イキれクソ音! (ふかし芋)
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オリ主、雄英に入る

 忌々(いまいま)しいほどに照りつける太陽の下に、私は立っていた。慣れない制服を着て慣れない道のりを進み、辿(たど)り着いたのがここだ。

 目の横には桜の木がところ狭しと並び立っており、広大な敷地を誇る高校が見える。あと一歩踏み出せば目の前の門を通り、私は晴れてこの高校の一員としての第一歩も踏み出せるだろう。

 今日日(きょうび)この場所に立てていることは私にとって何よりも素晴らしいことであるとともに、状況としては大変不服なことでもあった。

 目を瞑り、胸に手を当てて気分を落ち着けようとする。しばらく目を閉じたことで少しだが気分が落ち着いてきたような……

 

「お、おはよう。ことちゃん」

 

 目を開けると、その瞬間に緑髪の少年の姿が目に入ってきた。

 こいつさえいなければ。

 一瞬で怒りが芽生えたが、何とか押しとどめて笑う。

 

「……ああ、おはよう。

花は咲き、空は晴れ渡っている。今日は絶好の入学日和だね、出久」

 

 手を大きく広げて彼に話しかける。実際、今日は暑すぎず寒すぎずいい気温だし、天候にも恵まれている。これ以上となく好条件で高校での第一歩を踏み出せる。ああ、だからこそ……今日が豪雨にでもならないかなんて考えてしまう。

 舌打ちしたいのを堪えて目の前の少年に目をやると、彼はなぜかしおらしく頭を下げた。

 

「……ご、ごめんね」

「なぜ謝る。君は何を謝るようなことをしていないだろう? それとも何だ、実は私に謝らなければいけないことがあるってのか? ああ?」

 

 いつも通りに笑顔を浮かべてそう言うと、出久はもげんばかりの勢いで首を振った。

 

「……な、何もないよ!」

「ならいいじゃないか。君は今日という日を謳歌(おうか)すればいい、君はな」

 

 そう言うと、彼は少しひきつった笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♢

 

 中国の軽慶市で発光する赤児が発見されて以来、世界各地で超常現象が報告され、世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った。それは、そう遠い昔のことではない。……いや、それは歴史的観点から見たらの話であり、私の人生にしてみれば遠い昔のことであると言えるか。

 

 私は、普通の女子中学生だと思う。

 趣味だって一般的な物だと自負しているし、好きなものだって一般的なものだ。

 ここまで言えば分かるかもしれないが、私について特筆すべき点はそこまでない。あえていうのなら、ささやかな夢と素晴らしい個性があることくらいだろう。あと素晴らしい幼馴染と素晴らしい頭脳と素晴らしい運動能力と……

 

「……聞いてる? ことちゃん」

「うん、勿論聞いていないよ」

「……そんな自信満々に言うことじゃないよ!?」

 

 私をことちゃんと呼ぶ、緑髪の少年は緑谷(ミドリヤ)出久(イズク)。家が隣なせいで付き合いの長い少年だ。自我が芽生えた時から側にいたような気がする彼との関係を世間一般で表すのなら、やはり幼馴染という言葉が当てはまるだろうか。

 私は、腐れ縁の彼とともに通学路を歩いている。

 さして遠くもない道のり、そして遅刻ギリギリという訳でもない時間帯であるが故に、私達以外の生徒も登校している。……ふと前方に目をやると、動物の耳が付いた女生徒がいた。もし、ここが個性発現よりも前の時代であれば、珍妙な格好をしている女の子がいるとざわめくかもしれないが、今の時代ではそれを気にするような人間はいない。

 先に述べた通り、私達には個性というものがある。他の人よりも“少し”足が速かったり、“少し”力が強かったりする個性や、もしくは物を手を使わずに動かしたりすることが出来る“少し”変わった個性もある。

 人よりも優れているのか、隣を歩く人物に自身の個性について得意げに語る少年が歩いていた。なるほど、確かに話している内容の個性を私相手に使えば、確実に息の根を止められてしまうだろう。

 そう考えて尚思う──私の個性の方が強いに決まっていると。

 

 

「ことちゃんはどこの高校に行くの?」

 

 出久に話しかけられ、私は日々のルーティンとなりつつある考えごとをやめる。

 進学先か。確かにそんな話をしていたような気もするが、そんなものを聞いて、出久に何の得があるのだろうか。

 

「人に尋ねる前に、まずは自分から話すべきだ」

「いやだからさっき言ったんだけど……」

 

 少し呆れたような声な出久だが、気を持ち直したのか拳を握って口を開いた……と思ったら、口を閉じる。決意したのか、口を開いたと思ったらまた口を閉じる。まるで餌を欲している金魚のように、口の閉口を繰り返している。

 

「えっと……僕が行きたいのは……その……」

 

 先程からその繰り返しばかりだ。

 私が日々のルーティンに打ち込んでいたのは、もしかしたら先程も同じ出来事があったからかもしれない。そんなことを考えて、私はため息を吐いた。

 

「まどろっこしいのは嫌いだ。言うなら“早く言ってくれよ”」

 

 私の言葉が後押しとなったのか、出久は今度こそ言葉を発した。

 

「僕は、雄英に行くんだ」

 

 長いタメの後、今生の別れとでも言いたそうなトーンで告げられた言葉はしかし、私にとってはしょうもないものだった。

 

「へー」

 

 もう少し取り繕うべきだったか。自分でも反省してしまいそうな程に棒読みになってしまったのが分かったが、訂正する気にもなれない。

 

「えっ、今の話ちゃんと聞いてた!?」

「聞いてる聞いてる。

出久が身の程知らずにも、倍率300倍のエリート校に入ろうとしていることくらいはちゃんと聞いたよ」

 

 学校に着き、下駄箱で靴を履き替えながらそう話す。

 

 国立雄英高校。

 プロヒーローを養成する高校。例年倍率が馬鹿みたいな数字であり、私だって理由がなければ自分から進んで入りたいとは思えない高校である。

 ヴィランというクソみたいな存在を捕まえる為に、ヒーローという職種は必要とされている。

 出久はこのご時世に珍しい無個性であるにも関わらず、ヒーローを目指しているらしいのだ。彼のことを昔から知っている私としても、自殺志願者なのかと問いただしたくなるレベルだ。

 

「聞いていたならもっとリアクションとか」

「あー……そうだな……出久くんすごーい、壁は高いかもしれないけどガンバレー」

「何だか虚しくなってきたよ」

 

 そう思うのなら、最初から私からの激励(げきれい)の言葉など期待しない方が良かっただろう。

 私がもし、出久のことをいたく気に入っているのだとしたら、応援だって協力だって惜しまないのだろうが、生憎とそこまでは好きではない。そうなるとどうしても他人事としてしか見れなくなる。

 

「それで、ことちゃんが行きたいところは?」

「まだ具体的には決まってないんだよねー

……あたりはつけているが

 

 最後の言葉はボソリと呟くに留めたおかけで、隣にいる少年には届かなかったようだ。

 それの証拠に、彼はそのことを疑問に思う様子もなく頷いている。

 

「そうなんだ、ことちゃんならどこでも受かるよ!」

「私もそう思う」

 

 と、そこまで言ったところで、私の耳には雑音に紛れて、とある話し声が聞こえてきた。他の人からしたら、そんな些細なことはどうでもいいと意識の外に押しやるのだろうが、私にとっては再重要事項であった為に、声のする方に顔をやる。……予想していた顔があり、私は頬を緩ませた。

 

「邪魔だ退けクソ音!」

 

 その不機嫌そうな声を聞いた瞬間、胸が高鳴った。

 爆発的な金髪やつり上がった血のように赤い眼を見て、火が出そうな程に顔が熱くなり、頭に血が登るのを感じた。内緒で家に置いてあった酒を飲んだときのような酩酊感(めいていかん)が全身を包む。そうだ。これこそが私を私とたらしめている感覚。

 

「おはよっ、かっちゃん!」

 

 衝動の赴くままに両手を彼の首に伸ばして飛びつこうとしたが、当たり前のように避けられて勢い余って壁に衝突した。

 鼻柱が痛い。多分真っ赤になってしまっているだろうが、それでも血が出ていないだけ幸いだろうと、私は鼻を押さえてもう一度声をかける。

 

「今日も絶好調だね、かっちゃん!」

 

 自然と笑顔になるが、対する爆豪の顔は不機嫌そうだ。

 爆豪(バクゴウ)勝己(カツキ)。これまた私の幼馴染である少年だ。

 昔からガキ大将のようなところがある少年で、昔はよく色々とお世話になった。個性は“爆破”であり、なんといっても……私がダイスキな人だ。

 さっき述べた夢というのもダイスキな彼に関連したものだ。

 私には、夢がある。ささやかだが絶対に叶えたい夢がある。

 

 

「うわっ、また魂月が何かやってんよ」

 

 そんな事を言っている男子生徒は爆豪の取り巻きの誰かだったか。意識の外に追いやっていた為に今まで気づかなかったようだ。

 

「かっちゃんに会うのが私の生き甲斐(がい)であると言っても過言ではありませんからね!」

「過言であれよクソが」

 

 壁を背にしてしゃがみこんでいる私に一瞥もくれずに、チッと舌打ちをして爆豪は教室に入って行った。どうやら彼は今日もいつも通りだったようだ。初めて会ってから何一つ変わりない彼の振る舞いに満足して……そして、未だ自分がしゃがみこんだままだと気がつく。

 

「ことちゃん、大丈夫?」

 

 そんな私を見かねてか、出久は手を差し出してきた。

 私はそれを眺め、そして受け取らずに一人で立ち上がる。

 

「大丈夫じゃないに決まっているよ! でもかっちゃんは今日も素敵だね!」

「……う、うーん?」

 

 反応に困っているように見える出久を差し置いて、爆豪を追いかけるために教室の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 その後の授業はつつがなく進んだ。

 いつも通り前の席の爆豪にちょっかいをかけつつ授業を受けて、出久と一緒に昼飯を食べて退屈な午後の授業に臨む。既に(ソラ)んじている授業なんて下らないと思うが、平常点を下げられるのは勘弁願いたい。やはり爆豪の集中力の妨害することに全力を注ぎ、そして午後の授業を乗り越える。

 いつも通りに進んでいく、退屈でいて素晴らしい日常を謳歌している……が、今日この日の帰りのホームルームにおいては、特別な出来事があったようだ。

 

「……」

 

 爆豪が無言で渡してきたプリントを、奪い取るようにして受け取る。

 

「わあ、ありがとう勝己! 君から手渡されたプレゼントなんて産まれて初めて貰ったような気がするよ! 今回のも大切に保管」

「するな早く書いて提出しろクソが」

 

 吐き捨てるような言葉に、私は口角がつり上がるのを感じた。

 爆豪の言うとおり、今配られた紙はすぐに提出しなくてはならない……進路希望調査のプリントだった。

 進路先。私はどんな高校に進もうが、『上手く』やっていくつもりだが、それでは私が自分らしく生きて行く為には今ひとつ物足りない。……だから私は、爆豪の書いた内容も確認することに決めた。

 個性の関係か、はたまた全く関係ないのかは分からないが私は目がそれなりに良い。故に、爆豪が書いた内容も難なく覗き見ることが出来た。……概ね、想定通りの内容だった。

 

「全く、かっちゃんたらじょーだんが通じないんだから」

 

 言われた通りに希望調査を書いて紙を裏返し、他の生徒が書き終わるのを爆豪の後ろ姿を眺めながら待つ。

 だいたいの生徒が書き終わったことを確認すると、担任が各席に回収にしに来ていて、数分後に最後の1人である私まで順番が回ってきた。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 にこりと笑って、担任にプレゼントを手渡す。私のプリントを一瞥すると、担任は深いため息を吐いた。

 

「……魂月、お前は後で職員室に来なさい」

「えっ、何でですか?」

「お前はまず志望校を書け」

 

 その言葉に疑問を持つ。

 担任に言われた通り、進路先について書いたはずだし、そこを咎められる謂れはない。

 

「ちゃんと書いたじゃないですか」

「これをちゃんと書いたとは認めん」

 

 担任が呆れたように私の目の前に突き出してきたプリントに書かれているのは紛うことなく私の字であり、そして私が書いた内容だった。

 ……やはりどこもおかしい点はないように見える。あえて言うのなら、高校名を書いていないことくらいだろう。……もしかして、そこがいけなかったのだろうか? 

 

「まあまあ、分かりました。先生の言うことは最もですとも! でも今しがた完全に決まったのでよしとしてください!!」

 

 間違いに気がついた私は即座に打ち消し線を引き、そして訂正したものへと書き換えていく。

 

かっちゃんと同じ高校 国立雄英高校ヒーロー科』

 

 書いたものを担任に渡す……と、その前に私は教卓の前に立った。

 

「私が行きたいところは爆豪勝己くんと同じ雄英です!!」

 

 胸を張り、プリントを掲げて宣言すると、クラス中がどよめいた。しかし、その反応には興味がない。私がこうした理由は彼を逆上させる為であり……ほら、予想通りに食いついてきた。

 

「は? お前俺の中学(ウチ)史上初めて雄英に進学するって人生プランを壊すつもりか!?」

「なにそれめっちゃ壊したい!」

 

 おっと、つい本音が出てしまいました。

 

「ざっけんな早く取り消せ! でねーと殺す!」

「私が死んでかっちゃんがヒーロー取り消しとかもいいっすね!」

 

 爆豪は、私の服を掴んで揺さぶります。ゼロ距離での会話なんて、なんてロマンチックなんでしょう。私の中の乙女心も揺れ動きます。ついでにこみ上げてくるものもあります……お互いに利はないし、胃の中のものを吐く前に止めてもらいたいものだ。

 そう思っている中、思わぬ方向から助けの舟が渡された。担任がなんの気なしといった感じで、その言葉を放ったのだ。

 

「あ、緑谷も雄英志望か」

 

 その言葉を聞いた瞬間、爆豪は動きを止めた。そしてその後に初期微動のように体を小さく震わせ始めたので、私は爆豪が掴んでいた手を服から離させ、そしてその場から撤退する。

 

「……俺をおちょくってんのかてめェら……!」

 

 爛々と輝かせてつり上がる目を見て、思いの外マジギレされていることに気がつく。しかし、そんな爆豪の感情だって、今の私を確かなものにするだけに過ぎない。つまり……ただただ嬉しいだけだ。

 それを分かっているからか、今度は爆豪も私のところに来ずに出久のところに向かっていった。

 

「ふざけんなよデクゥ……、無個性のてめェが何で俺と同じ土俵に立てると思ってんだ! 

雄英に受かるのは俺だけで良いって聞こえなかったのか!?」

「き、聞こえてるけど、でも……雄英に入るのは小さい頃からの目標なんだ……!」

 

 私は出久の言葉を聞いた爆豪の怒り心頭な様子を笑いながら見ている。別に現状では止めようとは思わないし、爆豪だってそこまで長い時間やる訳ではないだろう。

 ……まあ、流石に出久が負傷しそうになったら、止めようとは思うが。

 

「緑谷無個性だし現実見れてないだろ……」

「うわ……魂月が雄英とかまじかよ……」

「いや……学力は知らないが個性はひど……」

「そもそも爆豪も魂月も性格がヒーロー向きじゃ……」

 

 爆豪が言うところのモブが、また好き勝手言ってくれている。

 しかしそんなことはどうでもいい。私にとっては彼以外は等しく虫けらにしか見えない。虫けらが何を言っていても私の耳には届かない……そういう設定だが、この状況は私にとって都合が良かったために、反応することにした。

 

「何いってんすか! 私ほど聡明で運動神経良くて優しくて個性を上手く使える人はかっちゃん以外にはいないっすよ! “雄英に受かるのだってラクショーに決まってます”!!」

 

 入試まで8ヶ月と少々。モブ共が何を言おうと最後に笑うのはこの私だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━そして、8ヶ月後。

 

「倍率300倍には勝てなかったよ……」

 

 無情にも“不合格”と書かれた薄っぺらい紙切れ一枚を前に、そう呟いた。




落ちた理由のヒント:レスキューポイント0


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ヒーロー科入り損なう

 時は進路希望調査の後まで遡る。

 

 先生や同じクラスの生徒相手に啖呵を切った私はなぜか笑われ、そのまま帰りのホームルームが終わった。

 先生が受け持つクラスの提出課題を学年室に運ぶという雑用を命じられた私は、適当に終わらせて教室に戻ろうとしたが、その教室から爆豪のどなり声が聞こえてきた。測らずしてリンチ現場を覗き見ることとなったらしく、爆豪はその個性を使って持っていたものを爆破しようとしていた。

 それを見た私は━━思わず出久の前に立っていた。

 考えるよりも速く身体が動くなんて、我ながら自分が恥ずかしい限りだ。

 

「どけよクソ音。そこの木偶(デク)の坊に教えねえといけねェことがあんだ。まさか……お前、デクを庇うつもりか?」

 

 爆豪が子憎らしい顔で何か言っているが、そんなに重要じゃなさそうな内容なので聞き飛ばして、彼の手元を見て口を開く。

 

「ハァハァ……かっちゃん……そんな素晴らしい個性、出久なんかに使うよりも私に使う方が絶対良いです……!」

「……は?」

 

 爆豪は足を一歩引いたので、手応えを感じた私は鼻息を荒くして彼に詰め寄る。

 

「私に個性を当ててください!そのゴミを見るような視線であればなおよしです!さあ早く!早くどうぞ!!」

「カツキどうする?」

「興が削がれた、帰るわ」

 

 爆豪のゴミを見るような目を見ているとドキドキするし、早く死んでくれないかなと思う。

 もっと色んな表情が見たい。そんな思いで、爆豪の手を引っ張った……瞬間に、やはりゴミを払うように手を叩かれた。

 

「待ってよかっちゃん!さきっちょ!さきっちょだけでいいから!!」

「うるせー!俺の関わらないところでしねや!!」

「死ぬんだったらかっちゃんの目の前で傍迷惑に死ぬね!」

「ふざけんじゃねえぞ……!」

 

 青筋を立てた爆豪は私に何かを投げつけて、教室から出ていってしまった。

 クリーンヒットしたものを顔面で受け取り、そして手に持つ。

 なんだこれ。随分と使い古されたノートのようだが……まあいい。これが爆豪を怒らせた原因であるノートなのだとすれば私のためになるだろうし、とりあえず持ち帰るか。

 それよりも私は爆豪を追いかけないといけない。彼に気づかれないように後をつけるのがマイブームだしな。ちなみに昔からおにごっことかくれんぼが大の得意だから気づかれたことはない。……まあ爆豪やその他の方々とかくれんぼをしたときには見つけてもらえずに日が暮れるということもあったが……いや、そんな悲しい思い出はどうでもいいか。

 

「ことちゃん。そのノート僕のだから、か、返して」

 

 いつの間にかモブと化していた少年が、教室を出ようとした私におずおずと話しかけてきた。

 別に返しても構わないが、あんなに爆豪を逆上させていたものが何だったのか気になる。

 

「“ノート見ていいよね”」

「うん」

 

 出久は肯定した後にしまったとでも言うような顔をしたが、了承は取れたし見ても良いだろう。

 奪い返そうとしてくる出久を適当にあしらいつつ、机に腰かけてノートの表紙を改めて見てみる。

 

「将来の為の、ヒーロー分析ノート?」

「……あっ」

 

 彼の絶望したような声を聞きながら、ノートをめくる。最近話題のヒーロー、Mt.レディやこの前ヴィランを倒したシンリンカムイの情報が一番新しいページに書かれていたので、それを見る。彼女らの長所や弱点が綺麗に纏められているノートは、私から見ても素晴らしい出来栄えだと思う。

 ……しっかし、分厚いしここに書いてあるヒーローの名前の数もも尋常じゃないし……13冊もよく書き込めるものだな。

 

「へーすごいねー」

「……えっ?」

「爆豪はこのノートの中身は読んだの?」

「……いや、読んでないよ」

「ふーん、そりゃそうか」

 

 爆豪はノートの名前だけ見て怒ったのだろう。主に『将来の為の』ってところか。いつも無個性が夢見てんじゃねーって言ってるし、それを威嚇することでやめさせようとしているのだろう。出久がヴィランによって怪我をする前に恐怖を持ってやめさせようとするなんて、爆豪はなんて優しいのだろう……優しいのか?

