もし氷川姉妹に弟がいたら (タクティくす)
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設定集※大量のネタバレ


本編を読んだ後に読むことを推奨します。

設定や書かなかった没エピソード、ハロハピルートや裏話などなどを適当に書いていきます。

ひとまず暁斗、紗夜、日菜の3人についてのみ公開。


・氷川暁斗

 

身長:175cm (3D10+150を一回振って決めた)

学校:羽丘学園(羽丘を共学化)

学年:高校一年生

誕生日:4月1日

星座:牡羊座

趣味:読書(主に燐子から借りている)

特技:(強いて言うなら)料理

好きな食べ物:湯豆腐、アジの開き

嫌いな食べ物:ジャンクフード

 

容姿:黒髪でさよひなと同じ色の目以外は実ははっきりとは決めていない。(ただ、元ネタの容姿に合わせると髪型はツーブロマッシュっぽくなる)

一目見ただけで紗夜と日菜と姉弟関係であることを見抜ける人は誰もないほど似ていない。それが暁斗にとっては姉と同一視されない要因の一つとしてコンプレックスになっている。だが、沙綾が文化祭で女装させようと思う程度には見れなくはない顔立ちをしていたりする。

 

身体能力はさよひなよりは高く、巴に商店街へと連れられて色々と手伝うハメになった影響から筋力も帰宅部の割に高い。その成果はSPACEのバイトでふんだんに発揮されていた。

 

 

人物

 

意地っ張り、シスコン、無駄に意識が高い(系ではない)から面倒くさい。メンタルが強すぎて折れた時にやばいやつ。

 

氷川紗夜と氷川日菜の実弟。本来は祖母から紗夜と日菜を守るために産まれたスケープゴートであったが、祖母が暁斗を引き取る前に亡くなってしまったため、体裁を気にした両親が半ば嫌々育てることになった。

日菜と同様に昔からおねーちゃん大好きっ子であり、幼少期はいつも姉2人にべったりだったが、生まれ持った才能の差により周囲の対応や両親による待遇の差が生じ、姉弟間の亀裂が大きくなっていった過去を持つ。

 

その差を埋めるべく紗夜と日菜の真似をしながら多くの努力を重ねるが、所詮暁斗は凡才の身であるため差は無情にもどんどん広まっていった。

 

努力家かつ本人の克己心もあり、羽丘に特待で入学するなど所々で優秀な結果を出せるが、本人曰く「必死こいて努力しなきゃいけない時点で紗夜日菜以下」であり、周囲も概ねそのような反応である。寧ろ暁斗が結果を出せば出すほど、紗夜と日菜の優秀さがより一層際立ち、暁斗への当たりが更に苛烈になっていく悪循環に陥っていた。

 

中学2年の5月に漸くある模試で上回ることができたが、その後も勝ち続けなければならないことを悟り、とうとう心が折れてしまい自殺を図るまでに至った。

 

そんな折に巴と出会い、商店街に入り浸るようになる。その際に山吹沙綾、松原花音、宇田川あこ、白金燐子、Afterglowの5人やその家族などと知り合いになる。家事炊事は羽沢つぐみの母親や山吹千紘に習うなど、紗夜と日菜の後だけを追わなくなったのはこの頃から。

 

約2年ほど平和な時間を過ごしていたが、日菜と同じ高校へ進学した折に物語が動いていく。

 

 

 

 

ここからはちょっとしたウラ話。

 

・日菜を24K金、紗夜を22K金とすると暁斗は銀。

 

銀は毒殺防止のために使われていたように、毒と反応する。

作中では、紗夜友希那こころ(番外編)のように闇のある部分がある人間は暁斗を通じて恐怖や嫌悪感を覚えていることから銀が妥当だと思います。一応千聖もその1人だったり。

 

元ネタの1人が銀の人狼であることも理由です。

 

 

・誕生日と名前である程度のネタバレになっています。

 

誕生日(初出は番外編のあこ回)は4/1 つまりエイプリルフールです。前半(午前中)に嘘があることを言外に示していました。

主に姉と関係が悪そうってところですね。実際はガチのシスコン。

 

あと、諸説は有りますが4月1日の誕生花にクロッカスが入ることがあります。花言葉は「切望」なので、ここからもある程度のネタバレになっています。

 

暁斗の暁は夜と日(朝の)が入り混じっていることで紗夜と日菜の両者の性質を持っていることを暗示。

紗夜日菜両者のシスコン、日菜の無自覚さ、紗夜の姉らしさを求めるところなど両者の要素があることなどですね。

 

斗は作中で述べた通り翔から変えました。

高みへ至る翔を簒奪したということから暁斗は決して姉に追いつくことがないということを名前の段階で決めていました。斗の方にも意味はあるのですが、後述の理由で使いませんでした。

 

・元ネタ

 

主なのはシルヴァリオ・ヴェンデッタのゼファー・コールレイン とDies_iraeのルサルカ=シュヴェーゲリン。

 

両者の共通点は真っ当な強者ではないこと。

 

ハロハピ√ではモロに元ネタの影響が強くなると思います。詠唱とか歩くのが遅いとか色々と。

 

両者ともに大変面白い作品ですので、是非ともプレイしてみてください

 

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・氷川紗夜

 

プロフィールは公式同様なのでカット。

 

おねーちゃんその1。姉の面倒くさい方。自覚がないけど人類のハイエンドみたいなぶっ壊れ性能の持ち主。

 

何でもできる日菜に対して強いコンプレックスを持っている。暁斗に対しては追い越されていないことへの安堵と、いつか自分が暁斗と同じ目に遭うのではないかと恐れているという二つの感情が鬩ぎ合っていた。

それを自覚しているため後ろめたさで暁斗と向き合うことができなかった。暁斗のことを良心という鎖に繋がれているだけでいつ暴れるかわからない猛獣であると認識しており恐れていた。

 

後に暁斗を追い詰めていた事実を改めて認識することで漸く覚悟を決めて弟と向き合う決心がついた。

 

和解後は少々戸惑いながらも仲良くやっている。

最近の悩みは暁斗の料理を食べ過ぎてちょっとお腹周りが危険になったこと。

 

ウラ話

 

・暁斗への評価が作中で1番高い人

他の誰もが紗夜と比べると暁斗は霞むと認識している中でほぼ唯一自身と同等かそれ以上と評価している。これは紗夜も暁斗同様に自己評価が低いことも原因だが・・・

 

・実は本編でも病み一歩手前 

 

暁斗のメンタルが強すぎて、姉に恨み言1つすら言わないことが気がかりであり、和解後ですら罪悪感に押しつぶされかねない危険人物の1人。

どうなるのかは『もしさよひなが病んでしまったら』で詳しく書く(予定)

 

・暁斗のジャンクフード嫌いが地味にショック

 

一緒にポテトを食べないかと誘うとそれとなく断られるためちょっと拗ねる。

 

 

 

キャラクターへの解釈

 

無駄に性能が高いだけの普通の女の子。というのが私の考える氷川紗夜です。泣いたり怒ったり、嫉妬したり憎んだりといった当たり前の感情がある人間であるという前提で人物像を捉えています。

 

だから暁斗に対してはかなり複雑だったり。

弟として愛しているのは勿論ですが、冷遇されている暁斗をどこか見下していたり、暁斗のようにならずホッとしたりも当然します。そしてそんな自分がいることを突きつけてくるから暁斗と向き合うのが怖いという人間臭さ全開なのが氷川紗夜だと思います。

 

ポテトやソイヤしたりお菓子作ってる紗夜も可愛いけどね?やっぱ悩み苦しみ抜いている“人間”だと私は思うんです。

 

仏陀も言ってた。

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・氷川日菜

 

プロフィールは公式同様なのでカット。

 

おねーちゃんその2。姉のやべーやつの方。天才すぎて天災。るんってきた!

記憶と模倣の天才。無自覚に紗夜と暁斗にダメージを与える轢殺の女王。

 

実質的に日菜がいたから紗夜と暁斗は苦しんでいたと言っても過言ではないほどの絶対的な才能の持ち主であり、紗夜と暁斗が苦しんでいたことをいざ本当に危険にならないと一切気づかないなど人の機微に疎い面がある。

 

一応暁斗という未知の他人がそばにいたこともあり、原作よりも他人への興味が強めにはなっており彩と暁斗が何処となく似ていると気づき、エアバンド騒動の際も彩を通じて暁斗を知ろうという理由でパスパレを続投する程度には暁斗のことを日菜なりに気にかけていた。

 

ただ、暁斗が恐ろしく痩せ我慢が上手かったので彩千聖麻弥に指摘されるまで一切気が付かなかった。

 

紗夜ほど暁斗のことを恐れているわけではないため向き合うことへはかなり積極的だった。実際に暁斗の過去の諸々を知ったら即行動に移っている。

 

和解後は今までの空白を取り戻すかのように学校でもべったり。

無茶苦茶言って暁斗を振り回している様を見て、「あいつも苦労しているんだな」と同情が集まり、暁斗に友人ができるきっかけとなる。

 

ウラ話

 

・日菜のその後

 

和解後は事務所と交渉をし、給料を新たな口座に振り込んでもらうようにした。両親の暁斗への態度に嫌気が差したため、高校卒業と同時に家を出ることを計画している。勿論紗夜と暁斗も連れていくつもりらしい。

 

問題は暁斗にべったりしすぎてたまに週刊誌にすっぱ抜かれること。あんまり似ていないことがここで裏目に出ている。

 

キャラクターへの解釈

 

良くも悪くも純粋だと思います。0か100かで中間のない暴走列車。物事をはっきり言う性格であるため簡単に地雷を踏み抜く危険性を孕んでいるため導火線に火をつけるのにはうってつけなのかもしれません。

分からないことが面白いと公言している日菜は暁斗の過去を掘り下げていくための導入として使いやすかったです。

 

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ひとまずここまで!順次追加していきます。




最終回よりこっちの方が早く書けそうなのでとりあえず。
この後から色々追加していきます。

アンケは結構好きなキャラ選びたい人が多いので、Twitterと活動報告で募集をかけたいと思います。本当にちょっとした番外編なので気楽に選んでください。

五人でなくてもこのキャラだけは入れておくれというのでも大丈夫です。


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設定集②

沙綾つぐみの軽い設定を公開。


山吹沙綾

 

プロフィールはTVアニメ及びガールズバンドパーティの方を採用。

 

バンド:Poppin’Party

パート:ドラム

身長157cm

学校:花咲川女子学園

クラス:一年A組

誕生日:5月19日

星座:牡牛座

血液型:不明(なぜかポピパだけ未設定。中の人に合わせるとA型)

好きな食べ物:ペペロンチーノ、チーズ

嫌いな食べ物:生の魚介類

趣味:カラオケ、野球観戦、ヘアアクセ集め

 

人物

 

面倒見のいいお姉さん気質の少女。実家がパン屋「やまぶきベーカリー」を経営している。

本編中盤までは暁斗がほぼ毎朝通っていたため暁斗の表面上のことは暁斗の姉よりも詳しい。

歳の離れた弟と妹がいることもあり自分のことより相手への配慮をしがちで我慢をしてしまう心優しい性格でもある。

 

過去のCHiSPAでの出来事からバンドを辞めてしまっていたが、戸山香澄の勧誘によりPoppin’Party へと加入する。

それがきっかけである事件を誘発することとなる。

 

 

 

キャラクターへの解釈

 

多分良い人を突き詰めたらこういう人間になるんだろうなと思います。自分の本心を隠して他人に尽くせるっていうのは、悪いことではないと思いますが、自分のことを後回しにして無頓着になってしまう危うさもあると思います。そういう人にこそ幸せになってほしいものですが。

 

 

暁斗にとっては本当の意味で姉のような存在とも言える人物。暁斗が母のような優しさや慈愛に触れたのは初めての経験だったためか暁斗の沙綾へ対する未練は他の知り合いよりもやや強めに設定しました。

 

一方で沙綾の方も暁斗への執着はかなり強いです。一緒にいる時間が他の人より濃いというのもありますが、当時CHiSPAの一件に触れてこないことが彼女にとって本当に大きな救いになっていたため、やや暁斗に依存している傾向があります。文化祭前に暁斗が首を突っ込んできたことに実はかなりのショックを受けていたんじゃないでしょうか?

 

暁斗がいなくなることに関して、

巴は「暁斗の思う通りさせてやろう、離れていくのも仕方ない」

つぐみは「暁斗君ならきっと大丈夫だって信じている」

と割と放置気味かつ暁斗の意思を尊重したのに対して、暁斗の都合を慮外に置いて「離れるなんて嫌」であり、普段の沙綾や他の2人と比べると極めて個人的な理由で動いています。

これは、Poppin’Party ないし戸山香澄の影響が色濃く出ており、奇しくも暁斗が沙綾に望んでいた「わがままになってもいい」が暁斗を救うことになりました。

 

作中で暁斗の都合すら無視して我儘を言えるのはキャラクター的に沙綾だけなんですよね。強いて言うなら蘭が候補に上がりますが、パンチが弱いと判断しました。

 

 

作中では暁斗の足を止め、後ろを振り向かせる役割。暁斗の過去の象徴とも言える存在。

 

ギリシャ神話に明るい方は『独白』の吟遊詩人(オルフェウス)じゃないでピンと来たのではないでしょうか?彼にはエウリュディケもいないし、そもそもオルフェウスではないのだから、振り返っても何の問題も無かったのです。

 

まあ友希那ルートだとまた話は変わると思いますが。

 

 

 

・ウラ話

 

其の壱:本当はここまで出番を多くするつもりはなかった。

 

書き始め当初はむしろつぐみがメインになる予定だったのですが、約束イベに於いてある話を先にやられてしまうというアクシデントが発生して、軌道変更したという経緯があります。詳しくは羽沢つぐみの項目で。

 

其の弐:その後について

 

最終話で暁斗は自殺させ、やがて大人になり保育士になった沙綾が紗夜か日菜の子供に「君の叔父」について教え、ささやかな復讐をするというエンドも実は考えていました。その場合沙綾は()()()独身を貫いたまま生涯を終えます。

 

美咲で死ネタ使ったから無しにしたけど、案外こっちの方が良かったかな?と思ったり思わなかったりラジバンダリ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

羽沢つぐみ

 

 

バンド:Afterglow

パート:キーボード

身長:156cm

学校:羽丘学園

クラス:1年B組

誕生日:1月7日

星座:山羊座

血液型:A型

好きな食べもの:母の作ったケーキ

苦手な食べもの:ブラックコーヒー

趣味:入浴剤集め

 

人物

 

 

人格と見た目を合わせるともう天使としか言いようがない。誰が呼んだかツグミエルとはまさに彼女のことである。常日頃なにかを頑張るので青葉モカからその様をツグってると呼称されている。氷川家キラーとの噂かちらほらと…

 

実家は珈琲店を経営しており、彼女は放課後店の手伝いをしている。

看板娘として一部の界隈で人気があり、リピーターも多い。

 

暁斗の知り合いの中でもかなりの時間を共にしており、暁斗が家事炊事を覚えるきっかけとなった人物。

 

本編では過労で倒れたことにより暁斗へ無力感を突きつける一因となってしまった。

 

 

 

・ウラ話

 

其の一:本来のメインヒロイン

 

実は最初はつぐみendにするつもりでした。

それが約束イベにおいて、あるシーンが丸被りしてしまったため軌道変更した結果、沙綾寄りになってしまい、百人一首イベで更に追い討ちをかけられたという経緯があります。オマージュ的にはイカロスからオルフェウスへのジョブチェンジを果たした。

 

作中内である意味一番不憫なのはつぐみと言えるでしょう。

 

 

其の二:似ているようで似ていない

 

番外編の花音編でチラリと出したし、本編中の暁斗もそうだが、暁斗は人を”否定“しない。唯一の例外はこころだけ。

 

この性質は相手のいいところを見つけ、褒め敬い、自己を卑下する羽沢つぐみのそれと非常に似通っているが、この2人は原因と結果が真逆の関係にある。

 

羽沢つぐみはまず他者の良い部分を見つけ、倣おうとする過程で自己を卑下する。

氷川暁斗はまず自己の卑下から入り、「俺よりはマシだろう」という思考から他者を否定しない。

 

どちらも同じく他者の肯定なのだが、相手を上に見るが故に自身が下になるつぐみと、自身を下に見るが故に相手が上になる暁斗。

 

そして最大の違いはつぐみの場合はほぼ思い込みに過ぎないのだが、暁斗は実際に氷川家の落ちこぼれであり自身の経験に基づくものであること。つぐみの場合は意識改善でどうとでもなるが、暁斗は呪いの如く残り続けるし、比較対象がぶっ壊れなのでなくなることは決してない。

 

 

・キャラクターへの解釈

ただただ天使。この一言に尽きる。

雑味が少なく可愛らしく性格もいいし見た目も清楚。最早あざといとすら言えるキャラだと思います。その真っ直ぐさと優しさ故に誰かの支えになることができる人格者。まさに天使。あーもう本当に可愛いなこんちくしょう!

 

反面癖がなく話を構築しづらいキャラクターであると感じました。もっというと個性が薄い。公式でもつぐみメインの話ってガルパピコぐらいしかないんですよね…そもそもつぐみをメインにして明るめの話をする場合はキャラが薄すぎるし、ぶっ飛んだことできるキャラじゃない。

かといってガチシリアスはプレイヤーが耐えられるのかって話になる。

 

更につぐみの“個性”という側面にスポットを当てようとしてもハロハピ二章で近いことを既にやってしまっているので二番煎じになるからイベストでメイン貼ることが少ないのではないかと推測します、

 

アフロ内では行動の起点とは言われてはいますが、中心にはなれない中々に不遇なキャラなんじゃないかな?

 

もしニコ動でノベドリとか流行ってたら某島村さんばりに普通(?)なキャラになってたいたんじゃないでしょうか?

 




番外編移しました。こっちもよろしくお願いします。
https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=213916


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1stシーズン
プロローグ①


恐らくネタ被りですが


4月は始まりの季節だ。

年度が切り替わり、進級や進学などで周囲の環境の変化が大きく、

それ故に出会いの季節とまで言われるのだ。

 

春眠暁を覚えず....その言葉の通り皆心地よい微睡みの中にいるであろう午前4時、机の上で夜中に充電したスマートフォンがけたたましいアラームを鳴らし始めた。しばらくしてベッドの上から這い出て、アラームを止め、覚醒する。

 

俺こと氷川暁斗(姉達の下位互換)は今日高校生になった。

 

 

 

「おはようございまーす。」

 

朝5時、俺は山吹家の前にいた。普通この時間に来客など失礼だが、

パン屋の朝は早い。通勤ラッシュの朝に店を開くなら朝3時から用意するなどザラである。

 

「暁斗君おはよう。今日もよろしくね」

 

チャイムを鳴らして暫くすると、にこやかな笑みを浮かべ山吹家の母、千紘さんが出迎えてくれた。

挨拶を返した後身支度を済ませ、工房へ向かう。そこでは朝早くから用意したパンを焼いている一家の大黒柱がいた。

「おはよう。今日から高校生だね。おめでとう」

パンを焼くのに集中しているため、こちらを向きこそしなかったが、朗らかで嬉しそうな声色でこちらに声をかけてきた。

 

「ありがとうございます....今日はどれからですか?」

 

気恥ずかしさもあり、一言お礼を言った後すぐに業務の話に戻した。

 

俺は毎朝山吹ベーカリーへ手伝いに行っている。流石にパンを作ったりはすることはないが、材料を倉庫から運んだり家事を手伝ったり、まだ手のかかる純と紗南の面倒を見たりしている。朝が早くハードではあるが、2年も続ければ慣れたものである。二時間程開店準備を手伝っていると、背後から聞き慣れた同年代の少女の声がした。

「おはよ。今日も悪いね」

いつもの決まり文句だ。毎朝これだから彼女の人の良さがわかる。

 

「おはよう沙綾。こっちも朝飯とパン貰ってるし気にすんな」

 

こちらも同じようにいつもの決まり文句。最早これが無いと1日が始まらないと言ってもいいだろう。

声をかけてきたのは茶髪のポニーテールの似合う少女。山吹沙綾....山吹家の長女だ。沙綾がここに来たということはもう朝食ができたということだろう。沙綾の父親と共に作業を切り上げ、家の中へ戻ろう。

 

 

山吹ベーカリーでの手伝いが終わると、もう学校に行かねばならない時間になる。沙綾と共に家を出て、二人で歩く。これも2年前から変わらないルーチンワークの1つだ。

いつも通り雑談しながら歩く。

 

「なんか変な感じがするね」

 

「何が?」

 

「3月まで学ランだったじゃん?それがブレザーになったから...」

 

確かにその通りだ。中学は学ランだったが高校はブレザーになった。

 

「あっここでお別れだね...何か違和感あるな〜」

 

沙綾が可笑しいと言いたげにそんなことを口にした。

場所も変わったんだから別れる場所も変わるだろ。と口にすると

 

「相変わらず冷めてるね...」

 

ノリが悪いぞ?と言わんばかりのジト目だ。ちょっと辞めて欲しい。

 

「じゃあまた明日」

 

沙綾といつも通りの挨拶を交わす。これは変わらない。

そのまま学校まで歩き出す。沙綾がいない分ペースは早めになる。

 

行き先は羽丘学園高等部。俺が今日から通う学校だ

 

 



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プロローグ②

プロローグは多分次で終わります。


羽丘学園

 

開校20年の学校で数年前まで女子校だった中高一貫校で、進学校だ。

共学になった理由には学園の理事長が、これから先の少子高齢化による生徒数の減少を危惧したこともあるが、20年間で進学校として有名になったこともあり、更に男子生徒も招き入れ経営の巨大化を狙ったという意図もあるのだろう。とはいえ、まだ男女比は3:7と男子が少ない。

そのためか、通常の特待に加えて、男子生徒限定の特待制度がある。

 

俺が羽丘学園を受験したのはその特待制度が目的だった。

両親は俺が高校に入学するのは自由だが金は出さん。とか言ってやがる。姉さん達には両方とも私立の高い金を払っているのに...

まあ、そんなことは今になって始まったことではない上に無事特待で入学出来たからどうでもいいことだろう。それよりクラスを確認して教室に入ってしまおう。

 

そう思ったところで知り合いの姿を発見した。

黒髪に赤メッシュ、銀鼠色、ピンク、赤髪、その中に混じった茶色。

流石は生きたランドマーク。特に意識していた訳ではないがすぐに見つかった。この人混みの中で自分のクラスを探すのは面倒だ。誰かが自分の名前を確認していることに期待し、声をかけようとする前に向こうがこちらに気がついた。

 

「おーい!暁斗〜こっちこっち〜」

 

飛び跳ねながら....一部高校一年生らしからぬ物もバルンバルンと跳ねながら俺を呼んでる。

 

「おっ?....暁斗!これからよろしくな!」

「アッキ〜パンちょーだい〜」

「おはよ暁斗...早くクラス見て教室行こう。」

「あはは....おはよう暁斗君。これからは同じ学校だね」

 

声をかけてきた順に

上原ひまり、宇田川巴、青葉モカ、美竹蘭、羽沢つぐみだ。5人は幼馴染で「Afterglow」というバンドをやっている。

 

「巴は肩を叩くな!結構痛い!モカ、今日は午前終わりだからパンはない。蘭、つぐおはよう。高校でもよろしく。」

一気に全員に返事をした。人も増えてきたし、クラスを確認してさっさと教室に入ってしまおう。

 

「あれ?私は!?」

「.....あっ....よろしく」

「も〜!」

 

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クラスは蘭と同じA組だったようだ。他の四人は蘭が一人にならずホッとしていた。蘭はそれに文句を言いながらも、心なしか安堵しているように見える。

 

クラスに着き席に着く。名字が「ひ」と「み」ということもあり、隣の席に蘭が座る。近くに知り合いがいて良かったと蘭は露骨に安堵している。

体育館までの移動まで暫く時間がある。りんさんに貸してもらった本でも読んで時間でも潰そうと本を鞄から取り出し・・・

 

 

ねぇねぇ、君ってあの氷川先輩の弟でしよ?

 

・・・不快な声がした。あの氷川日菜(天才)と同じ学校に入学した時点でこうなるのは分かってはいたがやはり嫌なものは嫌なのだ。

とはいえ、聞いてきた女子生徒が悪い訳ではない。会話をする際にお互いの共通の知人や有名人の話をするのはよくある話だ。それが偶々自身の姉だっただけ。わかっているからこそ

 

「うん。そうだけど・・・学校内と変わらないよ?」

 

・・・・・嘘だ。本当は()()()()()()()()()

偶に家で夕食を食べるときに顔を合わせるぐらいで会話なんて殆どしない。したとしても「るんっ」とか「ビューン」とか擬音ばかりで意思疎通が出来てる気がしない。

もう一人の姉の方も同じだ。風紀委員で曲がったことが嫌いらしいが、顔を合わせると何故か気まずそうにして自分の部屋へ逃げてしまう。

 

所詮()()()()()()()()()()()()だ。だからわからない。下手に話すとボロが出てしまう。どうにか切り抜けたいが、女子力の塊でコメツキバッタみたいに会話がポンポン飛ぶひまりも、寧ろ女子の話題の全てをかっさらう巴もこの場にはいない。隣に視線をやると我関せずといった様子だ。・・・ボッチ赤メッシュめ・・後で覚えとけよ

 

 

結局どうにか当たり障りないことを話し、逆に校内の姉の話を聞く方向にシフトさせることでこの場を切り抜けることに成功した。

 

 



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プロローグ③

今回でプロローグは終わりです


入学式は恙無く終了し、最初のホームルームとなる。内容としてはどこにでもありふれているものだ。担任の教師が自己紹介して、生徒たちが自己紹介して、教師が連絡事項とプリントを配る。

 

A組でもそれは例外ではなく、自己紹介の時間がやってきた。これから先のことを考えると憂鬱でしかないが、自分だけやらないというわけにはいかない。

 

「氷川暁斗です。趣味は読書で特技は料理です。1年間よろしくお願いします。」

 

我ながらなんて面白みのない自己紹介だと思う。ありきたりで平凡で印象に残らない自己紹介。本来ならその筈なのだが......

 

「氷川って・・・あの氷川?」

「氷川先輩の弟!?」

「なんか似てなくね?」

「あの氷川日菜の弟ってヤバそう・・・」

 

 

やっぱりこうなってしまうのだ。俺の姉、氷川日菜の知名度は良くも悪くも校内でも随一らしい。ひまりから聞いた話だと有名人はもう一人いるらしいが、その人も姉のような人なのだろうか?

 

校内の有名人の家族ということで興味をもっているようだが、俺は姉の劣化品でしかなく、姉程の才能を持ってないと分かればすぐに興味をなくすだろう。まあこんなものかと思うと同時に虚しさに襲われる。結局今までと同じで姉と比較され続ける生活なのだろう。元からさほど期待してなかったこととはいえど、憂鬱になる。

 

これからの高校生活が息苦しい牢獄のままであることがわかったところでHRが終わった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

入学式が終わり生徒たちが三々五々と下校を開始した。俺もその例に漏れず校門をくぐり外を出る。しかし、向かう先は家ではない。行き先は「羽沢珈琲店」。羽沢つぐみの家だ。

 

「いらっしゃっいま・・・あっ!暁斗君今日も手伝い?」

 

「そのつもりだったけど、つぐは今日は店番?」

 

「うん。今日はAfterglowの練習はないから店に出るよ」

 

「じゃあ今することないか・・・いつも通りカウンター借りるぞ」

 

「うん。お客さん来たら接客よろしくね」

 

「りょーかい。」

 

 

これも俺の日課だ。放課後羽沢珈琲店に行き、勉強したり、店の手伝いをしたりと何かと入り浸ってることが多い。それ以外だと巴に連れられて商店街ぶらついたり、たまにやまぶきベーカリーに手伝いに行ったり、はぐみの店行ったり・・・どれにせよ商店街にいることが大半だな。

 

 

とはいえ高校生になったんだし、新しくアルバイトを始めたい。どうせ親は「進学するなら当然金は出さんし、家から出て行け。」とか言うだろうし、金は貯められるうちから貯めておきたい。今日ここに来るときに貰ってきたタウンワークをめくり、バイト先を探す。

 

コンビニ、ファミレス、ファストフード店と色々あって悩んでいると、時給が良いアルバイトが目に入った。・・・ライブハウス「SPACE」のスタッフ募集か。時給も高校生の割に高いし、幸い力仕事は巴のせいで、ある程度は出来る自信がある。受けるだけ受けてみよう。そう思い履歴書を書き出したとき後ろから声がかかる。

 

「ねぇ。ウチでバイトするって選択肢はないの?」

 

「ただでさえ長時間居座らせてもらってるのに雇ってもらう訳にはいかないだろ。」

あくまで金が欲しいのだ。つぐの家から貰うのは正直気が引ける

 

「でも、暁斗君料理できるし、お店としては助かるんだけどな」

 

確かに珈琲店のはずなのにランチメニューとかもそこそこ充実してるし、給料と賄いがあるならアリかもしれない。しかしやっぱり気がひけるので、

 

「とりあえず給料いいし面接受けてみて、ダメだったら考えるよ」

そう言って話を終わらせた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

結論から言おう。SPACEのバイトはあっさりと受かった。なんでも男手が不足していたらしい。

オーナーの都築詩船さんからは

「最後までやりきること。」と言われた。よくわからないが、理由もなく辞めるな。ということだろうか?

 

早速明日から入ることになった。給料良いし気合い入れていこう。

 

 

俺の新生活はこうして幕を開けたのだった

 




主人公周りの説明ばかりで会話がまるでない....
多分プロローグ以外は会話文が多めになるんで許してください



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未知との遭遇

今回はヤバいやつの登場です。本領発揮はまだまだ先ですが、彼女を再現できるか不安しかない


朝7時半。まだ少し肌寒いこの時間、いつものように桜並木を沙綾と歩いていた。

 

「バイト先決まったんだって?どこにしたの?」

 

「SPACE。ライブハウスの」

 

「あ〜・・・あそこね。アレ?楽器とかやってたっけ?」

 

「給料良かったからそこにしただけ・・・沙綾?」

 

何か微妙そうな顔をしているので問い質す。

 

「な、何でもないよ・・・それよりさライブハウスって大変らしいよ?大丈夫?」

 

露骨に話を逸らされた。多分CHiSPAのことを思い出したのだろう。

当人が決めたことだからアレコレ言う気は無いが、そんな辛そうな顔するぐらいなら辞めなければ良かったんじゃないだろうか。

 

「あっ・・・そういえば、昨日面白い子に会ったんだった。」

 

話を聞くに、名前は戸山香澄羽丘と違ってかなり珍しい他中学からの編入生のネコミミ少女。いきなり匂いを嗅がれたらしい。何でも全部の部活に仮入部するつもりらしい。

 

「沙綾にも新しい友達ができて何よりだよ。」

 

「そっちはどうなの?上手くやれてる?」

 

「いつも通り。」

 

「・・・そっか」

 

そう、いつも通り。俺を通して姉に近づきたい人が擦り寄って来るだけ。

 

俺の姉達は身内贔屓があるとはいえ美少女といって差し支えない容姿をしていると思う。更に両者ともに校内でも有名人だ。片や品行方正、成績優秀な風紀委員。もう片方は超絶天才不思議ちゃんとして。

 

そして俺が姉達と不仲と知ると皆離れていくのだ。俺は姉とは違うから、人を引き寄せるものなど持ち合わせてはいない。姉の名が無ければ誰も興味など抱かない。

 

「・・・ごめん。」

 

沙綾に気を遣わせてしまった。別に誰が悪いわけでもないのに。

 

「じゃあ今度沙綾の試作のパン食べさせてよ。それでチャラ」

 

本当はそんなことしてもらわなくても大丈夫なのだが、沙綾は意外と頑固だ。気にするなと言っても絶対に気にする。ならお詫びにならないお詫びを要求しておいた方が沙綾の気が楽になる。

恐らく俺の意図を理解したのだろう。「・・・ありがと。それじゃあまた明日」といつものように別れて学校へ向かう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まだ入学して間もないからガイダンスやら身体測定やらで授業はない。特に何事もなく学校は終わり、今日から早速SPACE でバイトだ。

 

「氷川暁斗です。今日からよろしくお願いします!」

 

「・・・ロッカーは右手奥だよ。さっさと着替えてきな。」

 

「はい!」

 

 

言葉通りロッカーで着替える。その後は初日ということもあって仕事を覚えることから始まる。

 

「今日からお世話になります。氷川です。よろしくお願いします。」

 

オーナーだけではなくスタッフにも挨拶は大事だ。

 

どうやら今日から俺の他に花園たえという子が働き始めるようだ。

暫くは二人まとめて仕事を覚えることから始めるらしい。

 

 

 

商店街の知り合いの手伝いの経験もあってかレジはすんなり覚えられた。とはいえ、男なので大半は機材運びや、客席の誘導などになるらしいが。他にも清掃の仕方や、機材の扱い方などを教わった。

 

わかったことがいくつかあるが、オーナーは良い人なんだと思う。バイトの皆から慕われているし、感謝の手紙や寄せ書きが多数あるということからSPACEが愛されていることが見て取れる。

給料だけで選んだけど、悪くない職場だと思えた。

 

その日のバイトが終わり着替え終わって帰ろうとした時

 

「ねえ」

 

不意に声をかけられた。

振り返ると 、俺と同じで今日からバイトを始めることになった同期の花園たえがいた。

 

「暁斗ってウサギみたい。もふもふ。」

 

・・・は?この15年間で初めて言われた。目は赤じゃなくて翡翠色だし耳はそこまで長くない。あともふもふもしてない。というかもう呼び捨てかこれがコミュ強なのだろうか?

 

「じゃあ。またね」

 

俺が混乱しているうちに帰ってしまった。・・・俺これから大丈夫なのだろうか?




わかったこと:おたえ節は難しすぎる。
恐らく次回はお待ちかねのあの人の登場です


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崩壊の序曲

ここからポピパハロハピ以外のバンドストーリーとアニドリ一期が始まります。
とはいえアフロはすんなり終わってしまいます。というか主人公の出る幕じゃないので。


放課後、俺はライブハウスにいた。といっても、SPACEじゃない。

 

「それでね!この間ダンス部でね・・・りんりん、アッキー、話聞いてる?」

 

「悪い。隣の音でよく聞こえなかった。」

 

「ごめんねあこちゃん・・・隣の音が気になって」

 

「そう!ねぇりんりん、ライブハウスって知ってる?」

 

今日は妹分(俺が早生まれなのでさほど差はないが)のあこと、あこの友達のりんりんこと白金燐子さんと一緒にいる。何でもライブハウスのチケットが余ったから一緒に行こう。ということらしい。本来は巴が行くはずだったのだが、急にバイトが入ってしまったので、俺を呼んだ。という流れだ。

 

「あこね!最近ライブハウス通いにハマってるんだ!」

 

あこはカッコいいもの探すの好きだからな...SPACEに来ているのも何回か見たことがある。

 

「ついに見つけたの。あこだけの超カッコいい人!」

 

「見つかって良かったねあこちゃん・・・」

 

「ありがとりんりん!一緒にライブハウスに行こ!」

 

「え・・・?ライブハウスは・・・人がたくさん・・・」

 

あことしては自分の好きな物を自分の相棒の燐さんに知ってもらいたいのだろう。だが、燐さんにはハードルが高すぎるような.....

 

「あっ、そうか。でも大丈夫。ドリンクカウンターの近くなら人はいないよ」

 

「む、無理・・」

 

「大丈夫だよ。あこもついてるから!....それにね。いつもりんりんに助けられてばかりだからあこは恩返しがしたいの。」

 

「あこちゃん・・・」

 

そう言って燐さんの手を引っ張りライブハウスに向かう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あこ曰く「ユキナ」って人が超カッコいいらしい。詳しいことは見ればわかるらしいが・・・・凄い人の数だ。でも騒ぎになっていない。

皆そのユキナって人の歌をそれほどまでに楽しみにしている。ということだろうか?機材を見るに、バンドじゃない。ボーカルだけだ。

つまりたった一人でこれほどの人の心を掴んでいる。それほどまでのパフォーマンスをするということは・・・つまり、そういうことなんだろう。

 

俺のことは置いとくとして、隣で顔を青くし、グロッキー状態の燐さんがヤバイ。

 

「燐さん顔青いけど大丈夫ですか?」

 

「無理・・・帰・・・る・・・」

 

「りんりんしっかり〜!友希那を見るまで死んじゃダメだよ〜」

 

「いや、友希那見た後でもダメだろ。燐さん落ち着いて深呼吸しましょう。」

 

最悪あこだけ残して、燐さんは俺が外へ連れ出すことも考えよう。

それをあこに伝えようとする刹那────────

 

「ちょっと、あなた達静かに・・・っ!?」

 

世界が塗り変わった。頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 

彼女の歌声は荘重で厳麗────紡ぎ出す言葉のひとつひとつが聞き手の脳内に情景を叩き込む。彼女の歌とそれにより創造された世界がこの会場を呑み込んでいく。

友希那が出た瞬間にざわついた会場も、彼女が歌い出した瞬間、侵食されていき、観客の声を出すという概念そのものを圧殺する。

たった一人で観客をこの小さな箱庭を自身の描く世界で塗り替える。

 

故に誰が呼んだか孤高の歌姫(ディーヴァ)。彼女と並んで演奏しても、霞んで見えてしまうどころか、その圧力に潰されかねない。

 

「・・・すごい・・・」

燐さんのそんなポカンとし顔初めて見ました。でも同意見。

 

「──本物だわ。やっと見つけた。」

 

何やら聞き覚えのある声がしたような気がしたが、今は友希那の世界に浸っていよう。心のどこかの黒いものは気のせいだと思っておきたい。こんな時ぐらいは忘れさせてほしいのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

圧巻のステージだった。これなら熱狂的なファンがいるのも納得だ。

あこも燐さんもテンションが高く、楽しそうだ。

 

 

眩しくて羨ましい。妬ましい。妬ましい羨ましい妬まし羨ま妬羨うらね・・・搾りかすの自分にはああはなれない・・・

 

そんな自分が嫌になる。あこには悪いけど、来なければ良かったと後悔してる。

 

「そ・・メ・バーは?」

 

「まだ貴方と私だけよ。リズム隊のドラムとベースそれとキーボードを探す必要があるわ。」

 

何だ?どこかで聞いたような声だ。その声を聞いた瞬間、あこが凄い勢いで動き出した。

 

「早急にメンバーを集めなくては・・・」

 

「ええ。そしてわた「あのっ!」...え?」

 

 

あこのやつ・・・なんで急に?燐さんもわからないようだ。

 

「今の話ほんとですか?バンドメンバーを集めてるって・・・」 

 

「ええ。それで貴女は?」

 

 

我が名は宇田川あこ・・・えっと・・・えー世界で二番目に上手いドラマーです!

 

あこ…お前、何やってんの?燐さん明らかに動揺してるんだけど。

(いきなり知らない人・・・あこちゃん・・・え?)みたいな感じで混乱してるぞ。相手も目を丸くして・・・え?・・・

 

 

「私たちは遊びでやってるわけじゃないの。二番目に甘んじてる人は必要な・・・え?・・・なんで、なんでここにいるのよ・・・暁斗」

 

 

「・・・それはこっちのセリフだよ。なんでこんなところにいんのさ。紗夜姉」

 

目の前にいるのは俺の姉氷川紗夜(俺の完全上位互換)だった。

 

 

 

 




今回友希那さん熱唱の所に無駄に力を入れました。
実は1話投稿前に書いた文は終始あのノリです。


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なんか3日間でUA6000ってちょっとよく分からない....ありがとうございます。

100人以上もお気に入りにしてくれた人がいて嬉しい反面、こんなクオリティではダメだと猛省しました。

気になる点や感想などガンガン書いてくださると作者のモチベーションになります。

今回は皆大好き紗夜さんの話


日は沈んで、辺りはすっかり暗くなり、街灯もついた。もう春とはいえ、夜はまだまだ冷える。

 

さっきまで、少々沈んでいたし、ライブハウスに来たことは正直かなり後悔している。でも、燐さんやあこと過ごす時間自体はそれなりに楽しんでいたつもりだったのだが、その楽しさもこの気温と同じように冷めていく。

 

あまり会いたくない人に出会ってしまった。

もう片方も突拍子もないことをするし、無自覚に人のことを抉ってくる人ではあるのだが、この人は────紗夜姉は危険すぎる。

 

何せわかりやすく、目に見えて優秀なのだ。普通に成績優秀で普通にスポーツ万能で、普通に手先が器用な人なのだ。それでいて普通に真面目だ。少々ハイスペック過ぎるが、天才とは違う。要領はとても良いが、努力をする人なのだ。

 

 

一方で日菜姉も、頭おかしい記憶力と、ぶっ飛んだ身体スペックをしているし、その性能が常人から著しく逸脱してる。大概のことは一度見ればすぐ出来るし、参考書パラパラと読めば全部頭に入るからテストも常に満点だ。

こちらは秀才ではなく天才だ。

 

俺が似ているのは紗夜姉の方だ。まあ、俺は日菜姉ほどぶっ飛んでないから当たり前といえば当たり前ではあるが。

 

だからこそ危険なのだ。まず、紗夜姉と比べて勝るところが何一つない。

 

一応身体能力は俺の方が高いと思うが、性別が違う。それを考慮したら姉の方が平均より遥かに優秀だ。

 

勉強も運動も何もかもも姉に比べれば劣るのだ。

 

そしてこれは俺だけの思い込みではない。教師に親に友人だと思っていたクラスメイトに、姉の同級生に、実際に言われてきたことだし、出してきた結果がそれを証明してくれる。

 

だから、一緒にいると物凄く惨めな気持ちになる。

姉のことが嫌いになりそうだ。

だから関わりたくない。他人でいたい。家族でなければいい。

そう思ってたのに・・・・

 

「なんでここにいるのさ。紗夜姉」

 

なんで──────アンタが俺の居場所(逃げ場)に来るんだよ・・・どうすればいいんだ

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「この人に誘われたのよ。私をスカウトするために」

 

姉らしいあっさりした答えだ。・・・なるほど。要は互いの実力を知ってからバンドを組もうということか。先の会話の様子から察するに、姉のお眼鏡に適ったのだろう。そこでの会話にちょうど俺たちが通りかかったと・・・不運だ。本当に今日はここに来るべきじゃなかったかも。

 

「そう、紗夜の弟なのね。それでこっちの二人は?」

 

琥珀色の瞳があこ達を見据える。なまじ綺麗な顔立ちしてる分迫力がある。あこも一瞬たじろいたが、すぐに気を取り直した。

 

「あこ、友希那さんの大ファンで、ドラム叩けるから、その・・・私もメンバーに入れてください!」

 

こういう物怖じしないところはあこの凄いところだと思う。燐さんもあこのそういう所に助けられてきたのだろう。

 

とはいえ掴みがまずかった。

紗夜姉のほぼ唯一の欠点は自分と同水準を他人に求めることなのだから。アンタのスペックも大概おかしいんだから自重しろ。と言いたいが、彼女にとって自身の比較対象は日菜なのだから仕方ない。

一番を、日菜の先を目指す彼女に二番はある種の禁句なのだ。

 

そんな紗夜姉と波長が合ったということはつまり・・・

 

「私は頂点を目指すの。二番で甘んじてる子は必要ない。行くわよ紗夜」

当然こうなる。あこはかなりのシスコンで、お姉ちゃんより上と言わないのはあことしては当たり前なのだが、向こうはそれを知らないのだ。相手にされなくても仕方ないかもしれない。

 

とりあえず今日はこれでお開きだ。燐さんとあこを家に送り届け、自分も帰宅するとしよう。




時間がほとんど進まなかった・・・次回久々のアフロ回(予定)


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親と子のすれ違い

私事ですが、感想を一件誤って削除してしまいました。折角書いてくださったのに、このように誠意に欠ける対応をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

ここに質問の答えを
Q:彼が周囲の答えを聞き流すことはできなかったのか?

A:できません。理由はそのうち書きますが、なんだかんだで彼は日菜にも似ているからです。

嫌いにならないでまた感想書いてください!お願いします。




あのライブから一夜明けた。

あの後あこは「絶対に友希那さんに認められてみせる。」と意気込んでいた。楽器のことは素人でさっぱりわからないから助けになることはできない。

 

「・・・というわけでさ、あこのこと見てやれよ。多分喜ぶぞ」

 

なら、わかる奴(シスコン)に任せれば良い。巴ならあこのことをよく知ってるし、何より同じドラマーだ。これ以上の適任はいないだろう。

 

昼休みの食堂で昼食を腹に入れながら、昨日の顛末を話す。割と重度なシスコンだし、未だにネットで知り合った燐さんと会うのを心配して、俺に昨日の様子を訪ねるぐらいだ。多分超喜んで引き受けてくれるだろう

 

 

「あー・・・当然あこの力になってやりたいんだけど・・・」

 

 

「和太鼓が忙しいのか?」

 

巴といえば祭りとソイヤだ。6月に祭りがあるし、もうそろそろ太鼓の練習が始まるのだろうか?

 

「そっちもあるけど・・・今度Afterglowでライブするんだよ。そっちの方の練習もあってさ」

 

「なにそれ聞いてない。いつやるの?」

 

お?これはハブられたか?

 

「いつも使ってるライブハウスのスタッフさんが『ガルジャム』ってイベントに出ないかって言ってくれてさ、昨日出たいって言ったばっかで、まだ出られると決まった訳じゃなくてさ」

 

皆確定してから教えてくれるつもりだったのかな?多分そうだよな!

・・・そんなことより、あこに何もしてやれなさそうだな。昨日微妙な空気にさせちゃった分の埋め合わせをしたかったのだが、仕方ない。今度ジュースでも奢ろう。

 

「・・・モカ。それは俺のパンだ。お前のじゃない。返せ」

 

「およよ〜バレたか〜」

 

当たり前だ。俺の飯はそれしかないのだから気づかない方がおかしい。

 

「本当によく食べるな。そんなに食べて太らないの?」

 

「カロリーはひーちゃんに送ってるから大丈夫〜」

 

「え“っ”!?」

 

すごい声だ。相当な怨嗟の篭った声。流石にモカの冗談だから、そんな親の仇を見るような目でモカを見ないでやってください。

 

「あはは...落ち着いてひまりちゃん。それでね、ガルジャムのことなんだけど・・・」

 

つぐが空気を読んで軌道修正してくれた。どうやら今までより大きな規模のイベントらしい。だから皆気合が入ってる。あのモカですら珍しく気合が入ってる。やる気なのはいいことだけど、つぐはつぐりすぎて空回りしそうだから所々で息抜きさせなきゃ不味いか?

でも皆楽しそうだ。輪に入れない自分はほんのちょっとだけ寂しい気もする。

それよりも・・・

 

「なあ、蘭。何があった?さっきからずっとぼんやりしてるし、授業中も上の空だったぞ?」

 

「・・・別に何でもないよ」

 

間違いなく嘘だな。・・・後で他の奴に聞くか?だが。あまり踏み込んで欲しくなさそうだ。露骨に嫌そうな顔している。

 

「・・・そっか。無理だけはするなよ?折角ライブやるんだし」

 

「うん。わかってる」

 

・・・ん?声が掠れてるな。昨日練習は無かった筈だ。つまり、それ以外で蘭が大声出すようなこと・・・事件に巻き込まれてないなら実家絡みが妥当なところか。蘭と親御さんは仲悪いみたいだし。

 

蘭の実家は長い歴史を誇る華道の家元だ。蘭は一人っ子だから家を継ぐのは蘭ってことになるのだろう。蘭はその決められたレールが、あるいは親の押し付けが嫌で父親に反発している。赤メッシュもその一つだ。確か蘭のお父さんはバンド活動にも否定的だったな。そんなことより実家で華道の勉強をしろ。多分そういう類のことを言われて父親と喧嘩になったのだろう。

 

・・・これ蘭次第で多分あっさり解決するんだよなぁ

 

蘭のお父さんははっきり言えば超親バカだ。娘が大好きで堪らないのである。俺や他のアフロのメンバーに蘭のことを頻繁に聞いてくるし、俺に至っては席が隣だからか、面倒を見てやってくれと頼まれたぐらいだ。蘭が心配なのだろう。蘭に幸せになってほしいから、確実な道を、その方法を押しつけてしまう。つまり、不器用なだけなのだ。・・・うちの親とは大違いだ。

 

だから一度腹を割って話せば解決すると思う。蘭も父親のことが嫌いというわけではないのだ。お互いの考えがしっかり伝われば折り合いをつけられるだろう。

ただ、自分が言えた義理ではない。家族との関わりを半ば放棄してる俺が言ったところで蘭は聞きはしないだろう。蘭も父親に似て不器用で、それでいて意地っ張りだ。

 

とはいえ俺より蘭との付き合いが長い頼れる幼馴染がいるんだ。

俺があれこれ言わずとも巴辺りが蘭に説教かますだろう。

問題はそこに辿り着くまで蘭がどこまで強がるのかぐらいだ。

 

後にこの懸念がかなり当たっていたことを俺は後悔することになる。




前にも書きましたが、アフロは主人公の出る幕ではないので本当にさらっと終わります。恐らく一章の話題はこれで終わりです。後は彼のいないところで話が進み、解決します。


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10話

GWということもあり、じっくり書く時間が出来そうです。
多分1話あたりの文量も多くなります。

今回は最初出たきりのおたえを出してみました。
おたえ感出てるかな?こうするといい。みたいなコツがあったら誰か教えてください


あれから数日が経った。

 

いつも通り毎朝やまぶきベーカリーに足を運び、学校へ行き、放課後はバイトか羽沢珈琲店で勉強や手伝いをする。

高校生になって変わったことといえば、つぐみ以外のAfterglowの皆がアルバイトを始めたことだ。モカは近くのコンビニ。巴とひまりはショッピングモール近くのファストフード店。蘭も始めたらしいが、冷やかしに来て欲しくないのか教えてくれない。つぐみだけは変わらず自宅の店の手伝いをしている。

学校も各教科ガイダンスが軒並み終了し、授業が本格的に始まり忙しくなる。

 

そんな中でガルジャムに出ると決めたのはAfterglowの結成の理由が、元を辿ると、五人で集まって何かをする。だったからなのかもしれない。

 

時間の流れというものは残酷だ。周囲の状況も自分達の立場も自分自身も何もかもが変わってしまう。どれだけ変わって欲しくないと嘆いても、そのままでは生き残れないから変わらずにはいられない。

 

でも、変わらずにいや、変えたくないものもある。どれだけ変わろうが、5人の友情は変わらない。変えずに残していこう。

 

それがAfterglow結成の理由...らしい。それっぽいこと言ってるが、要するにクラス替えで自分だけが別クラスになったショックで授業をさぼり、誰とも話さずにぼっち街道まっしぐらだった蘭のために、5人で集まる理由を作ろう。ってことだったらしいが。

 

ともかく、5人で一緒に何かがしたかったのだろう。高校にバイトと、5人で一緒にいる時間は確実に以前より減っているのだから。

 

蘭は最早言うまでもないが、Afterglowの言い出しっぺのつぐも他のみんなもAfterglowに対しての思い入れが強いのと同時に案外寂しがり屋なのかもしれない

俺より彼女達の方がよっぽどうさぎみたいだと思う。可愛いし。

 

Afterglowの5人でガルジャムに出たい。それが彼女達5()()()やる新しい挑戦だ。

間違っても俺が関わっていいことじゃない。精々つぐの代わりに羽沢珈琲店の店番をするぐらいだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「う〜今日こそは、友希那さんあこをドラ「帰って」」

「はぐぅ」

ここ数日、こんなやり取りが続いているらしい。あこから、今日もまたダメだったと報告がきた。

 

 

湊友希那....羽丘学園高等部の2年生。先日ライブハウスで圧巻のパーフォマンスを披露した歌姫。

 

SPACEの先輩方から聞いたところによると今まで誰とも組まず、一人でライブハウスで歌う一匹狼だったらしい。それでもその歌一本で観客を熱狂の渦に巻き込み、魅了する。綺麗な銀髪に整った顔立ちも含めて、ライブハウスに通う人たちの間で今人気の超新星らしい。この間ステージを生で見てきたと話すと、肩を掴んで揺すられ問い質され、感想レポートを提出することを言い渡された。...どうやらかなりの人気らしい

 

そんな友希那がバンドを組む。これはひょっとしてとんでもないことではないだろうか。紗夜姉と気が合い、バンドを組むということを考えると、今まで誰とも組まずにいたのは、彼女の歌に負けない演奏ができるメンバーが見つからなかったからなのだろう。あの圧力に負けず、更に阻害せず、世界観を壊さずにより良いものに昇華させる。となるととんでもないレベルが要求されるのはド素人の俺でも容易に想像がつく。

 

つまり、あこが憧れの友希那のバンドに加入できる条件とは...

彼女が認めてくれるレベルの技術。そのたった一つだろう。その1つの難度が異様に高いような気もするが。要するに彼女に自分の演奏を聞いてもらって合格が貰えればいい。

 

「あこの演奏を見てもらえ」そうメッセージを送ったのは燐さんがあこに「音で自分の気持ちを伝えればいい」と提案した数分後のことだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、天気は快晴、風も穏やか。桜は段々と散り始め、徐々にその春らしさをなくしていく。

授業も本格的に始まったし、気を引き締めねばならない。バイトを始めた影響で、以前より机に齧り付く時間は間違いなく少なくなっている。だからこそ目の前の授業に集中しよう。

 

 

集中していると時の流れは早く感じる。もうあっという間に放課後だ。

 

今日はバイトだ。のんびりしている時間はない。急いでSPACEに向かわねばと思ったのだが、ひょこひょこ動いてる紫のツインテール・・・あこを見かけた。...誰かと話してるな

 

あの銀髪は湊友希那か?隣にいる茶髪のギャルっぽい人は誰だろう?どこかで見かけたことはあると思うんだけど...

 

記憶を掘り起こそうとしている間に3人が同じ方向に歩き出した。いつもならあこが声を掛けた瞬間に「帰って」と鉄壁のシャットアウトが入り、取りつく島もないはずだが...

もしかしたら、昨日話したように友希那に演奏を見てもらうってことなのだろうか?

 

それなら、あこ...頑張れよ。あこなら多分大丈夫な気がする。

 

ってこんな所でぼんやりしている場合じゃない。自分もSPACEに急がなくては。やや早足であこ達と反対方向に歩き出す。感じていた焦燥感はバイトに遅れそうだったからなのかそれとも別の物なのか、今は考えなくていい。目の前のことに集中しよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

バイトが終わり、着替え終わる。出口にはギターケースを背負った黒髪美少女、花園たえがいた。

 

ここ最近バイト帰りに花園と一緒に買い食いしながら帰ることが多い。シフトが被っているのも理由の一つだが、なんか懐かれた。理由を聞いたら「うさぎみたいだから」と訳の分からない回答。

 

最近わかったことだが同期の花園はとてつもないド天然だ。会話が会話の体を成していない。まるで連想ゲームをやってるかのような感覚で会話が飛びに飛びまくる。

 

今日も暇な時にバイトの先輩と話をしていた際に、料理の話になった途端に物凄くハンバーグ食べたいと異様にプッシュしてきた。お腹が空いてたんだろうか?もう何の話をしても最終的にハンバーグに行き着いてた。

今度作って持っていってみよう。きっと喜んで食すだろう。

 

とにかく会話するのが困難な相手だけど、それでも仕事はきちんとこなしているから不思議な子だと思う。見てくれは黒髪のクールビューティーなのだが、ギャップが凄すぎてついていけない。

でも、頭空っぽにして話せるから一緒にいても別に嫌ではない。

最近感じてる妙な胸騒ぎも、この時だけは忘れられている自分がいることにびっくりだ。

 

「ギター弾きたい。」

 

「いきなりだな。ストリートでもする気か?」

 

「何言ってるの?寒いよ?」

 

「弾いてりゃ暖かくなるんじゃね?」

 

「...天才?よし。弾こう」

 

「そういや花園のギター聞いたことないや」

 

冷静に考えると近所迷惑なのだから止めるべきだが、思考を止めて脊髄で会話をするとこうなる。それに気づいて慌てて止めようとしたが、本人は弾く気満々のようだ。

 

「ちょい待てマジで弾く気か!?」

 

「一曲目・・・Burnでいい?」

 

「いや、良くない良くない。時刻午後10時半、ここ住宅街、騒音、近所迷惑。OK?」

 

「....私のギターを騒音扱いとか酷いよ。ぐすん。」

 

「あ、ごめん。ってそうじゃなくてだな...」

 

やばいバイトより疲れる。誰か助けて──────

 

祈りが通じたのか次の瞬間に着信音が鳴る。これ幸いと通話ボタンを押しスマホを耳に当てる

 

連絡してきたのはあこだ。何の用だ?

 

「もしもしあk「やったよアッキー!あこ友希那さんのバンドに入れてもらえたよ!」

 

うぉう、凄い食い気味。ともかく無事湊友希那さんのバンドのメンバーになったらしい。

 

「それでねそれでねリサ姉と紗夜さんと一緒に演奏したの!そしたらね〜なんかこう3人の演奏がぐわーってしてドーンときてバーン!って感じだったんだ!」

 

 

あこお前は何を言ってるんだ?良く分からんぞ?ともかくそのリサ姉って人と紗夜姉と一緒に演奏した結果バンドメンバーに入れてもらえた。とういことだろう。

 

「やったなあこ。おめでとう」

 

「うん!これから頑張っちゃうぞ〜!あっりんりんにも伝えるから切るね。バイバーイ!」

 

まるで嵐のような電話だった。ともかく良かった。

 

そういえば花園はどこへ...あっ...帰ったのね

 

湧き上がってきた寂しさをさっき買ったお茶で飲み干し、気のせいだと思い込み、俺も家路を急いだ。




文量増やしてみました。どうですかね?くどくない?


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許容範囲

ついに評価バーに色がつきました。いつか真っ赤になるように頑張ります。
前回これで一章は片付いたと言ったな?すまん。無理でした。
あともう少しだけ、Afterglowについて触れます。

もし機会があれば過去編としてアフロの誰かの視点で主人公の過去と一章について書けたらいいと思います。


もう四月も半ばを過ぎた。桜もすっかり散ってしまい、葉桜になり、春らしさが街から無くなってしまった。まだ残ってる春らしさといえば、マスクをつけてる人、鼻をすすってる人、大きなくしゃみ等の花粉症ぐらいだろうか

 

そんなある日のこと、季節が移ろいで行こうが、学校があることに変わりはないので、今日も今日とて沙綾と一緒に通学路を歩いている。

 

「香澄がね今度は茶道部に行ってさ、足痺れたよ〜って、愚痴っててさ・・・」

 

「その人マジで全部活に体験入部する気なのか?」

 

「らしいよ?次は剣道部だってさ」

 

「凄い行動力だな」

 

戸山香澄────最近沙綾の口からよく出てくる名前だ。

 

キラキラドキドキしたい。というよくわからない理由で花咲川に転入してきたという。話だけ聴くと電波か?と思うような子だ。

しかし、その言葉に嘘はなく、本当にキラキラドキドキを見つけるために様々な部活に体験入部をして、探しているらしい。

 

その戸山香澄の話をする沙綾は、自覚があるのかないのかはわからないが、楽しそうだ。CHiSPAの一件からあまりそういう話は聞かなかったから、

ほんのちょっとだけ安心した。沙綾の良き友人になってくれたらいいなと思う。

 

その戸山さんが後に俺の日常を粉々に破壊することになる出来事の発端となるとはこの時は想像だにしなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

学校に着くと教室に蘭以外の四人が待ち構えていた。クラスが違うのに態々俺のクラスで待っている。巴がいると不良がケンカしに来てるように思われるんじゃないだろうか?

 

開口一番。つぐみが沈痛な面持ちで告げる。

 

「最近蘭ちゃんの様子がおかしいの」

 

「蘭の様子がおかしい?」

「うん。歌った時珍しくキー外すし、集中できてないみたいで・・・」

 

「たしかに授業中も上の空みたいだな。ノートとってるの見た覚えがない。」

 

「それに、この間電話で喧嘩してたみたいだし・・・」

 

「喧嘩?」

 

「ほら、蘭とお父さん上手くいってないだろ?多分それだと思うんだけどさ」

 

巴の言ったことで確信した。どうやら俺の予想は当たっていたらしい。

 

「モカ、どう思う?」

 

念のため蘭と一番仲の良いモカに聞いてみる

 

「そうだね〜蘭、元気ないよ。」

 

「そっちじゃない」

 

「え〜・・・わかんないな〜」

 

「・・・そっか」

 

・・・多分モカは事態の全容を把握した上でこの発言だ。

 

蘭個人の問題に踏み込んで、蘭と衝突して今の状況が崩れるのが、五人の関係が、Afterglowがなくなるのが、怖いのだろう。蘭も大概寂しがり屋だが、表に出てないだけで、モカも大概だし、Afterglowへの依存心は5人の中でもダントツだろう。だから事態の収束に向けて動かないし、動けない。

 

だが、正直なところ蘭の方はそこまで心配してないのだ。何だかんだでモカ以外の3人は言う時は言う奴だ。特に巴は蘭と喧嘩になってでも、蘭のために動くだろう。俺をぶん殴った時みたいに

 

そっちより

 

「つぐ、もしかして最近寝不足か?」

 

こっちの方がまずい。気丈に振る舞ってるけどちょっとやつれてる様な気がする。またつぐりすぎか?生徒会に家の手伝い、その上夜遅くまでキーボードの練習なんて生活続けてたらそのうち倒れちゃうぞ。

 

「まあね。でも頑張らなくちゃ・・・」

 

マズいな・・・こうなったつぐはかなり頑固者だ。全くどうして商店街の娘さんたちはこう無理をしたがるのか。沙綾しかりつぐ然り。

・・・巴とはぐみは体力バカだし、あこはそもそも巴が絶対に無理をさせないから心配してない。

 

「無理だけはすんなよ」

聞き入れられないと知りながらもこう言うしかない。

 

 

 

「おはよう皆。何の話をしてるの?」

 

当人が来てしまったか。

 

「おはよう蘭。ガルジャムのこと皆に聞いてたんだよ。」

 

嘘はついてない。

 

 

結局蘭が来てしまいこの話は流れてしまった。その後すぐチャイムが鳴り4人は自分の教室へと戻っていった。

 

今日の仄暗い曇天がこれから先の展開を暗示してないことを祈りながら俺も席へ着く。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

放課後、俺は羽沢珈琲店に向かう。5人の活動に首を突っ込むのは良くないが、つぐの代わりに店に入るぐらいは多分許されるだろう。

 

「いらっしゃいませ。・・・って暁斗君じゃないか。今日はどうしたんだい?つぐみならまだ帰ってきてないよ?」

マスターことつぐみの父親が俺だとわかると接客用の笑みから面白いものを見つけたかのような笑顔に変わる。(・∀・)ニヤニヤみたいな感じ

 

・・・普段は大体つぐがいる時が殆どだから、つぐ目当てって思われてないよな?いや、まさかな。とりあえずこの場を切り抜けて本題に入りたい。

 

「こんにちはマスター。今日は店の手伝いですよ。」

 

「・・・随分急だね。バイト代でも欲しいのかい?」

 

「そうじゃなくて・・・実は・・・」 

 

マスターに事情を話す。正直この時点で5人の問題に首を突っ込んでしまってるような気がするが、つぐが倒れるのは問題だろう。

 

「教えてくれてありがとう。・・・俺も気を配っておくよ。」

 

そのまま閉店まで店を手伝い、帰宅した。

 

あくまで5人の問題だ。本当は、俺なんかが首を突っ込んではいけないだろう。それでも干渉してしまう自分を許して欲しい。

 

羽沢珈琲店からの帰り道、見知った電話番号に電話を掛けたのを最後に、この問題から手を引いた

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

家に着いた。まだ紗夜姉が帰ってないみたいだ。大体この時間には家にいるのに、珍しいこともあるものだ。まあ、姉と話すことがある訳でもないからどうでもいい。

 

そんなことより腹が減った。あるとは思わないが、念のために冷蔵庫を確認する。夕飯は2人分。紗夜姉と日菜姉の分だけ。わかりきっていたことだが、ため息がこぼれる。流石に露骨すぎやしないか?

 

まあ、それを見越して買い物してから帰ってきたから構わない。とりあえず冷蔵庫を物色する。冷蔵庫に卵、玉ねぎ、冷凍ベジタブル、バター。冷やご飯・・・そして今日は安かったから買ってきたとり肉。この材料ならオムライス辺りが妥当か

 

調理を始めよう。まずはチキンライス作りからだ。

玉ねぎはみじん切り、とり肉は一口大に。

玉ねぎをしんなりするまで炒めたら、そこにとり肉のミックスベジタブルを加え火を通す。

塩で味を整えたらご飯を加えて、ケチャップ投入。胡椒で味を整えて完成。

 

次は卵に牛乳と少しマヨネーズを加える。それを混ぜ終えたら、フライパンの上でバターを溶かす。バターが溶け切らないうちに卵を投入。手早くかき混ぜ少ししたら形を整える。

 

完成。よくあるふわっとしたオムライス。付け合わせは野菜を切っただけのサラダだ。

 

そうこうしている間に姉が帰ってきたらしい。

 

「お帰り。夕飯は冷蔵庫に入ってるよ。」

 

「ただいま。わかってるわ。」

 

そういえば姉さんと一緒の時間に夕飯っていつ以来だ?思い出せない。思い出せないぐらい前なのだろうか?

でも、そんなことより飯だ飯。自分で言うのは何だが、今日は上手くできたと思うし美味しそうな見た目にもなった。

「いただきます。」

 

どれ一口。ふむ....中々良い半熟卵。作り方を教えてくれたつぐみの母さんに感謝だ。

 

「ねえ暁斗。貴方はいつもそうやって?」

 

そうやってとはどういう意味だろうか?

 

「もしかして食べたいの?」

 

「美味しそうだけど違うわ。いつもそうやって作ってるの?」

 

「そうでもないかな。知り合いの家で食べたり、買ったりの方が多いよ。」

 

「・・・そう。」

 

何が言いたいのかよくわからない。家にないんだから作るかほかの場所で食べる以外に選択肢がないだろう。

 

やっぱりオムライス食べたいけど言い出せなくて変なこと言ってるんだろうか?

 

「宇田川さん達とは知り合いなの?」

 

えらく話が飛んだなおい

 

「あこのこと?うん。知り合い、同級生の妹」

 

「じゃあ白金さんは?」

 

「あこの親友だーってあこから紹介された。ところで何であこと燐さんのこと聞くの?」

 

まさか不純異性交遊だなんだと説教する気なんじゃなかろうか?

 

そう考えたのが伝わったのか、ため息を吐いた後に教えてくれた。

 

「同じバンドのメンバーになったから気になっただけよ。」

 

「バンドメンバー?燐さんも?」

 

燐さん楽器弾けたの!?知らんかったわ

 

「ええ。白金さんがキーボードよ。5人でバンドを組むことになったわ。バンド名は────Roselia」

 

今日、頂点に狂い咲く青薔薇が誕生した。

 

それはそれとして

 

「オムライス食べる?」

 

「・・・一口だけ貰うわ」




やっとRoselia結成しました。

薄々勘付いてる方もいらっしゃるかと思いますが、この主人公は姉のことを別に嫌ってはいません。

次回ブラシャとパスパレ結成かな?
遂に日菜ちゃんが出ます。やったね


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黒き咆哮

今回はRoselia初ライブとパスパレ結成までいきます。


作者のガバでRoseliaの名前が決まったタイミングがおかしくなってしまったことに気づきました。

ガルパだと初ライブ当日なのですが・・・これは恥ずかしい。

追記:誤字修正しました。あのときの半田さん、誤字報告ありがとうございます。


────孤高の歌姫(ディーヴァ)がバンドを組んだ。────

 

────

アマチュア音楽界に激震が走った。

 

一年前ライブハウスに突如現れた期待のニューホープ、超新星、誰も寄せ付けない圧倒的歌唱力を誇る天才。「湊友希那」

 

そんな彼女が何の脈絡もなく突然バンドを組んだ。今まではその胸のように見事な壁があり、ソロを貫いていたというのに、どうして急にメンバーを集めたのかは定かではない。

「自分と同レベルの精鋭が集まったから。」「遂に商業デビューを視野に入れたから。」「実は猫が好き」など様々な噂が飛び交っているが、真相は不明。

ただ、これだけは確かだろう。彼女のバンドは間違いなくハイレベルなバンドである。プロ顔負けの可能性も視野に入れて、今後の動向に注目したい。

────

 

以上がバイト先の先輩のお言葉だ。

 

さりげなく失礼なことを言っているような気がする。ともかく湊友希那さんがそんなに凄い人だとは想像してなかった。

 

要はソロで凄い人がバンドを組んだらもっと凄いだろうっていうわかりやすい理屈で話題沸騰中らしい。

 

 

そんな、今最もホットなバンドRoseliaが今日デビューライブを行う。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ライブ当日の開演30分前、既に人がいっぱいだった。当日券は即完売してしまったらしい。バンドとしての初ライブでこれなのだから湊友希那の知名度の高さが伺える。俺は燐さんとあこの連名でチケットを貰った。二人の晴れ舞台なのだから、仮にチケットを貰わなくたって行くつもりだったのだが、ここは素直に好意に甘えることにした。

 

ちなみに巴はバイトのシフトが入っており、見に来ることができなかった。それを知った時の崩れ落ちようと悔しがり方は凄まじかった。

・・・ただ一つ言わせて貰えばあこがプリントされた法被を着てあこの顔写真が貼られた団扇を持って大声で叫ぶのは普通に迷惑だと思うから、ある意味行けなくてよかったんだと思う。

勿論、お姉ちゃんが大好きなあこは普通に喜びそうなのだが、近くにいる俺が恥ずかしい。

 

 

 

既に観客のボルテージも最高潮一歩手前まで上がっており、まるで飢えた獣のごとく彼女達の登場を今か今かと望み待ち焦がれている。

開場と開演の時間の差にはもしかしたらこういう理由もあるのかもしれない。

 

客を時間で煽りに煽り熱気も上がった所で、いよいよ幕が上がる。

 

後に大ガールズバンド時代の先駆者の中でも最も技術の高いバンドとして、後世にまで名を遺す技術派バンド誕生の瞬間が、今始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

最初の曲は「残酷な天使のテーゼ」

 

恐らく日本に生まれたら誰でも知っているであろうアニメ、「新世紀エヴァンゲリオン」のOPだ。

 

さっきまで煮えたぎっていた会場も、歌姫が始まりを告げイントロを歌い出した途端に、意識を奪われる。思考が停止し、彼女の歌声を聴く以外の選択肢を瞬く間に奪い去って行く。

そこに生じた空白に他の4人つの楽器の音が襲いかかる。逃れる術など何処にも存在しない。あっという間に彼女達の空間に塗り替えられてしまう。観客一同皆言葉を失い聞き入っている。その圧倒的な技術の凄まじさは何処を取ってもハイレベルだ。

黒がベースの衣装とその容姿も相まって、さながら地の底に堕ちた天使の如く観客一同をRoseliaという底なし沼へと誘う。そこへ堕ちたら二度と戻れない。そんな何処となく危険な妖艶さすらそこにはあった。

 

曲が終わった後の観客の興奮は凄まじい物だった。皆一様にRoseliaの音楽に飲み込まれていた。

 

そのまま怒涛の勢いで二曲目三曲目と続き

 

「これで最後よ。 『BLACK SHOUT』」

 

遂に彼女達自身の曲が始まった。

 

この曲は先ほどまでのカバー曲と違い、5人のパート分けがある。

これが今までの孤高の歌姫(ディーヴァ)の音楽との最大の違い。といってもいいのかもしれない。

今までの湊友希那は言い方が悪いが現実味がなかったとも言える。人形みたいに綺麗な顔とあまり変わらない表情もあり、どこか遠い世界の住人のような印象を与えていたが、この曲は違う。これは彼女自身が作った曲だ。壁や現実にぶつかりもがき苦しみながらも前へ進もうとすることを紡ぎ出す歌声は清廉であり勇ましくもあり、己の道をただ突き進む求道者の血の叫びでもあった。そしてそれが彼女の人間らしさだった。

皆今までとは違う湊友希那に、否、Roseliaの世界に魅せられていた。

 

ライブが終わった後もその熱気は中々冷めなかったのは想像に難くないだろう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

いやー凄かった。陳腐な表現だけど、本当に凄くて格好良かった。

紗夜姉がギター上手いのは予想通りだけど、他の3人も素人から見ても凄かったと思う。

 

あこがドラムをやってたのは知ってたけど、あいつあんなに凄かったんだな。小さい体なのに凄くパワフルだった。

 

燐さんに至ってはキーボードが弾けることすら知らなかった。

でも、よく考えれば燐さんの家は大きくて、明らかにお金持ちの家だったし、小さい頃からピアノを弾いてたりしたのだろうか?

 

2年の付き合いの友人の全く知らない一面を見て驚いた。それと同時に謎の虚脱感に襲われる。あの2人がどこか遠くへ行ってしまったような気がするのだ。とはいえ凄く楽しそうだったし俺が口を挟んでいいことではないだろう。

 

このもやっとした感情は巴に今日のライブの様子を逐一報告して、行きたかったと悔しがる様を見て消化しよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Roseliaの初ライブは周囲に大きな反響を呼んだらしい。口コミで情報が広まっているようだ。クラスでRoseliaについて話している生徒を見かけたぐらいだ。

 

そんな伝説の初ライブから数日後。本屋に参考書を買いに来た。お目当てのものを見つけ会計をしようとしたふとポスターが目に入った。

Roseliaのポスターだ。こんな所にまで浸透してるなんて凄まじまい人気だな。しかし、目を奪われたのはそこではない。

 

写真には「アイドルバンド Pastel*Palettes デビュー」と書かれている。なるほど、彼女達はそういう名前らしい。なんで自分の姉が写っているのだろうか?ちょっと意味がわからない。まさか姉がアイドルになったなんてことはないだろう。他人の空似に違いない。

 

 

そう思ったところで電話がかかってきた。相手は・・・氷川日菜。

 

「・・・暁斗今どこにいる?本屋に近いなら買ってきてほしい雑誌があるんだ」

 

「本屋だよ。何て雑誌?」

 

「ありがとー!えっとね〇〇ってやつ」

 

〇〇っと・・・さっきのポスターが付録で付いてるやつだな。

これがどういうことなのか、当人からきっちり聞いておくのもアリかもしれない。

 

 

とりあえず自身の目当ての本と頼まれた雑誌を買って家に帰った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

家に着き、彼女の部屋へ行く。

 

「はい。姉さん頼まれた雑誌」

 

「ありがとー。ふむふむこんな感じか〜。」

 

「あのさ、日菜姉。アイドルデビューってどういうことなの?」

 

「えっとね。何となくオーディション受けたら受かっちゃった。」

 

・・・知ってた。正直そんな気はしてた。彼女の行動原理は姉が絡まない限りは大体直感で決まってくる。それで何とかなるから正直羨ましいと思う。

 

「紗夜姉が知ったらすげー怒りそうだな。いろんな意味で。」

 

「えー!?なんでなんで?」

 

無自覚に人のウィークポイント突き過ぎじゃないですかね?

