純狐とヘカTのヒーローアカデミア (SKT YKR)
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ことの発端

初めまして!
 
純狐さんの作品が少なかったので書いてみました。
処女作で、文も読みにくいと思いますが読んでいただけると嬉しいです。

小説って書くのめちゃくちゃ難しいね。

 追記
 行間の変更。文の間違えを直しました。


 花々が咲き誇り、穏やかな風が桃の花弁を舞い踊らせる――。

 

 

 ここは純狐という神霊が作った仙界である。そしてその中央には、そんな素敵な空間に似合わない、The 普通の家というような平屋の一軒家が建っている。その家の中では元気な声が響いていた。

 

 

「ヘカーティア-!」

 

 廊下からどたどたと騒がしい音を立てて純狐が居間に入ってくる。ヘカーティアはその純狐の姿を見るとため息をつき、読んでいた本を閉じた。

 

 ヘカーティアがため息をつくにのは理由がある。最近の純狐の行動があまりにも度が過ぎている、と言うより頭のネジが数本跳んだとしか思えない奇行が多いのだ。

 

 つい先日、外に出て何をしてきたかと思えば、大量の熊の置物を持ってきて、それを全部月に送りつけたり(すぐに送り返されて、家が熊の置物だらけになった)。大量の本を持ってきたときは、3日間部屋から出てこず、出てきたかと思えば、面白くなかった本などの愚痴を延々と話してくるのだ。

 

(まあ、楽しそうだし、いっか…)

 

 純狐の過去のことなどを思い出し、ヘカーティアはなんとか怒りを抑える。そして、話しだけでも聞いてやろうと、めんどくさそうに寝ころんだまま純狐を見上げた。

 

「私、この世界に行きたい!!」

 

「は?」

 

 何か来るだろうと身構えてはいたが、予想の斜め上を行く純狐の言葉にヘカーティアは混乱するしかない。

 

「《僕のヒーローアカデミア》!ものすごく面白かったのよ!だから紫に言って連れて行ってもらおうとしたんだけど、『異世界に飛ばすのは、めんどいからやだ。』って言われて。年齢のことなんかでいじってたら本気で怒りそうになって、幻想郷出禁にされそうだったから…。」

 

「それで私に頼みに来たと…。」

 

 異世界に行きたいとか本当に大丈夫だろうかコイツ。復讐はどうするのだろうか。

 

 しかし、これはいい機会かもしれない、とヘカーティアは考える。今の純狐からとりあえず離れられるし、その漫画はヘカーティアも興味があったのだ。面白いことも最近見つからないため、純狐をこの世界に放り込んで、それを見て楽しむのもいいと思った。

 

 ただそうなると心配なのは、ヒロアカの世界の個性の基準からすると純狐の能力が強すぎることだ。

 

   【純化する程度の能力】

 

 簡単に言えば神の力(らしい)。死穢の匂いを身に纏う者なら無条件で殺すことができるというヒロアカの世界には過ぎた、かつ相性の悪い能力である。また、神霊である純狐自身の身体能力もおそらくシャレにならないだろう。

 

 ヘカーティアは少し考えると、1つ提案をする。

 

「あなたを弱体化してならいいかもしれないわ。どう?私ならあなたの能力や身体能力を制限してあげられるわよ。あなたも、その世界で無双してきたいわけではないのでしょう?」

 

「そうね…少しスリルがないとつまらないし、いろんなキャラとも絡みやすくなるからね。」

 

純狐はどうゆう風に自身を弱体化すれば面白くなるか考える。

 

(とりあえず即死させることができるっていうのはやめたいわね。でも、私が入ることで何かイレギュラーが起こることもあるかもしれないから、その時のためにメインキャラを守ることができるくらいの力は残しておきたいし…。)

 

 そもそも【純化】とは何なのだろう、と純狐は改めて考えてみる。

 

 神の力とか幻想郷では説明されているらしいが、正直、純狐自身よくわかっていない。

 

 生き物を殺したりするときはその者が“死”というもの(死穢という死の穢れも含まれる)をある程度の量持っていたならば、対象を“死”に純化し殺すことができる。なので、不老不死の奴らなど、“死”というものをそもそも持っていないようなのは、純化で即死させたりすることはできない。

 

 概念的なものではなく、物質的なもので例えると、金鉱石を“金”に純化すると金鉱石全体を純金にすることができる。また、生き物では、例えばその生き物の体を水分に純化するとその生き物はただの水になって死んでしまう。ただし、何でも殺せるというわけではなく、体の造りがある程度以上複雑なものになると簡単に無機物に純化することはできない。

 

 そして、純狐自身を嫦娥への復讐に純化していたように、純狐自身を概念的なもので純化しても純狐は霧散したりせず、その概念の権化のような存在になる。そしてその状態を維持しようと思えばそのままでいることもできる。また、その純粋な力を分け与えることもできる。 

 

 ただ、純粋な力を持ち続けるのは純狐にしかできないらしくほかの奴を概念のようなものに純化しても純狐が維持しようとしなければすぐに薄れて元に戻ってしまったり、別の力になったりしてしまう。本当によくわからない力だ。

 

「うーん、“死”に純化させるのは禁止した方がいいわよね。即死させるって意味では、生き物の体を物理的なもので純化するのも禁止ね。身体能力とかも普通の人並みにしてみようかしら。空を飛ぶのはどうしよう。正直、歩いてなさすぎて長距離歩こうとするといつの間にか飛んでいるのよね…。」

 

「まあいいんじゃない?飛ぶ速度と時間を制限すればそこまでチートな能力ではないと思うわよ?」

 

 ヘカーティアはそう言うが、今まで読んだところまでの内容を思い出して考えると、やはり空を飛ぶのは強すぎると純狐は思う。空を飛ぶの自体はいいのだが、それプラス【純化】というのはやはり強すぎる。それに、漫画に出てきたアメリカンな人みたいに飛行能力がなくても飛ぶようなことができている人もいる。

 

 まだしたことはないが、純化の度合いを細かく調整できるようになれば、足を“力”とかに純化して、そのパワーであのアメリカンな人みたいにすることができるのではないか。と、純狐は考えていた。

 

「やっぱり飛ぶのは禁止にしとくわ。」

 

「そう?まあ、あなたがいいなら私は何も言わないけど。」

 

 飛べなかったことがないヘカーティアは飛べないという感覚がわからない。ただ、物凄くめんどくさいというのはなんとなくわかるので提案してみたのだ。

 

「じゃあ、とりあえず“死”への純化はなしね。あと、身体能力はあちらの世界の人に合わせて…、空を飛ぶのはなしでいいのよね。」

 

「それでお願いできるかしら?すぐにあっちの世界に行くのは心配だから、弱体化後の体に慣れてから行くわ。【純化】の能力について、試したいこともあるしね。それはそれとして、弱体化した後この空間はどうしましょうか。」

 

 ここの創造主である純狐が弱体化されれば、この仙界は消えてしまう。再び作ることができるとはいっても、3000年くらいこの空間で暮らしてきて思い入れというものがあるので無くしてしまうのはやめたい、と純狐は考えていた。  

 

 ちなみに今いる家は、純狐が紺珠伝と呼ばれる異変を起こす少し前に弾幕の練習をしていたら前の家を壊してしまったため、純狐が外の家をまねして簡単に作ったものだ。

 

「ああ、それならここは私が管理しておくわよ。」

 

 ヘカーティアも久しぶりに会った気兼ねなく話をすることができる相手である純狐と過ごした空間が無くなるのは、なんとなく悲しかった。そこで自分がこの空間を管理することにする。

 

「ありがとう。それじゃあ頼むわ。」

 

「じゃあさっそく弱体化やってみようかしら。準備はOK?」

 

「いいわよ。さあ、どんと来なさい!」

 

「はいはい。じゃあ、始めるわよん♪」

 

 任せろ、といった具合に胸を叩いたヘカーティアは、目を閉じながら呪文を唱えた。すると純狐の周りに魔法陣が複数でき、その一つ一つの魔法陣から金色に光る鎖が出てきて体を縛る。

 

「うわ、何か気持ち悪いわね。」

 

純狐は外側だけではなく心臓や脳を締め上げられるような感覚に嫌悪感を隠せない。人をやめて3000年以上過ぎ、数えきれないほど月の奴らと戦う中でいつの間にか痛みなどは感じなくなっていたが、体の中を異物が這いずるような感覚は耐え難いものがあった。

 

「あと少しだから我慢してね。」

 

 ヘカーティアは儀式の仕上げにとりかかる。純狐を縛っていた鎖が純狐の体に吸い込まれるように消えていき、魔法陣も消えていく。代わりに純狐の手の甲に鍵穴のような模様が浮き出て、ヘカーティアの手には鍵が握られていた。

 

「とりあえず、成功したみたいね。よかったわ。慣れない呪文だったから。成功するかどうか心配だったのよ。もし失敗したらなんかボーンてなるからね。ボーンて。」

 

「え?」

 

 殺すつもりだったのだろうか。

 

「そういうことは始める前に相談してよ!」

 

「いや、あなたなら爆発くらい耐えられるでしょう?」

 

 ヘカーティアは何を心配しているのか本当にわからないような顔をする。正直なところ、最近迷惑をかけられてばかりいたので、あわよくば爆発して驚かせることができたら愉快だなー、と思っていた。

 

「耐えられるかもだけど、少なくともびっくりはするでしょう…。それに、弱体化をある程度完成させてから爆発したら多分耐えられないわよ。」

 

「まあ、成功したからいいじゃない。それよりいろいろ試してみてよ。」

 

「はぁ、まあいいわ。それじゃあ外に出て試してみようかしら。」

 

 この程度のこと……で済ましていいのかは疑問だが、二人にとっては誰かが爆発するのは日常茶飯事レベルのことである。そのため適当にスルーして家の外に向かう二人だが、突如、ヘカーティアの視界から純狐が消え、足元で大きな音が鳴った。

 

「あれ?」

 

 純狐がこけたのだ。床にはいつくばっている純狐は混乱しているようでなかなか立ち上がらずにいるが、すぐに状況を理解し自分のことを鼻で笑った。

 

「ああ、そういえば飛べなくなっていたわね。忘れていたわ。思った以上に飛ぶのに慣れていたみたいね…。歩くのに慣れるのが大変そう。」

 

 飛ぶのより遅いし不便なものであるが、これはこれで良さがあると純狐は考え、足の裏の感覚を新鮮に感じながら再び歩き出した。

 

 そんな純狐の様子を見て安心したヘカーティアは、まだしていなかった説明を始める。

 

「戻したいなら私に言ってね。あなたの手の甲に鍵穴の模様があるでしょ?そこに私が持っている鍵を入れたら、弱体化は解除できるから。あと、その模様を通じてあっちの世界に行っても私と直接話すことができるわ。」

 

「通信機能付きって、なかなかハイスペックな魔術なのね…。」

 

 さすが魔術の神といったところだろうか。純狐も自分は相当強い部類だとは考えているが彼女には敵わない。たまに変なミスをするのだが、そのミスを力ずくでなかったことにしたりできるのであまり関係ないようだ。

 

「じゃあさっそく、【純化】を…あの石に使ってみて。あれを鉄にしてみてよ。」

 

 ヘカーティアが30メートルくらい離れたところにある大きな石を指さして言う。景観を保つために、あまり変なことをしたくない純狐だが、簡単かつ効率的に今の力量を図るという意味でこれは最適であった。

 

「ん?あれ、えっと…もう一回…。んー、やっぱりできない。なんで?」

 

 いつものように純化を使おうとしたはずだが、石に変化はない。なにか対象まで純化が届いていないような気がするのだ。どうしていいか分からなくなった純狐はとりあえずヘカーティアを睨む。

 

「あれ?純化は使えるようにしてるはずなんだけど…。」

 

 ヘカーティアにも原因はわからないようで、首を傾げていた。さっき言っていたように、今回純狐に使った魔法は初めて使うものであり、彼女自身よく分かっていない部分も多いのだ。

 

「あ、もしかして…。」

 

 石に近づいた純狐は、15メートルくらいの距離になったところでもう一度純化を使ってみる。すると、縦横それぞれ5メートルくらいの石は見事に鉄に変わった。

 

「今度は成功した、と…。あー、たぶんこれあれだわ、純化できる対象との距離に制限付いてるわ。」

 

 使っている感覚としては多分、15メートルくらいが限界だろう。それに複数のものを同時に純化することはできないみたいだ。

 

「まためんどくさい制限が付いたわね。まあいいんだけど。」

 

「よし、じゃあ後は自分に純化を使って身体能力を上げたりするのと、人間の考えを純化する実験をしましょう。」

 

 純狐のあまり気にしていない様子を見て、これからの予定を立てるヘカーティア。人間はヒロアカの世界から適当なヴィランを持ってきて試せばいいだろう。

 

 

 

純狐自身を純化する実験はとても大変だった。

 

「え?ヤバいヤバい!」

 

「うわぁ…。すごいことになってるわよ。とりあえず…はい、治療終わり。」

 

 例の漫画の主人公がワンフォーオールを全力で使うときのように使った部分が耐えられず壊れてしまうのだ。いや、壊れるのではなくその部分が消し飛んだというのが正しい。純狐は右腕を“力”に純化して、さっき鉄に変えた石を殴ってみたのだが、一瞬赤く光ったかと思うと石(鉄)はすごい音を立て吹っ飛んで行ってしまった。

 

 吹っ飛んで行った鉄をヘカーティアが見に行こうとしたが溶けてバラバラに吹っ飛んだようで、見つけることができたのは、大きくて重さ5キロくらいの塊だった。そして、岩を殴った純狐は、拳が石(鉄)に当たった瞬間に右腕が肩のところから消し飛ばされ血がすごいことになっていた。

 

「鉄が溶けるのは大体1500度らしいけど、どれだけのエネルギーを込めて殴ったのよ…。」

 

「純粋な“力”っていうのは名前が付く前のただのエネルギーの集合なのね、その中にもちろんだけど熱エネルギーも膨大に含まれているのよ。他にも、すごい音や光が出たりしたでしょ?たぶんそういうことだわ。」

 

「これ、制御とか大変そうね。ちょっと来て。」

 

 ヘカーティアは純狐の鍵穴に鍵を差し込む。そして、ある程度体の体の丈夫さを戻し鍵を抜いた。それだけではなく、熱や音などに対する弱い耐性も魔法でつける。

 

「これで多分今みたいになることはないわ。でもちゃんと制御しないと腕がバキバキになるくらいのことにはなるから気を付けてね。でも、もし本当に危なくなりそうだったら鍵穴使って教えてね。治療してあげるから。」

 

 純狐は持つべきものは友達だと今本気で思った。ヘカーティアが輝いて見える。さっき自分を爆発させようとしたということはもう忘れているのだろうか。

 

「ありがとう。気を付けるわ。主人公の出久君みたいにパーセンテージで制御していけばよさそうね。」

 

 その後、“力”への純化の制御を練習し30パーセントくらいまでなら体の一部を“力”に純化して無傷で使えるようになった。ちなみに、最大3か所までなら同時に制御して純化できるようである。

 

 

 

 次に行ったのは人の思考に関する実験だ。これは案外簡単で副作用のようなものも起きなかった。しかしこれは制御はできず、相手の思考を“痛み”に純化したなら100パーセント“痛み”だけにすることしかできなかった。

 

 つまり、使う相手のある感情をそれとなく操るということはできない。“痛み”や“恐怖”を実験した相手は、その感情に耐えられず発狂して心臓発作などで死んでしまった。

 

「よし、これで大体弱体化後の体のことは分かったわ。後は、能力の訓練をもう少ししたらヒロアカの世界に行ってもいいわね。」

 

 純狐は明るい声で言う。

 

「そうね…。純狐、あっちに行ったらなるべく面白いことをしてよね。それと、あなた、現代の常識とか数学なんかの向こうの勉強なんかは分かってるの?入試とかテストとかは私が何とかしてあげられるけど日常なんかはめんどくさいから手は出さないわよ?」

 

 ヘカーティアは心配そうに言う。勉強しているシーンなどを見ても面白くないのだ。なので、小テストなどで時間を取られイベントを逃すなどというのはしてほしくなかった。

 

「ああ、その辺は大丈夫だわ、異変起こし終わって暇になったから外の世界が今どこまで進んでいるか調べていた時についでに勉強したから。高校生くらいまでの勉強なら問題ないわ。ヒロアカの世界も現代日本とそんな変わらなかったからね。」

 

「じゃあ安心していいわね。早速訓練を始めましょうか。」

 

「おー!」

 

 

 ――― 1週間後 ――

 

 

「じゃあ、あちらとつなげるわよ。」

 

「ねえ、ほんとに見た目変わってる?」

 

「大丈夫よ。ちゃんと変わっているわ。」

 

 純狐たちは、1時間ほど前に純狐の外見が学生に見えないことに気づいてヘカーティアが純狐の外見を学生のようにしたのだ。

 

 また、着ている服もいつもの袍服とロングスカートを組み合わせたような服から現代の学生服のような服に着替えた。持っていく服はヘカーティアが用意してくれた雄英の制服と体操服、入試を受けるときのための動きやすいジャージ、コスチュームとして使う予定の今まで着ていた服である。

 

 ほんとに、ヘカーティアは何でもできるな、と純狐は思う。

 

 しかし、純狐は一つ疑問があった。

 

「ねえ、ヘカーティア。この服何?」

 

 そこにはヘカーティアがいつも着ているWelcome Hell と書かれたTシャツがあった。

 

「いい服でしょ!ぜひ外出するときに着てね。」

 

 すごくいい笑顔でヘカーティアが言う。

 

「そ、そうね。ありがたく着させていただくわ…。」

 

 ヘカーティアの笑顔と今までやってもらったことを考えると、純狐は「いいえ」とは言えなかった。

 

 ヘカーティアは呪文を唱え始める。

 

 すると数秒後、人が通ることができる位の大きさのゲートができた。

 

「…よし!つながったわ。いってらっしゃい!楽しんできてね。たまに私もそっちに行くからね。」

 

「はいはい。じゃあ、行ってくるわ。まあ、鍵穴を通じて話したりできるし、あなたからは私をいつでも見ることができるから、あまり別れって感じじゃないけどね。来るときは連絡してよ?」

 

 純狐はそんなことを言いながら紫色のゲートをくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、行ったわね。」

 

 ゲートを閉じた後、ヘカーティアは一人笑う。

 

「さあ、どうやって純狐を困らせようかしら。」

 




ここまで読んでいただきありがとうございます!
 
純狐さんの能力って情報も少ないし強いから使いにくいですよね。
「こんなんじゃないよ。こうだよ。」
というのがあれば、アドバイスください。お願いします。m(_ _)m

 次回があればいいなぁ。


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実技試験

こんにちは。
URが思ったより伸びたので続いてしまいました。

※注意!
オ〇ガネタが入ってます。鉄オル好きな人すみません。言ってくれたらすぐ変えときます。

やばい、設定がばがばだから矛盾がががが…。
追記:少し文章直しました(2020,10,17)



 事の始まりは中国で‘発光する赤子’が生まれたというニュースだった。その後、各地で超常が発見され、今では世界人口の約8割が何かしらの‘特異体質’である。

 混乱渦巻くこの世界で「ヒーロー」と呼ばれる職業が生まれ、脚光を浴びていた!

 

 

「はい、到着っと。おお、ここがあの雄英高校ね……。やっぱり大きいわ。」

 

 雄英高校の校舎を見上げながら一体何階建てなのだろうかと思う純狐。ここまで大きい建物を見るのは純狐も久しぶりだ。

 

 ヘカーティアに飛ばしてもらった先は、雄英高校の校門前である。校門に並んでいる柱のおかげで、出てくるところは誰にも見られていない。

 

 ちなみに筆記試験は受かったことになっており、入試に必要な書類などは出している、という事にしてもらっていた。名前は落月純狐で登録したようだ。

 

「いつまでもこの摩天楼を眺めているわけにもいかないわね。受験会場に行こうかしら。」

 

 そう言う純狐の前には、見たことのある地味な男子が何か物思いにふけるような顔をして立っていた。その男子は歩き出そうとした瞬間躓き、近くにいた女子に助けられている。

 

「おお、あれがこの世界の主人公の出久君ね。ヘカーティアに面白そうなことに首を突っ込んでいってと言われてるし、話しかけてみようかしら。」

 

 小声でそう呟きながら早歩きで近づいた純狐は、顔を紅く染めている出久に声をかける。人と話すのは久しぶりであるため少し緊張はしていたが、出久がそれ以上に緊張していたためそれも薄れていた。

 

「あなたが出久君?」

 

 突然後ろから声をかけられた出久は驚き、また倒れそうになる。が、ぎりぎりのところで踏みとどまって純狐の方に顔を向けた。

 

 その瞬間、出久の世界が固まった。

 

 美しい金色に輝く長い髪。真っ白の肌。整いすぎて人形のようにも見える顔。そして、何より、黒く濁りそこから滲み出てきたような淡い紅に光っているように見える目。

 

 出久の本能がその目を見てはいけないと警告を鳴らす。しかし、体がいう事を聞かない。

 

「おーい、大丈夫?急に固まっちゃってどうしたの?」

 

 明らかに異常な反応を見せている出久を見て、純狐は見た目が戻っているのではないかと心配し、一応鏡を見て確認する。だが、容姿は変わらず幼さを残した少女のものであり、特別変というわけではない。

 

 疑問を抱きながら純狐が鏡を仕舞ったタイミングで、やっと出久は意識がはっきりしてきたようだ。自分を不思議そうに見る純狐に気づき慌てて頭を下げている。

 

「すっすすすすすみません!!大丈夫です!心配かけてしまったようですみません!」

 

 言葉に詰まりながら謝罪をした出久は、ふとなんでこの人は自分の名前を知っているのだろうか、と疑問を覚える。一度見たら忘れられないような見た目をしているにもかかわらず、純狐のような人は出久の記憶に無い。

 

「あれ?どこかでお会いしたことありましたか?なんで僕のことを…?」

 

 不安そうな顔で尋ねてくる出久を見て、純狐は適当に理由をでっちあげる。

 

「あー、そうそう。ほら、ヘドロ事件ってあったでしょ?その時近くにいて、偶然見かけたのよ。それと、私は純狐っていうの。落月純狐。月を落とすと書いて落月。純粋な狐で、純狐ね。よろしく!受験頑張りましょう。」

 

 さすがに無理やり話題を逸らしすぎたと反省する純狐。しかし出久はそれで納得したようで、それ以上の追及は無かった。

 

「よろしく!落月さん。うん、受験頑張ろう!」

 

 出久はいつの間にか純狐のことを女子と意識してはいなかった。言葉も、仲のいい友達と話すようにすらすらと出てくる。

 

「じゃあ、受験会場に行きましょうか。」

 

 純狐は、出久が自分に対して打ち解けてくれたことに安堵しつつ、受験会場に向かおうとする。だが、そこで大事なことに気づいた。

 

(あれ?受験会場ってどこだ?)

 

 そう、純狐は受験会場の場所を知らなかったのだ。

 

「どうしたの?大丈夫?」

 

 出久の声を聞き流しながら、純狐は自分の準備不足を嘆く。急いで周囲の掲示物などを探したもののそれっぽいものは見つからず、結局出久を頼ることになった。

 

「……出久君、受験会場まで一緒に行きましょう。その途中でいろんな話を聞かせてよ。」

 

「うん?もちろんいいよ!じゃあ、まずは【牛乳を鼻から出す】っていう個性の山中っていうやつの話なんだけど…」

 

  ◇  ◇  ◇

 

「……クスクス、何それ面白いわね。今度、友達にも紹介しようかしら。あら、ここかしら。」

 

「ん?ああ、ここだよ。それにしても遠かったね。どれだけ大きいのか……。でも、そのおかげで話をすることができて楽しかったよ。」

 

 出久は笑顔で会場の扉を指さす。出久の話に思いのほか聞き入ってしまっていた純狐は、ここで会話が終わってしまう事を少し残念に思ったが、どうせ高校に入ればいくらでも話す時間はあることに気づき、これからのことに期待を強めた。

 

「じゃあね。面白い話聞かせてくれてありがとう。また、高校で会いましょう。」

 

 純狐の明るい声に対し出久は力なく笑う。何しろ、さっき個性を継がせてもらったばっかりだったので自信がないのだ。

 

「あはは……。まずは、受験頑張らなきゃね。」

 

 そんな出久の言葉を最後に二人は別れ、それぞれ受験番号の書かれた自分の席に着く。そして数分後、プレゼントマイクによる実技試験の説明が始まった。

 

「今日は俺のライブにようこそ――!!!エブリバディ SAY HEY !!」

 

 純狐は受験の説明を聞き流しながら試験をどうするか考え始める。

 

 何となく大きいのを倒すのは確定として総合ポイントはどのくらいがいいだろうか。一位である爆豪が80Pに届かない程度だったはずなので100Pを目標にするのがいいかもしれない。

 

 様々な事を考えていく内に、純狐は自分に欠けているものが段々と分かってきた。純狐はトップの生徒たちと比べると機動力が劣るのだ。

 

 体は普通の人より頑丈という感じだが、体力はかなりある。その為、長距離を走るなどのこと、機敏な動きを連続することなどは特に問題なく行えるのだが、いずれにせよ人並みのスピードしか出すことができない。

 

 足を強化するのも考えた。しかし、ジャンプのような一瞬力を加えるような動きであればいいのだが、強化した部分を使い続けるのはまだ難しく、下手をすれば骨が折れてしまう。

 

(まあ、機動力の高い奴はそれを生かすために真っ先に飛び出すはずだし、そいつらの行かなかった方に行けばいいだけなんだけどね)

 

 そんなことを考えているうちに、プレゼントマイクの説明が終わったようだ。受験生たちの移動の流れに乗り、自分の向かう会場を確認すると会場を後にする。

 

「とりあえず、作戦も決まったし行きましょうか。この世界に来て初めての戦闘、楽しまなきゃ損よね。」

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

「でかっ」

 

 会場についた純狐の第一声はそれだった。周囲の人たちもおそらく同じようなことを考えているのだろう。いたるところから感嘆の声が上がる。さすがにお金をかけすぎなのではないだろうか。

 

 ちなみにこの会場にいる漫画に出てきたキャラは、鉄哲、峰田だけのようだ。純狐が入ったことでポイントの振られ方が原作と変わり高校に入ってこられない可能性の高い二人である。まあ、鉄哲は心配だが、峰田はいなくなってもそんなに問題ではないだろう。

 

「はい、スタート。」

 

 13号の冷静な声が聞こえる。この会場の担当は13号だったようだ。そんなことを考えているうちに周りの受験生は飛び出して行ってしまい、原作知識という圧倒的なチートを持っていたはずの純狐は、完全に出遅れてしまった。

 

「元々速い人たちが行ってから行動するつもりだったからそこまで問題じゃないわね。速い人たちはまっすぐ行ったから……右から行きましょうか。」

 

「さあ、貴様の罪を数えろ。」

 

 右の通路に入った途端、どこかで聞いたことがあるような事を言いながら、腕に刀を持った機械が突進してくる。

 

 純狐はそれを余裕を持って避け、続けてもう一本の腕の先から飛んできたネットに大きめの弾幕を放って軌道を逸らす。ロボットはその弾幕を警戒し後ろに下がるが、純化の範囲内にいる限り、純狐の攻撃を逃れることはできない。中途半端に後退したロボットが純化の範囲外に出る前に、純狐はその体を鉄に純化し、活動を停止させる。

 

「よし。3ポイント撃破。それとあなた微妙にセリフ間違えてるわよ?」

 

 純狐はただの鉄の塊になったロボットを見下ろして純化の調子を確かめる。

 

「まあ、簡単に倒していけそうね。それに大きな音を立てたりすると、あっちから近付いてくれるから助かるわ。」

 

 純狐の周りには、既に先程の戦闘音を聞きつけた小型ロボットが数体集まっていた。中には小型でありながら高い戦闘力を持っていることが一目でわかるようなロボもいる。だが、いくら優秀な装備を付けていようと彼らが攻撃を当てることはできない。

 

「早く大きいの出てこないかなー。」

 

 自分を囲っているロボットなど眼中にないといったようなセリフを呟きながら、純狐は次々とポイントを荒稼ぎしていくのだった。

 

― ヘカーティアside ―

 

「あと6分47秒でーす。」

 

 そんな声がちゃぶ台の上に置いた小型テレビから聞こえてくる。純狐の所持ポイントは既に80を超えているようだ。これなら受験に落ちることは心配しなくともよいだろう。

 

「うん。やっぱり水晶玉なんかよりもこっちが見やすいわね。」

 

 ヘカーティアは満足そうに純狐の映ったテレビ画面を見る。

 

 最初は水晶玉で純狐の様子を見ていたが、球体だし画質は悪いしで見にくかったので外の世界から小型テレビを持ってきて魔法をかけて、水晶玉の代わりにしていた。

 

 その無駄に高画質な画面を眺めながら、ヘカーティアは純狐に聞こえないように言う。

 

「ねえ、純狐。あなたもう結構その世界を楽しんだわよね?私も見ていて楽しいわ。でもね、まだ足りないのよ。あなた、あの熊の置物が返ってきたとき、幻想郷に遊びに行ってて居なかったわよね?今からするのはあの大量の熊の置物の返品を受け取らなければいけなかったストレスの分よ。トラウマを掘り返すようで悪いけれど、まあいいわよね。」

 

 若干の怒りが見え隠れするのはおそらく気のせいではないだろう。その後も数回独り言のようにぶつぶつと話していたヘカーティアは、気持ちが落ち着くとどこかに電話をかけ始めた。

 

「あー。もしもし?じゃあ予定通りによろしくね。……大丈夫よ言い訳は用意してあるし。じゃあ行ってらっしゃい、『嫦娥』。」

 

―side out―

 

「なんか嫌な予感がするわ。」

 

 ここまで何の問題も無く試験を進めていた純狐に悪寒が走る。周囲を警戒するが、別段変わった様子も無い。それが逆に恐ろしくもあるが、ここで手を止めれば全力を尽くさなかったとして試験に悪影響が出かねない。

 

「あと、5分14秒でーす。」

 

 拡声器を通して13号の声が聞こえてくる。純狐はそろそろ大きいロボットが出てくるだろうと思い中央の道まで来ていた。右腕と両足を制御限界である30%程まで“力”に純化して何が来ても即座に対応できるよう備える。

 

「さあ、早く出てきなさい。吹っ飛ばしてあげるわ。」

 

 今まで作業のようにロボを倒していた純狐は、あまり楽しめていなかった。せっかくの初戦闘であるのにこれでは消化不良である。

 

 そう思いながら近づいてくる数体のロボットをあしらっていると、足元から地響きが聞こえだす。ついに巨大ロボットの登場だ。

 

「皆さーん。巨大ロボ入りまーす。気を付けてくださーい。」

 

 ついに来た、と純狐は強化した足でジャンプしロボットに近づく。

 

 そしてその時、視界の端に映る見覚えのある人物に気づいた。

 

 純狐は空中で姿勢を変え、無理やり体を止める。うまく着地することができず足を捻挫してしまったようだが、そんなこと今はどうでもいい。

 

「……嫦…娥………?」

 

 いや、違う。嫦娥はここにいるはずがない。雰囲気も全然違う。しかし、純狐は一度火のついた気持ちを抑えることができなかった。

 

「ヘカーティア!!」

 

「分かっているわ。ちょっと待ってね……」

 

 鍵穴に向かって叫んだ純狐の声にヘカーティアは即座に反応し、純狐の手の甲の上の空間から鍵を差し込んですぐに引き抜く。

 

「……はい、いいわよ。さすがに全て戻すことはできないけどいつもの10分の1くらいの力は使えるわ。」

 

 ヘカーティアは純狐に説明するが、それを聞き終わる前に純狐は全身を強化し、無言で偽嫦娥に殴りかかった。それに対し、偽嫦娥は特に表情も変えることなく、両腕を顔の前でクロスさせて、攻撃を防ぐ。

 

 閃光、そしてとてつもない衝撃波の後、その場は砕けたコンクリートと舞い上がった土煙に支配された。風圧を受けた巨大ロボは倒れ伏し、近くにいた受験生たちもまるで小石か何かのように吹き飛ばされていく。

 

「おお、すごいですね。」

 

 13号の場所からは暴風が巻き上げたほこりや瓦礫などに遮られ、ただ巨大ロボが倒されたようにしか見えなかったようだ。しかし、近くにいた受験生たちはひとたまりもない。運よく皆軽症で済んではいたが、一歩間違えればケガで試験をリタイアすることになってしまいかねない。

 

「おいおい!あいつら何やってんだよ!」「早く離れましょう!巻き込まれたらひとたまりもないわ。」「巨大ロボも今の余波だけで倒しやがったぞ。何てパワーしてんだよ!」「あいつオールマイトかよ!」

 

 逃げ惑う生徒たち。だが、今の純狐に周囲を気にしている余裕は無かった。今の一発を食らっても、目の前の敵が一切ダメージを負っていないのだ。明らかな異常事態である。

 

(あいつ、今のをまともに受けて、一歩も動いてないし、傷一つついてない……。どういうこと?こんなのこの世界にはいなかったはずだけど。向こうから動くこともないようだし、いったんヘカーティアに連絡を……)

 

 偽嫦娥から離れて鍵穴に話しかけようとする純狐。しかし、敵はそれを許すことはしなかった。鍵穴に話しかけようとした瞬間に一瞬で偽嫦娥は距離を詰め、先程の純狐をも上回るような威力の拳を放つ。

 

「っ速い!」

 

 純狐は体をひねるが完全には避けることができず右の脇腹に拳を受けてしまう。

 

「ぐぅっ。」

 

 内臓が破裂する感覚が純狐を襲う。咄嗟の防御が間に合っていなければ、今頃腹には大きな穴が開いていただろう。

 

 しかし、偽嫦娥はそんなことなど知ったことではないとばかりに、右足を軸にして左足で回し蹴りを顔に放ってくる。

 

 これは移動することでは避けられないと感じた純狐は急いでブリッジのような体制になり、何とかその足を避ける。顔狙いだった足は空を切ると思われたが、ピタリ、と純狐の顔の上で止まると、かかとお落としに切り替わった。

 

 背に腹は代えられないと、純狐はその場で爆発を起こして自身もダメージを負いながら離脱する。これでいったん距離を取ることはできたが、偽嫦娥の能力を見るにこの程度の距離はあってないようなものであり、決して安心はできない。

 

 一方、勢いを殺しきれなかった偽嫦娥の足はそのまま下のコンクリートにたたきつけられる。そこは小さな隕石が落ちたかのようにクレーターができていた。

 

 あれをまともに受けていたらと思うとヒヤッとするが、そうもしていられない。純狐は警戒しながら、再びヘカーティアに話しかける。

 

「ねえ、あれ何?めちゃくちゃ強いわよ。あなたが来ないってことはそこまで危険はないものだと思うのだけど。」

 

 純狐は体制を整えながら言う。自身の周囲を”硬”の壁で覆う事も考えたが、あの調子だと相手はその程度の壁は貫通して攻撃を通してくる可能性も捨てきれない。

 

(あいつが私の入ったことでこの世界に出てきたイレギュラーだとすれば不味いわね。少なくとも今の私では止められない。力を全て戻してもらったりして戦えば、同じ会場にいる受験生はただでは済まないだろうし、ほかの会場も被害を受ける。そうなれば、原作キャラに何かしら影響が出てイベントなどが起こらなくなってしまうかもしれない。それでは、この世界に来た意味がなくなってしまう)

 

「安心して、純狐。前を見てみなさい。」

 

 相手が仕掛ける様子を見せないうちに考察を進める純狐に、ヘカーティアは声をかける。何を言っているか分からない純狐だったが、言われた通り、偽嫦娥の様子を詳しく見ることにした。

 

「え?あなたは確か、地球のヘカーティアよね?」

 

 するとそこには、青い髪のヘカーティアがニコニコしながら手を振っている姿があった。地球のヘカーティアと呼ばれたそのヘカーティアは、混乱している純狐に元気に返事をする。

 

「は~い!そうですそうです。覚えててくれましたか?異界のヘカーティアからあなたが弱体化した後の戦闘能力や人間としての体の使い方がどれくらいできるかテストしてほしいって言われたので来ちゃいました!それと、地球のヘカーティアって長いから『チキューティア』とでも呼んでください。」

 

「そういうわけだったのよ。驚かせてごめんなさいね。でも今のを見る限り心配なさそうね。」

 

 ヘカーティアは、また鍵を差し込み純狐の体の弱体化を戻しながら言う。

 

「そういう事ならあらかじめ言っておいてよ…。」

 

 純狐はうなだれる。嫦娥のこととなると周りが見えなくなるのは、悪い癖だと思ってはいるのだが、なかなか直すことができない。昔も冷静になっていれば勝てたのに、考えず突っ込んでしまったために罠にはまったりして撃退されてしまうこともあった。

 

「じゃあそろそろ土埃が晴れそうなので帰りますね。お疲れさまでした~。」

 

 そう言って地球のヘカーティアは帰っていった。それとほぼ同時に土埃が晴れ、試験終了のアナウンスが流れる。

 

「終了でーす。ケガをした人はすぐに治療班が来るので安静にしといてください。」

 

「はぁ、必要以上に疲れたわ。」

 

 そう呟くと、純狐はヘカーティアが治してくれた脇腹をさすりながら、バスに乗るために入口へ歩いて行った。

 

 

― ヘカーティアside ―

 

「あっはっはっはっは。面白かったわ。特にこのかかと落としの時の顔よね。こんなに焦り散らした顔、なかなか見れないわよ。」

 

 ヘカーティアは取った動画を見ながら笑っていた。何を隠そう、ヘカーティアの目的はこれだったのだ。

 

 世間一般的にはこれをクズというのだろう。

 

「でも、顔がいいから焦った顔も絵になってしまっているわね。これを月と幻想郷に送って、帰ってきたときいじってやろうと思っていたのにこれじゃあ、少なくとも幻想郷では笑いにはならないじゃない。」

 

 動画を見返しながらヘカーティアは言う。まあいい、この後にも泊まるところがないと気づいた純狐の様子を撮るつもりだ。純狐が心細そうな顔をしてさまよう様子は月人には受けるだろう。

 

「まあいいわ。じゃあとりあえず月にだけでも送りましょうか。」

 

 早速、LI〇Eで依姫に送ろうとする。その時、部屋のドアが急に開いた。とっさにヘカーティアはスマホの画面を落とし、ドアの方を見る。そこには自分の部下であるクラウンピースがいた。

 

「あら、クラウンピースじゃない。お帰りなさい。どうしたの?」

 

 ヘカーティアは何事もなかったかのように言う。

 

「ただいま戻りました、ご主人様!それとお客さんが来ていますよ?ご主人様に用事があるようです。名前は…えーと、なんちゃら ヤマ の後に ナ が付く人でした!」

 

 クラウンピースはあくまで妖精なので頭は良くない。だから、覚えている部分だけを伝える。

 

「あら、鍵山雛さん?この仙界まで入ってこられるなんて彼女そんなに強くなったのかしら。まあいいわ、ここに来るなんてよっぽどのことがあったのでしょうね、出迎えましょう。」

 

 ヘカーティアは立ち上がり廊下に出る。クラウンピースもついて来るようだ。少し歩くと、突然、クラウンピースが話し出す。

 

「でも、なんか静かですよねー。友人様があっちに行かれて。」

 

 急にどうしたのだろうかと思いながらもヘカーティアは返事をする。

 

「ええ、そうね。特に最近は彼女のわがままや後始末に大忙しだったからね。」

 

 クラウンピースは話を続ける。

 

「まあ、そのたびに解決してきたのでもう関係ないですけどね!」

 

 ヘカーティアはこの流れをどこかで見た気がするが思い出せない。何か嫌な予感がする。しかし、口と足は止まらない。

 

「じょ、上機嫌ね、クラウンピース。」

 

「それはそうですよ。もう振り回されることもないし。あっちで友人様も頑張ってるし!私も地獄での仕事を頑張らないと!」

 

 ヘカーティアは悪寒が止まらない。冷汗がどんどん出てくる。立ち止まろうとするが何か大きな力に支配されてるかのように進むことしかできない。

 

 ん?止まることができない?

 

「あっ。」

 

 ヘカーティアは察してしまった。

 

 そして玄関のドアが開かれる。そこにいたのは……。

 

「こんにちは。ヘカーティア・ラピスラズリさん。あなたの行動はよく見てましたよ。最初は今までのことを考えて許していましたが、友人の嫌がると分かっていることを面白半分でする非人道的な行いはさすがに見逃せませんでした。そこに正座しなさい!」

 

「はぁーい。こんにちは、異界の。」

 

「はい…、四季映姫『ヤ』『マ』ザ『ナ』ドゥさん。あと、月の私は何でいるの?」

 

 金髪のヘカーティアは笑顔で答える。

 

「あなた、映姫だけだったら逃げるでしょ。」

 

 ヘカーティアは諦めて正座した。

 

~12時間後~

 

「…がダメなんですよ。とりあえず今日はここで終わりです。もうしないようにしてください。」

 

 四季映姫は満足した顔で去っていく。

 

 それと同時に倒れこんだヘカーティアに今までの様子を見ていたクラウンピースは駆け寄った。

 

「ご主人、しっかりしてくださいご主人様ぁ。」

 

 クラウンピースの心配する声が聞こえてくる。ヘカーティアは絞り出すような声で答えた。

 

「なんて声出してるの…クラウンピース。」

 

 クラウンピースはその力のない声を聞き泣きそうになる。

 

「だって、だってぇ。」

 

 ヘカーティアは立ち上がりながら言う。

 

「私は三界の女神、ヘカーティア・ラピスラズリよ…。このくらいなんてことないわ。」

 

「でもぉ!」

 

「いいから部屋に戻るわよ!純狐が…待ってるかもしれないわ…。」

 

 ヘカーティアの脳裏にこれまでの楽しかった思い出が流れていく。

 

(ねえ、純狐。私やっとわかったの。友人の大切さが…。)

 

「私は友達でいることをやめないから!あなたが友達として扱ってくれる限り私たちは友達よ!!だからね……純狐……。止まるんじゃねえぞ……。」

 

 ちなみに、この様子を撮影していた月のヘカーティアが月人たちにこの動画を送り、「止まらないヘカーティア」の動画が月ではやったのはまた別の話…。

 




お読みくださりありがとうございます!

いや、ホントにすみません。やってみたかったんです。

次は文字数が減るかも。

《人物紹介》
 純狐
  いろいろあって、嫦娥という奴を恨んでいる。月にいる嫦娥を殺すために、月によく攻めに行っている。

 ヘカーティア・ラピスラズリ
  異界・月・地球それぞれの地獄の女神。異界・月・地球それぞれの体を持っている。

 クラウンピース
  ヘカーティアの部下。地獄の妖精。純狐のことを友人様と呼ぶ。

 四季映姫・ヤマザナドゥ
  閻魔様。立場はヘカーティアより下らしい。

 鍵山雛
  厄神。厄をため込む。


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個性把握テスト

こんにちは!
文字数減りませんでした。

今回あんまり見返す暇がなかったのでいつも以上に文がぎこちなくなっています。スイマセン。

 純狐さんをクラスのみんなとどう話させればいいのか分からない(主がコミュ障だからか!?)



 実技試験の翌日、雄英では教師たちが今年の合格者を決めるため会議を行っていた。

 

「今年は面白そうな生徒が多いですね!育てがいがありそうだ。」

 

「そうですね。推薦ではエンデヴァーの息子などがいますし、普通入試の方ではあの巨大ロボを倒したのが2人もいたそうじゃないですか。」

 

「ああ、そのことなんですが、これを見てください。」

 

 そう言って一人の教師が見せたのは純狐が巨大ロボに向って行く映像だった。誰かを守る為ではなさそうであり、ただアピールのために倒そうとしているのだろうと教師たちは考える。確かに余計な戦闘を好むというのは問題点ではあるが、この場でその映像を見せる意味は分からない。

 

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、映像を用意した教師は余計な部分を早送りして問題の場面を映し出す。

 

「……ここです。この子がロボを倒しに行こうとジャンプした瞬間、何かに驚いたような顔をして失速してるんですよね。その後すぐに監視カメラが何かしらの干渉を受けて、映らなくなってしまいました。そして、次の映像ではクレーターが確認できるのですが、そこはロボがいた場所ではないのです。」

 

「つまりどういうこと?」

 

女性の教師が首をかしげる。周りの教師たちも何が言いたいのかは分かっていないようだ。

 

「えっと、私が言いたいのは、ここでロボとは別に何者かとの戦闘があったのではないかということです。」

 

「考えすぎじゃないかしら。これだけ強い個性だし、偶然制御不能、若しくは暴走して失速してしまったと考える方が妥当だわ。それに、何者かって誰よ。生徒間でのいさかいならどこででもあるし、ヴィランが生徒を狙うにしてもこんな教師が近くにいるような場所でするかしら?」

 

 問題ともいえないような事案だと、女性の教師は割り切る。勿論、生徒が大けがを負っているのであれば問題であるとも思っただろうが、その現場にいた生徒たちに何かあったという報告はない。その程度のことであると考えるのが妥当である。

 

「それはそうですが…。」

 

 問題を指摘した教師は、頭ではそうと分かっていても奥底から出る嫌な予感からか納得してないようだ。その様子を見てこのままでは話が進まないと思った教師が話題を切り替える。

 

「まあ、この話はいったん置いておこう。それよりも、【純化】だっけ?すごい強個性じゃないか。」

 

「そうですねぇ。ザコのロボットは近づくだけで無力化されてましたし。前半は鉄にしていましたが、後半になると金にしたり、柔らかくして無力化もしていましたっけ?しかも、自身の体を強化することでオールマイト並みのパワーが出せるそうですよ。それに、その力を他人に分け与えることもできる……。これ、ヤバくないですか?」

 

「ああ、鉄などをほぼ無限に増やしたりもできるそうだな。こいつ一人でエネルギー問題なんかは解決できちゃうんじゃないのか?」

 

「戦闘、サポート両方で強いのはなかなかいないですよね。末恐ろしいな……。」

 

 教師たちはこれからこの前例の無いほど強力な純狐の個性をどう伸ばしていくか、次の会議で考えることとなった。

 

◇  ◇  ◇

 

 実技試験が終わって1週間が過ぎた。

 

「確か今日が試験結果の届く日よね。まあ受かってるとは思うけど問題は順位ね。」

 

 ちなみに今いるのは雄英の近くにあるアパートだ。あの試験の日、泊まるところがないことに気づいて途方に暮れていた純狐にヘカーティアから連絡があり、近くにある一番いいアパートに入ることができた。

 

(でも、あの時のヘカーティアの様子おかしかったわね…。)

 

 純狐は連絡があった時のことを思い出す。まあ、1日後にはいつものヘカーティアに戻っていたため心配はしていないが。

 

 そうこうしているうちにポストに何か入ったと教えるランプが点灯する。この世界に知人もいないため、雄英からの書類だろう。純狐はそれを取って部屋に戻ると、早速中身を確かめた。

 

「私が投影された!」

 

 元気な声が聞こえ、その声と共に一人だけ画風の違うおじさんがホログラムで投影される。言わずもがなオールマイトだ。

 

「おめでとう、落月少女!筆記試験、問題なし!実技試験に至っては114Pで断トツの1位だ!しかも、あの巨大ロボットを簡単に倒してしまったそうじゃないか。将来有望だな!じゃあまた、高校で会おう!」

 

 純狐はオールマイトから告げられた内容に安堵すると同時に、あの時のヘカーティアとの戦闘はどうなったのか心配する。だが、ここで言及されなかったということは、ヘカーティアが何か細工したのだろう。

 

「じゃあ2週間後に入学ね。……それまで何しようかしら。」

 

 純狐はベッドの上で転がる。ちなみに、今着ている服はヘカーティアにもらった変Tだ。純狐は最初、着るのをためらったが、鍵穴の奥からすごい期待のこもった殺意を感じたので着ることにした。ジーンズなんかと組み合わせるとそこまで悪いようには感じない。

 

「やっぱり変なのはあのスカートだったのか…。」

 

 そう言った瞬間上から剣が降ってきた。とっさに避けられたからよかったものの、その剣の持つオーラは尋常ではない。

 

「あっぶないわね!」

 

「手が滑っただけよー。」

 

 鍵穴から返ってきたのはたった今友人を殺そうとしたとは思えない声だった。純狐はふざけるなと思いながらも、今後支援してくれなくなると困るので一応謝罪は入れておく。

 

「ごめんなさい。改めて見ると素晴らしい服だと思います。」

 

「そうかしら。ありがとうね純狐。」

 

 上機嫌な声を聞き、緊張から解放された純狐は再びベッドに倒れこむ。そして、今後の方針を考え始めた。

 

「……筋トレでもしましょうか。人じゃないからどこまで効果があるかは分からないけど、しないよりはいいでしょう。」

 

 そういうことで、筋トレをし始めた純狐。2週間後には効果が目に見えてわかるようになった。純化した力をより使えるようになったのだ。そしてついに雄英に登校する日がやってくる。

 

「よし、じゃあ行きましょうか。」

 

 純狐は座っていたソファーから立ち上がり玄関に向かう。

 

しかし、制服のネクタイを付けるのには苦戦したようだ。ネットで動画を見ながらで無ければ着けることはできていなかっただろう。

 

 自分の制服姿を鏡で確認し終わり、玄関から出ようとした時、ヘカーティアから連絡が入った。

 

「おはよう純狐。あなたもわかっていると思うけど、今日は個性把握テストがあるわ。全力でお願いね。」

 

 純狐は、もちろんと答え新しい生活に心を躍らせながら雄英に向かっていった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「1-A…1-A…ここね。早速、入ってみましょうか。」

 

 純狐が近づくとドアが勝手に開く。彼女が中に入って最初に見たものは、言い争う飯田と爆豪だった。この声量であっても廊下に響くことが無いのはさすが雄英だ。

 

「机に脚をかけるな!いろいろな人に申し訳ないと思わないのか!?」

 

「思わねーよ!てめぇどこ中だ!」

 

 純狐は特に関わる理由も無いので、無視して着席する。

 

 個性把握テストをどうするかだが、ヘカーティアからも全力でやれと言われているし、それなりに出力しても大丈夫なのだろう。“力“に純化するのを使い続けるのはつまらないが、このテストではできることが少ないうえに、力に純化するのが最も記録は伸ばしやすい。

 

 暴れるのはUSJに行った時でもいいかと純狐は考え、今回色々な技を試すのを見送ることにする。その後、麗日と話しながら出久が教室に入ってきた。出久は純狐を探していたようだ。一直線に、挙動不審なその様を眺めている純狐の席に寄ってくる。

 

「また会えたね!よかったよ。それにしても個性、凄かったね。しかもあの入試の様子を見るとまだ上がありそうだったし……。いや、僕みたいにデメリットがあるのか?でもそれは鍛えることで解決できるし……」

 

 出久は一人でぶつぶつとお経のような分析を始める。純狐はその様子を見て面白く思いながら、そろそろ先生が入ってくるはずなので、出久に自分の席に着くよう促した。

 

「出久君?そろそろ先生が来ると思うから席に着いた方がいいんじゃないかしら。」

 

「ごごごめんね!考え始めると止まらないんだ。じゃあね。後で個性の説明してくれる?ああ、できないなら大丈夫だよ。」

 

 よほど熱中していたのか、出久は慌てながら席に戻って行く。だが少し遅かったようだ。既に教室の入り口には芋虫のような物体が横たわっている。

 

「友達ごっこしたいなら、別のところでしろ。ここはヒーロー科だぞ。」

 

 声の聞こえた方を見ると、そこには芋虫のように寝袋に入った人がいた。その髪はボサボサで、目の下の隈も濃く、明らかにここにいるべき人には見えない。

 

「はい。静かになるのに8.1秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。」

 

 少しムカッとした純狐は、小さな弾幕を相澤に向かって放つ。相澤はだるそうに純狐の方を見てそれを消そうとするがその光弾は消えず、相澤の腹にぶつかった。相澤は驚いて純狐をもう一度見る。しかし、純狐は何事もなかったかのように座っているだけであり、変わったところは見当たらない。

 

(こいつはどういうことだ?あれは個性じゃなかったのか?…ホントに規格外だな。)

 

 色々聞きたいことはあるが、攻撃されて何もしないのでは舐められてしまうかもしれない。相澤は表情をすぐに戻し、気だるそうな声を出す。

 

「……おい、落月。これはどういうことだ?」

 

「ごめんなさい、手が滑りました。」

 

 全く心のこもっていない棒読みの謝罪。相澤はめんどくさいな、と思いながらもこれ以上構っている暇はないため、話を進める。

 

「はー、まあいいや。落月、お前後で俺のとこに来い。あと、お前らこれ着てグラウンドに出ろ。」

 

◇  ◇  ◇

 

 

「「「個性把握テスト―!?」」」

 

「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは、教師側も然り。」

 

 相澤はそう言うと、純狐を呼んでボールを渡す。

 

「おい、落月。お前、これ個性使って投げてみろ。思いっきりな。」

 

 純狐はやっと力を全力で使えると思い、腕を制御限界、数値にすると約40パーセントまで力に純化する。純化された腕は白く光り、そこにあるエネルギーがかなりのものであることは誰の目から見ても明らかっだった。しかし、いざ投げようと腕を振りかぶった瞬間力が少し抜けて、ボールは200メートル程しか飛んで行かなかった。

 

「…先生。邪魔しないでください。」

 

 話しかけられた相澤は自分の個性がバレていることよりも、個性を消せなかったことに驚いていた。そして、相澤は今度の会議で議題にしようと今のことを覚えておく。

 

「…ああ、すまない。個性を無意識に使ってしまったようだ。もう一度投げていいぞ。」

 

 純狐は自分の楽しみにしていたことを邪魔されたことに少し怒りながら、もう一度腕を純化した。さっきのように制御限界まで強化しようと思っていたが、怒りに身を任せ、先程よりもさらに純度を上げる。

 

 そして次の瞬間。轟音、そしてまばゆい光とともにボールが放たれた。

 

 相澤が手元の測定器の表示を確認すると1918メートルと出ている。

 

 投げ終わった純狐は記録を気にするのではなく、ボールが燃えなかったことに感心していた。全力ではないとはいえ、本気を出せば鉄を簡単に溶かしてしまうような熱を出すことができる個性である。一体あのボールは何度くらいまで耐えられるのだろう。

 

 そんなことを考えながら、純狐はクラスメイトの集まっている場所に戻る。その間、相澤はその記録を書きながら、生徒に告げた。

 

「まずは自分の最大限を知る。それが、ヒーローの素地を形成する合理的手段。」

 

「スゲー!1000メートル越えってマジかよ。」「個性思いっきり使えるってことでしょ!面白そう!」

 

「面白そうか。ヒーローになるための3年間そんな腹づもりで過ごす気でいるのか?」

 

 相澤は生徒たちが騒ぐのを聞いて失笑する。その声は小さいにも関わらず、皆の耳に届いていた。

 

「そうだ、トータル成績最下位の者は除籍処分としよう。」

 

 突然の除籍宣言に生徒はざわつき始める。苦労して雄英に入学した直後にそんなことを言われれば文句を言うのは当たり前である。

 

(ここで万が一にでも出久君が除籍されると困るわね。アドバイスくらいはしてあげましょうか)

 

 原作で出久は光るものを見せ何とか除籍を免れたが、今回もそうなるとは限らない。ここで除籍されてしまうと色々歯車が狂うという事もあり、純狐は早速出久を呼び出して個性の使い方についてアドバイスをした。

 

「ねえ、出久君。あなた、まだ個性をうまく調整できないでしょ?」

 

 出久は急にどうしたのだろうと思うが、とりあえず聞いてみることにした。

 

「あなたの個性が、100か0かにしか調整できないなら、動けなくならない範囲で個性を使ってみればいいんじゃない?例えば、50メートル走なら片足の指の一本を強化してみるとか。」

 

 出久はこのアドバイスをもらいなるほどと納得する。正直、今回のテストを諦めかけていたが、これを聞いて出久は目を輝かせた。

 

「アドバイスありがとう!」

 

「フフッ。まあ、頑張ってね。」

 

 その後、純狐は問題なくこなし、出久も純狐のアドバイスのおかげで原作よりも高い記録を出していった。

 

 そして、その結果。純狐の思惑通り出久は最下位から抜け出し、反復横跳びくらいしか取り柄がなかった峰田が最下位になった。

 

「ちなみに、除籍は嘘な。」

 

 クラスからは再び驚愕の声が上がる。特に最下位だった峰田は仮死状態から復活すると同時に再び仮死状態になるという器用なことをしていた。

 

(ああ、あれは出久君を試すためだけの嘘だったのね。他の人にはそんなに意味が無かったのか。まあ、確かに峰田君の個性は強いから雄英も手放すことは無いか…。)

 

 そんなことを考えながら純狐は着替えるため更衣室に行こうとしたが、相澤に呼び止められる。

 

「おい、落月。お前、この後すぐに職員室な。」

 

「はい…。」

 

 純狐はけだるそうに返事をして、先生に付いていった。

 

◇  ◇  ◇

 

 職員室に着き、相澤はある程度荷物を整理すると、職員室前で待たせておいた純狐と面談室に向かう。

 

 相澤は正直焦っていた。あの謎の光弾には自分の個性は全く通用せず、純狐自身を純化して強化した腕も完全にその効力を消すことはできなかった。発動型の個性であるにも関わらず消去できなかったという事は何か対策などがあったりするのかもしれない。それを自分が知らないという事は大きなデメリットとなり、ヴィランに襲われたりしたときにその対策をされていたら取り返しのつかないことになりかねない。

 

「落月。お前、俺が個性を使ったときに何かしていたか?俺の個性はもうわかってると思うが、見た相手の個性を見ている間だけ消すことができるというものだ。だが、お前の個性は消すことができなかった。何か対策でもあるのか?」

 

「ああ、そのことですか。あの光弾は弾幕と言って、個性で作ってるものではないので消せなくて当然ですよ。あと、純化のことですが、もう一度試してみてください。」

 

 相澤は純狐の腕が少し白くなったのを見てもう一度個性を使い純狐を見る。すると、純狐の腕は元の色に戻った。

 

「対策なんてありませんよ。あの時先生は無意識に個性を使ったんですよね?だから、なんか中途半端な感じになっちゃったんじゃないですか?」

 

 自分の言い訳を盾にされ、なんとも言えない気分になるが、この飄々とした調子を見るにこれ以上何か尋ねてもはぐらかされるだろう。そう考えた相澤は、それ以上の追及はしなかった。

 

「……付き合ってもらって悪かったな。最後に一つだけいいか?その弾幕とやらはどうやって作ってるんだ?」

 

「ああ、これはですね。自分でもよくわからないんですよ。なんかできろって思えばできるって感じで……。まあ、私以外できる人がいるとも思えないので大丈夫だと思います。」

 

 何ともフワフワした説明で要領を得ないが、つまり説明する気は無いという事だろう。相澤は本当に面倒な奴だと思いながら、わざわざ広げただけのメモ用紙を片付け職員室に戻る。

 

「弾幕について何かわかったら話してくれ。」

 

「はい、分かりました。では、失礼します。」

 

◇  ◇  ◇

 

 純狐は部屋から出てすぐに鍵穴に向かって話しかける。

 

「うまくいったわねヘカーティア。個性じゃないってことがばれるかと思ったわ。」

 

 そう、純狐は職員室の前で相澤が来るのを待っているときにヘカーティアに頼んで純化を相澤の個性で消せるようにしてもらっていた。さすがに、個性と全く同じ扱いにすると、オールフォーワンなどから奪われたときに取り返しのつかないことになりかねないため、そうはしなかったが、事情を知らない相澤の追及をかわすくらいならばこれで十分だろう。

 

「弱体化の調節って難しいわね。どのくらいがこの世界にちょうどいいのか……。まあ、必要な時に調整していくわね。じゃあ純狐、引き続きその世界を楽しんでねー。」

 

 純狐はその声を聞き終わると教室に向かって歩き出した。

 

― ヘカーティアside ―

 

 純狐と話し終えた後、ヘカーティアはヒロアカの世界に来た。ヘカーティアが降り立ったのは、真っ暗で長いパイプが何本も伸びている部屋だ。そのパイプがつながっている人物の背後にばれないようにヘカーティアは近づき、声をかける。

 

「こんにちは。オールフォーワン。」

 

 オールフォーワンと呼ばれた人物は自分に気づかれずに背後に立った人物に動揺を隠せない。しかしその心境とは裏腹に、即座に座っていた椅子から離れると、個性を増幅した腕でヘカーティアに殴りかかる。ヘカーティアはそれを避けようともせず、真正面から受け止めた。

 

 オールフォーワンはやったか?と思い腕を引こうとするが腕が動かない。焦っているオールフォーワンに再び声がかけられる。

 

「あらあら、ひどいじゃない、思いっきり殴るだなんて。急に声をかけたことには謝るわ。でも、あいさつくらい返しなさいよ。」

 

 そう言うと、ヘカーティアは呪文を唱えオールフォーワンを拘束する。そして、オールフォーワンの目の前に行き改めて挨拶をした。

 

「初めまして。私は三界の女神ヘカーティア・ラピスラズリです。以後お見知りおきを。」

 

 オールフォーワンはまだこの変な服の女性に自分の一撃が受け止められたのが信じられないが、自分の知らない力を使う人物を怒らせるのはまずいと思い挨拶を返した。

 

「僕はオールフォーワン。初めまして女神様。今回はどのようなご用件でしょうか?」

 

「話を聞いてくれそうでうれしいわ。じゃあさっそく話しましょうか。」

 

 ヘカーティアは適当な椅子を用意し、まるでそこの主のように振舞いだす。

 

「あなた、今度USJに攻めに行くわよね?その時に連れて行く脳無の数を最低でも3体くらいにして欲しいのよ。落月純狐って生徒は知ってるでしょ?あの子なら一人で一体くらいの脳無なら倒してしまうのよ。だから、あの子の足止めに一体、誰か生徒を捕まえてくるのに一体、オールマイト用に一体欲しいのよ。できるわよね?」

 

 オールフォーワンは脳無のことを知られていることに警戒を強めるが、この状況でNoというわけにもいかない。

 

「しかし、落月純狐ですか。あれは脳無を倒せる程の力は出せないはずでは?」

 

「あら、考えてなかったのね。あれで実力の半分も出していないわよ。」

 

 オールフォーワンは戦慄する。入試の映像などを見ると表情から余裕が見て取れたのでまだ上はあるとは思っていたが、あれで、半分以下とは。本気を出せば、ワンフォーオールさえもパワーという面では超えてしまうだろう。

 

 オールフォーワンがある程度興味を持ってくれたことを確認すると、ヘカーティアは拘束を解いて帰る準備を始める。拘束から解放されたオールフォーワンはヘカーティアの個性を奪おうとするが、勿論何の効果も無い。

 

ヘカーティアはそれに気づくそぶりも見せない。さすがのオールフォーワンもこれ以上ここで抵抗するのは得策ではないと考え、その場は見送ることにした。だが、ヘカーティアが紫色のゲートを潜る直前、くるりと方向転換し、オールフォーワンの方を見る。

 

「そういえば、あなた私を殴ったわよね?私もあなたを殴らせてもらうわ。いいわよね?」

 

 そう言うと、ヘカーティアは腕を振りかぶり、オールフォーワンの腹を殴った。その瞬間、オールフォーワンに激痛が走る。

 

「今のはあなたの脳に直接痛みを感じさせるっていうもので、外傷はないから安心してね。……まあ、大抵の人なら脳の神経が焼き切れるでしょうけどあなたは再生能力とか持ってるし大丈夫よね。じゃあね、1分くらいすれば治るから頑張って耐えてね。」

 

 そう言うとヘカーティアは笑いながらゲートの中に入っていった。

 




 ここまで読んでくださりありがとうございます!

 次回、学校始まるので、いつになるか分からない。


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閑話


こんにちは!
なんとなく書いた閑話です。物語の進行とはあまり関係ないです。


うーん、時間が取れないなぁ。



 

 純狐は放課後の教室で悩んでいた。

 

(同級生と話すのってどうすればいいのかしら。)

 

 そう、純狐は同級生との話し方が分からないのだ!人間をやめて3000年以上過ぎ、人間だったころの記憶なんて嫌な思い出しか残っていない。

 

 幻想郷では霊夢や魔理沙などの人間と話すこともあるが、霊夢はほとんど相手にしてくれず、相手をしてくれても、お茶飲む?と聞かれる程度なので仲良く話すのとはかけ離れている。魔理沙は仙術のことなんかをしきりに聞いてきた後に、練習を始めて純狐がそれにアドバイスするという、師弟の関係になっているので、同級生と話すのはこれも少し違う。

 

 友達といえば、と純狐はヘカーティアを思い出す。しかし、ヘカーティアは完全に人間と感覚がずれてしまっているので、ヘカーティアと話すように同級生と話すことは無理だろう。なんせ、月をぶん投げてくる女神様である。それに、純狐もだが基本的に人間を下に見ているため、ヘカーティアと話すように話せば、素で人間を見下したようなことを言ってしまうかもしれない。そうなれば、痛い子扱いされ距離を置かれてしまうだろう。

 

(どうしよう…。誰とも話さないのもつまらないわね)

 

 ここで純狐は、出久と個性のことについて話す約束をしていたことを思い出した。思い立ったら即行動、と純狐は立ち上がり、切島と仲良く話している出久に近づく。

 

「ねえ、出久君。この前の個性の話なんだけど、今いいかしら。」

 

「ああ、ちょうどよかったよ。今落月さんの個性について話してたんだ。」

 

 聞きなれてきた純狐の声に振り向いた出久は、椅子を少しずらして純狐の座る場所を空けた。出久の横にいた切島も軽く純狐に声をかけ、そこにあった椅子に座るよう促す。

 

「落月の個性って【純化】だっけ?なんかオールマイトみたいですげえかっこいいよな!あんな超パワーで思いっきり殴ったら気持ちいいだろうなぁ。しかも、他にもいろいろできることがあるんだろ?教えてくれよ。」

 

 純狐は何か新鮮な気分になる。こんな風に話しかけてきてくれたのはクラウンピースくらいだったか。若者特有の好奇心に満ち溢れた話し方に純狐は軽く感動していた。

 

「私の個性の話だったわね。いいわ、話しましょう。」

 

 そう言って一息置いた純狐は、個性のことについての説明を始めた。

 

 

「…という事よ。まあ、私自身、分かってないことも多いから難しいと思うけどね。」

 

 話を聞き終わった出久と切島は唖然としていた。出久は純狐の受験の時の映像をオールマイトから見せてもらっていたが、そこまで詳しく見ていたわけではなかった。そのため、純化は自分の体を強化したり、ある対象を無機物にすることができるという個性だと思っていた。

 

 勿論それだけでも相当な強個性であり、前に会った時もそう言っていたのだが、パワーにはさらに上があり、概念のようなものにも純化させることができる。さらに、力を他の人に分け与えたり、思考をも純化できるときた。本当に笑うことしかできないような強個性だ。

 

 場を静寂が支配する中、切島がやっと話し出す。

 

「はは…、すげえな。でも、制御とかが難しいんだろ?だから、まだ張り合いようがあるが、その性能で制御が自由にできるようになったら俺たちの出番無くなるんじゃねえか?」

 

「そんなことは無いわ。私も一人の人間だし、同時多発的に何か起こったら全部には対処できないわよ。」

 

 純狐は諦めたように話す切島を励ます。まあ、ある程度時間が過ぎればいなくなる予定なのでプロになった時のことなど言われても知ったことではないが。

 

「ねえ、落月さん。他の人に力を分け与えるってどうするの?」

 

「そうね…、これもしたことはあまり無いから詳しくは説明できないけど、私がその辺の空間を何かに純化して、それを強化したい人に取り込ませて強化するのが一つで、もう一つは、その人自身を何かに純化することね。その人自身を純化するのはとてつもなく強化することができるんだけど、その人が相当頑丈でなければ力を使った瞬間に体が崩壊してしまうから、多分使うことは無いわ。」

 

 純狐はクラウンピースを“生命力”に純化した時のことを思い出す。妖精は元々生命力の具現化みたいなものであるため、直接純化しても問題なかったが、多分普通の人間に使うと純狐が人間並みの体になって最初に純化を使ったときのようになってしまうだろう。しかも、自分を純化するように細かく純化する部位を選ぶことができないので、全身があんな風に消し飛んでしまうかもしれない。

 

「でも、頑丈なら耐えられるんだよな?俺なら耐えれるんじゃないか?」

 

「オールマイトの本気のパンチを10回くらい耐えることができるのなら、うまく使えるんじゃないかしら?」

 

 そう純狐が言うと、切島は顔を青くして黙ってしまった。オールマイトのパンチ10回はさすがに言いすぎだが、相当な耐久力が求められるのは確かだ。

 

「まだ疑問があるとは思うけどごめんね。今日はここまでよ。」

 

 純狐は自分の席に戻りながら言う。いつの間にかかなり時間がたってしまっていたようだ。出久たちも時間に気づいたようで、荷物を急いで片付け始める。

 

「えっ、ああ、もうこんな時間か。じゃあね、落月さん。個性について話してくれてありがとう。」

 

「ありがとな。」

 

「ふふっ。じゃあね。明日は初めてのヒーロー基礎学があるから、頑張りましょう。」

 

「そうだね、頑張ろう!じゃあね、落月さん。」

 

「おう、じゃあまた明日な。」

 

  ◇  ◇  ◇

 

「なあ、緑谷。落月ってめっちゃ可愛いよな。緑谷はどこで知り合ったんだ?」

 

 出久と切島は純狐が教室を出た後、そんなことを話していた。

 

「えっ、そっそうだね。最初に会ったのは入試の時かな。あっちから話しかけてきてくれたんだよ。」

 

 出久は急に振られた話題に顔を赤くしながら答え、純狐と最初に会った時のことを思い出す。

 

「ああ、それとなんか、落月さんの目を見た時に気絶しそうになったかな。…なんか、落月さんって、不思議な空気がない?」

 

「ああー、確かにそうだな。年上って感じで。あとこれは気のせいだと思うが、何かを抑え込んでいるような感じだったかな。個性が思いっきり使えなくてストレスが溜まってんのか?」

 

 切島も何か不思議な空気を感じていたようだ。そしてそれと同時に、あれは触れてはいけないものだとも強く感じていた。あれに触れてしまったら自分は消し飛んでしまうかもしれない。そんなことを思えてしまうほど、あの瞳は黒く、深かった。

 

「じゃあね、切島君!今日はたくさん話せて楽しかったよ。じゃあ、また明日ね。」

 

 いつの間にか校門の前まで来ていた二人。純狐のことについて考え込んでしまっていた切島は、出久の声で気を取り戻し、出久の方を見た。

 

「ああ、また明日な。」

 

 そして二人は手を振りながらそれぞれ帰っていった。

 

  ◇  ◇  ◇

 

「はぁ、今の感じでいいのかしら。」

 

 純狐はうつむきながら呟く。

 

 純狐自身、自分が何か他人を寄せ付けないようなオーラを出していることは分かっていた。まあ、年の差が3000年くらいあるし、仕方ないといえばそうなのだが、それでも、友達…というか話し相手が欲しい。

 

 出久は話し相手と言えばそうなのだが、基本的に自分の個性の話ばかりで出久がお得意のプロのヒーローなんかの話になると全く分からない。なので、そこで会話が止まってしまい、長く話すことができないのだ。女子なんかも壁を感じているのか話しかけてきてくれない。

 

 まあいいや、今度出久に頼んで飯田や麗日を紹介してもらおう、と純狐は思うのだった。

 





ここまで読んでいただきありがとうございます!

なんだかんだ言いながら4話まで続いてしまいましたね。
これから、投稿ペースは落ちると思いますが、失踪はまだしないと思いたいのでよろしくお願いします。


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戦闘訓練

おはこんばんにちは!

文字数がかなり増えましたね…。
本当は評価するところまで行きたかったのですが、長くなりすぎるので止めました。



落としどころを探し始める今日この頃…。



「オールフォーワン、急に脳無が3体必要だなんて、何があったんじゃ?用意できないことは無いんじゃが…。」

 

 ドクターはオールフォーワンが急に脳無が3体必要だと言ってきたことに疑問を持つ。今回のUSJ襲撃は、死柄木を戦闘に慣れさせたり、超えるべき壁を実際に見せるためだが、そのために脳無3体は少しやりすぎだ。それでは、あまりにも一方的過ぎて、死柄木の訓練にはならない、とドクターは考えていた。

 

「ああ、すまない。説明してなかったね。君は落月純狐、という生徒を知っているか?」

 

「まあ、今年の雄英の生徒はあらかた調べたから知っているが、その生徒がどうしたのじゃ?確かに強力な個性だが、あの無機物への純化は人を対象にはできないはずじゃろ。それに、あのパワーも驚異的ではあるが、脳無を倒すとまではいかないはずじゃが?」

 

 ドクターは急に出てきた名前にまたも疑問を持つ。一体何がオールフォーワンを焦らせているかが分からない。

 

「それがそうではなかったんだよ。彼女の個性はオールマイトのパワーどころではないらしい。うまく戦えば、あの対オールマイト用の脳無を3、4発で倒してしまうらしいよ。」

 

「あの脳無を3、4発でじゃと!?ありえんじゃろ!あれは全盛期のオールマイトのパンチにも10発くらいは耐えることができるように設計しておるのじゃぞ。そもそも、そんな情報誰に聞いたんじゃ?」

 

 ドクターは聞いた話が信じられずに驚き、そんなことは無いと思いつつ誰かに嘘の情報を流されているのではとオールフォーワンに尋ねる。ただの生徒があの脳無を簡単に倒せることができるなど考えたくもなかったのだ。

 

「ヘカーティア・ラピスラズリって神様だよ。その神様がさっき僕のところに来て、そう言ったんだ。それに、その落月って生徒がどれだけ力を持っているかは関係ない。脳無が3体いるってことが重要なんだ。そうじゃないと今度こそ僕は殺されて…いや、もっとひどいことをされてしまうかもしれない。」

 

 オールフォーワンは震えた声で言う。殴られたときの全身を割かれるような痛み。それを思い出すだけでも吐きそうだった。

 

 そんなオールフォーワンの声の調子を聞いて、ドクターは本気でオールフォーワンのことを心配しだす。

 

「おい、オールフォーワン。いったい何をされたのじゃ。それに神様じゃと?そんなものがおるのか?」

 

「ああ、最初は僕も信じられなかったけど、あれは多分本物だ。僕が本気で放ったパンチを何もせずに受け止めて、服すら傷ついてなかったし、攻撃されたときもできる限りの防御をしたが、全く効果が無かった。逆にあれが人間だった方が怖いよ。」

 

 ドクターはその説明を聞き冷や汗をかく。オールフォーワンは本気で殴ればオールマイト以上の力を出すことができる。それを受けて無傷という事は本当に人間だったときの方が恐ろしい。しかし、ドクターはまだそれが神だとは信じきれない。まあ、この科学の世で急に神を信じろ、と言われても信じられないのは当たり前である。

 

「なあ、オールフォーワン。それは、とんでもない個性を持った人間だとは考えられんか?神でなく人間ならば、まだ対策の施しようがあるんじゃが…。」

 

「どこからともなくワープしてきて、僕の攻撃を完全に無効化し、僕が個性を奪おうとしても奪うことができず、脳の神経を好きなように操れるような奴がかい?人間だとしてもどうやって対策するんだ。少なくとも、僕はお手上げだよ。そんなことをするよりは奴の提案に乗った方がいいと思うがね。幸運にも、奴は僕らの計画に反対ではないらしいからね。」

 

 ドクターは鬼気迫るようなオールフォーワンの声に気圧される。今のオールフォーワンの説明を聞く限り人間だとしても対策のしようがない。下手に抵抗して殺されるくらいならばヘカーティアの策に乗った方がいい、とドクターも考えを改めた。

 

「…ああ、分かった。USJ襲撃の際に、脳無を3体送らせてもらう。後は、お前さんに任せるぞ。」

 

「ありがとうドクター。」

 

 そこで通信を終え、二人の会話は終わった。

 

 

 

「わーたーしーがー!!」

 

 大きな声がしてクラスのみんなが扉の方を見る。初めてのヒーロー基礎学でみんなソワソワしているようだ。それに、先生が先生だ。初めての登場に期待をしないわけがない。そんな期待を背負った先生がついに登場する!

