ヅダ開発に内海課長を突っ込んで見た【完結】 (ノイラーテム)
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第一部:戦前編
その男の名前はウツミ


●ツイマッド企画七課、発足

 そこはジオンの中でも技術の殿堂。

通好みで玄人集団とも言われる、ツイマッドのオフィスの一角。

胡散臭いくらいに笑顔の男が、キャリアウーマン風の女を引き連れて出社して来た。

 

「いっやー! クロサキくん。軍でロボットを採用するんだって? いやー時代はSFだなあ」

「地球の果てに居たにしては、お耳が早いですね。リチャ……いえウツミ課長」

 能天気な男が扉を開け、陰気な男がそれを出迎える。

どちらにも共通するのは切れ者であることを窺わせる瞳の輝き。

そして、手段や容赦というものを選ばないという物騒さだった。

 

「ですが無駄足でしたね。軍高官の間ではジオニックに決まっているそうです。04には重大な欠陥もありますし」

「マジで?」

 クロサキと呼ばれた男が恐ろしいのは、軍内部の噂の話をして居ないことだ。

これらは軍に所属する『高官』たちとジオニック社の間で取り決められた裏取引だ。

 

 一介の人間ではないにしても、ライバル会社のツイマッドの人間が知って居る筈が無い。

自社製品である、EMS-04の欠陥だけならばまだ判らないでもないのだが。

 

「ということは賄賂かあ。ジオニックもジオン最大企業にしては汚いなあ。どうせなら技術にモノを言わせたまえよ~」

 ウツミは悲しそうなフリをする。

下を剥いていかにも意気消沈しております……という風情ではあった。

 

「うふふ……。面白い物を見せてくれると言った割りに、大したザマねリチャード」

「タケオ~傷心のボクを慰めてくれないのかい? それとアナハイムじゃないんだから、ここではウツミって呼んでくれないと」

 しかしタケオと呼ばれた女がホっとした笑みを浮かべると、ウツミは持ち前の笑い顔を上げた。

そう、トーンも表情も笑い顔のままだ。

傷心どころか、まるで意に介して居ない。

 

「……でもまあタケオに嫌われたくないし……んじゃ。ここは一つチクリますか」

「欠陥を密告して担当を変わる気ですか? しかし、そんな事をすれば、この業界で食っていけなくなりますよ?」

 クロサキが驚くのも無理は無い。

密告というものは嫌われるもの。まして技術者たちの心象はいかばかりだろうか?

 

 仮に担当を変わったとしても、大人しく従ってくれる筈が無い。

間違いなく知的サボタージュが繰り広げられ、ニッチモサッチも行かなくなるだろう。

 

「それは『彼ら』が不満に思ったらだろ? 連中に地球土産をくれてやろう」

「セイバーフィッシュにデプロッグのデータですか? よくもまあ、こんなものを」

 交換条件に出して、担当者や技術者を黙らせる材料は設計図だった。

元もとツイマッドの得意分野は宇宙船や宇宙戦闘機向きのエンジン系である。

 

 04が欠陥機になってしまったのも、元はと言えば大型宇宙戦闘機で設計した物を強引にロボットへ変えたからだ。

シェイプアップしてに二足歩行にしなければ、機体耐久度に問題は無かったとまで言われている。

確かに連邦製戦闘機や爆撃機のデータを受け取れば、これらを元に戦闘機を開発して軍に売り込もうとするだろう。

そして技術者も失敗しかけたロボットより、専門分野に近い航空機の方を好むに違いあるまい。

 

「リチャード。貴方ゲリラにやらせてたのはまさか……」

「うん。実機が墜ちちゃえば、それを元に研究したって事にできるだろう? こんな事もあろうかと! ってさ」

 絶対に嘘だ。

世の中をひっかき回し、自分の思い通りにする為のタマとしてアナハイムから持ちだしたのだろう。元捜査官であるタケオが、惚れた弱みがあるにせよ、ウツミに付いてジオンまで来たのはこういう強引さが原因だった。

 

「まっ。下請け部品メーカー(アナハイム)出身のボクが世を渡るにゃ、こういう隠し技が重要なんだよ」

「嘘おっしゃい。手段の為なら目的を忘れる男が……」

 

●納期遅れ

 EMS-04ヅダの欠陥が漏れ、社長にまで伝わったらしい。

その噂が駆け抜けた後、技術幹部数人の首が飛んだ。

 

 当然ながら強引に完成させようとしていたヅダの納品は、遅れに遅れている。

軍からはトライアルに間に合わせる気は無いのかと激怒しており、矢の催促が送られて来た。

だが、無い物は無いし納品する事などできるはずがない。

 

「やっ、どーも! 今回、担当を押しつけられたウツミでーすっ」

 そんな局面に颯爽と登場したのがウツミだった。

部下として企画七課に収まったメンバーが聞いたら、いけしゃあしゃあと笑って居る。

首を切られた幹部が聞けば、自分の家に火を点けたのは誰かと、怒鳴り散らすに違いない。

 

「君が切れ者だとは『会長』からも聞いている。だが今回ばかりは無理ではないかね?」

「実機もまだなら軍の上層部もお冠だぞ? 角を生やして怒号と唾を飛ばして来る」

「あー大丈夫だいじょうぶ~♪ スクリーンに出して―」

 専務たちが首を傾げる中、ウツミは鼻歌すら唄いながら注目の的になった。

まるで魔法使いがステッキを振るうかの如く、問題を解決してしまう気なのだろうか?

いいえ、ペテンに掛けるのですと企画七課のメンバーは言うだろうけれども。

 

「こことここをバサリやっちゃっいましょう。木星エンジンは付属オプションということで」

「本体だけで提出するということか? それならば確かに……」

「いや、駄目だ! それでは勝てるわけがない!」

 完成して居ない最大の理由は、木星エンジンがあると暴走して空中分解する事だった。

元は宇宙戦闘機用の技術を、強引に変更した物。ゆえに取り外せば、問題無い様には見える。

 

 だが、取り外すと大きな問題が出て来る。

木星エンジンによる強力な出力が無ければ、ヅダはジオニック側に勝てない可能性があるのだ。

いや、ジオニックはジオン最大大手の重機メーカーであり、既に完成して居る事を考えれば難しいだろう。

 

「おやおや~? なんで勝てないと判るのでしょうか~? ああ、専務はあちらの部長さんや、軍の高官とご友人でしたか」

「ウツミ貴様……それをどうして……」

「君……まさか」

 ウツミは楽しそうに首を傾げた。

とてもワザとらしくて見るに堪えない。

 

「いや!? これは情報収集を心がけただけだ!」

「デスヨネー。このままではジオニックとそのバックの一人勝ちだから、なんとかしろと言われたんですよね」

「それならば……まあ」

「しかし、その情報を何処で……」

 慌てて居た専務は、一気に顔が青ざめた。

決して話してはならない繋がりが、上層部に知れ渡ったのだ。

 

 しかもその疑惑を収めたのが、暴露した張本人なのだから笑えない。

これでは首根っこを掴まれたまま、骨までシャブリ尽くされかねなかった。

 

「ヒ・ミ・ツ。じゃの道は蛇って言うじゃないですか。まあ蛇なんか宇宙世紀に生まれてこのかた見たこと無いですけどね」

(「うそつき……」)

 一緒に地球に居たタケオはなんとかポーカーフェイスを保ったが、心の中で何度も罵倒した。

思わず顔に出そうになったので、知的好奇心を満足させて平常心に戻ることにする。

 

(「クロサキくん。裏で何があったの?」)

(「単に『仲介者』が居ただけですよ。一応は、大学時代のヨットサークル仲間と言う事になっては居ますけれどね」)

 宇宙用のヨットで行うクルージングやレースは金持ちのスポーツだ。

そこで顔を合わせる者は気心がしれている者が多いし、多くは大企業の幹部や軍の高官になっている。

 

(「仲介者……。なるほどね、キシリア・ザビ辺りかしら」)

 だが、そんな仲の友人でも軍の機密や社の機密を話す筈が無い。

クロサキは最後まで口にしなかったが、ザビ家や、それに類する名家の存在が感じられた。

タケオも元は潜入捜査官なので、想像するのは難しくない。

 

●ヅダの長所と短所

 騒然と成った場が、徐々に収まって来た。

となると話題は当然、元のヅダに戻る。

 

「しかしな。それで納期は間に合わせるとしよう。だが専務が言う通りならばどうやって採用を勝ちとる?」

「そうだ。我社の製品が劣るとは思ったことは一度も無い。だが現実に、軍からは難しいと内々に伝えられているんだ」

「なーんだ、そんな事をお悩みで」

 大難問に対して、ウツミは人を喰った様な笑顔を浮かべる。

いかにも些細な問題であり、簡単に解決できると言わんばかりだ。

 

「こういうのはね、考え方を変えちゃえば良いんですよ。短所を長所だと言い、長所を短所だと指摘すれば納得するもんです」

「しかしタイプ04がジオニック製の二倍近い価格というのは覆し用が無いぞ?」

「二ばっ……。いや木星エンジンがなければ五割増しということか? だが、なければ超高性能などとは言えん」

 どういうことだ? と場が再び喧騒に包まれる。

二倍近い予算の差は、少々のペテンで覆るものではない。

 

 そしてヅダがザクより強いと言うのは、爆発する木星エンジンあったればこそだ。

外せば少々高性能なくらいで採用される筈が無いし、付けて居れば爆発の危険が付き纏う。

最悪の場合、トライアルの最中に空中分解するだろう。

 

「この際です。使い過ぎると爆発するんだと公表しちゃいましょう」

「はっ!?」

(「始まったわ……この詐欺師……」)

 笑うウツミに驚く上層部、今度こそタケオは溜息を吐いた。

 

 その上で、ウツミは笑って灰皿を持ち上げる。

そして『加速そーちを、カチっとな』とか呟いた後、会議室の端っこに放り投げた。

あまりの行動に、上層部は怒るとか呆れるとか、そういった感情が全て停止してしまう。

 

「その上で三回まで、あるいは三十秒だけ使える加速装置だと言う事にする。基本性能は元からこっちの方が上なんです。ザクでは不可能な任務が、ヅダでは可能と言えばいい」

 暫く、ウツミの主張に一同は黙りこくった。

そして何を言って居る理解すると、別の意味で場は騒然となる。

 

「特務作戦機として売り込む気か!」

「確かにそれならば軍も興味を示す筈。いや、間違いが無い!」

「しかし、それではシェアは幾らも奪えんぞ」

「だが、このままだと土俵に上がる前に敗北しかねんぞ。ウツミの言う事はシャクだが……」

 上層部たちは、まるで若返った様に議論を始めた。

加速装置という単語に、まるでロマンチシズムを刺激されたかのようだ。

 

 もちろんロマン以外にも、採算性や実現性が出て来たのも大きいだろう。

作戦初動の先制、奇襲攻撃、高速偵察、敵旗艦や空母への強襲攻撃。

それらの任務は性能が高ければ高いほど良いし、瞬間加速というオプション機能があれば、部隊指揮官はともかく艦隊指揮官は欲しがるだろう。

 

「話しに聞いたところによると、軍はレーダーを撹乱状態にしてから闘うと決めたそうじゃないですか。なら『最初』は安価な方が優位ってことになります」

「そうだな。だからこそ二倍の費用は大きい」

「仕方無いな。暫くの間、シェアはジオニックにくれてやろう。その上で次の……」

「最初……次……」

 結論を出しかけた上層部は、そこで一度静まり返った。

そしてウツミの方を向き直ると、改めて問いただす。

 

「すると何か? 当面の量産機はジオニック、特務を我社が受け持つ」

「だがそれはあくまで当面の間。次こそは必ずやトライアルに勝ち残ると?」

「御明察ですなあ。いやあ、言いたい事を察していただけるとありがたい。高級機への切り替えが必要になるころ、タイプセブンかナイン辺りで勝てば良いんですよ」

 上層部が全てを呑み込んだ時、ウツミはワザとらしく拍手を送った。

それはまるで、特務機の受注と、次期のトライアルへのファンファーレにも聞こえて来る。

 

「随分と自信があるじゃないか。貴様が担当すれば絶対に勝てると言うわけか?」

「まあ、そうですね。次の需要は今から演算すれば簡単ですし……無理だったら相手からもらっちゃいましょう」

「連邦の基幹技術を参考にか。まあ今やれば問題だが、戦争が起きてからなら問題あるまい」

 上層部はウツミの強引さを受け入れることにした。

確かに彼が言う様に、汎用生産機を外せば受注と独自性は勝ち取れる。

 

 そして、汎用生産機の次と言うのは案外、想像出来るものだ。

対ロボット用にメタった戦術機か、あるいはそれまでの機体では満足できなくなり、超高性能なマシーンが必要とされる。

その時には、今でも高性能なヅダから目指すツイマッドの方が、何倍も楽に違いない。

 

●悪魔の囁き

 上層部が会議室を後にした後、タケオは意外な者を見る眼でウツミを見て居た。

思っていたよりも、ずっと彼が大人しい事をしていたからだ。

途中で灰皿を投げたのは別だが、あの程度で驚いていてはウツミに付き合えない。

 

「意外ね。貴方がこんなに大人しくしているだなんて。まあ連邦の基地に仕掛けたら、流石にザビ家から粛清されるでしょうけど」

「え? 大人しく? ボクが? またまたあ」

 タケオは今度こそ目を点にした。

地球ではゲリラのスポンサーとしてかなり無茶をやったが、まさかジオンに所属しつつ、同じことをやる気だろうか?

 

 ザビ家はそんなに甘くない。

勝手に戦争沙汰になるような事をして、準備が整う前に問題が起きる様な事は絶対にさせまい。

下手をすれば反乱容疑で処刑され、運が良くても暗殺者に追われながら逃げ回ることになる。

 

「リチャード! 貴方死ぬ気!?」

「おぉう! タケオはボクの心配をしてくれるんだね。ボカぁ嬉しいよ! でも今はウツミって呼んでね」

 ウツミはタケオに抱きついた。

ギュっと正面から抱きつけば愛を語っている様に見えなくもないが、後ろから手を伸ばしたのではまるでセクハラだ。

 

 しかしそれもここまで。

下に手を伸ばすと同時にパっと足を払うと、低重力なのを活かしてお姫だっこしてしまう。

 

「心配しなくても連邦なんて攻めないよ。クロサキく~ん。ボク達はちょっと祝勝会でもして来るから、水星エンジンの開発進めてて」

「了解です、課長」

「ばっ。馬鹿止めなさい! それにさっき相手からもらうって……」

 惚れた弱みなのか、無重力柔道の有段者であるはずのタケオがアッサリと足を払われた。

お姫様だっこの状態でベットまで連れて行かれるのはこれまでもあったことなのだろうが、それでも聞いておかねばならないことがある。

でなければ心配でたまらないからだ。情事を愉しむどころではない。

 

「いやいや、連邦よりももっと近い場所にあるでしょ? ツイマッドとは違うタイプの技術を持っている会社」

「まさかっ!?」

 こんどこそ二の句が継げなかった。

確かにそんな会社が存在している。

しかし、それは、今からトライアルの競合する相手なのだ。

 

「放っておいてもジオニックが生産機を取ったら、軍から命令されるよ。それにね……実はMIP社とは技術提携の話を決めて来たんだ。担当にされなかったらどうしようかと思ってた」

「そこまでしてヅダを作る理由は何? いえ、貴方は何がしたいの?」

 よくアースノイドからスペースノイドは宇宙人扱いをされる。

だがタケオはこれまでそんな偏見を抱いたことは無いのだが、この時ばかりはウツミの姿に話の通じない宇宙人ぶりを感じさせられた。

 

「ボクはただ単純に量産機じゃあなくて、一機当千の戦いを見たいだけだよ。だから連邦から技術は持って来ないし、一足先にジオンの技術を統合しちゃおうって話しさ」

「散々心配させてっ……この悪党っ!」

 地球から技術を持って来る気が無いとか、こないだ売り渡した資料は何なのか。

信用も信頼もできないとはまさにこのことだ。

 

 結局、この男の手の平の上で転がされるのか。

自分もツイマッドも、ジオンでさえも。

きっと戦争が始まれば、連邦すらも遊び相手にするに違いない。

タケオはそう理解して、夜まで罵倒の声を上げ続けた。




という訳で、思い付きからヅダの開発物にパトレイバーをクロスさせてみました。
といっても冒頭に、パトレイバー側のキャラを突っ込んだだけですが。
(おタケさんが企画七課にいるのは忘れてください)

 開発に関しては早める・成功させるのではなく、むしろ遅れてしまえば良い。
コンペすらピンチになったら、まともにトライアルすることもない爆発事故も起きない。
事前の策を打ち、次のトライアル(ドム相当)を早めに取りに行く……と逆転の発想で考えた次第です。

●嵐を呼ぶ、じぃかいぃぃぃ、よこくぅぅぅ!(うそ)
 二回目の、そして統合計画を主導する側を決めるトライアルが始まった。
ジオニック製のYMS-06ザクⅡにヅダの改良型、タイプJ9……通称グリフォンを操るバドリナードが挑む。
そして連邦との戦いは、避けられない所まで来ていた!

「良いかいバド。このエンジンのすごさは直線じゃない。地上車でいえば……」
「わーってるって。瞬間的な加速。相手のロックオンを見てから避けられるちゅーことやろ?」

「リチャード・ウォン。貴様に頼みたいことがある。これまで便宜を図って来た見返りに、な」
「おーけーおーけー。将軍には素敵なクルーズを用意いたしましょうか」


 仮に次回があったとしても、パトレイバー風に忠実な展開になるかは怪しい所です。
ガンキャノン・ヒルドルブ・ジムと序盤に闘うことになりかねませんし。
荒れそう、かつ、いきなり戦争とかありえない展開なので、そのままにはならないんじゃないでしょうか?


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その機体の名前はブロッケン

●X-10

 企画七課に常務の一人が怒鳴り込んで来た。

軍から要請と言う名の命令を受けた、重工業同士の提携に関する担当のはずだ。

 

「あちゃー。その様子だとうちでザクを作れって言われちゃいました?」

「それもだが……。ウツミ! 貴様が知らんかったとは言わせんぞ!!」

 常務が投げつけて来たのは今時珍しい、紙媒体の資料だ。

閲覧後は薬品焼却する筈なので、受け取ったその足で持って来たのだろう。

 

「これはX-1を改良したX-10でしたっけ。なんか見なれた頭が付いて居るなぁ」

「MIP社との提携は我が社が先に申し出ていた筈だろう! なのになんでジオニックに持っていかれているんだ!」

 その資料には当然ながら写真がある。

それはトライアルでも見たことがあるMIP社製の戦闘ポッドX-1の上に、ザクの頭部が添えつけられて居た。

 

「どうせ今の段階で無理に提携しても、どうせ形だけですよ。これだってセンサー類がマシだから載っけてるだけだし」

「そうは言うが出し抜かれたのは確かなんだぞ? この期にMIP社の技術まで持って行かれたらどうする!」

 問題なのは軍の要請ではあるが、必要以上に技術提携を進めようとする勢力どこの社にも居ることだ。

挙国一致体制のロマンに踊らされて、余計な技術まで流出させようとしている。

 

 ……まあ、それを煽ったのは目の前に居る男なのだが。

 

「我社の予算を使わずに改良してくれるなら良しとしましょうや。……それに常務がお望みの物は既に完成しちゃってますし」

「っ!? まさかもう完成したのか」

 信じられないと言った風情で、常務がウツミに目を剥いた。

彼が望んでいるのは爆発しないエンジンと、それを使用したマシーンだ。

 

 こんなに短期間で本当に完成するのか?

それに完成で来たのだとしたら、なぜトライアルにソレを提出しようとしなかったのかが疑問である。

 

「常務の疑問は想像できますよ。それに関しちゃ、現場の人間から説明してもらいましょ。記録媒体なんで、御無礼はすみませんが」

「実機の前には言葉飾りなんぞ不要だ。とっとと写し出せ」

 なんのかんのといってツイマッドの幹部はこだわり派が多い。

職人気質の頑固さを理解していた常務は、鼻で笑って無礼者のお目見得を許した。

どうせウツミで慣れて居る。いまさら一人二人増えた所で、大したことではないだろう。

 

『ちゃんと映ってる? あーあー。課長のお許しが出たんで必要な事以外は全部捨てて実現させました』

 ガサゴソと音がした後、工場の一角が映し出される。

その後ろにはザクとヅダが並べられ、少し離れた所に一回り大きなシルエットが見え隠れした。

 

『最終形をタイプ9として、まずはタイプ7ですが……ご覧ください』

「なんだ? 随分と大きいが耐久値を上げる為か? それでは推進剤が保つまい」

 常務はサイズが大きいことによる弊害を口にし、技術に明るい所を見せた。

宇宙は無重力なので一度動き出せば地上より効率が良いが、それでも大きさに消費は比例する。

 

『ヅダtype7。ブロッケンです。見ての通り20mを越してしまいました』

「ちなみにブロッケン現象から名前を取ったんでしょうね」

「そのくらいは知っとるよ。確か現物より大きく見える幻像現象だったか。しかしな……この大きさでは……」

 文字通り最終形であるタイプ9へ向けて、一回りも二回りも大きくして実現させる為のテストベットということである。

17m強であった全長が20mを越えている、ブロッケンと呼ぶには言い当て妙だろう。

 

 だが巨大ならば完成させられると言う事なら、以前の技術者でも実行して居たはず。

それをやらなかったのは大きな問題があると言う事であり、コレは解決したと言う事だろうか?

 

『機体構造はMIPのを参考にしていますので見た目ほど重くありません。AMBAC系はジオニックから引っこ抜いたので推進剤も思ったよりは』

「二社の技術を搭載する為に強引に大きくしたのか。思ったよりも……ならもう一枚切り札があるのか?」

「御明察です。背中のアレを見れば直ぐに納得できますよ」

 重量を軽くしつつ耐久値を保つ努力は、MIP社が先行して居る。

X-1で試し、将来を知る者が居れば、ビグロに至るまでに開発する中抜き装甲やジョイントフレームである。

古くはF1レースからミニ四駆まで行われたレース用のテクニックだ。ヅダでも同じことをやっているが、サイズが大きい分こちらの方が効率が良い。

 

 そしてソレを補うのが、稼働型の補助腕である。

補助腕が稼働する事で反動を付け、先に有る小形ノズルが補助ブースターになる。

 

『それでも戦闘時間が短くなりましたので、シンプルに増槽を付けて解決しました』

「なるほど。装備を懸架する場所にプロペラントタンクを付けたのか。武装は惜しいが……まあ技術検証機だしな」

 背中に取りつけられたエンジンは、四つの懸架ジョイントが存在して居た。

その内の二つ、下部に向いた方へタンクが取りつけられている。

切り離せば軽くなるし、突入前までに使い切れば爆発なんかしないので、ローコストな増加装備だろう。

 

『それと機体各部に新型のアクセラレーターを付ける予定だった分が、まるまる空いて不要なスペースができてしまいました』

「ジオニックに見せる手前、コピられるとヤバイ装備は外させました。空き場所どします?」

「それだけ空いているならそれこそ燃料か弾……。いや、小型化を前提とするなら駄目だな。適当に何か付けておけ」

 内部に燃料や弾丸を積むと被弾時に爆発してしまう。

それでなくとも他社に見せる時は新型のアクセラレーターを抜いて提出するが、生産する時は取りつけて小型化を目指す。

ならば余計な物を取りつけるよりも、いつでも取りかえられるモノの方が良いだろう。

 

 その判断を想定して居たのか、ウツミは笑って企画書を提出した。

 

「そうおっしゃると思って二・三検討しました。宇宙用はこちら、地上用はこちらでよろしいでしょう」

「対放射能隔壁をそのまま防塵処理に差し替えるのか? 地上の汚染はそこまで酷いと思えんが……まあ間に合わせならこんなもんだろう」

 資料のタッチパネルを弄ると、機体各部に遮断用の薄い隔壁を張ると書かれていた。

地上侵攻を考えるほどジオンが圧倒出来るとも思えない。とはいえ一時的な処置なので常務はこれを認める。

 

 本当の所はゲリラ活動を支援して居た時に、最新機器が良く故障したのでその経験なのだが……。

珍しく勤勉な所を褒められず、さりとてそんな背景を説明できないので、苦笑せざるを得ないウツミであった。

 

●新規発注

 他人を手玉に取るウツミだが、全て渡って思い通りになる訳でもない。

もちろん反対意見があるのは予想して対処しているが、その逆があるなどとは想像もして居なかった。

 

「へっ? 採用?」

「貴方でもそんな顔をする事もあるのね。上は早くアレをタイプ9として完成させろって」

 ウツミはその報告を聞いた時、思わずズッコケタ。

ずれた眼鏡を直しつつ、念のために聞いてみる。

 

「本当に本当かいタケオ? なんでまた急に」

 ウツミは本当に信じられなかった。

アレの何処に採用される余地があるのだろう? だって今までの方針と違い過ぎるじゃないか。

 

「なんでも見学に訪れたドズル閣下が気に入ったそうよ。良かったじゃない予定より早く受注が成功して」

「嘘……だろ。本当にそんなつまらない理由で……」

 サイズが大きく暴力的なフォルム。

それを手放しで称賛され、納品までトントン拍子に決まってしまったのである。

 

 確かに逞しい外見は敵を脅し、味方を鼓舞するには向いて居るだろう。

しかしながら、スペックの方は問題だらけだ。

 

「どうしたのよ? せっかくトントン拍子で決まったのに。何が不満なの?」

「不満も不満。大ありだよ!」

 ウツミは両手を広げて大仰なポーズを決めた後、近くにあったタオルで顔面を覆いながら泣き崩れた。

もちろんそんな仕草を誰も信じてはいない。

 

「だってアレは専務や常務を納得させる為のもので、爆発しないだけのヅダなんだよ?」

「だけって……。今までの人達はそれができないから困ってたと思うんだけど……」

 苦笑せざるを得ない。

どこか目的を履き違がえて居る部分が合ったが、まさかこれほどとは。

 

「流体パルス・アクセラレーターは元より、色々と旧型のまま。ムーバル・フレームだってヅダと同じスライドフレーム以外は試してないし……」

「ムーバル・フレームって……呆れた。あの子の言ってたことを真に受けたのね」

 このムーバル・フレームというのは、外骨格であるモビルスーツを内骨格に変更する概念だ。

M・ナガノという少年の発案によるもので、上手くいけばAMBACを含めて機体性能を大きく底上げすると言う。

 

 性能を底上げするといえば良い響きに聞こえる。

しかしながらまだ素案の状態であり、本当に能力が向上するかどうかも怪しい。

この場合の向上とは、理論そのものは正しいが、費用や設計変更の時間に見合った性能という意味だ。

やってみたは良いが期待通りの数値には達しないことなど良くあることだ、思いつきで試して良いことではない。

 

「夢物語は諦めて少しでも仕上げることね。その方が後の発注に繋がると思うわよ」

「そんな~」

 タケオはウツミを慰めると言うよりは、余計な事をさせない為に仕事に取りかからせた。

しかし、これが嘘から出た誠になり、キシリア機関との長い付き合いになるとは思いもしなかったのである。

 

●性能試験と……

 そして大型輸送船サングリア号を拠点に、テストを開始が決まった。

テストベットであるタイプセブンを元に実機がでっちあげられ、大急ぎで儀装まで完了させて行く。

トライアルに核弾頭なんか飛んで来ないから、各種モニターを仕込んでおけと、無数のカメラを追加。

 

「テスト開始」

「ヅダtype7、ブロッケン発進!」

「タイプセブン出ます。タイプセブン発進!」

 重元素を燃料にした木星エンジンは景気の良い爆音と共に加速した。

ビリビリとした振動が出るのは最初だけ。順調な仕上がりを見せている。

 

「第一巡航速度到達まで増速。テスト宙域に到達次第に増槽を切り捨てろ」

「第一巡航速度まで加速よろし。プロペラントタンク切り離します」

「プロペラント分離。木星エンジンはアイドル状態へ」

 宇宙では一度加速するとそのまま飛ぶことが出来る。

地球の重力圏でも無い限り、追加の加速は必要ない。

追加で吹かすのは、更に加速したい時だけである。

 

 だが、それは同時に燃料さえあればどんな機体でも似た様な速度が出せると言う事。

もちろんヅダがそうであるように、サイズの問題で空中分解してしまうのだが。

 

「友軍機を発見。これよりトライアルを開始します」

「おっ。マジでこの機体はX-10と同じ速度ってことかよ。コックピットもでかいし俺は気入ったぜ」

「あまりはしゃぐなオルテガ。テストは始まったばかりだぞ」

 彼方に表示されるのは三角形。

MIP社製のX-10が表示され、特徴的なザクヘッドがカメラに映し出された。

 

 相対速度を計算する場所には、X-10と並走して居ると表示されている。

オルテガと呼ばれたテストパイロットが言う通り、ブロッケンの移動力は相当な物だ。

しかしソレは、この機体……いや木星エンジンの真価ではない。

 

「宙域に入ると同時に戦闘速度へ。回避機動を取りながら目標を潰せ」

「了解。エンジンが改良されてるってところを見せてもらうぜ」

「タイプセブン、戦闘機動に入りました。今のところ戦闘速度は安定」

 軽くAMBACとノズル噴射で右回り。

それだけで大きく円運動を起こすが、そこからは小刻みに噴射してジグザグの軌道を取る。

 

