艦これネタ置場 (歌猫)
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夜が苦手な川内ちゃん(偽)
1:目が覚めて艦娘


 見渡す限りの青い空と白い雲、そして広がる海。穏やかな波音が聞こえる砂浜で、私は思わず呟いた。

 

「なんでやねん」

 

 思わず関西弁を使ってしまったけど、私は関西人じゃない、九州人だ。

 まぁ、そんな誰に弁明しているのか分からない自分に呆れ、それで少しだけ落ち着いたので、一先ず太陽が当たらない場所に移動する。それから、私が措かれている状況を把握するために、記憶を洗うことにして――

 

「……あれ?」

 

 ――自分の名前が思い出せず、早速頓挫した。名前どころか、家族や友人すら思い出せない。その癖、自分の趣味や好き嫌い、漫画やアニメ、ゲームネタといったどうでも良いことは覚えているという記憶の片寄り具合に、我がことながら頭を抱える。

 待って、待とう。落ち着け私。確か昨日は休日で、家でのんびりだらけていた筈だ。それでまぁ、最近になって始めた艦これを怠惰にプレイしていて、夜の九時にパソコンの電源を落とし、九時半には布団に潜って寝たはずである。うん、それは覚えている。

 だというのに、私は何故、自分のことの殆どを忘れ、無人島っぽいところの浜辺で寝ていたのだろう。謎だ。

 

「…………小説におけるこういう時のお約束は、寝る前にプレイしていた艦これの世界に艦娘に成って迷いこんだ、だよねぇ」

 

 そんな馬鹿な、と自分でもそう思う。でも、制服や礼服以外でスカートを履かない人間が、膝上十センチ以上の短さのボロボロのスカートを履いている時点でお察しだ。ついでに言うと、腰に着いている壊れかけの魚雷艤装とか、肩回りの肌の露出具合とか、その癖ボロボロになっている白いマフラーを巻いていたり、本来ならば中々にカッコいい筈の壊れかけの手甲を着けていたりと、明らかに艦娘要素満載だ。というかこの格好、私の好きな艦娘の一人である夜戦忍者川内ちゃんだ。しかも改二。

 でも、やっぱりこれは現実ではなくて夢だろう。何せ、大破レベルのダメージがあるみたいなのに、痛みを全く感じないし。その癖暑さは感じるのは、多分冷房を消して寝ているせいだ。喉が渇いたと感じるのも、お腹が空いたと感じるのも、きっと全部気のせい――

 

「――――だったら、良いんだけどねー」

 

 乾いた笑いを浮かべ、一つ溜息。うん分かってるさ、現実逃避してるって。でも、現実逃避ぐらいさせてほしい。何せ私は平成初期生まれの半ゆとり世代。争い事なんて体育祭のような平和な行事や、一人の男子をめぐって二人の女子とその友達が喧嘩をしていたところを外野で眺めていた位しか覚えがない。それにしても当時も思っていたけど、何で二股掛けた男子ではなく、後から付き合い始めた女子をこぞって責めていたんだろう。その娘は男子から「もう別れた」と言われたから付き合い始めたらしいのに、本当に謎である。不誠実野郎マジ爆ぜろ。

 …………うん、何でこんな本当にどうでも良いこと覚えているのに、自分の名前を思い出せないかなぁ、私。

 ともあれそんな、戦争のせの字も知らないような平和ボケ人間が、いくら艦娘に成ったとはいえ深海棲艦という化物相手に戦うとか恐くて仕方がない。そもそも私は半ヒッキー。体を動かすことに抵抗はないけど、春や秋のような過ごしやすい季節ならともかく、それ以外で外に出るなんて、仕事や友人と会う時以外は御免蒙る。

 そう深い溜息を吐いていると、お腹が激しく自己主張しはじめた。それを耳にした私は、最初の行動を決める。

 

「とりあえず、食べ物でも探そう」

 

 人間が生きていく上で必要なのは、栄養バランスの取れた食事と水、そして睡眠だ。それが艦娘に当てはまるのかは分からないが、空腹には違いない。

 そういう訳で、まずは腹ごしらえ。幸い近場に森があったためそこに潜り、手頃な果物を手にして口に入れる。食感や見てくれからしてリンゴだろうが、馴染みの甘味を感じない。まぁ所詮天然物かと、喉と腹が満たされていく感覚を頼りに、一つ、二つと食べていく。

 三つ食べたところで充分に満たされたため、リンゴ(仮)の樹の枝からひょいっと飛び降りた。夜戦忍者と称されることだけはあり、この身体はかなり身軽だ。手入れされていない森の中を彷徨いていても、疲れ一つ感じない。流石艦娘、と感心しながら、土の水気を頼りに水場を探す。果物でも水分は取れるが、飲み水はやっぱり欲しい。ついでに言えば、長いこと潮風に当たっていたのか体がベタついているため、水浴びもしたい。

 

「お、川発見」

 

 そうこうしている内に、足首まで浸かるか浸からないか程度の深さの川を発見した。小さい頃に遊んだ田舎の川辺に良く似ていて、とても綺麗だ。蛍が生息しているかもしれないなぁとワクワクしながら上流へ。そこで漸く、綺麗な泉を見付けた。

 両手で水を一掬いして口に含む。リンゴで軽く癒えていた渇きが一段と減っていき、それが堪らなく気持ち良くて、泉にそのまま顔を突っ込んだ。

 

「――――ぷはっ! あー美味しかった!」

 

 喉の渇きも癒えたところで、私は漸く人心地付く。波紋が治まった水面に映る想像通りの顔立ちに、思わず苦笑いを浮かべた。

 

「あー、やっぱり川内ちゃんか……」

 

 ワンポイントの洒落た髪飾りは着けていないし、サラサラであるはずの髪は血か原油かで一部固まってパサパサしていたりするが、間違いなくあの夜戦大好き残念美少女忍者、川内改二である。

