ランス10 - エールの旅はまだまだ続く(2部後) (鳩ぽっぽー)
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エールの日常
魔王討伐の冒険が終わり、暫く経ったある日のこと。
あなたはかつてのように母とのんびり、静かな日々を過ごしていた。
「エール、起きなさい。朝ですよ」
眩しい日差しと小鳥のさえずりが聞こえてくる部屋のベッドで、あなたはもぞもぞと体をよじらせる。
母の気配が近づいてくるのを感じる。
ぽかぽかとあたたかい母の声は、より一層の眠気を誘う。
<もうちょっとだけ・・・>
そうだ、こんなに眠いのは母が悪い。
まどろみの中で身勝手な決めつけをしつつ、再び眠りにつこうとする。
「夜更かしをしていた悪ーい子がいますね」
そして母クルックーはあなたの耳元まで顏を寄せ、こう呟いた。
「―――今日、あなたの父が帰ってきますよ」
ばさっ!
長く艶やかな栗色の髪がふわりと舞う。
あなたの瞼は瞬時に覚醒した。
・・・・・・
・・・
「エール。サチコさんのお店でパンを買ってきてください」
はーいと返事をしながら、とてとてと軽快な足取りで家を出る。
今日は天気が良い。気分もより晴れやかになる。
近所に住むサチコは、パン屋を営んでいる。
あなたが物心ついた頃からよく一緒に遊んでもらい、時には母の代わりに稽古をつけてくれていた。
あなたにとって彼女はもう一人の母のような存在であり、「サチコおばさん」と呼び慕っている。
店の前に着くと、焼きたての芳ばしい香りが食欲をそそる。
最初は趣味でパン作りの教室をやっていたそうなのだが、近隣の街にまでその味が広まったのが、店を持つ決心のきっかけとなった。
そして更に、あなたが旅から帰ってきた後に教えてもらったことがある。
実は15年以上も前から今に至るまでガードとして母の護衛を務めていたというのだ。
なるほど、強いはずだ。
あなたは旅に出るまで一度もサチコとの稽古で勝てたことは無かった。
そのため驚き以上の納得を得ることができた。
それほどに彼女は強かった。
「エールちゃーん!」
いつもの明るい笑顔でこちらに手を振るサチコの姿が見える。
窓越しで声こそ聞こえないものの、普段の言動からそう言っているのが分かる。
母と年齢が近いだけあり相応の大人であるはずなのだが、その笑顔から覗く八重歯が、彼女をいつまでも可愛らしく、快活な少女のように見せる。
元気な人だなと、あなたは改めて思う。
そう、例えば昨日のこと―――
ドン・ドエススキーという小説家の新刊発売記念講演がCITYで行われた。
彼のファンであるサチコは、少し遠出であったものの店を臨時休業にしてまで足を運んだ。
特に予定の無かったあなたはサチコに付いて行くことにした。
会場に辿り着くと、サチコは辺りをきょろきょろと見渡す。
すると目当ての人物を見つけたのか、一人の女性に駆け寄り大きく手を振った。
見たことのない人だ。
大きな丸渕メガネに三つ編みのおさげ。そして、少しサイズが大きいであろう飾り気の無い服装に、いかにも文学少女といった印象を抱いた。
「あー、ハウゼルさん!やっぱり来てたんですねー!」
「サチコさん。ご無沙汰しています。それにエールさんも。お久しぶりですね」
ハウゼルと呼ばれた女性はにこりと微笑む。
あなたはそのやりとりに一瞬理解が追い付かなかった。
しかし外見に変化はあれど、すらりとした可憐な佇まいや透き通るような上品な声音はあなたの知っている魔人ハウゼルのそれであった。
このような場所で再会できるとは微塵も思っていなかったあなたは、とても喜んだ。ハウゼルの頭に何か乗せたかったが、生憎と何も持っていなかった。
あなたは彼女が被っていた耳付きのフードをサッと奪い、自分が被っているフードと取り替えっこするなどしてハウゼルでしばらく遊んだ。
年相応に戯れるあなたを見る彼女の瞳は、とても優しいものだった。
「あれ?そういえばハウゼルさん、あのおかしな口調はやめたんですか?」
「あ、あれはその・・・完璧な変装のために仕方なくですから・・・。今は魔人ではないので、お陰様でそこまでする必要は無くなったんですよ」
しばらく二人の会話を聞いていたあなたは、ハウゼルの意外な一面よりも、サチコに対する驚きを隠せなかった。
今までは、母の親友であり近所の腕っぷしが強いおばさんくらいの認識であった。