 

「普通にドアから来た!!」

 

 …なんとなく期待外れだな。という感じの空気が教室の中に漂う。しかし、ほとんどの生徒が生のオールマイトに興奮して、そんな空気はすぐに消し飛んでしまった。

 

「オールマイトだ!本当に先生をやってたんだ!」「画風違い過ぎて鳥肌が…。」

 

 そんな声が、教室のいたるところから聞こえてくる。そんな歓声を浴びながら、いつものように笑うオールマイトは、早速本題を話し始めた。

 

「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地をつくる為、訓練を行う科目だ!」

 

 オールマイトは言い終わると、BATTLEと書かれたプレートを出し、今日することを発表する。

 

「早速だが、今日はこれ!戦闘訓練!!そして、コスチュームを着て行ってもらう!」

 

 生徒たちはコスチュームを着ることができると聞くと、立ち上がって喜ぶ。そんな生徒の様子を見て、オールマイトはHAHAHAと笑いながら言った。

 

「着替えたら、グラウンドβに集合してくれ!」

 

生徒たちは元気に返事をして着替えに行く。そんな皆の様子を見ながら、オールマイトは一足先にグラウンドへ行き、独り言のように言う。

 

「格好から入るのも大事だぜ。そして、自覚するんだ!今日から自分は、ヒーローなのだと!」

 

 

 みんなが、自分のコスチュームについていろいろ話しているのを横目に見ながら、純狐はいつもの袍服のような服装に着替える。

 

(建物の中でちまちま戦闘をするのも面倒だし、建物を砂にでも純化してみようかしら)

 

 今回は対人戦なのであまり全力で力を使うことはできないが、個性把握テストの時よりも様々な応用ができ、より楽しむことができると考えていた純狐は、かなり本気で作戦を考え出す。そして、それなりの計画を思いついたところで、着替え終わりグラウンドへ向かった。

 

 グラウンドへ出た純狐はすでに集まっていた他の生徒のもとに向かう。純狐のすぐ後に出久が出てきたのを確認すると、オールマイトは説明を始めた。

 

「おし、集まったな。今日行うのは屋内での対人戦闘訓練だ。君たちにはこれからヴィラン側とヒーロー側に分かれて、2対2の屋内戦をしてもらう。」

 

「勝敗のシステムはどうなるのですか?」「分かれ方はどのようにすればいいのでしょうか。」「相澤先生みたいに除籍とかはあるんですか…?」

 

 オールマイトの説明に生徒たちは次々に質問を放つ。オールマイトは少し困ったような顔をして、カンペを取り出し質問に答え始めた。

 

「えーと、状況設定はヴィランが核兵器をヒーローはそれを処理しようとしている。ヒーローは制限時間内にヴィランを捕まえるか核を回収すること。ヴィランは制限時間まで核を守るかヒーローを捕まえることだね。対戦相手とコンビはくじだ。」

 

 オールマイトはくじの入った箱を取り出して言う。組み分けは順調に進んでいき、純狐は尾白とペアになった。原作で尾白と組んでいた葉隠が余ったが、純狐たちが終わった後に尾白が組むことになり、対戦チームもくじで決められることになった。その他の組は、原作通りのようだ。

 

 ヴィランとして純狐と組むことになった尾白が純狐に話しかけてくる。

 

「よろしく、落月さん。何か作戦って考えてたりするかい?」

 

「よろしくね、尾白君。まあ、作戦っていうかなんて言うか…。二人は私が入り口前で足止めするわ。その時、入口の陰に隠れて一時的に戦闘できなくなったりした敵を縛ってもらっていいかしら。戦闘をしないからすっきりはしないだろうけど、必要な役なのよ。」

 

 正直純狐は誰と組むかはあまり考えていなかった。誰と組んでも自分が一人で頑張ればどうにかできるからだ。

 

 そんな余裕ぶった純狐を訝しむ尾白だが、個性把握テストなどを見る限り、純狐に戦闘は任せた方がいいため、純狐の策に従うことにした。

 

 

 一回戦目の出久班対爆豪班が終わり、純狐たちの番が来た。一回戦で建物が大きく壊れてしまったため別の建物での戦闘になる。

 

ヴィラン側の準備タイムに入り、純狐は渡された小型の通信機で尾白に連絡を取った。

 

「あーあー。聞こえてる?配置には着いたかしら。あと、さっきの作戦忘れないでね。」

 

「こちら尾白。聞こえてます。…ねえ、落月さん。相手には轟君がいるけど本当に一人で大丈夫かい?何なら今からでも策を考えた方が…。」

 

 尾白は轟の班と戦うことになって、あの二人を一人で止めることができるのかと心配する。まあ、どうやって二人を止めるか聞かされていないので、当たり前のことである。だが、当の本人である純狐は尾白の心配を聞き入れようとはせず、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「心配ないわよ。まあ、見てなさいって。」

 

 それを最後に通信をいったん切った純狐は、入口のすぐ目の前に立ち、試合開始の合図を待つ。ちなみに、核は入口から近い一階の部屋に置いてある。下手に離れたところに置けば、情報収集に優れた障子にばれ、気づかないうちに取られてしまったなんてことになりかねないからだ。

 

 そんな純狐たちの様子をモニターの前の生徒たちは見ていた。

 

「おいおい、落月の奴、轟と障子を真正面から迎え撃つ気かよ。さすがに無理じゃないか?」「いや、でも落月ちゃんならいけるかも…?」「また熱い戦闘が見れたらいいな!」

 

 皆、一回戦で熱くなる戦闘を見せられ盛り上がっていたため、口から出る言葉はどれも正面からのバトルを望むものが多い。

 

 そんな中、ついにオールマイトは戦闘開始の合図をした。

 

「始め!」

 

「よし、じゃあ始めますか。」

 

 戦闘開始の合図があったと同時に純狐はそう言うと、腕を強化し、扉を殴って轟と障子の方にふっ飛ばす。轟と障子は一瞬焦るが、冷静にそれを避けると、轟が純狐の足元を凍らせて動けなくし、建物に向かって走りだした。

 

 対する純狐は足元の氷を気にする様子も見せず、ポケットに手を突っ込み小さな種を一つ、二人の上に向かって投げる。

 

「さあ、ヒーロー。私を超えてみなさい。」

 

 純狐は近づいてくる二人に向かってそう言い放つと、種を“生命力”に純化した。すると、一瞬で種が10メートル程の木になり、横倒しになって落ちてくる。

 

「っ障子!かがめ!」

 

 轟は木を凍らせて、落下の勢いを殺しながら言う。障子はそれを聞くと、すぐにかがみ、轟が凍らせた木を下からくぐり抜ける。轟は、急に出てきた木に驚きはしたが、すぐに冷静になり、氷の橋を作って木の上を通って行く。

 

(落月は速攻で終わらせようとしたらしいが、避けてしまえば大丈夫なはず。それに木が邪魔で、俺たちを一瞬見失い、すぐには行動できないはずだ。)

 

 轟はそう考えると、障子に声をかける。

 

「障子!お前はそのまま下から行ってくれ。俺は上から攻める!」

 

(よし、二手に分かれて行けば対処はできない…)

 

 そう思い轟は油断してしまう。その隙を純狐は見逃さなかった。

 

「あら、轟君。話している暇はあるのかしら。」

 

 純狐は片足を軽く強化して一瞬で轟の前に跳びそう言うと、轟の体の左右に弾幕を飛ばして動きを制限し、強化していない足で轟を、建物から離すように蹴飛ばした。

 

 轟は遠くに飛ばされないように氷を背後に作ろうとするが、それを読んでいた純狐が轟の周りをただの空気に純化して、空気中の氷を作るために必要な氷の核となるごみなどを無くす。氷が作れずに轟が離れたところに転がるのを純狐は確認すると、落下しながら、建物に入りかけていた障子の足元の地面を“軟”に純化する。障子が地面に腰まで飲み込まれるのを見ると、純化を解除し、障子の動きを封じる。

 

「尾白君、出番よ。」

 

 尾白はその声を聞くとすぐに入口から出てくる。純狐は出てきた尾白に力を分け与えた。そして尾白は、自慢の怪力で無理やり出ようとし始めた障子に確保テープを巻き付け確保する。

 

 純狐はそれを見ると目の前にある邪魔な凍った木を、強化した腕で殴って吹き飛ばし、轟の方を見る。

 

「ほら、どうしたのヒーロー?もう、一人捕まったわよ。」

 

 純狐は、この自分の読みが噛み合ってうまくいくことに快感を覚える。月と戦っていたころは永琳などによって自分の作戦の裏をかかれたりして、うまくいくことは少なかった。まあ、あれはあれで失敗を糧として新しい作戦を考えたり、完璧だと考えていた作戦をユニークな方法で破られたりするのを見るのが楽しくはあったが。

 

 轟は余裕を隠さない純狐の態度にイラっとするが、ここで突撃しても無駄に終わると思い踏みとどまる。そして、解決策を考える時間を稼ぐため純狐に話しかけた。

 

「おい、落月。お前どうやって氷を作れなくした?お前の個性は超パワーだけじゃなかったのか。」

 

「敵にわざわざ情報を渡す奴っているかしら。それよりも、本当にもう終わりなの?左を使ってもいいのよ。」

 

 純狐は轟の左側を見ながら言う。純狐も家庭のことでいろいろあったので、思うところがあるようだ。まあ、原作で一応解決されることが分かっているので、今解決するつもりはないが。

 

「…いいや、戦闘において左は使わない。」

 

「そう?どんな理由があって使わないのかは分からないけど、それじゃあいつか限界が来るわよ。実際今こうやって追い込まれているわけだし。」

 

 そう言うと純狐は腕を強化し、轟の方に向かって腕を振る。轟は急いで自分の前に氷の壁を作るが、風圧で壁が壊され、また建物から離されてしまう。

 

「っ余計な世話だ。」

 

 轟は体制を立て直すと、あたり一帯を凍らせる。その攻撃に対して一瞬固まった純狐の腕と足を凍らせて動きを封じ、そのまま走って建物に向かうが、純狐は腕に着いた氷を腕を強化して壊し、その強化した腕を轟に向かって振って、建物に近寄らせない。

 

「一つ教えてあげるわ。私の力は名前が付く前の純粋な力。それには熱も含まれるから私の体を凍らせてもその部分を強化…正確に言うと“力”に純化すれば私の強化した部分から少し漏れ出ている力の一部が熱に変化してその程度の氷は簡単に溶かせるのよ。」

 

 純狐は轟にゆっくりと近づきながら話す。

 

「さすがに、あなたの本気の氷結なんかは無理でしょうけど、今のある程度弱ったあなたの氷なんかほとんど意味をなさないわ。」

 

 

 モニターの前の生徒は、一方的な展開になっているのを見て唖然としていた。

 

「あの轟が押されてる?」「しかも、ほんとに一人であの二人を完全に足止めしてるよ。」「尾白が空気だ…。」

 

 そんな中で、切島がオールマイトに話しかける。

 

「先生、あれってもう、勝負あったんじゃないっすか。轟はなぜか炎を使えねえようだし…。」

 

 モニターを見つめながら心配そうに言う切島にオールマイトはいつもの笑顔で答えた。

 

「うん、轟少年は確かに弱ってきているが、まだ勝ち目が無くなったわけではないと思うぞ。ほら、落月少女の腕をよく見てみるんだ。」

 

 そう言われて切島は純狐の腕をよく見てみる。

 

「あれ、手が震えてる?」

 

 切島がそうつぶやくとその声が聞こえたのか、他の生徒たちも純狐の手の震えに気づいた。その様子を見て、オールマイトは言う。

 

「そうだ!今は何事も無いように振舞ってはいるが、おそらく何度か手を氷で拘束されたり周りを凍らされたりして、轟少年程ではないにしても、寒さで相当動きにくくなっているはずだ。」

 

「じゃあ、もし轟が炎を使えるようになって自分の体を温めることができれば…!」

 

「落月ちゃんが反応できずに建物に入ることができるかもしれない!」

 

 轟にも勝機があることが分かりみんなが盛り上がる。そして、オールマイトはまとめに入った。

 

「ああ、そうさ!こんな風に追い込まれても相手の動きを観察して諦めず冷静に立ち回るのが大事なんだ!つまりあれさ、PLUS UL…」

 

「あ、ムッシュ。轟が。」

 

 

(不味いわね。体の動きが鈍くなってる…。)

 

 純狐も自分の体が動きにくくなっていることに気づき始めた。先ほどは轟がそれに気づき、アクションを起こされたりしないために、嘘を言ったが、そろそろ気づかれてしまうだろう。

 

 純狐は轟の氷でこうなることを想定はしていたが、今まで寒さで動きにくくなったりした経験がなかったため正確にどうなるか分かっていなかった。まあ、今まで宇宙に行って普通に活動できていたので、分かるはずもないのだが。

 

また、“力”への純化は、純狐自身も言っていたように、持っているのは何事にも変化する前の純粋な力なので別に熱が出るわけではない。それに、純狐自身が力を持つ場合、漏れ出るようなことは無い。そのため、純狐は腕を強化して動かし、その瞬間に発生する熱で体を温めようとしているのだが、あまりやりすぎると、轟に自分が寒がっているのがばれてしまうかもしれないので、それは必要最低限にとどめるしかなかった。

 

 まあ、そうは言っても轟も弱ってきているので純狐が足を強化して近づき殴って気絶させれば簡単に終わらせることができるのだが、それではあんまり楽しくない。純狐はこれからの轟の行動を見てから最後にその方法をとることにした。

 

 

 轟は何とかしてこの状況を打破するために近づいてくる純狐から離れるため後ろに下がりながら考える。

 

(なんとかしねえと、このまま押し切られちまう。体も満足に動かなくなってるし…。なんかねえのか。)

 

 轟は一縷の望みをかけて、純狐をよく観察し、決定的な隙を探す。そしてついに純狐の手が震えているのに気づいた。

 

(ん?あいつ震えている?いや、さっき熱は自分で出せるっつってたし、それはねえか…。でもそれがフェイクってこともある。いや、それなら手が震えてるのもわざとって線もあるし…。)

 

 轟は様々なことを考慮してこれからの行動を決めようとするが、どの情報を信じていいか分からず混乱する。

 

(このまま何もしなかったら本当に何もできずに終わっちまう。それなら…)

 

 轟は純狐が寒さで弱っていることにかけて攻撃に移ることにした。

 

 轟はそう決めるとすぐに純狐に向かって小さな氷を飛ばす。

 

(おっと、攻撃してきたわね。)

 

 純狐は顔に向かって飛んできた氷に対して、これくらいで腕を強化するのは不自然だと考え、腕を強化せずに氷を払った。

 

 しかし、

 

「えっ!?」

 

 払いのけたと思っていた氷が純狐の眉間のあたりに当たる。実は轟は二つの氷を一列にして飛ばして奥の方の氷を隠し、一つ払いのけても、もう一つが当たるようにしていたのだ。これは、純狐の動きが鈍って、急に腕を強化することができないだろうと考えて放った攻撃であった。

 

 純狐は眉間に氷が当たると、とっさに目をつぶってしまう。その隙に轟は足元に氷を作って高いところに行き、入口までつながる橋を作って、それを滑り下りる。

 

 轟が橋を半分程まで滑り終えたころに、純狐は防いだと思っていた攻撃に当たった混乱から立ち直る。そして振り返り、どんどん建物に近づいて行く轟を確認すると、轟の上にある空気の中の水蒸気を利用し、その空間を“水”に純化した。ちなみに、なぜ、轟の周りを直接水にしなかったかと言うと、純化する空気の中に人間などの生き物がいると、純化するのに時間がかかるからだ。

 

 轟は、急に自分の上に現れた水に驚くが、最後の力を振り絞って、その水の塊を凍らせ、氷の橋から飛び降りて避けた。そして、純狐に追いつかれないように後ろに氷の壁を作る。

 

 轟は尾白を警戒して自分の両サイドにも氷の壁を作り、建物の入り口付近も凍らせる。もう、体に霜が降りてきてあまり速く走れないので、轟は今までの勢いを生かして薄く凍った地面を滑るように進んだ。

 

(よし!このままいけば、動きが鈍っている落月には追い付けないはずだ。そのまま建物に入ることができれば…)

 

 そう轟は考え、そしてついに建物に入る。

 

 モニターの前ではあの絶望的だと思われた状態から見事に逆転した轟に対して歓声が上がる。純狐も、もう動こうとはしていない。

 

 そして、誰もが轟の勝ちを確信した瞬間であった。

 

「うっわぁぁぁあああ!?」

 

 轟の足元の地面が崩れて、轟は空いた深さ2メートルほどの穴に落ちた。轟は何とかしてそこから出ようとするが、寒さで、もうその穴から這い出る体力は残っていなかった。

 

 叫び声を聞いて駆け付けた純狐は、動けない轟の様子を見ると、穴の中に入りテープで轟を確保する。

 

 勝ち誇った様子の純狐は穴から轟と一緒に出てくると入口のすぐそばで足を凍らされて動けなくなっている尾白の方を向く。

 

「作戦どおりね尾白君。落とし穴、よくやってくれたわ。」

 

「それよりも、この氷を解いてくれないかな。」

 

「…ああ、すまない。今解く。」

 

 轟は悔しそうな顔で尾白の氷を溶かし始めた。

 




お読みくださりありがとうございます!

今回もなかなかアイデアが浮かばず、書くのに時間がかかってあまり見直せてないので矛盾や誤字があると思います。

誤字報告なんかして頂けるとありがたいです。

では、次回はあるはずなのでそこでも会えたらうれしいです!


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戦闘訓練後

こんにちは!

いやぁ難産でした。一回書いたものを間違えて消してしまったんですよね(だからどうした、自分のせいやろ)

投稿ペース落ちそうな予感…。(今もこの無駄だらけの文章の割には遅いよね)



「「「落とし穴―!?」」」

 

モニターの前の生徒は轟が落ちたと同時に叫ぶ。轟と純狐の戦闘と会話が印象的であったため、その他のことを気にしている生徒はほとんどいなかったのだ。そんな皆の気持ちを代弁するように上鳴が呟く。

 

「おい、いつ掘ってたんだよ。」

 

「分かりにくかったですけど、尾白さんが障子さんを捕まえた後に尻尾を使って掘っていましたわ。でも、尾白さんはコンクリートを割るほどの力は無かったはずでは…。」

 

 八百万の言葉が詰まったところで純狐の個性のことを先日聞いた切島が話に入ってくる。

 

「もしかして、純狐が個性で尾白を強化したんじゃねえか。」

 

「え、あいつってそんなことも出来んの!?」

 

 切島から告げられた新事実に驚き声を上げる生徒たち。切島は、皆の食い入るような反応に押されて声が出ずにいたが、すぐに落ち着きを取り戻して説明を始めた。

 

「あいつ、力の一部を他人に分け与えることができるんだ。他にもその人自身を強化することも出来るらしいが、それは危ないからやらないらしい。」

 

 その説明を聞いた生徒たちは、切島と出久が初めて純狐の能力の説明を受けた時のように唖然とした表情をし、すぐに周りと話し始めた。

 

「えー!?凄いね!そしてずるい!」「俺、落月と組みたかったなぁ…。」「落月って、胸大きいよな。」

 

 そんな生徒が盛り上がる中、オールマイトは画面を見て冷や汗を流していた。

 

(凄いパワーの持ち主だということも分かってはいたが、まさかここまでとは…。)

 

 そして、オールマイトはあり得ないとは思いながらも一つの可能性を考える。

 

(それに、他人に力を分け与えることができる…。まさか、ワンフォーオールと何かしら繋がりがあるのでは…。)

 

 オールマイトは、純狐のことをただ強いというだけで疑っているわけではない。雄英の教師たちは純狐の入試の結果を見た時に純狐の出身について調べた。純狐は、小さいころ親に不幸があり、親戚の落月神獄という人に育てられたらしいのだが、どこに住んでいたか正確には分からない。また、落月神獄という人に至っては個性も年齢も分からないのだ。

 

 それに、【純化】という目立つ個性を持っていながら、今まで一度も話題になることは無かった。このご時世、強個性を持っている子供はテレビなどで取り上げられることが多い。学校の職員たちもそのような番組や独自に調べた資料を見て推薦の候補を挙げたりしているのだが、純狐はその候補に挙がることも無かった。

 

 オールマイトは絶対に無いと思いながらも、万が一のことがあるかもしれないのでこれから純狐のことを注意して観察することにした。

 

 オールマイトがそんなことを考えていると、生徒たちの声が大きくなる。純狐たちが帰還したようだ。それを振り返って確かめたオールマイトは、一回深呼吸をして気分をリセットし、講評に移った。

 

「落月少女たち、よく頑張ったね。轟少年たちもナイスファイトだったぞ!そして、今回のMVPは落月少女だ。なぜかは分かるかな?」

 

「はい。まず、轟さんたちのチームの動きをほぼ完全に把握し、一人で二人を足止めしたこと。さらに、自分の力を過信しすぎず、自分が突破されたときの対策を考えていたからです。」

 

 オールマイトはそこまで言われると思っていなかったらしく、少し困ったような表情をする。が、すぐに表情を戻して続きを始めた。

 

「ああ、まあそうなんだけどね…。落月少女が手を抜いていたのもあるけど、冷静さを忘れずに落月少女を出し抜いた轟少年もよかったぞ!」

 

「え!?あれで手を抜いていたの!」

 

 再びざわめく生徒たち。純狐はそんな周りを無視して、オールマイトに視線を向ける。

 

「…先生、どうしてそう思ったんですか?」

 

 手を抜いたのは事実だ。本当に早く終わらせたかったなら、始まったと同時に足と手を強化を使って、二人を吹っ飛ばし気絶させればいい。他にも、障子にしたことを二人が一緒にいるときにして、氷を使う暇も与えず地面に埋めるなど、方法はいくらでもある。

 

 しかし純狐は、前にも言ったようにこの世界で無双したいわけではない。この世界を自分なりに楽しむのが目的なのだ。実際、今回の戦闘訓練はパズルのピースがうまくはまっていくような感覚を味わうことができ、純狐としては満足のいくものだった。

 

「HAHAHA、超パワーに限れば、私の個性も似たようなものだからね!始まった瞬間二人に近づき風圧で気絶させたりすればよかったんだ。確か、今は体の3か所まで強化できるんだよね?もし、轟少年が最初に大氷塊を作ってきても、片腕でそれを壊す&熱で自分の体に着いた氷を解かす。そして、もう一方の腕で二人を気絶させるなんかは出来たはずだ。」

 

 純狐はオールマイトの詳しい説明に少し驚く。しかし、あくまで肉体強化についてしか話してはいないため、純狐は自己分析能力を試されているのかと思い、オールマイトの説明に付け加えるように言う。

 

「そういう手もありますが、一番楽なのは思考を純化して勝つ。というものですかね。危ないのでしませんが。他にも、二人の近くの空気を窒素か何かに純化して、酸素濃度を減らし気絶させてもよかったですかね。でも、これはあくまで訓練なので少し手を抜きました。」

 

「HAHAHA、気遣いありがとう、落月少女!まあ、そうだね。これはチームワークなどを見る目的もあるから、そうしてくれてありがたかったかな。」

 

 そう言うとオールマイトはみんなの方に向き直る。

 

「じゃあ、これで講評の時間は終わりだ!時間も押していることだし、次に行こうか!」

 

 その言葉が終わると同時に、順番がまだ来ない生徒の何人かが純狐に話しかけてきた。

 

「凄いね、見てるだけでワクワクしたよ!」「なあ、力を分け与えるって、分け与えた奴の個性も強化できたりすんのか?」

 

「え、ああ、個性は強化できないわよ。強化できるのは身体能力だけね。」

 

 目を輝かせて尋ねてくる生徒に少し戸惑いながらも、尋ねられたことに答えていく純狐。その質問攻めは次の試合が始まる直前まで続き、皆が離れていった後の純狐は疲れたのかモニターから少し離れた人の少ない場所に移動した。

 

 そこで落ち着いて観戦をしようとしていると、轟が近づいてくる。唐突に頭を下げた。

 

「…落月。さっきはすまなかった。」

 

 純狐は轟の急な謝罪に驚くが、とりあえず、他の生徒に轟が自分に頭を下げている姿を見られ、変な誤解をされないように、モニターの前にいる生徒たちから轟が見えないように移動してから、轟に顔を上げるように言う。

 

「えっと、どうしたの?何かやらかしちゃったのかしら。」

 

 移動した純狐の方に向き直りながら轟は、何について謝っているか分からない様子の純狐を見て少し安心したような顔をする。

 

「いや、最後、顔に氷を当てちまっただろ。もしあれで顔にけがでも負わせてたら、取り返しのつかないことになっちまうところだった。」

 

 それに、と、轟は自分の顔の火傷の痕を触りながら続ける。

 

「お前がさっき言ったようにこれは訓練だ。俺は少し熱くなりすぎていたな…。」

 

 純狐は自分の中の何かが浄化されていくように感じていた。そうだ、普通友達間でケガさせそうになれば謝るのだ。服を少し馬鹿にされただけで神殺しの剣をぶつけようとして、その上、自分の服装を誉めさせる方がおかしいのだ。

 

 そんなことを思う一方で純狐はあることに疑問を持つ。

 

(このころの轟君ってこんな感じだったかしら…?)

 

 そう、純狐の知るこの時期の轟は、建物を凍らせて、動けば足の皮がはげるような状態にしてまで、勝つことにこだわっているというものだ。決して、少しケガをさせそうになっただけで、わざわざ謝りに来るような奴ではなかった。

 

 (もしかして、これも私が入ったことで起きたイレギュラーなのかしら…。)

 

 純狐は、そんなことを考えだそうとしたが、長くなりそうだったのでやめ、轟に返事をする。

 

「ああ、そのことね。大丈夫、大丈夫。気にしてないわ。個性の影響で、ある程度体は丈夫だし、いざとなれば、リカバリーガールもいるじゃない。」

 

 普段見せない笑顔で言う純狐に轟は驚いた顔をするが、すぐにいつもの顔に戻した。

 

「傷がつかなくてよかった。本当にすまなかった。」

 

 そう言うと轟は、みんなの方には戻らず純狐の近くに座る。

 

「あら、みんなの方にはいかなくていいの?」

 

「ああ、俺より強い奴の意見なんかも聞いてみたいしな。それに、向こうにいても話す奴いねえし。」

 

 純狐は原作を思い出しながら、体育祭の前はあんまり誰かと話すシーンが無かったことを思い出す。元来、無口なのもあるだろうが、幼いころから周りとの力の差がありすぎて、周りが話しかけづらく、誰かと仲良く話すというようなことが無かったのだろう。

 

 純狐もちょうど話し相手がいなくて暇だったので轟と話すことにした。

 

 

 

「なあ、先生。突然こんなところに呼び出して何をするつもりなんだ?」

 

 死柄木と10人くらいのヴィラン連合のヴィランは黒霧の能力で、ある犯罪者集団のアジトの前に来ていた。

 

「ああ、君にその犯罪者組織を制圧してほしくてね。制圧した後、そこにいたヴィランたちは使うからなるべく殺さないようにしてくれ。」

 

「おいおい先生、俺はヒーローの真似事がしたいわけじゃないんだぞ。ヒーロー社会をぶち壊したいんだ。それに、メンバーはだいぶ集まってその辺の心配はしなくていいと言ってたじゃないか。」

 

 死柄木は不機嫌そうに首を掻く。

 

「いや、すまないね。ちょっと事情が変わったんだ。」

 

 オールフォーワンの目的は脳無を追加で2体作ることになって、少し減ってしまった個性のストックを補充することであった。他にも、脳無を3体使ってUSJに行くことで減ってしまう死柄木の戦闘や他のメンバーを指示して動かすというものの訓練も兼ねていた。

 

「はぁ…。まいいや。よし、黒霧、行くぞ。」

 

「はい、気を付けていきましょう。」

 

 そう言うと、死柄木は自分たちより先に5人ほどヴィランを行かせる。そして、早速、建物の中で戦闘が始まった。

 

「おい!お前たち何しにきやがったんだ!戦闘員集まれ!」

 

 建物の前で死柄木たちがたむろしているのを見て、入口の近くに警戒に来ていた見張りがそう叫ぶと、建物の奥から4、5人のヴィランが出てくる。

 

 先に行った5人とそいつらとで戦闘が始まると、死柄木たちも建物の中に入った。そして、敵の戦力がそろってしまう前にボスがいると思われる二階に向かう。

 

「おらおら、帰れよ!」

 

 階段を上ろうとし始めた時に、数人のヴィランが降りてきた。

 

「…黒霧。」

 

 死柄木は短くそう言うと。黒霧の靄の中に手を突っ込む。上から降りてきたヴィランの一人は、それを見て、一瞬何をしているか分からず立ちすくんでしまった。

 

 そして、次の瞬間、その立ち止まったヴィランのふくらはぎのあたりが崩れ始める。

 

「うっ、いってぇぇええ!」

 

 そのヴィランはそう叫んで倒れこんでしまった。その光景を見た他の上から来たヴィランも立ち止まる。その隙に死柄木の一番近くにいた異形型の個性を持つ奴が死柄木の前に出て、上から来たヴィランをまとめて吹っ飛ばし、気絶させた。

 

「…こいつら、弱すぎねえか?俺と黒霧なしでも、制圧できそうだぜ。」

 

階段を上り終わり、二階に着く。二階は真ん中に廊下があり、左右に部屋があるという作りになっていた。

 

「死柄木弔。無駄話はよしましょう。ほら、敵のボスのお出ましですよ。」

 

 死柄木はそれを聞くと、目の前を見る。そこには、身長170センチくらいのガタイのいい男がいた。

 

「お前ら誰の許可もらってここに来てんだ?ああ!?」

 

 男は顔を赤くして言う。死柄木はすぐに戦いに入ろうとしたが、黒霧がそれを制し、死柄木の前に出る。

 

「突然お邪魔して申し訳ございません。我々は、ヴィラン連合というものです。もしよろしければ、私たちと一緒に来ていただけますか?」

 

 それを聞いた男は、一瞬呆け顔になるが、すぐに大声で笑い始めた。

 

「ヴィラン連合だぁ?聞いたこともねえな。冷やかしに来たんなら帰りな。もちろん置いてくもんは置いてけよ。」

 

「おい、お前行け。」

 

 男の挑発的な態度にイライラしていた死柄木は、さっきの異形型の個性持ちの奴を殴りに行かせた。

 

 男は、近づいてくる奴に警戒をする様子もなく、拳を構え息を吸い込んだ。その瞬間、男の右手が異常に大きくなる。

 

「俺の個性は【吸い込んだ空気を体の好きな部位に移してそこを大きくする】個性だ。この狭い通路で、この腕で殴ったらどうなるかわかるよな?」

 

 男は笑いながら、拳を放った。

 

 死柄木はヤバいと思いどこかへ逃げようとするが、この狭い通路で逃げる場所などない。後ろに逃げようともしたが、間に合わない。

 

 黒霧もワープホールを大きくして腕を飲み込もうとしたが、広げきる前に拳は届いてしまうだろう。

 

ヴィラン連合の者たちはなすすべなく殴られて、壊滅させられてしまう。

 

 

 はずだった。

 

 

 死柄木は衝撃がこないことを不思議に思い、とっさに顔の前で組んでいた腕の間から、男が立っていた方を見た。

 

 そして、そこにいたのは…。

 

「うーん、やっぱり、あの男、強いのね。こいつじゃ話にならなさそうだわ。」

 

 こんなことを言いながら男の放った拳を小指で…いや、小指を構えているが小指に拳は触れていない状態で立っている赤髪の変な服をした人だった。

 

 拳を放った男は腕を戻そうとしているようだが、腕が動かせないようだ。

 

 死柄木と黒霧が何が起きているか分からないという風にしていると、赤髪の女は死柄木たちの方に振り返る。

 

「あら、大丈夫かしら。災難だったわね。」

 

「お前は誰だ?なんでここにいて俺たちを助けた。」

 

 死柄木が尋ねる。

 

「私は三界の女神、ヘカーティア・ラピスラズリよ。個人的な趣味であなたたちのボスに協力?しているわ。」

 

 ヘカーティアと名乗った女は、笑顔でそういった。

 

「おい、お前!俺の腕に何をした!」

 

 腕が動かせなくなっていた男は焦った顔で叫ぶ。さっきから息を吸って反対の腕を動かそうとしているが、全く動かない。

 

「忘れてたわ、ごめんなさいね。」

 

 ヘカーティアはそう言うと男の束縛を解く。

 

 男は自由になったと分かると、すぐに大きくなっている右手で殴りかかる。ヘカーティアはそれを気にする様子も見せず死柄木たちに話しかけた。

 

「あなたが、死柄木君ね。初めまして。今回はあなたの顔を見に来ただけよ。そんなに警戒しなくていいわ。」

 

「…いや、あんた、後ろで一生懸命腕を振ってる奴をどうにかしてやれよ。なんかかわいそうだ。」

 

 死柄木はヘカーティアの後ろを指さしながら言う。ヘカーティアが後ろを見ると腕を大きくした男が半べそをかきながら、ヘカーティアを殴っていた。もちろん、その拳はヘカーティアまで届いてないが。

 

「畜生、畜生!なんで壁も窓も壊せねえんだよ!お前、ほんとに何しやがった!」

 

 ヘカーティアはその嘆きを無視して、黒霧に向き直る。

 

「黒霧さん、なるべく生け捕りがいいんですよね?」

 

 黒霧は突然話しかけられ驚くが、冷静に答える。

 

「え、ええ、そうですね。そうして頂けると幸いです。」

 

「分かったわ。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、また男の方を見て、そっちに歩き出した。男は殴るのをやめ、ヘカーティアから離れるように逃げる。そして、一番奥まで着くと、座り込んでしまった。そして命乞いを始めた。

 

「許してくれ!俺が何をしたっていうんだ。まだ、何もやってないだろ!」

 

 それを聞いてもヘカーティアは近づき続ける。そして、男の目のまで行くと、急に笑顔になり、男に話しかけた。

 

「そんなに助かりたいのね。分かったわ。私も悪魔じゃ無いもの。救ってあげましょう。」

 

 男は涙を止めヘカーティアの方を見る。

 

「ほ、本当か?ああ、ありがとう。」

 

 ヘカーティアはその言葉を聞くと、ヴィラン連合の方を向き、指を鳴らした。ただそれだけで、ヴィラン連合の者たちは気絶する。男はそれを見ると、ヘカーティアに対して土下座をし始めた。

 

「ありがとう、ありがとう!助かった!」

 

「このくらいなんてことないわよ。それよりも、あいつらを何とかしなくていいの?時間がたてばまた起き上がるわよ。」

 

「あ、ああ、そうだ。あいつらを殺さねえと。」

 

 そう言って男は立ち上がり、死柄木の前に行く。そして、腕を巨大化させ、死柄木をつかみ、握りつぶした。

 

 

「…という風な夢を見ているはずよ。急がなくても目を覚ますことは無いから安心してね。」

 

「お前、結構えぐいことするな…。そして夢がかなりがばがばじゃないか。」

 

 死柄木は、ニヤニヤ笑いながら眠っている男を見て苦笑いする。

 

 そう、実際はヘカーティアが出てきたと同時に、男は倒れ、そのまま眠ってしまっていたのだ。

 

 死柄木は、最初は、自分たちを殴ろうとした男が急に倒れ、どこからともなく現れた変な服装の女に混乱していたが、先生から急に通信が入り、その人は敵ではないと説明を受け、絶対に機嫌を損ねないようにと言われて、落ち着きを取り戻した。

 

 そして、その後、ヘカーティアが自己紹介をし、男の見ている夢の説明をして、今に至るというわけだ。

 

「別にえぐいことじゃないわよ。幸せな夢を見させてあげてるじゃない。」

 

「そこがまた…いや、何でもない。」

 

 死柄木は眠っている男を部下に担がせると、二階に上がってきた仲間たちと合流し、黒霧の開いたゲートに向かう。不思議なことに、いつもは少しでも納得できないことがあると、イライラするのだが、ヘカーティアと一緒にいるとそんな気も起きなかった。

 

「じゃあね。またどこかで会いましょう。」

 

 ヘカーティアがそう言って手を振ると、死柄木は立ち止まり、ヘカーティアの方を見る。

 

「ああ、じゃあな。」

 

 そう死柄木が言うと、死柄木を先頭にヴィラン連合は帰っていった。

 

 

 一人建物の中に残ったヘカーティアは、自分も帰る準備をしながら呟く。

 

「この世界の人と付き合いやすいようにこの世界の住人の性格を優しくしたけど、優しくしすぎたかしら。これじゃあ、面白みがないわね。まあいいわ、いくらでも修正できるもの。ちょうどよくなるまで、調整しましょう。」

 

 ヘカーティアは帰ってすることを決めると、開いたゲートに入っていった。

 




お読みくださりありがとうございます!

今更ですけど純化ってこんな感じでいいですかね。

次回!まだ…まだ…失踪しないはず…。(おそらく、may be )


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閑話2

こんにちは!

疲れたよ。これからホントに毎週模試だよ。どうしよう。

最後の方は深夜テンションDEATH気にしないで。



「出久君、ケガの調子はどう?」

 

 純狐は戦闘訓練があった日の放課後、保健室から返ってきた出久に話しかける。もっと早い時間に話しかけたかったが、今日の出久の活躍を見たクラスメイトが出久を取り囲んでいたのでそれができなかった。

 

「まあ、大丈夫だよ。それよりも落月さん、凄かったらしいね!僕も見たかったよ。」

 

 傷の治った手を見てながら、出久は残念そうに話す。個性オタクの出久としては、純化という個性がどれほどのものか実践の中で見たかったのだ。また、純狐の自分自身を強化するという個性の使い方はそれに似ているワンフォーオールの使い方の参考にもなると、出久は考えていた。

 

「あの、落月さん。“力”に純化?だっけ。あれってまだまだ上があるって前言ってたよね。全力で力を使ったら、体に負担がかかって、僕みたいになるの?」

 

 出久の質問を聞き、純狐は仙界にいた頃、全力で力を使って腕がボロボロになったのを思い出して少し嫌な顔をする。

 

 別に痛くはないのだが、腕全体を複雑骨折したりするのは、自分の体が他人に乗っ取られたようで気持ち悪い。それに、感覚の無くなった自分の体の一部の重さを感じるのもあまり気分のいいものではなかった。

 

「あー。そうね、そうなるわ。私の場合は、個性の影響で熱や衝撃に少しは耐えられるようになってるんだけど、それでもさっきの出久君みたいになっちゃうわよ。」

 

「それじゃあ、どうやって力を制御してるの?」

 

 純狐の答えを聞いて瞳を輝かせる出久。ここまで自分に似ているのであれば、ワンフォーオールを制御するヒントになると考えているのだろう。

 

 そんな純狐は出久を見てどう答えるか迷う。今この場で1か100かではない力の使い方を教えて、体育祭などでの変化を見たい気持ちもあるが、これから変なイレギュラーが起こらないとも限らない。純狐はその二つを天秤にかけたうえで、秘密にしておくことにした。

 

「ふふっ、それは秘密よ。自分で見つけなさい。あなたはオールマイトに気に入られているみたいだから、相談してみればいいじゃない、似たような個性でしょ?」

 

「そっそうだよね、こういうことは自分で考えなきゃだよね!」

 

 出久は残念そうな顔をする。

 

「ああ、そうだ出久君。友達として、飯田君や麗日さんを紹介してくれないかしら。」

 

 純狐はそんな出久の様子を気にも留めずに前々から考えていたことについて話し出した。

 

純狐はいまだに友達と呼べるような人が少ない。今日、戦闘訓練中に仲良く?なった轟と、出久の二人くらいしかいない。だから、このクラスで基本誰とでも仲がいい麗日や、見ていて面白く、出久とも仲がいい飯田を紹介してもらおうと思っていた。

 

「ん?まあいいけど、なんで?」

 

「えっと…ほら、私ってあんまり親しく話す人いないじゃない?自分から話しかけるにしても、話題が見つからないのよ。」

 

「なんか…ごめん。」

 

 出久は申し訳なさそうな顔をしながら苦笑いをする。純狐はそんな出久の表情を見て、悲しくなってきた。

 

 原作のように、目立つ人にはいずれ向こうから話しかけてくれるかな?と思っていたが、そんな気配が全くと言っていいほどない。

 

(そういえば、轟なんかも目立ってはいたけれど、誰かから話しかけられて、仲良くしているという事もなかったわね。)

 

「デク君!帰ろう!」

 

「やあ、緑谷君。今日も帰路を共にしないか?」

 

 気まずい雰囲気が漂っているところに明るい声がかけられる。

 

「ああ、麗日さんと飯田君!ちょうどよかった。」

 

「あれ?落月さん?」

 

 出久に話しかけた二人が意外そうな顔をして純狐の方を見る。純狐は、笑顔で二人の方を見た。

 

「こんにちは、二人とも。」

 

「落月さんが誰かと話してるなんて珍しいね。何話してたの?」

 

「えーと…」

 

「いいわ、出久君。」

 

 出久が純狐にさっき言われたように二人に純狐を紹介しようとするが、純狐がそれを制す。さすがに、純狐でも自分がいる前で自分のことを紹介されるのは、ちょっと恥ずかしい。

 

「ねえ、二人とも。私も一緒に帰っていいかしら。まあ、校門までだけど。」

 

「うん?もちろんいいよ!一緒に帰ろう!飯田君もいいでしょ?」

 

「ああ、元論だ!」

 

 二人は、急に一緒に帰ろうと言われて驚くが、快く返事をした。二人、特に飯田は純狐と個性の話をしてみたいと思っていた。しかし、なんとなく近寄りがたいので、話しかけられずにいたのだ。

 

「ありがとう。じゃあ、帰りましょうか。」

 

 純狐はお礼を言うと、カバンを担ぐ。そして、歩き出そうとしたときに、麗日から声がかけられた。

 

「ねえ、落月さんはどうしてヒーローになりたいの?」

 

 純狐は答えに詰まる。

 

(そう言えば考えたことなかったわね…。)

 

 いつか聞かれるとは思っていたので、何か考えておこうとは思っていたのだがめんどうで、まだ考えていなかった。まあ、すぐにいなくなる予定なので考える必要もなかったのもある。

 

 さすがにここで、楽しむためとは言えないので、純狐はとりあえず適当に考えたことを答えた。

 

「ありがちなことよ。幼かったころにあるヒーローに助けられて、それに憧れたのよ。助けてくれたヒーローの名前は忘れちゃったけどね。」

 

「いいヒーローに出会ったんだな。」

 

「へぇー!そんなことがあったんだ!なんか、今の落月さんからは想像もできないね。」

 

 麗日は、ヴィランに襲われたと聞いて、嫌なことを思い出させてしまった、と後悔したが、純狐が特に気にした様子を見せないでいるのを見て安心する。

 

「ねえ、落月さん。そのヒーローの個性なんかは覚えてないかな?覚えていたら調べることができるんだけど…。」

 

 出久は手元のノートを開き始める。今まで様々なところで世話になってきているので、少しでも役に立てたらな、と思っているのだ。しかし、今の純狐にとっては余計なお世話である。

 

「気遣いありがとう、出久君。でも、ごめんね。3歳くらいのことだから助けられた、っていう事しか覚えてないのよ。」

 

 出久はそれを聞いて残念そうにうつむく。それを見た純狐は何か話題を逸らせないかと思い周りを見た。そして、時計を見て、かなり時間がたってしまっていることに気づいた。

 

「3人ともそろそろ帰りましょう。」

 

 3人はそれぞれ時計を見て時間に気づき、急いでカバンを持つ。

 

「気づかなかったよ。じゃあ、歩きながら話そうか。」

 

 そして、3人はそれぞれの中学校での思い出なんかを、純狐に紹介しながら校門まで歩いて行った。

 

 

 

「…そこで相手のヴィランは言ったんだ!『いいや限界だ!押すねっ!!』ってね。そしたら兄さんは『“ヴィランを倒す” “市民を守る” “両方”やらなくっちゃいけないってのが“ヒーロー”のつらいところだな…覚悟はいいか?俺は出来てる。』と言って、仲間を鼓舞してボタンを押させる前にそのヴィランを捕まえたんだよ!」

 

「へぇー!すごいんだね!」

 

(どこかの漫画で見たことがある気がするんだけど…。)

 

 麗日が飯田の話に感心している隣で純狐は考える。しかし、ここでは口に出さない方がいいだろう。

 

「おっと、それじゃあ落月さんとはここでお別れかな。また明日ね。」

 

 純狐と同じように微妙な顔をしていた出久が校門の前まで来ていたことに気づく。話し込んでいた二人も顔を上げて、純狐の方を向いた。

 

「おおっと、気づかなかった。また明日な、落月さん。」

 

「じゃあね、落月さん。」

 

「ええ、また明日ね。」

 

 そう言って純狐は少しの間、手を振りながらアパートに帰っていった。

 

 

 

― ヘカーティアside ―

 

 

「バナナ!粉☆バナナ!!これは月のが私を陥れるために仕組んだ罠だ!」

 

 隣にいるクラウンピースの目は死んでいる。

 

 異界のヘカーティアの叫び声が響く。そして、錯乱し始めた異界のヘカーティアの肩に軽く手がのせられた。

 

「いや、異界の。あなたの負けよ。さっき『私の勝ちだ』といったじゃない。」

 

 地球のヘカーティアはなだめるように言う。しかし、異界のヘカーティアの叫びは終わらない。

 

「だって、おかしいジャマイカ!もう3日たったんだから、あのプリンの所有権はわたしにあるのよ!」

 

 ヘカーティアたちは欲しいものが被った時の平和的解決のために、3日間欲しいものを自分の家で保管し続けることのできたなら、保管することのできたヘカーティアの物にそれはなる、というルールを作っていた。そして、そのルールが破られないため、三人がお互いに魔法をかけ、あるヘカーティアの物になったものには、他の誰も触ることができないようにしていたのだ。

 

 クラウンピースの目は死んでいる。

 

「しかし、あなたには失望しましたよ。異界の。じゃんけんをして決めようとなっていたものを…。」

 

 そんな月のヘカーティアのつぶやきは今の異界のヘカーティアの耳には届いていない。

 

「なぜだ…なぜおまえがそのプリンに触れる…!」

 

 月のヘカーティアはやれやれと首を軽く振りながら答える。

 

「あなたが、さっき異界に行っているときに霊夢にあなたの家の時計の時間を30秒ずつずらしてもらっていたんですよ。」

 

 異界のヘカーティアは目を見開く。

 

「いかに霊夢といえど、あの家にはあの時かなり強力な魔法をかけておいたから、入れない!もしも、お前たちが力を貸していたならばそれに反応して警報が鳴り、私に連絡が来る!やはり、お前の言っていることは…」

 

「ええ、それは分かっていましたよ。」

 

 月のヘカーティアは食い気味に言う。

 

 クラウンピースの目は死んでいる。

 

「私たちはあなたが異界に行く少し前に、戦闘訓練が終わって更衣中の純狐に働きかけ、私たちの持つ神力をただの力に変換してもらっていたのです。そしてその力をゲートで霊夢に直接流し込んだ…。そして、その状態で無想転生を使ってもらい、あなたの家の結界をすり抜け家じゅうの時計の時間をずらしてもらったわけです。霊夢は1万あげると言ったら快く引き受けてくれましたよ。」

 

 異界のヘカーティアは何も言えなくなる。

 

 そしてここで、やっとクラウンピースがしゃべった。

 

「ご主人様方。そろそろ茶番は終わりませんか?」

 

 「「「そうね。」」」

 

 クラウンピースがそう言うと、ヘカーティアたちは何事もなかったかのようにじゃんけんの準備を始める。ちなみに、さっきの触れられないなど言っていたのはヘカーティアたちが茶番を楽しむために作った嘘の設定だ。もし本当にそんなことになっていたのであれば色々面倒なことになる。

 

「今日こそ私がいただくわ。」

 

「何言ってるの、2週連続私の物よ。」

 

「……。」

 

 そして、緊張が最高まで高ぶったところで、今週のプリンを食べるのは誰かを決める、神々の戦いが始まったのであった。

 




お読みくださりありがとうございます!

すみません、やってみたかったんです。(二回目)
それと、評価ありがとうございます!こんな、失踪予定で間違いだらけの小説にあんなに高い評価を付けてもらってなんか申し訳ないです。

次回!一か月以内には…。


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委員長決め

お久しぶりです。

文字数がついに9000を超えてしまいました…。
ごめんなさい。大体7000くらいで安定させたいんですけどねぇ。

模試?ああ、あれね、ああー、うん、あれね。



「オールマイトの授業はどんな感じです?」

 

「えっ!?ああ、すみません。僕、保健室に行かなくちゃいけないので。」

 

 純狐は校門の前でインタビュアーに迫られ戸惑っている出久を見つける。

 

(そういえば、こんなこともあったわね。)

 

 そんなことを考えながら歩いていると、純狐にもインタビュアーが近づいてきた。面倒なので無視しようとした純狐だが、目ががっつり合ってしまったので諦め、笑顔でインタビュアーを待つ。人間だったころの名残で瞬時の表情の変化を得意としていたのは幸いであったと、この時純狐は初めて思った。

 

「おはようございます。」

 

「あっ、おはようございます。えーとですね…オールマイトが教師をやっていることについてどうお考えでしょうか。」

 

「ああ、そのことですか。ええ、いい先生だと思いますよ。特に、戦闘訓練などでの指示の出し方などは、さすがNo1ヒーローと思うようなことばかりです。まだ不慣れなところもあるようですが、慣れていくと本当に素晴らしい先生になられることでしょう。」

 

 インタビュアーは純狐の答えを聞いてメモを取ると、少し居心地悪そうな表情をして一歩下がる。純狐の態度が想像以上のものであり、ただの学生と思ってインタビューしていたインタビュアーは自分のペースに持ち込めなさそうだと考えたのだ。

 

「あっ、えっと、ありがとうございました。」

 

「いえいえ、こちらこそ。」

 

(手ごたえはまあまあね)

 

 純狐はインタビュアーから離れると軽く舌打ちをする。

 

昔から純狐はああいったマスコミが嫌いである。しかし、そんなことを言っても、このご時世なのでどうにもならないだろう。なので、逆に利用して自分の評価を上げさせればやればいい、というのがこの世界における純狐の付き合い方だ。

 

「あっ、落月さん。おはよう。」

 

「あら、おはよう。どうかしたの?顔が赤いようだけど。」

 

「ああ、さっきインタビュー受けてね…。緊張しちゃって。」

 

 麗日は赤く染まった顔をかきながら言う。だが、純狐の目を引いたのは、その後ろでインタビューを受けている飯田であった。飯田がマシンガントークを続けるせいでインタビュアーが困った顔をしている。マスコミ嫌いの純狐でもインタビュアーに憐れみを覚えるような光景であった。

 

「飯田君、あんまり話していると遅れるわよ。早くいきましょう。」

 

「…だから、私としては…ん?おお!おはよう、落月さん。まあ、そうだな、言いたいことはまだまだあったが、学生の本分は勉強!それに、常に10分前行動を心掛けなくては。」

 

 飯田はインタビュアーに断りを入れてその場を去ろうとしたが、インタビュアーはすでに疲れた顔をして遠くに行ってしまっていた。

 

「それにしても、どこから情報が漏れたんでしょうね。一応、秘密になってるはずでしょ?」

 

「まあ、手に入れようと思えば、いくらでも情報が手に入る時代だからな。」

 

 飯田は顎に手を当てながら言う。麗日は不安そうな顔をしながら、テレビのカメラなどが並ぶ校舎前を振り返った。

 

「便利だけど、なんか怖いよね。今回のも変に尾ひれ着けて報道されなければいいけど…。」

 

「まあ、今気にしても意味があんまりないわ。なるべく変な行動をしないようにしましょう。それよりも、今日の英語の小テストの勉強した?」

 

 気にしていてもしょうがないと、純狐は話題を変えるべくポケットから暗記用のメモを取り出す。それを見た二人は嫌なものを思い出したというような表情をして表情を暗くした。

 

「わっ、そうだったね。忘れるとこだったよ。再テストは避けたいなぁ…。」

 

「俺は準備はしてきたが…。なかなか難しいからな。」

 

 そこまで言ったところで、飯田は前回のテストで純狐の点数がよかったのを思い出す。戦闘に関して遅れを取っている純狐に学力でも負けてしまったのを気にしているのだ。純狐はそんな対抗意識を燃やす飯田に対し、年の功というずるを使っていることを少し申し訳なく思っている。

 

「そういえば、落月さんは、前回、点数高かったな。どれくらい勉強してるんだ?」

 

「あんまり……、いや覚えてないわね。」

 

「やっぱり才能かなぁ。私なんか1時間くらい見直しても全然だめだよ。」

 

「いや…そんなことないわよ。何かできることがあったら手伝うわ。」

 

 純狐自身気づいていないが、純狐はとんでもなく頭がよく、努力家だ。実際、たった3000年ほどしか生きていないのに、十億年単位で生きてきた永琳と戦闘で知恵比べができるほどに頭がいい。まあ、純狐の知識が戦闘や策謀特化なのに対して、永琳は全分野だったり、時代の違いなどもあるだろうが、それでも異常だろう。

 

「ありがとう、落月さん。何かあったら頼るね。」

 

 麗日は暗い顔のまま言う。その後、3人でまたしばらく話していると、もう見慣れた大きな入口が見えてきた。

 

「着いたわね。じゃあ、テスト頑張りましょう。」

 

「うん、できるだけやってみるよ。」

 

「reap pledge adore suck paradigm…」

 

  ◇  ◇  ◇

 

 教室は暗い空気に包まれていた。単語のテストで言われていた範囲とは全く別の部分が出題されほとんどの生徒が不合格だったからだ。プレゼントマイク曰く、

 

「HEY!!今日の問題はなんと!皆さんご存じ相澤TEATHERから作ってもらったぜ!!張り切っていってみYO!!」

 

 だそうだ。

 

 そんな暗い空気の中、その元凶ともいえる相澤が教室に入ってきた。生徒たちはやる気のない挨拶をして席に着く。

 

「今日は、いん……委員長決めを行う。」

 

教室の空気が一変した。

 

「「「学校っぽいのきたー!」」」

 

 そして、ほとんどの生徒が手を上げ始める。普通の学校であれば面倒な役職の押し付け合いとなりやすい行事だが、この雄英ではそんなことにはならない。皆がクラスの中心に立てる器を持った人材であり、自信も人一倍である。

 

「委員長?やりたいですそれ!」「うちもやりたいっす。」「僕のためにあるやつ。」「リーダー?やるやる!」

 

 純狐はそれを、手を上げずに見守っていた。委員長なんかになっても面倒だからだ。

 

相澤はそんな純狐の様子を静かに観察する。

 

 相澤は純狐をどうするか迷っていた。いつもであれば純狐のような性格の奴はすぐに除籍にするのだが、今回はそうはいかない。あまりにも強すぎる個性、雄英でも10本の指に入るであろう頭の良さ、そして訓練で見せた戦闘への慣れ。ここで手放すには惜しすぎる。もし、ヴィランにでもなられたらその被害は尋常ではないだろう。

 

 相澤がそのような事を考えているころ、教室にはそびえたつ腕があった。その腕の根元から、混沌とした教室に声が響く。

 

「静粛にしたまえ!これは平等に投票で決めるべき議案!」

 

「「そびえたってんじゃねーか!なんで発案した!?」」

 

 飯田の手を見ながら生徒が叫ぶ。そう、そびえ立つ腕の正体は飯田だったのだ。

 

「会って日も浅いのに、信頼もくそもないわ。」「そんなん、みな自分にいれらぁ。」

 

「だからこそ、ここで複数票取った人がふさわしい人となるはずだ。どうでしょうか先生!」

 

 飯田は文句を言ってくる生徒に投票で委員長を決めるメリットなどを説明しながら先生に言う。

 

「時間内に決まれば何でもいいよ。」

 

 考えることを邪魔された相澤は不機嫌そうな表情でイヤホンをはめ、寝袋に入る。

相澤の許可も得た飯田は、すぐに21人分の票を用意すると、早速投票作業に移るのだった。

 

「結果発表~~~~~!!!」

 

 飯田が、○田のような声で告げる。ちなみに純狐は轟に入れた。特に理由はないが、強いて言えば唯一対等に話しかけてきてくれる人物だからだ。

 

 そして、その結果は…

 

「落月純狐 3票! 八百万百 2票! 他 1票! よって…落月さんが委員長だぁぁぁあああ!!」

 

 発表し終わると、飯田は涙を浮かべながら教卓に倒れこんだ。そして、栄えある委員長に選ばれた純狐は何が起きているか分からず呆けた顔をする。その反応とは逆に、クラスの雰囲気は何か納得したような雰囲気であった。

 

「…えっ?私、立候補してな…」

 

「おおー!落月かぁ。確かに頭いいし、基本何でもできるからな!」「頑張ってね、落月さん。」「応援してるよ!」

 

「いや、だから私、立候補してな…」

 

「俺の分も頑張ってくれよな!」「おい、女狐ぇ!お前どんな手使いやがった!」

 

 純狐は必死に立候補していないことを伝えようとするが、みんなが食い気味に反応してくるためなかなか伝わらない。

 

「落月さん…っ!俺の分まで頼んだ。」

 

 純狐が生徒の波に押されて前に行くと、飯田が肩を思いっきりつかんでくる。

 

(ここで断るのも悪い気がしてきたわね…)

 

 そこで純狐は原作のこのシーンの後を思い出す。

 

(そうだ、この後はマスコミが入ってきて、その混乱を収めるため飯田が活躍するはず。そこで、飯田に委員長を譲ればいいわ。)

 

 そう考えた純狐は飯田の目をまっすぐ見つめる。

 

「分かったわ。そこまで言うならやってやろうじゃない!」

 

 飯田は純狐の目に見入りそうなり、とっさに目を逸らす。それでも、目も焦点が合わず、少しふらつきながら純狐の肩から手を放した。

 

 その後すぐに、委員長決めが終わったのを察して相澤が起き上がる。

 

「じゃあ、落月が委員長で八百万が副委員長だな。」

 

 相澤がそう言うと生徒たちは純狐と八百万を応援し始める。その間、飯田は悔しそうに純狐を見ていた。

 

 

― ヘカーティア side ―

 

 

「ふふっ。よしよし、困ってるわね。でも、もう少し困ってもらうわよ。」

 

 ヘカーティアは委員長と発表されたときの純狐の顔を見て笑う。

 

「ご主人、もうやめましょうよ。友人様も純粋に楽しんでるみたいだし、この前怒られたばっかりじゃないですか。」

 

 ヘカーティアは画面から目を離しクラウンピースの方を見る。

 

「まだまだよ、クラウンピース。純狐に毎晩漫画の愚痴を聞かされたのを忘れたの?」

 

 クラウンピースはその時のことを思い出し、少し嫌な顔をするが、それも過去のことなのでいいかなぁと思う。

 

「でも、ご主人。やってることがガキ大将みたいじゃないですか、品格を疑われますよ。それに、この先のUSJでしたっけ?そこでも何か仕掛けてるんですよね?そっちの準備はもういいんですか?」

 

「ああ、そっちはもう大丈夫よ。それにあれは、純狐を困らせるのもあるけど、もう一つの目的が本命よ。それが成功すれば、暮らしがかなり楽になるわ。」

 

 ヘカーティアはニヤリと笑い、視線を画面に戻す。

 

「そんなことより、もう少しで、また少し面白いものが見られるわよ。」

 

「はぁ、注意はしましたからね。」

 

 そう言うとクラウンピースは部屋を出て他の妖精と遊ぶ準備を始めた。

 

「大丈夫かなぁ。」

 

 そんな心配をしながら…。

 

 

― side out ―

 

 

「人すごいなぁ。」

 

 純狐は飯田、麗日、出久と一緒に食堂まで来ていた。

 

「そういえば、誰が私に票を入れたの?」

 

「俺だ。」

 

「私も!」

 

 純狐の疑問に二人がすぐに答える。飯田たちは、純狐の振る舞いや頭の良さ、人との接し方などを近くで見てきて、純狐がふさわしいと思っていた。

 

「僕は八百万さんに入れたよ。」

 

 出久は控えめに言う。

 

「だとすると、残り一票は誰でしょうね。まあ、もうどうでもいいんだけど。」

 

  ◇  ◇  ◇

 

「くしゅっ。」

 

 轟は教室で一人、昼ご飯を食べながらくしゃみをする。

 

「誰か噂でもしてんのか?」

 

  ◇  ◇  ◇

 

「でも、飯田君も委員長したかったんだよね。よかったの?」

 

 麗日は飯田の方を見ながら笑顔で言う。

 

「やりたいのと、相応しいかどうかは別だ。僕は自分より落月さんがふさわしいと思ったからそうしただけだ。」

 

「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない。」

 

「ん?僕?」

 

 純狐が社交辞令のようなものを言っていると、出久と麗日は飯田の発言に食いついた。麗日は焦った顔をした飯田の顔を覗き込む。

 

「もしかして、飯田君って坊ちゃん?」

 

 飯田は反射的に反論しようとするが、ごまかせないと悟り、正直に話すことにした。

 

「そう言われるのが嫌で、一人称を変えていたんだが…」

 

 飯田はガン見している麗日と出久の方を向く。

 

「ああ、俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ。」

 

「ええーー!?」

 

 出久と麗日は机から身を乗り出して飯田を見る。純狐は知っていたし、ヒーローという仕事に興味が無いので少し、目を大きくして飯田を見る位しかしなかった。飯田はそんな純狐には気づかずに大きく反応した二人に対してどや顔をする。

 

「インゲニウムってヒーローを知ってるかい?それが僕の兄だ!」

 

 飯田は眼鏡を上げながら続ける。

 

「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー!俺はそんな兄に憧れてヒーローを志したんだ。」

 

(この後…足…動かなくなったんだよね…。)

 

 純狐は飯田の兄のこれからのことを思い、窓の外を眺める。すると、マスコミが詰めかけてくるのが見えた。

 

(おっ、そろそろね。飯田君には頑張ってもらわないと。私、飯田君に委員長譲ったら、嫦娥殺すんだ…。)

 

  <WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY↑↑>

 

「警報!?」

 

(何か、違う気がする…。)

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに避難してください。』

 

 無機質な声で警報が流れる。生徒たちは何が起こっているか分かってはいないが、とりあえず避難しようと廊下に出始めた。

 

「みんな、俺たちも先輩方に続こう!」

 

「う、うん。」

 

 飯田が最初に動き出し、純狐たちもそれに続く。廊下に出るとそこは人の洪水という言葉がぴったりの光景だった。

 

「昼食を食べるのをやめ、廊下に出ると、そこは人海だったってね。」

 

「ふざけている場合じゃないぞ、落月さん!」

 

 飯田は人波をかき分けるように進んでいく。純狐は飯田について行きながら飯田の行動に少し疑問を覚える。

 

(あれ?私の記憶が正しければ、飯田君は窓際に追い込まれてマスコミを見るはずなんだけど…。)

 

 そんなことを思っている間にも飯田はどんどん進んでいく。そしてついに、非常口の表示が見えてきた。

 

 純狐は本格的に焦り始める。ここで失敗することなど考えていなかったのだ。手の甲の鍵穴から笑い声が聞こえるのは気のせいだろう。

 

(これも、イレギュラーの一つよね。何とかしないと…。後で変なことになったら困るわね。)

 

 純狐は飯田の後ろを歩きながらどうするかを考える。そして、ある方法を思いついた。

 

「ねえ飯田君。」

 

 純狐は近くに出久や麗日がいないことを確認すると、どんどん先に行く飯田の肩に手を置き、自分の方を振り向かせる。

 

「なんだ、落月さん。早くグラウンドに…」

 

 飯田はそこまで言って、動きを止める。

 

 飯田はまともに見てしまっていたのだ。純狐の真っ赤に染まる瞳を。

 

 純狐は、自分の目を見て飯田が動かなくなったのを確認すると、飯田の耳元でつぶやく。

 

「飯田君。今から、私があなたをあの非常口の看板の方に投げるわ。そこに着いたら大きな声で、この騒動がマスコミの不法侵入によるものだと伝えてくれるかしら。」

 

「はい。」

 

 飯田はさっきのアナウンスのような、生気のない声で返事をする。純狐はそれを聞くと肩においていた手に力を込めて、飯田を持ち上げる。そして、飯田を看板の方に投げた。飯田はまっすぐ飛んでいき、大きな音を立てて看板の上に着地する。

 

 そして、落ちないように、顔の横にあるちょっとした突起を持つ。

 

「皆さん!大丈―夫!!」

 

 飯田で、生徒たちは飯田の方を一斉に向く。

 

「ただのマスコミです!ここは雄英生らしい行動をしましょう!」

 

(ナイスよ飯田君。)

 

 純狐は飯田の言葉で落ち着きを取り戻した生徒たちを見る。

 

(そして、このことはヘカーティアに言わなきゃね…。)

 

純狐はポケットから鏡を取り出して、自分の目を確認する。純狐の目は真っ赤に光ったり、光らなかったりしていた。

 

 

 その後、警察が到着し、マスコミは撤退。そして、純狐たちの教室では、他の委員決めが始まっていた。

 

「はい、じゃあ初めて行こうと思います。でも、その前に少しいいでしょうか。」

 

 純狐はそう言うと、飯田の方を向く。

 

「委員長はやっぱり飯田君がいいんじゃないかしら。あんな風にみんなをまとめられるんだもの、私なんかより向いてるわよ。」

 

「いや、だからその件に関しては、俺は何も覚えて…」

 

「いいんじゃね!飯田、食堂で活躍してたし!いや、落月でも全然いいんだけど!」

 

 飯田は覚えていないことを伝えようとするが切島の声に遮られる。

 

 飯田は、あの時、純狐の目を見た瞬間から、2分くらいの記憶が抜け落ちていた。意識が戻ると、なぜか非常口の看板の上にいたのだ。その後、何とかして思い出そうとしたが、思い出そうとするたびに頭が痛くなり思い出すことができない。

 

 そんな風に、飯田が悩んでいると、純狐から声がかかる。

 

「そういうわけで、よろしくね、委員長。」

 

 飯田は顔を上げて周りを見る。そこには、飯田に期待を寄せる生徒たちがいた。飯田は納得はできないが、みんなの期待を無下にするわけには行けないと思い、委員長を引き受けることにした。

 

「委員長の指名であれば仕方ない!やらせていただこう!」

 

「おう!頑張れよ!非常口!」「期待してるよ飯田君!」

 

 飯田はクラスメイト達の声に少し感動しながら前へ出て行った。

 

 

 

「ヘカーティア~。暇でしょ。出てきて。」

 

 純狐は家に帰ると、部屋着に着替えながら鍵穴に向かって言う。すると、すぐに目の前に紫のゲートができ、中からヘカーティアが出てきた。

 

「はいはい、どうしましたか。まあ、大体分かってるけど。」

 

 ヘカーティアは純狐の目を見ながら言う。

 

「なんか、この世界に来てからおかしいのよね。私、人を操るなんてできなかったはずなんだけど。」

 

「ちょっと待ってね。」

 

 ヘカーティアは鍵を取り出すと、純狐の鍵穴に差し込んだ。そして、純狐の力を少しずつ戻しながら難しい顔をする。そして、ある程度のところまで力を戻すと、純狐に話しかけた。

 

「純狐。今、目を赤くするやつ使える?」

 

 純狐は、どうしたのだろうかと、思いながら、昼にやったように、目に力を入れ始めた。しかし、目が赤く光らない。

 

「あれ?あんな風にならないわね。」

 

 ヘカーティアは、やっぱりか、というような顔をして純狐の力を縛られた状態に戻した。

 

「何かわかったの?」

 

「ええ、予想だけどね。」

 

 ヘカーティアはそう言うと説明を始めた。

 

「この世界には、【個性】ってものがあるじゃない?多分だけど、あなたはこの世界に来た時にそれが芽生えたのよ。まあ、最初は、【目を長時間合わせた者をボーとさせる】程度の物だったでしょうけどね。」

 

「ああ、出久君と最初に会った時のあれね。まあ、“この世界の”人間に合わせて体を調節したからそこまで不思議じゃないわね。予想はしてなかったけど。」

 

 ヘカーティアは軽く頷き、話を続ける。

 

「そして、あなたは、体の強度は人間だけれど、厳密には人間じゃなくて幻想の存在のままなのよ。」

 

「ああ~、なんとなく落ちが読めてきたわ。」

 

 純狐は今までの学校生活を思い出す。今回の事件の前にあった出来事を思い出したところでなんとなく分かってしまっていた。

 

「あら、もう分かったの?じゃあ、詳しいところは話さなくていいわね。」

 

 ヘカーティアは少し詰まらなさそうな顔をするが、話を続ける。

 

「そう、あなた、個性の話をしてたわよね。そこで、人の思考を操れることを話した。みんなはそれをかなり畏れたのよ。それが、あなたの手に入れた個性と相性が良かった。だから…」

 

「だから、そもそも幻想の存在である私は影響されてその能力が強化されたってことね。」

 

「ええ、でも普段のあなたは力が強いから影響されることは無いのよ。さっき力を戻したときは使えなかったでしょ?」

 

 純狐はため息をついた。今まででも相当強かったのに、これ以上強くなったらつまらなくなってしまう。

 

 純狐がそんなことを考えている一方でヘカーティアもあることを気にしていた。

 

「ねえ、純狐。腕をMAXまで強化して私を殴ってみて。」

 

「えっ、何あなた。マゾヒストなの?」

 

 純狐は顔を青くして少しヘカーティアから離れる。

 

「いや、違うわよ。ちょっと試したいことがあるの。」

 

「いいのよ、ヘカーティア。正直に言って。私たち友達じゃない。」

 

 純狐は母親のような優しい笑顔でヘカーティアに語り掛ける。しかし、その額には冷や汗が流れていた。

 

「ああー、もう面倒だわ。じゃあ、飛ぶわよ。」

 

 ヘカーティアは面倒になって強制的に始めることにした。そして、純狐の足元にゲートを開きどこかの山奥に飛ばす。その後、ヘカーティアもそのゲートに入った。

 

 

「何よ、乗ってくれてもいいじゃない。」

 

 純狐は文句を言いながら腕を強化する。

 

「私の予想が正しかったらあんまり笑っていられる状況じゃないのよ。さっさとやりなさい。」

 

 純狐はヘカーティアの言葉を聞き、真剣な顔になる。そして、最高まで強化した腕でヘカーティアの腹のあたりを殴った。

 

「…やっぱりね。」

 

 ヘカーティアは純狐の腕を手で受け止め、治療しながら言う。

 

「あら、あんまり手が壊れてない。どうしたのかしら。」

 

 純狐の腕はボロボロではあるが、自分の意思で動かせないほどではない。純狐はいろいろなことを考え始める。

 

(出る力も戦闘訓練の時より落ちてる?そして今回の私のこの世界での個性の発動。いや、強化か。そして、周りに影響されやすくなった能力…。もしかして…)

 

「純狐、あなた…」

 

「「もともとの能力が弱ってきてる。」」

 

 純狐とヘカーティアの声が重なる。

 

 かなり、混乱している純狐を見て、ヘカーティアは純狐の部屋に続くゲートを開きながら。話しかける。

 

「あんまり深刻にとらえなくていいわ。いざとなれば、力を戻せばいいし…。でも、あんまり、【目を合わせた人を操る】個性は使わない方がいいわね。この世界に長くいられないかもしれないわ。」

 

「…ええ、私も、純化が使えなくなるのはまずいわ。ヘカーティア、あとどのくらいこの世界にいられるか分かる?」

 

 純狐は落ち着きを取り戻し、ヘカーティアに尋ねる。ヘカーティアは純狐の部屋に戻り、純狐の仙界に戻る準備をしながら言った。

 

「あと…半年は無いわね。」

 

「分かったわ。ありがとう。それだけあれば、まあ、楽しむのには問題なさそうね。」

 

「気を付けてね。あなた、素の力が強いから私も簡単に手を出せないのよ。」

 

 

 純狐はヘカーティアが帰った後、窓際に行き、窓から見える雄英高校の校舎を見る。

 

「あんまりのんびりしてられなくなったわね。まあ、いいわ。邪魔なイベントは回避できるようにしていきましょう。回避…そうね、時間のかかるイベントとしてのものは…。」

 

 そう言うと、純狐は笑った。

 




お読みいただきありがとうございました!

次回!USJだと思う!失踪はしな…


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USJ 1

こんにちは!

oh…もう少し投稿早くしたいんですけどねぇ。
相変わらずの不定期投稿ですみません。

英語が分からない…。



― ヘカーティア side ―

 

「純狐がああなるなんて予想外だったわ。これも、あの弱体化魔法のデメリットね…。」

 

 ヘカーティアはヒロアカの世界から帰ってきて、床に寝転がる。

 

 純狐の純化の弱体化はヘカーティアも予想していなかった。ヘカーティアや純狐は力が強いので外的要因によって自分が変えられるなど考えたこともなかったのだ。特に純狐は、完全に嫦娥への恨みだけで神霊になった存在だ。そんな存在が周りに影響され、その性質が大きく変わってしまえば、最悪、純狐という存在が消滅してしまうかもしれない。

 

「でも、委員長決めでの切り替えの早さもさすがだったわね。あのまま、委員長になるかと思っていたのに…。もう少し、焦ってる姿を眺めていたかっけれど、まあ、いいか。そろそろやめておかないと、また映姫に小言を言われるわ。」

 

「ご主人様、さっきからぶつぶつ何言ってるんですか。」

 

 ヘカーティアが声のした方を見ると、遊びから帰ってきたクラウンピースが呆れた顔でヘカーティアを見ていた。

 

「あら、お帰りクラウンピース。幻想郷で何か変わったこととかあった?」

 

 ヘカーティアは起き上がり、首に絡まっていた鎖をほどき始める。

 

「それ、不便そうですよね…。外せないんですか?」

 

 クラウンピースはヘカーティアが絡まった鎖をほどくのに苦戦しているのを見て少し憐れむような表情になる。

 

昔、クラウンピースはヘカーティアに頼んでヘカーティアのアクセサリー?のレプリカを1日だけつけて生活したことがあったのだが、両手で支えるか、浮かせる魔法などをかけておかないと首がしまって息苦しいし、ふとした時に絡まっていちいちほどかなければならないなど物凄く面倒くさかったことを思い出したのだ。

 

「外そうと思えば外せるんだけど…。」

 

ヘカーティアはやっと鎖をほどき終わり、鎖に絡まらない魔法をかけながら言う。クラウンピースは初めて聞かされた衝撃の真実に驚き目を見開いた。

 

「えっ!じゃあ、外しましょうよ。何で、いっつも着けてるんですか。」

 

「何言ってるのクラウンピース。」

 

 クラウンピースはヘカーティアの異様な雰囲気に気圧され後ずさりする。

 

 ヘカーティアはゆらりと立ち上がるとクラウンピースの目を見た。

 

「その方が…かっこいいでしょう!?」

 

「へ?」

 

 クラウンピースは目を点にしてヘカーティアのアクセサリーのようなものを見る。

 

「いやいやいや!邪魔なだけでしょ!格好も悪…」

 

「何か言ったかしら?」

 

「素晴らしいですね!やっぱりそういう理由だったんですか!!いやーやっぱりご主人様には敵いませんね!服の色とマッチしていて…その…なんというか…惑星は生命の奮起、鎖はその生命が生命である限り逃れられないカルマを表しているようです!!」

 

 クラウンピースは命の危険を感じ、冷や汗をナイアガラの滝のように流して、考えつくありとあらゆる言葉を並べ、服を誉めた。

 

「ふふっ、まだまだねクラウンピース。それだけじゃないわ、この服と合わせて着ることによって神様としての威厳を示すとともに、いろいろな人と話しやすくなるという、一見、不可能に思えることも可能にしてしまう素晴らしいものなのよ。」

 

 ヘカーティアは表情を戻して、クラウンピースの説明を補足する。その間、クラウンピースは苦笑いのままこの意味の分からない時間が終わることを神様に祈っていた。しかし、最高神クラスの神様がこの調子なので効果は無いだろう。

 

「へぇー、そんなこともあるんですか!勉強しておきます!」

 

 クラウンピースは元気にそう言って何とかして、この、本心を偽り続けなければならない苦しい話題を変えようと頭をフル回転させる。

 

「あっ、そう言えば、ご主人様。最近仕事どうですか?あんまり職場で見ないので心配なんですが…。」

 

 異界を統治しているヘカーティアの仕事は他の2人と比べてかなり多い。あまりにも数が多いので、基本的に地獄はその異界に自治権をもたせてその世界だけで死後の手続きを完了できるようにしてあるのだ。それでも、毎日、100個ほどの異界の報告書を確認して、何か異常があれば調査に向かったり、担当機関に解決を依頼したりしなければならない。

 

 クラウンピースは、ヘカーティアをここ1週間ほど見ていないのを気にしていた。

 

「あー、えーと…だ、大丈夫よ!仕事も済ませてきたし…」

 

<ピンポーン>

 

 ヘカーティアの声と重なるように家のチャイムが鳴る。

 

「あっ、誰か来たようですね。ちょっと見てきます。」

 

 クラウンピースは立ち上がり玄関に向かおうとするが、ヘカーティアが一瞬でクラウンピースの前に移動して、それを止める。

 

「クラウンピース。あれは多分新聞の勧誘よ。出る必要はないわ。」

 

 クラウンピースは明らかに焦っているヘカーティアの様子を見てある程度のことを察した。

 

「…ご主人様、もしかして…」

 

<ピンポーン>

 

 ヘカーティアの顔色はどんどん悪くなっていく。

 

「ななな何かしら?クラウンピース。きょ、今日の人はしつこいわね。」

 

<ピンポーン>  <ピンポーン>

 

「諦めましょうよ、謝れば許してくれますよ…。」

 

 クラウンピースはヘカーティアの横を通って廊下に出た。

 

<ピン<ピン<ピンポーン>

 

「待って、待ってクラウンピース!出ちゃだめよ!」

 

 ヘカーティアがそのセリフを言い終わる前にドアノブが自然に動き出し、大きな金属音を立てて、不自然に回った。

 

「「「ヘカーティア様ぁ~。」」」

 

 ゆっくりと扉が開き始める。その隙間から、物凄くドスの効いた声が複数聞こえてきた。

 

 ヘカーティアはその声の発生源から離れるように後ずさりする。

 

 しかし…

 

「は~い。久しぶりね、異界の。」

 

 後ずさりするヘカーティアの後ろからヘカーティアと全く同じような声が聞こえる。ヘカーティアは壊れたおもちゃの人形のようにぎこちなく振り向いた。

 

「は、は~い。久しぶりね、地球の…」

 

「いい加減に仕事しなさいよ…。そんなに時間がかかるものでもないでしょう。」

 

 青い髪をしたヘカーティアはため息をつく。

 

「いや、あの、えーと…そう!体調が悪くて…」

 

「ここに、映姫ちゃんにつながる電話があるじゃろ?」

 

「はい!仕事します!!さぼりません!誠心誠意働かせていただきます!」

 

 ヘカーティアは頭を抱えていた手を、音速で動かし敬礼の姿勢を取った。

 

「…ご主人様、仕事をちゃんと終わらせてきたらプリン買っておきますよ。」

 

「ク、クラウンピース…。ありがとう!すぐに終わらせてくるわ。」

 

 その後、数人の地獄の管理者と地球のヘカーティアに連れられて仕事に戻ったヘカーティアは、一週間分の仕事を5時間ほどで終わらせて帰っていったという。

 

 

「はぁ…真面目に仕事すれば異界のが一番仕事できるんだけどね…。」

 

 地球のヘカーティアは、クラウンピースが用意したプリンを頬張る、異界のヘカーティアの笑顔を見ながら、その日二度目の深いため息をついた。

 

― side out ―

 

「あ~~~、昨日はあんな感じで、誰も見ていないのに見えを張ったりしてみたけれど、どうしましょうかね…。」

 

 純狐は、この新しく分かった【目を合わせた人を操る】個性で、どこまで人を操れるか試したいと思ったりもしたが、一回の使用でどのくらいこの世界にいることができる時間が減るかどうか分からないので、それは危険だと考えて安易に使うことを禁止することにしていた。

 

 ヘカーティアなら、どのくらい減るか分かるかな?と思いヘカーティアに連絡しようと鍵穴に話しかけたりもしていたが、

 

『ただいま通信に出ることができません。ピーという発信音の後に要件をお話しください。』

 

 という、声が出るだけでヘカーティアと話すことはできなかった。

 

「う~ん…もともとここには雄英のみんなと楽しむために来たんだけどねぇ。少し楽しみ方を変えようかしら。でも、一人で行動するとなるとみんなと一緒にするイベントに参加できないこともあるかもしれないし…。」

 

 純狐はベッドの上を転がる。そして、ベッドの端まで来たところで時計を確認し学校に登校する時間になっていることに気づいた。

 

「もう、登校する時間ね…。今日は…USJじゃない!」

 

 純狐は、壁に掛けたホワイトボードに磁石でつけてある時間割を見て跳び起きる。

 

「こうしちゃいられないわ。急いでいかなきゃ。」

 

 そう言うと、純狐は前日に用意していたカバンを持って、部屋から出て行った。

 

  ◇   ◇   ◇

 

「ふぅ…今日か。」

 

 窓の一切無い部屋の真ん中で、オールフォーワンは死柄木たちの映像をパソコンで確認する。

 

「しっかりやってくれよ、死柄木弔。僕はまだ、ここから出るわけにはいかないんだ。」

 

  ◇   ◇   ◇

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺と、オールマイトともう一人で見ることになった。」

 

 4時間目の最後、相澤は授業が終わると生徒たちに唐突に切り出す。

 

「災害水難、何でもござれ、レスキュー訓練だ。」

 

 戦闘訓練の時と比べて、みんなの反応はまちまちだ。

 

「レスキュー訓練…。今回も大変そうだな。」「ねー!」「馬鹿っ、おめーこれこそヒーローの本分だぜ!」

 

 そんな、みんなの声が耳に入らないほど、純狐は、興奮していた。

 

(ふふっ、どうしましょうかね…。わざとワープさせられて、さっさと終わらせてみんなの様子を見るのもいいわね。)

 

 今回、純狐は戦闘についてあまり期待していない。ザコたちは相手にならないだろうし、脳無は力が落ちた今の状況で勝てるかどうか分からないからだ。死柄木なんかも、今後の物語の進行に影響が出るので、あまり近づきたくないな、と考えていた。

 

 しかし、純狐は、最近頻度が増えてきた原作とは違う出来事を鑑みて、あの脳無クラスがもう一体ほど現れたら、体を壊してでも、なんとかしようと覚悟だけはしておくことにした。

 

 そんなことを考えているうちに、相澤の説明は終わり、生徒たちはそれぞれ、食事するための、準備を始めたようだ。

 

「落月さん。食堂行かない?」

 

 いつの間にか、近くにいた出久が話しかけてくる。その顔は、これからの訓練に向けてやる気に満ちていた。おそらく、個性の使い方が似ている純狐と、どうゆう風にレスキューするか、話し合うために誘いに来たのだろう。

 

「いいわよ。じゃあ、行きましょうか。」

 

 純狐は、出久がだんだんと女慣れ(純狐に限る)してきたことに、一抹の寂しさを感じながら、早速、USJの設備について話し始めた出久について行くのであった。

 

 

― 少女食事中… ―

 

 

 食事を終えた生徒たちはコスチュームが壊れてしまった出久を除いてみんながコスチュームに着替えて移動の準備をしていた。

 

「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!」

 

 飯田は、委員長になったことでかなり張り切って委員長としての務めを120パーセント果たそうとしているようだ。

 

 純狐は、そんな飯田をほほえましく思いながら、雑談をしながら言われたように並んでいく生徒たちの前に止まりかけているバスの中を見て、飯田君に助言をした。

 

「飯田君、飯田君。バスの座席を見て。」

 

 飯田はいったん生徒を並べるのを止めて、バスの中を見る。

 

「そういうタイプだったか!」

 

 飯田は膝をついて悔しがる。逆に、生徒たちは仲のいい人と一緒に座ることができうれしいようで、話声が大きくなっていった。

 

 その後すぐにバスが止まり、生徒たちが乗り込み移動を始める。バスの中では、久しぶりに個性を思う存分使うことができる訓練を控えて、盛り上がっていた。

 

「私、思ったことを何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん。」

 

「えっ、蛙吹さん!?」

 

 出久は、顔を赤くして蛙吹の方を見る。やっぱりまだ、純狐以外の女子との会話には慣れていないようだ。

 

 蛙吹は、急に話しかけられ、あたふたしている出久を気にせず、話を続ける。

 

「あなたの個性、オールマイトに似てる。」

 

「いや、僕のは、その…えーと…」

 

 出久は図星をつかれて、か細い声で何とかごまかそうとしだしたが、慌てすぎて、なかなか言葉が出てこない。このままでは怪しまれてしまうと思うとさらに焦ってしまって、余計に言葉に詰まってしまった。

 

「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトはケガしねーぞ。似て非なるあれだ。」

 

 出久が戸惑っているところに、運よく切島が蛙吹に答える。蛙吹も、本気で疑っていたわけではなかったので、それ以上追及することは無かった。

 

「しかし、増強型のシンプルな個性はいいな!派手で出来ることが多い。」

 

 そう言うと切島は腕を硬化させる。

 

「俺のは対人戦は強いんだけど、いかんせん地味なのがなぁ。」

 

「僕は凄くかっこいいと思うよ。プロにも十分通用する個性だよ。」

 

 出久は少し顔を曇らせる切島を励ます。そして、後部座席に座って外を眺めていた純狐の方を向いた。

 

「それに、このクラスには僕の完全上位互換がいるしね…。」

 

 切島は出久の向いた方向を見て、なんとも言えない顔になる。

 

「いや、まあ、あれは…。考えるな、落ち込むだけだ。」

 

 切島は出久の肩に手を置く。そして、空気を切り替えるために、明るい顔に戻し、話を切り替えた。

 

「派手で強いつったら、爆豪と轟だよな。あ、あともちろん、落月もな。」

 

「爆豪ちゃんは切れてばっかりだから人気出なさそう。」

 

「んだとコラ!!出すわ!」

 

 爆豪は身を後部座席との仕切りから乗り出す。隣に座って音楽を聴いていた耳郎は迷惑そうだ。

 

「おい、お前ら。そろそろ着くぞ。いい加減にしとけ。」

 

「「「はい!」」」

 

 相澤は、生徒が騒ぐせいで、寝ることできなく、機嫌が悪いようだ。それを隠そうともしない声に、生徒たちは、姿勢を一瞬で正し、降りる準備を始めるのだった。

 

 

「「すげぇ――!!USJかよ!!」」

 

 大きな建物の中に入るとそこには、大規模な施設が立ち並ぶ、一見するとUSJのようなテーマパークに見えるような場所だった。

 

「水難事故、土砂災害、火事、etc …。あらゆる事故や災害を予測して僕が造った演習場です。その名も…USJ!!」

 

 …USJだったようだ。

 

 生徒たちはそんな説明よりも、その説明をしたヒーローに興味があるようで、説明が終わると早速騒ぎ出した。

 

「スペースヒーロー『13号』だ!」「災害救助で目覚ましい活躍をしているヒーロー!」「私好きなの、13号!」

 

 そんな中、相澤は周りを見回して。オールマイトがいないことに気づき、13号に確認を取る。

 

「13号、オールマイトは?ここで待ち合わせる予定だが…。」

 

「先輩、それが…通勤時に制限時間ぎりぎりまで活動してしまったみたいで…。」

 

 13号はそう言うと、指を3本立てて、相澤にだけ分かりやすいように合図した。

 

「不合理の極みだな…。」

 

 相澤は、なんとなく嫌な予感がしたが、今から中止するわけにはいかないので、始めることにした。

 

「それでは、始める前に小言を、一つ、二つ…三つ…」

 

 純狐はそんな13号の話を聞き流しながら、ヴィランが出てくるであろう、広場の中心を気にしていた。何かイレギュラーがあり、それに、気づくのに遅れるわけにはいかないからだ。

 

 相澤は13号の丁寧な説明を聞きながら13号の教師としての成長をうれしく思っていた。そして、説明がまとめに入ると、話を真剣に聞いている生徒の様子を見た。その時、純狐がちらちらと広場の中心を見ていることに気づき、その様子を怪しく思い純狐の視線の先を見た。

 

(こいつは、何を気にしてるんだ?)

