空気読めない野郎は夢を見続ける (燕尾)
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空気読めない野郎はバニーガールの夢を見続ける1
どうも、勢いに乗って書き始めた燕尾です。
暖かく、見てくれると嬉しいです。
その日、秋月夏樹と梓川咲太は野生のバニーガールと出会った。
ゴールデンウィークの最終日。
暇つぶしで本を読みに来た夏樹は妹に頼まれて本を借りに来た咲太と偶然図書館で出会った。
ゴールデンウィークにもかかわらずただただ本を読んで時間を消費していることに咲太から哀れみの視線を向けられるがどうでもいいのでスルーして帰る準備をしていた。
住んでいる場所が近いのでどうせだったら暇つぶしにでも咲太を弄りながら帰ろうと思い一緒に帰ることを提案する。夏樹の心情なぞ知りもしない咲太はなんでもないように頷いた。
妹からのお使いを忘れることなく完遂しようとする咲太はカウンター前で足を止めた。その視線はカウンターを正面に左にある本棚の方を向いていた。
なんぞやと不思議に思った夏樹もそちらを見る。
そこにはバニーガールがいた。
瞬きを数回しても消えることはない。ということは幻ではないということだ。
「なあ咲太。お前には
「奇遇だな秋月。僕も今聞こうとしていたところだ」
自分の見ているものが確かなものかどうか咲太に確認すると、どうやら夏樹の幻や錯覚ではないようで見えていたようだ。
足元には艶のある黒のハイヒール。すらりと伸びた両足を包んでいるのは、黒のストッキング。同じく黒のレオタードは細身ながらメリハリのある体のラインを際立たせていた。
また手首には白のカフス、首には蝶ネクタイを身に着けている。
「はてさて…この状況、どう見るのが正解なんだ?」
どっからどう見てもバニーガール。しかしそれがいるにはいささか場違いだ。さっさとベガスにでも帰って欲しい。
「図書館という静寂な場所の中に一匹の妖艶なバニーガール……ありだな」
思春期丸出しの咲太は放って改めて夏樹は状況を確認する。
この情景でまず一番におかしいのは、図書館にバニーガールがいるということ。それに並び、このおかしな状況に
新聞を読んでいる常連のおっさんも、PCで調べ物している大学生も、きゃっきゃと騒ぎながら勉強している女子高生たちもそれを注意する職員も――誰一人してあのバニーガールを認識している人間はいなかった。認識しているのは夏樹と咲太だけだ。
この状況を考えながら席に戻りしばらく観察していると、バニーガールと目が合ってしまった。
「……」
「……」
「……」
皆して瞬きを二回。
そこから先に口を開いたのは、彼女のほうだった。
「驚いた」
どこか跳ねるような悪戯っぽさが含まれた声音。
「君や夏樹にはまだ私が見えているんだ」
「麻衣にそんな趣味があったなんて知らなかったわ。なあ、咲太?」
「桜島先輩ですよね?」
夏樹の問いかけを無視して真衣にでも気遣っているのだろう、ボリュームを落として名を口にする。
「私をそう呼ぶということは、君、峰ヶ原高校の生徒なの?」
「二年一組の梓川咲太です。梓川サービスエリアの『梓川』に花咲く太郎の『咲太』で梓川咲太」
同じ自己紹介をされた夏樹は相変わらず面倒くさい自己紹介をするな、と他人事のように思っていた。
「私は桜島麻衣。桜島麻衣の『桜島』に、桜島麻衣の『麻衣』で桜島麻衣よ」
「なぜに麻衣までそんな自己紹介?」
しかもそれだと桜島麻衣という存在を知っていなければ分からないやり方だ。
それでもそれで通じてしまうのがこの桜島麻衣という人物だ。
「知ってます。先輩、有名人だし」
「そう」
咲太が言うも麻衣は興味なさそうに片手で頬杖を突いて窓の外へと視線を逸らす。
わずかに前傾姿勢になったことで強調されたある部分に釘付けになっている咲太。年頃の男子だったら仕方がないだろうし流しておく。
「梓川咲太君」
「はい」
「ひとつ、忠告をしてあげる」
「忠告?」
突然の話に咲太は首をかしげる。
「今日見たことは忘れなさい」
口を開きかけた咲太だったが、それより先に麻衣が続けた。
「このことを誰かに話したら、頭のおかしな人だと思われて、頭のおかしな人生を送ることになるんだから」
麻衣の言葉は確かに忠告だ。だが、夏樹はひとつ気になっていたことがあった。
「なぜ俺には忠告しないんだ?」
「夏樹はもう既に頭がおかしいからよ」
不服である。別におかしいことなど夏樹はなにもしていない、思い当たる節はないというのに。
「ああ…」
咲太も納得しないで欲しい。
「夏樹は置いておいて――金輪際、私と関わらないように」
「……」
どうしたものかと悩んでいる咲太に麻衣は念を押す。
「わかったのなら『はい』と返事をしなさい」
「……」
どう反応するのが一番なのか無言で考えている咲太に麻衣はむっとした表情になる。しかしそれも束の間、気だるげな表情に戻り本を棚に戻して図書館から出て行く。
「忘れろって言われてもな……あんな刺激的なウサギさん姿、忘れんのは無理だろ」
「咲太ずっと釘付けだったからな。流石ブタ野郎だ」
「あんただって同じだろう」
「別に? 咲太みたいに俺は麻衣を見てもなんとも思ってないからな」
「このむっつり」
「それじゃあ帰るか。ほらさっさと立てよ咲太。妹にその本を早く渡さないといけないだろ?」
席を立ち、咲太を立ち上がらせようと引っ張る。
「すみません許してください」
すると速攻で謝罪の言葉が飛んでくるのだった。
「で、昨日お前は何をしていたわけ?」
「それは忘れなさいと言ったわよね?」
翌日、学校についてから誰もいないクラスの教室で一人座っている麻衣に問いかけた。
「忠告されたのは咲太のほうで、俺はただただ頭がおかしいって言われただけだからな。だから聞いた。まあ、ああいう格好で出歩く性癖がある頭のおかしな女だと思われたいというなら喋らなくてもいいけどな」
「それは昨日の仕返しかしら?」
「滅相もございません?」
「否定の言葉を疑問で言うな」
足を踏まれる。今回は少し強めで報復の意味もあるのだろう。
何かとあれば麻衣は足を踏んでくる。数年踏まれ続けた身としては、どんな感情を込めて踏んでいるのかわかるようになった。
「仕返しをさらに仕返すとか…復讐はなにも生まないってよく言うだろ」
「本の読みすぎよ」
「返す言葉が見当たらないな」
降参の意図を見せると麻衣は足を除けた。
夏樹は麻衣の隣の席に腰掛ける。
「まあ、明らかにおかしいのは麻衣の格好や頭じゃなくてあの状況だけどな。思春期特有の病気か?」
座りながら夏樹がそういうと、麻衣は少し目を見張った。
「夏樹は信じてるの? あの話を?」
「否定する材料が見つからないだけだ。多感がゆえに不安定な心が見せる思い込みだとか、新種のパニック障害だとか、集団催眠だとか――いろいろと出てきているが、どういう
「そんなの、言い出したらきりがないじゃない」
「ああ、そうだな」
だがしかし、実際にそういうものだと証明できた人間は誰一人としていない。
「だから俺は仮定しているだけだ。まずはそういうとこからだろ、普通は」
世の中の現象をすぐに解明なんてできるわけがない。夏樹からしたら断言している人間こそ思考を放棄しているようにしか思えない。
だからこそ夏樹はそれが正しいものだとしているのだ。そうでないと話が進まないし、正しい判断ができなるなることを知っているから。
「だからといって俺が解明しようとは思ったことないけどな。面倒くさいし」
「夏樹らしいわね」
麻衣は呆れたように笑う。だが、それが秋月夏樹のスタンスなのだ。
「ま、それに麻衣とは違う現象だが同じ思春期特有の病気に見舞われた人たちを俺は実際に目にしたことがあるからな。なおさら否定しないのさ」
「そうなの?」
半信半疑、というような視線を麻衣から受ける。
「麻衣もこれからわかるさ。あとはそう心配することない。たぶん解決するから」
安心させるように肩を叩いてやる。
「その上から目線、生意気。あと気安く触るな、セクハラ」
「すげぇ言われようだな」
不機嫌そうに足を踏んでくるが、そんなに力が込められてない事に夏樹は笑いながら返す。
「ほら、クラスメイトも来たみたいだから、もう話しかけてこないで」
「面倒くさい生き方してんな。ほんと」
「夏樹ほどじゃないわよ」
お互い毒を吐きながら今日も過ぎていくのだった。
とりあえず始めましたがバニーガール先輩の話で止めるつもりです。
後は感想や評価で続きを書くか考える予定です。
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空気読めない野郎はバニーガールの夢を見続ける2
どうも、燕尾です。
バニーガール先輩、二話目です
「お前、なにかあったのか?」
教室で異様なオーラを出している麻衣。バッグを置いて麻衣に問いかけると、麻衣は一瞥した後すぐにそっぽを向いた。
「別に、夏樹には関係ない」
「そういうくらいなら少しはその不機嫌な雰囲気をどうにかしろ。鬱陶しいわ、アホ」
「う、鬱陶しいってなによ!」