それが魔人とも仲が良いとあっては、あなたの中でのサチコの評価が、『もしかして実はすごいおばさんなのでは』と格上げされるのも無理のないことだろう。
後で根掘り葉掘り聞いちゃおう。
あなたはそう思った。
そうして講演会終了後。
子供顔負けに興奮気味のいい大人が二人、そこにはいた。
「はぁ・・・ザナゲスサーガー600巻目という記念すべき節目・・・」
「ドエススキー先生の講演も今まで以上に熱が篭もってましたね」
「ええ。それはもう、幸せなひと時でした」
「ほんとーに、すごかったですよねー」
二人の瞳が少女のようにキラキラと輝く。
「今回新たに追加された英雄譚に既視感があって、ずっと気になってたんですけど、やっぱりパットンさんがモチーフだったんですねぇ」
わいわいがやがやと。
近所のおばさんと元魔人が仲良く談笑している。
あなたはとても不思議な光景を見せられていた。
ひとしきり感想を語り合っているうち、陽も隠れ始める頃となっていた。
「もうこんな時間ですか・・・とても名残惜しいですが、私はそろそろ失礼しようかと思います」
「わたし達もそろそろうし車に乗らないと、帰りがだいぶ遅くなっちゃいますね。残念ですけど・・・」
そんな二人を見て、あなたはふと閃く。
<女子会をしよう!>
それは、かつての姉妹たちとの旅の記憶から呼び起こされた発想だった。
「女子会・・・ですか?」
ハウゼルとサチコをあなたの自宅へ招待し、遅くまで語り合おうという提案である。
次はいつ会えるか分からないハウゼルと、もっと遊びたいという本音もある。
「あ、それいいかも。ついでに泊まっていっちゃいましょうよ!」
「それはとても魅力的なお話ですが・・・突然お邪魔してしまってご迷惑になりませんか?」
母もきっと喜ぶと伝え、三人仲良くうし車で帰路についた。
「おかえりなさい、エール。遅かったですね。あら・・・」
家の扉を開けたあなたに続く二人のうち、片方の姿を見て、クルックーはほんの僅かに驚きを見せる。
「クルックーさん、こんばんは。先日はお世話になりました。それからこんな遅くに、しかも突然お邪魔してすみません・・・」
しばしば恐縮するハウゼル。
あなたは母に、お泊り会をしたくて二人を招待したことを伝えた。
「ふふ。こちらこそエールが無理を言ってごめんなさい。歓迎しますよ」
そうして、クルックー、ハウゼル、サチコ、あなたという、一見奇妙な4人パーティによる賑やかな食卓が始まった。
寝る支度を終えてからも、珍しい客人に興奮気味のあなたは暫く楽しい時を過ごした。
しかし終わりはいつか来るもので、気付けば日付を越えて丑三つ時を迎えていた。
うとうと。
もっと起きていたい。
そう思うあなたであったが、無慈悲に襲いかかる眠気に逆らうことはできなかった。
ハウゼルは眠りについたあなたに布団を被せ、暫くその無垢な寝顔を見つめていた。
こんなにも平和で素敵な時間を与えてくれたのが、目の前にいるまだ13歳の小さな女の子。
年端もいかない子が、対魔人というハンデがありながら何度も立ち向かってきた。
とても強かった。
強く、優しく、明るく無邪気で。
この子の父親のように。
<すぴゅるるるる・・・>
寝息までそっくりだ。
ハウゼルはふと、CITYに向かう途中で偶然再会したランスを思い出す。
彼女の中で様々な想いが巡る、そんなひと時であった。
母の朗報により飛び起きた時、既にサチコとハウゼルの姿はなかった。
なんと二人は夜通し語り合っていたらしい。
母が起きた頃、お礼を言って家を後にしたようだ。
寝すぎたのが悪いのだが、別れの挨拶くらいはしたかった。
ちょっと寂しい。
でも昨日は楽しかった。
また会えたらたくさん遊んでもらおう。
あなたはそう思った。
そして今ここにいるのは、一睡もしていないにも関わらず、元気なパン屋のサチコおばさん。
いつものようにパンをいくらか買い終えると、「昨日のお礼だよー」と、去り際に山盛りのサンドウィッチを手渡される。
中にはピクルスがぎっしりと詰まっていた。
・・・・・・
・・・
今日のあなたはとてもご機嫌だった。
それと同時に、落ち着かない気分でもあった。
父が初めて家にやって来る。
到着が何時頃になるかまでは母も分からないそうだ。
どんな顔をしてお出迎えしよう。
最初になんて声をかけよう。
いらっしゃい?それともおかえりなさい?