これ下手したら2人の仲が修復不可能なぐらいまで拗れるんじゃないか?

 

「・・・日菜姉には無縁のことだからわからないかもね」

 

別に彼女に悪意が無いのはわかっているつもりだが、思わず毒が溢れてしまった。

 

「・・・んー?何か言った?」

 

「なんでも無いよ」

 

「そっか。それよりさ、おねーちゃんのライブの話聞かせて!私知らなかったんだ〜」

 

この日は日菜姉に延々とライブのことを聞かれ続けた。




なんか歌の表現がバトルものっぽくなったけど、シンフォギアだって戦いながら歌ってるし問題はないと思いました。すんません。
初ライブなのでここまでくどくど表現していますが、これ以降はあまり無いと思います。

それと同時にパスパレのバンドストーリーも開始。ですが、あまり深くは触れずさらっと流してアニメ一期に入ります。


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衝撃のデビューライブ

皆さんはパスパレの中では誰が一番好きですか?
自分は千聖さんです。

今回は殆どパスパレの話です。


Pastel*Palettes・・・通称パスパレ。アイドルがバンドをするというコンセプトで作られたユニットだ。

 

氷川日菜は一般公募のオーディションだったが、それ以外のメンバーは、おそらく知名度を利用し、金を稼ぐために起用した子役上がりの女優白鷺千聖。同事務所でモデルをやっている若宮イヴ。企画担当が偶々目をつけたアイドル研究生の丸山彩。そしてスタジオミュージシャンとして現場にいたのを拉致って加えたドラムの大和麻弥。この5人でアイドルバンド Pastel*Palettesだ。

 

あの白鷺千聖がアイドルになる。

学校内でもその話題で持ち切りだ。

 

ただ、この場では主に白鷺千聖とうちの姉が話題の中心になってる。

 

「ねーねーお姉さんアイドルになるんでしょ?」

「今のうちにサインもらっとこう」

「お姉さん紹介して!」

 

 

凡そこのような絡まれ方をする

 

元々姉は校内で有名人だったから、俺は割と肩身が狭かったのにさらに狭くなってしまった。

 

 

「そういうわけでさ、もう今日はクタクタだよ。」

 

昼休みどうにか屋上に逃げ出した。今日は皆手で持てるものが昼食らしい。モカはパン狂いだから違うとして、他の4人は俺が屋上に逃げることを察知してこっちに来てくれたようだ。

 

「お疲れ様。大変だね」

 

「あはは、多分大変だよな。身内が有名人って、どんな感じなんだ?」

 

「元々有名な人だったから、どうって言われると難しいな。そもそもアイドルになったって言われても実感ないし。」

 

「確かに」

 

蘭が俺に同意する。

 

俺も蘭もあまりテレビを見る方ではないのでピンと来ていない。

蘭はともかくとして俺の場合。姉は飽きたらアイドルにさほど固執せずにすぐ辞めるだろうと思っているからだ。とはいえ結果は出す人だ。まるで台風のように暴れた後に本人は綺麗さっぱり消えていくだろう。周囲に大きな爪痕を残していくところも含めてそっくりだと思う。

 

「それにしても、白鷺千聖がアイドルか〜楽器も弾けるんだ〜」

 

「ひーちゃんまたそれ〜?もう5回は聞いたよ〜?」

 

「だってあの白鷺千聖がだよ?若宮イヴもアイドルか〜」

 

 

「なあひまり。その人達ってそんなに有名なのか?」

 

イマイチ今日の話題についていけてないから聞いておこう。

 

「えーっ!?知らないの!?」

 

大層な驚きようである。だってテレビなんて殆ど見ないし...見るときなんて巴の家で夕飯一緒に食べるときぐらいだし。わからないものはわからない。

そもそも元子役がどうこうって時点で昔は有名だった。みたいな感じじゃないのか?

 

・・・ひまり曰くデビュー作品の「はぐれ剣客人情伝」が大ヒット。

そのまま軌道に乗り、子役として売れに売れたらしい。

「はぐれ剣客人情伝」はテレビに疎い俺でも名前は聞いたことがある。

なんでも2000年代のドラマで最高の視聴率を記録したらしい。

江戸から明治にかけて武士の特権階級が失われていく中で苦難とともに生きていく1人の剣客の熱く、そして儚い人情物語。その主人公の娘役を演じていたのが白鷺千聖だ。

 

他にも数多くのドラマに出演していたらしい。

 

世俗に疎い俺が知らなかった理由の一つとして、子役は成長期の間の数年間は露出を控えるからだ。とひまりは語る。

しかしパスパレで電撃復活を果たし、お祭り状態になっているとか。

 

若宮イヴも若者向けのファッション雑誌のモデルになっていて、若者の間では人気らしい。

 

凄い人達と一緒になって日菜姉はアイドルになるんだな。

でも日菜姉のことだしどうとでもなるだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

姉がアイドルになろうが、俺の生活が大きく変わるわけではない。

強いて言うなら姉目的で俺に絡んでくる輩が増えたぐらいだ。それに姉は本当に飽きっぽいのだ。つまらないと感じたらすぐやめてしまうだろう。

 

いつものようにバイトが終わり、花園と買い食いしながら帰る。毎回思うが、花園といいモカといい、マイペースな奴は健啖家なんて決まりでもあるのだろうか?

 

帰り道でも所々でパスパレのポスターを見かけた。

新人ユニットにここまでお金をかける辺り相当大きな事務所なのだろう。恐らくそれも白鷺千聖のネームバリューで回収できるのだろうが。

大手なのは間違いないだろう。

 

そんな事務所のオーディションになんとなくで参加して受かってしまう。ギターだって春休みから始めたから、まだひと月程度しか経っていない。

相変わらずとんでもない才能の塊だと思う。これがギターだけじゃないて何でもこんな感じなのだから恐ろしい。

 

才能より努力、努力は必ず報われる。なんて言葉は彼女の前では寄せ集めても石くれにすらならない空虚な塵芥だ。

 

そんな姉と比べられるのは流石に理不尽だと思うのだが、姉弟だし仕方のないことではあると半ば諦めている。

 

いつもなら花園とアホな会話をしているため、こんなこと考えずに済むのだが、今日は珍しく無言だ。悪い物でも食べたのだろうか?

・・・あれ?あいつどこいった?いつもの別れ道はもう少し先のはずだが、迷ったのか?なんか厄介ごとに巻き込まれてなきゃいいけど。

結局目に入ったウサギのぬいぐるみがあったおもちゃ屋のショーウィンドウに張り付いてた。

 

うん。花園はいつも通りだったな。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

帰宅。風呂に入ろうとしたが、先客がいるようだ。先に課題をやり、待つことにしよう。

教科書を片手にペンを動かし、課題を進めていく。今回はさほど難しいものがなかったため、すんなり終わった。まだ、時間はあるし適当にスマホでニュースでも見てよう。やはりパスパレの記事が目立っていた。相当宣伝費かけてるな。とくだらないことを考えてると

 

「あっ!私の記事だ!」

 

背後から大きな声がした。座っている俺の後ろか顔を突き出し覗き込んでくる。シャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。さっき風呂に入っていたのはどうやら日菜姉のようだ。

 

「せめてノックぐらいしようよ。いつも紗夜姉に怒られてるでしょ」

 

「ごめんって。それよりなんでパスパレの記事見てたの?もしかしてファンになっちゃったとか?いやーお姉ちゃん嬉しいなぁ!」

 

「勘違いしてるみたいだけど、別にファンになってない。日菜姉がアイドルって言われても実感無いなーって思ってさ」

 

「確かにそーかも。あっ!今週末にライブやるんだよ!見に来る?」

 

「バイトだから行かない。・・・ん?もうライブするの?合わせて練習とかしないの?」

 

「ううん。演奏しないんだって。フリだけでいいってさ」

 

「じゃあエアバンドってこと?」

 

「イヴちゃんと千聖ちゃんがまだ弾けないんだ。次のライブには間に合わせるって」

 

口パクみたいなものだろうか?自分は芸能界のことなどロクに知らないけど、それって大丈夫なのか?

というか練習期間とかないのはおかしいだろう。それほどまでに電撃的に決定した企画なんだろうか?

 

「日菜姉は弾けるのにそれじゃあつまらなそうだね」

 

「うん。全然るんってこない。暁斗も見にこないならつまんないよ〜あっ!お姉ちゃん誘おうかな?」

 

「辞めといた方がいいよ。嫌われたくないでしょ?」

 

紗夜姉との溝が深まるだけだ。結局日菜姉が嫌な思いをして終わるだけなので一応止めておく

 

「うぇ〜。なんかやる気出ないよ〜。はぁ・・・あ、お風呂空いたよ?」

 

「うん」

 

そのまま風呂に入ってしまおう。

 

パスパレは少々歪なスタートを切るらしい。まさかバンドで楽器の演奏をしないだなんて・・・大丈夫なのだろうか?最初からエアバンドと謳っているわけではないし、バレたらやばそうだ。無事に終わったら次のライブに向けては練習するみたいだし、大丈夫なのかな?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Pastel*Palettesの初ライブは機材トラブルにより演奏が中断され、フリがバレてしまいそこで終了。以後の予定は全てキャンセル。彼女達は活動休止となった。




千聖さんの経歴が今ひとつはっきりしないので
1コマで名前が出てたはぐれ剣客人情伝をデビュー作にしました。
公式でも二次でもいいから内容が知りたいので、誰か書いてくれませんかね....
知名度的には芦田愛菜ちゃんや鈴木福くんを少し盛った感じとイメージしてください。




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邂逅

皆さんに一つ謝罪を。

おたえがバイトを始めた時期はアニメで春休みと言及されていたのを忘れるというガバが発生しました。この世界では高校生になってから始めたということで許してください。

それはそれとして、今回ついに我らがカリスマが登場します


パスパレの初ライブは大きな反響を呼んだ。勿論言うまでもなく、悪い意味の方ではあるが。どうやらSNSなどネット上で相当バッシングを受けているらしい。

ある意味当然とも言えるだろう。元からエアバンドと言っていない以上、客を騙していたという事実は変えようがない。鎮火するのを待つ以外にやり過ごす方法はない。当然その間パスパレは活動休止だ。

デビュー直後に活動休止。出鼻を挫かれたどころか粉々にされていると言ってもいい。かかった広告費が水の泡。と考えると事務所も頭を抱えているに違いない。

恐らく今回の一件で最も割りを食ったのは白鷺千聖と次いで丸山彩だろう。

 

白鷺千聖は言うまでもない。経歴に傷がついた。単純だが相当厄介な代物だろう。負の遺産は簡単には消えはしない。今後彼女が何をしたとしても、常にヤラせの疑惑がついて回り続ける可能性がある。

 

次いで丸山彩だろう。彼女の場合は。夢への道を絶たれた。日菜姉から聞いた話だが、丸山彩はパスパレのメンバーの中で唯一アイドルになる。という夢を掲げている。そして、あのライブがあった。最悪の形でデビューしてしまったのだ。彼女にも白鷺千聖と同様にフリの事実がついて回るだろう。アイドルとしてのこれからはもう絶望的なんじゃないだろうか。

 

さて、こんな状況で日菜姉がパスパレに居続けるのだろうか?今までの日菜姉ならまず間違いなく即抜けだ。そもそもフリを強要された段階で、つまんない方向に傾いていても何もおかしくない。でも、まだ抜けてない。珍しいこともあるもんだ。よっぽどの理由があるのだろう。

 

「彩ちゃんがとっても面白いからね〜それに、知りたいこともあるし。」

 

「知りたいこと?」

 

「うん・・・多分とっても大事なことなんだ」

 

いつになく真剣な表情をしている。普段からおちゃらけている様子からは想像もつかないような・・・いや、そもそも真剣になる必要すらないのが日菜姉だ。それほど大事なものか、難解なものなのだろうか?

 

どちらにせよ俺には関係ない代物だろう。

・・・そっちより日菜姉が無意識に丸山さんを抉らないかが心配である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

もう間も無く四月が終わる。ついこの間までピンク色だったこの道もすっかり緑色へと変化を遂げ、時間の流れを感じさせる。もうすぐGWだ。長い連休に周囲も浮き足立っている。どこへ行って何をしようか。そんな話ばかりだ。

 

特に遠出する予定もないし、バイトのシフトをがっつり入れて金を稼ぐつもりだ。

 

このGWでつぐが相当無茶しそうな気がする。つぐは周りには無茶するなと言いつつ自分はかなり無茶するタイプだ。確か去年は夏にあったライブのために、三徹してぶっ通しで練習してたんだったか。その時は他のメンバーと俺で半ば強制的にベッドまで担ぎ込んだ覚えがある。今回は俺の代わりにつぐの両親だ。流石につぐも大人しくしてくれるだろう。

 

いつもと同じように沙綾と通学する。

 

「そっか・・・つぐも大変だね」

 

「本当だよ。全く、倒れられたらこっちも大変だし、皆も心配するし、元も子もないんだから、もう少しセーブしてくれるといいんだけどな」

 

沙綾も大概自分を追い込むが、つぐの方は性質が少し違う。

 

多分、何かに手をつけてないと不安なのだろう。周囲はすごいのに自分はダメダメだ。頑張らなくちゃ。と強迫観念に突き動かされてる。

 

俺からしたらつぐもすごい人だと思うのだが・・・本人に自覚があるかはわからないけど、俺はつぐにかなり救われているのだ。

 

「あっそうだ。今日暇ならうちに来てよ。純と紗南が会いたがってた。」

 

「毎朝会ってんじゃん。」

 

「そうじゃなくて、遊んで欲しいみたいだよ?」

 

「りょーかい。バイトもないし多分いくよ」

 

「うん。待ってる。それじゃあまた後で」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今日は俺の方もクラスの方で教科係の仕事もあり蘭以外のAfterglowのメンバーと顔を合わせなかった。

 

放課後、山吹家に向かう。

 

「「にーちゃん、遊ぼー!!」」

 

店に入った瞬間、早速純と紗南が飛びついてきた。すぐさま腰に力を入れ、受け止める。巴にあちこち引き摺り回されてなかったら受け止めることは難しかったろう。かなり迷惑だったと今でも思っているが、こういう時や力仕事をする時だけは感謝してやらないでもない。

 

純と紗南を連れて外に出る。どうやら外で遊びたいらしい。このご時世だ。子供だけで外で遊ばせるのは親も不安なのだろう。だが、やまぶきベーカリーは夕方も意外と忙しいのだ。仕事終わりに明日の朝食を買う人がよく訪れる。つまり純と紗南に構っていられる時間が少ない。だから時々俺が外へ連れ出してる。

 

そのまま公園で2人の遊びに付き合ったが、もう夕方だになる。そろそろ帰らなければならない時間だ。まだ物足りなさそうだが、「ママに怒られるぞー?」と言ってどうにか納得させる。

それにしても子供の体力は底なしだ。2人はまだまだ元気そうだが、こちらはもうクタクタだ。純と紗南を連れて山吹家に帰宅する。

 

「あ、お帰り。ありがとね」

 

「どいたま。」

 

「にーちゃんにいっぱいあそんでもらった!」

 

「おー、良かったねー。手洗ってくるんだよ?」

 

「「はーい」」

 

2人はそそくさと部屋に戻る。ふと来客の気配がして外を見ると、

何やらニヤついてる猫耳がいた。

それを見て沙綾は微笑を浮かべた。

 

「いらっしゃっいませ。メロンパン焼きたてです。」

 

沙綾の表情から察するに恐らく知り合いだろう。それでいて猫耳、花咲川女子の制服、間違いない。最近沙綾の話によく出てくる戸山香澄だ。

 

「沙綾。この人が例の?」

 

「うん。香澄。戸山香澄だよ」

 

「想像以上に猫耳だな。」

 

「なになに?何の話?」

 

こっちに興味を持ったようだ。

 

「香澄。こっちは氷川暁斗、お手伝いさんなんだ。」

 

沙綾が戸山香澄の意を汲んだのだろう。俺の紹介をする。少々紹介の仕方に語弊があるような気もするが、大体あってる。

 

「えっと、戸山さん、でいいかな?今後ともやまぶきベーカリーをよろしく」

 

「あっ!香澄でいいよ!私もあっ君って呼ぶから。」

 

すげーフレンドリーというか、距離感が近い気がする。友達の友達なら、その人とももう友達だよね!って感じだ。というかもうあだ名かよ。あだ名の付け方といい、この距離感といい、どことなくはぐみに似ている気がする。

 

「それで香澄、どのパン買うか決めた?」

 

「まだ!どれも美味しそうで迷っちゃうよ〜おすすめは何?」

 

「チョココロネは人気だよ。暁斗はなんかある?」

 

「メロンパンが焼きたてだし。それがいいんじゃないか?女の子だし、甘いもの好きだろ?」

 

「じゃあチョココロネとメロンパンにするよー」

 

「はい。250円です。それとこっちがポイントカード。今度から会計の時に一緒に出してね」

 

 

会計後に沙綾が尋ねた。

 

「それはそうと、香澄、見つかった?」

 

「ううん。色々やったけど全然見つからないよ〜」

 

例のキラキラドキドキするもの。だっけ?

 

「焦らなくていいんじゃない?バイトとかどう?」

 

「雇ってくれる?」

 

「ウチは厳しいよ〜朝は早いし、夜は遅い。睡眠時間は2時間。」

 

「2時間!?」

 

「うそだよ」

 

さーやぁぁと香澄が沙綾にじゃれつく。

 

でも、睡眠時間以外は本当なんだよなぁ

パン屋の朝は早いし夜も仕込みある。沙綾のお父さんは昼間寝て、会計を千紘さんに任せたりしているけど、香澄は学生だ。昼間は学校に行った上でパン屋でバイトとなると睡眠時間2時間はあながち嘘ではないかもしれない。

 

香澄にそう伝えると

 

「うぅ・・・無理だよぅ。さーやぁ・・・」

 

そのまま香澄が沙綾に泣きつく。

 

「おーよしよしそんなことないからね。夜遅くまでバイトさせたら問題だし。」

 

・・・かなり仲が良いな。沙綾も楽しそうだし。良かった良かった。

 

この後香澄と俺はやまぶき家を後にした。沙綾が「いつもみたいにうちで夕飯食べてかないの?」みたいな顔をしていたが、香澄がいるのに自分だけ夕飯をご馳走になるのは良くないと思い、今日は帰ることにした。

 

今気づいたが、巴から着信があったようだ。純と紗南と遊んでたから気づかなかった。2時間ほど前だから意味がないかもしれないが一応かけ直してみる。

 

「あっ巴か?さっき電話があったけど何か用事か?」

 

「いや・・・そうじゃないんだけどさ」

 

「なんだよ歯切れ悪いな。・・・・何かあったか?」

 

「・・・つぐが過労で倒れた。今病院。」

 

・・・え?嘘だろ?

 

もっとつぐを気にかけるべきだった。無理矢理でも休ませるべきだった。お前は間違えたのだ。とカラスの鳴き声が俺を嘲笑っていた。




アフロに触れない(バンドのことであって個人には触れる)

ごめんなさい。ここで触れないと流石に人間としてまずいかなって
ちなみに蘭関連は一切触れないところは詐欺じゃないです。

薄情というより、リサ姉に諭される前のモカちゃんに近いですかね。踏み込めないのです。


そしてついに星のカリスマ戸山香澄の登場です。この後流星堂に行ってランダムスターと運命的な出会いをしてます。


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夜空に煌めくお星様

今回のイベントのっけから飛ばしてて好きです。


昨日は少々動揺していた。

とにかくつぐが倒れた。原因は過労だ。巴から聞いた限りだと2、3日も休めば問題ないらしい。

大事じゃなくて安心はしたが、流石につぐりすぎだ。

でも、こればっかりはつぐの性分でもあるので止めるに止められないものなのかもしれない。

 

他のAfterglowの4人はつぐが戻ってきてもいいように。と練習をするらしい。だから今日のお見舞いは俺1人だけだ。何かがおかしいと思うが、流石に誰も来ないのはつぐだって寂しいだろう。だから俺1人だけでも行くべきだと思う。

 

「やっほ、つぐ聞いたぞ?過労だって?」

 

本当はそうなりそうな事に気付いていたくせに、よくもこんな白々しいこと言えるもんだ。自分自身に吐き気がする。

 

「うん。ちょっと頑張り過ぎたかも・・・」

 

「皆つぐのこと心配してたぞ?ひまりなんか明らかにテンション低かったし「大丈夫かな?」って何度も言ってたし」

 

「うん・・・皆には悪いことしちゃったな」

 

「そう思うなら今は休んどけ。あいつらはつぐが早く元気になるのが一番嬉しいだろうし」

 

「うん。そうするね」

 

「つぐ。頑張るな。とは言わないけど、ちゃんと休も?こうやって倒れる方がよっぽど時間が勿体無い」

 

「あはは・・・確かにそうだね」

 

「あら、暁斗君も来てたの?悪いわね。」

 

ここまで話したところでつぐのお母さんが来た。多分着替えの話とかもあるだろうし、今日はここで帰るとしよう。

 

「じゃあ俺はこれで。つぐ、お大事にな?」

 

「うん。ありがとう。態々ごめんね?」

 

気にするなと手を振りながら病室を後にする。

今日は久々にこのまま家に帰るか?

それなら一度商店街に行って買い物をしてからにしよう。

 

 

今日は何にしようか、肉か魚か迷うところだ。

 

「あー!あっ君だー。久しぶりだね。」

 

声をかけてきたのは北沢精肉店の一人娘、北沢はぐみだ。

オレンジ色のショートヘアのスポーツ少女だ。だが意外と女の子らしかったりする。

 

「おっすはぐみ。今日は何が安いの?」

 

「今日は豚挽肉だよ。それとコロッケ!」

 

確かにコロッケはいつでも安くて美味しい。肉屋だが、コロッケの方が有名な店である。

それはそうとして、今日は豚挽肉か・・・結構安いし、今日は肉野菜炒めかハンバーグにしようかな?

 

「へいへい。じゃあ豚挽肉150gとコロッケ一個」

 

「毎度ありー!包むからちょっと待っててね」

 

バタバタと店内に駆けていく。相変わらずはぐみは元気だ。ここ最近会ってなかったけど、変わってなくて安心した。

 

「はい。お肉とコロッケ。」

 

「ありがと。あっいくら?」

 

「220円だよ。ねーあっ君、最近どう?」

 

「はい・・・ちょうど。どうって・・・あっ、昨日つぐが倒れた。」

 

「えっ!?倒れたって・・・つぐちん大丈夫なの?」

 

「過労だってさ。2、3日すりゃ元気になるから大丈夫」

 

「そっか〜。元気になるなら良かった。でも、びっくりしたよ!」

 

「うん。俺も驚いた。」

 

しばらく取り留めのない。ごく普通の雑談を少々。

帰り際に

 

「あっ、はぐみね。バンド始めたんだ!」

 

さらっと大きいこと言うのやめてくれませんかね?

 

「バンド?」

 

「うん。ハロー、ハッピーワールド!ってバンドだよ」

 

なんでも世界を笑顔に!というコンセプトのバンド?らしい

メンバーに着ぐるみとは何ともカオスなバンドらしい。

 

ライブやる時には招待してくれるらしい。超嫌な予感がバリバリだが、誘われたら見に行こうと思う。

 

随分話し込んでしまったが、他にも必要な物を買って帰る事にしよう。・・・はぐみの家のコロッケは冷めても美味しいのがいいところの一つだな。新たな発見だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、いつものように沙綾と歩く。

心なしかいつもより口数が少ない。何か考え込んでいるようだ。

何かあったのだろうか?ここ最近一気に色んなことが起こってるから沙綾にも何かあってもおかしくないような気がする。

 

「沙綾・・・何かぼっーとしてるみたいだけど、大丈夫か?疲れてる?」

 

「・・・へ?・・・あっ!? ごめんごめんちょっと考え事」

 

この感じは何だろうか?付き合いは2年ぐらいになるが、沙綾はあまり自分の思ってることを口に出さないからわからない部分が多い。

 

「話せないならそのままでいいけど、無理だけはしないでくれよ?つぐみたいに倒れられたら俺が困る。」

 

あくまで自分本位。沙綾は人に気を遣われると申し訳なさそうにしている時が多いから、多分このぐらいの方が沙綾にはちょうどいい。

 

「わかってるよ。大丈夫。そこまで深刻じゃないから」

 

そこまで・・・ね。つまり何かあったのは間違いないと見て良さそうだ。とはいえ予想はつかない。沙綾はかなりのお姉ちゃん気質というか、気配り上手というか、ともかく周囲に相当気を遣っている節がある。何かあったわけではないが、生活リズムの変化も合わせて、知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでいる。なんてこともあるかもしれない。

 

学校も違うから俺が出来ることなぞ何一つもありはしない。

それに俺が何かしでかすと今までのものが壊れてしまう気がする。

 

つぐの時だってそうだ。俺が御両親にライブのことも、つぐが相当練習していることも話してしまったから、つぐにプレッシャーがかかってしまい、更に追い込む原因になったんじゃないのか?

 

そう思うと俺は何もしない方が得策だろう。いつも通りでいい。

 

 

もしかしたらあいつも・・・もう過ぎてしまったこととはいえ、不味かったかもしれない。あっちはつぐ程露骨ではなかったから大丈夫だと思いたいが、もし裏目に出たら全員とすっぱり縁を切ってしまおう。

 

その方がきっと俺にとっても皆にとっても良いはずだと確信した。

 

そう思っても何も感じなくなってる自分は一体何なのだろうか

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今日の蘭は酷く落ち込んでいる。赤メッシュなのにブルーだ。

あの日か?デリケートなことだったら困るので、とりあえず体調でも悪いのか?と聞いてみても

 

「別に・・・ほっといてよ」

 

 

とつれない回答。まあ、これ以上深く追求するのは良くないだろう。

 

大体見当はついてるというのもあるが、蘭にはちゃんと居場所があるし、そのことの悩みだろうから、Afterglowの5人で解決するのが一番だ。

 

蘭にはちゃんと受け皿があるんだから、甘えればいい。その程度で愛想尽かされるほど脆い関係じゃないだろう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

SPACEでのバイトを終えて帰宅する。今日は珍しく花園とシフトが被っていない。1人での帰り道は初回以外だと久しぶりな気がする。

だから今日は買い食いもせず真っ直ぐ帰ってしまおう。

 

「あっ、あっ君だ!お〜〜い」

 

何やら元気な声が響く。振り返るとネコミミが目に入った。

 

「こんばんは。戸山さん」

 

「えぇっ...!?香澄でいいよって言ったじゃん!」

 

「冗談だよ。それでどうかしたの?」

 

「見かけたから声かけたの。これから用事?」

 

「バイト終わって今帰りだよ。そっちは?」

 

「有咲の家からの帰りだよ!あっ有咲っていうのはね一年生で・・・」

 

想像を絶するマシンガントークが繰り広げられたので要約すると

市ヶ谷有咲:花咲川女子の1年B組。テストで学年一位の引きこもり。

ツインテールの金髪。流星堂という質屋の一人娘でおばあちゃんっ子

あとご飯が美味しい。らしい

 

出会って2日で家に転がり込み朝食を食べるこいつのコミュ力は恐ろしい物があると思う。かくいう俺も香澄と知り合って2日目なんだけどさ。

 

話を聞く限り、有咲の家にある「ランダムスター」ってギターとその後見に行ったライブハウスでバンドに星の鼓動を感じたらしい。

つまりキラキラドキドキはライブだったということか。

どうせ香澄のことだ。当然沙綾も誘ったのだろう。寧ろ誘わない理由が思いつかない。

 

そりゃ沙綾も曇るはずだ。一年前に自分の都合でバンドから抜けた自分が今更バンドなんてやっていい筈がない。でも叩きたい。でも家族が・・・それにCHiSPAが・・・という感じだろうか。

 

やりたいことやればいいのに・・・まあ、沙綾らしいといえばらしいのだが。

 

そのまま香澄と別れて家路に着いた。

 




つぐの出番が多いぞ!?これは私が無意識のうちにつぐを求めているというのか・・・?

冗談はさておき、書きやすいです。常識人だし。羽沢珈琲店は多くのガルパキャラが利用する場所でもあるから色んなキャラとの繋がりを持つ口実として便利というのもあります。
何より氷川家に好かれやすい説がありますし。

他にもこの子の出番増やせよ!っていうのがありましたら活動報告のところにガンガン書いていただけると嬉しいです。全部反映するというのはシナリオ上無理ですが、出せる子は出していきます。



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Twinkle ×2 Little Star

内容はタイトル通りです。

BanG Dream! タグの週間UA数2位になっててびっくりしました。
多くの方に読んでいただいたことをこの場を借りて御礼申し上げます。

単に更新頻度が高いから読まれてるだけなんでしょうが、頑張っていこうと思います


新緑が芽吹き、風薫る五月・・・といってももう、ゴールデンウィークは終わってしまったので、ほぼ五月の半ばだ。夏も近づき、気温も上がる。もうすぐ衣替えもあるためか、半分近くの生徒がブレザーを脱いでいる。

かくいう俺もその1人だ。もう上に着てたら暑くてたまったもんじゃない。

 

 

「久しぶり。GWどうだった?」

 

正門前でAfterglowに会った。何気に初めてなような気がする。

 

「朝はいつも通りやまぶきベーカリーに行って、日中はバイトばっかり。特にどこかに出かけたりしてないな。そっちは?」

 

 

 

「仲直り出来たし、蘭もお父さんと話したんだ。そこからは気持ちよく練習したよ。」

 

そういう意味ではなかったが、まあいいか。

 

「そりゃ良かった。」

 

どうやら「蘭が真剣に話をしに来たら、頭ごなしに否定せずに腹を割って話して欲しい」と蘭のお父さんに頼んだことは裏目に出なかったみたいだ。もっとも、蘭のお父さんは元よりそのつもりだったらしいから、殆ど意味など無かったみたいだけど。

 

「ならもうあとは全力でやるだけか?」

 

「ああ、このままガルジャムまで練習するだけだ!」

 

「ほんと〜一時はどうなるかと〜」

 

「ほんとだよ!モカと蘭が言い合いになった時はどうなるかと思ったんだから〜!」

 

意外だ・・・モカはこういう時静観する奴だと思ってた。モカも変わったんだな。

 

「私も倒れちゃって、皆に迷惑かけちゃった・・・」

 

「私も・・・皆に心配かけた・・・」

 

「あー!もう気にしない!気にしない!」

 

「そーだよ!ガルジャム成功させればいいんだよ!」

 

「泣きそうになってた蘭も可愛かったよ〜?アッキー写真見る?」

 

「お?どれどれ・・ハハッ」

 

「ちょっ・・・モカぁ!?」

 

「嘘ですよ〜モカちゃんジョーク〜」

 

うん。いつも通りの5人に戻ったな。むしろ結束が強まっている気がする。雨降って地固まるって奴だろう。これならガルジャムもいつも通りの彼女たちで臨めるだろう。これにて一件落着。めでたしめでたし。

 

彼女たちはいつも通りの平穏を取り戻し、またその絆を強くした。

しかし、ある重大な問題を抱えていることに気づかないまま彼と彼女たちは偽りの日常を謳歌する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

放課後になりSPACEでのバイトだ。

今週末にはライブがある。主役は「Glitter*Green」愛称はグリグリと呼ばれるバンドだ。メンバーはボーカル&ギター担当の牛込ゆり、ベース担当の鶫沢リィ、キーボード担当の鰐部七菜、ドラム担当の二十騎ひなこ。

4人とも花咲川女子の三年生らしい。鰐部さんは生徒会長、牛込さんは水泳部部長、二十騎さんは人呼んで「グリグリのやべーやつ」と、かなり濃いメンバーである。

今SPACE内で最も人気のあるバンドだろう。

 

そんな彼女たちは今、今週末に行われるライブのリハと音響のチェックをしている。まだ週明けなのにもう週末のライブのリハやんの?直前じゃないの?と思われるかもしれないが、彼女たち花咲川女子の三年生は明日から修学旅行だ。行き先は確か沖縄だったと聞いた記憶がある。帰ってくるのはライブ当日で、空港から直接ここに来るらしい 。よくそんなキツキツのスケジュールでライブに参加しようとと思ったな。彼女たちのライブへの並々ならぬ熱意と体力に感服する他ない。

だが、それも自分には関係ないし、どうでもいいことだろう。修学旅行の積立をしていないから、どのみち同じことをする機会などどこにも存在しない。

 

この日の業務を終わらせて、足早に帰宅した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時間というものは案外あっという間に過ぎていくもので、もうライブ当日だ。スタッフ一同準備に勤しんでいる。

ただ、1つ問題が浮上する。

 

「オーナーさん。グリグリなんですけど・・・」

 

「わかってるよ。沖縄に台風が近づいている。飛行機が飛ばないかもしれない。」

 

「どうします?MCなるべく延ばしてもらって、それから・・・」

 

「いや。あの子達が帰って来る方に賭ける。」

 

「わかりました。」

 

オーナーはもう何年もここで、ガールズバンドの聖地「LIVE HOUSE SPACE」のオーナーをやっているのだ。もしかしたら以前にも似たような状況があったのかもしれない。ここはオーナーの生き字引に素直に従っておくのが得策だろう。一応他のスタッフにも伝えておいてから、俺も準備に戻る。

 

外を見ると雲行きが怪しくなっていた。こっちでも雨が降るかもしれない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

不安要素もありながら、いよいよ開場と相成った。

 

「あれ?何であっ君がいるの?」

 

「んお?・・・香澄か。バイトだよバイト」

 

そういえばキラキラドキドキを見つけたのはSPACEだったと前に聞いた気がする。今日も同じようにライブに来たのだろう。

 

「知らなかったよ〜教えてくれればいいのに」

 

ぶーぶー。と不満そうな声を漏らす。俺のバイト先なんて知っても得なんてしないぞ?

 

「聞かれてないしな。それより後ろの子は?」

 

ここからチラリと見える。金髪ツインテールについて聞いてみる

 

「ふふーん。こっちが有咲だよ!」

 

よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりのドヤ顔の後、香澄が後ろの子の背後に回り込み、背中を押した。そうか、この人が件の市ヶ谷さんか。

 

「ちょっ・・・香澄ィ!やめろって・・・」

 

市ヶ谷さんは恥ずかしがってはいるが満更でもないようだ。それどころか割とニヤけてる。

香澄の人の懐に入る技量は相変わらず凄まじい。将来ヒモになる才能がある。一体どんな手を使ったらひと月足らずでここまで籠絡できるのか、俺には皆目見当がつかない。

 

「香澄は相変わらず手が早いなー。チケットはあっちな?」

 

オーナーがいる方へ案内する。

市ヶ谷さんは何かが心外だったようで、

「ちょっ・・・手が早いってどういうことだ・・・どういうことでしょうか」

 

あっ、言い直した。そういえば香澄から聞いた話だと普段は猫を被ってるんだった。

「特に何も」と答え、香澄が呼んでることを教える。市ヶ谷さんは少々不機嫌そうな、でも嬉しそうな様子で香澄の元へ向かう。

 

ライブ開始を告げるアナウンスが始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ライブはグリグリがまだ来ていないことを除けば、順調に進んでいる。つい先ほどグリグリの牛込ゆりから、彼女の妹に連絡が来たようだ。他のメンバーからも連絡が来た。どうやら30分遅れらしい。

 

どうにかMCを伸ばしてもらうが、それでも10分ほどが限界だろう。今のバンドとグリグリの間の時間も伸ばせても10分もいかない。

 

各バンドの用意時間という建前があれば演奏を数分やればどうにか稼げなくもないかもしれない。とにかく花園や先輩達に話をしに行こうとしたその時だった。

 

「ねえあれ誰?」

 

「プログラムにあんな子いたっけ?」

 

「猫耳!!・・・そういうのもあるのか」

 

観客がざわつき出した。どうやら誰かがステージに上がったようだ。誰だ?まさかオーナーか?

 

ステージに上がったのは戸山香澄と市ヶ谷有咲だった。

 

香澄、お前何する気だ?市ヶ谷さんは香澄に引っ張られてきた感じか?

ステージを見渡す。明らかに緊張している。息を深く吸い込み、歌い出した。

 

「きーらーきーらーひーかーる よーぞーらーのほーしーよ」

 

歌い出したのはきらきら星。

そういえば市ヶ谷さんの家のギターがどうこうという話を前にしてたな。きらきら星はギターを弾く上で初心者の練習曲になっていると聞いたことがある。テンパってつい最近歌った曲が出てきてしまったのだろうか?歌ってる本人より横にいる市ヶ谷さんのダメージの方が凄そうだ。何もしないで立っている。というのはそれはそれで辛いだろう。いっそのことヤケになった方がその時は恥ずかしくないのかもしれない。

 

何ループしただろうか、途中から市ヶ谷さんがカスタネットを叩き出した。観客も呆気にとられている。普通ブーイングぐらいありそうなのに、この異様な状況に呑まれてしまっているのだろうか?

 

今度は牛込ゆりの妹が飛び出してきた。何やら楽器を手にしている。

詳しくないからわからないけど、多分ベースだろう。ここに来て楽器の登場で観客がやや正気に戻った。

そのままの勢いできらきら星を歌い続ける。多分拙い。でも何かがある。それを感じたからオーナーも止めに来ないのだろう。それは俺にはさっぱりわからない感覚だ。

 

そして────「ありがとう。後は任せて。」

 

彼女たちはグリグリが来るまでの時間稼ぎに成功したのだった。

 




この作品どう思われてるんだろうね
やっぱ原作なぞってるだけのクソ小説とか思われてるのかな



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17話

4話は主人公介在する余地がないです。
アニメ見返すと割と記憶から抜け落ちてる部分がありました。
さほど影響はありませんが、ガバはガバです。



グリグリが間に合ったことにより、ライブは無事に終了した。

 

香澄達がステージに立ってくれたおかげだ。あれがなかったらどうなってたかわからない。

 

しかし、天候のせいではあるが、こちら側の不手際とも言えるのに、香澄達には面倒なことをさせてしまったかもしれない。

 

とりあえず今はライブの片付けを終わらせよう。機材を運ぶのは男の俺の仕事である。

 

「ねえ暁斗」

 

「ん?」

 

「変態だった・・」

 

「何が?」

 

「きらきら星」

 

「あー・・香澄達が?」

 

確かにあの場でステージに上がって歌うって相当肝っ玉据わってるよな。変態っていうのはよくわからんけど

 

「知り合いなの?」

 

「うん、まあ。歌ってた子は」

 

「ふーん・・・」

 

珍しく花園が何か考え込んでいる。明日は雨でも降るのだろうか?

梅雨にはまだ少し早い気がする。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

片付けも終わりSPACEから帰ろうとしたら。まだ香澄達がいた。

 

「お疲れ様・・・ごめんな?あんなことしてもらっちゃって」

 

まずは香澄達に労いと感謝の言葉を。後は・・・帰りに甘いものでも奢ってやろう。THE JKなひまりが絶賛するコンビニスイーツは馬鹿にできない。

 

「あっ!あっ君お疲れ様!私も楽しかったよ!」

 

どうやら楽しかったらしい。俺の心配は杞憂で済んだようだ。

 

「あの・・・香澄ちゃん・・この人知り合いなの?」

 

すごくおずおずと小柄な少女....牛込ゆりの妹が香澄に尋ねる。

 

「あれ?紹介してなかったっけ?」

 

香澄・・・まさかその歳でボケたのか?

 

「されてねーよ。SPACEのスタッフさんなのはわかるけど」

 

金髪ツンデレツインテールこと市ヶ谷有咲が答える。この子素だとかなり口が悪いんだな。

 

「えっと、自己紹介いるかな?・・・氷川暁斗。香澄の知り合い」

 

「えー。友達だよー」

 

相変わらずフレンドリーというかグイグイ距離を詰める奴だな。まだ顔を合わせた回数は片手で数えられるっていうのに。

 

「氷川・・・?」

 

どうやら牛込ゆりの妹さんは気付いたらしい。香澄は転入生で、市ヶ谷さんは引きこもりだから気づかなかったようだが。

 

「その、もしかして・・・氷川紗夜さんの?」

 

あまり答えたくないけど、ここで答えないというのも良くないだろう。

 

「うん、弟だよ。あんまり似てないけどね」

 

似てるのは目の色だけだ。それ以外はまるで違う。

 

「お姉さんいるの?私もお姉ちゃんなんだ!!あっちゃんって妹がいて•••あっお姉さんってどんな人?」

 

相変わらず機関銃みたいな会話をする奴だな•••正直なところ姉の話はあまりしたくないんだが。

 

「そんなこととより市ヶ谷さんが帰りたがってるし、早く帰ろうか。今ならなんと、俺からコンビニスイーツのプレゼントだぞ?」

 

「やったー!有咲、りみりん!早く行こ!」

 

「ちょまま、待てって〜」

 

「香澄ちゃーん待ってよぉ」

 

モカと巴から聞いたひまりの機嫌をとる時のやり方が生きた。やっぱ女の子は甘いものが好きなんだな。

 

話を逸らすことができた安堵感と自己嫌悪を香澄の子供っぽい反応に対する微笑ましさで誤魔化し、苦笑いを浮かべながら彼女たちの後を追いかけた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

雨が降っているからか、ジメジメしていて不快感が強い。

コンビニの扉を開けたら全身に冷気が触れ、肌寒いと感じる

 

「らっしゃーせー」

 

随分気の抜けた返事だ。クレームが来たりしないのだろうか?

 

「相変わらず気の抜けた挨拶だな。モカ」

 

 

「お〜アッキーだー。珍しいですな〜」

 

確かに普段モカのいる時間にコンビニに行くことはあまりない。多分最初に冷やかしに行った時以来だろう。

 

「まあ、たまにはね」

 

「へ〜・・・アッキーも隅に置けないな〜」

 

一緒に来た香澄達に気がつき、モカはニヤニヤしてやがる。

「期待に添えず申し訳ないけど、何もないぞ?」

 

「な〜んだ。つまんないね〜」

 

「別にモカを笑わせたいわけじゃないしな」

 

「モカ〜ちょっといい〜?ってあれモカの知り合い?」

 

ギャルが現れた。

 

「あっリサせんぱーい。アッキーでーす」

 

「アッキー・・・ああ!モカが時々話してる?」

 

「はい。そのアッキーですよー」

 

一体モカは普段どんな話をしているんだ?興味半分恐怖半分で聞くに聞けない。

 

「そっかそっかこの子がアッキーか。私は今井リサ。よろしく☆」

 

「今井リサ・・・ああ、Roseliaの」

 

道理であこと湊友希那と3人でいたときに見覚えがあった訳だ。

 

「うーんRoseliaも有名になったもんだね。いつもモカに世話になって・・・るのかな?」

 

「えー・・・私頑張ってますよ〜?」

 

「絶対嘘だろ・・・」

 

「あっははは。そういえば名前聞いてなかったね」

 

「えっ・・・氷川暁斗です。、」

 

モカもしかしてずっとアッキーとしか呼んでなかったのか?

 

 

「あっもしかしてて紗夜の弟?目の色同じなんだね」

 

そういえばRoseliaってことは姉の知り合いなのか。なら今後深く関わることはないだろう。

 

「はい。姉がお世話になってます」

 

「いやいや、そんなことないよ〜この間の練習の時にさ〜・・」

 

なんというコミュ力だ。この人もひまりと同タイプか?会話が終わりそうにない。何か切り上げるタイミングを見出さなければ・・・

 

「あっくーん。スイーツ何個食べていい?」

 

「1個」

 

「3個!」

 

「ダメ。夕飯食えなくなるぞ?」

 

「甘い物は別腹だもん!大丈夫」

 

「3人で4つ」

 

「わーい!」

 

思わず子供かお前はとツッコミたくなるような会話だ。

 

 

スイーツを買い店を出た。食べながら、思い出したかのように香澄以外の3人で自己紹介をした。市ヶ谷さんは猫を被ったままだ。バレてないと思っているのだろう。だが、香澄はお喋りだ。市ヶ谷さんのことをかなり包み隠さず教えてくれた。それを伝えると顔を真っ赤にしながら

 

「忘れろ忘れろ忘れろー!!」

 

「あ、有咲落ち着いて。ね?」

 

「ね?じゃねーよバ香澄ぃ!」

 

「バカじゃないもん!」

 

牛込さんそっちのけでイチャつき出した。心なしか2人を見て羨ましそうにしているように思える。

 

「おい、香澄。牛込さんも混ぜて欲しいってさ」

 

「わかった!」

 

獲物を見つけたと言わんばかりに、りみりーん!と笑顔で飛びつく。

正直牛込さんと何話せばいいかわからないから香澄をあてがっているだけだが、牛込さんも楽しそうだから問題ないだろう。

 

こうして一日が終わった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ライブから数日が過ぎた。

 

いつも通りの通学路を2人で歩く。ここ最近の沙綾は楽しそうだ。

新しくできた4人の友人の話が多い。最近、香澄が花園からギターを教わっているらしい。ただ、香澄達が、楽器やバンドの話をしていたと話す時にどこか辛そうなのが気がかりだ。

 

原因は沙綾が一年前にいたCHiSPAというバンドを抜けたことにあるのは間違いないだろう。

一年前、千紘さんが倒れてしまい、入院した。元々体が強い方ではないから無理もないことなのだが、沙綾はそれをきっかけにCHiSPAを辞め、家の手伝いばかりするようになった。

 

そのことについて俺が言うことは何もない。他ならぬ沙綾自身が決めたことだ。家族でもないCHiSPAでもない俺が口出しするのは筋が違う。大体、家族と上手くいってない暁斗に何がわかるの?って言われたら何も言い返せない。

 

今日も変わらず2人で歩く。互いに抱えるものはあれど、これは今も変わらない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝。今日は何もない休日だ。とはいえ、家にいても息が詰まる。ここのところ羽沢珈琲店に足を運んでいなかったから久しぶりに行くのも悪くない。

そうと決まればこんなところでモタモタするのは勿体ない。向こうの方が圧倒的に居心地がいい。早速準備をしよう。

 

家を出て商店街へと足を向ける。

 

そういえば最近あこと燐さんに会ってない。時折チャットでやり取りしてるけど、Roseliaの練習は相当ハードで、クタクタらしい。

でも楽しい。との事なので問題はないだろう。充実した青春を送れているならそれで良いはずだ。

 

そんな生産性のないことを考えながら歩いていると、片手にバスケット?を持った花園を見かけた。

 

「あっ暁斗だ。やっほー」

 

「おはよ。ところでそのバスケットの中身何?ピクニックでも行くのか?」

 

「彼だよ。」

 

「そっか彼か」

 

「オッちゃんだよ?行こ?」

 

「ん?どこへ」

 

「とっても楽しいよ?」

 

「そりゃいいな。で、どこへ行くの?」

 

「ピクニックじゃないよ?」

 

「そうだな。その中身は弁当じゃなくておっちゃんだもんな」

 

やばい頭おかしくなる。何この会話?

 

「•••さっきから暁斗は何を言ってるの?」

 

「おたえがどこへ行くか知りたいな。」

 

「私行くところがあるんで。」

 

「そう言いながら俺の手引っ張るのやめない?ってか力強っ!?わかった行く。行くから離せって」

 

「アイムウィーン」

 

何故満足気なのこいつ?結局どこへ行くのかさっぱりだし。

 

そのまま歩みを進めること十数分。俺たちは流星堂にたどり着いた。

 

「行き先ってここだったのか?質屋に買い物か?」

 

「蔵だよ?」

 

ああ、最近そこで練習してるとか言ってたっけ。なんで俺が連れてかれるのかはよくわからないけど。

 

おたえと共に蔵に入る、なんか秘密基地みたいだな。あこや巴が好きそうな感じがする。中に入ると、香澄と牛込さんと市ヶ谷さんの3人だ。

 

「おたえー!!ケース破れちゃっ••••え?」

 

「香澄ちゃんどうした••••え?」

 

「香澄、急に飛びだして•••ああおた•••••え?」

 

 

「どうしたの皆?」

 

「そういや表に蔵イブって書いてあったな。もしかしてライブすんの?••••ってなんで皆こっち見て固まってらっしゃる?」

 

 

そんなに想定外だったのだろうか。

 

 

 

「「「えーーーーーっ!?」」」

 

 

「「?」」

 

 




おたえと香澄の出会いがほんのちょっとだけ違うかな?
実は投稿した後にグリグリのライブの日にはおたえいなかったじゃんって気付いた。

でもおたえなら香澄と顔を合わせたら、邂逅一番に変態だ...って言ってくれますよね?

次回蔵イブ


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蔵イヴ

今まで出し損ねたキャラはアニメ一期の裏側でちょこちょこ出していきたいと思います。

ただ、こころんと友希那さんは今後の話の都合上メインストーリーに行くまで出せないです。申し訳ない。



「「「えーーーーー!?」」」

 

「「?」」

 

3人共どうしたんだ?俺を見た途端に固まったと思ったら今度は急に大きな声を出すなんて

 

「おたえの彼って•••」

 

ん?何だろう、すげー嫌な予感がする。具体的には花園が何かやらかしたんじゃないかって。

 

「そうなんだね••••お幸せに」

 

「••••頑張れ」

 

何で俺は牛込さんと市ヶ谷さんから生暖かい目で見られているのだろうか。まるで死地に赴く兵士を見送るような•••

 

「おたえはあっ君と付き合ってたんだね!」

 

••••なるほど、そういう勘違いか••••え、なんで?

 

「ケース、今日私も破れちゃった」

 

この空気から最初の会話を拾う花園は最早流石としか言いようがない。

とはいえ、そろそろ誤解を解かないとまずい。花園にも迷惑だろう。

 

「あのさ、皆なんか誤解してない?俺は偶然会った花園にここまで拉致られただけなんだけど••••」

 

「でも彼も連れてくる。っておたえちゃんが••••」

 

ようやく合点がいった。おたえが彼氏連れてくるって言って本当に男を連れてきたからびっくりした。ってことか。

 

「••••?暁斗はオっちゃんじゃないよ?」

 

「オッちゃん?」

 

「••••花園の言う“彼”だよ」

 

おたえが、手に持ってた籠らしきものを床に下ろし、開く。

するとそこには両目の色が違ううさぎがいた。大体そんなことだろうとは思ってた。オッドアイだからオッちゃんなのか?

 

どうやら3人は自分たちの勘違いを察したらしい。

香澄は特に何事もなく花園との会話を続行。牛込さんは自身の色恋めいた勘違いが恥ずかしくなったのか、顔が赤くなっている。市ヶ谷さんはおたえの天然ボケっぷりに呆れながらも自身の勘違いに、耳が赤くなっている。

 

花園のボケっぷりがよくわかったところで、中へ入る。

 

中に入ると、沙綾の他に牛込ゆりさん、おばあさんが1人、ショートヘアの少女が1人。おばあさんは恐らく市ヶ谷さんの祖母だろう。ショートヘアの女の子は香澄に似てる気がする。

 

「あれ?何で暁斗がここに?」

 

「あらあら、有咲に男友達が出来たんだね。」

 

「氷川君もここに呼ばれたの?」

 

「あっ、氷川暁斗です。お邪魔します。今日は花園に連れてこられました。」

 

「ばーちゃん、そんなんじゃないから!」

 

市ヶ谷さん的にはまだ2回程度しか会ってない人間は友達とは言わないようだ。香澄がおかしいだけで、いたって普通である。

とりあえず沙綾の近くの床に腰を下ろす。

 

その時だった。香澄の腕の中からオッちゃんが飛び出した。狙うは俺の鳩尾。座った直後で気を抜いた俺は回避する間も無くクリーンヒット。痛みで悶絶し、床でのたうち回りながらライブが始まるのを見届けることになった。

 

「私の心はチョココロネ」牛込さんが作った曲らしい。曲名だけ聞くと電波ソングめいてるが、チョココロネの特徴と彼女たちの想いを掛けた、かなり考えられた歌詞だと思う。これを作る牛込さんはもっと自信を持っていいのではないだろうか。

 

一曲だけのライブが終わった。訳もわからず連れてこられたけど、悪くなかったと思う。香澄達も達成感を感じたのか、かなりはしゃいでいる。花園も目に見えて嬉しそうなのがわかる。

 

どうやら彼女達はこのままバンドを組むようだ。••••あとはドラムだけだ。

 

 

ライブが終了した後、沙綾と共に帰る。はしゃいでいた香澄達とは対照的に彼女の表情は暗い。

 

「なあ、沙綾」

 

「ん?」

 

「良かったな。4人の演奏」

 

「••••うん」

 

「楽しそうだったな」

 

「••••うん」

 

「あとはドラムだけだな」

 

「•••••何が、言いたいの?」

 

「一緒にやりたいって思ったろ?」

 

「••••!!そんなことないよ」

 

「••••そっか」

 

相変わらず意地っ張りだな。さっきの反応で香澄達とバンドがしたいってことはバレバレだ。それを彼女の優しさと後ろめたさが邪魔している。

 

本当に沙綾は損な性格していると思う。自分のことより周りのことを優先してしまっている。お姉ちゃんだから我慢しなくちゃいけない。

そうやって自分の欲求を押さえつけている。

それ自体は別に悪いことじゃないと思う。人との関わりで自分を抑えるのは大事なことだと思うし、周りのことを考えられる沙綾は凄いと思ってる。

 

だからこそ、難しいのだ。間違ってはいないから正しようがない。

こればかりは沙綾自身が加減を覚えるしかないと思う。何かきっかけがあればいいんだが、俺が何かを言っても説得力に欠ける。

 

そもそも俺は仲間と共に何かに全力で打ち込む。なんてしたことないし、両親を大事にしてる沙綾の心情もまるで理解出来ていない。つまり沙綾の葛藤を上部だけしか理解できない。何を言っても薄っぺらいのだ。綺麗事を並べられても沙綾が苛立つだけ。

 

 

五月ももう半ばを過ぎた。雲はなく晴れ晴れとした青空だ。見えているのは飛行機雲だけ。

今日も変わらず2人は歩く。距離は変わらず、いつも通り。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

沙綾と別れた後、向かいにある羽沢珈琲店へ向かう。随分と久しぶりだ。ガルジャムはもうすぐらしいし、つぐは練習かもしれないが、元より時間潰しが目的だから問題ない。扉を開けるとカランカランと小気味良い音と共に、

 

「ヘイラッシャイ!何握りやショウカ!」

 

喫茶店とは思えないような声がした。ここはいつから寿司屋になったんだ?あんまり金ないんだけど••••

 

「えっと•••とりあえずカッパ巻きとあがり下さい。」

 

あれ?よく見るとこの子誰だ?今まで見たことないぞ?

銀髪で背が高い。雰囲気から日本人じゃないな。

 

「ちょっとイヴちゃん!ここは喫茶店•••って暁斗君。うちに来るのは久しぶりだね」

 

「学校ではちょくちょく会ってるけどな。その子バイトの子?」

 

「うん。この間新しく入った若宮イヴちゃん。イヴちゃんこっちが氷川暁斗君。ここでは一応先輩になるのかな?」

 

若宮イヴ•••ってパスパレの若宮イヴだよね?こんなところでバイトして大丈夫なのか?

 

「先輩ですか?つまりは師範代ですね!」

 

「し、師範代?」

 

「同じ道歩む先輩としてご指導お願いします!」

 

ゆっくりするつもりだったけど、この子の面倒を見ることになった。

よほど日本の侍が好きなのだろうか、所々でブシドーという単語が出てくる。

例えば接客の仕方や簡単な心構えにブシドーの心を感じてたり、つぐがつぐってた話をしたら、つぐの全力で取り組む姿勢にブシドーを見出してたりと、本当にブシドーが好きなんだろうな。そのブシドーが何なのかはよくわからないけど。

 

それとは別にパスパレでの姉の話を聞かされた。自由奔放だが頼りになる、らしい。というかまだ辞める気はないのか?珍しい。まだ姉の興味を引くものがあるのか、それとも姉も変わって来たのだろうか?

 

花咲川の文化祭の次の日、ライブが行われるらしい。その時に復活です!とイヴは言っていた。まあ、多分行かないからぶっちゃけどうでもいい。

 

結局その日はイヴに仕事を教えて終わった。

 

 

 

 




蔵イブとイヴ登場回だから蔵イヴです。すいません

私の心はチョココロネ、いい曲ですよね。一見ネタ枠ですけどプロのセンスが良く感じられる一曲だと思います。

あとアニメ一期中に出せそうなのは千聖とかのちゃん先輩かな


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沙綾の本音

沙綾加入は沙綾視点の方が書きやすい。当たり前といえば当たり前。

とはいえその辺りはいずれ書く(かもしれない)番外編になると思います。

まあ、需要あるかもわからんし、今はさっさと本編進めます。



もう五月も終わりが近づいてる。それと同時に花咲川女子の文化祭が近づいてきている。

 

どうやら沙綾は文化祭実行委員の副委員になったらしい。香澄は書類を書くのがからっきしらしいから、沙綾も大変だろう。

 

そういえばうちは文化祭どうなってるんだろう。ろくに話を聞いてなかったからわからない。後でつぐに聞いておこう。

 

今回も俺がすることは特に何もないだろう。精々、やまぶきベーカリーに手伝いに行く回数が少し増える程度だ。正直自分の中でこれさえも間違っているんじゃないかなという感じがしている。

 

今日は文化祭で沙綾のクラスが出す出し物のパンを試食するらしい。

その間、店を見るのは俺1人だけ。

 

まあ、割と慣れてる。一年前は体の弱い千紘さんに代わり、沙綾が帰ってくるまで一人で店番することも多かったから、寧ろこっちの方がやりすいのかもしれない。

最近は俺もアルバイトを始めたし、沙綾が家にいたがるのもあって殆どその機会はなかった。

 

まあ、この時間は客もさほど多くない。だから出された課題を広げながら店番を始める。

 

一年前は沙綾はバンドに夢中になってたから、自分のやりたいことを選び、楽しそうにしていたから、そんな沙綾の代わりをしていた。

まあ、自分が看板娘の代役っていうのは少し荷が勝ちすぎてるが、それなりな仕事をしてきたと思う。

 

やがて、客足も途絶え始めた頃

 

 

「沙綾ー!試食に来たよー」

 

試食に来た戸山香澄一行ご来店。

 

「いらっしゃいませー」

 

「あれ?あっ君?なんでやまぶきベーカリーに?」

 

「氷川さんって山吹さんと仲良いのか?」

 

「暁斗の名字って山吹だっけ?」

 

「沙綾ちゃんともなの?」

 

香澄と市ヶ谷さん以外はちょっと黙って欲しい。話が拗れる。

特に牛込さん。もしかして蔵イブでの誤解が解けてなかったのか?

花園は••••もういいや。こいつはどうにもならない。

 

とりあえず全員の質問に一気に答えるとこうなる。

 

「まあ、バイトみたいなもんだよ」

 

今日は多分パン2、3個か夕飯かのどっちかだな。

 

裏で試食会が始まった。俺も一人で店番をする。

暫くするとメールが来た。差出人はあこ。所々よくわからない単語が出てきたが内容を要約すると、

RoseliaでFUTURE WORLD FESのコンテストに参加するらしい。

日時は•••今週末?ギリギリにエントリーでもしたのだろうか?

 

どうやら、紗夜姉は紗夜姉で色々やっているらしい。俺には関係ないことだ。どうせあの紗夜姉のことだ。まず間違いなく優秀な結果を出すだろう。•••俺とは違ってな。

 

とりあえずあこに頑張れと返しておく。

 

たかがメール1通で若干気落ちしていると、沙綾達が出てきた。どうやら試食会が終わったらしい。

 

香澄はどうやら沙綾の家に泊まるらしいが、他3人は帰るらしい。

今日は俺もこのまま帰ることにする。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから数日、いよいよ文化祭まで1日前となっていた。

 

香澄達は喫茶店をやるらしい。文化祭の鉄板だ。

それとライブをするとのこと。バンド名はPoppin'Party。市ヶ谷さんが命名した。

 

着々と文化祭への準備が進んでいるようだ。

 

今日はバイトもない。羽沢珈琲店は休み。かといって正直家にはこの時間に帰るのは嫌だ。

仕方ないから商店街でもぶらつこう。適当に歩いてれば何かしら見つかるだろう。

久しぶりに路地裏の猫に会いに行くのも悪くない。つぐ達は懐かないなんて言ってたが、あいつには「ミケ」って名前がちゃんとある。それを呼んでやればイチコロなんだが、意外と皆気付かないものだ。

 

そうこうして歩いていると猫耳が見つかった。だが、猫じゃない。香澄だ。

 

「おーい香澄?文化祭って明日だろ?こんなとこうろついてていいのか?」

 

「そうなんだけど••••」

 

ん?なんか変だな。何か後ろめたいことでもあるのか?

 

「香澄、どうした?」

 

香澄は少し逡巡したようだが、決心がついたのか

 

「一緒なら沙綾のところへ行こう」

 

声がいつもより少し硬い。緊張してるのか?沙綾相手に?だとしたら何を話すっていうんだ?

 

「わかった」

 

どのみち暇だし、このまま沙綾の家に行くのも悪くない。

 

沙綾の家の前に着くと店の外で純と紗南が遊んでる。香澄は話があるようだし、俺は二人の相手をしていよう。

 

「よーし純紗南。にいちゃんが相手になるぞー」

 

いつものように戯れる。

こうして純と紗南を相手にしながら思う。

この2人も2年で大きくなったな。って、成長してるんだなって感じる。我ながら少しばかりジジくさい。まあ、モカにも時々アッキーは枯れてるとか言われるし、もしかしたら老成しているのかもしれない。

 

そうこうしているうちに沙綾と香澄が家の中へ入っていった。

 

服を強く引っ張られた。

 

「んお?どうした?」

 

「おねーちゃんこわいこえしてた。だいじょーぶかな?」

 

紗南はあの二人の様子から何か感じ取ったらしい。家族だからわかるものがあるのかもしれない。

 

「戻るか?」

 

二人は頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

中に入るとポピパの3人がいた。

 

「あれ?なんでここに?」

 

聞いてる自分がツッコムのもおかしいが、俺はこの家の人間じゃないんだが、他にどう聞くべきかわからない。

 

「香澄が先行っちゃったから」

 

おたえが簡潔に答えてくれた。お前珍しく有能だな。

 

勝手知ったるなんたるか、俺が3人にお茶を出す。羽沢家直伝の紅茶の淹れ方だ。ティーパックでも美味しくなるはず。

 

紗南と純には少し冷まして牛乳多めに淹れて、と

 

そうやって一服しながら暫く待っていると、

 

そんなわけないじゃん!

 

沙綾の大きな声だ。純はびっくりして店の方へ行ってしまった。

 

 

 

香澄にはわかんないよ!ライブめちゃくちゃにして皆気遣って、自分のことより私のことばっか。それで楽しいの?ナツもマユもフミカも本当に楽しいの?私だけ楽しんでいいの?良いわけないじゃん!

あっ紗南が飛び出した。紗南を追いかけて2階へ向かう。

 

普通に考えれば喧嘩なんて良いこととは言えないだろう。

 

しかし、ある程度予想してはいたけど、ようやっと沙綾の本音が聞けた気がする。全部我慢して、1人で背負い込もうとするか弱い女の子の本音だ。多分喧嘩のマイナスを引いても好事家にとってはおつりで家が買えるぐらいの価値があるんじゃないだろうか。

 

先に沙綾の部屋の前に着いた紗南が泣き出してしまった。

沙綾と香澄の言い合いを見て怖くなってしまったのだろう。無理もない。

それを見て冷静になった香澄が紗南を慰めに入った。こういうところはお姉さんらしいと思う。

 

俺はとりあえず場を収めるために、下へ降りることを提案した。

 

 

「皆、なんで•••ここに?」

 

「暁斗も同じこと言ってた。香澄が先に行っちゃったから。」

 

「下に丸聞こえだったぞ?」

 

「純君びっくりしてお店の方へ逃げちゃった」

 

あいつ最初の段階で避難したからな•••賢いと言うべきか、意外と怖がりと取るべきなのか?

 

「んじゃ帰るわ。」

 

「え?」

 

「このままじゃ話し合いにならないでしょ」

 

「バンドとかどーでもいいけど、私は知らない人より山吹さんがいいって思ってる」

 

意外と市ヶ谷さんって言う時は言うんだな••••香澄から聞く素直じゃないイメージが強すぎた。

 

「私も沙綾ちゃんと一緒にやりたいな?」

 

「楽曲データ送っといたから」

 

「私、沙綾のこと待ってるから!」

 

3人もそれぞれ沙綾に言葉を投げかけて、帰っていく。

 

 

それを見届けた後、沙綾の部屋のドアの前に腰掛けながら沙綾に声をかける。

 

「なあ、沙綾。何があったか教えてもらえるか?」

 

「•••暁斗には関係ない。」

 

「まあ、そうだろうな。でも純と紗南はなんとなく気づいてるぞ?」

 

「••••••」

 

「香澄にドラムとして文化祭に出てくれって言われただろ?」

 

「••••!••••」

 

沙綾が息を呑んだ。当たりか。

 

「あいつ、CHiSPAのこと知ってたんだな」

 

「•••ナツに会って聞いたんだって、あの時のこと。」

 

「そっか」

 

「皆に迷惑かけたくない。そう思ってバンドを辞めたのに今更••••」

 

黙って続きを促す。

 

沙綾の本音が漏れ出していく。

周りに損させて自分だけ楽しんでいいわけない。皆自分のことより私のことばっか考えて、皆が楽しい筈がない。そんな状況で楽しめる筈がない。

 

沙綾の考えていることはなんとなくわかった。

 

•••やっぱ俺じゃ沙綾を変えることは無理だな。だってバンドのことわかんないし、CHiSPAの人の連絡先とか知らない。それに俺は家族じゃない。

 

とりあえず言えることだけでも言っておこう

 

「沙綾は優しいと思うよ。」

 

「は?」

 

「自分のことより相手のことを考えて、気を遣って、自分のしたいことを我慢してる」

 

まるで沙綾の言うどこかの誰かと同じじゃないか?

 

「それは•••」

 

「沙綾だけが損していて、楽しめるような奴らじゃないってことぐらい沙綾もわかってるはずだよな?」

 

「でも•••」

 

「•••やっぱ千紘さんのことが心配?」

 

「•••うん」

 

「今日さ、純と紗南と遊んでさ」

 

「••••?」

 

いきなり話が飛んだから驚いてるのかもしれない。

 

「去年より2人とも大きくなったなって思ったんだ。」

 

「••••」

 

「家族のこともう少し信じていいんじゃない?」

 

「••••」

 

こりゃダメか?まあ、俺が言えることは言ったし、帰ろう。

 

「じゃあ沙綾。また明日。そういや俺沙綾のドラム叩いてるの見たことないな」

 

そう言い残して、俺は山吹家を後にした。




アニメだと沙綾が曇るのって確か山吹家の試食会前に沙綾パパが「やりたいことをやっていいんだよ」って言ったのが最初なんですよね。

今作だと割と前の段階から曇らせちゃってるけど、大丈夫かな?

でも皆曇ってる沙綾も好きですよね?


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文化祭の裏側

ついに文化祭です。




昨日は柄でもないことをしてしまった。

 

何が家族を信じてもいいんじゃない?だ。ふざけんてのか

 

俺が言えたことじゃないのは俺自身が一番よくわかってる筈だろうに

 

沙綾も知っているはずだから、あのまま沙綾がお前が言うなってキレてた可能性だってあった。そうならなかったってことはあの場でまた沙綾に気を遣わせてしまっていたんだと思う。

 

実に情けない話だ。沙綾だけが我慢する必要がないと言いながら我慢させてるとか滑稽過ぎて笑えてくる。

 

柄でもないことを言った羞恥と後悔と自分自身への叱責と嫌悪感が入り混じり思考が加速していく。

 

やっぱ俺何もしないで静観してる方が結果的に良くなるんじゃないか?何も変えられないか悪化するかしか今のところ成し得ていない。それなら行動するべきじゃないだろう、多分それがあいつらのために、ひいては自分のために一番良いのは最早疑う余地はないだろう。

これは前に考えた縁切りも視野に入れておくべきなのでは?

 

「暁斗ー!!明日一緒に文化祭に行こー!!」

 

勢いよく開け放たれたドア。入り込んでくる日菜姉。そして文化祭。

理由も察したので、ため息がこぼれる。

 

「毎回言ってるけど、ノックしようよ。」

 

何度も言ってるけど多分直す気ないよね。

 

「そんなことより一緒に文化祭行こうよ。きっとるんっ!てして楽しいよ?」

 

文化祭か。また明日なんて言ったけど、どんな顔で沙綾に会えばいいのだろうか?とりあえずいつも通り朝はやまぶきベーカリーに行くから、そのまま?いやそもそも沙綾に合わせる顔がないんだけど。

変にギクシャクするなら会いたくないなとも思ってる。

 

「いや、日菜姉。ライブ近いんでしょ?パスパレの方で練習あるんじゃないの?」

 

「あっ•••そうだった。でもおねーちゃんと一緒に回りたいし•••」

 

それは紗夜姉が嫌がりそうな気がする。

 

「あっ!練習午後からだし、ちょっとだけだけど行ける!」

 

時折日菜姉のこの他人を顧みない、自分に正直なところが羨ましいと感じる。

 

「暁斗も一緒に行く?」

 

「いや。一緒には行かないよ。そもそも女子校だよ?」

 

「一緒には?誰かと行くの?」

 

誰と誰と?と姉は興味津々

 

あれ?今のは無意識だった。花園と話してる時に頭が空っぽになるのと同じだ。ってことは大体俺が感じたことをそのまま••••そっか

 

「うん。やっぱ一緒には行けそうにない。」

 

「そっか。残念だな〜」

 

日菜姉には悪いけど、やっぱ俺沙綾のドラムが見てみたい。沙綾には世話になってるし、やっぱ沙綾には自分のやりたいことをやって欲しいんだと思う。

 

まあ、実際に文化祭に一緒に行くのは多分純と紗南だけど。沙綾と回るのはさすがに申し訳なさすぎるし、ハードル高い。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、いつも通りやまぶきベーカリーへ赴く。

今日は沙綾のクラスで出すパンだけだ。店は休み。パンの種類はいつもより少ないため、俺が手伝えることが想像以上に少なかった。

手持ち無沙汰になったため、千紘さんの元へ向かう。

 

「手伝いますよ?」

 

「あら、暁斗君がうちの台所で料理するのは久しぶりね」

 

大体一年ぶりぐらいだろう。沙綾がいたし、俺が料理をする必要がなかったというのもある。

 

黙々と作業を進める。この一年で俺も背が伸びた。前より狭く感じる。

 

「暁斗君。昨日はありがとう」

 

まさか昨日のアレ聞かれてたのか?うわっ恥ずかしすぎる。

 

「いえ••••別に、大したことでは」

 

「そんなことないわ。多分沙綾に誰かが言わなきゃいけないことだったから」

 

「••••そうですか?」

 

「ええ。沙綾はお姉ちゃんだからって我慢しちゃう子だから、家族じゃない人がガス抜きしてあげなきゃきっとパンクしちゃうわ」

 

「大丈夫ですよ」

 

それこそ沙綾には香澄達がいるのだから。

 

「ええ。そうね」

 

どうやら満足のいく回答だったらしい。千紘さんはご機嫌そうだ。

 

時間になったので純と紗南を起こす。普段は中々起きないが、お姉ちゃんの文化祭だぞーと言うと2人ともすぐに起きた。紗南はともかく純もちゃんとお姉ちゃん大好きなのがよくわかる。

しかし、当のお姉ちゃんが寝坊助だ。ならば、純と紗南を投入しよう。

 

制服で下へ降りてきた沙綾の表情は暗い。

やはりあの程度じゃダメなんだろう。やっぱ俺じゃ無理なんだろう。香澄とCHiSPAと家族の言葉じゃなければ沙綾を動かすことはできない。いくら沙綾のことを知っていようが、所詮は外様だ。

なら、もういつも通りでいいだろう。

 

「おはよう沙綾」

 

「•••おはよう。ってお母さん1人で作ったの!?」

 

相変わらず母親の心配から入る。

 

「暁斗くんが手伝ってくれたから大丈夫よ?」

 

「•••久しぶりだね」

 

「まあな。とりあえず食べよう。純と紗南も待ってる」

 

純と紗南はお母さんとお姉ちゃんの方が美味しいとのこと。まあ当たり前だと思う。

 

「いってきます。」

 

「いってらっしゃい。あとで行くからね」

 

「純も!」

 

「紗南も!」

 

「多分俺も行くぞ」

 

「うん。わかった」

 

ドアを開けると何やらヒラヒラと落ちるものが。これは、手紙か?

 

ガタンッ! 

 

•••••え?

 

隣を見ると具合が悪そうな千紘さんが

 

「千紘さんッ!?」

 

すぐ近寄り様子を伺う。多分貧血だとは思うんだけど、千紘さんの場合怖いな。ともかく肩を貸して椅子に座らせる。

 

「お母さんッ!?」

 

当然沙綾も心配する。

 

「純、紗南。お父さんを呼んできて。千紘さんは俺が見とくから沙綾お前は学校いって大丈夫。」

 

純と紗南はすぐに父親を呼びにいった。••••沙綾?