そのままの意味である。隣で不機嫌な様子でいられるのは非常に面倒くさいのだ。
なにがあったのかは大体予想ができる。恐らく地雷を踏まれたのだろう。そうでなければ今の麻衣がここまで不機嫌になることは早々ない。
そしてその地雷を見事踏み抜いたのは咲太だろう。
「痴話喧嘩も大概にしろよ」
「そんなんじゃない!」
麻衣は強く否定しているが、夏樹の考えが正しいと証明されたのは昼休みのことだった。
「秋月って麻衣さんと同じクラスだったんだな」
夏樹と麻衣のクラスに咲太が訪ねてきたのだ。
「まあな。それより一昨日の今日でお前が麻衣って呼んでいるのに驚きだ。牧之原翔子はいいのか?」
「いいもなにも、翔子さんとはまったく関係ないぞ。国見といい秋月といいどうしてそこに結び付けるんだ」
「たぶん理央も同じようなこと言って来るぞ?」
「……」
咲太は微妙な顔をする。それほどまでに咲太に対しての印象が強いのだ。
「それより、今日麻衣さんは来てないのか?」
露骨に話を逸らすがつっこめばその先は沼なのでスルーしてやる。
「来てはいるが昼休み早々に出て行ったぞ。あの様子でその様子だと何かあったんだろ?」
「ああ。特大級の地雷をぽちっとな」
「やっぱりな。どうにかしろよ? 麻衣の奴、ずっと不機嫌オーラ出して面倒くさかったんだからな」
「そこは秋月が上手くやってくれてもよかったんじゃないか?」
「どうして俺が踏み抜かれた地雷の後片付けをせにゃならんのだ。自分でやれ、自分で」
そう言って咲太を追い返す。咲太は面倒くさそうに頭を掻いて帰っていった。
「咲太君、ここに来たかしら?」
それから昼休み終わり戻ってきた麻衣からは、そんなことを訪ねられる。
「ああ、来たよ。逃げるようにいなくなったウサギをわざわざ訪ねにな」
夏樹は皮肉をこめた言葉で報告してやる。
「話でも何でもして、さっさと終わらせろよ」
そう忠告する夏樹に対し、麻衣は気まずそうな顔をする。
だが、俺に言えるのはここまでで後は当人たちがどうにかするしかない。
しかしそこから二週間、麻衣は毎日どこかへ出て行き、咲太は昼休みは毎日のようにうちのクラスに訪れるようになった。それこそ、咲太が麻衣にご執心だという噂が流れるほどに。
夏樹も毎日咲太に聞かれているうちにあらぬ噂がたっていて面倒くさくなり、クラスから離れていた。
そして夏樹が足を運んでいたのは物理室だった。
「ここはオアシスだなぁ」
「勝手にくつろぐな」
目の前でぐでーっと夏樹に目の前の白衣の少女は辛らつな言葉を投げてくる。
だが、夏樹は意に介さず少女に注文する。
「マスター、俺コーヒー。ブラックで」
「ここは喫茶店じゃない。それにマグカップは一つしかない」
「都合の良いことにここにマグカップがありまして」
夏樹は戸棚を開いてマグカップを一つ出す。
「……いつの間に入れた?」
「理央の隙を見てだな」
「マジで帰れ」
「でもなんだかんだで用意してくれる理央はほんと好きだぞ」
「本当に出て行け」
これ以上からかうとさすがにやばいのを悟った夏樹はぐでーっとくつろぐだけにする。
目の前で実験用のビーカーやアルコールランプなどを駆使してコーヒーを作っているのは咲太と同じ二年生の双葉理央。この広い物理実験室の主だ。
「最近どうよ、理央?」
「梓川といい突然なに? 別に秋月に話すことなんてなにもないよ」
「色々あるじゃん。佑真のこととか、佑真のこととか、咲太のこととか、佑真のこととか」
「国見のことで秋月に報告することなんてなにひとつない。それと二割五分に梓川が入っているのが気に食わない」
「そんなこといってやるな。咲太の数少ない友人よ」
あえて理央のとは言わなかった。その意図をわかっている理央はそっぽ向く。
「本当に秋月は空気を読まないね。梓川より質が悪いよ」
「というと?」
「望まれている空気をわかっているくせに、真っ向からそれを否定していく」
それは的確に夏樹のことを表していた。しかし、少なからず齟齬がある。
「否定はしてないさ。ただ読んでも仕方がない空気は読まないようにしているだけ。俺だってちゃんと空気を読むことだったあるぞ?」
ただ今までの生活の中でそういう機会がほとんどないというだけで、夏樹だって読むべきところはちゃんと読んでいる、はず。
「私に向かって好きとか言う奴のどこを信用しろと?」
「なんだ、本気にしてたのか?」
「コーヒーぶっかけるよ」
「女の子が言うと響きが凄いよな」
「変態」
「結構」
これ以上のやり取りは不毛だと思ったのか、ため息を吐きながらコーヒーを入れたマグカップを差し出してくる理央。
「ありがとな」
一言理央に礼を言ってから口をつける。
うん、普通に美味い。
「そういえば梓川が変なことを聞いてきたよ」
「変なこと?」
「そ。人が見えなくなることはあるか」
ああ、と夏樹は納得する。
咲太は麻衣におきている現象について調べているのだろう。まったく地雷を踏んでおいて律儀な奴である。
二人のことは置いておいて、理央の話に戻る。
「それに理央はなんて答えてやったんだ?」
「物理のレンズと観測理論」
「なるほどな。たぶん咲太の話の答えとして正しいのは観測理論の方だろうな」
「なに、どういうこと?」
「咲太はいま、思春期特有の病気について調べているってことだ」
「あの眉唾なものを信じてるの?」
「信じる信じないは置いて、摩訶不思議なことが現実に起きてるんだよ。それを否定する材料がないのさ」
コーヒーを飲み終わった俺はマグカップを洗い、水気を取ってもとの棚に戻す。
「じゃ、また駄弁りに来るよ」
「いや来なくていいから」
「じゃ今度は佑真と来るわ」
「……っ! 二度と、来るな!!」
あっはっは、と笑いながら退散する。理央はもう少し冗談が通じるようになるべきだと思いつつ、教室へと戻るのだった。
「お前、なにしてんの?」
学校が終わり、バイトもなくスーパーで買い物をして帰ってきた夏樹は咲太の家のドアの前で座り込んでいる
「なんで夏樹がここに……」
「なんでもなにも俺もここに住んでるからだよ。咲太とは同じフロアの隣人って所だな」
本当はそれだけではないのだが、いま話すことでもない。
「で、麻衣は何をしているんだ?」
問いかけるも、麻衣はそっぽ向いて答えようとしない。
「答えたくないならそれでいい。ちなみに咲太はバイトで十時位まで帰ってこないから。じゃあな」
「ちょっと、それを知っててそのままにしておくのはさすがにどうかと思わないの!?」
さっさと家に入ろうとする夏樹を慌てて引きとどめようとする麻衣。
「お前の待ち人は咲太なんだろ? なら俺は関係ないんじゃないのか?」
「もうこの際夏樹でもいいわ。ちょっと付き合って」
咲太が聞いたら勘違いしそうな言葉をあえて選んで投げつけてくる麻衣。しかし、
「断る」
「どうしてよ!」
即答する夏樹に、麻衣は叫んだ。
「面倒くさいからに決まってるからだろ。それに咲太の家の前にいたっていうのはそういうことだろ? いい加減仲直りしろ。毎日毎日、俺を巻き込んでいたのがわからないのか?」
「それは、悪いと思ってるわよ…」
普段見ないようなしゅんとした様子を見せてくる麻衣。しおらしい姿を見せるのは滅多にないのでどうやら本当に思っているようだ。
夏樹ははあ、とため息を深く吐いた。
「とりあえず、自分の家に戻ってろ。飯作って持ってってやるから」
どうせ買い物できなくて食べるものがないとかそういうことなのだろう。
麻衣の家が向かいのマンションなのは知っている夏樹は彼女に戻れと指差す。
「なんで夏樹が私の家を知ってるのよ!?」
「そりゃ、向かいのマンションに住んでればお前の姿を見ることぐらいあるだろうが」
「私は見たことないわよ」
「んなもん知るか」
自分の感覚を人に押し付けないで欲しい。夏樹が麻衣の姿を見たのも本当に偶然だったのだから。
「それに咲太の妹の飯も作ってやらんといけないから、ついでだついで」
「どうして夏樹が咲太君の妹のご飯を作るのよ?」
「咲太がバイトのときは帰りが遅くなるからだよ。できるだけ暖かい飯を食べさせてやりたいってことで俺が咲太がバイトの時、妹の飯作りを引き受けたんだ」
「でも妹さん、極度の人見知りよね? 夏樹みたいなのと顔を合わせても大丈夫なのかしら」
かなり棘のある言い方だが、夏樹は動じない。
「麻衣とは違って懐いてくれているからな。麻衣とは違って」
その言い草に麻衣は顔を顰めた。それに対して夏樹は勝ち誇ったような顔をした。
最初こそは夏樹も咲太の妹には凄い怯えられた。そこからかなりの時間を要して打ち解けられたのだ。
今となっては一緒にゲームまでする仲になっている。
「とにかく買い物は咲太と行って来い。あいつが帰ってくるまで待つのはさすがに腹減るだろうから飯は作ってやる。それが嫌なら十時まで待ってるんだな」
「その…嫌じゃない。悪いわね……」
ここで自分のプライドを優先する麻衣ではなかった。必要なことはしっかりと理解している。
「気にするな。じゃ、また後でな」
麻衣に夏樹は小さく笑って料理の準備をするのだった。
いかがでしたでしょうか?