「X-10の射撃試験、およびタイプセブンの回避試験を開始します」

「X-10が弱装弾で射撃開始。オルテガ中尉注意してください」

「誰に物を言ってやがる!」

 バシュバシュとノズルを吹かす度に、瞬間的な減速と加速がおきる。

その都度に強烈なGが掛るが、大男であるオルテガならば耐えられるレベルだ。

ともすればデブリにぶつかりそうになる速度だが、この男は厳つくとも教導団所属。容易く立て直して外見に見合わぬ滑らかな軌道を見せた。

 

 X-10より飛来するロケット弾を次々回避。

主砲のメガ粒子砲より遅いとはいえ、全て回避する事に成功した。

 

「ターゲットを出せ。射撃実験開始」

「ターゲット出ます。対空射撃はオートで実行中」

「タイプセブンが対艦ライフルを構えました」

 出て来たターゲットは旧式の宇宙船だ。

廃船にするしかないのを、対空砲座や装甲板を追加してある。

戦闘用には使えないが、標的としては十分だろう。

 

 X-10の方も別の場所にあるターゲットに向かって居る。

ここから先は宇宙船の破壊を目的とした試験だ。

 

「おらよ!」

「初弾命中。ターゲットは小破」

「まだだ。あれだけ近づいてこれではな。X-10の方はメガ粒子砲だから掠っただけでも簡単に壊せるぞ」

 高速機動中に当てるだけでも凄いのだが、教導団の中でオルテガは白兵系だ。

射撃は得意と言うほどでは無く、当てただけで直撃しなかったのだろう。

 

「オルテガ、反動制御(コイルキャセンラー)を使って見ろ。その後にライフルからマシンガンに変更する」

「了解。ムーバル・スラスターを起動するぜ」

「タイプセブン、補助腕を起動。反動制御(コイルキャンセル)・モードに移行します」

 ブロッケンの背中にあるエンジンから、補助のアームが伸びる。

その先には小さなノズルが付いており、細かな姿勢制御を担当して機体のブレを補正した。

 

「ようし、これなら!」

「再び命中弾。ターゲットは中破」

「タイプセブン、武装をマシンガンに変更。即座に射撃を開始しました」

 回避機動中にも関わらず、ブロッケンの射撃姿勢は先ほどより安定して居る。

ムーバル・スラスターによってマイナス補正が打ち消され、二度目の命中だ。

更に対艦ライフルによる射撃を切り上げてマシンガンに持ち替えるのだが、ライフルの反動があったとは見られない。

 

「ターゲット沈黙」

「一時試験終了。次は模擬戦の続きだな」

「おう! 推進剤の補給に戻る!」

 流石に対艦用・対要塞用のX-10には火力で負けて居るものの、近距離を維持しての戦闘では負けて居ない。

模擬戦でもより大型でより高級機なはずのX-10と互角に戦い、デブリの漂う空域では優勢ですらあった。

 

 こうしてタイプ7は次期生産機として有力な候補に挙げられることになったのである。

そして……。

 

「見事な物だな。コロニー内の戦闘では同じくテスト中のYMS-07を圧倒したそうではないか」

「キシリア閣下には申し訳ないのですが、まだまだですよ。サイズが大きいからですし、圧倒では無く比較にならない程度でないと」

 映し出された画像に手を叩いて見せたキシリアは、憮然とした表情で返す。

自分の部隊にも寄こせと言うつもりで、褒めてやったのだ。

 

「ほう……これほどの性能でまだ足りないと。どれほどの性能を企図しているのだ?」

「そうですね。ニュータイプが操る次世代マシンを、完膚無きまでに叩き潰す程度には」

 不機嫌そうだったキシリアの頬がピクリと動いた。

形ばかりの笑顔はそのままに、目線だけが鋭くなる。

 

「貴様はジオンの国是がニュータイプへの革新。アースノイドより上に立つことを理解して居るのか?」

「でも見て見たくないです? 軍人たちがこりゃ勝てないと口を揃えて言った化け物を、バリバリの旧人類が打倒する所」

 今度こそキシリアの表情が険しくなった。

ウツミが口にした事は、内々にキシリア機関で行った実験結果だからだ。

ニュータイプが操る次世代マシーン。それと演習したエリート軍人達の言葉。

 

「ブロッケンではまだサイズもですが、OSに不満が残ります。できれば実戦をさせて見たいんですが、どこかに人体実験でもして居る悪い連中でも居ませんかね?」

「……知らんな。私は何も知らん。だが成果があれば教えて欲しい物だな、アナハイム?」

 ウツミが言って居るのは、パルプコミックに載って居る様な悪の秘密結社だ。

だがキシリアは意味の通らない言葉で返した。

ただ、お前が秘密にしている事など、自分もお見通しだと。

自分の掌の上でなら、好きにして良いとだけ伝えたのである。

 

「ふふふ。グリフォン対イフリート。こりゃ世紀の対決ですよ、キシリア閣下」




 と言う訳で第二回。
Type7ブロッケンというか、ドムモドキの登場です。

 ヅダの欠点を20mにすることで克服。
機体耐久値を大きく底上げして、燃料消費を別の形で補いました。
最終的には18mまでシェイプアップする感じですね。
本当はM・ナガノ博士が専務を怒らせるレベルで延々と喋る予定だったのですが、混ぜ過ぎると良くないので割愛しました。

パトレイバーの方だとブロッケンが暴れて、グリフォンが重MS倒すのですがこれを修正。
ビグロモドキと一緒にトライアルして、次回にイフリートと闘う事になります。

●嵐のじぃかぃぃよこくゥゥ!
「なに? このモビルスーツ? 笑ってる?」
「あははっ! おねーちゃん強いなあ! ボク楽しくなってきたわ!」
「EXAMシステム、スタンバイ!」
「と、止まらない? に、逃げてー!」
「おっ。急に動きが良くなったで。ばっちこいやー!」


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そのシステムの名前はEXAM

●企画外品

 後年とある施設が作られるサイド6。

その前身となる組織は早い段階から組織され、ギレンの目を掠めるように設置されていた。

本格的な採用によって組織が肥大化し、途中で場所を変更する為に、コロニーの候補が二つあるのだとも言われている。

 

「一足先に蒼騎士(ブルーアーマー)を見せてもらったよ。中々の出来じゃないか」

「ブルー? ボクが見た時には赤く塗り始めて居たけど」

 その場所を見つめる様に二人の男が話しあって居た。

正確に言えば、密かに運用されているモビルスーツに対する論評だ。

 

「情報が古いぞ、リチャードらしくもないな。クルスト博士は蒼がお気に入りらしい」

「なるほどね。なら赤いのはパイロットのこだわる部分だけか」

 望遠レンズを手渡され、リチャードと呼ばれた男は苦笑しながら覗きこむ。

レンズ越しにも遠目であるが、なるほど確かに蒼いではないか。

 

「できれば一部持って帰りたいな」

お人形さん(ホワイトドール)の研究が捗るからかい? 君が提供した教育型コンピューターを引っこ抜きたいからね。構わないよ」

 彼らはロボットの話をしているが、蒼いモビルスーツの事情などまるで相談して居ない。

しているのは戦利品の分配であり、それを得る仮定で得られるであろうデータの話をしている。

 

「お人形は酷いな。MS-06の設計図も手に入ったし……大きな工場に移れれば捗るんだが」

「戦争が始まれば招かれるさ。それまではソフトの方を中心にするんだね、テム」

 二人はどこで受け渡すかを伝えあうと、言葉少なに立ち去った。

そしてリチャード……ウツミは蒼騎士に立ち向かうため、黒騎士を用意しにとある工場に向かう。

 

 そこに彼が用意した玩具がパッケージングされている筈だからだ。

 

「こっちよ。このコートを着て頂戴」

「食品工場か……もっと色気のある場所で着替えたい物だねタケオ」

 タケオが出迎えたのは場末の食品工場だ。

合成肉を冷凍する為の施設で、色気の欠片もありはしない。

 

「馬鹿な事を言わないで。タイプナインの組み立てはもう終わってるわ」

「それは素敵だ。……うん、中々にドレスアップしてるじゃないか」

 コートを着こみ冷凍施設に入ると、そこには寒々とした場内にモビルスーツが鎮座して居る。

黒光りするボディに翼まで設置され、一見してモビルスーツかと疑うほどに洒落ている。

 

「ちゃんとサイズ調整出来たようだね。さっすがぁ~」

「……課長が不可能を可能にしろといったので相当に無茶をしましたよ? 現行のモビルスーツとは規格が合いません」

 タイプ7では20mを越えた全長が、18mまでシェイプアップされている。

ウツミの褒め言葉をまともに受ける気が無いのか、技術者たちはウンザリした顔で説明を始めた。

 

「耐久値を保つため、これまでのように素直に引くのを止めて、太いのを足してから他を削って居ます」

「えっと。家を立てる時に、大黒柱を増やして壁を削ったようなものだと思ってください」

「支柱を増やしたって事? できればそれがムーバル・フレームだと有りがたいねぇ」

 主任も副主任も一瞬だけ嫌そうな顔を浮かべた後、顔を見合わせてから説明を続けた。

相当に話し難いことなのだろうが、意を決して話し始める。

 

「採用しました。その代わりに、モビルスーツにあるべき何もかもを捨てましたが」

「課長はフレキシブル・ベロウズ・リム構造というのを御存知ですか?」

「と言うと……水泳部の?」

 フレキシブル・ベロウズ・リム構造というのは、装甲板を蛇腹状にして伸び縮みさせる機能のことである。

水泳部と揶揄される、水陸両用型モビルスーツの開発に置いて採用された構造であった。

 

「そうです。アレとヅダの腕部に入れたスライド・フレームを組み合わせました」

「ヅダのはジャッキ見たいな感じで腕が伸びたっけ。アレで武器を持ち替えてたのを覚えてる」

「具体的に言うと肘に二重関節、手首に二重関節を入れて制御して居ます。代わりに本来腕にあるべきパーツが入ってませんが」

 言いながら自分の手で示し、曲げたまま肘と手首を指差した。

そして軽く関節を伸ばして付き出し、先ほどとの差で長くなったかの如くイメージを伝えておいた。

 

「あるべきパーツって……。ハードポイントは? 銃とか仕込めないの?」

「装備できるわけ無いじゃないですか。どう考えても重量オーバーです」

 ええぇ~。とウツミは大口を開けた。

車両やロボットにはハードポイントという概念があり、差し込む穴と、繋げる電極が存在しているものだ。

その穴に仕込んで電極を繋げると、肘や足がそのまま武装設置ポイントになると言う訳である。

 

「ちょっとちょっと。あの一杯あるケーブルは何さ? あそこを通して電極くらい通せないの?」

「あれは流体パルス・アクセラレーターのサブです。強引にフレームや装甲板の中にも通しましたが、切れると問題ですので」

「ついでに言うと、放熱板が入ってません。期待各部の飾りやあの翼がムーバル・スラスターを兼ねた放熱フィンでもあります」

 物凄い無茶苦茶である。

組み立てに冷凍施設を使ったのは伊達では無く、少しでも発熱を抑えるためだ。

 

「本来、推進剤さえあればモビルスーツは幾らでも闘えますが、グリフォンの戦闘可能時間は最大でも1時間です」

「それも全力を起動しない場合です。アクセラレーターをメイン・サブとも使ったら、30分を切るかと」

「……アハッハハ! 結構結構コケッコウ! いいじゃないか、30分しか動かない超人マシーン! つまらない機械よりよっぽどいい」

 ロクでもない説明を聞かされたのに、ウツミは本気で笑って居た。

彼としてはグリフォンで採算を取る気など全くない。

スーパーマシーンを作りあげ、大暴れすることが前提なのだ。

 

 バランスなどクソ喰らえ。

僅かな時間、戦場で無双して、英雄的戦果を実現できればそれで良いのである。

そして、それこそが技術者たちがウツミに従う理由でもあった。

これほどまでにクレイジー。夢物語りの理論にさえ、Goサインしか出さない上司は他に居ない。

この課長あって、この技術者ありである。

 

●グリフォン参上!

 そのころ、問題の施設では実験が行われていた。

ジオニック社製のモビルワーカー、クラブマンが無数に林立。

それらによる攻撃をかわしながら、二機のモビルスーツが順調にターゲットを破壊して居た。

 

「数値は相変わらずかね?」

「はい、クルスト博士。多少のバラつきはありますが、一号機のスコアはダントツです」

 クルスト・モーゼスは内心で失望の念を隠さなかった。

新型のコンピューターを入れても変動は特にないらしい。

モビルスーツの方も最新型とはいうが、大いに不満が残る。

 

 所詮ジオンという小さなバックアップではこの程度なのかもしれない。

そう考えた時、不意に二号の方も尋ねてみることにした。

普通の軍人が操り、少し前までの新型に載って居たので、いつもならば無視する所なのだが……。

 

「そんな所か……二号機は?」

「素晴らしい成果が出て居ます。新型コンピューターが彼にあったのかもしれません」

 ほうっ……。と我知らず声に出て居た。

もしかしたら、クルスト博士は被検体の一号機よりもこちらに関心を持って居たのかもしれない。

 

 あるいは内心、被検体に嫌悪すら抱きなんとかしたいと思っていたのかもしれもしれない。

だからこそ、続いていつも通りでは無い反応。そして職員達には、成果に見合った当然の反応を示してしまう。

 

「確か軍務より戻って居たシュターゼンだったか。念の為に他の者に変えて見ろ」

「了解しました。もしこれで同じ結果でしたら……新型コンピューターは世界を変えますよ!」

「おめでとうございますクルスト博士!」

 キシリアから護衛に付けられたうちの一人、ニムバス・シュターゼンはエリート軍人だった。

他にも似た様な者はいるが、ナイト・シンドロームのケがある彼は幾つかの条件で精神性に反応差がある。

ジオンの騎士というイメージにぴったりなYMS-07や、守るべき被検体であるマリオンが女性であることもあって、発奮しているだけかもしれない。

 

 だからこそ、誤差の無いデータを得る為にも、他の軍人と入れ換えて見るべきだろう。

幸いにもキシリアから寄こされた使い捨ては山ほどいるのだ。

そう思って、このタイミングで余計な指示を出してしまった。それが致命的な初動の遅れになるとも知らずに。

 

「搬入口開きます。何か納入される物も……いえ、失礼しました。新しいモビルスーツを用意するそうです」

「うん? そういえばツイマッドの新型は大きいと言うそうじゃないか。機材を入れるのに送ったのかもしれんな」

「そうですね戦闘するならともかく、実験機材としてはその方が助かります」

 博士と助手は用意された資料をそのまま信じ込んだ。

何しろこれまではずっとそうして来たし、一番過敏に反応するニムバスは、モルモットが女性だからと面倒だから遠ざけて居る。

だからこれは職務の怠慢であり、調べ上げたウツミ達の事前調査の結果であろう。

 

 開かれたゲートから黒い機体が入って来たのはその頃だ。

邪魔者であるニムバスが機体を離れ、別の軍人が乗りこむ為に燃料と弾薬を補充しようとハンガーに掛けられた時。

黒い機体……グリフォンは動き出す。

 

 

「まったく。……ゲートの稼働キーだけでなくこんな情報まで。どこから手に入れて来たの?」

「あー。ここの設計は下請けにアナハイムの手が入って居るんだ。それと、研究員ってのはどこもカツカツでさ」

「フラガナン博士の学閥自体が弱い物ですし、クルスト博士はその極北ですからね」

 ようするに、ここが建設された当初からマークして居たと言う訳である。

正確には陰謀を秘めたキシリアと、怪しげな研究者が結び付いた段階で、糸を辿って居たと言っても良い。

 

「最初からやる気だったのね。まあ秘密結社なら連邦やジオニックから奪うよりもマシでしょう」

「そーいうことそーいうこと。その為に、テムに頼んで教育型コンピューターを横流ししてもらったのさ~」

 タケオは皮肉の判らない男の靴を踏みつけ、無視する事にした。

ウツミ……リチャード・ウォンの名前を呼ぶ時、愛情を込めて呼んだ事よりも、怒りと罵倒を向けた回数の方が遥かに多い。

もちろんソレを口にしたら面白がってホテルにでも連れ込まれ、『朝までに逆転してやる』とでも言いかねないので黙って居るのだが。

 

 溜息を吐きながらインカムのスイッチを入れ、グリフォンのパイロットを呼び出した。

 

「聞こえて居るバド? モニターしているけれど、念のためにね」

「問題ないでー。ボクもグリフォンもバッチリや!」

 声をかけると黒い機体……グリフォンが手を振って来た。

間髪いれずに行った動作だが、こんな動作をマニューバーに入れて居る筈が無い。

 

「モーション・トレーサーは反応良いみたいね。いま時こんなの入れるのはどうかと思うけど、反動は大丈夫なの?」

「そりゃあバドはオルテガ中尉より華奢だけどね。あ、こんど見て見る?」

 グリフォンの操作にはパイロットの動きをトレースするシステムを使って居る。

ジオニックではクラブマンからヴァッフ、ザクへと進化する間にサブになったモノだ。

 

 普段はパターンを登録しておき、あとはオートバランサーやコンピューターでバランスや相互位置を合わせているモノなのだ。

なんでこんなモノに頼って居るかと言うと、命令伝達系まで省いてしまったからだ。

将来はともかく、現時点でグリフォンはバドの動きプラスアルファでしか動かない。

 

「という訳だ。動きの悪い軍人さんが戻ってくる前に、遊んじゃうとしようか」

「その言葉を待っとったで!」

 バドは手首の関節を伸び縮みさせて、自分の動作の何がグリフォンのオプションを動かすかを確かめて居た。

羽の動かし方は最初に習って居るし、もはやゲームに挑むのに何のためらいも無い。

Aボタンで関節が伸び、Bボタンでダッシュ。両方押せば空を飛ぶ……と愉しんで居る。

 

 そう……バドはこの戦いをゲームだと思って愉しみにしている。

ラジオ体操をグリフォンにさせて、主任に機体を温めるなと怒られたことまで良い発奮材料になって居た。

 

「ヅダTYPEJ9、グリフォン発進!」

「ゲットレディ! GO!!」

 グリフォンは軽く身を沈ませると、一直線に飛び出した。

その動きを強化する様に、シュっとノズルが小さく噴射する。

 

 林立するクラブマンを粉砕しながら蒼い騎士に接近するなどお茶の子さいさい。

朝飯前のゼリーだと言わんばかりに容易く突破して行った。

 

「何? 次の試験は格闘戦なのっ!?」

 蒼い騎士……イフリートを操るマリオンは一瞬戸惑った。

鋭い感能力はあるが、いつでも発揮出来る訳でもない。

もっともバドに殺気など無いので、発揮できたとしても、そう判断するしかないだろう。

 

「クルスト博士! 新型機がイフリートに迫って来ます!」

「事前の連絡にはありません! 格闘戦のテストなど予定して居ませんよね?」

「敵!? 敵なんですか!?」

 殆どの科学者や技術者たちは一瞬戸惑って居た。

 

「警備を呼びます。間に合わせに二号機を呼び戻しますか?」

「慌てるな。一号機に追い返させればいい」

 しかしクルスト博士だけは、僅かに期待した目で乱入者を眺めて居る。

これまではスポンサーの手前、現段階では、不必要に出来なかったことができるのだ。

 

「誰だか知らんが乱入しておいて壊してはいかんということもあるまい。システムは稼働して居るな?」

「はい。現段階ではクォータードライブでマリオンのデータを追って居ます」

「心拍数に変化はありましたが、順調に反応を蓄積中」

 実戦データを得られる。

博士からその事を聞かされて、他の研究員たちも呼び出そうとした警備を止めておくことにした。

二号機ハンガーへのインカムはそのまま降ろし、連絡を入れてしまった警備には手違いだとすら説明してしまう。

 

 ある意味、この連中一味もウツミと良く似て居た。

研究データ完成の為には、ジオンも連邦も無いし、もちろんパイロット達の安否や人権等どうでも良かったのだ。

 

●グリフォン VS イフリート

 今までのモビルスーツよりも格段に早い移動速度。

それだけならば驚くには値しない。ロケットモーター次第ではどんな機体でも可能だからだ。

実際、X-1と呼ばれたMIP社のマシーンはもっと早くに移動するだろう。

 

 もっとも、あれはあまりにも大型過ぎてコロニー内には持ち込めないし、反応機動の問題でクルスト博士たちの興味はそそられなかっただろうけれども。

 

「バぁドぉ。ヅダ系の優秀さは直線じゃない。判ってるね?」

「相手のロックオンを見てから外せるちゅーことやろ? 判っとるわ!」

 グリフォンは各部に設置された小形ノズルで加減速し、そして直進であれば背中の翼から噴出して高機動を実現出来る。

重元素によるエンジンは、これまでのエンジンよりも遥かに早い。

 

「上上下下左右左右、ABってとこや!」

「何をやって居る一号機! 手を抜いて居るのか!」

「で、でも中に誰か居るんでしょ?」

 相手が牽制のために手足を狙ったからでもあるが、恐るべき加速性能だ。

 グリフォンは間断無い加速と減速によって、マシンガンによる連射を避けてしまった。

 

「なんだ、なぜあんなことが出来る!? マリオンは確実に先読みしているのに」

「りゅ、流体パルス・アクセラレーターの性能が段違いです。ロックオンが振り切られます」

「素晴らしい加速性能じゃないか! あのモビルスーツ、欲しぃい! あれがあれば研究がもっと進むだろうに。もしやあれは連邦製なのか!?」

 クルスト博士の陣営はグリフォンの驚くべき性能に色めきたった。

もちろん乗って居るバドのコントロールが抜群なのもあるが、その操作方法はあまりにもオールドタイプの典型だと言えた。

軍人達よりマシな程度、それが判るだけにハードの性能差が良く判るのだ。

 

 一方で、ウツミ達は逆の意味で驚いて居た。

 

「信じられない。イフリートはYMS-07より速いとは聞いて居たけど……」

「動き出す前から避けられてるジャン」

「クルスト博士はこれまた飛んでも無いモノを作りましたね」

 マリオンの感応力であるのだが、ウツミ達は絶句を通り過ぎていた。

グリフォンが掴み掛ければかわされ、ならばと高速でタックルを掛ければ、動き出す前に直線上から姿を消して居る。

 

「あははっ! おねーちゃん強いなあ! ボク楽しくなってきたわ!」

「なに? このモビルスーツ? 笑ってる?」

 二機はまるでダンスを踊っているかのように動き続けて居た。

グリフォンはマシンガンの連射を軽く避けるし、イフリートもまたグリフォンの格闘性能を完全に殺して居る。

 

 このままでは決着は付かない。

強いて言うならば愉しんで居るバドが嬉しいだけで、他の誰も喜ばない。

問題が無ければ次の機会に挑めば良いのだが、ウツミはともかくキシリアが再度のチャンスをくれるかどうかは判らないだろう。

 

 そして、それは見たことのない機体を前にしたクルスト博士たちもそうだ。

もしあれが本当に連邦製ならば、亡命でもしない限りは二度と見ることができない。

いや、決して表に出せない情報部の切り札であるならば、連邦に亡命した時点で任務達成とばかりに出て来ることは永久にないだろう。

 

「どうしますか? 今までの研究を続けるならばこのまま時間稼ぎをすれば良いですが……」

「システムのレベルを上げる。一号機が手加減して居るのも要因だろう。EXAMが本来の性能を発揮すれば倒せる筈だ」

 イフリートを動かして居るEXAMには、稼働段階があった。

レベル1では、マリオンのデータをモニターするだけ。

レベル2では、マリオンが今まで取って居た選択肢を最適化し、行動前に用意するだけだ。

 

 これまでイフリートが先制して回避できたのも、レベル2でクォータードライブ中のEXAMが先んじて加速準備して居たから。

ならばレベルを上げて、ハーフドライブに移行してしまえば良い。

 

「それしかありませんね。レベルを3まで上げてハーフドライブに移行しましょう」

「レベル3は機体の負担が激しいですが、あの機体を確保できるならやる価値があります」

「うむ……」

 レベル3からは、マリオンが勝つ為の行動選択肢を提示し、選ばせるものだ。

レベル4は使用を考慮されていないが、上記の行動に加えて、マリオンの能力で勝つ為の行動を予測させるもの。

即ち、ニュータイプの可能性を予測演算機に当て嵌める物であり……。

 

 人間を機械の為の補助に置き変えるものだった。

そうすることでニュータイプの可能性を完全に調べ上げ、他の人間でも代用可能にする事。

そうすればニュータイプが戦いの道具になることもないし、人々すべてがニュータイプと同じことができるようになれば、ニュータイプが迫害される事もないだろう。

 

(「しかし、それで本当にアレに勝てるのか? いや、勝つだけならば簡単だろう。だがアレを手に入れ、研究を完成させるところまで辿りつけるのか?」)

 クルスト博士は正直なところ、迷って居た。

ニュータイプの可能性を信じ、戦争の道具にしない為に開発を続けて居た。

だが、ニュータイプであるマリオンの能力を知り、訓練された兵士である軍人達との差を知ってむしろ恐怖すら抱いている。

 

 ニュータイプに対抗し、ニュータイプが不要になる能力を得ること。

進まない研究にいつしか博士の心は壊れ、目的が完全に入れ変わって居たのだ。

その狂気が凶行に走らせることになった。

 

「うん? AMCにまで影響が出ている? 何か変だな」

「これを見てください! システムが、システムが起動して居ます!」

『EXAMシステム……スタンバイ!』

 映し出されたモニターには、EXAMが起動準備に入ったと言う文言が記されていた。

既に起動して居るEXAMが改めて起動すると言う意味は無い。

 

 それが意味するのは……。

レベル制限が課せられる前、問題が発見された本来のEXAMが起動する時だけだ。

AMC……機体を制御するアクティブ・ミッション・コントロールを、EXAMが優先して作業内容を書き変え始める。

 

「な、なに、これ? 普段使わないキャプチャーが勝手に……」

「EXAMシステム、フルコンタクト! マリオンにポインタとキャプチャーが取りつきました」

「博士! レベル5で起動して居ます!」

 バタンバタンと音がして、マリオンをモーション・キャプチャー装置が拘束した。

本来は登録された行動以外に、随意の行動をパイロットの動作コピーする形で行うモノだ。

 

 ようするにバドが今使用して居るシステムなんだが、これが勝手に起動して居るのが異常であった。

いや、それだけではない。視線ポインタによる視点移動での選択装置も勝手に起動し、光反応をマリオンの目から反射で得始めている。

 

「レベル5は機体だけではありません、被験者にも問題が出ます!」

「このままではマリオンが廃人になりますよ!」

「うろたえるな! 事故でレベル5が起動してしまった以上はもう遅い。……それにレベル5以外でアレを取り押さえられるのか?」

「い、いえ……それは……」

 目に見えてイフリートの反応が良くなった。

逃げながらでありながらグリフォンと互角に戦って居たのに、今では圧倒し始めている。

 

 それだけではない。

動きは滑らかになり、予想行動はそれ以上に、予測や予知の域に達してさえいた。

 

「おっ。急に動きが良くなったで。ばっちこいやー!」

「なんだ……。何かまだ隠し玉を用意してたのか? やるなあ」

「……笑い事じゃないわよ。完全にこっちの行動を演算されているわ。なんだか容赦も無くなって居るし」

 これまでの段階で、手にしたマシンガンを叩き落とすことには成功して居た。

だがそれも、バドが牽制を面倒くさがり、マリオンが撃つのをためらっていたからだ。両者の意図が噛み合って、狙った様に落としたに過ぎない。

 

 それがどうだろう?

