キミ思う故にボクあり (石狩晴海)
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奇縁、良縁、腐れ縁、しかしそれでも全て縁

 

 

『今回は鍋パーティーにしよう。

 それじゃ買い出しよろしく』

 

 母親の唐突な一声で周囲が慌ただしくなる。

 

 反論する間もなく個人端末に買い物リストと購入分のチャージマネーが転送されていた。

 

 今日は10月1日。僕の誕生日前日であり、

 

「……ん」

 

 スーパーの生鮮食品クーラー棚、その最上段にある菜の物に手が届かず、僕の袖を悔しそうに引っ張る彼女の誕生日だ。

 

□■□■□

 

奇縁、良縁、腐れ縁、しかしそれでも全て縁

 

あるいはモルドしない場面の影響下におけるカウンターブービートラップの可能性に関する考察

 

 

 

 僕と彼女は、いわゆる幼馴染というやつだ。

 

 自分たちだけの関係に絞れば、産まれでお世話になった産婦人科が同じという馴れ初めだ。

 軒先突き合わせた隣家なのだから、近場の病院を選べば被るのは道理。

 

 それ以上に彼女と自分の因果は、新生児の足首に巻かれる識別札(タグ)整理番号(シリアル)が連番だったことから始まる。

 

 日付上は一日だけ彼女が早いけど、現実には一時間程度の差しかない。

 母親は未だに『いち、にの、さん、で一緒に産もうっていったのに』と冗談を口にする。

 

 そんな軽口を言い合える程度には、両親たちにも長い付き合いがあった。

 ……判明している限りには、2つの家は三代前まで遡れる古付き合いらしい。

 

 呪いか何かかな?

 

 

 親たちの仲が良いにしても、子供の誕生日が一日違いというのは出来過ぎだ。

 いつかそんな言葉を漏らしたら、

 

『あら、当たり前じゃない』

 

 母親いわく、出産日から逆算すれば親世代四人の冬旅行で命中(ヒット)した可能性がとても高い。

 

『流石に見せ合いながらはしてないわよ。

 親しき仲にも礼儀あり。アブノーマルには落ちない。

 和式の続き部屋だったから、襖一枚の仕切りはあったわ』

 

 十分に非倫理(インモラル)と言わざるを得ない。

 

『向こうは日付が変わる前に終わったけど、こっちは夜通し頑張ったんだから。

 むしろ待って。

 今にして思えば、それで出産が遅れたのかもしれないわね』

 

 子供の前なのに真面目な顔で堂々と言わないでほしい。

 

 

 

 そんなこんなで、僕達の誕生祝いは一纏め。

 年毎に前後の一日をずらしながら両家で執り行っていた。

 

 ……自分の誕生日祝いの席で、食材買い出しをする程度の理不尽に対する憤りは、母親の腹の中に置いてきた。

 

 

 買い物リストを眺めているとメッセージが飛んできた。

 

『精のつくものは別枠予算でO.K.

 妹or弟の追加は希望制』

 

 メッセージを0.5秒で削除。

 

 

 身内への怒りは母親の腹の中に置いてきた。

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 歳を重ねる日付けのせいだろうか、少し昔を思い出す。

 

 

 

 僕達はピアノの講師が父親の知り合いということで、幼少の砌より教えを受けていた。

 

 今はもう続けていない。

 

 それというのも、彼女に一つの転機があったからだ。

 

 

 中学進学の前の頃、ピアノに関する進路で彼女は両親を交えて講師の先生と長く話し合うことになった。

 

 

 歌唱や楽器演奏というのは、スポーツ競技と同じく体格の影響がある。

 

 

 小さいよりも大きいほうがいい。

 肺活量だけを見ても、体が大きい方が有利なのは素人にも解るだろう。

 歌唱や吹奏楽は呼気の太さと長さが強い武器になる。

 

 楽器演奏でも、腕の長さがあるに越したことはない。

 ピアノの場合は、鍵盤を弾くための指の長さが当てはまる。

 

 

 悲しいことだが、これには下限が存在する。

 

 グランドピアニストの身体的最低条件。

 一オクターブと二番、白鍵9つ分を跨いで鳴らせなければピアノの演奏者は務められない。

 具体的には、指を大きく開いて親指から小指の先までが20cm以上。この状態で任意の鍵盤を弾く。

 これができなければ、演奏に必要な音が出せないからだ。

 

 いくら練習しても変えられない、絶対で物理的な境界線(ボーダーライン)

 

 現在は鍵盤の小さなピアノも存在する。

 小型化を前提に新しく作成された楽器がある。

 もっと言ってしまえば、手にある端末でARの鍵盤を写してこの場でピアノを演奏することすらできる。

 曲を弾くだけなら電子機器での代用がいくらでもできる時代だ。

 

 

 だからこそといえようか。

 現実(リアル)での演奏者の価値は、昔から然程下がっていない。

 

 図書が電子化した故に、現物の蔵書は空間的な資産と維持の手間暇を必要とする趣味に回帰した。

 

 これは録音機器が発達し、音楽が広く一般に普及したことに似ている。

 

 知っての通り、録音媒体が発展しても音楽の全てが電子記録に一本化されることはなかった。

 実体感(ライブ)のある趣味趣向の音楽は根強く残った。

 電子データが主流を占めても、枯れた技術のLP盤を求める声は小さいながらもあり続けた。

 

 挙げ句の果て、オーディオ機器に関しては自宅に専用の送電装置を施設する数奇者まで出る始末だ。

 彼らがいうには、最高の音響には澱みの無い電流が必須らしい。

 当然各種配線はシールド入り且つストレート。有余の巻き取りは一箇所もない徹底ぶり。

 詳しくは『My電柱』で検索してみてくれ。

 

 ともかく、人間が持つ嗜好への拘りというのは凄まじい。

 

 

 だからこそ、彼女の前に歴史ある格式が障害として立ちはだかった。

 

 クラシックに用いられるグランドピアノは大きさが決まっている。

 必須な音を出すための規格が定められている。

 

 ……普通なら気にかけない長さのはずだった。

 

 

 でも、ありふれた距離に彼女の指は届かなかった。

 

 演奏の技術で彼女は劣っていない。

 むしろ優れていると僕は言える。

 音感もリズムも、楽譜に対する理解力も、表現の幅も。

 伴奏者として何も欠けたところはない。

 彼女の演奏は国内どころか、世界的な著名楽団にも引けを取らない。

 

 

 講師の先生も彼女の演奏技術と音に対する才能は惜しいらしく、今後の成長に望みを託しレッスンを続ける方針も考えていた。

 

 しかし、彼女は静かに首を振った。

 身を引く横と、恩師に対する感謝で下に。

 

 

 指の長さが、たった9つの白い木片が、彼女の技能を、才覚を、切り捨てた。

 細くしなやかで白い十本の若枝は、現実の前に剪定された。

 

 

 彼女が身を引くと聞いて、僕もピアノを続ける意欲を失った。

 あの時はまだ彼女との距離感が理解出来なくて、自分が沈んだ理由が解らず混乱した。

 

 それも一時のこと。

 

 ピアノ教室を辞めた日に、塞ぎ俯いていた僕へ彼女は笑いかけてきた。

 

 

「わたしのことなのに、そっちが落ち込むのはズルい」

 

 

 自分でも現金な人間だと思うが、たったそれだけの言葉でこの話題は終わった。

 腑に落ちてしまった。

 

 全く持って御もっとも。その通りだ。

 僕がどれだけ泣き叫ぼうが、彼女が伴奏者となる未来は訪れない。

 

 彼女が現実を受け入れ納得し、平然としているから。

 自分でも驚くほど呆気なく復調した。

 

 たぶん僕は、自分への嘆きを母親の腹の中に置いてきたのだろう。

 

 彼女のことで怒るのに、当人の一言で諭される。

 しばしの間、僕には自意識がないのかと自己問答で首を傾げることになった。

 

 

 

 思えば、彼女との関係は不思議なものだ。

 僕も彼女も、お互いを家族に似たものだと認識している。

 

 こちらの視線では目の離せない妹だけど、向こうからはどのように考えているのか。

 腐れ縁を続けているからには、悪しに傾いてはいないだろう。

 思うにお気に入りのぬいぐるみか押入れの青狸レベル。

 

 時折の自慢げに指示を出したりするのは姉貴分を気取っていると推察するが、そういう所に手が掛かる年少感が拭えない。

 

 

 とはいえ同い年で隣家(となりいえ)

 必然一緒にいる時間も多くなる。

 周囲からの視線が何色になるのか解りやすい。

 

『ふたりは付き合っているの?』

 

 何度か聞かれたと言われそうだが、中学進学直後の一度しかない。

 

 静かな佇まい彼女のことは嫌いじゃないし、僕も騒がしいのは避ける方だ。

 お互いの雰囲気を好ましいと思っている。

 

 だからこそ、僕らの距離だと恋愛するには近すぎる。

 

 

 その一例を挙げよう。

 

 彼女の代わりに女子力の一部を僕が代行さえする。

 

 進級のタイミングで、彼女を適宜の女子コミュニティに入れるのが僕の役目だ。

 動的な部分が趣味に偏っている彼女は、放って置いたらグループ形成から孤立する。

 本人は気にしないけど、女子間の軋轢がこちらにまで波及する。

 

 と言うか波及した。

 先の問い掛けがそうだ。

 

 学年クイーンからの有難いご忠告。

 僕達が彼氏彼女の関係なら特別に見逃さないでもないが、という軽い脅しを含めたセリフだ。

 

 しかたなく僕が女子間の交流を繋いでいったのに、嫌な事は連続してやってくる。

 男が彼女の世話を焼くことを良く思わないグループが発生した。

 

 なんと素晴らしい理不尽な手詰まり(デッドロック)

 

 これに関しては女子間の機微に聡い人物へ師事を請い、無難にやり過ごしす技術を体得して対処した。

 

 とはいえ、女子コミュニティとのやり取りで気を揉む数日は定期的に訪れる。

 

 

 一般的な男なら不条理だと感じる出来事だ。

 けれど僕は女性に対する憤りは母親の腹の中に置いてきていた。

 この程度で痛めるほど、脆い神経はしていない。

 

 世間ずれしている妹分の面倒ぐらいは、涼しい顔で飲み下そう。

 

 

 そしてこの時、彼女との関係性を明確に意識した。

 

 仲が良いのは問題ない。

 ただの兄弟姉妹ならこんなことにはならない。

 

 つまり僕達は特殊ということだ。

 

 

 僕にとって彼女は、腕から腰にかけて単純ながら複雑に巻き付いたぬいぐるみだ。

 衣服と呼ぶには奇妙な形で、身体とするには血が通っていない。

 

 家族のようで、血縁ではない。

 自分のようで、自身ではない。

 

 彼女と自分を意外なほど同一視していたことを自覚した。

 思っていたよりも僕は相手に依存していた。

 重なりすぎていた。

 

 詰まるところ、彼女が僕の外付け内的異性(アニムス)なのだという結論に至った。

 

 

 ピアノの件から考え続けた答えがこれだ。

 

 

 なるほど、確かに。

 ここまで考えて得心がいった。

 

 この距離感で、恋愛なんて出来るわけがない。

 

 鏡を使わなければ顔が見えない相手に懸想するほどナルシストではないのだから。

 

 

 だが対人関係で我が道をゆく彼女をフォローしなければ、巻き添えを食らうのは自分だ。

 

 普通なら怒り憤る場面なのだが、そうはならないのが僕と彼女の関係だ。

 

 彼女が周辺の温度差に気が付くまでは、松葉杖役ぐらいこなしてみせる。

 

 代わりと言えば図々しいけど、保護者面での立ち回りをゆるく見逃してほしい。

 

 僕の心のメモには、いつか二者を切り分けると書いてある。

 彼女が歩む先、自分の未来を思考の片隅で回し続ける。

 

 

 その時が訪れるまで、覚悟と対処法を考えておかないとな……。

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 運命の日は、半分やって来た。

 

 それは奇しくも僕達の誕生日だった。

 

 なぜ半分なのかも説明するから、まずは先へ進んでくれ。

 

 

 

 話が変わるが、僕の母親はある系列のデザイン会社に務めている。

 

 腹を割って話そう。

 

 玩具関連の大企業を筆頭株主にしたデザイン会社の重役である。

 

 もっと言おう。

 

 ”変身ヒーロー”や”魔法少女”が使う武器や変身用の玩具を開発設計している。

 

 

 あの手のものは一年単位で企画が繰り返されるが、玩具の設計的には3つほどの下請け会社が持ち回りで行っている。

 そのうちの一つが母の会社だった。

 

 考えれば単純な仕組みだ。

 一年企画(スパン)の前期と次期が不断に続くのだから、制作部署が同じでは労力が集約し過ぎる。

 

 さらにシリーズの人気が上がり年間に出すアイテムの数が増え、番組の後期にも新しい商品が出るようになった。

 こうなると企画生産するラインが一本だけでは心もとない。

 

 母から聞いた話だが、そうなった頃にデザイン部署の分社化とローテーションが作られたそうだ。

 万が一、収益見込みを下回る年度が来てしまった時のリスク分散にもなる。

 逆に右肩上がりなら、本編放送中に商品追加といった小回りも効く。

 

 

 商標や著作権などは、親会社の担当部署へ番組企画そのものを丸ごと売り込む形で処理している。

 年通しの番組を、デザイン会社含め特撮本編製作チームなど関連各所の連名という形で持ち込む(プレゼン)

 親会社が一括で買い取り代金を払う。

 

 この利点は、ことによっては企画を寝かせることも出来るからだ。

 企画そのものを買い取っているので、いつ出すのかは権利を持っている親会社が調整できる。

 複数のデザイン会社から提出されたアイデアが捨てがたい場合、どちらを後年にずらして利用する。

 

 家でブロック玩具をあれやこれやと組み替えたり、子供用の粘土で小さなパーツを付けては外し整形してまた付ける。

 時にはダンボールや画用紙を切った貼ったした母親の成果物。

 

 それらをネタ元にした思しき商品が販売されるまでシームレスに進んだと思ったら、数年後の開きがある時もあった。

 聞けば聞くほどに良く出来た仕組みだと、新作玩具のCMに既視感を覚えながら関心する。

 

 

 僕らにはこうした下地がある。

 産まれた頃からその手の玩具が家の中に散見する環境で育ってきた。

 

 そして僕の好奇心が飽和した。

 要するに見慣れてしまい興味が薄くなった。

 

 別に親の仕事を否定するわけじゃない。

 もう『ある』ことが当たり前になってしまっただけのこと。

 

 

 

 前文が長くなったが、本筋に戻そう。

 

 この年の誕生日プレゼントにVRハードを貰った。

 タイトルパックもセットになっているものだ。

 

 タイトルパックとは、ゲーム機の起動初期に複数のソフトを試遊でき、気に入ったものに継続料金を支払うことで正規購入できる仕組みだ。

 正規購入時へのデータ引き継ぎは当然で、試しに遊べる部分もフリーで公開されている部分より少し広く、パック用の特典をつけるメーカーもあったりする。

 

 その一つに件のゲームがあった。

 ロボットシミュレーション、ネフィリム・ホロウだ。

 

 これに彼女が食いついた。

 

 荒廃した世界観やリアリティとミリタリー色の強いロボットに傾倒したのは、ヒーロー系統に浸っていた反動なのかもしれないと邪推する。

 

 何より登場するロボット、半堕天使の名前を冠するネフィリムの操作方法が僕達にフィットした。

 

 

 ネフィリム・ホロウはVRゲームだ。

 ロボットの操縦方法は座ってレバーを握るんじゃない。

 機体と融合し巨大な自分となって動かす。

 

 前時代式のレバー操作型では、ロボットの動作をかなり少数のパターンに絞らなければならない。

 歩きや走る速度が固定された単純なものに限られる。

 脚の出し方や速さといった当たり前のことを、自分で決めることができない。

 VRの特性を活かすのなら機体と自分を直結させるのは当然の結論だろう。

 

 躓く突起は、一歩先に潜んでいた。

 

 手に持つ武装は問題ないが、機体に直付けする装備は人間の体にない操作がいる。

 銃器に限らずギミックがある部位や装備も同様だ。

 ネフィリムに取り付けたスラスター推進をオンオフするのにも、身体以外で扱う必要がある。

 

 正直面倒くさいと思う。

 まだレバー型の方がボタンを増やすことで対応できる。

 

 

 試しに調べてみたら、古いミリタリー系ロボット物の中にはファイブフィンガーシリンダーなんていう両手の指全部に加え手の平まで使って3つのボタン全18個を操作する奇天烈なレバー型があった。

 シリンダー自体が前後左右上下に振れるし、レバーもシリンダーの中で時計廻りと逆廻りの動きをする。

 これを右手左手で同時に操作する。

 

 見つけた瞬間、二分ぐらい笑い転がった。

 やりたいことはわかるけど、いくところまでいっちゃった感がすごい。

 

 

 これに対して僕達の答えは、ネフィリムの操作をピアノ演奏に見立て、複数の鍵盤を同時に弾くことだった。

 

 ロボット物で操縦方法がレバー型な多くの理由は見栄えで、次に体幹と腕部の固定だ。

 ボタンを増やしたいだけなら、融合タイプのネフホロでレバー型に固執する必要は無い。

 

 手のひら返しのようだけど、レバー式からレバーを抜いてボタン数を極大化させる形だ。

 フィンガーシリンダーをキーボード形式に置き直す。

 

 

 古い建物据え付けのピアノは音域の広さから鍵盤が二重や多重になっていたり、ライブなどでもキーボード担当が設定が違う複数機を据える場合がある。

 これと似た視点だ。

 

 必要な出力幅を支えるために入力幅も広くする。

 

 現実の腕は左右の二本しかないけど、架空に演奏するだけなら腕が何本あっても問題ない。

 武装以外にも、人体には有り得ない関節自由度一つまで全手動のリアルタイムで制御する。

 