 

「私も残る。」

 

「沙綾お前•••」

 

本当にタイミングが悪すぎる。

 

「私だけ楽しく文化祭なんて無理だよ。」

 

千紘さんがこうなったのを見てしまった以上こうなるのは仕方ない。

でも多分大したことないし、検査だけで終わるだろう。そこからならライブは十分間に合うと思う。

 

皆で車に乗り病院へ向かう。千紘さんと沙綾と純と紗南を下ろし、俺と沙綾のお父さんは花咲川へとパンを届けにいく。

 

正門前に、制服を着た少女達が複数人。沙綾のクラスメイトだろう。

早速パンを渡す。

 

「重いから気をつけてね」

 

しばらくして香澄が出てきた。

 

 

「あっ、あの!沙綾は•••」

 

「沙綾ならお母さんと病院だよ。」

 

「あっ君、どういうこと?」

 

「妻は昔から貧血気味でね、娘が病院に連れていくって聞かなくて」

 

その後香澄からいくつか伝言を頼まれた。

 

「あっ君。沙綾のことお願い!」

 

どういう意味だ?伝言を伝えることか?沙綾を文化祭に行かせることか?後者は俺だけじゃ力不足だ。

 

その後2人で車に乗る。行き先は勿論病院だ。

さっき沙綾から精密検査もするが恐らく問題ない。と連絡があった。

でも、文化祭に行く。とは言ってない。

 

「暁斗くん。沙綾は•••?」

 

「やっぱ千紘さんのことが心配なのと、純と紗南だけにしておくわけにはいかないってことだと思います」

 

つまりこの車が病院に着いたら問題無いと思う。千紘さんや純と紗南が沙綾を文化祭に送り出すと思う。

 

「そうだね。ところで暁斗くん、昨日のアレなんだが」

 

「••••聞いてたんですか?」

 

「君は部屋の外にいたからね。聞こえてしまったよ。」

 

こんなことなら沙綾の部屋に入ってから言えば良かったな

 

「親としてお礼を言わせてもらうよ。ありがとう•••娘の心配をしてくれて。でも、1つ言わせて欲しい」

 

何だろう?

 

「あの言葉は間違っていないし、多分沙綾もわかってくれている。

今頃妻も同じ言葉を沙綾に伝えていると思う。

でもね、君は自分のことを勘定に入れてない。沙綾が一番気がかりなのは妻でも純と紗南でもない。暁斗くん、君なんだよ」

 

「•••••え?どういうことですか?」

 

「沙綾がバンドをやってた頃は君がよくウチに来てくれてただろ?

自分がまたバンドを始めたら君が••••沙綾は多分僕たちより君に申し訳ないと思っているんじゃないかな?」

 

「いやいや、それはないんじゃないですかね」

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

「元々好意に甘えてご飯を頂いてる身ですし、手伝いはその対価ですから」

 

「時給で考えると明らかに君が損してるんだけどね」

 

「•••そうでしたっけ?」

 

「そういうところを沙綾は気にしてるんだと思うよ?」

 

つまり沙綾は俺が損をするから、バンドをしちゃダメだって思ってるってことなのか?千紘さんや純と紗南より俺なんかのことを気にしてるのか?

 

つまり────俺が沙綾の邪魔になっている?

 

 

 

 




沙綾視点を書くのは作者のメンタルがズタボロになりそう。
主人公と沙綾はお互いのこと考えてすれ違うある意味両想いです。


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星の鼓動

遂に沙綾がポピパに加入。漸く全バンドが結成されました。

書いてて思う。設定少し変えたら鈍感系ラノベ主人公やれるわこいつって。




山吹沙綾との付き合いは約2年になる。

毎朝山吹ベーカリーに行って開店の手伝いをして、一緒に朝飯を食べて、2人で学校までの道を歩く。高校生になるまでは、放課後や休日に、店が忙しい時や沙綾がいない時に店に入っていた。

 

朝は朝ご飯がもらえてるし、放課後や休日は家から抜け出す口実が作れたから寧ろ感謝していたし、それなりに楽しかったから俺の負担について考えたことがなかった。

 

それも沙綾にとっては良くなかったのだろうか。俺から見たらきちんと対価を貰えてるのだが、沙綾から見たら無償の奉仕に見えていたのかもしれない。

 

この状況を解決する方法は多分いくつかある。

 

1つ目は俺が給料をもらうこと。これは個人的には微妙だ。既に対価は貰っている。これ以上は己には過ぎたものだ

 

2つ目は沙綾に俺が現状に不満を持っていないことを伝えること。

 

そして3つ目は...

 

「沙綾の前からいなくなることを考えてるなら、それは大間違いだよ?」

 

...どうやら沙綾の父さんにはお見通しだったらしい。

 

「沙綾は間違いなく自分を責める。君が沙綾を思って選んだ行動が沙綾を苦しめることになる。君はそれをわかっている上でそれを選ぶ気かい?...親としては看過できないね」

 

正直に言ってしまうと、まるで理解できない。俺が居なくなって沙綾が辛い思いをするっていうのがどうしても想像出来ない。

俺なんて所詮姉の劣化物でしかないんだから、いなくなってもそんなに悲しむことじゃないだろう。代わりなんてそれこそ幾らでも居ると思う。

 

俺とてこの場所に居られなくなるのは惜しいが、沙綾の負担になっているなら居ない方がいいと思う。

 

でも、それだと沙綾は悲しむらしい。いや?どうだろう....そこまで必要にされてると自惚れてはいない。

 

「それにね、妻も純と紗南も、勿論私も、そして...沙綾も君に居なくなって欲しくないと思っているよ」

 

この言葉を信じ切ることはできない。

 

でも、本当だったらきっと嬉しいことだと思う。...それに、折角姉達が関係ない空間にいられる現状を手放すのは勿体無さすぎる。

加えて、沙綾といるのは特に嫌いじゃないから、消えるべきかどうかは必要になってから考えれば良いのかもしれない。

 

そんな俺の考えなんてお見通しだったのだろう

 

「うん。今の君なら大丈夫そうだ。....沙綾のこと任せたよ。」

 

 

「...はい」

 

 

もうすぐ病院へ着く。今日は飛行機雲すら1つもない快晴だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「沙綾はとっても優しい子。だからその優しさを自分にも向けてあげて」

 

「無理だよ」

 

「沙綾なら出来るよ。1人じゃないから」

 

「おれもいるよ!」

 

「さなもいるー!」

 

「でも...」

 

 

....なんとも微妙なタイミングで着いてしまったようだ。どうしよう。この空気を壊して、あの2人の間に入っていける気がしない。

 

「あっ!にーちゃんきた!」

 

「おーい!こっちー」

 

純と紗南に気づかれてしまった。

 

これからは2人とかくれんぼするときすぐ見つからないようにどうすればいいか考える必要もあるかもしれない。

 

だが、2人のおかげ(?)で空気が変わり、沙綾の元へ向かえる。

 

「パンを届け終わったし、文化祭も順調らしいぞ?さっき香澄から連絡があった」

 

「うん....そうらしいね」

 

どうやら沙綾にも伝言があったらしい

 

「それと伝言。『沙綾のこと待ってる。たとえ今日じゃなくたっていい。いつまでも沙綾のこと待ってる。』だってさ。」

 

「••••」

 

手紙のようなものを握る力が強くなる。あの手紙香澄からだったのかな?とにかく意外と効果覿面だったらしい。

 

「俺からの伝言は••••そうだな、『沙綾がドラム叩くところが見てみたい』でいいかな?」

「あぁそれと俺のこと()()()気にしなくていいぞ?沙綾はやりたいことをやればいい。」

 

 

とりあえず言いたいことを先に言っておこう。多分これでいい。

 

なにかが琴線に触れたのか沙綾の顔が一瞬強張り、肩を震わせて、顔を上げる。──────そして、

 

 

なにそれ...?暁斗はそれでいいの?私の代わりに店に入って、自分の時間を私なんかのために使って、それで楽しいの?私が暁斗に損させて楽しめると本気で思ってるの?ふざけないでよ!!

 

流石沙綾の父親だ。沙綾のことやっぱよくわかってるんだな...

俺沙綾にそれなりに大事に思われてるってことで良いのかな?だとしたら...うん。ちょっと嬉しいかも。

 

 

これなら、多分俺が特に損をしてないことを伝えればいいだろう。

 

 

「あのさ、沙綾は勘違いしてるよ」

 

「え?」

 

「その....さ、俺家族と仲悪いじゃん?だから、沙綾といる方が楽だし、その...なんつーか、好きだからさ、損だ負担だって考えたこと全然なくて....」

 

「暁斗...?」

 

「だから、俺のこと気にする必要はないよ。沙綾はやりたいことやればいい。というか、俺が沙綾にドラム叩いてほしいし、見てみたい。それじゃダメか?」

 

我ながらこっぱずかしい事口走ってんなおい。

ああぁぁぁ!!もう間違いなく黒歴史だ。自殺もんだ...やばい。死にたい。脳内から記憶を抹消したい、

 

「あははは•••すごい恥ずかしいこと言ってる自覚ある?」

 

柄に合わないことやってんのは自覚してるからあまりほじくり返さないでほしい。

 

「それに皆見てるのに...すごいね。色々と」

 

「あっ....」

 

やっべすっかり忘れてた...!何という羞恥!失態!純と紗南はともかく、千紘さんも沙綾の父さんもニヤニヤしながらこっちみてる。

 

 

「もうダメだ。お終いだ。殺してくれ.....!!」

 

「あは、あははははっはひーっお腹痛い。あっはっは...ふぅ...」

 

「ちょっと笑いすぎじゃない?」

 

「ごめんごめん•••お父さん、お母さん、純、紗南。それに...暁斗。ありがとう。私、行ってくる」

 

「「行ってらっしゃい」」

 

「姉ちゃんがんばれー!」

 

「がんばれー」

 

なんか色々やらかした気がするけど、無事に沙綾の背中を押せたようだ。それだけは良かったと思う。願わくば沙綾の記憶からさっきの言葉が消えることのみ。

 

「いってこい。後さっきのは忘れてくれ!」

 

「あはは、それは無理〜」と声を上げながら、彼女は走る速度を上げていく。

 

...マジで頼むから本当に忘れて欲しい。香澄とかに知られたら、きっとそこら中に知れ渡ってしまう。どうにかしてそれだけは避けねばなるまい。俺も沙綾を追いかけて交渉に入る必要があると思う。

 

「あらどこに行くつもりなのかしら?」

 

しかし呼び止められてしまった。

 

「どこって沙綾を追いかけて花女へ...」

 

「それなら僕たちも行くから一緒に行こう」

 

なんか逃がさないって意図を感じるのは気のせいか?

 

「えっと••••もう帰って大丈夫なんですか?」

 

「もう少ししたら検査の結果が出るんですって」

 

なんか2人とも有無を言わせない感じがするのは何故なんでしょうか

 

「さて、さっきのはどういうことなのかよく聞かせてもらおうか」

 

なんでこんなニヤニヤしてるのこの人たち

 

「...はい?えっと俺の家族より山吹家にいる方が居心地がいいってことですけど」

 

「またまた〜そんなこと言って本当は沙綾とどうなの?」

 

「普通の友人ですけど。って皆知ってますよね?」

 

 

結局この要領を得ないやり取りは、千紘さんの検査が無事終了し、花女に着くまで続いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

花女の体育館に着いた時には既に曲が始まってしまっていた。最初から聴けないのは残念だと思う。でも、幸い序盤のようだ。

 

沙綾は本当に楽しそうにドラムを叩いてる。あんなに楽しそうな沙綾を見るのは、多分一年ぶりだろう。ほんとに良かった。

というか、曲昨日送られてきたばっかだよな?素人だから断言はできないけど、それであれだけ叩けるって沙綾相当凄かったのか?あるいは、今までも未練タラタラで実は家で時々ドラムの練習してたとか?

 

というか、そうであってくれないと俺は...

 

 

「にーちゃん、どうかした?」

 

...ッ!!あれ?俺は今何を考えてたんだ?折角沙綾がドラム叩いてるのが見られるんだから、今こんな無粋な事を考える必要はないだろう。

 

「なんでもないよ。純と紗南のお姉ちゃんはすごいなって思っただけだよ」

 

多分上手く笑えてない。だから純と紗南を手元に手繰り寄せる。顔を見られないように、考えてたことが伝わらないように...

 

やがて演奏が終わった。

 

「「「「「私たち5人で──Poppin’Partyです」」」」」

 

 

 

 

Poppin’Party──可愛らしさを感じさせる彼女たちのバンド名。

それは俺にとっては大事なものを壊してしまう死神の名前でもあった。

 

 

 




遂にポピパが結成されました。タグにポピパを追加します。

感想として沙綾をタグ追加しないのかと聞かれたのですが、追加していいものなのでしょうか?皆さんの意見を聞かせて欲しいです。

個人的には山吹沙綾でタグ検索した際に、この小説が検索妨害にならないのか不安です


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家族らしさ

最近紗夜を殆ど出していないことに気がついた。
設定上凄く出しにくい人って理由が大半です。

紗夜は多分、主役向きのキャラだと思います。


Poppin’Party が結成された文化祭から数日が経った。季節も早いもので、もう6月である。あれほどまで暑い暑いと思っていたが、梅雨の蒸し暑さはそれを圧倒的に上回る不快感だ。

 

「...こっちはいいから、大人しく寝てな」

 

「....はい。申し訳ありません。失礼します。」

 

 

俺はというと、季節外れのインフルエンザにかかってしまった。

 

何故こんな季節に?と自分でも思っているが、かかってしまったものは仕方ない。それに熱はあるし、頭痛は酷いし、悪寒もするし、膝や腰が痛い。起きているのもしんどい。1人で割と近くにある病院へ行き、帰ってきて、学校とSPACEに連絡を入れただけなのに、既に限界だ。どうにかこうにか自分のベッドの上に転がり込んで、目を閉じた途端に、意識が遠のいていくのが何となく自分でもわかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

────ふと、目が覚めた。────

 

気がつくと自分は近所の公園にいた。インフルエンザになって、寝てるはずなのにだ。いや、仮に寝ていなくても公園に行く理由はない。

どういうことだ?自分はいつのまにか夢遊病になっていたのだろうか?だが、その割には体が軽い。まるですっかり良くなったように感じる。

 

訳の分からない荒唐無稽な状態に混乱していると、薄浅葱色の髪をした。小さな少女が2人と黒髪の少年が公園に飛び込んできた。目は3人とも翡翠色だ。

どこか3人とも見覚えがあるような気がする。

 

「ひな!あきと!きょーはかくれんぼしよ」

 

「うん!おねーちゃん」

 

「きょーはまけないもん!」

 

楽しそうに遊んでいる。随分と仲が良さそうだ。

 

 

「「あはははあはは」」」

 

3人とも服を汚しながら、楽しそうに笑っている。

 

そのまま日が落ちるまで遊び尽くし、3人は仲良く手を繋ぎながら帰っていった。

 

...間違いない。あれは日菜姉と紗夜姉と、そして俺だ。

 

ここに来てようやく現状が理解できた。

 

ああ...これは夢だ。確か、自分で夢だとわかる夢を明晰夢っていうんだっけ?だからこれは過去の遠い記憶。幼いあの日に消えた泡沫の夢に過ぎない。

 

まだ、俺が小学生になる前は俺たちは仲が良かった。俺は控えめに言っても、超お姉ちゃんっ子だったと思う。ずっと姉たちの後ろをついていった覚えがあるし、何をするにも姉2人と一緒だった。今にして思えば、親から逃げてた。という側面もあったことは否定できない。

 

 

姉達と距離ができはじめたのは持って生まれた才能の差が明らかになってからだった。一年前の姉達には出来て、俺は出来ない。そういうものが多く露見してからだ。

 

紗夜姉は秀才で日菜姉は天才だ。一方で、俺は出来損ないだった。何一つ才能と呼べるものはなかった。何をしようが姉に勝る結果を出したことは生まれてこの方一度もない。

 

理由なんてたったそれだけ。だが、そこにはもう埋まることはないであろう大きな溝が存在する。

 

だからこれはもう意味のない遠い過去の記憶でしかない。

 

今の2人は姉であっても、()()()()()()()()()()

 

そう思った時周囲の景色が変わった。より、正確に言えば時間が早送りになっている。

 

小学校中学年になる頃には、俺は完全に姉2人の劣化物として扱われ不要になっていた。否定しようにも、否定できるものなど何1つもなかった。何をやろうが、姉の方が優秀だったのだ。姉の方が早くものを覚え、より上手くやる。それを徹底的に突きつけられた。だから出来損ない。だから無能。姉の下位互換のゴミでしかない。他ならぬ姉達によってその事実が浮き彫りになっていった。

俺と姉の差は一目瞭然だったのだろう。よくいる正義感にあふれ、 「可哀想だから止めよう」と偽善あふれる勇者様すらいなかった。それはきっとどうしようもなく、本当のことだったから。

 

学校の先生も止めなかった。ただ、お姉さんのように頑張りなさい。とだけだった。俺が姉たちより劣っているのは本当のことだから。姉のようになりなさい。という意味でしかない。でも、間違っていないと思う。

 

親は当然こんな俺には期待すらしていなかった。俺が姉達より劣る出来損ないであることは、やっぱり本当のことだったから。

 

全部全部間違っていない。本当のことだったから。

 

 

俺とて何も黙って受け入れてた訳ではない。姉より愚かで鈍臭い自覚はあったが、そこそこの結果は出している。まあ、姉に比べればゴミみたいなもんだっのは最早言うまでもないが。それでも、俺なりの努力をしてきた。

いつの日かきっときっと追いつくことができると信じていたから、周囲の環境にも耐えられた。

 

 

でも、そんな想いはそもそも前提から間違っていたことを突きつけられた。

 

 

...なんというか、自分の記憶とはいえ、気持ちのいいものではない。とはいえここまではまだマシなのだ。ここから先は俺自身ですら思い返したくもない物ばかりなのだから

 

 

「ねぇ本当なの?○○が本当に××の△△なの?」

 

ほら始まった。俺自身があまり聞きたくないものだからかわからないが、所々上手く聞き取れない。

 

「ああ。間違いないよ。ほら」

 

そういって封筒と封筒の中身を手渡す男。そして中身を見て泣きだす女。

 

「最悪だわ。本当にあいつが正真正銘××の△△だなんて!」

 

金切り声を上げ絶望の顔色の女。その女は俺が見慣れた人だった。

 

 

...正直聞き取れなくて良かったと思ってる。多分一生忘れることはない言葉だったし、夢とはいえ、もう一度聞きたいとは思わないから。ある意味今の俺の原点の1つを通り過ぎた。

 

さっきからそうだが、ここから先は本当に見たくない。自分の夢なのにどうして融通が効かないんだろうか。さっさと夢から醒めろよ俺。

 

────容赦なく景色が切り替わっていく。

 

目に入るのは答案用紙。5枚中3枚に×は1つもない。残りの2枚も1つか2つ程度だ。

 

...やっぱりこれか。自分のことながらどうしてエゲツない記憶ばかり選ぶんだろうか。

 

これは2年前の都内模試の時だ。姉とは学校が違ったが、これは東京都が中高生の学力を図るために、毎年5月、公立私立を問わずに行われる学力テストだ。

 

点数は確か494点/500点だったと思う。

 

この日は俺が初めて紗夜姉に勝った日だ。同時に今まで俺を支えてきた大事な何かが壊れた日でもある。

 

ここからのことは何も思い出したくない。さっきのは心を無にすればまだ耐えられたけど、これは無理だ。見たくない。嫌だ。いやだいやだ

 

頭痛は酷くなり、吐き気もする。動悸も乱れ、舌がもつれる。体が、本能がここから先の展開を嫌がっている。しかし、忘れることは許さないと言わんばかりに耳はよく聞こえるし、目も何故か逸らせない。

 

辞めろ、やめてくれよ。やめてください。お願いだからこれ以上は...

しかし、無情にも時間が流れる。

担任が、クラスメイトが、両親が俺にとどめを刺しにくる。

 

「お前があの2人より・「暁斗?暁斗ッ...暁斗!!!

 

 

その瞬間世界にヒビが入った。そのヒビが広がり、壊れていく中で

またさっきと同じように意識が沈んでいく感覚がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

────ふと、目が覚めた。────

 

どこかこの目覚め方に既視感がある。しかし、今度は見慣れた自分の部屋だ。しかし電気がつき、カーテンも閉められている。

自分が寝始めたのは確か昼前だったはずだから、かなり長い間眠っていたらしい。

 

「良かった。目が覚めたのね」

 

隣に誰かいるようだ。横を見ると、心なしか安堵している紗夜姉だった。

 

「魘されてたから心配したわ。大丈夫?」

 

ギリギリセーフだった。あと数秒遅かったら危なかったかもしれない

 

「...大丈夫。それより俺インフルだから入ってきちゃダメだよ。」

 

「え?...インフル?...食欲は?あとなんでそれを先に伝えないのよ?」

 

それを伝える前にぶっ倒れちゃったんだよなぁ....申し訳ない

 

「ないけど薬飲まなきゃだから軽く食べるよ。」

 

「わかったわ。何か作るから待ってなさい。」

 

...紗夜姉料理できるんだな。まあ、俺ですら出来るんだから紗夜姉なら余裕だろ。

 

暇を持て余し始めたところで電話がかかってきた。相手はひまりだ。

 

「もしもし」

 

「あっ暁斗?やっと繋がったよ〜」

 

「ごめん。さっきまで寝てた。」

 

「うわっ声が凄いガラガラ!じゃあ、早めに用件済ませちゃわなきゃだね。」

 

普段のおしゃべりなひまりからは想像がつかない。流石に病人相手にすることじゃないって線引きしてるんだろうな。

 

「頼む」

 

「うん。あのさ....ガルジャム見に来れそう?」

 

「.......無理っぽい」

 

ガルジャムは2日後だ。仮に熱が引いても外に出る訳にはいかない。

 

「......だよね。もしかしたらって思ってたけど」

 

「.....ごめん。」

 

「ううん。お大事にね?」

 

「ありがと。皆にも俺のこと気にせず楽しんでって伝えといて」

 

「うん」

 

 

そう、本来なら明日は、SPACEでグリグリとRoseliaのライブのスタッフとして入って、明後日はAfterglowが出場するガルジャムに行く予定だった。それがインフルエンザでパーだ。

自分のせいとはいえ、何でインフルなんだよクソが。と思う。

 

ピロ-ン

今度は香澄から写真が送られてきた。SPACEに臨時でバイトに入って楽しかった。SPACEが更に好きになった。とある。なんでも、スタッフの大半がインフルエンザにかかって壊滅状態だったので、おたえ以外のポピパの4人もバイトに入ったらしい。

 

...多分SPACEの誰かから一気に感染したな。改めてインフルエンザの脅威の感染力を思い知った。

 

とりあえず店側の人間として香澄にお礼を言っておく。

 

あっ...ポピパで思い出した。沙綾に暫く店に行けないことを伝えておかなくちゃだ。同様につぐにも。そうやって連絡をしていると、ノック音

 

「どうぞ」

 

「作ってきたから食べなさい。おかゆで大丈夫よね?」

 

「ありがとう....いただきます」

 

無言で食べ続けること数分

 

「ご馳走さまでした。」

 

「お粗末様でした。何か欲しいものある?」

 

「特にないけど、強いて言うなら飲み物かな」

 

「確かスポーツドリンクがあったから持ってくるわね」

 

「ありがと。紗夜姉」

 

食後だし薬も効いてきたのか眠くなってきた。今は体も重いし。このまま睡魔に身を委ねてしまおう。

 

その夜はさっきのような嫌な夢を見ることはなかった。




インフルエンザはアニメでもこの時期に流行してたみたいです。
SPACEのスタッフが軒並み壊滅しています。

SPACEでRoseliaと会わせるのも面白そうですが、一期になぞり過ぎるのも味気ないかもしれないと思ったので、あえてダウンさせました。



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多角ディファレンス

UA数3万突破しました。ありがとうこざいます。
GWが終わったので投稿ペースは落ちますが、最低でも3日に1話は投稿していきますから、最後までお付き合い頂けたら幸いです。


多くの誤字報告ありがとうございます。かなりの数の誤字があって恥ずかしい。言い訳としては早さ優先の弊害です。ごめんなさい。



もう6月の終わりも近い。このジメジメした空気がずっと続く梅雨も、じきに終わる。そうすれば夏休みはもうすぐだ。

 

病み上がりの最初の登校。沙綾との会話はSPACEのことだった。

 

「そっか。ポピパはSPACEのライブに出るのか」

 

「うん。そのつもりだけど、オーディションに受からなくて•••」

 

「まあ、オーナー結構厳しいだろうしね。」

 

あの人拘り強そうだしな。

 

「何がダメだったのかな?やっぱ私ブランクあるし•••」

 

ガールズバンドの聖地。と言われるぐらいだ。多くのガールズバンドがSPACEでライブしたい。と思っているだろう。そんな中で5人中3人が初心者だったりブランクがある。というのは厳しいのかもしれない。

 

自分はオーディションを見たことがないから、どういう基準でバンドを選んでいるのかはわからない。ただ、俺でも予想がついていることが1つある。

 

「•••多分技術的なものじゃないと思う。」

 

もしそうなら例のきらきら星は即座に止められていたと思う。

きっとそこに何かを感じたから、オーナーはライブが終わった後に

「勝手にステージに上るな」と注意するだけだった。

恐らくオーディションでも、その何かを見ているんじゃないだろうか?何を見ているのかは全くわからないけど。

 

「じゃあ何がダメだったのかな?」

 

「わかんない」

 

 

まだバイトし始めて3ヶ月も経っていない。エスパーじゃないんだからオーナーの考えが全部わかるわけじゃない。ポピパはやれる事を全力でやるしかないと思う。

 

小雨は降り続ける。この時期は湿気が凄くて嫌になる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そっか沙綾たちはSPACEのライブにでるのか。」

 

「正確には出るためにオーディションを受けてる。だな」

 

「沙綾ちゃんならきっと大丈夫だよ。ドラム上手だもん。」

 

昼休み、食堂で昼飯を食べながらいつものように駄弁る。話題は沙綾、正確にはPoppin’Party のこと。

 

「AfterglowはSPACEでライブしたことあったっけ?」

 

「いつかはしてみたいって思ってたけど、結局やらなかったな

 

「ガールズバンドの聖地だし、いつかはしてみたい!とは思ってたんだけどね•••」

 

SPACEは今年の7月に閉店してしまう。

 

 

 

「別に場所なんて関係ない。私たちはいつも通りやるだけだよ」

 

一見すると冷めた言葉である。だが、SPACEでライブができないことにショックを受けてるひまりに対しての慰めの言葉と考えて捉えれば

不器用な蘭らしい慰め方と言えるのかもしれない。

 

「蘭ってば優し〜ね〜」

 

「•••別に。」

 

モカが蘭を弄り出す。どうやら蘭語の解釈の仕方は正解だったようだ。欲しかった情報は手に入らなかったけど、仕方ない。

 

「•••ていうかさ、もしSPACEのオーディションのこと知ってたとしても、私たちのライブに来ない薄情者には教えたくないんだけど」

 

蘭の言葉にモカも巴もひまりも「そーだそーだ」と同意し始める。

つぐも言葉にこそしているわけではないが、ライブに来なかったことに関しては不満げな様子だ。

 

「•••ごめん。それに関してはマジで申し訳ありませんでした」

 

本当にすいませんでした。あまり弄らないでください。罪悪感で胃が壊れそう。

 

「嘘だよ。何もそこまで落ち込まなくてもいいじゃん」

 

「そうそう。これが最後って訳じゃないしな。」

 

「すまん。次はちゃんと見に行く。」

 

「そうした方がいいよ〜この間は蘭パパがね〜」

 

「ちょっ•••モカ!やめてってば」

 

「え〜蘭パパがライブ見に来てた話をするだけだよー?」

 

「蘭の父親がライブに?ってことは蘭の父さんはバンド続けることを?」

 

「うん。認めてくれた。•••華道の勉強もすることが条件だけど」

 

「あれ?蘭って華道嫌いじゃなかったのか?」

 

「父さんが押し付けてくるから嫌なだけであって、華道自体は別に嫌いじゃない」

 

そうか、蘭も蘭の父さんもお互いに話し合って上手くいったのか。

まあ、親と仲良くすることは良いことだと思う。俺は無理だけど。

 

そのまま蘭の華道の話や今度の祭りの話をしながら、昼休みを過ごした。ここ最近ライブ関連でやや蚊帳の外だったけど、漸く日常が帰ってきた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

授業も終わり放課後になった。相変わらずの空模様で憂鬱だ。

今日はSPACEでバイトだ。もう流石に慣れたものだ。

 

「オーディション、受けさせてください」

 

扉が開いた直後、そのような言葉が飛び込んできた。

そこにいたのは花園だ。どうやら今日もオーディションを受けにきたようだ。4人は緊張した面持ちだが、全力で臨む気でいることが何となくわかる。•••そう、()()()だ。つまり1人例外がいる。

それは戸山香澄。Poppin’Party のリーダーでボーカル&ギター。そして四月の末からギターを始めた初心者でもある。彼女だけは不安げな表情だ。

 

オーナーも気づいたようだ。香澄を数秒見た後に

 

「入んな」

 

オーディションを開始することを決定した。

 

今回は珍しく、俺も同席するように言われた。何か思うところでもあったのだろうか?俺は技術的なことは全くわからない。どうだったと聞かれたら困る。そう伝えると、

 

「あんたはそこで見てるだけでいい」

 

•••どういうことだろうか?それ俺いる必要あんのか?

よくわからないが、とにかく俺も同席する。特に何かをする必要もないようなので俺も気楽に彼女たちの演奏が見られる休憩時間と考えよう。

 

 

いよいよオーディションが始まる。香澄の顔色がどんどん悪くなってる。•••大丈夫なのか?なんか相当思い詰めてないか?

•••まさか香澄が倒れた際の介抱役として同席させた訳じゃないよな?

 

 

何処と無く不安な物を感じながらオーディションが開始された。

 

 

結果から言おう。オーディションは落選だった。•••いや、それ以前の問題だったと言ってもいい。

 

香澄が────声を出せなくなっていた。────

 

喉が痛そうな素振りなどはなかったから、心因性の物だとは思う。

けど、SPACEに来た時から浮かない顔をしていたし、きっと何かあったんだろう。多分ポピパ内の問題だと思うし、ポピパのみんなが解決するだろう。明らかに気落ちした様子で5人はSPACEから帰っていった。

 

ただ、1つだけ気がかりなのは、オーナーは何故俺をオーディションに参加させたのだろうか?ということだ。意図が掴めない。

 

「今は仕事中だ。ぼーっとしている時間はないよ」

 

どうやら物思いに耽ってしまっていたらしい。仕事中なのは事実だしオーナーの言うことは尤もだ。考えるのは後回しにしよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あれから3日経った。香澄が歌えなくなったのは、やはり心因性の物だったらしい。つまり回復には、問題の解決が必要不可欠である。

理由はなんだろうか?パッと思いつくのは緊張。プレッシャー。

SPACEが7月末に閉店してしまい、オーディションを受けられる回数は後わずかだ。つまり、後がない。それを意識してしまったのだろうか?それとも、技術的な話だろうか?色々思いつくが、俺は香澄じゃない。だから、この思考はあまり意味がないのかもしれない。

そもそも、まだ両手で数えられる程度しか顔を合わせていないし、俺が何かをする義理も無いだろう。何より向こうも迷惑だろうし。

 

 

放課後は何も予定が入っていない。沙綾は蔵練、巴はバイト、つぐは生徒会だ。はぐみもソフトボールの練習があるらしい。

でも、家には帰りづらいし、どこかで時間を潰したい。コンビニに立ち読みでもしてから帰ろうかな。

 

そう思い歩いていると、遠くから揺れる猫耳が近づいてくる。

 

「あれ?香澄、今日は蔵練じゃなかったっけ?」

 

「•••」コクリ 

 

どこか気まずそうに頷く。蔵練で何かあったんだろうか?

 

 

「•••今はポピパの皆には、あんまり会いたくない?」

 

「•••」コクリ

 

「わかった。とりあえずどっかで座ろう。喉乾いちゃった」

 

今の香澄には何かとデジャヴる。理由が気になることだし、暇つぶしも兼ねて香澄の話を聞くことにしよう。

 




主人公の裏側で話が進んでいたRoselia、Afterglow、の一章が終了しました。また描写は殆どしてませんが、Pastel*Palettesの一章も終了しています。


関係ありませんが、この小説の前身は、こころと精神的に殺し愛してたり、香澄が割とヒロインしてたりと薫さんが儚かったりオーナールートもあったりともっとカオスでした。




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前へススメよ夢見る乙女

香澄の苦悩を自分なりに解釈した結果がこれだよ。

歌詞は載せたら多分マズイので脳内補完でお願いします


追記:一部会話が抜け落ちていたので追加しました。


時刻は18:00。もう夕方ではあるが、まだまだ明るい。

日が落ち始めて、寧ろ過ごしやすいぐらいだ。

 

とりあえず近くの公園のベンチに来た。

 

「香澄、お茶買ってきたけど、大丈夫?」

 

「ありがとう」

 

「あれ?声出せるようになったのか?」

 

「うん。でも歌えない」

 

どうやらバンドの方で精神的に何かあるようだ。

 

「蔵で何があった?」

 

 

 

少しの間沈黙が続く。

 

やがて、自分の考えが整理出来たのだろう。香澄が口を開いた。

 

「私、SPACEでライブがしたい。すっっごくキラキラでドキドキしてて、だからSPACEのステージに立ちたいって思ってる。」

 

相槌を打ちながら続きを促す。

 

「でも、オーディションは全然ダメで、この間オーナーさんにあんたが一番出来ていなかったって言われちゃった」

 

まあ、香澄はギター始めてまだ二ヶ月経ってないしな。

 

「自分と周りが見えていないって言われちゃった」

 

たしかにその通りだと思う。

 

『私は初心者だから、もっともっと上手くならなきゃって思って練習してるけど、時間も技術も何もかも足りなくて、皆の足引っ張っちゃってて』

 

今まで「何とかなる!」って感じだったのに、随分追い詰められてるな。

 

「皆凄いんだよ?SPACEのオーディションに向けて凄い練習してて、でも私は声が出せなくて、練習出来なくて、私の我儘に付き合わせてるのに、私全然何もできなくて•••」

 

香澄らしからぬ周りを考えた発言だな。

 

「もうすぐSPACEがなくなっちゃう。次で最後だから練習しなきゃいけないのに、声が出ないよ」

 

「あっちゃんもお母さんもクラスの皆も、あっくんもゆり先輩も皆楽しみにしてくれているのに、練習しなきゃいけないのに、声が出ない。歌えない」

 

 

自分から聞き出したことだけど、これは俺の手に負えない問題ではないだろうか?

 

 

まず、香澄はギターを始めてまだ二ヶ月も経ってない。だから当たり前の話なのだが、他のバンドのギターやPoppin’Party 内でも花園のギターと比べると、圧倒的に下手くそなのだろう。だから練習する。でもすればするほど、自分の技術の足りなさと、時間の足りなさがわかるようになっていったのだろう。だから焦っている。時間がないのに、全然ダメだ。足りない。もっと•••もっとだ。という具合に追い詰められている。

 

更に、次オーディションに落ちれば、もうSPACEでライブをする機会は二度とないという現実。

次は本当に失敗できないというプレッシャーに襲われている。

 

 

そして、多分•••これは俺も悪いのだろう。香澄ならきっとできる。

凄いことをしてくれるって。勝手に思ってた。期待していた。それは俺だけじゃなくて、香澄のクラスメイトや彼女の知り合い、もしかしたらポピパの4人もそうなのかもしれない。そんな無意識のうちに香澄に向けられた期待が、香澄を少しずつ蝕んでいたんだろう。オーナーが俺をオーディションに同席させたのは、香澄が観客のプレッシャーに負けないかを見るためだったのかもしれない。

 

 

とりあえずここまで考えたところでお茶を飲む。今はちょっと頭をスッキリさせたかったから、コーヒーにするべきだったかもしれない。

 

「なんというか、大変だな」

 

凄くアホなコメントだって自覚はあるが、全部聞いた上での率直な感想がこれなのだから仕方ない。

 

でも、デジャブった理由はなんとなくわかった。

今の香澄は一言で言えば、高望みしすぎなのだ。身の丈に合ってない目標を掲げて、達成できないから更に焦る。

まるで2年前までの自分を見ているような気がしたのだ。

 

 

とはいえ、おれは「SPACEでライブするのを諦めろ」と言うつもりはない。 ここからは俺の知ってることや推測を交えた話になってしまうが、多少は楽になれるだろう。

 

 

「まずさ、香澄が初心者だってことはオーナーもわかってる。ポピパの皆もわかってると思うんだ」

 

「うん。だから練習しなくちゃ•••」

 

「それを止めはしない•••けど、オーナーは技術より重視してるものがあると思う」

 

「技術より•••?じゃあ何を?」

 

「『やりきったか』どうかじゃないか?」

 

あの人の口癖だ。あくまで推測の域を出ないが、多分一番重視してるのはそこなんだと思う。

 

「どういうこと?」

 

「香澄はさ、元々はSPACEでのオーディションに落ちても何度でも挑戦するつもりだったんじゃないか?」

 

「•••うん。」

 

 

「多分今までも、無意識にこれで終わりじゃないって思ってたろ?」

 

市ヶ谷さんの時もそうだ。香澄は何度も何度もしつこいぐらいに家に通った。始まりは向こうの根負け。

俺に頼んだ沙綾の伝言だってそうだ。「いつまでも待つ。」その日が来るまで、香澄は何度だって沙綾の元へ行くつもりだったのだろう。

要するに香澄は諦めが悪いタイプの人間だ。

 

「諦めが悪いのは悪いことばかりじゃない。でも、無意識に今回失敗しても次がある。その度に練習頑張ってまたオーディションを受ければいいって思ってたんじゃないか?」

 

見てた訳ではないけど、恐らくそれが最初のオーディションだ。早い話が一回にかける情熱の問題。何度でも、という考えはどうしても一回にかける本気度に差が出てしまう。オーナー風に言わせれば「やりきってない」んだろう。

 

 

「でもSPACEは閉まってしまう。」

 

だから焦った。何度も挑戦するつもりだったけど、チャンスはあと僅かしかない。元々香澄だってすぐにSPACEでライブが出来るとは思ってはいなかったんじゃないか?

 

「だから成功させなきゃって焦ってる」

 

香澄が追い詰められてる大元の理由はこれだと思った。

 

偉そうなこと言ってるけど、じゃあどうすればいいんだって話なのだが、これまでの話だけだと最後のオーディションに全力で挑め。で終わってしまう。そうならないのは多分これ以外にも、もう一つ、ポピパのメンバーとの差が関係している。

 

市ヶ谷さんとバンドを始めたのも、牛込さんを勧誘したのも、花園を誘ったのも、沙綾をドラムにしたいと言い出したこと。それは全部自分の我儘だった。それをオーナーに「周りが見えてない」と言われて自覚したらしい。

 

「SPACEでライブがしたいと我儘言ったのに、自分がダメダメだから落ち込んでる。」

 

そして、練習しなくちゃいけないのに声が出ない、でもやらなくちゃSPACEが閉まっちゃうから練習しなくちゃ•••でも声が出ない。

始まりが何なのかはわからないが恐らくこの繰り返しだ。

 

「•••」

 

思い当たる節があったのか、香澄は暗い顔をしている。

 

「で、最初の話に戻るけど、オーナーは技術を求めた訳じゃない」

 

「え?」

 

「言い方悪いけど所詮アマチュアのバンドだろ?上手い演奏が見たいならdubに行くかプロ演奏見るかCD聞く方がよっぽど良いだろ。」

 

「だからオーナーは多分違うものを求めてる。それは、多分香澄には最初からあるものだよ」

 

「•••え?」

 

きっと、あのきらきら星の時には既にあったものだろうから

 

「難しく考えずに、キラキラドキドキを探して、向こう見ずに突っ走る方がよっぽど香澄らしいし、皆が見たいのはそれだろ」

 

多分その香澄らしさが大事なんだと思う。

 

「でも•••」

 

「そうやって、市ヶ谷さん、牛込さん、花園、沙綾のポピパの皆が集まってきたんだろ?」

 

「•••うん。」

 

 

「だから多分大丈夫だろ

•••まあ、大分偉そうなこと言っちゃったけどさ、実際のところどう思ってるのかはこれから本人達に聞くといい」

 

惚けた香澄を置き去りにして、んじゃ俺帰るわ。とその場を後にする。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「じゃあ後は任せた」

 

「任された〜」

 

•••大丈夫か?

 

「おたえ軽くねーか?まあ、でも氷川さんに任せっきりなのもダメだろうし•••」

 

「そうだね有咲ちゃん。私たちはポピパだもんね。香澄ちゃんのこともポピパの皆で考えなきゃ」

 

そうだよ。なんとなく既視感があったから話聞いただけだし。

 

「暁斗、場所教えてくれてありがと。後は大丈夫」

 

 

 

「今度からは5人で解決してくれよ〜」

 

 

近くまで来ていた沙綾達とバトンタッチする。

お茶を買った時に場所を伝えてはいたけど、もしかしたらさっきまでの話も聞かれちゃったかもしれない。プライバシーなんてなかったが、まあ、そこまで恥ずかしくもないから俺は別に問題はない。

 

 

 

夕暮れの中1人で帰る。今日は綺麗な夕焼けだ。明日の天気はきっと晴れ。

梅雨の終わりももう近い。雨の不快感もそのうちなくなって、いよいよ夏が近づいてくる。夏休みに何をしようか?帰り道にくだらないことを考えた。




技術不足、オーディションまでの時間のなさ、周囲の期待の重さ。
それに加えて練習したくても声が出ないことによる焦り。そして、ポピパ結成の経緯は自分の我を通して突っ走立てるだけだったこと。

多分この辺りがアニメから推察できる香澄の悩みの種だったんだと思ってます。

香澄の無意識は個人的な解釈です。オーナーの「やりきった」と合わせるとこんな感じかな?って思いました。


感想で皆さんの解釈や意見を聞かせてくれると幸いです。


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走り始めた彼女たち

この土日謎の高熱でダウンしてました。

あとアニメ12話と13話をまとめて消化しちゃいますので長めです


いよいよ7月になった。

ついこの間まで降り続けた雨が嘘みたいなぐらいに晴れていて、身を焦がさんと言わんばかりにアスファルトを熱している。

 

いよいよ夏休みも目前に迫ってきたが、その前に期末試験がある。

特待の授業料免除は、それなりの成績でなければ継続されない。

当然期末試験で良い点数を取る必要がある。

 

「•••だからさ、俺に聞くなよ。モカに聞けばいいじゃん」

 

悪いけど、蘭とひまりの赤点回避の面倒を見る余裕がない。

 

「え〜教えるのめんどくさ〜」

 

「だってモカ説明下手だし•••」

 

「暁斗の方がわかりやすいからつい•••」

 

確かにモカのノートを見ても何が書いてあるかよくわからない。よくこれでテストで点取れるよな。

 

「じゃあ巴は?」

 

あいつ意外と成績良いんだよな

 

「あこちゃんに勉強教えてって泣きつかれたんだって」

 

あのシスコンめ•••絶対こっちよりあこ一人の方が楽だろ。あこは勉強は嫌いだが、物分かりは割といい方だし、やる時はちゃんとやる子だ。一方でひまりと蘭は•••

 

「あー海行きたい!今度みんなで行こうよ!」

 

「え〜モカちゃん溶けちゃうよ〜」

 

「暑いし人混みだし、行かなくていいよ」

 

蘭はどうでも良さそう。というよりかは眠そうだな。

 

「え〜!?行こうよ〜高校一年の夏は今しかないんだよ?それに母なる海に帰らなくてどうするの?」

 

 

「母なる海ってなんだよ?別にひまりが海に行くのは止めないけど、このままだと赤点で補習と追試確定だぞ?」

 

 

「うわ〜ん。つぐー!暁斗がいじめてくるー!!」

 

 

•••こんな感じだ。こいつらやる気あんのか?

 

 

「あっ、暁斗君ここなんだけど•••」

 

「ん?•••先行詞に最上級があったら関係代名詞はthat」

 

「ありがとう」

 

「なんでつぐみには普通に教えてるわけ?」

 

「やる気の問題」

 

「ひどくない!?」

 

「だってお前ら全部わかんないから教えろ!じゃん?つぐはわからない部分だけ聞いてくるから教える側としては楽なんだよ。」

 

つぐはノートをしっかり取ってるからさわりだけ教えればいいっていうのも大きい。

 

 

「とりあえずさ、提出課題は片付けろよ。教科書とノート見ながらやれば多分解けるから」

 

「うぅ〜とにかくやってみる」

 

「ほら蘭も。どっちにせよ課題なんだし」

 

「わかった」

 

そんな試験前の一幕である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

香澄の話を公園で聞いて、Poppin’Party の皆と話した後、無事復活したらしい。あの後香澄から報告を受けた。

 

早い話が、下手だから皆の足引っ張ってるって考えて不安になったってことらしい。4人からそれを受け入れて貰えてることを教えて貰ったことで不安が解消されたらしい。

そういえば、何故俺にすんなり話したのか?と聞いたところ

 

「沙綾が『スランプなら暁斗に相談すれば良かったね。なんたってMr.スランプだし』って言ってた!」

 

と返された。まあ、満足のいく結果が出せたことないからスランプでも間違ってはいない。でも沙綾さん•••確かに否定できないけどさ、ちょっと毒が強すぎませんか?俺何か気に障ることした?

ちょっと沙綾に確認したいことができたが、とりあえず無事に治って良かったと思う。やはり香澄はやかましいぐらいがちょうどいい。

 

そんなPoppin’Party は今日、SPACEの最後のオーディションを受ける。俺はオーディションには同席しないだろうが、応援している。

 

•••そんなことを考えていたら、ポピパの面々がやってきた。香澄の面構えがこの前とは全然違う。緊張はしているし、合格できるかどうか不安な様子もあるけれど、この前のような弱弱しさはない。これならちゃんと歌えそうだし、ちゃんとしたオーディションになるだろう。

 

願うなら彼女達の望む結果になって欲しい。きっと大多数の人はそう願っている。

 

泣いても笑ってもこれが最後のオーディションだ。俺がどう思おうが彼女達の結果に何の影響もない。即座に無駄な思考を切り替えて業務に集中することにしよう。

 

我ながら屑だと自覚はしているが、こうでもしないとやってられない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれから2週間ほど経ち、今日は終業式だ。

 

テストではそこそこ良い点数が取れたから、無事学費免除も継続されるだろう。退学する羽目にならずに済んでホッとしている。

 

それと、蘭とひまりも無事追試回避が出来たようだ。あの後は2人とも頑張ってたし、無事に切り抜けられて良かった。

なんだかんだで俺もあいつらに時間を取られたけど、教えることで再確認できた部分もあったし無駄ではなかった。ひまりに言ったら調子に乗りそうだから絶対に言わないけど。

 

校長の無駄に長い話を聞かされ、担任からよほどのアホ以外ほぼ無関係な諸注意が垂れ流され、ようやくひと月ほど学校から解放される。

 

今日はそのままSPACEに直行する。SPACE最後のライブだ。

うだるような暑さから、一気に身体中に冷気が染み渡る。

 

「おはようございます」

 

「氷川。最後までよろしく頼むよ」

 

「はい」

 

そういえば面接時に「最後までやりきること」って言ってたけど、もしかしてオーナーはその時からSPACEを閉めることを考えていたのだろうか?

 

俺もロッカーに向かい着替え始める。今日が最後ではあるが、仕事内容は変わらない。変わるのは精々今日がこれで最後だということぐらいだ。そんな感傷には終わってか浸ればいいだろう。今はやるべきことをやるだけだ。

 

途中Roseliaを見かけたが、自分には無関係である。姉は私語を嫌うタイプだし俺自身近寄り難いから声などかけるはずもない。

 

いつものように機材をセットする。細かい調整は演奏者と音響に任せて、今日は客が多いことがわかっているから受付に回る。

 

「機材の用意できたかい?」

 

「はい。いつも通り微調整は現場に委ねますよ」

 

「•••相変わらずだね。無駄に謙虚だ」

 

「俺はど素人ですよ?餅は餅屋ですし。それより、多分Poppin’Party ともう2人か3人来ましたよ?」

 

「•••わかった。受付頼んだよ」

 

「はい」

 

店の前にいたのはやはりPoppin’Party だった。それと多分CHiSPAの人だ。

 

「あっくん今日はよろしく!」

 

「これから俺のすることはお客の相手ばっかだけどね?」

 

「お客さん多い?入る?」

 

「おたえさっきオーナーに言われたばっかだろ!もう忘れたのか?」

 

「有咲忘れ物したの?」

 

「私じゃねーよ!お前のことだよ!」

 

「有咲私のこと忘れちゃったの?」

 

目に涙まで浮かべてらっしゃる•••天然怖い

 

「なんでそうなるんだよ!?おたえの頭の問題だよ!」

 

「頭は取れないよ?何言ってるの?」

 

「もういや•••」

 

ツッコミを放棄すればいいんだよ。俺はバイト初日でそうした。

 

「市ヶ谷さんは相変わらずキレッキレのツッコミするよね」

 

「有咲ちゃんとっても面白いよ?」

 

「おっ?関西人のりみりんが言うなら間違いないね〜」

 

どうやら牛込さんは関西出身らしい。というかCHISPA の人たちとも大分仲良くなったんだな。

 

「とりあえず早く更衣室行きな。そろそろオーナーに怒られる。後の流れは多分更衣室内に張り紙あるし、出演者の各バンドの代表にメールしてあるはずだから」

 

その言葉で皆更衣室へ急ぐ。多分グリグリ以外は殆ど全員入ってるからもしかしたら更衣室に入らないかもしれない。

•••暫くはあの辺りに近づかないようにしよう。

 

 

やがてお客さんが入り始めた。こちらも客が増えて忙しくなってくる。以前SPACEでライブをしていた人たちが最後だからという理由で集まっている。それだけSPACEが愛されてきた証拠だろう。

それより驚くべきはライブハウスに初めて来る人達の殆どが花咲川女子の一年生なことだ。恐らく香澄の友人だろう。

そうこうしてると

 

「あらあらあなたはこの間うちの蔵でライブした時に•••」

 

「市ヶ谷さんのおばあさん。お久しぶりです。お孫さんにお世話になっています」

 

「いえいえうちの有咲こそご迷惑かけていませんか?」

 

「とんでもないです。もう少ししたら開場しますからチケットを買ってお待ちください」

 

この後千紘さんと純と紗南も来た。一応オーナーに許可を取って純と紗南を沙綾に会わせにいくことになった。初ライブだし緊張が解れるならとオーナーは大目に見たのだろうか。

 

「いいか?純と紗南ここからまっすぐいって角を右に回って一つ目のドアだ。そこにお姉ちゃんがいる」

 

「なんでにーちゃんはいかないの?」

 

「ねーちゃんのとこいこーよ」

 

「ごめんな。にいちゃん仕事があるんだ•••ほら道は覚えたろ?お姉ちゃんに応援が終わったらすぐもどってくるんだぞ?」

 

「「はーい」」

 

本当は更衣室に入ったら大問題だバカタレって話である。純ぐらいの年齢なら許されるが俺は許されないだろう。

 

そのあと純が顔を真っ赤にして出てきた。まさか最悪のタイミングだったのか?「う○こー」とか聞こえてきたけど•••

 

何はともあれ激励は終わったことだし千紘さんの元へ2人を届けた後仕事に戻る。客がどんどん増えていく。そろそろ会場のキャパオーバーだぞ?オーナーにそれを伝えようとした時

 

「なんであんたがここにいるよ?暁斗」

 

はぁ••••••Roseliaがいるしもしかしたら来るかもしれないなんて思ってたけど、まじで来るとは思ってなかった

 

「ここが俺のバイト先だからですよ?()()()()?」

 

最後を強調して言う。向こうは嫌そうな顔をし、口を開いたが、被せるように、チケットを見せながら

 

「チケット代は600円」

 

接客にはあまり不適切ではないと思われる声と表情だろう。完全に無表情だろうし声も固い。あいつは忌々しげに舌を打ち、チケットをひったくった後に600円を叩きつけた。

 

•••どうやら純と紗南に見られてしまったらしい。ちょっと悪いことしたな。お詫びに後でお菓子をあげよう。親と不仲な様子などそのまま忘れた方がいい。

 

その直後にグリグリが到着し、遂にライブが幕を開けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

開幕からグリグリがスパートかけてきた。俺は店の入り口近くのテレビでライブを見ている。スタッフの皆もライブを見たいためここは俺が入ることにした。俺はここで十分だと思う。というか直であまり見たくない。見たら最後だと頭でも心でも理解しているから。

 

「あれ?香澄どうした?迷った?」

 

「違うよー!グリグリのライブ見ときたくて」

 

多分緊張してるんだろうなとりあえず少し自由にさせとけ

 

「•••この曲終わったらすぐ戻れよ?すぐ呼ばれるから」

 

「うん」

 

 

「すみません!今いいですか?」

 

「あっちゃん!お母さん!」

 

蔵イブにいた子だ。そっか香澄の妹なのか。道理で似ているわけだ。

ってそんなこと考えるより先に

 

「はい。ライブはこちらですよ」

 

「ありがとうこざいます」

 

「お姉ちゃん!」

 

「お姉ちゃんなら大丈夫だよ。一杯練習してたもん」

 

「•••うん!頑張るよ」

 

「香澄〜多分変に気張るなって意味だぞ?最後の練習通りでいい。それと、お前も早く控え室戻った方がいいぞー」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ライブが終わった

 

あの3人のことを見送ったあと本当の意味で1人ライブの映像をぼんやり眺めていた。感想は特にない。皆眩しかったと思う。そんなぐらい。一応皆顔見知りと言ってもいい間柄だけどポピパと姉とあこと燐さん以外は今日を境に二度と会うことはないだろう間柄だ。特に思うところがあるわけでもない。

 

ただ、ここの片付けも終わったらこのSPACEでのバイトも終わりとなる。次は何のバイトをするべきか考える必要があるな。

 

「氷川•••1人で受付任せて悪かったね」

 

「いえ、別に。俺より皆の方がライブ見たかったでしょうし」

 

結局モニターで見てたけど特に印象に残ってないのだから、俺が見るよりは有意義だったことは疑いようもないだろう。

 

「お前は最後まで力仕事が殆どだったけどそれで良かったのかい?」

 

特に苦はなかったし、問題ない。それに、

 

「前にも話しましたけど俺音楽はど素人ですよ?餅は餅屋です。それに、大体の理由を知ってるくせにわざわざ聞きます?」

 

「•••あんたはそれでやりきったと言えるのかい?」

 

「そうですね。決めた目標はやりきってる途中ですよ」

 

「•••私自身はやりきったけど悔いがあるとするならお前のことだよ」

ありゃ。なんか気の毒そうに見られてる。所詮他人なのに本当お人好しだよなこの人。この場所が無くなるのを惜しむ人の気持ちがわかる気がする。

 

「•••そりゃ光栄ですね。今までお世話になりました。これからもお元気で」

 

こうして長い夏休みが幕を開ける。俺の矮小さと無力さを何度も見せつけられる悪夢のような夏が。




ライブシーンは皆さんの脳内補完かアニメでお願いします。
割とライブシーンの描写が不評な気がしたのと文字数が多くなりそうだったのでカットします。あと主人公はモニター越しで見てますから迫力が無いのも理由です。

もし欲しいって方がいらっしゃれば書きますよ。もしかしたらライブシーン最後かもしれませんし。
ここから癒しパートなんてほぼないです。(沙綾誕生日SS以外)


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新たな話繋がる輪生まれる不和

ちょっとリメイク考えてました。

でもとりあえず最後まで書き切ります


SPACEが閉店したことで1つ問題が発生した。店が閉まったのだから当たり前の話だが、バイト先がなくなった。つまり、新しいバイト先を探す必要がある。SPACEは割と給料が良かったからそれと同待遇のバイトを探すとなるとやはり骨が折れるだろう。しかし、何かしらのバイトを始めないとまずい。冗談抜きで俺の人生が懸かってる。

バイト情報を眺め悩んでいると電話が鳴った。相手はオーナーだ。しかし理由は皆目見当もつかない。もしかしてSPACEに忘れ物でもしてたのだろうか?

 

「もしもし。氷川かい?」

 

昨日聞いたばかりだがもう会うことはないと思ってたからか、懐かしくも感じる。

 

「•••オーナーさん?」

 

「もう“元”オーナーだ。オーナーと呼ぶんじゃない」

 

「そうですね。じゃあ、都築さん。どうしたんですか?」

 

「あんた新しくバイト先は決めたかい?」

 

あれ?オーナーこんなこと言う人だったっけ?別に面倒見が悪いとは思っていなかったけれど、何処か奇妙なものを感じる。

 

「いや、まだです」

 

「ならちょうどいい。今から言う住所に行きな」

 

「あっメモ取るんで少し待ってください」

 

住所を俺に伝えた後オーナーは建物の名前も言わずに電話を切ってしまった。せめてそこに何があるのかとか目的とかぐらいは伝えて欲しかった。まるで意味がわからないし行く必要など微塵も無いはずなのにどういう訳か身体は外へと歩き出していた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

指定された住所にあったのはライブハウスだった。カフェテリアも併設されている。目で見たまま判断するとガールズバンド向けのライブハウスだろうか?とりあえず中に入り詳しい話を聞くのが得策だろう。自分はなぜこの場所に行かされたのかを明白にしたい。

 

「いらっしゃいませー」

 

店に入ると俺より何歳か年上の女性が応対してきた。ここの店員だろうか?

 

「見たところ何も持ってないみたいだけど、レンタルかな?」

 

どうやらここは楽器の貸し出しもしているようだ。

 

「いえ。SPACEのオーナーからここへ行けと言われて来ました。何か聞いてませんか?」

 

 

「そっか•••君か。ちょっと待っててね」

 

そのまま奥に入って1人の老婆を連れてきた。SPACEのオーナーと同じぐらいの年齢。しかし顔つきはずっと穏やかだ。

 

「私がこのライブハウスCiRCLEのオーナーです。詩船さんから話は伺ってます。詳しい話をしますからどうぞお座りください」

 

オーナーから詳しい説明を受けた。余計なものを省いて簡単に言ってしまうと人手不足なCiRCLEのオーナーに都築さんが俺を薦めた。ということらしい。何故俺を薦めたのかは定かではないが、新しいバイト先を探している自分には渡りに船といってもいいかもしれない。

でも••••

 

「こんにちはー!」

 

このデカい声は香澄か?ライブハウスだし来ても不思議ではないが、あいつらには蔵がある筈では?

 

「あれ?あっ君だ!お〜い!」

こっちに気づき近づいてくる。他のポピパの4人も一緒だ。

 

「おっす。昨日のライブお疲れ様」

 

一応メールはしたが、直接会って伝えていなかった。

 

「えっへへあっ君も見ててくれた?」

 

「モニター越しにな。それよりなんでここに?」

 

「香澄が•••」

 

「察した。市ヶ谷さんお疲れ様」

 

また香澄の暴走か。

 

「じゃあ、後の話は月島さんからお願いします」

 

どうやら白と青のストライプに黒衣服を着た人は月島というらしい。

 

「はい。じゃあ皆聞いてねー」

 

後は俺がバイトをするかしないかだけなので、話は終わっていた。バイトするつもりなら学校と親に許可証にサインして貰えばいい。それで話は終わりだと思ってたんだけど、シフトの話だろうか?だとしたら香澄達も一緒に集めてる理由に説明がつかない。

 

「私は月島まりな。CiRCLEはこの間オープンしたばかりなんだ。でも、人が全然来なくて•••」

 

この辺りはライブハウスが多いから仕方ない。明らかな特色がない限り態々新しい場所に移ったりしないだろう。

 

「そこで!ガールズバンドパーティーっていう大きなライブをしようと思います」

 

至極真っ当な考えだ。客呼ぶならライブをやるのが一番だ。

 

「ライブ!?出ます!」

 

相変わらずの即決断即行動で何よりだ。

 

「決めんのはえーよ」

 

市ヶ谷さんも呆れている。だが、嫌そうではなさそうだし他もノリ気。本当に仲良しだな。

 

「ありがとー!練習はうちを使っていいからねー。本題に移るけど、まだ他のバンドの出演の目処は立っていないの。だから暁斗君にはライブ出演の交渉をお願いしようと思います」

 

え?いや、もう働く前提?とりあえず話聞いとこう

 

「具体的にはどんなバンドか目処は?」

 

正直見当はついてる。そして都築さんが俺をここに寄越した訳も。でも違ってる可能性も多分きっと恐らくあるから念のため。

 

「 もちろん!私が今注目しているバンドが4つあるんだけど」

 

ああ、やっぱりそうかも

 

「まず最近注目され始めているのは『Afterglow』かな。幼馴染5人で結成されたバンドで、荒削りだけどパワフルなボーカルと演奏が人気みたい」

 

あいつらはガルジャムに出たことで知名度が上がったようだ。あれ以降ライブはしてないし、客を呼び込むには良いかもしれない。

 

「もう1つは『PastelPalettes』。芸能人5人で結成されたアイドルバンドだね。でも演奏もしっかりできるし、女優の白鷺千聖がいることで話題なバンドだね」

 

•••日菜姉がいるところだ。最近復活ライブをして話題になったらしい。なんでも機材トラブルと計画性のなさが表沙汰になって事務所の評判は悪くなったけど、そんな中頑張ってる少女達って事で美談にもなってるんだとか。嫌な予想の1つ目が当たった。

 

「それからちょっと変わり種なのが『ハロー、ハッピーワールド!』

ボーカルの弦巻こころって子が『世界を笑顔にしたい』ってことで組んだバンドなんだ。病院や小児科で子供達向けにライブをしているけど、演奏は私たちでも楽しめるものだよ」

 

はぐみと松原さんがいるところか。笑顔の絨毯爆撃って聞いた覚えがある。

 

「誰もが認める実力派はやっぱり『Roselia』ね!ボーカルをはじめ、演奏スキルはプロ級!音楽業界が今一番注目しているバンドだよ」

 

燐さんとあこ、そして•••紗夜姉がいるところだ。昨日のライブの盛り上がりようからわかってはいたことだけど、やっぱ凄いバンドなんだな。あこと燐さんが随分遠くなってしまったような気がする。嫌な予想が2つ当たった。

 

「という訳で、君には交渉に行ってもらいたいんだけど、いいかな?」

 

 

ふと、周りを見る。香澄達はやる気だ。これはもう時間の問題だ。

 

 

 

なら──もう終わらせよう

 

 

「わかりました。その前に確認しておきたいことがあります」

 

 

早いか遅いかだ。もう、いいや。どうせなら自分のタイミングで幕を下ろしてしまおう。

 

 

 




多分メインストーリーは次かその次で一気に終わらせます。



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現実

この主人公一度メンタルを持ち直した状態で本編が始まっています。
詳しくは多分沙綾誕生日ssと過去編で書くことになります

よくあるこの手のSSだとこころとの相性が悪かったりしますよね。


約2年。巴から始まり羽沢家と山吹家。あこ、アフロの皆に本当に世話になった。こんなゴミ拾った挙句、なんだかんだ世話してくれたんだ。本当に感謝してるし、居場所はここにあるって思いたかったと思うぐらいには愛着はあるし、皆のことは嫌いじゃない。

でも、それはあくまで(俺の上位互換)がそこにいなかったから成り立っている関係に過ぎない。名こそ知ってはいるがその様を、才能の塊を、俺との決定的な差を実際に見たわけではないから俺がそこに置いて貰えていただけ。姉と同じ場所にいたら皆姉を選び、俺など向きもしなかっただろう。俺自身ですらそう思うし、今までだってそうだった。俺より姉の方が価値ある人間なのは誰から見ても明らかだったから。それを否定するには俺はあまりに凡庸で、何もない。無力で矮小な存在だ。

 

2つの似た者があったら時どうしたって綺麗なものが好まれるし、汚い方はどうしたって否定される。普通の美的感覚の持ち主なら至極当然のことだと思う。そこに悪意は無い。

 

だから、俺が姉と比べられてしまうのはもうどうしようもないことだ。血の繋がった姉弟だからそれを避けて通るのは不可能だ。そして、比べたとき俺が姉達2人より優れた部分は何1つとして存在しない。文字通り何一つだ。それは卑屈な自己評価ではなく、第三者。それも大多数が言っていることなので疑いようもない現実だ。それに今更何か一つで勝っても何の意味もないことも突きつけられた。

 

それは姉達の何が凄いのかを考えれば一目瞭然だ。2人とも異様に要領が良いのだ。大概のことはすぐ並以上にこなせるようになる。日菜姉は人の動きを一度見て完コピできるぐらいには物覚えが良いし、それを再現する身体能力がある。紗夜姉も日菜姉ほどではないが、日菜姉は基本紗夜姉の真似をする。つまり日菜姉が何かをする前には紗夜姉が新しいことを出来るようになっているのだ。

一言で言ってしまえばその飲み込みの早さ、もっと言ってしまえば万能性が姉達の強みだ。

 

では、この姉達に何か一つ勝るものがあったとしたら?──────結論を言おう。何の意味もない。彼女達より得意なものを見つける?馬鹿馬鹿しい。それは彼女達が不要と判断して特に取り組んでいない事柄でしかない。今は姉よりできる自信がある料理とか他者とコミュニケーションをとることだって彼女達が必要と判断すれば自身が費やした時間を嘲笑うように一瞬で追い抜いていってしまうだろう。

それに仮に姉達が必要としなかったとしても、俺はそれしか姉達より優っていないということだ。万能性がウリの姉と比較したらどうなる?結局劣化物なのは何も変わらない。

 

ソシャゲのレアリティが違うキャラを思い浮かべて欲しい。

まずステータスの初期値が俺より上。レベル上限も俺より上。スキル性能も俺より上。レベルアップによるステータス上昇も俺より上だが、強化に必要な素材と、経験値は俺の方が重い。冗談抜きでこんな感じなのだ。スペックは姉達が間違いなく上だ。要領の良さ(コストパフォーマンス)も姉が上。だから、いくら俺が努力しようが追いつきようがない。それこそ姉を引きずり下ろすしかない。

 

俺と姉達、同じ場所にいたならそこに俺の居場所はあるのだろうか?逆はあれど俺にできることで姉に出来ないことはないのに、態々俺を選ぶ道理はない。今までの付き合いがどうこうも、姉がそこにいなかったから成り立っていたものだ。どうしたって比較されてしまう。

 

だから、終わりなのだ。姉達と知り合った時点で、俺の居場所はなくなる。現にあこと燐さんは最近殆ど会っていない。結局姉の方だ。ガールズバンドパーティで皆か姉達と知り合った時にはもう終わり。俺の居場所はどこにもない。

 

俺が嫌だと思っても、もう遅い。Poppin’Party の5人がメンバー集めをしてしまう。香澄ならやり遂げてしまうと確信している。

 

ならせめて、最後ぐらいは自分の手で終わらせよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

話もついたし早速出演交渉を始めよう。

 

「•••もしもし。紗夜姉今どこにいる?•••実はさ」

 

「•••あっ日菜姉ちょっといい?今度さCiRCLEってライブハウスで」

 

「•••もしもしつぐ?あのさ、ライブしない?」

 

三者とも良い返事が貰えた。尤もRoseliaはメンツ次第。

自分達に見合ったレベルでなければ、出演しないとのこと。まあ実に姉らしい答えだこと。ただ、一応スケジュールは空けておいてくれるらしい。

 

パスパレもスケジュールの調整などがあるため確定ではない。おそらくパスパレに関しては商業的な事情など色々あるのだろう。以降は月島さんに任せよう。

 

Afterglowは快諾してくれた。

 

とりあえずRoselia、Pastel*Palettes、Afterglowの交渉は問題なさそうだ。

 

「•••もしもし松原さん•••え?迷子ですか?わかりました。近くに何かお店があったらそこの前から動かないでください。•••はい。あっじゃあそこまで行きますから待っててください••••••」

 

ハロハピに関してはよくわからないし直接交渉に行った方が早い。松原さんは迷子らしいからとりあえずそこへ向かうことにした。

 

「あっという間に交渉しちゃったねー皆知り合いなの?」

 

「はい。各バンドに1人は知り合いがいました。」

 

「うんうん。大助かりだよー、あとはハロー、ハッピーワールド!だけだね。頼んだよ」

 

「はい。じゃあいってきます」

 

「あっ!待ってあっ君!私もいく〜!」

 

どうやらポピパの5人も一緒についてくるらしい

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あっ君さっきまで電話してたけど、誰にしてたの?」

 

香澄が尋ねてくる。

 

「姉2人とAfterglowのキーボードとハロー、ハッピーワールド!のドラム。とりあえず今はハロハピのドラムのところに向かってる 」

 

「そういえばお姉さんいるんだよね?どんな人?」

 

そういえば花園は会ったことないんだったっけ?

 

「多分そのうち会えるよ。RoseliaのギターとPastel*Palettesのギターなんだから」

 

「わぁ!すごいね•••」

 

自身の姉がGlitter☆Greenのギターボーカルである牛込さんは多分親近感を覚えてる。だけど、流石にあの人は優秀だけど俺の姉ほどイカれたスペックをしていない。というより牛込さんは紗夜姉の方は知ってるけど、日菜姉の方はあまり知らないようだ。

 

「へー氷川さんのお姉さんが•••」

 

市ヶ谷さんは疑わしげだ。顔も髪の色も全然違うし、似てないのは間違いない。

 

沙綾は黙ったままだ•••何も言わないらしい。

 

こうやって彼女たちと歩くのもきっと今回のライブで最後になる。無くしたものはもう戻ることは無いのだから、全てこの刹那に焼き付けよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

おもちゃ屋の前で右往左往している水色の髪の少女を見つけた。こちらに気づくと安堵の表情を浮かべた。

 

「あっ•••暁斗君。ごめんね•••態々来てもらっちゃって」

 

「松原さん、気にしないでください。元々ハロー、ハッピーワールド!の皆さんに話がありましたから」

 

松原花音さん、花咲川女子の2年生だ。方向音痴で引っ込み思案だけど、とても優しい人だし、いざという時の肝はかなり据わっている。

 

「うん•••ライブだよね。今日はちょうどハロハピの皆で集まる予定だったから一緒に行こう」

 

松原さんに場所を聞き出してから、俺が先導する。

 

「そういえばハロハピってどんな人がいるんですか?」

 

「なんというか、個性的かな?でもとってもいい人たちだよ」

 

松原さんは人を悪く言えないから個性的という言葉は少々怖い。

 

「”花咲川の異空間”ですよね?」

 

市ヶ谷さんが口にした。何か不穏な響きだ。間違いなくやばい奴な予感しかしない。でも、どうせ最初で最後の邂逅だからどうでもいい。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

門を潜った先は豪邸だった。いや、門の時点で立派だった。広大な敷地に見るからに高そうな調度品に手入れされた庭と大量の桜の木。

しかもここは東京だ。相当な金持ちであること疑いようもない。

•••弦巻ってまさかあの弦巻か?確かとんでもない大企業だよな。最早何の会社なのかよくわからない規模で手広く色々やってるらしい。確か業績もかなり良かった覚えがある。

弦巻こころはまさかそこの御令嬢ってことなのか?•••やばい緊張してきた。住む世界が違うから話が通じるかわからない。

そして、さっきから黒服を着た女性からすげー見られてる。俺だけ男だからだろうか?

 

香澄とおたえは全く気にしていない。本当に図太いなこいつら。それに対して他の3人は緊張している。

 

「ふぇぇ•••こころちゃん。入るよ?」

 

松原さんが扉を開け部屋へ入る。明らかに高そうなものしか無い。

部屋の中には調度品などを除くとホワイトボードがある。この空間にはあまりにも不釣り合いな印象を覚える。

 

「あっ!かのちゃん先輩やっと来たー!」

 

「ああ!待っていたよ。子猫ちゃん」

 

「よかった•••ちゃんと来れて•••迎えに行くべきでしたか?」

 

「待っていたわ花音!今からハロハピ会議を始めるわよ!」

 

なんというか•••濃いな。ハロー、ハッピーワールド!

 

「あら?貴方達は一体誰なの?」

 

 

「えっとね。今度CiRCLEってライブハウスで『ガールズバンドパーティー』ってライブをするんだって。そこにハロハピも出ないか?って誘われたんだ」

 

「わー!楽しそー!ね?薫くん」

 

「ふふ。そうだねはぐみ。湧き立つステージ。熱狂の中の演奏•••儚い」

 

「とっても楽しそうね!早速行きましょう美咲!」

 

「はいちょい待ち。後ろの人たちの話聞いてからにしよーねー。すいませんうちの馬鹿どもが」

 

美咲って呼ばれた人の心労が凄そうなバンドだな。松原さん大丈夫かな?って思ってたけど他にも常識人がいるようだ。

 

•••そこまで考えて気づいてしまった。ミッシェルって誰だ?はぐみから聞いた話だと美咲って名前の人は出てこなかった。「こころんと薫くんとかのちゃん先輩とミッシェル」って言ってた。

つまりこの人がミッシェルってことなのか?まともなのは松原さんだけなのか。

 

「いえ。とりあえず話を進めてもいいですか?」

 

「あら?貴方笑顔じゃないわね?一緒に楽しいことをしましょう!」

 

要らぬお節介だ。

 

「話聞き終わってくれたら笑顔になるんで、大人しく話を聞いてください」

 

ひとまず納得してくれたらしい。漸く話が進む。

 

「────というわけです。何か質問はありますか?」

 

ライブの概要を説明した。

 

「とっても楽しみね!今すぐライブがしたいわ!」

 

「うん。私もこころんとライブしたい!」

 

無事承諾してもらえた。というか香澄は仲良くなるの早すぎませんか?まあライブ出演者同士が仲良くなるのは悪いことではないし良いだろう。

 

「楽しみは後にとっとけ。とも言いますし、当日まで待ってください。

後日CiRCLEで打ち合わせを行います。代表の方はお手数ですがCiRCLEまでお願いします」

 

とりあえず資料を松原さんに渡しておく。奥沢さんはちょっとよくわからない。

 

 

とにかくこうして全バンドに出演交渉をした。




日菜「お姉ちゃんに出来ないことなんてあるのかな〜?」(公式)により紗夜のスペックもぶっ壊れ確定。さらにラルゴの美咲とのテニスからもその異常性が確認できます。あれがデフォだとしたら氷川姉妹やばすぎる•••!



