夕焼けの再会 (チート部長)
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夕焼けの再会

1.少女は悪夢を見る

キリツグがいる。

正義のためにただひたすらに切り捨ていく。

最初は二つの客船のどちらか、そしてまたどちらかを。

一人でも多いほうを選び救っていく、少ないほうを犠牲とする。

私はまだその時は傍観者だった。

ただ見ていた。見ていることしかできなかった。

あの優しいキリツグが、目の前で…あるいは手の届かないほど遠い場所で、冷酷に、助けを求める人達を見捨てていく様を。

そこからはまるで地獄の釜に落とされるように…

そのあまりにも広く、暗く、深い海へと沈みゆく客船からは悲鳴が、断末魔が反響し、いつしか無へと帰って行った。

そうしてキリツグは選択を迫られる度、何度も、何度も…そう、何度だって人を救うために、人を見捨て続けた。

気づけばお母様とキリツグ、そして私だけになっていた。

キリツグが怖い顔で私の方へとゆっくり近づいてくる。

私の背と同じくらいになるようにキリツグは膝をついて私を抱きしめる。

いつもならぶっきらぼうではあるけどあたたかくて優しい、声もかけてくれるはずなのに何一つ発しない。

えもいえぬ違和感とキリツグのか持ち出す怖さにより私は動けないでいた。

キリツグがやっと動いたかと思うとおもむろに私のこめかみの横に銃を押し当てて----------------

 

2.少女は朝を迎える

夢だ。

目を覚ますと見慣れたベッドの天井がある。

冷や汗とも似た嫌な汗が体に伝わるのを感じつつゆっくりと上半身に起こす。

気だるげな頭をどうにか回しつつ時計のほうへと頭をむけ

「もう、こんな時間なのね・・・・・。」

あともう少しでセラとリズが朝食を作り終える頃だろうか、いつもならもう少し早く起きれるのだけれどあの夢のせいもあってか少々遅くなっている。

頭の整理が徐々に出来てきたところでいつものように

パン、パン

と切れの良い音を手を叩き二回鳴らす。

しばらくすると

「イリヤ、今日ちょっと遅い、また・・・夢?」

「おはようございます、お嬢様。」

リズとセラが入って来る。

リズは優しく私の身を案じてくれている

セラも気づいていないわけではない、ただあえて触れずにいつも通りの対応をしているのだ。

二人ともそれぞれ違った、しかし自分のことを思いやってくれる気持ちが伝わってきて、くすりと笑いながら

「ええ、大丈夫。いつものだから心配する必要はないわ。じゃあお願い。」

二人に朝の身だしなみを整えるのを手伝わせる。

用が済むと二人は

「では朝食が出来次第お呼びにまいりますので。」

「またね、イリヤ。」

と言い私の部屋を出て行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふう。

又もや部屋に静寂が訪れる。

鳴り響くのは時計の針の音、そして動くたびに出るベッドのスーツが擦れる衣擦れ音くらいのものだ。

ぽすん、と何気なくまた横になって惚けてみる。

慣れた、とは言ったもののやはりあの夢は後味が悪い。

シロウも確か言ってたっけ・・・・・・まだ第四次聖杯戦争、あの大火災の夢を今になっても見るって・・・・・。

シロウも私も間違いなくあの聖杯戦争によって何かを失い何かを負わさせられた。

普段は奥底にあったとしてもひょっとしたときに“それ”は急に顔を出し私たちを深く暗い闇の底へ陥れる。

忘れることが出来ていたと思っていても付きまとってくる。

また少し横たわる体を身じろぎさせて横目で窓のほうを見てみる。

窓の外は曇天が広がっていた。

「そういえば、今日はシロウの家に行く日だったわね・・・・・・。」

そんなことを考えながら私はまた目をつむり眠りへと落ちていった。

 

3.少女はすれ違う

 

