! 撃て!」

 

 初月の号令で腰の艤装に着いている長10㎝砲が激しく対空射撃を敢行する。

 深海棲艦の爆撃機の周りに次々と対空砲による黒煙の花が咲く。だが、だんだんと強くなってきた雨のせいで視界が悪く、なかなか突っ込んでくる黒煙に覆われた敵機に直撃弾がない。

 

「クッ……このォ!」

「まずい! 敵機投弾態勢!」

 

 黒いカブトエビのような機体が機首を引き上げ始めると、その腹に抱えられていた爆弾が宙へと投げられた。

 しかし、弾幕射撃の甲斐あってか敵弾は線路を逸れ、近くの畑へと落下した。

 見た目はミニチュアだが畑の土壌を巻き上げ、大穴が空いた着弾点を見るとその威力がわかる。爆風で車体を揺らされながら列車はカーブを制限ギリギリで通過した。

 

「トンネルまであと少しよ! 頑張って!」

「機銃掃射! 伏せて!」

 

 黒い機体が下部の銃口から火を吹いたのと同時に不知火は自分よりも随分背の高い矢矧を多少強引に、まるで床に叩きつけるように伏せさせた。

 すぐに敵機の接近に気づいた瑞鳳の零戦が、機銃掃射をかけた敵機を撃墜したがすでに発射された銃弾は2号車と3号車の連結部に着弾した。鋼板を貫通する音と共にデッキと貫通幌に穴が開き、風雨と機銃弾が不知火と矢矧が陣取る車内へと飛び込んできた。

 

「大丈夫ですか!?」

「平気よ……それよりトンネルまで持ちこたえるの。いいわね!?」

「了解です!」

 

 矢矧に促され、不知火は共に対空射撃に戻るが、矢矧の頭からは落下してきた部品で切ったのだろうかどくどくと血が流れていた。

 

「て、提督! どうしたんだこれは、なんの騒ぎだ!」

 

 眞鍋中佐の執務室に飛び込んできた長門はその場のメンバー同様に伏せながら提督に尋ねる。

 

「お前、さっきの放送聞いていなかったのか! 深海棲艦の空襲だよ、銃撃を受けたんだ!」

「き、聞いてないぞ! 私が気を失ってる内にそんなことになっていたとは……!」

「長門、どこへ行く!」

 

 床に伏せながら外へ出ようとする長門を眞鍋中佐が呼び止める。

 

「決まってるだろう。私の艤装を取りに行くんだ。このまま黙ってやられるものか!」

「無茶だ! それに今後方のコンテナを開けるのはかえって今護衛してくれている彼女らの邪魔になる。わかったらそこに寝てろ!」

「しかし!」

 

 思わず声を荒げて立ち上がった長門だが、すぐにバランスを崩して床に側頭部を強打した。突然、列車がガクンと揺れたのである。機関車がブレーキを入れたのだ。つまりトンネルは目と鼻の先である。恐らく先頭はもうトンネルに入る頃だろう。

 同時に最後のチャンスとばかりに多数の敵機が後ろから食らいついてきた。

 

「野分、白雪もうすぐトンネルだ! 後ろの敵機を近づけさせるな!」

「分かってます! 撃ぇー!」

 

 時折銃弾が飛んでくる中で、初月は他の二人を鼓舞するように声を張りあげた。

 野分もそれに答えるように盛んに対空射撃を行い、敵機を寄せ付けまいとする。

 客車最後尾の電源車から身を乗り出しつつ3人が必死に射撃した甲斐あってか列車を追うように迫っていた敵機はトンネルの直前で機体を起こし、列車の追尾をあきらめた。

 間一髪トンネルへと滑り込んだ列車はさらに非常ブレーキをかけてトンネル内で急停車した。

 

《お知らせします。当列車は空襲警報が解除されるまでこのトンネルにて待機いたします。なお、合わせて車両点検を行います。発車までしばらくお待ち下さい》

 

「どうやら……逃げ切ったみたいだね」

「あぁ、しかしこれからどうする?」

「どうするもなにも……彼らが何か言ってくるまで待つしかないだろう」

 

 伏せていた床からベッドへと移動してドサッと倒れこんだ眞鍋はなげやりな風に呟いた。

 やることが無いことが不服なのか、不満気な顔で抗議しようとした長門の声は荒々しく扉を開けて入ってきた男の声に遮られた。

 

「よぉ、相棒。生きてるか」

「なんだ、武本中佐。貴官も無事だったのかい」

「無事なもんか、見ろこれを。一張羅が台無しさ」

 

 そう言って武本中佐が差し出してきたのは大きく破れた制帽だった。

 

「跳弾が伏せてた俺の頭上すれすれを通過していったんだ。もう少しで俺の頭もザクロだよ」

「ごめんごめん。で、何の用だい?」

「ああ、そうだそうだ。これから乗務員が車両点検をするらしいが何人かに手伝ってほしいらしい」

「わかった。すぐに行こう」

 

 じゃあ俺は先に行ってるぞ。と言って武本中佐は部屋を出ていった。

 

「じゃ、長門一緒に行こうか」

「あ、ああ」

「あっその前にこれを着てね。一応トンネルの中だし間違いがあっても困るから」

「む……これか、少しキツいからあまり好きではないのだが……」

 

 眞鍋はその制服の上に反射ベストを、長門の方は作業服に反射ベストを重ね着した格好だ。やはりというかいろいろとかなりキツそうである。

 だからこれはキツくて苦手なんだと、長門はぶつぶつと愚痴りながら宥める提督と共に車外へと向かった。

 




 今回は前後編の2部構成となりました。しかもこの後書きを書いている時はまだ後編が500文字くらいしかかけていないという……()

 恐らくですが未来の僕が頑張ってくれると思うので現在の佐武は諦めて遊んできます。
……アッ許して提海さん!!!!



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後編

遂に終わりました……!
ひたすらメンバーに土下座しながら締切ブッチを続け……この場を借りて深ーくお詫びします。




「よっ……と。意外と高いんだな」

「気をつけてください。ドアの下にステップがありますのでそこに足をかけて降りてください」

「これか、よいしょ……っと」

 

 やや危なっかしく軌道内に降りた眞鍋中佐と長門、堀井助役の3人はトンネル内をカンテラで照らしつつ金沢方面の出口へ向かって歩いていた。

 機銃掃射をまともに食らった3号車以外にも所々に窓ガラスのひび割れや巻き上げられた土砂による土汚れが目立ってはいたが、幸いにも運行に支障が出るような損傷はなさそうである。余談ではあるが、今ここに佇んでいる車両群はいずれも検査期限が近づいており、今回の旅の損傷具合によっては廃車となっても惜しくない車両がかき集められている。

 

「それで、我々は何をすればよいのだろう?」

「眞鍋中佐にはあそこのトンネルの出口に立っているうちの不知火と一緒に列車の監視を、長門さんには我々と一緒に車両の点検をお願いします」

「承知した」

「では、後でまた」

 

 眞鍋中佐は軽く二人とその後ろの乗務員に敬礼してトンネルの出口へと歩いていった。

 

 


 

 

「お疲れ様です。機関士さん、状態はどうですか」

 

 堀井助役がドアの隙間から声をかけると機械室の方から機関士がひょっこり顔を出して答えた。

 

「お疲れ様です、電車線及び列車無線には異常ありません。側面に少々食らったようですがCP(コンプレッサー)MG(電動発電機)、ブレーキ試験の結果も上々です」

「了解です。では引き続き出発まで点検をお願いします」

 

 一通り機関車の周りを見て回ったところで二人は客車の方へ戻った。そこでは足回りの点検に精を出す一団が一心不乱にハンマーで台車を叩いている。「打音検査」というものだ。目ではわからない傷もこうして叩けば音がまるで違うのだと言う。

 台車の損傷というものは容易に脱線事故に繋がるものだ。決して見逃せるものではない。ひとつひとつ丁寧に目視とハンマーを使って調べていく。

 トンネル内にはしばらくの間、カンカンというハンマーの音だけが響いていた。

 長門にとっても艤装の点検整備で馴染みが深い。見れば列車に同乗している舞鶴鎮守府の整備員たちも混じっている。

 その一団の中で忙しなくあちこちを歩き回る人影があった。

 

「平田助役、この辺りの音はどうでしょう」

「ん……いや、ここは大丈夫だ。お前の叩き方が悪いだけや」

「平田助役ー! こちらはどうでしょう」

「ちょっと待ってな……ここが終わったらすぐに行く」

 

 今朝舞鶴で行程を説明していた平田と名乗っていた助役は、点検に精を出す車掌や艦娘に呼ばれては怪しい箇所の確認に回っていた。

 

「ん、ああ。あの人は元々車両基地の検査係の出身でしてね。運輸よりも技術畑の方が長い人なんです。おかげで助かりました」

「そうなんですね」

 

 平田助役をじっと見つめていた長門にカンテラやハンマーの入った箱を持たせながら堀井助役は彼の経歴を軽く説明する。

 その辺へ放置されていたものを含め、一通り長門に道具類を持たせると堀井助役は作業中の人々に2、3言話しかけるとまたどこかへ歩いていってしまった。

 取り残された長門に早速呼び声がかけられた。そこに行くと作業服に身を包んだ初月が手をあげていた。

 

「長門さん、ちょっとこの辺り照らしてくれます?」

「ん、ここか?」

「ありがとうございます」

 

 結局点検の手伝いとはいっても車両に関しては専門的な知識もない長門はカンテラや道具箱を手にあちらこちらを動き回ってちょっとした雑用のような扱いになっていた。

 

(明石や夕張なんかだったらこれが楽しくて楽しくて仕方がないとか言うのだろうか……)

 

 そんな謎の悟りを得つつ、車内で缶詰にされるよりはマシだと思うことにし、今度は呼ばれた先にハンマーを渡しに走った。

 

 


 

 

「そういえば……ひとつ聞きたかったのですが」

「何でしょう。不知火に答えられる範囲なら」

「いや、君は鉄道公安職員だろう? なぜ車掌の真似事をしているんだい?」

 

 不知火の制服に光る鉄道公安職員の腕章に目をやりながら、眞鍋は不知火に疑問をぶつける。

 

「なるほど、そのようなことでしたか。

 簡単です。今国鉄は人手不足なのです。次から次へと乗務員も駅員も負傷しては病院送りになりますので……

 なので不知火たち元艦娘が送り込まれて余裕のある鉄道公安職員が車掌業務を兼務しているのです。いえ、元はといえばこのような職種も助役や車掌が兼務していたものが始まりなので一種の先祖がえりのようなものとも言えるのですが」

「人手不足はどこも同じか……」

 

 不知火によると最近はワンマン列車やツーマン列車どちらにも補助として乗っては何でも屋となってるという。具体的には瓦礫の撤去や体の不自由な人の乗車の手伝いに空襲の際の避難誘導と戦闘だそうだ。

 

「基本乗務するときは二人組なので今日みたいに1個小隊分の人数が乗るのは特別です」

「なるほど。しかし余裕があるとはいえ、人手不足なのにどの列車にも二人組なのか?」

「不知火達艦娘は軍を除隊されたあとの行き場がほとんどありませんのでかなりの数が国鉄や警察に流れてますから……人間の車掌が削減できますからそれでよいのでしょう。聞くところによると艦娘しかいない信号場や駅もあるそうですよ?」

 

 まぁ業務量と業務知識の数(やることとおぼえること)がいっぱいすぎて頭が痛くなりますが、と不知火は付け足した。

 

「うーん……満足に戦えてない我々としては耳の痛い話だなぁ」

「棲地を潰しても潰しても湧いてきますからね」

「このまま戦い続けてもじり貧だからなぁ……」

 

 トンネルに吹き込む風が冷たいのは決して雨だけのせいじゃないだろう。ザァザァと降りしきる雨は数十メートル先も見渡せないカーテンを作り出していた。

 

「うー……じめじめするぅ……」

「そうね……早く塞がないとせっかくの空調が役に立たないわ」

「それにしても嫌な天気だ。雲も雨も厚くて見通しも効かねぇ」

 

 窓ガラスや乗降扉が完全に吹き飛んだ3号車と4号車の車端部では頭を若干血がにじんでいる包帯でぐるぐる巻きにされた矢矧と瑞鳳、武本中佐と綾波がダクトテープとビニールシートを使って破損箇所を内側から目張りしていた。

 

「さっきも結構ギリギリだったものね……ふんっ」

「おいおい、そんなに力業でドアを取り外していいのか?」

「構いやしないわ。どうせもうほとんどとれかけてたのだもの…ここはもう締切扱いにしておくわ」

 

 銃弾を受けて所々に穴が開いたぐしゃぐしゃな折戸を力任せに引きちぎり、手際よくシートを貼り付けていく矢矧に若干引いている武本中佐を尻目に瑞鳳と綾波はいそいそと変形した折戸と破片を小さく折り畳んでどこかへさっさと片付けてしまった。

 

「あ、あとは外からだな……矢矧くん、われわれが外に出るのは問題ないかね?」

「んー……ええ、トンネルの壁側なら問題ないわ」

「十分だ。せめて寝台側の窓くらいは二重に塞いでやらんとな……」

「ここのドアは塞いだから隣の車両から降りるわよ」

 

 やはり危なっかしく客車から線路へと降りた一行は多数の窓が破損している3号車と4号車の前に集まった。

 

「うーん意外と高いですねぇ……」

「まぁ下から上まで4Mはあるからねぇ」

「なら私が土台になるから綾波……はやめておこう。瑞鳳くん、ちょっと肩車するから外側にもシートを窓枠の上部に貼りつけてくれないかな」

 

 ニコニコ笑う綾波に気圧されたのか武本中佐は標的を瑞鳳に変えた。

 

「ええっ私!? あの、重たいとか……言わないでね?」

「任せろ! よっと……どうだ? 届くか」

「わわっ高い……! でっでもいけます!」

「ふふふふふ~セクハラには~気~をつ~けてく~ださ~いね~」

 

 そんな綾波からの脅迫に武本中佐は冷や汗をかきつつ、二人とも努めてその点を意識しないように再び作業に取りかかった。ビニールシートを当ててその上から四辺をダクトテープで何重かに押さえつける。そして次の窓へ移る。たったそれだけではあるが自らの肩と首に触れる彼女の小柄な肢体を努めて意識しないようにする、というものはなかなか武本中佐の神経を疲弊させたようだ。

 意識しないようにすればするほどシートを貼り付けようと動く瑞鳳の太ももや下腹部の柔らかい感触に意識がいってしまう。肩に、うなじに、後頭部に温かくて柔らかいものが当たる度に煩悩が鎌首をもたげ、それを必死に理性が押し殺すことを繰り返している。気を紛らせようと必死の武本中佐の額には脂汗が浮かび、3枚目の窓に移る頃には早くも少し疲れたような表情へと変わってきていた。

 追い討ちをかけるように綾波はその横でニコニコと武本中佐を見つめている。笑っているようでその実、細く開かれた目は笑っていないしなにより「妙な動きをすれば締め上げる」というオーラを放っていた。

 

「うふふ~司令官さ~んどうしたんですかあ~? はぁい、次のシートでーす」

「お前……!」

「うふふ~」

 

 瑞鳳も隣の窓へ移ろうとする度にふらふらと揺れる足場(武本中佐)に思わず足を閉じてしまう。

 太ももに挟まれた中佐の頭部は呼吸を遮られ、苦しそうにもがく。そしてまたあちこちが柔らかいものが触れてしまう。

 

 3号車と4号車の合わせて8枚の窓を塞ぐ頃には武本中佐はまさに疲労困憊という体だった。

 

「フゥ、とりあえず窓はこれであらかた塞いだだろ……あとは細々とした弾丸の貫通箇所だ…」

「司令官、良くできましたねーお疲れさまでーす」

「ああ、まったく誰のせいだろうな」

 

 赤面した瑞鳳と力尽きてバラストの上に突っ伏した武本中佐にタオルを渡した綾波はそれはもうニコニコと楽しそうだ。

 

「うふふ~いいもの見れました~」

 

 一人でルンルンと後片付けをして車内へ戻る綾波を見送った二人は同じ感想を抱いた。

 

「悪魔だ……」

 

 


 

 

 三時間後ようやく空襲警報が解除され、列車は四時間半ほど遅れて運転を再開した。

 幸いにもこの空襲ではそれほど被害を受けなかったらしく、金沢から徐行で上ってきた試運転の機関車の乗務員も上下線ともに異常なしと報告したため、ほどなく通常運転を再開した。

 日本海沿岸に入った頃から降り続いている雨は未だ止む気配はない。

 やがてすっかり日も暮れ、闇夜に支配された北陸本線を降りしきる雨のなか、車体に弾かれた雨をマントのように纏い、闇夜を照らす光が駆けていく。

 高速走行特有の轟音を静かな田舎に響かせて走る列車は一部をビニールシートで覆う痛々しい姿ではあったが最高速度を維持して走るその青い車体はまだ健在であることを示していた。

 豪雨、という言葉が似合うほどに雨足はだんだんと強くなり、雨粒は激しく窓ガラスを叩く。

 編成中程の車掌室に堀井助役と二人で陣取り、金沢を出てからずっと窓の外を眺めていた平田助役は怪訝な顔で口を開いた。

 

「雪の残る季節にこんな雨はあり得ないな……」

「そうなんですか」

「ああ、わしは元々この辺りの出身でな…直江津運輸区に長く居たんやが……こんなのは初めてだ……」

 

 滝のように降りしきる季節外れの雨音と雨雲に月光を隠された闇夜は言い知れぬ恐怖を感たるには十分であった。

 車窓には大量の雨粒が流れていくだけでろくに外の様子もわからない有り様である。おまけに雨のためか少し列車無線も感度が悪い。

 

「杞憂だと……いいんやけどな」

「は?」

「いや、独り言や。それよりわしは艦娘たちの様子を見てくる。何かあったら呼んでくれ」

 

 バタン、とドアを閉めて出ていった平田助役を見送り、手持ち無沙汰になった堀井助役はおもむろに椅子に腰掛け、報告書でも書こう、そうしよう。とひとりごちて机に向かった。

 

 時刻は夜8時、フタマル、マルマルだ。舞鶴鎮守府の面々は食堂車で遅めの夕食に舌鼓を打っていた。

 揺れる車内を器用に歩きながら各テーブルに配膳する初月達国鉄の艦娘がテーブルに置いた白い湯気を立てる熱々のハンバーグを前に、彼ら彼女らの胃袋は限界を迎えていた。

 誰かが「いただきます」と口に出した途端、我先にと「いただきます」が響き、魅惑のハンバーグを口にする。

 

 白い皿に乗せられたハンバーグにかかる芳ばしいデミグラスソースが一段と食欲をそそる。一口食べてみれば、ほどよいかたさに焼かれたハンバーグとデミグラスソースが絡み合い、上品な味を演出する。ソースはほんのりと酸味を感じよい味の引き締め役を果たしている。

 同じ皿に乗った付け合わせの野菜は適度にカットされたじゃがいもに人参とブロッコリーだ。

 じゃがいもを口に運ぶとよく下ごしらえされていて柔らかく、ほとんど歯を立てないうちに胃の中へと消えていく。人参も同様だ。人参特有の一部の(特に駆逐艦)メンバーが苦手そうな独特の風味もソースがフォローしていて、残そうとしている娘もいない。

 

「うん、美味しい。やはり食堂車といえばこういう料理だな」

ひゃい、まなへ(やい、眞鍋)! もっそうはほほいひたへろよ《もっと旨そうに食べろよ》!」

「武本中佐……毎度言っているが貴官はもう少し静かに食べれんのか」

 

 一口一口よく味わって食べていた眞鍋中佐はハンバーグにかぶり付きながら話しかけてきた武本中佐に顔をしかめる。

 

「んぐんぐ、んぐっ……ふぅ、飯はもっと旨そうに食わないと不味くなるぞ」

「ふん、海軍軍人たるもの何事もスマートに食事もスマートにせんか。貴官には気品が足りないんだ気品が」

 

 乱暴にかぶりつく武本中佐とは対照的に眞鍋中佐はナイフで小分けにしてから口に運びながら、横目で睨み付ける。

 するとそれが面白くないのか今度は向かいに座っていた長門に標的を変えた。

 

「お前はそうは思わないよな、なぁ長門」

「なっ……えっいや、私に意見を求められても……」

「そうよぉ、長門は人参を克服できたばかりなんだからあまり変なことに巻き込んじゃダメよぉ」

「うっうるさい! ものの好き嫌いは人の自由だろう!」

 

 突然の挟み撃ちに赤面した長門はプイと顔を背けると無言でハンバーグを口に運び始めた。

 

「いいから、冷めないうちに食べてしまおう。食べ方以前にこういうのは出来立てが一番美味しいんだ」

「まぁ、確かにな。うちの食堂より美味いんじゃないか?」

「いやいや、料理の方向性がそもそも違うだろう」

 

 それに、と付け合わせのサラダを“スマート”に口に運びながら眞鍋中佐が続ける。

 

「そんなことが彼女たちの耳に入れば貴官は食堂に出禁を食らうだろうな」

「それは勘弁してほしいな」

 

 おお怖い怖い、と武本中佐は大げさに震えるような仕草を見せた。彼女たち、とは食堂を切り盛りしている間宮・伊良湖を筆頭とする艦娘と主計科の烹炊班である。彼ら彼女らなくして飯の美味い海軍はないのだ。

 

「それじゃあ俺は部屋に戻る。お前はどうする」

「私は最後までいるつもりだが」

「じゃあおやすみなさい、だな。また明朝会おう」

 

 


 

 

 翌日も空は嵐の様相を呈していた。風雨は止む気配もなく、辺りを包み込んでいる。どんよりとした暗雲は朝だというのに日没後のような暗さを作り出していた。

 A寝台のベッドから身を起こした眞鍋も目覚ましをセットしていなければ今が朝の7時半だということには気づかなかっただろう。

 夜間はさして異常には思わなかったが夜が明けてみるとこの空模様は異様であった。

 慌てて制服に袖を通した眞鍋が通路に出ると既に武本は身だしなみを整えて待っていた。

 

「遅いな」

「悪かったな。今はどの辺だ」

「弘前を出たあたりだ」

 

 それより気づいてるか、と武本が車窓の外に広がる暗雲を指し示す。

 

「さすがに気づいてる……上への報告は」

「お前がのんびりと惰眠をむさぼってる間に、舞鶴と大湊には通報している。こりゃ間違いなく姫級が近くにいやがるな」

「どうする?」

 

 なにも。と武本は首を振った。

 

「ま、俺たちが気を揉んだところでどうにかできるもんでもない。俺たちの最優先事項は一刻も早く大湊の増援に行くことだからな。さ、朝飯でも食いにいこうぜ。食堂車はもう開いている」

 

 まずは英気でも養いにいこうじゃないか。とでも言いたげな顔だ。

 

 

 

 

 

 少し重たい食堂車のドアを開けると早起きの艦娘たちが既にテーブルのパンにありついていた。誰も彼もパンばかり頼んでいるが朝食時間帯のメニューはパンがメインの洋定食と焼き魚がメインの和定食が用意されている。

 

「あっ司令、おはようございます!」

 

 いち早く眞鍋たちの入室に気がついた比叡が立ち上がって礼するのをやめさせながら二人掛けのテーブルに腰を下ろす。

 

「どっちにする?」

「洋定食。朝にはいつもオレンジジュースを飲むと決めているんだ」

「じゃあ俺は和定食だな。白米が食いたい」

 

 朝食が来るまで眞鍋中佐は車窓を眺めていたが相変わらず雨は窓を打ち続け、湿った大地がひたすら流れていくだけだった。

 

「楽しいか?」

「いや、不安が募るだけだね。なんというか……じれったいな」

「だから考えすぎるなって。俺たちがやきもきしなくてもちゃんと対策ぐらいとられてるだろ。ほら、飯が来た。食おうぜ」

 

 昨日とはうってかわって艤装ではなくエプロンを身に纏った瑞鳳と初月が食器を持ってきた。心なしか顔の赤い瑞鳳は武本から目を逸らしているようだ。

 テーブルに料理が揃うと武本中佐が呆れたように言う。

 

「ほら、少しは食っとかねぇといざというときに体が持たねぇぞ」

「あ、ああ。そう…だな。いただこう」

 

 すでに鮭の塩焼きに手を出していた武本に釣られるように眞鍋もパンを半ばオレンジジュースで流し込むように食べ始めた。

 その後眞鍋中佐が食べ終わるまでにも何人かの艦娘が朝食をとりに来ては料理を運ぶ瑞鳳が武本中佐を見るたびに赤面するという現象に、何かに気づいた何人かの艦娘はニヤニヤと、大半の艦娘は疑問符を浮かべて帰っていった。

 

 やっとのことで、といった感じで朝食を食べ終わった二人が、食堂車をあとにする頃にはすでに津軽新城駅が目前に迫っていた。この駅を抜けると青森駅までは10分足らずといったところである。

 

「妙だな……接近アナウンスがない」

「あん?」

「いや、次の長時間停車駅の青森が近づいているんだがその放送がないな、と……」

「こいつが俺たちしか乗ってないからじゃないのか?」

 

 今朝にもまして不安そうな真鍋中佐に武本中佐は考えすぎだという顔で笑う。

 

「いや、そんなはずは……」

「忙しいんだろ。大体そんなことを言ってたら現実になったらどうするんだ」

 

 プツッとスピーカーのスイッチが入る音がして、二人が顔を見合わせると、けたたましいサイレンを背景に若干上ずった声の車内アナウンスが列車全体に響いた。

 

《Jアラートが発令されました! 空襲警報、空襲警報です! 午前8時02分、青森県及び秋田・岩手の3県にJアラートにより、深海棲艦による航空攻撃の恐れがあると発表されました! 繰り返します……》

 

「お前お前お前お前お前お前ー!」

「い、いや偶然だこれは!」

「……っと、とりあえず部屋に戻るぞ!」

 

 寝台特急特有の狭い廊下をバタバタと駆け抜け、部屋に飛び込むとすでに待ち構えていた比叡がずい、とタブレット端末を差し出してきた。

 

「敵機の発見から現在までの位置情報です。三沢からの情報だと敵機の発見はここ、すでに陸奥湾の中に入ったところです。概算で約180機、南南東に向けて侵攻中です」

「かなり急ですねぇ…探知位置が近すぎる」

「これじゃ青森につく頃には空襲が始まってるな……」

 

 まったく大湊のやつらはなにをやってるんだと武本中佐は悪態を隠そうともしない。

 それもそのはず。深海棲艦の攻撃機が確認されたのは大湊の目と鼻の先である。比叡も大湊の基地と艦娘はなにをしているんだ、と言いたげだ。

 

「司令、どうしますか?」

「とりあえず列車が停まるまでは待機しかないでしょう。ただしいつでも動けるように装備を整えておいてください」

 

 

 

 

 空を覆う暗雲は変わらず太陽の光を遮り続け、東北の地から光を奪っている。おかげで8時を過ぎても機関車はヘッドライトで前を照らし続けていた。その光が青森の市街地を照らす頃にはすでに空に一瞬見える炎とそれに照らされる黒煙が多数上がっていた。

 

「対空砲火の弾幕だな」

「すでに始まっていましたか……」

「どうする、停めるか?」

 

 列車の一番前、機関車の運転台で前面のガラス越しに見える閃光を食い入るように見つめていた平田と堀井の助役二人に秋田で交代した老年の機関士は安全策をとるか尋ねる。

 少し考えてから平田は指令とも相談は必要だが、と前置きした上でその案を拒否した。

 

「青森へ突っ込もう。ここで停まっても逆に危険かもしれない。全速で行ってくれ」

「指令には連絡しておきます」

「よっしゃ、青森さ突っ込むぞ」

 

 汽笛一声。列車は青森市街へ突入した。

 

「堀井助役、君は後ろへ行って艦娘隊の指揮を執れ。青森へ着いたら我々も加勢するぞ」

「了解しました。それでは客車の方に戻ります」

 

 慎重に機関車から客車へ乗り移るとその通路をひたすらダッシュする。途中車窓からは青森の一大運行拠点である青森車両センター周辺からその周辺の市街地や道路から立ち上る黒煙がはっきりと確認できた。

 

「交通インフラを狙ってきてるのか!」

 

 目を凝らせば低空を我が物顔で飛ぶ憎きカブトガニ(敵機)が見えそうだ。

 

「本線には落としてくれるなよ…?」

 

 線路脇の土地に開いた大穴とくすぶる草木、車内にまで煙の臭いがする状況からして直撃も時間の問題ではないかと思えてしまう。

 

 力任せに貫通路の扉を開けると向こう側にいた瑞鳳がびっくりして飛び上がってしまった。

 

「も、もうっ! いきなりなんなんですか!」

「すまんすまん急いでいたんだ。みんないるか!」

 

 半分涙目の瑞鳳をなだめつつ完全装備で待機中の彼女らに青森着と同時に打って出ることを伝える。

 

「つまり列車の到着と同時にこの跨線橋を経由して青森港に飛んでもらう。艤装を装備したまま急赴してもらう都合上、転倒の危険があるため焦らず急いで向かうように」

「質問はありますか?」

「ないね? それでは大阪鉄道公安機動隊第17小隊出場!」

 

 堀井助役の号令一下、車内では邪魔になる艤装は腕に抱えて一斉に先頭車両へと走り去っていった。

 

「では、行ってきます」

「おえ、頼むぞ」

 

 最後に不知火が一礼して去っていくのを見届けた堀井助役は陣取っている乗務員室に戻り無線機のスイッチを入れる。かなりの距離まで届く大型のものだ。もちろん、周波数は不知火たちと同じものに合わせてある。

 

「17小隊、17小隊。こちら9081列車添乗の堀井。通話試験ですどうぞ」

《こちら17小隊の不知火。堀井助役、感度は良好です》

「了解しました。もうすぐ扉が開きます。全員無理することなく自己の安全を第一に任務を遂行してください」

《了解》

 

 

 

 

 黒煙をかき分けて電機は滝内信号所を通過し、青森駅の構内へと進入した。ここから先、青森駅5番線までの進路はすでに開通している。煙に巻かれながらも光を灯し続ける信号機がそれを示している。

 

「行け、行け、行け! 行っちまえ!」

 

 機銃掃射の流れ弾が割った窓ガラスの破片を浴びながら助士席側に立つ平田助役が叫んだ。ハンドルを握り、前方を注視したままの機関士もこめかみから一筋の鮮血がだらだらとカッターシャツを汚している。

 

 至近で炸裂した爆弾の爆風をものともせず、列車はギィィイ、と甲高い制輪子と車輪が擦れる音を撒き散らしつつ爆煙を割って煙を引いたままのローズピンクの電機は青森駅5番線へと高速で飛び込んできた。

 非常制動によって長い長いホームをいっぱいに使い、列車は何とかホームへと収まった状態で停車した。

 

 そして、開扉と同時に待ってましたと少女たちが客車を飛び出し、一目散に跨線橋の階段を駆け上がっていく。

 一路目指すのは第2岸に係留されている八甲田丸。跨線橋がそのまま連絡橋となり船へと続いているのだ。

 

 艤装の一部である靴で固い床を蹴り、150mほど進むとそれはそこにある。

 青函連絡船八甲田丸。止まることなく階段を駆け上がり航海甲板と同じ階へあがる。つまりは最上甲板である。

 

「17小隊、出撃します!」

 

 不知火を先頭に次々と少女たちは青森の海へと飛び降りていく。高さが高さゆえに一旦膝上にまで沈み込んでしまうがすぐに主機の推進力と浮力により浮上する。

 

「うぅ~冷たーい!!」

「冬ですからね」

「もう青森公安室の部隊が展開しているわ! 早く合流しましょう」

「そうですね。全艦輪形陣、全進一杯!」

 

 依然として大編隊が空を埋めつくし青森の市街地から次々と火の手があがる中、果敢に対空砲火を撃ち上げている三人の艦娘がいた。

 青森鉄道公安室所属の磯波、響、電だ。

 

「撃っても撃ってもキリがないのです!」

「つべこべ言うんじゃない。私たちがやらないと市民にもっと被害が出るんだ」

 

 そこへ雲の切れ間から飛び出してきた20機ほどの零戦が次々と敵機に食らいついた。瑞鳳が放った零戦隊だ。

 真下から機銃弾の雨を浴びせると12機の新型機(タコヤキ)が火を吹いて海面へと吸い込まれていく。深海棲艦機もこれ以上被害を増やされては堪らないと零戦隊がターンするまでの間に慌てて散開する。その隙をついて不知火たちは奮闘していた三人に駆け寄った。

 

「こちらは大阪鉄道公安機動隊第17小隊です。不知火以下8名これより戦列に加わります」

「あっありがとうございます! 青森鉄道公安室の電です。よろしくお願いいたします」

「さ、敵が態勢を乱している間に態勢をととのえましょう」

 

 片手間に15.2㎝砲で向かってきた従来型機を追い払うと陣形を組み直すよう提案する。

 青森の3人を加えた小隊は狙われないよう即座に移動を開始した。

 一方の眞鍋ら舞鶴鎮守府の一行も、青森の防空に参加するため艤装をコンテナから取り出し、出撃準備を整えていた。

 

「よし、燃料よいか。弾薬は」

「燃料弾薬ヨシ」

「機関の暖気は」

「十分です」

「雲がある。対空警戒には細心の注意をはらってな。よし、行ってこい」

 

 長距離列車も発着するため広くとられたホーム上へ艤装と工具を広げながら急ピッチで準備を進めていく。

 

「ふふ、ようやく戦闘か……胸が熱くなるな……!」

「あら、ノリノリね。長門」

「ずっとあの中でじっとしていたからな。体の凝りをほぐせそうだ」

 

 装備点数の少ない駆逐艦や巡洋艦はさっさと準備を終えて出ていってしまっており、ホームには艤装を四苦八苦しながら運搬する整備兵と国鉄の職員、それから戦艦だけが残っていた。

 

「おお、陸奥も終わったか」

「ええ、やっとよ? まぁ私たち(戦艦)は仕方ないわよね……」

 

 とはいえ、青森駅も駅舎や一部の側線、それに近隣の車両基地もすでに被害を受けており、もどかしさを感じていた。

 

「んん?」

「どうしたどうした、不具合か?」

「いや、あれは……」

 

 ふと、作業中の整備兵が気づいた時にはソレはまさに攻撃態勢に入ろうとしていたところだった。

 

「4時方向、敵機!」

 

 低空を単機で突っ込んできた深海棲艦機はまず東から西へ横切りながら一度目の銃撃を行い、青森駅を通りすぎるとさらにターンして二度目の銃撃を加えるべく降下してきた。

 

「長門!」

「させないさ!」

 

 次の標的とされたホームのない線路に停まっていたディーゼル機関車とその近くに建つ詰所に機銃掃射をかける深海棲艦機へ、長門型の2隻が一斉砲撃を浴びせた。

 たまらず上昇に転じた敵機は上空から逆落としに急降下してきた零戦の餌食となった。

 もうもうと立ち込める黒煙の中に立つ陸奥はやや不満気な顔だ。

 

「あらあら。手柄、とられちゃったわね」

「戦艦では航空機には勝てんさ。あれでいい。さ、私たちも出撃()ようか」

「長門、青森駐屯地や市街地の被害が拡大しています。頑張ください」

「了解した。提督」

 

 眞鍋に対し、ピシッと敬礼すると跨線橋を駆け上がっていった。

 

「さて、最前線だな。ここは」

「ああ、まったくだ」

 

 四方八方から聞こえる怒声や爆発音、土が掘り返される音に航空機の爆音、それから火の中を駆け回って消火にあたるサイレンの音。それらがごちゃ混ぜになった騒音がここが戦場であることを強く主張していた。湾の奥に位置し、比較的安全であった青森の街はいまや見る影もない。

 

 市街地を防火服を着込んだ集団が走り回る。

 

───急げ! ここだ、早く火を消せ!

───駄目だ! 防火水槽の水が足りねぇそ!

───オイ、川の水さ引っ張ってこい!

 

 

 

 

 倒壊した家屋の火が燃え移った男が火だるまになる。

 

───た、助けてくれ! 火が火が!

───誰か! 夫が火だるまに!

───奥さん、もうだめだ。あんただけでも逃げな!

 

 

 

 

 空襲を逃れ市街地を離れようとする避難民には機銃の雨が降り注ぐ。必死に我が子の手を引いて連れていく両親を嘲笑うかのようにパニックになった集団はバラバラに逃げ惑い、親子は離ればれとなってしまう。

 

───お母さん! お母さん!

───すみません、すみません! 娘がそこに!

───邪魔だ!

───娘がそこにいるんだ! 誰か!誰か!

 

 

 


 

 

 

 

「ひどい有り様だな……」

 

 敵機が引き上げた空に偵察機を放った長門がポツリと呟いた。

 

《どれ程の被害が出ている?》

「今も市街地のあちこちからもうもうと煙が上がっているな……反面、海上の船舶の方はほとんど被害がない。青森駐屯地もひどく叩かれている。鉄道の方は見える範囲では大丈夫そうだ」

《了解した。これで空襲が終わりとも思えん。順次補給して第二波に備えろ》

「了解だ」

 

 第一波を凌ぎきった艦隊は青森の電と舞鶴の比叡が小破判定とはいえ、全艦健在と言えた。

 しかし、武本らが予測した通り、攻撃隊を収容した母艦は着々と第二次攻撃隊の準備を進めていた。

 第一次攻撃隊が引き上げてからおよそ40分。再び敵機接近の報がもたらされた。

 第二次攻撃を最初に捉えたのはやはり三沢基地のレーダーであった。機数にして約280機。第一次攻撃で相当の撃墜数を出したはずだが、それを上回る戦力をつぎ込んできたのである。

 

「全機突入、迎撃開始!」

「これ以上は……やらせません!」

「正面反航戦は他の隊に任せて。第六〇一航空隊、全機敵機上方に回って!」

 

 青森湾の上空、高度500mで会敵した両軍は正面反航戦(ヘッドオン)で衝突した。

 いの一番に突撃を敢行したのは飛龍の紫電隊である。紫電改二で構成された54機の飛龍隊は爆撃機を分離して前に出てきた護衛戦闘機隊を初撃で11機を撃破し、第二次空襲の火蓋が切られた。

 遅れて赤城航空隊が分離した爆撃機に群がり深海棲艦爆撃機の一部も爆弾を分離して果敢に反撃に出る。

 飛龍隊、赤城隊ともに初撃では敵航空隊に痛打を与えたものの、即座に態勢をととのえ反撃に転じた敵機になかなか攻めきれず一部の爆撃機が防衛ラインを犯し始めていた。

 

「今よ! 全機、上方より奇襲をかけて!」

 

 じっと機をうかがっていた大鳳隊の54機の烈風は待ってましたとばかりに雲を突き破り低空まで降下してくると艦隊に接近している敵航空隊の背後から一斉に攻撃を加えた。

 

「大鳳さん!?」

「爆撃機は任せてください。あなたたちは敵戦闘機の排除を!」

「わかりました!」

 

 大鳳隊の烈風はその性能を存分に発揮し次々と敵機に食らいついては穴だらけにしていく。

 中には赤城、飛龍隊を振り切った戦闘機が妨害に飛び込んでくるが通常型はもとより新型機(タコヤキ)も数機で囲み、即座に排除する。

 しかし、爆撃機に混じるタコヤキ(新型機)は烈風に食らいつかれてもなお、それを振り切るほどに腕のいい機体ばかりであり、遂に艦隊への接近を許してしまう。

 

「くっ……いくらなんでも敵機が多すぎるわ。食い止めきれない…!」

「……よし! よくやってくれた。あとは我々の力の見せ所だ。対空戦闘用意、弾種三式! 赤城、飛龍、大鳳が敵機を大幅に減らしてくれた! ここで全滅させるぞ!」

「全艦対空戦闘用意、各自僚艦との距離をとり射撃に備え。敵速640ノット、距離4200、北西北から南東方向へ飛行中! 各艦統一射撃用意、全艦照準合わせ!」

「響、対空装備が一番充実してるのはお前だ。頼んだぞ」

「了解」

 

 艦隊旗艦長門の号令一下、戦艦の一斉砲撃に続いて各個射撃を開始する。駆逐艦は対空電探、主砲に代えて10㎝高角砲を積み、秋月型2隻を擁する艦隊の対空防御は猛烈なものとなった。

 ある機体は弾幕に阻まれ上昇に転じたところを追いすがってきた飛龍の紫電に叩き落とされ、雷撃進路へ入った攻撃機は進路上へ水柱を作り続ける響の射撃にからめとられた。

 三機編隊で山城を襲った爆撃機は投弾後すぐに大和の対空砲火に当てられ飛ぶのもやっとの状態となり一機はそのまま海面へ飲み込まれていった。

 対する深海棲艦機も必死である。上空から突っ込んでくる爆撃機に夢中の電の背後から忍び寄った3つのタコヤキは彼女に三本の魚雷を至近から叩き込み被弾炎上させた。

 

「電ちゃん!」

「磯波! 電を担いで早く回避行動を!」

 

 駆逐艦一隻を轟沈寸前に追い込むには充分の火力を叩き込まれた電は艤装は熱と衝撃でひしゃげ、あちこちに火傷を負い、磯波が担いだ時にはすでに意識を手放していた。

 

「一機も生かして帰さないよ! ураааа!」

 

 妹の敵とばかりに青森の響は主砲を連射して弾幕を張ったものの、逃げる相手には意味などなく、逃げ切られてしまった。

 

「そこだ! 撃て!」

「全砲門、FIRE!」

「ガンガン撃って! 長10cm砲ちゃん、もっともっと! 頑張って!」

 

 二つの輪形陣のうち、大和を中心とした輪形陣で一際盛んに撃ち上げていたのは金剛、初月、照月のグループである。その濃密な弾幕は敵機をほとんど近づけさせず、その快速で迫り来る魚雷もひらり、ひらりと躱してみせた。

 航空隊も負けてはいられない。直掩隊と合流した前に出ていた迎撃隊も、投弾態勢の敵機に後ろから雨のように弾を浴びせて攻撃を阻止していった。

 

 どれ程経っただろうか。気がつけば朝を指していたはずの時計の針はもうお昼時の数字を指している。

 

「まったくしつこいわねこいつら……!」

 

 長時間の戦闘にイラついた山城は遠ざかっていく深海棲艦機についつい悪態を吐いてしまう。その後方にいた大和が最大船速のタックルを突如としてお見舞いしたのはそのときだった。

 

「山城さん歯ァ食いしばってください!」

「ちょっなに!?」

 

 ゴン、という双方の艤装がぶつかる鈍い音と衝撃とともに前に押し出された山城が抗議の目を大和に向けるとその後ろを魚雷が通過していった。

 

「ふぅ…手荒な真似をしてしまってごめんなさい。でも、これしか方法がなかったんです」

「あ、ありがとう……」

 

 その雷撃を最後に、深海棲艦機は高度を上げて編隊を整えると引き上げていった。

 

「おお……日向、敵機が引き上げるぞ!」

「今の攻撃が最後だったみたいだな」

「お疲れ様、全機帰投して!」

 

 第二次攻撃は一時間半に渡って続いたが、国鉄と海軍の連合艦隊は、三隻の大破艦を代償に青森市街地への更なる被害を防ぎきることに成功した。

 この空襲による死傷者は市役所など行政施設も被災したためすぐには集計できないだろう、と車中で武本は語った。

 線路の安全確認がとれ、機回し中に故障したローズピンクの機関車の代わりにエンジ色のディーゼル機関車DE10形が重連で客車を青森から引き出したのは日が傾き始めた頃だった。

 空を覆っていた雲が晴れた時には既に太陽は地平線に潜っていた。日本海に侵入していた深海棲艦群を一掃したのは呉と横須賀の精鋭たちだったという。

 曰く、何故か空母がほとんど攻撃してこなかった。

 曰く、水雷戦隊が水を得たように吶喊した。

 曰く、ダメージコンテスト

 そんな噂を聞いたのは大湊に腰を下ろしてからだった。

 

 

 東北本線をノロノロと東進し、野辺地駅からは大湊線を北上した列車が大湊駅に着く頃には日はとっぷりと暮れてしまっていた。

 

《長旅、大変お疲れ様でした。てっぺんの終着駅、大湊駅に到着です》

 

 そんなアナウンスに促され、駅に降りると無数のトラックとそのヘッドライトに照らされた大淀、明石が待ち構えていた。

 

「お疲れ様です。大湊基地よりお迎えに上がりました!」

 

 敬礼に答礼しつつ疲労困憊という言葉が似合う舞鶴の面々はヘロヘロになりつつ整列する。

 

「ご苦労、舞鶴の武本だ。出迎え感謝する」

「お待ちしておりました。皆様、どうぞご乗車ください」

 

 そう言って大淀が指差すのは後ろのトラックである。寝台車に乗り慣れた長門たちは一様に嫌な顔をするが命令とあれば乗らなければいけないのが軍隊というところだ。

 

「よし、総員乗車!」

 

 提督がこう言えば彼女は冷たくて硬い椅子に座らなければならないのである。そして外と隔てるものは薄い幌しかない。地獄だ。

 

「これが青森の英雄様への待遇か!」

 

 次々と雪の積もる道を走り出したトラックの荷台で震えた舞鶴鎮守府組が大湊基地の割当部屋にたどり着いたのは午後9時30分。

 

 帰りの移動手段ももちろん列車だと聞かされた艦娘たちから眞鍋、武本両名に浴びせられたのは豪雨というにふさわしい─────────

 

 

 

─────────非難の【雨】だった。

 

 

 

 

緊急戦力輸送 完

 

 

 




これにて拙作「緊急戦力輸送」は完結となります。お付き合いいただきありがとうございました!
執筆スピードが遅い自分が憎い!


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須賀海高校の恋愛事情(仮)(紫和春)
1話 プロローグ


 なんだこれは……。(まともに恋愛小説書いたことない奴が執筆するとか)たまげたなぁ。ほんま草生えますわ。
 迷走重ねすぎて何書きたいのか全然分からん!
 多分作者の性癖モリモリなので精神に支障をきたした方は、すぐに読むのをやめましょう。そんなことにはならないとは、思う……ゾ。



 ここは横須賀にある私立須賀海(すがみ)高等学校。中堅の進学校でありながら自由な校風を持ち合わせている学校である。

 そんな学校に通う堤和也は、この4月で2年生に進級した。とは言っても特に友達も多くないが、それなりに充実した生活を送っている。

 そんな彼には一つ懸念すべき問題があった。

 

「やっほーカズヤン!」

 

 学校に続く桜並木の向こうから走ってくる、薄緑色のロングが特徴的な一人の美少女。彼女こそが和也の抱える問題であった。

 

「いい加減その呼び方やめてくれない? 鈴谷」

「別にいいじゃん。幼馴染なんだし」

 

 その正体は彼の一つ上の幼馴染の鈴谷であった。

 和也と鈴谷は家が隣同士であり、物心ついた頃から一緒にいるほどの仲である。中学生の一時期は離れ離れになっていたこともあったが、現在は元に近い関係にまで戻っている。

 

「いやー、カズヤンももう2年生かぁ。時間が経つのは早いなー」

「鈴谷もそんな変わらないでしょ」

「そうかなぁ?」

 

 鈴谷はわざとらしくとぼける。これには和也も頭を抱えるしかなかった。

 そうしているうちに二人は昇降口に着く。

 

「じゃ、またあとでね!」

 

 最初から最後まで振り回しっぱなしの鈴谷であった。

 


 

 和也は、新しい教室の扉に張り出された座席表を確認すると、静かに教室に入っていった。彼自身友達は少ないことを自負しているため、誰が同じクラスであるかなんて考えるだけ無駄だと思っている。

 彼の席は教室後ろの廊下側だった。とても良い席とは言えないが、仕方がないことを彼は悟った。

 そのまま荷物を机の横に引っ掛け、顔を机に伏せる。誰とも関わらないようにする方法の一つ、寝たふりだ。

 しかし、その寝たふりを阻止した者がいた。

 

「和也君?」

 

 声を掛けられ、仕方なく顔をあげてみると、そこには黒の短髪が似合う少女の姿があった。

 

「速吸か」

「良かった、知り合いがいて……。一人だったらどうしようかと思ったぁ」

 

 女子テニス部のマネージャーをしている彼女は、去年一緒のクラスだった。活動的な見た目に反して人見知りな部分があり、和也同様あまり友達は多いとは言えない。むしろ部活以外では彼しか友達がいないような状況である。

 

「席もちょうど隣だし、また一年よろしくね」

「はいはい」

 

 和也の素っ気ない返しに、速吸はニコッと笑いかけた。

 


 

 和也は部活には所属していない。その代わり委員会に所属している。彼は図書委員なのだ。

 彼が図書委員になった理由は一つしかない。やることが簡単だったからである。そもそもこの学校の図書室は人の出入りが少ない。勉強のために訪れる者もいるが、大抵は受付のところに座っているだけでよいのだ。

 そんな理由で入った図書委員会であるが、この日は新しく委員会に入った新入生との顔合わせがあった。

 今年は2人が入ってきた。一人は関口という男子だ。まだ中学生の気分が抜けきっていない。

 もう一人は女子だ。白に近い銀色のボブヘアーが特徴的な愛らしい容姿をしている。

 

「浜風です。よろしくお願いします」

 

 礼をした姿からは根っからの礼儀正しさを感じられた。

 顔合わせのあと、さっそく委員会の仕事をしてもらうことになった。二人にはそれぞれ上の学年の委員がつくように組まれる。

 この日の担当は俺と浜風に決まった。

 

「今日はよろしくお願いします、堤先輩」

「あぁ、よろしく」

 

 なんと淡白な会話なんだろうと和也は思った。

 




 それぞれの話は時系列順に並んでますが、互いに独立しているので好きなルートから読んでください。


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2話 【√鈴谷】

 6時限の授業が終わり、和也は荷物をまとめて帰路に着く。今日の委員会はないため、さっさと帰ろうと思ったのだ。

 昇降口から出た直後、後ろから聞いたことのある声が和也を引き留める。

 

「カーズヤンっ、一緒に帰ろっ!」

「鈴谷……。あだ名で呼ぶのやめてって言ってるよね?」

「ブー、けちんぼ」

 

 鈴谷は頬を膨らませる。

 

「はいはい、ケチですよ」

「……一生守るって言ったじゃん」

 

 鈴谷がボゾッと一言零す。

 

「なんか言った?」

「なーんでもないっ」

「あっそ」

「あ、そうだ。今日カズヤンの部屋行っていい?」

「急だな」

「ねぇ、いいでしょ?」

「はぁ……、嫌だって言っても来るんだろ?」

「まぁね」

「しょうがねぇなぁ……」

「あざーっす!」

 

 そういって鈴谷は和也の腕に抱きついた。

 

「ちょっ、鈴谷!?」

「いいじゃんいいじゃん♪ それとも何? 恥ずかしい?」

「そりゃあ、恥ずかしいよ……」

 

 確かに恥ずかしいが、鈴谷の笑顔を見てしまったら無理やり引きはがすのもはばかられるものだ。

 二人はくっついたまま、和也宅へと向かった。和也は家の鍵を取り出し、玄関の鍵を開ける。

 

「今日おばさんパートだっけ?」

「あぁ、今日も8時くらいまで帰ってこないな」

「ふーん」

「飲み物持ってくから、俺の部屋行ってていいよ」

「そうするー」

 

 鈴谷は階段を上がり、二階にある和也の部屋へ向かった。和也はペットボトルのお茶とコップ二つを持って自室に行く。

 自室のドアを開けると、鈴谷は漫画が納められた本棚を眺めていた。

 

「ねぇ、カズヤン? 『群青のエース』の続きある?」

「ない」

「買ってきてないの?」

「最近財布の紐が固いからな」

「むー……、ほかの読も」

 

 鈴谷は不満そうな顔をする。ないものはないのだから、きっぱり諦めてくれと和也は思った。

 和也は持っていた荷物を全部置き、そのままベッドへ倒れこむように横になる。

 

「そこ鈴谷が使おうと思ってたのに」

「今日は疲れたし、もう眠い。ちょっと寝るわ」

 

 目をつむって数分もしないうちに、和也は眠りについた。

 


 

 和也は夢を見ていた。とても懐かしい記憶のような夢。

 幼少期によく遊んでいた近所の公園。和也はそこのアスレチックのそばにいた。

 アスレチックの一番高いところには大人一人分が入れる程の小さな空間がある。そこからすすり泣く声が聞こえてきた。和也はそこに上ってみる。外から覗いてみると、どこかで見たことある、薄緑色の髪をした小さな女の子が泣いていた。

 そこに同じ年と思われる男の子が、女の子目指して一目散に上ってくる。この時和也のことなど、まるで空気のごとく無視していった。

 

「やっぱりここにいた」

「ぐす……えぐっ……」

 

 男の子は何も言わず、女の子の横に座る。

 しばらく二人は並んだままでいた。その間も、女の子はしゃくりながら静かに泣き続けている。

 

「……ねぇ」

 

 静寂を破ったのは女の子のほうだった。

 

「やっぱりすずやって変なのかな?」

 

 一部声が聞こえない。しかし、それが女の子自身のことを指していることは和也には理解できた。

 

「全然、そんなことないよ」

「ぐすん…、ホント?」

「ほんとだよ。僕はすずやのこと変だとは思わない」

「でも……、また笑われたらどうしよう?」

「その時は僕が守る。ずっと守るから」

「……絶対?」

「絶対」

「約束だよ」

 

 そう言って女の子は小指を出す。男の子も小指を出し、指切りを交わした。

 


 

 ふと目が覚める。

 和也は何かひどく懐かしい夢を見たような気がした。

 

(……何だったんだ?)