こんばんはの方がいいのかな。
何も言わずにぎゅーっと抱きついたら怒られるだろうか。
なんだか少し緊張してきた。
そもそも本当に来るのだろうか。
ぐるぐるぐる。
どきどきしながら、まだかまだかと父の帰りを待っている間、あなたはふと魔王討伐を終えてから今までの思い出を改めて振り返っていた。
兄弟や姉妹たち、ロッキー、そして長田君との慌ただしくも刺激的な毎日。
それらをまるで昨日のことだったかのように思い出す。
楽しいことばかりではなかった。
命の危険を感じる事だって何度もあった。
それでも、今となっては全てが本当に心踊る体験だったと感じている。
母と過ごしていただけでは得られなかった、人生の宝ともいえる日々。
生まれて初めての、外の世界。
一日で語り尽くすにはあまりにも時間が足りない。
あなたは毎日のように旅先での出来事を母に話していた。
瞳を輝かせながら。
母はいつも微笑みながら耳を傾けてくれる。
母のこの表情が、あなたは大好きだった。
そうして大切な思い出を胸にゆったりとした日々を過ごしていたあなたであったが、次第にもやもやとした感情が湧いて出てきた。
旅立ち以前であれば当たり前だった母との毎日に、わずかな違和感を覚えたのだ。
そう、一言で言うなら、退屈。
今まで持ち得ることのなかった感情。
あなたは知ってしまった。
外の世界を。
もっと知りたいと思った。
きっとまだ沢山あるであろう未知を。
また刺激的な冒険をしたい。
みんなに会いたい。
そして何より、父に会いたい。
そんな気持ちが妙に膨れ上がっていく。
あなたにとって父とは本来最も恐怖する対象であった。
重傷を負わされ、初めて本気で死を覚悟した相手。
見せつけられる圧倒的すぎる力。
押し潰されそうなほどの殺意。
ただひたすらに怖かった、殺されると思ったあの瞬間。
しかし魔王の血から解放された父は、それまでのことが嘘だったかのように陽気で。
正気に戻った父が子供たちの顔を見にきた時、あなたはどんな顔をすればいいのか分からず、ただただ眺めていた。
父の視界に入るのが何だか恥ずかしかった。
その時には、不思議と恐怖の感情は無くなっていた。
ただ話をしてみたかった。
それは、強い興味。
母や姉のリセット、それにこれまで多くの英雄たちが一人の人間を救うために長い年月をかけて多くの犠牲を出してきた。
皆が救いたいと願ったその人間こそが、あなたの父なのだ。
いったいどんな人物なのだろう。
あなたは人と仲良くなる方法を旅の間に会得していた。
母へのお土産にと拾った貝殻を懐から取り出し、ぽんっと父の頭に乗せた。
父は驚き、たくさん頭を撫でてくれた。
たくさん褒めてくれる優しい父の姿がそこにはあった。
湧きあがったのは、気恥ずかしさと、温かい気持ち。
やはりこの人は自分の父親なのだ。
その実感を初めて得られた気がした。
抜けきらない緊張からか惚けたような表情になってしまっていたが、あなたは父の笑顔が自分に向いていることをとても心地良く感じていた。
少し強引だったり自分勝手だったりもすることも分かったが、それ以上に優しく、そして、とてつもなく強い。
わずかな触れ合いではあったが、魔血魂という強大な敵との戦いを経て、その大きな背中をあなたは強烈に感じ取ることができた。
旅を終え、自宅に落ち着いてからは、魔王になる以前の父のことを何度も母に訊ねた。
一つの場所に留まれない自由な冒険家。
総統閣下という誰もが成し得なかった偉業を達成し、世界を救った英雄。
そしてその隣には、いつも必ず、一人の奴隷がいること。
あなたもほんの少しだけ言葉を交わしたことがある。
とても優しく可愛らしい女性。
奴隷と聞いて、確かに父の彼女に対する扱いが少し雑だった記憶はある。
しかし何故だか、とても幸せそうだったとあなたは感じた。
それに、氷から出てきた彼女を強く抱きしめ告白する場面もあなたは見ていた。
それは奴隷ではなく恋人というものではないのか?
疑問はあったが、母に訊くのはなぜか憚られた。
ただ、きっと素直じゃない人なんだろうなと。
色恋に疎いあなたなりに察した気になっていた。
そうして父のことを知れば知るほど、もっと気になっていく。
次はいつ会えるのだろうか。
しかし、父であるランスは自由奔放で所在が掴めることの方が稀だと母は言う。
母と過ごす日々は好きだ。
しかし、それよりも大きな感情が日を追うごとに心の中を占めていく。
あのワクワクドキドキする体験をまたしたい。
今度は父と一緒に旅をしてみたいと。
そんな想いが募っていく中、ある日あなたにとって驚くべき出来事が起きた。
今から数日前のこと―――
「郵便ですよー!」
活発な女の子の掛け声とともに、桜色で彩られた便箋が届いた。
宛先はクルックー・モフス。母宛ての手紙だ。
ちょうど食事の支度をしていた母にそれを手渡し、その場で封を開ける。
そこには綺麗な文字で。
『クルックーさん、お久しぶりです。何も言わずに旅に出てしまってすみません。少し落ち着いてきたので、近いうちにランス様とそちらに伺いますね。エールちゃんにもよろしくお伝えください』
といった丁寧な内容が綴られていた。
まさかのサプライズに、あなたはぴょんぴょんと跳び上がって喜んだ。
「よかったですね、エール」
