敵中横断二九六千光年 (島田イスケ)
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第12章 シンガポール・スリング 福音

西暦1942年2月、アメリカのとある農村地帯。ひとりの少年が息せき切って彼の家に駆け込んできた。南部名物ハリケーンが吹き荒れたならたちまちに飛んでしまいそうな粗末な小屋だ。

 

彼は叫んだ。「父さん、母さん! やったよ! 日本がまたやったよ!」

 

「何よあんた。どうしたっての」と彼の母親が言った。「水をこぼすんじゃないよ」

 

少年は今、水を運んできたところだった。彼の家には水道がなく、井戸水を汲んで使っているのだ。桶を置いて言う。「日本がまたやったんだよ」

 

「そりゃあ結構なことだねえ」

 

と母親。その横で父親が言う。「今度はどこをやった?」

 

「シンガポールだ」

 

「シンガポール」と母親が言った。「どこにあるの?」

 

「知らないよ。とにかくやったんだよ。『攻略不能』と言われていたでっかい基地をやったんだよ」

 

「ふうん。日本て凄いのねえ」

 

「そうさ」

 

と言った。棚から世界地図を取り、卓の上に置いて広げる。

 

「シンガポールってどこ?」

 

と父親に向かって言った。父親は「さてな」と言って眺めてから、スリランカ島を指差した。

 

「これだ。〈S〉で始まってる」

 

「これがシンガポールなのか」

 

「ふうん。日本て凄いのねえ」

 

「そうさ。全部やっつけちまう。だってどこでも、ぼくらの仲間が味方してんだぜ。アメリカが(かな)うわけないよ」

 

「そうだ」と父親が(うなず)いて言った。

 

「それに日本は物凄い戦闘機を持ってるんだって。〈ゼロ〉っていうんだ。それでみんなやっつけちゃうんだ」

 

「ふうん。ここまで来るのかしら。でもまだだいぶありそうじゃない」

 

母親も地図を覗いて言う。言うまでもなくこの地図は、ヨーロッパを中心にして日本を右の端に置き、アメリカを左に配置したものである。

 

少年は、「母さん、違うよ。そうじゃない。日本は逆にまわってくるんだ」

 

「『逆』? 逆ってどういうこと?」

 

「だから日本は凄い船を持ってるんだよ。こうして大地(アース)を曲げて両端を繋げちゃうんだ。で、ここを通って来るんだ」

 

言って彼は地図を丸め、右と左の端を繋げて母親に見せた。ただし、巻き方は内向きだ。これでは地球(アース)は筒型で、人はその円筒の内部に住んでることになってしまう。

 

母親は言った。「へえ。本当に凄いのねえ。けどそんなことをして水がこぼれないのかしら」

 

「よく知らないけど、この桶を勢いよく回してやるのと同じらしい。アースの方がグルッと回って日本の船を持ってくるんだ」

 

「へえ。なんだかわからないけど……」

 

「とにかく、日本は凄いんだよ」

 

「あんたとは違ってね」

 

「そうだ」と父親。「〈スシロール航法〉というんだ」

 

「アメリカが勝てるわけないよ」

 

「そうだ。もちろん、来たらおれ達が味方だからな」

 

「早く来てほしいなあ」

 

と少年は言った。この彼はアメリカで生まれたアメリカ人だ。その両親もまたそうだ。しかし、決して〈ネイティブ〉なアメリカ人と言えなかった。使う言葉も〈ピジン英語〉と呼ばれる種類の英語でない英語だった。市民権を持ってはいても持っていない。(まち)を歩けば保安官に捕まり棍棒で殴られるのだ。

 

そして言われる。『死にたくなけりゃ二度と顔を出すんじゃねえ。お前を殺したところでおれが罪に問われることはないんだ。わかってるだろうな、ニガー』と。だから彼は彼の祖国であるアメリカを心の底から憎んでいた。この戦争で日本に敗けるのを望んでいた。

 

黒人だから。

 

 

 

   *

 

 

 

その同じ日、同じ町。夜になって町外れの森に男が何十人か集まった。揃いの白い(ころも)をまとい、胸に赤地に白抜きの十字マークを付けている。

 

この彼らはみな白人だ。森の中の広場に立てた木の十字架に火を点けて、燃える炎を仰いでいた。

 

炎を背にしてひとりの男が立っている。衣の形は他の者達と同じだが、色は白でなく全身が真っ赤だ。彼は自分を囲む者らを見渡して言った。

 

「同志エヴァンジェリカルの諸君。我々はまた悪い(しら)せを受け取ってしまった」

 

エヴァンジェリカル――それはギリシャ語で『良い報せ』を意味する〈ユアンゲリオン〉を英語にした言葉である。彼らは〈福音を聞く者(エヴァンジェリカル)〉だった。世界を救う運命を背負った〈愛の戦士達〉なのだ。

 

「シンガポールが落ちてしまった。まさかイギリスが降伏するとは……」男は言って、それから短く付け加えた。「バカめ……」

 

「そうだ! やつら、バカじゃないのか?」叫び立てる者がいる。「〈男の戦い〉というものを見せることができんのか?」

 

「そうだそうだ!」「裏切ったんだ! あいつらはおれ達の期待を裏切った!」「ホモだ! ホモなんだあいつらは!」「大体、おれは最初から、あンの野郎どもにまともな結着がつけられるわけがないと思ってたんだ!」「あンの野郎どもめ! あンの畜生どもめえっ!」

 

口々に言い立てる。赤服の男は彼らを制して、

 

「もういいだろう。わたしの思いも諸君と同じだ」と言った。「しかし絶望はしない」

 

おお、と白服の者らがどよめく。赤服の男は続けて、

 

「最後のひとりになったとしても絶望はしない。決して逃げずに戦うのだ。逃げてはいかん。逃げてはいかん。逃げてはいかん。逃げてはいかん。我らはエヴァンジェリカルの神に選ばれし戦士なのだ!」

 

「おおうっ!」

 

「そうだ。我らは愛の戦士、キュクロスのクランズマンだ。わたしを見てくれ、諸君。理由は、なぜならだ。なぜなら、それが理由だからだ。我らの願いはひたすら踏みにじられてきた。傷つけられてわたしの心は(いた)んできた。こう、ジュクジュクと胸を刺し(えぐ)られるようなこの痛み……」

 

白服の男達は涙ぐんで聞いている。

 

「この屈辱を忘れはしない。必ず、倍にして返してやるのだ。我らは敗けない。たとえアメリカが敗けたとしても我らは敗けない。かつて、我らの連合が諸州間戦争に敗れたときにも(くじ)けなかった。我らを殲滅しようとするカーペットバッガーやスキャラワグの卑劣な罠に陥れられ、多くの仲間を失っても、決して挫けることがなかった。ヴォルステッドの(こころ)みが敗れ、不道徳が広まっても、我々だけは誓いを守り続けてきたのだ」

 

と赤服の男は言った。聴く者達の中にいくらか、その最後の部分を聞いて『え? いやそれはちょっと』という顔になった者もいたが、しかし、構わず言葉を続ける。

 

「ジャップの力は強大らしい。悪魔の(わざ)を持ってるという。東にあるのに西回りに攻めてくるというのだ。大地(アース)歪曲(ワープ)させる航法――それがどんなものなのか我々は知らぬがゆえにこちらから行けない……」

 

白服の男達にまた幾人か、『いや、それは』という顔をした者もいたけれど、大半は恐怖の(まなこ)で彼らの指導者を見た。彼らの多くは親や牧師に『アースは平たい』と教わっているので地球は平たいと思っているのだ。たまにどこかで『アースは丸い』などと言う変な相手に出会ったら、『嘘です、平たい、平たいのです。二度と丸いとは言いません』と言うまで木に縛り付け鞭で打ったりなどしている。

 

「〈テンノー〉とは、ジャップの言葉で〈宇宙皇帝(スペース・エンペラー)〉の意味だという。このままでは……」と赤服の男は言う。「このままでは、この大地(アース)は筒に丸められるという。世界のすべてがテンノーの宇宙植民地(スペース・コロニー)になってしまうと。そこにジャップが増えすぎたやつらの子をはびこらすのだと……」

 

「なぜ……」と白服のひとりが言った。「なぜ、ジャップにはそんなことができるというんだ……」

 

「猿なのに……」とまたひとりの者が、「猿なのに、どうしておれ達が敗けるというんだ……」

 

猿なのに、と言って彼らは涙をこぼした。猿なのに、猿なのに、と言ってため息をまたひとつ。そんな彼らに赤服の男が、

 

「だが、それでも我らは敗けない」

 

一梃の拳銃を取り出して言った。〈ドラグーン〉と呼ばれる型の(ふる)い先込め式リボルバーだ。彼は「クー」と言いながら親指で撃鉄をゆっくりと起こした。

 

内部で金具が噛み合うときに「クラックス」、そして引き金を引くと同時に「クラン」と唱える。蓮根(れんこん)状の弾倉にはタマも火薬も込められておらず、銃はただカラ打ちの音を立てただけだった。

 

「クー」「クラックス」「クラン」

 

「クー」「クラックス」「クラン」

 

繰り返し唱えながらカラ打ちを続ける。そのとき拳銃が立てる音も、まあそのように聞こえると言って言えないこともなかった。白服の男達はその声に合わせて唱和し始める。

 

「クー」「クラックス」「クラン」

 

「クー」「クラックス」「クラン」

 

「そうだ」と赤服の男は言った。「それが我らだ。神を信じ、神の教えを守る者だ。神は神に似せて我らをお造りになられた。猿に似せてジャップを造った。それがわからぬ愚かな者が人は進化で生まれたと言う。人は猿から産まれたと言う。だからニガーもイエローも共に人間なのであると――許せぬ。我らはそのように神を冒涜(ぼうとく)する者達と戦う」

 

「そうだ!」「そうだ!」

 

「神は必ず見ていてくださる! 必ず力を貸してくださる! 信じていれば我らは勝つ。そして国民の創生(そうせい)を果たす。我らの優位を不動として、失われた大義を取り戻すのだ。クー!」

 

言って右手を高く挙げた。〈ドラグーン〉の銃口を真上に向けて撃鉄を起こす。

 

「クラックス!」

 

そして、「クラン!」と叫びながら引き金を引いた。弾倉には、六つ目のその薬室にだけ銅の雷管が付けられており、撃鉄の先がそれを叩いた。銃口から黒色火薬の燃焼による猛烈な量の煙とともに、夜目に鮮やかな炎が噴き出す。

 

「スケプティックスに死を!」叫んだ。「我らは決してジャップに陽の目は見せない! この戦いに勝ったとき、やつらの国は海に沈むことになるのだ!」

 

 

 

   *

 

 

 

アメリカで布を被った男達が十字架を焼いていたのと同じ時刻、東南アジア・マレー半島の先に浮かぶシンガポール島は昼だった。地球は丸く、時差というものがあるためである。

 

二月(にがつ)というのに太陽は天の高くにあり、灼熱(しゃくねつ)の光を地に投げかけていた。地球は丸く、シンガポールは赤道のすぐ近くにあるからである。

 

海岸に銃声が響いていた。トラックで連れてこられた人間を(つつみ)に並べて、機関銃で撃つ。あるいは銃剣で刺し殺す。死体を海に投げ捨てて、次の者達を並べ立たせる。

 

それがえんえんと続いていた。死体の首を斬り落として、台に並べて写真を撮る者もいた。海は真っ赤に染まっており、見渡す限り何千という死体が浮かぶ。

 

それを眺めてニンマリと笑う者がいた。笑いながらも、

 

「どうした。まだまだこんなものではないはずだぞ。何をグズグズしているんだ!」刀を振って怒鳴り上げる。「もっとどんどん連れてこい。もっと、もっとだ!」

 

日本語だった。その男に対して、『なぜ』、とやはり日本語で言葉を返す者もいた。なぜです。なぜこんなことをやらなければいけないんです。違う。オレ達はこんなことをしに来たんじゃないはずだ。これは〈彼ら〉の思いを裏切る行為だ。〈やつら〉と同じに裏切る行為――。

 

「やかましい! これが陛下の御軫念(ごしんねん)だ。ガタガタ言うやつは憲兵だろうと叩っ斬るぞ!」

 

男は言った。その名前は辻政信。血みどろの海を背にして(おび)える兵士達を見る。

 

「いいか、この島の人口が半分になるまでやるんだ!」

 

叫んだ。全身に血を浴びて、直上からの日射しでそれが乾く間もなくまた血を浴びる。そうしてもはや赤黒い(さび)の塊のようになった姿で、血塗りの軍刀をかざして叫ぶ。

 

「足りん! これでは、全然足りん!」



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掃討作戦

地下東京の都心部で掃討作戦が展開していた。地上攻撃型のタッドポールがビルのまわりをグルグルと回りながらに横腹から突き出した銃を斉射する。毎分六千、一秒間に百発の割でパルスビームを発射するビームガトリングガンの猛攻だ。

 

それが幾梃も幾梃も。標的となった建物は、みるみるうちに穴だらけになっていった。

 

催涙弾と閃光弾が何十となく投げ込まれ、特殊部隊が突入する。手にはレーザーサイトを着けたビームサブマシンガン。まだ生きている者達を撃ち殺して中を進む。

 

たとえ相手が降伏していようとお構いなしだった。ビルの中にいた者のうち、男は皆、なんの抵抗も示さなかった。武器など持たず、泣いて手を挙げ、撃たないでくれと叫ぶのだ。

 

それを兵士は構わず撃った。男達は『なぜ』と言いながら死んでいった。

 

だが女らは違っていた。突入部隊の前に(おく)したようすもなく、平然として立ちはだかる。「あらあら」とバカにした顔で笑って言うのだ。

 

「その程度の武器であたしに勝てるつもり? 身の程を知らないとは哀れなものね」

 

「かかってらっしゃい。まとめてあの世に送って差し上げますわ!」

 

妙なポーズを決めて胸をそびやかす。ボヨンボヨヨンとそのたびに巨大な胸が揺れ動く。ビルの中は女だらけで、おっぱいの数はその倍だった。色とりどりの変な髪に、変な肌見せコスチューム。手に刀剣やビームガン。

 

この女らは〈女〉ではない。女の形のアンドロイドだ。

 

死に対する恐怖は持たない。殺人への禁忌もない。ゆえに完全な兵士となれる。人間を遥かに超える運動能力、そして防御力を持ち、人の造ったいかなる武器も決して寄せ付けることはない。

 

その一方で逆に〈彼女〉らの持つ武器は、たとえ戦車の装甲だろうと、核シェルターの壁であろうと、容易(たやす)く貫いてしまうのだ。

 

――と、設定ではそういうことになっていた。

 

『設定では』だ。実際には、無論そんなはずはなかった。美少女アンドロイド達は、突入部隊にいとも簡単に撃ち倒された。レーザーサイトの赤い光が彼女らのロリータ顔をポイントし、パルスピームがハチの巣にする。それでアッサリとひっくり返る。

 

アンドロイドの一体は、日本刀を手に不敵に笑っていた。「今宵のムラマサは血に飢えておる。刀の錆になりたい者はかかってくるがよい」などと言いつつ突入部隊に向かって来たが、その歩みはチョコチョコとしたものだった。

 

ナヨナヨとした手つきで刀を上げて、フニャリと下ろす。突入兵士のひとりがそれをわざと己の身に受けたが、しかしまったくなんともなかった。

 

「な!」と驚愕に目を見開くアンドロイドからその刀を取り上げる。

 

で、ズバッと斬りつけた。マグネシウム合金の骨格を持つ彼女は一刀で両断された。

 

当然だ。その刀は鋼鉄の百倍もの硬度を持つカーボンナノチューブの板を鋭く研ぎ上げたものなのだから。アンドロイドは上半身と下半身に分かれながらもまだ〈生きて〉いて、

 

「な、なぜだ……なぜ、無敵のはずのワタシが、このような者に……」

 

などと言う。美少女アンドロイド達は、設定では、人間を遥かに超える運動能力を持っていることになっている。だが現実には、重さ5キロの物さえも持てないほどに力が弱い。戦車砲で撃たれてもロリータ顔は傷ひとつつかないことになってはいるが、現実にそんなことがあるわけがない。

 

けれども〈彼女〉達の電子頭脳はその事実を認識、判断することができないために、どうして自分が敗けるか理解できないのである。

 

「な、なぜだ……」

 

と、今度は男の声がした。

 

「ユリアーっ! どうして、君が殺られてしまうんだーっ!」

 

これは本当の人間らしい。〈ユリア〉という名前らしいアンドロイドが彼に抱かれて、

 

「ご主人様……」

 

「ユリアーっ! ユリアーっ!」

 

「ごめんなさい……あたし、最後までご主人様を護り、た、かった……」

 

そこでガクリと美少女型アンドロイドは首を垂れた。

 

「ユリアーっ!」

 

と男は泣き(わめ)く。突入兵士のひとりが彼に刀を突きつけ、

 

「おい」と言った。「お前さ、そのロボットが、ほんとに無敵でお前を護れるなんて思っていたの?」

 

「え? いやその」

 

男は言った。別の美少女アンドロイドが、あちらこちらで、「ここはあたしが護ります! ご主人様は早く逃げて!」とか、「愚か者め! 貴様らごときに倒されるわたしと思うな!」などと言っているけど、口だけで、突入部隊に苦もなく殺られているのが彼にも見てわかるはずだった。

 

「えっと、その……」

 

「死ねよ」

 

と言って、兵士は男を刺し殺した。この建物の中にいる美少女アンドロイド達は、どれも皆、〈AI(人工知能)〉などと呼べるものでありはしない。男を相手に恋愛ごっこができるだけの一分の一アクションフィギュアだ。〈自我〉とか〈意識〉、〈心〉と呼べるものはなく、〈ご主人様〉の耳に都合のいいことをプログラムに沿って言うだけ。

 

『アナタは死なない、ワタシが護るもの』――そんなセリフを毎日毎日、決まった口調で言うだけだ。それを聞いて喜んでいる〈人間〉のはずの男の方にも、果たして〈心〉というものがあると言えるか疑わしかった。ただマニュアルに従うだけで、ものを考え判断する能力がまったくないという点では、美少女ロボットと何も変わらないのだから。

 

地下東京の都心にあるそのビルにいた人間は、どうやらすべてがそうであるようだった。壁には萌え美少女のポスターが隙間もないほど貼り並べられ、アニメのスーパーロボットや〈ゆるキャラ〉のマスコット人形も所狭しと立ち並んでいる。その昔に〈オウム〉と名乗るカルト結社の施設内部に踏み込んだ者達が見たマンダラや仏像のように。

 

現在、地下日本の地下東京の地下都庁はヲタクの魔窟となっている。中にいるのはこの戦争のあいだじゅう、ずっと、『ワタシ達の(もと)に来れば、美少女アンドロイド妻をアナタにタダで差し上げます』と(うた)って愚かな若者を騙していた者達である。

 

機械の体を持つ嫁をタダでもらえる? 世の中にそんなうまい話があるわけがない! 無論、信じてウカウカと彼らの誘いについて行くと、人をネジか歯車としか思わぬタコ部屋に押し込まれて奴隷労役をさせられるのだが、〈永遠に17歳〉の嫁が欲しい、タダで欲しいと思う男は後を絶たない。また、本当にハーレムを築く男も999人にひとりくらいの確率でいないこともないために、夢見る男はヲタクの道に入っていってしまうのである。

 

彼らは『〈ヤマト〉は必ずや十一ヶ月で戻るだろう』と唱えていた。アニメをバカにする者はそのときみんな死んでるだろう。原口都知事がそう言っておられるのだから間違いない。

 

「そーよそーよ。イメージだけでアニメはキモいとか現実逃避とか中二になって見てると病気になるだとか言う人間はむしろ絶滅した方がいいんじゃないかとあたしは思うの。どうしてバカな世間のオトナは昭和の頃から二百年間おんなじことを飽きずに言い続けるのかしら。虚構と現実の区別がついていないのは、アニメを見る人間でなくアニメを見ない人間であってだからそんなの死んだ方が……」

 

BANG! と、何やらひとりでペラペラと壁に向かって話していた美少女アンドロイドの頭をビームが撃ち抜いて、その〈彼女〉は床に倒れた。まともな大人はヲタクの主張に耳を貸さぬのが当然なのは、昭和の頃から二百年間変わることがなかったし、人類が今の滅亡の危機を切り抜け、どれだけ存続しようとも、変わることなど有り得ぬのである。

 

『動くものはすべて殺せ。どうせヲタクとアンドロイドだ。この機会に粛清(しゅくせい)する』。突入部隊の兵士達はそのように指示されていた。アンドロイドは顔だけ見ればかわいいと思うことができなくないが、口を利いたらそれは普通の人間にとって我慢のならないものでしかないので、容赦なくすべて壊して先に進む。

 

「お、お前達、一体なんだ……」

 

ビルの奥では〈ぐっちゃん〉こと原口裕太郎都知事が、ついに追い詰められて叫んだ。

 

「ぼくが何をしたというんだ。ぼくを殺して何がどうなると思ってるんだ……」

 

どうなるもこうなるも、これが粛清というものだから死んでもらうしかないのである。殺した方がいいやつは、殺した方がいいのだから殺せるときに殺しておこう――ただそれだけで深い理由はないのだが、なんにせよこんな男を殺すのは社会にとっていいことだ。

 

部屋の壁には大きな額の肖像画が掛けられていた。描かれているのはかつて平成の日本で〈麻原彰晃〉の名で知られた男。

 

原口はそれに向かって両手を挙げ、声を限りに絶叫した。

 

「尊師ーっ!」

 

ビームに撃ち抜かれ、バッタリと倒れ伏せる。〈おっぱいヒトラー〉と呼ばれた男のこれが無残な最期であった。



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冥王星を大きくしよう

「そうですか。それは何よりです」

 

〈ヤマト〉第一艦橋で沖田が言った。艦内では誰もがみんな、地球の地下東京で首相の石崎和昭(かずあき)が死に、その銅像が倒されたニュースに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)している。

 

のだが、今、それに続いて〈ぐっちゃん〉が(さら)し首になったという知らせが入ってきたのである。これを聞いたらクルーの誰もが手を叩き喜びの声を上げるだろう。沖田と共に艦橋に並ぶ者達もみな喜色を(あらわ)にした。

 

『日本や東京だけではない。あらゆる国の街で内戦は(しず)まり、治安は急速に回復している。これも君らが波動砲を使わずに冥王星の敵を倒してくれたおかげだ。ありがとう。本当にありがとう』

 

とメインスクリーンの中で、地球防衛軍司令長官の藤堂が言った。おっぱい都知事が死んだ話に比べたらどうでもいいようなものだけれども、地球人類滅亡の危機はひとまず回避されたのだ。あのまま行けばたとえ〈ヤマト〉が半年でイスカンダルから戻ったとしても、子供を産める女などいなくなっていただろう。それで存続不能となれば、そういうことになってしまったその日こそが〈滅亡の日〉。

 

そう言われたが、その危機は去った。それは地球の人々が〈ヤマト〉の力を信じたからだ。波動砲を使わずに〈スタンレーの魔女〉に勝ったからこそ成せた(わざ)だ。

 

今、地球は〈ヤマト〉の帰りを、〈ヤマト〉の帰りだけを待っている。滅亡まであと340日とすれば、320や330日でなく一日でも早い帰還を――。

 

そのように(こいねが)っている。しかし、なかには『あと310日で帰れ』と叫ぶ変な人間もいるのだった。

 

原口都知事の同類だ。冥王星で勝ったことで、ますます〈ヤマト〉よ出航から十一ヶ月、だからあと310日で帰れと叫び出しているという。地球よりも冥王星。あれを〈惑星〉にリバースする。そうだ。〈コスモリバース〉だ。必要なのはコスモリバース。〈クリーナー〉など要らんから、〈コスモリバース〉を持って戻れ。

 

彼らの内ではそんな話になっているとかいないとか。

 

「なるほど」と太田が言った。「冥王星の直径が五倍になれば〈惑星〉と呼んで何も問題なくなりますね」

 

『そうだな』と藤堂は言った。『まったくそいつらで、大きくすればいいんだよな。だからいっそそいつらを〈準惑星開拓団〉としてまとめて冥王星に送ってやって、二度と地球に戻らぬようにしてやれたらいいと思うのだが……』

 

「なったらなったで、結局そいつら冥王星から地球に石を投げるんじゃありませんか」

 

『そういうことになるかもしれんな』

 

「だからとにかく、都知事の原口を生かしておくわけにはいかない……」

 

『そうだ。地球をおっぱい星にはさせん』

 

藤堂は言った。別の画面に、地下都市のメインストリートをパンツ一丁で歩かされてる何十人かの男達が映っている。彼らは頭を坊主に刈られ、ハダカの体にひとりひとり、《私は『宇宙艦隊これくしょん』をやりました》と墨書きされていた。

 

縄で繋がれ、引きまわされる彼らに対し、市民がカメラを向けていたり、石を投げたり水をぶっかけたりしている。宇宙海戦で息子や夫を失くしたらしき人々が、手にした遺影を突きつけている。

 

森が言った。「宇宙艦隊これくしょん……」

 

『ゲームだ』と藤堂。『どんなものかわかるだろう。昨日までの地下都市では野放しになっていた。それをいいことにヲタクどもが……』

 

『いーじゃないのよ。たかがゲームなんだから!』

 

と画面の中で、パンツ男と共に繋がれ歩かされてる美少女型アンドロイドが萌え萌え声を張り上げる。心や状況判断力を持っていないロボットゆえに、街の市民がどんな眼で己を見てるか認識できずにいつものセリフをいつもの調子でまくしたてているのだった。

 

『あたしのご主人様がいつ誰に迷惑かけたって言うの? 「不謹慎」とか、「死者に対する冒涜」だとか、「遺族の気持ちを考えろ」とか、バッカみたい! わけわかんない! たかがゲームに何を本気で怒ってるのよ。そういう態度の方がよっぽどおとなげないんじゃないのかしらーん。大体、海戦に敗けるのは艦隊を指揮する者が無能だからで、マネジメントの問題じゃないの? 提督がマネージャーとして有能ならば味方をひとりも死なさずに敵に勝てるはずじゃない。それができずにオメオメと帰ってくる人間は、罷免(ひめん)して勝てる人間が行くべきなのよ。ご主人様があたしを信じてくれるように、信じる心がありさえすれば、それが必ず奇跡を生んで世界を救えるはずだと思うの。どうして人はアンドロイドに心がないとすぐ決めつけてかかるのかしら。敵に勝てると信じる心がない者に心があると言えるのかしら。そんなの何もわかってないし何も考えていないだけじゃーん』

 

普段であればこのロボットがおっぱいを揺さぶりながらしゃべる言葉に『その通りだ』と頷くのだろう〈ご主人様〉が、今はうつむいて泣きながら『やめてくれ』と訴えている。

 

「うーん」と真田。「これは、なんと言うか……」

 

「自業自得でしょう」と新見。

 

「あはははは」

 

と南部が笑ったが、他の者らが一斉に、『案外、こいつもそんなゲーム、やったりしてんじゃないだろうな』という視線を彼に向けた。

 

藤堂が言う。『ともかく、こんな状態だ。別にわたしがやらせているわけではないぞ。街が平和を取り戻せば、逆にこのようなことが起きる。それを止めることはできないというだけだ。むしろこの程度で済んでよかったと言うべきかもしれん』

 

「ははあ」

 

と島。藤堂は続けて言う。

 

『それよりも気がかりなのは……』



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餃子

「〈ヤマト〉の行き先が市民にバレてる?」古代は言った。「そりゃ一体なんの話?」

 

「ですから、〈イスカンダル〉ですよ」船務科員の結城が応える。「『イスカンダルは大マゼランにある』という話がどうやら地球の地下で広まっているらしいんです」

 

「へえ」

 

と山本。古代と山本は今〈ヤマト〉の船務科にいた。黒地に赤のパイロットスーツの上にエプロンを着けて、結城を含む数人のクルーと卓を囲んで餃子(ぎょうざ)作りをやっている。

 

「それは市民に伏せられていたはずなのよね」

 

と山本が続けて言うと、

 

「そう」と結城。「市民に言えばガミラスも〈ヤマト〉の行き先を知ることになる。だから公表はできません、という理屈で秘匿されていた」

 

「ああ。けど本当の理由はええと……」

 

古代は言った。言ったがしかし、そこで言葉に詰まってしまった。仕方ないので代わりに言った。

 

「なんだっけ」

 

卓を囲む者達が皆、『この男はやはりボンクラではないのか』という顔をして古代を見た。

 

「ですから」と結城。「目的地がそんなに遠くにあるという事実を明かしたくなかったんです。何しろずっと、『ガミラスは百光年と離れていない星から来る』と思われていて……」

 

「ああ」と言った。「それだ。でもいい。その話、面倒だから聞きたくない」

 

「そうですか」

 

と結城は言う。古代は「うん」と応えながら、ギョウザ作りの手を動かした。

 

ギョウザの皮を手に取って、具を包んで〈ワープ〉させる。英語の〈warp〉という単語は、本来は『たわませる』という意味だ。木の薄板をたわませてバイオリンやギターの側板にしたりとか、紙を濡らすと波打つようにたわんでしまうのを指して『ワープ』という。

 

それが元々の使い方だ。宇宙をそのように波打たせ、くしゅくしゅになったところをアコーディオン・カーテンをたたむように縮めてその上を〈(また)ぎ越す〉のがワープ航法ということになるが、ギョウザの皮でギョウザの(あん)をくるむのもだから『ワープ』と呼んでよかろう。

 

卓を囲んで皆で黙々、ギョウザ作りをやっている。〈皮〉はでんぷんをシート状に薄く成形したものだし、中に詰める具は合成肉のペーストと促成栽培の野菜を刻んで混ぜたものだ。冥王星の戦いのために最後の米を炊いた〈ヤマト〉の艦内には、料理の材料としてあるのはもう基本的にこのみっつだけということになる。

 

餅かパン生地のような合成でんぷんのペーストに、コンビーフか魚肉ソーセージのような合成肉、そして促成栽培の野菜。これで千人を食わすとなれば作れるものはそれなりに多い。

 

カレーライスにスパゲティにラーメンに、うどん、そば、焼きそば、焼きうどん、鍋焼きうどん、カレーうどん、きしめん、そうめん、チャーハンにピラフにチキンライスにドライカレーと、それから、ハンバーガーにホットドック、ハンバーグのサンドイッチに、ソーセージのサンドイッチ、肉まん、カレーまん、カレーパン、焼きそばパンにスパゲティパン、焼きカレーパン、焼きうどんパン、焼きカレーうどんパン……。

 

地球に帰り着くまでずっと、このように多彩なメニューが楽しめるのだ。

 

そしてギョウザだ。いや、ギョウザなどというチマチマ作業を要するものは本当ならばできてもやらない。ましてや古代や山本のような戦闘機のパイロットが、セッセとやる仕事ではない。

 

にもかかわらず古代は今、セッセセッセと手を動かしてギョウザのタネ作りに(はげ)んでいた。最初はかなりまごついたが、今ではきれいにひとつひとつ手早く〈ワープ〉させられるようになっている。

 

だが、と思った。

 

「とにかく、誰か話を漏らしたやつがいるのか」

 

古代は言った。また一個のギョウザのタネを作り上げ、中身が漏れ出ないよう端を押さえてトレイに置く。ひとつのトレイにギョウザのタネが百ばかり。それが既に何段も積み重ねられていた。

 

結城が言う。「そうでしょう。〈ヤマト計画〉を知る人間は相当な数になってたんです。全員の口を塞ぐなんてできるわけない。何人かが口を滑らせば……」

 

「話はたちまち広まる」と山本。「イスカンダルがあるのはマゼラン……」

 

「それが全部の地下都市にみんなに知れ渡っちゃったのか」

 

古代は言った。しかし結城は、

 

「ええ。けどどうなんでしょうね」と言った。「そんな話、聞いても普通はまともには受け取らないんじゃないのかと……」

 

「そうなの?」と言った。「どういうこと?」



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それはつまり

地球で〈ヤマト〉を建造していた当時、サーシャに会いに戦艦〈大和〉の沈没現場を訪ねてきた人間は膨大な数にのぼっている。真田はそれをつぶさに見てきた。

 

その全員が『百個』と言った。何十人も側近を連れ、真田達を整列させて大物ぶって演説した。

 

『約束しよう。百個だ。必ずこのワタシが、イスタンブルの女から百個の〈コア〉を供出(きょうしゅつ)させる。まかしておいてくれたまえ。ワタシにかかればチョロいもんだよ、ワッハッハ』

 

と。一体全体、どうしてこんなバカどものために、貴重な時間を無駄にしなければならぬのか。一個だ。これが一個しか決してもらえぬ話なのは、ものを考える頭があればすぐわかるはずだろうが! 

 

『百個』と言ってVIPがやって来るたびに、義手と義足の電池から安定剤が抜けて爆発しそうになるのをこらえて――実際、何度もほんとにそうなりかけた――真田は死ぬ思いだった。もっとも、この連中は、サーシャに会って十五分もする頃には大小便を漏らしながら泣き(わめ)いて(ひたい)を床に血が出るまでこすりつけるようになる。例外はただのひとりもいなかった。そうなることがわかってからは内心せせら笑うようになったが。

 

その男らは皆が皆、一流大学の法学部や経済学部を出た側近を何十となく連れていた。その全員が『百個』と言えばサーシャは〈コア〉を翌日百個持ってくるものと信じて疑っていなかった。おそらく、ガリレオに『地球は平たいと言え』と迫った大昔のエリートもこんなやつらだったのに違いない。

 

彼らは真田に向かって言った。

 

『わからないなあ。どうしてあのサーシャって人は〈コア〉を一個しかくれないなんて言うんでしょう。何が問題なんだろう。ええと、真田さん、でしたっけ? あなたならなぜ「一個」なのかわかりますか?』

 

真田は説明してやった。側近達はガヤガヤと議論したうえで必ず言った。

 

『それはつまり接待が足りないということでしょうか』

 

こいつらは機械人間か? としたらネジが外れてんじゃないのか? この連中に果たして心があるんだろうかと真田は思わずいられなかった。

 

本音を言えば真田は〈コア〉を二個欲しかった。絶対にもらえないのを知ってはいるが二個欲しいとサーシャに言った。〈ヤマト〉とそして同型艦〈ムサシ〉のためにもう一個。二隻の船で行けたなら、一足す一が二ではなく三にも四にも五にもなって旅が成功する率が数倍になることでしょう。だから必ずその条件で使うものとして『二個』と言う……とは言っても今ここで〈コスモクリーナー〉をもらえるのなら、〈コア〉など実は一個も要らないのだが、と。

 

それから言った。一体、『百個』と言う連中は、どこで話を聞いてくるのか。追っぱらっても追っぱらってもやって来るのはどういうことか。

 

『それはつまり秘密が漏れてしまっているということでしょう』

 

とサーシャは応えて言った。しかしもちろん、言われずとも、真田もわかっていることだった。答えが知りたくて聞いたのではない。

 

そうだ。あの連中に、秘密が守れるわけがない。大体、そもそも最初から、守る気があるか怪しいものだ。あの連中に二個を渡せば必ず一個で太陽系を消し飛ばし、もう一個を自分らだけの逃亡船用とする。百個もらえば九十九隻の逃亡船を造るだろう。イスカンダルへ行くための船は一隻たりとも造られはすまい。

 

そのくせ九十九隻すべてに、波動砲が積まれるのだ。それで何を撃つ気なのか聞いたらなんと応えるのやら。

 

〈ヤマト計画〉の秘密はダダ漏れとなっていた。イスカンダルのコスモクリーナー、それがマゼランにあるという噂は実はかなり前から市民の間に広まっていたのだ。

 

ただし、真に受ける者はごくわずかしかいなかったが。普通の一般市民は聞いても『よくあるガセだろう』と言ってまともに取り合っていなかった。

 

 

 

   *

 

 

 

「〈ヤマト〉が飛び立ち、〈イスカンダル〉の話が(おおやけ)になった後でも、それは変わらなかったのですね」

 

と今、〈ヤマト〉の第一艦橋で真田は言った。

 

「『それがマゼランにある』という部分については、今もほとんど信じられていない……」

 

『そうだ』

 

とメインスクリーンに映る藤堂。実のところこの話は、クルーの誰もが相原を始めとする通信・情報部員達から(おおむ)ね聞かされていたことでもあった。その最新の情報をあらためて確認しているのに過ぎない。

 

『しかし広まっている。「イスカンダルのコスモクリーナー」の話が事実なのならば、「それはマゼランにある」というのも本当じゃないのか、とな。そんなふうに市民が噂し始めてしまっているのだ』

 

「ふうむ」と沖田。「そして言い出している。『それはつまりガミラスもマゼランにあるということなのではないか』と……」

 

「ええ」と真田は言った。「当然でしょうね」



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覗き窓

「あなたは当然、ガミラスがどこにあるかを知っている。なのに我々地球人に話すことはできないと言う」と、真田はサーシャに言った。「それはつまりガミラスもまたマゼランにあるということですか」

 

「ですから、答えられません」サーシャは言った。「ですが、そう応えることが、答になってしまうかもしれませんね」

 

「それじゃあ……」

 

と言った。しかし〈彼女〉は首を振って、

 

「とにかく、肯定も否定もできない。そう言うしかないのです。すみませんがこの話はこれ限りとしてください」

 

「わかりました」

 

と真田は言った。やはりガミラスはマゼランにあると言うのも同然だ。それもおそらく〈エウスカレリア〉のある恒星系からいくらも離れていないところに――波動エンジンの〈コア〉は渡すがコスモクリーナーは渡さない、欲しくば取りにやって来い、などという話の裏もそこにある――そんな確信を抱きながら。

 

〈ノアの方舟〉。猿が飼われる人工の森の前だった。観察用の覗き窓から見れば木の上で猿達が互いに毛づくろいなどしている。真田はそれを眺めつつ、〈彼女〉の顔を横眼に窺っていた。

 

イスカンダル――いや、エウスカレリアの〈女〉、サーシャ。その姿は一見する限りでは、地球人と変わらない。どの人種に似ているか、となるとなんとも言い(がた)いが……。

 

しかし〈人間〉であるのなら、やはり猿のような生物から進化したのであるはずだ。どうして遠く離れた星で、同じことが起こるのか。

 

そして、〈彼女〉が人間ならば、ひょっとすると〈彼ら〉もまた……。

 

真田は言った。「この猿達に棒を持たすと、それで殺し合いを始める。棒の先に石をつけて棍棒にし、それを研いで石斧にする。そうしていつか宇宙船……」

 

「地球の古い映画の話?」

 

「そうです。我々地球人がロケットを造ったのは、別に宇宙に行くためじゃない。核ミサイルを敵めがけて飛ばす技術を求めたからです。石斧から鉄の斧。ウランとプルトニウムの斧」

 

「あなたこそ波動砲を造り出そうとしていたのでしょう」

 

「ええもちろん。けれどもそれは、スペースコロニーが地球に落ちてくる前に破壊するための道具としてです。こんなものは強力過ぎて兵器としては使えない。一体何を撃つというのか……わたしはそう思っていました」

 

「ガミラスが来るまでは」

 

「そうです」と言った。「木を斬るのに鉄の斧は要るでしょう。しかしウランとプルトニウムの斧を欲しがるのは愚か者です。持ったところで始末に困るだけだと気づかなければいけない。なのに、求める人間は決して少なくないでしょう。『鉄の斧かウランの斧か』と聞かれたら……」

 

「そう。どちらを採るべきか、答は決まっているはずです。誤った返事をするのは猿以下の脳の持ち主と言うべきです」

 

「それは……しかし、まさかまさか……」

 

「真田さん。とにかくわたしはこれ以上、あなたに何も言えません。今、あなたは恐ろしいことを考えているのでしょう。わたしがあなたにそれをさせる気でいるのじゃないかと……しかし、それに対しても、肯定も否定もできないのです。あなたが〈ヤマト〉でマゼランに行き着いたなら、そのようなことになるかもしれない。ええ、もちろんその通りです」

 

「そんな」

 

と言った。『何も言えない』と言いながら、ほとんどすべて言ってしまっているのも同じではないか。そう思った。思ったが、

 

「ですが……」

 

と〈彼女〉は言った。眼は木の上の猿達を見ていた。親猿が子猿を連れて餌の取り方でも教えているらしい。そのようすを見やりながら、

 

「それが本意なら、こんなまわりくどいことはしません。真田さん、わたしは地球人類の中に、あなたのような方がいるか確かめに来たのです。〈ヤマト〉に乗るのは、復讐や、個人的な野望のために宇宙に出る者になるかもしれない。ならばその恐ろしいことを実行するかもしれない。マゼランという人物がそうであったように……それが国を救うため、レコンキスタのためだという言い訳をして……」

 

マゼラン。そしてレコンキスタ。もちろん真田は、そのとき〈彼女〉がどんな意味でこのふたつの言葉を口にしたのか知っていた。いや、知っているつもりだった。少なくとも、表面的な意味はわかる。けれどもそれを今ここで真田に言う深い意味があるとしてもわからない。

 

だが、『レコンキスタのためだ』というなら――。

 

「とにかく、言えるのはここまでです。わたしは地球人類を試しに来ました。来ましたが、実はそうではありません。わたしにあなたがたの運命を決める資格などありません。この動物を殺す権利も――わたしはあくまでも、この試練を乗り越える手助けをしに来たのです。だから〈ヤマト〉には、一隻だけで旅に出てもらわなければいけない……」

 

と言った。覗き窓の向こうでは、猿が鳴き声を上げながら木から木へと飛び移っていた。

 

「それしかないのです。だから本当に試されるのは〈ヤマト〉に乗る人間です。皆を率いて未知の宇宙に旅立つ者、それがどんな人物になるか……」



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ビニールハウス

「わあい、出来た出来た」

 

と結城が言う。フッフッフと古代は笑い、「どんなもんだい」と言ってやった。

 

「試食だ試食だ」

 

と言いながら、皆が皿に箸を伸ばす。古代がひとつも取らないうちに、出来上がった羽根つきギョウザが皆の胃袋に消えてしまった。

 

「うん、ちゃんとうまく焼けてる。この調子でお願いしますね」

 

「いいけど」

 

と言いながら、脇に置かれたギョウザのタネに古代は眼を向けた。トレイに並べて積み重ねたのが数十段。

 

「これ全部おれが焼くの?」

 

「当たり前でしょう。航空隊長が率先してやらなくってどうすんですか」

 

「そういうもんなのかな」

 

と言った。言ったが、まわりを見れば、黒地に黄色のコードを付けたパイロットスーツのタイガー戦闘機乗り達がパーティの準備作業に使われている。そして山本も、隣の卓で古代と同じくギョウザ焼きを始めていた。

 

〈ヤマト〉甲板の特設パーティー会場だ。第一・第二主砲塔のまわりにビニールハウスのような空気で満たされた回廊状のテントを設置し、立食パーティの卓を並べる。テントの素材は透明なのだが、中に照明を入れているので宇宙の星はほとんど見えない。ライトアップし飾りを付けた艦橋と艦首フェアリーダー、主砲の砲塔を眺めるばかりだ。

 

古代がいるのは第一主砲の三本の砲身が前に向かって伸びるその下だった。縁日の出店のような台にホットプレートが置かれ、その後ろに立たされている。

 

「テントは軟質樹脂製だが、カーボンナノチューブの網を挟み込んであるので、スペースデブリなどが当たっても人が吸い出されるほどの穴が開くことはまず有り得ない。万が一、空気が抜けることがあっても、慌てず緊急酸素マスクを被ること。内部は0.8気圧となっているので、出入りの際は――」

 

などと、入ってくる者に注意事項を説明する声が聞こえる。誰かと思えば、加藤だった。

 

スペースデブリや小石の多い太陽系黄道面と違って、〈ヤマト〉が今いる宙域でテントに穴を開ける物体が当たる確率はほとんどゼロに等しいと言える。それでも万が一のため、古代も緊急酸素マスクを首の後ろに着けていた。結城その他の者達も皆、着ているのは普段の船内服でなく、急いでマスクを被りさえすれば十五分間は生きられる戦闘用気密服だ。

 

ホットプレートにギョウザを並べる。『ギョウザを焼け? なんのこと?』。最初にそう聞いたときに結城は言った。

 

「パーティの料理ですよ。太陽系を出た祝いにみんなでパーティをする。その席にギョウザを出すということになったんです」

 

「ギョウザ? なんでギョウザ?」

 

「それはまあ、いろいろ理由があるんですけど、航空隊のパイロットに焼いてもらうということで。タネ作りから参加していただきます」

 

「なんでそんな……」

 

「当たり前でしょう」結城は言った。「〈ヤマト〉は別に戦う船ではありません。〈イスカンダル〉へ行くための船です。一日も早くマゼランへ行って、地球に戻る。それが第一の優先事項で、他は二の次なんですね。航海要員こそが主役で、戦闘要員は脇役なんです。だからこのパーティも、航海要員に『頑張るように』との激励の意味で行う」

 

「おれが脇役……」

 

「不満ですか?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど」

 

「冥王星の後ずっと、航海要員はガミラスの追撃を(かわ)し、技術要員は船の修理。あたし達生活要員はそれを支え、ケガ人の治療その他に大忙しで来てるんですよ。戦闘要員は何もしないでいいだとか……」

 

「そんな考えはしていません」

 

「ならばパーティのホスト役は引き受けるのがスジでしょう」

 

「うん」と言った。「わかった。けど、なんでギョウザなの?」

 

「それはまあ、いろいろ理由があるんですけど」

 

そんなわけでパーティのため、ギョウザを焼く係を押し付けられたのだった。航空隊員や砲雷科員は皆なんらかの仕事を割り当てられているというのだから文句は言えない。

 

「それで、通信のことですが」

 

と結城が、またギョウザに箸を伸ばしながら言う。

 

「ツーシン?」と古代は言った。

 

「地球の家族との交信ですよ。もし向こうから聞かれても、絶対に〈ヤマト〉の行き先がマゼランとは言わないように。『機密』の一言(ひとこと)で押し通し、肯定も否定もしてはならない」

 

「それか。おれは関係ないよ。地球に話す相手なんていないもの」

 

そう言ってから、思った。そもそも、おれに限って言えば、おれがこの船に乗ってることを知ってる人間自体が地球にいないんじゃないのか?