弱装弾ながら足のミサイルを遠慮なくぶっぱなし、距離を開けた所でマシンガンを確保を狙う。

ソレを邪魔しようと出て来た所へ、ヒートサーベルを抜刀して振り回して来た。

 

「あかん。フレーム単位で読まれ取る。このままじゃ難いなあ。Hardモードゆうわけか!」

「バド、こっちも抜刀しなさい! 本気を出してきた以上は幾らなんでも武器無しじゃ無理よ!」

 グリフォンの武装は今のところ一つだけだ。

翼に懸架したサムライサーベルX。タケオは格闘戦による決着を諦めさせ、武器攻撃での破壊を指示した。

 

 これに対して『二人』が取った選択肢は異なる。

 

「しゃーないなあ。ウツミさん『使う』で」

「仕方無いよねぇ。十分でケリを付けるんだよ」

「……え?」

 タケオは最初、二人が言っている意味がまるで判らなかった。

相手が武装して居るのだから、こちらも武器を使うのは当たり前のことではないか。

ワザワザ尋ねるまでも無いし、今まで使わない事を許容して居たのは、タケオが破壊活動を好まなかったからだ。本心ではこの辺で引き返して欲しいとすら思って居る。

 

 だが決定的な所でイメージが違って居た。

何が起きて居るのか把握したのは、技術主任たちが大慌てで声を上げてからだ。

 

「流体パルス・アクセラレーターが正・副共に伝達して居るじゃないですか!」

「まさかBシステムを切ったんですか? これだけ温まった状態でフル稼働なんて馬鹿げている! 装甲はともかくギアが持ちませんよ!」

「まさか……。リミッター無しで戦ってるの!?」

 グリフォンの動きが更に鋭くなった。

先読みの速度で敗北し、更に行動を演算予測されて何発か命中弾をもらっていた。

 

 それがどうだろう。

超高速の動きで走りまわり、あるいは軽いジャンプで懐に飛び込んですらいる。

 

「こなくそ! 当たらへん。あとチョイなんやけどなあ!」

 バドには最初から、サーベルで闘うと言う選択肢は無かった。

そもそも格闘戦の方が得意だし、グリフォンのスタイルに似合っていると思っている。

 

「素晴らしいぞ! あのモビルスーツ、またスピードが上がった。おい、パワーのゲインはどうなっている?」

「驚くべき出力です。トルクも申し分ありません。確保すればEXAMを載せ替えましょう」

「駄目、止まらない。殺したくないの、逃げてー!」

 クルスト博士たちもまた、この自体を喜んでいた。

超高速で動き回る次世代機同士の戦い。

 

 しかも、黒い機体の搭乗者は明らかにオールドタイプだ。

あくまで運動神経が良いとか、学習能力が高いというに過ぎない。

エリート軍人や、その中でもエースと呼ばれたニムバスを見て来た博士に取って、『将来、ニムバスを越えるかもしれんな』という程度の驚きに過ぎなかった。

 

 そんな中で、マリオンだけが悲劇の中に取り残されている。

必死で動きを止めようとするが止まらないし、機体はむしろ彼女に演算をさせる為に、光を当て与圧を掛け、心拍数を測って反応を記録して居た。

反応からデータを取り、選択肢を選び、相手の行動から変化する状況を再びマリオンに見せる。

 

『Bシステムを起動してください。Bシステムを……』

「ノー! もうちょっとや。もうちょっとであの機体を捕まえられる。そしたら、ボクの勝ちや!」

『Bシステムを……』

 機体各部が悲鳴を上げ、制御コンピューターはリミッターの再設定を促している。

そんな中で、バドは心底、戦いを愉しんで居た。

もう少しで難しいと評判のゲームを、ノーコンテニューでクリアできそうな時の気持である。

 

「あー!? 機体の各部に遊びが出始めて……うわぁぁ」

「で、でも凄いですね。この戦いは最先端を行ってますよ」

「いーねーいーねえ。ヒーローと悪役の戦いはこうじゃなくっちゃ」

(「どちらかというと怪獣大決戦ね。……でも速く、速くなんとかしないと」)

 グリフォンをモニターするメンツも似た様なものだ。

技術主任や副主任は青い顔をしているが、まるで博打にのめり込むように数値や動きに食い入って居る。

ただタケオだけが、胃を抑えて戦いを冷静に見守って居るだけだ。

 

 放熱器(ヒートシンク)が異常に少ない為、機体に問題の出始めたグリフォン。

もう少し余裕はあるが、パイロットの思考活動に影響が出始めたイフリ-ト。

恐るべき勢いでダンス・マカブルを踊り続け、あと数分の戦いを愉しんで居る。

 

 そう、この戦いはどっちに転んでもあと数分である。

グリフォンが壊れてバドが脱出するか、マリオンが廃人になってデータを吸い上げられて終了だ。

今頃はニムバスも気が付いて急いで駆け付けて居るだろうが、それよりも速く決着が付くだろう。

 

「博士。コンピューターが最終演算を行いました」

「120秒の差で我々の勝利です」

「勝ったな」

 機体はグリフォンに、パイロットの特殊能力はマリオンに。

それらを加味すれば、お互いに互角。

だから、勝利を分けたのはただ一つの問題だった。

 

 イフリートがミサイルを撃とうとして、膝に付けられたドリル・ニーがそれを破壊する。

グリフォンがサムライサーベルXを抜刀しようとして、イフリートのヒートサーベルが保持の甘い内に弾き飛ばす。

体当たりと回避を兼ねて、お互いが位置を交換する様にグルリと回転。

 

「ああ、もう……だめ。殺してしまう……殺して……」

 それまで互角だった二機に、そこで明確な差が出た。

グリフォンの膝が緩み、イフリートのマシンガンを避けそこなった。

そのまま回避すべき方向から舐めるように残りの弾を使いつくし、頭を上げる所へヒートサーベルが降り降ろされるだろう。

 

「わたしを殺して。みんなを殺す前に……ワタシヲ……」

「うん。今はボクの負けにしたるわ。でも……まだや!」

 グリフォンのスライドアームとフレキシブル・ベロウズ・リム構造が唸りを上げる。

左手の関節が肘も手首も伸び切り、本来の二割から三割も上昇した。

それで可能なのは精々ヒートサーベルを跳ね上げるくらい。

 

 これまでに貫手で打突して来たことから、その攻撃は予測している。

だからコンピューターはむしろ、チャンスだと判断し、サーベルでバランスを取りながら蹴りを食らわせたのであった。

 

「こっれは……グリフォンの、勝ちや!!」

「なんだと……あそこからまだ加速した!?」

「なんて無茶苦茶な! 自爆する気か!」

 種を明かせば勝利の鍵は単純だ。

バドは相手の動きが最適解だけになったことを悟ると、切り札として、誰もやらないだろうと言う無茶を残しておいた。

 

 至近距離からのロケットダッシュ。

唸りを上げる木星エンジンに重元素を放りこみ、瞬間的な最大加速を得たグリフォンがフルスロットルでかっ飛ばした。

結果としてイフリートに体当たりどころか、接触事故に等しい速度でぶち当たったのだ。

 

「なっ! なんてことを! バドは無事なの!?」

「無事じゃなかったら試さないさ。……バドー? 起きてたらささとそいつのコンピューターを頂いちゃいなさい。でないと、怖いお兄さんが来ちゃうからね」

「ぁぁー。あ痛だだだ。容赦ないなぁウツミさんは。ボクも頭ぶつけてんねんで」

 ウツミの声に反応して、バドは延ばした左手をそのままに、右手一本で器用にコックピットを開け始めた。

元からモーション・トレースで動くからこそだが、ロックの有るべき場所を爪でひっかいて壊し、露出した部分をこじ開ける。

 

「だ……れ?」

「お姉ちゃん強かったなー。今度はボクんちで対戦しよな」

 フラフラのマリオンに構わず、グリフォンはコックピット周辺の機材を根こそぎ抉り出す。

もしここで判断に差が出たとすれば、マリオンに殺し合う気が無く、即座に命令をマニュアル出せなかったことだろう。

もっとも、廃人寸前のマリオンに冷静な判断が出来たか判らないのだ。

 

「待て! マリオンを離せ!」

「あーもう! 今更、邪魔せんといてや!」

 駆け付けて来たニムバスのYMS-07が、とっさの判断で伸び切ったグリフォンの左手に組み付いた。

少ない材料ながら素晴らしい判断であり、これはニムバスの優秀さを示している。

 

 だから、これはグリフォンの手柄であり、ニムバスの失敗ではない。

 

「左手のロック切り離しちゃって」

「了解です。肩から先をまるごとパージします」

「何だと!?」

 ボン! と音を立てグリフォンの左手が肩から弾け飛んだ。

グリフォンはそのままウイングスラスターで飛行し、飛び去ってしまう。

全重量を掛けて居たニムバスの07は尻持ちを着き掛け……いや、付いてもなお、咄嗟にマシンガンへ手を伸ばし、マリオンの為に思い留まったのである。

 

「シュターゼン大尉。EXAMの本質は頭部の演算機に有る。コックピットは所詮インターフェイスとコンピューターだけだ。放って置きたまえ」

「馬鹿な! マリオンをテロリストの手に渡せと言うのですか!」

「テロリストだけに何が起きるか判りません。イフリートを確保し、逃走用の爆破物に気を付けてください」

 人間をインターフェイスだと割り切る博士たちに嫌悪感を抱きながらも、この時のニムバスはまだ模範的な軍人だった。

命令の優先権と、爆薬があるかもという当然の判断に従い、諦めざるを得なかったのである。

 

 こうして戦いはグリフォンの勝利、試合としてはEXAMの勝利となった。




 と言う訳で残念ながらグリフォンが負けてしまいました。
イフリートとマリオンのペアに対し、グリフォン(欠陥付きギャン)とバドが対戦。
マッド同士の怪獣大決戦の後に、勝ったのはEXAM。
欠陥が先にきたという意味でグリフォンの負けかもしれませんが、バドがトリッキーな策を用意して、実質的には勝った感じですね。

 パトレイバーにならって、一端ここで終わりますが……。
EXAMシステムをゲットしたので、次回があれば搭載することでもっと強化されるかもしれません。
その時は放熱板の数が足らないとかいうオチはなくなって、もっと強くなるかも……原作からして改良されて無いので、無理かも知れませんが。

●ヅダtypeJ9『グリフォン』
 20mになってしまったブロッケンには、色々と新型装備が付いて居ませんでした。
これを残念に思ったウツミ課長は「今直ぐ18mくらいにして」と無茶振り。
ブラックな命令に対し、「なんだリミッター付けなくていいのか」と、更に無茶な設計で技術者たちは作りあげてしまいます。

 重いし取りつける場所が無い?
よし、命令伝達系も放熱板も外してしまおう!
各部の装甲板がそのまま放熱器でいいだろう。どうせ1時間以内に勝負付かなかったら、俺たち犯罪者だもんな。
これも外せ、あれも外せ。動かなくなった? なら操縦レバーも外して、モーショントレースの時代に戻せばいいじゃないマリー。
網膜モニターで視点ポインターを付けるならば、モニターパネルも要らねーよな。と言う感じです。

 実質、ビームの無いギャンに当たる機体なのですが……官僚のマ・クベさんだと動か無いんじゃないでしょうかね?
リアルでフェンシングしたシャアなら動かせると思いますが、ブロッケンと違って狭いので黒い三連星には無理です。

武装:
ウイングスラスター:
 ノズルの群と、放熱器を兼ねた翼です

サムライサーベルx:
 日本刀です。ヒート機能なんかありません

貫手:
 スライドアームとフレキシブル・ベロウズ・リム構造によって、肘と手首が伸びます
指先は水泳部が作って居たクローを小型化しただけなので、頑丈です

お洒落:
 放熱器の数がないので、代わりに装甲板をエッジを効かせています。
翼もそうですし、キュベレイやガズR/LNように、無用に格好良くなっています。

EXAM:
 教育型コンピューターを奪うつもりでしたが、妙な演算機の子機が合ったので利用する事に
最大戦闘時間が1時間でしたが、稼働させると30分を切り、全力稼働すると10分持つか怪しい所です

・モビルワーカー『クラブマン』
 嘘の様な話しですが、ジオニックが最初に提出した二足歩行マシンらしいです。
篠原製のクラブマン・ハイレッグと同じとも思えないので、サラっと流して、モビルワーカーに武装が付いているモノだと判断して居ます。
(MIP社のX-1も、本当に存在するので、レイバーに出て来たX-10を再現するのに、アプサラスやヒルドルブみたいなことをしただけです)

・テムレイ
 アナハイムの職員でミノフスキー博士の弟子。オリジンに近い設定ですが、より手段は選ばなくなっています
息子さんはそのままの性格をして居ますが、バドやマリオンと先に出逢ったら、ララアに恋するかは不明です

・ニムバス
 もっと悪い奴が出て来たので、綺麗なニムバスです
クルスト博士が亡命したら追い掛けるでしょうが、御姫様を助けるために奮起するでしょう
もっともナイト・シンドロームはフェミニズムよりもマッチョな思想でもあるので、マリオンは俺の嫁と考えて居るだけかもしれませんが。


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外伝
外伝:フリズスキャルブ


●バビロン・プロジェクト

 ヤ・ウベ降りて、かの人々の建てる街と塔を見給えり。

いざ我らは降り、かしこにて彼らの言葉を乱し、互いに意を通ずることを得ざらしめん。

 

「ゆえにその名は、バベルと呼ぶ。……ですか」

「そこにはこうも記されていたとされる。

『災いのバビロン。もろもろの神の像は砕けて地に伏したり』……とな」

 それはとある書に記された、有名な(くだ)りだった。

本来は神妙に聞くべき言葉なのだろう、だが地上戦の風景や……。

降下作戦に打ち上げられるHLVの姿を映し出しながらだと、皮肉に思わざるを得ない。

 

「ジャン・リュック・デュバル。貴様にやってもらいたいのは他でもない」

「はっ!」

 フルネームを呼ばれて、その男は皮肉げな調子を即座に脱ぎ捨てた。

士官の顔になり、厳正な裁判官よりも真摯に命令を待ち受ける。

 

「ジオンが優勢で居る為には少しでも長く、少しでも広く制宙権を確保する必要がある」

「お互いのパトロール艦隊よりも、ですな?」

 打ち上げポイント周辺を周回し、敵を狩り、味方を守る。

それがパトロール艦隊だ。いちおうは定期航路を巡回する役目もあるが、ジオン優勢下では、上記の任務が優先である。

 

「話しが早くて助かる。貴様の任務は、その二科を立ちあげて地球上空をジオンの宙に変えることだ」

「小官の全力を持って任務に当たらせていただきます! つきましては打ってつけの機体に関して……」

 この場は通過儀礼なモノで、大凡の話は読めて居る。

それでもデュバルは自分を止められなかった。

 

 その様子に納得しつつも、興奮する彼を制して続きが伝えられる。

 

「判って居る。その為に貴様を呼んだのだ。改良中のヅダを元に当たれ。当面は二機で一小隊、三機目は予備機だな」

「はっ! 全身全霊でお受けいたします!」

 ジャン・リュック・デュバルは興奮を抑えられなかった。

自身が最初のテストパイロットを務め、確かな手応えを感じた機体。

雄々しく逞しい推進力と、たおやかで滑らかな機動力は一度知ったら他とは比べられない。

 

 扱いが難しく手の掛るジャジャ馬だが、彼にはその自信が合った。

空中分解する危険性が合ったことを知った時は肝が冷えたが、それでも開発プロジェクトが遁座仕掛けた時は怒りを覚えたほどだ。

 

 それが改良され、一部の精鋭向けに採用されると決まった時は迷うことなく手を上げた。

発展型のTYPE.7はいささかマイルド方向に舵を切り過ぎて首を傾げた物だが……。

暫く前に見た極秘資料のTYPE.9には、頭の芯が蕩けるほどに熱狂した。

 

(「あれこそ、ヅダが持つコンセプトをそのまま形にした機体だ。……もう直ぐアレに載ることが出来る!」)

 正史を知る者からすれば別方向ながら、この世界のデュバルもまた、ヅダに取り憑かれていた。

 

●特殊作戦二科

 二科の移動拠点は輸送艦ヨーツンヘイムだが、厳しい任務ではムサイ……主にコムサイが使用される。

イザとなったらコムサイに入り込み、地上へ降下しても問題ないようにとの配慮だ。二機で一小隊なのは、コムサイの搭載量ゆえであった。

逆に言えばそこまで割り切ることで、連邦よりも深く重力圏に潜る事が出来る。

 

 専用のハッチや緊急乗り込み装置を見ながら、デュバルは最近キチで知り合った同好の士と会話して居た。

 

「結局、ヅダが分解するとされた原因はなんだったんだ?」

「ヅダよりも前に提出されたMIP社のX-1は分解しませんでした? まずはこの件と比較します」

 デュバルは女よりも長く寝食を共にする事になる、技術士官のオリバー・マイと話し込んでいた。

男性同士の恋愛好きな者を貴腐人と呼ぶらしいが、彼は機腐人とでも呼ぶべき、大のメカ好きである。

 

 しかしながらその視点は公正で、デュバルほどヅダにのめり込んではいない。

だからこそ信用が置けるし、より突っ込んだ事を聞くことが出来た。

 

「それは知っているが、あれは大きいから頑丈と言う事じゃないのか?」

「はい、いいえ。X-1にも精密機械は有ります。ということは別の問題があります。外骨格の基幹部分であるか、あるいはエンジンそのものに」

 フム、と頷いてデュバルは考え込んだ。

言われてみればX-1の基幹構造は太く、大きいモノが多い。

だが精密機器や小さな場所が存在しない訳ではなく、機器にもGが掛る事を考えれば、X-1も最高速度に達すれば危険なことになる。

 

 もちろん小さなパーツがそれほど多くないとかも考えられるが、もっと別な理由があるだろう。

 

「ではエンジンの方に問題があると言う事は? いや、それはないか」

「はい。それなら分解ではありません。ブロッケンやグリ……新型でも爆発して居るかと」

 ウツミという課長が口にしたので、よく爆発と称されるが、実際には空中分解が起きるらしい。

エンジンの最大加速を行うと止まらなくなるなどの可能性もあるが、それならそれで、エンジンが先に爆発するのだ。

 

 そして爆発よりも先に空中分解を起こすと言う事は……。

エンジンに原因が合ったとしても、主たる原因は、機体の脆弱性だろう。

 

「確かブロッケンでは大きくすることで解決したのだったな。推進剤を追加してその欠点を補った」

「はい。ですがヅダの本分から離れてしまいます。そこで新型では基幹部分を太く・大きくし、代わりに搭載量を大きく削減して解決する事になりました」

 右手の指五本に、左手の人挿し指と中指の二本を添えて七本に。

その後に三本減らして四本に変更するが、指は両手の人挿し指と中指を残した、いわゆるダブルピース状態だ。

 

 五本の状態から減りはしたが、親指や小指よりも長い指だけが残っている。

言われてみれば、この状態ならば全体重量の減量を行って居ても、構造材の耐久性はむしろ高くなっているだろう。

 

「空中分解の理由と、解決は判った。しかし搭載量の削減は痛いな」

「目下の所は諦めていただくほかありません。現時点での対策は、使い終わった武装を捨てながら戦闘する事になります」

 そう言いながら、二人は組み上げ中の改良機に辿りつく。

そこには特徴的な、肩に細身の追加腕が四本伸びた様な、独特のスタイルを見上げた。

 

 これまでの外骨格に加えて、一部に内骨格を採用して居る。

基幹構造材をインナーフレームに置き変えることで、耐久性を底上げすると同時に、AMBACを強化したのだ。

 

「これがAsyuraフレームか。奇妙に見えるだろうが、どこか頼もしさを感じるな」

「実際には追加ノズルや武装の懸架用で、必ずしも腕ではありません。この補助腕に色々な装備を付けては見ますが……」

 現時点では翼状の追加ノズル集合体、そしてプロペラントタンクだ。あえていうならばシールド。

速射砲が小型化できれば取りつけて継続戦闘を行ったり、カメラの多目的化が可能になれば取り付けて偵察用にも可能ではある。

だがそれはプランであり、現時点では完成像が見えてこないのだ。

 

「名称と、バリエーション名だけなら決まって居ます。一応目を通しておいてください」

「Type.10ティエンルン。追加武装のオックス、散布装置のベリアル、……加速翼のマスターか」

 グリフォンに搭載された意欲的な能力を一度白紙に戻し、現実的に加工修正されたのがティエンルンだ。

地球上空の宙で闘う事を前提に、天龍と銘付けられたらしい。

 

 現時点では対艦ライフルなどを使った後は放り投げ、白兵戦を前提にしている。

ここから三つのバリエーションプランがあり、武装の中から絞った内容が記載されていた。

オックスは補助腕に武装を搭載し、ライフル同様に使い終わったら切り捨てる。

ベリアルは粒子散布型で、ミノフスキー粒子を展開しつつ、多目的カメラで偵察を行う。

マスターは追加ノズルの集合体である、翼を四枚所持して居るが、これも場合によっては切り捨てて戦闘を行うとされていた。

 

 なお重戦闘型では無いベリアルが最後に記載されていたのに、マスターを最後にしたのはもちろん理由がある。

極秘資料として見せられた、黒いヅダ……グリフォンの活躍が原因だった。

マイも同じことを思った事もあり、ここで注釈するようなことはしない。

 

「最初はオックス・タイプを試すことになるか。突入作戦ならばマスターだろうが」

「そうですね。マスターで最後まで切り込み、コムサイに着艦することになるでしょう」

 二人は映像の事を口にはしなかったが、同じ光景を夢見て同じバリーエションを熱く語った。

 

 こうして二科が立ちあげられ、順調にプランが進んで行ったのだが……。

不意の来訪者が持ち込んだ機体により、プランや機材の修正を余儀なくされたのである。

 

「総帥府より派遣されて来たモニク・キャディラック大尉だ」

「それと私の機体……アヌビスです」

 そこには不機嫌そうな女と、異形のヅダが居たという。。




 と言う訳で急遽思いついた外伝になります。
レイバーの特殊車両二科と、イグルーの第603技術試験隊を混ぜて見ました。
ヅダが欠陥機では無く長距離移動力・機動性に富み、、ジオン優位の状況で結成されるので、ルートが変更されております。
モニクさんは香貫花の変わりみたいなもんですかね。
完全に思い付きな上、イグルーみてないので続くかは判りません。

●オックス四兄弟
 黒光りする尖った機体デザインの事を冗談交じりに言うそうです。
ブラックオックスにグリフォン、マスターガンダムやベリアルを現すとか。

・Type.10ティエンルン
 EMS-10ヅダに当たる機体であり、パトレイバーゲーム版のティエンルンの名前を使用して居る。
木星エンジンの改良型である土星エンジンを搭載し、放熱器を加える為にフレキシブル・ベロウズ・リム構造などは取り除かれた。
当然ながら空中分解は起きないし、戦闘時間が1時間みたいな欠陥は存在しないが、それでも搭載量は致命的に少ない。
それでもブロッケンやザクを選ばずにこの機体を選んでいるのは、趣味であり、任務が任務だから少しでも軽い方が良いからである。

・Asyuraフレーム
 肩に補助腕が四本あり、これが懸架ジョイントになり、同時にAMBAC強化を担当する。
基本はプロペラントタンクと小形の追加ノズルを装備。人によってはシールドを付けても構わない。
現時点では追加武装の殆どが完成しておらず、追加ストーリーがあればイグルーらしく開発モノになるであろうと思われる。

・対艦ライフル
・ポールウェポン
 長物の火器・白兵武器がメイン武装
現時点で他に装備が無いので、一刻も早い開発が望まれている

/武装バリーエション案
・オックス型
 補助腕に武装を施す予定で、二種類のカノン砲が考えられている。
土星エンジンそのものを大型カノンとして撃ち出すものと、速射砲を副腕として放つもの。ロマンは前者、現実的なのは後者である。

・マスター型
 追加ノズル群を翼状にして、前後に四本配置する。
これによる大推力と複雑な機動を可能にしつつ、手持ちの大型武器では不可能と判断し、格闘戦になった場合は翼も切り捨てることになる。
翼に大気圏突入能力が持たせられないか真面目に相談されているが、明らかに無理であろう。

・ベリアル型
 無能公と呼ばれる悪魔、あるいは墜天使をモデルにした機体。
戦闘開始前にはミノフスキー粒子を散布し、カメラによる偵察。
戦闘中は機雷をまきながら移動するマインレイヤーなるのが良いのでは、とされている。

・アヌビス型
 モニクが持ち込んだ赤いヅダ。全ての中で最もグリフォンに近い頭のかしい構成をしている。
戦術管制機であり粛清用なので、EXAMを搭載して居るとかいないとか。
追加武装として研究中のビームカノンを外付けできるという噂だが、どう考えてもそんな余地は無い。
なお、オックス四兄弟のデザインとは関係ない……はず


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外伝:ミーミル

●二科の一番長い日

 今日は木星エンジンとヅダに付いて説明しようと思う。

 

 木星エンジンは重元素を主要な燃料にして稼働する。

元素が重いと言う事は、一回の燃焼で得られるエネルギーが大きいと言う事。

即ち出力が大きいエンジンということだ。

 

 出力が大きいと、幾つかの利点が生じる。

一つ目は、最大移動力が大きくなると言うこと。

二つ目は、瞬間的な加速力・減速力が大きくなると言うこと。

 

三つ目は、やろうと思えば動かせる総量が増えると言うこと。

四つ目は、やろうと思えば必要な燃料を減らせると言うこと。

 

 ヅダは前者の二つのみに、潔く能力を割り振った特化型である。

他の機体では追いつけない速度で移動し、ありえない急制動を掛けて敵を蹂躙する。

その為に他の全てを犠牲にしており、中でも搭載重量は致命的の一言に尽きた。

 

 チーターの瞬発力と、馬の移動力を同時に兼ねる脚。

あとはライオンの爪を載せれば過積載だ。

持久力は猟犬としてどうにか及第点で、熊の怪力が欲しいとか無いモノ強請りでしかない。

反動でノミの心臓になってないのだから、もう勘弁してくれと言うべきだろう。

 

 

「ヴィーヴィル、目標宙域に到達」

「プリースト01・02。および、ウイザード01・02が迎撃」

 飛龍のマーカーが大型ディスプレイの、南米を示す宙図上に映し出される。

万能型を示す神官のマーカーが二、後衛を示す魔術師のマーカーが二。北米方面から遅れて表示された。

 

「こちらプリースト01、目標をロスト!」

「こちらリルガミン。何が起きた?」

「ウイザード01よりリルガミンへ。目標は一度上昇して急降下を掛けた。繰り返す、目標は一度上昇して急降下を掛けた」

 一度上へ急上昇を掛け、視線を切った後で急下降。

ようするに、飛龍は急制動で目視を振り切ったらしい。

 

「大気圏上空で木の葉落としを掛けやがっただと!? あいつ狂ってやがる!」

「このヅダのパワー(推進力)でなら、潜れるってわけさ!」

 すれ違いざまに飛龍が神官の片方を白兵戦で落とし、もう一機を射撃で片付けたらしい。

それゆえにサインが途切れ、コマンドポストを示すリルガミンは何が起きたか判らなかったらしい。

 

「これは演習だぞ。双方とも最後まで真面目にやれ」

「了解。ウイザード01、演習を続行する」

「あいよっ! 今日の獲物はマグロ(マゼラン)カツオ(サラミス)、千匹釣ってもまだ足りねえ!」

 注意された直後から、既に飛龍は鼻歌交じりに再開した。

演習と言えど生命の危険に晒されている高度なのに、まったくどうかしている。

 

「まったくヅダのパワーはサイコーだぜ!」

 二科に集まったのはそんな連中ばかりだ。

もちろん真面目な者も居れば、そうでない者も居る。

他に行くあての無かった者から始まって、生命を賭け金にして限界に挑むことが好きな者まで様々。

少なくともライトスタッフ十名はそんなメンバーである。

 

 それら全てに共通する事は、他の機体では得られない能力に魅せられた者たちだろう。

 

「貴様! 戦果ゼロのまま死ぬ気か!」

「まだ余裕あったろ?」

 演習が終わった後、飛龍役のヅダを担当したヴェルナー・ホルバイン少尉が絞られていた。

なにしろ一か八かの危険状況ならまだしも、訓練で命を落としかねない事をやったのだ。

更に言えば『木の葉落とし』は大気圏戦闘機で行う高難度技で、どう考えてもモビルスーツでやる技ではない。

 

「貴様! 上官に対してその口の効き方はなんだ!」

「まあまあ、今は演習の評価に入りましょう。……それにしてもホルバイン少尉は高度維持が得意ですよね」

 モニク・キャディラック特務大尉をオリヴァー・マイ技術中尉が宥める。

話題の内容を個人の能力に移すことで、ホルバイン少尉の固有能力が、この隊に貴重だとアピールするつもりなのだろう。

 

「ん? 多分、代々続く海の男の家系だからじゃねえか? なんとなく海を感じるんだよ」

「オカルトだな。宇宙に海などない」

 キャディラック特務大尉が呆れるが、ホルバイン少尉は取り合わない。

最初から納得させることを放棄している。

 

「あるさ、熱と重力の海だけどな。……っとそうだ。武器って本体に設置できねえのか? 持ち替えなんかしなきゃ完勝だったぜ」

「だから上官に対し……」

「どちらも話しを続けましょう! 無理ですよ。そんなスペースはありません」

 正論であり、マイ技術中尉だからか、二人とも素直に話しを聞いた。

仲裁して居るのが機体を預けるのは彼であり、調整や改造を頼むにしても、無視はできないからだ。

 

「私も気になったのだが、そこまで難しいのか? 速射砲を腕に仕込む機体も検討されているというが」

「ヅダは限界まで重量と推力のバランスを取り、その為に機体構造も並行して重視して居ます。とてもではありませんが搭載できません」

 少しでも軽くしなければ強力な推力を出す事は出来ず、その為には肉厚な機体構造が必須。

でなければ推力に本体が負け、空中分解してしまうだろうとマイ技術中尉は続けた。

 

「それにしてもキャディラック大尉が装備を気にされるのは珍しいですね」

「気にもなる。説明は一切できんが私の機体は特別製だからな」

 キャディラック特務大尉はオフィサーでありバックアップメンバーである。

機体数とコムサイの問題で第一小隊しか戦闘を行って居ないが、初期から居るのに一度も出撃したことはあっても戦闘はして居ない。

 

 だから、そのことに思い至らなかったのか、マイ技術中尉は初めて気が付いたようだ。

 

「機動を拝見しましたが、TYPE.9とイフリートの動きを思い出します。優美な動きでしたね」

「その映像も極秘資料だぞ? ここだけの話なのだろうがな」

 まったく仕方のない奴だと言いはしたが、キャディラック特務大尉はそれ以上、何も言わなかった。

 

 優美……。

操縦技術の事か、機動性の事かは判らないが、ソレが影響しているのかもしれない。

 

 どちらであるのか気になる所だが、続きを話す前に非常呼集が掛った。

ヨーツンヘイムも進路を変え、ムサイにコムサイを戻す時間も惜しんで移動を始める。

 

「何かあったんですか?」

「スクランブルだ。シャア少佐からバックアップの要請が入った」

「あの赤い彗星が? 南米上空に来ていたのか?」

 ブリーフィングルームに集まり、第一小隊のジャン・リュック・デュバル少佐が説明を開始。

ジオン屈指の有名人の名前が出たことで、場が騒然となったのであった。

 

●アメリカ大陸上空に海を見た

 初めての出動に緊張が走るが、同時に疑問も噴出する。

 

「近いから声を掛けたと言うのは判る。しかし、管轄違いでは?」

「だから要請なんだろう。もしかしたら……」

「もしかしたら、突入前ギリギリを狙うのかもしれませんね」

 正気かよと疑う者も居れば、なるほどと頷く者も居た。

 

 大気圏突入前に長距離砲撃を掛けるだけならまだしも、モビルスーツ戦を仕掛けた者はいない。

前例がないが、不可能では無いのだ。

危険極まりないが、だからこそ、奇襲になると言える。

 

「無謀な攻撃をした者を、命を掛けてまで助ける意味はあるのか?」

「それほどまでに赤い彗星が手段を選ばざるを得ない相手……。そして、この二科の本領が発揮できる戦闘と考えれば、あるいは」

「問題は間に合うかどうか、助けた我々が無事で済むか、だな」

 場が再び騒然となる。

無理も無い。前代未聞の作戦をバックアップに向かい、場合によっては救助する必要があるのだ。

 

 ヅダならばザクよりは帰還率が高くなるとしても、一歩間違えばもろともに散華。

長く共に闘う戦友ならまだしも、顔見知りでもない相手にそこまでする価値があるとも思いだろう。

 

「待ってください。最悪の場合は帰還を考えず、コムサイに空中収容ならまだ可能性はあります」

「まさか! 最終過程の技術試験をここでやる気か? 確かにマスター型ならば間に合うし、空中収容も可能だが……」

 マイ技術中尉が手を挙げて、大型パネルを操った。

それが二科が行う演習や技術試験の中で、最難関とされているモノだ。

 

 一番推力を出せるバリエーションの試験の一環で、コムサイの中に飛び込む形で地上に降りる。

それは計算していたとしても曲芸であり、ぶっつけ本番ならば確実に命賭けだった。

だが技術的には可能とされていたし、可能になれば、この隊で採れる戦術オプションが大きく広がるとされているのも確かだった。

 

「コムサイはこの角度なら北米に向けて先行。マスターは徐々に降りれば可能でしょう」

「可能かもしれん。だが現実的に誰がやるんだ?」

 そう、それが大きな問題だった。

技術的には可能とされているし、最終的には問題を考慮した上で任命するのだ。

任務を受ける方も覚悟できる者を選ぶし、覚悟完了して居るからこそ可能な試験とも言える。

 

「試験を行うにしても被技術的な補償を考慮した上で、万全を期してからだ。隊員の命を無駄にはできん」

「それは……」

「待ってくれ」

 デュバル少佐とマイ技術中尉の会話に、割って入る男が居た。

その場に居た全員の視線が、その人物に集まる。

 

「俺だ。俺がやる。つーか、俺以外に適任者は居ねーだろ」

「ホルバイン……確かにお前ならば可能かもしれんが……」

 手を上げたのはホルバイン小尉だった。

酔狂な人間が集まるパトロール二科の中でも、もっとも重力の限界域に慣れた、最も無謀な男。

ある種、当然の人事だったと言えるだろう。

 

「良いのか?」

「やらせてくれ! それによ。一度海ってもんを見に行きたかったんだ」

「それは最悪の可能性のはずだろう。貴様はそれまでの戻るという気は無いのか……」

 思わずキャディラック特務大尉が突っ込みを入れるが、ホルバイン小尉の決意は揺るがない。

いっそ見事なほどに帰還を考えておらず、重力圏へのダイビングを前提としていた。

 

「判った。お前に任せよう。だが無理はするなよ」

「判ってるさ。行ってくるぜ!」

 時間が押して居ること、そしていつかはやらなくてはならない試験。

最終的には許可が下り、彼は旅立つ事になった。

 

 その決意を男と呼ぶのでは無く、漢と呼ぶのだと誰が言ったのだろう?