 自分で考えたものの、しっくり来なかったので首を傾げる結果となった。

 

「なんか出久はヒーロー分析家とか向いてそうだ。……あ、爆豪のページもある?」

「あるけど、今日は持ってきてない……」

 

 目を逸してそう言った出久の肩を揺らして、喜々として笑う。

 

「あんの!?じゃ、明日でも貸してよ」

「あっ、うん。いいよ。だから揺らすの止めてくれると嬉し……」

「約束ね、んじゃまた!」

 

 気分は上々。

 私だって似たようなものは作っているが、他の視点から見た爆豪というのも気になる。

 それを自分の中に取り込めば、私はきっと今よりも強くなれる。

 浮き足立った私は、速攻で学校から抜け出して爆豪の後を追いかけた。

 

 

 

 ♢

 

 爆豪はどこだろう。

 爆豪が教室を出てからそれなりに時間は経っているが、まだ家には帰っていないようだしその辺にいるのだろうが……

 彼の姿を見たか道行く人に尋ねながら歩いていると、近くで爆発音のようなものが聴こえてきた。

 ……爆破というとどうにも爆豪の姿が頭をよぎるが、まさか関係ないだろう。

 危ないしその場から去ろうしたとき、学生服をきた見覚えのない少年が、向かい側から走ってきた。その少年は私の姿を目に留めると、こちらに向かって来て私の前で足を止めた。

 

「カツキ、カツキが……!」

 

 大変慌てていらっしゃるようで、こちらとしても対応に困る。しかし、聞き逃せない言葉があり、思わず反応してしまった。

 

「はい?今勝己って言いました?あなたかっちゃんの知り合いですか?」

「知り合いも何も同じクラスだろ俺たち……って違う!カツキがヴィランに捕まったんだよ!」

 

 私と同級生なのに煙草を吸うのか……

 いや、そんなことは今はどうでもいいか。

 

「えっ、かっちゃんがヴィランに?」

「だから魂月も早く逃げろ……っておい!」

 

 爆豪がヴィランに捕まる。

 その言葉を聞いた瞬間に、私の足はふらふらと男子生徒が走ってきた方に向かっていた。

 

「大変だ、爆豪がヴィランに捕まった。

早く何とかしないと死ぬかも」

 

 辿り着いたのは、学校近くの商店街だった。

 いつも人通りが多い訳ではないが、今はそういう次元の話ではない。いつも見慣れていた町並みは、轟々と燃え盛っていたのだ。無意味かもしれないがハンカチで口を覆いながら爆心地に進んでいくと、やっと爆豪と彼に取り付いているヴィランの姿を目にすることが出来た。

 ヘドロのようなヴィランが、爆豪を取り込もうとしているが、爆豪は優秀な個性を持ってして抵抗しているってところなのだろう。周囲が燃えているのはヴィランが原因というよりは、爆豪が抵抗しているのが原因ってことなのだろうが……

 

「……えへへ、そっかあ……爆豪が死んじゃうかもしれないのかあ……悲しいなあ」

 

 とても忙しそうな爆豪にカメラを向けて、写真をパシャリ。今この瞬間を切り取ったそれは、自分ながら綺麗に撮れたと褒められる出来だった。帰ったらすぐに印刷して写真立てに入れよう。

 チラリと爆豪を仰ぎ見ると、私が写真を撮っていたことに気が付かないくらいにヴィランと闘っていたみたいだ。……反応がないのはつまらないな。

 

「待ってねかっちゃん!今助けを呼んでくるから!」

 

 爆豪に、私という存在がいることを認知させるためにそう叫んだ。

 すると、爆豪と彼に取り付こうとしているヴィランの目が私に一斉に向かう。ヴィランの血走った目は……きっと私でなかったら、恐怖してしまうのだろうな。

 

「……手出し無用だ……!お前の力を借りるなんて……冗談じゃねェ……!!」

 

 爆豪がヴィランを爆破させながら発した言葉を聞いて、正気に戻る。なぜ今の今まで写真を撮ることしかしていなかったのだろうと、己を責めたくなる。

 

「かっちゃんが、私に借りを作る……なんて甘美な響きなんだ!早速君をここから助けてみせましょう……!」

 

 スキップで爆豪に近づき、個性を持ってして助け出す……つもりだった。

 気がついた時には、スキップをしようと地を蹴り上げた足が宙に浮いていた。その次の瞬間、自分が誰かに抱え上げられているという事実に気がつく。

 

「……はい?」

 

 きょとりと目を瞬く。その瞬間には既に、爆豪から離れた安全地帯へと移動していた。

 

「民間人は危険だから下がってて!あとは僕達が何とかするから!」

 

 そう言った後、名も知らないプロヒーローは危険地帯へと戻っていった。それを見た私は、深く目をつぶる。

 

「……仕事熱心でなにより」

 

 しかし、その仕事熱心っぷりが今の私には枷にしかならない。全く状況は好転しそうもないのに、良くもまあぬけぬけと言えるものだな。それとも、それを表に出さないのがヒーローとでも言うのだろうか?

 それは殊勝だが、私以外の民間人も疑問を感じているだろうから無意味としか言いようがない。

 耳を済ませば、なぜプロヒーローはヴィランを退治しないのか、そしてこの状況はいささかマズイのではないかという声。そしてついクセでここに来てしまったという人物の……ってあれ?

 

「……やめとけ、今は虚しくなるだけだ」

 

 ……聞き覚えのある声が聴こえた。自分に言い聞かせるような声は、確かに見知った少年のものだった。

 人混みの中にいるのだろうと思って見渡すと、すぐにそれらしい姿を見つけた。

 

「……出久?何そこで棒立ちしてんのさ」

「ことちゃん……?どうしてここに……」

「何って、勝己のピンチなんだから来ない訳にはいけないでしょ」

「かっちゃんが?」

「ヴィランに捕まったよ」

 

 どうやらこの少年は、知らずにここに来たらしい。私が懇切丁寧に状況を教えてあげると、出久は人混みを割って入り、遠くにいる爆豪を目にしたようだ。その瞬間に目の色を変えた少年がしそうなことに当たりをつけ、走り出そうとした彼の腕を掴んで止める。

 

「何してんの?」

「……いかないと」

 

 はて、いかないと?

 逝くって字だとしたら流石に笑えないが、いくってのはどんな字が当てられるのだろうか?

 いや、それはまあいい。問題なのは、この少年が私の邪魔をしようとしていることだろう。

 

「出久馬鹿じゃないの?あとは私が何とかするからさ」

「……っ!ことちゃんだって危ないに決まってるだろ!」

「勝己が危ないんだ。私が危ないからといって助けない理由にはならないよ」

「それは僕も同じだ!」

「いや違うね。無個性の君とさいきょーな個性を持つ私とじゃ、何もかも違うんだよ」

 

 コンプレックスでも刺激されたのか、出久は黙って俯いた。

 それを見た私は、やっと諦めてくれたかと安堵して爆豪の元へと向かおうと足を進め……ようとしたが、また言葉をかけられた為に行動を中断する羽目になった。

 

「……でも、こうなったのは僕のせいなんだ。

僕があんなことしなかったら、あのヴィランは捕まっていたはずで……!

だから、僕はかっちゃんを救けに行くんだ……!」

 

 ……今、この少年は何と言った?

 救ける?無個性な彼が、暴君な彼を……救ける?

 

「……あ、それ良いかも」

 

 気が付けば、口元は歪んでいた。

 それを隠すように手を置き、神妙な顔を意識して彼に話しかける。

 

「君が折れる気がないってのは分かった。

だったらさ……出久、私と協力しようよ。私が活路を拓くから、君が勝己を救出するんだ」

 

 無個性や木偶の坊だって見下している相手に救けられるなんて、彼にとってはどんな屈辱だろう。

 想像するだけで、こみ上げてくるものがある。

 別に出久が失敗してもいい。そうしたら今度こそ私が助けに行くだけだ。

 そんなことを考えているなんて、つゆほども知らないであろう出久は、迷うことなく頷いた。

 

「よし、交渉成立だね。それでは……“頑張ってください”」

 

 トンと出久の背中を押すと、彼は弾かれたように走り始めた。それを見届けた私は邪魔をしてくるプロヒーローを無視し、笑って個性を発動させた━━

 

 

 

 

 

 

「ってことがあったんだから、雄英側は優しい私のヒーロー科行きを認めてくれてもいいと思うんだよ。それなのに……流石に酷すぎると思うんだよ。君もそう思わない?」

「それは……」

 

 雄英から通知が送られてきた次の日、学校から家に直行した後のこと。ちゃぶ台の上に置いた不合格通知を指差し、出久に問いかけた。

 

「何で私がヒーロー科落ちてんの?おかしくない?」

「……えーっと、うん。その……個性の相性が悪かったんじゃないかな」

 

 私と紙から目を逸して、出久は歯切れ悪くそう言った。試験と個性の相性が悪かったのは、確かだろう。

 

「そうその通り……って言いたいところだけどそうじゃないでしょう!

私は日々特訓に明け暮れていた!肉体や個性の強化にも勉強にも取り組んだ!なのにこのていたらくだ!!」

 

 あの日。試験会場で受けた説明は、私を絶望させるには充分なものだった。

 制限時間内に仮想敵を撃退しろ?出来なくはないが、かと言って自分で撃退するのに得意な個性を持っている訳ではない。私の個性って他力本願なところがあるし、そもそもそういう試験だと知っていたら対処は出来た。絶対に出来たはずなんだ。それなのに……!

 それでも頑張って、仮想敵を10体は確実に撃破した。

 しかし、殆ど1ポイントの仮想敵しか出会えなかったこともあり、……その結果がこれだ。

 運がなかった。下準備が足りなかった。

 言い訳こそ出来るが、結局のところ結果が伴わなかったのでは意味がない。

 

「ザマァ」

「流石かっちゃんだね!殺したいほど憎いよ!!」

 

 椅子に座った爆豪からの追い打ちをかけるような言葉に思わず顔が赤くなってしまうし、拳に力が入る。

 そう。実は今日は出久だけはなく、爆豪も私の家に来ている。

 もちろん理由もなしに来てくれるような相手ではないが、携帯の待受画面を見られてしまったことでヘドロヴィランと爆豪とのツーショット写真を持っていることがバレてしまい、それを消すのと引き換えに今日家に来てもらうことを約束したのだ。

 かなり嫌そうではあったし、私の部屋に来た瞬間に気分転換も兼ねて作っていた『かっちゃん人形』や、写真立てに入れていた爆豪とヴィランのツーショット写真は、私の部屋に入った瞬間に消し炭にされてしまったが……悲しくなんてないもんね。

 

「どうせデクも落ちてんだろ。落ちこぼれ同士傷の舐め合いでもしてろ」

「ぼ、僕は受かったよ」

「はっ!?嘘つくじゃねえ!!」

 

 ダイスキな彼が戸惑う声が遠のいていく。

 なんか無個性の腐れ縁から衝撃の事実が聞こえた気がしたが、そんなものに構っている暇なんてなかった。

 

「普通科には受かった。私はちょーゆーしゅーだから当然だ……当然……」

 

 目の前が真っ暗になっていく。今までの努力は何だったんだろうと、今までの人生を回顧する。

 爆豪は昔からヒーローになりたがっていたから、口には出されなかったものの雄英に入ろうとしているんだと確信していた。だから私も、雄英の受験の為に小学生に入ってからは勉強も個性の強化も欠かさなかった。余っている時間全てを雄英に入ることために注ぎ込んだ。そこには慢心も何もなく、全力で取り組んだ。

 とは言っても内心不安ではあったから、一応事前に普通科も受けたのだ。でも、そうだったとしてもヒーロー科受かると信じていたのに……

 

「……ヒーロー科……入りたかったな……」

 

 あれ、なんだか視界が滲んできた。

 

「ことちゃん。そ、その気を落とさないで」

「優しい言葉をかけないでくれ出久!

むしろ勝己みたいに蔑んでくれた方がまだマシだ……!」

 

 別に爆豪以外に言葉で嬲られてもなんも嬉しくはないが、それでも慰められるなんて真似を出久にはされたくはない。自分よりも弱い存在に気を使われるなんて、自分にも相手にも怒りが湧く。

 

「旅に出ます、探さないでください」

「言われなくとも探さんわ!あと約束通り写真消せ!」

 

 爆豪のどなり声を背に扉を閉める。特に行き先なんてもんはなかったが、とりあえず一人になりたかった。

 ……と、そこで湯気の立っている湯呑み3個とお茶請けをお盆に載せた母親の姿を目にする。

 

「お出かけ?」

「はい、お母さん。図書館に出かけます」

 

 いつもなら父親と同じ職場で働いている時間帯だったが、どうやら今日は休みを取ったらしい。ヒーロー科不合格という事実に打ちのめされていた私を見ての判断かもしれないが……いらない気遣いとしか言いようがない。

 

「出久くんと勝己くんはヒーロー科合格したみたいなので、お祝いの言葉と一緒にそれを渡せば喜ぶと思います」

 

 私が笑みを浮かべてそう言うと、母親は迷っているように視線を彷徨わせた。

 

「……ヒーロー科なんて狭き門なんだから気を落とさないで?お母さんは普通科に合格してくれただけで誇りに思うわ。あなたが頑張っていたことは分かっているし残念だろうけど……」

「ありがとうございますいってきます」

 

 今度こそ家を出る。

 両親が共働きの私は、両親がいない日を狙って夜の街を出歩いたりしている。誰も咎める人がいないというのは、私にとって最高の状況であるし、どうせなら個性がどれほど強くなったのかを確かめるのも良いだろうと考えたのだ。今日も同じように特訓するかと思いながら歩いていると、頬に一滴の液体が伝った。もちろん泣いている訳ではないしと、空を見上げる。

 どうやら降られてしまったようだ。

 

「雨よ、止みなさい」

 

 冗談交じりにそう呟くが、止むわけがなかった。むしろ先程よりも強くなってしまったような気さえする。

 ……傘、持ってきていないんだけどな。

 見慣れた道を通り、雨宿り出来そうな出来そうな場所を見つけて地面に座り込む。

 雨は止みそうにないし、どうやら長期戦になることを覚悟した方が良いだろう。

 

 それにしても……ヒーロー科に入れなかったのは不幸だったが、普通科に入れたのは不幸中の幸いといえるだろう。ヒーロー科に入れずとも、学校内で爆豪の姿を見ることは出来る。でも……それだけじゃ駄目なんだ。私の夢は、爆豪の夢を聞いた瞬間に決まったんだから、私はヒーローにならなければならない。

 ぐっと拳を握りしめて今後の道筋を立てていると、目の前に影が差したので思わず見上げる。

 

「そこにいるのは、ガキじゃないか」

 

 人を小馬鹿にするような声、ひょろりとした体型と白髪、病人のように白い肌と爆豪に劣らずな悪人顔。……残念なことに、初対面ではない相手だった。

 

「……あー、そういうあなたは……死柄木さん?」

 



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ヴィラン 

 泣きっ面に蜂とはよく言ったものだが、泣きっ面にヴィランなんてことわざがあるとは知らなんだ。

 ……いえ、冗談です。こんなのはただの現状逃避だ。それに私は泣いていません。

 人通りの少ないかろうじて雨風を防げる路地裏で、私は立ち上がって頬を拭い、悪態をつきたくなるのを堪えた。

 

 ヴィラン。

 無秩序に個性を振りまき、人に害をなす爆豪のような存在。

 総じてクソ、それが何人かのヴィランと会ったことのある私の見解である。

 そんな世の中にとっても私個人にとってもはた迷惑な存在が目の前に立っているのだ、悪態をつきたくなるのも仕方ないだろう。まあ、つきはしませんが。

 変わりと言ってはなんだが、百点満点の笑顔を彼に向けて送る。

 

「お久しぶりですね、死柄木さん」

 

 目の前にいる頭や腕にアクセサリーのように人の手のようなものをつけている人物は、ヴィランなんちゃらってところの死柄木弔だ。

 ヴィランなんちゃらって名前の通り、彼はヴィランらしい。

 ヴィランの彼と至って一般人の私がなぜ知り合いなのかといえば、山よりも高く谷よりも深い理由がある……と言いたいところだが、ぶっちゃけてしまえばたまたま遭遇してしまっただけの話です。もちろん街中で会った訳ではないが、そこは割愛でいいだろう。

 死柄木に限らず、なぜだかは知らないが昔からヴィランに遭遇しやすいのだ。生まれつき絶望的に運がないのかもしれないし、もしかしたら爆豪がヴィランに捕まったのも私の運の悪さが起因しているのかもしれない。……あ、それなら自分の運のなさを喜ぶべきかな?

 とは言っても、雄英受験に向けての自習もある私にはヴィランに構っている時間なんてなかった訳で、ちょっかいをかけてきたヴィランたちには、私の個性の練習相手になってもらった。そして自分に害をなしそうなヴィランは目の前の例外を除いてすべて豚箱に放り込んだ。やっぱり私は完璧だ。

 

「私は素晴らしい人間である!そう思うでしょう死柄木さん!」

 

 都合の悪そうな部分を取り除き、いかに私が素晴らしい個性の持ち主であるかについて話すと、一歩足を引かれた。

 

「うわ、相変わらず気持ち悪いガキだ」

「あはは、そんな人がいるんですね。私はガキではないので関係ありませんが、近づかないように気をつけないといけませんね!」

「ソラ、お前のことを言ってるんだよ」

 

 死柄木もいつも通りのようだ。

 三年くらい前に会ってからも変わらず、いつも通りにストレスを感じると首を掻いている。癖なのは分かるが、跡に残るし消えづらいものだからやめた方が良いと思ったが、そもそも首の掻き傷があろうとなかろうと死柄木弔という人間を見たときに受ける印象はそう変わるものではないので、別に良いかと思い直した。

 

 ちなみに例外である死柄木さんは、別に友だちになったとか良心が痛むからなんて理由で野放しにしている訳ではない。

 本当なら、すぐにでも通報なりなんなりするべきだと他の人は言うかもしれないし私だってそうしたい。でも、それってどうなのだろう。

 そもそも、ニュースを見ていても死柄木が殺傷事件を起こしたりというようなヴィランらしい活動をいる情報が入ってこないのに、通報したり自首させたところで取り合うほど警察は暇じゃないだろう。その上に死柄木からの信用を落とすのは阿呆らしい。

 私が死柄木を挑発なり個性を使うなりして、強盗や殺傷事件沙汰を起こさせるのは可能だろう。それによって、警察やヒーローを動かし、重い刑期を課すことも可能だ。でも、そうしたって死柄木の上の人間はいるし、行動を起こすかもしれない。『先生』だったか?あのヴィランの模範生のような死柄木が尊敬している相手がヤワな人間な訳がない。

 大丈夫だとは思うが、もし私と死柄木との間に接点があることがバレたなら、ただじゃ済まないのかもしれない。……ええ、もちろん私の個性はさいきょーですが、それでも万が一は恐ろしいですから。

 

 まあつまり、今この場で行動するのは愚策でしかないのだ。それに、今何もしないことは私にだってメリットはある。

 

 だって彼、オールマイトを殺そうとしているんですよ?

 私はそれは歓迎すべきことだと思うのだ。……ってあれ、歓迎することなんて言ってはいけないか。じゃあ前言撤回です。

 もちろん、私はオールマイトに死んで欲しい訳ではないです。でも、別にいなくなってもどうでもいい。

 

 ヘドロヴィランを退治しようとしたときに現れたオールマイト。オールマイトの存在感には、彼に興味を持っていない私だって圧倒された。光の象徴たる彼……でも、やっぱり問題ないな。それで消えるのであれば、それだけの存在だったってことですから。もちろん私はオールマイトに勝って欲しいとは思っています。だって彼は犯罪の抑止力の象徴だ。彼がいる限り私たちの平穏は守られる。なんてかっこいいのでしょう。

 

 だから死柄木がオールマイトを殺せずに、そのまま舞台から消えると言うのなら別に構わない。でもそれを達成出来たとするなら、もしかしたら、爆豪とも戦うのかもしれない。別に死柄木じゃなくとも、彼の部下なんかが爆豪と戦う可能性もあるか。

 

 でも、こうも思うんです。

 

 死柄木たちと爆豪が相対すれば、爆豪の更なる躍進に繋がります。まあ……死柄木たちが爆豪と相対する可能性は低いかもしれないが、それでも構わない。

 私は可能性を残したいだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 死柄木とはたまに会う仲ではあるが、別になんちゃらって組織を介して出会った訳でもないし、組織のことは『先生』という存在が一番上に立っているらしい……ということしか知らない。それに深く知ろうとも思わない。好奇心は猫をも殺すとかいう言葉もあることだし……ああいや、私は自分のことを猫以上にしぶとい生物だと思っているが、万が一がありえるのなら無駄な行動はすべきではないだろう。

 それにもし情報収集に力を注いでしまえば、興味あるならヴィランなんちゃらに入れって言われそうだしな。私は今のところはただの一般市民だし、爆豪もそうである限りはその道から逸れようとは思わない。爆豪がヴィランになったら分からないがな。

 

「それにしても、いきなりどうしたんですか。

あ、もしかして死柄木さんも雨宿りですか?」

「まあ、そんなところだ」

「なるほど、そうでしたか」

 

 もちろん嘘だろうし、死柄木がここにいる理由が思いつかない。

 死柄木とは家付近で会ったことがないし、偶然なんてもんとは考えづらい。何らかの目的があったと考えるのが道理だろう。

 

「あ、もしかして雨宿りってのは建前で、本当はとっても愛らしい私のことを拐うつもりだったと……か……!?」

 

 言っている途中に慌てて左方に跳んで距離を取ると、つい先ほどまで私がいた場所に右振りの拳が飛んできていたのが見えた。

 攻撃は避けることが出来たが、水たまりによる飛沫(しぶき)を避けることは出来ずに全身にかかった。

 泥やヘドロ臭くはならなそうなのが幸いだが、気分的には最悪もいいところだ。

 ……死柄木弔、恐ろしいヴィランだ。

 

「“やめてください”よー

突然のことに私びっくりですよもうー

ああ、それとも死柄木さんにはいたいけな美少女をいたぶる趣味があるんですかー?」

「お前のアホ面とバカみたいな発言を聞いていたら、ついな」

「つい、で殺されたくないんすけど」

 

 半眼になりつつ、服の水をはたき落とす。

 既に服は水分を吸ってしまったようで、ずっしり重くなってしまっていて肌触りも最悪だ。

 不合格通知は送られてくるしヴィランにも会うしで今日は本当に何一つ良いことがない。厄日ってやつだろうか?