いつものように微笑みながら語りかけてくる母も、心なしか普段より嬉しそうな表情なのが分かった。
そして、今日。
あなたは父の帰りを心待ちにしている。
太陽はとうに真上を通り過ぎていた。
コンコンコン。
扉がノックされる。
家事を手伝っていたあなたは、それを途中で放り出し急いで玄関に向かう。
そのままの勢いで開けようとしたが、直前で手が止まる。
一呼吸置く。
よし。
ゆっくりと開ける。
そこにいたのは、あなたが想像していた人物ではなかった。
「あら、お久しぶりね、エール。こんにちは」
まるで喪服のように真っ黒のドレスを着た女性。
神秘的な銀の髪に特徴的な十字の眉。
期待と違い少し残念な気持ちにはなったものの、また別の嬉しさがこみあげる。
あなたは挨拶もそこそこに、目の前の女性の安否について尋ねた。
「ふふふ・・・見ての通り、しっかりと脚もついているわ」
「心配してくれていたのね。本当に優しい子」
なでなで。
あなたは嬉しくなって、ぎゅーと抱きついた。
最後に彼女を見たのは、下半身から下が無くなった状態で母に引き摺られて帰ってきた姿だった。
「エール、母はこの人を山に捨ててくるので夕飯は少し待っていてくださいね」
ずるずるずる。
「少し痛いわ。優しく運んでくれると嬉しいのだけれど」
「そのまま上半身も消滅してもらっていれば死ねたかもしれませんよ?」
「そうね、もったいないことをしたかも」
ずるずるずる。
普通の人間であれば即死しているだろう。
しかし彼女は全くといっていいほど痛がる様子は無い。
「今からでもお願いしてきましょうか」
「きっとランス君に止められてしまうわ」
ずるずるずる。
世界にはまだまだ知らない不思議なことがあるんだな。
そんな感想を抱きながら、シュールな光景を見送ったのが最後の記憶だった。
「エールから離れてください、アム・イスエル」
回想を終えると、いつのまにかすぐ後ろに母がいた。
「この人はとっても危ないので近付いてはいけませんよ」
今まで何度も言われてきた言葉。
駄々をこねても仕方ないので抱きついていたアムから離れる。
実際に危ない目に遭ったことは無い。
全てを包み込むような包容力を持つアムにあなたは不思議な魅力を感じ、懐いていた。
「酷いわ。私はこんなにも貴方達を深く愛しているというのに」
言葉とは裏腹に全く意に介していない様子。
これもあなたにとっては見慣れた光景。
「はぁ・・・それで、何をしに来たんですか」
「ふふ、そんなに邪険にしないで。私はどんな時も貴方の味方なのだから」
「殴りますよ」
いつのまに出してきたのか、母の手にはメイスが握られている。
母は彼女を相手にする時だけ表情が読めなくなるのだ。
嫌っているようだが、しかしそこまで嫌悪しているようにも思えなかった。
「そうね。まずは私を介抱してくれてありがとう、モフス司教」
「邪魔なので捨てただけです」
「ふふふ。それでね、私を安置してくれていた山の麓にある村なのだけど」
「あなたまさか・・・」
「ううん、前に暫く自粛すると言ったでしょう?ただ・・・」
少しだけ間を置いて。
「山賊に襲われていたわ」
「それを先に言ってください」
あなたを連れてすぐに家を出ようとする。
「もう大丈夫よ、ランス君が退治していたから」
それを聞いて今度はあなたが強く反応した。
すぐさま迎えに行ってくることを母に伝え、意気揚々と自宅を後にした。
が、すぐに戻ってきた。
一緒に行こうとアムに伝える。
「とても嬉しいお申し出だけど、家族の時間にお邪魔したくないから遠慮するわね」
あなたは少し残念そうにする。
「行ってらっしゃい」
なでなで。
これ以上誘う空気でもなくなったため、あなたは気持ちを切り替え再び父の元に走り出した。
「アム・イスエル」
「何かしら?」
「あなたには感謝しているところもあります」
しかし、と付け加え。
「あの子とランスに何かしたら許しません」
「くす、そうね・・・あの子があの子である限り、私は今のまま愛し続けるだけ」
「ランス君とあなたの大切な子。それは私にとっても愛おしい存在。いつかあの子が天命を全うするその日まで、見守り続けるわ。もちろん彼のことも」
あなたが走り去った方向を見つめながら。
「ランス君の子も、その子供も、さらにその子供たちも・・・。あなたが死んでしまった後は私に見守らせてちょうだい」
「・・・・・・」
「それじゃあ、少し遠回りして帰ろうかしら」
歩き出そうとしたその時。
「ちょっと待ってください」
呼び止めたクルックーは家の中に入り、少しするとまた出てきた。
「これを」
アムに手渡したそれは、今朝サチコの店でもらってきたサンドウィッチ。
一人分よりやや多めに包んだようだ。
「一応知らせてくれたお礼です」
「まあ、ありがとうモフス司教」
それは非常に珍しいことだった。
「嬉しいわ。ええ、とても嬉しい。私の愛が届いてくれたのかしら」
「違います。やかましいです。とっとと帰って下さい」
げしげし。
追い出された。
クルックーは心底嫌そうな顔をしていた。
そのままのんびりと歩き出したアムは、包みを胸に抱きながらサンドウィッチを一切れ取り出す。
ぱくり。
食事を摂るのはいつぶりだろうか。
「ふふ、美味しい・・・」
今日はとても素敵な日ね。
アムはそう思った。