少なくともアーカイブには記載されていないし、誰かの日誌にも存在しない。

 

「いいですか? そのままでは間に合いませんし、燃料も不足します。時おり重力ブレーキを使って、バネの様に進軍してください」

「わーってるよ。地上では水面で石が跳ねるって習った事がある。俺のバタフライを見といてくれ!」

 最短ルートでは重力に掴まってむしろ遅くなるが、迂回すると間に合わない。

燃料は十分なはずだが迂回路で間に合わせようとすると、どうしても不足してしまう。

 

 だから最低限の接触で地球に触れ、重力から脱出する為の推力を、バネの反動に使う程度に納めなければならない。

難しいコース取りだが、この方が連邦軍の攻撃を避ける事も出来る。

当たり前だが、こんな無謀な移動をする作戦などありえないのだから。

 

「良いか? 現場では私がバックアップに回る。換装が間に合えばマイ中尉も……」

「イヤッハー!」

 説明を置き去りにしてホルバイン小尉のヅダが南米上空を翔ける。

彼方に見えるメガ粒子の閃光が、ただの星かもしれない状況なのに。

まるで北極星を目印にして、海を駆ける漢たちのように突き進んで行った。

 

『……サイ……に、もど、……クラ……ン』

 暫くするとザリザリと不快な騒音と共に音声通信が聞こえる。

ミノフスキー粒子もそれなりにあるので、指揮官ザクが持つレーザー通信だろうか。

メガ粒子の煌めきが段々と減って行き、マシンガンやバズーカの爆発では遠目に見ることもできない。

 

 中継して居るホルバイン小尉の機体が離れるにつれ音声が遠くなり……。

逆に戦闘が中断し、ミノフスキー粒子が薄れることで時折、不意に通信が再開する。

 

『助けてください、 げ、減速できません。シャア少佐、助けてください!』

 ここにきて、聞きたくなかった程の生々しい声が機内に木霊する。

耳を塞ぎたくなるが、それすら満足にできない。

 

 絶叫が響く中で、不意に楽しげな声が聞こえた。

 

「エントリィィ!」

(「……間に合ってくれたか」)

 熱くホットな声はともかく、ホッとした様な溜息が聞こえたのは、きっと気のせいだろう。

戦場では冷徹であるべき指揮官がそんな言葉を出す筈は無いし、出したとしてもこの距離で聞ける筈が無い。

もしかしたらキャディラック特務大尉が呟やいたのかもしれないけれど。

 

「あれが連邦の新型戦艦かよ! ヒュウ♪ 白鯨ってのはああいうのを言うのかね」

「……自分、は、木馬、と聞いて……す」

 途切れ途切れに聞こえるのは、接触回線での会話だろうか?

音声だけでは連邦の船の形が判らない。映像も同期してくれれば中継できるのだが、そんな機能はヅダには載らないのだ。

 

「ナヌ!? 推力が足りねえ! 俺だけならまだしも、こいつを助けてえんだが」

「そ、そ……な」

 無情にも作戦は失敗する。

当初の計画ではヅダによる重力圏からの帰還試験だったのだ。

余分な重力……ザクを連れてまで成功する筈が無い。

 

 いや、それは今回の最初で計算したではないか。

 

 それを考慮するのであれば、ザクだけを押し上げた上で、小尉はコムサイに乗り込むつもりだったのだろう。

だから、ザクを押し上げる事が出来ないと言う意味だ。

 

 問題なのはコムサイに乗り込むには、衝撃対策の余裕が必要だと言う事。

例えコムサイが降りて居るコースにザクを連れていけたとしても、二機で飛び込むのは無謀だ。

そんな時に頼もしい声が身近で聞こえた。

 

「まったく。当たり前でしょう。説明も聞かずに飛び出して……。マイ中尉が信管を抜いた『弾頭』を飛ばすわ。ソレを踏み台にしなさい」

「何とか間に合いました。土星エンジンを使った対艦ロケット弾ですので、なんとかなるかもしれません」

 背中にもう一つ、土星エンジンを背負ったヅダが出撃して居る。

懸架用のアームを限界まで保たせ、推力を上昇させてから解き放つ。

燃料を限度いっぱいまで使って使う推進弾で、もしかしたら、飛び乗ることが出来るかもしれない。

 

 当然ながらソレは、ぶっつけ本番では万に一つの可能性だ。

無理かもしれないが、駄目もとで行う狂気の作業。

 

「無謀かもしれませんが、やって見る価値はあるでしょう」

「だから待ちなさい。マイ中尉まで熱に浮かされて居ては成功するものも成功しないわ。今から演算するから……」

 それでもみんなが助かる可能性があるならば。

誰もが笑える未来があるのであれば……。

 

 センサーを目、コンピューターを頭脳として、『私』が目覚める。

ソレは狂気、ソレは人と人を繋ぐコミュニケーション・ツール。

ソレは悪夢、ソレを利用して人を殺す道具。

 

『EXAMシステム、スタンバイ!』

 狂気のシステムが再び立ち上がる。

でも誰かが笑う為であるならば、『私』はもう一度、悪夢を見ましょう。

 

「行くわよマリオン。あの馬鹿どもを助けなさい」

『マリオンではありません、アヌビスです』

 私は何処? 此処は誰?

機械の体を元に再構築された、マリオン・ウェルチが再び目覚める。

正確にはソレをコピーして、AIとして再構築された、ANUBIS。

ALICEだったらメルヘンなのにと、誰かが言ったのがログにある。

 

『……ですが任務了解。全力起動で最大限の演算を行います』

 十人居る二科のライトスタッフは、実はもう一人いる。

かつて期待されたニュータイプの残り滓、それが『私』。

幾つかに分かたれたEXAMシステムの一つ、ジオンに残されたうちの一つだ。

 

 今回の任務は、ただ一つ。

土星型エンジンを利用した弾頭を、しかるべきコースで撃ち込む事。

ホルバイン小尉が踏み台にするか、ザクを載せて弾き飛ばすか。

 

 確実なのは後者だろう。

そもそも飛び乗るなんて曲芸ができるはずもない。

信管が無いのだから上昇する状態で当てればいい。

それにはさきほどマイ技術中尉が口にしたように、重力ブレーキで地球を掠めるように飛ばすべきか?

 

 いや、角度的に無理だろう。

そう思うのだが、コンピューターは冷静に計算する。

地球は丸く、弾頭だけならばもう少し深い所まで重力を潜っても、宇宙に復帰できるだろうと。

 

 それに……。

先ほどまで要救助者の生存は絶望的だったのだ。

これで成功したら、奇跡が起きたのだとログに残しておこう。

シュレ……シュレッダーの猫とか言う定理らしい。

 

 そして解き放たれたロケット弾が宇宙を駆け抜けた後。

最後に聞えたのは、何とも場違いな言葉だった。

 

「俺に銛を撃たせろ!」




 という訳でネタ臭に満ちた外伝二話目です。
レイバー劇場版Ⅱからディスプレイ的な、Ⅲから再構築された人間の話を少し持って来ました。
それをイグルーとEXAMに当てはめたので、少々ファンタジーだったかもしれません。

以下、本編でだいたい書いてありますが、補足的なモノを。

『木の葉落とし』
 ナルトの中忍試験ではなく、航空機で行う戦闘テクニックです。
一度上昇して視線を切り、重力落下で下降。再度上昇して敵の後ろに付く技なのだとか。
当たり前ですが、大気圏上空で行う技では無いので、使用上はご注意ください。

『アメリカ大陸上空での作戦バックアップ』
 原作でシャア少佐はホワイトベースがジャブローに降下する際、二分間に掛けて戦闘。
こんな無謀な作戦をしたことは無いが、だからこそ相手も油断、いや油断して居なくとも出撃を鈍らせる筈。
と言う感じですね。

 もちろん襲撃は失敗し、コムサイに収容されるシャアに、最後まで付き合ってしまう兵士が。
それが今回の要救助者なのですが、原作でどうなったかは押して知るべし。
そういう意味で、弾頭で上に押しだせずに死んでも、まあ差引ゼロ。
どうなったかは語らないでおきます。

・土星型エンジンを使った弾頭
 前回にチラっと出て来た計画の一つ。
エンジンを使う強力な推進弾だけど、いささかオーバースペック。
小型化が望まれるところで、予備弾頭が仕舞われたままでした。
元ネタはジャイアントロボの背中に有るロケット弾。

・マスター型によるコムサイ搭乗
 シャア少佐がぶっつけ本番でやったことを、意図的にやる試験です。
マスター型は翼型ノズルが四枚あるので、比較的に安全だとされています。
少なくともSザクよりは確実?

・ANUBIS
EXAMシステムとALICEの合いの子みたいなもの。
ウツミが回収したEXAMには、教育型コンピュターも憑いているのでAIを記録させたらしい。
その影響か、もともとの実験によるものか、マリオンは時々意識不明になるので戦闘は不可能である。
それでも目覚める事もできるので、原作のブルーよりはマシな状態かもしれない。
前回のラストでモニクさんが不機嫌なのは、動かすと直ぐに電源落ちる欠陥機な上に、倫理的にも機密的にもこれ以上ない問題児を預けられたからである。

 ちなみに今回のナレーターは、マイではなく彼女。
外伝1のタイトルは神の座る監視能力付き玉座で、今回のタイトルは智慧の泉。
それらに浸されたマリオンの残滓が、最後のスタッフである。

ネーミングと外見はゾーン・オブ・アヌビスの敵マシンと、味方AIの読み上げ音声から着想。
パトレイバー劇場版ⅠでAIが暴走したり、Ⅲで人間再構築とか出て来るので流用。


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第二部?
晴れ時々、ガンダム


 北米のとある場所に、映像付きのデータが送られて来た。

さっそく暗号を解いて解凍すると、その日は仕事にならなかった。

担当者が映像に夢中で、首ったけだったからだ。

 

 サイド3から連絡が来たのは、その数日後である。

 

「いま? デメジエール記念基地でタイプセブンの飛行実験中だよ。モビルスーツに飛べって言うんだぜ。無茶振りするよなあ」

((「「……おまえが言うな」」))

 ウツミの言葉にタケオや周囲の技術者たちは一斉に同じことを思った。

 

 連絡先のクロサキは僅かに沈黙した後、鉄面皮に汗だけを浮かべる。

 

『……フェデリコ事件で英雄になった漢の墓所ですか』

「国際条約違反なのによくやるよなあ。まあそれだけ必死なんだろうけどさ。善良な一市民としては報告しておかないと」

 軍隊と呼ばれるには幾つか条件がある。

制服やマークなど、指揮系統に従って居る事などだ。

それを無視する者はゲリラやテロリストとして処分されても言い訳ができない。

 

 とはいえ鹵獲兵機という言葉があるくらいだ。

相手の武装……戦車や軍艦を使っても問題は無い。モビルスーツはグレーゾーンだろう。

味方であると装って攻撃したり、ソレを誰かが通報しない限りは……だが。

 

『怖い御方だ。あの事件ではこちらも類似の事を起こそうとした連中が左遷されましたよ』

「よりにもよって戦死した隊長に押しつけなきゃこっちも穏便にすませたってのに。……連中、グリフォンまで巻き添えにしようとしたんだよ? いい気味だ」

 悪い顔をしている。

会話の内容までは知らずとも、周囲はロクでもないことを話して居るんだろうなーと類推するには十分だった。

まあ、ウツミ課長はいつもこんなですよねーと。慣れ始めた者も居るが。

 

 とはいえこの件は本題ではない。

 

『RX-78、見ました?』

「見た見た。テムの奴、やるなあ」

 会話の内容はもちろん映像のことで、内容はサイド7やルナツー周辺で起きた戦闘の事だった。

その後に起きた戦闘も可能な限り回収しているが、戦闘している相手が捉まらないので、あまり芳しくは無い。

 

「夜は朝まで運動会の予定だったのに、みんなで観賞会になっちゃってさ。おかげでタケオを宥めるのに大変で大変で」

『それは御愁傷様です。時間制限もあるので手短に行きましょう』

 ウツミの冗談に慣れているのか、クロサキは取り合わずに先を勧めた。

 

「あの赤い彗星が型無しじゃないか。120mmなんかまるで通じて無い」

『バズーカやヒートホークもですね。まあ当たりところにも寄るんでしょうが』

 ジオンの敵が活躍し、英雄が地に落ちる。

それは残念なことではあるが、ウツミにとってはすべからく他人事だ。

同じアナハイムからの派遣組である、テム・レイの作ったガンダムを褒めるにやぶさかではない。

 

『資料はまとめて送りますが、ルナチタニウム製らしいですね。ジオン側で揃えるのは難しそうです。ただでさえグリフォンは金が掛ってますし』

「たかだがモビルスーツ十機分じゃないか。アナハイムは一部門が赤字でも、他で元が取れりゃいいのさ」

 でもガンダムは装甲だけで三十機分掛ったらしいですよ? と言われたらウツミとしても苦笑するしかない。

 

 ピュウ♪ と口笛を吹いて、どうしよっかなあと僅かに考える。

沢山造ってコストを下げるスケールメリットは、連邦だからこそ行えるのであって、ジオンでは不可能だ。

連邦だけが軍隊を持ち大々的に量産する様になればそのラインをどこか拝借できるかもしれないが、そうなれば軍の予算も縮小するだろう。

 

「仕方無い。鹵獲品が出た所でいただいて、そうだな。盾とフレームにだけ使っちまおう。どっちかだけならフレームで」

『そう言われると思ってサイド7で吹き飛んだのを一部拝借しておきました。……最後に一つ。アヌビスが稼働したそうですよ』

 重要機密だろうにサラリと告げた

持ち出すのは難しいが、紛失させて置くだけならば簡単だ。

あとは同じ技術はあるので、作っておいてから、紛失した素材だと言っておけばいい。

 

 ここでクロサキはウツミから頼まれていたことを伝える。

かねてから、EXAM搭載機が動いたら、教えてくれと言われていたのである。

 

「ホント? ということはこないだのか。うん、助かった。これで推測が立てられる」

 ウツミはボーっとしている少女と、向こうの方でやってる飛行実験を応援してるバドを交互に眺めた。

色白銀髪の静かな少女と、色黒で黒髪きかん坊の少年とは対照的である。

 

 そこでは宇宙から降りて来たヅダが、ブロッケンよりも軽量なのに飛べない事を示している筈だ。

この試験の後でなら自由に動けるだろうと思いながら、近くで窺って居たタケオに話しかける。

 

「空間を越えて思念が伝わるって信じられる? 例えば幽霊だとかはその情報が世界に焼きついただけだって……」

「や、やあねえ。そんなオカルトある訳が無いじゃない!」

 そういえば幽霊きらいだっけ、かわいいなあ。なんて思いながら昨夜の埋め合わせをしておくことにした。

どこかの空き部屋で小一時間くらい……。

 

「フラナガン博士の研究さ」

「……例のサイ・コミュニケーター?」

 迂闊に手を伸ばすと手首を捻られるので、抱きついたら頬を思いっきりつねられた。

みんなの前だからと言って恥ずかしがる仲でもないと思うんだけどなあ。

とか朴念仁な所も見せて見る。そういうのは二人の時にでも見せれば良いのだろうが、生憎と思いついたのは今である。

 

「だとするならばマリオンが時々意識が無くなる理由も、EXAMが増やせない理由も判るんだ」

 クルスト博士が仕上げたEXAMは、不思議と数を増すごとに性能が落ちた。

まるで解明が出来ず、数に比例する性能だと判った段階で生産は打ち切られた。

 

「……脳波で全て繋がって居ると言うの?」

「そういうこと。全てで一つの演算機がエミュレートしているのならば、子機が増えれば増えるほど負担が大きいって事になっちゃうよねえ」

 問題なのは子機に負担を割り振るなんて便利な事が出来ないことだ。

現状ではどっこかでEXAMが動くと、マリオンが全ての負担を押し付けられて意識が飛んでしまう。

 

 クルスト博士が亡命してしまったのも痛い。

どこで他の子機が稼働しているか判らない現状では、彼女をパイロットとして考える訳にも行かないだろう。

もちろん戦力として数える気など無いが……。

 

「となると決着を付けるのは、当分先になりそうだな」

 ウツミやバドはあやふやな決着に納得して居なかった。

勝負に勝ったが試合に負けた。EXAMを回収できたから実質勝利……というのはプライドが許さない。

 

 負けては行けない場所でも平然と負けてしまうのがウツミだが、『遊び』にこそ夢中になるのが彼の性分だった。

グリフォンよりもイフリート……いや、EXAM搭載機ともう一勝負をしない内は諦められないでいる。

 

(「連邦に逃げ込んだクルスト博士の研究機関を潰さないとな。テムの玩具に食い付いてくれば話が楽なんだけど」)

 これ以上は増やせないようにして、連邦内のEXAM搭載機を潰して歩く。

最後にジオン側に一つ残れば、発動条件をこっちで修正できる。

因果関係を説明しても良いし、演習と言う事で戦っても良いだろう。

 

 まあ無理なら強引に勝負を挑むだけさと、物騒な事を考えながらヅダ系のモビルスーツが二機、徒競争をしているのを他人事のように眺めて居た。

 

 それはそれとして、間近な問題をウツミは考えておくことにした。

もし今すぐRX-78と闘えと言われた場合だ。

 

「バド? 君ならあの白い奴とどう戦う?」

「ガンダム? あんなん関節技で投げ飛ばせばおしまいやねん」

 ウツミは子供の答だと笑う気にはならなかった。

子供の言う事にはしばしば事実が含まれる物だし、関節技と投げ技の区別なんて彼にも付かない。

彼にとってタケオが覚えて居る、0G格闘術だか柔術だかの技くらいなものだ。

 

「だよねえ。今ならそれで勝てる。でも勝ったところで誰も喜ばない」

「おねーちゃんほど速うなかったしな。もうちょっと動きがようなれば、ビーム警戒せなあかんけど」

 そう、そこなのだ。

現状で倒しても勝利を祝ってくれる者などいない。

スポンサーが聞いたところで、マリオンほど強くない相手だと一蹴するだろう。

 

 そして……。

時間が経過して相手が十分な戦果を獲得した(タイトルホルダーになった)ころ。

戦況はメガ粒子砲の応酬で方が付き、ロボット同士の勝負にロマンなど介在しなくなっている可能性が高かった。

 

「仕方無い。手持ちのメガ粒子砲には今の内にご退場いただきますか」

「でもどうするの? 支援機のほうはともかく、RX-78の方はかなりのものだったけど」

 連邦が最初に作ったモビルスーツである、RC-77ガンキャノンは狙撃型だ。

性能を命中精度と距離に割り振って居て、直撃しなければまだ耐えられるシロモノだ。

映像で見たところパイロットも素人の様だが……ガンダムの方は直撃しなくても融けるレベルだった。

 

「パーッとさ両軍でビーム撹乱膜を撃ちあげてから戦う用にしよう。今だってミノフスキー粒子があるんだ。大した差じゃないよ」

「……どっちにもバラまく気? ジオンにだけ供給すればいいのに」

 現状、ビームを邪魔する能力は開発されてはいる。

しかしI・フィールドは机上の空論で、実現範囲にあるビーム撹乱膜は、まだ運用研究の最中だ。

 

 どんな方法が便利なのか理解される前に、ウツミは自分の都合が良い様に広めてしまおうと言う訳である。

早速といいながら技術者陣に向き直る。

 

「飛行計画がポシャってタイプセブンのペイロードがまた空いたろ? あそこに詰めて援護に出しちゃおう。この際だ、ホルバイン小尉のタイプテンも直してあげて」

「構いませんが……あのシャア少佐なら倒しちゃいませんかね?」

 もちろんビームライフルが役立たずになる記録映像を撮るつもりだ。

それを編集して、撹乱膜があると、いかにも役立たずですよと両軍の首脳陣に送りつける算段だ。

 

「その場合は他の餌でお願いするしかないなあ。できれば切りたくない手札だけど」

「シャア少佐に関して何か掴んでるの? ルウム戦役の英雄とは聞いて居るけれど」

 ウツミは珍しく苦い顔をして頷いた。

詳細を話せるほど気易くないし、長いだけなので手短に事例だけを応える。

 

「まあね。ボクもシャトルで吹っ飛ばされたくないし、ガルマ様が損傷したところを護衛で下がってもらうくらいにしようか」

 誰かが聞いたら悪辣というんだろうなあと、ウツミは今後の計画を練り始める。

もちろん言われても止める気など無いが……。

 

 史実の方がもっと悪辣だったと聞けば、ふてくされてむしろ派手にやったかもしれない。




 と言う訳で、思いつく範囲で第二部序盤を書いてみました。
外伝のころに北米で飛行試験型でも任されて居そうなので、それに絡めて二・三。

●デメジエール記念基地とフェデリコ事件
 ヒルドルブの戦いですが、巻き込まれた、あるいはその可能性を考慮して渋い顔です。
そこで今後、同じ様な事件が起きないように細工したわけですが……。

 じつは古代と違って、現代では相手のフリをして戦闘を仕掛けるのは、かなりグレーな事になります。
暗闇などで偶然ならシロ、鹵獲兵機に色を塗ったり紋章をマーキングして使うのもシロ。
でも相手の服を奪って着て騙すとか、相手の装備をそのまま使って何も表示しないのはクロです。
もちろん「駄目なのか判らないなー」と試し、相手が「あれは問題だろう!」と追及しない限りはグレーのまま。

 この辺のことはガンダム放映当時は知られて無いことで、イグルーの時は知っている人は知っている範囲。
グレーゾーンで試した戦術を、世間に公表した上で、クロな証拠を匿名で提出した感じですね。
公表されたので連邦は尻尾切りをして、戦死したフェデリコ中佐に全てをなすりつけ、そのことをあとで公開されてダブルパンチ。
ジオンも同じことこの後する筈だったのですが、計画者を左遷したので、その試験は起き無くなります。

 と言う感じになるのですが、本編で書くことも無いのでこちらに記載して居ます。

●テム博士はアナハイム、連邦のガンキャノンは既に完成
 オリジン時空が入って居るので、こうなっています。
前述のジオンも連邦のフリをしようとしたのは、このガンキャノンのフリと言う訳ですね。

●EXAMが増えない、マリオンが気絶する理由付け
 サイコミュで繋がって居る事を前提に動く、演算機である。
ゆえに数が増えれば増えるほど劣化し、マリオンが目覚める時間が少なくなる。
という設定を捏造してみました。

 それとは別に、マリオンが操るEXAM搭載機との決着が付いて居ない。
スポンサーやそのライバルもグリフォンたいしたことねーなー。と言うので、スッキリ決着を付けたい。
でもマリオン直ぐ寝るし、突入寝るからパイロットにはさせられない。
だからEXAMを潰していく必要がある……と言う感じですね。

●ビームなんて!
 スパロボ中期を知っている方には悪夢の現象。
両軍がビーム対策をしているという状況にして、ビームライフルの撃ち合いは延期。
あるいはなったとしても、撹乱膜やコーティングも広めることで、グリフォンがビーム対策をして居ても、おかしくない状況にする為です。
(広めはするが、本当にトレンドにするまで楽観はしていません。あくまでグリフォンがメタっていても不自然でない様にする為)

この為にブロッケンの余っているペイロードにビーム撹乱膜をつけて上げる予定。
御丁寧に録画し、編集までして送りつける予定ですね。

TAYPE.10『ティエンルン』ベリアル型Ⅱ
 ミノフスキー粒子散布用の装備を背中に付ける仕様でしたが、ビーム撹乱膜を設置。
武器は大剣一本か、小剣二刀流の予定になります。
ちょうどよくホルバイン小尉の機体がぶっこわれているので、勝手に仕様変更で直す感じですね。

●シャアの秘密
 みんな知ってる彼の正体。
本当のシャア君はシャトル事故(?)で亡くなっております。
ガルマ機を損傷させてシャアを交代させるつもりなのですが……。
シャアが抹殺するよりも、ソフトランディングになるというオチです。


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深く静かに暗躍せよ

 ヅダ系のモビルスーツが二種、射撃の訓練をしている。

TYPE.7ブロッケンと、TYPE.10ティエンルンだ。

 

 ブロッケンは両手持ちの銃にガシャコンと音を立てさせて、スライド。

古めかしいポンプアクションというやつだが、20mの巨人がソレをやると壮観だ。

 

 人間サイズならまだしも、モビルスーツ大のショットガンは容易く的ごと周辺を砕いた。

 

「おいおい。なんだいアリャ。まさか君達、グリフォンにあんな無粋な物を装備させる気だったんじゃあるまいねぇ」

 ウツミは思わず苦笑した。

モビルスーツは兵器なのだから好きな武器を持てば良いが、都合良く用意できる筈が無い。

グリフォンの装備として持ち込まれたのなら、相応しくないと言いたいのだ。

 

「安心してください。ライアットガンはイフリート用に持ち込まれていた物です」

 提出された書類は、ブロッケンをなんとか高速型に変えると言うものだった。

ペイロードが維持できなくなるので、様々な武装を持ち込んで次々に武装を持ち替えて攻撃すると言うものである。

壊れ難い車輪に載せて、後はノズルを吹かす程度から始めるらしい。

 

「とりあえず、我々が用意したのはむしろあっちですね」

「そりゃ結構。弁慶の真似は他のモビルスーツにやらせて欲しいもんだ」

 視線を移すと補修されたタイプテンが拳銃を構えている。

だがウツミはその拳銃にも不満があるようだ。

 

「しかしなんでニューナンブ? 原型にするにしてももうちょっとマシなのなかったの?」

「でっちあげなんで勘弁してください。本命はデザートイーグルでもモーゼルでも好きなのを用意しますよ」

 そんな他愛ないことを言いあいながら、ウツミは少しだけ待った。

疑問はあるが、作った側も何の為か説明してないので、当然続きがあるはずだ。

 