士郎の家に訪れる。朝の悪夢のせいもあってか出かける準備に手間がかかったりして時間が遅めになってしまった。日はもう高くに上りおおよそ12時。

今日のお昼は果たしてなんだろうか、そんなことを考えながら歩いていると衛宮家の門の前にたどり着いていた。

インターホンを押し

「しろー!私よー!」

呼びかけるとすぐに戸が開く。

シロウがいた、だがインターホンを押した音にすぐに戸が開いたことといい今のシロウの状態を見ると出かけようとしている最中だったらしい。

「士郎どうしたの?出かけるの?」

「ああ、ちょっと切嗣の所にな。掃除も行かなきゃいけないし。

そうだイリヤ、せっかくだから行ってみないか?行ったことなかっただ・・・。」

頭が真っ白になった、そしてシロウが言い切る前よりも早く

「いいわ、私今日は帰る。」

といい駆け出していた。

なんで、なんでよりによって今日なの。

夢の中でみた怖いキリツグが頭を横切る。どんどん思い起こされていく。

暗い思考の濁流にのみこまれそうになりつつなんとか足を動かし衛宮邸を離れていく。

後ろにいるシロウを気にかける余裕さえなかった。振り向くこともできずただひたすらに逃げていった。

シロウのばか、シロウのばか、シロウのばか・・・・・・・・・・・。

 

4.少女は彷徨う

がむしゃらにひたすら走り続けていた。自分が今どこにいるのかもわからなくなってしまうくらいに。

とうとう体のほうが限界の悲鳴を上げはじめ足取りが次第に遅くなっていき立ち止まってしまった。

「・・・・・・っはあはあ・・・・・はあ・・・・・・・・・・・・。」

全身が新しい酸素を欲している、小さな体は震えていた。

乱れた呼吸を必死に整えようとする、まともに息継ぎもせず走っていたせいかなかなか落ちつかない。

しばらくすると熱を帯びていた体もおさまりかろうじて普段の呼吸のペースに戻ることが出来ていた。

「私・・・・・・・それよりここ・・・・・どこ?」

知らない景色が眼前には広がっていた。見たことのない住宅街の景色。

知らない建物に囲まれ私は道の真ん中に突っ立っていた。

誰も周りにはいない。鳥のさえずり、道行く車・・・・・なにもかもなくてただ一人だった。

走っていた熱に浮かされていたのが完全に取れたのと同時に私は今自分の置かれている状況を把握することができた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか私、迷子になったんだ。

廓寥とした寂しさが私の身を包んだ。

セラもいない、リズもいない、リンだってサクラだっていない。

シロウもいない。

辛かった、寂しかった。

小さい頃の弱い私がちらつく。

そう、ちょうど全身に刻印された令呪の痛みに呻いていたあの頃、キリツグとお母様がいなくなって泣いていたあの夜・・・・・・・。

今の私はあの頃の私より確実に強い、心も体も魔術の実力も。

シロウのお姉ちゃんだしちょっと抜けている弟を見守ってあげなくちゃいけない。

他にもまだ危なっかしいサクラだっている。

私はいつの間に見守る側の立場になったけれど、自分ではそう思っているけれど。

けれどそれでも小さい頃の私は自分の中にいる。

弱さがほんのたまににだけれどこぼれ出てしまう。

どうしようもなくて空を見上げた。

__________ぽつり。

雨粒が私の頬に落ち下に伝っていく、雨が降り始めたのだ。

当然傘など持ってはいなく雨に身を任し濡れていく。

知らない場所に一人で来て何もわからなくなって濡れている、惨めそのものだった。

どんどん雨足は強くなっていく。

___________どのくらいの時間がたったであろうか、自分でももうわからなくなっていた。

体の熱は冷たい雨に打たれどんどん奪われていく、心も同じように冷えていくような気がした。

耐え切れず俯いてしゃがみこんでしまった瞬間に

ふと、雨が途切れた。

何が起きたのであろうか、恐る恐る顔を少し上げ上目遣いに目を向けてみると

____________そこにはタイガが傘をこちらに掲げて立っていた。

 

5 少女は光を見る

「いやー、びっくりしたよー。イリヤちゃんが一人で雨の中立ってたんだからさー。」

あっけらかんとした様子で話しかけてくる。

この人は藤村大河。穂群原学園の教師でありさらにキリツグとも縁があって建前上シロウの保護者をやっているらしい。

私もたまにタイガの家に泊まってたりしてタイガのおじいちゃんとも仲良くさせてもらっている。

で、今私はタイガの家にいて和室で机を挟みお茶請けとお茶を手に取りつつタイガと向かい合っているわけだけど_____________________。

 