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マラッカ海峡

「宇宙は大きいのだ! そして果てしないのだ!」

 

佐渡先生が酒を手酌に飲みつつ言った。テレビ電話の画面の中ではトラ猫が知らん顔でいて、アクビをしたり後足で耳の後ろを掻いたりしている。

 

「酒なんて無いのだ。土星へ行っても冥王星に行ってもお前に買ってやるお土産(みやげ)は売ってないんだ。ミーくん、さよなら……」

 

交信終了となる。〈ヤマト〉の全乗組員に、今、地球で帰りを待つ家族や親しい人間(動物含む)との三分間の交信が許されていた。並行して甲板及び左右両舷の展望室でギョウザパーティが始まり、航空隊員や砲雷科員が接待役となっている。

 

「なんでギョウザなんだ?」

 

「それはまあ、いろいろ理由があるんだそうだが」

 

焼きたての羽根つきギョウザがふるまわれる。そして、酒だ。宇宙に酒は無いけれど、〈ヤマト〉艦内に百パーセントのエタノールは常備されてる。これにかき氷シロップのようなカクテルの(もと)を混ぜて炭酸水で割れば、地球の軍の基地内で〈酒〉と呼ばれて飲まれるのと同じものが出来上がる。ジントニックにカシスソーダ、クバ・リブレ、モスコー・ミュール、シンガポール・スリング――。

 

冥王星の戦いに勝って〈ヤマト〉は〈天の赤道〉を越えた。越えたが、その後二日ほど、ガミラスの追撃を(かわ)してカイパーベルトを逃げ回らねばならなかった。

 

ひとつには船の修理とケガ人の手当のためだ。それ無しにマゼランへの本格的な旅を始めることはできない。

 

太陽系にいたとき〈ヤマト〉は一度に最大でも十億キロほどのワープしかしていなかった。太陽と地球の間が一億五千万キロだからその七倍でもあるのだが、これは光が一時間に進む程度の距離である。〈ヤマト〉は一度に一光時間のワープしかしていなかったわけだ。

 

マゼランは〈天の南極〉にあって遥かに十四万八千光年。〈ヤマト〉は〈天の赤道〉を越えたと言えるか言えぬかといって、実は全然言えないじゃん、という状態にまだあった。東南アジアはマレー半島の南端に浮かぶシンガポール。これが北緯一度だから、今の〈ヤマト〉はその沖の〈マラッカ海峡〉にいるようなものだ。

 

シンガポールの南にはインドネシアのスマトラ、ボルネオ、ジャワといった島々がある。地球の海ならそこを抜けてやっと本当に赤道を越えたということになる。

 

カイパーベルトは〈宇宙のマラッカ海峡〉であり〈インドネシア〉――〈ヤマト〉は宇宙のそんなところにいると言えた。十億キロから百億キロ、千億、一兆と一回ごとの距離を伸ばし、一光年、十光年とさらに伸ばして、最終的に、一度にワープする距離を一千光年までにする。後はこれを一日二回、296回やることで、ロスがなければ半年で地球とマゼランを往復できることになるのだ。

 

冥王星の戦いから三日目の今日、〈ヤマト〉はこれまでの二十四倍、一光日のワープを果たした。まずはこれで本当に、天の赤道を越えたと言える。旅はまだまだまだまだ、まだまだまだまだ先は長いが、それでも――。

 

「まずはお祝いだ」

 

左舷展望室のパーティ会場で沖田が言った。声は全艦に放送されて、古代のいる甲板の特設テントにも響き渡る。

 

「我々は遂に未知の領域への第一歩を踏み出した。これも皆の働きのおかげだ。ありがとう。行く手にさらなる困難が待ち構えているかもしれぬが、我らが力を合わせれば必ず乗り越えられると信じる。今日は楽しんでくれ」

 

簡単にそれだけ言って挨拶を終えた。クルー達はその間、胸に手を当てる敬礼をして沖田の声を聞いていた。

 

冥王星の敵に〈ヤマト〉が勝てたのは、なんと言っても沖田の力だ――誰もが心にそう感じているのだろう。〈ヤマト〉が敵を討ったことで、地球で起きた内戦は()み、人が〈ヤマト〉を信じ始めた。それも沖田の力なのだと皆が強く感じているのだ。

 

そして、沖田の言うように、自分達の力だと――沖田を信じてついて行けば、地球で待つ人々を救える。オレ達が力を合わせればできるのだと(うなず)き合って、カクテルのグラスを交わし、大皿のギョウザに箸を伸ばす。

 

そうして言った。「で、なんでギョウザなんだ?」



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相身互い

ギョウザを焼く古代の前に青コードの服を着たクルーがひとり近づいてきた。そして言う。

 

「古代一尉」

 

「ん?」と言った。それから、「やあ」

 

〈ゼロ〉の整備士の大山田だった。笑って言う。「ギョウザご馳走様です」

 

「いやいや。大変だったんでしょ」

 

「ええまあ。〈ゼロ〉はまだちょっと軽くいじっただけですけど、船の修理の手伝いをずっと……」

 

「そうか」

 

と言った。ギョウザのタネを作りながら、結城その他の者達からいろいろ話は聞かされていた。冥王星の戦いでいちばん働かされたのは古代ら戦闘機乗りかもしれない。それから、何百人と出たケガ人の手当に追われた医務員など。

 

その間、〈ゼロ〉の整備士などというのは特にできることもなく、輸血用の血を抜かれていたのであるが、しかし作戦の終了後こそ出番だったと。血まみれの床を掃除し、船体に開いた穴を塞ぐ。それなしには重傷者の治療もできぬし、大ワープも始められない。

 

戦闘中に役に立たないからといって、彼らから多量の血を抜くわけにはいかなかったと古代は聞いた。今、パーティができているのは彼らの働きがあってこそだ。それがなければ二日の遅れがさらなる遅れを生んで帰還を一ヶ月も遅らすことになりかねなかったのだと。

 

この二日間、最も働かされたのが大山田のような者達であるのなら、その苦労をねぎらってパーティのホストになるのが古代の務め。そうでなければ一日も早い帰還など望めはしない。

 

だから『料理を作る係になれ』というのはわかるけれど、

 

「でも、なんでギョウザなんです?」

 

「そりゃあ、おれでも作れるだろうからだってよ」

 

「ははあ」

 

「もう家族とは交信したの?」

 

「それが」と言った。「ダメでした」

 

「え?」

 

「内戦のせいですよ。家族の誰とも連絡がつけられない状況で……」

 

「そんな」

 

と言った。大山田は力のない声で笑った。

 

「無理もないですよ。向こうは今日の交信のことなんか全然知りもしないわけだし」

 

「いや、でも、それって……今日、連絡つかないってことは……」

 

「旅の間じゅう安否不明」

 

大山田は言った。そうだ、と古代は思った。クルーの中にはそんな者もいるはずだとやはり話に聞いていたのだ。今日に連絡がつかなければ、それは家族が内戦の巻き添えで死んでしまった可能性があることになる。

 

だが、連絡がつかないだけで、無事に生きている可能性も。しかし、それがどちらなのか、確かめることはできないのだ。〈ヤマト〉は赤道を越えたのだから。次のワープで完全に地球と交信不能になる。家族の安否を知るチャンスは今が最後なのだ。

 

明日に家族が見つかっても、無事の(しら)せは受け取れない。地球の家族がいま生きてるか死んでるか、大山田はわからぬままにこの旅をすることになる。

 

それがどんな気持ちのものか、古代にはわかりようもなかった。

 

「まあ、しょうがないですよ。そんなのおれだけじゃないし。みんな多かれ少なかれ……」

 

「うん」と言った。「そうだろうけど……」



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ウラシマ効果

通信室のブースを出るクルーはみな涙ぐんでいる。その背中を見送りながら、森は内心おもしろくない気持ちでいた。

 

こんなことは早く終わってくれないものか、と思いつつ時計を見る。針はたいして進んでいない。

 

〈ヤマト〉は通常航行で、一日に約一億キロ進む。一時間に四百万キロ。一分間に六万キロ。一秒間に千キロだ。

 

秒速一千キロメートル――光が秒速三十万キロだから、〈ヤマト〉はすなわち光速の三百分の一の速さで巡航する船だということになる。

 

よって〈ウラシマ効果〉により、〈ヤマト〉艦内の時間の流れは地球よりも遅くなる。〈ヤマト〉がちょうど十ヶ月の300日で地球に帰り着くとすると、なんとそのとき地球では301日経っているのだ。つまり、〈ヤマト〉が宇宙に出てキッカリ365日目に地球人類の全員が急に突然ウウウとなって死ぬとしたら、間に合うために〈ヤマト〉は363日で戻らなくてはならないのだ。それで364日目に地球に到着することになる。おもしろいだろう、母さん。

 

なんてなことを家族に対して話す者などひとりもいるわけがない。みんな、互いに『ケガはないか』とか、『食事はちゃんと摂れているのか』などと(たず)ね合ってるのだろう。

 

冥王星の戦いで〈ヤマト〉は多くのケガ人を出したが、地球でも内戦により多くが死んでケガ人も出た。まず気になるのが互いの安否。

 

それはわかるが、どうなのだろう。この交信は許さぬ方が良かったのではないのかと森は思わずいられなかった。今更中止もできないだろうが、最初からこれはやめるべきだとわたしは主張すべきだったのじゃないか。

 

〈ヤマト〉の乗員1100人。ひとりに三分の交信を許し、十のブースを使わせたなら全部終わるのに五時間半。ロスを加えて六時間以上になるだろう。全員が家族と話すわけではないにしても、その間ずっと宇宙に電波を流しっぱなしになるわけだ。

 

敵に傍受されたらどうする。普段であれば〈ヤマト〉は滅多に次元潜宙艦などに近づかせることはない。それだけの性能を持っている。けれどもこれは、(きじ)がわざわざケンケン鳴いて、猟師に自分はここにいると知らせているようなものではないか。やはりこんなことは、と思わずにいられない。

 

最初の数組が終わったところで、部下に任せて森は通信室を出た。船の各所に配されたレーダーその他の機器に取り付き、見張りをするのも船務科の役目だ。科に戻って状況を見ることにする。

 

そうしたら、いた。森の部下の女子船務科員がひとり、機関科員らしき赤コードの男子クルーと通路に立って話し込んでいる。

 

森が近づいていっても気づかず、家族との交信の話題に夢中でいるようだった。『親の顔を見たら君は泣いちゃうんじゃないの』などと言ってる声が聞こえる。

 

「あなた」と森は彼女の前に立って言った。「今、当直のはずよね。なんでこんなところにいるの」

 

「あ」と彼女。「え、いえ、その……」

 

「すぐ持ち場に戻りなさい!」

 

怒鳴りつけた。それから男子クルーの方を睨みつける。

 

「あなたもなんなの。こんなところで何しているの?」

 

「あ、いやあの」

 

「認識票を見せなさい」

 

携帯式船内通話器を取り出して、相手が胸に付けている認識票にかざしてやった。すると画面にこの彼も当直員であるのを示すサインが表れる。

 

「あなたも部署に戻りなさい。これは報告しますからね」

 

「あ……はい……」

 

と言う。しかしその顔に、『いいじゃないかちょっとくらい』と書いてあるのが読み取れた。

 

それでもふたりは離れてスゴスゴ立ち去っていく。

 

「まったく」と森は言った。「何を浮かれてるのよ……」



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タイタニック

「何があったんだろう」

 

と藪は言った。通信室を出た後で、パーティ会場に行く前に一度機関区に戻ってきたら、隅の方で上官にドヤされている者がいる。それを横眼に通り過ぎてきたのだった。

 

「あれか?」と先輩格の機関科員が、「お前も気をつけろよ。当直離れて女の子とでも話し込んでいたのが見つかったらしい」

 

「は?」

 

「まだ出るかもしれないな。あっちこっちに似たようなのがいるようだから」

 

「ええと……」

 

と言った。話がよく呑み込めない。

 

「だからさ」と先輩が、「船務科がうるさいんだよ。『パーティだからと言って気をゆるめるな』というんでさ。『〈タイタニック〉の事故だってこういうときに起きたんだぞ』みたいなことを……」

 

「タイタニック」

 

「そう。聞いたことあるだろう。処女航海で浮かれてワイワイやってたところを氷山にガーン、ブクブクブク……」

 

「ああ。なんかわかってきた」

 

「そうだろう。だから上の人間も、下に向かって余計ガミガミやんなくちゃあいけないのさ。そうしないと自分があの船務科長に吊るしを喰らう」

 

「船務科長……というとあの森?」

 

「そう、アノモリ。まあ確かにもっともな話なんだけど」

 

「ええ」

 

と言った。話はもう呑み込めていた。

 

なるほど〈タイタニック〉と言えば、確かに今の〈ヤマト〉のような状態のときに事故を起こして沈んだ船と言えるかもしれない。危険な海を進んでいるにもかかわらず、その船は油断しきっていた。無線室では乗客の電報送受に明け暮れて、他の船から届けられる『氷山があるぞ』の警告を受け流していた。真正面に浮かぶ氷に見張りが気づいたときには既に遅し。

 

今の〈ヤマト〉は祝賀ムードだ。それも無理はない話だ。冥王星の敵に勝ち、追撃を(かわ)しながらの修理作業とケガ人の治療。それらが一段落ついて、ホッとひと息ついたところ。

 

そこでパーティに家族との交信となれば、出もするだろう。ソワソワと持ち場を離れる当直員が。

 

そうでなくても、多くの者が、早く自分の順番が来ぬかと時計を気にしているらしかった。持ち場に就いていながらも、隣の者と交信で親と何を話そうなどと口にしないでいられないのだ。

 

そんな気配が艦内のそこかしこから伝わってくる。これは確かに危険な状態なのかもしれないと藪は思った。

 

〈タイタニック〉の難破に限らず、事故というのはこんなとき起こる。昔に起きた原発事故も、どれもがみんなヒューマン・エラーだ。ひとつのミスが次のミスを生んでどんどん膨れ上がる……。

 

そう、こういうときが危ない。あの森という女士官はそれがわかっているからこそ目クジラ立てて船の中を歩いているのかもしれない。とすればさすがに優秀な人間なのであるかもしれないが……。

 

しかし、と思った。 

 

「あの一尉さん、通信室の前でもみんなを怖い顔で見てましたよ」

 

「だろうな」と先輩は言った。「家族とは話せたのか?」

 

「ええまあ」と言った。「けどね……」



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宇宙に平和を

『まさか』と、交信のときに藪の母親はテレビ電話の画面で言った。『まさか、あんたが〈ヤマト〉の乗組員だなんて……』

 

『なら、なんとかならんのか』と父親もその隣で、『今からでもまだ間に合うかもしれん。お前がガミラスに降伏するんだ』

 

「は? あのねえ、父さん母さん……」

 

『そうよ! あんたよ! あんたが降伏すればいいのよ! 今までのことを謝って、誠心誠意相手に尽くせば、きっとガミラスはわかってくださる。同じ文明人ですもの! 宇宙に悪い宇宙人の文明なんてひとつもあるわけないんだもの!』

 

『そうだ! 助治! お前だ、お前が宇宙を平和にするんだ! 戦争のない宇宙を作れ!』

 

「おれは一介の機関員で……」

 

『ならばみんなを説得しろ! ひとりを説けば正しい考えを持つ人間がふたりになる。ふたりが四人、四人が八人、八人が十八人だ。三十八人に六十八人、その次がええと、八十八人。そうやって倍々にしていけば、一年で全宇宙が平和になる!』

 

『戦争のない宇宙!』母が叫んだ。『戦争のない宇宙! そうよ、憲法九条を、全宇宙の法律にするの! あなたがガミラスに降伏すれば必ずそれが実現するの!』

 

「って、一体、どうやって……」

 

『お前は機関員なんだろう、ならば船のエンジンを止めろ! 〈ヤマト〉なんていう船は即時停止し廃船にしてしまうんだ!』

 

『戦争のない宇宙よ! 日本の憲法九条を全宇宙の法律に!』

 

「そんな法律日本が守っていないじゃん」

 

『だからそれが間違いなのよ! だからそれでガミラスが来たの! みんな日本が九条を守らないのが悪いのよ! ああ、これではいつまでも同じことの繰り返しよ。あんたは宇宙が戦争のできる宇宙でいいの?』

 

『そうだ! どうして、お前は軍になんか入った! おれはお前をそんな子に育てた覚えなんかないぞ!』

 

「いや、あのね父さん母さん」

 

『〈コスモクリーナー〉なんか要らん! そんなもんは使えば必ず宇宙を引き裂くに決まってるだろう! 偉い学者の先生がみんなそうおっしゃってるのを知らんのか!』

 

「え? って一体何を根拠に……」

 

『イスカンダルのコスモクリーナーではダメなんだ! それは未完成の危険な装置で、使えば猛毒を出してしまう! そして宇宙全体をバラバラにしてしまうというのを、明らかにした人がいるんだ!』

 

「ふうん……」

 

『「ふうん」じゃない! お前には、この事実の重大さがわからんのか!』

 

「いや、なんでその人に、そんなことがわかるのかがわからない……」

 

『バカかお前は! コスモクリーナーなんて装置に欠陥がないわけないだろう。使えば宇宙を消し飛ばすに決まってる! イスカンダルの人間にはそれがわかっとらんのだあっ!』

 

「父さんにはわかるんだね」

 

『そうよ!』と母親。『わたしにもわかる。コスモクリーナーは悪魔の罠よ。それは決して使っちゃいけない禁断の装置なのよおおおおうっ!!』

 

『そうだ! ガミラスの装置でなければならんのだ。ガミラスの造る装置なら、完璧でなんの欠陥もない。偉い先生もそう言っている。降伏すればガミラスは青い地球を返してくれるはずだったのに、なぜ戦った! どうして基地を潰したんだ!』

 

『そうよ! 〈コスモクリーナー〉なんて、〈コスモクリーナー〉なんて要りません! そんなものをもし持って地球に戻るようだったら、あんたはもうウチの子じゃない! あんたは帰ってこなくていい! 〈ヤマト〉と一緒に、アンドロメダでもどこでも行って二度と戻ってこなくていい!』

 

『そうだ! 持って帰るのはガミラスの〈コスモリバース〉なんだ! 〈コスモリバース〉を持って帰れ!』

 

などと藪の両親は言い、そんな調子で三分が過ぎて交信終了となった。



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ドレイクの方程式

「……というわけです」

 

と藪は言った。甲板上の特設パーティ会場だ。カクテルグラスの中の酒を一口(ひとくち)飲んで、

 

「全然浮かれる気になれない……」

 

ため息をついた。場を囲んで話を聞いていた者達が苦笑する。

 

ひとりが言った。「両親揃って降伏論者か。冥王星をやったってのに考えを変えたわけじゃないんだな」

 

「変えるわけもないんじゃないすか」

 

「まあねえ。けど、アンドロメダ?」

 

「アンドロメダ」藪は言った。「『〈イスカンダル〉はそこにあると聞いたけれど本当か』って」

 

「なんて応えたの」

 

「だから、『機密だ。言えない』ですよ。そしたら、『やっぱりそうなんだなあ!』」

 

「そう思わせておけばいいじゃん」

 

「まあそうなんですけどね」

 

言ってギョウザを手に取り、食べた。地球では〈ヤマト〉が行くのはマゼランだという話が漏れて広がっているらしい。けれどもそれを信じる者はほとんどおらず、真に受けるのは自分の両親みたいなのだが、しかし歪めて受け止める。

 

交信のときに父は言った。『アンドロメダというのはお前、二百光年先なんだぞ。ワープで行って戻ってくると、〈ウラシマ効果〉で地球では二百年が経っているんだ。つまり、お前は一年で地球に戻ってこれんのだ。偉い先生がそう言っている。わかったらすぐガミラスに降伏しろ。今ならまだ間に合うから!』

 

『父さん』と藪は応えて言った。『アンドロメダまで〈二百〉じゃなくて二百万光年だよ』

 

『やっぱりそうなんだなあ! アンドロメダまでお前は行こうとしてるんだな! このバカもんがあっ!』

 

すべてこの調子だ。藪の親は元々マルチ商法だとか創造論とかいったものにすぐ騙される者ではあったが、地下都市に住むようになってからいよいよおかしくなっていった。今ではもう完全に、人の言うことをちゃんと聞かない。自分の見たいことだけを見て、信じたいように世界を歪める。アポロは月に行っていない。異星人は存在しない。天の河銀河の中には地球しか知的生命はいないのだ。

 

なぜなら、〈ドレイクの方程式〉でそうなっているからだ。だからガミラスは冥王星で地球を守る地球人類の同族であり、イスカンダルはアンドロメダから地球を侵略にやってきた悪い宇宙人に違いないのだと、藪の父親は得々とテレビ電話の画面で言った。

 

「うーん、なかなかそこまで行くと……」

 

「手の施しようがないでしょ」藪は言った。「けど、マトモな人間だって、どの程度ウチの親と違うんだろう」

 

〈ドレイクの方程式〉か、と思う。そんなもの正しく理解できないという点では地球の大抵の市民はおれの親と変わらぬはずだ。ウラシマ効果にしても同じ。たぶん、大半の人々は、『アンドロメダまで二百光年でマゼランより近い』と言われりゃ『そうか』と簡単に頷いてしまう。

 

その一方で波動砲に冥王星を一撃に吹き飛ばす力があると聞いたなら、『なら、十発も撃ったなら宇宙のすべてを引き裂いてしまうに違いない』なんてなことを言い出したりする。冥王星が壊せるんなら、十発で、宇宙が全部壊せる計算じゃないですか。ああ、恐ろしい、恐ろしい。人はなんというものを、造り出してしまったんだあ。

 

なんてなことを言って本気で信じたりする。普通の人は宇宙に赤道があるのを知らない。マゼランが天の南極にあることも。それが天の川銀河の周りを回る子供銀河であることも。

 

十四万八千光年もの距離から地球の危機をどのようにして知ったというのか。なぜ波動エンジンの造り方は教えるけれどコスモクリーナーの造り方は教えない、欲しけりゃ船一隻で取りに来いなどというのか……そんな疑問を並べても決して深く考えはしない。『それはきっと地球を試しているのだろう』とひとこと言っておしまいにする。

 

そんな答で納得ができる人間は薄らバカだ。

 

藪にはそうとしか思えなかった。そうだがしかし――とも思う。おれの両親は狂っているが、それでもひとつ、正しいことを言っていたのじゃないか。

 

もちろん、意味は違うにしてもだ。この話には裏がある。〈イスカンダル〉を信じれば、何か恐ろしい罠にはまる、と――その考えは正しく思える。

 

〈コスモクリーナー〉はナノマシンであるという。それをタダで欲しいかと言われて『ハイ』と頷けば、自分がそのちっぽけな機械にされてしまうとか……。

 

またギョウザをひとつ食べ、それを焼いてる場の方へと眼を向けた。主砲の第一砲塔まわりに卓が並べ据えられて、戦闘機のパイロットだとわかる黒服の者達がホットプレートに向かって手を動かしている。うちひとりに眼が止まった。

 

「古代一尉か」

 

と言った。いつか、左舷展望室で見た男だ。あのときは、何も知らずに『あんなのがどうしてここにいるんだろう』と感じただけだったけれど――。

 

「やっぱり〈主役〉って感じだよな」

 

いま見直して、自分などとは違う人間なのだとわかる。エプロン着けてギョウザを焼いてるだけだというのに、居るだけで、『何があっても心配すんな、おれがなんとかしてやらあ』、なんてなオーラを発しているかのようだ。

 

しかし先輩のひとりが言った。「何言ってんだよ。お前だって〈スタンレー〉ではよくやったじゃないか」

 

「かもしれませんけどね」

 

言ってまた航空隊の長を見る。冥王星で〈ヤマト〉のエンジンはおれの親父の望み通りに止まりかけた。それを防いだのは誰よりもこのおれなのかもしれない。

 

けれど、やっぱりあの人とおれじゃ全然違うだろう。古代一尉は華形(はながた)でおれは裏方。きっと、どこまでいったところで――考えながらカクテルを飲む。〈シンガポール・スリング〉というらしい。悪酔いのしそうな味だなと藪は思った。



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古代はギョウザを焼きながら、そうだよなあ、おれはやっぱり主役になんかなれるような人間じゃない。ギョウザ屋でギョウザでも焼いているのがきっとお似合いなんだろうなと考えていた。まあ、それでもいいだろうさ。見ろよ羽根付きのパリパリギョウザ。そのうちなんとかなるだろう。

 

テントの中にやってくる〈ヤマト〉のクルー達を見れば、誰も彼もがエリートのバリバリキャリアという感じだ。地球へ戻ればそれなりの椅子が待っているのに違いない。人類を救った千百のひとりというのでやんややんや。

 

どこへ行っても華形という人間達だ。おれなんかとは出来が違う……このギョウザ作りにしたって、船務科員にああしろこうしろと教わってやっているだけなんだからな。

 

そんなふうに思っていた。そこに、

 

「よお、やってるな」

 

という声がする。見れば島大介が酒のグラスを手にして卓のすぐ向こうに立っていた。

 

他に何人かと一緒にだ。その者達が「やあ」とか「おう」と口々に言う。

 

南部に太田に相原、新見、それに森。島を入れて計六人。どうやら若い艦橋クルーで揃って甲板にやって来たのか。

 

「ああ」と言った。「どうも」

 

「なんだよ『どうも』って。お前も同じ階級だろう」

 

「そりゃそうかもしれないけどね」

 

「『しれない』どころか」太田が言う。「〈コスモゼロ〉のパイロットだろ。地球に戻れば――」

 

「英雄だよな」と南部。「そこへ行くと、おれ達なんかさ」

 

「いえ……」

 

と言った。チラリと新見の顔を見る。〈スタンレーの魔女〉を討ったといったところで、戦術科の立てた作戦に従っただけのことだとわかっている。この者達が力を合わせて砲台の場所を教えてくれたから、そこに行けたということも……〈ヤマト〉のクルーの中でもトップに立つ者達に急にズラリと前に並ばれ、古代はまったくどうしていいかわからなかった。

 

「けどギョウザとは考えたもんだが……」と相原が言って、それから森に眼を向けた。「何も、古代にまで焼かせなくていいんじゃないの?」

 

ん?と思った。一同がみな笑顔でいるなかで、カーキ色のコードを付けた服を着た船務科長の森だけが、厳しい眼をこちらの手元に向けている。『指示通りにちゃんとやっているんでしょうね』とでも言いたげに、ギョウザの焼き加減やら羽根の具合を細かくチェックしている感じだ。

 

「いいえ」と言った。「彼にはこないだの道場の無断使用の件があるから、罰としてこれをやってもらうことにしたの」

 

「は?」と言った。「なんの話?」

 

「なんの話『ですか』でしょう、古代一尉。道場の無断使用よ。この間、船務科の予約を取らずに展望室を道場として使ったわよね。なんとかいうケンカ勝負――わたしがあの場にいて(じか)に見てたのは気づかなかったかしら」

 

「え?」

 

と言った。他の者らも、ギョッとしたように森を見た。

 

「あれは規律違反よね。だからその罰として、このギョウザを焼く仕事をやってもらうことにしたの。何か言うことがあるかしら」

 

「いや……待てよ、あれは加藤が……」

 

「加藤二尉のしたことは上官のあなたの責任でしょう。そもそもあなたが士官として不甲斐ないから規律の乱れが起こるんでしょう。加藤二尉には別の罰を受けてもらっています。あなたはこれをやりなさい」

 

「は……」

 

と言った。気づけば、テントの隅のところで、加藤がヘトヘトになりながらさっきからの注意事項の説明を続けている。新見がそれを指差すと、森は彼女に頷いた。

 

「ドームは軟質樹脂製だが――」と言う加藤の声。なんと、あれはいつかの〈エイス・G・ゲーム〉に対しての船務科からの罰であるわけなのか。

 

「はい……」

 

と古代は言うしかなかった。あれに比べればこのギョウザ焼きは罰としては軽かろう。森はおもしろくもなさそうに焼けるギョウザを眺めている。

 

「ま」と新見。「まあとにかく、お酒くらい飲んでいいんじゃないですか? あたし、もらってきましょうか」

 

伺いを立てる顔で森を見る。森が頷くのを見てから、

 

「〈シンガポール・スリング〉でいいですか? 今日は最初の一杯はみんなそれみたいですが」

 

「はい」

 

と言った。同じ一尉で歳下だから新見は自分にそんな口を利いてもいるが、彼女の方が先任で本当の位は上なのだ。軍にいればそうしたことは敏感に感じ取れるようになる――ようにもなるが、

 

「なんでも……でも炭酸入りでないのはありますか」

 

「みんな炭酸入りみたいね」

 

「なら、それで」

 

と言ってから、森が持っているグラスに気づいた。他の者らがみな同じ、冥王星の色に似た薄茶色の酒が入ったグラスを手にしているのに対し、ひとりだけ、黒っぽい色の飲み物を持っている。やはり炭酸入りのようだが――。

 

森はまだ、ホットプレートのギョウザに眼をやっている。飲んでいるのがなんなのか聞くか古代が迷っているうちに新見は行ってしまった。



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クバ・リブレ

卓の向こうでエプロン着けてギョウザを焼く古代を見ながら、森は、本当はわたしがそこに立ってその仕事をやりたいのにと考えていた。

 

思い出すのは子供の頃の〈罰〉の記憶だ。正月に町の餅つき大会に行き、いつか餅を食べるのでなく人に供する側になりたいものだと考えながら家に帰って、母に水風呂に投げ込まれた。その記憶――あの家からやっと自由になれたのに、今もやっぱり料理をふるまう役になれずに、食べる側のままなのか。

 

カクテルをただ持ってきて、古代に手渡すだけの役すら新見に取られてしまった。先にわたしが気づいていればよかったのに、と思いながら、古代がグラスを受け取って新見に礼を言うのを眺める。

 

〈シンガポール・スリング〉だ。本当のそれは、ジンとチェリー・ブランデー、レモンジュースをシェイクして、炭酸で割ったカクテルだ。立食パーティなどで出すには最適の酒とされているが、もちろん今の〈ヤマト〉では、本物のそれを飲むことはできない。シロップでそれらしき味を付けたニセ酒だ。古代はうまくもなさそうにひとくち飲んでグラスを置いた。

 

おや、と思う。いつか医務室で佐渡先生と酒を飲んで笑っていた古代を見ていた森には意外な光景だった。

 

いや、直接に見なくとも、あのときの古代のようすは〈ヤマト〉艦内で語り草になっている。新見もまた意外そうに、

 

「炭酸の入ったお酒は好きじゃないの?」

 

「ええまあ」と言って古代は森の方を向いてきた。「あの、それは?」

 

「これ?」と言った。「〈クバ・リブレ〉。ラムのコーラ割り」

 

無論、本当のレシピでは、という意味だ。森がいま飲んでいるのはコーラ風味のシロップで味を付けた偽物だ。古代はふうんと頷いて言った。

 

「まだそっちのがよかったかな」

 

新見が言う。「それもらってきましょうか」

 

「いえ、いいです」言ってギョウザを焼く手を動かす。

 

何よ、と森は思ったが、しかし口を挟むわけにもいかない。ジュージューと音を立てる焼き上がりのギョウザを古代が皿に盛るのを眺めながら、

 

「ギョウザか」と言った。「パーティのメインの料理をギョウザにしたのはいろいろ理由があるんだけど……」

 

「うん」と島が箸を伸ばしつつ頷いて聞く。

 

なぜギョウザなのかと言えば、理由のひとつは単純だった。冥王星の敵に勝ち、遂に外宇宙への航海を始めるお祝いに、クルーに何か少しでも普段と違うものを食べさせたい。だが食材は限られる。でんぷん餅と肉ペースト、促成栽培野菜の三つで作れるものは何かと言って、浮かんだのがギョウザという――。

 

それが単純な第一の理由だ。元々他に有力な候補がさしてなかったのだ。ギョウザの皮でギョウザの餡をくるむのも英語の〈ワープ〉に違いない。ワープに次ぐワープの旅の成功を祈るパーティの主菜にはちょうどよかろうとの考えもあった。

 

それが二番目の理由である。三番目の理由として、航空隊のパイロットでも一度に大量に作れることが必要とされ、ギョウザなら大丈夫だろうとの判断になった。

 

基本的にはこの三つだが、しかし、それとは別にして――。

 

「冥王星で野菜がみんなダメになってしまったからよ。微塵に細かく刻むしかなかった。ある意味それが最大の理由……」

 

森は言った。野菜の促成栽培農場は、多くの機器が破損してまだそのままの状態だ。敵のビームを直接受けたわけではないが、全艦内が冷凍庫となってしまったなかですべてが凍りつき、野菜はみんなダメになった。

 

種から育て直すにもまず設備を修理しなければならないのだが、他に優先すべきが多くて後まわしになっている。野菜はとにかく食える部分を選り分けたが、『食える』と言っても微塵に切るしかないとなれば――。

 

「それでギョウザよ」

 

と、森は古代の顔を見て言った。古代は軽く頷いただけだ。

 

当然だろう。そんな事情は、ギョウザのタネをこしらえながら聞いているに違いない。何を今更、あらためてこの男にわたしが言い訳するみたいに言わなければならないのか。

 

そうだ。念を押さなくていい。タネ作りから焼き係まで古代にもさせると決めたのはこのわたしだ。そして今、他の艦橋クルーと共にこの場にやって来たのだって、言ってやるためだったのだから。

 

皆の前で面と向かって、これはあの喧嘩試合の罰なのよと。わたしの方がこの船の中で立場が上なのよと。古代君、あなたは士官としてまだ全然なってなんかいないのだから、そんな仕事から始めるのが当然なのよ。文句あるかと。

 

そう言ってやるために来たのだ。しかし本当に面と向かうと、妙にドギマギとしてしまう。

 

まただ、と思った。別に聞かれてもいないのに、言わなくていいことを言う。促成野菜農場が被害を受けたままなのよ。これはどういうことかと言うと、と、古代に向かってまくしたてかけ、あやうく思いとどまったところ――自分を見る古代の顔に、『それをおれに言ってどうする』という色が浮かびかけたのに気づいたからだ。

 

そうだ。前にも、これと似たようなことがあった。と言うより、度々(たびたび)だ。タイタン以来、古代と一緒になるたびに、同じことをやらかしている。船務科長としての自分の悩み事を、聞いてくださいと言わんばかりに……。

 

どうして、と思う。古代はその都度(つど)戸惑い顔をするばかりで、わたしが話すことなんか右から左に耳を素通りさせているのは見て取れるのに。わたしが抱える問題はこの男に直接関係ないとわかっているはずなのに。

 

なのになぜかどうしても理解させねばならぬ気になり一方的に話してしまう。島や新見や部下にも言わないようなことをどういうわけなのか……。

 

今もまた、そうしてしまうところだった。それを途中でやめられたのは、古代が自分を見る表情に気づいたというだけでなく、あの小展望室と違って今は他の者達の眼があるからだ。

 

島や南部や新見の前でまた古代にハアハアと生返事を返されて、挙句に相原あたりから『そんな話を古代にしてどうするの』と言われてしまうことになる。

 

そうなるのがわかったからだ。ギョウザがワープの連続の旅の成功を祈る料理だくらいのことは、ここにいる者は皆知っている。

 

どうしてだろう。ラムに似せたものらしいこのやたらに甘い香りのする酒のせいだろうかと森は思った。〈クバ・リブレ〉。古代にそれは何かと聞かれ、応えに対して返された言葉が、『あなたと同じものが飲みたい』とでも言われたように聞こえた。

 

それでうろたえてしまったのだ。新見でなく、わたしに向かって、『あなたが飲んでるそれと同じものをボクも飲みたいから持ってきて』と言われたように感じてしまった。『何を』、と思ってみてから勘違いに気づくまでに二秒ばかりの時間がかかった。

 

どうかしている。古代の言葉に他意のあろうはずもない。こんなものはそもそもたいした飲み物じゃないし、こんなところで誰かとふたりで飲んだからどうだというものでもない。

 

大体、わたしが自分からこの男に持ってきてやるというならともかく、なんで言われて持ってこなけりゃいけないのか。わたしは古代がそう言うならと喜んで取ってくる気ででもいたのか。

 

まさか。もちろん、それはない。なのにどうしてと森は思った。新見が古代にグラスを渡しているところが(うらや)ましく思えたのか。わたしだって誰かひとりくらいに同じことをして礼を言われてみたかったのか。

 

その手頃な相手と言えば、眼の前にいる古代だった。なのに新見にその役どころを取られてしまった。

 

そんなところなのかな、と思う。だがそれ以上に、わたしは古代が羨ましいのじゃないかと感じた。

 

卓の向こうで古代は結構、ギョウザを焼く仕事を楽しんでるように見える。古代だけでない。山本や、航空隊のパイロット達もまたそれぞれに与えられた役を楽しげにやっているようだ。

 

加藤以外は、だが――しかしあの二尉も、そろそろ許してやらねばならないだろう。

 

パーティなのだから、と思って酒をひとくち飲んで、森はあらためて古代を見た。

 

やっぱりわたしは、本当は、いま古代にやらせている仕事を自分でやりたいのだ。なのにそうはいかないから、罰だという理由をつけて代わりに古代にやらせている。

 

そうして言いたかったのだろうか。ここに来て面と向かって、どう、感謝しなさいよと。あなたにほんとはわたしがやりたいいちばんいい役をやらせてあげてるんだからね、と。そうして自分が飲んでいるのと同じ酒をこの男に手渡して……。

 

そんなふうに森は思った。古代はギョウザ焼きにかまけてもうこちらを向きもしない。



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最功労者

ああなんてことだよと、焼けるギョウザを前にして古代は重い気分だった。どうも話がおかしいと思っていたらなんとまあ、森ユキ船務科長ドノの管理が始まってたってわけかい。そうだよなあ。罰とかなんとか言ってるけど、ほんとはおれをイビりたいんだろ。ギョウザを焼く程度の仕事も気楽にやらせてくれんとは……。

 

にしてもな、と古代は思った。わからん女だ。森ユキか――手元に置いた冥王星の色のカクテルに眼を走らせる。ひょっとしてこの彼女が自分が飲んでいる酒と同じものを持ってきてやると言ったなら、おれは喜んで『ハイ』と応えていたのだろうか。

 

まさかな。それはないだろう。この彼女こそこの数日――いや、地球を出てからずっと、船の誰より働いてきたのだ。それは、おれにもわかる。このパーティが今できるのも、この彼女の尽力のたまもの。

 

そのくらいは誰に教えてもらわなくてもおれにだってわかるってもんだ。なのにこの彼女の方じゃ、それがわかってないんじゃないかな。ボンクラにはそんなことすらわかるわけないという考えでいて……。

 

よそう、と思った。つまらない話だ。おれからすればどうでもいい女だ。どうせこちとら地球に生きて帰れるかどうかわからぬ戦闘機乗り。対してこの船務科長こそ、船が地球に帰りつけば人類を救った旅の最功労者。それはこの〈ヤマト〉のクルーみんながよくわかっていること……。

 

そうだ。だからおれはせいぜい今はギョウザを焼くとするさと思った。おれは別に『人類が救われたのは君のおかげ』と言われたいわけじゃないのだし……。

 

「古代」と島が言った。「けどなんだな。このパーティが今できるのも、お前のおかげかもしれないな」

 

「はん?」と言った。「ギョウザのことか?」

 

「違うよ」

 

「いや、これは、言われてただ焼いてるだけで……」

 

「だから違うって。冥王星だよ。〈スタンレー〉を越えられたのは、古代、お前のおかげって話だ」

 

「だから、それもな」

 

「『敵を討った』という意味じゃない。戦う前だよ。ワープのときにお前がやったろ、『おれは生きて帰る』って。あれがなければ、果たして勝てたものかどうか。勝てたとしても……」

 

「ええ」と新見。「このパーティ、今はできてないかもしれない。そういう話ですよね」

 

「そう」

 

と島。古代は「いや……」と言ったがしかし、それ以上の言葉は続けられなかった。

 

「うん」と太田。「あのときほんとは、みんな内心怖かったんだ。〈スタンレー〉には罠がある。〈ヤマト〉が沈めば地球は終わり……だから本当は怖かった。できるもんなら逃げたかったよ。あのとき君があれをやってくれていなけりゃ……」

 

「うん」

 

と相原。他の者も皆頷いた。森でさえ、シブシブという調子であるが。

 

「いや」と古代は言った。「そんな。おれだって……」

 

「わかるよ」と南部。「ヤケクソで言っただけだと言うんだろう。そういうもんさ。でもあのとき、誰かが嘘でもああ言ってくれていなけりゃ……」

 

「勝てたかどうかわからない」と相原。「たとえ勝っても、犠牲はもっと大きなことになっていて、このパーティはできてないかも……」

 

「そういう話だ」と島。「あのときあれができたのは、お前しかいなかった。他の者じゃダメだったんだよ。だからそれだけは、お前のおかげだとおれは言うんだ」

 

言って森に眼を向ける。この場にいてこの件で何も発言していないのは森だけだ。

 

「そうね」と森は言った。「あと、ギョウザを焦がさないこと」

 

「あ」

 

と言った。ギョウザの〈羽根〉が焦げ付きだしてる。急いでヘラですくい取った。

 

その作業を見守るようにしながら森が、また「そうね」とつぶやいて言う。

 

「〈スタンレー〉ではケガ人が多く出たけれど、死者はごく少なくて済んだ。クルーが二十人足らずに戦闘機のパイロットが五人というのは、想定を大きく下回っている。本当は倍の犠牲を覚悟していたし、一時はそれ以上のことになるんじゃないかと……」

 

古代は頷いて聞きながら、またグダグダと細かい話が始まったなと考えていた。この女はやっぱりほんとに、口を開けばこういう話しかしないな。犠牲が少なく済んだのは自分達艦橋クルーの働きのおかげだとでも言いたいんだろうか。

 

そのあたりの事情はやはり、結城などに聞かされていた。冥王星の戦いで、〈ヤマト〉は千百のクルーのうち四百もの死傷者を出した。その多くが砲雷科員や機関科員、レーダー機器などを操る者達であったため、船は一時は完全に戦闘力を失うところまでいった、と。

 

それを立ち直らせたのが、個々のクルーの働きもさることながら、いま自分の眼の前にいる艦橋士官であるのだろう。だからそんなの、念を押して言われなくてもおれはちゃんとわかってますよと古代は森に言いたい気がした。おれが〈魔女〉を討てたのだって、あなた達が道を示してくれたからですよ、と。

 

「ただ……」と森は続けて言う。「そうなったのは、敵の方が〈ヤマト〉を沈めさすのでなく座礁させる策を取ったからだけど。〈ヤマト〉の秘密を奪うために、乗組員を殺すより多くをケガさせようとした。狙い通りになったからこそ、あれだけやられても死者はごく少なくて済んだ……」

 

「まあ」と新見。「それを言うなら敵にそう仕向けさせたのは艦長ですから、すべては沖田艦長のおかげなのでしょうけれど」

 

「うん」

 

とまた相原が応え、それに皆が頷いた。

 

それぞれの手にしている酒を飲む。そうだ。すべては沖田艦長のおかげなのだという思いを今あらためて口に噛み締めているように見えた。そのようにして飲みさえすればこのニセ酒も本物の美酒に変わるとでも考えているように。

 

しかし古代はホットプレートにギョウザを並べているところだったので、そのままその作業を続けた。

 

沖田か、と思う。確かに、敵に勝てたのは、結局のところすべてはあの艦長の力ということになるのかもしれない。このパーティが今できるのも。

 

だが古代は、皆と同じに頷く気にはなれなかった。

 

冥王星の戦いで〈ヤマト〉は多数のケガ人を出したが、その大半は軽傷であり、包帯を巻いただけですぐ配置に復帰できた。だからこそ速やかにマゼランへの旅を始められたし、このパーティもできている。それは〈機略の沖田〉と呼ばれる男のまさに機略のたまものだ。クルー達が沖田を讃え、畏敬を込めてその名を呼ぶのもむべなるかなという気はする。

 

だが――と思う。旅はまだ始まったばかりだ。やっと一回、一光日のワープをやっただけのところだ。眼の前のホットプレートにギョウザのタネを敷き詰めながら、果たして本当にこんな旅が成し遂げられるものなのだろうかと古代は思わずいられなかった。

 

このパーティでギョウザを出すのはギョウザのタネを作って焼くのも英語の〈ワープ〉であるからだという。いま眼の前のプレートにざっと五十ばかりのギョウザ。おれが最初にタネをこしらえあげたときにはまったくきれいに形を整えるなんてことはできなかった。

 

マゼランとの往復は何百というワープの連続の旅だという。そんなの、果たしてできるのだろうか。いや、たとえできたとしても――。

 

沖田のおかげで、冥王星では犠牲が少なく済んだという。だが、それがなんだというのだ。別に沖田はクルーのためを思ってそのような戦い方をしたのじゃあるまい。ここで犠牲を多く出せば旅が遅れることになるから、それを避ける策を講じた。地球へ帰った暁に、人類を救ったのは自分の力としたいからだ。

 

そんなふうに思えてならない。犠牲を出したくないのなら、冥王星など迂回すればよかったのだから。

 

『〈スタンレー〉に行く』と決まるたった一日前にはむしろ、この船の中は迂回派の方が優勢だったはずだ。それが地球で内戦が起こり、敵が逃げたことによって、『行こう』という話に変わった。それも沖田が仕組んだこと。

 

だが、と思う。実のところ、あのとき怖くてたまらなかったと今になって太田は言う。あのときおれが船底(ふなぞこ)で叫ばなければ〈ヤマト〉は勝てず人類は終わりとなっているかもと言う。だから怖くてたまらなかった、と――。

 

皆がそうだったのだろう。こうして今にパーティなんかできるのはおれのおかげで沖田のおかげだなんて言うが、しかし――。

 

最後のあれはどうだ。あの戦いで、おれは最後にトンネルに飛び込めと命じられた。それが沖田の命令ならば、同じじゃないのか。おれの兄貴が死んだ戦いの状況と。

 

〈メ号作戦〉。そのとき、沖田はおれの兄貴に死ねと命じて自分は逃げた。そしてこの前の戦いでは、おれにトンネルに突っ込めと言った。基地を完全に破壊するには他に方法がないからといって。

 

あのときは、無茶だと思いはしたがそれでも考えた。『やってやるさ』と――ここで死んでも構うものかと。しかし、後になって思う。兄貴もそうだったのだろうか。そのとき、兄貴も沖田の(めい)に従い応えたのだろうか。はい、提督。行きます。おれに行かせてください。あなたの盾として死ねるなら自分はそれで本望です、と……。

 

バカな。とすれば、それこそ最も愚かな軍人。撤退するなら撤退で、旗艦を護って共に退くのが最後に残った僚の務め。その途中で死んだというなら話はわかるし立派な最期と言えるだろうが、一隻だけで無駄死に特攻するなど到底――。

 

正気の沙汰ではない。なのに沖田は、兄貴にそれをやらせたのだ。そんな男がどうして信用できるものか。

 

そう思っていた。「古代」と名を呼ぶ声がしたが最初は自分とわからなかった。

 

「古代」

 

と、二度目に呼ばれてハッと我に返る。

 

「なんだ?」

 

と言った。見ると島だ。指で何かを差している。

 

アナライザーだった。手に何やら角張った妙な機械を持っている。

 

カメラだった。ただしおそろしく旧式なやつだ。木の箱に皮の蛇腹が付いていて、レンズがこちらを向いている。横にいくつものツマミやダイヤル。反射傘付きのフラッシュガン。

 

そうして言った。「皆サン、ゴ一緒ノトコロデ一枚イカガデスカ」

 

どうやら記念撮影係をやっているらしい。カメラがやたら旧式なのは演出で、本当は自分の〈眼〉で視て電子頭脳に書き込むものから静止画(スチル)を切り出すのだろう。

 

「ああ、頼むよ」島が言った。「ここは古代が中心でな」

 

「え?」

 

と言ったが、異存ある者はないようだった。ギョウザを焼く卓の前に六人の艦橋士官が三人ずつ左右に分かれて並び、エプロン掛けの古代が真ん中の構図を作る。

 

「撮リマスヨ」

 

フラッシュが白い光を放った。

 

と、そこで、

 

「あの、すみません。よろしいですか?」

 

声を掛けてくる者がいた。たまたま近くで見ていた通信科員らしい。同じグレーコードの相原が、

 

「なんだ?」

 

とたずねると、

 

「できたら自分も、古代一尉と記念の一枚をいただけましたら……」

 

「ああ」と言った。「いいよね?」

 

「え?」

 

と古代はまた言ったが、気づくとそのひとりだけではなかった。他に何人も、名も知らないクルー達が自分を見ている。

 

「あ、うん」

 

と頷いて言った。するとその者達が、ワッと歓声を上げて駆け寄ってきた。



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心変わり

「テントは軟質樹脂製だが、カーボンナノチューブの網を挟み込んであるので――」

 

と加藤は特設パーティ会場の入り口で、注意事項を説明する仕事を続けていたが、ふとテントの中心が騒がしくなったのを感じてそちらに眼を向けた。ギョウザ焼き場の前に人が集まっている。

 

なんだろうと思いながら見ていてやがて、古代を囲んでの記念撮影会が始まったらしいと気づく。

 

おやおや、と思った。このテントにやってくるのは、『古代がギョウザを焼いてる』と聞いてドレドレと見に来た者が多いらしいというのは最前から感じていた。古代が焼くギョウザを食べに来た者ならば、古代と一緒に写真となればそれは群がるに決まっている。

 

クルーが一度に数人ずつ、古代を囲んで――と言うより、古代は卓の奥にいるので古代を生ける銅像として前に並ぶように写真に撮られていく。

 

加藤は眺めて、変われば変わるものだと思った。太陽系にいた頃には誰もが古代を異端視し、疫病神だ穀潰(ごくつぶ)しだと呼んでソッポを向いていたのに。

 

それが今では、まさに偶像(アイドル)。古代こそ、人類を救うために神がこの〈ヤマト〉に寄越した聖なる〈エルモ〉。そう信じているかのようだ。古代がいればオレ達はこの旅を必ずやり遂げられる。帰りを待つ親や我が子を救えるのだと……。

 

しかし元々、古代を最初にシカトしたのはおれなのだから、古代が除け者にされていたのはおれのせいでもあるのだが……そんなふうに加藤が考えていると、女がひとりツカツカとこちらにやって来るのが見えた。

 

船務科長の森雪一尉だ。道場の無断使用の罰として自分にこの役をやれと命じてきた女だ。古代がギョウザを焼かされてるのもこの女が与えた罰と聞いている。まっすぐこちらに歩いてきながら今もひどい仏頂面(ぶっちょうづら)だ。

 

そしてすぐ前で立ち止まった。何か文句があるのかな、と思って加藤は身構えた。

 

しかし森は、フテ腐れたような顔をしたまま、「はい」と手を差し出してきた。ソーダカクテルのグラスが握られている。

 

そうして言った。「もういいわ。元の仕事に戻りなさい」

 

「は?」と言った。「ええと、おれの交信の番が来るまでやれという話でしたが」

 

「あたしが『いい』と言ってんだからもういいのよ! ほら!」

 

言って早くグラスを取れとばかりに手をさらに突き出してくる。加藤は「どうも」と言って酒を受け取った。

 

「勘違いしないでよね」森は怖い眼で加藤を見ながら、「あたしはこのあいだのことを許したわけじゃないんだから。今度規律違反をしたら、倍の罰を受けてもらいますから」

 

「はあ」

 

「『はあ』じゃないでしょう!」

 

「はい!」ピンと背を伸ばした。「わかりました! 以後気をつけます!」

 

「フン」

 

と言って森はテントを出ていった。

 

「なんだありゃあ……」

 

見送って言うと、

 

「ひょっとして、二尉に気があるんじゃないですか」

 

たまたま近くで見ていた者が笑って言う。

 

「まさか」

 

と加藤は言った。〈シンガポール・スリング〉らしい酒に口をつけてから、

 

「ありゃ、ああいう人だよ」



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ラッフルズ・スタイル

「いいかな笹恵(ささえ)。それに舛男(ますお)君。確かにわしらは敵に勝った」

 

通信室で〈ヤマト〉機関長の徳川彦左衛門は言った。向かっている画面には彼の娘とその夫が映っている。

 

「しかし喜ぶのは早い。むしろ今は気を引き締めねばらならんときなのだ。わしらはまだ赤道の敵に打ち勝ったに過ぎんのだから」

 

『セキドー?』

 

とササエさん。徳川は酒を何杯も飲んでいて、自分が言ってはいけないことを話しているのに気づいていない。「ウム」と力強く頷いて、

 

「そうだ、赤道だ。笹恵、お前は〈シンガポール・スリング〉という酒を知っているか。舛男君、君はどうだ」

 

『はあ、いえ……』

 

とマスオ君。義父がこんな調子のときはとにかく逆らわないことだと身に知っている顔である。どうせこの交信は三分間に制限されて、それが過ぎたらこの老人が帰るまで絡み酒の相手をしなくていいのだ。

 

徳川は言った。「そうか、では教えてやろう。〈シンガポール・スリング〉とは、ジンと、ええと、なんとかと、なんとかとをなんとかしたのを炭酸で割ったカクテルだ。だが本当の〈シンガポール・スリング〉は、実はそのような酒ではなかった。オリジナルのレシピでは、炭酸でなくパイナップルのジュースで割るのだ。それは〈ラッフルズ・スタイル〉と呼ばれる」

 

『はあ』

 

「〈ラッフルズ〉とはシンガポールをマライから奪い取った男の名前だ。ニューヨークのマンハッタンをインディアンから騙し取ったオランダ人と同じことをマライでやった。ごく一部の先住民を取り立てて、残りの99パーセントを奴隷にする。そうして絞った甘い汁で酒を割り、白人だけが泊まれるホテルで白人だけが飲んでいたのがラッフルズ・スタイルのシンガポール・スリングなのだ。舛男君、わかるか」

 

『はあ……いえ、すみません。ボクには船のエンジンのことは……』

 

「猿人。そうだ。かつてヨーロッパの白人は、有色人種を猿と同じだと考えていた。未開の地の先住民に魂はない。神が自分らの奴隷にするため、はびこらせておいたものだと……そんな理屈でラッフルズは自分の行為を正当化し、暴虐の限りを尽くした。マレー人を鞭打ち死ぬまで働かせながら、劣等種族に良くしてやってる気でさえいたのだ。当然ながら日本のことも、自分の造った港から海を北東に行ったところに猿人の国があるとしか思っていなかった。せっかく奴隷貿易で儲けさせてやろうと言っているのに、話を聞かないトクガワという男がいる。許せん。いつか成敗してやると、そう言ってな……」

 

『はあ。ええと、今からでもボクに徳川の姓を名乗れということでしたら……』

 

「舛男君。かつて昭和の戦争で、日本はシンガポールを落とした。ラッフルズの像を倒し、〈昭南島(しょうなんじま)〉と改名させた。しかしそれは日本が犯した大きな間違いだったのだ」

 

『今の名前でいいということ?』

 

「その通りだ。つまりわしがいま何を君に言いたいかと言うとだな」

 

言ったところに娘の笹恵が、

 

『アッ、愛子です。愛子が来ましたよ、お父さん!』

 

叫んだ。そして、『おじいちゃん!』と言う声とともに、三歳ばかりの女の子が画面の中に入ってくる。

 

「おお! 愛子!」

 

徳川は叫んだ。同時に、交信終了まであと十秒を報せるサインが表れる。

 

「愛子! 愛子!」

 

『おじいちゃん!』

 

交信終了まで九、八、七……。

 

「愛子! 待っとれ。必ずだ。必ずわしはお前のためにマゼランへ行って戻ってくるからな!」

 

『おじいちゃん!』

 

と孫娘。徳川は画面に張り付き、その顔に頬ずりせんばかりにした。ガラス越しに対面しているわけではないのだから、そんなことをするとカメラの写界から外れて向こうの画面には映らなくなってしまうのだが、そんなことにも気づかぬようすだ。

 

「愛子ーっ!」

 

と徳川はまた叫んだ。交信終了まで四、三、二……。

 

『マゼラン?』

 

と笹恵が言った。しかし徳川はオウオウと声を張り上げて泣くばかりで、彼女の声は耳に入っていなかった。

 

交信終了。真っ黒になった画面の前で、しばらくの間、徳川は泣き声を上げ続けていた。



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家族のいない者の気持ち

ギョウザ焼きの仕事からやっと解放されたところで、古代は透明テントを出た。

 

パーティはまだ続いているが、あの場所に居続ける気はしなかった。自分には気疲れするばかりと感じる。

 

が、さてどうしよう。自室に戻る気もしないし……考えながら通路を歩いて、あらためて自分がこの艦内をまだロクに知らぬのに気づく。

 

当然だろう。太陽系にいた間は、自室と食堂と〈ゼロ〉のシミュレーター室、それにトレーニングの部屋をグルグルするだけ。それ以外を覗いて見ることなんてほとんどなかったのだから。

 

足が向くまま歩いていくと、やっぱりいつもの場所に着いた。トレーニング室だ。ずっと周囲の眼を避けて、山本に命じられるまま走り込みに器械トレーニングをやっていた部屋。どうやらここに慣れ親しんでしまったらしい。

 

ためらいつつも、やはり古代はまた中に入っていった。まさか皆がパーティに出るか地球との交信をしている最中(さなか)、こんなところで運動してるやつはいないだろう。いつものようにランニングでもしているか――。

 

そう思ったら、いた。先客がひとりだけ。

 

山本だった。ランニング・マシンの上で駆け足している。そのままマラソン大会に出たら、世界記録を出してしまうのじゃないかという勢いだ。

 

一緒にギョウザの焼き仕事からお役御免となったのだが、古代のようにモタモタせずにまっすぐここへやって来て運動を始めていたのだろうか。走りながら古代に気づいて意外そうな眼を向けてきた。

 

そして器械を止めようとするのに、

 

「あ、いや」と古代は言った。「いいよ、続けて」

 

「はい」

 

応えて走り続ける。古代はパイロットスーツのままだが、山本は運動服に着替えて上はタンクトップだ。

 

女のものとは思えないような筋肉質の太い腕が走りに合わせて振り動かされる。これで胸に脂肪がついたら神の御業(みわざ)に違いないがそんな有り(がた)き現象は見れない。

 

ともかく、その手がさっきまでは、古代の横でギョウザを焼くため動いていたのだ。そのときに見た横顔も、いま同様に一心不乱というようすだった。トレーニング・ルームの中に、ただ山本の駆け足と呼吸の音だけが響いている。

 

古代は言った。「交信はいいの?」

 

「はい。わたしには地球に話す相手はいません」

 

「そうか。君も遊星で?」

 

聞いたが、山本はすぐには応えなかった。しばらくしてから「ええまあ」と言った。

 

古代は少し妙なものを感じたが、しかしそもそもおれがまずい質問をしたのだろうと思い直した。大体、『君も』と聞いたけれど、

 

「ごめん。おれがガミラスに家族をみんな殺られたなんて話したことはなかったよな」

 

「いえ……」

 

と山本。しかしそうだ。地球を出てから僚機としてこれまで一緒にやってきたのに、お互いの身の上を語り合ったことなどない。それをいきなり、『君も』も何もないものだ。

 

そう思って古代は言った。

 

「家族が死んでおれだけ生きてる。そんな人間の気持ちなんて誰にもわかるわけがない。そんなふうに思ってきたけど……」

 

しかし、と山本を見て思う。そんなふうに体を鍛え上げながらどんな気持ちでいるんだろう。

 

まるでわからん。やっぱりおれと同じように、家を出てフラフラ歩いているところにでも親が遊星で死んだのだろうか。そうしておれと同じように、行き場がなくて軍に入ったのだろうか。

 

しかし、たとえそうだとしても……。

 

おれと山本じゃまるきり違う。それは確かだ。この女が何を考えているのやらまるで推し量ることもできない。

 

それを言うなら森というのもなんだかわからん女だし、それ以外の誰にしたって――。

 

〈ゼロ〉の整備員の大山田の顔を古代は思い出した。内戦で親の生死も不明だとさっき話していったときのあの表情。

 

今、あいつはどんな気持ちでいるんだろうか。船務科員の結城はどうだ。あの子にしても、あれやこれやと働きながら地球の家族の身を案じているようだった。

 