 

 ふと窓の外を見る。太陽はすでに顔を隠し、夕焼けが名残惜しそうに空を赤く染めていた。

 和也は今の時間を見ようと体を動かそうとする。しかし、腕に何かがまとわりついているような感覚があり、うまく動くことができない。和也が何かと思ってふと頭を動かすと、あるものが目に飛び込んでくる。

 それは和也の腕を抱き枕のようにして眠る鈴谷の姿であった。

 

「す、鈴谷!?」

「すぅ……」

 

 その寝顔は、まだ子供のようなあどけなさを残しつつも大人の女性に近づいている印象を持たせる。まじまじと顔を見た和也は、何か胸の奥に来るものを感じた。

 

(鈴谷が可愛く見える……)

 

 和也は今まであまり意識してこなかったが、鈴谷はまさに美少女を体現したような容姿をしている。

 今更ながら鈴谷のポテンシャルの高さに気が付いた和也は、なぜだか鈴谷の顔から眼を離せずにいた。

 

「……いつまで見てるの?」

 

 ふいに鈴谷が声をかける。

 

「起きてたのかよ」

「そんなに熱い視線を送られちゃね」

 

 鈴谷はいたずらっぽく笑いかける。

 彼女の行動に和也はふいと顔をそむけた。意識しだした途端に彼女のことを直視できなくなったのだ。

 

「ほほーう?どうしたのかなカズヤくーん?」

「うっさい」

「ほれほれ、こっち見んしゃい♪」

 

 悪い笑顔をしながらニヤニヤと近寄ってくる鈴谷。そのまま顔をこっちに向かせるように手を伸ばしてきた。

 

「てか、なんで鈴谷が俺の横で寝てたんだよ」

「だって鈴谷も寝たかったしぃ」

「だからってさ、普通は男のいるところで寝るか?」

「カズヤンだからへーきだよ」

「そうじゃないだろ……」

 

 和也は別の質問をすることで、話題を反らそうとしたつもりだったが、そんなものは関係なく鈴谷は接近してきている。すでに彼女は、頬を紅く染めていた。

 ほんの数秒が、とてつもなく長く感じる。鈴谷の動作一つ一つが止まっているようだった。

 ゆっくりと、鈴谷の手が和也の頬に触れる。その手は和也の存在を確かめるかのように、静かに肌を撫でていく。

 

「す、ずや……?」

「カズヤ……」

 

 いつの間にか両手が顔を左右から挟むようにして添えられている。二人はすでにベッドの上に座り込んでいて、鈴谷はさらに体ごと和也に近づけていた。

 鈴谷の体がある程度まで近寄ったとき、まるで待っていたかのように素早い動きをする。その動きで体は密着し、そして唇も重なり合った。

 

「っ!」

 

 和也は驚きのあまり固まってしまう。鈴谷が自分とキスしているという事実が和也の頭の中を支配していった。

 和也に体を預けるように近づいた鈴谷。グッと体重をかけていたこともあり、和也を下にするようにベッドへと倒れこんだ。その時になって、ようやく二人の唇は離れた。

 今、鈴谷が和也の上に覆いかぶさるような体勢になっている。鈴谷の高揚とした目が、ジッと和也の瞳を捉えていた。

 

「鈴谷、お前寝ぼけてんだろ……?」

 

 和也としては、こんな鈴谷を見たことがなかった。ましてや自分に対して恋心を抱いてるなんてことはあり得ないに等しい。和也はそう思ったのだ。

 

「そんなんじゃないし……。鈴谷は……」

 

 和也の考えを否定した鈴谷は、一瞬のためらいを見せると、一筋の涙を流す。

 

「ちょ、え?」

「……ごめんね」

 

 鈴谷が一言だけ謝ると、彼女は和也の首に腕を回し、再び唇を重ねる。

 二度目のキスに、和也はまた驚いてしまう。和也は彼女がここまでする理由を尋ねたかったが、一心不乱に和也を求める姿を見てしまうと、どうしても拒むことができなかった。

 また長いようで短い時間が過ぎ、また二人は離れる。だが、鈴谷は和也にべったりとしたままだ。

 

「……ごめんね」

「なんで謝るんだよ、理由があるなら話してくれ」

 

 鈴谷は視線を外したまま、若干震えた声で訳を話す。

 

「……鈴谷はさ、小さいときにイジメられてたじゃん?」

「あぁ、そうだな」

「その時さ、よくカズヤが助けてくれたり、慰めてくれたよね?」

「そう……だったな」

 

 和也の頭の奥にある、かすかな記憶。幼少期から、他人とは大きく異なる容姿を持つ鈴谷はいじめの対象になりやすかった。それを身を挺して守ったのが和也である。

 この時和也は思い出した。さっきまで見ていた夢のことを。忘れかけていた記憶の一つ、鈴谷を守るという約束である。和也は忘れかけていたが、鈴谷はずっと覚えていた。今まで鈴谷の中で抑えていた感情が、この時になって爆発したのだ。

 

「鈴谷……」

「カズヤぁ……」

 

 もはや余計な言葉はなかった。和也は手を鈴谷の頭に乗せ、やさしく撫でる。鈴谷は顔を和也の胸にうずめ、彼のぬくもりを感じる。今の二人にはそれだけで十分だった。

 一体それだけの時間がたっただろうか。それだけ二人は二人だけの時間を共有していた。

 目と目が合う。それを合図にするように、何度目かの口づけをする。その時だった。

 

「ただいまぁ!」

 

 和也の母親が帰ってきたのだ。二人は急に現実へと戻された。

 

「やべぇ!母さん帰ってきた!」

「ちょ、待ってカズヤン!」

 

 そのあと母親に見つかるも、何とかごまかした二人であった。

 翌日、学校に登校する和也。その後ろから、聞き覚えのある声が近づいてくる。

 

「ちーっす、カズヤン!」

「その呼び方はやめてくれよ、鈴谷……」

 

 いつも通りの会話だったが、和也は内心緊張していた。昨日のことを思い出せば、簡単に彼女のことを見ることなどできないからだ。

 

「……ーい、カズヤンってば!」

「な、なに?」

 

 鈴谷に呼ばれ、反射的に顔を向ける。その瞬間、鈴谷が軽いキスをする。

 

「……え?」

 

 和也は、その行動に一瞬戸惑った。

 それを見た鈴谷は小悪魔っぽく笑う。

 

「いっひひー!昨日のお返し!」

「なんだそれ……」

 

 和也は、なんとなく笑みがこぼれてしまった。いつもの彼女がいたからだ。

 いや、彼女は少しだけ違っていた。

 

「カズヤ、好きだよ」

 

 初恋の彼から、少しだけ勇気をもらった彼女がそこにいた。

 



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3話 【√速吸】

 5月の連休が終わり、和也にとっては気が重い登校となった。眠そうな顔をしながら教室へと向かう。

 教室に入り、自分の席に座ると顔を伏せた。このままホームルームまで惰眠を貪ろうと思ったのだ。しかしそれを阻止したものがいた。

 

「和也君、起きてる?」

 

 声の主は、隣の席の速吸だ。あまり気乗りしないが顔を上げる。

 そこにはお手本のような困った顔をした速吸が立っていた。

 

「……要件は?」

「ちょっと……数学の宿題忘れちゃって……」

 

 和也は何となく彼女が言いたいことを察する。つまりは和也のノートを見せてほしいとのことだろう。

 

「はぁ……」

 

 和也は小さくため息をつくと、バックからノートを取り出す。それを彼女へと差し出した。

 

「授業前には返してくれよ」

「あ、ありがとう」

 

 速吸は少しだけ不器用に笑った。和也はその顔に、なんとなく違和感を感じるのだった。

 別の日。授業が急に変更され、移動しなくてはならなくなった。この授業の担当は急に予定を変えることなど滅多にしない人だ。珍しいこともあるのもんだなと和也は思った。

 移動教室になったからには準備をしなければならない。和也は必要なものをバックから取り出す。いつも使っているノートが見当たらず、探し出した時には教室には誰もいなかった。とにかく授業に遅れないように教室を出ようとした。

 ドアを開けようと手をかけた瞬間、わずかにだが早く開く。

 そこにいたのは速吸だった。急いでいたのだろうか、勢いあまって俺の胸に飛び込んできた。

 

「きゃっ」

「うおっ」

 

 あまりにも唐突のことだったため、和也は体を引きつつ速吸の肩を抱きとめる。

 

「速吸、大丈夫か?」

 

 和也が聞く。彼自身は問題なかったが、どうやら速吸のほうは無事ではなかったようだ。

 

「あっあっ……かかっ、和也……くんっ!?」

「あぁ。どこか痛いところはないか?」

「だだっ、大丈夫ですっ」

 

 一瞬、今の状況を飲み込めていなかった速吸。気づいた瞬間に顔を真っ赤にし、ものすごい速さで和也から距離を取った。

 

「ご、ごめんなさい!」

「いや、大丈夫。それよりも早く準備した方がいいよ」

「えっ?」

「次の授業、移動教室になったから。急がないと遅れるぞ」

「えっ、あっ、えっ?」

「ここで待ってるから、早く用意しなよ」

「あ、うん……。ありがとう……?」

 

 速吸は若干の混乱を交えながら、自分の荷物の元へと向かう。その間にも、速吸は和也のことをチラチラと見ているのだった。

 ちなみに授業には間に合った。

 


 

 その夜、和也は最近の速吸の行動について思考を張り巡らせる。どうも自分に対して、よく関わってきているとは思っていた。しかし、それがどういう感情によって起こされる行動なのか、これが分からなかった。一応分かることは、一定の信頼を得ているらしいということだけだ。

 そんなある日、和也は放課後の暇になった時間を使って校庭を回った。この時は、なんとなく散策したい気分だったのである。

 ちょうど運動部が部活に励んでいる横を通っていく。和也にとっては運動部とは無縁の関係だ。

 和也は特別運動が苦手というわけではない。ただ、なんとなく運動することに抵抗感を感じているのだ。和也自身、これは言葉にして説明することができない。

 そんなどうでもいいことを頭の中で考えていると、建物の影から誰かが飛び出してくる。和也はそれに対して反射的に体を引いた。

 目の前をフッと通り過ぎる。直後に訪れる落下音。

 

「あいったたた……」

「ん?速吸か?」

 

 そこにいたのは、テニスボールが入ったカゴを落とした速吸の姿だった。どうも地面に躓いてよろけたみたいで、顔を少し赤らめいていた。

 

「え、あっ、和也く……ん?」

「おう。速吸は部活か」

「う、うん」

 

 和也の問いかけにうつむき加減で答える速吸。これまでと同じように若干挙動不審なところは変わらない。

 彼女との会話が途切れる。彼女は何か考えるそぶりをしたが、結局は何も言わずに転がったテニスボールを拾い出した。

 そんな彼女の姿を見た和也は、一緒になってボールを拾い集める。

 

「え、なんで……?」

「俺も悪いことしたみたいな感じだったし。これ、一緒に運ぶよ」

「で、でも……」

「いいから」

 

 半ば無理やりではあるものの、和也が荷物を持つ。速吸は数秒のためらいの後、それに甘えた。

 ここからテニスコートまでは遠くなく、すぐに到着する。

 

「あら、珍しい方がおりますわね?」

 

 彼女はテニス部の部長である三隈だ。鈴谷とは知り合いで、それもあってか和也とも顔見知りである。

 

「ちょうどそこで速吸と会ったもので。ちょっと代わりにボールを持ってきたんですよ」

「お暇なんですね」

「せめて予定がないと言ってください」

「冗談ですわ」

 

 彼女が言うと冗談に聞こえないと和也は思った。

 

「ところで、速吸さんはどちらに?」

「え?」

 

 速吸は先ほどまで和也の横を歩いていた。だが今はその姿が見えない。すると、和也の背中に何かが寄りかかる感覚を覚える。

 振り返ってみると、速吸が和也の背中に体を預けていた。一体どうしたのかと聞こうとする前に、彼女の体は重力に引かれるように崩れ落ちる。

 

「お、おい!?速吸!」

「大変ですわ!早く保健室に!」

「先生に伝えてきます!」

 

 和也が慌てる中、三隈は比較的冷静だった。それは部員も同じだったようで、かなり素早い行動をとる。

 和也は三隈に催促される形で速吸を保健室に運び込む。この時、いわゆるお姫様抱っこの形になってしまったのは仕方のないことだろう。

 


 

「軽い風邪ね」

 

 保険医の足柄先生は軽く言う。

 

「とりあえず今は安静にすること。目を覚ましたら水を飲ませること。あとは体調を見てすぐに帰りなさい」

「はい」

「分かりましたわ」

 

 速吸が寝かせられているベッドの横で話を聞く和也と三隈。保険医はそれ以上言わず、用事があるとだけ言って保健室を出て行った。

 入れ替わるようにして入ってきたのは、テニス部の顧問である。三隈が事情を説明するため、保健室の外に出た。

 ふと、和也は速吸の顔を見る。微熱があるのか、やや苦しそうな表情をしていた。和也は、これ以上何もしてやれないことに不甲斐なさを感じる。

 

「和也さん」

 

 顧問との話を終えて、三隈が戻ってきた。

 

「ちょっと保健室を離れなければならなくなりましたの。和也さんには悪いのだけど、速吸さんのことを見ててくださいません?」

「えぇ、大丈夫ですよ」

「ごめんなさい、なんだか巻き込んでしまったようで……」

「いえ、お気遣いなく」

 

 そうして三隈は保健室をあとにした。

 夕日が和也と速吸の二人を照らす。速吸の規則正しい呼吸だけが保健室に響きわたる。

 速吸の様子を見れば、だいぶ症状は治まったと和也は思った。

 

「起きたら、家まで送ったほうがいいかな」

 

 和也はポツリとつぶやく。帰宅途中にまた倒れても大変だ。和也の中にある、わずかな罪悪感が責任を感じさせていた。

 

「ん、うぅ……」

 

 速吸が目を覚ます。

 

「速吸、起きたか?」

「んん……。あれ、和也君……?」

「おう、具合はどうだ?」

「……っ!」

 

 寝ぼけた様子の速吸。和也が声をかけると完全に目が覚めたのか、一瞬で顔を夕日のような真っ赤に染め上げた。そのまま速吸は布団をかぶり、隠れてしまう。

 

「どど、どうしてここに?」

「速吸が倒れたから俺が運んできてな、起きるまで様子見てた」

「え、それって……うぅー……」

 

 事情を知った速吸は余計にうなってしまった。おそらく恥ずかしさでいっぱいなのだろう。正直、和也も速吸を運んでいるときは恥ずかしさで挙動不審になりかけていた。

 

「あの、もしかして迷惑かけちゃった……?」

「迷惑だなんて、そんなことは思ってないよ。とにかく速吸が大丈夫ならいいんだけど」

「うん……。大丈夫、です……

 

 速吸は布団から顔をわずかに出す。その目は親に甘えたい子供のようだった。

 

「とりあえず、これ。起きたら水飲んどけって」

「あ、ありがとう」

 

 和也が差し出したペットボトルを、速吸は起き上がって受け取る。

 ちびちびと水を飲む彼女の姿に、和也は心の奥のほうから湧き出る庇護欲を感じた。

 その時、速吸が持っていたペットボトルから水がこぼれる。量的にはそんなに多くはないが、服を濡らし肌を透けさせるには十分であった。

 

「ぁ……!」

「おいおい、本当に大丈夫か?ちょっと待ってろ」

 

 和也が保健室内の棚にあるタオルを取ってくる。

 

「ほら、これで拭いて」

「う、うん……」

 

 タオルを渡された速吸は、それを使って服に染みた水を拭う。しかし、完全にとはいかず、少し濡れたままだった。

 

「さすがに濡れたままは不味いよな……」

「いやっ、でも、大丈夫だから」

「これ以上風邪がひどくなったら大変だろ。それに、これぐらい甘えておけって、な?」

 

 速吸はそれ以上何も言わずに顔をうつむかせ、小さく頷いた。

 それを見た和也は、自分の持っていた荷物から使っていない体操服を取り出す。

 

「ほら。俺はカーテンの外にいるからこれに着替えて」

「……いいの?」

 

 速吸が問いかけるも、和也はわざと視線を外していた。今の状況を冷静になって考えてみれば、かなり恥ずかしいシチュエーションだからだ。

 

「じゃ、俺はしばらく外にいるから……」

「あ、あの!待って……」

 

 カーテンを閉めようとする和也に対し、速吸は途切れるような声で引き留める。

 

「な、なに?」

「あのっ、着替える、の、手伝って、く、だ、さい……?」

「え?……えっ?」

 

 和也は混乱した。同級生の女子から着替えの手伝いをお願いされるなんて思ってもいなかったからだ。しかしながら、このお願いを無下にするわけにもいかない。和也は決断を迫られた。

 そして答えを出す。

 

「……分かった。手伝うから後ろ向いててくれ。なっ?」

「はい……」

 

 夕方の保健室に男女が二人。これだけを聞くと、なにやらただ事では済まなそうな感じに聞こえるだろう。もちろん和也はそうならないように気を付けていた。

 和也に背を向けるようにベッドの上に座る速吸。緊張しているのだろうか、小さく肩が震えていた。

 和也はそっと速吸の服の裾に手をかける。そのまま上に持ち上げ、脱がしていった。

 裾が胸の下あたりに来ると、和也は小さく耳打ちする。

 

「両手挙げて……」

 

 その言葉通り、速吸は腕を上げて服を脱ぎやすいようにした。和也はゆっくりと、しかし手早く腕を通す。

 服を脱がせる間、和也はあまり速吸のことを見ないようにしていたが、その行為の関係上どうしても彼女のことを見てしまう。

 目の前にはきれいな背中をした少女が一人、顔を赤くしてこちらを窺うように見ていた。速吸も自分から言ったこととは言え、年頃の男子の前でスポーツブラのみでいるのは相当恥ずかしい。

 

「き、着せるぞ……」

 

 和也は一刻も早く、この状況を終わらせたかった。とにかく急いで彼女に体操服を着せることに集中する。

 速吸も同じことを思ったのか、脱いだ時よりもスムーズに行動した。

 なんとか着替えは終了する。和也は内心安心した。まさか自分の提案を彼女がそのまま受けるなんて思ってもいなかったし、その手伝いをするなど想定の範囲外だったからだ。

 

「あの……和也君」

 

 ふいに目の前にいる速吸が声をかけてくる。

 

「どうした……!?」

 

 和也が返事を言い切る前に、速吸が振り向き飛びついてきた。ベッドから飛び出そうな勢いで、和也を抱きしめた。

 突然のことで驚く和也。反射的に彼女のことを抱きしめる。

 

「ど、どうした?」

「あっ……ご、ごめんなさい。迷惑……だよね?」

「いや、迷惑ではないけど……」

 

 和也の答えを聞くと、速吸の瞳から涙があふれだす。

 

「ちょ……、えっ?」

「ぐすっ、えぐっ」

「な、ちょ、え?だ、大丈夫?」

「ひぐっ、大丈夫っ、ですっ。なんだかっ、うれしい感じがしてっ」

「うれしい?」

「速吸はっ、お話するのがっ、苦手でっ、うっ、今まであまりっ、友達がいなくてっ、ぐすっ」

 

 速吸は嗚咽を交えながら、和也の胸の中で自分のことを話した。要領を掻い摘むと、彼女は人見知りがひどくこれまであまり友人を作ってこなかったという。高校に進学したとき、それまでの知り合いが一人もいないことが不安でしょうがなかった。だが、和也がいたことで彼女にとっては大きな意味を持つようになったのだ。

 それが今日になって強く表れたのである。

 ここまで話すと、速吸は落ち着きを取り戻した。

 

「ごめんなさい、今まで黙ってて……」

 

 そう言って速吸は和也から離れようとする。

 しかし、和也は逆に速吸のことを強く抱き寄せた。

 

「ふぇっ?」

「そうか、大変だったよな。ずっと一人で寂しかったよな」

 

 彼女の話を聞いて、和也は彼女のことを慰めようとした。今更慰めても気休め程度にしかならないかもしれないが、和也にとってはそれをしないといけないような気がしたのだ。

 そしてその行動は正しかった。和也のやさしさが速吸の心に突き刺さる。

 

「うあぁぁぁぁぁぁん!」

 

 和也の胸の中で、これまで速吸が心に抱えていた気持ちがあふれ出す。大粒の涙が頬を伝って流れる。和也は速吸の感情が収まるまで、不器用ながら頭を撫で続けた。

 太陽が地平線の向こうへと沈む頃、速吸は落ち着きを取り戻す。この後、和也は速吸から全力の謝罪を受けることになる。

 外はだいぶ暗くなっていた。和也は彼女の今の状態を鑑みて家まで送っていったほうがいいだろうと思っていたが、意外にも彼女のほうから送ってほしいと頼まれる。和也にしてみれば、考えていたことだったため特に断ることもない。

 街灯で照らされる帰り道、二人並んで歩く。

 

「……あの、速吸?」

「何?和也君?」

「どうして腕を組んでるんです?」

 

 なぜだか分からないが、速吸が和也の腕に抱き着いていたのだ。その行動は、和也が敬語になってしまうほどであった。

 

「えへへ。いいの、これで♪」

「……はぁ」

 

 和也にはこんな急に大胆な行動ができるようになったのか分からなかった。

 一方の速吸は、これまでの自分らしくない行動に我ながら驚く。その原因はなにか、彼女には心当たりが一つあった。

 

「もしかして、好きなのかな……」

 

 和也に聞こえないほど、小さい声でつぶやいた。もしかしたら安易な恋かもしれない。それでも彼女にとって、大事な人になったのは変えようのない事実である。

 

「ねぇ、和也君?」

「何?」

「遅くなっちゃったけど、これからもよろしくね!」

 

 速吸の笑顔は、この雲一つない夜空に輝く星のように輝いていた。

 

 




 なんだよ、一番ヒロインしてるじゃねぇか……。


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4話 【√浜風】

 季節は梅雨の時期へと移り変わる。衣替えで夏服へと移行したある日、委員会の担当で図書室にいた。

 最近は図書館に来る人は少なく、ただ受付に座ってるときが多い。人がいないときは本を読んだりして暇を持て余すいるが、最近は少し事情が変わった。

 その原因は大方同じ時間に担当に入った浜風である。その雰囲気は優等生のそれであり、後輩でありながら和也の気は抜けないでいた。

 

「……浜風」

「……」

「雨、やまないな……」

「……」

 

 そして、このコミュニケーションの無さである。いや、どちらかといえば浜風がコミュニケーションを拒否している状態であろう。

 ここまで無言を貫かれると、逆に関心してしまう。何故彼女はそこまで無言を貫くのか。それを知るために、和也は彼女と関係を持つ人物に話を聞きに行った。

 まずは図書委員会の長である阿武隈に尋ねる。

 

「浜風さんですか?えっとぉ……、とにかく真面目って印象かな?それ以上は何もぉ……」

 

 結局は分からずじまいだった。

 和也が次に頼ったのは、浜風の同級生だ。特にクラスメイトである、潮に聞いてみる。

 

「浜風ちゃんのことが聞きたい、ですか?あまりしゃべったことないので……、よくわからないです。ごめんなさい」

 

 残念ながら、潮からも分からないと言われてしまう。代わりに有力と思われる情報を得ることができた。

 どうやら別のクラスから浜風の元に来る人がいるらしい。名前は浦風で、見たところ二つ隣の教室にいるそうだ。

 早速、その情報を頼りに訪ねてみる。和也にとって、全く接点のないクラスに突撃するわけだから、緊張度は半端ではない。どうにか呼び出すことに成功し、話を聞いた。

 

「浜風?うちと同じ中学だったから分かるけんど、あまりしゃべらん娘やね。今もそうやし、あんま変わらんねぇ」

 

 そう言われてしまえば、なんとなく納得してしまう。しかし、続けて話した内容に和也は耳を疑った。

 

「最近は忙しそうにしてたみたいやったんけど、どうも悪いことに首突っ込んでるようじゃね……。こないだも知らん人と一緒におったけん、嫌な予感がしよるよ」

 

 浜風の良くない噂がある……。それを聞いた和也は、胸の奥でモヤッとした何かを感じた。

 和也は浦風から浜風を目撃した場所を聞くと、その日の放課後にすぐ向かった。

 浜風が目撃された場所は、近所でも有名な繁華街だ。平日の夜なら、仕事帰りのサラリーマンが居酒屋で飲んだであろう姿がそこら辺で見られる。

 本当にこんなところに浜風がいるのだろうかと和也は考えてしまう。しかし、現に浦風が見ていると証言しているのだから、間違っていないはずだ。

 とにかく和也は、繁華街のある通りを何往復かしてみる。和也の心のどこかでは、ここに浜風がいないでほしいと願っていた。こんなところに浜風がいるのなら、いったい何が目的なのか。今はそれをはっきりとさせたかった。

 1時間ほどした時、それは突然やってくる。和也の横を須賀海高校の制服を着た、浜風に似た女子が通り過ぎていったのだ。和也は一瞬反射的に振り返る。もしかしたら見間違いかもしれない。いや、和也の心情としては見間違いを期待していた。

 だが、それは叶わない。10メートルほど先には浜風の後ろ姿があり、その隣を30代後半の男性が一緒になって歩いていたのだ。

 和也には周りの喧騒が入ってこなかった。それだけ、和也にとっては衝撃だったと言える。

 だが、ここであっけに取られているわけにはいかない。すぐに浜風のあとを追う。

 和也は二人の後方約5メートルの位置につくと、しばらく二人を追いかける。和也は追跡調査の刑事の気分を感じていた。

 二人が通りから路地裏に抜ける角を曲がったのを確認すると、建物の角に隠れるように移動する。

 和也は覗き込むように、様子を確認した。

 するとどうだろうか。浜風は壁際に寄せられ、男性に何かを言い寄られているではないか。和也から見ると暗くてよくわからないが、彼女の顔は少しばかり不安な表情をしていた。

 和也としては首を突っ込むような事ではないかもしれないが、ただ見ているだけにはいかない。そう考えた次の瞬間には、和也は行動に移していた。

 

「こんな所で何してんだ?」

「なんだ、君は?」

「堤先輩……?」

「もう遅い時間だろ、早く帰るぞ」

 

 和也は半ば無理やり浜風の手を取り、早々にその場を離れる。

 

「僕の話終わってないんだけど!」

「高校生にそんなこと言われても知ったこっちゃないです」

「ちょ、ちょっと先輩?」

「いいから、黙ってろ」

 

 問答無用で浜風を引っ張っていく。

 後ろから男が追いかけてこないように、とにかく無茶苦茶に歩き回った。

 10分ほど歩いただろうか。住宅街を徘徊するように動き回った和也は、周りの様子を確認してから浜風の手を離した。

 

「ここまで来れば大丈夫だろ……」

「堤先輩、なんのつもりですか?」

 

 和也が周囲を確認していると、浜風が遺憾の眼差しを向けてくる。

 

「なんのつもりって、明らかに悪いことしてただろ」

「悪いことだなんて……。あれは私が勝手にやったことです」

「あれが悪いことじゃないなら、なんだって言うんだ?」

 

 和也は少し怒鳴り気味で、浜風に問い詰める。

 

「あれは……」

「あれは?」

「……道案内です」

「……え?」

 

 彼女の言葉に、和也は一瞬理解が追い付かなかった。

 

「ですから、道案内です」

「いや、そんなに言われなくても分かるから」

 

 和也は冷静になって話を聞いてみる。それによると、浜風が男性に声をかけられたのは、通りの入り口あたりだったそうだ。そこで近くのビジネスホテルを聞かれ、駅前まで案内しようとしていたらしい。

 

「ただ、裏路地に連れていかれたのは想定外でした」

「なんだそりゃ……」

 

 和也は頭を抱えた。この場合、非があるのは完全に自分のほうなのだ。

 

「いや、待てよ?浦風に聞いた話だと、前に知らない人と一緒にいたって聞いたぞ?」

「それは、たぶん叔父だと思います。ちょうど父に会いに来ていたときに、駅まで迎えに行ってたんです」

「あっ……そうですか……」

 

 この瞬間、悪かったのは和也のほうであることが決まってしまった。それでも和也には疑問が残る。

 

「どうして繁華街なんかにいたんだ?学校から繁華街方向に行くことなんてないだろ?」

「あ、あの、それは……」

 

 浜風が言葉に詰まる。それは真実を隠すための裏返しだと和也は感じた。

 

「ちゃんと話してくれ。でないと誤解が解けない」

「……」

 

 浜風は少し嫌な顔をすると、仕方がないように話し出す。

 彼女は和也がこれまで感じていたように、優等生の振る舞いを行ってきた。時には窮屈に感じることもあったという。そのため、最近は真面目な自分が嫌に感じていた。そこで彼女の中で考えつく不真面目なことを考えていたところだそう。

 そこまで聞いた和也は、不覚にも笑ってしまった。

 

「何笑ってるんですか!」

「いや、そこまで考えてるなんて思ってなかったからさ」

「私は本気なんですよ!」

「それだよ。そんなことを真面目に考えるくらいなんだし、本当はいい人なんだろう?」

 

 ここまで不真面目なことを真剣に考えるのは、そうそう容易いことではない。正直で真面目だからこそ、そのような考えに至ったのだろう。

 

「とにかく、そういうのは止めておいたほうが身のためだ」

「いやです、私は一度決めたことはやりきるタイプなので」

 

 互いの意見が平行線になった。浜風の意思は堅そうだと和也は感じる。そうなれば取る行動は一つ。

 

「じゃあ、こうしよう。俺が相手になってやる」

「え?」

「俺が浜風の思う不真面目の手伝いをしてやるよ」

「本気……ですか?」

「本気だ」

 

 和也の強い意思に、浜風は若干視線を落とす。そして数秒の時間の後、顔を上げた浜風からは迷いが消えていた。

 

「では、堤先輩は私の不真面目に付き合ってください」

「あぁ」

「あとで後悔しても知りませんよ」

「分かってる」

 

 こうして浜風とともに、不真面目に過ごすことが決まる。

 この後、和也は浜風を家まで送っていった。

 


 

 翌日、和也は朝起きたあと、冷静になって考えた。不真面目の手伝いとはどういうことなのか。そもそもこんなことを真面目に悩んでどうするのか。考えれば考えるほど深みにはまっていく感じがした。

 そんな中、連絡先を交換した浜風から質問が来る。

 内容は、授業中の不真面目な態度についてだった。和也が思いつく限りでは、手っ取り早いもので寝るである。正直、この時の和也の思考は複雑な状態に陥っていたため、当たり障りのない回答をするのだった。

 その日の委員会で浜風と会った時に、実際に寝たときの様子を聞かされる。

 

「長門先生の授業だったんですが、居眠りなんてしたことなかったのでそれっぽいことしたんですよ。そしたら本気で心配されました」

「じゃあ何でやろうとしたんだよ」

「前にも言いましたが、私の意思は堅いんです」

 

 おそらく外野から見れば、くだらないような会話である。しかし、そんなくだらない話を浜風は楽しそうに話す。

 和也はなんだか目的を忘れそうになっているが、彼女が満足ならそれでいいだろうと思った。

 


 

 梅雨も終わりそうなある日。久々に晴れ間が差す夕方、委員会の担当で浜風と一緒になる。どうも暗黙の了解で、和也と浜風を一緒にしたほうがいいという風潮が流れているようだ。

 そんな二人は、この時間帯にはほとんどにとが来ないことをいいことに、菓子の類いを隠しながら食していた。

 

「いいんですか?図書室って飲食物の持ち込み禁止ですよね?」

「まぁ、バレなきゃセーフだ」

「先輩も悪いですね」

 

 浜風はそんなことを言いながら、器用に粒チョコを口に放り込んでいた。和也はそれを見ていると、ふと彼女の食べている姿が似合っていることに気づく。世間では、食べる姿が好みだという人もいることだろう。今の和也にはそのような感覚が芽生えていた。

 そこで和也は、思い切って浜風を誘ってみる。

 

「おごってくれるんですね?」

 

 和也のほうから誘ったのだが、すでに拒否権は消失していた。

 委員会が終わった後、学校の最寄りにあるハンバーガーファストフード店へ向かう。

 

「なんだか悪いことしてる感じがしますね」

 

 浜風は心なしかワクワクしているようだった。

 レジに並んだ浜風はメニュー表を眺めると、あまり迷うことなくサイズの大きいセットを躊躇なく頼んだ。最近固かった和也の財布の紐は、この時ばかりは緩まざるを得なかった。

 頼んだセットが出てくると、それを持っておくのテーブル席に座る。

 

「堤先輩は何も食べないんですか?」

「あぁ、訳ありでな……」

 

 和也は遠い目をする。浜風はそれを気にせずに、特大のハンバーガーを頬張った。満面の笑みでハンバーガーの美味しさを表現する浜風のことを、和也は頬杖をしながら見守る。こうしてみれば、彼女が食べる姿はどこか惹きつけられるものがあった。

 

「……なんですか?」

 

 和也があまりにも浜風のことを見ていたため、その視線に気が付いた彼女が直接聞いてきたのだ。

 

「いや、別に」

「……」

「なんだよ?」

 

 浜風がジト目で見つめてくる。ずっと無言でいるわけだから、和也は何かしたかと考えてしまう。

 すると浜風は何を思ったのか、ポテトを一本取り出し、それを和也の前に差し出した。

 

「一本だけなら……食べてもいいです」

「え?」

「ほら、おごってもらいましたし……」

 

 目をそらし、若干を赤く染めながら浜風はポテトを和也の口元に寄せる。

 

「いいのか?」

「はっ、恥ずかしいんですからっ、早くしてください!」

 

 それなら無理にすることないだろうと和也は思ったが、さすがに心の中で留めた。

 それに彼女がいいと言ってるのだから、遠慮はいらないだろう。

 

「……あー」

「んっ」

 

 和也が口を開けると、浜風はそこに躊躇なくポテトを突っ込んだ。

 危うくむせそうになるが、なんとか持ち直す。

 

「はいっ、もうあげませんっ」

「いや……別に取らないから」

 

 そのあとの浜風は黙々とハンバーガーを食べ進めた。和也は何か会話でもしようとしたが、ここにきて適切な話題が見当たらない。ただ、彼女が食事する様子を眺めているだけだった。

 

「……ごちそうさまです」

「あぁ」

 

 結局、浜風が食べ終わるまで互いに無言であった。

 店を出ると、二人は帰路につく。夕方と夜の間くらいの色が空を染めて、街全体を影絵のように映していた。

 和也の前を行く浜風。店を出る直前から浜風は意図的に目線を合わせないようにしていると和也は感じる。

 当の本人である浜風自身はというと、抑えきれない心臓の高鳴りをどうにかしようと必死だった。それと同時に、体の火照りが顔に出ていそうでなんとなく和也のほうを見れずにいたのだ。

 そんなことはつゆ知らず、和也は彼女に対して何かしてしまったのではないかと今日の行動を振り返りつつ、思考を巡らせていた。

 すると、前方を歩いていた浜風が急に歩みを止める。それに気づいた和也が考え事をやめて前を見てみると、どこかで見たことのある男が道を塞ぐように立っていた。

 

「やぁ、久しぶりだね」

「……なんですか?」

「つれないなぁ。この間道案内してくれた優しさはどこ行っちゃったんだい?」

「知りません」

「そっかぁ。じゃあもう一回道案内してくれないかな?そうすれば思い出すでしょ」

 

 会話しながらも、男は浜風に近づく。そのあとの行動を予想した和也は、浜風と男の間に割り込んだ。

 

「何だい、君は?邪魔しないでくれるかな?」

「それはできません。それよりも、この後彼女をどうするつもりだったんですか?」

「どうするも、また道案内してもらうのさ」

「今のご時世、わざわざ人に聞きますかね?スマホという便利な道具があるのに?」

「スマホだけでは分からないこともあるものだよ、少年」

 

 和也の質問に、のらりくらりと答えを返す男。その間にも、男はジリジリと間合いを詰めていた。

 二人の応答の応酬は、次第に言い争いとなる。

 正直、この状況はまずいと和也は思った。そもそも、この間知り合ったばかりであるはずの浜風の居場所なんてすぐにわかるようなものではないはずだろう。

 そうなると、考えられるのはストーカーの類いだ。もしそうだとするのなら、非常に面倒なことである。

 和也は前にもやったように、その場から全力で逃げようかと考えた。そう決めた和也は、男に分からないように、しかし着実に後ろへと下がっていく。

 数歩下がると、背中に浜風の体が触れる。この状況下では、浜風に和也が考えていることは分かるはずもない。また無理やり逃げ出すことも考えたが、二度も同じ手が通用するとは限らないだろう。

 

「堤先輩……」

 

 後ろにいる浜風が和也のすそを小さくつまむ。その手はわずかに震え、声も普段とは違う恐怖の感情を含んでいた。

 ダメだ。逃げ切れない。

 和也はそう判断する。おそらく簡単に追いつかれてしまう。和也はひたすら思考を張り巡らせた。

 だがそうしている間に、男の態度が少しづつ変わっていた。

 

「どうして君はそうも僕と彼女の関係を壊そうとするんだい?」

「赤の他人だからですよ」

「それは君もじゃないか。それに、これから関係を築いていくから他人ではないさ」

「明らかに不純な動機が混じっているのに、関係が築けないのでは?」

「そんなことはない。いい加減にしてくれないか」

「なら、彼女に付きまとうのは止めてくれませんか?」

「僕がストーカーだって言いたいのか?ふざけるのも大概にしろ」

「自覚があるならなおさらですよ」

「黙れ!青二才の分際で何が言える!」

 

 次第に男の様子がおかしくなっていく。怒号が混じり、言葉遣いが荒くなる。それに委縮した浜風が、和也を盾にするように隠れた。

 いよいよ逆上状態に入った男は、ポケットからカッターを取り出し、刃先を和也に向ける。

 

「ッ!」

「最初から穏便に済ませてれば良かったものをよぉ!」

「せ、先輩!」

「危ないですよ!とにかく落ち着いて、それを仕舞ってください!」

「うるさい!お前らが!お前らが悪いんだぁ!」

 

 男の怒号が通りに響く。それを聞いた通行人が一斉に三人へ視線を注いだ。そして男がカッターを和也に向けている状況を把握した誰かが、甲高く悲鳴を上げた。

 

「クソガキがぁ!」

 

 カッターを前に向けたまま、男は和也に突進する。和也一人なら咄嗟の判断で躱せただろう。しかし、実際には和也のすぐ後ろには浜風がいた。避けるのは容易ではない。

 結果として和也が出した答えは、浜風のことをかばうことだった。浜風のほうを振り返り、彼女のことを思いっきり抱きしめる。

 和也は強烈な痛みを覚悟した。それを体現するかのように、浜風を抱きしめる腕の力がより強くなる。

 だが、いつまで経っても背中に異常は起こらなかった。和也はゆっくりと後ろを振り向いた。

 

「う、うぅ……」

「うちの生徒に何をしている?」

 

 そこには、男の手首をガッチリとつかむ一人の女性。陰で「須賀海のボスゴリラ」の二つ名を持つ長門先生だ。

 

「なんだてめぇ!離せ!」

「これは立派な犯罪行為だ。このまま警察に突き出す」

 

 その光景に、和也は開いた口が塞がらない。状況が全くの見込めないのであった。

 

「あ、あの……先輩……」

 

 和也の腕の中で浜風が声を上げる。

 

「ん……なんだ、浜風?」

「ちょっと、苦しいです……」

 

 そう、今の今まで和也は浜風を強く抱きしめていた。苦しくて当然だろう。

 それを把握した和也は、すぐさま浜風を解放した。

 

「す、すまん」

「いえ、大丈夫です……」

 

 浜風は和也に背を向けてしまう。和也に強く抱かれていたことで、その顔を真っ赤に染め上げていたのだ。

 

「それより、先輩は大丈夫でしたか?」

「あぁ、なんとかな。とにかく浜風が無事でよかった」

「恥ずかしいこと言わないでください!」

 

 二人がお互いの安否を確認する。

 

「あー、お取り込み中のところ悪いんだが……」

 

 そこに、長門先生が申し訳なさそうに口をはさんだ。

 

「一応君たちは被害者だからな、一緒に警察に来てほしいのだが」

 

 長門先生の言葉通り、二人は一緒に近くの交番へと赴く。結局、二人は日付が変わる前に帰宅することができた。

 翌日、いつものように委員会の担当で受付に並ぶ二人。昨日の一件もあり、和也は何となく浜風に話しかねづらかった。

 

「堤先輩」

 

 その状況を壊したのは浜風だった。

 

「昨日は……ありがとうございました」

「あぁ……うん、そうだな」

「あと、その……」

「……なに?」

「いえ、なんでもありません」

「はっきり言ってくれよ。気になるだろ」

 

 浜風は小さく微笑む。和也に対して、さまざまな思いが浜風を包み込んでいたからだ。

 その感情が恋であることは、もう少ししてから知ることだろう。

 

 




 浜風はうすしお味(怪文書)


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5話 エピローグ

 夏の太陽が皮膚を焼くような季節になる。学期末のテストが近くなってきているころだが、和也は勉強の一つもせずにオンラインのFPSゲームに興じていた。

 このラウンドは残念ながら僅差の所で負けてしまう。区切りがついたことで、また新たにラウンドを始めようとした。

 

「カズヤーン!漫画貸してぇ」

 

 突然部屋に来た鈴谷。ゲームを再開しようとした和也にとっては最悪のタイミングであった。

 

「頼むから突然来るのはやめてくれよ、鈴谷」

「いいじゃーん、別にぃ」

 

 和也は大げさに溜息をついてみたものの、結局のところ幼馴染という理由で許すのであった。

 


 

 この日は土曜日であったが、委員会の用事が入っていたため学校に出ていた。

 校庭の端を歩いていると、向こうのほうから見覚えのある人が荷物を持って近付いてきた。速吸である。

 

「あ、和也君」

「おう。部活か?」

「うん。これ、コートに急いで持ってかないといけないから」

「そうか、がんばれよ」

「うん!」

 

 そういって速吸は駆け足でその場を離れていく。その後ろ姿は不安なものはないように感じた。

 


 

 図書室で所蔵されている本を整理していた。単純でかつ地味な作業に和也は愚痴を言いそうになったが、それをしても今の状況は変わらない。おとなしく指示に従っていた。

 

「堤先輩、この本どこに置けばいいですか?」

「あぁ、それはあっちだな」

「じゃあこの本は?」

「それは保存書庫のほうだ」

 

 初めのころは、まるで感情がないような浜風も、今ではこんな感じだ。時々和也に向ける笑顔が、彼に少しの緊張を与えているのはいうまでもないことだが。

 和也にとってはコミュニケーションが取れるだけありがたいである。

 


 

 委員会も終わり、和也は帰宅の途についていた。

 そんな時、和也のスマホに一つの通知が入る。最近ハマっているFPSゲーム仲間の「Shig_Len」からだ。

 

『今日の22時からスリート工場跡地でトーンボウジェットパック確保に協力願う』

「なるほど。了解……っと」

『なお制限時間は3時間以内でよろしく』

「こりゃまたギリギリな戦いになりそうだ」

 

 こうして文字チャットでしか会話したことがないが、彼とはいろいろと気が合う。一度ボイスチャットでゲームをしてみたいものだ。

 沈みゆく夕日を見て、ふと最近の出来事を振り返る。

 なんだか最近は充実しているような気がする。いや、あまり変わらないような感じだが、どこか心の中で充実感を感じているのだろう。

 和也は、いつまでもこんな日々を過ごしていたいと感じていた。

 

 




 ぬわああああん疲れたもおおおおん
 こんなんで恋愛小説語れんのか、アホらしい……。
 執筆中何度SANチェック入りそうになったか。正気を無くさなければ恥ずかしさと実力不足に押しつぶされるところだった……。
 正直一作目より書きにくかったゾ……。勢いで二作目を書くのは、やめようね!



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ゆうべには(浜地)
ゆうべには


 (あした)には朝雲となり、夕べには行雨(こうう)となりて、朝朝暮暮、(よう)(だい)(もと)にあり────宋玉『高唐賦』

 

 

 

早上好(おはようございます)丹陽(タンヤン)さん」

 眠たげにベッドの上で目を擦る少女を見て、対馬は──臨安(リンアン)は彼女の肩をゆするのを止めました。

 最近覚えた國語(ちゅうごくご)。発音があってるかはわかりませんけど、気だるげに欠伸をする丹陽さんを見る限り起こすのには成功したようです。

「ん……おはようございます。対馬(・・)ちゃん」

「臨安です。(ふね)違い……ですよ」

「ああ。そういえばもう臨安ちゃんでしたね」

 臨安(・・)ちゃん。

 臨安よりもよっぽど上手い発音で呼びかけた丹陽さんは、毎日やってるこの間違えごっこの中でも飽きてないみたい。

 いつも通り、とても楽しそうに真っ白い歯を煌めかせて笑う。

「今日もおはようございます」

 白い、白い、雪みたいな色のベッドに半身を起こし、臨安を見つめます。

 丸くて優しそうなその目は、いつだって変わってません。

 日本でも。そして台湾だって。国や名前が変わっても、彼女はいつも前にいる。

 …………いや、前にいた。

「どうしました?」

 丹陽さんは恥ずかしそうに笑いながら後ろ髪を掻く。臨安は彼女から目をそらし、何でもないですと呟く。

 そうですか。

 彼女は歯切れの悪い返事にくすりと小さくほほえみ返して、溜息を一つつきました。

「いつも悪いですね。臨安ちゃん」

「……臨安の好きにしてるだけ、です」

 わざと頬を膨らませて丹陽さんにそっぽを向ける。

 そうですか。今度は少し嬉しそうに、小さく笑う声。

 それと一緒に、じっと心配そうに見つめる視線が頬に刺さる。

 こそばゆくなって硝子窓から目を離し、臨安はちらりと横目で丹陽さんを伺いました。

 ぱちりとまじろぎ。目が合う。瞳がちょっとだけ小さくなる。

 落ち着いたブラウンの眼は、臨安より少しだけ大人に感じます。

 視線を交わし、全く同じタイミングで目弾(めはじ)き。互いに瞬きあって柔和に細まる。

 どちらからともなく、こらえきれなくなったように吹き出しました。

「そうだ」

 不意にちらりと明るい茶色の瞳が左を。灰色の曇り空を映した硝子窓を向く。

 彼女は朝と言うには白みがかりすぎた雲模様を見て瞼を閉じ、思い出したように首を右にかしげてはにかみました。

「臨安ちゃん。今は何時くらいですか」

 小動物を思わせるような可愛らしい顔立ち。国が破れて別の国に移されても、その綺麗な栗色の髪は変わりなく美しい。

 臨安は慌てて目線を下に落とし、ちっちゃな金縁の腕時計を一瞥します。

「三時を回ったくらい……です」

「……そっか。やっぱり丹陽、寝ぼすけさんみたい」

 こんなこと、昔は無かったのに。

 ぽつりと悲しげに目を伏せた丹陽さんを見て、臨安は慌てて笑い返します。

「ラッパがあったらよかったですか?」

 そうかも。

 彼女はキョトンとしながらも、えへへと可愛らしく頬を緩めました。

「昔はラッパひとつで飛び起きてたのに……今じゃもう鈍っちゃって」

「台湾じゃもう喇叭(それ)は無い、です。(いわん)やこんなところじゃ……ね?」

 臨安はおどけて眉の上に指を沿わせ、大仰ぶって右に左に周囲を眺めます。

 視界の上のほうに纏まった薄桃色の毛先が持ち上げられた後、ちょっとだけ暗く感じる病室が鮮明になる。

 純白の綺麗なシーツに包まれた病床とちょっとの調度品以外は何にもない、精練されすぎた殺風景な小部屋。

「大雨の日に演習なんてするものじゃないです」

 反省反省。丹陽さんは栗色の髪の毛を掻きながら力なく笑いました。

「艤装が古くなってるのに頑張るから……ですよ。もっと力を抜いていきましょう?」

「……ぐうの音も出ないです。どうにも昔より体力が落ちちゃってて…………」

 はあ。懐かしむような嘆息にも、掠れた高音が混ざってしまう。長すぎる夏風邪って訳でもないのに時折掠れた吐息を漏らす丹陽さんは、すっかりやせてしまった小さな手を重ねます。

 絵画のように、右手を上に。下腹部を撫でるみたいに置かれた諸手は小奇麗な掛け布団に皺を作りました。

「いつもはわたし、ずっとこの部屋にいるんです。普段は喘息気味だからって」

 肺を病んじゃったから仕方ないんですけどね。

 ぎゅっと。布団の皺が深くなる。

 俯いた丹陽さんの目は悲しそうで、心なしか曇りが濃くなった気もして。

 臨安は何も言わず、ベッドに身体を寄せました。

「──でも」

 伏し目がちな呟きが逆接に変わる。物憂げな顔立ちがぱっと。花開く。

「でも、今日は散歩しても良いって言われちゃったんです!」

 彼女は臨安の手を握ってそう言いました。

 身を乗り出さんばかりに上体を起こして、喜ばしげに。

 臨安は驚くほど冷たい痩せた手へ親指を這わせ、笑いかけました。

「……じゃあ、一緒に」

 小さく震えながらも握り返してくれる右手と、端正な三日月を描く口元と。臨安が少しでも足しになるのなら、と。

「あ、臨安ちゃん。丹陽が今日は元気いっぱいなの信じてないでしょう?」

 臨安の少し不安げな表情を見られたのか、丹陽さんは頬を膨らませて怒りました。

 ほんのりと朱が入ったほっぺたは、往時から痩せたとはいえまだまだ生気を保っています。

 柔らかそうな頬を様々に動かして表情を変える彼女にとって、一番の目安になる場所。

 臨安は手を合わせて謝りながら、丹陽さんの身体をちらりと視ました。

 彼女が纏うのは真っ白いワンピースみたいなセーラー服ではなく、もっと潔癖な清潔感すら感じられる病院着。

 襟元から覗く鎖骨は不健康そうに浮き出ている。

 袖まくりしてあらわになった二の腕は、臨安のそれより細く。また白く。

 ──っ

 突拍子もなく、謦咳(けいがい)が乱された。

 丹陽さんの愛嬌良く緩んでいた真っ白い口角から、枯れた空咳が溢れ出す。

 細めていた目尻を見開いて目の前の布団に突っ伏したかと思うと、げほりと濁りを混ぜて咳き込みました。

 血でも吐きそうなほど、痰を吐くこともないまま。狭い気道に喘ぐ丹陽さんは、何度か乾ききった咳を吐き出し、苦しげに噎せる。

 棘のささくれ立った気管支を無理やり空気が押し通って彼女の肺で暴れるのが、真っ白な病院着の上からでもよく分かる。分かってしまう。

「…………大丈夫ですか」

「大丈夫。ゆき……丹陽は沈みません」

 丹陽さんはそうにへと笑いながら言います。

 まるで言い聞かせるように、精一杯の強がりを。

 目頭にほんの少しの水滴が浮かんだのか、楽しげに目を細めつつ人差し指でぬぐい取って臨安を向き直りました。

「さ、早く。日が暮れちゃいます」

 彼女はよいしょとひとりごちてベッドに腕をつく。今にも折れそうなほど細い腕は、まるで雪に染まったように真っ白。病院着の袖を下ろして(あか)みが薄い腕を隠し、ぶかぶかの袖口に手のひらを埋めます。

 臨安の心配を知ってかしらずか。いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべてベッドを下り、水色の院内スリッパを履いて立ち上がりました。

 立って歩き出した姿は、何日も寝たきりだったとは思えない程度にはしっかりしていて。でも、艦娘だったとも思えないほど弱弱しくて。

 リノリウムの床をスリッパの底が擦る音に混じって細鳴(さな)る掠れた呼吸に、臨安はごくりと唾を飲みました。

 艦娘になんかならずに学校に行っていれば中学年くらいだろうか、その姿は難病を患った悲劇の少女みたいにも見える。

 丹陽さんが中学年なら臨安は低学年くらいか。二人並んでみると丹陽さんのほうがちょっぴり背が高くて、お姉さんに見えます。

「ちゃんと歩けますって」

 心配しすぎです。

 鳥の骨のように細い人差し指を立てて苦笑い。とたん、真っ白い壁を支えにして擦っていた左腕が滑り、空に行き場を失って体勢を崩してしまいました。

「丹陽さん!」

 思わず手を伸ばして白衣の脇から抱きかかえます。

 背丈がちょっとだけ高い丹陽さんは、予想よりもずいぶん軽い。枯れ木みたいに希薄なのに、腕はしっかりとほんのりとあったかさを返してきて。

 抱きかかえた瞬間、消毒液のツンと鼻につく匂いが立ち込める。

 病人の匂い。どこかを悪くしたひとの、いやな匂い。

「……」

「どうしました?」

 丹陽さんは何も知らず。不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 臨安はなんでもないと首を振って、その細い腕を肩に回しました。

 

 ────

 

 基隆(キールン)の港は三軍総医院の近くにあります。

 日本に最も近い港の、それも玄関口(うみ)の目の前に丹陽さんを入院させたのは、故意か、それとも不意か。

 そんな台湾の北側に面した入り江の港の端っこに、簡単に整備された公園がありました。

 コンテナヤードと巨大なクレーンに覆われた商業港の端に、とりあえず市民の憩いのために作ったような公園が。

 軍も、政府も。それをどう思って行ったのかは分からない。

 何はともあれ、丹陽さんの散歩にはもってこいの場所でした。

「……磯の匂いだ」

 公園の一面に敷かれた木甲板を踏んだ丹陽さんは、弱った足でよろめきながら海の目の前に来ました。

 薄雲から時折覗く空はどことなく赤く。黄昏と青天の境目がぼやけて消えて。海の深く暗い青に映ってきらきらと乱反射する。

 臨安の肩に回していた腕をするりと抜き取ると、不安定に身体を揺らしながら急ぎ足で歩を進めました。

 危ない。そう考えて口を開くのも束の間。摩擦の強い木甲板が丹陽さんの靴を絡め取る。

 引き摺られた左足が濃い褐色の木板に引っかかって、痩せて弱ったその体を崩しました。

 簡単な鉄パイプの柵が前のめりにふらついた身体を受け止めて、後を臨安が袖を掴みます。

「危ない、です」

「すみません……走っちゃいけないのに、つい」

 申し訳なさそうに白い病院着の袖口を握った丹陽さんは、思い返したかのようにぶり返した咳に咽せた。

 ごほり。血を吐かんばかりに咳きこんでその場にしゃがみ込み、慌てて口を押さえる。

 鉄パイプの柵に縋りついた形の黒い影が深青の水面に映り、奄奄(えんえん)とした呼気が苦しそうに響きます。

 冬の乾いた風が細かく水面を揺らして、小波と共に影をかき消していく。

 臨安は周りを見渡してちょうどいいベンチを目にとめると、丹陽さんの発作が治まるのを待ちつつ背中をさすりました。

「…………ごめんなさい」

 咳の(とど)め。一つ嘔吐(えず)いて(から)を吐く。

 外見には何も戻すことがなくても、真っ白な喉が苦しそうに上下する。

 ごくりと嚥下した唾がささくれ立った喉元に触れたのか、もう一度湿った咳を(しわぶ)きました。

「丹陽さん……」

「大丈夫。…………大丈夫、です」

 彼女はそれでも、笑います。

 昔のように。昔とは違う笑みを。仄白んだ頬を精一杯引き上げる。

 ただのそれだけで、引き攣った笑顔の下の憔悴が増したようにも見える。見えてしまう。

 臨安は何も言えず、静かに拳を握り締めました。

 もう帰りましょう。出かかった言の葉を押しとどめて。

 ひとしきり発作が治まったのを確認して、臨安は少し後ろのベンチに向けて腕を引きました。

 ごめんなさい。

 小さく背中を丸めて、丹陽さんは呟きます。

 誰に言うでもなく。──いや、誰もに言っているのか。

 臨安以外の、丹陽さんがこれまでに背負ってきた全てに謝っているのか。

「ここ、座りましょう」

 首を振って不吉な思考を取り押さえ、丹陽さんに呼びかけます。

 上体ごと首を回した途端。より赤みをまして低く沈み込んだ太陽が眼に入る。

 薄雲を切り裂かんばかりに差し込む西日に目を細めながら、掌に握り締められた少女の柔肌をしっかりと感じ取る。

 弱々しく縮まった雪白の病院着に目をやり、臨安はもう一度呼びかけた。

「……丹陽さん。ちょっと座りませんか」

 はっと顔を上げ、驚きを隠そうともせずに口を小さく開けました。

「はい。すみません」

 そうして恥ずかしげに俯いて、力なく頷きました。

 ベンチは鉄パイプと木材でできた粗末な作りでしたが、一瞥した限り異常はありません。

 今にも膝を屈しそうに震える丹陽さんをまず座らせて、その右隣に臨安が座りました。

「……丹陽さん。気分が優れないですか」

「いえ、違うんです」

 彼女は血の気の失せた右手を振って否定します。

 細く目を伏せて困ったように笑う。その姿は何か、辛そうで。

 話なら聴きます。

 臨安は丹陽さんの右手を握って、頼み込みました。

 その手の冷たさに息を呑みながら。

 ふうと吐息を零した白衣の胸がほとんど上下してないことに目を疑いながら。

「────(あした)には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり」

「……え?」

「昔の諺……みたいなものです。さっきから、この言葉が頭の中を巡ってるんです」

 誰かにそう励まされた気がします。

 励ましとは思えない文章を懐かしいと謳いつつ、丹陽さんはほっと一つ嘆息しました。

 あかね色に染まっても白さが目立つその頬は、病室で見たときよりさらに青白くて。

 優しそうに細まった眼に、なにもかもを知っていたような錯覚すら覚えて。

「……丹陽、さん」

「朝には紅顔ありて──」

 臨安の声に耳を貸さず、彼女は言葉を紡ぎます。

 世の中の無常を詠う古い詩経を。

 葬儀の時にしか聴かないような、吉兆とは決して言えない経文を。

「夕べには…………」

 橙がかった紫色の唇が、震えた声を発します。

 体温が抜き取られる指標というべきか。弱々しく変色した朱唇が小刻みに震える。

 それは、冬の寒さに震えているというよりは。むしろ。

「丹陽さん」

 臨安はまなじりを決して、丹陽さんの鼻先に顔を近づけました。

「へ?」

 色素の薄い光彩が瞬いて、素っ頓狂な声を上げる。

 手を伸ばして触れた頬は冷たく。それはきっと、夕凪のせいだけじゃなくて。

 彼女が何かを言う前に、臨安は唇を合わせました。

 弱音を吐く口を思い切り塞ぎ止めるみたいに。この身体にある生気を、ほんのすこしでも送り届けたくて。

 ロマンスもへったくれもないな。臨安は目を瞑り、丹陽さんの薄い脈に心を合わせる。

 頬に茜がかった朱色が戻る。掌の中のぬくもりが、ほんのすこしだけ熱を増す。

 丹陽さんが小さく呻き、息苦しさを表します。

 そろそろかと赤熱した頭で思い切って、丹陽さんの温もりから離れました。

 はあ。数十秒ぶりに空気を取り入れた口腔が大きく息を吸い込み、黄昏色の糸が落ちます。

「…………臨安、ちゃん」

 夕日のせいか。それともか。

 顔を真っ赤にした丹陽さんは、目を大きく見開いて口元を押さえました。

 臨安は高く脈動する心臓を必死に抑えながら、もう一度その頬に手を伸ばす。

 びくりと震えて避けられたところで、さっきのぬくもりを思い出しながら口を開きました。

「…………無常の風なんて吹かせません。当然、夜半の煙になんて」

 『白骨の御文章』──葬儀の時に唱えるお経。その続きを頭の中で読み進めながら、丹陽さんに誠心誠意向き合う。顔を向かい合わせて、その瞳孔を覗き込む。

「なんたってほら、まだ(あか)い」

 ことを(おこ)した自分が恥ずかしくなってどうするんだろう。

 言い切った達成感と実際に起こしたことの恥ずかしさに目を回しながら、丹陽さんの言葉を待つ。

「……突然することじゃないですよ」

 彼女は口調だけを尖らせて。

 ──それでも、いつもよりももっと自然に。心から慈しみ、笑って許してくれる。

 丹陽さんはおもむろに右手を掲げると、ほんのすこしだけ熱が籠もった唇に人差し指を触れます。

 まるで思い返すように動きを止めた後、軽く惚けたふうに息を吐きました。

「幸運……かな」

 最後の最後には。

 丹陽さんは小さく言い切ると、声ならず、にへと相好を崩しました。

 安らかに。やり残したことはないかのように。

「丹陽、さん」

 臨安は彼女の手を取り、一言「なんで」と漏らしました。

 もう握り返す力も無いのか、臨安の手の中から朱色の熱が少しずつ落ちていく。

 頬から、手から、唇から。

 真っ白い、病人みたいに不健康そうな色の瞼が重く。丹陽さんの視野を塞ごうと垂れ下がる。

「今日はちょっと……疲れちゃいました」

 臨安の肩に頭を預けるように体重を乗せ、大きく息を吐きます。

 病院着の胸が薄く上下して、その呼動が左肩を伝う。

 ちょっとずつ。でも確実に。酸素を取り込む必要性が抜けていく。取りこぼされていく。

「……自分のことです。だいたいわかります」

 なんで。答えなんて求めてないのに。

 彼女は小さく、笑います。

 幸運だったと。心から。

 丹陽さん。

 何の意識もすること無く、言葉が漏れました。

「…………膝枕、してあげます」

 昔。誰かに頼まれたような気がする。

 疲れたのなら、少しでも。と渋々ながら腿を貸した。そんな気がする。

 良いんですか。

 ──か細く、今にも消えそうな吐息が耳朶を打つ。

 良いんです。

 ──力強く。ほんの少しでも気を緩めないようにして、無理矢理言の葉を絞り出す。

「ありがとう……対馬ちゃん」

 崩れ落ちるように、栗色の髪の毛が膝を叩く。

 まるで。糸が切れたみたいに。

 真っ白い──あたかも雪みたいに軽くて綺麗な顔が、仰向けになるようにして映り込む。

臨安(りんあん)です、()違いですよ。た……」

 丹陽さん。

 言いかけて、止まった。

 瞼の隙間。細く(すが)めた合間から、色の薄い光彩が訴えかける。

 臨安(つしま)は軽い頭を撫でて、出来るだけゆっくりと息を吸う。

 まだ溢さず、零すため。

 食いしばった唇から嗚咽が漏れ出してしまうより前に。

 

做个好梦(おやすみなさい)雪風(ゆきかぜ)さん」

 

 そっと手を当て、瞼を下ろしてやる。霜が降りるように力が抜けて、膝へ重みが加わってくる。

 安心しきったような顔はうっすらと微笑をたたえたまま。疲れきってぐっすりと眠ってしまっているかのように。

 綺麗な寝顔から顔を上げ、日晩(ひぐ)れの基隆を望む。

 寒空に一羽、飛んでいく(カラス)

 雲の間から覗く夕日は海の向こうに落ちていき、涙が出そうなほどのあかね色が目に痛い。

 ぐしと目元を拭って鼻を啜ると、まなこを開いて東の海を臨む。

 (あか)()を背に、真っ黒なカラスは飛んで。飛んで。飛び尽きて。

 そうして。遠く東へ消えていく。

 海はただ、悠悠とさざめき返すだけ。

 

「対馬でいいなら……夕べには巫山の雨に。なんて、ね」

 

 もう一度。緩んだ真っ白な頬にキスをした。

 

 



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グラーフファイル(山南修)
銃オタに堕ちたグラーフ


「Admiral、失礼する」

 

私は執務室のドアをノックし入室する。目の前の立派な机には土曜の昼間ではあるが提督が、左手には補佐官こと通称参謀長が、右手には今日の秘書艦の陽炎とその手伝いであろう不知火がいた。私は提督の前まで行き、敬礼をする。

 

「グラーフ、おかえり。報告を」

 

答礼し状況報告を求めた提督に私は

 

「第三哨戒艦隊は艦娘母艦〈やまつつじ〉と共に第二哨戒ルートを哨戒し、先程帰投した。道中屋久島南東百kmで通商破壊中と思わしき深海棲艦潜水艦を撃沈した以外は何も無かった」

 

と答えた。左手に抱えていたファイルを手渡す。

 

「グラーフ、ありがとう。しっかり休んでね」

 

これだ。提督の控えめな殺人光線(笑顔)が私に突き刺さる。私はどちらかと言うと男が好きだかこの笑顔は辛い。一体何人の艦娘をこの笑みで落としてきたのだろうと考えながら頑張ってポーカーフェイスを保つ。

 

「Vielen Dank, Admiral。明日一杯までの休みを満喫するよ」

「グラーフ、ちょっといいか」

 

参謀長が拒否を許さないと言う目で見てくる。いつも通りとはいえちょっと怖い。

 

「最近個人的にこの件を調査しているんだが何か知らないか?」

 

紙の資料を渡してくる。どれどれ、二年前に本土近海航路で消息を絶った陸軍部隊を乗せた輸送船の件か。写真付きでかなり詳しく載っている。

 

「確か前に報告書を読んだが、深海棲艦によって沈められたが最終結論じゃなかったか? 油膜も確認されたんだし。それ以上のことは知らないな」

「ありがとう。輸送船護衛の見直しを最近やっていて殆ど情報がないこの件を探っていたところだ。何かあったら言ってくれ」

 

再度敬礼して執務室から退出する。一瞬だけ目に入った陽炎が微妙に笑っていたような気がしたが、何かあったのだろうか。

私は階段を降りて鎮守府本館正面玄関から出た。うー、と腕を組んで背を伸ばし息を深く吸う。深海棲艦侵攻を受け壊滅した太平洋側地方都市跡に作られたこの鎮守府の空気は綺麗な方だ。一日船に揺られ、その後に哨戒するのは少々骨が折れる。このことを随分前に酔ったビスマルクに愚痴ったら、艦載機の操作だけで済む分マシと言われた。解せぬ。

提督にはゆっくりと休むといったが私にはやる事がある。工廠に行って新型機を眺めたり、試験飛行させたりするのもいいが土曜の午後はするべきではない。意気揚々と鎮守府の外れ、室内射撃場に向かった。使われなくなった大型倉庫を改造して作られた室内射撃場はガンロッカーを併設していて警備兵の訓練の他、艦娘の息抜きとしても使われている。そんな建物の入口を目指すと徐々に銃声が聞こえてきた。

 

Hi, wie geht es dir(やあ、調子はどうかな)? どのくらい集まっているかな?」

 

射撃場入口を警備している顔馴染みの警備兵に許可証とIDカードを見せつつ語りかける。

 

「いつも面子と鈴谷さんと熊野さん。それに矢矧さんと雪風さんが来ています」

 

となると哨戒中のビスマルクとマックス、レーベ、U-511以外の海外艦、アクィラ、サラトガ、アイオワ、ガングート、タシュケント、ヴェールヌイ、リシュリュー、ウォースパイトは居るってことか。素晴らしい。

 

「今日も楽しくなりそうだ。君達も任務後にどうかな。最近アイオワがSCAR-Hを取り寄せたらしいし見たくないか?」

「はい、見たいです! 三時間後には終わるのでそれまで待ってて下さい」

 

片方は大のガンマニアで反応したがもう片方は遠慮がちだ。まあ、いい。一人でも同志(共産的な意味合いではない)が増えるのは嬉しい。

確認が終わった私は室内射撃場内にある私のガンロッカーからHK417、P90、少し迷ってFiveseveNを取り出した。P38でも良かったが、気分的にはこっちがいい。HK417のスリングベルトを肩に掛けて背中に吊るし、P90のスリングベルトを首に掛けて前に吊るした。FiveseveNはレッグポーチに突っ込んで最後にタクティカルベストとウエストポーチを身につけ準備は整った。射撃場への扉を開けていざ向かわんと踏み込んだ。

 

「調子は」

 

大きな射撃音で私の言葉は遮られ、かなり驚いた。音の方向に目をやると矢矧が、確か……ああ、そうだ。九七式自動砲を使っていた。的は頭が綺麗に吹っ飛んで銃弾を受け止める砂山からは砂煙が盛大にあがっている。

 

「ハハハ、グラーフったら……。Like a duck in thunder……HAHAHA」

「それってどういう意味だっけ?」

「鳩が豆鉄砲を食らったようの英語版ですのよ、鈴谷」

「ちょっと、忘れてくれないか。割と真面目に恥ずかしい」

 

大笑いするアイオワに向かって文句を言うが、この様子だとしばらくネタにされて弄られるかもしれない。それにしても……。

 

「矢矧、これはもしかして九七式自動砲か? いったいこんな珍しいのをどこから……」

「グラーフ? 来たのね。まあ入手先は言えないけど、状態はかなりいいものよ。明石に頼んで整備して今試射しているところなの」

「雪風は、スポットマン役です!」

「ふむ、私は前にゾロターン S-18/100とラハティを見たことがあるんだが個人的に九七式自動砲も見たかったんだ。ほー、ここがこうで、ああなって、銃身がこんな感じで……」

 

素晴らしい。タイに行かないと実物は見れないかと思ったがここで見れるとは。やはりこの鎮守府や艦娘の銃入手経路はかなりいいものなんだろう。

 

「グラーフ、矢矧が困ってますよ〜」

「え?」

 

顔を向けると少々困った顔の矢矧が見えた。

 

「グラーフ、後で明石と一緒に整備をやるといいんじゃないかしら?」

「おっと。ああ、そうだな。試射を邪魔して悪かった」

 

またアイオワが爆笑しているのが癪に障るが、こればかりは私が悪いので何も言えない。矢矧が試射を再開したので私は弾を取りに弾薬庫に入った。マガジンローダーを使って7.62x51mm弾をマグ五つに装弾し、FiveseveNは適当に三マグ、P90は面倒臭いが手作業で一発ずつ装弾していく。弾の威力がちょっと低いことと装弾が面倒かつ偶にジャムること以外は好きな銃なんだが。

10分ほどかけて四マグに装弾する。

弾をマグに入れたところでHK417のアタッチメントを確認した。バイポットとフォアグリップはしっかり固定できているな。ACOGは、ゼロイン調整やるのはあっちでいいかな。固定はできているし。レーザーサイトも、光るな。よし。

P90のドットサイト(標準装備のドットサイトは使いずらくてリフレックスドットサイトを積んだ)のバッテリー、レーザーサイトのバッテリーを確認して射撃場内に戻った。

 

「お、グラッちじゃん。ちっす」

「グラーフさんですか。報告はどうでした?」

 

空いていたブースの入ると隣にいた鈴谷がベネリM3をぶっぱなしながら、熊野がSG510を調整しながら話しかけて来た。因みにもう一つブースが空いていたのだが、隣でサラトガが笑顔でM1928を連射していて怖かったからこっちに来た。同じ第三哨戒艦隊の同僚達は時間的に真っ直ぐこっちに来たのかな?