 

「でも死んでないだろ」

「ええ、ええ!死んでないんだからモーマンタイ!」

 

 とでも言っておけばいいのだろうか。

 命あっての物種とは言うし、そのことわざには賛成であるが……今の状況は別に作り出される必要もなかったように感じられる。

 げんなりとしつつも態度には出さないように心がけて、首にぶら下げていた笛を叩いて水を吐き出させる。

 

「黒霧」

 

 いつの間にか、死柄木の他にも人がいたらしい。

 気づかなかった自分に幻滅しそうになったが、きっとこの人は今来たのだ。そうでなければ、ちょーゆーしゅーな私が気づかないはずがない。つまり、この人物は瞬間移動系統の持ち主に決まっています。

 

「この少女を運べばいいのですね?」

「ああ」

 

 死柄木と話し合っているのは、異形系の個性の持ち主のようだ。死柄木に友だちやまともな交友関係があるとは思えないし、絶対にヴィランだ。さらに言うのなら、部下なのだろう。

 死柄木の部下なんてとんだ世紀末な人たちしかいないと思っていたのだが、思ったよりもまともに見える。でもまともなヴィランなんてもんがいる訳がないし、きっと腹に一物を抱えているのだろう。くわばらくわばら。

 

「あっ、もしかしてあなたも私を殺そうとするんです?」

 

 出来るだけ、ひょうきんな態度を心がけてそう尋ねた。先程息をするように殺そうとしてきた相手の連れなので、警戒しない訳がなかった。

 恐怖はないが、警戒はする。うん、別に矛盾はしていないはずだ。

 

「私はあなたに危害を加えませんよ」

「“本当ですか?”」

「本当です」

 

 表情は読めないが、ここで嘘を言ったとしても意味はないように感じられる。それに従わなかったら敵と見なされてしまう可能性が高い。上手いこと切り抜けるのもありだが……一旦信じてみるか。

 私に抵抗の意思がないことが分かったのか、死柄木の部下は個性を使用したようだ。彼の個性によって突如訪れた黒いモヤを見る。私を運ぶと言っていたし、私の憶測通りに移動する個性の持ち主なのだろう。私には及ばないが、珍しい個性だ。引く手あまただろうに、どうしてヴィランなんかやっているのだろう。

 

「あの、何か?」

 

 行動を起こさない私を見てか、彼は不思議そうに首の部位がありそうな部分を傾げた。

 

「罠がある訳ではありませんし、大丈夫ですよ?」

「知ってます」

 

 我にかえり、笑って黒いモヤに突っ込む。あっという間の出来事だったので、中がひんやりしているだとか暗いとかは特に分からなかった。

 本能的に瞑ってしまっていた目を数秒後におそるおそる開けると、私の眼下には来たことがない雰囲気の場所が広がっていた。

 

「ここは?」

 

 辺りを薄暗く照らす灯、小粋なクラッシック、そして豊富な酒のラインナップ。

 自分の知識に当てはめてみると、……いわゆるバーと呼ばれる場所だろうか。

 死柄木の部下っぽい人は、やはりテレポート出来る個性の持ち主ということだろう。私には劣るが、遅刻しそうなときに役立ちそうだし優秀な個性の持ち主だ。私には劣るけどな。

 

「静かに話せる場所だ」

「おー、死柄木さんの本拠地ってやつっすか」

 

 頭に手を当てて、辺りを見渡す。視認出来る限りには人はいないように見えるし、息づかいや視線なんかの気配も感じない。

 突然敵の領域に連れ込まれて集団リンチなんてことはなさそうで安心した。……いえ、気配を消せるヴィランだっているかもしれませんし、油断は禁物か。

 

「アジトとかいいっすね!私も昔は幼馴染とごっこ遊びをやったもので、こういったところには憧れがあるものですよ」

 

 にこりと笑ってそう告げる。

 ちなみに爆豪がヒーロー役で、私はいつもヴィラン役を押しつけられていた。ヒーローバクゴーに退治されるまでがワンセットだったのである。お山の大将だった爆豪には、同年代で敵う人間はいなかったのだ。

 ああ……本当にもう……妬ましい。死ねばいいのに。

 胸に込み上げてくるものがあります。今度は吐き気ではありません。タノしくてタノしくて仕方ありません。

 ああ、早くプロヒーローになってくれないだろうか。私も早く追いつきたい。追い抜きたい。おにごっこは昔から得意なんだ。負けなんかしない。早く勝ちたい。そんな想いばかりが募っていく。早く殺したい、死んで欲しい……なんて想いは、ヒーローとしては失格でしょうか。なら考えることをやめるとしましょう。

「お前、いつもは分かりづらいのに今は本当分かりやすいよ」

 

 そんなに分かりやすいのでしょうか。それならもう少し、ヴィランの前で爆豪について考えるのは控えることにしましょう。

 

「あ、今は幼馴染について考えていました」

「そうだろうな」

 

 知っていたと言わんばかりに冷めた目をしている死柄木弔を見て、私は少しオーバー気味に後ずさった。

 

「なんと!いつから私の考えが分かるように!?

やっぱり長年の付き合いになると、相手を理解出来るようになるんですね!

それなら十数年も一緒にいる幼馴染は私の心の底が分かるんでしょうか!?

ああ、それは嬉しい!実に嬉しいです!早くプロヒーローにならないかなあ、早く!本当に早くプロヒーローになった彼を見たいです!」

 

 ドキドキします。そのときが楽しみで楽しみで仕方がありません。

 爆豪はきっと『ヴィランっぽい見た目ヒーローランキング』では一位に輝くだろう。それ以外は?

 分からない。分からないのには胸の高鳴りを感じるかもしれない。未知なることを考えるとドキドキするのだ。胸が張り裂けそうだ。この感情をなんと表せばいいものか。

 そんなことを思っていると、いつもの表情を保てなくなってしまった。顔を両手で覆って隠し、その指の隙間から死柄木と黒霧の様子を覗き見る。……ドン引き、されてしまったのだろうか。

 

「……本当気持ち悪いなお前」

「ひどいです。女の子に対する言葉とは思えませんよまったく」

 

 ボソリと呟かれた言葉を聞き取ることは出来なかった。そういうことにしておきましょう。だって、そうでしょう?私は正義の心に目覚めたって設定なんですから。

 

「その殺気に満ちた目。本当に分かりやすいよ」

「……それにしても、とむとむってマジで部下がいるお偉いさんなんですね!私驚きです!」

「そのとむとむってのは俺のこととか言わないよな?」

「あっ、とむとむはお気に召さないですか?

じゃあしがしが、しむらっちなんかもありますがいかがします?」

 

 死柄木は信じられないものを見るようにこちらを見てきた。そんなに酷い呼び方はなかったと思うのだが、なぜだろう。

 

「……まさかソラ、お前」

「はい?」

 

 首をかしげて死柄木に目をやると、すぐに人を小馬鹿にするような目になっていた。本当になんだったのだろうか。

 

「何でもない。どれも却下」

「つれないですねー」

 

 カウンター席に腰掛け、ついでに短パンのポケットに手を突っ込んでペンの形状をしたソレを触る。使えるかは分からないし使うかも分からないが、あるに越したことはないだろう。今日が爆豪が家に来た日でよかったです。

 

「マスターいつもの!」

 

 口に出して言ってみたい台詞べスト35くらいにはランクインする台詞を言うと、黒霧と呼ばれていた部下に理解しがたいものを見るような目を向けられた。

 

「……あの、本当に彼女なんですか?」

「大丈夫だろ、多分」

 

 黒霧が不安で不安で仕方ないとでも言いたそうな顔でこちらを見てきたので、にこりと笑って手を振る。

 ……すぐに目を逸らされて、死柄木との対話に戻られた。少し寂しいので邪魔をします。

 

「しっがらっきーさん、今日は何で私をこんなところに?」

「ああ、本当に心外なんだがお前に頼みごとがあってな」

「あはは、私とラッキーの仲じゃないですかー

何でも言ってくださいよー」

「なら死ね」

「はい聞きました!」

 

 聞くだけですよ、叶えるなんて言ってませんと言ったら死柄木は舌打ちをして首元を掻きむしるというコンボをかましてくれた。

 この不機嫌さは一周回って清々しいと思えますね。



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内通者

「……くそっ!ここまでか!」

 

 どう見ても、負けは明らかだった。

 何回挑んでも勝つことはなかった。その点だけで見れば爆豪と似ているかもしれない。

 でも……違うんだ。

 今こうしているときにも、爆豪と接するときのような酩酊感だって、ドキドキだって……何も感じない。怒りも恐怖も何も感じないんだ、これって決定的だよね。

 負けているからツマラナイ?

 そんな訳ないだろう。もしそうなのだとしたら、私は爆豪に負けている時もツマラナイと感じるはずだ。

 え、それじゃあ何でこんなことをやってるんだって?

 ……そりゃあ、死にたくないからですよ。

 

 もうすぐ決着がつく。

 目の前の光景は自分の目にはスローモーションに映って見えた。

 敵の攻撃をなんとか回避し、カウンターをお見舞いする。……あまり効いていないようだ。

 すぐに駆け寄られ、また先と同じ戦法で行こうとしたら読まれていたらしく、彼の放った鮮烈なパンチが体躯に叩き込まれる。

 ……あ、吹っ飛んだ。

 

 星になった彼女の姿を眺めていると、YOUR LOSSの文字がまた見えた。

 

 

 

 

 

 

 ━━私は今、某テンドーさんの発売したゲーム機相手に格闘している。

 デフォルメしているプロヒーローを操作して、誰が一番強いヒーローなのかを競い合うゲームらしく、なぜかプロヒーローたちが戦い合っている。

 オールマイトもいるにはいるらしいが、ゲーム内でも規格外な強さらしく、彼がいるとゲームのパワーバランスが崩れるからと対人戦では極力使わないという暗黙のルールがあるらしい。

 ちなみに死柄木は自爆ヒーローを使って自分の操作キャラ共々殺すのが好きらしい。この人なんでこのゲーム買ったんだろう。そしてなぜ私はこんなことをしているのだろう。そう思いつつも、ボタンを連打する。

 そもそも私は、目的もなく走り回っていただけだ。それがどうしてこんなクソの肥溜めみたいな場所にいるのだろう。目的なく走り回っていたのが良くなかったのだろうか。それなら爆豪の家に向かっても良かったのだろうか……なんて考えている隙に死柄木の操作キャラに肉薄されていた。

 危ないと思って上のステージにジャンプしようとしたら、宙に浮いた身体に蹴る殴るのコンボ。どのボタンを押しても死柄木の攻撃から離れることも出来ず、あっという間にパーセンテージは上がっていき、200%を超えた辺りで蹴り落とされ、画面からフェードアウト。

 目の前にはYOUR LOSSの文字が見える。

 

「……はっ?えっそれ卑怯じゃないすか!?」

「正攻法だ」

 

 死柄木によると、私は真剣にやっている上で負けているのが分かるので相手をして楽しいらしい。……私は全く楽しくなんてないが、もしかしたら爆豪とこのゲームで遊ぶ可能性はあるから全力でやっているのだ。……遊ぶ可能性はゼロではないはずだ、多分。

 

「ハメ技をしただけだろ」

「は、ハメるなんてそんなエロい言葉使っちゃいけませんよ弔!」

「むしろハメ技って聞いてその解釈を出来るお前がすごいよ」

 

 では、ハメ技とは何なんでしょうか。

 ゲーム用語に詳しくない故、教えて欲しいものです。

 

「んじゃもう一試合」

 

 もう一回やるんですか。いくらきたる日に向けての練習とはいってもそろそろやめにしたいという気持ちが強いのですが。

 そんな私の気持ちを代弁するかのように、先程からこちらの様子を遠巻きに見ていた黒霧が口を開いた。

 

「あの、死柄木弔。そろそろやめにしませんか?」

 

 さながら水を得た魚のように、私は黒霧の言葉に同調する。

 

「そーですよ死柄木さん!雨宿りの場所を提供してくれたことには感謝しますがこれ以上は無意味でしょう!やるのであればトランプゲームあたりを要求します!ババ抜きとかどうでしょうか!」

 

 死柄木は見るからに心理戦が苦手そうなので、先の鬱憤を晴らす心づもりで提案する。

 

「はっ、誰がお前の提案したものに乗るか」

「んじゃ、なんかあのタコスミで戦うやつとかで……いえやっぱりいいです」

 

 一瞬で目を輝かせましたね。さながら、おもちゃを見つけた子供のようでした。得意分野に付き合いたくなんてないですし、そこまでする義理はありません。

 

「さっきのゲームで行きましょう。黒霧さんも一緒にどうですか?」

 

 道連れです。

 

「……あなた、状況を分かってますか?」

「ええ、分かっていますよ。

可哀想な私は、悪のアジトに誘拐されてしまったんですよね?」

「ならば、なぜ?」

 

 不思議そうに問いかけてきた黒霧に、にっこりと笑いかける。

 

「黒霧さんに一つ良いことを教えてあげましょう。

恐怖を感じることは、私にとっては何よりも無意味なんです。そんなものを感じているよりも楽しんでいる方がいいんです。……分かりました?」

「いえ、よく分かりませんが、あなたが享楽主義者だってことですか?」

「あはは、まあそんな感じですかね」

 

 持っていたゲーム機を置いて、席を立ち上がる。

 

「……で、死柄木さん。

本当に何の用で私を呼び出したんですか?

ここで無駄に時間を浪費するくらいなら、早く帰りたいんですけど」

 

 今ここにいるよりは、爆豪を観察するか手作り人形を造りなおす方が100倍有意義だ。

 再度ポケットに手を突っ込んで死柄木に問いかけると、ああ、そうだったなと思い出したように笑った。

 ……ああ、嫌な予感がする。というか嫌な予感しかしません。首から提げた笛のひもを掴み、そして相手の言葉を待つ。

 

「雄英に入れたか?」

 

 雄英に入れた……ですか。そりゃあ入れはしましたよ。私はちょーゆーしゅーですから。

 

「はい、雄英に()入れました」

「なら話は早い。こっちに雄英の情報を渡せ」

 

 どうやらこれが本題だったらしい。

 毎回会うたびに『明日からやる気出す』とかうそぶいていた死柄木だったが、本当の本当にやる気を出すとは思わなかった。これも『先生』とやらが命令を出しているんだろうが……いやまあ、随分と気合が入っていそうだ。これも死柄木にとっての『より良い世の中』作りのためなんでしょうが……やっぱり私にとってはどうでもいい。

 それにしても、雄英の情報を流せなんて、私に内通者になれっていってるのか?

 

「えっ、情報を流せって?えー……それバレたら捕まるじゃないすか。まだヒーローのお世話になるには早い気がします」

「そっか」

 

 特に興味なさそうな目と言葉を聞いて、どうでも良かったのかと気を抜きそうになったが……直後に嫌な気配を感じ取りその場から地を脚で蹴って退く。横目で死柄木がこちらに手をかざしているのが見えた。

 また懲りもせずにやっているのかと思い、攻撃を避けれたと無意識に安心してしまっていたらしい。そのせいで着地地点がぐにゃりと歪んだのにすぐには反応が出来なかった。

 なんだこれ、黒いモヤ……?

 自分を捕まえた犯人にすぐ目星がついた。というか私でも死柄木でもなければ、この場には一人しかいない。

 

「私に仇なさないとか言ってたのに、嘘つきましたね」

 

 黒霧を睨むと、彼は困ったように口を開いた。

 

「『私』は、あなたに危害を加える気はありませんから」

「……そういうの、屁理屈って言うんですよ」

 

 大の大人二人がかりで、(こども)を捕まえるなんて恥ずかしくないんだろうか。……恥ずかしくないんだろうな。ため息が出そうだ。

 黒霧の個性で閉じられているために、下半身は全く身動きを取れない。

 しかし、無情にも死柄木は近づいてくる。

 

「“黒霧さん、私をここから出してください”」

「いえ、これも命令ですので悪く思わないでください」

 

 とか口では言いつつも拘束は緩んだか?

 頑張れば抜けられる気がするし、手は出せたので、腕に力を込めて、地面から抜け出す。多分、今の私は某ホラー映画のテレビや井戸から出てくるヒロインのように見えていることだろう。驚いたようにこちらを見てくる黒霧相手に舌を出して笑う。

 ……調子に乗ってしまうのは私の長所でもあり、短所でもあるんでしょうね。今更止めようとは思わないが、この場においてはもっと冷静になるべきでした。だって、まだ何も終わってはいないんですから。

 

「悪あがきご苦労さん」

 

 モヤから抜け出したあと、目の前に死柄木の顔があり……そして首から下げていた玩具の笛を崩壊させられた。

 

「あっ、小学1年の夏に縁日でもらった思い出の笛が……!200円もしたのに!」

「邪魔だから壊した」

 

 邪魔だからで破壊されては敵わない。

 笛自体は本当にオマケであり、特別な性能がある訳でもなく、ただ不快な甲高い騒音を撒き散らす安っぽいおもちゃでしかないが、この場で壊されたのは私にとってマイナスでしかない。

 ……おそらく、そのことを察した上で壊されたのだろう。忌々しい。

 忌々しいついでに、ポケットに手を突っ込んで、ペン型の上についているボタンをポチりと押す。……音的にはカチリが正しいのでしょうか?

 もちろん、それを使ったからといって爆発したりする訳ではありません。だってこれはただの録音機ですから。

 

「手をかけさせるな。

ここで死ぬか、情報流して生き延びるか。お前の選択肢は二つしかないんだからな」

 

 ニタリと笑った死柄木は、私の喉元に手を添えた。

 確か死柄木は、全ての指に触れたものを壊すことが出来る個性だとかなんとか言っていたか。なるほどなるほど、確かにヴィランなんちゃらってところのお偉いさんを勤めるには不足ない個性だ。……まあ、それでも私の個性の方が強いだろうが。

 つまり、別に殺されずに済む方法なんて腐るほどある訳だが……ってあれ?

 

「……え、内通者になるか死ぬかって、それ以外は?」

「ない」

 

 なんと、死柄木弔は爆豪顔負けの傍若無人っぷりを発揮する人間だったようだ。

 個性を使おうにもいいえと言おうにも、その言葉を言う形に喉を動かした瞬間に彼の個性を使われてしまうだろう。……いや、私の個性はさいきょーだけど、少しでも死ぬリスクがあるならやめとくべきなんじゃないかって思うんですよね。

 

「返事は?」

「……バレない範囲で、お願いします」

 

 そう言ってから、右のポケットの中に入れたペン型のそれをもう一度押す。これをヒーローに渡して脅迫されましたって言ったら、多少は考慮してくれるはずだ。誓って私はヴィランではないし、危険な思想を持っている訳でもない。

 なのにヴィランに間違われたらたまったもんじゃない。

 

「あ、私雄英には入れましたが、ヒーロー科落ちましたよ。受かったのは普通科です」

 

 笑って言い放つと、死柄木は目を丸めた。

 言葉に表すとするならば『えっ、マジで?』って感じの顔だ。

 

「あんなに自信満々だってのに落ちるなんて傑作だな。流石ガキ」

「あっはっは、もっと褒めていいんですよ」

「馬鹿にしてるのが分からないのか」

 

 憮然とした様子の死柄木は、私の相手をするのも面倒くさいと言った感じでカウンター席に座り、私から背を向けてしまった。

 

「用が済んだなら帰ってもいいですか?

私には幼馴染をウォッチするっていう素晴らしい使命があるんです」

 

 胸を張ってそういうと、死柄木はこちらに背を向けたままで手を振った。いえ、振るというよりはシッシッとやられたのが正しいか。そっちから呼んだ癖に身勝手極まりない人だ。

 

 帰りたいと思いはするが、そもそもここはどこなのだろう。ないとは思うが、ここが本拠地だった場合には私『先生』に殺されそうになったりしませんか?