地球では、誰もが日々濃度を増してく放射能の水を飲んでいる。特に子供や老人の身を(むしば)んでいきながら。

 

〈ヤマト〉がどんなに急いでも手遅れの者が必ず出る。いや、間に合ったとしても、健康被害を受けずに済む者はいない。地球に家族を持つこの船の乗組員は、誰もがそれを思わずにはいられない。

 

今日のパーティを見てあらためてそれがわかった。わかりはしたが、

 

「どうなんだろうな」古代は言った。「ガミラスに家族を殺されちまった者と、まだ地球で生きてる者と、どっちの方が(つら)いんだろう」

 

「わたしにはわかりません」

 

言って山本は走り続ける。眼はまっすぐに前へ向けられ、古代にはもう視線すら寄越さなかった。



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「うーん、なるほど。こりゃあひでえ。どうしたもんかな」

 

と斎藤は言った。頭に機械いじりの際に被る作業帽。青い船内服の上に作業用のベストを着けて、〈ヤマト〉艦内の〈畑〉に来ている。

 

〈畑〉といっても土などはない。促成野菜の水耕栽培農場であり、その内部はパン焼き工場か何かのようだ。食パンを焼く型のような長方形の栽培容器に野菜の種と肥料をこねたパン生地状のゼリーを入れて、パン焼き窯のような光合成室に入れ、上から光を当ててやれば、ニンジンでもほうれん草でも出来上がる。パンと違って『十五分で』というわけにはいかず、収穫まで十五日ほどかかるのだが、そのシステムが冥王星の戦いで大きなダメージを受けたのだ。

 

「ひどいでしょう」森が言った。「何から何まで凍ってしまって、歪んだりヒビが入ったり……水を使うものですから、ひとつ狂うともう全部がダメになるのに……」

 

「まあね、わかるよ」

 

斎藤は言った。狭いスペースでできる限り多くの野菜を育てるために、〈畑〉の中はまるで立体駐車場かウォーク・イン・クロゼットかという塩梅(あんばい)になっている。金属製の棚に何段も栽培コンテナを並べて固定し、水と光を与えるのだ。すべてのものがあるべきところにあるべきように隙間なくカチリとはまるように造られており、ズレたり水がこぼれたりしない。

 

ゆえに、そこにちょっとガタが出来てしまうとすぐに、ズレが新たなズレを生んでそこらじゅう水がこぼれることになるのだ。そして斎藤の見るところ、今はすべてがガタガタという状態になっていた。

 

原因は無論先日の戦いだ。あのとき、〈ヤマト〉は冥王星の海に潜って全艦内が冷凍庫と化した。この設備はその影響をモロに受けているのである。

 

森の言うように何もかもが歪んでヒビが入ったりしている。栽培コンテナを架から引っ張り出そうとしてもひっかかって動かないし、無理に出したら同じところに戻せない。

 

曲がってしまったパイプから水がポタポタと垂れている。その配管はまるでアミダくじであり、しかも立体に交差するのだ。

 

「こりゃいかんな。どうしたもんだろ」

 

と斎藤は、さっき言ったのと同じことをまた繰り返して言った。

 

森が言う。「直さないと野菜が育てられないんです」

 

「うん」

 

「合成でんぷんや合成肉の製造装置もやっぱり凍ってしまったでしょう。あっちはすぐに直せるという話でしたが……」

 

「こっちのはだいぶかかりそうだなあ」斎藤は言った。「けど、野菜が食えないからって、壊血病(かいけつびょう)になるわけでもねえだろう」

 

「それはそうです。でもやっぱり、なんとかしないと食料が足りなくなってしまうんですよ。ここで野菜が育てられないのであれば、両舷の展望室を〈菜園〉にしなきゃならなくなるかも……」

 

「ははは」

 

「それだって、種があればの話ですけど」森は言った。「冥王星では生育中の野菜がみんな凍ってダメになったんですが、それはまだいいんです。それ以上に問題なのは野菜の種も凍りついてしまったことで、まだ生きてて芽を出す種がどれだけあるか……」

 

「ん?」と言った。「種が凍った?」

 

「はい」

 

「みんなダメになったのか。だったらここを直しても、植える種がないってことか?」

 

「いえですから、生きてる種がどれだけあるかもまだわからないんです。それを調べるためにもここを直さなけらばならないわけです」

 

「うーん、そんなこと言われてもなあ。他にも急いで直さなきゃいけないところがたくさんあるし……」

 

「それはわかってるんですが」

 

「それにそろそろ、おれの交信の時間なんだよ。今日くらいは部下も休ませてやりたいしな。悪いけど、この話はまた後にできねえか」

 

「はあ」と森。

 

「んじゃ」と言って〈畑〉を出てから、斎藤は、「しかしまあよく働くねえちゃんだよな」と小さくつぶやいた。分刻みで船の中を駆けずりまわってるとしか思えん。あれのダンナになる男はさぞ大変なこったろうな。



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北斗七星

そして結局、またやっぱり、同じところに来てしまった。艦橋裏の小展望室。

 

古代はドアの前に立つ。山本と横に並んでランニングをする気になれず、別の運動もやはりできずにトレーニング室を出て、思い出したのがこの場所だった。

 

けれども中に入ろうとしてふと思った。ここに来たのは三度目だが、前の二回に二回とも同じ相手とぶつかっている。よりにもよって、船でいちばん苦手とする人物と。

 

船務科長の森雪だ。あの女はこの船の中を一日中、端から端まで見てまわっているらしい。それがセンムカチョーという役職の務めであり、おれがここに来るときに決まってここにやって来るのだ。

 

だから今度も……いいや、まさか。いくらなんでも三度続けてというのはあるまい……思いながら中を覗いた。

 

星を見るための部屋だから内部は暗い。窓には宇宙。四半球のドーム窓いっぱいに星が散りばめられている。

 

そして宇宙空間にひとり人間が浮かんで見えるが、それは通路の灯りのために窓に映り込んだ古代自身の姿だった。

 

他に人影は見当たらない。どうやら誰もいないようだなと思いながら中に入る。

 

が、ドアを閉めて初めて気づいた。窓に映る自分の姿が消えると同時に、別のものが視野に浮かび上がったのだ。

 

部屋の真ん中、高さ1メートルばかりのところに、何やら白く丸いもの。古代はそれにあやうくぶつかりそうになって「わっ」と思わず声を上げた。

 

「ん?」

 

とそいつが言葉を発する。いや、〈言葉〉とは言えないが、とにかく人間の声だった。いやいや、〈人間〉と言うよりは、何か猛獣の唸り声のようでもあったが、確かに古代が聞き覚えのある声だった。

 

「誰だ?」

 

とそいつは続けて言う。もう間違いようはなかった。白く丸いものは頭だ。部屋の真ん中に白髪(はくはつ)の男がひとり背中を向けて床に座り込んでいたのだが、位置の低さと暗さのためにそうと気づかなかったのだ。

 

それに、男は黒っぽい服に身を包んでいた。ためによく見えなかったが、気づいてみればそれとわかる。宇宙軍服のピーコートだ。

 

艦長の沖田だった。首をまわして古代の顔を見上げてくる。

 

「あ……」

 

と古代は言った。自分がひとつ間違いを犯していたのに気づいた。この〈ヤマト〉という船でおれがいちばん苦手とするのは船務科長の森雪じゃない。

 

これだ。この艦長だ。この白ヒゲのじいさんこそ顔を合わせずに済むのなら顔を合わせずに済ませておきたい苦手中の苦手だった。それがまたなんだって、なんでどうしてこんなところに……。

 

「ええと……」

 

と言った。沖田も古代を見上げながら、目をパチパチさせていた。

 

古代は前にこの男と個室でふたりきりになったときのことを思い出した。タイタンの後の艦長室だ。あのときもドーム窓の星空の下で、『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』と、わかるようでわからぬことを言いながら目に涙を光らせていたようだった。

 

その眼がまた、暗い小部屋の中で自分を見つめている。しかし今度は、その視線がどことなく定まっていない感じだった。

 

自分を見ながら自分を見てない。目を(しばたた)かせながら、『見覚えのある顔だけれど誰だったかな』とでも言いたげにして古代を見ている。

 

沖田は床に胡座(あぐら)をかいて座り込み、ピーコートは袖を通さず肩に羽織りかけていた。いつもの帽子は今は床に置いてあり、その脇には一升瓶。

 

そして沖田は、片手にコップを持っていた。古代はこの室内に佐渡先生の医務室と同じ匂いが漂っているのに気づいた。

 

どうやら沖田はここでひとり、酒を飲んでいたらしい。

 

それも、日本酒だ。瓶の中身は残りあと二割ばかりになっている。ここでどれだけ飲んだのか知れぬが、これだけ匂いがするのは、たぶん相当に……。

 

思っていると、沖田は言った。「おお、古代か」

 

「え、あ、はい」

 

「何をしとった。待っているのに来ないから、わしひとりで飲んじまったぞ」

 

「は?」

 

と言った。これはいけない。だいぶ酔っ払っている。一体誰を待ってるつもりでいたというのか。

 

「立ってないでそこに座れ。まだちっとは残っとるから」

 

「え? いえ、あの」

 

言ったが、なぜか酒瓶の横に、もう一個のコップがあった。古代が床に正座すると、「ほら」と言って沖田はそれを寄越してきた。次いで酒瓶を取り上げる。

 

「ええと……」と古代は言った。

 

「なんだ」

 

「その……今日はもう酒を一杯飲んだところで、パイロットとしてはもうこれ以上は……」

 

「フン」と言った。「それがなんだ。《飲み足りない》と顔に書いてあるじゃないか」

 

「はあ」と言った。酒の匂いがまた鼻をくすぐってくる。

 

途端に、そうだ、飲み足りない。大体さっき飲んだようなのは酒じゃない。おれが飲みたいのはそれだ、という気持ちがこみ上げてきた。沖田が瓶の口をこちらに向けてくる。古代はコップを持ち直して差し出した。

 

「それじゃあ」

 

「うむ」

 

ドバドバと酒を()がれる。沖田はそれから、『受け取れ』とばかりに瓶を突き出してきた。

 

「は?」

 

と聞くと、沖田はもう一方の手に自分のコップを持ち直す。『酌をしろ』という意味だと気づくまでに少しかかった。

 

「あ、はい」

 

古代は酌をした。沖田がその杯をかざしてくるので、自分のコップを出してカチリと打ち合わせた。

 

とにかくここは逆らわないことだと思う。勝てる見込みのない相手には降参するのが利口だろう。敗けるとわかっている戦いをするのが男の道でもあるまい。

 

沖田は酒をグイグイと飲み、古代を見て「そうか」と言った。

 

「古代、お前に弟がいたのか。ええと名前はなんだったかな」

 

逆らわないこと。「ススムです」

 

「そうか。良い名だ。古代、お前に弟がいたか」

 

「ええと……」

 

「なんだ。まずは飲め。男の話はそれからだ」

 

「はあ」

 

言って古代は酒を飲んだ。実に複雑な味がする。

 

沖田はウムと頷いて言った。「しかし古代、お前に弟がいたとはな。ええと名前はなんだったかな」

 

「ススム……」

 

「うむ、そうだった。良い名だ。お前に弟がいたとは。まさかその弟が、この船にやって来るとはな。ええと名前はなんだったかな」

 

「ススムです」

 

「そうだ。古代よ、本当なら、お前がこの船に乗るべきだった。そのお前に弟がいたとは。まさかその弟が、この船にやって来るとは、ええと……なんだったか……」

 

「ススム?」

 

「違う、そうじゃない。スタンレーだ。〈冥王星〉とお前が呼んだ星をわしらは越えたのだ。古代よ、見ろ。地球がもうあんなに小さくしか見えない」

 

沖田は言って窓に広がる宇宙空間を指差した。古代は「はあ」と応えてそちらの方を見た。

 

〈ヤマト〉の煙突の上あたりに明るく光る点がある。沖田は『地球』と言ったがもちろん酒の上の間違いで、見えるのは地球でなくて太陽の光だ。一光日も離れてしまうともう点にしか見えないが、それでも他の百万の星を合わせたほどにも強く光り輝いている。

 

その近くに、次いで明るい星がひとつ。北極星だ。さらに七つの明るい星が柄杓(ひしゃく)の形を取って宇宙に並んでいる。

 

北斗七星。地球はもう肉眼で見ることはできない。

 

〈北〉の星空を後ろに見るのは、〈ヤマト〉が〈南〉に進むからだ。太陽がもうあれだけの光なのは、それだけ遠くにまで来たのだ。次に〈ヤマト〉がワープするとき、太陽はあの八つの星と変わらぬ等級になってるだろう。さらに次のワープの後は、指で探してもわからぬだろう。北斗七星も北極星ももうまったくどれともつかず、見知らぬ星空が広がるばかり。

 

そうなっていることだろう。〈ヤマト〉は赤道を越えたのだ。北半球で見ることのできぬマゼランへの旅が始まった。この天球を眺めるのはだからこれが見納めなのだと考えながら酒を飲んで、うまいな、と古代は思った。酒ってこんなにうまいものだったんだな。これで一緒に飲む相手がこの白ヒゲの男でなければ、たぶんもっとうまいのかも……。

 

三浦の浜で星を眺めるときにはいつも、波の音が聞こえていた。あれが北斗七星であれが北極星と指差して教えてくれたのも兄だった。これが兄貴と飲む酒ならば、たぶんきっと……。

 

「古代、お前が生きていればな。これを見るのはお前になっていただろうに……」

 

沖田は言って、酒をグイと(あお)って飲んだ。困ったなあ、と古代は思った。もしも兄貴が生きていたなら、今この酒に付き合うのは兄貴であってくれたろうに。なんでおれが……。

 

「どうした、古代。飲め。男なら酒を飲め」

 

「はい」

 

と言って仕方なく飲んだ。うまい。とにかくもうまいと思った。さっきに飲んだシンガポールなんとかと合わせて酒が体にまわってくるのを感じる。

 

一升瓶をチラリと見るとまだコップに一杯分ほど中身が残っているのがわかった。

 

「艦長。もう一杯……」

 

「そう来なくちゃ」

 

沖田は言った。ヒゲでよくわからぬがどうも笑ったようだった。

 

酒を注がれる。残りを全部古代に酌して、

 

「そうだ。古代。あのときも、わしの言葉をお前が聞いてくれていたなら……」

 

何を言っているんだか。どうも誰かとおれを間違えているらしいが、誰と間違えてるんだろう。なんでもいいや。酒だ酒だ。ここは調子を合わせておこう。うん、そうだ。〈ゆきかぜ〉を地球のようにしたくない。この艦長の言う通りだという気にだんだんなってきた。

 

「古代よ、わしは……」

 

「なんでしょう」

 

「わしはこれから、我がふるさとに別れを告げる」

 

言って、沖田は立ち上がった。危なっかしい足取りで窓に歩み寄り、輝く太陽の光を指差す。古代は慌ててコップを置き、その横に並んで立った。

 

沖田は手を挙げ、地球のある方へ振って叫んだ。「さよならーっ!」

 

「艦長……」

 

と古代が言うと、

 

「古代、お前もさよならを言わんか」

 

「はい」

 

逆らわないことだ。とにかく今は――古代は声を張り上げて言った。

 

「さよならーっ!」

 

「さよならーっ!」沖田もまた言う。「必ず帰って来るからな! それまで達者で暮らしていろよ!」

 

「さよならーっ!」

 

古代は言った。沖田も酔いどれ声で叫ぶ。そうしてしばらく、宇宙に向かい、ふたりで交互に叫んでいた。



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第13章 悪魔の喉笛 おおぐま座

日本で〈北斗七星〉と呼ばれる星座は、欧米では〈おおぐま座(アーサ・メジャー)〉と呼び名を変える。北の夜空を大きな熊が、小熊のまわりをノシノシ歩いているようだ、と。

 

そして〈小熊〉とは北極星だ。1942年3月、ふたりの男が星空の下で焚き火をしていた。

 

彼らがいるのはアメリカ西部。丘に挟まれた谷間である。地図にはなんの工夫もない《Hill Valley》の名が記されている。誰が付けたか〈ヒルバレー〉。丘と谷でヒルバレー。

 

名前通りの盆地だった。よってアメリカの内陸部において、夏であればうだる暑さ、冬は凍てつく寒さになる。三月も初めの今はまだ氷の季節であり、谷は一面、見渡す限り、冬に降ってまだ解けない白い残雪に覆われていた。

 

丘へ上る雪の斜面に点々と熊の足跡がついている。ここらにいるのはまさに大熊のグリズリーだ。冬眠から醒め、餌を求めて這い出したところなのだろうか。

 

さらにどこからか、狼の遠吠えらしい声も聞こえる。ふたりの男はウイスキーを飲み交わしながら、怖々と周囲に眼をやっていた。

 

ふたりのうち片方が、缶詰を一個手の中で転がしている。それに対してもう一方の男が言った。

 

「食えよ、マクフライ。そいつも〈メイド・イン・ジャパン〉だ」

 

「シーチキン」

 

〈マクフライ〉という名前らしい男が言った。持っているのはツナ缶で、ラベルにそう書いてあった。誰が付けたか〈シーチキン〉。日本で〈マグロ〉という名の魚は欧米で油漬けの缶詰になると〈海の鶏肉〉と呼ばれるのだ。

 

「こいつは罠だ。誰かがおれを獲って食らおうとしてるんだ」

 

「ただのツナ缶だよ」

 

「ジャップが造るものはみんな最低だ」

 

「ただのツナ缶だって」

 

「この〈シ-チキン〉ていう魚はおれの腹に入るために海を泳いでいたのかな」

 

「まあそういうことだろう」

 

「ジャップのガキはみんな〈ダイコン〉を齧ってる。日本で〈ウマミ〉があるものはみんな缶に詰められて、他所(よそ)の国へ出て行くからだ。この戦争は食い物の恨みだ。『オレの〈シーチキン〉を返せ。オレの〈マンダリンオレンジ〉を返せ。代わりにお前ら〈ケトウ〉が、〈ダイコン〉食っていろ……』」

 

「〈ダイコン〉ってなんだ?」

 

「木の根っこだよ」マクフライは言った。「人間の食い物じゃない」

 

「その缶詰は魚の肉だ。ナマコとかホヤじゃあないよ」

 

「見たことがあるのか、それを」ラベルの()を疑わしげに眺めやる。「ここでこんなもん開けて、熊か狼に匂いを嗅ぎつけられないか? おれはそいつらの餌になるためこれまで生きていたことになる……」

 

臆病者(チキン)

 

「なんとでも言え。まったく、なんでこんなところに……」

 

「命令だよ。国のためだ」

 

「はっ」と言った。「〈エグゼクティブ・オーダー〉か」

 

空を見上げた。七つの星が真上にある。

 

「なあ、わかるか。〈おおぐま座〉だ」

 

「ああ」

 

と相手の男。〈おおぐま座〉は春の星座だ。日本やアメリカあたりの緯度では、春の初めの今の時節に特に天の高みで光る。七つの星は〈熊〉の背中と尻尾にあたるが、そこから伸びて脚や頭となる星々も周囲に街の灯りのない荒野で今はハッキリと輝いて見えた。

 

マクフライは言う。「あの〈熊〉はメスなんだって知ってるか」

 

「いいや」

 

「そうなんだそうだ。神話ではね。アルカディアを追われた娘が熊に姿を変えられて空を歩かされている。北極星はその子の息子がやっぱり熊に変えられたもの……」

 

「へえ」

 

「ギリシャ神話だよ。〈アルカディア〉っていうのはギリシャ南部にある理想郷とされる高原の名だ。娘はそこの王女だったが、神の怒りに触れてしまった。我が子もろとも熊にされて北に追放、『永遠に空をグルグルまわっていろ』と命じられた」

 

「エグゼクティブ・オーダーか」

 

「そう。〈最高権力者の命令〉」

 

「その娘は何をやらかしてそんなハメになったんだ?」

 

「何も。全部言いがかりさ。神が娘の美しさを見初(みそ)めて近づき、子を(はら)ませた。自分が騙してそうしたくせに、『ふしだら女』と呼んでポイ捨て。産ませた子供もだから〈神の子〉のはずだけど、決して認知などしない。〈処女懐胎(かいにん)〉じゃないからね」

 

「グレイト・スコット」

 

「ヘビーだろ?」

 

言って遠くに続いている熊の足跡らしいものに眼をやる。

 

「この谷にも熊がいるようだけど、子供を連れてどこかに出て行くんだろうな。〈オーダー〉が実行ということになれば……」

 

「まあここには居られんだろうな」

 

「シンガポールの英軍のように」

 

「あれは連中が腰抜けなだけだ」

 

「そうかい」と言った。「ブラウン」

 

「なんだ?」と相手の男。〈ブラウン〉というのが彼の名前らしい。

 

「『タイム・マシン』って知ってるか?」

 

「一体なんの話だよ」

 

「H・G・ウェルズだよ。発明家が時を旅する機械を造って遠い未来の世界に行くと、人はなんだか羽をむしったニワトリみたいな生き物になってる。細い手足でヒョコヒョコと歩く以外に何もできない……熊みたいな化け物の食い物として飼われるだけの存在なんだ」

 

「ああ、ガキの頃読んだ。確かその化け物も、実は人間なんだっけ」

 

「そう。かつて奴隷にされた〈黒〉や〈黄色〉の成れの果てだ。百万年の恨みが積もって、〈白いの〉を見ると食い殺さずにおけないようになっている。本当にそうなっても不思議はないだろ。おれ達は〈彼ら〉を解放なんかしてない。未だに奴隷扱いしている。そうしてこれだ。ルーズベルトが言い出したことを議会が承認したら、ここは……」

 

周囲を見渡した。雪だ。他に何もない。谷間にはロクに木も生えていない。夏には草とサボテンがわずかに生えるだけの赤茶けた砂漠になる。

 

それがアメリカ西部の荒野だ。焚き火をするにも燃えるものを集めるのに大変な苦労をしなければならない。それが、この〈ヒルバレー〉という土地だった。そんなところでこのふたりはいま野営をやっている。

 

すべては先日発せられた〈オーダー〉のためだ。〈キャンプ〉はわざわざこんな土地を選んで置くことになっている。だから彼らは今ここで、キャンプしなければならなくなった。

 

〈オーダー〉が実行されるときに備えての調査のために。マクフライは空の星座をまた見上げてウイスキーを(あお)って飲んだ。

 

「百万年後はあの〈熊〉も形がまったく変わっちまっているらしい。でも、遠い未来じゃない。〈その時代〉はもう始まってるのかもしれない。おれは自分で自分が住むことになるトリ小屋をここに建てに来たのかも……おれの息子も孫も曾孫も食肉用に飼われるだけの腑抜けになって、未来永劫変わらなくなる。誰かがタイムマシンに乗って、歴史を変えでもしない限り……」

 

「この戦争に敗ければだろう」

 

「勝てると思うか?」

 

「どうだろうな」と言った。「分析屋は君だ」

 

「本当の敵はジャップじゃない」マクフライは言った。「あの丘に向かって叫んでみろ、『リメンバー・パールハーバー』と。返ってくるのは『アフリカ』かもしれないぞ。『リメンバー・アフリカ』『リメンバー・ワシタ』『リメンバー・サンドクリーク』……もしも(こだま)がそう返ってきたらどうする。『何がパールハーバーだ。お前達がしてきたことはなんなんだ。奴隷の子は奴隷の子、いいインディアンは死んだインディアンだけだ――お前らはそう言ってきた。それをオレ達は忘れないぞ。だから言ってやる、〈マゼラン〉と。お前らが〈リメンバー・パールハーバー〉と言うたび叫び返してやる。リメンバー・マゼラン、リメンバー・マゼラン……』。そう谺が返ってきたらどう言い返すことができるんだ。『お前の先祖はオレの先祖の娘手籠(てご)めにしておいて、子が生まれたら母子(おやこ)ともどもどこか他所(よそ)に売り飛ばした。〈奴隷の子は奴隷の子だ。人間の子とは認めない〉と言いながら――オレ達はそれを忘れない。だから日本の軍隊がここまで来てくれたなら、共にお前らと戦ってやる。パールハーバーがどうのと言うやつがいたら顔を覚えておいて、斧で頭をカチ割ってやる。そいつの家に火を点けてやる。オレの先祖がやられたように、木から吊るしてやってもいい。日本のテンノーの軍隊が来たら必ずそうしてやるからな』と、言われたならばどうする。そいつらに勝てるのか」

 

「いや……」とブラウン。「そんなふうに言われると、わからなくなってくるんだが……」

 

「なぜだよ。簡単なことだろうが。勝てない。そのときにおれ達は勝てない。勝ち目なんかあるわけがない――もしも勝てたら、ひょっとして、誰かが敵がヘマするようにタイムマシンで工作したってことかもな」

 

「ジャップがヘマをすれば勝てる?」

 

「まあね。一応はそういうことだ。同じウェルズの小説でも、『宇宙戦争(ウォー・オブ・ザ・ワールド)』とは違う。あれは地球が勝ったんじゃない。バクテリアに救われただけだ。この世界大戦(ウォー・オブ・ザ・ワールド)では、そんなことは起きてくれない。ジャップの船の大砲で〈自由の女神〉が崩れるのを、〈彼ら〉がウキャキャと笑って眺める。おれ達が浜にへたり込み、『こうなったのは全部が全部ルーズベルトの野郎のせいだ地獄に落ちろ』と泣いてる横で、チャールストンを踊ってな……」

 

「なのにここに〈キャンプ〉を造ろうとしているわけか」

 

「そうするしかないだろう? おれみたいな〈イエロー〉が何を言ったって、上の連中は聞かんのだから。敗けたら、おれ達みんながみんな、こんなところに住まなきゃなくなる。雪風の吹く赤い砂漠……」

 

冷たい風が吹きつけて、焚き火の炎を揺らしていった。マクフライがツナ缶の縁で硬く凍った雪を掘ると、赤茶色の砂が出てくる。それをひと握り掴み取った。

 

「こんな土地にはクズしか生えない。ジャップのクズくらいしか……だからおれの子が食えるのは、クズの根っこのパンだけになる。そうしておれの子孫がみんな、クズの肥やしになることになる。百年前にジャクソンがやったことの(むく)いを皆が受けるんだ。ルーズベルトの野郎が今、同じことをここでおれにやらせるせいでだ」

 

赤い砂を雪に撒いた。そうして言った。

 

「あの犬畜生」

 

「ルーズベルトは日本に敗けるかもしれないと全然思ってないんだろうな」

 

「でなきゃこんなことやらせるもんか。シンガポールがなぜ落ちたのか考えてみもしないんだ。だがな、敗けるぞ。アメリカは敗ける。たぶん、今年の七月四日だ。あと四ヶ月……」

 

赤砂と残雪の上にツナ缶を放る。雪風に身を震わせてマクフライは言った。

 

「それがこの国の滅亡の日だ。それまでに今の状況を打開できなきゃ未来はない。アメリカがこの缶詰のようになるんだ」



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下達

『生きていたとは意外だったな、シュルツ将軍。よくオメオメと顔を出せたものだと思うが』

 

と〈長距離電話〉の相手は言った。画像パネルは目よりも高い位置に取りつけられていて、そこに映る者からこちらは上から見下されるように感じる仕掛けとなっている。シュルツは首をうなだれて、ハゲ頭のてっぺんを己を写すカメラのレンズに向けるしかなかった。

 

ガミラスの科学力は波動技術に関する限り、地球の大きく上をゆく。憎き〈ヤマト〉が〈タイヨウ星系〉を出て数光日も離れたらやつらの母星ともう通信がまったくできなくなるだろうのに対し、ガミラス船では遠く数万光年離れた(とも)と交信ができるのだ。テレビ電話で向かい合い、タイムラグ無しに言葉をやり取りできる。

 

間の宇宙に中継アンテナをいくつか設置しておけば、さらに彼方のガミラス本国からの〈電話〉にさえ出られる。けれどもシュルツには、今はそれが恨めしかった。

 

いいや、元より本国から自分を名指しで呼ぶ〈電話〉に出ていいことがあるわけもない。だから元々こんな技術はただ呪わしいだけなのだが、今度と言う今度は特に――しかも、相手がこの親衛隊隊長のベムラーという男となれば。

 

『どうした、将軍。何も返事が聞こえないのは、機械が故障しているのか? ええ? 本当にそこにいるのか。まさか頭のハゲだけよく似た別人ではないだろうな?』

 

「はあ……いえ、その……」

 

『なんだ、よく聞こえないぞ。もしもーし』

 

とベムラーは言う。大ガミラス中央統幕府において、副総統のヒスと並んで最高の地位と権力を手にする男。

 

それが親衛隊長ベムラー。〈親衛隊〉とは軍と国民を監視して総統閣下の命令を実行させる組織であり、その長となる人物はある意味では総統以上に恐れられる存在と言える。

 

シュルツのような前線司令官にとっては特にだ。地球に棲む〈カエル〉という生物には、人間よりもヘビの方が恐ろしかろう。特にカエルを好んで呑み込む種類のヘビが……シュルツにとってこの男は、いつでも自分を獲って食らおうと狙っている天敵以外のなんでもなかった。

 

その〈ヘビ〉が言う。『よくも不始末をしてくれたものだな。総統閣下になんと言って詫びるつもりだ』

 

「それは……大変に申し訳なく……」

 

『ほう。そう言っておしまいか。今ここで己の手足を斬って詫びるくらいのことを言ってみたらどうなのだ』

 

「い……いえ、それは……」

 

『なんだ、イヤということか。別にそれほどの失敗はしていないと言いたいわけか』

 

「いえ……決してそういうわけでは……」

 

『ないと言うのか。ではなんだ。総統閣下だけでなく、貴様が死なせた兵に対してなんと言って詫びるつもりだ。今度の件で何千が死んだ。その者達の親や子供になんと言って貴様は詫びる』

 

「そ、それは……」

 

『なんだ。まさかそんなこと考えたこともないわけなのか。だから手足を斬るのはイヤと言って済むと思うのだな』

 

「う、いえ……」

 

と言った。それ以上言えない。ベムラーは続けて、

 

『もしもーし』

 

と、からかうような口調で言う。しかし顔は笑っていないし、眼には怒りの色がある。

 

それでも、実はこの男は、今の状況を心の中で楽しんでいるに違いなかった。

 

シュルツが今に向かう立体パネルの中でベムラーの顔は大きく見える。自分よりもふたまわりも大きな男が上から見下ろしてくるように――つまりそれだけパネル自体が大きくて、こちらを撮るカメラのレンズも上から見下ろす角度であるのだ。そして向こうの受話装置は逆の構造になっている。

 

ガミラス艦や前線基地の長距離通話器はすべてがそうだ。本国からの命令を下達(かたつ)するためわざとそのように造られている。総統直属の親衛隊こそそれを行う立場であり、その長であるベムラーに逆らえる者は存在しない。総統閣下ひとりを除いて。

 

そしてまた総統閣下はベムラーのやりたいようにやらせているのだ。親衛隊隊長ベムラー。テレビ電話の画面では、人を超えた大きさの巨人のように見える男。

 

しかし、実はこの男は、シュルツよりかなり背が低く、手足は細く力は弱くおまけに視力まで悪い。面と向かえば自分の方が『アレアレ誰もいないのかあ?』と相手の頭越しにまわりを見回すことになりかねないのをシュルツは(じか)に見て知っていた。

 

学生時代は何をやらせても最下位で、《ボクを蹴って》と書いた紙を背中に貼られて歩いていた。カツアゲを受け、パシリをさせられ、命じられたことができずに何か失敗をしでかしては、グズだ間抜けだと(あざけ)られる。そのたび頭をコンコン叩かれ『こんにちはーっ! 誰かいますか?』とやられていたという話が広く伝えられている。

 

ベムラーのやつは負け犬だ。それが変わるわけがない――誰もがそう思っていた。いや、もちろんガミラスに地球の〈イヌ〉と同じ動物がいるわけではないのだが、とにかく、誰もがそう言った。おまけに、たびたび女風呂や女の着替えを覗いて捕まり、(さら)し者になっていたという事実があればなおさらだ。

 

ベムラーは今や超人だ。しかし何も変わっていない――誰もが言った通りだった。絶大なる権力を手にした後も覗き趣味は続いて若い女どもの恐怖の対象となっている。その手口はずっと悪質化してるともいうが。

 

地位を使って、眼を付けた女の住居の鍵を預かり、着替えや入浴の途中にドアを開けて入り込むのだ。そうして、『おっと、すまん』の一言(ひとこと)――集音マイクか何かを使って彼女の生活を見張った上での狙い澄ました行動なのは明らかだが、にもかかわらず今では誰もそれを指差して笑えない。

 

ベムラーはそんな男だ。そんな男であるがゆえにむしろ有能な人間を憎み、蹴り落とすのを喜びとする。今は自分に『もしもし』とやるのは、その昔にいじめっ子どもにされたことの仕返しなのだ。

 

そして(なぶ)り尽くした末に――考えるとシュルツは絶望の思いだった。この男に眼を付けられた女は覗きに耐えるしかない。眼を付けられた男はもはや……。

 

地球人の言葉でいう〈ヘビに睨まれたカエル〉なのだ。ベムラーは言う。

 

『シュルツ将軍。貴様は事の重大さがわかっているのか』

 

「はい。重々、承知しているつもりでおります……」

 

『ほーお、よくぞ言うたものだ。敵はなんでも一隻だけという話だったな。分析ではずいぶん強い船であろうということになってる。どうだか怪しいものだがな。そうは言っても二十三十で取り囲めば敗けるはずがないのだろう』

 

「ええ、まあ……はい。ですが、それは……」

 

『言い訳をするな。戦闘艦を百隻も貴様は預かっていたはずだ。そのナントカに敗けることなど決してないはずなのに、どうして基地まで失くすのだ』

 

「そ、それは……」

 

『ええ? 将軍、どういうことだ。説明してみろ。ちゃんと納得のいくようにだ』

 

「つ、つまり……」

 

シュルツは言った。言ったが、しかし、どんな説明も〈言い訳〉とされて受け入れられることがないのは今の言葉から明らかだ。

 

こんな理不尽な話はない。元々、〈ヤマト〉を沈めるのでなく、捕まえて波動砲の秘密を奪えなどという命令をこの男からされなければ……。

 

『なぜだ。将軍。百対一でどうして敗ける。そのナントカにハドーホーとやらでまとめてドーンと吹き飛ばされたのか。メーオーセーとかいう星ごと……それなら話がわからないこともないがな。だがしかし、それなら貴様が今そこで生きてるはずもないことだよな』

 

「はい、まあ……」

 

『わからん。どうして敵に敗けて、貴様はそこで生きてるんだ。確か事前の分析では、「そのナントカはハドーホーをおそらく使えないだろう。こちらは〈反射衛星砲〉がある。だから勝てる」と聞いたように思うのだが』

 

「ええ、まあ……」

 

『将軍、ならば、どうして貴様は敗けたというのだ?』

 

「それは……」

 

『もしもーし』とまた言った。『シュルツ将軍、どうして、わたしだけがしゃべってるのだ。君は口が無くなったのか。〈反射衛星砲〉があり、百隻もの船があれば、そのナントカに敗けるはずがないのになぜ敗けたのだ。そこのところをわかるようにちゃんと説明してくれんかね。わたし自身が『コレコレこういうわけでした』と総統閣下にちゃんと説明ができるようにだ』

 

「それは……」

 

と言った。しかしその先が続けられない。

 

『将軍』とベムラー。『貴様、戦力のほとんどを戦わずして逃がしたそうだな』

 

「いえ、それは……」

 

『言い訳は聞かん。だから敗けた。全力で行けば勝てる敵とギリギリでやって結果敗けた。五分(ごぶ)と五分で勝負すれば五分で敗けるに決まっとろうが。そして結局、基地を丸ごと失うことになったわけだ。バカか、貴様? 一体何を考えてこんなことをやらかしたのか、そこのところを聞いてやるから説明しろと言っとるのだ』

 

「それは、〈ヤマト〉を星に誘うために……」

 

『言い訳をするな』とまた言った。『シュルツ、貴様は「戦力を惜しむ」という、(いくさ)において最もやってはならぬとされぬ過ちを犯した。敗けて当然。そして基地まで失いながら、そこでオメオメと生きているのだ。違うというのか、ええ、どうなのだ』

 

「そ、それは……」シュルツは言った。言うしかなかった。「その通りでございます……」

 

『フン。貴様のような男が、総統閣下直々(じきじき)の重要な(めい)を任されていたとは、なんたる不名誉な。貴様は大ガミラスの(つら)汚しだ。総統閣下の名前に傷を付けたのだ。その不義不忠、万死(ばんし)に値するものと知るがいい』

 

何もそこまで言わんでも、と、人が聞いたら思いそうな言葉であるが、ベムラーはこれでもまだまだ言い足りないようであった。ただひたすら言いたい放題、シュルツに悪罵(あくば)を浴びせ続ける。

 

地球人の見る〈映画〉というものを一本見れるくらいの時間が流れた。いや、そこまではいかなかったかもしれないが、シュルツにとってはそれの特に長いやつを見るくらいに感じるほどの時間が流れた。その間、ただの一言(ひとこと)もなく、首をすくめて耐えるだけだ。

 

『わたし個人からは以上だ』と、ベムラーはとうとう言った。『だが、親衛隊長としては、まだ貴様に言いたいことが残っている』

 

シュルツは気が遠くなり、意識を失いかけるのを覚えた。

 

『しかし、まあいい。今日のところは忘れてやろう。代わりに貴様に、総統閣下のお言葉を伝える』

 

言ってベムラーは言葉を区切り、そして短く付け加えた。

 

『「戦って死ね」だ』



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池の底から

いかにもシュルツは生きていた。

 

冥王星の戦いで〈ヤマト〉に敗北しながらも、彼は死なずに命長らえていたのである。

 

すべては基地に備えられた脱出システムのおかげだ。冥王星のガミラス基地は、地球の池や湖に生える蓮のような構造をしていた。液体窒素と液体メタンの〈池〉の中を司令室が、蓮の花が茎で蓮根と繋がるように、他の設備とチューブで繋がり漂っていたのだ。

 

〈ヤマト〉との戦いにおいて、最後までシュルツはそこにとどまり続けた。最後まで――至近距離から〈ヤマト〉に砲撃を浴びせられ、まさに巨大な蓮の花が花托の中の種を水鳥についばまれるがごとく、徹底的に打ち倒されて〈水〉に沈められるまで。

 

最後のときに〈ヤマト〉の主砲が放ったビームは、ガミラス基地司令室の芯を貫き打ち砕いた。シュルツは確かにその寸前のときまでそこにいたのだった。

 

わずかにほんの数秒前まで――けれどもしかしその部屋は、下にチューブが伸びていたのだ。連絡筒はイザというとき脱出路の役を果たすように造られていた。ガミラス基地司令室は全体がいくつもの厚い装甲に鎧われており、たとえ〈ヤマト〉の主砲によって撃たれようとも数発ならば(はじ)き返すだけの強度を備えていた。

 

数発ならば――数十発なら持ちこたえらえはしないが数発ならば。

 

〈ヤマト〉の主砲の直撃をたとえ十発喰らおうとも、シュルツの居た中心部には届かない。二十三十とブチ込まれ完全に破壊し尽くされるまでに、連絡筒に飛び込んで〈池の底〉へと逃げる時間は充分にあったのである。

 

冥王星のガミラス基地は、窒素とメタンが固体化した氷の地盤を解かし〈蓮池〉とした造りをしていた。遊星投擲のエネルギーをも生み出す動力炉の熱が、窒素とメタンを温め続け、液体でいられるようにしていた。

 

その動力炉も〈ヤマト〉の戦闘機部隊に破壊されてしまい、〈池〉は再び凍結することになったが、しかしさすがにすぐそうなるわけではない。〈池〉の底の泥にうずまる宇宙船ドックを浮上させ、部下を連れて星を出るのに充分なゆとりはあったのだ。

 

冥王星でシュルツは敗けた。敗けたがしかし生きている。基地を失くしたが戦力はほぼそっくり残っている。

 

百隻あった宇宙戦闘艦のうち、冥王星で殺られたのはたった三隻だけなのだ。シュルツは地球と戦う力をまだまだ持っていると言える。

 

しかし――。

 

「残る戦力は空母一。重巡十二。後は軽巡と駆逐艦、それに潜宙艦といったところです」と副官のガンツが言う。「戦艦なしに〈ヤマト〉とまともにぶつかっても……」

 

「勝てないというわけでもあるまい」シュルツは言った。「『戦って死ね』だ。それが総統閣下のお言葉だそうだ」

 

ベムラーとの通信で、体中の脂をすべて搾り取られてしまったような表情だった。

 

シュルツとガンツは、今、ガミラス宇宙空母の作戦司令室にいた。地球人の単位で言うならば直径400メートルになる十字型の巨大空母。〈ヤマト〉が地球の大地から飛び立とうとしたときに、ドリルミサイルで事前に破壊すべく送った船と同型のものだ。

 

シュルツが持つ戦闘艦で超大型の船と言えば、もはやこれだけとなっていた。後は全長200メートルの重巡が十二。150メートルの軽巡が三十。

 

他は小型のザコ船だ。それで〈ヤマト〉とぶつかって果たして勝てるかどうかと言えば――。

 

勝てる。もちろん、勝つことはできる。〈ヤマト〉と言えどもこれだけの数で一度に向かえば多勢に無勢だ。戦闘機に対艦ミサイルを抱かせて空母から送り出し、十二の重巡で〈ヤマト〉を囲んでドカドカ撃ちまくってやれば、撃沈とは行かないまでも〈ヤマト〉をズタボロにしてやれるだろう。もはや戦う力を完全に失くしたところで、残った船で押さえればよいのだ。

 

〈ヤマト〉がそうさせてくれるのであれば――しかしそれが問題だった。

 

「〈ヤマト〉は決して、我々と戦おうとはしないでしょう」ガンツが言った。「あれは逃げ足の速い船です。巡洋艦で囲もうとしても、スルリと(かわ)して行ってしまうだけ。おそらく、こちらは二、三隻を(またた)くうちに沈められ、やつの方はほとんど無傷。可能な限り交戦は避け、目的地への旅を急ぐ考えなのに違いない。それでは手の出しようが……」

 

「目的地か」と言った。「その〈イスカンダル〉とやらだが……」

 

「間違いなく〈×××××××〉です」

 

ガンツは言った。言ったが、これは地球の日本人にはまず発音できず、耳で正確に聴き取ることもできぬ言葉だ。いや、案外ひょっとして、どこかの県の(なま)りがある者ならできたりするかもしれぬがともかく、無理にカタカナで書いたら〈エウスカレリア〉とでもするところだろうか。

 

エウスカレリア――しかしやはり、人によっては〈イースカディ〉〈エスカンデリア〉などと聞こえるかもしれない。〈アレキサンドロス〉が英語で〈アレキサンダー〉、古代インドで〈イスカンダル〉となるように。〈ヤマト計画〉でその名前は、その大王を意味するコードネームということになっているが、

 

「ですが、まあ、ここのところはやつらに合わせてイスカンダルと呼んでやることにしましょう」

 

ガンツは言い、そして続ける。

 

「〈ヤマト〉はまっすぐ〈○○○○○○〉を目指していると考えれる――やつらが〈マゼラン〉と呼ぶ小銀河を。よくもふざけた名前を付けてくれたものだ。〈イスカンダル〉にせよ〈マゼラン〉にせよ、来られる側の(たみ)からすれば〈侵略者〉を意味するのですが……」

 

「結局、〈大和〉という船が、そういう船ということだろう。〈大和民族〉とかいうやつも」シュルツは言った。「そんなことはどうでもいい。要は〈ヤマト〉をそこに行かせなければいいのだ。この銀河から出さぬこと……」

 

「はい、もちろん」

 

「我らが国へ帰れる望みも、ただそれだけということだ」

 

「もちろんその通りであります」

 

とガンツは言った。〈○○○○○○〉――そのガミラス語でマゼラン星雲を指す呼び名も、無理にカタカナで書いたなら〈バルダナ〉というところだが、

 

「ひとつだけ……」シュルツは言った。「〈バルダナ〉へ行くのならばひとつだけ、船が必ず通らねばならぬ場所があるだろう。だからそこで待ち伏せれば、〈ヤマト〉を迎え撃つことができる。そこでだけはやつらにしても戦いを避けるわけにはいかないはずだ。我らとしても多大な犠牲を覚悟しなければならない場所だが、『戦って死ね』というのであれば……」

 

「はい」とガンツは応えて言った。「あの海峡ですね」



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白色彗星帝国

昭和の〈大東亜戦争〉で、日本陸軍は最初の攻略目標をマレー半島の先に浮かぶシンガポールの出島に定めた。その向こうにマラッカ海峡が西への口を開けており、船が行くにはそこを通り抜けねばならない。ゆえに、この島の港こそ、日本を獲らんと網を投げる〈ABCD〉の漁師の網元であったからだ。

 

20世紀の前半まで、東南アジアは欧米諸国の支配下にあった。フィリピンはフィリピン人の国でなくアメリカの植民地だからアメリカのA。マライとビルマは英国(ブリテン)のB。スマトラ、ボルネオ、ジャワ、セレベス、ニューギニアといった島々はオランダ人のものだっちゃからダッチのD。さらにベトナムやカンボジアはフランスのF……地図にはそれぞれの宗主(そうしゅ)国の(かしら)文字が記されて、どこの土地でも中国系――チャイナのC――の〈のど斬り部隊〉と呼ばれる傭兵集団がその簒奪(さんだつ)を助けていた。

 

のど斬り部隊。刃向かう者の頚動脈を(なた)で斬るからのど斬り部隊。つまるところはカネで雇われた山賊だ。原住民の村を襲って老人や幼い子供を殺し、奴隷として売れる者を選別し、彼らの雇い主である〈白面(はくめん)御方(おんかた)様〉の館に連れて行く。これに逆らい、仇を討とうとする者がいるなら他への見せしめにのどを斬り、(むくろ)を野に晒していくからのど斬り部隊。

 

〈ABCD連合帝国〉。それはまさに彗星だった。世界の果ての陽の当たらない外縁部から、陽の出ずる中心目指して飛来する彗星。天王(ウラヌス)海王(ネプチューン)冥王(プルート)といった彼らの王に捧げるために〈エメラルドの首飾り〉を奪おうとする〈冷血帝国〉の白い恐竜。呪われし白イタチ。血も涙もない機械のような、〈伯爵〉だの〈男爵〉だのといった爵位を持ったヨーロッパ貴族の末裔。

 

白人だ。東南アジアは彼らから、〈エメラルドの首飾り〉と呼ばれていた。〈ABCD連合〉の拠点がシンガポールであり、次の狙いは日本だった。

 

イギリスでは百年前まで、アイルランドやウェールズやスコットランドの人間を奴隷にして使っていた。アメリカでは黒人を奴隷にして使っていたし、フランス人やオランダ人の貴族達もドイツやイタリアの平民を奴隷として使っていた。

 

ところがしかし、どの国も、19世紀に奴隷制度を廃止したので自国内では人間を死んでは買って死んでは買って死んでは買ってと働かせ、ガッポリ儲けることができなくなってしまっていた。

 

これでは一体なんのために貴族に生まれたかわからない。というので〈(ロード)〉の称号を持つ者達は、東南アジアに殺到した。国を離れてアジアに行けば、人を奴隷に使えるのだ。焼印を押し、足枷や首輪を付けて働かせ、鞭で打ったりしてもいいのだ。死んだら別の奴隷を買い、女の奴隷が子を産んだなら他所(よそ)へ売ったりしてもいいのだ。

 

いいな、いいな。アジアへ行こう。東南アジアは資源の宝庫だ。ゴムの樹液が採れる森や、コーヒーの木を植えられる山や、石油の油田や金銀ダイヤの鉱山なんかもたくさんだ。

 

そして、何より土人がいる。人食い人種が部族に分かれて殺し合い互いの肉を食っているとか――なんとあさましく野蛮な話だ。しかしそうでもしないことには、ウサギみたいに殖えてしまってどうにもならないのであろう。

 

ならば、ワタシが奴隷にして使ってやるのが彼らにとっても文明化の第一歩というものだ。中国人の華僑がこれを捕まえて、監督してくれるという。農園や鉱山で働かせ、逆らう者や逃げ出す者ののどを斬って見せしめとする。そうして犬を(しつ)けるように土人を教育してくれるとか。

 

だから彼らにすべて任せればそれでいい。採れたものをシンガポールの港に集め、マラッカ海峡を抜ける船に積んでヨーロッパに送る。それも華僑が全部やってくれるであろう。我ら貴族はラッフルズのホテルで甘い酒を飲み、ダンスに興じていればいいのだ。

 

それが国際法であり、バチカンの法王の法だ。東南アジアのすべての命あるものは、血の一滴まで我らのものだ。よって日本も我らのもの――〈白い彗星の帝国〉を()べる者達はそう言い、高らかに笑っていた。シンガポールを要塞化して鉄壁の護りを固めたならば、ABCD連合の力は不滅となるであろう。日本という小癪(こしゃく)な国を、必ず海に沈めてやる。原子爆弾なるものが出来ればそれも夢ではない――。

 

シンガポールは元の名前を〈プラウ・ブラカン・マティ〉という。意味は〈死の島〉。英語で言うならデス・アイランド。島は白人の卿らによって、まさしく要塞、〈デス・アイランド〉に変えられていた。巨大な大砲が幾門も、死角なきよう海に向けて据え置かれていた。港には超弩級の戦艦が常に何隻も停泊し、のど斬り山賊兵どもがあらゆるところで歩哨に立つ。帝国はとても強い。戦艦はとてもでかい。シンガポールは白色彗星帝国の要塞だ。やがて来るだろう日本の〈時代劇の武士〉どもを迎え撃つための要塞なのだ。

 

その島の護りはあまりに固いため、船で攻めるのは不可能とされた。ゆえに、作戦を任された参謀は一計を案じた。正面から攻められぬなら背中を取ろう。マレー半島北部から、南へ向けて兵を進ませ、シンガポールを背後から突くのだ。

 

その参謀の名前を辻政信といった。明治の世に白い顔の者らによって滅ぼされた〈時代劇の武士〉の再来。軍刀を手に闘う戦士だ。

 

そして、マレーにはもう一人、〈虎〉と呼ばれる男がいた。名は谷豊(たにゆたか)。日本人だが、マレーの人は彼らの言葉で虎を意味する〈ハリマオ〉と呼ぶ。家族でマレーに住んでいたが、あるとき華僑ののど斬り兵士に幼い妹を惨殺された。

 

その虐殺を指示していたのがイギリス人の植民地領主。白イタチ卿に他ならない。配下の中国イタチどもに、殺せ、殺せと笑い命じていたのだった。マレー人が野ネズミならば日本人はドブネズミだ。楽しく殺そう、薄汚いネズミどもを、と……。

 

その当時の白人種は、有色人種を人と認めていなかった。イギリス本国で貴族に生まれた人間が狐を見つけてやっていたのと同じ遊びを、東南アジアの原住民に対して彼らは(おこな)っていた。己の領地で女子供を見つけたら、撃ち殺して構わない。中国人の傭兵どもに後を追わせ、必死になって逃げる姿をゆっくり眺めて楽しみながら、銃で狙い撃ちトドメを刺すのだ。

 

そうして館に持ち帰り、剥製にして壁に飾り、客を招いてパーティを開く。ワインのグラスをかざして言うのだ。『見てくれ、これが今日の獲物だ。見事なものだろう』と――。

 

それが爵位を持つ者の特権。そのようにして谷の妹も、〈機械伯爵〉に殺されたのだ。

 

悪魔め、見ていろ――谷は妹の亡骸を抱いて誓った。おれは必ず貴様らをひとり残らず殺してやる。アジアに来た白い(つら)の者どもを皆殺しにしてやる、と。

 

そうして谷は、〈虎〉と呼ばれる男になった。日本人でありながらマレー人の匪賊(ひぞく)を従えるローグの長、〈ローグ・ワン〉だ。半島中を荒らし回ったが、しかし英国の力は強く、彼らだけでは〈デス・アイランド〉を打ち崩せない。せいぜい中に潜入して地図や情報を持ち帰るだけ……。

 

けれどもそれを、日本の辻に渡すことができたなら。日本もまた、自分らだけで勝てはしないが、マレーの〈虎〉と力を合わせて向かいさえすれば〈白面〉は倒せる。イタチの根城シンガポールを落とすことができるはずだ。

 

そして1941年12月。海軍による真珠湾攻撃と時を同じくして、日本陸軍のマレー半島進攻作戦は開始された。マレー人民の協力を得て進む日本に英軍は至るところで敗れ散った。数においても兵器においても十倍の戦力を持ちながら、破竹(はちく)の勢いで迫る日本にイギリス軍は抗し得なかった。

 

まったくのところ、それは勝負にもならなかった。イギリス本国では国王と内閣首相がラジオによって、戦って死ね、決して生きて捕虜にはなるな、英国人の誇りを持てと声を()らして叫んでいたが、遠く離れたマレーまでその電波は届かなかった。

 

聞いたとしてもひとりたりとも従う者はなかったろう。イギリス兵の中にそもそも日本軍と戦う勇気を持つ者などいなかった。中国人の雇い兵にただ『戦え』と命じるばかりで、自分は逃げてシンガポールへ行こうとするか、それができねば白旗を振って降参し、『命ダケハ助ケレクダサーイ、ドーカ殺サナイデクダサーイ、オ願イデース、オ願イデース』と見苦しく泣いて頼むばかりだった。

 

日本軍はその者達を捕虜にして、〈デス・アイランド〉を目指した。帝国はとても弱い。戦艦は何もしない。後に唄に歌われるように、大英帝国軍はマレーの〈虎〉と日本が持つ〈長い槍〉によってことごとく敗退した。海では戦闘機〈隼〉と、魚雷を抱いた〈一式陸攻〉が英艦隊に襲いかかり、その〈槍〉の力によって、〈女王陛下のナントヤラ号〉だの〈カントヤラ号〉といった名を持つ船を苦もなく沈めていった。

 

そして遂に日本軍は、〈デス・アイランド〉に突入する。要塞都市シンガポール。海に面する城壁に打たれている無数の鋲は、イギリスの奴隷となって死んでいった幾万というマレー人の体そのものだ。人柱に支えられた壁はどんな戦艦の大砲で撃ったところで貫けない。

 

ゆえに船による攻略は不能――けれども、しかしその壁は、同じ白人の帝国から英国領を護るためのものだった。アメリカ、オランダ、フランスといった国々ならば、マライを奪い取りたければ、国際法に基づいてまずイギリス本国に宣戦布告したうえで、船によって〈デス・アイランド〉を海から攻める以外にない。そうする限り決して砦は破れぬように造られていた。

 

だが、日本なら、槍を以て背中を突ける。マレーの〈虎〉の助けを得ることができるからだ。

 

マレー人にしてみれば、白人はみな白イタチだ。自分達を『野ネズミ』と呼んで獲って食らうイギリスイタチが、同じように呪わしいオランダイタチやフランスイタチに変わるだけだ。誰が内側から壊す話に乗るものか。

 

しかし、日本は違うはずだとマレーの人々は考えていた。まだこの時は信じていた。彼らは我らと同じネズミだ。頑張り屋の日本ネズミが白イタチとの戦いを助けに来てくれたのだ、と……。

 

彼らは日本の天皇と内閣首相が白人と同じ帝国主義者であるのを知らず、知ったときには手遅れだった。日本軍は遂にシンガポールに至り、谷豊がその命と引き替えにして教えた要塞都市の入口に雪崩れ込んだ。

 

イギリス貴族は最後のときまで傭兵どもを矢面(やおもて)に立たせ、自分達はゴルフに興じ、夜はラッフルズのホテルの中で楽団の演奏を聴きながら優雅にダンスを踊っていたが、やがてそれも〈ツナミ〉に呑まれる瞬間が来た。

 

白面卿(はくめんきょう)ラッフルズ。日本人を十二歳のガキだと呼んで(あざけ)る男。辻政信は島南端の岬にそびえるマーライオン像の頭上にまでこの男を追いつめて、喉元に軍刀を突きつけ『NO』と叫んだ。イエスかノーか? 答はノーだ! おれは貴様を〈文明の父〉となどしない! それはサムライの道ではない! おれの力はこの世界に〈和〉をもたらすためのもの。おれは〈和〉の戦士、〈時代劇の武士〉だ。この地球をもう貴様ら彗星帝国のものにはさせない! 絶対にさせない! それがアジアの〈和〉であり地球の〈和〉だ! 貴様ら白面に滅ぼされた〈時代劇の武士〉をおれが復活させる。ここで! 今が帰還のときだ!