「どーしたのイリヤちゃん!?一人でこんな場所に・・・ってびしょびしょじゃない!?」

タイガは傘をこちらに向けてしゃがみこんでくる。

私の顔を見るや否や何かを察したのか

「立てる?とりあえず私の家にいらっしゃい、お風呂、わかせてあるから。」

と優しく私に手を差し伸べて立ち上がらせてくれる。

タイガの手は、大きくて温かかった。

私はまだその時は立ち直れてなくてあまり周りを見ることもできずただ俯いてタイガに手を引かれるままにして家に着いた。

私はタイガに促されるままに浴室へと向かった。

もちろんその前に脱衣所で服を脱ぐわけだが。いつも通り、何の感慨も無く服のボタンを一つ一つ外していく。

いや、いつも通りと言えば違うかもしれない。いつも以上に、無心で、心ここに在らずとばかりの様子だったと思う。それだけ私にとって過去の…キリツグの存在は重いものだった。

その重荷を肩に乗せたまま、浴室へ入り、身体を手癖のまま洗った。その時触れた私の肌は、さっきのタイガの手に比べればとても冷たかった。それは雨に打たれた影響もあったのだろうけど、それだけじゃない。私の心はどこか、あの雪に晒される城のように凍えていたのかもしれない。

ええ、未だに過去を捨て去れない私にはお似合いだわ…と自身へと皮肉を呟きつつ浴槽に身体を浸からせる。

こんなに温かいお風呂は久しぶりだった。むしろ雪国育ちの私にとっては熱すぎるくらい。

…でも、それが今は心地よかった。冬木に来て出会った人たちの少し図々しいくらいの優しさと温かさを肌で感じているようで…。

はぁ…とため息を一つついた。そのため息は、私の身体から悪いものを抜き取るように口から滑りでていく。今までの気分とは対照的な心地良さすらあった。

でもこんなに熱いお風呂に長く入ってたらのぼせそうで、多少の名残惜しさを感じながらも私は浴槽に別れを告げた。

そして身体には優しい温もりを逃さないようにそっとバスタオルを巻いて…。

その後、浴室から出た私は気分を切り替えるように大きく深呼吸をした。すると不思議なほど肩が、身体が軽く感じた。まるで憑き物が落ちたように。

そして今に至る。着替えはたまにタイガの家に泊まることもあるためもともと私の洋服の予備を少し置かせてもらっているからそれに着替えた。

「少しは落ち着いた?寒さの方はどう?」

「ええ、ありがとうタイガ。もう大丈夫よ。」

声も今ではもうはっきりと出せるようになっていた。

「で、何かあったの?イリヤちゃんあそこの地区に行ったことなんてなかったでしょう、しかも一人で雨の中だったし。

今日士郎の家にいる予定だったよね。」

タイガはこういう時本当に察しがいい。いつもは暢気に騒ぎまわり自由奔放としてはいるがやっぱり教師なんだな、と感じさせられる。

ほら、今だって優しく語りかけてくれる様な声音で話しかけてきてくれている。

私の事を見つめる目もいつもとはまた違っているのが分かる。

「ちょっとシロウとあって・・・、いや今回シロウは何も悪くないの。

悪いのは私。きっと困らせちゃってるかも知れないわね・・・・・・。」

「そっか、でも士郎はイリヤちゃんのことちゃんと分ってるはずだよ?イリヤちゃんも士郎の事大好きでしょう、それは士郎も同じだから。」

ここまで人から優しくされるのは久しぶりだった。当然みんなやさしいのだけれどこの時のタイガは格別だった。

・・・・・聞いてみようかしら、あの事。

サクラが倒れた時タイガが話していたことが思い起こされる。

そう、キリツグのことだ。タイガはキリツグと長い付き合いだったみたいだしキリツグの事が何かわかるかもしれない。

今まではなかなか私としても向き合うのが難しかったり聞くのが憚られたりなどしてできなかったけど今ならできる気がする。

むしろこのチャンスを逃してしまっては分からずじまいになってしまう気さえした。

「ねえ、タイガ。前桜の体調が悪かった時キリツグの話してたじゃない?