ではでは~
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空気読めない野郎はバニーガールの夢を見続ける3
どもども、燕尾です
ではでは続きです
「お邪魔しまーす」
麻衣に料理を届けてから俺は咲太の家にお邪魔する。
「夏樹さん、こんばんは!」
するとパタパタとリビングからパンダ少女がやって来る。
「こんばんは、かえでちゃん。お腹すいてるでしょ? パパッと作るから待っててな」
「はい! かえで、いい子にして待ってます!!」
元気よく返事をするのは咲太の妹の梓川かえでだ。
「それじゃあ、いい子にしてるかえでちゃんには献立にコロッケを追加であげよう」
「やりました! いい子にしてる甲斐がありました!」
諸手を挙げて喜ぶかえでを微笑ましく思いながらも夏樹は夕飯の準備を始める。
とはいっても自分の部屋で下処理をしていたので残りは簡単な作業しか残っていない。それこそものの十数分で完成する。
「かえでちゃーん、皿とか用意してくれる?」
「はーい!」
夏樹の指示に素直に従ってかえでは皿を準備していく。
「夏樹さん、準備完了しました!」
「それじゃあ、かえでちゃん危ないから離れてて」
「はい、お願いします! 夏樹さん!!」
限界まで集中力を高める夏樹をかえでは期待したような目見つめる。
「それじゃあいくぞ――ほっ、はっ、せい!!」
フライパンから打ち上げられた料理が次々と見事に皿に乗っかっていく。
「おぉ~、さすがです。いつ見ても凄いです!」
ぱちぱちぱち、とかえでが夏樹に拍手を送った。
本来はこういうことはしないのだが、かえでが喜んでくれるということでメニューによってはエンターテイメントを取り入れた料理をしている。
「それじゃあ、食べようか」
互いに向き合って席に座り、頂きますと手を合わせて料理に手をつける。
「夏樹さん! このお魚、すごくホクホクして美味しいです!」
「新鮮な魚が手に入ったんだよ」
「こっちのコロッケもホクホクサクサクです~」
「そっちは惣菜屋さんで買ったものを暖め直しただけなんだけどな」
いかにも幸せそうに次々と料理を頬張っているかえで。その幸せそうな顔を見ればこちらとしても作りがいがあるというものだ。
「そういえば、夏樹さんに相談したいことがあったんです」
夕飯を食べ進めていると、箸を置いたかえでが真剣な面持ちで口を開いた。
「相談したいこと?」
「はい。こんなこと相談できるのは夏樹さんしかいないのです」
「ふむ、そういわれたら聞かないわけにはいかないな。どうしたんだ?」
「最悪の事態が起こりそうなんです」
かえでにとって重大なのは伝わった。後は何が起きそうなのかを聞くだけ。
かえでは一拍置いてその最悪の事態を教えてくれた。
「実は…お兄ちゃんが地球を滅ぼすつもりなんです!」
「………………は?」
大きすぎるスケールの話に夏樹の思考が停止した。
「ですから、お兄ちゃんが地球を滅ぼすつもりなんです!」
「あ、そうか。ちなみにどういう風に滅ぼすつもりなんだ?」
「彼女を作ります!」
まったく理解できなかった。咲太が彼女を作ったら地球が滅ぶのか?
とりあえずかえでの話を聞いた夏樹が答えるべきことは――
「咲太の愚行を止められるのは妹のかえでちゃんだけだ。かえでちゃんの愛を以って咲太を止めるんだ。大丈夫、かえでちゃんの愛は咲太に届くはずだから」
「はい。かえで、頑張ります!」
かえでを応援してあげることだけだった。
「それで、お前たちは和解できたのか?」
麻衣を餌付けし、かえでちゃんを応援した翌日。気分よさそうに学校へ来た麻衣に俺は事の顛末を確かめる。
「ええ。夏樹にも迷惑かけたわね」
本当に迷惑だった、と口にする夏樹に麻衣が噛み付いてくると思っていたのだが、はいはいと流される。どうやら、夏樹の批難を受け流せるほどいいことがあったのだろう。
そのいいことが何か夏樹は知っていた。
「ま、後輩とのデートでそこまで機嫌をよくしているんだったらなにも言えることないわ」
「ち、違う。別にデートってわけじゃないわよ」
すぐに否定する麻衣。しかし、言い逃れなどできない証拠を夏樹は握っている。
「へぇ~。デートがいいって言う咲太に、『じゃあそういうことにしてあげる』って笑顔で言っていたのはなんだったんだ?」
「な、何で知ってるのよ!」
「夏樹さんは何でもお見通しなのだ」
実際には違う。二人にバレないように帰ってきたところを観察していただけだ。
「年上の女として後輩をからかいたいだとか、年上の余裕を見せようとすると余計に子供っぽく見えるって知ってるか?」
「……」
麻衣は無言で夏樹から目を逸らす。そんな麻衣に夏樹はさらなる追い討ちをかける。
「それと大抵咲太には気付かれているぞ。思い当たる節はあるだろ」
「わかっているわよ!」
麻衣は思い切り俺の脚を踏んできた。強さからして、恥ずかしさを隠したがっている踏み方だ。
「男子とサシで出かけることなかった麻衣。大人の姿を見せようとしているも、次々とそのポンコツ振りを見せていくことになるとはこのとき思いもしなかった――的なことにならければいいな」
「変なモノローグ入れるな!」
「咲太と上手くいくといいな?」
「別に、咲太君とそういう関係になりたいわけじゃないから!」
どうだか、と言う夏樹に麻衣はさらに強く踏んできた。
そして、浮かれているのは麻衣だけではなく――
「なあ佑真。あいついつにも増して鬱陶しい」
バイト中、夏樹はどこか浮ついた笑みを浮かべながら仕事に勤しむ咲太を指差しながら隣にいるさわやかなイケメンに愚痴る。
「ああ~…咲太のやつ、明日桜島先輩とデートなんすよ」
浮かれる咲太の状況を説明するのは、友人であり咲太と同じクラスの国見佑真だ。バスケ部に所属しており彼女持ちという、リア充街道まっしぐらな男だ。
「それは麻衣から聞いてるから知っているんだが、こうもふとした瞬間ににやついた咲太の顔が見えると、無性にあの尻を蹴り飛ばしたくなる」
「それは妬みっすか?」
「いや、こっちが普通に働いてんのにあのだらしない顔をしているのが腹立つ」
要するに、いまの咲太は夏樹にとって非常にうざったいのだ。
「夏樹先輩ってどこかズレてますよね。ここは普通、桜島先輩と上手くいきそうになって羨ましいとか思いません?」
「思わないな」
「即答ですか。なんだか意外です」
言葉の意図がわからない夏樹は首をかしげる。
「なんだかんだで夏樹先輩と桜島先輩は近かったので、てっきりいずれ二人がくっつくものかと思っていたんです」
佑真の話は部活やってる連中ではかなり有名な話らしい。俺と麻衣が遠くないうちに恋人同士になると噂されていたようだ。
「んなわけないだろ。お前らの脳内はピンク色か? いや、ピンクだからそんな話が出るのか」
咲太のことをブタ野郎なんて言えないレベルでピンク色だ。
その理由は察しがつく。
「大方、麻衣のことを『麻衣』って呼んでいるのと、話すときは人目に付かないように話しているからだろ?」
「はい。大体、そんな感じですね」
本当に浅はかというかなんというか、夏樹も呆れてものもいえなくなってくる。
「そもそも麻衣のことを『麻衣』って名前で呼んでいるのはその方が呼びやすいからだ」
毎回、桜島と呼ぶのが面倒になっただけだ。五文字と二文字ではどちらが呼びやすいなんて明白というもの。
「それに人が居ないときにしか話していないのは、麻衣から言ってきたことだ。『他の人がいるときに堂々と話しかけないで』ってな」
だから誰もいないような朝や放課後、たまにブッキングする飯の場でしか話をしないのだ。
「納得です。ですがもうひとつ気になっているんですけど」
「なんだ?」
「どうして二人は話すようになったんですか? いまの話を聞けば桜島先輩は誰とも話そうとしてなかったんですよね?」
麻衣と夏樹が話すようになったきっかけ。要するに麻衣と知り合いになったきっかけはなんだっただろうか。