 

『リターン・オブ・ザ・ジダイ』……シンガポール陥落の日は、歴史の本にはそう記される。それは日本の誇りある〈和の戦士たち〉がこの世に戻ってきた日なのだ、と。

 

しかし〈機械伯爵〉どもは、復讐を誓いこう叫んだ。『アイル・ビー・バック』。いつか貴様ら日本人に〈審判の日〉を見せてやる――。

 

そして、実際にその通りになった。ミッドウェイでの転換を機に帝国の逆襲が始まると、日本軍は押され押されて遂に敗北のときを迎える。

 

三年半の虜囚(りょしゅう)の身に甘んじたイギリス貴族の復讐が始まった。戦争前には、『誇りある英国人は決して敵に背中は見せぬ。戦って戦って戦い抜いて、ひとりでも多く敵を道連れにして死ぬ。それが英国の男だ』などと公言していたのはどこへやら、イザ日本がやって来ると彼らのただひとりとして銃を手にして戦う男などおらず、『降伏デース! コーフクデース! ニッポンノ皆サーン! 命ダケハ助ケテクダサーイ!』と泣いて叫んだ機械伯爵どもであったが、しかし捕虜となってみると、途端に態度をガラリと変えてふんぞり返り、アレコレ要求を始めていた。

 

『ワタシは優良なる白人。薄汚い劣等人種が気安く扱おうとするな。ワタシは卿であるのだから、ワタシに話しかけるときは〈サー〉を付けて丁寧に頼め。「サー、今日のお食事は何をご所望(しょもう)であらせられますか、サー?」という具合にな。無礼があれば全部帳面に付けておくから、後で覚えておくがよいぞ、醜いチビ猿めが。ワタシは労働しない。労働はした事がないのだ。ワタシに執事とメイド、それからヒマ潰しでできる簡単な管理職を用意しなさい』などと。

 

イギリスの上流階級に生まれる者はそういう育ちでそういう人生を送ってきているものだから、彼らは自分が普通で当然のことを言ってるものと考えて疑うこともなかった。

 

辻政信はこの者達を殴り、蹴り、ヤシの木に縛りつけて北緯一度の灼熱の太陽に晒し、夜はマラリア蚊の大群に血を吸わせるままにした。そうして朝に縄をほどいて這いつくばらせてから言った。『ああ、どうだ。もう一日おんなじことをやってやろうか』と。彼らはそれから言いつけに素直に従うようになり、鉄道建設現場などで人足(にんそく)として使われていた。

 

終戦後に彼らがまず考えたのはB級戦犯である辻への復讐。だがそれ以上に苛烈を極めたのがC級戦犯の追求だった。捕虜収容所で自分に荷物運びやら畑仕事をさせたやつらを生かしておかぬ。必ずひとり残らず殺す――そう誓った者らによってラッフルズのホテルは戦犯裁判所となり、何千という日本人が弁護士のいない法定に立った。

 

通訳がその者達に語りかける。「被害者のサー・アーサー・ヒルバーンは、アナタから大変な精神的苦痛を受けたと言っておられまーす。アナタがそれをやったという事実に間違いはありませーんか?」

 

「はあ、ええと……」

 

「イエスかノーで応えなさーい」

 

「ええと……いえす」

 

「『YES』! 確かにイエスでーすね? アナタは英国紳士であるアーサー・ヒルバーン卿に対して、こともあろうにゴボーとゆー植物を食わせた。それが草の根っこであるのを知りつつ……その事実に間違いないとゆーのでーすね?」

 

「いえす……」

 

「オー、ノー! なーんとゆーことだ! 根っこを! アナタは、草の根っこを、高貴な血の生まれであられるアーサー・ヒルバーン卿に食べさーせたとゆーのでーすか! 侮辱だ! これは虐待だ! イギリスでは紳士は決して、地面の中にあるものを引っこ抜いて食うことはなーい! 根っこは、豚が鼻で土をほじくり返して食べるものだ。アナタはアーサー・ヒルバーン卿を、豚と同じに扱ったとゆーことなーのだ!」

 

「はあ……いやでも、あの人、『うまいうまい』と食ってましたよ。ニッポンの〈ウマミ〉、エクセレーント! 捕虜生活でひとつだけいいのは、メシがうまいことだと言って……」

 

「シャラーップ! 発言を許してはいなーい! アナタは聞かれたことにだけ、イエスかノーで応えれば良いのだ。それ以外は口をつぐんでいなさーい!」

 

「イギリスのメシはまずい。ボソボソのパンに、肉も野菜もただ茹でただけ。この収容所で生まれて初めて味のあるものを食べた。イギリスにはそもそも物を料理して食べる文化がないのだとか……」

 

「黙りなさい! アナタは、英国紳士であるアーサー・ヒルバーン卿に、朝昼晩と日本人が食うものを食わせた。猿だ! 猿の食い物だ! 日本人は猿と同類の生き物だから根っこなんかを食うのであろーが、人種的に優良である白色人種は決して根っこなど食べないのだ! ましてやそれをおいしいと感じることなど有り得ないのだ! アナタは劣等人種だからそれがわからず、知らずにやって、勘違いをしているようだが、それは言い訳になりませーん! 英国では人に根っこを食わせられたら手袋を投げて決闘を申し込むものなのでーす! それが勇気と誇りある英国紳士の伝統なのでーす!」

 

「いや、でも……」

 

「口応えするな! アナタに許した返答はイエスかノーのどちらかだけでーす! アーサー・ヒルバーン卿に根っこを食わせたと認めるのですね?」

 

「いえす」

 

「では有罪だ」と判事は英語で言い、通訳がそれを訳して言った。「被告の犯した罪に対して情状酌量の余地はない。よって〈デス・バイ・ハンギング〉」

 

つまり、縛り首である。イギリス人にゴボウその他の根菜を食わせた罪によって、何千という日本人がラッフルズ・ホテルの庭に吊るされた。シンガポールの日本人墓地には、地球が赤い星となった22世紀末の今でもまだ、《くたばってしまえ》と書かれた石碑が建っているという。



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黄色彗星帝国

「ねえ森君、今日のカレーにニンジンが入ってなかったけど……」

 

と〈ヤマト〉艦内の船務科に操舵長の島大介がやって来て言った。〈ヤマト〉が太陽系を出て最初の金曜日だ。金曜日はカレーの日だ。はるか昔の帝国海軍時代から、日本の海を護る船の週末のメニューはカレーと決まっている。地球を出てからの通算ではこれが五度目の金曜であり、これが五度目のカレーである。先週の四度目のカレーのときには〈ヤマト〉はまだ土星にさえ達していなかったが、クルーの誰もがあれから一週間しか経ってないのを嘘のように感じていた。

 

カレーは船乗りの食べ物だ。元はインドの料理だが、日本にはインド人を奴隷にしていたイギリスの船乗りが航海中に食べるものとしてやって来た。

 

イギリスには料理がない。〈料理〉という概念自体が存在しない。肉も野菜もただ茹でるか揚げるだけで、茹でたものは味が抜けてクタクタの出し殻のごときものとなり、揚げたものは日本人なら『なんだこれは? かりんとうか?』と見て言うしかないものとなる。

 

イギリス人に何か物を揚げさせれば、エビだろうとコロッケだろうと完全に水気が抜けてガチガチの軽石かヘチマタワシの黒いやつ、というようなものになるまでそれを揚げるのだ。イギリス人でない者にとってそれは食べ物ではない。他の国では犬や猫でもイギリス人が食うものなんかやっても鼻で押しのけてしまう。

 

けれどもしかし、イギリス人は、黙々としてそれを食う。パンも固くボソボソとした味気のないシロモノである。小麦粉をこねて丸めて置いておき、自然にそこらの菌が付いてちょっとばかりふくらんだのを焼いただけ。

 

原始人が最初に食べたパンはこのようなものだったろう、彼らは味覚をまだ持っていなかったからこれでも構わなかったのだろう、というようなものがイギリスのパンだ。だから、まずい。とてもまずい。他の国ではちぎって鳩にやっても食わない。

 

けれどもしかし、イギリス人は、黙々としてそれを食う。イギリスでは食事とは機械的に食べ物を口に押し込むだけのことで、子供の頃から味のない食べ物に慣れているためそれで問題は起きないという。

 

彼らは機械人間だ。アイルランドの農民に麦を植えさせて実ったものを全部取り上げ、『お前らは芋でも掘って食っていろ』と言ってきたのが〈イングランド〉の人間なのだ。植物の地面の上に出ているのはイングランド人のもの。そうでないのが食べていいのは土の中にあるものだけ。

 

アイルランドの人間がジャガイモを食べているのを『ヤーイヤーイ、あいつら根っこ食ってやがるぞ』と親が言い、子がそれを見て育つため、みんながみんな『英国人の誇りにかけて、オレは決して根っこは食わぬ。もしもオレに根っこを食わせる者がいたら殺す。必ず殺す』と言うようになる。22世紀末の今でも、外国人がついうっかりイギリス人に根菜料理を出したために殺される事件が後を絶たない。

 

そんなイギリス人であるが、かつて帆船の時代には彼らも南国で苦労した。インドからマラッカ海峡を抜けてシンガポール。さらにそこから日本へと長い船旅をする間には、船倉に積んだ食糧はみんな(いた)んでしまうのだ。ハエがたかりウジが湧き、パンにはカビが生えてしまう。味覚についてはだいたい豚と同程度とされるイギリス人の口でもこれは食えたものでなかった。

 

そこでインドのカレー粉だ。これを使えば、アラ不思議。途轍もなくひどい悪臭を放っていたゴッタ煮の匂いをなんとかごまかせるではありませんか。食べてみたなら、おお、なんとか、食えないこともない味だぞ。

 

日本に着いて日本人に教えたところ、日本人は彼らの〈料理〉と称するものにただ怖気(おぞけ)をふるったものの、カレー粉なるものは有り難くいただいた。これを元に研究が為され、インド人もビックリの日本のカレーが生まれたのだ。

 

日本人は日本のカレーの味にうるさい。『日本のカレーがカレーであり、インドやタイやジャワのカレーはカレーじゃない』とインドやタイやジャワの人間に向かって言う。帝国主義だ。カレーに関して日本は始末に負えない帝国主義国家なのだ。

 

かつて日本は黄色い彗星の帝国として東南アジアに襲い掛かり、そこでイギリスと戦争をした。カレーを食べても絶対に根菜は入れぬイギリス人と。

 

根菜を憎み、根菜を食べさす者を生かしておかぬイギリス人。根菜を愛し、カレーを根菜料理として他に押し付ける日本人。本当のカレーの国の人々にとって、こんな迷惑な話はなかった。紛争の種が撒かれて根を広げ、過去の遺恨を何百年も(くすぶ)らすのだ。人の怨みはとてもとても恐ろしい。

 

そうして今、この〈ヤマト〉の艦内だ。島がまた言う。

 

「ニンジンはどうしたんだよ。カレーにニンジンが入ってないなんて話はないだろう。ニンジンがなきゃ馬だって働かないぞ」

 

森のまわりで船務科員らがゲンナリという顔をした。

 

無理もなかろう。〈ヤマト〉艦内で何かにつけて口うるさいのが彼らの長である森雪と、そしてもうひとり、島大介。誰もが忌避するツートップがツノ突き合わすところに居合わせてしまったのである。それも、カレーにニンジンが入っていないなどという問題で。

 

「それなんだけどね」

 

と森が言う。船務科員らはいま机に食パンを焼く型のような長方形の容器をいくつも並べ置き、それを囲んで思案に暮れてるところだった。ひとつひとつに粘土かパン(だね)のようなものが入っている。

 

「だからパーティーで言ったでしょう。船にはもう野菜がないのよ」

 

「ん?」

 

「ニンジンだけでなく、ネギもキャベツもほうれん草も、みんな刻んでギョウザの具にしちゃったの。後はもうこれしかない」

 

「『これ』って?」

 

言って島は森が差し出したものを受け取った。透明なコップの中になんだかドロリとした感じのみどり色の液体がある。

 

「なんだよこれ。青汁か?」

 

「まあ、似たようなものかもね。藻よ」

 

「も?」

 

「酢と醤油で味を付ければ、もずくみたいに食えなくもない」

 

「……」

 

「後は、固めて寒天みたいにしてやるか……」

 

「……」

 

「薄くパリパリに乾かして、海苔として食べるか」

 

「って、つまり……」

 

と島は言った。冥王星の戦いで〈ヤマト〉は戦闘食として米のおにぎりを大量に作り、アマノリで出来た本当の海苔も全部使い切ってしまった。今後は〈ヤマト〉艦内で海苔と称して(しょく)されるのはこの藻で作る代用海苔ということになるが、

 

「これって本来、浄水用のものなんだろ」

 

「そうよ」

 

「ってことは……」

 

と言った。〈ヤマト〉は当然、艦内で生活排水をリサイクルしている。トイレやシャワールームから出る水を浄化してまた使う。単に浄化するだけでなく、でんぷんやタンパク質を合成する素になるものを取り出して、塩分を抜き、残ったものを農場で使う肥料に加工する。

 

それを完璧にやってのける優れたシステムを持っているのだ。持ってはいるが、その内部を覗いてみれば、人間のために立派な仕事をしてくれているのは別に超科学の賜物(たまもの)などではなくてみどりのドロドロとした――。

 

「これ……」

 

「あ。言っておくけれど、浄水用の藻は藻だけれど、食用に別に培養しているものよ。まさか、ねえ、そんな」

 

言って、それから森はアハハハハと笑った。その顔を島は疑いの眼で見てから、

 

「どっちにしてもこんなもんを食えって言うのか?」

 

「だから酢醤油で……後は、とろろ昆布みたいに……」

 

「ニンジンは?」

 

「ないの。『ない』って言ってるでしょう」

 

「ニンジンのないカレーなんて……」

 

「うん。島さんの気持ちはわかる。でも、ないものはしょうがないの」

 

――と、そこで、

 

「ええと」

 

と言って副船務長の伊東が横から話に割り込んできた。事情を簡単に説明する。冥王星で農場が凍り、野菜が全滅してしまった。農場はまだ修理もおぼつかないうえ、種の多くが死んでしまった。だからニンジンが食べたいのなら――。

 

「協力していただけますか」

 

机の上の長方形の容器をひとつ、島に向かって差し出してくる。

 

「これはプランターで、水をやった種が中に入っています。生きていれば二日(ふつか)くらいで種が芽を出すはずですので……」

 

島はそれを手に持って、ニンジンを食わせてもらえぬ馬のようにトボトボと船務科室を後にした。



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懸案事項

船務科室をトボトボと出たのは島大介だけではなかった。後に続いた森雪もまたそうだった。

 

野菜の問題はいま自分に課せられた最大の懸案(けんあん)事項となりつつある。今はまだ『カレーにニンジンが入っていない』と文句を言われる程度だが、いずれ本当に食糧が足りなくなってしまうのだ。

 

〈ヤマト〉のリサイクルシステムは、生活排水から合成タンパクとでんぷんの素を取り出し残りを野菜の肥料とするが、それも冥王星で凍った。農場よりこちらの修理を優先せねばならず、それまでは下水を宇宙に捨てねばならない。

 

野菜に限らず、食糧すべてが足りなくなるのだ。『今すぐ』ということはない。三ヶ月ほどは繋いでいける。だからそれまでに問題を解決できればいいのだが……。

 

どうすりゃいいの、と森は思った。いつか、コスモナイトの件で、沖田艦長が言った言葉を思い出す。

 

『太陽系を出た後でコスモナイトが必要となってしまったら、どこで見つけると言うのか』、と。

 

そう。問題はそういう話だ。宇宙で千人に食わせるものをどうやって見つけ手に入れるのか。

 

まあ、見つけるだけならば、コスモナイトよりは簡単だろう。宇宙に植物が茂る星は決して少なくないはずだ。

 

だが〈ヤマト〉は遅れてはならぬ。運行に支障をきたすことなく充分な量を採らねばならぬ。宇宙に星全体が野菜畑の星があって、異星人の農協が直売所をやってくれてるわけならともかく。

 

これはコスモナイトより厄介な話になりそうだった。大体、野生の植物なんて、地球のものも人間が滅多に食えるものではない。ましてや異星の植物が、果たして食用になるものかどうか。

 

ニンジンか、と森は思った。望みがあるとしたらそれは根や地下茎じゃないか。

 

青菜なんかは採っても(かさ)が張るばかりですぐ(しな)びてしまうだろうし、人の畑でもないところから実や種だけを短時間に大量に採取するのはまず不可能と考えるべき。

 

しかし、根や地下茎ならどうだろう。葛根(くずね)や山芋みたいなものがあれば、でんぷんを取ることができる。人間には手があるのだから、引っこ抜けばいいわけだ。それならなんとか短時間でそこそこの量が採れるのじゃないか。

 

そうして〈土〉に埋めておけば、根を広げていってくれる。きっと、そのまま食うこともできる。ゴボウだ、ゴボウ。細く切ってキンピラにしてしまえばいいのだ。煮ても焼いても揚げても食える。〈ヤマト〉の食糧問題を、ゴボウならば解決できる。

 

「ゴボウ……」

 

つぶやいて通路を歩いた。向かうのは〈コスモゼロ〉の格納庫だ。船務科では乗組員のシフトをすべて管理しており、コンピュータに古代の名を打ち込めば彼がいま当直か非番なのかを知ることができる。『配置に就いているはず』と出たので、航空隊に電話を掛けると、

 

『今は〈ゼロ〉の格納庫です。そちらに繋ぎましょうか』

 

「いいわ。直接行ってみます」

 

言って船務科を出たのだった。この仕事には航空隊の力が必要になるはずだった。おそらく、実際に野菜を採るのは、一月(ひとつき)は先になるだろう。それとも、二ヶ月かそれ以上……。

 

三ヶ月以内にできるかどうかもわからない。事はそれほどに難しい。だから今すぐ始めなければならなかった。プランを練って入念な準備を整えるのだ。航空隊とも打ち合わせを重ねなければならない。つまり――。

 

あの古代と。

 

大丈夫なのか、あの男で? それはタイタンでも冥王星でも、あの男の働きで事が成し遂げられたようでもあるけど。

 

そう思わずにいられなかった。「ゴボウ、ゴボウ、古代、ゴボウ……」つぶやきながら森は格納庫に向かった。



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トリさん

格納庫に入ると中では整備員達が二機の〈ゼロ〉に取り付いていた。森はそのうち片方の機に眼を止めた。

 

尾翼だ。普段、庫内では、〈ゼロ〉の翼はたたまれている。けれども今は垂直尾翼が垂直に立ち上げられていた。タイタンのときに何も描かれていなかったそれには冥王星での戦いにおいて二機ともに《誠》の一字が大きくマーキングされたのを森は見て知っていた。

 

だが今、《誠》の字は消され、代わりに大きくひとつの()が描かれている。で、その脇に《塗りたて》と書いた紙が貼ってある。どうやら新たなマーキングを乾かしているところらしい。

 

「へえ」

 

と言った。描かれているのは、黒い鳥だ。カラス……ではない。()に似た細く長い(くび)と、クチバシ。それにしても頸はやたらに細くただの紐のようで、クチバシには根元に布を縛り付けたようなデザインがされている。

 

その長い頸を鳥はうなだれ、クチバシはため息でもついているように半開きにしている。丸い頭についている目は、『ああ疲れた、飛びたくないよ』とでも訴えているかに見える。

 

そしてその鳥の胴体は、ジャガイモのように描かれていた。羽を全部むしり取られた図だということなのか、翼や尾羽(おばね)や頭は黒いのに胴体は森の船内服のようなカーキベージュ――黄土色で、その丸い体の中にブツブツとした黒い点が散りばめられている。

 

その画の横の、舵には《()》の字形の印が五つ並べて描かれていた。それは撃墜マークであり、冥王星で古代が五機目の敵を墜としてエースになっていることも森は聞いて知っていた。山本の撃墜機数は何倍も多い。

 

つまりこれは古代の〈アルファー・ワン〉であり、この〈トリさん〉の画は古代の新たなマーキングということだ。

 

「ふうん」

 

と言って眺めてから、古代自身はどこにいるのかと思って辺りを見回した。しかし姿は見当たらない。

 

仕方ないから近くにいた整備員に向かって聞いた。「この画って何か意味があるの?」

 

「ええまあ、その、ガンモですよ」

 

「ガン?」

 

と言った。子供の頃に空を仰いで、V字型の編隊を組む鳥を見たのを思い出した。あれはなんの鳥かと聞いても母は手を引っ張るばかりで、空に眼を向けもしなかった。だから後で図鑑で知った。

 

(がん)ていうのは(かも)の仲間じゃなかったっけ」

 

その画の鳥は鵜でなければコンドルか黒い鶴かという感じだが、何をどう見ても鴨には見えない。森が重ねてそう言うと、整備員は困った顔で、

 

「まあそうですが、そうじゃなくて、ガンモドキですよ」

 

「ガ……」

 

と言った。あらためて画を見る。そのヘタレなトリさんの胴――黄土色のマルにゴマを散らしたような。それは、(まご)うかたなきガンモドキ。おでん種のガンモドキ。

 

古代の〈アルファー・ワン〉は今、〈がんもどき〉となったのだ。

 

「ちょっと、これ、誰が描いたの! 一体何を考えてるのよ!」

 

「いえ、その、古代一尉が自分で……」

 

「『自分で』?」

 

「大山田にデザインさせて、マスキング自分で切って塗ってましたよ」



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スペシャルマーキング

「……で、ハーロック二世が乗った〈109〉の数は全部で十とも二十とも言われるんですが、初めのうちは〈盾にドクロ〉のマークの横に『わが青春のアルカディア』と書かれていた。それは途中から省略されるんですけれど、しかし最後に乗った機には『ARCADIA(アルカディア)』とまた書かれたというんです。で、尾翼にはサムライの刀の(つば)を図案化したマーキングがされたという。描いたのはシュタインハイルに技術交換で派遣されてた日本人で、戦後にカメラの自動焦点技術の基礎を築いた人物だとか言われるんですが、その息子がハーロック二世を訪ねたことで、その画の話が世の知るところになったんだとか。けれどその機が飛んだのはただ一度きりで写真に撮られたわけでもなく、描いた当人は死んでるしハーロックは失明していて最後の乗機のマーキングがどんなものであったか説明しようもない。その後ほどなくハーロックも死んでるそうです。だからその機に関しては皆が想像で塗ってるという……」

 

「ふんふん」

 

と古代が相槌を打ちつつ聞いてる横で、整備員の大山田がコンピュータを操りながら話している。画面にあるのは第二次世界大戦中のドイツのプロペラ戦闘機だ。〈メッサーシュミット109〉。

 

それがたくさん。なのだけれども、ひとつひとつが微妙に違う。すべてがどうやらプラモか何かの模型飛行機なのであるが、それぞれの製作者が違うのだ。模型趣味の人間どもが完成させたキットの写真をネットに公開したもので、大量にあるその画像を大山田が古代に見せているのだった。

 

そのすべてが〈109〉の後期型。胴体に〈盾にドクロ〉のマーク。そこまでは同じだが、

 

「でもさ、《ARCADIA》の文字なんて、色もわかんないの?」

 

「だからそんなの説明せずにハーロックは死んでるんです」

 

「それでみんな好きに決めて……」

 

「そうそう」

 

「これはなんだよ。《亜流華出伊阿》って」

 

「まあその辺は遊びってことで。実機は日本人が描いたんですから」

 

「うーん、いいねえ。これなんか……」

 

とふたりで言ってるところに、

 

「古代一尉」

 

と声がした。「はい」と古代は顔を上げ、そしてその顔をひきつらせた。

 

船務科長の森雪が、立ちはだかって般若(はんにゃ)形相(ぎょうそう)で見下ろしていた。

 

「そちらの整備員君は、今は非番だそうですからいいでしょう。けれども一尉。あなたは何をしてるんですか」

 

「え、いや、その……」

 

「航空隊長のあなたがそれで下に示しがつくんですか」

 

「あ、いえ、そんな……」

 

「〈アルファー・ワン〉のマーキング、あなたが自分で描いたというのは本当ですか」

 

「えーとえーと、はい、ええ、まあ」

 

「〈コスモゼロ〉はあなたのプラモじゃありません。まして、あれはなんですか」

 

「えーと、『あれ』と言いますと……」

 

『がんもどき』、と森は言いたいようだった。けれども歯をギリギリとさせてしばらく黙り、それから口を開いて言った。

 

「今は何をしているの。ふたりでプラモを作って色を塗る相談?」

 

「いえ……」と古代は言った。「決してそんなことは……」

 

「ちょっといらっしゃい」

 

森は古代の腕を掴んだ。その口ぶりも顔も腕の掴み方も、かつて彼女が子供の頃に、彼女に対して同じことをやった母親そのままだったが、森自身は気付かなかったし古代はもちろん見ている誰にもわかるはずのないことだった。



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マジックミラー

「古代君」

 

と森が言う。くん、という呼び方は女が親しい男を呼ぶときの君付(くんづ)けでなかった。先輩格の人間が『○○君、キミねえ』と上から呼ぶときのコダイクンだ。

 

「あなた、戦争が終わったら、模型飛行機の色塗りで食ってく気じゃないでしょうね」

 

「いや、そんな……」

 

言いながら古代は横を見た。壁に大きな鏡があり、自分と森が机を挟んで向き合う姿が映っている。

 

船務科は艦内の保安を(つかさど)るのも役目であり、森を長とする彼らが尋問など行うための部屋なのだろう。この鏡はマジックミラーで、その向こうからこちらのようすを観察できる構造なのだ。

 

何もこんな部屋に連れ込まなくてもいいじゃないかと思う。それにこの人、今なんつった。『戦争が終わったら、どうやって食ってくか』と、そう聞いたのか?

 

おれに? 戦闘機乗りが生きて地球に帰れるのか?

 

そんなこと考えたこともなかった。〈がんもどき〉に乗ってたときでも、おれはこいつに乗ったまま宇宙で死ぬことになるのだろうと思っていた。あるいは、どうせ結局いつかは攻撃機に乗せられてカミカゼ特攻することになるのだろう、と。

 

だから考えないようにしていた。考えたくなかったからだ。〈コスモゼロ〉はおれのプラモじゃないだって? そうかな。あれはもうおれのプラモデルなんじゃないのかな。だからおれが色塗って構わないんじゃないのかな。

 

これに乗っておれは宇宙で死ぬんだから……そんなふうに思っていた。

 

トリさんの画を描きながら。そんなふうに思っていたが、決して深くそんなことを考えていたわけでもない。考えたくなかったから、古代はあまり深く考えないようにしていた。

 

なのに今この船務科長殿。『考えろ』とおれに言うのか。戦争が終わったならばどうするのかと。戦争前に、高校で、親や教師にさんざっぱら『お前は一生そのままでいる気なのか』と言われたように。

 

マジックミラーに映っている自分を見る。地球を出て一月(ひとつき)になるが、黒いパイロットスーツの自分を初めて大きな鏡で見た。他人の眼におれはこのように見えるのか、と今更のように思う。

 

加藤や他のパイロットらと着ている服が同じだから同じに見えるのだろうとなんとなく思っていたが、違う。いま見てまるっきりガキがジャージ服着てるみたいだ。まるでエリートっ気がない。

 

そりゃエリートじゃないんだから当たり前だ。そういうのは人間の内側から滲んで鏡に映るものだ。人の眼にも。おれって、他のクルーから、こんなふうに見えるのか。

 

輸送機飛ばしの軽トラあんちゃんそのまんま。それが肩にこんな記章付けちゃって、まるで全然サマになっていないじゃないか。おれが一尉で航空隊長なんてえの、やっぱりてんでおかしいんじゃないか。

 

そうだろう。なのに一体、こんなところでおれは何をやってんだろ。

 

そう思った。これじゃテレビのお子様向け特撮ヒーロー番組のバイク乗りの主人公なんじゃないか。誰が見たってそうなんじゃないか。てんで安ピカの、マンガっぽい、ただオモチャを売るためにいる正義の味方……。

 

それがおれなんじゃないか。おれ、こんなんでいいんだろうか。

 

古代は思った。そのときに森が言った。

 

「どこを見てるの。ちゃんとこっちを向きなさい」

 

「あ、はい」

 

「まったく……」

 

と言った。自分の腕の肘から下をさすったり掴んで(ねじ)るようにしながら何か考えている。

 

それから言った。「古代君」

 

「はい」

 

と応えた。古代君。もはや学校の女教師が、出来の悪い生徒に対してするような君付け呼びだった。どうやらこれがこの彼女が自分を呼ぶときの定番になりそうだなと古代は思った。

 

森は言った。「あなたには教育が必要なようですね」



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教育係

「で、採点の結果ですが……」

 

と結城蛍が無重力下でもインクの出る宇宙船内用ボールペンの先をクリップボードに走らながら言った。そこになんと書かれたのか古代からは見えないけれど推して知るべし。

 

「想像以上に悪いですね。とてもこれまで長く宇宙を飛んできた人と思えません」

 

「そうですか」

 

「宇宙飛行士としての基本がまるで身についてない。軍人としても落第です。普通はこれじゃ士官になれないはずですし、なった後でも定期的に……」

 

「がんもどきは〈がんもどき〉を飛ばせりゃそれでよかったんです」

 

「その考えは捨ててください。今はこの〈ヤマト〉の士官なんですから。とにかくあたしが今日から教育係です。でもこれ、一体どうやって直していけばいいんだろう……」

 

「いやあおれなんか、やるだけ無駄じゃないかなあ」

 

古代は言った。するとキッと睨まれた。

 

「なんですかその言い方は。まずそこからダメなんですよ。だいたい士官が下に対して使う言葉じゃないでしょう。言い直しなさい」

 

「え?」

 

「今の言葉を言い直すんです。士官らしく!」

 

「え、えーと……自分にはやるだけ無駄ではなかろうか?」

 

「なんか」と言った。「これじゃあ、変なお店で遊んでるみたい……」

 

「おれもそう思う」

 

「とにかくですね。一尉には、野菜を採りに行くまでにもう少しなんとかなっていただかないと。あらゆることに人類を救えるかどうかが懸かってるんですからね」

 

「はい」と言った。「けど、『野菜を採る』ってどうやるの?」

 

「わかりません。わかるわけないじゃないですか。何もかもこれから手探りしてくんですよ」

 

「そんなんでやっていけるのか?」

 

「だから今から一尉にもシャキッとしろと言ってんでしょう。とりあえず明日までにこれを読んでおいてください。それからこいつのこっからこのページまで」

 

分厚いファイルを渡された。古代は受け取り、付箋(ふせん)の付いたページをめくった。いかにも学者か役人が書いたらしい文字の行列。

 

こんなもの読めてたまるものか。読んでも理解できるものか。しかし古代が眼を窺うと結城は冷徹な調子で言った。

 

「それではよろしく。何かあったら森船務長に報告するよう言われてますので」

 

後はほとんど追い出されるようにして、古代は相談室を出た。結城はこの〈ヤマト〉の中でいちばん下っ端のはずなのに、どっちが上かわからない。

 

出たところで通路の向かいに置かれた椅子に、ギプスで固めた腕を首から布で吊ってる者が座っていて、驚いた顔で古代を見た。慌てて立ち上がろうとするものだから、古代も急いで手を挙げて制す。

 

見れば他にも松葉杖を突いてる者や、眼帯をしてる者達が、あちこちの椅子に座っていた。彼らの前には船務科のいくつも並ぶ相談室。

 

冥王星の戦いで負傷したクルーなのだろう。あの作戦では命にかかわる重傷者と、包帯を巻けば配置に戻れる軽傷者の手当が優先され、その中間のケガ人は放って置かれたという話は古代も耳に聞いていた。そんなクルーが百人ほどいるのだと。

 

だが実際にその者らを眼で見るのは初めてだ。ギプスをしながらあの甲板のパーティー特設会場に出ていけるはずもない。この数日は自室で寝ていて、今日か昨日にやっと起きれたというところではなかろうか。

 

今になって船務科員らが、その彼らのメンタルケアをしているということなのだろう。結城がギプスをした彼の名前らしきものを呼び、彼は古代に会釈してから相談室に入っていった。

 

古代も頷き返してから、さっきあの森雪がおれをあんな尋問用の部屋で責め立てたのはここが一杯で使えなかったからなのかなと思った。結城という子も本当はこの仕事に忙しくておれの教育係なんてするのは余計な役目もいいところなのかもしれない。

 

そうだよな、とまた思った。一尉で航空隊長なんて言ってもまるで威張れないんじゃないか。

 

威張ろうと思ったこともありゃしないが、でもなあ、やはり、おれが『士官らしく』なんて言っても……。

 

やはり全然ガラじゃないとしか考えられない。渡されたファイルの重さを感じながらトボトボ歩いた。

 

気づけばそろそろ当直が明けて非番になる時間だった。航空隊長と言えどもそれには隊の部屋でチェックを受けなければならない。太陽系にいた間にはそれすらやらずにいたわけだが――。

 

古代は航空隊室に入った。認識票を差し出して言う。「古代進」

 

「はい確認。トレーニング室に行ってください」

 

「はん?」と言った。「トレーニング?」

 

「はい。これから古代一尉は訓練ということになっています」

 

「えっと……今から非番じゃないの?」

 

「『非番』というのは休んでいいという意味じゃなく、待機時間であるわけです。古代一尉の予定は今から訓練です」

 

「誰が決めたの?」

 

「わたしです」

 

と横から声がした。いつの間にかそこに山本が立っていた。そして言う。

 

「〈スタンレー〉では勝てましたが、隊長は指揮官としてまだまだですから。と言うより、まるでなっていませんから。一から学び直してもらう必要があります」



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キャプテンズ

「古代さんはいま訓練だそうです」

 

と新見が言った。すると森が、

 

「まあ今ここに彼を呼んでもしょうがないでしょう。この写真は誰かが後で渡してあげて」

 

「おれがやるよ」

 

言って島が手を伸ばした。『写真』というのはパーティでギョウザを焼く古代の前に第一艦橋の若い士官が並んだものだ。そこに映っているのと同じ島・南部・太田・相原・森・新見の六人。この彼らが今〈ヤマト〉の作戦室でひとつの机を囲んでいる。

 

この全員が一尉の階級。一尉とはつまり〈大尉〉であり、英語で言えばキャプテンである。

 

つまりこの者達は〈キャプテンズ〉というわけだった。

 

そして古代もまた〈キャプテン〉。島は写真を眺め見てから、隣の南部に眼を向けた。電子メモパッドにタッチペンで何やら落書きのようなことをしている。

 

「何書いてんだ?」

 

「え、いや」

 

と言って、南部は書いたものを消した。金魚鉢を逆さにして中にマルがふたつ、といった感じの図画だ。

 

「で、話ってのはなんなんだ?」

 

「それはもちろんこれからのことよ」森が言った。「ようやく〈赤道を越え〉てマゼランへの旅に踏み出したわけだけど……」

 

「おれからは特に言うことはないな。これから先は航海組の問題だろう」

 

と南部が重ねて言うと、同じく戦闘組である新見が、

 

「そうとも言えないんじゃないですか。ガミラスは間違いなくこの〈ヤマト〉の目的地を知っている。『イスカンダルの手前では待ち伏せできないだろう』というけど、途中のどこかに罠を張って……」

 

「まあそうだが、それだって航海組の領分じゃないか。いくらなんでもなんにもないところでやつらは〈ヤマト〉を襲ってくることはない。マゼランまでにはいくつか航行の難所になると予想される場所があって、仕掛けてくるとしたらそこだ、と……」

 

「ええまあ」

 

「そこを避けりゃいいんだろ」

 

「簡単に言うなよ」島が言った。「難所として予想される場所はあるよ。けれども南部、難所として予想されているだけだよ。望遠鏡で見るだけじゃ、結局よくはわからないんだ。マゼランまでの距離だってハッキリわかっているわけじゃない……」

 

「とにかくそこらへんのことは任せる。敵が襲ってくるとしても、まず〈ヤマト〉が一発で殺られることはない……」

 

「そうです」とまた新見が言った。「敵は〈ヤマト〉の波動砲を欲しがっていて、撃沈でなくまた〈ヤマト〉を戦えなくして捕まえる手立てを考えるはず……」

 

「また艦内が血の海になるの?」森が言う。「正直に言ってあんなのは二度とごめんなんだけれど……」

 

「それについても、今後は大きなビーム砲で撃たれることはないんじゃないかと。おそらく船や戦闘機が群れになって襲ってくる。となれば、〈ヤマト〉を護るのは……」

 

「航空隊か?」と相原が言った。「船は主砲で撃つものとして、戦闘機を迎え撃つのは戦闘機ということになる。となると古代がタイガー隊を〈ゼロ〉で指揮して戦うってことになるけど」

 

「ええまあ」

 

「しかし、あの古代にそんなことができるのか? あいつ、タイタンでぼくの通信を切りやがったぞ」

 

「あのときは……」

 

「わかっているが、今後はあれとおんなじことをされちゃあ困る。ぼくの通信を受けながら、何十機ものタイガーを指揮してもらわなきゃならないんだ」

 

「だからまあそれも含めていま彼を鍛え直そうとしてんじゃないすか」

 

「そんなことちょっとやそっとでできるのかねえ」

 

と相原。そこで南部が、

 

「でもまあ、なんとかなるんじゃないか? なんとなく、あいつがいればこの旅はいけるような気がしてきたぞ」

 

「南部、お前は楽天的だな」島が言った。「おれ達はイスカンダルに行こうとしてるが、たぶん同時にガミラスの方向にも行こうとしている。いくらなんでもすぐ手前で待ち受けることはないにしても……」

 

「そう」と太田が言った。「おそらくガミラスは、イスカンダルから百光年と離れていないところにある。イスカンダルが地球を救けてくれるのには必ず裏があるのだから……」

 

「たとえば、どんな?」

 

「たとえば」と新見が言った。「こんなのはどうでしょう。イスカンダルはガミラスを〈ヤマト〉に波動砲で撃たそうと考えていて、それがコスモクリーナーを地球に渡す条件だ、とか……」



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かるたが取れれば

古代は目の前に置き並べた名刺サイズの写真を眺め、じっと考え込んでいた。縦四列に札を並べて手に何枚か持ってる姿は、(はた)から見るとトランプの七並べでもしているようであるかもしれない。

 

だが、違う。見ているのはどれも人間の顔写真だ。4×8で32人のタイガー隊員。それに〈ゼロ〉の古代と山本。

 

合計34枚だが、その中から五枚を抜いて古代が手にしているために、机の上の並びはそこが歯抜けになっている。

 

古代は〈手札〉の五枚を眺めた。一枚一枚、裏をめくり返してみる。

 

冥王星の戦いで、タイガー乗りは五人が死んだ。この五枚はその死んだ五人の顔だ。

 

写真の裏には、彼らの姓名が記されている。しかし古代は、生前に顔をよく見たこともなかった。

 

この五人だけでない。加藤以外に誰ひとりとして――それでも、『ええと』と確かめながら、五枚のうちからさらに一枚を抜いてみた。自分の代わりにミサイルの雨を受けた隊員のものだ。

 

その光景を思い出す。『どうして』、とあらためて古代は思った。

 

どうしてこいつは身替わりになって死んだりしたんだろう。それはおれもあのときには考えもした、『ああいいとも』と。急降下で襲ってくるゴンズイ戦闘機の〈玉〉に対して、『撃てよ、ここで死んでやるさ』と。

 

むしろおれは生きてちゃいけない。ここで死なねばならないのだとすら思った。ここで死なねばすまないのだとすら思った。それまで人類を救うため戦い死んだ者達に。

 

おれが死んでも誰かが代わりに〈魔女〉を討ってくれるだろう。だからここで死んでやるさ、と――。

 

そう思った。なのに代わりにこいつが死んで、おれがいま生きている。どうしてだ。おれはこいつの名も知らず、知ろうとしたこともなかったのに。おれに隊長の資格なんかどこにもあるわけなかったのに。

 

「あのときは、あそこで一尉に死なれるわけにはいかなかったのです」

 

古代の考えを読み取ったように山本が言った。

 

「〈魔女〉はおそらく〈ゼロ〉でなければ討てないことは半ば予想されていました。〈タイガー〉に乗る者達は、イザとなれば〈盾〉になる覚悟を元から決めていました」

 

「そりゃあそうなんだろうけど、おれはこいつのことをなんにも知らないんだぞ。こいつだってそれを知ってたはずなのに……」

 

「古代一尉のためにそうしたのではありません。地球のためです。人類を救うためにああしたのです」

 

そのセリフをどこかで聞いたな。それも、同じ山本の口から。いつだったかな……と思ったが、思い出せない。あまりにこの一ヵ月間に多くのことがあり過ぎたのか。

 

代わりに言った。「じゃあ、こっちのはどうなんだ」

 

「『こっち』、と言うと?」

 

「ええと……墜ちたうち最初の二機は、急降下で殺られたんだよな。でも、最後の二機はどうだ。トンネルの蓋を開けておれと君を出させるために墜ちて死んだ……」

 

「はい。そのように聞いております」

 

「なぜだよ。おれと君が死ぬか、そのふたりが死ぬか、それだけの違いじゃないか。数は同じ〈2〉じゃないのか」

 

「そうですが、やはり……」

 

「おれはこいつらの名も覚えられそうにない。なのにおれが隊長なんて……」

 

「いま生きている者を覚えたらどうですか。それが彼らのためと思えば」

 

「そうなのかな。でも……」

 

「かるたが取れるなら覚えられるはずです」

 

「そりゃあ」

 

と言った。けれど、と思った。前に並べた自分と山本を含む29枚の写真。大きさはかるたの取り札とほぼ同じだ。〈札〉を並べたその見た目は競技かるたのようでもある。

 

「でも」と言った。「誰がD1で誰がF4だとかなんて……」

 

「それもかるたが取れるのならば覚えられるはずです」

 

「そりゃそうかもだけれどさ」

 

写真の一枚を取り上げて、裏の名前を確かめてみた。確かに昔にかるた取りを一から覚えさせられたときは、取り札の裏にそれぞれの歌が全部書かれたものを練習用として使った。

 

しかし、

 

「特攻部隊の指揮官はこんなことはしないんだよな」

 

「そうでしょうね。覚えるヒマも必要もない……」

 

そうだ、と思った。木星や火星の基地でがんもどきの自分を小突いた戦闘機乗り達の姿を思い出す。

 

あの連中はカミカゼだった。対艦ミサイルを腹に抱いてガミラスを攻撃する作戦を続けたら、まず命は五回ともたない。それを承知で〈棺桶〉に乗りたがる者は後を絶たず、死ねば死ぬだけ補充される。

 

そんな部隊で部下の名前を覚える指揮官がいるわけがない。古代が基地に降りるたび、〈曹〉の記章を着けた者らを従えた三尉や准尉に嫌味を言われた。いやいやさすがに長く宇宙を飛んでおられる二尉ドノは操縦がお上手(じょうず)ですなあ。見たか、お前ら、あの着陸。まるで鶴が木の枝にヒラリと降り立ったみたいだったろ。世が世ならアクロバットかエアレースのパイロットというところじゃないですかね。生まれる時を間違えたということですか――。

 

腕が良ければ戦闘機を飛ばせるというものではない。ましてや隊の指揮官なんて。

 

古代は言った。「こんなのちょっとやそっとのことでできるわけがないだろう。ましておれなんか……」

 

「いいえ」と山本は言った。「それもかるたが取れるのならばできるはずです」



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ブラックバス

「ちょっと待てよ」と太田が言った。「『波動砲でガミラスを撃つ』と言うけど、しかし、あれは欠陥が……」

 

「そうよ」と森も、「〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続してできないのなら星は撃てない。冥王星を撃てなかったのと同じ問題があるんじゃないの?」

 

「はい、もちろん」

 

と新見が応えて言う。

 

「ですが、それは〈ヤマト〉が護衛なしの一隻だけで敵に向かわねばならないときです。〈スタンレー〉ではそうでした。けれどももしガミラスの母星に我々が向かうとして、イスカンダルの艦隊が護衛に就けばどうですか? その場合は波動砲が撃てる。〈ヤマト〉がワープできるようになるまでイスカンダルが護ってくれればいいのです」

 

「って、いや……」

 

と島。新見に対して二の句が継げないようだった。けれども南部が、

 

「ははは、そりゃいい!」笑って言った。「それなら、『なんで』と言われてたことに説明がつくじゃないか! 一体なんで『波動エンジンの技術は渡すがコスモクリーナーは渡さない。マゼランまで取りに来い』だったのか。それだよ、それ! イスカンガルはガミラスを波動砲で消し飛ばしたいんだ!」

 

相原が言う。「南部さん、撃ちたいの?」

 

「撃ちたいに決まってるだろう」

 

「けど……」

 

「なんだ。あいつらは敵だぞ」

 

「うん」

 

「遊星を地球に投げてきたんだぞ」

 

「そうだけどさ」

 

「『そうだけどさ』じゃないだろう。やつらのせいでこっちは絶滅寸前なんだぞ。女子供が放射能の水を飲んでいるんだぞ。この状況でイスカンダルがやつらの母星の位置を教えてくれるなら、撃ちに行って何が悪い」

 

「そりゃ……そうかも……しれないけどさ……」

 

「なんだなんだなんだなんだ。相原、お前な」

 

と南部が言う。それを制して島が言った。

 

「しかしな、南部。それをやったらおれ達もやつらと同じになるんじゃないか」

 

「おいおい、テレビドラマのセリフか?」

 

「いや、そんなつもりはないが……」

 

「いや、そんなつもりがあるよ。くだらんドラマの主役だけが主役だから言うセリフだよ。だから状況を考えろって。今の地球はそんなことが言える状況じゃないでしょつーの。だいたいやつらは宇宙人だぞ。共存がまったくできない生物かもしれないんだぞ。それが地球を狙ってくるなら、もう滅ぼすしかないじゃないかよ」

 

「それはそうかもしれないけれど」

 

「だからなんだよ、『かもしれない』って。もしもやつらが何万シーボルトだかの放射線を浴びていなけりゃならないような(しゅ)の生物で、地球に住むためプルトニウムをバラ撒いたとしてみろよ。その場合に『彼らと平和共存』だとか、『愛し合う道を探そう』なんて言うのがいたら完全にイカレているぞ」

 

「そりゃ確かにその通りだが」

 

「だろう? ガミラスがブラックバスでこっちがタナゴなんだったら、波動砲を撃つしかない。それが四の五の言えたことか」

 

「南部さんの言うことは、間違っていないと思います」と新見が言った。「ですがそれはそれとして……」

 

「なんだ。まだ何かあるのか」

 

「はい。ガミラスは〈ヤマト〉がワープと波動砲発射を連続してできないのを知りませんでした。同様にイスカンダルもガミラスを消し飛ばしてしまいたいが〈ヤマト〉に護衛を就けられない、ということも考えられます。その場合はどうするか……」

 

「そんなこと今から心配することか?」

 

「そう言われると困るのですが、ガミラスがたとえブラックバスだとしても波動砲で全土を焼くというのはちょっとわたしはどうかという気がして……」

 

森が横から口を挟んで、「どういうこと?」

 

「いえつまり、〈ガミラス星〉にはガミラス人の他にやっぱり別の生物がいると思うんですよね。ガミラス犬とかガミラス猫とかガミラス羊みたいなのが。それをまとめて波動砲で殺すのか……」

 

一同がちょっと黙って考え込む顔をした。それから島が南部を向いた。

 

「南部、どう思う」

 

「またそういう話かよ」イヤな顔して、「しかしだなあ……」

 

言ったが、しかしその先は言葉を続けられないらしい。電子メモパッドにタッチペンでデタラメな線を引き出す。

 

「罪のない生物までは滅ぼせない」新見が言った。「だが地球の生物のためにもガミラスを撃たねばならないとしたら……」

 

相原が、「何か考えがあるの?」

 

「まあ『考え』と言うほどでは……それにやっぱりこんなこと、今から心配することでもないかもしれませんが……」

 

「とにかく言ってみろよ」

 

「はい」と言った。「たとえばガミラスを、波動砲充填120でなく100パーセントで撃つ、というのはどうでしょう」



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できるものなら一思(ひとおも)

「地球人に目的地にたどり着かれたらおしまいなのだ」

 

とシュルツは言った。ガミラス十字空母の作戦室の中だ。

 

「そのときやつらは我らが星をあの波動砲で撃つ。撃つに決まっているのだから……」

 

「はい」とガンツが応えて言う。「もしや、スターシャはそれが狙いで……」

 

「そうでないと言い切れるか? 地球人を救うなら、放射能除去装置をくれてやればいいことだ。それをわざわざ、遣いの船を往復させて波動エンジンを造らせる。それをやったら波動砲が出来上がると知りながらだ」

 

「で、その船で自分の元に来いと言う。我々とすれば、それを見過ごすわけにはいかぬ。となれば当然……」

 

とヴィリップス。ガンツが後を継いで言った。

 

「ズドーン」

 

「……という話だ」シュルツは言った。「簡単だろうが。スターシャがその気でないとどうして言える。『コスモクリーナーを渡す代わりにあれを撃て。それが地球を救う条件』と言わぬとどうして言い切れるのだ。どちらにしても地球人は……」

 

「イヤでも波動砲を撃つ。それで我らはおしまい……」ガンツが言った。「司令はそうお考えなのですか」

 

「そうだ。だからこそわたしは、発進前に〈ヤマト〉を潰してしまいたかった。あれが砲を持っているか、持っているとしてどの程度の威力があるかわからぬうちに粉々に吹き飛ばしてしまいたかった。だからこそ……」

 

ヴィリップスが言う。「あのとき、ドリルミサイルで……」

 

「そうだ。空母は沈められると知ったうえで送り込んだ。しかしまさか、いきなり波動砲を撃つとは……」

 

「結果として本国に知られることになりました」とガンツが言う。「親衛隊から咎めを受けることにもなった。どうしてあんなことをした、と……」

 

そうだ。『貴様どうして』と、あのベムラーから〈電話口〉に呼び出しを受けて叱られた。そのナントカを殺ってどうする。地球人が波動砲を完成させて、その〈トヤマ〉に積んでいるかもしれぬと思わなかったのか。

 

そう言われた。よいか、二度とその〈トマト〉を一撃に沈めようとしてはならん。捕獲しろ。なるべく壊さず捕まえて、波動砲の秘密を奪え。デスラー総統閣下直々(じきじき)のご命令として申し渡す。

 

そう言われた。それこそが最も恐れていたことだった。それさえなければ……。

 

「それさえなければ……」シュルツは言った。「所詮(しょせん)は船一隻だ。やりようはなくもないだろうに……」

 

ヴィリップスが、「あの〈ヤマト〉を指揮する者は、それがわかっていたのでしょう。だからあのとき波動砲を撃った……」

 

「恐るべきやつだ」シュルツは言った。「ひょっとするとすべてを察しているのかもしれん。我らが双子ということすら……」

 

「いえ、まさかそこまでは……」

 

「ああ、そこまではさすがにないか。しかし、たいして変わらんだろう。やつらはともかく、我らの星がバルダナにあることまでは察している」

 

『バルダナ』とシュルツが言うのは無論、ガミラス語でマゼラン星雲のことである。ヴィリップスはそれに応えて、

 

「当然でしょうね」

 

「そう。だから同じことだ。わたしは〈ヤマト〉を一思(ひとおも)いに沈めるべきだったのかもしれん。たとえなんと言われようと……」

 

「言っても(せん)のないことでしょう」

 

「そうだが……しかし恐るべきやつだ。一体どんなやつがあれを指揮しているというのか……」

 

シュルツはまた言い、宇宙の図を眺めやった。〈ヤマト〉の予想進路上の散光星雲に眼を止める。

 

「ひょっとするとこの迷路すら、容易(たやす)く抜けてしまうかもしれん……」



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徘徊老人

迷路というのはそれが紙に書かれたものなら、上から見て指で解くのは簡単だ。しかし立体迷路の中に人が自分で入り込んだら、簡単なものも簡単でなくなる。〈ヤマト〉の艦内などは迷宮そのものであり、行きたい場所へなかなか行けずに同じところをグルグルまわってしまうというのはクルーの誰もが経験するところだった。

 

そしてそれは、艦長の沖田と言えども例外ではない。今、沖田は〈ヤマト〉の中でひとり迷子になっていた。

 

食堂を出て〈艦内娯楽室〉とやらを覗いてみようと思い立ち、『確かこっちの方だった』と思った角を右に曲がり、次の角を右に曲がり、その次の角を右に曲がるとなんと不思議なことに、元の食堂に戻ってしまった。なぜだ。どうしてこんなことが?

