トリッパーな父ちゃんは (ラムーラ)
しおりを挟む

息子とコイキング1

 コイキングというポケモンがいる。

 

「はねる! はねる! はねる!」 ――ビタァンッ、ビタァンッ、ビッタッーン――

 

 数多く存在するポケモンの中でも知らない人は居ないほどの知名度を誇るポケモンだ。

 しかし、一般に好ましい理由で知られているわけではない。

 

 別にフラッシュで社会現象を引き起こしただとか、そういったことでもない。

 第一それは“あっちの世界”での話であって、こっちで実際に生きている人たちからすればまったく関係ないどころか知りもしない話である。

 

「はねるっ! はねるっ! はっねる! はぁねぇるぅ!」 ――ビチッ、ビチャッ、ビチチッ――

 

 初登場はポケットモンスター赤緑。

 最初にもらえる三匹のポケモンのうちの一匹、ゼニガメを除けば、序盤の難関、オツキヤマ前で唯一入手できる水タイプのポケモンだった。

 きっと数少ないトレーナー戦で稼いだなけなしの500円と引き換えに、期待に胸膨らませて手に入れた人も少なくはないんじゃないだろうか。

 そして、期待はずれの性能にがっかりした人も同じくらいいると思う。

 

 なんせ俺がそうだったからして。

 ゲームではコイン換金を除いて、直接現金で買える唯一の、ある意味珍しいポケモンだったが。

 

「まだだよ、まだはねるんだ!」 ――ビチッビチッ――

 

 個人的には思い入れのあるエピソードなのだが、まぁ、そんなゲームの話もこっちじゃ関係ない。

 ただ、あちらでもこちらでも共通して知られている有名なコイキングの特徴がある。

 

「もうひとこえっ! はねる!」 ――ビチ、ビチ……ビチ……ビチャ――

 

 それはもう文句のつけようがないほどに有名で、過去にどこかの小学校の入試問題に一般常識として出題されたほどだとか。当然、こっちの世界の話なのだが。

 

「よし、いまだ! ちからいっぱい、はねて、わるあがき!」 ――ビチビチビチビチビチビチビチッ――

 

 ――バチンバチンッバチバチバチ――

 

「えぇっ!? むこうもわるあがきっ!?」 ――……ピク……ピ、ク――

 

 それは赤いボディに金の冠そっくりの背ビレに、どこか間の抜けた面構えという見た目と……。

 

「こ、コイキング大丈夫!? ……。う、うあぁあとうちゃぁああん、コイキングが死んじゃったぁあ!」

 

 今正にうちの息子の目の前で白目をひん剥いて体現してくれた、名実ともに“最弱の雑魚ポケモン”という悲しすぎる評価である。

 

 ゲームではレベル15になるまで『はねる』以外の技をいっさい覚えず、肝心のはねるには攻撃力が皆無。それでいて技マシンで覚える技も何一つない。

 レベル15でたいあたりを覚えるまで攻撃手段がはねるのPPを使い切ってやっと繰り出せる『わるあがき』のみ。

 わるあがきは使用できる技が何一つ無いときにポケモンが苦し紛れに放つ技で、そこそこ威力の技だ。

 しかし、それに見合わないほどのダメージが自分にも返ってきてしまう。

 

 元々、コイキングの種族としての強さもすばやさとぼうぎょ以外は最低レベル。わるあがきで敵を倒す前に反動ダメージで自滅する方が早かったりする。

 ぼうぎょもそれほど高いわけではないので敵に倒されてしまうほうがもっと早いのは言わずもがな。

 またレベル15でやっと覚えるたいあたりも攻撃技としては最低限の威力しか持っておらず、そのうえコイキングが水タイプなのに対し、ノーマル技とタイプ不一致で威力が増えない。

 

 とにかく、同レベルの他のポケモンと比較すると悲しいほどに弱い。

 レベル差が10程度あったとしても勝てないことの方が多いと思う。

 

 正に最弱の名をほしいままにするポケモンなのだ。

 

 そんなポケモンを最初のポケモンとして息子にあげたのは間違いだったかと、初めてのポケモンバトルが無残な結果に終わった息子の姿を見て、思えてきた。

 ……いや、まさか、同じコイキング相手に負けるとは思わなかったのだ。

 ボコボコにされた自分のコイキングをボールに戻し、泣きべそかきながら私のもとへ駆け寄ってくる息子。

 見事に短パン小僧ルックな我が最愛の息子は今日5歳になったばかり。

 たまに小生意気なクソガキっぷりを発揮し、自分の息子ながら誰に似たのかと思うときも多々あるが……基本的には素直でよい子だと思う。特に今みたいに困ったときには泣きついてきてくれるのはちょっと可愛いところじゃないかと。

 広げた腕に飛び込んでくる息子を軽々と抱き上げながら、とりあえず励ましておく。

 

「大丈夫だ。コイキングはダメージを受けすぎて、ひんし状態になっただけだから。とりあえずモンスターボールに戻しなさい」

 若干の涙声でうんと返事をすると息子はコイキングをボールに戻した。ボールの中心から放たれた赤い光線がコイキングにぶつかって瞬時に包み込みボールの中へと戻っていく。

 

「よし。それじゃ、絶対にコイキングをボールから出さずにポケモンセンターへ連れて行くんだ。そうすればちゃんと元気になるよ」

「ねえ、おとうさんひんしってなに?」

「あぁ。ポケモンは戦えないくらい痛い目に会うとひんしって一種の仮死状態になる習性があるのさ」

「か、し?」

「あー……。わかりやすく言うと死んだふり、かな?」

「えー、それってなんだかずるい」

 

 死ぬ一歩手前、動けないほどの傷を負って防衛本能が自動で行う死んだふりを、うちの子はずるいと申すか。この年でなんという鬼畜っぷり。誰に似た。

 

「でもひんしになったら今みたいにすぐにボールに入れてあげないとダメだぞ。ひんしのままボールに戻さずにいると死んじゃうこともるからな」

 

 ボールはポケモンの体調をほぼそのままで保持しておいてくれる。ひんしのポケモンがいたらとりあえずボールに入れるのは世間の常識だ。今のうちに教えておこう。

 なんにせよまずはポケモンセンターへ向かわねば。息子の手をひいて歩き出す。

 

「しかし、まさか同じコイキング相手でも勝てないとは……レベル差か? それとも固体値? いや、両方か? 相手がたいあたりを覚えてないことまで確認して戦ったのにこれじゃ、先が思いやれるぞ……。こっからさらに低レベルのコイキングを探せって言うのか?」

 

 少なくとも今日ポケモントレーナーデビューしたばかりのうちの息子が一人でこのコイキングをレベル20まで育てきれるとは到底思えなかった。

 息子に聞こえないようにこっそりため息をつく。

 

「……ねぇ、とうちゃん? 本当にこいつがあのギャラドスになるの? すっごく弱いじゃん」

 

 俺が息子に初めてのポケモンとしてコイキングを与えたのは何も俺が鬼畜だからではない。

 息子がそう望んだのだ。

 息子は今、他のお子様どもの例に漏れず、毎週水曜と日曜の夕方にテレビで放送しているポケモンリーグの中継にはまっている。

 そこで息子が一番好きなチームの一番好きな選手がギャラドスを使っていたらしく、それに憧れたようで。

 そろそろ誕生日だけど、何が欲しい? と訊ねたところ「ギャラドス!」と元気よくかえされてしまったのだ。

 私は一社会人であるのでギャラドスを捕まえにいく時間などなく、何よりたまの休日を息子をおいて遠出するなど、遠慮したいことこのうえない。

 息子に見せたことはないが、私もギャラドスを持っている。持っているがそいつを息子にあげたところで言うことを聞かないだろう。他人から貰ったポケモンはレベルが高すぎると言う事を聞かないのだ。

 言う事を聞かせる方法もあるにはあるが、今日ポケモントレーナーを始めたばかりのうちの息子では無理だし。

 そんなわけでギャラドスの進化前であるコイキングをプレゼントすることにした。

 趣味を兼ねた釣りでちょうど珍しい色違いが手に入ったところだったのも幸いした。

 捕まえたときにマスター登録をしていなかったので息子のポケモンとしていちから育てられるのもちょうどよかった。

 

「本当だぞ? コイキングは進化するとギャラドスになる」

「でも、ともだちに話したら、みんなそんなわけないって言ってたし……」

「あー、そうなぁ。こっちじゃあんまり世間には知られてないっぽいんだよな」

 

 ゲームではコイキングがレベル20になるとギャラドスに進化した。

 ギャラドスはそれまでのコイキングの脆弱っぷりとは比べ物にならないほど強力なポケモンだ。電気タイプにめっぽう弱いと致命的な弱点があったりはするものの使える技には強力なものが多く、能力も総じて高め、見た目もその強さを表すかのよう厳つくなる。

 変わるのは能力や見た目だけではない。

 気性も荒いものになり、まれに怒り狂って町や村が壊滅させられたとニュースになることがあるほどだ。

 とにもかくにも進化前とは印象ががらりと変わる。

 そのためか、世の中にはギャラドスとコイキングが結びつかない人が多いらしかった。

 ま、確かに、どこにでも吐いて捨てるほどいる最弱のポケモンと滅多に出くわすことの無い悪名高いポケモンとの接点なんて一見どこにもないからな。

 実際、研究者や学者、ジムリーダーやエリートトレーナーなどの実力者の間ではそれなりに知られてはいるものの、一般人や駆け出しのトレーナーでこの事実を知っている人間はあまりいなかった。一部の漁師や釣り人が昔からの噂話として知ってたりしたけど。

 

「ま、大丈夫だよ。俺はコイキングがギャラドスに進化するのをこの目で見たからね。ちゃんと面倒見て強く育てればいつか進化するさ」

 

「うー、とうちゃんがそういうなら」

 

 私は意外に息子から信頼されているらしい。嬉しいことを入ってくれたお礼に頭をなでてやる。

「やーめーてー」……なんか嫌がられた。

 

「ま、世にも珍しい金色のコイキングなんだ。もしかすると進化したら普通のギャラドスよりももっと珍しくて強いのになるかもしれないぞ?」

 

 具体的には赤いのである。三倍速いかどうかは知らんが。

 

「ほんと!? ワタルのより!?」

「あー、お前の頑張りしだいだろうな」

「ぼく、がんばる!」

 

 むふー、と鼻息荒くガッツポーズする息子を見ていると微笑ましい気持ちになる。

 私も自然と笑顔になっていた。

 

「ま、まずは怪我を治してやるところからだな」

「あ、そうだった……」

 

 息子は先の大敗を思い返したのか、一気にしょぼくれてしまった。

 なんとも忙しいことで。

 

「ま、しばらくは俺もレベル上げに付き合ってやるから、そう落ち込むな」

「うん……」

 

 その後、元気を取り戻したコイキングを引き取った息子は再度コイキングに挑戦したが再び返り討ちにあっていた。

 親の目もあるとは思うが息子はトレーナーとして才能があるほうだと思う。けれども、それが今すぐ開花するわけでもなく。

 

 とにかく、泣きじゃくる息子を泣き止ませるのに苦労した休日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息子とコイキング2

 

 

 ――マサラタウン――自宅前――

 

 今日は日曜日。会社も休みなので息子の特訓に付き合ってやろうと思っていたのだが、緊急で呼び出しの電話がかかってきてしまった。

 

「それじゃあ行ってくるけど、お姉さんに迷惑かけるんじゃないぞ」

「わかってるよ」

 

 大変申し訳ないとは思いつつ、お隣の家に息子を預けていく。

 平日ならば息子も学校があるので一人にはならないのだが今日みたいに休日出勤が決まってしまうと家に一人なってしまう。

 一人でお留守番が出来ない年と言うわけでもないが、今回のように出来る限りお隣のオーキドさんの家に預かってもらっていた。

 

「シゲル君とも喧嘩せずに仲良くするんだぞ」

「うん」

「ちゃんと宿題もやるんだぞ」

「うん」

「あと草むらにも入っちゃダメだからな? 絶対一人で行くなよ?」

 

 息子は最近、コイキングがたいあたりを覚えたことで少し調子に乗っているところがある。

 なによりも大事な安全性と、ついでの努力値計算を考慮してコイキング以外のモンスターと戦わないように言い含めてあるのだが。

 息子は他のモンスターで腕試しがしたくてたまらないようなのだ。

 今までバトルの際は必ず私がそばにいるようにしていたが、ひょっとした拍子に一人で行ってしまいそうで……不安だ。

 

「もー、わかってるってば!」

「ほんとにわかってるのか? 約束破ったらドククラゲの刑だぞ?」

「う、わ、わかってるよ」

「そうか。それならいいんだ」

 

 ドククラゲの刑は言う事を聞かせたいときの最終手段である。この言葉を出せばそれだけで息子は震え上がり素直になってくれる。

 ……便利ではあるが息子のトラウマとなりそうなので使いすぎないようにしなければ。

 

「おーい、サトシー。ゲームしようぜー」

 

 家の奥のほうからシゲル君の声が聞こえてくる。

 この辺でゲーム機を持っている子供は家の子とシゲル君だけで、シゲル君はまともにゲームの相手が出来るうちの子をとても気に入っている。

 息子は息子で友達が少ないから同い年でよくしてくれるシゲル君にべったりである。

 ときどき他愛も無い理由で喧嘩していることもあるが、まぁ、仲が良い証拠だろう。

 

「ちょっとまってー、いま行くからー。じゃあお父さんいってらっしゃい」

 

「あぁ、いってくる。それじゃあナナミさん。いつもすみません。うちのサトシをよろしくお願いします」

「いえいえ気になさらないで。こちらもたびたびお世話になってますし、シゲルも同い年の友達が出来て喜んでいます。サトシ君のことは任せてください。シゲルよりずっと素直で良い子ですから大丈夫ですよ」

「いえ、あー、ほんと助かります」

「うふふ、いざとなったらお爺様も研究所にいらっしゃいますしご心配なさらず。ハマサキさんもお仕事がんばってくださいね」

 

 オーキド博士のお孫さんのナナミさんはポケモントリマーを目指す女子大生。とても優しい見た目と中身の持ち主だが、それ以上に共働きの両親の代わりに弟の面倒を見ているしっかりした娘さんだ。

 去年、息子の小学校進学に合わせてクチバから引っ越してきた私達親子は彼女を始めとするオーキド一家に大変お世話になっている。

 オーキド博士とはタマムシ大学に在籍していた以前からの知り合いだったが、まさかここまで付き合いが深くなるとは思ってもみなかった。

 

 ナナミさんには華盛りのお年頃であるにも関わらず休日を息子のようなジャリガキの相手で潰させてしまうことに申し訳ない気持ちになる。

 だが、このタウンで新参者の俺達に他に頼れるところがないのも事実だった。

 

「えぇ、もちろん。うちの子が頑張っているので、私も負けてられませんからね」

 

最初こそ泣きべそかきながらコイキングをひたすらはねさせていた息子。それでもめげずに毎日最低5時間、欠かさずコイキングのレベル上げを続けている。

今ではボロの釣竿を持って「早く行こうよ父ちゃん」と私を帰りを急かすほどだ。

朝は6時には起きて学校に行く準備を済まし、7時ごろから8時の登校時間まで大体一時間ほど近所の水場で特訓と言う名のレベル上げ。

仕事が忙しくない場合、私の帰宅時刻はだいたい18時ごろなのでそこから9時過ぎまで。ふたたび近所の水場でコイキング相手に特訓。

ちなみに息子は10時には寝てしまうため活動時間の大半をコイキングの、ひいてはトレーナーとしての特訓に費やしているといえる。

それだけ時間をかけても一日に倒せるコイキングの数は良くて3匹程度だったというのが恐ろしい。

ひたすらコイキングをはねさせるだけの作業はひどく退屈なものだったが、それでもめげずに2年も続けてきたのだ。

我が息子ながら根性のある子だ。

そんな息子だからかコイキングがたいあたりを覚えたときの喜びようといったらなく、それからの特訓への気合の入りようも今まで以上になっている。

 

息子が頑張っているのだ、私も頑張らなければ。

 

「はい。いってらっしゃい」

 ナナミさんのほんわかした笑顔に小さく手を振って、マサラの外へと歩きだす。体の向かう先はニビシティ。

 とはいえ。私はマサラの町並みが完全に見えなくなったあたりでトキワへ向かわずに、脇の雑木林へ入った。

 あたりを見回し、誰も居ないことを確認して腰に挿したホルダーからボールを取り出す。

 

 

 

「よし。今日も頼むぞお前達。フーディン、ヤマブキの本社にテレポート」

 

 

 

 

 

 

 

 ――シルフカンパニー本社――社長室――

 

 

「社長に呼ばれてきたのですが」

 同僚に見つからないように直接社長室のあるフロアにテレポートした俺は顔にメタモンを貼り付け変装しておく。間違っても俺だとわからないように掘りの深い西洋人フェイスである。

 まぁ、流石に背格好や腹はどうにもならんが。

 このフロアには緊急の事態にそなえていつでもテレポートで来れるようにフーディンに覚えさせてある。

 何か妨害電波や念波でもないかぎり直通だ。

 

「失礼ですが所属とお名前をうかがってもよろしいですか?」

 社長室の前、複数居る秘書の一人が秘書室から出てきて受付をしてくれた。初めてみる顔だ。

 これが事情を知っている秘書長なら「あら、ハマサキさん。また社長に釣りの話で呼ばれましたか? それで今度はどこに行かれるんです? あぁ、失礼。そのお顔ということは今日はタダノさんでしたか」

 なんて声をかけてくるのだが。どうやら今日は留守のようだ。

 

「ポナヤツングスカ支部のタダノです」

 とりあえず前もって社長と決めておいた段取りで進めることにする。

「ポナンヤツグスカ支部のタダノ様ですね……はい、確かに」

「いえ、あのポナヤツングスカ支部の……」

「あぁ、失礼いたしました。ポナンヤグツスカ支部のタダノ様ですね」

「……はい」

「それでは中で社長がお待ちです。どうぞ」

(……なにも言えねぇ)

 

 

 

 電子式扉の前に立ち、コン、コンとノックをする。扉の横に備え付けられているモニターを使わないのは社長の趣味だ。ノックの方が雰囲気がでるとかなんとか。

「入りなさい」

 ガチャっと鍵の外れる音がした。自動ドアだから入れも何も無いとは思うのだけど。

「ポナヤツングスカ支部、社内安全課実務係長タダノお呼びに応じ、ただいま参りました」

「うむ、よく来てくれた。特命係長タダノ」

「……遅くなりまして申し訳ありません。社内安全課実務係長タダノ、ただいま参りました」

「ふむ? 時間に遅れてなど居ないが……まぁいい。よく来てくれた特命係長」

 特命係長というのは社長が俺に『ある種の仕事』を任せるときに使う言葉だ。実際にそういう名前の職務があるわけではないし、断じて俺がそう呼ばれたくて頼んだわけではない。

 こういう仕事をまかされることになった際に、ふと漫画の話みたいだと社長の前で漏らしてしまい、興味を持った社長にどんな漫画なのかと根掘り葉掘り聞かれて教えてしまったのが原因だ。

 なぜか社長は特命係長というフレーズを気に入ってしまった。

 流石に職務名として組み込みまではしなかったが、私をタダノとして呼ぶ際は必ずそう呼ぶようになったほどだ。

 つまり完全に社長の自己満足なのである。良い年なんだから中二病をリアルに持ち込むのは自重してもらいたい。付き合わされるほうは心底恥ずかしいというのに。

 

「あの、社長。どうか、その特命係長というのは……」

「何か不満でも?」

 こわいかおをされてしまった。

「い、いえ、なんでもありません」

 口撃力ががた落ちしたので攻めるのをやめて守るを使いやり過ごす。余計なことを言って給料を減らされるのは勘弁である。

「ならばよろしい。で、早速だが頼みたいことがある。当然断ることは許さん」

「はい」

 総務のハマノではなくポナヤツングスカのタダノとして呼ばれた時点で、少なくとも釣りの話ではないだろうとは思っていた。よって手持ちも準備も万全に整えてある。

 タダノというのは私の偽名である。もちろんポナヤツングスカ支部~というのも実際には存在しない部署だ。

 いや、書類やデータ上は確かに存在しているし、タダノという社員も社員名簿に登録されているけれど、その実態は幽霊部署と幽霊社員である。

 なんせ両方とも俺が動きやすいように作られた仮の身分であるからして。

 ちなみにタダノと言う名前はこれまた例の漫画から頂いた。

 

 普段の私はヤマブキ本社の総務二課で同僚や怖いが頼りになる上司に囲まれて仕事をしている。

 先に断っておけばハマサキはこっちの世界での俺の本名であり、社長と釣り仲間というのもまったくの偶然であるのであしからず。

 

「明け方、クチバの沖合いでわが社の輸送船からギャラドスの大群に囲まれ身動きがとれないとの通信が入った」

(ギャラドスの大群? なんでそんなものがクチバの沖合いに……)

 アニメじゃボーマンダ一匹で追い払えていたが。

 こっちじゃ現実補正とでもいうか、そんな生易しいものではない。彼らのすべてが怒り狂えば少なくとも町ひとつが無くなってもおかしくないレベルの危険度だ。

 その危険性は海を行くものならば誰でも知っているので、多少遠回りでもギャラドスの群れが出没する海域からは遥かに離れたところを通っていく。

 幸いなことにギャラドスの生息域はここカントー地方では人の活動域からずっと離れており。

 単体でならば極稀に目撃されることもあるもののクチバ周辺に群れで現れることなどなかったのだが……。

 

「その数、およそ200。さらにクチバの港にある消波ブロックの一部が数箇所、何者かによって破壊されているのも確認された」

「……それはつまり」

「うむ。もしこのままギャラドス達を刺激しようものならば津波が起きるかもしれん。いや、起きる。そうなればわが社だけでなく、クチバにも甚大な被害が出るだろう」

「偶然、ではないですよね」

「ああ。十中八九、我々への攻撃だろう。いったいどのような手でギャラドスの群れを誘導したのかはわからんが……」

「それが出来るだけの技術力と人員を持った奴らの仕業、ということですね。マケスチアインダストリアルか、ソードリ重工か……ロケット団か」

「緊急の事態だ。捜査は後回しでいい。現在消波ブロックの修繕を急いでいるが、それを待っている時間的余裕もない。君が行ってくれ」

 

「わかりました、このまま現場へ直行します」

「うむ。たのんだぞ特命係長」

 

 だから自重してください社長……。

 

 

 

 

――マサラタウン――オーキド邸――

 

「じゃあ、お姉ちゃんちょっとお夕飯の材料買いに行ってくるから留守番お願いね」

「「はーい」」

 

……5分後。

 

「よし、俺の勝ち」

「うっわあ、今のひどいよ、なしだよ。ハメじゃん」

「へっへーん、端っこに逃げたお前が悪いんだぜ」

「くっそー、じゃあいいよ、今のはシゲルの勝ちでいいからもう一回やろう」

「おう、いい――「おーい、シゲルー、居るかー? 遊ぼうぜー」――あ、ヨシカズたちだ」

「えっ……」

「そうだ、お前も来いよ」

「え、でも」

「平気だって。あいつら先にポケモン貰ったお前がうらやましいだけなんだから、ちゃんと話せばイケルって」

「う、うん……」

 

 

玄関先で待っていたのは二人の男の子だった。

「あー! シゲルっ! なんでそいつがいるんだよ!」

ぽっちゃりした男の子がサトシを指差す。

「う……」

「なんでって家でいっしょに遊んでたからに決まってんだろ」

「サトシがいっしょなら俺遊ぶのやーめた」

痩せ気味の少年がふてくされた声で言う。

「はぁ? 意味わかんね。別にいいじゃん、サトシが一緒でも」

「俺知ってるぜ、そいつ、ポケモン持ってるくせに草むらに入れない臆病者だぞ」

「っ!」

「何言ってんだ。草むらには入っちゃいけないって父ちゃんたちに言われてるんだからしょうがないだろ」

「なんぢょ、ポケモン持ってないと入っちゃいけないってだけなんだから持ってるなら入ってもいいじゃん」

「そうそう、なのにポケモン持ってて草むらに入ろうとしないのは変だよ。ポケモンはバトルさせて強くするもんだろー」

「お前らこそ何いってんだ。別にそんなこと決まっちゃいないだろ。自分達が10才まで自分のポケモンもらえないからってひがんでんじゃねぇよ」

 

マサラタウンでは10才から自分のポケモンを持つことを許される。だが、サトシはクチバに住んでいたころにコイキングを貰ったので引っ越してきたときにはすでに自分のポケモンが居た。