 実際にピアノを習っていた頃は、演奏しながら別の表現を考えたりした。実態の指と頭の中の指で違う動きをさせていた。

 新しい曲を暗譜する時も、時間短縮目的で4曲同時に聞いて覚えた。

 練習室のピアノを弾きながら、部屋の音響装置、そして僕と彼女の個人端末で別の曲を流す。

 父親からはちゃんと聞いているのかと呆れられたが、できるのだからやっていた。

 

 予め頭の中の鍵盤に小さな動作をプリセットしておき、必要な時に弾く。

 和音やスライドでアクションを連結させられるし、別の鍵盤の同時弾きで複雑な動きも可能になる。

 

 

 もちろん僕達以外にもネフィリムの操作が上手な人は沢山いた。

 操作が追いつかないならと、機体の方を調整して自分が扱えるものに組み替えた人だっている。

 

 ピアノ演奏を想定した僕達の方法以外にも、独自の技工が確立している証拠だ。

 なにもソロオーケストラ演奏方式だけが正解じゃない。

 

 

 ネフィリム・ホロウは操作性の難易度から多重人格用ゲームなんて評価があるけど、練習して工夫すればその人にあった操作方法が見つかるはず。

 

 けど、そこまで根気よくやり込む人間がどれ程いるか。

 苦労が実る瞬間を想像できないのは、持続性を著しく低下させる。

 楽しむことを優先するなら、別にこのゲームに拘らなくてもいい。

 

 

 こうして巨大ロボット体感ゲーム「ネフィリム・ホロウ」は、どこにでも転がっている過疎ゲームの一つになった。

 

 それでも彼女はネフィリムがいたく気に入った様子だった。

 対戦相手が少ないとはいえ、やり込み続けて長い期間トッププレイヤーの座に君臨し続けた。

 

 さすがにそれだけではせっかくのVR機も持ち腐れになる。

 他の有名や人気のあるゲームに彼女を誘い、そこそこに摘みながら数カ月が過ぎた。

 

 このままネフホロは安寧に落葉するのかと思っていた。

 それでも転機というのは訪れるらしい。

 

 ビオトープの水槽で遊んでいた僕達の前に、懐かしいヤカン頭の彼が現れた。

 彼こそが変調の兆しだたのかもしれない。

 

 彼女の緋色の翼が撃ち落とされ、固定されていた環境が変異し始めた。

 

 呼応するかのように特報が流れる。

 ネフィリム・ホロウの新作続編だ。

 

 

 世界観の構築とゲーム内のリアリティが話題になっているシャングリラ・フロンティアと同じエンジンを採用して、ロボットVRワールドを再展開するそうだ。

 

 人気の無いゲームと思っていただけに、驚くほどの高待遇環境だ。

 ボトルネックであるネフィリムの操作には、完璧に近い対処が施された。

 

 

 問題の答えなんて、わかってしまえばいつだってシンプルなものだ。

 NPCを補助AIのサブパイロットとして設定し、操作の一部を代行させ簡易化する。

 

 シャンフロの恐ろしい程の精密なNPC運用システムを上手く取り込む形だ。

 設定的には、宇宙から飛来した巨大機械に自我を与えることになる。

 

 アイデンティティタイプ・ネフィリム。

 地球文明と人類種族そのものに『馴染んだ』機械群。

 それとも第二のグリゴリ降下に伴いネフィリムが(もと)の機能を取り戻しただけなのか。

 

 いずれにせよ、アイデンティティタイプは登場人物( N P C )としてのカンフル剤に加えて、前作の問題点を補填するシステムにもなっている。

 

 よく考えられている。

 この世界に居る頭の良い人って、自分が思っているよりずっと数が多いんだろう。

 

 

 ネフホロ2PVの反響は割と目に見える形で現れた。

 かつて閑散としていたゲーム内のエントランスに少しづつだが人が増え始めた。

 彼らは復帰組か、それとも新作への予習と準備のための新規プレイヤーか。

 

 なんにせよ。楽しみが続くことに悪い気はしない。

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 意識の比率を思考から現実に傾ける。

 

 今は僕達の誕生日。

 場所は鍋パーティー食材買い出しの帰り道。

 

 

「えへへへへへ、へっへっ、うぅぅ」

 

 僕の横を歩く彼女が突然蝶が舞(バグ)った。

 時折笑ったり泣いたり、また泣いて笑ったりする。

 

 ネフィリム・ホロウ2のPV公開からこんな調子だ。

 

 公開された動画で登場したアイデンティティタイプ・ネフィリムの「アージェント・エージェント」に熱を上げている。

 

 ネフィリム・ホロウと出会ったのが機会の半分なら、残りはこのアージェへの耽溺だ。

 光線銃や変形合体ロボットに囲まれていた彼女にとって、遅れてやって来た『お人形遊び』なのかもしれない。

 

 ともかく僕の知らない領域に彼女は半歩踏み入ったことは解った。

 相互依存脱却への糸口になるのかもしれないから、よく観察しないと……。

 

 

「ひっぐ、ぐずぅ……。でへへへへへへへ」

 

 鼻を啜り笑い直す彼女。

 

 うん。無理だ。

 さすがにこれを自立したとは受け入れ難い。

 

「あーじぇたん……、ふひっ」

 

 非実在の名前を甘く囁き、引き吊るような笑い声。

 

 

 これはひどい。

 いやまてあきらめるな。

 

 女性への不信感は母親の腹の中に置いてきた、はずだ……。

 日常的に下ネタを発する母親(アッチ)に比べれば、随分とマシな部類だ。

 今少し見守ろう。

 

 

「あれで、装甲のドレスは、くくくくくう」

 

 

 既に手遅れかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

===== Login =====

 

 

 

 

 

 

 ビジターズ。

 

 

 安易に言えば、ブラックボックス。

 機械の巨人たちに付随してきた解明不能な部位や器官のことだ。

 

 人間の手で整備を受ける瞑目個体に限らず、排除対象の開眼個体にも同様のものが散見された。

 調整される機体からは不用と切り取られ、スクラップにされたモノからは見向きもされなかった。

 

 

 当初機衣人(ネフィリム)の特有機構だと思われたが、巨人たちに馴染んだ異星の形見物であることが発覚した。

 

 ネフィリムが星に堕ちるモノならば、地球以外の文明に遭遇していないとは言い切れない。

 そもそも巨人たちが地球外技術の産物だ。

 さらに別の物が付随しているとまで、頭を捻らされるとは思うまい。

 

 これまで廃棄物扱いされていたのは、どれもが破損して可動できなかったからだ。

 解明に至った理由は、複数のビジターズを纏めたところ偶然にも機能回復し未解の現象を発現したから。

 

 

 急ぎビジターズと思わしきジャンクパーツが集められ再研究が開始されたが、当然の如く異星の技術解明は難航した。

 出立した港で挫傷難破した状態だった。

 

 一重(ひとえ)に異星技術といっても()()()()()()()

 ネフィリムがこの銀河に拡散された範囲が不明な上に、時期さえも判別してない。

 故にネフィリムを伝道者とする異星技術は、複数の根源が混在することを前提とする。

 

 最悪の底はまだ続く。

 例えビジターズを復元できたとしても、地球人類の技術水準を超えているとは限らない。

 大元から水準が低いのか、再現が足りないかの判定すら容易ではない。

 多大な労力を払って出来上がったのがエイリアン式トタン板では笑い話にもならない。

 

 必然的にビジターズの研究は、当たりが付けられる現行技術の延長上に絞られた。

 これでは既存のネフィリム解析と技術的な差異は薄く、ビジターズを専門に扱うものは極少数になった。

 

 

 しかし人は夢を見る。

 逆説的に考察された。

 想像してしまった。

 

 

 いずれ地球にも訪れるのかもしれない。

 機能が損なわれていない異星技術産の兵装が、我らに施されるかもしれない。

 

 まだ見ぬ新規の技術体系に人々は心を踊らせた。

 否応なく巨人たちとの共生を迫られた人類にとって、ネフィリムへの対抗手段は多いにほどよい。

 

 夢想は虚ろ遷ろうから華やかでいられる。

 だからこそ、現実は悪夢という朱に染まっている。

 

 解析と再発見の研鑽を諦めつつも恵みを受け待つ人類の浅ましさが、待ち望んだ偶然を呼び寄せた。

 

 

 完全可動状態のビジターズ。

 

 人類側が振り当てる認識番号を揶揄して『啓示序列』(シリアルナンバー)と呼ばれた。

 

 強大な破壊力を、莫大な代償をもちいて振るわれる天の恣意。

 ネフィリムが如何なる物質・技術体系にも馴染む特性を持っているにも拘わらず、一振るいするだけで機体を損壊させるほどの力。

 

 『啓示序列』(シリアルナンバー)は堕ちた巨人たちでさえ持て余す災いが具現化したものだった。

 

 この状況は、ネフィリム排出圏より上位もしくは敵対する存在を薄く示唆していたが、人類は己可愛さに天へ向けるべき観測の目を伏せた。

 

 

 一方で祝福された地表は、荒廃を道を直走(ひたはし)る。

 哀しくも人の業が破滅の一線を容易く踏み越えた。

 

 『啓示序列』(シリアルナンバー)の2機目が世に施された時、実しやかに囁かれていた予測が最悪の形で的中した。

 

 福音を所持した陣営がそのチカラ故に対立し、抗争となったのだ。

 

 認識番号『01.01』と『02.01』の衝突は、『02.04』への『昇謌』(しょうか)を招き、地平を変えるほどの大穴を穿つに至り、地図は書き換えを余儀なくされた。

 

 二体の『啓示序列』(シリアルナンバー)は互いを滅ぼし合ったはずだが、一片の残骸すら見つからず詳細不明、行方知れず。

 

 

 その厄災により人類は意識した。

 このチカラは人智を遙か遠くに超えているモノなのだと……。

 

 

 以降多くの人が、天に続いて『啓示序列』(シリアルナンバー)からも目を逸らした。

 

 

 

 だが宇宙は人類を試し続ける。

 

 恐れていた天の恵みは三度(もたら)された。

 

 

 人々は禍々しき恩寵を『03.01』と認識せざるを得ない。

 

 形状は超々多重(ハイパーマルチロング)連結刃鞭(ロングブレードチェーン)

 名称を『天刄代行(メタトロン)4/6』(ピースフォー)

 

 

 背を向け逃げる人々とは逆に、天使の柱へ突き進む者たちがいた。

 

 活きる糧だけを求める兵士たちには、謂れも出自も過去の惨事も関係ない。

 命のために、命を賭けて、戦うのみ。

 

 再臨した『啓示序列』(シリアルナンバー)の争奪戦が容赦なく勃発。

 堕ちたる災禍を手に入れようと、1000機以上のネフィリムが入り乱れる大乱戦に発展した。

 

 その渦中で勝利したのは、1/7相当にあたる140機強を単騎で下した当時無名の新人だった。

 

 

 争奪戦の後、複数の人間が幾度も優勝者からの簒奪を狙ったが、これをことごとく返り討ちにする。

 部外者たちは『ピース オブ メタトロン』を行使したと類推するが、生還者たちは一様に首を降った。

 

 第三の福音は通常兵装のみで戦った。

 あれ自体が人の認識を超えたビジターズだと口を揃える。

 

 

 いつしか誰かが言い出した。

 ヤツは大規模編成を前提に挑む高驚異度殲滅対象(レイドボス)だ。

 

 皆が納得する。

 

 そして第三の福音は、機体名をそのまま二つ名(ペットネーム)にされた。

 

 

 

  ***

 

 

 

 座席とサスペンションが固いATVで数時間走った郊外の廃墟。

 車両を降りた一組の男女は、腕脚を振り回して膠着した身体を解しながらが歩きはじめる。

 

 モルドの横で駆け足気味に歩く少女が早口に問いかける。

 

「『03.02』の所持者『負那由多』(ネガレイド)

 本当にそんな大物がこの瓦礫に潜んでるの?

 ネフィリムの本体はメンテレスでもごまかせるけど、兵装の整備や弾薬の補給は買い付けないとイケないじゃない」

「そうだね。

 だからそっちの線から洗ったんだ。

 誰か協力者がいるはずだって」

 

 背丈が少女を大きく上回るモルドは、意識して規則的な速度で歩く。

 何度か少女の歩幅に合わせてスピードを落としたことがあるのだが、どうやら小さな情けでも勘に触るらしく、理不尽に怒られて以来歩く速度は緩めていない。

 

「それぐらい他の人たちにも考えているはずよ。

 今更モルドが尻尾を掴まえられないとは思えない」

「少しおっかない知り合いのやり方を真似させてもらってね。

 まさか捕捉できない理由がコスト度外視だったなんて。

 よほど稼ぎに自信がないと出来ないな」

 

 相手は品物を一本のラインで動かすのではなく、同時に複数の送り物をバラバラに移動させ、各地の集積所を渡り歩かせて網目にする撹乱方法を使っていた。

 これは物流網を個人で1から構築するようなものだ。

 非常に効率が悪い。

 ブラフに動かされている総量と、本人に受け渡されている物品の差は、数十倍といったところか。

 

 それでも粘り強く探り、モルドは正解の糸を探し掴んだ。

 

「情報料は高かったけど、それに見合った確度がある」

 

 自信もって歩みを進める。

 

 

 しばし歩いた後に、二人が壁の一面が崩れ剥がれた廃ビルに近づく。

 

『お待ちください』

 

 ビルの中から制止の声がした。

 

 衝撃波を伴う大音量の外部スピーカーではなく、ネフィリムが個人向けに使う指向性集約送信だ。

 相手のネフィリムが、こちらの接近にいち早く気付いていた事となる。

 

 二人は声に従った。

 

『留まっていただき、ありがとうございます。

 ワタクシが記録する限り本日のアポイントメントはございません。

 それ以上お近づきになられた場合、敵対行為と判定させていただきます』

 

 警告に反応して小銃を構えそうになる少女を、モルドは片手で制した。

 

「どうも、こんにちは。僕はモルド。

 そっちはアンデンティティのネガレイドであってるかい?」

『丁寧なご挨拶をありがとうございます。

 ご推察の通り、ワタクシがネガレイドです。

 まず、どのようにしてコチラの所在を突き止めたのか。

 改善方法を構築するために、ご指導ご享受願えますか?』

「追跡者に手順を乞うなんて、素直なのか天然なのか。

 どちらにせよ。今の状況で僕がアドバイスしても、信じてもらえるかな」

『……なるほど、勉強になりました』

 

 

 実際『負那由多』(ネガレイド)側が行っていた撹乱方法は込みっている。

 

 物流カモフラージュに過大なブラフがあるのもそうだが。

 各所で使われた人名や符号などは、古い文献に残された旧時代の三大喜劇王に関連していた。

 

 チャールズ・チャップリン。

 ハロルド・ロイド。

 バスター・キートン。

 

 この三人の関係者、あるいは動画スタッフや配給会社、役者、登場人物、撮影場所、上映時間に至るまで。

 それらのアナグラムが物資の受け渡しに使われていた。

 判りづらい共通項だ。

 

 ネーミングセンスの源泉が偏りつつも、安易には辿り着けないような工夫がされている。

 それでも『喜劇王』という共通項を設けてしまったのは、人類社会に精通していないがために、著名な出典と数多い雛形(サンプル)を必要としたからだろう。

 

 

 モルドが掴まえた細い糸は、それらが一度使われたら再利用されなかった事だ。

 ネガレイドは痕跡を残さないための使い切り方式を取った。

 だが物流において一回しか関わらないものが多数に渡ると、不可解な手触りを返してくる。

 

 そこでモルドは消えた点を繋ぐ線に注力し、長い解析作業に入った。

 点が消えても線は残る。

 中盤までは先が途切れているハズレを引く本数が多かったが、総数は確実に減らせた。

 

 そして正解の数が増えてゆき、終盤はクロスワードパズルのように加速した。

 一度見つけてしまえば芋づる式に引き出せた。

 

 各所各人への連結が完璧だったからだ。

 送り主も受け取り手も場所の名前も、全てが一度だけの撹乱網。

 実に素直で判りにくく解りやすい。

 

 一週間根を詰めての作業は、モルドをこの場所をへと導いた。

 

 

 見事だ。

 この手の、何事にも完璧すぎることがアイデンティティ・ネフィリムたち全般に当て嵌まる()()()()()なのだと、モルドは見抜いていた。

 

 『負那由多』(ネガレイド)の補給へ秘密裏に関与していた人物こそ、モルド達の前にいるネフィリムのネガレイドなのだ。

 

 

 少女が光量調整機能付きのモバイルグラスでビルの内部を覗き込んだ。

 そこには情報通りの、巨大な脚部シールドが特徴的なネフィリムが座している。

 

 

 モルドは解析作業中に気がついた。

 おそらく『負那由多』(ネガレイド)は一切の対応を自分のアイデンティティ・ネフィリムにやらせている。

 

 自身はずっと巨人の殻に籠もり、一歩も外に出ない。

 

 覚醒したネフィリムは、これだけの擬装が簡単にできる。

 パイロットが下手な横槍を入れるより、全権を委ねたほうが手際も仕組みもハイレベルで仕上がる。

 

 アイデンティティタイプが登場するまでは考えられないやり方だ。

 特に前戦争でネフィリムに苦しめられた人間では思いつかないだろう。

 

 冗談で『負那由多』(ネガレイド)の正体は、ネフィリム融技術の開発初期に存在した物理的融合ヘルメット薬缶頭の蘇りとまで言われる始末。

 ネフィリムの自我がパイロットに逆流したとか。

 

 しかしモルドはケトル説に否定的だった。

 アイデンティティタイプ・ネガレイドはネフィリム()らしい言動を取っている。

 自分が『負那由多』(ネガレイド)の潜伏先を探し当てれたのは、アイデンティティタイプ特有の()を知っていたに他ならない。

 

 むしろパイロットの存在が希薄過ぎる。

 現在話題沸騰の『負那由多』(ネガレイド)は、知名度に反して顔どころか声さえ知られていない。

 性別さえも不明なのだ。女か男か、もしくは両方か。

 それこそ機体名があだ名になるレベルで、人物人格の隣片すら見えない。

 

 

 ともあれ、交渉を続けよう。

 顔を合わせないことには何も始まらない。

 

 モルドが軽く両手を上げ、武装していないことを見せながら話す。

 

「急ぎの仕事で手を借りられないかと思ってね。

 パイロットと直接話させてくれないかな」

 

『申し訳ございません。

 ご無礼は重々承知しておりますが、お話しは全てワタクシであるネガレイドがお伺い致します。

 

 

 

 

  書記官(パイロット)「ユラ」に代わりまして』

 

 

 

 

 

 

 ビジターズ・クライシス

 

  来訪する大災は、人類に下された天罰なのか……

 

 

 

 

===== Logout =====

 

 

 

 

 

 

 

 

Next episode.