 

「何かお忘れ物ですか」主計科員に不審そうに尋ねられる。

 

「ああ、いや、別に」

 

とごまかして食堂を出て、しかしこれではボケ老人が食べたばかりの食事を忘れたみたいじゃないかと思った。そう疑われたのでなければいいが……考えながらふと周囲に眼をやって、『おや、ここはどこだ』と思った。いつの間にか艦内の全然知らない場所を歩いてしまっている。

 

恐慌にかられた。『いかなる危地に置かれても絶望せずに抜け出す道を見つける』と呼ばれる男が、今この時は何をどうすれば自分が置かれたこの状況を抜け出せるかわからない。

 

どうする。これは来た道を引き返すべきなのだろうか――しかし、また食堂に行ってしまうのは気が進まない。それにここまでどこをどう歩いてきたかも覚えていない。

 

いかん。これでは、まるで徘徊老人ではないか。さてどうしたものだろう……思いながら歩き続けて、横に階段があるのを見つける。

 

船の中で迷ったときに、そんなものをやたらと昇り降りするものではない。だが沖田は降りてしまった。

 

この歳では階段を一段一段降りるのも結構体に負担がかかる。やれやれ、動く椅子でもあって、ボタンを押せば船の中のどこにでも運んでくれるようならいいのに――そう考えてから、それはまさしく老人用の介護椅子ではないかと沖田は思い直した。なんの負けるか。これくらい、ちゃんと下まで降りてみせるわ。

 

やっとのことで階を降り、見ればその先は機関室だった。沖田は中に入ってみた。巨大なエンジンが唸りを上げて、機関科員らがそのまわりで立ち働いている。

 

ふうん、と思いつつようすを眺めた。近くの制御盤に眼をやるが、何が何やらサッパリわからない。

 

「艦長、何か御用ですか」

 

こちらを向いて沖田に気づいた機関科員が驚いた顔をして言った。

 

「あ、いや。なんでもない」

 

と慌てて沖田は言った。逃げるように機関室を後にする。

 

「ビックリした。どうしたんだろ」などと、機関員らが交わす言葉が背中に聞こえた。



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黙殺という言葉の意味

「波動砲を充填100で撃つ場合には、ワープと砲撃の間の時間は短くて済むんですよね」

 

新見が言うと、島が頷く。

 

「まあ、いくらかは」

 

「もしも地球を充填120で撃てば、波動砲にはオーストラリアを吹き飛ばし、残る全土も津波に呑ませてしまうほどの威力がある。これは昔に恐竜を絶滅させたと言われる隕石とほぼ同じ」

 

「うん」と南部。

 

「けれど充填100ならば、威力は6分の5ではなく半分以下のはずですね。その試射はしていませんが……波動砲は100か120のどちらかでしか撃てない。100で日本を撃ったなら日本は消えてしまうけれども、地球の残り大半は壊滅には至らない」

 

相原が、「それでガミラスを撃つっていうのか?」

 

「そう……それも人のいない海を撃つとか、南極大陸のようなものがあればそれを撃つとか……」

 

太田が、「どっちにしても星の海岸みんな大津波なんじゃないのか」

 

「それでも全滅はしないでしょう。〈彼ら〉としては復興に全力を注がなければならず、地球侵略どころでなくなる」

 

また島が、「随分と凄いことを考えるもんだな」

 

「地球だって立場は同じなんですよ。コスモクリーナーを持ち帰っても、復興がどれだけ大変なことか」

 

「そりゃそうだろうが」

 

「まあ、今からそういうことも考えておくべきじゃないのかという話ですけど」

 

「ふうん……」と森が言ってから、「けど、それも撃つ前に勧告すればいいんじゃないの? 『星を撃たれてほしくなければ降伏しろ。あくまで戦うつもりなら撃つ』って言うのよ。やつらとしては降伏するしかないんじゃない?」

 

「黙殺されたら?」

 

「え?」

 

と森。新見は続けて、

 

「その話、まるっきり〈ポツダム宣言〉じゃないですか。昭和の戦争で日本の首相はポツダムの勧告に黙殺で応えた。イエスかノーかの問いに『イエス』と応えなければ、『ノー』と言うのと同じでしょう。なんだか後で『あれは〈聞かなかったことにする〉という意味ですヨ』とかなんとか言っちゃって、それが正しい意味ということになっていますけど」

 

「うん、まあ……」

 

「歴史家は言います。『〈黙殺〉という日本語の意味は〈聞かなかったことにする〉だとトルーマン大統領に正しく訳されていたならば、原爆投下はなかった』と。『原爆なしでもあの八月のうちに日本は降伏していた』と……でも辞書には〈黙殺〉は、『侮蔑を込めた無視』、つまり『ハア?なーに言ってんの?よく聞こえなかったなあ、などと聞こえよがしに言うこと』だと書いてあるんですけどね。それが正しい意味だし首相はそうしたんですが、でも戦後の日本人は深く考えようとせず、歴史修正主義者の嘘を受け入れた」

 

「うん、まあ……」

 

「トルーマンは実際には、ポツダム宣言に日本が侮蔑で応えることを聞く前から知っていました。『黙殺』としか答えられない勧告だったし、〈モクサツ〉が『侮蔑を込めた無視』であるというのも知っていました。原爆を使わなければ絶対に、日本が降伏するはずがない。だからその前に『黙殺』と言わせなければならなかった。日本に都合のいいように歴史を歪める歴史家の言葉を鵜呑みにしてはいけない。あの戦争はモクサツにピカドンで応える以外の方法で終わらすことはできなかったとわからないならいつまでも日本は〈12歳児〉のまま」

 

「うん、まあ……」

 

「ガミラスに黙殺されたらどうするんです?」

 

「そりゃ、まあ……」

 

「撃つしかない」新見は言った。「そのときは撃つしかないでしょう。帝国時代の日本は天皇にすべての決定権があり、御前会議で天皇が『イエス』と言えばYESであり、『ノー』と言えばNOだった。だから、ポツダム宣言には、時の首相は『黙殺』と応えた。裕仁が『(ちん)は神だ』と叫んでいたから。神であるから奇跡が起きて、海に沈んだ〈大和〉がドーンと浮上してアメリカまで空飛んで行き、パナマ運河の門をドリルでブチ抜いてくれる。と、そういう話になってしまうからイエスともノーとも言えず『黙殺』と応える以外なくなってしまう。それでは……」

 

「撃つしかない」森は言った。「日本がそうならアメリカは原爆を落とさなければならないように、あたし達もガミラスを波動砲で撃たねばならないと言うの?」

 

「そう」と新見。「昭和の日本は原爆の投下なしには降伏しなかったでしょう。〈しない〉のではなく〈降伏できない〉。昭和裕仁を神とする限り日本は降伏できない――天皇が現人神(あらひとがみ)で三種の神器があるってことは、日本が絶体絶命となっても、〈天子様〉が〈勾玉(まがたま)〉を上にかざせばピカッと光ってドビュビューンと40メートルに巨大化し、シュワッチと叫んで空を飛び、〈鏡〉でなんでもハネ返して〈剣〉で戦艦でも空母でも、B-29爆撃機でもP-51戦闘機でも全部やっつけてくれるんだ、と。そういう理屈になるわけでしょう。これを信じると降伏できない。最後は必ずそうなるのだからそれを信じて待とうという話になって、国民みんながあの八月の初めにやっぱり、ドビュビュビュビュンのシュワッチが起きて勝つと思っていた。玉音放送を聞くときまで――昭和裕仁は長崎に原爆が落ちてソ連が侵攻してきたという報せを受けるそのときまで、ドビュビュビュビュンのシュワッチが必ず起きると叫んでいた。だから三種の神器だけを大切にした。なのにどうしてこれで日本が、ピカドンなしに降伏したなんてことが言えるのか」

 

「うん……」言って森は自分の右腕をさすった。「ガミラスが黙殺すれば……」

 

「敵は昭和裕仁ということ」新見は言った。「あるいは、松本智津夫か……」



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目標

「古代進」

 

「はい確認。どうもお疲れ様でした」

 

認識票を返される。航空隊の管理室だ。

 

念のために聞いてみた。「もうおれ、休んでいいんだよね」

 

「はい。次の当直時間までは自由です。お休みください」

 

つっても、これを読まなきゃいけないんだよな……と、結城から渡された重いファイルを抱え直して考える。

 

古代は隊の部屋を出た。さてどうしよう。〈娯楽室〉とやらいうところでも行ってみるかと思った。確か、木星のイオやガニメデといった衛星や、火星の基地にあるのと似た施設が、この〈ヤマト〉の艦内にもあったはずだ。

 

〈ヴァーチャル・リゾート〉とでもいったか、中に入ると壁の全周に山や海辺の風景がプラネタリウムのように投影され、そこにいる気になれるというやつ。で、デッキチェアに座って本など読めるとか。

 

そんな施設がこの艦内にもあったはずだ。そこでこいつを読むとするかと思った。読めるかどうかもわからないが……。

 

しかし一体どう行きゃいいんだ。ええと、と思いながら通路を進んで角を曲がる。

 

そこで古代はその先にいた人間とあやうくぶつかりそうになった。

 

「おっと」

 

とその相手。古代はつい先日に、同じように人とぶつかりかけたことを思い出した。そのときに聞いた声と同じだった。

 

軍の制帽にピーコート。そして顔に白いヒゲ。

 

沖田だった。古代を見て『おや』という顔をする。

 

古代は慌てて直立不動し、胸に手を当てる敬礼をした。

 

「ああ、いい。そんなことせんで」沖田は言って、それから、「古代。お前、いま何をしとる」

 

「は? いえその、別に……娯楽室にでも行こうかと……」

 

「ほう。一緒に行っていいか」

 

「は?」とまた言った。応えるしかない。「ええ、構いませんが……」

 

「うむ」

 

と言った。古代が歩くとついてくる。妙なことになったと思った。

 

「ときに古代。その抱えとるものはなんだ」

 

「これですか。『読め』と命じられたもので……」

 

「誰がそんなことを言った。そんなものは読まんでいい」

 

「は?」今度こそ面食らった。「いや、そんな」

 

「艦長のわしがいいと言っとるんだから、そんなものは読まんでいいのだ」

 

「はあ……」

 

と言った。しかし、と思う。艦長にそう言われたと森や結城に言えるのか。

 

けれど沖田は続けて言う。「古代よ。目先の障害物に(とら)われるな。もっと人生は遠くから眺めるもんだ。お前には青春を懸けるような目標というものはないのか」

 

「目標ですか」

 

古代は言った。ある。あると言えばあると思った。兄さんが『見る』と言った〈でっかい海苔巻き〉。天の河銀河全体を広く見渡す場所まで行って、眼で見てくる。

 

それがおれの目標だ。幸いにしてこの〈ヤマト〉は、兄が言っていたことがちょうどできる方向へと進んでいる。マゼランへは銀河の中心部(バルジ)を横目に過ぎてくことになるから、そこで銀河を視野一杯に見られるだろう。

 

それで目標達成だ。達成だけど、けどなあと思った。そんなこと、それこそこの人類を救う船である〈ヤマト〉の士官が言うことじゃないよなあ。

 

理想だけじゃ人はついてきてくれない。現実はシビアなもんだろう。森や結城や山本に言ったら、『それじゃダメ』と言われるんじゃないか。

 

考えてると、沖田は言う。「まあ、わしにまかせておけ。わしはお前より長く生きとる」

 

「はあ」

 

と言った。しかしこの人、おれがこれから娯楽室に行くのについて来ようとしてるとこなんじゃないのか。

 

これでいいのかなあと思っているうちに、行く手に〈艦内娯楽室〉への(みち)を示すサインが見えた。



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タコに食われると思ったからだ

「コロンブスの航海で、船員が反乱を起こした話があるでしょう」

 

と目の前に座る男が言うのを、結城は『おや』と思って聞いた。『反乱』などという言葉を冗談にでも口にする者がいたら注意せよと命じられている。

 

手元のタブレットに眼を落とした。《藪助治一等機関士》の名前がある。

 

船務科の相談室だ。外宇宙への航海を始めるにあたって、クルー全員のメンタルチェックを行う。いま結城がこの機関員と差し向いになっているのは彼が自分に割り当てられた人員のうちのひとりだからだが、

 

その藪が言う。「お話ではよく、船員達はみんな地球は平らなんだと思っていた。海は先で落ちてると思っていたから反乱した。なんてことになっているけど違うんだよ。だったらそもそも最初から、そんな船に乗るわけないじゃん。船に乗ってりゃ海面が丸くたわんでいるのはわかるんだから船乗りは、世界は大きな玉なんだと考えていた。コロンブスに反乱したのは神の怒りを恐れたからだ」

 

「神の怒り?」

 

「うん」と言った。「コロンブスはジパングまで十日(とおか)の距離とかなんとか言って船員達を騙していた。でも本当はその倍かかると思っていたし、それどころか三十日四十日と経っても全然陸地が見えない。そのうえにサルガッソーに捕まって先に進めなくなってしまった。で、船員は考えたんだ。『これは神の警告だ』って。神は世界を丸く造りはしたのだろうが人には平らと思わせておきたい考えなんだ。だから船で西回りに東に行くのを許さない。引き返さねば神の怒りに触れてしまう、と……」

 

「タコですね」結城は言った。「〈サルガッソー〉と言えばタコでしょ。でっかいタコに捕まって船ごと食われる。そう考えて反乱した!」

 

「笑いたきゃ笑えよ」

 

「あ……」と言った。「ごめんなさい」

 

「いや……でもまあ、そういうことだよ。大ダコに捕まって食われると思ったから反乱したんだ」

 

「あははは」

 

と結城は笑った。藪もちょっとだけ笑顔を見せたが、

 

「こんな航海がほんとにうまく行くと思う?」

 

「それを言われると困るんですけど」

 

「そうでしょ。なんだか地球では、〈イスカンダル〉はマゼランにあるって話が広まってるみたいだけど」

 

「らしいですね」

 

「おれも交信で親に言われた。マゼランじゃなくアンドロメダに行く話になってたけどね。『本当か』って」

 

「なんて応えたんですか?」

 

「だから、『機密だ。言えない』だよ。とにかく、地球じゃかなり話が漏れちまってる。で、言ってる人間もいる。〈イスカンダル〉は一体どういうつもりなんだ。なぜ『コスモクリーナーを取りに来い』なんてことをするんだ。『〈地球人を試す〉なんていうのは理由にならないだろう』と」

 

「うーん、やっぱり、そういうことを言う人間も出ますかねえ」

 

「そうだろう。で、はっきり言うけれど、その考えは決しておかしくないと思うよ」

 

「それはまあ」

 

「地球人に〈コア〉を渡すが〈コスモクリーナー〉は渡さない。『欲しけりゃ取りに来い』と言う……〈イスカンダル〉がそんなことをやる理由はひとつしか考えられない。『地球人を試すため』なんていうバカげた理由じゃもちろんない」

 

藪は言った。それから続けて、

 

「波動砲だ。地球人に〈コア〉を渡せば必ず波動砲を造る。ガミラスには造れぬらしい波動砲を、地球人なら造って船に取りつけられる。〈イスカンダル〉は宇宙のアレキサンダーなんだろ。〈大王様〉は地球人に波動砲を造らせ持って来させたかった。こんなことをやる理由はそれ以外に考えられない……そんなふうに言う者もいる」

 

「ええまあ」

 

「はっきり言うけど、おれはその考えは決しておかしくないと思うよ」



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滝壺

ドアを開けると、凄まじい轟音。そして振動が身を包んだ。古代は驚き、抱えていたファイルを落としそうになった。

 

音と振動。そして煙だ。充満する白い煙――しかしおかしい。火を燃やして出る煙とは何かが違うように思える。

 

その向こうに何か霞んで見えるもの。人だった。白地に赤と青コードの船内服を着たふたりの人間が、並んで置かれたデッキチェアをリクライニングさせて寝転ぶように座っていたのだ。古代に気づいたらしく何やら声を上げる。

 

だが聞こえない。周囲の轟音に声は完全にかき消されていた。

 

――と思ったら、青コードの服の男がデッキチェアの肘掛けにある何かの機械を操作する。

 

途端に音と振動は()んだ。青服の男は副長の真田だった。もうひとり、赤コードの男は徳川機関長。

 

「おお艦長。それに古代か。いいところに来たな。いま真田君が、この部屋の説明をしてくれてたんだ」

 

徳川が言った。沖田は「ほう」とそれに応えて、

 

「わしらも一緒にいいかね」

 

「もちろんだ。ちょうど椅子も四つあるしな」

 

言って横を指し示す。デッキチェアはなるほど四つ並んでおり、うちふたつは空いていた。

 

どうやら古代も付き合わなければならない状況のようだった。戸惑いながらもいちばん端のデッキチェアに腰を下ろす。

 

そうして前にあるものを見た。それでようやく、それがなんであるのかわかった。

 

滝だ。〈ヴァーチャル・リゾート〉の全周投影像なのだ。本物と見分けがつかないほどに精緻に再現された光景。それが今は滝を映していたのだった。

 

それも、途轍もない大瀑布。眼前に崖がそびえ立ち、水がドウドウと落ちている。

 

しかし、なんという大きさだろう。水の落差は百メートルもありそうだった。そしてまた、横にも広い。右を向いても左を向いてもずっとさきへ続いていて、水煙(みずけむり)で果てがどこにあるのか見えない。

 

滝がそこまで巨大であるため、自分の周りにあるのが何かすぐにはわからなかったのだ。

 

煙のように見えたものは水煙だった。デッキチェアが並ぶ床の周りは滝壺となっており、煮え立った鍋のように水が沸き返っている。その上に散る細かなしぶきの煙。

 

陽の光にキラキラ輝き、古代の頭上に虹の橋を渡していた。古代はただ首をまわして周囲を見るばかりだった。とても本当はごく狭い部屋の中とは思えない。

 

「本当にここにいたらビショ濡れですがね」と真田が言う。「〈悪魔の喉笛〉と呼ばれる滝です。南米にある世界最大の〈イグアスの滝〉。落差80メートル。幅4キロのU字型の崖に大小270という数の滝が(つら)なって落ちている。〈悪魔の喉笛〉とはその中心部――銀河で言う〈バルジ〉ということになりますか」

 

「ほほう」

 

と沖田。真田がまた肘掛けの機械を操ると、周囲の景色が切り替わった。同じ滝をやや離れた遠くから鳥瞰(ちょうかん)するものとなる。

 

真田は続けて、

 

「この滝は、まるで天の河銀河です。全体を見られる場所は地上にないので、一望(いちぼう)するには空に上がらなければならない。ガミラスが来る前には遊覧タッドポールなんてものがあったようですが……」

 

「ほほう」

 

と徳川。古代もまた眼前に映し出される光景をただ圧倒されて見た。

 

真田が言う通り、それはまさに銀河だった。そうでなければ巨大なピザだ。丸いピザから何切れか取って歯抜けになったものからどろどろと皿にチーズが流れ落ちるようすをそれにたかろうとするハエになって見るようだった。

 

その中心にさっき古代が立たされた滝壺――真田が〈悪魔の喉笛〉と呼んだものがあり、水煙を巻き上げている。

 

そのせいでよく見えもしない。まさに銀河の中心部。〈バルジ〉と呼ばれる領域に見えた。そこから銀河の腕のように、ピザのチーズが溢れて皿を満たすように、渦巻く水が川の流れを作っていくようすが見える。

 

見えるが、やはり地上にいては、何もわからないだろう。それはあまりに巨大に過ぎるのもわかった。鳥の視線を持たなければ、全体像を把握できるようなもので有り得ない。

 

これだ、と思った。これが(まもる)兄さんが『見る』と言っていたものだ。

 

〈でっかい海苔巻き〉。これがそうだ。天の河銀河系。この大滝を鳥になって眺めるように、銀河系を一望できる場所まで行って見てきてやる。

 

それが兄の言ってたことだ。ガミラスの侵略前に言っていた。この滝よりもさらにさらにでっかい海苔巻き。

 

直径十万光年の途轍もなく巨大な海苔巻き。それを最初に見る人間になってやるんだ。いつもそう言っていた。それが兄の望みだった。おれはそいつを代わりに遂げてやることができれば――。

 

そうだ、それでいい。おれはそれができればいい――古代は思った。そこで沖田が、

 

「うむ。滝なんていうものは、このくらい遠くから眺めてちょうど良いものだ」

 

「とにかく、なかなかのものでしょう。その他、〈絶景〉と呼ばれるものは、これで大抵見ることができます。ボリビアの〈ウユニ塩湖〉にベトナムの〈ハノン湾〉。中国の〈張掖丹霞(ちょうえきたんか)〉というやつなんかも……」

 

「ああいや、今日はこれでいい。しかし、どこのなんだって言った?」

 

「イグアスの滝。南アメリカ、ブラジルとアルゼンチンの国境です」

 

「と言うと、日本のちょうど反対くらいか」

 

「そうですね。夜にはマゼラン星雲が見れる……」

 

また機械を操作した。すると景色は、同じ場所の夜景に変わった。満月光に滝が照らされ、空は一面の星空となる。

 

さっきまで虹がかかっていた空に、天の河が代わりに白く横切って見える。滝の上に一際(ひときわ)明るく輝いている星が見えた。

 

真田がそれを指差して、

 

「あれが〈アルファ・ケンタウリ〉。地球からいちばん近い太陽系外恒星です。我々は明日にもあれをもっと明るく見る場所に行き、すぐ後ろに遠ざけてしまう。その近くに四つあるのが南十字星ですが、それもすぐ十字には見えなくなる……」

 

「うむ」

 

「で、さらにその横になんだか赤く、打上花火が消えずに光っているようなのがあるでしょう。あれが〈イータ・カリーナ星団〉。地球で見える最も大きく明るい散光星雲です。別名〈オクトパス星団〉……」

 

「タコってことか」

 

「ええ、宇宙の大ダコですね。地球から八千光年。〈ヤマト〉はしばらくあのタコを斜め前に眺めながら宇宙を進むことになります。一日当たりのワープ距離を伸ばすたびにあのタコがどんどん大きく見えるようになっていく」

 

「ふうん。そいつは楽しみだな」

 

「ええ。あのタコを越えた辺りで、我々は天の河銀河を視野一杯に眺め見ることになるでしょう。あいつが言ってた〈でっかい海苔巻き〉……」

 

え?と思った。古代は横を見やったが、真田は沖田の顔を見て話しているわけではなく、投影された景観に眼を向けていた。だから古代には横顔しか見えない。

 

「イスカンダルの目的がたとえなんであるにしても、わしらにとっては力を試される航海になる」徳川が言った。「だが、サーシャは『星は〈命の(やかた)〉』と言った……」

 

「うむ」と沖田。

 

「真田君」徳川は続けて、「君はさっき言っていたな。人類はこの〈イグアスの滝〉も血で汚したことがあると……」

 

「はい。18世紀です。〈イグアス〉とはこの地にいた先住民グアラニー族の言葉で〈壮大な水〉という意味だそうですが、入植したスペイン人はそのグアラニーを奴隷にし、南米各地で砂金採りなどやらせていました。スペイン王の部屋を金ピカにするだけのために……」

 

「それも結局はマゼランのためということになるのか」

 

「そうですね。その一方で、グアラニー族を救おうとしたのがキリスト教のイエズス会。フランシスコ・ザビエルが作った宗派です。世界に〈愛〉を広めようとし、民を奴隷化する者には武器を取って戦った。たとえ敗けるとわかっている戦いでも……」

 

「この滝を戦場にして戦い、敗けたと?」徳川が言う。「サーシャが地球のために命を懸けてくれたようにか」

 

「ええ。そう言っていいかもしれない」

 

「ふうむ。しかし日本人も、同じことをやっている。昭和裕仁に捧げるために、〈エメラルドの首飾り〉を奪おうとした……」

 

「マゼランがマクタン島でやったことです」

 

「どういうことなのだろうな。サーシャはやはり、わしらを試すつもりだったのだろうか。しかし、まかり間違えば……」

 

何を話してるんだろう。そう思いながら古代はふたりの顔を見ていた。真田も徳川も互いの顔を見ることはなく、眼は投影されている〈壮大な水〉の光景に向けたままだ。

 

が、そこで徳川が、古代の視線に気づいたように眼を向けてきた。そして言う。

 

「ああ、そうか。君は何も知らなかったな」

 

「ええ……」

 

「わしら三人は、生きてるサーシャに会ってるんだ。君は〈コア〉だけでなく、〈彼女〉の遺体もここに届けてくれたのだった。あらためてその礼を言わねばならん」

 

「うむ」と沖田。真田も首を頷かせる。

 

徳川は続けて、「わしは〈メ号作戦〉で、〈きりしま〉のエンジンをいじっとった。〈彼女〉はあの戦いの後、わしらが地球に戻る途中で船の前に現れたのだ。そして自分はエウス、ええと、なんだっけ……」

 

「エウスカレリア」と真田。

 

「それの遣いだと名乗った。わしはその時、〈彼女〉の話を(じか)に聞いた。そこにいる艦長や他の何人かと一緒にな。その時には、〈コスモクリーナー〉はすぐにでも地球に提供される話のように思えたが、しかしその後、いつの間にか、『〈コア〉をやるからワープ船を建造してマゼランまで』という話に変わっていた。そのいきさつについては知らん」

 

「なんですって?」真田が言った。「待ってください。そんな話はいま初めて聞きました。〈彼女〉はわたしには……」

 

「なんと言っていたんだ」

 

「いえ……『できるなら〈コア〉でなく〈コスモクリーナー〉を渡したかったができなかった』というようにだけ……」

 

「ふむ。『話が合わない』というわけでもなさそうだな。〈彼女〉は元々は、地球に〈コスモクリーナー〉をすぐに渡す考えでいたのか?」

 

「そういうことなんでしょうか。艦長……」

 

言って真田は沖田を見たが、

 

「いや、わしも徳川君と同じようにしか知らん」

 

「それでは……」

 

と真田が言う。そこで古代は、

 

「あの」と言った。三人のうち、赤コードの服の老人に眼を向ける。「徳川機関長」

 

「ん? なんだ?」

 

「質問してよろしいでしょうか」

 

「いいよ。なんだね」

 

「今〈メ号作戦〉で〈きりしま〉に乗っておられたと言いましたね」

 

「ああ。それで〈彼女〉に会った……」

 

「聞きたいのはそれじゃありません」古代は言った。「兄のことです」

 

「アニ?」

 

と言った。『〈アニ〉ってなんだろ。杏仁(あんにん)豆腐か何かのことかな』、とでもいうような顔をしていた。

 

「兄です。おれの兄さん……」

 

古代は言った。徳川の顔を見ていたが、その向こうで沖田の肩がピクリと動くのが目の隅に写った。

 

「知っているなら教えてください。おれの兄貴はどうして死んだんですか」



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地球の裏よりさらに遠く

「地球で日本の真裏っ側に世界最大の滝〈イグアス〉があるけど、行くのは大変だ。直行便があった(ためし)はないんだから、日本人が見ようとしたらかなり遠回りしなけりゃならない――つまりイグアスは、日本人にとって〈地球の裏よりさらに遠くにある滝〉ということになる」

 

太田が言った。まだ〈ヤマト〉の作戦室だ。

 

「〈イグアス〉とは先住民グアラニーの言葉で〈壮大な水〉――〈日本〉は〈()(もと)〉の意味だけど、〈ニホン〉〈ニッポン〉て読む他に〈ジッポン〉という読み方が昔はあったと言われている。〈日〉の字を〈ジツ〉と読んで〈日本(ジッポン)〉。〈先日〉とか〈翌日〉のジツだね。それが西に伝わって〈ジパング〉になり、英語の〈ジャパン〉やフランス語の〈ジュポン〉になった」

 

「そうなの?」と森が言うと、

 

「いや、『なのかも』という説があるだけだけど」

 

「なんだ」

 

「とにかく、マゼランもコロンブスも、世界を一周しようとしたんじゃなくて、日本に行って帰ってこようとしたんだね。スペインは世界の西の果ての国、日本は東の果ての国。〈ワープ〉とは元々〈紙を丸める〉というような意味の言葉であり、つまり地図を丸めてみれば、スペインから日本へは西へ行くのが近いはずじゃん。西回りに東に行く、これを〈ワープ航法〉と呼ぼう!と」

 

「言ってないよね」

 

「言ってないけど、そういう考えだった。ところがそれは大間違いで、日本は地球の裏よりもさらに遠くにある国だった。ヨーロッパの真裏にあるのはニュージーランドだけど、日本へは船で行くならどうしてもそれ以上に大きく遠回りすることになる。東回りならマラッカ海峡、北回りならベーリング海峡を抜けて……」

 

南部が言う。「〈ベーリング〉に〈マラッカ〉ってお菓子の名前になりそうだな」

 

「うん。とにかくどう行こうとも三万キロの航海になる。地球半周は二万キロなのに……けれどマゼランは、どこかにジパングにワープして行ける道があるはずと考えていた。実はコロンブスのすぐ後に、パナマ辺りの陸地を歩いて『向こう側の海を見てきた』なんて報告してる人間もいるんだね。だからマゼランはアメリカは〈大陸〉だとは思ってなかった。神が西と東を分ける境界線として造った細い土手のようなもので、そのどこかに船が抜けられる海峡がある、と」

 

島が言う。「神は人がワープできるか試してるのにちがいない、と」

 

「そう。アメリカが瓢箪(ひょうたん)形をしてるなんて知るはずもない。南米はパナマの先でまた広くなっていて、イグアスの滝とアンデス山脈があった。マゼランは海峡たずねて三千里も海を行かなきゃならなかった。赤道無風帯を抜けると風は向かい風になっていて、南へ行けば行くほど波は荒くなる。吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度……やっと見つけた海峡はまるでイグアス大瀑布の滝壺みたいなところだった。そこを抜けるのに一ヵ月……」

 

「何が言いたいんです?」

 

と新見が言う。太田はそれに応えて言った。

 

「だから、着いたときよりも、まずはそこまで行く心配をするべきだということさ。ぼくらはこの旅で、〈宇宙のマゼラン海峡〉を見つけてそこを抜けなきゃならなくなるかもしれない。そこは〈悪魔の喉笛〉なのかもしれないということ……」



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詰問

「君の兄か。あれは立派な最期だった」

 

と徳川が言う。対して古代は言った。

 

「そんな言葉が聞きたいのではありません。おれの兄貴は……」

 

「まあ待て。そうか。君は真相を知らんのだったな」徳川は言って、沖田を見やった。「どうだろう。彼は事実を知る権利があると思うが」

 

沖田は応えず、ただ小さく頷き返した。

 

「わしの口から言っていいのか」

 

「すまん」

 

とただ一言(ひとこと)言った。すると横で真田が、

 

「その……」

 

「ああ、真田君も知るべきだろう。〈ゆきかぜ〉がなぜ敵に向かっていったかの話は、別に元々機密というわけでもなかった。世間の方で勝手に騒いで憶測が乱れ飛んでしまったために、事実を伏せねばならなくなってしまっただけだ。話が愚かな人間を刺激するのも明らかだったしな」

 

「それで皆が口をつぐんだ? なんとなくわかりますが……」

 

真田は言いながら古代を見てくる。古代も目で頷きながら、どうやらこの副長も詳しい事実は知らなかったようだなと思った。

 

それに、古代にもなんとなくわかった。この件では憶測が確かに乱れ飛んでいた。軍の中には『その艦長は旗艦を逃がすために盾になったのだろう。立派な最期だ』と言う者もいれば、『一隻だけが向かって行ってなんになる。捕虜になって自分だけ生きようとしたのじゃないか』などと言う者もいた。

 

その他たくさんの説を聞いたが、どれもがみんなバカらしかった。だから思った。その提督は本来ならば行かすべきでない最後の(とも)を突っ込ませ、自分は逃げてきたのかもしれない。そして『戦場は物事が思い通りに行く場所でない』と言い訳にならぬ言い訳をしているらしい……しかし、それがなんだと言うのだ、と。

 

どうせ人類は滅ぶんだろう。〈メ号作戦〉なんてもの、どうせ元々勝ち目などなかった戦いなのだろう。だから言ってもしょうがない、と。その最後の僚艦が自分の兄の船とは知らずに。

 

しかし、そうは考えない者もいた。軍はまだいい。地下の一般市民の中には降伏論者やガミラス教徒などと呼ばれる者達がいて、もっとはるかにイカレたことをてんでに(わめ)き立てていた。何を言っても嘘だとされて、カルトに走る人間を増やすだけのことならば、何も公表しないのが最善の道ということになる。

 

その理屈はわからなくもないことだった。だが、その時その場にいて、真相を知る人物が、今は仲間であるおれにそれを話してくれるという。

 

ならばそれがどんなものであれ、おれは受け入れられるのだろうか。わからない。聞いてみるしかないと思った。古代は横で聞いている沖田の顔を窺いながら、徳川が話を始めるのを待った。

 

徳川はしばらくどのように話そうか考える顔をしていたが、やがて口を開いて言った。

 

「〈ゆきかぜ〉の最期についてはいろいろと言われているな。最後に二隻残ったならば、本来ならば二隻ともに退却するか、二隻で特攻するのがスジだ。なのにどうして一隻が行って、旗艦だけが戻ったか」

 

「ええ」

 

「あのとき、艦長――いや、沖田提督は、『退()こう』と君の兄に言った。共に地球に戻ろう、とな。だが君の兄は命令を拒んだ。『イヤだ。それはできない』と言って、〈ゆきかぜ〉だけで突っ込んでいった」

 

「え?」と言った。「でも……」

 

「『それは立派な最期じゃない』と思うかね。そうかもしれん。彼は最後に、『それでは先に死んだ者に申し訳が立たない』と言った。『こうなったならひとりでも多く敵を道連れにして死ぬ』とも言った。そうだ。それは犬死にだ。〈ゆきかぜ〉が敵を討てる望みなど万にひとつも有り得なかった」

 

「それは」

 

と言った。しかし思った。同じだ、と。それはあのときおれが考えたことと同じだ。冥王星で、〈魔女〉へと続く道を辿(たど)っておれが考えたことと同じだ、と。

 

『いいさ、ここで死んでやる』――あのときそう思った。別に〈魔女〉――ビーム砲台の(もと)にまで着けなくても構わない。おれはここで死んでやると思った。ここで死なねば、おれが荷物運びをしていた間に死んだ者らに申し訳が立たないのだから――。

 

そう思った。だが、とも思う。それが結局、おれの代わりにひとり死なせることになった。身代わりになってミサイルを受けて、死んでいったタイガー隊員。

 

さっき写真を手に取って見るまで、顔も名前も知らなかったおれの部下だ。

 

「ミサイル艦に乗る者達は、元より誰も地球に生きて帰ろうなどと考えていなかった」

 

と徳川は続けて言う。

 

「あの戦いに勝てたなら、海が凍るのを止められて、南極の氷を解かして女と子らに与えられる。それで十年、滅亡の日を遠ざけられる……そう言われていた。それができる最後のチャンスがあの戦いだったのだ。だから君の兄にしても、ミサイルを射つことなしには決して帰らぬ覚悟だった――しかしそれだけではない。理由はもうひとつあった」

 

「は?」と今度は真田が言った。「ええと、〈コア〉のことでしょうか」

 

「うん? ああ、そうか。君にはそう言っていたかもしれんな」

 

徳川は言った。『君には』? なんのことだろうと古代は聞いて思ったが、しかし老人は続けて言う。

 

「それもあったかもしれないが、しかしわしがここで言うのはそれではない。君は知らなかったかもしれんが、『スタンレーには魔女がいる』と最初に言ったのはあの古代だ。『冥王星には罠がある。おそらくビーム砲台だろう。近づいたなら一撃に船は沈められてしまう』と……」

 

「は?」と真田はまた言った。「いや、ちょっと待ってください。だったらなおさら……」

 

「どうして向かって行ったのか。いや、『だからこそ』なのだよ。ミサイル艦に乗る者達は、それを聞いてみな言っていた。『ならばそいつにおれの艦が撃たれてやる』と。〈魔女〉がどこからどう地球の船を撃つ気でいるにせよ、一隻が犠牲になれば見てわかるだろう。だから自分がその犠牲になってやる、と、そういう考えだった。〈魔女〉が鏡を持ってるなんて、あのときはまさか知る(よし)もなかったからな」

 

「それじゃあ……」

 

「そうだ。あいつは艦長に――沖田提督に見せる気でいたのかもしれん。〈きりしま〉はたとえ作戦が失敗してもデータを採って持ち帰る任を背負わされていた。古代のやつは〈魔女〉の居場所を教える気でいたのかもしれん。そこまでならばたどり着けるかもしれないと……」

 

「それは」

 

とまた古代は言った。同じだ、とまた思った。それは同じだ。あのときに、加藤や山本と交わした言葉と同じ。

 

〈魔女〉にめがけて核を射つとき、おれが一番で山本が二番。と、そのときに山本は言った。『隊長のあなたは失敗してもいい。データを元に自分が次に』と。しかしそれは……。

 

犠牲を覚悟の道だと言った。しかしそういうものだと言った。〈アルファー・ワン〉のおれに死ぬのは許されず、死んでいいのは……。

 

「嘘だ」と言った。「そんなの嘘だ」

 

「え?」

 

と真田。『何を言うのか』という眼を古代に向けてくる。

 

そうだ、と思った。何を言ってる。おれは何を言ってるんだと古代は思った。けれども言った。

 

「艦長、どうして兄さんを連れ帰ってくれなかったんですか」

 

「え?」

 

と今度は徳川が言った。真田同様に『何を』という顔をする。

 

そうだ。おれはいま何を。何をスジの通らないこと言ったんだと古代は思った。違う。おれはそんなこと言おうとしたんじゃないだろう。

 

だが、出なかった。『間違い』だとか『取り消し』という言葉が口から出ない。

 

それどころか、古代は感じた。口を開けば、言ってしまうだろう。同じ言葉を。

 

どうしてだ。どうしておれの兄さんを連れ帰ってくれなかった。そう言ってしまうだろう。それを止められないだろう。なんで(まもる)兄さんを死なせ、あんたはそこで生きてるんだ。そう叫んでしまうに違いないことを、脳ではなく心臓で古代は感じ取っていた。

 

だから古代はそれ以上、何も言えずに黙っていた。沖田も黙って目の前に投影された像を見ていた。イグアスの滝。その夜景。〈悪魔の喉笛〉と呼ばれる滝の上で輝くいくつかの星々。

 

しばらくして沖田はデッキチェアを降りた。古代に背を向けて立つ。

 

「すまん」

 

一言(ひとこと)言った。そして部屋を出て行った。



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藪助治の憂鬱

「エウスカレリア」

 

藪は言った。〈ヤマト〉船務科の相談室だ。

 

「〈イスカンダル〉のそれが正しい星の名前だと言うんだね。ただし地球人が正確に発音するのは難しい。日本人が聞けばそうなるかもだけど、英語を話す人間ならば〈イースカンディ〉とでもなるかもしれない。サーシャが〈イスカンダル〉をコードネームにしたのには、〈インドへの旅〉を意味するという他に元々読みが似てるという理由もあった……」

 

「そう」と結城。「さらに言えば、〈イスカンダル〉は古代インド語でアレキサンダー大王のこと、なんて言うけれど、昔のインド人がそれをどう発音してたかわかってるわけじゃありません。わかるはずもないこと……」

 

誰も録音装置を持ってタイムマシンで古代インドにまで行って、人が話す声を録ってきたのじゃないのだからだ。「うん、そりゃそうだ」と藪は応えて、それから、

 

「まあいい。〈イスカンダル〉でいこう。おれの親はイスカンダルは全宇宙をバラバラに壊してしまう計画なんだと本気で信じてるみたいだった。そんなこと言ってるやつが地球に結構いるのは知ってる?」

 

「もちろん。〈SML団〉団とか、〈S〇S団〉とか……」

 

「それだよ。おれの両親は、その手のやつにどうも入っちゃってるらしい」

 

「それは……なんて言うか……」

 

「イカレてるよな」

 

藪は言った。地球では波動砲の研究はかなり以前からされており、『完成すれば冥王星くらいの星は一撃に吹き飛ばせるのじゃないか』と早くから言われたが、その当時に結成されてガミラスの侵略により勢力を増した団体がいくつもあった。

 

それがその結城の言う〈SML団〉団とか、〈S(マル)S団〉とかいうものだ。〈SML〉とは『正義の味方LOVE』の略であるとかいう。なんで『ラブ』だけ英語なのかは不明だし、『エスマルエス』とは何かはもっと不明だが、他にも無数の集団がある。あの交信で知ったことだが、そのひとつに藪の父母は入団してるようなのだった。

 

彼らは叫ぶ。このままではセカイが終わる――すなわち、全宇宙が引き裂かれる。我らがそれを止めるのだ、と。

 

そして言うのが波動砲だ。『冥王星を吹き飛ばす力がある』と彼らは聞いてすぐさま言った。『なら、十発も撃ったなら、全宇宙が裂ける計算になりますね。決して造ってはなりません』と。

 

聞いて『はん?』と学者は応えた。『冥王星はごくちっぽけな星ですよ。宇宙というのがどれだけ広いか……』

 

『いいえ、ダメです!』と、ナントヤラ団の団長であるナントヤラ春樹とか春美とかいう名の人物。『ワタシが学んだところによれば、波動砲で冥王星を撃てば宇宙が消滅します。○○大学の××博士がそう唱えているのです。決して造ってはなりません』

 

『その博士は何を根拠に……』

 

『「何を根拠に」ですって。アナタ、バカですか。冥王星を一撃に壊す力があるんですよ。十発撃ったら宇宙が全部裂けるのは、学者じゃなくてもわかりそうなもんでしょうが。都知事の原口祐太郎も「撃っていいのは五発までだ」と言っていた!』

 

『冥王星十個が宇宙全体に相当すると……』

 

『そういうことを言ってるんじゃないですよ。その力は人類が手にしてならない力だということですよ。だから冥王星を撃てば、全宇宙が消滅する。どうしてこんな当然のことがわからない人がいるのかなあ』

 

藪の親は藪がオモチャの拳銃を買えば、『それを持ったら将来必ず銀行強盗をすることになる』と(わめ)き散らしてそのあまり、失神して寝込んでしまう人間だった。藪から見れは毎日同じ内容としか思えぬテレビの番組を眺め、宇宙人とか未来人とか異世界人とか超能力者が出るとすぐさまチャンネルを変える。そうした普通の人間が好むものに興味がないのだ。自分ら夫婦が毎日を何も変えずに過ごすことが世界の安定を維持するとでも考えているらしく、キャベツの値段が上がったとか下がったという程度のことで『この世が終わる。終わってしまう』とオロオロうろたえていた。

 

同じような人間が地球にたくさんいるのだろう。ひとりが言えば皆が『そうだそうだ』と言うのだ。『波動砲は撃てば宇宙を消滅させる。イスカンダルの目的はそれだ。地球人に波動砲を造らせて、自分の星に持って来させる。それが彼らの計画なんだ』と。

 

だってそうだろ。話がそもそもおかしいじゃないか。地球人類を救うためなら〈コスモクリーナー〉とやらを持ってくればいいのに、なんで『波動エンジンの技術をやるから』なんて言うんだ。技術を渡せば波動砲を造るとわかるはずなのに、彼らはそうは考えなかったとでも言うのか。

 

〈ヤマト〉がたどり着いたとして、イスカンダルの人間がもし言ったらおかしいぞ。『なぜです。どうしてあなた方はそれを造ってしまったのです』なんてなことを。そうだろう。

 

それはそこらのいじめっ子が、いじめ相手の鍵を奪って家に帰れなくさせてから、マンガでも万引させて現物を受け取り、『お前はなんてことをしたんだ。盗みは犯罪だぞ』などと言うのと同じだ。もちろん最初から、それが目的ということでしょう。

 

『そうなりますよね。違いますか』と〈S(マル)S団〉の団長は言った。地球人類を救うためなら、変なことせず最初から〈コスモクリーナー〉をくれればいい。なのにそうせずこんなことをやるというのは、地球人に波動砲を造らすのが目的という以外に考えることができないのです。

 

イスカンダルの波動砲は全宇宙を壊します。地球に使者を送った者はそれを眺めて楽しみながら自分も死ぬ気なのかもしれない。〈ヤマト〉をそこに行かすのは、恐るべき狂人の野望を叶えることになる――。

 

「イカレてるよな」

 

と藪はまた言った。

 

「自分達が世界を救う。世界を救える人間でいたい。自分に宇宙をまるごと変える力があると思っていたい。自分達の活動だけがセカイを護れるということにして、社会とは向き合わない。都合の悪いことは聞かない。見たいものしか見ない……」

 

「ええ」と結城。「でも言っていることに、スジが通っている部分もあるんですよね」

 

「それが厄介なんだよな。ひょっとしてイスカンダルの人間が、本当にいじめっ子みたいなやつだというのも考えられなくはない。波動砲を造らせといて難癖(なんくせ)をつけ、『非武装船で来たのでないならタダにしない。コスモクリーナーの代金としてその技術を寄越しなさい』なんてなことを言う気じゃないとは……」

 

言い切れない。そう思った。そもそもそれが目的で、初めからガミラスとグルじゃないとは言い切れない。こんな話はむしろそういう疑いを持つべきだとすら思った。

 

波動砲。ガミラスに造れないならイスカンダルも、たぶん造れないのだろう。地球だけがどういうわけか、造る技術を持っている。イスカンダルの目的は、地球からそれを取り上げ独占すること……。

 

そう考えれば辻褄が合わない気がしなくもない。支配階層の人間が常に考えることでもある。

 

弱いものいじめを楽しみながら、教師の前では優等生。そんな人間が大人になって、のさばってきたのが人類社会だ。イスカンダルがもしもそんな星ならば、地球の中の優等生はむしろ地球を売るだろう。

 

イスカンダルがいじめっ子なら地球を売ろう。対価として高い地位を求めよう――そんなことを考える者が必ず出る。この〈ヤマト〉の艦内にさえ、いないものとは限らない。そんな人間を目敏(めざと)く見つけ、重用(ちょうよう)するのが人類中のエリートの〈セカイ〉なのだから。

 

そんなふうに藪は思った。目の前にいる船務科の子は、うーんと唸ってそれから言った。

 

「それならそれでいいんじゃないですか」

 

「『人類さえ助かれば』かい? そりゃそうかもしれないけどさ……」



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閉まる扉

古代はデッキチェアを降り、沖田の後を追おうとした。しかし扉は目の前で閉まる。

 

そこに再びヴァーチャル映像が投影されて、古代はひとり谷底に取り残されたように感じた。〈壮大な水〉が落ちると呼ばれるその渓谷はあまりに長く巨大なもので、滝壺から少しばかり離れたところで周囲が切り立つ断崖なのに変わりはない。古代の眼には自分のまわりを囲むものが現実の光景なのか合成された虚像か区別できなかった。

 

それでもよく見れば、出口を示す標識と扉の開閉装置らしきものがある。古代も部屋を出ようとして、しかしそこで足を止めた。

 

振り返ると、徳川と真田が自分を見ている。その向こうに〈悪魔の喉笛〉。

 

「その……」

 

と古代は言った。徳川と真田は何も応えずに互いの顔を見合わせていたが、やがて徳川が「さて」と言い、よっこらしょといった感じに立ち上がった。古代の方に歩いてくる。

 

「あの……」

 

と古代はまた言った。違うんです、おれがいま艦長に言った言葉は――そう言おうとしたのだけれど言葉が出ない。言ったとしてもその後にどう続ければいいのかわからない。

 

そんな古代に徳川は、

 

「わかっとるよ。(はず)みで言ったんだろ」

 

と言った。向こうで真田が頷いている。徳川は続けて、

 

「そういうもんだ。肉親に死なれるというのは理屈で割り切れるもんじゃない。『この戦争で大事な人を失くしたのはお前だけじゃない』などと言ったところで始まらないさ」

 

「いえ……」

 

と言った。そうじゃない。違うんですと言いたかった。おれが本当に言おうとしたのは――。

 

なんなんだろう。わからなかった。あんな言葉じゃないのは確かだ。しかし――。

 

わからない。だから何も言えないでいた。そこで「だがな」と徳川が言った。

 

「沖田艦長も、君と同じ気持ちなのだ。いつかそれがわかるときが来るだろう」

 

それだけ言って、扉を開けて出て行った。古代は何も言えずに見送る。

 

後に残るのは副長の真田。デッキチェアの上で『どうしたものだろうか』と考える顔で古代を見ている。

 

そうだ、この人ならば、と思った。なんだかずいぶん頭のいい人みたいじゃないか。きっとなんでもよくわかってて、人に教えてくれる人間なのに違いない。

 

今もそのコンピュータのような頭脳でこの出来事を数式に変え、演算して正しい答を(はじ)き出してくれるんだ。

 

で、言ってくれる。わかってるよ。キミの今の言動は心理学の用語で言うナントヤラのカントヤラで、沖田艦長に本当に言おうとしたのはペラペラペラペラペラペーラといったことであるのだが、しかしアレがコレしたために思いとは裏腹の言葉を口にしてしまったのだ。だがまあ、心配しなくてもいい。ワタシから艦長に話しておくから、とかなんとか。

 

古代はそう期待した。真田もデッキチェアを降り、古代の方に歩いてきた。脳の電子計算機がチーンと鳴ったようすは見えず、『サテどうしたものだろう』という表情を続けたままだ。

 

古代はそこで不安になった。ひょっとしてもうひとつ、軍隊ではよくある式の解決法を採る気だろうか。

 

『艦長に対してなんだ貴様の今の態度は! 姿勢を正せ! 歯ぁ食いしばれ! 根性入れ直してやる!』

 

と怒鳴って鉄拳制裁。副長てのはこんなとき、それをやるのが務めなのと違うのか。

 

それならそれで、という気もした。しかしそのどちらでもなかった。真田は古代の前で止まると、肩にぽんと手を置いてきた。

 

そして、ただそれだけだった。真田はすぐに手を離し、扉を開けてヴァーチャル・ルームを出て行った。後には古代ひとりだけが残された。



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潜宙艦隊

「ダメです。また失敗だ」

 

次元ソナー士が告げる言葉を、ゾールマンはただ(うなず)いて聞いた。わざわざ教えてもらわなくても、彼の眼前にあるスクリーンパネルにも宇宙を遠のいていく〈ヤマト〉の指標が示されている。

 

「エンジンも限界です。これ以上の全力は維持できません。やったとしても……」

 

と機関士も言う。ゾールマンはこれにも頷くしかなかった。やはり教えてもらわなくても、エンジン出力を最大にして進ませているのにもかかわらず、船の速度が下がり始めているのを各種の計器が示している。

 

「わかった。追跡はいったん中止だ。他の船にも合図を送れ」

 