一方、あなたは村の入り口まで到着。
かなりの全速力であった。
見渡してみると、所々建物や農作物が荒らされてはいるものの、おおむね無事のようだ。
この様子だと山賊は既に全滅したのだろう。
あなたはさっそく父を捜した。
入れ違いになっていなければよいのだが。
少し歩き回っていると、明らかに人が少ないことに気が付いた。
気になって村の中心部まで足を運ぶ。
そこには大勢の人が集まっていた。
そして、その中心にはあなたの父がいた。
村人は感謝と羨望の眼差しを彼に向けていたが、次第に戸惑いを見せた。
「おい、美女を早く連れてこんか。確かお前の娘と言っていたな」
話しかけられているのはこの村の長。
「も、申し訳ありません・・・それが先ほどから見当たらなくて・・・」
「なにぃー?嘘を付いていないだろうな!」
「は、はい。本当です・・・・・・」
「・・・・・・」
「なんか嘘っぽいから斬るか」
剣先を村長の眼前に向ける。
「ひ、ひい!」
「やめましょうよぉ、ランス様ぁ・・・」
「うるさい。とんでもなく可愛い子がいるというから助けてやったんだぞ」
すると一人の少女が人ごみをかき分け、長の前に立つ。
「お父さん、もういいの。私はこの人についていくわ」
そしてランスの方を向く。
「ランスさん。村を助けていただいたこと、感謝しています。どうぞ私を自由になさってください」
少女は真っ直ぐにランスを見つめる。
「なんだ、やっぱりいるではない・・・か・・・」
そこにいたのは、10代前半と思しき身体的にも未発達の少女だった。
顏は不細工とまではいかないが、決して可愛いとも言えない。
「これが・・・美人だぁ・・・?」
「え、ええ。いずれ美人になる可愛い愛娘です」
「がぁーん・・・」
ショックを隠し切れないランス。
「やはり叩き斬るか」
「ラ、ランス様ぁ、可哀想ですよぉ・・・」
「うるさいバカモン!これでは何のためにこいつらを助けてやったのか分からんではないか!」
何か揉めているのだろうか。
会話の内容をうまく聞き取れない距離にいたあなたは、ランスの傍まで駆け寄った。
ちょんちょん。
マントを軽く掴んで引っ張る。
「む?なんだお前。どこかで見覚えが・・・」
「あ!エールちゃん!」
ランスと、その傍にいたシィルがあなたを見て驚く。
「誰かと思えば俺様のガキではないか。どうりで可愛いわけだ」
何をしていたの?とあなたは質問した。
「むぐ・・・」
さすがのランスも自分の娘に正直に言うのは少々憚られたようだ。
「ほら、ランス様・・・エールちゃんもいることですし、もう行きましょうよ」
「むぐぐぐ・・・・・・シィール!!」
「は、はい!」
「今日は朝までセックスだ!覚悟しておけ!」
「えぇ!?」
何やらとばっちりを受けたようだが、ランスはそれきり何も言わず歩き出した。
「ところで・・・」
村を発ってしばらくして。
「エール、お前。いつまで俺のマントを掴んでいるのだ・・・」
「ランス様、懐かれてますね」
隣を歩くシィルはとても嬉しそうだ。
「ええい皺になるではないか鬱陶しい」
そう言う父ではあるが、掴む手を振り払うことはしなかった。
あなたはじーっと父の顔を眺める。
「ん?なんだ、惚れたか?何といっても俺様は世界一カッコいいからな」
ふふん、と鼻を鳴らす。
「でも惚れるのはいかん。お前が娘でなければ5年待ってやるところだったがな。がははは!」
なるほど、眺めているだけで父を笑顔にできるのか。
あなたは学習したような気がした。
「それにしても、あれだな。お前こんな何もない所に住んでいるのか」
こくこく。
あなたは首を縦に振って肯定する。
「つまらんだろう」
あなたは遠慮がちに、少しだけ、と答えた。
しかし、母やサチコ、それにアム。
優しく一緒にいて楽しい人も沢山いることを伝えた。
「ん?サチコ?・・・なんか聞き覚えがあるな。うーむ・・・」
しばらく考えるような素振りをする。
「まあ、思い出せんしどうでもいいか」
「それにしても、アムちゃんはこのあたりに住んでいるのか。クルックーのやつが連れて行ったとは聞いていたが・・・」
「あはは・・・」
「しかし、つまらんのならなぜ家を出ない。また冒険をすればいいだろう」
当たり前にも思える質問を父にされ、しかしあなたは、理由を考えたことが無かったことに気が付いた。
母と離れるのが寂しいという気持ちもあったのだろう。
以前は魔王を討伐するため。
母から明確な目的を与えられたことが外の世界に出るきっかけとなった。
今はどうだろうか。
あなたは思ったことを全て父に伝えてみた。
「アホか、くだらんことで悩むな」
一蹴された。
「つまらんから冒険する。それでいいではないか」
「外に出なきゃお前の欲しがってるもんは何も手に入らんぞ。どこでもいいから自由に行ってみろ」
父はなぜ旅を続けるのか、聞いてみた。
「世界中の美女を俺様の女にするためだ」
何を当たり前のことを、と言わんばかりに父は答える。
「お前の偉大なお父様はこれまで世界中を見てまわってきたがな、まだまだ知らんことだってある。やりたいことを達成した時は楽しいぞ」
そう話す父をあなたは、ぽーっと眺めていた。
「ふふふ」
「・・・なんだシィル」
「いえ、何だか本当にお父さんみたいですね、ランス様」
ガン!