それが地元の子たちには羨ましくて仕方なかった。

余所からの子と言う点に妬みも加わりサトシは地元の子どもたちの中では村八分にされていた。仲の良い友達はいまのところシゲルだけだった。

シゲルはオーキド博士の研究所で様々なポケモンを見慣れていたので、サトシがポケモンをすでに持っていることをさほど気にしていなかった。

むしろ初めてのポケモンがコイキングであると知ったときは哀れんだ。ギャラドスに進化させたいんだと聞いたときは無理だろうとも思った。

が、サトシの特訓を知り根性のあるやつだと感じ、心の中では応援していた。

 

「なんだと!? シゲル、てめーふざけんなよ。あぁ、そうか。おまえおじいさんがエライ人だからめずらしいポケモンもらえるって余裕ぶっこいてるんだな」

「はあっ? じいちゃんはかんけーねぇだろ」

「うっせぇ、もういいよ、これからはおまえも遊びにさそってやんねぇから」

ぽっちゃりの言葉に頷くがりがり。

「臆病者は臆病者どうしで遊んでればいいさ」

「意味わかんね。なんで俺が臆病者なんだよ」

「臆病者と遊ぶやつは臆病者だ」

「だーかーら。意味わかんねぇって言ってんだろ。お前らサトシがどんだけ頑張ってるかも知らないで勝手なこといってんじゃねぇよ」

「うるせぇっ」ドンッ

ぽっちゃりがシゲルを突き飛ばした。

「いってっ!」

「シゲルっ!?」

「何しやがるっ! デブっ!」ドンッ

「ってぇ、な、何しやがるこのバカ」ドッ

「つっ、やりやがったな!」ドカッ

「ちょうどいいや、おまえ、いつも偉そうで気に食わなかったんだ」痩せ気味の少年も加わりシゲルに殴りかかった。

「てめっ」

 

おどろいたサトシは必死で痩せたほうに飛びつき動きを止めようとするが、生まれてこの方取っ組み合いの喧嘩はほとんど経験の無いサトシ。特別力の強いほうでもない。

たいして相手は痩せ気味とはいえ取っ組み合いの喧嘩は日常茶飯事の田舎暮らし。あっさりと振りほどかれてしまう。

手の空いた痩せ気味の少年はぽっちゃりに組み敷かれたシゲルを蹴飛ばしに行く。

それを止めさせようとするサトシだったが、そのたびに振りほどかれ自由になった痩せ気味の少年はシゲルを蹴りに行く。

シゲルはぽっちゃりとの体重差で押し負けてしまい、うまのりで殴られていた。鼻血も出ているが泣いてはいない。むしろぽっちゃりを睨みつけ、下から何度も殴りつけている。

が、痩せ気味がキックするたび、抵抗する力も弱くなっていく。

 

初めての親友が目の前で自分のせいで傷ついていくのをサトシは黙ってみてられなかった。

 

 

「くそっ! わかったよっ、僕が草むらに入ればいいんだろう!」

 

それはドククラゲの刑よりも嫌なことだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息子とコイキング3

 

 ――クチバシティ――クチバ港――

 

 クチバシティは周りの海を消波ブロックで囲み、危険なポケモンや津波の被害を防いでいる。

 クチバの港はナナシマや他の地方との連絡船が行きかう大きな港だ。

 そしてその波止場は消波ブロックの間を抜けるようにうねり伸びている。

 

「ここからじゃあさすがに現場は見えないか」

 

 その最端に立って眼を凝らすも、何も見えない。あるのは遥かに向こうまで続く水平線のみだ。

 

「さすがにこの辺にはもう誰もいないか」

 

 あたりには人の気配はない。それもそのはずクチバシティではシルフカンパニーからの連絡により津波警報が発令されていて、人はみなとっくに避難済みである。

 風はゆるやかで、波も高くない。空にいたっては晴れ渡っている。ただ違うのはポケモンの気配がないことか。

 きっとポケモンたちもこれから起こりつつある災害に感づいているのだろう。

 

「ちょうどいい、出番だぞ、カイオーガっ!」

 

 そう叫んでボールを宙に放れば――ギィイイグゥォオオオ――と迫力満点の鳴き声とともに巨大な体が現れた。

 着水の衝撃で跳ねた大量の水を頭から浴びせられる。

 

「あぁ、そういやスーツのままだった……まぁ、いいか」

 

 カイオーガが出てきた途端、さきほどまで晴れ渡っていた空はみるみるうちに曇り始める。まだ雨は降ってこないが、ゴロゴロとなっているのを見ると時間の問題だろう。

 どうやら雷雲まで呼び寄せたようだ。

 

 体長、実に4,5メートル。体重352キロ。特性、あめふらし。流線型のフォルムに幾何学的な文様。どことなくクジラっぽいがホエルオーなどとは明らかに異なる。

 

 ある地域では海を広げたという伝説があり、神様のような扱いを受けるポケモンだ。

 他の地方の一般人ではまず知らないだろうが、ちょっと伝説に詳しい人間や学者、そして伝説の残る地方の人が見れば卒倒しかねないポケモンである。

 はっきりいって私の調べたかぎりでは目撃例なんて皆無に等しかった。50年前に大雨の中それっぽい巨大な影をみた、なんて見出しがとある地方のローカルな新聞に載っていたくらいだ。

 まして捕獲となると世界に私だけかもしれない。

 

 しかも紫色の色違いだ。その希少性といったら天文学的な数字になるのではないだろうか。

 

 まぁ、こいつを捕獲するための捜索や機材にはシルフカンパニーの協力があったのであまりおおっぴらに胸を張れないのだが。

 バトル自体は自力で行って手に入れたので問題なく俺の言うことはきいてくれる。

 

「さて、それじゃあ行こうか。今日は存分に暴れていいぞ。なみのりだ!」

 

 ――ギィイイグォオオ!!!

 

 カイオーガは伝説になるだけあってその戦闘力もまさしく超一級品。恐ろしくて公式戦では一度も使ったことが無い。

 他にも今回のような仕事でよく使っているので、恨みを買っている人間にばれたら困るという理由もあるけれど。

 普段の生活まで物騒な奴らに追い掛け回されたくは無いのだ。そうなっては何のために偽名と嘘の所属まで作ってもらったのかわからなくなる。

 

 元気よく返事をしてくれるカイオーガに跨り海を進む。

 

 バシャアアン、バッシャアアンと海を割るように水をかきわけて猛スピードで進むカイオーガの雄姿。そしてその背中で振り落とされないように必死でしがみ付くメタボな私。

 実に無様だけど、しょうがない。この子、わんぱくなんだもの。

 現実で厳選なんて……。シンクロも用意しておいたが見事に外れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――クチバ近海――沖――

 

 現場についてみるとすでに何体かのギャラドスがシルフの貨物船と思われる船にたいあたりをかましていた。

 右から左から、次から次へと巨大なギャラドスたちのたいあたりで、船は沈んではいないもののボロボロだった。

 

「こりゃまずい。カイオーガ、かみなりだ!」

 

 すでに雨は降り始めている。雨天時のかみなりは必中だ。

 カイオーガが何らかのエネルギーを集めて天空へと放った。

 直後、暗雲の間からいくすじもの稲妻が一瞬の光と轟音を伴って落下し、貨物船を囲んでいたギャラドスたちに直撃した。

 

「まず8体ってところか」

 

 海を通じて電流が流れたのか、貨物船の周囲に居たさらに数体を巻き添えにしたようだが、海の底から次々にギャラドスたちが湧いて現れた。

 いっせいにこちらをにらみつけてくる。

 

「いかく、か。タイプ一致4倍でも数が多いな」

 

 ギャラドスの大群にいっせいにいかくされ怯えてしまったカイオーガの背を優しく撫でてやる。

 

「大丈夫だって。お前の方がずっと強いから。それに俺もいる」

 

 ――ギイグゥォォオオ!

 

 どうやらわんぱくなだけあってそれほど怯えていたわけではないようだ。抗議の声をあげてくる。

 

「わかった、わかった。相手の数が多くてちょっとひるんだだけ、だろ?」

 

 わかればいいんだとばかりに鳴き声をあげるカイオーガに苦笑してしまう。

 

「じゃあとりあえず、もういっかいかみなりだ!」

 

 再び、カイオーガがエネルギーを集め上空へ放とうとする。

 

 が、それを邪魔するようにギャラドスたちがこちらへ突進してきた。

 

「避けろっ!」

 

 バシャンとカイオーガがよこっとびに跳ねてギャラドスの群れをギリギリのところでかわし、そのまま泳いで離れていく。

 

「カイオーガ、囲まれないように動きつつ、かみなり! 船からギャラドスたちを遠ざけるんだ!」

 

 ――ギィグゥオォオ!

 

 全速力で水上を移動しながらときおりギャラドスたちにかみなりを落としていく。

 

 カイオーガの種族としてのすばやさはかろうじてギャラドスを上回っている。本来ならば積み技や持ち物、もしくはよほどのレベル差でもないかぎり抜かれることはない。

 しかし、今行っているのはは一対一のバトルではない。

 ただでさえ数が多いのに加え、カイオーガは俺を背にのせているため水に潜れない。

 いや、カイオーガは水を操れるので短時間なら問題ないだろう。しかし、今度は頭上も取り囲まれてしまう可能性が出てくる。

 その上、水中ではかみなりが落とせない。出せるには出せるが拡散してしまって必中ではなくなるし、自分も感電しないように防御をする必要が出てきてしまう。

 やはり水中へは逃げられなかった。

 

 右に左に、時に真下から突如として現れるギャラドスたち。

 

 確実に数は減っているはずなのだが、水中から次に次に湧いてくるギャラドスを見ているとむしろ増えているようにしか思えない。

 中には高レベルのやつも混ざっているのかはかいこうせんが飛んできたりもした。なみのりをしているのがカイオーガじゃなければ俺は死んでいたかもしれん。

 そうして気付けば周囲360度を囲まれてしまっていた。見た感じまだ3桁以上いそうだ。水中にも気配がある。それもうじゃうじゃと。ひょっとして世界中のギャラドスがここに集まってるんじゃなかろうか。なんてふざけた考えが浮かんでしまうほどだ。

 

 青青青、周囲はすべて青一色である。

 

「貨物船は……よし、離れたな」

 

 かろうじてギャラドスたちのすきまから遥かかなたに去っていく貨物船の姿を確認できた。

 

「もういいだろう。ありがとうカイオーガ」

 

 ギイグゥォー!

 

「さて、貨物船も離れたし、クチバからも遠ざけた。……よし、あとはこいつらを静かにするだけだな。みんな出て来い!」

 

 ジャケットの中の隠しホルダーから4つのボールを掴み、中空へと放る。

 

 ボールの中から出てきたのはレックウザ、ルギア、サンダー、そしてジラーチ。全員、カイオーガに勝るとも劣らない伝説を持つポケモンだ。

 

 あっちの世界でこんなパーティを対戦で使ったら伝説厨呼ばわりされても文句が言えない、そうそうたる顔ぶれ。

 

 当然だが、全員カイオーガと同じく自力で捕獲した。本当に信じられないほどの幸運が重なって手に入れたポケモンたちである。

 努力と幸運と恩情と偶然と人脈とごく一部の原作知識によるチート。そういった様々なもののおかげだ。

 

 私はレックウザの背中に飛び移ると上空から指示を出した。

 

「総員、かみなりだ!」

 

 

 フラッシュ以上の光と爆音が海上に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたりの海は凄まじい有様になっていた。

 伝説級5匹によるかみなりは海中に居たギャラドスたちも仕留めてしまったらしい。

 海を埋め尽くす、ひんしのギャラドスたち。

 

「……あー、調子にのりすぎたわ」

 

 自分のやった凄惨な跡を見せられると高ぶっていた気持ちが急速に落ち着いていく。

 

「モンスターボールは……足りないよなぁ」

 

 というか、こんな数のギャラドスを送ったらマサキんとこのパソコンが破裂する。

 

「しかたない。ジラーチ」

 

 宙に浮いていたジラーチをちょいちょいと手招きしてそばに呼ぶ。

 ジラーチはきらきらと光の軌跡を残しながら近寄ってきた。

 

「頼む、ねがいごとしてくれないか? さすがにこれを放置するのは気分が悪くて」

 

 まかせんしゃい、とばかりに小さい手で胸を叩くジラーチ。

 

 ――キュイヤー――

 

 鳴き声とともにジラーチが手を天にかざすと、雲の切れ間から数え切れないほどの光の束がギャラドスたちに降り注いだ。

 

「うん、これであとはほっといても大体大丈夫かな。ありがとうジラーチ」

 

 いやしのねがいで全快させないのは、このあと報復としてクチバの町や貨物船に再び襲い掛かられても困るからだ。

 これで元気を取り戻しても、どこかを襲うだけの余力は残っていないだろうし、冷静にもなっていることだろう。

 きっと深海か、元の海域に戻ってくれることだろう。

 

「それにしてもどこのどいつか知らないが、どうやってこんなにたくさんのギャラドスたちをこんなところまで誘導したんだ? 電波か?」

 

 少なくともギャラドスたちは操られている様子ではなかった。

 というか、操れるのならもっと効率的に襲えるはずだ。いや、それ以前に貨物船なんてけちなことを言わず、もっと重要な拠点を攻め落とすことだってできただろうし……。

 

「ま、あとは社長に報告して大体は終わりだな」

 

 これから向かう旨を報告しようとして取り出したポケギアに通信が入った。

 

「む、ナナミさんから? ……もしもしハマサキですが」

「あぁ、やっと繋がった! ハマサキさんサトシ君が見つからないんです!」

「え? ちょっと待ってください、どういうことですか?」

 

 まさか。嫌な予感がする。

 

「わたしが買い物に行ってるあいだに子どもたちだけで草むらへ入ったらしくて! シゲルたちは無事に帰ってきたんですけど途中でスピアーに襲われてサトシ君とはぐれたってっ。今、マサラに居る大人全員で探してるんですけど見つからないんです!」

 

 血の気が引くのを感じた。

 

「い、今すぐ戻ります!」

 

 ポケギアの通信を切り、急いでレックウザ以外のポケモンたちをボールに戻す。

 

「頼む、レックウザ! この際どこでもいいから一番近い陸に上がってくれ!」

 

 そうすればフーディンで息子のもとへテレポートできる。こういったときのために息子にはシルフの協力でフーディンの念力を応用して作った念動性の発信機を取り付けてある。

 

「急いでくれ!」

 

 轟!と空を翔るレックウザ。その背にしがみ付きながら私は息子の無事を祈っていた。

 

(サトシ! 無事でいてくれ!)

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息子とコイキング4

 

 

――1ばんどうろ――

 

「言っておくけど入ってすぐ戻るのはなしだかんな!」

 

ふとっちょが無駄に大きな声で言った。

草むらに入って野生のポケモンとバトルをしてこい。そうすれば臆病者でないことと認めてやる。

そうふとっちょとやせぎみは言った。

 

サトシはコイキングの入ったボールと父親のくれたお守りを握り締めて草むらの前に立った。

自分でも心臓が痛いほど鳴っているのがわかる。

あれほど望んでいたというのに、いざそのときになってみると体が重く感じられた。

今まで野生のポケモンはコイキングしか相手にしたことがない。そのうえいつも父親がそばについていた。

 

(こ、怖くなんかない!)

 

「ほら、はやくいけよ」ドンッ

 

「うわっ」

 

後ろから背中を押された。が、足は重りをつけたかのように動いてくれず、前のめりに転んでしまった。

 

「サトシっ!?」

「うっわ、まぬけでやんの」

「っくっそー!」

 

とっさに空いていたついた手のひらと地面にぶつけた膝には擦り傷が出来てしまった。悔しくて、涙が出そうになる。

が、ここで泣いてしまっては余計にからかわれるだけだろう。それでは惨めさが増すだけだ。

 

「ゴメン、サトシ。俺がムリヤリ誘ったからっ」

「いいんだ、シゲル。ぼく決めたんだ。臆病なんかじゃないって、証明する。……行ってくるよ」

 

そうだ。初めてコイキングとであったあの日から毎日頑張ってきたんだ。それは憧れのプロトレーナー、ワタルのようにかっこよくなるためである。

決して臆病者と笑われるためでも、親友を傷つけるためでもないのだ。

 

「ま、待った!」

 

だけど、それはシゲルも同じだった。仲良くなった友達が他のやつらとうまくいっていないのをなんとかしてやりたかっただけ。

それだけだったのに、なぜか親友に大事な父親との約束を破らせてしまうことになっている。

自分の責任なのに。深く考えず一緒に遊べば、仲良くなれると、話せばわかる、と簡単に思っていた自分のせいなのに。

このままサトシを一人で行かせてしまったら……それこそシゲルは自分が許せなくなりそうだった。

 

「おい、カズヨシ! バトルっていうけど誰がそれを証明するんだ。お前らのどちらかがついていかないとわかんないだろう!」

「なっ……たしかに、それはそうかもしれないけど」

「かもじゃないっ! もし、このまま一人で行かせてサトシがちゃんとバトルして帰ってきても、お前ら、いちゃもんつける気だろう。やい、もしそういうことしたら俺は絶対にお前らを許さないぞ! マサラ中にお前達のことを卑怯者と呼んで回ってやる」

 

ふとっちょとやせぎみの少年二人は顔を見合わせた。「おい、どうする」「無視すればよくない?」「けど、卑怯者って呼ばれるのも嫌だ」「え、いちゃもんつけるきだったの?」「ちがうけど、本当にバトルして帰ってきたかどうかわかんないだろ?」「それはそうだけど……」「ついていくか?」「えぇっ、で、でも……」

 

「し、シゲル?」

「どうなんだ、ヨシカズ、ヒロキ! サトシのことを臆病者呼ばわりしておいて自分達は行きたくないってのか」

「なんだと!」

「サトシはポケモンを持ってるじゃないか! 俺たちはポケモンもってねーもん」

「へっ、臆病なのはそっちじゃないか。俺はサトシについていくぜ」

「し、シゲル! 危ないよ!」

「いいんだサトシ。お前一人で行かせたら俺が姉ちゃんにひどいめに遭わされちまうし。二人なら怖くないだろ」

「け、けど……」

「おじさんにも約束破ったこと一緒に謝るからさ、頼むよ」

「……」

サトシは悩んだ。

シゲルが付いてきてくれるのは心強いが、ポケモンを持って居ない以上、一緒に行くべきではないと思う。

でも、親友の眼は断ってもついてくると言っていた。

 

短く、だが、深く悩んだすえに、サトシはさらに覚悟を決めた。

 

「わかった。でもポケモンが出てきたらその時点でマサラに逃げて。ぼくとコイキングじゃとても守りきれないから」

「おう。約束する」

 

「おい、臆病者ども! 俺らはもう行くぞ! もし来ないんなら俺達が戻ってきたときを覚悟しておけよ! 行こうぜサトシ」

「うん!」

 

「ま、待て! 俺達もついていく!」

 

 

 

 

 

――1ばんどうろ――

 

草むらをあるくこと5分。いまだ野生のポケモンと出会うことなく、子どもたちは歩いていた。

 

「この辺は昼はポッポやコラッタ、夜になるとホーホーやポチエナが出るんだぜ」

「へー」

 

草むらに入る前はあれほど緊張していた彼らだが、5分もの間なにごともなければ、子どもの緊張などそう続くものでもない。

 

「ホーホーとポチエナはまだ寝てるはずだから、たぶん出てくるとしたらポッポかコラッタだと思う」

「ポッポとコラッタかぁ。あんまり強いイメージはないね」

「あぁ、よく見るポケモンだしな。でも、コラッタもポッポもレベルが高いのは強いぞ。爺ちゃんのところに預けられたコラッタはひっさつまえばを覚えてたし、ポッポはかぜおこしを覚えれば空から攻撃できる」

「……そんなにレベルの高いのが出てきたらコイキングじゃ勝てないかも」

「まぁ、十中八九そうだろうが、まず出てこないから安心しろって」

 

先頭はサトシ。次にシゲル、やせぎみと続いて最後にふとっちょ。

 

「なぁ、サトシ。お前のポケモンってコイキングっていうのか?」

 

「そうだよ」

 

「コイキングってどんなポケモンなんだ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

空気が止まった。

 

やや間をおいてシゲルが口を開いた。

 

「まさか、お前らサトシのポケモンがどんなのかも知らないで臆病者とか言ってたのか?」

 

「あ、あぁ、え、俺達なにか変なこと言ったか?」

 

「コイキングって、あれだぞ、お前らもみたことあるぞ」

「え?」

「ほら、マサラの南にある水道でよく流されてきた奴が溜まってるだろ」

「……え、何、サトシのポケモンってアレなの? あの水の通りが悪くなるからって時々、まとめて網で掬いあげてる、アレ?」

「そう。アレ」

「いやいやいや。嘘だろ? え、アレ闘えんの?」

「失礼な! 戦えるよ! ……コイキング相手なら確実に」

 

「……ゴメン、俺達が悪かった。だからもう帰ろう。流石にアレを頼りに野生のポケモンとなんて出会いたくない」

 

「なんだ、そりゃ。ちゃんと謝れよ?」

 

「サトシ、臆病者なんて言ってゴメンな……」

「俺も、本当にゴメン……」

 

サトシはとても複雑な気持ちだった。謝ってくれたのはいい。けれど何か凄く納得がいかない。

 

「あー、サトシ。戻ろうぜ。もうこれ以上草むらを歩く必要もないし、姉ちゃんたちが心配する」

「……うん」

サトシのテンションが目に見えて下がった。が、シゲルはそれに苦笑しか返してやれなかった。

 

「なぁ、あれなんだ?」と、突然ふとっちょが今まで向かっていたほう、トキワシティ方面から何かこちらに向かってくるものを見つけた。

 

「ゲッ!? 嘘だろ」

 

シゲルが顔を真っ青にして言う。

 

「みんな逃げろ! あれはスピアーだ! 毒を持ってるから刺されたら大変なことになるぞ!」

 

それは遠めでもわかる黄色と黒の警戒色で、ブーンと耳障りな音を立てながらまっすぐにサトシたちのほうへと向かってきていた。

 

「うわあっぁぁ」「ひぃぃいい」

 

ふとっちょとやせぎみがマサラへと一目散に走り出す。

ついでシゲルもそのあとを追った。

サトシもその後ろについていった、が。

 

「うわぁ!?」

 

足元のいしころを踏んづけて転んでしまった。手元から握り締めていたお守りが転げ落ちる。

 

「サトシっ!?」

 

後ろでした転倒音に慌てて振り返るシゲルだったが。

 

「いいから、シゲル先にマサラに戻って誰か呼んできて!」

「で、でも!」

「ぼくにはコイキングがいるから! はやく!」

 

シゲルは親友を置いていくことに一瞬躊躇したが。

このままスピアーに追いつかれたところで足手まといになるだけだと、判断し踵を返して走り去る。

 

「わかった、すぐ戻る!」

 

 

 

 

そうしてサトシは腰のモンスターボールに手を伸ばした。

スピアーはもうすぐそこまで来ている。

 

「はは。頼むよ、コイキング。草むらデビュー戦からいきなりシビアな相手だけど、頑張れるよね」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息子とコイキング5

 

 

――1ばんどうろ――マサラ付近――

 

 

 

「サトシっ!?」

 

フーディンのテレポートでやってきた場所はマサラ近くの草むら。

しかし、サトシの姿はどこにもない。

 

「これは、お守りがなんでこんなところに。くそっ、サトシどこだ!」

 

万が一に備えて持たせていた発信機入りのお守り。それが道の途中に落ちていた。

 

(マズい。さっきから嫌な予感が止まらない)

 

「くっ、みんな出て来い! 手分けして探すんだ!」

 

平和に暮らしたいだとか、そんなのは息子がいてこそだ。大前提から守れないのならば、隠し通すことに意味などない。

腰のホルダーとジャケットのホルダー、そのすべてのボールを宙に放り投げる。

 

スターミー、フーディン、メタモン、ドククラゲ、マンタイン、キングドラ。

カイオーガ、レックウザ、ジラーチ、サンダー、ルギア、レジスチル。

 

空に、周囲の林に、地の下に。あらゆる方向へ散らばる仲間たち。

 

念のためにポケギアでナナミさんに繋ぐ。

 

「もしもし、ハマサキです。今、1ばんどうろに居るんですが、サトシはまだ見つかっていませんか?」

「ごめんなさい、サトシ君はまだ……」

「そうですか。いえ、気を落とさないでください。あいつは私の息子です。7歳とはいえ、ポケモンも持っています。えぇ、絶対に大丈夫ですから」

 

震える指で通信を切る。

 

「サトシ、どこに居るんだ……」

 

――キュイアー――

 

「ジラーチっ! 見つけたのか!?」

 

――キュイアー――

 

イエス、と頷き宙返りをするジラーチ。

 

「でかした! 頼む、案内してくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――1ばんどうろ――???――

 

 

「……まだ居るや」

 

――ビチッ

 

サトシは雑木林の枯れた巨木、その洞の中にコイキングと身を潜めていた。

 

スピアーは強敵だった。

ただ不幸中の幸いとでもいえばいいのか。

進化したてだったらしく、レベルはそれほど高くなかったようで、どくばりといとをはくしか使ってこなかった。

これまでの特訓の成果が発揮されたのも大きかった。

敵の攻撃を見極め、はねるを上手く使ってかわす、再度攻撃をしようと中空から降りてきたところをたいあたりで叩く。

それを繰り返すことでなんとか撃退できたのだ。

 

しかし、サトシにとって不幸な誤算だったのはスピアーが近くにもう一匹いたことだった。

コイキングにはとてもじゃないがスピアー相手に連戦できるだけの体力なんて残っていなかった。

さらに毒を受けてしまったのか、痙攣を繰りかえしていて様子もおかしかった。

はねるでかわしたとはいえ、何度か直撃も受けていた。

サトシはそう判断するとコイキングをボールに戻し、すぐさま逃げ出した。

まっすぐマサラへ向かうつもりだったが、途中でさらにスピアーの数が増え、逃げ回っているうちにこんなところまできてしまったのだ。

 

「……はやくどっか行ってくれよ」

 

手を組みあわせて願い事なんぞをしてみるも、誰がかなえてくれるというのか。

サトシは、なんとなく洞の隙間から何かが返事をするようにきらめいた気がしたけど気のせいのようだった。

 

――ブーン――ブーン

――ブーン――ブーン

 

だって、スピアーたちはどんどんこちらへ近づいてくるじゃあないか。

どうもにおいか何かを頼りにこちらを探しているようだ。

こちらには毒状態と思われるコイキング一匹。レベルはどちらが上かわからないが……おそらくそう大差は無い。スピアーの進化するレベルは10、対してコイキングが進化するレベルは20だ。

サトシのコイキングはたいあたりを覚えたものの、まだ進化していないので19以下。スピアーは確実に一匹一匹がすべて10以上。極稀にそれ以下のレベルのものもいるが、そんな都合のいい考えは捨てておく。

これは、いよいよ、覚悟を決めるしかないんじゃないか?