と言った。その場にいる者達がみな深いため息をつく。

 

ガミラス次元潜宙艦。六隻からなる艦隊のゾールマンは司令官だ。

 

彼の指揮する戦隊は、この数日、〈ヤマト〉の後をつけていた。波動技術に関する限り地球の上をゆく彼らには、今のところは〈ヤマト〉がワープするやただちに行き先を突き止め、後を(ひそ)かに追跡するのが可能なのだ。

 

『今のところ』は。今のところ〈ヤマト〉は一度のワープ距離を一光日・十光日と伸ばしている段階であり、まだたったの一光年も太陽系を離れていない。地球人が〈オールトの雲〉と呼ぶ領域にすら達しておらず、その意味ではまだ星系を出てすらいない。

 

そして一度のワープ距離をそれ以上にされてしまうと、もう後などたどれなくなる。もちろん、やつらの目的地は察しがついているのだから、必ず通るであろう場所で待つのは可能だが。

 

そして『今はたどれる』といっても、『今はたどれる』というだけだ。後を追って〈ヤマト〉に近づき襲おうとしても、こちらに勝ち目などはない。そもそもやつらは戦わずに逃げて行ってしまうだろう。

 

〈ヤマト〉にはそれができる性能がある。それが明らかであるために、普通に〈ヤマト〉を追って攻撃をかけられない。

 

そこで潜宙艦隊の出番となるわけだった。〈オールトの雲〉を抜けられる前の今なら潜宙艦でコッソリと〈ヤマト〉の後をつけられる。そして近づき、次元魚雷で攻撃できる。

 

はずではあった。はずではあったが、

 

「これは無理です。何度やっても……」

 

潜宙艦隊旗艦にして、ゾールマンの乗艦である〈デロイデル〉の艦長ガレルが言った。

 

そうだ。潜宙艦ならば、〈ヤマト〉に次元魚雷を射てる。射てるがしかし成功さすのは至難の(わざ)なのでもあった。

 

理由は、船のスピードだ。次元の波の〈下〉に潜れる潜宙艦は、次元魚雷の射程距離まで敵に探知されることなく近づくことが可能である。可能であるがそれはしかし無条件なわけではない。

 

〈ヤマト〉は決して潜宙艦が容易(たやす)く寄れる船ではなかった。

 

何よりもそのスピードだ。潜宙艦は速度が遅く、〈水〉に潜っている間はさらに速度が遅いのだった。〈水上船〉に巡航速度を出されたら全速を出しても置いて行かれるだけ。

 

ならば〈ヤマト〉がワープしたときその前方の空間にワープ、真正面から魚雷をブチ込んでやればいい――と、言いたいところなのだが、それもまた難しい。

 

潜宙艦は〈波の下〉から敵に近づくことができる。できるがしかし、〈ヤマト〉はその対策手段を持っている。次元アクティブ・ソナーを備え、〈ピン〉と呼ばれる探針波を宇宙に放ち〈波の下〉を探っているのだ。

 

潜宙艦はこれにたやすく見つかってしまう。そして〈ヤマト〉の艦首と艦尾の魚雷ミサイル発射管には、〈水中〉の敵を射止めるための次元魚雷が常に装填されているのもまた明らかだった。

 

〈ヤマト〉が持つのがただ〈水中〉の〈音〉を聴き取る次元パッシブ・ソナーだけなら、悟られぬうち正面から魚雷をブチ込んでやることもできる。しかし〈ピン〉を打たれてしまうとアウト。そうなったなら速度の遅い〈ドンガメ〉はただ〈ヤマト〉に殺られるだけ……。

 

それがわかりきっていた。けれどもひとつ、探知されずに〈ヤマト〉に迫れる方角がある。

 

真後ろだ。理屈は、スクリュープロペラで水を掻いて進む船と同じだ。ノズルから炎を噴いて宇宙を進む船は、それが空間を掻き乱すため後方にはソナーが利かない。探針波も当然無効だ。

 

というわけで、ゾールマンの戦隊は〈ヤマト〉を背後から襲おうとした。まず〈ヤマト〉がワープしたなら、行った先を突き止めてその遥か前方の空間にワープ、すぐさま〈波の下〉に潜って次元海底に身を(ひそ)ませる。

 

そして〈ヤマト〉が〈上〉を通り過ぎたなら、エンジンを全開にさせて急速浮上。ソナーの死角である後ろから魚雷を放つ――うまくいったら見事不意打ち喰らわせられるというわけだ。

 

うまくいったら――しかし、うまくいかなかった。エンジンにモノを言わせて船を上昇させてやっても〈ヤマト〉の巡航速度は速く、何度やっても射程外にまで行かれてしまうのだ。次元ソナーの画面に映るは、ただ遠のいていくばかりの敵快速船の指標。

 

「これはダメです。〈ヤマト〉は魚雷の攪乱装置も持っているはずですから、闇雲に射ったところで(かわ)されるだけ。ヘタすりゃ、次元爆雷をバラ撒かれて我々は壊滅……」

 

とガレルは言う。ゾールマンはまた頷いて応えるしかなかった。

 

「わかっている。しかし続ける他になかろう。とにかく次にやつらがワープしたならば、浮上して上の指示を仰ごう。何か考えてくれてればいいが……」

 

「ええ」とガレル。「せめてやつのスピードがもう少し遅ければいいんですがね」



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言うだけ詮のない話

「ゾールマンより報告です。『数度に渡り〈ヤマト〉に攻撃を試みるもすべて失敗』。潜宙艦では敵についていけないそいうです」

 

とヴィリップスが言う。シュルツは「ふん」と応えて言った。

 

「『わかりきったことをいちいち言ってくるな』と伝えてやれ」

 

「ええと……本当にそうしますか?」

 

「いや」と言った。「報告はそれだけか」

 

「いいえ。〈ヤマト〉は明日にも百光日のワープを行い、その次のワープで〈卵〉を出るのは確実とのことです。そうなると追跡はもはや不能となるため、チャンスは次の一度きり。かくなるうえは、次回は見つかる覚悟でより浅い深度から浮上し〈ヤマト〉に挑む。デスラー総統万歳。以上」

 

「そうか。『すまん』と伝えてやれ」

 

「はい」

 

「しかし『見つかる覚悟』というのは、〈ヤマト〉の〈ピン〉に捉えられるということだろう。やつは必ず潜宙艦隊を警戒しており、すぐ爆雷と魚雷を放つに決まっている……」

 

「はい。せめてもの望みと言えば、地球人は我々の潜宙艦の詳しい性能を知らないということでしょうか。やつらはそれを知るはずがない。特に〈卵〉を出られたら追跡できないなんてことは……ゆえに、次がこちらにとって、潜宙艦でやつを止める最後のチャンスとなるのですが」

 

「ふむ」

 

と言った。『卵』というのは地球人が〈オールトの雲〉と呼んでいる直径3光年ほどの球殻状の領域のことだ。そこには無数の小天体――その多くは汚れた雪玉のような星屑――が散らばって、太陽系の最々外縁部となっている。

 

ガミラスにも当然ながら地球の魚に似た生物がいて、丸い卵から稚魚が孵化してガミラスの海に泳ぎ出て行く――いや、かつてはそうであった。それがために宇宙船が〈オールトの雲〉を抜けることを、彼らは『卵を出る』と言う。

 

「だが見つかれば、ゾールマン隊は壊滅必至か」

 

「そうです。『やめろ』と命じることもできますが……」

 

「言うだけ(せん)のないことだろうな」

 

シュルツがため息まじりに言うと、ヴィリップスも頷いて、

 

「はい。我らにはどうせ後はないのですから。潜宙艦はあの海峡では役に立ちませんし……」

 

「ええ」とガンツも頷いて言った。「ゾールマンもそれをよくわかっているのでしょう」

 

「しかし、なんとかならんのか」シュルツは言った。「要するに、〈ヤマト〉の速度をいくらかでも遅くできればいいのだろう。そうすればゾールマンが魚雷を射てる」

 

「それはそうですが、しかし〈ヤマト〉は……」

 

ヴィリップスが言い、ガンツが続けて、

 

「我らと戦おうとしない。それに時間がありませんよ。〈ヤマト〉はあと数時間で次のワープをしてしまう。何をするにもそれまでに作戦を立てて実行せねばならないということになりますが」

 

「わかっている。〈ヤマト〉は我らと戦わない……」シュルツは言った。「ではどうだ。『我々と戦え』という話でないのなら」



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異人の言語

古代はファイルのページを開いて文を読んでみようとしたが、しかし無駄な試みだった。文を追っても意味は逃げていくばかりで、何度やっても一行すらも掴み取れない。

 

日本語のようで日本語でない異人(エイリアン)の言語で書かれたものなのだ。そうとしか思えない――遂に古代はあきらめて、ヴァーチャル・リゾート室を出た。手に抱えたファイルの重さを感じながら、自分の個室へと向かう。

 

だが、とも思う。わかっていた。こいつをまるで読めないのは、そればかりが理由ではない。

 

さっきの出来事だ。沖田に言ってしまった言葉。そして徳川に言われた言葉。そればかりが頭の中を駆け巡り、眼が文章を追うのを邪魔する。

 

最後に真田がぽんと叩いていった手の感触が、まだ肩に残っている。それらが自分に目の前の文字を読ませてくれないのだ。

 

なんで、と思った。どうしておれは、あんなことを言ったのだろう。そして言おうとしたのだろう。『兄さんひとりも救えなかったあなたに全人類を救えると思うのか』などと……。

 

そうだ、そう言おうとした。もう少しで口から出るところだった。

 

バカげている。デタラメだ。無論わかっているはずなのに、脳でなく心臓で脈を(つかさど)る神経のやつが、急に突然言葉をつむいで口から飛び出させようとしたのだ。

 

そうとしか思えなかった。ついこの間、同じそいつが同じことをやったように――冥王星の戦いの前に。皆に向かって叫んだように。

 

古代は結城や大山田や、森や山本の顔を思った。相談室を出たとき会った包帯を巻いたクルーの顔も。それから、服のポケットに入れた五枚の写真。冥王星で死なせた部下の顔もまた。

 

おれはあのとき皆に言った。死ぬのは許さん。断じて許さん。ひとりとしてだ。『おれは生きて帰る』と言えと――。

 

けれども、あれはおれじゃない。あれはおれが言ったんじゃないと古代は思った。おれではない別の誰か。日本語のようで日本語でない別のデタラメな言葉をしゃべるおれではない何者かが体を乗っ取って叫んだことだ。どういうわけかそれが通じて、しかしおれの盾になって死ぬ者が出た。

 

なぜだ。話が違うんじゃないのか。『生きて帰る』と叫んだのなら、彼らは死を選ばないはず――。

 

おれは五人の部下を〈ヤマト〉に連れ帰ってやれなかった。

 

わかっている。あんなもの、元々嘘だったんだ。パーティで『誰かが嘘でもああ言わなけりゃ』と言われてドキリとしたけれど、そうだ。嘘だ。嘘だった。誰もがそれをわかっていたわけなのだろう。

 

怖かったから。『死ぬのが』でなく、敗けるのが怖い。冥王星で〈ヤマト〉が沈めば地球人類も終わりとなる。誰も救えないのが怖い。だから生きて帰ると叫んで、死んだ。

 

兄さん。兄さんもそうなんだろうか。実のところやっぱりあの沖田の盾で死んだんだろうか。あの提督を地球に帰せば地球を救う。沖田のために死ねるのならば本望だと考えて……。

 

そんな、まさか。バカげている。まるで理屈に合っていない。だから嘘だと思った。けれど、徳川機関長は、冥王星はスタンレーと最初に呼んだのは守兄さんだと言った。そしてそこには〈魔女〉がいる。対艦ビーム砲台がある。ならばおれがむしろそれに撃たれてやると……。

 

言っていた、と。それはつまり、沖田の盾で死ねるのならば本望だということだ。

 

それほどまでに沖田を信じた? だから〈メ号作戦〉で、敵の中に突っ込んでいけた? けど、やっぱりバカげている。一隻だけで行ってどうにもなるわけないのに……。

 

そうは思わなかったのか、兄さん。けれどもそれが、戦場というものなのか。それは確かにあの〈魔女の空〉で、同じようにおれも考えたかもしれないが……。

 

それが結局、何人もの部下をおれの盾にして死なせることになったのだ。山本もまた身の盾にしなきゃならないことになった。

 

真田の手の感触がまだ肩に残っている。あの男にいつか言われた言葉を古代は思い出した。

 

気にするな、君のせいではない――そうだ、同じだった。さっきに肩を叩いていったときに浮かべた表情は、初めて会ったあのときにそう言った顔と同じだった。

 

あのとき、沖縄基地の人員と、本当の〈アルファー・ワン〉になるはずの者が、お前ひとりのために死んだ。だが気にするな、お前のせいじゃないんだからと言ったときの表情と。そして徳川機関長は、さっきもうひとつ言っていたな。ええと、なんと言ったのだったか――。

 

「古代」

 

と、急に声をかけられた。立ち止まって振り返る。

 

緑コードの船内服の男が通路に立っていた。小走りに古代の方にやって来る。

 

「よかった。ちょうど、今お前のとこに行こうとしてたんだ」

 

と言った。島大介だった。



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もし〈ヤマト〉の女子船務科員がマネジメント理論についての本を読んだら

「ほら、こいつを渡すためにな」

 

写真の束を古代に向けて差し出しながら、なんだかまたこないだと同じような状況だなと島は思った。

 

この前こいつに渡した束は百人一首の取り札だったが、今度のやつはパーティでアナライザーが撮った写真だ。ギョウザを焼く古代の前に自分達艦橋クルーが並んだものと、さらにその場にいた者達が我も我もと続いた写真。全部で二十枚ほどある。

 

古代は受け取り、一枚一枚その場でめくって眺め始めた。通路の中で立ったまま、分厚いファイルを重たそうに抱えながら。

 

「まあ、後で見ろよ」と言ってやると、

 

「ああ、うん」

 

と言う。相変わらず、この〈ヤマト〉の艦内で迷子が途方に暮れてるみたいだ。渡す前に島が見てみたその写真にも、やっぱり全部にそんな顔で写っていたが――。

 

まあしょうがない。こいつはてんでエリートという(がら)ではないんだからな。そう考えて島は言った。

 

「こんなところで立ち話もなんだろう。おれの部屋に来ないか」

 

「うん」

 

言ってついてくる。士官にはひとりひとり個室が与えられていた。島はドアを開け、さっき船務科で預かったニンジンの栽培容器に眼をやった。当然ながらまだ何も芽を出してなどいない。

 

それをどかして、床に胡坐(あぐら)をかいて座る。古代もそうしてふたり向き合うと、狭い室内はもう一杯だ。

 

「ところで古代、その抱えているのはなんだ」

 

「いや、船務科に『読め』って言われて」

 

「ハン?」と言った。「読んだのか?」

 

「いや、読もうとしたんだけれど」

 

「そんなもん、読んでその通り実行できたら宇宙平和が成るんじゃないか。お前が船を操ったらそのスピードが三倍になって、バリアで敵を防ぎながら百万隻でもやっつけられるようになるぞ。もしもそれが読めたら」

 

「読めないのか?」

 

「読めない。そりゃ船務科の女の子はそのマネジメント理論を読んで、おれ達にコレこの通りやれと言いもするだろうけど、言われる方はできないことをやれと言われるだけなんだからな。甲子園に行く高校は一度に一校と決まってるのに、百の高校の女子マネが同じマニュアル読んでどうなると言うようなもんで……」

 

「ははあ」

 

「百校全部が甲子園に行けるのか。それともその女子マネのかわいさによって決まるのか」

 

「ははは」

 

「ま、そんな話はいいさ。甲子園と言えばこの旅もそうだよな。地区予選を勝ち抜いて、全国大会の始まりって感じ。まあ確かに、マネージャーがいなきゃどうにもならないんだが……」

 

ニンジンの栽培容器にまた眼を向けて、それから、

 

「さっき南部のやつも言ったよ。この旅はお前がいればなんとかなるんじゃないかという気がしてきたって」

 

「『お前』っておれのことか」

 

「そうだよ」

 

「みんなそう思ってるのかな」

 

言って古代は手の中の写真の束に眼を落とす。「まあそうかもな」と島は応えた。

 

古代は続けて、「けど、それよりも、艦長だろう。沖田艦長がいればこの旅はやり遂げられる……みんなそう思ってるんじゃないか」

 

「ん? そりゃあ……まあそうかもしれないけど」

 

「だろうな。冥王星だって、あの人のおかげで勝てたわけだもんな」

 

「なんだよ、妙な言い方だな。古代お前、艦長が信じられないのか」

 

島は言った。しかし古代は応えなかった。それが答になっているような沈黙だった。

 

古代はまた、一枚一枚写真をめくって眺め始める。それはいつか百人一首の札を覚えようとしていたときの姿に似ていた。

 

「そうか」と言った。「古代、お前の兄さんは〈メ号作戦〉で死んだんだよな」

 

「ああ……なあ島、お前、冥王星行きは、確か反対してたよな。航海要員はみんな迂回を主張していた。作戦が決まる直前までずっと……」

 

「そりゃまあ」

 

「けど艦長は、最初っからやる気で策をめぐらしてたんだろ。なのに敵が動くまで、人に計略を話さなかった。操舵長のお前にも黙って事を進めていた」

 

「それは」

 

と言った。確かにそうだ。(あらかじ)め考えを聞いていたなら、おれは反対しなかったかも――島はそう思ったが、

 

「しかしだな」

 

「ああ、わかるよ。あのときは、たぶんああする必要があった。けど、それなら今だって、一体何を企んでるかわからないんじゃないか。お前、そうは思わないか」

 

「そりゃあ……」

 

「島、お前、それでもあの艦長を信頼できるのか」

 

「そういう言い方されると困るが」

 

「あの人はおれを航空隊長なんかにして、真田さんを副長にした。すべては〈魔女〉を討つための計略だった。おれはあの人のそういうとこが気に入らない……」

 

「いや、古代……」

 

「そりゃここまではうまくいったかもしれないさ。でも、〈魔女〉に勝ったんだから、おれはもう用済みじゃないのか? もう後は戦わずにマゼランまで行って帰ってくるだけならば」

 

「さすがにそこまで敵は甘くないと思うがな。乗り越えなければならない難所もある」

 

「ああ、けど……」

 

「それに古代、船務科に言われてるんだろ。野菜採りの仕事がある。お前には、準備も含めてタップリと働いてもらうことになってんだろが」

 

「それは……」

 

「うん。だからまあ、そのファイルは適当に飛ばし読みしておけよ。で、娯楽室にでも行け。悪くないぞ。世界の絶景なんか見られるヴァーチャル・リゾート室とかあるんだ」

 

「え? あ、うん」

 

「まあ、旅は始まったばかりだ。古代、お前は後から来た人間だしな。自分の意志で〈ヤマト〉に乗ったわけでもない。艦長をまだ信じられなくて当然かもしれないな……」

 

と島は言う。古代は頷いて聞くしかなかった。



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神の実験室

「ええと、これは一体何? 『反乱はタコに食われると思ったから』っていうのは」

 

タブレットに表示された文を見ながら森が聞くと、結城は困った表情でタコのように身をくねらせた。

 

「あ、えーと、すみません。あたしそんなこと書いてましたか」

 

「うん。だから、どういうことかと聞いてんだけど」

 

「えーとえーと、それはですね。もし『反乱』などという言葉を冗談にでも言う者がいたら忘れず書き記しておけとの指示でしたので……」

 

「冗談で言ったの? ええと、この藪一等機関士というのが」

 

「はい」

 

と結城。船務科の相談室に、森は部下の仕事を見に来たところだった。

 

と言うより、古代進だ。一体あいつにどんな採点がついたのか聞くためやって来たのだった。で、ドレドレとデータを見て、いくらなんでももう少しいい結果を期待していた自分の不明を知らされた。

 

いや、わたしはあの男に、ちょっとでもテストでいい結果が出るのを期待していたのだろうか。それが自分でもわからぬが、わかりたくないと言うしかないほどに惨憺(さんたん)たる評定が下されている。

 

これがエースでアルファー・ワン。なのに〈海〉を渡ろうと言うのか。これで航海がうまくいくのか……船のマネジメント役である船務科員の長として、疑念に(とら)われざるを得ない。が、それはさておくとして、ついでに眺めた別のデータ。藪という機関科員だが、

 

「この彼は後から補充で入ってきた人間なのね。まだ沖田艦長を信頼できなくて無理はない……」

 

「かもしれないですね。冥王星では勝てましたけど、これから先は未知の領域なわけですし」

 

「うん。けどなんで話にタコが出てくるの?」

 

「えっとえっと……なんだったかな。なんでも両親が降伏論者で、いろいろと変な話を信じ込んでると言ってました。『〈オールトの雲〉は宇宙の壁だ。波動砲を撃てばそれが裂けてしまう』とかいうようなやつもです」

 

「ああ、あれね」

 

(うなず)いて言った。旧戦艦〈大和〉の時代から欧米のSF小説でよく書かれてきた話だろう。

 

『太陽系宇宙は神の実験室だ』というやつだ。宇宙は無限の広さでない。直径二光年しかない。その大きさの丸い〈部屋〉で、神はその中に太陽と地球その他の天体を造り、子供がビンでアリの巣でも見るように人を観察しているのだ、と。

 

〈オールトの雲〉などはない。あるのは〈ヤマト〉艦内ヴァーチャル・リゾート室の内壁と同じようなスクリーンで、それに一兆の星々が投影されているだけなのだ。だから〈ヤマト〉がそこまで行って波動砲を撃ったなら、〈この宇宙〉が裂けてしまう。

 

だから決して波動砲は持ってはならない兵器なのだと、ガミラス教徒や降伏論者の一部は言う。わたしの他にも頭のおかしな親を持った人間がこの艦内にいるんだなと森は思った。だがしかし、

 

「それがタコと関係あるの?」

 

「ええと、ですからなんだっけ。コロンブスやマゼランの時代のキリスト教会と同じだというわけです。コロンブスの航海の後も、当時の教会は言ったわけでしょ。『なるほど神はこの大地を玉としてお造りになられたのかもしれないが、人には〈平たいと思っていろ〉とのお考えに違いない。コロンブスが見つけてきたのはインドの東の島ではない。もしそうなら土人どもはマレーの言葉を話しているはずではないか。違うってことは、違うってことだ。見つけたのは世界の〈下半球〉なんだ』、と」

 

「うん」

 

と言った。そしてそこに人は住めない。草も生えない赤い砂漠があるばかりだと――当時のヨーロッパ人ならばむしろ当然の考えだろう。

 

だがマゼランは、いいや違う、おれがそれを証明すると叫んで船に乗り、大西洋をまずは南へ南へ向かった。赤道を越えたその先に、東へ抜ける海峡がある。ジパングに行く近道が、と。

 

マゼランはそう考えた。だが船団に乗り組んだ者の多くは無理にかき集めた人員だった。彼らはマゼランを信じない。教会で牧師の語る言葉を信じる。

 

この世界は鳥のタマゴのようなもの。黄身が地球で殻が宇宙だ。けれども神は人には大地は平らだと思わせておく考えなので、もしも人が世界一周航海などやったら怒ってタマゴを割るように宇宙を丸ごと潰してしまうことだろう。ダメだ。決してそのようなことをやってはならないのだ、と――。

 

牧師はそう言い、人はそれを信じていた。だからマゼランの航海でも、船員達は反乱を起こした。そもそも後から乗った者らは、マゼランを信じてなどいなかった。

 

〈ヤマト〉はこの航海で、それと同じことをしてると言って言えぬことはない。万一にでも反乱が起きたらそれを(しず)めるのは船務科の役目となるが、だがそんなもの最初から起きぬように努めねばならない。今、クルーのカウンセリングをやっているのもそれが理由のひとつなのだが、

 

「で、だから、なんでタコの話になるのよ」

 

「えーと、それは、なんでかなあ。それが思い出せないんですが……」

 

「録音はしているのよね」

 

「はい。カメラでも撮ってあります」

 

「じゃあ、いいわ。あなた、一応この藪というクルーのことは気をつけていて」

 

「了解です」

 

「悪いわね。古代君の教育係も押し付けちゃっているのに」

 

「古代『くん』?」

 

と結城。その言い方にちょっと妙な響きを感じた。森は結城を睨んで言った。「何よ」

 

「いえ」

 

「あたしはあなたにいろいろと押し付けちゃって悪いわね、と言ったのよ」

 

「いえ、それが船務科の務めですから」

 

「そう」と言った。「〈オールトの雲〉か」

 

そうだ、と思った。次のワープで〈ヤマト〉はその手前まで行くことになっているという。そこでもし、前へ向かって波動砲をぶっぱなしたら、実は先に広がっているのが小さな電球を散りばめた壁で、穴をひとつ開けてしまう。それがみるみる広がって、太陽系宇宙が丸ごと引き裂かれてしまう。すべては人を愛してなどいない神の気まぐれによるタチの悪いイタズラだった、なんてことは……。

 

ないと言い切れないのじゃないか? 森はさっき島に渡したニンジンの栽培セットを思い出した。わたしだって、もし〈恒星系創造セット〉などという観察教材があってそれを手に入れたなら、〈神〉になるのを楽しんで自分の造った星の生物をつつきまわし、飽きたら滅亡さすのじゃないか。

 

〈ガミラス〉のようなものを送り込み、石を投げさせてやりなどして……さらに〈イスカンダル〉という(いつわ)りの望みを与えて、それが罠だと知らない(アリ)にビンを割るための道具を造らせ……。

 

もし計画(ミッション)がそうだったなら――すべてが神の実験としたら、蟻でしかない人に何ができるだろう……。

 

そう考えてから、いや、まさかな、と思い直した。そもそも神など、わたしは信じてたまるものか。

 

そう思った。思ったけれど、腕の古傷が(うず)くのを感じる。森は自分も沖田艦長をどこまで信じているのだろうと思った。

 

神でなければ、沖田艦長。わたしはどこまであの人を信頼しているのだろう。



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ピンガー

そして、〈ヤマト〉は一光年のワープをした。

 

太陽系最外縁部、〈オールトの雲〉と呼ばれる領域の手前にワープアウトする。

 

そこには氷の塊が無数にあると言われている。地球の冬に雪が降って数日後、道のあちこちに残るような、黒く汚れた氷の集まり。それが漂い流れていると。なかにはかつて、地球の海で〈タイタニック〉とぶつかったような大きなものも億の単位であるだろうと言われるが、22世紀末の今もひとつも観測例はない。

 

そこに今、〈ヤマト〉は入っていこうとしているが、『氷山との激突』を心配する者はいなかった。その確率がほとんどないに等しいほどに低いのもさることながら、進路上にもしあってもソナーで察知できるからだ。

 

ごく小さな雪玉ならば当たっても〈ヤマト〉に傷もつけられない。脅威となる〈氷山〉は、潜宙艦艇同様に〈ピンガー〉によって見つけられる。暗い宇宙に浮かぶ黒い氷山は自然のステルス要塞であり、レーダーなどでは捉えにくいが、やはり地球の氷山同様〈海面下〉に大きな実体を潜ませており、それはソナーのアクティブ・ピンを強く跳ね返すのだ。

 

カイパーベルトの辺りを漂う氷塊を避けるために使うことで、それは実証されていた。〈タイタニック〉がソナーを持ち、〈ピン〉を打ちながら進んでいたら、歴史に名高い事故は起きなかっただろう。水中ソナーが実用化されたのはその数年後の第一次世界大戦中のことと言うが、今の〈ヤマト〉は宇宙の氷山を避けるのに充分なだけの性能を持ったソナーを備えている。ワープアウトするなりただちに〈ピン〉を放った。

 

キーン、と鐘を鳴らすような音が人の耳にも聞こえる。

 

そして第一艦橋、森が見る次元ソナー画面に〈海中〉のようすが表された。無論、地球の水の海と違って、宇宙の海では〈ヤマト〉の赤い部分だけが〈水〉に浸かっているのじゃないが、それでも地球の海同様に、〈下〉に〈海底〉が存在する。宇宙ではあらゆる方向が〈下〉であり、コンピュータは探知データを〈ヤマト〉が長いトンネルの中にいるような画像として描き出した。

 

トンネルの〈壁〉が次元海底だ。これが平坦で起伏がなければ何も心配することはないが、ネジ穴を覗いたようにギザギザだとひとつ案ずべきことがある。

 

ガミラス次元潜宙艦だ。海底の〈地形〉が複雑だと、潜宙艦がそこにピタリと張り付いて身を潜ませていたとしても発見は難しくなる。藁を敷いた道に針があるのにその上をはだしで歩くようなことに……。

 

もっとも、たとえそうなっても、〈ヤマト〉が巡航で進む限り攻撃を受けるおそれは少ないのだが。しかし、だからと言ったところで、やはり油断は禁物だった。

 

幸い、〈ヤマト〉は前方に潜宙艦が潜むに都合が良さそうな海域があるとわかればそんなもの、舵を切って避けて通ることができる。航海士席で太田が森が見るのと同じソナー画面に眼をこらし、警戒すべきところにチェックを入れていた。

 

ゆえに〈海底〉のようすについては太田に任せ、森は動いているものがないかだけを見ていればいい。

 

そして、〈氷山〉。いつか太陽に向かって進み、彗星となるかもしれない氷の塊。しかし行く手にこれもとりあえず見当たらない。

 

「敵影見えず」森は言った。「レーダー、ソナー、共に障害となるものは探知されません」

 

「了解」と島。「太田、まっすぐ進んでいいのか」

 

「ええ。けど、ちょっと待てよ。どうもこれは、行く手の方が……」

 

「なんだ。何かあるのか」

 

「いえ……と言うか、何もない。先の方で海底が急になくなっているような……」

 

「ん?」と言った。「どういうこと?」



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群鰐(ぐんがく)

「〈ヤマト〉のワープアウト座標を特定。〈大陸斜面〉の手前です」

 

〈デロイデル〉の発令所でレーダー士が報告する。ゾールマンの戦隊は今、〈海面〉上に各種の〈眼〉だけを出して、〈ヤマト〉がワープで消え去った後の宇宙空間にいた。

 

ガミラス次元潜宙艦は、その形が地球の浅い水に棲むワニにどことなく似ている。波の静かな水面に眼だけを出してじっと潜み、獲物が来るのを待ち構え、大きな口を開けてガブリと食らいつく――そのような生態を持つ種類の水棲爬虫類だ。

 

ワニであるなら歯が並ぶ辺りに魚雷ミサイルの発射管があり、その蓋を開けるときを待っている。船体はソーセージを衣でくるんで揚げたアメリカン・ドッグのような構造で、〈ソーセージ〉が地球の潜水艦で言う内殻、〈衣〉が外殻だ。乗員の居住区画は〈ソーセージ〉の中にあり、それを包む〈衣〉の中で〈次元海水〉を出し入れして浮上や潜航を行う。

 

〈衣〉の表面はソナー探知をされにくくする無反響タイルで覆われ、〈水抜き〉のための孔も並んでいるためにまるでワニ革のように見える。そして船体上部には(すのこ)状の甲板が張られ、これもワニの背のように見える。

 

そして、〈眼〉だ。地球の潜水艦が持つサメの背ビレのような司令塔はなく、代わりにそれがあるべき場所にふたつの丸いアンテナがまさにワニの眼のように左右に並び備わっている。そしてワニなら鼻がある場所に〈次元バウ・ソナー〉。四つの脚があるべき場所に〈次元アレイ・ソナー〉。

 

ために見かけはワニそのもの。ワニが水面に眼鼻を出して、息を吸いつつ獲物の匂いを探すように、いま彼らは〈ヤマト〉が消えた後の〈匂いを嗅いで〉いた。そして〈ヤマト〉が行った先の位置を突き止めていた。

 

それは地球人類が〈オールトの雲〉、彼らガミラスが彼らの言葉で〈卵〉と呼ぶ領域の手前。次元海底はそこで〈大陸棚〉が終わり、その先は急な〈坂〉となって深く落ちている。

 

「そうか、やはりな」ゾールマンは言った。「先で待ち伏せはできるのか」

 

「はい。これが最後のチャンスということになりますが……」

 

とレーダー士。言わずもがなのことを言う。もしも〈ヤマト〉に〈次元大陸棚〉の上でなく、それが終わっている先にワープで出ていかれたら、潜宙艦での追跡は不能。ゆえに次のチャンスはない――そういう話になるのだった。

 

『戦えない』ということだが、それは同時に『死なずに済む』ということでもある。おそらく、〈ヤマト〉と戦うとなれば、たとえ魚雷を喰らわすことができたとしても逆襲を受けて、六隻中何隻かは沈められることだろう。それを覚悟で行かねばならない。

 

レーダー士の言葉は彼にそう聞こえた。発令所内の誰の顔も、同じ思いでいるように見えた。

 

〈ヤマト〉を追ってもまた攻撃ができずに終われば死なずに済む――それはそういうことでもある。

 

だが、と思った。ゾールマンは言った。

 

「我々は戦って死なねばならない」

 

皆の表情が一変した。

 

「はい」とガレル。「その通りです」

 

「ここで〈ヤマト〉を逃がしたら、次は戦えないのだから戦わなくていいというわけにはいかぬ。次は下に〈棚〉のないところでやらねばならないということなのだ」

 

「はい――そこで我らに勝ち目はありません。ただ〈ヤマト〉に殺られるだけです。だが、それでもやらねばならない」

 

「そうだ」

 

と言った。部下らが皆、頷き交わして自分を見る。ゾールマンもまた頷いて彼らに応え、

 

「しかし今、敵に勝つ最後のチャンスを我らは与えられたのだ。あの船さえ沈めたら、我々は大手を振って故郷(くに)に帰れる。英雄としてだ」

 

「はい」と機関士。「これが最後の機会となれば、エンジンなど焼きつかせて構わないかと存じます。次は何がなんでも〈ヤマト〉を……」

 

「うむ」と言った。「通信士。他の船にもそう伝えろ」

 

「はっ」

 

「全艦、浮上次第にワープ。ガール・デスラー」

 

「ガール・デスラー!」

 

皆が唱和した。それまでは何もなかった空間に突如として六匹のワニのような宇宙船が出現する。

 

しかしそれも一瞬のことだ。六匹のワニはてんでにグルリと身を横転させて再び超空間に消えた。それは地球の水に棲むワニが獲物をその口で捕らえ、身をひねらせることによって肉をひきちぎる動作に似ていた。(つか)の間、宇宙に血が広がるように、暗黒より暗い影が現れて星の光を隠したが、しかしそれも消えた。

 

六匹のワニは〈ヤマト〉を待ち受けるべく、行く手の空間にワープしたのだ。



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大陸棚

「大陸棚に大陸斜面? なんのこった?」

 

〈ヤマト〉艦橋で徳川が言う。太田は困った顔をしながら、

 

「いえその、つまり、地球の海の話ですけど……」

 

「宇宙の〈底〉が同じようになってるってのか?」

 

「ええまあ、ひょっとするとそうかも、という話ですけれど。ですから地球の海で言うと、たとえば〈タイタニック〉は深さ4キロの深海に沈んでたんですね。対して〈大和〉はずっと浅い、深さ200メートルのところ……」

 

「うん」

 

「なんでそんなに違うかと言うと、〈大和〉は九州を出てすぐのところで沈められたからです。口で言ってもわからないでしょうが、図に描くとこう……」

 

太田は簡単な図を描いて、メインスクリーンに表示させた。

 

「陸地のまわりに〈大陸棚〉と呼ばれる台地があるんですけれど、あるところでそれが終わって急な坂が落ちている。それを〈大陸斜面〉と言って、深さ4キロの〈深海平原〉まで続くわけなんです。太平洋や大西洋の底はその平原で、ほぼまっ(たいら)であるという……」

 

「ふうん。〈大和〉は棚の上で、〈タイタニック〉は下なんだな」

 

「はい。ぼくらはこれまでは、潜宙艦を警戒しながらやって来ました。宇宙には地球の海と同じように〈次元海底〉というものがあり、これに起伏があるために潜宙艦が窪みの中にいるとソナーで見つけにくくなる。地球の海で潜水艦が昔から、同じ手を使ってきたように……」

 

「うん」

 

「けど、どうやらこの先で、〈海〉が急に〈深く〉なってるようなんです。ひょっとすると〈オールトの雲〉は、〈宇宙の大陸斜面〉なのかも」

 

「それを抜けるとさらに深くて、〈深海平原〉になってるのか」

 

「それはわかりませんが、たぶん。しかしそうなると……」

 

そこで相原が、「敵の潜宙艦が隠れる場所がなくなるわけか」

 

「そうなるね。もう警戒の必要はなくなる」

 

「ふうん。結構なことじゃないか」

 

真田が言い、皆が頷いた。しかしそこで、

 

「いや、そうとは言い切れんぞ」沖田が言った。「これから先はまあいいだろう。しかし今この場はどうだ。もしもやつらがわしらを追跡してたとしたら、今が潜宙艦で襲う最後のチャンスということにならんか」

 

「それは……」

 

と太田。しかしそこで新見が言う。

 

「はい。確かにそうなるかもしれませんが、しかし〈ヤマト〉が巡航速度を出してる限り、滅多なことで潜宙艦は近づけないはずでもあります。できるなら、パーティしてた時にでもやってきていていいはずでも……ですから、まあ、今にしても……」

 

「うん」

 

と森。そうだ。森はパーティの時、持ち場を離れる当直員がいないか見てまわったが、それは何より潜宙艦の魚雷攻撃を恐れるがゆえのことだった。

 

巡航で進む〈ヤマト〉に潜宙艦は追いつけまいが、しかし先の〈海底〉にじっと潜んでられたとしたら話は別だ。油断しているところを〈下〉から槍で突かれる心配があった。

 

だからソナーによる警戒を怠ってはならなかったし、そもそも〈ワニ〉がいそうなところは避けて通らなければならない。

 

地球の海で戦時に船がやってきたのと同じ理屈が宇宙でも働く。そうしてこれまで無事にやってくることができた。だから新見の言うように、今もそうしている限り心配は少ないはずでもある――。

 

皆が森と同じように、新見の言葉に頷きを交わす。しかし沖田は、

 

「もちろん、その理屈はわかる。わしも必ずやって来ると言っているわけではない――だが冥王星を思い出せ。敵は我らを外宇宙に出すまいとして、死に物狂いで向かってきたろう。潜宙艦に乗る者達が同じなら、ここで捨て身の攻撃をかけてこようとするかもしれない……」

 

「ふうむ」

 

と徳川。そこで新見が、

 

「と言うと、どんな?」

 

「わからんよ。『かもしれない』と言ってるだけだ」

 

「ええ。ではどうしましょう。すぐワープして、〈雲〉を突っ切ってしまうのもできなくないはずですよね」

 

言いながら、新見は島の方を見る。操舵席から島は後ろを振り向きながら、

 

「ああ。できるけど、しかし……」

 

「あまり賛成できないなあ」太田が言う。「別に意味なく、ワープの距離を少しずつ伸ばしてるんじゃないんだから。万が一にも〈宇宙のサルガッソー〉みたいなもんに捕まらぬため……」

 

「そうだ」と真田も言った。「現に我々は、〈オールトの雲〉は〈宇宙の大陸斜面〉かもしれない、なんてこともいま初めて知ったんだからな。ここはデータを採りながら、少しずつ距離を伸ばしていくべきところだ」

 

相原が、「敵がいるとわかっているわけでもないのに無闇な連続ワープは避けたい?」

 

南部も言う。「だよな。かえって、敵の罠にかからんとも限らんわけだし」

 

「宇宙のサルガッソーか」と徳川が、「まさか〈オールトの雲〉が、そんなもんであるなんてことはないと思っとったが……」

 

「ええ。でもわかりませんよ」太田が言う。「〈雲〉のまわりは所謂(いわゆる)(なだ)〉で、宇宙海流がぶつかり合ってる。不用意にまずいところに突っ込んだら、渦に巻かれて〈ヤマト〉が妙な空間に……」

 

森は言った。「永遠に閉じ込められてしまう?」

 

「かもしれない、なんてことも言われてきてるんだからね」

 

「うむ」と沖田。「わかった。ここはとりあえず、巡航を維持すべきだろうな。だが警戒は怠るなよ」

 

「はい。ようそろう」

 

島が言い、〈ヤマト〉はそのまま宇宙空間を進んでいった。森が見るソナー、レーダーどちらの画面にも特に動くものはない。

 

――が、そこで相原が言葉を発した。「おや?」

 

なんだろう、と思ってそちらに眼を向けてみる。相原は忙しく手を動かし始めていた。

 

それから言う。「これは、ひょっとすると……」

 

「どうした?」

 

と真田。相原は「はい」と応えて、

 

「本艦への呼びかけと(おぼ)しきものを受信しました。相手はガミラスです」



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打診

「これがその文面だ」

 

と相原は言う。〈ヤマト〉第二艦橋。主だった士官が急ぎ集められ、スクリーンに表示される文を囲むことになった。古代もその中にいる。

 

ガミラスが送ってきたという短い文章。

 

《我はガミラスである。和平について話し合いたい。当方には放射能除去装置を提供する用意がある》

 

「ただこれだけを繰り返している」

 

と相原が続けて言った。皆が顔を見合わせる。

 

誰からともなく、「放射能除去装置?」

 

「そう。コスモクリーナー……イスカンダルが持っているなら、ガミラスが持っていても別に不思議はないことになるな」

 

確かにそうだと古代は思った。しかし……。

 

「嘘に決まってる」島が言った。「と言うより、罠だな。もしそんなもの、持っていてもやつらが自分からくれるもんか。それもこんなタイミングで」

 

そうだよなあ、と思った。あまりに単純な結論なので言うと周りの者達にまた、『こいつ、やっぱりボンクラじゃないのか』という眼で見られるような気がしたけれど、言って良かったのか。「うん」「もちろん」と皆が言うので、古代も横に立つ加藤に頷いてみせた。

 

島は続けて、「おおかた、呼びかけに応えたらこっちの居場所を突き止められてワーッと襲ってくる手はずじゃないんですか? 無視無視、ほっといて行きましょう」

 

そこで新見も、「ええ、やはり潜宙艦……発進のときドリルミサイルで狙われたみたいに、八方から魚雷がやって来たりしたら、とても(かわ)し切れませんからね。一発でも喰らったら、たとえ沈められなくても……」

 

「日程に大きな遅れを出すことになる」森が言った。「ケガ人を出すと手当てできない状況はまだ続いています。やっと全部の負傷者の処置を終えたとこなんですから」

 

「潜宙艦」と加藤が言う。「やつらがここで使うとしたらそれなんですか?」

 

「その見込みが高そうだな」沖田が応える。「今はどうやらやつらにとって、潜宙艦でこちらを襲える最後のチャンスらしい。この〈ヤマト〉が戦わず、〈逃げるが勝ち〉を決め込む船とやつらは知ってる。このタイミングでこんなものを送って寄越すというからには……」

 

「でしたら、ぼくらで哨戒(しょうかい)して……」

 

と加藤が続けようとするのに南部が、

 

「いや、だからさ。とにかく無視して行きましょうよ。何も応答しなければ、やつらは何もできないんじゃないですか?」

 

「うん。だけど……」と太田が言う。「これ、どこから送ってきてんだ?」

 

「ん?」と相原。「『どこから』って?」

 

「だからどの方角の、どのくらいの距離からってことさ。ひょっとして同じものが地球に届いているのかも……」

 

「ああ。わからんが、そうかもしれない」

 

「ん? それはどういうことだ?」

 

と徳川。相原はそれに応えて、

 

「超光速通信技術は、やつらの方が我々より数段上です。ぼくらがたったの一光日離れたらもう地球と話せないのに、やつらはその何倍も遠くの相手と交信している。どこから送ってきてるにしても、地球の人もこれを読んでる見込みはあるね」

 

「え?」と森。「どういうこと? あたし達じゃなく、地球に送っている文なの?」

 

「いや、それはないだろうな。だったら木星辺りにでも近づいて(じか)に呼びかけるはずだよ。こいつはぼくらに送りながら、同時に地球の人達にも届くようなやり方だ」

 

「ってことは、つまり……」

 

島が言って、南部と顔を見合わせる。彼らを見ながら相原は言った。

 

「そうだ。ぼくらが無視して行けば、地球の市民にもそれがわかる――やつらはそれがぼく達にわかるようにこの電文を送ってきたのだと思う」



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シュルツの考え

「どうだ。地球人どものようすは」

 

シュルツが言うと、通信士が「はい」と応えて、

 

「電文を流してすぐに反応がありました。『それは本当ですか』とか、『ガミラス万歳。あなた方を信じていました』などといったものがいくつも……」

 

「やつらの中の〈降伏論者〉とか〈ガミラス教徒〉なんていうやつらだな」

 

「まあそうでしょうね」ガンツが言う。「『本当だ』とでも言おうものなら、ピースボートがまた飛び出してくるんでしょうか」

 

「来るでしょう。言わなくても自分らの方で、『呼ばれている』と勝手に感じて出てくるのじゃないですか」

 

とヴィリップスも言う。そうだ。これまで一千隻も、軍や政府の制止を振って宇宙に飛び出してくる船がいた。それらは大抵、準惑星エリスのエリサとか、ハウメアのハウサとか、マケマケのマケサといった知性体のメッセージを受け取ったなんてなことを(わめ)いており、自分達の耳にだけそれが聞こえるのは自分達が宇宙に〈愛〉の道を開く〈スター・ブレイザーズ〉として選ばれたのだと思い込んでいたらしかった。我々は当たり前のことを当たり前にしたいだけだ、だから非武装船で宇宙に出るのだ、とかなんとか言っちゃって。

 

無論、カルトの集団が揃って頭のネジを飛ばしただけに違いない。もちろん全部スペースデブリに変えてやったが、何よりも沈めなければ宇宙に電波を流し続けてうるさくてかなわなかったからだ。しかしどれだけそうしても、次から次に沸いて出てきた。

 

同じような〈愛の戦士たち〉の船が、また何隻も出るであろう。まあ今度は酸素その他が尽きるまで、〈愛〉を叫んでいればよい。

 

「ともかく、一般市民の耳にも入る」シュルツは言った。「それが肝心ということだ。〈ヤマト〉の乗員どもにもそれがわからんわけがない。無視して行けばどうなるか……」

 

「どうなるでしょうね」

 

「わからんが、それも我らの知ったことではないわけだ。何しろ誰もイスカンダルを信じてるわけじゃないのだろう。なんで波動エンジンでなく、コスモクリーナーをくれんのか。〈ヤマト〉が旅をするあいだ、老人や女子供が放射能の混ざった水を飲むというのに……そう言っている。マトモなやつはな。ここで我らが代わりにそれをやると言えば、黙っていられるやつはいない……」

 

 

 

   *

 

 

 

「と、そういう考えなのか」ゾールマンは言った。「しかしこれで、司令はどうされるつもりなのだ」

 

「こちらには何も言ってきません」

 

と通信士。ゾールマン戦隊は〈ヤマト〉の行く手の〈大陸棚〉の縁に身を潜めたところだった。宇宙海図にはその先で〈大陸斜面〉が深く落ちているのが描かれているが、今は次元アクティブ・ソナーのピンを打つわけにいかぬのでそれを確かめることはできない。

 

「〈ヤマト〉が転進していきます」

 

次元パッシプ・ソナーが聴き取る〈音〉に耳を傾けていたソナー士が言った。

 

「どんどん遠ざかっていく……」

 

ソナーの画面を見ればなるほど、ついさっきまでまっすぐにゾールマン戦隊の潜むところに進んできていた〈ヤマト〉が急に向きを変え、明後日(あさって)の方へ遠のいていくのが映し出されている。

 

「ちっ」と言った。「やつめ。ここにおれ達がいると見当をつけたな」

 

「でしょうね。司令が余計なことをしなければ……」

 

魚雷を〈真下〉から、喰らわせてやることができた――ゾールマンもそう思ったが、

 

「いや、まあ、そううまくはいくまい。どっちにしてもあの辺で、〈ヤマト〉は向きを変える見込みは高かった。こうなることは計算の内だ」

 

「はい。もちろんそれはそうです」

 

「獲物は決して自分から腹を晒したりしない――それでこそ、こちらにしても仕留め甲斐があるというもの。それより司令だ。本当に、一体何を考えている?」

 

「さあ……今は通信で聞くわけにはいきませんし、司令にしても……」

 

〈ヤマト〉に知られないように、こちらに何も言うことができない。たとえ聞かれてもやつらはどうせ何を話しているかわかりはしないだろうけれども、しかしこの戦隊がどこにいるかは知られてしまう。

 

潜宙艦は見つかったらおしまいだ。潜宙艦同士であれば敵に知らないようにヒソヒソ通信を交わすことができるのだが、それも近距離に限られる。

 

どこか遠くにいるシュルツ司令には、今、〈ヤマト〉に知られぬように必要な情報をこちらに送ることはできない。こちらから聞いてみることもできない。

 

「まさか……」とガレルが言った。「ほんとに地球と和平を結ぶ考えなのじゃないでしょうね」

 

「まさかな。〈ヤマト〉を引き留めるだけのつもりだろうとは思うが」

 

「それにしても……ならば空母でも寄越して、〈上〉から同時に〈ヤマト〉を攻撃してくれればいいのに……」



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魚雷回避方

「いや、空母は使わんだろうな」

 

と沖田は言った。まだ〈ヤマト〉の第二艦橋。古代や加藤も立ったまま(じか)に話を聞いている。

 

「ここは潜宙艦だ。おそらく、敵は潜宙艦だけで我々を襲う気だ」

 

「ええと……」と新見。「なぜそのように思われるのです?」

 

「やつらはここでこの〈ヤマト〉を逃げにくいようにしたとは言え、重巡艦などで囲めばやはりワープして逃げる。だからコッソリ潜宙艦で近づこうとするだろうという、その点についてはとりあえずいいな」

 

一同を見渡して言う。皆『まあそれは』という顔をして頷いた。

 

そして南部が、「同じ理由で空母も送ってこない、と?」

 

「それもあるが、しかし理由はもうひとつある。波動砲だ」

 

「は?」

 

「波動砲だよ。地球を出てすぐ空母を撃ってやったことを思い出せ。空母であれば〈ヤマト〉の主砲の届かぬ距離から戦闘機隊を発艦させることができるが、しかしその前に、こっちは波動砲でもって丸ごと吹き飛ばしてやれる。この前は充填120で撃ったが次は100パーで充分だろう。もしも敵がここでそんなバカな真似をするならだがな」

 

「ええまあ」と新見。「ただそうすると、ワープで逃げられなくなって重巡に囲まれるかもなんですが……」

 

「そうだが、主砲で立ち向かえるし、航空隊も飛ばしてやれる。だからここで空母その他の〈水上艦〉は敵は使わんだろうと言うのだ」

 

「ああ。冥王星で最後にそれらを送ってきたのは、こちらが〈ゼロ〉と〈タイガー〉を収容前になんとか叩こうとしたからでした。しかし今度は事情が違う……」

 

「そういうことだ」

 

「潜宙艦だけですね。戦闘機隊と連携でもされたら厄介ですが、それがないなら……とは言っても、やはり八方から魚雷を射たれでもしたら、とても(かわ)し切れませんよ」

 

「できるなら敵はやろうとするだろうな」

 

「ええ。それに〈真下〉から殺ろうと――もっとも、それはジグザグに進んでいればまず大丈夫のはずですが」

 

それは今もやっている。ついさっき、〈ヤマト〉は大きく舵を切って進路を変更させた。もしそれまでの行く手に潜宙艦が隠れていても、急速に浮上しながら躱せぬ距離から魚雷を放つなんてことはもうできない――そのくらいの理屈は古代にもわかった。

 

それともうひとつ、

 

「ただし後ろから殺られる危険は増す――こっちがジグザグ航行なのに、敵はまっすぐ後を追ってこれるのですから。ですからやはり、恐れるべきは何十基もの魚雷が一斉に向かってくる場合です」

 

と新見は続けて言った。これも古代にもわかることだった。新見はさらに、

 

「その場合にすべての回避はとても無理です。〈ヤマト〉は魚雷の攪乱手段を持っていますが、(おの)ずと限界というものがあって……」

 

「次元マスカー」と真田が言う。「決して充分なものではないと言うのだな」

 

「はい。ええと、〈マスカー〉というのは元々、地球の海で潜水艦が魚雷回避に使っていたものですね。同じことを宇宙でやるのが〈次元マスカー〉。〈ヤマト〉はこれを備えていますが……」

 

新見はスクリーンに図を出しながら説明する。

 

「考え方としてはこうです。地球の海の潜水艦は、圧縮空気で水を出し入れさせることで潜ったり浮き上がったりするわけですが、魚雷が来たらその方向に空気をブシューッと噴き出してやる。するとビールをコップに注いだみたいに、船の前が泡で一杯になります」

 

新見が示す図には《プレーリー・マスカー遮音装置》と文字が添えられている。それが地球の海中で、潜水艦が使うという装置の名であるらしい。並ぶ士官達の中には、『そんな話はもう今更聞くまでもない』とでも言いたげな者もいるが、

 

「この泡が魚雷に対する煙幕となるわけですね。魚雷はアクティブ・ソナーの〈ピン〉をカンカンと打ちながら向かってくるわけですが、泡がその音を吸収して目標を見失わさせる。で、急いで舵を切って躱すのですが、もちろん常にうまくいくわけではありません」

 

「ふうん」と森。「それは宇宙の〈次元マスカー〉も同じだ、と……」

 

「そう。何しろ〈ヤマト〉ときたら、潜宙艦より船の図体は大きいですし、何十基も来たらとても無理でしょう。何隻もの潜宙艦に魚雷の射程距離内に近づかれたら、もうおしまいと考えるしか……」

 

新見が言うが、しかし南部が、

 

「ただし、躱すのに成功すれば、後はこっちのものなんだよな。魚雷を射てばそれで〈ワニ〉は自分の居場所を(さら)す。こっちが魚雷と爆雷でもって、思うままに殺ってしまえる」

 

「ええ。ですから敵としては、できることなら戦闘機隊と連携したいとこなんでしょうが、今回はそれはナシということならば……」

 

「ってことだ。島操舵長。君が魚雷をうまく躱してさえくれれば……」

 

「だからお前は、いつもそういうことを軽く言うけどな」

 

と島が言う。古代はその島と南部、そしてその他の者達を見ながら、これはどうしたものなんだろうと思った。

 

新見は魚雷を射たれたらとても躱し切れぬと言い、森は一発でも喰らったら負傷者の手当てができないと言った。たとえ勝てても旅が遅れる……。

 

なのに〈水中〉に潜む敵をここで迎え撃とうと言うのか? やるしかならぬ状況だからここはやるしかないとの理由で。

 

沖田を見た。沖田はただ一心に、スクリーンに表示された文を見やっているようだった。我はガミラス。和平を求む。放射能除去装置の用意が――。

 

ヴァーチャル・リゾート室の件から、まだいくらも経っていない。あれを一体どう受け止めているのだろう。

 

それとも、なんとも思っていないか。思ったとしても不愉快に感じているだけなのか。

 

徳川機関長はさっき、一体なんと言ったのだったか。うまく思い出せない。確か、いつかおれにもわかるときが来るだろう、とか……。

 

何を?と思った。おれが士官として、こんなところにいる理由か?