麻衣と話すようになったのは麻衣が本格的にこの学校に通い始めた一年生の夏あと。芸能活動休止して残りの仕事を片付けた後だ。そのときの夏樹は麻衣とどうして話すようになったのか。考えてもあまり思い出せなかった。
ただ記憶の片隅で微かに残っている物が引き起こされた。
「たぶんどうでもいい言い合いからだった」
「……は?」
理解できなかったようできょとんとしている佑真。
「あまり覚えてないが、どうでもいい言い合いから麻衣と話すようになったな」
どうでもいい言い合い。そんな誰もがやるような内容を、まして二年前の内容を覚えている奴なんてそうはいない。
印象にすら残らない、そんなくだらない話。しかしそれは今も夏樹と麻衣を繋げている。
「なるほど。双葉の言う通り、本当に夏樹先輩って空気読まないんすね」
「ちょっと待て、どうしてそういう話が出てくるんだ」
「だってそうでしょう。周りは桜島先輩に話しかけることしなくて、桜島先輩も誰とも話そうとしていなかったのに、そこに突っ込んでいく夏樹先輩は相当空気読めてないですよ」
からからと笑いながら言葉の刃を突きつけてくる佑真。
「理央にも言ったが、読むべきところはちゃんと読んでるぞ? 読んでも仕方がない空気は読まないだけだ。自分の行動を高校生共が勝手に作った空気とやらに制限されるのも面倒くさいだろ」
言い合わないといけないから言い合った。そこから挨拶するようになって、話すようになった。ただそれだけの関係が続いているだけなのだ。
そこに周りの空気なんて関係ない。俺と麻衣の間にあるのは俺たちのルールだけだ。
「んなわけで、麻衣と関わっても恋仲になるようなことはない。以上
「なるほど。どうやら夏樹先輩の心臓は鋼鉄でできているみたいっすね」
「もうなんでもいいさ。今さらなに言われても関係ないしな」
「面倒くさくなっただけっしょ?」
その通り。一年以上の付き合いだけに、佑真はそれなりに夏樹のことを理解していた。
「あ、面倒くさいといえば佑真」
「なんすか?」
「お前の彼女…黒砂糖……だったか?」
「上里っす、"と"しか合ってないじゃないっすか」
「まあ何砂糖でもいいが、あの女どうにかしろ。お前と話すたびに睨んできて鬱陶しい」
「あー、咲太にも言われました。咲太は屋上に呼び出されたとか」
聞き捨てならない話が出てきた。明らかに今後面倒くさくなるような話だ。
「彼氏なら何とかしろ」
「心臓が鋼鉄でできてる夏樹先輩なら大丈夫だと思いますけどね」
「ボロ雑巾のようにしてもいいのなら対応してやるが」
「せめて塩対応ぐらいにしてくださいよ」
どうして夏樹がそんな気を遣わなければならないのだろうか。気を遣うのは佑真の役目だ。
「縛らないのと放置はわけが違うことぐらいわかるだろ。付き合っているなら、他人任せにするのは止めろ」
「そうなんすけどね…」
「わかってるなら何とかしておけ。ボロ雑巾になるのも時間の問題だぞ」
「夏樹先輩の言うことは大抵正しいから上里じゃ勝てないだろうなぁ…わかりました、今度話し合います」
「なるべく早くな――さて、未だににやついている咲太の尻を二つに割ってくるか」
いってらと送り出す佑真に笑みを返し、つま先をトントンと突いて、夏樹は咲太の尻に思い切り足を振るのだった。
いかがでしたでしょうか?
ではまた
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空気読めない野郎はバニーガールの夢を見続ける4
ども、燕尾です
日曜日。
バイトも終わり、今週から始まるテストに向けて軽く勉強しているとき、携帯電話に着信が入る。
番号を確認すると見たこともない番号からの着信。
「……」
最初は無視して切ったのだが、もう一度携帯が鳴り響く。番号はさっきと同じだ。
だろうなと思いつつ、夏樹は電話に出る。
「こんな時間に何のようだ」
『どうして一回電話切った?』
声の主はやはり咲太だった。非通知か、わけのわからない電話番号は大抵咲太からなのはわかっていた。
それでも一回切ったのは、当然面倒くさかったからだ。
「もちろん知らない電話番号から出てはいけませんって、母親から習ったからに決まっているだろう」
『秋月がそんな殊勝な心がけをしているなんて知らなかった』
「で、日が変わって数時間経った夜中に掛けてきた非常識の咲太君はどうしたのかな?」
『非常事態だ。助けてくれ』
夏樹の嫌味を聞いた上での咲太のこの発言。大方何が起きているのかはわかった。
「どうせ麻衣絡みだろ」
『秋月は麻衣さんのこと覚えているのかっ!?』
「そりゃあな。あんな面倒くさい女、忘れたくてもそう忘れないわ」
『その忘れる事態が起きているからこうして電話しているんだ』
「大体、麻衣のことを覚えている奴が峰ヶ原高校の連中ぐらいしかいないんだろ?」
『よく分かったな』
言われなくても考えればすぐ分かる。咲太のことだから先に佑真や理央に連絡しているだろうし、そもそも麻衣がこうなった原因は峰ヶ原高校にあると夏樹は考えていたからだ。
『なら話は早い。どうしてこんなことが起きてるか考えて欲しい。解決策を見つけて欲しい』
「断る、面倒くさい」
『こんなときまで、冗談言わないでくれ』
「俺が言う面倒くさいが冗談だったことがあるか?」
咲太は黙った。何度も聞いている夏樹の面倒くさいが嘘だったことは一度もないからだ。
「もう手遅れさ。明日には峰ヶ原の生徒も麻衣のことを忘れてる」
『どういうことだよ…』
咲太の声に怒気がはらむ。しかし夏樹が咲太の様子にビクつくわけはない。
「そのままの意味だ。この世界の人間は桜島麻衣のことを忘れる。明日じゃなくてもそのうち忘れられて、消えていく」
桜島麻衣という存在は人々の記憶から消え去り、観測されなくなった麻衣はこの世界から消える。
『僕は忘れない。絶対に』
「そうかい。ま、寝て次の朝にうっかり忘れてないことを祈るよ」
『微塵も思っていないこと言うな』
苛立ったように電話を切る咲太。それに対して夏樹は飄々とした様子だ。
「さて、寝るかな」
麻衣が消えようとしている今も、それに咲太が抗おうと奮闘している今も、夏樹には関係ない。人生なるようにしかならないのだ。
だからあくまで夏樹は普段どおりに過ごすのだった。
「よう、辛気臭い顔してんな。咲太との初めてのお泊りデートは上手くいかなかったのか?」
「……え?」
昼、学校に来た麻衣に声を掛けるととんでもないものを見るような目で夏樹は見られた。
「おいおい、役者がそんな間抜けな顔してていいのかよ」
普段なら間抜けな顔なんてしてない、と反論を受けるのだが麻衣からその返答は返ってこない。
「あなた、まだ私が見えるの……?」
「まあな」
「私を、覚えてるの……?」
「そりゃあ、二年ほぼ毎日話し続けてる奴を忘れることはそうないだろ」
すると麻衣は何を血迷ったのか、いきなり夏樹の手をとった。
「ちょっと来て!!」
「おい、何するんだ」
「いいから、来なさい!」
面倒くさい、と呟きながらも俺は麻衣に引っ張られていく。
どこに連れて行かれるのか考えなくても分かる。
「麻衣さん、それと…秋月?」
麻衣に連れられたのは咲太のクラス。咲太はもちろん、違うクラスのはずの理央がそこにいた。
「よう、二人とも。俺帰っていいか?」
「帰らないの」
最低限の挨拶を交わした夏樹は帰ろうとするが、そうはさせないというようにぐりぐりと麻衣に足を踏まれる。全力に近い強さで踏んでいることから、本気で言っているのだろう。
「おい咲太、そんな憎い目で俺を見るな」
「麻衣さんと手を繋いで足を踏まれているのに、それは無理な話だ」
どんなところに嫉妬しているんだ咲太は。
人の性癖に口出すことはしないが、嫉妬の矛先を夏樹に向けないで欲しいものだ。
「さすが梓川、こんなときでもぶれないブタ野郎だね」
「それで、俺は何で連れてこられたんだ?」