 

「特に変わりはなかった。いや、一つあった。報告した後に陽炎が笑っていたようだが何かあったのか?」

「あー、うん。彼女にも色々あるんだよ」

 

鈴谷はやれやれと言いたげに手を振り困った表情をした。なるほど、なにか抱えているようだな。

 

「この鈍さ……」

 

熊野は呆れ顔でなにか呟き首を振っていた。鈴谷も苦笑しているが問題ないと告げてきた。P90を机に一度置き、HK417を構えマグを入れる。セレクターをセミに切り替えAR-15系列独特のチャージングハンドルを引いた。バイポットを立て最大距離で的を出現させて4x32mmのACOGで狙いを付ける。人間の上半身を模した的の脳天のど真ん中に照準を合わせ……バン。

弾は銃口とサイトの距離を考えても少し下にズレていた。

 

「ちょい上げるか……」

 

エレベーションノブを回し調整する。

 

「とぉぉぉお」

 

熊野がSG510でフルオート射撃しているのが聞こえる。気になって目を向けると艦娘のスペックをフルに使い反動を抑え込みそこそこ正確に当てていた。扱い自体は正しいんだが、なぜバイポットを使わず膝射で撃っているんだ。

 

「やっぱり熊野って……」

「なんかねえ……」

 

優秀なんだけどなあと言う鈴谷のボヤきが聞こえ苦笑してしまった。プリンツ曰く彼女はポンコツお嬢様らしい。

何度か射撃して調整を繰り返しようやく納得が行く調整ができた。

HK417を肩に掛けて、P90を掴み近距離向けの射撃場に移った。鈴谷がショットガンで中距離向け射撃場にいたのは予算の関係であそこにしかクレー発射機がないからである。あと地味に的も多い。

隣の小さい射撃場に行くと艦娘がごった返していた。

 

「ウォースパイト、隣失礼するぞ」

「Oh,グラーフ。そこはさっきまでリシュリューが使ってたけど……コミーの連中が引っ張って行ったしまあ、大丈夫だと思うわ。調子はどうかしら?」

「HK417の方はなかなかいい。今からP90とFiveseveNの方で試すところさ」

 

ふうん、と答えるウォースパイトは慣れた手つきで彼女の愛銃H&Hのロイヤルダブルライフルの薬莢を取り出すとマグナム弾を装填し銃身を元に戻した。的を出現させると間髪入れず二発放ち、的の頭部を吹き飛ばす。

 

「さっき隣で矢矧が九七式自動砲を撃っていたがこれはまた違った迫力があるな」

「なんでしたっけ……対戦車ライフル?」

「そうだ。二十ミリのライフルは今のご時世あまり見ないからとても興奮した」

 

相変わらずウォースパイトは興味なさげに返事をしサブのC96を取り出してクリップ毎にボディショット、ヘッドショットをやっていた。本当にこのお嬢様は好きな銃以外興味ないな。仕方ない。

 

「そういえばウォースパイト、そのロイヤルダブルライフルはどこで手に入れたんだ? 艦娘の給料じゃとても買えるものでは無いが?」

 

彼女の顔がパァーっと輝いたかと思うと

 

「私がイギリスから来た初期ロッドの一人ってのは周知の通りだけどこっちに来る前に女王陛下からこのライフルを餞別としても頂いたのよ。製造元のH&Hは王室お抱えだから、弾もあっちで作って送って貰おうかと思ってたけど明石の技術でマグナム弾からフレシェット弾、果ては対戦車弾まで出来ちゃったからそっちを使っているわ。最近調整したお陰で調子もいいわ」

 

水を得た魚か何か? そして明石は相変わらずなんてものを作っているんだ……。

 

「そうなのか」

 

それでね、とお嬢様はまだまだ続けるらしく誰か代わりに来てくれないかと切に願っていると

 

「おっじゃましまーす」

 

伊401、U-511、アクィラが入ってくる、助かった。

 

「おや? どうしたんだ」

「ゆーちゃんが射撃場行きたいって言ってたから着いてきてよ! アクィラさんは試射したい拳銃あるからって言ってた」

 

しおいの威勢のいい声の後にアクィラの間延びした声を聞くとなんか……眠気が誘われる

 

「グラーフ、見てくださいこの銃ー」

「アクィラ、一体……おもちゃか?」

 

プラスチックと思わし素材で作られた銃のようなもの……いやまてよ?

 

「もしかしてリベレーターか?」

「そうです、最近こっちの友人から貰いました〜」

 

こっちの友人と言うワードが気になるがリベレーターか。FP-45の方は形状が嫌いだがこっち若干好意が持てる。

 

「うちに3Dプリンターは無いから、この銃と薬室数個だけですけど言えば作ってくれるって言ってくれました」

「一応聞くが誰なんだその人は?」

 

秘密、と満面の笑みではぐらかされた。いやほんと不安になるのだが。

 

「兎も角、品は確かですよ? 使う弾は.45APCなのでそれなりに威力はありますし」

「そうじゃないんだが、まあいい」

 

どうせ追求しても答えてくれないだろう。しおいはレイジングブルを、ゆーはモシン・ナガンを背負ってスオミを取り出した。アクィラはカルカノM1895を持って逃げようとしたがウォースパイトに捕まった、哀れ。私はFiveseveNを引き抜き射撃する。私のもう一つのサブ、P38より反動は小さく貫徹力が高く、装弾数が多いが形状がP38よりは好きじゃない。やはりあの独特な形と信頼性は魅力的だ。FiveseveNのマグを一つ撃ち切ったのでP90を構えドットサイトを覗いく。的が素早く出るように設定し指切り射撃で胴体を狙う。一、二、三……四、五、六。六つの的を殺ったところで時間制限で終わった。本当はもう一つぐらい殺りたかったが……。今度、レイルハンドガードとアングルフォアグリップでもつけて試して見るのもいいかもしれないな。

サイトから目を離すとレイジングブルの.454カスール弾の反動に疲れたのかしおいが手をブラブラさせながらよってきた。

 

「FiveseveNは反動少なくて面白そうだけど、威力がなぁ」

「.454カスール弾の威力と比べるとそれこそ.500S&W弾や.460S&W弾とかになってしまうよ」

 

反動はカスール弾より大きいが。もしくはライフル弾。コンテンダーでもいいかもしれない。あれは単発だけどライフル弾も撃てるし。

 

「そういえばグラーフさん。最近妙な事があったんですよ」

「妙な事? 比叡の料理が美味かったとか④計画の新型空母か?」

「そうなじゃなくて参謀長の件なんですよ」

 

としおいは言う。その表情は迷ってる。

 

「私が遠征帰りで当直室に報告に行った時なんですけど、丁度執務室の前を通ったら何か聞こえてきたんですよ。あ、その時は深夜でした、長距離遠征だったので。いつもなら誰も居ないのに音がするから覗き込んだら……怖い顔した参謀長が呟きながら作業してたんですよ」

「参謀長が? あの始業時間と終業時間をもしっかり守る彼がか?」

 

仕事は早いし、作戦時以外は残業はほぼしないはずなんだが……。

 

「それだけならいいんですが、陽炎さんも最近よく何処かと連絡してるってボヤいてたんですいね。何にをしてるんでしょうか」

「案外同人活動かもしれない。彼なら締切を守るし早割りを手に入れるために努力を惜しまないだろう」

「どこかの人と違って……はいいとして、誰だっけなあ。あ、さっき要望で執務室行ったら参謀長が退出して言ったんですよ。今日って何かありましたっけ?」

 

今日? えー、と。

 

「確か南方からの輸送船がくるらしい。工廠で使う資源と南方の閉鎖された泊地から人員が回されてくるって。それの迎えに言ったんじゃないかな」

「なるほどー。いつ来るんですかね?」

「さあ、そろそろじゃないかな」

 

しおいが戻って行ったのでP90を構えてもう一度やろうよと思っていたが。

 

「いたいた、グラーフ。ゆーと一緒に外の射撃場行きましょう」

「オイゲン、私はまだP90の射撃を……」

 

ゆーが近づいてきて服の裾を引っ張り上目遣いで、

 

「一緒に行こう」

 

私を殺す気か。未だにウォースパイトに捕まっているアクィラに別れを告げ三人で外の長距離向け射撃場に向かう。

 

 

野外射撃場は古い埠頭から海に浮かんだ的を狙うだけの簡素なものだがその分、かなり狙いにくい。今日のような海が穏やか日でも四百メートル先にある一メートル四方の的を狙うのは至難の技である。

 

「Fuck、当たらないわ。M2HB-CQB使っちゃだめ?」

「駄目だアイオワ。SCAR-Hに三倍ドットサイトにマグニファイアだろ? 私のより倍率高いんだからせめて一発ぐらい当てて欲しい」

 

こうなるなら挑むんじゃなかったと言う呟きが聞こえるが私は聞こえん。

 

「グラーフ、ちょっと失礼するよ」

「ん、ああ、ヴェールヌイ。先にどうぞ」

 

SVDを構えたヴェールヌイが私の横に伏せ特長の一つとも言えるPSOスコープを覗き込んだ。彼女は三発一気に放ちどれも的に当たった。

 

「どうかなブルジョワジー。貴様らが言うコミーは的確に弾を当てられる。資本主義の用に贅沢に使う余裕はないからね」

「fuckin’Commie!」

「ワハハ、負け犬の遠吠えは気持ちいいな」

 

ヴェールヌイが煽り、アイオワが噛みつき、ガングートが更に煽る。ここではよく見る光景だ。タシュケントは大体苦笑いか薄笑いしている。

 

「まあ、アイオワはまだ練度も戦歴も少ないから仕方ないと思うわよ。ヴェールヌイなんかここの最古参の一人なんだし」

 

ヴェルの後ろに移ってきたリシュリューがフォローを出す。だいたいガングートに引っ張られてここに来る彼女は、ショーシャ軽機関銃を持っているから次にやるつもりなんだろう。

 

「そうよ、私の練度が上がれば一発必中だってやってやるのよ!」

「そのためには練習だな。熊野が7.62x51mm弾での一発必中の道から制圧射撃の道に進んでしまった以上、君がこの道の貴重な後輩なんだ」

 

最近NATO弾を使う連中は5.56mm弾ばかり使うため7.62x51弾枠は非常に重要だ。この適度な反動、5.56mm弾より強いストッピングパワー、長い射程、重さ。Alles ist großartig(全てが素晴らしい)。だから一発で敵を斃すこの道に進むんだ。ただ短距離では5.7x19mmの方が好きだがな!

 

「お、おう……まあ、頑張るわ」

 

何故かアイオワが引き気味だが、頑張ってもらおう。

さて、私はここを後ろに来たガングートに譲りオイゲンと雑談と洒落こもうじゃないかな。

 

「オイゲン、タシュケントとは何を話していたんだ?」

「7.62mmか5.56mm──あっちだと5.45mmですが──どっちがいいかなっていう議論です。私はストッピングパワーが強い反面、反動が強い7.62mmより反動が小さくバラ撒けて狙いやすい5.56mmを四肢に当てた方がいいって思ってます。タシュケントも同意見です」

「私は7.62mm派だが……近距離では同意する。と言っても使うのは5.7mmだけどな。やっぱりHK417の銃身20inchモデルは振り回すのが大変でな、12inchの銃身も買うべきだったかなあ」

 

機関銃や狙撃銃を室内で振り回すよりはマシだが選抜射手に渡されるマークスマンライフルに片足突っ込んでいるこの銃は本当に近距離が辛い。全長一メートルもあるんだぞ。P90の二倍だ。

 

「今度、銃身を短くしたカービンモデルを買うことにしたので、私はAKS-74MをタシュケントはG36Cを買うんですよ。楽しみです!」

 

私もカービンモデルを……いや、私にはP90がある。世界中の特殊部隊や様々な作品に登場しているこの名銃(とあまり売れなかったFiveseveN)があれば近距離は大丈夫なはずだ。でも、5.56mmのHK416CかM16の9mmバージョンであるRO635またはそのコンパクトモデルRO633は欲しい。非常に悩ましい問題だ。全ての銃が魅力的過ぎるのが悪い。またビスマルクや提督に怒られても知らない、私はどれか買うぞ!

 

「ワハハ、今日は調子がいいな!」

 

私の思考は運良く先程まで雨のように連射していたガングートの笑い声で途切れた。いかんいかん。このままだと衝動買いしそうだった。

 

「明石に整備して貰ったから割と調子いいんだけど……PKPはやっぱり優秀ね」

 

リシュリューがショーシャ軽機関銃のバイポッドを畳みガングートに話しかける。

 

「ああ。DP28軽機関銃もよかったが母国の新鋭汎用機関銃だけあって非常に使いやすい。整備が若干面倒だが、まあそれぐらいなら許容する」

 

ガングートはPKPのベルトマガジンを取り外しながら言う。ああ。M249ことMINIMI軽機関銃もいいな。基地警備隊も装備しているがあのフォルムは個人的に好きだ。

 

「グラーフ」

「どうしたんだヴェル」

 

彼女はトカレフをチラつかせつつまっすぐ私の側に来ると上目遣いでこう言った。

 

「さっきリシュリューや同志ガングートと話していたんだが君と拳銃や短機関銃で勝負したいって話題になってね。やらないか?」

「やろう」

 

こうして私はまた──何故かここにいた全員で──

近距離射撃場に戻るのでった。途中入港しようとする輸送船の汽笛が聞こえたが誰も気に留めもしなかった。

 

土曜午後の私たちは、やって来た輸送船の中身も知らずに、近距離射撃場へと歩を進めていったのであった。

 

 

 




二作目です。四月の終わりから書き始めていつの間にか七月になりました。まだ完結してませぇん(あとがき執筆時五万字ほど推定完結文字数六万)。正直予想以上に文字数増えて困惑してます。最初期では二万字の予定だったんだぞ。

では今回の作品説明をします。転職先(指揮官)のドールズフロントライン二次書こうとしていいネタが降りてこなかったので腹いせで書きました。艦娘×銃っていいよね。個人的にはP90推しです。丸っこくてかわいい。作中内の銃の採用理由はおいおいするとして主人公をグラーフにしたのは最近アクグラ熱が再燃したからです。アクグラはいいぞ最高だ。個人的には某ヒモっぽいらしいアクグラ描いてる人のが一番好きです。射撃場は最近機関銃が追加され始めたゲームと写真を参考にしました。

それで銃の組み合わせですが

響 SVD(20発マガジン) トカレフ
ガングート PKP M1985
タシュケント AK-47(74) マカロフ
グラーフ HK417(20インチモデル:バイポット:ACOG) P90 FiveseveN
アクィラ M1891(Moschetto Mod. 91:銃剣付きモデル) マテバオートリボルバー リベレーター
サラトガ トンプソン(M1928:50発マガジン) M1911A1
アイオワ M2HBQCB SCAR-H
プリンツ・オイゲン G36 USP
熊野 SG510-1 P226R
鈴谷 ベネリM3
陽炎 89式 9ミリ拳銃(P220)
不知火 89式(折曲銃床) PM-9
伊401 レイジングブル
矢矧 九七式自動砲 一〇〇式機関短銃
リシュリュー ショーシャ軽機関銃 ブリスカヴィカ
ウォースパイト ロイヤルダブルライフル C96
U-511 モシン・ナガン スミオ
雪風 三八式歩兵銃 南部大型自動拳銃(小型)

こんな感じです。最初の六人以外は知り合いや友人に艦娘に持たせたい銃を聞いて適当に割り振りました。海外艦娘が多いのは……まあ仕方ないね。

次回以降はほかの人達が間に合えば私個人の方で公開します。なかなかグr素晴らしいものになりつつあるので……。

長くなりましたが、続きもよろしくお願いします。



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不意打ち

その日もいつも通り、今週の残った仕事を片付け時間があったら射撃場に行こうと思っていた。そう考えた陽炎は書類作成が一通り済んで一息つこうと席を立ち窓の傍で背伸びをしていた。同僚の不知火はお茶を一服し提督は趣味であるゲームの後方支援(遠征)を回している。この窓からなら鎮守府の港湾設備を一望でき先程着いた輸送船や艦娘母艦、今や浮き砲台レベルの旧式護衛駆逐艦が停泊していた。

輸送船に参謀長と基地警備隊が近づいているのを見つけ気になり目を細める。あの輸送船は一昨日急にこちらに回航させると知らされ気になっていたが、南方の古い泊地や警備隊の引き上げだと知らせれてみんな興味を無くした。まあ、一応この鎮守府にも軍用の線路や道路があるから適任だとは思うがこんな何もない所で降ろすのかあ、と提督が愚痴っていた。迎えの車や列車も到着してないし何をしているんだろう。

輸送船のタラップが降ろされ埠頭と繋がる引き上げ部隊の上級士官らしく人が部下とともに降りて来ると参謀長がやや大袈裟な身振りで迎えた。古知かなにかかな? 二人は握手をすると……上級士官らしき人が参謀長の頭を殴った。

 

「なっ!?」

 

基地警備隊が銃を構えたが連れてきた部下や輸送船からの銃撃であっという間に斃れた。

 

「どうしました陽炎、そんなに驚いて……」

「敵襲! 輸送船から敵が」

 

振り向いて不知火と提督に伝えると同時に窓から銃弾が飛び込んできた。咄嗟に提督を倒し込んで伏せる。

 

「鎮守府総員へ、輸送船より敵襲。基地警備隊は防衛を、DEの戦闘員は武装し周辺防衛を、基地業務隊は所定の退避を実施せよ」

 

不知火がヘッドセットを付け警報を鳴らした。

 

「っち、基地警備隊は?」

「提督、これ」

 

データパッドを提督に投げつけ89式小銃と9ミリ拳銃を机の下から取り出す。上手く提督が取ったかも確認せず、不知火の折曲銃床89式と9ミリ機関拳銃も取り出した。

 

「不知火、これ」

「基地警備隊は……入口と工廠周辺のが生体反応無し!」

 

不知火は受け取って頷いたが、予想より悪い状況が提督から伝わる。一部の基地警備隊のライフモニターはもう何も出てない。

 

「ならどこにいても不思議じゃ」

 

轟音が鳴り響き、扉が破壊された気がしたから机の片側を勢いよく持ち上げて影に隠れた。銃弾が壁や机に突き刺さる。

 

「ちっ!」

 

89式のハンドガードとストックを握り横に構え机の上から出し薙ぎ払った。銃だけならまだ安全だし反動は艦娘パワーで抑え込む。

 

「グラーフ! 執務室に敵襲! 射撃場にいるんでしょ、救援を」

 

この鎮守府でも二番目に優秀な彼女に通信し、机の裏に張り付いているもう一つの銃を取った。

 

「提督、この銃なら簡単に扱えるから使って! ここで装填、ここでマガジン排出ね」

 

横にしたの影で怯えている提督にイングラムM11を渡す。.380APC弾なら反動も比較的少ないからバラ撒くぐらいは……。

 

「ちょ、私は射撃の技能赤点ぎりぎりだったんだよ? 扱えるわけ……」

「提督、やって! このままじゃジリ貧だからここをでないと行けないの。だから、殺って」

 

ノロノロと提督は銃を片手で構え、マガジンより上を出して撃ったが……反動で倒れる。

 

「危ない!」

 

提督の腕が机の影から出て慌てて引き込む。少し離れた不知火が舌打ちをし9ミリ機関拳銃で入口に制圧射撃を行い、

 

「グレネード!」

 

相手に殺られる前に攻撃手榴弾を投げた。ドンというか音と爆風が収まると射撃は止んでいた。殺ったか少なくとも戦闘不能にできたのかもしれない。

 

「移動します」

 

不知火が機関拳銃を構え入口にフラッシュバンを投げた上で飛び出した。フルオート射撃音が聞こえ生き残りを吹き飛ばしす。

 

「クリア!」

 

入口付近は制圧できたらしい。陽炎は提督の手を引き9ミリ拳銃を取り出した。

 

「グラーフ、このメッセージを聞いてたら地下シェルターM2に来て。事態をひっくり返す用意をしているわ」

「陽炎、駄目よ。妨害電波が出されているから無線は使えないわ」

 

提督がデータが一向に読み込まれない、データパッドの画面を見せてくる。

 

「ここに伝言を残しておいた方がいいわ。彼女なら必ず来るから」

 

提督はそういうと適当な紙に文を書き、デスクの裏に貼り付けた。

 

「提督、陽炎。行きますよ」

 

89式の折曲銃床のを展開した不知火が言ってくる。提督は頷き、艦娘二人で提督を挟み込むように混乱と銃声に満ちた鎮守府内に消えていった。

 

 

「なにか聞こえなかったか?」

 

弾薬庫に来て弾を補充しているとヴェールヌイがそう言って来た。

 

「私は何も聞こえなかった。駆逐艦の身体は聴力がいいから聞こえたんじゃないかな」

「そうなるとろーとしおい、オイゲンも聞こえたか。なんだか嫌な予感がする」

 

そうか?と思っていたが、艦娘に付けられている無線で意識を切り替えた。

 

「鎮守府総員へ、輸送船より敵襲。基地警備隊は防衛を、DEの戦闘員は武装し周辺防衛を、基地業務隊は所定の退避を実施せよ」

「どうやら、ヴェールヌイ。予感が当たったようだ」

「どうせならポーカーとかで当たって欲しかった 」

 

SDVのマグに弾を詰めながらヴェールヌイは応えた。ここも直ぐに混むからさっさと弾込めしておいた方がいいだろう。普段は使わない手榴弾系統も私の哨戒艦隊旗艦及び秘書艦代理の権限とヴェールヌイの最古参駆逐艦の権限を使い、ラックのロックを解除した。適当に破片手榴弾と攻撃手榴弾、閃光手榴弾や発煙手榴弾を持てるだけ持ってタクティカルベルトに装着した。マグもベストに詰めて弾薬庫を後にする。

 

「みんな、弾は大丈夫か?」

「ねえ、ちょっと待って。なんでグラッちそんなに落ち着いているの? ヤクでも決めた?」

 

あれ、なんでみんなそんなに慌ててるんだ? 私が思ってた以上に現状を把握できてないらしい。

 

「インドシナにいた時はよくあったぞ。それに白兵戦慣れしてない浮き砲台(DE)の戦闘員まで繰り出されているんだ。状況は良くないと見る。私たちも兵士の端くれだ。最悪の事態を想定して──」

 

違うそうじゃないと鈴谷が天を仰ぐが時間が勿体ないとここにいる十四人の艦娘を急かす。

 

「私とヴェールヌイは状況確認のため外に出る。弾をしっかり補充してくんだ。私の直感がそう告げている。さあ!」

 

どのみちここにいる艦娘の中では私が一番権限を持っている。艤装が置いてある工廠に丸腰で向かうよりは絶対いい。艤装がない艦娘は人間よりはスペックがいいとはいえ、ライフル弾を耐えるのは辛い。む、陽炎から最優先メッセージか?

 

「グラーフ! 執務室に敵襲! 射撃場にいるんでしょ、救」

 

ち、妨害電波か。再度接続を試みるが繋がらない。まあ、メッセージの受信が中断されてしまったが重要な部分は聞けた。……最初から陽炎に繋げばもっと状況が知れたかもしれないと今更後悔する。

射撃場屋上へ上がる途中に銃声がかなり近くから聞こえた。私は一気に階段を駆け上がり鍵を開ける間も惜しんで屋上への扉を蹴り破り、外に出た。銃声の方向──射撃場入口──を見ると四人がここの正面入口に銃弾を放っているのを確認し、躊躇い無く銃を構え、発砲する。銃弾は上手く襲撃者の胸に命中し血を撒き散らしながら吹き飛んだ。仲間の突然死に驚いた連中の頭を狙い、一、二……。三人目はヴェールヌイが取って行った。久々のキルスコア追加だが喜んでいる暇も無く途切れ途切れの通信が聞こえる。

 

「グ、……こ……セージを……たら……M……に……態をひっ……す」

 

おそらく増幅器を使った陽炎の声だが、何がなんだがさっぱり分からない。こちらかも呼びかけるが反応は無い。

 

「思ったより状況は……悪そうだな」

「グラーフ、下の警備兵は駄目だったよ。周辺を確認する。五分内に帰ってこなかったらMAIにしてくれ」

 

下にいたヴェールヌイが部隊無線で話しかけてきた。この距離ならまだ使えるのか。ガンマニア警備兵は死んでしまったか……惜しいやつを無くした。

 

「ヴェールヌイ。調べるのはいいが、せめて生きて帰って来てくれないか? ガングートとタシュケントに殺される」

「そしたら、アクィラやビスマルクがタシュケントやガングートを殺して鎮守府内戦になりそうだ。見れないのが残念だよ。じゃあ、行ってくる」

 

ヴェールヌイの小柄な体に身長よりちょっと小さいSVDを持って建物の角に消えていった。

鎮守府入口付近や工廠、輸送船周辺で銃火が見える。 艦娘宿舎にいるみんなが心配だが無事を……ん? DEの高性能20mm機関砲(CIWS)が稼働しているのが目に入った。ここからDEまでの距離は近く、後部甲板に置かれているCIWSはよく見える。既に輸送船から少し離れたDEでは銃火は見えず、誰か動いている様子もない。CIWSが射角を調整すると20mm機関砲を艦娘宿舎に対して掃射した。

 

「な!?」

 

あまりの出来事に思考が停止したが、CIWSの音が途切れた際に復活する。なんてことを……止めろ! ここからDEまで約1km、このスコープでは狙えないが一応有効射程である。二度目の射撃を開始したタイミングでHK417のバイポッドを立てスコープを覗かず角度を付け射撃した。最初の一発目からDEの後部構造に命中し火花が見えた。少しだけ角度を低くしめいっぱい反動を殺して射撃をする。CIWSのレードームや銃身に火花が飛び散るが射撃は止まらない。一マグを撃ち切り、再度装填して全弾叩き込んだが、まるで効果はなかった。やがてもう充分と判断したのかCIWSは射撃をやめ静止する。1000発近い高速徹甲弾を喰らった鉄筋コンクリート造り艦娘宿舎は見るも無惨な程破壊されていて崩れていく。

 

「Ficken!」

 

拳を握りしめ屋上に叩き付ける。ちくしょう、何もできなかった……何も。友人が目の前で殺されたというのに……。私は膝を抑え屋上の塔屋の壁を支えによろよろと立ち上がった。そうだ、私はまだやる事があった。提督を守らなければ、この悪逆非道を行った連中を始末しなければ。

復讐は何も産まないとよく言われるが、そんなことはなかった。私の中に行動力が産まれた。

 

「こちらヴェールヌイ。射撃が止まったのを見て警備兵の一部と基地業務隊が救助に向かっているけど……どうする?」

「20mm機関砲のAPDSだ。あれだけ蜂の巣にされれば……クソ……ってやる」

「なんだって?」

「やってやる。私が無力だから死んだ友人の為にも」

 

 

 

下に降りて屋上で見た出来事を話すと皆悲しんだり、激しい憎悪心が渦巻いたりしていたが復讐するという点では同意見だった。上級士官の誰とも連絡が取れないため秘書艦代理権限で私が提督救援、工廠確保、支援の為にここのメンツを三つに分けた。提督救援はともかく工廠確保は誰か一人でも艤装を手に入れればこっちのものだと、志願者がいたため許可した。支援は重機関銃と自動砲を抱えてはまともに動けないのと、屋上にスナイパーが湧かれたら困るので残って貰った。結果、私がアクィラ、サラトガ、ガングート、タシュケント、ヴェールヌイを連れて救援を。リシュリューが鈴谷、熊野、オイゲン、ゆーにしおいを率い工廠を。アイオワと矢矧は重機関銃で支援、ウォースパイトと雪風が護衛に着いた。

全員で簡単なブリーフィングをしてから私が率いる面子で寄りあった。

 

「私は別に今回死ぬなとは言わないが、提督の救援を最優先に行え。それだけだ」

「グラーフ、少し待て」

 

ガングートに肩を掴まれ振り返る。手で払い除けてもよかったが、何か言いたいなら今のうちに聞いておくべきかと判断した。

 

「怒りに飲まれるな。私から見ても今のお前は突っ込んで野垂れ死にそうだ。せめて我々を頼ってくれ」

「怒りに飲まれるなだと!? あれを直で見た私に言うのか! 私の目の前でみんなが虐殺されたんだ! それなのに」

「それは全部お前の責任じゃあ──」

「ガングート、ちょっと待って。グラーフ、なんでも貴方の責任ではないと思うのよ。今回の件だって誰も防ぎようがなかった。そう思って」

 

ガングートが押しのけられ、アクィラにそう懇願される。彼女の目は潤んでいた。

 

「アクィラ……分かった。CIWSの件はそう考えるよ」

「グラーフ」

 

そうじゃないと言いたげにアクィラは顔を俯かせ私の手を握ってきた。ああ、言いたいことは分かっている。

 

「分かっている。分かってはいるんだ……だが提督まで失いたくない! 私からの我儘だと思って聞いてくれ。できる事はこの身が朽ちてでもする。それだけだ」

 

アクィラは手を握ったまま、肩を落とし俯いた。そのまま何かを呟くと顔を上げ彼女の──珍しい──キリッとした表情が目に入った。

 

「なら、アクィラはグラーフを支えるわ。貴方が朽ち果てない為にも」

「アクィラ……」

 

願う事なら彼女と一緒に──。

 

「ん、ん」

 

サラトガが咳払いをしてそっちを見ると若干怒っている彼女と、困った顔をしているロシア組──タシュケントは笑顔だったが──が居た。あ……恥ずかしい。

 

「アクグラタイムはそこまでにしてそろそろちゃんと最終確認しましょう?」

 

サラトガは手を何度か叩きながら言ってきた。アクグラタイムについて突っ込みたいが正直、かなり恥ずかしい。帽子のつばを握り……まだアクィラが手を離してくれないことに気が付いた。

 

「その……アクィラ、手を離してくれないか? 恥ずかしくて……」

「グラーフ、死なないでね」

 

潤んだ目で上目遣いされた。彼女の為にも生きなければ……腕や脚がもげても生きてやる。

 

「グラーフ、さっさと準備して」

 

サラトガに頭掴まれ強制的に彼女の方に向かされる。あ、これは怒っているな。本当に済まないと謝っていたら、アクィラはガングート達の方に行っていた。

正直、恥ずかしかったら行ってくれたことは嬉しいが……。まあ、切り替えよう。再度私の得物、HK417とP90、FiveseveNの調子を確認する。7.62x51mm弾があと八マグだが……5.7mm弾の方があるから充分か。HK417とP90は少々危険だが、コッキングレバーを引いて装填した状態で安全装備をかけた。どちらかというとシングルアクションの武器に向いたテクニックだが、直ぐに撃てるという点はいい。

準備が整った我々は円陣を組み互いの顔を見合った。

 

「グラーフ・ツェッペリン、準備よし。いつでも行けるぞ」

「ライフルも手榴弾(OTO M35型)もばっちりね。アクィラ準備よしです」

「サラトガ、出撃します。さて、死にたい奴はどこかしら」

「ガングート、出る。殲滅させようじゃないか」

「タシュケント、弾の用意はできているよ。行こうか」

「ヴェールヌイ、出撃する。頭をぶち抜いてやろうじゃないか」

 

各々が銃を掲げ、心が通じあった。他も同じような雰囲気でみんな決意に満ちていた。射撃場外での待ち伏せを考慮して布陣を整えていると支援隊のスポットマン役、雪風が射撃場屋上にこっそり出て外の状況を伝えてくる。

 

「えっと、正面道路に約一個小隊分の武装集団。警戒して進んでいますが、訓練がなってないのか散開しているだけです」

「そうか。なら、Iowa。矢矧と一緒に初撃を任せる。リシュリュー隊は裏口から先に出てくれ。私は正面から引きつける」

 

リシュリューが頷くと六人が裏口に回り外に出た。残りは予めカーテンをしていた正面を向いた窓に張り付いて射撃の機会を伺う。こっそりカーテンの隙間からACOGサイトを介して見ると服装がばらばらで艦娘登場直前に大量に作られた89式小銃の簡易生産型とゲリラ大好き途上国も大好きなAK-47の……56式小銃、中国で生産されたと思わしき物を持っていた。顔立ちはインドシナ系の顔、フィリピン系もいたが日本人が多い。正規軍でも、傭兵とも思えない感じから反艦娘組織か深海棲艦信仰の人間なのかもしれない。服装もばらばら、ただ殺したいと思っているような目、最低限しか訓練を受けていないと思える行動からそう判断する。

しかし、こんな連中にここまでこの鎮守府がやられるのか? そこそこ優秀な基地警備隊だって居た……いや銃声が聞こえるからまだ居るのか? まあ、そこはいい。ゲリラやテロリストに負ける程弱くは無いんだが……ここに有能なのが来てないだけかもしれない。敵を削れることはいいことだし考えても仕方ないか。

 

「こちらリシュリュー。配置完了」

「了解、敵先頭があと十メートル進んだら始めよう。各員、射撃用意」

 

既にここと敵との距離は110メートル程とかなり近い。いや、短機関銃にとってはちょっと遠いか。ショットガン勢はマグナム弾かスラッグ弾を装填しているから問題ない。まあ、リシュリューなら上手くやってくれるだろう。

 

「Iowa、矢矧、合図で撃て。射撃後各員自由射撃……撃て」

 

ブローニングM2重機関銃(M2HB-QBC)のやや重い連射音と九七式の重い射撃とともに敵が数名弾ける。直後に様々な銃の射撃が聞こえ私も負けじと撃つ。前方にいた敵は直ぐに建物の影に隠れるが、半分は既に死んでいた。私は隠れようと走っている奴の脚を撃ち、両手を潰した。これで捕虜に出来そうなのが一人。機関銃や自動砲といった近距離が苦手な連中に支援を任せると私はP90を構え捕虜を取るために射撃の割れた窓から飛び出した。

 

「突撃!」

 

アクィラ、タシュケント、サラトガが共に突撃し、ブリスカヴィカを構えたリシュリューとしおいが、G36を構えたオイゲンとゆーが両脇に回った。制圧射撃の効果は凄まじく頭を出した馬鹿な敵は即死する。敵は建物の影から銃だけを出して撃とうとしたが誰かの──おそらくヴェールヌイの──射撃によって銃を落とした。

艦娘の身体能力をフルに活用し銃弾を避けながら敵の真横に躍り出ると、愚かにもあんぐりと口を開けている敵がいたのでその口めがけて5.7x28mm弾をお見舞した。数発が口内や頬に命中し出血しながら口から上が切れる。続いてやってきたアクィラがカルカノM1891の銃剣を建物に張り付いていた敵に突き刺し、咄嗟にマテバオートリボルバーを取り出して.454カスール弾をさらに奥にいた敵に放った。私はP90を構り二人目の胴体に射撃を行い屠り、裏から回ってきたリシュリューとしおいが一人ずつ倒した。残った一人は銃を捨てて両手を上げようとしていたが。

 

「撃た、ギャアアアア」

 

アクィラが腕を、私が脚を撃ち行動不能にする。反対側の隠れた敵も制圧されたようで残念ながら全員死んだらしい。

 

「タシュケント、私がさっき止めた敵を尋問してくれ。口を割らなかったり所属を言わなかった場合は自由にしろ。どうせハーグ陸戦条約で定められている交戦者資格の四条件のうちの一つ、遠方より認識し得へき固著の特殊徽章を有することを満たしていないからどうやっても構わない」

「了解、グラーフ。ソ連仕込みの尋問をやろうじゃないか」

 

さて私はさっさとこいつの情報を取り出そうじゃないか。しおいが慣れた手つきで簡易的な止血を施し尋問に耐えられるよう壁にもたらせている。

 

「サラトガ、何かあったか?」

 

ポケットやらなんやらを弄っていたサラトガに聞く。アクィラも死体を漁っているが何も無いようだ。

 

「これだけよ。かなり精密な鎮守府の地図。身分証明書や命令書は無し」

 

手渡された地図を確認すると鎮守府職員、しかも上位のものではないと手に入らないような地下道まで書かれた地図だった。これはやばいかもしれないな。下の兵までここの地理を知っているとなるとホームグラウンドにも関わらず奇襲を受けそうだ。硝煙臭い手を口に当て考えているとサラトガが名前と所属を聞き出しメモを取っていた。質問の度にトンプソンのまだ熱い銃身を突きつけている。

 

「主は? 民兵でしょ?」

「ひっ、ホーチミンにいた時に雇われたんだ! 雇い主は知らねえ! 俺たちはいつも代理人を介していて、ギャアアアア」

 

サラトガが右足の銃創を蹴り上げた。おお、怖い怖い。私は痛みにのたうつ敵の頭を掴みこちらに向けさせる。

 

「知ってることは全部話せ。その方が楽だぞ」

「ここにいるお前達を殺れってしか言われていないんだ! ほんとだこれで全部」

「なら用は済んだ」

 

私はFiveseveNを取り出して脳天目掛けて一発放った。敵はこと切れ倒れただの物と化す。

FiveseveNをレッグポーチにしまい込み中長距離戦を考慮しHK417を背中から取り寄せてタシュケントに通信をした。

 

「タシュケント、そっちはどうだ?」

「駄目、何も知ってないね。かなり精密な地図はあったけど」

「それならこっちにもあった。……早急に救援に向かった方がいい気がする。急いで鎮守府司令官官舎に向かおう。ガングート、ヴェールヌイ。情報共有が済み次第提督救援に向かうぞ。来てくれ」

 

リシュリューも横で同じように招集をかけ情報を共有していた。私も時間削減の為通信で済ませるとロシア勢が集まった。

 

「全員集まったな。状況は思ったより悪いようだから直ぐに向かうぞ。ツーマンセルを組んで建物の影を進め」

 

ああ、そうだ忘れかけていた。

 

「アイオワ隊、官舎周辺と工廠方面をどちらかが狙えるように適当な建物に移ってくれ」

「OK、ツーマンセルで二つの建物に入るわ」

 

通信を終えタシュケントを先頭にガングート、サラトガ、ヴェールヌイ、アクィラ、私の順で進んでいく。ガングートが進み出したあたりでリシュリューから声をかけられた。

 

「ねえ、グラーフ。別に殺さなくても」

「あの男はどうせ放置すれば死んでただろう。私は早く楽にしてやっただけだ」

「そう……」

 

リシュリューは落胆した様子で彼女の隊とともに工廠に向かっていった。アクィラがこっちを見ていたが急かして先に行かせ私が彼女の後ろを警戒する。

鎮守府の中心にある官舎に向かうにつれ戦闘の跡や職員や敵の死体がよく見られるようになり基地警備隊と敵の銃声もよく聞こえるようになって来た。開けた場所、特に道路では奥の方にポツポツと敵らしき影が多数見えたが救援を優先して射撃はしない。誰もが報告以外は無言で進み、今隠れている建物の反対側に官舎があるので建物の中を通った。中にいたであろう職員は死んだがか逃げたようで死体はそんなになかったが資料や書類を漁った跡が見て取れた。割れた官舎側の窓からそっと様子を伺うと見える範囲で二十名程の敵が官舎の周囲を囲っていた。

 

「思ったより量が多いな。私と同志達を上に上がらせようと提案するがどうか?」

 

ガングートもこの状況を見て提案してくる。確かに機関銃やアサルトライフルの上からの掃射はかなり効果が出るしヴェールヌイの腕を考えれば狙いやすい上から撃つのもありか……。

 

「ガングート、行ってくれないか。こちらから手榴弾を投げるからその爆発と共に撃てばかなり有利になると思うんだ」

「ああ、我ら赤軍に期待していてくれ」

 

PKPを担ぎながらそういうとヴェールヌイ、タシュケントを引き連れ二階や三階に登って行った。私はアクィラ、サラトガを建物一階の両端に、自らを中央に配置して見えてる敵の多くを撃てるよう心がけた。腰に下げたM24柄付手榴弾(ポテトマッシャー)を取り出して、アクィラ、サラトガとともに投擲する。狙った通り敵のど真ん中かつ上半身の高さで炸裂したそれは衝撃で数名をなぎ倒し人体の破片が飛び散った。サラトガの投げたMk2破片手榴弾(パイナップル)は破片で敵一個分隊ほどを切り裂き死傷させた。一方アクィラのOTO M35手榴弾(赤い悪魔)は衝撃作動式信管を付けているが、地面に当たった瞬間ではなく一拍遅れて炸裂する。敵に気付かせるという恐怖心を煽った結果かどうかは知らないが死傷者以外に腰を抜かした者もいる。私が窓から身を乗り出して撃とうとすると、階上からロシア系の銃撃音が聞こえた。目の前の一番大きい敵集団でいくつもの血飛沫と砂煙が上がり当たった箇所を抑えて倒れ込む者がいた。私は確実に殺すために狙いをつけたがカルカノM1891を操るアクィラに先を越された。

サラトガは既に窓から飛び出して腰だめでトンプソンを連射している。仕方なく私はバイポッドを立て奥から爆音や銃声を聞いて駆けつけた兵に狙いを付け、引き金を引いた。ただただ真っ直ぐ向かってきた無能者の頭が弾けてピンクの霧ができた。その亡骸に躓いた敵を撃って後を追いながら、状況を確認する。既に敵は半壊し逃げ出している。なんだ、こんなものか。さっきの連中と大差がない。

 

「グラーフ、多分だけど今銃声がよく聞こえる工廠の方に精鋭が行ってると推測するわ」

「そうだな、サラトガ。私も同じことを考えていた。リシュリューには悪いが、提督を救援するには好機だ。急いで官舎の中に入るぞ」

「了解、同志、降りるぞ!」

 

私が官舎側の入り口から出ているとロシア勢が三階から飛び降りてきた。ガングートは身体の性能を使い膝と腰で踏ん張り、タシュケントは柔軟に受け身を取り、ヴェールヌイは音もなく降り立った。

 

「ニンジャか」

「グラーフ、これくらい古参艦娘にはできて当然さ。君も練習するといい」

 

TV-33(トカレフ)を取り出した彼女はそう受け答える。古参艦娘でもそんなのできるのはうちのヴェールヌイだけだと思うなというアクィラの呟きを無視して私はP90を構える。私のHK417、ヴェールヌイのSVD、ガングートのPKPはどれも一メートル以上の長さがあり室内での取り回しは悪い。だからP90、トカレフ、ナガンM1895を使う。拳銃やサブマシンガンなら室内では取り回しが良いため急な遭遇でもなんとかなりやすい。

 

「アクィラも、カルカノじゃなくてマテバオートリボルバーにします〜」

 

銃剣でも……いや、この話はやめておこう。ツーマンセルを再度組み直して私とアクィラは裏口から慎重に戦闘で変わり果てた官舎に入っていた……。

 

 

 




早くみんな原稿終わらせてー

銃撃BGMはこの作品のいいBGMになります。
殺したいけど幸せにしたい艦娘っていますよね。私は今回最後しか出番のない金剛でした。グラーフはちょっと違う。何かを失ったまま死んで欲しい。
416ちゃん可愛い。発注されたしM110A1は実装されませんか? 最推しはMG5だがな!



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血溜まり

なかなか悲惨な描写になってきたのでご注意ください。

死亡シーンが書いてて一番楽しかったです。某銀河を金髪小僧が統一する作品のOVAを書く前に見てたらこうなりました反省しません。
そこら辺にいる兵と同じように、コロッと死んでいく艦娘すこ。
ただG36の描写はもうちょっと書きたかった。あの機構はなかなか面白い。



「リシュリュー、前方に敵影多数。推定一個中隊以下。工廠を漁っているのと基地警備隊と交戦している者がいるみたいよ」

「ありがとう、矢矧。引き続き支援をよろしく」

 

矢矧との通信を終え、埠頭そばの破壊された軽装甲機動車の影からオイゲンと共に工廠の様子を伺う。艤装を取れればと考えていたけど、甘かったようね。まだ六百メートル離れている為、細部までは捉えられないがかなりの人数が、それこそ六人では相手しきれない程の敵がいた。

 

「ゆー、しおい。そっちはどう?」

「んーとですね、多数の徽章なしの民兵と少数の……陸軍兵? 部隊まではともかく、え、何ゆーちゃん」

「あれは……確か南方方面軍の戦闘服です。インドシナ半島や太平洋諸島向けの迷彩服を来ています。装備は見慣れないですが、最近では日本でしか手に入らないような物が結構あります」

 

最初から民兵とか程度ではないと思っていたが、まさか陸軍の反乱でも起こっているっていうの? フランス軍の反乱や将軍達の反乱みたいな、それよりも酷いことが?

 

「グラーフに伝えたいけど……繋がるかしら?」

 

グラーフの個人回線にコールをかけると意外にも直ぐに繋がった。

 

「やあ、リシュリュー。ちょうどいいタイミングだな。さっき官舎一階の無線増幅器を手に入れたんだ。おかげでノイズは酷いが一応繋がる」

 

通信先で銃声が聞こえ、P90の軽い連射音が響いた。

 

「すまない、で何かあったのか?」

「これは日本陸軍の反乱みたいよ。南方方面軍の戦闘服を着た兵が確認できたわ。部隊までは確定できないけど装備からして日本軍であることは間違いないわ」

「なんてこった、まさか反乱とは……。提督が死なないよう祈ってていてくれ。必ず救援する」

「了解、こっちも頑張って艤装を手に入れるわ」

 

グラーフが満足そうな声を漏らすと唐突に通信が切れた。コールをかけたが今度はコール自体がかからない。通信妨害が強化された? 試しに矢矧にもかけるがダメだった。増幅器をここまで落としながら来たのにも関わらず。

 

「ダメね。短距離は……鈴谷聞こえる?」

「聞こえるよー。中距離無線死んだの?」

「ええ。しかも目の前にいるのは日本軍よ」

「あー、それはさっきオイゲンから聞いたよ」

「ならいいわ。そのまま建物の影に沿って……」

「見つかりました!」

 

工廠の方を見ていたオイゲンが叫ぶと同時に声を上げ、彼女は銃撃を行う。G36のキャリングハンドルと一体化した三倍スコープを覗き込み二人を殺ったが雨のような激しい銃撃を受け身を引いた。

 

「っち、しおい、ゆー。今のうちよ、急いで! 鈴谷と熊野は今の位置で初めて」

 

軽装甲機動車の残骸に銃弾が当たる音に負けないよう叫ぶ。私自身も残骸の影から射撃を行うが、如何せんショーシャ軽機関銃は射程が短い。ポーランド製密造SMGのブリスカヴィカもだ。牽制程度にしかならない。しおいとゆーがこっそり工廠に入って行くのが見えた。無事に、できるだけ早く、戻ってきて。鈴谷と熊野が射撃位置に着いたらしく熊野のSG510の射撃音が聞こえた。これなら……。

大雨の中、雨宿りするように身を隠すオイゲンに声をかけこっちを向かせた。

 

「オイゲン、一斉に」

 

刹那、今までとは違う方向から7.62mm弾の少し重い射撃音が聞こえたかと思うとオイゲンの頭が消え、赤いものが飛び散った。いや、違う。

 

「ひっ、オイゲン!」

 

彼女の首に銃弾が走り、彼女の首を容易く引き裂いた。頭が飛んで力なく彼女の体はこちらに倒れ大量の血を吐き出す。目をそらすと彼女の転がった頭が見え、綺麗なその顔はあっけにとられてただただ宙を見ていた。無駄だと知りつつその頭に手を伸ばすと再度銃声が聞こえ右足太ももにハチに刺された様な鋭い痛みが走った。

 

「ギャ、Sniper!?」

 

撃ってきたと思わしき方向を見ると四百メートルと離れていないビルの上に人影があった。

 

「熊野、情報隊ビルの屋上に狙撃兵、殺って!」

 

即座に放たれた銃弾で人影が消えた。私は基地警備隊の死体から拝借したファーストエイドキットを使い、痛みを耐えながら止血を行う

 

「今……ワンダウンですのよ。もう一人は多分矢矧さんに先を越されました。それで……大丈夫ですの?」

「オイゲンが戦死(KIA)で私が右太ももに貫通銃創、戦傷(WIA)。移動はかなり制限されたわ」

 

止血帯をバンテージで補強して応急処置完了。モルヒネは、意識が混濁するからやめましょう。ショーシャ軽機関銃を再度構え牽制射撃を実施したが数発撃つとジャムった。

 

「また、って、ああ」

 

どちらかの血液が弾倉に付着していた。これが原因で……。敵との距離はまだ三百メートル、短機関銃の使える距離ではないので死んだオイゲンのG36を使わせて貰う。目を逸らしてからできる限り死体に目をやらなかったが、彼女の銃はその下にある。

 

「ごめんなさい、オイゲン。借りる……わよ」

 

死んだばかりの生暖かい死体を慎重に動かし、血塗れのG36を手に取る。戦友の亡骸の重みに戸惑い、言葉が詰まるが悲しんでいる暇は無かった。仲間の死を受け動き出した鈴谷が敵の横手の建物から射撃している。が、手榴弾を投げ込まれ後退した。

まだ数十人はいる敵は足を止めることなくこちらに向かってくる。G36を構え射撃をするが今度は左手に被弾し銃弾の衝撃をG36で受け止めてしまい銃が弾け飛び、私は倒れた。身体を右手で起こし左腕を引き摺りながら軽装甲機動車の残骸に座ったままもたれる。傷口は非常に大きく骨が砕け、応急処置ができるなら切り落とされているだろう。そんな余裕は無いけど。出血は止まることなく、私は片手でもなんとか撃てる、9x19mmパラベラム弾を使うブリスカヴィカ短機関銃を胸に抱き通信をした。

 

「鈴谷、熊野。私は逃げきれないから撤退して。時間は稼ぐわ」

「そんな、置いていけるわけない!」

「そうですよ。傷ついている仲間を、工廠に行った二人の為に」

「……できる限り時間を稼いで。っ、出血多量で意識が朦朧としてきた。後でグラーフに伝えて」

 

話しながら片目で後ろの敵を伺うと手榴弾を投擲しようとしていた。私は力を振り絞り投擲者を投げる直前で殺り、ピンを抜かれていた手榴弾は転がって彼の同胞を死傷させた。代償に右手首に銃撃を受け手が吹き飛んだ。そこからも血が溢れ、私は体に力が入らず地面に倒れ込んだ。足の止血も充分じゃなかったのか血が流れる感覚がある。もう視界は歪みぼやけ、何を見ているのかすらわからない。徐々に寒くなっていく意識の片隅で何か聞こえた気がした。

迎えが来たのかしら?