「せっかく北米なんだ。ピースメイカーでも欲しい所だね。……で?」

「ルナチタニウムの加工実験も兼ねて、溶剤とセットで徹貫弾にしてみました。できればボーナスの一つも欲しい所ですね」

 バンドラインならぬバド・スペシャルを用意すると言ったら、ピュウ♪ と口笛吹かした。

さっきまでご機嫌斜めだったのに、いい加減な物である。

 

「いーねーいーねえ。本場のステーキと酒でも奢ろうじゃないか」

「拳銃ではありますが、むしろパイルシューターに近いと思ってください」

 技術者の慣れたもので、おっしゃ! とガッツポーズを決めている者や、指を鳴らしている者も居る。

もっとも北米でなくとも、地球産の食材と言うだけで、宇宙の合成肉よりは美味いのだが。

 

「装甲を突き破って、内部の電極なりエネルギー伝達系を弱めるのが目的です。撹乱膜をライアットガンで散布出来れば理想的でしょうか」

「まっ。そんな所だろ。あの連中の成果をベースにして適当に進めちゃって」

 ショットガンには薬品散布にするモデルもあり、それを参考にしたそうだ。

貫通力ではなく面制圧をとって確実に当てに行ったと見せて、実際は撹乱膜をまいておく。

そしてビームライフルに頼っても、地上での減衰と合わせて役に立たなくさせるという寸法だ。

 

 まあ実際はそこまで綺麗に行かないとは思うが、編集して印象付けるので問題無い。

 

「でもショットガンはともかく、よくルナチタニウムなんか手に入ったわね。あれは宇宙じゃなきゃ精製できないのでしょう?」

「聞きたい? モノ自体は戦闘中に落ちたカケラなんだけどね」

 尋ねてみたものの、タケオは嫌そうな顔をした。

ウツミがこんな切り返しをする時は、たいていロクでもない。

 

「結構よ」

「そう? 残念だなあ……でも教えちゃう」

 ルナチタニウムがあるのは、敵の装甲だから当然だ。

宇宙はともかく地上で追いかけ回せば、破片くらいは手に入るだろう。

しかし、そこには本来、後ろ暗い介入の余地など無い筈なのだが……。

 

「次の量産機をジオニックのフォーティーンと争ってたろ? アレを譲る代わりに、向こうがシャア少佐から回収した物をちょちょっとね」

「呆れるとか、手切れだけじゃ済まないわよ! れっきとした背信行為じゃない!」

 ツイマッド本社に知られたら大事である。

頑張って次期生産機もうちで作るぞー! とか言って居る技術者たちにも申し訳が立たない。

 

「これがそうでもないんだな。ブロッケンとザクのOEM生産で手いっぱい。これ以上はツイマッドのキャパを越えるよ」

「だからって……」

「まあまあ。こっちとしても、願ったりなんですよ。研究はしたいけど予算は無いんで」

 つまり次期生産機の受注を捨てる代わりの交渉であり、こちらも次の次狙いと言う訳だ。

限られる予算配分で全てを研究できないし、TYPE.15開発の鐘を使って色々と研究して居るそうだ。

 

 どのみち争っても勝てないから、今の内から技術検証。

場合によってはジオニックが苦労する技術も、いただいてから、その次を作るという訳である。

 

「もしかして……まだあるの?」

「ご名答。ジオニックはビームライフル目指すって言うけど、そりゃ間に合わないだろうからさ。こっちはビームサーベルを作っておく」

 次の次を目指すと言う事は、当然、そのビジョンもあるということだ。

ここで問題になるのが、ビームライフルが間に合わないと言う意味である。

 

 そりゃ当然、今までしてなかったメガ粒子砲の小型開発である。

時間が掛るのは当然として……。

タケオはそこで、二重底になった交渉と陰謀の裏表を悟った。

 

「この悪党! 間に合わないって……大無しにしようとしてるのは、貴方じゃないの!」

「そりゃどうも。ボクにだって愛社精神くらいはありますとも。結果、巡り巡って我社の為だろう?」

 我社ではなく、我者の間違いだろうとか思った。

ようは自分が良い様にひっかきまわして、予算も技術も手に入れると言う事である。

 

「でも以外ね。メガ粒子砲ならなんで反対するかと思ってたけど……白兵戦だから?」

「んー。チャンバラは男の子のロマンだけど、ガンダムだって使ってるだろ? その研究にね」

 ビームサーベルを開発すれば、自分達でも使える。

だが、それは同時に回避や防御の研究もできると言う事だ。

 

 研究段階で検証するだけならば、発展途上の兵器でも実験はできる。

攻め受けの強度・サイズを調整して、おおよそモビルスーツサイズにすれば、大まかなデータが取れるだろう。そこから計算するのは容易い。

撹乱膜がある場合、口には出して居ないが、対ビームコーティング技術等も進むだろう。いや、むしろこちらの方が上かもしれない。

 

「そうだ。その話しも兼ねて、今の内に課長に御伺いしなくてはならないことがあります」

「うん? なんだい? 悪い様にはしないから言ってみなさいな」

 まるで社長が新規プロジェクトの前に、口だけは良い事を言っているようだ。

だがウツミは違う。

面白ければ採用するし、彼がつまらないと思えばその時点で駄目だ。

 

「グリフォンの改修計画です。現在、フェデリコ事件で予備パーツが吹っ飛んだところで、ティエンルンの補修に使ってしまいました」

「あー。あれは痛かったなあ。だからここで、長期の開発プランを組むのは悪くない」

 北米の物資集積所が鹵獲ザクに襲われた時、思いもしなかった物だから結構入りこまれた。

それだけならガルマに御愁傷さまとでも言えば済むのだが、問題はグリフォンのパーツも含まれていたことだ。

一部はヅダ系だから共有できるにせよ、ワンオフの特注だから揃えるにも時間が掛る。

 

「それをボクが反対する訳が無い。一回遊ぶだけなら予備パーツ要らないし。……で?」

「改修プランを勧める前に、どちらが良いか、念のために方向性を聞いて行こうと思いまして」

 提出された改修案は二つ。

どちらも木星エンジンが土星エンジンに強化されたことで、向上した搭載量を利用するものである。

 

 全体強化型のタイプBと、特化型のタイプJがある。

ビームのBかと聞けば、バトラーのB。Jはイエガーらしい。

 

「一つ目は設計に遊びを持たせてビームサーベルの装備や他の装備、および稼働時間の限界を取り払うものです」

「次」

 ジェネレーターの強化や、放熱器の追加をするだけでグリフォンは強くなる。

ビームサーベルでの戦闘は恰好良いと思うのだが、ウツミはお気に召さなかったらしい。

剣と盾を持たせれば、ヅダ系は騎士に見えると思うのだが。

 

「二つ目は盾を持たない駆逐仕様です。稼働時間はEXAMを使っても困らない程度に延長。後はすべて性能強化に充てます」

「判ってるじゃないか! イエガーナイン……いや言語が混ざるな。J9で行こう」

 宇宙世紀は様々な言語が入り混じって居る。

ネイティブな場所はそうでもないが、ジオンなどはドイツ系……だと思っても、割りと違う事がある。

とはいえ言語を知って居ると気になるので、ウツミは省略したようだ。

 

 ……まあお気に入りのアニメかなにかの影響だったりするので、油断は禁物なのだが。

 

「フレーム前提に換骨奪胎可能にしていましたので、ルナチタニウム製のフレームを採用します。残りをシールドに回せないので、爪か弾丸くらいですかね」

「さっきのパイルシューターよりは、パイルバンカーの方が好みだなあ」

 まったく無茶苦茶である。

グリフォンが繊細なマシーンだということを理解して居るのだろうか?

この男にとって高価な玩具くらいのイメージでしかないのかもしれない。

 

「フレキシブル・ベロウズ・リム構造をグリフォン用に設計し直しますからそれで勘弁してください。30分……体が温まってから使うなら5分・10分だけなら世界最強は保証できます」

「パーフェクトだ! いいねえ。やっぱヒーローってのはそうじゃないと」

 装備はティエンルンから流用して、イザとなれば自分で撹乱膜をまけるようにする。

その上で対ビームコートを塗っておき、今のガンダムであれば楽勝という前提で設計を見直す事になった。

 

「おっと……こっちがパワーアップするのに向こうが据え置きってのは良くないよな。適当に見繕ってテムに投げないと」

「テム博士なら行方不明になった後、入院中らしいですよ」

 そりゃ御愁傷さま。

そんなことを言いながら、ウツミは次の目標を探し始める。




と言う訳で二回目です。
時間が無いのと、時間が掛るという話題なので、で今回は少し短め。
次はEXAM機を見付けて倒しに行くんじゃないですかね?

ヅダ系の追加装備:
ライアットガン:散弾・薬品弾(撹乱膜)

ニューナンブ:徹貫弾頭・溶化弾頭(内部の機器レベルなら溶ける弾)

エンジェルリング:撹乱膜散布機

●タイプ・イエガーナイン・グリフォン改
 土星エンジンで搭載容量が増えたのだが、潔く運動性の向上に全てを掛けて居る。
フレームの試作品が入っているが、ルナチタニウムではないので多少脆い。
またスペースを圧縮出来て無いので、放熱版がやぱり足りて居ない。

 フレキシブル・ベロウズ・リム構造は多少手直しされているが、まだパイルバンカーという程の威力は無い。
相手が精密機器の塊であるレイバーならまだしも、モビルスーツの装甲には、劇場版Ⅰに登場するゼロのような活躍は難しいと思われる。
本領発揮はルナチタニウム製のクローと、腕部フレームが精製できてからと思われる。


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その陰を追い求め

 面倒くさい報告が企画七課に入った。

 

 最初にソレを確認したタケオや技術者たちは、一度隠しておこうと思った。

説得の筋立てを見付けてから、後で、後でちゃんと話そうと思っていたのだ。

 

「ねえねえ。ソレ、なーに?」

 面倒くさい男に見つかった時、一同は溜息を吐いた。

良く良く考えれば、玩具を待ちわびる子供の様な男が、目聡くないはずがない。

こうなることは時間の問題だったろう。

 

 報告書代わりにビデオグラムには、蒼いモビルスーツの戦闘が映し出されていた。

連邦軍の新型がジオンをはじめとした標的を蹴散らす光景だが、別に国へ忠誠など抱いていないウツミは気にもしないだろう。

だから、ソレそのものは問題は無い。

 

「コレ。どういう事?」

「ガワは連邦軍の制作したRX-78でしょうね。おそらくは予備パーツを流用したのかと」

「数機で試験するとしても、パーツはロットで必要ですからね」

 表情は笑顔のままだが、案の定、ウツミはご機嫌斜めだった。

 

 蒼いガンダムが、敵を粉砕して居る。

ソレは別に良い。鉄拳で暴力的に、あるいは体当たりで吹っ飛ばすのも構わない。

ビームライフルは気に入らないが、別に他のモビルスーツがやるのは止めはしない。

 

 他のモビルスーツであれば。

 

「そう言う事を言ってるんじゃないよ。ボクだってそのくらいは知っているさ」

 気乗りのしない提案を却下する時は一言なので、相当に腹を立てて居る。

笑い顔のまま静かに怒る細目の東洋系は恐ろしいと相場が決まっている。

 

 だが一同が恐れて居るのはそんなことではない。

ウツミが取るべき対抗策が、非常目に面倒な事になると判って居たからだ。

 

「ガンダムの偽物というべきか、グリフォンの偽物というべきか。ボクはどうするべきだろうねぇ」

 そう、そのガンダムはグリフォンに似て居た。

特徴的なフェイスマスクはそのままに、背中に何か背負って居る。

そして本気を出す際には、翼を広げて高速機動を始めるのだ。

 

 機体色は蒼だが、夜間戦闘だと黒にも見える。

しかもジオン軍がメインだが、訓練なのか同志討ちなのか、偶に連邦軍も襲って居る。

これではまるで、グリフォンが両軍を襲っているかのようでは無いか。

 

「えーと。クルスト博士がグリフォンをマージュしたというか、彼もグリフォンの魅力にのめり込んだと言うか……」

「単純にこの機体も冷却能力が足りてないのでは? だから放熱板を追加して……」

「そう言う事を言ってるんじゃないよ。ボクだってそのくらいは判っているさ」

 ウツミは先ほどの言葉をほぼ(・・)そのまま繰り返した。

こうなったらもう意見を聞く気が無いので、後は行くところまで行くしかない。

スッキリするか、癇癪を起こして玩具を叩きつけるように泣きわめく。

 

 問題はウツミほどの面倒な男が、当たり前の方法で抗議や、釈明の行動などする筈が無いと言う事だ。

憂鬱になり始めた所で、気分を変えるべく、パンパンと手を叩く音がする。

 

「ハイハイ。じゃあ報復の方向でまとめましょう。……逆に考えるの、これはチャンスよ」

「へぇ。タケオにしちゃ珍しい。で、チャンスって?」

 こうなったらどうしようもないとばかりに、タケオは方向性を制御する事にした。

今のところはソレが正解だが、まさか彼女が提案するとは思って居なかったので、ウツミは少しだけ話を聞くことにした。

 

 ここでタケオが取り出したのは、クロサキから送られて来たクルスト博士に関する資料だ。

そこには博士が研究所から持ち出した、幾つかの資料のこと。

 

 そして……討伐任務を帯びて、ある男が出撃したと書かれている。

その男が一同にとっても、因念があると言えなくも無かった。

 

「ニムバス大尉と手を組めるんじゃないかしら? 今なら全部の黒幕をクルスト博士の自作自演に出来るわ」

「それは確かに! 勝てば敵が減る、負けても戦闘データを採れる!」

「良いことずくめじゃないですか! 駄目もとで声を掛けて見ましょう!」

 ニムバス・シュターゼンがイフリートの改良型を使っているという話だ。

この機体にEXAMの一つが搭載されているので、どっちが勝っても標的が減ってくれる。

 

 自分達が手を汚す必要が無くなり、しかもクルスト博士のせいにすれば、仲良くすらなれるだろう。

 

「どう? そうすればマリオンちゃんも正規の病院に入れてもらえるかもよ?」

「却下」

 だが断る!

ウツミは一石二鳥も三鳥もなるアイデアを否定した。

 

 何が気に入らないのか、ウツミはソファーにひっくり返って全身で怒りを表しながら続ける。

 

「まずマリオンの話を先に片付けよう。その場合はニムバス大尉が保護者になるね。多分、病院には『私の妻だ』と主張するだろう」

「……無い話では無いわね。そこは迂闊だったわ」

「エリート軍人の妻子なら、最優先で診てもらえますしね」

「いや、そこじゃないって。この場合はマリオンの自由意思の問題だろ」

 問題なのは、ニムバスが今は古きナイトシンドロームに罹患して居ることだ。

ジオンの騎士であると自己主張する男は、騎士道物の登場人物の如く行動するだろう。

 

 研究所時代はマリオンに敗北していたが、いま取り返せば戦利品の御姫様だ。

返却したが最後、朝になったら『ゆうべはお楽しみでしたね』ということになりかねない。

もちろんマリオンがニムバスにそういう思いを抱いて居るとか、見合い結婚にウンというタイプならば問題無いのかもしれないが。

 

「マリオンに関しては私が迂闊だったわ。巻き込んだ以上は、せめて彼女の意思を尊重しましょう」

「彼女に関して判ってくれればそれでいいさ。……こっちが重要なんだが」

 もちろんマリオンが可哀想だなんて言い訳である。

タケオが迂闊なことを言ったので、ソレを利用して、自分の意見を通したいだけに過ぎない。

正論ではニムバスをぶつけると言うアイデアに勝てないので、勢いで乗り切る気かもしれない。

 

「このままじゃまるでグリフォンがテロリストみたいじゃないか!」

「「え……」」

 その瞬間、一同は目を点にした。

 

(「まさか……自覚して無かったのか……」)

 味方の基地を襲って、モビルスーツの実戦テストをした以上はテロリストも同然である。

というか結果的に人を殺して居ないだけで、テロ扱いされても文句は言えない。

 

 そもそも自分自身の主張を押し通す為に、暴力を使う行為をテロというのだという。

 

「あー。面倒なので、言葉遊びは止めましょう。ようするに必要な犯罪であることは受け入れられても、無意味に暴力的な行為だと思われたくないと?」

「そうさ! 君達だって、技術の結晶であるグリフォンを悪者にされて嬉しくはないだろう?」

「そりゃまあ……そうですがね」

 自分が実験や自己主張の為に襲っておいて、どの口が言うのか。

そう思った一同だが、ここまでウツミの態度を見て居ると判って来るモノがある。

 

「美学?」

「そう、美学。悪役の美学って奴が、こいつには足りてない」

 集約すると、全てそこに行きつく。

手に入れた玩具を見せびらかしたいという意味で襲いはしたが、それでも相手を選んでいる。

 

 人体実験なんて格好悪い事をやってる研究所を襲ったのはその理由付けの一つだ。

あとはその中から、闘うに足りる相手を絞り込み、最終的にクルスト博士の研究対象が面白い相手だった。

そこまで負けたら『残念』『天晴れ!』で済ませたろうが、この相手は違う。

 

 研究の為に手当たり次第に襲っている。

単に近いから、単に秘密にできるから。単に目撃したから味方すらも襲って居る。

もちろん暴走した結果である可能性もあるが、どちらにせよクルスト博士側に美学の持ち合わせなどないだろう。

 

「呑み込めてきたようだね? じゃあボクらが一番グリフォンを巧く扱えるんだって、証明に行こうじゃないか」

「はあ……仕方無いわね」

「せめてクルスト博士が用意した技術に期待しておきましょうか」

 フラガナン研究所が正式にスタートして拡大し、そこで得た成果でも博士の研究は完成しなかった。

ゆえに技術をいくつか持ち出して亡命したのだが、その数々を取引材料に、連邦側の技術も揃えて居る筈だ。

そう言う意味で言えば確かに、この偽グリフォンは倒す意味のある相手かもしれない。

 

 そこまで判るほど、ウツミの毒が伝染してしまった。

一同は最後に特大の溜息を吐いたのである。

 

 気が乗りはしなくとも、一度決めたら即実行が企画七課である。

朝方まで迷って居たのが嘘のように、あれよあれよと言う間に日程と行程が決定した。

 

「もう生き先きが決まったの? 早いねぇ」

『オーストラリアは勢力が入り乱れてますからね。ソレを知って居れば、網を張る事自体は難しくはありません』

 問題なのはこの情報を特定したのが、宇宙に残ったクロサキだということだ。

彼の手がそこまで長いかと言うと、ウツミの方が長い筈なので、別口の情報だろう。

 

「ということはキシリア閣下絡み?」

『ええ。相手の派閥とは話が付いて居た筈なのに、グリフォンが襲ってくるとはどういうことかと凄い剣幕でした』

 ジオンにも連邦にも派閥があり、キシリア派が手を組んだ派閥のライバルを攻めて居たと言う事だ。

 

 同様に相手が勝ち星を欲しい時は、手薄な場所を漏らしていたのだろう。

連邦にモビルスーツが無い時期でも戦力を集中すれば勝てるので、情報さえあれば問題無い。

加えて派閥同士の取引と言う事は、オーストラリアに限定せず、他の地域で戦果や情報のやり取りを行えばバレ難い。

 

『と言う訳で戦果そのものは疑って居ませんが、注文がキシリア閣下から入って居ます』

「データならそっちに送るけど? それとも身の潔白を連邦に証明しろって?」

 クロサキは画面の向こう側で首を振った。

 

 連邦側は連邦側で、クルスト博士の背後やら何やら探ったらしい。

そしてキシリアとの話し合いの末、グリフォンではないと裏を取っているとのことだ。

 

『どうもニムバス大尉にクルスト博士の始末を任せたいようですね。キシリア閣下の目効きだとか、派閥内における上下関係の問題で』

「ったく。面倒な注文を押しつけてくれるよ。まあ、そのくらいならいいさ、なんとかしよう」

(「何とかするのは主に私たちなんですけどね」)

 また安請け合いをして……。

そんな空気が流れた後、ウツミが唐突に話しを変えた。

 

「そういえばクロサキく~ん」

『なんでしょう?』

「……?」

 急な展開にも関わらず、クロサキは真顔で返した。

だからウツミが何故気が付いたのか、謎である。

 

「キシリア閣下に何を売ったの?」

『キュマイラと……サイレンです』

 顔色こそ変えて居ないものの、クロサキは明らかに緊張して居た。

おそらくは問題の起きかねない取引を、ウツミに無断で行った事を覚られたのだ。

 

(「キュマイラってあれよね? ブロッケンを小さくした様な……警備用の」)

(「はい。戦闘力は比較に成りませんが、総合性では決して劣って居ません。それにOSが同じで教育型ですから」)

 教育型コンピューターを横流しにした後、EXAM設計に流用。

それをグリフォンが回収したのだが、EXAMを排除した廉価版を作ってみたのだ。

作った以上は社内に回すし、当然ながらブロッケン以降はそれがフォーマット、ブロッケンもコックピットに余裕があるので積み替えが可能である。

 

(「訓練用に納入したんですかね? でも問題なのはサイレンの方です」)

(「そっちは機密過ぎて良く知らないんだけど、何なの?」)

(「水中用のゴッグをリファインする計画があるんですが、ひとまずダウンサイズジングと改良のために、水中作業に必要な部分だけを抜き出した物です」)

 当然のことながら、ジオンに海はない。

いちおう大型プールで実験はしているが、地上に降りて見ると無駄な機能があったりするものだ。

更に他のメーカーも開発したり、新しい技術の成立、技術その物の発展で大きく変化してしまう。

 

(「要するに海のグリフォンってとこですね」)

(「何よ、大問題じゃない!」)

(「だから問題なんでしょうねぇ」)

 それが特に顕著なのが水中用と言う事で、現段階で可能な限り洗練された水中用モビルスーツが、サイレンということである。

戦闘用では無いとはいえ最新技術の塊であり、当然ながら、クロサキ一人に任せておいて良い物では無かった。

 

「……海のグリフォンね。あっちもグリフォン、こっちもグリフォン。大人気じゃないか。結構けっこう」

『そう言っていただけると幸いです。それでは』

 クロサキは追認が出たことで胸を撫で下ろし、通信を切った。

 

「あの様子だとまだ何かあるんじゃない?」

「だろうねえ。まあキシリア閣下の反乱ごっこにまでは付き合えないさ」

 あからさまに打ち切ったことを指摘すると、ウツミはアッサリと暴露した。

クロサキがこっそり報告したとは思えないので、なんとなく察したのだろう。

 

「はっ……反乱って。物凄い大事じゃない。放っておいていいの?」

「課長はどこから思い付かれたんですか?」

「ほっときゃいいの。どうせあーいうのはポーズなんだし。ちなみにキュマイラからでも次世代機のパーツに組みかえられるんだぜ?」

 同時に納めた二種は、結局、どちらも問題があったと言う事だ。

キュマイラは反乱計画用に、機種転換訓練と経験蓄積する為。

サイレンは現状で最も洗練された機体であり、水辺であれば相当に世界有数になり得る機体である。

 

「その手がありましたか。確かに規格の大きなTYPE.7よりも現実的ですね」

「とりあえずXデーがあるならサイド3やグラナダには居ないようにしておきましょうか」

 ウツミまでいるのにキシリア之面倒まで見切れない。

一同はそんな事を思いながら、自分達にだけは関わってくれるなよと思うことにしたのである。

 

 オーストラリアに到着して最初にやることは、各部の問題修正である。

まともとか常識とか、何ソレ美味しいの? を地で行くマシーンである。

これにEXAMなんてシロモノを追加するのだ。未調整だと、まともに動くわけがない。

 

「バド。新型のコックピットの調子はどうだい?」

「最初は戸惑ったけど、慣れたら問題ないで」

 キャプチャーによるトレース型の操縦装置が、大まかに変わって居た。

感圧機やの他に神経パルスを測る機械などを総動員し、入力システムが大幅に強化されていた。

 

 この段階では教育型コンピューターのみを接続する事で、バドが好む動作をリストアップを始める。

二つ三つ程度のボタンに絞ることで選択肢を絞り、同時にコンピューターの方でゲーム・コマンドのように選択肢を流用化するのだ。

前回はダッシュと腕を伸ばす程度だったが、今では複数のバリエーションが使用出来る。

あとはバドがシュミレーターで覚えたり、訓練すればとっさの判断で様々な行動に対応できた。

 

「どうだい?」

「バドは緊張してますね。以前ならなんでもないで済ませたでしょうし」

「それもですが稼働時間の方も問題が出てますね」

 エンジンの改良によって多少は放熱板を追加したが、それでもまるで足りてない。

所詮は機能向上のついでに、余ったスペースに放りこんだ程度だ。

ルナチタニウム性のフレームにすれば軽量化する筈だが、そしたらその配分を別の利用法に使いそうで今から怖い。

 

「夜間や寒い地方ならまだしも、昼間だと居るだけで10%は飛びますよ」

「炎天下でEXAMなんか動かした日には、10分なんて言った過去の自分を殴りたくなるでしょうね」

「そいつはゾっとしない話だ。バドが早めに決着を付けてくれることを祈るしか無いね」

 初期データを見るともっと酷い。

諸源を以前のままにして戦うと、20-30%くらいロスをする。

だからオーストラリアの地形に合わせてアジャストしたのだが、それでも10%ほどは稼働時間が短くなると言う。

 

 そしてロスするのは立って居るだけでも、だ。

もし戦闘すればどれほどの無駄が出るか判らない。

 

「こうしてみると水中用モビルスーツを引っ張って行った連中の気持ちがわかりますね」

「あっちはビームなんてものさえ積まなきゃ、水冷式エンジンがありますからね」

「勘弁してくれよ。グリフォンに水泳部の真似をしろって言うのかい?」

 どっちも肩をすくめて笑うだけだ。

もはやモビルスーツに関する会話をしている気持ちなんてしない。

ロボットの形状をしたナニカを奉る為の儀式か何かだろう。

 

「まあこっちはやれるだけの事をやったさ。向こうは何やってると思う?」

「そうですね……。EXAMを前提に、パイロットをパーツ化してるってのがまず一つ」

「流体パルス・アクセラレーターが旧型の筈ですから、代わりに反応性を向上させるシステムってとこですかね」

 宇宙世紀に入っても、人体の全てを解明できた訳でもないし、コンピューターの発達が全てを上回った訳でもない。

ファジーさを入れるなら……たとえば戦術予想などはまだ人間の方が上だ。

 

 だからEXAMでは人間をパーツの一つに数えて居るフシがある。

クルスト博士はそこから改良発展させて、二つのパターンを設定した。

一つ目は完全にパーツ化して、人間は必要な場合にのみ、勝手に機械が計測に使う。

二つ目は人間と協力して行くことで、あくまで相談相手であったり、アシストに抑えたレベルのものだ。

 

 瞬間的な判断では前者の方が即効性があり、大局的な判断では後者の方が高いのではないか……ということだろう。

もっともクルスト博士は時折、ニュータイプに対して何か含む所があったようなので、別の理由かもしれないが。

 

「いずれにせよ、次の戦いはデータ取りだと思ってください。薬品焼却くらい向こうも用意してるでしょうから、パーツは怪しいですね」

「まあ、その辺は対策を立ててからだね。ニムバス君の方にも多少の期待はしておこうじゃないか」

 クルスト博士も複数の機体を用意して居るだろう。

その内の一機をバドがグリフォンで倒し、その間に本部を急襲したニムバスが博士を倒す。

そこまで作戦として相手を組み込んで居る訳でもないが、ニムバスなり背後に居るキシリアの方で計算するだろう。

 

 それに本命はあくまで、グリフォンが偽グリフォンを倒す事だ。

連邦製のパーツ拾いはオマケであり、苦労するのは情報部の方だろう。

そんな風に考えるウツミと同じ考えに至るあたり、やはり彼らも毒されていた。




 と言う訳で、第二部の第三回です。
相手の居場所を特定したので、次回で勝負を挑みに行きます。

 原作よりも技術レベルが敵味方共に上昇して居るので、ブルー一号機は最初から強いです。
またイフリート改も強化されて、水中用モビルスーツのパーツを流用。
冷却性能とか大幅に上昇させ、教育型コンピューターとかも搭載したりしてます。

・キュマイラ
 レイバー側原作ではただの警備用でしたが、この作品ではブロッケンの量産型版です。
一回り小型にして、次世代機の実験用であり、警備用としてスケールメリットを測って居ます。
要するにサイズが大きくして早めに作ったドムを、普通のサイズで再現しただけということになります。
ですが教育型コンピューターの医術が流出して居るので、戦闘面ではともかく、総合性ではかなりのもの。
ネタとしてキマイラ隊に近い名前なので、反乱用に経験値を積んだり、パーツ組み換えでいつでも戦闘できる様になっています。

・サイレン
 レイバー側原作における最新型の水中用レイバー。
ガンダム側原作では水中用ザクが数年前、ゴッグなんかも開戦前みたいなのですが……。
コロニーで地球を知らない連中が作ったので、色々と問題が生じて居ます。
その為、経験を活かして作った機体はみんな優良。
ズゴックやアッガイ、ハイゴックやハイズゴックが優秀だったのもその辺が原因かもしれません。
 と言う訳でサイレンは、そこに至る為の仮定になります。
水中用モビルスーツをダウンサイズ化しつつ、必要な部分だけを抜き出して改良を実現した物。
ビームキャノンとかは付いておらず、追加装備や厚い装甲を動かす優良なエンジンとして、水中エンジンが存在して居ます。