 それは嫌ですし、殺されるくらいならこの腐った肥溜めでただ怠惰に時間を過ごします。

 罠だったらたまったもんじゃない。

 

「ああ、ここがどこかも分からないと思いますし、帰るなら元の位置まで送りますよ」

 

 黒霧がそう言ったのは場所を特定されたくないからだろうが、場所を特定したくない私にとっても素晴らしい提案だった。互いに利があるのだから、ここはおとなしく従うのがよいでしょう。

 

「マジですかっ、くろくろはとむとむと違って親切ですね」

「あの、親切にする気が失せる呼び方止めてもらっていいですか?」

「善処します」

 

 笑ってそう言うと、黒霧はため息を吐いて個性を使用し、私の目の前には黒いモヤが現れた。……それを見て先の光景が頭に思い浮かんだ。

 ただ人を移動させるだけの個性であれば良かったのに、先ほど拘束されてしまったことを鑑みるにそれだけではないのだろう。攻撃にも使える個性なのかもしれないと考え、そして笑ってモヤをくぐる。

 黒霧は危害を加えないと言った。それならその言葉を信じるまでだ。黒霧の言葉を、そして私の個性を。

 

 モヤを抜けたら、すぐに目の前の光景が変わった。そして視点が高いことに気がつく。そして目の前の建物が急速にズレていくのを見た瞬間、無意識に着地の姿勢をとっていた。

 

 黒霧は地に足がついているのに、私は数m上からの落下だ。怪我をするほどではないが、足がジ~ンと痺れた。

 ……いえ、訂正しましょう。悶絶してしまいそうなほどには痛かったです。

 

「……もしかして呼び方根に持ってます?」

「いえ、ついうっかりしてしまいました」

「黒霧さんたらドジっ子さんなんですね。ギャップ萌え的な感じでいいと思いますよ。

あ、そういう需要をお求めでしたら私を頼ってくれれば手伝いますよ!女の子にモテるの間違いなしです!老若男女問わず愛される私にかかれば誰だって!」

 

 黒霧は懐から何かを取り出した。ふむ、見たところ殺傷力の高そうなナイフですね。黒霧によって何もない壁に向かって投げられたそれは、そのまま壁に刺さるか弾かれてしまうだろうと察せる。しかし予想に反して、ナイフは黒いモヤに包まれて……黒いモヤは私の目の前にも現れて、そこから真っ直ぐと私の脳天に向かってきました。

 それを認識した瞬間に、腰が抜けるようにガクリと下にしゃがみこんだ。頭上で何かが光ったのを感じ……黒霧が次に何も行動してこないことを確認して後ろを振り返る。壁には刺さらなかったのか、アスファルトにナイフが落ちていたので慌てて回収して鞄に入れる。

 

「あっぶねっ!!

殺す気?殺す気なんですね!?」

「すみません、手が滑りました」

「なんだ、ドジなら仕方ありませんね。私はおにごっこは得意ですからモーマンタイですが危ないので凶器の取り扱いには気をつけましょうね」

「今後も手が滑ると思いますがご了承ください」

「ご了承しかねます」

 

 この世は無常であり、無情でもあるんだなぁ。

 

「……とはいえ、今のを避けた貴方には、お詫びも兼ねてひとつお話をして差し上げましょう」

 

 そういう気持ちがあるってことは、なんだかんだ死柄木よりも常識人なのかもしれない。……あれ、ヴィランに常識も何もないか。

 常識と良識があるのならば、私を殺そうはしないはずです。したがって黒霧はどこまで言っても最低最悪なヴィランな訳です。

 

「死柄木弔はあんなこと言っていましたが、もう一人内通者はいるので、正直あなたの役目はないと思います」

「そうですか」

 

 黒霧が話すのを聞くに、私は最初からあまり宛てにされていなかったらしい。いてもいなくてもいい立ち位置だということだ。それなのに、声をかけられた理由はヒーローたちからの疑いの目を分散させるためだそうで。

 ……あと、偶々見つけられてしまったのが敗因らしい。やっぱり今日は厄日だ。

 

「そもそもあなた、連合に所属してるんですか?」

「いえいえ、私は至ってフツーの一般人ですよ。だからこそ“私はヴィランにはならない”しヒーローに憧れているんですよ」

「……そうですか」

 

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

「お母さん、ただいま帰りました」

 

 いつもの帰り道からは外れたルートを歩き、玄関の扉を開けながらの言葉だったが、家を出る前までは置いてあった爆豪たちの靴と母親の靴がなくなっていることに気が付き、思わず首を傾げた。

 

「あれ、いないんですか?」

 

 靴を脱いで家にあがり、リビングと母親の部屋に向かうが、やはり誰もいない。

 ……顎に手を置き、熟考。

 そうすることで、ドタバタ騒ぎで忘れていたが携帯を見ていなかったことに気がつき、スクールカバンから取り出して見るとメッセージアプリから通知が二件来ていた。

 

『ことちゃん、お菓子ありがとう!

高校に入っても、また一緒に登校してもいい?』

『別に私が買った訳じゃないし、礼ならお母さんに言えば?

それよりも出久、さっきヒーロー科受かったとか……』

 

 打ったあとに少し考える。どうせ明日も学校で会うのだし、そのときに聞けばいいだろうと思い、ヒーロー科云々は消しておいた。その代わりに文を付け足す。

 

『高校では登下校をともにする学友を作ったらどうだ。また明日』

 

 本当は爆豪にも送りたいが、頑なにアドレスを教えてくれないのでこっちからメールを送るのは失礼かと思ってまだ送っていない。アポ無しはよくないしな。迷惑メールと思われてしまうかもしれない。

 嘆息して出久にメッセージを送信して、もう一件である母親の内容を見る。

 

『仕事の応援頼まれたので今日は帰れない。お詫びに何か欲しいものあったら買うね』

『お疲れ様です。シュークリームが欲しいです』

 

 即座にそう打ち、大きく伸びをする。

 夜飯くらいは家のありあわせで適当に作ればいいだろう。そんなことよりも、かっちゃん人形を作り直すのが先決だ。

 前のかっちゃん人形壱号は、跡形もなく爆破されたので、修繕出来ないのだ。数年の年月は共にしていた努力の結晶を破壊されたのはショックではあるが、それも爆豪らしいといえば爆豪らしい。

 無駄なことを悲しんでいるよりは、前のものよりも改良することに力を注いでいる方が良いに決まっている。

 プルスウルトラ。

 さらなる高みにぞ言ってみようではないか!

 

 高笑いをしながら、フェルトに針を刺しまくった。

 フェルト製のかっちゃん人形弐号が完成したら、今度は綿のたくさん詰まったかっちゃん人形参号を作ろう。肆号だって伍号だって陸号だって……ずっと作り続けていればきっと爆豪は嫌悪を隠すことなく私を見てくる。それを考えると、やはりちょっとタノしくなってしまうのだ。

 

 

 

 

 ♦

 

「こんばんは」

「あ、どうも」

 

 その日の夜に街灯のある道でジョギングしていたら、黒霧に遭遇した。もしかして私の住所って普通にバレてるんじゃないだろうか。……いや、偶然だと信じよう。

 保護色なせいで、声をかけられなければ全く気づかなかっただろう。

 

「改めてお知らせなのですが、『あんなに意気込んでいたのにヒーロー科落ちるとかマジだっせーガキだな。お前みたいな雑魚なんてこっちから狙い下げだ。って訳で情報を渡す必要はない。まあ、なんて言うか……どんまい』……と、死柄木弔に伝えるよう頼まれました。これ死柄木弔からの餞別のンマイ棒です」

「えーっと……喜べばいいのか怒ればいいのか微妙なラインですね。とりあえず死柄木からの()ンマイ棒は戴きます」

 

 つまり、ヴィランなんちゃらに入る必要はないってことなのだろうか。

 妙な生暖かさを感じるメッセージには反吐が出るが、それは普通に嬉しい。

 これもひとえに私のさいきょーな個性のおかげ……ということにしておきましょう。

 

 

 

 


 

オリ主のデータ

 

誕生日:2月9日

 

身長:152.0cm

 

体重:45kg

 

趣味:甘味を食べる・爆豪の観察・筋トレ

 〃:カツアゲからのカツアゲ、爆豪の嫌がる顔を見る事

嫌い:爆発・恐怖・爆豪

 

好き:特になし 爆豪勝己・甘味

 

個性:ちょっとえっちな能力 

 〃:『使役』 ◯

備考:基本的な相手には敬語で話す、爆豪のことが好きで好きでたまらない少女。自分の傷口には塩を塗るタイプの人間。母親の個性は『気分操作』で父親の個性は『記憶操作』。そんな二人の間に産まれた彼女の将来の夢はみんなに愛されるNo.1ヒーローになること。応援してあげてね。

備考:爆豪のことが嫌いで嫌いで堪らないウソつき少女。自分の個性が判明してからは爆豪のことを言えないくらいに周りのことを考えない人物になった。歩く公害。貧乳。

 



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番外
幼馴染(前編)


今回の話は回想→ヘドロヴィランの流れです
よろしくお願いします。


「い、一緒に遊ぶ?」

「……」

 

 家の中、無言で絵を書き続ける黒髪の少女を見て言葉に詰まった。彼女からは特に何も話しかけてこないし、僕の方へ顔を向けもしない。完全なる無反応な上に近づくなという雰囲気がただよっていた。お母さんから仲良くするように言われているし、僕個人としても仲良くなりたいという気持ちもあったから彼女に話しかけたが、それでも何も反応は返ってこなかった。

 

「じゃ、じゃあ僕はテレビ見てるから、見たくなったら一緒に見ようね!」

「……」

 

 やはりこちらに顔を向けないままに、ことちゃんは絵を書き続けた。会話ですらないその出来事は数分とかかることなく終わった。

 昔はこれが日常だった。昔とは言っても、小学生になるまでの話だ。幼馴染であることちゃんはいわゆる鍵っ子ってやつで、彼女が2歳くらいになるまでは彼女の母がつきっきりで育児をしていたらしいが、育休期間が過ぎると保育園に預けて共働きを再開したらしい。

 我が子の生活のために我が身と時間を削って戦う。これはなくはない話らしい。

 

 言葉を聞くとまるでヒーローのようだけど、昔の彼女は少し寂しそうに見えたから、きっとことちゃんにとってはそうじゃなかったんじゃないだろう。

 ことちゃんは少し人と馴染むのが苦手なようで、保育園に通っていたころも、仲の良い子も作れずに孤立していたらしい。それを知ったお母さんが僕と同じ幼稚園に編入してはどうかという提案をしたのだ。僕とは他の子たちよりは仲がいいし、何かあっても僕がフォローするだろうと。

 

 そうしてことちゃんは幼稚園に編入した。それに合わせてことちゃんのお母さんの帰りは前よりも早くなったようだけど、どうしても緊急事態というものは起こるようで、そういうときは僕の家に一緒にいるのがいつもの流れになっていた。

 時期としては僕が無個性と発覚したころ。そのあとにことちゃんはかっちゃんとも知り合ったんだ。そして気がついたらあんな感じになっていた。

 個性が現れてからの↓

 ことちゃんはいつも笑顔であり、明朗快活を体で表したような人物だ。それは僕と一緒のときも同様であり、自信家の彼女は、僕とは真逆の性格といっても差し支えないだろう。

 成績優秀で運動神経抜群、そして基本的なことに対して並以上の結果を残す優秀な少女、それがことちゃんだ。

 そうだというのに、彼女の周りには人がいない。

 せいぜい僕ぐらいなんだ。きっと、ことちゃんの個性が起因しているのだろう。その上彼女は保健室によくいる。なぜかはよく分からないけど、とにかく保健室にいる。保健室登校って訳ではないんだけど、気がついたら保健室だ。おかげで保健室の先生とはずいぶん仲がよくなったようだ。……サボりだろうか?

 ある日、不思議に思った僕は、いつものように保健室に行こうとしている彼女に問いかけた。

 

「ねえ、ことちゃん。また保健室に行くの?」

「……あー、ちょいと頭痛が痛い状況でねー……悪いけど“次の授業の先生に言ってもらえな……ッ!」

 

 ことちゃんは僕に話しかけた瞬間、気持ち悪そうに口元を手で押さえた。

 

「ちょっ、ちょっと大丈夫?

もちろん言うけどさ、無理そうならちゃんと早退するんだよ!?」

「……」

 

 少しのだんまりの後、彼女は吹き出した。突然の出来事に驚いた僕には目もくれず楽しそうに笑った。そうしてどれくらいの時間が経ったかは分からないが、ことちゃんは落ち着いてきたもののまだほとぼり冷めやらぬ様子で肩を震わせた。

 

「出久は本当に引っかかりやすいなあ!

“超絶元気で美少女なのが取り柄の私が具合を悪くすることなんてありえないだろう!”

サボりだよサボり!次の授業はめんどいしな!あはは!」

 

 そういった彼女は、笑いすぎて涙が出て苦しそうなこと以外にはいつもと変わりがない。彼女とは長い年月ともにいるが病弱なんかじゃなかったはずだ。やっぱりサボりだろうか?

 中学にもなると、そういった時間は減っていたが、でも彼女は相変わらず保健室の先生とはずいぶんと仲が良くなっていた。

 

 少し気になり、早退した日の放課後彼女の家に出向いた。

 ことちゃんのお父さんが珍しく家にいたので、軽く話をしていちご大福をもらう。

 

「ことちゃん、いちご大福もらってきたよ。食べる?」

「……」

「ことちゃん?」

 

 部屋の扉を叩いて尋ねるが返事はない。

 もしかしたら体調が優れないのかもしれない。もし大事だったら大変だ。僕はそう思ってドアノブを回して部屋に入ると、布団が人ひとり分膨らんでいた。

 しばらくのち、モゾモゾと布団から這い出てきたことちゃんは、不思議そうに僕の手元を見ていた。もちろん、僕の手には大福が握られている。

 

「食べないの?」

 

 ことちゃんは頷くと、大福を僕に押し返してきた。

 

「僕に?……いやまさかそんなことないか」

 

 ことちゃんはは不思議そうな顔で、もう一度頷いた。

 彼女はジャイアニズムの持ち主だと記憶している。私のものは私のもの、お前の物も私のものってあれだ。そんな彼女が僕に自分のものを譲ってくれるなんて、明日は大雪でも降るのだろうか?

 

「……!?こ、こここことちゃんが誰かに自分のものを!?」

 

 彼女はいつものように笑ってはいるが、心なしか圧を感じた僕は、そそくさとその場から抜け出したといった出来事もあった。

 

 

 ことちゃんはかっちゃんの熱狂的なファンだ。かっちゃんが現れたらその場所にイノシシのように一直線に突っ込むし、かっちゃんが現れなくてもたちまち見つける。まるでかっちゃん限定の発見機みたいだ。かっちゃんと絡んでいるときのことちゃんは本当にイキイキとしているし、とても楽しそうだから問題ない……と言いたいところだけど、そうもいかない。

 ことちゃんはかっちゃんのことを気にしすぎるあまり、周りのことをおろそかにしがちだ。

 現に彼女はクラスメイトの顔も名前もまともに憶えていないし、僕だって昔から一緒にいなければ記憶の片隅にも置かれていなかっただろう。

 どうして僕はことちゃんと一緒にいるのだろうか?

 そう考えたとき、すぐに答えに思い当たる。

 ことちゃんと一緒にいるのは、友だちだからだ。それ以外の理由なんてありはしない。

 だけどことちゃんにとってはかっちゃん以外は等しく無個性で無価値らしい。それならどうしてかっちゃんが特別なのか、なんて問いに対してはこう返された。

 

『爆豪が爆豪である限り、私はかっちゃんのことがダイスキだよ』

 

 ……正直なところ、僕は彼女がかっちゃんのことを好きな理由が分からない。検討もつかない。

 僕が女の子だったとしても、かっちゃんみたいな横暴かつ理不尽な人を好きになったりなんてしないと思う。年ごろの女の子はアウトローな人を好きになることもあるって話を聞いたことはあるが、ことちゃんもそれに当てはまるのだろうか。

 なんにせよ、クソ音は百歩譲ってまだいいとしても、たまにゴキブリ女だとか言ってくる相手のことを慕う気持ちは僕にはよく分からなかった。

 いや、色恋話は案外どうでもいいんだ。ことちゃんが隣でかっちゃんの話をしている姿を見ているだけで、なんだか嬉しい気分になるし、たまに彼女の話からかっちゃんの新しい面だって知れるから、楽しいというのもある。

 それにことちゃんはかっちゃん以外は無価値だと言っていたが、僕のことを救けてくれたことは一度や二度じゃない。

 本人は恥ずかしがっているのか否定するが、それによって僕が救かっているのは確かな事実である。

 

 だから僕はことちゃんは本当のところ、心優しい少女だと信じている。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 今、僕の前にはかっちゃんとかっちゃんに取り入ろうとしているヴィランがいる。かっちゃんは必死に反撃しているようだ。その迫力に思わず尻込みしそうになるが、かっちゃんは今……救けを求める顔をしていた。なら、救けないといけない。

 

 だから僕は、支えてくれる存在を背に走りだした。

 トンと背中を押された直後はよろめいたが、すぐに目的に……かっちゃんに向かって確かに走り出す。

 その直後、後ろから声が聴こえる。

 

「──“そこのヴィラン、動きを止めなさい”」

 

 凛とした声が聴こえた瞬間に、かっちゃんに張り付いていたヴィランは動きを止めた。

 言ったことが本当になる、それがことちゃんの個性らしい。

 その個性の効果を詳しくは知らないし教えてくれないが、それでも憶測でものを言うことは出来る。

 

 彼女の個性は『使役』

 人や、多分動物にも使える個性であり、命令を下すことで効果を発揮する。要は彼女の言われた通りになってしまうのだ。

 恐ろしいのは、いつ彼女に個性を使われたのか分からないってことだろう。

 僕以外の人に個性を使うときには、普段のその人とは明らかに違う行動をしているから分かる()()()()()。でも、いざ自分にかけられてみると……全く、気づけない。言われても気がつかない、気がつけない。そんな個性だ。

 本当に恐ろしい個性だが、今この場においては心強い味方だ。せっかく与えられたチャンスに、僕はしがみついた。

 ことちゃんの言葉通りにヴィランは動きを止めた。でも、かっちゃんから離れていたわけではない。だから僕はがむしゃらにノートを投げつけて、ヴィランからかっちゃんを引き剥がそうとした。

 

「……やめろ!」

 

 かっちゃんに制止の声をかけられるが、ここで止まる訳にはいかなかった。ノートを投げたことによって揺らいだ位置からかっちゃんの身体をつかむと、すんなりと身体は抜ける。

 ヒーローの一人がかっちゃんを安全地帯へと連れて行った。文句を叫びながらも連れていかれるかっちゃんを見て、僕は安心してへたり込んだ。そのあとにすかさず樹木の枝のような物が僕の前に現れて、痛くない繊細な力加減で僕の身体に巻き付き、かっちゃんと同じように安全地帯に運ばれた。

 もうヴィランに襲われる心配はない。でも、まだヴィランが捕まったわけでもない。その事実に気がついた僕は駆り立てられ、ヴィランの姿が見える位置に移動した。

 

『クソっ、こうなったら……』

 

 ヘドロのヴィランが、他の民間人よりも一歩前に出ていたことちゃんに向かっていった。

 ことちゃんは……動かない。咄嗟のことに声も出ないようだった。ただ、何かを探しているようにスカートのポケットを弄り、取り出した何かでヴィランの目を……

 

 

「──もう大丈夫だ、なぜなら……私が来た!!」

 

 その声を皮切りに、事態は収束した。

 みんなのヒーローであるオールマイト。彼がいるだけで人々は安心することが出来る。

 ヴィランの身体に風穴を開け、ついでとばかりに雨を降らしたオールマイトを見て希望に満ちた表情を他の人が浮かべる中、安堵しているようでやけにしらけた目をした彼女が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

「い、いえ別にオールマイトが来なくても何とかなりましたしぃ?」

「私はなにも……あっ、あなたは見たことのあるおまわりさん!今回は恋人の危機でしたので」

「しれっと嘘つくんじゃねえよクソ音!!」

 

 ことちゃんも僕も大人に怒られた。あの場はヒーローだけでなんとかなったんだから、君たちが体を張る必要はなかったと。

 それとは対象的にかっちゃんは褒められた。

 すごいタフネスだ、将来ウチのサイドキックにならないか……なんて持ち上げられている。

 

「爆豪はすごいね、出久」

 

 そう話しかけてきた彼女はいつも通りに笑っていたのに少し悔しそうに見えたから、僕は反射的にことちゃんに声をかけた。

 

「こ、ことちゃんも凄かったよ!」

「私がいなくてもオールマイトが助けてくれた。私がいなくともあの場は解決したんだ。それなのに……馬鹿らしいと思わないか?」

「思わないよ」

 

 そこはきっぱりと言った。躊躇うのはおかしいし、彼女は彼女で迷っているような気がしたからだ。

 しかしそれが悪手だったのか、ことちゃんは少し眉をひそめてこちらを見つめ返してきた。

 

「出久は私をおだてるBOT志望なのか?それとも、君の行動も素晴らしいと賞賛されたかったクチ?

だとしたら残念だったな!私はお前のことを褒めたりなんかしない!」

「そ、そんなんじゃないよ!」

 

 本当にそんなことを言いたかったわけではない。

 あの場で初めに動いた人間は、間違いなくことちゃんだった。みんなヒーローが助けてくれるだろうと傍観(ぼうかん)していたのに対し、自ら動こうとしていたのは彼女だけだった。どんな感情が渦巻いてあったとしても、救おうと動いたのは彼女だけだったんだ。

 

「どうだかねぇ……

私は君の行動は褒められたもんじゃないと思っているからね。力ない勇気はただの無謀だ。私がいなかったら?オールマイトがいなかったら?

君は怪我をするだけじゃすまなかったろうね」

「でも、僕は自分の行動が間違っていたなんて思わないよ」

「あっそ」

 

 ことちゃんは面倒くさそうにため息を吐いて、カッターの刃を出したりしまったりしていた。……ちょっと危険だからやめてはくれないだろうか?