ごめんなさい、実は私それ聞くつもりじゃなかったんだけどたまたま居合わせてたの。

キリツグってどんな人だったの?ほんとに誰かに会うためにそんな出かけていたの?」

自分でもよく言ったものだと思う、意図的に話は聞いてたし。

急にこんなに聞かれたら訝しまれてしまうかもしれない。

でもタイガは違った。

「あー、あの時の話ね。切嗣さんが外国に行ってたのは本当よ、それも何度も。

はっきりと口にしたわけではないけど誰かに必死で会いに行こうとしてたのは子どもの私でも分かったかなぁ・・・。

あ・・・でも一度だけ切嗣さんこんなことをぽろっと漏らしたことがあったんだよね・・・。」

 

時は夕暮れ。一日の終わりに差し掛かり傾いた夕日は歩く二人をさし長い影を作っていた。

一人の男の陰には子供をおぶさるような形が出来ていた。

「いやー、士郎もまだ子供だねー。切嗣さんの背中で気持ちよさそうに寝てるよ。」

笑いながら中学生の私は共に帰途についている隣の人、切嗣さんに話しかけていた。

「士郎もまだ子どもだからね。遠出をすると疲れちゃうんだろう。

でもすごいものだよ、帰ったら僕たちの晩御飯の準備もしてくれるんだから。」

「私も!私も帰ったら士郎の手伝いしますからー!」

切嗣さんも優しく笑いながら話す。

わいわいと二人で話しながら歩いていると切嗣さんは少し表情を変え、はるか遠く離れた何かをいつくしむように静かに呟いた。

「僕にはね、士郎と同い年くらいの女の子の娘がいたんだ。

その子はとてもとても小さくてね、今の士郎よりも全然軽かったんだ。

もう長いこと会えてはいないんだけどね、その子の事を思わない日は一度だってないよ。」

どんどん沈みゆく夕日を見つめながら切嗣さんはそう言った。

私は切嗣さんから何か哀愁めいた、しかしながら深い深い愛情を感じ取ってそのまま特に何か返事をするわけでもなく並んで歩き続けた。

 

「・・・・・ということがあったの。ホントに何でもない普通の日だったからイリヤちゃんに聞かれて思い出したわ、ありがとう。

子どもの私は切嗣さんが静かに呟いたことで意識してなかったしあんまり真面目に受け取らなかったからそれが何を意味してるのかわかってなかったのねえ。

今考えると切嗣さんにお子さんがいたなんてびっくりだもの。

もしかしたら士郎のお姉さんに当たるのかもね。」

タイガはそう言って笑った。

そう・・・・だったのね。

キリツグは私に会おうとしていた、私の事を離れていてもちゃんと思っていてくれたんだ・・・。

私はずっとキリツグを恨んでいた。お母様も私の事も、アインツベルンから逃げた裏切り者だと思っていた。

でも、違った。

あの時サクラに話してたのは本当だったのだと分かった。

今まで複雑に渦巻いていた気持ちがどこかに纏まろうとしている。

先ほど衛宮邸を出る瞬間の私の名を呼ぶシロウの声が頭にこだまする。

そっか・・・・・、そうすればよかったんだ。

やっと気づけた、向かい合うことができる。

この気持ちが薄れないうちに、早くいかないと。

「タイガ、今日はありがとう!私行かなくちゃいけない用事できたの!」

立って駆け出す、玄関の扉を開ける。

「わあ・・・・・・・・・・・・。」

急いでいたはずなのに足が止まってしまった。

先ほどの雨が嘘のように空には天ヶ紅が広がっていた。真っ赤な夕日が当たり一面を照らしていた。

その光景に心を奪われているといつのまにかタイガが隣にいて同じ景色を見ていた。

「綺麗だね、イリヤちゃん。」

「本当にね、タイガ。」

急に私が駆け出したことも気になるはずなのに特に何も咎めず自然に話しかけてくる。

そしてまたタイガは口を開く。

「用事、あるんでしょう?気を付けていってらっしゃいね

日もあと少ししたらくれちゃうから。」

・・・・・本当にありがとうタイガ。

胸の中で心からの感謝を伝え走りだす。

「じゃあねタイガ!また今度!」

タイガは手を振ってくれていた。

 