「ひんひん・・・痛いです・・・」
父は本当に彼女のことが好きなのだろうか。
ほんの少し疑問に思うのであった。
そうしているうちに、目的の自宅へと到着した。
玄関の前には母が立っていた。
待ちきれなかったのだろうか。
「おかえりなさい、ランス。シィルさんも」
「お、クルックーか。なんだ、そんなに俺様に会いたかったか」
「はい」
母はにっこりと微笑む。
とても嬉しそうだ。
そんな表情をされるとは思っていなかったランスは一瞬たじろぐ。
「何というかお前・・・本当にクルックーか?」
「ええ、そうですよ」
にこにこ。
「昔の女たちは俺の知らんうちに皆多少なり変わったが、お前は変わりすぎだ」
「嫌でしたか?」
「いや・・・いい。いいぞ。お前は無表情で何考えてるか分からんかったからな」
「ふふ、そうですか」
母はあなたの頭を撫でる。
なぜこのタイミングで?と思ったが、嬉しいのでそのまま受け入れた。
ふとその手を見ると、いつも着けている指輪が今日は外れていることに気が付いた。
「お邪魔しまーす」
シィルの声とともに家に入ると、テーブルには既に食事が並べられていた。
いつもより豪華な食卓にあなたは瞳を輝かせた。
「おぉ、へんでろぱではないか!」
「ランス様、ランス様、うはぁんもありますよ。私のよりずっと美味しそうです・・・」
そして今朝買ってきたパンが、中央にたんまりと置かれていた。
「さぁ、お腹も空いた頃でしょう。食べてください」
「ひと暴れした後だしな、早速食うか」
父はドカンと椅子に座り、豪快に食べ始める。
「むぅ、うまい。そういえばクルックーの飯を食うのは初めてだな」
よほどお腹が空いていたのか、食事が美味しかったのか、ランスはすぐに平らげた。
「あ、私のうはぁん!いつの間に・・・」
「がははは!奴隷のものは俺のものだ!お前は水だけあれば十分だろう」
「しくしく・・・ひどいですランス様・・・」
「そう思って沢山作ってありますよ」
クルックーは冷蔵庫から追加のうはぁんを取り出し、シィルに渡した。
「うぅ、ありがとうございます・・・クルックーさん・・・」
シィルはうるうると感謝した。
「ランス様、美味しかったですねー」
あなた達はお腹いっぱいに満たされた。
「なかなかだったな。さて・・・クルックー」
「はい、なんでしょう」
食事の後片付けをしているクルックーは手を止めてランスの方に向き直る。
「うむ・・・うむうむ。改めてみるとお前、あれだな」
至って真面目な顔だが、視線を上下に動かしじろじろと見つめる眼差しには明らかに下心が含まれている。
ふくよかに膨らんだ胸。
シミ一つ無い肌。
豊かな表情。
そして、すらりとしたルックスは同年代よりも遥かに若く見える。
「ぐふふ、よし風呂に入るぞクルックー」
「はい、わかりました」
母は驚きも迷いも無く返答する。
その一連のやりとりの意味を、あなたが理解することは無かった。
さっそく風呂場に向かう二人。
あなたはそれを見て。
<一緒に入りたい!>
そう言っていた。
父と一緒にお風呂に入るのはあなたの夢だったからだ。
「な、なに?」
ランスは咄嗟の事で断る理由を見つけることができない。
年頃の女の子は父親と一緒にお風呂には入らないと、リセットに教えられたからだ。
「むむむ・・・」
「いいじゃないですか、ランス」
「そうですよ!親子水入らずで入られてはいかがですか?後片付けは私やっておきますから」
シィルは台所に向かう。
そしてクルックーはランスに顏を近付ける。
「エールが寝た後なら二人きりになれますよ」
そう耳打ちをした。
その仕草に、今までの彼女には無かった艶を感じた。
昔からクルックーに対しそういった色気を感じたことの無かったランスにとって、それはとても新鮮な魅力であった。
ランスは仕方なくエールのお願いを聞き届けることにした。
おっふろ。おっふろ。
あなたはとてもご機嫌だった。
バババッと服を脱ぐ。
母に似て、すらりとした健康的な肢体。
二人も脱ぎ終える。
「うーむ。クルックー、やはりいいカラダだな・・・」
母のスタイルを褒めているようだ。
そして、ちらりとあなたの方を見る。
「お前は、うむ・・・何というか、ぺったんこだな。もっとうし汁を飲みなさい」
ぽかぽかと父の頭を殴る。
「いでで、何をするか!」
「ランス、年頃の女の子にそんな事を言ってはいけませんよ」
そんなこんなで。
ざぶーん。
三人が入るには十分な広さの湯船に、揃って浸かる。
まるで夢のような時間。
いつまでも続けばいいのにと、あなたは思った。
「がははー!ほんげーほんげー」
へんてこな歌を歌い始める。
母は何も言わず穏やかな表情で父を見ている。
あなたも同じように見る。
「む、エールよ。こういう時はな、こう続けるのだ」
あなたは父に続き、元気よく合の手を打つ。
ゆったりとした時が過ぎる。
親子の時間。
あなたはふと感じた疑問を父に投げかけてみた。
父と母は結婚をしているのかと。
「むお・・・」
意外な質問だったらしい。
母は特に何も言う気配は無かった。
「エール。お前に一つ大切なことを教えてやろう」
「お前の父は偉大だ」
こくこく。
あなたは頷いた。
「その偉大な俺様は世界中に大事な女たちがいるのだ」
「だから一人の女に縛られる男であってはいかんのだ。分かるか?」
あなたにはまだ理解が難しい内容だったが、とりあえず返事をした。
「うむうむ。お前はクルックーに似て美人だからな。大人になってもっといい女になったら色んな男が言い寄るだろうが、そんな有象無象は相手にしちゃいかんぞ」
「俺様のような最高にいい男を選べ!」
こくこく。
「いや待て。そんな男がいるわけないな」
「しかしお父様はだめだぞ。お前は絶対にいい女になるが、娘はだめなのだ。いいか、俺様に惚れてはいかん」
そう言って必死に娘を説く父を、母は微笑ましく見ていた。
風呂を終えた後は、父やシィルに遊び相手になってもらった。
そして、あっという間に寝る時間。
あなたは眠りにつくため、自分の部屋に戻っていた。
「ぐふふふ・・・ここからは大人の時間だ」
ランスはというと。
クルックーの部屋に忍び込んでいた。
「相変わらずですね、ランス」
「なんだ起きていたのか」
「はい、来ると思っていましたから」
「寝込みを襲って驚くお前を見てみたかったが・・・まあいい、ぐっふっふ」
すぽぽーん。
しゃきーん!ぺしーん!