 

 

ここの工廠の中は整備区画や製造、建造区画といった整理しないと行けない場所以外は乱雑に資料やよく分からない箱が積み重なっている。でも今日は整理されている場所も非常に散らかっていた。

 

「しおい、死体があるから気をつけて」

「りょーかい」

 

二人の潜水艦娘が敵が現在進行形で漁っている工廠の中に忍び込んでいた。目指すは工廠内の注水した乾ドック内に停泊している潜水艦娘母艦、哨戒艇《おおわし》内にある彼女達の艤装。襲撃された時刻は、まだデータを回収している段階で整備区画には移されてないだろうと踏んでこっちに向かっている。

 

「ゆー、四時に敵の見回り。こっちには来てないけど気をつけて」

「了解。進もう」

 

U-511が短機関銃のスオミを構え、伊401がリボルバー、レイジングブルを片手で持って小柄な身体を活かし物陰を慎重に進んでいく。銃を構えているとはいえ敵地のど真ん中、艤装を手に入れる前にバレたり撃ったりすれば……結末は見えている。

 

「0時に背中を向けた敵、タバコを吸っている模様。邪魔だから片付けようかと、ただ死体をどうする?」

「近くに机があったからその下に隠せばいいんじゃないかな。二個向かい合ってるから上手く入れればいいと思うよ」

 

ゆーは頷くとスオミをしおいに預け、今まで以上に慎重に、かつ素早く歩いた。小柄な敵は無警戒で、恐らくここがいい感じに死角になりやすい奥まった場所であることを利用してサボっていたようだが、それが命取りとなる。ゆーは敵の背後に立つと右手を振り上げ、首に手刀を振り下ろした。なんとも言えない音が聞こえ敵の体から力が抜け倒れこむが、ゆーは左手で受け止める。しおいが机とセットの椅子を静かにずらてゆーが持ってきた死体を中に入れる。最後に椅子を戻して片付けは完了した。

 

「ん、近くの銃声が止んだ?」

「もしかしたら……。急ごう」

 

工廠付近での銃声が止んだことに気が付き、ゆーはしおいを急かす。死んだかもしれないとは口に出さなかったが、二人の目には悲しみの色が僅かに浮かんでいる。ここから哨戒艇までの道程は特に危険もなく、目立った敵もいなかった為順調に進んだがあと少しという所で、敵が見えた。

そこは角を曲がった先がすぐ哨戒艇という場所だったがしおいがこっそりと伺ったところ十人近い敵兵が哨戒艇へのタラップ入り口と甲板上にいるのを確認した。

 

「どうする? 手榴弾でも投げる?」

「投げちゃってもいいと思うけど、あの人数はきついと思う。艇内に何人いるかわからないし、スオミのドラムマガジンでも殺りきれない」

「レイジングブルじゃあきついけどモシン・ナガン貸してくれれば援護するよ? ボルトアクション・ライフルなら九九式小銃を扱ったことがあるし」

「ならモシン・ナガン貸すから援護して欲しい。手榴弾投げるから炸裂したら甲板の敵を撃って」

「わかった。頑張るよ」

 

しおいがモシン・ナガンを受け取りスリングベルトを首にかけた。ゆーはM24柄付手榴弾を取り出して投げる角度とタイミングを測っている。艦娘の頭脳は演算能力を中心に艤装なしでも一般的な人間よりも性能がいい。補助演算装置でもある艤装があれば魚雷の命中射角や砲弾の動きなども一瞬で求められるがそれが無い上、最も効果が出るよう炸裂タイミングまで考えていたため少しだけ時間を掛けた。最も、それはいい方向に働いた訳だが。

工廠外に回されていた精鋭部隊の一つがが哨戒艇内部を目指して来たのだ。ゆーがそろそろ手榴弾を投げようと中腰になったタイミングで。

幸運にもゆーを見るために振り返っていたしおいが先に気が付いた。

 

「敵!」

 

しおいはモシン・ナガンを撃ちながらゆーを押し倒した。銃弾が彼女達の上を流れしおいが応射する。ゆーは咄嗟に手榴弾を新手の方に投げスオミを構え連射した。敵は反応する前に9x19パラベラム弾をまともに受け一人が死に、残りは手榴弾に気づいて隠れた。

しおいは機転を利かせて予備で持ってきた発煙手榴弾も投げ敵がいた通路を白リンや五酸化二リンで塞いだ。このような狭い空間では白リンの毒性や五酸化二リンの化学火傷を警戒して近づけ無いはずだ。ゆーが持っていたもう一個は哨戒艇側に投げ隙を見て進もうと考えていた。

自動小銃の連射音が聞こえ再び頭を下げる。敵は彼女達に逃げ場はないと考え通路の奥から煙幕越しに乱射してきた。跳弾の音が多数聞こえただただ隠れるしか無かった。十秒ほど続いたあとしおいがゆっくり顔を上げると別の場所に隠れたゆーが動いていないことに気がつく。うつぶせに倒れる彼女の顔あたりから出血していることも。

 

「ゆー!」

 

モシン・ナガンを投げ捨て彼女の方に走った。跪いて肩を掴み仰向けにさせると……綺麗な彼女の顔は銃弾を受け潰れていた。眼球が顕になり深い場所ではぐちゃぐちゃになった脳漿が見える。

 

「そん……な」

 

しおいは血が引く感覚と腹の底から湧き上がる激情を受け、レイジングブルを握りしめ立ち上がった。まだ晴れぬ煙幕越しに.454カスール弾を全弾、五発叩き込んだ。破片手榴弾と発煙手榴弾を続けて力一杯投げリロードしたレイジングブルを撃つ。しかし、奮戦叶わず飛んできた破片手榴弾に脇腹を切り裂かれた。衝撃で彼女は投げ飛ばされ腸が傷口から出てきた。もはや戦意を喪失し、動転した彼女した彼女は逃げるしか無かった。

 

「私の……腸が……逃げ……なきゃ」

 

傷口から出る腸を抱え血痕を残しながら、ふらふらと哨戒艇があるドックの方に向かっていった。そこにいた敵は既に別の場所に行ったのか誰もいなかった。徐々に腹が冷え体が重くなって行く感覚を感じ逃げるために必死に注水されている乾ドックに向かっていった。悲しきかな、彼女は潜水艦娘にとっては当然の反応とも言える潜水による退避を試みている。腸が出ている状態で海に落ちるとどうなるのだろうか。

 

「やっと、逃げれ……る」

 

しおいは倒れ込むように数メートル下の海面に落ちていく。軽い音を立て海面が波立つ。

少しすると水面には血が広がっていた。

 

 

私は今、P90を持って背中を壁につけ角の先の廊下に居る敵をこっそり伺っている。外であった戦闘の影響か官舎内にいた敵はどれも引きこもって(待ち伏せて)いる。手榴弾を使ってもいいが数がそう多くはないためあんまり使いたくない。だから……。

 

「ガングート、行ってくれ」

 

ガングートがこちらから見えない場所からナガンM1895を撃ち敵が一人倒れた。かかったな、彼女の方をむいた隙に私がP90の連射力で薙ぎ倒す。

 

「クリア!」

 

私の言葉を受け、アクィラが前進し私がフォローをする。敵がいた場所の扉を慎重に開ける。開いた途端に中から銃弾が出てくるがアクィラは流れるように前転し回避。構えたマテバオートリボルバーに敵は眉間を撃ち抜かれた。

 

「警備員室確保!」

 

外や階段を警戒しているサラトガとタシュケント以外の面子に向け叫ぶ。改めて室内を見渡すと警備員の死体二つと、破壊された電話や長距離無線機が目に入った。死体は兎も角、電話と長距離無線機が破壊されているのは気がかりだった。ここにいた兵が使うと思ったのか、それとも私達のように敵に使われたく無かったのか……。比較的電子戦に長けたヴェルが警備員室内のコンソールに取りいたが、電源すらはいらず何も出来なかった。

 

「死んでるね、どれ……電源付近に銃弾。多分流れ弾かな。修理は無理そうだ」

「ここの基地内無線機はどうだ? 繋ぎ方しだいでは増幅器としても利用できると思うんだが」

 

ヴェルは頷くと取り出したデータパッドから出ている端子を基地内無線機と繋ぎ接続を試みる。その間、私はアクィラとガングートに先程から天井付近が騒がしい為、掃討を頼んだ。自分自身はP90の残弾を確認して、適当に警備員室内を見て回った。コンソールを壊したのは恐らく5.56x45mm NATO弾で、撃ったのは……敵が持っていた簡易生産型89式小銃。警備員の死体は……奇襲による銃撃か? いや、片方は刺殺か。銃殺された方は銃創周辺の服が焦げているから銃口を押し付けられてっというところか。となるとここは執務室襲撃よりも早く殺られた可能性があるな。警備設備が機能不全に陥ったところで攻め込んだのかもしれない。ここら辺の事情を知っている奴か敵に聞ければいいが期待はできない。ついでにここにあった閃光手榴弾を拝借する。射撃場の弾薬と違って備品だけど有事だし死んだ者にはいらない者だから問題ないはずだ。

 

「グラーフ、できたよ。鎮守府内無線は繋がる」

「そうか、よくやった」

「ただ、こっちの無線機能はほぼ死んでて一種の増幅器として扱う事にしたから音質は保証できない」

「つまり、私の無線を使えばいいんだな?」

「そうだね」

 

ふーむ、これで陽炎やリシュリューと繋がればいいが……む、リシュリューからか。丁度いい。

 

「やあ、リシュリュー。ちょうどいいタイミングだな。さっき官舎一階の無線増幅器を手に入れたんだ。おかげでノイズは酷いが一応繋がる」

 

ふと、天井で何かが動いた気がして右手に持っていたP90を天井に向け連射した。衝撃で天板が外れ血塗れの敵が天板諸共降ってくる。処理をヴェルに任せ、私はリシュリューとの通信を優先した。

 

「すまない、で何かあったのか?」

「これは日本陸軍の反乱みたいよ。南方方面軍の戦闘服を着た兵が確認できたわ。部隊までは確定できないけど装備からして日本軍であることは間違いないわ」

 

反乱だと、個人的にはどこかの武装組織と軍人崩れあたりの襲撃かと──それだとここまで上手くいくとは思えなかったが──考えていたが……。

 

「なんてこった、まさか反乱とは……。提督が死なないよう祈ってていてくれ。必ず救援する」

「了解、こっちも頑張って艤装を手に入れるわ」

 

思わず、息を漏らすと唐突に無線が切断された。面食らってヴェルの方を振り向くと彼女は苦い顔をしている。

 

「通信妨害を強くしたみたいだ。部隊用の短距離はいいとして、鎮守府内無線は敵の妨害電波でこれ以上を求めるのはきついだろうね」

「三階の執務室隣の通信室の機器ならどうだ? かなり強力なはずだが」

「そっちだと……鎮守府内どころか救援を呼べるぐらいには強いよ。破壊されて無かったら外と通信をとってもいいと思うよ」

 

襲撃時に救援要請が出されていれば既に、守山か富士あたりから部隊が来てもおかしくないがヘリのローター音は一向に聞こえない。横須賀か市ヶ谷あたりはそろそろ情報ネットワークの異常あたりから気づいてもいいが……。

 

「少々危険だが外と通信をしたい。市ヶ谷か横須賀が気づく可能性に賭けるのは危険すぎる」

「そう、行こう」

 

ヴェルが立ち上がりデータパッドをしまってトカレフを持った。私は他の四人に通信をして階段前に集まるよう求める。私とヴェルは階段からやや遠い位置だったため着いた時には既に集まっていた。

 

「よし、三階を目指すぞ。提督や陽炎達は恐らくここにはもう居ないと思うがなにか伝言は残しているはずだ。それと通信室を確保し、救援要請を送信する。下手するとこれが第一報になるかもしれない」

「居ないのになんで執務室を目指すんだ? 秘書艦代理と提督との取り決めか?」

 

ガングートが尤もと言える疑問を口にする。

 

「ああ、この鎮守府には極秘のシェルターが幾つかある。それ以外にもここが普通の港湾だった頃に使われていた地下道や排水管とかがごっちゃに混ざっていが、そのどこに向かったという伝言が執務室にあるはずだ」

 

なるほど、と彼女はいうとやる気を示したいのかPKPを担いで自信ありげな顔をする。サラはソワソワしているがどうせトンプソンが撃ちたいだけだから放っておくとして、アクィラの表情が気になった。

 

「アクィラ、なにか気になることでもあったのか」

「……こうも、こっちの敵が少ないから工廠組が大丈夫かなって思いまして」

「それは……確かにそうだな。尚更通信室を確保する必要性が高まった。急ごう」

 

アクィラは他にもなにか言おうとしたが、口を閉じた。私も声を掛けようとしたがかける言葉が思い浮かばず、階段に向かった。

ガングートとサラトガに援護を頼んで階段を先頭で登り、登り切る手前で閃光手榴弾を投げた。目と口を閉じ耳を塞いだことで閃光手榴弾の影響をできるだけ低くし、炸裂した直後、P90を持って二階に駆け登った。

手前に閃光手榴弾を受けた敵が二、奥に構えている敵が一。閃光手榴弾の閃光を見たと思うが距離故かこちらを確認している。私は少しでも避けようと伏せ、体勢的にやりやすかった手前を殺した。奥の奴が銃口をこちらに向け撃ち出す前に次に来たサラトガが速攻で撃ち殺した。

 

「クリア。サラ、ちょっと撃ちすぎじゃないか?」

 

私は通路の奥を警戒しながら言った。サラは仲間を手招きし、残弾の減ったトンプソンのドラムマガジンを交換する。

 

「やっぱり、ばら撒くのが楽しくてですね。というか、なんで奥の敵を先に殺らなかったの?」

「サラがやってくれると信じていたからさ」

 

これを言ったら何故かサラトガに苦笑された上、アクィラに蹴られた。げせぬ。二階の掃討にサラとガングートを残し、タシュケントを先頭に三階に登る。閃光手榴弾を投げ突入する彼女を援護したが、誰もいなかった。全く居ないのは流石に無いだろうと考えて、ツーマンセルで警戒したが、敵と職員の死体以外はいなかった。執務室の扉は開け放たれていて反対の壁には多数の銃痕と攻撃手榴弾が、炸裂したあとが見えた。どこかの窓が空いているのだろう、消炎臭い微風が頬を撫で離れた場所の銃声がときたま聞こえる。ヴェルとタシュケントと通信室側、私とアクィラで執務室側を警戒し、進んだ。壁に背を当てゆっくりと執務室内を確認すると荒れ果てた様子が目に入る。アクィラが先行し、横倒しになっている机の裏になにかいないか確認し部屋を確保した。通信室側からも同様の報告が入る。

 

「グラーフの予想通り誰も居ないですねえ」

 

アクィラは沢山落ちていた9x19mm弾薬莢のひとつを手に取りながら言った。私も足元に落ちていた.380APC弾の薬莢を手に取る。

 

「計画通り陽炎と不知火が提督を避難させてくれたのかもしれないな」

 

確かここにイングラムM11があったはずだからそれの薬莢だろう。すぐ側に5.56x45mm弾の薬莢が落ちているあたり提督と陽炎か不知火が撃ったのか? イングラムM11は緊急時に提督に渡す手筈だったし、それと89式小銃、サブアームに9mm機関けん銃があったはずだ。となると、提督と陽炎か? 9mm機関けん銃は不知火がサブでよく使っていたし、陽炎は9mm拳銃派だからアクィラの方で不知火は戦っていたんだろう。じゃなきゃあそこまで薬莢はばらまかれない。

さて、伝言はあるかな。微妙にひねくれてる陽炎の事だし、どうで机の裏に同化させて……あった。机の裏板と同じ色がプリントされた紙が貼ってある。破らないように慎重に剥がし文面を確認した。

 

「ふむ……」

「あれ、グラーフ見つけたんですか。何が書いて〜あるんです?」

「ああ、これはちょっとした暗号文だ。秘書艦だけに口頭で伝わるやつなんだ」

 

ちょっとした? とアクィラに言われたが、私は知らない。全て陽炎と不知火の思いつきだから。

 

「ちょっと待て、どこだこれ。地図は……あった」

 

見慣れない場所が書いてありどこにあるかわからなかった為、横倒しの机から鎮守府内地図を引っ張りだす。

 

「職員宿舎はここだろ、射撃場はここ、娯楽設備がここってことは……ここか?」

 

暗号文には射撃場方向に最近作られた倉庫の一角が示されていた。この倉庫は近い位置に艦娘の旧式艤装を収納する予定で立てられたそうだ。が……。

 

「予算や工事にも何もおかしな所はなかったが、シェルターも作られていたのか」

 

秘書官代理の仕事で見た書類を思い出す。ここから行くと射撃場から行くよりは近いが、ほぼ中間地点であるはずだ。地下に無数に張り巡らせてている古い配管を通れば敵にバレずに、且つ私達とすれ違わずここに行けるはずだ。狭い配管に六人で入るのを危険視したため地上を通ったが、こういう事になるとは……。仕方ない。今から向かうとすると……多少残弾が不安だが、行けない位置ではない。

顎に手を当て考えているとタシュケントが私を呼びに来た。

 

「グラーフ、通信準備ができたってよ。同志曰く秘書艦代理直々に通信してくれだってさ」

「わかった。すぐ行く」

 

伝言が書かれた紙をマグが入っていたポケットに入れて隣の通信室に向かった。執務室と違って窓がないこの部屋は薄暗く、少しジメジメしていた。壁には多数のモニターがあるが半分は、鎮守府内のは消えていた。

 

「鎮守府内ネットワークはサーバーが電源を切られたか、破壊されたかでもう使えない。それと有線も。ただ電力はまだ来ているから無線通信は行ける。暗号化は本来のに加えてできる限りするけど期待はしないでくれ」

「ヴェル、それだけでも充分だ。ありがとう」

 

ヴェルが投げてきたヘッドセットを受け取り通信員席──本来座るはずの者は傍に横たわっていた──に座る。ヴェルがコンソールをいじり周波数を調整し、サムズアップをしてきた。

最近、全く操作していなかったので操作方法を忘れかけていたが、記憶の奥から引っ張り出して、マイクのスイッチを入れた。

 

「横須賀鎮守府司令部へ、こちら中部鎮守府秘書艦代理の航空母艦グラーフ・ツェッペリン。基地通信室より通信中。当基地は武装組織及び日本陸軍と思わしき部隊に襲撃を受け現在戦闘中。既に艦娘及び基地要員に甚大な被害が発生した。早急に救援を要請する。どうぞ」

「こちら横須賀鎮守府司令部通信士。詳細を述べよ。どうぞ」

「1430ごろ敵が襲撃。以後鎮守府内ネットワーク及び無線、有線が遮断されたと思わしき。艦娘は十名がCIWSの掃射を受け生死不明。工廠を敵が確保している。提督は現在秘書艦と共に避難中だが正確な所在は不明。非常に不味い状況だ。どうぞ」

 

横須賀はやはり状況を掴んでいなかったか……。ヘッドセットの先で物音がして接続先が切り替わったようだ。

 

「こちら横須賀鎮守府秘書艦大淀です。秘書艦代理グラーフ・ツェッペリン、暗号コードをどうぞ」

「2b6e1Z641Yqs2JWC1qKz07Cy1qWh1r

+E1oGy07Kw。G.Z.1917」

「了解しました。救援を手配します。そちらは」

「伏せて!」

 

アクィラの叫び声が部隊無線から聞こえ私は頭を抱え床に身を投げた。激しい爆発音と衝撃が何度も響き渡り建物が歪んで通信機のモニターが幾つも割れ液晶が飛び散った。ここまでの威力を出せる攻撃……建物に爆弾でも仕掛けてあったのか? と机の下に移動しながら考えていると、下の階にいたガングートから通信が入った。

 

「76mm砲だ! 奴らDEの76mm砲を撃ってきてる、逃げろ!」

 

76mm砲か。それなら納得できるが、DEの戦闘員は全滅したか。

 

「大淀、DEから砲撃を受けた! 離脱する!」

 

返事も待たずに私はヘッドセットを投げ捨て、度重なる攻撃で揺れて今にも崩れそうな通信室を飛び出した。一瞬階段を使うことも考えたが、アクィラが率先して攻撃を受けている側とは反対側の窓をマテバオートリボルバーで割って飛び降りた。ちっ、選んでいる暇はない。

 

「ヴェル、タシュケント、先に飛び降りろ」

 

前を走っている二人を押して私は近くの窓をP90で撃った。走りながら撃ったため多くは周辺に外れたが、数発があたり窓が割れた。

タシュケントが先に飛び降り、ヴェルが出た辺りで後ろが崩れてきた。私は大きな揺れに足を取られ転けそうになるが、踏ん張った。こんな所で死んでたまるか、というどこかで聞いたセリフを思い出し途中で転ける危険性も放り投げ全力で走る。窓枠が歪み始めた、ヤバい。ちっ、どうにでもなれ! やや窓まで距離があったが私は床を蹴り窓に飛び込もうとした。ややゆっくりと進む時間の中で床が崩れ始めるのが見え、天井から落ちてきたであろう破片が時折見える下の階に落ちていった。チクリと何かが刺さった感じがすると、いつの間にか外にいた。

前に進むことを優先した私に上手いこと着地する余裕なんてなく、頭から落ちていく。視界の片隅では崩れゆく官舎に入り、脱出したという実感が湧いた。

僅かな時間で手を前に出すが姿勢は変えられなかった。艦娘の身体なら怪我程度で済むかもしれないと考え、怖くなって目を瞑る。

硬い衝撃を受けると思って身構えたが、衝撃こそあったものの感じたのはやわらかさだ。予想外の事に目を開けると朱色の服が見えた。

 

「……アクィラ?」

 

私の下で潰れそうになっている彼女が目に入り、慌てて飛び起きる。大丈夫か、と彼女に声をかける。

 

「グラーフが危なかったからつい……私は大丈夫ですよ」

「怪我はないか?」

 

私は手を差し出し、彼女を引き起こした。パッと見、どこにも怪我はなく彼女は問題ないことを示すように手足をブラブラさせる。よかった、無事だったか……。安堵すると左腕に痛みが走った。無意識に右手で痛みが走った場所を抑えると鋭い痛みを感じ慌てて手を離す。黒い手袋に血がベッタリついた。

一体なぜ、と考えていると先程脱出直前に痛みを感じたことを思い出した。その時に破片かガラスで切ったのかもしれない。

アクィラが心配してファーストエイドキットからワセリンガーゼを取り出し袖を捲って私の上腕の傷口に貼り付けた。包帯を巻きつけている頃には二階にいたり周辺を警戒していたりしていた四人が戻ってきた。

包帯が巻き終わりアクィラの心情を表すかのようにテープでキツく固定される。

 

「傷は大丈夫?」

「HK417を構える際は注意がいるだろうが、そんなに問題ないと思う。切り口が綺麗だったから治りは早いと思うが……これ以上悪化しないことを祈るばかりだな」

 

アクィラを安心させようといつもやられているよしよしを彼女に左手でやりかえす。

こそばゆいような表情を浮かべ私の手を払ってきた。これで安心して貰えたかな。

 

「これは……グラーフ、さっき君が大淀と通信している時に微弱ながらリシュリュー隊からの通信を確認したんだ。増幅したのがこれだ」

 

引き剥がすかのように右腕をタシュケントに捕まれデータパッドを突きつけられた。もうちょっとぐらい撫でたかったなと悠長なことを考えていが、そんなことは吹き飛んだ。

 

「こちら熊野、リシュリュー隊壊滅。鈴谷と射撃場に後退します。敵に日本陸軍がいます。気を」

 

ここで通信が途切れた。

 

「聞こえたのは一回だけ。砲撃のせいで最後まで聞く余裕も、返信時間もなかった」

 

リシュリュー隊壊滅か……。鈴熊以外いなかったことを考えると、四人は。クソっ。それに陸軍が関わっていたとは。

 

「……」

 

悲痛な沈黙に包まれ、私は目を閉じた。悲しんでいる暇は無い、やるべき事をなすことを優先しなければ。

 

「各自弾薬はどうだ? 私はP90を撃ちすぎてしまった」

「私はあんまり使ってないがサラトガとタシュケントあたりが消耗が酷いんじゃないか?」「トンプソンを結構撃っちゃったので残りマグが二個とだいたい三十発ぐらいだわ」

「同志、私もAK-74Sのマグが残り三個。正直心許ない」

 

私のもP90のは結構使ってしまった。取り回しが言い分、閉所では使いたくなってしまう。

 

「執務室で得た情報だが、提督はここから射撃場寄りにある新しい倉庫の一角にいるらしいことがわかった。今からそこに向かうつもりが、ついてきてくれるか?」

「もちろん、たとえAKの弾が無くなってもこいつ(マカロフ)があれば切り抜けれるよ」

 

タシュケントがマカロフを掲げ、サラトガがM1911A1を掲げ手で回した。

 

「サラもM1911A1(コルト・ガバメント)で対応できるわ。.45APC弾は偉大よ」

 

アクィラとガングート、ヴェルに視線を向けると各自が頷き、武器を構えた。戦意は充分にある。敵が先を越さないうちに救援に行こう。

そんなことを考えていると射撃場の方で今まで以上の大量の銃声が聞こえてきた。

 

 

 



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護衛と保護

バタンと扉を締めると彼女はそこから飛び起き来た方向とは違う壁を背に座り込んで途切れた息を必死に整えていた。彼女の相方は既に大切な護衛対象(提督)を地下にあるシェルターに連れ込んでいる。 先に入っていた基地警備隊の生き残りである一等兵はまだ体力的な余裕があるのか出来たてのほとんど何もない倉庫内にあった使えない旧式艤装木箱を盾に5.56mm機関銃MINIMIの弾薬ベルトを交換していた。まだ息の整っていない彼女は自身の89式小銃のマグを横から見て残弾を確認した。10と書かれた穴からは弾が見える。彼女は少し悩んだ末マグを交換した。MINIMIのベルトを交換していた彼は少し間取り、何度かベルトの位置を調整してからやっとカバーを閉じチャージングハンドルを引く。バイポッドを立て木箱の上に乗せると、左腕で濡れた目元を拭いた。

彼女の相方が地下から上がってくる。

 

「不知火、提督は?」

「シェルター内に。腕の負傷はとりあえず応急処置はして置いた」

 

不知火は血に濡れた手袋を振り、折曲銃床式の89式を手に取った。光学サイトのバッテリーを確認すると階段近くで伏せ追ってきている敵を待った。

彼女、陽炎はいつも通り口下手な相方に溜息を着くと妹を見習い89式を構えた。ここまで来る際に偶然合流出来た基地警備隊の一個分隊とともに、小隊規模の敵と交戦。それなりに死傷させたが分隊は壊滅、提督も利き腕を負傷してしまった。今の状況を考えると、かなり辛いと陽炎は考えるが下手に通信をして位置を晒したくない。グラーフと合流すれば楽になると理解しても、それは提督の望みではない。

 

「もうちょっとでいいから自身の身の重要さを理解して欲しいわね」

「提督のことかしら? 医療技術と戦略だけで運良く上がれた彼女にそれを求めるのは無理ね」

 

不知火の辛辣な言葉に陽炎は苦笑するが、否定できなかった。優しい心に自己犠牲精神が加わり、開発初期から艦娘と関わっていた彼女に求めることではないのかもと陽炎は考える。

さらに口を開こうと不知火を見ると、彼女の掌がこちらを向いていた。もう片方の手は耳に当てられ目は細く遠くを見ている。

陽炎がそれに倣い耳を澄ますと、僅かながら足音が聞こえる。大勢の足音だ。そこに金属がぶつかり合う甲高い音も聞こえる。

不知火が状況把握のためダンボールを貼られた窓の隙間から除くと敵の集団が見える。

 

「敵、小隊規模」

 

陽炎はハンドサインを使い、階段内まで下がるよう二人に指示を出す。一等兵がMINIMIを荒々しく持ち上げ、階段下に転がっていく。不知火は滑り込み89式だけを器用に晒す。最後に陽炎は退避経路を確認すると外にいるであろう敵集団に向けて5.56x45mm弾を扉越しにお見舞した。

即座に反撃の銃弾が横向きに雨あられと降り注ぎ陽炎は床に伏せながら、数少ない木箱を盾にし階段へと向かう。89式のマグを交換する手間を惜しみ9ミリ拳銃を扉に向け放つ。陽炎の頭上を多数の銃弾が通過していく中、不知火が援護のために横にした89式の三点バーストで外に向けて撃つ。しかし、効果は見られず逆に雨は酷くなる。必死に隠れようと逃げる中、陽炎の髪が銃弾で断ち切られた。

 

「陽炎!」

 

宙を舞う髪の毛を見て、不知火は頭を撃ち抜かれたかと思い目を見開く。次の瞬間、右のツインテールが消えた陽炎が階段に転がり落ちてきた。

 

「はぁ、はぁ、危なかった……」

「秘書艦、無事でしたか」

「あと数センチずれてたら死んでたけどね」

 

陽炎は傷がないか見ようとする不知火の手を払い除けながら言った。彼女の綺麗な橙色の髪には赤い色は着いていない。それを知っていながら、きちんと目視で確認したにも関わらず不知火は確認せざるを得なかった。

 

「この後はどうするんですか?」

「一等兵、そう焦らない。引き付けるわよ。不知火、いつまでもしてないで機関短銃用意して!」

 

陽炎が9ミリ拳銃を仕舞い、89式のマグを腰のポーチから取り出しそれを右手で掴んだまま刺さっているマグを抜き取り、新しいのに交換して空のマグをポーチにしまう。89式を傾けチャージングハンドルを少し引いて初弾を装填すると抱き抱え、銃弾の嵐が収まるのをじっと待った。不安そうな顔をした一等兵も、わかりにくいがやや不満げな顔をした不知火も塹壕の中で待機する攻撃部隊の兵のように、待った。

長く感じた数秒が過ぎると嵐が止み静かになる。

陽炎が心の中で数秒数え二人に小声で指示を出す。

 

「行って、行って。位置に気をつけて」

 

真っ先に一等兵が駆け出し、穴の空いた木箱の影へ戻る。不知火がコンクリート製の柱の影に入り込み、陽炎を移動する二人を援護した。扉は姿こそ見るも無残なものになったがまだちゃんと機能している。

 

「引き付けたいから隠れて」

「了解」

「了解です」

 

準備が整うとそこから来るであろう敵を殺るために再びじっと待つ。陽炎には先程までの戦闘が無かったかのような静寂に包まれる倉庫内はピリついた空気で息苦しく感じた。早く過ぎて欲しいと願うほど時の進みは遅く感じる。心の奥でひたすら数を数えていると足音が扉越しに聞こえた。ドアノブを回す金属音が聞こえ、鈍い音を立てながら倉庫の扉がゆっくりと開いていく。

古びた89式小銃を持ち古い戦闘服を着てジャングルハットを被った敵がのっそりと現れた。腰に構えた89式を振り向けながら周囲を確認すると仲間を呼び始めた。直ぐに外にいた敵が数人入り込んでくる。もう少し入れてもいいかと考えたが、混戦を避けたいと考えた陽炎は一等兵と不知火に対して攻撃命令を出す。

不知火の9ミリ機関拳銃を撃ち始め一等兵がバイポッドを木箱の天板に叩き受け掃射を開始した。ものの数秒で入ってきた的の大半が死傷し生き残っているものは必死に外に逃げだす。すかさず陽炎が89式で逃亡する者を撃ち抜き抵抗しようとするものを殺した。倉庫内に敵が居なくなったことで陽炎と不知火が弾倉を交換する中一等兵だけは引き金を引き続け、外へ向かって駆け出した。

 

「止まりなさい!」

 

予想外の行動に不知火が叫ぶが、一等兵の耳には入らない。不知火が空のマグを投げ捨て9x19mmパラベラム弾が25発入ったマグを機関拳銃へ挿入、左手で上面にあるボルトをしっかりと引いてから一等兵を引き留めようと空いた左手で掴もうとした。伸ばされた手は僅かな差で服を掠めるだけに終わり空を切る。

 

「うおおおおお」

 

がむしゃらに突撃した一等兵は乱射を続けたまま開いた扉から出ようとした瞬間、射撃を受け血飛沫を上げる。足を止めその場に倒れるが、それでもなおヒートシールドやバレルからの熱で陽炎が起こる程撃ち続ける。不知火が引き摺ってでも移動させようと動き出すが、一等兵の頭からピンク色の液体が吹き出す。

 

「ちぃ、下がって!」

 

陽炎が叫び手榴弾を右手で握りしめる。不知火は舌打ちをし9ミリ機関拳銃で軽い弾幕を張るとコンクリート製の柱の裏に隠れた。それを確認すると陽炎は手榴弾のピンを抜き目一杯の力でそれを外へ放り投げた。地面に当たるとほぼ同時に炸裂し敵からの射撃が一瞬だけ止む。89式に持ち替えた不知火と陽炎が隙をつくかたちで射撃を行い次々と死傷させる。僅かながら敵の抵抗が起きたがそれまでだった。陽炎と不知火がいる倉庫内からはよく見えないが敵は逃走を始める。少数が動けない負傷者を引きずるが多くの動けない重傷者は放置され一部の敵は自身の銃すら捨て逃げる。扉からその様子を見た不知火がハンドルサインで陽炎に伝え射撃を止めた。

 

「所詮は民兵擬きね」

 

目を細め外の様子を伺うとそう言い捨てる。陽炎が何故そう判断したかと聞くと行動から判断したと答える。陽炎が提督の元へ階段を降りていくが、不知火は倉庫内に留まった。一等兵の元にしゃがみこみ頭の傷に触れないよう動かして瞳孔を確認する。一等兵の持ち物の中にあったペンライトを使ったが瞳孔は動かない。頭を撃たれても生きている事例がいくつもあるため期待したが駄目かと呟いた。

溜息をついて立ち上がると陽炎から呼び出しを受け階段下へと下る。シェルターへの扉は開いていて湿っぽい空気が溢れてきていた。

 

「早く来て。あ、扉は閉めていいよ」

「提督、そうなると少々危険な気が……」

「提督はいい案を持っているから大丈夫」

 

陽炎に催促され不知火は駆け足気味にシェルターに入り分厚い金属の扉を閉める。提督は右腕に包帯を巻き白いシャツに若干だが血が滲んでいる。まだ痛みを感じるのか彼女は左手で傷を庇うような素振りをみせる。

 

「で、どうするんですか」

「この基地の成り立ち覚えているよね?」

「砲撃を受けた民間港を接収、廃墟の上に太平洋航路の防衛及び戦力集結地点を構築したが、再び荒廃。復旧させ今度は艦娘拠点として構築……」

 

提督は不知火の返答に満足げに頷く。

 

「そう、だから地下には構築される度に無数に配管や地下道が設けられた。そこを利用する」

「逃げの一手という事ですか」

「敵の狙いが私なら艦娘(彼女達)が逃げる時間が確保出来る。グラーフという白兵戦に慣れた戦力を彼女達を救うことに向けられる」

 

不知火はこの人は自身が何故海軍中将まで登り詰めたのか理解していないのかと、思わず額を叩きたくなる。陽炎に横目で抗議の目を向けるが無理だと目で言ってくる。

 

「はあ。迷路のような地下に逃げることには賛成しますが、通信はどうするんですか」

「妨害電波が出ている今だと何も出来ないけど中継器をいくつか置けば行けるはず。ここにも有るし」

「まあ、いいです。命令とあれば不知火は全力で従います」

「ならこれを適当な机の裏に貼って。私は本文を貼るから」

 

折り畳まれた紙を渡され不知火は近くにあった机の裏に適当に貼り付けた。提督は配管へと通じる外開きの扉の配管側へと紙を貼った。陽炎が配管へと先行し酷い空気の中安全を確認する。

 

「貼りました。扉を閉めて向かいます」

「了解。陽炎、左の方に行くからそっちを重点的に見て」

「分かった」

 

不知火は倉庫からここに入る扉がしっかりと閉まっていることを確認すると配管へと入る扉を潜って力が弱い提督の代わりにその扉を閉める。陽炎がゴーグル型の暗視装置を着け89式には赤外線イルミネーターをレールマウントとともに付け配管の先の安全を確認した。一応イングラムM11を持った提督がそれに続いて、陽炎同様暗視装置を身につけた不知火が殿を務める。

 

「任せたわよ、グラーフ」

 

提督がそっと呟いた言葉は深淵のような闇の中へと消えていった。

 

 

私達は私とアクィラ、サラトガが前方を確認し、ガングートとタシュケント、ヴェルが後方を確認しながら大急ぎで基地内を駆けて抜けていく。銃声の方向を考えるとあまり宜しくない状況になっていそうだ。先程とは違う道を通って来ているが、今のところ会敵こそしてないがいつバレるかと内心焦っている。どうか、提督、無事でいてくれ。

倉庫の近くまで来ると、銃声がここではなく、少し離れた方向から聞こえてくることに気づいた。アイオワ達の銃声かもしれないが、違う。倉庫にはもう居ないのか? それとも最初から倉庫ではない場所で戦闘をしていたのか?

考えてもわからないので、先に進むと倉庫の手前で死体が幾つか見え始めた。

提督か? 陽炎か不知火? いや、違う。

 

「これは……敵の死体か」

 

辛うじて戦闘服と言えるような粗末な服を来た死体だった。体に何発も銃弾を受けて死んだようだ。その周囲の死体も似たようなものだった。負傷兵が出したと思わしき血痕が海側、埠頭の方向へと向かっている。血痕を辿るように目で追うとまだ息のある──致命傷を負っているが──敵が倒れていた。

ヴェルにハンドサインを飛ばし確認に向かわせる一方、私は銃痕が多数つけられた真新しい倉庫の入口を見る。人用の入口が人ひとりぎりぎり通れそうなだけ開けられていた。ノブには血がべったりとついている。敵が逃げ出した時につけたのか?

ヴェルがTV-33(トカレフ)を敵に向け接近する。瀕死の敵は僅かに体を揺らしたが、うめき声ひとつあげなかった。さすがにこの敵がやっているとは思えないが、手榴弾を握っているかもしれないのでヴェルはSVDのストックを使い汚さないよう綺麗に敵を転がした。仰向けになった瞬間、体の下にて手で抑えていた傷から血が一気に吹き出す。敵の目が更に焦点を失って空を向いて行く。ヴェルは安全を確認すると敵のポケットを漁り、何も無いことを知らせてきた。予想通りとはいえ、空振りになるのは辛いものである。今は少しでも情報が欲しい。

今にでも死にそうな敵を放置してヴェルは私とともに倉庫入口に近づいた。

 

「先に行くか?」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

ヴェルが小さいからだを生かして少し空いた扉から中に入っていく。

私がそれに続き中に入り、最初に感じたのは硝煙の濃い匂いだ。私達以外誰もいない、入ってきた扉以外閉められた倉庫内は暗く、どことなく不気味な感覚がする。

先に入ったヴェルが自身の服に付いた血を見て顔を顰めている。私の靴裏にも付いたはずだが、扉を入ってすぐの場所に血溜まりがあった。傍に基地警備隊員の死体とMINIMIも。こいつは確かこの辺りで警備をしていた班の一人だ。運良く提督達と合流出来たのかもしれないが、そこまで運は良くなかったのかもしれない。

少しするとどれも締め切られているのに一つだけ、半開きになっている扉を倉庫の奥で見つけた。隙間から覗き込むと下へと続く階段が地下に伸びている。いつの間にか隣に来たアクィラが首を突っ込み呟く。

 

「ここですか?」

「恐らくは、ちょっと待て……無線はダメ、ならこれは……」

 

私は金属製の扉を個人的には気に入っている独特なリズムで叩く。力加減を上手く響くよう調整したため階段中に響きこだまする。

返答を期待して、敵がいた場合に備えて耳をすませながらHK417の銃身を階段下へと向けた。

が、物音一つ聞こえてこなかった。来る方向がわかっている以上、ストッピングパワーを期待してHK417を使う気でいたが、これだとP90の方がいいかもしれない。

数分待って何も反応がないことを確認し、私はP90を構えて慎重に階段を降り始めた。足、手、目に、耳、鼻までも総動員しトラップを警戒する。汗ひとつがトラップを作動させるんじゃないかな、とガングートの酷いジョークを聞き流し私は階段の下に五体満足で辿り着く。黒く塗られた重厚感ある鉄の扉が底の奥にある。重苦しい空気の中、降りてきたヴェルに援護を頼み進む。暗く、目立たないよう配置刺されていた鉄の扉の横にあるICカードリーダーに私のIDカードをかざすと緑のライトが灯り扉から重厚音が響く。ロックの解除された扉は自然にゆっくりとだが開き始め光が漏れた。鬼が出るか蛇が出るか……。P90の銃口を向けたが、私は陽炎か不知火が銃口をこちらに向けていることを期待した。

しかし……そこには誰もいなかった。誰も……血の匂いもなく、硝煙の匂いもほとんどしない。だが、天井につけられたライトは煌々と湿ったシェルター内を照らし荒れた室内と埃が妙に剥がれた椅子から誰かが、いや、提督がいた事が伺える。

 

「一体どこへ……」

 

どこに行ったんだ。手分けしてシェルター内を探し始めるとすぐにタシュケントが何かを見つけた。

 

「同志グラーフ、こっちだ」

「何が……隠し扉か」

 

タシュケントが何をしたかはわからないが埋め込み式の棚に偽装した扉が開き、打放しコンクリートで覆われた狭い通路が見える。今まで以上に汚れた空気と下水道のような臭いが来て私は顔を顰めた。

 

「この先、どこに繋がっているかわかるかい?」

「わからない。ここは昔は民間港だったし軍が接収してからも増改築を繰り返したから地下に配管が東京のように張り巡らさている。正直なところ提督達がそこに逃げ込んだとすると追えないな」

 

私の答えにタシュケントは目を細める。私は必死に過去に見た大体の配管が書かれた地図を思い浮かべるがどこに行ったか検討もつかない。ふと、何か思いついたのかタシュケントが肩を叩いてきた。

 

「同志、陽炎と不知火ならどこにメッセージを隠す?」

「……机の裏とかだな。ああ、そういうことか」

 

改めて周囲を見渡し、目に付いた机の裏から順に確認していく。シェルターが狭いこともあり紙が貼ってある机はすぐに見つかったが、これはメッセージではなかった。

どこかメッセージの隠し場所を示している?

もっと単純に考えた方がいいのかもしれない。アクィラが横から覗き込んでくる。

 

「これが示しているのってあの扉の裏じゃないですか?」

 

と言い、目の前にある配管に通じる扉を指さした。

 

「それは……どうだろうか」

 

期待せず扉外開きの扉を開け、配管に入ってから裏を見ると……メッセージが書かれていた。

 

「すまない、アクィラ。全然この件は信用していなかった。」

「アクィラだって謎解きならちょっとはできます」

 

ちゃんと謝るのは後にして私はメッセージの解読を試みる。サキニ……カンムスヲ、タスケロ。

 

「……それが提督の望みと言うにならやるが、私の心配も理解して欲しいところだな。みんな、集まってくれ」

 

行先を書かなかったのは時間が無かったのか、それとも私が追ってこないようにする為なのか。行先が書いてあれば確実に私はそこに向かうだろうから実際、有効な手段だ。扉をしっかりと締める事により私は提督への未練を断ち切った。と思いたかったが、少し残っている。その残留分を消し飛ばす為にも集まったみんなに見たものを話す。

 

「なんて書いてあったんです?」

「提督は私達に戦友の救助を優先して欲しいとの事だ。……情報の共有と戦力を纏めるために一度アイオワ達と合流した方がいいかもしれない」

「今から向かえばちょうど助けが来る時間じゃない? 統合作戦本部が陸を動かせばの話だけど」

 

腕時計を見たサラトガは、私にも文字盤を向けてきた。確かに陸軍を動かせばそろそろ来てもおかしくない。米軍よりはいい、二面軍なんかと比べるではない陸軍と海軍の関係なら事の重大さから送り込んでくれるだろう。

 

「みんな、地上にでるぞ」

 

位置的に地上への階段に一番近かったガングートを先頭に私達は上へと登った数分ぶりに見た倉庫内は何も変わらず、違う、けたたましい銃声がどこかから聞こえてくる。しかも近くだ。

 

「どこからだ」

「射撃場の方だ。……見ろ」

 

先に外に出たガングートが射撃場方面をPKPで狙いつける。私もそれに続きHK417のスコープを覗き込むとアイオワ達が篭っている建物から爆煙が上がるのを目にする。

 

「ちぃ、あっちに行ったか。……む」

 

アイオワから通信? 嫌な予感がし即座に繋ぐと切羽詰まった声と銃声が聞こえてきた。

 

「グラーフ、こっちに敵襲。結構な数が来ててジリ貧よ。救援に来れる?」

「今向かう。だが、行くまで五分はかかってしまうが」

「それでもいいからHarry!」

「提督は……切られたか」

「今度は何があったんです?」

 

無事でいてくれ、アイオワ。不安そうな顔をするアクィラ達に説明をしながらそう切に願った。

 

 

 




提督のイメージは……なんか降ってきました。貧弱系じゃなくて頭脳系女子?です。
MINIMIはいいぞ、最高だ。P90の次の次あたりにすき。
今月中には完成させたい……。



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投了

タイトルから感じるネタバレ臭


射撃場側のやや高い建物の上、そこにアイオワ隊の四人は陣地を構えていた。雪風は自前の双眼鏡で周囲警戒を、ウォースパイトは一つ下の階で階段を見張っている。矢矧とアイオワは九七式自動砲とM2HB-CQB(各々の得物)を使い警戒したり、リシュリュー隊の援護をしていた。そう、していた(・・・・)のだ。

 

「鈴熊は見えた?」

「No. 敵もここを警戒してか出てこないわ」

 

リシュリューと通信が途絶したあと、二人は撤退している鈴熊を目撃して追跡している敵目がけ九七式曳光徹甲弾と12.7x99mm弾の雨を降らせていた。その結果、こりゃ堪らんと言わんばかりに敵が建物の影に逃げ出して今に至る。鈴熊はその後、DEが停めてある埠頭付近で雪風が一瞬だけ見つけ、行方知らずだ。

DEが官舎を砲撃していた時には艦橋と後部のCIWS目がけて射撃を行い、穴だらけになったのを確認している。前部の76mm砲は角度の関係で撃てなかった。

その後は特にこれといって敵を見つけられず、ただ索敵をする時間だけが流れる。

ここ以外の場所に移ることも考えたが正直、自動砲と重機関銃持ちを二人で護衛するのはキツイとのことで居座って警戒を強化、具体的には下層の階段に手榴弾を用いたブービートラップを仕掛けることで妥協する。一番余裕のあるウォースパイトが嬉々として仕掛けた。

グラーフからアイオワに救援を要請した、提督を救援に行くという知らせが届いく。それを聞いていた雪風が漏らした。

 

「よかった、これでなんとかなりそうですね」

「Uh huh. そうね。……ん、グラーフ。もう一回言って? Really? Oh my GOD! (英語の罵倒」

 

突然の変化に矢矧と雪風がアイオワの方を振り向き、無線を繋いでいたウォースパイトが何が起きたのかと問いかけた。

 

「リシュリュー隊が鈴熊を除いて壊滅したって……」

 

矢矧が歯を噛み締めながら、コンクリートを拳で叩いた。雪風は衝撃で目を見開き、建物内にいたウォースパイトは天を仰ぐ。過去の経験の為かはいざ知らず、衝撃から直ぐに回復した雪風は口を開いた。

 

「そんな、一体どうして。リシュリューさん達も戦闘は上手いのに……」

 

雪風の言葉を遮るようにアイオワが手のひらを彼女に向け(ストップをかけ)通信に集中する。

 

「敵にJapan Armyが含まれているって。それ以上は聞き取れなかったらしいわ」

 

日本陸軍、正体不明の敵の一部にあろうことか同じ国の軍人が含まれていた。流石にこの事実に復讐に燃えていた矢矧も一瞬だけとはいえ唖然とする。

 

「つまり私達は内乱に巻き込まれているってこと? 旧軍時代よりはマシな関係の陸軍が相手ってことなの?」

「グラーフ曰くそうだって」

 

アイオワはやるせない気持ちになり、南北戦争開戦時もこうだったのかしらとよくわからない本国史の内乱を頭の片隅で考える。ウォースパイトは個人的に一九三九年年六月三十日に思いを馳せ、日本艦の二人は当然2.26事件を思い浮かべる。

 

「こんなこと、許せないわ。絶対に復讐してやる」

 

矢矧はそういうと目に浮かんだ涙を拭き取り、己の自動砲に取り憑いた。一瞬でも、一部分だけでも敵が見えたら撃ち殺してやるという気迫を感じたアイオワも重機関銃のグリップを握りしめる。

射撃場近くの倉庫の方で銃声が聞こえた。そこそこ背の高い建物がビルと倉庫の間にあるため目視こそ出来ないが激しく戦っているということを感じ取れる。雪風が見に行きたがっていたが、矢矧に止められる。重火器を放置して利用されるのは困ると言われ雪風は若干落ち込む。

何も動きが見えないまま数分が経過した後、下の階で爆発が起きた。

爆発が二度起き、反射的に屋上にいた三人は伏せる。矢矧とアイオワは一〇〇式機関短銃とSCAR-Hをそれぞれ持ち、階段の方に目をやった。

 

「敵が侵入、一個目は恐らく敵の。二個目は私が仕掛けたブービートラップよ」

 

ウォースパイトがそう通信してくる。過去のWWⅡ後期西部戦線、ベトナム戦争などでよく取られた手法を彼女は即席で真似て仕掛けていたが、上手くかかった。

 

「とりあえず階段付近で防衛線作るけど、持ってきた手榴弾も無限じゃないから援護が欲しいわ」

 

また一つ爆発音がしながら女王様はこう言う。味方が引っかかるのを覚悟して、少なくとも艦娘なら彼女の性格を理解してこういう防御陣地化された建物に堂々と正面からは入ってこないだろうと。流石にアイオワはどうしてこういう思想になったのかと頭を抱えた。

 

「待って、私が行くわ。機関短銃なら近距離でも戦いやすいし。そこまで行くのにブービートラップはある?」

 

矢矧が名乗り上げ、手袋の縁を引っ張った。

 

「まだ仕掛けてないわ。材料作っているところで襲撃されたし」

「わかった、今」

 

彼女が喋りながら腰をあげたその時、ちょうど彼女の方を見ていたアイオワは後ろ、官舎などがある鎮守府中心部方向で何かが動いたをの見た。いまいち距離感の取れないそれは秒速八〇〇メートル以上の速さで近付いてきて、約二千ジュールのエネルギーを矢矧の頭に対して発散する。

艦娘の骨格が人間のそれよりも強いのが災いした。硬い頭蓋骨によってエネルギーの多くを吸収されたが、それは同時に銃弾の衝撃がそのまま脳に来るということである。ブレインバーベキューでさえ真っ青になるような勢いで彼女の脳はシェイクされ、受け止めきれなかった銃弾が頭蓋骨の反対側に突き抜け、きつい放物線を描きながら落ちていった。脳が消し飛んだ彼女は、彼女だったものは仰向け倒れ動かなくなった。

 

「えっ」

 

アイオワの顔に、ピンク色の液体が掛かっていた。彼女は震える手でそれを触り矢矧に目をやった。狙撃手?

 

「矢矧さん!」

 

雪風が叫び、彼女の肩に触れるが割れた脳を見て顔を背け吐き出した。

 

「なに、何があったの」

「矢矧、矢矧が殺られたわ。頭を一発。私が援護に行く」

 

アイオワは既に下で戦闘を開始している女王様に答え、雪風の背中を摩った。

 

「雪風、しばらくゆっくりしてていいから。しっかりして」

 

彼女はしゃがみながら、階段に入りウォースパイトが戦っている三階の階段付近まで来た。彼女はロイヤルダブルライフルとC96、持ってきた手榴弾を上手く使い分けていて二階から三階に上がる二個の階段のうち一個を破壊した。そちらには何かあった時のためにいくつかのトラップを仕掛け手はいるが彼女曰く不安らしく、アイオワはそっちに向かった。

SCAR-Hを持って慎重に階段に顔を出すと有り合わせのもので階段の穴を越えようとしているのが見え、射撃する。7.62x51mm弾を受け二人が穴に落ちていく。

当然ながらその後ろにいた敵から銃撃を受け隠れる。まだ手榴弾があるとはいえジリ貧だと悟ったアイオワはグラーフに救援を仰いだ。

 

「グラーフ、こっちに敵襲。結構な数が来ててジリ貧よ。救援に来れる?」

「今向かう。だが、行くまで五分はかかってしまうが」

「それでもいいからHarry!」

「てい」

 

何か言いかけたグラーフとの通信を切りアイオワは牽制目的で階段下に射撃をして、手榴弾を投げる。まだ練度の低い彼女でもまだ残っている階段部分目掛けて投げる程度なら楽にでき、空いていた穴はさらに大きくなった。

撃ち切ったマグを落として装填するとウォースパイトの銃声混じりの通信が彼女の元に来た。

 

「tsk、アイオワ。C96じゃあ敵を押し留められない。こっちに……え」

 

何か硬いものが壁か床に当たった音がアイオワの耳に聞こえた。なんとなく聞き覚えのある音が。それが何か確認する間もなく、激しい爆発音があっち側の階段から聞こえてきた。通信は繋がらない。

 

「まさか」

 

思い当たる節があったアイオワはウォースパイトがいる階段の方に駆け出した。少ししてまた爆発音、チロチロと炎が動く影が見え始める。階段が見える角を曲がると、そこは激しい爆発のあとと残った可燃物を包み込んでいく炎。人が焼ける匂いがして腕を口元に持ってきた。苦虫を纏めて噛み潰したような顔をして彼女は足元に歪んだ拳銃が落ちていることに気づいた。熱くないか確かめてから拾うと、初期生産型のC96だった。

 

「ウォースパイト!」

 

アイオワは炎に向かって叫ぶが帰ってきたのは銃弾だけだ。伏せながら目を凝らすと何かが燃えていた。それが何か考えたくもなかったアイオワは最後の手榴弾を階段の方に投げ屋上に続く階段前まで後退した。歯を食いしばりながら目を拭いて、待ち構える。外で銃声が聞こえた気がした。もしかしたらグラーフが近くに来ているのかもしれない。そんなことを考えていた彼女はドットサイト越しに敵が見えると反射的に引き金を引いた。7.62x51mm弾が綺麗に頭をかち割り、矢矧のようになった。嫌な光景を思い出した彼女は敵が来た方に牽制で何発か撃ち込み、他にいたら殺すと言わんばかりに英語で煽った。少し待っても動きが無く、もう残党はいないのかと考えていると銃と手だけが出てきて乱射してくる。冷静に、三倍ドットサイトの利点を生かして銃を破壊するが出来た抵抗はそこまでだった。

別の廊下から回り込んできた敵によって横から銃撃を受けてしまう。身体中に穴が空いて自分の身に何が起こったか悟る暇も無く、彼女は倒れる。敵が彼女に慎重に近づくと、半開きの目が揺れ、口が僅かに動いていた。彼はもはや瀕死の彼女の頭に89式小銃を向け一発だけ放った。

 


 

建物の屋上扉がゆっくりと開き、そこからいくつもの銃身が出てくる。

 

「動くな!」

 

89式小銃を構えた男が声を上げ、ペタンと座り込んでいる雪風を狙った。もはや抵抗する意思が無い彼女は震えながら手を上げ、降伏する。彼女の瞳からは涙が溢れていた。男は部下と思わしき連中に顎で指示を出すと、そいつらが雪風の手を縛り上げ無理やり立たせる。

 

「宣伝担当に連絡しろ、手に入れたとな」

 

雪風が連行され下に連れ去られていく様子を男は見えなくなるまで凝視する。その後、頭が割れた艦娘と、血塗れの一〇〇式機関短銃、南部式大型拳銃(小型)を一瞥すると拳銃を手に取り屋上を去っていった。

 

 

アイオワから救援要請が届いて約五分がたった。既に射撃場側では銃声がやんでいるが、アイオワ達との通信は繋がらない。その上、服装がバラバラの弱兵共が基地内に広く散らばっているため、進むのに時間がかかっている。ガングートやサラトガに言われた通り片っ端から殺してもいいがリシュリュー隊を壊滅させた連中を呼び寄せたくなかったので最低限だけ倒している。今のように。

 

「Враг пухом」

「タシュケント、いいぞ」

「了解、前進するよ」

 

SVDでヴェルが経路上で休憩していた敵を片付け、タシュケントとサラトガを先頭に進んで行く。私はHK417のACOGスコープを使いヴェルとともに遠くを見ながら進んでいく。先程何度か聞こえた重めの単射、恐らく狙撃銃の射撃だかそれが気になる。正直、上から攻撃されれば対抗が難しいし7.62mm弾やそれ以上の銃弾を受けると艦娘とはいえ重症以上になってしまう。だから近くにいないといいんだが……。

数分ほど進み、この調子で行けばあと五分もしないでアイオワ達が陣取っている建物だという場所で北の空からヘリのローター音が聞こえてきた。

 

「救援?」

「多分、そうだろう。時間的に守山か富士の部隊じゃないか?」

「グラーフの言う通りだと思うけど、それだと陸軍を動かしたことになるね。上もかなり重く捉えているみたいだ」

 

アクィラの疑問に私とヴェルが答える。この聞きなれた音はUH-60Jか? 多分そうだろう。いや、待て。敵にも日本陸軍がいる以上敵の増援か? そうなるとかなりまずいが、どうしようも無いのも事実だ。流石に携帯対空ミサイルなんて警備隊が持っているぐらいだ。保管場所も占領されているであろう箇所にある。

 

「敵かもしれないが、近づくまではどうしようも無い。部隊無線程度じゃあ上空に来てやっと通信できるかどうかじゃないかな」

「そうだな。救援に急ごう」

 

ガングートも同じ結論に至ったようで私は同調する。やがて陣取っている建物が見え、一部が燃えていた。大きな穴、恐らく爆発痕だかそこから黒い煙が出ている。さっきから部隊無線で呼びかけているが、返事はない。これは最悪の展開を覚悟しなければならないのかもしれない……。私を先頭に建物に入っていく事にする。扉は開け放たれていて、誰かいる様子は無い。P90を構え、アクィラに援護を頼んだが一階には敵の死骸以外何もなかった。二階に登ると硝煙の匂いがやや濃く残っていて三階に登る近い方の階段は火に包まれていた。階段付近に多い手榴弾の破片に切り裂かれて死んだ死体や上から撃たれて死んだ死体、階段に空いた穴を避けて慎重に階段を登ると、血の匂いがしてきた。

アクィラに先行することをハンドサインで伝えて歩くと、屋上に行く階段付近に倒れている人物に気がついた。hübsch。

 

「アクィラ」

 

彼女を呼び寄せ屋上階段入口を指し示すと、悲しげな表情をした。目を閉じ、俯き、肩を震わせている。私は確認するためにアイオワの死体に近づく。手を合わせて彼女の為に祈る。しゃがみこんで調べると全身に銃創、あと側頭部にも受けた後がある。周辺の弾痕や血痕から想定するに横から撃たれて瀕死に、側頭部のは楽にするためか? これだけ当てられていれば直ぐに死ぬのに側頭部を撃った理由はそれしか思いつかない。血が着いたSCAR-Hを拾い上げ私は気が重い通信をする。

 

「屋上階段前でアイオワは死んでいた」

 

死んだ。これが今は彼女を示す墓標になっている。なんと短く、簡潔なんだろうと自分の表現力の無さを悔やむ。サラトガの叫び声が聞こえ悼まれない気持ちになる。少し離れているにも関わらず壁を叩く音が聞こえる。サラトガと一緒に行動しているタシュケントから通信がくる。

 

「同志グラーフ、三階の燃えていた方の階段に来てくれない? こっちも……」

 

私は打ちひしがれてるアクィラを残して三階に上がって燃えていた階段の上に向かったサラトガ達の所に向かう。正直、今のサラトガの元へ行きたくないが仕方ない。火が燃えるものが少なかったためかやや下火になったらしくあまり煙たっぽい感じはしなかった。消化装置が作動したのか濡れた廊下の先にしゃがみこんでいるタシュケントと若干荒れた姿のサラトガが見えた。

タシュケントが先に気が付き控えめに手を振ってくる。何があったのかと目を凝らすと、彼女達の奥に黒焦げのものが見えた。燃えなかったものからそれが誰なのか気付いた私は顔を顰める。先にこっちから済ませよう。

 

「サラトガ、アイオワのSCAR-Hだ。これだけでも受け取ってくれ」

 

厳しい顔をしたサラトガは無言のまま頷くと躊躇いがちに、差し出したSCAR-Hを取った。彼女はSCARの表面を撫で何か呟く。祈りの言葉か、それとも鎮魂の言葉か? SCARの置い紐を肩にかけ手で顔を拭うとさっきよりは表情が良くなった。サラトガが手で黒焦げのものを指した。

 

「一応検分はしたけど、爆発を受けた跡が全身にあるから爆死した後に何かが燃えてこうなったと思うわ」

 

サラトガの感情を押し殺した声で説明を受け、特徴的なウォースパイトのカチューシャと彼女のロイヤルダブルライフルをタシュケントが掲げてくる。カチューシャは王冠部分だけが残り、それも酷く歪んでいる。ライフルの方は木製ストックが燃えて厚い銃身が歪んでいる。銃身に傷のようなものがついているのが気になった。何か、いや破片手榴弾の破片が原因か。

 

「矢矧と雪風がまだ見つかっていないがこれでは……」

 

確実視される結果を直視したくなかった私は言葉を繋げなかった。今頃、ガングートとヴェルが屋上に向かっているから見つけるかもしれない。サラトガ達と別れアクィラの元に戻ると彼女はペタンと座り込んでいた。

 

「ウォースパイトもダメだった」

「そう……」

「……」

 

私は眉間に皺を寄せ掌を顔に当てた。今日は多くの仲間を失った。十人、いや十五人以上の艦娘が死に、基地要員の死体はそこら中に転がっている。救援が来れば私達は生き残れると思うが、様々な方面でショックは大きいだろう。私も陽炎たちがついているから提督が生存していることは信じて疑わないが、基地内の友人たちが生き残れているとは思えなかった。

 

「グラーフ、早く来てくれ! ヘリだ!」

 

私の憂鬱な思考を断ち切るようにガングートが通信越しに怒鳴り込んで来る。

 

「同志ちっこいの? 陸のUH-60Jでいいよな? ちょっと違う? ああ。陸軍のUH-60JAだ。あと数十秒で基地上空に入る。角度が悪くて所属までは見えないが二機が高速でこちらに来ている」

「今すぐ向かう!」

 

私はアイオワを避けて屋上階段に入り駆け上がった。自慢の脚力を使いものの数秒で屋上に上がると矢矧の亡骸が目に入ってしまう。私はそれから目を背け奥にいるガングートとヴェルの元に走った。

 

「グラーフ、あそこだ」

 

スコープを覗いていたヴェルが空の一点を指差す。私もスコープ越しに見るとヘリが二機、急速に接近しているのを確認した。標準的な陸上迷彩のブラックホーク(UH-60JA)、ほぼ最高速度と思える速度で突っ込んできたその機体は急に進路を変え急降下したりした。私はてっきり気付かれにくくする為か荷物を降ろすために高度を下げたかと思ったが、何やら様子がおかしい。

二番機がフレアを展開し身をよぎった。基地の工廠の方から何にかが発射される。それは、ロケットエンジンと思わしき光が輝いている……対空ミサイルだ。高度を下げた一番機がフレアを展開し一発目を回避した。そのまま一番機は低空をジグザグに回避機動をとるがそこに少し遅れて飛来した二発目が飛び込んできた。機体付近上部で爆発が見え、そのまま落ちて爆煙が見えた。二番機が離脱しようと反転し距離をとるが続けざまに二発放たれた対空ミサイルを回避することは叶わず一発が機体を直撃しバラバラになって落ちていった。

時間にして一分もかからず、初動の救援部隊は散ってしまった。

 

「Черт! くそ、こんなことが許されてたまるか!」

「これで、私は更に耐える必要が出てきたね……」

「サラトガ、タシュケント。救援のヘリと思わしきものが撃墜された」

 

本当に敵はこれだけの戦力をどこから持ってきたのかという思考を、軽い現実逃避を兼ねて展開する。深海棲艦との終戦が近付いため南方軍の引き上げ輸送船がここを通り、近隣に作られた簡易駐屯地に入る予定だった。かなりの人数のため民間港を使う訳には行かず、港からの輸送も大変なためそこそこ大きい港湾設備、複線の鉄道が入っているこの基地が選ばれた。海軍艦艇の出入りが少ないのもあったはずだ。数日前から始まった引き上げは今日で二隻目が入港した。確かインドシナ半島から来たそれに敵が乗っていた。普通に考えればその引き上げ輸送船から敵が来たと考えられるが何かが引っかかる。輸送船に見覚えがあるんだが、どこで見たんだっけなあ。インドシナか、ミッドウェーか、それともハワイか……。結局結論を出せないまま近くで銃声が聞こえた。

 

 

始めは少ない人がそれを発見した。多数のライブ配信サイトに数分前に予約が入ったそれはこの手のものでサーフィンをしている者達の興味を大いに引いてしまう。何人かが己のSNSや友人に載せ知らせ、それが更に広がり……。開始まで僅か数分しかなかったのにも関わらず数千人近い人が様々なライブ配信が始まるのを今か今かと待っていた。

唐突に画面が切り替わり縛られた一人の少女と拳銃をもった戦闘服を着た男が映った。背後には銃痕のある壁、時折銃声が聞こえてくる。建物の影の中なのかやや薄暗く両脇の松明が煌々と怪しいげな光を放っている。

男、いや演説者が手を掲げた、まるで静粛を求めるように。数十秒後、大袈裟に手を振った。

 

「我々、艦娘排除派は艦娘の排除を目指している。今日、我々は一個の基地を襲撃した」

 

映像が切り替わり、突入する日本陸軍南方軍軍服の兵が小銃を放つ姿が映る。長い金髪の艦娘が銃撃を受け倒れるシーンだ。再び映像が切り替わり元に戻る。次に艦娘の簡単な設計図や彼女達の人工頭脳、機械と肉体の様子が映し出される。映像が元に戻る。

 

「艦娘、人造人間は脆く、情に流されやすく、人類に仇をなす可能性がある。いずれ、よくあるSF小説のように創造主を打ち倒そうとするだろう。こんな奴らはクズである! 排除するべきだ! しかしながら、人間は同列の存在であるためそんな心配は無い」

 

ここで一度言葉を切り、嘆かわしいと言わんばかりに頭を振り悲しげな表情をする。

 

「残念ながら志を共にする同志の多くがここで倒れてしまった。だが、この放送を見ている素晴らしい志を共にするものはくだらない政府に訴えかけるのだ! 艦娘を排除しろ! と」

 

演説者は旧軍の拳銃を掲げ、降ろし、縛られている艦娘の頭に突きつけた。その艦娘は目隠しをされ、小鹿のように震えている。自分の頭に突きつけられたものを感触から察したのか猿轡を噛まされた口から声にすらならない悲鳴をあげ目隠しの布を濡らした。

 

「今日、今ここで艦娘を一人殺処分する。このようにしたくなければ、政府は素早く艦娘を排除するんだ」

 

身を過ぎって逃れられない運命から必死に逃げようとした艦娘の頭を左手で掴み、右手で拳銃をしっかりと押し付けた。

 

「さらば駆逐艦雪風よ。死んでくれ」

 

拳銃から放たれた7x20mm南部弾が彼女の頭を右から左へと貫き、左に花を咲かせた。糸が切れた操り人形の様に倒れ自身の血で服を濡らした。戦闘で若干煤けた彼女の真っ白い服が少しずつ赤く染まっていく。

 

「では、我々の成果を見てもらおう」

 

映像がまた戦闘時のものになる。狙撃で艦娘を殺した映像、自身の血に溺れる艦娘を捉えた映像、顔が潰された艦娘の映像、ふらふらと海に落ちていく艦娘の映像。最後の映像が終わったが画面は暗転したままで動かない。直後唐突にライブ配信が終了する。

最初の方で原因となる銃声がしていたが、後に解析されるまで気付くものはいなかった……。

 




個人的にもっと雪風の出番増やしたかったなあって最近思った。個人的には拳銃の中では南部式大型拳銃好きだし。一〇〇式の活躍はありませんでした。
次回は個人的には好きな話です。


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愛よ永遠なれ

書いてて楽しかったです。


「どこで銃声が聴こえた?」

「こっちだ。かなり近い」

 

私の問いにヴェルが答え基地側海沿いの方を指さした。そちら側に目をやりスコープを覗き探すと二百メートルほど先に立っている男と……。

 

「っ、雪風!」

 

頭から血を流し倒れている雪風を見つけた。ここからでもわかるくらい出血している雪風は動かない。即座に狙いをつけ立っている男、恐らく雪風を殺した奴の頭を吹き飛ばした。その後、雪風と男が死んだことを確認した私達は射撃場へと移動した。

これでアイオワ隊は全滅か……くそ。どうしてこんなことに。

優先したアイオワ隊の救援に失敗した私達は悲嘆にくれ、復讐を誓いながら射撃場に入り弾を補充した。弾をマグに込めている時に感じたことだが、あまりにも多くの仲間を失い冷え切った頭は意外なほど、落ち着いている。一時は誓った復讐も鎌首を下げ、まるで戦闘前のように平坦な感情だ。心が麻痺したとは違う、研ぎ澄まされた感覚を感じて戸惑う。ショックを受けていない訳でも悲しみがない訳でもない心情を打ち明ける気にもならなかった私はこの中で一番心配なアクィラを気にかける。ロシア組はいいとして──サラトガは復讐に染まっている──アクィラは心ここに在らずと上を向いていた。いつもの軽快さは唸りを潜め、別人のような感じもしている。揺れ動く彼女の目が私を捉えた。

 

「アクィラ、本当に大丈夫か? 別にここに残っていても……」

「大丈夫。アクィラも一緒に行きます」

「しかし、その調子じゃあ」

「一緒に行かせて! グラーフ、アクィラも行きたいの! お願いだから……」

 

アクィラが私の胸に飛びつき顔を埋めた。泣きじゃくる彼女に私は声をかけるができず、頭を抱きしめた。彼女を護りたいという感情と望みを叶えてあげたいという感情が相反しどうすればいいか分からなくなった。

 

「グラーフ、連れていったらどう? ここに残してもいいけどそれはそれで危険よ」

 

慣れない手つきでところどころ赤いSCAR-Hのマグに弾を込め、チャージングハンドルを引いたサラトガが助け舟を出してくれた。いや、それは泥舟かもしれない。だが、私は彼女を置いていった場合、ついてくるかもしれないということに気が付き頭を振った。いかん、これでは赤い悪魔のような扱いになっている。やはり連れていった方が安全なのか。

 

「……アクィラ、一緒に提督を助けに行こう」

「本当に?」

「一つ条件がある。死なないでくれ。お願いだから。君が死んだら私は立ち直れない」

「グラーフ……」

 

涙目の彼女の火照った顔を見た私は、衝動的に唇を重ねた。アクィラは一瞬驚いたが受け入れてくれる。舌と舌を絡め合いお互いの甘い体液を交換し混ざりあう。恥ずかしかったため目を閉じていたがちょっとだけ薄目を開くと可愛らしい彼女の顔が見えた。長く続いたそれは私の息が限界に近づき、唇を離す。アクィラの感覚がまだ残る口に手を当て乱れる息を整えようとした。鼓動が高鳴り収まらない。今更横で見たいた四人がニヤついているのに気付き、顔が赤くなるのを感じてしまう。アクィラの頭からは湯気が上がっているように見える。

 

「その……ちょっとだけ待ってくれ。直ぐに冷ますから……」

 

ガングートのニヤつきとサラトガの温かい目に耐えきれず帽子を深く被った。なんでこんなことをしてしまったんだ……。顔を合わせられない私は残り一個のマグに弾を詰め気を紛らわした。アクィラがこっちを見ている。

 

「その、グラーフ。この戦いが終わったら……」

「やめてくれ。それはフラグになる。後でじっくり聞くから」

 

詰めおわる頃には熱りも冷め、目を合わせるぐらいならできるようになった。他の連中も、先に上に行き見張っているヴェルはもちろん、補充はできたようだ。

 

「グラーフ、上に来てくれ。DEの様子がおかしい」

「DE? 鈴熊を最後に、雪風が見かけたのはその辺だったよな?」

 

アクィラに手招きをして一緒に屋上に向かう階段を登り始める。数時間前に屋上で見た出来事を思い出してしまい顔を顰めるがアクィラが手をしっかりと握ってきたお陰で楽になった。屋上に出るとヴェルがDEを指さした。すると艦中央第二甲板あたりで爆発が起きた。慌ててHK417のスコープを覗き込み様子を伺う。やがて、見えにくい前甲板にある76mm単装速射砲が再び動き出しているのが見える。角度的にここは撃たれないがどこを撃つつもりなんだろうか。動きがあるのはわかるが上部構造物と煙が邪魔をしてどこを向いているのか全くわからない。動きが止まったかと思うと射撃を開始した。工廠に向けていくつもの砲弾が叩き込まれ火の手が上がった。

 

「占領されている工廠に砲撃だと」

 

状況からして絶望的だが、艤装を取りに行ったしおいとゆーの生死はまだはっきりしていない。敵に対する砲撃かもしれないし、艤装を手に入れた二人に対する砲撃かもしれない。二十発ほど砲撃すると今度は隣の埠頭に泊まっている輸送船に対しても砲撃を行った。今DEにいるのは敵じゃない、もしかして……鈴熊か?