 

「よし、決めた。気付かれる前に外へ出て走るよコイキング」

 

ボールの中の相棒に声をかける。返事なんて出来ないだろうが、どちらかといえば言葉にすることで震える身体を動かそうという自己暗示に近かったので構わない。

 

一気に、洞を飛び出す。

こちらに気付いて飛んでくるスピアーたち。

恐怖が心を支配していく。とにかく怖くて足を動かした。

 

「へぶっ」

 

そして、本日三度目の転倒をかました。

木の根に足をひっかけてしまったのだ。

 

――ブーン――ブーン

 

「ひっ」

 

感情の読み取りにくい複眼がサトシを捉えた。両腕の針はギラリと輝いている。

あの鋭く太い針で自分は刺し貫かれるんだろうか。

無意識に想像してしまい、喉からかすれた声が漏れた。

歯の根は合わずガチガチと音を鳴らすだけ。

 

(怖い……)

 

自分が何をしたというんだろう。なぜこんな目にあるんだろう。

生まれてから最大級の理不尽を前にくやしさと恐怖で涙がこぼれた。

ふと、ホルダーに入れておいたコイキングのボールが激しく震えているのに気付いた。

 

「……コイキング?」

 

まるでここから出せと言っているように感じられて、サトシはコイキングをボールから出した。

すると……直後、光に包まれて、巨大な、赤い、竜。

 

いや、色違いの赤いギャラドスがそこに居た。

 

――ギシャアアアアアアア!!!

 

ギャラドスのいかくにスピアーたちはひるむ。

 

「ぎゃ、ギャラドス!」

 

サトシに返事をするかのように巨大な尾びれを大地へと叩きつける。それだけで地響きが起きた。

 

「進化、した。とうとう進化したんだ……。あ、ギャラドス! スピアーにたいあたり!」

 

――ギシャアアアアア!!

 

ドゴンッ!

 

その巨体をいかしたたいあたりで一度に二体のスピアーを弾き飛ばし、戦闘不能にした。

コイキングのときはあんなにてこずった相手がこうもあっさりと倒れるのを見てサトシは驚いた。

 

「すごい……すごいよギャラドス!」

 

しかし。

 

――ギ、ギシャアア

 

「え、ぎゃ、ギャラドス!?」

 

ギャラドスはどく状態が治ったわけではなかったのだ。

その巨体がまるで糸の切れた人形のように地に倒れこむ。

 

「ギャラドス! しっかり、目を開けるんだ! ギャラドス!」

 

倒れたギャラドスに駆け寄り揺さぶるサトシ。しかし、ギャラドスはひんしになってしまっていた。

そして叫ぶサトシに残ったスピアーが針を向ける。

 

「っあ、ああ、とう、ちゃん、助けて……助けて、父ちゃん!!」

 

サトシの声が引き金になったのか、スピアーたちがいっせいに彼へと群がって――

 

「サトシッ!」――キュイアー!

 

父親の飛び蹴りとジラーチのすてみタックルがそれらを弾き飛ばした。

 

「ぐすっ、えぐ、と、とうちゃあああん!」

「無事か、どこか怪我してないか!?」

「うん、うん」

「……無事でよかった」

「や、やく、やくそくっ、やぶ、やぶって、ごめ、なさ」

「あぁ、いい。あとでちゃんと叱ってやる。だから今はいい。とにかく見つかってよかった」

 

久々に大泣きする息子を抱きしめながらたった今弾き飛ばしたスピアーのほうを睨む。

 

「たぶん、お前らの縄張りが近くにあっただとか、お前らのお前らの理由があるんだろうが。家の息子を泣くほど苦しめた以上、落とし前はつけさせてもらうぞ」

 

「ジラーチ! フルパワーでサイコキネシスだ!」

 

――キュー、イァー!!

 

不思議な力がスピアー達を包み込み縦横無尽にあちらこちらへと叩きつける。

 

――ドガン――ベキン――ミシィ――メコォ――ズガン!

 

その様、まさにシェイク。

タイプ一致の効果抜群。

スピアーたちはあっさりと戦闘不能になった。

 

 

「……よくやった。先にボールに戻っててくれ」

 

――ビシュン

 

ジラーチをボールに戻し、息子と向き直る。

 

「話は家に帰ってから聞こう。ほら、まずは鼻を拭け」

「う、うん」

「それと……」

「?」

「よく頑張ったな。ギャラドス。かっこいいじゃないか」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

当日夜。

 

――理由や経緯を聞いた結果、息子の行為は褒めてやった。が、ドククラゲの刑は執行した。

 

これで当分、無茶はしないだろう。

しかし、子どもの成長速度には驚かされる。これはあの人に似たのだろうか……。

 

おまけのおまけ

 

仲間達の回収を忘れていた。ご機嫌取りに手作りポロック一年分を要求された。俺一人でどうしろと……。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息子とライバル1

 ――マサラタウン――自宅――

 

「サトシ、今日の夕飯は何がいい?」

「んー、なんでもいいよー」

 

 仕事を終えて帰宅した私は、居間でポケモンリーグの実況中継を見ている息子に問いかけた。

 が、息子はテレビに移る派手なバトルに夢中なようで生返事。

 

(なんでもってのが一番困るんだよなぁ……)

 今日は水曜。

 仕事帰りに寄ったスーパーでタイムセールになっていたものを中心に買ってきたので食材はたくさんある。

 ただ何を作るかを決めずに買ってきてしまったので、いざ作ろうとして献立に悩んでしまっているのだ。

 

(……どうせ、大したもん作れないけどな。でも、いつもそう考えて簡単なので済ましちまってるし)

 

 それはサトシに悪いと思ってリクエストを聞いてみたものの、何の解決もしなかった。

 まぁ、それならそれで良いと思い直しスーパーの袋から食材を取り出しつつ献立を考えてみる。

 

「お、ひき肉とたまねぎ、それとにんじんか……もやしもあるな。あらら、ほうれんそうとえのきもか。うーん……あぁ、そういやまだ冷蔵庫にキャベツも残っていたな」

 

 たしか豚肉も冷凍庫に入れていたはず。この食材で私が作れるものと言ったら……。

 

「サトシー、ハンバーグと野菜炒め、どっちがいいー?」

「ハンバーグ!」

 

 顔をテレビの画面から逸らすことなく即答かい。さっきの生返事はなんだったんだ。そんなにハンバーグが好きか。

 大変子どもらしくて良いのだが、あんまりにもテンプレすぎるのでちょっと意地悪してやりたくなってきた。

 

「じゃあ、お肉と同じくらいたまねぎとにんじんが入っていて、付け合せに野菜たっぷりのハンバーグと豚肉たっぷりの野菜炒めならどっちだー?」

「えっ」

 

 やっとテレビの画面から顔を離してこちらを向く息子。しかめっつらを浮かべて悩んでる。そこまで悩むこともないだろうに。

 

 さてさて、うちの息子はどう答えてくれるのか。

 

「えっと……、じゃあ、どっちかピーマン入ってる?」

 

「あっはっは。今日はどちらも入ってないよ。」

 

「ほんと!? やった!」

 

 息子よ。お父さん、好き嫌いは良くないと思うんだ。でないと明日の夕飯はピーマンの肉詰めにしちゃうぞ? もちろんピーマンだけ残したらドククラゲの刑で。

 

「で、どっちがいい?」

 

 無邪気に喜んでいた息子の顔がまたしかめっつらに。うーんと、唸りるほどに悩んだ末出した答えは。

 

「お、お肉の多いほう!」

 

「……そうか。じゃあハンバーグにしようか」

 

「やったー! あ! CM終わってる!?」

 

 脱兎のごとき速さで再びテレビの前へと戻る息子。

 

 ……うちの子、ちょっと単純すぎないか? あと一年と少しで10歳だが、本当に一人で旅が出来るのだろうか? 超がつくほど不安なんだが……。

 

「サトシー、ご飯食べ終わったら今日の分やるからなー」

「えぇー、ギャラドスがいるからいいよー」

 

 まったく、こいつは。親の気持ちも知らんで。

 

「アホ。確かにギャラドスは強いが、お前がそれを引き出せなきゃ意味ないんだぞ」

 

「うー、わかってるけど……父ちゃんの教えてくれることってなんだか難しいし、つまらないんだもん」

 

 つまらん、か。まぁ確かに面白くはないだろうなぁ。正面から言われるとへこむけど。

 

 初心者な息子に合わせて、あまり踏み込んだ話はしていないものの、バトルにおける戦術やポケモンの育成に関する理論の基礎、旅をするなら重要になる、ポケモンセンターのマナーに活用法なんて聞いてるだけじゃそう思うのも無理はないとは思う。

 

 特に私の教える戦術なんてテレビで流れている既存のものと比べれば派手さが無いし。

 今も、ドラゴン使いで有名なワタルという選手がギャラドスのハイドロポンプで相手のエレブーを気絶させた。

 私の教えるバトル理論なんて突き詰めれば将棋みたいなもんだしな……。

 

 それでも、そのときが来るまで息子にトレーナーとしての心構えやらなにやらを身につけさせておきたい。

 さすがに初めての挑戦でプロになれるとは思わないが、途中で旅費が尽きて強制送還なんてことにはならないようにだけでもしてやりたい。当人からするとあれはかなり恥ずかしいらしいし。

 

「うぉおお、ワタル、かっけー!」

 

 画面を見つめる息子の瞳はいつものように輝いてるに違いない。こちらに向いたその小さい背中は世間の厳しさで潰れてしまわないだろうか。

 

 いや。案外、驚くほど大きくなって帰ってくるかもな。あの人の子どもなんだから。

 

「あんまり画面に近づきすぎるなよー。目が悪くなるぞー」

 

 さて、とりあえず野菜を洗うか。

 

 ――ピピピ、ピピピ――

 

 流し場の前に立ち、腕まくりをしたところでポケットから聞きなれた電子音が。

 

「ん? ポケギアに……メールか。相手は……あらま、シゲル君とは珍しい」

 

 息子とよく遊ぶシゲル君には、いざと言うときのためにこのポケギアの番号とアドレスを教えてある。

 しかし、彼から連絡が来たのはこれが初めてだ。

 

「なになに…………へぇ」

 

 なんというか、予想外な内容ではあったが……悪くない。

 むしろ先のことを考えるとわたりに船である。

 ちょうど、息子の再び伸び始めた天狗の鼻を叩き折るいい機会になるかもしれない。

 

 

 息子がコイキングをギャラドスに進化させてから2週間。

 

 息子にはトキワまでならば一人で遊びに行ってもいいと許可を出した。

 まだ早いかとも思ったが、せっかく進化したギャラドス。

 好奇心旺盛な息子がいつまでもコイキング相手で満足できるはずも無く、また私の帰りをおとなしく待っていられるはずもない。

 それならばと、先に制限を設けたうえで許可したのだ。

 

 そして許可を出した途端、息子は毎日門限ギリギリまで1ばんどうろへ遊びに出かけるようになった。

 毎日どこかしらに小さな怪我をして帰ってくるが、楽しくてしかたないようだ。

 驚くことにすでにりゅうのいかりを習得させたようだ。コイキングのときの成長速度と比較すると段違いである。

 ……旅に出るときにはハイドロポンプとかはかいこうせんとか覚えてやしないだろうな。

 いや、それはないか。このあたりのポケモン弱いし。ゲームで言うところの経験値も少ないはず。

 

 すでにギャラドスの成長は伸び悩み始めているし。息子はギャラドスで無双するのが楽しくてまだ気付いていないが、そろそろそのことを感じ始める頃合だろう。

 

 うん。息子に勉強に対するやる気を出させるには、やっぱりライバルの存在が一番手っ取り早いな。

 

 シゲル君に了承の返事を送る。

 すぐさま感謝のメールが届いた。うーむ、うちの息子と同い年だというのにこの行動力と危機感、そのうえ律儀。出来た子だなぁ。

 

 ――おおっと、ワタル選手のギャラドス、はかいこうせんの反動で動けないっ! そこへスリーパーのサイコキネシスが炸裂ぅっぅぅ!」

 

「が、がんばれ! 負けるな!」

 

 ――これはー!? ギャラドス耐えたーっ!? 凄まじい耐久力です! ああっと、反撃のりゅうのいかりぃーっ!! スリーパー、倒れたァァ! どうだ、起きるか、あーっと立ち上がれないっ!

 

「やったー!」

 

白熱する実況中継ではしゃぐ息子を見ていると、やはりどうにも比べてしまう。子どもっぽいというか。いやいやまだ8才だし、うちのこは年相応でシゲル君が早熟なだけか。

 

……でも、あと1年と少しで一人旅させるわけだし……うーん。

 

まぁ、あの人もふだんはこどもっぽいというか、天然なところが多分にあったし、大丈夫といえば大丈夫なのかもしれないけど……。

 

 

とりあえず、やるだけやってみるか。うまくいけばシゲル君が息子からやる気をひきだしてくれるはずだ。

 

「とうちゃーん、試合おわったけど、めしはー?」

「おぉ、すまん。今すぐ用意する」

「えぇー、腹減ったよー」

 

あぁ、なんにしろ今は晩飯の準備が先だな。

 

私は、むくれる息子のうらみがましい視線をなんとかするために野菜との格闘を再開した。

 

 

 ――オーキドポケモン研究所――実験室

 

 マサラタウン。とくにこれといった特徴のない、良く言えばのどかな、悪く言えば田舎の町。

 

 この町は町はずれに研究所がひとつあるのみで、他に目立つものは何も無い。

 

 が、その唯一このマサラで目立っている研究所こそが世界的に有名な携帯獣学の権威、オーキド・ユキナリ博士の研究所であることは意外と知られていない。

 

「ふーむ。金色のコイキングというだけでも興味深かったが、進化すると赤くなるとはのう。ぜひとも一度じっくり調べてみたいもんじゃ」

「調べるって何すんのさ爺さん」

「そりゃ一日の食事量や睡眠時間が普通のギャラドスと違うのかとか、うろこの手触りも同じなのかとかひげの長さを計ってみたりと、色々あるわい」

 

 出来るだけ自然な状態のポケモンを研究したいというオーキドの考えに基づいて設計されたこの研究所は、ポケモンを放し飼いできる広大な敷地と小規模な実験棟で出来ている。

 

 その小さめな実験棟の一室でオーキド博士とその孫、シゲルが話をしていた。

 内容は最近マサラで話題の赤いギャラドス。

 

「しかし、わずか8才でコイキングをギャラドスに、それも他のポケモンの助けなく進化させるとはサトシ君は凄いのう」

 

 そして、そのギャラドスの使い手で若干八才にしてコイキングをギャラドスに進化させた天才トレーナーと噂のサトシについてだった。

 

「たしかに凄いとは思うけどさ。サトシは毎日、頑張ってたし……まぁ、俺だって本当に進化させるとは正直思ってなかったけど……もしかしたらとは思ってたよ? あんだけ毎日バトルしてれば進化しても普通じゃないの?」

 

少し面白くなさそうにシゲルが言う。

 

「うーむ。まぁ、普通はそうなんじゃが、実はコイキングがギャラドスに進化する過程については学会でもよくわかっておらなくてのう。十数年間育て続けても大きくなるだけで進化しなかったという例もあるんじゃ」

「え、そうなの? でもサトシはコイキングが絶対にギャラドスに進化するって信じてたぜ?」

 

 するとオーキド博士は驚いた顔をした。が、それは一瞬のことで向かい合って話すシゲルにも気付かれなかった。

 

「ほー。もしかすると自分のポケモンのことを信じるサトシ君にコイキングが応えたのかもしれんの」

 

 真面目な口調ながらどこか茶目っ気を含ませたオーキドの言葉にシゲルは反応した。

 

「なに、そんなことあんの?」

 

「うむ。進化というのはポケモンごとに条件は異なるんじゃが、いくらか共通していることがあっての。それはある程度のバトル経験じゃったり、特殊な鉱石との接触反応だったりするんじゃが、その中にポケモンの意思もあるようだというのが最近の学説にあっての。それによれば、ポケモンが進化したいと思っているかどうかが進化への鍵になるそうなんじゃ。じゃからコイキングがサトシ君になついていて、彼の思いに応えたいと思ったのならばそういった可能性もあるかもしれん」

 

「あの口をパクパクさせてはねるだけで何考えてるのかさっぱりわからないコイキングが?」

 

「うむ。じゃから、もしそうなのだとしたらサトシ君はポケモントレーナーとして凄い才能を持っておるかもしれんのぅ。こりゃ再来年の旅立ちが楽しみじゃわい」

 

「……」

 

うむうむ。と感心した様子の祖父を前にシゲルは複雑な感情を抱いていた。

 

親友が認められるのは良い。それにともなって彼が人気者になるのも、まあいい。サトシにトレーナーとしての才能があるだろうことも認められる。

それらはむしろ彼のことを親友だと思っている彼からすれば喜ばしいくらいだ。

ただ、それを自分の祖父が褒めていることがなんだか悔しかった。

実は、多少乱暴な言葉遣いをしていても彼は自分の祖父のことを尊敬していた。

自分の祖父がマサラで唯一の有名人であることも誇らしかったし、ポケモンとの共存を真摯に、そして真剣に研究するオーキドの理念はとても素晴らしいものだと思っている。

何より、日中、共働きで両親が居ないとき、姉のナナミの次にシゲルのことを構ってくれたはオーキドだった。

 

普段、意識などしないし自覚もそれほどなかったが、彼は結構なおじいちゃん子なのだ。

 

そんな尊敬する祖父がサトシを褒めている。シゲルは自分が同じようにオーキドから褒められたことがあったか思い返してみるが、そんなこと一度もなかった。

 

自分は尊敬する祖父の孫である。それなのに祖父に先に認められたのは自分ではなくサトシ。

それがなんだか面白くない。

彼自身はまだわかっていないが、正確にいえば妬ましいのだった。

 

「……なぁ、じいさん」

「なんじゃ、シゲル?」

「俺もポケモンもらえないかな?」

「うーむ……わしはポケモンを持つのに早すぎるということは無いと思うんじゃが、こればっかりはのう。マサラじゃ昔からの決まりごとじゃし、町長の兄でもムリヤリ変える出来ないじゃろうなぁ」

 

オーキドの答えを聞いたシゲルは小さく「そっか」と呟くと肩を落とし、目に見えて落ち込んだ。

 

そんな孫の様子にオーキドが声をかけた。

 

「ふむ。シゲルよ、自分のポケモンが居ないからと言ってポケモントレーナーとしての修行ができぬわけではなかろう?」

「え?」

「ポケモンさえいればトレーナーは名乗れる。じゃが、上を目指すのならばそれだけでは足りん。バトルを重ねてポケモンを強くするのも上を目指す方法のひとつじゃが、それだけでも足りんよ。ポケモンだけでなく自分も強くならねばな」

 

「自分も?」

 

「うむ。プロのトレーナーや強いトレーナーは皆自分も磨くことに貪欲なんじゃぞ。そしてトレーナーとしての強さは知識と経験じゃ」

 

「知識と経験……」

 

「そうじゃ。どのようにポケモンと関わるにしても、自分のポケモンの面倒を見るのは自分じゃ。食事、トレーニング、育て方ひとつとってみてもすべてトレーナーが決めねばならん。ましてポケモンを強く育てたいのなら、それなりの育て方を考える必要があるじゃろう。それには知識と経験が必要じゃろう。これはバトルにも言える」

 

 

そこまで言っオーキドは顎に手を当てて考えるようにして続けた。

 

「うむ、経験は旅に出るのが一番じゃな。じゃが知識に関しては旅に出ずとも蓄えることが出来るじゃろ」

 

「知識か……なぁ、それは爺さんが教えてくれるのか?」

 

このオーキドの助言は彼自身が昔凄腕のトレーナーだったことから来ているのだろう。そしてオーキドが凄腕トレーナーだったことを知っているシゲルは期待を込めてきいたのだが。

 

「うーむ、それでもいいんじゃが……」

 

言葉尻を濁すオーキド。直後、どこからか彼の助手の声が聞こえてきた。

 

「教授! まだ休憩中ですか!? ちょっと来て欲しいんですがっ!」

 

「とまぁ……最近は研究が忙しくてのぅ。ちょっと教えてやれそうに無い」

 

「じゃあ、どうしろってのさっ」

 

「うむ。実はひとつこころあたりがあっての」

 

「こころあたり?」

 

「そうじゃ。以前、わしがタマムシ大学で教鞭をとっていたときの教え子が近くに住んでいての。彼に教わるといい。学者ではないがトレーナーとしての知識ならばプロでも通用するほど持っておる。さらにポケモンバトルに関してならばわしの知る限り右に出るものはおらん」

 

シゲルは心底驚いた。まさか自分の祖父にここまで言わせる人物が居るなんて。それもすぐ近くに。

 

「だ、だれ?」

 

「ハマサキ君じゃよ。いやぁ、彼の卒業論文は非常に興味深かった。まさかわしの提唱したタイプ別分類法にあのようにかぶせてくるとは思わんかった」

 

「……ハマサキ?」

 

「なんじゃ? わからんのか。今さっき話題に出たサトシ君のお父さんじゃよ」

 

「えぇっ!?」

 

「まぁ、当然彼も自分の息子にトレーナーとしての知識を授けとるじゃろうが……」

 

「教授ー!? まだですかー!」

 

そのとき、再び助手の先ほどよりも切羽詰った声がした。

 

「おーう、いまいくぞーい」

 

「サトシの父ちゃん……」

 

「まぁ、わしとしては強制する気は無いからの。おぬしの好きにするといい。ひょっとすると友達と遊ぶ時間を減らすことになるかもしれんし、そもそも引き受けてくれるかもわからん。第一、今から学ぶことに早すぎるということはないが、旅に出てからでも遅すぎるわけではないからの」

 

「……」

 

「じゃが、何もせんでおればそれまでの間に多少の差ができることも確かじゃ。よく考えて決めなさい」

 

「うん」

 

「それじゃワシはもういくぞい。いい加減助手がシビレを切らしておるじゃろうし。シゲルもそろそろ帰りなさい。ナナミが心配してしまうからの」

 

そう言うとオーキドは部屋を出て行った。

 

一人残されたシゲルは黙って考えてみた。

 

果たして、自分はどうするべきなのか。

このままでは親友においていかれる。そして、祖父の感心もサトシに向き続けるだろう。

 

(……なんだ。考えるまでもないじゃないか)

 

そうしてシゲルはポケギアを取り出した。頼る相手がサトシの父親だということに若干の抵抗を感じないわけでもない。

けれど、このまま置いていかれるのだけは嫌だった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息子とライバル2

 ――マサラタウン――自宅前――

 

 日曜日。

 

「いってきまーす!」

「おう、気をつけるんだぞ。ギャラドスが疲れ始めたらすぐに帰ってくるように」

 