もうさっさと終わらせて欲しい夏樹は話を促す。
「秋月、もう麻衣さんのことを覚えているのは僕たちしかいないようなんだ」
「佑真は?」
「国見は覚えていなかった。朝桜島先輩について話しかけたら『誰だっけ、それ』って困ってたよ。他の生徒がどうかまではわからないけど」
「佑真が忘れた理由を、理央はわかるか?」
そう夏樹が問いかけると、理央はほんの少し気まずそうににした。しかし、その理央の様子に咲太や麻衣は気付いていなかった。
「おい、咲太。まだ麻衣のことを覚えていそうな人間を当たって来い」
「急に、どういうことだよ」
「昨日麻衣と行動してたなら、駅とかで峰ヶ原の生徒に見られたぐらいはあるだろ」
「見られたかもわからないのに麻衣さんを覚えていそうな人間なんて――いや、いる…!」
「あ、ちょっと咲太!」
心当たりの合った咲太は一気に駆け出した。そんな咲太を追って麻衣も離れていく。
二人の姿が遠くなって、声が聞こえなくなったところで夏樹は理央に確認する。
「それで、何か心当たりはあるんだな」
「秋月は昨日寝たか?」
「まあ、そこに行き着くよな。理央は?」
「私
単純な話、人間どのタイミングで物事を忘れるかを考えれば答えなんてすぐに出た。
「こうして目の当たりにすると、寒気が走るよ」
「この空気にか?」
理央は頷いた。
「こうなる前から、あの人がこの学校の中で空気のように扱われていたことに。私自身も空気を読んでさもこの状況が正しいかのように、何の疑問もなく、受け入れていたことに」
「大元の原因は麻衣自身だけどな」
麻衣がそうであることを望んだのだ。空気となり、一人の世界にいることを願い、そういう風に振舞った。それに対し周りは麻衣の望みを、麻衣が出した空気を読んで空気のように扱うようになった。
最初はクラスから始まり、それは次第に学年へ、そして最終的には学校全体まで広がった。
「今の空気は"みんな"が作り上げた。麻衣を含めてな。その空気は基本的に麻衣を中心に広がっていく」
関係のない人たちが麻衣を忘れた始めた原因はそこにある。麻衣が望む空気が伝染していったのだ。
「だが拡散され過ぎた空気はもう麻衣を媒介にしなくてもいいように、一人歩きするようになった。そして今の状況が起きている」
だから咲太にはもう手遅れだといったのだ。どう足掻こうと空気は勝手に広がっていくのだから。
「そこまでわかっているなら、解決策もわかっているんじゃないのか?」
「解決するのは咲太と麻衣だ」
「こういうときでも空気読まないんだね」
「読んだところで俺にはどうしようもないから読まないんだよ。俺にはこの空気を変える力はないからな」
後は任せるとだけ言って夏樹は自分の教室に向かう。
ただ夏樹にはまだ理央に言ってない事実があった。
「あ、最後に一つ。俺は今日ぐっすり寝たぞ?」
「は? それはどういう――」
「じゃ、頑張れよー」
全部は言わず、夏樹はその場から離れていった。
次の日、火曜日。今日からテスト期間だ。
「ねえ夏樹。あなたはまだ私を覚えてるかしら?」
「だから忘れてないって言ってるだろ。鬱陶しい」
「双葉さんはもう私のこと見えてもなかったし覚えてなかったわ」
「それじゃあ俺や理央の仮説は正しかったってわけだ」
そして理央は自分で実証することでその仮説を証明させたのだ。
「私は、どうしたらいいのかしら」
「知るか、いつも通りにしてればいいだろう。もうなるようにしかならんし、不安なら愛しの咲太を信用しとけばいい」
「あなたはブレないわね」
「理央曰く、俺は空気が読めないらしいからな」
それにブレていないのは夏樹だけじゃなく、周りの連中だって同じだ。皆、普段と変わらない生活を送っている。
麻衣という存在がいないのは皆にとって普通で、日常なのだ。
「お前、テストはどうするんだ?」
「用紙を貰えないんじゃ受けようがないわよ」
「なんだったら俺が貰ってやろうか?」
そう申し出ると、麻衣は明らかに警戒し始めた。
「何が目的?」
「別にテスト中にうろちょろされると鬱陶しいから、暇つぶしできるものを渡そうとしているだけだ」
麻衣が触れたものは見えなくなる。なら余分に一枚貰って渡せばそれで済むだけの話。
「でもそうだな。麻衣がそんな目で俺を見ているなら、お望み通り何か要望しようじゃないか」
じっと麻衣の目を見据える夏樹。
その視線を受けた麻衣は服の上から女としての部分を隠すようなポーズを取った。
「わ、私に何させようとしているのよ、変態!!」
「咲太と一緒に何か甘いものでも奢ってもらおうと思っていただけだけど?」
麻衣の考えるようなことなんて、夏樹は一切考えていない。
勘違いしたことに麻衣の顔はみるみる紅くなっていく。
「麻衣が咲太に劣らないブタ野郎だったことは伏せといてやる」
「ぶ、ブタ…!?」
「とにかく。俺は麻衣に対して恋愛感情だとか男としての欲望だとか思ったことは一度もない」
断言する夏樹に麻衣は複雑そうにする。
しかし夏樹が言っていることは事実だ。不思議なこと――でもないが、夏樹は麻衣に恋心を抱くことはなかったし、まして麻衣に欲情したことはまったく無かった。
そのことを夏樹が本気で言っていると感じ取っているからこそ、麻衣は複雑そうにしているのだ。
「そこまではっきり言われると、さすがにムカつくものを感じるわね」
「面倒臭いやつだな、ほんと」
この手の話に正解など無いのだろう。
どう言っても間違い。一体どうしたらいいというのだ。
夏樹は思考を放棄することで解決する。
「とにかく全部終わったら咲太と甘いもの奢れ。それでゴールデンウィークからのことはチャラにしてやる」
「……夏樹の癖に生意気」
麻衣はまた俺の脚を踏んできた。だがそれはまったく痛くなく踏んできたというより、乗せてきたというほうが正しい。
「この際だから言わせて貰うが」
そんな麻衣の行動に、夏樹は口角を少し上げる。
「俺たちは同い年だ」
いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に
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空気読めない野郎はバニーガールの夢を見続ける5
どうも、燕尾です。
第五話です。
テスト二日目水曜日。
「おい、秋月。秋月っ!」
「あん……?」
大きな声が上から聞こえて夏樹は目を覚ました。
目を擦り誰だと確認すると試験官の教師だった。寝起きで寝ぼけているのか教師の口がひくひくと痙攣しているように見えた。
「テスト中に熟睡とは随分と余裕だったんだな、秋月?」
「実際余裕でしたからね」
今日最後のテストは日本史。早々に解き終わった夏樹は退屈していた。
暗記系のテストは捻る要素もないため、解き切れば他にやることはなくただ待つだけで時間を持て余すだけだ。
暇で仕方がなかった夏樹は最初隣にいる麻衣にちょっかいを掛けて筆談でもして暇を解消しようとしたのだが、うるさい、静かにしなさいと窘められて終わった。
もはやする事がない俺はおとなしく時間まで寝ることしたのだ。
「なんだったら今すぐ採点してもらってもいいですよ。たぶん満点なんで」
「……ちっ」
「舌打ちは駄目でしょう。満点取った生徒に対して」
「まだ確定してないぞ!」
採点なんて待たなくても夏樹にはわかる。なぜなら夏樹は高校のテストは満点しか取っていないからだ。
「ま、なんだっていいです。そこまでテストの点数に固執してないんで」
「本当に嫌なやつだな、お前は」
そう言って、教師は俺の答案用紙を回収して教室を出て行く。
「……今のはさすがに私もどうかと思うわよ?」
夏樹と教師のやり取りを静かに見ていた麻衣がそんなことを口にする。
「いいんだよ。どうせあと数ヶ月の付き合いなんだから。教師なんて成績さえ取ってれば煩いこと言わんし」
「教師からしたらこれ以上扱いにくい生徒はいないわね」