 

 

─時は遡ること数十分前─

 

「前に敵は……いませんわ」

「こっちも大丈夫。なんとか振り切れたみたい」

 

埠頭近くの建物に籠る影が二人。両方とも息を切らし肩を上下させている。リシュリューから逃げろと言われ渋々従い、状況を説明した通信を流し、アイオワ隊の助けもあってなんとかここまで逃げてこれた。一度、官舎の方に行こうとしたが強力な敵と鉢合わせしてしまい仕方なく海沿いにここまで来た。

 

「熊野、残弾はどれくらい、ある?」

 

鈴谷が聞くと熊野はSIG SG510のマグを取り外し、その中を覗いた。

 

「十一発と二マグ。P226Rは手をつけてないから、何とかなると思いますわ」

「私は、バックショット弾がチューブ内に……三発、それと十二発。スラッグ弾が四発だけ」

 

ベネリM3を熊野に見せつけ、こんなことなら拳銃ぐらい買っておけばよかったかもとぼやいた。

息が整うのを待っていると、外で砲の連射音が聞こえ熊野が飛び上がった。鈴谷も声こそ上げなかったが体を縮こませている。恐る恐る外を覗くと近くにあるDEがここから見えない基地側に砲撃をしていた。着弾して炸裂する音と建物が崩壊する音が少し離れた場所から響いている。

 

「ねぇ、鈴谷。わたくしちょっといい事を考えたんですよ」

「なんとなく嫌な予感がするけど、何を考えたの?」

 

熊野はDEを指さし、はっきりと言う。

 

「あの76mm砲を使えば復讐ができるんじゃないかなって」

「ちょっと待って、敵がいるDEに乗り込むの。流石に危険だよ!」

 

鈴谷の抗議に答えることなく、熊野は顎に手を当てブツブツと呟きながら思考を纏めている。こうなったら梃子でも動かない事を一番よく理解している鈴谷は不安げな表情になりながら親友を見ていた。五分ほどたった頃、熊野が口を開く。

 

「カッターが確か艦尾に繋留されたままだから埠頭とは逆側の左舷から回りこめば侵入できるかもしれないわ。やってみる価値はあると思うわよ」

「熊野、幾らグラーフのために通信を流したとはいえDEに乗り込むのはちょっとどうかと思うよ」

 

熊野はその言葉に顔を顰め言いにくそうに口を開いた。

 

「やりたくないと言うのなら別に無理に連れていきませんわ。これはわたくしの戦いです。わたくしだけで行きますから」

 

彼女はそう言いきり、準備に取り掛かろうと立ち上がった。

 

「待って!」

 

鈴谷が熊野の手首を掴み、止める。その表情は迷っていたがやがて決意の篭もった目を熊野に向ける。

 

「鈴谷も一緒に行くよ。一人で行くより二人で行った方が確実でしょ?」

「構いませんが、てっきり行きたくないのかと……」

「リシュリューさんやグラーフがさ、どう思うかなって考えていたんだよ。最初は反対するかと思ってたけど、よくよく考えたらあの二人は復讐を肯定しているからやっていいかなって結論が出たんだよ」

 

流されすぎるのは良くないが、我々も完璧じゃない以上復讐はしたくなると言う言葉を結構前に聞いたと鈴谷は言う。それを聞いた熊野は、肩を竦めたが鈴谷の手を引き立ち上がらせた。

 

「では、一緒に行きましょう。わたくしの相棒(パートナー)さん」

 


 

二人は潜んでいた建物内にあった使えそうなものを確保した。鈴谷は流石にナイフ一本は嫌だったようで、基地要員死体から9ミリ拳銃を回収する。

 

「ごめんね、ちょっち借りるから。後で返すから」

 

熊野は自身のP226Rを確認し右脚のレッグホルスターに戻した。激しい重機関銃の銃声がして外を見るとDEの後部甲板が恐らくアイオワ隊の弾幕を受け、穴あきチーズになっているのが見える。熊野はこれをチャンスと捉え、地下の酷い匂いのするパイプを通り海まで行くことを提案する。それに賛同した鈴谷は熊野の案内の元、パイプに降りていく。それは今は使用されていない古い排水管でひどい匂いとぬめぬめしたもので覆われていた。

 

「うわぁ……」

 

鈴谷が嫌悪感を隠そうともせず表情を曇らせる。

 

「まあ、古い排水管なんてこんなものですわよ。早く進みましょう」

 

チラリと鈴谷が熊野の顔を覗くと彼女の顔も曇っていた。早く出たいということで意見が一致した二人は可能な限り素早く(ゆっくりと)排水管を進んだ。ローファーとぬめぬめの相性は最悪で、艦娘の身体能力を発揮して転びはしないが素早く進む余裕なんてない。五分ほど進むと海が見えてきた。腰を低くし拳銃を構え慎重に外の様子を伺う右手百メートルの場所にDEが見える。甲板上には誰もいないが艦橋内で動く人影が見えた。熊野が目を凝らし先程交戦した敵の仲間のだと確信する。

 

「艦橋もやはり乗っ取られていますわ。甲板上には射撃を警戒してか誰もいないから今がチャンスだわ」

「よーし、じゃあ行こう」

 

ちょっと待って、と熊野が海に入ろうとする鈴谷の襟を掴み止めた。鈴谷がグェっと声を上げ抗議するが意に介さず口を開く。

 

「潮が引いているから埠頭の古い土台を伝って行けますわ。わざわざ泳ぐまでもないですわ」

 

幅十センチほどの狭い足場が奥まで続いている。見られたらアウトな気もするがその時は海に飛び込んでと熊野は行った。この埠頭は深海棲艦の射撃を受け大きく損壊したものの上に建てたもので水中に入れば隠れやすいらしい。艦橋に目をやりつつ、慎重にDEに接近していくと、射撃場の方向から銃声が聞こえた。熊野はアイオワ隊が戦闘しているのかと思考を巡らすが、強力な妨害電波で確認は取れない。

慎重に進んだ結果か、それとも後部甲板への銃撃を警戒してかは知らないがうまいことDEの甲板上からは見えにくい場所まで潜り込めた。目の前にあるDEのカッターは三メートルと離れていない。訓練に使っていたのかオールが出しっぱなしである。

 

「数年前までは生きていたのに……」

 

寂れた、もはや海に出ることすら許されないDEを見て鈴谷が呟いた。一応乗組員は居るとはいえ大半が訓練のために乗り込んでいるだけで砲周りや艦橋などはよく使われるが、予算や人員不足で機関整備や推進器周りは放置されまともに動かない。艦底にはフジツボがびっしりと張り付き生を謳歌している。こんな、艦としては惨めな後世に鈴谷は悲しみを感じたのだ。

 

「そういう事を考えるのはあとに。さて、どこから乗りましょう……」

 

熊野は艦底には目もくれずどこが一番乗り移りやすいかと探している。

 

「カッターから飛び移ろうかと考えていたけど、あの衝突防止用のガードから乗り移った方が良さそうですわね」

 

そう言い艦尾両舷についているパイプを組合わえて出来たものに手を降る。左舷側は海側にあるため行けないが右舷側は埠頭にかなり近そうなため行けると熊野は考えた。カッターに飛び移るよりはいいと思うと鈴谷が言い、行動に移る。波が荒くなってきて西の空が暗くなってくるのを見て足を少しでも早めながら埠頭の土台沿いにDEの右舷に回り込んだ。熊野の見立て通りガードパイプの先端が埠頭から二メートルと離れていない位置に確認できた。

 

「先に行きますわ」

 

熊野がガードパイプに飛び移りするすると第二甲板にある曳航機器を搭載している開けたスペースに移った。鈴谷も見よう見まねで飛び移ったが、塗装が禿げかかっているガードパイプは彼女が思った以上に滑り危うく落ちかけた。なんとか両手でパイプを掴め腕力を使いパイプの上に乗って第二甲板に移ろうとしたが柵を超える際に負い紐で背負っていたショットガンがずり落ち大きな音を立てた。慌てて背負い直し柵を超えたが、敵に聞かれた可能性があった。見るからに慌てた表情をした鈴谷は熊野にどうしようと目で訴えかけると彼女は口に人差し指を当て静かにするよう示し、鈴谷を置かれていた左舷側大きな機器の裏に、彼女は艦内に通じるドアの蝶番側に隠れた。

やがて音源を確認しに来たのか一人の男がドアを開け艦尾にやってきた。男は右舷側をしきりに見渡している。ドアが閉まったのを確認した熊野は見つかる前に男の首を右腕で締め倒し、一気に首を回した。コキっと乾いた音が一度だけ鳴り声を出す暇もなく男は死んだ。彼女は死体のバックパックを確認し、恐らく隔壁突破用に持ってきたであろうC4を見つけ鈴谷に渡した。その後、熊野は鈴谷に目をやり男の足を持つよう指示を出し、彼女は肩を持った。二人がかりでこれをその場にあったロープや持ってきた袋などを使い海に投棄し、呼吸を整えた。鈴谷の顔色があまり良くないことに気がついた熊野は声を掛ける。

 

「大丈夫かしら?」

「大丈夫、と思う。ただ、人って、艦娘もだけど簡単に死ぬんだと思うとちょっと……」

「鈴谷……」

 

掛ける言葉が見つからなかったのか熊野は親友にそっと寄り添い肩を合わせた。

 


 

ちょっとした内職をしていると。鈴谷の顔色が良くなり調子を最低限取り戻したことを熊野が確認する。データパッドを仕舞い、C4を仕舞うと彼女達は再び動き出した。ベネリM3にバックショット弾を装填した鈴谷が先行しSIG SG510を持った熊野がその後ろで援護に入る。DE艦内は陸上から供給されている電力のお陰で明るく、沢山の銃痕と死体がチラホラと見え、硝煙と血の匂いが充満していた。艦内の惨状に二人して顔を顰めるが何も喋らなかった。右舷側の艦内通路を通り中心部近くにある戦闘指揮所(CIC)に向けて進み出す。忍び足で耳を済ませなながらゆっくりと進む。途中、こっちに向かってくる足音や遠くに敵が見えた時は近くの部屋に入ったり壁に張り付きやり過ごした。隠れるために入った食堂には何人もの武装したDE乗組員の死体が転がっていて、居た堪れない気持になり鈴谷はそれを誤魔化すために水を一口飲んだ。明らかに場馴れした手つきで熊野は死体漁り六四式小銃とマグ数個、手榴弾、トランシーバーを確保する。

 

「ねえ、熊野。なんでそんなに慣れてるの?」

「艦娘としてはわたくしの方が先に生まれた分、色々経験をしたのですわ」

 

経験ね……と鈴谷が呟き遠くを見る。ええ、経験ですわと熊野は言い扉に耳を当て外の様子を伺った。空調と外から聞こえてくる銃声以外は聞こえない。レバーを回しゆっくりと外の様子を伺うと……誰もいなかった。熊野は手招きして鈴谷を呼び寄せ外に出る。扉を静かに閉め鈴谷はすぐそこにあるCIC目指して歩みだした。だが、護衛艦の艦内とはDEの様な二〇〇〇トン級でもそれなりに複雑である。先程、敵から隠れるために隔壁の影に入ったように、敵が隔壁の影にいたのだ。

ベネリM3を構えていた鈴谷は左を見た際に隔壁に寄りかかり休憩している敵と目があった。両者は目を丸くして若干固まったが直ぐに動き出した。敵は叫びながら体の脇にあった小銃を構えようとするが鈴谷の方が、構えているから当然ながら早い。ベネリM3の銃身で顔を殴りつけ反動を使い銃床を敵の方に向けそれを振り下ろす。敵の頭が凹み倒れ込むと鈴谷は熊野のを見る。

 

「急ごう!」

 

鈴谷は駆け出した。熊野が遅れて後に続く。下や上から声や足音が聞こえてくる中、鈴谷がCICに入る扉に張り付き熊野は手榴弾を用意した。鈴谷が扉を勢いよく開け熊野が破片手榴弾を投げ込む。刹那、爆発。鈴谷が飛び出し、広くはないCIC内にいる敵目がけてバックショット弾を放った。手榴弾のお陰で多くを無力化には成功していたとはいえ、ハンドグリップを何度か前後させる必要があった。遅れて入ってきた熊野は敵を確実に絶命させるために頭部に7.62x51mm弾を的確に叩き込む。

 

「鈴谷」

「わかってるって!」

 

熊野が扉を見張り、鈴谷が火器管制の制御基盤やその周辺、その他適当にちぎったC4と手榴弾を合わせたものを設置し、死体から奪った導火線を伸ばした。導火線をこれまた奪った発火装置に繋げ遠隔起爆装置とリンクさせる。

 

「用意できたよ!」

「了解、行きましょう」

 

右舷側の扉を開けると、そこに銃弾が多数刺さった。熊野が荒く舌打ちすると左舷側の扉に駆け出し、勢いよく扉を開いた。こっちからは銃撃がなく、熊野は飛び出す。敵がまだ居ないことを確認すると彼女は先程撃ってきた艦尾側を向き膝をついてSG510を構える。鈴谷が慎重に出てきて艦首側を警戒した。目指す先の艦首の水密扉は閉まっている。

 

「鈴谷、先に」

「うん」

 

鈴谷が駆け足気味に進み十数メートル先にある水密扉に張り付き開けようとした。当然ながらこの動きを敵が見逃す訳もなく左舷側にやってきた敵から銃撃を受ける。熊野がこれに対して反撃し一人を打ち倒す。セミオートで撃っていたSIG SG510の弾が切れリロードする余裕を作ろうと残数少ない手榴弾を投擲する。それが炸裂するやいなや、鈴谷の元に向かいつつ最後の一個となったマグのツメを銃に引っ掛け叩き込み、チャージングハンドルを引いた。後ろを振り返り数発をフルオートで放った。首を出そうとしていた敵はこの通路からは撃てないと、移動を開始した。固く閉められていたため、ようやく空いた水密扉の中に鈴谷が入る。熊野は先程仕掛けた起爆装置の握り通路の奥を見通す。

 

「では、御機嫌よう」

 

鈴谷が締めようとする水密扉の中に彼女は飛び込み、背後で扉が閉まるやいなや、CICに仕掛けた爆薬を起爆した。艦が揺さぶられ、長年積もった埃や塵が艦首、主砲弾庫内にいる二人に降り掛かる。揺れが収まると同時にいつもなら容姿を気にする熊野が降り掛かった埃を払うこともせず、部屋の中にある砲台長管制盤(CTC)に張り付いた。彼女は艦外の監視カメラを──先程、休憩した際に接続した──データパッドを通して見ながら、凄まじい速さで操作しCICからはもう操作できない76mm砲を操る。一方鈴谷は適当に砲弾一発を選びそれをIDEに改造する。砲弾の信管をその場にあった機器でいじり、二つあるトランシーバーの片方をばらし、導線を信管に繋ぐ

 

「ちゃんと撃つ方向わかってるよね?」

 

一心不乱に操作する熊野に鈴谷が話しかけた。

 

「それぐらいわかっていますわ、これでも秘書艦代理の最終選考まで残ったのですよ?」

「グラっちに負けたけどね」

 

熊野が乱雑に管制盤を叩き鈴谷の方に顔を向けた。

 

「あの方は自他ともに認める優秀な人だから仕方ないですわ。それより鈴谷、耳を塞がなくて宜しくて?」

 

彼女は管制盤のカバーを開き、トリガーを押した。鈴谷は慌てて耳を塞ぎ頭上から聞こえる砲撃音を少しで弱めようとする。76mm砲が榴弾を毎分八十五発のペースで連射し部屋内にある回転式弾頭が勢いよく回転する。76mm砲から撃たれた砲弾は熊野が脳内で計算した通り占領された工廠に降りかかり、敵や設備を消し飛ばしていく。消し飛ばされていく中には顔を射貫かれたU-511や艤装も含まれている。熾烈な砲撃で工廠の壁や梁が破壊され、自重に耐えきれなくなった箇所から崩壊していく。熊野は残弾が残り数発になったのを見て、砲撃を停止させた。彼女は再び管制盤を弄り、砲の角度と向きを調整する。

 

「待って、今どこに撃ってたの?」

「もちろん、工廠ですわ。艤装と生産設備が奪われることだけは絶対に避けなければいけません」

 

工廠という言葉に鈴谷が反応し肩をビクッと揺らした。確かに、現状において最大の軍事機密であり、一部の国にしか提供していない艦娘を何処の馬の骨かもわからない連中に渡すぐらいなら吹き飛ばした方がいい。しかし、それを躊躇う様子もなく実施する相棒に恐怖を感じてしまう。最も距離の近い人の狂気に。

その様子に気付くことも無く、熊野は調整を済ませ、再度トリガーを押した。放たれる砲弾が今度は敵を乗せてきた輸送船を抉りとる。装甲もない、戦闘艦ほどいい鋼材を使っていない輸送船に砲弾が一発、一発と当たる事に大穴が穿たれ、炎が顔を出す。即応弾の殆どを使い果たしていたため直ぐに砲撃をやめてしまうが輸送船にはそれだけで充分だった。船体に空いたいくつもの大穴から水が流れ込み急速に沈んでいく。水深の浅い湾内であるため水没こそしないが、着底し、炎に飲まれる上部構造物が光を放つ。熊野はその光景を見てほくそ笑んだ。予想通り上手く言ったと喜び天を仰でいると、違和感を感じる。既に砲塔の操作を邪魔されないようにCICを爆破してから数分が経過しているが、扉の外からはそれを叩く音も、こじ開けようとする銃声も、爆破音も聞こえない。彼女の予想では恐らく敵の主目的である艤装と艦娘技術の確保を目標としていたと考えている。それを邪魔するために工廠を吹き飛ばし、妨害電波の発信源である輸送船を潰したのにも関わらず、だ。顎に手を当て自然と視線が上を向く。脱出に使うつもりであるダクトのシャッター付きカバーに目をやると光がチラついて見える。

熊野は目を見開き鋭く体の向きを変え、座って作業している鈴谷を突き飛ばす。

アサルトライフルの乾いた連射音が狭い部屋の中に響き渡る。突き飛ばされた鈴谷は突然のことに唖然としているが、倒れながら熊野の背中から血が出たのを見逃さない。その血飛沫は鈴谷の顔に掛かる。それだけに留まらず再度、背中から血飛沫が上がり、その弾は熊野の体を抜け彼女の体の下にあった鈴谷の左腕までも貫く。うつ伏せに倒れた熊野が震えながら横目使いで背後にあるダクトカバーを見て体の下から出したP226Rをそこ目がけて乱射する。鈴谷も拾った9mm拳銃を右手で構え撃ち込む。

敵は手榴弾を投げ込もうともしたが自身が開けたシャッターの穴から飛んできた銃弾を受け死んでしまう。手榴弾は既にピンが抜かれていて、死ぬと同時に手から落ちダクト内に転がる。攻撃手榴弾であるそれは、遅延信管が作動すると同時に二百二十七グラムのTNT爆薬が信管により爆轟、そのエネルギーを解放する。ダクトが弾け、カバーが吹き飛び床に激突する。爆発を受け鈴谷は咄嗟に右腕を顔の前に出し、顔を守った。爆煙が晴れると、ダクトは変形し捻れていた。

鈴谷は脅威が去ったことを確認すると、座り込み熊野を仰向けにしながら手当を行う。

 

「無駄ですわ……。肝臓撃ち抜かれています……」

「無駄なんかじゃない! 生きて、生きて脱出するって ……」

 

涙目になりながら鈴谷は止血帯を彼女の体に押し当てる。しかし、それが役に立たないほど大量の血が熊野の細い体から血が流れ出ている。無駄だとわからせるために熊野はそっと血を止めようとする鈴谷の手を払い除けた。

 

「わたくしはここで死ぬさだめ(運命)なのですよ……。だから、鈴谷、お願い。あなただけでも生き残って」

「鈴熊聞こえるか! グラーフだ!」

「グラっち!」

 

輸送船を撃破した事で妨害電波発信源が破壊されたのか通信が繋がる。

 

「今どこで、何を」

「熊野が撃たれて、死にそうなの!」

「鈴谷、落ち着いて……今、状況レポートを送りました」

「どれこっちも送った……確認した」

 

息を呑む音が聞こえ、最後の言葉は弱々しかった。

 

「今から助けに──」

「来ないで下さい。もう脱出経路も塞がれましたし、私達が死ぬのも時間の問題です。今の状況ならそれよりも提督の救援を」

 

徐々に熊野の言葉がか細くなってきていた。彼女のただでさえ白い顔は真っ白になり末端が冷え始めた。呼吸が乱れ始め冷汗が薄らと首に浮かんだ。

 

「もう、喋らないで、お願いだから……」

 

鈴谷が彼女の体に覆いかぶさり、泣き始める。嗚咽が歯の隙間から漏れ、部屋内だけでなくグラーフの耳にも響き渡る。グラーフの息が漏れ、彼女が率いている五人のざわめきも伝わってくる。熊野は鈴谷の頭を撫で近くにある彼女の耳に囁いた。すると鈴谷は泣くをの止め、起き上がり、少し弱いが決意の篭った声でグラーフに通信する。

 

「グラっち……本当に申し訳ないけど、私は熊野と一緒に行く。私が着いていかないと熊野は寂しいだろうし、どうせこのままじゃあ生きてはいられない」

「おいちょっと待て、急にどうして」

「ごめん、許して。やりたいことがあるから」

 

鈴谷はグラーフから来る回線を切り、彼女からグラーフ達に届く回線は敢えてそのままにした。

 

「ごめんなさい、わたくしが、感情に呑まれあんなこと言った、せいで……」

 

途切れ途切れに言葉を紡ぎ、熊野は彼女のそばに居るパートナーの顔をそっと触れる。火傷しそうになるほど熱かった頬にひんやりと冷たさを感じさせる涙が流れる。その冷たい手を鈴谷は両手で握りしめた。

 

「いいんだよ。鈴谷だってやりたくてしているんだし。なにより熊野と一緒に入れるだけで幸せだよ」

 

彼女の顔は熊野と対照的に紅潮し目は穏やかなものになっている。ニーソは血にまみれ、スカートも解れ、血を少しずつ吸っている。そのことを熊野は心配し、鈴谷は気にもとめてない。

 

「わたくしは、貴女を、ここまで連れてきてしまったことを、後悔し、喜んでいますわ」

 

相反する感情で挟み撃ちになった熊野は僅かに顔を顰め焦点が合わなくなってきている目は下を向いた。

 

「後悔しなくていいよ。最高とは言えないけど、悪くない環境で二人ともいっしょに(・・・・・)なれる。もっと生きて一緒に居たかったけどね」

「なら」

「でも、あんな時に耳元で告白されちゃあ、一緒に居るしかないじゃない。鈴谷はそれが嬉しいよ」

 

一時の……迷いですわ。というか細い声が聞こえたが無視して感情が高まり切った鈴谷はしっかりと彼女と目を合わせ、水密扉を撃つ音が激しく響き、手榴弾が炸裂するような音が響く中、情熱的にキスをした。凍えそうになる熊野に体液(生気)を渡し、必死に温めようとする。熊野は一瞬抵抗するも受け入れ、動きの悪くなった舌で必死に受け止めた。熊野が血溜まりから震える腕を上げ鈴谷の背中に回すと鈴谷は熊野の顔に触れる。

水密扉が歪み始める音が響いた。鈴谷がキスを終え、酸欠でふらつく顔をあげると熊野の目は虚ろになっていた。熊野の手が鈴谷の背中からずり落ち、血溜まりに落ちる。物足りなげな顔をした鈴谷は指先だけは動く左腕で残っていた一台のトランシーバーを持ち、右手で落ちていった熊野の手をそっと握る。

 

「さあ、熊野。一緒に行こう」

 

鈴谷は熊野のそばに寝転び彼女の頬にキスをすし、トランシーバーに予め登録した電話番号を呼び出す。それは同じ部屋の中にあるトランシーバーのもので、砲弾に繋がっている。

トランシーバーが着信を受け電流をケーブルを通り信管へと流す。それを受け信管が作動を開始し、起爆薬が爆ぜた。砲弾、榴弾の炸薬が一気に爆轟し、下のフロアにある弾薬に揚弾機を壊しながら爆風と高い圧力を届け誘爆させる。古いDEに主砲弾の残りはそんなに残っていなかったがそれで充分だった。鈴熊の二人は一瞬のうちに爆発と高温で溶け、混ざり合い、最後の最後で二人は正真正銘、一つになれた。残念なことにそこで終わらず、圧倒的なエネルギーを前に蒸発していく。

DEは主砲が吹き飛び、水密扉を突き破る。荒れ狂う炎が人を焼き死体を焼き艦を焼く。艦内を舐めわすように暴れ周り途中にある出口でそれが吹き出し天高く伸びる美しい火柱を、焼けてきた空に創り出す。上部構造物が燃えはっきりとした黒煙を天に伸ばす。

弾薬庫が誘爆したエネルギーのお陰でDEの艦首が真っ二つになり、そこから急速に浸水していった。力強い水流が隔壁を突破し、水底へとDEを引きずり込もうとする。二つに割れた船体のうち艦中央の方は第二甲板まで水没し焼けた死体を冷ましていく。浅い港内だったことが幸いし第一甲板上がある程度水に浸かったところで着底した。一方、艦首側は艦底から急速に浸水し、バランスを崩していく。艦首が上を向き始め第一甲板上に載っていた破片がずり落ちていく。しばらくその状態のまま沈んでいたが、先端が着底し艦首の重量に耐えきれず圧壊。そこからバランスをさらに崩したことで艦首が立っていく(・・・・・)。普段は日の当たらない艦底が照らされ防汚塗料とフジツボが顕に。やがて安定して着底するが、艦首は完全に上を向いていた。鈴熊に対する墓標のように。永遠の愛を成し遂げた彼女達への記念碑のように。

 

 

 



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摩耗する心

ここら辺からグラーフで書くのがすごい楽しかったです
※七話の前書き後書きを間違って入れていましたすみません(修正日9/1)



日の傾きが大きくなってきた午後の一時。鈴熊の最後を通信で聞いていた、DEの最後を射撃場の屋上から見ていた私は膝から崩れ落ちた。

 

「こんなことが、あってたまるか……」

 

あまりにも生々しく、そして劇的に散っていった二人の最後に私は耐えきれない。心を支配する怒りと悲しみを出すために何度も、何度もコンクリートを右の拳で叩いた。しかし、やってすぐ後悔する。怒りはある程度出ていくが悲しみがその開いた場所を支配していった。一体何故、あの二人はDEの主砲を使おうと思ったんだ、何故逃げずにあそこで死ぬことを選んだんだ、何故あんなに幸せそうだったんだ……。

答えは出ないまま、私は顔を上げみんなを見た。アクィラは静かに泣き、ヴェルは懐から取り出したウォッカを呷っている。いつの間にか来ていたサラトガは燃えゆくDEを見つめ、ガングートは彼女の性格なら直ぐに復讐だと叫ぶところだが、パイプを吸い辛気臭い顔で煙を吐いた。その代わりかどうか知らないがタシュケントは逆に復讐に囚われている。

全員、今日の戦いで傷を負いすぎたのだ。深海棲艦相手ではなく、人類の内ゲバで仲間を失えばこうもなる。無駄なほど冷静になって考える頭に嫌気がさし、私は立ち上がりもう一度、大破したDEを見る。まるで墓だ。オルガン型の墓ように見える。鈴谷と熊野よ、安らかに眠れ(Ruhen in Frieden)。ん、熊野……。

 

「私は、まだやることがある……」

 

彼女の遺言を思い出した。提督の救援を彼女は望んでいた。こんなことをしている場合では無い。くそ、少しでもいいから休めれば……。

私はHK417の状況を確認する。コッキングしていなかったのでコッキングハンドルを引いて初弾を装填し、セレクターをセーフに切り替えた。表情を切り替えるため一度、硝煙臭い手を顔にあて拭う。

 

「みんな、辛いのはわかるが提督の救援に行かないとならない。悲しむのは提督を救ってからだ」

「……ああ、そうだね。落ち込みすぎるのは良くない。同志ガングート、同志タシュケント。終わったらいいウォッカでも取り寄せよう。傷を癒すのにウォッカはちょうどいい」

「同志ちっこいの……ありがたいが貴様がアルコール依存症とやらにならない事を祈る」

 

ガングートがヴェルからウォッカを受け取り一口含んでからそう言う。タシュケントは敵を殺せると思ったのか喜んでいるが、このままだと何も考えずに突っ込んで行きそうだ。どうしようか考えあぐねてるとガングートが近寄りその頭を叩いてから鷲掴みにし思いっきり撫でた。

 

「ちょ、同志ガングート。何するのさ!」

「同志タシュケント、そうかっかするな。そのままだと直ぐに突っ込んで死ぬ新兵と一緒だぞ」

「そんなこと無いよ。ちゃんと冷静に対処できる」

「本当か?」

 

ガングートが叩いた際に落ちたタシュケントのパパーハを拾い上げ手で回す。

 

「……そんなに酷かったの?」

「このままだと直ぐに死ぬなと思うぐらいには」

 

自分の予想以上だったのか、タシュケントは前髪を手で掬った。

 

「私もそう感じていた。ガングートもそうだが、復讐復讐と叫んでいるのが制御できているうちは一種の闘志になるが、呑まれてしまうと劇薬に様変わりする。呑まれて死んで行った艦娘は……結構な数になるだろうな」

 

南方にいた時も、果てはドイツにいた時もそういう風に死んで行った艦娘は見た。仲間が殺され、復讐に呑まれ死んでいく。深海棲艦ですらそのような行動を見せる。特に鬼姫級ではよく見られるという報告書を見た。双方が復讐に囚われて、まもなく深海棲艦側の敗戦で終わりそうなこの戦争の、一体どの時点で復讐は消えるのだろうか。

 

「はぁ……。ん、よし」

 

タシュケントが頭を振り、頬をペシペシと叩いた。パパーハをガングートから受け取り彼女の頭に収まる。

 

「もっと落ち着いて行かなきゃね。ありがとう、同志ガングート、同志グラーフ」

「その力を存分に発揮してくれ。何れは祖国の為に」

「うん。頑張るよ」

 

タシュケントは表面上は顔が良くなり、ヴェルとともに先に下に降りて行く。私は彼女を引き留めようとするがガングートに肩を捕まれ邪魔をされる。何故、という顔を向けると俯いた表情で頭を振っていた。二人が見えなくなると同時にガングートに向き合う。

 

「あのままでは突っ込んで死ぬぞ。何故引き止めなかったんだ」

「熊野が送ってきたレポートを見たろ? あの中にあったオイゲンの最後を見てタシュケントが正常でいられると思うか? 私は無理だと思うな」

「う……」

 

オイゲンとタシュケントは仲がよかった。友達以上に。それこそ、私で考えればアクィラを失ったようなものだ。……ああいう風に振舞っているだけ私より強いのかもしれない。

 

「そう心配しないでくれよ。私が見て引き止める。だからグラーフは空母組をなんとかしてくれ」

 

ガングートが指さした方を見るとまだ燃えているDEを見つめているサラトガと泣き止んでいるがどこか虚ろな表情をしたアクィラがいた。ガングートに目をやると彼女は頷き、私は頷き返した。彼女が階段を降りたのを見て私はサラトガとアクィラに話しかける。

 

「二人とも……大丈夫か?」

 

言葉が出ずこんなことしか掛けられなかった。そのことを悔やんでいるとサラトガがDEから目を離さず口を開いた。

 

「彼女達にとってあの最後は幸せだろうけど、私にとっては幸せでもなんでもないわ。私はハッピーエンドが好きなの」

 

サラトガはマグを抜いたトンプソンを構えDEに狙いをつけるフリをする。弾は抜いたのか入っていないがチャージングハンドルを引き、ボルトを後退させる。サラトガがトリガーを引くとボルトが前進し部品がぶつかり合う金属音が響いた。

 

「サラトガ、それは少々強引じゃないか?」

「サラはアメリカンよ。自分の正義を追い求めるわ。だから提督を救うと共に敵を殺す」

 

彼女の目は力強く、燃えていた。そんな目を見せなくでくれ。何も言えなくなってしまう。目を合わせ続けるのができなかった私は目を逸らし、帽子の唾を掴み目深に被るようにずらした。

 

「……わかった。私から言うことは何も無い」

「ふふ、サラの実力、とくとご覧あれ」

 

サラトガはこちらに迫ってくる。流れるように帽子を取り私より少しだけ高い身長を有効活用して額にキスをしてきた。

私が突然のことに唖然としたが、右後ろにいるアクィラに見られていることだけはわかった。サラトガは目を細めると帽子をアクィラに投げ渡す。

 

「Good bye.」

 

彼女はそのまま、下に降りていった。怖くて振り向くことができない。アクィラが動き背後に迫ってくるような気がする。意を決して振り返ろうとしたら、ポスンと帽子を被せられた。予想外の行動に目を開いてしまい振り込む。泣き止んだアクィラが微笑んでいるのが目に入った。彼女の顔には涙痕が濃く残っている。

 

「どうしたん……だ」

 

アクィラが背伸びをして一瞬だけキスをしてきた。私は無意識に呼吸を止め唇に左手を当ててしまう。左手手袋についていた血糊の感覚と匂いに顔を顰めアクィラに目をやる。

 

「嫉妬か?」

「ええ、ヘルキャットをよく載せてる彼女に盗られたくないから」

「サラトガはそこまで性悪女ではないだろう」

 

胸に飛び込んできたアクィラを抱きしめながら言う。心無しか彼女の体はさっきよりも冷たかった。

 

「まあ、そうですけど……」

 

一瞬、このままここからアクィラとともに逃げろという悪魔の囁きを耳にした。彼女を危険な目に合わせるな、共に逃げて生き残れ、と。甘くねっとりとした匂いを嗅いだ気がした。当然、次の瞬間にはそんな匂いは消えていた。

 

「グラーフ?」

 

怪訝な表情で覗き込むアクィラの目を見て、正気になった。甘い思考に傾きかけたがまだ提督を救っていない。軍はあの人を失う訳には行かないだうし、私も彼女を失うことに耐えれない。そして、熊野の遺言を蔑ろにする気はない。

 

「ああ、大丈夫だ。何も問題ない」

 

本当に? とアクィラが目で訴えてくる。その目を覗き込み大丈夫だと伝えると不満げな顔をしながら彼女は離れた。

屋上に立て掛けてあったカルカノM1895を彼女は手に取り、ボルトハンドルを起こして引いた。覗き込むと、空になったグリップを押して下から抜き出す。新たなグリップを取り出し弾倉に6.5 mm×52 マンリッヒャーカルカノ弾をグリップごと六発装填する。ボルトを押して倒すとこちらを見てまた微笑んだ。

 

「アクィラもちゃんと戦います。ついて行くだけじゃなくて、戦います。涙が枯れるまで悲しんだからもう大丈夫。今はただ、一緒に提督を救うだけです」

 

先程までとは違い、しっかりとした目で私を見てきた。サラトガのせいで何か吹っ切れたのかもしれない。

 

「……今度」

「繋がった! グラーフ!」

 

口を開いた瞬間、陽炎からの通信が突如繋がった。私は突然のことに一瞬固まるが、繋がったという事実の重要さに押され直ぐに返信する。

 

「陽炎、提督は無事か? 今までどうしていたんだ」

「無事! 不知火も大丈夫、……っとシェルターWには」

「ああ、さっき行ったぞ」

「なら伝言は見たね。今私達と提督は通信のため地下道を抜けてシェルターW2まで退避したけど追撃を受けている。まだなんとかなってるけど正直ジリ貧なの 。こっちに来れる?」

「ちょっと待て、それはどこだ」

「新設の代用設備! 」

「そこか」

「30分なら持つけどそれ以上はきつい。っく……」

 

響き渡る銃声を聞きつつ頭の中で必死に代用設備へ向かうルートを辿る。

それなりに離れている上、地下道を通らない限り線路を横断しないと行けないのが怖いところだ。地下道を通るか地上を通っていくか。私が知っている範囲だと地上を通った方が確実に早い。しかし地下道を通った方が安全だ。多少無理してでも速さを取るべきだと直感が囁いた。

 

「わかった。今射撃場にアクィラ、サラトガ、ロシア勢とともにいるから六人でそちらに向かう」

「りょーかい。なら……提督? わかった。少し提督に代わるわよ」

 

みんなに伝えるため階段を降り始めた私は足を止め少し戸惑う。確実に言い難いことを聞かれるそう思から。私は切ろうと考えた声に出そうとするが陽炎は返事を待たず提督に代わった。

 

「グラーフ、無事でいて嬉しいよ」

「提督……」

「一つ聞きたいんだけど、ほかのみんなは大丈夫?」

 

ドスンと深海棲艦機の急降下爆撃を喰らったような衝撃を心で感じる。やはり来てしまったか……。私達を人間と同じように扱ってくれる優しい提督なら聞いてくると覚悟していた。本当のことを言おうとも。しかし……。

 

「大丈夫だ。私の仲間を傷つける者は誰であれ許さない」

「はぁ、よかった。グラーフ、よろしくね」

「ああ、待っていてくれ」

 

じゃあね、といい提督は通信を陽炎と変わった。既に私のレポートを読んだであろう陽炎に言うことはないかと私は思考を巡らす。少しでも気を逸らさないと。

 

「グラーフ、期待して待っているからね」

「待って、一つ聞かせてくれ。ふと、思ったんだが提督以外の司令部要員はどうしたんだ」

「死体は見てないけど提督補佐官(参謀長)は多分死んだ。他は……」

「多分?」

「レポート読んで」

 

敵を殴られたのを遠くで見ただけか……残虐非道な敵に囚われては軍人とはいえ長くは持たないだろう。

 

「読んだ」

「質問は後で、ちょっとやばい。……提督に本当のこと後で言ってね。じゃあ」

 

陽炎の追い打ちで舌がもつれ返事はできない。心の中で後悔の念が渦巻いている。何故正直に言えなかった、何故後で苦しむとわかっていて言わなかった。失望されるのが怖い、彼女が悲しむのを少しでも遅らせたい。所詮一時しのぎだと頭では理解している。

 

「グラーフ、なんで」

「やめてくれ。それ以上は言わないでくれ。分かっている、理解はしているんだ……」

 

アクィラの目を見れない私は手を上げて彼女を止めた。またあの甘い匂いを嗅いだら私は耐えきれない。逃げるように階段を降りていく。

結局二人とも口を開かないまま、みんながいる射撃場一階の休憩室に辿り着く。全員が自身の得物を握り、私の命令を待っている。私は後悔などしていないかのように、いつも通りに振舞った。

 

「先程、提督達との通信が回復して救援を求められた。提督達は今新設の代用設備にいる」

「それはどこにあるんだ?」

「鎮守府北西にある最近増設された海軍予備司令設備がある建物だ。万が一、横須賀と市ヶ谷が使えなくなった時のために関東、中部、東北南東部に置ける指揮の代替設備のひとつとして、鎮守府内に乗り入れている貨物駅そばに作られた」

 

ああ、そこかとヴェルとタシュケントは言うがガングートとサラトガはしっくり来てないようだ。仕方ないので休憩室内にあった基地の航空写真を見せて説明する。

 

「この空き地に建てられた建物だ。正直、陽炎から30分以内に来てと言われ時間がないため多少危険だが地上を駆け抜ける。ルートは適宜判断するためこれ以上の説明は無いが質問はあるか?」

「提督の救援と、艦娘の保護とどっちが優先かしら?」

「……救援だな。私達の代用は効いても戦略家の代用は効かない」

 

サラトガは私の言葉に満足げに頷く。他に質問がないかと見渡すと全員が、アクィラも含めて決意に満ち溢れて目をしていた。救うという使命と嘘を付いてしまい会いたくないという感情に私は揺さぶられるが会いたくない感情を底にしまい、表情を取り繕う。

 

「それじゃあ、準備はいいか。では」

「ちょっと待って、なにか聞こえる」

 

ヴェルが口に人差し指を当て耳を澄ませていた。口を開こうとしたガングートを右手で抑えヴェルをじっと見る。

 

「プロペラ音、多分複数だ。」

「ヘリか?」

「ん……ブラックホーク系列では無いね。聞き覚えはあるけど」

 

援軍だといいけど、とヴェルが呟く。援軍だとしてもまた対空ミサイルで迎撃されないといいが。

 

「聞き覚えだと? 艦娘の艦載機か?」

「いや、違うね同志ガングート。それよりも重い。どこで聞いたか……」

 

ヴェルが目を細め記憶を辿っている。時計を見て私は決断するとヴェルに声を掛ける。

 

「時間が惜しい、外に出て進みながら確認しよう」

「……ああ。そのうち見えるだろうしね」

 

仕方ないと言いたげにヴェルはため息をついた。

急ぎ外に出ようと扉が開けなたれている玄関に行くとプロペラの音が聞こえた。これは……確かに聞き覚えがあるな。ああ、あの機体か。

 

「これってMV-22じゃないか? 最近陸軍だけじゃなくて海軍にも多く回ってきた機種だ」

「Ospreyなら最近、この基地に物資輸送で何度か来てたのを見たわよ」

「なら、その時に聞いたのかな」

 

部品の生産ラインや政治的問題で海軍には極小数しか配備されてなかったが米国との海上航路安定化に伴い多数導入されたはずだ。しかし何故……。

考えながら上半身だけを晒して射撃場の外を確認するとやや遠くに敵が数人見えた。ここからまっすぐ伸びる道の突き当たりで5.56x45mm NATO弾では有効打が出ない距離にいる。しかしながら、こっちを見ていたのか89式小銃を持っている奴らは撃ってきた。

 

「何を馬鹿なことを……」

「無駄だね」

 

私が何も言わなくてもヴェルが外に躍り出て片膝をつき膝射を行う。アクィラがカルカノを操り一人倒した。

 

「アイアンサイトなのによく当てたな」

「グラーフに自慢できると思って頑張りました〜」

 

なら私も負けていられないなと、仲間の死体に伏せ隠れて被弾を避けようとする敵に狙いを付けた。うまいこと死体が重なったことを利用し隙間から銃身だけを出して撃ってきている。やつの頭がどこにあるか、どこを狙いば一発で致命傷を与えられるかを瞬時に計算し、微妙に狙いを修正して引き金を引く。7.62x51mm NATO弾がその豊富なエネルギーを使い死体をぶち抜き生きている敵に命中する。ここからだとどうなったかよく見えないが、死体の奥から大量の血飛沫が上がったあたり致命傷を負わせたかもしれない。発砲音が聞こえなくなりプロペラ音がさらに大きく聞こえるようになった。

 

「どうだ?」

「ちょっと待って」

 

ヴェルがSVDを背中に吊しその身軽な体を活かして雨樋を掴み玄関の軒庇にスルスルと登っていく。飾り気のないコンクリート製の軒庇の上に伏せるとSVDを構えてスコープを覗いている。

 

「前方の敵……隠れていた敵は首が切れている。ほかの敵も死んでいるようだ」

「わかった。それじゃあ」

 

私の声をかき消すように轟音が流れてきた。急に流れてきた轟音、いやプロペラ音の音源のへと首を向ける。MV-22三機が陸側のここから二キロメートルと離れていない場所に佇んでいる。違う、こっちに向かってきている。逆光でよく見えないため私は急ぎスコープを覗き込んで確認する。

 

「多分海軍のMV-22だ、洋上迷彩を施されている」

「となると援軍か? 通信も寄越さずに?」

「同志ガングート、多分接近がバレるのを伏せたかったんじゃないかな」

「んー、友軍とはいえここまで近かったら発光信号とかで通信をすると思います」

 

先に進まねばならないが、不可解なMV-22を一応観察するとV字編隊の正面機下部からなにか棒のようなものが飛び出しているように見えた。固定翼モードで接近するMV-22が翼がもげるかと思えるぐらいの速度で翼の角度を変え、機種を上に上げて急速に減速する。正面機下部から出ている棒が機体の影から出て陽の光にあたり鈍く輝く。

そこが若干、瞬いたかと思うと赤い豪雨が爆音とともに射撃場玄関へと降り注いできた。

 

「ひっ」

 

誰かの悲鳴が聞こえる中、軒庇の下にいた私は必死に身を捩り射撃場の中へと飛び込んだ。焦げ臭い匂いと爆音、飛び散るコンクリート破片に床に身を打ち付けた衝撃で意識が朦朧となるが、霞む目が死の雨がこっちに迫ってくるのを捉えた。

動きの鈍い体に鞭をうち必死に動かす。あれに囚われれば待っているのは死だ。まだ、死にたくない。私は深海棲艦を相手取った時にも感じなかったほどの恐怖を目の当たりにし少しでも奥に向かおうとして閉まっている扉に頭からぶつかり、倒れた。ガラガラとコンクリートが崩壊する音が聞こえる中、痛みで頭を擦る。すると、指が引っかかり手を離すと手に帽子がくっついていた。よく動かない頭を動かし確認すると帽子に開いた銃痕に指が入っていただけだった。

銃痕……。途端に頭の中が晴れハッとして頭に傷がないことを確かめ首を後ろに向ける。雨は止んでいた。コンクリートはひび割れ僅かに残っていた窓ガラスが四散している。ほかのみんなも廊下に逃げ込んだり別の扉から顔だけを出して様子を伺っている。

 

「収まった……」

 

MV-22のエンジン音だけが聞こえるこの場にサラトガの安堵が響いた。私はよろよろと立ち上がると、倒れた時に手を離し床に落ちたHK417のハンドグリップを手に取る。するとフレームが機関部ごとトリガーの上あたりで割れる。

……冗談だろ? 驚きのあまり少し固まってしまう。裏返してみるとロアレシーバーのプラスチックと顕になった機関部の金属に銃弾が擦った跡がついている。腕からから力が抜け折れたHK417が下を向くと内部から部品がいくつも落ちてきた。

愛銃が……。予想外の出来事に血痕が着いている左手を顔に当てる。

 

「おい、ちょっと待て」

 

ガングートの荒々しい声が聞こえ私は顔を上げる。タシュケントとともに焦った表情をしていた。何故、と呑気なことを考えていると現実に引き戻される。

 

「同志ちっこいのが見当たらない!」

 

 

 




Q救いは無いんですか
A(ないことはいけど暫くは)ないです
個人的にはグラーフには苦しんで欲しいというか幸せになって欲しいんだけど、地獄のような苦を味わって欲しいというか。嫁の金剛とはこれまた違った愛情?を持っています。
数話グラーフ視点が続きます。彼女の精神が耐えきれるかどうかは……お楽しみに


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北の艦娘の生き様

グラーフ「心がしんどい」
ガングート「同志ちっこいのの霊圧が消えた……?」



「同志ちっこいのが見当たらない!」

「なに!」

 

慌ててあたりを見回すが特徴的なヴェールヌイの白髪とSVDの長い銃身がどこにも見えない。銃撃を受ける前、ヴェルはどこ、に……まさか。

同じ結論に至ったのだろう。ガングートが震える足で歩き出し掃射を受け荒れた軒庇へと向かっていく。私は彼女を追いほぼほぼ確実な現実を確かめようとする。

軒庇や玄関の崩れ落ちた部分の破片を避けて歩くと瓦礫に隠れて見えなかった血がべったりと付着した破片がポツポツと落ちていた。風がこちらに流れ込んできて硝煙で麻痺した鼻に気づかせるほどの血の匂いが私達を覆う。天井が二階から崩れてトーチカのようになったところを避けて軒庇の瓦礫に目をやると、それは真紅に染め上げられていた

 

「同志! 同志ヴェールヌイ!」

 

そんな……。憤怒と悲哀が私の心を埋めつくし足を止めた。ガングートが駆け寄り赤い瓦礫に山に登る。PKPを置き何かを見つけたのだろう、跪いて手袋や手が切れるのにも関わらず瓦礫の山をかき分けていく。私はSVDの歪んだ銃身が瓦礫の山から突き出ているのを見つけ引っこ抜くとマガジンから銃床にかけてが無くなっていた。

ガングートが掘り出した穴の中を見て動きを止め項垂れる。黒い手袋は真っ赤に染まり切れた布地の隙間から傷口が顔を出す。近寄って穴を覗こうとすると赤く彩られた白髪が出ているのが見えた。ガングートが見たものを見たくない、見てはいけないと私の理性が言い、本能がここから逃げろと伝えてきた。

いつの間にか、私の後ろに来ていた三人が肩越しにこの惨状を見てしまう。少しでも押し留めて見せないようにと今更ながら考えたが、手遅れだ。中でもタシュケントが泣きそうな顔になりゆっくりっと自身の帽子を掴んで真下に投げ捨てる。

ガングート、外の方に目をやると基地上空を旋回していた一機のMV-22が、先程銃撃してきた機体とは違う機体が射撃場目の前の通りに向けて着陸しようとアプローチしていた。

 

「なあ、ガングート……」

……んぞ

「え?」

許さんぞ貴様ら!