 

 相澤は、目を凝らして、そこを見る。

 

 その瞬間であった。

 

 何もなかった空間に黒い渦のようなものが現れる。それは、どんどん広がっていく。

 

 そして、そこから出てきた顔の、死んだような目と、相澤と純狐の目が合った。

 

「一塊になって動くな!!」

 

 相澤は、生徒に向かって叫びながら、戦闘の準備に入る。純狐は、右手と、両足を強化させた。

 

「なんだありゃ?入試みたいにもう始まってるパターンか?」

 

 生徒たちは、まだ現状を理解できていないようで、気の抜けた声で尋ねる。それに対し相澤は叫んだ。

 

「動くな!あれはヴィランだ!!」

 

「13号にイレイザーヘッドですか。オールマイトがいるはずなのですが…。」

 

 モヤで覆われたようなヴィランがつまらなそうに呟く。この前のマスコミの騒ぎは、やはりヴィランの仕業だったようだ。

 

「こんなに大勢引き連れて来たのに…どこだよ…。」

 

 手を顔にたくさん付けたヴィランが話し始めた。そして、生徒の方を見ずに少し、大きな声で言う。

 

「子供を殺せば来るのかなぁ?」

 

 その声で、生徒たちはやっと、現状を理解できたようで騒ぎ出す。

 

「ヴィランン?馬鹿だろ!?」「ヒーローの学校に乗り込んでくるなんて馬鹿すぎるぞ!」

 

 一部の生徒が騒ぎ出したことで、頭のいい生徒の一部は冷静になったようで、敵のことを分析したりし始めた。純狐は、イレギュラーが発生していないのでまだ、何もしていない。

 

「先生、侵入者用センサーは?」

 

「馬鹿だが、あほじゃねえ。用意周到に計画された奇襲だ。」

 

 相澤は、一部の生徒が冷静になったことで、生徒間でのパニックは起きないとし、本格的な戦闘の準備を始めた。

 

「13号避難開始!学校に連絡できるか試せ。」

 

「イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ!正面戦闘は…」

 

「一芸だけじゃ、プロは務まらん。」

 

 下に降りようとし始めた相澤を出久は必死で止めようとする。しかし、相澤はそう言うと、階段から飛び降りて行った。

 

 純狐は、避難を誘導する13号の指示を聞き流しながら、相澤の様子を見る。

 

(原作通り進んでいるようね。じゃあ、今回はわざとワープされてみんなの様子を見に…)

 

 そこまで考えて、相澤から目を離そうとした瞬間、純狐はそれを確認する。

 

 大きな脳無の斜め後ろに、似たような脳無がもう一体いるのを。

 

「フフッ、そう来なくちゃね。」

 

 純狐は、強化した足で地面を蹴った。

 




読んでいただきありがとうございます!

今回はほとんど原作通りでしたね。
何か突っ込もうと思ってたんですけどどこに何を入れればいいのか思いつきませんでした。
主のセンスと語彙力などの限界が来てますね(元から)

次回!考えてない!


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USJ 2

こんにちは!

疲れました。
いや、ホント夏風邪が辛いです。
亀更新ですみません。

戦闘描写苦手とかいうレベルじゃない。無理だわ。


 相澤はザコたちを簡単にあしらいながら考える。

 

(落月…。あいつ、これがあるって分かってやがったのか?)

 

 ここ数週間、相澤はオールマイトの頼みで純狐のことをよく観察していた。やりすぎで、不合理的だと考えていたが、オールマイトにとってオールフォーワンがどんな存在であるかを知っていたために断らなかったのだ。

 

(ッ考えてる暇は無いか!とりあえず、目の前のヴィランに集中しなければ。)

 

 急に目の前に現れた増強型だと思われる個性持ちのパンチを間一髪で避け、カウンターを叩き込む。

 

(しかし、数が多いな…このままだと押し切られちまう。)

 

 相澤は周囲を確認し、今まで、15人ほどは倒したものの、まだ30人ほどが周りにいることに焦りを感じていた。ドライアイのこともあり、ハイペースでヴィランを倒してきていたが、さすがに疲れがたまってきていた。

 

 そして、その相澤の疲れを感じ取ったのか、3人のヴィランがここぞとばかりに特攻を仕掛けてくる。

 

(チッ、めんどくせぇ)

 

 相澤は今までやってきたように首に巻いた布をヴィランに巻き付けようとする。しかし、さっきからの戦いの中で汗をかいてしまっていて、布を巻き付けようとした瞬間に目に汗が入り布がうまく巻き付かない。

 

「へへっ、やっぱり疲れてきてんな。この程度なら…」

 

 ヴィランは相澤の布をほどきながら走ってくる。相澤はしまったと思い体術で対応しようと試みるが、3人相手に勝てる可能性は低かった。

 

 そして、相澤にヴィランの拳がついに届きそうになったところで、熱、光と共に暴風が吹き荒れ、相澤の周辺にいた10人ほどにヴィランは吹き飛ばされる。

 

 相澤は、何とか踏みとどまり暴風の発生源を見る。そこには黒い袍服のような服を着た金髪の女性が降り立っていた。

 

「相澤先生、加勢しますよ。」

 

「落月!?お前、避難はどうした!」

 

 相澤は、急な純狐の参戦に驚きを隠せない。さっきまで、もしかするとヴィランの仲間なのではないか、と考えていたのでなおさらだ。

 

「まあまあ、いいじゃないですか。大丈夫ですよ、私以外は来ませんので。」

 

 純狐はそう言うと相澤に力を与える。相澤は体がほんのりと熱くなっていくのを感じながら純狐に命令した。

 

「支援には感謝するが取り合えず逃げろ!」

 

 純狐が相澤の命令を無視して、集まってくるヴィランと戦闘を始めようとした時、死柄木が純狐を見て笑いだす。

 

「お前が先生の言っていた生徒だな。お前の相手はこいつだ。」

 

 死柄木はそう言うと脳がむき出しのヴィランの方を見て呟いた。それはまるで自分のおもちゃを自慢する子供のような声だったが、内容は純狐を動揺させるのに十分なものだった。

 

「行け、脳無。」

 

 脳無と言われた2人のヴィランの内、体格の劣る方が一瞬で純狐の目の前に移動しパンチを放つ。純狐はそれを綺麗に避けると脳無の腕を掴み、勢いを生かして脳無を背負い投げのような形で地面に叩きつける。そして、間髪入れずに強化した足で脳無の頭を踏みつけようとした。しかし、それは純狐に掴まれていない方の脳無の手の平によって防がれ、そのまま足を掴まれた純狐は広場の端の方に投げ飛ばされる。

 

(原作の化け物脳無とは違う奴みたいだけど、流石といったところね)

 

 純狐は冷静に自分の後ろの空気を水に純化し自身の勢いを弱めた。そこへ脳無が純狐を仕留めようと突っ込んでくる。

 

「甘いわよ。」

 

 純狐はそう言うと、目の前にある重力に従って落ち始めた水の一部を熱に純化し、小規模な水蒸気爆発を起こした。

 

 純狐は、爆発に合わせるように強化していた足で後ろに飛びのき、霊力で火傷している部分を回復させながら水蒸気に隠れて見えない脳無の出方を慎重に伺う。弾幕以外に霊力を使うと面白くなくなると思い今まで使っていなかったが、脳無との戦闘という事とパワーが落ちてどこまで戦えるか分からないので、今回は必要最低限使うことに決めていた。

 

(原作では、脳無の熱に対する耐性は書かれていなかった…。でも、エンデヴァーとの戦いを見る限りでは熱にはそこまで耐性があるようには見えなかった。これで、動きが鈍ってくれたらいいけど…。)

 

 だんだんとモヤが晴れてきて腕をクロスさせている脳無が見えてきた。その皮膚は熱でただれてしまっているものの、かなり回復している。動かなかったのは回復を待っていたからのようだ。どうやら、原作の脳無程の回復力は無いらしい。

 

 純狐は視界が晴れ傷ついている脳無を確認すると、回復しきる前に倒してしまおうと思い一気に近づく。

 

 脳無はそれを読んでいたかのように少し横にずれ、迎撃するため蹴りを放とうとした。

 

 しかし、蹴りを放とうとした瞬間に脳無はバランスを崩す。純狐が軸足の方の地面を柔らかくしてバランスを取れなくしたのだ。

 

 バランスを崩した脳無はとっさに顔の前で腕をクロスさせ純狐の拳を受ける準備をする。

 

 脳無の目の前に来た純狐は勢いを生かしてガードの上から思いっきり膝蹴りを食らわせた。脳無は踏ん張り切れず吹っ飛ぶ。そして、脳無のぶつかった広場の端の壁からは土煙が舞い上がった。

 

数秒たって土煙が晴れダメージを負いすぎて動くことができなくなっている脳無が見えてくると、純狐はゆっくりと脳無に近づく。さすがに命を奪うことはできないので、片足を千切って自由を奪い地面に埋めておくことにした。

 

「さて、これで終わりね。この後はどうしましょうか。」

 

純狐が脳無の足を強化した手で千切ろうと手を近づけた、その時だった。

 

 純狐は悪寒が走り、倒れている脳無から急いで離れようと地面を蹴る。

 

 その瞬間、今まで純狐の顔があったところ大きな拳が勢いよく現れた。

 

 純狐はそのまま2、3メートル離れると、目の前に現れた拳の所有者を確認し、愕然とする。

 

「まさかの三体目…!」

 

 純狐が見たのは、今まで純狐が戦っていた脳無とほぼ同じ体格の、脳無の姿だった。

 

◇  ◇    ◇

 

 拳の空を切る音と、ロープ型の布が空気を切る音が不規則に聞こえてくる。

 

 相澤は純狐から力をもらったおかげで、脳無の攻撃を何とか耐えていた。

 

相澤は純狐が投げ飛ばされたのを見て、邪魔をしようとした死柄木を一瞬で拘束して地面に叩きつけ、そのまま肘と膝の骨を足で踏むことで折り、急いで純狐のもとに駆け付けようとしていた。しかし、相澤が走り出したのとほぼ同時に、4,5メートル離れたところにいた脳無が相澤の目にも見えない速さで回り込んだのだ。

 

 相澤は無視していこうとしたが、脳無がそれをさせてくれない。その後、何度か脳無を避けて進もうとしたが進めず、このままだとらちが明かないと悟った相澤が、強化が切れる前に倒してしまおうと戦闘を始めて今に至る。

 

(こいつッ、個性を消してこれかよ。オールマイト並みじゃねえか!)

 

 脳無の拳をぎりぎりで避けながら相澤は戦慄する。さっきまでは脳無の攻撃を避けた後に反撃する余裕があったが、強化の効果が落ちてきたのと、長引く戦闘で疲れてきたせいで攻撃を避けるので精いっぱいになってしまっていた。

 

 少しでも体力を回復させようと脳無から少し離れた相澤は、ちらっと純狐の方を見る。

 

(あいつ…あいつが戦ってる奴がこいつと同じ性能なら化け物ってレベルじゃねえな。)

 

 目の前の脳無の挙動に注意しながら、相澤は苦笑いをする。そして、脳無のパンチを避けた瞬間、相澤の視界に、拳を構える緑谷が入った。

 

「緑谷!!離れろ!」

 

 相澤は脳無から視線を外し叫ぶ。それが命取りになった。

 

 脳無は相澤が視線を話した瞬間、余っている方の腕で相澤の肘のあたりを掴み握りつぶす。

 

「しまッ」

 

 相澤は痛みに顔を歪ませながら何とか振りほどこうとしたが、そのまま後頭部を持たれて地面に叩きつけられてしまった。

 

 脳無はうつぶせになった相澤の上に乗り、もう片方の腕も握りつぶして、完全に抵抗する可能性を消す。

 

「脳無!そいつを殺せ!」

 

 死柄木は脳無に指示する。脳無はそれを聞き、必死に這い出ようとしている相澤の首を掴んで体を固定する。そして、もう片方の腕を振り上げて相澤の頭に狙いを定めた。

 

「先生!!」

 

 緑谷は叫んで飛び出そうとしたが、蛙吹が前にいたせいでそれは出来なかった。

 

「終わりだ、イレイザーヘッド。」

 

死柄木がそう言った瞬間に脳無が腕を振り下ろす。その場にいた誰もがイレイザーヘッドの死を覚悟した瞬間だった。

 

 USJの入り口の扉が吹っ飛び、爆発音とともに土煙が舞い上がった。死柄木は、何が起きたか分からないというような顔をして、土煙が起こったが所を見る。脳無も当たる直前のところで手を止めていた。

 

「もう大丈夫 私が来た。」

 

 そこには、いつもの笑顔を浮かべていないオールマイトが立っていた。

 

「待ってたよヒーロー。社会のゴミめ。」

 

◇  ◇    ◇

 

 純狐の前に急に現れた脳無は、倒れている脳無の右脇腹に手刀を突き刺す。その瞬間、倒れている脳無の傷がみるみる治っていった。

 

 純狐はこれはまずいと思い、手を突き刺している脳無に近づき殴ろうとする。しかし、脳無は、純狐が動くのを確認した瞬間に倒れている脳無から離れたため、攻撃を避けられてしまう。

 

「チッ」

 

 純狐は舌打ちをすると、回復して上半身を起こしていた脳無の顔を狙って蹴りを放つ。脳無はそれを体を横に倒すことで避ける。そして、上半身を倒したまま片足を上げて純狐を蹴り飛ばそうとした。

 

 純狐はそれを避けようと横にずれるが、目に前に拳が迫っていた。

 

(やっぱりこの脳無、何かしらの透明化をッ)

 

 純狐はとっさに右手を顔の前に出しそれを防ぐ。

 

(あら?思ったよりも軽いわね。)

 

 純狐は後ろに跳ぶことで勢いを殺そうと準備をしていたが、それが必要ないくらいの威力の拳を手のひらで受け止める。そして、大きな脳無の拳に指を食い込ませて力ずくで掴み、思いっきり殴り飛ばした。純狐はその脳無が飛んで行くのを見るとすぐに横にいる脳無を足の裏で蹴るが、片手でうまく受け止められ、靴の上から足を掴まれてしまう。

 

 脳無は先ほどので学習したのか、今度はそのまま純狐の足を握りつぶしにかかった。しかし、相澤の戦っている原作の脳無程の力は無いようで、一瞬で握りつぶすような芸当はできない。親指の骨を折るか折らないかのところで、純狐に足を“硬”に純化され、防がれてしまった。

 

 足を握られたままの純狐はとりあえず開放してもらおうと脳無の目を狙って小さな弾幕を高速で飛ばす。それに気を取られ、足の拘束が緩んだのが分かると、純狐は足を引き抜いて足を掴んでいたのとは逆の手で放たれたパンチを避けて懐に潜り込み、肘で脳無の腹を殴る。そのまま、脳無は踏ん張りきれずに体をくの形にして飛んで行った。

 

「やったか!?」

 

 純狐は脳無の飛んで行った方で上がった土煙を見て言う。そして、数秒待っても脳無が出てこないのを確認すると、今度は、さっき飛ばしていた方の脳無を確認しようと、脳無が飛んで行った方に視線を向けた。

 

 その瞬間、土煙の中から脳無が飛び出してくる。その音を聞いた純狐は急いで視線を戻し迎撃する準備をした。しかし、

 

「え!?」

 

純狐はさっきのようにその単調な攻撃を避けてカウンターを叩き込もうとしていたが、急に現れた脳無に後ろからがっちりとホールドされてしまう。

 

 純狐は予期せぬタイミングでの妨害に対処できない。

 

(まず…)

 

 純狐は、目の間に迫っていた拳を受ける覚悟をした。その時、

 

「邪魔だぁ!!」

 

 そんな叫び声が聞こえ爆発音が鳴り響く。それによって脳無の拳は少し逸れ、純狐に当たることは無かった。そして、すぐに我に返った純狐はとりあえず腕を強化して、拘束を振りほどきその勢いで、脳無の顔に肘を叩き込んだ。それが相当効いたのか、脳無はそのまま痙攣を起こし白目を剥いて倒れてしまった。

 

純狐はそれに見向きもせずに、目の前で脳無に対し爆撃を繰り返している自分を救ってくれた人物にお礼を言う。

 

「ありがとう。助かったわ。爆豪君。」

 

 爆豪はそれを聞くと、ちょうど動かなくなった脳無に爆撃をやめて純狐に向き直る。

 

「うるせぇ、女狐!俺はお前を助けたんじゃねえ、自分が戦いたかったから来たんだよ!!」

 

「そうなの?でも、感謝だけでもさせてね。」

 

純狐は爆豪の言い訳?を適当に受け流すと、オールマイトが戦っているであろう広場の真ん中を見る。そこには、バックドロップの状態のまま黒霧に拘束されてピンチのオールマイトがいた。

 

(うん。あっちは原作通り。心配なさそう…)

 

と、ここで純狐に電流走る!

 

(あれ?このままだと…)

 

 オールマイトピンチ! → 爆豪、黒霧を妨害!

 

…あれ?爆豪は?

 

 純狐は隣で、ぶつぶつと文句を言いながら脳無たちを倒壊ゾーンの建物の中から持ってきた頑丈なロープでぐるぐる巻きにしている爆豪を見る。

 

 純狐はとっさに爆豪の襟首を持った。当然、爆豪は暴れる。

 

「おい!何すんだよ!離せ!」

 

 純狐は爆豪を目の前に引き寄せ笑顔を作る。しかし、目は笑っていなかった。その笑顔を見て爆豪は暴れるのをやめる。そこで、純狐は爆豪に向かって話し始めた。

 

「ねえ、爆豪君。あの黒いもやもやに復讐したくないかしら?」

 

「あ!?」

 

「やりたいわよね?やりたいわよね!やりたいわよね!?よし、やろう。やりなさい。」

 

 純狐はそう言うと、爆豪を持ったまま野球の投球フォームを取る。

 

「お、おい!何す…」

 

「行けぇぇぇええええ!」

 

 純狐は腕を強化し、思いっきり投げる。爆豪は抵抗むなしく広場の真ん中に飛んで行った。

 




お読みいただきありがとうございました!

十話ですよ!十話!
純狐さんとヒロアカの人気にあやかって始めたようなものにここまで付き合っていただいて感謝、感謝です!

捕捉

途中の熱への純化について。
あれは、”水”を熱するために”水”を純化したので大体1500度くらい出ています。
”人”を攻撃しようと”周りの空気”を熱に純化しても、「あっつ!」となる程度でそこまで熱は出ません。
一応、人を”直接”即死させるのは禁止されてるので、不思議な力が働くのです!



次回!次回、次回…ねぇ…次回……


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USJ 3

こんにちは!

いつもよりひどい駄文です。
はい、それだけです。

※追記 最後に少し追加しました。




文字数が減ってるなぁ。


 出久と、蛙吹、峰田は水難エリアというあらゆる水難事故を想定して作られた場所に飛ばされていた。

 

ヴィランに向かって純狐が飛び出した後、純狐に続こうとした爆豪と切島の前に黒霧が現れた。13号は黒霧に個性のブラックホールで応戦しようとしたものの、爆豪と切島が前に出ていたせいでブラックホールが展開できなかったのだ。

 

 爆豪と切島は応戦しようとしたものの高校生にプロのヴィラン、しかもワープという強個性を持つ黒霧に敵うはずもなく、生徒の大半はUSJ内の様々な場所に飛ばされてしまった。

 

 しかし、さすが雄英高校のヒーロー科である。飛ばされた先にいたザコヴィランたちを、実力のある生徒は圧倒し、そうでない生徒も、圧倒は出来なくとも思考を凝らして対処していた。

 

 出久たちも例外ではなく、それぞれの個性を生かしたやり方でヴィランを無力化していった。その後、助けを呼びに行こうと広場に行った出久たちは、相澤が戦っているのを見て、何とか力になれないか考えていた。

 

 水難ゾーンでの戦いで勝利を飾ったせいで、出久は自分たちの力がヴィランに通用したと思い込んでしまっていたのだ。

 

 蛙吹は、そんな出久の行動を制限しようと、出久が飛び出さないように出久の前に立っていた。

 

 そして、先生が疲れてきたのがはっきりわかるようになると、出久は飛び出す準備を始めた。

 

しかし、結局それは邪魔にしかならなかった。

 

 オールマイトが駆けつけてくれなかったら、相澤は死んでいただろう。出久はそれを考えると、体の震えが止まらなかった。

 

「目にも止まらぬ速さであなたを拘束するのが脳無の役目。そして、あなたの体が半端にとどまった状態でゲートを閉じ、引きちぎるのが私の役目。」

 

 隠す必要のなくなった作戦を黒霧が言う。

 

「オールマイト!!」

 

 気づくと出久は飛び出していた。さっきまでの体の震えは、いつのまにか止まっていた。

 

「浅はか。」

 

 黒霧は、オールマイトを引きちぎるのをいったんやめて、出久の迎撃に当たる。黒霧と出久の力の差は歴然であり、出久が何かできるはずもなかった。

 

黒霧はゲートを別の場所につなげ、出久が勝手に入っていくのを待つ。

 

しかし…

 

「ぉぉぉおおおおお!どけ、邪魔だぁ!」

 

 とてつもないスピードで爆豪が飛んできて黒霧を爆破する。黒霧は意識の外からの攻撃に対処できず、押し倒されてしまった。

 

 黒霧が動けないでいると、いつの間にか近くにいた轟が脳無を凍らせる。それで、脳無の手が緩み、オールマイトは脳無の拘束から抜け出すことができた。

 

「モヤ状になることのできる場所は限られている!そのモヤで実態部分を隠してたんだろ。」

 

 爆豪はすぐに黒霧を爆破できるようにしながら言う。純狐に言われるまでもなく黒霧を狙っていたので、黒霧のちょっとした動作などから実態部分があることを知っていたのだ。

 

「脳無…爆発小僧をやっつけろ。出入り口の奪還だ。」

 

 死柄木は、痛みでかなりきつそうだが、司令塔としての役割を最低限果たしていた。

 

 そんな死柄木の声に反応し、脳無は凍らされた部分を壊しながら立ち上がる。

 

「体が割れてるのに動いてる…!?」

 

「下がれ!なんだ?ショック吸収の個性じゃないのか!?」

 

 5、6秒で体の3分の1程を再生させた脳無は、言われた通り爆豪に殴りかかった。

 

 あまりの速さに反応できない爆豪をオールマイトが庇う。脳無の拳が届いた瞬間、オールマイトがパンチをした時のように暴風が吹き荒れた。

 

「ゴホッ加減を知らんのか。」

 

 脳無の拳を食らって、さすがのオールマイトも無事では済まず、口から血を流す。

 

(まずいな、もう時間があまりない)

 

 オールマイトは、蒸気が上がり始めた体を確認する。活動時間は2分も残ってないとみていいだろう。

 

「とんでもねぇ奴らだが俺たちがオールマイトのサポートをすりゃ勝てる…!」

 

 横にいた切島たちは、戦う気満々のようだ。脳無の実力をまだ見誤っているのだ。

 

「だめだ、逃げなさい。」

 

「脳無ぅ…!あの紅白を最初に取り押さえろ!」

 

 オールマイトの声に重なるように死柄木の指示が飛ぶ。氷結という厄介な個性を持つ轟を抑え、人質にすることでオールマイトの行動も制限しようとしたのだ。

 

指示を聞いた脳無は、目にも止まらぬ速さで轟に突進していく。

 

「まずいッ」

 

 オールマイトもさっきのように守りに入ろうとしたが、オールマイトと轟の間に爆豪、出久、切島がいたので、思うように近づけない。脳無の手は、驚いた表情をしている轟の目の前まで迫っていた。

 

(クッソ!)

 

 オールマイトは心の中で悪態をつく。このまま轟がつかまってしまえば、勝算はほぼなくなり、雄英の先生が来るのを待つにしても、活動制限のせいで、そこまで時間稼ぎができるという保証は無かった。

 

 しかし、脳無の手は轟に届くことは無かった。黒い影が一瞬で近づいてくると、脳無の手を蹴り飛ばしたのだ。脳無の個性はショック吸収とはいっても上限はある。脳無の手の軌道はそれ、轟の頭のすぐ横をすり抜けて行った。

 

「あっっっっっぶなぁ!?」

 

 突然現れた純狐は凄く焦った表情で息をはく。攻撃を邪魔された脳無は、いったん引いて体制を立て直していた。

 

「え!?落月さん?」「落月少女!?」

 

 突然の落月の登場にその場にいた者たちは驚きが隠せない。純狐は、脳無が離れたのを見ると、脳無が次の行動をとる前に、邪魔な出久たちをここから離すことにした。

 

「受け身を取る準備しててね!」

 

 純狐はそう言うと、両手で4人の生徒を掴み、他の生徒たちが集まっている入り口付近に向かって投げる。

 

 4人が無事に着陸するのを確認する前に、純狐は体制を整えなおした脳無の行動に集中する。死柄木は信じられないものを見るような目で純狐を見ていた。

 

「嘘だろ…出来損ないとはいえ脳無を二体倒したってのか!」

 

 爆豪を投げた後、純狐は脳無たちの口に、近くに転がっていた鉄パイプを入れて呼吸できるようにし、鉄パイプだけが見えるような状態になるまで地面に埋めていた。

 

 そして、何かあったらいけないと思い、オールマイトたちに近づいて、自分を“隠”に純化して見つからないようにし、少し離れたところから見守っていたのだ。

 

「ありがとう落月少女!しかし、危ないから離れておいてくれ。」

 

 オールマイトは純狐に下がるよう促す。オールマイトは活動時間の限界が近く、次の攻撃で脳無を仕留めるつもりだった。

 

「オールマイト。あとは任せました。」

 

 純狐はそう言うと、出入り口の方に向かう。幸い、脳無や黒霧が純狐を追ってくるようなことは無かった。

 

 純狐は今回、オールマイトに力を分け与えてはいない。下手に強化してあっさり勝ち、ワンフォーオールの使える期間が長くなり、何か不具合が起こるとまずいからだ。

 

(よし、もう大丈夫よね。でも、ここまで来たら念のため、準備はしておきましょう。)

 

 純狐が離れると、オールマイトは脳無と向き合う。

 

「脳無、黒霧、やれ。」

 

 死柄木はそれだけ言うとついに意識を手放した。死柄木の指示を聞いた脳無と黒霧は戦闘態勢に入る。

 

(確かに時間はもう1分もない。力の衰えは思ったよりも早い。しかし、やらねばなるまい…!)

 

 オールマイトは両こぶしに力を込める。

 

(何故なら私は…)

 

 黒霧と脳無が同じタイミングで飛び出し、オールマイトに近づく。

 

( 平 和 の 象 徴 な の だ か ら ! )

 

 オールマイトが飛び出す。黒霧はその凄みに押され、足を止めてしまった。そして、オールマイトと脳無の一騎打ちが始まる。

 

 お互いに真正面から殴り合う。近くは暴風が吹き荒れ、黒霧は近づけなかった。

 

「無効ではなく吸収ならば限界があるんじゃないか!?」

 

 オールマイトは殴るスピードをさらに上げる。

 

「ヒーローとは常にピンチをブチ壊していくもの!!」

 

 ついに脳無が耐えきれず殴るのをやめ後ろに下がる。その隙を見逃すオールマイトではない。

 

「ヴィランよ、こんな言葉を知っているか!!?」

 

 オールマイトはひときわ大きく拳を振り上げた。そして…

 

PLUS ULTRA !!

 

 オールマイトが拳を振り切る。脳無はついにショック吸収で抑えきれず吹き飛んだ。

 

「やはり衰えた。全盛期なら5発ほどで十分だっただろうに、300発近く打ち込んでしまった。」

 

 オールマイトは確かな手ごたえに安堵し黒霧の方を向く。

 

 しかし、脳無は気絶していなかった。

 

 脳無は空中で体を回して勢いを殺すと、USJの天井の鉄骨を足台にし、最後の力を振り絞ってオールマイトに殴りかかった。

 

「オールマイトォ!!」

 

 その光景を見ていた出久は叫ぶ。オールマイトは脳無が飛んで行った方を見るがもう一歩も動けないほど消耗してしまったオールマイトに避ける方法など無い。

 

(耐えて、生徒を守らねば!)

 

 オールマイトが覚悟を決めた瞬間、近くの物陰から純狐が現れる。そして、オールマイトに脳無の拳が届くか届かないかの場所で脳無を打ち落とした。打ち落とされた場所はクレーターができ、近くにいたオールマイトと黒霧は吹き飛ばされてしまう。

 

 純狐の拳をまともに受けてしまった脳無は上半身と下半身が完全に離れてしまっていた。

 

◇  ◇  ◇

 

 純狐は、いったんオールマイトから離れた後、また“隠”に純化して気配を消し近くに潜んでいた。正直、もっとオールマイトの近くにいたかったが、それでは、オールマイトの気が休まらないだろうし、かといって生徒たちと一緒にいたら、いざという時、生徒が邪魔で飛び出せないかもしれなかったからだ。

 

「このあたりでいいかしら。おお、始まったわね。」

 

 純狐はオールマイトと脳無の殴り合いを眺める。

 

「この調子なら大丈夫かしら。いや、準備はしておきましょう。」

 

 足と右手を「完全に」力に純化する。

 

 そして、脳無がオールマイトによって吹き飛ばされた。

 

「よし、このまま何事もなく終わってよ…」

 

 しかし、脳無は急にくるくる回って勢いを殺したかと思うと天井の鉄骨に足をかけ、オールマイトに殴りかかりに行ってしまう。

 

「ああああああああ!やっぱりね!」

 

 純狐は叫ぶと飛び出した。

 

(これッ間に合うか!?)

 

 純狐は予想よりも速い脳無を見て心配するが、ぎりぎりで間に合い、何とかオールマイトを救うことができた。

 

◇  ◇  ◇

 

(え!?死んではいないわよね)

 

 純狐は2つになってしまった脳無を見て心配するが、すぐに再生し始めたのを見てほっと息をついた。そして、オールマイトたちが自分を見ていることに気づく。そこで、自分がかなりヤバイ姿をしていることに気づく。

 

(うわ、右手と左足がぐちゃぐちゃね。どうしましょう。)

 

 手は折れた骨が肉を破って突き出し、足首と膝が変な方向に曲がってしまっていた。

 

 純狐はとりあえず痛がっているふりをする。そして、純狐が倒れた瞬間、出入口から声が響いた。

 

「1-Aクラス委員長飯田!ただいま戻りました!!」

 

 そこには、雄英の先生たちが集まっていた。

 

 黒霧はそれを見ると、気絶している死柄木を抱えて逃走する。

 

「次は殺しますよ。平和の象徴オールマイト。」

 

 そんな言葉を残しながら。

 

 

 

 黒霧たちが逃走した後、先生たちが来る前に、痛がっているふりをしている純狐にヘカーティアが話しかける。

 

「純狐~。大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないけど、大丈夫よ。」

 

 純狐は、小声で手の甲の鍵穴に話しかける。

 

「今回は…回復しない方がいいわね。」

 

「そうね、さすがにこのケガが直ったら不自然だからね。今回はリカバリーガールに頼むわ。」

 

 純狐は、肘から飛び出している自分の骨を見て言う。出久のケガも体育祭までには直っていたので、体育祭には間に合うだろう。

 

 そんなことを話しているとそばにリカバリーガールが近づいてきていた。

 

「おっと、じゃあ、お大事にしてくださいな。」

 

 ヘカーティアとの会話をやめた純狐は、顔をしかめて痛がっているふりに戻った。

 

 

― ヘカーティア side ―

 

「は~、いいもの見せてもらったわ。」

 

「凄かったですね友人様!肉弾戦は苦手だと思っていたのにあんなにできるなんて!」

 

 純狐との会話が終わった後ヘカーティアたちは純狐の戦闘のことを話していた。

 

「まあ、純狐も霊力をうまく使えなかった頃は肉弾戦してたからね。あの月の奴ら相手に肉弾戦挑んで死んでないってことは、つまりそういう事でしょ。」

 

「はへぇ~。その頃はもっとすごかったんですかね。」

 

 そこまで話すと、ヘカーティアはヒロアカの世界に行く準備を始める。

 

「あれ、ご主人様。行かれるのですか?」

 

「そうね。本命を始めましょう。」

 

 そう言うと、ヘカーティアは開いたゲートに入っていった。

 

   ◇  ◇  ◇

 

(はぁ~、大方想定内ね。)

 

 ヘカーティアはUSJの上空で考える。

 

 ヘカーティアはワンフォーオールに話していた作戦の内、生徒の誘拐については期待していなかった。単に、この時期にワンフォーオールがどこまで脳無の準備を進めていたか知りたかっただけである。

 

 ヘカーティアは近くの人にバレないようにしつつ、純狐の埋めた透明化持ちの脳無を一体回収した。

 

「はい、OK。オールフォーワンをさらってやってもよかったんだけど、この世界に干渉しすぎるのも良くないしね。」

 

 ヘカーティアは、脳無を魔法の鎖で動けなくしゲートに運ぶ。本当はオールマイトと戦った強い脳無が欲しかったのだが雄英の人たちに回収されてしまっていた。

 

「じゃあ、帰りましょうか。」

 

 ゲートを開いたヘカーティアはクラウンピースのもとに帰っていった。

 

   ◇  ◇  ◇

 

「あれ、早かったですね。お帰りなさい。って、どうしたんですかそれ!友人様が戦ってたやつですよね!?」

 

「ただいま。いや、ちょっと使うのよ。」

 

 帰ってきてすぐにヘカーティアは地獄に行く準備を始めた。クラウンピースは突然の脳無の登場に驚くが、何か考えがありそうなヘカーティアについて行くことにした。

 

「クラピちゃんもついてくるの?じゃあ、ちょっと手伝ってもらいましょうか。」

 

「いいですけど、そろそろ何するか教えてくれませんか?」

 

 ヘカーティアは地獄の仕事部屋へのゲートを開き、中に入る。

 

「脳無を量産するのよ。こいつらそれなりに力あるし、個性の追加もかなり簡単にできるのよ。量産も比較的簡単にできそうだし万年職員不足の獄卒にはちょうどいいでしょ。」

 

 異界は日に日に増えていくのでそこに回す獄卒がかなり減ってしまっていた。月のクローンウサギなんかを回してもらっていたりもしたがそれでも追い付かないのだ。

 

 クラウンピースもそんな事情をよく分かっているようで、苦笑いをする。

 

「ははは、確かにそうですね。それに、見た限り主人に従順だから扱いやすそうですしね。」

 

 

 その後、数日をかけてヘカーティアたちは脳無の量産に成功した。それぞれの地獄の管理者はヘカーティアが真面目に役に立つことをしていることに感動し、涙を流しながら仕事をしていたという。

 

 

「ねぇ脳無ー。お菓子取ってー。」

 

「…ご主人様。これが目的だったんですね。」

 

今、純狐の家には脳無が一体いる。家事から雑用までなんでもござれだ。

 

脳無は指示通りヘカーティアにチョコレートのお菓子を持ってくる。

 

「ありがと。」

 

「…まあ、いっか。」

 

クラウンピースは夕飯の準備をするため台所に向かう、エプロンをした脳無を見送りながら呟いた。

 




読んでいただきありがとうございました!

今回の話、落としどころが見つかりませんでした。
読みにくくてすみません。

次回、頑張る。今回よりは。1か月くらいかかるかも。


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USJ後

お久しぶりです。

頑張ると言ってましたが、あまり頑張れてません。
誤字や、矛盾などがあれば教えていただけると嬉しいです。



読み返して思ったんだけど、戦闘シーン(もちろん他も)ホントひどいね。
うまくなりたい…


 ヴィラン連合によるUSJ襲撃の後、純狐とオールマイトは別々の部屋で治療を受けていた。

 

「あんたも災難だったねぇ。これに懲りたら先生の指示には従うことだね。」

 

「…はい。すいませんでした。」

 

 純狐は脳無との戦闘ですっきりしていたので素直に謝る。

 

「それにしてもあんた」

 

 よっこいしょ、と言いながらリカバリーガールは純狐の近くの椅子に座る。その目は優し気ではあるが、何かを疑っている雰囲気をまとっているのを純狐は見抜いていた。

 

「あの何だっけか、脳無?とかいう奴と戦ったそうじゃないか。どうやって倒したんだい?」

 

 純狐は慎重に答えを考える。初めから脳無のことを知っていることを悟られたら色々面倒なことになるのは明らかだからだ。

 

「…私が戦っていた2体の脳無はオールマイトが戦っていたのとは比べ物にならないほど弱かったです。だから、私でも倒すことができました。しかし、運がよかったです。いくら弱いと言っても、攻撃をまともに受けていたらこの程度のケガでは済まなかったでしょうし、勝てていなかったでしょう。」

 

 ちなみに、話していることは事実だ。爆豪が間に合わなかったりして攻撃がまともに当たっていたら戦いを続行させることは困難だっただろう。ヘカーティアに頼んだり、多くの霊力を使ってケガを治したりすれば何らかの方法でばれた時にそれを追及されることになってしまう。

 

 雄英側にはばれなくてもヴィラン連合の方にばれ、自分が集中的に狙われるのも原作が崩壊してしまう可能性が大きくなるので大規模な回復は使うわけにはいかなかった。

 

「ん?今2体と言ったかい?」

 

 リカバリーガールは驚いた表情になる。純狐は何かあったかと自分の回答を思い返してみるがおかしなところは別段見当たらない。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや…あんたが脳無を埋めたと言った場所に脳無は1体しかいなかったよ。」

 

「え?」

 

  純狐は驚き声を漏らす。しかし、ここで黙ってしまってはリカバリーガールの自分への疑いをさらに深くしてしまうと思った純狐は、すぐに適当な答えを考える。

 

「もしかしたら、ヴィランに連れて帰られたのかもしれません。2体いたことは爆豪君に聞けばわかると思います。」

 

 そこまで、話したところでチャイムが鳴った。下校の時間になったようだ。

 

「おっと、もうこんな時間か。歩けるかい?」

 

 リカバリーガールは純狐の足を見る。包帯が巻かれていてとても痛々しい。普通の人であれば松葉杖でもなければ歩けないだろうが純狐は霊力で少しずつ回復させていたので歩くのみ問題は無かった。

 

「大丈夫です。個性の影響で少し回復が早いので。それよりも、オールマイトは大丈夫ですか?かなり激しい戦いをしていたようですけど。」

 

 純狐は出入り口に手をかけながら振り返る。

 

「ああ、オールマイトは気にしなくていいよ。大丈夫だ。2、3日すれば復帰できるよ。」

 

「それならよかったです。では、ありがとうございました。」

 

 純狐はそう言うと外へ出て行った。

 

◇  ◇  ◇

 

「怪しいところは特になかったね…。白でいいんじゃないか?」

 

 翌日、雄英の教師たちは集まって会議を開いていた。中心となる議題はもちろんヴィランによる1-A襲撃だ。

 

 リカバリーガールが話し終わると、数人の教師は安堵の息を漏らす。

 

「まあ、もしものためだったけどな…。よかったよ。」「あの個性が敵に回ったらホントにまずいからねぇ。」

 

「それよりも、本当に一人で2体の脳無を倒したのかい?聞く限り生徒が倒せるような奴ではなかったようだが。ああ、爆豪君の支援もあったんだっけ。」

 

 一人の教師が質問をする。知らされていなかった教師たちからは驚きの声が上がり、知っていた教師からは唸るような声が漏れた。

 

「ああ、爆豪君に電話で尋ねたら2体を相手にしていたのは本当みたいね。でも、オールマイトが戦っていた奴と比べると赤ん坊のようなものだったらしいよ。」

 

 答えたリカバリーガールは会議に参加している警察の方を見る。

 

「はい。血液などを採取して調べたところ、個性抜きの力はオールマイトが戦っていた方の2分の1程度、増強系の個性は2個、ショック吸収は持っていないようでした。」

 

 リカバリーガールに見られた警察が立ち上がって答える。脳無が個性を複数持っていることはさっき説明があっていたので今は特に驚きの声は上がらない。

 

「それでもおかしいんだがな…。」

 

質問をした教師は下を向いてため息をつく。他の教師も同じような反応をしているものが多い。

 

 ここでミッドナイトが手を挙げる。

 

「ねえ、オールマイト先生。最後、落月さんは“本気で”脳無を殴ったのよね。」

 

 今まで、腕を組んで何か考えていたらしいオールマイトは突然の質問に驚き、びくっとするがすぐに顔を上げる。

 

「あ、ああ、そうだと思うぞ。それがどうかしたのか?」

 

「いや、この時期の生徒は個性の扱いにあまり慣れていないから人を殴るのに少しはためらうはずなのよね。まあ、たまに例外もいるんだけど。」

 

 教師は、その意見を聞いてざわざわとし始める。

 

「確かにそうだが…。オールマイトが本気で戦っているのを見て大丈夫だと思ったんじゃないか?」「でも、体が真っ二つになったんでしょ?脳無じゃなかったら死んでいたのよ。」

 

「はいはい、そこまで。あんまり生徒を疑うのは良くないよ!それよりも、今度の体育祭のことを話し合おう。」

 

 と、ここで校長が入り、話は体育祭の物に移った。その後は特に何にもなく話し合いは進んでいった。

 

◇  ◇  ◇

 

 会議が終わった後、オールマイトは帰る準備をしながら考える。

 

(最後…落月少女は一発で脳無を破壊した…。いくら私の攻撃で弱っていたとは言え恐ろしいパワーだな…)

 

 荷物をまとめ終わり扉を出る。廊下ですれ違う教師たちからは、USJのことや体育祭のことが聞こえてきた。

 

「…だろ?!でも、今年のメインは1-A…特に落月、轟あたりだろうなぁ。どう思う?」

 

「あ~やっぱ落月じゃないか?あいつの個性と比べたらどんな個性も霞んで見えるぜ。それに容姿も整ってるからな。」

 

「容姿もだけどメディアからの印象もいいみたいよ。あのマスコミ事件の時にすごい丁寧に対応してたんだってさ。」

 

 オールマイトは挨拶をしながらその横を通り過ぎる。そして、また純狐のことを考え始めた。

 

(戦闘にも慣れているように見えたし…。彼女を次の平和の象徴に…)

 

 ここまで考えてオールマイトははっと顔を上げて首を振った。

 

(いやいやいや、何を考えているんだ私は。出久君を選んだじゃないか。彼も頑張っているんだしそれを無下にするようなことを考えるなんて)

 

 そうは思うものの、やはり象徴は強さも必要だ。今、先生たちに出久と純狐、どちらが次の象徴にふさわしいか聞けば、誰もが純狐だと答えるだろう。

 

「…今、あまり深く考えるのはやめよう。」

 

 警備員がたっているのを見てマッスルフォームになり、目の前の出入り口から出る。外は夕暮れ時で、夕焼けがきれいだった。

 

(おお、きれいだな)

 

 オールマイトはそれを見てうっとりとし、自分の車を停めている場所へ向かう。その時、突然声がかけられた。

 

「オールマイト先生。」

 

 マッスルフォームを解こうとしていたオールマイトは驚き、声の聞こえた方を見る。

 

「…落月少女。どうしてここに?」

 

 今日はヴィランの襲撃の影響で学校は休みになっていた。純狐は少し下を向いたまま答える。

 

「話しておきたいことがあって…少し時間よろしいでしょうか?二人で話したいのですが。」

 

 オールマイトは、純狐のいつになく真剣な様子を見て、何かあるのであろうと思い、純狐の頼みに答えることにした。

 

「分かった。じゃあ、ついてきてくれ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 純狐は頭を下げる。オールマイトは、そんなかしこまらなくても…という感じでHAHAHAと笑うと、仮眠室に向かって案内を始めた。

 

校舎に入る瞬間、オールマイトには、夕日の反射でよく見えなかったが、鏡に映った純狐が笑っているように見えた。

 

 

 

 仮眠室につき椅子に座ると、純狐は早速話を始めた。

 

「では、時間もないので話し始めたいと思いますが…本題の前に1ついいですか?」

 

「なんだ?」

 

 お茶を机に並べながらオールマイトは聞き返す。

 

(オールマイトが普通サイズの湯呑を持っているのを見ると、少し力を加えるだけで割れそうね)

 

 湯呑を持ったオールマイトの様子を見てそんなことを思うが視線をオールマイトの手元から戻す。

 

「オールマイトって、個性、出久君に似てますよね。何か関係があるんですか?普段も、親しくしているようですし。」

 

「ぶふぉっ!?」

 

 オールマイトは予想外の質問に、飲みかけていたお茶を噴き出した。純狐は、オールマイトが持っている湯呑が割れないかハラハラしている。

 

「すまんすまん。え?なんだって?」

 

「大丈夫ですか?いや、出久君との関係のことですが…。」

 

「なななななにもないよ。単に、言ってもらったように個性が似てるから気にしてるだけさ。」

 

(さすがにここでは話してくれないか)

 

 純狐は、オールマイトがポケットから出したハンカチで口元をぬぐいながら答える様子を見ながら思う。

 

「そうですか。じゃあ、本題に入ります。」

 

 純狐は姿勢を正し、手を軽く上げその手のひらを見る。

 

「私の個性は限界があります。それを超えると個性が使えなくなってしまうんです。限界というものは…説明しずらいのですが…。」

 

 そこで純狐は少し考えるしぐさをしながらオールマイトの顔をうかがう。オールマイトは湯呑を持ち上げながら呆然とした顔を向けていた。

 

 作画の違うガチムチおじさんが、小さな湯呑を持ち上げたまま固まっているという奇妙な光景に純狐は笑ってしまいそうになるが、我慢して話を続ける。

 

「そうですね…水の溜まった水槽があって、個性を使っているとき、その水を少しずつ、継続的に抜いている感じでしょうか…。」

 

 ここで、呆然としていたオールマイトが口を開く。

 

「ちょっと待ってくれ!どうしてそんなことがわかるのかい?今まで私は純化なんて個性は聞いたことが無いのだが?」

 

(それは、まるで…)

 

 オールマイトは純狐に疑問をぶつけながら、冷や汗を流す。

 

(私のワンフォーオールではないか)

 

「それはですね…。えっと、私の育て親の話は聞いてますか?」

 

 オールマイトはどうしてそれを聞くのか分からないが、とりあえず頷く。

 

「落月神獄さん…だっけ。」

 

 純狐はオールマイトの答えを聞き頷く。

 

ちなみに、落月神獄という名前はヘカーティア、クラウンピース、純狐が集まって3時間も話し合って決めた名前だ。ヘカーティアが変な名前ばかり提案するので時間が異常にかかってしまっていた。

 

 そんなことを思い出しクラウンピースにそろそろ会いたいなー、など思いながらオールマイトとの会話に戻る。

 

「そうです。実は彼女がその純化持ちでして…。彼女から聞いたんですよ。突然変異だったらしいんですけど。」

 

 オールマイトはそれを聞くと、えっ、という顔をして笑顔を引きつらせる。個性は親から子へと受け継がれるので、そういうことを考えたのだろう。

 

 純狐はそんなオールマイトの様子を見て、しまったと思うが適当に言い訳を探す。

 

「あー、別に神獄さんが親ってわけではないですよ。稀に、ほんと稀に親ではなく血のつながっている親戚などから個性が受け継がれることがあるらしいんです。」

 

 オールマイトはそれを聞くと引きつらせていた顔を戻し、申し訳なさそうな顔になった。

 

「顔に出てしまっていたか。すまない。でも、そんなことがあるんだな。初めて知ったよ。」

 

 気にしてないですよ、と言いながら純狐は説明を続ける。

 

「で、純化が知られていないのは、彼女には、あまり個性のストック?容量?が無かったからです。発現して半年ほどで使えなくなってしまったらしいんですよね。」

 

「そんなことが…。でも、今のところ神獄さんと君だけだろ、純化使えるのは。神獄さんだけの例で分かるものなのかい?」

 

 オールマイトはワンフォーオールに似ているという事でかなり詳しく聞いてくる。その話し方は、緊張を必死に隠してはいるが、少し早口になってしまっていて完全に隠すことはできていなかった。

 

(あと一押しかな)

 

 そんなオールマイトの顔やしぐさを純狐は慎重に観察する。顔は、いつもの笑顔で分かりにくいが、ひっきりなしにお茶を飲み、落ち着きが無かった。

 

「彼女の話では、使うたびにパワーが落ちていったらしいんですよね。幼い頃だったので彼女自身は詳しくは覚えていないらしいのですが。でも、彼女の家族などがそれを鮮明に覚えていて、それは確かだと思います。」

 

「そうなのか…。少し、変なことを聞くようだが…その…純化は誰かに譲渡したりできるのかい?」

 

(おっ、来たわね。まあ、だからと言って何かあるわけではないのだけれど)

 

 覚悟を決めたような表情で話すオールマイトに対し、純狐の表情は変わらない。

 

「出来ませんよ。というか、個性の譲渡ってできましたっけ。」

 

「いや、何でもないんだ。気にしないでくれ。」

 

オールマイトはその答えを聞くと安堵の息をついた。それに対し純狐は、一瞬はっとした顔をすると顎に手を当てて何か考えるしぐさをする。

 

「どうかしたのかい?」

 

 不思議に思ったオールマイトが尋ねると、純狐はオールマイトの腕などをちらっと見て、考えるしぐさをやめた。

 

「先生…さっきより、腕しぼんでませんか?」

 

 オールマイトはハッとして腕を見た。しかし、目に見えてしぼんでいるわけではない。ずっと見ていて、気づくか気づかないかという程度だ。

 

「そうか…?そんなことないと思うが…」

 

 オールマイトは自分の秘密を知られるわけにはいかないので、純狐の言ったことを否定した。

 

「そうですか?そう言えば…」

 

 純狐は少し上を向く。オールマイトはその何かを思い出すかのようなしぐさに少し身構えた。

 

「USJで全盛期なら5発で倒せたとか言ってましたよね。オールマイトの全盛期といえば7,8年前…いくらそれだけ年を取ったといっても300程も打たなくてはならなくなるのはおかしくないですか?」

 

 ここでいったん話すのをやめた純狐はオールマイトの顔色をうかがう。オールマイトの顔は何とか笑顔を保ってはいるが、引くついて、冷や汗も止まっていなかった。

 

「HAHAHA、そう言われるとぐうの音も出ないね。衰えるのは思ったよりも速いってことだよ。」

 

 オールマイトは純狐が自分を疑っていることに気づくと、笑ってごまかそうとする。

 

「オールマイト…何か隠していませんか?今、話したことで、ある程度考えが整理できました。オールマイト、あなたの個性はわたしのと似たようなものではないのですか?そうだとすると早すぎる衰えや、継続的な使用による体への影響…つまり、筋肉のしぼみなども説明できるのですが。」

 

(そろそろ、話てくれないかなぁ)

 

純狐はそんなことを思いながらオールマイトの秘密を暴いていくようなことを話す。しかし、オールマイトの顔を見る限り話すつもりはないようだ。

 

 そんな、オールマイトの様子を確認すると、純狐は大きなため息をついた。

 

(ちょっと無理やりになるけど…。これでだめだったら諦めましょうか)

 

「はぁ、オールマイト、実は私、出久君に聞いてるんですよ、あなたの秘密。」

 

「!!」

 

 純狐の発言にオールマイトは今までに見せたことがないほどの動揺を見せた。その証拠に、今まで崩さなかった笑顔が崩れてしまっている。

 

「出久君に渡したんでしたっけ。」

 

「ちょっと待ってくれ!出久君に個性を譲渡?何を言っているんだ。個性の譲渡はできないと、さっき言っていたではないか。」

 

「私は“個性”の譲渡、とは言ってませんよ。」

 

 オールマイトは発言をからめとられて顔色がどんどん悪くなっていく。

 

(あと少し…)

 

 純狐はさらに畳みかける。

 

「話すとそんな不都合があるんですか?私は、口は固い方ですよ。」

 

 オールマイトは純狐にそう言われると、首をがっくりと下げ何も言わなくなってしまった。純狐は、それを見ると優しい声で語りかける。

 

「オールマイト…もし、そんなことが本当にあるのだとすれば、私に手伝わせてください。まだ、子供なので出来ることや考えの至らないことも多々あると思いますが、力だけはあるので手伝えることもあると思います。そして、似たような個性を持つも者として何か対策があれば見つけていきましょう。」

 

 顔を下げていたオールマイトはそのまま純狐の話を聞く。純狐が話し終わり、数秒がたって、純狐が失敗したか、と思い始めた時、オールマイトは急に話し始めた。

 

「…分かった…。話そう、私の秘密を。しかし、その前に一つ教えてくれ。出久君はいつ君にそのことを話したんだい?」

 

(確か、オールマイトが出久君に再度忠告したのが戦闘訓練の日だから…)

 

 純狐は原作の知識を思い出す。戦闘訓練の後、出久は爆豪に個性が借り物であることを話して、オールマイトから注意されていたのだ。その後、出久は個性に関しては話すことがほとんど無くなったのでその前に話されていたといった方がいいだろうと純狐は考えた。

 

「えーっと、戦闘訓練の前ですね。」

 

「そうか…」

 

 オールマイトはそう言うとトゥルーフォームになり自分のことについて話し始めた。

 

 

 

「HAHAHAまあこんなところさ。長くなって悪かったね。」

 

 オールマイトは話しているうちにいつものテンションに戻っていた。

 

「ありがとうございました。」

 

 純狐はここで外が暗いことに気づき、時計を見る。いつの間にか7時を過ぎてしまっていた。

 

「遅くなってしまいましたね。」

 

「ああ、そうだな。」

 

 オールマイトと、純狐はほぼ同じタイミングで立ち上がり、オールマイトは、お茶の片づけを、純狐はそのまま帰る準備を始める。

 

「では、失礼します。」

 

「さようなら、落月少女。改めて言うが今日話したことは秘密だからな。」

 

「分かってますよ。」

 

 純狐はそう言うと、扉に手をかける。そして、急に動きを止めた。

 

「オールマイト、言い忘れてました。出久君に教えてもらったというのは嘘です。騙すようなことをしてしまいすみませんでした。」

 

「えっ!?」

 

 純狐はオールマイトの驚きの声を聞きながら扉から出た。そして振り返り、不敵な笑みを浮かべる。

 

 オールマイトはその顔を見ると、なんとも言えないような笑顔を浮かべた。

 

「HAHAHA…してやられたよ。私も気を付けなくてはな。」

 

「本当にすみませんでした。」

 

「いやいや、いいよ。私の注意不足だ。それに、君も自分の秘密を話してくれただろ?」

 

 オールマイトは本当に怒っていないようだ。純狐はそんなオールマイトの懐の深さに驚き、一瞬呆けた顔をするがすぐに軽く息を吐き、表情を戻す。

 

「優しいんですね。私も、そういう大人になりたいものです。それでは。」

 

「そう言ってくれると嬉しいな。じゃあ、また明日な。」

 

 オールマイトの声を聞き終わると、純狐は仮眠室の扉を閉め帰路に就いた。

 

 

 

 純狐が帰った後、仮眠室でオールマイトがぼーっとしていると、リカバリーガールが入ってくる。

 

「かなり長い時間話してたね。何を話してたんだい?」

 

「ああ、リカバリーガール。お疲れ様です。話してたのは、彼女の個性についてと、私の…ワンフォーオールについてです。」

 

「ワンフォーオールについて話したのかい!?」

 

 リカバリーガールは今まで、怪しいと言っていた純狐に対し、個性のことを話したことに驚く。

 

「うまく、誘導されてしまってですね…。それに、彼女の個性とワンフォーオールは似ている点も多かったので、話してしまいました。」

 

 リカバリーガールは眉間を抑えながら、大きなため息をつく。

 

「はぁ~。まあ、あんたがいいならいいんだけど。」

 

「じゃあ、私も帰りますね。」

 

 オールマイトは時計を見て、純狐が帰って30分ほどたってしまっていることに気づくと、腰を上げた。

 

「お疲れ様。ほどほどに頑張りなさいね。」

 

「HAHAHA、そうですね。」

 

 オールマイトはそう言うと、リカバリーガールに頭を下げて部屋を出た。

 

 外に出たオールマイトは、明るく光っている月を見つめる。

 

「きれいだな。」

 

 オールマイトはそんな綺麗でありながらも妖しく、神秘的な月を見て純狐を思い浮かべる。

 

(落月少女はどうしてあんなに私のことについて知りたがったのだろう)

 

 車を運転しながらそんなことを考える。その答えは、今は分かりそうになかった。

 




お読みいただきありがとうございました!

どんどん忙しくなってきてこのくらいが限界かもしれません。
駄文のくせに更新も遅いってどうなんだろ…。

次回!時間が少し巻き戻って、USJの後始末。の予定…


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USJ後 2

こんにちは!

赤バーがついて3回死んで2回生き返りました。
本当にありがとうございます!



想像力の…限界…!

追記
騎馬戦についてのこと、体育祭までの時間が間違っていましたので直しました。


 ~時は少し巻き戻り、USJの襲撃の夜~

 

 

― ヘカーティアside ―

 

 

「はい、今日は終わりましょうか。お疲れクラウンピース。」

 

「お疲れ様です、ご主人。あれ?またどこか行くんですか?」

 

 クラウンピースとヘカーティアは地獄のある研究室にこもって、誘拐してきた脳無の研究を始めていた。

 

 研究がある程度まで終わったところで、ヘカーティアは、どこかへ続くゲートを開き始める。

 

「ええ、ちょっとあっちの世界にね。」

 

「何しに行くか分かりませんが、少し休んでから行きませんか?」

 

 クラウンピースは、近くにある冷蔵庫を指さす。その中には、ヘカーティアが真面目に働きだしたことを心配して、様々な地獄の管理人たちが持ってきたお見舞いのお菓子が大量に入っていた。

 

「今からすることがストレス解消みたいなものだし…。それ食べるのは屈辱的というか…」

 

「なら、獄卒さんたちに配り…」

 

「いや、後から食べるけど!」

 

 ヘカーティアはクラウンピースが冷蔵庫を開けるのを見て、それを止める。持ってきてもらったお菓子はそこそこ値段が高く、おいしいのが多かった。

 

「そうですか、では行ってらっしゃいませ。」

 

 クラウンピースは冷蔵庫の扉を閉める。ヘカーティアはゲートを開き終わったようだ。

 

「じゃあ、行ってくるわ。」

 

 

 

 ヘカーティアがゲートに入り、ゲートが消えるのを確認して、クラウンピースは再度、冷蔵庫を開ける。

 

「ふふふ、このハーゲ〇ダッツは私の物だ。」

 

 クラウンピースはチョコ味のハーゲ〇ダッツを目の前に掲げた。

 

「ここ最近は、スナック菓子ばっかりでしたからね。まあ、一つくらい無くなってもばれないでしょう。」

 

 この時のクラウンピースはまだ知らない。その中身には、月のヘカーティアの幻術が掛かっていて、からしがチョコに見えるようになっていることを。

 

◇   ◇   ◇

 

「はぁ~い。お久しぶりね、オールフォーワン。USJは残念だったわね。」

 

 オールフォーワンはその声に肩を震わせると、飛ぶように立ち上がり声の聞こえた方を見る。

 

「!ヘカーティアさん…申し訳ございません。生徒の誘拐を果たせなくて。落月の能力を見誤っていました。忠告していただいたのに…」

 

「あー、いいわよ。別に謝罪を聞きに来たわけではないわ。」

 

 ヘカーティアは近くに置いてあった事務用の椅子を持ってきてそれに座る。そして、指をくるっと回すとオールフォーワンとヘカーティアの前に半透明の机が出てきて、その上に紅茶の入ったカップが現れた。

 

 オールフォーワンはそれを見てまた肩を震わせる。ヘカーティアは紅茶を飲むとオールフォーワンに話しかける。

 

「そんなに緊張しないでよ。ほら、座りなさい。」

 

 オールフォーワンは椅子の上に何も置かれていないのを確認すると椅子に座った。

 

「改めて、USJのことだけど、私は気にしてないわ。」

 

「えっ?」

 

 ワンフォーオールは紅茶に伸ばしていた手を止める。オールフォーワンが考えていた中で、ヘカーティアに最も利益があると考えていたのが生徒の誘拐だったからだ。

 

「では、何が目的で?」

 

「目的なんかないわ。なんとなくよ、なんとなく。」

 

 オールフォーワンは呆然とする。死柄木育成の代替案を作成したり、脳無の増産を急いだりしたのは何だったのだろうか。

 

 しかし、ここで激昂して戦っても勝てないことは目に見えている。なので、オールフォーワンは文句を言うことも出来なかった。

 

「じゃあ、さよなら。また来るかもしれないから頑張ってね~。」

 

◇   ◇   ◇

 

「ただいまクラウンピース。」

 

 ヘカーティアはゲートを潜って地獄に帰ってくる。しかし、そこにクラウンピースの姿は無い。代わりと言っては何だがからしの入ったハーゲ〇ダッツが机の上に置いてあった。

 

「クラピちゃん何してたのかしら?」

 

 ヘカーティアはそのハーゲ〇ダッツを捨てると、冷蔵庫を開け、せんべいを食べ始める。

 

「ご主人…。お帰りなさい。」

 

 河童が配信しているテレビを見ながら2枚目のせんべいに手を伸ばすとクラウンピースが帰ってきた。唇が腫れていて、目には少し涙が浮かんでいる。

 

「どうしたの!?何かあった?」

 

「大丈夫です。なんでもないんです…なんでも…。」

 

 クラウンピースは盗み食いしたことを言うわけにもいかないのでこうなった理由は言わない。

 

「ならいいんだけど…。」

 

 家へとつながるゲートを開きながらヘカーティアはクラウンピースを心配そうに見つめる。

 

さっきのからしを思い出して原因は分かってしまったがクラウンピースはいつも仕事を頑張ってくれているので、気づいていないふりをしていた。

 

「じゃあ、帰りましょうか。純狐に何かあったらいけないし。」

 

「あの世界なら友人様に何かあっても大丈夫そうですけどね。」

 

 月人との戦いを思い出しながらクラウンピースはヘカーティアの開いたゲートに入っていく。

 

「まあ、いつも通りの純狐ならそうでしょうけど、今の純狐はいつもの戦い方からかなり離れたことをしてるからね。」

 

 純狐のいつもの戦い方は、膨大な霊力と純化を組み合わせるものだ。しかも、基本的に霊力に頼っているところが大きく、霊力で作ったものを純化で強化して戦うという事が多かった。なので、霊力を純狐自ら制限している今の状態だと、実力の10分の1も発揮することができていないとヘカーティアは考えていた。

 

 たとえて言えば、弾幕ごっこの弾幕の量が10分の1になったり、弾幕の大きさが10分の1になったりするようなものであろうか。

 

 そんなことを考えながらヘカーティアは純狐の家の、いつもの部屋に入り純狐の映る画面を見つめ始めた。

 

 

― side out ―

 

 

「ドクター、見ていたか?」

 

 オールフォーワンは真っ黒な画面のパソコンに話しかける。10秒ほどたって画面から返事が返ってきた。

 

「…ああ、確かにおかしいな、あれは。雰囲気がもう人ではない。」

 

 博士は、オールフォーワンが繰り返し言っていた、人ではない、というセリフがようやく理解できた気がした。

 

 両者の間に重い沈黙が流れる。先に口を開いたのはオールフォーワンだった。

 

「まあ、とりあえず何事もなかったことを喜ぶべきだね。ただのお遊びだと知った時はイラっとしないこともなかったけど。」

 

「そうじゃな。約束、というか一方的な押し付けだったがそれを破ってしまったことは変わりないからな。」

 

 ヘカーティアについて、大体の感覚を共有できた二人は次の話題に移る。

 

「それよりもだ。あの…人?神は正直対策がないから考えなくていい。というか考えても無駄だ。あの神様よりも、あの落月っていう生徒についての方を考えよう。」

 

「ああ、あの化け物予備軍か。」

 

 純狐についてはドクター、オールフォーワン、どちらもキーストーンだと考えていた。まだ、高校1年なのにも関わらず、脳無を二体倒せるような存在だ。当たり前といえば当たり前だろう。

 

「私としては、あの個性を何としてでも手に入れておきたいのだが、今の私が迂闊に外に出ることができないのが痛いな…。」

 

「私もあの個性には興味が尽きんよ。まるで、ブラックボックスじゃ。おそらく、あの個性はまだ上があるぞ。落月はモラルを気にして使っていないようだが、モラルを考えずに使えば手の付けようが無くなる程の強個性じゃ。」

 

 オールフォーワンはリピートしているUSJでの純狐の戦闘の様子が映るパソコンの方を見る。

 

「でも、本当にどうしようもないことはなさそうだ。彼女は個性を持て余している。それに彼女の表情を見てくれ。」

 

 ドクターはオールフォーワンから送られてきたその部分の映像を見ながら、返事をした。

 

「それはそうだが…。個性を持て余している奴はヒーローにもたくさんおるし、敵を倒してすっきりするのはどんな奴も同じじゃろ?」

 

 ドクターは、脳無を破壊して、少し笑っている純狐を見てコメントする。オールフォーワンの言っているようにこっち側に引きずり込めるような性格をしているとは思えない。

 

 オールフォーワンはドクターの声を聞きながら、画面に映る純狐の顔をアップしていく。

 

「ああ、表情というのは言い方が悪かったね。彼女の目を見てくれ。」

 

 そう言うと、オールフォーワンはドクターに純狐の顔をアップした画像を送る。博士はそれを見るとニヤリと笑った。

 

「ほほぅ…。確かに何か歪んでいるようじゃな。それにこの歪みは相当大きいぞ。それこそ、私が今まで見たことがないほどにな。」

 

「だろう?これをうまく利用したい。私が彼女の発言や行動から何をもってして歪んでいるのか探してみる。ドクターも彼女の過去や関連者などを探しておいてくれないか?」

 

「分かった。できるだけやっておこう。前やって無駄だったし、希望は薄いがな!」

 

 その後、死柄木の成長などを確認しあった二人は少し笑いながら通話を切った。

 

 

 ~時間は戻って純狐とオールマイトとの話し合いの夜…~

 

 

 そんな渦中の純狐は、家のリビングにある机に突っ伏しながら唸っていた。

 

「うー、体育祭どうしようかしら。」

 

 純化の調整は、その性質上ほぼ不可能であることを日々の訓練の中で理解した純狐は、体育祭をいかにして楽しむかを考えていた。

 

ちなみに、訓練と力が落ちたことの影響で、同時に体の4か所、それぞれ60パーセントまでは安定して強化できるようになっている。

 

「とりあえず、トーナメントまで行くのは確定として…あれ?騎馬戦どうしよう。」

 

 騎馬戦は2〜4人一組で行われる。ここでも純狐の前に、友人関係の壁が立ちはだかっていた。

 

「まあ、後2週間以上あるし大丈夫か…大丈夫か?」

 

 ここまで、純狐は人間だったころの後遺症で、女子に積極的に絡むことがほとんどなかった。だからと言って男子も話しかけに行くと他人行儀になってしまいなかなか仲良くなれない。

 

 今、純狐が友達として話すができるのは、出久、麗日、飯田くらいだろう。轟などもたまに話したりするが会話が途切れてしまって話が続くことは純狐が轟の戦闘を見てアドバイスする時くらいだった。

 

「騎馬戦はどのチームに入るかも重要よね、となると、1種目目も順位を調整する必要が出てくるかもだし…。手を抜きすぎるのも駄目よね、何より私が楽しくない。」

 

 とはいえ、できることが少ないのも事実だろう。力を調節するにしてもそれなりの理由を考えておく必要がある。

 

 と、ここで純狐は顔を上げた。

 

「そうだ、体育祭のことで話をすればさすがにみんなも乗ってくれるわよね。それに、体育祭に向けての練習なんかをみんなとすれば、純化の使い道も広がるかもだし、一石二鳥よね。よし、そうと決まれば、早速やってみましょう。」

 

 一人で、そんなことをぶつぶつ話したり、考えたりしながら純狐の夜は更けていくのであった。

 




読んでいただいてありがとうございます!

始まる妄想。進まない筆。机の端の問題集。
終わらない妄想。進まない筆。机の端の問題集。

矛盾や、日本語の間違いなどあれば教えて頂けるとありがたいです。



次回、今度こそ純狐さんをクラスメイトと話させる。させたい…


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純狐とクラスメイト

こんにちばんは!


純狐さんをもうちょっと会話させたかったんですけど…。
クラスメイトと話すスキルの無い主にはこの程度しかできませんでした。
許してください、何でも島風。



夏休みって何だっけ。


 翌日。臨時休校明けの教室はHR前までざわざわとしていた。

 

 そんな教室に純狐が入ってくる。

 

教師たちによって、純狐が倒した2体の脳無のことは混乱を避けるために伏せられていた。なので、そのことを知っている生徒は、爆豪と、純狐の戦いを遠くでちらっと見た轟だけだ。

 

 しかし、最後のオールマイトが倒し損ねた脳無にとどめを刺したところは、ほとんどの生徒が見ていたので、そこはごまかしようが無かった。

 

 そして、そのことについて尋ねようと、純狐が教室に入ってきたと同時に生徒が集まってくる。

 

「落月!ケガは大丈夫だったのか?」「凄かったね!こう、バーンって!オールマイトみたいだったよ!」

 

 みんなが純狐のところに集まって話していると飯田が前に立ち、座るように言ってくる。みんなが席に座ったところで包帯でぐるぐる巻きになった相澤が入ってきた。

 

「おはよう。」

 

「「「相澤先生復帰早えええ!」」」

 

 予想外の相澤の登場に生徒は叫ぶ。相澤はやる気のなさそうな口調はいつも通りだが、注意しないとまっすぐ歩くことができないほど足元がおぼつかなくなっていた。

 

(うわぁ、痛そう)

 

 そんな相澤を見て少しかわいそうだと思った純狐は、ばれない程度に、霊力を流し込みケガを回復させる。

 

 相澤は体が少し軽くなったことに驚き一瞬立ち止まるが、今はそんなことを考えている体力も無いので教壇に立つとすぐに話を始めた。

 

「俺のことはどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ。」

 

「戦い?」「まさか…」「まだ、ヴィランが…!」

 

 数人の生徒が相澤の言葉を聞き、身を震わせる。まあ、あんなことがあった直後なのでそうなってしまうのも仕方ないことだろう。

 

(こういったことにも、早く慣れておかなきゃいけないんだがな…)

 

 相澤はそんな生徒たちを見て軽くため息をつくが、ここでは言うのは心が傷ついている生徒に対して酷だろうという事で、言葉にはしない。

 

 そして、少し頭を下げた相澤は、包帯の間から、いつもと変わらぬ鋭い目で生徒体の方を見ると一言発した。

 

「雄英体育祭が迫っている。」

 

「「「クソ学校っぽいの来たあああ!」」」

 

 生徒たちは、ほっとするのと同時に、手を突き上げて喜ぶ。しかし、数人の生徒はやはり心配なようだ。

 

「ちょっと待って!ヴィランに潜入されたばっかりなのに大丈夫なんですか?」

 

 その質問を予想していた相澤は、ついさっき開かれた会議で校長から話されたことを伝える。

 

「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石ってことを示すらしい。警備は例年の5倍にするそうだ。」

 

(ホントにその資金はどこから出るのかしら)

 

 純狐は原作でここを読んだ時からこのことを考えていたが、いまだに確かな答えは出ない。今のところ一番可能性が高いのは、OBからの寄付、という線だ。

 

 純狐がそんなことを考えている間も、相澤の話は進んでいく。

 

「何より、うちの体育祭は最大のチャンス。ヴィランごときで中止していい催しじゃねぇ。今や、オリンピックに代わる日本のスポーツの祭典になっている!」

 

「いやそこは、中止しよ?」

 

「全国のプロも観ますのよ。スカウト目的でね!」

 

 小声で反対する峰田に後ろの席の八百万が話しかける。

 

「年に1回、計3回のチャンス。ヒーローを志すものなら絶対に外せない行事だ。」

 

 相澤はそう言うと、教室に入ってきた時よりはしっかりした足どりで教室を出て行った。

 

 

 少年、少女、授業中…

 

 

「あんなことはあったけど、テンション上がるなオイ!」「活躍できりゃ、プロへのどでかい一歩を踏み出せる!」

 

 昼休みになっても、朝の興奮が収まらない生徒たちは、教室の様々なところで体育祭の話をしていた。

 

 そんな中、意を決したような顔をした純狐は、生徒が集まっている方に歩いていき、そこにいた生徒に話しかける。

 

「ねえ、みんな。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど、いいかしら。」

 

「おう!?どうした落月、珍しいな。」

 

 一番純狐の近くにいた切島は話をやめ、純狐の方に向き直った。周りの生徒も、普段ほとんど話すことのない純狐が話しかけてきたことに驚き、純狐の言葉を待つ。

 

 純狐は多人数から注目されることには慣れているので注目されて、過度に緊張することは無いが、こんなシチュエーションの時、いつもは高圧的な態度をとっているため、そうならないように気を付けながら話し始めた。

 

「朝、先生が話していたように、体育祭近いじゃない?だから、放課後とかにクラスの集まることができる人で集まって、ちょっとした訓練をしたいのだけど、どうかしら。先生から校内の一角を使う許可はもらってるし。」

 

 純狐は教室の後ろの方に掲示してあるプリントを指さす。雄英の体育祭の前は、普通科、ヒーロー科に雄英のグラウンドや体育館の一部を使って訓練をする許可が与えられていた。

 

「いいなそれ!俺、戦闘のやり方のこととか聞きてぇし!瀬呂もいいだろ?」

 

「おう!俺もいいぜ。」

 

 切島と瀬呂はさらにテンションを上げて言う。しかし、佐藤は少し悩んでいるようだ。そんな佐藤の様子を見た瀬呂が佐藤に話しかける。

 

「佐藤、お前はどうするよ。」

 

 佐藤は、ちらっと純狐を見てから話し始める。

 

「俺は…今回は遠慮しとくぜ。手の内を見せたくねえからな。誘ってもらったのに悪いな。」

 

 純狐は、それはそうよね、と言いながら、近くで純狐の話を聞いていた女子の方を向く。

 

「女子のみんなもどうかしら。今、佐藤君が言ったようなマイナスのこともあるけれど、それ以外マイナスは無いと思うわ。男子の中に私一人だけってのも寂しいし。」

 

「私は参加する!蛙吹ちゃんはどう?」

 

「そうね…私も参加しようかしら。地上での戦闘も慣れておきたいし。」

 

 芦戸たちは純狐の方を向く。切島たちも、参加者が多ければ多いほど、様々な戦闘訓練ができると、拳を突き上げて喜んでいた。

 

 そんな感じで盛り上がっていると、出久たちの3人組が近づいてくる。

 

「落月さんたち何話してるの?」

 

「あら、出久君。あなたたちも参加するかしら。」

 

 純狐は盛り上がっている生徒たちの方を出久たちの見えるように少し横にずれる。三人は、そこで話していることを聞くと相談を始めた。

 

「どうする、出久君。俺は参加したいと思っているんだが…。」

 

 どうやら飯田は参加するようだ。しかし、出久は、まだ個性の調整ができず、個性を使った訓練などはできないので、決断できないでいた。

 

「うーん、どうしよう。僕は個性がまだうまく使えないし…」

 

「おお、緑谷少年と落月少女が、いた!」

 

 と、ここで教室の扉が開く。そこにいたのは、弁当を持ったおオールマイトだった。

 

 周りの生徒が、どうしたのだろうと思っていると、体を少し扉に隠したオールマイトは、弁当を胸のあたりの持っていき、乙女のようなポーズになる。

 

「ごはん…一緒に食べよ?」

 

 純狐は露骨に、気持ち悪いものを見た、というような顔をし、出久は、何事だろうと真面目な顔をして、鼻歌交じりで歩き出したオールマイトについて行った。

 

 ◇  ◇  ◇

 

「1時間前後…!?」

 

 仮眠室に出久の声が響く。

 

(やっぱ、少し変わってるか…)

 

 純狐は、原作では50分前後だったことを思い出しながら、渋い顔をした。

 

 オールマイトは、二人にお茶を用意しながら話を続ける。

 

「ああ、私の活動限界時間だ。無茶が続いてね。マッスルフォームはなんとか二時間弱維持できるって感じ。」

 

 出久は、お茶を少し飲んだところで、隣にいる純狐を見る。そして、オールマイトと、純狐を驚いた顔で、交互に見た。

 

「ん?あれ、オールマイト?落月さんがいるのに話しちゃっていいんですか!?」

 

 出久は首を高速で動かしながら叫ぶ。オールマイトに話に気を取られて純狐に気づいていなかったようだ。

 

「ああ、彼女には昨日説明しちゃったからな…。」

 

「え、言っちゃったんですか。まあ、オールマイトが判断したなら何も言えないですけど…」

 

「いや、判断したっていうかなんて言うか…。まあ、問題ないよ。」

 

 出久は驚いた顔のまま、オールマイトは何か諦めたような顔で、お茶を飲んでいる純狐を見る。その視線に気づいた純狐は、お茶を机に置いて、オールマイトの方を向いた。

 

「私のことはいいとして、オールマイト。今日呼んだのはそれだけじゃないですよね。」

 

「HAHAHA!君はほんとに察しがいいな!そう、今回呼んだのは、出久君の体育祭のことについてだ。君まだワンフォーオールの調整できないだろ。どうしよっか。」

 

(あっ、しまった)

 

 純狐はここでミスをしていたことに気づく。そう、原作では出久はUSJで脳無を殴った時に、初めて個性を調整することができたのだ。

 

(結局、体育祭中に個性の調整が必須だったわけではないから、今すぐに何かしなければいけないというわけでもないけど…。まあ、放課後の訓練に参加してもらいましょうか)

 

 そんなことを考えている純狐に、出久から答えが出ないことを確認したオールマイトが話しかける。

 

「落月少女、君は、どんな感じで個性を制御しているのかい?出久君の参考になりそうなことがあればいいのだが…。」

 

 そう言うオールマイトの顔はかなり真剣だ。ワンフォーオールの後継者としての出久を何とかして育て上げねば、という思いが強いのだろう。

 

(個性を制御する感覚を一度でも体験してもらえれば、原作通り、体育祭が終わった後にオールマイトのアドバイスで出来るようになるわよね。そうでなかったら自分が教えればいいか)

 

「私は…感覚ですかね。今できるのはこれくらいかな、って感じで。」

 

 オールマイトはその感覚がなんとなく分かるのか、軽く頷き出久の方を見る。しかし、出久は浮かない顔のままだ。

 

「ねえ、出久君。やっぱりさっき言ってた訓練に参加しない?それに、生命力なんかに純化すれば、多少のケガは治してあげられるわよ。」

 

 純狐は、そんな出久の顔を見て訓練に出久を誘う。正直これに参加してもらい、出久に個性を制御する感覚を掴んでおいてもらわないと、体育祭までにうまく出久にその感覚を知ってもらう機会が無いので困るのだ。

 

「Oh!それいいね!出久君参加しなよ。私もリカバリーガールに相談してみるからさ。」

 

 純狐の提案を聞くと、オールマイトは両手で純狐を指さす。オールマイトと純狐の言葉を聞いた出久は、迷いが晴れたような顔で頷いた。

 

 そんな出久の顔を見て軽く笑ったオールマイトは出久に話しかける。

 

「ぶっちゃけ私が平和の象徴として立ってることができる時間ってそんなに長くない。」

 

「そんな…」

 

 出久は突然のオールマイトのカミングアウトに戸惑いを隠せない。今まで、憧れてきた存在が自分の目の前で衰えていく姿を見るのは相当辛いのだろう。

 

(どうなるのかしらね…。これからの展開がますます楽しみだわ)

 

 純狐はお茶を口に含みながら、原作のことを思い出す。そんな純狐を気にすることなく、オールマイトは話を続けた。

 

「君に力を授けたのは、私を継いでほしいからだ!今こうして話していることは他でもない!次世代のオールマイト、象徴の卵…」

 

 出久はオールマイトの言葉に反応し、顔を上げる。

 

(私、空気ね)

 

 そんな緊迫した空気の中、全く気にされることのない純狐は、穏やかに時の過ぎる窓の外を眺めていた。

 

「君が来た!ってことを世の中に知らしめてほしい!」

 

 純狐がスズメが虫を取り合っているのを見ていると、オールマイトのひときわ大きな声が聞こえてくる。そろそろ終わるかな?と思い純狐はオールマイトと出久の方を見た。

 

「この先、私に何かありますか?」

 

 オールマイトは、あ、忘れてた、みたいな反応をすると、純狐の方を向く。

 

「ああ、落月少女。そうだね、今日呼んだのは活動時間の減少を伝えるのが目的だったしもう何もないかな。」

 

 そのオールマイトの話を聞くと、純狐はお茶のお礼を言いながら立ち上がる。そして、仮眠室から出ようとしたときにオールマイトから声がかかった。

 

「…落月少女。無理はしないようにしてくれよ。君は私と違って先が長いのだから。」

 

 どうやら純化の制限時間については秘密にしてくれているらしい。出久は突然純狐のことを心配しだしたオールマイトに少し戸惑うが、別段変なことを言っているわけでもないので、それ以上の反応をすることは無かった。

 

「心配していただいてありがとうございます。まあ、お互いに頑張りましょう。」

 

 純狐は立ち止まり、後ろを振り返らずに答えた後、仮眠室を出て行った。

 

 

 

 放課後、日直だった純狐は、少し遅れて1-Aの皆が集まっているグラウンドに行く。

 

「おお、落月さん!」

 

スクワットをすごいスピードでしていた飯田から声がかかる。その声で純狐に気づいた切島が純狐に近づいてきた。

 

「なあ、落月。模擬戦してみないか?もちろんお互いケガさせない程度にだぜ!」

 

「あら、早速ね。いいわよ。ちょっと待ってね…」

 

 純狐は、切島の誘いをニヒルな笑顔で受けながら、棒で近くに半径10メートルほどの円を描く。

 

「この円から出たら負けってことでいいかしら?これならケガもしにくいわよね。」

 

「いいぜ!燃えてきたぁ!」

 

 切島はガッツポーズを作り、一人で盛り上がる。そんな切島を見て、数人の生徒が近づいて来た。

 

「おっ、切島。お前チャレンジャーだな!」「落月さん頑張れ~!」「ケロケロ、面白そうね。二人のが終わったら私もやってみようかしら。」

 

 純狐と切島はそんな声援を受けながら円の中に入り軽くストレッチを始める。

 

「落月さんの速攻を切島君がうまくさばくことができれば…いや、落月さんのことだ、そんなことは分かっているはず…。それに、落月さんには地面を柔らかくして相手のバランスを失わせ踏ん張りを効かせなくすることも可能か…。なら、切島君が速攻を仕掛けるしか…」

 

 いつの間にか来ていた出久は平常運転のようだ。純狐がそんな出久を苦笑いしながら見ていると、ストレッチを終えた切島から声がかかる。

 

「おっし、いいぜ落月。始めようか!」

 

「じゃあ、誰か合図してくれるかしら。」

 

「はいはいは~い!私したい!」

 

 純狐が近くの生徒に呼びかけると、芦戸が円のそばに寄って来る。そして、手を上にあげた。

 

「それではっ!いざ陣所に~」

 

 純狐と切島は互いに前傾姿勢になり開始の合図を待つ。

 

「勝負っ!」

 

 芦戸の手が振り下ろされるのと同時に、切島は純狐に向かってジャンプする。

 

「おお!速攻か!」

 

 周りの生徒は、予想していたよりもずっと速い切島の速攻に驚きの声を上げた。

 

 対する純狐は、切島の拳が届くか届かないかのところで跳び上がり、切島の速攻を避ける。

 

「速いわね、切島君。」

 

「お褒めにあずかり光栄だっ!」

 

 切島は、10メートル程上にいる純狐を見てそう叫ぶと、純狐が腕を振りかぶるのを見て、純狐から15メートル程離れ、純化による行動制限などに注意しつつ、攻撃を避ける準備をする。

 

(へぇ、【硬化】っていう個性だから攻撃を受け止めるように動くかと思ったんだけど…いいわね)

 

 単純に殴って押し出そうとしていたのを考え直した純狐は、パンチの軌道上に水の球体を作り出し、それを“寒”に純化する。そして、氷の塊となったそれをそのまま殴ると、様々な大きさの氷の散弾となって降り注いだ。

 

「マジかあいつ…。」「ケロ…。私、あれされたらどうしよう。」

 

 周りの生徒の中には、この戦いを糧にしようと考えている生徒も多いようだ。

 

「はっ、この程度!」

 

 切島は気合を入れ、氷をものともせずに純狐の行動に注意する。氷の散弾が終わるのとほぼ同時に純狐は着地した。

 

「さすがにこの程度じゃダメみたいね。」

 

「これで終わりか?」

 

「そんなわけないじゃない。」

 

 短い会話を終えると、純狐は軽く強化した足で切島に近づく。最近は、うるさいし、熱いし、眩しいので、よほどのことが無い限り、30パーセント以上に純化しないようにしていた。

 

 しかし、今の純狐の30パーセントは、どうしようもないほどのスピードではない。切島は純狐が少し前傾姿勢になると、横に跳ぼうと準備をする。

 

 そして、純狐が飛び出すのと同時に切島は跳ぶ、しかし、

 

「うっ!?」

 

 切島の跳んだ方にあった氷がはじける。純狐が氷の中の一部を熱に純化したのだ。それに驚いた切島は一瞬固まってしまった。

 

 純狐はその隙に切島の懐に潜り込むと、切島の体が浮くように蹴り上げる。

 

 地面に足がついていないので踏ん張ることも出来ない切島は、そのまま円の外に落ちた。

 

「勝負あり!」

 

 それを確認した芦戸が手を振り上げると、周りから拍手が起こる。

 

「流石ね落月さん。」「切島もお疲れ様!氷の散弾を受け切ったところはかっこよかったよ!」

 

 切島は笑いながら立ち上がると、女子に囲まれてあたふたしている純狐の方に行く。

 

「ありがとうな!俺もまだまだだぜ。」

 

 そう言いながら、差し出された切島の手を握り、握手をした純狐は、手を離すと、切島にちょっとしたアドバイスをする。

 

「もうちょっと大胆に行動してもいいかもね。まあ、そのためにも硬化を鍛えていくのが最優先かしら。」

 

「そうだな…今度先生に相談してみるか。悪いな、アドバイスまでしてもらって。俺は攻撃を防ぐので精いっぱいでそこまで考えて無かったぜ…。」

 

 その後、二人の戦いに触発された生徒たちはそれぞれペアを組んで、戦闘訓練をし始めた。

 

 その騒ぎを聞き、駆け付けた先生たちに怒られたのは言うまでも無いだろう。

 




読んでいただいてありがとうございます!