 ……カッター?そういえばことちゃんは、ヴィラン相手に何かで対抗しようとしていた気がする。それがカッターだったのだろう。でも、相手は流動体だ。カッターで相手を傷つけることは無理だと思う。じゃあことちゃんは何でカッターを取り出したのだろう。

 

「ことちゃん、カッターを取り出したとき何しようとしてたの?」

「ヴィランが私の方に来るとは思っていなかったからすぐには口と足は動かなかった。流動体とは言っても視界を一時的に潰せたら時間稼ぎが出来ると思ったからヴィランの目を潰そうと……」

「……」

 

 随分とパワフルな考えだ。思わず黙ってしまった。

 

「……そんなことはどうでもよかったな。脱線してしまうのは私の悪い癖です」

 

 こほんとわざとらしい咳払いをすると、よそ行きっぽい笑顔を浮かべて僕と向かい合った。

 

「とにかく、出久がヒーローに憧れる気持ちは分からないですが、君みたいな自分の身を守る術を持たない人間が目指すべきものじゃないんですよ」

 

 分かってますかと諭すように告げることちゃんを見て、彼女もまたヒーロー科志望だったことを思い出す。

 それも、同じ雄英のヒーロー科だ。ことちゃんも僕と同じようにかっちゃんに止めるように言われたんだけど、それでも雄英のヒーロー科行きを撤回することはなかった。

 その場で適当に書いたわけじゃなくて、本気だということだろう。

 

「ことちゃんもヒーローになりたいんだよね?」

「そうですけど、どうしたんです?」

 

 笑顔を浮かべてこちらを見てくることちゃん。彼女は当然のように頷いているけど、ことちゃんがヒーローになりたがっているだなんて知らなかった。

 

 そういえばことちゃん、この前クラスの女の子にヴィランに向いているって言われてたな。

 

『魂月さんって性格から個性に至るまで全部ヴィランに向いてるよね』

『そうですか?』

『だって言葉ひとつで相手を操れるんでしょ。こわーい、私も操れないように気をつけないとな』

『ああ、よくお世話になってます。またお願いしてもいいですか……ってそんな離れたところまで行ってどうかしたんですか?』

 

 

 ……まあ、ことちゃんの個性がヴィランにも向いている個性だとは僕も思うけど、きっとヒーローにも向いているんだと思う。理由としては……

 

「ことちゃんの個性は人の心を落ち着かせることが出来るから事故のときも辺りの人を鎮圧出来る。辺りへの被害は出づらい。その利点を踏まえてことちゃんがヒーロー活動をする上で問題となるのは……

ゴメンナサイ」

 

 考えている最中に、冷ややかな視線を向けられていることに気がついて謝る。

 

「出久はいつも通り気色悪いな。“私のことを私の前で考察するのはやめろ”よ、気が落ち着かないったらありゃしない……ですよ」

「ごめん!でもことちゃんはやっぱりすごいと思うよ!」

 

 ことちゃんはため息を吐いた。

 

「……思えば昔から君は向こう見ずだったな。勇敢でも無謀なら意味がないって言ったよな?

今回は君を利用した私が悪いが、今後はこんなことやヒーローになりたいだなんてバカげたことを言うのはやめろ。もっと自分の身を大切にしないといつか本当に身を滅ぼす羽目に……」

 

 いつになく不機嫌そうに当たってくることちゃんの輝きのない目を眺める。昔から夢も希望も持ってなさそうな顔だった気がするけど、笑わなくなると少し怖い。

 思えば前にもこんなことがあった気がすると僕は昔を思い返す。あれは、確か4年生のときに具合の悪そうだったことちゃんを家まで送ろうとして……

 

「いたっ」

 

 頭に直撃した痛みで、今の思考は遮断される。

 彼女の手を見ると、刃の畳まれたカッターがあった。……これがもし、剥き出しのままで僕の頭に向かっていたら、僕の脳裏にはお花畑が見えていたことだろう。

 

「私の話を聞き流していいのはかっちゃんだけだよ、おバカ」

「へっ!?ごめんっ!

シュークリーム二個奢るから許し」

「分かればいい」 

 

 頬を緩めている彼女を見て、切り替えの速さを誉めれば良いのか、それとも彼女の単純さに呆れればいいのか少し判断に迷った。というかもしかしたら怒っているのは演技で、僕からお菓子をせしめるための行動だったのかもしれない。……あれ、もしかしてその可能性が高い?

 浮かんできた可能性を考えて、いつも通りだという安心感に包まれた。

 僕はことちゃんにうまいこと騙されていたのかもしれない。でも、身を案じているこの言葉すべてが嘘なわけじゃないと思う。ことちゃんは優しいから、きっと心からの言葉だって少しはまぎれているはずなんだ。

 

「ことちゃん。僕はね、君はヒーローに向いていると思う」

「ま、私だからな」

 

 えっへんと胸を張っていることちゃんを見るのにもなれてきた。ことちゃんもそうすることになれてきたんじゃないだろうか。

 顔も体格も似ていないのに、笑って堂々としている雰囲気は少しオールマイトに似ている。

 自分が笑うのは、内に湧く恐怖から己を欺くためでもあるとオールマイトは言っていた。もしかしたらことちゃんが笑うのも、似たような理由なのかもしれない。

 

「自信家なところもきっと、ことちゃんの中で大切だったんだよね」

 

 誇らしげだったことちゃんは、すぐに怪訝そうな顔になる。

 

「……何が言いたいんだ?」

「今回の件で分かったよ。僕は……身の丈にあった職につくべきなんだね」

「……」

 

 無言。そして、こちらの真意を知ろうとする、見透かしたような目が怖くて目を逸らした。

 数十秒沈黙が続いた。そのあとに沈黙をやぶったのは、ことちゃんの方から聴こえてきた着信音だった。

 ことちゃんは鞄から携帯電話を取り出して画面を見ると、あっけらかんとした声を出した。

 

「あ、母親から伝言。早く帰んないと」

「も、もしかしてことちゃん……」

「“もうお話は充分ですよね?帰らせてください”」

 

 ことちゃんは朗らかに笑って、警察やプロヒーローにそう告げた。あらかたの話も終わったからか、ことちゃんの願いは案外簡単に叶った。この調子なら、僕もすぐに開放されるだろう。

 

「じゃあね、出久。いい夢を」

「う、うん」

 

 笑顔で別れを告げることちゃんに、僕は手を振って返した。

   

 

 

 

 

「おいデク!!俺はてめェにもクソ音にも救けを求めてなんかねえぞ……!救けられてもねえし一人でやれたんだ!それなのに恩売ろうってか!?出来損ないのてめェらが見下すんじゃねえ!」

 

 かっちゃんは僕に言うだけ言って帰ってしまった。でも、かっちゃんの言う通りだとも思う。僕は何かが出来たわけじゃないんだ。

 

 

 僕は、ヒーローになりたかった。でも、無個性の僕ではプロヒーローにはなれないと敬愛するオールマイトに言われてしまった。

 今回のヴィランとの遭遇で、プロヒーローになる危険性は身にしみて分かった。きっとことちゃんがいなかったら、オールマイトがいなかったから……僕は無傷ではいられなかっただろう。

 きっとかっちゃんもことちゃんも素敵なヒーローになれるだろう。僕は……昔から恋い焦がれていたヒーローにはなれないけど、オールマイトが言っていた通り人を助ける仕事につくことは出来る。かっちゃんが言ってたみたいに夢を見続けるわけにはいかない。悲しいけど、前に進まないと……

 

 

「やあ緑谷少年!」

「んっ!?!?」

 

 



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幼馴染(後編)

「やあ、緑谷少年」

「んっ!?!? お、オールマイトぉ!?」

 

 当然だけど、困惑した。目の前に憧れの人物が現れて、気軽に挨拶してきたのだから、それも当たり前だろう。

 

「し、静かに静かに」

 

 焦ったように口元に人差し指を当てたオールマイト。その身体は骸骨のようにやせ細っている。

 

 オールマイト。平和の象徴と言われる彼はその拳で数々の凶悪なヴィランたちを倒してきた。

 でも数年前に凶悪なヴィランと戦った結果、胃を全摘出しなければならないほどの大怪我を置い、活動出来る時間も減っているのだという。

 それで、さっきの僕を見て僕に後継者にならないかと問いかけてきた。

 正直、夢のようだった。即座に頷こうとして──すぐに思い直す。

 

「ことちゃん、えっと……僕と一緒に怒られていた女の子でもいいんじゃないでしょうか?」

「あの少女は、何か違うな」

「違う……?」

「うん。悪い子ではないだろうが……」

「……?」

 

 やけに歯切れが悪くなったオールマイト。不思議に思いながらも、僕は彼に向き合う。

 

「ことちゃん、ヒーローになりたいって言ってました。あなたみたいなヒーローになりたいって」   

 

 そうか、それは嬉しいね。オールマイトは、先程よりも柔らかい表情を浮かべてそう話した。

 

「そうだとしても、私があのときに誰よりもヒーローだと感じたのは君なんだ」

 

 

「君は──ヒーローになれる」

「……!」

 

 お医者さんも母さんも、みんながくれなかった言葉。それを聞いて、僕は確かに救われた。

 

 

 

 

 

 オールマイトの個性は、人から人に受け継がれる個性らしい。そして、その個性を使えるようになるためには、それに耐えられるだけの器……身体を作らなければならない、らしい。

 だからオールマイト主導のもと、特訓が始まった。

 

 それは、僕が予想していたものとは違ったものだったけど、それでもたくさんの人を救えるヒーローになれるのならやり遂げてみせよう。

 

 

「……」

 

 教室ではたまに、ことちゃんがこっちをみてくる。

 今までかっちゃん以外には興味がないとでも言うかのように、周りのに目を向けいなかったのに、それが違和感でしかない。

 

「ことちゃん……?」

「何ですか?出久くん」

 

 彼女はいつも通り、人の良い笑顔を浮かべている。

 

「えっ、いやその……こっち見てるから何か用なのかなぁって思って」

「私はほら、ちょっと出久くんの後ろにある窓を見ていただけですよ。今日は良い天気ですしね」

「あー……うん、そうだね」

 

 曇天は彼女にとって良い天気らしい。何かをはぐらかしていることは分かるものの、踏み込んだ質問をするのもおかしいように感じられ、僕は彼女との会話を終わりにした。

 

 たまに海岸にはことちゃんも現れるようになった。そもそもジョギングコースの一つだったらしい。

 

「なあ出久。知らないおじさんにはついていったら危険だ」

「あ、ああ。あの人は知り合いだから大丈夫だよ」

「そう」

「ことちゃんこそ、知らない人について行っちゃだめだよ」

「……そんなこと、一回しかしたことないし」

 

 興味なさげに返事をすると、彼女は視線を外す。それでもしばらく経つと、気もそぞろといった感じで僕の方を見てくる……ような気がする。

 ……自意識過剰なのかもしれない。気にしない方がいいだろう。 

 

 

 僕は今までよりいっそう雄英入学に向けて動いた。オールマイトの渡してくるメニューをこなし、学業に力を注ぎ、ただ海岸の清掃に力を入れた。そして、そこはゴミ一つない本来の姿を取り戻した。

 

 

 ──運命の日がやってきた。

 

 

 雄英での受験。オールマイトの個性を譲渡してもらい、その後にことちゃんと合流し、僕たちは雄英の試験会場へと足を踏み入れるところだった。

 

 雄英への第一歩を踏み入れ……ようとして見事につまづいた。しかし、僕は転ばなかった。転びそうな体制で、宙に浮かんだままだった。

 

 

「転んじゃったら縁起悪いもんね」

 

 茶色い髪の女の子がいた。女の子が僕に笑いかけてきた。

 一瞬にして、顔が熱くなる。

 

「緊張するよね。お互い頑張ろう」

 

「……お、おお……!」

 

 女の子と喋っちゃった。中学時代なんて全くそんなことはなかったのに奇跡なんじゃないか。

 僕は天にも登る気持ちでことちゃんの方を見た。ことちゃんは笑みを浮かべている。

 

「……良かったですね、出久くん……あっ! かっちゃんが近くにいる気配を知覚しました! おーいかっちゃーん!!」

 

 彼女は気にも止めない様子でかっちゃんの方へと突進していった。

 ことちゃんの接近に気付いたらしいかっちゃんは、嫌そうな表情で後ずさった。

 

「死ねやクソ音!!」

「すげーよかっちゃん! このヒーローの巣窟である雄英でそんな発言するなんて並の精神で出来ることじゃないよ!」

 

 かっちゃんは目を吊り上げている。

 そんなかっちゃんを見てか、それともはしゃいでいることちゃんを見てか、かっちゃんたちの周りからは人がいなくなっていた。

 

「かっちゃーん! 私たち隣同士だね! これって運命だとは思わないかいかっちゃん!」

 

 説明会場についた後、席に座ったことちゃんはそう告げた。

 

「……試験前にうるせえ。静かにしろ」

「もしかしてかっちゃんは緊張とかしちゃってるのかな? 大丈夫大丈夫っ、かっちゃんならなんとかなるって!」

「耳が聞こえてないみてえだな。ぶっ殺す」

「あはは! 分かった分かった! 試験の説明開始するころには黙るよ! でも私って喋るのが生きがいってところあるし急には黙れないなあ!」

 

 かっちゃんの肩を力強く叩くことちゃん。最近、彼女は怖いもの知らずなのだろうかと思うようになってきた。

 

「始まるから黙れ」

「はいはい」

 

 ひらひらと手を振り、笑いながらではあるが、確かにその言葉を聞く気はあるようで、静かになった。

 

「……“この試験において私は負けない。絶対に雄英に受かる”」

 

 小さな声が隣から聴こえた。祈るように切実な声。それが少し意外で、僕はことちゃんの顔をまじまじと見てしまった。

 

「……出久くん、どうかしましたか?」

「い、いや、何でもないよ」

 

 否定するために首を横に振り、前へと向き直る。

 試験の説明をするために現れたのは、プロヒーローであるプレゼントマイクだった。

 

「プレゼントマイクだ……!」

「“うっさいだまらっしゃい”」

 

 理不尽だとは感じたけど、確かに話していた僕も悪かったので黙ってプレゼントマイクの説明を聞く。

 仮想(ヴィラン)を行動不能にすることで、ポイントを得ることが出来、そのポイントが多い人が雄英に入学する権利を得られる。

 仮想敵には種類があり、1ポイントから3ポイントの敵まで存在するらしい。そして、0ポイントの仮想敵も存在するが、それは倒しても撃退ポイントを手に入れることは出来ない。

 

「……ぇ」

 

 どこからか、か細い声が聴こえてきた。

 だけど、その声の主を心配している余裕なんてなかった。僕は、オールマイトの期待に応えられるように、聞き逃さないように、説明に耳を傾ける。

 説明が終わると、周囲は騒がしくなった。その声にまぎれてことちゃんの声が聴こえる。

 

「……大丈夫、私は、私はやれる」

 

 自分を励ますように告げたことちゃんは、すぐにかっちゃんの方へと顔を向ける。

 

「……じゃあねかっちゃん、ぐっどらっく!」

 

 親指を下へと向けてそう笑うと、ことちゃんはすぐさま会場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 会場に移動したのち、試験は唐突に始まった。僕は出遅れてしまって、最後に0ポイントの仮想敵しか倒せなかった。ことちゃんは……どうだろう、その表情からして、あまり良くなかったんじゃないだろうか。

 

「ことちゃん、一緒に帰ろう」

「私は……少し寄り道をしたい気分だから、ひとりで帰るよ」

 

 ことちゃんは苦笑いをして、目を細めた。

 

「……きっと、出久なら大丈夫だ。雄英以外でもやってける」

 

 もろに態度に出ていたようだ。らしくない気休めの言葉をかけて、彼女は手を振って駅とは違う方向に足を向けた。

 

 

 

 そして月日は流れ──

 内定の合格発表まで、僕はお通夜モードだった。そしてことちゃんも明らかに気は落ちていた。

 

 そして、オールマイトの激励の言葉とともに合格通知が送られてきた。

 僕はヒーロー科に受かった。ことちゃんは落ちた。

 

 それだけで、僕たちの間には大きな壁が出来たようだった。

 

 

 結果発表がされた次の日の放課後、僕とかっちゃんは担任の先生に呼び出しをされた。

 折寺中学で、雄英のヒーロー科に入学した生徒は僕らが初めてだったため、快挙だという話だ。かっちゃんは……それが気に食わないようだった。

 

「デク! なんで無個性のお前も受かっとんだ!」

「そ、それは……」

「折寺史上初の雄英進学者! それをてめェら邪魔しやがって……!」

 

 職員室から出てから、僕はかっちゃんに人気のない場所に連れていかれた。そして、こうして怒鳴られている。

 

「不正なんてしてない。それに……僕は、ヒーローになれるって、言ってもらったんだ! だから僕は……行くよ……!」

 

 かっちゃんの顔は見ずに、僕はその場から抜け出した。かっちゃんは追っては来なかった。

 

 ……心は荒んでいた。でも、カバンを教室に置いて行ったままだったから、それを持ち帰らずに帰ることは出来ない。自分の教室へと足を進める。

 

「……他の学……ヒーロー……受か……もしれ………」 

「…ゆ………なけ…ば……意味……」

 

 教室の中から、ことちゃんと先生の声がした。思わず、自分の足が止まる。面談でもしているのだろうか。そうだとしたら、このまま入るのは避けたほうがいいだろう。

 どうするべきかと悩んでいる間にも、先生とことちゃんの話は進んでいる。

 

「……魂月の学力なら、雄英に受かるだろうとは思っていたが……残念だったな」

「同情しないでください。俺に対する普段の態度が悪いからヒーロー科落ちたんだし猛省してろとでも言っておけばいいんですよ」

「そこまで分かっているなら改めろよ」

「あはは、これは性分ですから」

 

 壁越しに聴こえる彼女の声は、飄々(ひょうひょう)としている。

 

「……爆豪くんも、緑谷くんも、ヒーロー科に受かったんですよね」

「ああ。爆豪ならもしかしてとは思っていたが、緑谷が受かるなんて奇跡だな」

「……へえ、やっぱり」

 

 淡々とした声でそう言った彼女は、間をおいたあとに言葉を発してきた。

 

「出久、本当におめでとう。心から祝福するよ」

 

 先程まで先生に向けての声量だったが、わざとこちらに聞かせるような一際大きな声で話しかけてきた。

 心臓がわしづかみされるような感覚に(おちい)る。

 

「魂月、お前なにを……」

「君はさっきからなにを盗み聞きしているんだい? いるのは分かってるよ、出久」

 

 ……とにかく、すぐに出ないとマズイ。教室の前扉を開け、すぐさま頭を下げる。

 

「本当ごめんなさい! 盗み聞きする気はなかったんです!!」

 

 先生は僕とことちゃんを交互に見て、そして気づいたらしく、気まずそうに口を開く。

 

「あー……魂月と話し込んだ俺の落ち度か」

「まあまあ、別に聞かれてマズイ内容じゃないですし」

「とは言うが、進路の話なんだから学年室ですりゃあ良かった話だしな」

「“大丈夫ですよ、私がいいって言っているんですからいいんです”」

「……まあ、魂月がそういうならいいんだが」

 

⠀先生がそう言ったから、僕は慌ててことちゃんの顔を見る。怒ってはいなそうだ。ただ、いつものように笑っている。

 

「先生、今日はありがとうございました。さようなら」

「気をつけて帰れよ」

「はい」

 

 先生に手を振って教室を出たことちゃんに続いて、僕もカバンを手に取り、慌てて教室を出た。

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 帰り道が同じなせいで自然と隣で歩く形となってしまったが、すごく気まずい。しかも歩くスピードを遅めようとすると、彼女も同じスピードで歩く。なんだか逃げ道がないように感じられる。

 

「ことちゃん。どうして僕が聞いているって分かったの?」

「静かだと廊下の足音はすごく響くんだ。足音が私のいる教室で止まったことくらいすぐ分かるさ」

「た、確かにそうだったね」

 

 そもそも学校なんて、音楽室以外は防音性皆無だろう。完全に忘れていた。

 己の迂闊(うかつ)さを呪いたくなったが、そもそも聞き耳を立てるべきじゃなかったのかもしれない。

 

「でも、それだけじゃ僕だって分からないじゃないかな?」

「……髪が窓から見えたから。そんなボサボサの緑髪なんてこの学校でお前くらいだし」

「そっか」

「そんなことよりも聞きたいことがある」

 

 断ち切るようにそう告げると、ことちゃんは眉をひそめた。

 

「ねえ、単純な疑問なんだけどさ、君はどうして試験受かったんだ」

 

 いつものように光のない目が、僕を見ている。

 

「考えてみたけど、やっぱりおかしいと思うんだ。どうして、どうして私が落ちてお前が受かったんだ?」

「そ、それは身体を鍛えて……」

「お前が努力していたのは知っている。それでも、やっぱりおかしいと思うんだ。どうして、どうして私が落ちてお前が受かったんだ?」

 

 このままでは、彼女は納得しないだろう。僕が……真実を言わない限りは。

 オールマイトから、あの話を誰かにすることが危険であると忠告されている。

 

 でも、それを踏まえてひとつ思うことがある。

 正直なところ、僕がどんなに頑張ったところで、彼女が僕の個性を知るのは彼女の個性を使えば造作もないことだと思うんだ。それでも彼女は個性を使わずに聞いてきた。

 僕は、ことちゃんを危険に巻きこみたくない。でもその誠実さには応えたいと思った。

 