遂に登場ハロー、ハッピーワールド!
この主人公は出会い方次第では殺し愛に発展するぐらいにはこころんと相性いいです。尤も本編では殆ど絡まないですが。
全部書き切った後にモチベがあったらリメイクを兼ねて弦巻こころifを書こうと思ってます。


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終わりの始まり

遅くなってしまい申し訳ありません。かなり忙しくて書く時間取れませんでした。今回はかなり短いです。

ネタバレになりますが姉と仲がいい訳ではないです。まだ先の話になりますが、紗夜日菜視点のどちらか(あるいは両方)で詳しく書きます。


出演交渉から数日後、ついに初顔合わせをすることになった。初とか言ってるが俺は面識がないのはPastel*Palettesのボーカルの丸山彩さん、ベースの白鷺千聖さん、ドラムの大和麻弥さんだけの3人だけで残りは一度は会ったことがある人達だから気楽にいこうと思う。どうせこの一連のイベントが終わったら、全員と縁は切れるわけだしどうでもいいというのもある。

 

「あら?どうしたのかしら暁斗。浮かない顔してちゃ勿体無いわ!早速ライブしましょう」

 

「わぁ!最高だよこころん!」

 

なんか弦巻こころが異様に笑顔をプッシュしてくる。というか会うの二回目なのになんでこの人俺のこと呼び捨てなんだろうか?•••いや花園も初っ端から名前呼びだし、香澄に至っては出会って1分であだ名だった。なら特に問題でもないだろう。

 

「はいはい。でも今はまだセッティングとかしてないし、月島さんは悲しむし、誰も笑顔になれないから大人しく待ってようねー」

 

「あら•••笑顔になれないなら仕方ないわね!」

「はぐみもそう思う!」

 

こいつら落ち着きなさすぎる•••弦巻こころへの接し方が完全に年下へのそれになっているが、香澄やはぐみに対しては割とこんな感じだし構わないだろう。

 

「女子高生がこんなに沢山いるとなんだか緊張するね•••」

 

「あはは•••月島さん、何言ってるんですか?」

 

いきなり月島さんが変なことを言い出した。•••不本意ではあるがわからなくもない。幸い殆どが顔見知りだからそこまで緊張しなくて済んでいるが、本当に初顔合わせだったら俺もそうなっていたと思う。

 

「あとはRoseliaとPastel*Palettesだね。来てくれるかな?」

 

沙綾が聞いてきた。

すでにPoppin’Party 、Afterglow、ハロー、ハッピーワールド!はCiRCLEに集合している。

 

「•••Roseliaは来るよ」

 

顔合わせには来る。その後は他のバンドのレベル次第だろう。自分たちのレベルに見合うメンバーではなければ参加しない。その旨を伝えてきた。

Pastel *Palettesに関しては交渉は月島さんにバトンタッチしたし、あの電話以来姉とは話をしていないからわからない。

 

「暁斗君•••大丈夫なの?」

 

「無理はすんなよ?」

 

 

 

つぐ、巴が聞いてくる。まあ俺と姉達のことを知ってるから、聞いてくるのは道理だろう。

 

「大丈夫だよ」

 

•••大丈夫。どうせ早いか遅いかの違いでしかない。正直ずっと前からいつかはこうなるって予感はあったし、なんならもう前兆はあったのだから。後はその最後の瞬間まで”やりきれ”ばいい。•••都築さんが俺をCiRCLEに向かわせたのは•••つまり、そういうことなのだろう。

終わりはやはり美しいものであるべきだろうから、気にせず最高のステージを創り上げて欲しい。

 

 

「おはようございまーす!Pastel*Palettesです!」

 

「遅れました。Roseliaです」

 

噂をすればなんとやら。カラフルな5人組と何処と無くゴシックな雰囲気がある五人組の計10人のご到着だ。

 

「彩先輩!来てくれたんですね」

 

「うん!事務所からOK出たよ」

 

•••どうやら香澄と知り合いだったらしい。Roseliaも以前のグリグリとのジョイントライブで知り合っている。ハロハピもメンバーの半分は同学年だし、俺が何かしなくてもこのメンバーは集まっていただろう。

 

今ここにガールズバンドパーティーに出演する全てのバンドが揃った。

 

 

 




ここからは誰を出すのか割と自由に書けます。
誰々との絡み書けやとかありますか?


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音は口より物を言う

遅くなりました。多忙とモチベーションの低下が原因です。
アンケは全員で決まりですかね?一応その辺りの話に行くまでアンケは残しておきます。

つぐと沙綾の差別化で少々悩みますが、紗夜日菜巴は書く内容を既に決めてあるので特に問題ありません。




「みんな、今日は来てくれてありがとう。ライブイベントについてはもう説明を受けてると思うから省略するね」

 

全員揃ったということで月島さんから挨拶があるらしい。

 

「私はこのライブハウスで働いてる月島まりなって言います。みんなよろしくね」

 

「「「「よろしくお願いします!」」」

 

全員見事に揃っている。RoseliaやAfterglow(主に蘭)は団体行動が苦手そうなイメージがあるのだが、これならスムーズに企画が進行するかもしれない。

 

「こっちの氷川君もうちのスタッフだから困ったことがあったらなんでも相談してね」

 

俺はまだCiRCLEに来て数日しか経ってないし、演奏に関してはズブのど素人なんですけど、大丈夫なのかな?

とりあえず一礼して月島さんに続きを促す。今日は初日だし互いに自己紹介から始めるようだ。今日ここに来た順でPoppin’Party 、Afterglow、ハロー、ハッピーワールド!、Pastel*Palettesの順で自己紹介が終わった。特筆する点もなく名前と担当楽器を言うだけのもの。今この場で問題があるとしたら•••

 

「湊友希那。Roseliaでボーカルをしているわ。早速貴女たちの実力を見せてもらうわ」

 

Roselia以外ないだろう。そもそも、彼女たちはまだ参加が確定していない。寧ろここからが出演交渉の正念場と言うべきなのだ。

 

「実力って•••?どういうこと?」

 

「私たちは自分に見合わないステージには立たない。今日は共演するあなた達の実力を見に来たの」

 

「つまりアタシたちの実力が貴女たちに見合わなければ出ないってことですか?」

 

「ええ。その通りです。」

 

「•••へぇ•••」

 

早速蘭が突っかかる。無理もないだろう。湊さんの物言いは明らかな上から目線だし、蘭は父親に反目していたようにその手の見下しは大嫌いな奴だ。巴は単純に負けず嫌いというかプライドの問題だろうか

 

この傲慢とも言える言動が許されるのはRoseliaがこの5バンドの中でどのバンドより本気でやってるし、それに裏打ちされた実力と実績がある。出してきた結果はなによりも物を言うのだ。

月島さんもそれをわかっているから仲裁に入らないのだろう。まあ、Roseliaの知名度と集客力を考えたら彼女たちの機嫌を損ねて参加してもらえなくなると困る。なんていう打算もあるとは思うが。

だが、この状況を打破できる解決法はたった一つで至ってシンプルだ。あこと燐さんがRoseliaに加入した時と同様に彼女たちが己の実力を知らしめる他ない。

 

しかし、蘭と巴が少し冷静さを欠いているせいもあって、かなり険悪な空気になってきた。予想はしていたが、やはり湊さんはかなり我の強い人のようだ。

蘭と巴だけでなく紗夜姉もどことなくピリピリしてるのは日菜姉もこの場にいるからであることは想像に難くない。七夕のお祭りの時に良い雰囲気になっていたと松原さんからリークがあったのだが、まだあの2人には色々としこりがあるらしい。お互いのことで手一杯で俺なんか眼中に無いようでなによりだ。とはいえ、そろそろこの空気を変えて話を進めたい。

 

 

「じゃあ、今から一曲ずつやりましょう!」

 

「•••そうね。音楽は口より雄弁だわ」

 

•••香澄は相変わらずだ。自覚してるかしてないかは定かではないが、ここぞという時にしっかりと最適解を選んでくる。絶対カリスマの素質があると思う。

『目は口ほどに物を言う』『字には性格が出る』など言うことともあるし、湊さんの言う通り、言葉より音楽の方が伝わることも多いのかもしれない。

 

月島さんからGOサインも出たので、早速演奏をするための準備に着手する。花園や大和麻弥さんも手伝ってくれた。どうやら重度の機材オタクらしい。かなり詳しい知識と並々ならぬ拘りを持っている人のようだ。パスパレに関しては彼女に一任するのがベストだろう。

彼女たちの手伝いもあって、十数分でセッティングは完了した。微調整は本人達に任せる。

 

ついに5バンドの自己紹介という名の個性のぶつかり合いが始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まずは挑戦状を叩きつける形でAfterglowから演奏するようだ。正統派ガールズロックバンドである彼女達が演奏する曲は自己紹介も兼ねているため「Scarlet Sky」にするようだ。Afterglowは和訳すると「夕焼け」なのだからある意味で彼女達の代名詞とも言える曲だ。陳腐な言葉で恐縮だが、やはりかっこいいの一言しかない。普段とは一味も二味も違う彼女達を見てると、やはり自分とは別種の人間だと改めて思い知らされる。

 

それに続く形で次はRoseliaだ。曲は「BLACK SHOUT」。やはりこのバンドが技術面で頭一つ抜けている印象がある。それだけ圧巻のパフォーマンスを披露した。月島さんやガールズバンドの皆は息を呑んでいる。弦巻こころは面白い物を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべ、日菜姉は紗夜姉しか見ていないため、全員ではないが。正直他のバンドの演奏が霞んでしまいそうだと思う。ライブを見に行ったのは最初だけだが、やはりすごいとしか言いようがない。後のバンドにプレッシャーがかかる。

 

 

次はアイドルバンド のPastel*Palettesだ。曲は「しゅわりん☆どり〜みん」アイドルに全く興味が無いため知らなかった曲だ。曲に関しては特に感想などはない。ただ、イヴもちゃんとアイドルやってるんだなと今更ながら実感した。•••それと自身の姉も。

 

次はハロー、ハッピーワールド!の番だ。「えがおのオーケストラ!」と言う曲らしい。やはりこのバンドは他のバンドとは一線を画す別次元のバンドだろう。はぐみや松原さんに聞いた話だと「世界を笑顔に!」という理念を元に作られたバンドであり、手段である。つまり、他の方法が有ればバンドである必要はないのだ。

最近ガールズバンドの人気が高まってきてるのもあり、人を集め、何かを伝えるにはバンドをするのは悪い選択ではないと思う。皆が幸せになるなんて絶対に有り得ないとは思うが、綺麗事だからこそ実現したら素晴らしいのだろうから、彼女達には頑張って欲しいところだ。

 

ここまで湊さんは微妙な顔をしている。お気に召さないのだろうか?

 

そして最後にPoppin’Party だ。曲名は「Yes! BanG_Dream!」

•••相変わらず楽しそうに演奏している。香澄はやっぱすごい奴だと思う。だからこそ安心したし、確信した。やはり何の問題もないだろう。

 

こうして5バンドの演奏が終わった。どうやら演奏したもの同士何か通じ合うものでもあったのだろうか、どことなく和気藹々とした雰囲気となっている。湊さんも彼女達に技術以外の何かを感じたらしい。それを学ぶためにも今回のイベントに参加することを表明した。

 

無事ガールズバンドパーティーのメンバーが揃って何よりだ。後は当日まで彼女達には練習をして貰えばいい。それで終わりと思っていたんだけど•••

 

「本番前にミニライブしようよ!」

 

香澄から爆弾が投下された。それに皆賛同してるし、月島さんも、「いい宣伝になるから」と乗り気な様子だ。やったね仕事が増えるよ。でも時給は変わらないよ。

とはいえ、上司には逆らえないので、とりあえず宣伝も兼ねてミニライブの簡単なポスターでも作って商店街に貼らせてもらうことから始めようと思う。このイベントを最後に俺は商店街にも寄り付かなくなるだろうから、お礼参りとして絶好の機会だ。

 

 

 

 

 

あくまでリハみたいな物なので、準備にはさほど時間がかからない。

少々バンド同士で衝突があったがあっという間にミニライブ当日となった。

 

 




『字には性格が出る』は自分が小さい頃に書道の先生に言われたことです。

投稿が遅くなり本当に申し訳ない。




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終わりを告げる音

遅くなってしまって申し訳ありません。多忙とモチベ低下していたところにデータが消滅というアクシデントが発生しました。
今までは以前書いてお蔵入りにしたものを直す形を取っていたのですが、これからはまた1から書き直すことになりました。

本当はCiRCLEでの準備の様子でまだ絡みのない彩と千聖を絡ませたり何らかの描写を入れようかと思いましたが、もう伏線は大分貼りましたし、必要な分は別キャラの視点で書くことに決めたので、一気に進めてしまいます。


悲しみが来るときは、単騎ではやってこない。かならず軍団で押し寄せる。かの有名なシェイクスピアの言葉だ。

ならば彼にこれから訪れる喪失も起こるべくして起こった当然の出来事であり、ただの連鎖反応でしかない。純然たる事実として、当たり前の事象として、そこに存在するだけだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

先日のミニライブは成功した。と言って差し支えないだろう。ネットの評判も上々で宣伝効果も期待できるらしい。なにより出演者たちのモチベーションが良くなったことが大きい。

この調子でいけばきっとライブも上手くいく。そんな空気が広がっている。

 

それに水を差すようで申し訳ないが、自分は不安で仕方ない。あくまでこのライブは練習の延長線上のものだ。ただでさえ個性が強い5バンドがあつまっているのだ。これからお互いの主張の食い違いから一悶着ある気がしてならない。現ににRoseliaとAfterglowのボーカル同士がすでに険悪な雰囲気だから、有り得ないということこそ有り得ないだろう。

とはいえ何とかなるだろう。まったく取り付く島もないというほどではない。それに――確信がある。俺が動かなくても、Poppin’Partyの5人が解決してしまう。ガールズバンドパーティーを成功させてしまうだろう。その後にはもう──今まで通りとはいかない。誰が悪いというわけではないが、どうしたって変容してしまう。それだけ姉は凄まじいのだから。

もう死神の鎌は喉元にまで迫って来ている。逃れる術はありはしない。このまま座して終わりを待つか、自分から鎌へ飛び込み首を搔き切るかの二択しかない。どうせ終わってしまうものならば、自分のタイミングで幕引き、納得したいと思うのはおかしいことではないだろう。どう足掻いても綺麗なままではいられない。大切だったものが壊れてしまう前にどうか遠くへ、どこか遠くへ•••

そんな滑稽でどうでもいいことをつらつらと考えながら今日も今日とてCiRCLEで働いている。ついこの間ミニライブをしたばかりだ。今日彼女たちはファミレスで今後の話し合いをするらしい。今日は通常業務だ。ライブ前より客は増えたが、まだまだ宣伝が足りない。かつてのガールズバンド聖地と比べるのは厳しいかもしれないが、SPACEにいた頃と比べるとぶっちゃけ暇である。

そんな思考を遮るように、自動ドアから熱風が吹き込んでくる。どうやらご来店のようだ。

 

「まりなさん!あっ君〜。大変だよ•••」

 

話し合いの報告に来るとは思っていたが、想像以上に早い。それになんだか随分と深刻そうな顔をしている。

どうやら万事恙無く進行する。なんて都合のいい事はあるわけが無いらしい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

やはりケンカになってしまったらしい。

ライブの内容や、MCの有無で5バンドの意見がバラバラになった。

音楽一本、他のものは要らないと主張し、それを曲げない蘭と湊さん。店にとってもアイドルとしてもMCは必要だと主張し、どこかビジネスライクなPastel*Palettes。笑顔になるのならMCの有無どころか、ライブですらなくても構わない、自由奔放でカオスなハロー、ハッピーワールド!。まるで個性の見本市と言わんばかりだ。この惨状を鑑みると、むしろよくミニライブが上手くいったなと感心すら覚える。

 

 

5バンドの目指すべきもの、重きを置いているもの、良いところは何もかもが別物だ。それを己が信じる物がこそ正しい。だから皆それに従えとお互いのエゴを押し付け合った結果がこれだろう。なるべくしてなった結果だし、別に俺がとやかく言うべきことは何も無い。

しかし、このままという訳にもいかない。ライブをするためには必ず何かしらの折り合いをつける必要がある。どうにかこうにか互いの主張を擦り合わせ、違いを認めて妥協点を探させなければならない。骨が折れそうだが、不可能ではないと思う。

 

まず、蘭はさほど問題ではない。あいつの場合MCが必要ない。というより自分が喋りたくないってニュアンスの方が強い。Afterglow全体としてはMCは有りだ•••といういつものやつだろう。基本的にMCを回すのはひまりと巴だろうし、他の4人も蘭の説得に回るだろう。

それに、他バンドとのセッションを完全に切り捨てる訳ではなく、織り交ぜるようにすれば蘭も折れてくれるだろう。

 

湊さんと紗夜姉は話し合いの席に着かせることができれば、後は問題ないと判断する。湊さんは少しわからないが、紗夜姉は聡明な人だ。無理に主張を貫き続けると却って時間の無駄になると理解すれば後は勝手に調整してくれる。

「今のままだと湊さんと紗夜姉以外のRoseliaのメンバーの士気が低下する」「香澄はかなりしつこいから、話し合いに参加しない限り練習中につきまとう」「下手に拗れるよりさっさと話し合いを終わらせた方が結果的に練習に多く時間を使える」「ライブ前に空中分解したとなれば、バンドとしての印象は悪くなる」

などのデメリットを列挙すれば、嫌でも話し合いに参加してくれるだろう。半ば脅しに近い気もするが、デメリットを打ち消せるのは大きいし、彼女達にとっても悪い話ではないだろう。

 

残りのパスパレとハロハピは特に問題ない。

 

 

「•••そっか。ケンカになっちゃったんだね。私たちが間に入ってもいいけど•••」

それじゃ根本的な解決にはならない•••か。月島さんの意見も尤もだ。

なら当事者達に委ねるべきなのだろう。その時に──

「あっ•••そうだ!共通点を見つけるのはどうだろう?」

 

「5バンドの、ですか?」

「それがないからこうなっているんじゃ•••」

 

牛込さんと沙綾も困惑している。俺も精々皆はバンドをしている女子高生であること、一応このライブを成功させたいということぐらいしか思い浮かばない。だが、全くない訳ではない以上一定の理解は得られるはずだ。

 

「でも、皆音楽をやってるのは同じだよ?」

「それ以外にも、もしかしたら•••」

 

だから、きっと探せばあるのかもしれない。共通点を見出し共有すれば多少なりとも仲間意識は生まれるだろう。

 

「でも、そんなのどうやって探せばいいんだ?」

 

時間に余裕がある時なら、カラオケ行くなり、ボウリング大会してこいって言えるのだが、生憎とそんな余裕はどこにも有りはしない。

 

「•••要はそこから考えろってことか?」

市ヶ谷さんはポピパのブレインとして頑張ってほしい。

 

恐らくその通りだ。とはいえ彼女達の目にはやる気が満ち溢れている。きっと全部うまくいく。そんな予感がある。

•••とりあえず話がまとまったらしい。ポピパの5人は来た時より足取りはずっと軽快でかつ、力強くCiRCLEを後にした。

 

「ところで、暁斗君はどうするつもりだったのかな?」

 

俺から不穏なものでも感じたのだろうか?顔に出てたとしたら気をつけねば。

 

「•••多分まりなさんと同じですよ?」

 

流石に「Roseliaのボーカルとギターに脅迫紛いなことをして会議の場に引きずり込んでしまおう」と考えていたとは素直に言えない。それに、あまり口出しせずに、彼女達の自主性に委ねる方針なのはきっと両者とも同じだろうから、これも嘘ではない。

 

ひとまず納得してくれたのか、月島さんは仕事に戻っていった。俺も切り替えて仕事に精を出す。

 

今自分がしていることは、彼女たちの行動を阻害しないことは、もっといえばこのイベントに手を貸していることは俺自身の首を絞めていることとなんら変わりはないのだとわかっている。それでも辞めようとはどうしても思えなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数日後、CiRCLEに25人の少女が集合した。どうやら香澄が全バンドを集めたらしい──正確には強制連行である。

相変わらず凄まじい行動力の高さだ。たった数日でここまでやるとは思わなかった。まあ、他のバンドの居場所を香澄にリークしたのは俺だから共犯なんだが。

 

どうやら各バンドで一曲ずつ演奏するらしい。なんだろう?バンドマンならではの何かがあるのだろうか?それとも前に湊さんが言っていた「音楽はなによりも雄弁」というやつだろうか?

自分は特に何も感じない。既に一度聞いたことがあるため特に思うことなどありはしない。しかし、当事者達はそうでは無いようだ。皆の中に同じで確かなモノがあったらしい。考えや価値観がバラバラでも、音楽をやるもの同士ハートは一つ。なんか少年漫画みたいなノリだ。現に巴のテンションが上がっている。

 

音楽をやっている時の「楽しい」を分け与える──『笑顔のおすそ分け』それをテーマにするらしい。

 

今ここに25人の心が一つになった。多少意見が食い違っても、もう空中分解したりしないだろう。あとは準備だけだ。

 

ここから先のことはもう語るまでもないだろう。

少女達の成功は確約されたも同然だからだ。紆余曲折を経てぶつかり合ったが、違いを認め、手を取り合い、一致団結した以上何があろうとも乗り越えていける。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2週間後ガールズバンドパーティーが成功し、打ち上げが終わった翌日、氷川暁斗は姿を消した。




この話は他の話と比較すると違いがあると思います。
(ヒント:おたえのバイト、Roseliaの初ライブ、まりなさん)
本当に些細なことですが、ある意味この作品の核とも、そして最大の矛盾点とも言えます。•••冒頭のことじゃないです。

そしてここからはようやっと主人公以外の視点で核心に触れていけます。誕生日ssは大事な部分はかなりぼかして書いていましたし、一応本編とは別世界です。とはいえ全く意味がない訳ではないです。


関係ないけど書いてる途中に寝落ちして バンドリ×Dies iraeとかいう電波受信しました。



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一番近くて遠い人────氷川日菜視点①

別視点トップバッターは引き金を引いた実姉、氷川日菜です。近くに理解不能な他者がいる影響で原作との変化があります。
私自身は大した能のない凡人であるため、天才の思考を描写できているか物凄い不安です。


もう少し先の過去編で書こうとしてた話(幼少期シロツメクサの花冠)を今回のRoselia箱イベでやられてしまった。もう少し早く書いときゃ良かったと後悔してます。オチの1つを潰されてしまったので割とマジで困ってます。


P.S 今更な話ですが、Twitterとかやった方がいいんですかね?ハーメルンで投稿するのは初めてなのでイマイチ勝手がわかってません。


pipipi.....

規則的な電子音の後あたしの意識は覚醒した。

時刻は午前7時。今は夏休み中だから授業はなくて、部活のない学生にはちょっと早い時間かもしれないが、今日はPastel*Palettesのみんなと新曲の練習だ。

時間通りに起きたのはいいが、ムシムシしてムカムカする。寝汗も酷いし、蝉の声があたしのことをバカにしているんじゃないかなと錯覚すら覚える。それもまた夏の風物詩といえば聞こえはいけど実際はロクなもんじゃない。

とはいえ、このままでいてもしょうがないよね。朝ごはん食べて今日も元気に行ってみよー!と気持ちを切り替えてガバッと跳ね起き、部屋を出る。次の瞬間フニャっとした虚脱感がブワッとしてくる。

 

目に付いたのは隣の部屋。そこは明らかに生活感のなく伽藍堂でシーンとした空間だった。あたしたちより小さい部屋のはずなのに異様に広く感じる。さながら別世界みたいと形容するべき部屋だった。簡素な、あたしたちとは明らかに値段が違うとわかる安物のパイプベッド。あたしとおねーちゃんの部屋はカーペットが敷いてあるが、むき出しのフローリング。

おねーちゃんの部屋も女の子としては飾り気は少ないが、あれはシンプルで余計なものがない。と言える部屋だ。おねーちゃんらしさが出ていて、凄くおねーちゃんおねーちゃんしてる部屋だからこれとは別物だ。よく見ると埃がうっすらと積もっている。

 

部屋主はもう1週間以上帰ってきていない。普段から顔を合わせることは滅多にないけれど、それでも今までは帰ってきていたのに、突然何も言わずにいなくなっちゃった。でも、悲しいほどに両親は慌てる素振りすら見せない。いてもいなくても変わらないのだろう。

 

そんな両親は見ていてムカムカするが、両親には、そして心理的なものがなければあたしにもおねーちゃんにも、生活には変化はないことが嫌でも理解できてしまった。

「嫌な言い方になるけど、暁斗は普段から家にいないから、寝に帰ってくる。という動作がなくなっただけ。両親にとっても、きっと関係のない第三者から見てもそうなのだろう」

そうおねーちゃんが教えてくれた。おねーちゃんが言うならきっと間違いはないと思う。でもあたしは心配だし、おねーちゃんも同じだ。

今は何処で何をしているのだろうか。

 

あたしが今どんよりした気分だろうと、練習は練習だ。どうせいつもみたいにビューンってしてパパパって出来ちゃうんだろうけど、行かねばならない。そーしなきゃ千聖ちゃんに怒られちゃうし、今日は全体で合わせる予定だから、パスパレのみんなにも迷惑がかかる。•••それに、暁斗がいなくなってしまったからこそ練習には参加したい。

 

────あたしがアイドルを続けている理由は他でもない暁斗への贖罪の為でもあるのだから

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あたしにとって氷川暁斗は、よくわからない子だった。半身であり、大好きなおねーちゃんこと氷川紗夜ともまた違う。不思議な存在だった。

 

髪の色もあたしやおねーちゃんと違って真っ黒だし、顔もそこまで似てない。あたしやおねーちゃんはババって出来ることがあの子は出来ない。出来たとしても何度もやらなきゃ同じことはできなかった。なんでできないのか理解できない。あんなのパッとやればすぐ出来ることなのに、どうして暁斗は何度もやらないと出来ないのだろうか?

それでも、出来ないのに、あたしやおねーちゃんの後ろをついてきて同じことをしたがるのは可愛いと思ってたし、一人で頑張って、出来るようになったら、いの一番にあたしとおねーちゃんにドヤ顔で見せにくるのも楽しみにしていた。あたしやおねーちゃんのことをおねーちゃん、おねーちゃんと呼んで好いてくれていたのはとってもるるらるんって来てた。

そんな風に3人で色んなことして過ごす。たったそれだけでとっても楽しかった。満足していた。──でも、外の世界はそれすら許してくれなかった。

 

いつからだろう?•••多分暁斗が小学生になって暫く経ってからだっだと思う。

あたしとおねーちゃんと比べて全然やってもできない。何をやらせてもあたしやおねーちゃんより上手くいった試しがない。そうやって別物として扱われていた。あたしとおねーちゃんの弟なのに全然ダメ。出涸らし。出来損ない。能足りん。そうやってイジメにも遭ってたみたい。そうやって暁斗は少しずつ少しずつ磨り減っていった。多分どこかで限界は来ていたんだろう。

 

暁斗が聞いてきた。「どうしておねーちゃん達はそんなにすぐに物を覚えられるの?コツとかあるの?」って。今まで一度も聞いてこなかった。人に頼らず全部自分一人でやってた。そんな暁斗が聞いてきた。多分暁斗なりの「助けて」だった。

 

 

あたしは暁斗のSOSに()()()()()()()言ってしまったんだ。

 

「えー?簡単だよ?パッと見るだけ!」

 

「•••あはは」

 

ここで終われば、多分()()()()だったんだ。つまり、ここでは終わらない。紡がれた言葉に深い意味も悪意も無い。だが、時にそうした言葉の方が却って人の心を抉り、叩き潰してしまうことがある。

 

「暁斗なら大丈夫。()()()()()()頑張って何とかしてきたんだから」

 

暁斗がとっくにボロボロになっていることにも気付けず、あたしの言葉が引き金を引いてしまっていたの気付いたのはもっと後になってからだった。

 

その日を境に何もかもが変わってしまった。暁斗が全然家に居なくなった。朝はあたしが起きる頃には家に居ないし、夕飯にも帰ってこないし、ほぼお風呂と寝るために帰ってきているだけ。そんな感じになった。あたしとおねーちゃんに対する態度そのものは変わらなかった。けれど、その日から、「おねーちゃん」と呼ばれなくなったし、暁斗から話しかけてくることは殆どないし、何処かへ遊びに行こうとか誘ってものらりくらりと躱されちゃう。

 

暁斗が一体どうしてしまったのかよくわからない。理由はわからないけどおねーちゃんはあたしを避けているし、暁斗は全然構ってくれない。1人は寂しい。そんなズーンとした状態のまま中学を卒業して、高校の一年も過ごした。暁斗が同じ学校に入学するって知った時はるんって来たけど、理由を知ったらそんな気分は消え失せた。無事特待になったから良かったけど、落ちてたら危うく最終学歴が中卒になってしまうところだった。

 

 

 

4月になり、二年生になって暫くたった頃にアイドルバンドのオーディションを受けてみた。暇だったからだし、只の気まぐれ、やったことないからやってみようかな?ぐらいの適当な理由だから深い意味も全くない。でも呆気なく受かった。

 

芸能界は未知でいっぱいだった。自分とは全然違う人にいっぱい出会えた。千聖ちゃんにイヴちゃんに麻弥ちゃん、考え方も得意なことも何もかも違う。──そして、彩ちゃんに出会った。ピンクの髪色でおっちょこちょいで、本番とかでよく噛むし、見ていて飽きない。でも頑張り屋さんで、パスパレを引っ張ってくれているのは彩ちゃんだ。

 

──まず感じたのは、既知感

何度やっても全然できないところ。それでも諦めずに何度も挑戦するところ。出来るようになったら得意気な顔をして見せてくるところ。性別も歳も見た目も何もかも違うのにどことなく暁斗に似ているって思った。だからだろうか、目が離せなかった。

 

──求めしものは真実

だから知りたいと思った。彩ちゃんを、そして暁斗のことを。どうして暁斗は変わってしまったんだろう。どうして遠くへ行ってしまったのか、それを理解したい。

 

──失くしたものを取り戻したいと切に切に願う

またあの頃みたいに3人で笑い合いたいと望んでいるから、今日も彩ちゃんを通じて暁斗を知ろうとする。

 

──けれど、才はあれど意味を為さず

パスパレのみんなと一緒にアイドルをやることで、自分が周囲の人と全くな別物であると知った。自分が特別な才能を持つ人間だって知った。けど、それがあっても意味なんてない。本当に望んでいる光景にたどり着けない。なら別にこんなもの欲しくなかった。

 

──だからアイドルを続けよう

色んな人が入り乱れるこの場所なら、きっと暁斗が感じていたことも、変わっちゃった理由もわかるはずだから。

 

 




ちょっと短いけど区切りがいいからここで分けます。
幼き頃の弟の影を同僚に投影するヤベー姉の図が出来上がったけど気にしない。紗夜も大概だから許して•••

感想ガンガン書いてくれると嬉しいです。やっぱモチベーションに差が出ます。あとお前が言うなって話ですが、高評価つくと嬉しいです。


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罪悪感──日菜視点②

おまたせ。書ける時間に寝落ちするのを3回繰り返しました。遅くなってしまってしまい申し訳ありません

アンケートに回答頂きありがとうございました。700人以上もの方にお答え頂けるとは思ってもいませんでした。4割が全部書けよオラァでした。主人公視点のみが想像以上に多かったです。

日菜視点なのに彩ちゃんの方が濃いかも•••


駅から降りて目的地である事務所へと歩みを進める。たった5、6分程度の距離のはずなのにこのうだるような暑さの中で歩いているとふつーより長い気がするのは何故だろう?短い時間でも外に出ると汗がブワーって出てくるから嫌だ。夏は海やプールやスイカとかアイスとかカキ氷とか色々楽しいものもあるけれどムシムシして暑いのはやだな〜•••あっ!でもでも今年から夏は大好きになった。だっておねーちゃんと仲直りできたから!

 

この間あった商店街の七夕祭りでおねーちゃんとばったり遭遇。そのままいっしょに短冊を追いかけて、その後一緒にお祭りを回った。後で暁斗にその話をしたら「知ってた」って言われたのは不思議だったけど、その日以来おねーちゃんとは仲良くやれてる。一緒にギターを弾いたり、CiRCLEでライブしたり、ポテト食べたり、遊びに行ったり沢山るんってすることができた。七夕の短冊に書いた願い事の半分は叶った。

おねーちゃんと暁斗とまた仲良く過ごせますように

おねーちゃんとは叶えられたんだから、きっと暁斗と上手くいくってあたしはそう思う。だというのに、おねーちゃんはどうして苦虫を噛み潰したような顔をしていたんだろう?

 

考え事をしていたが、いつのまにか事務所前まで到着していた。考え事ごとをしながら無意識に辿り着ける程度には通い慣れていた。飽きっぽいあたしにしては本当に珍しい。

自動ドアが開くと「ようこそおいでくださいました。暑い中ご苦労様」と言わんばかりに冷気が瞬く間に全身を慰撫する。火照った身体から熱が引いていく。ヒンヤリして気持ちいい。先ほどまで炎天下にいたのがまるで嘘みたいだ。ここに来るまでの重い足取りとは打って変わりルンルンとした足取りで練習ルームまで向かう。

 

今日はどんなワクワクすることが待っているのだろうか?みんなみんなあたしとは違う個性を持っていて、「わからない」ことを、未知の世界をあたしに魅せてくれる。その中でも彩ちゃんは特別だ。暁斗とよく似たその在り方で以てあたしにとって「()()()()()()()()()()()()()」をどうか、どうかあたしに魅せて欲しい。

 

扉を開く。そこは日常と非日常の境目。この瞬間にただの女子高生氷川日菜からアイドルバンド Pastel*Palettesのギター担当氷川日菜へと切り替わっていく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おはようございまーす!」

 

挨拶は大事って千聖ちゃんが口を酸っぱくし言ってたし。おねーちゃんも挨拶は大事にしなさいって言ってた。

 

「おはよう日菜ちゃん」

 

噂をすればなんとやら、綺麗なブロンドの長い髪にアメジストの瞳、それに加えて口ではうまく説明できないブワーってした彩ちゃんや麻弥ちゃん曰く「芸能人オーラ」、あたし達にとっては芸能界の大先輩であり、同僚の白鷺千聖ちゃんだ。パスパレで活動しながら女優さんもしている。いや、経歴で考えたら女優業の傍らアイドルバンドをやっている。と言った方が正しいのかも。

 

「おはよう千聖ちゃん。今日は最後までいるの?」

 

「ええ。映画の撮影も一昨日クランクアップしたから、しばらくはパスパレに専念するつもりよ。」

 

映画は数年前にそこそこ売れた学園伝記モノを実写化だそうだ。千聖ちゃんはラスボス役らしい。なんか「みょうなる」って言ってた。よくわからないけど千聖ちゃんはちっちゃいのに結構迫力あるし悪くないキャスティングなんじゃないかと思う。

 

「お疲れ様ーやっぱ映画撮影って大変?千聖ちゃん全然練習来れなかったし」

来ても途中参加か途中で抜けるかその両方かばかりだった。

 

「ええ。監督によって多少は違うんだけどタイトなスケジュールだったわ」

 

「うへぇー朝早くからとか嫌だなぁ」

 

別に朝が苦手というわけではないけど、朝早く起きるのは辛い。思わずしかめっ面になる。そんなあたしの様子がお気に召したのか千聖ちゃんはクスクスと笑っている。

 

「も〜ひどいよ千聖ちゃん」

 

「ふふ•••ごめんなさい日菜ちゃん」

 

 

「おはようございます。千聖さん。日菜さん」

 

「おはようございまーす」

 

そのまま千聖ちゃんと雑談を続けていると麻弥ちゃんと彩ちゃんがやってきた。あとはイヴちゃんだけだけど今日は雑誌の撮影があるらしいから終わった後に合流する。

 

「千聖ちゃん、何の話をしていたの?」

 

「この間の映画の撮影の話をしていたの。朝起きるのは大変ねって」

 

「確かにロケで撮影とかってなると朝早くに出たりしますからね」

 

「だね〜この間の無人島も早かったもんね。私起きられず妹に起こされちゃったよ」

 

そういえばこの2人には妹がいるんだった。いい機会だし色々聞いてみよう。

 

「ねー彩ちゃん千聖ちゃん。下の兄弟がいるってどんな感じなのかな?」

 

「•••え?」

 

「日菜さん弟さんいましたよね!?」

 

「そうだよ!この間のCiRCLEのライブ手伝ってくれたよね!?」

 

言葉足らずだったかな?

 

「•••えっと、普段の私たちがどんな様子か?ってことかしら?」

 

「うん!さっすが千聖ちゃんだね。それでどうなの?」

 

「そうね....そろそろ時間だわ。話の続きは休憩の時にしましょう」

 

流石千聖ちゃんは真面目だね•••

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2人から普段の生活を聞いた。彩ちゃんにはしっかり者の妹がいて、千聖ちゃんには少しおっとりした妹がいるらしい。どちらも姉妹仲は良好なようだ。

 

「そういう日菜ちゃんはどうなの?」

「う〜ん微妙。かな」

 

暁斗は朝早く家を出て夜遅くに帰ってくるから殆ど顔を合わせないこと。そうするようになってからおねーちゃんと呼んでくれなくなったこと。どことなく避けられていること。CiRCLEでのライブの翌日以来音信不通で家に帰ってきてないこと、親はそれらについて何も言わないことを掻い摘んで話した。

 

「えっ暁斗くん帰ってきてないの?それはちょっとマズイよ!?」

「いや彩さん、ちょっとじゃなくてかなりマズイですよ!捜索願は出してるんですか?」

 

「•••うん。昨日おねーちゃんと一緒に出しに行ったよ」

 

最近の写真が一枚もなくて苦労した。なんとかつぐちゃん達が最近撮った写真を借りることができたけど、改めてあたし達と暁斗の間に距離があることを実感した。とはいえ捜索願を出したのが未成年の姉だけで親が来ないということを考慮したらただの家出と片付けられてしまう可能性が高いと思う。

 

「でも、なんで急にいなくなったりしたんだろう?日菜ちゃん、心当たりってある?」

 

「•••それが全然わかんないの。みんなから見てCiRCLEのライブのとき変なところってあった?」

 

多分あたしは他人のことをろくに理解できてない。だから素直に周りに聞いてみる。

 

「•••と言われましても、ジブン達は弟さんとは初対面でしたから....」

 

「話した感じだと普通に良い人そうだったよ?色々手伝ってくれてたし」

 

やっぱりほぼ初対面だったから手がかりになりそうな情報はないか。彩ちゃんたちが悪いわけでもないし、しようがない。話を切り上げて練習を始めようとしたその時──

 

「•••そうね。私にはずっと何かを抑えてるように見えたわ」

 

 

「ほんと!?その何かって何かわかる?」

 

「流石にそこまではちょっと....でも、そうね日菜ちゃん?」

千聖ちゃんがあたしに問いを投げつけてくる。

 

親御さんと弟くんは仲が良くなかったのよね?

仲が良かったら、暁斗の夕飯だけなかったり、暁斗だけハブって旅行に行ったりなんてしないよ。あたしとおねーちゃんは暁斗も当然一緒に来るものだと思ってたけど「話すタイミングがなかったから連れて行かない」とかふざけてるよね?結局暁斗本人が気にしないから行ってこいって行ったから渋々行ったけど、いくらなんでもアレは酷いと思うんだ。

 

仲の悪い理由に心当たりは?

えーっと•••お父さんとお母さんは暁斗のことを「出来損ない」とか「姉の出涸らし」とか「氷川家の恥」とか言ってたけど、理由ってこれかな?

 

両親のことなんてどうでもいい。今は気にしている場合じゃない。正直両親はあまり好きになれないからあまり話題にもしたくない。

 

「それでね、暁斗はどうしていなくなっちゃったんだろう?」

 

「「「•••」」」

「?」

 

数秒、謎の間があった。

 

•••え?嘘よね?日菜ちゃんまさか気づいてないの?

どうやらそうみたいですね•••

確かに日菜ちゃんだし•••あり得るわね

 

????なんだろう?

 

「えーっとですね日菜さん。とても言いにくいんですが•••」

「なーになーに?遠慮なんてしなくていいよ」

寧ろ暁斗のことなのだから早く教えてほしいぐらいだ。

 

「•••では失礼ながらジブンが。日菜さん。弟さんが出ていった本当の理由は正直ジブン達にはわかりません。ただ、•••その、色々と限界だったのではないかと思います」

 

「限界?どういうこと?」

 

「あのね日菜ちゃん。ご両親が弟さんにしてることは、えっとその•••虐待と言えるものなの」

 

暁斗がまるで気にする素振りを見せていなかったから実感がなかったが確かに千聖ちゃんが言う通り。もう虐待と言ってもいいと思う。暁斗はずっと表面上は平気な顔をして溜め込んでいたってことなのかな?それで精神的に追い詰められて耐えきれなくなっちゃった?でもそうすると1つわからないことがある。

 

「•••あれ?なら何でライブの打ち上げの後にいなくなっちゃったんだろう?」

 

そう、何故あのタイミングでいなくなったのだろうか?それがわからない。何がきっかけで家から出て行くって決断を下したのかがはっきりとわからない。

 

「ねえ日菜ちゃん。私さ、自分で言うのも悲しいけどおっちょこちょいで鈍臭くて、何やっても最初は失敗続きで全然ダメダメでさ」

 

先程からずっと沈黙を守っていた彩ちゃんが口を開いた。

 

「それでやっぱり周りと比べられて色々言われることも多くてね?例えば日菜ちゃんとか、千聖ちゃんとかとはやっぱり比べられること多いんだ。私の場合はそこも含めて丸山彩だ。ってファンの人達もみんなも言ってくれてるけど、自分の中ではやっぱり思うところはあって•••」

SNS上だと彩ちゃんは確かに色々言われてることが多い。理由は多分エアバンドの中で一番不評だったのは口パクだったからだと思う。

確かに彩ちゃんはやっても全然できない不思議な人だけど、何度も挑戦し続けるし諦めない。そしてなんだかんだで最後には美味しい結果を出してるからすごいと思う。

 

「その悔しさ•••なのかな?をどうにか解消したくて我武者羅に色々やって、なんとかそれが周りに認められて、それが嬉しくて、でもやっぱり周りとは比べられちゃって•••また我武者羅に•••っていつもそんな繰り返し」

 

何も言えない。あたしとは全然違うから正直努力がどうこうと言われても全く共感できない。彩ちゃんの軌跡を私は十全に理解することは決してできないだろう。でも、暁斗も同じなのかもしれない。あたしやおねーちゃんと比べられていて、落伍者の烙印を押されて、その中で苦しんで、それでも足掻いて•••あれ?

 

「気がついた?私の場合はパスパレとしての今や、ファンの人たち、そしてすぐ近くにいる家族が応援してくれるし、今までのことも認めてくれている•••でも」

 

────暁斗くんの頑張り(今まで)()()()()()()()()()

 

•••あたしはそれに対する答えを口にできない。口にしてしまったらそれに耐え切れる自信がない。

 

「私はそんな状況、絶対に耐えきれない。自分でも努力家な方だって自覚はあるけど、やっぱりどうしたって見返りを求めちゃうから」

 

彩ちゃんの場合はそれが承認欲求という形で表に出ているのだろう。

•••そう、そうだよね。あたしは正直努力がどうこうって全然わからないから暁斗のことを理解できてるとは言えないし、おねーちゃんはそんな余裕がなかったからちゃんと暁斗を見て、暁斗を肯定してくれた人ってもしかして1人もいなかったんじゃ•••

 

「ねえ•••もし、もしもだよ?何かを頑張っても誰からも顧みられずにいられるだけじゃなくて周りから認められない。更にずっと自分自身を否定され続けてたらさ•••」

 

•••もういいよ彩ちゃん。それ以上言わなくていい。いくら人の心がよくわからないあたしでもそのぐらいの想像はつくから。もう罪悪感で胸が一杯だ。取り返しはつきそうにない。それが嫌になるぐらいよくわかった。

 

•••暁斗はあたしのせいでいなくなっちゃたんだ。暁斗が辛い思いをしてたのも元を辿ればあたしとの差が原因だ。あたしと比較されて、それが理由で理不尽な目に遭って、更にあたしは何も気付かずに心ないことを言ってた。「今までもなんとかなってた」?どこが?ただ耐え忍んでただけだ。これからも頑張れとか無責任にも程がある。

 

どうしよう•••どうすれば暁斗は帰ってきてくれるのかな?会いたい。会って話がしたい。今までごめんなさいって謝りたい。でも、許してくれるかな?暁斗に酷いことをしちゃった。でも会いたい。でも•••

思考の渦はとどまることを知らず、螺旋を描き無限の回帰を繰り返す。

 

言うまでもなくこの後の練習は全く集中できず、精彩を欠いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同日、日本国内の某所

 

「ここから先は道が狭いし、広い道はかなりの遠回りになるから送れない。申し訳ないが歩いていってくれ」

「いえ、ここまで連れてきてくれてありがとうございました」

気をつけてな。という声を最後に車と運転手は走り去っていった。

車を見届けた後に自分も目的地へと足を進める。目的地はこの山の奥にある。あまり人がいないところなので鬱蒼とした草木による天然の要塞•••なんて想像してたけど、山道は思ったより整備されていたから拍子抜けだ。ここに来るのに1週間近くかかってしまった。なんせ正確な住所がわからなかったからだ。ある程度まで絞り込んだらヒッチハイクしたり、近くにいた人に聞きまくって、対価として労働力を提供してここまで辿り着いた。

十数分で開けた場所で出た。この場所にはあまり似つかわしくないような気がする大きな家。表札は氷川──そう、ここは氷川家始まりの場所だ。




長くなっちゃいました。日菜ちゃんが色々なことに気づいたのはこのタイミングです。①でイジメやら色々に気づいたのは②より後になります。ややこしくてごめんね。
彩ちゃんの闇が深い気がしてきたけど彩ちゃんの承認欲求の根幹って色々考えると割とこんな感じなんじゃないかなって思います。

今後のネタバレ:主人公は割とメンタル強いです。

次回羽沢つぐみ視点(予定)。今回出番のなかったイヴはこっちで出す予定です。


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それはいつだって突然に──羽沢つぐみ視点

つぐみ視点開始

過去主人公のメンタルが凄まじくボロボロな件。巴視点は一番主人公がヤバい状態の話になります。

優しさって難しいですよね。作者もお節介焼いて痛い目を見たことが何回かあります。

追記:口調に違和感があったとのコメントを頂いたため修正しました。


それは突然のことだった。私の友人の氷川暁斗が突然姿を消したらしい。

 

先日彼の姉である日菜さんが私の家に来た。「捜索願を出すために今現在の写真が欲しい」とのことだった。

暁斗君が家族と上手くいっていないのは知っていた。最初にうちに来た時に巴ちゃんが説明してくれたし、彼自身からも話は聞いている。

 

優秀な姉たちと不出来な弟。

 

暁斗君が置かれた状況を大雑把に説明するとこうなるのかな?

日菜さんは中等部の時から「テストは全部満点が当たり前」とか「急に陸上部に入って大会で優勝してすぐ退部した」とか色々と逸話のある有名人で、紗夜さんも文武両道、品行方正な美人っていう天が二物どころか三物も四物を与えた凄い人。紗夜さんのことは花女にいる沙綾ちゃんが教えてくれた。

 

たしかにこんなに凄い人たちと比べられたら霞んでしまうと思う。

私は一人っ子だから、実際はどうなのかは理解することはできない。でも、「氷川日菜、氷川紗夜の弟だから•••」と期待されていたんだと思う。その期待に氷川暁斗は押し潰された。磨耗し疲弊し、その果てに無残にも打ち棄てられた。

 

暁斗君と初めて会ったのは確か2年前の5月末ぐらいだったかな?。向かいにある沙綾ちゃんの家から朝の早い時間に男の子が出てきたところにばったり遭遇して驚いたのは今でも覚えている。

 

光をも吸い込みそうな真っ黒な髪、綺麗な緑だけど光の消えた目、生気のない顔。どことなく幽世の人間じみた印象を纏った翳りのある男の子。正直な第一印象は「不気味」「怖い」「理解不能」といった良くないものばっかりなのに、何故か目が離せない。記憶にこびりつく。そんな不思議な存在だった。

 

そんなファーストコンタクトから数日後、巴ちゃんがうちのお店に件の男の子を連れてきた。巴ちゃんから彼の現状を聞いて同情を隠せなかったよ。

 

名前は氷川暁斗。私たちと同い年の中学二年生。色々と家庭の事情で相当追い込まれているらしい。たまに店に連れてくるから話し相手になってやって欲しいと頼まれた。普通に考えたら意味がわからないし、何故そんなことをしなくちゃいけないの?ってなるけど、おかしいことに彼を放っておけなかった。同情?憐憫?始まりは何だったのか今となってはよくわからない。とにかく私の日常に突然、暁斗君は姿を現した。

 

それからというもの、暁斗君は巴ちゃんに引き摺られて時々うちに顔を出しにくるようになった。初めのうちは物凄く警戒されていたよ。巴ちゃんが半ば力ずくで引っ張って来て連れて来ていることを考えたら当然の反応なのかもしれないけど、最初はギクシャクしてたなぁ。

 

とはいえ私もお客さんがいないときは暇だから、話しかけてみることにした。意外なことに受け答えは普通にしてくれた。でも、今と違って敬語だったし声は悍ましいほどに無機質で冷たくて、こちらの存在を認識すらしていないんじゃないかと錯覚するほど空っぽなお人形さんみたいで。何もかもを諦めてしまったようで、自暴自棄なようだった。

この時から彼の危うさにはなんとなく気がついていた。放っておいたら今にでも消えてしまう。きっとこの人は自分自身に頓着せずあっさりと自殺する。そう確信しました。

 

自分でもかなりのお節介だと思ったそれを見過ごせるほど私は無感動な人間じゃない。

とはいえ私は弁が立つ訳じゃないし、暁斗君の心を揺り動かせる熱い何かがあった訳じゃない。いつだって頑張っているつもりだけど、できないものはできない。いつだって現実は無情だよ。だから気を紛らわせることぐらいしか私には出来なかった。一緒にお母さんから料理を教わったり、別のお客さんと話しをさせたりとかそのぐらいしか出来なかった。

 

でも、何がきっかけかは、はっきりとはわからないけど暁斗君は少しずつ元気になっていった。出会った当初の危うさもすっかり無くなっていたし、巴ちゃん抜きでもちょくちょく顔を出すようになっていた。ここでずっと勉強してたり、その途中で息抜きと称して店の手伝いもしてくれるようになったし、本当にすごく変わった。前より笑うことも増えたし楽しそうだった。

 

お客さんと仲良くなるのは私より上手いぐらいだった。花音さんなんかいい例ですよ?商店街で迷ってた所を捕まえてうちの店に連れてきて籠絡してるぐらいですし?

それと、Afterglowの蘭ちゃんやモカちゃんとも打ち解けるのはかなり早かったね。ひまりちゃんは誰とでも仲良くなるのは早いけど蘭ちゃんは照れ屋で気難しいし、モカちゃんは不思議な子で会話が難しい時があるんだけど、すぐ2人と仲良くなっていた。

 

その時期くらいに暁斗君の口から直接彼自身のことを教えてくれるようになった。

姉が2人いること。その姉2人が途轍もなく優秀なこと。あの2人と比べられている毎日が辛いこと。色々と教えてくれた。ほぼ全部巴ちゃんから既に聞いていたことだった、自分自身で言葉にしてくれたことにきっと意味があると思う。確か言霊っていうんだっけ?

 

だから、立ち直ったって、これからは大丈夫だって。そう思ってた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「•••とりあえずこのぐらいでいいでしょうか?」

 

「•••うん。ありがとう。つぐちゃん」

 

少し冷めてしまった紅茶を口に含む。とりあえず話し終えたら喉が渇いた。

此処は羽沢珈琲店。お客さんは1人だけ。先ほどまで話の中心にいた暁斗君のお姉さんの日菜さんだ。千聖さんと花音さんがお茶をしている時に店にやってきて「つぐちゃんが知ってる暁斗のことを教えて欲しい」と頼まれた。ひとまず必要そうな所を掻い摘んで説明した。本当はもう少し色々あるのだが、日菜さんが此処に来ている理由を考えたら必要のない情報だろう。

例えばコーヒーはブラック一択なこととか。麻雀とかポーカーはモカちゃんと同じぐらい強いのにUN○とか双六には物凄く弱くていつもビリなこととか。

 

「暁斗•••そんなに追い詰められてたんだ•••」

 

日菜さんはショックを受けている様子だ。•••まさか知らなかったとは思わなかった。暁斗君は「日菜姉は俺なんて眼中にないよ。紗夜姉のことばっかり」と笑って言ってたけど、これはどうなんだろう?そんな軽い問題じゃないと思う。わたしは氷川家の人間じゃないから人様の家庭の事情に首を突っ込みはしないけど、もう少し暁斗君のことを大事にしてあげてほしいとは思う。

 

「•••暁斗絶対あたしたちのこと憎んでるよね?•••」

 

「日菜さん。そんなことありません!師匠はいい人です!」

 

「•••イヴちゃん」

 

 

「いつも私に色々なことを教えてくれましたし、とっても優しい人です!だから日菜さんのことを憎んでるはずないです」

 

イヴちゃんは良い子だなぁ。でも今回はその通りだと思う。

 

「イヴちゃんの言う通りだと思いますよ?」

 

「•••でも」

 

日菜さんは不安そうな顔だ。現に暁斗君はいなくなってしまっているから無理もない。でも──

 

「前に暁斗君が言ってたんです。『姉は悪い人じゃないから普通に接してやって欲しい』って。それに、暁斗君は日菜さんのことを嫌ってもいないと思いますよ」

 

多分暁斗君は比べられることそのものが嫌いなだけでお姉さん自体は嫌っていない。姉の話をする時の彼は間違いなく敬意を払っていたし、尊敬もしているのは明らかだったから。

 

それを伝えると日菜さんは少し嬉しそうな顔をした後にお礼を言い、お会計して帰っていった。

 

ああは言ったものの、私だって不安なのだ。もう帰ってこないんじゃないかなって思ってしまう。意外と対人能力は高いから、どっか遠くへ行ってそのままそこで暮らす。なんてことがないって言い切れないのが怖い。出来れば早く戻ってきて欲しい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そんな願いも虚しく無情にも時は流れ、夏休みは終わってしまった。あれから暁斗君は帰ってこず、電話やメールにも出てくれない。一体どこへ行ってしまったのか?そう思いながら登校する。

 

正門を通り抜けたその時、ある男子生徒に見覚えがあった。間違いない。暁斗君だ。嗚呼•••良かった。本当に良かった。帰ってきたんだ。こんなに心配させたんだ。文句の1つや2つくらい言っても許されるだろう。

 

「暁斗君!」

 

おかえり。心配したんだかr──「何か用ですか?()()()()

•••え?想像していなかった言葉に思考が停止する。どうして?••え?

何も言わない私を一瞥した後彼はそのまま私を置いて教室へ向かってしまった。

 

 

今の暁斗君はまるで初めて会った時みたいな冷たい目だった。2年前の彼に戻ってしまった。一体暁斗君はどこで何をしていたの?何があったの?

 

そう聞きたくても答えてくれる人は誰もいない。

二学期の始まりは、暗雲立ち込めたものだった。

 




つぐみの人の良さは異常。流石は聖天使ツグミエル•••って言いたいんですけどエルはヘブライ語で神を意味し、和訳すると神のつぐみになるからなんか嫌だわ。


次回「可笑しなお菓子と犯した瑕疵」タイトルと話数ででわかると思いますが紗夜回です。


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可笑しなお菓子と犯した瑕疵

イヴちゃんの誕生日ですが、ネタが浮かばないので誕生日記念のSSは書けませんでした。
途中まででいいなら活動報告にでも載せようかな?

今回は氷川紗夜視点であり、あくまで氷川紗夜が知り得る情報だけが描写されることを念頭に置いておいてください。


個人的にバンドリ内で一番人間らしいのは紗夜だと思っています。



それはとある少年の小さい頃の話。

皆さんも経験があるだろう。「ご両親に名前の由来を聞いて、それを発表してください」というよくある催し。小学校低学年の時に恐らく誰もがやることになるはずだ。

その少年もご多分に漏れず、純粋無垢に担任の先生の言うことに従い、両親に己の名の由来を聞きに行った。

 

少年の名前は祖父とその兄が付けた。

 

漢字には様々な意味があり、名前に願いを込めるというのは日本ではさほど珍しくない。

少年の名に込められた願いは実に単純明快でありふれたものだ。それ故に邪気などカケラもない清らかで美しいものである。

 

────家族と仲良く過ごし、そして大成して欲しい。

 

大雑把に言ってしまえば、それだけだ。ただ、少しだけ捻られている。

家族として一番長く付き合っていくのは順当に生きていけばの話だが、子より20年ほど先に逝去してしまう両親ではない。血を分けた兄弟だ。

故に、姉と同様に時間帯を示し、()()の境界線に混じり入り仲良くして欲しいという意味と、夜明けを意味し大成することを暗示させる暁を。北斗七星の斗から派生して「宇宙のような広大さ」、あるいは「無限の可能性」を暗示する斗。それらの願いを込めて少年の名前にした

 

余談だが、本来の少年の名前は「暁翔」になる筈だった。しかし画数が多い。翔は当て字であり、所謂「キラキラネーム」になるという理由でこの漢字は却下され、「暁斗」になった経緯がある。

 

名は体を表すという。そして言葉には力が宿るという。それは少年が与えられた()にもきっと•••

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

────懐かしいもの光景を目の当たりにし、言いようのない暖かさが湿気の多く不快な暑さへと姿を変えた。

目覚め方としては決して良いとは言えない部類だろう。中々に心地良い夢を見ている最中急に現実に引き摺り込まれたのだから。もう少しだけでもあの陽だまりなような愛おしい刹那の夢に浸っていたかった。

 

しかし、今日は平日で、夏休みもすでに開けた登校日だ。学生として、風紀委員として遅刻するわけにはいかない。軽く伸びをして意識を完全に覚醒させ、身支度を整え、自室からリビングへと向かう。

 

「おはよー!おねーちゃん」

「•••おはよう。日菜、•••()()

「おはよう紗夜姉」

 

これがここ最近の朝の風景だ。暁斗がこの時間に家にいる。朝家族と顔を合わせて朝食を食べる。これが当たり前の光景であるはずなのに暁斗があることは恐ろしく不自然極まりない。突然何も言わずにいなくなって、急に帰ってきたと思ったら今度は家にいることが増えるなんていくらなんでもおかしい。唐突すぎて不気味だ。

 

日菜は純粋に暁斗と一緒にいる時間が増えていることに喜んでいるようだけど、私は素直に喜べない。

 

今も感じている暁斗に対する薄ら寒い恐怖と、ずっと抱え続けているどす黒い嫉妬と、のしかかってくる罪悪感をどうにか押さえつけて私は姉らしく振舞わなければならないからだ。だから、暁斗と顔を合わせるのはとてつもなく気まずい。日菜にも多少の後ろめたさはあるものの暁斗へのそれは比ではない。ここ最近の朝は少しばかり憂鬱だ。

 

朝食を食べ終え、逃げ出すかのように学校へ向かう。我が事ながら情けない。自分の弟とすら向き合えていないのだ。日菜から逃げないと約束したけれど、暁斗と向き合うのはその何倍も難しい。

 

 

 

──暁斗を壊してしまったのは紛れもなく私なのだから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「じゃあまずは、Aメロから」

 

湊さんの合図で演奏を開始する。定められた旋律を五線譜を搔き鳴らして表現する。より精密により丁寧に。

機械のように冷たくてつまらない演奏だと今でも思う。

でも、湊さんはその正確さこそが私らしさだ。と言ってくれたし、日菜とも約束したのだから、私はこれを捨てるつもりはない。

正確でいい。冷たくたっていい。不純物のない氷はとても綺麗なものであるように、きっとこの先にきっと私が目指すものがあると信じている。────だというのに

 

「•••!」

 

突如として手が止まる。•••ああ、まただ。この頃ふとした拍子に脳裏によぎるのだ。「お前なんかがギターを弾いていていいのか?」と「弟を犠牲にして得た日常は楽しいか?」と自分自身の良心の呵責とも言うべき自責の念がふとした時に込み上がってくる。

 

「紗夜。また同じフレーズを間違えてるわ。しっかりして」

 

妥協は一切許さない。琥珀色の両眼がこちらを見据え責め立てる。

完全に非はこちらにあるため素直に従う。

 

「•••ごめんなさい。もう一度お願いします」

 

「•••いえ、今日はここで終わりましょう。きづいてないの?紗夜、貴女本当に酷い顔よ?」

 

「•••え?•••そう、でしょうか?」

 

周りを見渡す。白金さんは申し訳なさそうに何度も頷いており、今井さんも心配そうに見つめている。

 

「はい。すごく具合悪そうですよ。大丈夫ですか?紗夜さん」

 

さらには宇田川さんにはっきりと言われてしまった。自覚はまるでなかったが周りから見るとそう見えていたらしい。確かに、このまま練習を続けても無意味だろう。お言葉に甘えて今日は早めに帰ることにしよう。

 

 

 

 

 

「•••それでどうしてついてくるんですか?宇田川さん?白金さん?」

 

「えーっと•••その•••」

「あの•••言い•••にくいんですけど•••湊さんに•••「様子を見て欲しい」と•••頼まれて•••」

 

なるほど、どうやら私はそこまで重症だったらしい。湊さん普段は音楽以外のことは不安なところはあるけれど、Roseliaのことはよく見ている人だし、その気遣いは無碍にできるものではないだろう。それに2人と一緒にいることを特段拒む理由もない。一緒に家路へ着く。

 

「あの•••氷川さん。暁斗くん•••帰ってきたんですよね?」

 

そういえば白金さんは宇田川さんと同様に暁斗の友人だった。

 

「ええ。ただ少し様子が•••」

 

掻い摘んで最近の妙な点を話す。要約すると「家にいる時間が長い」になる。おかしくないはずなのにおかしいということがおかしい。

 

「アッキーは毎朝沙綾ちゃんの家に行ってたのに今は行ってないってことですか?」

 

「ええ•••そうね」

 

•••沙綾•••確かPoppin’Party のドラムの山吹沙綾さんのことだ。ライブの際に差し入れとしてパンを持ってきてくれていたのを覚えている。

 

「最近はあこの家にも来てないし、何があったんだろう?りんりんは何か知ってる?」

 

白金さんは首を横は振った。どうやら心当たりはないらしい。

だが、この2人は私の知らない暁斗を知っているのだ。山吹さんの家に毎朝通っていたのは初耳だ。

毎朝早くに家を出ているのは知っていたし、本人にどこへ行ってるかは聞いたことはあるが、「友人の家」としか答えなかったから。

やはり、私たちと暁斗の間には溝があるのは疑いようは無いだろう。一見仲が良さそうに見えてもしっかりと一線は引かれている。わかりやすいところだと「おねーちゃん」と呼ばれなくなったし、ついこの間まで、家で顔を合わせることの方が珍しかった。

 

「でも•••本当に突然ですよね?いなくなった間に何かあったんだと•••思います」

 

「ええ。それは間違い無いと思うわ。でも、自分探ししてたとしか答えてくれなくて•••」

 

せめて連絡の1つや2つはして欲しかったと思う。私と日菜がどれだけ心配したか、暁斗はまるでわかっていない

 

「•••ごめんなさい。少し愚痴になってしまって」

 

2人に聞かせるような話ではなかったと思う。微妙な空気になってしまった。

 

「•••いえ。気にしないでください•••あっ•••」

「白金さん?どうかしました?•••お菓子作り教室?」

 

「りんりんお菓子作るの?」

「えっと•••まだ興味があるだけで」

 

今井さんのクッキーには不思議と場を和ませる力がある。クッキーが、というよりかは今井さん自身によるものかもしれないが。

先日今井さんがアルバイトでいなかった時の練習は悲惨だった。

私たちは今井さん抜きだとてんでダメダメな集団である。

CiRCLEのイベントの時は今井さんがいない時は暁斗が色々気を利かせてくれていたのを思い出した。湊さんと白金さんへの指示は早かったし、宇田川さんの服へのフォローもしっかりしていた。

流石に2人のように、とはいかないが、私もRoseliaのためにできることをするべきだろうと思う。

 

 

「わかりました。私も一緒に行きます」

 

「え!?紗夜さんお菓子作るんですか?」

 

「いいえ、未経験よ。でもいい機会だし参加してみようかと」

 

それにこの店名•••“羽沢”珈琲店。日菜が暁斗の話を聞いたという、羽沢つぐみさんの実家で間違い無いだろう。暁斗の写真を提供してもらった直接のお礼をまだしていないし、ちょうどいい機会だと思う。

白金さんへのお詫びと羽沢さんへの謝礼。そして私自身のために今回はお菓子作る教室に参加する。

 

私が参加することに目を丸くして驚いている白金さんを尻目に申し込みを始めた。

 

•••ところで、私がお菓子作りなんてあり得ないのだろうか?

私はそんなに女の子らしくないと思われていたのだろうか?•••少し心外です。




やっぱり長くなるので分割します。次回は懺悔会

次回お菓子教室イベ(withりんりん)
バンドをやってる女子高生が集まる羽沢珈琲店とかいう聖地。凄くいい匂いしそう。

紗夜さんはバンドリの中で一番人間臭い。といいますか、負の感情を描写しても違和感がない美味しいポジションにいますよね。


そろそろ暁斗視点書きたいなって思うんですけど、こいつが生まれさえしななきゃ氷川家は平和だったという闇が深すぎる事態になります。生まれる前に死んどくべき系主人公ってなんなんだろうね?


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甘くて苦いお菓子作り

感想50件、評価数40突破しました。そしてお気に入り数1000人突破!本当にありがとうございます。これからも完結まで頑張っていきますのでよろしくお願いします。

活動報告にイヴちゃん誕生日SSの途中までを載せました。


いや、まじでごめんなさい。ただのクッキー作りなのに思ったより長くなった。切らなきゃ一万文字いきそう。紗夜さんは小難しく色々考えちゃうから必然的に文章が長くなるんだよ!

あこちゃんの誕生日完全に忘れてた。


お菓子作り教室当日、私と白金さんは羽沢珈琲店の前に集合した。

必要なものは全て主催者側が用意してくれているらしいので、参加費以外は殆ど着の身着のままだ。

事前に軽く予習はしてきたが、白金さんは「何かを作る時は我流で変な癖がつく前に、まずは先達からしっかりしたやり方を教えてもらった方がいい」と言っていた。とはいえ本人は引っ込み思案だから、裁縫は殆どネットで調べたものを自分で試行錯誤して体得したものらしいが。

•••それであの完成度の衣装や宇田川さんの私服をいつも手作りしているのだから、相当のセンスがあるのではないでしょうか?•••いや、寧ろ逆に我流でやってきて、何処かで行き詰まったからこそのアドバイスなのかもしれない。

 

 

だが、今回に関してはお菓子作りを習得するのは正直二の次だ。確かに今井さんのクッキーに近いものが作れるようになり、先日の今井さんが居なかった時のあの惨状を繰り返さないようになれればいいなとは思っている。だが、それ以上に白金さんの新たな挑戦を寿ぎ見守りたい。という気持ちと、日菜からある程度聞いた上で改めて、自分も羽沢さんから暁斗の普段の様子を聞いておきたいという考えだ。さらに白金さんからもRoseliaの練習時には聞くわけにはいけないことをこの機会に聞いておきたいという完全に私利私欲で邪な思いもある。

 

 

「氷川さん•••お待たせしました•••」

「まだ時間より前ですから、気にしなくて大丈夫ですよ」

 

白金さんが姿を現した。私はオシャレには疎いのであまりうまく表現できない。シンプルな色合いだが、白金さんの容貌と雰囲気も相俟って、さながら深窓の令嬢といったところだろうか?•••中身はかなり世俗的。というかお嬢様といった感じではないのだが。

 

「そろそろ時間ですし、入りましょうか。今日はよろしくお願いします。白金さん」

「はい•••お願い•••します」

 

扉を開ける、そこから先は見知らぬ世界。•••不本意だが、この間の宇田川さんたちの反応からも察せられるように私には似つかわしくないであろう領域だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「いらっしゃいませ!お菓子作り教室の参加者ですk•••ってRoseliaの紗夜さん!?燐子さんまで!?」

 

扉を開けたカランカランカランという音の後、来店者を出迎える太陽のような笑顔と鈴のような声。そして自分たちを見て驚愕へと目まぐるしく変わっていく表情•••ああ、なるほど。この微笑ましさはまさしく看板娘というほかない。珈琲店という店の性質も合わせ、来るものを癒すという意味ではこれほど適した存在は無いのではと錯覚しそうになる。見てるだけで癒されそうだ。これは繰り返し来たくなるのも無理はない。日菜が気に入っている理由もなんとなくわかる。•••まさか暁斗はこの娘目当てでこの店に通ってたわけじゃないでしょうね?もしそうなら別の意味でも話をする必要がありそうだ。

 

「ひょっとして、お2人もお菓子作り教室に?」

 

「はい。羽沢さん、今日はよろしくお願いしますね」

「え?•••羽沢って•••あっ•••」

 

知り合いがいたことに狼狽し、その理由を悟る人が1人•••まさか白金さんが、このお店が羽沢つぐみさんの実家だと気付いていなかったとは思わなかった。けれど、自分も日菜から話を聞いていなかったら絶対に気付けていなかっただろうし、あまり人のことを言えた義理ではない。

 

「はい。今日は一緒に頑張りましょう」

 

•••正直なことを言うと羽沢さんには嫌われてるかと思っていた。暁斗とは親しい仲だったらしいから。私は暁斗の敵と思われていてもおかしくないような立場にいる人間だから。

この笑顔もあくまで業務上の接待だけで、心の奥底ではどう思われているかもわからない。なんてこともあるかもしれないが、最悪、来た瞬間追い返されるかもしれないと考えていたから、1つ肩の荷が降りた気がする。

 

 

 

 

 

「あの、羽沢さん。今日作るアイシングクッキーとは一体どのようなものなのですか?普通のクッキーより難しそうですが•••」

 

アイシング•••icing?冷やすのだろうか?

 

「いえ!アイシングというのは普通のクッキーの表面を卵白やお砂糖で着色してデコレーションすることです」

 

「ですからやることは普通のクッキーを焼いて、絵を描くだけです」

 

「うまくいけばいいのだけれど•••」

 

少し不安になってきた。初めてだから当然と言えば当然なのだが。

一方で、白金さんはかなり落ち着いている。というよりかは今は深く考えず自然体。という感じだ。こういう時はもう少し慌てるタイプと思っていたのだけれど•••

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!今から母が詳しく説明しますから見ていてください。それでもわからなかったらなんでも聞いてくださいね?」

 

そう言って準備に戻ってしまった。

 

『テーブルの上にある材料を分量通りに混ぜて、焼いて、絵を描いておしまい』

さっき羽沢さんはそう言っていたが、不安が残る。やはりもう少し予習してくるべきだったのではないだろうか?私とは違い、隣の白金さんはかなり落ち着いているのが羨ましい。ここに来ると決心するまでは恐らく葛藤や緊張もあったのだろうが、いざその場に立ったときには肝が据わっている。思えば、初ライブの時からそうだった。ライブ前は震えるほど緊張していたのに、ステージに立った途端人が変わったかのように堂々としていたし、途轍もない集中力だった。Roseliaのメンバーとして頼もしいことこの上ない。

 

ならば、私も1人でやりきろう。彼女の集中を乱すなどあってはならない。無粋極まれりだ。

 

 

そう、思っていたのだけれど────何をすればいいのかわからない。いや、手順はさっき羽沢さんのお母様から説明されたから理解している。けれど初めてだから困惑している。

こういう時日菜ならとりあえずやってみよー!といって我流でやり出す。今井さんは他の人と混ざる。湊さんは•••多分今井さんがなんとかする。宇田川さんは白金さんと一緒になるか羽沢さんに遠慮なく聞きに行くだろう。暁斗は•••どうするのだろうか?

 

「あの、紗夜さんっ?ど、どうかしましたか?」

蜘蛛の糸が垂らされた。ああ•••なんたる僥倖。なんたる慈悲だ。救いの光は今ここに。最早恥も外聞も要らない。

 

「すみません。お恥ずかしい話なのですが、何をすればいいかわからなくなってしまって」

 

「大丈夫ですよ!まずはさっき言った通り生地をこねましょう。生地ができれば、あとは型を抜いて焼くだけですから!」

 

「私がそばにいますから、わからないことがあれば聞いてください」

 

「羽沢さん、ありがとうございます。

とにかく、やってみます」

 

その後もバターの白がどのくらいか。生地がまとまった感じ。など言葉では説明しにくいし、されてもわかりにくいこともあったが羽沢さんが側にいてくれたおかげでやり遂げることができた。

 

生地を30分ほど冷やすため白金さんも混じり雑談となる。どうやら白金さんは上手くいったらしい。やはり白金さんは手先が器用だ。一方で私は初めてのことで戸惑い、羽沢さんに迷惑をかけてしまった。

 

冷やし終わったあと生地を薄くする際に定規を使ってしまったりと中々に恥ずかしい珍事もあったが、どうにか乗り越えることができた。

 

羽沢さんに上手く指導できなかったことを謝られたが、とんでもない。融通の利かない私のそばにいて、アドバイスもくれたのだから、こちらがお礼を言うべきです。それに一生懸命さが直に伝わってくるから仮に拙くても嬉しいですよ。そう伝えると嬉しそうにして、驚いて、悲しそうな顔になった。コロコロ変わる表情は大変愛くるしいが、いきなりそんな顔をされたので此方も驚く。

 

「羽沢さん?どうかされました?」

 

「いえ、驚いちゃって•••やっぱり家族なんですね」

 

「•••暁斗も同じことを?」

 

「いえ、『紗夜姉はきっちりした性格で融通利かないけど、お礼はちゃんと言う人だ』って」

 

•••少々腑に落ちない部分もあるが、現にこうして暁斗の言葉通りのことが起きている。そもそも外では私のことをどのように言っているのだろうか?

 

「あの子私のことをなんて言ってました?やはり•••」

 

そこから先は言えなかった。

気になるけど、聞くのが怖い•••馬鹿馬鹿しい。何を今更そんなことを。既に私は暁斗に取り返しのつかないことをしてしまっているのだから、憎まれこそすれど良く思われてる道理は欠片もない。

そう思っていたから返答は驚くべきものだった。同時に暁斗の危機的状況を知ることになる。

 

「そういえば暁斗くん•••氷川さんのこと悪く言ってたことって•••一度もないですよ」

 

「確かに、私も聞いたことないかもしれません•••」

 

•••は?•••え?いや、いくらなんでもそれはないだろう。あんな状態に追いやった張本人を憎まずにいるなんて、そんな事があり得るのだろうか?

本人を前にしては言えない•••とかならまだ理解できる範疇ではある。だけど、仲良くやっていた相手にすら一度たりともそのような素振りを見せなかったとなるとまた、話は違ってくる。溜まりに溜まった呪詛の毒を、負の泥濘を、憎悪の汚濁を吐き出さずにいるなら、それは果たして正気を保っていられるのだろうか?