戦闘シーンも大目に見て(懇願)
今更ですが、純化なのにパーセントとかで大丈夫かな?

次回!すぐに出します。


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閑話3

主の妄想です。



「あー楽しかった。人と話してこんなに盛り上がったの始めてね。」

 

 純狐は家に帰ると、ニコニコ笑いながら、鼻歌交じりにシャワーを浴び始めた。

 

 そして、着替え終わると、窓のそばにある椅子に座って、少し暗くなり始めている空を見上げる。

 

(なんか、空を見ていると心が落ち着くわね…)

 

 そんなことを考えながら、リラックスしようと目を閉じた。すると、目の前に、幼いころの自分が先ほどと同じような幸せな笑みを浮かべ、数人と談笑している映像が流れだす。

 

 話題は何なのだろうか、誰かが何かを言うと、それに反応した自分が顔を真っ赤にしてポカポカとその誰かをたたく。それを見て、周りの皆は笑っていた。

 

 その映像に吸い込まれそうに感じた純狐は、目を開け、椅子から立ち上がって部屋を見るが、もちろん純狐以外には誰もいない。

 

「…ん?どうしたの純狐?何かあった?」

 

 手の鍵穴から不思議そうなヘカーティアの声が聞こえる。

 

 落ち着きを取り戻した純狐は、ヘカーティアに、何でもない、と答えると、また、ゆっくりと、椅子に座った。

 

 そして、日が完全に沈み、星が見え始めた空を改めて眺める。その目は、空よりも遠いところを見ているようだった。

 

(そうね…初めてなんかではなかったわ)

 

 純狐は手を空に向かって伸ばす。

 

「名も顔も忘れた旧友たちよ、見ているか。私たちは、もう会うことも話すことも叶わないだろう…。しかし、もし…もし会うことがあるならば、もう一度でも会うことができるならば、何に囚われることもなく、純粋に世間話でもしてみたいものだな。」

 

 言い終わった純狐は、その後も数分間、空を眺めていたが、不意に笑って立ち上がったかと思うと、いつもと変わらぬ声で、鍵穴に話しかける。

 

「ヘカーティアー!クラピちゃんを連れて今からこっち来ない?晩御飯、一緒に食べましょ。」

 

「えっ、友人様が作るんですか!?もちろんです!ご主人様早くいきましょう!」

 

「分かったわよ、クラウンピース。ちょっと待ってなさい。」

 

 純狐は、鍵穴から二人の会話を聞くと、料理の準備を始める。

 

「さてと、何作ってあげようかしら。とりあえず、サラダからね。」

 

 純狐が、野菜を洗い始めると、ヘカーティアとクラウンピースが部屋にやってくる。

 

「うわっ、部屋綺麗ですね。ご主人も見習って下さいよ。」

 

「別にいいでしょ!誰に迷惑をかけているわけでもないし!」

 

「この前、書類が無くなったって騒いで、私やその部下に迷惑かけたのは誰でしたっけ?」

 

「そのあと、パフェ食べさせてあげたからいいじゃない!」

 

 ヘカーティアたちが騒いでいる内に、純狐が様々なサラダの入った皿と食器を机に並べていく。

 

「簡単だけど、サラダできたわよ。」

 

「「いただきま~す!!」」

 

 純狐の言葉を聞いて、ヘカーティアとクラウンピースは、我先にと自分の皿にサラダを取り始めた。

 

 純狐はそんな二人を見て、久々に賑やかな食事になりそうだと、心を躍らせて料理を作っていくのだった。

 




こんなのもあればいいなって。



次回!わがんね。


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体育祭までの日々

お久しぶりです!

申し訳ありません。
後半、どう書くか迷っていたら、いつの間にか二週間たっていました。
そのくせ、あまりまとまっていないのでご注意ください。

(投稿)スピード!(物語の構築)力!そして何より、技 術 が 足 り な い !!



 体育祭まで、1週間を切った日曜日。純狐は近くの大型ショッピングモールで買い物をしていた。着ている服は、ヘカーティアのTシャツに、ジーンズを合わせたいつもの無難なやつだ。

 

「うーん…どれがいいのかしら。雑誌とか見ても、よくわからない単語が多かったし、私のセンスも信用できないしねぇ。」

 

 店の前に並んだ、淡い青の下地に、白の線が不規則に描いてあるTシャツを目の前に広げて呟く。そして、その服を元の場所に戻し、隣の服に目を移した時、後ろから声をかけられた。

 

「あれ?落月さん?」

 

 純狐が声の聞こえた方を見ると、そこには、耳たぶの先がイヤホンのようになった耳郎響香と、服だけが浮いているように見える葉隠透が立っていた。

 

「耳郎さんと葉隠さんじゃない。偶然ね。」

 

 二人は、話しかけた相手が間違っていなかったことに少し、ほっとしながら純狐に近寄る。

 

「意外だね!よく来るの?」

 

「いや、来るのは初めてよ。ちょっと服を買いにね。」

 

 目の前に並ぶ服を見ながら純狐は言う。そんな純狐の少し困ったような顔を見た耳郎は、恐る恐る純狐に話しかけた。

 

「…ねぇ、よかったらだけど…」

 

「ねぇ、落月ちゃん!よかったら私たちと一緒に選ばない?私たちも服を買いに来たの!」

 

 耳郎の言葉を葉隠の軽快な声が遮る。そして、とっさに葉隠を見た耳郎の視線がゆっくりと純狐に移り始めた。純狐はそれに苦笑いで答えながら、葉隠の方を見る。

 

「そうね、そうしてもらおうかしら。私、どんな服を買えばいいか分からなくて迷ってたのよ。」

 

「よし!それじゃあ、行ってみよ~!」

 

 盛り上がる葉隠の斜め後ろで、まだ少し顔を赤くしている耳郎を、かわいいなぁ、と思いながら、純狐は二人と一緒に服を選びに店の中に入っていくのだった。

 

 

 ― 少女、服選び中… ―

 

 

「おお!結構似合ってるんじゃない!?」

 

「ていうか、落月さんってスタイルいいし、美人だから基本何着ても似合うよね。」

 

「コレ、露出多くない?」

 

 30分ほど悩んだ後、なかなか決めきれない純狐は二人の着せ替え人形になっていた。

 

 今着ているのは、葉隠が持ってきた、ハイネックの白のシャツに、青の開襟シャツ、黒のカーゴスカートだ。

 

「じゃあ、次、コレ着てみてよ。」

 

 最初は緊張していた耳郎も、かなり慣れてきたようだ。

 

 純狐たちは、その後も、10分ほど様々な服を試着し、最後は、財布のことなども考えて、少し飾りのついた黒のワンピースを買った。耳郎と葉隠もお気に入りの服を買うことができ、かなり嬉しそうにしている。

 

「楽しかったね!」

 

「私は疲れたよ…。」

 

 いつまでたってもテンションの落ちない葉隠とは対照的に、耳郎はかなり疲れているようで、声に張りが無い。

 

 純狐は、そんな耳郎に気づくと、周りに休憩できるような場所を探す。そして、近くにオシャレな、喫茶店を見つけると葉隠たちに話しかけた。

 

「ねぇ、ちょっとお茶しない?休むのも兼ねて。」

 

「いいね!行こう行こう!」

 

「私、お金持ってない…。」

 

「高いやつじゃなかったら私が奢るわ。」

 

そんなことを話しながら3人は喫茶店に向かう。喫茶店に着くと3人はそれぞれ注文をして、席に座った。

 

「あと一週間で体育祭だね。二人ともどんな競技があると思う?」

 

 イヤホンのような部分を少しいじりながら、耳郎が二人に問いかける。

 

「う~ん…雄英は毎年変えてくるから、去年と同じ種目が出ないことくらいしか分かんないかな。落月ちゃんはどう思う?」

 

「私も分からないわね。でも、ヒーローとしてやっていくうえで、大事なことを知ることができる競技だとは思うわ。例えば、即興で作ったチームで協力するみたいなやつとかね。」

 

 純狐は、騎馬戦に備えての布石を打つ。ここでそんな競技がある可能性を言っておけば、「その時は組もうね!」みたいな展開になるかもしれない。

 

(でも、そうなってしまったら、改変が起こる可能性も高いのよね…)

 

 そんな一抹の不安を抱えながら、純狐は二人の意見を待つ。

 

「あ~ね。そういうのもあるか。やっぱ頭いいわ、落月さん。」

 

「でも、もしそうなったら、落月ちゃん動きにくくなるよね。ほら、範囲攻撃とか、周りに影響与えるのが多いじゃん。」

 

(…あれ?墓穴掘った?)

 

 葉隠の発言に頷く耳郎を見て純狐は、半笑いの顔のまま固まる。そんな純狐を見て察したのか、耳郎は少し早口になりながら話し出す。

 

「あ、あーでも、そんな接近するようなものがある可能性は低いんじゃない?プロもそんなに近づいて戦わないでしょ。」

 

(組む選択はそれより可能性低いのね…)

 

 純狐は内心泣きながら、運ばれて来たジンジャーエールを飲み始めるのだった。

 

 鍵穴から笑い声が聞こえてきたのは気のせいだろう。

 

◇   ◇   ◇

 

「アッハハハハハ」

 

 明るい笑い声が聞こえる横でオールフォーワンは頭を抱えていた。

 

「えっと…そろそろ、来ていただいた理由を教えてもらっていいですか?」

 

 オールフォーワンは、ポテトチップスを食べながら純狐の映る画面を見て笑うヘカーティアに声をかける。

 

 ヘカーティアは、その声を聞いて、今、オールフォーワンに気づいたような表情をし、食べ終わったポテチの袋を、無造作に投げ捨てる。袋は地面に落ちる前に、どこかに消えてしまった。

 

 そして、どこからともなく、ウェットティッシュを取り出すと、手を拭いて、オールフォーワンの方を向く。

 

「あなた、純k…落月について情報欲しがってたわよね?」

 

 オールフォーワンは急にどうしたのかと思うが、その通りなので頷く。

 

「はい、そうです。どうにかしてこっち側に引き込みたいと考えています。」

 

 ヘカーティアはその答えを聞いて、ニヤッと笑うと、自分の前で浮いている、純狐の映っているテレビを指す。

 

「そっこっでぇー、私から何時も頑張ってるオールフォーワンちゃんにプレゼント!これから、その日の終わりに、その日の純狐のことを記録した映像を送っちゃいます!」

 

 オールフォーワンは最初、何を言っているか分からずに、適当に、はぁ、といった返事を返すが、数秒後にはその顔は、パーツが少なくて分かりにくいが、驚きに満ちたものとなっていた。

 

「えっ、ええっ、え?あ、ああ~…うん?what?ファッ!?ウーン…」

 

「落ち着きなさい。あなた私を何だと思ってるのよ。」

 

 さすがのヘカーティアも、オールフォーワンの驚きように驚いたのか、真顔になる。

 

 1分ほどたって、やっと落ち着きを取り戻したオールフォーワンは、ヘカーティアに、取り乱したことを謝る。

 

「申し訳ありません。取り乱してしまいました。そして、それは本当ですか?」

 

「本当、本当。」

 

「私は何を差し出せば…」

 

「何もいらないわ。」

 

「ちょっと、脳無。僕の顔を殴ってくれないか?」

 

 脳無が近づいてくる前に、ヘカーティアはオールフォーワンの肩を掴んで現実に引き戻す。

 

「ふざけながらでもいいから、とりあえず聞いてて。渡すものは、私が編集したものよ。でも、編集で何か付け足したりすることは無いわ。そこは信用してね。あと、誰にもその映像を見せないこと。渡したり、流出すれば、ちょっとひどい目に遭ってもらうわ。」

 

 オールフォーワンは、ヘカーティアが最後、すごくいい笑顔をしていることに恐怖を感じ、固まったまま、頷くことしかできなかった。

 

「じゃあ、今日はそれだけだから。」

 

 肩から手をどけて、ゲートを開き始めたヘカーティアに、正気を取り戻したオールフォーワンは頭を下げる。

 

「ありがとうございます。」

 

 その声を聞き終えるか終えないかという時に、ゲートを開き終わったヘカーティアは、何かを思い出したかのように、少し急いだ様子でゲートに入っていった。

 

◇   ◇   ◇

 

 喫茶店を出た後、葉隠と耳郎と別れた純狐は、ショッピングモールのいろいろなところを見て回っていた。

 

(何かあるかしら…)

 

 そんなことを考え、本屋の前を通りすぎながら平積みされている本を見る。しかし、特に気になる本も無かったため、顔を上げ、表紙から目を離した。

 

「ん?」

 

「お?」

 

 すると、店から出てきた見覚えのある人物と目が合う。そこにいたのは…

 

「あら、爆豪君。あなたも本とか読むのね。」

 

「当たり前だろ!殺すぞ!」

 

 爆豪の持っている袋を見て純狐が、ふっ、と軽く笑いながら言うと、爆豪はいつもにもまして、髪をつんつんさせる。いつもみたいに手を爆破できない分、髪に爆発成分が行っているようだ。

 

 純狐は、そんな反応を面白く思いながら、爆豪の持っている袋を指さす。

 

「何買ったの?オススメがあれば教えてほしいわ。」

 

「あぁ!?なんでお前に教えなきゃいけねぇんだ!」

 

 爆豪はそう怒鳴って純狐の横を通り過ぎる。純狐は、つれないなぁと思いながらも、こんなものかと、爆豪に手を振って見送ろうとする。

 

 しかし…

 

「お前、個性の使い方下手になってねぇか?体育祭までには直しとけ。」

 

 爆豪は純狐とのすれ違いざまにそう呟いた。純狐は、それを聞いて、手を少し上げた状態のまま固まってしまう。弱体化のことがばれたかと思ったのだ。

 

 数秒後、動揺から立ち直った純狐は、今後、それが原因で弱体化などを疑われないように、爆豪にそう思った理由を聞こうと振り返る。だが、曲がり角も無い、一本道にもかかわらずそこに爆豪の姿を見つけることはできなかった。

 

「?どこに行ったのかしら。」

 

 純狐は少しの間周りをきょろきょろしていたが、結局見つけることができなかった。

 

◇   ◇   ◇

 

家に帰った純狐は、家に帰って、爆豪にいわれたことについて考える。

 

(なんで、そう思われた?)

 

 純狐が最も恐れているのは、弱体化が相澤にばれ、除籍されることだ。

 

 そして、爆豪にばれているという事はもう、相澤に怪しまれてしまっているのは確実といってもいいだろう。

 

 ここで幸いなのは、相澤がドライアイだという事だ。何度も言うように純狐の体の部位の強化は、その力を使う時、熱風と光が出る。なので、相澤の純狐の確認は基本、ビデオでとなるのだが、ビデオは四六時中一人一人を取っているわけではない。その生徒が活躍したり、失敗したりした部分だけを切り取ってある。だから、ビデオには純狐が単純に強化を使って何かするというシーンはほとんど含まれていないのだ

 

 しかし、このまま何も対策せずに、授業を受け続ければ、どこかで致命的なミスの繋がり完全にばれてしまいかねない。

 

 授業ではなく、イベント中にそれが起これば、最悪そこで帰ることになってしまう。

 

「はぁ~、オールマイトにでも、電話してみようかしら。」

 

 オールマイトは、ヒーロー基礎学の担当であり、純狐の弱体化のことを知っている唯一の人物だ。それに、オールマイト自身も、継続的なものでないにしても、弱体化を経験している。

 

 そんな、オールマイトなら、今の自分のどこがおかしいか分かると、純狐は考えた。

 

(まあ、そもそもの原因は、最近私が楽しむことに全力になりすぎて、自分の弱体化の把握がおろそかになっていたことなんだけどね…)

 

 そんなことを考えながら、スマホを取りだし、オールマイトに電話をかける。

 

「HAHAHA!私が出た!どうかしたのか落月少女。」

 

 いつも通りのテンションで電話に出たオールマイトの声にビックリする純狐だが、あまり時間を取らせるわけにもいかないので、すぐに立ち直り話し始めた。

 

「突然すいません、オールマイト。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、今、大丈夫ですか?」

 

「んん?何か時間がかかりそうなことなのかい?まぁ、暇だから大丈夫だが。」

 

 純狐は、時間はあるという返事にひとまず安堵し、早速本題に入った。

 

「えっとですね、私の“力”への純化…まあ、いわゆる強化のことですが、何か違和感ありませんか?今日たまたまあった爆豪君に使い方が下手になったと言われたのですが…。」

 

 純狐は話し終わると、オールマイトの返事を待つ。電話越しに、うーんと唸る音が聞こえてくるので、真剣に考えてくれているのだろう。

 

「そこまで大きなものは無いと思うが…、もしかするとあれかもな。」

 

 10秒程経ってオールマイトは、静かに話し出す。

 

「あれ、とは?」

 

「えーっとなぁ…ちょっと…待って……っと、ここか。」

 

 ちょっとした爆発音が電話越しに聞こえてかと思うと、クリックする音が聞こえる。どうやら、映像を確認してくれているようだ。

 

(帰ってから何か贈り物でもしましょうかね…)

 

 あと半年もせずにいなくなることが確定している純狐は、そこまでしてくれるオールマイトに申し訳なく思い、何か考えておこうとメモを取る。

 

 もちろんそんなことは知らないオールマイトは、意気揚々と話し出した。

 

「君が強化を使ったときは、光るから見にくいんだけど…殴るタイミングが早いように見えるね。ま、私が弱体化した後も、感覚が戻るまではよくあったことだ。君の弱体化は継続的なものだから私の時より、調整が難しいと思うけどね。」

 

 純狐は、言われてみれば、と、最近のことを思い出す。

 

「最近かなりパワーが落ちてきたと感じていたのも、それが原因かもしれないね。」

 

 オールマイトは、最近純狐がそう言っていたことを思い出しHAHAHAと笑う。

 

「ありがとうございます。でも、どうしましょうか。相澤先生にばれたら、最悪除籍の可能性もありますし…。」

 

「う~ん、慣らしていく以外には、強化を使う頻度を下げるくらいかな…。でも、今のところは心配しなくていいと思うよ。私の時もそうだったけど、パワーが大きすぎてばれないから。」

 

 それもそうかと、とりあえずホッとした純狐に疑問が浮かぶ。

 

(なんで爆豪君は分かったのかしら?)

 

 純狐は原作での爆豪を思い返す。

 

(確か爆豪君はUSJで、脳無やオールマイトの動きが全く見えなかったと言っていた…。今の私はオールマイトと、ほとんど変わらない力やスピードを出すことができる。それなのにばれるという事は…)

 

「オールマイト、最近の、私が出力落とした時の映像で、タイミングのずれはありますか?」

 

 純狐は、ここまで考えて、もしかすると最近始めた、出力を落としての移動の時にばれたかと思い、オールマイトに確かめてもらうことにした。

 

 オールマイトは、急に変わった純狐の声の雰囲気に驚き、急いで映像を探す。

 

「いや、ずれは無いな。」

 

 映像を見つけ、確認したオールマイトの返事を聞いた純狐はますます混乱する。

 

(あれは、爆豪君じゃない?いや、だとすれば誰が…。ヴィランだとすれば、目的が分からないし…。もしかしてヘカーティア?)

 

 純狐は、いったん深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして、おそらくスマホの向こうで疑問符を浮かばせているであろうオールマイトに聞いてみようとしたが、今の軽く混乱した状態だと、口が滑ってヘカーティアのことなどを話してしまうかもしれないと思い、相談はしないことにした。

 

 しかし、疑問を持たせたままにしておくわけにもいかないので、とりあえず返事をする。

 

「ありがとうございます。慣れるまでは、出力を落として使っていけばいいみたいですね。」

 

「お、おお、そうか。HAHAHA!切羽詰まった感じだったから驚いたぞ。」

 

 オールマイトと純狐は、その後も数分間話した後、通話を終えた。

 

 純狐は、とりあえずヘカーティアに連絡を取ろうとしたができなかった。今度は電波がつながらないところにいるらしい。

 

「まぁ、明日爆豪君に聞いてみましょうか。それで違ったら、ヘカーティアのせいにしていいわね。」

 

 純狐は、そう呟いて、最近の日課である、窓際の席での星空観察を鼻歌交じりで始めた。

 

 

― ヘカーティア side ―

 

 

「さすが純狐ね。」

 

 ヘカーティアは爆豪の姿から元の姿に戻りながら呟く。純狐の予想通り、あの爆豪はヘカーティアだった。

 

「まぁいいわ。今回は純狐に、個性の秘密がばれる可能性を意識させて、強化以外の選択肢を増やしてもらいたかっただけだからね。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、今日の分の純狐の映像の編集を始めるのだった。

 




お読みくださりありがとうございます!

純狐さんがどこまでできるか、基準が難しい…。
矛盾などがあれば、教えて頂けると嬉しいです!
純化で何かアイデアがあれば教えてもらいたい(小声)

次回!体育祭かも、投稿遅いかも


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体育祭スタート

こんにちは!

弱体化したはずなんですけどねぇ。まだチートっぽいです…。
純狐さんの化け物具合がよく分かります。
まあ、純化の解釈次第で変わるんでしょうけどね。

やっぱ、人との話し方分かんない。


― 体育祭前日 ―

 

「…無かったわね。」

 

 純狐は、机に突っ伏して、1-Aに他のくみの生徒が詰めかける事件が無かったことについて悩んでいた。

 

「なーにがダメだったんでしょうかねぇ。」

 

 日記を確認しながら、自分が変な行動をとっていないか確認する純狐。しかし、特に変なところは見られなかった。

 

「だとすれば…やっぱり、放課後の訓練だったりするのかしら。噂でしか聞かなかったA組の実力を見てしまっていく気が失せたとか…。十分あり得るわね。」

 

「また、何かぶつぶつ言ってる…。出久君のがうつったんじゃない?」

 

 聞きなれた声が聞こえた純狐はゆっくりと後ろを振り返る。予想通り、そこに立っていたのはヘカーティアだった。

 

「どうしたのヘカーティア。」

 

 純狐はヘカーティアを怪訝な目で見る。ついこの前、爆豪の姿で変なアプローチを仕掛けてきたことが分かっている神様だ。純狐が警戒するのも当たり前であった。

 

「いや、別に何か変なことしに来たわけじゃないわ。ほら、あなたがこっちに来てもう結構経つじゃない?で、これからのことを考えるために、あなたから直接話を聞いておきたいのよ。」

 

 へらへらと笑いながらヘカーティアは言う。

 

「んー?何か聞きたいことがあるわけ?特に何もしてないと思うけど。」

 

 純狐は立ち上がり、コーヒーの準備をしながら尋ねる。

 

「じゃあまずは…なんでオールマイトの秘密を聞きだしたかについていいかしら。」

 

 ヘカーティアはその様子を見ながらリビングの机に座り、おもむろに空間に手を突っ込むと、お菓子を取り出した。

 

「あれは、どれだけ原作とずれているか確認しやすくするためよ。ほら、ずれって確認しにくいじゃない?だから、原作でかなり細かく知らされていたオールマイトの活動限界を知ることでそれを確認しようと思ったのよ。」

 

 ヘカーティアはなる程と頷きつつ、お菓子を食べる。そこへコーヒーを持った純狐がヘカーティアの前に座った。

 

 ヘカーティアは机に置かれたコーヒーを一口飲むとまた話し出す。

 

「そもそも、何でそんなに原作にこだわるわけ?この世界と本編の世界は異なるのだから、あなたがどんな行動をしてもあっちに影響は出ないわよ?」

 

「まあ、それは私への枷というのもあるけど…イベントを減らさないためよ。あと、みんなの危険を回避するため。」

 

「危険の回避は分からなくもないけど…イベントの減少ってどういうこと?」

 

 首をかしげながら尋ねるヘカーティアに、純狐はヘカーティアの出したお菓子を食べながら答えた。

 

「あのねぇ、少年漫画ばっかり読んでると感覚狂うけど、普通はこんなにたくさんイベント無いのよ?変に干渉したら減るって考えるのが当然でしょ。」

 

 純狐の答えになる程と納得するヘカーティア。その後、ヘカーティアは、純狐の個性の現状などについて尋ね始める。

 

「個性について何か変化は?」

 

「目の方は使ってないから分からないわ。ただ、最近純化を使うと疲れるようになってきたわね。体力的なものではなくて、筋肉が…あるのかしら?まあいいわ、その筋肉が動かなくなるみたいな感覚ね。」

 

 手を、握ったり開いたりしながら言う純狐に、ヘカーティアはお菓子の袋などを片付けながら答える。

 

「筋トレして成果あったでしょ。筋肉はあるわ。私もよくわかってないけど、体の造りは人間と同じよ。ただ、根本的なものが違うだけ。だから、本来は体力の限界なんかも無いとおかしいんだけど、あなたの痛覚が無くなるのと同時にその感覚が無くなったのかもね。で、無意識に霊力なんかを使っているせいで無限に感じてるだけだと思うわよ。」

 

 そこでいったん話を切ったヘカーティアは、コーヒーを飲む。純狐は自分の腕の筋肉を見ながら、そこをつねったりしていた。

 

「疲れたのは、そのせいもあるかもね。ほら、相澤先生にばれないように“純化する程度の能力”を“個性”の方に近づけたでしょ。個性が身体能力の一部だとするならそんなこともありあるんじゃない?」

 

 ヘカーティアの言葉を聞き、純狐は目を閉じて情報を整理しだす。

 

「ちょっと整理させて。つまり、体は人間。【純化】は“個性”と“程度の能力”の中間あたり。目の“人を操る”のは個性。そして、体力は実は無限ではなかった。ってこと?」

 

「そうなんじゃない?」

 

 余ったお菓子を食べながらヘカーティアは言う。純狐はため息をついて、コーヒーを飲みほした。

 

「はぁ~。じゃあ、私の弱体化に伴って、純化の方のデメリットも増えていくかもしれないわけね。相澤先生に純化のことをあまり知られてなくて助かったわ。」

 

 そんな感じで、話しは進んでいき。日付が変わるころになってヘカーティアは帰る準備を始めた。

 

 そして、ゲートに入る瞬間、純狐の方を振り返る。

 

「楽しいかしら?」

 

 純狐は、何もせずに帰るだろうと思っていたところで急に尋ねられ、一瞬うろたえるが、いつもの表情に戻ると、すぐに答えた。

 

「ええ、もちろん。原作からずれないように調節したり。予想外の展開に対してどう対処したりするのか考えるのは好きだからね。」

 

 ヘカーティアはその答えを聞き、笑うと、ゲートに入っていった。

 

◇   ◇   ◇

 

「皆、準備はいいか!?もうじき入場だぞ!」

 

 1-A の控室に飯田の元気な声が響く。しかし、ほとんどの生徒はその言葉に耳を傾けず、それまで通りそれぞれのグループで話し続けていた。

 

「コスチューム着たかったなー。」

 

「公正を期すため、着用不可なんだよ。」

 

 そんな他愛もない会話が聞こえてくる中、純狐はみんなから少し離れた場所で、個性の訓練を行っていた。

 

ヘカーティアに、強化を安直に使い続けることの危険を伝えられた純狐は、純化の使用範囲の調整を日夜練習していたのだ。

 

 弱体化が進む前までは、純化をメインとして使うことに慣れていなかったのと、力が強すぎたのとで制御がほぼ不可能であったが、そうではなくなった今、純化をする範囲はかなりの精度で調整できるようになっていた。

 

「ほっ、と。うん、やっと安定してきたわね。」

 

 手のひらの上で、直径1センチくらいの球をイメージし、そこを“風”へ純化させ、髪が浮く程度の風を起こすことに成功した純狐は、小さくガッツポーズを作る。

 

 そして、純狐が近くにある椅子に座ろうとした時、轟から声がかけられた。

 

「おい、落月、緑谷。」

 

(おっとこれは、あの宣戦布告シーン!)

 

純狐は、印象深いそのシーンを思い出しながら、真面目な顔をした轟を見る。

 

「まず、落月。俺はお前よりも弱い。」

 

(えー……)

 

 純狐は轟の予想外の発言にちょっと困惑する。

 

(いや、確かにそうかもしれないけど…というか、そうだけど…。なんかもっと、こう…)

 

 純狐がそんなことを考えていると、少し黙っていた轟がまた話し出した。

 

「だが、俺が勝つ。そのつもりでお前に挑む。だからお前も手を抜くな。」

 

(そう!それを待っていた!)

 

 純狐は、さっきとは打って変わって、頭の中で拍手する。もちろん、改変が起こらない程度でだが、少年漫画でよくある、覚醒みたいなこともあるかもしれないと、純狐は期待していた。

 

「手を抜くつもりは元々無いわ。でも、あなたがあまりにもつまらない勝負をするようだったなら、その限りではないわね。」

 

 そう言うと、純狐は一呼吸置き、返事を待つ轟に、不敵な笑みを見せる。

 

「その挑戦、受けてあげる。あなたの本気を見せて頂戴。」

 

 言い終わってから、普段の癖で、上から目線な言い方になってしまったことに気づき、食いつかれるかと、純狐は心配するが、轟は、おお、とだけ言うと、出久の方を向き、宣戦布告を始めた。

 

 純狐が、出久への宣戦布告の様子をニコニコしながら見ていると、近くにいた麗日が、手に人の字を書きながら近づいてくる。

 

「そろそろ入場だね…!落月さんも緊張してる?」

 

 手に書いた字を飲み込むと、麗日は、そわそわしながら純狐に尋ねる。同じように緊張している人を見つけて少しでも安心したいのだろう。

 

「ええ、少しはね。でも、楽しみという気持ちの方が大きいわ。麗日さんもそう考えたら?緊張も軽減できると思うわよ。」

 

「なる程…!ありがとう!緊張が少しほぐれた気がするよ。」

 

 そう言う麗日は、まだ若干動きにぎこちなさこそあるものの、話しかけてきたときと比べればいくらかましそうな感じで、少し離れたところにある女子のグループへ入っていく。

 

 それを、寂しそうな目で見送る純狐の肩に優しく、瀬呂の手が乗せられた。

 

「ドンマイ。」

 

「やめて、それが一番ダメージ来るから。」

 

 純狐は手をどけながら、後で同じことをやってやると、心に決めるのだった。

 

 

 

『雄英体育祭!ヒーローの卵たちが我こそはとしのぎを削る年に一度の大バトル!!』

 

 選手の入場を今か今かと騒然としているスタジアムに、プレゼントマイクの声が響く。

 

 通常、一年生の試合は上級生のものと比べて観客は少ない。のちに強個性と言われるような個性であっても、それを十分に発揮できない場合が多く、どう育っていくのか見当がつきにくいからだ。

 

 しかし、今年は3年生の会場と見間違えるほどの観客が、1年生の試合を見に詰めかけていた。

 

『どうせてめーらあれだろ!?ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で切り抜けた奇跡の新星!』

 

『ヒーロー科!一年!A組だろぉぉ!!?』

 

 実況と共に1-Aの生徒が入場すると、会場の盛り上がりは最高潮となる。

 

「わあああ…。人がすんごい…。」

 

 注目されることに慣れていない出久は、胸を押さえながら震え声で呟く。

 

(注目される経験は多々あるけど…こんな形では初めてね)

 

 純狐は、人に埋め尽くされたスタンドを見ながら、新鮮な感覚に浸っていた。

 

 1-Aの後に続き、他のクラスも続々入場してくる。

 

「私にいい考えがある。」「俺、この体育祭で優勝出来たら告白するんだ…。」「止まるんじゃねえぞ…」「大丈夫だ、問題ない。」「体が軽い。こんな気持ちで戦うの初めて。もう何も怖くない!」

 

(オイオイオイ、死んだわこいつら)

 

 すごい密度でフラグが建築されていくのを聞きながら、純狐は列に並んでいく。

 

 そんな感じで一年生全員が並ぶと、ミッドナイトが壇上に立つ。着ている衣装などから18禁など呼ばれるヒーローだ。

 

 そんなミッドナイトを見て峰田が何か言っているのを聞きながら、純狐は競技が始まるのを今か今かと待っていた。

 

 そう、純狐はまだ、自分が選手宣誓をしないといけないことに気づいていない。

 

「選手宣誓!」

 

 ミッドナイトはムチを鳴らす。その時、ミッドナイトに近くにいた係員っぽい人が耳元に近づいて何かを伝える。

 

「何?うん、うん…えっ!?まだ伝えてない!?」

 

 突然騒ぎ出したミッドナイトに、会場はざわつきだす。

 

「どうしたのでしょうか?例年なら入試一位の方が宣誓なされるはずですが…。」

 

 推薦で入ったがために入試の結果を知らない八百万が後ろの純狐に話しかける。それを聞いて、純狐は固まってしまった。

 

(私じゃない!えっ、もしかして予告なしなの!?)

 

そう思った純狐は、咄嗟に放送室に座る相澤を見る。

 

 純狐の視線に気づいた相澤は、純狐に向かって手を合わせ謝る。包帯に包まれていて顔は見えないが、目から察するにかなり本気で謝っているようだ。つまり…

 

(伝え忘れかよ!ほうれん草は基本なんでしょ、相澤先生!)

 

 純狐が唖然としていると、ミッドナイトがムチを鳴らし生徒の方を向いた。

 

「はいっ!という事でね、早速ですが今年の選手宣誓する人を選んでいくわよ!今年は…」

 

(もみ消した…!いやでも、これで私が宣誓する確率はほぼないはず…)

 

 その時、純狐に女神がほほ笑んだ。しかし、普通の人にとっては勝確なこの演出も、純狐にとっては最悪の展開であった。彼女の服と同様に変な、もとい、純狐にとって嫌で、ヘカーティアにとっては愉快な展開になることは想像に難くなかった。

 

 そんな負けを確信し何を言うか考え始めた純狐に、少し青い顔をしたミッドナイトは画面に映し出された結果を発表する。

 

「はい結果が出ました!今年の選手宣誓は…1-A、落月純狐!!」

 

 突然始まったルーレットで、自分が当たらないように祈っていた生徒から安堵の息が漏れるのを聞きながら、純狐は歩いて前へ進んでいく。

 

「頑張れ!」「おう!決まっちまったらしょうがねぇな。頑張れよ!」「アドリブかよ…」「俺じゃなくてよかった。」「落月、俺が慰めてやろうか?」

 

 1-Aの皆は、始めて見る純狐の暗い顔を見て、励まそうと笑顔を作って応援する。

 

 そんな皆の言葉で少し元気になった純狐は、最後のセリフを吐いた奴の顔を確認せずに、へにょりレーザーを一本放つ。近くにあったブドウにうまく当たったことを、汚物を見るような目で確認すると、純狐は壇上に登っていった。

 

「あの視線…癖になりそう…。」

 

「お前もう…、帰れよ。」

 

 刺さったレーザーが消えたブドウの目に、耳郎がイヤホンを差し込んだ。

 

 その後、無難に宣誓を終えた純狐たちに、ミッドナイトが第一種目の発表を始める。

 

「さーて、それじゃあ早速第一種目行きましょう!第一種目は…」

 

 ミッドナイトの言葉と共に、ホログラムが現れルーレットが回りだす。そして、ミッドナイトがムチをふるうと、ルーレットはそこでピタッと止まった。

 

「コレ!障害物競争!!」

 

 ミッドナイトの言葉が終わるとともに、スタジアムにある複雑な形をした門が開きだす。そして、生徒が移動しだすと、ミッドナイトは簡単にルールの説明を始めた、

 

「計11クラスでの総当たりレースよ!コースはスタジアムの外周4km!わが校は自由さが売り文句。コースさえ守れば何をしたって構わないわ!」

 

(さーて、どうしましょうか)

 

 純狐は1-Aや、その他の予選通過する予定の生徒の位置を確認しながら考える。純狐の個性は、基本的に範囲攻撃なので、気を付ける必要があるのだ。

 

 しかし、純狐は周りの様子を見ながら確認する必要は無かったことに気づいた。1-Aの皆はもちろん、1-Bの生徒も純狐のそばから距離を取っていた。

 

(これなら、大丈夫か。じゃあ、思う存分…とまではいかなくとも、そこまで手を抜かなくてよさそうね)

 

 そんな感じで、真ん中より少し後ろに並んで、手をぶらぶらさせていると、門の上に付いたランプが1つ消え、カウントが始める。

 

 そして、ランプがすべて消え、レースが始まった。

 

『スタート!!』

 

「最初のふるい。」

 

「じゃあ、行きますか!」

 

 純狐と轟の声が被る。その瞬間、スタート地点は、一瞬光に包まれた。

 

 純狐が自身の上の空間を可視光線に純化。それが、轟の出した氷で乱反射し、異常なほどの光が出たのだ。

 

 その不思議な現象に、プレゼントマイクと相澤のいる実況席も盛り上がる。

 

『何だ何だぁぁああ!オイ、解説のミイラマン!何か分かるか!』

 

『落月だろ。変なことが起きたらあいつのせいにしとけ。その方が楽だぞ。』

 

(雑すぎでしょ)

 

 純狐は近くの生徒の目が機能しないうちに地面を“軟”に純化して足首あたりまで地面に埋め、動けないようにして、強化した足で先頭を走る轟の場所まで跳んで行った。

 

「速いわね。もっと妨害していかないの?」

 

「お前のと合わせたらあれで十分だろ。」

 

 轟は純狐から距離を取り、氷を飛ばす。とはいえ、そこまで大きな氷ではないので、純狐は強化を使うことなく、手で払いのけたり、体を逸らしたりして対処する。

 

『先頭の二人が速い!後ろの追い付こうと必死だが、落月の払いのけた轟の氷が飛んでくる!というか、落月はどんな個性なんだぁ!?光を出したかと思ったら、超パワー、その威力もヤバそうだ!』

 

『あいつの個性は万能だが、周りに影響の出るものが多い。つまり、自分さえも妨害してしまうわけだ。そして、力が強すぎるだけに、こんなごちゃごちゃした中ではうまく力が出せていないな。』

 

 相澤の解説を聞き、プレゼントマイクは疑問を覚える。

 

『おい、ミイラマン!なんで、落月は強化を使わないんだ?さっき使ったところを見れば、あれは調整できそうだったじゃねえか!』

 

 相澤はマイクの疑問を聞き、純狐の映るスクリーンを眺めながら言う。

 

『あいつの個性については分からねえことだらけなんだ。だから、確かなことは言えねぇが、疲れるんじゃないか?それに、あいつが強化使うときは光とか音がうざったいから、あいつも使わないようにしてるのかもな。』

 

 そんな感じで、レースは進んでいく。そして、スタートから500メートル程の場所についた。

 

『さぁ、そんな話をしていると、早速第一関門、ロボ・インフェルノだ!』

 

 純狐と轟の前に、ヒーロー科の入試で使われた仮想ヴィランが立ち並ぶ。その中の半分ほどは20メートルはあろうかという、0pのヴィランであった。

 

(そう言えば、こいつらをまともに倒したこと無かったわね)

 

 純狐が立ち止まってそんなことを考えていると、隣の轟から声がかけられる。

 

「もたもたしてっと、追い付かれるぞ。」

 

 純狐は氷を作り出す準備をしながら言う轟を見て、笑う。

 

「フフッ私がこの程度で追い付かれると思っているわけじゃないでしょ?」

 

 純狐のお雄たっぷりの言葉を聞いた轟の口角が一瞬上がる。

 

「そうだな。」

 

 それだけ短く言うと、轟は目の前のヴィランを氷漬けにした。それと同時に、純狐はロボを上に殴り飛ばす。

 

『落月と轟、同時に攻撃ぃー!おいおい待て待て!落月の飛ばしたロボがスタジアム内に落ちてくるぞ!』

 

 プレゼントマイクの言葉で上を見上げ、パニックになる観客たち。警備のヒーローたちはそんな観客を守るために破片が飛んできても大丈夫なように、観客たちの前に出る。

 

 その後すぐ、スタジアムの真ん中にロボが落ち、轟音と共に土埃が舞い上がった。

 

『どんなパワーしてんだよ!オールマイトか!』

 

『まさかここまでとはな…。』

 

 純狐のパワーに、相澤でさえ目を見開く。スカウト目的で来ていたプロヒーローも騒ぎ出した。

 

(やりすぎた…。ちょっと抑えなきゃ)

 

 純狐はそんなスタジアム内の喧騒を聞きながら、少し血の滲んだ手をさすりながらロボを鉄などに純化しながら進んでいった。

 

『さあ、最初っから色々あるがまだ始まったばかりだぜ!飛ばしていくぞぉぉおお!』

 

『うるせえ。』

 




読んでいただきありがとうございました!

変なところで切ってしまって申し訳ない…。
今気づいたけど、まだ原作3巻なのよね。…長い。
どこまで続くかは分かりませんがよろしくお願いします。

次回!続きの予定。予定は未定。


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障害物競争1

こんにちは!

先に謝っておきます。エンデヴァーファンの皆さん申し訳ありません。
ちょっと、痛い目に遭っているシーンがあります。
苦手な方は読み飛ばしてもらっても多分(←ここ重要)大丈夫です。
あと、約1万文字です。

ちかれた。


 想像以上にレベルの高いレースに会場が沸いている頃、オールマイトは様々なことを気にしながら観戦していた。

 

(出久君、頑張ってくれよ…)

 

 オールマイトの視線の先の画面に映る出久は、ロボ・インフェルノに着き、拾ったロボの外装をうまく使いながら進んでいた。他の生徒も、純狐含む上位層の生徒が荒らしたエリアを進んでいく。

 

 オールマイトは1年生ながらもうまく進んでいく生徒たちほほえましく見ながら、視線を先頭の轟、純狐が映る画面に向けた。

 

 純狐が轟に急に近づこうと膝を曲げた瞬間、轟は薄い氷を純狐の足元に張る。純狐は、そんなもの関係ないかのように跳ぶが、移動用に出力を20パーセント程まで落とした状態では少し影響が出てしまい、轟にふるった拳は狙っていた場所とは違うところに行ってしまう。

 

 そのずれを跳んだ時に予想していた純狐は、強化してある腕を薙ぎ払うように振るい、轟を後ろに飛ばすことに成功する。しかし、轟はすぐに体制を整え、自身の後ろにU字型の氷の壁を作り、飛ばされた勢いを利用して純狐から離れた地面に着地する。

 

 轟は、個性のコントロールを高精度化、そして氷の硬化ができるようになっていた。純狐という自分よりも上の存在がいたため、明確な目標を持って訓練を行うことができていたのだ。

 

 それに加え、純狐とヒーロー基礎学の時などに反省しあったりしたことも轟の異常なまでの成長につながっていた。

 

(この二人に組まれたら、今の私ではもう、太刀打ちできないかもしれんな…)

 

 オールマイトは閃光が迸り轟音が響く画面を見て、2人の成長に一抹の寂しさを覚えながらも、次の世代が育ってきていることをうれしく思っていた。そして、視線を出久に戻そうとしたところである疑問が生じる。

 

(落月少女はあんなに【純化】を使って大丈夫なのだろうか)

 

 まだ高校に入学して2か月程しか経っていないのも関わらず、本人もはっきりわかる程の変化。普通ならば、個性を失ってしまうのではないかという恐怖や、それに伴う将来への不安などで個性を使わなくなってしまってもおかしくない。

 

 オールマイトはそのようなことを見越して、そういった相談があった時のためのプランを考えたりもしていたが、純狐がそのような相談をしてくることは今のところない。どちらかというとワンフォーオールのことを聞いてくることが多いのだ。

 

(私のワンフォーオールを気にする理由は何だ?彼女がワンフォーオールを気にする理由など特に無いはずだが…)

 

 そこで、オールマイトはま再び純狐とオールフォーワンの繋がりを考える。しかし、個性のことを聞いてくると言っても、頻度は出久の方が多いくらいで異常というわけではない。あくまで、純狐の今の状況でそこまで人のことを気にする余裕があるのか、という事だ。

 

 それに、もちろんオールマイトも聞かれたことすべてに対して正直に答えているわけではない。秘密にすべきところは話していないし、はぐらかしたりはしている。

 

(はぁ、彼女にことについて考えるときは例外なく疲れるな)

 

 オールマイトはそこで考えるのをやめ、目頭を押さえると、今度相澤とでも話し合ってみようかと思い観戦に戻るのだった。

 

 

― ヘカーティアside ―

 

「ご主人様ぁ~。もう始まってますよ。」

 

「はいはい、分かってるわよ。」

 

 ヘカーティアはポテチの準備をしながらクラウンピースのいる居間へ向かう。

 

「そう言えばご主人様、珍しく何もしてないみたいですね。」

 

 クラウンピースは居間に入ってきたヘカーティアを見て言う。

 

「フフッ、そんなはず無いじゃない。」

 

「やっぱり何か仕掛けたんですか…。」

 

 ため息をつくクラウンピース。しかし、クラウンピースが知る限りヘカーティアは、ここ数日何かしていたという事は無かった。

 

「でも、いつ仕掛けたんですか?全く気が付きませんでしたよ。」

 

 クラウンピースは不思議そうに尋ねる。

 

「ええ、今回実際にやるのは私じゃないもの。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、どこかに電話をかけ始めた。

 

『もひもひ?どをしふぁの?』

 

「また桃食べてるの?よっちゃんに怒られるわよ?」

 

 ヘカーティアは何を言っているかぎりぎり分かるラインの声を聞き、あきれた様子で尋ねる。

 

『せめて桃でも食べてないとこんな穢れた場所いられないわよ。……この森消していい?素粒子レベルで。』

 

 さも当然のように、森を一つ消すことを要求する話し相手。ヘカーティアは森が一つ消えたところでどうという事もないが、処理が嫌なので要求を拒否する。

 

「ダメよ。そんなことしたらまた夢の世界に閉じ込めるわ。それにあなたが行きたいって言ってきたんでしょ?少しは我慢してよ。」

 

 ヘカーティアの答えに、ハイハイと生返事をする話し相手。その様子にため息をつくヘカーティアだったが、あまり時間も無いため本題に入ることにした。

 

「分かってると思うけどそろそろ純狐が来るわよ。殺さないでね。ダブルエックスさんからも頼むってよ。」

 

『八意様が!?ちょっとそれkwsk』

 

 ヘカーティアは話を最後まで聞かずに電話を切った。その電話をとなりで聞いていたクラウンピースは苦笑いしている。

 

「またすごい人を巻き込みましたね…。友人様大丈夫なんですか?あっちからすると、強敵を仕留めることができるまたとないチャンスですけど。」

 

「まあ大丈夫でしょう。月の奴らはダブルエックスさんの名前出せば何もしないわよ。それに、ほんとに危なそうなら私が止めるわ。一応、あっちに地球の送りこんでるし。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、純狐の映る画面を地球のヘカーティアが映る映像に切り替える。地球のヘカーティアはパフェを満足そうな表情で食べていた。

 

「…チキューティアさん、お金持っていったりしてますか?」

 

 クラウンピースは目を細めて画面を見ながら尋ねる。

 

「…多分持って行ってないわね。」

 

「いいんですか?」

 

「まあ、ばれなきゃ犯罪じゃないから…。」

 

 クラウンピースはヘカーティアの答えを聞いて納得する。画面に映る地球のヘカーティアは、凄くおいしそうに食べていた。

 

― side out ―

 

 

 轟と純狐が先頭争いをしている中、その二人の少し後ろにいた爆豪は焦りを感じていた。

 

(クッソ、追い付けねえ)

 

 爆豪の個性【爆破】は手から出た汗を使う個性だ。そのため、普段は後半に行くにつれて体が温まっていき、威力も上がるのだが、轟の出した氷が冷気を放っていて、いつもよりも体が温まっていなかった。

 

 そんな爆豪とは逆に、障害物が増えて動きやすくなった生徒も存在する。

 

「ひゃっほー!」

 

 爆豪の上を瀬呂が追い越していく。瀬呂は障害物が増えたことでセロハンを張り付ける場所が増え、かなり順調に進んでいたのだ。

 

「じゃあな爆豪!先行くぜ!」

 

「誰の先に行くって言ってんだ醤油顔!行かせるわけねえだろ!」

 

 爆豪はそう言うと、セロハンが付いている氷の場所まで爆破を使い飛んでいく。そして、セロハンを掴み、それを自分の方に引っ張った。

 

「おっとあぶねえ。」

 

 瀬呂は爆豪に近づかれるのを避けるために、すぐにセロハンを切って別の場所に張り直そうと伸ばす。しかし、爆豪はその時に少しだけ高度の落ちた瀬呂を見逃さなかった。

 

「あっ、はぁぁああ!?」

 

「はっ、甘ぇんだよ!」

 

 爆破を使って空中に行った爆豪はそのまま瀬呂の首根っこを掴み投げ飛ばす。安全だと思っていた空中で迎撃されたため、対策をしていなかった瀬呂は、抵抗できずに後ろに飛んでいった。

 

 爆豪はそんな瀬呂を気にすることなく、純狐たちの位置を確認する。二人はもう第二関門と思われる場所まで進んでいた。

 

「あれに追いつけばいいんだな。やってやんよ!」

 

 爆豪はそう言うと、瀬呂との攻防で汗が出始めたのを確認して今までの倍ほどの速さで進み始めた。

 

 

 

『さあ、先頭の二人は第二関門、ザ・フォールに到着だ!!落ちろ!』

 

『お前、実況なんだよな?』

 

 実況のプレゼントマイクの声が響く。純狐たちの目の前には、底の見えないほど深い谷が、二百メートル程続いており、所々に石柱が立って、その石柱を不規則に繋ぐように縄がかけられた場所が広がっていた。

 

「じゃあ、ここまでね轟君。」

 

 純狐は崖のすぐそばまで行き、両足を強化する。純狐は強化を使い空中を移動することで、特にすることのないこのエリアを抜けようと思っていたのだ。

 

「そうはさせるかよ。」

 

 轟はロープの上を驚異のバランス感覚で進みながら純狐の方に氷を飛ばすが、純狐は片手を“固”に純化してそれを防ぎ、着陸する石柱に習いを定めて跳ぶ。

 

『落月跳んだぁぁあああ!勝負あったか!?』

 

(よし、後は着地の姿勢に…)

 

 上昇する勢いがほぼ無くなったことを確認した純狐は、着地するために姿勢を変える。

 

 その時ふと純狐はコースの横の茂みに目をやり、その人影に気づいた。

 

(ん?あれは…)

 

 その人物は、純狐が跳んだのと合わせるように、手に持っていた扇子を微かに扇ぐ。

 

 純狐はそれを見るや否や、反射的に強化したままである足をふるってさらに上空に跳んだ。

 

 そしてもう一度その人物を確認する。

 

(豊姫!?嘘でしょ、何でこんなところにいるわけ!?ていうか、ヤバいんだけど!え?死ぬの私!)

 

 純狐が焦るのも無理はない。豊姫の持っている団扇はただ扇ぐだけで森を素粒子レベルで消すことができるようなものなのだ。

 

 そのような、弱体化していなくても当たれば消えてしまうような攻撃を今の純狐が耐えられるはずも無い。

 

(いや、落ち着け。もし本当に殺しに来ているのであればもっと簡単に殺すことができたはずだし、今こうして考えている時間など無いはず。つまりあいつは…)

 

 純狐は1秒程考えて、結論を出す。

 

「愉快犯かよ…。」

 

「そのとーり。なんか楽しそうなことをしているから混ぜてもらおうと思って。あっ、レースは安心していいわよ。今、この懐中時計で私とあなた以外の時間止めているから。」

 

 いつの間にか純狐の目の前にいる豊姫。純狐は、下で一生懸命ロープの上を走る轟が止まっているのを見て時が止まっていることを確認すると、足元を“硬”に純化してそこに立った。

 

 ちなみにこの懐中時計は月の科学で作られた使い捨ての時間停止道具である。

 

「で?ただこれをするためだけに来たの?」

 

「いや、そんなわけないじゃない。このためよッ」

 

 そう、豊姫が言った瞬間、豊姫の扇子が振るわれる。

 

「はいはい、そこまで。」

 

 純狐が何も反応できずにいると、青い髪をしたヘカーティアが現れる。その手には豊姫の団扇が握られてい………無かった。

 

 

 

 /|_________ _ _

〈  To BE CONTINUED…//// |

 \| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄~ ~  ̄

 

 

 

 

 

 

 …という事はもちろんなく、扇子はヘカーティアの手の中に納まっていた。

 

「あなた、時間が止まっていても動けるのね。」

 

 豊姫は後ろにいるヘカーティアの方を向きながら特に驚いた様子を見せずに言う。

 

「あたり前でしょ。時間停止対策は基本なのよ。」

 

「ねえ、私もう戻っていいかしら。」

 

 会話に入ることができていない純狐は、下を見ながら暇そうに呟く。純狐からしてみれば、勝手に乱入されて命を狙われ、その上レースをぶち壊されたという意味の分からないような状況であり、早くこの場から脱したかったのだ。

 

「ああ、ちょっと言っておきたいことがあるんだけど…」

 

 ヘカーティアと豊姫は純狐の方を見てニヤリと笑う。嫌な予感のする純狐だが、今は無力であるため二人を止めることはできない。

 

「あなた、この体育祭普通にやったら勝てるわよね。」

 

「?そうね。」

 

 純狐は今更どうしたのかと首をかしげる。その様子を見て、今度は豊姫が話し出した。

 

「でも、それじゃ楽しくないでしょ?だから、私が楽しむ、そしてあなたを楽しませるために少しだけ手伝うことにしました。まさにWin×Win!」

 

「ちょっと待って。あなたの手伝うってどんな感じ?」

 

 純狐は少し青くなった顔で尋ねる。月の奴らやヘカーティアなど、力を持った奴のするお手伝いはお手伝いじゃ無いことが多い。そしておそらく今回もその類だろうと予想してのことだ。

 

「えーと…ちゃんと避けられるくらいには調整するわ。」

 

「答えになってないし…。それに、あなたこの世界の、というか人間の身体能力は把握してるわけ?」

 

 豊姫は純狐の言葉を聞き少し悩むようなしぐさをすると、ポンッと手をたたき笑顔で答える。

 

「霊夢に合わせればいいでしょ。あの子はれっきとした人間だし。」

 

「はい、アウト。あの子人間だけど人間やめてるじゃない。」

 

「じゃあ、咲夜。」

 

「時間を止めることのできる人間は普通じゃないわ。ん?あれって自分が高速移動しているだけだったかしら?まあどっちにしてもダメよ。」

 

 悪びれた様子も見せない豊姫。そんな豊姫を見て純狐はため息をつき、こいつに何を言っても無駄だと空を仰ぎ見る。

 

「もういいわ、分かったわよ。邪魔してもいいけど他の人とかに迷惑が掛からないようにしてよね。あと、私が変な動きをして怪しまれない程度に。ただでさえ出生不明で怪しまれているのだから、これ以上何かあると除籍とまではいかなくとも自由に動くことができなくなるわ。」

 

 純狐は、最近は少なくなってきたが、疑いの視線が向けられていることを日々の生活の中で感じていた。もしここで変な行動をすれば今度こそ本格的に調べられてしまうだろう。まあ、調べられたところで秘密がばれることは無いのだが。

 

「じゃあ、時間を動かすわよ。後は頑張ってね!」

 

 そんなこと知ったことではないと、笑顔の豊姫が懐中時計を握り潰す。その瞬間世界に音が戻ってきた。豊姫とチキューティアはもう移動したようだ。

 

 純狐はとりあえず地上に戻ろうと体をくるっと回し、頭を斜め下に向けて、靴の裏辺りの空気を“硬”に純化すると、強化した足で蹴った。

 

『落月、より高い場所から跳ぶことで第二関門を抜ける計算かー!?対して轟はまだ100メートル行っていないくらいだぞ!そして…爆豪が追いついたー!』

 

 プレゼントマイクが話し終わる前に第二関門を抜けた場所あたりに着地する純狐。少し後ろでは、轟とそれに追い付いた爆豪が2位争いをしていた。

 

(なんか、爆豪君も強くなってるわね。まあ、あの二人が多少強くなる分はいいか)

 

 純狐は爆豪の爆発がアニメよりも大規模になっているのを見てそう考える。

 

(それより、豊姫の妨害がどこで入るか分からないから早くゴールしなきゃ…。もし、この予選で落ちたりしたらシャレにならないわ)

 

 純狐は、周りの茂みを警戒しながら足を強化し跳んで進みだす。

 

『轟からの妨害が無くなったことで加速し始めたぞ!!誰かあいつを止めてくれー!』

 

 そんな実況の叫びもむなしく、純狐は全力疾走に強化を組み合わせながらどんどん進んでいく。そして、たった数秒で後続と300メートルほどの差をつけていた。

 

「ホントに何者なんだ。一人の人間が持っていてもいい領域を越してるだろ。」「一体、いくつの個性を持っているのかしら。」「一つらしいぞ。【純化】って個性だそうだ。」

 

 先ほどまで盛り上がっていた、スカウトマンが集まる席は、純狐の独走を前にして静かになってしまう。

 

 今年はNo.2ヒーロー、エンデヴァーの息子がいると聞き、集まっていた彼らだが、注目の的は轟から純狐に移っていた。

 

◇  ◇   ◇

 

「フンッ、やはりだめではないか…。」

 

 エンデヴァーは、鼻を鳴らして画面を見つめる。

 

(それにしても、あの落月という生徒は始めて見たが、あれは何だ?跳ぶことでその間は休めるとはいえ焦凍と妨害しあっていたにも関わらず、疲れた様子を見せないぞ)

 

 エンデヴァーは周りが純狐の個性のことばかりに気を取られている中、その不自然な点に気づいていた。

 

(それに、あれだけ強力な個性を持っておきながらデメリットがほとんど無い。最強の個性とはまさにあれだ)

 

 エンデヴァーの目にどす黒い火が灯る。

 

 

 その瞬間だった。エンデヴァーは急に真っ暗な空間に放り出される。

 

 

「なッ、何だ!何者だ!ヴィランか!?」

 

 当然焦るエンデヴァー。そしてそんな彼の目の前に、変な服の赤髪の女性が笑顔で現れる。

 

「こんにt」

 

「くらえッ」

 

 エンデヴァーは先手必勝とばかりに炎をヘカーティアに向けて飛ばす。エンデヴァーの個性は炎系最強の【ヘルフレイム】。しかし、その女性に効いている様子はない。

 

 エンデヴァーはその女に全く炎が効くていないことを確認すると、近づいて格闘戦に持ち込もうとする。だが、その女性は手が触れるか触れないかのところで消えてしまった。

 

「なにッ」

 

「落ち着きなさい。私の名はヘカーティア・ラピス…」

 

 後ろから声をかけられたエンデヴァーは反射的に振り返り炎を飛ばす。

 

「黙れ、何をした、変T・変スカヴィラン!」

 

 ヘカーティアはその反応を見て、笑顔を引きつらせる。この男は実力差も分からないような馬鹿なのだろうか。ヘカーティアはずっとキャンキャン吠えているエンデヴァーの胸を殴り、肺の空気を全部抜く。

 

「カハッ」

 

「やっと黙ったわね。では改めて、私は地獄の女神ヘカーティア・ラピスラズリよ。あなたが、くっだらないことを考えそうだったからその前にこっちに飛ばしたの。文句ある?」

 

 エンデヴァーはヘカーティアを睨みつけながら呼吸を整える。そして、呼吸が整ったところでヘカーティアの様子を観察し始めた。

 

(神様?何言ってやがるんだこいつは。頭がおかしくなったのか?しかし、この空間は…まずはこの空間を抜け出す方法を考えねば)

 

 エンデヴァーそう考え、いつも携帯している緊急事態時に仲間を集めるためのボタンを押す。

 

(ふっ、馬鹿な奴め、これにも気づかないとは。炎が効かないから俺を狙ったのだろうがそんな浅はかな考えではこの俺に勝つことはできないぞ)

 

「あー、ちなみにそれ、圏外よ。」

 

「は?」

 

 ヘカーティアはにやりと笑うエンデヴァーに、数秒時間を空けて話す。

 

 対してエンデヴァーは何をする様子も見せないヘカーティアを警戒しながら、その機器を取り出し、表示を確認する。そこには圏外と、バーカという文字が浮かんでいた。

 

「ちなみにあなた、あの後何を考えようとしていたのかしら?」

 

 ヘカーティアはそう話しかけながら後ろを向いて歩き出す。

 

「貴様に教える筋合いはない。」

 

 そう答えた後、エンデヴァーは急に頭が冴えていくのを感じた。

 

(待て、何でこいつは俺が何を考えようとしていたかが暗に分かるような言い方をしている?それに、俺の拳を避け、見えない速さで後ろに回り込んだ、だと?そんなことがあり得るか?)

 

「やっと冷静になったようね。だがもう遅い。あなたは私の友人を道具として見た。そして、使おうとした。ついでに私の服を侮辱した。」

 

 ヘカーティアはそこまで話すと、自身の纏う雰囲気を変えた。その圧倒的で暴力的な雰囲気に、エンデヴァーは腰を抜かしてしまいその場に倒れこむ。

 

「感謝しなさい。あなたがそれをあの子の前で考えていたら、あなた死んでたわよ。確実に。私はそれを止めてあげたの。」

 

 エンデヴァーは次第に強くなっていくヘカーティアからの殺気で体が動かなくなってしまった。そして、ついにプライドを捨てる。

 

「わ、分かった!謝る!金もいくらでも出す!何でもするから命だけは助けてくれ!」

 

 土下座を始めるエンデヴァーを、ごみを見るような目で見るヘカーティア。そして、今度はエンデヴァーの方を向いて歩き出した。

 

「…何でもするのね?」

 

「はいッ!」

 

「…分かったわ。じゃあ私を楽しませなさい。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、ゲートを2つ開き、それぞれのゲートから一人ずつ人を出す。

 

「おっ、こいつが友人様を辱めた馬鹿ですか?」

 

「だから、座薬って呼ぶn…って、あれ?ここどこ!?うわっ、ヘカーティアさん!どうしたんですか急に呼んで。ん?誰ですかこいつ。」

 

「うどんちゃん、急に呼んでごめんなさいね。ちょっと片手間に手伝ってほしいことがあって。」

 

 ゲートから出てきたのは、クラウンピースと鈴仙だった。エンデヴァーはどこからともなく現れた二人を見て呆けた顔をする。

 

「まあ、いいですけど…何すればいいんですか?何も持ってきてませんよ?」

 

「なんて言葉遣いだッ!こちらにいらっしゃるのはヘカーティア・ラピスラズリ様だぞ!身の程をわきまえろ!」

 

 エンデヴァーは鈴仙の方を向いて叫ぶ。その叫びを聞いて、ヘカーティアとクラウンピースは呆れ顔、鈴仙も何言ってんだこいつ?みたいな顔をする。

 

「この人間なんですか?うるさいんですけど。最近飼いだしたあの黒い力持ちさんの失敗作ですか?」

 

「…いっそここまでくると清々しいわね…。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、エンデヴァーの口にしゃべることができないよう鎖を噛ませ、その鎖を床につないでエンデヴァーを床に寝かす。

 

「はい、じゃあうるさいゴミも黙ったところで、やってもらうことについて話しましょうか。」

 

 動けないエンデヴァーを焼こうと、松明を近づけていたクラウンピースの方を向いてヘカーティアは言う。

 

「えーっと、二人にはこのゴミを狂わせてもらいます。私がやってもいいんだけど、こういうのは本職に任せるのが一番だからね。」

 

「任されました!」

 

「分かりました。じゃあ、まずは私から…。」

 

 早く帰りたかった鈴仙はそう言うと、ゆっくりとエンデヴァーに近づき、エンデヴァーの顔の真上に自分の顔が来るようにすると一度目を閉じて集中し、真っ赤に染まった目とエンデヴァーの目とを合わせる。

 

「うっ、うぅぅぅうううううう!」

 

 その瞬間のたうち回り、手を振り回して炎をばらまくエンデヴァー。鈴仙はそれに驚き後ろに跳びのく。

 

「わわっ、びっくりした!」

 

「ああ、ごめんなさい、手と足を固定するの忘れてたわ。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、新たに無数の鎖をエンデヴァーの周りの空間から出し、エンデヴァーを縛っていく。そして、エンデヴァーの動きと炎を封じると、うずうずしているクラウンピースに声をかけた。

 

「クラウンピース。いいわよ。」

 

「はいッ!思う存分やっちゃいます。」

 

 クラウンピースはそう言うと、スキップでエンデヴァーに近づき、眼球に当たるのではないかと心配になる距離まで松明を近づけてゆっくりとそれを揺らす。

 

 その間、鈴仙はヘカーティアに質問していた。

 

「あのビックリ人間なんですか?火が出てましたけど。最近はやりの焔ビトってやつですか?」

 

「なんか個性っていうらしいわよ。っていうか、幻想郷ってもうそれ見ることができるの?」

 

「(`・∀・´)エッヘン!!永遠亭は特別なのです!」

 

 そんなことを話していると、狂わし終わったクラウンピースが帰ってくる。

 

「終わりました~。」

 

「ありがと。じゃあ、うどんちゃんもまたね。今度幻想郷行ったとき何か奢るわ。クラウンピースも帰っていいわよ。」

 

「本当ですか!やったぜ!帰りはこのゲートでいいんですよね?」

 

「それであってますよ、鈴仙さん。では、お先に失礼しますご主人様。」

 

 二人がゲートを潜ったことを確認したヘカーティアは改めて、ずっと唸っているエンデヴァーの方を向く。

 

「きったない…、って聞こえてないか。まあいいわ、じゃあ、これからは私の番ね。」

 

 ヘカーティアはエンデヴァーの拘束を解く。

 

「あ“あ”あ“あ”あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!コフッ、うっうっう」

 

 拘束が解かれた瞬間、エンデヴァーは叫ぶ。口からは血の色をした泡がとめどなく噴き出し、手を振り回したかと思うと、倒れて何かにおびえるようなしぐさをする。そして、そのまま気を失ってしまった。

 

「あら、もう伸びちゃったの?」

 

 ヘカーティアはエンデヴァーに近づくとたたき起こす。もちろん手ではなく鎖でだ。やっとの思いで起きたエンデヴァーはヘカーティアを見ると、また土下座を始めた。

 

「ゆ“、ゆ”る“じで…ぐだざい。」

 

「分かったわ。」

 

 ヘカーティアは笑顔でそう言うと、エンデヴァーの方に手を向けて精神状態を治した。

 

「あ、あああ!ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

 エンデヴァーは涙を流しながら、土下座し続ける。

 

 

しかし…

 

 

「はいっ、じゃあもう一回!今度はなんと、痛覚10倍、それに継続回復もお付けします!」

 

 

 

「ありが……は?」

 

 

 

 ヘカーティアは動きの止まったエンデヴァーに手を向けて、エンデヴァーの体の時間を戻し始める。

 

「あ“ッ、ハ、ハ、アッグ!ッウ!ッーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 エンデヴァーは自分が壊れていくのを感じる。しかし、完全に壊れてしまうことも出来ない。正に生き地獄と化していた。

 

 そんなエンデヴァーの様子をスマホで撮影するヘカーティアは…

 

(この映像、月のマッドサイエンティストたちに売ったら金になるわよね)

 

 そんなことを考えていた。

 

◇  ◇   ◇

 

 一方そんなことは全く知らない純狐。そんな彼女の前には巨大な真っ黒の箱があった。

 

『さあ、ついに第三関門!!残る関門はこれを含めて後、2つ!例年よりも1つ多いぞ!!断じて、ここまで独走すると思ってなくて、面白さを増すために追加したわけじゃないからな!それに、後半二つは、先頭ほど不利なものだ!さあ、超えて魅せろPlus Ultra!!』

 

『長ぇ…それにうるせえ…。』

 




お読みくださりありがとうございます!

えー、本当に申し訳ないのですが、3月くらいまで続きが出せなくなると思います。
ご理解いただけるとありがたいです。ごめんなさい。

<久しぶりのキャラ紹介>

・豊姫
  綿月豊姫。綿月姉妹の天真爛漫なお姉ちゃん。【海と陸を繋ぐ程度の能力】を持つチートの一人。他の月の民と同様穢れを嫌うが、そこまでヒステリックではない。永琳を師として仰ぐ。

・よっちゃん(依姫)
  綿月依姫。綿月姉妹の生真面目な妹。【神霊の依代となる程度の能力】を持つ、これまたチートの一人。姉と共に”地上と月を繋ぐ者たちのリーダー”。姉と同じく永琳を師として仰ぎ、絶対的な信頼を寄せている。

・霊夢
  博麗霊夢。言わずと知れた主人公。

・咲夜
  こちらも、言わずと知れている。【時を操る程度の能力】は、『東方茨歌仙』では、質量などを消して高速移動しているだけだと書かれている。

・鈴仙(うどんちゃん)
  鈴仙・優曇華院・イナバ。元々は、依姫のペットである月のウサギだが、『東方紺珠伝』では地上のウサギを名乗っている。苦労人。
  


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障害物競争2

こんにちは!

息抜きで書いていたのができたのでとりあえず投稿です。
書くのが癖になってるんですよね…。
勉強しなきゃ…(焦燥)

(模試の結果を見て)
「どういうことだ、オイ…こいつ死んでるじゃねえか…!」


「何これ…。入りたくないんだけど。」

 

 ここまで快調に進んでいた純狐は、急に地面から生えてきた巨大な真っ黒の箱を前にして立ち止まる。原作とのずれを修正するのは、豊姫が入ってきた時点で諦めていたので、そこまで焦ることは無かったが、邪魔をする宣言をされた状態で文字通りブラックボックスに入るのは抵抗があった。

 

『第三関門、ブラックボックスだ!中は真っ暗で様々な障害物が設置してあるぞ!それを時には避け、時には壊しながら突き進め!障害物が追加されることは無いから、先に入った奴ほど不利だぞ!』

 

 明らかに、自分を狙ったように追加された障害物の説明を聞き、少し呆れる純狐だが、長時間立ち止まっているわけにもいかないので、どうするか考え、一つの結論を出す。

 

「中に入って思いっきり殴れば解決なんじゃ…」

 

『そーんなこともあろうかと、ちょっと仕掛けがあるぞ!中にある障害物には強い衝撃を加えると爆発して周囲に強粘着性の液を飛び散らせるようになっているものもある!つまり、下手に強行突破すると動けなくなってしまうという事だ!』

 

『なんかお前も必死だな。』

 

 純狐は、その説明を聞き、中に入ろうと踏み出していた足を止め箱を観察し始める。

 

(まずいわね…。豊姫がどこまで出しゃばってくるか分からないからまだ何とも言えないけれど、私の一人勝ちの妨害をする上ではこの液を利用しない手は無い。だからといって私が“穢れ”なんかを使ったら遊びじゃなくなってしまうかもしれないし…)

 

 箱は、高さと幅は50メートル程、長さは200メートル程の長方形で、目立った特徴も無い。高さと幅が25メートル程の入口には、黒く細い布が中の様子が見えないよう、幾重にも付いていて、お祭りなどでたまに見るお化け屋敷の入り口のようだった。

 

(豊姫の位置が分かれば楽なんだけどなぁ。最悪なのは、手の届かない場所で一方的に妨害してくることなんだけど…)

 

『オイオイ、落月どうした!何か問題でもあったかー!轟と爆豪が迫ってるぞ!』

 

『明らかに自分を標的にしたかのような妨害に戸惑ってるんだろうよ。』

 

 純狐が箱を観察したりしているうちに、轟たちが純狐から約200mの距離まで近づいて来ているのを見ながら相澤は言う。純狐は、爆発音を聞き、二人が近づいていることが分かると、箱の入り口を見て深呼吸をした。

 

(正直これは私も危ないからしたくなかったけど、豊姫が中にいたら一番有効なはず!)

 

 深呼吸を終えると同時に、純狐は指の先を切って血を流す。血が流れ始めたのを確認すると、頭の1メートル程上に水を作り出して血の付いた手を突っ込み、すぐに引き抜いて、その水を血に純化し、間髪入れずに鉄に純化した。

 

『うおッ!鉄の球体ができたぞ!どうなってんだー!』

 

「よし、ここまで成功。後は…」

 

 純狐はそう言うと、鉄の塊を箱に蹴り入れ、熱に純化。すると、何かが爆発するような音がする。鉄が気化したのだ。

 

 純狐は自分の前に風を起こして熱風と気化した鉄を吸い込むことを防ぎ、鉄を熱に純化させた場所を今度は“寒”に純化すると、限界まで足を強化し、箱の中に跳びこんだ。箱に入ると同時に自分の前方を殴って障害物を吹き飛ばし、そのまま出口へ、数十メートルおきに障害物をどけながら進んでいく。

 

(ここまで妨害なし、っと。鉄の気化で豊姫が近くにいた場合の錯乱と入り口近くの液爆弾の処理。それに伴う障害物の安全な撤去。サーモ機能の無効化。多分これが今、私のできる限界!)