「麻衣ほどじゃないだろ。もっとも、今は扱われてすらいないんだが」
軽く反論しただけなのだが、麻衣は黙ってしまった。
調子の狂う反応されて俺はどうしたものかとため息を吐いた。
麻衣の状況はなっても変わらないままだ。理央も麻衣の存在を忘れ、麻衣を覚えている残りの存在は夏樹と咲太の二人だけ。
しかし咲太はもう時間の問題だ。今日の朝に咲太を見たら酷い有様だった。
睡眠が記憶を失うトリガーとなっているのを理央で確信した咲太はなんとか寝まいと今日で三徹目だったのだ。
「ねえ夏樹。今日のこの後空いてる?」
「帰ってバイト行く」
「付き合って」
「どこにだ」
「ここで勘違いしないあたり、さすが夏樹ね」
勘違いする要素がどこにも見当たらない。麻衣が意図的に言っていることぐらい夏樹にはわかっていた。
「で、お前は何がしたいんだ」
「買い物がしたいの」
それは咲太に頼めばいいだろう。咲太だったら麻衣の誘いなら尻尾を振って付き合うはずだ。
「咲太じゃ駄目なの。夏樹じゃないと」
「おちょくってるなら帰るぞ、こら」
「私は至って真面目よ」
それにしては麻衣の言葉のチョイスに夏樹は悪意を感じるし、笑いをこらえて言ってるのがバレバレだ。
「お願い」
しかし、一瞬にして麻衣の空気が一変した。
「咲太に頼めない以上、もう夏樹しか頼れないの」
夏樹は一瞬迷った。これがさっきまでの演技なのか、本音なのか。
「……仕方ねえな」
だからこそ夏樹は面倒くさそうにしながらも麻衣の頼みを引き受けた。
「ずっと聞きたかったことがあるんだけど」
麻衣の買い物に付き添いであるところに向かっている最中。肩を並べて歩いている麻衣が問いかけてきた。
「どうしてあなたは私のことを忘れないのかしら」
「忘れて欲しいのか?」
「そうじゃない」
いつもの麻衣だったら"別に夏樹に忘れられてもいい"みたいな強がりの言葉を返ってくるのだが、状況が状況だけに素直になっていた。
「真面目に、答えて」
逃がさないように夏樹の目をしっかり見る麻衣。
「あなたは普通の生活を送っている。朝に起きて、学校に行って、バイトして帰ってきて寝て……皆と変わらない日常を送っているのに、どうして私のことを覚えられているの?」
「……」
「寝ることが記憶を失う引き金だってことはもうわかってる。だから咲太はあんなことをしてる。でも夏樹はなにも変わってない」
「理央曰く、俺は空気が読めない奴だそうだ」
「それはわかる。というか読めてると思ってたの?」
即答し、さらに追撃する麻衣に夏樹はあまりいい気はしなかった。
しかし普段の行いを振り返ればそう思われても仕方がないとまで言われてしまえば反論できなかった。
「でも、そういうところがたまに凄いと思ってるわ」
「安いフォローありがとさん」
「本当のことよ。高校生が、社会が勝手に作ったどうでもいいルールに縛られずに生きていく。そんなことできるのはほんのわずかだから」
「その賞賛が空気の読めない奴だっていうのはよく皮肉が効いてるな」
「私はそれが全部悪いとは思ってない。それはしっかり自分を持っているってことだから」
何ごとにも流されず、縛られず、イエスにノーを、ノーにイエスを叩きつけられる人間は芸能界でもそういないと麻衣は言った。
どんなに間違っていることでも、大衆から求められる通りの答えを出さないといけない。そういうことを無意識で感じ取ることを芸能界では強要されることが多い。そんな中での生活を続けてきた麻衣だからこそそれなりの説得力はあった。
「話が逸れたわね。とにかくわからないの。いつものままのあなたが」
夏樹は頭を掻いて息を吐く。それはどちらかというと悩んでいるというより呆れているようだった。
「そこまで言っていてわからないっていうのも不思議なものだな」
「どういうこと?」
本気でわかっていない麻衣の様子に夏樹は深く息を吐いた。
「俺が未だに麻衣のことを忘れてないのは、今麻衣が言ったことがほとんど答えだ」
「説明を省かないでちゃんと説明して」
「麻衣が認識されなくなった大元の原因は麻衣に原因があるのはわかってるな」
麻衣は頷く。今さらここでわからないなんて言う阿呆じゃなくて本当によかったと心から思う。
「麻衣の振る舞いで生まれた"空気"。他の連中たちは無意識にその"空気"を読むようになっていたんだ」
最初は、桜島麻衣には関わるなという空気を意識していた他の生徒も次第に意識せずに麻衣とは関わらないことができるようになっていた。
そして学校内で暗黙の了解で出来上がった"空気"を麻衣は学校内から学校外に持ち出した。空気の根源は麻衣だから学校の空気は麻衣に帰属してついて行き、そこからまた広がった。
「ちょっと待って、それが正しいならどうしてここまで広がっていくのよ。私についてくるなら範囲は私の周りだけでしょ?」
「基本的にはな。だが、広がりすぎた空気は麻衣を必要としなくても伝わるようになった」
空気は簡単に人に伝わる。無意識に読み取った誰かの空気をさらに誰かが無意識に読み取る。
「麻衣がもう空気になりたくないと願おうと、人々の日常で桜島麻衣は空気になった。世界もまたそんな空気を読んだんだ」
これで麻衣がいない世界の出来上りだ。世界すら空気を読んだのだ。
「ならどうして俺は忘れないのか、そろそろわかるんじゃないのか?」
「あ……」
そう問いかけると麻衣は小さく洩らした。ようやく気付いたようだ。
「俺だって空気を読むときは読む。ただ読んでも仕方がない空気は読んでも意味ないから読まない。それは意識的な問題だが」
大半の理由は面倒くさいから読まない。だが、夏樹は根本的なことがある。
「俺は無意識下でも空気がまったく読めないらしい」
夏樹は壊滅的に空気が読めない。何ごとにも流されず、縛られず、イエスにノーを、ノーにイエスを普通に叩きつける人間だ。常識はあるが夏樹は基本的に空気が読めない。
「周りがどうであろうと世界がどうであろうと――俺には関係ないんだよ」
夏樹の日常には、桜島麻衣の存在がいる。朝や昼、放課後の時間。ただの他愛のない、くだらない話ばかりをしているが、夏樹には桜島麻衣と積み上げてきた時間がある。だから忘れないのだ。
夏樹だって自分の知らない誰かが消えていても気付きもしないだろう。なぜならそれは関わりのない、知らない人間なのだから。
ただそれだけのこと。誰もわかっていないようだが、単純なことなのだ。
「そう…」
麻衣は神妙な面持ちで呟いた。
「まとめると夏樹は世界からも空気が読めないと認定されて、見放されてたのね」
「おい」
間違っていないのだが、こうも堂々と指摘されると非常に腹立たしくなる。
「そうなったら意地でも空気を読んでやりたくなるわ」
「そう言っている時点で夏樹には無理よ」
くすくすと笑う麻衣。そんな麻衣に夏樹はさらに顔が歪む。
夏樹が今さら空気を読もうと躍起になったところでできないのは自分自身がよく分かっていた。
「ちっ、あのまま話さないで悩ませておくのが一番だったようだ」
「安心しなさい、そういうところはきちんと空気読めてるのだから」
麻衣に褒められても、夏樹は全然嬉しくなかった。
そんな話をしているうちに、目的の場所へと着いた。
「いらっしゃいませ」
二人並んで店に入るも、店員の視線は夏樹にしか向かない。
しかし今さらのことで、夏樹と麻衣は店内を歩いていく。
「で、お目当てのものはなんだ?」
周りから見たら夏樹一人で買い物に来ているようにしか見えないので、独り言を言う変な奴だと気付かれないように問いかけると、麻衣はあるものを指差した。それを見て夏樹はそうだろうなと思いつつも一応聞いておく。
「本当にそれでいいのか」
「ええ。構わないわ」
麻衣は頷いて手に取る。それも夏樹なんかがなに言っても覆ることのない決意の表情で。
「じゃあ、会計してくるわ」
麻衣の意思を尊重して、夏樹は受け取った物をレジに通すのだった。
いかがでしたでしょうか?