 

ガングートが立ち上がり血濡れた手でPKPを掴む。彼女の戦艦にしては小さい身体から湯気のようなものを幻視する。やめてくれ、憎悪に飲まれないでくれ……。

 

「やめろ、落ち着いてくれ……ガングート」

「黙れ! 同志ヴェールヌイを殺されて、落ち着けと? 粛清されたいのか!」

 

背の小さい彼女が私の前に移り、襟元を左手で掴みかかってきた。金色の瞳が憎悪の闇と復讐の炎に囚われている。白いシャツに彼女の血が染み込んで、染め上げていく。彼女の手首を握りその手を外そうと握っていたHK417の残骸を落として握るが力を込めてもビクともしない。機関出力という面、艦娘の筋力という面でも私の方がパワーがあるはずなのに。*1目を合わせると私の装甲を貫通されそうな鋭い視線を投げかけて来る。そんな目で見ないでくれ……。それに耐えきれず、目を逸らす。すると、ガングートは私から手を離し舌打ちをする。俯いて立ち尽くす私にアクィラが寄り添ってくるが、彼女から感じる筈の温もりはどこか距離を感じた。

射撃場前の道にMV-22が機首をこちらに向け着陸する。距離は三百と離れていない。PKPをしっかりと握ったガングートがそれに反応して駆け出し、AK-74を腰に据えたタシュケントが付随する。

 

「ま、待て」

「色ボケでもして可笑しくなったのか! 貴様はさっさと提督の救援でも行ってろ!」

「ごめんね、同志。これだけはしないと行けないんだ」

 

止めようと伸ばした腕は空を掴み、虚しく振り下ろす。二人に、特にガングートに反論の言葉を投げつけたかったが、何も出てこない。サラトガが止めに行こうと足を動かすが、私はそれを止めた。

 

「無駄だ……どうせ止められるわけがない」

「Why? どうして!」

「目だ、あの目をしたガングートは止められない……何も出来ないんだ」

「ただ、見てろっていうの? サラはそれでもできると思ったことをするわ!」

 

若干私の言葉を誤解したようで、訂正しようとしたがサラトガは動き出す。瓦礫の影で止まると今の今まで背負っていたアイオワのSCAR-Hを構え、三倍ブースターをセットしMV-22に向けて射撃を始めた。この距離からじゃあ大して被害を与えられないが後部ハッチから出ようとした敵が怯むのが見える。

アクィラがカルカノを構え、狙っていた。私のP90は有効射程外だが……。何もしないのは流石に不味い。

 

「Ура!」

「雑魚どもが、消えろ!」

 

タシュケントが叫び、走りながら腰だめ射撃を行う。ガングートが罵声を掛けPKPをMV-22のコックピットやハッチを狙う。耐えかねたのかMV-22の影から敵が顔を出し、5.56mm系の軽い射撃音と7.62mmか? ちょっと重い射撃音を出してくる。迂闊に顔を出した敵をカルカノM1891とSCAR-Hが吹き飛ばす。この距離だとP90は有効射程だが理論的には届かせることはできる。私もよくやる砲戦の応用に近い。フルメタルジャケット(FMJ)弾であるSS190弾の弾道を脳内で思い浮かべ300メートル先に届かせるための角度をシミュレートする。予想される角度を腕を僅かに動かして作り出し、セレクターを連射にしてバラ撒いた。反動を利用することでいい感じに弾が散らばって落ちるはずだが……。予想通りにMV-22の左メインローター付近に多数の火花が飛んだ。

 

「よし……」

 

引き金を思いっきり引いてマガジンが空になるまで撃つ。数秒ほど敵が顔を出さなくなり、射撃に臆したのかMV-22が離陸しようとローターの回転数を上げた。それを見逃さずガングートがPKPの射線を左ローターの軸へと向けて走りながら乱射しする。サラトガとアクィラもそこを狙い私とタシュケントは出てこようとする敵を狙った。突如、左ローターの回転数が落ちて少し白煙が上っていく。突撃する二人の距離がMV-22から五十メートル程になると、逃げられないと察した敵が側面ハッチや後部ハッチから飛び出してきた。

 

「Умереть!」

 

ガングートが狙いを左から出てきた敵に定める。7.62x54R弾の射撃に絡め取られた敵が弾け、掠っただけでも倒れる。側面ハッチから出てきた操縦手はその足が地面に着く前に蜂の巣にされ亡骸が落ちていく。比較的小柄な身体と機動力を生かしてタシュケントがMV-22に張り付くと操縦席の窓を叩き割り、そこにAK-74を突っ込んで撃つ。ここから見えるほどMV-22の機内が赤くなり銃声がピタリとやんだ。歪んだACOGサイトを拾い上げ見にくいが、ガングート達を見る。ガングートが自ら仕留めた操縦手の元に行くと足で転がして顔を見ていた。

 

「ふん、他愛もない。もっと殺りごたえのある敵を」

 

通信越しに銃声が聞こえたかとガングートから血が上がり、今度は銃声が私の耳に直に聞こえた。彼女は右を向いてここから見えない位置を狙い撃つ。

 

「同志!」

「大丈夫だ。ちぃ、死にやがれ!」

 

タシュケントが援護に入る。私は居ても立ってもいられず、支援のために駆け出したくなる。だが、ガングートには提督の救援に行けとも言われた。大丈夫だ、まだ、時間はある。今から助けに行き地上を突っ切って行けば、それまで陽炎と不知火が耐えてくれればなんとかなるはずだ。……そういえば残りのMV-22二機はどこへ着陸したんだろうか。まさか提督がいる場所へ……? たとえ私だけでも行ってやる、そう思いアクィラとサラトガに声をかけようと思いスコープから顔を離す。

 

「アクィラ、サラトガ。正直、提督達が無事か不安だ。私だけでも先に行こうかと」

 

再び耳を劈くような、耳を抑えたくなるほどの多数の銃声。急いでスコープを覗きガングート達がいる方を見ると、白と赤が混ざったものが飛んで……。

 

「ガングート!」

 

彼女の腕が片方無くなっていた。PKPを右手だけで押さえ込み敵が来た方向であるここから見えない建物の影に射撃を行うが、銃身が反動でブレている。タシュケントが通信を繋がず何かを叫びMV-22の中に入っていく。

 

「ガングート、今助けに行くわ。だから」

「五月蝿い、貴様ら全員提督の元へ行け。私のことは構うな、行け!」

 

怒鳴り声を上げPKPを撃ちながらよろよろと射撃された方へと歩き出した。あんな状態で行けと言われても……。涙ぐむアクィラに行こうと服を引っ張られるが目線を彼女から外せなかった。焦燥感と無力感が足を固定する。

銃撃の最中を縫うように彼女はふらつきながら歩いて行く。PKPやタシュケントのAK-74の射撃の効果かどうかは知らないが、敵の弾は疎らで避けて行っているようにも見えた。通信を繋いだままのガングートが何かボソボソと呟くのが聞こえる。

 

「これは……ソ連国歌?」

 

小さく、耳を済ませないと聞こえないが歌声はどこか力強い。矛盾した感想を抱き、スコープから目を離すと横にいやアクィラも同じ困惑した顔をしていた。目線を戻すとガングートの体から血が吹き出す。一瞬だけ倒れそうになるが建て直した。PKPの残弾が切れたのかそれを捨て、ナガンM1895に持ち替え照準することすらままならなくなった腕で撃つ。身体から先程よりも大きな血飛沫が上がり、歌声が一瞬だけ止まる。それでもなお彼女は歌い続け前に進んでいく。

 

「なぜ、どうして歌い続けているの……」

「ああ……」

ヴェールヌイ(不死鳥)の精神でも乗り移ったのかしら」

 

サラトガが彼女らしくないことを言った。私はそれを否定したかったが、今のガングートは不死鳥じみたものを感じる。彼女が力を込めて祖国を讃える歌詞を言った瞬間足を撃ち抜かれて倒れた。何処かから聞こえるタシュケントの叫び声、ガングートがリボルバーの残弾を全て放つ音が聞こえる。ここからでは見にくいが、ガングートはまだ前に進もうとする。恐らく、右手と撃ち抜かれなかった方の足を使い這っているだろう。次のフレーズをガングートがか細く歌い始めると倒れた彼女に銃弾が集中した。肉が裂け骨が折れる嫌な音が聞こえ、泣きそうになる。

だが、銃声が収まると死んだかと思ったガングートは声にすら、今にも絶えそうな呼吸音だけでまだ歌っていた。もう、いい。よしてくれ……。

まだ僅かに動いていたガングートを確実に殺すため敵は撃つが、意図してかは知らず彼女の脳天を吹き飛ばす。通信が断線したような音を上げ何も聞こえなくなる。

アクィラが息を飲み、サラトガは渋い表情を浮かべる。私は……私は一体どんな顔をしているんだ? あの最後を見たというのに、僅か数分のうちに二人も友人を失ったのに自分のココロがよくわからない。復讐を望んでいるのは確かなんだが、それをやりたくないという感情もある。呆然と、ガングートの遺骸を見つめていると五百メートル程離れた建物の影から敵がぞろぞろと多数出てきた。

サラトガがガングートの仇を取ろうとSCRAの三倍ドットサイトにマグニファイアを除き混んだが何故か撃たなかった。ただの敵だろう?

 

「グラーフ、見て」

「なにが……っこれは」

 

サラトガがSCARを渡してスコープを覗けと言ってきた。熊野が言ってた日本陸軍の制服を来た敵だ。南方軍、海軍基地展開支援のために送られた部隊の迷彩服を来ている。これまで相手取った民兵擬きのような乱雑さは感じられず規律の取れた軍隊だ。少なくとも奴らはリシュリュー隊を制圧している。と考えこちらかは手を出すなと言う。

異常を察したアクィラがこちらを見ていたので、ACOGサイトを渡した。鷹のように目のいい彼女は四倍スコープでも誰が相手かわかったようだ。不安そうな顔をしている。

 

「……地下から行けば提督の元に行けるかしら」

「ん、ああ、行けないことはないが……敵が少しでも地理に明るいと直ぐにバレるぞ。射撃場は基地の端っこだから行き先は自然と限られる」

 

一瞬サラトガが誰に向かって言ったのかわからなかった。まだ補足されていないのか撃ってこないが、敵はこちらの存在をさっき撃っていたから知っているだろう。地図を脳内に浮かび上がらせ、どうにかして敵を引き連れずに提督の元へ行くルートを考えるがどのルートも上手くいく手筈が思いつかない。

一番魅力的な地下を通ればバレにくいが逃げ場がない。地上は論外だ。目を逸らすことが出来れば行けるか?

そんなことを考え何か使える隙などはないかと、借りたままのSCARで周囲を見渡すと先程から姿が見えなかったからてっきり逃げたかと思い込んでいたタシュケントがまだMV-22の中にいたのが見えた。

 

「おい、タシュケントがまだ残ってるぞ」

「え、どこ。……居た、なんで逃げなかったのかしら。ガングートが腕を撃たれてから彼女、撃ってないよね?」

「ああ……ああ、確かそうだ。逃げ遅れた、にしては様子が違うな」

 

私は彼女に通信のコールを飛ばす、が繋ごうとも切ろうともしない。サラトガも同じようにコールをするが、結果は同じだった。

見られていることに気がついたのかタシュケントはこちらに笑顔で手を振ってきた。嫌な予感がする、当たって欲しくない予感が。彼女は手信号で先に行けと行ってくる。足止めを行うとも。

タシュケント、君まで死ななくていいんだ……。彼女の手の中には敵から取ったのか攻撃手榴弾が一個握られている。さらに言えば私たちの銃撃や流れ弾で穴だらけのMV-22からは燃料が漏れ出てている。敵はMV-22を警戒しつつこちらを見ながら向かってくる。位置関係の問題で徐々にMV-22に近づきながら。綺麗なソ連式敬礼をすると駆逐艦にしては大柄な体を器用に曲げて機内に消えていった。

 

「ねえ、タシュケントは自爆する気なのかしら」

 

アクィラが呟く。否定したいという思いにかられるが、事実は事実だ。

 

「私はそうだと思う。ああ、なんでそこで逃げたりやり過ごそうとしないんだ」

「グラーフ。貴女の目の前でビスマルク、レーベかマックスが死んで自分だけが生きているって言うことに耐えきれる? 私はアイオワを失った今、死んでもいいと思っている」

「それは……」

「そういうことよ」

 

私がもっと上手く指揮出来たら、私がもっと射撃が上手かったらこんなことにはならなかったかもしれない。非情な現実を変えるだけの力があれば……。

指揮下の艦娘を失ったのはこれが初めてではないが、人間に銃を向けられて失うのは初めてだ。こうも、共に戦い、守り守られてきた存在に裏切られるのが辛いとは。

 

「グラーフ、提督の元に行きましょう? 言い難いけどここにいても時間の無駄になるわよ? 貴方しか地下の迷宮のこと知らないんだから」

「ああ、そんな事はわかってはいる。だが、何も出来ないからと見逃してはいけないと思うんだ。タシュケントを一人で死なせたくない、それが私が今できる唯一の餞なんだ……」

 

確かに提督の救援に向かうのが重要だ、今決断すれば直ぐに向かうことが出来る。タシュケントが自爆すれば敵が混乱して時間が稼げる。サラトガは私が成すべきことをしっかりと理解しているんだ。なのに私といえば……。成すべきことを理解していても体が動かない。

流石に嫌気がさしたのかそんな私にアクィラが左に寄り添ってくる。顔を掴まれてアクィラと目が合い、逸らした。彼女の顔を見たくない、そう思って目元を覆った。

 

「グラーフ、グラーフ・ツェッペリン。しっかりして、らしくないですよ」

ああ

「秘書艦代理として、グラーフとして提督を救いたいんじゃないですか?」

ああ

「アクィラ達は地下の詳細はよくわからないので案内してもらわないといけないんですよ。だから、行きましょ?」

「ああ」

「もお、グラーフ! しっかりしてください。アクィラだって仲間を失った上、今度は同郷の友人の避けられない死を目前にして泣きそうなんです!」

ああ

「お願いだから、グラーフ、今、この瞬間、提督の元へ救援に向かうと決断して!」

ああ、そんなことはわかっている!

 

私の中で何か切れた。煮え滾る激流が体中を巡りアクィラを突き飛ばして私を立ち上がらせた。

 

「私だって成すべきで、それを成すための過程もしっかりと分かっている! 秘書艦代理として、航空母艦グラーフ・ツェッペリンとしてな!」

 

提督の元へ向かうことが最優先だということも!

左手で胸を叩きアクィラを睨みつけ、苦い顔をしたサラトガも睨みつける。

 

「一応、まだ時間はある! タシュケントへのせめてもの謝罪として私は彼女の最後をこの目に収めたい! 先に逝ってしまったガングートとヴェールヌイの為にも!」

「それで提督が救えなくてもいいの? 今すぐ行くべきよ」

「だからって」

 

私が左手を大きく振った時ピシャという

何かが当たった音と、手の甲にジーンとした痛みを感じた。目の前にいるサラトガが唖然とし黙り込んでいる。針ひとつ落としただけでも爆音のように響きそうな状況になり、私は左側にいたアクィラへと、予想を否定しながら恐る恐る目を向けた。

アクィラが目に涙を浮かべ尻餅をついていた。彼女の右頬は赤くなり、とても怯えた表情をしている。……なんてことをしてしまったんだ。最悪だ。

途端に私の体の中を巡っていた激流が霧散し鉛が詰め込まれる。立ち上がらせた力が消えたことで膝から崩れ落ちる。大して考えることも出来ず私はアクィラに抱きつきただただ

 

「すまない……すまない……」

 

と呟いた。自分でやったことに嫌悪感を抱き死にたくなる。口の中に塩の味を感じて私は初めて自らが泣いていると気づいた。嫌われたかもしれない、許してもらえないかもしれないと考えてしまう。恐怖心と罪悪感に押しつぶされそうだ。

アクィラが動き片腕を私の腕の中から出した、と思うと私の帽子を外した。叩かれると思い身構えると優しく頭を撫でられた。

 

「いたた、ちょっとグラーフ、そんなに締めないで下さい」

「っ、すまない」

 

離れようとするが今度は逆にアクィラに抱きしめられた。彼女は私の耳元に口を寄せると穏やかに呟く。

 

「よしよし、グラーフ大丈夫ですよ。ちょっと怒った貴女が怖かっただけです」

「ほんとうか?」

 

私は顔を上げアクィラの顔を見つめる。彼女の表情はいつも程ではないが優しさを感じる表情だ。また頭を撫でられ擽ったくなり片目を閉じる。

 

「こういう時は嘘をつかないんですよ」

 

ふと、彼女の瞳の奥が陰ったような、暗い雰囲気を醸し出した気がした。柔らかな表情、柔らかな声、柔らかそうに見える瞳。これが全て私を落ち着かせるため無理に演じているとすれば……。そう考えると自分がとても情けない奴に思えてきた。感情を爆発させたかと思えばアクィラをぶってしまい、挙句の果てに彼女に慰められる。

目を合わせるのが辛くなって私はアクィラに取られた帽子を取り返して彼女に被せた。嫌なものを見せないために。私だって多少の演技はできる。

 

「アクィラ……その……ありがとう」

「いいんですよ」

 

帽子取ろうとしていたが押し付けて、立ち上がる。そして直ぐに背中を彼女に向けた。今の顔を見られたくない。いつの間にか、恐くアクィラと抱き合っている最中にSCARを拾ったサラトガがこっちを見ていた。

 

「その、サラトガ、すまない。取り乱してしまって」

「気にしないで、私だってピリピリし過ぎてたわ。誰もが戦友(とも)を失い明日を迎えられるかわからないって言うのに」

 

私なりにケジメはつけたはずなんだけどね、と遠くを見て話す。彼女がSCARの表面をゆっくりと撫でる。血が着いた部分を触ると馴染みじゃないと分からないほど僅かに顔を歪めて目を閉じた。慰めたい、その気持ちを和らげたいと考えるがそんな無意味なことよりもっといい事がある。

 

「サラトガ、アクィラ、行こう。提督の元へ。一分一秒でも早く」

 

私が我慢して演技すれば問題ない。アクィラだってできたんだ、私ができないはずがない。サラトガを安心させるために自信ありげな表情をしてP90を構えた。

 

「ええ、行きましょう。She is ham……

「なんだって?」

「なんでもないわ。早く行きましょう」

 

本当になんて言ったのか気になるんだが……。アクィラに手を貸して引き起こし、彼女を軽く抱きしめる。担いでいるカルカノM1891が邪魔に感じるがそれよりも彼女の温もりを感じれた。最後に一度だけ振り返ってMV-22を見たがタシュケントの姿は見れなかった。敵はこちらを警戒してかゆっくりと迫ってくる。大した戦力も残ってないのに随分と過大評価されているようだ。だが、お陰で時間が稼げている。

 

「さよなら、タシュケント。ヴェールヌイ、ガングートと共に安らかに眠れるよう祈る」

 

 

 

*1
ガングート級戦艦の機関出力は4.2万馬力 一方グラーフ・ツェッペリン級航空母艦は20万馬力




ガングートの死際はもっと上手く描写したかったしアニメ化したいです。最高だろ。エモすぎて書いてて死にそうになる。コサック三人衆はいいですよね。彼女達のせいでソビエト国歌にハマりました。\デェェェン/
ドルフロ経験アップ期間でレベリングと艦これのイベントが重なって原稿の進捗が止まることにはならないよう気をつけます。みんな早く主催以外は原稿だして(白目
ドルフロのVA-11 Hall-Aコラボまでにはこの作品の原稿も完結している……といいなあ。


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気狂い

前回のあらすじ
グラーフ「ガングートとタシュケントまで……クソッタレが。無駄にしないためにもやらればならないことをしなければ」
アクィラ「今はもう、ただただ悲しいです。グラーフが頑張るならついて行きますけど……」
サラトガ「無駄にはしないわ、絶対に。そのためなら猿芝居にも付き合う」



「さよなら、タシュケント。ヴェールヌイ、ガングートと共に安らかに眠れるよう祈る」

 

聞こえないと解っていながら私はそう洩らした。全てが片付いたら鎮魂碑を建てようと考えながら。

私を先頭に射撃場の中を抜けていく。三時間前にはここでワイワイとみんなで射撃を楽しんでいたことを考えると非情な現実が私の頭に満ちてくる。アイオワ、矢矧、雪風、鈴谷、熊野、ウォースパイト。伊401(しおい)U-511(ゆー)。ヴェールヌイ、ガングート。プリンツ・オイゲン(オイゲン)、リシュリュー。笑い合い、共に生き残っていた仲間はみんな、みんな死んでしまったんだ。タシュケントだってもう助からない。私が気を抜けば陽炎や不知火、提督だってしんでしまう。CIWSの掃射で誰が死んだかは確認したくもない。もう少しで対深海棲艦戦役が終わるというところで死んだんだ。私達が戦わなくてもいい時代が来るというのに。このまま揃って終戦を迎えられると思ったのに。できる限り意識していなかったものが急にのしかかってきた。

そこら中に転がっている基地職員や警備隊員、穴だらけだったアイオワ、バラバラで焼け焦げていたウォースパイト、頭が割れた矢矧、処刑された雪風、二人で消えていった鈴熊、ヴェールヌイの鮮血で染まったコンクリート、奇妙な最後を迎えたガングート……。見ていないリシュリューやオイゲン、しおいとゆーの死際まで頭の中に映し出されてしまう。泣きたくなるほど悲しいが、ぐっと堪える。泣き顔を見せるつもりは無い。アクィラはこれを乗り越えてなお、あんな風に振舞ったのか? だとすると……。私は自覚している以上に弱いのかもしれない。

地下へと続くハッチがある部屋に着いた。弾薬庫の先にある部屋で普段は物置部屋として使われている、埃だらけの部屋だ。

 

「このカーペットをどけるぞ」

「手伝います」

 

サラトガが外を警戒して私とアクィラで敷かれていた敷物を丸める。動かす度に埃が舞って、それが灰に思えてさらに気分が悪くなる。顔には自信ありげな表情しか出さないよう努めているが、それが崩れそうになりくしゃみの振りで誤魔化した。実際、今アクィラがくしゃみをしたから上手くいった気がする。敷物をどけるとさびた金属製のマンホールが露わになる。本当にただの円盤を被せてあるだけで掴むところがないため、部屋の中にあったバールを使い蓋を動かすと気分が紛れるほど酷い匂いがしてきた。梯子が見えたがこういう状況でなければ触りたくない。

 

「本当にここにはいるんですか?」

 

適当な棒を使って蓋を外したらアクィラにそう言われる。

 

「ああ、そうだ。そこにあったライトはどうしようもないからつけて行くが嗅覚を鈍らせるなよ。嗅ぎたくないのは重々承知しているが硝煙の臭いや人の匂いを漏らすのはよくない」

「わかってますよ……多分」

 

艦娘が自身の感覚をある程度弄れることいいことに既に嗅覚を鈍らせていそうだが、追求する気のない私は溜息をついた。しかし私は聴覚の感度を上げているのに銃声も爆発音も聞こえないのが奇妙に感じる。こう思うのは侮辱しているようで不快だがタシュケントにはまだ銃弾はまだあるはずだ。室内に戻ってから既に数十秒は経過している。敵の前進速度もそこまで遅すぎるという訳ではなかったはずだが……。

これは考えても仕方ないので降りる前にP90にしっかりと装弾されていることを確認し扱いにくかったためスリングベルトを少し長めにした。部屋内にあった電池とフラッシュライトを組み合わせしっかりとつくことを確認する。

 

「よし、降り」

「ん、グラーフ。足音複数。多分裏口から射撃場に入ったわ」

 

裏口だと? まさか敵が回り込んできたのか。タシュケントは一体何を──彼女から通信だ。

 

「タシュケント、どうしたんだ」

「ごめん、同志グラーフ。できなかったよ」

「一体何が」

 

大きな爆発音が振動とともに響いてきた。室内の埃が舞う程だ。窓があったら小さいキノコ雲のようなものが見えたかもしれない。当然ながら通信は切れている。

 

「Scheisse!」

 

タシュケントが……。できなかったとは一体……。響いていた爆発音が収まると私の耳にもハッキリと足音が聞こえてきた。今、射撃場内で私達を探しているようだ。扉を蹴破る音や手榴弾の爆発音が偶に混じっている。

 

「ちぃ。これじゃあ、タシュケントの死は無駄に」

「サラトガ、言わないでくれ。わかっているから」

「グラーフ、こんなんじゃあやり切れないわ。どうかしないと」

「私だって、どうにかタシュケントとガングートの死を無駄にしたくないんだ。……ああ、もう。感傷に浸ってる場合じゃない。私が先に行く」

 

よくわからないもので覆われた汚れた梯子を一段ずつ滑らないよう慎重に降りていく。五メートル下まで降り足元に何もないことを確認してから手を離した。直径二メートル以上はありそうなコンクリート製の地下通路に着地音が響く。底面は通路と枯れた水路があり音に驚いたネズミが這いずり回った。ライトをつけて前後の安全を確認しアクィラに降りてくるよう合図する。アクィラが梯子を下る音をBGMにもう一度代用施設に行くルートを確認する。走れば十分で行けるが、陽炎から通信が来てから既に十五分経った。あと十五分、妨害を受ける可能性を考えるとそんなに余裕がない。

降りてきたアクィラを受け止める。被せたままの彼女の帽子がズレたため直す。上を見上げてサラトガにも降りてくるよう声を上げる。彼女の白いスカートが見え毅然とした表情が見えた。中身を見る気にはならなかっため目線を逸らす。

ダダン、と小銃の連射音が聞こえ顔を上げると液体が顔にかかり影が落ちてきた。顔より遅れてきた手元のライトがそれを照らす──。

 

「サラトガ!」

 

ライトを捨て両手を広げしっかりと地面を踏みしめた。彼女は縦穴の壁に体をぶつけながら落ちている。腰を少し落として……受け止める!

 

「ぐぁ!」

「きゃ!」

 

手だけでは彼女の体を受け止めることができなかった。尻もちをついて横たわり彼女の体が私の上にうつ伏せで乗る。衝撃を結構くらった私よりもサラトガが先に立とうとしていたが、立てなかった。

 

「大丈夫か……っ」

 

生暖かさを感じて顔を上げると彼女の白いスカートが真っ赤に染っていた。彼女を私の体から降ろして仰向けにスカートを捲ると、両足が撃ち抜かれていた。

 

「クソッタレが……」

「危ない!」

 

アクィラがマテバオートリボルバーを抜き上に向けた。つられて見上げると銃身が見える。慌ててサラトガを引きずりながらFiveseveNを引き抜いてやたらめったら撃つ。私達を捕まえようと思わない限りここに手榴弾を投げれば一発で片付くだろう。アクィラも撃つがいかんせんオートリボルバーは装弾数が少ない。.454カスール弾を直ぐに撃ち切ってしまい、アクィラはシリンダーを倒して装填に入るがFiveseveNだけの牽制になると少々心許なかった。再び銃身が見え撃たれると思った時、サラトガが右手をガバメント(M1911A1)を持った手を上げ撃ち始めた。.45ACP弾を恐れたのか銃身が引っ込んだ。その隙にアクィラが装填を終え再び撃ち切るがその時にはサラトガを物影まで引っ張りいれることが出来ていた。引きずったことで出来た血糊が彼女の傷の深さを現している。早く治療しないと……。アクィラが上を見ているのを確認して応急処置を行う。バケツという便利な回復薬はないのでサラトガ自身がどこかから拾ってきたファーストエイドキットを受け取り止血帯と包帯を取り出す。彼女の元に跪いて止血帯を押し当て、包帯を強く手早く巻き、最後にモルヒネを打つか尋ねる。

 

「サラトガ、モルヒネはどうする?」

「……お願い」

「分かった」

 

彼女の左腕の袖を捲り静脈注射を行う。透明な液体が彼女の中に吸い込まれる。これで彼女の苦痛が和らいでくれるはずだ。このまま置いて行く訳にも行かず私が背負おうとすると差し出した手が払いのけられた。

 

「貴女を置いていく訳には」

「グラーフ。サラを背負っていくと時間がかかりすぎるわ。あとから行くから先に行って」

「その足でか?」

「ええ、そうよ。折れても、這ってでもそっちに行くから先に行って提督を助けてあげて」

 

私の直感が、いや理性でもサラトガは嘘をついていると言っている。私やアクィラと一緒で演技をしていると。今ここで嘘つき呼ばわりして彼女を背負っていくのは簡単だ。だが……。

 

「……お願い、行って」

 

提督の元に十五分で着けなくなる選択をする事はできない。彼女を背負えば確実に間に合わない。そして、ここに置いて行けばどうなるかは……。だから、だから私は嘘に嘘を重ねる。

 

「了解した。提督を救ったら必ずバケツを持って助けに来る。それまで生き残ってくれよ」

「Off course。アイオワの弔いだってまだちゃんとやってないし、そうそう死ねないわ」

 

足を撃ち抜かれていたなお彼女はいつもの明るさで振舞った。なら、それ相当に対応することが一番彼女のためになるはずだ。目から溢れそうになる涙を堪えて右手で顔を拭う。アクィラに帽子を渡したのは失敗だったかもしれない。これ以上サラトガを見ていられず立ち上がって上を向いた。どうして、こうなってしまったんだ……畜生。コンクリート越しに地上にいるであろう敵を睨み、頭の中でここを去る踏ん切りをつける。心はここに残りたがっているが時間があまり無い。サラトガがアクィラを呼んだのでP90を構えアクィラと警戒を少しだけ代わると彼女はサラトガの元へ行く。幸いにも敵は手榴弾を使い切ったのか何もしてこない。流石に捕まえようとは思ってないと思うが……。

 

「サラ、頑張って下さい。アクィラ達も提督を救ってくるから」

「ふふ。アクィラ、ちょっと……」

 

サラトガがアクィラを引き寄せて耳打ちをしている。私が横目で様子を伺うとアクィラが驚いて抗議の声を上げようとするもサラトガが口を手で塞いだ。そしてまたサラトガが囁く。私としては内容が非常に気になるだが。何度かアクィラが頷くとサラトガの頭を撫で一言二言話してから立ち上がった。アクィラが帽子の位置を調整し深呼吸をする。

 

「すぅ……はぁ。よし、グラーフ。行きましょう?」

「ああ、行こう。私に続いてくれ。それとサラトガ。あとは頼んだぞ」

 

ええ、と彼女はぎこちない笑顔を浮かべ頷いた。……叫びたい、この状況をどうにかして打破したい……。しかし、妥協して負けた例は古今東西いくつもある……。提督の死という負けを迎えたくはない私は後ろ髪引かれる思いでアクィラとともに駆け出した。数十歩もいかないうちに後ろから声が投げられる。

 

「ガンビーとイントレピッドによろしくお願いね!」

 

返事をしたかったが声が詰まって何も言えなかった。サラトガ、それは卑怯だ。とても、卑劣で、意地悪で、性悪女(ヘルキャット)だ。今更気づいたが、タシュケントの死を無駄にしたくなかったというのもあったのだろう。ふと、気がつくと私は泣いていた。両手がP90とライトで塞がっている今、拭くことも出来ず涙は私の頬を伝っていく。とめどなく流れる私の涙は光を反射してその存在をアクィラに伝えるかもしれない。泣き顔は見せたくないが、彼女も泣いているようだ。鼻を啜る音が聞こえてくる。これなら私が泣いても別にいいと思う。アクィラだって受け止めきれないんだ、私だって……。

やがて銃声が背後から響いてきた。

 

「これは……サラトガのトンプソンですね」

「ああ、それに5.56x45NATO弾系の銃声が聞こえる。始まったか」

 

サラトガ、生き残ってくれ……。さらにSCAR-Hの銃声までもが響いてくる。かなりの激戦となっているようだ。確実にアクィラは不安げな顔をしていると思い振り返りたくなるがそれをすると私の顔が見られてしまう。腫れぼったい目を見られるのは流石に嫌だ。走りながら聞いているため少しずつ遠くなっていく銃声が断続的に一分ほど聞こえたかと思うと急激に止みはじめ5.56x45NATO弾系、おそらく89式小銃系の銃声を最後に何も聞こえなくなった。まさか……。

 

「ちぃ、サラトガ!」

「サラ、返事をして!」

 

二人で通信をするが全く応答が無い。なりふり構っていられず、立ち止まりアクィラの顔を見ると、とても悲しそうな顔をしている。目が合い彼女は目を閉じて首を振った。サラトガが死んだ……のか。予期していたとはいえ現実に耐えきれず、左手に持ったライトを壁に投げつけたくなる。だが、そんなことをやっても無駄だと考え腕から力が抜けた。ああ、もう……。右手をP90のレシーバーから離して顔を覆う。長めに調整したスリングベルトとP90が振り子のように動いて私の体に当たる。これで残ったのは私達二人だけか……。対深海棲艦戦役で武勲を誇った私達の基地が数時間でここまで凋落するとは。誰が予想しただろうか、敵以外で予想できたのは神ぐらいかもしれない。ちぃ、何を考えてもサラトガのあの表情を思い出してしまう。でも、やっぱり背負って行った方が、いやそれでは間に合わなくなってしまう……。

 

「グラーフ、大丈夫ですか?」

「……ん、ああ。大丈夫だ。進もう」

 

迷わないよう周囲を注意深く走ることがサラトガに関する思考をこれ以上させなかった。電球一個すら無い地下で唯一の光源であるフラッシュライトが壁を照らし、私達の足音が響き、澱んだ空気が息を詰まらせていく。別れ道や細い配管がいくつもあり迷いそうになる。偶に見かける金属のプレートに書かれた番号を確認しないと地図を持ってても迷うだろう。それに湿ったコンクリート床は滑りやすく気を抜けば転けてしまいそうだ。

私の心も何かのきっかけで滑って転けて折れてしまうような気がして寒気が走った。不吉な予感(・・)は頭を駆け巡りこれが本当に起きるんじゃないかと考えてしまう。もし提督を救えなかったら、もしアクィラも死んでしまったら……もう立ち直れない。やめろ、考えてしまえば現実になるかもしれない。この未来だけは絶対に掴みたくない……こんな風になったら死んだ方がマシだ。だが、どうしても考えてしまう。

危うく、曲がらないといけない分岐点をそのまま直進しそうになった。若干行き過ぎたため身を翻して戻ろうとするとアクィラが突っ込んでくる。

 

「うぉ!」

「きゃあ!」

 

目の前まで迫っていた彼女を受け止めず、私は後ろに倒れる。背中から着地してしまい、衝突の衝撃もあって肺の中から空気が絞り出されてしまう。流石にすぐには起き上がれず、アクィラが先に立ち上がって私の手を引いてくれた。

 

「いたた……」

「ごめんなさい、グラーフ。ちょっとぼーっとしてました。怪我はないですか?」

「ああ、大丈夫だ。私こそ済まない。そこの角を曲がらないといけないんだ」

 

ライトで照らそうとして左手を上げて、そのライトが手の中にないことに気づいた。慌てて周囲を見回すと二メートルほど離れた場所に転がっていた。自分自身で思っている以上に私の精神はやられているのかもしれないと、ライトを拾いながら感じてしまう。

 

「そこだ、戻ってそこを曲がる」

 

ちゃんとライトで照らして行先を告げる。アクィラが理解したことを確認して再び走り出す。若干上り坂が続いたかと思うと今度はさっきよりは新しいコンクリートでできた、基地設立時に作られた洞道に出る。どこかから来た配管が幾つもある上、この洞道自体そんなに大きくないため非常に走りにくい。腕を振りすぎれば両脇にある配管に手が当たり帽子を被っていたら天井と擦れて脱げていたかもしれないほど狭い。だが、さっきの地下通路に比べれば分岐点や目印が多く走りやすかった。その上、僅かではあるが照明がある。

だから、私の思考にも余裕ができてしまう。考えたくないのに提督かアクィラが死ぬシーンがいくつも、何種類も浮かび上がっては消えていく。ある時は手遅れで、ある時は私も死に、またある時は私だけが取り残される。拳銃で殺されたり、手榴弾で殺されたり、どこかから飛んできたCIWSの弾幕や中口径砲からの射撃で弾け飛んだり、絞め殺されたりしている。

いつの間にか足の感覚が遠くなり自分が走っているのか歩いているのか、はたまた止まっているのかすら分からなくなってきた。

 

やめろ

 

目の前で死んだり、亡骸が晒されていたり、消し飛んだり。小銃で殺され、ナイフで首を裂かれ、嬲り殺される。

 

ああ……ぁ

 

何かの爆発に飲まれたり、撃たれたり、斬られたり。

視界が揺れて平衡感覚が失われていく。遠くからアクィラの声が聞こえて近くから銃声が聞こえる。いや、逆か?

 

「うぅ、ああ゛」

 

死んで、殺され、殺られて、間に合わず、亡くなり、消え失せ、逝って、くたばり、死に、殺され──。ドンッ!

気がつくと私は倒れていた。初めはなぜ倒れているか状況が飲み込めなかったが、頭の痛みや目の間に梯子があったり、アクィラが私に覆いかぶさってきたあたり頭をぶつけたようだ。

 

「なあ、アクィラ。私は一体」

「ごめんなさい、グラーフ。……グラーフの様子をアクィラは全然わかってませんでした……」

 

泣きながら彼女はそう話す。一体何をと思ったが体を起こそうとした途端、倒れる前に考えていたことを思い出す。途端に頭痛がして、苦痛を覚えるがアクィラの姿を見ていると落ち着いてきた。

 

「大丈夫だ。問題ないから」

「問題なかったら、こうはならないですよ。グラーフ! 私だって貴女のことをすごい心配しているんです! 余裕が無いことは知ってますけど、だからこそ、もっとアクィラを頼って……」

 

何か言葉を出すべきだと知っているが、何を掛ければいいのか分からない。

 

「その……すまない」

「謝らないで下さい! これだから日本に長くいた艦娘は……。ああ、こうします」

 

アクィラは自身の胸元に手を回し、首元にある綺麗な緑色をしたリボンを取った。それを私の右手首に巻きつけようとする。私は止めようと、理由を聞こうと口を開いたが腕で口元を塞がれる。左手で腕を剥がした時にはリボンは右腕に巻きついていた。

 

「アクィラの姿が見えなくて辛い時はそのリボンを見て下さい。グラーフがくれたように、アクィラからのお守りをあげます。しっかり自分自身を保って下さい」

「その、ありがとう……」

 

アクィラにとって私が渡した帽子はお守りだと思ったのか。本当のことは……言わない方がいいな。

付けられたリボンは不思議と輝いて見えた。何の変哲もないはずなのに、美しい腕時計のような輝きだ。まじまじと見つめていると吸い込まれるような錯覚に陥り慌てて目を逸らした。何気なく上を見上げて梯子とその先のハッチを見上げると、なにか違和感を感じた。立坑の穴が空いている天井、そこにある金属のプレートのナンバーは……。

 

「アクィラ。ここだ」

 

 




アクグラはいいぞ、最高だ。でも正直アクィラのキャラが掴みきれてない気がするけどアクグラを書く。
私、この作品が完結しなくても平和なアクグラ書いて死ぬんだ。ついでにこの世界線で日常も書く。幸福感と罪悪感と劣等感を感じて砂糖と血を同時に吐いて死ぬ。
ここの話の後半は特に某少年の精神がよく殺されるロボットじゃないロボットアニメを参考にしました。やったねグラーフの精神が死ぬよ。でも、幸せになって欲しいけど絶(ry。


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回復不能

前回のあらすじ
グラーフ「サラトガまで……もうダメだ。お終いだ。私なんかどうせ」
アクィラ「グラーフが被せてくれた彼女の帽子のお陰で私は正常でいられました。グラーフにも正常でいて欲しいのでこれをどうぞ」(緑のリボンを手首につける
グラーフ「頑張る」



「アクィラ。ここだ」

「へ?」

「このハッチの先が代用施設だ」

「え、じゃあ」

「時間は……五分前。間に合った。行くぞ!」

「ああ、待ってください。グラーフ!」

 

落としたライトを拾って適当なポケットに突っ込む。梯子を駆け上がりハッチの裏に書いてあるナンバーを再確認すると……。ああ、ああ。ここで間違いない。FiveseveNに手を掛け慎重にハッチを開けようと手を伸ばす。ここでさっき使ってからマグを交換していないことを思い出して、マグを取り出す。一発しか残っていなかった。新しいのを取り出し、古いのをしまったところでアクィラが追いつく。

 

「ちょっと、グラーフ。気になることが。グラーフが倒れる前に上から銃声が聞こえました」

「本当か? だとすると急がねば」

 

アクィラがさらに何か言っているが、これ以上待つ余裕はない。マグを入れて準備が整ってからハッチを少しだけ上げて隙間から様子を伺う。

施設内は夜の帳が降り始めたためか薄暗く、不気味だ。硝煙の匂い、そして血の匂いが充満して空気が重い。目に見える範囲には誰も見えず、物音一つ聞こえなかった。

 

「陽炎、聞こえるか? 到着した」

 

陽炎に通信を飛ばしてどこにいるか確認しようと考えたが応答が無い。……まさかな。今使った秘匿性の高い部隊内無線ではなく試しに基地内無線に切り替えると、雑音しか聞こえなかった。ここだけかなり強力な妨害電波がかかっている。提督達が作動させたのか? ここにはそれなりの防衛設備もあるらしいから強力な妨害電波が出せてもおかしくない。

周囲の安全を確認した私は一気に立坑から躍り出る。FiveseveNの銃身を敵が出て来るかもしれない廊下の角に向け全周囲を警戒する。何かが動いている様子はない。アクィラが上がってきてマテバオートリボルバーを構えたのを確認して進み出す。出た瞬間に襲われることを想定してFiveseveNをもったが、そんなことにならなかった。

 

「陽炎、不知火、提督。聞こえるか、私だ、グラーフだ。聞こえていたら応答してくれ」

 

大きく声をあげるが耳が痛くなるような沈黙。下にカーペットが敷いてあるにも関わらず私達の足音が爆音のように聞こえる。心臓の鼓動ですら耳障りに感じた。

正直、あまり覚えてないこの建物の見取り図通り、入ってきた倉庫前のハッチから壁沿いに提督達がいそうな司令室へと向かう。所々、弾痕がまとまってついていたり、窓や天井のライトが割れている。薬莢はそこらじゅうある。敵の死体も。先程見た南方軍の迷彩服や民兵の服装ではなく、どこかの軍が着ていそうな黒い市街地向けの戦闘服を身にまとっている。顔立ちはアジア系ばかりだが、混ざりに混ざっていてどこかから来たかわからない。

 

「これって95式自動歩槍(QBZ-95)ですか?」

「いや、輸出用の97式自動歩槍(QBZ-97)だ。小銃から相手を探ろうとしても無駄だ。旧式のFALやG3に03式自動歩槍(QBZ-03)の輸出型まで混ざっている」

「そんなに、他の装備を探れば……提督達の救援が先ですよね」

「ああそうだ。行くぞ」

 

私も調べたいが、そんな余裕は無いかもしれない。再度通信を送るが反応は無い。……どこかシェルターのような場所に篭っているのか? ならば私が見つけないと。相互をフォローし合いながら角を警戒し、耳を澄ませ、空いている目で周囲を見渡す。私の個人的な予想、敵と戦闘中だろうというものに反しているこの空間に僅かながら恐怖心を覚えた頃に近くの扉、司令室の扉から何かが聞こえた。

私がP90の等倍ドットサイトを覗き込んで銃身をその左開き扉へと向ける。アクィラは一歩下がった位置にいるため見えないが私を援護できるように動いているはずだ。提督達か? それにしては違う気がする。

蝶番が内側にある扉だったため私が扉の右側に張り付き左側にアクィラが張り付く。聞き耳を立てると話し声が聞こえたような気がした。

 

少なくとも知っている声ではない。脅すような声ではなく、落ち着いた声でもない。この扉が厚めにできているのか中の音がくぐもっていてよく聞き取れない。

どうだ? という目線をアクィラに向けると首を振って返してきた。なら突入するしかないと腹を括りその旨を伝える。彼女の顔が僅かに強張り不安げな表情を見せたが頷いた。私が扉のドアノブに手をかけ、一気に開ける!

勢いよく開いた扉の先をアクィラが拳銃を構えて見渡す。私もその後に続いてP90を振り回しながら伺う。司令室内は生きている全てのディスプレイに電源が入っていて眩しかった。人の気配は……無いような気がするがそれよりも濃い血の匂いが気になった。……そんなことは無いはずだ。アクィラが奥の方へと進み、私は手前にある司令官用のコンソールに近づく。

 

「……基地へ。海軍司令部より。現在貴基地の金剛率いる高速戦艦隊及びイントレピッド率いる機動部隊が急行中。一時間半以内に到着予定。繰り返す──」

 

コンソールの上にある端末からそんな声が聞こえた。なんだ、声の正体は通信だったのか。艤装をつけた金剛達が来るならこの事態を容易に収拾できるだろう。もっと早く来てくれれば──。

 

「グラーフ! 来て下さい!」

 

私とは違う方向を見ていたアクィラの怒鳴り声。釣られてそっちを見ると誰かの頭が……。

 

「っ! 不知火!」

 

私の位置からコンソールの影から不知火の髪だけ見えている。駆け寄る前に、一度周囲を見渡して安全を確認し駆け出す。横に並んだオペレータ用コンソールの角を回って不知火を見ると、首と頭から血を流して死んでいた。コンソールを背にして座り込み、苦しげな顔をして、目を見開いたまま、自身の9ミリ機関けん銃を握り締めたまま。周囲には血溜まりとそこに沈む多数の薬莢。服は煤けて所々破れていた。

私が近づいて無駄だと思いつつ瞳孔を確認する。当然彼女の瞳は動かない。その上、まだ温かさを残していたことに気付いて後悔の念が押し寄せてくる。もっと早く来れば間に合ったかもしれない……。クソッタレが。

彼女の開いたままの瞼を閉じて座り込んだ姿勢から横に寝かした。不知火の亡骸を見ていられず目を逸らすと彼女の目の前のコンソールに敵がうつ伏せにもたれかかって死んでいることに今更気がついた。それは上半身から大量の血を流していて頭に被ったヘルメットにも穴が空いている。その手元にはPP-19 Bizonが、不知火を撃ったと思わしき短機が薬莢とともに落ちていた。

相打ちか……。残された物からそう判断する。

 

「ちぃっ。提督と陽炎はどこへ行ったか見当はつくか?」

 

アクィラの方をむくと手を合わせていた。ボソボソと不知火に向かって呟いている。何故かそれを見ているのが精神的に辛くなり周囲を軽く調べることにした。銃撃の跡がそこらじゅうにに有り、ディスプレイの幾つかは割れている。敵の死体がさっきのだけでなく、他にも幾つかはある。ん、これは……。

近くのコンソールそばに気になるものが落ちている。海軍の正帽だ。銃弾をいくつか受け穴が空いているが血は着いていない。周囲と帽子の中には拳銃ならそうそう見ない量の9x19mmパラベラム弾薬莢があった。ひっくり返して鍔を見る。この正帽は……大佐・中佐のものだ。将官用のでは無いから提督のものでは無い、となると一体誰の物だろうか。

 

「グラーフ、どうしました?」

 

いつの間にかにアクィラが私の背後に来ていた。その顔は思っていたよりは私は思っていたより明るかった。気になったが何も言わず正帽を見せると眉を顰める。

 

「大佐、中佐用の正帽を被っている人間なんてこの基地には数人しかいませんよ」

「ああ。そうなんだ。しかも今日いるのは土曜ということもあって参謀長と私が哨戒に行った時に乗っていた艦娘母艦〈やまつつじ〉の艦長だけ」

「提督と合流したとかじゃないですか?」

「ならいいんだが……」

 

本当にそうなのだろうか。漠然とした不安を感じる。私が個人的に把握している個人が携行している銃の中でここまで9x19mmパラベラム弾薬莢をばらまける銃を持っているのは艦娘以外では居ないはずだ。9ミリ機関けん銃は製造法が削り出し加工故生産数が少なく、生産されても艦娘や艦艇への配備が優先されている。不知火の9ミリ機関けん銃は彼女の手の中にある。敵から鹵獲したのか? 短機関銃持ちの敵なら幾つかいたからそうなのかもしれない。

 

「ああ、そうだ。アクィラ、提督達がどこに行ったか見当はつくか?」

「あっち、不知火がいる方の奥の扉へと薬莢が続いて落ちていました。陽炎か提督が逃げながら撃ったと思います」

「どれ……確かにそうだな。行こう」

 

時計を見ると中に入ってからそれなりに時間が経っていた。無駄に過ごしすぎたと後悔し、その分を少しでも消すために歩みを速める。扉の前に立ち、開ける前にもう一度だけ部屋内を見渡す。司令官用コンソールの上にあった端末からは未だに救援が向かっていることを告げている。通信が繋がっていないから、応答できないのが辛いところだ……ん。扉のノブに手をかけたところで矛盾を覚えた。

電波妨害で繋がっていないのに通信が来ている、有線ならともかく無線でだ。通信じゃないとすると録音か? ならなぜそんなことを……。

答えが出ないまま扉を慎重に開けて中をのぞき込む。扉の先は二階へと続く折り返し階段で暗闇の中に光を跳ね返して鈍く光る薬莢が輝く星のようにちらほら見える。その一方で階段の踊り場から血が垂れていた。コンクリートに囲まれた階段の中で血の赤さが目に刺さった。誰かの血、もしかしたら提督の血かもしれない……。

暗い灰色の中に浮び上がる明るい紅色が私の精神を乱していく。提督の血だとしたら間に合わなかったかもしれない。陽炎の血だとしても彼女まで撃たれたとなると楽観視できない。もし、この上に提督の亡骸があったら……。

考えるのをやめろと自分言い聞かせ目を落とす。自然と、と右手首につけたアクィラ()のリボンが目に入った。気になって片目でチラリとアクィラを盗み見ると驚きこそしているが落ち着いているように見えた。そうだ、アクィラだって耐えているんだ、私がここでへばってどうする。深呼吸をして、心を少しでも落ち着かせ嫌な想像を吹き飛ばす。

 

「行こう」

「ええ」

 

P90を構え上を警戒しながら歩き出す。転がった薬莢を踏んづけて転ぶという割とよくあることにならないよう足元にも気をつける。踏面に足を置いたり、上げたりする度に血がピチャ、ピチャと音を上げ響めく。

踊り場まで行くと血溜まりの中に布切れが数枚浸かっていた。さらに今まで以上に大量の5.56x45NATO弾薬莢に.380ACP弾薬莢も落ちている。私は慎重に布切れの一枚を手に取り開けたままの司令室へのドアの方を向く。真っ赤に染まった布の元の色は……茶色系か? そうなるとこれは……陽炎のベストの切れ端か。これだけの出血、動脈でも撃ち抜かれたのかもしれない。無事でいてくれ……。

 

「アクィラ、陽炎のベストの切れ端だ」

「そんな……早く行きましょう」

 

彼女は私の前に出て階段の上に銃口を向ける。顔には焦りの表情が浮かんでいて上を狙っているオートリボルバーの銃身が揺れているような気がした。私も階段の上を見るとそこにも血がベッタリと付いていた。数段おきに血糊が大きくなって上の方では階段の半分近くを覆っている。

これだけの出血量では、多分もう……。

 

「死んでいるかもしれない」

 

一瞬誰が言ったか分からなかった。数瞬後に無意識のうちに自分が言ったことに気づくと心の中で自身を罵った。馬鹿たれが、口に出すな。出してしまうと……。アクィラが悲しげな表情をしていた。口に出さなければまだ彼女にもっと希望を与えられたかもしれないというのに……こんな悲しげな表情を見なくて済んだかもしれないというのに。

 

「……なんでもない。進むぞ」

 

ああ、もう。後悔しても、もう手遅れだ。起きたことは変えられない。私は陽炎が生きているようにと普段は信じる気にもならない神に祈る。提督の為に、アクィラの為に。

だが、祈る時期が遅かったようだ。階段を上がって直ぐのところに陽炎がうつぶせに横たわる。闇の中でも彼女の肌が異常に白く見えた。二階の廊下には赤いカーペットが敷いてあってあまり目立たないが確かに血の海が出来ている。受け入れ難い現実を私の目の錯覚ではなく、確立されたものとして受け入れるために彼女の脈を確かめる。首元に自分の手を当てると黒い手袋のせいで余計に肌の白さが際立つ。わかりきっていた事だが脈は、無い。

 

「……ダメか」

 

三十分は耐えれると言っていたのは何だったんだろうか。耐えれなかったじゃないか……やはり、射撃場でうじうじしていないで早く来ていれば……。思い返せばここに来るまで時間を削れた場所は沢山あった、なのに……私の不安定な心のせいで時間を取られてこんなことに……。

そうだ、提督は何処へ。周囲を見渡すがカーテンの閉まった廊下は暗く奥まで見通せない。薬莢も何も落ちていないし、血糊だってない。この場所は建物のほぼ中心で行こうと思えば二階中はもちろん、一階や地下にだって行ける。声を出して探すのは論外だ。まだ敵がいるかもしれない。ん、敵が居るならこんなに静かでいいのか? もしかして……。

 

「そんなことはあっては行けないはずだ。そうだ、大丈夫だ」

「グラーフ?」

 

っく、この建物で提督が行きそうな所はどこだ。考えろ、考えろグラーフ・ツェッペリン。ここの提督執務室か? それとも警備兵詰所、大会議室、資料室……。彼女の性格からして二階にはいると思うが、まるで見当が付かない。虱潰しに探すしかないのか……。

 

「アクィラ、仕方がないが虱潰しに探そう」

「……」

「アクィラ?」

 

また返事がないため、彼女の顔を見ると今度は考え込むような表情をしていた。

 

「ねえ、グラーフ。多分ですけど提督がいそうな場所が一つあるんです」

「なんだって? それは何処だ」

「高級士官向けの会議室です。少し前の話ですけど会議室の机を見て『隠れやすそうだね』って言ってました」

 

隠れやすそう……か。あの提督が言いそうなことだ。

 

「なるほど、そこに行こう。確か右奥の部屋だったよな?」

「そうです」

 

そこに無事でいてくれればいいが……。待っていてくれ、陽炎。提督を助けに行ってくる。P90を両手で構え、何時どこから敵が出て来ても対応できるよう腰を落として壁際を慎重に歩く。気が焦り駆け出したくなるのを、ほとんど余裕のない理性で押さえつける。

不気味な静寂に包まれた室内でもたまに遠くから銃声が聞こえてくる。敵が撃っているのか、それとも基地警備隊の生き残りか……どっちかははっきりしない。ただ、それがもし仲間だったら生き残って欲しいと切に願う。

程なくして建物の端の方にある一際立派な扉、高級士官向け会議室の扉が見えてきた。重厚な両開き扉は片方が僅かに開いている。誰かがいるという点ではアクィラの読みは当たったようだ。

 

「居るな」

「居ますね」

 

なんとなくだが人の気配を感じ取れる。しかも複数。布が擦れる音が扉に近づくにつれ少しだけ聞こえてくる。私とアクィラは扉の左側に張り付いて、僅かに開いている隙間から中の様子を伺う。シャンデリアがぶら下がっている豪華な会議室だが、こんな状況では不気味なだけだ。椅子がいくつか倒れ本当に少しだけだが弾痕も見える。さらに中をもっと見ようと姿勢を変えると奥の方に黒い影、違う、海軍冬制服をきた男が足元を見下ろしていた。帽子は被っていない。いったい誰だ? 他には何も見えず、この暗さでは成果は得られそうにないと判断し突入の準備にかかる。

フラッシュバンがあれば便利なんだが手榴弾の一つすら持っていない。私が突入しアクィラが援護するよう手筈を整えP90の状態を再確認する。装填よし、サイトも……問題ない。アクィラと目を合わせ問題ないことを確認すると私は扉を蹴り開けた。

 

「動くな!」

 

P90の銃口を海軍軍人がいる方へと向け顔を少しだけ出す。

 

「撃つな! 私だ、提督補佐官(参謀長)だ!」

「は? なぜ、ここに」

 

敵味方どころか、予想外の人物がいた事に驚いてフリーズする。参謀長は確か殴られて捕まったんじゃないのか!? 私の横からアクィラが出てきて耳元で驚きの声をあげられると耳がキーンとなる。どうして彼がここにいるかを考えようとするが時間がなかった。

 

「そんなことは後でいい。早く来てくれ! 中将(提督)が撃たれた!」

「なんだって!」

 

彼がいる以上この部屋は安全だと判断し、体を投げ込むように部屋に入る。邪魔なU字型の会議テーブルを乗り越えて一目散に向かう。乗り越えると入口からは見えなかった位置に血溜まりと黒い女性用の冬制服の一部、数個の9x19パラベラム弾薬莢が見える。

そんなことは……あっては……起きては……いけない。誰が見ても明らかな結末が目の間に待っていることに気づいて足がすくんだ。両足裏が接着剤で固定されたかのように全く動かない。誰がそこに横たわって、どういう状況なのかは理解できているはずだ。間に合わなかったということも。

だが、見たくない、受け入れたくないという感情が勝り顔を一度背ける。でも、アクィラは待っていてくれなかった。提督の元へU字型の机にそって行き彼女の傍で膝から崩れ落ちた。

アクィラが行ったんだ、私も行かないといけない。再び揺れ動く視界の中で少しだけ右手首のリボンを見て覚悟を決める。

接着剤でくっ付いた足を無理やり引き剥がしてゆっくりと、提督の元に向かう。

 

「ああ、あ゙あ゙」

 

ピクリとも動かない提督。仰向けに倒れ胸に幾つも空いている穴。虚ろな目で上を見上げたまま固まった表情。嘘だ、そんなことはありえない。絶対に……絶対に。

 

「なあ、本当は生きているんだろう? 起きてくれ、お願いだから……」

 

邪魔なP90を外して提督の元に跪いて傷を見た。心臓のあたりに三四個の銃創ができている。彼女の右手が出血を止めようとしたのか銃創の上に覆いかぶさっていた。その手は血に濡れたところこそ紅いが、濡れていない所は真っ白だ。

まだ、まだ間に合う。

 

「アクィラ、AEDはこの中にあったか?」

「えっぐ、うぅ。グラーフ。提督は、もう……」

「そんなことはない! 今からやればまだ間に合う!」

 

そう言い放って心臓マッサージをしようと提督の胸の上に手をついた。姿勢を整え力を込めると銃創から血が噴き出した。それがちょうど私の顔に当たる。まだ生温い血は右目から口にかけて当たり、鉄っぽい味を感じる。見るとアクィラのリボンが所々染まっていた。

噴き出した血によってさらに赤くなった提督に視線を移すと全身から力が抜ける。間に合わなかったんだ。私が、遅かったせいで。提督の死体にこれまでに見たみんなの死体が重なり、私を責め立ててくるような気がした。首と体が別れたオイゲンが、ボロボロのリシュリューが、顔が半分消えたゆーが、腸が出ているしおいが、口から上が消えた矢矧が、焼け焦げたウォースパイトが、蜂の巣になったアイオワが、頭から血を流す雪風が、溶けた鈴谷と熊野が、血まみれのヴェールヌイが、銃創だらけのガングートが、燃えているタシュケントが、傷だらけのサラトガが、首と側頭部を撃たれた不知火が、白くなった陽炎が、最後に提督が。次々と現れて口が動いては異口同音に。

 

『オマエノセイダ』

「……うぉぉぉ!」

 

投げ出したP90を手に取り立ち上がる。

 

「どこだ、提督を殺ったやつはどこだ! この私が、グラーフ・ツェッペリンが殺してやる!」

 

復讐をすればみんなの死は無駄にはならない! 私は完全に間に合わなかったわけじゃなんだ。為さなければならない事はできた。たとえこの命に代えてもやってやる。失敗したら、死ぬだけだ。そう心に言い聞かせた。

焦点がズレている目を擦って、ふらつく足で何度も足踏みをする。少し落ち着いてきたところでまだ泣いているアクィラに声を掛ける。

 

「さあ、アクィラ。行くぞ」

「どこに……」

「決まってるだろう。提督を殺した奴を見つけに行くんだ。そうすれば──誰だ!」

 

急に背後で人の気配がして振り返りP90を突き付ける。

 

「落ち着け、グラーフ」

「なんだ、参謀長か。今から提督の仇を撃ってくる、止めないでくれ」

 

完全に意識の外にいた参謀長が肩を触ろうとしてきたため手で払い除ける。しかし、私とアクィラが提督に付いていた間、どこにいたんだ? そう考えると今の奴の表情や行動に違和感を感じた。なにかおかしい。何故革靴ではなく安全靴を履いている、帽子はどこへやったんだ。そもそもこいつは敵が乗ってきた輸送船の出迎えをして、殴られて倒れたところまでは陽炎が確認していたはずだ。何故ここにいる。

 

「止める訳ではない。動く必要はないと伝えたかった」

「それはどういう──」

 

バン! と後ろからで銃声。見かえると銃を持った黒い人影と、胸を抑える──。

 

「アクィラ!」

 

 

 




グラーフの精神を虐めるの楽しかったです()。そろそろ壊れるんじゃないかな。
陽炎と不知火、提督の死体はもっと上手く描写いしたいけどやり過ぎるとRタグをつけないといけないから微妙。
P90えっち。今回出した銃の中ではFALが結構好きななので今度どこかで使いたいなあ。ハンドガードと機関部すこ。
次回は……まあ言わなくてもわかるでしょう


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Das Ende

物語は終焉への下り坂を転がり落ちて、最後には──


「アクィラ!」

 

信じられないと言わんばかりに目を見開いた彼女は胸を抑えながら倒れていく。頭の上にあった私の帽子が舞ってその影から敵が、銃を構えているのが見えた。撃った奴を殺そうとP90を向け、薙ぎ払う。アクィラの元へ行こうと動こうとするが。

 

「動くな!」

 

背後から拳銃を突きつけられる。まさか、そう来るとは。なんとなく怪しいとは感じていたが。一発や二発貰っても、と思い逆らって行動しようとしたが視界の隅にもう一人の敵が見えた。ピクリともしないアクィラを見て、今逆らっても無駄だと考えた。

激しい怒りに包まれる中、私はP90を手放し両手を上げた。

 

「拳銃も持ってるだろう。捨てろ」

 

言われた通りFiveseveNをレッグホルスターから引き抜いて、投げ捨てる。アクィラのオートリボルバーとカルカノを殺したやつの代わりにもう一人の敵が取っていく。

 

「これでどうだ?」

「両手を頭の上にあげたまま、こっちを向け」

 

大人しく指示に従い、両手を上げて回れ右をして振り向いた。すると、今すぐにでもその首を締め上げて殺りたい参謀長の傲慢な顔が見える。

 

「こうも上手く行くとは、半年前から来ていたの無駄ではなかったな」

「急な赴任にこういう裏があったとは……殺してやる」

「そうカッカするな。今すぐにお前を殺したりはしない」

 

できれば今すぐにでもその舌を切り落としてやりたいが、跪くよう指示される。もう一人の敵が私が殺った敵の代わりに動かないアクィラに銃を突きつけてきた。こうなっては従うしかない。あり溢れる反抗の意志を見せないために表情を取り繕う。多少のポーカーフェイスぐらいはできる。

やつの拳銃は……普通の9ミリ拳銃か。さらに首からはJS9がぶら下がっている。

 

「大しぃ、いえ、大佐。こちらの要求は理解していますよね?」

「わかっている少尉、心配するな」

 

アクィラに自動歩槍を突きつけている敵がやけに訛りの強い日本語で話した。要求、という言葉が気になり眉を顰めると参謀長に9ミリ拳銃を頭に突き付けられる。だが、引き金に指はかけていなかった。

 

「本来ならここで殺してやりたいところだが、そうもいかない。だが、精神的にはどうなってもいいらしいからな」

「何を──ぐふっ!」

 

腹に強い衝撃、息が詰まるがまだ耐えれる。今度は脇腹を蹴られ、さらに足を踏まれる。安全靴に入っているスチール先芯が衝撃を重くしている。まさか、このために安全靴を。

耐えろ、耐えるんだグラーフ。いつかチャンスが来る。チャンスがくれば……。

頬を握り拳で殴られ、思考が一瞬止まった。大破する際感じている痛みに比べればそこまで痛くない上、人間の力では艦娘の骨が折れるわけがないが精神的にはそれなりに来る。

また蹴られ、殴られ、蹴られる。これをアクィラが受けるよりはマシだと考えて必死に耐える。時折銃をちらつかせたが撃っては来なかった。腹部や頬、足の痛みはまだ耐えれるものだ。ただ、頭が酸欠や衝撃でふらついてきた。

一分以上殴られ、蹴られ続けて最後に胸の真ん中を渾身の力で蹴られて後ろに倒れてしまう。

 

「やはり、人間の力ではビクともしないか。忌まわしい人造人間(艦娘)め。そうだ、せっかくだしお前の質問にいくつか応えよう。俺からのとっておきの情報もある事だし。聡明なお前ならある程度、今回どこが動いたか検討が付いているだろう?」

 

情けのつもりか? それとも情報を引き出すだけか? 参謀長は殴ってやりたい傲慢な表情で拳銃をこちらに突きつけたままだ。身体中がズキズキと痛む中、乗った方がチャンスが来るかもしれないと考える。

 

「……沈んだはずの輸送船にはお前と海軍の艦娘反対派、陸軍南方方面軍の離反隊、他国の非公式な支援」

「沈んだはずとな」

「あれは私が今日帰投した際にお前が聞いてきた陸軍南方方面軍を載せた輸送船だろう。二年前に沈んだはずのな。遅くともその時から敵は準備をしてたところまでは読めた。質問その一、目的は?」

 

軽く睨みつけながら言う。動じた様子も、驚いた様子もない参謀長は淡々と応じる。

 

「俺の個人的な艦娘への復讐。ほかは利害関係が入り交じっていて説明出来ないが……一つや二つどころじゃない目的があるな。提督や艦娘を殺したのも目的の一つだ」

 

他だと? 予想以上に裏がいるのかもしれない。背後になっていて見えないが、アクィラが起き出した様子はない。起きていれば、二人で上手くこの状況を打破したいところだが……。まだ引き伸ばすしかない。

 

「質問その二、誰の差し金だ?」

「俺が艦娘反対派から和解の証で優秀な士官を送るという名目で派遣されたのは知っていると思うが、その艦娘反対派の本丸と陸軍拡大派。艦娘という存在にいい顔をしない人権団体、協力者、一部の官僚だ」

「他国の支援もあるんじゃないかな。背後に居る敵だって──」

「それ以上は口を慎め。その質問にはもう答えた」

 

あの顔は明らかに中華系だ。と言いたかったが9ミリ拳銃の銃口をグリグリと頭に押してけて来た上に、軽い蹴りが腹に飛んでくる。どうやら逆鱗に軽く触れてしまったようだ。だが一回だけで満足したようでそれ以上、手は出されなかった。顔色を伺いながら私は時間を稼ぐ。

 

「質問その三、どうしてここを襲撃した?」

「ここは陸軍基地やほかの海軍基地から遠く、なおかつ艦娘も多くて艤装も多いからな。最適だったんだ」

 

アクィラはまだ起きない。死んではいないはずだ。さっき見た時体は僅かに動いていた。振り返って見たいと思うが、それを許す気は参謀長にはないそうだ。

 

「どうしたグラーフ、随分と後ろが気になるようだが。おっと動くなよ」

「……アクィラは今どうなっている」

「今はまだこれ以上手を出ていないが、お前の行動次第で殺す。わかっているな?」

 

おぞましいほどの笑顔で参謀長はこう言った。お前を必ず殺してやる、絶対に。生きたまま生皮を剥いでやる。思考ばかりで動くに動けないこの状況をなんとか打破しようと考えを巡らすが、これといって特に有効な手段が思いつかない。

 

「ああ、すっかり忘れていた。とっておきの情報がある。聞くか?」

「なんの情報だ」

「お前が尊敬して止まない提督の最後だ」

「は?」

 

提督の、最後だと……。背後にある提督の亡骸に目を向けたくなった。あの虚ろな目になった時の事など聞きたくない。だが、誰が殺ったのかは気になる……。予想外の情報に思考が鈍る。やっぱり聞きたくないと思いまごつく口を開こうとしたが、参謀長の方が早かった。

 

「聞かないという選択肢は無い。中将がここに逃げ込むのは想定されていた事だった、だから待ち伏せていた。俺が助けに来たかと思い込んで飛び込んできたから撃ったが、面白い顔をしていた。そういえば、お前は嘘の情報を吹き込んだらしいな」

「何が言いたい」

 

なぜそれを知っている。背筋に冷たいものが走る。顔が強ばり、声が震えていた。参謀長の目は私の心を覗き込むように私の目をじっと見つめてくる。目を逸らしたかったが、綿で首を締めてくるように視線が絡みついてきた。

 

「艦娘はみんな無事だという嘘さ。様子がおかしいと思って軽く鎌をかけたらお前が艦娘は無事だと言っていた、と。あまり嘘をつかないお前にしては大層なものだ」

「くっ、黙れ!」

「真実を教えたら絶望した表情で崩れ落ちて行ったよ。ちょうどその場所でな」

 

そう言って私の背後を提督の亡骸を指さす。提督のあの虚ろ目は死んだからではなく真実を知ったから、私が嘘を言ったからああなってしまったのか。

 

「絶望した表情のまま、協力者の一人が即座に撃ち殺した。見せたかったなあ、その光景を」

「ふざけやがって!」

 

今、ここで殺してやる! 怒りに身を任せ立ち上がり傲慢きった参謀長のその顔を殴ろうと拳を振り上げた。

ババン!