 

 中はプレゼントマイクの説明通り真っ暗で、手を伸ばすと自分の肘も見えないような様子だったが、障害物はほぼ無くなっていたので、純狐は止まることなく、真ん中あたりまで進んでいった。

 

「いい感じね。強化した足で跳んで進むと地面に落ちた粘着液を踏む可能性も少ないし、踏んだとしても強化してあるから姿勢が崩れる位で済むでしょう。真っ暗で天井がどこにあるか分からないから、大きくジャンプして一気に突破することができないのが痛いけれどね。」

 

 この辺りまでくると、粘着液が溜まっていると思っていた純狐だが、数度、前方に腕を振るっていたおかげで、地面が軽くえぐられていたらしく粘着液に捕まることは無かった。

 

「あッ」

 

 そのように、ここまでかなり順調に進んできている純狐だったが、少し油断してしまっていたのか跳び出す場所にちょっとした穴があったことに気づかず足を取られてしまいつまずいてしまう。

 

「おっと、危ない危ない。」

 

 純狐は体制を立て直し、風の流れでゴールまでの道を再確認すると、足を適度に強化して跳びだす準備をする。しかし、その瞬間悪寒がし、横に飛びのいた。そして、自分を覆うように水を展開すると、それが半円の形を保っているうちに凍らせて氷の壁を作る。

 

 それとほぼ同時に爆発音と水の飛び散るような音が聞こえ、氷の壁の外側に粘着液と思しき黄緑色の液が付く。純狐はそれを見ると、氷の壁を強化した手で殴り、粘着液の付いた氷を周囲にまき散らした。

 

 そして、間髪入れず足を強化し、ゴールへ向かおうとするが、目の前に急に出てきた土の壁にぶつかって止まってしまう。

 

「…遅かったわね。豊姫。」

 

 純狐は振り向き、真顔で言う。その声に答えるように周りが明るくなり、服の端に少し煤の付いた豊姫が現れた。

 

「あのさぁ…、さすがに鉄は無いでしょ。私といえども熱いわよ。それに入口あたりに爆弾を集めていたから、爆弾のストックもあんまりないし。」

 

 豊姫は手に持っていた爆弾を純狐に向かって投げつける。純狐はそれを読んでいたのか豊姫が現れた瞬間にそれの中身をただの水にしておいたので避けずに手ではじいた。

 

「ねえ、豊姫。あなたその能力で妨害するつもり?お互いに楽しくないでしょ。」

 

 豊姫の持つ【海と陸を繋ぐ程度の能力】は、指定した空間を好きに転移させることができる能力で、その精度とスピード、転移させることのできる規模は、あの八雲紫ですらどうしようもないほどのものだ。

 

 そんな能力を使われると、今の純狐にはどうしようも無いのである。

 

「ん?私は楽しいけど?」

 

「ダメだこいつ…。」

 

 笑顔で答える豊姫に呆れた表情を向ける純狐。そんなことをしていると、遠くから爆発音が聞こえた。豊姫はそれを聞くと、明かりを消す。

 

「じゃあね純狐。このエリアで私が妨害することはもうないと思うわ。それにさすがの私もそこまで酷い妨害はしないわよ。あんまりやると、ヘカーティアに怒られちゃうし。じゃあね~。」

 

 気の抜けた声と共に豊姫の気配が無くなると、純狐は少しホッとする。そして、もう一度風の流れを読みゴールの方向を確認すると、足を強化した。

 

(まあ、どこまで信用できるか分からないから、注意はしないといけないけどね)

 

 純狐はそう考え、気を引き締めると、ゴールに向かって跳び出した。

 

 しかし、跳び出した瞬間、純狐は突然現れた10個ほどの爆弾に突っ込むことになる。が、勢いは衰えず、ゴールまで1メートルのところあたりに着地することはできた。

 

 着地した純狐は、怒りに肩を震わせ、大声で叫ぶ。

 

「ふっざけんなよ!!いや、もう…マジでふざけるな!あいつ、今度出てきたら全身からキノコを生やしてやる!」

 

 どこからともなく聞こえてくる笑い声に、さらに怒りを募らせながら、純狐は第三関門を抜けた。出口に付いていたひらひらに粘着液が付かないように加工されていたのが、唯一の救いだった。

 

 第三関門を抜けたと同時にプレゼントマイクの声が聞こえてくる。

 

『さあ、落月、中が見えなくて、実況することが無かった実況殺しの第三関門を攻略―!しかし、べっとべとだな!二つの意味でやったぜ!』

 

『お前…大丈夫か?ヒーローとしても人間としても。そして、落月。お前はもう少し考えろよ。』

 

 相澤の言葉で、さらにイライラを募らせる純狐。しかし、冷静さを失うと、邪魔されたときに対応できないかもしれないので深呼吸をし、冷静さを取り戻す。

 

 落ち着いてから、いったん体に付いた粘着液を確認する。そして、血の流れている場所に付いた粘着液だけが、溶けて、流れ落ちていることに気づいた。

 

「もしかして…」

 

 純狐はそう呟き、水を少量作ると、粘着液に掛ける。すると、粘着液は溶けて簡単に流れ落ちた。

 

「ああ、コレ、水に溶けるのか。なら…」

 

 純狐はそれに気づくと頭上に水を作り、それを浴びた。服が濡れるのは特に気にしていない。

 

『あっ、気づきやがった!』

 

 プレゼントマイクの声と共に黄緑の粘着液が落ちいつも通りに姿に戻った純狐は最終関門に向かって行く。

 

 その時、純狐の後ろから、大きな音が聞こえた。純狐は何が起こったかを確かめるため一瞬後ろを振り返る。

 

「えっ、箱ないじゃん。」

 

 そこにあったのは、今さっきまであった箱が、開閉可能なスタジアムの天井のようなかんじで、真っ二つに分かれ、地面に収納されていく姿だった。純狐は驚きの表情を浮かべて、走るペースを少し落とす。

 

『オット、テガスベッチャター。と、いうわけで喜べ生徒諸君!第三関門は無くなったぞ!…っていうか、障害物ほとんど無くなってるじゃねぇか!落月、お前やりすぎだろ!!』

 

「いやいやいやいや。まあ、いいんだけどね?ちょっとひどくないですか。」

 

 純狐はそう言い、画面に映る実況席を見る。それに気づいたのか、純狐の様子を見ていた相澤は(包帯でよく見えないが)ニヤリと笑う。

 

『まあ、ヒーローは理不尽を乗り越えていく存在だからな。』

 

「はぁ~」

 

 純狐は、ため息をつくと、ペースを戻して進みだすのだった。

 

 

― ヘカーティアside ―

 

「ハハハッ、豊姫もやってるわね。これも飽きてきたし。やめましょうか。」

 

 真っ暗な空間の中、ヘカーティアはもうほとんど動かなくなってしまったエンデヴァーを見る。そして、エンデヴァーに近づくと、何か呪文を唱え、エンデヴァーの記憶をいじって解放した。

 

「…ん?ここはどこだ?それに最高に嫌な夢を見ていた気が…」

 

 起き上がったエンデヴァーは周囲を確認する。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

『元気ですか?私です私。神様です。』

 

「こいつ、直接脳内に…!」

 

 エンデヴァーは顔をしかめて頭を押さえる。

 

『えーっと、あなたに、何か悪いことを考えたりすると頭が痛くなってしまう呪いをかけました。頑張ってください。』

 

 真っ暗な空間の中、突然そんなことを言われて納得する奴などいない……はずなのだが、エンデヴァーは笑ってそれを受け入れる。

 

「ハハハ、いいですよ。」

 

 その答えを聞いたヘカーティアは、エンデヴァーの前に姿を現し、元の世界に戻す準備をする、と同時にエンデヴァーの性格をもとに戻す。

 

「はい、じゃあ、このゲートを潜ったら帰ることができるから。じゃぁね。」

 

 性格がもとに戻ったエンデヴァーは、本気で悩ましそうな表情をして、へたり込んでしまった。

 

「俺は、なんて軽はずみな約束を…。」

 

 エンデヴァーは自分を恨みこそするが、不思議とヘカーティアに抵抗する気が起きなかった。恐怖が体にしみこんでしまったのだろう。

 

「まあ、あなたならできるはずよ。あっちの世界ではできていたんだし。」

 

「そうですか…。」

 

 エンデヴァーはそう言うと、ゲートを潜って盛り上がる観客席に帰っていった。

 

― 数分後… ―

 

「ふぉぉおおおお!ショートー!頑張れー!」

 

 爆豪と2位を競い合う轟を、大声で応援するエンデヴァー。それを、いつもの居間で見ていたクラウンピースは、別の画面で純狐を見ているヘカーティアの方を向き、苦笑いをする。

 

「ご主人様…、性格変えたままですね?」

 

「いや、性格を少し丸くしただけよ。あんな風になるってことは、元々あのような思いを持っていたってこと。まあ、見てて飽きないでしょ?それに、彼も轟君とかの前では今まで通り、というか原作通り振舞うんじゃない?ダメならまた調整するわ。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、新しいポテチの袋を開けて食べ始めた。

 

― side out ―

 

 

 純狐はこの体育大会で、全力を出せずにいた。下手に力を使えば、今まで手を抜いていたと非難されるかもしれないからだ。

 

 しかし、今。豊姫のこともあり、純狐はかなりイライラしていた。そう、イライラしていたのだ。

 

『さあ、ついに最終関門!地雷原だ!これも先に着いた奴ほど不利だぞ!それに、空を飛ぶ奴のために誘導ミサイルもあるぞ!!』

 

 別に純狐は、殲滅のようなことが嫌いなわけではない。無双ゲーなどもたまにプレイするくらいには好きだ。今までしてこなかったのは、力の差がありすぎて面白くなかったのと、頭を使って、最低限の力で切り抜けたりする方が好きだからである。

 

 しかし、頭を使い続けるとストレスが溜まるのは純狐も同じである。ストレスは少し暴れて発散させるのが一番いい、と純狐は考えていた。

 

『おーっと!?落月上空へ行ったー!おいおい、速すぎて誘導ミサイルのAIが反応できてないぞ!サポート科改良しといてくれよ!!』

 

『…あいつどこまで行く気だ?コースを出なければいいとは言ったが…。』

 

 純狐は、最終関門に着くと同時に、地面を蹴って上空へ行く。上空でも数回空を蹴ってさらに上っていき、雄英の校舎より上に行くと、上るのをやめ、霊力を練り始めた。

 

「よし、今回は出血大サービスしましょうか。幸い、私の純化の底が知れてないので、そこまで疑われないでしょう…無いよね?」

 

 高速で落下しながら、作り出した霊力を純化させ、より質の高いものにしていく。地雷原の中心あたりの上空50メートルくらいのことまで来ると、純狐はほぼ準備を終わらせていた。

 

「純化…さすがにヤバくないか?あの個性。本気で対策を立てておかないとあいつが暴れた時止められなくなるぞ。」

 

 プレゼントマイクはいつになく真剣な表情で、上空の純狐を見る。純狐は稀に見せる嗜虐的な笑顔を浮かべていた。

 

「それができれば苦労はしない。今のところは、何かあった時はオールマイトが動いてくれることになってる。」

 

「それなら安心か。」

 

 プレゼントマイクは軽く息をつくと、実況を再開した。

 

『さあ、後続もどんどん迫ってきているぞ!二位争いは若干、轟が有利か!?』

 

『オイ、オイ、後続をいったん止めろ。何か嫌な予感がする。』

 

 純狐を見ていた相澤は青い顔をして(包帯で見えにくいが)プレゼントマイクに指示する。プレゼントマイクも何か感じとったようで、轟たちに向かって話しかけた。

 

『オーイ、轟、爆豪、いったん止まってくれないか?』

 

 もちろん納得できず、進み続ける轟たちだが、上空の純狐を見ると、足を止めてしまう。

 

「…確かにヤバそうだな。」「あいつ何してんだ?」

 

 得体のしれない物を感じて、妨害合戦をやめ、最終関門手前で立ち止まる轟と爆豪。純狐は霊力を若干使って、落ちる速度を緩め、二人の方を向いて話し出す。

 

「あら、早かったわね。ごめんだけど、後少し待ってくれr…」

 

 純狐がそこまで言ったところで、爆豪が我慢できずに純狐に向かって跳び出す。しかし、爆豪は見えない壁にぶつかって、元居た場所あたりまで戻されてしまった。

 

「だから少し待ってくれって頼んだのに…。あっ、聞こえてないか。まあ、折角だからそこで見ててね。」

 

 純狐はそう言うと、練り上げた霊力を集束させていき、腕を上にあげる。そして、すぐに腕を振り下ろすと、レーザーのような光が地面に向かって伸び、吸い込まれるように消えていった。

 

『オイオイ、今度は何を見せてくれるんだぁ!楽しみで夜しか眠れないぜ!』

 

「よし、これで終わり!」

 

 そう言うと、純狐は指を鳴らす。

 

 

 その直後、最終関門、地雷原のほぼ全域が赤に染まった。

 




読んでくださって、ありがとうございます!

最後の方はあまり深く考えずに書いたので今後どうなるか、私にも分かりません。
まあ、いつもそんな感じなので大丈夫だと信じてます。

次回!多分3月くらい。


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障害物競争3

こんばんは!あけおめ!

お久しぶりです。
プロットの大切さを知り始めました。


終わるのかなこのシリーズ…


― (唐突な)幻想郷side ―

 

 一体、いつからだっただろうか。この運命が定まっていたのは。次元を隔てるほどの距離があろうとも、因果は巡りそこに訪れる。

 

 霧の湖の畔に建つ真っ赤な洋館の主、レミリア・スカーレットは、読んでいた本を静かに閉じて軽くため息をつく。

 

 そして、おもむろに立ち上がると、日光が当たらないように注意しながらカーテンを開けて、小さな窓から綺麗に整備された庭園を眺める。そこには、いつものように美鈴がいたずらをする妖精たちを叱る姿があった。

 

 そんな平和な光景を見て、フフッっと笑うレミリア。そんなレミリアの後ろで、コトッ、と心地よい音が鳴る。優秀なメイドが読書が終わったのを察して、紅茶を持って来てくれたのだろう。

 

カーテンを元に戻し、机に置かれている紅茶を見る。

 

 紅茶に混ざっているのは、いつもの睡眠薬のようだ。これならば、普通に飲んでも大丈夫だろう。

 

 レミリアはそう考えると、念のため、親友であるパチュリーから教わった異物浄化の魔法をかけて紅茶を口に含んだ。

 

 ちょうどその時、扉が大きな音を立てて開かれ、レミリアの妹、フランドールが部屋に入ってきた。

 

 いつになく焦っているフランは、優雅に紅茶を飲んでいるレミリアを見ると、何かを諦めたような表情になる。その後、荷物をまとめてくるとだけ言って、部屋から出て行った。きっと彼女もこれから何が起こるか分かってしまったのだろう。

 

 フランが部屋を出て行くと、レミリアは軽く息を吐いてから立ち上がる。そして、いつの間にか自分の斜め後ろに待機していた咲夜から日傘を受け取り、外に出ようと移動を始めた。

 

 ゴミ一つない廊下を歩いて出入り口前のホールに着く。そこにはすでに、パチュリーと荷物をまとめたフランの姿があった。二人はレミリアを待ってくれていたらしい。

 

 フランの荷造りが早くなったことに嬉しいような、寂しいような複雑な感情を抱くレミリアは、その不安を妹に悟らせないために、先頭を切って扉を開ける。

 

 日傘をさして、門に歩みを進めるレミリア達。途中で妖精たちと遊んでいた美鈴に、そろそろだからついてくるように言う。

 

 それを聞いた美鈴は一瞬で表情が抜け落ちた。これから起こることの後始末はおそらく美鈴がすることになるので、彼女のショックはレミリア達の比ではない。

 

 空を見て、神を恨むようなことを呟き続ける美鈴に、レミリア達はかける言葉が見つからないのでそっとしておき、また歩き出す。

 

 門の外に出ると、三人は着実にカウントダウンが進んでいることを感じながら館を見た。レミリアの横には大きな荷物と美鈴を持った咲夜も現れ、静かにその時を待つ。

 

 その数秒後、どこかで地雷原が爆発すると同時に、紅魔館は爆発した。

 

 

 

「はいはい、それじゃ片付けを始めましょうか。美鈴、いつも通りお願いね。」

 

「分かりました…。」

 

「もうやだこの館…」

 

「妹様、拗ねないでください。お菓子をお作り致しますので。」

 

「本が無事なら何でもいいわ。」

 

 

― side out ―

 

 

『は…?』

 

 プレゼントマイクは一瞬我を忘れて変な声を出す。観客も何が起きたか分からずに黙ってしまっていた。が、すぐに賑わいを取り戻す。

 

「はあぁ!?何しやがった!?」「あいつ今まで手抜いていたのか…!」「もうわけわかんないね…。」「あれと戦うの?無理じゃない?」

 

 そんな観客席と対照的に、黒く染まり、まだ所々火花の見える地面が広がる最終関門だった場所は、パチパチと音を立てるだけで、静寂に包まれていた。

 

 そんな大地に純狐が降り立つ。そして、ゆっくりと轟たちのいる方に体を向けた。

 

 (クッソがぁあ!!あいつ、手ぇ抜いてやがった!)

 

 爆豪は降りてきた純狐を睨みつけ、歯ぎしりをする。その時、爆豪が純狐にとびかかっていかなかったのは、どれだけ悔やんでも純狐には届かないと分かってしまっていたからだ。

 

 爆豪はそんな自分の実力不足を、純狐が手加減していたこと以上に悔やんでいた。

 

 同じ場所にいた轟もまた、悔しそうな表情をして純狐を見ていた。

 

轟は開会式前の宣戦布告時に、つまらない勝負をするようなら本気は出さない、と言われたことを思い出す。

 

 序盤は何とか食いつけてはいたものの、特に細工をされるわけではなく力だけで振り切られ、その後も背中を追いかけることしかできなかった。純狐より関門が一つ少なかったのに、だ。

 

 そんな二人の様子を見ている純狐は、二人とは逆にすっきりとした顔をしていた。

 

(ふぅ~、後はゴールするだけね。霊力使いすぎて、ゴールする分しか動けなさそうだけど…、何気に危ない橋渡ってたわね…)

 

 今の人の体では、保持できる霊力の量が少ない。それに、霊力を練るのもそれなりに時間がかかるため、今の爆発で使い切ってしまっていたらかなりピンチだったのだ。

 

 もちろん、体力も当の昔に無くなっているので、純化を制御することは難しかっただろう。

 

『おっと、ついに轟と爆豪が走り出したぞ!だが、落月を警戒してか、大きく迂回~!』

 

 なかなか動かない純狐を見て、このままだと埒が明かないと考えたのか、轟が走り出し、それに爆豪も続く。

 

 それを見た純狐は余裕を持った動作で足を強化し、ゴールに向かって跳んだ。

 

 そう、何も警戒せずに。

 

「えッ」

 

 純狐は跳んだ。ゴールとは反対に。そのまま最終関門の手前に着地し、そのまま倒れた純狐は何が起こったか分からず周囲を見渡す。

 

 そして、木陰にある豊姫の笑顔を見た。

 

「――ッ」

 

 おそらく、豊姫がエネルギーの場所を操作し、反対方向に飛ばしたのだろう。純狐はそれを理解すると同時に、行動に移っていた。

 

(今は無視。おそらく、立つのが限界。霊力は枯渇。純化は制御不能。周りの生徒は離れている)

 

 さっき確認していたことが功を奏し、自分と、その周囲の状況確認は1秒もなく終了。その後すぐに、轟たちを見る。

 

(あと10秒ほどでゴール。私の全力で行けばゴールまで1秒と少しくらいか?)

 

 そこまで理解すると、純狐は力を抜き、体力と霊力の回復に努める。

 

『えッ、オイオイオイ!どうした落月!?ここにきて個性の暴走か!』

 

 純狐の奇行に一瞬実況を忘れていたプレゼントマイク。その横にいるイレイザーヘッドは全く動かない純狐を心配し、早く救助班を向かわせるように指示を出し、自身も急いで向かおうと席を立った。

 

(…自滅覚悟で、正確に…、あと5秒…)

 

『落月動かない!ホントに大丈夫なのか!?救護班が向かっているから安心してくれよ!一方、落月がいなくなったことで轟と爆豪がまた争いだしたー!今度は2位ではなく、1位争いだ!』

 

 轟は周りが暖かくなっているおかげで体に降りていた霜が溶け、爆豪も発汗が激しくなって推進力が上がる。周りの環境に後押しされた二人の勝負は、先ほどより激しいものになっていた。

 

 純狐のことを心配していた観客も、救護班のことやリカバリーガールがいることへの安心感からか、いつの間にか二人の勝負に気を向けていた。

 

(右足の指先に神経を集中…あと2秒…!)

 

 救護班が向かってくる中、純狐はさらに集中の度合いを上げる。周りの生徒の失敗は、この時純狐に近づかなかったことだろう。もし、誰かが近づいていたら、純狐は全力を出せなかったのだから。

 

 しかし、圧倒的な力を見せつけられ、純狐に近づくことが自殺行為だと刷り込まれている生徒にそんなことができるはずも無い。

 

『おっと、轟が爆豪の隙をついて手を凍らせた!すぐにもう片方の手で爆破させ解除するが…、これは勝負あったか!?』

 

 ついに、轟が爆豪にゴール直前で差をつけ、観客の興奮のボルテージが上がっていく。

 

『ゴールまであと10メートル切った!!そして、そのまま……』

 

(…ゼロ…!)

 

 轟が勝利を確信し、爆豪が負けたことを確信した瞬間、二人の後方でとんでもない爆発音と、膨大な光が溢れ出る。

 

 純狐が何かしたと警戒し、一瞬振り返った轟と爆豪は対策を立てる時間も与えられず、吹き荒れた突風によって左右に突き飛ばされた。

 

 そして、スタジアム内に人影が降り立つ。

 

 その姿を確認したプレゼントマイクは、マイクを狂わせるのではないかと思わせるほどの大音量で叫んだ。

 

『はぁぁああ?!オイ今なにした!落月、ゴールしている!!これには轟たちも呆然!いや、俺も何が起こったか分からなかったぞ!』

 

 観客も何が起こったか理解できず、スタジアムは一瞬静寂に包まれた。しかし、純狐の姿を確認すると、プレゼントマイクの声と引けを取らないほどの歓声を上げる。

 

 そのように、スタジアムが歓声に包まれ、誰もがアドレナリンを多量に出している中、警備員に止められ、結局放送席から出ることができなかった相澤だけが冷静であった。

 

「……落月の様子がおかしい。」

 

 そんな相澤の言葉通り、純狐は急に倒れたかと思うと、そのまま足の痙攣を始める。しかし、意識ははっきりしているようで、何度か立ち上がろうとするが、立ち上がることができないでいた。

 

(チィッ、こんな予定では…!あー、どれもこれも豊姫のせいよ!)

 

 純狐は心の中で悪態をつく。実際、今の純狐の体の様子は、冷静になってみればかなり痛々しいものであった。

 

 自分で切った手からは、動き回ったせいで血が止まっておらず、少量とはいえ火薬の入った爆弾に突っ込んでいったことによる傷からも血が滲んでいる。黄金に光っていた金髪は所々黒く煤が付いており、服もかなりボロボロになってしまっていた。

 

 そして、何よりひどかったのが、最後に使った右足の指先であった。

 

(骨折はしてるか…、痛くは無いから立ち上がったりはできるけど、これ治すのにかなり霊力食うわね…。正直、もう先生に痛みを感じにくいことばれてそうだし隠す必要が無いに等しいのが救いね。そんなことより、第二競技に間に合うかしら。体力も残ってないからリカバリーガールには期待できないし…)

 

 そんなことを考え、少しでも霊力を回復させるために何とか動くようになった足を動かしてスタジアムの端に向かう純狐の耳に、またひときわ大きな歓声が聞こえてきた。

 

『ここで、轟がゴール!!そして、少し遅れて爆豪がゴールだ!かなり吹き飛ばされてしまったようだが、それでも4位以下にかなりの差をつけた!取り合えずお疲れ様だぜ!』

 

 ゴールした二人は、その場で少し息を整え、爆豪は純狐の方を一瞥してそのままスタジアムの真ん中に歩いて行き、轟は、救護を受けている純狐の方に向かって行った。

 

 遠くから、「おおッ、焦凍!脈ありなのか!?うらやま幸せになれこん畜生!」など、意味の分からない声が聞こえてきた気がしたが、今は無視でいいだろう。

 

 そして、純狐の元に着いた轟は少し怒気を含んだ声で話しかける。よほど冷静さを欠いているのか、純狐のケガには気づいていないようだった。

 

「お前、ふざけてんのか。」

 

 その声を聞いた純狐は、首を回して轟をちらっと見ると、包帯が巻かれた手で体を指さし、軽い笑みを浮かべる。

 

「これが大丈夫そうに見える?こっちはこっちで色々あったのよ。一応全力でやらせてもらったわ。」

 

 その言葉を聞いた轟は、やっと純狐の今の状態に気づいた。なる程、全力を出したという風には感じなかったがケガを見る限り全力を出したようだ。しかし、その姿を見て、轟には疑問が湧き出てくる。

 

「お前、今までそんなになったこと無かっただろ?俺たちとそんなに接触してたわけでもないし…、あのブラックボックスで何があったんだ?」

 

 今まで純狐は、授業などでどれだけ厳しい課題が出されても、余裕をもってクリアしてきた。無限にあるのでは?と思わせるほどの持久力があり、苦手に見えることでも個性をうまく使うことで切り抜けていた。そんな純狐がこのような状態になる事態が轟には想像できなかった。

 

「あー、ブラックボックスはねぇ…、まあ大変だったわ。うん、あそこで全部狂ったと言っても過言ではないくらいには。」

 

「そうか…。」

 

 純狐の答えを聞き、落ち込む轟。大変な関門があっても純狐に追いつけなかったことに自信を無くしかけていた。

 

 治療があらかた終わった純狐は、立ち上がりながらそんな轟の様子を見てここでやる気をなくしてもらっては困ると、着火剤になりそうな話題を振る。

 

「そう言えば轟君の家族とかは来ているの?」

 

 それを聞いた轟は、苦虫をかみつぶしたような顔をし、エンデヴァーがいるであろう席を見る。

 

「…クソ親父が来ている。そうだ…俺はあいつに認めさせるために…!」

 

 目に恨みの焔が宿ったところで純狐は安心し、練っていた霊力を使い足の指を治していく。しかし、一気に治してしまうほどの霊力は戻っておらず、また、怪しまれるのでその他のケガも程よく残して、一組のメンバーが次々に帰ってきているスタジアムの真ん中の方に向かった。

 

 すると、今まで純狐が治療を受けていたことで話しかけることを遠慮していた一組の皆が純狐に話しかけてくる。

 

「落月さん!ケガしてるようだったが大丈夫なのか?」

 

 飯田は相変わらずかくかくした動きをしながら話しかける。しかし、疲れからかいつもより速度が落ちているようだ。

 

「まあ、大丈夫と思えば大丈夫よ。回復は早いから。そっちもお疲れ様。」

 

 純狐は飯田にまかれた包帯を一部解き、ケガを治した部分を見せる。飯田はそれを見て、驚いたような顔をした後、少し考え込んでしまう。

 

「あれだけ動いても…!いや、これは俺が成長できる機会だととらえよう!Plus Ultraだ!」

 

 そう叫ぶと、突然純狐に向かってありがとうと言って飯田は離れたところに行ってしまった。

 

「あはは…、飯田君は元気そうだね…。」

 

 飯田が去っていき、一人になった純狐に次は出久が話しかける。

 

「あら、出久君。実力は出せたかしら?」

 

 まあ、上位で帰ってきたってことはうまくいっているという事よね、と思い尋ねてみる。問われた出久は、一瞬びくっとしてしまうが、明るい表情で頷いた。純狐の予想通り、ある程度実力は出せたらしい。

 

「それよりも…、そのケガどうしたの?!」

 

 出久は、純狐の惨状に気づき声を上げる。純狐は3度目のそのやり取りに少し面倒くささを感じつつ答える。

 

「腕のケガはブラックボックスで色々あったことが原因だけど…足のは個性の制御がうまくいかなかったのが原因ね。前に言ったでしょ?出久君みたいになることもあるって。」

 

 出久はそう言えば、と顎に手を当てて思い出す。しかし、いつも余裕そうな純狐が、大きなケガをして、個性を制御できないことを出久は信じられなかった。

 

「まさかそんなになるなんて…、いや、でもやはり落月さんの個性は僕と類似する部分がある。もっと落月さんの行動を観察することで僕の制御も…」

 

 そのまま考え込んでしまい、ぶつぶつ話し出した出久を見て苦笑いしていると、梅雨と八百万が近づいてくる。

 

「ケロッ、酷い怪我。勝負の場で言うことじゃないかもしれないけど、あんまり無茶しないでね。」

 

「峰田さんにやられてしまいましたわ…。落月さんもお疲れ様です。体操服がボロボロですね…。作って差し上げましょうか?」

 

「二人ともお疲れ様。そして、ご厚意に甘えて作ってもらおうかしら。ありがとね。」

 

 そんな風に三人が話していると、小さな影が近づいてくる。

 

「おいおい、今ボロボロの体操服といったか?そして、作ってもらうという事は、着替えるという事!よし、しょうがねぇなあ、俺が手伝って…」

 

 近づいて来た小さなものがそんなことを言った瞬間、純狐が小さい生物の目と思われる部分に指を近づけ、そのまま指先を可視光線に純化した。

 

「ああああああああ!目がぁ!目がぁ!」

 

 純狐はそう叫びながら、上鳴に運ばれていく小さな生物を無視して、ほとんどの生徒が帰ってきたスタジアムを眺める。

 

「…みんな元気そうで良かったわ。次の競技もお互い頑張りましょう。」

 

「…ええ、そうですね。」

 

 純狐は作ってもらった体操服を受け取り、トイレに歩いて行った。

 

 そして、スタジアムの建物の中に入り、しばらく歩いたところでオールマイトに会う。

 

「お疲れ様、落月少女。少々へまをしたみたいだな。」

 

「アハハ…、次から気を付けます。」

 

 時間も無いのでトイレへの道を急ごうとする純狐。オールマイトもそれを分かっているので、それを止めようとはしなかった。しかし、純狐とすれ違う瞬間、純狐に聞こえるように呟く。

 

「何か別のものと戦ってただろう?昼休み、休憩室3に集合だ。」

 

「…はい。」

 

 純狐はやはりばれていたかと思いながら返事をした。しかし、昼休みはこの体育祭で成功を飾ることができるかどうかを左右することをしなければならない。純狐は、オールマイトに少し待ってもらっていてもいいかと尋ね、許可をもらうと、鼻歌を歌いながらトイレに向かって行った。

 

 純狐が廊下の角を曲がるまで笑顔で見守っていたオールマイトは、姿が見えなくなった瞬間、大きなため息をつく。

 

「はぁ~、彼女に無茶をされるとこっちが心配になってくるからやめてほしいのだがな。」

 

 そのオールマイトの声を聞いていたリカバリーガールは同じようにため息をついた。

 

「お前も周りにそう思われてるんだよ…。人の振り見て我が振り直せってことだね。」

 

 オールマイトは弱々しく笑い、気を付けますと言うと、表情を真剣なものに変える。純狐がヴィランに狙われてその攻撃を受けたとすれば、それは大きな問題だ。純狐だから大ごとにはならなかったが、もし、戦闘能力の低い生徒が狙われていたらと思うとぞっとするものがあった。

 

「しかし、何だ…、あの子の限界を見ることができたってのは私たちにとってはいいことだったね。これであの子への対策マニュアルをまともに組むことができる。」

 

 リカバリーガールの発言に少し眉をひそめるオールマイト。オールマイトはこのマニュアルの核ではあるが、基本的に反対であった。

 

「私があの子を導いて見せます。」

 

 オールマイトの覚悟した目に見つめられ、たじろいでしまうリカバリーガールだが、過去に何度も強力な個性を生徒が悪用したことを知っている彼女は、救護室に戻りながらオールマイトを諭すように言う。

 

「…暴れだしてからでは遅いんだよ。それに過去に例を見ない強さを持つ生徒だ。頭もいい。すでにその辺のヒーローとは一線を画すほどの実力がある。…反対するのはいいけど、いざという時は…覚悟して動いておくれ。」

 

 杖に体重を預け、腰をたたいて歩くリカバリーガールの姿を無言で眺めながらオールマイトは思いを固める。

 

(絶対にそんなことはさせない。私が正しい方向に導いて見せる。出久君も落月少女も…!)

 

 そのシリアスな場面を見るものがあった。純狐である。オールマイトの様子が最近おかしいと思っていた純狐は、着替えを速攻で終えて“隠”に純化し近くで見ていたのだ。

 

(うわッ、面倒なことになってる…。原作にこんなの無かったわよね。少し目立ちすぎたかな…。勘違いされてヒーローと敵対してもイベントは増えそうなのだけれど…、その前に私が帰らなくちゃいけないしなぁ)

 

 そんなことを考え、悶々としながら、純狐はスタジアムに戻って行くのだった。

 

「……私はやっぱり…信用されないのかしら。まあ、本当のこと話さないから当然か。」

 

 歩きながら無意識にそう呟く。彼女は何かを思い出しそうであったが、考えるのをやめた。

 

『全員が帰ってきたみたいだな!それじゃあ、第二種目行っちゃうぜぇ!進めるのは上位42人!張り切っていこう!!ミイラマンも準備はOK!?』

 

『呼び方変えろ。…まあ怪我はしないようにな。』

 

『えッ、大丈夫か?熱でもあるのか?』

 

『はったおすぞ』

 




お読みいただきありがとうございました!

いつも通り、矛盾や誤字を教えていただければ幸いです。

次回!第二種目に入る予定


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第一種目を終えて

こんにちは!

第二種目には行けませんでした…。
そして、久しぶり過ぎて設定を忘れつつあります。
何で、純狐さんの設定こんなにめんどくしちゃったんだろ。
そして、ヘカTさんは何で自分勝手に動いちゃうの?(プロットがしっかりしてないから)

アンケート協力ありがとうございました!


「第一種目が終わったわけだが…、何じゃありゃ。俺たちはあれと戦おうとしてたのか。」

 

 死柄木は不機嫌さを隠すことなく首を強く掻く。純狐の異常なパワーを見た死柄木は、最初は唖然としていたものの、何が起こったか理解した途端に無性にイライラしてきたのだ。

 

「落ち着いてください死柄木弔。今は観察に集中しましょう。それに彼女の限界を知ることも出来たじゃないですか。これは大きな収穫ですよ。」

 

 そう言う黒霧も焦っていなかったわけではない。USJで見せつけられた異常なまでの戦闘への慣れも加味すると黒霧と死柄木で共闘しても止めることはできないだろうと思ってしまっていた。

 

「あれが限界だとしてどうすりゃいいんだよ!あれだけ動き回って、あれだけの力を使ってやっとだぞ。脳無を何体消費すりゃ止められるんだよ。」

 

「あら、久しぶりに来てみたらずいぶんな荒れようね。」

 

「あなたは…!」

 

 そんなピリピリした空間に現れたのは、変な服装をした神様、ヘカーティアだ。ちなみに月のである。

 

「こんにちは。赤髪の私には会ったことがあったのかしら?あれと同一人物だから気にしないでね。」

 

 月のヘカーティアはそう言うと、半透明の椅子を作ってそれに座る。死柄木と黒霧は、髪の色は違うが、まとう雰囲気が同じだったためそのことに納得して警戒を解いた。

 

「ああ、久しぶりですヘカーティアさん。今、何かお出ししますので。」

 

「いや、すぐに帰るからいいわよ。仕事もあるし。」

 

 紅茶の葉を用意し始めた黒霧を止めると、ヘカーティアはお土産と言って、死柄木にクッキーを渡す。死柄木もオールフォーワンに丁寧に接しろと言われているため、テレビ画面から目を離してクッキーを受け取った。

 

「彼女…落月のことについて何かわかることはある?」

 

 死柄木は冷静になった頭で、もう一度冷静に純狐の映った映像や、これまでの行動を思い返す。

 

「…行動はヒーローだ。ただ、何か引っかかるものはあるな…。」

 

 死柄木の答えに静かに頷くヘカーティア。死柄木が、人の表情の変化やちょっとした動作から多くのことを察することができることをヘカーティアは知っていたのだ。

 

「なら、他の生徒と比べてどうかしら?」

 

 死柄木はまた少し考えると考えを口に出す。

 

「必死さが無い…余裕があるって言った方が正しいか。どこか不満そうにも見える。自分で自分に枷をかけてんのか?だが、雄英に行った奴だ。何かヒーローに対する憧れから必死になってもおかしくねえのに…。」

 

(あら、もうそこまで考えられるのね。なら、この質問で終わりにしようかしら)

 

 ヘカーティアは予想していた以上に察しのいい死柄木に驚き、異界のヘカーティアが用意していた質問を色々飛ばして最後の質問をする。

 

「じゃあ、あの子は何がしたいのかしら?これで質問は終わりよ。後は頑張って考えてね。」

 

 また、考え始めた死柄木と話についていけていない黒霧を置いてヘカーティアは帰る準備を始めた。

 

「あっ、それでは…」

 

 黒霧はヘカーティアがゲートを開いたのを見ると、お菓子を棚から取り出し、簡単にラッピングして渡そうとした。しかし、ラッピングした瞬間に黒霧の手からお菓子は無くなり、ヘカーティアの手の中に現れる。

 

「…あんたの個性は何なんだよ。」

 

 一連の出来事を見ていた死柄木は、考えるのをいったんやめてヘカーティアに尋ねる。オールフォーワンがどうしようもないというような個性のことを死柄木は知っておきたかったのだ。

 

「うん?これは個性じゃないわよ。オールフォーワンから伝えられていないの?」

 

 この答えには尋ねた死柄木だけでなく黒霧も驚いた表情を見せる。それを見たヘカーティアは本当に伝えられていなかったのかと思い、簡単に説明する。

 

「まあ、私は神様だし。それもかなり上位の。大抵のことはできるわよ。」

 

 納得できない死柄木だが、今までの行いを思い返すと納得せざるを得ない。黒霧も同じような結論に至ったようで、軽く頷いていた。

 

「では、何で私たちに協力を?」

 

 今度は黒霧が尋ねる。

 

「バランスをとるため?」

 

「何で疑問形なんだよ…。」

 

 月のヘカーティアはその後、お菓子のお礼を言うと、今度こそさよなら、と言ってゲートに入っていった。

 

 

「落月がやりたいことか…。」

 

 死柄木はヘカーティアがいなくなった部屋でもらったクッキーを食べながら、第二種目がすでに始まっている画面を見て呟く。純狐が他の奴とは違うと、うすうす気づいてはいたが、具体的に考えたことは死柄木にはなかった。

 

「そう言えば彼女、ただ力任せに物事を解決した時はあまりすっきりした表情をしていなかったような気がしますね。」

 

 死柄木ほどの洞察力は無いが、少しでも役に立とうと、黒霧は自分で思ったことを言ってみる。

 

 それを聞いた死柄木は、はっとしたような顔をすると、目を近くのパソコンに移して純狐のUSJの時の表情を確かめた。盗撮していた映像を次々に見ていき、もう一度テレビの画面に目を戻す。

 

 ちなみに死柄木は、ヘカーティアがオールフォーワンに渡した映像はもらっていない。もちろんオールフォーワンは、その映像から得たヒントなどをほのめかすことはあるが、それだけである。

 

「ははっ、黒霧、分かったぞ。」

 

「私には分かりませんね。教えてもらっていいですか?」

 

 愉快そうな死柄木に黒霧も笑顔で話しかける。靄になっているため表情は分からないが。

 

「“楽しさ”だ。」

 

「楽しさ?彼女は楽しむためにあのようなことをしているというのですか?」

 

 黒霧はヒーローやその卵についてそれなりに知っているつもりである。しかし、今まで楽しみたいという理由でそれになったものは記憶に無かった。

 

 黒霧の疑問を聞き、死柄木はパソコンの画面を見せる。そこには笑う純狐の姿が映っていた。

 

「あいつが楽しそうだったのは、友人と話しているときを抜きにすれば、戦闘で驚いた表情をした後だ。相手が工夫した時など、いい動きをした後、落月はほとんど力押しをしていない。それをしていれば確実に勝てているのに、だ。」

 

 黒霧はうすうす死柄木の言いたいことが分かってきた。そのような手口を近くで見ていたからだ。

 

「お前も気づいただろうが、これは先生の俺への教育に似ている。そして、あいつがやっているのは教育ではない。なら、何か?これも先生がよくやっていたな。自分が楽しむためだ。」

 

 死柄木は言葉を切ることなく続ける。

 

「ヒーローの卵のあいつは違うと思うかもしれないが、ヒーローになりたいならば、何故あいつは高校まで自分の存在を隠してきた?あの個性と頭の出来なら雄英の推薦は確実だろう。もちろん、推薦の方が目立つからヒーローになりやすい。」

 

「そこは彼女に個性のことが関係しているのではないですか?先生も言っていたように彼女、だんだん出力が落ちています。それに、プロからのスカウトが本格的に始める高校から目立つことは別段珍しくないと思うのですが…。」

 

 ここで黒霧が口をはさむ。黒霧はまだ、純狐がヒーローになりたいという願望を持った一般生徒として考えていた。

 

「あいつの弱体化の原因は、時間の経過か、ワンフォーオールみたく使えば減っていくものかという2つがあったよな?だが、今までの行動やこの体育祭での無茶ぶりから考えると、使用と共に弱っていくという線は薄い。時間経過だと考えると早めに有名になっておかない理由は無い。」

 

「個性の制御ができなかったという線は…ありませんね。入学当初からあれだけうまく使えていたのならば、中学入学時ごろにはそれなりに使えるようになっていたのでしょうから。」

 

 黒霧が自己解決した疑問に、死柄木はこくりと頷く。そして、パソコンの画面を笑っている純狐から、USJの時の純狐が相澤に助太刀しに来た時の動画に変え、それを流した。

 

「この角度のカメラから見ると、飛び出すときに何か呟いて、その後笑っているのが分かるな。そしてその後、相澤の動きが異常に良くなった。あの怪人脳無と個性を消してとはいえ渡り合うほどに。これは落月から力の譲渡が行われたとみられる。」

 

 そう言うと、死柄木はまたパソコンをいじりだした。そして、次に見せたのは最後のオールマイトと脳無が戦う直前の動画であった。

 

「資料を見る限り、あいつの力の譲渡は制限があるようには考えられない。この後、脳無を破壊したことから限界だったとも考えにくい。ならば何故この時は力の譲渡をしなかったのか。そして、何故その後すぐに準備をしていたかのように茂みから出てきて脳無を一撃で壊したのか。」

 

 黒霧は頭の中のピースが埋まっていく。それと同時に、そこまで考えている死柄木に若干の畏怖の念を覚えた。

 

「もう分かるよな。あいつは、自分が戦いたかったんだ。まあ、脳無2体と戦ってまだやりたいってのもヤバいがな。あいつの力を見ればそれもおかしくは無い。雄英側もこのことに気づいてはいるんだろうが、あいつを敵に回す可能性があるから除籍もやりにくいんだろう。」

 

「でも、それはただの戦闘狂では?純粋に楽しむためにやっているとは言えないような気がしますが…。」

 

 黒霧は皿を拭き終わっていったん休憩しようと、ソファーに座る。今度迎えに行く予定のマスキュラ―などのことも考えると、ただの戦闘狂という線は外せないでいた。

 

「そこで、最初に言った戦闘の工夫だ。あいつは脳無戦で様々なことを試していた。それに、何もあいつが楽しんでいるのは戦闘においてだけでは無い。友人との会話もある。」

 

 そして…、と言って死柄木はまたパソコンの画面を最初に表示していた純狐の笑う顔に戻した。

 

「俺や先生が言うように、あいつは歪んでいる。何でそうなったかは分からないが。」

 

 この辺の感覚では黒霧はどうしても死柄木やオールフォーワンに劣るため、二人に合わせるしかないが、この二人がこのことで間違えることはおそらくないため信頼もしていた。

 

「まあ、だからと言って俺たち側に引き込むことができるかは別問題だがな。それに俺たちの目的はこの社会をぶっ壊すことであって、この社会の中で楽しむことじゃない。だが、あいつがこの社会をぶっ壊すことの方が面白いと感じたならば案外簡単に引き込めるかもしれねぇ。」

 

 そこまで言うと死柄木は、またテレビの前に移動し体育祭の観察を始めた。そんな死柄木の姿を見て、黒霧は頼もしく思う。そして、また仕事に戻ろうとした時、ふと疑問が浮かんだ。

 

「すみません、死柄木弔。あなたはヒーローの卵やヒーローを見るのも嫌がっていましたよね。でも、彼女のことはよく見ている。何かあったのですか?」

 

 死柄木はその黒霧の疑問を聞き、振り返ることもなく答えた。

 

「ははっ、何でだろうなぁ。ただ…」

 

 ここで死柄木は黒霧の方を見る。その顔は無邪気な子供のように笑っていた。

 

「あいつの歪みは俺にとって心地がいいんだ。あいつも何か大きいものを憎んでいるのかもしれないな。」

 

― ヘカーティア side ―

 

「ハハハッ、あの子もやってるわね。」

 

 ヘカーティア(異界)はいつものように、オールフォーワンの部屋で半透明の机といすを出し、雄英の体育祭を鑑賞していた。その横ではこれまたいつものように、頭を抱えたオールフォーワンもいる。

 

「何ですかねあのパワー。あれが限界のようですが…。」

 

 オールフォーワンは縋りつくような目でヘカーティアの方に顔を向ける。最近、純狐の情報をくれるヘカーティアなら、ヒントをくれるかもしれないと思ったのだ。

 

 ヘカーティアはその視線に気づき、ジト目になって言う。

 

「教えないわよ。少なくとも今は。」

 

 あからさまに肩を落としたオールフォーワンは、第一種目のハイライトが流れているテレビ画面を確認する。純狐がやたらとコースの横の森を気にしていたため、その原因を探そうとしていた。

 

「ああ、探しても何も無いと思うわよ。」

 

 あなたには気づけないだろうし、とヘカーティアは付け加え、ジュースを口に含む。

 

「私には気づけない?ヘカーティアさんは何があったか分かっているのですか?」

 

 オールフォーワンは、何か知っているようなヘカーティアの口ぶりに引っ掛かり尋ねる。ちなみに、最近はヘカーティアがよく来るため、オールフォーワンも初対面のトラウマを克服しつつあり、様呼びはやめていた。

 

「ひ・み・つ♪」

 

「うっわ。キツ…。」

 

「あ“?」

 

「いや、何でもないです。」

 

 オールフォーワンは、思わず口に出してしまった本音を誤魔化し、再びテレビ画面を確認する。

 

「それにしても、彼女の個性の範囲内は彼女の世界ですね…。まるで小さな神様だ。」

 

 オールフォーワンは、轟との妨害合戦をしている純狐の映像を見て呟く。雄英を襲撃するにしても、最大級の難関になるであろう純狐への対策を練る必要性が、オールフォーワンの中でますます上がっていった。

 

 と、ここで神様と口に出したことで、オールフォーワンはふと、ヘカーティアを見る。

 

「ヘカーティアさんは、落月と同じようなことはできますよね?」

 

「体験したい?」

 

 ヘカーティアは右手の上にプラズマを出している小さな風の塊、手元の陶器のカップが溶けて歪み始めるほどの熱量を持った火の玉を出し、左手には離れているオールフォーワンの吐息が白くなる程度の氷の塊と何か分からないがヤバそうな黒い球体を出して見せる。

 

「大丈夫です…。」

 

 オールフォーワンの返事を聞いたヘカーティアは手を握り、それらを何もなかったかのように消した。オールフォーワンはそれを確認して、やはり敵わないなと思いながらもいつか出し抜いてやると心に決める。

 

「そう言えば、仕事は大丈夫なんですか?忙しいって聞いてましたけど。」

 

 オールフォーワンなんとなしにヘカーティアに話を振る。それを聞いたヘカーティアは、びくりと体を揺らし、冷や汗を浮かべてオールフォーワンの方を向いた。

 

 実は彼女、今日は会議の予定が入っていたのだ。

 

「大丈夫よ。大丈夫だけど、ちょっと他の奴らが心配だから帰ろうかしら。」

 

 オールフォーワンは部下のことも考えるいい神様だと思ってヘカーティアを誉める。

 

「おお、さすが神様ですね。」

 

 それを聞いたヘカーティアは、苦笑いをしながらゲートに入っていった。その奥から怒号が聞こえてきたのは気のせいだろう。

 

 

「ふぅ…。」

 

 ヘカーティアがいなくなり、静かになった部屋でオールフォーワンは思考し始める。

 

「何にでも変えられる力か…。神力、霊力、妖力、魔力あたりかな。そして、ヘカーティアさんはおそらく神力。もし彼女もそれのどれかを使っているのだとすれば…。」

 

 オールフォーワンはすでに、純狐が起こした最後の爆発は個性によるものだとは考えていなかった。ヘカーティアとの遭遇によって視界が広がっていたのだ。先ほどヘカーティアに質問したのは、神力ではどの程度のことができるか確認したかったからである。

 

「しかし、あれだけの力…ヘカーティアさんと比べるまでも無いが、相当なものだぞ。それこそ昔の人が持っていれば神話級になるレベルだ。」

 

 ここで、オールフォーワンは手元のパソコンを取り出し、ヘカーティアからもらった純狐の自宅での映像を見る。それには音声は入っていないが、純狐の動きは良く分かるようになっていた。

 

「彼女は時々、一人でいるときに目が赤くなっている。鏡の前でそれをしていることが多いから何か気にしているのだとは思うが…。これも彼女の力と関係があるのだろうか。」

 

 オールフォーワンは映像を早送りにして、純狐の家での一連の流れを確認する。そして、純狐が窓辺に向かったところで映像をいったん止めた。

 

「毎晩こうして空を眺めているが、ある日だけはしていなかった…。しかも、その日は雲も無く、きれいな満月が見えたというのに。この日だけ忘れているとは考えにくい…。」

 

 オールフォーワンは結局そんなに進展は無かったな、と思いパソコンを閉じる。

 

「はぁ、彼女と直接会ってみないことには分からないな。死柄木の成長計画もそれなしには組むのが難しい。」

 

 しかし、こうやって悩みながら物事を動かしていくことも悪くはない、とオールフォーワンは思うのであった。

 

 ◇    ◇    ◇

 

 どこかの会議後の会話。

 

「ねえ、月の。死柄木に何渡したの?」

 

「カフェインの錠剤入りクッキー。頭の回転が速くなるって聞いたから。」

 

「へぇー、今度映姫ちゃんあたりに渡してみようかしら。」

 

― side out ―

 

 




読んでくださりありがとうございます!

コロナ、ヤバいですね。

次回、第二種目前半を大幅カットする予定。投稿遅いかも。失踪しないように頑張る。


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騎馬戦1

こんにちは!

さあ、騎馬戦です!
純狐さんが誰と組むか予想してみてください。
予想を裏切れたら嬉しい。


車の運転って難しい…難しくない?



「上を行く者に更なる試練を!という事で一位の落月さんに1000万ポイント!」

 

 第二種目の騎馬戦のルールの説明がミッドナイトから行われ、視線が怪我だらけの純狐に集まる中、純狐はいつものように考え事をしていた。

 

(発目さんが落ちるのは予想通り。ここまではいいとして、問題は誰と組むかよね…。順当にいけば出久君のとこだけど、常闇君が入ると思うから私は相性が悪い。だからと言って他の組と関わると、次のトーナメントが予測しにくくなる)

 

 それに、と純狐は手を握ったり開いたりする。

 

(まだ、本調子ではない。下手に組むとケガさせちゃうし…)

 

 そんな感じでぶつぶつ呟いていると、ミッドナイトからの説明が終わり、交渉時間が始まった。しかし、純狐のところには誰も来ない。

 

 それもそのはず、純狐の攻撃は強力な範囲攻撃であるため、それに耐えることができる、と考える生徒が少なかったのだ。そして、耐えることができるような優秀な生徒は、純狐を次の種目に行かせたくないため、純狐と組むようなことは無い。

 

「まあ、こうなることは想定済み。私から動きましょう。」

 

 純狐は体育祭前日にB組も含め、全員の個性を確認していた。その中でも特に目を引いた、もとい相性のいい個性を持つ女子を見つける。

 

「私と組んでもらえないかしら。小大さん。」

 

「ん?んん!?」

 

 予想外の相手から声をかけられうろたえる小大。純狐は断られないうちにメリットを説明する。

 

「あなたの個性は【サイズ】でよかったかしら。私の個性は、物を生み出すことができる。でも、大きさにも限界があるの。それを巨大化、または縮小化してより使いやすくしてほしい。」

 

 小大はまだ信じられないような顔をしたままだ。B組の生徒は普段見ることのできない小大の表情を物珍し気に見る。

 

(本音を言えば、面白そうだったからってのが一番の理由なんだけどね)

 

 氷の球体を巨大化させることができれば、あまり体力を使わずに強力な攻撃をすることができるし、それの冷気で轟や爆豪の力をそぐことができる。あまりやりたくはないが、鉄の塊を巨大化できれば隕石の真似事もできるかもしれない。

 

 また、それらを小さくして持っておくことでいつでもけん制をすることができるなど、小大の個性は工夫をすればかなり強力な武器になると純狐は考えていた。

 

「ん、落月さんだっけ。いいよ。組もう。」

 

 小大は最初話しかけられたときは、物間の考えたクラス全体での作戦のことも考え断ろうとした。しかし、純狐の個性は強力無比であり、組むことができれば高確率で次のステージに行くことができる。

 

 一組が放課後に訓練しているという事を聞いた物間がそれを覗きに行っていたこともあって、純狐の実力はB組にも知れ渡っていたため、小大は純狐と組むことにした。

 

「ありがとう!じゃあ、早速作戦を考えに行きましょうか。」

 

 小大は、他の生徒は誘わないのかな、と思って周りを見てみたがもうほぼ全員がチームを組み終わっていたため、楽しそうに笑う純狐について行く。純狐は人の少ないところまでくると、そこで立ち止まり、小大の方を見た。

 

「改めて、私と組んでくれてありがとね。」

 

「ん、こちらこそ。」

 

 二人は軽く挨拶を済ませると、作戦を立て始める。とはいっても、純狐がすでに大部分は考えてきているため、小大の出る幕はほとんど無かった。

 

「私が騎馬になるわ。小大さんは振り落とされないようにだけ気を付けておいて。ああ、途中で一組の峰田君って人の個性も利用出来たら積極的にしていこうと思ってる。彼の個性は固定するのに向いているから。」

 

「ん、分かった。でも、落月さん、私たちって絶対に狙われるよね。私はその時あまり役に立たないかも。」

 

 小大の個性、【サイズ】は生物には使えない。そのためこの競技ではどうしても支援に回ることしかできないと小大は考えていた。

 

「それなのだけれど、ちょっと試してもらいたいことがあるの。小大さん、空気って巨大化できる?」

 

 純狐が考えているのは、空気を急激に膨張させることで、小さな疑似爆発のようなことができないかという事だ。これができればかなり強力な武器になるだろうし、いざという時の選択肢も広がる。

 

「できるよ。でも、大きくしたり小さくしたりするのに時間がかかるから、爆発させたりとかはできない。」

 

 ふむふむ、と純狐は頭のノートに情報を整理していく。原作では今のところ小大の出番はほとんどないため、純狐も小大をどこまで活用できるかは手探りの状態だった。

 

「じゃあ、個性の届く範囲は?あと同時にどれだけの物に個性を使える?」

 

「ん…、範囲はかなり離れてても大丈夫。個数も特に決まってない。繊細な操作が必要なら4個か5個くらいかも。」

 

 ここまで聞いた純狐は、巨大化を利用するよりも、縮小からの元のサイズに戻すことの方が利用しやすいと考え始める。素早い攻防が求められる騎手ならばなおさらだ。

 

「ねえ、落月さんはどんなことができるの?」

 

 さっきから作戦を立てることを純狐に任せてばかりで、罪悪感を覚え始めた小大が少しでも積極的に参加しようと純狐に質問する。純狐は急な質問に一瞬驚いたが、すぐに立ち直り考えるしぐさをする。

 

「私は…基本、超パワーね。今は体の4か所までなら発動できるわ。下手するとケガするけど。後は、まあ【純化】ね。概念、事象、物質とかを純化できる。これは同時に何個も出来ないし範囲も15メートルくらいまでね。それと、他人に力を分けることも出来るわ。」

 

「チートだ。」

 

 戦闘向きとは言えない個性を持つ小大は純狐を少し妬ましく思う。しかし、今はそんなことをしている時間も無い。自分も貢献せねばと純狐から聞いた作戦をもう一度考え直す。

 

 だが、特に訂正する点が見つからない。正確に言えば、純狐の出来ると考えられることの範囲が広すぎるため、個性の概要を聞いただけではどうしようも無かった。そもそも、純狐の個性については教師であっても扱い方が分からないようなものであるため、小大に分かるはずも無い。

 

「じゃあ、最初の数分で準備。近寄ってくる敵は迎撃。後半は、私たちに近づいてくる敵も実力者ぞろいだろうから、警戒しながら大規模な攻撃を。で、最後にどでかい花火でも打ち上げてアピールしましょ。」

 

「ん。」

 

 純狐は今回、あまり動かないように守るという作戦を立てていた。体力や霊力が回復しきれていないことや、豊姫からの妨害も考えてのことだ。豊姫からの妨害は、第一種目を見る限り、物語の進行に影響が及ばないような範囲であるため、動かない方が対処しやすい。

 

 面白くないが、実力者などが後半になれば近づいてきてそれなりのことはできるだろう。

 

『さあ起きろイレイザー!15分の作戦タイムを経て、フィールドに13組の騎馬が並び立った!第三種目への進出者を選ぶのが大変だぜ!』

 

「あら、もう終わりかしら。」

 

 純狐はそう言うと、配られて来たハチマキを受け取って小大に渡す。そして、13組の騎馬を確認した。

 

(変わってるのは…緑谷班から発目さんが抜けたこと、あとは小大さんがこっちに来たことね。でもこの中で第三種目に進むことができるのは原作通りいけば16人。誰が落ちるかはまだ分からないけれど、可能性が高いのは青山君かしら。ちゃんと布石は打っておいたし)

 

 実は純狐、放課後の訓練の時や学校生活中を使って、熱い青春ドラマの話題をそれとなく青山に振ったりしていたのだ。青山は律義にそれを鑑賞したらしく、行動から青臭さが染み出すようになっていた。

 

「頑張ろうね。落月さん。」

 

 小大も他の騎馬を確認し終わったようで、純狐に声をかけてくる。純狐はそれに笑顔で答えると前を見据えた。

 

 

 

「爆豪。お前ホントに落月を狙うつもりか?止めといたほうがいい気が…」

 

「うるせぇ!俺が目指すのは完膚なきまでの一位だ!しかも、あいつ手ぇ抜いてやがったからなぁ。あのいけ好かねぇ女狐の顔面ぶったたくまで気がおさまらねぇんだよ!」

 

「ぶっ叩くのはダメだけど、一回くらい驚かせてもいいよね!よし、頑張って落月ちゃんからハチマキ取るぞー!」

 

「まあ、終盤まで近づかないんだけどな。」

 

 爆豪チームは純狐の方を見てメラメラと闘志を燃やす。こう見えても爆豪は頭がいいので、最初から突っ込んでいくようなことはない。

 

「一刻も早くあいつを殺してやる!」

 

 …はずである。

 

 

 

「…最初は様子見だ。俺が氷でけん制するから、八百万はそれの補助を。飯田はエンジンを温める位には動いておけ。上鳴はまだ温存だ。」

 

「はい、分かりましたわ。」

 

「OK。」

 

「了解だ、轟君。」

 

 轟は最終確認を終えたところで観客席のエンデヴァーを見る。さっきまでは幻覚が見えていたのか、焦凍と書かれた団扇を持った姿だったが、今はいつものように偉そうに轟を見下ろしていた。

 

「見ておけ、クソ親父。左を使わず認めさせてやるよ。」

 

 

 

「二人とも分かっていると思うけど、絶対に落月さんには近づかないでね。近づいてきたら麗日さんで僕たちを軽くして、ダークシャドウで一気に距離を取る。他はダークシャドウでけん制しながら近づいて、かすめ取る感じで行こう。」

 

「御意。」

 

「任せて!」

 

 出久は頼もしい味方の返事に笑顔で頷くと、前を見据え高ぶる気持ちを抑えるようにハチマキをきつく締めなおす。爆豪や轟と同じように、出久にも譲れないものはあるのだ。

 

 

 

『さあ、上げていけ鬨の声!血で血をあらう合戦が今!狼煙を上げる!!』

 

「小大さん。焦らなくてもいいからね。」

 

「ん。」

 

 純狐はその返事を聞くと、もう一度周りを警戒し始める。特に、塩崎、爆豪、そして轟など強力で遠距離からもハチマキを奪う事の出来る人物は極力視界に入れておかねばならない。

 

(よほどのことをしなければ大丈夫なはず。考えられる妨害として可能性が高いのがハチマキを戦闘中にそれとなく落とされること。だから、その時に風を使って取り返すことができる位には体力を温存しておく)

 

 純狐が考えるのを終え、前を向くと同時にプレゼントマイクによるカウントダウンが始まる。スタジアムの熱気もどんどん上がってきていた。

 

『START!!』

 

 始まると瞬時に、純狐は地面のコンクリートをセメントに純化。さらにそれを“湿”に純化して柔らかくし、上空に作り出した水の球体に投げ入れ、その球体をセメントに純化する。

 

 この間、わずか2秒。あまりの速さに言葉を失う周りの生徒を気にすることなく、純狐はそれが落ちてくると“斬”に純化した手でセメントを10メートル四方の正方形に整える。

 

 ちなみに“斬”への純化はかなり危険だ。やろうと思えば、概念や空間も断ち切ることができる。そんなわけで、純狐は今までこれを使ってこなかったが、個性の調節を練習した今、やっと制御がうまくできるようになったのだ。だが、これは強すぎるため基本使わないと決めている。

 

「熱いと思うけどこれに触って、小さくして。」

 

 純狐は背中の小大に移動しながら言う。小大が触ったことを確認すると、純狐は息をつき、周囲の様子を確認する。

 

(よし、まず一つ目はクリア)

 

 純狐は最初、簡単に作ることができる氷を使うことを考えたが、純狐が投げると熱で溶けたり、また長く保存することができないという事からセメントを利用することにした。

 

『速い…速くない?落月の進化が止まらない!お前、他人のことも考えろよ!』

 

『あいつが組んでるのは、B組の小大か?面白い組み合わせだな。』

 

「お前らばっかり目立ってずるいぞ!」

 

 純狐が、轟が純狐の初動を止められなかったことに悔しそうな顔をしているのを見ていると、横から大声が聞こえてきた。鉄哲チームである。

 

 使い勝手がいいはずの超パワーを使ってこない純狐には、まだ第一種目の疲れが残っていると判断しているのだろう。

 

 猪突猛進してくる鉄哲チームをちらっと見た純狐は、工夫が足りないため相手にしないことにした。

 

(混戦時に塩崎さんの個性でこっそりと私の包囲して、それに気づかせないよう鉄哲君を囮に。そのうえで骨抜君の個性で周りをけん制、または退却させてから気づかれないように奪い取る、とかが理想かしら?ああ、骨抜君の個性で塩崎さんの茨を地中に埋めておくのもいいわね)

 

 純狐はそんなことを考えながら、個性の範囲に入った鉄哲チームを“弾”への純化を利用してはじき出す。鉄哲チームは何が起きたか分からないまま後方に吹き飛ばされて、騎馬も崩れてしまった。

 

 純狐はそれを確認すると、小さくなったセメントの塊を拾い上げる。そして、それぞれの辺を綺麗に10等分に切り分けると、その半分を小大に渡す。これでいつでも1メートル四方のセメント塊が出せるという事だ。

 

「これで序盤の動きはほぼ終りね。じゃあ、次は峰田君のところに行きましょう。」

 

「ん。」

 

 小大はサイコロほどの大きさになったセメントを見て、改めて純狐の力を実感する。それと同時に純狐と組んで正解だったとも思う。

 

 純狐も純狐で、ここまでの作戦がうまくいっている満足感に浸っていた。体力も温存できているし、武器、防具も手に入れた。心配なのは豊姫からの妨害だが、今のところな…

 

「―ッ!」

 

「んん!?」

 

 こけた。純狐はすぐに立ち上がり、妖しい気配のする観客席を見ると、予想通りそこには腹をねじってクスクス笑っている豊姫の姿が。もはや妨害ではなく嫌がらせである。というか、おいチキューティア、笑うな。

 

『おっと落月、大丈夫か!?第一種目の疲れが残っているのか!?正直残っていてほしい!』

 

「だ、大丈夫?」

 

 心配そうに声をかけてくる小大。純狐は小大にケガをさせないように、横に倒れようとしていた体を無理にひねって前に倒れたため、足への負担が半端ではなかった。しかも、骨折がまだ治りきっていない右足である。

 

「大丈夫よ。大丈夫だから。」

 

 純狐は自分の怒りを抑えるために繰り返す。小大は純狐からヤバそうなオーラが出ていることに気づき、大丈夫じゃないだろ、と思いつつも何も言わないことにした。

 

(あの野郎。殺してやる。不死とか関係ない。死ぬまで殺してやる)

 

『おっと、ここで順位に変動が!緑谷チーム、葉隠チームからポイントを奪取!!緑谷の動きが良くなってるぞ!何かあったのか!』

 

 プレゼントマイクが気になることを言ったため純狐は正気を取り戻し、出久たちの方を見る。出久はすでに5パーセントの出力を安定して出すことができるようだ。

 

 出久は、放課後の訓練の成果を最も発揮できている生徒の一人だった。最初、純狐は強化しすぎたと反省していたが、周りのレベルも高くなっているため、今のところ不具合は起きていない。

 

「ん!」

 

 純狐がよそ見をしていると、小大が声を出す。純狐はよそ見をしていたとは言っても周囲の警戒はいていたため、小大が声を出した原因、もとい目的の物を手で受け止めた。

 

「よそ見していても取るのか。」

 

「あいにく、飛び道具には慣れてるもので。」

 

 純狐は声のした方を見る。原作と変わらず、峰田チームは障子の背中に隠れる戦法だ。

 

「だが、それに触れたってことはこっちにとっては大きなアドバンテージ…!」

 

 障子が話し終わる前に、純狐は峰田のモギモギを使い、自分の背中と小大とをくっつける。さらに、周りの地面にくっ付いていたモギモギも拾って安定させていった。

 

 その光景を見た障子は言葉が続かない。

 

「落月ぃぃいい!お前何しやがった!」

 

 障子の背中から峰田の叫び声が聞こえてくる。純狐は特に隠す意味も無いため種明かしをする。ちなみに小大は峰田の個性を見るのはこれが初めてのため、そこまで驚いていない。これめっちゃくっ付く、としか思っていない。

 

「“離”への純化。集中しないと使えないけど。」

 

「峰田ちゃん…!引きましょう。分が悪すぎる。」

 

 急いで純狐から離れていく峰田チームを見ながら、純狐はまた移動を始める。

 

 今回峰田からもらったモギモギは5個。一つは小大の下腹部、残りは小大の腰を固定するために腰の左右に一つずつと、純狐の横腹と小大の膝を固定するのに一つずつ利用させてもらっていた。

 

「ん。」

 

「どう?さっきよりも動きやすいでしょ。私もこれで自由に両手が使える。」

 

 純狐はまだ少ししか小大と接していないが、だんだん小大の「ん」という言葉だけでコミュニケーションが取れるようになってきていた。純狐は今まで知ることのできなかった生徒をそれなりに通じ合うことができ、テンションが上がる。

 

「じゃあ、後は作戦通り。終盤まであまり動かずに守り切るわよ。セメントのブロックはたくさんあるから、少しでも危なくなったら使ってね。」

 

「ん。」

 

 小大は純狐と組むことができた幸運に感謝すると同時に、自分の活躍できるときは果たして来るのかと、頭に巻いたハチマキをいじりながら思うのであった。

 

 

 

「チッ、完全に読み違えた。」

 

 轟は小声で悪態をつく。轟は、純狐は第一種目での疲れから序盤は何もできず、完全に防御に回ると考えていた。

 

 そのため、囲い込み漁のように生徒を氷でけん制しながら純狐のもとまで追い込み、純狐に力を使わせ続けて疲労をさらに貯める。そして、疲れが見えた頃に上鳴による放電、また飯田の機動力を使い、一気に畳みかける作戦だったのだ。

 

 もちろん、純狐が序盤に動いた時のシナリオも考えてはいた。しかし、純狐の仲間にした小大の個性が分からなかったため、どうするか決めあぐねてしまったのだ。

 

 それに加え、純狐の開始直後の準備である。純狐が何か決まりきったような行動をするときは絶対に何かしらの完璧に近い作戦があるため、迂闊に近づくことができなかった。

 

 そんな風に時間を無駄にしたり、純狐に敵わないと考えターゲットを轟に代えてきた生徒の相手をしていると、純狐が準備を終えてしまっていたのだ。

 

「轟さん!後ろから拳藤チームです!」

 

「…ああ。」

 

 八百万の声を聞き、悔やんでいる暇は無いと気持ちを切り替える轟。拳藤チームを氷の壁で囲み、拳藤の手に氷の手錠を付け、飯田を生かしてポイントを奪う。

 

 作業のようにポイントを奪った轟。しかし気分は晴れず、観客席のエンデヴァーを睨む。

 

「俺は…!」

 

 嬉しくないことだが、轟はエンデヴァーの気持ちが分かりつつあった。

 

(目の前の、超えられない高い壁…。これか、クソ親父の見ていた景色は)

 

 

 

「がぁぁあああ!殺す!」

 

「落ち着け爆豪!」

 

 爆豪はいつものようにキレていた。物間にさんざん煽られた挙句、ポイントを奪われたのだ。切島が必死になだめるが効果は薄い。

 

「俺が狙うのは完膚なきまでの一位!このモブを殺して、次は女狐だ!」

 

 

 

『なんか荒れてる奴もいるが、アンチヒーローなのはダメだからな。と、ここで五分経過!中盤戦に入る前に今のランクを見てみよう!

 

1 Ⓑ小大チーム  10000055P

2 Ⓐ轟チーム     1290P

3 Ⓑ鉄哲チーム    1105P

4 Ⓑ物間チーム     945 P

5 Ⓐ緑谷チーム     900 P

6 Ⓐ爆豪チーム      0 P

7 Ⓐ峰田チーム      0 P

8 Ⓐ葉隠チーム      0 P

9 Ⓑ心操チーム      0 P

10 Ⓑ拳藤チーム      0 P

11 Ⓑ鱗チーム       0 P

12 Ⓑ吹出チーム      0 P

13 Ⓑ角取チーム      0 P

 

ポイント偏ってるな!イレイザー何か言ってやれ!』

 

『頑張れ。』

 

『HI☆TO☆KO☆TO!!』

 




読んでくださりありがとうございます!

というわけで、正解は小大さんでした。
最初は、峰田君と組ませてそれを書き終えたのですが、B組の個性を見直していたら、こっちの方が面白そうとなったので書き直しました。
でも、小大さんはまだ登場回数が少ないので、設定があまり分かってません。
何かあれば報告お願いします。


次回!騎馬戦の続きの予定。


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騎馬戦2

こんにちは!

今回は過去最高の難産でした。
うん。初心者が下手にアレンジをしようとするとこうなるんやな、って。
こうした方が良くない?と思う場所を減らすようにしながら、純狐さんを窮地に追い詰めるように努力はしました。が、結果が伴ってないかもしれません。
お許しください。

純狐さんの小説増えろぉぉおお!


『爆豪容赦なし!!おいおい、取られてまだ2分も経ってねぇぞ!』

 

 だんだんと調子に乗ってきたプレゼントマイクの実況で、これ以上ないと思われた歓声が、さらに盛り上がりを増していく。

 

その原因である爆豪の成長は、純狐の予想を上回るスピードで進んでいた。

 

 0ポイントになり、狙われることの無くなった爆豪は、物間からハチマキを取られてからの約2分間左手を使わなかった。汗を温存していたのだ。

 

 普段の爆豪を見ている者からすれば、爆豪が感情の制御をうまくやっているという事だけでも驚くべきこと。だが、爆豪はそれだけではなかった。右手を使って、いかにも冷静さを欠いているかのような演技をして、物間たちに警戒を怠らせたのだ。

 

 そのため、爆豪を注意深く見ていた純狐でも、爆豪が何か作戦を立てていることが分かったのは、爆豪が物間たちに近づいて行く直前であった。

 

 十分に汗が溜まった爆豪は、芦戸の溶解液と瀬呂の個性を利用して物間チームに急接近し、左手を物間に向けて勢いよく伸ばして爆発を起こす。

 

 接近したとはいっても、爆豪チームと物間チームは2メートル以上離れていた。そのため物間は、冷静さを欠いている爆豪が、見当違いの場所で爆発を起こしたと判断する。

 

 そのコンマ数秒後、物間チームの騎馬は爆発によって大きくよろめいた。爆豪が勢いよく手を伸ばした時に温存していた汗が飛び、それを伝うことで爆発が届いたのだ。

 

 騎馬がよろめいた隙を爆豪が逃すはずも無い。すぐに物間に近づくと、円場に防御させる時間も与えずにハチマキをすべて奪い取った。

 

『これで順位が変動!爆豪が4位に!そして、物間チームは急転直下の0ポイントー!そして、落月のいる方でも何やら動きがあるぞ!』

 

「そのハチマキもらい受ける!」「小大サン!ハチマキもらうヨ!」「小大!その化け物何だよ!」「落月ちゃん、さすがだねぇ!」

 

 純狐に向かって突進してきたのは、拳藤、角取、鱗、葉隠チームだ。おそらく葉隠たちによって純化が同時に行えないことが話され、小大の個性が戦闘向きでは無いことを知っているB組のチームは勝算があると思ったのだろう。

 

 それは実際間違ってはいない。純狐が今回、最も面倒だと思っていたのは混戦になることであった。おそらく、この4チームに加えて、爆豪、轟、緑谷、鉄哲チームのどれかが混ざれば、純狐もかなり苦しい戦いを強いられることになっただろう。

 

 しかし、この程度であれば純狐が強化を使うまでも無い。

 

「小大さん。お願い。」

 

「解除。」

 

 純狐が指示を出すと同時に小大は手を合わせる。その瞬間、4チームそれぞれの頭上と進行方向に四角い影が現れた。純狐が投げた小型化されたセメントのブロックが、元の大きさに戻ったのだ。

 

 驚いた彼らは咄嗟に回避行動に移る。だが、そこは純化の範囲内であった。

 

『おおっと!小大チームに近づいて行った4チームの頭上にセメントのブロックが出現!回避には成功したが、落月、これを読んでいる!回避した彼らを待っていたのは第一種目の最初に見せた底なし沼だ!!見事な連携プレー!』

 

「これ骨抜じゃ無かったのか。」

 

 真横に落ちてきたブロックの振動を感じながら、拳藤は口をとがらせる。他のB組の生徒も同じようなことを考えていたらしく、改めて純狐という壁の大きさを感じていた。

 

 しかし勿論足首を埋めただけでは完全に騎馬を殺しきれないチームも存在する。

 

「うぉぉぉおおお!」

 

 個性【ビースト】を持つ宍田はコンクリートを砕きながら無理やり拘束を脱する。そして、鱗の個性で純狐の注意を逸らしながら、今度は足を埋められないように大きくジャンプをして小大に迫った。

 

「解除。」

 

 しかしその跳躍は、目の前に現れたブロックに突き飛ばされるという結果で終わる。騎馬戦はあくまでチームプレイ。一人がいくら強力だとしても、もう一人を警戒しないことには勝利を収めることなどできない。

 

 悔しがる鱗チームとは対照的に、どこか満足げな純狐は、地面に落ちた鱗チームを今度こそ抜け出せないように宍田の胸元まで地面に沈めた。そして、爆発音と共に近づいて来た脅威を避けて、人の少ない、純狐にとって戦いやすい場所に戦いの場所を移す。

 

「よぉ、女狐。元気そうで何よりだ。」

 

「爆豪!だから勝手すんなって!」

 

 おそらく爆豪は、原作通り何の相談も無しに一人で飛び出したのだろう。切島はセロハンで回収される爆豪が不安であるようだ。そんなやり取りを聞きながら、純狐は先程地面に埋めたチームが邪魔にならない場所にいることを確認すると爆豪チームを見据えた。

 

『爆豪チームが小大チームと満を持して対峙する!鉄哲チームと争っていた轟チームもそちらへ向かう!残り時間はあと5分強!ここでこの体育祭の三雄が潰し合いを始めるのか!?』

 

 小大チームに近づいた爆豪チームが最初にしたのは、純化が届かない範囲を保ちつつ、円を描くように移動しながら純狐の方に向かって酸を飛ばすという事だ。

 

 爆破や瀬呂の個性を利用すれば酸が撒かれているところだけ加速するため、どのタイミングで何をすれば効果的なのかを読みにくくしようとしているのだろう。

 

 純狐はそれを、爆豪チームが自分たちの周りを半周する前に理解すると、爆豪たちのいく手を阻むようにセメントのブロックを設置していく。

 

それに対して爆豪チームは、瀬呂の個性を使ってブロック回避したり、爆破でブロックが大きくなる前に吹き飛ばしたりしていた。しかし、そのせいで酸の散布が限定的な部分にとどまってしまう。轟チームも緑谷チームに足止めされ、純狐の元にはたどり着けずにいた。

 

「クッソが!ちまちました攻撃続けやがって!」

 

 本気でいら立ってきた爆豪は単騎で突っ込むとも考えたが、さすがに距離がありすぎる。だが、少しでも近づこうとすれば、純狐が訓練中の切島戦で見せた氷の礫を放ってくるため近づくことも出来ない。

 

 爆豪チームが攻めあぐねている時、純狐も純狐でこの状況をどうするか迷っていた。

 

調子が戻っておらず、爆豪チームとあまり目立った戦闘をしたくない純狐。しかし、逃げようにもフィールドの端にいるため後ろに下がることはできず、正面の爆豪を避けて前に跳ぼうにも、右方には轟と緑谷が、左方には鉄哲と0Pの集団がいるのだ。

 

 フィールドの反対側の方は比較的空いているが、そちらに跳ぼうとすれば、背中の小大への負担が大きくなり、今後予測不能な展開が起きた時に対処できないかもしれない。また空中では、単騎の爆豪と違い小大を背負っている純狐はできることが少ない。

 

(やっぱり私、チームプレイは苦手ね…)

 

 そんなことを考えて、ため息をついた純狐は背中の小大の息遣いがだんだん荒くなってきていることに気づく。小大は時々飛んでくる瀬呂のテープをはじいたり、純狐の手の動きに合わせて個性の解除をしたりと忙しかったため、純狐が渡した力も無くなりかけていたのだ。

 

「煙幕が厄介ね…!あと、小大さんコレ!」

 

 爆発による煙幕で瀬呂のテープの動きが読みにくくなったため、風を使ってそれを晴らしながら小大に力を追加で渡す。

 

「ああッ!読まれてたか!」

 

 煙幕を晴らすと切島が叫んだ。どうやら何かの作戦だったらしい。

 

『お互いに攻めあぐねてるな。爆豪チームの方は有効な一打が無い。小大チームの方は爆豪を吹き飛ばすような力を使えば、騎馬を崩す悪質な行為と受け取られかねない。』

 

『ふむふむ、だから威力の低い氷を飛ばしてけん制してるのか。おっとここで、残り時間は4分を切った!さあ、終盤戦だ!』

 

 終盤戦になったとは言っても、戦況は特に変わらない。それまでと同じように、純狐が妨害を続けていると、残り時間は3分を切った。

 

「黒目!醤油顔!」

 

 ここで爆豪が声を上げる。それを聞いた芦戸と瀬呂は文句を言いながらも動きを止め、純狐からさらに距離を取った。

 

「何か仕掛ける気かしら。」

 

「んー。」

 

 純狐と小大は手にブロックを握りながら警戒を強める。純狐の方に何かしてくるのであれば対処の方法はいろいろあるが、横や後ろから小大を狙われれば、ブロックくらいしか対処の方法は無い。

 

「死ねぇ!!」

 

 ヒーローらしからぬ言葉と共に、この攻防で最も大きな爆発が起きた。元論、その規模の爆発からはそれ相応の煙幕も放出される。

 

発生した大量の煙幕は一瞬で爆豪チームの騎馬全体を隠してしまった。そして、それとほぼ同時に芦戸が大量の酸を飛ばし、瀬呂のセロハンが地面を這うように迫る。

 

 だが、それは速さだけを求めた攻撃であった。そのため、攻撃はただ直線を描くようにしか迫ってくることは無く、避けるのは簡単であった。が、速いという事はそれだけで厄介なことでもある。そのため、純狐はそれの回避に集中してしまい、肝心な爆豪から注意を外してしまった。

 

「解除!」

 

 そして、後ろから聞こえた爆発音と小大の声。純狐は咄嗟に爆発音の聞こえた方に体の向きを変える。純狐よりも先に爆豪の接近に気づいていた小大がブロック使って空中の爆豪の攻撃を遅延させてくれたため、ハチマキは取られていなかった。

 

「甘ぇ!」

 

 純狐とブロックを隔てた場所にいる爆豪はそう叫ぶと、ブロックに手を当てて爆発を起こし、純狐の方に押し返す。

 

(ブロックで視界が塞がると爆豪君が横から攻めてきたときに対処できないし、瀬呂君のセロハンの遠距離攻撃もある。ここは距離を取って…)

 

 そう考えた純狐が距離を取ろうとした瞬間であった。

 

「―ッ!」

 

 純狐の右足が急に動かなくなる。第一種目での疲れ、骨折、豊姫からの妨害などが重なったことで限界を迎えていたのだ。さらに霊力の回復も純狐の予想より遅く、回復に回す分が枯渇していた。

 

(疲労が重なっているのは分かっていたけど、何でこのタイミングでっ!)