次回でバニーガールは完結させる予定、です。
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空気読めない野郎はバニーガールの夢を見続ける6
ども
期間が開いてすみません。
難産だったのと、私生活(大学院生活)が忙しすぎたので遅くなりました。
「秋月君、後は任せて今日は上がっていいよ。明日もテストだよね?」
残りの締め作業をしている最中、夏樹の背に声が掛かる。
「ええ、そうですけど…いいんですか店長? 閉店作業まだ残ってますよ?」
「テストがあるのにシフト出て欲しいってかなり無理言った自覚があるから」
「人手不足ですからねぇ」
働き手を捜すのも一苦労する今の時代、夏樹がバイトをしているこのファミレスも慢性的な人手不足だ。こうして誰かが融通を利かせないと店が成り立たないほどに。
「早く人を入れないと厳しいですよ」
「それはわかっているし、募集もかけているんだけどねぇ」
それでも人は集まらない。世知辛い世の中だ。
しかしこの人場合は根本的に違う考えを持っている。
「正直言うと新人くんも欲しいけど秋月くんと入ったほうが僕も楽だからね」
そっちが本音だろう。大体こういう場合、声が掛かるのは夏樹なのだ。
「いつも助けてもらってます」
ただこの人のいいところはちゃんと自覚して、色々と融通を利かせてくれるところだ。だから夏樹もそれなりに融通を利かせている。
「まあ色々思惑があるからこそこのくらいは、ね。それに
「別に気にしなくていいんですけどね」
成績優秀である夏樹はテスト勉強というものをほとんどしない。今日も軽く範囲をさらってさっさと寝る予定だ。だから今日のシフトも気軽に引き受けた。
「君の成績がいいのは知っているけど、今日はもう帰りなさい。これは僕の自己満足だからバイト代は時間通りに、それとお礼として少し色をつけてあげるから」
「それじゃあ、今日はもう上がらせてもらいますね」
そこまで言われて留まることもないだろう。
夏樹は更衣室で着替えて店長とお疲れ様です、とお互い挨拶を交わして店を後にする。
外の風が頬を撫でる。徐々に夏の足音が近づいてはきてはいるもののまだ六月初めというのもあって少々風が冷たく感じた。しかし、夏樹にとっては涼しいくらいしか感じなく気にせず自転車に跨ってペダルに足をかける。
自転車を漕ぐこと約二十分。自宅のマンションの自転車置き場に自転車を置いて部屋の階層まで上がる。
自分のフロアに辿り着いたと同時にある部屋から一人の少女が出てきてこちらに向かってくる。その足取りはゆっくりとしていた。だが視点を変えれば重たいように見える。まるで悪霊のように悲しみを引き摺っていた。
そんな彼女の様子に、俺は深くため息を吐いた。
「何してんだお前は」
「……っ」
呆れを隠さない夏樹に麻衣は何か言いそうになっていたが下唇を噛んで我慢している。
「ほんと、咲太といいお前といいどうしてそんな不器用なことしかできないんだか」
お互い本心を隠して、わかったつもりになっているから肝心なときになにも出来なくなる。
「アホみたいに格好つけるから後悔するんだ」
もっと素直に、自分の本心を曝け出していればよかったのだ。
泥臭くても、みっともなくても、それが自分なのだから。
「本当に、バカだなお前」
麻衣の顔を見た夏樹は頭を掻きながら言った。
「泣くほど辛いんだったら、やらなかったらよかっただろ」
「わかってるわよ!」
頬に涙を伝えさせながら麻衣は声を上げた。
「でもこうするしかなかったんだから仕方ないじゃない! 咲太にこれ以上無理させるわけにもいかなかった!!」
「今まであれこれ言っていた奴が今さら何を言うか」
本当に今更である。忘れさせるならテスト前にやっておけば咲太も酷い点数にはならなかったはずなのに。
いや、咲太はそもそも成績がいいほうじゃなかったな。なら大丈夫か。
「それで麻衣、お前はこれからどうするつもりだ?」
「……わからないわよ、どうしたらいいのか。これからどうなるのかもわからないのに」
「まあ、そうだわな」
夏樹が忘れてないとは言え、誰からも見えなくなってしまった麻衣がこれからどうすればいいのかなんて、わからないだろう。仮に夏樹が助言したところでそれも無意味だ。
「とりあえず…飯食うか?」
どうしようもない状況になってしまった麻衣に夏樹が言えるのはそんなどうでもいいことだけだった。
翌日――テスト最終日。
家を出たとき、ちょうど咲太も玄関から出てきた。
「おー、咲太。ゾンビから死に掛けの人間になったな」
「出会い頭にいきなりなんだよ。秋月」
「いやなに、昨日までのお前はゾンビだったからな。テスト勉強で徹夜でもし続けていたのか?」
わかっているはずのことを聞く。だが、咲太は首を横に振った。
「いや、僕は潔く諦めてさっさと寝るタイプだ。それくらい秋月も知っているだろ」
「人は変わるもんだからな。お前がついに勉学に目覚めたのかと思ってしまった」
「そんなこと微塵も考えていなかったくせによく言うよ」
そう言って咲太は夏樹の前を通って階段を下りていく。
「ふむ…どうやら疑問にすら思ってないみたいだな。実際直面すると面白いな、この現象――で、お前はどうするんだ、麻衣?」
夏樹は自分の隣に居た麻衣に問いかける。
「……私も学校に行くわ」
そう言って麻衣は咲太を追いかけていく。
「そうかい。ま、何とかなるさ」
それだけを呟いた夏樹は麻衣と咲太に続いた。
電車に乗り込めば佑真と会い、そのまま揺られながら通学する。
その最中、麻衣はずっと咲太の後ろに居た。だが、咲太が気付く様子はない。
――この光景、なかなか笑えるな
誰にも聞こえないぐらい小さい声でなつきは呟いた。
麻衣は咲太に思い出してもらおうと色々なことしていた。
肩を叩いたり、空いてる腕を抱いたり――キスしたり。
夏樹が居るというのに、麻衣はあらゆる手を持って咲太にアプローチしていた。
しかしその努力も虚しく、学校に着いても咲太は麻衣のことが見えていなかった。
「あいつ、どこに行ったんだ?」
今日最初のテストが始まる前、一緒に学校に来ていたはずの麻衣の姿がいつの間にか居なくなっていた。
そしてそのまま教室に帰って来ることもなくテストの試験監督が来て、テスト用紙が配られる。
「まあ、やらないならそれでいいんだけどな」
今の麻衣は誰にも見えていないのだから自由だ。どこで何していようが俺には関係ない。
「では、始め――」
試験監督の教師の合図で、一斉に用紙を捲る音が立つ。
一時限目は数学。俺はスラスラと問題用紙に書き込んでいく。
問題自体はそんなに難しくない。ただ解答を書いていくのが面倒くさかった。
高校三年の数学ともなると定理やら計算過程やらで一問に用紙の四分の一ぐらいのスペースが取られる。物によっては半分のときもあり、他の科目と比べて書く量が単純に多いのだ。
こんなもの答えさえ合っていればいいのに、と頭の中で文句をいいながら書いていく。
それから、開始から二十分が経ったあたりで夏樹は解答用紙を裏返し、軽く伸びをする。
「どうした、秋月」
「いえ、終わったので伸びをしただけです」
夏樹の言葉に、周りが動揺していた。わからない人間からしたら夏樹の終わるスピードが尋常じゃないと思っているのだろう。
「妙なマネをするな」
「すんません」
妙なまねをしなくても夏樹の成績は知っているはずだとは思ったが、誤解させる行動を取ったのは夏樹なので素直に謝る。
その際、集まった嫉妬や嫌悪の視線に夏樹は気付かない。
終わって暇を持て余した夏樹はボーっと外を眺める。すると、グラウンドの中心に一人の生徒が居るのに気付いた。
そいつは夏樹のよく知っている奴。テストの最中だというのに何をするというのか。
そいつの意図に気付いた夏樹はニヤリと口角を上げた。
そして――
「お前ら、よく聞けーっ!!」
学校に響き渡る一人の男子の声。
「二年一組のっ!」
「出席番号一番っ!」
「梓川咲太はっ!」
「三年一組のっ!」
「桜島麻衣先輩のことがっ!」
「桜島麻衣先輩のことが、好きだ!」
「麻衣さん、好きだあー!!」
そう叫んだ後、咲太は咳き込んだ様子を見せる。
いきなりの出来事にクラスの全員、いや、学校全体が困惑の空気に囚われる。
「おーい、咲太!!」
だがそんな中、夏樹は叫んだ。クラス全員の視線が夏樹に向けられる。だが、それを無視して続けた。
「お前はっ、どこの誰が好きだってっ!? もう一回言ってみろ!!」
「三年一組のっ、桜島麻衣先輩だっ!!」
咲太の返答にクラスの連中がざわめく。
それもそのはず。今クラスの人間は夏樹以外麻衣のことを忘れているのだから。
桜島麻衣? 誰? と周囲はがやがやと騒ぎ始める。中にはテストの最中に外に出て愛の告白をした咲太を侮蔑したり嘲笑したりするものもいた。
だが、咲太は一歩も引かなかった。
「手ぇ繋いで、七里ヶ浜の砂浜を一緒に歩きたい!」
考えなんてないのだろう。
「バニーガールの格好だってもう一度みたい!」
感情に任せて想いを綴っているのだろう。
「ぎゅって抱きしめてみたいし! キスだってしたいんだ!」
もはや自分でもなに言っているのかすらわかっていないのだろう。
「要するにさあ! 麻衣さん、大好きだあああー!!」
人生最大の告白が大空へと響き渡る。
咲太の叫びに周囲のざわめきが次第に消えていく。そして完全なる静寂が学校を支配した。
固唾を呑むとはこのことなのだろう。件の桜島麻衣は現れるのか。現れたとしてどういう返事をするのか、この学校の人間全員が思っていた。
「――ぷっ」
しかし、夏樹からしたら滑稽でしかなかった。
「あっははははははー!!」
しんとした学校に夏樹の笑い声だけが響き渡る。皆の視線が集まる中、夏樹はひたすら笑い続ける。
「最高だよ、咲太!!」
あはは、と夏樹は声を上げて笑う。
本当に滑稽だ。夏樹からしたらこんなのどう頑張っても茶番にしか見えないのだ。
だが、グラウンドの中心にいる咲太は苛立たしげな視線で夏樹を見返していた。
夏樹は腹を抱えて笑いながら、目に滲んだ涙を拭いながら指差した。
「いやーだって、すぐ後ろにいるのに全校生徒に向かって告白するんだもんよ。普通そういうのは本人と面と向かってするもんだろーっ!?」
その瞬間、咲太の怒気が霧散した。
「なのに、全員にわからせるように言うなんて……これが笑わないでいられるか、ぷっ、あはは!!」
笑う夏樹を尻目に咲太は後ろに振り向く。
「ちゃんと答えてやれよ、告白された桜島麻衣さんー?」
「夏樹、笑いすぎ」
そういわれてもしょうがないだろう。おかしくて仕方なかったのだから。
「あんたのせいでムードもなにもあったもんじゃないわよ」
何を言ってるんだか。麻衣達にムードなんて最初から存在しないだろうに。
しかし夏樹はあえて言わず二人を見守る。それを感じ取った麻衣は改めて咲太に駆け寄る。
咲太はそんな麻衣を受け止めようと両腕を広げる。だが、
――パァン!!!!