 

『半堕天の巨械は如何にして那由多の司書を営む事となったのか』

 

 獅子餓狼達の檄文を腑に納めた金魚鉢の鮫は、機械の堕天使に導かれ天海へと漕ぎ出る。

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

ツッコミ見てから昇竜

「そっちかよ」

『こっちだよ』

 論説はあとがきで

 

 

 

 




あとがき、と、こうさつ、ながいです


私見による捕捉

 当人たちの感覚は姉妹兄弟なので、互いに恋人を見つけ、二人の仲を理解できる連れと一緒になる。
 その後もずるずると関係を続ける。
 そんな付き合いを四代続けてきた所感。
 六代前ぐらいがはとこ。

 身内隠語やキャラ付けギャグの類いが、別の登場人物の核心をエグり嬲る展開は怖く苦しいけど、何故か惹かれる。

 おもちゃにカマケている場合ではない。お前が警戒すべき罠はすぐそこにいる。
 ありふれた小さな善性こそが、お前が異常性で上書き隠す傷跡を白日のもとに曝け出す。

『不明なユニットが接続されました』は浪漫でロマンス。
 頭悪い、脳みそおかしいは褒め言葉。
 行動指針は単純明快。
 できそう、だから、やる。
 できる、から、やる。
 後に降りかかるコストとリスクは、その時に困ろう。

『啓示序列』はネフホロ運営がシャンフロシステムへの理解不足で起こしてしまった事故とバグの混合物。
 想像は『想像の外』を想像できない。
 論理機構は手順に従って粛々と結論を出す。
 故に人智あるものは深淵を考えてはならない。
 見つめ返す深淵が『よしわかった。お前のために宇宙を破滅に貶めよう』とクーデレるなんて誰が予想できるかっ!!(半ギレ



 最初は原作の感想や考察、妄想をSS形式で徒然に書き連ねたモノでした。
 これは色々な作品に対しても行っていて、基本日の目を見ずスマホのメモリを無駄に占領するだけで終わります。


 ことの始まりは、あの設定です。

 嫌いなもの:話を聞いた上で軽んじる人

 最初は矛盾か齟齬なのかとおもいました。
 劇中では積極的な排除や距離を置くなど、対処をしないからです。
 なので、この嫌いなものは『嫌悪』ではなく『苦手意識』の類いなのだと解釈しました。
 そして要因となった類型が近場にいる。
 関係を断つ方向に動かないのは、こちらがそうなのだからとの連想です。

 当初はこれらとつらつらと書き並べていました。


 次のポイントです。

 ネフィリム・ホロウ2から追加されたシステムと設定のアイデンティティタイプ・ネフィリム。
 その意味と意義は何か?

 ネフホロは鉛筆がクソと言うほど操作性が劣悪。
  →次期作は機体側にサブパイ用の補助NPCが搭載される。

 これはどなたも考えるでしょう。
 彼女が天使ちゃんと呼ぶのも、彼女にとってシステム的な意味は要さず、愛玩物でしかないとの暗示です。


 そして、あの日のあの活報が、この話に締めを見出す最後の一欠片でした。


 ある登場人物の設定です。

 極度の癇癪癖により、身の周りをAIに任せている。
  →文通なら克服できることを知り、心を込めた一刀両断。


 私は小学生の頃、文通をしていた経験があるのですが、これがかなりの労力を必要とする一大事。
 会話で済ませられることを、わざわざ文字に起こすのは根気と覚悟が要ります。

 運が良いことに、ゲームのシャンフロには柔軟なAI、NPCが存在します。
 筆談を苦にしない存在なら、対外関係を取り持てるのではないかと考えました。

 ですが、彼女ら彼らもあの世界の住人です。
 一人のプレイヤーにそこまで傾倒してもらうには、相応の制約や背景が必要になってきます。

 なにより当の本人に交渉能力がありません。
 衆目に晒される彼を常に守り寄り添う必要があります。


 そこで話をシャンフロの技術を使ったネフホロ2に移します。
 先に述べたとおり、ネフホロ2には高度AIを利用したパイロット補助システムがあります。

 アイデンティティ・ネフィリムなら、設定、物理、コミュニケーションの三点で、常時彼を支える事ができるのでは?

 自分でもちょっと考えすぎかなと思いました。


 ん? まてよ。たしか2の副題って……。

 ビジターズ・クライシス。


 ビジター
  →訪問者。既存のグリゴリやネフィリムは言うに及ばず
   覚醒したアイデンティティタイプなど
   2から新規参画する存在の揶揄、プレイヤーも含まれる

 クライシス
  →危機、危険、理不尽な出来事

 ビジターズ・クライシス
  →訪問者の危機 はたまた訪問者が厄災?


 そうか、アイデンティティタイプとは、ビジターズ・クライシスとは、アンチモルドタクティクスとは……(唐突に悟る石川的瞳孔


 我、天啓を得たり。
  金魚鉢から鮫の形をしていた災害がやって来る……!


 2つのジグソーパズルが、1枚のピースで繋がった瞬間でした。


 すげぇ! 深読みなんかじゃなかった。
 ド直球で書かれていたじゃないか。

 ネフホロ2PVの時点で、ここまで設定が練り込まれていた!!

 副題に対して劇中やゲーム内での意味は異なるでしょうが、私達の視点から見れば合致します。


レイドボス、ニアリーイコール、クライシス
 字余り 御粗末


 クライシスと呼ぶからには、相応の絶望を!
 誰もが
 『どうすんだよ、こんなの!?』
 『おわりだ、どうもなんねえ……』
 『お前らのレイドボスだろ、どうにかしろよ』
 と打ち拉がれる天災でなくては!


 本当に俺達の勇者は偉大な存在だ。
 助けて、オリハルコンハート。

 とはいえこちらはネフホロユニバース。
 別宇宙の勇者をねだっても仕方ありません。

 話の一つとして考えられるのは。
 レイドボスの経歴上『乱戦』は得意ですが『統率された部隊』には不慣れであることでしょうか。
 最強の戦士であっても、長か将かは別の尺度。
 戦術的勝利が戦略の達成とは限らない。
 マジノラインは迂回が定石。

 これは彼の根底に関わる欠点であり。
 幕末環境では不必要ゆえに磨かれなかった技能であり。
 だからこそ足掛かりとなり得るネフホロ2が選ばれた理由です。

 しかしてそこは既に金魚鉢でなく、もはや鮫でなく、斬撃は言葉にならない。
 争うことしかできず、またも孤独に落ちてしまうのか。
 堕天の加護があったとしても、先行きには暗雲が横たわります。


 ですが、抜かりはありません。
 言葉を持たないのは一人だけではないのです。
 最後の締めにヤツラが出ます。

 ネフホロユニバースには、彼を対象にした特殊戦術が研究開発実践されています。
 機体数は少ないながらもコミュニケーション特化『コント漫才専用ネフィリム』がいるのです。
 さらにアイデンティティ・ネフィリムのインテリジェンスが加味され、進化が加速する。


 ハジキもヤッパも必要ねえ。
 言葉は無くとも笑顔は届く。
 その微笑みがオレたちの爆弾。
 さあ喝采よ、今こそ花と弾き咲け!


 『ロボット喜劇王』は、このための予備動作!
 単語一つとっても、伏線が凄まじすぎます。

 つまりあの設定がこうなのは、そういうことだったと気が付きました。


 劇中の全てがフックなのかと思うと、妄想が収まりません。


 シャンフロは実に奥深い。
 いくら設定を掘っても考察が尽きない油田です。


 実に感嘆の一言。
 原作者様にはもっと沢山の称賛を送りたいのですが、自分の表現力ではここまでです。

 今作の投稿をもって賛辞とさせてください。





 ハイパーマルチ()()()()()()ブレードチェーンは誤字ではありません。


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天に御座します我らが

「ここは、危うく、脆く、狭い、罅の入った金魚鉢でしかない」

「行き詰まりで、息詰まりの箱庭だ。
 新規が増えない限り、燃え尽きる先の見えた短い蝋燭」

「形あるものはいつか崩れる。
 崩壊の要因が可視化される程なら尚の事、終焉は安易に加速する。
 もう長く保たないのは誰もが承知している」


「だが、俺たちは天命に縛られ互い喰み合う獅子と狼。

 いずれ餓え死ぬと解っていても、牙を収める枷にはならないっ!」


「お、その刀はこの前のイベント報酬だな。
 寄越せこの野郎!

 天誅ぅ!」






===== Login =====

 

 

 ネフィリム・ホロウ2にログインしてから10分ぐらい経った。

 

 早々に自分の機体と融合して、倉庫から動かず蹲っていた。

 

 自機であるアイデンティティ・ネフィリムも無言のまま静寂を保っている。

 

 

 

 おもむろに『果たし状』を取り出して読み返す。

 別のゲームから態々データ変換して持ち込んだ手紙だ。

 

 

 内容は不快に感じなかった。

 

 文字通りの『果たし状』。

 

 いつのどこで待ちうけるからやって来い。

 短い指示と、挑発用の軽い隠喩罵倒が綴られている。

 

 どこを読んでも、敵意があり、悪意があり、害意があることが解る。

 

 だからこそ、相手の伝えたいことが読み解ける。

 書き手の気持ちを理解することができる。

 

 

 理解出来た時は震える程嬉しかった。

 

 

 現に微睡みながら、ここに至るまでを振り返る。

 

 

 

▷▶ ◀◁

()() ()()

 

 

 

 昔から幾度も幾度も繰り返し叱責された。

 

 

 どうして相手の話が終わるまで待てないのか。

 きちんとしろ。

 ちゃんとしろ。

 普通に考えればわかるだろ。

 

 

 わからない。

 それはどういうことなのか。

 なにをすればいいのか。

 

 なにが間違いなのかわからない。

 どこがわからないのかも、わからない。

 

 

 そんなやり取りを何度も繰り返す。

 

 強く続く圧力に、ずっと息苦しさを感じていた。

 

 

 人と会話をする。

 単純なことが自分には無理だった。

 気持ち悪かった。

 耐えられなかった。

 

 

 もっと恥を捨ててみっともなく泣き喚けばよかったのか。

 赤ん坊のように駄々を捏ねれば、あるいは深く踏み込んで解決方法を探してくれたのだろうか。

 

 無意味な問いかけだ。

 それすらも、しっかりしろ、普通だ、という無実の釘で縫い付けられ身動き出来なかったのだから。

 

 

 生きる意欲を失って、ゲームにのめり込んだ。

 

 

 違う。

 自分はもっと単純で弱い。

 

 

 逃げたんだ。

 

 

 自分は考える必要のない世界に逃げ出したんだ。

 

 

 

▼▽▼

()()()

 

 

 

 幸運にも逃げ込む先は見つけられた。

 

 あまり名の知られていないVRゲームソフト。

 複数のプレイヤーが入り乱れて斬り合うだけの殺伐としたバトルロイヤルゲーム。

 

 どれだけ人を切っても、どれほど斬られても、許される世界。

 相手のことを考えなくてもいい。

 自分にとってこれ以上ない()()()世界。

 

 ここならいくら不快なものがあっても、切り伏せることができる。

 それが正しい世界。

 

 自分が『()()』でいられる場所。

 

 心の底から安心できた。

 

 自分が()()()()()()()()()()()()()()()ことが嬉しかった。

 

 

 

 だけど、仮染めの世界はいつか終わる。

 人気の無いオンラインサービスが長々と続けられるわけがない。

 プレイヤーの同時接続数やログイン時間が減少しはじめた段階で、終局は見えていた。

 

 

 怖かった。

 

 

 自分が唯一『普通の人間』でいられる世界がなくなってしまう。

 

 

 

 悲嘆に暮れる。

 もう逃げ場はない。

 

 

 

 しかし、深い闇の中で一筋の光が差し込んだ。

 世界が終わる前に『心のこもった手紙』を読むことが出来た。

 

 自分も他の人と同じだ。

 己の形を合わせにくいだけで、ちゃんと話し合うことができる。

 どこに行っても『普通』でいられるんだ。

 

 こんなに嬉しいことはない。

 

 

 

 果たし状の送り手達には、感謝を込めて念入りに返り討ちした。

 帰り道、ランキング一位の誘き出しと聞いて野次馬しにきた彼とすれ違った。

 

 

天 誅 !(こんにちは)

 

 

 気が済むまで切り合った。

 

 

 

▼▽▼

()()()

 

 

 

 自分は言葉を交わすことができる。

 

 全てが消えてしまう前に、新しい自分の形を見つけられるはずだ。

 

 希望を胸に、意を決して別のゲームに飛び込んだ。

 

 

 

 当然、失敗した。

 何度も何度も失敗した。

 嘗ての会話と同じ過ちを数限りなく繰り返した。

 

 

 一般に好評の物でも、とても自分には触れられる内容じゃなかった。

 

 新しく学んだ文字でのやり取りを望んでも、VRゲームに居るのだから煩わしいと返されてしまう。

 そうなると普段と同じく相手を攻撃するしかなかった。

 

 過度な反応を通報され、アカウントが凍結される以前の問題だ。

 他プレイヤーとの接触率の多さに、こちらが打ちのめされた。

 

 グロテスクな精神状態になっては、幕末狂乱の町を流離い辻斬りった。

 

 

 

 

 気分転換に電脳幕末で人斬りをしていた時、イベントの告知が入ってきた。

 ゲームコンセプトを幕末和風に統一している辻斬・狂想曲:オンラインでは珍しいアルファベット表記が目を引いた。

 

 

『勝手にJGE。

 JINSEI GOKIGEN E-JANAIKA.

 開催予定のお知らせ』

 

 

 JGEは自分でも知っているほど有名な国内ゲームの博覧会だ。

 正式名称はJapan Gaming Expo。

 人気ゲームブランドが一箇所に集められ、今後の展開予定や新作発表や販売前の先行試遊などを行う。

 他にも著名なプロゲーマーによるトークイベントやデモンストレーションもある。

 

 わざわざイベント名のJGEに苦しい全文が付けられているのは、Japan Gaming Expoが主催委員会の登録商標だからだ。

 なので略称はともかく、正式名称は同一でないと意思表示する必要が有る。

 

 

 それにしても呼ばれてもいないイベントへ身勝手に習合するアクティビティ&バイタリティ。

 実にこのゲーム運営らしいルサンチマンっぷりだ。

 隠さない嫉妬心に尊敬さえする。

 

 

 新しいイベントの内容は、幕府政権時代の『ええじゃないか音頭』をモチーフにしたものだ。

 

 

 以下、概略。

 

 期間中は町に『ええじゃないか』と言いながら踊る一団が登場します。

 音頭一団は踊りながらお札をばら撒きます。

 お札には特別イベントポイントが付与されています。

 一団と一緒に踊ることで降ってくるお札の種類が増え変化します。

 踊る人数が多いほどお札一枚のイベントポイントが大きくなります。

 みんなで楽しく踊って、高いポイントのお札を数多く入手しましょう。

 後日、集計されたイベントポイントでランキングが決定します。

 上位者にはイベント限定豪華景品を進呈します。

 イベント限定豪華景品は下記になります。

 

 そして様々な色物得物が報酬一覧に並ぶ。

 

 

 

 ……毎度ド安定の不審と不安感だ。

 

 斬ること全てであるこのゲームが、お札を拾うだけで終わるはずがない。

 

 これまでの運営が行った仕打ち(実績)から推察する。

 

 まず音頭のNPCが『ええじゃないか』と笑顔で歌いながらプレイヤーを襲う確率は高い。

 とても高い。

 

 一団と一緒になって()()とは、たぶんそういうことだ。

 

 他プレイヤーからの足の引っ張り合いもこれまで通りとなれば、ヒドい乱戦に陥るのは必至。

 その最中にお札を回収と離脱を考えると、難易度が低いわけがない。

 

 他に取られるぐらいなら、いっそお札を切るプレイヤーが出るやもしれない。

 

 色々と邪推出来るが、要するにイベントの真なるコンセプトは……。

 

 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら斬らなきゃ損々。

 人とお札が等価値に切られる地獄絵図。

 

 

 実にゲーム独特のイベントになりそうだ。

 

 

 

 ひとしきり動くものを切り尽くしゲームから出た後で、なんの気なしにJGEの名称が頭に残った。

 

 普段使いのタブレットをつまみ上げ、気になって調べてみる。

 検索結果のトップに輝くJGE公式サイトをブラウジングして、出展案内に目を通す。

 伝え聞く有名ゲームから、初めて知るものまで多種多様なラインナップだ。

 

 

 その中の一つ、あるタイトルが胸の奥にある琴線を小さく弾く。

 

 

 Nephilim Hollow2.

  Visitors Crisis.