 はーい、と元気な返事を残していちばんどうろへと走っていく息子。元気が良いのは結構なのだが……。

 

 息子は今日も今日とてギャラドスと野性ポケモン相手にレベル上げに精を出している。

 今日は私も久しぶりの休日だったので家に居たのだが、先に息子から同行を断られてしまった。

 

(まぁ、今日はシゲル君にポケモントレーナーのいろはを教えてあげる約束だったからむしろ都合がいいんだが……、少し寂しいような)

 

 シゲル君に先生になってくれと頼まれた私は、休日の時間が空いているときでいいならと請け負った。

 その際、シゲル君から出来れば息子とは別で教えて欲しいというお願いがあった。

 私もちょっとした思い付きから、しばらくは二人を別々に教えるつもりだったのでそれもまた了承した。

 

「さて。忘れ物は……よし、ないな。っと、授業用にポケモンを用意するのを忘れてたか。オーキドさん家に行く前に教授のところに行かないとな」

 

 仕事の合間を縫って少しずつ作成し、昨晩仕上げた自作テキストの入ったリュックを背負う。

 ふと玄関の横におかれたクーラーボックスと立てかけられた釣竿に視線が向かった。

 

(昔は休日となれば釣竿片手に海や川へと繰り出していたけれど、マサラに引っ越してきてからはご無沙汰だなぁ。手入れはしてるけど、そろそろ使ってやらないとな)

 

 ま、また今度だな、と呟いて私は玄関を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 ――マサラタウン――オーキド宅――シゲルの部屋――

 

 

 

 ゲーム機は出しっぱなし、読んだ漫画雑誌は床に散らばり、引っ越したときの荷物がまだまだダンボールに入ったままの息子の部屋に比べ、シゲル君の部屋はとても整理整頓が行き届いていた。

 シゲル君がやっているのか、それともご家族がしているのかはわからないが、あまり子どもの部屋っぽくは無い。

 机の上に置かれたポケモンの人形と並べられたいくつかの漫画雑誌くらいだ。

 

 ちらっと目に入った本棚にはオーキド博士の著書(わかりやすく書かれてはいるがとても8才で読むものではない)と、ポケモンの簡単な図鑑(有名なポケモンを30種類くらい載せただけの子供向け)が隣り合って刺さっていた。

 家具や壁紙が全体的に緑色を基調としていて落ち着いた感じがする部屋だ。

 

(うちの息子とはずいぶん違うなぁ……)

 

 なんというか、持ち主の性格や嗜好が良く現れている。

 

「あのー……」

 

 おっと。

 正面に座るシゲル君が居心地悪そうだし、さっさと始めるか。

 

 私はナナミさんの用意してくれた紅茶を一口飲んで本題に入った。

 

「さて。このあいだ貰ったメールにはポケモンのことを教えてほしいって書いてあったけれど、シゲル君は何を教わりたいんだい?」

「え……何をって、トレーナーとしての知識っていうか、強くなるための方法とか……?」

「うーん、それじゃあ漠然としすぎてて、ちょっと教える側としては困るかな」

「じゃあ、いつもサトシには何を教えているんですか?」

「サトシに? そうだねぇ。一番時間を割いてるのは一般常識、かな? 次に旅で困ったときの対処法とか」

「……え? バトルについては教えてないんですか?」

「あぁ、それももちろん教えているよ。ただ、それほど重要じゃないからね。それほど時間はかけてないかな? 最低限、バトルに負け続けて路銀を失って強制送還なんてことにならなければいいから」

「でも、爺ちゃんからはおじさんがポケモンバトルの達人だって聞きましたけど……」

「あぁ。教授はそういう風に私のことを紹介したのか」

 

 どうも教授と私で認識に差異があったようだ。それほど問題ではないのだが、自分があっちの世界での知識をこっちの世界で無意識のうちに当てはめて考えてしまっていたと思うと、少し鬱にんる。

(と、なるとシゲル君には直接訊かないといけないな)

 

 少し悩んだが、結局訊くことにした。

 

「……シゲル君は何になりたいんだい?」

 

「え?」

 

 おそらく教授はシゲル君がサトシや他の子どもと同じくポケモンマスターに憧れていると思っているのだろう。けれど私は決めてかからないで本人に訊くことにした。

 それはあっちの世界で、彼とよく似た境遇で異なる未来を歩んだ彼にとてもよく似ている人物が出てくる物語を知っていたからだ。

 ……、これも決めて掛かっているのと同じだな。

 

「いやね。うちのサトシはポケモンマスターになりたいって言ってるでしょ?

 ポケモンマスターはプロリーグで優勝した人のことだから、まずプロのトレーナーになることを目指さないといけない。

 そして、ポケモントレーナーになるならサトシは10才で旅に出るつもりだと思うんだ。これはシゲル君も知っているとおり、このカントーでプロのトレーナーになるためにはバッジを8個集めて、ポケモンリーグで活躍しなきゃいけないからね。そして大会の参加資格は11才からで、マサラのポケモンの所持が認められるのは10才から。まぁ、トレーナーを目指す子どもにはポケモントレーナー協会から助成金が出るから、トレーナーを目指す気はないけど旅に出るって子どもも多いけど」

 

 むしろ、暗黙の了解というか、協会も取り締まろうとしないから子どもはみんな旅に出るという風潮が出来てしまっている。

 まぁ、トレーナーになるにしろ、ならないにしろ、若いうちに旅に出て見識を広められるのはいいことだとは思うので私としても特に文句は無い。

 軽い留学、みたいな感覚が近い。

 

「だから、僕はバトルもそうだけど、トレーナーとして旅をする際に必要な心構えや常識なんかを先に教えてるのだけど」

 

 そこで一端言葉を切り、紅茶で口を湿らす。久々の長話だからか口が渇いてしまう。……この紅茶、いい香りだ。

 

「ねぇ、シゲル君。君も家のサトシみたいにプロのトレーナーになりたいのかい?」

「……俺は」

「君が勉強したいという動機はメールに書いてあったから知ってる。サトシに置いてかれるような気がするだとか、おじいさんがサトシを褒めて悔しいだとか、普通は中々他人に言えることじゃない。それだけでも十分な動悸だし、本気で頑張りたいんだって気持ちも伝わってきた。……でも博士に認められたいのなら何もトレーナーにならなきゃいけないわけじゃないし、サトシに追いつくのにしたって、何も同じ道を進む必要はないんだよ? むしろ他の道を歩いて頑張った方が早いかもしれない。

 多くの人は確かに助成金制度を利用して旅に出るけど、別に将来なりたいものがあるのならまっすぐそれを目指してもいいんだ。将来なりたいものによっては旅に出るよりじっくり勉強していたほうが早いものもあるし」

 

 8才相手に進路相談をするのも我ながら気が急いていると思うけれど、この世界じゃ総じて若いうちに将来の人生設計を決めてしまう人が多いので、割と不思議な光景ではなかったりする。

 まぁ、子どものうちにポケモントレーナーを目指して旅に出て、挫折して他の道を探すっていうルートが多いんだけれど。

 

「シゲル君。一度よく考えてみるといい。君が教わりたいというのならオジさんはオジさんが知っている限りのことを教えてあげてもいい。けれどその分、時間も使うし……はっきり言ってスパルタだ。うちの息子に関しては親として育ててるから息子の好きにさせているところがあるけれど、君の場合は私の弟子になるんだからね」

 

 実は自分の知っているバトル理論を誰かに伝え残したいという願望が私にはある。ただ、それを望む人が居なかったので誰に言うこともなく、今日まで来たのだが。

 息子に無理に教える気も無い。自分の望むものを選び取れる人間になって欲しいし。

 何も与えないのではなく、必要以上に与え過ぎることのない教育が私の考えなのだ。

 

 シゲル君は黙って考え込み始めてしまった。おそらく生まれて初めて真剣に将来を考えているのだろうな。

 

(こりゃ、急かすのはよくないな)

 

 出来るだけゆっくりと、邪魔をしないように紅茶を一口すする。

 

 それを何度か繰り返し、とうとう空になったカップをソーサーに戻したときシゲル君は顔をあげた。

 

「……おじさん。おじさんの話、俺にはちょっと難しかったけど自分なりに大人になったら何になりたいか考えてみたんだ。そしたら俺さ、爺さんみたいなポケモンの研究者になりたいみたいなんだ」

 

「……そっか」

 

「でもさ!」

 

「うん?」

 

にかっと笑顔で続けれるシゲル君。それはうちの息子と同い年なのだと気付かされるほど屈託の無いものだった。

 

「ポケモンマスターになりたくないわけでもない、みたいなんだよね。それにさ、サトシにポケモンのことで負けるのも嫌だ。じいちゃんも、若いときは凄腕のトレーナーだったって聞いたことあるし」

 

「つまり?」

 

「うん。だからさ、全部目指しちゃだめかな? サトシに勝つのも、じいちゃんに認められるのも、ポケモンマスターになるのも、じいちゃんみたいな研究ある者になるのも!」

 

「……あー、まぁ、いいんじゃないか? まだ若いし」

 

予想外な答えだった。

 

どうもシゲル君のことを息子に比べて大人っぽいと感じていたからか、選ばせるような言葉になってしまっていたようだ。

そのことに気付かされる。

 

子どもだからこその発想。

 

全部乗せ。

 

 

無理とか無謀だとか、そんなつまらないことを気にしなくて良い年齢だからこそ選べる選択肢。

 

「うん。だから、おじさん。俺にポケモンバトル教えてください!」

 

「……オジさんは厳しいよ? シゲル君のレベルに合わせた授業をするけど、きっとそれでも泣きたくなるくらいに」

 

「うっ、それでサトシに勝てるなら」

 

「まぁ、今のサトシなら余裕だろうね。むしろサトシと言わず、ホウエンリーグ優勝くらいはしてもらわないと」

 

「マジで!」

 

目をまんまるにして驚くシゲル君。まぁ、そのくらいはあっちじゃ自力でしてたんだから余裕だろう。

 

「まぁ、テレビで見るような見栄えのいいものじゃないけれど、勝ち負けだけを考えるならプロリーグでも通用するとは思うし。トップがワタル君程度なら確実にいけるんじゃないかな」

 

途端に胡散臭い表情になったシゲル君。なんだ?

 

「……そこまで? じいちゃんが褒めてたから本当に強いんだとは思うけどさ。カントープロリーグチャンピオンで、伝説のドラゴン使いって呼ばれてる天才のワタルを下に見れるほどなの?」

 

うわぁ、これは全然信じてない眼だ。疑わしいって感情がぷんぷんするよ。まぁ、私は見た目じゃただのメタボなおっさんだしな。新進気鋭のワタル君と比べたら見劣りするのは当然か。

 

「まぁ、多少言い過ぎたところもあるけれど、おおむね間違っていないさ。そうだな……今日は授業をする前にそれを証明しておこうか」

 

クエスチョンマークを浮かべるシゲル君についてきなさいと言って部屋を出て行く。

 

慌てて追いかけてくるシゲル君。

一階でくつろいでいたナナミさんに挨拶と紅茶のお礼をして外へ。

 

ついでにポケギアでメールを送り確認を取ってみる。お、あいかわらず返信がはやいな。

 

ちょっと最初の予定とは違うけど、まぁいいか。

 

私はモンスターボールから、先に入れ替えておいたぺリッパーを出すとその大きな口の中ににシゲル君を放り込んだ。

 

「うわあっ!? なにすんだ、うわ、くさっ」

 

なんか聞こえるけど気にしない。私はこれも修行のうちだ、なんて嘯きながらぺリッパーの足に捕まった。

 

「頼むぞ、ぺリッパー。そらをとぶ! 行き先は――」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息子とライバル3

 

 

 ――セキエイ高原――スタジアム

 

 リーグ開催時期は人ごみでごった返すスタジアムも、今は人気もなくだだっぴろいだけ。

 その広い空間を二人の人間が独占していた。

 

 中央に備え付けられたステージリングでポケモンバトルをする二人の男。

 

 その唯一の観客であるシゲルは口を半開きにして、そのあり得ない光景を見ていた。

 

 まず開始早々、ギャラドスが10万ボルトでフィールドに沈んだ。

 すぐさま現れた次鋒のプテラも何かをする間もなくれいとうビームで氷漬けになった。

 次に出てきたリザードンとバンギラスはなみのりで場外に運ばれた。

 

「……で、ワタル君。今日こそ私に勝つと言っていたが、ここまで前回と同じ展開じゃないか。いや、むしろ弱くなっていないかい?」

 

 呆れ顔のハマサキに対し、悔しそうな顔を浮かべる対戦者。

 

 それはとても奇妙なものだった。

 

 ハマサキの対戦相手はカメラ栄えしそうなマントつきの派手な衣装に身を包み、長めの髪を某野菜人のように逆立てている。

 その特徴的な見た目はどうあがいても見間違いようもなく、ポケモンリーグ本部セキエイリーグチャンピオン、通称ドラゴン使いのワタルのものだ。

 

 両者の浮かべた表情が逆ならばまだシゲルにも理解できなくもない。

 が、現実にはそこらへんに有象無象といる釣り人にしか見えないハマサキがチャンピオンよりも優勢に立っているという驚きの光景なのだった。

 

 

 

 

「くっ、対先輩用に新しく育てたポケモンたちだったんですがまだレベルが足りなかったみたいですね……。相当鍛えたつもりだったんですけれど」

「うーん、確かに弱くはなさそうだったけれど前に戦ったパーティのほうがレベルは上だったね。でも、君が私に勝てないのは根本的にレベルと相性の問題だし。使うポケモンの種類を変えるかレベルで上回らない限り、多少の対策は無意味だと思うよ」

 

 少なくとも性格の厳選と努力値振りを行っている速攻型スターミーを相手に努力値計算をしていないドラゴンポケモンで勝つのならば、まずレベルで劣っていては話にならないぞとハマサキは考えているのだが、努力値の仕組みを理解していないシゲルとワタルには察することもできない。

 

「うぅ……カイリューを2体減らしてリザードンとバンギラスを入れたのに」

「いや、こっちがスターミー出すってわかってるんだから水が弱点のポケモン入れてどうするのさ」

「先輩のスターミーじゃなければみずタイプのなみのりだって耐え切れるんです! 先輩のスターミーが非常識なんですよ! なんなんですかその素早さと技の威力は……」

 

 実際、プロリーグでカンナと当たった際に、その2匹でワタルは勝利していた。だからこそ自身があったのだろう。

 

「いや、まぁ、そうだったとしても、そのあとはどうするの?」

「はかいこうせんで仕留めます」

「……はぁ」

「なに、ため息ついてるんですか先輩!」

「いや、相変わらずだなぁと」

 

(まるで成長していない……なんてことは無いけれど。手持ちにはかいこうせんを覚えさせたがるのはまだ治ってなかったのか)

 

「……その余裕もここまでです。次のポケモンこそ先輩対策に育てたとっておきですから」

「お、ちょっと楽しみ」

「えぇ、泣くほど楽しんでください! 現れろ! キングドラッ!」

 

 ワタルがステージの上に投げたボールから出てきたのはみずタイプとドラゴンタイプを併せ持つキングドラ。

 たつのおとしごに似たフォルムで、進化前のタッツーやシードラに比べると遥かに大きく威圧感のあるポケモンだ。

 明確な弱点がドラゴンタイプしかないうえに、はがねタイプの威力を半減、みずとほのおに至っては4分の1という優れた耐性を持つ。

 種族値的にも突出したステータスを持たないものの、すべての能力がやや高めにまとまっている。

 それでいて使用できるわざも強力なものが多い。

 

「おー……。まぁ、予想の範疇、ではあるかな」

「その反応、ちょっと期待していたものとは違いますが、まぁ先輩ですし諦めます。ですが勝負は勝たせてもらいますよ! キングドラ、あまごい!」

 もったいぶって出したものの、ハマサキはあっさりとした反応しか示さなかった。不満はバトルで解消するとばかりにキングドラに命令するワタル。

「む、すいすい持ちか? スターミー、でんじは!」

 すいすいという特性を持ったポケモンは雨天時にすばやさがあがる。先手を取られては何かと面倒だと考えたハマサキは先手の取れるうちにまひ状態にしてしまうことにした。

「ちっ、避けろキングドラ! あぁっ!?」

「よしっ、スターミー、れいとうビームだ!」

 

 スターミーの赤い核から瞬時に冷却エネルギーを伴った光線が放たれる。

 それはキングドラの腹に直撃し、その周辺を凍らせた。だがそれ以上広がらない。

 キングドラは倒れることなくスターミーの攻撃を受け止めたのだ。身震いだけで氷を剥がし落とし、反撃の準備に入っている。

 

「くっ、キングドラ! りゅうせいぐん!」

「避けるんだスターミー! 当たりそうなのはれいとうビームで押し返せ!」

 キングドラの体から不可知のエネルギーが立ち上る。そしてキングドラの眼がギラリと光ったかと思った次の瞬間、空から大量の隕石のようなものがステージに降り注いだ。

 ひとつひとつは決して大きくない。精々がサッカーボールくらいだろうか。が、赤く燃え滾ったそれが高度から大量に落下してくる見た目の恐ろしさと、ドゴンッドゴンッドゴンッと断続的な衝突音がステージに響くたび、クレーターが出来ていく様は衝撃的だった。

 

 観客席に座っていたシゲルですら度肝を抜かれた様子で椅子から転げ落ちているほどだ。

 

 一方、ステージの上で降り注ぐりゅうせいぐんを必死で避けようとするスターミーだったが、運悪く逃げる方向すべてが流星の着弾地点となっていた。

 着弾の余波で、行動を遮られが身体が鈍る。そこへ最後の一発が直撃した。それは赤い核を見事に打ち抜き、スターミーの身体を場外へと吹き飛ばした。

 

「うわ、急所にあたった……、えぇ!? そいつスナイパーかッ!?」

 

 倒れ伏すスターミー。レベル差を考えればギリギリで絶えるだろうと思っていたハマサキの予想は読み違いで外れていた。

 

「どうです先輩。俺だってはかいこうせんばかりじゃないんですよ? だてに本部のチャンピオンやってませんって」

 

「うーむ。確かに驚かされた。けど悪いな。この試合、たぶん私の勝ちだ」

 

 立った自分のポケモンが倒されたばかりだというのに、本当に申し訳なさそうに言うハマサキ。

 

「勝利宣言にはまだ早いですよ。僕はキングドラを含めて2匹。先輩もあと2匹でしょう」

 

 6対3。手持ちを6匹つれたチャンピオンに釣り人がわずか3匹の手勢で挑む。何も知らない人が失笑ものだ。笑い話にもならない。

 けれどハマサキはこのルールで今のところ一度もワタルに負けたことが無かった。

 それどころか最初の一匹目を倒されたのですら今回が初めてのこと。

 毎回、一匹目に出す速攻型スターミーにワタルは負けていた。

 ドラゴンタイプに拘るワタルが自分の弱点を知らないはずもなく、スターミーの弱点である10万ボルト、その長所を失わせるでんじはをポケモンに覚えさせてある。

 ……だが、種族値と性格に恵まれ努力値を計算して振ったことでプテラですら及ばない素早さを手に入れたスターミーがどうしても抜けなかった。

 

 しかし、今回は今までとは違う。あの散々辛酸を舐めさせられた忌々しい星型の悪魔はキングドラの前に倒れた。

 そしてワタルはまだ自分が最も信頼する切り札を温存している。相手があの悪魔でない限り、チャンピオンになってからは無敗のポケモンだ。

 

「確かに数の上では同数だが……ワタル、お前の最後のポケモンってどうせカイリューだろ?」

 

 ワタルが最も信頼する切り札。それが最低でも75レベル以上はあるだろうカイリュー。

 そのことは周知の事実であり、自分とのバトルで彼がメンバーから外すわけがないだろうという読みだ。

 いまさら隠すことでもなく、ワタルもそれを認めた。

 

「えぇ、まぁそうですが」

「で、そのキングドラが持ってる四つ目のわざは、はかいこうせんだと思うんだがどうだ?」

「だとしたらどうだって言うんですか」

「いや、これが勝ち抜き式でなければわからなかったんだけどな。まぁ、そのなんだ。先に謝っておく。すまん。……出番だ、ヌケニン」

「……なんですか、そいつ?」

 

 現れたのは表情の読めない黄土色の……おそらくむしタイプのポケモン。

 足は無く、ふよふよと宙に軽く浮いている。羽はあるようだがまったく動いていないのでそれとは異なる、何か別の力で浮かんでいるようだ。

 現れたきり身じろぎ一つすることなく宙に浮かんでいる。

 

「あら? ワタル、お前チャンピオンのくせにこいつを知らないのか?」

「お、俺にだって知らないポケモンくらいいますよ! 世界じゃ毎日のように新種が見つかってるんですから」

「……まぁ、こいつの入手法を知ってる奴なんてそう多くはないし仕方ないかもな。じゃあ、ワタルいい機会だから覚えておくといいぞ。ヌケニン、つるぎのまいだ!」

「キングドラ! 積まれる前にハイドロポンプで吹き飛ばせ!」

 

 ヌケニンが宙を舞う前に、キングドラのハイドロポンプがその身体にヒットした……ように見えた。

 ヌケニンの身体を圧縮された大量の水がすり抜けていく。

 

「どういうことだ!? なんで、キングドラのハイドロポンプが……」

「よし、ヌケニンもういっちょつるぎのまい」

「くっ、はかいこうせん!」

 

 キングドラの口から圧縮された無色の光線が放たれるが、またもやヌケニンの身体をすり抜けていく。

 

「あぁ、言い忘れてたがこいつゴーストタイプ持ちのむしポケモンだぞ」

「……いや、だとしてもハイドロポンプがあたらないのはおかしい……キングドラ、りゅうせいぐん!」

「まぁ、他に手が無いなら妥当な選択だが、それも無駄なんだよな。ヌケニン、かげぶんしんだ」

 

 キングドラの呼び寄せた流星がヌケニンの周囲に降り注ぎ、そのうちいくつかは直撃もした。

 しかし、攻撃が終わってもヌケニンの姿は変わらずそこにあった。

 

 そしてゆっくりとヌケニンの身体がぶれていき、やがてヌケニンそっくりの分身がステージに現れる。

 

「なんでこうかがないんだ……? かげぶんしんが先に発動したわけでもないのに?」

「こいつのとくせいさ。ふしぎなまもりって言うんだが、こうかがばつぐん以外じゃダメージを受けないっていうものでな」

「なんですかそれ。反則じゃないですか」

「まぁ、だから先に謝ったじゃないか。すまんって。まぁ、代わりにどんな攻撃でも食らえば一撃で沈んじまうんだがな」

「くっ、俺のキングドラじゃどうあがいても倒せないってことか」

「そういうこと。もうそろそろいいかな? ヌケニン、シザークロス!」

「……戻れキングドラ。お前はよくやったよ」

 

 勝る素早さで逃げ切ろうとするキングドラだったが、シャキーンシャキーンと両サイドから迫り来るヌケニンとその分身に追い込まれ、ついにステージの上へと倒れ伏した。

 キングドラをボールに戻して労うワタルだったがその表情はなんともいえないものだった。喜んでいたら、そこに水をかけられた。

 これが実力ならともかく相性での完封であったため、なんだか釈然としないのだ。

 

「先輩の使うポケモンはあいかわらずエグイのばっかりですね」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。こんなもんでエグイなんて言ってたら世の中やっていけないぞ?」

「そんな台詞を本部のチャンピオン相手に吐けるのはあなたくらいですよ」

 

 そう言ってボールをステージの上に投げるワタル。現れたのは大きな身体とそれを持ち上げるこれまた大きな翼を持ったポケモン。強大な力を秘めていながら愛嬌のある顔立ちとおなかの縞々がチャーミング。

 

「お、出てきたなカイリュー」

 

「えぇ、こうかがばつぐんならダメージは通るんですよね? ならカイリューそらをとぶこうげき!」

「おっと、分身のほうに突っ込んだか。本来ならここでバトンタッチさせたいんだが、勝ち抜き戦だからな。ヌケニン、シザークロスで迎え撃て!」

 

 バサッと空中に身を翻し、一回転すると翼を大きく広げて止まるカイリュー。大きくバンッ!と空気を翼で叩き、高速でヌケニン目掛けて落下していく。

 選んだのはワタルにとって運良く、本体のほうだった。

 対するヌケニンはシザークロスの構えで迎え撃つ。

 しかし、すばやさで劣るヌケニンはシザークロスを放つ前に、落下してきたカイリューの爪が先にかすり倒れてしまった。

 

「ついに最後の一匹、ですね。あなたに負けてから修行に明け暮れ、6年。チャンピオンなってもあなたには届かなかった。けれど、それも今ここで終わらせる!」

 

 手元に残っているポケモンは一番信頼しているカイリュー。

 

「まぁ、なんだ。盛り上がってるところ悪いけど、あえて言わせて貰おう」

 

 ――デュワ!