 改二まで近代化改修をされているからには、間違いなくどこかの鎮守府所属の艦娘だろう。それがどうして無人島で一人ぼっちなのだろうか? 自ら囮になり仲間を逃がしたか、或いはブラック鎮守府から逃げ出したのか。まぁ、今はそれを考えても仕方がないため棚に上げておき、私にとっては今一番のツッコミどころを口にした。

 

 

 

「夜に弱い川内改二って、欠陥品にも程があるよねぇ……」

 

 

 

 夜の九~十時に寝て、朝の五時に起きる。今時の小学生ですらあり得ない早寝早起きが習慣付いている二十代喪女。

 それが、私という人間だった。

 



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2:思い付きで忍者ごっこ

 お腹を満たし、喉を潤し、身もそれなりに清めたところで、私はこの島を探検することにした。寝床に適した場所や、資材――欲を言うなら、高速修復材を見付けたい。傷は塞がっているし、痛みは一切感じないけど、服や艤装がボロボロのままじゃ、やっぱり心許ないからだ。

 艤装を直したところで深海棲艦と戦うかと問われればノーとしか答えようがないけど、こんな訳の分からない状況で死ぬのは真っ平御免だ。深海棲艦に襲われた際の逃げるための手段は多いに越したことはない。

 

「それにしても、本当にふっかい森だなぁココ……」

 

 大破しているとはいえ、艦娘は艦娘。草木を掻き分けながら移動しても体は疲れないが、精神的には疲弊する。コンクリートジャングルよりも緑溢れる山が好きだけど、ただ鬱蒼と繁っているだけの場所は、怪我をしないように気を付けて歩く必要があるため、ろくに景色も楽しめない。

 足元に気を取られず、気軽に探索できて、景色を楽しめる。そんな一石三鳥の方法はないものかと辺りを見渡して、ふと、あることを思い付く。本来の自分であれば間違いなく不可能だが、川内ちゃんになっているお蔭で身体能力は格段に上がっているし、案外簡単に出来るかもしれない。

 

「……よっし、駄目元でやってみるか!」

 

 小さい頃に憧れていた、カ○レンジャーみたいになれるかもしれないしね!

 

 

 

「いいぃぃぃやっほぉぉぉう!!」

 

 ヤバいヤバいすっごい楽しい! 川内ちゃんのスペックなら、木の枝に跳び乗って移動できると思ってやってみたけど、本当に出来た!

 子供の頃に憧れていた、忍者ごっこが出来るとか嬉しすぎる。木の上からの探索だから遠くまで見られるし、藪に足を取られる心配もないし、蛇みたいな危険生物に這い寄られても気付ける程度には死角がない。木々を跳び移るから体力こそ減るけど微々たるものだし、寧ろ精神的な疲労は減るから圧倒的にメリットの方が大きい。これからの移動手段はこれに決定だ。

 

「…………っとと」

 

 上機嫌で移動していると、森が途切れた。島の反対側に辿り着いたと言うよりは、恐らく島の中心部に辿り着いたのだろう。森に囲まれた中にぽっかり空いている広場みたいな土地には、荒れてはないが手入れもされていない様子の田畑と庭に、聳え立つ塚のような大岩。それに反して、妙に状態の良い平屋建ての日本家屋が鎮座している。

 

(…………怪しい)

 

 うん、とっても怪しい場所だ、特に家。人が住んでいるにしたって綺麗すぎる。逆に人が住んでいない場合は、田畑や庭はもっと荒れているだろうし、益々家が怪しく見える。

 

(でも、嫌な感じはしないんだよねぇ……)

 

 霊感という程優れた感性は持ち合わせていないが、場の善し悪しくらいは察することが出来た直感が、あの家は安全な場所だと告げている。安全な寝床を探していたところだし、ここは直感に従うことにしようと、なるだけ息を潜めて平屋に近付いた。

 

「うん……?」

 

 平屋まで後五メートルといったところで妙な違和感を覚え、思わず立ち止まり辺りを見渡す。目で見える範囲には特に異常がなかったが、ふと気になって数歩程平屋から遠ざかり、再び近付いた。

 

「あー……成程、これ聖域だ」

 

 丁度この場を境目に平屋側に入ると、由緒ある神社と同等かそれ以上に清浄で凛とした空気を感じる。ぐるっと平屋を回り確認してみると、境界線の内外の差が分かる程度に違う。一体何があるんだこの場所は。

 

「…………まぁ、考えてても仕方がないか」

 

 取り敢えず、塚と思わしき大岩に挨拶してから、平屋を使わせてもらうことにしよう。神社の作法なんて知らないが、気持ちと丁寧さがあれば多少のお目こぼしは貰えるだろう…………多分。

 塚の正面と思わしき場所に立ち、姿勢を正して一礼してから、静かに手を合わせ、目を瞑る。体感で十秒程経ってから目を開けると、塚の下の方に小さく何かが彫ってあることに気付いた。私は塚に近付いてしゃがみ、顔を更に近付け目を凝らす。

 

「えーと何々……『共ニ戦イ抜イタ刀剣男士達ニ感謝ヲ込メテ――審神者1192号透ヨリ』………………ファッ!?」

 

 『刀剣男士』に『審神者』ってことは、ここは本丸か!? え、ここ艦これの世界じゃ無かったの!? 刀らぶと混合…………いや、未来が艦これ? 二次創作とかで逆の時系列は見たことあったけど……こいつは驚きだ!