 

私や日菜に対してだけでなく申し訳ないが色々と駄目だろうと言わざるを得ない両親に対してすらそのような素振りすら見せず、更には仲の良い友人達にすら愚痴1つ言わない。

 

私は無理だ。現に日菜には冷たく当たっていたし、張り詰めた弦みたいにピリピリしていた自覚がある。今にして思えばあれはひどい。

 

Roseliaの前にいたバンドは喧嘩別れではなく、ちゃんと円満に解散したが、完全に手前勝手な都合で脱退した。それなのに今でも私のことを応援して、Roseliaのライブは毎回参加して、最前列で応援してくれている彼女たちが良い人なだけで、相当私は駄目な部類な人だったと思う。

 

そんな駄目な私の弟の暁斗には怨まれていると思ってたし、それを改めて実感するためにここに来たのだが。予想外の事態に困惑する。

 

「紗夜さん、ど、どうしました?何か辛い事でもあったんですか?」

 

「いや•••暁斗は強い•••なと」

 

「ひ、氷川•••さん?」

 

ああ、駄目だ。罪悪感が込み上げてくる。吐き出さなきゃ壊れそうだ。ごめんなさい。弱いおねーちゃんで。ごめんなさい。私のせいで暁斗をここまで追い込んでしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

「紗夜さん!落ち着いてください!」

 

パンと手拍子が聞こえはたと気付く。どうやら思考に没頭してしまったらしい。

 

「ごめんなさい」

 

「•••あの、紗夜さん。もしよかったら話してくれませんか?暁斗君のこと。•••その、何があったのかを」

 

言いたくないならごめんなさい。とそう言われた。

•••良い機会かもしれない。彼女達にここで全て話し、断罪され楽になりたい。そんな卑小で身勝手なな我が身をどうか許してほしい。

 

「•••ええ。お話しします。少々長くなりますが、全部」

 

ついに真実の扉が口開く。そこには善も悪もない。あるのはただただ人のエゴと、儚くて悲しい家族の愛だけだった。

 

 

 

────暁斗は、私のために追い込まれたんです。




アイシングクッキーを冷やしたクッキーだと思ってた人はきっと私以外にもいますよね?

主人公もっとメンタル弱かったら楽になれてたのにね。なまじ強度高かった分外から見たらまるで大丈夫なように見えてた。

あこちゃんの話を頑張って7/3中にちょっとだけ書いた後は紗夜の懺悔書いて。その次は沙綾視点かな?それかお気に入り数1000人いったし記念で何か書こうかな?
裏話、IF、ヤンデレetc•••割とこの作品から派生できそうなネタ多いな。活動報告にその旨書きますね


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酷薄な告白〜悔恨を添えて

今週UA数多い順でトップになっててびっくり。ありがとうございます。


紗夜はいい子だよ。でも、弱さから、人の性からは逃れられない。ましてや子どもだからね。これはそんな悲しい話。

この話で作者を嫌いになっても紗夜のこと嫌いにならないでください







凍りつく空気、重苦しい沈黙。時間の流れが止まった空間。若者に人気のあり、つい先ほどまでの楽しいお菓子作り教室は露と消えてしまった。

口火を開いたのはこの場に住まう看板娘。この停滞を、雰囲気を変えようとする。その勇気は凄まじい。

 

「私のためって、どういうことですか?」

 

至極真っ当な疑問だ。横にいる白金燐子も同様な疑問を持っていたようでしきりに頷いている。

 

「•••そうですね。では、少し昔の話から始めましょうか」

 

 

 

────私から見た暁斗は、恐怖そのものでもあり、同時に心の拠り所でもありました。

 

恐怖と安寧。相反するそれが同時に存在する。氷川紗夜の懺悔は、さながら空へ飛翔しながら深海に溺れていくような荒唐無稽な二律背反。それでいて一貫性のある摩訶不思議な言葉から始まった。

 

それは氷川紗夜の弱さの吐露。紗夜が生きる上で避けられなかった業の結晶。そしてその受け皿として生きてきた暁斗の物語。

 

 

 

 

──幼い頃私と日菜と暁斗は本当に仲の良い姉弟でした。よくある「おーきくなったらおねーちゃんとけっこんするー」も健在でしたよ。よく遊びよく笑う。そんな実に健やかで伸びやかな幼少期を過ごしていたと思います。とても幸せな時間でした。ずっとそうやって仲良くやれたらよかった。

 

だが、現実は非情だった。止まれ止まれと嘆いても、時の流れは一方通行で流れ続けてしまう。

 

私の妹の日菜は紛れもない天才でした。一度見れば大体なんでもできてしまう。それが許されるだけの記憶力と肉体スペックを持って生まれた。確かギフテッドって言うんでしたっけ?とにかく日菜はすごかった。その私と日菜の差が、事の発端でした。

 

 

 

さて、皆さんには既知の範疇であろうことだが、紗夜も文句なしに優秀だった。同年代と比較して、明らかに飛び抜けていた•••にもかかわらず、紗夜が日の目を浴びるとはなかった。それほどまでに日菜の才覚は凄まじかった。それは照り輝いた太陽のごとく、すぐ近くにある夜の輝き(紗夜)すらかき消す極光。どうしようもない悲しみの連鎖は日菜の持つ類稀なる才覚から始まってしまった。

 

姉である紗夜を慕い、紗夜と同じことをしたがり、真似て、あっという間に紗夜以上の結果を出す。姉の血の滲むような努力をして進んできた軌跡を、ちょっと散歩にでも出かけるような軽い気持ちであっさりと超えていく。そこに悪意は一切ない。本当に姉と同じことをしたいだけだったのだが、近すぎる太陽は身を焦がすように、ハリネズミは接触すれば傷つけてしまうように、紗夜の精神を蝕んでいった。

 

 

 

 

 

──正直日菜と比べられるのは苦痛でした。何を選んでも何に打ち込んでも、あの子は平然と追い越していく。何の気なしに、ちょっと喉乾いたしコンビニに行ってくるねーと言わんばかりの軽い気持ちで。私の立つ瀬がない居場所がない。私はあの子の姉なのに•••姉らしくなければならないのに、それが許されない絶対的な才能の差が憎たらしくて、日菜のことまで嫌いになりそうでした。•••いや、暁斗がいなかったら実際に嫌いになっていたかもしれません。

 

一方の暁斗は、その•••、私以上の結果を出すことはありませんでした。勿論、何もかもが私より劣ってるわけではないです。私より優れている部分も当然あります。わかりやすいのは身体能力です。

とはいえ、性別が違うため一緒くたにされることはなかったので結局のところ評価されることはありませんでした。

 

•••私はそんな暁斗に安堵していました。この子は私を追い越していかない。私から何かを奪ったりしない。この子の前でなら私は私でいられる。後になって気がついたことですが、私は心のどこかで私は暁斗を下に見ていました。暁斗に対して優越感を覚えてしまった。それと同時に暁斗みたいにはなりたくない。•••そう思ってしまっていた。

 

皮肉にもこの暁斗への無意識下での見下しが、紗夜の精神状態を安定させてしまったのだ。人が生きていく上で、肯定されること、自身を肯定できることはとても大事なことだ。暁斗という下位互換がいたことにより、紗夜は自分より下がいる。私は頑張っている。という相対的な評価の向上による自己肯定。同時に、両親による日菜や自身と比較して暁斗を糾弾し、冷遇する様を見て、ああはなりたくない。と恐れ、奮起し、より一層奮励努力するようになった。その甲斐あって良い結果を出した。否、出せてしまったというべきか。多少の後ろめたさがあれど、成果がある以上それを是とするのが人間だ。それに、暁斗の現況を見て、同じ境遇になることを恐れた紗夜はそれを手放せるほど強く、外れた人間ではなかった。だから、この螺旋が続いていく。追い越されたくないともがいて、結局いつも日菜に追い越されて、そのたびに轍を見返して、暁斗がいることに安堵し、自分の安寧を取り戻し、また次へ、そのまた次へ。

 

 

 

──でも、暁斗は何一つ堪えた様子がなかったんです。純粋に凄いといつも褒めてくれた。•••それが本心かどうかは今となってはわかりません。でも、嫌な顔一つせずに慕ってくれていました。愚直だが、折れず、挫けない。

•••情けない話なのですが、それがどうしようもなく怖いと思いました。大器晩成って言葉があるように、先のことだが、いつかはきっと追い越される。そう思っていました。

 

 

紗夜は足掻き続けた。姉らしくあろうと、先へ行こうと、新たなものに手を伸ばす。忽ち妹に追いつかれてしまうだろうと思いながらも、きっと何処かに自分の寄る辺があるだろうと進み続ける。

案の定日菜に追い越されたら立ち止まり振り返る。はるか後ろに暁斗がいる。日菜が引き起こした轢殺の轍の中で立っている。その度に追い越されなかった安心感と、いつかは追い越されるという恐怖を胸に抱いて。また別の道を模索する。これにより暁斗がどうなっていったのかに気づかないまま走り続けていた。

 

 

────確か2年前の5月の2週目ぐらいのことでした。

机の上に無造作にテスト用紙が置かれてたんです。お2人も恐らく受けているでしょう。都内模試の答案とその結果です。点数までは思い出せませんが、私より点数が良かったことだけは覚えています。その時は追い越されたことによる焦りでいっぱいでした。

 

•••その日からの暁斗のことはお2人の方が詳しいと思います。家には寝に帰ってくるだけの日も多くなりました。

酷い話ですが、私が暁斗が家に帰ってこないことに気がついたのは、1ヶ月ほど後です。言い訳になりますが、気にしていられる精神状態じゃありませんでした。焦っていて、暁斗のことを気にかける余裕が全くなかった。ちょうどその時期はスランプだったんです。

その時といつもの違いを思い返した時に漸く私はとんでもないことをしてしまっていたことに気がつきました。先ほども話しましたが、私は無意識のうちに暁斗のことを見下していたんです。優越感に浸ることでメンタルを安定させていたんです。

 

────これが私の罪です。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

重苦しい沈黙が再び訪れた。ある程度は予想していたが重い。想像の上をいった重い話で聞いていた2人も絶句している。正直申し訳ない。こんな自分勝手な世迷言を延々と垂れ流してしまった。

 

「長くなってすいません。何か、聞きたいことはありますか?」

 

「•••その、結局、氷川さんのためというのは?•••」

 

たしかにその通り。今の話だけだと、私が暁斗を見下していたことはわかっても、私のためというのは意味不明だ。

 

「白金さんの言う通りですね。実は、この時から少ししたある日の深夜に聞いてしまったんです」

 

「•••何を、ですか?」

羽沢さんが怪訝そうな顔を浮かべている。

 

「•••両親の、会話です」

 

手に握った拳が震える。怒りによるものだ。それが自身へ向けられたものなのか、あるいは誰かに当てたものなのかは考えないことにした。

 

「『暁斗が紗夜より良い結果を出してはならない』『あいつは紗夜より下でなくてはならない。紗夜のために』『紗夜の安息と成長のために』•••このような会話です」

 

「つまり、私のため。私が日菜に勝てずに苦しんでいるから、踏み台としての暁斗が必要だった。そういうことなんです。」

 

────私の所為で(ために)暁斗は追い詰められました。

 

そう、暁斗が冷遇されたのは両親の憂さ晴らしや暁斗本人の問題ではなく、他でもない紗夜のためのものだった。紗夜の安らぎとより良い結果をという親の愛。実の弟を蔑ろにする事で今まで安らぎが得られていたという事実。そしてそれを悪びれもしない両親。そして、それを知らずに甘受していた己自身。到底許せそうにない。

 

「だ、大丈夫ですよ!暁斗君ならちゃんと謝れば許してくれますって」

 

「そ、そうですよ氷川さん•••まだ、大丈夫です」

 

咄嗟のフォローが嬉しい。

だが、正直これで暁斗が私を嫌ってないと言われても信じられないのだ。だが、一度もこの2人にはそのような発言はしていないというのだ。特に羽沢さんは暁斗といる時間は長かったと聞いている。

 

暁斗は相当溜め込んでいるんじゃないだろうか?コールタール、汚濁、泥濘。言い方は様々あるだろうが、負の感情の吹き溜まり。それは間違いなくあると思っていいだろう。それを撒き散らすことをせず、友人達には表面上は表に出していない。さながら泥中の蓮。泥の汚水にありながら咲き誇り、清く正しくあり続ける。

それはきっと私にはない強さだ。

 

 

「そう、ですね。そう•••信じたいです」

 

これは、暁斗の強さに託けた都合のいい戯言なのかもしれない。また昔みたいにやり直したいとは口が裂けても言えないし、いくらなんでも暁斗が許してくれるとは思えない。それでも、謝りたい。せめてけじめくらいはつけさせて欲しい。話がしたい。

 

そのためには•••

 

「私に暁斗のことを教えてください」

今更すぎるが、肉親のことを見つめ直そう。きちんと向き合うために暁斗のことを、傷跡を知ることから始めようと思う。

 

「•••日菜さんとは?」

 

「はい。羽沢さんから聞かせていただいた話は私も日菜から聞きました」

 

「じゃあ、私からは何も•••」

 

申し訳なさそうにこちらへ謝ってくる。白金さんも普段の様子は昨日宇田川さんが教えてくれたこと以上のことは知らないようだ。

•••どうしようか。確か暁斗は山吹さんの家に毎朝行っていたらしい。

アポイントメントを取って話を伺うべきか。

 

「あっ!じゃあ巴ちゃんに聞きに行きましょう!」

 

「宇田川さんのお姉さんですか?」

 

「はい!私たちの中だと一番暁斗君との付き合いが長いんですよ?」

ほんの数日ですけど、とはにかむ。

 

そうだったのか。宇田川さんからおねーちゃんから紹介されたとは聞いていたが、それは知らなかった。

 

「連絡先を教えてもらってもよろしいですか?」

 

「いえ、私も一緒に行きますから」

 

「え、ど、どうしてですか?」

 

「•••ダメ、ですか?」

 

そう言われてダメと言える人が果たして何人いるのだろうか?

 

「いえ、一緒に行ってくれるのは心強いです」

 

正直あの人は見た目が怖い。素直に助かったと思う。今日は遅いし、また別の日。ということで今日はお別れした。

 

日菜ではないが、あの頃のように戻りたいとは思っている。そうなるために何をするべきかを理解した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

────あいつ最初に会ったとき何しようとしてたかわかります?自殺ですよ?自殺。

 

想像以上に暁斗のダメージが深刻だったことを私はまだ知らなかった。

 




暁斗は犠牲になったのだ•••紗夜の精神安定剤•••その犠牲にな•••
ネタ抜きでこれなんですよね。両親が暁斗を何だかんだ育ててた理由って。エンドのE組をイメージすればわかりやすいでしょうか?

紗夜が悪いわけではないですよ?人というのはそういう生き物ですから仕方ない。ましてや余裕のない精神状態なら尚更です。
寧ろ自覚があり、そんな自身を悪しきものと考えられて嫌悪できる紗夜を褒めるべき。とても優しいおねーちゃんなのです。強いて言うなら両親が悪い。


ようやっと長い長い姉2人の話が終わったので、ここからは両親周りの話と巴が見た誰も知らない氷川暁斗。そんでもって氷川暁斗の今とこれからの話を書いて終わりですね。
沙綾の扱いに困った。どうしよう。ここからだとどう考えても曇らせるしかない。


お気に入り1000人を記念して何か書きたいと思います。どんな話がいいとかありましたら活動報告かTwitterでお願いします。本編の裏側、IF、なんならヤンデレでもR-18でも構わんぞい。•••って思ってたけど要らない感じっすかね?


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幕間

過去話だけど久しぶりの暁斗視点。ぶっちゃけ紗夜、日菜視点の方が人気があるので、書いていいのかわからなくなってきた。
今回は前回の最後の話です。

それが彼の終焉。そして始まりでもある。って書くと厨二っぽい。
まあ、一つの転機なのは間違いないんですが。






2015年五月某日。影が伸び始め夕陽が差し込みちらほらと街灯がつき始める頃。都内某所の駅を彷徨う1人の少年の影。雑踏の中に紛れ、ふらふらと流されながら泳いでいる。

足取りは重く、それでいて軽やかにも見え、疲れているようで、楽しそうな雰囲気。沈痛そうな面持ちで、それでいて憑き物が落ちたような晴れやかな顔でゆらりゆらりと歩く様は五色を狂わす蜃気楼。どれが実像でどれが虚像か判別できない。どちらでもあり、どちらでもない境界線。

それ故に誰も声をかけられない。不味そうなような愉快そうなそれは理解不能なものとして遠ざけるのが一番無難であるのだから。

それを気にも止めず、光はほとんどない、それでいてどこか底光りするものがある目をしながら、目的の場所へと歩いていく。

 

 

──思えば走り続けてきた。日菜という、唯一無二の光輝。紗夜という、並いる雑魂を覆い尽くす闇夜。そのどちらにも憧れ、同時に恐れながら、比肩し、凌駕せんと邁進し続けてきた。一度たりとも2人に届くことはなかったが、まだだ。次こそはともがき続けてきた。

 

けれど、それは始まりから間違っていたと知ってしまった。どう足掻いても絶望...それすらも生温い。そもそも俺自身そのものが間違いだらけだった。始まりから罪セーブのデータなど、消去してしまうに限るだろう。だからこんな命など捨ててしまったって良い筈だ。というか消す。

 

今までのこととかこれから先の未来のこととか色々考えたけど、やっぱりこれが一番幸せになれる。「俺の幸せ」を第一に考えるならこれが最善策だ。それに、最期ぐらいは自分を優先したっていいだろう。最初で最後の自己主張だ。親なら親らしく子供のワガママを受け止めるがいい。

 

遺書にはそんな旨と周囲の環境についてをしたためた。多分これで世間様は俺に同情ぐらいはしてくれるだろう。色々調べてみたら、俺の取り巻く環境はどうやら劣悪らしいから。きっと「虐待」の被害者、「両親に死へ追いやられた哀れな子供」として取り扱ってくれるだろう。

 

ああ、だからこれは自暴自棄ではない。寧ろ今までで一番冷めている。大体、勝つことと生きることは別のことだろう?

()()()()()()()生かされてきた己自身を滅殺することで、クソッタレな両親や現実に一矢報いてやろうという叛逆だ。

当然死に方もなるべく遺族に迷惑がかかるやり方、駅内での投身自殺を選ぶ。精々賠償金の数百万円程度しかダメージを与えられないかもしれないが、世間体というものを気にする奴らだ。多少なりとも効果はあるだろう。おねーちゃん達には申し訳ないと思っているが、あの2人なら何処でだってやっていけるだけの才能があるだろうし、多分問題ない。

 

どうだい?実に愉快な勝ち逃げだろう?賭け金は俺のこれからの未来だ。安すぎて涙が出そうだ。...いや、本当に安すぎてお釣りが来る。

 

そもそも()()()()()()()()()()()()()こそが俺の存在意義だったのだ。これは、それに対する意趣返しでもある。お前らの人生はこんな無価値な俺に壊されたんだぞ?と嗤ってやろう。「小さな砂粒が大きな歯車を狂わせる」実に痛快な話だろう。

 

──これが俺だけの逆襲劇(ヴェンデッタ )。主役は勿論俺1人、舞台は現代。その命を撃鉄にして、一世一代の劇の幕を上げるとしよう。

 

目的地は、駅の構内。プラットホーム。ここが俺の処刑台。絞首台への階段を登る気分というのはこのようなものなのだろうか?だとすれば実に清々しい。一歩、また一歩と歩みを進めるたびに色んなことを思い出す。

 

幼き頃の尊い刹那...いつまでもあんな風でいられたらそれが一番良かっただろう。けれど、これは最早届かぬ邯鄲の夢。儚く散った幻想に過ぎない。

 

姉の背を追い続けた軌跡...ほぼ姉という天災どもが過ぎ去っていった轍の上をひーこら言いながら追いかけていった日々。何の価値もなかっただろう。何の成果もあげられなかった。その点については両親に同意する。本当に無価値で虚無だ。空っぽすぎて吹けば音が鳴るかもしれない。

 

意味のわからないことを考え出した自分に苦笑する。本当に今から死のうとしている人間の精神状態なのか?まあ、気楽なもんさね。背負ったものなど何もなく、今から喪われるものについて、俺自身すら悲しんだりしないのだから。

...ああ、でも紗夜は困るかな?無意識だろうが、俺を見下していたし、優越感を得ることで自身の安定を図っていたのだろうから、少し申し訳ないかも。

 

そして、残酷な現実...ああ、これだけは俺も両親に対して申し訳なく思っているとも。俺があの2人と同等であればあんたらも多少は苦しまずに済んだのだろう。そのことで周りから色々言われたんだろう?これについてだけはあんたらも被害者だと俺も思っているよ。

 

なんて物思いに耽っていたら改札口を通り抜け、気がつけばのりばまで来ていた。随分とあっという間だった。もう少し過去に浸るのも悪くなかったのだが•••もうそろそろ時間だ。もうじきこの駅を電車が通り過ぎる。日本の時刻表は正確だ。即ち、俺の死亡時刻も決まっている。

 

 

『まもなく、二番線を快速列車が通過します。黄色い線の内側でお待ちください』

 

聞き慣れた音声。いつ聞いてもよく通る声だ。だが、今日は従うつもりはない。今からそれと反対のことをして身を投げよう。

 

おねーちゃんに会えなくなるのは少々寂しい気もするが、どうせこれから先はどんどん嫌いになってしまいそうなのは目に見えている。ならば、そんな俺自身に幕を引いてしまおう。そう思っている自分もいて、同時に何もかもが嫌になった。こんな時でも相変わらずか。俺は姉の呪縛からは逃れられないらしい。

 

自嘲と、解放感と、なけなしの憎悪を乗せて、懐から遺書をさりげなく落とす。そのまま黄色い線を越え、足を、身を、何もかもを宙へ投げようとする。

 

 

•••ああ、強がってたけどさ、やっぱ辛かったんだ。苦しかったんだ。勿論叛逆も嘘じゃない。なるべく両親にダメージが行くように考えた。

でも、心のどこかで逃げたい。って思ってたんだろう。逃げずに立ち向かうことを選ばずに勝ち逃げを選んだ。それはつまり、辛い、苦しい、死にたいという自壊衝動に他ならない

 

──でも、それもこれで終わりだ。やっと...楽になれるよ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──次の瞬間、時間が巻き戻ったかのように急速に引き上げられた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

過ぎ去った電車はどうやら前髪を掠っただけらしい。わが身に突然起きた訳の分からない状況に混乱していると、そのまま乗り場を離れ、駅の外にまで引きずられた。

 

そこまで来て急速に状況を理解した。どうやら自分は死に損なったようだ。

 

 

「馬鹿野郎...!何考えてんだ!?」

 

...羽丘の中等部の制服か。赤い短髪。男かと思ったがスカート。まあ、なんとイケメンでいらっしゃること。きっと女子にモテるタイプだな。

 

「...自殺だけど何か?」

 

邪魔されて興が削がれた気分だ。なんとも素晴らしい正義感だ。鬱陶しいことこの上ない。帰っていいかな?そう思った直後

 

──頭部を中心に1回転しながら吹き飛ばされた。突然のことで受け身をとれず、背中から地面に叩きつけられる。

...どうやら殴られたらしい。なんて力だ。とても女子とは思えない。

 

 

「馬鹿野郎!」

 

なんで見ず知らずの他人に自殺を止められ、怒鳴り散らされ、挙げ句の果てにはぶん殴られなきゃならんのか。

 

「死んだら何にも残らないだろ!」

 

...それはない。そもそも何もないのだから。いい加減的外れすぎてイライラする。ああ、どうして安らかに死なせてくれんのか。

 

「...なんで助けた?どこかへ行くつもりだったから、電車が止まったら困る。とかか?」

 

「いや、それもあるけど。普通止めるだろ。自殺なんて」

 

...は?そんなどうでもいい理由で死に損なったの?これじゃあ何度やっても邪魔される。

 

「あは、アハハハ...アハハハハハアハアハハッ...!」

 

...クソッタレが。アホらしい。

...なんか萎えたわ。意外と自殺って行動力がいるんだな。

鬱の人が自殺をしないのは、その気力すら湧かない。と話に聞いていたが、こういう心理か。納得した。

 

「...大丈夫か?」

 

「おう...なんかアホらしくなった」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

•••随分懐かしい夢を見た。あの時あいつに会ってなかったらきっと楽に逝けたに違いない。

 

「あっ...起こしちゃいましたか?」

 

「...!?ごめん!もしかして寝坊した?」

 

•••やばい。昨日と今日の労働力とこの子の勉強を見ることを対価に一晩泊めてもらったのだから、寝坊とか洒落にならない。

 

「いえ、まだ夜ですよ。それより少し魘されてましたけど•••」

どうやら蚊取り線香を付けに来てくれたらしい。

 

「いや、ちょっとね、知り合いに初めて会った時のことが夢に出てきた」

 

「知り合いってもしかして...ポピパさんですか!?」

 

身を乗り出して目を輝かせる。...近い。鼻が触れそう。この1日で偶々知り合ってポピパのメンバー全員と知り合いだわという話をしたらグイグイ色んなことを聞かれた。東京からかなり離れているが、随分と熱心なファンだ。

 

「ステイステイ...ポピパじゃないよ。別のバンドの奴」

 

──そいつはな、宇田川巴って奴でな。AfterglowってバンドでドラムやっててRoseliaのドラムの姉なんだよ...

 

 

そんな昔話に花を咲かせた丑三つ時。暁斗が失踪して、3日目のある日の光景。




実に前向きな自殺(勝ち逃げ)でしたね。止めた巴は暁斗的には大戦犯。

なお、巴に止められなかった場合、両親は賠償金を支払うけどほぼノーダメージ。さよひなのメンタルはズタボロになるだろうけど、互いの傷を舐め合うように仲直りするだろうし、悲しみを乗り越えられた場合、両親は大した影響ないし、さよひなは下手したら今作よりハッピーな模様。
マジで疫病神か何かかこいつ

自殺未遂、それを止めて殴った直後に突然笑い出す奴と遭遇した巴の心境は如何に。

あっ最後の子は察して。




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歪み

みんな実は暁斗の事嫌いでしょ?前話だけで感想10件以上来たんだけど...追い込まれた姿がいいとかアホタルめいたものを感じますね。

今回は序盤で多分みんなが思ってるであろう「姉と仲よすぎておかしい」のアンサーのお話。突き抜けたらこうなるよね(実体験)





矮小なイカロス(只人)は天を、太陽を目指して飛翔したが、荘厳なる炎に焼かれ、蝋の翼では届かない。翼は溶け落ち、身を焦がし、あとは墜落するのみ。

──その筈だった。本人もそうなることを是とし、堕ちていくつもりだった。それにより、自分の生の幕を引き、逆襲劇の幕を上げようとした。

 

しかし、幸か不幸か、氷川暁斗は生き残ってしまった。

 

──死んで逃げることなど許さない。

──楽になどさせるものか。

──道化のごとく踊り続けろ。

──元よりお前はそういうものだろう。

 

そう言わんばかりの降って湧いた幸運。ご都合主義。陳腐でありふれた正義感と自殺なんてするもんじゃない。という綺麗事により生き延びてしまった。しかし、綺麗事は実現されたら美談だろう。つまり、氷川暁斗以外から見れば実に良い話。自殺を止めた正義のヒーローの美談になる。...尤も当人にとってみれば堪ったものではないのだろうが。

 

死を、終わりを、そしてその先を見据えた彼の一世一代の大勝負、文字通りの命賭けは、相手がその席に着くことすらなく頓挫してしまった。終焉を望み、その先を信じ、その刹那を、希い恋い焦がれた。それでも、今この現実に生きている。生きてしまっている。

 

 

そんな彼に残ったものは焼き切れた心と血の通った骸の身体。生ける屍といっても相違ない。...堕ちて海の藻屑となった只人。決して輝くことはない地星。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────もう、氷川暁斗は変質してしまっていた。時間の流れは不可逆で、もう在りし日の彼は帰ってこない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

お菓子作り教室から数日後、羽沢つぐみ、氷川紗夜、氷川日菜の三人がアタシの家に来た。理由はつぐから聞いている。暁斗のことで話を聞きたいらしい。あこは燐子さんに頼んで外へ連れ出してもらった。正直あこにはまだ早い。

 

正直なことを言うと、「何を今更」これに尽きる。

 

勿論つぐに対してではない。寧ろ今まで暁斗のことを深く聞かないで欲しい。とこちらから頼んでいたぐらいだ。今回は非常事態...というか、放っておくとあっさり暁斗が自殺しそうだから、つぐにも話しておいた方がいいと判断した。

本当は暁斗から「あこやつぐや沙綾やはぐみには言わないで欲しい」とずっと前に言われていたことだけど、そうも言っていられないだろう。それに、(紗夜と日菜)に言うなとは言われていない。そこで偶々つぐが耳にしてしまっただけだ...問題ないよな?無いったら無い。今この場ではアタシがルールだ。

 

...でも、この姉2人は全くもって別だろう。アタシのところへ来るのが正直遅すぎると思う。せめて居なくなってからすぐに来るべきだったろう。なんなら2年前に来て欲しかった気がしないでもない。ただ、あの時は暁斗の精神状態が脆すぎたからなどなどの理由があったから微妙と言うべきかもしれないが。

 

「...それで、何を聞きたいんですか?」

 

「えっとね...巴ちゃんの知ってる暁斗君のこと、なんだけど...」

 

つぐにそう言われても、そもそも何を話せばいいのかがわからない。私の知ってることを伝えるまでもなく、暁斗本人は姉2人が謝って来たら間違いなく許すだろう。いや、許すというのも語弊がある。...あいつは姉を()()()()。心が広いとか優しいとかそういう問題じゃない。憎んでないとかそういう問題でもない。まず、根本的に姉が悪かったと微塵も思っていない。

 

最初に会ったあの日の後、殴ったお詫びとしてラーメンを奢った。関係はないが、外でラーメンを食べたのは初めてだったらしい。

悪いと思わなくもなかったが、好奇心からどうして自殺しようとしたと聞いてしまった。

 

物凄く優秀な姉がいること。自分はそれに比べたらカス以下のカスであること。ずっとそれを比較され続けること。周りからボロクソ言われること。正直それに疲れてしまったこと。

でも、結局姉と比べて劣等な自分が悪かった。そうやって残酷な現実を他人事のようにケラケラと泣き笑いながら話していた。

 

だから、実はつぐもズレていた。そもそも許すもクソもない。優しいからとか悪く思ってないから大丈夫とかそういう問題じゃない。これはそんな簡単な話じゃない。

まず暁斗は姉達にも非があったと思えてすらいない。全部自分が悪い。...とことんまで低くなった自己評価の成れの果て。それが氷川暁斗なんだ。

 

 

暁斗本人も「姉は悪くないし、仲良くやってな?」とか言ってたけど、正直アタシは無理だ。

 

他のみんなには暁斗がある程度持ち直してからアタシが紹介した。

少なくとも、放っておくわけにはいかないと思ったからとりあえず...といった感じだった。

 

当人が話したがっていなかったし、私とてそこまで話したいわけじゃなかったから、みんなは、「優秀な姉がいて、その人に何から何まで比べられていて、家庭環境が悪い」ぐらいしか知らない。

だからみんなは暁斗がどこまで追い詰められていたか知らなかった。それ故に紗夜さんや日菜さんのことを応援できるし、間を取り持つことに協力もできるのだろう。寧ろ友人に対する至って普通で善良な働きかけだ。何らおかしいことはない。

 

 

でも、この2人は、暁斗の姉は...

 

「────あいつ最初に会ったとき何しようとしてたかわかります?自殺ですよ?自殺。」

 

あそこまで追い込んでおいて、謝ってそれでめでたしめでたしっていうのはいくらなんでも都合が良すぎないか?それを許容できるほどアタシは大人にはなれない。

 

 

息を呑む音が聞こえた。これはつぐも知らなかったことだ。当然驚いている。

 

「じ、自殺...うそ、嘘だよね...?」

 

「嘘なんかじゃないですよ。自殺です。死のうとしてたんですよ。駅のホームで」

 

駅のホームで向こうからふらふらと歩いてくるあいつとぶつかりそうになって、危ない奴だなと思って振り返ったら懐から何か白いものを出したこと。そこに「遺書」と書かれていることに気づいてダッシュで首根っこを掴みに行ったこと。あと一歩遅かったら死んでいたこと。

それらのことを話した。

 

あいつが書いた遺書はあの後本人が破り捨ててしまったため、何が書いてあったのかはわからない。けれど、家庭環境の悪さとかあいつ自身の呪詛を書いたと言っていた。

 

...どうやらショックを受けたらしい。自分もあこが自殺未遂を起こしたと聞いたら正気でいられる気はしないから気持ちはわからないでもない。

 

「そこまで、追い詰めておいて今更何なんですか?謝りたい?ふざけるな...!どれだけ自分勝手な都合で暁斗を追い込めば気が済むんですか!?」

 

多分これ暁斗にバレたらすげー怒られるんだろうな。何勝手に話してんだ!?って。でも言わなきゃ気が済まないし。多分誰かが言わなきゃいけないことだから。

 

 

「...それは...でも」

.

「あいつのこと本当に考えてるならもう関わらないでやってください。そっとしてやってください。」

 

この2人に悪意が無いのなんて、とっくの昔から知っている。アタシが暁斗の話を聞いて頭にきて文句を言いに行ってやろうとした時に諭すように姉のことを話していたからよく知っているとも。

 

ただ、当人達以外の周囲はそんなものお構いなしだ。彼らの関係がどう転んだって暁斗が傷つく未来しか無い。寧ろ環境は以前より悪化してるかもしれない。RoseliaとPastel*Palettesという2つの名のあるガールズバンドの存在がより一層比較対象の暁斗の背にのしかかる。より多くの人に存在が認知されてしまったから。より多くの人から弾劾される暁斗のことを少しは考えてやって欲しい。

 

今の暁斗はつぐだけじゃなくて誰ともまともに話していない。勿論挨拶をすれば挨拶はしてくれる。でも、他人行儀。いや本当に他人と変わらない応対だ。

どこへ行ってたとか何があったかはわからない。けれど、恐らく限界がきたのだろう。いや、それも違うか。そもそも自殺まで行ってたんだ。限界スレスレどころかとっくに超えていたと考えるべきだ。もしかしたら表面は取り繕ってるだけで心が壊れてしまったかもしれない。

 

それでも貴女達は暁斗とよりを戻したいと思いますか?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

誰も何も言えないでいた。場を支配しているのは重苦しい沈黙。

自らの生を放棄するほど追い込まれていたなど知らずにいた3人は動揺を隠せずにいた。

巴としてはもう言うべきことは何もない。普段の話は自分よりつぐの方が詳しいだろう。

 

この流れを切ったのは紗夜だ。

 

「...暁斗が変わったのは、やはり、その日がきっかけですか?」

 

青くなった顔で、やや震えながら、小さな声で問いかける。

 

「その前の暁斗とを知ってるわけではないのではっきりとは言えませんけど、そうだと思いますよ」

 

その答えに紗夜と日菜は明らかに気落ちした様子だ。2人が得ようとした問いの答えは「自殺をしようとするほど追い込まれていたから」だったのだからそれもそのはずである。

 

ここに来て今まで沈黙を保っていた日菜がようやく口を開いた。

 

「...どうしよう...なんて、なんて謝ればいいんだろう?おねーちゃん。あたし...」

 

嗚咽が漏れる。つい先日、自分が暁斗を追い込んでいたと初めて気がついたばかりであった。今彼女は、具体的にどれほど追い込んでいたかをようやく自覚して罪悪感に支配されている。

 

それは紗夜も同様だ。しかし、日菜と違い自身が追い詰めていたことをある程度自覚していたからこそ余計にショックは大きい。

 

「謝って謝りきれない。暁斗のことを考えるなら...今のままでいるのが暁斗にとって一番いいんだと思うわ...」

 

 

「紗夜さんッ!?」

「おねーちゃんッ!?」

 

それは暁斗のことを第一に考えた発言でもあり、暁斗から逃げている発言でもあった。

 

「...そうですね。それが一番暁斗が傷つかない」

 

普通はそれが一番無難だろう。無闇につついて刺激するのは良くない。

 

──そう、()()()()

 

宇田川巴はなんてことは無いように、当たり前のことを諭すように、それでいて爆弾級の発言を投下した。

 

────ただ、暁斗のやつかなりのシスコンですよ。

 

まだ希望は0ではない。しかし、同時にそれはどうしようもなく、救いようがないことを意味してもいた。




本編では絶対にやりませんが、ぶっちゃけ既成事実作って囲うのが一番手っ取り早い解決策だと思います。子は鎹って言いますしね。
でもCV.聖徳太子だとインポなんだよな


1000人の方はアンケを7月いっぱいまで取ります。他にもこれだろ!っていう要望などありましたらTwitterか活動報告へお願いします。その為のその他です。
正直ラブコメが一番ハードル高いんだよね。


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独り善がり

2ヶ月ぶりの沙綾視点
香澄ィ!マジで時間なくて一文字も書いてなかった...許して...ひまわりの日とかいうラブコメ向きの日だったのにね。

代わりといってはなんですが、こころは本編を差し置いてでもガチで書く。お蔵入りにしたこころルート。それを再構築した物の一部を書こう。


取り戻したいと願うのは、慣性の法則めいた、日常の変化を嫌う心からなのか。はたまた別の何かなのか。その答えは一向に出ない。...いや、もしかしたらもう出す必要すらないのかもしれない。ただ帰って来て欲しい。真実はたった1つ。必要なのはそれだけでいい。そう思ったから...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まだまだ残暑の残る九月の半ば

 

朝6時に起床して、朝ご飯をお母さんと一緒に作って純と紗南を起こして、お父さんを呼びに行く。

数年前まではこれが当たり前の一連の行動だったはずなのに、違和感が凄まじい。まるで残りの1ピースがない未完成なパズルのようでなんとなくモヤモヤする。その残りのピースが何なのかはもう言うまでもないだろう。

夏休み後半から姿を消した私の友人。大切なもう1人、私たちの家族に近い存在と言っても差し支えない人が今ここにいない。

 

夏休みはどこかへ行っていたらしいと巴から聞いた。目的とか、なんで突然誰にも何も言わずに行ったのかについては一切口を割らない。それどころか避けられているらしい。

私に対してだって電話もLIMEも出てくれない。精々、朝の2時間程度とたまの休みに純と紗南を連れて遊びに行く程度の付き合いだが、今までほぼ毎日顔を合わせてたから、いざいなくなると不安になって仕方がない。いなくなってから気付くのでは遅すぎるのだが。こんなにも私の日常に染み着いていたことを改めて実感した。

 

「おはよう沙綾。今そっちへ行くよ」

 

工房に来て最初に聞くのが父親の声であることも違和感ばかりで仕方がない。

 

 

「...うん」

 

いけない。みんなを心配させてはいけない。私はお姉ちゃんなんだから。今日もこれから学校だし、切り替えなければならない。

 

すまない...

 

「お父さん何か言った?」

 

「いや。なんでもないよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

5人での朝食を食べる。朝だが、純と紗南は元気いっぱいだ。慌ただしくも幸せな時間だ。ありふれた日常だけど、暁斗が突然いつか壊れてしまうかもしれないものなのだから噛み締めていかなければ...

 

 

「...沙綾。湯呑みが1つ多いわ」

 

「え?...あ...」

 

私と、純と紗南と、お父さんと、お母さん。全部で5つでいいのに。気がついたら6つ出していた。完全に無意識での行動だった。もう一ヶ月近くこの家にあいつは来ていないというのに、まだ慣れない。

 

「...沙綾」

 

「...あはは。ごめんごめん」

 

「「...」」

 

少々気まずい沈黙が流れる。両親は何も言ってこない。気を遣ってくれているのがありありと見て取れて、物凄く居た堪れない。

 

「ねー。にーちゃんぜんぜん来ないねー」

「いつ来るのー?」

そう聞いてくる純と紗南に本当はなんて答えればいいのかわからない。もう二度とここには来ないかもしれないのだ。

 

「暁斗にも家族がいてこの時間はきっと忙しいんだよ。きっとまた暫くしたら来てくれるよ」

 

「ほんと?」

 

「うん。だからいい子にして待っていようね」

 

かなり白々しく痛々しい嘘だ。大人になるってきっとこういうことなんだろう。この場で2人を納得させるためについた嘘は果たして誰の為のものなのか。それは意図的に考えないようにしていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

学校の道を1人で歩く。1人で歩くと2人でいる時より長く感じる。会話が弾む。という訳ではないがいつも話を聞いてくれて、適度に相槌を打って、リアクションをしてくれる相手がいないのはやはり寂しくなる。

 

花咲川女子の正門に着いた。何か人だかりが出来ている。

 

「沙綾〜おはよー!」

 

「おはよう香澄。この人だかりって何?」

 

「『抜打ちで持ち物検査』だって」

 

時たまある風紀委員の催しだ。特に怪しいものは持っていない筈だから大丈夫だろう。

 

「香澄?変なもの持ってきてないよね」

 

「多分...大丈夫!」

 

...これはあれだ。逆に必要なものを持っていないパターンだ。

 

「あー!!学生証忘れた!」

 

あらら。よりによって面倒なものを...こうなったらその辺りのことに優しい風紀委員が検査してくれることを祈るしかない。

 

「次の方どうぞ...あっ」

 

...薄浅葱色の髪の毛に暁斗と同じ緑色の目の風紀委員──氷川紗夜。暁斗の姉だ。

 

正直なところ元々あまり良い印象は持っていなかったが、今は更にその印象が悪くなってる。暁斗が家に来なくなったのは氷川家で何かあったからではないかと勘繰らずにはいられない。恐らくそれが顔に出ていたのだろう。思わず睨んでしまっていたようだ。向こうも気まずそうな顔をしている。ここが人前でなかったら文句の一つや二つを言いたくなっていたかもしれない。

 

「あの、山吹さん。今日の放課後に予定はありますか?」

 

「...え?な、なんでですか?」

 

あまりにも唐突だった。接点なんて精々CiRCLEで、暁斗がいなくなる直前に行われたCiRCLEで、そのライブの共演者。その程度のものしかない筈だ。

 

「あの...、その、暁斗のことで少し話を...」

 

どういうことだろうか?意味がわからない。わからないが、なんとなく行かなければ後悔しそうな気がしたから

 

「わかりました。場所は?」

 

「ありがとうございます。羽沢珈琲店でよろしいですか?」

 

家のすぐ目の前だし別にこちらは問題ない。そう伝えてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  

「...もう一度言ってくれませんか?」

 

所変わって羽沢珈琲店。目に優しい内装と、香ばしいコーヒーの香りによる癒しの空間。その場にはあまりにも似つかわしくない冷たい声。自分でもびっくりだ。だが、内容の方がよっぽど衝撃的だった。

 

「...暁斗は自殺未遂をしていました。巴さんが止めていなければ今頃は...」

 

この世にいなかった?──いや、何だそれは?ふざけているなら今すぐやめて欲しい。

 

「...沙綾の信じたくないって気持ちはよくわかるけど本当だよ」

巴が申し訳なさそうに告げる。つぐみも神妙に頷いている。なら紗夜さんが私を悪戯に揶揄っているというわけではないと考えていいだろう。

...そういえば、巴と暁斗が知り合った経緯ってあまり気にしたことがなかった。最初に会った時に深く聞かなかったから聞くタイミングを逃していた。だから、嘘ではないのかもしれない。

 

でも、もしそうだとしたら──

 

「凄いね...全然気が付かなかったよ」

 

全く気付けなかった自分に腹が立ってきた。2年間私は何をしていたんだろうか。

 

「そうだな。アタシもその場で実際に見てなかったらわからなかったかもしれない」

 

「私も気付けなかったから沙綾ちゃんと同じだね」

 

教えてくれなかった巴に多少言いたいことはあるけれど、気づかない私が悪い。ただ、それでもそんな素振りをまるで見せない暁斗は一体どこまで溜め込んでたのだろうか?というか今大丈夫なのだろうか?悠長にこんなところでお喋りに興じている場合じゃないだろう。

 

「私はこれから暁斗と話をしようと思います。...もしかしたらこれが最後になるかもしれません」

 

「...」

 

「まず私がしたことを謝ります。もう取り返しはつきませんが、やはりケジメは付けるべきだと思いますから。その後は暁斗から何を言われるかはわかりません。けれど、きちんと受け止めたいと思います。」

 

「...その結果二度と分かり合えないとしても?」

 

「...それが暁斗の救いになるのなら」

 

相当悩んだのだろう。だが、覚悟を決めた様子が顔つきからわかる。

巴は少々不承不承と言った感じではあるが、一応の納得はしているらしい。

 

「なら、なんで私を呼んだんですか?」

 

家族の問題なら、私に伝える理由がわからない。

 

「...暁斗は毎朝貴女の家に行ってたんですよね?」

「はい」

「私が言えることではないのですが、その...今までありがとうございました」

 

追い込まれて逃げ込んだ場所が私の家と考えたら、本当にどの口が言ってるんだと言いたくなる。しかし、今気にするべきなのはそこではない。

 

「今までってどういうことですか?」

 

それじゃあまるで...

 

「沙綾ちゃんを呼んだのはそのことなんだけど...」

 

「暁斗が私たちも遠ざけたってことは...」

 

...やめて。それ以上は言わなくていいから。本当は薄々勘付いていたよ。文化祭の裏側で暁斗が何をしようとしたか父さんから聞いた時から何となく気がついていたんだ。

 

────多分()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなんだよ。だから私たちも...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...それで恐縮なんですけど、今からウチに来てもらえませんか?」

 

「本当は私と日菜と暁斗の3人で話したいんですけど、逃げたくなりそうなんで、どうか私が逃げないように見ていて欲しいんです。」

 

私たちも暁斗と話をしたいのも山々だが、流石に5対1はひどいと思う。世の中には同調圧力というものがあるのだから。

 

「...確かにそうですよね。軽率でした」

 

目に見えてしょんぼりしている紗夜さん。なんか思ってたより感情表現が豊かな人だ。

 

「...よし!紗夜さん。今から行きましょう!家の外で待ってますから、終わったら私たちのところへ来てください」

こういう時のつぐみの前向きさは本当に頼りになるなと思う。巷ではAfterglowの道標であり裏のリーダーであると言われているだけのことはある。

 

「...ありがとうございます。家で日菜も待っています」

 

戦場に赴く兵士のような堅い雰囲気を纏いながらお会計をして、店を出て氷川家へ向かう。

 

 

 

 

「巴ちゃん。なんで紗夜さんのこと止めなかったの?てっきり...」

 

「そりゃ出来ればそっとしておいてやりたいけど...この間言ったろ?『暁斗はシスコンだ』って」

 

「うん」

 

「このままだとあいつ絶対姉のために動くぞ。そうなったら今度こそ...」

 

姉を縛る己など生きる価値などカケラもない。そう言ってまた自殺しかねない。そう告げられた。

 

「ちょっとそれどういうこと?」

 

それじゃあまるで...暁斗は────「あれ?紗夜姉どうしたの?随分と珍しい組合わせだね」

 

一ヶ月ぶりの懐かしい声がした。

 

「...暁斗」

 

「あれ、山吹さんどうしたの?随分暗い顔をしてるけど」

 

山吹さん、か。話には聞いていたけどこれはちょっと堪えるな。

 

「大丈夫だから。心配要らないよ」

 

とりあえず今日の目的を果たそう。それに、今の暁斗に心配されてもあまり嬉しくない気がする。

 

「暁斗。貴方に話があるの。少し時間を貰えないかしら」

 

「構わないよ」

 

深呼吸を数回繰り返し、意を決して部屋に入る紗夜さん。そして外で待つ私たち。正直この場にいるのは暑いのでどこか涼しいところにいたい。

 

「折角だから上がって行ったらどうですか?お茶ぐらいなら出しますよ?それに外で待たせるのも悪いですし。何より外は暑いですよ?」

 

遠慮しないで。、このタイミングで暁斗にそれを言われるとすごく断りづらい。3人で顔を見合わせた後、お邪魔することにした。

 

暁斗に氷川姉妹に私とつぐみと巴の計6人が席に着く。

 

「それで紗夜姉。話って何?」

 

まるで私たちのことを視野に入れていないような気がする。

 

「その、今までのこととか...」

 

その言葉を皮切りに紗夜さんの悔恨と罪悪感、それにより謝罪の念が溢れ出す。己の心の醜さ。そして己のせいで追い詰めてしまったことへの懺悔。。

 

「あたしも!暁斗にひどいことしちゃった...」

 

そして続いて日菜さんの謝罪。自身の隔絶した才能が故に生じた軋轢。その埋め難い差をようやく認識した。無知故にどれほど負担を掛けたのかを自覚した。と、それは傲慢でありながら謙虚でもあった。

 

2人の言葉を人によってはただの自己満足だと言うのかもしれない。それでも謝意は伝わってくるし、言われてる暁斗の判断が全てだろう。当の暁斗の表情に変化はない。真剣に聞いているのはわかるが何を思っているのかは読み取れない

 

2人の言葉が終わり数秒の沈黙。

 

「...うん。わかった。許すよ」

 

「「「......」」」

 

...いくらなんでもあっさりしすぎじゃない?

 

「暁斗はそれでいいのか!?」

 

「いいのか?ってなんですか?」

 

自殺を考えるぐらいまで追い込まれてたのにそこまで軽いノリで大丈夫なわけないでしょ...流石の姉2人もいくらなんでもおかしいと思い出したようで

 

「暁斗?無理しなくていいのよ?思ってることを話して」

 

「そーだよ!全部聞くから話してよ...」

 

端から見たら謝ったところで許してもらったけど、あまりにあっさり許されて物足りず、自ら罰を求めてる。といった感じなのだろうか。

 

「いや、そもそもさ...」

 

何故こんな単純なことをわからないのか?と心底不思議そうに思っているかのように言葉を続けた。

 

────「なんで俺が怒ってるって思ってるのかがわからないんだけど...

 

...「全部自分が悪いのに」言葉にはしなかったが、恐らく後ろに続いていた言葉はこれだ。幾ら何でもあんまりだ。確かに暁斗に日菜さん達と同じものがあればこうなることは無かっただろう。でもだからって暁斗が全部悪いなんてことあるのだろうか?あまりに理不尽過ぎる。ここまで追い込んだ人たちへの怒りと悲しみではちきれそうだ。なぜかこっちが泣きたくなってくる。

 

「第一俺がそんなこと言ってい「いい加減にしてよ...!

 

「いくら暁斗が悪かったとしても、暁斗だって人間なんだから怒ったり悲しんだりしていいんだよ。わがままだって言っていいんだよ!」

「なんで暁斗だけこんなに我慢しなきゃいけないの!?おかしいよ...」

 

「何を言って...」

 

「そもそも暁斗前に言ったよね?『私だけが我慢する必要なんてない』って。なんで自分にはそう思えないの?」

 

「もう少し自分を大事にしてよ...お願いだから」

 

多分泣きそうになっていた。でも伝えなきゃいけなかったと思うから。大事なことだと思うから。きっとみんなそう思ってたから止めなかった。

 

クックック……

 

「...暁斗?」

 

様子がおかしい。今までの暁斗と何かが、大事な何かが違う。

 

フハハハハ

 

これは何かまずい。理屈抜きで、直感でそう感じた。

 

「アタシ、これ見たことある...あの時の暁斗だ」

 

あの時って...まさか

 

ハーッハッハッハ!!

 

「最初に会った時の...」

 

すなわち、非常にまずいということだ。

 

「...何が自分を大事にしろだ。ふざけるなよ」

 

「...暁斗?」

 

「姉の劣化物でしかないのに?出来損ないなのに?出涸らしなのに?結局姉ありきなのに?そんな自分を大事にできる要素がどこにあるんだよ答えてみろよ。ないだろ?ないよな?ないに決まってんだよ。事実だからな」

 

「そもそも始まりから姉の為なんだから、俺は元々そういう《物》なんだよ」

「え?どういう...こと?」

 

「そんなに聞きたいなら話してやるよ...もうなんかどうでもいいわ」

 

 

 

狂喜と絶望。自嘲と哄笑。薄ら笑いを浮かべた道化が遂に其の真の姿を現した。謳い上げるは独奏歌(ソロ)にして前日譚(プリクエル)。溜まりに溜まった憎悪と憤怒と悲嘆と諦観といった負の感情。それらに彩られた泥濘が遂に噴出する。そこにあるのは始まりから終わってしまっていた1人の少年の物語。




長い。そして沙綾が特大の地雷を踏みました。

感想と高評価待ってます。


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慟哭

冒頭を前回に書いてたら次回予告っぽくなって面白かったかも。と反省。




人を陥れ、幸福を、未来を奪うことを罪と仮定するならば、紛れもなく彼は生まれた瞬間から罪人である。その観点から見れば、彼は生まれるべきではなかった存在であると言えよう。

だが、それでもその命が必要であったことは事実だ。彼が生まれたことにより救われたものが確かにある。例えそれがどれだけ残酷な現実だったとしてもだ。

 

 

────(シン)(シン)から(シン)(シン)へ。

 

自身の内から這い出る悲哀と諦観の奔流に身を任せながら、天を目指し、焼き焦がされ、地へと堕ちていった只人が狂い哭く。

 

紡がれるのは罪の記憶。始まりの瞬間から、破綻した終焉と定められていた道を狂ったように疾走してきた道化の始まりと末路の物語。

 

 

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2002年4月1日

 

都内某所の病院で苦痛に喘ぐ女の股から一人の赤子が生まれた。本来おめでたい事であるはずなのに、そこにあるのは新たに生まれた命への祝福ではなかった。無論生まれたことが不吉なものだったというわけでは無い。ただ、それ以上に別のことでの安堵の方が大きかっただけ。

 

「あぁ...これで...」

 

「ああ。守られたよ。これで紗夜と日菜の未来はちゃんと守られた」

 

「...良かった」

 

 

愛しい我が子達の生存が保証された。その安堵で胸がいっぱいだった。恐らく退院以降は()()()()()()()()()()赤子より、母体への負担を無視してでも守ろうとした我が子の方が大切なのは自明の理だ。

 

初めから生贄として生まれた子どもに愛着など湧くはずがない。

 

 

────本来その赤子は姉のために捧げられる贄としてその生涯を終える筈だった。だが幸か不幸かその未来は潰えてしまい、氷川暁斗は生みの親の元で今も生きている。

 

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「「「「「.........」」」」」

 

沈黙が場を支配する。無理もないだろう。ここにあるのはただのエゴばかりで氷川暁斗の尊厳などどこにもない。

 

「あたしとおねーちゃんの為ってどういうこと?」

 

 

「別に、よくある話だよ。「男の子(跡取り)が欲しかった」ってやつ。女なんざ要らん!って古臭い価値観。」

 

「...そういえばおじいちゃんの家ってかなりのお金持ちだったよね」

「...ええ。今は田舎に引っ越して隠居しているらしいけれど。」

 

 

「爺さんは孫バカだけど、婆さんがこれまた古臭い人だったらしくてさ?日菜姉や紗夜姉を殺してしまおうって話も出てたらしいよ?」

 

「「ええっ!?」」

 

「お産が病院で助かったね。もし自宅出産なんてしてたらマジでその場で殺されていたかもよ?」

 

氷川姉妹にとっては青天の霹靂だ。まさか生まれた直後にそんな危機が迫っていたとは夢にも思っていなかっただろう。

 

暁斗はそれを一切合切どうでもいいと言わんばかりに話を続ける。

 

「で、出産後しばらくして実家に行った時に事件が起こった」

 

「父さんと母さん、軟禁されたんだってさ」

 

「軟禁」

 

「そ。軟禁して、『ヤらなきゃ一生ここから出さないし子供(紗夜と日菜)がどうなっても知らないよ』って脅されたんだと』

 

 

 

「で、その時デキたのが俺」

 

「それ以降も産まなきゃ姉を...って脅され続けてたんだってさ」

 

姉2人の安全を確保するために嫌々生むはめになってしまった。紗夜と日菜を生かすために生まれた存在。それが氷川暁斗の本質だ。

 

「で、そのあとは俺は祖母の手で育てられる筈だったんだけど...」

 

後は言わなくてもわかるよな?と言いたげな目線を紗夜と日菜へ向ける。

 

「...祖母はその直後に亡くなった。理由は急性心不全と聞いたことがあるわ」

 

「そう。死んだんだ。だから俺は姉と同じ場所で生活することを余儀なくされた。いや、両親は俺を育てることを...って言うべきかな」

 

「母さん精神的に参ったらしくてさ。所謂マタニティブルーってやつ?それに加えて。俺を産んだ意味がまるで亡くなったから相当荒れたらしいよ?でも無理もないだろうね。産みたくて産んだ訳じゃないガキ一匹を育てなきゃならないんだから」

 

当然待遇に差は出るだろう。そもそもが紗夜と日菜を守るための生贄だったのだから持て余すのも当然だし、祖母が脅して来なければ、本来は産む予定も必要もなかった存在だ。それを平等に愛するなんて聖母もびっくりの博愛主義者だ。

それでも世間体を気にしたのか定かではないが、彼らは一応暁斗を育てていた。

 

──そして再び落胆した。姉たちとの才能の差が歴然としてしまった。よりによって産みたくて産んだ訳ではない俺が劣等だったことが更に両親を追い詰めた。

 

「せめて、俺が姉より優秀だったら救われてたんだろうな」

 

現実は無情だ。望まなかった子より、元から望まれ、祝福された子の方がどうしようもなく優秀だった。元よりカケラほどあるかどうかだった情も消え失せてしまった。

 

「...尤も。だからこそ俺はここにいるんだけどね」

 

皮肉なことにそれこそが氷川暁斗の存在意義になってしまった。氷川紗夜をより高みへ押し上げるための当て馬として、躊躇なく使い潰すことができる存在。愛しい紗夜と日菜へと手向けられた首飾り。それこそが氷川暁斗の真実だった。

 

「そ、それはいくらなんでも...」

 

タチの悪い冗談だろう。そうであって欲しい。そう願い彼女達の願いは

 

「いや、間違いないよ。親や爺さんに聞いたからな」

 

虚しく潰えてしまった。

 

 

 

────だから、俺はそういう存在なんだよ。許すもクソもあったもんじゃない。

 

 

先ほどの変貌は嘘のような冷たさで彼は淡々と事実を告げていく。

今までの暁斗とは比べ物にならないほどの虚無だ。ただそこに在り続ける機械の如く、人としての情緒や感性など飾り程度のものでしかない。まるで別人否、これこそが本来の氷川暁斗だとこの場にいる者全てが理解した。

 

憤激と怨嗟の泥の中でも清く在り続ける蓮の花、確かに間違いではない。だが、それは彼が己自身を戒め続けたが故に表に出てきていた表層に過ぎなかった。いくら花が綺麗であっても結局は泥水であり、醜く腐っている。その底に住まう魔性。それが暁斗の真の姿である。

 

 

「だから、特に怒ってないんだよ。そもそも許すも何も悪いことなんか何もしてない。姉さん達は当たり前のことをただ当たり前にしてただけなんだから」

 

有無を言わさぬ強い口調。「話は終わりだ」と言外に告げていた。

 

再び静寂が訪れる。彼女達と暁斗の間ではまず前提条件が違ってしまっているのだ。自分自身への価値観が徹底的にズレている。あまりの認識の差を前にして、何を言えば暁斗に届くのかがまるでわからなくなってしまい、言葉が出せずにいた。

 

それを、もう話は終わったと判断したらしく、暁斗はその場を後にした。

 

 

ごめん

 

 

その小さな呟き(ホンネ)は誰の耳にも届くことはなくドアに吸い込まれた。

 

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家の外を出て1人街を彷徨う。考えるのは先ほどの会話。

今日話していて実感した。

 

 

──()()()()()()()のだ。あれほど姉に居場所を取られたくないと思っていたのに、いざ姉とあの人達が一緒にいたところを見ても何も感じることができなかった。悔しいとか、嫌だとか何一つ感じ入ることなど無かった。陳腐な言い方になるが「冷めた」のかもしれない。執着する気にもならなくて、本当にどうでもよくなってしまっていた。姉の知り合いだからそれなりの接し方はするが、俺からすれば赤の他人だ。

 

思えば以前からその兆候はあった。宇田川の妹さんと白金さんがRoselia、つまり姉とバンドを組んで以降あの2人と連絡する機会は格段に減っていた。それについて疑問に思うことすら無かった。

 

 

自分自身でもかなりの薄情者だと思うが、どうでもいいものはどうでもいいのだから、もう構う必要など無いだろう。

 

 

 

ただ、今日はあまり思い返したくないものを思い返してしまった。それを知った際には流石に俺なりに色々考えてみたのは良いんだけど、そもそも求められた用途が初めから姉のための贄な時点でそうやって生きる以外の選択肢など、どこにもなかったのだから。俺はそれしか知らなかったから、終わらせる以外の選択肢なんか何一つ見つからなくて。それを選んだ。でも、それは結局邪魔された。これだけは絶対に許さない。許せる日など来るはずもない。それだけはきっと俺の中にある本物だろう。

きっと死にたかった。辛かった苦しかった。けれど生き延びてしまった。死に損なった。先のことなど一切考えてなかったのにひょんなことから生き延びる羽目になった。暗い道のりはこれから先も続くのだろう。

 

 

 

 

 

そこからの二年間、楽しかった。楽しかったはずなのに、もうなんとも思えない自分がいる。

 

 




誰もツッコんでくれてないから不安になりながら書きました。
さよひなの一個下ってなると、出産から妊娠の間隔が短すぎると思うんだけど俺だけなのか?ってなりながら書いた話。





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変容

遅くなって申し訳ありません。

アンケートにご協力いただきありがとうございました。
なんと980票!そのうちの約47%がさよひなヤンデレでしたね。
近いうちに書きます。暫しお待ちを。


いつからだろう。今まで培ってきたものを捨ててしまうことに慣れてしまったのは。

 

いつからだろう。積み上げてきたものをガラクタとしか認識できなくなっていったのは。

いつからだろう。そんな自分がおかしいと思えなくなっていったのは。

 

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そのまま彷徨い歩くこと数十分、もうすっかり夕暮れだ。

 

それに何か意味があったはずなのだが、今となってはどうでもいい。

皮肉にもかつて彼女達が夕焼けに誓ったように何も「変わっていない」からだ。二年間は何のために有ったのだろうか。結局なところ無駄にしていたと形容するほかないのかもしれない。

 

無論、総て忘れてしまった訳ではない。彼女達と駆け抜けた日々は今でも胸裡に刻み込んである。ただ、あの空間に姉が存在する以上同じものは決して帰ってこないだろう。ならそれはまったくの別物だ。あの陽だまりはもう戻ってこないし、不可逆で掛け替えのないものだったからこそ美しいまま終わらせたのだからこれで良い。元鞘に納まろうなどと無粋な真似はする筈もない。それこそ俺の浅ましいエゴだし、姉と、ついでに彼女達への侮辱に他ならない。

 

...いや、それ以上に俺の中で遠い「思い出」になってしまった。だからもう執着しようがない。

 

 

それによく言うだろう「前へ進め」と。そも俺1人いなくなった程度で崩壊するものなど今は何処にも無い。あるというならば、そんなもの、今壊れてしまっても何ら問題ないし、価値もさほどあるとは思えない。だから恥じる必要も悔いる必要もどこにもなく、未来に思いを馳せるべきだろう。やらねばならないことは山ほどあるのだ。振り返ってる暇などない。

 

これからの新生活に向けてまずは新たなバイト先を見つけることから始めよう。早速コンビニに置かれている無料の求人情報でも読もうかと思い至ったので、行き先を決定する。9月とはいえクッソ暑い中1時間近く歩いてるし、ついでになんか飲み物でも買おうかな。

 

 

 

 

 

 

「サマーセール.........アッキー......」

 

 

 

 

買い物を済ませ店を出た。

 

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もう日も大分落ちた。俺の夕飯は相変わらずだろうからそろそろ帰って何か作らねばならない。今日は適当に炒飯でも作ることに決めた。

買い物も済んだし、そろそろ帰路に着くとしよう。もう流石にあの人達も帰っただろうしね。

 

 

「あっーーー!にいちゃんだー!」

 

「久しぶりーーー!」

 

親しい人の弟妹や自身の子供なら可愛らしく思えるのだが、赤の他人のガキの声は不快に聞こえる。聞くに堪えない。そんなことを経験したことはないだろうか?かくいう俺はそんな経験を現在進行形で積んでいる。子供特有の甲高い声が癪に触る。一応恩人の子であり、恩人の弟妹であるはずなのに鬱陶しくて仕方がない。

 

「...久しぶり。元気だったか?」

 

だからといって年端もいかない子どもである純と紗南に当たり散らしていいわけではない。だからここはどうにか切り抜けてさっさと帰りたい。

 

「ねーねー!遊ぼうよー」

 

「遊びたーーい」

 

うっせえ...

 

「もう暗くなるし、帰りな」

 

 

「一緒に帰ろー!」

「行こう行こう!」

 

...ここから商店街はすぐ近くだから何人か見知った顔がある。そこそこ商店街に入り浸っていたツケがこんな形で回ってくることになるとは。

今ここでこの2人を邪険にしたら恐らくおばちゃんどもが正義感からお節介をかけてくる。ここの人たちは仲間意識が強いから、下手に純と紗南を邪険にしたら面倒なことになるのは目に見えている。

 

「...仕方ないな。俺も予定があるから家に送るだけだぞ?」

「やたー!」

「わーい」

 

さっさと用事を済ませて帰ろう。俺だってやらねばならないことが沢山あるのだから。こんなことで時間を取られたくない。

 

 

 

 

 

会ったのが久しぶりだからか、以前会った時より2人のテンションが高い。空白の時間を取り戻すつもりなのか、口数も多い。

 

疎ましい。煩わしい。五月蝿い。黙れ。そう言いたくなるのを堪えながら、怪しまれない程度に相槌を打つ。

 

「最近うちに来ないのはなんで?」

「次はいつくるの?」

 

...行かない。俺が好きだったあの場所には既に姉の影が存在しているから。今までと同じということは絶対にあり得ない。例え表面上は同じだとしてもだ。どう足掻いたって姉という色眼鏡がかかってしまう。存在としての格が天と地ほどの差なのだから、避けようがない必然で、どうしようもないことだ。

そう、そうだとわかってはいるけれど、そんな風に見られるのは例えばどんなに自分を誤魔化して、どうにか折り合いをつけていたとしても、気持ちのいいものではない。

 

生憎と俺は「俺個人を見る」なんて綺麗事を信じられるほど虫のいい性格はしていない。そもそも俺にはそんな価値など無いのだから、仮にそう言われたとしてもそいつは「頭がおかしい奴」としか思えないので近寄りたくない。

 

「俺も忙しくなったからなーいつ行けるかわかんないよ。でも、いつか顔出すし、パン買いに行くから」

 

とりあえず方便。いつかがいつになるかは明言しない。多分死後輪廻転生した後で行くかどうかじゃないかな...俺は生まれ変わりとか信じてないクチだし、その時やまぶきベーカリーが続いてるかどうかとかもわからないけど。

その後も嘘と方便で純粋無垢な子どもを騙しながら家路を急ぐ。

伸びる影はこれからの行き先を暗示しているのではないかと錯覚する。まあ、元より希望などないから確かにお先真っ暗なのは間違いないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

「にーちゃんつれてきたー!」

 

 

そのまま帰らせておくれよ。正直沙綾と一番顔を合わせたくない。何を言われるのかがわからなくて怖い。また俺が以前言ったことをそっくりそのまま返されると面倒なことこの上ない。

 

 

「おかえり。手を洗っ......暁斗?」

 

 

「弟さんと妹さんをお連れしました。それじゃ」

 

 

「...あっちょっ待...」

 

踵を返す。もう会うことなんてないだろうし、思うことなどあるはずもない。

なんか悲しそうな声が聞こえたけど気のせいだろう。いくら元とはいえ、友人だった女の子のことを頭のおかしい奴だと自ら進んで思いたいわけではないのだから、ここは幻聴だったと思っておこう。

 

 

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...行ってしまった。引き止められなかった。折角巡ってきた千載一遇のチャンスを無駄にしてしまった。

 

暁斗は急に変わってしまった。いや、もしかしたら初めて会った時かその少し前に戻っているというのが正確なのかもしれない。最初に会った時はこれぐらい他人行儀だったはず。何故元に戻ったのかは先程は答えてくれなかった。何があったのか知りたい。出来れば元通り、毎朝うちに来て欲しいと今でも思っている。

 

でも...

 

「もう...無理なのかな?暁斗...」

 

それは嫌だ。直接は言ったことはないが、最早家族同然だと思ってる。だから勝手に居なくなるなんて許さない。認めない。せめて説明ぐらいして欲しい。そう思うのは私の身勝手なわがままなのかな。

 

 

...いけないいけない。私はこの家ではお姉ちゃんだ。弱いところを見せるわけにはいかない。

 

「沙綾?」

 

「...お父さん?どうかしたの?」

 

「何もないよ。それより暁斗君が来ていたのかい?」

 

「うん。すぐ帰っちゃったけどね」

 

「何か言っていたかい?」

 

「何にも」

 

せめて挨拶や軽い世間話ぐらいはしたかったところだった。

 

「そうか...」

 

「お父さん?」

 

「その...暁斗君のことでな?凄く言いにくいんだが」

 

 

 

そういえば疑問に思っていたけど、きっと気のせいだと思っていたことが一つあったことを今思い出した。

 

 

「暁斗君は、もううちには来ないよ」

 

 

なんでお父さんやお母さんは暁斗が来なくなって慌てる素振りがなかったんだ?まるであの日からうちに来なくなることを()()()()()()()()で...

 

「何か、知っているの?」

 

できれば嘘か冗談だと言って欲しい。もし何か知っているとしたら、事前に暁斗が伝えていたということだから...

 

「直接うちに来て言ったんだよ『行かない』って...」

 

それだけ暁斗の意思が固かったということになる。自らの意思でそれを選んだということになる。最悪だ。という他ないだろう。

 

現実はそう甘くない。両者の溝は決して埋まらない。それを突きつけられた気がした。

 




次回は8/8が推しのこころんの誕生日なので番外編。
内容は誕生日じゃなくて弦巻こころ√の一部というか山場ををお披露目したいと思います。

こころ√をお蔵入りにした理由の半分は薫くんです。もう半分はバンドリで殺し愛なんてやっていいわけないだろいい加減にしろ!と自重しました。


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尋問開始

遅くなりました。お盆は忙しかったので...

先日のこころ√はいかがでしたでしょうか。


物語の始まりと同時にどこかで誰かの物語が終わっていて、何かが生まれるのと同時に何かが死ぬ。創造と破壊は常に同時に起こっている。

 

なら、氷川暁斗の始まりと終わりはどこにあったのだろうか?生まれ落ちたその時から確かに、断崖に疾走し続けるしかないことはほぼ決まっていた。だが、その選択を選んだのは紛れもなく氷川暁斗自身だ。道を外れる選択もあったはずなのに、どうして彼はそのレールの上を走り続けていたのだろうか。たしかに愚鈍だが、身の丈をわきまえることは出来ていたはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが彼が壊れた元凶であり、今もなお折れずに残り続ける道標。

 

 

 

 

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「お父さん...何を、知ってるの...?」

 

本当は怖い。知りたくない。知ってしまったら、受け入れてしまったら戻れない。そう思いながらも聞かずにはいられない。このままだときっと前には進めない。そんな予感があった。

 

数瞬の沈黙、表情から何かを吟味している様子が伺える。私に対して言葉を選んでいるのか、或いは...暁斗と何かしらの約束。巴との約束を考えると、暁斗は意外と見栄っ張りというか、弱味を見せたがらない。きっと「みんなには内緒にしていて欲しい」と言われていたに違いない。

 

「...本当は沙綾には言わないつもりだったんだ。暁斗君は多分こんなことを望んではいないからね」

 

そう言われると少し躊躇しそうになる。流石にそろそろ暁斗の好きなようにさせてあげたいと思う気持ちがあることは否めない。でも、私は暁斗を捨て置けない。これからもずっと一緒だ。離れていくとしても双方笑ってまた会おうって約束できる終わりじゃないと認められない。

それに、今動かないとだめだ。このままだと手遅れになってしまう。根拠はないがそう感じているから──

 

「暁斗君が最後にウチに来たのは夏休みの最初だ。確か、ちょうど沙綾がライブハウスでライブをやるって話していた頃だね」

 

つまりCiRCLEでのライブが決まった直後ということになる。

...あれ?待ってよ。それだと何かがおかしい。

 

「沙綾、不思議に思わなかったかい?何故私が知っているのか。と

 

いや、正確には────」

 

──そんなに前から知っていながら何故暁斗を引き止めなかったのか。そして、どうしてそれを私に教えてくれなかったのか。

一応ある程度の予測はしているが、はっきりとはわからない。

 

「暁斗君がここに来ないのは暁斗君自身で決めたことなんだ」

 

まずお父さんやお母さんがもう来なくていいと伝えたわけではないことを明確にした。それは無いとは思っていたが、実際にそう言われると安心する。だが、同時に残った可能性は────

 

「凄く言いにくいんだけどね、暁斗君は自分の意思でここに来ないことを選んだよ。止めるに止められなかった」

 

...そうだ。私はその場にいなかったが、暁斗は以前にもフェードアウト。いなくなるという選択肢を取ろうとしていた。文化祭、私が悩んでいる理由が暁斗にある。とお父さんから告げられた時にそれを逡巡なく選ぼうとした。と聞いている。でも、今回は違う。お父さんが暁斗を止めなかった。その意味は

 

「暁斗君は自分の意思で、()()()()()()()()()選んだんだよ」

 

だから止められなかった。止めた

 

それが暁斗自身が選んだ答え。私たちのことを考慮しない暁斗自身の身勝手とも思える決断で、でも同時に本当に珍しい暁斗自身のための願いだった。

 

多分何かがあって、この場所にいることも、Afterglowのみんなやはぐみ達といることも暁斗にとっては苦痛になってしまったのだろう。

暁斗の身に何があったのか、全容はまだわからない。これはただの直感とも言えるけど、間違っていないと思う。

だって暁斗は事実だけしか話していなかったから。そこで暁斗自信がどう思っていたのか。何に対して失望したり絶望したのかまだ本人の口から聞いていない。

 

 

 

 

本当はこの選択を、現実を尊重すべきなのかもしれない。

でも私は嫌だ。認めたくない。そんな終わりなんて以ての外だ。そもそも何の説明もなしにいなくなるとかフザケンナって言わせて欲しい。とんでもなく我儘で身勝手なことを考えているのはわかっている。

でも私に「我儘になっていい」と言ったのは暁斗だ。加えて、あの日以降で暁斗に甘えたことはまだ一度もないのだから。最低でも別れの挨拶ぐらいはしなくちゃ受け入れられそうにない。だから、迷惑がられようが、一度2人で話がしたい。

 

 

 

 

「...うん。沙綾、私や千紘や、純と紗南の分も頼んだよ」

 

どうやらこちらの考えていることなんて父親にはお見通しらしい。少し気恥ずかしいけど背中を押してもらえたのは心強い。

 

 

決意を新たに、内に秘めるのは覚悟。暁斗を傷つけかねないことも、恐らくぶつけられるであろう憎悪を百も承知で我を通す。

 

 

 

 

 

 

 

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沙綾と遭遇したのは不味かった。他の奴らなら煙に巻くことができるけど、現状沙綾だけは難しい。以前交わした約束が残っている。それを盾に何かしらのアクションを要求してくる可能性が残っている。

 

鬱陶しい。煩わしい。もう放っておいて欲しい。見たくない。知りたくない。嫌だ。怖い。

もう変わっちゃったんだから、姉達に取られてしまったんだから、態々それを突きつけに来なくたっていいじゃないか。もうずっと前からわかりきってたことを改めて教えられても苛立ちしか残らないだろうから。

 

だからこのままでいい。このままでいたい。

 

 

 

 

 

辛いとは思わない。むしろ今までが都合の良過ぎる奇跡だったと思うから。こっちの方が収まりがいいとすら感じている自分がいる。

 

悲しくもない。姉が凄い人なのは、世界中の誰よりも俺が一番理解しているから。俺が霞むのも仕方がない。

 

 

ほら、誰も傷つかないハッピーエンドがそこにあるじゃないか。俺は元の場所に戻り、あいつらには俺よりすげー姉達がいるんだから。その方がきっと良いんだろうと確信している。

俺に出来ることで姉にできないことなんて何一つありはしない。完全上位互換がいるなら誰だってそっちを取る。俺だって第三者ならそうするだろう。

 

 

だから1人でいい。1人になりたい。だというのに────

 

 

「何か用ですか?...山吹さん」

 

普段は過剰過ぎるぐらいに他人に気を遣うお前が、どうして今ここに、俺の目の前にいるんだよ...沙綾。珍しすぎて思わず反応しちゃったじゃないか。

 

 

...でも、何故か心のどこかでなんとなくそんな気はしていたよ。

そして、それこそが俺が間違っていないことの証明に他ならないから、今ここに沙綾がいることを鬱陶しいと思うと同時にこの上なく嬉しいと思っているよ。人から肯定なんざされ慣れていないから、間違ってないと保証されるだけでも嬉しい。なんて、少々歪みすぎてるような気がしないでもないが。

 

 

さて、どうやって片付けるか。本当はガン無視するのが最善だったんだけど...後が面倒なことになるし、沙綾ひとりを相手にする方が気楽な気がするな。

 

 

 

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なんとか追いついた。商店街内の土地勘はこっちに分がある。近道やショートカットを駆使して数分の差を埋めることができた。少々蜘蛛の巣とか掛かっているような気がするが、今はそれより重要な問題がある。女の子としては少々はしたないが

 

「せめて、ちゃんと話がしたいなってさ」

 

「...」

沈黙と静寂が訪れる。全てが停止した中虫のさざめきだけが時の流れが存在することを知らせてくれる。

 

やがて暁斗が口を開いた。

 

「...蜘蛛の巣とか色々ついてるぞ」

 

淡々とした様子で、少し前とは明らかにそこに籠る温かさは異なっているけれど、決してこちらを邪険にするわけではない不思議な声音。...それはただこちらに対して無関心なだけなんじゃないかと思うと胸が痛い。

 

「...あはは。急いだからね」

 

うまく笑えてるかはわからない。

 

「...ほらじっとしてて。取るから」

 

「ありがと」

 

...こんなやり取りすら最早懐かしくて、どことなく感慨深いものがある。

 

どうせ暁斗のことだ。多分私がこうすることもなんとなくわかっていたのだろう。現に所々汚れている私の様子に多少驚いてはいるものの、ここにいること自体にはさほど驚いていないように感じる。

 

「よし、全部取れた...それで?俺に話したいことって?こっちにはそんなの無いんだけど」

 

「教えて欲しい。なんでうちやつぐの家に来なくなったの?」

 

本当は皆から...なんだけど、今知りたいのは正直自分のことだったからこの場ではこの形になる。

 

「説明しても沙綾じゃ理解できないからパス」

 

 

「パスなし。説明しないと何度でもこうするよ?」

 

そう、何度だって。いくらなんでもあのままでは誰も納得なんてしないことぐらい暁斗ならわかるはずだ。今ここで洗いざらい話すか、もっと面倒くさい状況で巴やつぐみに捕まるかどっちがいいか天秤にかけているに違いない。自慢にはならないが、暁斗にとって一番相手にするのが楽なのは私だって自信がある。はぐみや巴は少々脳筋なところあるし、つぐみは別のある部分で暁斗とは相性が悪い。だから...