 

「10年早い」

 

 悪魔、再臨。

 

 

 

 

 

 

 ――セキエイ高原――スタジアム内ポケモンセンター――

 

 バトルを終えてセキエイのポケモンセンターの待合室。

 バトルで傷ついたポケモンたちを回復させるために預けたところだ。

 

 ワタル君とのバトルはいつものごとく私の勝利で終わった。

 最後にもう一匹のスターミーを出したときの彼の表情は筆舌につくしがたい。

 あんなにもスターミーがトラウマになっていたとは知らなかった。

 まぁ、大学時代に出会ったときから同じように倒していればこうもなるか。

 

「まぁ、アイテムの使用と所持が禁止ってルールでやったらどうしてもこうなっちゃうって」

「ですが、どうしても俺はドラゴンポケモンであなたに勝ちたいんです! 故郷の誇りと伝説のドラゴン使いとして!」

「なら、もう少しパーティのコンビネーションを考えないと」

「ですが、そのコンビネーションを発揮する前にやられてしまっては……」

「タイプ一致でもないうちのスターミーのれいとうビームならもっとレベルあげればカイリューで耐え切れると思うけどなぁ」

「これ以上に、ですか……?」

「うん。ワタル君のカイリューにはまだ先があると思うよ。で、その子を軸にしてパーティをもう一度考え直してみるといい」

「本当に容赦ないですね……ここまで育てるのにどれだけ苦労したと」

「うん、まぁでも色々工夫すれば案外いけるものだよ。頑張りな」

「はい……」

 

 主にしあわせたまごとか、交換とか。

 私のスターミー達もすべて人から貰ったものだし。ジョウタローの奴、元気にしてるかな? ヒトデマンの研究論文で博士号を貰ったって聞いたけど……。

 

「ところで先輩」

「うん?」

「その子が先輩の言っていた例のお子さんですか?」

「あぁ、いや。この子は息子の友達さ。ただ今日から私の弟子になる子だから先に高レベルのバトルを見せておこうかと」

 

「先輩が弟子を取るんですか!?」

「何もそこまで驚かんでも……」

 

 あ、いや、しかし、なんて言葉を濁すワタル君。

 柄じゃないってのは自覚してるから、そんなに動揺しないでくれ。軽く凹むじゃないか。

 

「君、名前はなんていうんだい?」

「し、シゲルです」

「そうか、シゲル君だね。君は手ごわい相手になりそうだ」

「えっ、あぅ、いえ、その……」

 

 言われた方のシゲル君は目を白黒させて慌てている。

 

「ワタル君。リップサービスもほどほどにしてくれ」

「割と本気なんですが……」

 

 そのとき、ポケモンの治療が終わったことをつげるアナウンスが流れた。ワタルが呼び出されている。

 

「あっと、すいません先輩。ちょっとこのあと用事があるんでポケモンたちを受け取ったらそのまま失礼します」

「あぁ、わかった。いや、忙しいのにつき合わせて悪かったね。急な頼みだったのに訊いてくれてありがとう」

「いえ、俺も勉強になりましたし、一匹とはいえあの悪魔も倒せましたからね。本当は最近チャンピオンとして調子が良かったんで今日こそ勝てるかも、と思ってたんですけど、それも慢心だったと気付けて良かったです。ですが、次は俺が勝ちますよ」

 

「あぁ、楽しみにしてる」

 

 私の返事にニヤリと笑って立ち去っていくワタル君。

 

 相変わらず派手で変な身なりだけど、不思議と似合う立ち振る舞いだ。などと私は感心していた。

 

「……オジさん」

 

「うん?」

 

「オジさんって何者なの?」

 

「うーん……。サトシの父親、でいいんじゃないかな?」

 

「このこと、サトシは知ってるの?」

 

「多分知らないね。教えたことないし」

 

「なんで?」

 

「教える必要がないし、むしろ生きていく上じゃ邪魔になると思うから、かな。出来ればこのことは秘密にしておいてくれないか?」

 

「……よくわかんないけどサトシに秘密にしなきゃいけないのはわかった。でも、なんで俺には教えたの?」

 

「君は私の弟子になるんだ。自分がどんな人間に師事するのかを教えておくほうが何かとやりやすいだろ?」

 

 ちょっと意地悪くウインクしてみせる。

 

「オジさん、本当にあのサトシのお父さんなの?」

「……違うように見えるのかい?」

 

「わかんねぇ。でも何でも直球なサトシとは似てない、気がする」

「そっか」

 

「なんか変なこと言ってごめんなさい。とにかくこれからよろしくおねがいします師匠」

「うん。よろしく。じゃあさっそく家に帰って授業を始めようか」

「はい!」

 

元気があって大変よろしい。

 

 

 

 

――教える側も教わる側も初めての授業だったせいか詰め込みすぎたようだ。

 

次の日、シゲル君は知恵熱を出して寝込んでしまった。各所に謝りに行っていたら会社に遅刻した。

息子には変な目で見られたし、どうにも調子に乗りすぎたようだ。

 

とりあえず授業は週一でゆっくりやっていくことにしよう。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息子とライバル4

 

 

 ――マサラタウン――オーキド研究所――第二資料室

 

 

 

 埃の充満していた部屋を軽く掃除してパイプ椅子と折りたたみ式の長机を組み立てた。

 少し車輪のがたついたホワイトボードを引っ張り出してくる。

 机の上を雑巾で軽く拭い、そこにテキスト類を置く。

 そうしてやっと私とシゲル君は向かい合って席についた。

 

 シゲル君の授業は彼自身の要望で今日からここで行うことになった。

 努力しているところをサトシに見られたくないからだとか。

 孫の頼みに快く部屋を貸してくれた教授だが、ていよく使っていない部屋を掃除させたかったようにも思える。少し穿ちすぎだろうか。

 この部屋は長い間使っていないのか少し黴臭いような、インクの染み付いたような臭いがするんだが……。

 

「さて、二回目の授業を始めるわけだけど……シゲル君はプロリーグの中継はよく見るかい?」

「はい、師匠」

「じゃあプロリーグのバトルで良く使われているわざやポケモンについてはある程度知っていると見ていいかな?」

「たぶん、大丈夫です」

「よし、それじゃあ早速だけど、ワタル君が私に勝てなかった根本的な理由はなんだったと思う?」

「えっと……なんだか色々あったけど、俺にはよくわからなかったです。スターミーが色んなタイプの技を使っていたこと、ヌケニンが不思議な力を持っていたくらいしか……」

「うん、まぁその年でそこまで理解できてるなら十分かな。これが家のサトシだったならスターミーが凄く強かったとかヌケニンが反則だった、で終わっちゃうかもしれないし」

「でも俺が一番わからないのは、なんで師匠は途中で勝てるってわかったのかなんです。まだポケモンを出してもいなかったのに」

「おぉ、いいところに目をつけたね。それこそが私がこれから君に教える戦い方の特徴なんだ」

「どういうことですか?」

「シゲル君。君はあの試合でワタル君が私に勝つ方法を思いつくかい?」

「……無理だと思います。師匠のスターミーはキングドラ以外のポケモンを一撃で倒していました。避けたり、先手をとろうとしてもそれ以上に素早かったし……たとえ一匹はキングドラで倒せたとしても二匹目が居るんじゃどうしようもないです」

 

 少し考えて答えてくれたシゲル君。ま、予想通りの答えだ。

 

「残念だけど、それは違うかな」

「え、でもどう考えても……」

「確かに今のポケモンリーグは力と力のぶつかり合いのような部分が大きいから、プロでもそう考えてしまう人は多いだろうね。だからシゲル君。君の答えは決しておかしいものじゃない」

「師匠は違うんですか?」

「違うね。そもそも私のスターミーが二匹ともまったく同じだと思っている時点で考え方を間違えているよ」

「えっ?」

「なんで私がスターミーを二匹持っていたと思う?」

 

 ホワイトボードに簡単なスターミーの絵を縦に並べて二つ描く。それぞれの隣にA,Bと書き入れるのも忘れない。

 

「一匹目が倒されたときの予備、じゃないんですか?」

「そういった面もるけれどそれだけじゃないね。三匹しか使えないのにまったく同じスターミーを二匹入れたってあまり意味はないし」

「意味がない?」

「わかりやすく言おうか? もしワタルがキングドラを二匹以上持っていたら?」

「あっ」

「理解できた? たとえヌケニンで倒せても続けてキングドラを出してくるわけがない。そしてすでに最初のスターミーが倒されているのに、そのスターミーとまったく同じ能力とわざを覚えているスターミーが勝てるなんて考えるのは楽観的すぎるだろう?」

「確かにそうですね。じゃあそれならなんで師匠のメンバーにはスターミーが二匹居たんですか?」

「二匹目のスターミーは一匹目と同じじゃないのさ」

「同じ、じゃない?」

「タイプの相性については、博士のお孫さんだから当然知ってるね?」

「はい」

「一匹目のスターミー、仮にAとするけど、こいつはすばやさは高いけれど、とくこうはそれほど高くない。二匹目のスターミー、こっちはBとするけど、Bは逆にとくこうはとても高いけれど、すばやさはそれほど高くなかった」

 

 二つのスターミーの絵の横にそれぞれとくこう低、すばやさ高、とくこう高、すばやさ低と記入する。

 

「えっと……?」

 

 質問があるかな? と見てみるとシゲル君は首をかしげている。まだ説明を続けないといけないか。

 

「Aは確実に先手が取れる。けれどあまり攻撃力は高くない。だからみず、こおり、でんきと3タイプの攻撃技を覚えさせて相手の弱点を適確につけるようにしたんだ。BはAが倒しきれない敵も倒せる、かもしれない。けれど、先手を取られやすいし安定感に欠ける」

 

 Aの絵の横に覚えているわざを書き加える。

 

「……でもそれだとAが先手を取ったけどそのまま倒されて、Bは先手を取られて負けることがありませんか?」

「何も考えずに出せばそうなってしまうね。だからAにはでんじはを覚えさせていたんだ。まひ状態にすればすばやさは最低になるからね。後から出すBでも先手が取れるようになるし、たまに敵の身体が痺れて動けないこともある。それならBが一撃で倒せなかったとしても倒しきるまで攻撃できる、かもしれない」

 

 Aのわざにでんじはを書き足す。

 AとBの絵の説明文を書いた側とは反対側に敵と描いて〇で囲む。空いているスペースに『すばやさA>敵>B』と書く。

 解説しながらでんじは先に書いた敵マークにAから矢印を書いて上にその上にでんじはと書く。

 敵マークの上にでんじは使用後、A>B>敵と書く。

 次に敵側から攻撃と書いた矢印をつくり、Aの絵にバッテンをかいた。。

 

「でも、それでもまだ運任せですよね? 逆転されてしまう可能性も大きいんじゃ?」

「そうだね。だからヌケニンにはかげぶんしんとバトンタッチを覚えさせていたし、Bのスターミーにはみがわりを覚えさせていたんだ。まぁ、ワタル君とバトルするときはルール上の問題でヌケニンのバトンタッチは意味が無いんだけどね」

 

 Bのわざ欄にみがわりを記入する。ヌケニンは、まぁ描かなくてもいいだろう。

 こちらが何も言わずとも自分のノートにホワイトボードの絵を書き写しているシゲル君。勉強熱心で大変よろしい。こっちもやる気が出るというものだ。まるで受験中の学生のようだけれど。

 ただ、ノートが自由帳なのは小学生らしいというか、ご愛嬌というか。

 

「そのバトンタッチとみがわりってどんなわざなんですか?」

 

 無駄なことを考えながら見ていたら、ノートから顔を上げて質問してきた。

 

「あぁ、それは知らないのか。バトンタッチはポケモンの使った一部のわざの効果を次に出てくるポケモンに引き継げるってわざなんだけど、詳しくはまた今度教えてあげよう。この場合はかげぶんしんを次のスターミーに引き継いでみがわりさせて安全性を高めるのが目的さ。

 みがわりは自分の体力を削って相手の攻撃を代わりに受け止めてくれる分身を作り出すわざだね。こいつを使えば一撃で倒れるようなわざも防げる。ただ使うだけじゃジリ貧になりやすいわざだけど、でんじはやかげぶんしんと組み合わせれば強力な効果を発揮してくれるんだ。みがわり、かげぶんしん、でんじは。これらの技は覚えられるポケモンも多い上に、考えてつかえばとても強力な効果を得られるわざだから覚えておいて損はない。まぁ、わざについてはそのうち詳しくやるからまだいいけどね」

 

 ボードの空いたスペースにでんじは+みがわり=効果倍増と書いておく。

 

「……すごいです師匠。俺、プロの試合見ててもそんなに考えてやってるなんて思ったことも無かったです……」

「まぁ、これくらいで感心されても教える側としては困るかな。もっと万全を期すなら二匹目のスターミーを他のポケモンにしたほうがずっと効率はいいからね。そのうえでヌケニンもテッカニンに変えればずっと安定したパーティになる。ヌケニンはすばやさが高くないから完封できない相手に出すと速攻でやられることも多いし」

 

 正直、ヌケニンは元々別の目的に使っていたのを遊び心で入れてみただけし。ガチで勝ちに行くようなメンバーじゃなかった。ワタル君の性格から十中八九覚えさせていないと確信していたけど、キングドラだってどくどくを覚えられるのだ。ヌケニンのとくせいは状態異常ややどりぎのたねなどの効果ダメージまでは防げない。

 もっとも、元の世界ではその脅威性を知られきっているから対策も取られているが、この世界じゃヌケニン対策なんてどれだけの人がしていることか。チャンピオンですら知らないのだ。事実、昔使っていたときは本当に猛威を振るってくれたものである。

 

「効率?」

「同じポケモンに異なる役割をさせるよりも違うポケモンに異なる役割をさせたほうが何かと都合がいい場合が多いって話なんだけど、これは今回は置いておく。だからノートに書かなくてもいいよ」

 

 そもそも、スターミーが手持ちに二匹も入っていたのは、ちょうど個体値と性格に恵まれたのが二匹も手に入って浮かれていたときにワタル君と初バトルすることになって、そのまま変えていないだけだし。ヌケニンが入っているのだってちょっとした遊び心からだ。

 このパーティは出す順番が半ば決まってしまっているうえに弱点も多いからワタル君相手以外じゃ危なっかしくて使えない。

 

「まだ上が……。聞けば聞くほどワタルさんが師匠に勝てるとは思えなくなってきます」

「そんなことはないよ。このあいだの試合ならワタル君が勝つ可能性もあるにはあったさ」

 

 そんな驚いた顔しなくても。彼だってチャンピオンなんだし、出してきたポケモンのレベルもそんじょそこいらトレーナーじゃ足元にも及ばないくらい高かったというのに。

 バトルする前はあんなに私の実力について懐疑的だったのが凄い変わりっぷりだ。悪い気はしないけど。

 

「例えばポケモンを出す順番を変えるだけで随分と違う結果になっただろうね」

「でも、ポケモンの順番を変えたところでワタルさんが師匠に勝てたようには思えないです」

「じゃあ、ちょっと解説してみようか。まずスターミーをキングドラで早めに潰す。そして次に出てくるヌケニンを相性で有利なリザードンかプテラで抑える」

 

 ハマサキ、ワタルと名前を書き。その下にそれぞれの手持ちの名前を書く。それぞれの名前を矢印で結んでいく。順番を記入するのも忘れない。

 

「さっき言ったとおり二匹目のスターミーは最初に出したスターミーより素早さが低いんだ」

「……えっと?」

「最後のカイリューは種族値とレベル差で素早さを上回っていたから先手を取れた。そして高いとくこうを活かしたれいとうビームでカイリューは倒せた。けれどワタルのポケモンの中でプテラより早く行動できるかとなると少し怪しかったんだ。プテラは種族としてならスターミー以上にすばやく動けるポケモンだからね。どちらのスターミーもすばやさが増す育て方をしたけれど、それでも元々の差っていうのは大きいからね」

 

 すばやさ、プテラ>スターミーBと空いたところに小さく書く。うーん、てきとーに描いていたからそろそろスペースが足りなくなってきたな。

 

「だから最後のスターミーにはプテラを当てて、こわいかおやちょうおんぱを使えば勝てたかもしれない。ちょうおんぱは命中率に不安があるけど、混乱させればあとは何とかなるかもしれない。アイテムの使用は禁止だからすぐさま回復されることもないしね。こわいかおだったならもっと確実だ。すばやさをがくっと下げてしまえば他のポケモンたちでも先手が取れる。そうなれば私のスターミーは耐久力がわりと低めだからギャラドスのはかいこうせんかカイリューの10万ボルトあたりで倒されていたんじゃないかな?」

「はぁ……」

 

 む、理解が追いついてない、か? ボードは色々書き足したせいでほとんど埋まってしまった。うーむ、我ながら汚くなってしまったな。なにがなんだかわかり辛い。次はもっとわかりやすく描けるようにしておこう。

 

「プテラのレベルがもっとずっと高ければかみなりのキバと言う手もあったかもね」

「そう都合よく行くものですか? 師匠のポケモンが出る順番がわかってでも居ない限り……あっ」

 

 ちゃんと付いてこれていたか。凄いね。

 

「気付いた? 安定性の理由でこの三匹はほぼ出す順番が決まってしまっているんだ。ワタル君はヌケニンの存在を知らなかったとはいえ、最初に速攻型スターミーが出てくるのは何度も戦ってわかっていた。だからキングドラを用意していた。だったら最初にキングドラを出していればあとは有利に戦えたかもしれない。そうありえない話ではないだろう?」

「じゃあ、なんでワタルさんはキングドラを最初に出さなかったんでしょう?」

「まぁ、結果からみれば判断ミスしたってことだろうね。きっとリザードンやバンギラスで止めておいて残りの二匹にキングドラを温存しておきたかったんじゃないかな? でもバトルは水物だからそういうこともあるさ。実際、私もキングドラの特性を読み違えてしまったし」

「……なんていうか、見てたときは凄すぎてよくわからなかったけれど、こうして話で聞くとテレビで見てる試合とは随分違いますね」

「まぁね」

 

 あれはどちらかといえばプロレスに近いしなぁ。十分に己を鍛え上げた選手たちが真っ向から見てて面白いを闘いをする。本人達は決して弱くないし、むしろ強いからこそできる戦い方だけどショービジネス的な部分があるあたりとか近いと思う。

 勝利や効率と言う面で考えると最高のものとは限らない場面が多々見られるし。ただ、不思議なのは本人達もそれが勝利への最短距離だと思っている場合も多いことだ。

 いや、こっちの世界で実際に暮らしてみると、私みたいなバトルをゲームのように捉えた考え方のほうがおかしいというのも肌で感じるところではある。

 私の教える戦い方は元がゲームだっただけあって詰め将棋に近いところがあって、ルールや定法を知らなければ横で見ていてもあまり面白いものじゃなかったりするけれど、勝つのが目的だからとても効率的だ。ただ、こっちは現実だからそのままでは使えないことがあったりして、そういった部分を見つけるたびにすり合わせをしていかなければいけないのが難しいところだ。

 

「さて。じゃあ私とワタル君のバトルを参考にして、私のバトルで一番重要だったところがどこか答えられるかな?」

「えっと……多すぎて、どれなのか……」

「そんなに難しく考えなくていいよ。全部ひとまとめにしてみればいい。どれも結局は同じところにあるから」

「……知識、ですか?」

「正解。途中で判断力や読みなんかもあったけれど、何をするにしてもまず一番必要なのは知識だ。私の戦い方はそれが無いとそもそも成り立たないからね。ヌケニンの特性なんて、それこそポケモンによほど詳しくない限り知らないことだろう? でも知っていれば簡単に対策できる」

 

 少し迷ったようだが、さくっと正解に辿り着くあたり理解力のある子じゃなかろうか。こちらも随分とやりやすい。うちの息子はわからないの連発だからな。

 ……そういえばシゲル君はわかりませんをほとんど使わないな。全部、よく自分で考えて、その上で何かしら答えている。多少なりともこちらで誘導したところはあるとはいえ……本当に小学生だろうか。実はふしぎなくすりを飲まされて見た目は子ども、頭脳は大人な名探偵だったりしないよな?

 

「知識を基に有利な状況を構築する。それが私が君に教えるポケモンバトルだよ」

「……知識で、戦う」

「研究者も目指す君にはうってつけかもしれないね」

 

 シゲル君は本当に頭がいいように思える。オーキド博士の影響か、説明を理解できるだけの下地もあるようだ。家の息子とはまた違う才能の塊かも。

 

「ただ覚悟は決めておきなさい。知識で戦うと一言で言っても、それには膨大な時間と努力が必要になる。さらにどれだけ知識を蓄えようと終わりはない。情報っていうのは常に増え続けるものだからね。そのうえ、詳しくは教えられないけど、この考え方は何千人、何万人という人間がそれぞれ膨大な時間をかけて作ったものなんだ。それを君が自分のものとして使うのなら、そこからさらに自力で発展させなきゃならない。」

 

 よくわからないって顔だな。まぁ、最初はそれでいいんだ。いつか、教えたことだけに頼るんじゃなく自分でさらに努力していくことが大切なんだと気付くための言葉だし。

 

「とにかく、強くなりたければ強くあり続けるように努力しなさいってことだ。出来るね?」

「はい!」

「いい返事だ。じゃあまずは主にカントー地方に生息する伝説も含めたポケモン151匹を覚えるところから始めようか」

 

 シゲル君がノートに書き写し終わったのを見計らって、ボードに描いたものをすべて消す。

 とりあえず図鑑順で教えていくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――マサラタウン――スクール――教室

 

放課後。一日の授業を終えて子ども達が元気良く教室を飛び出していく。

そんななかでシゲルは一人机にしがみ付いて学校のものとは違うテキストとにらめっこしていた。

 

「……ピカチュウ、カイリュー、ヤドラン、ピジョン……」

 

眉を寄せてぶつぶつとポケモンの名前を呟いている。

 

「あー、やばい! 覚えきれねぇ……なんだよ151匹も一週間で覚られるわけねーじゃん。名前だけならまだしも特長とか特性とか体長とかそいつしか覚えないわざとか、そんなのまで覚えろとか、マジありえねー!」

 

シゲルがうがぁっと両手で頭を抱え出した。相当フラストレーションが溜まっているようだ。

一週間、小学生が寝る間も惜しんでポケモンの名前とその詳細を一致させて覚える作業を繰り返していればこうなっても仕方ないのかもしれないが。

 

「そもそも、サンダーとかフリーザーとか実在してるかどうかもわかんないようなポケモンまで覚える必要あんの? ミュウとかミュウツーなんて聞いたこともねーぞ……」

 

そもそもポケモンが151種類もカントーに生息していたことからして彼には驚きだった。

カントーで正式に確認されていたポケモンの種類はその半分くらいだったはずなのに。

この疑問についてシゲルは、ハマサキから宿題を貰ったその日のうちに祖父に確認を取っていた。

すると祖父は「わしはおよそそのくらいの種類がカントーには生息しているものと見込んでいるんじゃが……誰から聞いたんじゃ? ハマサキ君? あぁ、まぁ彼ならそれほど不思議でもないかものぅ」

と言い、ますます疑念が深まっただけだった。

仮にカントーに151種類近くのポケモンがいるとしてそのことを当然のように語るハマサキは何者なのだろう? まだ幼いとはいえ、シゲルにだって明らかに変であることくらいわかる。

ただ、ハマサキが凄腕トレーナーであり、それらを自分に伝授してくれてるいま、余計なことを言って辞められるのも困るから突っ込まないだけなのだ。

 

「だからって、学校の宿題もあるのにこんなの覚えきれないって……けどやんねーと、ドククラゲの刑だとか言ってたし……うあぁ」

 

ふと窓越しに外を見る。さほど広くない校庭ではサトシのギャラドスが子どもたちの遊び場になっていた。きゃいきゃいと騒ぐクラスメート達に囲まれて、サトシもまんざらではない様子だ。

遠目からでもわかった。

親友が楽しそうなのはいい。でも自分がそこに混ざっていない……。

いや今、自分が望んでいることは、他のクラスメートと一緒になって彼の周りにいることじゃない。

胸を張って対等の立場であると誇れることだ。

 

「ぐぬぬ……やっぱここまでやってんだし、サトシにだけは負けたくないな」

 

一人ぼっちの教室がやけに寂しく感じられてシゲルは帰り支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

――マサラタウン――スクール――校庭

 

たくさんのクラスメートに囲まれたサトシは、複雑な心境だった。

ギャラドスに進化させる前は余所余所しかったクラスメート達が今は我先に質問をしてくる。

 

「なぁ、どうやって進化させたんだ?」

「こいつ、言うこと聞くの?」

「近づいても大丈夫なの? ギャラドスって凄く凶暴なんでしょ?」

「テレビで見たギャラドスは青かったけどお前のは赤いんだな、なんでだ?」

「かっけー、マジかっけー! いいな、いいなー!」

 

最初は彼らもおっかなびっくりだった。けれどギャラドスがサトシの言うことをよく聞いて守っているのを見て好奇心が抑えきれなくなったらしい。

今ではギャラドスの巨大な身体をぺたぺたとその小さな手で触ったり、ゆらゆら揺れる尾っぽに捕まったりと好き好きに遊んでいる。

その中にはコイキングがギャラドスに進化したときのふとっちょとやせぎすも居た。

 

自分の育てたギャラドスが人に褒められるのは嬉しかった。なんだか自分も認められているうような気がした。

自慢のギャラドスだ。毎日毎日、はねさせてきたせいか外に出していると時々はねてしまう癖がついているけれどそこも愛嬌に思える。

コイキングのときから愛情を注いで育てたのだ。最初は弱すぎて泣きたくなった。何が起きてもほとんど変わることのないまぬけ面にも苛立った。

でも、長く世話をしているうちに愛着が沸いてきた。特訓中にわるあがきで傷ついた身体を傷薬で直してあげると尾ひれを激しく振って喜ぶし、好きな餌をあげれば表情も少し喜びに変わる。

毎日、わるあがきを命じて怪我させているのがなんだか辛くなってきたとき、たいあたりを覚えた。コイキングが自分の気持ちを感じて頑張ってくれたような気がしてさらに愛着が沸いた。

 

でも、そんなコイキングと自分のことを認めてくれている人間はほとんど居なかった。子どもだけじゃない。マサラの大人の中にだって自分と自分の父親を馬鹿にするような人がいたことも知っている。「息子に最初のポケモンとしてコイキングを与えるなんてどうかしている」だとか「ギャラドスに進化するなんて信じられない、新手の虐待じゃないの? いくら父親の言うことだからって馬鹿正直に従うこともないのにね」だとか。

偶然通りがかって耳にしたおばちゃん同士の噂話だったけれど、自分の努力と大好きな父親を否定されたようで悔しくて。

ハマサキが帰ってくる前に誰も居ない家で泣いたこともあった。

いや、引っ越してきてからしばらくはほぼ毎日そうしていた。

 

だからこそ、そこから自分を連れ出してくれた親友が今、ここに居ないことが寂しかった。

 

「あいつ、どうしたのかな……」小さなつぶやきが口から出ていった。

 

最近、シゲルはサトシとあまり遊ばなくなった。サトシは自分の周りに人が増えて遊びに誘いづらくなったのだろうか?と思い、自分から誘ってみたがちょっとやることがあるから、と素気無く断られてしまっていた。

自分は何か親友を怒らせるようなことをしただろうか。身に覚えはない。でも、きっと何かあるんだろう。……ダメだ、わからない。

 

こうなったら直接話をして訊いてみよう!