 

「こんらんしているな、だいじょうぶか?」

「うぇ……あ、はい! 榛な……じゃなかった、私は平気――って妖精さんいつの間にっ!?」

 

 突然降りかかってきた声に、私は思わず顔を上げる。そこには、着物とセーラー服を着た十人前後の妖精達が、男女揃ってこちらを見下ろしていた。

 

 



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3:治療して発覚

 「まぁ、こみいったはなしはなかで……」と、妖精さんに促され、私は本丸(仮)に上がらせてもらった。すぐにお話しするのかと思えば、「そんなよごれたかっこうでたたみにすわらせてたまるか」と、風呂場に早々に叩き込まれた。水浴びではやっぱり完全に綺麗にはならなかったらしい。私としてもお湯に浸かれるのは有難いため、文句も無い。

 

「おー……」

 

 本丸(仮)の風呂場は、床はツルツルした石、浴槽は檜と正しく和と言わんばかりの様相だった。まるで温泉旅行に来たみたいだと感動していると、私をここまで案内してくれた妖精さんが、シャワーの操作口へと飛び乗った。

 

「つかいかた、わかる?」

「多分平気……あ、でも間違ってたらいけないから、一応教えてくれないかな?」

「ん、わかった」

 

 妖精さんは私にシャワーの使い方(平成のシャワーと大して変わらなかった)を教えてくれた後、浴槽のお湯に何かしらの粉と緑色のジェルを入れてから出入口へ向かう。

 

「待って妖精さん、さっきお風呂に何入れた」

「ちょうごうしたやくとうのもとと、こうそくしゅうふくざいのいちぶ」

「へ……?」

「そのいたいたしいけが、ちゃんとなおしてください。じゃあ、ごゆっくり」

「え、あ……うん、ありがとう」

 

 ピシャリと戸が閉まる音を最後に、私は早速体を洗うことにした。

 

 

 

「おおぉ……!!」

 

 痛みを感じないことを良いことに、傷だらけの身体を丁寧に洗った私は、湯船に浸かった瞬間感嘆の声を上げた。

 

「本当に傷が治ってる……!!」

 

 無数にあったはずの傷が跡形もなく消え、白くて綺麗な肌になる。痣で青くなっていたところも完全に無くなり、その様子が面白くて、私は思わず目を輝かせた。それが今の自分の身体であれ、あっという間に綺麗になっていく様子を眺めるのは結構楽しい。テレフォンショッピングのクリーナーの宣伝みたいだ。

 

「本当に、艦娘になったんだなぁ……」

 

 並外れた運動神経と体力を体感した時もそう思ったが、こうも簡単に傷が治る様を見て、改めて私は苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 お風呂から上がって身体を拭き、脱衣所に上がる。籠に置かれてあったのは、さっきまで着ていたボロボロの制服じゃなくて、空色と白のストライプ浴衣と藍色の帯だった。益々旅館みたいだと思いながら着衣し、脱衣場から出る。

 

「ゆかげん、どうだった?」

「うん、気持ち良かったよ~……って、妖精さん、まさか待ってた?」

「すこしだけ……でも、よそうよりもはやい。…………ちゃんとけが、なおるまではいった?」

「え、うん……多分。見える範囲の怪我は全部治ったよ?」

 

 ほらほら、と、腕や足、胸辺りの肌を見せると、妖精さんは少しばかり気難しい表情を浮かべた。

 

「せなか」

「え?」

「せなかはなおった?」

「背中? あーそこにもあったのかー……」

 

 妖精さんの雰囲気から、余程の怪我だったのだろう。痛みを感じないのも良し悪しだなと思っていたら、右頬に何かが刺さる感覚がした。痛くはないが、刺さった場所から水滴が流れる感覚がするに、尖ったものでも刺してきたのだろう。

 

「…………何するのさ、妖精さん」

「つうかくなし、しょっかくもにぶいみたいだね」

「そのためだけに、人の顔傷付けたの?」

「だいじょうぶ、なおる」

 

 私を刺したであろう銛で、妖精さんは再び風呂場を指す。私は深く溜息を吐きながら、再び入渠する羽目になった。

 頬の傷はすぐ治ったが、背中の傷は最初に浸かっていた時間の倍以上かかった。どんだけ酷い怪我だったのさ、私。

 

 

          *   *   *

 

 

 不貞腐れた表情で、即席の入渠風呂に再び浸かっている川内の背中を眺めながら、彼女は深く溜息を吐いた。

 まだ鎮守府に建て替えていない本丸がある島に迷い込んだ川内は、生きていることが奇跡なくらいボロボロで。それなのにどうしてあそこまで自然に行動できるのか、彼女はとても不思議に思っていたが、川内と接していることでその理由を把握する。

 

(まさか、つうかくがないとは……)

 

 更に弊害として、触覚も鈍い。割と深く刺したのにも拘わらず、たっぷり二十秒経ってから漸く気付いたのがその証拠だ。これは益々物議が醸されるな、と思いながら、彼女はFNW(妖精さんネットワーク)に思念書き込みをした。

 

 

 

285:妖精D@じじさま本丸

迷い込んだ夜戦忍者(大破)、痛覚が完全に無い模様

その弊害で、触覚も鈍し

 

 

 

 案の定、反応は劇的だった。多くの妖精が叫んでは憤り、怒り狂う。本霊どころか全ての刀剣の霊格を越えた分霊短刀を輩出した『おひぃさん本丸』所属の妖精等は、「ちょっと艦載機飛ばしてくる」と落ちたぐらいだ。大方、二百年前の『時の政府崩壊危機事件』とつい先日終息したばかりの『名家当主(笑)連続暗殺事件』のトラウマが蘇ったのだろうが、出来れば落ち着いて情報を精査してほしいと彼女は思う。特に『おひぃさん本丸』連中。人間の手を借りずに妖精の力だけで本丸を鎮守府に建て替え、資源や資材の生産ラインを以前のように確立しただけじゃ飽きたらず、艦娘の協力も無しに艤装を操れるようになったとか一体何処へ向かう気だあのバグ共め。

 内心で極一部の妖精に悪態を吐きながら、彼女は川内の背中の傷が徐々に癒えていく様を眺める。そのあまりの治りの遅さに、彼女は小さく舌打ちした。改二まで到っていたからこそ、信じたくない事実。