やがて、呆れた顔をしながらため息をついた。...ごめんね。これだけは譲れないから。

 

 

 

 

 

「わかったわかった。何が聞きたい?」

 

とりあえず第一関門突破って感じだ。ここで逃げられなかったのは大きい。

 

「ん〜...色々聞きたいんだけど」

 

...さて、果たして何から聞くべきなのか。どうしてうちに来なくなったのか?いや、多分はぐらかされるし、根っこの問題があるからこれじゃダメだ。夏休み何をしてたの?これも多分「自分探し」って返してくる。タチが悪いのが恐らくこれが嘘ではないこと。本当だけど、全部は語らない。それは今この場では避けねばならない。普段から暁斗が各所にかなり気を回していたのは知っているから、建前とか方便とかで逃げられないように聞かなくちゃいけない。

 

「...特に無いなら帰っていい?」

 

本当は私がとっかかりを掴みかねていることなんてわかってるくせになんて白々しいんだ。とはいえ、そろそろ話を切り出さなければならない。

 

 

 

「...えっとね」

 

それは、きっと暁斗にとってのタブー。恐らく一番聞かれたくないこと。だからこそ私たちの前から姿を消したんでしょ?

 

 

「お姉さんたちと何があったの?」

 

「何か」じゃなくて、「何が」。確証はないけど確信はある。

 

「......」

 

暁斗の表情が固まった。いや、能面のような顔になりながらも瞳だけは揺れている。

 

「...暁斗?」

 

 

 

「うん。そうそう。そんな感じ」

 

「うちの姉さん凄いからさ...」

 

それは知ってる。このあいだのガールズバンドパーティでまじまじと見たし、風の噂でもそんな話を耳にすることがある。

 

「本当になんでも出来てさ」

 

「うん」

 

「一方で俺はダメダメでさ、何をやってもあの2人より時間がかかるし結果も月とスッポン」

 

 

何も言えない。あの才覚を目の当たりにしてしまったから暁斗の言ってることがなんとなくわかってしまう。

 

「...そ。なんとなく理解できちゃうだろ?」

 

「...」

 

「沈黙は肯定と受け取るぞ?そんでさ、どうやったって勝ち目なんてなくてさ、どうにかあの2人がいないところでコソコソと生き延びるしかなくて...」

 

...嫌でも理解できてしまった。そしてこれはもう。

 

「...みんな、姉と関わりを持っちゃった」

 

 

CiRCLEでライブをする。となった瞬間から、こうなるって暁斗の中では決めていたことだということになる。

 

「俺にできて2人に出来ない事なんてないから」

 

「全部全部全部...俺より出来がいいから」

 

「持ってかれちゃったよ。ぜんぶ」

 

「...」

 

 

「違うって言いたいんだろうけどさ、俺邪魔なんだよね」

 

「え?いや、そんなこと...」

 

ない。絶対にそれは有り得ない。

 

「この間...っていってももう数カ月前か。つぐが過労になったのは元を辿ると俺のせい。沙綾がポピパに入るかで最後に悩んだのは...」

 

たしかに暁斗のことだ。でも、それの何が悪いのだろうか?大事な存在だし切り捨てることができないから悩むのだ。

 

「それは...」

 

「それにさ、俺いなくても問題ないじゃん」

 

突然何を言いだすんだ。大問題だ。

 

「沙綾には香澄がいるだろ?」

 

「あいつが全部俺以上のことしてくれるよ。同性だしそっちの方が良いだろ」

 

「だから俺いらないじゃん?」

 

 

...さっきから訳がわからない。これが暁斗なりに考えた結果なのはわかる。けど、そこへ至った経緯が全然わからない。本当にらしくない。

 

「誤魔化さないでちゃんと話してよ。何があったの?」

 

少し間が空き苦笑いが表に出てきた。

 

「...やっぱ言わなきゃだめ?」

 

「だめです」

 

「まあ、そうだよな」

 

「全部話して。じゃなきゃ納得できない」

 

というか、暁斗ならそれぐらいわかってただろうに。

 

「...はぁ。わかったわかった。話せる範囲で話すよ」

 

妙に引っかかる言い方だな。とりあえずはここいらで手を打とう。

 

「でも、その前に」

 

「?」

 

「もう夕方だし一回帰りなよ。みんな心配してるぞ」

 

「逃げないよね?」

 

「逃げたら余計面倒なことになるだろ?」

 

「そうだね。つぐみや巴と一緒に家まで行くかな」

 

「うわぁ...それは嫌だな。適当に飯食った後またここに来るから」

 

そういえば御飯時だった。

 

「まさかとは思うけどお腹空いてたから...」

 

「...ノーコメント」

 

 

「もう...それじゃあ、後でね?」

 

「おー」

 

急速に弛緩していった空気、少し前の普通のやりとりに限りなく近かった。

 

それが暁斗の最後の未練を絞り出して振り払うためのものだったと知るのはもう少し後のことだった。

 

 

日は沈んだ。柔らかく温かい時間は終わりを迎える。




次回遂に暁斗視点で独白


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独白

両親が糞眼鏡一号に見えてきた不具合。
氷川父「姉なら出来たぞ?姉なら出来たぞ?姉なら出来たぞ?」
でも、ある意味ではあのヤンホモの方が何倍もマシとかいうね。
何のことかわからない方は「ヴァルゼライド閣下なら出来たぞ?」で検索してみてください。

遂に暁斗のシスコンっぷりが明らかに。どれくらいかと言いますと自殺未遂と今から沙綾に色々ぶっちゃける以外の本編中の暁斗の行動原理は最終的には姉に行き着くってぐらいにはシスコン。


使命を持って生まれることが幸せなのか不幸なのかはわからない。

明確な意図や期待を持って、祝福されるなら、必要とされ、愛されるのならば幸福なことだろう。一方で、その役割以外を認めず、強制するという側面もある。そもそも子が生まれること自体が親のエゴとも言うべきものなのだからこれはある種の必然といってもいい。

 

結局当人達がどう思うか、どう捉えるかなのだ。生まれ生きていること、必要とされることに喜びを見出すのも、それを操り人形やロボットのようだと考えるのも当人の受け取り方次第だ。

ただ、殺すために産むというのは流石に本末転倒というべきものであったと言えるだろう。そのために態々十月十日を掛けるのは時間の無駄と言っても差し支えない程の愚行でしかない。そういう意味では氷川暁斗とはひどく滑稽なものである。本来生まれる必要すらなかったことは火を見るよりも明らかだ。

ならばその滑稽さを帳消しにするだけの物が無ければ氷川暁斗の存在そのものがガラクタ同然だと言えるだろう。慈悲の心で役目を与えるならいてもいなくとも変わらぬ道化師が関の山。

 

氷川暁斗はまだその生に見合う対価を見つけられていない。そもそもこの世のどこかに存在するのかどうかも定かではない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ひとまず一旦家に帰って腹を満たした。そういえばこの頃は姉と同じ時間を過ごすことが多くなった。まあ外に行く機会が減ったから必然的にそうなるんだが。

 

別に姉は嫌いじゃないから構わない。今のままなら特に苦しくないから、放置してくれるとありがたい。

 

 

改めて自分がなんなのかとかこれからのこととか色々考えたけど、結局この2人の姉がいる以上何をしたところでその先は袋小路だ。俺も考え無しじゃないし、現状の突破口はあるにはある。

 

高校卒業した後は、2人とは関係のない所へ逃げる。親は元よりそのつもりのようだから引き止められることはない。幸いなことに俺と姉達の容姿はそれほど似ていない。だから遠くへ行けばなんとかなる。”Pastel*Palettesの氷川日菜の弟の存在と姿形“がテレビに映らない限りは例え名前がバレても同姓同名の別人として生きていける。

 

だから今は前を向けばいい。姉が持って行ってしまったものなど戻ってくることはないし、今更取り返す気にもならない。そこに嘘偽りは何一つない。でも、喉に小骨が刺さったみたいに心に何かが残ってスッキリしない物がある。それは共に過ごしてきた彼女たちへの惜別、未練によるものなのかはたまた別の何かか。その答えはこれからきっとわかるだろう。

 

 

「この時間から何処へ行くの?」

 

見つかっちゃった。少しばかり面倒くさい

 

「ちょっとコンビニ」

 

で買い物した後に沙綾とお喋りだ。

 

「あまり遅くなってはダメよ?」

 

 

「なるべく早く帰るよ」

 

恐らくは楽には帰してくれないんだけどね。でも一日家に帰らないなんて少し前はよくあったんだし今更だ。特に問題はないだろう。紗夜姉の小言だけが杞憂だが、今までと何か変わるわけじゃない。寧ろ半分嘘とはいえ行き先を教えるだけマシだろう。

 

実のところ沙綾に何から話すべきかはまだ決めかねている。

 

どうせ今生の別れだ。別に嫌われても痛くも痒くもないし、いっそのこと全部話してしまおうかと思わなくもない。

...そんな身勝手な俺が嫌いだ。結局愚痴を吐き出して楽になりたいだけなんだ。そんな楽な方に逃げていいはずがないというのに。

とはいえ、向こうが納得して離れてくれるならそれでいいんだし、相手に合わせればいいか。

 

もう要らないんだよ。俺にとっても皆にとっても、「氷川暁斗」は邪魔なんだ。用済みの役者は速やかに舞台から降りるべきだろう。

 

 

 

 

 

 

考え事をしていたら、あっという間に着いてしまった。先ほどとは違い夜の帳が下りており、街灯だけが辺りの道を照らしている。咲いている白い金木犀の香りがどことなく心を切なくさせるのはどうしただろうか。

 

 

 

ベンチの上でサファイアみたいに綺麗な双眼がこちらを見据えている。

 

「...よかった。ちゃんと来たね」

 

「押しかけられたらもっと面倒なことになるからな」

 

小心者なんで、チビって警察呼んじゃいそう。

 

「...じゃあ、お願い」

 

 

おそらくこれが最後だろう。楽しい時間はこれで終わりだ。

 

...ぶっちゃけたこと言うと未練が全くないわけじゃないんだ。俺とてこうすることには忸怩たるものが有る。でも、これ以上こいつらといると、俺が壊れるから。これで全部終わりにしたい。そう言葉にはしないし、釈明もしないけど、唐突で身勝手なことをしているのは申し訳なくは思っている。

 

でも、俺は、どうしようもなく弱いから。姉という存在の重さに耐えきれなくて、今にも潰されそうなんだ。

色々とそれっぽいこと言ってるけど、要は早く楽になりたくて、死にたくて、色々なものがどうでも良くなっていて、自暴自棄になっているだけなのかもしれない。

 

積もり積もった自壊の渇望。何故か()()()()()()ことにより生じた終焉への願い。無意識下で押さえ込んでいたモノ。それを八つ当たりでぶつけるべきではないと頭ではわかっているから────

 

 

「長くなるから、飽きたら帰っていいよ」

 

最期の予防線だけはちゃんと貼っておく。聞きたくないならいなくなって欲しい。正直聞いていて気分のいいものじゃないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ少しずつ、半ば独り言のように話し始める。

この場に竪琴なんて小洒落たものがないから吟遊詩人(オルフェウス)のようにとはいかないけれど、俺が見たもの知ったもの、得たもの失ったもの、感じたことを伝え始める。観客は1()()、2年前からの氷川暁斗と最も顔を合わせてきた少女へと、愚痴とも言うべき醜悪な胸中を吐露し始めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

氷川日菜は天才で、氷川紗夜は秀才である。その言葉に間違いはない。日菜姉の持つ才能は紛れもなく怪物の領域にあるから、それよりは控えめな紗夜姉は人の範疇であると言える。

しかし、それはあくまで両者を比較した時の話だ。凡人から見ればどちらも類い稀なる才を持って生まれていた。その在り方は凄烈で眩しくて、そして何より格好良かった。

 

「その輝きに身も心も灼かれたよ。あんなもの見せられたら他のものなんて目に入らなくなった。俺もあんな風になりたい。そう強く強く願った」

 

あの輝き、煌めきを前にして目移りなどできる者などこの世に果たしていたのだろうか?常軌を逸した感性と圧倒できるに強靭な個我を持たぬ限り必ず魅了されるに違いない。

 

氷川暁斗(道化)は当然ながら凡庸な感性の持ち主であったから、魅了された。ああなりたいと魂の底から切望した。

 

追おう。追い続けよう何処までも。その輝きへ手を伸ばし続けて走り続けていたい。そして────

 

...その時胸に抱いた情景が氷川暁斗の胸裡に刻み込まれた原風景(呪い)。今もなお彼を蝕み続ける元凶にして、ギリギリのところで生き永らえさせている太い柱。

 

「でもさ、現実は非情だったよ。俺はどうしようもないほどの出来損ないだったから、2人の足元にすら及ばなかった」

 

よく考えなくても、あの2人に届くと思うことそれ自体が身の丈をわきまえておらず、傲慢不遜で、思い上がりも甚だしいことなのだが、この時はそんな単純なことさえ理解できずにいた。なぜなら自分は紗夜と日菜の弟(そうあることを望まれた物)だから。あの2人の弟ならきっと同じことができるだろうと、周りだけでなく本人さえもそう信じて疑わなかった。

 

しかし悲しいかな。氷川暁斗にはあれらに匹敵するものはなかった。紗夜と日菜(才女達)と比べれば紛れもなく劣等、落伍者、出来損ない、落ちこぼれ、無能。それらの言葉で形容するほかない。それほどまでに両者の間には隔絶した天稟の差が存在していた。

 

両親は落胆した。本来は産むつもりもなく...更に、後になって発覚したことだが、()()()()()()()()()()邪魔者である暁斗が姉に比べると、誰がどう見ても明らかにミソッカスであったのだから最早当然の帰結であるといえよう。

 

故に氷川暁斗の苦難は必定のもの。避けようがなく、誰もが否定しようがない当然の理屈。「氷川暁斗は姉より劣る」覆しようがない残酷な現実が幼き愚か者に襲いかかった。

 

普通ならば心が折れてもおかしくない環境だ。感性の程度により多少は変わるだろうが、少なくとも何年も耐えられていいものじゃないだろう。ところが、暁斗は平然と...とまでは言えないが、全てを投げ出そうとしたその直前まで、あろうことか7年以上も耐え抜いてしまっていた。それが意味するものはただ一つ。それは”まとも“じゃないということ。異常な環境下で異常ではなく、ごく普通の倫理観を持ち、平凡に見えるということ自体が異常事態であるのだから。

 

それを支えていたのはひとえに姉への身を焦がすほどの憧れ。不撓不屈、例え今は届かなくてもいつかは天上の星に手が届くと信じていたが故のもの。“諦めなければなんとかなる”そんな自己陶酔で、根拠のない思い上がり。たったそれだけで耐え抜いてしまっていた。

その精神性、苦痛と知りながらやると決めたら進み続けられる歪さは”姉に並び立ちたい”たったそれだけの稚児のような願いから来るもの。早い話が「おねーちゃん大好き」。たったそれだけの理由で走り続けることができてしまっていた。皮肉なことにそういった身内に対する重く深い愛慕。それだけは姉とそっくりだった。

 

しかし、気持ち1つで現実が変わるわけではない。精神力で世の中の道理が捻じ曲がる。そんなことは起こり得ない。当然ながら苦難は続いていく。いくらやっても先行きが見えない暗い道。与えられるのは『お姉さんはもっとすごい』『お姉さんならもっと...』『姉に才能を持ってかれた』『氷川家の恥晒し』『出来損ない』そんな言葉以外ない。何故なら結果が全く伴わないから。単純明快で否定のしようがない理屈が暁斗(出来損ない)を苦しめ続けた。

 

やがて暁斗は磨り減り磨耗していった。表情は消え、感情の波もなくなった。それでも折れていなかったのは、たった1つの願い事。幼き頃に己自身への誓い(呪縛)が有ったから。例え地を這っていようとも諦めることだけはしなかった。

 

「色々頑張ったんだ。まあ、全部ダメだったけどさ」

 

努力が必ず報われるとは限らない。そもそも努力がきちんと実ることも立派な才能だ。それを極端に表したのが紗夜だろう。日菜のような反則じみた記憶力があるわけではないが、「やればできる」を体現した存在。そんな彼女を追い続けるとはどういうことかは語るまでもないだろう。

 

「でも、折れるわけにはいかなかったから頑張った...うん。頑張ったと思う」

 

 

 

 

 

ある時から、思い始めるようになった。自分は姉にとって邪魔なのではないか?と。単純な話自分自身に割り振られたリソースは無駄なのではないか?その分を姉に回した方がきっと素晴らしい。その考えは周囲との見解も一致していた。『氷川の恥さらし』『姉のお荷物』

それらを間違っていると否定しきれる人間はこの世のどこにも存在しない。それ程までにあの2人は素晴らしい人間だったから。弟である氷川暁斗の存在そのものがあの2人の足枷になっている。その事実は心を確実に壊していった。

 

────ああ、嫌だ。認めない。あってはならない。それだけは絶対に...嫌だ。姉にまで否定されたくない。やだ。見捨てないで

 

 

 

その狂気は回転率を押し上げた。それによる性能の向上。それに呼応するかのように氷川紗夜は恐怖し、逃げるように差を広げる。それに負けじと暁斗は身も心も粉にして追いすがる。時々日菜が顔を見せて一気に2人を追い越して...また同じことの繰り返し。負の螺旋は続いていくかに思えた。

しかし、その螺旋はあっけなく終わりを告げた。なんと信じられないことに、氷川暁斗が姉を上回ったのだ。たかが都内の模試、されど今まで一度も姉以上のものを残せなかった暁斗のことを鑑みればまさに快挙といってもいい。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び続け、遂にもぎ取った束の間の夢(勝利)。漸く姉と同じ場所へとたどり着いた。そう、それは間違いではないが決して正しい認識でもなかった。

氷川暁斗が生きているのはフィクションの世界や物語ではないのだから、努力の末に姉に勝てました。ちゃんちゃん♪で終わるわけではない。現実である以上、その先がある。

 

『どうせズルしたんだろ』

『まぐれ』

『そもそもお姉さんの費やした時間を考えれば寧ろ普通』

『それだけ?』

 

一度だけではまぐれもあり得る。だから何度も勝ち続ける必要がある。追う側と追われる側と立場がはっきりと逆転するまで、いやした後も勝ち続けなければならない────そう、勝利からは逃げられない。

 

さらに、紗夜と日菜の強みは万能性だ。つまり1つ勝った程度では話にならない。暁斗はありとあらゆるものを削り全身全霊をかけて、漸く1つだけ、たった一つだけの勝利をもぎ取ることしか出来ないのに、それを継続し、その上で更にあれもこれも...その事実を突きつけられた時に、とうとう暁斗のキャパシティ(姉なら息を吸うかのごとく平然とやる量)の限界を超えてしまった。

 

心身を限界まで削ってやっと掴めたものは、足がかりと言うことすら烏滸がましい。その現実に遂に暁斗(凡人)の心は折れてしまった。

 

「でもさ、やっぱ無理だったんだ。どう足掻いても希望なんて見えやしない。あるのは敗北より辛い激痛だけ」

 

一度勝っただけでは足りない。勝ち続けなければならない。あの怪物たち相手に不屈の心を持ってそれを続けられるほど、狂人にはなれず、負け犬に成り下がった。

 

「だから逃げ出した。沙綾も知っての通りだよ」

 

だから逆襲劇(ヴェンデッタ)へと逃げ出した。最速で最大火力のダメージを与え、かつ此方の損害など取るに足らない己の命のみ。実に最高の賭けだったと暁斗は笑う。

 

「まあ、それは巴に邪魔されたんだけどな」

 

ケタケタと笑う顔から、一瞬だけ湧き出る憤怒からいかに死にたかったのかが伺える。

 

「でも、それすらも疲れた」

 

どうでもいいと諦めた。流されるまま彼女達と出会った。

 

「人間って案外逞しいもんでさ、少ししたら『しょうがないから』って案外諦めついちゃってさ」

 

姉に追いつくことはもう諦めた。無理なものは無理なのだから。人が生身で空を飛ぶことは出来ないように。生身で深海や宇宙では生きていけないように。姉達は次元が違うのだからもうどうにもならない。

 

「ならせめて、紗夜姉と日菜姉の迷惑にならないように生きようって思ったんだ」

 

根本にあるのは居たたまれなさ。両親は嫌いだ。でも、姉は憧れだし尊敬している。嫌うところなど何一つない。でも、姉と比べられるのはもう嫌だ。痛いし辛いし逃げ出したい。そんなわがまま。

 

言い方が悪いが沙綾達は暁斗の手前勝手な都合で利用されていたことを暁斗は告げた。

 

「それに...もう嫌なんだよ。また比べられてボロクソ言われて、その上お荷物になるのなんて」

 

そこにあるのは自己嫌悪。姉の枷になる自分自身が嫌いだと吐き捨てる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

開いた口が塞がらないとはこのことだろうか?どんな言葉をかければいいのかわからない。

暁斗の言っていることは第三者から見たら言い訳のようなものだろう。「もう無理だから」と諦めている自分を正当化していると言われたら否定できないのかもしれない。

 

暁斗もそれがわかっているから今まで口にすることは無かったのだろう。だから今するべきことはコメントじゃなくて...

 

「なんで、CiRCLEのライブの後いなくなっちゃったの?ううん、どうしてそのタイミングで遠くへ行くことを決めたの?」

 

数瞬こっちを見て惚けた後にため息をついた。

 

「誰から聞いた?千紘さん?」

 

「お父さんから」

 

「約束したのにな...まあ仕方ないか」

 

 

「どっから話せばいいのかな?...ああ、そうだ」

 

 

まだまだこの程度では終わらない。暁斗の独白は続く。

この毒抜きで何かが変わることを私は今も祈っている。




長いから分割。

花音SSを書いてた時は暁斗の強みは”対人”って考えていたんですが、いざイベストを読み返してみるとそこに活路を見出すのは無理でした。
日菜は、持ち前の観察眼や尋常じゃない嗅覚とワンダラでの成長によって、紗夜は秋時雨以降は”戻った“ことでかなり安定した対人性能を誇っています。

マジで隙が無い。この2人に“勝つ”のは暁斗にはもう無理です。精々人参や味の薄いものが食べられる。地図記号を読めることぐらいしかないね。



次回は多分さよひなヤンデレか誕生日近いしモカちゃん過去篇のどちか。

ぶっちゃけ暁斗が一番病んでるって思ったやついるだろ?


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守るべきもの、輝かしいもの

暁斗って沙綾大好きなんじゃね?

暁斗は指向性が内に向いてるだけで結構アカン人間


あるところに亀さんがいました。それはそれはノロマな亀さんです。

あるところにうさぎさんがいました。とても足が速くて、人気者のうさぎさんです。一方の亀さんには誰も見向きもしませんでした。誰だって派手で美麗で、迫力のあるものに惹かれてしまうものだから、誰もが、どこにでもありふれたものより眩い光輝へと目が行くのは当たり前のことでした。

 

亀さんもそれがわかっていました。むしろ誰よりも亀さんこそがうさぎさんに憧れていました。ぼくもあんなふうになりたいと、身の丈に合わない夢を持っていました。その足で一歩また一歩牛歩のように、否亀の速さで進んでいきました。

 

でも、亀さんは足が遅いから、駆け抜けるうさぎさんに追いつくことは決してできません。彼らの差は開いていくばかりです。

 

では、問おう。こんな状態でかけっこで競走を持ちかけました。勝ちました。めでたしめでたしチャンチャン♪。それっておかしくないでしょうか?

 

 

だって亀さんは“自分が勝てると思った勝負“に持ち込み、たった一つだけ、しかもうさぎさんは全力と言えるのかどうかすら怪しい。

果たして、これで誰もかれもが納得するでしょうか。

 

答えは否。何故ならうさぎさんは亀さんと比べて”ありとあらゆる分野”で優秀だったから。亀さんは自分が勝てると思った勝負を勝手に設けて勝った勝ったと粋がっている。なんとも滑稽な存在でした。

 

 

亀さんは亀さんのまま惨めにその生を終えました。めでたしめでたし

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さて、どう切り出すのがいいかな」

 

語り部は不安に揺れている少女を一瞥し、過去に想いを馳せる。少しずつ毒を吐き出したことで見えてきたものがある。

“詰んでいる。”その事実を知ることができた。

それは大きな収穫であり、気づくことができただけでも、この時間には意味があったと言えるだろう。と感謝の気持ちを表に出すことはせず、胸の内に押し込んでから、改めて話を再開する。

 

「まず、自殺未遂のその後から話さなきゃだな...」

 

“自殺”という不穏なワードに聞き手の眉がピクリと動いた。どうやらまだその衝撃的な事実を受け入れるのは難しいようだが、それも無理もないだろう。それをわかっているから語り部は気にも留めずに話を進めてしまう。

 

「まず、巴にぶん殴られた。凄かったぞ?漫画みたいに吹っ飛んだ」

 

あれは今思い返してもひどいと笑う。被害届を出していたら一発で少年院行きだった。そう告げる語り部の顔はどことなく楽しそうに見えたのは何故だろう。

 

 

「その時、なんか萎えちゃって色々どうでもよくなってさー。死ぬ気すら失せたね。もう何もやりたくないーって感じになった」

 

あの時氷川暁斗の中にあった”熱”、暁斗を動かす動力源は確実に《死んでいた》。

山吹沙綾、羽沢つぐみの両名が感じていた『幽世の住人』『死人めいた雰囲気』というのは、決して間違いなどではない。肉体は生きていても精神は確実に息絶えていた。

 

 

 

「だから、巴に流されるまま沙綾やつぐや皆と知り合った」

 

宇田川巴はお人好しだ。目の前で命を絶とうとした人間を止めることは彼女にとっては当たり前のことであり、放っておく選択肢など彼女には存在しなかった。ああ、なんと清らかな感性、素晴らしき正義感だとも。それを否定する気はさらさらない。

ただ、己が屈折しているだけであって万人に好まれるのはえてしてこういうものだろう。と理解しているからこそ、彼女を責め立てることはしなかった。

 

正確にはそんな気力すら失せていた。

そのまま引きずられるような家まで連れ込まれ、なすがまま。氷川暁斗の意志はそこには存在しなかった。

 

「でも、みんなに会えたことは間違いじゃなかった。それだけは誓って本当だよ。」

 

出会えて良かった。そう言われて悪い気はしなかったのだろう。少女は頬をやや緩める。

 

「俺が知らない色んなことがあったし」

 

商店街の色んな人たちと出会ったことで多くのことを学べた。料理を始めとした家事とかいった知恵、俺が得ることのできなかった家族の形とか、悪意を向けてこない人のこととか。挙げ始めたらキリがないけれど、そのどれもが美竹蘭風にいえば『悪くない』と言えるものだったと心の底から思っている。かけがえのない時間だったと嘘偽りなく信じている。だけど、

 

 

「あくまで、俺があの2人の弟であるとそこまで知られていなかったから成り立っていた関係だけどね」

 

より正確には、氷川紗夜、氷川日菜、氷川暁斗の間に存在する天賦の才能の差。それがさほど問題視されていない環境下であったからこそ暖かい場所だっただけに過ぎない。そんな吹けば飛ぶような不安定な関係でしかなかった。

 

つまり、焼き尽くさんとばかりに光が牙を剥いた瞬間に暁斗の過ごした日だまりは塗り替えられてしまうだろう。その圧倒的な輝きを前にした途端、氷川暁斗の存在意義は粉微塵もなくなってしまう。

 

 

 

────「()()()()()、その思い出だけは誰にも汚させない。」

 

 

それが真実の願いだった。

 

 

氷川暁斗は陽だまりが変わってしまうことに耐えられない。その日常が()()()()()()()()()()()()()()に、彼が己自身とその幸福を、()()()()()()()()()という選択肢を取らざるを得なくなってしまう。

 

何故なら変わってしまってからでは遅いから。総てが反旗を翻して凍てついてしまう前に、氷川暁斗にとって”敵”になってしまう前に。

 

美しい物を美しいまま思い出に留めておきたい。総てが変わってしまう前に自ら幕を下ろしてしまいたい。

 

そんな稚児のような破滅願望。

それは直接壊すことではなく、身をひくことで成り立っていた。疎遠になり、彼の中で過去のものとすることで自身を守っていた。

 

 

これのタチの悪い点は”可能性が存在する”時点で暁斗は耐えられないという点だろう。実際に変わってしまうかはわからない状態であっても、変化する要因が生まれた瞬間に崩壊してしまう。

即ち、姉が同コミュニティに現れた瞬間に、氷川暁斗にとってはその集団との関わりが、暖かな空間が、一転して地獄に成り果ててしまう。

 

「悪いけど、俺はそんなに強くない。あの姉相手に取り戻そうとか、奪われないように...なんて芸当は逆立ちしたって出来やしない」

 

氷川暁斗には姉に伍するものは何一つとて存在しない。そのどうしようもない現実が、今この瞬間に牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

当然そんなことを許容できるはずもなく

 

 

「そりゃ俺だってさ、きっと自分だけの何かがあるって思いたかったよ?」

 

自分だけの()()。両者が同時に存在する時に姉ではなく自分を選ぼうと思えるだけの何か。それはきっとこの世のどこかにある。そして、

 

「多分沙綾や巴やつぐや皆となら見つけられる...そう思いたかった、よ」

 

過去形。その幻想は既に破壊されてしまっていた。

 

「でもさ、気づいちゃったよ。俺、皆の重荷になってる」

 

どこがなどと最早語るまでも無いだろう。

先日のAfterglowでのゴタゴタ。蘭の父さんには無意味な嘆願をし、つぐに関しては寧ろ俺が追い込んでしまった。

花女の文化祭。俺さえいなければ、もっとスムーズに沙綾はポピパに入っていた。

 

極めつけは...

 

「沙綾はさ、変わったよな。()()()()()()()()()()

 

 

物語の中核を担う主人公(どこかの誰か)、自分よりその場にいるのに相応しいそんな人間。そして何より

 

「沙綾は今の方が楽しそうだよ」

 

 

それが、どれほど素晴らしいことなのか痛いぐらいにわかっていたから。

 

「現にこうして我儘で俺の前にいることがその証明に他ならない。」

 

自分だけが我慢しなくていい。強がらなくていい。俺みたいな格下じゃなくて、同格同性に、弱さを、本音を曝け出してもいいんだってそう思える奴に出逢ったんだから。

 

突きつけられたのは不甲斐なさと無力感。同時に終わりへの切符。 感じていたのは惜しみのない祝福。

 

今更言うまでもないが戸山香澄は星のカリスマだ。彼女を中心に渦巻くキラキラドキドキの大銀河。遍く全てを惹きつけ大きな宇宙となっていく。

 

「俺には出来なかったことを香澄がやってくれるよ」

 

 

 

もう、みんなには氷川暁斗(型落ち)は必要ない。ただ、それだけ。

 

 

 

「否定できるものならしてみろよ。俺の姉は凄いぞ?姉に出来なさそうなことは香澄がやるぞ?」

 

それは紛れもなく純度100%の信頼。嫉妬や憎悪など一切なく、応援として最上級。

 

 

 

 

 

故に暁斗の理屈は難攻不落。ここに来て氷川紗夜と氷川日菜、その両者の絶望的なほどの成長性が壁として立ち塞がっていた。

 

 

 




暁斗くんマジでドンマイ。実はもう一段階落とさなきゃならん。


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裏側

美咲で死ネタ使ったから本編では暁斗の逃げ道はなくなりました。
彼には不退転の決意で頑張って欲しいですね。

この小説って懐古厨(ガールズ)が古いもの(暁斗)への愛着を捨てきれないって見方すると印象変わるよね。今回は割とそんなノリ。
紗夜さんマジ紗夜さん



どこにも行かないで。置いていかないで。俺はとても遅いから、駆け抜けるあなたたちに追いつけない。

 

ああ、だから待ってほしい。独りにしないで。2人と並べる未来の形をこの遥かな旅路の果てに掴めると祈信じたいから。

それが限りなく虚無だとしても、可能性だけは捨てたくない。

 

 

俺は地べたを這いずり回る。天を見て、空を見て、あの高みに届きたいと恋焦がれながら沈んでいく。

 

あれが欲しいあれが欲しい。けれど悲しい届かない。

 

 

だから祈ろう。氷川暁斗という存在の全てをかけてあの星に届く手が欲しい。どこまでも届く手。”力”が欲しい。

 

2人とも俺を置き去り先を行く。追いすがりたいが追いつけず、見える世界も過ごしている時間も異なってしまっている。その差を埋めなければならないから

 

追いつけないなら止めてしまえ。足を引け。天上の星を奈落の底へと引き摺り下ろせ。天の零落を願うのだ。

 

 

 

 

並び立ちたいと願えば願うほど、それを貶めていくという矛盾。天上の星が地へと落ちてきたら、それは最早路傍の石と変わらないというのに、流れ星だって宇宙から見てしまうとただの星くずであるのと同じことのように近づけば近づく程に価値がなくなっていくのなら、この願いは無意識のうちに尊い光の破滅を祈っていることに他ならない。

 

絢爛たる輝きなど滅びてしまえ。正しきものを蹂躙したいという敗者の僻みや妬み。

 

 

これが氷川暁斗の願いの別側面。決して満たされてはいけない悪を孕んだ醜い欲望。

 

 

こんな腐ったものをそばに置いちゃいけないよ。美しいものはやっぱり美しいままでいて欲しいから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あれ?おねーちゃん、暁斗知らない?お風呂空いたんだけど 」

 

「さっき出かけたわ。コンビニだって」

 

「んー?暁斗って帰りに買い食いするとかはあってもこの時間から買い物ってしないよね?」

 

 

 

「 ...そうね。多分嘘じゃないかしら」

 

まあ、ここ最近のパターンからの予想でしかないから自信はないけれど、何を買いに行くか言わなかったのが怪しいと思う。

 

「えー!?じゃあ暁斗はどこいっちゃったの?」

 

「わからないわ ...無理には聞けないから」

 

正直なところ聞くのが怖いのだ。暁斗は“許してしまう”から。それに甘えてしまいそうだから、きっと遠慮なく聞いてしまう。暁斗自身がどんなに傷付くのかを慮外に置いてしまいそうになる自分がいる。

そんな醜い自分を暁斗を通じて突きつけられるのが怖くて怖くて堪らない。

 

勿論、何処かでまた話をしなければならないのはわかってはいることだけれど、どうしても億劫になってしまう。

 

私は自分自身の弱さをあっさり認められるほど強くない。暁斗みたいに認めた上で先のことを考えたり、仕方ないと受け入れることも出来ない。

 

日菜や暁斗がどう思っているのかは定かではないけれど、私はそう大した人間じゃない。現に今実の弟とすら向き合えない臆病者だ。

 

「 ...そっか、今日は帰ってこないのかな」

 

明らかに気落ちした様子だ。ここのところの日菜は大分沈んでいる。日菜も罪悪感や責任を感じているのだろう。

彼女が秘めたその暴力的なまでの可能性は遅咲きの花ごと根こそぎ吹き飛ばしてしまう。その嵐が過ぎ去った後にふと振り返ったら、氷川日菜は多大な戦果を上げている。その際に轢殺してきた者の中に暁斗がいた。

 

正直日菜は謝ったところでどうにもならないと思う。もちろん申し訳なく思う必要がないというわけではない。ただ、“これからどうするのか”という点においてはどうにも出来ない部分が存在する。

 

考えてみてほしい。暁斗を守るためにこれから先日菜がありとあらゆる面で才能を発揮しないなんてことになるとしたら、勿論日菜の居場所も無くなるが、それ以上に暁斗が糾弾されるだろう。『お前のせいで氷川日菜が』『世の損失』『存在が悪』おおよそこのような心ない言葉が暁斗に今まで以上に向けられることになるだろう。それは恐らく多くの人が認め、寧ろ正しいとまで論じる笑顔の人権侵略。

 

『氷川日菜を輝かせるためなら是非もなし。寧ろ身に余るその大役を任されたことに咽び泣け』

 

それが現実だったと暁斗から突きつけられた。

 

氷川暁斗は姉の踏み台として生かされている。そう告げていた暁斗の言葉は成る程、今まで気づかなかったが、全く的外れというわけではないのだろう。

残酷だが、他の大多数から見れば暁斗はこうなって然るべきってことなんだと思う。勿論当事者である私が言っていいことではないが、私が何をしてしまったのかは改めて自覚はするべきことだ。

 

現状の打開策はあるにはある。『日菜や私や暁斗が全力を出してる上で拮抗すること』。それも1つや2つではなく恐らくは多くの面で。三者三様の同格が成すトリニティ、それさえあれば何の問題もない。

方向性が違えど、絶対値が等しければきっと共存できるだろうから。

しかし、これは実現不可能な理想論でしかない。そもそも出来ているなら事態はこんなに拗れてなんかいない。

 

ならば、必要なのはその妥協。何かを諦めるというありふれた処世術なのだが、どう足掻いても暁斗だけが割を食う羽目になる。というよりかは、暁斗だけが嫌な思いをするというのが正しい。このままでいることも、再起することも、あるいは ...いずれにせよ私からすればどれであっても贖罪(すくい)にしかならない。そして、恐らく日菜も同じだ。

だから暁斗がどう思うかに全てがかかっているのだが、どれを選んでも暁斗は苦しむだろうということが眼に浮かぶ。あの子はどこか自分自身を軽く見ている節があるから、どう選んでもその際に自己嫌悪に苛まれることは想像に難くない。

 

 

一体私はどうすればいいのだろうか。何をするべきなのか。

 

 

「おねーちゃん?」

 

日菜が不安そうな顔をしながらこちらを覗き込んでくる。

 

「 ...考え事をしていたの。暁斗とどう向き合えばいいのかって」

「う〜ん、わかんない!」

 

...は?

 

「日菜?どういうつもり?」

 

事と次第によっては本気で怒らねばならない。流石の私でもこれは看過していいことではない。

 

そんな私の剣幕を感じ取ったのか慌てた様子で日菜は告げる。

 

「だ、だって、暁斗が何を考えているのか全然わからなくて ...」

 

「 ...」

 

「ほらあたし全然人の気持ちなんてわからないじゃん?だから、どんな言葉が暁斗にとってるんってくるのか、るんってこないのかわからなくて、頭の中グチャグチャで ... 」

 

「 ...そうね。私もよ」

 

そう、私も暁斗のことがよくわからなくなっている。ここ最近で一気に色々なことを知ったけれども、大半は『何があったか』という事実とばかりで、暁斗本人がどう思っていたのかはあまりわかっていない。

 

やはり、まずは知ることから始めるべきだろうか。けれど、どうやって?

 

 

 

そんな風に悩んでいた折に一通の着信が来た。

 

「あれ?さーやちゃんからだ」

 

山吹さん?もしかして家に忘れ物でもしたのだろうか?

 

 

 

 

「 ...私にも来たわ」

 

 

『LIME:山吹沙綾が位置情報を送信しました』

 

 

位置情報?どうしてだろうか?SOSを出すならPoppin’Party のメンバーに出すのが筋のはずでは?

 

『山吹沙綾:今暁斗と2人でいます』

 

...この時間から?あまり関心はしませんね。不純異性交遊かしら?

 

『山吹沙綾:今から“色々と”話を聞きます』

 

...やっぱり私や日菜よりそっちの方が信用できるのかしら。当然と言えば当然なのだが、姉としてどこか釈然としない。

私と同様に日菜も浮かない様子だ。

 

『山吹沙綾:もしかしたら、これが最後かもしれません。後悔のないよう考えて行動してください』

 

『山吹沙綾:今の暁斗はあくまで“私と一対一だから”対話に応じてくれています』

 

 

最後。その言葉が重くのしかかってくる。それが終わったら暁斗は一体どうなってしまうのだろうか。

 

 

「おねーちゃん、どうしよっか」

 

そんなの行くに決まっている。行くしかない。ただ、山吹さんの言葉通りなら行っても直接介入することは無理だろう。

 

「そうね。山吹さんが何を考えているのかはわからないけれど、行くわよ」

 

なんとなく姉としての役割を彼女に取られたような気がして癪だけど、今更家族面していいものなのかと言われると口を噤むしかない。

けれど、ここで何もしないのもそれはそれで駄目だ。ここで逃げるわけにはいかない。わかっている。わかっているけど...

 

「...おねーちゃん?」

 

「日菜は怖くないの?暁斗と会うのが」

 

日菜の場合は自覚した上でではなく、無意識だった部分があるからもしかしたら私より軽傷なのかもしれない。

 

「えー?そりゃ怖くないって言ったら嘘になるけど...()()()()()より暁斗がどっか行っちゃう方が嫌かなー」

 

 

 

 

「...そうね。その、通りだわ」

 

たしかにそっちの方が嫌だ。ちょっと私のことも一緒に蔑ろにされているような気がしたけれど、今は些細なことでしかない。ひとまず動こう。

 

結局私は自分のことしか考えていない。所詮人なんてそんなものだと言ってしまえば確かにその通りかもしれないが、一度自覚してしまったら気持ちの良いものではない。

私の咎から、暁斗から目を逸らし続けたツケが今になって回ってきているのに、まだ逃げ腰なのが良い証拠ではないか。

 

 

「うん!だから一緒に行こう」

 

2人で行けば怖くない。か

ああ、なんて強くてなんて眩しい。双子なのにどうしてこうも差がついてしまったのだろう。一体追いつくにはどれほどの時間がかかるのか、先は見えそうにない。

 

けれど、私は“おねーちゃん”なんだから。ここは頑張らねば。

自己を否定されること、それは暁斗が今までずっと味わってきた痛みなのだから、私も耐えなきゃダメだ。

 

「ええ。ありがとう、日菜」

 

今こそ過去と向き合う時だ

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「長くなるから、飽きたら帰っていいよ」

 

その日私たちは真実を知ることになる。

 




姉が頂点に狂い咲くなら弟は(氷川家基準の)底辺で狂い哭く。
...似た者姉弟で実になによりです。

暁斗の業が加速していく告白パートはいよいよ後半戦。

アンケはメンツで察して。あくまで参考程度ですけど



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湊友希那誕生日記念:合わせ鏡

友希那誕生日おめでとう。

ひーちゃんは時間なくて無理でした。特に因縁がある相手でもないからただのイチャコラ回にしかならないし、そんな内容ならきっと他の人が書いてるだろう(言い訳)。


そんなこんなで、誕生日にかこつけて友希那視点から暁斗を見てみましょう。Roseliaのバンドストーリー及びメインストーリーを視聴してから読むことを推奨します(今更)





青天の霹靂。どうやら紗夜には弟がいるらしい。いや正確にはいることを今知った。

 

それはRoseliaの始まりのあの日、紗夜を実力でスカウトして、後にRoseliaのメンバーとなる白金燐子と宇田川あこと初邂逅を果たしたあの時、情けない話であるが、目の前にある荒唐無稽な事象を前に私は立ち尽くしてしまっていた。

 

だって、2人はあまりに似ていなかったから。まず紗夜の特徴的な薄浅葱色の髪と違い、至って平凡な黒色の髪。顔も紗夜や日菜とまるで別人。何より紗夜や日菜にある、何かしらの”自信”が全くもって感じられなかった。

血の滲むような不断の努力に裏打ちされた圧倒的なテクニックによる正確無比な演奏をする紗夜とはまるで違う、この場で弟であると告げられなかったら、瞳の色が同じで同姓なだけの赤の他人としか思えないぐらいだ。

紗夜は自身が持っているものが彼女達の確かな力となっている。紡いできた歴史が、成功体験による軌跡による作られている自信が一切感じられない。“伽藍堂”と形容するべき存在感のなさ。こんなに空っぽで無味無臭な人間があの紗夜の弟だというのは、俄かには信じがたいことだった。

 

それと同時に感じていたのは、理由など微塵もないただの直感に過ぎないが、同時に確信めいたシンパシー。この正体不明の男はどこか私と似た何かを持っている。わからない、わからないがどうにも不明瞭な不快感がなくならない。

 

未知の感情に戸惑いながらも、私は私の目的を果たすべきだ。より高みを目指すために、頂点を掴むために、立ち止まってなどいられない。このイベントで更なるレベルアップを図るべきと己を奮い立たせる。

 

────感じた不協和音はそのままに、それを些事だと切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

やがて、それを無視できなくなったのは、CiRCLEのイベントに参加しないかと声をかけられた時だった。

 

何の脈絡もなくかかってきた一本の電話。受取人は実に珍しいことに紗夜だった。

 

 

「もしもし。暁斗?珍しいわね、あなたからかけてくるなんて」

 

スマホを耳に当て会話をしている。当たり前と言えば当たり前なのだが、その表情が普通のそれではない。

 

何かを謝りたいような、安堵しているような、喜んでいるような、何かを恐れているような摩訶不思議なミックスフェイス。

まるで罪が白日の下に晒されるのを恐れているようで、その実贖罪を請うているようで、同時に何かを悦んでいるような...兎にも角にも意味不明と形容するしかないそんな不可解な紗夜を見るのは初めてのことだった。

 

同時にあこと燐子が何故か暗い表情になったのは気のせいであって欲しい。

 

 

「ええ、わかったわ。また折り返すから少し待ってて...それじゃあ後で...すいません。お待たせしました。」

 

 

「暁斗って、確か弟さんだったかしら?」

 

「ええ。その弟が『CiRCLEってライブハウスでオープン記念のライブイベントをやるけど参加しないか?』だそうです」

 

「どのバンドが出るかによるわね」

 

「ええ。聞いたところでは、確定しているのはPoppin’Party とAfterglow。現在Pastel *Palettesとハロー、ハッピーワールドに交渉中だそうです」

 

...中々のメンツだ。どれも最近注目を集めているバンドばかりではないか。

 

「悪くはないわね。でも...」

 

紗夜もわかっているはずだ。私たちは...

 

「ええ。私たちの糧となり得るかは何とも...直接見てからでないと判断できないですよね」

 

「ええ...ところで、どうして紗夜はそんなに微妙そうな顔をしているのかしら?」

 

「あ、いえ。どうもその辺りのことは読み切られていたみたいで...『とりあえず様子見でいいし、割りに合わないと思ったら辞退していい』と言われました」

 

話がわかる人ね。というのがその時抱いた印象だった。この後ひとまず参加するかを見に行くことになり、他の4バンドの演奏を聞き、正式に参加することを判断した。

...決してその時提示された練習スタジオの使用料の割引に釣られたわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、全員が集まり自己紹介をし終わった後に再び私の中でナニカが鎌首をもたげていた。

 

私の違和感とは裏腹に氷川暁斗は瞬く間にRoseliaの過半数と順応していた。いや、彼が浸透していたのか...どちらにせよRoseliaの大半のメンバー、リサと燐子とあことは仲が良さそうに見える。

リサは昔から誰とでも仲良くなるし、あこも物怖じしない性格だから割と納得もいくのだが、燐子まで慕っているのは不思議でならない。

私の主観が全てではないことは勿論理解しているけれど、その光景が非常に悍しく、不気味に映るのは何故だろうか。

 

あこや燐子がかなり懐いているからか?燐子が見るからに嬉しそうにしているからか?あこがまるで実の兄弟のように戯れているからか?あるいはリサがかなりフランクに接しているからか?

 

そのどれでもあって、同時にどれでもないような気がする。

 

どれも初めて見るもので、それに少なからず衝撃を受けたからだろう。

同時に硝子を引っ掻いたように、私の何かを掻き毟られていく。

 

わからない。理解できない。氷川暁斗を目の前にすると不快感と未知が波濤となって押し寄せている。

 

それは耐え難い苦痛となり、とうとう練習にまで支障をきたすようになっていた。練習をしていてもどうにも彼のことが頭から離れなくなり、精彩を欠いている。

このままでは最高のライブができなくなってしまう。一体どうすればいいのか悩んで、悩んで、悩み抜いた結果は、至極単純明快。

わからないからモヤモヤしているのだ。未知が原因なのだから知ってしまえばいい。

 

というわけで、早速周辺に聞いてみることにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Case1,2 白金燐子&宇田川あこの場合

 

「アッキーのこと、ですか?」

 

「ええ。少し気になったものだから...」

 

完全に自分本位だが仕方あるまい。これもRoseliaのためなのだから。

 

 

「えっと...出かける時はよく一緒に...」

 

「うんうん!料理とか美味しいし、色々助けてくれるし、お兄ちゃんがいるならあんな感じかなー」

 

「あこちゃんは暁斗くんと仲良いよね...」

 

「まーね、アッキーは我闇の波動に同調せし同胞だからね」

 

「はらから?」

 

「...兄弟のことです」

 

なるほど、どうやらあことは相当仲がいいらしい。

 

「...燐子は?」

 

「えっと...あの、どうして友希那さんはそんなことを?」

 

「そうね、一言で言えば“スッキリしたいから”かしら」

 

得体の知れぬ物が脳裏にこびりついて離れてくれない。正体不明の黒い影に囚われていてはこの先を進むことはできないのだ。

 

「上手く言葉にできないけど、引っかかるのよ。何かが」

 

それは食べ物が歯に挟まったような、魚の骨が喉に引っかかっているような拭い難い違和感の塊。

ああ、鬱陶しい。煩わしい。とにかく早くこのモヤモヤを消し去りたい。

 

燐子は数秒こちらを見つめて、意を決したように言葉を選び出した。

 

 

「一番近い人だと、今井さんでしょうか?料理もしますし、話しやすい人ですから」

 

 

 

リサ...か。聞いている限りでは1番共通の要素が多い。周囲への順応性や面倒見の良さなど確かにリサに似ているのかもしれない。最初に会った

 

 

 

...いいや、()()。それを告げるのは俗に言う第六感。またしても根拠はない。聞き及ぶ範囲では間違いなくリサの系譜であると示されているというのに、何かがおかしいと叫んでいる。

 

「出かける時は大体道路の外側を歩いてくれますし...人混みだと手を引いてくれますし...今も所々で手を貸してくれてますし...」

 

「...そう。ありがとう」

 

収穫はあった。違和感の正体も段々と形が見えてきた気がする。私から見た氷川暁斗の像と周りの彼の見え方がズレていることが原因だ。燐子やらあこからはそう見えるのかもしれないが、アレはリサみたいな世話焼きやは善人なんかじゃ決してないだろう。

 

まだ上手く言語化できないためもうしばらく捜査を続行する

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Case3:今井リサの場合

 

「どしたの友希那?突然男の子のこと気にしだすなんて」

 

「...なんか引っかかる言い方ね。とにかく質問に答えて」

 

断じてそんな甘ったるいものではない。

 

「んー。そうだな、手のかからない子だよね?ほら、アタシの弟もそうだけどさ、1人で自分のことは大体やれちゃうっていうか...しっかりしてるよね」

 

「燐子やあこの話から聞いた話だとそのようね」

 

 

「あとは、そうだなー和食好きって言ってたよ?」

 

その情報は正直要らない。

 

「...そう。ありがとう」

 

 

一見意味のない会話だけれど、私の中で1つ重要なピースが見つかった。────”1人“それが鍵だ。

 

半ば答えが見えてきた気がするが、まだまだ情報が足りない。というよりか確信がもてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ところで友希那はああいう子がタイプなの?」

 

「だからそういうのじゃないって言ってるでしょ...」

 

リサは一言余計だと思う。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Case:4 氷川紗夜の場合

 

いよいよ大詰めだ。1番効率的だったであろう身内に聞くという選択肢をなぜか最後に回してしまったが、漸く私の中の不和に決着をつけることができるだろう。

 

「紗夜、あなたの弟のことなんだけれど...」

 

「...何ですか?」

 

...明らかに地雷を踏んでいる。後輩が聞いたら失禁してしまいそうなほどに冷たく暗い声だ。

 

「純粋に興味があるの。どんな人なのか、教えてもらえないかしら?」

 

「どうして、私に?」

 

「身内のことは身内に聞くのが普通よ」

 

至極当たり前のことを言っただけなのだが、紗夜には堪えたらしい。苦悶の表情を浮かべ泣きそうな声で囁いた。

 

「あまり多くは話しませんよ。プライバシーとかありますから」

 

「ええ。それで構わないわ」

 

「...そう、ですね。一言で言えば“努力家”でしょうか。色んなことに全力で...まるで私の後を追うように...一生懸命で...」

 

カチリ。と何かが噛み合う音がした。今まで拾い集めていたのは小さなパーツだったが、一つになり、綺麗に噛み合い、大きな歯車となって廻り出した。

 

「なのに...私は...本当にダメな姉で。暁斗にはいつも迷惑を...」

 

それはまるで神に赦しを乞う咎人。勿論自身を神と言うつもりではない。今紗夜はここにいないどこかの誰かに謝っている。己の罪を悔いを言葉にならない嘆きと共に、吐き出すことで禊をしている。

 

「もう十分よ。あまり自分を責めてはいけないわ...ごめんなさい。嫌なことを聞いてしまって」

 

「...構いません」

 

「ありがとう、紗夜」

 

 

これで漸くスッキリできた。それと同時に自分の浅ましさに嫌悪感を覚える。違和感の正体、それは────

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Case EX:氷川暁斗の場合

 

なんとなく気付いてはいた。私が最初に得たものは”違和感”だということ。それがまずおかしいんだって。

見ず知らずの他人に対していきなり抱く感情ではないだろう。以前から存在を知っていたり、紗夜から話を聞いていたのならともかく、存在そのものを知った瞬間からいきなり何かが違うと思っていた。

 

答えは得た。あとは確かめるだけだ。

 

早速CiRCLEへと足を運ぶ。日頃からあまり運動をしているわけではないので、中々に外の暑さが身に堪えるが、今は身より心の方が問題なのだ。

 

「いらっしゃいませ。今日はRoseliaの予約は入ってませんけど、個人の練習ですか?」

 

直接顔を合わせて改めて思う。ああ、()()()()()。実態と外面の乖離が凄まじすぎて目眩がしそうだ。

 

「空いているなら、やっていこうかしら。それより、聞きたいことがあるの」

 

 

「湊先輩が自分に、ですか?なんでしょうか?」

 

ああ、この目だけは紗夜と同じだ。けれど、中身は...

 

────貴方はどうして、すぐに捨てるものを抱えているの?

 

()()同類だ。

 

 

「...なんの、ことですか?」

 

「言わなきゃわからないかしら?貴方、あこや燐子...いや、紗夜と日菜以外のことはあっさり捨てるつもりでしょう?」

 

「どうして...」

 

「私も同じ人間だからよ。自分の中の本当に大事なもの以外にはどこまでも無頓着になれる破綻者」

 

 

そう、感じていたのは同族嫌悪だ。氷川暁斗はどうしようもないぐらい姉に焦がれている。私が父親の音楽が間違っていなかったことを証明することだけを考えて生きているように、こいつもそれしか見えていない。

夢に向かって一生懸命と言えば聞こえはいいけれど、常に全身全霊で駆け抜けて、止まることなど出来やしない。他の何もかもを捨ててでも手を伸ばし続けるという危険極まりない代物でしかない。明日に、夢に向かって進むために振り返らず、過去を捨て去り続ける醜い光の亡者だ。

 

こいつの場合本当に、あっさりと...それがわかっているから、嫌悪感を隠しきれない。どうせすぐに捨てるのに、あこや燐子やリサにとって大事な人間になっているこいつが許せなくて、でも同時にその理屈が私にも理解が出来てしまっていて、己の醜さを突きつけてくる鏡のような存在に心底嫌気がさしてくる。

 

 

「そうですか...それで、何が言いたいんですか?」

 

「...わかっているから、無理にとは言わないけれど燐子やあこや紗夜と今のままでいて欲しい」

 

私は彼女たちが、Roseliaが大事なのだ。言っていることは私に対して音楽を捨てろという内容とほぼ同義だ。相手の都合を黙殺していて自分勝手が過ぎるってことぐらい言われなくても理解しているが、燐子やあこが悲しむとわかっているのに見過ごすわけにはいかないという大義名分が私の背中を押す。私は私の夢を譲るわけにはいかないのだ。

 

「...無理な相談をしないでくださいよ。そもそも俺が捨てるまでもなく離れていきますから」

 

「俺は所詮姉の劣化品ですよ?そのうち不要になるんだから、俺が軽傷で済むうちに退散するだけで、最終的な結果に変わりはありませんよ」

 

 

 

...こいつは「無理だと知った上で、その夢を捨てられない」。戻るに戻れず、他の生き方なんて知らないと言わんばかりに狂ったように突き進み続けている。それはまさしく道化と言うべき愚かしさと物悲しさを感じさせてくる。けれどそれを笑うことなどできやしない。何故なら他人事ではないのだから。

どういう経緯を経てこのように拗れていったのかはわからないが、一度夢が潰え、決して届かないことを知ってしまったのに、諦めることが出来なかったが故の末路がこれだろう。夢は呪いへと形を変えて、彼の心を蝕んでいる。

笑えない。自分もいずれこうなってしまうかもしれないから。幸い今までは上手くいっているけれど、頂点への道は長く険しい。きっと何度だって壁にぶつかるだろう。技術面か人脈面もしかしたら、私達以上の傑物や完全上位互換が存在して、どう足掻いても不可能だ。という現実が襲いかかってくるのかもしれない。

 

その時、自分はどうなってしまうのだろうか?別の道を進む?妥協点を見つけてほどほどに甘んじる?それとも...

 

 

ここまで考えて、どうして氷川暁斗に対してここまで敵愾心を持っていたのかより深く自覚できた。

 

「私は、貴方みたいにはならない。なっちゃいけないんだと思う」

 

そんな未来が来ないように今は進み続けるしかない。彼のような末路は決して辿ってはいけないのだ。ひどい話だが、ああはなりたくない。あんな悍しい怪物になっちゃいけないのだと理解した。

 

早い話が自身が辿りうる末路に私は心底恐怖していたのだ。氷川暁斗そのものが私の未来像となってしまうことが恐ろしかった。

 

弱い自分を見せられて良い気分になるはずもない。そんな、簡単なことだった。

 

彼は少し呆けた後微かに微笑んで、

 

「そうですね。その方がいいと思います」

 

私の背中を押していた。

 

「随分あっさりしているわね...怒られるかと思っていたわ」

 

「いえいえ。自分が不出来なのが悪いのはよくわかっていますから。他人にとやかく言う筋合いはありませんよ。それに...頑張っている人に水を差していいわけないじゃないですか」

 

「そう...ありがとう。貴方はもう少しだけ自分に優しくなっていいと思うわ」

 

「...常にストイックに自分を追い込んでいる湊先輩が言うことじゃないですよね。そちらこそお体に気をつけて」

 

「ふふ...そうね」

 

...本当に残念だ。光に目を焼かれていなければ、彼はもう少し楽に生きられたのだろうに、なまじ強い想いがあるせいで、こうも生きづらくなってしまっている。

同じ轍は踏まずに私は走り続けるけれども、遮二無二に走るわけにはいかない。私1人ではなく、Roseliaの5人で駆け抜けよう。1人が迷っても、5人でならきっと正しい道を選べるだろう

改めて4人の重要性を再認識できたいい機会になった。

 

 

 

「燐子とあこ、それに紗夜にも貴方が必要よ?それだけは忘れないで」

 

「...だといいですね」

 

 

「そうね...それじゃあ失礼するわ」

 

「え?練習してかないんですか?」

 

「ええ。貴方に会うことが目的だったもの」

 

 

 

ありがとう。自分を見つめ直し、改めて目指すべきものを再確認することができた。正直まだ嫌悪感がなくなった訳じゃないけれど、モヤモヤすることはないだろう。

 

私が今考えるべきことはライブのことだ。ライブに向け集中すること。後のことは後になってから考えよう。

 

高い高い入道雲のように、やらねばならないことは山ほどある。私も、立ち止まってなんかいられないのだから。

 

 

 

 

 

 

  

 

...カッコつけて出てきてしまったけど、やっぱりCiRCLEに戻って練習しましょう。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

刹那に過ぎゆく美麗な景色は止まることなど決してない。誰がどう思おうが、時は流れて地球は廻る。失くしたものは戻ることはない。決して帰ってこない。

 

 

あの頃の氷川暁人はもうどこにもいないのだ。

 

 




アンケ上位2位を書いたので、そろそろ本編更新します。ぶっちゃけ友希那の話は本編扱いでもいいかもしれないですね。

おう、誕生日なのになんて話書いてんだクソ野郎!と思うでしょう。でもその辺りの感想はハーメルン的にアウトらしいんですよね。
というわけで一応Twitterです。更新報告とか進捗状況とか爆死とか呟いてるんで、気軽にどうぞ

https://twitter.com/TX3417_8916?s=17


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繋がり

この話はある意味で私の二次創作観が出ているのかもしれませんね。


果てしなく続くこの道で、一つだけ決めたことがある。

輝かしい明日(ミライ)のためにたった1人で進み続けること。

 

 

諦めない。いつか必ずあの日へ帰ってみせる。その為に炉心(ココロ)燃料(オモイ)をくべ続ける。

 

 

まだまだ闇の中で踠いているだけで、先など一切見えないけれど、こんなところで終わらないし終われない。

 

 

だって俺はあの2人の弟だから、そうでなければならないのだ。

 

何度だって立ち上がろう。なに、俺自身も含めて誰もすぐに結果が出るなんて思ってはいまい。一度や二度の失敗がなんだ。そんなもの織り込み済みだし、そもそも当たり前だ。

 

舐めてかかるな...俺の(憧れ)は安くない。第一俺風情がそんな簡単に追い抜いてしまえる物なんて、到底憧れと呼べる代物ではないだろう。当然目指すべき場所は遠く険しい。我は求道を行く()なり。

 

 

走り続けよう。例え亀でもまずは走らなければ何の意味もないのだから。それを成し遂げるまでは倒れるわけにも折れてやるわけにもいかないのだ。

 

 

挑み続けろ。止まってしまったら、もう二度とその差が埋まることはない。一度でも止まったらそこで俺は俺でなくなってしまうから...

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

氷川暁斗の存在意義は自身の敬愛する姉と、沙綾を救い出した戸山香澄により簒奪された。沙綾の慮外にある無情な現実。さっきから意味のわからない展開が続いている。

 

 

「さて、そんな訳で香澄や姉さん達へとその場を譲り渡した訳ですが...それはそうと、俺と姉を同時に見てどう思った?」

 

 

「...」

 

山吹沙綾はその質問に答えられない。意図が全く掴めないからだ。会話の連続性が一切ない。先ほどまで自分たちへの想いを赤裸々に告白していた暁斗に対して胸からこみ上げてくるものがあったのだが、突然一気に冷や水をぶっかけられたような唐突で奇妙なBy the way。まるで空腹時のおたえのような荒唐無稽な現象と、それと同時に重力が増したような重苦しい空気を前にして、思わず息を呑んでしまった。

 

「正直あんまり似てないとか、本当にこの人が暁斗のお姉さん?とか思わなかった?」

 

「それは...うん。最初に聞いたときは驚いたよ」

 

戸惑いながら問いに答える。特に変哲のない質問であるはずなのに、嫌な予感がするのは何故なのだろう。そんな疑問を浮かべた数瞬後...

 

「だよねー。うちの親もそれを疑っててさー。いや、その方が嬉しかったんじゃないかな?」

 

さらりと看過してはいけない発言が飛び出した。

 

「ちょっ...え?どういうこと?」

 

正直嘘だろうと思いたい。もう役満クラスで色々悲惨なのにこれ以上一体何を増やすというんだ。まさか血の繋がりがないとか托卵だったとか言うんじゃないだろうか。

 

「簡単な話、自分の子だと思いたくないってだけだ。なにせ姉に比べてあまりにお粗末なんだ。寧ろ思わない方が人としてどうかしてるよ」

 

そもそも姉たちの為に捧げる生贄だったから仕方なく産んだだけであって本来は産みたくもなかった存在だ。追い出せる口実があるなら喜んで追い出すだろう。というか、何故今追い出されていないのか正直わからないとせせら笑う。大方搾取でもするつもりなんだろうが。

 

 

「どんな理由が欲しかったのかはわからない。父親だけじゃなくて母親もだったから托卵じゃなくて取り違えとかかな?」

 

義務教育を終わらせたら家から追い出す。実際家などの手続きさえ行ってしまえば後は子供の自主性云々で対外的には問題ない。

 

「まあいずれにせよ、実子じゃなければいいのにって思われてたのは確かだよ。似てないし割に合わないから気持ちはわからないでもない」

 

「そんでさ、DNA鑑定したんだよ」

 

「あの時の親の顔は傑作だったね。まるでこの世の終わりみたいな顔してたよ...残念ながら親子関係があることが証明されましたとさ」

 

その血の繋がりこそが忌々しいと感じていた両親にとっては最悪の結果だった。

 

────本当に自分たちの子だなんて信じたくはなかったと。

 

「いやー泣かれたよ。『血の繋がりがあることがショックだ』とか『あんたなんか産みたくなかったのに、なんで死んでくれないんだろう』とかさー別に思うのは構わないけど態々直接俺に言うなよ子供かよってね」

 

それは混じりっけのない本音で、虚飾なんて一切ない真心であった。

彼らは聖人君子ではなく人である。自分以外の全ては己のための道具であると言って憚らない下衆でもなければ、始まりから愛せる要因のかけらもない存在に無償の愛を注ごうとするアガペーに偏った怪物でもない。現実はこのような体をなす。寧ろこの混沌さこそが人である。

 

とはいえ、

 

「まあ、冷めたよね。色々と」

 

頭では彼らはどうしようもないくらい人として純粋なんだと分かってはいるが、心は不快感を催す。そんな当たり前の人間らしさがどうしようもなく沙綾を安堵させている。それすらなくなっていたなら暁斗はもう手遅れだった。

 

「そんでさー親とは険悪だし?ぶっちゃけCiRCLEのライブ終わった後って暇でさ?前からいつかは行かなきゃって思ってた爺ちゃんの家に行ったんだわ」

 

暇だから、という言葉をどこまで信用していいのか沙綾達は判断することができなかった。当たり前の話であるが、暁斗は結構強がりだし見栄っ張りだ。今までだって限界ギリギリだったくせに自分全然平気ですって顔していたのだから、精神崩壊一歩手前ぐらいにはやせ我慢をすると考えておくべきかもしれない。それと同時に今この場では沙綾に対して()()本音を曝け出していると考えるべきなのか。

 

 

沙綾の天秤は揺れている。

 

「爺ちゃん?お金持ちなんだっけ?」

 

「そうそう。その爺ちゃん。なんかド田舎に隠居してるらしくてさ、家探すの苦労したよ」

 

たははと笑う。久しぶりにそんな表情を見せる。はぐみやあこに振り回されている時はよくそんな顔をしていたっけ。

 

「正確な住所がわからなかったから近辺探し歩いたんだ。...そうそう、ポピパの大ファンだって女の子に会ってさ。その子すごいよ?態々岐阜からSPACE最後のライブ見にきてたみたいでさ?

俺もなんとなく覚えていたから道聞くついでに世間話として話題に出したらすげー食いついてきてさ、そのままその家に一日厄介になったりした」

 

「...」

 

さらっとその日会った女の子の家に泊まっているとか言い出したけど、暁斗だし特に間違いを犯したりはしないだろう。.実際巴やつぐや私の家に泊まったりした時は何もなかったし。

モカが前に言っていたが、やっぱり暁斗は枯れてるんじゃないだろうか?

 

「その子本当にポピパのこと大好きみたいでさ。なんか嬉しかったし、沙綾にとってもポピパって大きな存在なんだなってあらためて実感してさ」

 

「やっぱ間違ってなかったんだなって」

 

不幸にもPoppin’Party の大ファンという少女が暁斗の決意を固めてしまっていた。自身の選択が正しい物であると突きつけられた。

 

「いやー。あんまり褒められたことないから柄にもなく照れちゃったよ」

 

...そんな冗談ちっとも笑えない。いや多分本当のことなんだろう。暁斗の歩んできた道のりはそれを有り得ないと切って捨てることが出来ない代物だ。だからこそ、想定外の肯定に弱い...のかもしれない。

 

 

「と、まあ紆余曲折ありまして、とうとう爺ちゃんの家に行ったわけですよ」

 

ここまでで既にお腹一杯なのだが、まだまだ続くのだ。

 

氷川暁斗の慟哭(さけび)はこんなものでは終わらない。暁斗の心はこんな程度で折れるはずが無いのだから。

 

遂に夏休みの真相が幕開く。そこにあるのはただ悲しい現実ばかり。それら全てが氷川暁斗という1人の背中にのしかかっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

鬱蒼とした木々をかき分け、辿り着いた場所は一軒家だった。あの爺さんどうしてこんなど田舎に居を構えているんだ?金は持ってるんだからもっと住み良いところとか選べたろうに...

ここまで来るのに、暑いし、ヒッチハイクや農作業の手伝いやらで凄い時間がかかってしまったのだから悪態も1つや2つ言いたくなるというもの。

あの爺さんどうして自分の住所を明記せずに年賀状やら何やら送ってくるんだよ...

 

まず、目にした率直な感想は「思っていたより小さい」だった。よく考えたら1人しか住んでいないのなら大きさなんてあるだけ手間だし無駄なのだが、金持ちだと聞いていたからお手伝いさんでも雇って悠々自適に暮らしているものだと思っていた。

実際のところは小さな畑で土いじりをしながら自然とともに呑気に過ごしているようだ。

 

 

爺さんは俺を可愛がってくれていた。女の子である紗夜姉や日菜姉に物凄いデレデレしていたのと比べるとちょっと微妙なところはあるが、孫バカだったし父や母よりは全然マシだった。実際のところは配偶者を失った悲しみを孫を可愛がることで埋めていただけなのかもしれないが、それでも良くしてもらったことは確かだ。

爺さんは姉が生まれる少し前に早めの定年退職...というか、社長の座を母の兄、つまり俺の叔父にあたる人に譲って隠居を始めたから会う機会はあまりなかった。

 

こうして会うのは何年ぶりだったか。最後に会ったのは大分前だが今でも呵呵と笑う好々爺なんだろうか?

 

呼び鈴が無いため扉を叩く。

 

 

「ごめんくださーい!」

 

そういえばアポなしできたし、今日は居ないのかな?この時期だから風邪を引くことはないけれど、蚊に刺されるし野宿するのは御免だ。

はてさてどうしたもんかねと勘案し、とりあえず寝床を探そうとその場を立ち去ろうとした刹那...