急に左足が滑ってよろけ、右拳は参謀長の頬を捉える前に空を斬った。なんとか姿勢を直そうと両足で踏ん張ったつもりだったが、次の瞬間には転けていた。訳も分からず床が目の前に見えて受け身も取れず倒れる。急いで立ち上がろうと左手をついて顔を上げる目の前に拳銃の銃口が……。

反射的に右足で床を蹴って身を横に投げ出した。銃声がして腹部に刺されたような痛みを感じる。回避の勢いを殺せるはずもなく壁に背中からあたり息を吐き出す。ちぃ、何が起こったんだ。体を壁に預け立ち上がろうとすると左足から大量の血がてていることに気が付いた。目を向けると途端に、酷い痛みを感じその場で蹲った。

 

「よくやった少尉、あとは俺に任せろ。さてグラーフ。動いてはならないと行ったんだが、動いたばかりか歯向かって来るとは、余程動揺したようだな」

 

壁を背にして蹲る私を無理やり腹部の銃創に安全靴の足先をグリグリと押し付けて来る。

 

「あがぁっ!」

「本当に今ここで殺せないのが残念だ。今回の作戦で唯一の汚点と言っても過言ではない」

 

今度は半分潰れた左足を体重を掛けて踏まれ燃えるような痛みが脳に突進してくる。

 

「ぎゃぁ!」

「情けない声を上げやがって。基地一番の空母の名が聞いて呆れる」

「ぐぅ、貴様……」

「黙れ」

 

参謀長を睨みつけると、奴の膝が目の前から勢いよく迫って来て咄嗟に手を出した。が、強い衝撃が訪れ頭を叩きつけられる。目の中で光が生まれたような錯覚と耳鳴りがする。

霞む視界を元に戻そうと頭を振るといつの間にか敵が提督の亡骸を跨いでアクィラの元からこっちへ来ていた。

 

「大佐、まだ警戒すべきかと……」

「うるさい。どうせあのイタリア空母は死んでいる。それよりも早くこいつに銃床を叩き込め、JS9ではやりにくい。さっきので気絶しないとは……」

 

アクィラが死んだ……。目を向けるとアクィラはさっきと同じ、右手を体の下に入れたままうつぶせに倒れていた。違うのは流れ出た血が彼女の頭にあった私の帽子とカーペットを染め上げているということだけ。

途端に途方もない無力感と虚無感が湧き上がり、抵抗する気が失せる。嘘だと言ってくれと切に願うが、体中の酷い痛みがこれは現実だと訴えてくるように感じた。

ふっ、私もここで終わり(・・・)か。目を伏せ右手首につけたアクィラのリボンに目をやる。すまない、みんな。すまない、アクィラ。提督を助けるどころか全員を死なせてしまった。仇を打つこともできずに惨めに私は捕まることになりそうだ。

敵が97式自動歩槍を振り上げ銃床を叩き込もうと振り上げ──。

パン!

 

「ぐぁ!」

 

参謀長の胸から血が吹き出した。驚いて銃声がした方に目を向けると死んだと思っていたアクィラが、今日射撃場で最初に会った時から今の今まで見せなかった3Dプリンター銃(リベレーター)を手に握っていた。

予想外の出来事に唖然としていると私の視線に気が付いたアクィラが厳しい表情を崩して僅かに笑みを見せた。

 

「くそぉ、殺れ!」

「明白了!」

 

参謀長が命令し敵が97式自動歩槍を構えトリガーを引こうとした。

 

「やめろ!」

 

全身から力が湧き上がり、右手で壁を押して左手で支え右足で後先考えず自動歩槍を構えた敵に突っ込んだ。嫌になるほど響き渡る銃声。肩から敵の背中に当たり共に倒れ込む。アクィラは、どうなって……。背中から溢れる血、力なく倒れた腕、生気のない目……。

 

「この野郎!」

 

敵の背の上に馬乗りとなる形になった私はズレたヘルメットの隙間から見える後頭部を殴り、敵の体の下にあった自動歩槍を無理やり引きずり出す。

 

.──死ね!

 

グリップとマグを握り銃口を敵の首筋に突き立てトリガーを引く。セレクターがフルオートのままだったそれは残弾が切れるまで手の中で暴れ敵の首を引き裂いた。

 

「この亡霊が!」

 

横から銃声がしマグを握っていた左手に違和感を感じる。弾が切れてただの鈍器となった97式歩槍を銃声の方向を投げつけた。さらに左脚と左脇腹にも違和感が生じる。弾切れを起こしたのか銃声が止み、その間に視界に入った拳銃に右足手を伸ばす。だが、届かず立ち上がって取ろうとすると左足に力が入らなかった。不思議に思い下を向くと真っ赤に染まった服。

 

「撃たれていたのか」

 

だが、動かないだけ痛みは無い。なら大丈夫だな。

体勢が崩れても構わないと判断し体を傾けて拳銃を、FiveseveNを手に取る。バランスが崩れて敵の上から床に落ちるが問題ない。敵に足を向けて仰向けに倒れ込む形になった私はFiveseveNを構えてようやく9ミリ拳銃の装填を終えた参謀長に向けて……撃った。

一発当たっただけにも関わらず参謀長の体からは盛大に血が吹き出す。絶叫を上げながら奴は倒れ込むが、今度は敵の死体が邪魔して狙えなくなってしまった。

 

「ほら……隠れるんじゃない」

 

左手左足が動かなくなってしまったため這いつくばって近くにあったU字型の大きな机を使い体を支えながら苦労して立ち上がった。奴は右腕を抑えながら逃げようと後ずさる。逃がすかとFiveseveNを向ける。

 

これはリシュリュー達の分。

 

トリガーを四回引く。さらに大きく絶叫を上げた。

 

これはアイオワ達の分。

 

トリガーを四回引く。悶えのたうち回っている。

 

これは鈴熊の分。

 

トリガーを二回引く。今度は声が小さくなった

 

これはヴェールヌイ、ガングート、タシュケントの分。

 

トリガーを三回引く。声が薄れてきた。

 

これはサラトガと陽炎と不知火の分。

 

トリガーを三回引く。声が消えた。

 

これは基地防衛隊と職員、CIWSにやられた艦娘達の分。

 

トリガーを二回引く。体が跳ねた。

 

これは提督の分。

 

トリガーを一回引く。ついに腕と体が別れた。

 

そして、アクィラの分と私からの餞別だ。

 

トリガーを二回引く。奴の顔が潰れた。

 

スライドが後退したままロックされ弾切れを知らせる。死んだか……。僅かな喜びと虚ろさを感じる。もう動くことすらない肉の塊を見る価値はないと判断して、提督とアクィラとの方を向く。

彼女達も先程同様に動いていなかった。提督は変わりなく、アクィラはうつ伏せの彼女の背中には多数の銃創が出来ていて血がそこから吹き出している。生気の消えた目が僅かに開く瞼の隙間から伺える。

 

「やったぞ、提督、アクィラ……」

 

机に手をつきながらふらふらと二人の元へ進む。血が垂れる音がして足と腹部の銃創からの出血が酷くなっているのに気づいた。頭が重くなるのを感じる。ペタペタと歩く死の足音が聞こえてくるような気がする。

 

「結局、私もここまでか」

 

自虐的に言ったつもりのそれは、どこかに満足したような感情が含まれているのに気付いた。ポッカリと空いた心の穴が今の言葉で少し塞がった気がする。今日、色々なことが起きたせいで上手く考えられない。

提督とアクィラの間に入りしゃがみこむ、そのつもりだったが足がもつれて転ける。咄嗟に右手をついて体を支えたが、忘れていた激痛が帰って来てその場に蹲る。

 

「まだ、やることが、ある……」

 

痛みを歯を食いしばって耐え提督の方に這いつくばった。まだ提督の目は開いているし、その体勢は寝るのに相応しくない。そう思い、両膝をついて手を伸ばして瞼を閉ざして投げ出されたままの彼女手を腹の上で組ませる。最後に、私のケープを右手だけで苦労して外し提督の顔の上に掛けた。

 

「今までありがとう、Ich respektiere meinen Admiral。どうか安らかに……」

 

せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。例え内部の裏切りのせいでで死んだとしても、私が間に合えば救えたかもしれないんだ。陽炎と不知火も。ロシアの三人はどうだったか怪しいがサラトガも生きて入れたはずだ。そうすれば、アクィラだって……。

だが、もう悔やんでもどうしようもない上、凄く疲れた。早くやるべき事を終わらせよう。

体の向きを変えてアクィラと向き合う。寝るのにはつらそうな姿勢をしていたので、提督のように仰向けにして腹の上で手を組ませる。瞼を閉めながら話しかける。

 

「ふ、寝相の悪さは相変わらずか。毎晩毎晩蹴られるこっちの身にもなってもらいたいものだ」

 

底知れない寂しさを感じる。熊野に先立たれた鈴谷や常に共に過ごしてきた二人を失ったタシュケントも同じようなものを感じたのか?

寂しさを少しでも紛らわすためアクィラの頬を撫でた。まだ暖かさを残す彼女の頬は白っぽくなっていた。激戦で乱れた彼女の髪を軽く整え唇に目を落とした瞬間、耐えきれなくなり唇を合わせた。舌を入れ濃厚に、そしてゆったりと。いつもなら自ら絡めてくる舌に私から絡み、乾き始めた彼女の口に唾液を移す。もしかして、と思いやってみたがそんなわけも無い。唇を離すと橋ができるが、すぐに切れて消えてしまった。

 

「夢の見すぎか……。すまない、アクィラ。私がもっとしっかりしていれば提督共々生きて幸せになれたかもしれない」

 

あるいは、いや、もういい。この話はキリがない。過去は変えられない、復讐が出来ただけ良かったと考えよう。

出血で体が重くなり座っている体勢すらきつくなって、アクィラの傍らに寝そべった。彼女の血が付くがそんなことはどうでもいい。どうせ既に返り血や私の血で真っ赤に染まっている。動く気にもならずただただ天井を見上げた。

今ならなんとなくだが、鈴熊が負傷した時に逃げずに戦い共に死んだ理由がわかった気がする。それしかまともな選択肢がなかったんだ。片方が生きて逃げても最愛の人を失うことには耐えきれない。どうせいつか死ぬなら今ここでアクィラと共になった方がマシだ。

 

「生まれ変われるなら……次は平和な世界で一緒になりたいな」

 

スライドが開いたままのFiveseveNを手に取る。弾があればすぐに楽に慣れたんだが、ないとなると出血でゆっくりと死んでいくしかない。そこら辺に沢山転がっている銃をとってもいいがこれ以上腕以外を動かす気にもならない上、撃たれた脚はもう限界だ。……いや待て。腰のポーチを漁ると代用施設に入る前に取り替えた一発だけ弾の入ったマグが残っていた。これで逝けというお告げかな。

FiveseveNのマガジンキャッチを押してなんとか右手だけで空のマグを取り出して、最後のマグを入れる。スライドストップを押してスライドを戻して装填する。最後に先に逝ってしまったアクィラと提督の顔を見て私は踏ん切りをつけた。

上を向いてFiveseveNの銃口を顎に突き付けた。空に先にいったみんなが手招きしているのが見える。誰もが楽しげで、幸せそうだ。その集団の一番前でアクィラが手を伸ばしてきた。私は微笑み返し、

 

「さようなら、みんな。みんな、今行くよ」

 

一思いに引き金を引いて私は──。

 




正直なところ、最後のシーンが書きたくて今まで書いていた。自害するグラーフがエモい。すこ。グラーフ死亡シーン集とか作りたいなって思うぐらいにはすこ。アクグラは素晴らしいが残されるのはグラーフがいい。だって耐えきれそうにないから。アクグラはいいぞ、最高だ。
JS9ってドルフロで知ったんですけど、あの銃なかなか良くないですかね。スタイリッシュでエロいと思うんですよ。
次は……蛇足っぽいエピローグです。次回作に向けた布石だったり登場した艦娘についてちょっとだけ掘り下げたりします。


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エピローグ:汚れた紙の資料

机の上に汚れた紙の資料がある

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印刷番号BB555D117

 

極秘

持ち出し厳禁

 


 

■■■軍情報部

CC.

■■■日本軍情報部 副本番号:11

番号:KK■■■■2171

機密階級:極秘

閲覧権限:大佐以上


 

──以下我々が回収したある医師の記録である。

 

 

私は当時、一度在野に降りた医者だったが艦娘基地に人間の大規模な襲撃があったという報道を受け居てもたってもいられず元部下数名と共に第二陣で襲撃を受けた基地に向かった。

到着の五分前にその基地の艦娘部隊と海軍特殊部隊、陸軍特殊部隊が共同で敵を殲滅したと情報が入ってきたが正直その時はこの選択を後悔していた。誰だって死にたくはないものである。

しかし、現着した瞬間にそんな思いは吹き飛んだ。ここが内地だとは信じられないほど、基地は荒廃し、軍属していた五年間で幾度となく見た戦場そのものだったからだ。敵味方問わず死体がそこら中にあり、黒煙や炎は至る所から上がっている。十年のブランクなんて関係なく私は倒れているものを救おうとしたが引率して来た大佐に引き止められた。

何故、と問いかけると私と一番の部下である大石には見てもらいたい者がいると大佐が答える。他の元部下に臨機応変に対応するよう指示をし私と大石は案内されるままに基地内を進んだ。

どこもかしこも死体だらけで嫌になる中、一際新しい建物の破壊された玄関を潜るとそこも死体だらけ。血の匂いが篭っている。私達を連れ回してどうしたいのか大佐に尋ねようと考えているとここにある死体は海軍の制服や先程まで見ていた民兵のような服ではなく陸軍の南方方面軍であることに気づいた。

何故陸軍の、しかも本土には訓練部隊しかいない南方方面軍の制服を着た者が此処に。不思議に思い大佐に聞いたが、軍機の一言で帰ってきた。大石くんが私に耳打ちをしてくる。

 

「千畝さん、なんか怪しくないですか?」

「ああ。海軍基地に陸軍部隊がいることですら珍しいのに南方方面軍となると……結構な事態が起きたのだろう」

 

どのみち私は患者を救うことだけに集中すればいい。下手に首を突っ込んで政治や十年前の硫黄島防衛隊司令官のようなものに振り回されたくないからな。その時はそう考えていたのを記憶している。

階段を上がり二階に着くと血の匂いがいっそう濃くなる。窓を開ければいいんじゃないかと大石くんがぼやくがどうせ現場保存云々で開けられないだろう。豪華そうな扉とレッドカーペットの上をひたすら歩く。奥まった場所にある先程までよりそれなりに豪勢な扉の前で大佐が立ち止まった。

 

「お二人に見てもらいたいのはここです」

 

と言い扉を開けた。すぐに重厚な木の扉に遮られて聞こえなかった女性の泣き声が聞こえてくる。まだ若い大石くんが好奇心で扉の前に立ち覗き込むと表情が固まった。

 

「どうぞ、入ってください」

 

恐る恐る中を見ると会議テーブルを挟んで艦娘が二人、泣いているのが見えた。他に海軍特殊部隊の兵士や高官もちらほら見える。部屋は薄暗く硝煙の匂いと血の匂いが詰まっている。中にいた高官に呼ばれ私は部屋の中に入りテーブルを回って向かう。

死体が三つ、いや五つあった。荒れ果てている三つのうち二つは南方方面軍の迷彩服を来ていて一つが海軍の正装。残りの二つは誰かが整えたようで綺麗に横たわっている。片方は艦娘でもう片方は……私でも顔は知っている、この基地の提督。自体を詳しく把握する前に高官に声をかけられた。

 

「君が硫黄島防衛戦で最も優秀な軍医と表彰された千畝君か。私はある海軍高官だ。君たちにはこの二人を治療してもらいたい」

 

そういい、提督と艦娘を指さす。明らかに死でいるのに治療しろだと? 呆れた心情を表に出さないよう気をつけながら死んでいる事を指摘する。

 

「そんなことはどうでもいい。我々はこの二人を失っては行けない。だから君に頼んでいるんだ」

 

馬鹿らしさで肩を竦めたくなった。私達は医者であって魔法使いでも祈祷師でもない。大石くんが、他に救えるものがいるかもしれないのに何故私達に死者の相手をさせるととって係る。彼の腕を掴み引き止めると背後から艦娘が抱きついてきた。

 

「お願いデス……ワタシの提督を、仲間を救ってください……」

 

突然の事に驚いて一瞬固まるがその艦娘をゆっくりと離して向き合う。

 

「できる限りの事はします」

 

若い時ならもっとカッコつけたり力強い言葉を言ったかもしれなかったが、数々の"地獄"を見てきた以上、これ以外に何も言えなかった。

 

その後の記憶は正直曖昧だ。反発する大石くんを宥め私は提督に、大石くんは艦娘に簡単な処置を行った。そして大石くんを先に他の負傷者の元へ行かせ私は泣き崩れる艦娘に話しかけた事は覚えている。

その艦娘は私の記憶では硫黄島防衛戦では空挺降下していた戦艦金剛タイプの艦娘だった。横で涙が溢れないよう上を見ているのは確か空母イントレピッドタイプだったはずだ。

泣き崩れるに金剛に陳腐な言葉をかけた結果平手打ちされ、般若の顔で言葉を浴びせられ私は必死で謝った。すると力が抜けたように倒れまた泣き出した。

ただ、高官に促され会議室から退出する時に空母イントレピッドが奇妙な事を言った事を今でも覚えている。

 

「ああ、グラーフ、何処へ言ったの」

 

意味を聞き出す前に扉が閉められ、聞き出す機会は二度となかった。

 

P.S.

今では陸軍の反乱部隊が基地を襲い壊滅させたということが世間に広まり、この出来事のせいで時代が終わったと言われているが私は締め出された時に崩れ落ちる音を聞いた気がする。

様々な説や噂が飛び交っているがこれだけは言える。崩れ落ちなかった世界も大変だっと思うが少なくとも今この瞬間の世界よりはマシだっと考える。

 

以上が医師記録である。現在この医師は在野で診療所を開き患者を見ている。なお協力を要請した際に見聞きしたものに関しては箝口令をしき情報を統制済みである。

 

 

■■■軍情報部

CC.

■■■日本軍情報部 服本番号:12

番号:KK■■■■2191

機密階級:極秘

閲覧権限:大佐以上

 

■■基地襲撃による艦娘被害情報

 


 

戦艦ガングート- 死亡

死因:頭部に受けた銃創

備考:損傷が激しく優先的に検死を行った。

レコーダー:回収不可

 

戦艦リシュリュー-死亡

死因:腕部及び脚部からの出血

備考:そばに重巡プリンツ・オイゲンの死体あり。

レコーダー:確認済み

 

戦艦ウォースパイト

死因:手榴弾による爆死

備考:損傷が激しかったため識別に時間がかかった

レコーダー:確認済み

 

戦艦アイオワ-死亡

死因:胸部銃創からの出血と頭部の銃創

備考:頭部の銃創は死亡後につけられた可能性あり

レコーダー:回収不可

 

空母サラトガ-死亡

死因:大量の被弾による出血

備考:血で書かれたメッセージが彼女の近くにあったものの判別不能

レコーダー:確認済み

 

空母アクィラ-死亡

死因:背に受けた大量の銃創

備考:何者かが死亡後、整えた形跡あり。現在調査中

レコーダー:確認済み

 

重巡洋艦プリンツ・オイゲン-死亡

死因:頭部の銃創

備考:即死だった模様

レコーダー:回収不可

 

軽巡洋艦矢矧-死亡

死因:頭部の銃創

備考:損傷具合から南方方面軍のもつ対物ライフルで撃たれた可能性あり

レコーダー:回収不可

 

駆逐艦雪風-死亡

死因:頭部の銃創

備考:彼女を殺害する様子を移したライブ配信は世界中に拡散され削除は絶望的である

レコーダー:回収不可

 

駆逐艦ヴェールヌイ-死亡

死因:機関銃による銃撃

備考:遺体の一部は完全に潰れ回収不可

レコーダー:回収不可

 

駆逐艦タシュケント-死亡

死因:MV-22の爆発に巻き込まれ爆発

備考:遺体の一部は焼失し回収不可

レコーダー:確認済み

 

駆逐艦陽炎

死因:胸部銃創からの出血

備考:提督を庇った模様

レコーダー:確認済み

 

駆逐艦不知火

死因:頭部の銃創

備考:小口径弾で撃たれた模様

レコーダー:確認済み

 

潜水艦伊401

死因:ショック死

備考:腹部に大きな銃創、海に落ちた状態で発見

レコーダー:確認済み

 

潜水艦U-511

死因:頭部銃創

備考:死亡後に暴行された模様

レコーダー:確認済み

 

 

生死不明

航空巡洋艦鈴谷-MIA

護衛駆逐艦■■■の爆発に巻き込まれ蒸発した模様

備考:死体回収出来ず、他の艦娘のレコーダーに書き込まれた情報のみ

レコーダー:回収不可

 

航空巡洋艦熊野-MIA

同上

備考:護衛駆逐艦爆発時、既に致命傷を負っていた模様

レコーダー:回収不可

 

空母グラーフ・ツェッペリン-MIA

アクィラのレコーダーの情報から

グラーフが反乱部隊の兵士に突撃するのを確認。

その後彼女は当時かなり負傷していたのにも関わず部屋から消えた。以後消息不明。反乱部隊は殲滅されたため彼らに持ち出された可能性は低い。現在調査中。

我々情報部及び艦娘の運用経験がある士官の見解では海へといった説が有力ではあるが証拠は何一つとして存在しない。

 


 

メモが貼ってある

 

──あの馬鹿共は何も理解していない! 艦娘を全て退役又は他国へ異動させるなんて! この貧弱政府が、クーデターや新たな戦争が起きても知らんぞ!

その下に殴り書きが書かれている

 

もう遅い、ことは始まってしまった。神の救いがあらんことを

 




これにて私の二作目は完結です。ぱっぱと進めた割には総文字数は十万字を超えてしまいましたが反省も後悔もしていない(キリッ。
毎日ノルマ500字を続けた結果、だいたい五ヶ月ほどかかりました。書いた本人が、あれここどうだっけって言うのが沢山ありましたが多分回収予定の伏線は全部回収できたはず。自信はない。
最後のは時間とやる気が出てきたら回収したいけど……うーん。私の執筆能力ではいつになることやら。
そのうち修正版を私のところで出すと思います。時間掛けすぎたせいで修正したい箇所が多すぎるんじゃ。
最後に一つだけ言いますが、私は艦娘に幸せになって欲しいと願うただの提督です。嫁である金剛はプロットを立てる度に死ぬか置いていかれたり、グラーフはだいたい絶望に叩き落とされたえり、同じ世界線で『あ、どうせこの後この艦娘は死ぬんだな』とか思いながら日常書いてたりしますが。みんな幸せになって笑顔で終戦迎えてくれ……。
でも、やっぱり、グラーフの死亡シーン集か(自主規制


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そして青年は提督となる(紫和春)
1話  提督就任


まさか3作目まで書くとは思いませんでした。創作意欲を掻き立てられたすべての存在のせいです。
 そんなわけで今作は前から考えていた艦これ世界を書かせて貰いました。個人的に、この世界観が一番現実味あるかなと思います。



 帰宅ラッシュが終わり、人もまばらになった駅のホーム。そこでスマホからニュース情報を眺めている青年がいた。

 

「世界規模で発生しているネットワークウイルスかぁ……。怖いねぇ」

 

 彼は元原大輝。ただのIT系企業に勤める会社員だ。あと何ヶ月かすれば、彼も晴れて三十路の仲間入りである。

 電車に揺られること数十分、最寄り駅についた元原は途中コンビニに寄って晩御飯を調達した。せっかくの一人暮らしだから自炊も頑張ろうと意気込んでいたのは最初の数ヶ月だけで、今になっては面倒という理由だけでコンビニ飯に傾倒していたのだ。

 自宅であるアパートに帰ってきた元原は、ポストの中を覗く。普段は入ってないことが多いのだが、この日だけは少々事情が異なっていた。今まで見たことないような封筒が一通入っていたのである。

 

「なんだこれ?……カシカワ?」

 

 カシカワとは、「日本のサブカルチャーを牽引する」を企業理念においた大手企業、KASHIKAWA株式会社のことである。多数の書籍や漫画レーベルを持ち、ゴロゴロ動画という動画サイトを運営するなど、その理念に沿うような事業を展開している。

 そのカシカワから突然封筒が届いたのだ。元原には請求の類いをしたような記憶はない。

 

「とりあえず開けてみるか……」

 

 部屋に入った元原は、封筒の中の紙を見る。

 そこには「特務提督就任のお知らせ」と題した複数枚のコピー用紙が入っていた。

 

「なんだこりゃ?……『別紙に記載したウェブサイトから添付したIDとパスワードを入力してください』?」

 

 今時こんな古い手法があるのかと元原は思った。だが、これがどのようなものなのかという興味も同時に沸いた。

 早速パソコンを立ち上げると、ブラウザにURLを打ち込む。

 そのサイトに飛んでみると1秒にも満たないロードを経て、デカデカとタイトルが画面いっぱいに映し出された。

 

「艦隊これくしょん……?」

 

 最近ネットで話題になっているブラウザゲームだ。元原自身はやってはいないが、友人たちはやっているとのことだった。だがなぜこのサイトに飛ばされたのか、やはり元原には理解できなかった。

 画面を少しスクロールすると、入力フォームが現れた。ここにIDとパスワードを打ち込むのだろう。

 元原は少しためらったあと、それぞれを入力した。

 エンターを押すと、画面が真っ暗になる。

 

「あっくそっ!完全にやられた!」

 

 元原が頭を抱えていると、画面は何もなかったかのように続きを表示しだした。

 

「か、ん、こ、れ!始まります!」

 

 元原は感情があっちこっち行ったせいで、もはや無心となっていた。

 そんな彼を置いたまま、モニターは初期艦を選択する画面に移る。元原は何も分からないまま、初期艦を選択した。

 

「初めまして、吹雪です!よろしくお願いします!」

「あっはい、よろしく……」

 

 吹雪の挨拶に、思わず元原も反応する。

 

「あっ、あなたが特務提督さんですね?お話は聞いてます」

「……ん?今俺のこと呼んだ?」

「はい、お呼びしました!」

 

 現在進行形で起きている現象に、元原は一瞬受け入れてしまった。だがすぐに正気に戻り、『画面の中』にいる吹雪に確認をする。そして吹雪はそれに答えた。

 

「ちょ、え!?どゆこと!?」

「大丈夫ですか?司令官?」

「……司令官って俺?」

「他に誰かいますか?」

 

 元原は少し考えたあと、布団へと潜り込んだ。

 

「しれいかーん!どこ行くんですかー!」

「寝る。悪い夢を見てるんだ。そうに違いない」

「夢じゃないですよー!」

 

 これは現実だと認識せざる状況の元原は、しぶしぶ布団から出てくる。

 

「えーと…どゆこと?」

「司令官が混乱するのも仕方ないです。なので私が説明しますね!」

 

 吹雪が画面外に走っていったかと思うと、画面が移り変わって背景が黒板になる。

 

「まずは艦これの仕組みについてお話しますね!」

「あ、はい」

「一般世間で艦これは『艦娘を編成、育成、強化しながら無敵の連合艦隊を目指す育成シミュレーションゲーム』という風に認知されています。しかしこれは世間の目を欺くためのものであり、本当の目的は別にあります」

「本当の目的?」

「はい。その目的は『マルウェア対抗用アンチウイルスソフト』なんです!」

「アンチ……ウイルスソフト?」

「そうなんです!ほとんどのユーザーはそのことを知らず、普通にプレイしています。ですが、一握りのユーザーはそのことを理解し、『特務提督』として活動しているんです」

「その特務提督ってのに俺が選ばれたのか」

「そうです。この特務提督の役割というのが、より深い部分でウイルスに対処できる権限が与えられるんですよ」

「でもなぁ、俺このゲームよく知らないし……」

「大丈夫です!そのために私がいます!」

 

 そういって吹雪は胸を張る。そんなことは関係なしに、元原は考えることを放棄しようとした。

 

「とにかくですよ!司令官はあまり深いことは考えずに、普通の艦これと同じようにプレイしてれば大丈夫です!」

「そんなもんかぁ?」

「そんなもんです!」

 

 元原は頭を掻くと、一つ溜息をついた。

 

「わかったよ……。やったるよ、提督」

「はい!よろしくお願いしますね!」

 

 こうして、元原の不思議な提督業生活が始まったのであった。

 


 

「で、まずはどうしたらいいんだ?」

「基本は世間一般の艦これを同じですから、とりあえず工廠で新しい艦娘を建造しましょう」

 

 そういって吹雪は母港画面にある「工廠」の部分を指さす。元原はそれに従い、工廠ボタンをクリックした。

 画面が切り替わっても、吹雪はそのまま表示されていた。

 

「そしてこの建造をクリックしてください」

「おおう、なんか出てきた」

「これが建造するための資材投入画面です。ここで任意の資材量を入力することで艦娘を建造することができます」

「……これ、どのくらいにすればいいんだ?」

「今は資材もないので、全部30で行きましょう」

 

 元原は言われるがまま、数字を変えることなく建造を開始した。

 残り時間の表示は1時間を指す。

 

「これであとは1時間待ちます」

「何が出るとか分かるん?」

「いえ、ランダムです」

「マジ?」

「あ、いや、ある程度操作できたりするんですが、ちょっと難しいので今は考えなくて大丈夫です」

「あぁそう……」

「でもせっかくですから、高速建造材でも使いましょうか」

「この、高速建造でいいのか?」

「はい」

 

 高速建造をクリックし、使用した。バーナーを引っ張り出した妖精さんが火を吹かせて、残り時間をあっという間に0にする。

 妖精さんが、艦艇が完成したことを喜ぶかのように飛び跳ねる。

 

「では完成した艦娘を見てみましょう!」

 

 吹雪はノリノリで言う。とにかく元原は吹雪の指示に従った。

 艦艇の部分をクリックすると、また画面が切り替わってカードが表示される。そして画面が光り輝き、新たな艦娘の姿が映し出された。

 

「軽巡、多摩です。猫じゃないにゃ」

 

 それは軽巡洋艦の多摩である。

 

「これはどうなんだ?」

「悪くはないと思いますよ」

「……多摩の話しているにゃ?」

「では次に編成をしてみましょう」

 

 吹雪は編成の欄を指す。

 クリックすると、6枠ある内の一つに吹雪が入っていた。

 

「私の隣の枠に多摩さんをいれましょうか」

「あい」

 

 変更をクリックし、そこに多摩を編成した。

 

「これでいいのか?」

「はい、大丈夫です。それでは続いて任務を確認して『はじめての出撃!』を遂行しましょう」

 

 今度は母港を指さす吹雪。ここまで案内するならそちらでやってくれないかと元原は思うが、残念ながらそれはできないようだったので、諦めて指示に従う。

 すると画面上部の任務欄が点灯していた。そこを押すと、何かの一覧とともに、新たな艦娘が現れる。

 

「お疲れ様です、特務提督」

「ぅおう、こっちもしゃべるのか」

「はい。軽巡洋艦大淀です。本来は通常の艦娘ですが、今はこれが仕事になってます」

「仕事て……」

 

 大淀がフェードアウトすると、現在の任務が表示される。

 いくつかは任務を達成しているようだ。「はじめての『編成』」をクリックすると、いくつかの資材と新しい艦娘である白雪を入手した。

 

「あ、白雪ちゃん!」

「吹雪ちゃん!ここ特務提督の鎮守府なんだね!」

「うん、そうなんだよー!」

 

 二人でキャピキャピしている光景をみて、つい若者の会話にはついていけない、と元原は思ってしまった。これも歳を取った弊害なのだろうか。

 そんなことしている間に、もう一つの任務を達成していたので、それも入手した。

 

「この後はどうすればいいんだ……?」

「これは暫く終わりそうにないにゃ」

「それは困るんだけどな……」

「じゃあ、簡単に私のほうから説明しましょうか」

 

 本当はダメなんですけどね、と付け足して大淀が出て来る。

 大淀の指示で、白雪も編成した第一艦隊を何も考えずにマップの1-1、すなわち鎮守府正面海域へ出撃させる。

 

「あ、出撃ですね?頑張ってきます!」

 

 さっきまでの雰囲気とは異なり、少しだけ真剣な表情をする。早速Aマスに進出すると敵と会敵し、赤字で「戦闘開始!」が表示された。

 互いに単縦陣の同航戦で戦闘が始まる。相手はイ級である。

 

「なんだあのビジュアル……。考えた人の精神どうかしてたんじゃないか?」

 

 そんな元原のぼやきはスルーされ、多摩による砲撃が始まった。これによりイ級は体力を半分削られ中破に。イ級の砲撃は吹雪を襲うものの、小破にもならずに済んだ。

 そのまま吹雪が砲撃する。それが見事に命中し、イ級は撃沈となった。

 

「いい調子です、提督」

「いや……、ほぼ勝手にやってくれてるんだけど……」

「艦これは運も味方につけないといけないゲームですから」

「さいですか……」

 

 そんなことをしていると、画面いっぱいに羅針盤が表示され、勝手に回転する。そして回転が止まると、針が向いていたと思われる方向に艦隊が移動したのだ。

 

「今のも運要素の一つですね」

「マジかよ……」

 

 正直元原は、戦闘中ずっと驚いてばかりだった。そのほとんどは運、すなわちギャンブル的な構成によって出来ていたからだ。

 そんなことを考えているうちに、画面では次の戦闘が始まっていた。ここでは軽巡1隻、駆逐3隻の艦隊が相手だ。

 元原は今回も砲撃戦で決着がつくものかと考えたが、残念ながらそうは行かず、砲撃を外すことを知らせる「miss」がむなしくホップアップされていた。

 そして互いに砲撃が終わると雷撃戦へと移り、雷跡が交差していった。攻撃は互いに大きなダメージを負わせる。敵は駆逐1隻を撃沈させることに成功したが、こちらも呼応するように白雪が中破になった。

 

「えっ、なんか服破けてない?」

「そういうシステムです」

「嘘でしょ!?てか君もよく淡々と報告できるね!」

 

 そんな元原の突っ込みもむなしく響く。

 

「ま、まだやれます!こんな所で引けませんから!」

 

 ここで画面は、上下から来た扉のようなもので閉ざされ、二択を迫られた。

 

「これはどうすれば……?」

「これは逃げるか戦うかの選択画面なので、提督のお好きなようにしてかまいません。今回の編成なら、夜戦は強いですから、続けても問題ないでしょう」

「そうですよ司令官!私たちはまだまだやれます!」

 

 画面の奥から吹雪が答える。

 

「そうか。じゃあ続けようか」

 

 元原は夜戦突入をクリックする。

 すると扉が開かれ、夜戦であることを示すように全体的に明度が下げられていた。

 さっそく多摩が砲撃する。すると先ほどまでとは異なり、急に砲撃が通るようになったようで、軽巡を葬り去る。

 それは吹雪、白雪も同様だったようで、それぞれ駆逐を撃沈させた。

 これにて戦闘終了。結果が表示される。

 

「勝利A。まぁまぁ悪くない結果ですね」

「やっぱり多摩は優秀だにゃ」

 

 MVPを取った多摩が胸を張る。

 すると画面は「新たな仲間を発見しました!」というメッセージを表示した。

 

「これは?」

「ドロップ艦ですね。私たちの仲間になる艦娘です」

 

 建造の時と同じように、光り輝く背景からカードのようなものが出てきて、艦娘が現れる。

 

「霞よ。……ふーん、あなたが特務提督なのね」

 

 第一印象はあまり良いとは言えなかった。

 

「そういえば、これも運なのか?」

「はい、そうですよ」

 

 画面はいつの間にか母港に戻っており、そこにいた吹雪が答える。

 

「戻ってきたら、艦隊に補給をしましょう」

 

 そういって吹雪は「補給」と書かれたボタンを示す。

 元原はそれをクリックすると、必要な燃料と弾薬が画面上部に表示される。下にはまとめて補給できるボタンがあり、なんとなく元原はそれを押して補給させた。

 

「補給が終わりましたね。でしたら怪我した艦娘を入渠させましょうか」

「そうにゃ。早くお風呂に入りたい……」

「では、司令官。ここを押してくださいね」

 

 吹雪は入渠のボタンを示した。そこをクリックすると、なんとも港らしい画面が出てきた。二つある枠のうち一つを選択すると、艦娘が表示され、中破や小破になっているかを確認できるようになっていた。今一番損傷を受けている白雪を入渠させた。その下には、ダメージは負っているものの、そんなでもない吹雪を選択する。

 吹雪はすぐに回復したが、白雪はまだ時間がかかるようだ。

 ここで元原が疑問に思っていたことを吹雪に聞く。

 

「このゲームかなり運が必要みたいだけど、何か理由でもあるん?」

「理由はありません。……と言いたいところなんですけどねぇ」

「……もしかして訳あり?」

「はい。もし聞くならそれなりの覚悟が必要ですよ」

「……よし、分かった。話を聞こう」

 

 元原の返答を聞き、吹雪は語りだした。

 

「……私たちはかつて存在していた軍艦が元ネタです。それはすでに話した通り、艦これがネットワークの海、もしくは電子の海でアンチウイルスソフトの役割を果たしているからなんです。そもそもこのマルウェアは深海棲艦と呼ばれ、ネットワークにはびこって個々の蓄積データを消去、改竄して情報社会を世界規模で混乱させようとしている悪意の塊のようなものなんです」

「ほうほう……」

「そこで、10年ほど前にカシカワは深海棲艦に有効なアンチウイルスソフトを作ろうとしました。しかし一から作っていては到底太刀打ち出来ません。そこで被害にあったデータの中から深海棲艦と思われる多数の破損データを収集し、これを組み合わせることで一定のデータ配列群をアンチウイルスソフトとして稼働させることに成功したのです」

「それが艦娘……?」

「正解です。艦娘は深海棲艦から得られた破損データを用いて再現を行ったものです。破損データの中には艦娘として構成することができないものや、正しい配列になっていないと機能しないものもあるため、ある種の乱数に依存してしまっているのです」

「なるほど……」

「このランダム性は艦娘の入手手段において、ほとんどの場合発生します。そのため、世間一般では運ゲー呼ばわりされてしまっているのです」

 

 ここまで聞き、元原はなんとなく艦これが取り巻く現状を把握することが出来た。

 

「実際、深海棲艦に対抗できる手段は私たちのみです。そのため、司令官には無責任ながら人類の社会のために深海棲艦と戦ってほしいのです」

「……まぁ、ここまでやっちゃったこともあるし……」

「それにカシカワから特別報酬ありますからね」

「……ん?今なんて?」

「カシカワからの特別報酬ですか?確か封筒に同封されてたはずですが……」

 

 それを言われ、元原は封筒を引っ張り出す。中身を再確認すると、細かい文字列の中に報酬について書かれていた。

 

「んー……『特務提督に就任した場合は申告した口座に月10万円の報酬が振り込まれる』だって!?」

 

 この記述に元原は衝撃を隠せなかった。今の仕事の給料にこの報酬が加われば、幾分か生活が楽になる。この思考が元原の頭の中を覆いつくした。

 

「司令官……?」

「やる」

「え?」

「俺、提督やるよ」

「ほんとですか!よろしくお願いします、司令官!」

「あぁ、よろしく」

 

 こうして元原は提督になった。

 



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2話 会議

 次の日、元原はものすごい勢いで仕事を終えると、まっすぐに家へと帰宅する。そのままの勢いでパソコンの電源を入れると、カシカワが指定したあるページに飛び、自分の持つ銀行口座を入力した。

 

「ふっふっふ……。これで提督としての報酬をゲットできる……!」

「司令官、すごい悪い顔してますよ」

 

 いつの間にか艦これが起動しており、秘書艦として母港に表示されていた。

 

「おっと人聞きの悪い。お金というものは現代社会で必要不可欠な超重要アイテムだぞ。これがなきゃ生きていけないからな」

「そうですかね?」

「あれから少し調べたけど、お金というのは君たち基準でいうと資材だからね?」

「分かってますよ、そのくらい」

 

 吹雪は頭を抱えたようなジェスチャーをする。

 

「そんなことより、今日も頑張って攻略しますよ!」

「はいはい。次は1-2に行けばいいのか?」

「そうです。では早速行きましょう!」

 

 吹雪はかなりウキウキモードである。とにかく元原は、昨日ドロップによって得た霞を第一艦隊へと編成させて出撃させる。こちらも昨日同様、ごく簡単に突破することが出来た。

 そして母港に帰投させると、補給と入渠を行ってまた出撃させる。理屈が分かればあとは単純な作業ゲームとなった。

 だが、艦これというゲームはそこまで単純なゲームではない。耐久値の回復という時間があるものの、彼女たちには少しづつ、確実に疲労が蓄積していた。

 そして、それは予定調和のごとく現れる。

 元原は鎮守府近海を制覇し、2-1であるカムラン半島に出撃しようとした時だった。

 

「ちょっと……司令官?」

「どした?」

「少し休ませてほしいんですけど……」

 

 そういった吹雪には、オレンジ色のアイコンが表示されていた。

 

「そう?そこそこ休ませてると思うけど?」

「そうは言いましてもね……。本当のところ、私たち艦娘には疲労度というものが設定されていまして、それを回復させてほしいんです」

「疲労度?」

「調べればすぐ出ますよ。基本は同じなので」

 

 そう言われて元原は検索サイトを使って、疲労度について調べた。どうやら疲労がたまると戦闘時にバフが発生する。そのため、疲労を回避するためインターバルを置いたりするのが基本とされる。

 

「なるほど、こんな概念が実装されているのか」

「なので10分程度でいいので、休憩をさせてください……」

「まぁ、それもそうだな。ちょっと休もう」

 

 そんな感じで、しばしの間放置することになった。

 俺は飲み物を取りに行き、飲みながら戻る。一方、画面では吹雪が艤装を外して楽な姿勢になっていた。

 

「そういえば私、司令官のことあまり知らない気がします」

「……そうだけどさ、いる?」

「いると思います」

「うーん、どこから話せばいいか」

「じゃあ、お仕事の内容からお願いします」

「仕事はIT系だな。主に中小企業向けのソフトウェア開発をしているよ」

「ご家族とかは?」

「長野の実家に父と母、あと弟、妹がいる」

「趣味はゲームですか?」

「いや、そういうわけでもないんだけど……。なんでそう思った?」

「特務提督の通知って、カシカワ関連のアカウントを所有していることが必要条件なんですよ」

「カシカワのアカウント?……そういえば一回GMMでアカウント作った記憶があるなぁ」

「GMMはカシカワと業務提携してますから、もしかしたら個人情報の取引があったかもしれませんね」

「それダメじゃね?」

「いえ。アカウント登録時の利用規約や個人情報取り扱いに関する規約に書いてあれば、法的には問題ないですからね」

「あれ読む気になんないじゃん」

「ああいう所にとんでもないこと書いてあったりしますから、読んでくださいね」

「次から気を付けます……」

 

 最終的に元原は説教された形にはなったが、そこそこいい休憩にはなっただろう。

 

「さて、そろそろ出撃するか」

「はい!頑張ります!」

 


 

 東京都某所にあるカシカワ株式会社。その本社ビルの会議室に強面の男性たちが勢ぞろいしていた。

 

「皆さん揃いましたね?では官民合同ネットウイルス対策本部の定例会議を開催します。ではまず我が社のほうから報告を行いたいと思います」

「対策本部カシカワ株式会社担当の久保です。前回の定例会議から、新たに18人に対して特務提督の参加促進通知を郵送しました。現在までに4人が特務提督に志願し、現在も継続してプレイしています。以上です」

「では警視庁公安委員会の方お願いします」

「はい、公安委員会担当の大山です。現状、深海棲艦と呼称されるインターネットウイルスについて、現在も極秘に捜査を続けていますが、正直に申し上げますと成果無しです。まず手がかりが掴めていません。これに関しては捜査当初に検討された、自己進化する人工知能型マルウェアの線が濃厚かと考えられます」

「では最後に、内閣府の方、お願いします」

「内閣府担当、内閣官房副長官補室事務官の網嶋です。現在、諸外国との情報共有ではアメリカの他にロシア、中国、イギリス、ドイツ、イタリア、フランスなど、先進国を含めた44ヶ国で深海棲艦の出現を確認しています。被害を受けたとされる通信機器は把握しているだけで世界累計23億7000万以上と見られます」

「はい、ありがとうございました。何か質問などあれば受け付けますが?」

「私から」

「大山さん、どうぞ」

「深海棲艦の正体究明を担っているのはカシカワさんでしたな?現状、どれだけのことが分かっているか教えてもらってもよろしいですか?」

「それは技術主任の我孫子から報告してもらいましょう」

「あ、どうも。ソフトウェア開発部門セキュリティ課課長の我孫子です。えー、簡潔に申し上げますと、いまだよく分からないというのが本音でして……。深海棲艦がなぜ我々が開発していたウェブアプリケーションで姿かたちを現し、動作出来たのか本当に不思議なんです。しかも解析しようにも、まるで見たこともない言語を使用している感じですので、もう手が付けられない状態です……」

「なるほど。内閣担当の網嶋さん、国外で個人が作成したウイルスがネットワーク上に放出されたという可能性は否定できませんね?」

「えぇ、その通りです。公安委員会にも諸外国からの捜査情報が入っていると思いますが、世界中で同時多発的に発生した所を鑑みるに、そういったことは十分にあり得ると思います」

「せめて痕跡が残っていれば追跡可能なんですけどね……」

「とにかく、深海棲艦の猛威が振るわれ始めてから早10年。唯一の対抗策とも言える艦娘の登場で均衡を保っている状況を変えなければなりません」

「あ、ちょっと失礼。質問を」

「所属と名前をお願いします」

「公安委員会サイバー部門チーフ補佐の阿左美です。先ほどの……我孫子さんの話から深海棲艦は謎の塊である旨をおっしゃっていたと思いますが、それなのに何故艦娘の技術を完成させられたのですか?」

「阿左美!資料読んでないのかお前は。すいません、まだ新米なもので……」

「資料は読みましたが、ここ矛盾が発生しているのが納得いかないんです」

「だからってなぁ……」

「大丈夫ですよ、大山さん。えー、では我孫子さん、説明をお願いします」

「はい、えー、実は艦娘の技術も原理はよく分かっていないんです。当時の担当者が、深海棲艦が残していった破損データを解析していた途中で偶然が起きたようで、それが現在の艦娘に繋がるアンチウイルスソフトの始まりとなったんです。艦娘自体の研究はかなり進み、現在のようにソフトとして運用できるような状態にこぎつけたのですよ」

「そうなんですか……。説明ありがとうございました」

「さて……。今日はこのあたりで終了としましょうかね?」

「報告はほぼ出尽くしたでしょうからね」

「では本日の定例会議は以上をもって終了とさせていただきます。次回はまた6ヶ月以内に我が社から通告いたします。お疲れ様でした」

 

 こうして男たちは席を立ち、部屋から出ていく。

 最後まで残っていたカシカワ社員の数名は、会議で使用した物の片付ける作業に入っていた。

 

「そういえば我孫子さん、例の計画の進捗はいかがです?」

「ひとまず実験は成功しました。あとはネット上にアプリケーションとして問題なく動作するか確認する作業に入ります」

「そうですか。これが完成すれば、すべてを終わらせることができますね」

「はい。そのために我々が動いているんですから」

「その前に深海棲艦防御システム強化のための大規模作戦を展開予定していますが……」

「それは後々対応するとしましょうか」

「はい」

 

 そうして彼らは会議室から退室していった。

 



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3話 作戦と同僚とフラグ

「いけっ……いけっ……いけっ……!」

「いっけぇ!」

 

 夜戦に突入し、ボスをあと一歩まで追い詰めた吹雪の最後の攻撃。魚雷の航跡がボスに向かい、残りの耐久値を全て削り切った。

 

「よっしゃぁ!沖ノ島海域突破ァ!」

「やりました!司令官!」

 

 初心者提督が必ずと言っていいほどぶち当たる壁、それが2-4の沖ノ島海域である。それは元原率いる艦隊がクリアしたのである。

 

「あぁぁ、終わったぁ……。長かったぁ……」

「ここ数週間は毎日のように出撃してましたからねぇ」

「ほんとこのクソ提督には参っちゃうわ」

「あたし的にはもうちょいかかると思ってたけどな」

 

 最近は艦娘の数も増えて、母港がだいぶ賑やかになった。実際母港に表示されているのは秘書艦である吹雪改のみだが、その後ろで音量を下げたような騒ぎ声が聞こえてくるのだ。

 

「外野!ちょっとうるさいぞ」

「まぁまぁ。人が増えれば騒がしくなるものですからね」

「だからってそんなうるさくされちゃこっちも困るんだよなぁ。お隣さんに聞こえてたら変質者扱いだよ」

「それもそうですねー」

「なんで他人事みたいに言ってんだ。君も当事者だよ」

「あっ、そんなことよりもですね……」

「ちょい待て逃げるな」

「艦これ運営から電報が届いています。今度の大規模作戦についてですね」

「作戦?」

「ここからは私が説明しましょう!」

 

 どこからともなく大淀が現れる。

 

「ぅおわ!急に出てきたな、おい」

「私は艦娘以外にも任務娘としての面もありますからね」

「それで、大淀が出てきて何の話を?」

「近日行われる大規模作戦の概要を説明するために参上した次第です!」

「なんかキャラ変わってない?」

「まぁ、ちょっとテンション上がっちゃいました。……それより大規模作戦の話なんですが」

「あ、うん」

「今回の大規模作戦を簡単に説明しますと、『南東諸島海域にはびこる深海棲艦の群れを撃退すべく、ここに進軍する友軍と共に連合艦隊を出撃させよ!』という感じです」

「南東諸島海域ってどこ?」

「南東にある諸島周辺の海域です」

「つまりそういう設定?」

「身も蓋もないですが、そうですね」

「最近攻略Wiki見てるから、なんとなく思ったけど、案外雑っぽいよね」

 

 元原が思ったことを口にしたとき、大淀の眼鏡が光る。

 

「提督?Wikiを見ているならお分かりだとは思いますが、最近の大規模作戦は次第に複雑化してきています」

「お、おう……」

「一応提督は初めて数ヶ月という初心者ですが、特務提督は問答無用で強制参加ですからね?」

「は?マジ?」

「マジです。大規模作戦は一見深海棲艦に打撃を与えるべく、我々から仕掛ける作戦のように見えますが、実際はネットワーク上に対深海棲艦用のセキュリティフィルタを構築するために行うんです」

「へー」

「艦これ初期は簡単なマップでしたが、これは深海棲艦側がまだ脅威の低い存在だったためなんです。それに対抗するため定期的に、より高精度なフィルタを用意するたび、マップが複雑なことになっていったんですよ」

「ほーん。でも俺それに参加しないといけないんだろ?Wiki見る限りだと俺見たいな初心者は無理じゃね?」

「無理ですね」

「はっきり言い切りやがった」

「ですが特務提督の特権で、作戦遂行の際はあんな畜生マップを攻略しなくていいんです」

「おい言い方」

「あのマップを攻略するのは一般の提督さんで、彼らが深海棲艦を漸減させるんです。そして特務提督が作戦の最後に、アンチウイルスソフトとしての機能を働かせるための作戦を実施するんです」

「つまりどゆこと?」

「うーん、そうですね……。世間一般の大規模作戦の実施をセキュリティアプリをダウンロードした状態とするなら、特務提督の作戦はアプリのzipファイルを解凍して起動させる役割ですね」

「なるほど分かりやすい」

「そして、この役割は特務提督が持つ権限の一つでもあるんです」

「だから俺も問答無用で参加させられるのか……」

「はい。でも心配ご無用です!大規模作戦時には運営から特別なモノが支給されます」

「特別なモノ?」

「それが特務提督のみに許された作戦、システム起動プロトコルです。これのために特務提督は通常とは異なる、いわゆる裏マップを攻略します。そのために特殊な装備が運営から送られてくるんです。それを使えば、とんな深海棲艦も一発で撃破!完全無欠でオーバーウェポンの最強装備です!」

「運営、すげぇ大盤振る舞いだな。別に最強装備じゃなくても、何か装備やらなんやらを支給してくれていいのに」

「それは出来ないんです」

「なんで?」

「先ほども言いましたけど、大規模作戦はネットワーク上のセキュリティを強化するために行うんです。常設のマップと違うんです。そこをはき違えないでください」

「あっはい、すいません……」

「まぁ、とにもかくにも、提督にはこの作戦に参加してもらうので忘れないでくださいよ」

「お、おう、分かった……」

 

 大淀に念を押されるように、きつく言われた元原。パソコンの中の存在ではあるものの、彼女には逆らわないようにしようと元原は心の中で決めたのだった。

 


 

 提督業が身についたこの頃。大規模作戦が実施されるとは言っても、彼にも本業がある。

 この日もいつものように出社した彼は、自分のデスクについて早速作業の続きを始めた。

 そんな中、元原に声をかける男が一人。

 

「よう、趣味なし野郎」

「あ?なんだ間抜け投資家?」

 

 趣味なしを公言している元原が間抜け投資家と称した男が、彼の同僚である宮戸洋輔だ。

 この男、投資家を自称しており、当時誰も注目していなかった株で一儲けした実績がある。しかし、その儲けた金で購入した株が大暴落し、危うく有り金を溶かしかけていた。今は細かい儲けを出すような運用をしている。

 

「まぁまぁ、そんな言い方はないだろうよ」

「どうでもええわ。んで、何用だよ?」

「そうそう。昨日さ、部長と取締役員が話してるのをチラッと聞いたんだがよ、どうもファザック株式会社がうちの株の50.1%を買うらしいぞ」

「は?なんだそりゃ?てか、お前なんちゅうもん聞いてんだよ」

「これは事件だね。ちょっと対策立てる必要がありそうだ」

「おい待て、インサイダー取引しようとしてねぇか?違法だぞ犯罪者め」

「言いがかりは良くねぇな。実行しなきゃ犯罪じゃねぇ。そんなことよりも、だ。ファザック株式会社っつったら、あの天下のIT企業のカシカワの子会社だぜ?」

「カシカワ……」

 

 聞いたことある会社の名前に、元原は微妙に反応する。

 

「もしうちがファザックの子会社になるようだったら、晴れてカシカワの孫会社だ」

「さいですか。でもよ、なんでわざわざうちのようなちっさい会社なんかを子会社化するんだ?」

「あんた自分の会社のスペック把握してる?そんじょそこらの会社なんか手が出せないようなサーバが山のようにあるんだぜ?」

「どんなサーバだよ……?」

「そりゃもう、世界規模のMMORPGを運営できるほどよ」

「あーそっすか」

「うちの社長、設備投資と人材育成には金を惜しまないんだよなぁ。結果としてカシカワの孫会社に成り上がれたわけだからな」

「……てか、それ全部お前の妄想じゃねぇか」

「いやぁ、割と当たってると思うぞ。なんたって、この敏腕投資家が言うんだからな!」

「それ自分で言ってて恥ずかしくない?」

「ない!」

 

 宮戸のよく分からない自信が、オフィスにむなしく響いた。

 


 

 この日も、元原は仕事を終えて帰宅していた。

 数か月ほど前の彼ならば、適当に夕食をとって寝るという生活であった。しかし、特務提督として活動を始めてからは、帰宅したとたんにパソコンの前を陣取り、買ってきた夕食を片手に艦これをするようになっていた。

 