 

 どうやらこの川内は、妖精の手を借りずに顕現した艦娘らしい。

 

 二百年前のトラウマ事件を鑑みて、妖精達は、私利私欲に走らず艦娘に一定の敬意を払うことが出来る精神を持ち合わせている者にのみ、自分達の姿が見えるようした。妖精達の姿が見える者しか、艦娘に関わるあらゆる職に就けないように人間に徹底させたのだ。その上で提督適性(れいりょく)を持つ者のみが提督になることが出来、妖精と提督が力を合わせて初めて、艦娘が顕現できるというシステムを創り上げた。お蔭で提督の数は少ないが質は良く、戦力になるまでには少々時間が掛かるものの、一定を過ぎればその全てが大きな戦果を上げることが出来るようになるため、国も国民も現状を受け入れている。

 問題は、提督適性を持ち合わせていながら、妖精の姿が見えない者達だ。彼等は、何らかの形で己の適性を知ってしまった。だが、妖精の姿が見えないというだけで、提督どころか艦娘に携われる仕事に就けない。そんな現状を逆恨みし、自らの力で艦娘を顕現させ、深海棲艦達と戦わせることで、己の有用性をアピールし、軍の在り方に横槍を入れようと愚考する輩が増えたのだ。

 勿論、妖精の力を借りずに顕現した艦娘は殆ど顕現されることは無く、顕現した艦娘達も、一日と経たずに消えていく。仮に何日間も顕現できたとしても、正規のやり方で顕現した艦娘の十分の一しかスペックが発揮されず、更には傷の治りが遅いという最悪仕様であったため、非正規提督は憲兵による逮捕も相まって自然と淘汰されていった。その筈なのだが、つい先日の事件により連中が此方の構築したシステムを最低な方法で掻い潜っていたことを知り、現在世界中の妖精達が挙ってシステム構成改訂している真っ最中である。

 それはともあれ、この川内だ。改ニにまで至った違法提督の川内と言えば、先の事件による暗殺実行犯の川内しか思い付かない。だがその川内は、最後の暗殺こそ失敗したものの、ターゲットだった名家当主(笑)の悪事の証拠をこれでもかとばら蒔きまくった後包囲網を逃げ切り、衰弱しきった違法提督と共に息を引き取ったと聞いている。故にこの川内は、それとはまた別の川内のはずだ。となれば、あの違法提督同様の被害者がまだ残っているのかもしれない。

 

 

 

321:妖精D@じじさま本丸

夜戦忍者、背中の怪我の治り具合遅し

非正規提督に顕現された可能性濃厚

総員、各々の所属鎮守府及びその周辺を再び念入りに洗い、報告せよ

 

 

 

 そう思念書き込みを落とせば、妖精達は次々と、FNWから落ちていく。普段は楽観主義で悪戯好きの妖精達だが、今回ばかりは本気も本気。より一層真剣になって事に当たるだろう。

 先日の事件はそれくらい、妖精達にも深い心の傷を与えたのだ。

 

「ねぇ妖精さん。背中の傷、まだ治んない?」

「まだ、しっかりゆにつかって」

「う~、暇だよー……そうだ! 高速修復材を追加すれば良いじゃん!」

「きゃっか。じぶんがどれくらいひどいけがをしていたのか、じかんけいかによってしるべし」

「ちぇー……」

 

 不貞腐れながら肩までしっかりと浸かる川内からは、違法顕現されたような悲壮さが一切無い、極々普通の川内だ。それが逆に歪すぎて、不安だと言わんばかりに小さく、しかし深く溜息を吐くのだった。

 



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エピソード:ゼロ

 虫の音ひとつ聞こえない丑三つ時。空に光る星々に勝る輝きを放つ月は雲に隠れ、辺りは闇に包まれている。暗く、先が異常に見えづらい中で、意識が無い母さんを抱えて、私は山を駆ける。音を立てないように気を付けながら思うのは、やっぱり数日前の夜に出会した駆逐艦二人を始末すれば良かった、ということだ。

 

「この娘達は、恨んでないから」

 

 そんな母さんの言葉に従って気絶させるだけで済ませたけど、やっぱり間違いだったんだ。だって、当たり前だよね。母さんみたいな子達がいることに気付かないで、その元凶の上っ面の良さに騙されるような船達だもん。無知は罪だ。じゃないと、知らなかったから、気付かなかったから仕方がない、なんて言葉じゃ到底収まらない程の地獄を味わい死んでいった、あの子達が浮かばれない。

 そして、今にも死に行こうとしている母さんにも。

 

「……あ、れ? わたし…………」

「! 母さん、目が覚めたの!?」

 

 背負っていた鞄の中にあるボロボロのブランケットを、木に寄りかからせる形で敷いて母さんを座らせ、腰のポーチに入れている薬を飲ませた。

 

「…………けほっ。ありがとう、センちゃん。ラクになった……あと、『かあさん』はやめて」

「本当に大丈夫? ……やだ、母さんは母さんだもん」

「うん、まだへいきだよ……このごうじょうものめ」

 

 心配させないように母さんは笑ってくれるけど、無理をしていることは分かりきっている。でも、それを言葉にすることはせずに、私は現状を伝えることにした。

 

「ごめん、ターゲットを始末できなかった。護衛に大本営所属の艦娘がいて見付かって、後一歩のところで止めがさせなくて……あ、でも! アイツが自分に施してた術式は全部壊したし、悪行の数々の証拠はバラ蒔いて逃げたよ!」

「そっか。ならあとはもう、だいほんえいがやってくれるだろうからもんだいない、ね……」

 

 そう笑う母さんの言葉に、私は顔を顰めた。

 