6 藤村大河の追憶

・・・・・行っちゃたなあ。

私は玄関の前で一人で暫く立ちながら夕陽を見ていた。

イリヤちゃんが急に走り出したものだから驚いたけれど誰かに思いを伝えなきゃ、という表情がはっきりと表れていたため何か聞くこともしなかった。

きっと多分あの人の所へ行くんだろうなあ、と。

なんとなくは気づいていた。

急に来たイリヤちゃんが士郎にあそこまで親しくて、そして士郎もまたイリヤちゃんに優しくて。

遠坂さんや桜ちゃん、セイバーちゃんと関わる時とはまた違った雰囲気。

そう、それはまるで家族のようで・・・・・。

だから私もイリヤちゃんとは何か気が合うし、一緒に居てとても楽しい。

今日、あの切嗣さんの話をして合点が言ったかもしれない。

そっか・・・・・切嗣さんの娘さんって・・・・・・。

遠い真っ赤に染まった夕日を見つめる。

夕日は三人で歩いたあの人とても良く似ていて、綺麗だった。

「切嗣さん、士郎も娘さんもとても大きくなったよ。

みんなで元気にやってるよ。」

そう呟いて藤村大河はだんだん沈みゆく夕日をじっと見つめていた。

 

7 少女は決意する

タイガの家を出たらすぐに私の家の車、メルセデス・ベンツ300SLクーペが停まっていた。

右側の座席に乗り込むと当然前にセラが座っていた。

「なぜここが分かったの?」

私が尋ねる。

今日はシロウの家に行くと伝えて出てきたはずだ。流石のセラでも私の居場所がリアルタイムでわかるわけでもない。

それなのに何故、タイガの家に、こんなタイミングよく・・・・?

頭を巡らしているとセラが口を開く。

「お嬢様がお出かけなさった後しばらくエミヤ様からお電話を頂きました。

お嬢様がどちらかへ行かれてしまったと、そして今フジムラ様のお宅にいらっしゃられると。」

・・・・・そういうことだったのね。

タイガがきっと私がお風呂に入っている間にでもシロウに電話をかけたのね。そしてそれを聞いたシロウがセラリズに電話をかけたと・・・。

納得は良くけれど少し気まずい。みんなに心配をかけてしまっていたのも伝わってきた。

「お嬢様、お出かけの予定を変えられるときはご連絡下さいませ。今回はフジムラ様が同伴されていてつたいに連絡が来たからよかったものの万が一のことがあっては・・・。」

セラがいつものように小言を言う。

でもさすがの私も今回の一件については何も言うことが出来ない。

でも今はそれどころじゃない、早くしなきゃ。

「ごめんなさいセラ。

今回は私が完全に悪いわ。いろんな人に迷惑をかけてしまったし高めの菓子折りでも用意しなくちゃいけないわね・・・・・。

その前に行かなきゃいけない場所があるの。全力で飛ばしなさい、これは命令よ。

場所は・・・・・・柳洞寺。」

車内の空気が一変する。この場所が何を意味するのか、セラはそれが分かってるからだ。

「お嬢様・・・・・・それは。」

セラが苦々しそうに呟く。無理もない。

確かにその者がアインツベルンを裏切ったものには変わりない。

でも裏切り者という前にやはり____は私の____なのだから。

「お願い、セラ。」

決心を固め言う。

私の意志が固いことを察したのかセラが

「わかりましたお嬢様。アインツベルンが誇るこの車。

直列六気筒SOHCのM168エンジンの実力お見せ致しましょう。」

アクセルを踏み込み心地よいエンジン音がうなりをあげて走り出す。

銀色のバンパーを照らしながら車は柳洞寺へと向って行った。

 