「個性が奇跡的に現れたんだ。ちょうど、ヘドロ事件の後くらいに」

 

 そう告げると、ことちゃんは目を見開いた。

 

「……そっか、そうなんだ。おめでとう」

「……あ、ありがとう」

 

 案外あっさりと納得してくれたことに、なんとも言えない気持ちになる。

 

「そんな変な顔をするなよ。やましいことがあるって丸わかりだ、バカ」

 

 心にくる言葉を放つと、ことちゃんは寄るところがあるからと手を振って別の道を歩き始めた。

 

 

 

 

 その日以降、ことちゃんは明らかに僕を避けるようになった。かっちゃんにはいつものように突進しているが、僕が声をかけるたびに少し目尻を下げて声のトーンも下がるのだ。理由は分かっているし、それに僕だってことちゃんのことばかりを考えてはいられない。

 雄英に入学が決まったからって気は抜けない。オールマイトのようなヒーローになるためには、もっと頑張らなければならない。

 

 

 春休み中、僕はことちゃんと会うことは一回もなかった。だから、中学卒業後にことちゃんと会ったのは、高校始めの日だった。

 普通に声をかけようと思っていたが、いつもの笑顔が鳴りをひそめて雄英の校門を見て睨んでいる彼女を見て、声をかけてもいいものかと迷ってしまう。しかし、この機会を逃してしまえばずっと話しかけられないような気がする。……それなら、腹をくくったほうがいいだろう。

 

「お、おはよう。ことちゃん」

 

 笑顔でいようとはしたが、どうも笑顔が引きつってしまう。それに、挨拶した途端にピリつくような雰囲気がその場を包んだから、その表情すらも浮かべられなくなってしまったのが分かる。

 

「……ああ、おはよう。

花は咲き、空は晴れ渡っている。今日は絶好の入学日和だね、出久」

 

 咲きほこっている桜の木を眺め、手を広げて笑っているが圧を感じる。

 

「……ご、ごめんね」

「なぜ謝る。君は何を謝るようなことをしていないだろう?それとも何だ、実は私に謝らなければいけないことがあるってのか?ああ?」

 

 ことちゃんはいつも通りの笑顔を浮かべてそう言ったが……僕は首を振った。

 

「……な、何もないよ!」

「ならいいじゃないか。君は今日という日を謳歌すればいい、君はな」

 

 ことちゃんはいつも通りに笑ってはいるが、どうもこれ以上会話するのは良くないように見える。

 

「ことちゃん。お互い、頑張ろうね」

「……ああ、そうだな。お互い頑張ろう」

 

 ことちゃんは自嘲気味に笑うと、こちらから目を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほーかっちゃーん!! 愛しのことちゃんが遊びに来ましたよー!!」

「邪魔だどけクソ音!!」

 

 なお、彼女はそこまで長くない間隔の末、A組に突撃してくるようになったため、別にそこまで気にする必要はなかったのかもしれない。

 

 

 




エタってて草


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途中
春休み(前編)


「出久のばかやろー……」

 

 布団にもぐった私は、悶えた。

 そう悪態をついてしまうのも一度や二度ではない。

 クソなことに出久は雄英に受かったらしい。私よりも弱っちくて、私よりもグズだった出久が受かったらしい。

 

 出久は地頭が良い方だ。分析能力は高い。咄嗟の機転も効くほう。それに、個性も発現したようだ。無個性ではなくなったというのなら、更にいえば強い個性を手に入れたというのなら雄英に受かるのも今までよりは納得が行く。

 ……それが分かっていてなお腹が立つ。

 

 爆豪にも馬鹿にされ、出久にも馬鹿にされ、私はこの先生きのこれるのか?

 

 いや、やっていける。やっていかなければならない。

 布団から顔を出して、大きく息を吐く。

 

 

「“私はちょーゆーしゅーである”」

 

 私はそう口に出し、心に刻みます。

 

「“私はプロヒーローになれる”」

 

 拳を突き上げて、そう断言します。

 そうしているうちに、少し心が落ち着いては来ましたが、それだけでは少し足りません。

 

 甘味を摂取することにした。冷蔵庫へと向かい、シュークリームを取り出す。

 サクサクとした皮の食感とクリームの甘味が口の中に広がる。今日はそれだけでは満足出来なくて、リビングルームに向かい、飴玉を口の中に放り込む。

 甘い。舌で転がす。口全体にその味が行き渡ったところで、深く息を吐いた。

 

 

「甘い物食べて強くなれたらいいのに」

 

 筋肉ムキムキになったり、スピードタイプになれたりしたら最高だ。私だってオールマイトくらいの筋肉が欲しい。

 

 

「……まあ、“私の個性が一番さいきょーなんですけどね!”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春休みである。

 ともなればすることはひとつ。雄英から送られてきた事前課題を終わらせた私は背伸びをした。

 

 春休みなのである。

 ともなれば気晴らしをしに行っても問題ないはずだ。

 今まで筋トレと自己学習と個性のコントロールしか行なってこなかったのだ。少しくらいは休みたいし、リフレしたい。

 

 

「卒業旅行、とか」

 

 行きたいです。家族と卒業旅行に行ったこともありましたが、楽しかったですし。惜しいことがあるとするならば、その間爆豪と会えなかったことくらいで、他は問題なし。むしろヴィランと遭遇出来たのでラッキーとも言えます。でも、ヴィランと遭ってしまったので仕切り直したいという気持ちがなきにしもあらず……まあ、旅行なんて大方満足なんですけどね。

 

 そもそも、今のシーズンからではロクに予約出来ないだろう。諦めも肝心です。他に楽しめることでも考えましょうか。

 

 机の上に散乱させた飴玉の一つを口の中に放り込む。

 甘くない。手元を見ずに放り込んでしまったが、これは母さんが作っていたのど飴だったらしい。

 

 家族共用のノートパソコンへと手を伸ばす。特になんでもない。ただ、情報を集めようとしているだけである。どこにヴィランが現れたとか、どこでヒーローが活動しているだとか、爆豪がどこにいるとかの内容。

 

 SNSで情報を見漁っていると、ひとつの情報を目にした。

 

「……のど自慢大会」

 

 優秀者には賞金も出るらしい。参加賞は必ず貰えるらしい。でも、中学生は保護者に同伴してもらう必要があると。

 

「……金欲しい」

 

 別にそんな大金が必要なわけではない。個性を使うのにだってこの声ひとつさえあればモーマンタイですし。

 でも、金は欲しいじゃないですか。この前死柄木には笛を壊されたので新しいホイッスル的なものが欲しいですし、甘味だって欲しいです。ついでにいうのならサポーターとか包帯とか絆創膏とか買い足して行きたいですし、トレーニングマシーンとかの筋トレ用品も欲しいですし爆豪に追跡する道具も欲しい。欲は尽きません。

 

 法に触れない方法での金稼ぎの方が好ましいのである。

 個性を使って紛れ込むことは可能ですが、それってヴィランと間違えられそうですし、ふつーに父親か母親に同伴してもらいましょう。やましいこともありませんしね。

 

 そう考えた私は、すぐに参加しようと要項に目を通しました──

 

 

 

 

 

 

 

 日が経つのは早いもので、もう本番の日です。

 そして、もうステージの上です。進行の人が何かを喋っているのを聞き流して、私は笑っています。

 

 緊張はしない。どうせここにいる誰も私に敵いはしないし、どうせ雑魚だ。緊張なんてするだけ無意味。いつも通りのほうが、実力だって発揮されます。

 

 私は大事なときに、感情を荒げてはならない。

 私は大人にならなければならない。 

 私がふつーの一般人である以上、爆豪のような汚らしい暴言を吐くことは許されていない。そもそも、それってヒーローらしくないですし。

 

 

 私はふかぁく息を吐き、そしてエントリーした曲を歌い始めます。

 感情をこめて。心をこめて。歌詞の意味に思いを馳せて。

 

 

 

 

 

 私の母親は、声に感情を篭めることが出来る個性だ。だから恐らく多分私も似たような性質を持っているのだろう。

 

 私の個性は、動植物を使役することが出来る。つまりちょーゆーしゅーな個性なわけだけど、すこーしだけ難点がある。その内のひとつが、雄英でそうだったように、無機物に効果を発揮出来ないことなのだが……出来ないものはしょうがない。そんなことよりも、長所を伸ばしたほうがいいに決まってます。

 

  そして、私は私の個性を使いこなすために、感情をコントロールする必要がある。

 喜怒哀楽。それらを明確にすることで、私の個性を向上させられるというのは証明済みである。

 それらの感情を乗せた音は、多大なる効果をもたらす。私の命令を聞いた相手は、“そうしなければならない”という義務感に駆られる。

 

 極論、私は言葉を発さなくてもよいのだ。ただ私が願い、感情を乗せた叫び声でも個性として相手に伝わる。音を乗せれば、笛なんかでも私の個性の一部として活躍してくれる。言葉を告げるよりも効き目が薄いため、一瞬の足留めくらいしか出来ないけども。

 

 使えるものは使わないといけません。

 歌は、感情をこめるのに便利な手段です。金が欲しいというのも理由のひとつではありますが、それ以上にこうして人前で練習出来るというのは貴重な機会なので、存分に使わせてもらいましょう。

 

 今以上に完璧に、私は素晴らしい人間にならなくてはならない。

 そうすれば私はもう一段階上に成長出来るかもしれない。

 

 だから、()()も、私にとっては自分が成長するための訓練のようなもので、集中して歌ってしまえば、時が過ぎるのはあっという間で、すぐに自分の番は終わってしまいました。

 

 

 

「ありがとーございました!」

 

 勢い良く頭を下げて、拍手の音を聴く。そして、指定された席に戻って、大会が進むさまを眺めていました。

 出るからには、やはりそれなりにうまい人が多いようで、それでもウケ狙いで参加しているのだろうといった人物も参加しているようでした。

 

 誰も私には及びません。私はとっても凄いので!

 ……と、言いたいところですが、そう言うことが出来ないくらいに上手な人がいました。まあ、ひとりだけですけども。

 

 その人の歌は抜きん出ていました。

 上手、だったんです。でも、それ以上に楽しそうで、歌うことが好きなんだと伝わってきました。

 

 だから、優勝は私ではなかったんです。

 

 狙うからにはてっぺんを。そう思っていただけに残念でしたが、私はこの道を極めようなんて考えてはいませんし、仕方がないのかもしれません。

 出来るのなら賞金を手に入れたかっただけに、参加賞の粗品しか手に入れられなかったのは本当に残念でしたけども。

 

 

 

 

 

「……つかれた」

 

 この状況で爆豪や出久にもう一度会ったら、廃人になるのが想像出来るほどに疲れた。

 他人を馬鹿にするのは好きだが、自分が馬鹿にされるのは我慢ならないのだ。特に爆豪は絶対馬鹿にしてくる。今は会いたくない。

 

 どんよりした気持ちを拭うように、私は伸びをしました。今回同行してくれた母親は今お手洗いに行っているので、戻ってきたらすぐに家に帰ることになるでしょう。

 

「あっ、さっきの」

「……?」

 

 目があった。

 

 声の主は黒髪の少女のようだ。その条件だけなら私と特徴が被っている気がしないでもないが、その少女は清楚系な私に対して……なんというか、全体的にロックだ。もっとも特徴的なのは彼女の耳だろうか。個性の影響なのか、耳たぶが伸びたような形をしている。

 

 ……なんの用だろう。早く帰りたいのに。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 苛立ち混じりにそう聞くが、彼女はそのことに気がつかなかったようで、私へと距離を近づけてきた。

 

 

「歌、すごい良かった」

 

 ……褒められた。

 

「そりゃあ私は上手でしたけど、あなたも上手でしたよ。優勝者さん」

 

 そう、彼女はこの大会で頂点をとっていたのです。こんなにも若いのに凄いです。でも、だからこそ、そんな彼女が褒めてくる事実が、腑に落ちない。

 

「しかし、同じ年代の女の子が聞いてくれるなんて思いもよりませんでした。聴いてくれてありがとうございました」

「普段からこんなことを?」

「いえ、普段はこんなことはやらないですよ。でもまあ」

 

 気晴らしに。小遣い稼ぎと個性の強化も兼ねて。そう言おうとは思ったが口には出さないでおいた。

 

 この超個性社会に置いて、公衆の場で個性を使うことは禁じられている。というか、公衆の場じゃなくとも、私有地で個性を使うことは良しとされていない。

 そう、個性を使ってしまったとしても意図的なものではない。これは“偶然”だ、“偶然”なら個性が発動してしまっても仕方がない。まあ、多分今回は発動してないと思いますけども。

 

「少し心配なことがあったんだけど、歌を聴いてたら不安が吹っ飛んだんだ。だから、ありがとう」

「……ま、まあ私はてんさいですからね! 人ひとりを笑顔にするくらい息を吸うよりもよゆーですよ!」

 

 ふんぞり返って私は高々と笑いました。

 

「今日はもう帰るの?」

「……そうですねー、ではさようなら」

「ちょっと待って。このあと、ちょっと時間ある? よければ話さない?」

「……なぜあなたと?」

「な、なんとなく?」

 

 曖昧な言葉。

 調子の良い言葉を並べ、そしてこちらに取り入ろうとしてくる。つまり……

 

「……“あなたはヴィランですか?”」

「……え、違うけど」

「……」

 

 違ったらしい。首をかしげつつ、次の内容を口にします。

 

「では、“私に仇なす存在ですか?”」

「あだ……? いや、ないない」

 

 ふかーく、息を吐いた。私は私の個性のことを信じている。そして今、ちゃんと個性が発動した感覚がした。だからそれに答えた言葉は嘘偽りない真実である。

 

 そう自分で結論づけたあと、私は気を取り直して笑いました。

 

「……いやぁ、早とちりすみませんでした! あ、いえいえあなたがヴィランっぽい顔をしているって訳ではないんですよ? ただ、あなたが優しい言葉をかけてきたのでどうにも不審に思ってしまって! ほら、甘い話には裏があるなんてよく言うでしょう? だから一応聞いておきたかっただけです!」

「危機感は持っておくに越したことはないよね。こっちこそ、いきなり声かけてごめん」

「……いえ、お気になさらず?」

「それでさ、良ければ時間くれない?」

「……?」

「ここで会ったのも、何かの縁だしさ」

 

 表情を見る。嘘を言っているようにも、裏がありそうにも見えない。純粋に、私と会話をしたいと思っているように見える。

 

「……」

 

 しかし、困りました。なにが困るかというと、別段困らないのですが、なんとなく困ります。ほら、私ってかっちゃんのために時間を費やさなければならない義務がありますしおすし。こうして話している時間は無駄でしかないのでは。

 

「……軟派?」

「ナン……いや、違うから」

「あなたの保護者の方は?」

「家がここから近いから、終わったら帰ったよ」

 

 今日は無理言ってきてもらったんだ。

 そう照れて告げる彼女の顔からは、嘘は見受けられない。多分本当のことだろう。

 

 私は家から近いというわけでもなく、むしろ遠い方ではありますが、それでもひとりでは帰れない距離でもないですし。あ、でもやはりひとりというのは危険でしょうか。変質者にも、もちろんヴィランにだって遭遇したくないですし。

 彼女と一緒にいてはならないという理由を探そうと頭を回らせます。

 

「名前も知らないような方と話すのは……」

「ああ、自己紹介がまだだったね」

 

 彼女はあっけらかんと告げると、すぐに次の言葉を紡いだ。

 

「ウチは耳郎響香、よろしく」

 

 にかりと気前よさそうに笑った少女は、手を出してきた。握手でもしようというのだろうか?

 彼女の顔を見て、恐る恐るそこへと手を伸ばすと、彼女は握り返してきた。

 

 

 

「あー……えっと、私は……言音です。魂月(コンヅキ)言音(コトネ)。どうぞお見知りおきを」

 

 



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春休み(後編)

タイトル変更。前のは長かったので個人的にしっくり来たものに変えました。


 見知らぬ人こと耳郎響香に名前を告げてしまった。

 なんたる危機感の欠如。私は自分が情けなくて情けなくて仕方ありません。私ともあろう人間が雰囲気に呑まれてそう告げてしまったのです。

 

 

「言音ちゃんにお友達が出来るなんて……」

 

 お手洗いから戻ってきた母親は感極まったようにそう告げてどこかに行った。失礼な人だと思います。

 私にだって同性の学友くらいいますからね? ほら……えっと、田中さんとか中田さんとか。高橋さんとか山田さんとか……なんかそんな感じの名前の人とか。

 

 

 そんなこんなで友達がいないと嘘の暴露をされてしまった私は、死んだ魚のような目をしていたことでしょう。

 

「……」

 

 後で迎えに来てほしいとだけ母親に携帯で連絡をして、そのあとに彼女を見やる。

 

 正直、私にはここで時間を潰す理由が薄いように感じられます。いくら母親に生温かい視線を向けられているからと言っても、やはり理由が薄いのです。

 やっぱり爆豪を追い抜くためにはこんなところで(くすぶ)っているわけには行きませんし。

 

 

「どうして私に声をかけてきたんですか?」

「あ、押しつけがましかった?」

 

 押し付けがましいかで言ったら、確かに押し付けがましいと思う。

 

「それは確かにそうですが、どうして、会ってすぐの赤の他人にそう……えっと、話しかけられるんですか?」

「普段なら話しかけたりはしないよ。ただ、アンタが相当参っているように見えたからさ」

「……まいる?」

「歌ってるときは気づかなかったけど、顔色悪いし」

 

 そんな顔色が悪かったのだろうか。分からない。

 

「アンタのことは放っておけなかった。余計なお世話だったかもしれないけど、見てみぬふりはしたくなかった」

 

 真っ直ぐな言葉だった。純粋な目だった。

 ヒーローを目指している緑髪の少年と同じような雰囲気だった。

 困っている人を救けるのがヒーロー。

 ヴィランと戦うのは、その延長線でしかない。

 ヒーローを目指すのなら、彼女みたいな心構えの方がいい。そうじゃなかったら私は落ちた? 分からない。私には分からないけど、“爆豪よりも優れたヒーローとなるために”……その情報をもう一度頭に入れ直した。

 

「納得いってなさそうな顔。ならさ、ウチが困ったときは救けてよ。それでお互い様だし、トントンでしょ?」

「そうなのでしょうか?」

「うん、そうそう」

 

 借りを作るのは好きではありません。

 

「顔色良くなってきた」

 

 笑いかけてきた少女に、私はただ頷きました。

 

 自分の体調を整えるのは重要なことです。今日はそれらしい動きをするのではなく、暇をつぶすのもいいのかもしれません。何も身動きがとれないので、本当に仕方がないことなのですが。

 

「……どこかでお茶でもしないですか? 少しくらいならお金持ってきてますし」

 

 雰囲気を変えようとしてそう告げると、耳郎響香は笑って頷いた。

 

 

 

 

 それから耳郎響香についていき、建物の中へと足を踏み入れた。元気な女の店員の声がする。

 

「これがふぁみりーれすとらんですか」

「来たことないの?」

「記憶には新しくありませんね……基本的に外食というものをしないので」

 

 基本的には自炊ですし、来る理由がないんです。そう答えつつ、きょろきょろと周囲を見渡す。ここには人の目があるし、多分大丈夫でしょう。

 

 そう思い、耳郎響香について行き、店員に案内された場所に着席しました。

 

 

「ドリンクバー2つ」

「なら私もそれでお願いします」

「……店員さん。2つで」

 

 注文も完璧にこなして、ドリンクバーのある場所に足を向けました。これくらい私も知っていますよ。炭酸飲料とかは身体によろしくないので、まあリンゴジュースとかでいいでしょうか。

 コップをセットして1回ボタンを押すが、少しだけしか出てこない。長押しすると出てくる仕組み。なるほど、完全に理解しました。

 

 私は浮足立っているのを自分でも自覚しつつ、耳郎響香のいる席へと座りました。

 

 ……しかし話とはなにをするべきなのでしょう。彼女と私の共通点なんて、のど自慢大会に出たことくらいなのですが、そこから話を広げられるとは思えませんし。

 

「今日は良い天気ですね」

「曇天だけど」

「曇天は私にとっては心地よい気候なんですー」

 

 私が口をとがらせてそう告げると、耳郎響香は予想外と言わんばかりの表情でこちらを見ている。

 

「晴れのほうがよくない?」

「日が出ないですし、雨も降っていないから最高の天気じゃないですか」

「雨の匂い好きだけどな」

「どこがですか? 雨のときって泥臭くてたまりませんし嫌なことづくめじゃないですか」

「ああ、それは分かる」

「だいたい雨なんて視界が悪くて動きづらいですし、服も汚れてろくなことがないですし」

「ウチも服濡れるのは嫌だけど、雨音聴くの好きなんだ」

「……雨音?」

「うん。雨音聴いてると、気持ち落ち着くし……音楽奏でているみたいじゃない?」

 

 ……? そうなのだろうか。

 

「ロマンチストですね、良いと思いますよ」

「いやいや、ロマンチストなんかじゃないからね」

 

 強く否定されると、むしろ浮き彫りになるものなんですよね。耳郎響香は気づいていないようですけど、私は気をつけなければなりません。

 

「あ、敬語とか気を遣わせてるみたいで悪いし、タメで良いよ」

「行きずりの人にタメ口になるわけにはいきませんから」

「名前をお互いに分かったし、もう赤の他人じゃないでしょ?」

 