「ねぇ母さん、本当に大本営って信用できるの?」

「センちゃんは、しんようできないの?」

「いや、私だって人柄は認めているよ? でもさ、アイツ等に簡単に騙されるような連中じゃんか」

「あれは、だますほうがわるいとおもうよ?」

「いーや、騙される方だって悪いね! 絶対!!」

 

 だって私達艦娘は、世界中を脅かす深海棲艦に対抗できる、唯一の存在だ。そんな私達を、二百年前の英雄たる刀剣男士の再来として、多くの人達が好意的に迎えてくれる。けれど、その力を悪用しようと企む人や、恐怖のあまり人の姿を模した化け物だと口さがなく吐き捨てる人もいる。寧ろそんな人達ばかりを、この十二年間ずっと、私は見続けた。

 

 

 

 妖精が見えて、提督適性(れいりょく)がある孤児を引き取り、自分の使い勝手の良い道具として扱っていた、最低な連中。母さんは最初期の頃、そんな連中に拾われた子供だった。

 当時最年少だった母さんは、しかしそこにいる子供達の誰よりも早熟で。私達を敢えて顕現させるようなことはせず、けれども自分が処分されないように、建造は完璧に行っていた。妖精のアシストも無しに造られたのにも拘わらず、正規の手順で造られた艦と同等の品質に、奴等は母さんの価値を見出だしたらしい。ただの建造マシーンとして、母さんは利用されることになった。

 そんな母さんに、私は最初に造られた艦だった。最初に造られただけあって、所々に欠陥があった軽巡洋艦。レア度もそう高くなかったために、私は母さんの傍にいることを唯一許された。そんな私を、母さんは大事にしてくれた。暇が出来れば私を磨き、返事はないのは分かっている筈なのに、私に話し掛けてきてくれる。顕現してくれれば、私は母さんのために働けるのに。おしゃべりだって、沢山出来るのに。母さんがそうしない理由を分かっているだけに、私は歯痒くて仕方が無かった。

 そんな母さんに、後輩が出来た。「ほんとうは、いないほうが、いいんだけどね」なんて母さんは哀しそうに笑っていたけど、母さんは連中に気取られない程度にその子を育て、護るようになった。私以外に大切な存在が出来たのは、ちょっと良い気はしなかったけど、母さんに笑顔が増えるなら、まぁ仕方がないかと、見守っていた、その最中。

 

「ああああぁあぁぁぁあああああああぁぁぁああああああああぁぁぁあああああああぁあぁぁぁああああああぁあぁぁぁあああああああぁぁぁあああ!!」

 

 その子が、壊された。母さんほど器用では無く、母さんよりも少し見目が良く、幼少から力を酷使したせいで発育が遅すぎる母さんと違って、きちんと成長していたのが災いしたのだろう。その子がオモチャにされている現場を偶然目撃した母さんは、怒りのままに力を解放して、欠陥品だった私達を顕現させ、その施設を破壊し尽くした。

 

「…………あはっ」

 

 私以外の欠陥品は全て自壊し、母さんを縛り付けていた施設という名の鎖は完膚なきまでに壊れた。

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 その場に佇み、狂ったように笑っていた母さんは、落ち着けるためか深く息を吐き、口ずさむように言葉を発する。

 

「センダイちゃん、ごめん」

「何で謝るのさ?」

「キミを、ひとごろしのどうぐとしてつかうよ」

 

 それは命令でも、さりとてお願いでも無かった。もう、私が人殺しの道具として使われることは決定事項で、逆らうという選択は存在しない。そもそも私は欠陥品で、酷使され続けた母さんだって、もう長くは無い。なら、その先にあるのが破滅だとしても、何ら問題は無かった。

 

「うん、良いよ。元々夜戦は得意だし、暗殺だってやってみせるよ、母さん」

「ありがと――――まってセンダイちゃん、なんでわたしを『かあさん』よばわりする?」

 

 

 

 それから二年間、情報を集め、施設を破壊し、連中を殺していく日々。基本山の中で生活し、必要な物資は襲撃先で強奪する、そんな山賊紛いの行動を取り続け――本来ならば今夜が、終わりのはずだった。それを邪魔してくれた正規の分霊(べつのわたし)や、夜戦が得意な他の艦娘に、私は悔しい気持ちになる。

 本音を言えば母さんの復讐は、私の手で完遂させたかった。でも、それはもう不可能だ。更に厳重になるだろう警戒体制を潜り抜ける自信は、今の私には無い。

 

「…………まぁ、良いや。母さんの言う通り、後は大本営に任せようか」

「? めずらしいね、いつもなら、もっとしぶるのに」

「無理なことはしない主義なの! それより母さん、どっか行きたいことない?」

「え……?」

「だって、やらなくちゃいけないことはもう終わったじゃん。だからこれからは、やりたいことをしよう!」

 

 私は勿論、夜戦だよ! なんてはしゃいで見せれば、母さんは久し振りに、柔らかい笑みを見せてくれた。

 

「そう、だなぁ……うみ、みたいかも」

「『海』?」

「うん、すいへいせんからのぼるあさひや、すいへいせんにしずむゆうひがみたい」

「そっか……じゃあ、これから朝日を見に、海に行こう。今からだったら間に合うよ」

「うん、それとね……センちゃんが、うみをかけるところがみたい、な。あと、わたしも、センちゃんといっしょに、うみ、でたいかも」

「うん、良いよ! 私にどーんと任せて!」

「うん、たよりに……してる、ね」

 

 次々と、小さな願いを口にする母さんの言葉を、ひとつひとつ、刻み込む。今度こそ、私が母さんの願いを全部叶えるんだ。

 

「…………ねぇ、センちゃん」

「何、母さん?」

「わたしね、もっとセンちゃんとおはなししたかった。いっしょに、いろんなところにいきたかった。いっぱいあそんで、いっぱいわらって、いっぱいかんどう、したかった……」

「出来るよ、これからずっと、一緒にいられるよ?」

 