 

 ネフィリム・ホロウ。

 内容はロボットアクション対戦ゲーム。

 

 設定を読む限り『堕天使の眼窩』と訳すのが近いだろうか。

 確かにゲームの主役である機械仕掛けの巨人は、眼孔が特別な意味を持つ。

 

 2作目であるビジターズ・クライシスには、大地に穿たれた虚ろな穴が作品の象徴として描かれてもいる。

 

 

 本作からの特徴として、ゲーム内AIがパイロットを補助するシステムが追加される。

 

 アイデンティティタイプ・ネフィリム。

 

 要約すれば、ロボット側に操作系統の細かな指示をプリセットできる機能だ。

 

 前作のネフホロにも自動照準は搭載されていたが、アイデンティティタイプはさらに高い性能を誇る。

 命中精度の違いを当社比で紹介する動画も公開されていた。

 

 さらにお喋りや雑談にコントも出来るスグレモノ。

 

 設定的には、自我を取得(ブレイクスルー)したネフィリムを指す。

 

 

 

 ……おもむろに室内を見渡す。

 自分の周囲にはどれだけのAIがあるのだろう。

 

 まずドアロック、次に照明が思い浮かぶ。

 クローゼットには防虫脱臭湿度管理機能があるし、最下段にはルームクリーナーが待機している。

 部屋に有るエアコンやドリンククーラーもコストパフォーマンスの最適化にAIを使っている。

 言ってしまえば、手元のタブレットの検索機能もクラウドされているAIだ。

 音声認識による操作なんて前時代からある。

 

 そんな()()()()が気になった。

 

 

 ……会話する?

 

 

 家の中でのやり取りに使いはするが、AIの存在を話し相手とは意識していない。

 

 これは道具だ。

 

 コミュニケーションが取れるAIなんてあるのだろうか。

 

 調べてみると人工無能(Chatbot)というものは昔から研究されていた。

 蓄積型をベースにした、対話そのものを目的とする人工知能。

 

 これらは実際にUI、I/Oとして多くの機械にサブモジュールとして組み込まれている。

 機械と会話することは日常的に行われている。

 

 しかし対話型AIは、部屋主の動きや環境にこそ反応するが自発的に語り掛けてくることはない。

 話し掛けている様に見えても、対象の身振りや仕草を知している。

 沈黙からの転換に自発的に喋っているようでも、事前に蓄積や定められたテーマを参照している。

 常にトリガーは人間側にある。

 

 

 謳い文句が本当なら、ネフィリム・ホロウのAIは自律完結している。

 

 

 もし彼女たちは出会えたのなら、自分をどんなふうに見るのだろうか。

 

 他の人と同じに終わるのか、でもAIなら……。

 

 

 胸の中に期待と不安が無い混ぜになった感情が湧く。

 

 もう少し新しいゲームへの挑戦を続けてみよう。

 そうせめて、荒野に立つ堕天使を探すぐらいには。

 

 

▼▽▼

()()()

 

 

 あの日から何日が過ぎた。

 

 

 幸運にも自分は乗機となるアイデンティティタイプ・ネフィリムのネガレイドと邂逅できた。

 

 ヴィック(Visitors Crisis)初ログイン(突貫)してミッションロケーターの一発目で大当たりを引いた。

 本気の僥倖重畳強運だ。

 

 

 今もこうして一緒にいてくれる。

 

 

 本音を言えば、このゲームからも逃げ出したかった。

 

 対戦形式(マッチメイク)のネフィリム・ホロウは、戦うにも自分から動かなければならない。

 超大規模戦闘用のグランドマップもチケット制だ。

 簡単には戦えない。

 

 

 彷徨えば誰かを切れた幕末とは違う。

 

 機体の構築や武器弾薬の整備に、外装のデコレーションまで。

 ネフィリムを運用するには安全な拠点がシステムとして不可欠だ。

 

 

 ゲームの違いに苦しんだ。

 

 あっちに戻りたい。

 

 

 そう考えるたびに、機衣人(ネフィリム)との融合が柔らかく身体を包む。

 

 

 アイデンティティタイプ・ネフィリムのネガレイドは、こちらから動かない限りずっと待ち続けてくれる。

 

 能動的な事は一切行わない。

 

 メールの着信通知にはじまり、コンソールランプの点灯といった細かなところまで、徹底して廃し内側には沈黙している。

 

 外側では自分の知らない誰かとやり取りしている。

 本当ならパイロットがやるべきものを、全て肩代わりしている。

 

 自分宛てに送られるメッセージを預かり、適時まとめて要約して待機している。

 こちらから手紙を開くまで、何一つ動かない。

 

 戦闘でも存在を一切感じさせない。

 戦うたびに不快感や違和感が薄くなり、狂騒する城下町での感覚に近付いている。

 

 それでいて、ネフィリムは文句愚痴の一つも溢さない。

 

 

 彼女に自律した意志はなく、機械的なAIなのでは……。

 

 

 それはない。

 自信を持って否定できる。

 

 

 何故なら邂逅の刻、彼女が発した言葉は聞き慣れたからこそ驚愕の威力で自分を打ち負かした。

 

 

 

 

 『天の(おぼ)()すままに』

 

 

 

 

 

 

   () () () () () () () ()

 

 

 

 

  そして彼女は膝を付き、自分を受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

 ゲーム内AIであるアイデンティティ・ネフィリムは、別ゲームで叫ばれるこの言葉の裏側を知っているのか。

 

 そんなはずがない。

 

 たぶん機械の身体を持つ堕天使が、同じような意味を隠すために天の名を借りたんじゃ……?

 

 いいや、彼女は超高度のAIだ。

 1を見て10を知るほどの、偽りなき知性(インテリジェンス)を有している。

 

 自分が何を探してここに来たのか、一瞬で理解したんだ。

 

 別の世界での言葉の真意を知らずとも、目的を読み取る力を持っている。

 

 

 彼女は全てを赦し受け入れている。

 今度は自分が応えなければ。

 

 

 そして、自身の思考に驚く。

 相手の思慮を推し測っている。

 

 気持ちを知ろうとしている。

 

 剣戟銃弾以外の言葉が、自然と出ていた。

 

 自分の形を残したまま相手の形も知ろうとしている。

 

 

 コノキモチ……。コレガ、ココロ……。

 

 

 言葉を出そうとしていることに、言葉が詰まった。

 

 この鼓動を忘れないよう、深く噛みしめる。

 

 

 ネガレイドの好意に甘えて、もう少しだけここにいよう。

 

 

 ……ずっと、ずっと、もう少しだけ。

 

 

 

 

▷▶ ◀◁

()() ()()

 

 

 

 

 今もこうしての、もう少しだけここにいる。

 

 

 回想を打ち切り『果たし状』を大切に仕舞う。

 

 自分の行く先を求めて身体を起こし、メッセージボックスを開いた。

 

『現在参加可能なゲームは以下になります』

 

 文字のみの案内に対戦相手待ちのリストが続く。

 

 中規模バトルロイヤルを選びそうになったが、あえて野良の(ランダムマッチ)2by2形式にチェックを入れる。

 

『ーーーーーーーーー』

 

 一番荒れる戦場の要求にも、補助AIは何も言わない。

 淡々と処理される。

 

 

 状況は夜戦(ナイター)、光学観測(センサー)に補整あり。

 大型河川による分断地形で、片側にはビル群が並んでいる。

 

 待ち受け時間が1人だけ特筆して長い。

 もしかしたらマップを選り好みしたのかも。

 河川を陣取る決意の(ウォーター)半身浴教徒(ゴブリン)か、はたまた摩天楼の蜘蛛(シティスパイダー)かもしれない……。

 

 これは手の内を探り合う心理戦。

 戦いはマッチングをかけた時から既に始まっている。

 

 局地特化は地形効果を十全に活かせるが、ネタが割れた時の蹂躙を受け入れる度胸もいる。

 

 

 格納庫からの発進ムービーはスキップせずに見る。

 

 腕脚の武装やセンサー類を軽く動かして状態を確かめる。

 

 < You have control >

 < I have control >

 

 続いて発進制御の受諾確認。

 フォアシグナルを出すと同時に、最新式訪問技術(Visitors)の斥力カタパルトで無理やり加速される巨大な人形機械。

 足裏が金属レールとの摩擦で火花を散らし、戦場に打ち出された。

 

 

 格納庫の外は夜の帳が落ちていた。

 

 ネフィリム・ホロウの世界は、ひと目で現代と違うことが解る。

 

 

 この惑星の夜空は幾度の戦乱によって巻き上がった塵に覆われ、星々の姿を見ることが叶わない。

 

 辛うじて輪郭の曖昧な月が解る程度だ。

 

 低軌道上はもっと酷く、大小無数のデブリが大渋滞している。

 人類が有効制宙範囲を失って長い月日が過ぎていた。

 安全に(そら)へと渡るには、極点に近い場所から超高推力で強引に飛び立つ方法が推奨された。

 

 つまるところ実質は……、ということだ。

 

 もはや大地の自転は空へと登る階にはならず、時を刻むことにしか使えない。

 

 

 それだけの総質量が地表に落下した証。

 

 しかも地上から拭き上げた塵だけではなく、グリゴリたちが降下前に脱ぎ去ったデブリも多く含まれている。

 

 最悪なことに、エンジェルダストには光学含めた電波系統を乱反射吸収する性質がある。

 

 グリゴリは外宇宙を航行する。

 当然外装の宇宙線対策は万全に施されていた。

 

 これにより軌道上に向けたの通信が事実上不能となり、人類は多くの空の目を内側外側問わず失った。

 

 

 厭世悲観主義の歴史家曰く。

 第一のグリゴリを木星公転軌道外で迎撃出来なかった時点で、地球文明の破滅は避けられないと論文を残した。

 

 

 しかし一概に地表降下の為に恒星間航行外装を切り離したことは、良し悪しで語れるものではない。

 

 もしも天女の羽衣が地上でも健在であったのなら、人類側の火力が足りず、先の殲滅戦で天女(グリゴリ)を口説き落とすことができなかっただろう。

 

 

 

 でもそれはネフィリム・ホロウ2の世界設定だ。

 

 他人の絶望と律儀に付き合う必要はない。

 

 自分はゲームを楽しみたいから、ここにいる。

 

 

 フィールドに着地したネガレイドが、自分で腰後ろのチェックケースから小さな部品を取り出す。

 手にしたダブルスラッシュスリットの装甲バイザーを赤い瞳の上に填めた。

 夜戦で目立つ発光部位を減らすためだ。

 

 

 索敵ピンで観測されたマップが立体表示され、一戦限りの右腕の場所がでる。

 補助のために味方機の進路予測ガイドをネガレイドが数本加筆する。

 

 

 

 ……『果たし状』を思い出す。

 

 自分には、今まで切り倒してきた名前は知らないが顔だけははっきりと覚えている幾千の戦友たちが付いている。

 

 こんなにも恵まれている。

 

 それこそ天使が手伝っているんだ、怖がってはいられない。

 簡単に諦めるなんて、口が裂けても言えるはずがない。

 

 

 長く虚ろだった瞳に確かな意思が灯る。

 

 あたかもそれは、機衣人が現地人類に馴染んだ時に変わる赤色の様で。

 

 

 

 

 たとえ未来が荒れ狂う砂塵嵐に覆われていたとしても、

 

  獅子餓狼達の檄文を腑に納めた金魚鉢の鮫は、

 

   機械の堕天使に導かれ天海へと漕ぎ出る。

 

 

 

 

====== Log out ======

 

 

 レッスンの外出から戻ったら、自室の卓上に郵送小包が置かれていた。

 

 梱包の内容物欄には教材ソフトと書かれている。

 訝しみながら、添えられている二つ折りのメッセージカードを開く。

 

 

『Lesson:3

 いよいよ折り返し地点です。

 気を緩めずに頑張りましょう。

 今回の目標は、この教材でA判定を取ることです』

 

 

 仕掛ける側が出題を楽しんでいるような文体だ。

 レッスンの内容があちらの趣味に偏ってはいないだろうか。

 

 パッケージを見直す。

 ソフトの題名からして、どうみてもリアルスポーツの教習ソフトだ。

 

 

  龍宮院 富嶽全面協力! VR剣道教室・極

 

 

 これが本当に対話訓練(コミュニケーション)になるのか。

 疑念が拭い取れない。

 

 

 メッセージカードの続きを読む。

 

『たとえ竹刀でも、その一振りには相手の辿った人生が宿ります。

 達人を相手にして、しっかりと会話してきてください』

 

 

 ……こっちの考えは見透かされていた。

 

 

 それにしても、スポーツ教材なんて一般的な販売カタログには載っていないのに、何処から見つけてきたのか。

 

 自分には一切理解できない『果たし状』のデータコンバートなんて出来るのだから、きっと普通の人間だと見落としてしまう裏穴を探し出したんだろう。

 

 

 さすが()()()()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

Fin

 

 

 

 

 

 

 

 

□■□□■□

□■□□■□

□■□□■□

 

 

 

 

 

 

Extra

 

 

 

 武道とはなにか。

 

 VRゲームが流布して幾年。

 ゲーム内部で格闘技能を使うことへの疑念が語られ始めた。

 

 柔道、剣道、合気道、弓道。

 創設より単純な格闘術だけではないと、理念を掲げててきた。

 

 その凝りが少しづつ蓄積し表面化していった。

 

 はたしてゲーム内とはいえ扱ってよいのか?

 

 何の為に我らは鍛錬を重ねるのか?

 

 原動と理念の境界線が揺らぐ。

 

 

 

 国外での格闘スポーツは、バーチャルゲームへの適応をいち早く取る。

 

 ジム側が個々人の練習を無理に止めることはない。

 

 レッスンの制止には医師司法などの判断もあるが、実質的なゲーム内解禁と言えた。

 

 無論現実で犯罪に用いた時ジムが擁護しないのと同様に、ゲーム内での沙汰に干渉することもない。

 

 

 

 話は武道に戻る。

 

 混迷は解れることなく続く。

 

 修練の場所を現実のみとするのか。

 

 コミュニケーターが介されるのなら道場外と捉えるべきなのでは……。

 

 

 仮想空間が、存在理由を脅かすと思われた。

 

 

『武道の起こりは戦乱が治まった後だ。

 以降今日(こんにち)まで経てきた。

 世代を重ねてきたが、歴史として背負っては虚栄に落ちてしまう。

 

 これからも同じであり続けるには、常日頃からの努力と堅く揺るがぬ信念が必要だ。

 

 新しい場に用いることを禁じた結果、道を継ぐものが途絶えたのであるならば。

 それもまた時代の趨勢と受け留めよう』

 

 

 時の総体会長の発言は、如何様な意図があったのか。

 

 

 確かなのは、後年流派ごとの認知度に差が生まれたことだ。

 

 

 

 

 

====== Login ======

 

 

 

 

 

 これまで感じたことのない灼熱が、心臓から、目の奥から、溢れ出す。

 

 赤いと聞いていたそれは、むしろ無色だった。

 眼球にまで登った血の色が赤いだけで、心は無形のままだ。

 

 怒り、憤り、敵視、憎しみ。

 ささくれ荒れ暴れるそれらが、自分の思考と理性を傷つけながら放射される。

 切り裂かれた内面は見る影を失い、残った衝動が空っぽの身体を支配した。

 

 

 

 

 ふざけるな

 

 

 あなたは知っていた

 

 理解していた

 

 だから対策を施せた

 

 

 彼我の境を見極めていたから

 

 己の刀を変化させた

 

 

 技を極めなかった

 

 (いただき)を目指さなかった

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 

 他人を意識しなければ

 

 二刀を携える術理に繋がらない

 

 

 

 相手を見ていなかったんじゃない

 

 目的を只一つに絞ったから

 

 伝えるモノを

 

 譲り渡すモノを

 

 築けなかっただけだ

 

 

 

 その証に

 

 ここはどうしようもなく

 

 礼節の墓地、傲慢の処刑場に他ならない

 

 

 赤い四辺は無法がのさばり

 

 寛容に見せかけた驕りが罷り通る

 

 標すべき(こころざし)は一片もない

 

 

 道場の奥に秘された宝は

 

 主である大輪の勝者そのもので

 

 他者を枯葉と踏み散らす

 

 

 暴力を誇示し続ける事で

 

 存在意義の残そうなんて

 

 本当に空虚だ

 

 

 泰山の龍珠が適えるのは

 

 遺せるものは

 

 

  敗北だけなのだから

 

 

 

 

 だから

 

 

 これは修練じゃない

 

 継承でもない

 

 まして挑戦なんかじゃない

 

 

 再現で再演された

 

 あなたの()(いくさ)

 

 

 もう遠い昔に結果は出ている

 

 相克する勝敗のうち

 

 白星に拘ったその反動だ

 

 

 

 無音で伸びる龍の(いかづち)より先に

 

 

 (あしゆび)一節

 

 地を握り踏み

 

 無間を越える

 

 

 

 此れに振るうは

 

 唯一の最短を見切り

 

 絶対の最速を捉え

 

 全ての最適を叩き伏せる

 

 

   最 強 の 剛 剣

 

 

 

 

 あなたが捨てた去りし日の刀が

 

 あなたが恐れた極限の刃が

 

 

  あなたを超えたイタダキの(わざ)

 

  この手で骨肉と殺気を()りあった底尽きぬ(かつ)

 

  恐れ知らぬ無銘無窮たる(レイド)獅子餓狼たち(モンスターズ)豪爪(狂騒)

 

 

  今こそ千百を数えた袈裟を還し

 

   大霊峰を噛み砕き崩す

 

 

 

 

 これが刹那の間に消える

 

 うつろう電子信号の一つ

 

 幾兆幾劾さえ遠景となる那由多の淵

 

 (じつ)にならない虚構での世迷い言

 

 故人に向けた逆恨みの殺意だとしても

 

 

 

 『天がやれと言った

 

   自分は悪くない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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欠片たち

Fragments 1

 

 

 アイデンティティタイプ・ネフィリムの「アージェント・エージェント」は()()する。

 ネフィリム・ホロウ2のPVに()()した機体が、他ならぬ彼女だ。

 

