星を持たない男と神の子どもたち (藤猫)
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星を持たない男と神の子どもたち



ドナテロ・ヴェルサスのこの話では、少し早めに不幸な目に遭っています。


「・・・・君が、ドナテロ・ヴェルサスか?」

 

痛みに苛まれて、理不尽にその日だって生きていくはずだった。

けれど、覚醒しきる前の彼の感覚が察したのは、さらさらとしたシーツと、薬の匂いがする独特の臭い。

自分が清潔な印象を受けるベッドに横たわっていることに気づいたヴェルサスは、ベッドサイドに大柄な男がいることに気づいた

男は、ヴェルサスが目を覚ましたことに気づいたのか、俯いていた視線を上げた。

男とヴェルサスの視線が噛みあう。

男は、まるで彫刻のような整った顔をしていたが、無表情のその顔は人間味を少々欠いていた。ヴェルサスはそれに、怯えるように息を止めた。

男は、それに気づいていないのか、ヴェルサスが意識を取り戻したことにほっとしたのか、ほどける様に笑みを浮かべた。

 

「私は、空条貞治。初めまして、だね。」

 

まるで、ヴェルサスのことが、大切でたまらないという様な、そんな甘ったるい笑み。

きっと、その笑みを得るために何をしてもいいと思う存在がいると思えるような笑み。

胸に湧き上がって来る感覚を、ヴェルサスはどう表現していいか分からなかった。

ただ、その目が、自分だけを案じ、自分だけを見ていることだけはわかった。

 

「君が、ドナテロ・ヴェルサスでいいかい?」

 

それに、少年はこくりと小さく頷いた。

 

「・・・よかった、君をずっと探していたんだ。」

 

その時、ヴェルサスは、一つのことが目に入った。

その、真っ黒な髪でも、筋肉質の肉体でも、美しい顔立ちでもなく、その瞳だけが目に入った。

青く、キラキラとした、瞳。

その瞳が、一心に少年を見ていた。ただ、じっと、ヴェルサスだけをみていた。

 

(・・・星、みたいだ。)

 

その、瞳の美しいこと。

まだ、未熟な少年は、わけも知らずに思ってしまった。

 

ああ、きっと、神様というものがいるのなら、こんなにも美しいのだろうと。

 

 

ヴェルサスは、やってきて数日が経った家の中を、きょろりと見回した。

家の中は、リフォームを済ませていたらしく、新築のように綺麗だった。ヴェルサスはきょろきょろと辺りを見回した後に、たんたんと勢いよく階段を駆け上がっていく。

家の中は広く、二階には合計で部屋が五つあった。

ヴェルサスは、その一つの扉を開けた。

そこは、まだあまり物はないが、小物を見るに少年の部屋の様だった。ヴェルサスは徐にベッドに横たわった。

マッドレスはヴェルサスの体をなんなく押し返した。それだけでも、そのマッドレスが彼が今まで使っていたものとは比べ物にならないほど上等なものであるとわかる。

部屋の中にある家具や小物は、全て、ヴェルサスを引き取ったジョージという男が少年の為だけに取りそろえたものだ。

それらすべてが、上等なものばかりだ。少年を連れて、彼が選んだものを購入した。

この家には、少年だけのために用意されたものが多い。

 

(・・・・前とは大違いだ。)

 

 

その日、ヴェルサスは多くのことが嫌になっていた。

そのきっかけが何だったのかは、覚えていないが、多くのことが積み重なったせいだった。己に関心を向けない母親や、昔の下らない自慢話ばかりの義父、そうして無駄に生意気な異父妹。

苛々として、町に出た末に彼を襲った不運は思い出したくない。

そうして、更生施設にぶち込まれ、正義感気取やうっぷん晴らしに弄られた彼は、気絶した。後は、病院で目覚めたのだ。

目を覚ましたヴェルサスに、ジョージは簡潔に、自分が少年の後見人になったことを告げた。

男曰く、ヴェルサスの血のつながった父親と縁戚関係あり、ヴェルサスのことをずっと探していたのだという。

母の元に帰るか、それとも自分の元へ来るかという問いに、ヴェルサスは一にも無く男の方を選んだ。

 

(・・・・・俺の事、ずっと、探してくれてた。)

 

ヴェルサスは、それだけで、心の奥底がぎゅっとなる様な気がした。

少年は、いつだって、彼の世界にとってのけものだった。

自分を産んだ母にも、養父にも、妹にだって、彼は本当の意味で関心を持たれたことはない。だから、男の言葉は、何よりもヴェルサスにとって魅力的に響いたのだ。

 