 視界が歪み、声が震える。ポツリポツリと、母さんの服に染みる水滴に、雨が降り始めたのかと空を見上げれば、月を隠していたはずの雲は見る影もなく、綺麗な満月と、満面に輝く星々が広がっていた。

 

「……そら、キレイだね」

「……うん」

「もっと、みていたいな」

「なら、一緒に見よう?」

「うん、でも……なんでかな。とっても、ねむいんだ」

「そっか」

「うん」

「じゃあ、寝てて良いよ。私がちゃーんと記憶しとくから」

「いいの?」

「勿論! だって、夜は好きだもん」

「じゃあ、おねがいするね」

「まっかせてよ!」

 

 そう、元気良く返事はしてみせたけど、私はちゃんと、笑えているだろうか。鏡が無いから、確認しようもないけど。

 

「…………センちゃん」

「なぁに?」

「いままで、ありがとう……おやすみ、なさい…………」

 

 そう呟いて、母さんは直ぐに眠りに就いた。そんな母さんを背に左手を回し、色の抜け落ちた髪を、私は力を込めずに右手で撫でる。

 今年で十七程になるはずの母さんの見た目は、十歳を下回る程度。ロクな栄養も貰えず酷使されてきたせいか、腕も脚も頬も痩せこけているのに、お腹だけがぽっこり出っ張っているような、とてもみすぼらしい姿だけれど。それでもこの人は、妖精さんの力も借りずに自分の手で私を造って(うんで)くれた、自慢の母さんだ。

 

「本当に、自慢なんだよ?」

 

 母さんには、もっと生きてほしかった。生きて、色んな所を自由に行ってほしかったんだ。

 

「だからさ、お願いだよ、本霊(わたし)

 

 

 

 ――――母さんに、分霊(わたし)を与えてよ。

 

 

 

 その願いは、ちゃんと届いただろうか。例え届いたとしても、叶えてもらえない可能性の方が高いけど。それでも、願うだけタダだと思いながら、私の意識は溶けていった。

 

 

          *   *   *

 

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 動きなれない山の中を、私はともかく走り続けた。藪を突っ切って服が破けようが、肌に無数の傷が付こうが関係ない。そんな些細な事柄よりも、もっと大事なことがある。

 

「姉さ……待っ…………」

「川内ちゃ……すぎ…………」

 

 後を追っている妹達が抗議してくるけど、それを全て無視して私は走った。

 

(あの『私』は、もう長くない)

 

 それはきっと、『私』を顕現した違法提督も同様だろう。彼女達がどうして、不慮の事故や深海棲艦の襲撃などで先代や後継者が相次いで亡くなり代替りしたばかりの名門筋の当主達を殺して回っていたのか、その理由が知れたのは、本当につい最近だ。まだ十数年しか経っていなかったとかでは済まされない程の犠牲者の数々。その最初期メンバー唯一の生き残りと思われる人が、つい数日前に雷と電の前に現れた。出会ったのは偶然で、明らかに虐待の跡がある彼女を保護する前に、『私』の手によって気絶させられた二人。彼女が止めなければ荒魂一歩手前だった『私』によって壊されていただろうとは、その日のトラウマで私から逃げるようになった二人の言葉だ。

 

(それに関する文句とか、言いたいことは色々とあるけど)

 

 ごめんなさいと、ありがとう。

 この二つの言葉は絶対に伝えないといけない。そして、残り僅かな生を幸せに過ごしてほしいから。だからこそ、私があの二人を保護しなければいけない。艦娘黎明期から現役でい続けている数少ない艦娘だからこそ、あの二人に余計な手出しをさせずに最期まで護り続けることが出来るから。

 ただそれだけを思って、僅かに残る『私』の痕跡を辿り、漸く彼女達の居場所へと辿り着く。だけど、それはもう遅かった――遅すぎた。

 そこにはもう、息を引き取った少女の亡骸と、ボロボロに壊れた『私』の依り代があるだけで。もう、命あるものは存在しない。

 

 私はそっと、『私』の依り代に手を触れる。そこから流れる違法提督の想いと、『私』の最期の純粋な願い。普通に生きていればすぐに出来た些細なことを願った彼女と、荒魂にほぼ足を踏み入れていながら生みの親のことを想って逝った『私』。誰よりも悲惨な目に遭いながら、それでも優しくあり続けた彼女と、彼女だけのために生きた『私』の最期の願いはどこまでも綺麗で――だからこそ、ここ最近では流すことの無かった涙を、一筋流す。

 

「今までお疲れ様、それと…………お休みなさい」

 

 

 

 ――――どうか、二人の次なる生が、幸福に満ちていますように。

 



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集積地棲姫モッチー漂流記
1:始まりは轟沈


「嫌だ! 嫌です、望月! 望月ぃぃいいいい!!」

 

 聞き分けの悪い姉の叫びが遠くなるのを聞きながら、疲れた体に鞭を打って目の前で愉快そうに笑っている、戦艦レ級を見やる。ここは南西海域諸島――本来ならば、レ級が出現するはずもない、難易度の低い海域だ。ならば何故、という思いはあれど、今はそれを考える必要はない。そんなことを考えるよりも、自分よりもずっと練度の低い姉達が、あの化け物から逃げられるだけの時間を稼ぐ方が重要だ。

 幸いレ級は、戦意を失わずに留まっている中破した駆逐艦に興味があるようで、逃げる艦隊を追う様子は無かった。そのことに彼女――睦月型駆逐艦十一番艦望月は、内心で安堵の息を吐く。自分を無視して姉達を追われれば、いくら制限が外されて(ケッコンカッコカリをして)いる望月といえども、追うことは難しい。

 ともあれ、レ級に姉達を追う意思が無いと分かった瞬間、望月はレ級を足留めさせることから、レ級を撤退、あわよくば轟沈させることに予定を変更した。自分が沈む前提で特攻を仕掛け、レ級が満足する戦いをやってのければ、レ級の狂気は完全に無くなり、被害は最悪でも自分が沈むだけで済むからだ。