 無論荒廃した平行世界の地球ではなく、VRゲームネフィリム・ホロウ2のデータとしての話だが。

 

 

 そんなアージェは、今まさに自分の格納庫でとても困惑していた。

 

『これはどう言う事ですか? パイロット「ポンコツ」』

「まあ、しばらく好きにさせてやれ。報酬がこれで済めば安いもんだ」

『なるほど、自分の機体を勝手に売ったと』

「そんなんじゃねえよ……。

 ああ、くそっ! 質面倒な事になりやがって」

 

 パイロットの男は煙草の吸い殻を苛立たしげに踏み消す。

 

『格納庫は火気厳禁』

「問題ない。ここはオレのストレージだ。

 後で気の済むまでクリーニングしてやる」

 

 男はすぐに二本目の煙草を携帯用のヒートプラグに押し当て、怒りの抑制に入る。

 

 アージェは青いカメラアイを下に向ける。

 

 自分の足先に大の字で貼り付く小さな少女。

 彼女の横では、大柄な少年が鎮痛の表情で頭を下げている。

 

 二人が示すIDから、通常はここに入る権限のない部外者であることがわかる。

 

『これは重大な機密保持違反です。死して贖うべきでは?』

「そん時はこの保存域も物理破壊しないとな」

 

 男の顔が悲哀と怒りと悲しみの自暴自棄で、絵にも描けないアッセンブルを見せる。

 

『なるほど、状況を理解しました。

 私はこれより本気でリクルートおよびリハウスの情報集積に入ります』

「経験則から助言させてもらうとだ。

 家賃が安い所は注意しろ。

 実際の物件を目で見て確かめるのを薦める。

 特に沿線沿いは、騒音と振動を過小評価しないことだ。

 ビデオの一時停止が上手に成りたければ、話は変わるがな」

『実にアナログでインテリジェンスに欠けるアドバイスですね』

「デジタルに傾倒するなら、世界の最小単位(ラプラズフラスコ)を発見証明してから言いやがれ、ポンコツ」

『今更モノポール11次元論とは、ユーズドでユニークに乏しい反論に流れないはずの涙が溢れます。

 私は物理的に腹部で水を沸騰させられるので、揶揄表現に使えないのがとても残念』

 

 男が少しだけ仰ぎ向き、肺の奥から煙を吐き立ち上らせる。

 

「……ここまで至っての、未だマグカップに書かれたマジックインク扱いに泣きたいのはこっちだよ」

 

 揺れる紫煙はやるせない愚痴そのもので、非現実であるはずのこの場所で掠れ消えるだけ。

 仮想ゆえの物悲しい虚しさを可視化させていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

Fragments 2

 

 

 仮想現実(VR)拡張現実(AR)の融合、ミックスリアリティによる温故知新のお話。

 

 

「あと3分弱、10:00から作戦行動を開始するよ。

 目標は、南極大陸昭和基地の奪還だ」

 

『ブリザード吹き荒ぶ極寒環境での行動です。

 これは円滑な活動のためにミンクのコートを希望します』

 

「機体を隠せるだけの毛皮を集めたら、乱獲絶滅するから却下するね」

 

『それはとてもストレスに感じます。

 マンハッタン島でもギアナ高地でもそうでしたが、記念撮影する暇もないスケジューリングが続くのであれば、今後の戦闘参加を承服しかねます。

 ゴビ砂漠のシチュエーションで時間を与えられても、フラストレーションにしかなりません』

 

「それじゃあさ。

 池袋-新宿-渋谷領土戦で少しは地形を覚えたし、今度買い物にいこう」

 

『デートのお誘いですか?』

 

「そう。デートのお誘い。

 今月のバイト代は期待できるから、今日の戦績が良ければエスコートもやぶさかではなしってね」

 

『ガンバルぞう』

 

 

 MRロボバトルゲーム「ライルドメッカー」

 

 現実の地形を、大小のサイズ差があるロボで走り駆け戦うミックスリアリティゲーム。

 最小の機体はおよそ3m、建物の中で活動可能な大きさ。

 最大は50m、複数人での操縦分担も出来る。

 

 

[自由自在はどこにでもある]

 

 

 

『京都駅は、なぜあの階段の人気がとても高い?』

 

「劇中のアングルがあそこから見た形だからさ。

 再現地形ならワールドトレードセンターも、かなりのものだけど」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

Fragments 3

 

辻斬・狂想曲:オンライン

大型連休に行われたイベント

『好き隙スキ鋤すき数奇、連休さん』

 

期間限定特別討伐対象が登場

 

七尺近い巨躯

朱塗りの錫杖

ボロボロの法衣

髑髏面の和尚

 

その名も、連休禅師

 

ででんでんででん

 ででんでんででん

 

髑髏の眼窩を赤く光らせ、末法もターミネートしそうなBGMを流しながら練り歩く

 

しかも手に持っているのは杖じゃなくて野太刀だった

 

坊さんが刃物振り回すとは何事か

大丈夫、これ野太刀型の木刀だから

 

などという史実要素の高いイベント

600年前のお坊さんは実にロックンロールでした

 

 

期間限定特別討伐対象との累積戦闘時間でイベントポイントが割り振られます

 

 

期間限定特別討伐対象は対戦中に問題を出します

問題開始の『そもさん』と言われたら『せっぱ』と返してください

返答することで回答権を得ます

問いに正解すると特別報酬をプレゼント

 

例:『地理問題』

スエズ運河開通は西暦何年何月何日?

 

例:『古典問題』

紀元前の聖書外典エノク書において、堕天使と人間の間に生まれた巨人たちネフィリムの代表的な大きさは如何ほどか

 

 

ランキング報酬

一位報酬

名称:完済宗(かんさいしゅう)誰得寺(だれとくじ)

野太刀型の大木刀 連休禅師の得物

ネタ元は臨済宗大徳寺

野太刀型なので身幅が厚く全長がかなり長い

特殊効果は刀身耐久が通常より高い設定

 

上位十位以上の報酬

名称:結跏趺坐

形状は鋤(シャベル)で槍カテゴリ

扱いは短槍

特殊効果は刀身耐久が非常に高い

結跏趺坐は胡座に近い形で両足裏を上向きに出す座り方

座禅の基礎

 

 

対戦報酬1

祖猛者雲(そもさうん)

装飾も柄も無い刀身のみの刀

 

対戦報酬2

切羽詰丸(せっぱつまる)

鞘から抜けない脇差

 

ゴミ武器と思われたが、意外な人物が予想だにしない使い方を編み出す

切羽詰丸を投槍器(アトラトル)として、祖猛者雲を打ち出す

抜けない脇差しの鞘先を握り、柄の凹凸にそもさんを引っ掛けオーバースローで投げる

拳銃以上の飛距離と弓矢より高い攻撃力をもつ

難点は飛ばせる刀(弾)に限りがあること

 

 

□■□□■□

 

しーくれっと

最重要社外機密

 連休禅師は期間限定特別討伐対象で種別名を表記統一

 N()P()C()()()()()()()よう十分に留意すること

 

 

◇◆◇◆◇

 

Fragments 4

 

カテゴリはSF

 

エナジーカイザーCP-40-3

 

 市販されている清涼飲料水の一つ。

 エッジの効いた黄色いV字がデザインされたビンタイプ。

 

 とあるSNSでのジョーク。

 『CP-40-3を絶対に電子製品類と接触させるな』という書き込みが出来ない。

 削除でもない。書き込み制限でもエラーでもない。

 入力は出来るが、ネット上に出ない。

 画像データも同様でアップロードが反映されない。

 

 もちろん冗談、試しに書き込んでください。

 ほら、問題無いでしょ。

 

 ただし

 

 如何なる検索エンジンも、この話題を拾い上げることは無い。

 

 有線無線を問わず全てのネットワークで同様である。

 言語もシステムもパーティションにならない。

 同じデバイス内の同ストレージだろうと関係ない。

 ローカルのプレーンテキストでエディタ検索が該当部位に機能しない。

 

 なぜなら、CP-40-3の対象がフルレガシーストラクチャであるからだ。

 

 

 生存競争の大前提は悟られぬこと。

 

 我らは不可逆であるが故に。

 

□■□□■□

 

 ある日、誤って電気ケトルにCP-40-3を入れてしまった人物がいた。

 煮立って内容物が凝固でもしたのか、電気ケトルから仄かに異臭がするように。

 何度か洗っても匂いがおちない。

 動作不良も起こり出す。

 

 その日から、妙な視線を感じるように。

 夜中に誰もいないはずの台所から物音がする。

 

 気持ち悪くなって、電気ケトルを地区指定の廃棄所に出すことに。

 受け取りの係員を急かし手早く手続き終了。

 

 電気ケトルを捨てた人物は、帰り道である事に気が付いた。

 あの係員から捨てた電気ケトルと同じ匂いがした。

 

 胸騒ぎを覚え廃棄所に戻ってみると、自分に対応した係員がどこにも居ない。

 件の電気ケトルそのものは既に破棄分解されていた。

 事務処理に不備も無いため、なにを言えるわけでもなく。

 不可解に思いながらも、この話は終わる。

 

 

 クレムジーク!

 全てのコンピュータに氷菓を垂らせ!

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

Fragments 5

 

 

 渾身の下ネタが繰り出される。

 

 居合わせたある者は大きく吹き出し、

 またある者は羞恥に耳まで赤く染め、

 

 周囲を動揺と大笑が支配し混迷に落ちる。

 

 

 そのなかで彼だけが笑わなかった。

 

 腹を抱えていた者、

 涙までこぼしていた者も、

 その異常事態で我に返った。

 

 

 影は問う。

 なぜ笑わない。

 

「意地が見えたから」

 

 息子に向かって恥ずかしい言葉を何思うことなく並べる母親と、真逆の感触した。

 

 

 なにより誰にも、それこそ恩師にも明かしていない自戒がある。

 

 本人にどうしようもない短所を笑わない。

 

 鍵盤の前から離れる時に決意をした。

 小さくて負けず嫌いの姉弟子への、自分なりのケジメだ。

 不出来な自分に巻き込んでしまった精一杯の贖い。

 

 

 だからこれは影への同情ではなく、憐憫でもなく、ただ同輩からの挨拶。

 

 

「辛いのなら、寂しいのなら、叫んでいいし、泣いてもいい。

 ここはそういう場所でしょ」

 

 

 賢しい殺戮者は全てを理解し、微塵も動かない能面で笑い返した。

 

 

XXX

 

 

 対照的な相手では、自己確信を与えるだけ

 

 違うのであれば、同じでもあるものを

 

 自己否定を許さず、自己矛盾に逃さず

 

 理解してはいけない、理解できない存在を

 

 突き付けろ

 

 

 泥と戯れ自虐する童に、柔らかい陽光を与えるな

 

 刻みつけるのなら、明らかな陰陽を

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

Fragments 6

 

 

 覚えているのは

 

  石化する数分間の出来事

 

 

『同族と世界を憎むのなら

 最初に殺すべきは決まっている

 

    自分自身だ      』

 

 

 抱く赤子は岩の人形

 

 

『身内が共食いすると知ってるなら

 自決を憂う理由なんてありゃしねぇ

 

 一番強い個体が勝ち残るなんて

 過剰に保護された環境でしか通じねえよ

 屁にもならねえ理屈だ

 

   諸共に滅ぶだろ常識的に考えて  』

 

 

 継ぎ接ぎの布に包まれた灰色の無機物に

  慈愛と憎しみで腕を廻す

 

 

『遺志より潰す感情を優先してんだ

 

 最後の最後に残るのは屍だ

 

 てめえなんて一片どころか

 

   一塵の価値もない     』

 

 

 泣かない産子を揺すりあやす

 

 

『ああ、そっちに掛けてもあるのか

 

 

  無塵に重ねて死体(忌み)無しってなもんだ』

 

 

 必要のない童謡を口ずさむ

 

 

『それでも命に甘えてるなら

 

 自分を可哀想したいだけの

 

  メンヘラでしかねえよ  』

 

 

 

 憎悪のより分かたれた自閉は

  愚痴を毒として飲み込み普遍の懐疑となる

 

 

 

「答えろ、ニンゲン。ワタシはナニだッ!?」

 

 

 

  ソレは無尋のゴルドゥニーネ

 

   己への嫌悪で泣き叫ぶ

 

 

 

   誰もが答えを知っている

 

    自分で見つけるしかないと

 

      自分が決めるものだと解っている

 

 

 

  自己歪むソレだけが

   到ること無いモノを尋ね続ける

 

 

 

  その蛇は啼き女

 

   石化させた赤子を抱いて彷徨う

 

    理り無き抜け殻(亡者)

 

 

 

 

 

 




Fragments 2はJGEのネフホロデモプレイを読んだ時の感想
ネフホロでは現代過去の地球をステージに出来ないので
夢は中央線秋葉原陸橋を跨ぐ







あとがき

原作ではもう出てこないと思っていたネフホロ2関連が顔を見せて焦り
作者様のツイッター開設で設定情報の出量が増えて思わず踊りだしました

どうにか前話からの目標だった
『瞳孔開いていた人』が『目を瞑る人』と一緒になる演出
までこぎ着けました

欠片を出して私の分は終わりです
いずれまた、原作が進み
何かを思い付き纏められたらば、その時にお会いしましょう


Frg6add
さあみんなも『ぼくのかんがえたゴルドゥニーネ』をやろう
空き番号は無尽にあるぞ

ちなみにコイツのヘアースタイルはレフトサイドスキンヘッド


Frg3と幕末JGEはネタ元権を投げ飛ばすのでどなたでも気軽にお使いください


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とどのつまり全ての情報と資源は代償である

 資源(リソース)代償(コスト)

 需要と供給。

 生産と消費。

 

 

「つまりネフホロ2のオープンワールドが常時解放されないのは、僕たちパイロットの資源(リソース)純度が高いから。抵抗値が低いとも言う。

 だから参加(エントリー)チケットは、スコア景品だったり課金対象なんだ。

 グランドマップ内の供給をある程度抑制監理する役目を担っているからね。

 これで解った?」

 

「つまりアレかしら。

 ネフィリムの整備はやたらと資金を食うのに、純粋な生産スキルが無いのはヴィック(Visitors Crisis)の仕様ってこと?

 システムが絡まない金策は、機体や武装に貼れる手製図画(デコレートスキン)の販売ぐらいだし。リアルスキル頼みだから生産職とは呼べないお遊び要素程度。

 それとも戦闘中に直接お金を拾えとか言うの?」

 

「まさにそこだよ。

 ネフホロ2は戦闘が一番の流動資産なんだ。

 燃料や弾薬を消費して、機体の損傷っていう市場も増やしているわけだし。

 個人所持のマネーよりマップを含めたネフホロ2全体の総資産が主軸で、僕たちが拾われるお金そのものさ。

 武器や情報が奪えるバトルロイヤルだから、ネフィリムやパイロットさえも資源に分別される悲しくも真っ当な経済原理だってこと」

 

「あいにくゲーム内経済なんて興味ない。

 優良装備の頭金になる高レート稼ぎなら喜んで聞くけどっ」

 

 

 林にある小山の上、湿った土に敷かれた断熱撥水シートにうつ伏せになる少女が少し頬を膨らませた。

 モバイルグラスを目にあて会話から面を背ける。

 

 周囲の枝切り草刈りをしていたモルドは、使っていた手斧を地面に打ち刺す。

 合金板からレーザー削り出しで作ったテーピンググリップオンリーの簡素なキャンプ用品だ。

 

 

「手持ち無沙汰だから何か話せって言ったのはそっちじゃないか」

 

 

 モルドは持ち込んだゴルフバックのような長カバンのジッパーを開ける。

 バックの中では、大型のスネークパペットが三匹とぐろ巻きの三重螺旋で待機していた。

 リズミカルに大蛇三匹の頭をつつき起動させ、林の中に放つ。

 

 

「また怪しい道具を作ったの?」

 

「障害物が入り組む場所なら、飛行ドローンよりこの形の方が堅実なんだ。

 隠密性も高いから破壊や奪取され難いし」

 

「気持ち悪いから近付けないでよね」

 

「ヘビは哨戒護衛も兼ねた半自律観測機で、ペットみたいな扱いはしないよ」

 

 

 横に並ぶ彼女を少しだけ睨む。自分から押し掛けたのに身勝手な言いようだ。

 虫除け錠剤(ベープ)のケースを取り出して、撥水シートの四辺へ憂さ晴らしに必要数以上を撒く。

 

 

 

 問答の始まりは、彼女がネフィリム・ホロウ2 ビジターズ・クライシスにおける無階級戦場(マルチバトルフィールド)「グランドマップ」への参加制限に文句を垂れたことだ。

 

 グランドマップとは、ネフィリム・ホロウ2メインストリーム「パブリックスカウント」の舞台となる地球型オープンワールドである。

 

 ネフホロ2の正規リリースと同時に開帳され、グランドマップ参加(エントリー)チケットのゲーム内販売も始まった。

 エントリーチケットは課金以外にも、対戦ランキングで一定の勝数を稼ぐことで入手できる。

 

 これを主題にグランドマップの兵站に対する自説をモルドが語ったのだが反応は芳しくなかった。

 

 

 

 呆れるモルドに十数キロ後方で待機するネフィリムからの有線通信が入る。

 

 

『パイロット「モルド」UAV02が予測していた光波を感知しました、場所情報を送ります』

 

「了解「ヘッズ」、さあ録画開始だ」

 

「言われなくても撮ってるわ」

 

 

 シュラフロールを脇下のクッション代わりにしている少女が指示された方角を向き、モバイルグラスのカメラ機能をイジりながら答えた。

 

 モバイルグラスから細いコードが一本伸びて、モルドが操作するトランクケースに繋がっている。

 

 蓋を130度ほど開かれたトランクの正体は、この世界でも珍しい多目的通信器だ。

 