君を、探していた。

誰でもない、ヴェルサスという存在を、男は探していたのだ。

誰も、ヴェルサスを探してはくれなかったし、手を伸ばしてもくれなかった、

 

真っ白な部屋の中で、自分に微笑んだ、自分を見た。

ただ、それだけで、男はヴェルサスにとって、渇望に値する存在になってしまった。

 

ヴェルサスは、無言で起き上がり、部屋を飛び出した。

 

男の部屋は、二階の一番奥にある。ヴェルサスは部屋の扉をそっと押した。

扉の先には、お世辞にも整頓されているとは言えない部屋が広がっている。見える範囲には、本棚がびっしりと覆われており、地面にもメモ書きなどが散らばっている。部屋の真ん中には、大きな机とパソコンが何台か置かれており、そこにはヴェルサスの目当ての男が座っていた。

男は、部屋で仕事をしている。ヴェルサスが聞いたところによれば、不動産関係の仕事をしているらしい。ヴェルサスを引き取る折に、自宅勤務の許可が出たと聞いた。

かと思えば、他国に出張だと言って出掛ける時もある。

そんな時は、ベビーシッターが雇われて、ヴェルサスの世話をしてくれた。

ベビーシッターだという壮年の女は、ヴェルサスのことを何くれと気遣ってくれた。

こうやって、ヴェルサスが部屋を開けているのも、男が何かあれば気兼ねなく呼べという言葉に従ってのことだ。

ヴェルサスは、たまらなく、ジョージという男が気になる。

上手く表現できずとも、たまらなく男のことが気になった。

かといって、仕事の邪魔をするのは気が引けた。呆れられたくなかったのだ。

男は、食事の時間になれば出て来るが、それ以外では滅多に己から外に出て来ることはなかった。

ジョージは、けしてヴェルサスにべったりと張り付いているわけではなかった。

出張に行けば、抱えるほどのお土産を買ってきてくれるし、ヴェルサスの好物が分かればそれを定期的に作ってくれる。

ヴェルサスが聞いてほしいことがあれば、嫌がることなく聞いてくれる。

それは、彼の養父や名前しか知らない実父よりも父らしい振る舞いをした。

そうして、不思議とジョージはヴェルサスが危険な時にいつの間にか現れて彼を助けていくのだ。

例えば、ヴェルサスが階段から落ちようとするといつの間にか彼の手を握っているだとか、地面に何故か空いていた穴に落ちそうになるとそこからすくい上げているだとか。

それこそ、いつのまにか現れているのだ。

ヴェルサスは、その理由をジョージに問うたこともあるが、彼はにっこりと笑ってこういうのだ。

自分は、魔法使いだから、と。

最初は馬鹿にされたのかとも思ったが、ジョージの不可解さに関して納得している自分もいる。

うーんと唸る少年の肩を叩くものがあった。

思わず、それに振り返ると、そこには不思議そうな顔をしたジョージがいた。ヴェルサスは、予想外のそれに大きな声を上げた。

 

「どうしたんだ、そんな大声を出して。」

「あ、あんたこそ、いつの間に部屋の外でに出てたんだ!?」

 

ドアの前にはヴェルサスがいる。そのドア以外に出入り口はない。

どうやってそれに出ていたのかとヴェルサスが驚いていると、ジョージは気にした風も無くそこから出てきたと扉を指さした。

ヴェルサスは、本当かと扉を凝視した。ジョージはそんな彼に苦笑しながら、懐から白い封筒を差し出した。

 

「ところで、ここに魔法の封筒があるんですが。」

「・・・・・なんだよ、また手品かよ。」

「失敬な。タネも仕掛けも無いですよ?」

 

ジョージは、時折、そうやってヴェルサスに手品を披露する。生意気な口をきいても、ヴェルサは横目にそれをワクワクと見た。

 

「いいですか、ヴェルサス。ここに、強く欲しいものを念じてください。そうすれば、奇跡が一回は起こりますから。」

「・・・・嘘つけ。」

 

そう言っても、ヴェルサスはその封筒をじっと見た。

期待してしまうのは、ジョージの言ったことが嘘であったことがなかったためだ。

少しして、ジョージはその封筒を軽く撫でた。

そうして、それをヴェルサスに渡す。

ヴェルサスは、促されるままにその封筒を開けた。

 