一瞬にして臨戦態勢。
クルックーの身体をベッドに横たえ、服を脱がせにかかる。
「お前・・・本当にいい女になったな」
「そうですか?」
二つのほどよいサイズの膨らみに触れ、ぐにぐにと形を変える。
ランスのその手に、クルックーは自分の両手を添える。
優しく。
丁寧に愛情を注ぐように。
幸せそうに。
「む、どうした?」
「いいえ・・・・・・ランス」
「ん?」
「ありがとうございます」
「どうした急に」
「ふふ、何でもありません」
「なんだ、調子が狂うな・・・」
と言いつつもハイパー兵器が大人しくなるわけもなく。
二人は夜明け前まで身体を重ね合った。
・・・・・・
・・・
一日というものは本当にあっという間で。
あなたが朝起きてすぐ、ランスとシィルの二人はもう家を出る準備をしていた。
「クルックーさん、エールちゃん、お世話になりました」
丁寧にお辞儀をするシィル。
もう行ってしまうのかと問いかける。
「俺様を待つ女がまだまだいるからな。じっとしているわけにはいかんのだ」
お別れかと思うと、あなたは急に寂しくなる。
あなたは母に、寂しくないのかと聞いてみた。
「ランスが幸せであれば、私はそれで十分ですよ」
きっと本心なのだろう。
何と声をかけるべきか悩んだあなたは・・・
父の頭に貝殻を乗せた。
「む?お前はまた意味のわからんことを・・・お、おお?おおお!?」
「これは・・・からから貝ではないか!!」
それは、あなたが以前の冒険で拾い、母にプレゼントしたものだった。
父も貝殻が好きであることを知り、必死に母を説得していたのだ。
「もう二度と見れんと思っていたが・・・うむうむ、やはりお前はいい子だな」
なでなで。
なでなで。
「ランス。それは私の宝物です。私だと思って大切にしてくださいね」
「当然だ・・・って、やっぱりお前、性格変わりすぎではないか・・・?」
なでなで。
なでなで。
母と比べて少し乱暴な撫で方ではあったが、あなたは目を細め、気持ちよさそうにその大きな手を受ける。
「ランス様、次はどこに行きますか?」
「んー、JAPANにでも行くか。香ちゃんに会いに行ってやらんとな」
「いや待て、その前にランス城に行くか。貝殻を厳重に保管するぞ。またポンコツに壊されたらたまらんからな」
言いながら、よいせと荷物を全てシィルに持たせる。
「わわわっ」
「よーぅし!シィル!あの坂まで競争するぞ!負けたら次の村までパンツ脱いで頭に被れ!」
「え、えー!?ひどいですよー!?」
「がははは!遅いぞシィルー!」
シィルはおぼつかない足取りでぱたぱたとランスを追いかける。
楽しそうに家を後にする二人。
それを見送る二人。
明るく賑やかだった家は、いつもの穏やかな空間へと戻る。
きっと次に会えるのは数カ月後か、もしかしたら数年後かもしれない。
自分はこのままじっと見送るだけでいいのか。
母を見る。
母もあなたを見る。
何か言いたげなあなたを、母は微笑みで答えを返してくれた気がした。
よし。
あなたは決心した。
走り出す。
二人の背中を追いかける。
どきどきしたい。
まだ見ぬ世界を知りたい。
きっと楽しいことが沢山待っている。
かつてのように。
今度は父の背中とともに。
あなたの冒険は再び始まろうとしていた。
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JAPANでちょこっと小休止
ワンドロ企画の短編です。
続き物として書いてみました。
ランスとシィルはいつものように旅を続けている。
追いかけてきたあなたを連れて。
次の目的地はJAPAN。
その中心、香姫のいる織田城に向かっていた。
ランスが魔王となってからこれまで15年以上もの間、彼の中で香姫に再会した記憶は無い。
彼女の成長ぶりを見るため、そして新たな美女を求めてかつての英雄は今日も東奔西走していた。
既に織田家領内まで踏み入れ目的の場所まであと僅かというところで、懐かしい団子屋が目に入った。
店先の長椅子にちらりと目を向ける。
少し肌の露出が多めだが、まだ容姿は幼く愛嬌のある女の子が足をぷらぷらと遊ばせながら美味しそうに団子を頬張っている。
「お?お前は.........鈴女?」
「む、またでござるか。だから拙者はウズメ・・・あ、父上殿!それに主君も!こんなところまでどうしたでござるか?」
ランスの言葉に気づいた女の子は食べるのを中断して駆け寄ってきた。
「新たな女を発掘しに来たのだ。俺様の側には奴隷一人では足りんからな」
「父上殿の女好きは噂通りでござるね...」
「ランス様。せっかくだから少し休んでいきませんか?」
ウズメと軽く挨拶を済ませたシィルはランスに休憩の提案をする。
ちょうどよく店主が新しい団子をウズメの元に置いて行った。
「まあだいぶ歩いたしな。少しぐらいいいだろ」
そう言うとウズメのであろう新しい団子をぱくぱくと遠慮なく平らげていく。