・イフリート改:ネレイドー
 新型水中用モビルスーツのパーツを流用し、水辺であればEXAMをずっと使い続けられるバケモノ。
(プロト・ハイゴックとでも言うべきMSのパーツを使ったイフリート)
ニムバスが趣味で肩を赤く染めて居るので、水中を移動するのに目立つと言う。
もっとも彼には奇襲する気はないので、それで良いのかもしれない。
 形状としては放熱フィンの形状が人魚ッポイ作りになっている。
またテイルスタビライザー兼放熱器として尻尾が付いており、やろうと思えばこれで攻撃も可能。
この辺は廃棄物十三号や、ルーンマスカーのネレイドーから着想。


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オーストラリアでの戦い

 オーストラリアのとある河。

大陸だけに大きな物だが、乾いた土地だけにそれほど深いわけでもない。

そこをモビルスーツがさかのぼれば、発見されるのは仕方のないことだ。

 

 その光景は荒い画像で映し出され、音声もかなり遠い物だ。

しかしリアルタイムでミノフスキー粒子が散布され始めたのだから、これでもマシな方だろう。

昔ながらのケーブルを使った通信を組み合わせて、望遠レンズと指向性マイクで記録して居るのだ。

 

『課長。イフリート改が出て来ました。見えてます?』

「見えてるけど……。水辺のイフリートってのもどうかなあ。せめてシンドバットとかいうのはどうだろう」

 何を考えて居るのかと思ったら、ウツミは意味も無い事を考えて居た。

そして動き出さないイフリートを眺めて、首を傾げる。

 

「なんでそいつは動き出さないんだ?」

『そっちからは見えないかもしれませんが、アクア・ユニットで水蒸気を撒いてるみたいです。……ただの水じゃなくて、何か混ぜてるのかな?』

 言われてみれば画像が見え難い気もするが、元が荒いので良く判らない。

とはいえやって居ることさえ判れば、推測を立てることも可能だ。

 

「おそらくうちと同じレベルのビーム撹乱膜が用意できなかったのかと」

「あー。ガルマ様に持たせたのが、そこそこ使えたって話だっけ」

「雑魚を一機減らしたそうなので、戦果といえば戦果ですね」

 ようするに水蒸気に薬品か何かを混ぜて、ビーム対策を行っているということらしい。

それで防げるはずもないが、直撃して融けるなんてことはなくなるだろう。

 

 強力な武器レベルに収まれば、ニムバス大尉の腕でリカバリー可能と判断したようである。

 

「凄いじゃない。いままで赤い彗星だってやれてなかったのに」

「とはいえ分離してパイロットには逃げられたようですけれどね。ルナチタニウムを確保できたので、有りがたい限りですが」

 ピュウ♪とウツミは口笛を吹いていたが、聞き捨てならないことに耳を傾けた。

 

「分離? そんなこともできるんだ」

「先に言っておきますが、グリフォンには乗りませんからね。どうしてもというなら、戦闘機に手足を付けることになります」

 輝く様な笑顔で会ったが、技術者の言葉にがっくりうなだれた。

変形合体というのはロマン何だがなあ……と口にしつつ、ソレを実現させたテム・レイに賛辞を贈っておく。

 

『とりあえずこちらはニムバス大尉に便宜を測ったら帰還します』

「くれぐれも本人には直接会わない様にね。英雄志願のある連中は、間者とかスパイに助けられるのを嫌う奴も居るから」

 この場合の便宜と言うのは、戦闘の事ではない。

 

 クルスト博士がどこに居るかを伝え、仮に敗北した時は逃走手段を用意するのだ。

場合によっては基地に残っている適当な機体に乗って逃げようとする可能性もある。

その場合はコードブレイカーを用意するか何かが必要だろう。

 

 協力するのは構わないが、問題なのはナイトシンドロームのあるニムバス大尉のプライドだ。

勝って博士の元に導くだけならまだしも、無様に負けて逃走手段まで用意したら逆上して殺されかねない。

敵陣に潜り込んでるスパイの重要性に気が付いてくれればいいが、プロファイルでは怪しいとされていた。

 

『死ぬのは嫌ですから気を付けておきます。……それと課長。最後に一つ、博士たちが移動準備を始めて居る様です』

 イフリート改が動き出したことで、アナハイム経由で派遣して居た技術者は撤収したようだ。

画像も切られ、音声も届かなくなる。

 

「どう思う?」

「そうですね。うちと同じなら温度管理に根をあげたのかと」

「どっちかといえば連邦に目を付けられたんじゃない? 流石に味方殺しはマズイと普通は思うわよ」

 自分本位なウツミと技術者の会話をタケオは頭を抱えて釘を刺した。

クルスト博士にかこつけてウツミの事を批判したのだが、どうにも通じてはいないようだ。

 

「ジオンの勢力圏ならカナダ、連邦なら北極ってとこかな?」

「いずれにせよ、移動するなら寒い地域が良いですからね。とりあえず、こちらも追撃準備をしておきましょう」

 そういってグリフォンの待機して居るハンガーを呼び出した。

暫くして向こうに居る技術者から、バドへと通信が経由する。

 

「バドー。せっかちな軍人さんはこっちが動く前に仕掛けるようだ。君も少し早く出れる?」

『問題ないで! ボクもグリフォンもこないだの負けをそのままにする気はないからな!』

 うんうんと満足そうに頷いた後、ウツミは釘を刺す事にした。

他人が自分に刺した釘は気が付かない癖に、まったく酷い男である。

 

「いいかいバド。グリフォンは結局のところヅダなんだ。ならヅダらしくして欲しいものだね」

『ウツミさんのいけず。こないだのまだ怒っとるんか? もうあんな事はせえへんって! スッキリ勝ったるわ!』

 問題にしているのはマリオンとの勝負で、最後に体当たりを掛けたことだ。

 

 アレはエンジンに頼り切った裏技である。

機体性能を活かして仕掛けた攻撃だったなら問題はないが、エンジンだけなのだから他の機体でもできる。

その事に関してだけウツミは怒っていたのだが、やれるものならバドだってやっただろう。

まったく子供の様な、酷い大人である。

 

 そして戦いが始まった。

蒼い機体がジオンの基地を目指して居る所へ、グリフォンが颯爽と登場。

 

 急接近する過程で迎撃レベルが向上し、有線ミサイルを射出。

グリフォンは素早く避けるのだが、狙い澄ましたかのようにマシンガンが撃ち込まれた。

 

「こんにゃろっ!」

 グリフォンは全てを避けるのを諦め、最低限のガードを固めた。

メインモニターを分厚い腕のフレームで防ぎ、他は当たるに任せて前進する。

 

「次弾が来ます! バドの動きは読まれてますよ!」

「うーん。最初っからEXAM起動かあ。随分と警戒されてるみたいだねえ」

「当たり前でしょ。それに向こうには稼働限界なんてないんだから」

 蒼い機体の頭部と胸部にあるバルカンが火を吹き、次々にグリフォンに命中して居る。

バドも巧みに避けるのだが、大物を交わすだけで手いっぱいだ。

 

 ミサイルを避け、マシンガンの直撃をなんとかしたところで、バルカンの連射を食らってしまったと言う訳だ。

 

「でもまあ、そこまでしてコレとも言えるね。それに……本当に稼働限界って存在しないのかなあ?」

「現に最初っからフル稼働してるじゃない」

 バドが急加速で迫ると、蒼い機体は翼を広げて急上昇。

貫手を避けながらマシンガンを撃ち降ろし、グリフォン側の翼に当てて行く。

 

 そのうち翼が耐え切れなくなって、途中からへし折れてしまった。

 

「フライト・ユニット破損! エンジェルリングが露出します!」

「予定通りか。まっ、ビームライフルを使われる前に起動して、良かったと思っておこう」

 ここまでの戦いは実のところ、予定通りだ。

前回、延々と読まれまくっていたことで、こちらも対策を立てている。

 

 翼は折られる事を前提に……というか、壊される事を前提に燃料では無くビーム撹乱膜を詰めて居た。

今はそれが周囲に散布され、ユニットを切り離して最低限のノズルだけが露出している。

 

「フライト・ユニットと腕部装甲のバージ完了しました。圏内へ撒いた撹乱膜は、十分もすれば飛びます」

「それでいいさ。どっちみち、こっちもそれほど保たないしね」

「え? もしかして……まさか」

 そう、そのまさかだ!

 

 ウツミがニヤリと笑った時、グリフォンがありえない挙動を取った。

ゴトンゴトンと翼の根元や、腕の装甲が剥げ落ちたのは、まだ良い方だ。

 

「ゴング鳴らさんかーい! フルパワーや!」

『EXAMシステム、スタンバイ』

 パキン!

なんとグリフォンは指を鳴らした。

 

 こんな事が出来るようにしたのは、どこの馬鹿だろう。

ただパーツが摩耗するだけなのに、クローである指が音を立てる。

 

「しゅーっ!」

「まっ回し蹴り!?」

「惜しい! あれを避けるとはなあ!」

 モビルスーツによる格闘戦と言うのは想定されている。

しかし普通は剣や斧での殴り合いであり、せいぜいシールドラムやショルダーでの体当たりくらいだ。

 

 だがあろうことか、グリフォンは軽快な動きで蹴りを放った。

更に着地と同時に態勢を立て直し、突っ込んで来る相手に肘を打ちつける。

これをなんとかする為、蒼い機体は翼のノズルを吹かして、強引に抜けて行った。

 

「ヒャー! 凄いねぇ。いまの完全にカウンター立った筈なのに凄まじい機動だね」

「ですがバックが大きいですね。こっちの動きを予想したのでしょうが……さすがにこのマニューバーまでは読めなかったかな?」

「何を呑気な話をしているのよ! 虎の子のEXAM動かして、ぜんぜん当たって無いじゃないの」

 ウツミ達は完全にプロレス観戦か何かをして居る気分だ。

ロボット・プロレスの初期はただの相撲だったらしいが、こんなにもアクロ・バッティックな動きは初めてだろう。

 

「んー。これがそうでもないんだなぁ」

「何よ、指なんか広げて」

 ウツミは指先の幅を二本、広げたり狭くしたりして見せる。

 

「本当に見切ってるなら、最低限の動きで避けたさ」

「あれは避けられなかったんです。だから強引なブーストで最大限に距離を空けた」

「それがどうしたのよ。バドだって、前回体当たりで使ったじゃない」

 それが違うんだなあ。

ウツミはニヤリと笑って、タケオの肩に手をまわした。

胸を触ろうとした手をつままれてしまうが……それはタケオが慣れており、反射速度も間に合うからだと言えた。

 

「あんな機動を向こうは想定してるのかね? 少なくともヅダはぶっ壊れたよ」

「ルナチタニウムなら保つんじゃないの?」

「ではパイロットの方はどうです? うちはバドへの対G、かなり気を使って居ますよ」

 モーショントレース用のキャプチャーにしても、バド用に調整してアブゾーバーの機能がある。

それはある意味、バド専用にコックピットを調整してあるからだ。

他のパイロットでは、乗れたとしても、完全に調整し直す必要があるだろう。

 

「見ててごらん。その内、乗ってる方が耐え切れなくなるから」

「昔の車で言うと、グリフォンはロータリーエンジンと補助機なんですよね。対してあっちは、ドラッグマシンを振り回して居るだけです」

「ゴメン……例えが判んない」

 車のレースもまた、男のロマンだという。

しかしその辺を全く知らないと言うか、宇宙世紀の人類らしくタケオは全く知識が無い。

 

「RX-7とかユーノスって車には、燃費が三倍も悪いけど、補助装置もあれば急加速・急減速が可能なエンジンが付いて居たのさ」

「ドラッグレースというのは、ロケットエンジンで走り、パラシュートで止まる奴だと思ってください」

「やっぱり良く判らないけど……そのうち内側が耐えられなくなるって事?」

 トリプルロータリー、トリプルターボ。スーパーチャージャーもだっけ?

ロマンだねえ……。とか言いながら、ウツミは頷いた。

 

 そして戦いに視点を戻せば、ようやく全体像が見えて来る。

グリフォンは反動制御(リコイル・キャンセラー)モードも合わせてリズミカルな動きをしているが……。

蒼い機体は、強烈なブーストで強引に距離を空け、逆に距離を詰めてサーベルや盾を使って居た。

 

「こっちはロボットによる格闘訓練も積んでるけど、向こうはそうじゃない。どこかでボロが出て来るよ」

「だからバドに教えさせたのね。……でも予定通りに行かなかったらどうするの?」

 機体性能は一見互角だが、動きに大きな差がある。

蒼い機体は強引な動きを掛けるストレートでカクカクとした動き。

対してグリフォンは無駄が多い様に見えるが、滑らかで、最終的には無駄が少ない。

ビームサーベルを捌く動きも、落とした火器を壊しておくのも、それなりに計算ずくだ。

 

 この状況で蒼い機体の方が有利なのは、連邦製の質の高い装備、そしてEXAMの先読み性能が僅かに高いから。

 

「大丈夫かしら。いまのところ向こうは無駄があっても保ってる。それに、ズルズルと叩けば無理な事を演算しないだなんて」

「そこは賭けだなあ。ボクらはこっちに有利だと見てるけど」

「グリフォンの機体耐久値が保つか、連邦のパイロットが気絶するかの勝負ですね」

 ウツミ達の自身は、前回の戦いで奪ったEXAMの構造だった。

パイロット保護にまで気が回って居なかったし、向こうの機体は汎用機に積む事を想定して居る。

格闘戦だってグリフォンにやられた警戒心から、多少の対策を立てて居るくらいだろう。

グリフォンの様に特定の人物に合わせて居ない為、よほど相性が良くないと保たないと思われた。

 

 もしウツミ達が想定しなかった自体があるとすれば、クルスト博士たちが研究の為には、とことんまで外道になれるということだった。

蒼い機体のEXAMは、平然と人命を無視して行動し始めたのである。

 

「うわっちゃ!?」

「なんだあの動き!? 殺人的な加速じゃないか!」

 蒼い機体は前回バドが見せた……いや、それ以上の加速性で突進して来た。

それもグリフォンの斜め後ろに強引に侵入し、急制動を掛けてバックを取ったのだ。

そのままグリフォンが横にスライドするのを、先読みして追い掛けて行く。

 

「限界が来るまでに倒す気か? しかし……」

「はい、この態勢ならばアレが使えます!」

「……まだ何かあるの?」

 後ろから、斜め後ろの位置をキープしたまま強引にバルカンを当てて来る。

モビルスーツというのは前面に装甲が厚いものであり、全体的に肉厚なヅダ系でも、それは変わらない。

 

 このまま行けば倒される。

そう思った時に、ありえない動きをグリフォンが見せた。

 

「そこや! 行ったれグリフォン!」

「やった! クリーンヒットだ!」

「……胴体が……回転した!? しかも後ろに向かって突撃?」

 ジグザグな機動で振り切ろうとして、何度目かの試行時。

その途中でグリフォンは突如後ろを向いた。

 

 正確には縦横の移動を続けたところで、クルっと向き直ったのである。

確かにその方向ならば可能かもしれないが、すくなくとも攻撃が当たる様な動きは無理だ。

だがしかし、グリフォンは真っすぐ貫手を伸ばし、しかも……当たらないと思われた位置まで腕を伸ばしたのである。

 

「貫手の飛距離はずっと誤魔化した……でいいけど。なんで九十度以上も回ってるの?」

「普通の機体ならスポーンといっちゃうわよって? そりゃあねえ、グリフォンはインナーフレームだから」

 モビルスーツは外骨格であり、内部構造を装甲板が抑える形状に成っている。

だがしかし、グリフォンに関しては違うのだ。

 

 まず分解して持ち込む為に、各ブロックが独立して居る。

そしてそれを支えるのがインナーフレーム……人間で言うと骨である。

 

「背骨を入れて、そこを軸に回る様になってるんですよ。あと、足にもフレキシブル・ベロウズ・リム構造が入ってます」

「一段階しか無いって話だけど、鳥足になってるじゃないか。無茶するなぁ」

「なんのためにそんな機能を付けたのよ……。普通に放熱板やジェネレーターでいいじゃない」

 タケオは二の句が継げなかった。

ようするにこの機体は人体に近い構造であり、同時に、人間にはできない関節をして居ると言う事だ。

 

 普通ならばその制御すら難しいが、いまはEXAMが稼働している。

人間とは違う感性で作られたAIが、独自の視点で制御の補助を行って居た。

ウツミ達はEXAMを人間に変わる存在として扱うのではなく、人間とは違う視点で物を見るパートナーとしたのである。

 

「実際に今、役に立ってるじゃないか」

「数%なんですが、動きが上がるんですよね。ナガノ君が言うのも、あながち間違いじゃないですし」

 ロボットが人間と同じ動きをする必要はない。

それと同時に、人間が操る以上は、人間に近い動きも出来た方が良いに決まっている。

 

 この矛盾を両立させるのが、ムーバル・フレームだ。

フレーム自体が動くことで、ノズルや関節の向きを巧く調整できる。

一方向に大型ブースターを付けなくとも、複数の稼働するノズルが同じ方向を向けばいい。

腕や足が自在に動けば、普通にしか動けないマシンよりも、幅の広いオプションを取ることが出来る。

付け加えて言うならば、暗躍したり、パーツを限界まで吟味する為に、ブロック単位で精度を上げたのもマッチしたと言えるだろう。

 

「バド。そろそろ決着が付くと思うけど、自爆に注意しておいて」

「そうやな。そんなん巻き込まれたらグリフォンかわいそうや」

 こうしてEXXAM搭載機との第二戦は、相手が文字通り自爆して決着が付いた。

 

「「「いえーい」」」

(「ついていけないわ。このノリ」

 拠点に戻ったウツミ達は、指先を上から下に動かして謎のポーズで締めたと言う。




 と言う訳で第四回に成ります。

 ブルー0号機が原作よりも完成しており1号機が別途に作成。
そのどちらかをグリフォンが撃破し、残る一機をニムバス大尉が相討ちで仕留めた形になります。
この辺はグリフォンがレイバー側の原作でAVRに上回られつつも、逆転。
イフリートがブルー原作と同じ流れで、ユウに逆襲されつつも、相討ちに持ち込んだのと似た感じにしております。
(レイバー原作ではここまでスムーズに勝って居ませんが、今回はこっちにもEXAMがありますので)

・アクアユニットと水蒸気
 キシリア機関ではビーム撹乱膜が完成して居ないので、水と混ぜてまきました。

・グリフォンとブルーの動きの差
 欠陥機であるヅダの特性を、良い面を活かし、悪い面と巧く付き合うグリフォン。
対して高性能な機体構造を使用して居るけれど、パイロットに負担を掛けているブルーの差ですね。
実際、ブルーはユウが一号機に乗る前は、パイロットに負担が来て大変だったようです。
逆に言えば、負担が掛っても相性さえよければ(負担を掛ける方向?)軽減される訳で、層の厚い連邦は気にしなくて良いのかもしれません。

・インナーフレームによる胴体の回転
 プラモデルで胴体が回転する機体と、回転しない機体がありますよね。
あれの差を活かしてみました。
このグリフォンは胴体を改造して、クルっと回転する機体。
普通はそんな事をワザワザしないけれど、ウツミ達は動きを良くする為に取り入れた。
それを知って居たバドが、バックを取られた時に、咄嗟に利用したと言う感じですね。

>いえーい!
 J9て知ってるかい?

 次回はオーストラリアを後にして、カナダか北極で闘う事に成ります。
これはブルー原作・漫画での場所移動と、背景的な問題の解消に成ります。
クルスト博士たちが無茶をやったので、場所を移して実験をする予定だったと言う感じ。


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次世代マシンの憂欝

 企画七課ではグリフォンがオーバーホールされている。

腕や装甲が取り外され、頭部から足までの骨組みだけで立っている状態だ。

 

 そこで数人の技術者が見守る中、バドがなにやら体操らしきことをやって居た。

 

「何やってるの?」

「いま閃いたとこなんや。ちょいと待ってんか!」

 タケオはコックピットに乗り込もうとするバドに尋ねたが、いまいち要領を得ない。

 

 仕方無いので見て居ると、左足の踵を揚げ、右足の爪先を軽く揚げた。

そして右足の踵を軸に重心移動だけで右を向く。

 

「右向け右? なんでまたそんな事を」

「今までのモビルスーツではできせんでしたからね。AIの教育がてらに色々と教えてるんですよ」

 タケオが首を傾げると、主任技術者である髭の男が教えてくれた。

そして『おぉ』と唸る他の技術者たちを制し、バドに声を掛ける。

 

「ディスクを抜いておいで。記録を取っておくから」

「教えたこと、ドンドン覚えよるで。おっもしろいなぁ」

 何が賢いかって、音声で左向け左と告げたら先ほどの応用を行うのだ。

左の踵を軸に、左向け左。これならばもっと汎用性の高い動作で有れば、有効な動きを教えられるだろう。

 

「どうせなら算数の勉強も覚えて欲しいものね」

「アハハ。社会科はちゃんと覚えたで。初代首相のマーセナスがニュータイプも含めたみんなで政治しよとしたら、ドッカーンって」

 タケオは思わず苦笑した。

どこかでジオン・ダイクンのニュータイプ論でも混ざったらしい。

あるいはウツミが茶化して、それを混同して覚えたのかもしれない。

 

「それにしても意外ね。パーツが届いたのに、まだ組み上げて無いなんて」

「ブルーの情報が入って、一から調整してるんですよ。コレがまた面白いけど苦労するやつで」

 いつもなら詳細情報をくれる、つぶらな瞳の副主任が居ない。

仕方無いので脇に有る資料を眺めて、判ら無いなりにポイントを抜き出そうとする。

 

 なんでもニムバス大尉が蒼い機体を奪って来たそうで、こっちの技術者を連れて行かれた代わりに、データがただで手に入ったという。

そこには磁性と摩擦係数という言葉が書かれ、可能なかぎりゼロにすべしと記載されていた。

 

「磁性と言うとリニアに使われている技術よね? 浮かせてるやつ」

「アレを使って摩擦を可能な限りゼロにすると、タイムラグもですが、必要なエネルギーと生じる熱がグンと減るんですよ」

 分数で言えば、下にある分母を減らして数字を上げると言うことだ。

割ることの100が98、95……90と減れば、それだけで動きが良くなる。

 

 ツイマッド社では新型の流体パルス・アクセラレータを使って、一気に動かして居た。

先ほどの分数で言えば、上に乗ってる分子を増やすということにあたるだろうか。

100を103、105、108と増やして動きを良くすると例えられるだろう。

この方法は同時に高いパワーも得られるのだが、熱効率も悪い。

他の機体なら余裕があるから良いが、グリフォンにとってはあまりよろしくない問題だった。

 

「連邦はマグネット・コーティングと名付けたそうです。こっちのアクセラレーターとの比率も合わせて、当分は寝る間もないくらいですね」

「……それにしてはAIまで弄るのは余分で余計じゃないの?」

 好きな事に没頭している様だったので、苦労を背負ってるとは思わないでおく。

しかし判らないのが、AIに余計な動作を覚え込ませている事だ。

 

 作業や記録に時間が掛るだけではない、イザという時に調整が出来ないほか、下手をすると壊される事もあるだろう。

 

「そうでもないですよ。人間とロボットの感覚が違うだなんて、こないだまでは思ってもみませんでしたしね」

「……? どういうこと?」

 あまりにも当たり前のことに、タケオは思わず首を傾げた。

サイズや構造が違うのだから、バランスにしても何にしても、違って居て当たり前ではないか。

 

「えっとですね。人間だと主に目、次に耳。場合によって鼻・口・触感と来ますよね?」

「そうね。だからロボットにはメインカメラがあって、音感センサーがあって。鼻と口はないけれど、接触回線で多少と言うところかしら」

 主任が用意したのは複数の懐中電灯だった。

正面に二本、これが人間の視界と言うやつだろう。

次にロボットを示す為か、ロングにスイッチを切り替えると、スポットライトの様に遠くまで強く照らす。

 

「僕らのイメージって、ようするにコレなんですよ。つい、人間の延長に考えてしまう」

「違うの? 出力に差はあっても、メインカメラなんかの問題で処理は同じだと思うけど」

 主任は首を振った後、苦笑いを浮かべて髭をこする。

彼がこういう表情をするときは、たいていウツミが無茶なことを注文した時だ。

 

「実際にはこうです。課長に言われるまで僕らも気が付きませんでしたけどね」

 主任は二本のライトのうち、片方をスポットライトのまま。

もう一本をランタンのように、周囲を照らすモードに切り替える。

 

「確かに出力の差で正面の方が強力なのは間違いがありません。ですが実際のところ、AIは別の判断を下して居るんですよ」

 主任はそう言いながら、この間の戦闘記録を立ちあげる。

そこには通常ならありえないような動きで、グリフォンを追い掛ける蒼い機体の姿があった。

 

「こいつの場合、自分の感覚で正しい機動を掛けて居ます。……中の人間はたまったもんじゃないでしょうけどね」

「そういえば結局、脱出しなかったわよね。気絶……してたのかしら」

 どうでしょう、最悪死んでいたかもしれません。

主任がそう言うと、タケオは何も言えなかった。

これは最悪の例であろうが、人間とAIの思考差を突き詰めるというのは、重要なことだろう。

 

 似た様な機動を行っても、バドには感圧センサーがそのまま対G装備に成っている。

人間と機械の齟齬を放置しても良いことはないが、すり合わせて行けば良いモノが出来上がるだろう。

やり過ぎはマイルドになってしまうが、ここのスタッフであれば、むしろそのくらいの心配をした方が良いくらいだ。

 

「そういう訳で、ああやって色んな記録を与えた後、レスポンスがどう感じるかを判断して居ます。今のところは、往年の人口無脳レベルですけどね」

「大変そうね。そういうことなら止めないから、頑張って」

 趣味で作られたらしい人工映像に、マリオンとバドを足して二で割った様な姿が描き出された。

しかしその反応は酷い物で、良く判らない回答が多数返って来ている。

タケオに判るのは、ウツミといえば馬鹿野郎だとか、何様だとかいう罵詈雑言に心から納得したくらいである。

 

 この結果、何が起きたかと言うと、世にも珍しいAIの自己診断に寄る調整が導入された。

ここが良い、このパーツは格好悪いから嫌だ、あの強化パーツが欲しいなどなど。

グリフォンの性能は向上したが、ますます趣味に走ったと言う事である。

 

 一方その頃、ウツミたちはニムバスの所へ派遣されていた。

 

「連中の行き先が判っただと?」

「どうもカナダに移動するみたいですね。北極基地に逃げ込まれたら追い掛けるのが大変なところでした」

 厳めしいニムバスの詰問に、ウツミはヘラっとうすら笑いで応えた。

もちろん自分が調べたいから先回りして用意して居ただけで、決してニムバスの為ではない。

むしろブルーのデータを引っこ抜く為に、時間さえかけて居た。

 

「ガウが用意され次第出撃する。二号機の調整はそれまでに済ませておけ」

「ちょっ……。せめてもう二・三日なんとなりませんかね? まだ未解明の所やら、ジオニックさんが持って行ったモノもあるんですが」

 これにはウツミも慌てた。

データ取りの為に時間が欲しかったのもあるが、ニムバスの要求はあまりにも性急過ぎた。

 

 言葉通り判って居ない部分もあるし、ジオニックとはまだブン獲り合戦の話し合い中である。

 

「そこを何とかするのが貴様らの仕事だろうが!」

「……あー。あまりやりたくないんですが、強引な仕事をしても?」

 ウツミは薄い笑いを張りつけたまま、冷や汗を浮かべて見せた。

クロサキがいつもやってるので面白かったので覚えたのだが、これが実に、こういう時に誤魔化し易い。

 

「程度による。性能が劣化したら許さんぞ」

「それはありませんが、ご趣味に合うか次第ですね。……君、ビームサーベルがあっただろう」

「あ、あれはうちの機密ですよ?」

 凄むニムバスを無視して、つぶらな瞳の副主任に話しを向けた。

はらはらしながら成り行きを窺って居た彼も、機密情報をいきなり公開されて、演技ではなく驚いた顔に成る。

 

「連邦は既に持ってるじゃないか。今更だよ」

「課長が良いとおっしゃっるなら、自分達は取りつけるだけですが……」

 現時点で困っているのは現物を軍……ジオニック社が、ビーム関連品を外して研究中と言う事だ。

連邦でも完全に使いこなせるのはガンダムだけであり、同じパーツを使って居ても、リミッターの掛って居る陸戦型では少し怪しい。

 

 しかしビームサーベルだけならば、現状でも満足出来る能力だと伝えると、ニムバスは厳めしい顔のまま頷いた。

 

「……と言う訳で、うちの商品ならばジオン系のラインを使えます。ライフルはジオニックさんが持って行かなきゃ、調整したんですが」

「使えるならば構わん。どのみちビームライフルなぞ飾りだからな」

 手持ちのビームはまだまだで、地上では特にそうだ。

ウツミが誘導したイメージは、ちゃんと機能しているらしい。

 

 まあ実際に、リミッターがある以上はその通りだ。

各部のパーツやジェネレーターに一定の枠を掛け、暴走しない様にしているから、どうしても出力は低くなる。

確かにオーストラリアでは一撃で吹っ飛んだ機体と言うのは聞いたことが無かった。

EXAMのルーチン的にマシンガンの方が当て易いだとか、作戦として組み込み易いというのもあるだろうが。

 

「それとな……」

「はい?」

 不意にニムバスが正面に立った。

いままではウツミの方で遠慮して、彼を立てる位置に居た物だが。

 