 

と悩みに結論づけたサトシはちょうど校門を出て行こうとするシゲルの後姿を見つけた。

 

クラスメート達に「ちょっとごめんね」と声をかけて走り出す。

 

その後ろをギャラドスがはねるように追いかけた。クラスメートたちの悲鳴が聞こえて一瞬振り返ったが、誰も怪我などはしていないようだ。

 

「ご、ごめんよー!」

 

とひとつ謝ってそのままシゲルに追いついた。

 

「シゲル!」

 

「ケーシィ、ベトベ……、ん? あぁ、サトシか。どうした」

 

後ろから声をかけられて振り向いたしシゲル。サトシの後ろから自分に向かってはねてくるギャラドスに驚かないのはさすがである。

 

「どうしたじゃないよ。最近忙しそうだけど、なんかあったの? たまには一緒に遊ぼうよ」

 

相手の様子を窺うような声音だが、本音も漏れている。そのことに気付きつつもシゲルはいつもどおりの答えを返した。

 

「あー、悪い。今は遊んでる暇ないんだわ」

 

「今はって……何してるのさ?」

 

「それは……」

 

言いよどむシゲル。対して訝しげな表情のサトシ。

 

「教えてよ。なんなら手伝うからさ」

 

ややって、シゲルが口を開いた。

 

「お前には言えない」

 

「……なんだよそれ」

 

友達だと、それ以上の親友だと思っていたのは自分だけだったのだろうか。まるで崖から突き落とされたかのように、冷水をバケツで頭からひっかけられたかのように。

一気に気が重くなっていくサトシ。底まで辿り着いた末に待っていたのはムカムカとした感情による上昇だった。

 

「サトシ。お前のことは友達だと思ってる。けど……だからこそお前の手伝いは要らない」

 

が、それを止めるような発言がシゲルから出てきた。さらに再度の拒絶もついている。

 

「わけわかんないよっ!?」

 

それはサトシの心を落ち着かせるどころか更なる混乱の渦に叩き込んだだけだった。

 

「お前、ポケモンマスター目指してるんだろ?」

 

が、友人のそのさまを見てもなおシゲルは淡々と続けた。確認を取るようなそれに、サトシも頷いて返す。

 

「そうだけど?」

 

「俺も目指してる。そういうことさ」

 

そう言い残して立ち去るシゲルの背中をサトシは呆然と見詰めることしかできなかった。

 

たった今、親友の言った言葉の意味。勉強は苦手なサトシだったけれど、それはすぐさま理解できた。

 

きっと、彼は今、努力しているのだ。自分がコイキングを特訓させていたときのように。

あの時、見かねたシゲルが「何か手伝おうか?」と言って、サトシはこう答えたのだ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど手伝わなくていいよ。ポケモンマスターになるのならこれくらい自分でやらなくちゃ」と。

 

 

 

 

 

――この日この時から二人はライバルとなった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父ちゃんと息子(息子とピカチュウ1)

 ――マサラタウン――自宅――

 

 日曜日の夜。

 

 息子への予備知識詰めが一通り終わって今は授業に使用した道具の後片付け。

 

 息子がマサラを旅立つ日まであと一月。

 今日は息子に今まで教えてきた内容の総復習を行った。うろ覚えな部分があれば容赦なく突っついた。

 その結果がリビングでテーブルに突っ伏しているうちの息子の姿である。

 

 とはいえ、シゲル君に比べれば遥かにマシだ。

 彼にも先日、総復習を兼ねたテストを行ったところ、すべての回答を埋めた直後、青ざめた顔で口の端から泡を吹いていた。

 まぁ、親御さんや教授、果てはナナミさんからも本人が望んでいるなら思う存分扱いてよいとのお墨付きをもらってある。

 ……とはいえ、あまりに根の詰めかたが酷いときは授業も中止して説教したりもしたのだが。

 さすがに子どものうちから徹夜でテスト勉強なんぞ、見過ごせるものではなかった。

 

 

 シゲル君の家庭教師を引き受けてから、家の息子もシゲル君もやる気に満ち溢れていた。というか、どちらも私も含めた大人たちが舌を巻くほどにすさまじいのだ。

 

 まず家の息子は何よりも楽しみにしているプロリーグの実況中継を我慢してでも勉強するようになった。

 大好きなワタル君の試合ですら我慢するのだ。

 

「観なくていいのか?」と訊けば「観たいけど……我慢する。負けたくないし。シゲルはきっともっと我慢してる。あいつ、凄いもん」と。

 

 本当にライバル作戦は上手くいった。やる気をみせる息子の表情を見るたびにそう思う。

 

 他にも、常にメモとペンを持ち歩くようになった。目に付いたポケモンで気になったこと、気付いたことがあれば何でも書きだし、私や教授に訊きに行くのだ。

 

 だが、何よりも驚かされたのが自分のギャラドスの体長管理を徹底するようになったことだ。

 毎日、何をどのくらい食べたか、鱗のつやはどうだったか、どのポケモンを相手に何度バトルしたか、等を詳細に記録しているのだ。プロのトレーナーやブリーダーなら行っていてもおかしくないことだが、とても旅に出る前の駆け出しがするようなことではない。

 誤解してほしくないのだが、これは私がやれと言ったのではない。息子がすべて自分で考え、自発的に始めたことである。

 最初にギャラドスのことをもっと知りたいが、何をすれば良いのかわからないと相談されたので、毎日よく見てあげなさい、くらいには言ったが本当にそれだけである。

 家の子は天才じゃなかろうか。などと私が思ってしまっても決して親馬鹿ではないはずだ。外聞を気にしなくて良いのならばご近所さんに自慢して回りたいくらいである。

 

 

 そんな息子にライバル認定されたシゲル君のほうもこれまた凄い。

 

 最初に、絶対に覚えきれないだろうと思って出した宿題を、たったの一週間ですべてマスターしてきて私の度肝を抜いたことから始まり、その後の倍プッシュも涼しい顔で応え。

 今ではカントー、ジョウト、ホウエンに生息するポケモンならば名前だけでなく特性と特長、主な出現場所までそらで述べられるほどだ。

 家の息子は未だにカントーだけで手一杯だというのに。

 

(とはいえ、眼の下に隈が出来ていたけれど。無理させちゃったかなぁ)

 

 加えてポケモンのわざ、努力値、個体値なども教えている。にもかかわらず文句のひとつも言わないで次回までに必ず覚えてくる。

 とはいえ、次の授業までに覚え切れそうになければ徹夜してまで習得しようとするらしく、何度も説教するはめになったのだが。

 シゲル君の言い訳が「ボヤボヤしてたらいつまで経ってもサトシに追いつけないです。唯でさえ学ぶことは多いのに。それに覚えるのは大変だけど知らないことを勉強するのはすごく楽しいんです」だったときは思わず閉口した。

 無理をして体を壊したら追いつくどころではなくなる、学習ペースはちゃんと考えている。正直、わざと多めに出している部分もあるから、覚えきれなくても授業が遅れるわけじゃない」と言って諭したが……なんというか教授の孫だから凄い、なんてレベルを超えている。根性の塊じゃなかろうか。

 

 さすがに倍プッシュのあとは自重したのか、徹夜することはなくなったけれども。それでも就寝時間のギリギリまで勉強しているようだ。

 

 その成果か、ポケモンの知識に関しては息子の一歩も二歩も先を進んでいるのは確かだ。

 いや、その後ろに必死で食らい付いていけている息子も年齢を鑑みれば十分凄いのだが。

 

 バトルにおける具体的な戦術などはまず知識があってなんぼなので後回しにしていたのだが、その辺はシゲル君も理解してくれている。むしろ、知識を詰め込むことで精一杯といった様子である。

 まぁ、戦術などと言っても、こっちの世界ではポケモンに関する知識をバトルに応用したものでしかない。

 現実にポケモンのいるこの世界ではポケモンに関する研究自体は盛んに行われている。

ただ、研究することが多岐に及びすぎているために、肝心のバトルに応用できる知識がこの世界ではさほど蓄積されていないだけなのだ。

 だから相対的に優位になっているだけだと私は考えている。

 よって、研究が進み知識が蓄積されていくに連れ「いばみが」などの戦術を使うトレーナーも出てくると思うのだ。今でもすべてのトレーナーが力押しというわけではないし。

 だから知識さえ教えておけばシゲル君ならば私が教えずとも自分でなんとかしてしまえるだろう。

 

 とはいうものの、時々雑談交じりに教えていたし、これから旅立ちまでの一ヶ月で詰め込めるだけ詰め込んでみるつもりだ。

 

 

 二人には他にも私が個人的トレーナーとしてあると便利だと思う知識を叩き込んだ。

 ポケモンの種類、分布、世話の仕方、ポケモンと人の歴史、カントーの地理、各都市の歴史、条例、お勧めのお店、野営の仕方、水源探しに役立つポケモン、旅のトレーナーとバトルする際の注意事項やローカルルール、近づいてはいけない場所、緊急時の連絡方法、食料調達、一部ポケモンの変わった毛づくろい方法、神社、寺社仏閣を参拝する際のマナー、ポケモンに関する倫理、トレーナーとしての禁止事項、各種きのみの効能と入手できる場所……他にも色々。

 

 あとは旅に出て自分達で経験して学ぶだけだろう。

 

 この子達は、確実に将来大物になる。親馬鹿かもしれないが、見事に応えてくれる彼らを見ているとそう思えてならないのだ。

 

 

 

「んー、自己紹介かぁ」

 

 何となく息子たちの将来まで思いを馳せていた私だが、息子の悩み声に引き戻された。

 いつのまにか立ち直っていた息子は両手で掲げるように持ったトランプよりも一回り大きめのカードを睨みつけている。

 新品ピカピカのトレーナーカードだ。

 

 先日、息子を連れてトキワのポケモンセンターで発行してもらってきたものである。

 

 息子は自分のトレーナーカードを手に入れたことが嬉しいようであいさつとプロフィール欄になんと書こうか悩んでいるようだった。

 

「サトシ」

「んー? 何さ、父ちゃん」

「お前の誕生日、つまり出発の日まであと一ヶ月なわけだが」

 息子の誕生日は4月の頭。ちょうど旅立ちの日と重なっていた。

「うん」

「父ちゃんの教えたポケモントレーナーの約束事はちゃんと覚えているか?」

「覚えてるよ」

「言ってみなさい」

「うん。ひとつ、ポケモンをいじめない。ふたつ、人のポケモンをとらない。みっつ、弱っている野生のポケモンを見つけたら出来るかぎり見捨てない。よっつ、きずぐすりとモンスターボールは切らさない。いつつ、むやみに危ないところへは近づかない。むっつ、相手の同意無しにバトルをしかけない。ななつ、ポケモンを悪いことに使わない。やっつ、ポケモンに人を攻撃させない。ここのつ、捕まえたポケモンには責任を持つ。とお、ポケモンと仲良く! でしょ?」

 

 五つ目の、危険なところ、というのは自分の力量では挑戦出来ないような場所のことだ。ふたご島などは旅をして自分とポケモンのレベルを上げてからでないと危険極まりない。

 何より尋常でなく寒い。ポケモンを捕まえに行くのならば防寒具なども必要になるだろう。

 自分の力量をかんがみた上で挑戦できるかどうかを判断し、行くのならば事前にしっかり準備をしておきなさいという意味も含んでいる。

 そのほかの約束事は説明するまでもないだろう。悪いことに使わない、に人を襲わせないが被っているようにも思えるが、正義の行いと称して人を攻撃することは問題ないと思われたら困るのでわけてあるのだ。

 

 何があってもポケモンに人を襲うように命じてはいけない。絶対にだ。どんな悪人相手であろうと人に向けてはかいこうせんを撃たせたりしてはいけないのである。

 

「よし覚えているな。いいか、ただ覚えるだけじゃなく、絶対に守ることが大事なんだからな。あまり悪いことしてるとリーグどころかジムの挑戦権すら剥奪されるから気をつけるように」

「えー、トレーナーどころか人として当然のことじゃん。大丈夫だよ」

「……そうだな」

「えへへ」

 

 ……人として当然のこと、か。自己嫌悪の感情で少し胸が痛くなった。

 息子は真っ直ぐな良い子に育っている。それはとても喜ばしいことだと思う。

 けれど、だからこそ不安もある。

 私がふがいないせいで人の悪意というものを知らずに育ちはしなかった。少なくとも、すべての人が善人であるとも思ってはいないだろう。

 が、それでもまだ甘いのだ。世の中には自分の理解が及ばないほどの悪党がいるのだから。

 

 例えば、息子に何食わぬ顔で教え込んでおきながら自分は何一つ守れたものがない父親などはその最たるものだろう。

 なんせ、そいつのトーレナーカードにはジム戦を含む、すべての公式戦への永久出場禁止印が押されていて、ポケモンセンターなどを利用する際には会社で用意してもらった偽造カードを使っているような男である。

 

「……」

「父ちゃん?」

「ん? あぁ、どうかしたか?」

「いきなり黙ってどうしたの。なんか怖い顔してたよ」

「あぁ、いや、ごめんな。サトシは関係ないよ。ちょっと嫌なことを思い出してね。おぉ、もうこんな時間じゃないか。サトシ、学校の宿題は終わっているのかい?」

「終わってるー」

「へぇ、めずらしいこともあるもんだ」

「ひっでー、そりゃないよ!」

「おう、スマンスマン。じゃあ風呂入ってさっさと寝なさい。明日は日直で早いんだろう? そうだな、久しぶりに一緒に入るか?」

「うーん、今日はいいや。もう少し自己紹介を考えたいし」

 

 少し寂しい。去年くらいまでは誘えばもろ手を挙げて喜んだものだが……。トレーナーを目指す者として自立しつつあるのだろうか。そう考えると嬉しくもあり寂しくもあり。

 

 などと随分とぶっ飛んだ発想で自分を慰めながら風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 

 結局、その日、サトシは自己紹介を決められないまま眠ってしまったようだ。

 リビングのソファでトレーナーカードを握り締めたままいびきをかく息子をベッドまで運んでやり、階段を降りているところでポケットに入れていたポケギアが着信を知らせた。

 見覚えのある番号だ。かかってくるのは本当に久々だけれど、見間違えるはずもない。

 なんせ義理の妹からだ。

 

 

 

「はい、ハマサキです。えぇ、お久しぶりです……ハナコさん」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

???(息子とピカチュウ2)

 ――????――

 

 

 高層ビルの並び立つ、とあるシティのビジネス街。中でも、ひときわ目立つ黒塗りの超高層ビル。

 

「……ふむ。つまり、いまのところ完全な再現は出来ないが汎用性を持たせた劣化品は作れるかもしれない、ということか」

 

 その最上層の一室で一人の男が部下から報告を受けていた。

 

「悪くないな。劣化品とはいえ持たせるだけで強化できるのだろう?」

 

 男のいる部屋の壁には偶蹄目と見られる巨大な角を生やした生物の頭部の剥製が飾られ、床には素材の形を丸ごとそのまま活かした猛獣のものと思わしき毛皮の絨毯が敷かれている。

 さらに十人は楽々と腰掛けられるのではないかというほど巨大なソファー。重厚な黒革の質感は見識の無いものにも高級だと断じさせるだろう。

 それが向かい合わせに二つ。間には磨き抜かれた硝子のシックなテーブル。

 

 この部屋にあるものは大なり小なり、共通の方向性で揃えられている。

 

 一目見ただけで、豪勢。というよりも視覚から威圧感を覚えるそれらの内装が相まって、見る者にある種のステレオタイプ的なものを想像させるのだ。

 部屋の主は己の持つ力を誇示うる必要のある人物であると、少なくともこの部屋の主を一般人だと思わせない程度には。

 そしてその想像は、実物と微塵も違いがないのである。

 

「はい。効果だけでいえばオリジナルには劣りますが特定の種族だけでなく、タイプごとに効果を発揮するものが作れるとの見込みです。許可さえいただければ来月中には試作品の開発に着手できる、かと」

 

 モニターの向こうの部下は緊張からか、少しばかり早口になっている。だが、この男を前にしたならばそれは無理もないことだろう。

 

「……ふむ。ポケモンを直接強化する製品はシルフでも開発の目処が立っていなかった筈。たとえ商品化せずともグループ内でならば即軍事転用も出来る、か。よし、いいだろう。引き続きよろしく頼むぞ」

「ハッ! 全力を尽くします!」

「うむ。これで報告は終わりか?」

 

 その身の内に潜む深い欲望が、暗く眼光となって漏れ出ているような鋭い三白眼。

 オールバックに撫でつけた髪は額に見事なM字を描き、輪郭を含めそのほとんどを鈍角と一部の鋭角のみで構成されているかのような厳つさで。

 これらだけでも柔らか味とは無縁の顔つきだが、ダメ押しとばかりにすべて剃り落とされた眉の存在がさらなる迫力を加えている。

 年齢は40代半ばといったところか。しかし、オレンジのスーツ越しでもがっしりと鍛えられているのがわかる肉体は、中年太りなどとは無縁であろう。

 

 たとえ、頬はあがり、口元は弧を描いていたとしても安心など出来ない。

 

 そう思わせる邪悪な雰囲気が顔だけでなく、全身から滲み出ているのだ。

 

 だが、一度言葉を発せばそれすらも妖しい魅力となって人間を惹き付ける。現にこの部下を含め、何千、何万という人間がこの男に忠誠を誓い、道を外す行いに手を染めていた。

 

 まさしく悪のカリスマを体現したかのような男、それが――サカキ。

 

 世界的な大企業をいくつもその傘下に治める超巨大財閥、ロケットコンツェルンのCEO(最高経営者)であり――

 世界征服を目的に活動し、カントーを中心とした世界各地で起こるポケモン犯罪のほとんどに関わっているポケモンマフィア、ロケット団のボスであり――

 ポケモンリーグ本部のあるセキエイリーグにジムリーダーとして名を置く、表の顔も裏の顔もとんでもない男である。

 

「あ、いえ、実はもう一件ございます」

「む?」

 

 部下の言葉に、サカキは毛の生えていない片眉をあげて反応した。

 

「以前、接触したシルフカンパニー内部協力者達から準備は整ったとの報告が。何時でも実行にうつせるとのことです」

 

 サカキはニヤリと口元を歪ませた。

 

「ほう。ならばサントアンヌ号の計画の後に実行するとしよう。我がロケットコンツェルン最大のライバルが相手なのだ、私が行くのも面白い」

「さ、サカキ様自らですか!?」

「ふ、シルフを落とし、その技術を奪ったならば我々が世界を征服したも同然だ。ここで私が動かずどうする」

「た、確かに仰るとおりであります」

「それにシルフにはあの伝説使いがいる」

 

 裏の業界で噂されていたシルフの切り札。内部に裏切り者とスパイを用意するために行ったカモフラージュの妨害工作はその存在を引きずり出していた。

 

「それに関しましては既に対策を練ってありますが……」

「だが、相手は伝説を使うのだろう。念を入れすぎるということもあるまい?」

「は、はぁ」

「実行日についてはおって指示しよう」

「了解しました。報告は以上です」

「うむ、ではアポロよ、期待しているぞ」

 

 サカキはそう言うと通信を切った。特製の秘匿回線を用いているとはいえ、必要以上に長話をするつもりもない。情報の漏洩、時間の無駄、リスクとコストは徹底して少ないほうが良い。

 特にロケット団のボスとして自ら計画を進めている今は。

 

「……」

 

 バサリ、とサカキは研究結果の印字されたコピー用紙の束を机の上に放り出した。

 空いた手で机の上に飾ったいくつかかの写真立て中から一つを手に取る。

 そこには赤毛の幼い男の子が仏頂面で映っていた。

 

「……ふっ」

 

 サカキは軽い笑みを浮かべて写真を眺めている自分に気付き……それがとても可笑しく感じられて自嘲するように息を吐いた。

 

 ――数年前。子どもが出来たといって組織を抜けた男を思い出す。

 有能な男だった。母から継いだロケット団が2年に満たない期間で活動の舞台を一地方から世界まで広げられたのはその男が居たからだ。

 もしその男が居なければ世界へと進出するのにもう数年の時間を要しただろう。まさしくロケット団の過渡期を担った男であった。

 ポケモンを扱わせれば右に出るものは居らず、ジムリーダーの資格を持つサカキですら敵わないほど。

 珍しいポケモンを捕まえて来いという曖昧な指示のみで、見たこともないポケモンを十も二十も捕まえてくる。ライバル企業の研究成果を盗んで来いと命令すれば得意の変装で潜入し、ついでに破壊工作までしかけてくる余裕。

 幹部候補の養成所出ではなかったが、立て続けにノルマの倍を稼ぎだし手柄を立て続けるその男をサカキは直属の部下として引き立て、幹部待遇で重用していた。

 プライベートでも多少の付き合いを持っていたことを考えると幹部達よりも大事にしていたかもしれない。

 

 その男には何か目的があるようだった。ロケット団に入ったのもそのためらしく、達成するためならばどんなことでもするという気概を持っていた。

 ポケモンも人も、すべてはそのための道具としか見ていなかったように思える。無駄なことはしなかったが、それが必要ならば平気で人もポケモンも傷つけ、奪い、利用する。

 ボスであるサカキのことすら利用しようと思っている節があった。

 そこが逆に気に入った。

 世界征服という野望のために、世間では非人道的と呼ばれるようなことにも手を出す自分と似ていると思ったのだ。そしてそんな危険な男を従えられないようでは世界を手中に収めることなど夢のまた夢、とも考えたのである。

 

 それが突然、組織を抜けて行方をくらませた。

 

 結局、その男が何を為そうとしていたのかもわからないままだ。

 

「私も奴も、人の子ということか」

 

 当時は子どもが出来た程度で野望を捨てるなど考えられなかった。だから男の行動が理解できなかった。

 いや、同じような理由で足を洗う団員が居ないわけではない。

 だが、その男だけは、自分と似たところのあるその男だけは何があっても……何を犠牲にしてでも自分の目的を優先すると思っていたのだ。

 しかし、今こうして自分も人の親になってみると、男が組織を抜けるに至った気持ちが少しだけわかるような気がした。

 