乾いた音が学校に響いた。
「ぷはっ!」
からかいもここまでにしておこう、せっかくそう思っていたのに。これは、反則すぎる……!
ほら、咲太も戸惑ったような顔してんじゃん。凄いアホ面さらして呆けてるじゃん。
「嘘つき!!」
呆けてる咲太に麻衣はそう言った。
「絶対に忘れないって言ったじゃない!!」
その言葉になるほど、と夏樹は納得した。どうやら咲太は麻衣にも同じことを言っていたようだ。
絶対なんて言葉は基本的に使うものじゃない。
だけど麻衣さんや? 咲太に一服盛って眠らせたのはあなたですぞ?
出会ってから三週間しか関わっていなかった咲太が忘れることぐらいはわかってたはず。
それこそ、お互いに愛の力なんてものを信じていたのだろうか。だとしたら後で全力でからかおう。
夏樹は頬杖突いて、抱き合っている二人を眺める。
「ひとまずは何とかなったようだな――まあ、
この後にどうなるのかも夏樹にはわかっていた。だから、
「おい、秋月! どこに行く!?」
「トイレですよ、トイレ。漏らしそうなんで」
「その割には切羽詰ってない――おい待て、トイレに行くのに階段下りる必要ないだろう! 戻れ秋月! おい!!」
呼び止める試験官を無視して、夏樹は二人の元に歩いていく。
その後、咲太と麻衣に加わって教師から説教を受けたのは言わずもがなである。
いかがでしたでしょうか。
次でラストです。
プチデビルから先をやるかどうかは皆さんの反応次第にしたいと思います。
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空気を読めない野郎はバニーガールの夢を見続ける・エピローグ
ども、燕尾です。
久しぶりに青ブタを書きました
プチデビルは……どうしましょ? www
この世界に桜島麻衣という少女が戻ってきてから次の日、あたりまえのことだが、咲太と麻衣のことは学校中に知れ渡っていた。
咲太と麻衣というより、主に咲太の行動についてだが。
全学がテストに集中しているなか、校庭に立ち、愛の告白する。
なんだかジンクスが生まれそうな話だが、当の本人立ちからしてみれば恥ずかしいことこの上ないだろう。
現に隣にいる咲太は平然を装いながらも若干どこか疲れたような表情をしていた。
それでも今までの噂以上のインパクトを与えた咲太の学内の評価は変わっていた。
「やっぱり咲太の心臓は鉄で出来てんだな!」
そんな中で、佑真が追い討ちを掛けいた。
「どういうことだよ」
「いや、どういうこともなにも…あんなことする奴は鉄の心臓の持ち主じゃないと出来ないって」
「私だったら恥ずかしくて死んでる。さすが梓川、青春ブタ野郎だね」
「なんか、不名誉なあだ名をつけてるな」
「妥当なところでしょ。"病院送り"の噂が学校中に流れたとき、"空気と戦うなんてバカバカしい"とか言ってたの忘れた?」
「あー、咲太言ってたな。それ、俺も聞いた」
「そういや、そんなこと言ってたな」
「自分のために本気になれなかったくせに、美人の先輩のためになら、どんな恥もかけるやつが青春ブタ野郎じゃなくてなんなのよ」
確かに、理央の言う通りだ。
大人でも、人間だれしも自分が可愛いもんだと思うのだが、高校生が他人のためにそこまで頑張れるというのなら、理央の言っていることは間違いでもないのだろう。
しかし、夏樹も理央も、それを馬鹿にするつもりはない。誰もできないことをやってのけた咲太に対しての最大限の賛美だ。本人は不本意だろうけど。
「まあ、鉄の心臓を持ってる咲太は、見知らぬ他人の戯れ言なんてスルーできてるじゃん。なら問題もないだろ?」
「そう言ってますけど夏樹先輩も大概というか、咲太以上というか……? 前に鋼鉄って言いましたけど、最早ダイヤモンドっすよね」
「おいまて、どういうことだ」
詰め寄る夏樹に佑真はいやだって、と仰け反らせながら続ける。
「あのとき誰もが戸惑ってるなかで、一人だけ大爆笑してたじゃないっすか。しかも謎とはいえ真剣な告白の。あれは誰もできないっすよ。夏樹先輩も裏ではかなり噂されてますよ? 俺も不思議に思いますけど」
「国見。秋月は絶望的に空気が読めないんだよ。この世で一番空気が読めない男だよ」
「おいこら理央、俺だって空気読めるっつーの。具体的には理央の気持ちを――」
「――っ!! くたばれっ! このKY野郎っ!!」
「ちょっ、それはやばい! それにKYってもう死語――おごっ!!」
腹に蹴りを入れられ悶絶する夏樹。そんな夏樹を理央は追い討ちを掻けるように何度も踏みつける。
「なるほど、理解したよ。やっぱり夏樹先輩、ダイヤモンドっすね」
「秋月って俺以上に地雷を踏み抜くよな。ま、自業自得だろ」
それを尻目に咲太と佑真は改めてそう夏樹を評したのだった。
「いつつ…骨が砕けるかと思った……脇腹にまで思いきり蹴りいれてくるとは」
理央の制裁から解放された夏樹は脇腹を押さえながらフラフラと廊下を歩く。
ボロボロの夏樹をすれ違う生徒たちは凝視するが、夏樹は目もくれずに進み、教室にたどり着く。が、
「遅い」
「……なに仁王立ちで待ち構えてるんだ、お前は」
教室の入り口前で不機嫌そうに立っていた麻衣に、夏樹は呆れた声を出す。
「夏樹に話があるから待ってたのよ」
「勝手に待っていて遅いっていう麻衣さん、マジパネェっす。その傍若無人ぶりが咲太に受け入れられて良かったな」
「うるさい」
「いっ!!」
言葉のトーンとは裏腹に勢い付けて夏樹の足を踏み抜いた麻衣。
「ついてきて」
再び悶絶する夏樹の事なんかお構いなしに何処かへ麻衣は向かう。
くそぅ。と呟きながら足を引き摺って麻衣について行った先は誰もいないいつもの空き教室。
「おいおい、咲太という恋人がいるっていうのに。俺と逢引きでもするつもりか?」
「逢引き言うな。それに、咲太ともまだ恋人じゃないわよ」
「今更取り繕うなよ。咲太が一か月告白することもわかってる上に、そうじゃなくても受け入れるつもり満々のくせに」
「……夏樹って、たまに怖いわ」
「ちょ、マジで引くなよ。お前らが分かりやすいだけだから」
俺が特別とかそういうのではない。麻衣や咲太が分かりやすいだけだ。
「で、それよりも一体何の用だ? 今までだったら、あんな人の前で待ち構えたりしないだろ」
「それはそうだけど、これは私なりのけじめよ」
話が見えてこない夏樹は頭に疑問符を浮かべる。
「今回のことで、夏樹には色々と助けて貰ったから」
「麻衣を助けたのは俺じゃない。咲太だろ」
「そこじゃないわよ――夏樹が覚えてくれていたお陰で、あんたが居てくれたお陰で、私は本当の一人にならなかった。それがどれだけ安心できたか、わかる?」
「……俺は麻衣じゃないから知らん。それに前にも言っただろう。俺は絶望的に空気が読めないって。ただそれだけ。別に麻衣のことを覚えてようなんて思って行動してたわけじゃない」
夏樹はいつも通りの日常を過ごしてただけだと言い張る。しかし、その口調はどこか早くなっていた。
それを人はなんというか夏樹は知らないが、麻衣は理解したように笑みを深めた。
「それは照れ隠しかしら?」
「事実を言っただけだ」
「そう」
短く相槌を打つ麻衣の顔に夏樹は少しイラっとした。なんだか麻衣の言ったことが正しいかのように感じてしまって。
「ま、夏樹がそう言うのならそれで良いわよ。でも最初にも言ったけど、これは私のけじめだから――」
そう言って麻衣は懐から装飾された小袋を取り出し、夏樹へと差し出す。
「お礼よ。受け取って」
「……最初からわかってたら面倒って断ってたんだがなぁ」
「予想しないでついてきた夏樹が悪い。諦めて受け取りなさい」
反論のしようもない夏樹は麻衣の手から小包を受け取る。中身はクッキーだった。
その後、食べてる最中に咲太がやってきて、麻衣から貰ったクッキーだと知られて一悶着あったが、鳩尾に思いきり蹴りを入れて黙らせる夏樹なのであった。
いかがでしたでしょうか?
プチデビルは……ほんとどうしましょw?
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