 ……。

 

「いえ、名前分かっただけで赤の他人ではないと言い張るのはどうかと思いますよ」

「マジレス! でもそれもそうか」

 

 耳郎さんはツッコミを入れたあとにゴニョゴニョとなにかを呟いています。

 

「困らせてしまいましたね。私基本的にこういう口調なんです。親にも同級生にもこんな感じですよ」

「あ、そう」

 

 ならいいと、彼女はあっけらかんとした様子で告げた。

 

「そういや、ウチは今年高校に入るんだけど、アンタはどう?」

「奇遇ですね、私も次高校生です」

「えっ、同学年?」

「どうかしました?」

「同い年なの? てっきり歳下かと思ってた」

「……」

 

 最近は、顔の評価なんて母親と父親以外にされていない。でも、言音ちゃんはかわいいねぇなんて言われてるってことは私はべっぴんさんに違いない。年下に間違えられるのはなんとなく腹が立ちます。

 私はやれやれと肩をすくめた。

 

「耳郎さんには私の大人の魅力が分かりませんか……私って大人からモテモテなんですけどねぇ。ないすばでーですし、幼馴染も私にめろめろのはずです。告白される日も間近ですね」

「……」

「なんですかその憐れみの目は! あなたにはモテる秘訣を教えてあげませんよ!」

 

 軽くいなされている感じがまた腹が立つ。

 

「はいはい、そうだね。今日はお疲れ様」

 

 本当に適当に流されてません? しかしまあ、強く突っ込んでしまえば気にしていると言っているも同然なので、私もサラリと受け流します。私は出来る大人なのです。

 

「はい。耳郎さんもお疲れ様です」

「記念になにか食べようか。デザートとか」

「あっ、じゃあこのいちごパフェ頼みますね!」

 

 季節限定と書かれたそれを見つめ、呼び鈴を鳴らすと、店員が笑顔で私を見ている。私も笑顔で見つめつつ、パフェを頼みました。耳郎響香もアイスみたいなものを注文したようです。

 リンゴジュースを飲み終わり、紅茶を入れてきて、耳郎響香と談笑しつつ、しばらく経つと注文したものが届きました。

 

「……うまっ」

 

 ついつい口元が緩むのを感じながら、耳郎響香との会話に戻る。

 えっと、なんの話……ってそうでした。のど自慢の話でした。共通の話題がそれくらいしかないので仕方ないですね。

 

「私が参加したのは別に歌手になりたいだとかの願望があるわけではないので、本当にただの気晴らしでして。ああでも……耳郎さんは歌手になりたいんですか?」

「……ウチは、ヒーローになりたい」

「……ヒーローに?」

 

「こうやって歌うのは好きだし、楽器を弾くのも好き。でも、将来の夢はヒーローになることなんだよ」

「そうなんですねぇ。まあ、皆さんヒーロー好きですよね」

「魂月は違うの?」

「あ、私のことは言音と呼んでいただいて構わないです」

「言音、ね。分かった」

 

 彼女が頷いたのを見届けて、私は口を開く。

 

「私は……私の将来の夢も、プロヒーローになることです」

 

「幼馴染がヒーローになるからヒーローになりたいんです。幼馴染がプロヒーローとして輝かしい人生を送ることは私の中で既定路線です。いえ、幼馴染がプロヒーローにならなかったとしても、私はちょーゆーしゅーなプロヒーローになりたいと思っています」

「……え、どうして?」

「理由はいっぱいありますよ。金がたくさん手に入るからとか、個性を活かした仕事が出来るからとか、脚光を浴びることが出来るからとかもっと強くなりたいとか金がほしいとか」

「……そっか。まあ理由は人それぞれだもんね、応援するよ」

「ありがとうございます! 耳郎さんはなぜヒーローになりたいんです?」

「人を身体張って救けるヒーローって、かっこいいじゃん」

「……かっこ、いい? そういえば、昔幼馴染も似たようなことを言ってましたね。そうですか、かっこいー……」

 

 ヒーローはかっこいい。そうなのでしょう。言われてみれば確かにそうかもしれません。既存のプロヒーローには興味がないので気づきませんでした。

 

「あとは……みんなを笑顔にしたくて」

「……笑顔?」

「ヴィランが悪さする限り、真の意味で平和は訪れないし。少しでも、平和でみんなが楽しめる世の中になればなぁって思って」

 

 ……おお、凄い。凄いヒーローっぽい答えです。今後から私もそう答えるとしましょう。

 

「言音もふくれっ面だったじゃん。もっと楽しんでほしいなと思って話しかけたのもあるんだ」

「私、めっちゃ笑顔ですよ」

「ああ、確かにパフェ食べてるときは幸せそうな顔してる」

「……甘味は美味しいので!」

 

 致し方なし。甘味は世界を平和へと導くのです。

 

「しかしまあ、ヒーローなんて危険じゃないですか。目指すべきではないのでは? 特に、耳郎さんは他に素晴らしい才がありますし」

「褒めてくれてありがとう。でも、この道を進みたいんだ。まあ……悩んだところではあるよ」

 

 耳郎さんの言葉に相槌を打ち、紅茶を口に運びます。……うーん、あんまり美味しくありません。砂糖とフレッシュでも入れておきましょう。

 

「ウチはヒーローになりたいんだけど。でも、それはそれとして、このままでいいのかって思いもあってさ。楽器も歌も、親から教わったのに。父さんと母さんからは応援してもらって、だから行こうって思えたんだけど……」

 

 いい親御さんじゃないですか。そう思いつつ、ケーキを口に運ぶ。それと同時に紅茶を流し込むと、ちょっと合う気がしてきました。

 ええと、思考がそれました。耳郎さんの話ですね。

 

「私はですねー、趣味は趣味のままにしておくのが良いかと思います。趣味を仕事にしてしまえば、夢と現実の違いに悩まされることになるでしょうから。ですから、耳郎さんの方向性は間違っていないと思いますよ。二足のわらじを履くってのも一興かもしれませんけどね。ヒーローってそういう人多いですし。ただ、どっちにせよ最初から両立させるなんて、土台無理な話ですよ。ヒーロー活動をするのなら、最初はそちらに専念すべきです。オールマイトも副業なんてやっていないわけですし。副業なんてそれから考えればいいんですよ。将来のことを考えるのならば印象を残すために歌ったりギター弾いたりするのは普通にあり……なんですか耳郎さん?」

 

 黙って話を聞かれていることに気がついて、思わずそう問いかけました。

 

「思ったよりは考えているんだなと思ってた」

「耳郎さんは失礼極まりないですね。私は思慮深くおしとやかな女性として知られていますのに」

「それはどうかな」

 

 耳郎響香はニヤニヤと笑いながら私を見ている。心外です、私ほど愛らしくて思慮深いことで知られている人はいないというのに!

 

「そういえば、言音はなにか楽器やってる?」

「幼馴染が少しドラムを嗜んでいたので、私も負けまいとドラムと、あとピアノ弾いてました。どちらかというとピアノの方が得意でしたかね」

「ピアノか……、弾けなくもないけどちょっと専門外かな」

「では何が得意なんですか?」

「ギター」

「はぇ~、ロック」

 

 彼女は嬉々とした表情で、ロックの何たるかを伝えてくれましたが、私には内容の半分も理解出来ませんでした。あんまり興味も分からないのです。爆豪がロックについて興味を示しているのなら、私も興味を惹かれるのですが、そういった兆候はないので気にしなくてよいでしょう。

 

 

 

「ま、理由は違えどもヒーローを目指すもの同士、お互い頑張ろう」

「おー」

 

 掛け声を出したあと、パフェのいちごを口に運びます。

 

 

「アンタはなにか趣味はある?」

「私は、幼馴染の観察が趣味です」

「……」

「幼馴染のことを知るのが好きです。幼馴染と仲良くなりたいと思っています。幼馴染がプロヒーローになりたいのなら、私もなりたいんです。ですから、最近の趣味は個性の強化と筋トレでしょうか」

「……幼馴染、ねえ。そんなに気にしなくていいんじゃない?」

「そんな訳には行きません。彼は私の全てですから」

「……えっ」

「私は彼のことがダイスキですから。彼はこの世で自分の次に大切な存在です。ずっとそばにいたいって思ってます」

「そ、そっか」

 

 顔を真っ赤にして、彼女は相槌を打った。

 何やら勘違いをされている気がしないでもないが、別に訂正するほどのことでもなさそうなので、笑って受け流した。

 

 

 

 

 

 

 それからも私は耳郎響香と話しました。

 私から個人情報を話そうとは全く思えないので、本当に当たり障りない話です。それと、軽く爆豪の話もしてみました。

 

「幼馴染は素敵なんです。クソ野郎ですがそういうところも素敵なんですよね」

 

 耳郎響香は少し気難しげな表情だった。

 

「その幼馴染の話、もう少し聞かせてよ」

「……む、響香さんも私の幼馴染が気になったとか!?」

「いや、それはどうでもいい」

 

 彼女はバッサリと言い切ると、私の目を見たあとに口を開いた。

 

「そこそこ会話して思ったけど、言音は他の話題に比べて、幼馴染の話をしているときは生き生きしているように見えたからさ」

「違いないですが、いやぁやっぱり分かっちゃいますかー」

 

 私がそういうと、耳郎響香は笑った。

 

「では、彼と出会ったときの話でもしましょうか」

 

 

 ♢

 

 幼いときの私は仲の良い存在を作っていませんでした。

 砂場で遊び、本を読んで知識を蓄える。それだけで、私は満ちていました。

 でも、あの時から私の人生には亀裂が入ったんです。

 

「おい出久ゥ!そいつだれだ!」

 

 もしかしたらお気づきかもしれせんが、そう言ったのは幼馴染です。いずく、というのは私のもう一人の古馴染みです。その日は一緒にいたので、私に矛先が向けられたのでしょう。

 

「ことちゃんだよ。ことちゃんは、僕の隣の家に住んでるともだちなんだ」

「出久のダチらしく、インキだな!」

「カツキ、インキって?」

「暗くてジメジメしてるってことだ!」

「おー、そんなこと知ってるなんてカツキすげー!」

 

 子どもの時分でしたので、幼馴染を持ち上げる取り巻きの言動に、そして幼馴染になる少年にもいらついてしまったのです。

 当たり前ですが、今ならそんなことはありません。ですが、当時の私は幼かったから、ジロジロと不快な視線を向けられることが嫌だったんです。

 

「……うざい。きえろ」

 

 私がそう告げると、幼馴染……かっちゃんは目を丸めました。

 

 

 

 ♢

 

 

 

「これがファーストコンタクトです」

 

 鮮明に覚えているその日の出来事を、耳郎響香に向かって話した。

 彼女は微妙そうな、腑に落ちないような、そんな曖昧な表情でジュースを飲んでいた。

 

「……それからかっちゃんとやらを見直せる出来事に繋がるの?」

 

 あえて言うのなら、その後に男女平等パンチをしたことは称賛に値するかと思います。普通そんなことやらないですよね? やっぱりかっちゃんはすごい。

 

「ええ、かっちゃんはすごいですからね」

 

 胸を張ってそう言うと、それ答えになってないからと呆れ顔で言われた。

 

「かっちゃんは凄いんです。超優秀です。器用で何でもこなせますし。運動神経も抜群です。対人戦においても目を見張るものがあり……私にとってはたどり着かなければならない域にいる相手でもあります」

 

「ライバルってやつ?」

「当たらずも遠からず、ですね!」

 

 まだその地点にはたどり着けていないけど、絶対にのし上がります。なぜならば……私はちょーゆーしゅーなので!

 

「響香さん、話を聞いていれてありがとうございました」

「いいよ気にしないで。他人だからこそ話しやすいってのもあるし」

「やっぱり赤の他人じゃないですか」

「あっ、待って今のは言葉の綾というか……」

「分かってますよ」 

 

 私は少し笑った。

 

「あなたは話したいことはないんですか。私で良ければ聞きますよ」

「と、特にない」

 

 言葉とは裏腹に、耳郎響香の顔は何か言いたげに見える。ははーん、悩みごとがあるな。私はすぐに察しました。

 

「“悩みごとがあるなら、話して見てください”」

 

 私はそう聞いた瞬間、少し後悔した。今のは油断だった。無意識に発動してしまったらしい。

 これが私の個性の弱点のひとつ。私はたまにコントロールが出来ていないのだ。過激な言葉は爆豪以外には発さないようにしているので、日常生活には支障はないのですが、たまにやってしまいまいます。気を引き締めていたらこんなことは起こらないのですが、つい気が緩んでしまったのでしょうか。今後は気をつけなければなりません。

 

「実は昔からヒーローになりたくて、趣味のロックだって封印して勉強に取り組んで……そして志望校のヒーロー科に受かったの」

「ほう、それは良かったじゃないですか!」

「言音の言う通り良かったのは間違いないんだけどさ、馴染めるか不安なんだよね」

 

 人間関係の悩みなんて、私には全く分からない。でも、そういうもんなのだろうとは思っている。

 

「気持ちは分かりませんが、見ず知らずの私にも話しかけられたんですし、同級生ともすぐに仲良くなれますよ」

「言音の場合は心配だったって気持ちが勝っただけ。それに……授業に着いて行けるかも不安でね。もちろん受かった以上は雄英で一番になるって気持ちでやりはするけど……」

「……は」

 

 血の気が引いた。

 

「雄英、ですか?」

「そうだよ」

 

 その女は、そう言って少し照れたような顔をした。でも、私にとってはそんなことはどうでもよかった。私にとって大切だったのは、耳郎響香という同年齢の少女が雄英のヒーロー科に受かったことだけなんだ。それだけなんです。

 

「──ああ、そうか」

 

 だから私は、なんだか少し悲しくなってしまいました。

 私が落ちたのに、受かった彼女は上から目線で話を進めていたのです。『私は受かったけどな』なんて腹の底で思い、あまつさえ同情だってされながら話を聞かれてきたのです。それに気づかずに私は仲良くなれた気でいました。……ああ、なんて間抜けだ。

 

 

 心の奥底では、彼女のことを信じたいって思っていたんだ。いや、今でも思っている。でも、感情はそれを拒んでいる。なんか、胸が締め付けられるようでした。

 

「耳郎さん、今日はありがとうございました」

「私こそありがとう」

「そろそろ帰らないと、怖いヴィランに襲われちゃいますよ」

「そんな子供だましみたいな言葉……」

「あはは、近ごろは危ないですからね。ヒーロー志望の雄英の入学生だからと言って油断は禁物ですよ。明日からは学校が始まります。“あなたは真っ直ぐに自分の家に帰ればいい”」

「……うん」

「さよなら」

 

 にっこりと笑顔を浮かべてそう言うと、耳郎響香は振り返ることなく歩みを進めた。そして、店外へと出ていきました。つまり、結局のところ、私の個性に敵うやつなんて爆豪以外にいないわけです。

 

 雄英なんて名門校に入るような実力者であっても、私に敵うことはない。その事実は、私に途方もない自信を与えてくれます。

 

 つまり、私はすごい。容姿端麗頭脳明晰文武両道個性優秀質実剛健精金良玉焼肉定食……

 

「……ヨシ! やっぱり私はちょーゆーしゅー! ですね!」

 

 二人分の会計をし、高笑いをしながら家へと帰ることにしました。

 

 明日からは学校が始まる。寄り道をしている暇はない。私は、私が私であるために一番にならなければなりません。

 

 とにかく楽しく心を穏やかに、これからも頑張っていきましょう!



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入学後
入学


 

「”私はちょーゆーしゅーです”」

 

 鏡に向かってひとこと呟きます。

 

「“雄英においても素晴らしい成績を修めてみせます”」

 

 鏡の中にいる私に笑いかけて、不敵な笑みを浮かべます。

 私にはそれくらいお茶の子さいさいなのです。

 健全な肉体は心から。口に出すことでそれらは育てられます。

 

 

 理由はなんであれ、所属学科がなんであれ、私は雄英に入学出来ました。

 零と一とでは大きな違いがあります。つまり、私はよくやっている。すごくないですか? 雄英に入学出来たなんて! 私ってやっぱりすごい! もっと褒め称えられてもいいと思うんですけど、両親以外は褒めてくれません。両親からのそれって、お世辞のように感じられてあんまり嬉しくないですし。

 私はえらい。私は今日もいけてる。

 

「やっぱり私ってば……」

 

 

 そこまで言ったあとに、私を呼ぶ声が聞こえました。

 母親が起こしにきたようです。

 

 だから、これで今日のルーティンは終わり。

 思考を切り替えましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 制服に着替え、部屋から出て、朝食を摂ります。

 家で用意されるのは和食だけなので、洋食派の私は居心地が悪いのです。でも、そんなこと口に出したりはしません。うっかりでも個性を使ってしまったらいただけませんし、自炊をするときには思う存分色々作るので、まあ構いませんし。

 

 

 初日から遅刻なんてしたらよくないですから、故に万が一でも遅刻しないように早めに家を出ました。

 

 もちろん一人で、です。自立した大人である私は、計画性と余裕をもって行動するのです。家を出て、電車を乗り継ぎ、そして雄英の敷地前へとたどり着きました。

 

 ぼうっと雄英の校門を見ていたら、出久に声をかけられた。当然、こいつもまた雄英に入学するのだ。

 だから心優しい私は親しみを持って会話をし、そして雄英の敷地へと一歩足を踏み入れたわけです。

 もちろん八つ当たりなんてせずに、物腰柔らかく接することが出来たでしょう。

 

 

 

 ユニバーサルデザインやらバリアフリーやらを意識してなのか、中学と比べてひとまわりもふたまわりも大きい扉が前に存在していた。私は、ため息を吐いてそのドアを開ける。

 

 

 辺りを見渡すと、ただ単純に勉強ばかりやってきたのだろう顔の暗いやつ、劣等感にまみれているやつらばかりだ。

 多少は嬉しそうな生徒もいますが、基本的に冴えませんね。せっかく天下の雄英に入れたのだから、喜べばいいのに。いえ……これはブーメラン刺さってますかね?

 同じ学校の生徒は爆豪と出久しかいないのだから知り合いがいるはずもない。

 軽く一通りの同級生と話したが、どいつもこいつも無価値な無個性ばかり。普通科に入学したことを少し後悔した。

 でも、ここにいれば爆豪といる時間は増やせる。同じクラスじゃないのは少し……というかかなり悲しいが、それでもゼロよりはマシだ。

 

「爆豪元気かなぁ……」

 

 窓の外を見る私は、憂う乙女。さながら未亡人の如き魅力を出していることでしょう。

 

 爆豪勝己は、とても眩しい存在です。そんな彼は、ここ雄英ではどんな立ち位置になるのでしょうか。爆豪はとても強くて。個性も強くて、戦闘センスがあって、頭の回転も速くて、超優秀で、それが雄英でも通用するのでしょうか。

 まだ爆豪は実戦経験は積んでいませんし、まだまだ成長が見込まれます。

 それでも、雄英では中の下の成績だったりするのでしょうか。ああ、それは……それはそれで見てみたいです! あんなにも自信家な彼がへし折れるところが見てみたいものです。

 

 そう考えていると、自然に頬がゆるんでしまいます。引き締めて、別のことを考えることにしました。

 

 別のことといえば、耳郎響香はどちらのクラスに入ったのだろう。ヒーロー科に入ったのは間違いないことでしょうけど、果たしてどちらのクラスか……出久に聞けばすぐ分かるのだろうけど、あいつに頼るのは(しゃく)に障る。

 ……いえ、彼女のことなんて別にどうでもいいですし?

 そんなことよりも、まずは今後私がどうするべきか考えるべきだろう。

 

 自分のことだからとネットで情報を探ったりもしていたのですが、その中でひとつ明らかになったことがあります。

 ズバリ、雄英の普通科であってもヒーロー科に編入出来る可能性があるということです。

 これ、とても重要なことですよね。自分の価値さえ示せられたならヒーロー科に入れるんでしょう? まあ、もちろん知っていたから雄英に入ったんですけどね。割合としては爆豪から離れたくなかったってのもありますけども!

 

 不良生徒をヒーロー科に入れてくれるほど、雄英は甘くはないだろう。圧倒的な力量、自分の優位性を見せつけなければならない。それに加えて、素行もよくなければきっとヒーロー科になんて入れない。

 つまり、つまり、今私は一挙手一投足を見張られているのだと考えながら行動したほうがよい。

 

 見られていなくとも、私は見られていると思いながら行動したほうがよいのでしょう。

 普段の行動が全て本番に繋がるのですから。

 

 ……見られながらの行動。それってしかんってやつでしょうか。少し恥ずかしいですね。

 

 そんなことを考えている間に担任らしき先生が入ってきて、廊下に並ぶように私たちに命令しました。だから、そして体育館と思わしき広い建物内へと移動したのです。しかし、しばらく経てども、一年のA組だけはやってきませんでした。A組担任の意向らしく、さらにいうのならばよくあることらしい。

 とんだアウトロー教師もいたものだ。とはいっても、そのアウトロー教師が私の担任になるのだから、懇意にしておきましょう。顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうのが一番駄目ですし。

 入学式は、普通に終わりました。しいていうのならば、本当に校長が鼠らしいということだけが得た情報です。その他は、私にとってはどうでもよいことでした。

 

 

 簡単なガイダンス。入学セレモニー。そして、教室に戻って簡単な自己紹介。

 

「初めまして、私は魂月言音です」

 

 私はお淑やかでたおやかな女性である。故に、挨拶は丁寧に、人当たりよく。できる限り親しみやすいように行なった。悪目立ちだけは避けなければなりません。

 ……評判は良いに越したことはありませんし!