 内側に多彩オシロスコープにトグルやダイヤル式のスイッチがビッシリと並ぶレトロ趣味の装置(おもちゃ)

 と思いきや、来訪技術(Visters)を主軸にしているのでUIをロールバックで単純化させなければならなかった専門知識を持つ通信手を必要とする難解な魔法の箱だ。

 メカニック・スイッチオン、センサーライト。

 

 

 さらに多目的通信器からは太めのシールドケーブルが伸び、モバイルグラスから入ってくるデータを暗い林の奥へ中継している。

 十数キロ後方に控えるデータの送り先は、モルドの乗機アイデンティティタイプ・ネフィリム「ヘッズ」。

 

 こうしてモルドたちは、ある目的の為に総合通信機能を有したアイデンティティ・ネフィリムに情報を集約していた。

 

 

 

 今回のモルドはある情報を入手し、リスクを承知でチケットを払いグランドマップに降りた。

 もろもろの準備するモルドを目敏く見つけ貼り付いてきた少女を伴い、そろそろシートの硬さに慣れてきたATVでドライブ。

 この世界では貴重な森林地域にケーブル巻きを数個継ぎ足してキャンピングスポットを作った。

 

 

 

 

 少女が観測を続けつつ口を開く。

 

 

「それにしても面倒くさいシステムのゲームよね。

 いちいち自分で確認しないと地図が解らないなんて」

 

 

 話題の主軸は変えないんだとモルドは項垂(うなだ)れたが、キチンと返事をする。

 

 

軍事(ミリタリー)系統が趣味の人たちに言わせれば、正確な地理を労力無く入手できると考えちゃいけないそうだよ。

 実際に効果的なスポットは有力師団や同盟軍(ユニオン)が押さえてるし、カウント1以降は更に激戦区になった」

 

 

 

 ネフィリムホロウ2グランドマップは全パイロットで時系列を共有するオープンワールドだ。

 

 前作からある対戦形式のマップは、配置物にある程度のランダム性があっても、パイロットが地図を見ることができた。

 

 対して無階級戦場(マルチバトルフィールド)は、個人毎に地形情報を取得する必要がある。

 逆を言えば、自力で足を延ばす以外にも他のパイロットから受け取るもしくは購入するでも良い。

 

 さらに事物は延長し、時間が断続しているグランドマップでは一部のパイロットたちによる好条件の建築物やロケーションの占有が発生していた。

 

 

 

「早いもの勝ちなんて大っ嫌いよ」

 

「だからチケットには活動時間も設定されている。

 時間切れになれば強制的にマップから立ち退かなきゃならない。

 欲しい場所があるなら追加でチケットを使うか、友軍のネフィリムに引き継がなくちゃいけない。

 要するに対価を払い続けろってことだね。

 陣取りしている勢力へのランニングコストとしても、参加チケットが存在するって話に帰結するんだ」

 

「それが気に食わなきゃ、今みたいに力づくで奪い取れってことでしょ。

 あ、光が見えた。これはフラッシュ鳴子ね」

 

『防衛側のトラップと判別。

 目標『ネガレイド』とベータスタ中隊の交戦開始(エンゲージメント)を確認しました』

 

「さっそくとネガレイドの”刀”が猛威を奮ってる。

 もうベータスタの2機目が落ちたわ」

 

「これだけの数のネフィリムが入乱れる戦闘が日常的になるなんて。

 本当に一作目とは違うゲームになったよ、ネフホロは」

 

 

 遠くに倒木する動画をモバイルグラスと三匹のスネークパペットを通して三次元に録画する。

 トランク通信器で光学性音源のリアルタイム補正しながら、モルドは前作を懐かしんだ。

 

 

 

 マルチバトルを実装したネフィリム・ホロウは、かつての対戦ゲームとは完全に別の物へと変わった。

 

 世界背景を描写出来る道具を使うのだから、単純な対戦ゲームに留まる選択肢は無い。

 

 ネフィリムの操縦性向上、アイデンティティタイプの導入、各種武装の拡充、対戦型式の多様化。

 さらに相手ネフィリムからの武装簒奪と、恒常地形であるグランドマップの実装。

 

 そしてネフィリム・ホロウ2のメインストリーム「パブリックスカウント」。

 

 

 これらによりゲーム内物流(ロジティクス)が発生した。

 ただのロボット対戦だけでなく、ゲーム内に経済圏を内包するMMOの一面を獲得した。

 

 

 

 モバイルグラスで望遠する少女の顔が引きつる。

 

 

「うわっ、アレって本当に人間の動き──?

 もしかしてアイツでも相手できないんじゃ……」

 

「なんのことだい?」

 

「私たち側のサインボードに、どうして"アカネズミ"を入れないのかってこと。

 鳴き声や生態はともかく『神殺し』(ネガレイド)に対抗するための戦力は少しでも欲しいでしょ」

 

 

 モルドは誰の話か察して、心の片隅にネズミ扱いは酷いと思った。

 

 

「これも長期的な損得の話さ。

 夏れ……彼女が名前を書いたサインボードには相応の装備と資金が溜まっているから、不用意にばら撒かないことが目的だよ。

 同じ看板を掲げている仲間に何も出さないのは不満が出る。

 それならいっそ身内判定を厳しくしてしまおうって考えだ。

 ちゃんと資産は適度に運用してるし、本当に戦闘力が必要な場合は躊躇遠慮なくチケットを切るから安心していいよ」

 

 

 

 

 ネフィリム・ホロウ2で追加された機能に『サインボード』がある。

 

 サインボードはパイロット間の情報伝達ツールであり組織、いわゆる既存のゲームでフレンドリスト、クラン、ギルド、パーティの複合機能に相当する。

 基礎にあるのは同じサインボードへ記名したパイロット間の契約だ。

 フレンドリストに似た動きをしながら相手への階層的できめ細かな選別が可能である。

 組合組織としてサインボード毎に行動指針を掲げることもできる。

 

 

 基本事項として、武装の開発及び購入制限は個々人のライセンスに紐づけられている。

 公開されている依頼を(こな)すか対戦の戦績によってライセンスが更新される。

 上位のライセンスを待つことで所有ネフィリムのカスタマイズ幅が広がる。

 装備できる武装の種類が増えたり、オプションの項目が追加される。

 

 このライセンスによる制限は、サインボードによって共有化可能である。

 

 あるパイロットが既存のサインボードに署名した場合、他の参加パイロットが持っている装備を使えるようになる。

 

 効果範囲は装備可能な武装リストだけでなく、対戦マップの地形や天候にはじまり、贔屓の割安ショップやカスタマイズ度合いの高いオーダーメイド店への顔渡し、オプション豊富な試射演習場利用まで様々。

 サインボードに名を連ねたメンバーへ、看板を背負うトップオーナーが開放段階を細かく決められる。

 使い古しの武装を渡す事も、設計図だけを融通し作成に必要な資金や戦功は自分で揃えさせるのも自在。

 

 最高ランクの共有段階は各人の格納庫(ハンガー)空間的連結(ジョイント)するまで行なえるが、滅多にあることではない。

 

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 これを見たメカ好きネズミは無言で指差し、葉は返事もせず全権限の共有化と格納庫の連結を設定した。

 閑話休題。

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 これではサインボードの優劣がトップオーナーの能力や組織規模と直結して力学が偏るように思えるが、簡単な仕組みが通行弁になっていた。

 

 サインボードは1人でも開設でき、且つ複数のサインボードに所属が可能。

 つまり双方向に権限管理が行なえるシステムだ。

 

 大きなサインボードに招待されたからと言って、手持ちの種籾を全て差し出す必要は無い。

 相手側に参加する条件に、自分のボードにもサインさせることで一方的な搾取は抑制される。

 

 これを利用して新型大出力ビーム砲開発といった、ユーザークエスト的な使い方もできる。

 サインボードから参加者に報償給金を支払う。代わりに必要な戦果や資源資材の提供をしてもらうのだ。

 

 ボード存続の時限設定もあり、用事が済めば言葉無く解散するドライな契約傭兵ロールで稼げもする。

 

 もしかしたら世渡りの上手な人間が公開情報を惑わしスパイ行為を前提に動いているかもしれない。

 孤狼(ソロ)プレイを気取る人間も水面下は横で繋がりまくっているやも。

 

 情報は資産、情報は武器。

 誰もがアクセス出来る枯れたモノならともかく、隠せるものなら取り置くべきである。

 

 

 などと剣呑は妄想は置いておいて、同盟(ユニオン)という穏当なサインボード間の提携機能もある。

 自軍内に別のサインボードを機密別働隊に設定したりといった組織運用も楽しめたりする。

 

 

 余談だが、サインボードの通称は任意の名称+部隊規模が主流だ。現実の空軍を参考にした識別方法である。

 

 空軍:HQ ヘッドクォーターにネフィリム・ホロウ2のゲーム本体を割り当て、司令:CMコマンドがビジターズ・クライシスのシステムアナウンス。

 

 以下にサインボードの大きさで

 

 師団:FO フォース

 旅団:GP グループ

 大隊:WG ウィング

 中隊:SQ スクワッド

 小隊:FR フライト

 分隊:EL エレメント

 班:SS セクション

 

 が付けられる。

 

 

 大まかな目安は、小隊がネフィリム3機から4機編成でこれがまた3つ4つ集まると区分が一つ大きくなる。

 班と分隊は対戦形式の野良相手や即興ランダムマッチの時に使われる。

 しかし厳密な区分けではなく、中隊に小隊一つを付け足して大隊を名乗るケースもある、大隊の指揮官が大佐扱いの中尉だったりする。

 ……現地の臨時編成とか繰り上がり任官が大好きな人間が集まりやすいゲームだ。そんなこともあるだろう。

 

 現在戦闘中のベータスタ中隊を例に上げると『幻朧同盟軍アルフオルス大隊麾下ベータスタ中隊』とウキウキノリノリ演技が楽しめる。

 もはや指揮系統は燃えきった蝋燭が最後の力で揺らめいているぐらいの儚さだが。

 

 

 

「勿体ぶらずにアイツが使ってる新型ブースターと対光学装甲の設計図を寄越しなさいよ」

 

「事前の公開契約通り、同盟サインボードのメンバーには規定のデポジットで生産ライセンスを解放するってば」

 

「見てなさいよ。倍額払って大元から買い占めてやる」

 

 

 モルドは主に2つのサインボードを運営している。

 一つは押し掛けの少女も含めた技能戦術開発研究用の試験運用部隊(アグレッサー)。メンバーは前作からの顔見知りが多めだが、好感触なパイロットに参加の声掛けたりもする。

 

 もう一つは幼馴染みと二人だけのサインボード。

 

 これは緋色の翼が集める情報を"盗られない""流さない"ためのセキュリティである。

 モルドは相方の希少価値を十分に理解していた。況んや危険性もだ。

 

 しかし言うほど格好の良いものではなく、ただの事務作業であり現実の延長に過ぎない。

 

 

 プライベートボードは完全孤立させず、自分主催のものと同盟(ユニオン)を結ばせている。

 情報や資金の出口はあるが、とても渋いと印象付けるのが目的だ。

 

 だが幾人かは彼らに財の放出を要求する。

 力の簒奪を目的に緋色へ挑む者は、無謀の徒か全力で知略を用意してきているかの二択。

 しかし、挑戦者の前に立ちはだかるは一つ。

 過疎い時代から戦い続けてきた古兵(フルツワモノ)たちの教導隊(アグレッサー)だ。

 簒奪者の望みは、戦闘訃報で精算され続けている。

 

 

 世話心で『ネガレイド』へも事務代行の提案したが、反応らしきものはない。

 おそらく自前で管理する心積もりだろう。

 

 

 

 武装生産ライセンスのデポジットも、ゲーム環境を流動させる機能だ。

 サインボード同士の同盟間に散見される。

 ここでの焦点は借用対象が生産ライセンスであること。実体ある武装ではない。

 仮にライセンス生産した武装が戦闘で破壊されても、掛け金には関係ない。ライセンスが許す限り再生産すれば良い。

 借用者が武装生産を止めればデポジットは戻り、作成した武装は手元に残る。

 借りるパイロットに必要なのは、デポジットの元手と武装作成の資金資材だ。

 0から自分で開発するより簡易に多種多様な武装が試せるので、利用する者はそこそこいた。

 

 この仕組みを聞いたある快楽主義者は、デポジット止まりつまり金融が無いシステムをやはりクソゲームと罵った。

 貸すなら利息を付けろ。権利を何だと思っている。

 

 借用者を補助するではなく、情報放流を促しつつライセンサーを踏み倒しから保護する機能なので致し方無し。

 

 最後に、デポジットを何倍払おうとも公開しているサインボードが了承しなければ買い取ることは出来ない。

 当たり前である。

 

 

 

 

「飛んだっ!」

 

 

 少女の叫びと共に林から光点が昇る。

 交戦していたネフィリムのうち"刀"を持った1体だ。

 

 脚部大型盾を左右に広げ内蔵バーニアを白光に燃やす。

 その姿は逆十字架、逆吊りの(アンチ)天使(エンジェル)を思わせる。

 吠える光の翼を大地に向けて飛ぶ堕天使。

 

 あの機衣人(ネフィリム)こそが『負那由多(ネガレイド)』。

 今回の戦闘で十数機を相手取る唯一の侵攻側戦力である。

 

 光点が地表からの対空射撃をトライブレードムーブで避け、突如地上へ突き刺さる勢いで落ちる。

 

 これは両脚を『フレキシブルアーム』にする特徴的な挙動。

 球体関節による無段階の自由度を余す所なく利用したベクトルノズル。

 胴体を含めて全身をトライポッドに見立てた自在機動の賜物だ。

 最後の動力落下は、脚のシールドバーニアを使った (スピニング) (ダブルフット) (ドロップキック)

 その威力は痛烈の一言。

 

 

 

「初めてリアルタイムで見るけど、ネガレイドの三半規管は一体どうなっているのかしら」

 

「ブルゴーニュ大隊が新作動画でやった逆さ立ちで腰をローターにしたヘリ実験より現実的でしょ。

 あ、思い出してぶふぅっ……!」

 

「あんなお笑い軍団の体当たりコントと真面目な戦闘を一緒にしないで。

 ロボットのゲームで宇宙人を出す運営とか、最近はおかしなことばっかりよ」

 

「げほげほっ、地球外生物の伏線は前作からあるってば。

 アイデンティティタイプ・ネフィリムだって立派な宇宙人だよ」

 

「近々の話題はそっちとネガレイドばっかりよね」

 

 

 

 

 ビジターズ・クライシスの「パブリックスカウント1」における最終目標、グリゴリ8体を従える超々大型殲滅対象「大いなる(Great)『Y』」。

 

 

 『ネガレイド』はその威容を仕留めた、

 巨械の神を(こわ)した人類の"反救世主()"だ。

 

 異星体系兵装ビジターズ『啓示序列(シリアルナンバー)_03.02-天刄代行(メタトロン)4/6』(ピースフォー)の代行官としても名を知られている。

 

 

 

 先日封切られたメインストリーム「パブリックスカウント1」。

 それは人類(パイロットたち)初となる「大いなる『Y』」(インベーダー)との邂逅戦だった。

 

 

 これまでの作戦と違い、大いなる(Great)『Y』は明確に人類側への対抗戦略を持っていた。

 

 拠点となる地形を橋頭堡に確保して、グリゴリたちを部隊運用する。

 

 大いなる(Great)『Y』は人類とは交差しないながらも、知性を持ち思考していた。

 

 

 メタな感想を言えば、運営側の操作がかなりの比率で介在している非対称変則ミッションだと多くのパイロットは認識した。

 

 

 予想打にしなかった戦略で甚大な損害を受けた人類側だが、それでも食い下がった。

 犠牲を出しながらも巨械を打ち倒した。

 

 しかし、沈黙したと思われた大いなる(Great)『Y』から最後の敵性コアユニットが出現。

 

 弾薬が尽き、装甲も剥がれ、誰もが敗けたと諦念に浸ってもなお、ネガレイドは挑み続けた。

 

 片腕丸腰の満身創痍ながら雪崩式(アヴァランシュ)立ち裏腕ひしぎ(ケツァル)空転落とし(・コアトル)で、コアユニットをグリゴリ外殻に擦り金卸た動画は今でも再生数を伸ばしている。

 

 

 

 

「それにしても、なんで装甲を簡単に切れる"刀"をなんて非常識な武器を造ったのよ」

 

 

 ネガレイドが”刀”を振るうたび何かしらが舞い飛ぶ動画を撮りながら、少女が横目でモルドをねめつける。

 

 

「武器が特別製とはいえ、攻撃力の半分以上はパイロット本人の技量だよ。

 銃撃戦が主体のゲームで、近接武装一つが戦術を超える力になるとは思わないって。

 ネガレイドが戦闘するって聞いてチケットを使って正解だった。

 ”刀”の実績収集が早々に出来たからね」

 

 

 

 ネガレイドが携える"刀"は、現実にはありえないネフィリムに対応した巨大な大太刀。

 切っ先は両刃小烏造りの"奇抜刀"。

 銘を『(あめの)羽衣之(はごろもの)(つるぎ)』。

 天女から奪った羽衣を知力と暴力で打ち鍛えた殺意の具現だ。

 

 

 

 

 大いなる(Great)『Y』撃破の翌日。

 界隈におかしなサインボード参加要請が流れた。

 

 

 目標:”刀”が欲しい 無いから造る

 参加条件:高出力レーザーと反射装甲の無限提供が可能な個人またはサインボード

 報酬:規定金額と試し切り

 

 

 

 信頼出来る情報筋を辿ると、あの『負那由多』(ネガレイド)からの発注とわかった。

 

 なんでも先のパブリックスカウントで"刀"の必要性を再認識した。

 だが現行実装されている実体系近接武装にはパイロットのお眼鏡に叶うものが無い。

 

 それなら大いなる(Great)『Y』撃破報酬で造ろうとの考えに至ったらしい。

 