 

 純狐は急いで腕を強化し、眼前に迫るブロックを弾く。それによってブロックの直撃は免れたが、爆豪が自由になる時間を作ってしまった。

 

 案の定、爆豪はブロックを押し返した後、ブロックを右に抜けて小大に近づこうとしていた。そこで爆豪は純狐の右足の状態を見て勝利を確信する。

 

 爆豪は純狐の右足の疲れを見抜いていた。また、純狐がそれに気づいていないことも感づいていた。そのため爆豪は純狐が逃げの作戦だという事を確認すると、遠距離から積極的に攻めるという作戦を立てた。

 

 今の純狐を動かし続ければ必ずほころびが出る、と爆豪は考えていた。そしてそれは起こった。

 

 しかし、この爆豪の作戦には大きな欠陥がある。純狐と組む生徒のことを考えていないのだ。周りの生徒に興味が薄い爆豪は、純狐と轟以外に自分の障害になる生徒はいないと思っていた。

 

 だからこそ、純狐を出し抜いた瞬間、爆豪は油断していた。故に、視界の端に映る小さなブロックを見逃してしまう。

 

「解除ッ!」

 

「なっ!」

 

 爆豪が小大に近づくための爆発を起こしたタイミングで、爆豪の目の前に新たなブロックが現れ、元の大きさに戻ると同時に爆豪を弾く。

 

 爆発を使うことで大きく弾かれることは防いだ爆豪だが、ハチマキを取る大きなチャンスを逃してしまった。

 

 爆豪は、純狐が足が動かないという動揺から覚める前にもう一度ハチマキを取りに行こうとするが、純狐もそう甘くは無い。風を使って爆豪を遠ざけ、爆豪とは反対側から迫っていたセロハンを手で弾くと、左足を使って爆豪チームの騎馬三人に近づく。

 

 突然、純狐に近づかれた爆豪チームは瀬呂の個性で何とか爆豪を回収しながら、純狐の個性範囲外に出るように距離を取った。彼らは爆豪がいなければ純狐に対する有効な攻撃が行えないため距離を取るしかなかったのだ。

 

 これで、小大チームと爆豪チームの攻防は、純狐が後ろに逃げることのできるスペースを作ったことを除いて振出しに戻った。

 

『瞬きも許さないような攻防を制したのは小大チーム!!爆豪はいいとこまで追い詰めたがあと一押し足りなかった!おいおい、今回の体育祭かなりレベル高いんじゃないの!?』

 

 純狐たちの攻防で盛り上がっている観客たちに負けないように声を張り上げて実況するプレゼントマイク。相澤は、純狐の足の具合が心配だったが、それはいったん置いておき、今の攻防の解説をする。

 

『この攻防のMVPは小大だな。落月の力あってのものだとは言え、爆豪の油断を突いた良いサポートだった。』

 

 

― (ちょっとだけ)ヘカーティア side ―

 

 

「残念。賭けは私の勝ち。」

 

 とある観客席の一角で、変な服を着た青い髪の女神が、頭を抱えている月人に勝ち誇ったような顔をしていた。

 

 彼女たちは、純狐がハチマキを取られるか否かの賭けをしていた。そして、ハチマキを取られない方に賭けていた青い髪の女神が月人に勝ったのだ。

 

「あれ、ダメでしょ。あの子が人間に助けてもらうなんて考えられないじゃん!不成立!ノーカウント!ノーカウントなんだこの勝負は!」

 

 頭を抱えた月人、豊姫は必死だった。遊び過ぎたせいで、給料が地味に減ってきている豊姫にとって、ヘカーティアへのお菓子一年分は許容できるものではなかったようだ。

 

「何よ、さっきまでの威勢はどうしたの?」

 

「だって…あそこまでやったのよ!それに、あなたたちは3人で1人だから食べる量も3倍だし…!」

 

 実は豊姫、純狐の足をずっと微調整し続け、ぎりぎりの状態のままにしていた。爆豪チームとの攻防中、タイミング悪く純狐の足が動かなくなったのは、豊姫がそのタイミングで足の調整をやめたからである。

 

 常識的に考えて、本人にばれないようにそんなことをすることは不可能だ。しかし、この世界の常識で語ることができるほど、彼女は常識的な存在ではない。

 

「まあいいわ。半年分に減らしてあげる。面白いものも観れたしね。」

 

 地球のヘカーティアはそう言うと視線をフィールドの純狐に戻す。しかし、そこに純狐の姿は無かった。

 

「フフッ、また面白そうなことを…」

 

 

― side out ―

 

 

「助かったわ、小大さん。」

 

 落ち着きを取り戻した純狐は、右足の回復に徹しながら助けてくれた小大にお礼を言う。爆豪チームは悔しそうに、純狐から離れた場所でチャンスを窺っていた。

 

 純狐たちが睨み合いを続けているのと時を同じくして、轟は緑谷チームの相手をしながら、残り少ない時間の中でどう動くかを考えていた。

 

(落月に近づくなら今しかないが…。あいつのことだ、おそらく今の状況を覆すような手を持っている)

 

 轟は、近づいて来た常闇のダークシャドウを右手に持った氷の剣で薙ぎ払う。そのまま剣を地面に伸ばし、冷気を流し込んで地面を凍結させ、緑谷チームの動きを止めようとするが、それは凍結させにくい轟の左側に移動することで防がれた。

 

 残り時間は二分弱。このままいけば通過は確定だが、この種目で轟はあまりアピールできていない。

 

 それではエンデヴァーに、右の氷結だけでやっていけるということを見せつけることはできない。そのため轟は、何とかして目立つ方法は無いかと、緑谷の攻撃を氷の壁で防ぎながら考える。

 

(やっぱりあいつには近づかない方が賢明か…)

 

 そう結論付けた轟は目の前の緑谷に集中する。だが、轟はそこで純狐が言っていた言葉、そして第一種目での屈辱を思い出した。

 

(そうだ…!あいつは俺がつまらない戦いをするようならまともに戦わないと言っていた。ここであいつに挑まないことは、あいつに全力を出させることにつながるのか?いや、つながらない!)

 

 そして轟は、騎馬の三人の状態を確認する。

 

(八百万は疲れてはいるが動けないわけじゃない。飯田も疲れは見えるがエンジンはいい調子だ。上鳴もあと一回は放電を使える)

 

 三人の状態を確認し終わった轟は緑谷の方を警戒しながら、三人に指示を出した。これは、純狐の反応を見るためでもある。大きな動揺を見せれば、ハチマキを取るチャンスは十分にあることになり、反応が薄ければ何かあると思って事前に警戒しておくことが可能になるのだ。

 

「八百万、飯田、上鳴!これから落月の元へ向かう!」

 

 急に出された指示に一瞬戸惑う様子を見せた三人だったが、彼らも各々理由は違っても、活躍することに対しては積極的だ。それに、純狐はこの騎馬戦ではかなり消極的であるため、ハチマキを取られる可能性も低い。ローリスクハイリターンというわけだ。

 

 心配だったのは、爆豪チームが近くにいたことだが、爆豪はこのまま純狐を狙い続けても時間の無駄になる可能性が高いと考えたのか移動を始めていた。おそらく緑谷を狙うつもりだろう。緑谷チームの近くにいる轟チームは、さらに純狐の方に向かうことにメリットが増える。

 

「そういえば、落月さんにも宣戦布告していたな。いいぞ、俺もまだ試してみたいことがある。」

 

「私も彼女にしてやられてばかりでは示しがつきませんわ。」

 

「ウェーイ、とりあえず俺でもわかるように作戦を教えてくれ。」

 

 三人はそんなことを言いながら純狐の方に向きを変える。後ろから爆豪の怒号が聞こえてきたため、もう緑谷を警戒しなくてもいいだろう。そう考えた轟は、自分たちの接近に気づいてうっすらと笑みを浮かべている純狐に聞こえないように作戦を伝える。

 

「近づいた瞬間に上鳴の放電を食らわせる。効果は薄いかもしれねぇが動きを一瞬止めるだけでいい。八百万は絶縁体の準備を頼む。あいつが止まっている隙に俺ができるだけ大規模な氷結をあいつにぶつける。それも効果は薄いが、一瞬動きは止まるだろう。そこを飯田のスピードで突く。」

 

「あいつに逃げられたらどうするんだ?」

 

 爆豪が緑谷に向かって行くことを確認した小大チームはフィールドの真ん中の方に移動していた。そこからならばどんな方向にも逃げることができる。上鳴は轟の作戦が、純狐が逃げないことを前提としているところを疑問に思った。

 

「あいつの右足はもう限界だ。それに、体力もあまり使いたくないらしい。爆豪戦でも使ってなかったからな。だが、警戒はしておくように。」

 

 緑谷とのにらみ合いの中、轟は爆豪と純狐の戦いを断片的にだが観察していた。その時に、純狐の疲れに気づいたのだ。

 

 轟の説明に納得した三人は、改めて自分たちの越えねばならない壁を見る。その壁はいつもと違い傷だらけであったが、相変わらずの威圧感を放っていた。今回はそれに加えて支えるものもある。

 

『さあ、ここで爆豪と入れ替わるように小大チームに近づいたのは轟チーム!競技も最終盤!皆、盛り上がってけぇー!』

 

 プレゼントマイクに煽られ、より熱気を帯びるスタジアム。だが、相澤はそれも感じないほどに純狐を注意して見ていた。

 

(あいつ…、また何かする気じゃないだろうな)

 

 何か不穏なものを感じつつも、今の純狐の状態では大したことも出来ないか、と結論付けて、スタジアム内でしのぎを削る生徒たちを眺めるのであった。

 




お読みくださりありがとうございました!


ご指摘等ございましたら、報告お願いします。

最近、『終末何してますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?』という作品にはまってました。
メッチャ面白かった。ぜひ読んでほしいです。

次回、昼休みまで行けたら行く。


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騎馬戦 3

こんにちは!

どれだけ急いで書いてもこれくらい時間かかる……。
文を書くのは3時間くらいで終わるけれど、内容を考えるのに10時間くらいかかるんや……。
そのくせグダグダな内容でごめん、ごめんやで。

時間たつのが早い希ガス。



「いらっしゃい、轟君。」

 

 目の前で痺れて動くことができなくなっている轟チームを、純狐は余裕を持った表情で迎える。

 

(クッソ…!やられた!)

 

 上鳴の放電は威力は高いが、帯電という個性の性質上、あまり遠くまでは届かない。そのため、純化の範囲ぎりぎりの場所まで近づいてから放電をしたのだが、それが間違いだった。

 

 上鳴が放電を始める寸前、爆発が起こった。いや、爆発と感じただけで、それの正体はただの突風だったのだが、それが轟たちに効果的だった。上鳴の放電を自分たちが食らわないように被っていた絶縁体が吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 急いで上鳴を止めようとした轟だったが、間に合わず、放電が始まってしまった。幸い、上鳴が絶縁体が無いことにすぐに気づき、放電を浴びたのは一瞬だったが、それでも高圧電流を至近距離で浴びてしまったことに変わりはない。

 

『轟チーム自爆!対する小大チームは、それで終わりか、とでも言うかのように動かずに轟チームを見据えている!個人的にはもう少し頑張ってほしい!』

 

『私情隠す気もねぇな。』

 

「ねえ、小大さん。最後に少しだけ遊びに付き合ってもらっていいかしら。ほら、最初に言ってた“大きな花火”ってやつよ。」

 

 右足の調子を確かめながら、純狐は小大に話しかける。小大は、そう言えばそんな話もあったな、と思い返しながら、純狐の次の言葉を待った。

 

「ヒーローらしくはないんだけど…」

 

 ヒーローらしく無いのかよ、と小大は心の中で突っ込みを入れる。

 

「まず、上に行くわ。そして、ブロックをなるべく大きくして落とす。これ以上ない程のけん制になるし、アピールも出来るでしょ?」

 

「どっちかと言うと、ヴィランじゃない?それ。」

 

 我慢できずに、突っ込みを口に出す小大。小大の個性は、サイズと共に質量も変わる。つまり、純狐の作戦通りにいけば、とんでもない大きさのコンクリートが落ちてくるという事になってしまう。

 

 ヒーローは、時には大きな破壊力が必要であるが、基本的にはそのような力の使い方はしない。そしてこの競技は、そのような破壊力を使うべき場ではないと、小大は考える。アピールしたいという思いはあるが、多くの生徒や、場合によっては観客を危険な目に遭わせてまでしようとは思わなかった。

 

 そんな小大の考えを読んで、純狐は説得を始める。小大たちがヒーローになるという目標を持っているように、純狐にも楽しむという目標があるのだ。

 

「大丈夫、大丈夫。落ちる前に個性を解除すれば被害は無いわよ。いざという時は私が何とかするし。」

 

 数秒間待っても、小大からは了承の返事は帰ってこない。

 

(被害が出る、出ない、の話じゃないか。するべきか、しないべきか、という事で話しましょう)

 

 純狐はそう考えを改めると、再び小大に話しかける。

 

「正直に言うとね、私の体力は限界に近い。だから、戦う事よりも、上空で時間をつぶす方がいいのよ。でも、それだけではつまらないし、アピールも出来ない。もしかすると、観客からヘイトを集めてしまうかもしれない。だから、ね?お願い。」

 

 小大は、純狐の話を聞き、どうしようかと悩む。この競技で小大は、純狐を助けた以上に助けられていた。ブロックを使った攻撃や防御が純狐の力あってのものであるのはもちろん、攻撃の大部分は純狐がさばいていたのだ。

 

 また、最初の説明は利益のことではなく、大きな不利益をどのようにして生まないかという事であったため魅力を感じなかったが、2回目の説明の内容は、小大にとってデメリットの無いものであった。

 

「ん、分かった。やろ。」

 

 最終的に、小大は純狐の作戦に乗ることにする。すると、返事をした瞬間に大量の力が流れ込んできた。その感覚に小大が驚いていると、純狐が轟チームから目を離して小大の方を向く。

 

「乗ってくれてありがとう。小大さんの個性にどんなデメリットがあるか分からないけれど、これだけ身体能力を上げれば問題ないでしょ。」

 

 純狐はそう言うと、轟チームの方に向きを変えて、ちょうど飛んできた氷の槍を避ける。

 

「おしゃべりは済んだかよ。」

 

「そっちこそ、人工電気風呂はもういいの?」

 

「…ああ、もう十分だ。」

 

 純狐は、余裕のある表情を崩さない。そして、飯田の準備が整う前に、轟に提案を持ちかけた。

 

「轟君。あなたは私の本気に挑みたいのよね?」

 

 轟はその言葉に反応し、肩をピクリと動かす。そして飯田に、まだ何もしないように伝えると純狐の言葉を待った。

 

「いいわ。挑んできなさい。でも、今回はあくまでチームプレイ。私は小大さんの力を借りるからあなたたちも協力して挑んでいいわよ。他人とうまく協力することも大切な力の一つでしょ?」

 

 今度は轟だけではなく、騎馬の三人も目に見える反応をする。純狐はその反応を見ると、少し震えている膝を軽く曲げ、足を強化した。

 

 このまま上空に行かれては何もできなくなるため、轟は飯田にGOサインを出そうと口を開いた。しかし、純狐が跳ぶ寸前に放った言葉がそれを忘れさせる。

 

「ああ、ちなみに防がないとみんな死ぬわ。」

 

 その言葉と共に純狐は跳んだ。この競技であまり動きを見せることが無かった純狐がついに大きく動き、他の場所を見ていた観客も純狐に注目を向ける。

 

 それと同時に、観客席に配置されているヒーローたちは、観客の前に出る。第一種目でのことを見る限り、純狐は派手好きであり、何らかの大規模な攻撃を仕掛けると考え、万が一に備えたのだ。

 

『落月、ここで動いた!あれはルール違反じゃないのか!?』

 

 純狐の姿がどんどん小さくなっていく中、プレゼントマイクは主審のミッドナイトに尋ねる。ミッドナイトは少しだけ考えると、騎馬が崩れてはおらず、フィールドからも出ているわけではないため、特に問題ないとした。

 

 その一方で相澤は、B組担任のブラドキングに内線を繋ぎ、小大の個性の詳細を聞いていた。

 

「縮小や強大化に制限はないな。」

 

「…まずいな。」

 

「何がだ?」

 

 ブラドキングは相澤がやけに焦っている理由がよく分からない。だが、普段の、そして第一種目での純狐の行動を注意深く観察し、それについての考察を深めていた相澤は、嫌な予感が確信に変わろうとしていた。

 

(あいつは長期的に見れば何を考えているか分からない。だが、短期的なもので見れば“楽しむ”という事に対して愚直だ。そして、目標のためにいくつか方法を考えてその中で、できるだけ派手なものを好む)

 

 相澤はブラドキングにお礼を言うと内線を切る。そして、すでにスタジアムの天井を超えた高さにいる小大チームに目を向けた。

 

(あいつは、時たまに生徒を試すようなことをする。もし、今回もそうだとすれば…)

 

 純狐が跳び立つ寸前まで会話をしていたチームを相澤は確認する。そこにいた轟は、悔しそうな顔をしながらも、好戦的な雰囲気を醸し出していた。

 

(…やっぱりか。まあ、だとすれば逆に安心だな。今のところ、あいつにとって生徒が傷つくことは“楽しむ”ことには当てはまらない)

 

 相澤は少しだけ肩の力を抜いて背もたれに身を預ける。相澤は純狐のことを怪しい奴だとは思っているが、ヒーローの素質は十分にあるとこれまでの行動から判断していた。そのため、今回は成り行きに任せようと、ガラスの外の光景を見ながら思うのだった。

 

 

 

 相澤がそんなことを考えている中、どんどんと上空に上っていった純狐はスタジアムの天井を超え、雄英の校舎ほどの高度までくると、足元を“硬”に純化してそこに立つ。

 

「ねえ、落月さん。今更だけど、これって反則じゃないよね。反則負けにされたら色々終わっちゃうんだけど。」

 

 小大は下を見て、今から自分たちがしようとしていることの大きさを実感していた。そして、それを実感できてしまったために、新たな不安が生まれたのだ。

 

「大丈夫よ。先生は私たちを止めはしないわ。」

 

(先生たちは私の行動、能力、限界を知りたがっている。それは、さっきのリカバリーガールとオールマイトの会話で確信できた。だからここで失格にして、第三種目で私を観察する機会を失うなんてことはしない)

 

 そう考えている純狐は小大に断言して右手を上に伸ばすと、“硬”への純化を一瞬だけ解き、右手の指が純化する円盤状の空間の中に入るようにして、できるだけ狭い範囲を“硬”へ純化する。そして、左手に持っていたブロックを“硬”へ純化した部分の真ん中、つまり右手の真上に置くと、“硬”へ純化する部分を最大まで広げた。

 

 これで小大チームは、純狐の右手の力だけを頼りに、ぶらぶらと空中にぶら下がっているという体制になる。

 

 純化の範囲は半径15メートルであるため、ブロックの上に乗るとブロックの大きさが15メートルを超えてしまえば支えることができない。こうする他なかったのだ。

 

純狐はなるべく風にあおられないようにしながら、小大に話しかける。

 

「大丈夫?怖くない?大丈夫なら始めましょうか。」

 

「ん、平気。」

 

 その声と共に、純狐の真上にあるブロックの縮小化が解けて元の大きさに戻り、巨大化を始めた。

 

(フフフ、楽しみだわ、あの子たちがどうやってこれを止めるのか。もしくは、止めることが果たしてできるのか)

 

 

 

『おい、おいおい、おいおいおいおい!あいつら何する気だよ!あれを落とすのか!?』

 

 プレゼントマイクの素っ頓狂な声が響く。それと同時に、生徒たちは軽いパニックになった。まあ、頭上で、なぜか浮いているセメントの塊がどんどん巨大化している状況でパニックにならない方が難しいが。

 

(あれがこのままのペースで巨大化していったら、フィールドのほぼ全域を覆うような大きさになる。ならば、できるだけ早く止めた方がいいが…氷を上に伸ばすと脆くなるし、そもそもあれを支えられるかどうかも分からない)

 

 しかし、難しいだけであって不可能というわけではない。ましてやここは雄英。その難しいことをやり遂げることができる生徒も数人は存在する。その内の一人、轟は冷静であった。

 

 だが、冷静であったとしても解決策があるわけではない。ブロックがこのフィールドを半分覆うほどの大きさになってしまえば、今の轟の最大出力でも止められるかどうか怪しかった。

 

「と、轟君!あれは何!?」

 

 悩んでいる轟に緑谷から声がかかる。爆豪との攻防はあのブロックの出現によって中断されたようだ。

 

 轟は緑谷に交戦の意思は無いことを告げると、近づいて来た緑谷に対して簡単に状況を説明する。すると緑谷はいつものように何かぶつぶつと唱え始め、すぐにピンと来たのか顔を上げた。

 

「落月さんは、四人で協力して、とは言ってないんだよね。なら、麗日さんの力を借りればあれを止められるかも。」

 

「なる程!確かにそれならば止められるかもしれない。」

 

「でもよぉ。どうやってあれに近づくんだ?下手したら潰れるぞ。」

 

 緑谷の案に同意した飯田に上鳴が尋ねる。すると、今度は八百万が話し出した。急な状況の変化などに弱い八百万だが、それを整理し終えてから打開策を考えるのは彼女の得意分野なのである。

 

「轟さんの凍結で緑谷チームを…そうですね、スタジアムの天井の部分あたりまで運んではどうですか?そのまま飛び降りてもらえれば、私がクッションを作っておきますわ。」

 

 轟は八百万の話を聞くと、緑谷たちの方を見る。この時点で轟は、純狐や緑谷の影響で、仲間と協力することの重要性を理解していた。純狐がこんな作戦を決行したのはそれを確かめるためだという理由があったりもする。

 

「麗日。この作戦だとお前が危険を冒すことになる。だから、最終的な判断はお前に任せる。あいつにも何らかの安全策があるとは思うが…。」

 

 麗日は若干戸惑いながらも、その案を了承した。だが、麗日の力では、どう考えてもあれはキャパオーバーである。麗日はそのことを伝えると、二人は代替案を考え始めた。

 

「その辺に小大チームの落としていったブロックがたくさんありますわ。あれをたくさん浮かべれば、少しでも大きなブロックの落下速度を抑えることができるのでは?」

 

 そんな中で案を出したのは、またしても八百万であった。それを聞いた轟チームと緑谷チームは咄嗟に周囲を見回してブロックがどこにあるかを確かめる。

 

「麗日さん。あれなら何個くらいまで浮かせられる?」

 

「やってみるまでわかんないけど…10個くらいかな。」

 

「よし、それでやってみよう。配置はなるべくフィールド全体にバランス良く。他の奴らが騒いでいるうちに作業を終わらせる。」

 

 麗日の言葉を聞いた轟は、すでにフィールドの半分よりも大きくなっているブロックを見て、早口になりながら指示を出す。

 

それからの行動は早かった。轟チームに守られた緑谷チームは、順調にブロックを浮かしていく。準備が完全に終わったのは、轟の言葉から僅か20秒程であった。

 

『上空のブロックはさらに巨大化…!そして残り時間は三十秒を切った!緑谷チームと轟チームが協力して何かしているようだが…怪我すんなよお前ら!ていうかホントに小大チームは何がしたいんだ!?』

 

「…さすがに止めますか?あれは危なすぎる。」

 

 ミッドナイトは、どんどん空を覆っていく灰色のブロックを見て冷や汗をかく。あれほどまでの大きさになったら、彼女自身ではどうすることも出来ないため、セメントスに判断を仰いだのだ。

 

「正直私も止めたいが…あれを止めるなと相澤先生から言われているんだよ。それに君も知っているだろ?」

 

「彼女のことを知るための措置…。ですがさすがにあれは…怪我では済まないかもしれませんよ。」

 

 ブロックの作る陰の下で騒ぐ生徒。冷静な状態で皆が協力しなければどうしようも無いような代物を、パニックを起こしかけている集団の中に落として、怪我で済むわけがないと、ミッドナイトは考える。

 

「まあ、彼女たちにも何らかの安全策はあるだろう。あの年でタルタロスの門を叩きたくは無いはずだ。それに…ほら、上を見て。」

 

「上?」

 

 ミッドナイトはセメントスの言葉通りに再び巨大なブロックを見上げる。そこには巨大なブロックの他に、小さなブロックが10個ほど浮かんでいた。

 

「彼らは私たちの知らないところでも成長してるってことだよ。」

 

 セメントスの安心するトーンの声を最後に会話は終わった。ミッドナイトは、轟チームと緑谷チームの行動を見て、やっぱり若いって良い、と思う。それと同時に上を見て、あの力を正しい方向に導かねば、と改めて心に刻んだ。

 

 

 

「さあ、さあ、小大さん。残り時間は約二十秒。準備はOK?」

 

「ん。」

 

 空中にぶら下がりながら下の様子を観察していた純狐は、やはり轟、緑谷、そして爆豪あたりはさらに成長する姿を見てみたいと感じていた。

 

(出久君と轟君は協力。爆豪君はただ暴れまわっているようだけれど、暴れることでこの状況に対するパニックを起こさないようにしている。まあ、彼がそこまで考えているかどうかは分からないけど)

 

「落月さん。最終確認。これを落下させ始めたら、これより速くフィールドに降りる。で、時を見計らって、解除ってことでいい?」

 

「ええ、それでいいわ。どうせ地上組はこれを止めることに必死で私たちを狙う余裕なんてないでしょうし、地上にいた方が周りの様子を確認しやすいからね。」

 

 純狐はそう言うと、軽く息をついた。

 

「さあ、始めましょう!見せてみなさいPlus Ultraってやつを!!」

 

 競技の残り時間は約十秒。プレゼントマイクのカウントダウンが始まるよりも一瞬早く、巨大なブロックは落下を始めた。

 

 

 

「来たぞ!」

 

 轟の声でフィールド全体に緊張が走る。フィールドのほぼ全体を覆うような大きさになったブロックはコンマ一秒ごとにその圧力を増していく。観客席からも悲鳴が上がり始め、ヒーローたちはそれの対処に追われていた。

 

「麗日のブロックとぶつかる瞬間に、俺が氷結を使う。緑谷たちは離れておけ。」

 

 轟がそう言い終わるのと同時に、空からものすごい勢いで影が降ってきた。小大チームである。

 

「は、速い…。」

 

「お疲れ様。ケガしてない?」

 

 余裕を隠そうとしない小大チーム。だが、轟はブロックを止めるという大切な役目があるため、そちらを見ることはできなかった。そんな轟を、純狐は少しうらやましそうに見る。

 

『カウントダウンしてる場合じゃねぇ!おい、小大チーム!あれどうする気だよ!そしてついにブロックがスタジアム内に…』

 

「今!!」

 

 巨大なブロックと麗日の浮かべているブロックがぶつかる直前、緑谷の合図で轟は最大出力の氷結を放った。浮かせておいたブロックとぶつかり、少しだけ勢いを失った巨大なブロックは、轟の作った大氷塊にぶつかって順調に勢いを落としていく。

 

 しかし、ここで計算に入れていなかったことが起こる。巨大ブロックとぶつかった時に、浮かせていたブロックが砕け、それがフィールド全体に降り注いだのだ。

 

「小大さん!しがみついてて!」

 

 純狐は降り注ぐブロックを見ると、最後の力を振り絞って両足に力を入れて跳び、生徒に向かって落ちていた大きめのセメントを粉砕した。腕を強化して振り払うのも考えたが、それで観客にけがをさせたら、さすがに失格、最悪逮捕されかねないためそれはやめておいた。

 

『ぶ、ブロックが止まったぁぁぁあああ!!それと同時にタイムアップ!!』

 

 プレゼントマイクの声が、ブザー音と共に鳴り響く。その瞬間、観客席は総立ちになり、スタジアムは歓声に包まれた。

 

 痛んだ足を押さえていた純狐は試合終了の合図を聞くと轟たちのところに近づいて行く。その間に小大はブロックの巨大化を解除し、フィールドの真ん中には、上の方がつぶれた大きな氷の柱がそびえ立っているだけになった。

 

「頑張ったわね、轟君。あれを止められるとは正直思っていなかったわ。」

 

「お前…、頭おかしいのか?」

 

「落月さん、さすがにあれはやりすぎだよ。」

 

 轟と緑谷は疲れた表情で純狐の方を見る。純狐はそれに気づいていないふりをしながら、小大を背中から降ろした。

 

「小大さんありがとう。おかげで楽しかったわ。」

 

 純狐はそう言うと、小大に向かって手を差し出す。小大はそれに答え、手を握り返すと、純狐にお礼を言った。

 

『まあ、何だ。色々あったが結果発表するぞ!決勝に上がることができるのは上位四チームの予定だったが、人数が合わない。昼休みが終わるまでに、どうするか考えておくからドキドキして待ってろよ!』

 

 プレゼントマイクはそう言い終わると、大きなスクリーンの方を注目するように言う。そして、皆が注目したタイミングで、バンッ、という効果音と共に順位が映し出された。

 

『一位、小大チーム!二位、轟チーム!三位、爆豪チーム!四位、緑谷チーム!だ!ここまで決勝進出確定!』

 

 結果を聞いた緑谷はチームのメンバーとハイタッチをする。轟はこんなものかと、いつも通りの表情だった。

 

「てめぇ、女狐!いい加減にしやがれ!」

 

 純狐が小大と、決勝進出を喜んでいると、爆豪が目をほぼ九十度に吊り上げながら近づいてくる。順位に対する不服もあるようだが、今は純狐に対する不満が勝っているようだった。

 

 純狐がそれをいつも通り適当に受け流していると、昼休みの始まりを告げる爆竹が鳴る。

 

『よっし、一時間ほど休憩を挟んでから午後の部だぜ!それと、落月。先生からの呼び出しだ!それ以外の生徒はしっかりと休んでおいてくれ!じゃあな!!』

 

「まあ、当然だな。」「頑張ってね、落月ちゃん。」「お前のことは忘れねぇからな!」「お前に乗り越えられなかったことなんてねぇ。今回も余裕で帰ってこれる!」

 

 好き放題に話しかけるクラスメイトをかき分けて進む純狐。だが、純狐の近くにいた爆豪は、純狐が身の毛もよだつような笑みを浮かべていることを見逃さなかった。

 

 建物の中に入り、周りに誰もいなくなったことを確かめた純狐は、ヘカーティアと打ち合わせをしている場所を目指して歩きなが呟く。

 

「帰ってもらうわよ、豊姫。散々楽しみを邪魔しやがって。」

 




読んでいただいてありがとうございます!

小大さんと組むとなった時にこれしか思いつきませんでした。
先生たちや、ヒーローが冷静すぎるのは、まあ何とかなるだろ、と思っていたからだと考えてほしいです。
ご都合主義です。ごめんなさい。

次回、昼休み。


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昼休み


こんにちは!

今回は結構早く仕上がりました。
やっぱり戦闘シーンが入ると格段に難易度が上がりますね。
次回からはまた戦闘シーンか…。

アンケート協力ありがとうございます!


 

「お疲れさん。災難だったわねぇ。」

 

 豊姫の嘲笑ともいえる笑顔が純狐を迎え入れる。

 

 純狐と豊姫、そして地球のヘカーティアの代わりに呼び出された月のヘカーティアはスタジアムの外の、ちょっとした木陰で待ち合わせをしていた。

 

 その場所の周りには、認識妨害の結界が張ってあり、純狐たちの会話は誰にも聞かれることは無く、純狐たちの姿もぼんやりとしか分からない。視線を向けられても、ただそこに人がいるな、という程度の認識になってしまうというものである。ちなみに科学の力であるらしい。化学ってすごい。

 

「お疲れ純狐。アイス食べる?」

 

「……そのアイス、メロン味に見せかけたわさびでしょ。」

 

「あら、何で分かったの?」

 

「鎌かけただけよ。っていうか、ホントにわさびだったの?」

 

 油断も隙もあったものではない、と思いながら、純狐はブーイングの聞こえる手の甲を押さえ、結んでいた髪を解く。解いた髪は結界の中を金色に染め上げるほどの輝きを放っていた。

 

「まあいいわ。ヘカーティア、例の物を。」

 

「はいはい。」

 

 純狐に何かを手渡したヘカーティア。純狐はそれを受け取ると、鼻と鼻が触れるようなところまで豊姫に近づき、見上げるような形で睨みつけた。

 

「ねぇ、豊姫。あなたは催眠とかって信じる?」

 

 豊姫は急な問いかけで顔に疑問符を浮かべるが、純狐に舐められないために文字通り目と鼻の先にいる純狐を馬鹿にしたように笑った

 

「そんなのあるわけないじゃない。私が催眠?かかるわけがない。私は時間が惜しいの。そんなのに付き合っていられないわ。」

 

 純狐はその返事を聞くと、くつくつと笑う。そして、そのまま豊姫から離れると、豊姫を勢いよく指さした。その瞬間、豊姫は全身から力が抜けたように倒れる。

 

「あ、あなた一体何を…。」

 

 豊姫は息を少し荒げながら純狐を見上げる。

 

「フッ、あなたは乗ってくれると信じていたわ。この世界においてフラグの力は絶対。そしてあなたはそれを立ててしまった!立てたフラグはどうするか、もう分かったわよね、豊姫。」

 

「ま、さか…!」

 

 豊姫は自分の腹のあたりに貼ってある変な模様の描かれたお札を見て顔色を変えた。彼女はそれが何なのか知っていたのだ。そしてその効果も。

 

「そう!それは巷で噂の“貼られた奴の力を無効化する”というもの!博霊の巫女が3万円で作ってくれたわ。」

 

 純狐はそう言うと、一般の女性以下の力しかない豊姫に近づく。豊姫は何度か能力を使おうとしていたようだが、それは無駄に終わった。

 

「じゃあ、月に帰ってもらうわ。依姫の使いが迎えに来るはずだからそれまで裏路地の壁にでも埋めておきましょうか。もちろん下半身と顔は出しておいてあげるわ。」

 

 純狐はそう言うと、必死に抵抗をしてくる豊姫を抱えて、結界の外に出ようと立ち上がる。だが、純狐はその時、急に力が抜けて豊姫を落としてしまった。

 

 現状を理解できていない純狐は、落とした豊姫を確認しようと斜め後ろを見る。しかし、そこにいた豊姫は、勝ち誇ったような顔で純狐を見降ろしていた。

 

「クックック…!ハーハハハハ!あー面白い!ねぇねぇ今どんな気持ち?どんな気持ち!?」

 

 もはや醜悪と言っても遜色ない豊姫の顔が純狐の目の前に広がる。純狐はそれから目を離し、ヘカーティアの方を勢い良く振り返った。

 

「ごめんなさいねぇ。」

 

 ヘカーティアはバツの悪そうな顔をして、ポケットからとある紙を取り出す。

 

「そ、それは…!魔法のカード!」

 

 そう、ヘカーティアが持っていたのはスマホと組み合わせることで様々な力を発揮することができる魔法のカードだった。その力は絶大で、ツクヨミとアマテラスの数年単位の戦争を終わりに導いたとか導いていないとか。とにもかくにも、物凄いものだ。

 

「そう、元からヘカーティアはあなたの味方ではなかったのよ。」

 

 豊姫は自分の腹に貼られた偽物のお札を剥がしながらヘカーティアに近づく。そして、もう一枚魔法のカードを渡すと、満足げに純狐の姿を見た。

 

「私がこの札の存在を知らないと思った?だてに仕事をさぼってコミケに行ってないわよ。この札の扱いは私が誰よりも知っている。これのおかげで依姫に仕事を回すのが楽になったわ。」

 

豊姫は懐からたくさんの同じお札を見せびらかすように取り出して嗤う。そして、そのお札をしまうと、純狐の方に扇子を向けた。

 

「あなた、さっき裏路地の壁に埋めるって言ってたわよね。いいアイデアだわ。でも、裏路地じゃあちょっとつまらない。よし、ではこのスタジアムの外壁に埋めてしまいましょう。」

 

 豊姫はそう言うと、純狐にゆっくりと近づく。純狐は諦めたのか、うつむいたまま抵抗もせずに豊姫が近づいてくるのを待っていた。

 

 だがその時、急に豊姫の歩みが止まった。いや、止められた。

 

「へぇー、豊姫さん。ちょっとさっきのことについて詳しく説明をしてもらってもよろしいでしょうか。」

 

 豊姫の歩みを止めた声が豊姫の後ろから聞こえてくる。豊姫は特に暑いわけでもないのに、汗を滝のように流しながら後ろを振り返った。

 

「…ご機嫌麗しゅうございます、依姫殿。」

 

 豊姫の予想通り、後ろには物凄くいい笑顔を浮かべた依姫が立っていた。そこにいるのは、ホログラムで映し出された依姫だが、その威圧感は変わらない。そのホログラム投影機は、ビデオ通信機能も備えつけているからだ。

 

「これを通して、あなたの言葉は一言一句漏らすことなく記録しました。勿論、すでに上にも内容は伝わっています。」

 

 依姫の言葉がいったん途切れると、場は静寂に包まれる。それを最初に破ったのは純狐の小さな笑い声だった。豊姫は壊れた人形のような動きでヘカーティアの方を見る。だが、ヘカーティアも何も知らなかったようで、純狐の方を驚いた表情で見ていた。

 

 そう、純狐は最初から自分には仲間がいないという前提で事を進めていた。一応、ヘカーティアにお札のことを頼んでいたが、それもあまり信用はしていなかった。

 

 純狐は霊力のスペシャリストである。お札をヘカーティアから渡された瞬間に、それが偽物であることは見抜いていた。そして、ヘカーティアが敵側だと分かると、わざと騙されているふりをして豊姫に近づいて視界を狭め、通信機を“隠”に純化して足元に落としたのだ。

 

「詰めが甘かったわね。」

 

(まあ、私も途中で依姫とつながっていることを口に出すっていうミスはしたけれど…)

 

 今度こそ勝ちが確定した純狐は、ヘカーティアにお札を剥がしてもらうと、力なく崩れ落ちた豊姫を見ながら、口を滑らせたことを反省する。その後、すぐにやってきた使者たちを確認し、オールマイトとの話し合いのためにスタジアムへ向かって行くのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あのさぁ…」

 

 言われた通り、休憩室3の部屋に入った純狐を待っていたオールマイトはひどく疲れた顔をしていた。

 

「何か考えがあってのことだとは思うけれど…やりすぎだ。最悪死者が出ていたんだぞ。」

 

 オールマイトはため息をついて純狐の目を見る。普通の人間ならば、表情はごまかせても、目の動きなどである程度は感情が読み取れたりするものだからだ。オールマイトはそれで純狐が本当に反省をしているか図ろうとしていた。

 

(はぁ、いつも通りよく分からないな)

 

 だが、オールマイトは純狐の感情を少しも読み取ることはできなかった。純狐の瞳はいつも通り、あらゆる干渉を拒絶するような漆黒であった。

 

「そうですね。さすがにやりすぎました。その点は深く反省しています。勿論、この後、危険にさらしてしまった同級生たちにも謝るつもりです。」

 

 純狐は反省の色を滲ませた声でオールマイトに頭を軽く下げる。それと同時に純狐は、周囲の様子を把握するために、霊力を薄く展開する。

 

(隣の部屋にはミッドナイトとリカバリーガール、それにセメントス。真下の部屋には私の知らない教師が4人。上の部屋にはブラドキングとエクトプラズムね…。しょうがない、言動には気を付けないと)

 

 純狐はそれが終わると、顔を上げてオールマイトの方を見た。オールマイトはいつもより少しだけ険しい表情をして純狐を見ている。リカバリーガールからあのような忠告を受けた直後に純狐がやらかしたのだから警戒するのは当然だろう。

 

「まあ、そこまで分かっているなら大丈夫だ。以後このようなことが無いように。君も時間が惜しいだろう。もう帰ってもいいといいたいところだが、いくつか聞いておきたいことがある。」

 

 オールマイトは湯呑に入ったお茶を一気に飲み干すと、純狐に向かって、この部屋に入ってから最も強い意志のこもった目を向ける。対する純狐は、予想の範囲内の出来事であるため動じるようなことは無い。

 

「君は自分の力が無くなることに恐怖を感じないのかい?残念ながら今の社会で無個性の人間はあまりいい扱いをされない。出久君と仲がいいならその辺の話は聞いているだろう?」

 

「もちろん怖いですよ。ですが私には個性以外の力もあります。それを個性だと言って生きていけばそこまで問題は起こらないでしょう。」

 

 純狐は軽く持ち上げた手のひらの上で弾幕を作って見せる。

 

「そうか…では次の質問だ。第一種目で君はしきりに森の方を警戒していた。それにあの怪我。君ほどの実力の持ち主があれほどの怪我を負うような事態はあのレースでは起きないはずだ。何があったんだ?」

 

「怪我に関しては完全にドジをやらかしました。ほら、ブラックボックスに入る前に鉄を気化させたでしょう?あの時、中にまだ冷え切ってないものがあったらしく、少し服が燃えてしまったんです。その後もいくつか爆弾に触れてしまいました。」

 

 純狐は頬を掻いて恥ずかしそうな演技をしながら話す。“寒”への純化は目には見えず、ブラックボックスの中で行われたことであるため、純狐の言葉が嘘かどうかオールマイトたちに確かめるすべはない。

 

「森の中を警戒していたのは、どんな個性の子がいるかどうか分からなかったからです。身近なところでも、B組の黒色君のような個性の子もいますし、油断はできなかったんですよ。」

 

 森の方を気にしていたという質問に関しては、あまり考えていなかったため結構きつい言い訳になってしまう。しかし、オールマイトは何か深読みをしたのか、険しい顔をした後に、分かったという一言で終わらせた。

 

「では、最後の質問だ。君がヒーロー科に来た理由は何だい?」

 

 純狐はここで初めて少し驚く。この質問を想定していなかったわけではないが、オールマイトから尋ねられるとは思っていなかったからだ。

 

「…自分の個性について知る為です。ここ以上に自分の個性を使う事の出来る場所は無いですから。それに、私の個性が暴走したとき、それを止めてもらえる場所としてもここ以上の場所はありませんからね。」

 

 もちろんヒーローにもなりたいですよ、と付け加えて純狐は口を閉じ、オールマイトの言葉を待った。そしてオールマイトから、もう質問は無いため、退出して大丈夫だと言われると、席を立って最終種目の発表が行われるグラウンドの方へ向かう。

 

(最終種目は毎年サシで行われている。改変される確率は低いわね)

 

 そんなことを考えながら歩く純狐に、どこからか轟と緑谷の声が聞こえてくる。

 

(ああ、轟君の過去の話か。エンデヴァーは雰囲気が変わっていたから、ヘカーティアが何かしたんでしょうね。かわいそうに)

 

 純狐はそのイベントに干渉すれば、後々面倒なことになってしまいかねないため、声の聞こえてくる方向を避けるように歩いて行った。しかし、声が聞こえなくなる直前、轟たちの会話に純狐の名前が出る。気になった純狐は、声の良く聞こえる位置に戻り、轟たちの会話を盗み聞くことにした。

 

「…俺は落月に現時点では勝てない。いや、勝ち負けの付く勝負にすらならないかもしれない。だが、俺が本気のあいつに挑んで勝たなければクソ親父は認めてくれないだろう。緑谷、お前はどう思う?」

 

 数秒空いて、出久が話し出す。

 

「僕なんて、轟君よりも数段弱いからためになるかどうか分かんないけど…落月さんは個性の性質上、進んで本気を出すことができないんだと思う。それは手を抜いているってことじゃなくて、れっきとした弱点だ。そこを突けばいいんじゃないかな。」

 

「わざと危険に飛び込んでいって、あいつの出来ることを制限するってことか…。」

 

(面白そうなことを話しているじゃない。そして、やっぱり轟君は性格が丸くなったみたいね)

 

 ちょうどその時、昼休憩終了の5分前を知らせる放送が入ったため、純狐は急いでグラウンドに出る。すると、観客席からはざわつきが起こり、生徒たちは純狐に道を開けるように離れていった。

 

「ドンマイ。」

 

 何とも言えない顔になっている純狐の肩に瀬呂の手が乗せられる。純狐は再び、瀬呂を同じ目に合わせてやろうと決意を固めた。

 

「で、あの子たちは何してるの?」

 

 純狐の目線の先にいるA組の女子は皆チアガールの格好をしていた。分かっていたことであるが、スルーするのもおかしいため、後ろにいる瀬呂に尋ねる。

 

「ああ、峰田と上鳴が相澤先生の言伝だと言って着させたんだよ。峰田たちもどうかとは思うが、あいつらも服が用意されていない時点で気づくべきだよな。」

 

「お前も仲間に入らなくていいのか?」

 

 瀬呂が話し終わると、上鳴が笑いながら近づいてくる。純狐は一瞬、それもいいかと考えたが、手の鍵穴の先にいる存在のことを思うと、拒否せざるを得なかった。

 

『さァさァ、皆楽しく競えよレクリエーション!それが終われば最終種目!総勢16名からなるトーナメント形式!一対一のガチバトルだ!!』

 

「トーナメントか…!毎年テレビで見た舞台に立つんだ!」「結局出場する人は決まったのかしら。」

 

 種目の発表を終え、やはり生徒たちは決まっていなかった出場者が気になるようだ。そんな中、ミッドナイトが壇上に上がり、生徒たちを見渡す。

 

「えー、まずは出場者ね。本当は5位の心操チームまで全員出場させる予定だったけれど、心操君以外の人が昼休みに棄権を申し出たため、二人分空いちゃったのよ。よって、最終盤まで上位だった鉄哲チームから希望を募ろうと思います!」

 

 ミッドナイトの説明が終わると、鉄哲チームは集まって話し合いを始める。そして、すぐに鉄哲と塩崎が選ばれ、最終種目への進出者が出そろった。

 

「決まったようね。それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始となります!それじゃあ1位のチームから順番に引きに来て。」

 

 その後は順調に組み合わせが決まっていき、電光掲示板で組み合わせが発表される。

 

 

緑谷 vs心操

轟  vs上鳴

飯田 vs芦戸

落月 vs瀬呂

塩崎 vs小大

常闇 vs八百万

鉄哲 vs切島

麗日 vs爆豪

 

 

(やっぱり少しは変わってるか。まあそんなに不都合は無いわね。それに…)

 

 純狐は、最初に当たる相手を確認して冷や汗を流している瀬呂の方を向く。

 

(ドンマイと言い返す機会がこうも早く訪れてくれるとは)

 

 決勝の進出者たちは、自分の初戦の相手やその次の相手を見て一喜一憂している。その光景を見ながら、純狐は誰が上がってくるか、どう動くかを考え始めた。

 

『よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといて、イッツ束の間!楽しく遊ぶぞレクリエーション!』

 

 プレゼントマイクの放送が入り、生徒たちはそれぞれの場所に移動していく。純狐も特にすることは無いため、月のヘカーティアと駄弁りながらレクリエーションを楽しもうと屋内に向かって歩いて行った。

 

「どこ行くの、落月ちゃん?」

 

 だがその歩みは、数人の女子によって止められる。そのうちの一人、八百万の手には、何故か純狐の体に合わせたようなチアガールの服が握られていた。

 

「まさか一人だけ抜け駆けしようなんて思ってないよね。」

 

 純狐の左肩を掴んでいる耳郎の力が強まる。純狐はその後、クラスメイトたちの必死の説得でその服を着ることになった。実年齢は3000歳を優に超えている純狐がそんな恰好をしているところを見て、純狐のことを知っている者たちは目を点にすることだろう。

 

「…まあ、失ったものは多いけど、親睦が深められたからよしとするか。」

 

 純狐は自分にそう言い聞かせ、おそらく会議中であろうにも拘わらず大声で笑っているヘカーティアを無視してオリエンテーションの時間を潰していくのだった。

 

 

 

 後日、『止まらないヘカーティア』と共に月で素材にされたのは言うまでも無いだろう。

 





ここまで読んでいただきありがとうございます!

前書きにも書きましたが、アンケートに協力して下さった方ありがとうございます。
アンケートに無い項目(例えば、中途半端なネタやめい、など)がありましたら、指摘していただけるとありがたいです。
まだまだ拙い文ですが、少しでも改善できるよう頑張っていきます!

次回、瀬呂死す!



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トーナメント 1

こんばんは!

やっぱり週一投稿は無理だったよ…。
ごめんなさい。

投稿初めて約一年となりました!応援ありがとうございます!



『サンキューセメントス!ヘイガイズ、アァユゥレディ!?』

 

 セメントスによるステージの施工がほぼ終わり、ついに雄英体育祭一年の部の最終種目、トーナメントが始まろうとしていた。

 

『色々やってきましたが!結局これだぜガチンコ勝負!!頼れるのは己のみ!ヒーローでなくてもそんな場面ばっかりだ!』

 

 プレゼントマイクの実況に影響され、観客の声援も大きくなっていく。注目されている場所で全力を出すという、ヒーローにとっての必要条件を試すような場に、進出者以外の生徒も心を躍らせていた。

 

『心技体に知恵知識!総動員して駆け上がれ!!』

 

(客観的に見ると、注目されているのがよく分かるわね)

 

 そんなスタジアムの様子を、純狐はA組の皆と共に眺めていた。せっかくこの世界に来ているのだから、なるべく多くの試合を生で見ようと考えていたのだ。

 

「落月ちゃん、どっちが勝つと思う?」

 

「出久君が心操君の個性を知っているかどうかね。知らなければ勝てないと思うわ。」

 

 右隣に座っている麗日の疑問に答えながら、プロヒーローや取材班の動きを確認する。彼らの動きは、これからのイベントの発生に干渉する可能性がある為、見ておく分に損は無い。

 

(出久君たちの試合には、それなりに興味はあると言ったところね。でもやっぱり、私や轟君がいる時ほど動きは無い。出久君は元々インターンシップの指名が無かったからあんまり関係ないか)

 

 純狐が難しい顔をしながら、そんなことを考えていると、プレゼントマイクの声で対戦する両者の簡単な紹介が行われ、最終種目初戦の幕が開かれたのだった。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

(代り映えしないわね)

 

 純狐は控室に設置されたモニターから目を離して机に突っ伏す。決勝への進出者には、公平を期すためか、各自控室が用意される。その部屋にはモニターも設置されており、対戦するかもしれないライバルの様子を観察することも出来るのだ。

 

そして今、モニターに映し出されていたのは、第三試合、飯田対芦戸の戦闘シーンだった。

 

 最初からずっと飯田が優勢ではあるが、芦戸が粘り、場外に出すことができていないのだ。また、試合が進むほどに、地面に撒かれた酸の量が増え、飯田も動きにくくなっている。そのような状態が3分ほど続いており、純狐は飽き飽きしていたのだ。

 

「第一戦は原作通り出久君の勝利。第二戦は轟君の圧勝。で、多分この勝負は飯田君の勝利。」

 

 今までの流れを整理し、ため息をつく純狐。だが、そうしていることも時間の無駄だと思い、どうやって瀬呂に勝利するかを考え始める。

 

 しかし、できることが多すぎてなかなか決まらない。それに、どの勝ち筋もそこまで派手とはいかなかった。これでは、瀬呂をドンマイの代名詞にすることはできない、と純狐は頭を抱える。

 

(いや、待てよ。派手にできないのならば…)

 

 ここで純狐に電流走る。そして、何か含んだ笑いを浮かべると、第三試合が飯田の勝利で終わるのを見てステージへ向かった。

 

『さあ、次の試合だ!優秀!優秀なのにそのぬぐい切れない地味さは何だ!ヒーロー科瀬呂範太!!』

 

 なかなか酷い実況と共に瀬呂がステージに上がってくる。表情は強張っていて緊張が抜け切れていないようだ。まあ、相手が相手なのでそれもしょうがない。

 

『1位の座を譲らない問題児!今度は何もしないでくれよ!同じくヒーロー科落月純狐!!』

 

 紹介された純狐は、盛り上がる観客たちに向かって笑顔で手を振る。今までの行動で植え付けられた、問題児というイメージの軽減を図ったのだ。何だかんだ言っても純狐は美女であるため、それの効果は高い。

 

「なあ、落月。怪我はしたくねぇぞ。」

 

「そこは、『俺が勝つ!』くらい言ってほしいわね。」

 

 観客から目を離した純狐は、弱気な瀬呂をジト目で見る。純狐が求めているのは少年漫画的な展開であるため、瀬呂の態度はあまりいただけなかったようだ。

 

『それではお二人さんとも準備はOK!?』

 

 プレゼントマイクの声が聞こえ、瀬呂は冷や汗を流しながら、純狐はいつも通りの余裕そうな態度を崩さずに相手を睨みつける。

 

『第四試合!レディィイイ……START!!』

 

 試合が始まると同時に、瀬呂は純狐から離れるように跳び、その途中で純狐に向かってセロハンを伸ばした。瀬呂は細かい作業をしながら試合の主導権を握るような立ち回りを得意としているが、純狐にそんな小細工は通用しない。そのため、今の瀬呂が純狐に対する上での最適解は速攻だと考えたのだ。

 

(あいつはそこまで運動神経がいいわけじゃない。それにあいつは騎馬戦の時のセロハンの速度に慣れているはず。この速度でやれば捕まえられる!さあ、あいつがどう動くか…)

 

 セロハンが順調に伸びていくのを感じながら、純狐の次の手を考える瀬呂。彼は純狐には勝てないと感じながらも、勝負も諦めていたわけではない。それにここはアピールの場でもある為、全力は出していたのだ。

 

 しかし、そんな瀬呂の作戦は思いもよらない方法で破られた。

 

『ん?あれ…?瀬呂の対戦相手はどうした!?』

 

 瀬呂の対戦相手がいなくなったのだ。瀬呂は何をされるか分からないため、セロハンを引っ込めて周囲を窺う。試合を一段高いところでずっと監視していた主審のミッドナイトすら、瀬呂の対戦相手がどこに行ったか分からず、セメントスと目で会話していた。

 

『オイオイ、どこ行っちまったんだー。実況することがねぇから早く出てこいよー。』

 

 10秒程経っても姿を現さない瀬呂の対戦相手に、あれだけ盛り上がっていた観客たちのテンションも下がっていく。今回の試合では派手なことを期待していたため落差も大きいのだろう。

 

その後も何の変化も無く、20秒、30秒、と時間だけが過ぎていった。瀬呂の緊張もだんだんと緩んでいき、構えを解いて肩の力を抜き始める。

 

 その時だった。瀬呂は背後で、フッ、と優しい風が吹くのを感じる。そしてそれは、彼がこの試合で感じた最後の感覚となった。

 

『……は?瀬呂が急に倒れたぞ!?What?何が起こった!そしてお前いつの間に移動したんだよ落月ぃ!!』

 

 急に倒れた瀬呂と、倒れた瀬呂の背後に佇む純狐。観客も何が起こったか分からず、お互いに顔を見合わせる。その一瞬の静寂の後にスタジアムは大盛況に包まれた。

 

「えー!?気づかなかったよ!あの子どこにいたの!?」「いや、俺も分からん…。とにかくすごいことが起こったという事は分かった。」「瀬呂って生徒。あれは運が無かったですね。ドンマイです。」

 

(…うん。やっぱり“隠”への純化は楽でいいわね。でもちょっと強すぎるみたいだから多用はしないようにしましょうか)

 

 純狐はドンマイコールが起こっていないことに若干の不満を覚えながら、“隠”への純化の使用を控えるよう心に決める。

 

 “隠”への純化は文字通り、何事からも隠れてしまうという事だ。姿を隠し、音を隠し、影を隠し、名前を隠し…と、何者からも認知されないようになる。これだけ聞くとただの便利な能力だが、使いすぎると人々の記憶から純狐が完全に隠れてしまい、問題が起こる為、乱用はできない。

 

(まあ、月の民以上のレベルの奴らは、結構簡単に攻略してくるんだけどね…。少なくとも、この観客の中にはそんなやつはいないか)

 

 純狐はスタジアムを見渡しながら、手刀により気絶した瀬呂を抱き上げてステージの端まで運んでいく。そして、場外に瀬呂を置くと、まだ信じられないものを見たかのような目でこちらを見ているミッドナイトの方に振り返った。

 

「せ、瀬呂君場外!落月さん二回戦進出!」

 

 ミッドナイトの宣言を受け、再び大きく盛り上がるスタジアム。だが、純狐の勝ち方が直接自分に響いてくるような人たちは、そう騒いでばかりもいられない。その中の一つである1―Aの生徒が座る観客席は、不気味なほどに静まり返っていた。

 

「…なあ爆豪。」

 

「んだよ。」

 

「あいつはいつまで“落月純狐”だった?」

 

 轟の問いに対し、舌打ちをして顔を逸らす爆豪。その反応を見て轟は、爆豪の野生の感をもってしても感知できなかった純狐のスキルに改めて愕然とする。

 

 他の生徒も、会話はしていないが、純狐の凄さは理解できた。いや、理解できたからこそ会話ができないのだ。

 

(瀬呂君が倒れるまで僕は落月さんのことを“瀬呂君の対戦相手”だとしか認識できなかった…。もし僕が轟君に勝って、勝ち上がってきた落月さんと対戦することになれば、あれをどうすれば…)

 

 出久もこれまでまとめてきたノートを見返しながら考えるが、一向に対策が思い浮かばない。葉隠のように姿を消すだけならば対処法はあるが、記憶からも消えてしまうとなれば今の出久ではどうしようも無かった。

 

 もちろん、その光景を見ていたのはスタジアムの中の者たちだけではない。スタジアムの外に設置されたモニターでその試合の様子を見ていたMt.レディはアイスを加えたまま目を見開いて隣のシンリンカムイの方を見る。

 

「アレ何ですか?自分何が起こったか分からないんですけど。」

 

「…奴の個性は【純化】。自分を対象にすれば、その概念そのものの化身にしてしまうことができる。障害物競争や騎馬戦を見る限り、何かしらの限界はあるようだが…」

 

「とんでもない奴だとは思っていたが…。雄英はあれを管理できるのか?もはや生き物の持っていていい力を逸脱してしまっているだろう。」

 

 悩むシンリンカムイの元に、バックドラフトもやってきて意見を出す。二人の意見を聞いたMt.レディは、場外に出された瀬呂が映る画面を見ながら苦笑いをした。

 

「仕事減るんだろうなぁ」

 

 おそらくこの場にいるヒーロー全員が思っていることをMt.レディが口に出すと、三人はパトロールに戻って行く。

 

 一方そんなことは知りもしない純狐は、瀬呂が救護ロボに運ばれていくのを確認してからステージを降りていき、すかさず取材班とスカウトマンたちのいる方を確認する。

 

(想像以上に影響が大きいみたいね。確かにチートではあるけれど、広範囲の無差別攻撃などに対しては弱いし、純化は“力”へのもの以外同時に使えないからチャンスでもあるのに)

 

 まあ、今までの流れからしてそこまで求めるのは酷か、と純狐は考え、早足で自分の席に向かって行く。

 

 純狐が席に着くころには、1-Aの生徒も、いつもの雰囲気を取り戻していた。各々が、深刻な雰囲気でいても緊張するだけだと気づいたのだろう。

 

「お疲れ様、落月ちゃん。すごかったわね。」「よぉ、落月!どうやったんだアレ!」

 

 純狐はいつも通り質問の山をさばいていく。最初の頃は、このようなことに慣れていなかったため戸惑いも大きかったが、今となっては得意分野になっていた。

 

「次は飯田君か。どうしようかしら。」

 

 皆からの質問が一段落したところで、純狐は小大対塩崎の試合を観戦しながら呟く。勝つ方法ならばいくつかあるが、その中で楽しめそうな方法が見つからなかったのだ。

 

機動力に優れる飯田と戦うとなると、下手に気を抜くことができないため、それなりに本気を出さなければならない。だが、そうなると勝負は一瞬で決してしまう。

 

(“速”への純化とかを試してもいいけど…あれ制御難しいからなぁ。それに“速”への純化は体力をかなり消耗することが分かってるし…)

 

 純狐が考えていると、行われていた試合が塩崎の勝利で終わる。小大も序盤はいい動きをしていたが、如何せん戦闘力に差がありすぎたようだ。

 

 その後の常闇対八百万の試合は、原作通り常闇による速攻で勝負が決まり、切島対鉄哲の試合に移っていく。お互い防御力では優れた個性を持った者同士の戦いである。特に派手なことは起きないが参考になる事があるだろう、と多くの人々が注目を向けていた。

 

(防御ねぇ…飯田君の攻撃を完全に防ぎきるのもいいけれど。飯田君じゃなくてもいい、ってなっちゃうのよね。それに、私は攻める方が性に合ってる)

 

 どうしたものかと考えながら、純狐は切島たちの試合に目を向ける。放課後の訓練で純狐に散々鍛えられた切島の方が今のところ優勢といったところだ。

 

「落月さんは“硬”への純化があるよね。あれと切島君ってどっちが硬いの?」

 

「私の方が硬いと思うわよ。比べたわけではないけれど。」

 

「ケロッ、まあ、落月ちゃんのは“硬い”という事の概念だからね。それ以上のものは無いんじゃないかしら。」

 

 試合の展開が変わらないためか、話しかけてきた出久の疑問に答えると、近くにいた蛙吹も会話に加わってくる。出久は今聞いたことをノートに書きながら、いつものようにぶつぶつと呟き始めてしまった。

 

 その様子を見て、純狐と蛙吹が苦笑いを浮かべる。すると、試合を終えた八百万たちが戻ってきた。純狐が、お疲れさま、と二人に言うと、八百万が顔を上げて純狐の方を見て、ため息をつきながら隣に座る。

 

「負けてしまいましたわ…。落月さん。試合を控えている方に聞くのは失礼かもしれませんが、アドバイスとかいただけますか?」

 

 八百万は責任感が強いのか、普段はあまり人に頼ることをしない。そんな彼女がここまで言うという事はかなり追い詰められているのだろう。そう思った純狐は、飯田との対戦のことをいったん忘れて八百万のことについて考えだす。

 

「そうねぇ…、基礎の身体能力を鍛えるのが第一かしら。肉弾戦ができるレベルにまでなれば、戦略の幅も増えていくはずよ。それと同時に、物を創造する速度を上げることができたらいいわね。」

 

 特に画期的なアイデアがあるわけではなかったが、純狐の話を聞いた八百万は少し元気になったようで、純狐にお礼を言うと、少し離れた席で試合の観戦を始めた。

 

(速さに硬さ、それに身体能力…。ああ、こうすればいいのか。難易度は高そうだけれどやってみる価値はありそうね)

 

 八百万の気分が落ち着いたことに安堵していた純狐は今までの会話の内容を思い出す。すると、面白そうなアイデアが浮かんできた。そして、早速次の試合で試そうと、脳内でシミュレーションを始めるのだった。

 

 

― ヘカーティアside ―

 

 

「恐ろしく速い手刀。私じゃなきゃ見逃しちゃうわね。」

 

 いつもの居間で純狐の試合を観戦していた地球のヘカーティアは、テープを巻き戻しながら呟く。あれは速さではなく気づけないことが問題なのでは、と一緒にいたクラウンピースは思ったが、ヘカーティアの気分がよさそうだったため、別の話題を振ることにした。

 

「そろそろインゲニウムのイベントが起こる時間ですね。あっちの方は何か仕掛けているんですか?」

 

「ああ、そういえば何もしていなかったわねぇ。純狐の次の試合まで時間もあるし、何かちょっかいをかけて見ようかしら。」

 

 ヘカーティアはそう言うと、純狐が映っていたテレビのチャンネルを変え、ちょうどステインがパトロール中のインゲニウムを発見した場面を映す。そして、数秒間悩むようなしぐさをすると、何か思いついたのかニヤリと笑ってクラウンピースの方を向いた。

 

「クラピちゃん。悪いけどもう一度あっちの世界に行ってくれるかしら。あの包帯ぐるぐる巻きのおっさんに松明を少しだけ見せるだけでいいから。」

 

 ヘカーティアはゲートを開いて、画面に映るステインを指さす。すでに狂ってそうだなぁ、と思いながらも、クラウンピースはステインの姿を覚え、開かれたゲートに向かって歩き出した。

 

「それでは行ってきます、ご主人様。あ、それと脳無さん。私が帰ってくるころまでにカフェオレを作っておいてください。砂糖多めですよ。」

 

 クラウンピースの指示を聞いて、その辺の執事よりも上品なお辞儀をした脳無。それに満足したクラウンピースは、松明の炎を怪しく揺らしながらゲートの中に入っていった。

 




読んでくださってありがとうございます!

はい。内容が薄いですね。申し訳ないです。
投稿初めて約一年ですが、あまり成長が感じられない気がする……。
引き続き、失踪予定ですができるところまで頑張ろうと思います。

次回、飯田戦


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トーナメント 2

こんにちは!

アンケート協力ありがとうございました!
このままでも良いという方が多かったので一安心です。
ですが、投稿頻度を上げてほしいという方も多かったので、文字数の工夫などをしていこうと思います。……できるかなぁ。

久しぶりにシャドバにはまってます。MP5000超えたあたりから勝率が下がって辛い。



― (引き続き)ヘカーティアside ―

 

 とある建物の屋上でその男は憂いていた。偽物が蔓延るこの世の中を。真のヒーローがいなくなってしまうのではないかという不安と共に。

 

「正さねば……」

 

 男は呟く。ぼろ雑巾のようになった服と全身に巻いた包帯をたなびかせながら。

 

「ハァ…」

 

 小さく息をつき立ち上がる。そのまま洗練された動作で刀の塚に手を当てると、目線の先にいるヒーローに向かって突撃する体制となった。だが、その行為は後ろから聞こえた子供の声によって遮られる。

 

「お、あなたがステインさんで…」

 

「誰だ。」

 

 ゲートから現れてすぐのクラウンピースに刀を勢いよく向けるステイン。クラウンピースは、予想以上に速い剣裁きに驚き半歩下がると、改めて挨拶をする。

 

「こんにちは!私は地獄の妖精クラウンピースです!ご主人様の命令であなたを狂わせに来ました。」

 

「…帰れ。」

 

 子供がふざけているとしか思えないステインは、興味なさそうにクラウンピースから目を離し、再びインゲニウムに突撃しようと前傾姿勢になる。だが、その程度で諦めるクラウンピースではない。

 

 ステインが前傾姿勢を取った瞬間、クラウンピースが彼の目の前に現れる。ステインの立っているのは屋上の縁であるため、普通であればそのまま落下してお陀仏の場所だ。流石のステインもこれには驚いたようで、後ろに飛びのき、飛んでいるクラウンピースと向き合った。

 

「何が目的だ。ハァ…場合によっては子供も粛清対象だ。」

 

「だからさっき説明したじゃないですか。ちょっとだけこの松明を見ていればいいんです。」

 

 クラウンピースはそう言うと、手に持っていた松明をゆっくり揺らし始める。それを見たステインは少しだけ意識の乱れを感じると同時に、クラウンピースに向かってナイフを投擲し、松明を壊しにかかった。個性の分からない相手には、何かされる前に片を付けてしまうのが最適だからである。

 

 だが、その刀は全力で振るったにもかかわらず松明を壊すことはできなかった。また、クラウンピースに投げたナイフも当たりはしたが服を傷つけることも出来ていない。

 

「危ないですね。ご主人様に防御魔法をかけてもらわなかったら一回休みになるところでしたよ。まあいいです。私も本気を出しちゃいますからね!イッツルナティックターイム!」

 

 クラウンピースは見せつけるように松明を揺らす。ステインは直感であれはヤバいものだと気づいたのか、目を閉じてから突進を試みた。しかし、松明の炎を見たせいか、少しだけ判断が遅れてしまう。そのためその突進は、クラウンピースが放った星形の弾幕によって止められてしまった。

 

 星形の弾幕にぶつかったステインは、何の気配も無かったところで障害物に当たったことに驚き、一瞬だけ目を開いてしまった。そしてその時、一段と大きくなった松明の炎を近距離で視認してしまう。

 

「あ……」

 

 気づいたときにはもう遅かった。ステインの理性は無くなり、得体のしれない狂気に思考が上塗りされていく。

 

「ハァッ…!」

 

 ステインは最後の力を振り絞ってクラウンピースにナイフを投げつけた。だが、その程度で破壊されるほどヘカーティアの魔法はやわではない。クラウンピースに当たったナイフは、先ほどのように弾かれて地面に落ちる。

 

「お前はッ…一体…!」

 

 ケラケラと笑いながら紫色のゲートに入っていくクラウンピースに向かって吐き捨てるように言葉を紡ぐステイン。だが、もはや抵抗するだけの理性も残っておらず、そのまま完全に狂気に染まっていった。

 

 

― side out ―

 

 

「何か嫌な予感がする…。」

 

 轟と緑谷の試合を控室で観戦しながら身震いをする純狐。おそらく何かが起こっているんだろうなと思いながらも、どうすることも出来ないため、モニターの方に注目する。

 

「出久君は足の使い方がうまくなっているわね。でも…」

 

 画面に映るのは圧倒的な量の氷。轟が原作程度の強さであったならば、今の出久は勝つことはできなくともかなり有利に試合を進めることができただろう。

 

 だが、出久以上に轟は強くなっていた。今のところ足を強化して逃げ回ることはできている出久だが、このままでは轟よりも先に限界が来てしまうのは明らかである。

 

「どうしたものかしらねぇ。轟君の手も震えてきているから、そろそろオリジンのイベントが来てもいいころなんだけど…。それまで出久君が逃げ切れるかどうか妖しいところね。」

 

 純狐がそんなことを考えていると、ついに出久が轟の手の震えに気づき会話が始まる。だが両者も会話は原作とは雰囲気が若干違っていた。

 

◇  ◇  ◇

 

「震えているよ轟君。」

 

 出久は鬼気迫る表情で轟の正面に立つ。轟はその気迫に押され、攻撃の手を休めることになった。

 

「君は言ってたよね。落月さんが本気を出してくれないって。」

 

 出久はボロボロになった指を握りしめながら話し続ける。純狐の名が出たことで、轟の表情にも変化が生じた。

 

「確かにそうだ。それに関しては、僕も思うところがあった。」

 

「何が言いたい…!」

 

 出久の話の趣旨は分からないが、おそらく自分の核心に関わることだと感づいた轟は、珍しく攻撃的な口調になってしまう。だが、出久はひるまない。

 

「だけど!さっきも言ったように、落月さんのは仕方なくだ!君は違うだろ?思いっきり力を使っても大丈夫なんだろ!?」

 

 スタジアムも出久の言葉に呑まれて静かになっていく。それに反比例するように、轟と緑谷の感情は燃え上がっていった。

 

「今の君なら、全力で戦ってもらえない者の悔しさが分かるはずだ!みんな目標に向かって本気でやっている!自分が本気を出さずに他人には本気を出せって?ふざけるな!まずは君が!」

 

「全力でかかってこい!!」

 

 その瞬間、轟は自分の中で何かにひびが入ったのを確かに感じた。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

出久たちの会話が一段落し、試合が動き始める。そして二人の会話を聞いていた純狐は、なんとなく申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

 

「…まあ、出久君は本当に主人公ね。色々懸念してたけど、いい方向に転がってくれて良かったわ。それにしても本気ねぇ…。楽しむことに関してはそれなりに本気を出してるんだけどなー。それとはもちろん違うものね。…この問題はいったん置いときましょう。」

 

 今考えても結論は出ないと考えた純狐は、いったん考ええるのをやめて大技をぶつけようとしている轟と出久を見た。

 

 まず轟が氷を展開して出久を寄せ付けないようにする。その氷の形はただがむしゃらなものではなく、出久を逃がさないような形をしたものだった。氷の強度もかなりのものらしく、セメントスが危険を軽減するために作ったコンクリートの壁は氷のある所だけ展開できていない。

 

 それに対し出久は初めてフルカウルを使い、氷の壁を利用して変則的な動きをしながら轟に近づく。だが、全身ボロボロの状態ではさすがに無理があったのか、途中で姿勢を崩してしまった。

 

「緑谷、ありがとな。」

 

 轟は出久の動きが鈍ったのを見逃さず、最大火力の炎を放つ。それによって冷やされていた空気が膨張し、大爆発を起こした。流石の純狐も大きな音に驚き、肩を少しだけ震わせる。その後、煙が晴れて場外に出た出久が見つかり、轟の勝利で試合は終わった。

 

「うんうん、いい試合だった。勝負としてだけではなくこの世界のずれを確認するものとしても。」

 

 ステージの修復に時間がかかるという旨の放送を聞きながら、今の試合を振り返る。これを面倒くさがると後でどんなことにつながるか分からないため、たとえ予想通りであっても欠かせないことなのだ。

 

 そして約10分後、純狐の考えがある程度考えがまとまったところで、タイミングよくステージの修理が完了した。

 

「じゃあ、行きましょうか。」

 

 純狐は立ち上がり部屋の扉を開ける。するとそこにはトゥルーフォームのオールマイトが立っていた。

 

「どうかされましたかオールマイト。まだ、何もしていませんよ。」

 

「いや、様子を見に来ただけだ。そして何かするつもりなのか…。無茶はするなよ。」

 

「フフフ、相変わらず優しいですね。」

 

 オールマイトとの会話はそれだけで終わった。どうやら本当に様子を見に来ただけだったようだ。だが、このことはそれなりに大事な意味を持つことを純狐は見抜いていた。しかし、ここで考えるとまた長くなるため今は考えないことにする。

 

 その後は特に何事も無くステージにたどり着いた純狐。対戦相手である飯田はすでにステージの上でストレッチをしていた。

 

『さァさァ皆さんお待たせしました!今のところあまり本領発揮できていないか!?ヒーロー科、飯田天哉!』

 

 心なしか今までと比べて控えめな歓声が起こる。おそらく観客はすでにどちらが勝つかを予想し、それをほぼ確信しているのだろう。

 

『対するは!そろそろ弱点を見せてくれよ!同じくヒーロー科、落月純狐!』

 

 紹介が終わった二人は、言葉を交わすことなくスタート位置につく。そしてお互いに、相手の初動を見逃さないようにしようと、目に神経を集中させた。

 

『レディー……START!!』

 

 スタートの声が終わるや否や、二人は元の場所からボッ、という音と残像を残して消え、ステージの真ん中で互いの右足をぶつける。

 

「いい動きね飯田君!」

 

「―ッ、お褒めにあずかり光栄だッ!」

 

 純狐の右足の力がどんどん強まっていくのを感じた飯田は咄嗟に純狐から距離を取り、再び純狐に突進していく。飯田が今使っているレシプロバーストは約10秒しか使うことができず、早く勝負を決めなければ何もできなくなってしまう。そのため、防がれる可能性が高くてもぶつかっていくしかないのだ。

 

 純狐は突進してきた飯田を上に跳ぶことで避ける。そして足元に氷を作り、落下しながらそれを殴って霙状の散弾をまき散らした。飯田はそれを無視して、まだ空中にいる純狐に向かって跳び蹴りを繰り出す。

 

『速すぎて実況が追いつかないぞ!今のところ飯田が攻め、落月が防衛している感じか!?』

 

『確かに姿を隠す隙も与えずに攻め続けることであれは攻略できるな。』

 

 実況を聞いて、純狐が圧倒して終わると考えていた観客たちは予想外の展開に盛り上がりを増していく。その間も、飯田と純狐は互いにトップスピードで戦いを繰り広げていた。

 

(足への強化は良し、体も温まった。始めましょう)

 

 だがそんな戦いは純狐にとって準備体操でしかなかった。飯田の蹴りを避けた純狐は、あらかじめ強化していた手を振るい、風圧で飯田を退ける。

 

「さあ、飯田君。私を捉えてみせなさい。」

 

 純狐は飯田だけに聞こえるような声でそう言うと空中に跳び上がり、体を傾けてから足元を“硬”に純化した。そして、それを踏み台にしてこちらへ向かってくる飯田の背中側に跳ぶ。

 

「遅いわよ。」

 

 純狐は空中で体をくるりと回し、足場を作って跳ぶという行為を繰り返す。飯田はそれを必死に追いかけるが、3次元的な純狐の動きについて行けず翻弄されていた。

 

『今度は何してるんだ落月!ステージの中を縦横無尽に跳び回る!ミイラマン解説頼む!』

 

『…跳んだ瞬間その足場を解除して自分が次に行く場所を計算し、そこに足場を形成。それに合わせて体を回転させて足場を蹴ることを繰り返してる…。』

 

 プレゼントマイクは耳を疑う。そんなことをあの速度でやってのけるのが信じられなかったのだ。しかも、純狐はその行為を繰り返すごとに加速していく。

 

 そして、ついに純狐を捉えることなく飯田のエンジンは止まってしまった。まともに動けなくなった飯田は悔しそうに純狐の影を目で追う。

 

(飯田君はッ、止まったみたいねッ、ならもうやめてもいいかしら)

 

 ここで純狐は折角止まるならかっこよく締めようと、止まっている飯田に向かって跳び、右手を構えた。

 

「飯田君!いい勝負だったわ!でもこれで終わりよ!」

 

『落月、飯田に向かって跳んだ!吹っ飛ばして場外KOする気か!』

 

『いやだがあの角度は…』

 

 相澤が言い終わらないうちに、純狐は地面すれすれのところまで降りてきて……

 

「はへ?」

 

変な声と共に盛大な音を立てて地面にぶつかった。

 

 さすがの純狐でもあのような能力の使い方は無茶であり、脳が限界を迎えたのだ。

 

 今まで盛り上がっていたスタジアムはシーンと静まり返り、ステージの上では目を点にした飯田が、純狐の落下地点に立ち込める砂ぼこりの奥を見る。

 

『えーっと…、落月ー、大丈夫か?』

 

『……。』

 

 実況も何を言おうか迷うような雰囲気の中、砂ぼこりの中で影が動いた。飯田は純化の範囲内から出て様子を見守る。

 

 数秒後、砂煙が晴れて中から俯いた純狐が出てきた。所々血が滲んでいるが、大きな怪我は無いようだ。

 

「………。」

 

 純狐は何も話さずに飯田に近づき、そのままの勢いで殴り飛ばす。まともに足が動かない飯田は抵抗できずに飛んでいき、ステージの外に出た。

 

「えー、ら、落月さん勝利!準決勝進出です!」

 

 先ほどの純狐の試合と別の意味で歯切れの悪いミッドナイト。その宣言を聞いた純狐は静まり返ったスタジアムを背に何も言わず退場していくのだった。

 

◇ ◇  ◇

 

「ハッハッ!クーックク、ハァハァ、ぷっ、フフフフフフ…」

 

 手の甲からその奥の光景が容易に想像できる笑い声が聞こえてくる。

 

 ステージから降りた純狐は、まっすぐ自分の席の戻らずに、近くにあったトイレで頭を抱えていた。

 

「あ“ー、ヘカーティア?今までの会話から察するにあなた会議中じゃないの?」

 

「会議は終わったわよ。フフフ、ひっさしぶりにやらかしたわね。『これで終わりよ!』からの…」

 

「言うな…言わないで…」

 

 だんだんと力を失っていく純狐の声を聞き、さらに笑い転げるヘカーティア。その後も数分の間純狐はトイレに籠っていたが、ずっとここにいるわけにもいかないので、頬を叩いて立ち上がり、自分の席に戻って行く。

 

 1-Aの皆の前に顔を出した純狐を待っていたのは何とも言えない視線だった。今までも何度か純狐のやらかしを見てきた彼らだが、ここまで盛大かつナチュラルにやらかしたのを見るのは初めてだったため、インパクトも大きかったのだろう。

 

「まぁ何だ。準決勝進出おめでとう!」「気にすることないよ落月さん。誰だってこんなことあるって。」「落月!話なら聞いてやるぜ?ちょっと人気が無いとこ行こうや。」

 

「…ありがとう。」

 

 クラスメイトから次々と慰めの言葉をかけられ、純狐は冗談に付き合っていられないほど落ち込んでいく。

 

 そんな普段からは想像もできない様子の純狐を見て、1-Aの生徒たちは、落月も同じ人間なんだなぁと、少し親近感を抱くのであった。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます!

試合と試合のつなぎをどうするか悩みどころ。
それと戦闘シーンは相変わらず難しい。

次回、轟戦?


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トーナメント 3

こんにちは!

はい、轟戦です。
接続詞や文末とかのバリエーションが少なすぎて辛い。

ネクロがローテではあまり奮ってない……。エヴォルブから使っている身としてはちょっと残念。



 

 常闇対塩崎の試合が常闇の勝利で終わる。その結果を見届けた出久は、いまだに落ち込んでいる純狐に保健所から帰る途中で買ったジュースを渡した。

 

「ありがと。」

 

 純狐はそれを受け取ると一気に飲み干す。甘いものを飲食した時に心が休まるのは純狐も同じだったようで、ジュースを飲んだ後の純狐は少しだけ表情が和らいだ。だが反対に、その一連の流れを見ていた麗日の表情は少しだけ曇る。

 

 心にも普段の余裕が戻ってきた純狐は、曇った麗日の表情の変化を見逃さなかった。もうすでに麗日は出久に好意を持っているのかと新たな発見に心を躍らせていた純狐だが、変に関係がこじれても嫌だったため、適当な理由をつけて出久のそばから離れ、別の場所で観戦を始める。

 

(さっきのオールマイトの行動…)

 

切島が爆豪の爆破を食らいながらカウンターを放つ場面を見ながら、純狐は先程のことについて考え始める。

 

(出久君の回復が早かった?いや、出久君の帰ってきた時間を参照すると原作と変化はほとんどない。つまりオールマイトは…私にヒーローとしての活躍を期待している?)