 

 

「見慣れない顔じゃがうちに何か用かな?」

 

しわがれた懐かしい声が聞こえた。鍬を担いで麦わら帽子を被っているし、土いじりに外に出ていたのか。

 

「おいおい、自分の孫の顔すら忘れたのか?随分と耄碌したな爺さん」

 

「...む?随分と生意気な口をきくが、お主もしや暁斗か?...えらく大きくなったのお...上がっていくといい」

 

「悪いね。突然だけど、お邪魔します」

 

「何もありはせんがゆっくりしていきなさい」

 

「ありがと」

 

 

 

 

久しぶりに来たけれど、やっぱり長閑な場所だ。東京と違って落ち着いている。

 

 

 

 

「ところで...何用じゃ?」

 

「ん?久しぶりに爺さんに会いたいなってさ。嬉しいだろう?」

 

「...戯け。そんな殊勝なこと抜かすな小僧。そんな柄じゃなかろう」

 

「まあ成長したしたまには敬老と洒落込もうってね」

 

「そのためにここを態々探し当てたりするほど暇じゃなかろう」

 

「ここには儂しかおらん。それに儂は言ってしまえばお前とは”血の繋がりがあるだけの他人”じゃよ。遠慮なぞせずに言ってみい」

 

...相変わらず爺さんらしい物言いだ。仰る通りここに来たのは自分のためだ。せっかくだしお言葉に甘えてしまおうか、爺さんとは会うのはこれが最後になるだろうしな。

 

 

「んじゃお言葉に甘えて...大した話じゃないし酒の肴にでもしてくれよ」

 

「おー孫に酌をして貰うのも悪くないのぉ」

 

「ありあわせでツマミでも作るからちょっと待っててな」

 

思えば前にここに来た時は料理どころか包丁を持ったことすらなかった。この家は記憶にある通りなのに、自分は随分と変わってしまったものだ。いぐさと土と木の混じった匂いや、爺さんの見た目はまるで変わっちゃいないというのに、まるで両者に流れている時間が違うかのようだ。

変わらずに残るもの...か、確かにあるにはあるんだよな。姉と俺の絶対的な性能差は()()()()()()()()()()変わることはないだろう。

 

 

そんなことを考えながらも手は動いているのだから、本当に身に染みついているのだろう。

 

思い起こすのは特に付き合いの長い4人のうちの2人だ。俺が自活する上での必要最低限のものを叩き込んでくれたのだ。

 

つぐ...沙綾...いや、もう()()()()()()のか。どうせ同じものなど帰ってこないのだから。そもそも俺が執着していいはずがないんだし。

 

「おまたせ。大したもんじゃないけど」

 

「なかなか旨そうじゃな。紗夜ちゃんと日菜ちゃんが作ってくれてお酌もしてくれてたならもっと嬉しいんじゃが」

 

だろうな。男なら誰だってそう言う。俺だってそう言う。

 

「野郎の料理で悪かったな。でも今のところは俺の方が料理できるし我慢してくれよ」

 

尤も、所詮姉がまだ手をつけていない領域だからそうであるだけで、人に誇れるものじゃない。おこぼれにあやかってるコバンザメやハイエナみたいなものだ。

 

「そうじゃの...孫が料理作ってくれたんじゃ、美味しく頂こうかの。お前も飲むか?」

 

「アホぬかすな。未成年だぞ?あと五年ぐらい待てよ」

 

「ふむ...紗夜ちゃんと日菜ちゃんの結婚式まで長そうじゃな...儂は婆さんほど強くはないからのぉ案外ぽっくり逝くかもしれん」

 

「どういうこと?確か婆さんって俺が生まれる前に...」

 

「そうじゃの。だが婆さんはいつ倒れてもおかしくないと思っておった。元々身体は丈夫ではなかったからのぉ。紗夜ちゃんと日菜ちゃんが産まれたあたりから体調を崩すことが多かったんじゃ」

 

「確か急性心不全って聞いていたけど、あくまで直接的な死因ってことか?」

 

「そうじゃよ。婆さんはお前が産まれるまで『跡継ぎが産まれるまでは死ねない』という理由で生きておった。主治医からも本当ならとっくに死んでてもおかしくないのに訳が分からないと苦笑いされておったわい」

 

なんだよそれ...じゃあ別に俺が産まれなくても...何の問題も無かったってことか?よくわからん精神力だけで生き延びていたんだから放っておいてもそのうち死んでたってことだろう?

 

贄としてでもまだ意味があったとどうにか割り切ってきたんだが、その根本から崩れ去ってしまった。

 

「...どうした?顔色が悪いぞ?」

 

 

「あはは...いやー参ったねこりゃ」

 

もう笑うしかない。マジでサンドバッグ要員として育ててたとか俺の両親頭おかしいだろ。ここまで追い詰められると最早どうしようもないね。

 

「泊まってくんじゃろう?今日はもう寝るといい」

 

「...ごめん。そうするわ」

 

少しだけ整理したい。本当は少しだけ何も考えたくない。心身の休息の為にこっちに来たのに寧ろダメージが増えるあたり、流石としか言いようがない。

 

意味などなく、大義もなく、産まれ落ちた忌み子。自身の正体は紛れもなくそれであるという現実を受け止めるにはやっぱり少しだけ時間が欲しかった。

 

 

 

 

風呂を借り、寝床につく。もう今は思考を放棄してしまおう。これからのことは明日の自分に任せればいいのだから。

 

 

 

 




祖父金持ち父親高給取りで美人の姉2人がいるのにどうしてだろうか。ちっとも羨ましくないぞ。

大丈夫。暁斗はメンタルお化けだから。


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宿痾

※さよひなは物陰に隠れながら暁斗の話を聞いています。

これさーやのメンタルとさよひなの世間体のチキンレースなんじゃないですかね?


「おはよう」

 

天気は良好。山の中ということもあり、夏だがコンクリートジャングルより比較的快適な目覚めだった。

 

こんな時でも身体は習慣通りに動いている。きっちり朝の4時半、やまぶきベーカリーへ手伝いへ行くための時間に目が覚めた。

 

もうあそこへ行くことなんてないというのにだ。約2年間繰り返していた日常は未だ消え失せておらず、この身にしっかりと刻み込まれているのだから度し難い郷愁と、未だに過去を引きずっている自分自身の浅ましさに嫌悪感を隠せない。

 

 

──未練たらたらとか見苦しいぞ

 

──男ならウジウジすんな

 

──前を向いて雄々しく突き進めよ

 

振り返ってる暇なんて今の俺にはない

 

──過ぎ去りしAfterglow(残光)に縋り付く真似なんてできやしないのだから

 

回遊魚じゃないけれど、止まるわけにはいかない。マグロみたいに死ぬ訳ではないと思うけれど、自分の中で何かが壊れる予感があるから。

 

「...よく眠れたかな?」

 

「ばっちし。東京よりは涼しいからね。風も吹くし」

 

「なら良かったわい。それと...昨日はすまんかったのう」

 

不用意な発言で俺の神経を逆撫でしてしまったと詫びている。

 

爺さんとて悪意があったわけではない。恐らく爺さんは何も知らないだろうし、俺が責めてもとばっちりにしかならない。下手に驚かせて心臓止まったりしたら大変だ。

 

 

...でも、正直なところ全く思うところが無いわけではない。

 

ぶっちゃけマジで誰得状態で産まれて、なんとなく生かされて、持て余していたところに、漸く当てがわれた役割が紗夜姉の踏み台っていうのは中々に悲惨な気がする。

 

けれども、よく考えたら今更だ。寧ろそりゃ親も俺のことが嫌いなわけだと納得したし、色々と諦めがついたのもまた事実なのだ。

 

生まれてしまったのは俺の責任ではないのだし、八つ当たりではあるものの、好きになれない理由としては十二分すぎるものだと思うから。

 

どうやら根本から相容れないみたいだし、出来るだけ早く独り立ちしたいとは思っているが

 

「いや、もういいよ」

 

そう、もうここまで生きてしまった以上仕方のないことだし、少なくとも爺さんは事実を教えてくれただけで、何も悪くはないだろう。

 

「そんなことより飯にしよう」

 

そもそもここに来たのは別に自身のルーツを探るためじゃないんだし、たかが生まれる意味など欠片も存在しなかったなんて小さいことで一々落ち込む必要もそれが許される時間も今までなかったから。

 

「う、うむ...美味しそうじゃの」

 

「食えなくはない味だとは保証するよ」

 

尤も、今作ったものを食べた人たちは普段食べ慣れている千紘さんや沙綾の方が美味しい。と軒並み不評だったからあまり良くはないのだろうが、食って死ななかったし、最低限の仕上がりが保証されているだけなのだが。

 

「儂よりは上手いから安心せい。それより暁斗は今日はどうするつもりじゃ?」

 

「んー...穀潰しになる気はないし、なんか手伝うかな」

 

体を動かすのは嫌いじゃないし、力仕事でも多分大丈夫だろう。

 

「ならそれに甘えるとしよう」

 

日中は爺さんの手伝いをして、夜は爺ちゃんの相手をしたり学校の宿題を片したりと適当に過ごし、数日が経過した。慣れない農作業であるため疲れですぐ眠ってしまう日々が続いた。

 

 

「...ところで、そろそろ聞いていいかのー?」

 

「何を?」

 

「お主どうしてここに来たんじゃ?」

 

「どうしてって...」

 

「倅に電話を掛けたんじゃがな、あやつはお前が今どこにおるか知らんかったぞ?」

 

でしょうねー、何も言わずに出てきたし。どうせ両親から連絡は来るわけないし、姉や巴達は着信拒否してるから居場所がどうとか聞かれることはないし、親が知る由など無いのは当たり前だ。

 

別に知ったところで寧ろ戻ってこないで欲しいと思うぐらいだろうし、それが俺たちにとって当たり前だから爺さんが気に病むことではない。

 

「儂は『孫は元気か?』と聞いたんじゃが、『紗夜と日菜も元気にやってる』と返ってきたわい」

 

「そりゃ重畳。紗夜姉と日菜姉が息災そうで何よりだよ」

 

「馬鹿者。儂の言わんとすることがわからんか?」

 

「...どうせ俺がいなくなってることにすら気がついていないんだろ?」

 

寧ろ気がついていたら驚きだ。

 

「うむ...『暁斗はどうじゃ?』と聞いたら『相変わらず』と答えおった」

 

爺さんのところにいるにもかかわらず、わざわざ爺さんが俺の調子を聞いたことに何の疑問も抱かない時点で察するに余りあるといったところだろうか。

 

「今までそれを疑ってはおらんかったのだが、もしやお前たち」

 

「まあね、険悪だよ?それこそいない方がお互い都合がいいぐらいには」

 

「...すまんのう。倅にちょこちょこ様子は聞いておったのじゃが...」

 

「別に。あの人たちエリートだし、外面は良いからね」

 

俺へのそれも表では一切見せないから誰も気づきやしないのだ。それに近所付き合いも悪くないから発言力も決して低くない。

 

寧ろ不出来な俺に苦労しながらもしっかり育てようとしていると専らの評判だった。非常に面倒なことに嘘はついていないのだ。持て余した俺の処遇に悩みつつ、“踏み台として”しっかり育てている。

 

「...良かったら教えてくれまいか」

 

「なんで?」

 

「儂はお前のじじいじゃよ。理由なんかそれ以外あるまい」

 

「特に話すことなんてないよ?」

 

「それは儂が決めることじゃ、そもそもここにきた最初に話そうとしてくれたじゃろ」

 

 

「まあ、それもそうか」

 

どうせこの爺さんが親に何かしたところでどうにもならないが、俺に同情して小遣いでも貰えたら恩の字だ。

 

そんなわけで、早速ここに来た経緯を説明した。

ずっと姉達と比べられてきたこと、やっと居場所ができたけど、やっぱダメだったこと。要約するとその程度だが、俺の十数年間なんてそんなもんだ。

 

言葉にして実感したが、なんだかんだで愛着はあったのだ。どうせいつか壊れる。姉がそこにいないから成り立つハリボテだってわかっていたつもりだったのに。

 

クソが。

 

やっぱこっち来て正解だった。会いたくなって仕方がない。そんな自滅願望を抑え込むには物理的に距離を置くことが必要不可欠だった。

 

 

「うーむ...お主も大変だったのぉ」

 

「月並みな言葉をありがとう」

 

毒にも薬にもならない。

 

「男としては『逃げるな。姉と戦え』と言うべきなのじゃろうが...」

 

概ね同意だ。何一つ勝ち目などないが。

 

「会社を経営していた人間としては、引き際は大事じゃと思う。大損をする前に手を引くこともまた大切じゃよ」

 

 

「そうか?」

 

「そうじゃよ。じゃからお前さんの言ったこともわかる。実際に起きてからじゃ遅いこともあるのもまた現実じゃ」

 

「ふーん」

 

「じゃが、お前さんは少々潔すぎる。お前は周りが言うほど駄目な人間ではないじゃろう」

 

「...それだけはないな。賭けてもいいよ」

 

流石に世界が間違っていると言えるほど傲慢にはなれないよ。

 

「こりゃ重症じゃのう.....お前さんには多くは言わん。自覚が無いようじゃし、何より儂が言っても響かんじゃろうからな」

 

「自覚?なんの?」

 

「それも追々わかるじゃろう。ただ今は一つだけ言おう」

 

「...なんだよ」

 

 

 

「自分だけの勝利を見つけることじゃ。どんな形でもいい。第三者から見て認められなきゃいけないものでも無い。お前自身の、お前がお前に誇れる勝利の形を見つけることじゃ」

 

「それさえあればお前は生きていけるじゃろう。話を聞く限り、お前は婆さんに似て芯が強い子じゃからのう...」

 

そこには万感の意が込められていた。くだらないと一蹴するには込められた含蓄が重過ぎた。

 

 

「勝利、ねぇ...」

 

これはまた俺には随分と縁遠い概念だ。

姉の完全劣化品が勝手に定めた勝利で粋がって、一体何になるのだろうか。ただ己の内に閉じこもっているのと何か違うのだろうか?

 

「誰かに認めてもらう必要はないのじゃよ。大事なのはお前がお前を認めてやれる、そんな基準や目印なのじゃ」

 

それに何の価値があるのだろうか?俺の価値観なんてあってないような羽毛のようなものだろう。客観という数の暴力に圧倒されてしまう程度の軽いものでしかない。そんなものに縋るのは流石に無謀が過ぎるし、俺はそこまで自分を好きになれない。

 

 

「今度の年末年始はそっちに行こうかの...その時にお前さんの答えを聞かせておくれ」

 

 

投げかけられたその問いに答えは出ることがなかった。

 

ただ、考えている間は何もかも忘れることができていたことだけは覚えている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「と、まあこんな感じなわけで」

 

静寂が包む公園で、1人舞台に興じている。歓声を上げる者、お捻りをだす者もいない。返ってくるのは沈黙のみ。

 

 

「...楽しかったよ」

 

そこにどんな意味が込められていたのだろうか。あまり考えたくない事柄だ。だが、今はそれは後回しでいいだろう。

 

 

 

──今は、()()()()()()()恐ろしいことが起きている。決して認めたくない、山吹沙綾の根底を揺るがしかねない最悪の事態が顕現しているその事実が。

 

 

暁斗が姉と似てないなんて、一体誰がいった?あの天災と同じように、いや、今の暁斗は無自覚にあの人以上に私の心を抉っている。

 

 

 

今の暁斗と、暁斗の話している内容がまるで噛み合っていないのだ。嘘はついていないことぐらい、なんとなくわかる。今こそふざけた物言いをしているけど根は真面目だしこういう場でそんなことはしない。

 

だからこそ悍しい。だからこそ認めたくない。

 

今の暁斗と話の内容がまるで違うことなんか、気のせいだと思いたい。冗談だろと笑いたい。

この後すぐに冗談だよって破顔して、ちょっと私が拗ねて、慌てた暁斗が謝って...そんなありきたりな展開を熱望したいぐらいには、今の状況を信じたくない。

 

 

 

 

────だって、暁斗の物言いは全て完結してしまっているから。

 

全部完了、全部過去。もう終わってしまったことであると、彼の中で区切られてしまっている。

 

 

私たちは切り捨てられたんだ。もう必要ないと、暁斗の中で片付けられてしまったんだ。

 

その厳然たる事実が、私のことを打ちのめす。好きの反対は無関心。氷川暁斗の中では最早残骸や塵芥と然程変わらなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「それでさー。結局わからないんだよね」

 

そんな私のことは露知らず、話はお構いなしに進んでいってしまう。そもそもこの場は暁斗が勝手に毒を吐く場と言ってもおかしくない。私のことなど相槌を打つ案山子や壁とでも思っていても何ら不思議なことではない。

 

 

 

──勝利ってなんだろう?

 

 

これは辞書を引けば解決するような単純なことではない。必要なのは信念と過去の記憶。

氷川暁斗による氷川暁斗のための氷川暁斗だけの答えを紡がなければならない。

 

 

 

 

まさしくここが分水嶺。さあ気張れよ山吹沙綾。過去を取り戻すならここしかない。

 




初期プロットだと香澄と暁斗が同じ中学。

小説版香澄がガルパ版に弾けるきっかけを作ったのは暁斗。
暁斗が起こしたほんの小さな善意が巡り巡って暁斗の居場所を徹底的に破壊していきながら香澄はキラキラドキドキしていく...

って設定でしたがプロローグを書き始めた時に手元に小説版が無かったので没にしました。


やっと終わりが見えてきた。暁斗が答えを見つければエピローグに入れます。


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勝利とは

いい夫婦の日ということでちょっとした雑談をば。

√入ったこころんは暁斗を一生手放さないので、相性は規格外。ただしルート入らないと相性は最悪。

次点で友希那千聖美咲辺りの若干冷めてる人たち。
特に暁斗は銀髪ロリに縁があったりするかも元ネタ的に。その場合本編前に友希那が逆レかますんだよなぁ...


────勝利ってなんだろう。何を以てそれを誇ればいいのだろう。

 

勝利(しょうり)は、争いごとなどに勝つこと。対義語は敗北。なお、多くのスポーツなどにおいて勝利でも敗北でもない引き分けが存在するが、このことを敗北と引き分けを合わせたものとして未勝利と呼ばれる。戦争においての勝敗は、戦争・作戦目的を達成したか否かによって判定される。

 

辞書を引いたらおおよそこのようなものが出る。

 

勝利とはどんな姿形をしていても、ありとあらゆる生物が目指す結果。弱肉強食、生存競争というように、生きることとは即ち闘争の連続であり、戦って勝ち続けなければ死あるのみ。

 

とはいえ、この平和なご時世、人間社会において命のやり取りが是とされている場所は少なくなっている。少なくとも今俺がいるこの日本ではそうだ。しかし、形を変えて闘争は残っている。受験競争、就職活動。もっと言ってしまえば商いだってパイの奪い合いという名の立派な戦いだ。

 

それが自然で、当たり前の行動原理。負けてばかりでは生きていることさえ難しく、またそれを無制限に敗者を許容できるほど世の中は甘くないのが現実だ。

 

故に誰もが勝利を目指す。

 

 

ここまでは当たり前だ。最早前提条件といっても過言ではないし、誰に聞いても否というものはいないだろう。

 

ならばこそ、ここまで要件を定義した際に生じる疑問がある。

 

 

何故、俺は一向に”負け”ているのだろうか。敗者のままでいるのか。

自分で言うのも変だが、頑張っていると思う。わかりやすいところだと、羽丘に特待で入学だってしている。少なくとも俺の暮らしている空間内ではそこそこ上位の結果を出しているはずだ。

 

でも一向に勝ったと思えない。

 

誰もそれを評価しない、認めない。大多数の見解という圧倒的民主主義。

 

紗夜と日菜()に比べたら大したことないから。彼女達はより短い時間でお前以上の結果を出すからという現実的な理屈。例え誰が言ってもその現実は否定しようがないもので、事実あの2人はそういう存在で、俺もその程度のモノでしかない。

 

 

 

では、改めて問おう。勝利とは何だ?何を以て俺は勝ったと言えばいい?

 

まずは姉達の例で考えてみよう。こういう時は身近な人を参考にしてみるのが基本中の基本だろう。

 

 

 

まず紗夜姉の場合、勝利とは「辿り着いた極点が指し示すもの」だろうか。

 

姉の所属しているバンドであるRoseliaが掲げている「頂点へ狂い咲け」そのままで、早い話がゴールすること、或いはゴールそのものである。血の滲むような努力の果てに掴み取った結果、極致であり、目標を叶えた時が、彼女にとっての「勝利」だと言っていいだろう。先の見えない荒野を歩み続けていく、情熱的で、求道者のあり方だ。正道故に険しい道だが、賛同者も多いだろう。

まだ足りない。自分はこんなものではない。思い描いた理想に向けて貪欲に、ひたむきに走り続けるそのあり方はどこまでも傲慢でありながら、それと同時に謙虚でもあり、故に雑魂とは比べ物にならないぐらいに強烈だ。だからこそ俺の目にはとても眩しく映っていた。憧れていた。

 

一方の日菜姉は「走り抜けた後に振り返るもの」といったところだろうか?

 

彼女にとってのゴールなんてどこにあるのかは不明瞭だ。そもそも日菜姉はそういう類の目標を持つことはない。理由は単純明快。何故なら“出来てしまう”から。言葉に出すのも馬鹿馬鹿しくなるほどの圧倒的な天賦の才能を持った天災、それが動くだけで、紗夜姉ですら霞んでいくほどの華々しく鮮烈で凄烈な事象を引き起こす。

彼女からすれば呼吸や声を発するのとなんら変わらぬ当たり前のことに過ぎなくても、後塵を拝することは決してない。

紗夜姉と違い“気がついたら”勝っている。そんなことは全く思慮に入れておらずとも、彼女の才能が、そんな不条理を可能にする。

ふと振り返ると存在する残骸、彼女にとって勝利とはそのような代物だ。破格の才、圧倒的な無双。それに憧れるのは最早必定じゃなかろうか。

 

 

 

さて、自分のことに焦点を戻そう。俺はこの2人と比べて如何様か?

俺はあんなふうに風に格好良く生きられない。

 

にんじんが食べられる?

ポテト欲を抑えられる?

地図記号が読める?

薄味のものを好きになれる?

 

 

俺が明確に姉に勝っていることなんてこれぐらいしかない。どれも彼女達の欠点と言うにはあまりに些細なことで...どうでもよすぎる。こんなことでしか自分が優っている部分を見つけることができない。

 

それ以外は誰がどう見ても姉の方が優っているし、姉のポテンシャルと最近の様子を鑑みると今現在姉よりはできると言える家事や料理なんかもあっという間に追い越されるのは火を見るよりも明らかだ。自他共にそういう認識を持っている。

 

つまり俺は周囲に”負け”と判断されている状態で俺の”勝利”とやらを見つけるしかないってことだ。よもや“ポテト我慢できるよ”。“地図記号読めるよ”と胸張って生きていくわけにはいくまい。

 

それ以外の全てにおいて圧倒的に負けているのだから。別に卑屈なわけでも後ろ向きというわけでもない。俺個人が都合のいい解釈をしたところで、それが他者の認識である以上それが事実で現実だろう。

 

果たしてこんな状況で勝利とやらは一体どこに存在しているというのだろうか。

 

爺さんが言っていた俺“だけ”の独りよがりの勝利の形をどうやって見つけるべきなのだろうか?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまで暁斗の話を聞いてきた身として、暁斗の境遇は流石に不味いものであると言わざるを得ないし、同情だってしている。理解だってできている。暁斗の言う通り確かに無意識のうちに暁斗とお姉さんを比べていたことだって否定しない。「似ていない」と思ったし、お姉さんたちが凄い人だと思ったことに今更言い訳できるわけでもない。

ああ、理解できるとも、私だって怖い。ポピパのみんなが今までと一転して自分に対して白い目を向けるなんてことになったら耐えられるかわからない。そもそも暁斗にそんな目を向けられることが堪らなく嫌だからここにいる。

 

だから気持ちはわかるし、共感だってしている。

 

けど、それ以上にふざけるなと叫びたい。何を勝手に切り捨てているんだ。何を勝手に諦めているんだ。私の中の氷川暁斗はただ()()()()()な姉に塗り潰されるものじゃない。

 

これはこれを聴いている()()()も同意見なはず。

 

でも、今それを伝えたところで、ダメだ。暁斗には響かない。取るに足らない有象無象、路傍の石くれ、塵芥。暁斗がそう判断して切り捨ててしまった私の想いは届かない。

 

なら、私のじゃなく、暁斗自身に波紋を呼び込む何か、今こうして奇跡的に繋ぎとめられているうちに、何か、何か言わなくちゃ。

 

もう少し、もう少しなんだ。さっきから感じている何か。暁斗の言動と何かズレているもの、見落としている大事なもの。それがあるはずなんだ。探せ探せ、記憶を洗い直せ、脳細胞のありったけをフル回転させろ。足りないなら、ない部分を総動員だ。この機を逃したら、もう次はない。諦めなきゃいけないんだ

 

諦めなきゃ...諦めなきゃ、諦め...ん?

 

「ねぇ、暁斗?」

 

「なに?」

 

「なんで、お姉さんたちは諦めないの?」

 

そう、これがずっと引っかかっていた。

 

一番最初に諦めるべきはそこだろう。暁斗本人がそれは一番わかっているはずだ。本人の言う通り、傍目から見ても正攻法で勝ち目など万に一つもありはしないのに。

 

暁斗はそういった結果で測れる人間じゃないのに。どうしてそうやって一番辛くて苦しくて、報われることが無い選択肢を取ろうとするのか。

 

暁斗は生粋のマゾヒスト、というわけじゃない。辛いことや苦しいことは辛い、苦しい、嫌だと思える感性をしている筈なのに。そこに悦楽を見出しているわけじゃないというのに、なぜなのだ。

 

「暁斗はどうして、私たちを置き去りにしちゃうの?」

 

あれだけ大切だと言ってくれたのに、どうして捨てちゃうの?

私は嫌だ。嫌だ。離れたくない。行かないで...

 

そう言外に訴えて暁斗の目を見据える。

 

ここに来て初めて暁斗の瞳が揺れた。本人すら自覚していなかった度し難い矛盾。“絶対に叶わないもの”を追い続けるその破滅的な在り方を今この瞬間に漸く認識したのだ。

 

 

「...なんでだろうな?」

 

...惚けているわけじゃなさそうだ。本当にわからないのだろう。その様子から一つの仮説が導き出された。

 

もしかして暁斗って、()()()()()()()()んじゃないか?小さい頃からお姉さんに憧れ、比較され続け、蔑まれても尚折れていないと言えば聞こえがいいが、もしそれしか選択肢がなかったとしたら?

 

自殺という逃げの手段すら封じられ、萎えてしまったと言っていた暁斗は、姉の背を追う以外知らないんじゃないだろうか。

 

確かに一見すると、姉から逃げて私たちと居たのかもしれないけど、もし完全に心が折れていたなら、態々姉がいて、進学校である羽丘を選ぶ必要もない。他の学校でも特待はあるし、羽丘より幾分か楽だったろう。

これについては進学校だから選んだと言えなくもないかもしれないけど...

 

 

「...ああ、そういえば、それしかしてこなかったから」

 

本人の口からそれを断定する言葉が漏れ出た。幼い頃に感じた憧憬に暁斗は灼かれていたのだ。眩い光に目がくらんでそれ以外の選択肢を失った。 

 

確かに暁斗の両親は控えめにいって屑だと思うけど、暁斗自身の意思がその道を選んでいたんだ。

 

 

「暁斗だけが苦しむ必要なんて無いよ。そんな辛いことしなくていいよ」

 

これ以上暁斗が傷つくのなんて、私は見たくないし、お姉さんだって見たくない。逃げたっていい。暁斗は十分がんばったし、少しぐらい休んだっていい。

 

 

「...誰が許すんだよそんなこと」

 

「私が許す。巴やつぐみが許す。あこやはぐみやみんなが許す」

 

それじゃあ足りないかな?

 

 

「...無理。結局少数じゃん」

 

 

結局俺は塵屑なことに変わりはないだろうと暁斗は吐いて捨ててしまう。

 

今漸くわかった。暁斗の問題点は大きく分けて二つだ。

 

 

一つは先程からも出ているが「諦め切れていないこと」

惰性とまでは言わないが、ズルズルと引きずりながら燻っている。他に選択肢を知らないから、今更それを選べないという保守的な思考。

 

もう一つはこれまた単純明快だ。「自己評価が低すぎる」こと

元がどうだったかは知らないが、暁斗の取り巻く環境は自己肯定感が低くなるのは無理はない。暁斗の抱える問題は大半がこれに起因するものだろう。勿論お姉さんと比較されること自体はなくなることは無いだろう。けれど、自分を認めることで傷は浅くなるし、違う生き方だってできると思う。

 

 

暁斗に足りないのはたったそれだけ。自分自身を信じる勇気そのもの。

だから、どうか気づいて欲しい。

 

 

されど、言葉は届かない。氷川暁斗は振り返らない。鈍足だろうが進み続けている以上、そんなことは起こり得ない。愚かさを知ってなお、止まることはできない。否止まり方を知らず走り続ける。

 

 

 




香澄に沙綾は救われた。けどそれと同時に暁斗の居場所を壊していた。
だからこそ沙綾の出番が多いし、暁斗に対して説得力があるのも沙綾。
(実はあこと燐子が一番早く事を片付けられるとか言っちゃダメよ?)



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弱さと覚悟と自覚

紗夜からの暁斗の評価はめちゃくちゃ高いんですよね。



以前、一度夢を見たことがある。

 

それは驚くほど甘美で自分自身に都合のいい夢だった。

俺が姉と同じ領域に立っていて三竦みになっているそんな夢。

 

日菜姉は紗夜姉に強くて

紗夜姉は俺に強くて

俺は日菜姉に強い

 

そんなありもしない幻想。妄想と呼ぶべき醜い欲望。

ああ気色が悪くて反吐が出る。そんなことあるわけないというのに。

 

夢想、空想、虚構そんな都合のいい奇跡なんてあるわけがない。

これが”殺せば勝ち”と言えるような戦国時代ならばともかく今の世は平成なのだ。搦手なんて通用しない。厳然たる実力の差がモロに出てしまう。

 

故に三竦みは成り立たず、俺は不出来な弟のままだ。

 

そんなことは最早当たり前のことであり、議論を挟む余地など一ミリたりともありはしない。

 

それらの感傷を総て、()()()()()()と切り捨てた。

そんなことを考えているようではいつまで経っても追いつけない。

必要なのはあの日の誓いと憧れだけ。他のものなど重荷以外の何者でもない。

 

この2年で作った大切な思い出も繋がりも築いてきた何もかもが、いずれ反転して牙を剥く。俺という存在を否定して壊してくるんだから。

 

なら、そんなもの要らない死に絶えろ、死に絶えろ。全て残らず(ゴミ)と化せ。

 

どうせ何も変わらない。いるのは敵と未来の敵だけ。

 

だから全部壊せばいい。なかったことにしてしまえばいい。繋がりも断ち切り、全て過去にしてしまえばいい。

 

 

だというのに、何かが後ろ髪を引っ張っている。

こっちを見ろ。コッチヲミロと何かが俺を誘っている。

 

これでいいとわかっているはずなのに、違和感が拭えないのは何故なのか。どうしてこんなにも虚しいのだろうか。何か見落としているのだろうか。

 

 

ひょっとして、俺が求めるべき勝利はもしかして違うものなののだろうか? 

 

 

元より姉が辿った後を追い続けるだけだったから、それ以外の先にあるのだとしたら見つかることは一生ないかもしれない。

 

だがそれならそれでいいのかもしれない。どうせこの身は元より姉の踏み台に過ぎない。最後までそれを全うするのもきっと俺にふさわしい末路だろう。

 

この結論に不備はない。そうわかっているはずなのに脳裏によぎる不鮮明な影がどうにも気になって仕方がなかった。

 

 

──────────────────────

山吹沙綾は思い悩んでいた。

 

目指すべきビジョンは鮮明だ。そのために何が必要なのかもわかる。

今までの日常を取り戻す。暁斗をこちらに連れ戻す。

そのためには姉がいるからと言って暁斗のことを突き放したりなんかしないということを伝えなければならない。しかしそれだけでは足りない。相対評価からの脱却、紗夜さん日菜さんと比べられること、そして絶対的に負けていること。それらの克服が必要だ。

 

言うまでもないが私は性能差なんてどうでもいい。()()()()()()()今までの暁斗を選ぶ。それは多分他のみんなもそうだろう。

 

……けれど、暁斗は違う。

 

今の今までありとあらゆるものが比較され、その全てで劣ってきたという自身の過去がある。

厄介なのがつぐみと違って過ぎた謙遜でも卑下でもなかったこと。文字通り真実であるが故に安易に否定の言葉が言えない。そんなことないとか言っても感性の狂った奴としか認識がされないだろう。暁斗のこぼした「少数派」という言葉がそれを如実に物語っていた。

 

さて、どうしたものか。

これを聴いている他の()()()は何か良い考えがあったりするのだろうか? 

私にははっきりした答えは出せそうにない。

 

「少数派じゃやっぱりだめ?」

 

「結局人間なんて他人からどう思われるかで決まるし」

 

「だから数?」

 

「ああ」

 

「私やポピパやAfterglowとかはぐみもいるよ?」

 

「……」

 

「そっか……釣れないなぁ」

 

暁斗の闇は思った以上に根が深い。

だって、間違ってはいないから。衆人環視における氷川家の3人は単純かつ残酷な構図をしているから。

 

確かに社会的地位っていうものはそういうものだ。紗夜さんと日菜さんは嫉妬ややっかみ以外は軒並み周囲から称賛を集める人間だし、それに追いつこうとするならば、大多数の評価というのは避けては通れないという理屈は決して理解できないものではない。

 

ただし、相手があの2人ではない場合に限る。

はっきり言って暁斗があの2人に勝つことは不可能だろう。いくら追いつこうとしたって無駄だ。そもそも暁斗が今まで言われてきたことを鑑みるとあの2人に追いつこうとするという時点でアウトなのだから。

 

今の暁斗に必要なのは出来ないものは出来ないとすっぱり諦めてしまうこと。姉は姉で自分は自分という当たり前で無情な現実を受け入れることだ。

 

そこまではわかっている。多分きっと、暁斗だってわかっている。

暁斗は考えて動く人だ。今更私が言わなくたってきっと気がついている。

 

だからその先が必要なんだ。

先に進むために先を見据えることを辞めさせる。

そんな矛盾を孕んだ人らしい論理が今の暁斗には足りない。

 

だから────────

 

「暁斗にはそんな()()()()()()()()()が大事なの?」

 

 

暁斗のことをよくも知らないで評価する奴らだけが暁斗の指標であるというその現実を壊すことから始めよう。

 

暁斗が想像以上に頑固で私じゃ力不足だから、当事者に出張ってもらおうか。

 

 

 

────しっかり頑張ってください。お姉さん? 

 

虚空の先にいるであろう2人に目配せをする。せめてしっかりけじめはつけて欲しい。

 

私は()()()を打つためにその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

……腹立たしい。

なんで暁斗は私の言葉で靡いてくれないの? 

ムカつく。妬けちゃうなぁ……

事が終わったら覚悟してよね? 

 

──────────────────────

 

「じゃあ、この場は任せますね」

 

忌々しげに山吹さんがこちらに告げる。

不本意だが仕方がないと言わんばかりにこちらを一瞥し、その場を去っていった。

 

(……ありがとう、山吹さん)

 

会釈で感謝を伝えた。向こうも言葉にされることを望んでいなかったし、私自身も言い辛いものがあったが、ここでは言葉に出さずとも私たちは通じ合っていたと思う。

 

山吹さんには損な役回りを押し付けてしまったかもしれない。

本来暁斗の言葉は私たちが受け止めるべきだったのだから。

でも、暁斗は絶対に私たちに遠慮する。山吹さんはそう考えたから自分が話を聞く傍で私たちに盗み聞きをさせたんだろう。

 

やった行為は褒められたものではないが、結果はやって良かったと心から思っている。この場限りはどうか無慙無愧でいさせて欲しい。

 

暁斗がどれだけ苦しんだのか、必死に生きてきたのかを知った。勿論本人の体験をそのままというわけではないし、感じ方だって違うから知ったつもりなだけなのかもしれない。

けれど、何の情報が無い今までよりは何十倍もマシだろう。暁斗の痛みの何割かを理解したからこそ、歩み寄ることができるはずだ。

 

私の贖罪(すくい)は今ここに。

贖罪の念と後悔を携えて、私たちは初めて自分の弟と向き合うのだ。

 

決意を新たに、2人で一歩を踏み出した。

 

* * * * *

 

月明かりと街灯だけのこの場では、私たちが不意に現れたように見えたのだろう。

 

数瞬呆気にとられすぐに事態を悟った暁斗は私たちに声をかけてきた。

 

「盗み聞きとは良い趣味とは言えないね、姉さん?」

 

「うぅ……ごめんね?」

 

日菜も思うところがあったようで、すぐさま謝罪した。

 

「そうね。たしかに悪いことをしたわ。ごめんなさい」

 

「良いよ別に。沙綾が呼んだんだろ?」

 

「録音してみんなに伝えるぐらいは予想してたし」

 

全く仕方のないやつだと暁斗は笑う。山吹さんを咎める様子は一切ない。

 

「でも、正直聞かれたくはなかったかな」

 

「私は聞けて良かったと思っているわ……日菜はどうかしら?」

 

「あたしもおねーちゃんと同じだよ」

 

暁斗の本音を聞いたことは今の今まで一度もなかったから。

 

「ふーん……柄でもないことするもんじゃないね。恥ずかしいったらありゃしない」

 

 

暁斗がこんな風に皮肉気に笑うのも、愚痴を溢すのも今日は暁斗の知らない一面を数多く知った。

 

「ごめんなさい」

 

「ん? 盗み聞きしてたことはもういいって」

 

「違うわ。今までのことよ」

 

「……」

 

 

 

「私は日菜からも暁斗からも逃げてばかりだった。暁斗を追い詰めていた」

 

 

正直今だって怖い。さっきまで話していたことを疑うつもりは粉微塵も無いけれど、でも心のどこかで私のことを恨んでいるんじゃないかと思ってしまう。

 

本当に私は弱くて醜い。

 

「それでも、()()()()()姉として慕ってくれて、憧れだって思ってくれてありがとう」

 

そんな私だけれども、私を姉たらしめてくれたのは暁斗の存在だった。日菜は双子だから、どうしても実感が薄くなるけれど、暁斗の存在がそれを確固たるものにしてくれた。

 

姉であることを重荷に感じることが無いと言えば嘘になる。現に日菜に関しては一度逃げ出している。それでも、私が氷川紗夜()でいられたのは暁斗がいたからに他ならない。

 

「でもね暁斗、私はそんな大層な人間じゃないの」

 

「たしかに覚えは早い方かもしれないけれど、頭が固くて応用が利かないし融通もきかない。それに暁斗みたいに人と上手く関われないわ」

 

 

自分の音を無個性でつまらないものだと、教科書通りの無味無臭のものであると思っている。

 

そして私は暁斗みたいに強くない。私はすぐ逃げ出してしまう弱虫だ。暁斗のように泥の中で咲き誇ることなんて絶対にできない。

 

追い詰めた私が言うことではないが、あの状況に置かれて、山吹さんのことや巴さん、羽沢さんのことやPoppin’Party のことを考え行動するなんて私には到底無理な代物だ。誰よりも強く優しい子だ。

 

それに、今日のここまで暁斗のことを心配してくれた人が沢山いることも誇っていいことだと思う。

 

「尊敬してくれているのは素直に嬉しく思うけど、全く同じである必要なんてないわ……寧ろ暁斗は私より立派よ?」

 

「……そんなことないよ」

 

「いいえ。私は自分のことで手一杯で、すぐそばにいた日菜や暁斗のことすら見えていなかったから暁斗とは大違いよ」

 

「そーそー! あたしも人の考えていることとか全然わかんないから、暁斗はすごいよ?」

 

「いやいや、結局姉さんたちの方が色々できるしできるようになるのも早いじゃん」

 

 

「「「……ぷっ」」」

 

3人とも可笑しくなって吹き出した。

 

だって3人とも自分より2人の方が凄いと思っているから。自己評価が低いところ、相手を尊敬しているところ、大切に思っていること。それらが3人とも同じだとわかり思わず笑みがこぼれた。

 

「暁斗、私は貴方が怖かったの」

 

3人とも同じなんだとわかった今だからこそ言えることだ。

 

 

「いつか追い抜かれる。暁斗は私には無いものを沢山持っているもの。だからとても怖かった」

 

ずっと逃げてきた。暁斗と向き合うのが怖かった。いつ私がしてきたことが返ってくるかと思うと足がすくんで動けなくなってしまっていた。

 

でも、暁斗はそんな私を恨まずに慕ってくれていた。申し訳なく思うと同時にそれがどうしようもなく嬉しい。

 

「でも、俺は姉さん達と比べたら……」

 

表情は暗い。何かを恐れているようだ。

事実は事実だが、私たちに何かを突きつけられるのを酷く恐れている。

そんな暁斗の姿に胸が痛む。自分の罪の重さを改めて理解し直した。

これからはせめてもの償いをしていこう。

 

そう心に誓った刹那────

 

「ねー暁斗? 前から思ってたんだけど比べる必要ってあるの?」

 

「……え?」

 

「ちょっと、日菜っ!? あなた何言ってるの!?」

 

この期に及んでまだ暁斗の傷を抉るつもりなのか? 

 

「だってさーあたしはあたしで、おねーちゃんはおねーちゃんで、暁斗は暁斗でしょ? 同じである必要ってないよね?」

 

「仕方ないだろ。日菜姉みたいな人をみんなは期待していたんだから」

 

暁斗は投げやりに、しかして真実を放り投げる。

 

「俺は2人の弟としてダメダメだからさ」

 

告げられた言葉は私にも覚えがあることだった。

姉としての矜持があって、日菜の才能や自分自身を恨んだりもした。

これは避けては通れないのかも知れない。

 

でも────

 

「暁斗は気にしすぎだよ。誰がなんて言おうが暁斗はあたしの弟だし、おねーちゃんの弟なんだから」

 

「その通りよ。それに……溜め込むところや日菜と自分を比べて卑屈になるところなんか私とそっくりなんだから」

 

本当に、似なくていいところだけは私とそっくりだ。

 

恐らくだが、暁斗は不安だったのだろう。自分だけ異なる性別、異なる髪色な自分達がちゃんと姉弟なのかどうか。胸を張ってそれを受け入れていいのだろうかわからなかった。

 

私や日菜と違い落伍者の烙印を押され、冷遇され続けた暁斗にはその自信が持てなかった。

 

日菜の姉として悩んでいた私と同じで、暁斗も弟して悩んでいた。

これが姉弟と言わずして一体何を姉弟と言うのだろうか。

 

「よく知らない周りよりも当人達がどう思っているかが大事よ? 

それとも、暁斗は私や日菜がどう思うかより周りの人の見え方の方が気になるのかしら?」

 

我ながら少々意地の悪いことを言っている自覚はある。

 

「……その聞き方は色々とずるいよ。”おねーちゃん“」

 

数秒の沈黙の後に観念したかのように暁斗は呟いた。

 

 

……私はあまり呼び方に執着は無かったけれど、昔の呼び方をされると、胸にこみ上げてくるものがある。まるで仲の良かったあの頃に戻ったみたいだ。

 

「暁斗〜おねーちゃんは嬉しいよ────!」

 

「ちょ……苦しいし恥ずかしいってば日菜姉!」

 

「え〜〜〜! さっきおねーちゃんって言ったよね? なんでやめちゃうの!?」

 

「ギブギブッギブ! 関節極まって……アイタァッ!?」

 

 

日菜なんて感極まって暁斗に抱きついている。余程おねーちゃんと呼ばれるのが嬉しかったのだろう。思えば、呼び方が変わったことに日菜はかなりショックを受けていた記憶がある。

 

でも、今の2人はとても楽しそうだ。

わだかまりなんて何処にもない仲のいい姉弟そのもの。私たちが取り戻したかったものがそこにある。

 

「おねーちゃん! 暁斗がもう一回おねーちゃんって呼んでくれないの! 手伝って〜」

 

「恥ずかしいから嫌だ!」

 

 

「……2人とももう遅いし迷惑よ?」

 

「「ごめんなさい」」

 

そして3人とも同時に笑う。こんなやりとりがもう懐かしくて、楽しくてたまらない。

 

「じゃあ家に戻りましょうか」

 

「うん! ()()()帰ろう」

 

夜の街を3人で歩き、同じ場所へと帰っていく。

 

家に着くまでその手が振り払われることはなかった。




実はたったこれだけで解決する話でした。
理由は次回の暁斗視点で。
ただその前に彩誕になるかもしれません。



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真実と答え

これ沙綾いないと詰んでたかも





ああ、悔しいなぁ

 

あの場をカッコ悪く立ち去りながらひとりごちる。まるで引き立て役みたいで嫌になる。

 

暁斗のバカ……スカポンタン。このシスコンめ。

 

私の言うことは聞かないくせにお姉さんの言うことは素直に聞くっていうことが複雑だ。

当然その理由もわかっている。家族であるから意味があって私じゃ出来ないことだってことぐらいは。

 

ただ、巴のことを全く笑えないシスコン具合に少々呆れているだけ。

 

ただ優先順位が姉にあっただけだった。そのことは素直に喜ぶべきだ。嫌われたわけじゃないのだから、関係をやり直すことは不可能じゃない。暁斗の中では多少の比重の差があることはわかる。周囲の人よりは大切に思ってくれていることはよくわかった。

 

でも、姉に比べれば、切り捨てられる程度のものでしかない。そう言われたのが我慢ならない。

 

……そう思うのは、きっと我儘で、暁斗のためにもならないのかもしれない。私たちのエゴだと言われると否定できない。

 

それでも、私は割り切れない。割り切れるほど大人でもないし、暁斗がやろうとしたみたいに、思い出として片付けることも出来ない。

そもそももう少し我儘になっていい、やりたいことをしていいと言ったのは他ならぬ暁斗なんだから、その責任ぐらい取ってくれないと困る。

 

それはみんなも同じだ。嫌だ認めない。こんな終わりなんて許さない。

 

 

 

決意を新たに、けれど想いは変わらず。走り続ける閃光をただの人に戻すべく、彼女たちは動き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

家に帰ってから気がついたことがある。今まで全くの自覚がなかったから、本当に俺はどうしようもない大馬鹿者だ。

 

 

いつからだったかなんて、もう覚えていない。ただ、物心がつくよりさらにずっと小さい頃から、姉は俺の憧れだった。いつも先を歩いていて、カッコよくて優しくて、そんなおねーちゃんが大好きだった。

 

そんな風になりたいと思っていた。

 

けれども、みんな疑うのだ。本当に2人の弟なのかと。

うるさい黙れよ。そんなわけない。正真正銘俺は2人の弟だ。

 

でも、確かに目の色以外似ていない。

性別も見た目も性格も、そして何より持っているものが違っていた。

 

俺はあの2人のような万能性は全くない。

どこにでもいるような取るに足りない凡夫に過ぎない。

 

誰もが言うのだ。「お姉さんに比べると……」って「お前は本当に紗夜と日菜の弟なのか?」って。

 

時が経ち、姉弟間の差が明らかになればなるほど、段々とそれを否定できる材料がなくなっていった。

 

 

俺はあの2人の弟なのに、どうしてこんなに違うのか。

どうして、俺はこんなにダメな奴なんだろう。

俺はあの2人とは違う。

 

俺たちは()()()()()()()()()()()()()だ。

断じて、姉弟と呼べるものではない。

あの2人の弟であることを証明できるものなんて何一つない。

 

そこからは無我夢中で我武者羅に、溺れるように、狂ったように、没頭してのめり込んだ。

 

只々現実を否定したかった。逃げたかったんだ。

 

ただ、あの頃のように過ごしたい。でもそれはもう無理だ。

どうしようもなく存在した無味無臭の真実がじわりじわりと迫ってくる。

 

振り向いてはいけない。もし振り向けば、現実に引き摺り込まれて奈落へ落ちる。

前へ進め。前へ進メ。前へススメ、前へマエヘ、まえへすすめ……どんなに今が辛くたって何も上手くいかなくたって、走り続けなきゃいけない。

 

でも、限界は訪れた。

漸く追いついたと思ったけれど、それは氷山の一角に過ぎなかった。

知ってしまった────己の限界を

知ってしまった────敗北に勝る激痛を

知ってしまった────姉との差が埋めようがないことを

知ってしまった────血縁関係()()はあることを

 

精神は蝕まれ、心は軋んでいき、とうとう線が切れてしまった。

 

もう知りたくない、見たくない。嫌だ嫌いだこっちにくるな。

 

早い話が現実逃避。もう何もかも嫌になって、全てに蓋をして逃げ出した。結局何の因果か今この時まで生きてしまっているんだけど。

 

巴に助けられてしまった後は半ば自暴自棄だった。何もかもどうでもよくなっていたから流されるまま過ごしていた。

 

巴の妹のあこ、巴の住む商店街の知り合いの沙綾、つぐみ、はぐみ。

 

どうせ流れで知り合っただけ。どうでもいいし俺には関係ない。塵芥らしくのうのうと生きていくのだから。

 

 

 

(……そうやって生きているつもりだったんだけどな)

 

人間というのは意外と逞しいもので、少し経てば回復していたのだから呆れ果てるしかない。いつの間にか姉の軌跡から逸れて、姉のいない領域で何かないかと探していた。

 

あこの友人の燐さん、俺が初めて自分から声をかけた花音さんや、巴とつぐみの幼馴染みの蘭とモカとひまりとはこの頃に知り合った。

 

ゴミを漁るカラスや野良犬のようで、本当に浅ましい。反吐が出る。

結局姉が()()手を付けていないだけで、俺は劣化品なのに変わりはないと痛いぐらいにこの身に染み付いていて、とっくの昔に知っていた筈なのに。それでも諦めていないのだから、見苦しいにもほどがある。

 

 

多分無意識のうちにみんなを姉の代替品として見ていた。みんな優しくて、温かい場所だった。自分で言うのも変だが、居場所はあったんじゃないかなと思わざるを得ない。

 

だからこそ怖かった。

いつかは周りと同じようにどうせ彼女たちも俺を壊しにくる。

姉の存在があの空間に放り込まれた後はもう終わりだとわかっていた。どうせいつかは変わってしまう、そんなものはあっても嬉しくないし意味もない。それをよく知っていた。

 

それでもいざ本当に終わるまで手放せなかったあたり、大分入れ込んでいたんだろう。悪くないと思える時間を過ごしていた。

 

 

────そんな時間もあえなく終わりを迎えた。

 

ただ、それは仕方ないことだし、良かったと思う。

沙綾には沢山の恩が返し切れないほどあったから。

香澄には俺のできないことが出来るから。

後は託して去るのが乙だろう。きっと全部上手くいく。

 

流石にちょこっとショックだったし自分の中で整理する時間が必要だったから爺さんの家に一時的に避難していたわけだが、それでも前へ進んでいこう。

 

振り返っている余裕はないからと、先へ先へと突き進む。

 

────俺はまた、現実から逃げたんだ。

 

 

 

 

 

でも、世の中そんなに甘くも優しくなかった。

沙綾が追ってきた。納得できないからと後ろから。

鬱陶しい煩わしいとすら思っていた。なんで俺に構うんだ。

折角いい友達ができたんだからそっちとつるんでいればいいのに、態々俺に時間を割くなんて、無駄の極みでしかなかった筈なのに。

 

あいつ、なんであんな優しいんだろうな。本当に意味がわからん。

姉さんたちをあの場に呼んで、俺と姉さんの間を取り持った。

多分姉さんたちのためだろうけど、感謝するしかない。

 

 

 

心の底から安堵した。

俺は2人の弟であると、2人の弟でいていいんだと認めてくれた。

ならば、何ら問題無い。

 

────()()()()()()()()()()()

 

だって、まだ止まるわけにはいかないから。

2人が認めてくれたとはいえ、周りは誰も認めてはくれない。

勿論あの2人の言葉の方が俺の中では重いけど、それでも完全に無視するわけにはいかない。2人だけの言葉で全てを決めてしまえるほど、俺は狂っていないから。

 

でも、もう大丈夫。おねーちゃんが認めてくれたから。後は何の憂いもなく突っ走れる。あの星を掴むためにいつまでも追い続けられる。

 

 

だから────

 

「……で、何の用だよ? 沙綾」

 

────後は0にするだけだ。

 

俺はそんなに強くないから、姉を追うこと以外のことを背負うなんて無理なんだよ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あれから1日経って、暁斗に連絡を入れた。

 

『今から会える?』

 

凄く雑だが、私たちだしこんなものだ。なんて、今までのやりとりを焼き直しして自分の心を再確認する。

 

『今から出る』

 

……まず第一段階突破。ここを断られたら面倒だった。紗夜さん日菜さんへの昨日の借りを使わずに済んだのは大きい。

 

 

 

 

「やっほー暁斗、元気してる?」

 

「何の用だよ? ……沙綾」

 

面倒くさいというのを隠そうともしていない。

 

「暁斗の足を止めにきたんだよ」

 

今から私がすることは、もしかしたらとんでもなく間違っていることなのかもしれない。他人から見たら氷川日菜、氷川紗夜のブースターを壊す最低最悪の所業なのかもしれない。

 

……それでも構わない。まず、日菜さんと紗夜さんなんて言い方が悪いが心底どうでもいい。

 

「どういうことだ?」

 

「今まで色々あったよね」

 

……本当に色々あった。暁斗が初めて家に来た時は今よりずっと荒んでいたんだっけ。こうしてまともに話せるようになるまでかなり時間がかかった。そこからの暁斗は随分と変わったと思う。自分から世界を広げていくようになった。

 

まあ、それは暁斗が前にしか進めないってことの裏返しでもあった訳だからあまり喜ばしいことではないんだけど、それでも何もかもが無駄だったわけではないはずだ。

 

尤も、暁斗は意外とメンタル強いから死にさえしなければ私たち抜きでも立ち直っていそうだが。

 

「まあ、そうだな」

 

「全部無駄だった?」

 

「……さあな」

 

「正直に言って?」

 

「無駄とは言い切れないけど、もう要らない」

 

「……」

 

「失くしたものは戻らない。取り戻したところで同じものじゃないなら要らない」

 

だから消えろと告げてくる。

 

暁斗のこの異様な潔癖さは、多分周囲にずっと姉と同じものを求められた故の反動だ。姉と同じでなければ価値がない。変化のない物が良いという価値観が形成された。それはAfterglowの重んじる”いつも通り”を病的にしたようなもので、私たちをここまで排斥しようとすることは、逆説的に、無意識のうちに私たちといた時間が大切だと思っていたということになる。

 

姉に憧憬と同時に畏敬の念を抱いていたから、姉がいるなら変わらないはずがないと暁斗には疑う余地がない。

 

姉に同じである必要はないと諭されたとはいえ、そう簡単に変えられるものじゃない。そもそも、もう私たちは変わってしまったと思っている。

 

……だったらわからせてやる。私たちがどれだけ暁斗のことを心配していたのか、必要だと感じているのか見せてあげる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

失せろと告げた後から、沙綾が俯いて微動だにしない。

 

流石に言い過ぎたかな? 昨日に引き続いて一切相手に考慮せずに言葉を投げているから傷でも抉ったのだろうか? 

まあそれも二度と会うこともない相手には()()()()()()ことだろう……これ何回目だ? いい加減にしてくれ。

 

「何も無いなら帰るぞ?」

 

まあそんな訳ないだろうが、こっちだってやりたいことはあるんだからいつまでも待っている気はない。

 

さよなら、もう会うこともないだろう。許せ沙綾、これが最後だ。

もう用はないと立ち去ろうとし、背を向けた瞬間────

 

────それを待っていたと言わんばかりに沙綾が背後から手を回してきた。

 

「……沙綾?」

 

言外に離せと告げる。

 

「だめ」

 

「離せ」

 

今度は言葉にしてはっきりと伝える。

 

「行っちゃやだ」

 

「俺だって暇じゃないんですが」

 

「行かせない」

 

「何その嫌がらせ」

 

「逃がさないからね?」

 

「なら、用を済ませてくれよ」

 

「……いなくなっちゃ嫌だ」

 

用ってのはそれか。そう言ってもらえるのは悪い気はしない。

 

「でも……」

 

でも、もう要らないし前に進むためには邪魔だから。

 

「暁斗の分からず屋! 変わってない。私たち何も変わってないんだよ……」

 

「は?」

 

「なんで1人で先に行っちゃおうとするの?」

 

「嫌だよ。行かないで……暁斗」

 

「沙綾……」

 

だめだ。どうせいつか変わる。比べられたくない。否定されたくない。信じたくない。

 

 

 

「ねえ暁斗、そろそろ自分を卑下するのやめよ?」

 

「卑下なんてしてないだろ? 事実じゃん」

 

「私たちだって暁斗のことを知る他人だよ? それは無視?」

 

「数」

 

「他の人より暁斗のこと知ってるから質はこっちの方が上だね」

 

「……ああ言えばこう言う奴だな。普段は全然そんなことないのに」

 

 

 

「仕方ないな……ねぇ、()()()()()()()()?」

 

────やや呆れた顔をした直後、沙綾の左手から声がした。

 

 

『ちょっとショックだったかな、あまり信頼されていないみたいで』

 

『つぐみの言う通り、暁斗は一人で背負い込みすぎ』

 

『え〜? それ蘭が言っちゃう〜? それにしてもアッキーは意地っ張りだね〜』

 

『相談ぐらいしてくれても良かったのにな〜』

 

『とりあえず後で説教。暁斗はアタシたちを馬鹿にしすぎだ』

 

『おねーちゃんの言う通り! 紗夜さんは確かにカッコいいけどアッキーはそういうのじゃないし!』

 

『そうだね、あこちゃん……』

 

『あっ君はあっ君だよ! ひなちんや紗夜さんと比べるなんて無理だもん』

 

『えーっと……暁斗君、ごめんね? でも私も同じかな』

 

 

左手にはスマホ。どうやら一連の会話は筒抜けだったらしい。多分昨日のやつも同じく共有されているのだろう。

これが彼女たちの本音……らしい。

 

中々に嬉しいことを言ってくれる……これを信じていいとは思わないが。

 

 

「勿論私もみんなと同意見。結果でしか判断しない人たちと一緒くたにするとか、暁斗は私たちのこと嫌いなの?」

 

 

「……姉さんのこともだけど、ちょっと卑怯すぎない?」

 

録音するぐらいは予測してたから別に怒ったりしないけど、俺のプライバシーは一体どこへ消えていった? 

 

「念のため言っておくけど、そういうずるい所は誰かさんの真似だからね?」

 

「え?」

 

「どこかの誰かさんがいつも私に有無を言わさずに休みを取らせていたからそのお返し」

 

それとこれとは大分別問題だと思うが、そう言われると返答に困ってしまう。

 

「でもね、すっごく感謝してるんだ」

「え?」

 

「結構恥ずかしかったから言えなかったけど、CHiSPAの時とか文化祭の時とか他にも色々あるけど……」

 

「いつもいつも助けてもらってる。今まで一緒にいてくれて、ありがとう」

 

 

突然過ぎて思考が追いついてこない。それが一体何になるというのだ。俺は姉の劣化品でしかない。それは紛れもない真実なんだからどうせすぐ乗り換えるに決まってる。

 

「確かに、暁斗の思っている通りお姉さんの方がずっと良い結果を出したりもっと効率的に事を運べるのかもしれない。

暁斗にできてお姉さんに出来ないことなんてそれこそ暁斗の言う通りこの地球上のどこにだって存在していないのかもしれない」

 

……そうだよ。だからいつか捨てられるんだろ? そんなの嫌だからもう────

 

「でも、そんなもしもなんかどうでもいい。たらればなんて犬にでも食わせちゃえばいい」

 

「……え?」

 

「実際に私たちと一緒にいたのは他でもない暁斗だよ?」

 

 

 

「それと、これからだって暁斗の方がいいかな」

 

……面と向かってここまで言われたのは初めての経験だ。

これは信じていいものなんだろうか? いや、それは無いな

 

周囲っていうのは万物を測るための基準であり、物差しだ。俺は周囲が間違っていると言い張れる程傲慢にはなれない。

 

 

「暁斗、私は暁斗にそばにいて欲しい。紗夜さんや日菜さんよりも、暁斗の方が良い」

 

「……」

 

「暁斗は嫌?」

 

「……嫌じゃないけど」

 

気持ちは本当に嬉しい。けれど俺には姉に勝るものが何一つとして無いことが不安材料となっている。

 

 

「でも、姉さんたちがいるだろ……俺じゃダメなんだよ……何をやっても姉以下な俺じゃ何の価値も無いんだよ!」

 

だからもう後は姉を追い続ければいい。他のものなんて、要らない。いくらおねーちゃんが俺を認めても、周りは違うんだから。

 

「暁斗はさ、もうちょっと自分のことを認めてあげないとダメだよ」

 

人にはもう少し自分にその優しさを向けろとか言ってたくせにね。とため息を溢す。

 

「無理」

 

「無理じゃないよ。一緒にいた私たちが保証する」

 

「それに暁斗前に言ったよね?」

 

 

『……沙綾も我儘言っていいんだって』

 

「責任取ってよね?」

 

最後の最後に沙綾が残したものは、きっと俺にとっての免罪符だ。

自分で言った言葉の責任は手前が取らなきゃいけないんだから。

 

「……なら、仕方ないのかな」

 

たったそれだけなのにどうしてこんなにも心が軽くなったのだろうか? 自分の中で言い訳が出来たからなのか? 

 

「うん。今はそれでいいよ」

 

 

「でも、本当にいいの?」

 

「何度もそう言ってるし、他のみんなもそうでしょ?」

 

『『『『『『『『もちろん!!』』』』』』』』

 

「ほら、暁斗がしてきたことはちゃんと残ってるんだよ」

 

「無駄なんかじゃない。他の誰のものでもない。氷川暁斗が確かに残してきたものが今ここにちゃんとある」

 

 

「うん」 

 

ちょっと身に余る評価だと思うけどね。

 

「私たちと一緒にいた過去はいつだって消えてなくなったりはしない。

無かったことにしようとしても、意識しなくなったり忘れたりするだけで、存在そのものがなくなる訳じゃない」

 

「そうだね」

 

「それはお姉さんたちには出来なかった確かなことだよ? それだけあれば私たちには十分暁斗を選ぶ理由になる」

 

 

「それでも足りない?」

 

 

……そっか。何もかもおねーちゃんに塗り替えられたと思っていたけど、残ったものがあったんだな。それが今こうして俺のことを認めてくれている。

 

「……正直不安ばっかりだけど、そろそろ巴がブチギレそうだしな……大人しく言うこと聞きますよ」

 

「ふふ、そうだね。後でみんなに怒られると思うよ?」

 

「うーん、それは怖いな」

 

 

「心配かけた罰なんだから、ちゃんと反省しなさい」

 

「はーい……ありがと」

 

「どういたしまして……でいいのかな? 私としても戻ってきてくれてありがとうってところなんだけど」

 

 

 

 

実際のところはまだ足が竦むし、怖くて怖くて堪らない。姉さんが俺は強いとか言ってたけど、全然そんなことないんだよ。

 

でも、自分がしてきたこと、知り合った彼女達を無にすることなんて決してできないとようやく理解できたから。

 

 

 

 

勝利とは気付くこと、認めること。今まで生きた過去を、あるがままに受け止めること。

 

勝利からは逃げられない――なぜなら、常に消え去らない過去おもいでとして、己の中にずっと存在しているものなのだから。

そして過去は減るものではない。どれだけ振り払おうとしても、壊そうと亡くそうとしても降り注ぐ雨のように内へ溜まって増えていくものだから。

 

己の生きた足跡を受け止める……それはとても簡単で、同時にとても難しいこと。

極論、痛みや苦しみはどこまで行っても自分の物。それを肯定できなければ、いくらもがき姉以外を蹂躙できるようになったとしても、いつまで経っても過去(きず)は幻肢痛のように疼き続ける。

 

その錯覚から解き放たれたいならば、たった一つ、気づくしかない。

自分の重ねてきた時間が生きてきただけで、共にいただけで掛け替えの無い価値を秘めているものなのだと、思えたその時、人は何処へだって飛び立てる。

 

悲しいことも、苦しいこともあったとしても、だからといって嘆かなければならない理由なんてどこにもない。

目をそらさなければならない理由も、逆に見つめなければならない義務さえ同時になかった。

 

悲しめと命令するものなどおらず、また涙を流しながら笑うことさえ否定されていなかった。

そして自虐に走り過去(うしろ)から目を背ける必要もまた────

 

己の歩んできた道、培ってきた己自身。その全てが例え辛いものだったとしても意味があったんだと認めてやれさえすれば人は簡単に救われてしまう生き物なんだと気づくことができた。

 

いつか時がたった時、今のこの苦しみも葛藤も、『()()()()()()()()()』と笑い話にできたなら、きっとその時すでに俺は、人生の勝利者と言えるだろうから。

 

 

 

 

 

────爺さんの言っていた“勝利”は姉に勝ったり負けないなんていうことをしなければ得られないほど重いものでは決してなかったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「ところで沙綾」

 

 

「ん? どうかした?」

 

 

「そろそろ離してくれない? 流石に恥ずかしいんだけど……」

 

「……ごめん」

 

────いざ終わったら急速に恥ずかしくなった俺たちであった。




次回最終回

過去の暁斗を肯定できるのはさよひなではなく実際に一緒にいた人だけだから沙綾の役割はさよひなより大きいんじゃないかな?


つぐの誕生日回はなしです。とはいえつぐに関しては少々思うところがあるためいずれ番外編を書くと思います。



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エピローグ:氷川暁斗

暁斗弱体化パッチ入ります。


結局のところ、これで良かったのかはわからないままだ。

 

逆立ちしたって俺が姉の下位互換であることに変わりはないし、未来永劫肩を並べることなんて不可能であることは火を見るよりも明らかだ。

 

“正しいことを正しい時に行い、ただの一度も間違えない”

 

そんな最強無敵で人外めいた天稟なんて俺は持ち合わせていない。

当たり前のように失敗して、失敗して、失敗して。

試行錯誤を重ねてどうにかこうにか一歩進んで、ふと前を見るとずっとずっと先に姉がいる。追いすがりたいけど、追いつけない。手を伸ばしても決して届くことはない。俺はちっぽけな人間だから、太陽や夜空は掴めない。

 

 

けれど、勝利とは気付くこと、あるがままの自分を受け入れることだった。

 

姉に憧れ、姉を目指して、轍でできた荒野を歩き続けたそんな自分自身と、その軌跡をほんのちょっとだけ認めてやれと諭された。そうやって苦しみ抜いてきた今までが俺という人間を形成しているのだから、そんなに無下に扱うなと少し怒られてしまった。

 

……正直なところを言うと、そんな価値があると思うことが難しい。自分が生きてるだけで価値のある人間なんだと思えるほど傲慢にはまだなれそうにない。どんなに努力した、苦しんだと自虐風自慢をしたとしても結局俺は俺でしかないのだから。塵は塵だろうという考えを捨てることができるほど、俺は俺自身のことを好きではない。

 

 

────でも、あり得ないと思っていた事態が起こった。自分かあいつらの気でも狂ったのかと疑いたくなってしまう。

それほどまでにみんなの発言は突然で、奇特な選択だと言わざるを得ないものだった。

 

けれども、多分きっと心のどこかではそれを望んでいたんだろう。

姉と比べられることが嫌だったのは、何一つ優っている部分が無かったからであって、比べた上で自身が優位に立っているならさほど苦に感じていなかったのだろうから。

姉じゃなくて自分を選んで欲しいと思っていたんだろう。

 

結局自身に都合のいいことを言われたから掌返しをしているという現実を省みて、己自身の浅はかさには辟易とする。

 

 

 

……そんな俺の内心がどうであれ、伝えられた真実からは目を逸らさずに真っ向から受け止めなければならないのだろう。

 

 

姉よりも俺を選んだこと、姉が俺のことを評した内容が正しいことだとは微塵も思っていないし、間違っているとすら思っている。

彼女達以外の第三者が見たら十中八九俺の考えの方が正しい。

 

俺のことはまあ親や周囲が仰る通り出来損ないだし、出涸らしで生きる価値など塵芥未満と評することが塵芥に失礼なことは百も承知だ。今更そこに異論を挟むつもりは毛頭ない。

 

けれど、今はほんの少しだけ違う。大多数に異を唱える人たちがいる。

それは全体から見れば少数だ。数で見ればほんの一握り。取るに足らないし無視して何ら問題のない超少数派のマイノリティの頓珍漢なエゴイズムだ。戯言だろうと片付けられてしまうほどに極小なものだ。

 

 

────それでも、そんな俺が大事なんだと、紗夜姉や日菜姉抜きで俺が必要なんだと言っててくれた。

 

事実がどうこうを差し置いて、そう言ってくれた。

頭では”こいつらが少数派だ”ってことも、痛いぐらいにわかっている。どうせこいつらだっていつかは姉に乗り換えるんだろう。

そういった当たり前で無情な現実と限りなく真実に近く、いずれ到来するであろう未来を無視するわけにはいかないのは確かだ。

 

でも、今この瞬間は、確かに俺の存在を肯定してくれた。その事実はなくならない。それに、有象無象よりもずっとずっと大切な人たちがそう言ってくれたんだ。

 

だから────もう一度、あと()()()()()()立ち上がろう。

 

彼女達が信じた俺モノが間違っている、あいつらは見る目がない、間抜けだと謗られるのは嫌だから。みんなの正しさを証明するために、足掻き続けよう。

 

心身共にとっくに限界だけど、あいつらの期待と信頼に報いるために、これが最後、あと一回だけだと己を奮い立たせる。

 

今度はどこまで続くのかはわからない。そもそも終わりなんてどこにも無いのかもしれない。多分次折れたら立ち直れない、そんな確信が自分にはある。

 

その終わりなき負の螺旋から抜け出す方法はたった一つ、自分で自分を好きになるしかない。

 

決してそれは独りよがりの独尊ではなく、彼女達の言葉を真摯に受け止めて、自分自身に誇りを持つこと。

今の俺にはとてつもない無理難題に他ならないが、やらねばその先に待っているのは破滅しか無いだろうから。

 

そして、それを悲しむ奴がいるから、

 

 

 

 

 

 

 

 

(……なんて、色々考えてるけど)

 

「結局のところ、みんなのこと嫌いになれないだけなんだよな」

 

 

空を見上げて呟いた。それっぽい理由をつけているけど、やっぱりそこに帰結してしまう。未練たらたらで女々しいけど、これが本音なのだから仕方ない。

 

「うんうん。何事も素直なのが一番だよ」

 

隣にいる沙綾が我が意を得たりと言わんばかりの笑みを浮かべながら、『どの口が言うんだこの野郎』と毒づきたくなるようなことを伝えてくる。……ニヤニヤすんな鬱陶しい。

 

「暁斗って意外とバカだよねー。ちゃんと見てくれる人は見てくれてるのにさ」

 

「灯台下暗しってやつ? 前ばっか見てるから全然気づかないんだもん」

 

「……おう」

 

「あはは、照れてる?」

 

「……まあ、ね」

 

言われ慣れていないからリアクションに困るというのが正解。

よくそんなことを臆面もなく言えるなと感心するしかない。

 

それと同時に申し訳なさでいっぱいになったから……

 

「え、とさ、その……ごめん」

 

「何が?」

 

「色々心配かけたし、その.酷いこと言ったし、愚痴に付き合わせたし……」

 

「そうだよ? 特に巴とかつぐみはカンカンだよ? はぐみはオロオロしてるし、あこは泣き出すし.」

 

……正直会うのが怖いです。

 

「うぇー……そりゃ大変だ。後で謝りに行かないとな」

 

「うん。私も待ってるから……じゃあ()()()()

 

「……ああ、()()()()な」

 

 

 

 

今日は雲一つなくて月が綺麗だ。

星も珍しくよく見える。

 

ふと、手を伸ばす。そして開いて見る。

 

その手には何も残らない。

 

悲しいことに俺は今ここに生きている。渇いたって飢えたって幻想になんかなれやしない。地べたに立った凡人に過ぎないのだ。

 

そんな不甲斐ない俺は、どう背伸びしたって俺でしかないんだと今になって漸く受け入れることができたんだ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その後のことを少しだけ語ろう。

 

まずは各所に謝罪に行った。

 

巴やつぐみやはぐみ、燐さんにあこに松原さん、モカと蘭とひまりといった友人や山吹ベーカリーや羽沢珈琲店や北沢精肉店などなど、方々を駆けずり回ることとなった。

 

滅茶苦茶怒られた。つぐみと花音さんは無言でいい笑顔してるし、蘭は明らかに機嫌悪そうな顔しながら無言で脇をつねり続けるし、モカはそれに便乗しながらニヤついてるし、ひまりとあこは何故か泣き出すし、それを見た巴が「あこを泣かせるとはいい度胸だな?」と般若になるし、はぐみは引っ付いたまま離れてくれないし、そんなカオス状態で燐さんはパニックになるしで本当に大変だった。

 

でも、不謹慎かもしれないけど嬉しかった。

勿論、マゾになったわけじゃない。ただ、罵倒されることはあれど、紗夜姉以外に”叱られる”って経験は実のところ初めてのことだったから。

 

新鮮で、同時に温かくて、一度知ったらもう手放せる気がしない。

 

 

いつか力尽きて何もかもダメになるその時まで、もう失いたくないんだ。

 

だから、頑張れ俺自身。今度の敵は姉よりずっとずっとタチの悪い、俺を拒む俺自身だ。

目を逸らそうにも、一番身近な他人なんだから今度は逃げる事はできそうにない。姉を目指すことよりきっと大変だろう。

 

 

それでも、家路に向かう足取りは今までで一番軽いものだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「えっと、次は生徒会長挨拶、です」

 

「えーテステス.」

 

ざわ.ざわ.

 

時は変わって羽丘学園高等部の入学式。

マイクのハウる音に合わせて周囲のざわめきが一入大きくなる。

 

なんたって今人気のアイドルバンド Pastel*Palettes、通称パスパレ。そのギター担当の氷川日菜が今壇上にいるのだから。

 

「やべっめっちゃ可愛い……」

「彼氏とかいるのかな?」

「いるわけねーだろ! アイドルだぞ!?」

 

 

やいのやいのと騒めき出す。特に男子。

 

「みんなー! 入学おめでとー。生徒会長の氷川日菜です!」

 

「羽丘は勉強も大事だけどー? 生徒会長的にはー……」

 

るんっ! てしよー!! 