「……私は諦めんがな」

 

 だが、サカキは止まらない。止まる気も無いし、すでに自分の意思で止まれるような状況でもない。

 巨大で分厚い防弾硝子越しに眼下の町並みを見下ろす。

 その顔に浮かぶのは暗く、深い、凶悪な笑み。

 

「私はお前とは違うぞ、カッパー。何があろうと手に入れる。それも、もうすぐだ。たとえ立ちふさがるものが伝説であろうと、すべて飲み込んでやろう」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父ちゃんのお仕事1(息子とピカチュウ3)

 

 ――マサラタウン――自宅――リビング――

 

 我が家の朝は他の家に比べるとかなりゆったりしている方だろう。

 私は5時半前には起きて朝食とお弁当の準備をする。ほとんどが前日の残り物や下ごしらえを終わらせておいたものなので時間もかからない。

 昔はこんな早い時間に起きられたことなど無かったし目玉焼き一つ焼くのにも手間取ったけれど……今ではたまご焼きの整形も慣れたものだ。

 6時には息子も起きだすのだがそれまでにコーヒーを入れて、玄関前の郵便受けから取ってきた新聞を読む余裕まである。

 我が家は二社の新聞を取っている。全国紙のポケモン新聞と地域密着型のカントー日報だ。

 お、うちの会社の記事も載ってる。あぁ、ヤマブキ、コガネ間のリニア駅建設計画に出資したこととデボンコーポレーションとの技術提携についてか。

 シルフスコープの技術と特殊な鉱石をモンスターボールの素材に加工する技術の交換ねぇ。デボンスコープでも作るのかな……。

 

「父ちゃん、おはよー」

 

 記事を読み進めているとパジャマ姿の息子が目元を擦りながら二階から降りてきた。

 

「はい、おはようさん。先に顔を洗っておいで」

 

「はーい」とまだ半分寝ぼけた声で洗面所へと歩いていく息子。すぐにバシャバシャと水の流れる音が聞こえてきた。

 

 その間に炊き上がったご飯をよそっておく。炊飯器の中から炊き立てのかぐわしい香りが食欲をそそる。

 タイマーは実に便利だ。こいつのおかげで朝を穏やかな気持ちで迎えられる。素晴らしい。

 

 きゅっ、と蛇口を捻る音とともに水の音も止み、バタバタと息子が戻ってくる。そのままいつも座っている椅子に座りテレビを着けた。

 

 ――それでは次のニュースです。

 

 平日の朝の子供向け番組が始まるにはまだ少し時間が早く、どのチャンネルでもほとんどニュースを流している。

 それを息子もわかっているだろうに諦めきれないのか一通りチャンネルを回す。

 

 ――トキワの森に生息するピカチュウの固体数が去年に比べて激減していることがポケモン省の調べでわかりました。トキワの森はカントー地方において唯一野生のピカチュウが出現する森であることで有名でしたが――

 

「うー……」

 

 諦めたのか、いつも見ているニュース番組に落ち着いた。

 

「やけに粘ったな。何か見たいものでもあったのか?」

 

「昨日、学校の友達にね、毎朝7時からやってる『おはポケ』っていう番組に今日、ワタルが出るって教えてもらったんだ。いつもはその時間特訓や勉強してるから僕知らなかったし……ちょっと早くやってたりしないかなーって」

 

「あー……」

 

 息子はついこの間まで、朝は早く起きてコイキングの特訓に出かけるのが習慣だった。コイキングがギャラドスになってからは出かけなくなったが、代わりにギャラドスのコンディションチェックやポケモンの勉強をしている。

 夜も基本的に特訓していたので、他の家の子に比べるとそういった話題に疎いに違いない。

 ……いまさらだけど、最近友達が増えたと言っていたしこの年代の子が友達の話に乗れないのは酷だったかもしれないな。いくら本人が望んだこととはいえ。

 

「じゃあ、今日は朝の勉強は――」

「っ! いい、いい、いいよ! そこまでして見たいわけじゃないから」

「そ、そうか?」

 

 さっきは明らかに残念そうな顔してたろうに。

 

「そうなの!」

 

 まぁ、自分で決めたのなら無理にすすめるつもりもない。

 

「なら、ご飯を食べたらいつもどおり学校へ行く準備をしておきなさい。今日はちょっと実践的なことをするから出かけるぞー」

「うん、わかった」

「ほら、お味噌汁だ。熱いから気をつけろよ」

 

 返事をする息子に味噌汁の入ったお椀を渡す。

 

「それじゃいただきます」

「いただきます!」

 

 ――これについて携帯獣学の権威、オーキド・ユキナリ教授はここ数年の間は急激にポケモンの生態系が変化するような出来事は起こっていない。おそらく人為的なものであるだろうとの見解を――

 

「あ、そういえば父ちゃん」

 

 ご飯を口に含んだままだったせいで、息子の口元からぼろっと零れた米の塊がテーブルに着地、そして飛散。あぁ、もう。

 

「こら、食べながら喋るんじゃない。零してるし、口元にもご飯粒ついてるぞ」

「う、ごめんなさい」

「で、なんだ?」

「今日、トレマガの発売日でしょ?」

「そういやぁそうだったな」

 

 トレマガとはポケモントレーナー向けの情報誌、トレーナーズマガジンの略称だ。全国のフレンドリィショップならどこでも売っているほどメジャーな雑誌だ。ポケモントレーナーならば必読とまで言われるほどである。

 ただ、マサラにはフレンドリィショップがないので購入するならトキワシティまで行く必要がある。

 

「トキワシティまで買いに行きたいんだけど、今日、ちょっと約束があって遅くなりそうなんだ。少しだけ門限を過ぎてもいい?」

「約束? 誰と何の」

「う、うん、ちょっとね」

 

 息子はあまり言いたくないのか口ごもった。どことなく恥ずかしそうに。

 

「明日じゃダメなのか?」

「多分。トレマガは明日には売れ切れてると思うし」

 

 約束のほうについてはよくわからないが、これも今日じゃなきゃダメらしいな。

 気になるが……反応を見るかぎりじゃ、悪いことってわけでもなさそうだ。

 うーん、無理に聞き出す必要もない、か?

 

 しかし、門限を過ぎるのはなぁ……。

 もうじき一人旅を始めるとはいえ、まだ息子は9才だ。あまり遅い時間に外を出歩かせたくはない。旅立ってからも夜間の出歩きはしないように言い含めている。

 それに最近、トキワのあたりでは不審者が出るらしいし。

 

 ……よし。

 

「なら、父ちゃんが帰りに買ってきてやろう」

「え、いいの?」

「あぁ。ここのところポケモンだけじゃなくて学校の勉強も頑張ってたしな」

「ありがとう、父ちゃん」

「おうよ。おっと、早く食べちゃわないと時間がなくなるぞ」

「うわわっ」

 

 慌てて箸と口を動かしだす。

 この子も隠し事をする年になったのかと思うと感慨深い。

 

「? 何、父ちゃん?」

「いや、なんでもないさ。おかわりは?」

「いる!」

 

 

 

 

 

 ――それでは次のニュースです。クチバシティの防波堤に欠損が見つかったことにより、延期されていた世界一周中の豪華客船サント・アンヌ号の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヤマブキシティ――シルフカンパニー本社――4階――総務部

 

 

 

「開発部から新しい実験に使うマシンの発注要望が来てます」

 

 …………………………

 

「第7実験場の雨漏り修理について相見積もりは取ったかい?」

 

 ……………………

 

「この文章じゃダメだな。上から命令してるように感じるよ。すすんで協力したくなるような感じを目指そう。うん、社員じゃなくてお客様に向けて書くつもりで書き直してみ」

 

 ………………

 

「あぁ、子ども見学デーの参加希望者ならリストにまとめてあるから」

 

 …………

 

「あっと、その件ならもう手配しましたよ」

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「……おや、もう昼か」

 

 仕事がひと段落ついたと思ったら、いつの間にかランチタイムになっていた。忙しいと時間が過ぎるのが早く感じるよ、まったく。

 

「あら、ハマサキさんは今日もお弁当ですか?」

 

 鞄から弁当を取り出していると同僚の女性社員に声をかけられた。

 ちょうど手に持った弁当の包みを掲げてみせる。

 

「このとおりさ。外食するより安上がりだしね」

 

 誰かと約束していたり、どうしても用意が出来なかったときは食べに出ることもあるけれど基本的に私は弁当派だ。

 昔は違ったけれど、息子と暮らすようになってから料理の特訓も兼ねて作るようになった。

 長く続けたおかげか、今ではそれなりのものが作れている。

 とはいえ所詮は野郎と舌の肥えていないお子様、とりあえず肉があれば喜ぶ二人だったので料理の腕もレパートリーもそれなりどまり。

 ハナコさんのような他人に自慢できるレベルの弁当は作れやしない。

 まぁ、ハナコさんは食堂を経営する正真正銘のプロだから敵わなくて当然だと思うけど。

 

「凄いですね。私も時々作りますけど、毎日はとても」

「あはは。そんなものですよ。私も一人だったら絶対作ってません。息子の食事を用意するついでみたいなもんですから」

「良いお父さんですね」

「いえいえ、お恥ずかしい。息子にはしょっちゅう文句を言われてますし、雑って」

「あらあら」

 

 そう、たいしたものじゃないのに褒められては照れる。もちろんお世辞だとわかっていてもだ。

 

「それにお弁当なら外に買いに行かなくて済む分、趣味の時間が確保できますし」

 

 そういってデスクの引き出しからルアーの詰まったケースを取り出してみせると、少し呆れ気味の苦笑を浮かべられた。むぅ。

 

 ――PIPIPI!-―

 

 お、ポケギアにメール? 誰から……社長か。ってことは呼び出されるな。

 

「おーい、ハマサキ君」

 

 ほら来た。

 

「はい、なんでしょうか部長」

「休憩中に悪いが急いで社長室に行ってくれないか」

「えっと、用件はなんでしょうか?」

「どうせ、いつもの呼び出しだろう」

 

 そう言いながら課長はデスクの上のルアーケースを指差した。

 

「まぁ、急ぎと言っていたからすぐ行ってくれたまえ。悪いな」

「いえ、そんな課長が謝ることでは……では、ちょっと失礼いたします。もし、休憩中に戻らなければ」

「あぁ、大丈夫だ。いつものようにこっちで引き継いでおくから」

「すみません。それじゃあ行ってきます」

 

 話の途中だったので同僚にも一応断っておく。

 

「そういうわけですんで」

「いえいえ、お構いなくー」

 

 まったく、社長には節度を守って欲しいもんだ、と万年人手不足にあえぐ総務部の部長の心からのぼやきを背に聞きながら私はエレベーターへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヤマブキシティ――シルフカンパニー本社――11階――社長室

 

 

「おお、来てくれたかタダノ君。休憩中にすまないね」

 

 社長室のドアを開けてみれば幾分疲れた表情で社長が出迎えてくれた。

 

「緊急の用件みたいですが、一体何が起きたんです?」

 

 ハマサキではなくタダノと呼ばれたので趣味の話でないことは明らかだ。もっとも、そんなことは直前にもらったメールでわかっていたことなのだが。

 

「いや、何。急ぎといえば急ぎなんだが、緊急というほどのことではないよ。ただ、私のほうで時間が取れなくてね。こんな急な呼び出しになってしまったのだ」

「はぁ」

「午前中だけで会議に3つ、このあともしばらくしたら出かけないといけない。まったく、年寄りをこき使うなんてシルフは怖い会社だよ」

 

 思わず、あんたの会社だろ、と内心で突っ込む。口には出さない。シルフは怖いのだ。

 

「ははは……」

 

 ひとまず苦笑いで誤魔化しておく。

 

「まぁ、あんまり冗談を言っている場合でもないんでな。とっとと本題に入ろう」

 

 笑いどころのつもりだったのか。

 

「実は3日ほど前にポケモン省と警察からある調査を頼まれていた」

「警察と……ポケモン省から、ですか?」

 

 ポケモン省はこの国の行政機関のひとつだ。ポケモンジムの認可および取締りや、地方等に存在する国営化したジムの運営、ポケリンピックの招致、トレーナーカードの発行、新人トレーナーへ奨学ポケモンの支給(いわゆる御三家)などポケモンに関係するあらゆることを担当している。

 ポケモンセンターやトレーナー協会も管轄はここだ。

 

「いくらシルフカンパニーがポケモン関連商品の世界シェアトップといえど、国が民間企業に何のようです? まさか選挙関係ですか?」

「いや、そういったものではない。省のお役人が言うには先日、トキワの森のポケモンの生態系について調査を行った際にピカチュウが異常なほど少なくなっていたらしい」

「そういえば、今朝、そんなニュースが流れていたような……もしかすると人為的なものかもしれないとかなんとか。ですが、それと我々に何の関係が?」

 

 もしポケモンの乱獲や密漁で法に触れる行いをしているものがいたとしても、それを取り締まるのは警察の仕事である。

 私がタダノとして働くときは私以外に対処が出来ず、かつシルフカンパニーに対して、何らかの損失が出た、もしくは出る可能性のある場合だけ。正義の味方ではないのだ。

 

「8日前の深夜、トキワの森でロケット団らしき集団が目撃された。警察が向かったときには既に逃げ去られたあとだったが、現場に妙なものが残されていたそうなのだ」

「妙なもの?」

「うむ。我が社が頼まれたのはその遺留品の調査、解析だ。警察やポケモン省でもお手上げだったらしい。ロケット団がらみなのでおよそポケモン関連だろうと」

 

 ロケット団は逃げるのが本当に速く、そして上手い。退くと決めたらあっという間だ。そして痕跡もほとんど残さない。

 後手に回ってしまう形なので、唯一の手がかりに警察は外部や民間に協力を頼んででも時間が惜しいのだろうな。

 遺留品を残したという奴はロケット団の中でもよほどのまぬけか、ひよっこに違いない。

 

「なるほど。確かに我が社はポケモン関連の道具に関してならば世界一の技術力を持っていますしね。ですが私をお呼びになったということは、何か?」

「そうだ。我が社の研究チームによって、その遺留品には極至近距離に存在するポケモンの持つわざの威力を、わずかにだが上昇させる機能がそなわっていることがわかった」

「すごいですね。我が社でもまだ実用化に至っていない威力アップアイテムですか」

 

 あっちでのゲームでいう、もくたんやきせきのたね等に相当する道具だろうか。

 

「あぁ、うちでも研究開発のプロジェクトが進行中の代物だ。が、残念なことに試作品を作ることすら難航している。どうにも技術的にブレイクスルーが必要らしい」

「なんだかもったいぶりますね。つまり、私に何をさせたいんですか?」

 

私の言葉に社長は、なんてことないかのように答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁに、簡単さ。ちょっくらやつらのアジトを突き止めて技術を奪ってきてくれたまえ」

 

 

 

――ヤマブキシティ――シルフカンパニー本社――社長室

 

 

 

 

「その、今、なんと?」

 

社長のあまりの発言に思わず聞き返してしまった。

 

「聞こえなかったかね?」

 

「いえ、あの、ちょっと信じられない発言を聞いたような気がしまして。あと、とんでもない無茶振りをされたような気も……」

 

他社の技術を奪って来いなどと、世界一の技術力を持つ企業の社長が言っていいことではないだろう。

自社の力を信用していないとも取れる発言だ。そのうえ犯罪行為である。

 

「君ならロケット団から技術を奪ってくることもできるだろう?」

 

「お言葉ですが社長。存在するかどうかも判明していないアジトに、いきなり潜り込んで来いと仰られても……。そもそも連中のアジトはそこらじゅうにあります。幹部クラスの団員でもそのすべてを把握しきれていませんでした。今回は遺留品がどこのアジトで行われている研究の結果なのかを調べるところから始めなければいけないので相当な時間がかかりますよ」

 

「そういった研究をしていたアジトに心当たりは無いのかね?」

 

「……無い、ですね。自分がシルフに来てから始まった研究なんだと思います」

 

「しかし、警察じゃ気付かないような手がかりも君なら見つけられるだろう? 連中に関して君ほど詳しい人間は居ないわけだし」

 

「探してはみますが、正直期待は出来ないかと。ロケット団の痕跡を残さない手際は徹底していますから」

 

「だが、今回はこのとおり遺留品が残っているじゃないか。可能性は低くないと思うんだがね」

 

「たしかに今回のようなケースは珍しいですが、だからこそ既に手を回し終わっているとも考えられます」

 

「ふむ。まぁ、探すだけ探してみてくれないかね。一週間だけでいい」

 

「それは構いませんが……そもそも何故、奴らから技術を奪う必要があるんでしょうか? ことポケモンに関してならシルフの技術力は世界一です。今はプロジェクトが滞っていてもうちの優秀な研究者と技術者たちなら近いうちに成功させると思いますが」

 

「はっはっは、シルフの社員の優秀さは私が一番知っているさ。シルフは今までも、そしてこれからも世界一のポケモン関連メーカーだ」

 

「でしたら技術を盗んでくるなど、真面目に研究している彼らの顔に泥を塗るような行為では」

 

「とんでもないぞ! いいか、ハマサキ君。我が社の技術力は世界一だ。同じものを作らせたなら我が社が一番品質の良いものを一番早く開発するだろう。だが、ロケット団はこうして既に実物を所持していた。君はやつらがこれを真っ当な手段で作り上げたと思っているのか?」

 

「まぁ、まずそれはないでしょうね」

 

「あぁ。ロケット団の持っているものがどこから出ているものなのかは君がよく知っているはずだ。ある筋から、我が社がわざ威力上昇アイテムの研究開発を始めたほぼ同時期にロケットコンツェルンもほぼ同様の研究に着手していたことが判明している。これは技術力で勝るはずの我が社がロケットコンツェルンに遅れをとったということだ。これが他の企業ならば疑いはしない。我が社の努力不足かもしれないし、運が無かっただけかもしれないし、相手が一枚上手だったのかもしれない。

だが、ロケットコンツェルンとなれば話は別だ」

 

「やつらはロケット団と繋がっているのだろう? いや、ほぼ同一の組織と考えても構わないのかな」

 

そのことは私が一番よく知っている。

 

「ええ。証拠はありませんが」

 

私の合いの手に構わず社長は話を続けた。

 

「ロケット団は非道な研究を平気で行う。合法か非合法かを問わず、ポケモンの乱獲や生体実験など当然のようにだ。それは時に法に則って研究を続ける我らよりも進んだ技術の獲得に繋がっている。今回の件もその一つだと私は睨んでいるのだよ。もしも、そんな不正の結果が我が社よりも先に世に出回ればどうなる。シルフはあの犯罪者どもに負けたも同然。奴らの行いを知らない世間一般の評価もロケットコンツェルンの技術力はシルフに勝るというものになりかねん。それは我慢ならん。この事態を見過ごすことこそ我が社の研究員たちに対する背信行為だとすら私は思う」

 

世間の人々はロケット団とロケットコンツェルンの繋がりを知らない。だから製品が世に出回っても、単純にシルフがロケットコンツェルンに先を越されたと思うだろう。

別に製品の発売が多少遅れたとしても、それだけでシルフがロケットコンツェルンに負けることはない。

が、正々堂々の競争ならばともかく、反則行為を行った相手を見逃す理由にはならないということか。

まぁ、それ以上に社長個人が面白くないというのが大きそうだが。

 

「今、この件に関わっている人間でロケット団とロケットコンツェルンの繋がりを知っているのは君と私だけだ。つまり、我が社の名誉を守り、奴らの不正を正すことが出来るのも我々だけだ」

 

抑揚をつけ、少しばかり語気を強めて話す社長。

聞けば聞くほど、彼の語る言葉がどんどん重みを増していく。私はそう錯覚しそうになった。この感覚は久しぶりだ。

社長は熱意を言葉にしている。本心であるのは間違いない。が、行為そのものは意図的だ。

サカキもそうだった。まぁ、奴は意図せずとも人を惹きつける男だったが。

 

「これはシルフカンパニーの社長として君に命じる必要のあることだ。そして君はシルフの社員として従わねばならない。君にとってはある意味古巣を叩くようなものだから、気は向かないかもしれないが……」

 

「いえ、お気になさらずに。今の私は奴らとは無関係ですから」

 

気付いたところで、このまま社長の話術に乗せられて困ることもない。自覚している分だけ気恥ずかしいことくらいだ。

個人的には大人の中二病に付き合うのは少々気が進まないのだけれど、仕事となれば話も別である。

お給料を貰って居る身だし、過去の所業を隠してもらっているおかげで息子は平和に暮らせている。

……どうせなら大義名分を掲げて気持ちよく仕事がしたい。ならば乗せられてもいいじゃないか。

ふいに……なんとも自分が情けなく感じて、こんなところは息子に見せたくないなと思った。

 

「そうか。頼んだぞ特命係長!」

 

「はい。社内安全課実務係長タダノ行ってまいります」

 

 私は敬礼して返事をした。

ノリに付き合うのなら最後まで、なんて開き直った態度からなのだが、この敬礼が昔、今から忍び込もうとしている組織の下っ端だったころに叩き込まれたものだと気付いて、慌てて腕を下げた。

 

 

……なんとも締まらないものである。

 

 

 

 

 

――マサラタウン――オーキド邸――リビング――

 

 

 

「いい? ポケモンをケアしてあげるとき、そのポケモンによって喜ぶ方法っていうのは違うの。間違った方法だと返ってストレスになっちゃうこともあるわ。そうね、例えばジュゴンは氷水で冷やしてあげると喜ぶけどナゾノクサに同じことをすると体調を崩しちゃったり」

 

ナナミは目の前の少年に自分の知っている知識を語り聞かせながら、床に寝そべるコラッタの背中を小型のブラシでブラッシングしている。その手つきはとても優しい。

コラッタもリラックスした様子でされるがままで、ときおり気持ち良さそうにあくびをしている。

 

「うん……なんとなくだけど、わかる。父ちゃんも似たようなこと言ってた」

 

ナナミの言葉に耳を傾け、彼女の手元を熱心に見詰めているのはサトシだ。

 

「でもね、どんなポケモンでも喜んでくれる魔法みたいな方法があるのよ」

 

「どんなポケモンでも?」

 

「そう。しかもとっても簡単なの」

 

美人のお姉さんの茶目っ気たっぷりなウインクに、サトシは少し赤くなった。

照れ隠しのように早口でたずねる。

 

「どんな方法なの?」

 

ナナミはその問に答える前にブラッシングの手を止めて、コラッタの背にやんわりとてのひらをあてた。

 

「こうやって、やさしく手で撫でてあげるだけ。簡単でしょ」

 

「撫でるだけ?」

 

「そうよ。傷を治療することを手当てって言うでしょ? 病気になったときや、辛いときは誰かにそばにいてもらうだけでも不安が和らぐものよ。それはポケモンだって同じ。だから手を当てて、自分がそばにいる、ついててあげるって教えてあげるの」

 

サトシは自分が風邪をひいて寝込んだときのことを思い出した。休みの日でも仕事にいくことがあるほど忙しい父親が、そのときばかりは仕事を休んでそばにずっと居てくれた。

熱が出て頭が痛み、汗で寝巻きがはりついて寝苦しく、ぐずってしまった。そのとき落ち着かせるように、額に乗せられた父親の手のひらはひんやりとして大きかったのをよく覚えている。

 

「病気や怪我をしていなくても、直接触れ合うことは大事よ。バトルのときだけ呼びだすんじゃポケモンも寂しいでしょ」

 

「うん……そうだね」

 

「最近は連れ歩きっていってボールから出して一緒に出歩く人もいるわね。怖がる人もいるから、何匹も出したままにしたり、大きいポケモンを街中で連れ歩くのはまだ難しいところもあるけど、私はいいことだと思うな」

「連れ歩き……ギャラドスは大きすぎるかな?」

「そうねぇ。ちょっと連れ歩くには大きすぎるわね。でも、ときどき撫でてあげるのはギャラドスも喜ぶと思うわ」

「うん、毎日撫でてるよ!」

「あ、でもポケモンによって撫でて良いところと悪いところもあるから気をつけてあげてね」

「えっ」

「たしかギャラドスも触ると嫌がるところがあった気がするわね」

「ど、どこ?」

「ごめんなさい、忘れちゃった」

「えー」

 

ふてくされたサトシに苦笑するナナミ。

 

「トリミングをしてげるときもね、ポケモンが落ち着いて受けられるようにまずは優しく撫でてあげることが大事なのよ。私は貴方を傷つけるつもりはありませんよって最初に教えてあげるの」

「へぇー」

「じゃあ、サトシ君。この子を撫でてあげてみて」

「うんっ」

 

コラッタの背に向けてそろそろと手を伸ばすサトシ。

自分のギャラドス以外のポケモンに触れるのは初めてのことだ。ほんの少しだけ、おっかなびっくり。

ふぁさっとした少し固めの毛並みと暖かい体温を手のひらで感じると、笑顔になった。

 