「キシリア様の手前殺しはせん! だが手抜きは許さんぞ! マリオンもいずれ返してもらう!」

「プライドの方が女の子の生き死によりも先なんですか? そんなんじゃ今返してもまたフラ……っ」

 止せば良いのにウツミは平然と挑発した。

今だけは許してやると自分を抑えるニムバスの前で、痛い所を突く。

 

 彼にとって守るべき研究対象を、目の前で浚われたと言う事が問題なのだ。

その研究対象の健康状態だとか、今まで何をされていたかなど興味はなかったのだろう。

だから自分がいかに我慢して居るかの主張だとか、手抜きで研究優先して居るかどうかの心配を先にしてしまう。

 

「貴様っ!」

「あ痛たたた。眼鏡割れちゃったじゃないですか」

「ちょ、ちょっと。ここで刃傷沙汰は勘弁して下さいよ!」

 当然の様にニムバスはウツミを殴りつけ、周囲が仕方無く仲裁に入った。

あまりにも判り易い挑発だったので回りも飛び込んで事なきを得たが、強引に引っ張って両者は隅っこに分断された。

 

「良かったんですか課長?」

「いいんだよ。どうせ、ああいうのは誤射(後ろ弾)を狙うもんなんだから。それならむしろ、仲が悪いと知れ渡って居る方がやり易い」

 頬を抑えていたウツミに副主任はタオルを渡し、傷を冷やしておく。

そしてレンズは割れたものの、フレームは曲がって居ない眼鏡を掛け直して、心底から笑みを浮かべた。

 

「それにさ。この展開ならば、最後に彼と対決できるだろう?」

「……まさか、それが目的だったんじゃないでしょうね」

 この男ならばやりかねない。

副主任は思わず絶句したが、ウツミはなんのことやらと笑って受け流した。

 

「とりあえず二号機はビームサーベルを主体にするとして、どんな風にする気だい?」

「本気だったんですね……。とりあえず大型の盾を付けて、大出力のコンデンサーを仕込みます」

 ツイマッド製のビームサーベルを提供することか、それとも対決の為に挑発したことか。

どちらともいえない質問に、ウツミは頷きながら返した。

 

「確かタイプ・フィフティーンで武器を仕込んだ盾のアイデアがあったけど、あんな感じ?」

「仕込むのはコンデンサだけですけどね。武装まではやり過ぎなんじゃないかと思います」

 副主任の提案は、余計な能力は機体の外で完結させるというものだ。

本体にはエネルギー供給ラインだけを設置し、盾に仕込んだ大型バッテリーから供給する。

この方が今ある装備を活かせるし、技術改良も個々にできるという判断である。

 

 もちろんそれは機体の各部に強化パーツを仕込んだり、エンジン直結の大型武器は無理だろう。

しかしウツミの趣味であったり、要求される時間とスペックを両立させるには十分だった。

 

「いいねえ。何よりこの形状が怪獣みたいで意欲的だ」

「グリフォンの別バージョンです。バドほど振り回せない人には、こっちの方が戦い易いかと思いまして」

 まともにした機体を提案しても却下される為、別バージョンのグリフォンはたいそうゴツクなっていた。

放熱器を兼ねたテイルバランサーに、ノズル型スラスターである翼も肉厚に仕上げてある。

EXAMの放熱の為に頭も長くなっており、ビーム兵器を付けても放熱量は十分だろう。

 

 これに今言ったビームサーベルと、大型シールドを取りつければモビルスーツというよりはファンタジーの竜騎士である。

少々趣味に走り過ぎの気もするが、大仰なモノ言いのニムバスにはピッタリかもしれない。

 

飛竜の眷属(ザ・ワイアーム・ウルース)……略称をつけるとしたら、ズワウスになるだろうか。




 と言う訳で第五回に成ります。

 今回は技術的な解説、おおび改造回。
ついでに終わる為の伏線を張っておいて、できれば次回に最終決戦に向かう感じで。

・グリフォンの方向性
 思いっきり次世代の技術に走って居ます。
十分しか動かずビームも無いけれど、既にゼータ時代の概念で組み上がっている感じ。
さらにAIに体感?や趣味を聞き、機械の感性を導入することで、更なる仕上げを試みます。

・ブルー二号機の方向性
 ジオンの騎士を自称する人に、思いっきり趣味のマシーンを用意。
竜騎士みたいな外見にしたEXAM搭載機です。
この時期の陸戦ガンダムはリミッターのせいで火力が低いので、ジオンの技術も入れてビームサーベルだけガンダム並み。
名前は奇妙ですが、ズワウスというダンバイン外伝に搭乗した機体の名前を、無理やり広げた感じですね。

 なお、三号機は連邦が弄るのでドラグナーみたいな感じになるかと。
向こうはパイロットに気を掛けてくれる優しい人は居ませんが、パイロットは沢山居るので、適性を見て放りこむ。
一番相性の良いユウ・カジマ小尉たちが選ばれるという流れに成ります。

 このままいけば、宇宙では無くカナダで終わる感じでしょうかね?
第一部はともかく、第二部はレイバー以外も混ざって迷走して来た事もあり、あと1・2回で終了する予定です。


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鋼の軍団やっつけろ!

 カナダにとある丘陵地帯にある、連邦の基地。

そこへファットアンクルから黒い機体が降下、独特のフォームで軽快に疾走を始める。

上半身は適度に揺れて、下半身だけを使った最低限の動きで駆けて行った。

 

 モビルスーツによる理想的な走行というものがあるならば、まさにコレだろう。

18mもの体を二本足で支えるというのはかなり無理が掛る物だ、それを最低限の負担だけで支えて居る。

 

 しかし、それもここまで。

 

「バド。発見さ……た、わ。注……して」

「ほいほい。そろそろ加速するでー」

 ミノフスキー粒子が次第に濃くなり、誘導して居た通信が徐々に遠くなる。

代わりに聞こえるのは、彼方から響く砲撃音だ。

初弾が当たる様な事はないが、念のために進路を変更しながら近くの丘陵を目指す。

 

 山なり弾道ゆえに姿は見えないが、丘の向こうで戦車か砲撃仕様のジムが、いまごろ陵線射撃を準備して居るに違いない。

登りつめると案の定だ。最後の砲撃を掛けた後、丘陵に姿を隠して砲撃を開始した。

 

「教科書通り過ぎやで!」

 黒い機体……グリフォンは前傾姿勢で疾走し、いつでも貫手を放てる様に腕を後ろに流す。

いわゆる『忍者走り』で被弾面積を抑えつつ、更にスピードを上げた。

 

 その機動はジグザグであったり、時に緩やかなカーブを付けた微妙な曲線。

ガシンガシンと踏みしめて居た足音は、キュィンキュィンと最低限の設置面積で走り抜ける。

 

「見えた!」

 丘陵を降ると、そこには三機編成のジムに戦車が一台。

ジムは二機がマシンガン装備で、一機がバズーカだ。

 

 この中で危険なのはバズーカ持ち。

だが一撃で大破させかねない機体を放置して、マシンガン持ちの片方に迫る。

 

「まずは一機!」

 ジムの右側に逸れながら、上体を起こして左手で貫手を放つ。

人体であればむしろ勢いを殺す動きだが、そのロボットめいた関節ならば問題無い。

 

 盾を迂回しながら脇腹へグサリ。

そのまま組み付いて右手を回して抱きしめた。

 

「パ~ス♪」

 せっかく捕まえた機体をバズーカ持ちの方に放り、自身はもう一機にマシンガン持ちへ。

すれ違いざまに放つ膝蹴りで、膝装甲(ブレード・ニー)が串刺しにする。

 

 その時、普通ならあり得ない事が起きて居た。

先ほどまでグリフォンが居た位置に、バズーカが撃ち込まれていた。

 

「平然と仲間撃ちおった……ウツミさんに聞いてた通りや」

 バズーカ持ちへ捕まえた敵を放った為、グリフォンではなくジムに命中した。

一撃で吹っ飛びはしないが、通常であれば戦闘不能な状況である。

 

 更に奇怪なのは中破か、悪ければ大破間際の個体がマシンガンを放とうと腕を動かして居る。

通常であれば、脱出しようと努力して居る筈なのに。

 

「うわっ。キショッ!」

 見れば膝蹴りを浴びせた機体も、胴部を貫かれた筈なのにギリギリとこちらに手を伸ばしつつある。バドはたまらずそいつも放りなげ、厄介な戦車を潰しに行った。

 

「……手応えも無かったし、やっぱこいつらAIなんか」

 バドはグリフォンを巧みに操ったが、敵は避けるよりも攻撃する方に夢中だったことも大きい。

うまく急所に命中させたことで相手は態勢を崩したはずなのに、オートバランサーでもありえないレベルの速さで復帰しようとしていた。

 

 これらの情報を総合する限り、事前に聞いて居た内容が正しかったと見えるべきだろう。

あれは……。

 

 その日、企画七課にキシリア経由で任務が舞い込んだ。

断ることはできるが、幾つかの問題が生じる。

 

「AI制御のモビルスーツ軍団?」

「クルスト博士はしょーも無い事を考えたな」

「亡くなられてるので正確にはお弟子さんとか、連邦の技術者でしょうけどね」

 キシリアからの話しでなければ断って居た所だ。

即座に断らないのも、最近研究中だから気になっているに過ぎない。

 

「でも、そんな事可能なの? ミノフスキー粒子だってあるのに」

「今でもボールの大半はAI製ですし、地上でも侵入者を迎撃しろと言う程度なら可能です」

 防衛戦だけなら迎撃を任せられる。

そこがある種の限界だろう。まだまだAIの能力には限界があるし……。

リアルタイムで指示を更新するには、ミノフスキー粒子が邪魔だと言うのには変わらない。

 

 しかし、ここで新たな疑問が出て来る。

ボールならやっているが、61式戦車ではやって居ない。

防衛戦ならば可能そうだが、攻撃面では使えないだろうと言うことだ。

 

「宇宙は当たり難いし遠間で撃ち合う分には、人でもAIでも当たらないってことよね?」

「ですね。ジムに二機随伴させたり、隊長機に数機付いてるもんなんですが……基本は『同じ相手を狙え』くらいですから」

 旅客機には早くからオートパイロットがあり、車両も二十一世紀には自動運転が確立して居る。

だから座標指定の応用で、ジムないしリーダー機の周囲に追随させるのは難しくない。

 

 技術的な問題で詳細な動きができず、認意の指定もミノフスキー粒子の為に随時変更できないことだ。

ジム等が射撃した後、追いかけるように同じ場所へ撃ち込む程度。

命中精度は高くなく、むしろ攻撃補助に収まるレベルだった。数を揃えられるからこその戦術、数で押し込む為の戦法だ。

 

「それが今更、しかも地上で実験してるの?」

「うちと同じ所まで考えついて、正反対の方向に舵を切ったのかもしれません」

 企画七課ではこのところ、AIの自己診断を意見の一つとして取り入れ始めた。

ウツミの極端な意見に毒されていたり、普通に無理な注文もあるので、あくまで一意見だ。

 

 だが人間とは違った見地による意見や、それを踏まえた周囲との会議は参考に成る。

例えばヅダ開発期の水星エンジンに出力固定現象が掛る問題があるのだが、コレに面白い意見が出たりもした。

 

「役に立たないからあくまで補助だったんでしょ?」

「例えば人的資源尊重の為に、困難な任務の露払いに充てるとかじゃないですか? 前衛部隊で撃ち合うだけなら飽和射撃で良い訳ですし」

 同じ場所に複数の角度で射撃するのが交差射撃というテクニック。

これを簡単に、誰でもできるように、数に任せてこれでもかと放りこむのが飽和射撃だ。

榴弾砲や爆撃で広範囲に着弾させたり、数にまかせてマシンガンをまとめて叩き込む姿を思い浮かべれば早いだろうか。

 

「確かにそれなら話は別だけど、そこまで連邦に余裕あるかしら? それよりも……」

「それも踏まえて、あくまで実験なのでは? ところで……」

 タケオと技術主任は先ほどから話に加わって居ない男に視線を向けた。

一同のリーダーであり怪しげな企みを考える男が黙って居るのだからこそ、つまらない話が長引いたとも言える。

 

「貴方の考えは?」

「課長次第で我々の動きも変わって来るんですが……」

「ボク? 最初から決まってるよ」

 二人は同時に同じ表情をした。

鏡を見無くとも間違いなく同じ顔の筈だ。

 

 タケオは額に青筋が浮かびそうになるのを堪えながら、そろりとウツミに忍びよる。

苦笑いを浮かべてウツミに尋ねた。

 

「へえ……。参考までにどんな対応なのかしら」

「ロボット軍団なんて邪悪な企みは叩いて砕かないとね。だいたいエレガントじゃない」

 胸を当てて密着しながら、腕を回して足を絡める。

 

「方針が決まって居るなら! さっさと伝えなさい!」

「ギブギブ! いやだってさ。君らが楽しそうに悪だくみをっ。うはっ、この感触は、悪くぁ、ギブアップだってば!」

 タケオはウツミをコブラツイストの態勢で締め上げた。

胸に密着しながら『今時コブラツイストなんか』とか余裕なことを言い出したので、つい、思いっきり締め上げてしまった。

 

 そんな他愛ないやりとりをしながら、今後の方針を決めて行く。

 

「どうせニムバス大尉あたりの嫌がらせだろうけど、まあいいさ」

 クルスト博士が連邦で作りあげた成果をまとめて始末する。

その方向性ではあるが、人間が乗って居る三号機の方は『自分で片付けるのが相応しい』とニムバス大尉は考えているのだろう。

それゆえに予備案であろう、AI制御の部隊をウツミ達に押しつけたものと思われた。

 

「この際、二番煎じが出てくる前に徹底的に叩き潰す。幸いにも片付け易いしさ」

 今は大したことの無いAI制御だが、何度も改良を加えれば優秀な物ができあがるかもしれない。

それはジオンが不利になるから……ではなく、面白くないからウツミは叩き潰す。

 

「課長のおっしゃる通り、確かに連邦の派閥が関わって居るなら、超党派でやられるよりマシでしょうね」

「そゆこと。相手に基地も判るし、どの程度結果に響いたかも追跡調査できるからね~」

「それは貴方だけよ」

 さて、場所の方は問題無く付きとめることが出来る。

いまから潜入工作は不可能だが、後から度うなかったかくらいは判る。

 

 では今からすべきことは?

 

「バドに注意しておくことはあるかい?」

「えっと。メカは自分の死を意識しませんので、自殺個体と指揮個体には細心の注意が必要です」

 AI制御のロボットは弱い。

しかし人間では無いことに注意が必要だ。

 

 腕がもげても、体が半分になっても、連中は動き続ける。

まるでファンタジーに出てくるアンデッドのように。

 

 ……バドはこの後で受けた注意を、今更のように思い出して居た。

 

 次々に成る警告音はセンサーによるものだ。

ミノフスキー粒子が散布されて居ても、特定の条項のみに絞れば、それなりに検知できる。

 

「うわっちゃ! ジムやのうて、こいつが指揮個体か!」

 グリフォンが61式戦車を始末するのと前後して、風切り音が聞こえて来る。

着弾修正の為に一発、周囲へ挟み込むように二発目。

 

「今度は二発……こいつら丸ごと囮かいな! アホンダラ!」

 バドはグリフォンを駆けださせた。

これ以上は倒しても意味が無い。そして本格的に弾丸の雨が降り注ぐ前にスタコラと逃げ出して行く。

 

 次々に降り注ぐ雨霰の砲弾。

逃げ出す事が出来たのは、一個小隊を瞬殺した事で、敵の予測よりも素早く行動できたから。

もしその辺のエースがカスタム機に乗る程度であれば、間に合わずに巻き込まれていただろう。

 

 もちろんバドとグリフォンが、彼ら(エース)より遥かに強いと言う訳ではない。

紙一重を連続で積み上げた結果、コンピューターが計測するよりも早かったに過ぎない。

だがそれこそが一騎当千の強さ。それこそがウツミ達が求めた性能だろう。

 

「ちんたら走っとったら、次は頭の上や。脱出用やけど、今使わなあかん!」

 バドは翼を展開するとブースターを吹かせて移動し始めた。

ただし上空にでは無い。それではただエネルギーを無駄にするだけだ。

 

 対空砲火を受けてしまうし、何より帰還の為の手助けが完全になくなってしまう。

 

「ほっ! はっ! たあ!」

 疾走しながらバッタのようにジャンピング。

ホップステップ、ジャンプ。時々地面を蹴りながら、ただ疾走して居るよりも素早く移動。

ブロッケンを軽量化して高速化を目指しているそうだが、ロケットダッシュで強引に大地を駆けた。

 

 本来ならばそんな事をやって、上手く着地やステップが踏める筈が無い。

しかしこの機体は、遊びながらこういうマニューバーを作りあげて居た。

タケオは良い顔をしなかったが、ウツミはBダッシュだと言って認めてくれた。

 

「足首に疲労が出始めとんなあ。キックは使わん方がええやろか」

 機体の自己申告を面倒そうに受け取るが、さすがに無視する事はない。

良く知らない大人の追う事ならいざ知らず、グリフォンのアシストである。

アップデートの度にぶっこわし、共に戦った相棒の助言を聞けるほどには、バドも成長して居た。

 

 そして人機一体となった彼らが向かうのは、悪の巣窟ならぬ連邦の基地。

マザー・コンピューター搭載機(推測)を目指し、軽快にカっ飛んでいく。

馬鹿と天才は紙一重と言うが、その紙一重を積み重ねた機体ゆえに、戦える時間はそう長くない。

 

「せやかて、これだけ時間が残っとったら、十分過ぎるわ!」

 不意に影が挿した時、バドは笑って機体を振り回した。

高速機動中の暴挙に軌道がズレ、同時に掛った負荷で、薙いだ腕と設置した足に赤いサインが灯る。

 

 それは山間に挿しかかった時、突如落下して来たモビルスーツの内一機を薙ぎ倒した結果だ。

反撃どころか墜落死を恐れぬスィーサイド・アタック。

普通のパイロットなら見ただけで混乱する攻撃だが、ゲームの中で見なれたバドが焦るほどのことでは無い。

 

「雑魚は邪魔スンナや! 今からボス戦やねん!」

 そのまま飛び抜けて山腹に有る基地へと侵入。

地面に激突したモビルスーツの小さな爆発や、奇跡的に態勢を立て直して追おうとする機体を置き去りにしていく。

 

 侵入するなり近くのジムへ無事な方の手で貫手を食らわせる。

直ぐ様、他の機体がこちらに向き直ったので、舌打ちだけ入れて奥へと進んだ。

 

「こいつら作った連中アホちゃうか? 反応が馬鹿みたいに遅っあーもう!」

 機械ゆえか特定のパターンでしか動か無い。

あり得無い動きをするグリフォンに、ジムはどうしてもワンテンポ遅れて対処する。

だが人間であれば驚く様なタイミングや、慌てて逃げ出す様な被害を受けても無感動に襲ってくるのだ。

 

 それも、平然と味方を犠牲にする様な動きで。

まるでゾンビか何かを相手にして居る様な気味悪さと、総合的に追い込まれているのではないかと言う気もしてくる。

その不気味な状態に、ついEXAMのスイッチへ指が伸びた。

 

「危ない危ない。ボス前で時間、のーなるところやった」

 バドは舌を出して笑うと、二つの制限時間を見比べる。

言うまでもなく一つ目はグリフォンの稼働時間、もう一つはウツミ達が用意した迎えの来る時間だ。

 

 途中まで使用したファットアンクルはもう使えない。

アレは目立つし、囮として使うのが精々だ。だから帰りの手段は別に用意してある。

ああいうものこそ、オートで何機も飛ばせれば楽なのにと思う。

 

 問題なのは時間内にそこへ辿りつけるかだった。

ボス敵らしき相手は御丁寧にガンダムタイプだ。しかも随伴機を連れて待ち構えている。

しかも護衛に射撃を任せて、自身は威力の強いビームサーベルを構えて居るのが嫌らしい。

 

「どこかで見られとったんかな。まあええわ、ボクとグリフォンは見ただけじゃ判らへんもん!」

 バドはあえて真っすぐ突っ込み、これまでとパターンを変えた。

起動変更はバズーカ持ちの直ぐ近くに向かう事で、当て難くくなるコースを取ることだけ。

マシンガンは当たるに任せて飛び込み、その際、急所を守る為に腕や足を屈めた。

 

 四肢を縮めて高速で飛び込む、可能な限り被弾を抑えた姿勢。

広範囲にばらまくはずのマシンガンを受ける時間を減らし、バズーカの位置調整を無効にする。

 

「らあっ!! これでどや!」

 最低限のダメージで飛び込むと、バズーカ持ちを抱えて、むしろボスとの間に距離を置いた。

すると狙い通り、敵はそいつ越しにサーベルを振るう。

 

 警戒して居なければ当たって居た攻撃だが、判って居たがゆえに当たりもしない。

バックステップを小さく掛けて、腰を落としながら一回転。

次の機体へ低い蹴りを放ちつつ、もう一機のマシンガン持ちへ蹴り飛ばした。

 

「さすがに何度も巧く行かんわなっ。せやけど勝負はこっからやで!」

 敵は倒れながらもマシンガンを放ち、後ろに居る機体も躊躇なく連射。

グリフォンは各部の装甲が裂け、あるいは千切れ掛けていた。

 

 いまのところルナチタニウムはフレームとクローのみ。

しかも軽くなった部分にマグネット・コーティングとテスト用の補助装置を入れたので、装甲は以前のままだ。

残念なことにこの合金は単純な形状は簡単に加工できるが、複雑な形状は難しいそうなので、改善は見込めそうになかった。

 

「システム起動! 起きや、ジークフリート!」

『イエス、マスター』

 バドはここでEXAMを起動。

ジークフリートと名付けられたAIが全体を制御し、不確かだったバランスを一時的に取り戻す。

AIの自己診断に任せて、各部のバランサーやら無事な回線を繋ぎ直したのだ。

 

 だが彼らの狂気と趣味は、ここから始まる。

この程度は誰でもやれる。機械が進化すれば当たり前にこなせるから、この程度で止まらない。

 

 切り込んで来たガンダムタイプのビームサーベルを、腕の装甲を犠牲に受け止めつつ……。

 

「要らんもんは全部捨てや!」

『七割りの装甲を分離(パージ)。重しとして機能する部分のみを残します』

 分離させることで身を軽くしつつ、全身への負担も軽減する。

 

 ガンダムの顔を右手で掴み、左手で相手がサーベルを持つ手首をキープ。

腕を引っ張ることでサーベルでの刺突を抑えておき、振り回しながら態勢を低くして足払いを掛けた。

 

「これは想像してへんかったやろ!」

 体当たりというには軽い動きでガンダムに未着。

そこから体を起こすと同時に、腰を跳ね上げて敵を自分の上に軽く持ちあげたのだ。

 

 タケオに習った0G柔道を応用し投げ飛ばしたのである。

とはいえ宇宙とは勝手が違い、重量のあるモビルスーツが豪快に吹っ飛びはしない。

だがそれで十分だ。テコの原理で持ち上げられたガンダムは真っ逆さまに大地へ叩きつけられたのである。

 

 もしバドが迂闊だったとしたら、頭を持ったことで重心が反れた事。

そして相手がメカゆえに、多少内部構造が潰れた程度では、気絶や死亡などしないのを忘れて居た事だ。

 

『マスター。反撃が来ます』

「へっ? っちゃー忘れとった!」

 ガンダムは倒れたまま平然とサーベルを振るう。

だがその動きは、決してグリフォンを倒す為だけでは無い。

 

「避け……」

『まだです。敵は……』

 倒れながら足を狙った攻撃は、軽いジャンプで被害を抑える事が出来た。

カカトを切られはしたが、まだ何とかなる。

 

 問題なのは……。

 

『敵は、自ば……く。しま』

「っ!? 強制休眠(スリープモード)? こんな時に!」

 ガンダムは自分をサーベルで貫いてミノフスキー融合炉を爆発させにかかった。

運が悪いと言うか、当然と言うか、グリフォンの方もそこで限界が来る。

 

 新型の流体パルス・アクセラレーターは、過剰供給で命令伝達を高速化するシステムだ。

パワーも得られるし良いことずくめに機越えるが、放熱も酷いし、それはEXAMも同じこと。

性能向上と引き換えにした放熱が、限界直前に来たところでEXAMによる演算加速を停止し、突如マニュアルに戻ったのである。

 

「走り難いなぁ。急がなあかんのに」

 できれば腕・足も切り離して軽くなって飛びたい所だが、それはできない。

空を飛んで去るだけの推進剤は残って居ないし、バランスを保つためには四肢というものは必要なのである。

 

 それに恰好良く勝つことで、AI軍団を無意味だと思わせるのも目的の一つと聞いている。

装甲くらいならまだしも、手足まで切り離せばみっともなく見えるだろう。

それにファットアンクルを戦闘機が追い掛け回して居る事を考えれば、空の旅も決して安全ではない。

 

「切られたんカカトゆうのが幸いやな。走るだけならできそうや」

 バドは来た道では無く、回収の為のコースを取った。

黒幕が実験の為に遠避けて居たとしても、基地全ての者が離れて見てはいないだろう。

航空機のことも考えれば、帰りは当然、別のコースを取る方が安全である。

 

 グリフォンは丘陵地帯を抜けて河の方へ。

その中でも峡谷のある場所へと向かって行った。

 

 薄まって行くミノフスキー粒子の中で、声が聞こえ始める。

 

「や……あ。……ド。勝った、みた……ね。ご……うさま」

「あったり前やん! ボクとグリフォンゆうたら無敵やからな。陸上戦艦でもおらんと負ける気せえへんで」

 バドはロクに話しもできない内から強がりを口にした。

もっともウツミにとっては慣れた物だ。

 

「……ハハ。デカ……ツは他の連中に任せるさ。グリフォンは最強のロボットだってことを証明さえ……あた」

「馬鹿言ってないで撤収準備をなさいな。無事に戻るまでミッションなんだから」

 ほとんど推進剤も残って居ないが、減速くらいは可能だ。

おつかれさまと告げ合って、らふれしあ号と書かれた船に向かって峡谷を降りる。

 

「ただいまー! これでゲームクリアや!」

「いえ~い!」

 みんなで親指を立て、下にクルっと回せばミッションを終了である。




 という訳で第六話です。

 終わる前にEXAM事件を片付けに言った感じですね。
三号機をニムバス大尉が倒して居る事なので、次で決着を付けて終わりに成ります。

●AI軍団
 パトレイバー劇場版ⅠでのHOS暴走、ブルー0号機(AI暴走)を合わせて見ました。
とはいえクルスト博士は死んでるのと、チームが分散したので、それほど大きな基地には立て籠って居ません。
言う事を聞く小さな基地に間借りして、AI軍団を作ろうとした派閥退治に向かった感じです。
(ニムバス大尉がカムラさんたち、優秀なサポート型のEXAMと戦いに行っています)

●グリフォンの機能
 世間ではドムがで回る中、ほぼ最終進化系であるガルバルディ級まで性能がUP。
とはいえ運動性能と演算性能だけなので、他はいつもの通り悲しいレベルです。

装備:
『流体パルス・アクセラレーター過供給型』
 ギャンの試験に使われている最新型で、エネルギー過剰供給で伝達を向上。
高速で動作が可能かつ、出力が向上するが、放熱も高くなる。

『ルナチタン製ムーバルフレーム』
 軽くて剛性の高い金属で作られた内骨格。
人体にも似た動き、および人間には不可能な関節動作の元に成っている。
以前より軽くなった部分には、試作のマグネットコーティングと、補助機構に変更。

『フレキシブル・ベロウズ・リム構造』
 多重関節で関節が僅かに伸び、その複数連鎖で、大きく伸びる仕組み。
グリフォンは腕に二か所、足に一か所存在して居る。

『ルナチタン製クロー』
 軽くて剛性のある金属製の爪。貫手や手刀に使用。

『EXAMシステム:ジークフリート』
 ニュータイプの性質を利用した演算型コンピューター。
疑似人格を備えたAIに管理を任せることで、人間には不可能な管制が可能になる。
グリフォンは確かに強力であるが、有効に活かせるのはコレあってこそ。
 ちなみに今回は移動することが前提であったため、回収不能になる前に強制休眠モードに移行する。


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最後のEXAM

 連邦の北極基地をジオンの潜水艦隊が強襲。

重要機密を守って居たからこそだが、それゆえにHLVが脱出する。

 

「出迎えはまだか?」

「駄目です……既に撃破されています」

 だが用意された戦力は水陸両用機だけではなかった。

打ち上げられたHLVを、パトロール二科のヅダが補足。

 

 無傷で捕獲とは行かなかった物の、形の残る残骸を回収できる程度には余裕があったらしい。

 

「積み荷はガンダム・タイプだったそうだが、EXAM搭載型では無かったようだ」

「それは重畳。うちに与えられた依頼も無事に終了ですかね」

 キシリアに月面へ呼びだされたウツミは他人事の様に聞いて居た。

事前に調べていたので意外性はなかったし、博士の助手達に増産できるほどの才能が無かったというだけだ。

 

「……ニムバスがEXAMを褒美に欲しがっていてな」

「ジオンにもまだ一機ありませんでしたっけ?」

 カナダで三号機と相討ちとだけ聞いていたが、地上での決戦ともありニムバス大尉は生きていたらしい。

 

 とはいえウツミとしても流れを造って居た。

彼がこっちに勝負を挑んで来て、それを解決してスッキリ。

そう思っていたのだが……。

 

「例のHLVを潰したのは、さきの報告にあった部隊だ。没収する訳にはいくまい」

 だから代わりによこせ。

キシリアは暗にそう告げることで、問題を小さく抑えようとしていた。

 

 波風を立てずにグリフォンを買い取る。

ニムバスもメンツが立ち、二科は優秀な演算装置を残したまま。

企画七課も法外な金を手に入れて、八方丸く収まるのだから、これ以上良い話はない。

 

「代わりにうちから没収すると? 都合の良い話だなあ」

 だがウツミは平然とノーだと切り返した。

 

 だって彼は金など求めて居ないのだ。

楽しい勝負で遊びたいだけなのに、手札を売り払うデュエリトが居るものか。

 

「功績ってんならウチだって同じことでしょ。部下と外部の差というなら、第三者だから要求は難しいと伝えりゃいい」

「貴様……っ。無礼な」

 ありえない言葉だった。

部下だからこそ大事にして、外部だからこそ上に出ているのだ。

 

 それに高い金をつけるつもりなのだから、キシリアからみれば悪くない取引のつもりだった。

金額を口にこそ出してはいないが、常識で考えてジオニック社やツイマッド社相手に没収だけで済ませる訳が無い。

 

「今の言葉を咎め、強制徴収しても良いのだぞ? 総帥であればTYPE.J9の性能を知れば必ずそうするだろう。それを……」

 ギレンならばグリフォンの性能をしれば、確実にそうした筈だ。

企業風情に渡しておくにはあまりにも危険で、あまりにも惜しい。

 

 それこそ強制徴収し徹底的に研究させるだろう。

次世代機の為に必要なデータを集め、採算の獲れる範囲で高性能機を作らせたに違いない。

 

 だからこそ、キシリアは間違えた。

その考えに至ったのであれば、同じことをウツミ好みに修正すれば良かったのだ。

次世代機を作るために回収した後、アルベルト・シャハトにでも預けて、更なるスーパーマシンでも作らせればいい。

 

 その内の一機をウツミに渡すといえば、彼だって考えを変えたかもしれない。

 

「ボクぁーね。火遊びが好きだからマッチはいつでも用意してるんですが」

「ふん。私の内乱疑惑でもギレンに訴える気か? そんなものはどうにでもなる」

 ウツミが用意したのは古いデータ・クリスタルだった。

積層構造になったガラス構造に記録を刻み込むタイプのもので、宇宙世紀の始まりくらいまでは保存性と大容量から主流だったものである。

あえていうならば、一度か居たらそれっきり、上書きが不可能なのが欠点なくらいだろう。

 

 それを見たキシリアは鼻で笑っていた物だが……。

 

「ジョルジュ・マーセナスってなんで副首相で居られたんでしょうかね? 面白いと思いませんか」

「歴史の授業をするほど暇ではないのだがな。単純に手腕と血統だろう。それこそ歴史が証明して居るではないか」

 ソレは宇宙世紀でも流行っている、数多い七不思議の一つだった。

 

「血統。リカルドが初代首相に選ばれた決め手は、多民族の血を引いていることですね」

 初代連邦首相に就任した父親のリカルド・マーセナスは、30以上もの民族の血が入って居る。

もちろんそれだけではなく、財産もコネクションも相当な物だ。

だからこそ首相に成れたのだし、息子のジョルジュが新しい首相として、爆破事件の後で混乱を収める一助に成ったのだろう。

 

「それがどうした。それとも貴様。リカルドから名前をもらったマーセナス家の一員だとでも言うのか? リチャード・ウォン」

 リカルドはスペイン読みで、リチャードはイギリス読み。

そんなジョークを交えながらキシリアは苛立ちを抑えた。

 

 ウツミがカンに触るのは何時もの事だが、そんな物は上に立つ者として無視する事が出来る。

我慢ならないのは、彼が一向に話の見えない事を言って居るからだ。

 

「冗談はやめてくださいよ。ボクに父親殺しの趣味はありません」

「なん……だと」

 思わずキシリアは愕然とした。

兄であるギレンを追い落とそうと政争を繰り広げていることを、揶揄されたからでは無い。

 

 聞き捨てならないことを。この男は口にした。

今何と言った?