 

 純狐は昼休みのオールマイトとの会話を思い出す。そして、唯一気がかりであった最後の質問を改めて考察した。

 

(最後の質問…あれがトリガーか?ああ、言われてみれば、あれが初めて私がヒーローになりたいとはっきり口に出した出来事になるわけか)

 

 ヒーローになりたいと言ったのは間違いだったか、と思う純狐。だが、あそこでヒーローになりたいと言わなければ、それはそれで厄介なことになっていた可能性はある。結局はどちらを選んでもそれなりのリスクを背負わなければならなかったという事だ。

 

(まあ、仕方ないわね。どうせ神野あたりで退場することになるだろうし、あまり期待させないようにしないと)

 

 純狐はこれからの方針を決めると、近くにいる生徒たちの会話を聞きながら控室に行くまでの時間を楽しむことにする。ちなみに近くにいるのは芦戸、葉隠の女子グループと、峰田、上鳴のいつもの二人だ。

 

「えげつねぇな、爆豪。切島もそろそろ限界じゃね?」

 

「爆豪…やっぱそっち系か…!」

 

 峰田は平常運転のようで、緊張はしていないようだ。クラス全体の雰囲気も穏やかであることを感じることができ、純狐は一安心する。騎馬戦時のブロック落下の影響がどこまで大きくなるか心配していたのだ。勿論、あれについて忘れたい、という思いから普段通りを装っている者もいることを考慮には入れている。

 

「うっそー!あれ避けるの!?」

 

「うう…自信なくしちゃう。」

 

 原作と比べ、大きく成長している爆豪はセンスに磨きがかかり、およそ高校生ができる動きを超えていた。その辺のプロヒーローと比べても互角以上の実力をすでに持っているだろう。

 

「あ、落月ちゃん。次は轟君だね!応援してるよ!」

 

 純狐の存在に気づいた芦戸が近づいてくる。そのまま隣の席に座ると、再び爆豪たちの試合を観戦し始めた。

 

「ねぇ、落月ちゃんはどっちが勝つと思う?」

 

「うーん、爆豪君かしら。切島君は今のところ守れてるけど…ほら、今ちょうど。」

 

 爆豪のひときわ大きな爆発によって切島の体制が崩れたところを純狐は指さす。

 

「切島君の【硬化】はずっと気張り続けている状態なわけよ。だからいずれどこか綻びが出る。そこをあの攻撃力で攻められたら、さすがに耐えられない。」

 

「なるほーど…いろんなことを考えているんだね…。私は応援するだけで精いっぱいで分析までは手が回らなかったよ…。」

 

「いや、応援は立派なことよ。人の喜ぶことをするのがヒーローでしょ?応援されて喜ばない人なんて少なくともこのクラスにはいないわ。私みたいに一人で分析しているよりも応援した方が人は喜ぶと思うわよ。」

 

 もちろん解析も悪いことではないと思うから私はやってるんだけどね、と付け加えて純狐は芦戸の表情を窺う。

 

「お、おお…!ら、落月さん、一生ついて行きます!」

 

 喜々とした表情で純狐を見る芦戸。純狐はそれに笑顔で返すと、そろそろ行かなくちゃ、と言って席を立ち、控室に向かって行った。

 

「ん?」

 

「あっ?」

 

 屋内に入って少し歩いたところで、純狐はエンデヴァーと鉢合わせる。純狐は会釈をして通り過ぎようとしたが、エンデヴァーがそれを呼び止めた。当たり前ではあるが、純狐はエンデヴァーにいい印象は持っておらず、話をしたい相手ではなかった。

 

「君が落月純狐か。」

 

「はい、何か?」

 

 先を急ぎたいという雰囲気を醸し出しながら、純狐はエンデヴァーに応える。それを感じ取ったエンデヴァーは、純狐の向かっていた方向に歩きながら話し始めた。

 

「いや、気になったから話しかけただけだ。なんせ、息子の対戦相手だからな。」

 

「はぁ…。」

 

 曖昧な相槌を打つ純狐。エンデヴァーの雰囲気が想像以上に変わっていたため、どう接すればよいのか図り損ねていたのだ。

 

(ヘカーティアの奴、相当なことしたんだろうなぁ。それに魔力の流れからして見ると性格の改変も行われている可能性が高いか?何もそこまでしなくても…。私だって少しくらいなら我慢できるのに)

 

 そんなことを考えながらエンデヴァーの話を聞き流していると、満足したのかエンデヴァーは立ち止まって純狐に道を開ける。そしてすれ違う瞬間、エンデヴァーは純狐にぎりぎり聞こえるような小さな声で呟いた。

 

「焦凍に全力を出してやってくれ。」

 

 その言葉を聞いた純狐は一瞬立ち止まったが、特に何をするでもなく再び歩き始める。エンデヴァーの方も、歩き出した純狐の後姿を少し見ると来た方向に引き返していった。おそらく自分の言いたいことは伝わったと確信したのだろう。

 

 その後は何事も無く控室にたどりついた純狐。だが、話していたせいもあってすぐにステージへ向かわないといけない時間になった。

 

「やれやれ、まあ、全力を出すとか出さないとかはさておいて、やりたいことをやりましょう。」

 

 誰かに聞かれれば問題になりそうなことを言って部屋から出た純狐は、大きな期待を持ってステージに向かって行くのであった。

 

『皆さん!お待たせしましたねぇ!実質決勝戦とも揶揄される戦いがついに幕を開ける!!まずは!ついに炎解禁!その実力はまだまだ未知数!ヒーロー科、轟焦凍!!』

 

 総立ちになって盛り上がる観客たち。だが当の轟はその声援には目も向けず、純狐の方を冷ややかな目で見ていた。

 

『圧倒的パワー!誰にも予測できないトリッキーさ!さらに機動力を持つチート野郎!同じくヒーロー科、落月純狐!!』

 

「…笑ってないね。」

 

 二人の様子を食い入るように見ていた麗日は、珍しく純狐が笑っていないことに気づく。麗日の近くにいた出久も、難しい顔をして二人の様子を見守っていた。純狐のことについて他の人よりも多くの知識を持つ出久ですら、どのような戦いになるか全く分からなかった。

 

「何が起こるかは分からないけど…レベルの高い戦いになることは必至だね。」

 

 

「なあ爆豪。どっちが勝つと思う?」

 

「………。」

 

 切島が話しかけるが爆豪からの反応は無い。それだけこの試合に集中しているという事なのだろう。切島もその雰囲気を感じ取ったのか、それ以上話すことも無く、試合に集中することにした。

 

 

「普段の笑ってる落月もいいけど…真面目な顔もそそる!」

 

「お前はホントいつも通りだな。尊敬するぜ。」

 

 すでに負けてしまった組は、あまり張りつめずにこの試合を観戦しているようだ。しかしこの試合を糧にしようと思っているのも事実であり、次第に口数も減っていく。

 

 そんなことを皆がしているうちにミッドナイトとセメントスが既定の位置につき、試合を始める準備が整った。

 

『それでは皆さんご注目!レディーー……START!!』

 

 始まった瞬間轟は純狐に対し氷を展開する。純狐はそれを強化した手で薙ぎ払うと、そのまま轟に突進。それを読んでいた轟は純狐の前に氷の壁を幾重にも作り出し、勢いを弱める。

 

 対する純狐は、氷の壁にぶつかると同時に手を前に出し、指先を“可視光線”に純化して轟の目を潰しにかかった。だがそれさえも警戒していた轟は、純狐の手が前に出されるのを確認すると今度は大きめの氷結を放ち、純狐を近づけさせないと同時に光を拡散させる。

 

 だが、純狐が狙っていたのはその大きな氷塊であった。光を放つとすぐに身を引いて氷を避けた純狐は、氷の内部を熱に純化し、内部から氷を爆発させる。

 

 轟は、氷の壁が間に合ったおかげで致命的なミスにはならなかったものの、大きめの氷をいくつか体に受け、ステージぎりぎりのところまで飛ばされてしまった。

 

 しかし、爆発のせいで轟と距離を取っていた純狐もすぐに追撃を食らわせることはできず、轟に時間を与えてしまう。そのわずかな時間で、轟は氷をうまく使って移動し、ステージの縁からは離れることができた。

 

『轟が落月の速攻を耐えた!?そしてとどまることを知らない猛攻が続く!範囲攻撃で反撃の隙を作らないことが対落月戦での正解なのか!?』

 

『それができるやつは限られてくるが…今のところ正解の一つだろうな。』

 

 実況の言葉通り、純狐は数回攻撃を仕掛けようとしているが、氷の想像以上の硬さや轟の反応速度などに邪魔をされ効果的な攻撃ができていない。しかし、攻撃する手段の多い純狐にとってこれは様子見の意味もある為、ここで仕留め切らなければ轟が圧倒的不利に陥ってしまうのは二人とも理解していた。

 

 それでもなお、炎を使うそぶりを見せない轟に、純狐はやれやれと言った様子で大きなため息をついて距離を取る。

 

「私としてはどっちでもいいのだけれど。」

 

 純狐が離れたことで轟も攻撃するのをやめる。無駄な攻撃は自分を追い込むだけなのだ。

 

「あなたはいいの?それで後悔しない?いつか理想の自分との乖離に苛まれるわよ。」

 

「何を知ったような口を。」

 

 苛立った様子を見せる轟。純狐は乱立する氷の柱が邪魔なため、それらよりも上に足場を作り、そこに立って轟を見下ろしながら再び話し出す。

 

「まあ、強がるのもいいとは思うんだけど…。それはあなたのなりたい姿なのかしら。」

 

 純狐の言葉に反応して轟の肩が微かに動く。だが炎を使うことは無く、ただ俯いて聞いているだけだった。

 

(まあいいか。もう少し心の整理が必要なのでしょう。変に踏み外してほしくもないしね)

 

 純狐はすでに十分楽しむことができたと考え、今までよりもスピードを上げて攻勢に出る。それによって均衡が崩れ始め、轟が防戦一方になってしまった。

 

「ちょっとだけ面白いもの見せてあげる。『殺意の百合』」

 

 その言葉と共に手の先から打ち出されたのは淡い赤の光を放つ光弾。それはまるで木の葉のようにひらひらと轟の方に舞い落ちた。轟は何だか分からなかったが、取り合えず離れておこうと考え、少しだけ横に移動する。

 

「いい判断ね。」

 

 次の瞬間、光弾の落ちた場所から極太のレーザーが垂直に放たれた。轟はその場所から離れてはいたが完全に避け切ることはできず、レーザーにかすって吹き飛ばされてしまう。

 

「…ここまでね。」

 

 ステージの端で悔しそうにこちらを見ている轟に近づいて行く純狐。轟はすでに個性の反動でまともに動けず、純狐の攻撃で全身に打撲を負い、試合を続けることができるような状態ではなかった。

 

『落月が動きの止まった轟にとどめを刺そうと近づく!轟、ここまでかぁ!』

 

「楽しかったわ。またやりましょう。」

 

 まさに絶体絶命。轟にもはや勝機は無いと誰もが確信した。

 

 しかし、この時出久だけは気づいていた。いや、今の轟の状態からして気づかざるを得なかった。轟が唱え、これまでの戦いで証明されつつある純狐の弱点。まさにこの状態が轟の狙っていたものなのだと。

 

「―ッ!」

 

 純狐がそれに気づいたときにはすでに手遅れだった。轟は純狐の背後に氷の壁を作り逃げ場を無くすと、炎が噴き出す左手で純狐の腕を掴み、自分の位置と入れ替えるように純狐を外へ投げ出した。

 

(ここでッ!)

 

 視界は突然の炎によって機能せず、振りほどこうにもその反発で場外に出てしまう。完全に不意を突かれた純狐は対策を立てることも出来ず、荒れ狂う炎と背後から迫る氷に壁によって詰みの状態まで追い込まれていた。

 

 だが惜しむらくはこれが試合終盤であったことだろう。轟の体はすでに限界を超えており、純狐の体を投げ出すときにふらついてしまったのである。

 

 その結果二人はほぼ同時に場外を示す線を超えることになった。

 

「やってくれたわね…!」

 

「お前は勝利を確信した時油断しやすい。そこを突いたまでだ。」

 

 服のいたるところが焼け、髪も煤を被った状態である純狐は轟の方を見ながら、悔しそうにニヤリと笑う。それに対し轟は炎を引っ込め、やってやったぞとでも言いたそうな、満足した表情をして純狐を見ていた。

 

 その様子を見ていたスタジアムをまず支配したのは沈黙。誰もが今この数秒で起こったことを理解できていなかったのだ。しかし皆がそれを理解するのにそこまで時間はかからなかった。そして誰かが叫んだのを皮切りに、スタジアムを歓声による地響きが包んだ。

 

『りょ…両者場外!!ミッドナイト!どっちが先だった!?』

 

 観客の歓声でやっと自分を取り戻したプレゼントマイクは主審であるミッドナイトにこの試合の結果を尋ねる。だが、ミッドナイトとセメントスも轟の炎と氷に遮られていたため勝敗を確認することはできず、ビデオ判定という事になった。

 

 そして数分後、ビデオの審査を終えたミッドナイトが再び壇上に現れ、ざわついていたスタジアムは再び静まり返る。ステージの端で待機していた轟と純狐も、再び立ち上がりミッドナイトの宣告を待つ。ちなみに二人は、当たり前ではあるが既に勝敗を知っていた。

 

「ビデオ判定の結果、この試合の勝者は……」

 

 誰もが次の言葉を聞き逃すまいとミッドナイトの声に神経を集中させる。その間わずか数秒ではあったが、彼らにはそれが数分にも感じられた。

 

「………落月純狐!!決勝進出!!」

 

 それが告げられた瞬間、今まで静寂していた分を取り戻すかのような歓声がスタジアムを支配した。

 

「あー、疲れた。最後に“硬”への純化をしてなきゃ負けてたわ。いい勝負だった。」

 

「負けちまったか…今度こそやれると思ったんだが…。」

 

 轟は負けてしまったものの、清々しい思いでいた。やっとあの純狐に近づくことができたと実感したのだ。それは彼にとって試合の勝敗よりも優先されるべきことであった。

 

「それよりいいの?左手使って。」

 

「…まあ、いいんだ。こっちの問題だから。」

 

 轟は左手を押さえ顔を陰らせる。その様子を見た純狐は原作とさほど変わっていない轟の心境を素直に喜んでいいものか悩むが、別にどうでもいいかと割り切ると、一足先に屋内へ入っていくのだった。

 

「…敵わねぇな。」

 

 純狐の後ろ姿を見送る轟は、少しだけ笑っていた。

 

◇ ◇  ◇

 

 屋内に戻った純狐は、まず体を純化で清めるとスマホを取り出しニュースを確かめる。原作ではそろそろステインが現れるはずであり、それが次のイベントのメインターゲットとなる為、情報収集は念入りにと心掛けていたのだ。

 

「おお、ちょうど上がってきたわね。ふむふむ……は?」

 

 純狐はそこに書いてあったことに愕然とし、目を剥く。そして何度か目をこすって確かめ直すが、その記事の内容が変わることは無かった。

 

 そこに書いてあったのは…

 

「ヒーロー殺し、保須に現る。被害は…ヒーロー、2名死亡3名重症。一般人、5名重軽傷…!」

 

 また面倒なことになったと、純狐は何処かで見ているだろう神に向かって中指を突き立てた。

 




読んでいただいてありがとうございます!

純狐さんを負けさせるかどうかや、轟君に炎を使ってもらうかどうかなど考えることの多い回でした。
久しぶりに何作品か読破してみましたが面白いね。勉強になります。

次回、決勝戦


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トーナメント 4 

こんばんは!

少し時間かかりました。
そのくせ、いつもに増して読みにくい気がする……
ごめんなさい。一度時間をおいてから編集すると思います。



 色々あった雄英体育祭1年の部も最終盤。例年以上に才気に溢れた生徒たちがしのぎを削り、後世に語り継がれるような出来事もいくつか起こった。

 

 そして、この体育祭の最たる問題児、純狐は決勝戦を前に控室で頭を抱えていた。もはや控室で頭を抱えていないことの方が少ないとも思えるような頻度である。

 

「ステインが一般人を襲った?それにヒーローの被害も異常に多い。絶対何かしらの干渉が入ってる。」

 

 起こってしまったことは仕方がないと、普段なら簡単に割り切ることができる純狐だが、これに関してはそう簡単に割り切ることができない。ステインは今後のイベントにおけるキーパーソンの一人であるからだ。

 

「彼はヴィラン連合とは会えたのかしら。いや、これに関しては黒霧の能力を考えれば会えた可能性が高い。一番の問題は彼が保須にとどまる可能性がかなり低くなったことね。」

 

 この体育祭の後のインターンシップ編では、飯田の成長やヴィラン連合の巨大化などがステインという人物を軸に行われる。もしもステインが保須から去ってしまえば、大きな軸を一つ失うことになり、林間合宿編あたりでも影響が出かねない。

 

「うん、取り合えずインターンシップでステインに遭遇することが最優先ね。これまでの行動パターンや今回の被害状況をさらに詳しく調べて予測しましょう。私レベルの実力があればインターンシップである程度の自由行動が可能になる…はず。」

 

「ああ!?」

 

 純狐が今後の方針を決めたところで爆豪が部屋に入ってくる。自分の控室と間違えたのだ。純狐は、特に話すことも無いためそのまま笑顔で見送ろうとしたが、爆豪は入口で立ち止まり、振り返って純狐に近づいてきた。

 

「オイ、女狐。」

 

「どうしたの?安心して、出し惜しみはしないわ。」

 

「そんなことは当たり前だ!それよりお前…、いや何でもねえ。俺が勝つ。」

 

 そう言うと爆豪は、いつも通りイライラした様子で部屋を出て行った。そして再び一人になる純狐。その表情には、少し緊張に色が混ざっている。

 

「うむ…さすがにばれたか弱体化…。轟戦で強化を使いすぎたかな。でも、ここまで実力を見せていれば雄英側も私に手を出しにくくはあるでしょう。そう考えればいいタイミングだった。」

 

 純狐には爆豪が最後に話そうとしていたことの内容が分かっていた。そしてそのことに気づいたのは爆豪だけではないであろうという事も。

 

 純狐の弱体化は、一般人であっても気づけるくらいの早さで進行している。それに皆が気づいていないのは、強化を使ったときに出る光や音に邪魔されるという事が大きな理由だ。

 

 もちろん純狐の調整が巧みであることや、強化を使う頻度を下げていることなども理由としてある。しかし、純狐が最も警戒している相澤にばれていない理由としては上記の物が最有力だろう。

 

 しかし今回の轟戦。光などが出ているため、インパクトの瞬間のずれなどは相変わらず見にくいが、氷の壊れ方などで威力の衰えはどうしても浮き出てくる。かなりの回数強化を使ったという事もあり、轟の氷が硬くなったという事だけでは言い逃れできないレベルの威力の衰えをさらしてしまったのだ。

 

 だが、純狐の言う通り、このタイミングでばれたことは不幸中の幸いでもあった。この体育祭で実力を様々な方面に見せつけた純狐は、ますます手放すには惜しい人物となったからだ。

 

 それに、これからヴィラン連合も本格的に動き出す時期であるため、ここで純狐を手放すのは絶対に避けたいことであるだろう。

 

「まあ、大丈夫ね。決勝に行きましょう。」

 

 今は問題なしと結論付けた純狐は、目の前の決勝戦に集中する。せっかくの決勝戦の舞台を楽しまないという選択肢は純狐に無かった。

 

『さあいよいよラスト!雄英一年の頂点がここで決まる!!決勝戦、爆豪対落月!』

 

 両者がステージに上がると、大きな歓声と共にプレゼントマイクの実況が聞こえてくる。純狐は、この感覚もこれで終わりかと噛み締めながら試合開始の合図を待った。

 

『今、スタート!!』

 

 合図と同時に、純狐は爆豪に向かって風の塊を放つ。爆豪は難なくそれを避け、続く攻撃をさばきながら純狐に近づき手を構えた。簡単そうにやってのけているが、純狐の攻撃を避けるだけでも相当な技術である。

 

 手を向けられた純狐は、横に飛びのきつつ爆豪の足元を“柔”に純化する。だが爆豪は、爆破を使って地面から少しだけ浮いて移動しているため、それを意に介すことなく純狐を追って加速した。

 

 その速さに純狐は対処しきれず、一撃もらってしまう。しかし、それは速度重視の攻撃だったためか、威力はそこまで大きくない。

 

(なる程、ヒット&アウェイか)

 

 再び離れたところから突撃を始めた爆豪を見ながら純狐はそう考える。確かに純化には集中力を必要とするものも多く、このように動かれてはやりにくい。また、一度に純化できるものは一つという制限もある為、高速で、しかも進路変更以外は地面に触れずに動く爆豪に狙いを定めて使うのも難しい。

 

 だがしかし、純狐にとってこれは、厄介だなと思う程度の物であり、特に危険というわけでもない。わざわざ点で捉えなくとも面での攻撃が可能であるため、対処法はいくつもあるのだ。

 

「フフ、これでどう?」

 

 純狐は自分を中心に水を作ってそれをばらまき、すかさず氷にする。すると、純狐を中心として氷柱の林が出現した。これによって爆豪は動きを制限されるだけでなく、体温も上がりにくくなる。

 

「チッ」

 

 爆豪は作戦の変更をせざる得なくなり、いったん純化の範囲から出た。結局まともに攻撃を当てることができたのは数回である。さらに、空中移動を繰り返したことで、手も痛み出していた。

 

 しかしそんなことは純狐の知ったことではない。足を強化して爆豪に近づくと、その勢いのまま拳を振り抜く。爆豪はそれを驚異の運動神経で見切り、突き出された腕の軌道を変えて直撃を避けた。

 

 しかし直撃しなくとも、強化された腕から発せられる風圧によって爆豪はふらついてしまう。純狐はその隙を突こうと蹴りを放つが、強化されていない足では速度が足りず、爆破で無理やり姿勢を戻した爆豪に簡単に避けられてしまった。

 

「あなたも強いわよね。何か練習してるの?」

 

「てめぇに教える義理はねぇよ!」

 

「残念。」

 

 純狐は言い終わると同時に、爆豪の目の前に再び小さな風の塊を作る。それは氷の柱も数本巻き込んだことで、想像を絶する暴力性を持つものとなった。

 

 それを避けられないことを悟った爆豪は、体の前に手を突き出して爆破で風と氷を打ち消し、生まれた煙幕に身を隠すようにして純狐の正面から移動を試みるが、煙幕は移動し終わる前に再び生み出された風によって吹き飛ばされてしまった。

 

「なあ緑谷…、これは詰みじゃないか?」

 

 攻撃手段の減っていく爆豪と、いくらでも武器を生み出すことのできる純狐。すでに一方的な戦いになり始めている決勝戦を見て、峰田は出久に近づく。彼の言葉は彼だけのものではなく、この場にいる全員が感じ始めていることだった。

 

 中距離からの戦闘も可能ではあるが負荷の大きい爆豪は、どうしても純狐に近づかなければならない。だが、近づくには襲い掛かる数々の攻撃をかいくぐる必要がある。また、たとえ近づけたとしてもその先には強化や硬化を使った鉄壁ともいえる守りがあるのだ。

 

「…確かに、かっちゃんにここから挽回する手は…」

 

 爆豪の強さを良く知る出久も、難しい顔をして試合を見守る。爆破という個性は確かにシンプルな強さがあり、ちょっとした小細工では通用しない。だがそれ故に、それを上回るパワーや速さを持った相手には上から叩き潰されてしまうのだ。

 

「正に、万事休す、という事か。」

 

 準決勝で爆豪に敗れた常闇も劣勢の爆豪を見て目を細める。自分が圧倒されて負けた相手が苦戦している姿を見るのは複雑なのだろう。

 

「だけど、かっちゃんはまだ大規模な爆発を使っていない。可能性があるとすればそこかな。」

 

 出久の言う通り、爆豪はいまだに麗日戦で見せたような大規模な爆発を使っていない。純狐もそれに気づいており、爆破の届く範囲に入らないように遠距離から攻撃を続けていた。

 

(うーん、ハウザーインパクトでも使う気かしら。でもあれを撃つような隙を私が与えるとも思ってないでしょうし…。もしこのまま終わったら拍子抜けね)

 

 遠距離からの攻撃をボロボロになりながら避け続ける爆豪。敗色濃厚なのは確定的であるが、爆豪の目には闘志が宿っていた。

 

『またもや落月の風爆弾!爆豪吹き飛ばされる!さらに落月、追い打ちで風爆弾を追加!爆豪これには爆破を使い、自分を地面に叩きつけることで場外を回避!だが、落月の攻撃はまだ続く!落ちた場所には底なし沼だ!』

 

『爆豪は良くやっているが、相性が悪いな。いつまで体力が持つか…。』

 

 爆豪は純狐が“柔”への純化を解く前にその場所を脱する。休まず頭と体を使い動き続けているタフネスには、スタジアムの誰もが驚きを隠せない。しかし、それ以上に目立っていたのは油断を無くした純狐の圧倒的な能力だった。

 

「もうあれが最つよでしょ。誰が勝てるのアレ。」「轟って生徒は遠距離も出来たからまだどうにかなっていたが…」「しかも落月って奴の恐ろしいところは遠距離だけじゃないってことだよな。遠距離、中距離、近接、全てにおいて最上位クラスだ。」

 

 改めて純狐の規格外さを見せつけられ、スタジアムの歓声がだんだんと小さくなっていく。そして、それと並行するかのように、純狐のテンションも下がっていった。

 

(このまま爆豪君の体力が尽きるまでこれを続けてもいいけど…つまらないわねぇ。爆豪君は私を疲れさせる気なのでしょうけど、残念ながら強化と霊力の大量使用以外は疲れも微々たるものだし…)

 

 いっそのこと突っ込んで接近戦に持ち込もうかとも思う純狐だが、自ら圧倒的優位を捨てることとなり、舐めプと批判されるかもしれないため決行しにくい。だからと言って今のままだと、おそらく何も起きないまま純狐の勝ちで終わってしまう。

 

(爆豪君もまだ隠し玉を持ってそうだからそれも見てみたい…)

 

「何考えてんだボケェ!」

 

 純狐がそんなことを考えていると、いつの間にか爆豪が近づいており、横腹に一撃食らってしまう。なんと爆豪は純狐の作った風を利用したのだ。

 

「あなた、そういうところが侮れないのよね。やっぱ天才って怖いわ。」

 

「あんだけ何度も食らったら誰でもできるわ!舐めてんのか!!」

 

「普通はできないのよ。」

 

 追撃を加えようとしてきた爆豪を強化した手で弾き飛ばし、再び間合いを取る純狐。だが、今まで頼ってきた風を利用されるとなっては、遠距離攻撃の手段がかなり減ってしまい、今までのように安定した戦闘はできなくなる。

 

 純化する範囲を広げて風の威力を増せばいいと思うかもしれないが、作り出した風は制御することはできないため、自分ごと吹き飛ばしてしまう危険があるのだ。

 

 しかし、その程度のことは純狐の障害になりえない。

 

「フフフ、面白くなってきたわね!」

 

「あ゛!?」

 

 懐に一瞬で潜り込む純狐に反応できずに、爆豪は殴り飛ばされてしまう。すぐに姿勢を戻しはしたが、目の前にはすでに純狐の拳が迫っていた。爆豪はそれを避けられないことを悟り、わざと拳に顔を近づけ、拳に合わせるように首をひねって衝撃を逃がす。

 

『うお、風を攻略された落月が接近戦に切り替えた!何度見てもえげつねぇスピードだなオイ!』

 

『これで爆豪は自分の攻撃範囲に落月を入れることができたが…落月は接近戦でも強い。どう攻略するかだな。』

 

(クソッ、速え)

 

 爆豪は純狐と距離を取りながら唾を吐く。飯田戦の観戦を通して純狐のスピードについて理解したつもりだった爆豪だが、見るのと実際に体験するのでは感じ方が全く違った。

 

「ほらほら、次行くわよ。」

 

 爆豪が予測の甘さを痛感していると、いったん攻撃を止めていた純狐が再び拳を握りしめる。その様子を見る限り、おそらく今の攻撃は様子見であり、次の攻撃で終わらせる気なのだろう。

 

 そして次の瞬間、純狐から神速の拳が放たれた。しかし、緊張で力みすぎていたのだろうか。放たれた拳は爆豪の腹をかするような軌道であったため、難なく避けられてしまった。そして純狐は、強化した手に引っ張られて体勢を崩してしまう。

 

 爆豪はこの隙を見逃さない。爆発で体を浮かせ、さらに爆破を使い体を回転、そして加速させていく。

 

 ハウザーインパクト。現時点で爆豪の最大火力を誇る技である。流石の純狐も姿勢を崩している状態でこれを食らってしまえば、場外に出てしまうのは確実だろう。

 

 一段と大きくなった声援を背に、爆豪はさらに加速していき、瞬きを許さぬ速度で純狐に接近する。正に絶体絶命の純狐。だが、そんな状況であるにも拘わらず純狐は笑っていた。

 

 そして次に爆豪の目に映ったのは地面だった。状況を確かめようにも、今までの疲れからか体が言うことを聞いてくれない。

 

「今のあなたの技…、確かに攻撃は最大の防御という言葉を体現したようで面白いわ。横は爆発や回転があるから干渉しずらいし、前から受け止めるにしても難しい。だけどね、頭という弱点がむき出し、という弱点もあるのよ。」

 

 純狐はそう言うと服についた煤を払い落とす。そのしぐさを見た爆豪はやっと自分が何をされたかを理解した。

 

(こいつ…ッ、大技を誘いやがった!)

 

 そう、純狐はミスをしたふりをして爆豪の大技を誘い、そこにカウンターを入れたのだ。

 

 接近戦になれば、体力、霊力の消耗は避けられない。また、無いとは思うが、妨害が変なタイミングで入れば負けてしまう危険もあったため、早期決着を図ってのことだった。

 

(やっぱり彼は凄いわね。風の攻略とか、それを成し遂げる精神力、体力。さらに一瞬の隙も見逃さない判断力。どれもあっぱれとしか言えないわ)

 

 沸き起こる歓声を浴びながら、純狐はこの試合を振り返る。だが、爆豪が少しだけ動いたのを見て、思い出に浸る前に場外に出してしまおうと、端の方で寝ている爆豪に近づいていった。

 

「いい勝負だったわ。機会があればまたやりましょうね。」

 

 純狐は満足した顔で爆豪に言葉を投げかける。その時純狐は気づくべきだった。まだ爆豪の目に闘志が宿っていたことに。

 

 純狐が爆豪を持ち上げようとした瞬間、爆豪は足を純狐の腹部に絡ませ、それを基点に体を持ち上げて純狐に抱き着く。

 

 あまりに唐突なことだったため、純狐は後ろに倒れないことで精いっぱいで、何かをする余裕は無かった。しかし、それでも純狐は気付いた。いや、気付かざるを得なかった。爆豪の体操服が異様なまでに濡れていることに。

 

 そこまで気付けば、純狐の優秀な脳は勝手に爆豪の次の行動を予想する。

 

(まさかッ、手汗を染み込ませていたの!?自爆する気!?)

 

 その予想を決定付けるように、爆豪の手がゆっくりとニトロの染み込んだ体操服に触れるために動き出す。ここまでくれば、もう【純化】では間に合わない。教師たちも爆豪のやろうとしていることに気づき動き出したが、それが遅すぎることは明らかだった。

 

「セメントス!」

 

「ダメだ!耳を塞いで!」

 

 主審であるミッドナイトも個性を発動させて爆豪を止めようとするが、間に合わないと判断したセメントスに止められ、せめて自分へのダメージを抑えることができるように耳を塞ぐ。

 

 数舜の間。しかし、聞こえるはずだった爆発音はいつになっても、誰の耳にも届かない。

 

 それの代わりに皆が見たのは、倒れている爆豪。そして、禍々しい赤に染まる純狐の両目だった。

 

(あれ、私また何かやっちゃいました?ってふざけてる場合じゃない。無意識に発動しちゃうのかコレ。私としては負けても問題なかったんだけど…)

 

 純狐は目の個性を止めながら、今度こそ気絶した爆豪を場外に出し、耳を塞いだままのポーズで固まっているミッドナイトの方を見る。しかし、いつまでたってもミッドナイトは焦点の合っていない目で虚空を見つめているだけであった。

 

 しょうがないので、純狐はミッドナイトに近づき、ぽん、と肩を叩く。それでやっと意識を取り戻したミッドナイトは、驚いた様子で周囲を見回した。

 

「大丈夫ですか、先生?」

 

「えっ!あ、ごめんなさい!」

 

 何とか周囲の状況を理解したミッドナイトは急いで壇上に戻り、純狐の勝利を宣言する。だが、観客からの歓声は小さく、明らかに様子がおかしかった。

 

 その様子を見た純狐は実況席の方を見て、何か言うようアイコンタクトを入れる。それに気づいた相澤は、今思い出したかのようにプレゼントマイクの肩を叩き、気を確かにさせた。

 

「ん、俺は何を…」

 

「詳しいことは後で話す。落月が勝った。早く放送入れろ。」

 

 まだ状況が読み込めていないプレゼントマイクだったが、相澤の焦った様子を見て真面目な顔になり、すぐに放送用のマイクに向かう。こういうところの切り替えの早さは、さすがプロと言ったところだろう。

 

『HEY!皆大丈夫か!?あまりの驚きに声も出なくなったって?HAHAHA、冗談はよしこちゃんだぜ!さぁ、これで全競技終了だ!荒れに荒れた今年度雄英体育祭一年の部、優勝は……A組、落月純狐だ!!』

 




読んでくださりありがとうございます。

戦闘シーンが単調でどうしようもねぇな。

次回、失踪はまだしないはず


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体育祭後

こんにちばんは!

スランプぅ…ですかねぇ。
文がまとまらないです。
例のアレネタが結構あります。苦手な人はごめんなさい。

片道ニ十キロ自転車がきつ過ぎた件



「んで、イレイザーヘッド。落月のあれはいったい何だ?」

 

 体育祭後のホームルームも終了し、雄英の職員たちは各学年に分かれて会議を行っていた。例年であれば主な議題は体育祭の反省であるが、今回はより重要だと考えられた課題があった。

 

 プレゼントマイクに話を振られた相澤は、ゆっくりと顔を上げる。

 

「あれは…確証はないが、思考の純化だと俺は考えている。」

 

「でも、そうだとすれば効果範囲が広すぎる。彼女の純化は最大でも半径15メートル以内だったはずだけど?」

 

 相澤の説明に疑問を覚えるミッドナイト。だが、相澤も始めて見る能力であったため説明のしようがない。

 

「こうは考えられないか。ほら、例えば彼女が風を純化した時、作られた風は効果範囲外でも影響を及ぼすことができる。思考の純化でも同じようなことが起こったとか…。」

 

「確かにそれなら説明が付く…のか?」

 

 ブラドキングが出した予想に、数人の教師が首を傾けながらも同意する。その後も、このことについて数分間話し合われたが情報が少なすぎるため答えは出ず、保留することとなった。

 

「では次ですね。落月純狐の限界について。これは今回の体育祭でいいデータが集まったのではないでしょうか。」

 

「そうだな。第一種目の最終盤。大爆発の後で、確かにあいつの体は限界を迎えた。あの大爆発が何だったかは分かっていないが。」

 

 第一種目での大爆発。これも教師たちにとっては悩みの種であった。今まで純狐の強力な攻撃は純化の範囲内に限られると考えていたのがひっくり返されてしまったのだ。

 

「あの後エクトプラズマたちが調査に行ったよな。どうだった?」

 

「タダ爆発ガアッタ…トシカ言エナイ。爆発ノ原料トナルヨウナ成分ハ一切残ッテオラズ、炭ナドヲ調ベテモ変ワッタトコロハ何モナカッタ。」

 

 エクトプラズマは首を横に振りながら話す。彼らは地質学に向いた個性を持つ者のところまで行って調べてもらったが、結局何も分からなかった。まあ、あの爆発を起こしたのは霊力というこの世界には認知されていない力であるため、分からないのは当たり前である。

 

「そうですか…、オールマイト先生からは何かありますか?彼女との交流も多いようですが。」

 

 話しかけられたオールマイトは肩をビクンッと揺らして顔を上げる。オールマイトはワンフォーオールとのつながりなどの方向から考えを巡らせており、あまり話を聞いていなかったのだ。

 

「いや、私からは何もないよ。まあ、強いて言うなら…あの光弾が何か気になるかな。あの光弾の原理が解明できれば轟戦でのレーザーや爆発も説明がつくかもしれない。」

 

「…なる程。」

 

 オールマイトが何かを隠していることは明らかであったが、本人が話そうとしないため誰も追及はしない。そもそもこの議題は純狐のプライバシーに必要以上に踏み込んでいるという事で消極的にしか参加しない教師も多く、追及は禁止という暗黙の了解が出来上がっていたのだ。

 

「皆さん一通り話されましたかね。では…次です。彼女の出生について。これについてはリカバリーガールから発表があるという事で、よろしくお願いします。」

 

 一時的に司会を行っているセメントスが会議室の扉の方に向かって話しかけると、扉が開き、分厚い資料を抱えたリカバリーガールと二人の警官が部屋に入ってくる。その様子はかなり物々しく、その場の教師たちは息を飲んで説明が始まるのを待った。

 

「先に言っておくが…」

 

 準備があらかた整うと、ため息をつきながらリカバリーガールが口を開く。

 

「私はこれに反対したんだよ。さすがにやりすぎだ。一個人のプライバシーにここまで干渉するなんて。だが…まあ、色々あってねぇ。彼女に対しての対策を早くまとめるよう上から指示があったんだ。」

 

 よいしょ、とリカバリーガールは用意された椅子に腰を下ろして資料を眺める。そして、後ろにいた警官たちの作業も終わったようで、ついにリカバリーガールたちの話が始まった。

 

 その内容は、純狐のことについてではなく、その家族についてのことだった。

 

 まず最初に説明されたのは、純狐以上に情報の無い落月神獄の異常性について。彼女はちゃんと住民票も存在はするのだが、そこに書かれているのは名前だけで、個性も住所も載っていない。

 

 これは住民票偽造の疑いもあるとして、警察はさらに神獄について調査を進め、情報収集に特化したような個性を持つ者も調査に参加したが、結局何の成果も得ることができなかった。

 

 こうなってはさすがの警察もお手上げである。また、差し迫った危険も特にないという事で、神獄の調査はここで打ち切られることになった。

 

 次に調べられたのは、純狐が小さいころに亡くなったとされる両親だ。しかし、これに関しては名前さえも判明しなかった。どう考えても異常である。

 

 ここまで説明されると、今まで純狐のことをただの一生徒であり、特に問題なしと判断していた教師たちも真面目な顔になり始めた。いないはずの両親から生まれ、個性も分からない叔母に育てられた異常性の塊、純狐の評価は教師間でそう固まりつつあった。

 

「まあ、今回の調査で分かったのはここまでだ。それじゃあ、質疑応答に移ろう。どなたか、質問はあるかい?」

 

 資料を目の前の机の上に置いたリカバリーガールは顔を上げ、教師たちの座る席の方を見る。そして、真っ先に手を挙げていた相澤を指名した。

 

「…彼女の家族のことについてはよく分かりました。しかし、我々にそのことを知らせて、何を期待しているのですか?我々はヒーローであると同時に教師でもあります。いくら彼女に謎が多いからと言って、彼女に必要以上の負担をかけることは許されません。もし何かするようでしたら、我々の権限を持って止めさせてもらいます。」

 

 相澤の発言が終わると、それに賛同するように他の教師たちは静かに頷いて警官たちの方を見る。だが、警官たちも一歩も引かず、前に出て説明を始めた。おそらく彼らも相当な手練れであるのだろう。

 

「私たちが期待していることは、あなた方との情報共有、そして例の対策マニュアルの早期完成です。また、彼女に対して私たちが何かを行うという事はありません。私たちはあくまで警察です。その権限を越えたようなことはしません。」

 

 警官たちは返答が終わると、すぐに次の質問を募集する。教師たちはそんな彼らの様子から、今は何を言っても決まりきった答えしか返ってこないと考え、誰も手を挙げなかった。

 

 そのまま質疑応答の時間は終わり、警官たちは機材をまとめ終わると、教師たちにお礼を言いながら部屋を出て行く。その動作はどこまでも機械的であり、教師たちは最後まで彼らに好感を抱くことができなかった。

 

「…リカバリーガール。彼らは何ですか?ただの警官ではないようですが、信用に足るものたちなのですか?」

 

 警官たちの乗った車が校門を出て行くのを確認しながらミッドナイトは話し始める。ヒーローと警察は職業柄共同作業することも多く、基本的に顔なじみである。しかし今回来た警官たちは教師たちの誰もが初対面であり、彼らをどこまで信用していか判断しかねたのだ。

 

 また、可能性は限りなく低いが、ヴィランが身分を偽って嘘の情報を流し、教師たちを混乱させようとしているという事もありえる。例のマスコミ事件やUSJの襲撃などもあったため、警戒をしておいて損は無い。

 

「彼らは政府直属の警官らしいよ。ああ、この情報は信用できる。私の知り合いに詳しいのがいて、そいつに調べてもらったからね。だとしても信用はまだできない。安易に情報は流さない方がよさそうだ。まあ、このことは校長も知っている。私たちが過度に心配する必要はないよ。」

 

 リカバリーガールは椅子に座ってお茶を飲みながら答える。教師たちは、年配者であるリカバリーガールの様子や、校長の根津がこのことを知っているという事で少し安心することができた。

 

 その後、会議は順調に進み、最後の各人からのお知らせに移る。そこでは、数人がちょっとしたことを話すと他に手を挙げている者は居なくなり、司会をしていたミッドナイトは会議を終わらせようとした。だがその時、ブラドキングが今思い出したかのように手を挙げる。

 

「すみません。USJの時に捕まえた奴らの取り調べで気になることがあったらしいので、それだけお伝えします。」

 

 ブラドキングは怪訝な目をしながら資料を眺める。そこに載っていたのは、USJで捕まえた、吸った空気で体の部位を巨大化できる個性を持つヴィランの言葉だった。

 

「『神』と呼ばれる存在がヴィラン連合内にいるらしいのです。ははは、まあ彼は麻薬の常習犯だったので、ただのうわごとだと思いますけどね。」

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

「うっま!これめちゃうま!」「落ちつけ切島…。料理は逃げていかないんだから。」「ねえ、これバえそう!写真撮ってもいいかな!」「えっ、ああ…いいんじゃない?」

 

教員たちの会議が終わりに差し掛かった頃、1-Aの生徒は近所のファミレスに集まり、体育祭の打ち上げをしていた。皆疲労困憊のはずだが、それでもこれだけ騒げるのは若さのパワーだろう。

 

 そんなみんなの中には、純狐の姿もあった。しかし、その顔にはあまり生気がない。それもそのはず、純狐は体育祭で派手に目立ったせいで、待ち構えていた取材班に捕まり、約1時間質問攻めにされていたのだ。

 

 ちょっとやそっとのことでは疲れない純狐でも、長時間知らない人にマイクを近づけられ、相手の表情やその会社のことを考えながら話すことは堪えたのだろう。

 

 それに加え、帰宅後、外出用の服に着替えようとした時、それを見ていたヘカーティアとどの服を着ていくかで(くだらない)論争が起きたのだ。結果的に純狐が勝ち、変Tを皆の前で晒すという事態は避けられたが、その代償として体力と気力を大量に失ってしまっていた。

 

「落月ちゃん大丈夫?疲れてるみたいだけど…。」

 

 心配した芦戸が純狐の隣に座り様子を見守る。そんな優しい芦戸に申し訳なさを覚えた純狐は、何とか元気を絞り出して笑顔を作り芦戸を安心させると、料理を頼もうとメニューを見た。

 

「ねぇ、芦戸ちゃん。おすすめの料理とかある?」

 

「そうだね…これとかどうかな!『しっとりとしていてそれでいてべたつかないブラウニー』!」

 

「それホントに大丈夫なやつ?なんか危ないものに通じてる気がするけど。」

 

 何か不穏なものを感じながらも、芦戸に紹介された料理を純狐は注文する。料理はすぐに運ばれてきて、純狐はそれを食べながら芦戸にお礼を言った。

 

「ありがとうね。色々あって疲れてたのよ。」

 

「あはは、元気が出たなら何よりだよ!」

 

 芦戸は爽やかな笑顔を純狐に向ける。見ている方も自然に笑顔になるような笑顔で、やはりここにいる皆はヒーローの卵だな、と純狐は再認識した。

 

「てぇてぇなぁ…。」「こち抜か不作法…。」「労兄。」

 

 そんな二人の様子を見ていた男子数人がそんなことを言っていた気がしたが、純狐はそれを聞かなかったことにして食事続ける。すると、たまたま目が合った耳郎と葉隠が純狐たちのところにやってきた。

 

「やっほ!それ美味しそうだね。」「お疲れ様。取材大変だったでしょ。」

 

 向かいの席に座った二人は芦戸にも話しかけ、席が盛り上がり始める。そして、話題が一段落したところで、ふと耳郎が純狐の方を向いた。

 

「そういえば、落月さん。最後の爆豪眠らせたやつ何だったの?」

 

「あ、それ私も気になる!」

 

 話を振られた純狐は一瞬固まるが、何とか用意していた答えを記憶の中から探す。目の個性に関しては、周りの人の捉え方で大きく性能が変わる可能性がある為、迂闊に話すことができないのだ。

 

「ああ、あれは自分でもよく分かっていないのよ。多分思考の純化の何かだとは思うんだけどね。」

 

 純狐が笑顔でそう言うと、三人は特に何の疑問も抱かずにそれで納得する。そんな三人の様子を見た純狐は、嘘をついていることに罪悪感を覚え、今度からアドバイスなどを積極的にしてやろうと心に決めた。

 

「皆さん!盛り上がっているところすみませんが、そろそろ帰る時間でございましてよ!」

 

 純狐たちがそんなことを話していると、突如欠席となった飯田の代わりに幹事役をしていた八百万が店に掛けてある時計を指す。その声を聞いた1-Aのメンバーは名残惜しそうに片づけを始めた。

 

「あら、ここで終わりみたいね。楽しい会だったわ。」

 

 純狐も今まで話していたメンバーに声をかけながら席を立ち、八百万にお金を渡すと皆よりも一足先に店を出る。純狐にはこの後、主にステインにことについてヘカーティアとの話し合いの予定が入っていたのだ。

 

(あの駄女神!今度新しいBBでも作ってやろうかしら。ヘカーティアアローラの姿とか需要爆発でしょ)

 

 黒い笑みを浮かべながら帰りを急ぐ純狐。そんな純狐の姿を見ていた通りすがりの人々が、純狐を通報しかけていたというのはまた別の話である。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

「凄かったよな、今日の落月。」

 

 純狐が出て行った後、切島は砂藤と一緒に帰りながら思い出すように話す。彼は、この体育祭で純狐と直接戦うという事は無かったが、それでも純狐の実力をひしひしと感じていた。それは砂藤も同じだったようで、腕を組みながら頷く。

 

「なんだかなぁ。完全に住む世界が違ったよな。第一種目の爆発、第二種目の隕石落とし、トーナメントでの小技から大技まで。」

 

「あー、確かにトーナメントも凄かったなぁ。」

 

 二人の話はそこでいったん途切れ、その場が一瞬だけ静寂に包まれる。夜空には、初夏らしからぬ寒い色をした月が浮かんでいた。

 

「でもよ」

 

 なんとなくそんな月の浮かぶ夜空を眺めた切島が静寂を破る。砂藤も同じように月を眺めた後、まだ上を見ている切島の方を向いた。

 

「落月が最後に使ったやつ。一瞬だったから俺の間違いかもしれねぇけどよ、なんだかとてつもなく悲しくなるような感じがしたんだ。」

 

「……。」

 

 砂藤は切島の方に向けていた顔を伏せて歩く。砂藤も、切島程強くではないが同じようなこと感じていたのだ。そんな砂藤の様子を見ることなく、切島は話を続ける。そんな彼の表情はいつもと違い、わずかながらの畏怖が混じっていた。

 

「前から俺、落月には触れたらいけないことがあるって思ってたんだよ。もしかしたらあれの中身がそれなのかもしれないな…。」

 

 

― ヘカーティアside ―

 

 

「クラピちゃん。何だか嫌な感じがするからどこか行きましょうか。」

 

 いつも通り、のんべんだらりとしていたヘカーティアの髪の毛の一束がピンと立つ。それはどんな魔術なのか?という疑問を飲みこみつつ、クラウンピースはヘカーティアに続いて立ち上がり、ため息をついた。基本的にヘカーティアの嫌な予感は、ヘカーティアだけに害があるものであるため、クラウンピースにとってはただの迷惑なのだ。

 

「ご主人様。別にいいんですけど、私にとって得のある所に連れていってください。さすがに今日は疲れました。」

 

「ん?クラピちゃんそんなに疲れてたの?いいわよ、どこ行きたいの?」

 

 クラウンピースからの珍しいお願いに、ヘカーティアは不思議に思いながらもそれに応じる。

 

「幻想郷に新しくラーメン屋ができたらしいんですよ!そこが妖精界隈で美味しいと評判なんです!晩御飯食べに行きましょう!」

 

 目を輝かせるクラウンピースを見ながら、ヘカーティアはそんなものがあったのかと興味を惹かれる。しばらく幻想郷に行っていなかったヘカーティアは、クラウンピースが晩御飯を食べている間その辺を見て回ろうと計画を立て幻想郷へのゲートを開いた。

 

「そんじゃあ、行きますか。クラピちゃんが食べてる間私はその辺回っとくから、何かあれば呼んでね。」

 

「はーい!レッツゴーです!」

 

 そうして二人は、純狐から連絡の届く数分前に幻想郷に旅立った。その後、無事幻想郷に着いた二人は計画通り別行動を始めた。

 

「ふーん。あんまり変わった場所は無いか。」

 

 きょろきょろとあたりを見渡しながら飛行するヘカーティア。妖怪の山の方まで行こうかとも考えたが、あの辺は本当に景色の変化がないため行くことを諦めた。

 

 と、その時。

 

 バァン!!

 

「…え?」

 

「おいゴラァ!」「神性持ってんのか!」

 

 観光を終えてクラウンピースのもとへ向かうヘカーティア。前方不注意からか、不幸にも狙ったかのようにそこにいた映姫と月のヘカーティアに追突してしまう。いやおかしいだろ、と思いながらも世界の強制力をすべて背負ったヘカーティアに対し、その二人が言い渡した示談の条件とは…。

 

― side out ―

 

 




読んでいただきありがとうございます!

例の病気休みも終わりを迎えたところが多く、色々忙しくなってきました。
私はすでに夏バテしました。皆さんは気を付けてください。
今回、例のアレネタが過剰だった気がしますが、ネタ切れなんだな、と思って許して頂けると嬉しいです。

次回、未定。


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体育祭後 2

こんにちは!

遅れて申し訳ありません。
ここから終盤にかけてどう話を持っていくか考えてました。
まあ、いつも通りグダグダになりそうですが。

疲れ~る。

追記:博士→ドクターに訂正しました


 体育祭終了後、死柄木はCMの入ったテレビから目を逸らし、ネットの反応の確認を始める。そこには死柄木の狙いである純狐の能力の考察などが乗せられていた。しかし、どれも結局よく分からない、という事に落ち着いており、死柄木を満足させるものではない。

 

「…なあ、黒霧。トーナメントでどれが気になった?」

 

「…やはり、最後の目が赤く光ったものですかね。あれだけ、何と言いますか…その、彼女の持つ能力の中でも異質でした。」

 

 うまい言葉が見つからない黒霧を死柄木はじっと見つめる。そして、黒霧の言葉が止まったところで死柄木は顔をパソコンに戻し、再びネットの記事をあさり始めた。

 

「そうだよな。何個かの記事もあれのことを気にしている。お前はあれを何だと思う?」

 

 死柄木は画面から目を離さずに黒霧に問う。問われた黒霧は、死柄木の求めている答えがよく分からなかったため思い浮かんでいたことを話すしかない。

 

「資料にあった思考の純化でしょうか。それ以外は思いつきません。」

 

「まあそうだよな。効果範囲が広いのは、その波紋みたいなもんが広がってたからか?現時点じゃ何も分からないな。」

 

 死柄木はこのまま考えてもらちが明かないと、立ち上がって用意されていたコーヒーを飲む。その様子を無言で見ていた黒霧は、その時ふとあることを思いつく。

 

「すみません、死柄木弔。彼女が思考の純化を行ったのならば、いったい何という思考に純化をしたのでしょうか?」

 

 そう言えば、と死柄木は雄英から盗んだ純狐に関する資料を確認する。しかしそこには、思考の純化ができるがそれは危険であるため使用できない、としか書かれておらず、純化の具体的な内容などは何も載っていない。

 

 改めて見ると、純狐の資料には引っかかる点が数箇所あった。まず、『危険である』という点。常闇のダークシャドウなど、他の個性の危険であるとされることについては詳細が載っているにも関わらず、思考の純化の危険性の詳細は何一つ載っていないのだ。

 

 他にも、どの程度相手の行動を制御できるかという事や、どのような条件でそれが解けるのかなど、重要だと思われる情報が欠けている。

 

 しかし、そのこと以上に死柄木の関心を引いたことがあった。

 

「…無い…。」

 

「何がです?」

 

「あいつが思考の純化を使う際に、目が赤くなるなんて書いていない。」

 

 死柄木は資料を穴が開くほど見るが、何度見直してもそこには目のことなど書かれていなかった。いつも冷静沈着な黒霧も、これには驚かざるを得ない。

 

「思考の純化ができる、という文はただの憶測で書かれていたという事ですか!?」

 

「いや、それだと、『危険である』とされる部分が何で書かれたのか分からない。何かを隠蔽しているのか?いや、それならば思考の純化のことを一切載せない方が確実だ。クソッ、ますます分かんねぇ。」

 

 資料を黒霧の方に投げながら死柄木はソファーに寝転ぶ。資料を受け取った黒霧も何度か資料に目を通したが、今の情報量でこれ以上のことは分かりそうになかった。そのため黒霧は、気分転換しようと他の生徒について考えてみることを提案する。

 

「死柄木弔。落月以外の生徒はどうだったのですか?何か気になるところは?」

 

「他の生徒はあんま見てねぇよ。轟って奴と爆豪ってのに注意しとけばいいんじゃねーの?」

 

 純狐の話題の時とは違って死柄木の食いつきは良くない。黒霧はそんな死柄木を少し心配するが、最たる問題である純狐のことについてあそこまで考えてくれた死柄木に注意する気も起きず、これについては自分が考えることにした。

 

 そんな感じで、彼らの時は流れていく。それとは別に、彼ら以上の情報と知能を持つ者、つまりオールフォーワンはその情報量故に悩むことになっていた。

 

「家で確かめていた目の赤く光る現象の正体はこれか。問題なのは、これが【純化】かどうかだが…おそらく違うかな。」

 

 ぶつぶつと独り言をしながらパソコンにそれを記録していくオールフォーワン。彼はすでにあの目が引き起こした現象が、純化によるものではないという事に気づいていた。

 

「何でそう思うの?」

 

 そんなオールフォーワンの様子を後ろで見ていた地球のヘカーティアはアイスを舐めながら話しかける。もはやオールフォーワンのプライバシーというものは無くなってしまっているが、オールフォーワンもヘカーティアのことを信用し始めたため、そこまで気にしていなかった。

 

 気にすることを諦めたとも言う。

 

「感覚ですかね。多くの個性と触れ合う機会があったので、なんとなく分かるんです。ですが、彼女に直接会って目の前で使ってもらうまでは確定ではありませんし、詳細も分かりませんね。」

 

「彼女と会って、あなたが操られるってことは無いわけ?」

 

「映像を確認すると、彼女の目を一瞬でも見ていたものの動きが止まっています。私にはすでに目が無いので、感覚を操っている個性をいくつか切れば大丈夫なはずです。」

 

 オールフォーワンはヘカーティア出した紅茶を飲みながら話す。こんなことを言ってはいるが、オールフォーワンは純狐の能力を警戒してないわけではない。個性は時に想像もつかないことを引き起こすものである。

 

「ふーん、色々考えてはいるのね。」

 

 アイスの最後の部分を食べながら呟くヘカーティア。オールフォーワンはそんな彼女から目を離して、純狐の私生活が記録されたUSBをパソコンに差し込み、それの確認を始めた。

 

「変わったところは無し…か。うん、分からないのは彼女が何であの場で今まで隠していたあれを使ったかだな…。彼女の行動から考えると、あまり勝ち負けに拘らないものだと思っていたのだが…。」

 

 そう、オールフォーワンが純狐について抱える最大の疑問はそれだった。もし今までの予想が外れており、純狐がヒーローに本気でなりたいと考えているようであれば、作戦の大幅な変更を迫られるからだ。

 

 純狐はヒーローサイド、ヴィランサイド双方で重要な駒の一つであることは確定的である。ここで判断を間違えれば、ただでさえ今は勝てないヒーローサイドに、平和の象徴クラスの人物が加わることになる。次世代の悪を育てるオールフォーワンにとって、それは何としてでも避けなければならない事態であった。

 

「そんなに心配なら雑魚を数人送りつけて調べさせればいいじゃない。すでに彼女は自分が様々なところから調べられていることを知ってそうだし、ばれてもそう簡単に誰かに話すことも無いでしょ。」

 

「それも今では慎重にならざるを得ません。彼女はオールマイトをそれなりに信用して秘密を話している。オールマイトのことです、何が何でも彼女を守ろうとするでしょう。」

 

 面倒な奴だと思いながら、話を聞き流すヘカーティア。オールフォーワンはその間も、パソコンに何らかの文字列を打ち込んでドクターに送っていた。

 

(早く帰りたい。お菓子をくれるっていうから、純狐をヴィラン連合に近づけることに協力してやってるけど、面倒になってきたわ)

 

 ヘカーティアは心の中でオールフォーワンの慎重すぎる姿勢に悪態をつく。オールフォーワンが慎重になってしまった原因は、ヘカーティアを知ってしまったことも大いに関係しているが、彼女はそれに気づいていなかった。

 

「仕方ない。しばらくは様子見だ。運が良ければ、ステインと会うことで何か変化が生じるかもしれない。それと、これも一応目を通しておくか…。」

 

 オールフォーワンは一枚の資料を取り出す。それは、ドクターが集めた純狐の身内に対する調査の結果だった。彼らもすでにそこまで調査を進めていたのだ。

 

「何も見つからない…。一体彼女はどこから来たんだ?ちゃんと戸籍は登録されているからスラムとかではなさそうだし、そもそもスラムなんかに納まる個性じゃない。もしかするとヘカーティアさんのように異次元から…?」

 

 オールフォーワンは様々な思考を働かせるがこれといった答えが見つからない。ヘカーティアはそんなオールフォーワンを見ながらニヤニヤと笑っていた。彼女は、人が悪戦苦闘しながら答えを見つけようとする姿が好きなのだ。

 

 例えそれが考えている本人にとって無意味なことであったとしても、その姿勢、思考はヘカーティアが尊敬するに値するものであった。

 

(異次元説は何度か考えたが…もしそうだとしてもどうしようもない。やはり、今の彼女の力に対する対策が最優先か。死柄木にもそう伝えなければな)

 

 他よりも情報面でアドバンテージを持つオールフォーワン。しかし、そんな彼でも純狐の真意にたどり着くまでの道のりは遠かった。

 

◇  ◇  ◇

 

「飲んでるかい?」

 

 とある居酒屋にて、三人の一般人が飲み会を開いていた。場はすでに少し落ち着いた雰囲気が流れ始めており、三人ともそれなりに酒が入っている。

 

「今年も雄英体育祭すごかったね!見た?あの三年の男の子!どんな攻撃も当たらないし、ワープみたいなこともしてたよ。やっぱ強個性なのかな?」

 

「いや、あの子の個性、調べてみると結構面倒だったぞ。あそこまで昇華できたのはあの子の努力のおかげだろうな。すげぇなぁ。」

 

 三人は雄英の体育祭でここがすごかっただの、この子がかっこよかっただの会話を続ける。だが、あるところで会話が途切れ、三人は顔を向かい合わせた。

 

「でもなぁ、ある一人のせいで他が薄れちゃうんだよな。」

 

「あー…分かっちゃうのが恐ろしい。」

 

「あれは…もうどうしようも無いですね。」

 

 三人は声を合わせてその名を言う。

 

「「「落月純狐」」」

 

 そう、今回の体育祭で最も目を引いていたのは、やはり純狐であった。一年生で世間からここまで注目されるような生徒は片手で数えられるような人数しかいない。そんな特例の中でも純狐はひときわ異質であったのだ。

 

「圧巻だったよね。第一種目もあれだけ不利な条件を押し付けられながら、最後は逆転勝利。第二種目は、一位にも拘わらず戦闘に参加して最後はとんでもない大技。トーナメントでは能力の多様性とそれを使いこなせる技能。」

 

「個性の強さに隠れちゃったが、容姿も完璧だったよな。俺的には、稀にドジするのがポイント高かった。」

 

 大会中の純狐のことで盛り上がる三人だが、彼らが特別にこのような話をしているわけではない。日本中が純狐に注目を寄せているのだ。

 

「三年の一番と戦わせたらどっちが勝つと思う?」

 

「うーん。まあ、順当に落月なんじゃないですか。ミリオ君は遠距離攻撃無いから、ワープみたいなので近づいて気絶させるしかない。でも、それくらいなら落月はいくらでも対処法があるし、そもそも自分の存在を消せるから相手取ることも難しい。」

 

「純化ってやりすぎよね。あんな個性どうやったら生まれるのかしら。洗脳までできるわけでしょ?」

 

「ああ、それに関してだが、色々言われてるみたいだな。

 

 一人がスマホを開き、ある記事を二人に見せる。そこには、会場にいた人たちに聞いた事のまとめが載っていた。

 

「これによると、最後の洗脳だけなんか他のと違うと感じたらしい。だから、もしかすればあれは純化とは別の個性なのかもしれないぞ。まあ、だからどうしたって話だが。」

 

「そうですね。別の個性だからなんだって話ではありますね。それより僕が気になるのは彼女に関する黒い噂ですよ。あれだけ目立つ個性を持っていながら今まで表舞台に一切顔を出さなかったこととか、親がどこにもいないだとか。」

 

「噂なんて誰にでもどこにでもあるよ。ほら、二人ともさっきから酒が進んでないぞ。」

 

 二人の話が長くなりそうなことを察して、残り一人がそれを切る。閉店時間も迫っており、あまり長くいるわけにもいかなかったのだ。

 

「お前が頼みすぎなんだよ!こんな量飲めるかってんだ。」

 

「飲めるよ!私が一人の時の三分の二しか頼んでないし。」

 

「マジか。やばいなお前。」

 

  ◇  ◇  ◇

 

「『コードネーム』ヒーロー名の考案だ。」

 

「「「胸膨らむやつ来たぁぁあああ!!」

 

 相澤の発言で1-Aの皆が拳を突き上げる。体育祭の余韻も消えきらぬ頃にこんなことを言われれば、盛り上がらない方がおかしいというものだろう。

 

「というのも先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。今回来た指名は将来性に対する興味みたいなものだ。一方的なキャンセルなんてのもよくある。」

 

 勝手なことだと思うかもしれないが、この程度のことを乗り越えられないようでは厳しいヒーロー社会で生き残ることはできない。もらった指名という分かりやすいハードルがあるだけプロの世界よりましである。

 

「その指名の結果はこうだ。例年はもっとばらけるんだがな…。今年は二人が飛びぬけて多かった。」

 

 相澤はそう言うと、黒板に指名の数を帯グラフにしたものを映し出す。だが、皆はその結果に少し首を傾げた。

 

「…轟と爆豪に比べて落月少なくないか?」

 

 体育祭の活躍を見れば、誰もが欲しがるであろう人物なのに、純狐への指名は轟、爆豪に比べ少ない。これは、普通に考えれば不可解なことであるが、純狐含め数人の頭の回る生徒たちはその理由を理解していた。

 

(ふーん、この世界のプロも馬鹿ではないみたいね。生徒を呼ぶという事はその生徒に対して責任を負うという事。つまり、その生徒を制御しなければならない。だけど、その辺のプロでは私を制御しきれない)

 

 純狐は、指名先の事務所が載せられたプリントを受け取りながら冷静に分析する。こうなることは分かっていたため、純狐が驚くことは無い。それに、純狐の主な目標はステインに会って原作での要素を回収した上で原作に無かった戦闘や会話を楽しむことであるため、どこに行こうがさほど問題ではないのだ。

 

 勿論、事務所での活動や、プロヒーローの手伝いなどを楽しむという目標も掲げているが、それはあくまでも最低限の仕事を済ませた後のことであるため、現時点ではあまり考えていない。

 

「んで、これを踏まえ…指名の有無関係なく職場体験に行ってもらう。プロの活動を体験して実りある訓練をしようってわけだ。」

 

 相澤は何かを考えている純狐の方を気にしながら話を続ける。先日の会議で様子見と決まりはしたが、常に予想を超えていく純狐から目を離すわけにはいかなかった。

 

「…そこで、仮ではあるがヒーロー名を決めてもらう。ここからはミッドナイトさん、お願いします。」

 

「任されたわ!この時付けたヒーロー名をそのまま使う人も多いから変なの付けたら地獄を見るよ!」

 

 相澤が寝袋を取り出すのとほぼ同じタイミングで教室にミッドナイトが入ってくる。多分、このタイミングを狙って廊下でスタンバっていたのだろう。入室したミッドナイトは、列の先頭の生徒に縁取りしてある厚紙の発表用紙を配り、15分後に発表とだけ言って教壇に立った。

 

~少年、少女思考中…~

 

「じゃあ、そろそろ発表してもらいましょうか!」

 

 ミッドナイトの声が教室に響き、生徒たちは顔を上げる。まだ決まっていない生徒も多いため、名簿順ではなく出来上がった人から発表するようだ。

 

(まあ、私は純狐のままでいいわね。元の世界の方でも二つ名とか無かったし、私には似合わないもの。それより…)

 

 純狐は他の人の発表を聞きながら、出久、そして飯田の方をちらりと見る。

 

(彼らの名前…というか名前を決める時の考えはこれからの物語に干渉するかもしれないから注意しなきゃ。まあ、注意するだけで出来ることは無いんだけど)

 

 そんなことを考えていた純狐だが、二人の様子を見て原作とずれる可能性は低いと判断し、自分の発表を終えて席に戻った。

 

 その後、無事発表を終えた生徒たちは、各自どの事務所に行くか考えることとなり、自由に話を始める。

 

「ねえねえ、落月さんはどこ行くの?」「上位二人に比べれば少ないが、お前も十分多いからな。選び放題だろ。」「落月。良かったら俺と一緒のとこ行かないか?」

 

純狐のところにも数人の生徒たちが寄ってきて、どこに行くのかなど聞いてくる。しかし、今後の展開をある程度予想できている純狐は、どこに行くのかという会話が意味をなさないことを知っていた。

 

「落月少女。緑谷少年。ちょっと特殊な指名が来ている。付いて来てくれ…。」

 

(ほら来た)

 

 震えながら話すオールマイトを見て純狐は少し笑うと、グラントリノについて説明を始めたオールマイトに付いて行くのだった。

 

 




読んでくださりありがとうございました。

あまり考えず話を書いた回のせいで、誰がどこまで情報を持っているのかなどが自分でも分からなくなってきた…。
その辺も今後どうにかして回収できればな、と思っています。

次回、インターンシップ?


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職場体験 1

こんにちは!

なかなか話が進まないことで悩んでいる系主です。
予定では30話くらいで終わらせるか、20話くらいで失踪するかだったんですけどねぇ。
皆さんのおかげです。ありがとうございます。




「グラントリノはワンフォーオールの件もご存じだ。むしろそのことで君に声をかけたのだろう。」

 

 オールマイトは昔のことを思い出したのか、引きつった笑みを浮かべながら話す。そして、あらかた説明が終わると、出久を帰して純狐と二人きりになり、いつもの仮眠室へ向かった。

 

 仮眠室に入ると、オールマイトは純狐に腰掛けるように言い、いつものお茶を用意する。

 

「…でだ、落月少女。君の純化の件についてはまだグラントリノにも話していない。君の許可を取っていないし、私としても話さない方がいいと考えたからだ。」

 

「お気遣い感謝します。私としてはどちらでもいいですよ。口の堅い方でしょうし、何らかの理由で漏洩したとしても、私はまだプロではないので影響も小さくて済むでしょう。」

 

 そう言って、用意されたお茶を飲む純狐。オールマイトは、そんな純狐を少し訝むような目で見ると、小さく息を吐いて再び話し始めた。

 

「まあ、君には千件以上の指名があるからその中で選んでくれても全然かまわないよ。私が一個人としてグラントリノを押しているだけだ。」

 

 純狐は、順調にいけば確実に時代を支えるヒーローになるであろう。そう思っているオールマイトは、その心構えを身に着けさせるためにも、自分を育ててくれたヒーローの元へ純狐を送りたかった。

 

 実は、グラントリノに純狐を推薦したのもオールマイトである。元々グラントリノは出久にしか指名を出していなかったが、オールマイトに頼まれたため、純狐にも指名を出したのだ。

 

 そして、これは純狐が待ち望んでいた展開でもあった。今回のことに関してはステインの行動パターンが分かってもどうしようもないことに気づいた純狐は、ステインに会うためには主人公のそばにいることが最適と考えたのだ。

 

「せっかく先生から直々に話してもらったのを無下にはしませんよ。過去にオールマイトを教育した経験もあるらしいですし、私としても興味があります。」

 

 笑顔で答える純狐を見て、オールマイトは安心したようなため息をつき、背もたれに寄り掛かる。ここで純狐に断られれば、グラントリノにまた小言を言われることになることは免れなかっただろう。

 

「よかった。私も推薦した甲斐があったよ。グラントリノは今は隠居してらっしゃるとはいえベテランだ。学ぶことも多いだろう。存分に頑張ってくれ!」

 

 オールマイトのその言葉を最後に、二人は解散して純狐は帰路に就いた。すると、教室のそばで待っていた出久、麗日と目が合う。出久たちは純狐と目が合うと、その場で二言ほど話して純狐に近づいて来た。

 

「ねえ、落月さん。飯田君から何か聞いてない?」

 

「お兄さん…インゲニウムの事件の後から、少し様子が変なの。何か知ってることがあれば教えてほしいな、って…。あっ、勿論秘密にしなきゃいけないことなら話さなくていいよ。」

 

(へぇ、飯田君のことをこのタイミングですでに心配していたわけか。観察眼は私の想像していたもの以上みたいね。ここで話してあげたい気持ちもあるけれど…やめときましょう)

 

 話しかけられた純狐は、申し訳ないと思いつつ、知らないと二人に言う。二人はその言葉を聞き、少し残念そうな顔をするが、すぐに表情を戻して一緒に帰ろうと純狐を誘ってきた。純狐は特に断る理由も無いため、二人の誘いに乗って一緒に下校を始める。

 

「あの後、オールマイトと何話してたの?グラントリノのこと?」

 

「ええ、そうよ。私もグラントリノのとこでお世話になることにしたわ。」

 

「グラントリノってヒーローは私知らないんだけど、どんな方なの?」

 

 三人はそんな会話をしながら校門まで歩いて行く。校門を出ると、出久たちと家の方向が違う純狐は、そこで別れて一人で歩き始めた。

 

(今日も終わりか。インターン前に体の調子確かめないとね。幸い、目の個性を使った反動みたいなのは今のところ無いけど、細部には影響があるかもしれないし)

 

 純狐が現在使える力は、この世界に来た直後の7割ほどである。かなり衰退はしているが、それでもオールマイトと肩を並べるほどの力である為、そこに特に問題は無い。

 

 目の個性を大々的に使ったことで何らかの大きな影響が出るかとも思われたが、それも今のところ確認されていない。その理由として純狐が考えているのは、今まで得体のしれない力という事で皆が畏れていたものがはっきりとした形をもって現れたことで畏れが薄まったという線と、ヘカーティアが介入して来たという線だ。

 

 この世界は個性というものが元々存在しており、不思議な現象もそれで片付けることができてしまう。そのため、今までは思考の純化によってどんなことが起こるか分からなかったのが分かるようになり、恐れが薄まったという事だ。

 

 ヘカーティアが介入して来た場合については、今の純狐ではどうしようも無いので考えていない。なるようになれ、というやつである。

 

(まあ、今考えても仕方ないわね)

 

 純狐はそう思い、考えをいったん切ると、急いで家に帰っていった。

 

 ◇  ◇  ◇

 

 職場体験当日。1-Aの皆は、バスに乗って近くの駅まで移動していた。

 

「コスチュームは持ったな。本来、公共の場なら着用厳禁のものだから落としたりするなよ。」

 

相澤からの注意点の再確認も終わると、各々が別の方向へ向かいだす。純狐も、飯田と話し終わった出久と共にプラットホームに向かい、新幹線を待っていた。

 

「ねえ、出久君。グラントリノについて何か調べた?」

 

「うーん…調べはしたんだけど、情報がほとんど無かったんだよね。オールマイトも最近は隠居してらっしゃると言ってたし、どんな人かは分からないかな。」

 

 話しかけられた出久はポケットからメモ帳を取り出して話す。それを聞いた純狐は、原作とのずれが無いことに安心すると、無言でいるのも寂しかったので再び出久に話しかけた。

 

「出久君はどんな分野を強化したいとか、克服したいとか考えてる?それともそれを探しに行く感じかな?」

 

 スケジュールのぎっしり書かれた手帳から目を離した出久は、悩むしぐさをしながらぶつぶつと30秒程話すと、いびつな形になった右手を見ながら話し始める。出久にとっての戒めであるそれは、気持ちを整理したりすることにも役立っているようだった。

 

「まずは個性の調整かな。こんな怪我を続けるわけにもいかないしね。その後は…あまり考えられてないな。個性の調整に慣れたり、その状態で動くことができるようになる練習が必要なのは分かってるんだけど、それがどうなるか…。落月さんはどうなの?」

 

「私?私はそうね…体育祭で自分の実力とかは確かめられたから、プロの現場の空気を味わいたいわね。あと、出久君が良ければ、サポートもするわ。」

 

 純狐の話に出久が頷いていると、新幹線がプラットホームに入ってきた。二人は人並みに飲まれるようにそれに乗り、予約していた席を探してそこに座る。

 

「指定席にしといてよかったね。自由席なら座れそうになかったよ。落月さんのアドバイスのおかげだ。ありがとう。」

 

「いや、こちらこそありがとね。こっちの方が値段高かったのにわがまま言って。」

 

 純狐はそう言うと、あらかじめ買っておいたジュースを出久に渡す。出久がこういうことを気にするたちでは無いことを純狐は知っていたが、こうでもしないと罪悪感がぬぐえなかったのだ。

 

(私もこの世界にかなり情が移ってきてるわね。これはこれで心地いいんだけど)

 

 純狐は、ジュースを受け取ることを断り続ける出久の胸にジュースを押し付けながら、そんなことを思う。まあ、情が移ったとはいっても、この世界を消すときに少し寂しくなる程度ではあるが。

 

「落月さん。ゲームしない?」

 

 やっとジュースを受け取った出久は、カバンの中からトランプを取り出してシャッフルを始める。真面目な出久が職場体験に遊び道具を持ってくるというのは純狐にとって予想外であった。おそらく、移動時間中の純狐との時間潰しとして持って来たのだろう。

 

 純狐はそのことを察すると、出久と共に色々なトランプゲームを始めるのだった。

 

 ◇  ◇  ◇

 

「……ここで合ってる…よね。」

 

「………。」

 

 新幹線から降りて歩くこと十数分。純狐と出久は廃屋としか思えないようなボロボロの建物の前にいた。外壁のタイルは大部分がはげ落ち、無数のひびが走り、つたも伸びてきている。

 

(想像以上の廃れ具合ね。この調子だと寝床も掃除、片付けからしなきゃダメか)

 

 純狐は絶句する出久の横でそんなことを考えながら、二階三階の窓を見る。そもそも、窓が割れているところもあるので、まともに使える部屋はいくつあるのだろうか。

 

 と、ここで純狐はあることを思いついた。そして、早速それを実行に移そうと、扉を開けようとしていた出久を引き留めて話し始める。

 

「ねえ、出久君。知ってた?この町の噂。」

 

「い、いや、知らないけど…。」

 

 突然話しかけられた出久は、困惑しながらも足を止めて純狐の話に耳を傾ける。

 

「この街にはね、大昔に退治された凶悪なヴィランの怨念がいるらしいのよ。そしてそれはおじいさんの姿で現れる。道端とかで困っているおじいさんに不用意に近づいたら……そのままの連れ去られちゃうんだって。」

 

 出久はごくりと唾を飲み込む。突拍子もない話であるが、純狐の語り方が異常にうまいせいで出久はその話に飲み込まれそうになっていた。

 

「でもね、安心して。困っているおじいちゃんとは言っても、明らかにおかしいと思われるような困り方をしてるらしいから。例えば、致死量と思われる血を吐きながら倒れていたりとかね。それに、撃退方法もあるわ。」

 

「げ、撃退方法って?」

 

 出久は恐る恐る純狐に尋ねる。出久はこの話を信じたわけではないが、あくまで知識としてそれを知っておこうと思ったのだ。決して怖いからではない。……怖いからではないはずだ。

 

「大きな奇声を上げて近づけばいいのよ。そうすると、自分を倒したヒーローのことを思い出して逃げるらしいわ。」

 

 あからさまにホッとした様子を見せる出久。これから起こるであろうことを知っている純狐は、笑いをこらえながら扉を開ける出久を見守った。

 

「雄英から来た緑谷出久です…よろしくお願いしまぁぁああああ!!」

 

 原作通り、グラントリノは玄関先で倒れていたらしい。出久は大きな悲鳴を上げ、扉の前にいる純狐の方を向く。

 

「ら、落月さん!」

 

「見て!出久君。明らかにおかしいわ。これが噂の奴ね…!白昼堂々こんなところに現れるなんて!やってやりなさい出久君!!」

 

 必死を装いつつ話す純狐の言葉に駆られた出久は、意を決して倒れていたグラントリノの方に向き直り、息を大きく吸い込んだ。それと同時に、純狐は耳を塞いで少し離れた場所に移動する。

 

「ほわああああああ!ふぃぃぃいいいい!!ぬううああああああん!!」

 

「疲れたもー…じゃない!な、なんだお前!!気でも狂ったか!?」

 

 いきなり奇声を大音量でぶつけられたグラントリノは、さすがに身の危険を感じて跳び起き、出久から離れる。それでも出久は諦めず、一生懸命奇声を発し続けた。

 

 混沌とする現場。その中で唯一この状況を理解できている(この状況を生み出した)純狐は、腹を押さえて笑っていた。グラントリノはそんな純狐を見ると、出久の頭を殴って気絶させ、理由を聞こうと近づく。

 

「挨拶はいいから質問に答えてくれ。この小僧はどうしたんだ?こんな奴が来るなんて聞いてないぞ。」

 

 柄にもなく真面目な口調になるグラントリノ。純狐は倒れている出久を起こし、ソファーに寝かせてやると、グラントリノの方に向き直った。

 

「グラントリノほどの方に指導をしてもらうことが嬉しかったようです。普段はこんな子ではないんです。」

 

「いや、普段からこんな子なら俺も受け入れてないわけだが…。まあ、いいや。こいつが起きるまでお前の調子を見といてやる。」

 

 グラントリノは床に散らばったソーセージとケチャップを片付けて純狐の持っているユニフォームの入った箱を指さす。純狐はそれに頷くと、トイレで着替え、準備の出来ているグラントリノの前に立った。

 

「では、よろしくお願いしま…」

 

「実戦じゃ挨拶はねえぞ。」

 

 純狐が挨拶を言い終わる前にグラントリノは飛び出していた。その動きは純狐が飯田戦で見せたものと同様に三次元的で捉えにくい。だが…

 

「何?」

 

 純狐は、グラントリノの肘の部分をそっと触って拳の軌道をずらす。グラントリノの動きは捉えにくくはあるが、飯田のレシプロに迫る速さを出すことのできる純狐のものほど速いわけではない。また、純狐と違って限られた壁しか使うことのできないグラントリノの動きを読むことは純狐にとって難しくなかった。

 

「やるなお前さん。だがヒーローはヴィランを捕まえなければならない。避け続けるだけではだめだぞ。」

 

「……。」

 

 純狐はグラントリノの動きに注意しつつどう捕らえるかを考える。さすがはプロヒーローだ。グラントリノはさっき動きを読まれたことから学習し、スピードや足場に緩急をつけて動きが読みにくくなっていた。

 

(点で捉えられないなら面で捉える)

 

 純狐はそう考えると、この建物に入る前に念のために採取していた、つたの種を数個ポケットから取り出してばらまいた。グラントリノはそれが何を意味するものか分からないため、距離を置こうとするが、その判断は純狐の能力発動と比べると少し遅かったようだ。

 

「っく……さすがだな…。」

 

 生命力に純化された種は、一瞬でつたを部屋中に伸ばし、グラントリノをからめとる。勿論、純狐もそれに巻き込まれたが、自身の周りのつたを“枯”に純化して動けるようにしていた。

 

「ありがとうございました。」

 

 純狐はお礼を言って、数分かけて部屋中のつたを枯らし終わると、そのゴミを風で集めて窓の外に出した。

 

(本当に規格外の力だな。俊典の奴が推薦するのも分かる。だが、力がありすぎるのもちょっと困るな。俊典が言ってたように、楽しみに走り出した時、誰もこいつを止められなくなる。人を助けることが楽しいと思わせることが必須だな)

 

 グラントリノはそんな純狐の様子を見ながら脳内でプランを考える。

 

 その後、純狐とグラントリノはお菓子などを食べながら出久が目覚めるのを待ち、出久が目覚めると原作通りにことが進んだ。

 

「お前はワンフォーオールを特別に考えすぎなんだな。ほら、お前の隣を見て見ろ、よっぽど特別な奴がいるだろ。こいつほどハチャメチャでなくてもいいからもっと柔軟に考えろ。」

 

 グラントリノはそう言うと、夕飯を買いに外に出た。純狐はその間に覚悟を決めて二階に上り、自分の寝床の確保を始める。だが、部屋は想像よりは散らかっておらず、掃除するだけでよさそうだった。

 

「ふう、これからが本番ね。出久君はすでにフルカウルに近いことはしてるから、後れを取ることは無いでしょう。」

 

 純狐はそう言って机に向き合い、スケジュールを確認すると、一階から聞こえてくる出久の声に耳を傾けるのだった。

 

― ヘカーティアside ―

 

「HEYオールフォーワン。ステインの件はどうかしら?」

 

「大丈夫そうです。落ち着きを取り戻した後は冷静に話をしてくれました。死柄木の糧になってくれることでしょう。保須に戻るそうですが問題ありません。」

 

 オールフォーワンはいつも通り突然現れたヘカーティアの方を向いて頭を下げる。ヘカーティアもいつも通りの椅子と机を用意してお菓子を食べ始めた。

 

「ところで…」

 

 オールフォーワンはパソコンに何かを入力し終わると、ヘカーティアに話しかける。

 

「ステインの暴走…あれヘカーティアさんのせいですよね。何か考えがあったのですか?ステインの保須に戻る理由として掲げていたのが、変な服装をした奴への復讐という事でしたし…」

 

「んん?今誰の服装が変だと…」

 

「いえ!ステインがそう言っていただけで、私は素晴らしい服装だと考えています!」

 

 すかさずフォローを入れるオールフォーワンを睨みつけながら、ヘカーティアは再び椅子に腰かける。オールフォーワンは冷や汗をたらたら流しながら、ヘカーティアの答えを待った。

 

「秘密よ、秘密。…まあ、あなたならもう感づいてるだろうけど。」

 

 ヘカーティアはそう言い残すと、職場体験中の純狐と話すために家に帰っていった。

 

― side out ―

 

 




読んでくださりありがとうございます!