8 少女は想い出の中で

柳洞寺。

何度かキャスターの陣営の偵察で訪れたことはあったが今日は確実にいつもと違っていた。

まず石畳の参道、段の数が心なしか多く感じられる。

実際は何も変わったところはないと私が一番わかっていた。

今まで全く触れようとはしなかった、長らく会ってなかったキリツグに会いに行くのだという事実にまた私は気後れしてしまっているのだ。

でも、ここでやめてしまったらもうチャンスはやってこない。

沢山の人に心配、迷惑をかけた。

それでもみんなは私を信じてくれていた。

ここで逃げるわけにはいかないのだ。

どんどん暮れていく西日を背にしてイリヤは足を進めていく。

一度進めると思いのほか足取りは軽く吸い寄せられるようにしていった。

登り切った後は横手の雑木林の道に行く。

ここから先は行くのは本当に初めてだ。

キリツグがいるのが分かっているからこそ偵察の時でも唯一踏み込めなかった、そこへ向かう。

あたりはとても静かで吹き抜ける風で揺れる木々の音だけが耳に入って来る。

木漏れ日がちらついていてそしてどこか温かい。

迷いはもう消えていた、只会いたいと。

いままでずっとずっと心に隠されていた思いが今胸から溢れようとしている。

歩く、歩く、歩く・・・・・・そしてその先に

________________衛宮切嗣。

ああ・・・・・・・・・・・やっと会えたんだ。

ゆっくり、ゆっくりと足を運び真正面に立つ。

シロウが今日掃除したからであろうか花もあって綺麗だった。

色々なものがこみあげてくるが何とか飲み込んで声を出そうとする。

なかなかでない、どうにか振り絞って声を震わせながらも話しかけようとする。

でも出ない。

なんで、ここまで折角来たのに。

私頑張ったのに、みんなも背を押してくれたのに。

目の前にいるのに。

またいつの日かの弱い私になってしまう、ただ身を震わせ立つことしかできない。

あと一押しが足りない。

どうしようもなくて目を瞑った先には_________________。

 

昔の城の一室の中に私はいた。

辺りを見回す、何が起きていたのか理解が追い付いてはいなかった。

私がさっきまでいた場所はキリツグのお墓の前で、辺りはもう夕焼けで・・・・・・・・。

しかし今私がいるのは紛れもなく故郷にあるアインツベルン城の一室で

しかもキリツグとお母様と過ごした在りし日々の部屋だった。

何か懐かしい思いと、そして今の状況を把握しようとする理性が私の中でせめぎ合っていた。

そうしていると突然温かいものに私は包まれた。

私は固まってしまった、後ろを見ることも出来なかったがこの感覚は分かる。

とても暖かくていい匂い、ずっと会えていなかった懐かしい人。

私の事を心から愛してくれていて、また私もその人の事が大好きだった。

「イリヤ、ずっと一人でいさせてごめんなさい。

キリツグのもとにきてくれてありがとう、私もうれしいわ。」

声を聴くだけで本当に心からほっとする。

さっきまでの困惑など彼方へ吹っ飛んでしまほどに。

私にとってどうして今ここにいるのか、どのような状況かなんて最早関係なかった。

ただ話したい、触れたい、一緒に居たいという気持ちが胸の中を駆け巡っている。

「お・・・母様・・・・・・なの・・・・・・・?でもなんで・・・・・・」

「娘があと一押しを必要としてるのに助けれないなんてダメじゃない。

イリヤの必要な時に寄り添ってあげられたわけじゃないけれどそれくらい私だってわかるわ。

大丈夫、キリツグもあなたと会えるのを本当に心から望んでいたから一緒よ。

言いたいことを言ってきなさい。」

そういって優しく微笑みながらもう一度私の事を抱きしめてくれる。

そしてゆっくりとお母様は立ち上がる。

まるでその一言を言うためだけのように、最後の最後に力を貸しに来てくれてその役割を終えたかのように。

「待って、まだお母様とも話したいことが・・・・・・、最後に一つ、一つだけどうしても聞きたいことがあるの。」

私もお母様の方へ向いて立ち上がる

ここで終わってしまったら本当に二度と会えない気がして、お母様のほうへ駆け寄った。

これだけは聞かなくちゃいけないと、それはキリツグと私が向き合ううえでもとても大事なことだったから。

「お母様は・・・・・キリツグの事をどう思っているの?