「あったかいや」

 

そこでふと、ナナミが思い出したように口を開いた。

 

「サトシ君はどうして急にポケモンブリーダーの勉強をしようと思ったの?」

 

今、行っているナナミの特別授業はサトシから願い出たものだ。

 

ポケモンマスターを目指してるってお父さんから聞いていたけど、と続けたナナミにサトシは少しだけ落ち込んだ顔で答えた。

 

「勉強が苦手なんだ」

 

疑問が顔に浮かんでいるナナミを無視してサトシは続ける。

 

「本を読んでるとだんだん頭が痛くなってくるし、机にじっと座ってるのもあんまり好きじゃない。だから、前はずっとコイキングと外でバトルしてた」

「でも、いつのまにかシゲルもポケモンマスターを目指して父ちゃんに勉強を教わってた。あいつ、難しい本もたくさん読んで毎日必死に勉強してる。学校の休み時間もだよ」

「シゲルの勉強ってさ、ぼくよりずっと先に行ってるんだ。前、父ちゃんにシゲルに教えてることと同じことを教えてって頼んだら、教えてくれたけどほとんど理解できなかった。ぼくのほうが先に教わってたのにさ」

「なんとか追いつこうと思って、頑張って勉強してみたけど……ぼくが進んだ分以上にシゲルは先に進むんだ」

「父ちゃんは『お前は身体で覚えるほうが得意なタイプだ。旅に出ればぐっと伸びるだろうから、今はあんまり気にしなくてもいい』って言うんだけど……」

「それでも、毎日頑張るシゲルを見てたら、このままじゃいけないって思っちゃうんだ。ギャラドスがいるからぼくの方が先にトレーナーになってるけど、すぐ抜かれて置いてかれるかもって」

「だから、勉強で敵わないならもっとギャラドスと特訓しておこうと思って毎日、くさむらやトキワシティでバトルしてるんだけど……同じポケモンばかり相手にしてるからか、最近はギャラドスがあんまり成長しなくなってきてるっぽくて」

「何か、他に出来ることはないかって考えたの。そしたら父ちゃんが前にバトルでもコンテストでも、ポケモンは生き物だから育て方が大事って言ってたのを思い出して」

 

だからナナミお姉さんにお話を聞こうと思ったんだ、とサトシは言った。

 

「……サトシ君は凄いんだね」

 

黙って話を聞いていたナナミは驚いていた。そして感心していた。

 

「凄くなんかないよ。シゲルはもっと――」

 

「ううん、凄いよ。自分で何をすればいいか、どうすればいいのかってちゃんと考えてるもの。そして行動できてる」

 

「でも……」

 

俯きがちに暗くなるサトシの頬を両手で包み、持ち上げる。

 

「ほーら。下向いてちゃだめ。もっと自信をもって? サトシ君はきっと凄いトレーナーになれるから。ね?」

 

「う、うん」

 

「よし!」

 

クルッポー、と壁に立てかけられた時計が鳴った。16時だ。

 

「あら、もうこんな時間なのね」

「あっ、ごめんなさい、ナナミお姉さん。ぼく、このあと友達と約束があるんだ」

「これから? もう夕方近いわよ?」

「うん。クラスメイトがトキワのトレーナースクールに通ってるから一緒に付いていって、少しだけ見学させてもらうの。もしかしたらレンタルポケモンでバトルもさせてもらえるかもって」

「あら。それじゃあ今日はここまでね」

「うん! ナナミお姉さん。今日はありがとうございました」

「いいえ、トレーナーの勉強、頑張ってね」

「はい!」

 

玄関から飛び出していった少年を見送って、ナナミは呟いた。

 

「……ライバルは手ごわいわよぉ、シゲル」

 

ナナミの背後、階段のてすりのしたから隠れていたシゲルが顔を出した。

 

「気付いてたのかよ、ねーちゃん」

「当然じゃない。私のところからはあんたの、そのツンツンした頭が丸見えなんだもの」

「髪型のことはいうな!」

「まったく。サトシ君のことが気になるなら直接話せばいいのに。二人とも意地になって会いたがらないんだから。遊びたいなら前みたいに一緒に遊べばいいじゃないの」

「そんな暇ない!」

「ま、精々がんばりなさい? お姉ちゃんは応援してるからね」

 

そういってナナミは微笑んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父ちゃんのお仕事2(息子とピカチュウ4)

――カントー地方――最北部――山林内――

 

 

 

時は少しさかのぼり、日曜日の深夜。

カントー地方から北、遠く離れた場所にあるロケット団の研究所から大量のコンテナが輸送用の大型貨物機へと積み込まれていた。

ときおり中から異音が聞こてきたり、ガタゴトと激しく揺れるコンテナもあるが団員達は気にせず積み込み作業を続けている。

 

「作業は順調ですか?」

 

青みがかった短髪に切れ長の目の男が、積み込み作業を監督していた年配の団員に声をかけた。

 

「ハッ、予定通り02:00には出発できるものと思われます」

 

声をかけたほうの男は周囲で作業している団員と異なり、白い団服に身を包んでいた。

キツネのような印象の面構え、口元に添えられた手がインテリのような印象を与えるこの男はロケット団の幹部、アポロである。

 

「そうですか。わかっているでしょうが既にレンジャーユニオンも動き出しており、スケジュールに余裕がありません。さっさとここを廃棄してしまいたいので何か後々困りそうなことなどがあれが今のうちに報告してください」

 

「撤収作業のほうには問題ありません。ただ……」

 

「なんです?」

 

「実は例の新人たちが勝手にトキワの森へと向かったようでして、未だに戻ってきていません」

 

間抜けどもと聞いたあたりでアポロの頬がかすかにひくついた。例の新人たちとは、計画を中断して研究所ごと移転しなければいけなくなった原因を作った団員たちのことだ。

ひとまず撤収作業を優先したために移転が完了するまで研究所内の一室で待機を命じられていたはずだったのだが、トキワの森へ行ってきますとだけ書いた書置きを残して居なくなってしまったらしい。

 

「……ほおっておきましょう」

 

「ですが、あのあたりには既に警察やレンジャーが」

 

「構いません。彼らが捕まろうがどうなろうが何の問題もありませんから。この場所が知られたところでもう廃棄しますし。研究に関しても計画の概要すら知らせていませんからね。元々、捕獲要員の埋め合わせで近場にいたのを臨時召集しただけなので。彼らにはピカチュウの捕獲を命じましたが、こういうときのために本当の目的がでんきだまの収集であることまでは教えていませんでしたから」

 

この研究所では極稀にピカチュウが生まれつき持っている、でんきだまという道具の研究を行っていた。でんきだまは接触しているピカチュウの能力を飛躍的に上昇させる効果がある。

野生のポケモンが極稀に所持している道具のなかにはこういった特定のポケモンを強化するものが存在しており、現在ロケット団ではその原理を解明して兵器や商品へと転用するプロジェクトが幹部の一人、アポロの指導ですすめられていた。

 

そしてその研究は数々のピカチュウを犠牲にして実を結びかけていた。

数日前に試作品を紛失するまでは。

 

「そうだったのですか? 新人の中でも期待のエースと聞いていましたが」

 

「サカキ様も目をかけていたそうですよ。今となっては信じられないことですけどね。まぁ、任務を失敗するだけならばともかく、計画そのものにまで支障を出すようでは話になりませんよ」

 

苦虫を噛み潰したかのような表情でアポロはそう吐き捨てた。

 

「試作品を移送中の団員と仲間割れしたうえに警察まで呼ばれて、挙句の果てには試作品を失くしてきましたからね」

 

身内同士のいざこざという予想外のトラブルにより、試作品を紛失。それだけならばともかく、物は国家権力の元へ渡ってしまった。

このまま研究を続けてロケットコンツェルンから商品化や軍事転用を行ったとしてもロケット団との繋がりを疑われる可能性が出来るのはあまりよろしくない。

そういった判断の元、この研究所はただちに閉鎖、廃棄することが決定した。

もっともプロジェクトそのものが白紙になったわけではない。ロケット団内部でのみの使用に限れば有用であるには違いないからだ。

とはいえ、大幅に縮小することが決定したのは間違いない。

リターンの薄くなったものに費用を投じ続けるのは無駄というサカキの指示だ。

ロケット団にはこの研究所ほどの進んではいないが似た研究を行っている研究所がいくつかあり、これまでの研究成果や機材はそちらに応用されることとなっている。

他の研究所ではカラカラ、ガラガラのほねこんぼうやパールルのしんかいのキバなどを研究しているのだが生息数および生息域と検体の確保難度の差によってこの研究所が一番進んでいた。

 

「ロケット団に集団行動も出来ないような無能は要りません。幹部の真似して白い団員制服を自作し、常時着用しているだけでも規則違反だというのに、それが原因で人目を集めて警察沙汰だなんて言語道断です。サカキ様は多少の失敗ならば笑って許してくださる寛大な方ですが、彼らはそれ以前の問題です」

 

一転して薄ら寒いものを感じさせる微笑。

アポロは自分のプロジェクトに水をさす原因となった新人達に腹の内が煮えくり返るかのような気持ちを抱いているのだ。

それを察した団員は自分のことではないにも関わらず、上司の意識をこの話題から逸らしたくなった。

 

「例の新人たちについては了解しました。ですが、もう一点ありまして」

 

「なんです?」

 

「実は新人たちは捕獲した実験体のピカチュウを一匹、勝手に持ち出したみたいでして……」

 

「本当に碌なことをしない人たちですね……」

 

「いかがいたしましょう?」

 

「ピカチュウが一匹減ったところで計画に影響はありません。実験中に薬を使ったりはしましたが、薬自体は検出されたところで我々に辿り着くようなものではありませんし。むしろ新人達のところへ人間を送る手間がもったいない。構わずに引き続き作業のほうを進めてください。時間はそう多くないですからね」

 

アポロは部下の団員にそう言うと研究所内へと戻っていった。

そして淡々と積み込み作業は続けられ、予定通りの時刻に貨物船は飛び立った。

 

その翌日、研究所は入念に爆破処理されたあと埋め立てられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――2ばんどうろ――トキワのもり――トキワシティ方面入り口より東――

 

 トキワの森。

 それはトワシティとニビシティをつなぐ2番道路の途中に存在する、カントーでは最も有名な森林である。

 この森は古くから地元の人々に愛されてきた。

 2番道路も当初は森を切り開いて作る予定だったのだが地元民から大きな反発を受け変更することになり、トキワの森にはトキワ側とニビ側に出入り口を設けて順路を作ったという逸話があるほどだ。

 多少入り組んではいるものの、多くの立て看板が各所に設置されており、生息しているポケモンに特別危険な種も居ない。順路の途中にある草むらも定期的に刈られているので子どもだけでもポケモンさえ持っていれば比較的安全に歩ける。

 あえてあげるならばスピアーなどの毒持ちポケモンの存在がやや厄介なくらいだ。とはいえ昼間は人通りもそれなりに多く、たとえ襲われたとしても自分のポケモンさえ持っていれば、出入り口の休憩所まで逃げ込むのも難しくないとされていた。

 また、夜になると出現するポケモンの種類が変わり危険度は増すが、そもそも夜間に10歳未満の子どもは出入りを禁止されているためさほど問題になってはいない。

 そのためか駆け出しトレーナーや地元の子ども達には格好の遊び場となっており、虫取りあみ片手に走り回る少年達の姿がよく見られる。

 

 

そんな歴史ある森の中で2人の若い男女と1匹のポケモンが言い争いをしていた。

男女はロケット団の制服を着ていたが、それを踏まえてなお奇妙な格好だった。白い団員に胸元にでかでかと赤字でRと描かれている時点で隠れ忍ぶ気がまったく無い。

 

「ちょっとニャース! ピカチュウなんて全然出てこないじゃないの! この森にいるってのは本当なんでしょうね!?」

 

地面まで届きそうなほど長い赤髪をすべて後ろに流し何をどうやってか浮かす、という不思議な髪型の女性が足元のニャースに怒鳴った。

 

「ニャニャッ!? 嘘じゃないにゃ! ちゃんとこの本にそう書いてあるにゃ!」

 

怒鳴られたニャースも不思議なもので、なんと人の言葉で言い返した。しかも二本足で立ち、掲げた前足には本まで掴んでいる。神秘のにくきゅう。

この世にも奇妙なニャースは『ロケット団員心得 著カッパー』と書かれた本をめくり、ほらここニャ、と女性に向けて差し出した。

それを女性はひったくるように受け取る。

 

「……あら、ほんとだわ。って、だったら出てこないのは余計におかしいじゃないのっ!」

 

「そんなこと言われたってニャァ……」

 

「なぁ、俺思ったんだけどさ」

 

ヒステリック気味に叫ぶ女性と困り顔のニャースの会話に、それまで思案顔で黙っていた青年が口を挟んだ。

 

「なによ?」

 

女性に比べると外見的にインパクトの薄い青髪の青年はおおげさに両手を広げて自分の考えを述べた。

 

「もしかして、この森にはもうピカチュウが居ないんじゃないか?」

 

「ニャ!? でもこの本には」

 

「いや、だからさ。その本って入団してすぐに貰うやつだろ。だったら他のやつらも当然目を通してるわけだし、真っ先にここを狙ったんじゃないかってことだよ」

 

「「あ」」

 

……彼らの会話に、間が空いた。まさしく間抜け、である。

 

「なんでもっと先に言わないのよ!」

「いや、そんなこと言われたって俺だって今気付いた、って痛っ痛い! やめろムサシっ! やめてくれっ」

 

バシバシと女性が男性を叩き、男性は頭を両手で抱えてそれから逃げまわる。

 

「ハァ……ニャー達はいったいなんのためにここまで来たんだか。ピカチュウが居ないのならおみゃーを連れてきた意味もなかったニャァ」

 

ニャースは己の隣を向いてぼやいた。

 

――ヂュヴヴヴー!――

 

ニャースの視線の先には小型の檻に入れられたピカチュウが唸り声を上げて彼らを睨んでいた。

頬袋からは電気が漏れ出ており、ギザギザの尻尾もピッと立てている。

 

そうだよなぁ、と追い掛け回されたすえに打ち据えられてしまった青年、コジロウがぼやいた。

 

「ピカチュウを連れているとでんきタイプのポケモンが出やすくなるっていうから連れてきたけど、そもそもピカチュウが一匹も居ないんじゃなぁ」

 

――ピッ、カッ、ヂュゥゥゥゥ!――

 

息を大きく吸い込み、身体を反らした身体を一気に丸め込むようにしてピカチュウが力む。

すると、許容量を超えて今にも爆発寸前の機械に似た異音を発していた過電流が、爆発するかのように電気袋から放出された。

が、流れ出た電気そのものは絶縁性の特製ケージに阻まれ、ロケット団を襲うことはなかった。

ピカチュウは電撃を放出しきるとぐったりとケージの底に倒れふした。

連れ出してから幾度となく繰り返された無意味な抵抗をもはや気にすることもなくロケット団は会話を続けている。

 

「んじゃあ、どうすんのよ。失敗を取り戻すためとはいえ勝手に抜け出した上にこいつまで無断で連れてきてんのよ? いまさら手ぶらで戻れっていうの?」

 

「うーん。こりゃ本格的にまずくなってきたニャァ」

 

「まずくなってきたニャァ、じゃないわよ!」

 

顔を青くさせたニャースのぼやきにムサシが声を荒げる。

 

「ただでさえヤマトたちが一方的に責任を押し付けたせいで悪いのは全部あたし達みたいになってるのに、これ以上失敗したらボスに見捨てられるかもしれないわよ!?」

 

ヤマトとは試作品の実地実験の任務にあたっていた同じロケット団員の一人だ。ムサシとは折り合いが悪く、顔を合わせるたびにいがみ合っている。

そして、ヤマトとその相棒はムサシたちと任務がかち合うと必ず失敗するという珍妙なジンクスを持っている。

実際、ジンクスのせいかどうかはともかく、今回も偶然トキワ付近でポケモンの捕獲をしようとしていたムサシたちと遭遇し、罵り合いの末、深夜にも関わらずポケモンバトルに発展。

騒ぎを聞きつけた現地住民に警察を呼ばれ、慌てて退散する際に試作品を紛失するというミラクルな失敗をしていた。

 

「ぐっ」

 

「そ、それだけは勘弁ニャ!」

 

彼らは今回の件に関わるまでは新人のロケット団の中では活躍をしているほうであった。ボスのサカキは有能なものにはそれに見合った待遇を設ける男だ。

ムサシとコジロウは特別報酬としてそれぞれアーボとドガースを貰ったことがある。その際、ニャースは自身がポケモンのためポケモンを貰うことはなかったが、サカキの特別の計らいで食べ物を支給された。

 

彼ら三人組(?)はロケット団に入るまでそれぞれに苦労をしている。挫折も多く経験し、夢を諦めたこともある。努力して結果を出しても報われないことが多かった。

そのことは彼らのコンプレックスとなり、世の中への不満となった。自ら悪の組織に入団しようとするほどにだ。

だがロケット団に入ってから、彼らの人生はがらりと変わった。

結果を出すたびにロケット団という巨大な組織のボスがわざわざ自分たちの努力と結果を認めてくれるのだ。そのことに彼らは感動した。

社会のつまはじき者だった自分たちだが、居場所を見つけられた気がした。

そして、いつしかボスのサカキに無類の忠誠を誓うほど心酔するようになった。

 

だからこそ、ボスに無能と断じられ見向きもされなくなることが彼らは怖い。

 

「なんとしてでもピカチュウをたくさん捕まえて戻るのよ!」

 

「でも、ここにはもうピカチュウは居ないんだぞ。どうすんだよ」

「近いところでどこか他にピカチュウが住んでるところなんてあったかニャァ……」

 

腕を組んで悩むコジロウと本のページをめくるニャース。

そこでハッと何かに気付いたムサシが腰に手を当て胸を張る。

 

「……あんた達、なーに言ってるのよ。あたし達はロケット団でしょ。悪よ、悪。地道に野生のポケモンを探すなんてまどろっこしいことしないで他人のポケモンを奪えばいいじゃないの」

「あ、そっか、ナイスアイディア」

「おー、にゃーるほど! ムサシ冴えてるニャァ」

 

二人の賞賛に得意げな表情でポージングするムサシ。

 

「ふふふー、そうでしょそうでしょー!」

 

「あ、でもさ。それだとピカチュウを持ってるトレーナーを探すところから始めないといけなくないか?」

「それに一人で何匹もピカチュウを持ってる奴なんてそう都合よく居るわけニャいから、たくさん捕まえるには何人も襲わないといけないニャ。この案もやっぱりダメかも知れないニャァ……」

 

「だーいじょうぶよ、それならあたしに心当たりがあるから」

 

「なんだよ心当たりって?」

 

ふふふふ、と顔をニヤつかせてムサシは答えた。

 

「ポケモンセンターよ。あそこなら万が一停電したときのために自家発電用のピカチュウが何匹もいるはずよ」

 

「凄いなムサシ! そのピカチュウたちを手に入れれば万事解決じゃないか」

 

「うーむ、これはどうしたことニャ、今日のムサシはなんだか輝いて見えるニャ」

 

「もう、やーねぇ、あたしはいつでも輝いてるわよぉ」

 

「よーし、そうとなれば善は、じゃなかった、悪は急げだ!」

 

「さっそくポケモンセンターを襲撃するニャ」

 

「たしかここから一番近いのは……」

 

どことなくコミカルな連中だが、腐ってもロケット団。考えることは結構な悪事であった。

 

さぁ、具体的な作戦を立てようとロケット団(三人組?)が悪事の相談を始めたところ。

 

 

――ヴォウッ、ヴォウッ!――

 

 

「な、何だ!?」

 

突如、森の木々の間から彼らに向けて吠え声が飛んできた。

 

さらに少し遅れて、ピピーー!!と、甲高いホイッスルの音も鳴り響く。

 

「っあなたたち、その格好はロケット団ね!? 逮捕します!」

 

そうして茂みを越えて姿を現したのは赤と黒の縞々に白いたてがみを備えた子犬のようなポケモン、ガーディと青い制服を着た婦警、ジュンサーだ。

さらにその後ろから右肩にプラスルを乗っけた少女もついてきている。

明るい色合いの活動的な服装と動きの邪魔にならないように長い髪をまとめてくくったその少女はポケモンレンジャーであった。

ポケモンレンジャーはポケモントレーナーとは異なりボールで捕獲するのではなく、腕に装着したキャプチャー・スタイラーなどの機械を用いて、野生のポケモンの力を一時的に借りることで災害救助などを行う職業だ。

そのため自然環境の維持も彼らの仕事の一つであり、今回トキワの森のピカチュウが激減した原因の調査にこの少女が派遣された。

彼女は相棒のプラスルと共にトキワシティのジュンサーのパトロールに同行し、ミッション解決の手がかりを探していたところであった。

 

「っそのピカチュウっ!? やっぱりロケット団とこの森のピカチュウの数が減っているのには関係があったのね!」

 

悪事を働く前にいきなり見つかる不運。不意をうつことならば得意だが逆にうたれるととても弱いロケット団(三人組?のみ)であった。

 

「げげっ、ど、どうする」

「あー、もう。と、とにかく逃げるわよ!」

「わかったニャ」

 

すたこらさっさ、とばかりに背を向け走り出すロケット団(三人組?) うっかりピカチュウの檻を置いたままだ。

 

「キャタピー、いとをはく!」

 

レンジャーの少女はトキワの森に入ってすぐキャプチャしておいたキャタピーに支持を出す。

キャタピーの口から勢い良く飛び出した白い粘着質の糸は瞬く間にロケット団へとまとわり付いて、三人まとめてその動きを封じた。

 

「くっそー!」

「きー、放しなさいよー!」

「ニャーたちはまだ何もやってないニャー!」

 

「ピカチュウをこんな檻に閉じ込めておいて、よく言うわね」

 

レンジャーの少女が檻に閉じ込められたピカチュウの元へと歩み寄っていく。

するとピカチュウは少女に対しても電撃を発して警戒心をあらわにした。それはとても弱弱しいものだったが、明らかな拒絶であった。

電撃に退くことなく、少女の手が檻に指し伸ばされるとピカチュウは狭い折の中を後ずさり怯える。

その姿に居た堪れなくなった少女は、大丈夫よ、と優しく声をかけ檻の鍵を開けた。

そして檻の戸が開いた瞬間、ピカチュウは目にも留まらぬ速さで飛び出し、森の中へと逃げていった。

 

「あ、あなたたち、あのピカチュウにいったい何をしたの……?」

 

少女の震える声。そこには怒りが混じっていた。

 

「し、知らないわよ!」

 

「詳しいことは署で聞かせてもらいます、おとなしく捕まりなさい」

 

手錠を手に持ち、厳しい顔で、必死にもがくロケット団のもとへ近づいていくジュンサー。

 

 

「「「な、なんだかとってもやな感じぃい!!」」」

 

 

こうして間抜けなロケット団は捕まり、事はロケット団幹部アポロの予想通りになっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キングドラ、えんまく! ドククラゲ、ちょうおんぱ! マンタイン、あやしいひかり!」

 

――ことはなかった。

 

スタンっと突如、空から降ってきたスーツ姿の男。先に出現させた三匹のポケモンへ立て続けに指示を飛ばし、状況を一変させた。

 

キングドラの口元から大量の噴煙が巻き起こり、瞬く間に周囲を満たして視界を奪った。

さらにブオォッと身体を震わせたドククラゲ周囲から衝撃波のような超音波が発せられ、聴覚と三半規管を乱していく。

そこへ、マンタイン音発した怪光線が煙幕の中を乱反射。

 

「な、なにっ!?」

「きゃ、きゃぁあ」

「うおわぁぁあ」

「ニャンだコレ、目が回るニャぁ!?」

 

――グ、グルゥ――

 

人もポケモンも見境なくすべての対象が混乱したのを確認すると男は次の行動に移った。

 

「よし戻れ! 来い、フーディン!」

 

ポケモンたちをボールに戻し新たに呼び出したフーディンを連れて三人組の元へ駆け寄る。

 

「な、なんだお前!?」

 

ムサシの長い髪が視界を埋めていたおかげでかろうじて意識を保っていられたコジロウが叫んだ。

 

「なんだかんだと聞かれても、普通は答えてやりゃしないぞ? が、あえて言うならば我々はどこにでもいる、ってところか」

「そ、それってつまり!」

 

そう言うと男はフーディンに命じた。

 

 

 

 

「テレポート!」

 

 

 




にじふぁんでの掲載はここまでです。
これ以降は実はまだ出来ていません。以前に多少書いた分はあるもののプロットの変更により破棄。次話は完成の目処が立っていないのです……。
長らくお待たせしたうえに新規分もなく、大変心苦しいのですが何卒ご容赦ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。