「あっ、あー......父上殿ひどいでござるよぉ」
「何を言うか。世の中は食うか食われるか。食われる方が悪いのだ。がはははは!」
「そ、それは何か違うような...」
シィルは苦笑いを浮かべながら追加で4人分の団子を注文する。
暫し小腹を満たした後、カンカンに熱い緑茶を啜る。
ほへー。
ランスとウズメ、そしてあなたは親子を再確認させるような気の抜けた表情で全力でくつろいでいた。
「そういえば、ウズメちゃんは何をしているところだったの?」
「実は最近、北条家で長く封印していた厄災が解かれてしまったとかで、その捜索をしているでござるよ」
「厄災?なんだそりゃ。またオロチみたいなやつか」
「オロチが何かは知らんでござるが...外見は人間の女で、他の人間に変化もできるようで油断を突かれ逃げられたらしいでござる」
「ほう、女か。可愛いのか?」
「拙者は直接見てないでござるが、美麗な容姿をしているみたいでござるよ」
そう言いながら、ランスに人相書きの手配書を渡す。
「これは...なかなか、というかかなり可愛いではないか!ぐふふふふ、JAPANでの用事が一つ増えたな」
「でも父上殿、かなり危ない者らしいでござるよ?」
「関係あるか。悪いことしてるならちょっとおしおきして俺の女にしてしまえばいい。で、どこにいるんだ?」
「だから、それを今探してるところでござる・・・」
「なんだと。・・・・・・・・・居場所が分からないんじゃ探すのも面倒だな。まあいい、見つけたら教えるんだぞ」
「ういうい」
ひとまず諦めたような口ぶりではあったが、一瞬期待を膨らませたランスの欲求もむくむくと膨らみつつあった。
「父上・・・なんだか視線にいやらしさを感じるでござる・・・ぞわぞわ」
「鈴女っぽいからやはりお前なら抱けるのでは無いかと思って見ていたからな」
「こわっ!」
「しかしダメだな、うむ。鈴女のようなエロさが無い。やはりお前は俺の娘のようだ」
「当たり前でござるよ!・・・・・・そういえば、その鈴女という人はどんな人でござるか?」
「先日母上殿に伺ったら、母上殿のお師匠様でウズメはその生まれ変わりと聞いたでござる」
「なんだ知らんのか。ま、だいたいそんな感じだ」
鈴女。
一時ではあったがランスと息の合ったパートナーであり、悪友のような存在だった。
シィルが氷漬けとなっていた間、ランスを支えた一人である。
にょほほほ、といつも陽気で常に明るく楽しく生きていた変わり者。
鈍臭いかなみをいつも振り回し、ランスと一緒になっていたずらばかりして。
「ランスと一緒にいる時が一番楽しいでござる」
それが彼女の口癖。
そして紛れも無いくノ一の天才だった。
彼女に並ぶ者はいないとされるほど超一流の腕前。
今のウズメが挑んだとして、技術の差で到底太刀打ちできないだろう。
かなみをランスの忍者として一人前にするため修行をつけ、とても厳しかったが、同時に優しかったとかなみは話していた。
そして、早くに死を迎えることが運命付けられてもいた。
ランスはふと、あの夜のことを思い出す。
月の光に照らされ、美しく、そして儚くその命の灯が静かに消えたあの日を。
「......あいつはな」
「あいつは?」
「いい女だったな。エロいやつだった。あいつとのセックスは最高だったぞ。あと一回くらい抱いておけばよかったな」
「えー...」
ウズメは呆れていた。
「おい、ウズメ」
「は、はいでござる」
初めてきちんと自分の名前を呼ばれ僅かに身体が強張る。
「くノ一にはなるんじゃないぞ」
「え?」
「くノ一はセックスして相手を殺す技だからな。そんなあっさり殺されるような間抜けとセックスなんぞしてはいかん」
「父上殿、言ってることが滅茶苦茶でござるよ...」
しかし不真面目に語っているようで、あなたの父はいたって真面目な表情をしていた。
その真意をウズメやあなたが理解することはなかった。
ふと見た、お茶のおかわりをランスに手渡すシィルの表情はにっこりと柔らかいものだった。
一方その頃――――
かつて世界最大の宗教として栄えたALICE教の総本山、カイズ。
この世から神が消え加護も失われた今もなお、中心部の教会本部では名ばかりの教徒が少人数で維持管理をしている。
その教会の奥深く、とある保管庫では世界中の封印指定された存在やバランスブレイカーが今でも厳重に保管されていた。
コツ・・・コツ・・・・・・
普段誰も足を踏み入れることはないそこに、不穏な足音が静かに木霊していた。
足音の主は、多くの重要なアイテムが封印されている中でも一際堅牢な箱に目を付け、それをあっさりと解錠する。
「みーつけた♪」
手に取ったのは、真っ赤に輝く小さな球が二つ。
球体の中心からは僅かに禍々しい漆黒が渦巻いていた。
「待っててね、ランス君。これからとっても楽しい舞台を用意してあげるから♪」
続く
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