「・・・・これ!」

 

その声には、確かな歓喜が含まれていた。それは、彼の行きたかった野球の試合のチケットだった。

ジョージは、奇跡が起きたでしょうと笑う。それに、ヴェルサスはどうしたってキラキラとした感情を隠すことは出来ずに、ジョージを見た。

男は、ヴェルサスにとって、魔法使いであったのだ。

 

 

(・・・・喜んでくれたかな。)

 

空条貞治は、自室兼書斎にて、先ほどのヴェルサスのことを考えて物思いにふけっていた。彼の向ける視線先には、パソコンがある。

それは、彼が祖父と弟より言いつけられているDIOの息子であるドナテロ・ヴェルサスについての書きかけの報告書だった。

 

空条貞治は、空条承太郎の年子の兄である。

といっても、上下関係と言えるものもない、良くも悪くも兄と弟という区別しかない兄弟であったが。

 

(・・・・はやく、報告書を書かないと、あの子が煩いからなあ。)

 

貞治が、自分たちの血族と因縁があるらしいDIOという男に子がいると知ったのは二年ほど前のことだ。

ジョースター家は元より、スピードワゴン財団はDIOの血を引く存在たちに関わることは避ける方針であったらしい。

けれど、それを知った貞治は否定し、自分で育てると言ったのだ。もちろん、祖父や弟は反対したが、貞治の決心も硬く、結局細かい報告書などを重ねることなどの条件の上で引き取ることが許可された。

貞治は、DIOという存在に特別な危機感を持っていなかった。

それは、簡単な話で、貞治はDIOを倒すための旅に参加していなかったためだ。貞治はスタンドの覚醒が遅く、何も知らされることも無いまま、旅は終わっていた。

何が母をむしばんでいるのかもわからずに、どうして弟がいないのかもわからずに、何が自分たちに迫っているのかも知らされぬままに。

ただ、貞治は待ち続けた。

貞治にスタンドが発現し、ようやく事情を知らされた後も、彼にとってはDIOという存在はあまりにも遠すぎた。

そのため、ヴェルサスにはあまり不安感は抱いていなかった。

承太郎は、今でも、貞治がヴェルサスを育てることに反対している。

そう言われても、貞治にはDIOという存在をそこまで厭うほどの感情を持つことが出来ない。

置いて行かれた貞治には、あまりにもその感情は遠すぎた。

承太郎が、その旅で何を喪ったのかも、奪われたのかも知らないのだから当たり前だろうが。

 

(・・・・僕にそれを言ってもどうしようもないんだけどなあ。)

 

貞治は無言で、己の肩を摩った。

彼の背中は、痣一つない白い肌が広がっていた。

彼は、確かめる様に己の首の後ろを左右にそれぞれ一度ずつ撫でた。

まるで、何かを確かめる様に。

けれど、すぐに手を止めてため息を吐きながら立ち上がる。

報告書の前に、外でする雑務を片づけて置こうと思ったのだ。

 

「キャット。」

 

貞治がそう呼ぶと、どこからか、真っ黒な何が空中から現れた。

それは、成人男性ほどの人型の何かだった。

下半身は完全な黒い猫で、上半身はズタボロのコートを着ており、三つのベルトで止められている。袖に近づくにつれ広がっているそこからけだもののような鋭い四つの爪が見えた。

猫耳のフードの付いた、これまたズタボロのフードを被っていた。フードから覗く顔は、目の部分は包帯でぐるぐる巻きにされており、ギザギザとした歯が見える口だけがにやにやと笑っていた。

 

「少し、人目を気にしたようなので、お前を頼りにしましょうか。」

 

貞治の言葉に、彼のスタンド、ストレイ・キャット・ストラットがきしししとまるで気取り屋尾少女のような高い声で笑った。

すると、貞治の体が薄まり、とうとう透明になった。自分の体が透明になったと同時に、地面を蹴る。すると、まるで壁など存在しないように通り抜け、彼の体は重さなど存在しないように高々と飛んだ。

そんな彼の脳内には、今夜のヴェルサスの食事を何にするかで頭がいっぱいだった。

 





ストレイ・キャット・ストラット
無機物と空条貞治について、存在を世界から薄めることができる。壁を通り抜けることや体重の減少、体温、果ては運命との連続性も希釈させることができる。
ただ、あまり長時間は使うことが出来ない。

死なないこと、逃げることに特化したスタンドを考えてたらこれになりました。


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