お母様はキリツグを心から信じてた、愛してた。

けれどキリツグはそれを最後に受け止めれなかった、失敗した。

お母様は・・・・・・死んでしまった。

やっぱり、アインツベルン家のように恨んでいるの?嫌いになってしまったの?」

ああ、言ってしまった。聞かなくちゃいけないこととはいえ返答を聞くのがとても怖い。

どうしてか、それは私の気持ちがまたここで揺らいでしまうかもしれないからだ。

もしお母様がキリツグの事を恨んでいたとしたら私はキリツグとどう向き合えばいいのか。

また胸の中で不安が渦巻きそうになっていた。

真面目な表情で問うた私の顔を見てお母様は笑い出した。

・・・・・え、どうしてと思った矢先にお母様が口を開く。

「っぷ・・・・・・あはははははは、そんなおかしいわイリヤ。

私は切嗣の事が大好きよ、恨んでなんかいないわ絶対に。

そもそも私はあの聖杯戦争に赴く時点で命の覚悟はしていたわ、だからそれは決してキリツグのせいじゃない。

確かに切嗣は願いをかなえられなくて、大きな災厄をもたらしてしまったかもしれない。

でもそれは聖杯戦争のせいでもあるのよ、元々切嗣の願いは本当に素晴らしいものだったわ。

それにあの人は私のたくさんの大切なものをくれた。ホムンクルス、本来聖杯戦争の道具として使われるだけの私に対して。

外の世界の事、私のお気に入りの車もそう、愛・・・・・・本当にいろいろ。

そして一番はイリヤ。切嗣と私の自慢の娘。

だから私は切嗣が好き、家が何と言おうとそれは絶対に変わらないわ。」

お母様もまた私の目をしっかりと見据えて答える。

それが聞けて私もまたキリツグへの思いの向け方が固まる。

もう大丈夫だと、自信を持っていえる。

「ありがとう、お母様。大好き。」

私がそういうとお母様はゆっくりと頷いて部屋を出ていった。

ぱたん、と扉が閉まると私の意識は混濁しだし瞼が自然と重くなってゆき______。

 

私は戻ってきていた。

風が吹いているお寺の墓地の夕暮れ。

目の前にはキリツグのお墓。

腕時計を見ると時間はまったく立っていなくて。

夢だったのかもしれない、けどあの空間はきっと確かに存在した。

お母様と私は一緒に居た、最後の一押しもある。

もう一度胸の中で感謝を伝え私は_________________。

 

9 少女は一人静かに涙を流す

「久しぶりね、キリツグ。

何年振りかしら、私もあなたもそしてこの世界も大きく変わってしまったわ。

今しているのは偽りの聖杯戦争、繰り返しの七日間の中にいるのよ。

・・・・・と言ってもわからないと思うけど。

少なくともあの第四次聖杯戦争からは何年も経ったわ。

私も大きくなったでしょ?」

くるりと身体を一回転させてみる。そしてまた前を向き話す。

「シロウとも会ったわ。ずっと気になっていたの。

当然許せない気持ちはあったけど実際に会ったらなくなっちゃったわ。

しっかりしているように見えて、他人のために色々しているけれど肝心な自分には本当に無頓着で。心配をかけさせるような弟だったんだもの。

キリツグ、きちんと面倒全部見てあげなかったんでしょう、海外ばかりへ行って・・・・・。

でもそれが小さい頃のシロウにとっては憧れでそれを受け継いじゃったのよ。

ほんとに・・・・・何してるのよキリツグ。」

だんだんと言葉に熱がこもって来る。止まらなくなる。

「私だってそう。

キリツグがいなくなってから、お母様がいなくなってからずっと一人で。

おじいさまから聞く言葉はキリツグへの悪口ばっかりで。

次の聖杯戦争へ向けた私の体の調整とかもあって痛くて苦くて・・・・・・。

外もめったに出れなくて、一人でくるみの芽を探してもつまらなくて。

あたかかったはずのお城は寒かったんだから・・・・・・・・・。」

今までため込んできたものが全部こぼれていく、どんどんと。

「それでも・・・・・それでもキリツグが私のお父さんであることには何も変わりないのよ。

ずっとずっと会えなくて、冬木に来てももうキリツグは遠くに行ってしまっていて・・・・・・。

私辛かったんだから、悲しかったんだからぁ・・・・・。」

とうとう涙がこぼれてしまう。

一度流れ始めた涙はもうとめどなく流れ続ける。

頬を伝って滴り落ちてくように。

嗚咽が交じりただひたすらに泣く。

耐え切れなくてキリツグの墓石にすがるようにして。

大好きだった、優しかったあの頃を思い返しながら。

 

少女の思いは夕焼け空へと吸い込まれていく。

彼女の思いと呼応するかのように夕焼けは真っ赤に煌めき揺らぎながら沈んでいった。

 