 

 ヒーロー科に編入してから、自分の立ち位置を確立させればいいのです。

 

「慣れないことばかりで、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、優しく接してもらえればと考えております。皆さま、どうかよろしくお願いします」

 

 頭を下げると、まばらに拍手の音が聴こえてきた。

 そして、私は着席する。

 

「……」

 

 あまりよろしくない視線を感じたのでそちらを見ると、そこには目つきの悪い男子生徒がいた。目つきが悪い、とはいっても爆豪ほどではないが、少し荒んでいるように窺える紫色の髪の男子生徒だ。

 私が笑みを浮かべて頭を下げると、彼も小さく頭を下げ、そして前へと向き直る。礼儀がなっていないわけではないらしい。それに食ってかかるような好戦的な性格ではないと。

 

 ……はて、それならなぜよろしくない視線を感じたのか。まだ敵認定されるようなことは何もしていないはずだが……あまり気にしなくてもいいか。

 

 

 

 自己紹介も終わり、帰りのホームルームも諸連絡も終わり、私は帰りの身支度を整えていました。

 周囲は騒がしい。私はとても落ち着きを持った女性なのでこういった賑やかな場所も得意なんですよね。

 

 

 ──魂月さん、魂月さんはどんな個性なの?

 

 女子生徒が話しかけてきた。正直面倒くさい。この時間があるのなら爆豪に会いに行きたい。でも、まだ爆豪に会いに行く勇気はないので会いませんけど。まだ私は己を磨く期間だと思うんですよね。

 これも訓練。私は円滑なるコミュニケーションというものを耳郎響香との会話で身につけましたし、今回は実践です。相手を不快にさせることなく会話をしてみせましょう!

 

 ……それにしても、挨拶ついでに個性聞いてくるのなんなんです?

 ヒーロー科ならともかく、普通科で使う機会なんてないでしょうに。好奇心の為せるわざ? 不快な気持ちになる人もいるんだってことを知ってほしいですよね! それってぇ、個性蔑視に繋がることですからね……!

 いえ、私は不快になんてなりませんが、聞いた相手が私の個性の優秀さに心を打たれて心を折られてしまうかもしれませんし? 私は相手のことを想って言っているんですよ! ……あれ、私はまだなにも言ってませんでしたっけ? 言ってませんでしたね、これは早計でした。

 それならば、伝えるのはやめておきましょう。

 

 

「ふふ、なんだと思いますか? 私の個性は……当てられたら教えてあげます」

 

  そう冗談めかして告げました。多分そこまで相手を不快にはさせていないでしょう。

 完璧に決まりました。これは大和撫子です。

 そもそも個性を教えてもらいたいのならば自分から……あ、やっぱりいいや。興味もない。 

 

 

 

 

 

 私は完璧なるトーキングスキルで、女子生徒からの猛撃を凌ぎ、追撃を喰らわないように受け流し、のらりくらりと躱して、その場をあとにしました。

 今日はこれで終わりにしても、明日からも同じように話さなければならない……中々に苦行です。でもプロヒーローになったらこれ以上の苦難が私を迎えるのでしょう。そう考えるとゾクゾクしてきますし、こういった何の実にもならなそうな会話も価値のあるものに思えてきます。無意味なことなどないのです。一分一秒も無駄にしないように行動しなければ!!

 

 

 小さく拳を握り、そして廊下を歩く。

 意味もなく教室を出たわけではありません。もちろん、帰るつもりでもないのです。

 

 向かうは担任の教師のいるであろう職員室です。

 先生方も初日で忙しいかとは思いますが、私だって聞かなければ方向性が定まらないので。

 

 

「先生、少しお話しがあるのですがお時間よろしいでしょうか?」

 

 

 そういった切り口で、言葉を紡いだ。

 

 担任はその言葉に頷き、そして私の話を聞いてくれた。そして私は、担任へとひとつだけ質問を投げかけた。

 

 ズバリ、私がヒーロー科に入れるかどうかという質問だ。

 

 確かに私は、普通科であってもヒーロー科に編入出来るらしいという情報を得ている。しかし、情報を得たのはネットやSNSですし、今一信憑性にかけるのですよね。それだったら、雄英の先生から本当のことを聞こうと思いまして。

 

 そして返ってきた答えは是。優秀な成績を納めれば、そして体育祭で自分の力を示すことが出来るのならば私はヒーロー科に入れるだろうという言葉をいただいた。

 

 一筋の希望が見えた。いや、それは一筋の希望というよりはもっと太く、はっきりとした道だった。だって、私の個性はさいきょーだ。爆豪以外は誰も敵う事はない素晴らしい個性なのだ。もちろん個性だけではなく、それを扱う私だって爆豪の次に強い。それなら、A組にだって余裕で入れる。

 

 

 

 私はヒーローになりたい。

 理由は自分のためです。でも、その願いのためなら命だってかけられます。

 

 死んでしまったらそこで終わりではありますけど、それはそれで素晴らしいことだと思います。命を賭して人々を守る……そんな美談が出来上がれば素晴らしいことですしね。まあ、もちろん無意味に死にたくはないですが!

 

 

 

 見たところ、普通科の生徒にはそれらしい人材は揃っていない。言音ちゃんアイは優秀なのですが、それでもこうなのだから、少なくともこのクラスには私の敵になりそうな人物はいません。

 

 私が今やれることはそうありませんが、こうして先生から話を聞いて、私のひとまずの目標は決まった。

 体育祭で優秀な成績を収めること。及び、周囲からの注目を得ること。

 

 これをやれれば勝ちも同然! それならば今からでも訓練をしましょう!

 

 私は心を踊らせて、そして帰路へとつくのでした。

 





一応伝えておくと、この作品は体育祭や合宿らへんで終わらせるつもりです。作者がまたエタらないように祈っておいてください。


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同級生

 学校が始まってから数ヶ月経ちました。

 

 その間に記者がセキュリティーを突破して学校敷地内に入り込んだりヴィランが雄英敷地内で暴れたりしていましたが私は元気です。

 

 事の顛末は、そんな要約で終わります。

 

 でも、私は思います。

 

 どうせならば! 私もヴィランと応戦したかったです!!

 だってヴィランですよ? 魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する感じのアレですよ。そんなの自分のよい経験にしかなりませんし。しかも聞くにほとんど雑魚だったらしいじゃないですか。雑魚専と名高い私としては是非とも行きたかったものです。

 まあ……私普通科なんで個性の使用許可降りてないんですけどね。ままならないです。

 私は爆豪と同じ経験がしたかっただけなのにな、悲しいです。本当に悲しい。涙出そう。

 

 

 ……あ、そんなことよりも少し気になることがあるんですよ。その有象無象のヴィランどもはヴィラン連合? とか名乗って活動しているらしいんですけど、首謀者は死柄木弔……死柄木弔って名前らしいんですよね。

 

 ……知っている名前のような気がしないでもないですけどやっぱり勘違いでしょう。ほら、死柄木弔なんてよくある名前ですしね。

 

 そうそうそうだから私はなにも知りません知りませんって。

 

 

 ……なにかしら情報提供するべきなのだろうか。でも私、死柄木弔がゲーム好きってことと手で人殺せるってことしか知らないですし、弱点とか知りませんよ。癇癪持ちってことしか知りませんし。アジトの場所も知らないですし遭遇する場所もまとまりがない。そもそも私が知っている死柄木弔がヴィランって証拠はありませんし。

 ……下手に刺激したくない。答えは沈黙? それがいいんじゃないか……? それに死柄木弔は……

 

「魂月、今いいか?」

「はい、構いませんよ」

 

 煮詰まってしまった思考を投げ捨てて、話しかけてきた人物に笑いかける。

 そう、私は品行方正で接しやすいタイプの雄英生になろうとしているので、気をつけなくてはなりません。

 

「あんた、ヒーロー志望だよな?」

「そういうあなたは……」

 

 私のひとつ前の席。えーっと……あー、確か……

 

「須藤くんでしたっけ?」

「心操」

 

 真顔で即答された。どうやら間違っていたらしい。

 学友の名前なんてどうでもいいので覚えていませんでしたが……もしかしてそれって優等生っぽくない、ですかね?

 どちらかというのならばA組とB組の名前と個性が知りたいですが、最初は同じ教室の生徒から覚えるべきですよね。そうに違いありません。

 私は品行方正な生徒にならなければなりませんから、意識から変えていきましょう。

 

「ああ、すみません心操くん。ご用件はなんでしょうか?」

「魂月もヒーロー科に入りたいなら、お互い協力しないか」

「私、ヒーロー科に入りたいと言いましたか?」

「先生から聞いた」

「情報漏洩甚だしいですね」

 

 おっと口が滑った。

 

「そのくらい、尋ねられたなら答えましたのに」

「悪かった。確かに本人に聞くべきだったね」

 

 反省しているのかしていないのか分からないですね。まあ、別に良いんですけども。知られたとしても、なんの問題もない話ですし。

 

「あなたと協力することにメリットはあるのでしょうか?」

「一人よりは二人の方が心強い」

「そう、ですかね?」

 

 そうでもないと思うのですが。

 

「ヒーロー科は手強いだろう。だから、俺たちに必要なのは団結力さ」

 

 そうでもないと思うのですが。

 

「あの、佐藤くん」

「心操だ。覚えてくれ」

「……すみません、心操くん」

 

 心操。心操人使。今一度心に名前を刻んで、笑みを浮かべました。

 

「状況に、個性によると思うのですが……すみません、私の個性はあなたと連携するのに向いているものだとは思えませんので」

 

 とても申し訳なさそうな態度を心がけて、口を開きます。

 

「協力したほうがいい盤面が来るのならば、あなたと協力したいですが……」

「……」

 

 不躾な視線を感じます。

 私は言葉をこれ以上となく選んでいるつもりなのですが、それでも足りないんですか? もー、嫌になっちゃいますよ!

 

「私には、あなたと敵対しようとする意思はありません。同じ教室で生活する学友同士、仲良くしましょうね」

 

 手を差し出すと、見られただけで終わりました。悲しいです。

 

「個性を聞かないのか?」

「聞いてほしいんですか?」

「いや、別に」

 

 すぐに否定されました。

 

「ただ、協力しようというのなら、知っておいたほうが得なんじゃないか? 魂月だってただで知れるなら知りたいだろう?」

 

 え、別に知りたくなんてないですけど。

 私に敵うような個性を持っている生徒なんて、C組の中じゃいないでしょうし? 

 

「個性の情報について……私からは聞かないようにしているんです。言いたいのなら自分から告げるでしょうし……言いたくないことだって、あるでしょうから」

「素晴らしい心がけだね。心が洗われそうだ」

 

 素晴らしいだって! 私にぴったりな言葉をもらえてきょーえつしごくです!

 

「それでも、体育祭の話を振ってきたのは俺の方だ。それで個性について知られたくないなんてことはないだろう。好きに聞いてくれて良かった」

「あら、そうですか?」

 

「あなたも少なからず、その個性に劣等感を抱いているように見えたのですが」

「……? どうしてそんなことを?」

 

「話せばわかりますよ。個性に(やま)しさや後ろめたさを感じてるんだって、伝わってきますから」

 

 ヴィランのように。

 

 ヴィランはクソみたいな存在です。

 でも、彼らだって最初からクソなわけではないと思うんです。

 家庭環境や学校や仕事の環境、そして個性。

 様々な内的要因や外的要因が重なってクソへと変わっていってしまうのです。かわいそうですね。

 

 ……まっ、私は全てが素晴らしいので、全く心配することはないんですけどね! 私は思う存分あいつらを哀れんでやりますよ!

 

 あれ、これって心操人使をヴィラン予備軍と言っているようなものでしょうか。そんなつもりは毛頭なかったんですよ。ええ、当たり前じゃないですか。

 

 

「もし、それが本当だったとして、今みたいに告げるのは良くないだろうね。相手の逆鱗に触れかねない。君、これからは気をつけたほうがいいよ」

「……出過ぎた真似を致しましたね。申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げる。

 

「俺に謝る必要はないよ。じゃあね」

 

 心操人使はそう言い、その場を去りました。

 だから私は帰りの準備をし直し……

 

 それで私と心操人使のファーストコンタクトは終わりました。……あれ、入学式のときにはもう既に顔を合わせていたのでしたっけ? まあ、今日初めて存在を認識したので、ファーストコンタクトってことでいいでしょう!

 心操人使。同じくヒーロー科を目指す人物として、一応覚えておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英だなんて大層な学校に通えることになりましたが、やっていることはそう珍しいことではありません。経営科やサポート科、そしてヒーロー科ならば特別なことを行なうのでしょうが、私は普通科なので座学を行なうだけなのです。

 

 まあ、ここを卒業出来ればそれだけで輝かしい未来が待っているのでしょうが、私はそんなものに興味はありませんし。

 

 

 そんなことよりも聞いてほしいことがあるんです。

 みんな口が軽すぎるんです。私は別に聞いていないのに、私の優秀な耳は当然のように音を拾ってしまったんですよ。

 

 

 

 ──クラスの子の個性で、特徴的な個性は……

 

 

 ──皆には内緒だけど、心操の個性って……

 

 

 悪気はないのでしょうが、それでもどうかと思いますよ。心操人使の個性は、催眠……あ、違いました。《洗脳》というらしいです。

 似た系統の個性を持つ人物と会うのは初めてで、私のテンションがガラにもなく下がってしまいそうです!

 

 

「しんそーくん」

 

 放課後。教室の周囲に人影がないことを確認し、私は彼に話しかけました。

 彼は、不機嫌そうな顔を隠そうともしませんでした。でも、いいんです。そんなことはどうでもいいですし。

 

「なんだい魂月」

「私の個性とあなたの個性は瓜ふたつじゃないですか」

「初めて聞いたよ。君、他人の個性を詮索しないんじゃなかったの」

「詮索はしないつもりでしたよ? ですが、うっかり耳に入ってしまったものはどうしようもないといいますか……」

 

 会話に混ざったりしたわけではないので許してほしいものです。

 

「まあ、君と同じ精神掌握系の個性なのですが、ちょっと気になることがあって」

「あなたに私の個性をかけたらどうなるのでしょうか? 逆に、君の個性に私がかかった場合も気になります」

「その実験に魅力を感じない」

「私は感じちゃいます。ジュース奢るので付き合ってくれません?」

「……」

 

 心操人使は、嫌そうな表情を向けてきました。

 

「あ、そうだ。この前猫に付きまとわれていたのですがその写真でもあげるので付き合ってください」

「……流石に、そんなことでは協力しようと思わないよ」

「えー、そりゃあ残念です」

 

 肩をすぼめて、遺憾の意を示しました。

 

「なら、体育祭では協力しないこともないです。もちろん協力出来る場合は、ですけどね」

「……」

 

 その言葉で、やる気を出してくれたのでしょう。心操人使はようやっと腰を上げました。

 

「これからすることがあるわけではないし、いいよ。ここでやるかい?」

「いえ、個性を使うことなので勝手に行なうのは良くないでしょう。一応先生方に許可取りましょうか」

「普通科の俺らに、個性の使用許可が取れるか?」

「え、大丈夫でしょう。体育祭のときにはどうせ使うんですし、そのときにトラブルが起こるよりも今ことを起こした方がいいですよ」

「……先生相手に脅しかい? 本当嫌な性格してるね、君」

「はは、何か嫌なこと言われた気がしますが空耳でしょうね」

 

 私は教員と話すことに少し不安があるので、心操人使にまかせておきました。

 

 

 普通科の生徒ということもあってなのか、教師ひとりの監視の目がありつつ行動することにしました。

 今回派手に動き回るわけではないので、小さな個室ひとつですけどね。

 

 私たちは机越しに立って、睨み合いました。

 

「“右手を上げてください”」

「……」

 

 個性の発動を念じ、心を込めてそう告げました。

 が、数秒経てども心操人使は思うように行動しない。

 

「……」

 

 ドキドキします。でも、なにも起こりませんでした。

 

「実験は終わった?」

「……私の個性にかかった人は、私が告げた命令をこなすことが当たり前だと感じるようになるんですよね」

「俺はそんなこと思ってないよ」

「うん、だから失敗です。しんそーくんは個性には引っかかっていないようです」

 

 落胆しつつ、私は椅子に座りました。

 

「それでは、しんそーくんの個性を私にかけてください」

 

 心操人使はちらりと教師の方を見た。教師は、真顔で心操人使を見返している。

 

「……魂月。俺の言葉に返事して」

「はい」

 

 またドキドキとしつつ待っています。そして待つこと数分、心操人使は何もしてこない。

 

「……どうしたんですか?」

「これは、駄目みたいだね」

「もしや、もう個性を使っているんですか?」

「そうだよ」

 

 問いかけをしたあとは言葉を発する必要はないらしい。これが心操人使の個性か。

 私と似ているようで違うような。いえ、全く違いますね。だって発動条件からなにまで違うんですもの。だから違います。私の個性はナンバーワンのオンリーワンじゃなければなりませんから!

 

 どうにも面白くない結果で終わってしまいました。

 でもトライアンドエラーに意味があるのですよね。分かっています。

 

「先生、おかげ様で有意義な時間を送れました。お忙しい時間をありがとうございました。今日の実験を糧に頑張っていきます」

「……ありがとうございました」

 

 個室を出て、大きく伸びをする。

 そして自販機で適当なスポーツドリンクを買って心操人使に渡しました。私はそれなりに約束を守る女の子なのでね!

 私も乾いてしまった喉を潤すために、ホットココアを買いました。

 

「今回分かったことは、お互いの個性が効かないということですねー」

「脳の問題とか?」

「個性因子が反発しあってとか、ですかね」

「そんなことある?」

「さあ? 私には分かりかねます」

 

 笑って、ホットココアに口をつけました。

 

「まあ、今回は多少警戒した状態ですし、無防備な状態なら結果が変わるかもしれませんね」

 

 お互いに不意打ちならそうなるのかもしれない。

 でもまあ、体育祭でこいつに不意をつかれることはないでしょうし……

 今なら不意をつけるのでしょうか。

 

 ……ま、やめておきます。だって、試したって良いことないですしね。

 

「しんそーくん」

「……なに、魂月」

「私は心操くんに負けていませんよ」

「勝手に対抗意識持たないでくれるかい?」

「……持ってませんよ!」

 

 この私が、なんでそんなものを持たなければならないのか、理解に苦しみますね!

 

「それに、私とあなたの個性は似ているようで、全然違うようですしね。全く別物と言っても過言ではありません!」

 

 いえ、全くの別物です。だって私と同じ個性だなんていてほしくないですし。

 心操人使も同意見なのか、呆れた様子で息を吐いて、口を開きました。

 

「魂月には一応説明しておくよ。俺の個性は、俺の声に答えた相手を洗脳することが出来るって個性だよ」

「なるほどー」

 

 

「それならやはり私の方が上位互換ですね! なぜならば、私は相手の応答がなくとも強制的に個性をかけられるのでね!」

 

 ふんぞり返ってそう告げると、心操人使は胡乱な視線をこちらに向けてきました。なんでしょうか。私に惚れたんですかね。

 

「君、性格悪いってよく言われない?」

「えっ、なんで知ってるんですか? 中学の学友によく言われてました。もしやしんそーくんはエスパーなのでしょうか」

「いや、さっきも言った通りの個性だけど」

「でもこうして心の声が聴こえているってことはつまり、エスパーなのでは?」

「君、結構思っていること顔に出ているよ。気をつけた方がいいね」

 

 なんと。

 

 

「私の個性は私の声を聞いた相手に発動するものです。しんそーくんと違って相手に聴こえさえすれば勝手にかかってくれます」

「本当に一言多いよ、君」

 

 心操人使はニコニコと笑っています。だから私も笑いました。

 

「あははっ、ごめんなさい。おしゃべりなものでして!」

 

 あまり私の話を聞いてくれる相手はいないので、貴重な機会なのですよね。

 出久は私の話を聞こうとしますがあれは駄目です。なんかこっちの情報をむしり取ってきそうで気色悪いですし。

 ……あ、そうだ。

 

「同系統の個性を持っている人がいたら、聞きたいことがあったんです」

「……なに?」

「あなたは、その個性のことをどう思っていますか?」

 

 心操人使は少し考えた様子のち、口を開きました。

 

「これが俺の個性である以上は、これでのし上がってみせる」

「……野心家!」

 

 それってとっても素晴らしいです! 向上心は人をめまぐるしい速度で成長させてくれますからね!

 

「そういう魂月は?」

「ふふっ、聞いちゃいますかー」

 

 こういうときのための個性です。

 私は呵々と笑って、口を開きます。

 

「私はこの個性が自分の個性で“本当に良かったと思っています”。“この個性はとてもゆーしゅーです”。“とてもすばらしーものです”。だから、感情は違えども、私も心操くんのようにこの個性を使って勝ってみせます」

「……そうかい」

 

 興味なさげ!

 

 



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