 

「…………ったく、こんなの、私のキャラじゃないんだけどさぁ~」

 

 大きく息を吐きながら、望月は気だるそうな雰囲気を払拭させ、研ぎ澄まされた刃のような空気を発した。そんな望月に、レ級は益々嬉しそうに顔を歪める。

 

「ま、最期くらいは、それでも良っ――かっ!!」

「……アハッ」

 

 刹那、レ級の傍で激しい水柱が立つ。望月が発射した砲弾を、レ級が払った結果だった。しかし望月はそれを想定済みだと言わんばかりに、レ級へと駆けていく。お返しだと言わんばかりに、艦載機の爆撃を、砲撃を、雷撃を、雨霰のように望月へと放っていく。

 その攻撃の嵐の中を、望月は突っ切った。顔に傷が付こうが、腹に穴が空こうが、片足がもげようが関係無い。最悪、頭と両手が無事であれば問題ないとばかりに、攻撃を掻い潜ってレ級に近付いてくる望月に、レ級は益々深い笑みを浮かべ、主砲を望月の頭へと向けた。

 

「――――っだぁ!!」

 

 それを望月は、紙一重で避ける。直撃は貰わなかったものの、余波で左耳が全て削れた。しかし望月はそれすらも頓着せず肉薄し、今まで庇ってきた左手で笑みが絶えないレ級の顎を掴んだ。

 恐らくレ級は、殴るか蹴るか、或いはゼロ距離砲撃をすると思っていたのだろう。僅かに目を見開いたレ級を尻目に、望月は遠慮なく掴んだ顎を振る。

 深海棲艦は人の形をしている程凶悪な能力を有するが、反面対人戦法を利用できるやり易さがあった。脳を揺さぶられ、力なく緩んだレ級の口へと主砲を捩じ込み、望月は今度こそレ級が考えていた通りに砲弾を連続で放つ。内側に響く痛みに直ぐ様覚醒したレ級は望月を剥がそうと、主砲を持っている右腕を掴み力を入れる。それだけで尋常にない痛みが走ったが、望月は決して主砲から手を離さずに撃ち続けた。

 レ級が望月の腕を引き千切るのと、無理な連射が祟った艤装が爆発したのは、ほぼ同時。その爆風に煽られレ級から離された望月は、海面に容赦なく叩き付けられた。

 

(あー……流石にヤベェわこれは)

 

 海面から起き上がろうと、辛うじて無事な左腕と両足に力を入れるが、海面がそれらを支えることなく浸かっていく。どうやら自分は沈むようだと他人事のように思った望月は、緩慢な動作で顔だけをレ級へと向けた。レ級もまた沈んでいるようで、海水に腰まで浸かっていた。どうやら自分は、分の悪すぎる賭けに完勝できたらしい。姉達を逃がしきり、レ級と相討つ。旧型駆逐艦にしては過ぎた成果だなと、自らやっておきながら、そう思う。

 

(あ~も~……随分、満足そーな顔してさぁ……)

 

 こっちは凄く痛いんだぞと、そう文句を言ってやりたいのは山々だが、口が浸かった今それも不可能だ。

 

 

 

「アリ……ガト…………」

 

 

 

 ただ、風に運ばれて聞こえてきた言葉に先程までの不満は掻き消え良かったと思う程度には、望月は結局、他の艦娘達と何ら変わらないお人好しで。そして最期に思い出すのは、己が提督の思い出話。

 

(せめて、レ級を轟ちんさせた……こと、しれーかんに、つたえた、かった……な…………)

 

 あの愛情が捻くれている提督は、ありがとうと感謝してくれるのか、それともふざけるなと罵倒してくるのか。どちらでも想像出来るから、ある意味予想が付かなかった。だが、そんな提督が嫌いではないからこそ、望月は最期に思う。

 

(しれーかん、ホントは、ね……たのし……かった……よ……)

 

 

 

 そこで、望月の意識は途切れた。

 

 そして――

 

 

   *   *   *

 

 

 目を刺激する強い光に促され、彼女の意識は覚醒した。視界に飛び込んできたのは、雲一つない快晴の空に、燦々と降り注ぐ太陽の光。

 

(んあー? 何で私、外にいるんだ? …………あれ? そもそも、私は誰だっけ……?)

 

 それを暫くぼーっと眺めていた彼女は、少しずつ脳味噌を回転させていく。

 

(えーっと……あ~、そうそう。名前は望月、睦月型駆逐艦十一番艦で、ケッコンカッコカリ済。大規模作戦で最近ウチの鎮守府に着任したばかりの二隻とそこそこの練度の睦月達引き連れて、南西諸島海域に出撃……そんでレ級に遭遇し――!?)

 

 そう、帰投途中にレ級と遭遇して、中破していた三日月を庇い被弾。姉達には援軍を呼んでくるようにと頼み一人残り、レ級に特攻をかけて海に沈んでいった。

 そんな記憶を思い出し、彼女は思わず呟く。

 

「エ、ナンデワタシ、イキテンノ……?」

 

 そして自分が出したはずの声に、思わず体を強張らせた。長いこと慣れ親しんでいた声は影も形もなく、しかし無機質で寒気すら感じるこの声質は、聞き覚えがある。彼女は無言で、己の腕を目に見える範囲まで持ってきた。その肌色は、病的なまでの白さだ。

 それを見て、彼女は確信する。

 

「シンカイセイカン……シカモ、ヒトガタトキタカァ…………」

 

 起き上がり、何とも言えない表情になりながら、彼女は困ったように頭を掻く。言葉を話せ、足もあるところから、最低でも戦艦レ級、或いは姫級であることが確定した。何なんだこの異常な超進化具合……と彼女は頬を引き吊らせる。