10 少女は日常を愛する

後日

陽気な晴れ渡る空と共に心地よい鳥のさえずりが聞こえる。

人も車も行き交う見慣れた道、温かい日常がそこにはあった。

軽やかな足取りでステップを踏みながら今日も私はシロウの家へ遊びに行く。

・・・・・・・・・・・確か今日はタイガもいる日だったしきっと賑やかになるわね。

考えているともっと楽しみになって早く着きたいと自然に足が進んでいく。

ここを曲がればあとはシロウの家まで一直線・・・・・と思っていたら門の前にシロウとタイガが二人して立っていた。

「あれーどうしたの二人ともー?朝からお出かけー?私もついてくんだからーーー!」

士郎の腰に抱き着く。

そして少し離れて上を見上げると何故かシロウは気まずそうに顔を少し背けて

「あー・・・イリヤ、今から行く場所はその・・・。」

歯切れの悪そうに口ごもっているとタイガが私の手を引いて急に駆け出す。

「っちょな、なにするのいきなりタイ・・・・・・・・・。」

「ほらー!士郎もボケっとしないー!

私とイリヤちゃん二人で切嗣さんのところ行っちゃうんだからねー!。」

シロウのほうへ振り返ってタイガが手招きする。

・・・・そっかそういうことだったんだ。

シロウが気遣ってくれた嬉しさと気恥ずかしさで少しはにかみながらも私もシロウの方へ向いてとびきりの笑顔で呼びかける。

「しろーーー!早く行こうよーーーーーーーーーーー!!!」

 

〜fin〜




11 後書き
まずこのような拙い文もとい駄文に付き合ってくださった皆様ありがとうございました。
元々書く動機としては
自分はイリヤの事が好きなのですがそれをどうにか表現をしたい、しかし絵は描けないので・・・・・という事で筆をとってみました。
因みになのですが私は創作、という活動をまともにしたことがなかった身でした。
そして二次創作ですので大それたものではありませんが今回のでこの人生初何か一つのものをきっちりと完成させるということをしました。
そういった部分では未熟な部分多々あったと思います、申し訳ございません。
ストーリー設定ですがFate/hollow ataraxia上であり得たかもしれない出来事、をコンセプトで書いてはいましたがHFの描写が混ざっていたりなど良いとこ取りをしたものとなってしまいました。自分の至らなさが出てしまった、と反省しています。
さて、前置きが長くなってしまいましたがこの物語の主人公はイリヤです。
イリヤ好きとしてどうにか切嗣とのやり取り、お互いにまた通じ合わせたいという思いで書きました。
イリヤはサブヒロインですのでどちらかというと士郎とメインヒロインの間をかけもったりサポートをしたりします(そこにも彼女の多大なる魅力があるのですが)
なのでどちらかというとイリヤの心情自体はなかなかそこまで掘り下げられて描写はされません。
しかしFateは作りこまれているストーリーなので当然イリヤにもいろいろなものがある。
そういったところを表現しようと努力しました。
この作品を読んで
イリヤ、感情をむき出しにし過ぎているのでは
イリヤはもっと落ち着いていてクールでお姉さんでは?
と思う方、ごもっともだと思います。自分もそういうイリヤ好きですので。
ですが今回の場合は子どもの時から今まで、すべての部分を含めて“イリヤスフィール”という人物をかくことに年頭を置きました。
原作のイリヤはお姉さんですから、自分の気持ちを隠しがちだったってのは少なからずあるんじゃないかなと私は考えています。
サブヒロインではありますがもしこれを読んでイリヤというキャラに少しでも思いを馳せて頂けたならば自分にとってそれ以上の幸福はありません。(初作のくせに身を弁えろ)
こんなに長くなってしまいすみません、では最後に。
この作品を書くにあたりまして背中を押してくださった方、励ましの言葉をくださった皆様には並々ならぬ感謝を申し上げます。
特にストーリーの構成などにもお力を貸してくださり御尽力頂きましたMさんほんとうにありがとうございます、またの機会に貢がせて頂きますね。
そしてここまで無駄に長い後書きまでご丁寧に読んでくださった皆様にも感謝を。
実はイリヤメインストーリーで書けそうなのがあと二つあるのですがまあそれは場合によってということで()
機会がありましたらまたお会いできることを楽しみにしております。
では、これにて。



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