「司令官、そんな雑に食事してたら溢しますよ」

「大丈夫だ、そんなヘマはしないぞ」

「そういうフラグいらないですから」

「フラグじゃないんだけど……」

「というか、パソコン壊したらどうするんですか?買い替えるんです?」

「んー、まぁ、ほかにパソコン無いこともないんだけど……」

「もしかして訳アリだったり?」

「いや、ただの改造した自作ノートPCなんだけどな。割と癖の強いヤツなんだよ」

「そうなんですか……」

「機嫌良い時は最高なんだけど、悪い時はそりゃもう暴走もいいところだよ。最近は機嫌悪いからそこらへんに放っておいてるんだけどな」

「……どういうことですか?」

「こっちが聞きたい」

 

 そんな雑談を交えて、第四艦隊を遠征に出るよう指示する。遠くで「オリョクルはもう嫌でちー!」という叫び声が聞こえた気がしたが、元原は聞かなかったことにした。

 元原は軽く溜息をつくと、普段はあまり飲まないビール缶に手を伸ばし、飲もうとする。しかし表面が結露していたがために、うっかり落としてしまう。不運は続き、中身がパソコンにかかってしまった。

 

「ぎゃあああああああああ!?!?!?ああぁぁぁぁ!!!!ウラーーーーー!!!!」

「司令官!?だから言ったじゃないですか!」

「あぎゃああああああ!!!!」

 

 元原は慌ててティッシュを雑に引き出し、ビールを拭き取る。しかしながら全部を拭き取ることはできず、その一部はパソコンの基板にまで浸ってしまう。

 そして数秒した後、ビープ音と共にブルースクリーンが画面いっぱいに表示された。

 

「ぬあああああああああ!!!!俺のパソコーーーーーン!!!!」

 

 見事なフラグ回収を行った元原の大絶叫の中、パソコンはお釈迦になった。

 それから十数分は絶望に飲まれ、放心してしまう。正気に戻ったあとは、パソコンをどうしようか考える。

 正直、5年ほど使っているノートパソコンであったため、買い替え時だろうと思っていた。幸い、パソコンの中には重要なデータ類はなく、その辺は問題はない。しかし今は生活に多少余裕がなく、新しいものが買えないのだ。

 

「となると、アレか……?」

 

 そう、元原が自作した改造ノートPCだ。壊したPCより少しばかり古いが、使えないことはないシロモノである。

 

「ここは腹を括れ、俺……!」

 

 部屋の隅に放置され、埃をかぶっていた角ばったPCを取り出す。それと、これまた放置されていたLANケーブルを引っ張り出した。

 自作ノートPCに電源ケーブルとLANケーブルを接続し、電源を入れる。

 

「機嫌よくしていてくれよー……」

 

 その願いは届いたのか、PCはちゃんと起動した。動作が少し重い中、すぐさま艦これのページに飛び、ログインする。

 多少PCが固まりつつ、そこには元原特務提督率いる艦隊の母港があった。

 

「あっ、司令官!」

「はぁぁぁ……、よかったぁ……」

「パソコン、無事だったんですか?」

「いや、ダメだった。これは自作PCだ」

「えぇ!?そうなんですか!」

「あとはコイツが機嫌良くしていてくれるかなんだけど……」

 

 若干安堵している元原だが、母港から元原を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「提督ー!ちょっといいですかー!」

「その声は明石か。なんだよ?」

「ちょっとアイテム屋に来てくださーい!」

 

 元原は仕方なくアイテム屋の画面に移る。そこで明石がなぜか興奮していた。

 

「ここってなんなんですか!?」

「どこって、俺の自作PCなんだけど」

「すごい場所ですよここ!ブラウザから飛び出せるんですよ!」

「……どゆこと?」

「つまりウィンドウから飛び出してパソコン内を自由に移動できるってことですよ」

 

 そういって明石はブラウザを飛び出し、デスクトップの一部になった。

 

「うわ、マジか……」

「私でもこんなの想定外ですよ!うわぁ、すごいなぁ……」

 

 明石は興味深々でPC内部を見る。

 

「提督、ここ改造してもいいですか!?」

「え、あぁ……。まぁ、あんまり酷くならない範囲なら……」

「やったー!早速改造してきますね!」

 

 そういって明石は、どっかに行ってしまった。

 

「なんなんだ……」

「しれいかーん?大丈夫ですかー?」

「あぁ、大丈夫だけど……」

 

 俺は母港画面に戻ってきた。こちらを心配そうに見ていた。

 

「明石さんの所で何してたんですか?」

「んー、なんかパソコンの中を移動できるみたいでな。どっか行った」

「えっ、ホントですか?」

「どっかに出入口とかない?」

「えーと……。あっ、ありました!」

 

 すると吹雪も、明石と同じようにデスクトップ上に出てきた。

 

「うわぁ、すごいですね……」

「うん、すごい。なんか一昔前のSF作品みたいな光景だ」

 

 最終的に、この状況を受け入れる元原であった。

 



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4話 進展

 特務提督としての生活がいつの間にか半年を超えようとしている。

 そんな中でつい先日、ファザック株式会社が元原の会社の株を半分以上買い取り、事実上子会社化したことを自社のホームページで公表し、プレスリリースも発表した。

 これに乗じて宮戸は、プレスリリースの公表前後で持ち株を少しづつ売り払いつつ、いつもより利益を出したそうだ。正直元原は捕まらないかハラハラしていた。

 そんな中、元原が今まで仕事としてやってきた作業が山場を超えたところで、上司から呼び出しを受ける。

 

「なんですか、課長。話っていうのは?」

「あぁ、それね。その前に、今取り掛かっている案件はどうなんだね?」

「城見製作所の件なら、もうすぐで終わります」

「そうか……。では、その案件を別の誰かに投げてくれないか?」

「えっ……、どうしてですか?」

「実はだね、先日我が社がファザックの子会社になったことは知っているだろう?」

「えぇ、はい」

「それでな、あちらさんの意向で我が社のサーバを使いたいとおっしゃっている。そこで、先方から派遣されてくる技術チームと共同で作業するためのチームを、こちらからも捻出しなければならない。そこに元原君がこのチームに加わってほしいというのが、私からの話なんだ」

「そうなんですか……。でも自分以外にも優秀な人間はいると思うんですけど……」

「それがねぇ、先方の要望でいろんな人材を集めたチームが欲しいって条件をつけてきちゃって、しょうがないからみんなに声かけてるところなんだよ」

「それでも自分に回ってくるんですか?」

「……うちってさぁ、こういう他部門との共同作業が絡む案件って、従業員に強要できないの。だから従業員の自由意志で募ってる訳なんだけど、みんな断っちゃうんだよねぇ……」

「あぁ、なるほど……」

「だから元原君も断ってくれても問題はない。どう?」

 

 元原は悩む。ここで断らなければ、業務内容が異なる社員と一緒になるということであり、お互いの意思疎通が困難な場面に遭遇することが大多数だ。おそらくこれまで断った人はこういう思考回路だったのだろう。

 もちろん元原も面倒臭いとは思っている。だが、上司のあんな口ぶりで言われてしまったら、断りづらいのは分かりきっていることだろう。

 しかし、逆に考えれば自社のサーバ状況が分かるということだ。先日の宮戸との会話で、自社のサーバに興味を持つようになっていた。もしかすれば、今回の件でサーバに触れられるかも知れないと元原は考える。

 結果、返答は了承であった。

 

「正式な通知は後で行くと思うから、それまでに今の作業を別の誰かに引き継がせてくれ」

「分かりました」

 

 こうして元原は他部門とのチームのメンバーとなった。

 


 

 本職の仕事では大きな変化があったが、特務提督としての仕事はあまり変わらない。とはいっても、現在は大規模作戦の真っ只中であり、運営から支給された特殊な兵装を装備して出撃している。

 

「その特殊兵装っていうのが、この90式50cm三連装砲と92式6連装魚雷発射管、そして艦上戦闘機の甲型烈風か……。正直これでどうすればいいんだよ?」

「確かに、普段の感じと比べたら文句言いたくなるのも分かりますけどね」

「マジで説明も何もないから困る」

「まぁ、詳しい解説は大淀さんの方から受けましょうか」

 

 吹雪が大淀のことを口にしたため、どこからともなく大淀が現れた。

 

「私の力が必要みたいですね!」

「んな古臭い文言いらないから」

「そうですか、そんなこと言っちゃうんですか。あーあ、説明する気あったんですがやる気なくなっちゃいました。帰りましょうかねー?」

「あぁもう!俺が悪かったから、謝るから説明を頼む」

「それが人にものを頼む姿勢なんですかぁ?」

「……自分が悪かったので許してください。そして説明をお願いします」

「よろしい、ではご説明しましょう」

 

 そういって大淀はクイッと眼鏡を上げる。

 

「前にも説明しましたが、提督には通常のマップとは異なる裏マップを攻略してもらいます。この裏マップ、実はシステム起動プロトコルのためだけに用意されるマップなので、どんな作戦にもかかわらずマップは同じなんです。しかもボスマスまで一本道という苦労知らず!」

「それを俺がやるってことか」

「そうです。そのために装備が支給されたんですから」

「それで、支給された装備をどうすればいいんだ?」

「簡単です。それを装備できる艦娘に装備して出撃すればいいんです」

「……それだけ?」

「それだけです。ただし、出撃するのは装備出来た艦娘のみ、しかも出撃のタイミングは運営側から通告を受けてからです」

「通告ってなぁ……」

「これに関しては作戦海域が選択できる、できないくらいの差なので、あまり気にしなくても大丈夫です」

「あっそう……」

「説明はこんなところですかね。何か質問があればなんでも聞いてください」

「なんでも?」

「はい」

「じゃあさ……。明石は何やってるの?」

 

 大規模作戦よりも明石のことが気になった元原。それもそのはず、明石は元原の自作ノートPCの中で何やら大がかりな作業をしているのだ。それはまさにOSまでいじりそうなほどのものである。

 

「あぁ、あれですか……。私も聞いてみたんですが、ちょっとよく分からなくて……」

「はぁ……。とりあえず、提督権限で明石を呼び出して」

「了解しました」

 

 大淀が画面から消えると、しばらくしてから大淀に連行されるように明石がやってくる。

 その姿は、何か申し訳なさそうにしていた。

 

「あのー、私に何か用ですか……?」

「用がなかったら呼び出さないよね?」

「あー。……私、何かしちゃったんですよね?」

「そうだね。その『何か』を教えてくれないかな?怒らないから」

「えぇとですね……。その、艦娘が生活できるような環境をですね、構築してまして……」

「艦娘が生活できる環境?」

「はい!そもそも私たちはブラウザ上でしか活動できないんです。しかし、提督が改造を施したPCは、私たちの活動範囲を広げられる可能性を秘めているんです!そこで、この工作艦である私がPCの内部を調査し、艦娘を無制限に活動できるようにしているんです!」

「なるほど……。そう考えてみれば有意義ではあるな」

「でしょう!?」

「だけどね、何の通告もなく、ましてや許可を得ない状態でよく分からない改造をしているのはいかがなものかね?」

「あっ、えっとぉ、それはですねぇ……」

「しかも改造しているものが、上司の立場にある人間のものだなんて、変だとは思わないかい?」

「それはダメですよねぇ、あっははははは……」

「そうだよな、よく分かってるじゃん」

「ははは……」

「他に何か言うことあるよね?」

「ほんっとうに申し訳ございませんでしたぁぁぁ!」

 

 部屋に明石の謝罪の声がむなしく響き渡った。

 


 

 明石の話によれば、やっていることの大体は先の説明がほぼ全部のようだ。もう少し詳細を詰めれば、元原の自作ノートPC内にオフライン状態でも艦娘が活動できるような環境を構築しているそうだ。もともと艦娘はオンラインで、かつ特定のプラットフォームでしか動作できない。それを明石が勝手に改造を施してしまい、結果として自作ノートPC自体が艦娘の活動可能範囲になったのだ。

 

「お前さぁ、限度とか節度ってのを守って欲しいんだけど」

「でもぉ……」

 

 明石がデスクトップ上で正座をさせられ、元原から説教を受けていた。

 

「でもじゃないよ。今やってる行為は前提そのものを覆すようなもんだぞ」

「前提なんて好奇心の前ではミジンコみたいな存在ですよ!」

「だから前提覆したらなんでもありになっちゃうでしょ!俺が仕事でそんなことされたらすげぇ困るんだよ!」

「はい、その通りです……」

「はぁ……。もうやっちゃったことはいいけどさ、次からはちゃんと報告ぐらいしてくれよな」

「はいぃ……」

 

 元原の説教により、明石は完全に萎縮したような雰囲気を出していた。その姿を見た元原は、仕方なく許すのであった。

 その後大淀を交え、明石との話し合いをした結果、元原の自作ノートPC内に現在作業中である艦娘の活動範囲拡張については許可することになった。それ以外に関しては大淀を通して元原に許可申請を出すことが決定した。

 

「はぁ……。マジで明石は問題児かよ」

「そういうところも含めて明石らしいですけどね」

「あ、司令官。話終わりました?」

 

 大淀に愚痴を吐いていた元原に、吹雪が声をかける。

 

「ん?あぁ、終わったよ。いろいろあったけどな」

「それで、何があったんですか?」

「まぁ、簡単に言えば明石がやらかしたって感じかなぁ」

「あぁ……、確かに明石さんなら何か問題起こしそうですもんね……」

「あいつ皆からそういう認識されてんのかよ……」

 

 元原はだんだん頭が痛くなってくる。

 

「でもいいところもありますよ、明石さんは」

「そう?」

「はい!」

「ま、そういうんだったらいいけどさ」

 

 なんとなく明石の扱いが面倒になった元原だった。

 



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5話 攻略

 この日の元原は少しばかり緊張した面持ちでいた。最近親会社になったファザック株式会社から技術チームが派遣されてくる。訪問してくることが分かっているのに相手を出迎えないのは、社会人としての自覚があぁだこうだ言われることは目に見えているため、こうして玄関で待っているという次第だ。

 先方はいいとして、自社のチームの顔ぶれだろう。元原にとっては他部署のメンツが気になっている。正直顔も見たことない人間ばかりだったし、初顔合わせの時は難癖のある人ばかりの印象を受けているため、上手くやっていけるかどうかが悩みの種になっていた。一応チームリーダーである楠木という男も、腹の底では何を考えているのか分からない感じだ。

 そんなことを考えながら待っていると、一台のワゴン車が玄関の前に止まる。そして車内から、複数人がぞろぞろと出てきた。

 

「始めまして。ファザック株式会社の宇治山です」

「どうも、楠木です」

 

 そういって二人は名刺の交換をする。

 元原は特にこういった形式に沿ったような行為は、あまり良い印象を持たない。単純に堅苦しいのが嫌いなのだ。

 そんな挨拶が終わると、早速本題に入る。自社が持つサーバがどんなものなのか、ようやくお目にかかることが出来るのだ。

 今回の合同チームの結成目的は自社のサーバを使って、ファザックが利用しているデータのバックアップ及びサブコンピュータとして連携させることである。つまり、先方の技術者と自社のサーバを知る人間がサーバ群に処置を行うことが必要なのだ。

 合同チームはサーバルーム、ではなく隣のサーバ管理室に向かう。どこでも同じであると思うが、サーバルームには基本的に入らず、管理室から操作する。

 ちなみに今回の案件により、元原を始め、関係者全員に合鍵が渡された。今後各々が作業する際に自由に出入りできるようにするためだ。

 

「では実際に作業の方を始めていきましょうか」

 

 ファザックの技術者がそう告げる。先方の技術者が持参したPCを、管理室のパソコンに接続しだす。実際の作業はファザックが中心であり、元原のチームはそれをサポートするのが基本的な流れだ。

 こうして作業を通してサーバの様子を見ると、かなり強いスペックを持っていることを、元原自身が身を持って感じていた。

 初日の活動は、先方のサーバと自社サーバが相互的に動作できるかを確認したり、そのためには何が必要かなどの見積りを出して終了した。今後はファザック側の技術者と連絡を取り合って、すり合わせの作業が中心になるだろう。

 


 

「ついにこの日がやってきました」

 

 大淀が深刻そうな顔で告げる。

 

「運営から裏マップの攻略可能通知が届きました。これによって全国の特務提督が大規模作戦に参加します」

 

 眼鏡を光らせながら、手元の資料を読み上げる。

 

「提督、作戦終了まであまり時間がありません。支給された兵装を艦娘に装備させ、出撃させてください」

「あぁ、うん……。それは分かったんだけど、その喋り方は何?」

「いやぁ、雰囲気出るかなって思いまして……」

「むしろ不気味そのものだよ」

 

 大淀は後頭部を掻くような仕草を見せる。本人も分かってやっていたのだろうと元原は思った。

 

「それで、結局どうすればいいんだっけ?」

「ちゃんと話聞いてたんですか?」

「話し方が気になって聞いてなかった」

「しょうがないですね……。もう一回言いますよ?」

 

 大淀は一つ咳払いをする。

 

「以前運営から支給された兵装を艦娘に装備させて出撃させるんです」

「おぉ、簡潔で分かりやすい」

「支給されたものは50cm三連装砲と魚雷発射管、それに艦上戦闘機の3種類です。よって装備できる艦娘はこれらを装備できる艦娘3人のみとなりますね」

「3人だけか……。そうなると、レベルから見て主砲は金剛、魚雷は吹雪、戦闘機は赤城かな」

「古参組ですか……。大丈夫だと思います」

「それじゃ、装備させますか……。と、その前にさ……」

「はい、なんでしょう?」

「明石はどうしてる?」

「あぁ……。なんか艦隊に配備されない低レベルの艦娘相手に娯楽を提供できる施設を作ってるとかなんとか言ってますよ……」

「……もはやアイテム屋じゃなくて土木屋になってない?」

「……もともと工作艦ですし、工兵とか施設科の任務は得意なんじゃないですか?」

 

 元原と大淀は、二人して色々と察した目をしていた。

 すると、タイミングよく吹雪が戻ってくる。だが、なぜか吹雪は浴衣姿であり、その手には何やらいろんなものを持っていた。

 

「あっ、司令官!」

「吹雪か。……これはどういう状況だ?」

「これですか?明石さんが作った商店街でお風呂に入ったあと、駄菓子屋でもらったリンゴ飴です!白雪ちゃんのお土産ですよ」

「あいつ、マジで何やってるんだ……」

 

 元原は完全に頭を抱えた。大淀も同様だ。

 

「大丈夫ですか、司令官?」

「あぁ、大丈夫。それより、大規模作戦に参加できるようになったから、出撃するぞ」

「あっはい!分かりました!」

「そんな訳で、装備するものがあるから、すぐに工廠に来てくれ」

「すぐ行きます!」

 

 そういって吹雪は画面から消えた。

 

「なんか明石のこと止める気力なくなったわ……」

「同感です……」

 

 そうしている間に吹雪は工廠の方に行ったようなので、元原も画面を工廠に移した。

 

「それで司令官、装備するものとはなんですか?」

「えぇと、どこに仕舞ったっけな?」

 

 元原は装備一覧を1ページごとに確認しながら、目的の兵装を探す。

 

「あったあった。これを装備してほしいんだよ」

「これは?」

「運営から支給されたやつ。特別なやつらしいから気を付けて扱ってな」

「わ、分かりました!……あれ?これしか装備はできないみたいですけど……」

「え、マジ?」

「この魚雷発射管を装備しようとすると、今装備しているものが全て解除されるんです」

「ありゃ、ホントだ」

「これは多分仕様じゃないですかね?」

「知っているのか大淀?」

「大規模作戦での特務提督の役割はかなり特殊。そのため、特務提督に支給される装備も相応の特殊性を持っているとされています」

「なるほど……。そうだったのか……」

「いや、真に受けられても困ります」

「えっ、嘘だったのか?」

「いえ、本当ですけど」

「怖いこと言ってくれるなぁ」

 

 吹雪のことはそっちのけで、元原と大淀の漫才みたいな会話はオチもなく終了した。

 

「まぁ、そんなわけだから吹雪はもう大丈夫。すぐに出撃すると思うから準備しといてね」

「はい!」

「さて、あとは金剛と赤城にも来てもらわないと……」

 

 元原は金剛と赤城にも同様に装備させる。その時にも直前まで装備していた兵装は全て解除された。

 

「それじゃ、この3人を第1艦隊に編成してっと……」

 

 元原は3人を第1艦隊に編成させようとすると、これまた仕様なのか、3人以上は編成出来なかった。

 

「これで作戦海域に出撃するのか……?」

「そういうことになりますね」

「……ちょっとネットに裏マップないか探してくる」

「駄目ですよ、提督。ネット上にはそんなものはありませんし、存在したとしても確認された瞬間には全て消されてます。もちろん提督自身が裏マップだけでなく、特務提督のことをネットで言及すれば、特務提督の剥奪と超法規的な逮捕が執行されます。注意してくださいね?」

「えぇ……?何それこっわ、最初に言ってほしかったわ、それ……」

「日常生活で言ってたりしませんでしたか?その場合も逮捕されたりしますから」

「おっそろしぃ……」

「まぁ、何が言いたいのかで言えば、そこまで心配しなくても大丈夫ですよってことです」

「ほんとかよ。逆に心配になるわ」

「とにかく!出撃しましょう!そうじゃなきゃ始まりませんから」

「お、おう。そうだな」

 

 元原は作戦海域を選択し、そこに第1艦隊を出撃させる。

 画面が切り替わると、そこにはただの海の上に単純な一本のルートのみで、マス目も3つだけという、簡潔なマップであった。

 

「至極単純なマップだな……。1-1より楽勝じゃん」

「確かに、そう見て取れるかもしれませんね」

「え?もしかしてそうじゃないとか?」

「そんなことはないです」

「どっちだよ……」

 

 そんなことしている間にも、第1艦隊はルートに沿って進軍する。

 1マス目に到着すると、早速戦闘に移行した。だがそこに表示されたのは、これまで見たことのない、深海棲艦のヒト型でも装備のようなモノでもない「何か」であった。

 

「な、なにこれ……?」

「これが裏マップの敵です。ある意味、データを具現化したものになりますね」

「うわぁ……。なんか名状しがたいモノっぽいなぁ」

「ダイス振りますか?」

「いや、しなくていいから」

 

 そんな会話を大淀としている間に、その「何か」に対して赤城が攻撃を仕掛け始めた。

 

「艦載機のみなさん、攻撃を開始してください!」

 

 赤城に装備した艦載機が、「何か」に機銃で攻撃をする。仮にも艦上戦闘機が艦船に向かって機銃掃射は如何なものかと思ったが、意外にもあっさりと「何か」は倒すことに成功した。

 そのまま進軍を選択し、次のマス目に進む。そこでも、よく分からない姿をした「何か」であった。

 今度は吹雪の魚雷による攻撃が行われる。

 

「魚雷、一斉射です!」

 

 魚雷攻撃も命中し、撃破に成功する。そしてまた進軍を選択して次のマス目へ進む。

 3つ目のマス目はボスマスに設定されている。しかしボスマスであるにもかかわらず、敵はこれまで同様の「何か」であった。

 今度は金剛の砲撃が行われる。

 

「全砲門、Fire~!」

 

 主砲による攻撃も、いとも簡単にボスを撃破した。

 こうして今回の大規模作戦裏マップの攻略は終了となった。

 

「えっこれだけ?」

「はい。これだけです」

「そ、そう……。何か報酬とかないのか?装備とか、今回の大規模作戦で邂逅できる艦娘とか……」

「ないですね。特務提督なので」

「……マジで?」

「マジです」

「えぇー……」

 

 元原はひどく落胆した。

 

「でも提督、日頃から現金の報酬を受け取っているのに、さらに報酬の上乗せはどうかと思いますよ」

「いいじゃんか別に」

「そんなことよりも、彼女たちを放置してていいんですか?」

「は?」

 

 大淀に言われ母港画面を覗いて見ると、吹雪、金剛、赤城の3人が補給を今か今かと待ちわびていた。

 

「テイトクー?補給まだですカー?」

「お腹が空きました」

「あの、お風呂入ってきてもいいですか?」

 

 各々が勝手に自分の欲望を解放しだす。

 

「あぁ……。補給はするよ、うん。お風呂は、まぁ自由にしてもらっていいや。ただし赤城、おめーは少し自重しろ」

「そんなぁ……」

「終わった途端これだからなぁ……」

「まぁいいじゃないですか。裏マップの攻略は終わったんですし」

 

 結局は頭を抱える元原であった。

 



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6話 異変

 カシカワ本社ビルの会議室には、いつぞやのメンツが揃っていた。

 

「えー、それでは先月から解放された大規模作戦実施に伴う臨時会議の方を開始していきたいと思います」

「まずは我が社から報告を行っていきたいと思います。作戦海域解放から22日経った現在ですが、アクティブユーザーのうち62.14%がパブリックネットワークファイアウォールの最新バージョンへの更新に貢献しています。これは目標の数値を上回るものとなります」

「今回の大規模作戦では4ヶ月が目処でしたな?」

「はい。これまでのファイアウォールに上書きするように強力な壁を作ったので、次の大規模作戦は今回の作戦のバグ修正が中心になりますね」

「なるほど」

「では次に、公安委員会の大山さんお願いします」

「はい。前回の定例会議とはそこまで間が開いていないため、深海棲艦に対する捜査は続いていません。ですが人工知能に関する研究をしている学者に意見を求めたところ、気になる点があるとのことです」

「気になる点とは?」

「なんでも深海棲艦の成長の仕方が説明しづらいとのことです」

「と言うと、どういうことですかな?」

「その学者曰く、人工知能は目的に応じて学習の方法などを変えるそうなんですが、最近主流の方法では強化学習やらディープラーニングを使用する方法だそうですね。深海棲艦の場合、強化学習を主体とした人工知能のようで、目的の条件が揃えば報酬を与えてやり、条件を満たさなければ罰を与えることで目的を素早く達成できるようにしているようです」

「それの何がおかしいと?」

「それは深海棲艦によって実際に被害を受けた例を見てもらえれば分かりやすいかと思われます。深海棲艦の被害にあった通信機器は具体的にどのようになりましたか?」

「我々が確認しただけで機器の不良動作、内部データの破損、誤作動といったところだな」

「それらは強化学習という一つの方法によってなされる方法なんでしょうか?」

「どういうことでしょう?」

「私が言いたいのは、強化学習という一つの手法で数多くの故障を誘発できるのかということです。我々の間で分かりやすく例えるなら、高校の数学問題を小学校で習う算数の知識だけで解くようなものです。もちろん、我々からしてみれば不可能に思えることも、人工知能は持前の計算速度と演算処理によって可能にしているところもありますが……」

「ふむ……。まぁなんとなく言いたいことは分かりました。それで、あなたの思う結論はなんでしょう?」

「私が言いたいのは、深海棲艦には何かしら人為的な力が働いているということです」

「誰かが手を加えているとでも?」

「えぇ、その通りです。あくまでその学者の意見ですが、深海棲艦の成長もしくは進化の速さは、現在のコンピュータ技術で考えられてる1%以下と推定されるそうです。これは人工知能側に意図的に計算速度を落とすように命令しない限りは不可能だそうです」

「それは確かなんですか?」

「あくまで学者の推測に過ぎませんが、私個人としてはこれが真相に近いかと考えています」

「……我々政治の人間には分からんことですな。カシカワの皆さんはこれに関してどう思われますかな?」

「これは技術主任の我孫子から説明をお願いしましょうかね」

「あっはい……。えーと、確かにその可能性はあります。基本的に人工知能の進化方向というのは予測出来たものではありません。となると、人為的に進化の方向を修正しつつ目的を達成できるようなアルゴリズムの構築を行っている可能性があるかもしれません」

「それが複数の被害例を生んでいるというわけですね?」

「まだ考察の域を出ませんが。しかしながら、深海棲艦には複数種の個体を確認しているわけですからそれぞれの個体種が担う目的……今回の場合は被害の種類がそれぞれの個体の進化で行っているわけですね」

「うぅむ。少し難しい話になってきたな……」

「簡単に私の主張を言うなれば、人工的に深海棲艦を進化させているということです」

「そうですか……。では最後に我々の番ですか。といってもそんな重大な内容ではないですが」

「内閣府からは、米国から24回目の深海棲艦や艦娘に関する情報提供の打診がありました。数年前からの打診ですが、政府は一企業に対して政府が動くことには問題が多いとして、提供については保留としています。が、最近は英国やフランス、ドイツまで加えて圧力をかけてきています。政府はこの打診について、限界に近づいていると判断し、情報の開示を行おうと思います」

「ついに情報解禁ですか……」

「仕方のないことです。このままでは各国との関係悪化につながる可能性がありますし、最悪米国とロシア、それに中国までもが手を組むこともありえなくないのですから。ですからカシカワさんには、今後提供可能な情報の選定をお願いしたいと思います」

「分かりました。情報はどこまで出しますか?」

「現状は深海棲艦の基本的な情報までで問題ないかと思います。あちらさんがもっと要求してくれば、深海棲艦の1次データをそのまま全部投げてしまいましょう」

「それで丸く収まってくれればいいんですけどねぇ」

「出来なかったら……仕方のないことですが、順番に情報を出していくしかないでしょうな……」

「それはそれで国際社会からの信用を失いかねないものですがね」

「では以上といったところでしょうか。何か連絡事項などあれば今のうちにおっしゃって頂けたらなと思いますが……」

「公安委員会はありません」

「内閣府も特にはありませんな」

「では以上で臨時会議のほうは終了とさせていただきます。皆さんお疲れさまでした」

 

 いくつかの懸念要素が残ったまま、会議は終了となった。

 終わったばかりの会議室には、カシカワの社員が数名残っていて、先の会議で出た問題を解決するために話し合いが行われていた。

 

「ついに情報の開示ですか……」

「まぁ、政府のお偉いさんが言ってるんだから仕方ないだろうよ」

「ですが、例の計画の発動直前の時期ですよ。少しばかりタイミングが悪いんじゃないですか?」

「確かになぁ。先進国に深海棲艦の情報が流れるのは、時間が過ぎるごとに不利になる可能性が高くなってくる。ここは無茶を押し切って計画を前倒しできないか?」

「出来なくはないですが、少し粗さが残る仕上がりになりますよ?」

「粗さが残るというのはどの程度だ?」

「そうですね……。若干セキュリティ面に不安が残るくらいでしょうか」

「そのセキュリティ面てのはどうなんだ?無料のアンチウイルスソフトくらいはあるだろう?」

「えぇ、まぁ。一応我が社のセキュリティソフト程度は現段階で実装しています」

「ではなるべく早く計画を実行できるように準備しておいてくれ」

「分かりました。すぐ作業に取り掛かります。明日以降には実行できるようにしておきます」

 

 その言葉を最後に、カシカワの社員は会議室から出て行った。

 


 

 元原はファザック株式会社からの要望に対応する日々を送っていた。

 特にサーバ間での通信を確立するため、かなり労力を割かれている状態だ。

 

「なんでここでエラー吐くんだかなぁ……。どっか違うのか?」

 

 今取り組んでいる問題は元原が得意とする分野とは少しばかり異なるため、常に悪戦苦闘している。誰かに助言を求めたいところだが、あいにく面倒を見てくれるような人はいない。

 

「とでも思っていたかね、元原くん?」

 

 昼食を取っている元原の前に、宮戸が決めポーズをする。周りの目など気にすることもないようだ。

 

「……お前それ恥ずかしくないのか?」

「なんだね、せっかく友人が救いの手を差し伸べようとしているのに」

「んなアホなこと言うな」

「でも真面目な話、今の作業内容ってお前向きじゃねぇよな?」

「まぁ、そうだな」

「どちらかと言えば、その作業は俺向きだよな?」

「…まぁ、確かに」

「そこで、助言もしてある程度面倒も見てあげる友人である俺が手助けをしてやろうって訳さ!」

「メンドくせぇ彼女かよお前は。しかもなんで俺の作業の内容知ってんだよ。頭ン中覗いたか?」

「まぁまぁいいじゃないか。たまには人に頼ろうぜ」

「んー、まぁ……。今回はいいか」

「よっしゃ、どこが分かんないんだ?」

 

 こうして宮戸と共に作業を行うことで、どうにか問題を解決することが出来た元原であった。

 その日、早めに帰宅した元原はもはや習慣となった提督業を行うため、PCの前に陣取る。

 

「あっ、司令官!おかえりなさい」

「うん、ただいま。……あぁ、疲れたぁ」

「今日もお疲れ様です」

「あぁ。……また明石は商店街で何かやってんのか?」

「はい、なんかお祭りみたいなことをしてます」

「なんだそれ?あいつ暇なのか?」

「さぁ……?」

「まぁ、いいや。さって今日はどうするかなー……」

 

 元原は何気なく出撃ボタンを押し、海域の一覧を表示した。

 そして一つの疑問が元原の頭をよぎる。

 

「……特務提督って普通の期間限定海域は攻略できるもんなのかね?」

「出来ますよ」

 

 どこで盗み聞きしていたのか、大淀が出撃画面にフレームインしてきた。

 

「どっから湧いて出た?」

「いいじゃないですか。そんなことより、提督が疑問に思っていることなんですが……」

「スルーかい」

「特務提督も裏マップを攻略していれば、通常の期間限定海域に出撃することは可能です。ですがそのような場合、かなりの確率で攻略前に時間切れになります」

「マジで?」

「はい。なので、基本的には特務提督は期間限定海域を攻略することはありません。どうしてもやりたいっていうのなら止めはしませんが……」

「そっかぁ……」

「まぁ、そこは提督の自由なので」

「そこまで言うのは確信犯でしょ」

 

 元原が小さい溜息をつく。ここまで言われてしまったら、とてもじゃないが攻略しに行けないだろう。

 そんな感じで、この日もいつもと変わらない日常を過ごすと誰もが思っていた。

 だが、「それ」は些細な出来事から始まる。

 

「それでは、私はこれで……。あれ?」

「ん?どうかした?」

「いえ。通信状態が悪いようで、動作が遅くなっているようです」

「そうなん?このPCで通信が遅くなるなんて滅多にあるもんじゃないぞ」

「なんでしょうね?」

「ルーターの調子が悪いのかもしれん。ちょっと確認してくる」

 

 そういって元原はWi-Fiルーターを確認しに行く。

 その様子を見ても、特に異常と呼べるものはなかった。

 

「なんなんだ……?」

 

 元原は何か原因がるはずだと思い、スマホを取り出す。その時元原は一つのことに気が付く。

 

「電波の入りが悪い……?」

 

 本来ならば入っているはずのWi-Fiの電波がうまく入っていないのだ。さらには時々圏外にもなる。

 

「なんかおかしいな……」

 

 こういう場合は何かしらの障害が発生していることが多い。早速いくつかの通信障害マップを確認してみるとある事実が判明した。

 

「なんだこれ?全世界で通信障害が発生している……?」

 

 通常、通信障害と言うものは基本的に都市部で発生するものだ。例外的に日本では列島全体で通信障害が発生しているが、まさにそのような状態が陸地という陸地全てに発生していたのだ。

 その時、スマホのメッセージに宮戸から連絡が入る。

 

『テレビつけろ、やべーぞ』

「何言ってんだあいつ……」

 

 元原はそう言いつつも、テレビの電源をつける。

 ほんの少しの無音の後、ニュース番組が速報で情報を流していた。

 

『……繰り返しお伝えします。現在全世界のインターネットが原因不明の接続不良に陥っています。現在放送中の番組もいつ終了するか分かりません。テレビの前に皆さんはネットに繋がっていないテレビかラジオを用意して、正しい情報を得るようにしてください。繰り返します……』

 

 本来噛み合っているはずの歯車が、どこか噛み合っていないような感じがしていた。

 その時、艦娘たちの叫び声が聞こえてくる。

 

「なんだ!?どうした!」

「司令官っ!一般のネットワーク上に深海棲艦が出現しました!」

「は?どういうこと?」

「艦これや私たち艦娘が活動できるのは一種の特殊なネット回線で、そこを電子の海として深海棲艦や艦娘が活動しているんです。それが一般人が使用しているネットワークに侵入しているということなんです!」

「なんだそりゃ……!」

「もし深海棲艦が通信可能な機器に侵入したら、電子的に破壊されるのはもちろん、場合によっては物理的に破壊される可能性があります!」

「そんなのどうすりゃいいんだ!?」

 

 元原の頭の中では、考えうる最悪のケースが思い浮かんでいた。

 それは、世界に存在するありとあらゆる通信機器が破壊され、現代社会の基盤が根こそぎ崩壊する。そうなれば、ネットワークありきの社会などあっという間に消え去ってしまうだろう。

 だが、ただの一般人である元原に一体何ができるというのだろうか。ましてや、相手は世界規模に展開するウイルスである深海棲艦である。その道を専門にする人間でもない限り不可能だろう。

 その瞬間、元原の脳内に一つの考えがよぎる。

 

「明石!PC内の商店街には母港の機能は備わっているか!?」

「は、はい!簡易的ですが!」

「よし!大淀!母港にある資材を全部PCに移せ!」

「えぇ!?」

「それに吹雪は艦娘全員を誘導してPCに移れ!」

「りょ、了解です!」

 

 元原の指示のもと、艦娘たちはせわしなく活動し始めた。

 



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7話 革命

 内閣官邸では情報をかき集めるため、緊急参集チームが情報の収集に当たっていた。しかし、すでにネットワークが壊滅的なダメージを負っているため、情報の集約は手こずっているようである。

 その頃、内閣府庁舎でも情報収集が行われていた。こと内閣府官房副長官補室では、原因が分かりきっていたため、他よりも分かることはあったものの、それでも不明な点は不明であったのだ。

 

「これの原因はアレだな?」

「深海棲艦ですね。問題はどうして一般のネットワークに侵入したのかですが……」

「カシカワに連絡は入れたのか?」

「すでに。ですが返事がまだです」

「現状、カシカワ以上に詳しい人材はいないんだ。なんとしても彼らの招集せねば……」

 

 そんな中、補室に警備員がやってくる。

 

「すいません。網島さんはいらっしゃいますか?」

「私が網島ですが?」

「先ほど大山という方が網島さんに会わせてほしいと来ていらっしゃるのですが……」

「何、大山さんが?分かった。通してくれ」

 

 しばらくして、補室にある男が入ってきた。

 

「どうも、網島さん。この間振りです」

「大山さん、とにかくこの状態をどうにかしてカシカワ側と連絡を取りたいのですよ」

「あぁ、そのことなんですけどね……。もしかしたら、そのカシカワが元凶かもしれないとの情報が入ってきたんですよ」

「……それは確かなんですか?」

「そう言われると自信が持てなくなりますが、可能性はゼロではないことは間違いないかと」

「むぅ……。真意はどちらにせよ、彼らと合流しない限りはなんとも言えないでしょうな」

「そうですが……」

「今は、彼らに連絡が届いていることを信じて待つしかないでしょう」

 

 補室の片隅では、まるで祈るような雰囲気が漂っていた。

 


 

 艦娘全員と物資を出来る限り元原のPCに移動させた後、元原はPCからLANケーブルを引っこ抜く。これでPCはオフライン状態となり、外部から影響を受けることはなくなった。

 

「大淀、全員の点呼終わったか?」

「はい。提督が所有していた艦娘全員います」

「明石、物資のほうはどうだ?」

「もともとあった資材の72%を回収出来ました。しかし提督、これからどうするんですか?」

 

 元原はその言葉を聞くと、何も言わずに初めから決めていたかのように準備を進めだした。具体的にはこれからどこかへ外出するような準備である。

 

「司令官、何をしているんですか?」

「決まってんだろ、これから敵を倒しにいくんだ」

「敵を倒しにって、どこに?」

 

 大淀の疑問に、元原は一度動きを止める。そしてPCの前に座ると静かに話し出す。

 

「……これは俺の勝手な推測に過ぎないが、おそらく黒幕はカシカワだ」

「カシカワって……、艦これの運営元ですよね?」

「そうだ。そのカシカワが深海棲艦のデータを使ってネットワークの放出したとするなら、今の状況は説明をつけやすいはずだ」

「確かにそうですけど、それならどうしてカシカワが深海棲艦を利用しているんですか?メリットはないと思うんですが……」

「いや、案外あるかもしれない。艦これは深海棲艦というマルウェアに対するアンチウイルスソフトの側面があるんだったな?」

「そうです。私が説明しましたから分かっています」

「その深海棲艦のデータを使って艦娘を作り上げ、艦これの枠組みを完成させた。ここまではいいな?」

「はい」

「そうなると、アンチウイルスソフトを完成させるには深海棲艦の詳細なデータを獲得する必要がある。確か吹雪の説明だと、被害を受けた機器に残っていたデータか深海棲艦の情報を得ていたんだったな」

「そうです」

「だが、もし逆だとしたら?」

「逆?」

「カシカワは深海棲艦のデータを最初から知っていたとすればどうだ?」

「最初からって……」

「深海棲艦は発生源不明の進化型人工知能ではなく、カシカワが作ったネットウイルスということだ」

「そんな……まさか……!」

「ですがありえない話ではないですね……。全ての仕様を知っているカシカワなら、アンチソフトの構築は容易だと思います。そうですよね、提督?」

「明石の言う通りだ。ただ、あくまで可能性は高いという話であるから、カシカワが真犯人であるという確証はどこにもない」

「それって、ある意味賭けですよね……?」

「そうなるな。だが、そうでなかったとしても深海棲艦の猛威を放置しておくわけには行かないだろう」

「でもでもっ、どうやって深海棲艦に立ち向かうんですかっ?」

「そうですよ提督。いくら私たちが特務提督率いる艦娘だったとしても、一般のネットワークに侵入した深海棲艦なんて手の打ちようがないですよ」

「だからこその賭けだ。敵を殲滅するなら、本拠地を叩くのが一番効率がいい。深海棲艦の本拠地がカシカワにあるなら、方法はないことはない」

「でも可能性が高いだけで、確実とは言えないんですよね?」

「そうだ、だからあくまで俺個人の意見であって、やるかどうかは全員の覚悟が必要だ」

 

 元原の言葉で、部屋の中に数秒ほど沈黙が続く。元原と直接会話してない艦娘まで、元原の問いに対すして思考を巡らせていた。

 だが、その沈黙を破ったのは吹雪だった。

 

「私たちは司令官の艦娘です。司令官が指示すればどんなことだってします」

「……そうか。分かった」

 

 元原は、吹雪の言葉を聞いた後立ち上がる。

 

「では、提督として命令する。これより敵をカシカワとし、これを撃破すべく行動に移る!」

「はい!」

 

 元原の命令に、吹雪の声が呼応した。

 


 

 既に日も暮れ、雨までも降り出していた。そんな中、元原は艦娘たちを収めたPCを濡らさないようにカバーをして、一路彼の会社に向かっていた。

 この時点で交通機関は麻痺しており、いつものように電車で会社に向かうことは出来ない。幸いにも、元原の自宅と会社の間は数駅程度しか離れていないため、普段はあまり使わない自転車に乗って会社へと向かっていた。

 時間は18時を過ぎており、もう誰も会社にいないかと思われたが、幸いにも連絡が取り合えた宮戸が珍しく残業中とのことで、元原はとにかく一秒でも速く会社に着くよう、急ぐ。

 その道すがら、町の様子見てみるとだいぶ混乱しているようだった。

 スマホが繋がらず慌てている人、情報がなく右往左往する人、車の中で必死にカーナビをいじる人……。ネットに繋がった生活だからこそ混乱が重なり合ってしまっているのだろう。

 遠くでは何かの衝撃音と黒煙が上がっているのが見える。元原は祈るような思いを胸に抱きながら先を急いだ。

 会社についたころには19時になっていた。

 元原は会社に入ると、まっすぐにサーバ管理室へと向かう。その道中で宮戸と遭遇する。

 

「おう、元原!無事か!?何がどうなっているか分かるか?」

「知るか、んなもん!」

 

 元原はそう怒鳴りつつも、全力で駆け抜ける。

 するとその時、廊下を照らしていた蛍光灯が突然全部消える。

 

「おわっ!停電か?」

「こんな時にかよ!」

 

 直後に非常用電源が動作し、社内に電気が供給され始めた。二人は危機感を覚えつつ、サーバ管理室に到着する。

 元原は持っていた合鍵を使って管理室にへと入った。その時に、元原はここまで一緒についてきた宮戸に対して部屋の外で待つように言った。

 

「宮戸、お前はここで待ってろ」

「なんでだよ?俺にも手伝えることがあるはずだろ」

「いや、駄目だ。ここは俺だけでやらないといけないんだ。……頼む、分かってくれ」

「……クソッ。分かったよ、ここで待っててやる。終わったら全部聞かせてもらうぞ」

「あぁ」

 

 元原は管理室の扉を閉め、すぐに作業に取り掛かった。

 PCを作業デスクに置き、サーバとPCをLANケーブルで接続する。

 

「司令官、ここは?」

「俺の会社。さっき言った賭けの鍵を握る場所だ」

 

 そういっている間にもPCとサーバの同期を行う。

 

「このサーバはカシカワの子会社であるファザック株式会社のサーバと繋がっている。しかもネット通信以外に光通信も可能だ。ここからファザック、ひいてはカシカワのサーバへ艦娘による総攻撃を仕掛ける」

「でもうまくいくんでしょうか?」

「まぁ、そうなるように祈るしかないだろ」

 

 ちょうどタイミングよく、PCとサーバの同期が終了する。

 

「明石、このまま皆を放出しても問題ないな?」

「多分、ですが……」

「不安要素があるのか?」

「ないとも言い切れないのが問題なんですよ。本来なら艦娘は一般のネットワークには属さないイレギュラーな存在なんです。それを急に通常のネットワークへ流すなんて、何が起こるか分かったもんじゃないですよ」

「……言いたいことはなんとなく分かった。でもやらなくちゃいけない時だってあるもんだよ」

「……提督」

「それに、ここのサーバって結構すごいらしいから行くだけ行ってみろって」

「それ言っちゃいます?」

「まぁまぁ、もしかしたらすごいことあるかもしれないぞ」

「言い方が軽い」

「とにかくだ。早いとこ行ったほうがいい。割と時間がないぞ」

 

 元原は明石に催促する。というのも非常用電源は長時間の使用を想定していない。元原の会社の非常用電源の電力供給は2時間程度を想定している。さらにサーバに負荷をかけている場合は、より電力を消費するため、想定よりも短い時間で電源が尽きる可能性も否定出来ないのだ。

 つまりは一刻を争う状況ということなのである。

 そんなこともあって、元原はなるべく早くサーバに行くように促したのだ。

 艦娘たちがサーバに行くのを見届けると、元原はPCの前で彼女たちの無事を祈った。

 


 

「なんじゃここはぁ~!」

 

 真っ先に明石の叫び声が聞こえてくる。そこは元原の勤める会社のサーバなのだが、ただひたすらに巨大な空間が広がっていた。

 

「ひっろーい!」

「なんだか力がみなぎってくる感じがしますね」

「とにかく提督の指示通りにカシカワのサーバに行きましょう」

「でもどうやって行くんですか大淀せんせー」

 

 鈴谷の気だるげな質問に、艦娘たちが口々に話始める。

 

「あぁ、もう……。とりあえず、一般のネットワークに侵入するところからやりましょう」

 

 大淀の指揮の元、どうにかして一般ネットワークに侵入しようとするが、二進も三進もいかない。

 そんな中、サーバのシステムをいじっていた明石を大淀が咎める。

 

「明石、そんなところで遊んでないでこっちに協力してくれない?てか貴女が一番になってしなきゃいけないところでしょう?」

「ちょっとまって大淀。今すごいのできるかもしれない」

「どういうこと?」

 

 大淀の問いかけに、明石が実物で証明する。

 

「ここのサーバめっちゃ強いから新しい艤装が作れちゃう!」

「ホントですか、明石さん!」

「うそでしょ明石……」

 

 明石と他の艦娘は盛り上がっていたが、大淀だけは頭を抱えていた。

 実際、明石の手にはこれまでの艤装とは外見上まったく同じだが、システム面から見ればこれまでのそれとは別物であることがうかがえる。

 

「まぁまぁ、大淀。提督の命令にもあったんだし、早いとこ済ませちゃお?」

「……それもそうね。それじゃ明石は全員分の艤装を改造しちゃってくれる?」

「おーけー。3分間で全部やっちゃうよ!」

 

 そう宣言した明石は、ものすごいスピードで艦娘の艤装に改造を施していく。それは明石自身の実力と共に、サーバが持つ処理能力の高さが実現させているのだろう。

 こうして、ものの数分の間に全員分の改造が終了した。

 

「準備完了!いつでもいけるよ!」

「では、提督の代わりに私から……」

 

 大淀は一つ咳払いをすると、声を張り上げる。

 

「総員、出撃せよ!」

「了解!」

 

 艦娘たちは一斉に、サーバからネットワークという大海へと解き放たれた。

 


 

 カシカワ本社ビル28階では、たった数人の社員がパソコンに向かって何かを監視していた。

 

「どうだ、首尾よくやってるか?」

「えぇ、順調です。新型深海棲艦の実力は相当なものですよ」

「この世に存在するアンチウイルスソフトなんぞ、足元にも及ばない程のものだからな」

「これを作り上げられたことは本当に光栄ですよ。なんたって歴史に残る偉業を成し遂げるんですから」

「ま、それはこれからなんだがな。だが、この日のために我々は10年以上もの時間を費やしてきた。失敗は許されないぞ、我孫子主任」

「分かってますよ、久保課長」

 

 そんな話をしていると、パソコンからエラーを表示する警告音が1回だけ響き渡る。

 

「おい、今のなんだ?」

「分かりません。今調べてみます」

「頼むぞ、こんなところで計画がおじゃんになったら大変なことになるぞ」

「んー、これはどこかのアンチウイルスソフトが深海棲艦に攻撃を与えたようです」

「それは計画に支障ないものなのか?」

「えぇ、抵抗はしたようですが32ミリ秒で破壊したようです」

「そうか、それなら良かった。こんなところで終わってもらっちゃ困るからな」

「まったくです」

 

 彼らはそうやって笑い飛ばす。しかし、先ほどのエラーの正体を詳細まで把握することを彼らは怠ってしまったのが間違いだった。

 



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8話 終焉と日常

「ちょっと阿賀野姉ぇ!ちゃんとやってよ!ばれちゃうよ!」

「ごめんごめーん。ちょっとミスっちゃった」

「まったく。今は隠密行動中なの忘れないでよね?」

「はーい」

 

 彼女たちは現在第1から12艦隊まで分かれ、カシカワのサーバに向けて進軍の途中であった。

 その途中で深海棲艦に遭遇し、阿賀野を中心とした第8艦隊がそれに対処していたのだ。カシカワ側に彼女たちの事がばれないよう、隠密行動での奇襲というざっくばらんとした作戦だったのだが、深海棲艦と戦闘が始まってしまったためわずかな時間であったが感知されてしまったのだ。

 しかし、カシカワ側はこれを艦娘と深海棲艦の戦闘ではなく、アンチウイルスソフトによるファイアウォールの動作と捉えたのだった。結果としてカシカワ側には彼女たちのことは感知されずに済んだ。

 

「ホント、阿賀野姉ぇは肝心なところで失敗するんだから」

「もー!やめてよねー!」

 

 矢矧に嫌味っぽく言われながらも彼女たちは進軍を続ける。

 一般ネットワークに接続されていたファザックのサーバには、裏マップに存在していた異形の深海棲艦にも似ていた。

 そこを戦闘を避けるようにして進んで行く。すると、光で出来た巨大な出入口がそこにはあった。

 彼女たちは全員集合する。

 

「この入口は?」

「だいたい予想はついてますけど、カシカワへの入口ですね」

「偵察機でも出しますか?」

「そうですね」

 

 赤城が艦載機を飛ばし、光の門のような入り口に向かわせる。

 艦載機が光の門に入ってからしばらくすると、艦載機の情報が入ってきた。

 

「……!すごい数の深海棲艦がいます。どうやらここが深海棲艦の本拠点と思われます」

「この先はカシカワのサーバになるから、提督の賭けは当たっていたようですね」

「赤城さん、もう少し詳しい様子は分かりますか?」

「ちょっと待ってください。……どうやら一区画が深海棲艦の巣窟のようになっているみたいです。攻略は困難を極めるかもしれません」

「そんな……」

「でも、それを可能にするのが、私たちに課せられた使命です」

「そうね。ただで負けるわけには行きませんから」

 

 彼女たちは改めて覚悟を決める。

 誰が合図したわけでもなく、彼女たちは各々が取るべき行動を取っていた。

 先陣を切って光の門に突入する駆逐艦娘。それに続くように巡洋艦、戦艦の艦娘が続く。戦艦の艦娘の周りには潜水艦娘が警戒のために輪形陣を取り、空母艦娘はそれぞれ攻撃隊を発艦させる。

 ここにカシカワと元原特務提督の艦隊との全面交戦が始まった。

 


 

 カシカワ本社では、謎のエラーを吐き続けるシステムと格闘が行われていた。

 

「一体何が起きているんだ!?」

「分かりません!」

「畜生!ここまで来て問題発生など聞いてないぞ!」

「我孫子主任!なんだか様子が変じゃないですか?」

「うん……。この感じ、まるで向こうからファイアウォールが来たみたいだ……」

「どうします?このままじゃシステムごと破壊されますよ!」

「今考えてる……」

「我孫子主任!今すぐ対策を講じろ!でなければ計画が台無しに――」

「ちょっと黙ってろ!」

 

 普段おとなしい我孫子が叫ぶ。それに驚いたメンバーは、一斉に黙ってしまった。

 

「何がどうなってんだ……。何かおかしい……!」

 

 我孫子がぶつぶつと呟く。これまで見たことない、異様な光景が広がていた。

 

「と、とにかくだ!今は情報をかき集めろ!どんな小さなことでもいい!それとこちらもファイアーウォールを装備だ!急げ!」

「は、はい!」

 

 カシカワの社員は久保の指示により、新たな設定(戦術)実装(採用)することになった。

 


 

 カシカワの反応により、艦娘は苦戦を強いられていた。

 

「なんか急に強くなった感じしないっ!?」

「ホントッ!それなっ!」

 

 深海棲艦に攻撃を与えながら、敵の猛攻を躱す。しかし、それを続けていくのは非効率かつ不毛な行為である。

 何かしらの打開策を打たなければ敗北になるだろう。

 

「でもどうするんですの!?こんな状況じゃ何もできませんわ!」

「撤退だけはできません。徹底攻勢のみです」

「加賀さんそんなキャラだったっけ!?」

「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」

 

 冗談を言う状況ではないほど、敵の攻撃は激しい。

 そんな中、空母の雷撃機が金剛をめがけて攻撃を仕掛けていた。

 

「お姉さま!危ない!」

 

 もの凄い勢いで突っ込んでくる雷撃機。このままでは回避は不可能だろう。大破は免れないほどの雷撃機を目前にして、金剛は覚悟を決める。

 その時不思議なことが起きた。

 なんと雷撃機が金剛のことをスルーして飛び去っていったのだ。

 その光景を見た彼女たちは一瞬唖然とする。

 

「な、何が起こったデスカ?」

「でもお姉さまが無事ならいいです!」

 

 彼女たちはこの現象について考えようとするが、戦闘の最中であるためじっくり考えている暇はなかった。

 すると、直後に赤城が敵駆逐艦に接近してしまう。この距離では砲撃で簡単に撃沈されてしまう。だが、その駆逐艦は赤城に目もくれずに横を通り過ぎて行った。

 これを見ていた吹雪はある一つの考えがよぎる。

 

「もしかしたら……」

 

 吹雪はその考えを確かめるために、すぐさま行動に移した。

 それは敵に対する突撃である。まっすぐ重巡級の敵に走っていく吹雪の姿を見て、ほかの艦娘は驚きを隠せなかった。

 

「吹雪ちゃん!?何してるの!」

「睦月ちゃん!ちょっとわかったことがあるの!」

 

 敵までもう目と鼻の先まで迫っていた。このままでは衝突してしまうと思われた。

 だが次の瞬間には、敵の重巡級は吹雪のことを積極的に回避する。

 

「えっ?なんで……!」

「やっぱり!思った通りだ!」

 

 この時吹雪は一つの確信をする。

 

「特殊兵装を装備している私と赤城さんと金剛さんは、味方と誤認している可能性があります!」

「それは本当ですか!?」

「今確信しました!」

「それじゃ、やることは一つですネ!いきますヨ!」

「はい!」

 

 三人は危険を顧みずに敵の巣窟へと吶喊する。

 彼女たちを感じ取った深海棲艦は、「同士討ちを回避する」という思考結果のもと、まるで三人を通すために左右に割れていく。

 その最深部に淡い光の壁があった。これこそが深海棲艦を生み出すカシカワのパーソナルサーバの一端である。

 

「いきますヨ!全砲門Fire!」

「全艦載機、発艦!」

「魚雷発射!いっけーっ!」

 

 三人がそれぞれに攻撃を行う。金剛の砲撃が光の壁に命中し、大きなヒビが入る。甲型烈風の機銃掃射で細かくヒビを入れていく。最後に吹雪の魚雷が巨大な水柱を形成するほどの爆発を起こす。

 ついに光の壁は崩壊し、中から深海棲艦の海(汚れた情報)が流出する。

 三人はその勢いに乗って、海域を離脱していった。

 


 

「駄目です!原因不明のエラーに対してファイアウォールが効きません!」

「なんなんだ、あれは!?どうして深海棲艦を無力化できる!?」

「だ、駄目です!攻撃不可によりここのサーバまで来てしまいます!」

「なんでだ……。どうしてこんなことに……」

 

 カシカワ本社の一角、深海棲艦の動向をチェックしていた久保以下社員は、元原率いる艦娘艦隊に苦しめられていた。彼らから見れば、艦娘の行動は原因不明のエラーが正常と判断されている状態にあるからだ。

 

「あぁっ!原因不明のエラー、サーバに攻撃を開始……!」

「なんでもいいからこいつを防げ!」

「間に合いません!まもなく突破されます!」

 

 そしてネットワークにつながっているものの、高度なセキュリティがかけられている。だが、それはいとも簡単に突破されてしまう。

 

「サーバのファイアウォールが突破されました……」

「なんということだ……」

 

 部屋の中はPCが発するファンとビープ音のみが壊れたカセットテープのように繰り返し流れていた。

 ふとパソコンの画面をのぞいた社員が驚きの声を上げる。

 

「こ、これはっ……!」

「どうした?」

「課長……、データから情報が流出しています……」

「なんだと!どの情報だ!」

「サーバに入っていた情報全てです……。何もかもが白日の元にさらされます……」

「そんな……」

 

 彼らのサーバには、不正に取得した個人情報や深海棲艦のプロトタイプのソースコードなどが保存されていた。それが流出するということは、世界的な猛威を振るっていたネットウイルスの正体の一端がカシカワにあることを示している。

つまり彼らが犯罪行為をしていたことがすべてわかってしまうのだ。

 そのことを理解してしまった久保は、その場で力なく膝から崩れ落ちた。

 


 

『……次のニュースです。世界規模で被害が発生していたネットウイルスが、カシカワの社員の手によって行われていた事件について、警視庁は港区にあるカシカワ本社に対して家宅捜査が行われました……』

 

 元原が自社のサーバに艦娘を放出してから数日、カシカワ本社には連日マスコミ関係者と警察官が押し寄せ、それぞれが様々な方法で情報を確保する。

 元原はそのようなニュースを見ている傍ら、自室でカップ麺をすすっていた。元原の会社ではほぼ無関係ではあるものの、カシカワの孫会社であること、会社とカシカワのサーバ同士が接続されていたこともあり、一時的に出勤をやめるように通達が入ったのだ。

 

「はぁ、大変だなぁ……」

「そうでもなさそうに見えますよ、司令官」

 

 PCの中の吹雪がそう言った。

 あの時、カシカワに攻撃を行った後、彼女達は無事に帰還した。しばらく元原のPCにいた所、艦これのサービスが無期限停止してしまったことによりブラウザに戻ることができなうなってしまったのだ。

 そんな訳で元原のPCに居候しているわけだ。

 

「いつまでこうしてるんだろうな……」

「司令官は今の状態が嫌なんですか?」

「いやという訳ではないんだけど……」

「じゃあいいですよね!」

「何がいいんだか知らんけど、まぁいいか」

 

 彼女達との生活は始まったばかりである。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。個人的なあり得る艦これ世界を書かせていただきました。
 いやー、大変だった。それっぽいこと書いたからツッコミ入ったら答えるの難しいかも。
 まぁ、そんなことは抜きにして感想とか欲しいのでください(懇願)


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