 

(サシでレ級と相討って沈んだからか? でもなぁ……)

 

 何故、自分は深海棲艦になったのだろう。沈みゆく時、確かに少々の未練はあったが、深海棲艦になってまで晴らしたいかと問われれば、否と答える程度のレベルだ。後悔だって、微塵も無かった。だが現実として、自分はこうして深海棲艦として生まれ変わっている。そのことに、我が事ながら首を傾げる。

 

(あ~分からん、考えても埒があかんわこれ)

 

 どれだけ考えても思い付く要素が皆無だったため、彼女はそのことについて考えるのを止めた。深海棲艦になってしまったことは仕方がない、ならば、これから先のことを考えよう、と。人これを棚上げ、或いは先延ばしと言う。

 

(……取り敢えず、私がどの艦種になったのかから調べっか)

 

 

 

 そうして島を彷徨うこと数時間、放棄されたらしい老朽化した建物にあった鏡で今の自分の姿を見て、彼女は乾いた笑いを浮かべた。

 艦娘だった時に着けていたものと同タイプの眼鏡、ヘッドフォンのような電探に、長い髪を三つ編みにしてマフラーのように首に巻いている、その姿は。

 

「ウワァ、ジョーダンガホントニナリヤガッタ……」

 

 仲間内から「アンタが成長したらああなるんじゃない?」と言われ、そのあまりの硬さと敵旗艦の庇いっぷりに「デカイ望月邪魔です!」とまで言われ、物資が燃やされる度に嘆いては戦闘以外のことで微妙な気分にさせられた、妙に人間臭い深海棲艦――集積地棲姫、そのものだった。

 



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2:能力チェックと同情と

自身が集積地棲姫となったことに気付いた後、彼女は建物内を探索し、比較的無事な部屋を見付け、寝床を整えてからそのまま寝た。いくら、何事にも動じないマイペースな性格をしているとは言え、流石に衝撃が強かったようである。

 

「オー……マジデデキタワ」

 

 そして翌日早朝、驚きだと言わんばかりに、彼女は周りを緩やかに飛んでいる艦載機を見やった。とは言え、彼女の視界に艦載機は映っていない。彼女は艦載機を通して、自分だけでは見れないアングルで景色を見ていた。

 

(これが、赤城達が見ていた景色、か。ん~……慣れるまで時間がかかりそーだねぇ~)

 

 小さく溜息を吐きながら、彼女は艦載機との視界の共有を切った。しかし、艦載機を戻すことはせず、そのまま遠くへ飛ばす。この島に、資源や食材があるのか、探してもらうためである。何か見付けたら連絡するよう言っているため、放置しても問題は無い。

 彼女はその間、今の自分の能力を把握するべく色々と試していた。主砲、魚雷、爆雷、そして先程の艦載機運用。軽くとはいえ全てを一通り使ったせいか、燃料と弾薬が少々減った。それでも全体の五十分の一に満たっていない辺り、集積地棲姫のスペックの高さが手に取るように分かる。

 

(それにしても、前に編み出した低燃費高効率運用が、慣れ親しんでいた艦娘の時より楽に出来るとか……どんだけ器用なのさこの体)

 

 旧型駆逐艦から姫級に進化(?)したとはいえ、器用さだけは艦のスペック差だけでは説明が付かない。頑丈さや手数の多さ、威力の高さは言うまでもないが、それらのスペックが霞むほど器用さが抜きん出て高い。

 

(ま~確かに大破してもあっさりと、こっちを大破させてたけど……まさかこれが理由とはねぇ)

 

 てっきり、スペックに任せた馬鹿火力のせいだとばかり思っていたが、考えを改めるべきかもしれない。技巧派な姫級とかどんな悪夢だ。つくづく、戦闘ではなく後方支援専門の姫で良かったと、彼女は胸を撫で下ろした。

 

(でも、どうしてまたこんな極端に…………まさか、資源節約のため、とか? …………やべぇ、泣けてきた)

 

 もし、彼女が想像した通り、他の姫級やレ級が資源の残量お構いなしに消費しまくるから、せめて自分だけはと頭を捻った結果なのだとしたら。そう思うと、深海棲艦経理担当者の不憫さに涙が出てくる。敵対していた時から薄々感じてはいたが、どれだけ苦労人なのだろうか集積地棲姫は。

 集積地棲姫の不憫さに涙していた彼女に、島の探索を頼んでいた艦載機から通信が入った。早速視界を切り替えると、燃料が湧き出ている泉が見えた。別の所では弾薬の材料が、また別の所では鋼材やボーキサイトがごろごろと転がっている。何だこの島、資源の楽園か。

 

「ウッワ、アッチハシュウフクザイガワイテルシ……ヨウセイサンガイリャア、チンジュフガタテレルジャンカ。コリャスゲーワ」

 

 しかし、そんな高物件(?)な島なのにも拘わらず、周辺には艦娘どころか深海棲艦の影も形も無い。そのことは彼女に警戒心を沸き立たせるには、十分な事態だった。

 

(こりゃ~暫くは、この島とその周辺の地理を把握することから始めないといけないなぁ。あ~ダリィ……)

 

 非常に面倒臭いことこの上ないが、かといってこの島の調査を怠る訳にはいかない。慢心の末轟沈し再び復活した時、今のように【歪み】の支配から逃れられるとは限らないのだ。己の未練が分からず、故に未練を晴らすことが出来ない以上、彼女は轟沈する訳にはいかない。

 そんな真面目なことを考えていると、彼女のお腹が空腹の悲鳴を上げた。昨日は何も口にせずに寝たのだから、仕方がないのかもしれない。

 

「…………トリアエズ、ハラゴシラエカラダナ」

 

 面倒事は一先ず横に置いておき、彼女は食料を持ってくるよう、艦載機にお願いするのであった。

 



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