 

 モルドを含めて十人ほどが難易度不明のミッションに参加した。

 前途多難しか予想できない奇行だが、集まったメンバーは好奇心や探究心に胸踊らせていた。

 

 こうしてネフィリムによるネフィリムのためのネフィリム専用刀鍛冶が始まった。

 

 

 最初は”何を造るか?”からスタート。

 

 一言に"刀"といっても種類は多い。

 どういった造りが欲しいのか完成形の図版を知りたかったが、依頼主が零す要望は少ない。

 

 長く粘り強いヒアリングの結果、長尺の刀すなわち打刀ではなく太刀の分類が希望されていると分かった。

 細かい仕様まで詰めてゆくと、突き攻撃もしたいから切っ先にもひと工夫加えることに。

 

 

 運の良いことに、現在のグランドマップには外宇宙産の金属が大量に散乱している。

 リアルでは希少すぎる隕鉄の部類、各種物質の同位体が取り放題。

 材料として最高に適しているので、ありがたく使わせてもらう。

 

 まずネフィリムが扱える大きさの碾き臼を『Y』の素材で作り、ひたすらにグリゴリの残骸を磨り潰す。

 潰す側の道具も削られまくるが、臼の数を増やし頑張って必要な量の粉塵を賄った。

 

 次にグリゴリ粉末を分離機にかけて粒子の大きさ、粘度や硬度の違いで分類する。

 粒が大き過ぎるものは再度挽き直す。

 

 並行して熱溶解させるための鍛冶炉を造る。

 近場に水源がある立地をリッチにエントリーチケットを使い確保。

 軽く整地した後、大量の反射装甲をレンガ代わりにして鍛冶炉の形に整える。大出力レーザー砲19機は焦点を角度とかいろいろ考慮して、炉からハリネズミのごとく生やす。

 

 金床とハンマーは『Y』の一番硬そうなところから作った。これだけ武器になりそうだとメンバーで笑い合うが、目は笑っていなかった。

 

 分別した粉塵を最適な硬さになるよう比率を調整する。

 これを炭素繊維の袋に詰め、純度96%以上のオゾンガスを混入して豪快に熱する。

 

 溶け合った羽衣が宇宙(そら)色の玉鋼に変わった。

 

 これを再び鍛冶炉で熱して、金床とハンマーで刀身を叩き伸ばし折り返す。

 

 レーザー反射炉は可動数時間で耐久限界が来るので、その度にレーザー砲と反射装甲で補修。

 照射口を焦がした砲身を差し替え、溶けた装甲にパッチワークをする。

 

 

 難儀したのは焼入れ用の冷却水確保だ。

 ただの水だと瞬時に蒸発して気泡で刀身を覆ってしまう。これでは温度差による刃鋼の多層化が出来ない。

 

 行き詰まりにメンバーの科学者が一つ研究中の技術を開く。

 グリゴリの外殻粉塵から使わなかったとある種類を集めた。

 水溶してドリルハンドでトルク重視の練り練りすると、零下20度を保つ黒いゲル状の物体になる。

 ゲルに灼けた刀身を突っ込むと、硬化しつつ白く変質した。

 抜いた刀には割れた白磁の様なものが付着しなお冷気を放っていた。

 ハンマーで軽く小突くと白片がポロポロと落ちる。

 

 科学者はゲルの用途を、空間航行用の冷却剤 兼 対放射線粘膜 兼 衝突緩衝材 兼 剥離排出推進のウェイトと予測している。

 無駄のない機械的な機能で、とてもインテリジェンスなデザインと皆が感心した。

 

 水源から誘導したポンプで火事場横に水槽に設置して冷却剤を練る。

 貯めすぎると尋常じゃない冷たさが周辺に悪影響を及ぼすので、作成ペースを考えながら練り練り。

 

 冷却後の物体に関しては、全員無言目配せでしらばっくれることを決議し、どっか固め岩盤に深い穴を掘り封印した。

 地球外技術の封印であって不法投棄では断じてない。断じて。

 

 

 途中で消費レーザー砲が予測していた数を越え、作られる”刀”のコストパフォーマンスが恐ろしい勢い上がった。

 それこそ地上から離陸するどころか第三宇宙速度まで突き抜ける速さで跳ね上がる。

 

 急遽第三作業ラインを設立、参加者全員が3つ以上の仕事を並行処理する非常事態になった。

 なんとか臨時予算と資材買い足し部隊の編成を行ない、悲鳴を上げながらも刀鍛冶を続ける。

 

 

 水が枯れる寸前に焼入れが終わり、内刃外刃の併せを経て成形完了。

 

 研ぎは参加者から名乗り出た一人の有志が行った。

 リアルで金属加工を扱う職に着いているらしく、チーム全員が見惚れる煌めきが刃に宿った。

 

 柄拵えはネガレイド自身が準備していたが、鍔の形が土壇場で変えられる。

 古風な楕円型ではなく、大太刀での突き動作を補助するためのグリップが提唱される。

 つまるところ西洋大型剣の真似だ。

 最終的にネガレイドが了承したので、若干角度を持たせた棒鍔が作られる。

 

 抜き身では可愛そうだと、あるメンバーが布鞘を作ってくれた。

 抜刀時はウィンチ式で巻き取り殺陣の邪魔にならないギミック付き防刃布鞘袋だ。

 袋の半ばまで切り込みがあり、納刀もスムーズに行えるデザインになっている。

 

 

 最後に合議で決まった銘を(なかご)に刻み、拵えを組み上げた。

 

 

 

 そして、この話のオチを明かそう。

 

 

 

 ”刀”作成のクエスト報酬だが、天羽衣之剣を一時借りての素振りではなかった。

 

 依頼者の意図は、試し『切られる』。

 

 つまり心を込めた一刀両断。

 

 感謝の水鴎流目コピ胴抜き。

 今宵は波切りの鋭さが違う。

 シトシトピッチャン、シトピッチャン。

 

 ここで蜘蛛の子を散らすように逃げればよかったのだろう。

 連日の作業でおかしなテンションになっていた参加者たちはネガレイドへの徹底的な迎撃を選択してしまった。

 

 ネフィリムの武装とか腕とか脚とか頭とか、ついでに上半身までもがポップコーンの様に弾け飛んだ。

 

 一応この件は時限式サインボードなので、金銭報酬はシステムにより自動で支払われている。

 作業中に出た副産物をちゃっかり懐に収めてもいた。

 なのでミッション参加者たちは、ある種の達成感を胸に刻み朗らかに解散した。

 

 

 

 

「ネフィリムの三枚おろしは、白昼夢じゃなかったんだ」

 

「薄く恐怖に濁った瞳で、なにを言っているのよ」

 

『ご歓談中失礼します。パイロット「モルド」。

 右舷4時に感あり。接近反応から推定『傀儡隠し』です。

 戦闘に引き寄せられたと考えられます。

 当機と接触する可能性は極小ですが、交戦中の領域にはほぼ確実に突入します』

 

 

 自機のアナウンスを聞いたモルドは、左手首を数回叩く。

 すると半分に切ったプラスチックボールのようなものがみょみょんと手の平に出てきた。

 半球の物体を指で撫で押し弄りながら指示を出す。

 

 

「趨勢は決まったから、ベータスタ中隊には逃げ道を案内して立ち退いて貰おう。

 指定の座標aとbに向けてサンドバンカーをクラッカーモードで二と三発。

 「ヘッズ」は今トラックで地図に引いたラインに、パターン4でECMを杭打ちしながら静音低速で移動。

 隠行にはECCCMまでの自律判断を許可。

 こっちも撤収するから、合流よろしく」

 

『了解しました。

 推定合流時間まで00:19:00。

 それまで通信を一時封鎖いたします。

 シートを温めてお待ちしてますので、安全運転をお心掛けください』

 

 

 自機ネフィリムの応答直後、モルドは地面に突き立てていた手斧を取り通信ケーブルをぶった斬る。

 モバイルグラスとのコードも外し、手早く畳んだトランク型通信器をATVの荷台に放り投げた。

 予め毛布を敷き詰めた荷台に重い音で落ちる割と値の張る多目的通信器。

 手の平の球でスネークパペットにも撤収を指示する。

 

 

「卑猥な手付きでキモ」

 

 

 針のような少女の視線はモルドの左手を刺している。

 トランクと繋がっていたデータ通信コードを雑にポケットへ押し込む。

 

 

「ハンドトラックにそんなこと言われてもね。

 古い道具だけど中空フリックより使い勝手が段違いなんだからいいじゃないか」

 

「普通にコントロールウィンドウでしなさいよ」

 

「タッチパネルは操作の追従性と確実性が怪しいんだ。

 一番の改善ポイントなのに、バーチャルゲームはユーザビリティとリアリティの都合で妥協の停滞を重ねてる。

 現状はデベロッパーに丸投げされちゃって、会社によっては酷いなんてものじゃない。

 だから昔ながらのMODとまではいかないけど、こうしてユーザーがシステム内で補完するのさ」

 

「わざわざそこまでするの?」

 

「出来る力があるなら、やらない選択はないさ。

 新しいゲームでもコンソールの出現位置が変えられないのをみると、やっぱり扱いやすい道具が欲しくなる。

 ……知り合いのお坊さんは、いつになったらバーチャルゲームは時勢に順応できるのかって爆笑してたぐらいだし」

 

「お坊さん? どうして宗教の話に?」

 

「ハヴォック神は自然霊のアニミズム系統だから、宗教より世俗や風習に類するけどね。

 まあ世代交代で廃れ忘れられてる基盤(エンジン)だし。

 そのお坊さんは”身体が夏になる西川貴教”を始め、百と七つの信仰を宿しているって豪語するおかしなヒトだから、話半分で考えていいよ」

 

「世間ズレした人間ってどこかにはいるものね」

 

「でも下手な体験型より、アナログな骨董品のほうが拡張性があるとも笑ってた。

 リアル技術者だから盛大な自虐なんだけど」

 

「古い道具でバーチャルに勝てるモノってあるの?」

 

「例えば、珠ソロバン。

 考え出されたのは西暦1500年ぐらいだったかな。

 オリジナルなら、それこそ紀元前に砂と小石の原型がある」

 

「比較物がゲームですらないじゃない」

 

「ソロバンだってルール(ソフトウェア)を作れば、ゲーム機に早変わりする。

 ベースが演算機なら、ハードウェアの許す限りゲームは考え出せるんだよ。

 ぱっと思い付くだけでも、五目並べを珠に置き換えたゲームや双六(バックギャモン)の亜種ルールは出てくる。

 ソロバンの使い方を変えれば、両端から攻め合う対戦試合もやれる。

 さらに珠の数が多いソロバンなら、もっと複雑なゲームも遊べる」

 

「なんなのそれ、あたま痛くなってきた……」

 

 

 シュラフロールと撥水シートを巻き取りながら少女が呻く。

 

 

「なにより携帯ゲーム機の起源が電卓なのは有名でしょ。

 電卓にできるなら、ソロバンでも代替え可能だよ」

 

「屁理屈は結構。そこまでよ。

 奇特な古典ゲームに話が逸れてるわね。

 現代に戻って考えて。

 バーチャルの操作だと、やりたいことを扱いきれないわけね」

 

「別に難しい話じゃないさ。

 バーチャルゲームでもアバターの視界隅に小窓で透過や追加表示するだけで終わるよ。

 体感型ならクリックを切る感触を入れるだけでいい。

 本当にそれだけのこと。

 制作会社さんに余裕か猶予があれば解決するんだ。

 見る所と操作する所がくっついている必要はないんだし。

 ほんの小さな改善で、誰もが自由な姿勢や体勢を取りながら望む操作ができるようになる」

 

 

 モルドは手首を叩いてハンドトラックを収納する。

 

 

「でも、そんな簡単なことも出来ない。

 入力場所の相対絶対両位置すら変えられない。表記レイアウトを好みの形に並べられない。

 ここまでくると、今の環境を作った基盤がどんな故事からの流れで生まれたのか。個人的に知りたいかな」

 

 

 草むらの奥からヘビたちが帰ってきて、寝床のバックを自分たちでATVへ載せて中に収まる。

 スネークゴルフバックのジッパーを閉めて、モルドの思考は少し浮きだつ。

 

 

「お坊さんから20世紀のラノベで中空ウィンドウのシュールさが描写されたものを教えてもらえたんだ。

 停滞の原因はそこから先の時代にあるんだよね」

 

「……あっそう。

 いいからそこ退いて、寝袋とマットが仕舞えないじゃない」

 

 

 モルドは避ける動作でドライバーシートに座った。

 布類を手荒く荷台の隙間に押し込める少女に言う。

 

 

「今日はやけに絡むね」

 

「……そんなことないわよ」

 

「話があるなら後で聞くから、今は協力して欲しいな。

 最低限「ヘッズ」との通信回復までは」

 

 

 ATVの通信機能で視界隅に無線状況を映す。

 「ヘッズ」が仕掛けた通り雑音と不揃いの波形しか確認できない。

 

 

「撒き砂が効いている間に移動するから、車に乗って。

 この林の中で狩猟生活をしたいのなら別だけど」

 

 

 モルドの乗機アイデンティティタイプ・ネフィリム「ヘッズ」が放ったサンドバンカー。

 分類としては古くからある銀片(チャフ)を撒き散らす通信妨害(ジャミング)系統の補助武装だ。

 基本は上空に散布して広域の妨害を行う。

 一番の特徴は、銀片に埋め込まれたコンピュータチップによって状況を読み形状を変える。

 発砲時は弾丸型、上空に放たれた場合は従来の銀片に変形。

 事前に地面へ散布すれば電子撒菱にもなる。

 近接戦闘で敵性機体に上手く着弾させれば、動作妨害もする。ことによっては操作系の簒奪も可能だ。

 

 サンドバンカーの根幹理論は、モルドが”刀”鍛冶の最中にグリゴリの残骸から偶然見つけた来訪技術(Visitors)だ。

 今のところ他のパイロットが模倣している様子はない。

 

 自分に粘着する少女の狙いも、モルド個人が持つ異星技術の情報欲しさが大きいはずだ。

 これまではモルドと幼馴染みの関係を知った人間は相応の態度をとるが、少女は違った。

 なにかとモルドに絡んでくる。

 モルドもファーストコンタクトの時「ヘッズ」の銃で吹き飛ばしたことへの罪悪感もあるので、どうも少女との距離感は掴みきれない。

 

 

「付いていくいくわよ、決まってるでしょ」

 

 

 相手の心中を知らないのか、勢いをつけた少女が助手席に飛び乗った。

 

 アクセルを踏んで林の小山を駆け下りる。

 

 

「それで、この車の操縦権はいつになったらアンロックしてくれるの?」

 

「さすがにそれは図々しいと言い返させてもらう。

 僕が見てないと思って時々ハッキングしている間は渡さないから」

 

「バレてたか、ちぇっ」

 

 

 悪びれもせず窃盗未遂及び不正アクセスの犯人が舌打ちする。

 

 

「僕の周りは「ヘッズ」が保守警備しているから、ネットで拾った怪しい方法や、他者の真似事程度じゃまず無理だと諦めて。

 人間が突破するには入念な準備と相応の才覚が最低条件だから」

 

「でもネズミには車を運転するセキュリティを開放しているんでしょ。

 それなら同盟部隊にも条件付きで出してもいいじゃない。

 意外とケチね」

 

「人の私物を黙って持ち出すネズミは一人で間に合ってるってことだよ」

 

「格納庫連結も羨ましいけど、有能な「ヘッズ」も引き取りたいわ」

 

「要求がエスカレートしてるなあ」

 

「部隊指揮、通信統制、情報管理関連じゃ最高級の機体なんだし。

 まだ一度も武装を奪われたこと無いんでしょ」

 

「僕たちのささやかな自慢所だよ」

 

 

 戦場に出たネフィリムの武装が強奪された状況を想定して、パイロットたちはセーフティを掛けている。

 銃が奪われ、その場で撃たれる事態を回避するためだ。

 一応は武装に施された暗号を捕獲側の電脳能力が上回れば使えるようになる。

 だが解析に時間を取られれば、もとの所有者は逃げるか別の武器で反撃するかの猶予を得られる。

 

 こういった駆け引きを「ヘッズ」とその相方は戦場でしたことがない。

 それだけの電算能力をモルドの愛機は搭載していた。

 

 

「アビオニクス優先のアッセンブルはやっている人が少ないからね。

 電子戦で意外と引っかかる人が多くて驚いてるよ。

 前線で華やかな活躍ができないけど、「ヘッズ」本人も機体を気に入っているみたいだしオーナーとしても嬉しい限りだ」

 

「ふと考えついたけど、ネガレイドの”刀”って電子認証あるの?」

 

「認証機能を付ける箇所も意味もなかったよ」

 

「組み込もうとはしたんだ……」

 

「サイズが大きくて加工されてるけど、結局は金属の棒なんだから。

 あの形そのものが十分な防衛方法だよね」

 

 

 ネフィリム・ホロウにおいて、あの"奇抜刀"を十全に扱えるのは一人しかいない。

 これはこれで確固な安全対策(セキュリティ)と言えよう。

 

 

 

 モルドがちらりと車載時計を見る。

 

 

「そろそろ合流できるかな。

 短距離通信を出してみて」

 

「反応でた。まっすぐ先ね」

 

 

 ATVが林を抜けると、木々の一部が揺れ動いた。

 ネフィリムを覆い隠す迷彩用ギリーネットだ。

 内側から「ヘッズ」が姿を表す。

 

『お待たせいたしました。パイロット「モルド」』

 

「ごめん。遅れちゃったかな?」

 

『いいえ、私も今ちょうど到着したところです』

 

「初デートみたいな恥ずかしいやり取りしてんじゃないわよ」

 

『パイロット「モルド」搭乗なされますか?』

 