 

「ジョルジュ・マーセナスが……? 黒幕だったとでも言うのか……」

「まあ独裁国家に所属して居ると判らないのかもしれませんが、当時の倫理的に血族は大臣職を同時期に重ねないのが普通なんですよ。仮に推薦が出ても『普通ならば』対立派閥が潰します」

 愕然はいつしか呆然となった。

その間、キシリアは明晰な頭脳で必死に考えていたからだ。

 

 もちろんウツミの言葉が真実かどうかではない。

なぜこの男が口にしたのか、そして、自分にとってどう役に立つかだ。

 

「普通では無い、と?」

「はい。リカルド抹殺を折り込んで居たからこそ、他ならぬ対立派閥が推した。そういえばお分かりになりますか?」

 かなりのスキャンダルだった。

連邦がジオンに折れるほどの秘密ではないが、平時に公表されば揺らぐだろう。

 

 自信満々に言う以上は、何かしらの証拠があるのだろう。

もしかしたら、そこから派生する様な秘密も内包されているのかもしれない。

 

 いや、アナハイムの大きさを考えれば不思議でもなんでもなかった。

アナハイムは下請けメーカーだが、ほぼ全ての会社に納めている巨大企業だ。

逆の視点に立つのであれば、あらゆる企業が買い付けている主要品目だと言っても良い。

 

「その情報を元にアナハイムが今の地位を築いたと言うのか? そして、戦後も……」

「さて? その辺りはキシリア様が御調べに成る事かと」

 戦後、そう全ては戦後だ。

 

 今の戦争を適当な所で終わらせるとしたら、どうだろう?

それこそジオンの負けでも良い。地球の土地を大半を返しても良いだろう。

ザビ家が無傷とはいうのは無理としても、ギレンに押しつける形で無理やり和平を結ぶのが、一番良い形ではないか?

 

「確かにその証拠があるならば、EXAMなどに関わっている暇はないな」

「そういうことです。それじゃ、ボクはこれで」

 戦後になって連邦が急速に回復して行く中、突如スキャンダルに見舞われる。

もちろん大打撃を受けるだろうし、政財界は大混乱だ。

 

 だが、その事を知っているキシリアと、取引している連邦の派閥は話しが別だ。

今の派閥は積極的に和平に乗って来るだろうし、場合によっては他の派閥もこちらに引き込める。

和平の段取りを確実にして、そのことを材料にすれば、逆説的にジオン側の派閥工作も簡単に違いあるまい。

 

「待て! これはあくまで調べる為のものだろう! その証拠は幾ら出せば売ってくれる? 言い値で買い取ろう」

「戦争解決の手段まで聞いておいて、いきなり結論とは欲張りだなあ。……まあいいですが」

 ウツミが置いて行ったデータ・クリスタルは、宛先とナンバリングが刻まれた固有の物だ。

特定の相手にあてられた郵便物に近いもので、この中に証拠が入って居る筈がない。

 

 本命はどこかに厳重保存されているだろう。

ウツミはその場所を知って居るか、さもなければこのクリスタルと同じ様な、改変の効かない写しを所持して居ると思われた。

 

「相手は誰でも良いんですが、EXAM同士の勝負で勝てたら無料で差し上げますよ」

「お遊びで世界を左右すると言うのか? ……信じられん」

 ウツミと言う男はあくまで愉快犯だ。

世界が大混乱し、その元凶が彼だと言うならば笑って実行するだろう。

 

 しかし今興味あるのはEXAMを使った勝負……より正しくいえば負け越したマリオン戦の焼き直しなのだろう。

最後まで半信半疑のまま見逃すしかなかったキシリアだが、再生されたデータを見て信じざるを得なかった。

 

 それは宇宙世紀憲章を決める際の、根回し文章。

その最後の一文に見たことのない……だがニュータイプ論を推し進めるジオンには、無視できない一文が書き込まれていたからである。

 

 宇宙世紀憲章に関する見慣れない文章。

そんな物に意味はない筈だが、連邦政府を動かした。

それを決める為の根回し文章にも意味はない筈だが、キシリアは動いた。

 

 結局のところ、意味を決めるのは影の部分に価値を見出す者がいるからこそだろう。

 

「おやま。結局出て来たのはニムバス大尉か」

『キャディラック大尉の方に闘う意義が見出せなかったんでしょ』

 EXAMに意味を見出して居るのはもはやニムバスだけだ。

打ち合わせ通りに新型ムサイと、ギャンらしき蒼いモビルスーツ一機で訪れていた。

 

 こちらもムサイ一隻と、グリフォン一機。

双方共に監視員を連れて、一騎打ちと言うことに成っている。

 

『私もできれば御免こうむりたい所だけどね』

「付き合いの悪いことで。まあボクは決着が付けば、なんでもいいんだけどさ」

 ウツミとしてはマリオンの操るEXAM搭載機以上だと断言出来れば何でも良い。

モニカ・キャディラックに至っては、高性能な演算型コンピューターそのものは惜しいと思って居ても、EXAMそのものはむしろ手放したいくらいだろう。

 

 実のところタケオも同じ様な気持ちだ。

むしろ壊してマリオンが解放されるならば、積極的に無くなって欲しいとすら思えた。

少なくとも暗殺を警戒する為に、今の様にコソコソと隠れて護衛など彼女の望む所ではない。

 

「しかしタイプ・フィフティーンをちょっぱったのか。確か格闘用のテスト機にしたって聞いたんだけどなあ」

「MS-15KGギャン・クリーガー。射撃戦はともかく、相当な運動性能とは聞いてます」

 ニムバスの機体は開発を中止され、更なる次世代機のテストベットに成った筈だった。

それをキシリアの命令で取りあげたというか、ツイマッドとついていた話をそのまま流用したと言うべきか。

 

 ともあれ彼は白兵戦が得意なのだそうで、悪い相性では無いだろう。

他には蒼く染め上げた機体に、赤い肩のペイントと何度も資料を通して見なれたデザインである。

 

「しかし見慣れたパーツもあれば、見慣れないのもあるなあ」

「無理やりEXAM搭載した代わりにビーム系を外したんですね。それとイフリート改や二号機で見たパーツがあります」

 ウツミが首を傾げていると、つぶらな瞳の副主任が資料を引っ張り出して来た。

大部分はジオン製だが、幾つかは連邦製と言う訳だ。

 

 もちろん技術の統合が出来て居れば、ソレが悪い訳ではない。

ウツミだってそうして居るし、得られた技術そのものは流して居るので、独自に改良でもしたのだろう。

 

「まあ強ければなんだっていいさ。それよりバドは?」

「マリオンが寝てから既に待機中ですよ。今度こそ起こしてやるんだと息巻いてます」

 あれからEXAMの数が減り、起きている時間はずっと多くなった。

それでもマリオンは時々不意に眠ることがあり、それがジオンに残ったEXAMの影響であると推測されている。

 

『でも……バドはマリオンと出逢ってから良い方向に変わったわね』

「仲良くなるのはいいけど、うつつを抜かして無いだろうねぇ」

 ウツミは嫌な顔をしたが、対象的にタケオはくすっと笑った。

 

 バドは食うや食わずの生活だったのが、人買いに買われて特殊な育てられ方をしたそうだ。

その影響もあって、才能はあるがどこか厭世的だった。

モビルスーツの操縦に関して天才的だが、もし負けて死んだとしても構わない様なところがあった。

 

『大丈夫よ。その辺は貴方と同じでグリフォンが最優先だから。単に帰ってくるところが来たってとこじゃないかしら』

「だと良いけど……っと、そろそろ始まるようだ。イザと言う時は頼むよ」

 ウツミは適当な所で話を打ち切ると、タケオが隠れているということになっている暗礁地帯にウインクを送った。キシリアが暗殺者を隠して居る場合も同じ場所だろう。

勝っても負けてもそこそこの情報を渡す気だが、もしキシリア機関が無茶をするならば彼女が割って入る予定になっている。

 

『気易く言うわね。歴史の裏側を聞かされて、私がどれだけ驚いたって言うのよ。しかもアナハイムが関わってるだなんて』

「正確にはうちの『会長』さ。この辺で戦いは幕にしたいんだと」

 VIPの中でも世界を動かす諸侯(シャフト)と呼ばれる最重要人物たちが居る。

機械のメインシャフトになぞらえたのかもしれないが、いずれも世界を動かす力がある。

ギレンやキシリアもその一人だが、ウツミの背後に居る連中もそうだった。

 

「本来、コロニー落としは十数其だったとか言われて信じられるかい? そんな未来を変える為にボクらは派遣されたのさ」

『それこそ眉唾じゃない? こっちも準備に入るわね』

 連邦政府の裏話とは別に、ウツミのスポンサーは別の情報を手に入れたらしい。

どうやら相当にハイレベルな情報機関や、あるいは占い師が存在するだ言う話である。

本当かどうかは知らないが、未来を知って居るとまで言われていた。

 

 とはいえ、そんな話は今から行われる戦いには関係ない。

パンドラの箱もシャフトも別次元の話。デュエリスト達にとって、重要なのは闘いだけだ。

 

「ヅダtype.J9『グリフォン』出るで!」

「ニムバス・シュターゼン。ギャンリッター、出る!」

 けたたましい音を立てて、二隻のムサイ周辺からノズルフレームの光が上がった。

 

「マリオンを返してもらおうか!」

「お姉ちゃんはボクと遊ぶんやからな!」

 二機は回転しながら同一宙域に侵入。凄まじい速度で戦闘が始まった。

意外なのはギャンクリーガー……ニムバスが言うところのギャンリッターの速度だ。

 

「あれは水星エンジン? ロックの問題が解明されたとは聞いてるけど」

「一定以上最大レベルで加速すると、効率の良いモードに切り替わるだけだったらしいですよ」

「宇宙戦闘機から切り替えた悪影響ですかね。急遽載せたコンピューターじゃあ、モビルスーツとの差を理解できなかったんでしょう」

 改めて出力調整の命令を出す時には、以前から残っている加速の命令が残っている。

だから変更は聞かないし、出すとしたら逆方向のノズルで相殺を掛けるべきだったのだ。

 

 いや、それ以前に、コンピューターがカテゴリーの差……。

加速でのタイムスパンの差だとか、耐久性の差を理解できていれば違っただろう。

宇宙戦闘機にとって当たり前の加速時間、当たり前の耐久値だと判断したまま、ずっと加速していただけ。

正確に言えば命令を出したまま、次の命令で減速する構成になるらしかった。

 

「それにしたってさ、アレって旧型だろう?」

「技術が必ずしも進歩するとは限りません。水星エンジンは20m以上なら最適だったんです」

「それを16m前後に無理やり抑えたんじゃ、矛盾も出ますよね」

 ようするに向こうのエンジンは、大型化が進むモビルスーツならば問題無い。

むしろ小形であると言う前提に設計しなおされたエンジンよりも、効率が良いらしい。

もちろん現在の技術で進歩した部分で、向こうに取り入れられる技術があれば取り入れているだろう。

 

「ジムがルナチタニウムじゃないみたいなもんかね? ここは良い勝負になると見ておこうか」

「あのエンジンが活きるのは宇宙です。だからこそ愉しめると思いますよ」

 どっちの味方か判らない発言をしているが、元もと彼らはツイマッドの技術者だ。

今ではウツミの部下……というよりは共犯者になっているが、ヅダ本流の技術が出て来て興奮して居るのだろう。

 

 そんな他愛ない話をしている間にも、戦いは進んで居た。

ギャンリッターは二本のヒートソードを抜刀! 翼のように広げて飛び込んで来る。

対するグリフォンは無手のまま、これは機動性を限界まで上げる為なので何時も通りの姿だ。

 

「小僧!」

「ええ大人が!」

 サーベルによる斬撃を手で逸らす。

急に無手に成ったのならば慌てる所だが、何時も通りゆえに気負いもてらいもない。

 

 とはいえソレは相手も承知。

逆方向から二刀目が迫り、それをなんとか肘で叩き落とす。

 

「今度はこっちや!」

「そんな曲芸なぞ!」

 グリフォンが近くのデブリを踏み台にして、三角飛びからのライダーキックを放った。

ギャンはサーベルをxの字状にして防ぎ、余波で足の装甲が裂けるが、ただのカスリ傷だ。

 

 どちらかといえば受けと得たギャンの方が、腕に負担が掛って居るだろう。

宇宙では慣性で勢いがそのまま威力の向上に繋がる。

スピードをそのまま上乗せするスタイルの攻撃ならば、格闘と言えど決して威力が低い訳ではない。

 

「だがしかし! リーチの差はなんともな!」

「そんなんスピードでひっかき回したるわ!」

 流体パルス・アクセラレ-ターとマグネット・コーティングは同じ物。

あえていうならば白兵戦にセッティングされたギャンリッターと、格闘戦に主眼を置いたグリフォンの差だ。

 

 当然ながらサーベルの方が長く、威力は高い場合が多い。

逆に格闘の方が小回りが利き、威力は低いが速度差で強化できる。

ギャンの方が構造がゴツく耐久性があるが、内蔵機材へのダメージまでは分散しきれていない。

 

「こいつはどや!」

「ふん。甘いな!」

 肘打ちによって旋回半径は1から0.8以下へ。

僅かな筈の誤差が致命的になるが、ニムバスは距離と移動方向を調整して減衰させた。

 

 更なる内側に回り込まれたらグリフォンとてダメージを伝え切れない。

本来であればソレは格闘の間合い。ギャンが選ばないと思って居た戦い方で、むしろグリフォンの方がサーベルの威力を殺す為に使うオプションだと言える。

 

「はっきり言ってやろう。貴様には経験が足らん」

「ボクかて目いっぱい練習しとるわ!」

 間一髪を巧みに避けるデットorアライブ。

平然とニムバスはグリフォンの間合いに侵入し、最低限の間合いを取ろうとしたところで、切り返される。

 

「だから甘いと言って居る! 戦った回数が違う。死闘を繰り広げた回数が違う。何より……」

「んなアホな! ボクが格闘戦で押されとる!?」

 今度は逆にニムバスが裏拳ぎみに剣撃を放って来た。

慌てて避けるが圧倒されたのは間違いがない。即座に二本目が一本目の上から押し付けられて来る。

 

「戦いに掛ける信念が違う! 子供の遊びとは違うのだよ!」

「がっ!? 一本犠牲にやと!?」

 恐るべきことにニムバスは、一本目のサーベルの上から二本目を叩きつけて来た。

当然の様にサーベルは半ばから真っ二つに。

一本目はナイフのようにグリフォンの腹を抉り、二本目が危うく肩口に直撃しそうになった。

 

「ふはははは! EXAMによって裁かれるがいい!」

「やられるかい!」

 なんとかヘッドバッドの要領で打ちつけ、ノズルも吹かせて反動で押し戻す。

始終有利に立つニムバスだが、まさかEXAMのある頭部を犠牲にするとは思わなかったのだろう。

さすがに予想できず、倒し切れなかった。

 

「どういうことだい? バドはEXAMを使ってないのか?」

「とっくに使ってますよ! ……多分、EXAM込みで機体運用の差でしょうね」

 髭面の技術主任はウツミの癇癪に答えながら、画像を編集し始めた。

メインモニターに二機の動きを編集し、簡単な軌跡を表示する。

 

 直線はともかく、曲線・8の字・ジグザグ軌道などはグリフォンの方が速い。

いずれも加速・減速によるレスポンスもこちらが上だ。基本的にスピードでは負けて居ないのである。

 

「数値では負けてないどころかこっちが上です。もし地上だったら圧倒してたでしょう」

「ならなんで勝てないのさ?」

「向こうが格好良く勝つ気が無いからです」

 それは単刀直入な結論だった。

はっきり言って、ウツミには欠片も理解できないが。

 

「最低限の防御が出来ればいい、クリーンヒットさせなければいい。最後に立って居るのが自分であれば良いという考え方ですね」

「カウンター主体で、攻撃は当て逃げって事?」

 もし格闘技の試合であれば積極性が合ないと言う理由で減点だろう。

大仰なカウンターで一撃決着を望んで居ないからこそ、バドもカウンター気味だとは気が付かない。

 

 あえていうならば、そこも含めて計算して偽装して居る筈だ。

おそらくはバドからみて、自分が上手いから攻撃の手を潰した、上手く立ち回って抑えていると思って居ると思われた。

 

「EXAMの方も相当な負担をさせている筈です。反動軽減とか全部捨てて、ダメージカットだけさせてるのかと」

「バドはあまりジークフリートに無茶させていませんからねえ」

 人間の思考を元にしているだけに、マリオンへの負担も心配されている。

それに他人に力を借り乗るのが嫌いなバドは、AIに専門的な仕事を任せていた。

 

 言うなればバドとAIが二人三脚で、それぞれの能力を活かしながら最善を探して居るのだ。

相手への助言はするが、担当に口出しはあまりしない。

もしかしたらAIは演技に関して助言するかもしれないが、バドが言う事を聞くタイミングを測って居るだろう。

 

「対してニムバス大尉は徹頭徹尾、EXAMを自分の踏み台にして居ます。壊れても構わない、壊れないように気を使うのではなく、自分の為に壊れるのが幸せだとでも告げているかもしれません」

 どちらが良いと言う訳でもない。

単にニムバスが今の状況に持ち込んで、自分の経験を活かして戦って居るだけだ。

そういう意味で、経験値の少ないバドが苦戦して居ると言っても良いだろう。

 

「相手の土俵に上がってしまった結果、特化型のグリフォンが総合型の格闘になっちゃってるってことですね」

「しかも相手はレスラーとは言いませんが、ヘビー級レベルくらいには耐久値が高いですから」

 だから勝つには考え方を変えるしかない。

恰好良く勝つのを諦めて、フェイントから組み付いてデブリにぶつけるくらいのことは必要だ。

 

 だがそれではこの戦いを挑んだ意味が無い。

ちゃんとした勝負で正々堂々と戦って勝つ。そうしないならば負けた方がマシだと言える。

 

 しかしバドは別の考えに至ったようだ。

考え方は変更するが、恰好良い勝ち方は捨てない。

自分の土俵に持ち込んで、技のデパートとでも言うべきバリエーションを見せ、舞い踊る様に動き始めた。

 

「私が最もEXAMを上手く使えるのだ!」

「……それがどうしたんや!」

 グリフォンがカカト落としを掛けた。

ノズルを吹かして高速で一回転。ニムバスはそれすらも見切り、アームブロック。

即座に折れてない方のサーベルで追い討ちに掛った。正面に態勢を戻すところを狙う。

 

 だが、逆転はここからだ。

なんとグリフォンは態勢を元に戻さない。

カカトを軸にもう一方の足をからめ、腕を手首に這わせる。

 

「モビルスーツで関節技だと!?」

「へへーん! それは囮や!」

 咄嗟に抜こうとしてしまった手を諦め、折れているサーベル周辺に足をからめた。

手を抜き切れずにサーベルから手を離し、指先の保護をしてしまう。

本来であれば、手など捨ててしまって鉄拳攻撃でも掛けるべきだったろう。

 

 それをしなかったのは、単純にニムバスに関節技の経験が無かったから。

より正確には、ギャンで関節技に対処するなどと思いつかなかったからだ。

 

「だが足はもらった!」

「足なんかくれたる!」

 斬り払いがグリフォンの片足をとらえる。

だが残りの足が繰り出され、上下左右の正対状態を無視してストンピングを掛けた。

 

 当たったのはギャンの顔面。

EXAMのある頭ゆえに弱点であるが、同時にそれは、ニムバスを別の意味で刺激した。

 

「貴様! 騎士の顔を足蹴にするとは!」

「いまどき騎士も戦士もあるかいな!」

 威力としては大したことはないが、顔への攻撃は色々な意味で大きかった。

メインカメラを傷付けたのもさることながら、ニムバスの余裕を打ち崩した。

 

 そもそも三次元座標くらいならともかく、上下左右の正対まで捨てる等とは思わない。

天頂方向や天底方向からの攻撃くらいは予想できるが、斜め下から上を正面だと判断して攻撃してくるなど思いもしなかった。

 

「ANUISU、いやマリオン! サブカメラを使ってメインカメラの補正を行え! 正対位置の差による誤差修正もだ」

『イエス・マスター』

 ここでニムバスは指示を間違えた。

自らの能力を最大限に発揮する事を前提に、EXAMに再設定をさせたのだ。

 

 しかし考えて見てほしい。

上下逆転して縦横の概念が変わったくらい、どうと言う事があるのか?

さっきのストンピングだって、カカト落としとどれほど違うのだろうか?

なまじ便利な演算機があるだけに、相手も同じことをして居ると判断したニムバスはソレに頼ってしまった。

 

「なんぞこうゆう技なかったっけ?」

『カポエラです。ジャブローよりも南で流行った、踊る様な蹴り技かと』

 確かに同じ事をして居た。

だがやり方が徹底的に違うところがあるとすれば、コレはいつもの延長であった。

 

 ニムバスは奇をてらった攻撃をしたと思っているが、バドは暇さえあればこんな馬鹿な事をやっていた。

少しでも面白い戦法を編み出す為に、誰もが思いつかない戦法を考えて良く失敗して居た。

ソレは思いつかなかったのでは無く、機械がやるべきではないからやらなかったのだ。

 

 そのたびに機体を壊し、怒られながらグリフォンを操った。

 

 だからこれは何時もの延長。

データを呼び出して補正して居るだけで、ギャン側ほど負担を掛けてはいなかったのである。

 

『マスター。相手の動きが変わりました』

「よっしゃ! 邪魔に成った場所を切り離しぃ。少しでも軽うなって圧倒するんや」

 ニムバスは自分とこちらの動きを補正し、相互の有利不利を消そうとした。

バド達は今の一撃を補正し、少しでも良い技になるように、体のバランスをそのたびに変更した。

 

 あえていうならば、その差だった。

マイナスを減らす修正と、プラスを増やす修正。

 

先ほどはニムバスが自分の経験を活かして、自分の土俵に上げた。

今回はその逆、バド達が自分達の経験を活かし、自分達の土俵に上げたのだ。

 

 付け加えるならば、あちらのANUBISUは完全にサポートしかしていない。

だが、こちらのジークフリートはバドと二人三脚で経験を積んで居る。

道具として機能して居るのは同じだとしても、チームの為に活動しているのは片方だけだった。

 

「ボクらの勝ちや!」

「馬鹿な。私は……騎士の筈だ!」

 グリフォンは回し蹴りの途中でサーベルを腕で受け、これを分離(パージ)

片手片足になったが、さらに足の構造を伸ばしてL字に近い状態で蹴りを浴びせた。

体のバランスは翼のノズルで補い、強引に頭部を狙う!

 

 最大限まで加速された回し蹴りが、最も危険な角度でギャンに突き刺さったのだ。

それだけならば大したことはない、さきほどのカカト落としの方が流麗なくらいだ。

だがそれで十分、頭部のみならず上面装甲を破壊した。

 

 この状態で勝っても、スッキリした勝利だと第三者が言わないかもしれない。

場合によっては第三者を装って、グリフォンのEXAMを狙うかもしれない。

そんな事態に備えて、ウツミは余計な機能を付けていた。

 

「アイム・ウイナー! チャンピオンは変形して凱旋や!」

『正確にはトランスフォームではなく、ただの分離(パージ)です』

 グリフォンは残った手足も切り離すと、翼を広げて頭の角度を調整。

生残っているノズルを一点に向け、まるで飛行機の様な形状を装うと、宙域を脱出して行ったのであった。

 

 こうしてEXAMを巡る戦いに終止符は打たれた。

AIの能力確立を終えればウツミ達もEXAMも不要、やがて破壊する事でマリオンも目覚めるであろう。

 

『マス、ター。限界で・す。脱出し……』

「おのれウツミ! いずれ私のプライドを傷付けた報いを。受けてもらう!」

 だがジオンの騎士様は終わらない。

宇宙世紀の秘密を知ったキシリアも彼を支援するだろう。

悪逆非道のウツミを打倒し、浚われたままのマリオンを救う彼の旅は続いて行く……のかもしれない。




 と言う訳で最終回です。
一回で終わらせようと思ったので時間が掛りましたが、今思えば二話・三話に分けても良かったかも。

 EXAM事件に方を付けつつ、レイバー最終回時にイングラムが経験値でグリフォンに勝ったシーンをネタに入れて見ました。
ニムバスがそれを実行して経験値を活かし、この世界のグリフォンも成長していたから、なんとか勝てた感じですね。

 ラプラスの箱に関しては状況を造るブラフとして使用して居ます。
ウツミやテム・レイが技術を左右出来た・暗躍してきた理由付け?
他のガンダム物を書く時はできるだけ踏みこまないようにしていたのですが、今回は扱い易かったのと『凄い秘密を博打のネタに使う』というのはウツミさんなら平然としそうなので、組み入れた感じです。

・ニムバスの最終モビルスーツ
 蒼いアレックスを奪う・またはニムバスが前回負けているという展開も良かったのですが、他のゲームにデータだけ登場する機体を持って来ました。
ギャンEXAM搭載機とギャンクリーガーなのですが、ここではそれを混ぜた感じですね。

・水星エンジンのロック
 原作では特に理由が語られておらず、放置されていただけかもしれません。
とはいえせっかくなので、高性能AIに自己検出させたら、簡単にバグが見つかったという話にしてみました。
 ロックが掛っているのでは無く、効率化モードがオンになっただけ。
解除できないのではなく、前の命令は既に実行済みだから。
ロジックを見直して自分はMSだと認識させたコンピューターを使うか、エンジンのタイムスパンを変更。
そんなことをしなくとも、止まるだけなら逆方向推進で減速できると言う感じですね。

ともあれ、この話はここで終わりです。
最後までご覧下さり、ありがとうございました。


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