 

やっぱり、てんで(ガラ)じゃないとしか思えないのに――おれは地球人類を救うような人間じゃない。ただ言われたことだけやって、天の河のバルジを見て、帰れさえすればそれでいい。その程度の人間なのに。

 

おれはここにいる者達と同じ種類の人間じゃない。ましてや、この艦長と――。

 

そう思った。なのに徳川機関長は、おれに『同じだ』と言った。いつかそれがわかるときが来るだろう――。

 

だから何が、とまた思った。つまり、ここで士官であれば――それとも、船の艦長であれば、どうすべきか、なんてことをか?

 

わかるもんか。大体、敵が一体何を企んでるか知れたものか。

 

我はガミラス。和平を求む。そんな文をいきなり送ってこられたとしてどうしていいかわかるものか。

 

そう思った。と、そこで、沖田は一同を振り向いて言った。

 

「まあとにかく、まずはこれに返信するしかないだろうな――『バカめ』、と」



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ギャンブル

「〈ヤマト〉からの返答と(おぼ)しきものを受信しました。『交渉は地球とせよ。我は旅を続ける』。以上、それだけです」

 

ガミラス空母司令室で通信士が告げる。シュルツは「ふむ」と(うなず)いて言った。

 

「『バカめ』と言わんばかりだな」

 

「やつめ、この辺に我々がいると察しをつけているのでしょうか」

 

とガンツが言う。彼の言う『この辺』とは〈ヤマト〉から一光日離れたところ、という意味だ。地球人の超光速通信技術はその程度の距離までしか通信波を飛ばせない。ゆえにこちらがそれよりも離れたところにいれば、〈ヤマト〉が何を言ったとしてもタイムラグなしに受け取ることができない。

 

「と言うより……」とヴィリップス。「こちらが〈ヤマト〉を追跡し、居場所を突き止めていることを教えてやったことになるのかもしれません」

 

「むう……」

 

とシュルツは(うな)るしかなかった。『和平を』という呼びかけは、無論本気で地球人と話し合ったり、放射能除去装置をくれてやるために宇宙に流したものではなかった。なんとかして〈ヤマト〉の足を止め、ゾールマンを助けるためにやったことだ。しかしどうやら見事な切り返しの手を打たれたと考えねばならないらしい。

 

いや、あれが地球人どもの〈チェス〉だの〈オセロ〉だのでいう最良の手でないことは、(はな)から承知だ。しかし(いくさ)にルールはなく、手に持つ札は互いに知らず、相手の腹を探りながら勝負を進めていくしかない。これは、むしろ〈麻雀〉とか〈ポーカー〉だとかやつらが呼ぶゲームと同じ。

 

ギャンブルだ。さあどうするとシュルツは思った。地球人は〈放射能除去装置〉と聞けば何もせぬわけにいかぬだろうが……。

 

そうだ。しかし〈ヤマト〉にすれば、『地球と話せ』ということになる。とは言え、しかし『敵にそう応えた』と地球に知らすことはできない。

 

もう〈ヤマト〉は地球と交信できぬのだから。地球から一光年離れた今は地球まで一年かかる電波信号を送るしかもうできないはずだ。そんなもの、送ることに意味はなく、だから代わりに言うしかない。

 

『交渉は地球とせよ。我は旅を続ける』と――この返信にはその意味もあるのだ。

 

だが、と思った。シュルツは言った。

 

「やつらとしては知りたいはずだな。我々が何者で、なぜやってきたのかを。なぜやつらを滅ぼそうとするのか――やつらにすればそれはある意味、放射能除去装置より欲しい情報であるはずだ」

 

「ええ、それは」

 

とガンツが言う。ヴィリップスも頷いた。

 

「そうだ。やつらが知りたくないはずがない。ここは直接、わたしが行かねばならないだろうな。そうでなければやつの足は止められん」

 

「司令がですか。しかしそれは……」

 

ガンツが言った。ヴィリップスも、

 

「そうです。もしものことがあれば……」

 

「いいや、ここは危険だなどと言っておれん。わたしは責任を取らねばならぬ身なのだからな。イザとなれば、体当たりしてでも〈ヤマト〉を……」

 

「それは……」とガンツは言った。しかし、「わかりました。わたしもお供させてください」

 

「わたしも」とヴィリップス。

 

「そうか」とシュルツは言った。「すまんな」



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対潜ロケット・ランチャー

「古代・山本は〈ゼロ〉にて待機。装備は対潜ロケット・ランチャー」

 

そう命じられて古代が山本と共に格納庫に行くと、既に整備員達が、二機の〈ゼロ〉の翼の下に竹筒を束ねたようなものを取り付けているところだった。

 

対次元潜宙艦艇用のロケット・ランチャーだ。筒を四本束ねたものが右と左の翼にそれぞれ吊るされて、つまり合計八本の筒に八発の対潜ロケット弾が収められている。

 

ロケット弾の一発一発は本格的な対潜魚雷に比べて小さく、威力も決して高くはないが、これはそもそも相手にダメージを与えて潜航不能にしたり、戦闘力を弱めさせるのを目的とする兵器なのだ。だから威力はむしろ弱くていいのだが、もちろん古代の八と山本の八、合計十六発をまとめてブチ込むことができたら、かなり大型の潜宙艦でも沈めるのは不可能でない。

 

一体どうしてそんな兵器を抱えて待機なのかと言えば、

 

『おそらく、敵は(あせ)っています』

 

と、第二艦橋での会議の際に新見は言った。

 

『冥王星でこの〈ヤマト〉に敗け、外宇宙に出られようとしていることで――しかしその一方で、かなりの手傷を負わせたことも知ってるでしょう。その傷が()えないうちになんとか今、〈ヤマト〉を止めたいと考えている。だからこんなことをしてきた』

 

それはわかる。が、その後に沖田が言った。

 

『ならばこちらも、これは敵を知るチャンスということだ。やつらがどんな背景を持ち、なぜ地球を狙うのかを我々は知らない。今ならば何か掴んで地球に知らすこともできるかもしれない』

 

って、何をどうやって?という気もしたが、まあ、ないこともないのだろう。古代は〈ゼロ〉に乗り込んで、対潜ロケットを射つ際の注意事項を確認した。こんなものでまさか敵の潜宙艦を拿捕できるとも思えぬが――。

 

「対潜ロケット・ランチャーか。〈サーシャの船〉を追ってたやつらも、これと似たものを備えてたはずなんだよな」

 

「そうですね」と、コクピットの横で大山田が言う。「あれはステルスだったそうですから、翼の下に吊るんじゃなくて、腹の中に魚が卵か白子でも持つようにしてたはずですが」

 

「うん。ってことはあのとき、敵はサーシャが来るのを予期して待ち構えてたのか。あの手の船を殺るのには、戦闘機と対戦ロケット」

 

「でしょうね」

 

と言った。そうだ。〈サーシャの船〉もまた、次元潜宙艇だった。〈潜宙艇〉と言ってもあれは、まるでアジサシかカワセミのような、空から水に突っ込んで魚を捕らえる水鳥といった感じの船で、つまりそのように外宇宙から太陽系の中に飛び込み、ガミラスの眼を避けて地球人類圏にまで行く考えだったのだろう。

 

そして最初に現れたとき、地球の船の前をクルクルと舞ったと聞いた。それは敵でないことを示すとともに、たとえ攻撃を受けたとしても素早く(かわ)すための動作であったわけだ。

 

〈サーシャの船〉はまさにアジサシであるために、ビームで撃たれそうになればサッと〈水〉の中に潜り、魚雷が来たら〈空中〉に飛び出すことができたのだ。〈きりしま〉や〈ヤマト〉のような大型船にとっては仕留めにくい相手で、トビウオのごとく〈空中〉に出てきたところを副砲などで撃とうとしてもなかなか狙いをつけられない。

 

が、そんな船であっても戦闘機ならば殺れる。

 

〈ゼロ〉が対潜ロケット・ランチャーを持てば、敵が〈水中〉に潜ろうと、〈海面〉から飛び出そうと構わず狩り立ててやれるのだ。あのとき〈サーシャの船〉もまた、そのようにして追われていた……。

 

地球にアジサシ船はない。だからガミラスはサーシャが来るのを知って対潜ロケット弾を持つ機を準備していたことになる。

 

「今度はおれがその逆か。敵があんなの出してくるってことなのかな」

 

「どうでしょう」

 

と大山田。しかし、もしそうなれば――と古代は思った。

 

そうだ。あのとき、おれが〈彼女〉の遺体とカプセルを回収したように、また残骸を手に入れられるかもしれない。もっとも、タイタンで見たように、ガミラス兵は死ねばすぐ(みずか)ら火に焼かれてしまうはずでもあるがしかしそれも、今後は話が変わってくるかもしれんのじゃないか。

 

だが、とも思う。それも〈ヤマト〉が勝てたならばだ。魚雷が来たら(かわ)せない。一発でも喰らえば敗ける。敵もそれを知っていて死に物狂いで来るに違いないと言うならこれは、危険極まる賭けということにならないのか? こんな博打(ばくち)はすべきではないのじゃないか?

 

冥王星でおれにトンネルに突っ込めと言ったのと同じ――古代にはそう思えた。なのにみんな、沖田なら、ここでまたやってくれると思ってるのか。おれには兄貴を死なせてすまんと言っておしまいの男なのに。

 

徳川機関長はおれにもいつかわかるときが来ると言った。

 

いいや、とてもそんなふうには思えない。

 

おれは沖田を信じられる気がしない。



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疑惑

パッシブ・ソナーの画面の中で〈ヤマト〉がまた転進する。前方の次元海底に潜宙艦が隠れているのを警戒してのジグザグ航行だ。確かにそれで、〈真下〉から魚雷を射たれる危険をほとんどゼロにまでおさえることが可能になる。

 

だがその代わりに船足を落とし、後方から追いつく望みを敵に――こちらに与えることになる。今、ゾールマン戦隊は、六隻が二隻ずつ三つに分かれて三角形の陣を組み、〈ヤマト〉の後を追いかけていた。

 

三角(すい)の頂点に〈ヤマト〉を置いてどうジグザグに舵を切ろうと真後ろから魚雷を射ってやれる態勢。そして戦隊はジワジワと〈ヤマト〉との距離を縮めつつある。

 

よし、いいぞ、とゾールマンは思った。あともう少し。このままだ。エンジンが焼き付く前に魚雷の射程距離内にまで届きさえすれば――。

 

勝負は決まり。六隻が四本ずつの24基の次元魚雷を一斉に射たれてそれが(かわ)せるか――。

 

躱せるものか。どんな回避手段を取ろうと、躱せるはずがあるものか。

 

だからこの勝負はもらった――と、そのように考えていたときだった。「司令」と横に近づいてきて、ささやき声をかけてくる者がいた。

 

情報士官だ。遠慮がちに、「こんなときにどうかと思うのですが、しかしお耳に入れたいことが……」

 

「なんだ。後にできんのか」

 

「はあ……ですが一部の兵に、『司令を信用できるのか』と言う者が出ているらしく……」

 

「わたしが信用できない?」

 

と言った。それは、聞き捨てならない話だった。しかし相手は慌てた顔で、

 

「あ、いえ、そうではなくてその」

 

「なんだ。はっきりしないやつだな」

 

「いえですから、〈司令〉でなくて〈総司令〉です。『シュルツ総司令を信用できるか』という話でして」

 

「ああ」と言った。言ったが、やはり聞き捨てならない。「どういうことだ」

 

「先ほどの通信です。『まさか本当に地球と和平をなどと考えていやしまいな』と一部の者が……」

 

「何をくだらん」

 

「ええ。わたしもそう思いましたが、しかしどうやら、『和平』と言うより『まさか自分だけ逃げようとしてるのじゃなかろうな』という話のようなのです」

 

「自分だけ? シュルツ司令が?」首を(ひね)った。「って、『逃げる』って一体どこへ」

 

「地球です。地球人に『知りたいことを教えてやる』と言って近づき、本当に何もかも教えてやればそれで敵は……」

 

「シュルツ司令を迎え入れる……」と言った。「そういう話なのか?」

 

「はい」

 

と情報士官。発令所内にざわめきが起きた。いつの間にか声が大きくなっていたらしい。聞き耳を立てていた者達がみな驚きの顔をしている。

 

「いいや、待て。そんなバカな……」

 

ゾールマンは言った。言ったがしかし後の言葉を続けられない。情報士官も『しまった』という表情で聞く者達の顔を見たが、

 

「『ない』と言い切れますか。コスモクリーナーを渡せば地球は……」

 

「それは」

 

と言った。そうだ。放射能除去装置。シュルツ司令はそれを渡すと〈ヤマト〉に告げて地球にも伝わっている。

 

地球人は拒むだろうか。〈ヤマト〉の帰りを待つ間にも女子供や老人がプルトニウムの混ざった水を飲む状況で、除去装置を代わりにやると言う者が現れたなら。それが今まで自分達に石を投げていた者であっても、代償として求めるものが単に己の身の安全だけということならば……。

 

地球人はシュルツ司令を迎え入れる。歓迎さえ受けるのじゃないか。ガミラス本星では有り得ぬような高待遇を得て生きられる……。

 

だが、と思った。

 

「コスモクリーナー。司令はそんなもの持っているのか? 無ければ交渉できんだろう」

 

「ええ。ですが、『持ってない』とも言い切れないでしょう。それに、他に交渉の材料はあります。情報と、船……」

 

「船?」

 

「そうです。地球人は波動エンジン船を求めている。我らの船から〈コア〉の炉を取り出し、地球の船に積み替えたら、〈ヤマト〉のような船を何隻も造られて我々は……」

 

おしまいだ。そう思った。しかし地球に身を売る者にすればこれは……。

 

ガミラスが敗ければそこで自分の身は安泰、裏切りの咎めを受けることはなくなる、ということになる。

 

「だからシュルツ司令は地球に逃げようとしてると言うのか」

 

「そのような声が広がっているようなのです」

 

「ううむ」

 

(うな)った。あらためて発令所の中を見まわす。部下の誰もが『まさか』という顔ではあるがしかしそれも……。

 

そうだ。決して否定できない。シュルツ総司令には、自分だけ地球に身を寄せることができる。特に通信で告げた通り、本当に放射能除去装置を渡す用意があるのなら……。

 

そう思った。そのときだった。

 

「これは!」

 

と叫ぶ者がいた。ソナー士だ。続けて言う。

 

「ワープにて出現した船ひとつ()り! 味方の信号を出しています!」

 

「なんだと!」

 

と言った。味方の信号? 潜宙艦艇では有り得ぬことだ。こんなところに一隻だけ現れたということは――。

 

「空母か!」

 

「いえ、違います。もっと小さい。しかしこの信号は……」

 

識別コードを読み上げる。そうして言った。

 

「シュルツ司令の乗艦であるのを示すコードです」



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幻の鳥

〈ヤマト〉の前に突如として現れた宇宙船――それは沖田と徳川にとって、かつて一度見たものとよく似た光景であると言えた。

 

〈サーシャの船〉だ。あれが地球人類の前に初めて現れたときと同じ。

 

それは〈メ号作戦〉の後、一隻だけ生き残った〈きりしま〉が、地球に戻る途中だった。沖田と徳川はそれに乗り、地球に向かう遊星を為す(すべ)もなく眺めていた。

 

地球の近くで突然に赤く光りながら進路を変える遊星は、その寸前までステルスの(みの)を被っているためにレーダーや電波望遠鏡などでは捉えにくい。

 

光学探査――つまり普通の望遠鏡でなら見えるがしかし迎撃は難しい。すべてを人の眼でやらねばならぬということだからだ。全体の八割程度を途中で止めるのがやっとというところであり、〈きりしま〉にその能力はなかった。

 

なんと言っても、冥王星から地球まで〈きりしま〉が戻るのにはやはり二ヶ月近くかかるのに対し、遊星はその半分の一ヵ月で地球に到達してしまう。ビームの射程距離外の宇宙を石が通り過ぎていくのを見てもどうすることもできず、また、仮に近くを過ぎるとしてもやはり撃つわけにいかなかった。

 

敵は〈きりしま〉の砲身が焼き付くのを待っている。後を追いかけてこないのは主砲の威力だけならば〈きりしま〉が強い船だからだ。

 

しかしビームを何十と撃てば、過熱で力を失ってしまう。敵はそれを知っていて、わざと主砲の射程距離内ギリギリ辺りを進むよう石を投げ始めていた。それを撃つため船の進路を変えてやると、すぐさま石の投げ方を変える。

 

そのようにして〈きりしま〉は、帰り路を〈魔女〉に翻弄されていた。

 

〈サーシャの船〉が現れたのはそんなときだ。船の前方に突如出現したと思うやすぐ〈次元海中〉に潜り、また飛び出してトビウオのように宙を舞う。

 

潜っては舞い、舞っては潜りと何度か繰り返した。その動きは美しく、船の姿もまた美しかった。それがビームと魚雷とで攻撃されないための機動なのも明らかだが、同時にまた敵でないのを示す動きのようにも思えた。

 

そのとき沖田は砲雷士に攻撃を命じなかった。どうせやっても当たるまい、との思いもあったがそれ以上に神秘的な美しさゆえに、攻撃や防御など忘れていたと、(のち)に人に話している。誰もがそこに現れたものを、幻の鳥のようだと感じた。過去か未来から飛んできた、手を触れてはならない幻の鳥のようだと……。

 

〈サーシャの船〉は次元潜宙艇だった。水に飛び込んで魚を捕らえるアジサシのような船であるためそんな動きができたのだが、しかしそれから一年後のこの今現在、〈ヤマト〉の前に現れたのは、水鳥は水鳥でも……。

 

「なんだありゃあ」

 

と島が言った。〈ヤマト〉の前にいま突如として鳥のような船が現れ、『撃つな』とばかりに翼を振った。と思うと姿を消して、細い(くび)を持つ鳥の頭のようなものだけ通常空間に出した。そのまわりに水紋のような時空の歪みがあることからして、あの〈サーシャの船〉によく似た次元潜宙艇であるとわかるのだが、しかし『同じ種類』と言ってもこれは……。

 

「ずいぶん不格好な船だな」

 

と南部も言った。森は聞いて「うん」と応えながら、しかし最近、あれとよく似たものをどこかで見たような気がした。見てもあんなもの見なかった、あれは幻ということにせねばならないダメダメな鳥……。

 

思い出した。そうだあれだ、〈がんもどき〉。〈ゼロ〉の尾翼に古代が描いた変なトリさん。

 

〈ヤマト〉の前にいま出現したものは、あの画に描かれていたものとよく似た船と言えそうだった。

 

古代が描いたあれに似た鳥を無理に探せば()だろうが、だからその船も鵜に似ている。水に潜って魚を捕らえる鳥には違いないけれど、アジサシとはまるで違う。優美さなどカケラもない。なんだか鵜に似た不格好な潜宙艇が、〈ヤマト〉の前でジタバタと変な動きをし始めたのだ。

 

相原が言う。「交信を呼びかけています。『撃つな。和平を求めて来た』」

 

「ふうん」と沖田は言った。



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天敵

「〈ヤマト〉が艦載機を発艦させました。数はふたつ」

 

とレーダー手が言って、ソナー手もまた「銀色のやつです」と告げる。エンジンの出す〈音紋〉から、戦闘機の機種の特定ができるのだった。

 

「おそらく、対潜ロケット弾を持っているものと……」

 

とヴィリップス。シュルツは「むう」と(うな)るしかなかった。

 

今シュルツが乗っている潜宙艇が天敵とするのが対潜ロケットランチャーを備えた戦闘機。それをすぐさま出してきたということは……。

 

「やつめ、我々が来ると予期していたのか」

 

「まさか、とは思いますが……」

 

とガンツが言う。シュルツとガンツ、ヴィリップス、それに数人の兵士が乗ると小型潜宙艇の中はもうそれで一杯だった。武装などなく、〈ヤマト〉に対して何ができるというものでもない。

 

〈サーシャの船〉がこれと同じ潜宙艇であったように、ここで自分が和平を求めて〈ヤマト〉の前に来るとすれば『潜宙艇で』ということになる。敵がそれを予期していても何も不思議なことはない。

 

レーダーの画面にはこちらにまっすぐ向かってくるふたつの点が映っている。あれが対潜ロケット弾を持っていて、射ってこられたら一巻の終わりだ。

 

しかしまさか……シュルツは思った。仮にも和平を求める相手を警告もなしに殺る気か? そんな。それはもちろんこちらはピースボートをさんざん沈めてやりもしたが……。

 

あれとこれとは話が違うはずだった。通信士は〈ヤマト〉に対し、『撃つな。和平を求めて来た』との信号を送り続けている。こちらには放射能除去装置を提供する用意があると。同時にそれをタイムラグなしに地球に聞こえるやり方で。

 

不意にそれが途切れたら、地球に残る人間達がどう思うか。〈ヤマト〉はそれを考えないわけにはいかない。そのはずなのだ。

 

どうする、と思った。ゾールマン戦隊は、今どの程度〈ヤマト〉に迫りつつあるのか――わからない。それは自分にも知る(すべ)がない。

 

〈ヤマト〉がジグザグに進むなら、追いつけるはずでもあるがそれも定かではないのだ。彼らの船はいま間違いなく、エンジンに過度の負担をかけている。

 

どうする、とまた思った。そこでヴィリップスが、

 

「あれが対潜ロケット弾を持っているなら、射程距離までもう少しです」

 

「そうか」

 

と言った。地球人のロケット弾の射程距離が正確にどの程度なのかは無論知る(よし)もないが、たいして長いものでないのだけは明らかだった。あれは近距離用の兵器で、しかも、こちらが深く潜ってしまえば届かない。本格的な次元魚雷とは違う。

 

そのはずだった。無論、だからと深く潜航したならば、〈ヤマト〉からその本格的な魚雷を射たれることになるが。

 

どうする。〈ヤマト〉が問答無用で殺る気で来れば自分は終わりだ。しかしまさか……。

 

レーダー画面に警告が出る。あの銀色の戦闘機が対潜ロケットを持っているならその射程に入ったと(おぼ)しきことを告げる(しら)せだ。それも一発必中の距離。

 

――が、同時に、

 

「敵機が接近をやめました。こちらに速度を合わせようとしている模様」

 

レーダー手が言った。そして通信手が、

 

「〈ヤマト〉から通信です。『話を聞こう』と」



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銃の一部になる

古代は〈ゼロ〉のコクピットで、照準の輪に敵の潜宙艇を捉えて見つめながら、『随分と不格好な船だな』と考えていた。地球の鳥の()に似た船が、鵜の首に似た構造物を〈次元海面〉から出して、そのまわりの宇宙空間が揺らいでいる。だが照準には次元フィルターがかけられており、三浦の海で偏向サングラスをかけて波間を見たときのように〈水中〉のようすを知ることができる。

 

そうして見える敵船は、鵜が水中で脚と翼を必死になって動かしてなんとか体を沈めているかのようだった。そして古代が自分で〈ゼロ〉の尾翼に描いたトリさんの画のようでもある。

 

(がん)もどき〉と言うよりあれは〈鵜もどき〉かなあ。まあ、どうでもいいけど……考えながら、さてどうなるのだろうと思った。照準には『射て』のサインが表れており、対潜ロケット弾はいつでも発射できる状態にあるけれども、〈ヤマト〉からは号令なしには絶対に攻撃してはならないと命じられている。

 

無論、その理屈はわかる。だがどうするのか。まさかこいつを捕まえられると思えないが……。

 

しかし目の前にいるもの――ガミラス。このあいだにタイタンで見た敵兵の姿を思い出す。サーシャがそうであったように、あいつも地球の人間そっくりに見えたが……。

 

そうだ、人間そっくりだった。あいつも、サーシャも、見た目だけなら地球人と何も変わらぬように見えた。間近に見たふたりの顔を古代は思い出しながら、あの船にもだからやっぱり地球人と同じ顔の〈人間〉が乗っているのだろうなと思った。おれが今、操縦桿の引き金を引けばそいつらは死ぬ――。

 

照準に『射て』のサインが表れている。古代はそれが命じるままに引き金を引こうとした。

 

いや、引こうとして、慌ててやめる。どうやら〈銃の一部になる〉という状態に心がなりかけたようだった。あの妙な〈鵜もどき〉が、あまりにいい標的に見えるものだから。

 

銃を持ったらその銃の一部に人はなることがある――兄貴の書棚の本の中に、そんな文句が書いてあるのが確かあった。あれはなんて本だったろう。銃を持ったら、人は撃ってはいけないときに、撃ってならないものにめがけて引き金を引くことがある。ただ、照準が標的を捉えたというだけの理由で。

 

それはよくあることなのだ、とあの本には書いてあった。しかし撃たれた側としては、『よくあること』で済ませはしない。銃によって壊れたものは二度と元に戻らない。

 

そんな話だった。しかし……そう言えば、さっきのおれは……。

 

なぜだ。どうしてあんなことを沖田に言ってしまったのか。どうして兄を連れ帰ってくれなかったと沖田に言った。そんなことを言ったところでしょうがないとわかっていながらどうして言った。

 

地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない。

 

敵に殺られてもう元に戻らなくなった船のようには――もちろん、あれはそういう意味であろうけれどもしかし実は……。

 

兄貴は銃の一部になった。だから死んだ。そういうことか。いいやそんな。

 

違う、と思った。しかし、沖田艦長も君と同じだという声が、頭の中に聞こえた気がした。徳川機関長だ。いつか君にもそれがわかるときが来るだろう、と……。

 

『話を聞こう』

 

という声が、ヘルメットの中に響いた。

 

通信機だ。自分に向けられたものではない。〈ヤマト〉が敵の潜宙艇に出した電信であることが、ディスプレイに示される。

 

そうだ。そういう手はずだった。古代が敵をいつでも殺れる位置に就いたところでそう告げる。これに対して、果たして敵がどう返すか。

 

十数秒の時間が過ぎた。そして画面に敵が〈ヤマト〉に向けたのを示すサインとともに、

 

『応答に感謝する。我はガミラス冥王星基地司令官シュルツである。そちらの指揮官と映像付きの通話がしたい』



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交渉開始

「〈ヤマト〉から返信です。『交信の内容すべてが同時に地球に届くのならば了承する』」

 

通信士がそう告げる。〈ヤマト〉としては『「NO」と言うなら戦闘機にロケット弾を射たせるぞ』ということなのだろうけれども、しかしもちろんこれは当然付けてくるに違いない条件なのは予想していた。

 

と言うより、むしろ、この答えを望んでいたのだ。「『無論だ』と応えてやれ」とシュルツは言った。

 

「はっ」

 

と通信士。〈ヤマト〉が持つ通信機器は今の距離から地球にタイムラグなしに信号を送れぬが、こちらが中継してやれば可能となる。

 

つまり――と思った。話の途中で〈ヤマト〉を沈めれば、地球人類も同時にそれを知ることになる。

 

もちろん、そうしてやる気だった。波動砲の秘密をいただいてからだが。

 

しかし――とも思う。ここからは出たとこ勝負だ。『〈ヤマト〉と話す』などといっても、何を話すかは考えていない。

 

ゾールマンを助けるために〈ヤマト〉を足止めさせる。ただその一心で来たのであり、なんの準備もしていない。放射能除去装置など、『提供する用意』どころか、持ってすらいない。

 

だがしかし、構うものか。ゾールマンが〈ヤマト〉に対して魚雷を射てさえすればいいのだ。その全部を〈ヤマト〉が(かわ)すことなどできるわけがない。勝負はそこで終わりであり、後のことはどうでもいい。

 

そう思った。シュルツは通話機に向かい、相手が〈電話〉に出るのを待った。

 

自分を撮るカメラの横のランプが(とも)り、同時に画面に地球人の顔が映る。軍帽にコート。白い頬髭。

 

『宇宙戦艦〈ヤマト〉艦長オキタだ』

 

声が聞こえる。この程度の日本語ならばシュルツにもわかるが機械が同時翻訳していく。もちろん完全に同時とは行かず、少し遅れて後から訳がついてくるのだ。

 

一方で、シュルツ自身の肉声は相手には聞かせない。〈オキタ〉と名乗る男には、シュルツが口をパクパクさせて数秒後に機械が訳した日本語だけが聞こえる仕組みとなっている。

 

「大ガミラス冥王星基地司令シュルツだ。あらためて応答に感謝する」

 

『わしの顔や声も含めて、ちゃんと地球に届いてるのだろうな』

 

「無論だ。かなりの人々が、今これを見ているはずだ」

 

『うむ。ならばあらためて言おう。交渉は地球としたまえ。この船はイスカンダルに行く』

 

「ええと……いや、ちょっと待ちたまえ」

 

『いや、待てませんな。我々は旅を急ぐ身だ。予定ではあと八ヶ月で地球に戻らねばならんのに、この通りまだたったの一光年しか来ていない。これでは隣のエイクルス星系までしか往復できない計算になる』

 

オキタは言った。何を、と思った。エイクルス――地球人がアルファ・ケンタウリと呼ぶ星の系まで4.3光年。それは確かにお前らは地球を出てからもう一月(ひとつき)になるというのにやっとマゼランまでの旅を始めたところかもしれないが、とりあえず、その一光年を今日は一日で来たではないか。

 

そう考えたところで気づいた。地球に残る人間達は、〈ヤマト〉の目的地がマゼラン星雲にあるのを知らない。それどころか、イスカンダルの使者が来るまでガミラスは数十光年の距離にあるものと考えていた。百光年以上というのはまず考えられない、と。

 

そうしてそのままやってきて、だから地球の一般市民は多くがイスカンダルへの距離も同程度と考えている。〈ヤマト〉は何十光年かを往復すればよいのだ、と。

 

ならば、と思った。今ここで本当のことを教えてやれば、こいつらを動揺させられるのじゃないか? いやもちろんすべてを教えるわけにいかぬが、しかし――。

 

「イスカンダル」シュルツは言った。「本当にそこまで行けると思うのかね」

 

『あなたに心配してもらおうとは思わんが』

 

「しかしどうだろう。ほんの二十か三十光年なら充分にその〈ヤマト〉で往復できるかもしれんが、どうかな。地球の民衆が、本当はそこまでどれだけあるか知ったら……」

 

『何が言いたいのかね?』

 

「行ける行けない以前に『なぜ』という話にならんかという話だよ。ええと、オキタと言ったか。オキタ。君は知ってるのかね。なぜ我々がここに来て、イスカンダルがなぜ君達にこんな旅をさせるのか」

 

『あなたは知っていると言うのか?』

 

「知らないと思うかね」

 

『ふうむ。知っているとして、わしに教えてくれるのか』

 

「フフフ」

 

笑った。質問に質問で応え、その質問にまた質問が返ってくる。だが、いいぞ。これでいい。ゾールマンのための時間をこうして稼ぎ続けてやる――そう思ったが、しかしずっとこの調子というわけにもいくまい。地球人が知りたいはずのことも少しは教えてやらねばなるまい。

 

「イスカンダル」シュルツは言った。「わたしは君らがそう呼ぶ星がどこなのかを知っている。その〈ヤマト〉がどれだけの距離を旅せねばならないのかも」

 

『ほう』

 

「エウスカレリア」と正確な発音で言った。「そうだろう。それが本当の名だ。しかしそこまで、決してたどり着くことはできん。なぜなら、途中にいくつもの難所があってそこに我らが罠を張り待ち伏せることができるからだ。どうだ。それよりはここで和解し、放射能除去装置を受け取るのは」

 

『ふむ、そうだな。イエスかノーで答えろと言うのか?』

 

「まあそうだな」

 

シュルツは言った。返事がどちらであるかなど、実のところどうでもいい。けれどもちろん、答は「NO」に違いあるまい。ノーだ。放射能除去装置をくれるなんて嘘なんだろう。誰が信じるか。だから答はノーだ、と。

 

もちろん、事実そうなのだから、答はそうに決まっている。そう思った。だがオキタは言った。

 

「イエス」



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傍聴

「え?」

 

と言った。まさか、と思った。〈オキタ〉と名乗る〈ヤマト〉艦長とシュルツ司令との交信は〈デロイデル〉でも傍受しており、ゾールマンは機械が訳すオキタの言葉に耳を傾けていたのだが、しかし今、オキタが言った地球人の英語の『イエス』。

 

そんなもの、訳すまでもなく意味はわかる。わかるがしかし……。

 

そう言ったのか? 自分の耳が信じられない思いだった。見れば発令所内の誰もが驚きに目を(みは)っている。

 

『どうした。何か不満なのか。わしはイエスと言ったのだぞ』

 

『え、ええと……』

 

オキタとシュルツの声が続く。皆が『まさか』という顔ながらにその会話に聞き耳を立てた。

 

その一方で、

 

「〈ギャワ〉が〈ヤマト〉を射程距離に捉えました」「こちらでも確認」

 

通信士とソナー士が報告する。ソナーの画面に六隻のうち一隻が、〈ヤマト〉を魚雷で射てる距離まで近づいたのが示されていた。

 

「さらに〈ゴルデノール〉……」

 

とソナー士。よし、とゾールマンは思った。この〈デロイデル〉も射程までもう一歩に迫っている。それで〈ヤマト〉を……。

 

『それより、シュルツ司令と言ったか。あなたはこちらにつく気はないか』

 

とオキタの声も続く。その映像も傍受され、別の画面に映っている。

 

『コスモクリーナーを本当に持っているのなら、地球はあなたを迎えるだろう。人々を救うためならこれまでの恨みなどと言っておれん』

 

『え、ええと……』

 

とシュルツの声。うろたえたその顔も画面に開かれた別のウインドウに映る。

 

オキタは続けて、『どうしたのだ。そういう話をしに来たのではないのかね。「和平について」などと言うが、あなたにガミラス全体を代表する資格があるのか。それは信じがたいのだが……』

 

『それは』

 

とシュルツ。そうだとゾールマンは思った。そうだ、そんな権限をこの男が持つわけがない。それは誰にもわかること……しかし国を裏切るのなら話は別だ。

 

「〈エグゼダー〉もまた射程に……」「〈ビューズドン〉も……」

 

士官達の報告が続く。そして五隻目の船〈バーズ〉もまた、〈ヤマト〉を射程距離に収めた。

 

残るはこの〈デロイデル〉だ。

 

雷撃士が言う。「射程まであと100……90……」

 

「よし」

 

と言った。それでいい。その数字がゼロになればそこで全艦魚雷発射。それで〈ヤマト〉はオダブツだ。

 

「80……70……」

 

シュルツ司令とオキタとの通話なんてどうでもいい。そうは思うが、まだその通話も、発令所内に響いている。

 

画面の中でオキタが言う。

 

『この交信は地球に届いているのだろう』

 

「60……50……」

 

『だからあなたが今ここで、イエスかノーで答えればいいのだ。部下を連れて投降するというなら悪いようにはしない……と言ってもわしは約束ができる立場にないが、地球では命の保証はするはずだ。放射能除去装置を本当に持っているのか、それすら関係がない』

 

「40……30……」

 

『あなた方が何者で、なぜやって来たかそれが知りたい。まずはそれをここで話す気があるかどうかだ。答えてもらおう。イエスか――』

 

「20……10……」

 

『ノーか』

 

「ゼロ!」と雷撃士が告げる。「全艦、射程に入りました!」

 

ゾールマンの見る画面にシュルツ司令とオキタの顔が映っている。『イエスかノーか』。司令の返事を聞いてみたい気も彼にはした。だが構うものかと思った。そんなものは聞かなくていい。

 

「発射だ!」叫んだ。「全艦、魚雷発射!」



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返答

『答えてもらおう。イエスか、ノーか』

 

画面の中でオキタが言い、ガミラス語に翻訳される。シュルツは返答に窮して「う」と(うめ)いた。

 

我らガミラスが何者で、この星系になぜ来たのかを言うわけにいかない。ましてや地球の地下で何万という者達がこの交信を聞いてるなかで。

 

本国の(めい)に従うならばもちろんそうだ。だがしかし、『ノー』と言ったらそこで話がおしまいになる。ここへ自分がいま一体何しに来たかという話になってしまう。

 

ゾールマンに魚雷を射たす。その助けをするためここにやって来たのだ。ゾールマンが魚雷を射つまで〈ヤマト〉の足を止めるのだ。

 

なのに『ノー』と答えたら、〈ヤマト〉が行ってしまうじゃないか。『ならば死ね』との返事とともに、あの銀色の戦闘機にロケット弾を射たれるかもだ。

 

こんな小舟は、ロケット弾一発で軽く殺られてしまうかもしれん。なのに『ノー』と答えるのか。

 

いいやそれは、とシュルツは思った。『イエス』だ。ここは、嘘でも『イエス』と言うしかない。

 

いや、『嘘でも』か? 本当に、本気で『イエス』と答えていのじゃないか? そうだ、わたしは本国を売る。地球に寝返ると答えていいのではないか?

 

それで命が助かるのなら――シュルツは思った。本国政府が自分に何をしてくれた。本当なら〈ヤマト〉など、しょせん船一隻だ。冥王星で沈める気なら沈めることもできたはずだ。

 

なのに決して沈めてはならないとの厳命を受けた。座礁させて波動砲の秘密を奪えと――それがどんなに難しいことか、考えたうえの命令なのか。

 

とてもそうは思えなかった。なのにそれはまだ続いており、今も決してこの敵を撃沈してはならぬときつく言われている。必ず生かして捕らえるのだ、と。

 

それがどんなに難しいことか、考えて命令しているのか。シュルツはそう言いたかった。ここで雷撃に成功すれば、それは〈ヤマト〉の拿捕(だほ)(かな)うかもしれないが……。

 

だがその代わりゾールマン隊は、ほぼすべてが〈ヤマト〉に沈められるだろう。わたしはここで彼らが死ぬのを見ていなければならなくなる。

 

魚雷を十発二十発と〈ヤマト〉に当てれば沈めてやれる。けれどもそれは許されぬのだ。〈ヤマト〉に対する攻撃は、『沈めぬ程度に』でなければならない。

 

そんなバカげた話があるか。ただ一隻と言ったところで、自分が持つどんな船より強い力を持っているのに。なのに死ななくていい部下に、『戦って死ね』と言わねばならぬのか。

 

そうだ。『イエス』だ。本当に、イエスと言ってしまったらどうだ。総統など裏切って、わたしは地球についてやる。知りたいことはなんでも教えてやればいいし、ワープ船もくれてやる。

 

それで命は助かるだろう。わたしだけでなく、部下の命も。放射能除去装置はないけれど、エウスカレリアへの旅の手伝いはしてやれよう。

 

だから本気で『イエス』と答えてやるのはどうだ――シュルツは思った。そのときだった。

 

「魚雷です。魚雷の発射を確認!」ソナー手が叫んだ。「ゾールマン隊です。〈ヤマト〉に魚雷が進んでいます!」

 

「何?」

 

と言った。隠密行動をとっている潜宙艦隊の所在はシュルツも知りようもなかったが、しかし今、ここで〈ヤマト〉に彼らが魚雷を射ったならばそれとわかる。

 

次元ソナーの画面に〈ヤマト〉に向けてひた走る魚雷の航跡が映っていた。数は二十かそれ以上。

 

〈ヤマト〉のほぼ真後ろから、後を追うように迫っている。たどり着くまでに数分かかるが……。

 

しかし命中は必至だ。どんな手段を取ろうとも、〈ヤマト〉にこのすべてを躱せるはずがない。

 

一発でも当たれば拿捕が成るのだ。どれだけ犠牲を出そうともだ。

 

「いいぞ!」

 

シュルツは叫んだ。一瞬前に地球に身を売ってしまえと思った自分はもういなかった。目の前の画面に映るオキタに向かう。

 

そして叫んだ。「〈ヤマト〉よ、わたしの答は『ノー』だ!」

 

帽子の(つば)の下でオキタの目が動いた。しかし、ただそれだけだった。〈ヤマト〉の方でも魚雷の接近を探知したらしいのが窺えたが、オキタは報告を受けながら、自分の目の前の画面に映るシュルツの顔だけじっくりと観察しているように見えた。

 

それに向かってシュルツは続ける。「地球人どももみな聞くがいい。わたしが教えてやることは、貴様達がここで終わりということだけだ! ただ滅亡を待つだけの(せい)をこれから生きるがいい!」

 

「司令! ここにいたのでは――」

 

ガンツが叫ぶ。はっとした。そうだ。ここにいたのでは、あの銀色の戦闘機に殺られてしまう。ロケット弾の届かぬ深さまで潜らないと。

 

「急速潜航!」

 

シュルツは命じた。それからまたオキタに向かう。

 

「コスモクリーナーなどもちろん持っておらぬわ! わたしを()るなら殺るがいい。その戦闘機もどうせ帰るところのないまま宇宙のゴミだ!」

 

――と、オキタの顔が消えた。黒くなった画面に『通信途絶』とガミラス語で書かれた文が表れる。

 

「なんだ?」

 

と言った。そこでヴィリップスが、

 

「〈ヤマト〉がエンジンを止めました。同時に通信も切れたようです」

 

「ふむ」

 

ソナー画面を見ると、さっきまで映っていた〈ヤマト〉の指標が消えている。

 

「魚雷を()けるつもりか――無駄なことだ」

 

「ええ」

 

とガンツ。次元魚雷は次元ソナーを備えていて、〈音〉で標的の姿を捉えてまっしぐらに進んでいく。ゆえに狙われた標的の船は、エンジンを切って〈音〉を消し、パッシブ・ソナーの探知を()けようとするのがまずは回避の第一手順だ。

 

だから〈ヤマト〉は今それを(おこな)ったわけなのだろう。けれども無駄だ。魚雷は別に、アクティブ・ソナーを持っている。探針波(ピン)を打って標的から跳ね返ってくる〈音〉を捉えて進むのだ。

 

地球人が山に向かって『ヤッホー』と叫んで返ってくる(こだま)を耳で聞くように、魚雷は『ヤホヤホヤホヤホ』と〈ヤマト〉に()えつつ向かっているわけなのだ。エンジンを切ってもこれは防げない。

 

〈ヤマト〉はピンを()けるための〈次元マスカー〉も備えているだろう。だがそれも無駄だ。ゾールマン隊は〈ヤマト〉の完全な真後ろでなく、六隻が二隻ずつ三つに分かれて少しずつ角度を変えて雷撃しているのがわかる。そのすべてを躱すことなど断じてできるわけがない!

 

二十数基の魚雷のうち何発かは当たるのだ。そしてただ一発が当たればそれで充分なのだ。後はこの前、冥王星で〈反射衛星砲〉を使ってしてやったように、ゆっくり(なぶ)って戦う力を奪ってやるだけ。そして今度はこの前のように、海に潜って回復させるような真似はさせない。

 

キン、キン、キン……という音が、船の内壁を震わせ始めた。ピンガーだ。六隻が四発ずつ射ったのなら24。その魚雷が〈ヤマト〉に向かって打つ探針波の合奏が、ここにまで聞こえてきたのだ。

 

「勝ったな」とシュルツは言った。「〈オキタ〉と言ったか。あの男――恐ろしい敵であったが、これまでだ」



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合奏

「敵は潜るぞ! 射たなくていいのか!」

 

〈ゼロ〉のコクピットで古代は叫んだ。次元フィルターをかけた照準の中で、地球の()に似た船が深く〈水中〉に潜ろうとしている――が、〈ゼロ〉の両翼に吊るしている対潜ロケットランチャーはごく浅い深度にいる敵を攻撃するためのもので、深く潜航されるとすぐに射っても届かなくなってしまう。

 

その〈次元深度〉まで、〈鵜〉は今にも達しようとしていた。それに乗っている敵が〈ヤマト〉に向かって叫んだ言葉も、〈ゼロ〉の通信器は聞き取っていた。

 

『わたしを殺るなら殺るがいい。その戦闘機もおしまいだ』と――しかし古代は発艦前に、『指示せぬ限り敵を射つな』との命令を受けている。ゆえに引き金を引くわけにいかない。

 

だから叫んだのだった。『敵が潜るぞ、射たなくていいのか』と。しかし、〈ヤマト〉から応答はない。いや、『応答がない』と言うより、通信が切れてしまっている。

 

なんだ?と思った。何をやってる! あいつに逃げられていいのか!

 

キン、キン、キン……という音が聞こえる。次元魚雷のピンガーだ。最初は小さな音だったのが、徐々に大きくなってくるのもわかる。

 

それもひとつやふたつではない。まるで楽団の合奏だった。でなくば、何十という坊さんが、鐘をキンコン叩きながら一斉に向かってくるかのような――。

 

その音! 今、〈ヤマト〉めがけて何十という魚雷が突き進んでいる――それが古代にわかった。

 

そんな、と思った。振り返って〈ヤマト〉を見る。暗い宇宙の中で標識灯だけを光らせた船体。

 

エンジンを止め、慣性だけで進んでいるらしいとわかる。ために通信も切ったのか? ソナー探知を()けるための行動なのでもあるだろうけど――。

 

無駄だ、そんなことをしても! 発艦前の会議でされた話を古代は思い起してみた。

 

あのときに、新見は言った。一斉に何十発も魚雷が来たらすべての回避は無理だ、と。そしてまた、森も言った。今の〈ヤマト〉は一発でも魚雷を喰らうとおしまいという状態にある、と。

 

どうする、それで! この状況で、おれにできることがあるか?

 

ない。八発のロケット弾。これを全部射ったところで、〈ヤマト〉に向かう次元魚雷を一発でも止められるとは思えない。ましてや、魚雷の総数は、おれと山本で十六発合わせたよりも明らかに多い。

 

ダメだ、と思った。沖田、と思った。何を考えてんだあのヒゲは! 敵と話せばこういうことになるとわかっていたはずじゃないのか?

 

キン、キン、キン……音はますます大きくなる。〈鵜〉は完全にロケット弾の届かぬ深さに達してしまった。

 

その〈鵜〉の中でシュルツと名乗った敵がまだ、笑う声が聞こえてくる。そして機械が訳したらしい日本語もまた。

 

『地球人め! 〈ヤマト〉の最期を見るがいい!』

 

そうだ。すべては、同時に地球に届いている。敵は〈ヤマト〉に魚雷が当たるさまをカメラで撮って、(なま)の映像として見せつける気なのだ。

 

それもまた古代にわかった。しかしどうする。どうすればいい?

 

どうしようもあるはずがなかった。古代はシュルツの笑い声と、キンキンと高まる音を聞いていた。



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通常の回避手段

『地球人め! 〈ヤマト〉の最期を見るがいい!』

 

そう日本語で叫ぶシュルツの声は〈デロイデル〉にも届き、ガミラス語に訳し直されてゾールマン達に聞こえていた。発令所内の誰もが笑い(うなず)き合う。

 

情報士官も安堵の顔で、「これを聞けばくだらんことを言う者はもうおらんでしょうな」

 

「無論だ」

 

とゾールマンは応えて言った。心の中では、少しでもシュルツを疑った自分を恥じていた。

 

「2000……1900……1800……」

 

と雷撃士が、進む魚雷の〈ヤマト〉までの距離を読んでいる。もちろん、それがゼロになったときがドカーンだ。射程距離一杯から射ったため、〈ヤマト〉に届くまでに数分の時間がかかる。

 

が、何をどうしたところで()けられぬことに変わはない。

 

魚雷接近を知って〈ヤマト〉はすぐにエンジンの噴射を止めた。パッシブ・ソナーによる探知を防ぐための通常の手順。

 

無駄だ。24の魚雷はすぐさま、自己誘導をアクティブに変えた。キンキンと鳴るピンガーがここにまで聞こえてくる。

 

そしてその音が遠のいていく。雷撃士が、「1700……1600……」

 

さあどうする〈ヤマト〉よ、とゾールマンは思った。

 

もちろん、次の回避手段は〈次元マスカー〉に違いない。〈ヤマト〉は当然、それを備えているはずだ。

 

船のまわりの〈次元海水〉を泡立たせ、それで船体をくるんで〈音〉を吸収させることによって魚雷をやりすごす。有効な回避手段であるが、無駄だ。24発全部をそれで(かわ)せるものか。

 

〈泡〉で目標を見失っても、魚雷はまっすぐ進み続ける。最後に捉えたピンを元に未来位置を計算し、到達まで五秒かかるなら五秒後に〈ヤマト〉がそこにいるものと見極めた座標を目指すのだ。

 

もちろん、全部は当たるまい。だが必ず数発は当たるしそれで充分なのだ。一発でも当たればそれで勝負は決まる。

 

「1500……1400……」

 

数字が読まれていく。さあ〈ヤマト〉よ、とゾールマンは思った。せいぜい泡を噴くがよい。

 

しかし、

 

「おや?」とソナー士が言った。「マスカーを使わないな」

 

「何?」と言った。「バカな。マスカーを使わなければ24発全部が当たるぞ」

 

しかしその通りだった。〈ヤマト〉はエンジンを止めたまま、なんの回避行動も取らずに宇宙空間にある。

 

「バカな」とまた言う。「まさかマスカーを持っていないとでも言うのか」

 

「いえ、そんなバカな……」

 

とガレルも言う。キン、キン、キン……という音がますます小さくなっていく。〈ヤマト〉はとっくに〈泡〉を噴いていいはずなのにそれをせず、他になんの行動も取らない。

 

そんな、と思った。あれだけの大型艦、魚雷の五発や六発ならばたとえ当たっても沈みはしまい。ゾールマンは〈ヤマト〉を決して沈めるな、との命令も受けていた。波動砲の秘密を奪うために完全に破壊せず、拿捕に努めねばならないのだ。

 

だがこのままでは24発全部が当たる。すればさしもの〈ヤマト〉と言えど轟沈は必至だ。ネジ一本の見分けもつかないほどにバラバラ……。

 

「1300……1200……」

 

雷撃士が唱えて言う。その声にも(あせ)りの色が混ざり始めた。

 

射った魚雷はもう止められない。途中で自爆させることも……だからまっすぐ、24基が〈ヤマト〉に向けて進んでいく。

 

〈ヤマト〉など、もちろん粉々にしてやりたい。そうなるところを地球人どもに見せてやりたい。だがそうしてはならぬのがゾールマンの立場だった。

 

『オキタ』、と思う。そうだ。あいつ、オキタと言ったな。シュルツ司令と交信で話した〈ヤマト〉の艦長の顔――それを思い出しながら、なぜだ、オキタ、なぜ動かない、なぜマスカーを使わないのだとゾールマンは考えた。まさか、我らガミラスの知らぬ魚雷の回避手段でも持っているのか?

 

潜宙艦も造れぬくせに――いや、そんなことがあるものか。なぜだ。何を考えている!