 

「ちょっと日菜先輩!? 原稿散らかさないでください!」

 

 

 

「もう、進めますね? えー……続きまして、在校生の言葉……え? 

……コホン。失礼しました。在校生代表氷川暁斗」

 

 

『桜ノ雨も降り止み、 葉桜が萌えいづる季節となって参りました。新入生の皆さん、この度は羽丘学園へご入学おめでとうございます。

 

在校生を代表して、歓迎の意を表したいと思います。

今日この日から始まる高校3年間悔いの残らない生活を送れるように頑張ってください。

 

この羽丘学園は、生徒の自主性を重んじ、自由な校風を持っています。部活動以外にも、課外学習や自主研究。海外交流など様々な活動が行われており、そのどれもが皆さんに良い刺激を与えてくれるものだと思います。

 

しかし、ただ単に何もせず、どんな活動にも参加せずに日々を過ごしていると、あっという間に時間だけが流れていってしまいます。皆さんの大切な3年間を実りあるものにするためにも、何か夢中になれるものをぜひ見つけて下さい。

 

そして、ここから巣立つ時に胸を張れる自分自身になってくれることを願います。

 

以上を持ちまして、私からの歓迎の言葉とさせて頂きます。

 

在校生代表、氷川暁斗』

 

 

 

あの日の少年は今ここに立っている。

前見た時よりも顔つきが大人びたような気がする。

 

 

「元気そうで良かった……()()

 

空を見上げて、地を這いながら荒野を往く。

今度は走るのではなく、その足取りを時々振り返って確認しながらゆっくりと。

 

たとえ道半ばで倒れようとも、悔いはないと胸を張れるように、それ自体に価値があるのだといつか認められるように。己自身を赦せるようになるために、彼は今も生きている。

 




もし氷川姉妹に弟がいたら...なろう系チート以外はあの二人の型落ちになるだろう。

以上を持ちまして、本編は完結とさせていただきます。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
処女作故拙い文章で恐縮ですが、多くの方に読んでいただき、とても嬉しく思っています。

本編は終わりましたが、番外編や別ルート、ネタが思いつけば別作品とまだまだ書いていこうと思うので、これからもよろしくお願いします。


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2ndシーズン
新たな始まり


はい、じゃあ本編の続編やっていきます
一応前もって言っておきますが、RASのメンバーにはかなりの独自解釈が含まれます。

見慣れない名前が出るかもしれませんが、オリキャラではありません。RAiSEに出てきます。初登場が入浴シーンなので是非購入して読んでみてください。


輝く御身の尊さなんか私は知らないしどうでもいい。元より私は天に唾を吐く者なのだなら。

 

正義と秩序の破滅を祈る傲岸不遜な畜生王、正しいと素晴らしいと知りながら、それを穢せ墜とせと蠢き狂う悪鬼羅刹を束ねる者よ。

犯せ貪れ蹂躙し尽くせ。内なる衝動に身を任せ怠惰に無益に無様な醜態をさらしながら、ただただ光よ砕けろ死に腐れと願うのだ。目障りな綺麗なものなど滅んでしまえ強者なんて消えてしまえと。

 

叫喚せよ、悶え苦しめ万の呪詛を吐き、貶めるは億の希望。死ねよ死ねよ全部塵になってしまえばいい。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、漸く手が届く。あの日の誓いを今こそ果たそう。幕を上げる時が来た。

 

 

 

 

 

 

さあ、新たな歌劇を始めよう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

人混みを掻き分けたどり着いた先は、人の海と地元よりも燻んだ色をした空だった。

 

『しゅわしゅわ はじけたキモチの名前 教えてよきみは知ってる?

しゅわしゅわ! どり☆どり~みん yeah!』

 

流れる音楽とけたたましい喧騒とピカピカいってる信号機、天を貫き立ち並ぶ鉄筋とセメントの柱。それら全てが自分がまるで小人になってしまったかのような圧倒的な閉塞感を与え、田舎者の私のことを拒んでいるようにすら感じる。

 

(おじいちゃん、東京は怖いところやよ…うう、()()は今日は用事があるから来れらないって言ってたし、頑張らんと!)

 

とにかく目指す場所は今後の拠点、叔母が経営している銭湯の旭湯だ。

 

この春から従姉妹である七実ちゃんが留学生となって海外へ行き、住人のいなくなったので、部屋を使わせてくれることになっている。朝晩の風呂掃除と時々の番台にいることが対価として求められたが、こんなもの安いものである。親戚とはいえあまり顔を合わせることのない私を受け入れてくれたのは本当に有難い。

 

『以上、Pastel*Palettesでした〜』

 

さて、私は高校生になるこの歳で、単身東京へとやってきた。この私、朝日六花には夢がある。まあ夢と言うほど大きなものではないのかもしれないけれど、それでも叶えたい目標がある。

 

『最近ガールズバンドが熱いですね。各地で大会も行われていまして……』

 

『はい。世はまさに────』

 

私は────

 

 

『大ガールズバンド時代…!』

 

バンドがしたい!

 

 

 

 

あれ?そういえば、Pastel*Palettesのギターの娘の苗字って先輩の……ただの偶然の一致ですよね?

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ところ変わって羽沢珈琲店、普段から多くの女子高生で賑わうその場所は看板娘の幼馴染や友人によって貸し切られていた。

 

手に持ちたるはクラッカーなる円錐状の玩具を携え、皆一様に声を荒げる。

 

 

「「「暁斗、蘭、巴、誕生日おめでとう!!!」」」

 

 

「ありがとー」

 

「まあ、アタシと蘭はまだ少し先だけどね」

 

今は春休み真っ只中、蘭の誕生日である4月10日と巴の誕生日である4月15日はまだ先である。

 

「春休みで時間のある時に思いっきり祝った方が楽しいじゃん?」

 

どうやら今日はどんちゃん騒ぎらしい。10日は超親バカな蘭パパがお弟子さんと共に盛大に祝うだろうし15日は商店街のおっちゃんおばちゃんがお祝い騒ぎだろうということで俺の誕生日にかこつけてみんなだけで祝おうということになった。

 

「まあ俺がみんなと同い年になったってことで」

 

「暁斗くん早生まれの中の早生まれだもんね。4月1日って」

 

「なんで4月なのにあこより学年が上なの?納得いかないんだけど」

 

「法律」

 

身も蓋もないが実際にそうなのだから仕方あるまい。あと少し生まれるのが遅かったらあこと同級生になっていた。

 

「納得いかない!おねーちゃんはどう思う?」

 

味方を増やすとは卑怯な真似を…しかも面倒なシスコンとはな

 

「暁斗だけあこと同学年とかずるいぞ。アタシもあこと一緒がいい」

 

「おねーちゃん……」

 

「…一人で留年してろ」

 

訂正。こいつ残念すぎるシスコンだった。普段はイケメンムーブをかませるのにどうしてあこが絡むとやや残念な奴になるんだ?

 

「あはは、とりあえず食べよっか?つぐのお母さんがご馳走いっぱい作ってくれたんでしょ?」

 

沙綾の軌道修正が光る。流石お姉さんなだけはある。

 

パーティ料理と言うんだろうか?どうやら張り切り過ぎたようでかなりの量だが、胃袋ブラックホールなモカがいるし残ることはないだろう。この間三郎系の梯子をしようと言い出した時は正気を疑ってしまった。

そのモカはというと…

 

「さーやがパン持ってきてくれたから食べよ〜」

 

ご覧の通りのマイペースだ。このパン狂いめ…せめて日持ちするパンより肉や野菜からにしなさい。

 

「モカ、一人で全部食べないでよ?」

 

「わかってま〜す、ほら蘭、あーんしてあーん」

 

「…要らない。自分で食べる」

 

蘭は照れてるだけっぽいな。二人きりなら食べてたんじゃないか?

 

「えー?いーけーずー。じゃあアッキー、あーん」

 

「やるわけないだろ?とりあえずひまりにでも突っ込んどけ」

 

「んー、ひーちゃんには後でカロリー送ってあげるから自分で食べるよ」

 

それはただの鬼畜である。

 

 

「も〜!そんなひどいこと言うなら暁斗にプレゼントあげないんだからね?」

 

 

「…ん?なんかあったの?」

 

ぶっちゃけ無いと思ってた。より正確にはこの飯代で消えてるものだと思っていた。

 

「やだなー用意するに決まってるじゃん」

 

「まあ、3人いるからちょっと予算が厳しかったけどね」

 

「アッキーがこの前のクイズで言ってた『自分のパソコン』っていうのは流石にちょっと無理だね〜」

 

あ、確か日菜姉と千聖さん以外にモザイクをかけたり人物名にP音当てたりしたやつがパスパレの公式ホームページにアップされてるんだよなぁ…今度のCDの特典がディレクターズカット版らしい。7時間にわたる盛大な悪ふざけの誰得映像を特典にするとかパスパレのスタッフは気が狂ってるのではないだろうか。

 

「だから大したものじゃないんだ。ごめんね?」

 

「いや、逆に気を遣うし気にしなくていいって」

 

そもそもパソコンはいつか欲しいなってぐらいだし気にすることでもない。元々コツコツ金を貯めて購入する予定だったし。

 

「ちなみに暁斗は何を用意したの?」

 

蘭が聞いてくる。実は貰うの楽しみにしてたりするんだろうか?さてはこいつ可愛い奴だな?

 

「まあ俺もそんなに凄いもんじゃないぞ……ほら」

 

なんてことはないショッピングモールで買ったごく普通のハンカチだ。

 

 

「ありがと…思ったより良さそう」

 

「ハンカチ単品だからちょっと値が張る奴を選んだしな」

 

「色も派手じゃないし、大事に使わせてもらうよ」

 

「そうしてくれ。巴は汗っかきだからタオルハンカチな」

 

「おー、ありがたく使わせてもらうな」

 

どうやら喜んでもらえたようでよかった。俺もお祝いとしてペンケースや商店街の福引券20枚、モカちゃんおすすめのパン詰め合わせセット、1年間コーヒー10%割引権、おすすめの小説などなど色々なものが貰えた。どれも実用的なものばかりだし、ありがたく使わせてもらおうと思う。

 

 

 

その後は途中で乱入してきた蘭パパも交え飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎにまで発展し、夜になるまではしゃぎまくった。

 

 

 

 

「あ〜もうすぐ新学期かー1年間あっという間だったな〜」

 

帰り道の途中、沙綾が突然声を上げた。

 

「突然どうしたんだよ沙綾、黄昏たくなるお年頃か?」

 

 

女の子はセンチメンタルな生き物らしいし、きっと物思いに耽りたい時もあるのだろう。

 

「違うよ。ただ…こうして皆で騒げて良かったなって」

 

「…確かに来年は受験やら就職やらでこうして祝ったりなんてできないかもしれないしな」

 

言葉にはしなかったが、花音さんや燐さんは来年には卒業しているからここにはいない可能性だってある。

 

「それにどこかの誰かさんが居なかったかもしれないしねー?」

 

どこの誰だろうねー?なんて言ってるけど笑顔で脛を蹴ってるあたりそれって絶対俺のことですよねうわーごめんなさい。地味に痛いんでやめてください。

 

「それについては…本当にすみませんでした」

 

あれ以降微妙に沙綾さんが怖いんです。

 

「他のみんなも私も許してないから…まだまだ負債の返済は続くよ?」

 

本当に、沙綾は良い方に変わったよな…少しだけ我儘になれる場所ができて良かったと思う。

 

「やれやれ…奨学金より先の長そうな返済だな」

 

「超長期間のリボ払いだから暁斗がお爺ちゃんになった時ぐらいには返し終えるんじゃないかな?」

 

「うひゃー、それは凄いな」

 

「ちゃんと返してよね?」

 

「…了解、生憎と約束は守る主義だからな」

 

「知ってるよ。律儀だし頑固者だもんね」

 

「褒めてるのかそれとも貶しているのか」

 

「信じてはいるかな」

 

暗に裏切ったら許さないってことですねわかります。

けれどこのぐらい縛られている方が多分丁度いいんだろう。目に見えない愛とか情より契約の方がずっと信頼できる。

 

「それじゃあまた明日」

 

「ああ、また明日」

 

姉を目指すことは諦め、自分は自分として歩いていくという決断を下してもう半年が過ぎた。

 

まだまだ先は長い。何をやろうが未だに姉の幻影がちらつくしきっとあの二人ならって考えはそう簡単には拭えない。俺はやっぱり俺が一番嫌いだ。

 

けれど変化もあった。大きな点は姉たちとの関係が修復されたことだろう。あれ以来お互いに少しずつ歩み寄っていると思う。まだ時折申し訳なさそうな顔をされるのが少々気まずいけれど、いずれきっと時間が解決してくれるだろう。

 

どうせあと60年近くは生きるんだ。ゆっくりゆっくりと進んでいけばいい。時々立ち止まっては振り返り、自分の軌跡に価値があるものだと認めてあげられるように今を全力で生きていこう。

 

願わくばこんな穏やかな時間がずっと続きますように……

 

 

吹き抜ける風と舞い散る桜の花びらを月明かりが照らしている。

春は出会いと別れの季節、あの娘も上京してくるし何かが始まるような予感がした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

東京は眠らない街だ。

高層ビルが立ち並び、灯りが消えることはない。常に新しい何かが生まれ同時に何かが廃れていく。

 

とあるビルの最上階、そこに鎮座するPCに噛り付く一人の少女がいた。

 

「……Shake it down 今声上げろ…いやさあ声上げろね。後はラスサビを…よし、これでcomplete…」

 

出来立てホヤホヤのそれの感触を特徴的な()()で確かめる。

自身の思い描く理想を噛み砕きながら比較検討を行う。

 

「OK…漸く出来た。これが私の牙…!最高にsweet!excellent!unstoppable!」

 

第一フェイズ終了。主砲は完成した。後はpowerful な砲手を見つけ出すだけだ。しかもそれにも目星は付けている。

 

 

 

「待ってなさい…私の──。やっと、やっと手が届く」

 

 

 

欠伸を噛みしめ寝床へと足を運ぶ。

最後にPCに映っていたのは青薔薇の実力派ガールズバンドのRoseliaだった。

 

 




アンケートの結果本編の続編となりました。これからもよろしくお願いします。新ルートの方はこころ番外編みたいなので良ければ機会があったら書く…かも?

番外編やTwitterではちょこちょこ出していた彼女がいよいよ本編で暴れ回る予定です。音楽でも別のことでもガチなんで楽しみにしてくれると嬉しいです。
続編開始に伴いおたえの番外編が正史として取り込まれます。

漫画版とアニメをすり合わせると、チュチュ様マジですげーことしてて笑うんだよなぁ…


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銀河再来

沙綾から暁斗を奪ったら一体どんな曇り顔をするんだろうかと考えるとなんかドキドキするんですが、もしかしてこれが恋ってやつですかね?

あっ今回はめちゃくちゃ平和です。



──────嗚呼なんという僥倖、なんたる幸運。まさに奇跡。最早運命…!

 

私は今至福の時を味わっている。お父さん、お母さん…私東京に出てきてよかった。…生まれてきて、今まで生きてきて本当に良かった。

 

眼前に広がる景色を前にして、私は歓喜に打ち震えていた。

 

あの夏の日に出逢った奇跡とは少々異なるが、私の目指すものが目の前にある。あまりにも綺麗だった…あの日諦めそうになっていた私に熱を灯してくれた眩い光だ。追い求めたい夢のカタチを今再びこの目に焼き付けよう。

 

けれど、楽しい時間はあっという間ですぐに消える泡沫の夢に過ぎない。

 

刹那に過ぎ去る美麗な景色よ、どうか美しいままでいて欲しい。愛おしいこの瞬間をいつまでも味わっていたい。そして幾千幾億未来永劫那由多の果てまでこの甘美な一瞬を繰り返し続けていたい。ああ、それが出来るならこの先なんて要らない。悪魔に魂を売り払うことさえ厭わない。

 

ああそうだとも、今この瞬間にこそ高らかに謳い上げよう。

かつてファウストが命を落とすと分かっていても人生の絶頂を前にして言い放ったこの言葉こそ今の私にはふさわしい。

 

『時よ止まれ、お前は美しい』

 

 

倒錯した切実な願いと全身から止めどなく迸る愛と、五感全てが訴えてくる尊さを前にしてぐつぐつと沸騰していく思考の中で、これまでの経緯を思い出していた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

桜が舞い散り、穏やかな陽気が私たちの頬を慰撫し、温かな時間が流れていく春麗の今日この頃、私こと朝日六花は晴れて高校生になりました。

 

寝癖を直して、髪をシュシュで束ねてから制服に袖を通す。中学生の時はセーラーだったからブレザーにはまだ慣れそうもない。

ネクタイも締めた。ハンカチとティッシュを持った。メガネもかけた。ギターは…今日は入学式だけだから置いて行こう。

いくらバンドメンバーを集めたいとはいえ初日からギターを所持して奇特の目で見られると今後の勧誘に支障が出てしまうだろう。

先輩は『羽丘には頭のおかしい奴が一杯いるから入学式にギター持ってるぐらいなら多分大丈夫』とは言っていたけど、私は一応特待生なんだし下手なことをするわけにはいかない。

 

何事も初めが肝心なのだから、気合を入れていかなければ…!

 

「おばさん、いってきます」

 

「いってらっしゃい、六花ちゃん。後で見に行くからね」

 

今日から本格的に新生活が始まる。

できれば早くポピパさんと同じステージに立ちたい。そのためには最高の仲間を見つけなきゃいかんから、色々やることが一杯ある。

 

第一知り合いはおばさんともう1人しかいないから、まずはそこから…勇気の出せなかった私が越えなきゃいけない壁だ。

 

けれど多分上手くいく。根拠は微塵もないけれど、何故かそんな予感がした。

 

一陣の風が吹き荒び、勿忘草色の髪をたなびかせながら少女は歩き出した。

 

 

朝日六花、後の世にに大きな火種を生んだある現象、その引き金が今ようやく表舞台へと姿を現した瞬間である。

 

 

 

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入学式は無事に終わった。

 

校長先生の話が恐ろしく長かったり生徒会長が恐ろしくフリーダムでアイドルだったりしたけど一番驚いたことは…

 

 

『桜ノ雨も降り止み、 葉桜が萌えいづる季節となって参りました。新入生の皆さん、この度は羽丘学園へご入学おめでとうございます。

 

在校生を代表して、歓迎の意を表したいと思います。

今日この日から始まる高校3年間悔いの残らない生活を送れるように頑張ってください。

 

この羽丘学園は、生徒の自主性を重んじ、自由な校風を持っています。部活動以外にも、課外学習や自主研究。海外交流など様々な活動が行われており、そのどれもが皆さんに良い刺激を与えてくれるものだと思います。

 

しかし、ただ単に何もせず、どんな活動にも参加せずに日々を過ごしていると、あっという間に時間だけが流れていってしまいます。皆さんの大切な3年間を実りあるものにするためにも、何か夢中になれるものをぜひ見つけて下さい。

 

そして、ここから巣立つ時に胸を張れる自分自身になってくれることを願います。

 

以上を持ちまして、私からの歓迎の言葉とさせて頂きます。

 

在校生代表、氷川暁斗』

 

そう、先輩が在校生代表の言葉を担当していたのだ。そんな素振りを露ほども見せなかったから思わずびっくらこいたと声を上げそうになってしまった。絶対面白がって言わなかったに違いない。

 

(…でも良かった。前に直接会った時よりも元気そうで)

 

一応チャット越しで元気だってことは知っていたけど、陰のある人だってことはわかっているから直接見たら安心したのだ。

密かに心配していたことが解決されて胸を撫で下ろした。

 

もう一つ懸念していたことがあったが…新しい友達は思いの外簡単にできた。報告すればきっとお父さんも安心するだろう。

名前は戸山明日香ちゃん、茶髪のショートカットの女の子だ。私と同じ編入生だということもありすぐに打ち解けることができた。

明日香ちゃんが楽器をやっていればすぐにでもメンバーとして勧誘したのだが、当人は将来を見据えて大学受験のための勉強がしたいとのこと。東京でバンドがしたくて特待なら学費の安い所だからという理由で学校を選んだ私とは比べ物にならない真面目さだ。

 

もう1人は宇田川あこちゃん。紫の髪のツインテールの女の子。なんとあのRoseliaのドラマーである。ど田舎に住んでいた私だが、SNSやちょっとコアな音楽番組などでその名前を聞いたことがあるぐらいには有名なバンドだ。

なんだか芸能人が目の前にいるみたいでちょっと緊張してしまったが、かなりフレンドリーな子でグイグイくる子だったからすぐ仲良くなれた。ただ時々『闇の力が…』とか『我が闇の前に…』とかちょっとよくわからないことを口にすることがあるけれど、裏表の無い良い子だと思う。

 

いつかRoseliaと同じステージで演奏できたらいいな。まだメンバーすら集まっていないから夢のまた夢だけど…

 

瞬間、首筋から冷たい感触が…

 

「ひゃぁっ!?…え?何、何?」

 

「おぉ…予想以上に良いリアクションだった」

 

この声は、もしかして…

 

「…先輩?」

 

「お久しぶり六花ちゃん、元気してた?」

 

後ろに立っていたのは、叔母家族を除いたら唯一の東京での知り合いの先輩こと氷川暁斗だった。前に会った時より心なしか背が高くなったような気がする。

 

「はい…!先輩もお元気そうですね」

 

「まあぼちぼちってところ。じゃあ約束通り近場回ろっか」

 

「はい」

 

近隣のライブハウスや、女子高生がいそうなところを案内してくれることになっている。

 

「そういえば入学祝いを用意してなかった…なんか食べたいものとかある?」

 

「え?悪いですよそんなの」

 

もう既に色々とお世話になっているから、気にしなくてもいいと思います。

 

「まあそこは先輩としての見栄ってことで…よし、案内ついでに一杯奢ろうかな。行くぞ六花ちゃん」

 

「ちょ、待ってくださいよ〜!」

 

* * * * * *

 

今日は実際には入らなかったけどカラオケやボウリングのおすすめの場所へ実際に赴き、ストリートで楽器を弾く人がよくいる場所やショッピングセンターに2人で行ってちょっと遊んだりした。

 

段々日が暮れ始めた頃、学校からさほど遠くない商店街にやってきた。多くの人で賑わっていてシャッターが下りていない。

 

「あっ君、今日は鶏肉が安いよ?あとコロッケ」

 

オレンジ色の髪をした女の子が声をかけてきた。溌剌とした表情から元気いっぱいなスポーツ少女といった印象を受ける。

 

「んー今日は魚の気分だから肉はまた今度かな。コロッケ二つで」

 

「まいどー!…ところで隣の子は?」

 

「今日からピカピカの一年生の朝日六花。これからCiRCLEまでの道案内」

 

「なるほど!あっ…ごめんね!店番じゃなかったら一緒に行ったんだけど…」

 

「気持ちだけで十分だよ。じゃあなはぐみ」

 

「バイバイ〜!」

 

 

 

 

 

「はいコロッケ。安いけど美味しいから」

 

「ありがとうございます…美味しい」

 

 

 

こんな感じで先輩は道中で色んな人に声をかけられていた。肉屋の女の子を皮切りに魚屋のおじさんにお喋り好きなおばあさん。皆一様に親しみを込めて話しかけてきている。そして何故か必ず私のことを聞いてくる。

もしかして先輩の家の近くなんだろうか?

 

 

「先輩はこの辺りに住んでいるんですか?」

 

「あー…ちょっと離れてるんだけど、友達がここに住んでるから」

 

「なるほど…」

 

「…着いた。ここが羽沢珈琲店。結構女子高生に人気あるからこの辺で勧誘するならここになる」

 

「なんかお洒落な喫茶店って感じですね…」

 

「実際珈琲より紅茶の方が売れてる…マスター、今日は空いてますか?」

 

まるで自宅のような気軽さで扉の向こうへ足を踏み入れた。それがあまりにも自然体すぎて色々とおかしいことに気づくのに数秒を要した。

もしかしてさっき言っていた友達の家というのはここなのだろうか?

 

「いらっしゃい。つぐみは今皆と一緒だよ…おや?後ろの子は…」

 

「皆それ聞くんですけど、そんなに変ですか?」

 

そのやりとりは既に十数回目だということもあり、もううんざりだと言わんばかりにため息を溢す。

 

「いや、変というか珍しいというか…もしかして彼女だったり?」

 

面白いものを見つけたとこちらを一瞥したあとに先輩に語りかける。

 

「ち、違いますよ!」

 

そんなんじゃないです!あくまで先輩と後輩です。畏れ多いにも程がある。

 

「違いますよ。後輩ってだけです」

 

「おっと、それはすまなかったね。暁斗君があの子以外を引き連れてくるのは初めてだからついね」

 

あの子?もしかして彼女さんだろうか?

 

「…みんな暇なんですかね?」

 

「暁斗君がここに馴染んでいる証拠だよ」

 

「そうですか…今日も奥の席で。あと紅茶とコーヒーお願いします」

 

「照れなくていいのに…じゃあごゆっくりどうぞ」

 

 

 

 

奥の席に腰を下ろしてから先輩が声をかけてきた。

 

「はぁ…ごめんね?変な絡まれ方して」

 

「いえ…その、先輩も大変ですね」

 

みんな先輩のことをからかっていたしきっと気疲れしたに違いない。

 

「ありがと。ここはケーキが美味しいからおやつとして食べにくる子が多いんだよ」

 

ほらと言いながらメニューを広げてこちらに見せてくれる。

ショートケーキやチーズケーキといった定番のものから季節限定の色とりどりのフルーツタルトなど、目に嬉しいものがずらりと並んでいて

思わず目を輝かせてしまったのだろう。

 

「なんか食べる?」

 

少しだけ笑いながら私に確認を取ってくる。多分奢る前提で聞いてきているのだろう。申し出自体は本当に嬉しいし大変ありがたいのだが

 

「うぅ…さっきコロッケ食べちゃったから今食べるとお腹周りが…」

 

それは女の子にとって切実な問題なのだ。

 

「あらら…それなら今日は辞めとこうか」

 

察してくれて助かります。

 

「平日はもう少ししたら客が入ってくるから狙うならこのぐらいの時間に座ってればいいと思う」

 

「詳しいですね…」

 

「一応話を通す必要があるけど、あんまり煩くしなければギターを弾いても大丈夫だと思う。時々弾いてるやついるし」

 

多分アコギのことだ。私はエレキしか触ったことないけど、弾けるようになった方がええんやろか?まさかこんな所でガンガンに弾いている人なんて流石にいないだろうし…

 

「とりあえずなんかポスターでも作る?多分頼めば店内に貼らせてもらえるだろうし…」

 

「え?」

 

「CiRCLEでも割と勝手に貼れるしありかも」

 

「え?…え?」

 

「…っとごめんごめん先走ってた。とりあえず今日はCiRCLEとあと数ヶ所見て終わりにしよっか」

 

先輩、意外とアクティブなんやな…最初に会った時は無気力の極みみたいな人だったのに。人って変わるもんなんやな…男子三日会わざれば刮目して見よっていうけど、まさかそれを実感する日が来ることになろうとは夢にも思わなかった。

 

「あはは、暁斗君は本当に変わったよね。はいコーヒーと紅茶」

 

背後から突然声をかけられて思わずビクついてしまった。

 

「マスター、いくら客がいないからって盗み聞きはダメでしょ」

 

「いや〜いつも娘が世話になってるからね。どうしてもお節介を焼きたくなるものなんだよ」

 

「焼くのはコーヒー豆だけで良いですから…いただきます」

 

「照れなくていいのに…暁斗君のことよろしくね?」

 

「え…あっ、はい!」

 

なんだろう、初めて会った私なんかにすごく大事なことを任されたような気がする。それはともかく、先輩は頼りになる人だと思っていたけど意外と可愛い人だった。

 

「全く…おっさんの小言だからあんまり気にしなくていいからね?」

 

「ふふっ…わかりました」

 

奢ろうとしたり先輩ぶった振る舞いをしたりとよくよく考えれば結構見栄っ張りなのかな?

 

「本当にわかっているのかな…まあ、いいや」

 

「えへへ、私ポピパさんのことをもっと教えて欲しいです」

 

折角の機会なんだ。普段は私がお世話になっている方だし、たまには先輩を立ててあげよう。

 

「きっとそのうち会えるよ。1人は商店街に住んでるし」

 

俺の色眼鏡を通すよりそっちの方がいいだろうとコーヒーに口をつけた、ブラックだけど、随分飲み慣れているな…って

 

「えぇっ!?近くに住んでいるんですか?ポ、ポピッッッホ゛ピ゛ハ゛さんが!?」

 

なんというサラリと飛び出す爆弾発言。というか先輩家まで知ってるって一体あなたは何なんですか…

 

「うん。向かいのパン屋がドラムの家。さっき覗いた時はいなかったけど多分そのうち帰ってくると思う」

 

「はぁ!?えっっ…ちょっと待ってください。向かい?え?やばいやばいやばいやばい……!」

 

どうしようおめかししてない。今の私は芋臭い田舎娘だ。でも可愛い服なんてないし…いや?寧ろ学生の正装である制服で会うのが正しい礼儀作法なのでは?

 

「せせせせ、先輩!」

 

もうだめだ声も裏返っている。

 

「私大丈夫ですか?失礼な格好してないですか?あわわわ…」

 

「服は多分大丈夫だけど…そもそも今から会うつもりなの?」

 

「え……無理です。心臓が破裂しそう…」

 

いきなり御尊顔を拝謁するなんてハードルが高すぎる。

まずはオフショットぐらいから慣れていかないと緊張で生え際が後退してしまいそうだ。

 

「…後でポピパの集まってる場所に連れて行こうか?」

 

意地の悪い顔でそう問いかけてくる。

先輩実はさっきのこと結構根に持ってたりするんですか?案外大人気ないというか子どもっぽいというか…

 

「意地悪しないでください!」

 

「あはは、ごめんごめん。反応が良いからつい」

 

「むー…冷めちゃいますし早く飲みましょう」

 

このままではどう頑張っても勝てないと悟ったから会話を終わらせるために紅茶を舌で味わう。

紅茶の良し悪しなんて全然わからないけど、良い香りで心が安らいでいくのを感じる。全身から余計な力が抜けて心身ともにリラックスしていき思わず声が漏れてしまった。

 

「はぁ〜」

 

「もしかして疲れた?入学式終わったらそのままだったし」

 

「そうかもです…かなり歩きましたもん」

 

「じゃあ家まで送るよ。旭湯だよね?」

 

「はい」

 

「じゃあ先に外出て待っててな。会計してくる」

 

「え?悪いですよ割り勘「いいから」…わかりました。ご馳走になります」

 

有無を言わさずにお会計へ行ってしまった。こうなっては梃子でも動かないだろう。潔く言伝通りに外へ出る。

 

(あそこが、ポピパさんのドラマーの山吹沙綾さんのおるパン屋さん…)

 

其方に意識を向けるとパンの甘い香りが鼻腔をくすぐる。食欲を誘ういい香りだ。今度買って食べてみようかな…いやでも、もし山吹さんに会ってしまったら私はどうしたらいいんや!?

 

脳内で行くか行くまいかの葛藤と、いざ会った時のシミュレーションを同時並列処理していること30秒ほど、先輩が遅いと思い始めた頃。

 

────右半身に重い衝撃が走った。

 

「いっ…」

 

地球が左に90°回転した。主に右の二の腕付近からジワジワと鈍い悲鳴が上がる。

有り体に言ってでら痛ぁ…一体全体なんだというのだ

 

「ああっ!?ごめんなさい。大丈夫?今手当てするから!」

 

「な、なんとか…大丈夫れす」

 

「すぐそこだからついてきて!」

 

相手も相当焦っているのだろう。瞬く間に建物内へと引き込まれていった。

 

 

あっ…先輩置いてきぼりだ。どうしよう……

 

 

* * * * * *

 

「本っっっ当にごめんなさい!」

 

手当てと言っても幸いなことに軽くあざが出来ていただけなので、湿布を貼ってもらうだけで終わった。

 

「いえ、大したことなかったので…大丈夫です」

 

「でも、制服が汚れちゃったよね…今からクリーニングで間に合うかな」

 

「いえ、逆に悪いですよ…」

 

「でも…」

 

「そ、それよりここってライブハウスですか?」

 

「え…うん。もうすぐリニューアルオープンするんだよ…その準備でバタバタしているところに…うぅっ…本当にごめんなさい」

 

「今からクリーニングしてくるから!ちょっと待ってて…ってウワァァぁッ!!」

 

あっ、転んだ。本当に大変そう…

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「あはは…ごめんね…あっもうこんな時間。急がなきゃッ…!」

 

「あのっ……!」

 

あっ…やってしまった。私の悪い癖だ。

 

「その、何か手伝いましょうか?」

 

困っている人を見ると自然と体が動いてしまう自覚はしているが、私はこういう損な役回りを引き受けてしまう無意味で偽善極まりないお人好し。

 

結局いつもやってから後悔するというのに、またやってしまった。六花のあほ!おたんちん!なんて自己嫌悪に浸っていると、まるで神を見つけたかのように血走った目で此方を見てくる。

 

「本当に!?あ、あ…あ嘘じゃないよね?…ありがとう…!」

 

もうそういうお薬を貰った人みたいでなんか怖い…

 

「は、はい」

 

もうやってしまったことは仕方ない。

 

「それじゃあ、早速だけどバンドを集めてきて!」

 

「バンドを?」

 

「そう。リニューアルオープンを記念してライブを開催するんだけど、参加するバンドがまだ決まってなくて…だからそれをお願い」

 

ぐ…ツテが無い状態でこれは厳しいが、幸いにも先輩から女の子の溜まり場は教えてもらっているし、なんとか集まるのか?

 

「わかりました。じゃあちょっと探してきますね」

 

そして外へと駆け出そうとした時

 

「やっと見つけた。急にいなくなるからびっくりしたよ」

 

置いてけぼりにしてしまった先輩と合流した。

 

「あ、先輩。ちょっと人とぶつかっちゃって…」

 

「なるほど、ところでなんか焦ってたみたいだけど、なんかあったの?」

 

「それが…」

 

これまでの流れを簡単に説明した。

 

「なるほど、ガールズバンドを集めてくればいいんだな?」

 

「はい。4、5組ぐらいですかね?」

 

「うーん…ちょっと待ってて。話聞いてくるから」

 

そう言って先輩は何故か八百屋へと入っていった。

それから数分後先輩が戻ってきた。

 

 

「お待たせ、とりあえず六花ちゃんは今LIMEで送った場所に向かってくれる?」

 

「え?ここですか?」

 

「そこに目的のバンドがいるから交渉に行って。俺は他のバンドのところへ行くから」

 

「え?」

 

「いいからいいから。早くしないと日が暮れちゃうよ?」

 

「は、はいぃ…」

 

手伝ってくれることとか、どうやって居場所を突き止めているのかとか色々聞きたいことはあるけれど、何故か変に逆らうより信じて行動した方がいい気がした。

 

 

 

 

 

 

 

なんて、いざ来てみたのはいいんだけど…

 

ちょっと先輩後で路地裏に来い。マジで〆る。

いくらなんでもこれは無いだろう…

 

「ライブしたいな…蔵でもどこでも良いんだけど…また、みんなで」

 

「うん、今言おうと思ってた!」

 

「ライブか〜」

 

「お、やる気?」

 

「いい!」

 

よりによって交渉するのが私の憧れ(ポピパさん)だなんて、いくらなんでも急すぎる。

 

ど、どうしよう…なんて声をかければいいんだろうか?

出来るだけ丁寧に…いやでもドン引きされたらどうしたらいいんだろう?

あーもう全然わからん!どないせいっちゅーねん!?

 

 

 

「ん…?」

 

「有咲、どうしたの?」

 

「いや、なんかあそこでオロオロしてる人が…」

 

やばっ…気づかれてもうた。あーもうヤケクソだ。えーいままよ!

 

 

 

「あ、あの…助けてください!私を、Galaxyを助けてくださいぃぃぃ…」

 

こうして私とポピパさんのファーストコンタクトはグダグダとなってしまったがなんとか話を纏めて出演してもらえることになった。

 

生でポピパさんを見られると考えると、やってよかったと心底思える。

ただ先輩には絶対後で文句を言おう。

 

そう心に誓いにGalaxyへと戻った時には、既に先輩がRoseliaとPastel*Palettesとハロー、ハッピーワールド!に出演の約束を取り付けていた。

 

…怒るに怒れなくてなんか納得いかない。

 

 

 

 

 

 

 

こうして出演するバンドを集め終えて、Galaxyのリニューアルオープン記念ライブが開催される運びとなった。

 

 




六花視点だから平和だけど暁斗の行動原理を考えると実はこの話もだいぶ闇が深い。
彩がアイドルになれなくて、SNSという形ではなく現実世界で承認欲求満たそうとすると多分こうなるんだろうなって思いながら書いたといえばなんとなく察しがつくんじゃないでしょうか。



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青薔薇の宴、動き出す影

後書きに大事なお知らせがあります。




「http……head,body?……むむむむむ」

 

手元の冊子とのにらめっこ。いかんせん初めてのことだから手間取ってしまう。コンパス片手に未開の地を進むようなものだ。右も左も分からなくて頭がこんがらがってしまう。正直こんなことはただの一介のバイトにやらせることじゃないと思う。

 

「おはよー六花」

 

「あっ…明日香ちゃん、おはよう」

 

聞こえてきた声に顔を上げると、目の前には友人の明日香ちゃんがいた。ここいらで1度中断しよう。そろそろ予鈴も鳴るだろうし。挨拶も終えた矢先、新たな乱入者が現れた。

 

 

「ふっふっふ…我は終焉を司りし闇の魔王なるぞー!」

 

謎の決めポーズと一緒によく分からない謳い文句を唱える友人が姿を見せた。

 

「…おはよう、あこ」

 

「うん!あすか、ろっかおはよー」

 

「おはよう」

 

もうこの温度差には慣れた。あこちゃんは所謂中二病というやつらしい。先輩曰く「背伸びがしたいお年頃だから温かい目で見てやってくれ」とのこと。よくわからないが悪い子じゃないから友達として付き合う分には問題無い。

 

「何読んでるの?」

 

もう気が済んだのだろう、聖堕天使あこモードから切り替えて此方に話を振ってきた。

 

「ブログ作ってるんだ。ほら、ギャラクシーの」

 

i「もしかして、この間のライブ!?見たい見たいー!」

 

「この間?何かあったの?」

 

「うん。バイト先でライブがあったんだ…ほら、写真」

 

うん。見返しても良い写真だ。あの日に奇跡が集まった。

 

王道ガールズロックバンドのAfterglow

アイドルバンドのPastel*Palettes

奇想天外のハロー、ハッピーワールド!

実力派のプロ顔負けのRoselia

 

そして……キラキラドキドキの超新星、Poppin’Party

 

瞼を閉じればその光景が今でもありありと思い出せる。語り出すと止まらないので割愛するが、素晴らしかった。願うことならもう一度…いや、あと2、3回はこの目で見たいものだ。

 

「わ〜!よく撮れてる…う〜Roseliaはやっぱりカッコいい。おねーちゃんもカッコいいー!」

 

「えへへ…頑張って撮ったよ」

 

我ながらどのバンドも凄く魅力的に撮れたと思う。

 

 

「へー…あっ、お姉ちゃんだ」

 

……What’s?パードゥン?今なんて言った?

 

「おね、おねおおねおねお姉さん……!?」

 

「うん。この猫みたいな髪型な人がお姉ちゃんだよ?」

 

……そういえば先輩が「香澄の妹が羽丘にいる」とは言ってたけど、まさかこんな身近にポピパさんのご家族がいらっしゃるなんて思いもしなかった。どうしようこれからは明日香様って呼んだ方がいいのかな?

 

 

「ところでさ、Pastel*Palettesって確かアイドルだよね?よくこんなところに呼べたね」

 

「あー、それはねアッキーが呼んだんだよ」

 

「アッキー?」

 

「ほら、入学式で在校生の挨拶してた人!紗夜さんと日菜ちんの弟なんだよ」

 

「へー、なんかすごいね」

 

「うん!友希那さんが電話に出て少し話したらすぐ決まったんだ」

 

……ああ、前からもしかしたらそうじゃないかなと思ってたけど、やっぱりそうだったか。

 

私は一人っ子だからその辺の感覚はさっぱりわからんけど、その人にはその人なりの悩みや苦しみがあるのだろう。先輩とはもう半年近い付き合いだが、身内の話は聞いても教えてくれなかったのがその証明。

 

なんかもやっとするのはきっと気のせいやから…そう思ってはいながらも、あこちゃんの擬音だらけのライブの説明に耳を傾けながら少しむくれていた。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

「え?主催ライブ、うちでやってくれないの!?」

 

「まあ、dubのキャパはうちの倍以上ありますし、メディアの注目度が段違いだから仕方ないですよ」

 

Poppin’Party がRoseliaの主催ライブへの出演を申し出ていた。他店の話をCiRCLEでするのはちょっとどうなのか?と問いかけたいが、相手がまりなさんだしあまり気にする必要もないのかもしれない。

 

結局俺は今でもCiRCLEでバイトをしている。夏休み前に一度辞めた後でまた同じ場所で働くというのは正直気まずかったが、お給料が良いのだ。世の中金が全てとは思わないが金があれば大抵のことは何とかなる。それに、愛だって金がなければすぐ潰えるのだ。

 

 

「Roseliaならキャパ埋まるでしょうし交渉次第でうちでやるよりちょっと高いだけで済みますよ?」

 

「ならうちも身内割で安くするから……!今度やってね!?」

 

まあCiRCLEはキャパはともかくSPACE閉店以後で一番賑わっている店だしそのうち機会があるだろう。

 

「ええ、そのうちに。……暁斗」

 

「毎度ありー部屋はいつものとこですよ」

 

話はこれで終わりだと髪を後ろにやりながら湊さんが立ち上がる。この人歌以外ポンコツなくせにこういう立ち居振る舞いだけは格好良いのが笑いを誘う。

 

「暁斗はまた後で。チケットのノルマで話があるわ」

 

「あっはい……って俺も配るんだね」

 

「ええ。じゃあいってくるわ」

 

「いってらっしゃい、姉さん」

 

まあ商店街と羽丘の男子にばら撒けばすぐに捌けるだろうし値段の話をするだけだろう。

 

Roseliaは練習に行ったし、用の済んだポピパも帰ったし仕事に勤しむべし。

 

 

 

「ところで暁斗君」

 

「……なんですか?」

 

「GALAXYのライブの手伝いをしたってどういうこと?CiRCLE嫌いになった?」

 

「……別にそんなことないですよ?」

 

「ならどうしてかな?裏切り者ォ……」

 

「後輩が困ってたからってだけですから……あーもう、面倒くさいなこのおばさん「あ゛?」……失礼。お姉様ですねはい」

 

「……女の子に歳のことを言うのはマナー違反だよ?」

 

「はい、そう……ですね」

 

 

「女の子って歳かよ」なんていうとそろそろ本気でクビになりそうなので、降参の意を示して両手を上げる。

 

「それにしても……」

 

「なんです?」

 

「Roseliaは本当に凄いね。結成してたった一年でこんなに有名になっちゃってさ…」

 

 

Roseliaは今や大ガールズバンド時代の象徴ともいえるバンドの一つだ。Roseliaといえば大ガールズバンド時代。大ガールズバンド時代といえばRoseliaと言っても過言ではない。

 

「そうですね。元々湊さんの知名度がエグかったっていうのもありますけど」

 

もっとも、所詮は素人の感想だから上手い凄いやばいぐらいしか言えることはないから本当の魅力というものは自分にはさっぱりわからないしわかったような口をきく気は毛頭ない。

 

「私としても鼻が高いよ〜なんてね」

 

そう語るまりなさんの表情は子の成長を見守る母親のようでいて、羨ましそうにしているように見えたのは気のせいだろうか?

 

「あはは……」

 

 

俺はというと実のところ少し憂鬱になる。彼女達が有名になればなるほど、それに比例して自分の醜さが浮かび上がってくるのだ。まるで光と影のように決して逃れられない。紗夜姉が有名になればなるほど俺を否定する衆人環境は爆発的に膨れ上がっていく。

 

生憎とこの一年でこの状況は良くなることなどなく、2人の成長に合わせて加速度的に悪化していく負のスパイラルから抜け出すことなど出来はしない。

 

それでも──

 

「……そうですね。頑張って欲しいって思ってますよ」

 

どんなに俺が惨めになろうとも、それはそれとして姉にはいつまでも輝いていて欲しいと思っているのは嘘なんかじゃないから。

 

俺は俺以上になれないんだからどうしようもないって漸く諦めることが出来たんだ。たとえその先に地獄しか待っていなくても、いつかふと振り返ってみて酷い有様だったって鼻で笑えればそれでいいんだと、今ではそう思えるようになったから。

 

それを見てまりなさんが数瞬呆けた後にっこりと微笑みながら頷いた。

 

「うんうん。暁斗君も漸くスタッフが板についてきたね」

 

「それどういう意味ですか?」

 

「あはは、君も大人になったってことだよ」

 

「はぁ……」

 

 

* * * * * *

 

その後は順調に時間が過ぎていった。

 

何故か燐さんからポスター作りの意見を求められ、今井さんにはチケットの値段の調整や配布量の確認、及び取り置きのリストアップをやらされ、紗夜姉と湊さんには出演の交渉の半分をやらされる羽目になった。いつものようにカッコいいもの探しをしたり、ドラムを叩いているあこは相変わらずで少しほっこりした。

 

まあ仮に引き受けていなかったら数日間の完徹(デスマーチ)が確定していただろうし、仕方ないのだろう。

 

それに、そもそもさほど苦労はしなかった。ポスターはほぼほぼ最初から完成形だったから燐さんの背中を押すだけだったし、チケットもRoseliaのネームバリューのおかげで羽丘の男子達からの予約が殺到したし、と商店街の色んなところにポスターを貼らせてもらえたからすぐにノルマは達成できた。出演交渉だってCiRCLEでのライブ経験がある人たちとは顔見知りだからちょっとした擦り合せだけで済んだ。

 

だから負担の軽減以上の意味はないし、誰かに自慢することでもないだろう。報酬は最前列の特等席でのライブ観戦で十分過ぎる。今日は巴と日菜姉と一緒に楽しんでおこう。

 

 

 

 

 

「まだかな〜?まだかな〜?るんっが止まらないよーーーーーー!」

 

「そうですね日菜さん!ウォォォォォォォ!あこぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

……前言撤回。今すぐ帰りたいです。この人たち身内への愛を恥ずかしげもなくシャウトしてらっしゃっている上に顔写真やら諸々がプリントされた法被を着ていらっしゃる。あまりにも酷過ぎて身内だと思われたくないレベルだ。

 

「な、なあ2人とも?そろそろ開演だから大人しくしようよ」

 

出来ればそのまま黙っていて欲しい。特に日菜姉はアイドルなんだから。

 

「でも、折角のおねーちゃんのライブなんだよ?それにやっと休み取れたんだもん。楽しまなきゃダメだよね」

 

どうやらこの日のために相当スケジュールを詰めたらしく、テンションは高いが疲れが見える。失礼極まりないが、日菜姉も人間なんだなって実感した瞬間であった。

 

「そうだぞ!あこの晴れ舞台だからな!テンション上げなきゃウソだろ…!ソイソイソイソイソイソイヤァー!」

 

「ソイヤー!あははは!これ、すっごく面白いね?ソイヤー!」

 

「自重しろやソイヤ狂い!……ああ、とうとう日菜姉までソイヤの住人に…」

 

 

 

 

 

 

もう嫌だこの人たち……って思ってたがライブ始まったらみんな似たようなものだったのは割と衝撃的だった。

 

 

 

 

BLACK SHOUT(黒き咆哮)

LOUDER(父の遺志)

Neo aspect(新境地)

 

その他諸々彼女達の軌跡を物語っている。自らの父や父を捨て去った世界へと私はここにいると叫んでいる。熱くも儚い歌は聞くもの全てをその世界観で塗りつぶす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた……私の■■」

 

その熱狂のあまり狂喜に震える言葉は掻き消されてしまっていた。

 

 

 

* * * * * *

 

「Hey girl 少し話を聞いてくださらない?」

 

声のした方を向くと自分よりかなり小さな少女がいた。男性と比べて女子の成長は早く完了するため断定はできないが、おそらく年下だろう。

 

「……何かしら?」

 

(わたくし)、プロデューサーのチュチュと申します。少し商談(おはなし)しませんか?」

 

こんな時間に外にいたら親御さんが心配するわよ、という言葉は飲み込んだ。見るからに小さい彼女に気を遣ったからではない。彼女の立ち居振る舞いと言の葉に父同様厳しい業界に生きる猛者と遜色のない()()を感じたからだ。

 

この子はやばい。()()()()と初めて顔を合わせた時の違和 感以上に危険だ。

 

「今日ライブを見て確信したわ。貴女と私なら世界を獲れる……!」

 

「生憎だけど、誰かに舵を取らせる気はないの。ごめんなさい」

 

けれど彼女がいかに有能かはこの際どうでもいい。超えるために父とは違う道を行くと決めたのだ。自分たちの道は自分たちの手で切り開きたい。

 

「……なるほど、確かに貴女たちの音楽なら良いところまでいけるでしょう。けれど、そこでThe end……頂点には届かない」

 

「……」

 

少しイラッときた。このガキは私に喧嘩を売っているのだろうか?

 

Be cool(落ち着けよ).ミス・ユキナ。貴女の歌とRoseliaの演奏(ぢから)は素晴らしいわ。そうでなければそもそも声をかけない」

 

「ただ、独力だと限界がある。貴女は頂点を目指しているのでしょう?」

 

そんなもの言われるまでもない。Roseliaは頂点を掴む。

 

「そこで問題になるのは“規模”よ。今の貴女たちじゃどう頑張ってもこのキャパが精一杯じゃない。余程惚れ込んだ金づる(スポンサー)がいない時点で頂点なんて夢のまた夢よ」

 

何かの拍子で大きいステージに立てたとしてもそれは主役ではないだろう。或いはネット上でパズるぐらいしか手段がない。仮想現実(VR)が発達するであろう近未来ならいざ知らず、現代社会では音質や経済的な動きまで勘案するとどうしてもリアルに軍配が上がる。

 

「さて、ここにそんな都合のいい金蔓がいる。楽器も設備も望むものを望むだけ提供しよう。時々用意する私の歌を形にしてくれるならそれ以外は好きにしても構わない。貴女たちにはそれをするだけの価値があると思っている。()()()()()()()()()()()()()

 

途端に襲い掛かる既視感。ああやっぱりそっくりだ。こちらが要求を拒む理由を聞き出してからそれを邪魔しないように叩き潰すが如く、利益を積み上げていく非常に断りづらい説得の仕方。

 

一年前のCiRCLEのイベントの時も、そしてGALAXYのリニューアルライブの時もそうだ。一度拒絶の理由を受け止めながら「それは構わないけど受け入れないとこんなデメリットがあるのだぞ?いいのか?本当にそれでいいのか?」と正論で殴りつける理念提唱(プレゼンテーション)。突っ張ねるのを躊躇ってしまいそうになるいやらしさで満ちている。

 

「……OK。プレゼンにはWin-Winである明確なエビデンスが必要よね?道理だわ」

 

不敵に笑い諸手を上げ、オーバーな態度を取った後に制服の胸ポケットから()()U()S()B()を取り出した。

 

「聞けばわかるわ、あなたならね」

 

その言葉は童の戯言と切り捨てるにはあまりに真に迫りすぎていたから、訝しげに手を取った。

 

────瞬間自我を壊されかねない程の波濤に襲われた。

 

凄まじい。無茶苦茶ともいえるその有様は()()()()()()()()()()()()()()()()()という矛盾を力づくで捻じ伏せた力強いサウンド。

 

ドラムもベースもギターやキーボードすら打ち込みだというのに本物以上に真に迫るという化け物じみた迫力。これに私たちの演奏を乗せればきっと世界だって掴めるだろう。

 

「……ありがとう、素晴らしい音楽だったわ」

 

「これから何度も聞くことになるわ。契約成立ね」

 

ああ、わかっている。最短距離を往くのなら彼女の手を掴むべきだ。

 

だが、しかし────いや、だからこそ

 

「ごめんなさい。私は……私たちは貴女の手は取らない」

 

「Why?どうして?貴女と私なら……」

 

「だからこそお断りよ。私たちにお膳立ては必要ない」

 

自分たちの手で掴みたいのだと。己が思惟をぶつける。

 

「友希那ー?何話してるの?」

 

「ええ、わかったわ……それじゃあ」

 

 

恐ろしいほどの機会損失を「で、だから?」と袖にしながら歌姫は銀の髪靡かせながらその場を後にした。

 

「なんでよ!なんでなのよー!Fuck!(ちくしょう!)

 

ゴミ箱を蹴って蹴って少女を怒りを乗せる。絶対私がチビだからって馬鹿にしやがってと嚇怒の念が伝わってくる。

 

「でも、貴女なら……」

 

私たち以外でも同じことができるだろう。だからこそ、私たちは私たちの手で成し遂げたい。

 

さらば小さき怪物(どうるい)よ。いずれ必ず敵として激突するだろう。だが“勝つ”のは私だ。受けて立つ。程よいストレスと好敵手は願ったら叶ったりの好敵手でありカンフル剤なのだから。是非ともそんな日が来て欲しいと未来に想いを馳せながら獰猛な笑みを浮かべるのだった。

 

* * * * * *

 

「なんでよ!なんでなのよー!Fuck!(ちくしょう!)

 

ガシガシとゴミ箱を蹴りながらふざけるなと憤る。よくも私をコケにしてくれたな。ふざけんなよクソッタレが。お前の股を裂いてそこに鉛でもぶち込んでやろうかと黒い情念すら見え隠れする。ならばよろしい。ぶっ潰すと殺意にまみれた大人気なく子どもじみた癇癪すら発揮し始めるかと思えたが、しかし──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Not!(なんちゃって)

 

途端に平静を取り戻す……否、彼女は()()()()()()()()()()()()()つまるところ先程の奇行は全て演技だ。ポーズに過ぎない。

 

「さて、やっぱり()()()()断ってくれたわね。プロファイリング通りで助かったわ」

 

相手と交渉する以上リサーチは当たり前にすることだ。取引を持ちかける上で相手が何を至上とし、何を疎んでいるのか。その優先順位を知っておくのは基本中の基本であり、それをせずに何かを要求するなど愚の骨頂、ただの我儘に他ならない。

 

だが、彼女は敢えて地雷を踏んだ。そのタブー中のタブーを侵したのだ。わかっていながらそれを選ぶというのなら当然……

 

「これでよし。本命を隠すブラフには十分。()()()()()()()()()……perfectな建前よ」

 

手を組まないこと、それ自体が目的であるからに他ならない。彼女にとってRoseliaなど目的ではなく手段の一つに過ぎない。

 

「まあ、飲んでくれたらそれはそれでeasyだったのは勿論だけど……あくまでmainは別だしNo problem 」

 

それに、今日はRoselia()()()とは比較にならない収穫があったのだ。それに比べれば鼻糞以下の些事である。

 

「さて、それじゃあ動きましょうか……」

 

 

本懐を遂げるために緋色の怪物がとうとう動き出す。

 

 

 

「まずはこの子ね。何で誰も見向きもしないのか不思議だけれど、都合がいい。その方がプロデューサーの私のスキルが際立つ」

 

 

 

さあ覚悟しろ。第二の逆襲劇が始まった。




次を投稿したら、諸事情によりもう更新することはできなくなります。削除しようか迷いましたが、奇跡が起きたらいつの日にか更新できることがあるかもしれないので一応残しておくことにします。


次は設定やら予定していた展開を書けるだけ書いておきます。ありきたりだと思うので、どうぞ遠慮せずにパクってください。


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最後に

前話の後書きの通りです。


ストーリーの展開

 

まずチュチュがRASを結成しておたえをサポートとしてスカウトするまではアニメとさほど変わりはありませんでした。朝日六花の過去回想、その間暁斗はすこやかゴーゴー祭りの手伝いをして、文化祭の準備で日菜の無茶振りに付き合わされることになります。

 

アニメと大きく変わるのは文化祭です。おたえから文化祭とRASのライブでダブルブッキングになったことを知らされた暁斗は、ポピパの強行案に開演の遅延やアンコールといったアクシデントのことが念頭に抜けていることに気がつきます。そこで暁斗の取った策は至極単純で『日菜や紗夜に事前に相談』と『近隣住民への文化祭の延長の可能性の通達及びに承諾の確保』と『足の確保』。

文化祭自体の引き延ばしと迎えを寄越すことによる移動時間の短縮というごくごく当たり前の対策を事前に行います。

 

結果はなんとか滑り込みでおたえが間に合い、無事ライブをやり遂げてめでたしめでたし……では終わりません。

おたえがサポートギターを辞める際に新たなギタリストの紹介と最後にもう一度だけギターをお願いされます。そこで新しく朝日六花を紹介し、無事にオーディションに合格する。そこまでは良かったのですが、おたえの凄まじい演奏とレイヤとのグルーブに圧倒されたPoppin’Party に対して花園たえをくれないかと声をかける。

 

チュチュからしたらロックが加わったし、六花のモチベーション維持と予備の刃が有ればいいかな程度のものであり、断られる前提のちょっとした揺さぶり、称賛の意図”も”込めた意趣返しであったのだが……RASの力に圧倒されたPoppin’Party は意気消沈した上に本気で悩み始める。

 

そこで首を突っ込んでおたえにお節介を焼いた暁斗に対して驚くべき真実が告げられる。

 

「暁斗が私を助けてくれたのはこれが二度目だ。やっぱり暁斗は私の大好きなヒーローだった」と。身に覚えのない暁斗に対しておたえは真摯に残酷に過去(しんじつ)を告げる。内容はおたえの番外編を参照。

 

そこで暁斗は自身が部分的に記憶喪失になっていることを知る。本人としてはショックだったがあまり気にすることでもないと思っていたしおたえもそれでも大好きだったヒーローは変わっていないから良しとして、2人だけの秘密の共有としたが、もう一つ重大な欠落があった。それに誰も気付けない。何故なら()()()()()()から。

 

主催ライブも無事終わったところでチュチュからの「ぶっ潰す」宣言と同時に朝日六花がRASに加入したことを告げる。大事なことですが、この時チュチュは一切感動などせずに宣戦布告します。

 

そして時間は流れて二学期へと突入、武道館をも巻き込んだ最大規模のイベント「BanG! Dream! ガールズバンドチャレンジ」の開幕……の直前、氷川暁斗の元に一通の手紙が届く。差出人は不明。中身は「約束を果たす時が来た」という一文のみという簡素なもの。にも関わらずその筆跡と内容になぜかデジャヴを覚えるのでした。

 

 

いよいよイベントが幕を開けた。圧倒的な人気とパフォーマンスでRASは順当に首位を爆走する。そもそも()()()()()()でもあるチュチュはこのイベントのルールを熟知しているのだから当然だ。イベント開始直前に新曲をリリースするという情報をPVとして動画投稿サイトで発表し、イベント対象のライブハウスの中で最大規模であるdubにPVで得た広告料を全て還元するからRASがライブをする指定日時を優先的に使うことを認めて大々的に発表させる密約を交わす。

 

他のバンドは『ライブの回数を増やす』体力勝負をするしかない状態に持ち込まれていた。

 

当然そんなやり方に反発があるのが道理だが────珠手ちゆはそんな生ぬるい人間ではない。それすら計算に入れた上で行動する。

 

当然ながら人々はヒーローを望むだろう。邪悪な存在を打ち滅ぼす英雄を求めるのが民衆というものだ。Roseliaという強力無比なジョーカーを人々は待ち望んでいるだろう。

 

珠手ちゆは自身のプランをメンバーたちに伝えている。人間関係の不和は報連相を怠ることから生じるのだから、当たり前のように自身の計画を説明して意見を求めていた。

 

 

これはRoseliaとの真剣勝負に持ち込むための前準備に過ぎないのだと。頂点を目指す上で私たちと全力で凌ぎを削らなければそれはただの欺瞞に過ぎないと認識させるために最強最悪の敵としてヒールに徹しているだけに過ぎないと。それにそもそもこれはこの企画のキモであり、あの人気バンド同士の激突という大目玉を用意するために運営側に依頼された上での行動であるのだと。そもそもイベントが告知されてからPVを作り、公表して宣伝を行って、ライブハウスに参加を表明する。その際にRASが参加するを()()()()()()目立つように宣伝してくれたお礼に広告料を支払っているだけである。

 

と本当のことを大半に一部分にほんのちょっぴり順序を入れ替えた説明をしてRASを率いていく。RASのメンバーとの交流も勿論欠かさないため抜かりはない。

 

そう、彼女の()()()()()()()()()()()()()()が計画の破綻になるという矛盾すら予定通りだった。

 

 

 

そしてとうとうRoseliaが参加を表明してRASとの一騎打ちとなる。

結果は順当にRoseliaの敗北だった。当たり前である。RASの、珠手ちゆの本気度は格が違う。この日のために「A DECLARATION OF ×××」という新曲を用意し、事前の宣伝も万全。そもそも客入りも8割がRASのファンという圧倒的な有利な条件になった。

元より挑戦者は挑戦を受ける側の条件を呑むものであるという当たり前であるが故にRASの勝利が揺らぐことはないと思われたが、しかしそれでも2割近くのRASのファンがRoseliaへと票を入れた事実は称賛に値するとして珠手ちゆは彼女たちを褒め称えた。それはその通りだがしかし……

 

 

「さあ、私への報酬の時間よ……ユキナ・ミナト 、連れてきてくれたかしら」

 

当然ながらRASは挑戦を受ける側として、湊友希那にある要求をしていた。「必ず指定する人物を誰にも言わずに特等席へと招待する」その条件と事前投票数で()()()()()()()()()()というハンデ付きの勝負が開催されていた。

 

 

「聞こえるかしら私の愛しい暁斗!私は頂点にいるって見せてみせたわ!さあ早く…私を受け入れて!愛して!そして…」

 

 

「喰い殺して」と突如突きつけられるラブコールに一同は騒然となるのだった。

 

 

 

皆一様に暁斗へと詰問するが、氷川暁斗は浮かない様子で分からないと告げる。あの少女に見覚えがないのだから当然のことだが、おたえから「暁斗は記憶喪失なんだから、その時に会ってるんじゃ」という当然の結論を突きつけられる。おたえとの間に留めておいた秘密が暴露されてしまい周囲から説教されるる中で、暁斗は彼女の思う通りに動いてはならないと予感して、対策を練り始めていた。

 

暁斗とポピパが用意したのは言葉にしてしまえばシンプル極まりないもの。RASと同じようにPVを作り、宣伝を行い。その上で彼女たち以上に客を集めるという当たり前のもの。とはいえ最大規模のライブハウスは手中に収められている中でできることは限られている。

 

そこで暁斗が練った更なる策は掟破りの()()()()()であった。常識的に考えてみれば多くのバンドが票を奪い合う敵同士であり、共同戦線など通常は有り得ない。

 

だがしかし、いるではないか。()()()()()()()()()()()()()()が。

決勝の日が被っていたAfterglow、仕事があったPastel*Palettes、単純に同じことを続けることを拒んだハロー、ハッピーワールド。そして新鋭であるが学業を優先したMorfonica といった大ガールズバンド時代の代名詞とまではいかずとも少し詳しい人間なら名を挙げるバンドが。

 

それらを自分たちのゲストとして呼ぶこと。RASはRASであるが故に調和が取れているからこそ絶対成し得ない混沌極まる手段こそが彼の用意した刃だった。おまけに若さに任せて数を重ねるという暴力的だが非常に効果的な手段も重ねてじわりじわりとRASやRoseliaとの差を詰め始めた。

 

 

 

一方、RASは窮地に陥っていた。差が詰まったことではない。

「チュチュが氷川暁斗との確執を隠していたこと」それによる不信感がメンバー間の絆を不確かなものにしていた。

RASのメンバーの友好関係は確かなものだった。実際チュチュも音楽以外のことで時間を共有していたし、友誼を深めていたのは事実。

 

いや、だからこそと言うべきだろう。チュチュが隠し事をしていたことがショックだったのだ。仕事関係よりずっと濃密な関係を築いていたからこそ裏があったことに裏切りを感じていた。

 

 

パレオは嫉妬からだ。チュチュ様がRASや自分よりその氷川暁斗に執心であることに拗ねていた。

レイヤとマスキングは不信。今までのチュチュの言動を信じられなくなっているが、それまでの思い出が嘘であったと認めたくなく苦しんでいる。

ロックは保留。両者の知人であるが故に2人の邂逅と対話を望んだ。

 

 

 

 

そして遂に真実の扉は開く。珠手ちゆが掲げた理想は

 

「氷川暁斗を手に入れること」

 

要約するとその一点になる。

 

今から三年半前。氷川暁斗が死を選ぶ少し前のこと。ある場所で2人は運命の出会いを果たしていた。

 

1人公園でブランコを漕ぎながら泣き腫らした小さな少女が自分に重なって見えたから声をかけた。かつて花園たえにも同じことをしたように

 

珠手ちゆは拙いながらも自身の苦悩を伝えた。誰かに聞いて欲しかったのだろう。愚痴れば人は楽になると本能的に察していたのかもしれない。

 

自分の両親が有名な音楽家であること、自分にも同じことをさせようとピアノやヴァイオリンの習い事をさせること。だが、自分には両親のような才能がまるで存在しないこと。それでも両親は私を褒めちぎり、私のことなんて見ているようで見ていないこと。周りから否定され続けるのに親は褒めてしまうという苦しさを、その全てをぶちまけた。

 

その上で氷川暁斗は吐き捨てたのだ。「俺はお前が()()()()と」両親が好きなだけリソースを注いでくれること。成長する機会がいくらでもあること、そして見返す分野が()()()()に絞られていること。

 

当然ちゆは異論を唱えた。両親の期待が重いのだ。()()()()()()褒め称え、無限に称賛している自分に酔っている。そして音楽と言ったって音楽にも色々あるだろう……と言った矢先に気づいた。

 

なんだ、音楽()()なんでもいいのかと。別に自分がどうにかする必要なんて無い。空気の振動で何かを表現すればそれでいいのだ。

 

どうせ両親は背中を押して、いくらでも金を使ってくれる。見返す対象なんて別の形でも結果を出せばいい。その結果を持って彼らをせせら笑ってやろう。泥を塗ってやろう。見るも無残な形にしてグチャグチャに犯し尽くしてやろう。そう伝える彼の黒さに心を掴まれた。

 

その手段を問わない悪辣さ、人を利用し尽くして自己のエゴを満たす傲慢さ、それを恥じることのない無慙無愧。清濁併せ持つどころか光を闇で喰らい尽くす人の皮を被った狼の所業だったがしかし──

 

それが福音だったことに違いはない。なんせ言ってることは「今の環境を最大限に生かして別の音楽という形で周囲を見返せばいい」という勧善懲悪とも受け取れるものだから。

 

だがしかし、それは非常に好意的に見た場合だ。当然の帰結だが、俺らのような不出来な人間じゃそんな都合のいいストーリーなんかになり得ない。何故なら人は努力に貴賎を求めてしまうから。栄光を手に切れたとしても周囲は過去を洗い、曇りが一点でも有ると、まるでお前は犯罪者だと言わんばかりに責め立ててくるから。まるで自分たちが親や姉に対して黒い感情を有しているようになと氷川暁斗は笑う。

 

つまり、レールを外れてしまった時点で落伍者であり、弱者が強者を恨み、それを壊したいと僻んだに過ぎないと忘れてはいけないのだ。家族という縁の切れない身内に強大な存在がいるからこそ、それと同等の性能を最初から有していなかった時点で正道は歩めない。

 

故にこれはお前の“逆襲”なのだと彼は告げた。正道ではない、敗者が勝者であったものを打ち負かすことは勝利なんて綺麗なものではないのだから。

 

 

どうしようもなく、自虐的だったが珠手ちゆの現状にはこの上なく合致した救いだった。勝者が得たもの悉くを自身のリソースとして貪り喰らい尽くしやがてこの足枷(グレイプニル)から解き放たれて主を噛み殺す(フェンリル)となるのだ。

 

救いを得た後は今度はふと疑問に思う。何故彼はこれ程の含蓄のある言葉が言えるのだろうか?自身より年上ではあるが大人ではない。故にどのような経験をしたらそのような知見を得るのかという思考に至るのは当然のことだった。

 

そして彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

姉のことが大好きで堪らない癖に並び立ちたい()()()さっき言ったことを勘案すれば氷川暁斗は無意識のうちに姉を自身と同レベルの存在に堕としてしまいたい、陵辱し尽くしたいと願っていることに他ならない。傲岸不遜にも神への侮蔑を捨てず、狼へとなった人狼(リュカオン)。それが氷川暁斗なのだ。

 

言ってることが滅茶苦茶だとツッコむ者はいない。要は暁斗は駄目だと分かっていても手を伸ばすほどに恋焦がれているのだ。

 

凄まじい熱量だった。この暁斗が、私の救い人が、この人狼がそれほどまでに凄いと絶賛する人物はそれほど凄いのだろう。

 

いつか会ってみたいものだと思って別れを告げた。ありがとう、ヒーローとはいえないぐらいドス黒かったけど確かに救われたのだと感謝を込めた。その後の彼女は漆黒の熱意を持って突き進む。

 

 

そして、彼女は愕然とした。ぶっちゃけ失望した。

氷川紗夜と氷川日菜の完成度が予想より遥かに低かったのである。あの怪物が今も不断の努力を続けているなら姉はもっと上の存在かと思っていたのだ。

 

つまり、もうとっくに追い越した後かと思ったがそうではない。ネットで調べれば氷川日菜の弟についての情報は顔こそ伏せられていたが幾らでも見つかった。なんせ日菜は超弩級のシスコン&ブラコンで有名だ。至る所で2人の話をし過ぎていて、しなかった日はネット上で病気を疑われる始末なのだから。

 

つまり、追い越せていない。まだ彼の逆襲は終わっていないのだ。正直苛立った。訳もわからず激情を壁に叩きつけた。恨み節を口にし続けているうちに気付いたのだ。

 

彼が自分の理想から外れたから怒っていることに。私が好きだったあの男がそんなところで腑抜けているのが我慢ならないのだと。

 

故に彼女は決めたのだ。良かろう、ならば私が目を覚まさせてやる。姉以上の存在となり、私の名前が目に入れば嫌でも思い出すはずだ。彼自身の逆襲を、姉以上の私に向けろ

 

そうだ。その迸る黒い欲望を全て私にだけぶつけて欲しい。言ってしまえば氷川紗夜、氷川日菜より私を選んで欲しい。

それが全てだった。

 

 

全てを知った暁斗は答えを告げる。

 

逆襲は終わったと。お前も疲れただろう?と労る。

 

逆襲という概念は弱者が強者を蹂躙するからこそ成立する概念は逆説的に勝利の栄華を手にしたらそれは成立しなくなる。暁斗は自分だけの勝利(こたえ)を見つけてしまっていたから、もう逆襲はできないと。自分のせいで申し訳ないと謝る暁斗にちゆは憤る。

 

「貴方まで私を否定しないで」

 

RASにさえ否定されてしまったのに……そう泣き出すちゆを暁斗は今一度救うのだ。「過去(うしろ)を見ろ、RASがいるぞ」と。親なんて事情を知らずにお前を受け入れた人がいるんだよ。それでいいんだ。クソッタレな周りより大事な人たちがどう思っているかでいいんだとなんて、思い込み一つで俺たちみたいな負け犬は救われてしまえるんだと、人生の先達は告げるのだ。

 

そして1人の少女はそんな拍子抜けで救われてしまう自分自身に呆れて泣き笑いながら告げるのだ。

 

「責任を取れ」

 

今までの時間めっちゃがんばったのに騙しやがってふざけんな。せめてお前を寄越せと告げる。

 

その答えは定かではなかったが、それ以後の氷川暁斗の日常に珠手ちゆという1人の少女が加わったということだけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人物について

 

氷川暁斗

 

本作の主人公。元ネタにしたキャラはルサルカとゼファーさん。時々練炭とマキナが混ざってました。

 

暁斗を闇にしたのは元ネタ込みのちょっとした言葉遊びで

暁斗→アキト→アギト→顎門→門が奏でる音は?→闇だろ?というしょうもないギャグって面とハッピーエンド用に「夜明けを告げる星」ってことで暁の斗っていう遊びだったり紗夜と日菜の間を取ったっていうのもあります。

 

暁斗はぶっちゃけ作中外で言うところのキャラsageのメタファーです。二次創作は本家には及ばない影響でっていうのと私の二次創作観が第一部のコンセプトでした。故に深入りせずに大したこともできない役立たずであるという本人の認識は作者の理想とも言えるのかもしれません。私の二次創作観は「相州戦神館學園 万仙陣」というゲームをプレイして頂けると理解できるかと思われます。18禁しか販売されていませんが、緋衣南天が滅茶苦茶可愛いので是非プレイしてみて欲しいです。

 

 

チュチュ

 

二部のメインヒロイン(?)

元ネタ……というか参考にしたキャラは実はファブニル・ダインスレイフだったりします。調べて頂けるとありがたいのですが、要約すると趙努力家のホモです。

 

まあつまるところ作中屈指の暁斗ガチ勢であり、暁斗の過去を誰よりも知っている人間であるが故に理解度は段違いです。実姉はおろか沙綾達ですら追随を許しません。

 

暁斗に憧れた人間であり、逆襲劇の後継者。そして誰よりも主役に討たれる悪役になろうとしたヒロイン。ぶっちゃけ自重しない暁斗というか、情け容赦のない暁斗って割とチュチュに近いです。

 

 

どうでもいい設定ですが、チュチュが猫耳や猫グッズを常備しているのは暁斗が猫好きであると知ってからで、気付いたら自分も猫好きになっていたという経緯があったりします。

 

 

湊友希那

 

暁斗のif枠。ifの内容は

努力が結果として反映されること

すぐそばにダメな自分でも認めてくれる人がいること

 

の2点。

 

暁斗同様夢のために何かを犠牲にできる気狂いであるものの、リサの献身やRoseliaでの日々と出した結果が友希那を変えていった。ちなみに結果が出なければRoseliaはすぐ捨てます。

 

彼女の√ではその悍しい潔さと向き合う話にする予定でした。ゴールは多分同じかな?振り返って確かめて、進んでふと立ち止まって、取りこぼさないように生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今までありがとうございました。是非とも誰かがちゃんと形にしてくれることを楽しみにしています。気にせずどんどん描いて欲しい


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