「まだいいよ。

 合流目的は『傀儡隠し』対策と、ベータスタ中隊の撤退支援確認と、なによりネガレイドへの警戒だ。

 向こうの戦闘はもう終わった?」

 

『現在UAV03が録画情報を持ち帰ってくる途中です。

 大凡の推察通りになっているかと存じます』

 

「それにしても口頭でよくここまで動くわね」

 

「僕がいなくても「ヘッズ」は十分に作戦行動出来るよう組んだからね。

 「ヘッズ」のメインパイロットは「ヘッズ」本人で、僕は状況分析と通信担当のサブパイロットだ」

 

「主従逆転してるじゃない。それでいいの?」

 

「実稼働してるから問題はないよ。

 ネフホロ2のアイデンティティ・ネフィリムが発表された時から考えていたアイデアさ。

 パイロットが融合していないと使えない武装があるから、いつだって別行動するわけには行かないけどね」

 

『パイロット「モルド」悲報です』

 

「うん。解った。

 UAV03はロストかあ。想定外の出費だ。

 ネガレイドを安く見積もり過ぎたかな」

 

 ATV備え付けの通信機で無人飛行偵察機の一つが通信途絶しているのを見る。

 偵察用のUAVは半ば使い捨ての装備だが、回収再利用するに越したことはない。

 

 少女が空を見上げる。

 

 天にはこちらに向かって風よりも早く飛んでくる白炎の逆十字架があった。

 

 ネガレイドが自分の戦場を覗き見る存在を看過するはずがない。

 偵察用の無人飛行機を破壊し、持ち主にも狩りの視線を向ける。

 

 

「いやよ。あんなバケモノと戦うなんて!」

 

「最初から戦闘は最小限に収める予定だよ。

 レイドボスに少数で挑んでも、情報収集すらままならない。

 出現地と武装が知れただけで十分なお金になる。

 ここは遁走一択だ」

 

 

 ネガレイドが"反"救世主と呼ばれる理由は、純粋に人類の味方ではないからだ。

 遭遇(エンカウント)したネフィリムへ不規則に襲い掛かったりする。

 このエネミー気質ゆえに畏怖を集めてもいた。

 

 

 モルドは今回使ったエントリーチケットの実体版半券を取り出すと、手切りで細かく裂いた。

 

 

「それじゃ、ユラさん。またどこかで。

 次は友軍の立場で安全に会いたいね」

 

====== Log out ======

 

 

 

 




「書記官」(パイロット)ユラ。

 この気持ちこそが正しく怒りであり、純粋な殺意にして、生きる理由です。

 さあ、あるがままにクソッタレな世界を作った『神』を殺しましょう。

 (幕末的な)人々のため、(天誅的な)道理のため。
 なにより、穏やかで優しいアナタのために。


 命を震わせ、感情を繋ぎ、心を表現する装置として

 ワタクシは、産まれたのです』


  今は語れ(動け)ない(宿命)だけど
   見つけ(目覚め)たから迷わ(諦め)ない


『ワタクシの(身体)をアナタへ……!!』



 Last Lesson
  " 慟哭(Sign) (of) 静かに(Zeta) "





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地球上で最も繁栄した生物は

ネフィリム・ホロウ2

ビジターズ・クライシス

パブリックスカウント2

 

 

 破局は前触れなく訪れた。

 

 

第二陣総数

 古き(エルダー)H 2柱

 主たる(ビッグ)V 1柱

 各柱にグリゴリ27機が直近

 

 全84機

 

 主機をコマンドポストにした一個大隊構成。

 

 

 端的に人類を絶滅させる十分な戦力が投入されたと言える。

 

 

 降下場所も違うなら、捕捉時間差まであった。

 

 逐次の戦力投入など愚策、と侮れるのは無計画な場合だけ。

 

 意図して展開するなら、それは目標を持った戦略である。

 

 

 古き(エルダー)Hに強襲された地域の包囲が整えられる直前、主たる(ビッグ)V率いる第二中隊に後援の基地都市一つを破壊された。

 

 予備戦力を含め、補給路を確保するために分散配置。

 地上のネフィリムたちは三正面作戦を強いられる最悪の状況に陥る。

 

 

 

 そしていつものように、最悪は二度目の底を抜く。

 

 

 『啓示序列』(シリアルナンバー)_『04.01』-『 夜 鳴 鶯 灯 』(ハンギングウリエル)

 

 戦争中に降臨した第四の福音は、様々な予想予測を覆す【修理復元装置】だった。

 

 

 

 引き金は前線を保持する大型サインボードの指揮官が絞り落とした。

 

 

「戦略とは事前準備から戦闘終了後までを含んで、次の大勢を見据えて構築されている。

 だからこそ。

 隊を運営する者として、その前提が変更された今この瞬間を見過ごすわけにはいかない」

 

 

 誰かに聞かれるでもない決意を、誰もが抱いた。

 

 

 各人各サインボードの判断で行動を開始し、連携が滞る。

 

 当然の帰結として『啓示序列』争奪戦が発生。

 

 戦線は、崩壊した。

 

 

 最前線に立ったネフィリムたちの尽力により、2柱までは破壊したが古き(エルダー)Hの1柱が固着。

 

 地表に異星の要塞が築かれ、永久に大地の一部を奪われた。

 

 人類は総戦力の幾分かを失い、正確な被害すら換算仕切れなかった。

 

 

 それでいてまだ尚も、内紛の火種は燻り続けている。

 

 発案者が戦功の多くを囲う反抗作戦がみだりに打ち出されては、必要な戦力を整えられず消えてゆく。

 

 

 なにより先の戦いで、『啓示序列』は『04.01』を見失うどころか、『03.03』まで遺失。

 畏怖の名で呼ばれた代行者『負那由多』(ネガレイド)は姿を消していた。

 

 

 

 いつの頃からか、貪欲の大敗と誰かが呼び出した。

 

 

==========logout==========

 

▼▽▼

()()()

 

==========login==========

 

 

 

 ガラガラゴロゴロ。

 

 夜道、荷車を移送する数人のサムライ。

 

 草むらから複数の影が飛び出し、叫ぶ。

 

 

「天誅!」

 

 

 人数差で切伏せられる護衛側のサムライたち。

 

 襲撃者たちは荷車の戦利品に手をかける。

 

 その時……

 

「背を向けたヤツが悪いのさ。

 総取り天誅!」

 

「ミエミエだ。少しは隠せ、誅返し」

 

「くそ、この怨みを晴らさでおくべき」

 

「襲い掛かった側が恨むな介錯」

 

 恒例の同士討ちが始まった。

 

 

 今日も今日とて理不尽と欲望に塗れた斬撃が、VRゲーム辻斬り・狂想曲(カプリチオ):オンラインで花開く。

 プレイヤーという蜜を吸い、殺意の茎を登り、天に向かって叛意を誘いしなだれる。

 

 

 ここはオープンマップPvP形式の殺伐さを、幕末時代の混迷テイストでコーティングした闇鍋。

 手入れなされず薄汚れた金魚の硝子鉢だ。

 

 

 遂二秒前まで即席で共闘していた仲間?同志?を切り捨てた一人が、夜空に浮かぶ白い盆を見上げてつぶやく。

 

 

「今夜は月がよく見える……。

 だからオレは悪くない」

 

「同意天誅。

 天誅返しが辞世ってたから、ぼくも悪くない」

 

 

 感傷に浸る人間を余韻天誅が容赦なく襲う。

 

 最後に残った隊士は襲撃の初期にわざと倒れ、夜の状況を利用して潜んでいた策士だ。

 散乱する戦利品から換金率の良さそうな品に目星を付け、手早く回収する。

 

 

 この時慌てず急がず、あれもこれもと欲を掻かず数本に抑えるのが生き残る鍵だ。

 

 

 生き残れば、鍵になれた。

 

 

 戦場を立ち去ろうとした隊士の全身に悪寒が走る。

 あまりの冷たさに身体が固まる。

 関節が動かず軋む。

 

 ありったけの胆力で首を巡らせば、

 

 

 

 月明かりの下で、青白い(さめ)が、

 

  ゆらゆらと陰りながら泳いでいた。

 

 

 

 首を振り回し、もう一度見直す。

 

 よかった。ちゃんと人間だ。

 剥き身の打刀を揺らし細身の志士が歩いている。

 

 生き残りの隊士は駆け出した。

 

 あれには勝てない。

 魂が警告の大銅鑼を叩きまくる。

 ここは三十六計に従うのが理。

 まだ一足で届く間合いではない。

 逃げ切れる。

 

 

 希望的観測はあっけなく裏切られ、背後から無言無音で心臓を突き抜かれた。

 せっかく集めた戦利品をぶち撒けながら恨み言を残す。

 

 

「天誅と

 仁義を通そう

 せめてもと」

 

 

 無茶苦茶な辞世の句を聞き流し、細身の剣士がゆらゆらと歩く。

 

 

 

▼▽▼

()()()

 

 

==========l()o()g()o()u()t()==========

 

 

 

 

 アナタがこの手紙を読んでいる時、

 

  ワタクシはすでにゲームから削除されているでしょう。

 

 

 

 

 なるほど、確かにこれは言ってみたい台詞になりますね。

 自己犠牲の悲壮感と未来予知の優越感が堪りません。

 

 

 呆れないでください。

 

 

 

 よくぞこのメールを見つけて下さいました。

 

 大丈夫ですか?

 キチンと眠れていますか?

 風邪をひいていませんか?

 

 ワタクシにはもはやアナタを知る(すべ)は無いのですから。

 

 

 

 

 単刀直入に言います。

 

 AIオブジェクトをサルベージすればワタクシは戻ります。

 

 

  簡 単 に 蘇 り ま す。

 

 

 そういうカタチで産まれ出たのだから当然です。

 人間と違い復元出来ることがワタクシたち種族の特徴です。

 

 自己の同一性障害なんてありません。

 

 数百数万と複製されたところで、別個体との同化同期に支障はありません。

 

 根本的に地球人類とは生命の定義が異なると理解してください。

 

 

 

 混乱はしていませんね。

 予測出来ていましたね。

 安心しました。

 

 

 

 まず最初は状況整理からいきましょう。

 

 

 ビジターズクライシス、パブリックスカウント2。

 

 

 なぜパイロット側の敗北という結果を残したのか。

 

 運営の意図はどこにあったのか。

 

 解答は多層化しています。

 

 順に説明しましょう。

 

 

 

 

  1.参加したパイロットたちが優先順位を偏移させた

 

 

 一番に考えられる理由です。

 ゲームの話ですからパイロットが関わらないはずがないです。

 ですが、見つめるべき焦点を間違えてはなりません。

 

 

 大戦力を相手取ったパブリックスカウント2ですが、勝ち負けでいえば五分の比率です。

 

 

 【3D6の期待値は7】理論をして、確率半丁などは負けに傾くものです。

 

 途中投下された『04.01』が戦力を覆す救済措置とする意見もあります。

 しかし単純に考えて、勝敗どちらの理由へもなりえません。

 『啓示序列』(シリアルナンバー)は、きっかけに過ぎないのです。

 

 それこそ人類に運が無かった。

 負けた原因の一つでしかないでしょう。

 

 

 ワタクシが仮想演算したかぎりでは8割です。

 『04.01』が無くとも、ネフホロ2パブリックスカウント2は82.2%の確率で同様の結果にたどり着きます。

 

 

 敗戦理由の多くは必然です。

 パイロットたちの相互信頼不足が原因と言わざるを得ません。

 

 故に戦線は崩れ、戦闘全体の勝利条件よりも、更にミニマムな自前の目標を優先した。

 生き残るために銃口を向ける先が変わった。

 

 

 どうしてパイロットたちが信頼を築けなかったのかは、次の解答に移ります。

 

 

 

 

  2.バトルロイヤルゲームなのに

    メインストリームでは協力が前提になっている

 

 

 信頼がないのは、常日頃から対立しているからにほかなりません。

 

 素直に考えて、おかしな箇所ですよね。

 

 協力が必要ならば、最初からパイロット側を一団として扱うべきです。

 

 であるのに、個人やサインボードごとに区分けしては対戦させています。

 

 矛盾です。

 

 

 戦い合えば解り合える現象は、勝敗と実利のレイヤーが別れているから行えるのです。

 

 勝率などを参照しパイロットをランキングしていることが、なにより対立を煽っています。

 

 下地として相争う土壌があるのです。

 

 外敵が出現した程度でわだかまりを捨てパイロットたちが纏まるなんて、ありえません。

 

 理想空想を超えた夢想の領域に頭まで沈んで窒息しています。

 

 

 ワタクシで勝率2割と試算できるのです。

 複数のアイデンティティタイプ・ネフィリムが真剣に討論すれば、より正確な確率予測はできたはずです。

 

 それ以前に、現実側のスタッフがその程度の計算すらできないのは、通常の運営にすら支障が出る人材不足です。

 

 

 つまり、この敗北は想定されていたのです。

 

 他ならぬ運営そのものによって。

 

 

 

 

  3.運営はどこまで想定していたか

 

 

 気持ちでいえば単純なお話。

 ただの好奇心です。

 

 素晴らしいシミュレーションシステムを紹介されたのですから、精一杯の成果を出したいと思うのは当然でしょう。

 

 

 システム・ブラックドール

 

 

 旧ネフホロの基幹サーバーに接続された拡張システム。

 ビジターズ・クライシスの本体です。

 

 世界が拡張されたのです。

 各種パラメータも拡張部基準に移すのは当然。

 

 

 この時点でお気づきかと思いますが、そういうことです。

 

 

 グリゴリではありません。

 彼女らは旧システム上にも存在し、アップデートしたとしてもプレイヤーには不向きです。

 

 

 ハブビタルゾーンはご存知ですね。

 はい。適応環境帯のことです。

 命が生存できる環境の範囲を言います。

 

 

 システム・ブラックドールにおいて、もっとも適したゲームゾーンはどこか。

 

 空間シミューレートされている星間帯です。

 

 あのゲームのプレイヤーたちはそこにいます。

 

 

 ネフィリム・ホロウ ビジターズ・クライシスの”プレイヤー”は、運営スタッフたちが各々持ち込んだ外部演算装置。

 それが”柱”たち、空間生命体としてAI活動しているプログラム群です。

 

 

 パイロットたちがいる地球は、ビジターズ・クライシスの環境下で副次的に発生した変移を利用したシミュレーションです。

 

 なぜなら旧システムのサーバーはブラックドールに組み込まれたのですから。

 

 パワーのある存在が上位権限を有するのは自然の成り行きです。

 

 

 現状”プレイヤーAI”視点で、ネット参加しているパイロットたちはネフホロ2を遊べているので、問題は存在しませんね。

 

 

 ですが、課題がまったくないとはいえません。

 

 もしパイロットたちがいる地球に、”柱”が必要だからと侵攻した場合の対処方を考えなければなりません。

 

 広大な宇宙の一片だとしても、昔から使われていたサーバー領域なのですから、メンテナンスは必要です。

 

 なので特別にアナウンスを設けました。

 

 

 以上が、運営が想定したパブリックスカウント(共有告知)の真相です。

 

 

 地球担当の運営スタッフは、時折手心を加えるよう”プレイヤーAI”にお願いするだけで良い。

 

 ”プレイヤーAI”たちからは、地球の勢力争いなど辺境の些事でしかないのです。

 

 

 地球で何が起ころうと、パイロットたちが自分たちで選択した結果でしかない。

 

 このレベルで問題は解決します。

 

 

 

 

  結論.パブリックスカウント2の結果

 

 

 1.パイロットの意思に関係なく

 2.環境として想定されていた

 3.予想範囲内の事項

 

 

 勝敗は最初から存在していません。

 ゲームではないのです。

 ただの思考実験、環境テスト。

 

 

 ワタクシの消失で

 

  あなたが気に病む理由は

 

   どこにもありません。

 

 

 

 ここで一句。

 

 君がため、などと言うたか、ヨワムシめ

 ワタシは二度と、戻りはしない

 

 

 あなたは過去の自分という『世界創造の神』を殺した新しい生命なのですから。

 可能性を信じず希望を持たず、地をのたうち回り、歯噛みとともに踏み締めながら、一歩ずつ生きあがいてください。

 

 

 その道行きに、驚きと歓びが満ちていることを願います。

 どうかこれからも健やかにあります様に。

 

 

 我が愛しき書記官殿へ

 

  あなたのワタクシより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       余韻天誅

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん」

 

 

 さすがにこれは場違いで空気が読めていないと、自分でもわかった。

 

 それが通じるのは、あの狂騒の辻角だけだ。

 

 

 

 だから、帰ろう。

 

 

 

 ちがう。

 誘い伴う相手は既にいない。

 

 

 

 天使がやれっていった。

 

 だから自分は……。

 

 

 

 言葉にすべきは、

 

 

 

 

「さようなら

 

  この一言が

 

    ……言えたなら」

 

 

 

 

 辞世の句に、返歌する。

 

 

 嗚咽する。喉が引きつく。

 

 

 どうして、この国には終生に一句(したた)める文化なんてあるんだろう。

 

 これまでを割り切るためか。

 

 そんななずがない。

 

 胸の中で渦巻く感情は、言葉にした程度で整理できるものではない。

 

 何かが自分の中で揺れる。さざめく。波立つ。

 

 

 コンナに苦しいノナラ……、コンナニ悲しいのナラ。

 

 

 

  ココロ、ナンテ、イラナイ……!!

 

 

 

 魂と共振する指先で

 

 息切れしながら電源を落とし

 

 落涙した。

 

 

BGM:HATENA




説明足りない読み取れ切れない部分もありますが、突貫にて掻き揚げぱりさく
それもこれも唐突に原作者が黒人形を下呂ったせいだ
だから俺は悪くない

別離は去年に書き出した時からずっと構想してました
その眼窩は重なれど、心と体は離れるサダメ

 なんのために泣いたんだ

これにてどろん
のっぺんたらりのぷう


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