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非通常の回避手段

ヤマトはすべての機能を止めて宇宙にあった。いや、〈すべて〉を止めているわけではなかった。

 

「波動エンジン内圧力上げろ。非常弁全閉鎖」

 

「非常弁全閉鎖!」

 

「波動砲への回路開け」

 

「回路開きます!」

 

「波動砲薬室内、圧力上がります!」

 

「全エネルギー波動砲へ。強制注入機作動」

 

「波動砲、安全装置解除」

 

「安全装置解除! セイフティロック・ゼロ。圧力、発射点へ上昇中」

 

「最終セイフティ解除。圧力限界へ!」

 

第一艦橋で声が飛び交っていた。そして艦首だ。〈ヤマト〉の舳先(へさき)の前に向かって口を開けた波動砲の砲口の、奥にある虹彩(こうさい)絞りの蓋が開く。そこにホタルが舞うような光が集まり出していた。

 

徳川が言う。「エネルギー充填、100パーセント」

 

それですべての発射準備終了だ。「波動砲用意」と沖田が言った。

 

後は狙いをつけて引き金を引くだけで、星をも砕く砲が火を噴く。島が操縦を南部に渡し、南部が応えて操縦桿を握る。

 

島が持つ主操舵士席の操縦桿が凹字型のハンドルを両手で握るものなのに対し、砲雷士席で南部が持つのは片手で握るピストルグリップ式のものだ。それを使って〈ヤマト〉の舵を切ることもできるが、波動砲発射の際には親指で上に付いたトリムスイッチを動かすだけ。

 

そして引き金が前にある。南部はそれに人差し指をかけて、

 

「ターゲット・スコープは……」

 

「必要なのか?」沖田が言った。

 

「いえ」と南部。照準板を出したところで、今、〈ヤマト〉の前方には、狙いを付けるものなどない。ただ〈オールトの雲〉と呼ばれる見た限りでは何もない空間があるだけだ。

 

だからここで波動砲を撃ってもそれで粉砕するものなど別にありはしない。ありはしないがにもかかわらず、ヤマトはいま波動砲を撃とうとしていた。

 

「魚雷到達まで1000……900……」

 

森がソナーの画面を見ながら言う。『すべての機能を止めて』いると言っても、無論レーダーやソナーの(たぐい)まで〈ヤマト〉は止めているわけではない。古代・山本が乗る二機の〈ゼロ〉との通信を切ってはいるものの、伝えなくてもそろそろふたりも〈ヤマト〉が何をしようとしてるか気づいていることだろう。

 

実際、波動砲の光を直接見ないで済むように、二機の〈ゼロ〉は機をひるがえして〈ヤマト〉に腹を向けた。徳川が言う。「タキオン粒子出力上昇」

 

「発射十秒前。対ショック、対閃光防御」

 

沖田が言った。全員が目にアイプロテクターを掛ける。

 

森が「800……700……」と、敵の魚雷が近づく距離を読み続ける。

 

「重力アンカーの解除を確認。発射五秒前」南部が言った。「四、三、二、一、ゼロ、発射!」

 

閃光。そして轟然と鳴る音とともに船が震えた。白い光が〈ヤマト〉の前を突き進んでいく。

 

しかし、そこには何もないから、何を破壊するでもなくただまっすぐ宙を進んでいくだけだ。

 

だがそのとき、〈ヤマト〉艦内ではクルーの誰もがクルマの衝突実験に使うダミー人形のようになっていた。ワープの際に座るための耐衝撃シートに就いて、安全ベルトを締めてその上、ムチ打ち防止のプロテクターを付けている。その恰好で皆がまさしく時速何十キロかで走るクルマが何かに突っ込んだような衝撃を喰らい、のたうちながら前に体を持っていかれたのだ。生憎(あいにく)、クルマの衝突と違い、人体の前で膨らんでくれるエアバッグまでの装備はない。

 

波動砲発射の反動だった。〈ヤマト〉は通常の手順では、その力を〈重力アンカー〉と呼ばれる装置で吸収させる。しかし今、ここではそれを外して砲を撃ったのだった。そんなことをしたがために中の乗員はクルマで何かに突っ込んだどころか、ダンプトラックとでも正面衝突したかのような衝撃を受けたのである。

 

そして船体そのものが、後ろ向きの力を受けて減速する。相対速度を合わせていた古代と山本の〈ゼロ〉からすれば、〈ヤマト〉が凄い勢いでバックしていくように見えることだろう。もっとも、どちらの機も今は、キャノピー窓を(そむ)けさせているわけだが。

 

しかしもし、見ることができたらそう見えるだろう。あまりの急激な制動により、今の〈ヤマト〉は後ろ向きに宇宙をスッ飛んでいるかのようだ。

 

それは沖田が魚雷を回避するために編み出した機略によるものだった。

 

すべての魚雷は弾頭部に次元ソナーという〈耳〉を持ち、ピンを打って返ってくる〈音〉によって〈ヤマト〉の居場所を〈聴き定めて〉進んでいた。

 

普通はこれを、エンジンを止めて〈音〉を消したり、次元マスカーで船体を包んで探知を(のが)れようとする。けれども今、沖田が取った方法はその逆だった。

 

耳のいい敵の〈鼓膜〉を破るほどに大きな音を出すことで、その敵が持つ耳を封じる。波動砲発射の轟音は、〈ヤマト〉めがけてピンを打つ魚雷の次元ソナーを潰して何も感じなくさせるに足るものだった。

 

〈耳〉を失ってしまった魚雷はそれでも進み続ける。『そのまま行けば五秒後に〈ヤマト〉がいる』とコンピュータが(はじ)き出した未来位置の座標まで五秒かけて行こうとするのだ。計算がピタリと合えば〈ヤマト〉に当たり、宇宙にドーンと花火が上がるというわけだが……。

 

しかし、そうはならなかった。ガミラスの次元魚雷がもし通常の宇宙空間を見るカメラを持っていたら、その〈眼〉はえらい勢いでバックしているかのような〈ヤマト〉の姿を捉えただろう。

 

しかし、魚雷は〈眼〉を持たない。すべての魚雷はあくまでも『〈ヤマト〉は前に進み続けている』という前提で未来位置を割り出していたため、〈ヤマト〉の横をかすりもせずにただ前へと追い越していった。

 

そこでどれもがすぐに力を失った。魚雷はすべてがホーミング機能を備えており、一度外れても向きをクルリと変えてまた標的を定め直し、仕留めるまでどこまでも追いかけるように造られている。

 

どこまでも――ただし、射程距離の範囲で。今回、魚雷はどれもがその射程距離ギリギリから射たれていた。ためにどれもが一度(マト)を外すとすぐに推進力を失って、不発のままに〈次元海水〉の中を沈んでいくしかなかったのである。



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実況中継

「波動砲……〈破壊兵器〉としてでなく、魚雷の回避手段として使ったというのか……」

 

シュルツは言った。そこで「司令!」と鋭い声を出す者がいた。

 

通信手だ。なんだ、と思って見やると恐怖の表情をしている。

 

そこで気づいた。聞かれた――すべて聞かれたのだ。マイクのスイッチは入ったままで、オキタと、そして全地球人に聞かせるつもりでベラベラと自分はしゃべり続けていた。

 

それが今もそのままなのだ。自分の言葉は地球の日本語に翻訳されて、同時に地球に流されている。ただちにこれを聞ける者がどれだけいるか知らないが、何十、何百万という単位……。

 

それだけの数に聞かれたのだ! そして見られた。魚雷発射を知った時点で、(あらかじ)め宇宙空間に(はな)っておいた無人カメラが撮る映像を地球に送るようにしてやっていたのだ。レンズには次元フィルターを掛けていて、〈ヤマト〉に向かって進む魚雷の航跡までがハッキリ確認できるようにしてやっていた。

 

地球人どもに見せつけるため……〈ヤマト〉に魚雷が当たる瞬間を全地球人に見せつけるために。しかしそれが、代わりに〈ヤマト〉が難を(のが)れたようすが撮られ送られてしまっている。

 

このわたしの解説付きでだ! 何百万という地球人に見られ聞かれてしまったのだ。

 

それはもちろん保存され、すぐにあらゆる地球人の知るところになってしまう。この自分の失敗を……。

 

そう悟った。シュルツは手で合図を送り、通信手は急いですべてを切ったものの、もう遅い。地球では既に数百万人が歓声を上げていることだろう。

 

やられた――またしても〈ヤマト〉にやられた。いや、あいつだ。あいつにやられた。

 

オキタ――そう名乗った男。あいつにしてやられたのだ。

 

冥王星に続いてまた――やつは魚雷を(かわ)す算段だけをしていたのではない。これだ。こいつも、やつの機略にこちらがかかってしまったのに違いない。

 

地球では、既に叫んでいるのだろう。オキタ! オキタ! またやってくれたのか! 我らは信じる。あなたなら、必ずどんな罠も切り抜け、ここに戻って来てくれる。我らはそれを信じて待つぞ!と。

 

そうだ。既に多くが叫び、すぐに誰もがそう叫ぶようになる。オキタはわたしが切った必殺のはずの(ふだ)を、またも地球に希望を届ける手に変えてしまったのだ。

 

「くっ……」

 

シュルツは歯噛みした。と、そこで「司令!」と、また鋭い声がした。

 

今度は操舵手だ。続けて叫ぶ。「ここは危険です。ロケット弾は届きませんが……」

 

「そうだ!」とヴィリップス。ハッとした顔で、「そうです。爆雷や魚雷は届く! ここにいては殺られます!」

 

「うっ」

 

と言った。そうだった。〈水〉に深く潜ったためにあの銀色の戦闘機に殺られる心配はなくなっているが、しかし深く潜ったことで今度は〈ヤマト〉に爆雷や魚雷を喰らう心配が生まれてしまったのだ。オキタは、これも狙っていたのかもしれない。

 

「司令!」

 

と今度はソナー手が、切羽(せっぱ)詰まった声で叫んだ。

 

「〈ヤマト〉が魚雷発射管の蓋を開く音を確認! 次元爆雷の射出口と(おぼ)しきものを開く音も!」

 

「いかん!」叫んだ。「逃げろ! なんとかして逃げるんだ!」



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小物はいいから

〈ヤマト〉が魚雷と爆雷の発射口の蓋を開く。しかし、それが狙うのは、シュルツの潜宙艇ではなかった。

 

六匹の〈ワニ〉――敵ガミラス次元潜宙艦隊だ。一度(かわ)したとは言ってもまたすぐ魚雷を射ってこられる敵なのだから、〈ヤマト〉としては先に片付けなければいけない。

 

まずは艦尾に六門ある魚雷発射口から六基の対潜宙艦用次元魚雷が発射され、同時にヘッジホッグ迫撃爆雷が両舷に並ぶ発射口から宇宙に(はな)たれる。

 

これらは魚雷の航跡を元に、『〈ワニ〉がいる』と見当をつけたおよその位置に放った(めくら)射ちだった。魚雷はピンを打ちながら〈ワニ〉を求めて〈海面下〉を進み、爆雷は任意の位置で〈海面〉に落ちて定められた〈深度〉に達すると爆発するよう設定されている。

 

敵を殺すのが目的でない。ダイナマイトでサカナを獲る漁のようにダメージを与え、今はふたたび〈ヤマト〉に向かって魚雷を射てなくさせるための攻撃だ。

 

〈ヤマト〉は今、敵の位置を正確につかんでいるわけではなかった。〈ヤマト〉艦橋、通信士席で相原が叫ぶ。

 

「アルファー・ワン、ツー。小物はいい! 〈ワニ〉を見つけにまわってくれ!」

 

『了解!』

 

と古代と山本。二機の〈ゼロ〉は機をひるがえして、敵の潜宙艦隊が〈ヤマト〉めがけて魚雷を射った辺りの宙域に向かった。

 

〈ゼロ〉には〈水中〉深くにいる潜宙艦艇を直接攻撃する能力はないが、しかし各種の探知装置で水中の敵を見つけて〈ヤマト〉に居場所を教えられる。漁業組合の飛行機が魚群を見つけて漁船に情報を伝えるように。鉱脈探しのパイロットが磁気計を積んだ飛行機で山の上を飛ぶように。

 

〈ヤマト〉はまだ、宇宙をバックで進んでいるかのように見える。そこで島が操縦桿を(ひね)りながらにペダルを踏んだ。

 

両舷のスラスターが炎を噴く。艦首と艦尾で左右逆にだ。〈ヤマト〉は船体を(きし)ませながらスピンした。

 

180度回ったところで、スラスターを逆向きに噴かせて回転を止める。新体操の選手がリボンをクルクル回したように煙が〈ヤマト〉を取り巻いた。

 

そうして〈ヤマト〉は元来た方へ、艦首を前に進み出した。今や〈ヤマト〉は前部の六つの魚雷発射口を六匹の〈ワニ〉がいる方角へ向けている。そこでそれまで止めていたメインとサブのエンジンを咆哮(ほうこう)させた。

 

二機の〈ゼロ〉が突っ込んでいった空間に後を追って進んでいく。(みずか)らもその球形艦首からアクティブ・ピンを(はな)ちながら、速力で潜宙艦に遙かに(まさ)る船体を加速させていった。



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爆雷攻撃

「来ました! 爆雷です!」

 

〈デロイデル〉の発令所内でソナー士が叫ぶ。彼が見る画面の中で無数の輪が広がっていた。

 

水面に石を落としたときに出来る波紋のようなもの。それがいくつも――それ自体が輪を為して、ゾールマン戦隊の六隻の船を囲んでいる。魚群に向かって打たれた投げ網のように。

 

〈ヤマト〉が(はな)った次元爆雷だ。何十基というそれらが今〈海面〉に落ち、〈水中〉に沈み始めたのだ。宇宙という〈黒いゴムシート〉の下の次元の〈水〉の中に。

 

そこに棲む〈ワニ〉を退治するための爆雷。それらがまたキンキンとアクティブ・ソナーのピンを打つ。

 

一定の次元深度に達するか、もしくはソナーが近くの敵を探知したとき起爆して、連鎖的に他の爆雷すべてがドカドカドカーンと行く仕掛けなのは確かめるまでもない。それが宇宙の爆雷攻撃なのだから。

 

その投げ網が打たれたのだ。キン、キン、キン……とピンガーの音が高まっていく。

 

そして、来た。爆雷のひとつが炸裂。続いてズガガガガンとばかりに次から次に爆発していく。

 

〈デロイデル〉はガクガクと揺れた。船のまわりで〈水〉がうねって外殻を撫で、内殻との間にある骨を(きし)ませて壁を(よじ)らせ、乗員が立つ床板を波打たせる。潜宙艦独特の不気味な音が内部に反響した。

 

〈デロイデル〉だけではない。ゾールマン戦隊六隻のすべての船の全乗員が、同じ響きに(はらわた)まで揺さぶられているはずだった。

 

とは言ってもこんなことで潜宙艦は沈みはしない。爆雷は(じか)に当たってそこで爆発しない限り致命的な打撃となることはない。

 

だが振動が治まるまでは何もできない。〈ヤマト〉に魚雷を射つこともできず、一徹(いってつ)おやじに蹴り上げられる卓袱台(ちゃぶだい)のような床の上でただ体を揺さぶられるのみ。

 

そして、振動が()んだところで、来た。またキンキンとピンガーの音が。

 

〈ヤマト〉が射った次元魚雷。そして〈ヤマト〉自身も(はな)つアクティブ・ソナーの合奏だ。さっきは24編成で遠のいていって聞こえたものが、今度は七つ近づいてくる。

 

「マスカー放射! 同時に急速浮上だ。()けろ!」

 

艦長のガレルが叫ぶのをゾールマンは聞いた。そうだ。やってくる魚雷は六基とはいってもこちらの船は六隻だから、一隻につき一基ずつ。次元マスカーを使えば(かわ)すのは難しくない。

 

勝負はまだこれからだ! ゾールマンは思った。地球人の魚雷などに、一隻たりとも殺られるものか!

 

「やつは波動砲を使った……」と情報士官が言う。「ならばしばらくワープできないはずです。今なら拿捕(だほ)できる!」

 

「そうだ!」と言った。「もらった! たとえ殺られても――」

 

「そうです! ただ一発だけ! 一発だけあいつに魚雷を喰らわせればいい! それで勝負はこちらの勝ちです!」

 

そうだった。その状況はもちろんまだ続いているし、むしろ〈ヤマト〉が波動砲を撃ったことでより確実なものとなったと言える。

 

今の〈ヤマト〉はワープで逃げることができない。だからこの六隻がたとえ沈められたとしても、シュルツ司令が味方を呼んで〈ヤマト〉を捕らえてくれるだろう。魚雷をただ一発だけ当てることができればいいのだ。そのチャンスをむしろ増やした!

 

そう言えるのだ。勝ったぞ、〈ヤマト〉! ゾールマンは思った。上から身を押さえつけられる力を感じる。船が浮上しているのだ。階を上がるエレベーターに乗ったときのように体がGを受け、倍ほどに重くなったのだ。

 

それを感じているわけだ。そしてキンキンと聞こえる音が、ごく小さな低くこもった音に変わった。

 

次元マスカーが効いたものに違いなかった。地球人の魚雷など、一発くらい〈デロイデル〉には(らく)(かわ)せる。真正面からのヘッド・オンで来るものならばなおさらだ。

 

そう思った。そのときだった。

 

「海面上に機影ふたつ!」レーダー手が叫んだ。「戦闘機です!」

 

「ちっ」

 

と言った。あの銀色の戦闘機。こちらにまわり込んでいたとは。

 

狙っていたな、と思った。これも、あのオキタという男……。

 

「よくも!」



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対潜ロケット弾攻撃

次元フィルターを掛けた照準板の中にいくつか、白い綿雲のようなもの。潜宙艦がアクティブ・ソナーの探知を(のが)れるために撒いた煙幕とわかる。

 

だが、〈ゼロ〉には〈海上〉から、磁気によって〈ワニ〉を見つけるためのセンサーも備わっていた。ソナーによる探知ほどに確かでないが、潜宙艦艇の影をおぼろに捉え得るのだ。

 

その探知器が繭玉(まゆだま)の中にいる(かいこ)のような細長いものの姿を捉えていた。潜宙艦の次元マスカーは次元海水を沸き立てさせた〈泡〉の煙幕。ビールやコーラの泡がコップの中を上っていくように、その煙幕も〈上〉へとのぼる。潜宙艦も次元魚雷を逃れるためには、のぼろうとする泡と共に船体を急速浮上させねばならない。

 

〈ゼロ〉が対潜ロケット弾で攻撃できるところまで――。元々この〈ワニ〉どもは、さして〈水中〉深いところに潜っていたわけではない。〈ゼロ〉がいま装備している武器は『対潜』などと言いつつさして威力が高くないうえ、深い次元まで届かないが、浅瀬にのぼってきた敵にジャブとして射ち込むのは有効だった。潜宙艦に対する攻撃その一として、(えぐ)り込むように射つべし。

 

『アルファー・ワン、ツー。敵は六隻だ! 手分けして一隻に二発ずつブチ込んでくれ! 二発は予備に残しておくこと!』

 

〈ヤマト〉から相原による指示が来る。「了解」と古代は応えて火器管制装置を見やった。

 

ロケット弾は右と左の翼にそれぞれ四発。計八発。潜宙艦にこれ全部をブチ込んでもまず撃沈には至らない。

 

だがそれでいい。自分の役目はこの〈ワニ〉どもにダメージを与えることとわかっていた。古代はまず一隻が攻撃可能深度に届くのをめがけてロケット弾を射ち込んでやった。

 

次に二隻目。山本も同じようにしているのがキャノピー窓の向こうに見える。

 

三隻目に向かったところで照準板が真っ白になった。泡だ。爆発するような勢いで宇宙に噴き上がった次元海水の水柱。

 

肉眼では見ることができない。照準板にはビールをブチ撒けたようなものしか見えない。しかし、代わりに〈ゼロ〉のキャノピー窓一杯に、巨大なものがそれまで何もなかった宙から急に現れ、自分に向かってくるのが映った。

 

〈ワニ〉だ。まさしく、地球のワニが水辺(みずべ)の鳥に、ガブリと喰らいつこうとして水中から飛び出してきたかのような光景だった。

 

今は古代の〈ゼロ〉がその獲物の鳥なのだ。古代が向かう潜宙艦は、魚雷を避けて浮上する勢いのあまり〈海面〉を破り、通常の宇宙空間にいま飛び出してきたのだった。その船首が古代の〈ゼロ〉とぶつかりそうになる。

 

それにめがけてロケット弾を(はな)ちつつ、古代は〈ゼロ〉の機をひねらせた。翼の先をかすめるような(きわ)どさで、〈ワニ〉の横腹をスリ抜ける。

 

ソナーの画面を見れば宇宙はグチャグチャだ。通常空間に飛び出してきたのは、その一隻だけでなかった。六隻の次元潜宙艦すべてが〈海面〉の上にいた。次元海水がかき乱されて時空が歪み、ために曲がったガラス越しに見るようにグニャグニャと人の眼には揺らめいて見えるが、しかし確かに肉眼で見える。

 

六匹のワニが水面をのたうつような光景が。そして〈ヤマト〉がこれを目掛けてふたたび次元魚雷を射つのも、〈ゼロ〉のレーダーは捉えていた。



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親誘導

「魚雷接近! まずい、こいつは(おや)誘導だ!」

 

〈デロイデル〉の発令所内でソナー士が叫ぶ。ゾールマンはそれを聞いて血が凍るような恐怖を覚えた。

 

「なんだと!」

 

と叫ぶ。〈親誘導〉――それはこの状況で、もっとも聞きたくない言葉だった。

 

次元魚雷の誘導方には、魚雷自身が標的を捉えて進む自己誘導と、射った母艦が後ろから操る親誘導がある。

 

親誘導は標的まで近づかないとできないが、人が眼で見て手で操縦するために命中率をより高めることが可能だ。つまり狙われる側からすれば(かわ)すのはより難しいことになる。

 

ほぼ不可能に近いほどに――しかし〈ヤマト〉は、今まさに、もう確かにそれができる距離までここに近づいていた。艦首からアクティブ・ピンを放ちつつなおも迫ってきている。

 

そして、今やこの戦隊は、〈海面上〉にその姿を(さら)していた。魚雷を操る人間が眼で見て追える通常空間。

 

「いかん! 潜れ! 潜るんだ!」

 

「はい!」とガレル。「しかし今――」

 

そうだ、と思った。この船は、たった今あの銀色の戦闘機のロケット弾を喰らってしまった。致命傷でないと言え、損傷を受けてしまっている。

 

なのにここで潜航すれば、下手(へた)をすると二度と浮き上がれないことに――。

 

しかし、「魚雷を躱すにはそれしかない!」

 

「はい!」とまたガレルが叫んだ。「急速潜航!」

 

「急速潜航!」

 

操舵士が叫ぶ。通信士が他の船にも命令を伝え、六匹の〈ワニ〉はまた〈水中〉に潜り始めた。

 

だが間に合うのか? 魚雷はもう、すぐ近くまで迫っている。〈ヤマト〉の雷撃手が見る照準装置には、次元フィルターが掛けられてもいるだろう。そしてあの銀色の戦闘機――。

 

あいつだ。あいつは磁気でもってこの六隻の姿を捉え、データを〈ヤマト〉に送っているに違いない。魚雷はいくつもの〈眼〉と〈耳〉と、そして〈鼻〉まで頼りにしてこちらへと進んでいるのだ。全艦が(のが)れるなど有り得ぬこと――。

 

そう思った。そのときだった。

 

「〈バーズ〉に命中!」ソナー士が叫んだ。「〈エグゼダー〉にも!」

 

「くっ」

 

と言った。ソナー画面の中で爆発の波紋が広がり、この船にまで届いて内壁をビリビリと震わせるのが感じられる。床も下から千本の棒で突かれたように揺れた。

 

続いて〈ギャワ〉、〈ビューズドン〉、と僚艦が魚雷に殺られていく。この〈デロイデル〉にも敵の魚雷が自身もアクティブ・ピンを打ちながら迫りくるのが感じられた。

 

だが――と思った。躱せる。この魚雷は躱せる。

 

爆発に次ぐ爆発で、この辺りの〈水中〉は乱れ、もう魚雷どものソナーも〈ヤマト〉のそれも、磁気探知も効かなくなっているはずだ。そして次元フィルターを掛けた照準器も役に立たない。

 

僚艦の犠牲のおかげで今この船は敵から見えない。そのはずだとゾールマンは思った。操舵士に叫ぶ。

 

面舵(おもかじ)だ! 舵を右へ! 一杯に切れ!」



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失探

〈ヤマト〉の魚雷制御室では、六人の雷撃士が今それぞれの席に就いて一基ずつ、各自の魚雷を操っていた。

 

母艦からの親誘導による魚雷の操縦は、狙った獲物をほぼ確実に仕留めることを可能とする。可能とするが、だがしかし、ふたつの(なん)も存在する。

 

ひとつは敵までの距離が充分に近くなければならないことだが、これは今は問題ない。もうひとつは殺せる敵の数に限りがあることだ。

 

一隻二隻であればまず確実に殺れる。三隻四隻となるとちょっと厳しくなり、五隻六隻までを一度に殺るのはかなり難しくなってしまう。

 

なぜなら、数を殺る(ごと)に、眼で見ようにも〈水中〉が見にくくなってしまうからだ。魚雷が炸裂する毎に、それが起こすノイズによって照準装置の画面はかき乱されていく。四発目が当たった後にはもう、敵潜宙艦を見ようとするのは味噌汁椀の底のワカメを見ようとするみたいになってしまうのだ。

 

これでは敵を殺ろうにも殺れない。四隻を仕留めた後の魚雷制御室はそのようなことになっていた。

 

それでも五発目。

 

「当たった……かな?」

 

と五人目の男が言った。魚雷は敵に命中し、炸裂はしたらしいのだが、直撃で大破もしくは撃沈に至ったのかどうかは不明。

 

そんなようすを艦橋で南部が見守っていた。四隻までは殺れるだろうが五隻六隻は難しいのはやる前からわかっていた。六発目は、

 

「失探。一隻は(のが)しました」

 

「ふむ」と沖田。「あの〈()もどき〉は?」

 

「やはり失探。〈海底〉に隠れたようです」

 

と森が言う。沖田はまた「ふむ」と言って、森が示す画面を見やった。

 

「まあしかたがないな」

 

シュルツと名乗った男が乗っていた船は、〈ヤマト〉と〈ゼロ〉が潜宙艦隊を相手にしている間に水中深く潜り、次元海底の窪みの中に身を隠してしまったらしい。そうなるとアクティブ・ピンなど打ったところで見つけるのは至難となる。

 

あの小舟はまさに鵜であり、そう長くは潜っていられるはずのないものでもあるが、〈ヤマト〉としてはあの〈鵜〉の息が切れるのを待っているわけにもいかない。

 

あのシュルツという男は、ここに空母と重巡艦隊が来るのを待っているはずだからだ。あの男が呼ばずとも、敵はすぐに来るかもしれない。

 

〈ヤマト〉が今、ここで波動砲を撃ったのを、地球だけでなく敵も知った。今の〈ヤマト〉はワープで逃げられなくなったのを、敵は知ったことになる。

 

だから、冥王星で最後に仕掛けて来たように、また今度も空母と重巡で襲おうとするはずだった。さらに軽巡や駆逐艦までやって来るかもしれなかった。数で来られてまともにやれば〈ヤマト〉に勝ち目などはない。だから、とにかくできるだけ遠くへ去らなければならない。

 

と言うわけでシュルツの船が浮かんでくるのを待てはしなかった。だがそれよりも、生き残りの敵潜宙艦。

 

「数が減ったと言っても油断はできません。背中を向ければまた魚雷を射ってくるでしょう。今度は敵が親誘導で来るでしょう。そうなると(かわ)せない……」

 

新見が言った。沖田は「うむ」と(うなず)いて、

 

「果たし合うしかないだろうな」



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果し合い

〈デロイデル〉は〈ヤマト〉の次元魚雷を(かわ)した。しかし、

 

「やはり無理がかかりました。エンジンの出力低下! 半分も出ません!」

 

「ソナー室に浸水!」

 

「バラストタンク破損! 浮上しなければ沈没します!」

 

発令所内で士官らが悲鳴のような報告を上げる。戦闘機のロケット弾を喰らいながら急速潜航などしたために、受けた損傷を悪化させたのだった。

 

元より、〈ヤマト〉を追うために、エンジンに過度の負担を()いてもいた。その(むく)いがここへきて遂に担保の差し押さえにかかったらしい。

 

〈デロイデル〉はもはやまともな戦闘力を持たなかった。しかし、

 

「魚雷は射てるのか」

 

「射てます。一度だけですが。それも浮上しないと……」

 

「それで充分だ」ゾールマンは言った。「〈ゴルデノール〉は……」

 

「応答ありません」と通信士。「ですが、おそらく状況は本艦より深刻なものと……」

 

「くっ」

 

歯噛みした。六隻中四隻殺られてこの〈デロイデル〉の他にもう一隻、〈ゴルデノール〉も魚雷の直撃は(まぬが)れたらしい。まだ活きてはいるらしい。だが、そうは言ったところで……。

 

浮かぶことができるなら、この〈デロイデル〉同様に浮かび上がろうとするはずだがそうしない。なら、できぬのだと考えるしかない。通信で呼びかけても応答がないと言うのなら、『撃沈を免れ』たと言うよりもただゆっくりと沈んでいくだけの命しかないのだとしか……。

 

思えなかった。そしてこの〈デロイデル〉も、〈ヤマト〉相手にいま一太刀(ひとたち)を打てる力があるかどうかだ。

 

「魚雷は四発。親誘導はできるな」

 

「できます」

 

「ならいい。今度はやつにやられたことをこっちがしてやる番だ。浮上次第発射しろ」

 

「はい!」

 

「どうだ。〈ヤマト〉め。躱せるものなら躱してみろ」

 

言ってフフ、と笑いながらガレルと情報士官を見る。彼らも笑いながら(うなず)いた。

 

「ガール・デスラー」

 

ゾールマンが言うと、

 

「ガール・デスラー」「ガール・デスラー」

 

ふたりが応える。そして発令所内の誰もが、口を揃えて声を上げた。

 

「ガール・デスラー!」「ガール・デスラー!」

 

――と、そこで操舵士が言う。「海面まで10、9、8……」

 

「ガール・デスラー!」「ガール・デスラー!」

 

雷撃士も、「魚雷発射用意。親誘導だ」

 

「7、6、5……」

 

「ガール・デスラー!」「ガール・デスラー!」

 

発令所内だけではない。艦内の至る所で兵のすべてがそう叫んでいるようだった。火花が散る機関室でも、〈浸水〉したソナー室でも。

 

「4、3、2……」

 

次元海面が迫る。雷撃士が〈潜望鏡〉のハンドルを掴んだ。〈ヤマト〉を直接、眼で見て魚雷を誘導する必殺の照準器を覗き込む。

 

「1、ゼロ!」

 

操舵士の叫びと共に、船が次元の海面を突き破る強烈な衝撃が来た。



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時間差攻撃

「出ました。前方右下方、距離150!」

 

〈ヤマト〉第一艦橋で森が叫ぶ。通常空間に〈浮上〉してきた敵潜宙艦だ。レーダーが捉えた敵にすぐさまカメラが向けられ、望遠で拡大された像がメインスクリーンに映される。

 

水面上に飛び出したワニ――まさにそのように見える敵は、すぐに姿を揺らめかせてまた画面から消えてしまった。ただし、何やら小さなものがふたつそこに残って見えて、波紋のようなものがまわりに広がっている。

 

「あれは……」

 

と太田。後を継いで新見が言う。

 

「〈潜望鏡〉です。敵は潜望鏡深度を取った……」

 

『潜望鏡』と言ってもそれは、地球の海の潜水艦が持つものとは形が違う。どちらかと言えばやはりワニの眼玉だけが陸の獲物を狙うために水面から出ているような感じに見えるが、ともかく、それがガミラス次元潜宙艦の〈潜望鏡〉。ここで敵がそれだけを通常空間に出しているということは、

 

「来たな。やはり親誘導で魚雷を射つ気だ」

 

沖田が言った。そうだった。ここで敵が確実に〈ヤマト〉に魚雷を当てようとするなら潜望鏡を使う。直接に眼で見ながら魚雷を誘導するには〈ワニ〉はそうするしかない。

 

そして〈ヤマト〉は、今そのワニの鼻先にいるようなものと言えた。こうなったら逃げられず、ガブリと喰らいつかれるだけだ。

 

しかし沖田は続けて言った。「島、ここはお前の腕だ。やり方はわかるな」

 

「はい」と島。

 

「では任せる。それに古代だ。相原、〈ゼロ〉に敵を殺れと伝えろ」

 

「はい」

 

と相原。彼と島とが、コンソールに向かって機器を操り出す。

 

――と、そのときだった。森が叫んだ。

 

「魚雷です! 〈ワニ〉が魚雷を発射!」

 

「ちっ」

 

と島。操縦桿を掴んでひねる。森は続けて、

 

「数は一……いえ、二……じゃない、三! 時間差で射ってきてる!」

 

そして四つ目の魚雷を示す点が、彼女が見るソナーの画面に表れた。〈ワニ〉は一本、また一本と、数秒ずつ間隔を開けて魚雷を四つ射ってきたのだ。

 

四基の魚雷を一度に射つより、そのようにして射つ方が、射たれる側はより()けにくい。森が示すものを見やって、島はまた舌を鳴らした。〈ヤマト〉は彼の操縦により、今やクルマのドリフトレーサーが峠に挑むような動きを始めている。

 

右に左に船体を揺らし、大きく尻を振らせながら進む方向を転じさせる。三次元の宇宙だから、これにジェットコースターか、エアレースの軽業(かるわざ)飛行のような上下機動が加わる。

 

それを重い〈ヤマト〉の船体を用いてやるのだ。中にいる者達は、そのたび体をあちらこちらに持っていかれる。

 

クルーはいま全員が重力アンカー無しの波動砲発射に備えて耐衝撃シートに座り、安全ベルトを締めたままでいた。主計科の鍋の蓋などは、しっかりと閉じて決して開かぬようにロックを掛けた状態にあった。そうでなければ船の中はえらいことになってるだろう。

 

いや、えらいことになっていた。医務室で佐渡先生が、この状況でも酒を飲んでいたために「わーっ!」と叫んで転がっている。

 

時間差を取って射たれた四基の魚雷は、少しずつ角度を変えて扇形に広がりながら〈ヤマト〉めざして進んでくる。島の操舵はその〈ワニの眼〉による誘導を少しでもしにくくさせるためのものだった。その間に相原が、古代に向けて指示を飛ばす。

 

〈潜望鏡〉――〈次元海面〉からわずかに出ているだけの〈ワニの眼〉は、〈ヤマト〉のスナイパーである副砲をもってしても仕留めにくい相手だった。地球の海の潜水艦の潜望鏡が、敵には波に見え隠れしてしまうように。

 

次元海面スレスレにいる敵を〈ヤマト〉は狙い撃てない。けれどもそれができる兵器が別にあった。

 

そうだ。対潜ロケットランチャー。古代と山本の〈ゼロ〉がまだ二発ずつ持っているロケット弾なら敵を討てる。

 

古代が〈ワニの眼〉を潰すのが先か、魚雷が〈ヤマト〉に届くのが先か。この二隻の果し合いはそこにかかっていることになった。まずは山本の〈アルファー・ツー〉が、〈波の下〉にいる敵に向かって突っ込んでいく。



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最後の一撃

「やられました! トリムに被弾! もう浮いていられません!」

 

〈デロイデル〉発令所内で操舵士が叫ぶ。〈水中〉で船の前後のバランスを取るトリム装置。潜宙艦のいわば〈腰〉だ。これを殺られるともう船はもたず、前か後ろに傾きのめって沈んでいくか、それともふたつにヘシ折れてしまうかということになる。

 

あの銀色の戦闘機だ。二機いるうちの片方にロケット弾を喰らったのだ。

 

まだ持っていやがったのか――ゾールマンは思った。戦闘機搭載用の対潜ロケット弾。一発一発はたいした威力でないと言え、この状況で受けたなら致命傷は(まぬが)れない。

 

なのにそれを喰らったのだ。そしてまたレーダー士がもう一機の接近を告げる。

 

「まだだ!」とゾールマンは叫んだ。「まだだ! あいつに、〈ヤマト〉に魚雷をブチ込むまでは!」

 

しかし、ソナーももう利かない。もはや魚雷の誘導は、〈潜望鏡〉による目視だけが頼りとなっている。〈ヤマト〉はそれを知っているに違いなく、右へ左へ上へ下へと宇宙空間を舞っている。

 

よくもあれだけの大型艦を、ああも振り回せるものだ。〈潜望鏡〉の視野は狭い。あのように動く〈ヤマト〉を追いかけるのは難しく、ときに雷撃士の眼を逃れてしまいもする。

 

しかし、無駄だ。せいぜい命中までの時間をいくらか遅らせるだけ。こちらの勝ちに変わりはない――。

 

そう思った。だが警報が鳴り響いている。バランスを失くした船がグラグラと揺れ、回路がショートを起こしたらしい火花があちらこちらで散る。

 

「まだだ」とゾールマンはまた言った。「まだ、あいつを殺るまでは……」

 

「到達まで500……400……」

 

とガレルが祈るような声で言う。一発目の魚雷の〈ヤマト〉までの距離だ。それがゼロになりさえすれば我の勝ち。

 

そうだ。そうなのだ。それでいい。それができればここで死んでも構うものかとゾールマンは思った。そしてその時は必ず来る。いやいやそれが(かな)わずとも二発目か三発目か四発目が当たる。

 

〈ヤマト〉にこれらを(かわ)すことなどできるはずがないからだ! 今度ばかりは絶対に、やつは()けることができない。魚雷は必ず命中する!

 

そうだ。ただその時まで、船がもてばそれでよいのだ! ゾールマンは思った。「300……200……」とガレルが距離を読み続ける。

 

だがそこで、

 

「来た!」とレーダー士が叫んだ。「あいつだ!」

 

『あいつ』。あの戦闘機。銀色のやつの一番機――それを指した言葉だとわかり、ゾールマンは慄然(りつぜん)とした。

 

そんな、と思う。タイタンでも、冥王星でも、もう一歩のところでこちらから勝ちを奪っていったという、あの悪魔のようなやつ。

 

それが来たと言うのか、ここで。おれもそいつに殺られるのか。

 

そんな、と思った。よくも、と思った。そして衝撃。ロケット弾だ。それはゾールマンの立つ真上、発令所の天井を破って中に飛び込んできた。

 

痛みを感じるヒマもなかった。ワニの目玉のような〈潜望鏡〉を貫き、その下にある発令所に届いてそこで炸裂した対潜弾は、その区画を炎で満たしてすべてを焼き尽くさせた。



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浮遊物

敵の魚雷の一発目はまさに〈ヤマト〉に届かんばかりとなっていたが、そこで島が〈ヤマト〉の船体をドリフトさせた。クルマの運転ならそうとでも呼ぶしかないような動きを見せた〈ヤマト〉の舷のすぐ脇を、魚雷がかすめ抜けていく。

 

曲芸じみたテクニックもさることながら、しかし回避が(かな)ったのは、船に届く直前に魚雷が〈親〉のコントロールを失ったからだ。さらに続いてやって来ていた二・三・四発目の魚雷も、同様に力を失い〈海中〉へと沈んでいく。

 

すべての警報が()んで脅威が去ったのを伝えた。皆がそれぞれの席でヤレヤレと息をつく。

 

「やったな」

 

と南部がメガネを直しながら、隣席の島に笑って言った。「ああ」と島は応えたが、

 

「けど、ニンジンが心配だな」

 

森がレーダーとソナーを見ながら言う。「周囲に敵なし。あの〈()もどき〉も見失ったままです……いえ、ちょっと待ってください。これは……」

 

「ん?」と真田。

 

森が機器を操って、見つけたものをメインスクリーンに出す。皆がそれを(あお)ぎ見やった。

 

映し出されたのは、宇宙に何やらミジンコを拡大して見たようなひとつの物体。黒くて丸い目玉のようなものが付いていて、それがこちらを向いてるらしい。

 

「スパイカメラだな」真田が言った。「波動砲で魚雷を(かわ)すところを撮っていたやつだろう。それを地球に送っていた……」

 

そして新見が、「ええ、でも変ですね。敵はこんなの、いつもはすぐ自爆させてるんですけど」

 

「うん」

 

と太田。ガミラスは、これまで地球に自分達の船の破片ひとつすら渡そうとせぬかのような戦いをしてきた。兵士は服に焼却装置が付いてるらしく、死ねば(みずか)ら火葬になる。ましてや無人偵察機の(たぐい)など、役を終えたらすぐ自爆して宇宙の(ちり)となっているのが常だった。

 

すべては自分達の情報を何も地球に渡さぬため。そう考えられてきたのだ。

 

「なのにどういうこと?」

 

「さあ……もうそんなこと、関係なくなったのか……」

 

「ふむ」と沖田。「〈ゼロ〉で回収させられるか」

 

「問題ないでしょう。牽引ロープを掛けて引っ張ってこれるはずです」

 

「では相原。古代にそう命じてくれ」

 

「はい」と相原。しかし、「あ、ちょっと待ってください。その古代から入電です」

 

「ふうん」

 

「こちら〈ヤマト〉」と、マイクのスイッチを入れて相原は言った。それから、「何?」

 

ひどく驚いたような声を出す。皆が『どうしたのか』という表情になって彼を見た。

 

「本当なのか……わかった。映像を送ってくれ」

 

とマイクに言ってから、相原は『なんだなんだ』といった顔の者達に向かい、

 

「ガミラス兵と(おぼ)しきものがひとつ浮かんできたそうです。ひょっとしたら生きているかも……」

 

「なんだと?」全員が口を揃えた。

 

「そんな」と新見。「それこそ焼かれるはず……」

 

そうだった。〈ガミラス兵〉と言えば古代がタイタンで闘って倒した後で自ら燃えて灰になっていくのを記録した映像をこの艦橋で皆が見ている。あれは陸戦だったがしかし、これまでの長い宇宙の戦闘において、船から吸い出された敵兵はすべてがただちに自分で火に焼かれているのだ。

 

だが、

 

「映像が来ました」

 

と相原が言ってメインスクリーンに出した()には、確かに地球の人間とほとんど変わりがないと思えるものの姿がいま映っていた。バイク乗りの革ツナギのような服にヘルメット。宇宙で少しの間なら生きていられそうにも見えるが、

 

「生きてるのか?」

 

『わかりません』

 

と古代の声。映像がメインスクリーンに出ると同時に、古代の声も皆が聞こえるようにされていた。

 

『ですが……』

 

「たとえ死体としても……」

 

と徳川が言う。そうだ。たとえ生きてなくても貴重な標本となる。服からも何か情報が得られるかもしれない。

 

「ああ」と沖田は言った。「相原、回収するように言え。それに、スパイカメラもだ」



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牽引ロープ

『いいか、牽引ロープを掛けて引っ張ってくるだけだ。それがブービートラップでないという保証はない。艦内に入れる前に危険がないか確認する』

 

と耳に相原の声。「了解です」と古代は応えてキャノピー窓の向こうにあるものをあらためて見た。

 

潜宙艦が沈んでいく次元の渦の中から〈浮かんで〉きたひとりの〈人間〉。見る限りは地球人となんの違いも見出(みいだ)せない。革ツナギのような服にヘルメット――と言うより、その昔に地球の空でハーロック一世や二世が被ったプロペラ機時代の飛行帽のようなもので頭部が覆われている。おそらく、先日のパーティで、『テントにもし穴が開いたら被れ』と言われて持たされた防具と似たようなものではないかと思えた。

 

とすれば、あれはまだ生きている可能性があることになる。まさか、とも思いはするがしかしたとえ死体としても……。

 

敵が何かを探る貴重な標本となる。〈ヤマト〉に持ち帰らなければならない。山本の〈アルファー・ツー〉をもうひとつ回収を命じられたスパイカメラの方に向かわせ、古代はその〈男〉に〈ゼロ〉を近づかせた。機体から牽引ロープを出して、フックの先を〈男〉の体にひっかけさせる。

 

と言っても、事は決して簡単ではない。ゲームセンターのクレーンゲームで景品を獲ろうとするようなものであり、あれよりずっと難しい。

 

外へ出てって自分の手でフックを掛けることができれば早いのだが、そうするわけにはいかなかった。やった瞬間、あいつがドカンと爆発しない保証はない。

 

それが〈ブービートラップ〉、古来から地球人類の(いくさ)において使われてきたダーティ戦法。だが戦争に卑怯も姑息もないのだから、ガミラス人がそんな手をここで使わぬと考えることがあってはならない。

 

もっともその可能性は低いし、やるとしても今ここでなく〈ヤマト〉の中に入ったところでドカンなのかもしれないが。やっとどうにかロープを掛けて、古代は機をひるがえさせた。

 

〈ヤマト〉は既に宙域の離脱にかかり、補助エンジンにモノを言わせて遠く去っていこうとしている。古代は〈ゼロ〉を加速させて後を追った。もちろん、エンジンを吹かせばずっと〈ゼロ〉の方がスピードが速い。

 

近づいていくと、艦尾の扉を開けて〈タイガー〉が次々に船の外に飛び出してきた。ワープができるようになるまで〈ヤマト〉を護ろうというわけだろう。そしてまた、

 

『古代サーン』

 

呼びかけてくるものがあった。アナライザーだ。〈ヤマト〉の第三艦橋から、命綱に繋がれて船の外に出てきている。

 

古代と山本が回収したものに危険がないか確かめろと命じられたのだろう。もしもこれがトラップならばこのロボットはドカンといってしまうわけだが、しかしそれを気にするような性格でもないようだった。水上スキーかパラセーリングでも楽しんでるような調子で自分の半重力装置を使い、宙をクルクルと舞っている。

 

古代は〈ゼロ〉の翼を振って応えてやった。山本の機も続いてくる。

 

()く手の彼方(かなた)にこの前の冥王星で見たのより明るく輝くエイクルス。ケンタウルス座アルファー星――今ここからは三光年。そうだ、勝ったんだなと思った。どうやら、また今回も。

 

ここは宇宙のマラッカ海峡。しかし、遂にそこを抜け、本当の外宇宙の旅が始まるのだ。

 

沖田のおかげで――そう考えて、古代は複雑な思いがした。

 

そうだ。今度の勝利もまた、結局のところ沖田のおかげ。どこをどう見てもそうなのだから、そう認める他にない。

 

しかし複雑な気分だった。ヴァーチャル・ルームでのあの一件――おれはどうしてあのとき沖田に、あんなことを言ってしまったのだろう。

 

徳川機関長はあのとき言った。いつか君にもわかるだろう、と――何が? あれはただ単に、おれの兄貴の死についてだけの話じゃないように思えた。機関長はもっと大事な何かがおれにいつかわかると言ったような気がする。

 

沖田艦長の思いが――しかも、おれも同じだって? まさか。そのうえ、それがわかるようになるって?

 

いいや、いくらなんでもそれはない――そう思った。思ったけれど、その後で見た島の顔を思い出す。

 

あいつは言ったな。なんだったっけ。高校野球部の女子マネがマネジメントの本を読めば甲子園に行けるというものじゃない。だからマニュアルなんてもの読んだところでしょうがない、とか。

 

あれは、と思った。沖田もやはり、そういう意味で言ったんだろうか。他人の書いたマニュアルに頼って得られる勝利など、千にひとつもありはしない、と……。

 

兄さん。兄さんは信じたのか。沖田ならば勝ってくれる。人を救ってくれるんだと。だからおれも兄さんのように沖田を信じるべきなのだろうか。

 

どうなんだろう、と古代は思った。しかしやはり『イエスだ』と自分に言える確信はなかった。



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不始末

シュルツの乗る潜宙艇は、次元海底の窪みに潜んでエンジンを止め、じっと動かないでいた。そうしている限り〈ヤマト〉のアクティブ・ソナーの探知にかかるおそれはない。

 

が、それができるのもここがまだ、〈大陸棚〉の上だからだ。しかしすぐ先でそれは終わり、〈海底〉は急な斜面となって深く落ちていっている。

 

その上に広がる〈大海原(おおうなばら)〉へ〈ヤマト〉は出ていこうとしており、今の自分はそれを〈下〉から見上げている他にない。これで〈ヤマト〉を潜宙艦艇で追うのは不可能となってしまった。

 

おまけに、と思う。あの銀色の戦闘機が何やら拾って〈ヤマト〉に持ち帰ったらしいのをいくつかの機器が捉えている。

 

「何を取っていったのだ?」

 

シュルツが言うと、

 

「ひとつはスパイカメラでしょう」ガンツが応えて、「迂闊(うかつ)でした。自爆装置がまさか無効になっているとは……こんなことは今までなかった……」

 

それはそうだ。これまで地球に無人機を何千機も飛ばしてきたが、自爆装置を掛けずにおいたなんて(ためし)は一度もない。地球人が来るのを迎え撃つときも、すべて完全にそうしてきた。

 

けれどもここ――地球人が決して来れるはずのなかった一光年離れた宇宙で、自爆装置に意味があるのか。ない。ないはずだった。やつらは冥王星までの〈五光時間〉の距離を行くにも〈二ヶ月〉かかるようなやつらであったのだ。やつらの単位で言うとそうだ。なのにその一千倍遠く離れたこの宙域で、装備に自爆装置を掛ける意味があるのか。

 

ない。ないはずだったのだ。しかし、とは言えそれ以前に、それを確認していなかった。確かめていれば自爆装置はちゃんと有効にしておいただろう。

 

しかしそうしなかった。すべき確認を(おこた)っていたのだ。なんと迂闊な――戦闘機を緊急出撃(スクランブル)させるときにその戦闘機のビームガンにエネルギーが込めてあるか確かめず出すようなものではないか。そんなことする戦術士がもしもいたなら絶対に、戦術士にしておくわけにいかぬだろうが。

 

なのにそれと同じことをやってしまったのだと言える。なんと迂闊な……。

 

いいや、迂闊どころではない。思えばあまりに拙速(せっそく)に事を運んでしまっていた。潜宙艦で〈ヤマト〉を殺れるチャンスは今だけしかない。そして今なら地球人に〈ヤマト〉を沈むさまを見せつけてやれる。それで総統の怒りも解けて、部下を故郷に帰してやれる――その一心で飛び出してきて、すべてを場当たりに進めていた。

 

その結果がこれなのだ。あのオキタという男に軽く(ひね)られて当然だった。

 

そして、空母だ。〈ヤマト〉がワープできない今なら空母の艦載機でもってあいつを拿捕できるかもしれない。だからすぐに寄越せるように手配しておくべきだったのに、それも怠ってしまっていた。

 

ここでやつが波動砲を撃つなんて考えてなかったからだ。撃って壊すものなんか何もないのに撃つわけがない。しかし空母をやつの主砲の射程外に置いたなら、『艦載機を出される前に』と言って撃つに違いない。それで殺られてしまうだけのことだから、空母を準備するのは無意味――そう考えてしまっていた。

 

だが、事がこうなるとは! 〈ヤマト〉から今、黄色と黒の戦闘機どもが飛び立って、船のまわりに陣を展開させているのがわかる。ワープができるようになるまで船を護ろうというわけだろう。どこから空母が来ようとも返り討ちにしてやるわ、と言わんばかりの陣形だ。

 

こうなるともう、今から空母と巡洋艦隊を来させても遅い。オキタのやつはすべて見越して策を講じていたに違いない。

 

驚くべき短時間でだ。あらためて思った。なんという恐るべき男。それに対してこの自分は……

 

なんという失態を。シュルツは己の(あやま)ちに身が裂かれる思いだった。

 

この敗北はただ潜宙艦六隻を失ったというだけでない。冥王星の不始末以上の不始末を自分はやってしまったのだ。結果として敗けただけでなく何か〈ヤマト〉に取られてはならないものを鹵獲(ろかく)された。

 

「なんだ」と言った。「もうひとつは何を取られた」

 

「わかりませんが」と通信手。「ことによると生きた兵士……」

 

〈ヤマト〉と戦闘機との交信は傍受させてもいたのだが、しかしはっきり聴き取れるようなものではもちろんない。切れ()れの断片的な情報から推測で(おぎな)うしかない。のだが、通信手がそう言うのならおそらくそう――しかし、

 

「まさか」と言った。「そんな――まさかそんな!」

 

声を上げただけでなく、通信手に掴みかかるところだった。通信手も慌てた顔で、「いえ、はい、まさか」などと言う。

 

だが全員が愕然(がくぜん)となった顔を見合わせた。あの〈ヤマト〉に生きた兵士を捕虜に取られる? もしもそんなことになれば――。

 

「どうなるんだ?」とヴィリップスが言った。「もしもそんなことになれば……」

 

「知るか」と言った。「そんなことがあってはいかん……そんなことがあっては決していかんのだ!」

 

だがそんなことを言い合っていてもしかたがない。〈()〉はただそこに隠れている以外のことは何もできず、彼らは今あまりに苦い敗北の味を噛みしめるのみだった。




第13章はこれで終わりです。〈ヤマト〉はまだ1光年進んだところ。イスカンダルまで残りあと14万7999光年ですが、またしばらく休みをいただきたく思います。投稿再開をお待ちください。

いずれ必ず再開を。そして地球への帰還まで、との考えもありますが、共に果たしていつになるかわかりません。完結は(完結するかどうかさえもわかりませんが)早くとも五年は先、おそらくそれより後になるかと思われます。

白状しますと正直なところ私自身、やっていけない状況ですね。どうやら読者も増えないようでありますので、いっそ中断、もしくはここで一切をやめて別のサイトで別の作を始めようかとの考えもあります。以前、感想の返信欄に書けるなら書いてみたい話として、
『独立に揺れる植民地に「自分には関係ない」と言う日本人がいて、そこに白人のヤな女がやって来て、しかしやがてこのふたりが――』
などといったことを書きましたが、どうやらそういうものになりそうなアイデアを見つけたものですから、それを先に書いてしまうのもアリかな、とか。詳細はブログに書いておりますので、リンクをたどって探して読んでみてください。


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