文が読みにくいですね。いろんな本を読んでを見て勉強します。

次回、職場体験続き


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職場体験 2

こんにちは!

投稿遅くて申し訳ないです。
その割にストーリーはあまり進んでいません。

初期と比べると誤字減ってるような気がする。嬉しい。


 各々が今日のことを整理しながら、本格的に始まる職場体験に思いをはせる一日目の夜。移動の疲れから早めに寝る者や、訓練を夜中まで続ける者など人によって過ごし方はさまざまである。そんな中で、今のところ問題なく事が進んでいる純狐は平常運転であった。

 

(予想はしてたことだけど食事が不健康すぎる。明日の朝からは私が作りましょう)

 

 純狐は動画を見ながら、夕食の冷凍食品オンパレードを思い出す。純狐は別に料理にこだわりがあるわけではない。だが、折角の貴重な時間を使って食事をするのならば、しっかりとしたものを用意したいという考えがあった。

 

(明日は朝から買い出しね。今のうちに買っておけるものは買っておこうかしら)

 

 そう考え、財布をもって立ち上がったところでグラントリノの特徴的ないびきが聞こえてくる。まだ八時であるというにお早いことだ。

 

「あれ、落月さんどこか行くの?」

 

「ええ、明日の朝食でも買いに行こうかなと…。出久君もコスチューム着て今から訓練?」

 

 と、ここで純狐はある重大なことに気づいた。

 

(しまった!明日の朝がフルカウルの習得か!)

 

 外に向かっていた純狐の足が止まる。そう、職場体験二日目。出久は朝食に出された冷凍たい焼きと電子レンジでのことから、全身にまんべんなく力を行き渡らせるフルカウルのことを思いつくのだ。

 

(はぁ、朝食は残念だけど諦めましょう)

 

 朝食よりも出久のフルカウル習得の方が重要事項であるため、踵を返し階段を上り始めた純狐。しかし、そんな彼女の背中に出久の声が届く。

 

「辞めちゃうの?あれだけ自信満々に投稿してたのに…。」

 

「え?私そんなことしてない…」

 

 全く覚えのないことを言われて困惑するが、出久が嘘をついているようには見えないので、スマホを確認することにする。確認した画面には数件の通知が映っていた。そしてその内容はどれも純狐の作る料理を期待しているというものである。

 

(へ?ナニコレ?私なんかしたっけ)

 

 純狐はクラスのLI〇Eグループを開き、自分の投稿を見る。

 

(『明日の朝食作ろうと思います☆作ったらここに写真上げるね~(^_-)-☆』)

 

「………は?」

 

 あまりのショックに声を詰まらせる純狐。それと同時に、こんな悪趣味ないたずらを実行できる存在、つまりこんな怪文書を投稿した犯人が判明した。

 

(あのクソ―ティア…!)

 

 純狐は怒りで肩を震わせる。今すぐその名を叫んで呼び出し殴りたい気分であったが、そばに出久もいるのでそれもできない。

 

 このままではぼろが出かねないため冷静になろうと、深呼吸をして出久を見るが、出久は汗を流しながら目線を逸らすだけだった。かける言葉が見当たらない時、人はこのような行動をするのだろう。

 

 純狐は通知音の攻撃に耐えながら、いくらか冷静になった頭でこの状況をどう切り抜けるか考えるが、何も思いつかない。こうなってしまってはもうどうしようもないので、純狐はこれ以上傷を広げることが無いように努めることにした。

 

「…やっぱり出かけるわ。」

 

 地獄の女神に魅入られたような顔をして扉を開ける純狐を出久は苦笑いで見送る。そして数十分後、純狐は大量の荷物を抱えて戻ってきた。

 

「ら、落月さん…それ朝食にするの?」

 

 出久は行っていた訓練をやめて、抱えられている袋を凝視する。純狐は驚きを隠せていない出久に疲れた笑みを見せ、無言で建物に入っていった。その笑顔の意味がよく分からない出久は、言葉を失ったまま呆然と建物の前に立ち尽くすしかない。

 

 そうして出久が立ち尽くすこと数分。先ほどと比べればいくらか回復した純狐がコスチュームを着て建物から出てきた。

 

「さあ出久君。訓練を始めましょうか。」

 

 純狐は出てくると同時に出久に向かって話しかける。出久はさっきのことについて追及したいと思っていたが、純狐の有無を言わさぬような態度を見て取りやめ、訓練を再開することにした。

 

「出久君。体育祭でワンフォーオールのイメージは掴めたかしら?」

 

「いや…まだまだだね。体育祭では、落月さんの力の使い方を参考にして五パーセントの力を体の各部に移してみたけど、それもまだ安定しないし、落月さんほどのスピードとパワーが出せないから対応が遅れてしまうんだ。」

 

 出久の言葉を聞いた純狐は小さく頷きながら、どこまで教えてよいものか考える。

 

(フルカウルについては彼自身に気づいてほしいから下手にアドバイス出せないのよね。まあ、現状すでに原作より数歩進んでるしそこまで心配する必要は無い。でも明日の重要なイベントは欠けてしまうわけだし少しはアドバイスをしなきゃダメか)

 

 そう結論付けた純狐は、再びビルの壁をジャンプで上ろうとしている出久を呼び止める。

 

「ねえ、出久君。オールマイトにヒップタックルされたら相手はどうなる?」

 

「…?吹っ飛ぶと思うよ。」

 

「じゃあ、オールマイトがヒップアタックしたのとまったく同じタイミングで、別の相手がオールマイトのパンチやキックを食らったら?」

 

 純狐から出される問いの意図が分からない出久は首を傾げる。しかし、純狐が意味のないことをするとは思えないので、今回も何らかの考えがあるのだろうと思い質問に答えた。

 

「そっちも吹っ飛ぶと思うよ。」

 

「じゃあ、オールマイトはその時、ワンフォーオールをこの部位で使う、と思ってから行動していると思う?」

 

「いや、考えてから使うというより、元々どの部位でもワンフォーオールを使うことができるから…。ん?ああ!そう言う事か‼」

 

 出久が気づいたのを感じ取った純狐は、心の中でガッツポーズをとる。かなり強引な誘導になってしまったが、最低限の仕事はできたという事なのだろう。

 

「うんうん。良い考えね。気づいたのなら後は慣らすだけだけど…もう遅いし明日にしましょう。」

 

 純狐はそう言うと、フルカウルを始めた出久の肩を叩いて気を落ち着かせる。別にもう少し訓練を続けさせてもよかったのだが、朝食の準備も早々に始めないと間に合わないのだ。

 

「うん、そうだね。明日からも頑張らないと!」

 

 一つの大きな壁を超えることができた出久は、明るい笑顔で建物に入っていく。純狐は、そんな風にぐんぐんと成長していく出久を少し羨ましく思いながら、明日の朝食のことに意識を集中させるのだった。

 

◇  ◇   ◇

 

職場体験二日目の朝。出久とグラントリノは騒がしい音と、香ばしい香りで目を覚ました。

 

 事情を知っていた出久は、ああ、落月さんかと思い落ち着いていたが、事情を全く知らないグラントリノは何かあったのではないかと思い、急いで一階に降りて台所を見る。

 

「…は?」

 

 だが、そこにあったのはグラントリノの予想のはるか上を行くものであった。高級ホテルの朝食を思わせるような料理の数々。見覚えのない、艶を帯びた机に掛けられた純白の布の上に載せられている装飾の施された皿。

 

 唖然とするグラントリノは、とりあえず事態を把握しようとそれら一つ一つに目を向ける。

 

 テーマは中華料理だろうか。まず目を引くのは、北京を代表する料理である北京ダックである。表面に垂れるたれが黄金色に焼き上げられたアヒルの色と絶妙に噛み合ってより食欲を引き立てる。

 

 そして次にグラントリノが目をやったのは、その北京ダックの横に置かれた麻婆豆腐である。程よく聞いた唐辛子とニンニクの匂いに、グラントリノは無意識によだれをたらした。

 

 その他にも、ギョーザや炒飯、シンプルな調味料で炒められた青梗菜などが人数分机に並べられていた。

 

 グラントリノがその料理に見入っている間に降りてきた出久も、あまりの豪華さに階段の途中で足を止めてしまう。そんな二人に気づいた純狐は、調理器具を片付けながら二人の方に笑みを向けた。

 

「おはようございます、グラントリノ。そして出久君もおはよう。ちょっと作りすぎちゃったし、朝食には向かないけど皆に見せるんだからこれくらいしないとね。」

 

 純狐はそう言うと、スマホを取り出して料理の写真を撮り、クラスのLI〇Eに載せる。そして、やっと終わったと呟きそのまま椅子に腰かけた。

 

(ふう、ヘカーティアが手伝ってくれたおかげで何とかこれだけは用意できたわ。いや、まあ元凶があいつだから何とも言えないけど、自分でも満足できたからこれでいいか)

 

 何とも言えない達成感に包まれている純狐は、ヘカーティアへの怒りも忘れて手を休ませる。ヘカーティアに時間を停止してもらっていた間も、ほぼ休まず手を動かしていたため疲れていたのだ。

 

「…おい、落月。その…どうした?」

 

 出久より一足先に硬直の解けたグラントリノは席に着きながら純狐に疑いの目を向ける。

 

「ちょっとしたミスで…気にしないでください。食べきれなかった分は昼食や夕食に回します。ほら、出久君も固まってないで早く食べましょう?」

 

 純狐はグラントリノの視線が自分からが慣れたのを確認すると、グラントリノの横にいる椅子を指さして出久を呼ぶ。呼ばれた出久は、外れた顎をもとに戻しながらぎこちない動作で席に着いた。

 

「それじゃ、頂きます。」

 

「「い、頂きます…。」」

 

 純狐の勢いに押されて手を合わせる二人。純狐はその様子を満足げな笑顔で見て、朝食を食べ始めたのだった。

 

◇  ◇  ◇

 

朝食を終えた三人は、少し休憩を挟んでから本格的に行動を始める。とは言っても二日目にしたことは、フルカウルの練習がほとんどであり、純狐が何かするという事はほとんどなかった。

 

「暇ねぇ。」

 

「小娘、暇ならちょっとついてこい。」

 

 昼食後の訓練も終わり、夕方に差し掛かっていた頃。グラントリノは疲れて眠ってしまった出久をソファーに寝かせてから、自分の周りを“無重力”に純化して遊んでいる純狐に声をかける。

 

「どうかしました?」

 

「お前、今日何もしてないだろ。それじゃ、お前がここに来た意味がねぇ。お前は戦闘面に関しては問題ない。一足先に本格的な職場体験だ。」

 

 グラントリノはそう言い終わると、簡単な準備を済ませて外に出た。純狐は変な事件が起こるのではないかという不安と、それ以上の好奇心を持ってグラントリノの後を追う。

 

「んじゃー行くか。とは言ってもただのパトロールだがな。」

 

 戸締りを終えたグラントリノは純狐に向かってそう言うと、適当な道を指さして歩き始める。グラントリノの言った通り比較的大きな道でも人通りは少なく、細い道に入るとさらにその数は減って、最終的には視界に2、3人映る程度になっていた。

 

「特に何も無いですね。良いことですけど。」

 

「まあ、こんなもんだ。ちょっとジュースでも飲むか。」

 

 一通りパトロールを終えた二人は、近くにあった小さな公園で休憩を挟むことにする。先にベンチに座った純狐にグラントリノは自販機で勝ったジュースを手渡し、その隣に座った。

 

「小娘。お前、勝負を楽しむ癖があるだろ。」

 

 ベンチに座ったグラントリノは間髪入れずにそう切り出し、純狐の方を見る。

 

「俺はそれを全否定するつもりはない。戦闘を苦痛だとするよりはいいだろう。でもな、どこかでブレーキを付けとかないとただの戦闘狂になっちまう。争いごとを止めたり、予防したりするためのヒーローだ。俺は、お前のそんなところに危うさを感じた。」

 

 グラントリノはそう言うと、缶コーヒーを一口飲んで純狐の反応を待つ。オールマイトから純狐位ついての説明を受けたグラントリノは、どうしてもこのことだけは言っておかなければならないと感じていたのだ。

 

(観察していたが全く底が見えねえ。どうアプローチしていくかの計画を立てるのが困難だが…これからの社会のためにも、俺がやれるだけのことをするしかない)

 

「グラントリノ」

 

 凛とした声が夕日の指す公園に響く。グラントリノはその聞きなれない声に少し警戒をしながら、その声の主である純狐の方を向いた。

 

「確かに私は基本的に楽しむことを優先させます。察していらっしゃる通り、それは意識的にです。」

 

 純狐はそこまで言うと、ベンチから立ち上がる。そして、2、3歩離れたところで振り返り、儚げに笑った。

 

「私の個性は時間制限付きなんです。ですので、私がヒーロー活動を表立ってすることは無いと思います。」

 

 純狐の突然のカミングアウトに開いた口が直らないグラントリノ。純狐はそれを見ると、飲む終わったジュースを自販機の横のゴミ箱に捨てて、再びグラントリノの横に座った。

 

(私はどうせ途中退場するから、その時のための気持ちの準備をしておいてほしいのよね。他人に必要以上のショックを与えたら後味悪いし。まあ、今の発言もそれなりにショックなことだったかしら)

 

 例えヘカーティアの作った模造品の世界であっても、そこにいる人たちの気持ちなどは本物である、というのが純狐がここでの生活で大事にしていることである。勿論それ以上に楽しむことを優先しているが、それでも他人の気持ちをないがしろにしたくは無かったのだ。

 

 純狐が考えに浸っていること数分。その間もグラントリノは言葉を出すことができなかった。純狐はそんなグラントリノを見て、少し心配になり声をかける。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私はこのことを割り切ってますし、オールマイトもご存じです。それに私がいなくても、同年代の皆が立派なヒーローになってこの社会を支えてくれるでしょう。」

 

「…ああ、そうだな。」

 

 純狐の明るい表情を見て、少しだけ気を緩めたような表情をするグラントリノ。もう時間も遅かったため、二人はそのまま事務所に帰ることになった。

 

「よっし!明日は小僧もつれて少し遠出するか!」

 

 いつもの調子を取り戻したグラントリノは、杖をぶんぶんと振って歩く。純狐は何かしらの追及があると身構えていたが、それが無いのをありがたく思いながらその後ろをついて行った。

 

(明日はうまくいけばステイン戦か。とりあえず様子を見守りたいところだけど…私の場合、戦力を考えて脳無の方に回される可能性も大きいのよね。最終的にステインに会う事はできると思うのだけど)

 

 どちらも面白そうなので、純狐はこのことに付いて考えないことにする。一つ心配なのはステインに強化が入って出久たちが負けてしまったり、轟の強化によってステインがあっさり倒されることで変な方向に話が進むことである。

 

 その辺の調整を純狐がすることも考えたが、純狐は今あらゆる方面から疑われている状態だ。そのため、今変な動きをするとさらに疑いが深まってこれからの行動に支障が出かねないのであまりやりたくはなかった。

 

「そういやお前、料理どこかで習ってたのか?料理については全く知らんが、それでも相当なものだってのは分かったぞ。」

 

「まあ、昔からこういうのは好きだったので。運よく材料も用意できましたし。グラントリノも少しこだわってみては?」

 

「へっ、俺にゃ似合わねえよ。それにしてもお前の個性は誰譲りなんだ?」

 

 二人はてくてくと歩きながら、調子よく雑談する。途中何個か答えにくいものもあったが、すでにパターン化してあるので、純狐は危なげなく答えたり、言葉を濁したりして乗り切っていくのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「なあ、焦凍。落月について他の奴が知らなさそうな、もしくは新しい情報を教えてはくれないか?勿論、話したくないことは言わなくていい。」

 

 二日目の職場体験も終わり、事務所に帰ってきたエンデヴァーと轟は広い会議室に二人で集まっていた。

 

 深刻そうな顔で轟に純狐のことを尋ねるエンデヴァー。エンデヴァー含め、ヒーローランキング上位のヒーローたちには純狐の対策マニュアルへの参加を呼びかけられていたため、情報をばれない程度で集める必要があった。

 

 そんなエンデヴァーを前にして、轟はスマホをポケットから取り出し、少し操作をするとその画面をエンデヴァーの顔の前に持って行く。

 

「こ、これは…!」

 

 エンデヴァーは思わず表情を崩す。その画面に映っていたのは…

 

「これ、落月が作った料理なのか!?」

 

 轟は驚いた表情を直せていないエンデヴァーを一瞥して部屋を出る。そして、部屋を出たところで立ち止まり、小さく息を着いた。

 

「マジであいつ何もんなんだよ。」

 

 




読んでくださりありがとうございます!

次はサクサク話を進めたいです。
と、いつも言ってる気がする。

次回、職場体験三日目?


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職場体験 3

こんにちは!

すみません、遅くなりました。

今回、原作キャラとの絡みはほとんど無いです。


「よし小僧、職場体験に行くぞ!小娘も準備はいいな?」

 

 職場体験の三日目も夕方を迎えた頃、グラントリノはボロボロの出久と、その近くで読書をしていた純狐に声をかける。

 

(16時半か…。原作では17時だったから少し早いけれど、時刻表を見る限りこの時間に出る電車は一本しかないから大丈夫そうね。私の準備に気を使ってくれたのかしら)

 

 時間を確信しながら立ち上がった純狐は、服のしわを直しながらグラントリノの方を見てクスリと笑う。その視線を感じ取ったのか、グラントリノはフンと鼻を鳴らして純狐の方から目を逸らし、足早に出入り口の方へ向かった。

 

「俺は諦めさせないからな。」

 

「昨日も言った通り、完全に諦めはしませんよ。前線での活躍などから身を引くだけの予定です。」

 

 グラントリノと純狐は短く言葉を交わす。昨日の夜、出久が寝た後で、純狐とグラントリノは今後のことに付いて少し話し合っていた。グラントリノは民衆の声やオールマイトの現状から純狐を完全にヒーローから遠ざけることは避けなければならないと考え、それを純狐に伝えた。それに対し純狐は、とりあえず前線から身を引く、との答えを用意したのだ。

 

「お待たせしました!」

 

「それじゃあ出発だ。向かう場所はヴィランの出やすい渋谷。気を付けておけよ。それと勝手な行動は禁止。非常時は俺の命令に従ってもらう。」

 

 出久が出てきたのを確認すると、グラントリノは純狐との話を終えて近くを通ったタクシーを呼び止めて駅に向かった。

 

  ◇  ◇  ◇

 

「ヘカーティアさん…?この脳無は?」

 

「私が作ったものよ。この後、死柄木が脳無の要請をするはずだからその時使ってもらっていいわ。」

 

 ヘカーティアは、完全に拘束された脳無をオールフォーワンの方に突き出しながら言う。急な話で、尋ねたいことが山ほどあるオールフォーワンであったが、最近磨かれて来たスルースキルを最大限使用し、この場において最も重要だと思われることを割り出した。

 

「この脳無の個性は何ですか?範囲攻撃などで死柄木やステインを負傷させられては困りますよ。」

 

「安心していいわ。これはイレギュラーにぶつけるためのものよ。彼女以外には攻撃しないようにしてある。個性はその時になってのお楽しみね。」

 

「私としてはそのイレギュラー…落月が関わることは避けたいんですけどねぇ。」

 

 オールフォーワンはおそらく叶わない願いを抱きながら、いつもの椅子に座って死柄木から届いた脳無を要請する電話を取るのだった。

 

  ◇  ◇  ◇

 

「保須市って意外と栄えてるのな。」

 

 脳無の要請を終え、新規加入の脳無のことも説明を受けた死柄木は、黒霧から顔をのぞかせ辺りを見渡す。

 

「この街を正す。そして変な服装の奴も出来れば見つけ、消す。」

 

「あの方たちには関わらない方が吉だと思いますが…。」

 

 黒霧の呟きに舌打ちをしたステインは、体の調子を確かめ眼下の街を睨んだ。

 

(あのピエロに何かされたときから異常に調子がいい。あいつらの目的はこれだったのか?いや、今は考えるな。この街を正すのが優先だ)

 

 ステインは疑念を振り払い、いつものように自分の思う事を話すと町に飛び込んだ。

 

  ◇  ◇  ◇

 

(外が騒がしい…、成功ね)

 

 新幹線の中で、純狐は目の前の二人にばれないように小さくガッツポーズをする。そしてその数十秒後、ついに電車が急停止し、脳無が壁を突き破って車内に侵入して来た。

 

「小僧は座ってろ!小娘は壁を張って皆を守れ!戦闘は自分の身が危ないと思ったときのみ許可する!」

 

「了解です、グラントリノ。」

 

 純狐は心を弾ませながら、飛び出して行ったグラントリノを見送ると、どう抜け出すか考える。ちらりと隣の出久を見ると、すでに電車から身を乗り出しており、飯田の方へ向かう直前であった。

 

「落月さん!ごめん、飯田君が!」

 

 純狐の視線に気づいたのか、出久は必死の表情で訴える。元々止める気もないし、自分も途中で合流する予定だったため、純狐は出久に見て見ないふりをするという旨のことを伝えようと口を開いた。

 

「構わないわよ。行って…」

 

 その瞬間、誰も反応できない速さで黒い影が現れ、純狐を掴んで投げ飛ばした。投げ飛ばされた純狐は、その黒い影が自分の方に向かってきていることを確認し、自分の前に壁を張って攻撃を防ぐ準備をする。

 

「…はッ!?」

 

 しかし、その黒い影は一瞬で純狐の視界から消え失せ、それと同時に純狐をとてつもない衝撃が襲う。これにはさすがの純狐も反応することができず、そのまま地面に叩きつけられてしまった。

 

 地面に落ちた純狐は、体制を崩したまま自分を覆うように壁を作り、土煙の中に浮かぶ黒い影に目を凝らす。しかし、その黒い影は周りの土煙を吹き飛ばしながら高速で純狐の真後ろまで移動し、その姿を現した。

 

「…脳無!?」

 

 そこにいたのは真っ黒で細身の体にジェット機のエンジンのような部品の体から生えている脳無であった。先程の超高速移動のせいか、肩が外れていたり、体の一部がえぐれたりしているが、それもお得意の超再生によって瞬時に回復している。

 

(こいつの狙いは私か?もしそうでなかったら不味い。さっきソニックブームを出していたし、このスピードには誰も対処しきれない)

 

 脳無の動きを注意深く見ながら純狐は考える。幸いにも近くの民間人の避難は終わっているため範囲攻撃も存分に行うことができるのだが、如何せん速すぎて手が出せないのだ。

 

(どんな個性を持っているかも分からないし、今霊力を消費するわけにはいかない。だからといってこのままでいるわけにもいかない…)

 

 純狐はゆっくりと自分の周りの壁を解き立ち上がる。それを見た脳無はここぞとばかりに縦横無尽な動きを行いながら純狐に突進を仕掛けた。

 

(高速移動中は直線状にしか動けない。ならば!)

 

 脳無の突進の軌道を読んだ純狐は、脳無の向きが自分に来ると分かった瞬間に足を強化し、足元のアスファルトを叩き割りながら飛び退く。

 

 その時、浮き上がったアスファルトにスピードを落とすことなく突っ込んだ脳無は、血を周囲にまき散らせながら転がり、ビルの壁にぶつかった。

 

 流石の脳無もダメージが大きすぎたらしく、すぐに立ち上がりはしたものの一瞬動きを止めてしまった。純狐はその隙を見逃さず、脳無に“速”への純化、つまり瞬間移動を使って近づき、“縛”への純化で完全に動きを封じ込める。

 

「超スピードは防御力が伴わなければ諸刃の剣ね。空中を飛ぶ虫に当たるだけでも大ダメージとなりうる。アスファルトならばなおさらでしょ。」

 

 跳ぶ直前の姿勢のまま動かない脳無を見ながら、純狐は霊力を使ってケガを治す。勿論、外傷は監視を受けているかもしれないので治さず、ソニックブームで傷ついた内臓を重点的にだ。

 

(久々に戦闘で焦ったわ。問題なのはこれを作ったのがヘカーティアなのか、オールフォーワンなのかよね。ヘカーティアならいつものことだからいいのだけれど、オールフォーワンの方なら対策を早急に練らないと)

 

 純狐はそう言うと、四肢をもいで地面に埋めるため脳無に近づく。その時…

 

「―――ッ!?」

 

 バンッ、という大きな爆発音と共に、純狐は近くのビルの一階部分に叩きつけられる。混乱していたのもつかの間、再び同様の衝撃が襲い、コンクリートの壁を突き破って内部の駐車場の柱に叩きつけられた。

 

 これ以上のダメージは避けなければならないと体が判断したのか、純狐は柱に叩きつけられると、反射的に身をよじって地面に張り付いた。それとほぼ同時に、脳無が純狐のいた場所に突っ込み、柱を破壊する。

 

 純狐はそれを確認すると、真上にいる脳無に対して足蹴りを放つ。流石の超スピードでも死角からの攻撃を避けることはできず、脳無は足蹴りをもろに食らって建物の奥の方へ飛ばされていった。

 

 その隙に純狐は自分を“隠”に純化し、脳無の攻撃が直接は当たらない場所に身を隠す。地面には血痕が付いており、脳無にばれてしまう可能性も捨てきれなかったが、今はそんなことを気にしている余裕は無かった。

 

(何が起こった?“縛”は解いていないのに。これも個性か?だとすれば何という個性なんだ?)

 

 いたるところで脳無が暴れている音が聞こえる中、純狐はできる限り冷静に脳無について思考を巡らす。しかし、純化が破られるという事はこの世界に来てから初めてであり、内心かなり焦っていたため、なかなか意見が固まらない。

 

(ヘカーティアが個性以外の力を与えた線は神力が感じられなかったから薄い。束縛無効の個性か?いや、無効ならそもそも“縛”にはかからない。何か条件付きの個性打消し?いや、そもそも発動系の個性ならば、その発動さえも縛っているから発動不可。だとすると、異形系の個性か…ますます分からん)

 

 異形系だとしても、脳無はそもそも普通の人間とは違う姿をしているため判別しにくい。今回の脳無は、人間とかけ離れているというほどでもなかったが、体にいくつかのエンジンが付いていただけで他には確認できていなかった。

 

 そんなことを考えている内に、破壊音が近くに迫ってくる。そしてついに、純狐の隠れていた場所に脳無が突進を行い、それを避けるために姿を現さざる得なくなった。

 

 脳無の音速を超えた突進を数回食らった純狐のダメージは霊力で回復させてはいたものの致命的である。すでに鼓膜は両方とも破れており、あばらの骨も数か所折れている。内臓へのダメージも蓄積しており、後数回突進を食らえばもう戦闘は不可能だろう。

 

(人は勝ちを確信した瞬間が最も油断しやすいだっけか。体育祭といい、私はそこまで油断してるかしら?まあ、反省は後回し。今は目の前の敵に集中しましょう。手を抜いて勝てる相手ではない)

 

 純狐はとりあえず自分の周りに壁を張って安全地帯を確保し、そこから脳無の動きを観察する。

 

(動きに一貫性は無いか…。動きは予想できないことは無いけど、予想したところで完全に避け切れる速さではない。目はあるから目くらましは効くと思うけれど、私も目を閉じないといけない。どうしましょうか…)

 

 脳無は純狐に自分の攻撃が通していないことが分かったのか、いつの間にか動きを止めている。その場所も、純化の範囲から少し離れているため、咄嗟に攻撃をすることも出来ない。

 

(うん………、何通りか方法は思いついたけれど、霊力を使わない場合どれも運が絡む。フフフ、面白そうじゃない!)

 

 純狐はいつもとは違う笑みを顔に浮かべる。この世界に来てから全力を出して戦ったことがほとんどない純狐は、久しく忘れていた高揚感に包まれていた。

 

「今度は私から行きましょうッ!」

 

 自分の周りを覆う壁を解除し、脳無がそれに反応する前に、脳無の目前に風の爆弾を作り出す。それを気にせずに突進する脳無だが、さすがにその風圧を無視することはできず、速度は低下し軌道もずれてしまった。

 

 脳無の動きに合わせて移動した純狐は、手を“斬”に純化し、迫りくる脳無に向かって振り下ろす。脳無はその動作に危険を感じたのか、体を回転させて、自身の上半身を両断させようとしていた純狐の手を避けた。

 

「甘い!」

 

 脳無が避けたことを気にすることなく純狐は手を振りぬく。その破壊力は脳無の予想を上回り、手の延長線上にあるものすべてを切り裂いた。それには、避けきれなかった脳無の足首も含まれる。

 

「ちッ、足首だけか!ならば!」

 

 純狐は脳無が着地に失敗している間に、伸ばしきっていた手に風を纏わせ、後方の脳無に向けて瓦礫を巻き込みながら叩きつける。そしてすぐに、その付近を“弾”へ純化した壁で囲った。

 

 それによって、風はそこで渦巻いて再び大きな爆発を起こす。これで脳無は動きを止めるかと思われたが、その爆発からは逃れていたようで、血をまき散らしながら建物の奥の方に入っていった。

 

「逃がすわけには…!」

 

 回復をされてはたまらないと、純狐は脳無の後を追うように暗闇に入っていく。しかし、いくら純狐でも光がほとんど差し込まない場所で、黒く細身の脳無を探すことはできない。

 

「めんどくさいわね…。」

 

 純狐はイラつきながらそう言うと、指先だけに光を灯してそれを頼りに走り出し、身を隠すことができるような場所を徹底的に壊していく。

 

 しかし一向に手ごたえはなく、脳無を見逃してから一分ほど経ってしまった。純狐は、これ以上探し回るのは得策ではないと考え、いったん引いて元居た場所に戻る。

 

 と、その時、純狐の真上のコンクリートが砕け散った。純狐は急いで自分の周りに壁を張り、それをやり過ごすと同時に、目の前に降りてきた脳無を睨みつける。脳無の状態は、万全には程遠いものの、戦うことができる位には回復していた。

 

 つまるところ、振出しに戻ってしまったという事だ。ステインの方のイベントも回収しておきたい純狐としては、この状況はまさに絶体絶命といえるだろう。

 

 しかし、こんな状況でも純狐の口元には笑みがこぼれていた。

 

「そろそろ終わらせましょう、脳無。」

 

 純狐はそう言うとおもむろに自分の周りの壁を解く。勿論脳無はそれを見逃さず、限界に近い純狐の体目掛けて突進した。

 

 だが、純狐にとどめを刺すと思われた突進は不発に終わり、代わりに脳無から白煙が立ち込める。脳無は体も満足に動かせないようで、全身の筋肉が痙攣をおこしていた。

 

「私があなたを探している間に何もしていないと思った?」

 

 純狐はそう言うと、腕を前に突き出し、服の裾をこすり合わせる。そして、そこで小さく静電気が発生したかと思うと、それは極大の雷となり、脳無に突き刺さった。

 

 その脳無の後ろにあったのは、鉄の球体であった。それはその場所だけではなく、その駐車場のいたるところに設置されている。

 

 勿論これは元からそこにあったわけではない。脳無を探す途中で、今まで流れていた血を利用し、純狐が設置しておいたものである。

 

(この脳無はパワーはそれほどないからこの鉄を利用されることは無いし、障害物が増えることでスピードも出しにくくなる。さらにこんな使い方もできる)

 

 純狐は、皮膚がただれ始めた脳無に対し、容赦なく雷を打ち込んでいく。雷は扱いが難しいものの、あくまでただの物理現象である。ちゃんと準備をしておけば、純狐に扱えないものではない。

 

「ふう…、このくらいやっておけば再生にも時間かかるでしょう。」

 

 腹部の肉がほぼ無くなり、露出した背骨が黒く焦げ始めたところで純狐は放電を止める。少しやりすぎな気もしたが、まだ息はあるのでヒーロー的には問題ないはずだ。

 

「ステインの方に行きたいけれど…この状態じゃあ急げないわね。」

 

 純狐は自分の体を見てそう呟きため息をつく。脳無から突進をまともに受けたのは数回とはいえ、それはどれも音速を超えるものであったため、蓄積しているダメージはかなりのものであった。

 

「仕方ない。回復しながら歩きましょう。脳無は……そこの人、お願いするわ。」

 

 そう言うと、純狐はビルの外の瓦礫に隠れていたプロヒーローに声をかけて先を急ぐ。そのヒーローが後ろで何か言っていたが、純狐はそれを無視して、混乱する街の中心に向かって行った。

 

 

― ヘカーティアside ―

 

 

「これでもダメなのか…。」

 

 オールフォーワンは、黒焦げになった脳無が拘束されていく画面をみて唸る。いつも冷静沈着な彼としては珍しいことだ。それだけ純狐のことを危険視しているという事だろう。

 

「フフフ、私としては満足よ。知りたかったことは分かったし。」

 

 そんなオールフォーワンを横目に、ヘカーティアはいつもとは少し違った、安心したような笑みを浮かべる。だが、感情の高ぶっているオールフォーワンにはその表情は読み取れない。

 

「知りたかったこと…?教えて頂けますか。」

 

「あの子…仲間を呼ばなかったでしょ?まあ、今回の脳無に関しては他の人を呼んでも役に立たないっていうのはあるけど、仲間を呼ぼうというそぶりも見せなかった。これであの子が周りの人と自分のことをどう思っているのか分かるんじゃないかしら。」

 

 ヘカーティアの言葉を聞いて、オールフォーワンは考え込む。何のためにヘカーティアがそれを知りたがったのかは分からなかったが、この情報は彼自身にも有用なものであったため、そちらを優先させたのだ。

 

(変わってなくて安心したわ。あの子が誰かに頼るなんてらしく無いからね。最悪彼女の性質が変わってしまう。体育祭で生徒との協力が上手く行っていたという事を聞いてヒヤッとしたけど、杞憂だったか)

 

― side out ―

 

 




読んでいただきありがとうございました!

次で職場体験編は終わると思います。
戦闘シーンへたくそなのはもはや伝統芸。

次回、ステインに会えるといいなあ


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職場体験 4

こんにちは!

やっとレポートの提出が終わったので初投稿です。
ステイン戦、メッセージ性が強すぎてかくのためらわれましたが、深夜テンションで書き上げました。

ネクロナーフ来ましたね。まあ、強すぎたからなぁ。
だがウィッチ、てめーはダメだ。



「二対一か、甘くはないな…。」

 

 純狐が脳無を下し中央の方に向かっている頃、ステインと出久たちの戦いも佳境を迎えていた。

 

 原作よりも大幅に強くなっている轟だが、ステインも謎の強化を受けているため早期決着とはいかない。また、エンデヴァーと共に純狐が戦闘を行っていた方に向かっていたため、この路地裏に着くまでに体力を少し失っていた。

 

(動きが人間のそれを超えている…、下手な強化系よりも強いな。過去のこいつをクソ親父から見せられたが、動きが一段と進化してないか?)

 

 轟はステインの一挙一動を見逃さないよう注意しながら考えをめぐらす。そんな轟の横を、出久はステインに向かって跳び出していった。だが、今回の戦いにおいて出久の活躍はあまり無い。元々の技量に加えステインの動きが異常に早いため、出久の技が通用していないのだ。

 

 しかし、数の有利は実力差があっても確かにそこに存在する。出久は突進した後、すぐに行動不能になってしまったが、その隙に轟が猛攻の準備を整え、飯田も身体が動くようになる。

 

「緑谷君、轟君、申し訳ない。だからもう、二人に血を流させるわけにはいかない!」

 

 轟を切り裂かんと迫っていたステインの刃を蹴り折った飯田は、ステインに向かって宣言する。ステインはそんな飯田の姿を見ても飯田を偽物と断じ、言葉を紡いだ。

 

「誰かが正さねばならないんだ。ヒーローを歪ませる社会の癌を。」

 

 その言葉が終わると同時に、ステインは今までにも増して攻勢に出る。プロヒーローの到着というタイムリミットが迫っていたため、焦りもあったのだろう。

 

 そのステインに対し、再び動くことができるようになった出久を含めた三人は、プロ顔負けの連携を見せ、ステインを着実に追い込んでいった。そしてついに、出久と飯田が完璧なタイミングでステインに攻撃を加える。

 

(おっと、終わっちゃったか。後は成り行きに任せましょう)

 

 ちょうどそのタイミングで路地の横にあるビルの屋上に着いた純狐は、見ていることがばれないように陰に隠れた。

 

「うぐッ」

 

 純狐が表通りに戻ろうと踵を返した時、路地裏で出久のうめく声が聞こえる。驚いた純狐が路地裏を見下ろすと、そこで動けなくなっているのはステインではなく、出久と轟であった。飯田はどうにかしてそれに対処しようとしているが、すでにエンジンが動かない。プロヒーローの方も投げナイフで足を地面に縫い付けられ動くことができていないようだった。

 

(マジか…。傷はまだ治ってないけど行くしかないわね。飯田君を殺させるわけにはいかない)

 

 そう考え一呼吸置くと、純狐は飯田に近づいていたステインの目の前に降り立つ。

 

「こんにちは。ステインさん。」

 

「落月!?」「落月さん!?」「落月さんどうしてここに!」

 

 三人は口々に純狐の名を叫ぶ。そして、純狐がに負っている怪我を見てさらに声を張り上げた。

 

「そのケガ……ダメだ!まともに動けるはず無い!」

 

 彼らが声を上げるのも無理はない。全身に引っかき傷とあざがあり、耳や目からも血を流し、吐血した後も見受けられるような姿をしているのだ。だが、痛みを感じない純狐にとって外傷はあまり関係なく、内部の怪我はもう直してある。内臓の治療を行ったため満足に使えるほど霊力は残っていないが、脳無との戦闘では温存していたことが吉となり、動けないということは無かった。

 

「安心しなさい、三人とも。私が負けるはず無いじゃない。」

 

 純狐はいつも通り笑いながら三人の方を向く。その間、ステインは何度か純狐に攻撃をしていたが、どれも純狐の張った壁に阻まれ届いていなかった。

 

「ハァ…、戦闘狂の化け物め…。」

 

「化け物は認めてもいいけれど、戦闘狂じゃ無いわよ。」

 

 恨めしく唸るステインの発言を純狐が訂正する。ステインはそんな純狐を睨むと、ゆらりと近づいた。

 

「ハァ…、さっきまでの音、お前だろ?あれだけ戦って、さらにこっちまでわざわざ顔を出し、そのケガで俺の前に立つ。これが戦闘狂じゃなかったらなんて言うんだ?」

 

「それがヒーローってものじゃないの?」

 

 ステインは純化が届かないぎりぎりのところで止まり、刀にまだ付着している出久の血を舐める。

 

「違う。お前はヒーローなんかじゃない。」

 

「…ふーん。まあいいわ、終わらせましょう。」

 

 純狐の言葉が終わるのと同時にステインは純狐に突撃し、ナイフを数本投擲。さらに、後ろで動けないでいる4人に当たるようにナイフを上方向に投げる。

 

 轟が言っていたように、一つ一つの攻撃が複数の選択肢を含む非常に厄介な戦法である。たとえプロであろうと、戦闘を得意としているものでなければ防戦一方となってしまい、ステインを取り逃してしまうだろう。また、その高度な戦闘スキルに彼の個性が加わり、その戦闘はさらにヒーローにとって不利なものとなってしまう。だがその戦法はトップヒーローなどのかけ離れた戦闘能力の持ち主には通用しない。つまり、そのトップヒーローに肩を並べる能力を持つ純狐には当然通用しなかった。

 

「ちょっと姿勢を低めにお願い。」

 

 そう言うと、純狐は風を巻き起こして飛んでくるナイフを無力化する。そして、目の前のステインの刀を見切って掴み、そのままへし折った。それでも安易に純狐から距離を取らないところはさすが戦闘に慣れているだけあるが、パワーとスピード、引き出しの多さで優る純狐とはさすがに分が悪かった。

 

 ステインが接近戦をするのだと分かると、純狐はできるだけステインを近寄らせ、そこで手の先を光に純化。ステインはそれでも止まらず、感覚を頼りに刀を振るうが、純狐がその周りを無重力にしたことでステインの体は宙へ浮かび、その範囲を飛び越えたところで地面に落下した。

 

 まだ視覚の戻っていないステインは何とか純狐から離れようと跳び上がるが、さすがにその状態で純狐の攻撃を避けることはできず、まともな打撃を頭部に食らってしまった。

 

「…今度こそ終わったかしら。」

 

 脱力して地面に大の字で横たわるステインを軽くつつき、動かないことを確認すると、純狐は後ろにいる4人の方を見る。そして、他のヒーローたちが来るまで皆の治癒を待ちながら適当に話でもしておくことにした。

 

「みんな、大丈夫?私が言えたことでもないけど、勝手に飛び出していったらダメよ。」

 

 出久、轟、飯田は申し訳なさそうな顔をして俯く。奥の方にいたプロヒーローの人は動くことができるようで、ステインを近くにあったロープで縛りながら純狐に感謝の言葉をかけた。

 

「ありがとう。君たちが来なかったら俺は死んでたよ。それと落月純狐さんだっけ?本当に治療しなくて大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫です。まあ、騒動が終わったら病院には行きますが。」

 

 純狐は作り出した水で血を洗い流しながら言う。どう考えても今すぐ病院に行った方がいい、と言いたげな四人だが、自分たちが三人がかりで勝てなかったステインを圧倒した純狐が言うのだから反論できない。

 

「そういや落月。さっきまでの音はやっぱお前か?何と戦ってたんだ?」

 

 血もあらかた落ちたところで、動くことができるようにあった轟が訪ねてくる。ソニックブームの音の届く範囲はかなり広いため、町中に音が響いていたのだ。出久たちも気になっているようで、純狐の方を心配そうな目で見てくる。

 

「新型の脳無と戦ってたのよ。運よく勝てたけれど、かなり危なかったわね。まあ、それは後から説明するから、いったん大通りに出ましょう。救援も到着したみたいよ。」

 

 これからステインが起こすイベントのことを思い、純狐は騒がしくなってきた路地裏の入り口を指さす。他四人もそれに気づいたらしく、純狐に続いて表通りに出た。皆疲れてはいるだろうが、自分たちのしたことを振り返って晴れ晴れとした表情を浮かべている。

 

「オイ小僧、何でここにいる!それと小娘も……そのケガ大丈夫か!」

 

 出久を見たグラントリノが怒りながら心配するという器用なことをして近づいてくる。それの後にエンデヴァーから送られて来たヒーローたちも続き、学生たちの安否を確認し始めた。

 

 と、その時。大きな音と共にやってきた脳無にグラントリノが気づき、伏せるように叫ぶ。しかし、今まで死力を尽くして戦っていた皆にそれは少し酷だったらしく、反応の遅れた出久が掴まれてしまった。

 

「やられて逃げてきたのか!」

 

 救援に来たヒーローの一人が叫び、出久を取り戻そうと脳無の方を見る。しかし、ここにいるのは飛行型の個性と相性の悪いヒーローばかりであるため、咄嗟に行動することができなかった。そんなヒーローたちの横を黒い影が通り過ぎ、急に動きの止まった脳無の脳をナイフで突き刺す。言わずもがな、ステインだ。

 

「偽物が蔓延るこの社会も。徒に力を振りまく犯罪者も。粛清対象だ。」

 

 言葉では言い表せない気迫を放つステインに圧倒され、その場にいる皆の動きが止まる。

 

「すべては正しき社会のために……。」

 

 脳無に刺さったナイフを抜き、息を荒げながらステインは立ち上がる。

 

「そっちに一人逃げたはずだが……、ん?あの男はヒーロー殺し!」

 

「待て、轟!」

 

 逃げた脳無を追ってやってきたエンデヴァーがステインに気づき攻撃を加えようとするが、グラントリノがそれを制止する。それは何か考えがあってのことではなく、ステインから感じる強い意志に気圧されてのことだった。

 

 「贋物……」

 

 足元に転がる出久から手を離し、エンデヴァーの方を向くステイン。その全身から発せられる覇気は、その目で捉えられていない者をも一歩引かせるほどのものであった。

 

今の社会に対して向けられる怒り。それだけが今のステインを支え、そのあまりの強さゆえに見るもの全てを圧倒する。

 

「正さねば……。誰かが血に染まらねば……!」

 

 ステインが一歩踏み出す。ヒーローたちは一歩下がる。

 

「英雄を取り戻さなければ……!来い!来てみろ贋物ども!!」

 

 ヒーローたちはステインの叫びに気圧されるだけで誰も動くことができない。ステインは、そんなヒーローたちをさらに圧倒するように一歩踏み出し……

 

 目の前にいた純狐に包まれた。

 

「フフフ、あなたは少し優しすぎるのよ。」

 

 優しくステインの頭を撫でる純狐。ステインは驚いているようだが、もはやそれを振り払う力も残ってはいない。純狐はそんなステインをさらに抱き寄せ、耳元で優しく呟く。

 

「あなたの行動はこの社会を思ってのことなのでしょう?でも、今のあなたは少しやりすぎね。このままだと、ただ自分の意見を押し付けているだけになってしまう。あなたはそんなことがしたいんじゃないでしょ?」

 

 純狐にステインの気持ちは当然ながら分からない。自分のやってきたことは、言ってしまえば完全な私怨のためにやってきたことであり、それはステインのやってきたこと以上に愚かなことなのだから。

 

 だから純狐はステインのことを優し過ぎると言ったのだ。しかし、その優しさもここまでくればただの暴力を振るうための言い訳でしかなくなってしまう。そしてこれを放っておくと、いずれはただの私怨になってしまう。

 

 それを悪いことだというつもりは、純狐にはさらさらない。どの口が言うのだという話である。だが、純狐はその恨みを抱え、肥大化させて暴走させることの辛さを知っている。

 

 自分のような思いを誰にもしてほしくはない。その思いから、気付けば純狐は自然にステインを受け止めていた。

 

「それでは、どうすれば今を変えられる……。贋物が蔓延るこの社会を。」

 

 ステインは薄れゆく意識の中で純狐に問いかける。その言葉を聞いた純狐は、少しの沈黙の後フッと鼻で笑い、ステインを抱く力を少し緩めた。

 

「完璧な世の中を目指すのを間違いだとは言わないけれど、出来っこないという事を念頭に置かなければいつか挫折する。今のあなたみたいにね。それに今の社会をフラットな目線で見なさい。あなたの言う贋物に助けられたことがある人が大勢いるでしょ。悪いところから目を逸らさないことも大事だけど、そこだけしか見ないことはダメよ。」

 

 あなたの疑問の答えにはならなかったかしら、と純狐は付け加える。正直、純狐がステインの疑問への解答を考えるとしても、自分が政治家になるなど、ありきたりなものしか思い浮かばない。さっき鼻で笑ったのは、これだけ長い時を生きていても誰でも思い浮かべるような疑問に答えられない自分に向けられたものでもあったのかもしれない。

 

「お前は……」

 

「もう疲れたでしょ。休憩にしましょう。いったん立ち止まって休憩することも大事よ。おやすみなさい。」

 

 何かを言おうとしたステインを制し、純狐はステインから離れる。支えを失ったステインは前のめりに倒れ、今度こそ完全に気絶した。

 

 ◇  ◇  ◇

 

「みんなー、元気かー?」

 

「いや、だから何でお前は元気なんだよ。」

 

 保須での事件の後、ステインと戦った出久、轟、飯田の三人は病院で治療を受けていた。幸い三人とも命に別状はなく、残った後遺症も微々たるものであったらしく、部屋には比較的明るい雰囲気が漂っている。

 

「そう言えば、今まで聞いてなかったけど……。最後ヒーロー殺しと何話してたの?」

 

「まあ、ヒーローらしく更生を促す言葉かしら。何も打ちのめすだけがヒーローじゃないでしょ?」

 

「凄いな、落月さんは……。」

 

 飯田は自分の行動を振り返ってか、純狐の言葉を聞いて悲しい顔をする。その後四人は、純狐の倒した脳無の話などをして時間を潰していた。するとそこへ、グラントリノと、飯田を受け入れた事務所のマニュアル、そして背の高い犬の顔をした警察官が入ってきた。彼らの表情は真剣なものであり、出久たちの表情も自然と強張る。

 

「私は面構犬嗣。保須警察署所長だワン。君たちが落月さんと共にヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね。」

 

 署長がわざわざ来たとあり、三人に緊張が走る。事前にこの人と会っていた純狐は、このことを聞くのは二回目になるため話を聞くふりをしているだけだ。まあ、事前に会っていなくとも聞き流していただろうが。

 

「ヒーロー殺しだが……」

 

 冷たい目をした面構は、今回の事件について警察の立場から説明を始める。問題となっていたのは、三人が無許可に個性を使った戦闘を行ったという点だ。

 

 いくら緊急時だとは言っても、規則は守られなければならない。三人の行動は、資格未所得者が保護管理者の指示なく個性で危害を加える、という重大な違反を犯していた。これは立派な規則違反であり、罰せられるべきことなのだ。

 

「ちょっと待ってください!規則を守って見殺しにした方がよかったってことですか!?ヒーローは人を助けるのが仕事だろ!」

 

 だが、実際に命を懸けて戦った三人はこのことに納得できない。彼らからすれば、ヒーローとして当たり前のことをしただけなのだ。

 

 勿論、そんなことは大人たちにも分かっていた。そこで彼らは、三人の違反をここでもみ消すことを提案する。今回の事件は路地裏で起こったため目撃者が少なく、それが可能だったのだ。色々思うところはあっただろうが、三人はこの提案に納得し、面構たちに頭を下げる。これで、出久たちに向かっていたであろう賞賛の声は無くなるが、彼らの経歴にケチが付くことは無くなった。

 

「お前も俺たちを同じように話をつけてもらったのか?」

 

「まあそんなところね。脳無の方はかなり厳しかったみたいだけど、あれは脳無が勝手に暴走して自爆したってことで片付けてもらうわ。」

 

 轟がふと放った問いに対し、純狐は面倒そうに返事をする。彼女と脳無の戦闘は、大部分が建物の中で起こったため、大きい音はしていたものの目撃者はステイン戦以上に少なかった。しかし、戦った相手が強大であったことや正当防衛であったことから、大人たちも非常に対応に困っていた。オールマイトですら倒せるか怪しいような脳無を短時間で倒してしまったのだ。純狐としては、手ごたえのある敵と戦う事ができたので満足しているが、大人たちはこれに対し報酬無しというのはあんまりすぎるという事で、何か報いる方法を模索していた。

 

「落月さんのは……申し訳ない。あれだけの怪我を負ってでも市民を守ってくれたというのに。」

 

「そんな辛気臭い顔をしないでくださいよ。仕方ないことです。それにあんな脳無の存在を世間に知られないためにも私の戦闘の隠蔽は必要でしょう。」

 

 純狐は目の前で頭を深々と下げる面構に、正論をぶつけ頭を上げさせようとする。しかし面構はなかなか頭を上げてはくれない。それが本当に面倒になってきた純狐は、面構から目を離し、その後ろにいるグラントリノの方をにこやかに見た。

 

「そうだグラントリノ。今から食事にでも行きましょう。今回の事件の打ち上げってことで。」

 

 純狐はそう言うと、グラントリノの手を取って病室の外に出る。離せ離せと、最初は抵抗をしていたグラントリノだったが、純狐にパワーで勝てるはずも無く、病院を出るころには自分の足で歩いて純狐の後を追っていた。

 

「お前なあ……」

 

「いいじゃないですか。あそこで話してても面白くないですよ。」

 

 病院から出た二人はてくてくと歩きながら近くの料理店を目指す。

 

「ステインの最後……、お前何故動けた?あれだけの殺気を向けられていながら。」

 

「さあ、何故でしょうか。」

 

「答える気はないってことか。」

 

 これ以上何か言ってもいい答えは返ってこないことを察したグラントリノは追及するのを止める。ステインとの最後の会話についても、純狐は誰にも詳細を話していない。グラントリノはこのことも妖しく思っていたが、今のところ何も無いので忘れることにしていた。

 

「着きましたね。」

 

「え?ここか?代金は割り勘だよな?」

 

 二人が立ち止まったのは、都内でも値段が高いと有名な高級料理店の前だった。どの料理を頼むにしても、諭吉が吹っ飛んでしまう事は必至である。

 

「何言ってるんですか。私はまだ学生ですよ。」

 

「……。」

 

 揺るがない純狐の瞳を見て、何を言っても無駄だと諦めたグラントリノは、手を引かれるがままに金の装飾が施された回転扉に向かって行くのだった。

 




読んでくださりありがとうございました!

カードゲーム繋がりってことで遊戯王にも手を出しているのですが、デッキをいくつか揃えたところで対戦相手がいないことに気づきました。悲しいなぁ・・・。

次回、職場体験の後日談


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職場体験の後で

こんにちは!

遅れて申し訳ないです。



 職場体験も無事終わり、1-Aの生徒たちが久しぶりに教室で顔を合わせる。皆、職場体験の余韻が抜け切れていないようで、教室はその話で盛り上がっていた。

 

「おい、落月。職場体験は関係ないが……あの料理どうしたんだよ!?」「ねえ、ねえ!ステインと最後何話してたの?」「何か別のヴィランと戦ってたっての本当?」「落月ぃ!俺にも抱き着いてくれ‼」

 

 そんな教室の中でも、純狐の机の周りは異様な盛り上がりを見せていた。この一週間、皆の間で純狐の話題が尽きることは無く、早く会って話をしたいと思っていた者も多かったのだろう。とはいえ、今の純狐は基本的にニュースで流れていること以上のことを言えない。

 

「料理は……悪質ないたずらにあったから仕方なく作ったの。その他のことはニュースで報道されている通りよ。」

 

 そうよね飯田君、と純狐は少し離れたところで話している三人に話を振る。話を振られた三人も、特に話せることは無いので首を縦に振るしかない。

 

「そう言う事。ほら、そろそろ授業始まるわ。」

 

 純狐の声で時間に気づいた彼らは、若干違和感を覚えつつ、各々席に戻って行くのだった。

 

◇ ◇  ◇

 

「はい、私が来た。という事でね、ヒーロー基礎学だ。」

 

 ネタ切れを感じさせる入り方をしたオールマイトは、早速授業内容を説明していく。授業をすることにも慣れたようで、もうカンペは使っていない。

 

「私がこの運動場γのどこかで救難信号を出したら街外から一斉にスタート。誰が一番に私のことを救けてくれるのか勝負だ。」

 

 オールマイトはあらかたのルールを説明し終わると、不意に純狐の方を気まずそうに見る。純狐は何なのか分からず首を傾げたが、オールマイトの表情があまり芳しくないことからいい話ではないことは分かった。

 

「落月少女は、相澤先生が呼んでいたのでそっちに向かってくれ。」

 

「……了解しました。」

 

 なんとなく話の内容を察した純狐は周りの生徒たちの疑問を適当にはぐらかして校舎に向かう。校舎の入り口にはミッドナイトが立っており一緒に相澤の待つ仮眠室までついて来た。

 

「失礼します。」

 

「座れ。」

 

 仮眠室の中は相澤一人だけであった。ついて来たミッドナイトも中に入ることはせず、扉の前で待っている。

 

「すまんな授業中に。安心はしていていいぞ。お前が思う最悪のケースではないだろうし、特段生活が変わることは無い。まあ、いくつか質問に答えてくれればいいだけだ。」

 

 ミッドナイトからの目が無くなったからか、相澤はいつも通りの気だるそうな様子になり、ソファーに座る姿勢を崩す。

 

「お前、何で力が落ちてきてること報告しなかった?」

 

 鋭い観察眼がいかなる表情の変化も見逃さないように純狐の顔を見つめる。見つめられた純狐は、別段驚くようなことでもなかったため表情を変えることは無い。予想が当たった、と思うのみである。

 

「やはり体育祭辺りで気づきましたか。報告しなかったのは、退学させられないためですよ。」

 

 質問の答えとは違うものを長々と話すのは相澤の性格的にあまりいいことではないと考えた純狐は、最低限のことを話して話を切り上げる。純狐からの返答を聞いた相澤は、先程よりいくらか表情を緩め、表情を読むのをやめた。いつも通り表情を読むのを諦めたのと、特に危険性は無いと判断したのだろう。

 

「そんなとこだろうと思ったよ。実際、俺はお前の実力を理解する前までなら、将来性が無いと考えて退学にしただろうしな。」

 

「今は違うと?」

 

「そうだな。体育祭後の世間の反応を見ると、お前をここで引かせるのは俺たちヒーローにとって大損害となりうる。また今回の脳無討伐に関しても、あの程度の被害で倒せるのはお前以外にはいなかっただろう。それに個性以外の部分……光弾であったり知略であったり、たとえ【純化】が無くなってもお前の価値は高い。」

 

 純狐は相澤の自分に対する評価が高いことに少し驚く。できるだけ評価を高められるよう行動をしてきたという事もあるが、相澤に弱体化を悟られないために避けていることも多かったので、あまり評価はされていないと考えていたのだ。やはり相澤は生徒のことを相当考えているのだろう。

 

「じゃあ、この話はここで終わりだ。次の話に移ろう。」

 

 やけに改まって言う相澤に純狐は違和感を覚える。そして、相澤は純狐に身構える隙を与えるのを嫌うかのように、間髪入れず言葉を紡いだ。

 

「お前、両親のこと覚えてるか?神獄さんのことでもいい。」

 

「……どうして今更そのことを?」

 

 数舜何と答えるか迷った純狐は、差し障りのない答えを返す。この質問を直接してくるという事はかなり調査が進んでいるという事だ。純狐はそれを分かったうえで、この情報がどの程度の重要性を持っているのかを知りたかった。

 

「……いや、興味があっただけだ。答えたくないなら答えなくてもいい。ただ……両親の名前くらい知っておきたいと思っただけだ。」

 

 意外なことに、相澤はあまり追及をしてこない。何か個人的な思いがあるのか、それとも教員たちの間でそこまで気にされていないのか。判断はしかねたが、自分から積極的に追及するわけにはいかないので、純狐はこれ以上気にしないことにした。

 

 しかし、ことあるごとに疑われ、行動しにくくなることは純狐にとって大問題である。

 

(ステンと脳無の件で、私の責任を誰が負うのかという話にでもなったのかしら。もしくはヘカーティアの差し金か、それともその他の団体が気づいたのか。まあ、何でもいいわ。この世界に来るときにわざと作ったガバだし。でも、あまり面倒なことにならないよう少しだけ言い訳しておきましょう)

 

 純狐はそう考えると、それまでと変わらぬ態度で話し始める。

 

「そうですか。まあ、私の両親が変に疑われるのも無理はありません。あの人たち、私のために戸籍まで消してくれたのですから。感謝してもしきれませんよ。」

 

「それはどういうことだ?」

 

 突然のカミングアウトに相澤は驚きを隠しきれない。おそらく純狐の返答を聞いたのがプレゼントマイクなどであったら、このまま数分は言葉が出なかっただろう。純狐がどうしても隠したいことだろう、と考えていた両親の謎を純狐から聞くことになったのだから。

 

 そんな相澤に対し、相澤の驚く表情と声という珍しいものを聞くことのできた純狐はそれに満足して席から立つ。

 

「それ以上は話せません。」

 

「………分かった。話しにくいことを話してもらって悪かったな。」

 

「気にしてませんよ。それより、私はまだ授業の途中なので帰ってもいいですか?今日の授業、私もやりたかったんです。」

 

 聞きたいこと以上、とは言えないが予想外の進展を生みそうな情報を得た相澤は、純狐を止めずそのまま授業に戻ることを許可する。相澤の許可ももらった純狐は、元気よく部屋を出て運動場γへ向かった。

 

◇  ◇  ◇

 

純狐が運動場γに着いたとき、皆はすでに授業を終えており、撤収の準備をしていた。

 

「お帰り落月少女!早速始めようか。だが皆と同じ条件ですると君には簡単すぎるだろうから、一つ条件を付けさせてもらう。【純化】使用禁止だ!」

 

 純狐の到着に気づいたオールマイトは、片づけをする手をいったん止めて早口に話す。それから純狐に近づき、皆に聞こえないよう小声で話し始めた。

 

「相澤君が気づいてしまったようだな。詳しい話は後でするが、おそらくこれからは純化を使用するのを禁止、または制限したものが多くなってしまう。」

 

「ええ、分かってます。大丈夫ですよ。」

 

 二人がこそこそと話していると、オールマイトの出した条件を聞いていた生徒たちが近くにやってくる。今回の授業は職場体験で学んだ個性の使い方を試す、という事が重視されていた面も大きいため、メインである個性を制限するという事の意味が分からないのだ。

 

また、出久がフルカウルを身につけた、という事もあり、同じ事務所に行っていた純狐がどのように個性を使うのか見るのを楽しみにしていた生徒もいたのだろう。

 

「先生、何か考えがあってのことですか?」

 

 その楽しみにしていた生徒の一人、八百万は、手を挙げてオールマイトに質問する。色々ドジをやらかすオールマイトもその質問への答えは考えていたようで、特に変な様子も見せず八百万の方を見た。

 

「HAHAHA!落月少女は個性の使い方に関しては完璧といっても差し支えないからね。職業体験ではそれ以外の部分を重点的に学んできてもらったんだ。だから、その成果を見せてほしい!という事さ。」

 

 じゃあ時間も押しているから始めようか、とオールマイトは純狐に声を掛け、スタート位置につかせる。

 

「ちなみに落月少女には一人でやってもらうつもりだが……競いたいと思う者がいるなら、手を挙げて知らせてくれ。先着4名様限定だ。」

 

 オールマイトの言葉が終わると同時にクラスのほとんどの生徒が手を挙げる。クラスの圧倒的なトップである純狐と競いたいというのは、純化を使わないとなっても変わらないようだ。

 

「オーケー……じゃあ、瀬呂君、飯田君、常闇君、芦戸君に決定だ。頑張ってくれ!」

 

 それだけ言うと、オールマイトは目にもとまらぬ速さでビルの陰に消えていった。残された5人は、各自ストレッチなどをしながらスタートの合図を待つ。

 

「いくらお前でも個性を制限された状態では厳しいんじゃねえか?」

 

 この競技においてかなりのアドバンテージを持つ瀬呂は、少し余裕があるのか、気さくな様子で純狐に話しかけてきた。体育祭のこともあり、純狐をそれなりに意識して訓練を行っているのだろう。

 

「まあそうね。手を抜いて勝てる戦いじゃないわ。だからこそ、私は最短距離でオールマイトの元へ行くという事をするだけよ。」

 

 二人が話していると、目的地に着いたらしいオールマイトから救難信号が出される。場所は運動場のかなり奥の方だ。

 

 準備を終えていた五人は、その信号が出されると同時に飛び出す。瀬呂はセロハンを使って障害物の少ない上の方へ。飯田は足の速さを生かし路上を。常闇はぎこちないがダークシャドウを使って滑空。芦戸は指を酸で覆い、コンクリートに穴を開けながら建物を上る。

 

 そして約5分後、瀬呂がオールマイトの元へ到着した。このように建物や障害物の多い場所での移動は彼にとってうってつけなのだ。

 

「よっし、一番だ!」

 

 瀬呂は自信満々にガッツポーズをとり、純狐への初勝利を噛み締める。オールマイトはそんな瀬呂にいつもと変わらぬ表情で拍手を送った。

 

「おめでとう!!と、言いたいところだが……惜しかったな。」

 

 オールマイトの後ろから少し疲れた様子の純狐が現れる。誰にも越された記憶の無い瀬呂は驚きのあまり声も出ない。

 

「いや、そんなにがっかりしなくてもいいわよ瀬呂君。あなたと私の差は5秒くらいだから。」

 

 純狐の言ったことは本当である。純化を使えないという圧倒的ハンデを負った純狐は、ビルに弾幕で穴を開け、オールマイトのいるビルまでまっすぐにやってきた。そのためビルの中にいることが多く、上空にいる瀬呂からは見えなかったのだ。

 

 障害物の多い地形は、瀬呂に有利であるとは言っても他の者と比べればという事であり、直線を全力疾走するのよりはどうしても遅くなってしまう。純狐はそこに勝機を見出し、できるだけスピードを落とさないように走り抜けるという作戦をとっていた。

 

「なおさら悔しいやつじゃねえか!」

 

 瀬呂は膝をついて拳を地面に叩きつける。

 

「まあ、建物への被害を抑えたという点では落月少女に勝っているからな。総合的に見たら瀬呂少年の勝ちといっても差し支えない内容だったぞ。」

 

 オールマイトの言葉に、純狐も首を縦に振る。この戦法をとる上で建物の破壊はどうしても逃れられないことであり、いかに純狐でも純化を封印された状態、かつ霊力も弾幕にしか使えない状況ではどうしようもなかった。

 

 そんな会話をしていると、他の三人も続々と到着する。見た限り原作と大差ないような展開であり、純狐は職場体験先で何もなかったことに安堵した。

 

「それじゃあ、今日の授業は終わりだ!皆、それぞれ成長していて素晴らしかったぞ!」

 

 オールマイトはそう締めると、純狐と出久だけに分かるように合図を出し、校舎に戻って行った。

 

 ちなみに原作ではこの後、峰田が女子更衣室を覗こうとして痛い目を見るのだが、今回は純狐にビビッて何もしなかったというのはまた別の話である。

 

◇  ◇  ◇

 

「……という事さ。分かってもらえたかな?」

 

 ワンフォーオールとオールフォーワンの因縁の話が終わり、オールマイトは目の前に座る二人の顔をまっすぐに見つめる。しばしの沈黙の後、最初にしゃべったのは出久であった。

 

「頑張ります……!オールマイトの頼み、何が何でも応えます!」

 

 オールマイトは出久の言葉に対し何か言いたそうであったが、それを言葉にすることはできなかった。オールマイトの心中も知っている純狐は、この場にいることに罪悪感を覚えたがどうすることも出来ないので黙っておく。

 

「……ありがとう。」

 

 出久はオールマイトのその言葉を聞くと、自分への話はここまでだと察して席を立つ。そして数分後、純狐とオールマイトのみとなった部屋で、二人の話が始まった。

 

「まあ、大体分かってますよ。純化の制限もしょうがないです。私としては特に異議はありません。しかし事情を知らない他の生徒は不満に思うかもしれませんね。」

 

「私としても突然のことでまだ何とも言えない状況なんだ。相澤君はそのあたりのことも考えてプログラムを組んでくるはずだから、そこまで心配はしていないが……、今まで通りとはいかないな。」

 

 これに関して、純狐は特に不満は無かった。純化を制限されたからといって楽しむことができなくなったわけでもない。純狐はこの世界に来て、縛りの中で楽しむすべを学んでいた。その後は、お互いの現状の説明とちょっとした世間話で二人は盛り上がる。そして、いつもの下校のチャイムが鳴る少し前に話を切り上げ、純狐は部屋を出た。

 

(これから忙しくなりそうね。ヘカーティアもここ数日は特に何もしてこないし)

 

 今頃、教師たちは私のことで盛り上がっているのだろうなあ、と他人事のように考えながら、純狐は今日の夜食の食材を思うのだった。

 




読んでいただきありがとうございました!

誤字報告ありがとうございました。物凄く助かります。


次回、林間合宿?


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期末試験 1

こんにちは!

期末試験のことすっかり忘れてました。
自分的にたくさんのキャラを同時に出したので矛盾などたくさんあると思います。

地の分多めかも。読みにくかったらごめんなさい。


 時は流れ六月最終週。期末テストが迫り、1-Aのクラスには今までにない緊張感が漂っていた。雄英の試験には演習試験もあり、それへの対策も生徒たちを困らせる一因となっている。

 

 そんな中でも、純狐はいつも通りだ。高校生くらいまでの勉強ならば、あまり焦ることは無い。演習試験に関しては、個性使用禁止となると若干不安があるが、その時はその時だと割り切っていつも通りの日々を送っていた。

 

 時折勉強を教えてほしいと頼まれることもあるが、純狐よりも八百万の方が教えるのが上手いため、負担を感じるほどの量の生徒は押し寄せてこない。八百万は大変そうだが、皆に頼られるのが嬉しいようで、意気揚々と皆の相手をしていた。

 

(戦う先生は誰かしら。私としては純化制限なしの状態で先生と戦いたいんだけど……。まあ、オールマイトや相澤先生と話す中で、できるだけ全力で戦いたいアピールはしてるからあんまりひどいことにはならないはずよね)

 

 純狐は相澤やオールマイトとの授業内のことを思い出す。どんな形で戦う事になってもいいと割り切ってはいても気になりはするし、できるなら自分の希望はかなえたい。そう考えていた純狐は、ここ一週間ほど授業内で、うまくいっても満足な顔をしないという事を行っていた。

 

 今のところ、相澤であっても純狐の表情から内面を探るという事はできていない。しかし、だからこそ彼らは、そんな純狐の表情に注目している。自分たちにも分かる程の動揺を純狐が見せれば、それは重要な情報であるという事になるからである。このことを利用しない手はない、純狐はそう考えた。

 

 実際効果もあったようで、無理に純化を制限しなくてもよいとオールマイトからは言われたりもした。彼らを騙すようなことをすることは少し心が痛んだが、楽しみを得るためには仕方の無いことであった。

 

 そんなことを考えなから一日を過ごしていると、相澤から呼び出しが入る。いつもと同じ仮眠室に放課後来てほしいとのことだ。言伝をしてくれた葉隠によると、どうやら期末試験に関係することらしい。

 

 期末試験まで約一週間というなんとも微妙なタイミング、しかもオールマイトではなく相澤からの呼び出しである。

 

「何かしら?」

 

 純狐は廊下を歩きながらいろいろなことを考える。相澤の性格からして、テスト前のこの時期に生徒の時間を自分たちの都合のために割かせるという事は考えにくいため、おそらく本当に期末試験関連の話である可能性は高い。

 

 まあ、いくら考えてもすぐに答えの出るものではない。そのため、純狐は特に何も考えず仮眠室の扉を開けた。

 

「失礼します。」

 

「ああ、突然すまんな。聞いたかもしれないが期末試験についてだ。」

 

 相澤は、無駄な話を挟むことなく話を進める。

 

「今回の期末試験の演習試験だが……、お前だけ皆とは別のものを受けてもらう事になった。詳しい内容は話せないが、純化も使ってもらうこととなる。」

 

 相澤から告げられたのは、純狐にとって願ってもないことであった。しかし気になるのは、部屋に入った時、相澤が苦虫を噛み潰したかのような表情をしていたためだ。

 

(単純なテストというわけでもなさそうね。それともそう思わせるブラフかしら。……早合点するのはダメね。どちらも、でしょう)

 

「構いませんよ。どんな内容の試験であろうとクリアして見せます。純化に関して制限とかはあるんですか?」

 

「その辺については、これから決めることもあるので話せない。不平等なことだと分かってはいるが、すまないな。」

 

 相澤はそれだけ言うと立ち上がって、用は終わりだと告げる。なんとなく嫌な予感のする純狐であったが、それと同時に面白くなりそうな予感もあった。

 

(これが私の知りえないことにつながってるかもしれない。あっちから探られるだけってのも癪だし、こっちからも探ってみようかしら?)

 

◇ ◇  ◇

 

そして演習試験当日。試験会場に集まった1-Aの生徒たちは、初めての演習試験を緊張した面持ちで待っていた。

 

「んじゃ、今から演習試験を開始する。諸事情あって例年の試験と同じとはいかない。説明は校長から受けてくれ。」

 

 相澤がそう言うと、相澤の首に巻かれた拘束用包帯から校長の根津が出てくる。その体の大きさでどうやって隠れていたのだろうか。

 

「そんなに気張ることは無い。対人戦闘・活動を見据えたものさ。というわけで諸君らには、二人一組でここにいる教師一人と戦ってもらう。」

 

 想像もつかない試験内容を言われ、生徒たちからはざわめきが起こる。そしてもう一つ、生徒たちが気になっていたことがあった。

 

「先生、落月はどうしたんですか?」

 

 そう、この場には純狐がいなかったのだ。

 

「彼女には別の試験を受けてもらう事になっていてね。まあ、していることは同じようなことさ。」

 

 根津の話を聞いた生徒たちは、皆一様に首を傾げる。同じようなことをするのであれば、別行動でなくともいいのではないのか、と。

 

「クッソ、またあいつだけ特別扱いかよ!」

 

 怒りの視線を根津にぶつける爆豪。普段から純狐の特別扱いに不満を持っていた彼であったが、このような大きな試験の場にでさえ同じ土俵に立てないことが悔しかったのだ。

 

 そしてそれは、このクラスで二番目の実力を持つ轟も同じであった。爆豪のように感情を表に出すことは無いが、その拳は爪が肉に食い込むほどに強く握られている。

 

「フフフ、悔しかったら今日の試験を突破することさ。別のことを考えながらクリアできるほど今日の試験は甘くはないよ。」

 

 悔しがる二人の様子を見て、根津はこの二人が今後ますます強くなっていくことを確信していた。いや、二人に限ったことではない。クラス全員の目の色が、根津の挑発を受けて変わっていた。

 

(こんな才能豊かな生徒たちを教育できるなんて、教師冥利に尽きるね)

 

 その後、組み分けが相澤から発表され、試験は開始の合図を迎えた。

 

◇ ◇  ◇

 

一方、一人別会場へ呼ばれた純狐は、期待していたこと以上のものを見て興奮していた。

 

「……これはこれは。」

 

 純狐の目の前にいたのは、ギャングオルカ、シンリンカムイ、エンデヴァー、ベストジーニストというトップを走るヒーローたちであった。

 

「おはよう、落月少女。今日は私たちが試験官を務めることとなる。代表は私、エンデヴァーだ。分からないことがあれば質問をしてくれ。」

 

 エンデヴァーはそこでいったん言葉を区切り、純狐から質問が無いことを確かめると、早速今日の試験内容の説明に入った。

 

「今日の試験だが、俺たちから2時間の間逃げてもらう。鬼がたくさんいるかくれんぼのようなものだと考えてくれ。会場はこの運動場ρ(ロー)だ。ここから外へ出た時点で失格となるので注意しろ。」

 

(なる程……マニュアルのリハーサルといったところか)

 

 ここまでの説明で、純狐はこの試験の意図を大体理解していた。ここまであからさまにするとは思っていなかったが、これからのことを考えると今しておくのが効果的なのだろう。

 

(鬼ごっこと言ってるけど、ヴィランを狩る時の陣形よね。それに集まっているヒーローは主に首都圏に事務所を立てている人。すぐに招集できる人材ってわけか)

 

 相手の目的が大体分かった純狐だが、分かったところで特別することは無い。逆に特別警戒などしていたら、自分がマニュアルについて知っていると暴露することになるからだ。そうなってしまえば、自分への警戒はさらに強まりできることも出来なくなってしまう。

 

「で、肝心の合格条件だが……、2時間逃げ切る、もしくは俺たち全員の拘束・無力化だ。まあ、これだけだとあまりにも難しい。だから、俺たちに捕まっても二回までは逃がしてやる。三回目でアウトだ。開始は今から十分後。それまでの隠れるも罠を張るのも自由だ。分かったか?」

 

「了解しました。」

 

 純狐はそれだけ言うと、この場から立ち去り隠れる場所を探す。その後ろ姿が見えなくなったところで、集まっていたヒーローたちの作戦会議が始まった。

 

「さて、あいつの実力はここにいる誰もが大体知っているだろう。不測の事態に備え、二人一組で行動する。組み合わせは個性の相性などの問題から、シンリンカムイとギャングオルカ、俺とベストジーニストだ。」

 

 エンデヴァーが早口でそう伝えると、皆は黙って頷く。

 

「知っての通り、あいつは“隠”への純化という認識阻害の能力も持っている。そこで、少しでも違和感があれば渡してあるスマホを見て任務の内容を思い出してくれ。拘束は主にベストジーニストの能力で行ってもらう。また、ギャングオルカが超音波で足止めしているときにシンリンカムイが拘束するという手もある。勿論、持っている拘束用ロープで縛ってもOKだ。そこは各自判断してくれ。」

 

 その後もエンデヴァーはリーダーらしく作戦を細かに伝えていく。町中に設置されている監視カメラはハッキングしてあり、すべて手元のスマホで見ることができること、探索はギャングオルカのソナーで行うこと、見つけ次第もう一つの班へ連絡を送り、挟み撃ちを心掛けることなどである。

 

「そして最後に、くれぐれも手加減はしないことだ。これはマニュアルのリハーサル。本番と同じ心構えで行ってくれ。以上、解散だ。」

 

 エンデヴァーが言い終わると、二つの班はその場から一瞬で消え去った。

 

 そして、その様子を純狐は遠くのビルの上から眺めていた。

 

「どうしようかしら。隠れて逃げ回れば比較的簡単にクリアできそうなものだけど……、面白くないわね。せっかくならヒーロー全員の無力化を目指してみましょうか。」

 

 純狐はそう呟くと、今いたビルから移動を始める。このビルは見晴らしもよく、情報収集には便利だが、ヒーローたちもここを狙ってくるという欠点もある。それに、どんなに立地のいい場所であれ、一か所に留まるのは危険な行為になるからだ。

 

 ビルから降りた純狐は、近くの物陰に隠れながら隣の建物に移動し、その中から今いたビルの屋上を見張る。こうしていれば誰かそこへ来ると踏んでの行動であったが、数分経っても誰も来ず、純狐は移動を余儀なくされた。

 

(怖いほど動きが無いわね……。ギャングオルカのソナーとベストジーニストの個性を使いまくって場所を潰して言ってるのかしら。いや、さすがにそんな非効率的なことは……)

 

 その時、純狐はふと近くにあった蛇口から水がちょろちょろと出ていることに気づいた。そして、気付いたときには遅かった。

 

 弱力水が垂れていることに気づいた次の瞬間、蛇口から大量の植物の枝が現れ、部屋を埋め尽くす。

 

(くっ、水道管をたどってきていたのか!)

 

 どうしてこんなに正確に攻撃を打ち込んできたのか気になりはしたが、そんなことを考えている暇はなかった。このままだと確実に拘束されてしまうため、純狐は急いで部屋の植物を枯らし尽くし、部屋から脱出する。

 

 だが、このまま逃げ切ることはできないだろうと純狐は確信していた。シンリンカムイの能力を使えば、純狐の近くの水道管から植物を出して足止めを行う事が簡単にできるからだ。

 

(驚いたわね。だけど、これだけで捕まる程私も弱くは無いわよ)

 

 後ろから迫る植物の枝から逃げながら、純狐は水道管を壁から抉り出して“寒”に純化した。それによって、建物に張り巡らされた水道管内の水はすべて凍り付き、水道管が破裂する。

 

 が、それはシンリンカムイチームが狙っていたことであった。シンリンカムイの個性から逃れるため純狐がいったん動きを落として何かする時、そこにギャングオルカが強襲をかける作戦だったのだ。

 

(決まった……!)

 

 ギャングオルカが純狐の場所を特定し建物に飛び込んでいったとき、シンリンカムイはそう確信する。実際、純狐も最初に二人一組で行動すると分かっていなければ、捕まりはしなくとも足止めは食らっていただろう。

 

 シンリンカムイの攻撃が来た時からギャングオルカのことを警戒していた純狐は、上から物音がした瞬間に足を踏み鳴らして建物の下の階に移動した。それによって、ギャングオルカの超音波攻撃は外れ、強襲は失敗する。

 

 だが、彼らはプロ。作戦が失敗した時のプランをこの短時間でいくつか考えていた。強襲の失敗を察すると、ギャングオルカは直ちに建物から離れ、シンリンカムイが建物全体を樹木で覆いつくす。

 

「シンリンカムイ。中で動きはあるか?」

 

「今のところ無……!」

 

 言葉を言い終わる直前、シンリンカムイは今までに感じたことのない感覚に襲われる。純狐が樹木の一部を生命力に純化し、一時的にシンリンカムイの個性を暴走させたのだ。シンリンカムイはそれのせいで純狐に対する警戒を一瞬だけ緩めてしまい、その隙に純狐は樹木の一部に穴を開けて建物の外に逃れた。

 

「ッつ!すいません!すぐ追跡を……!」

 

「いや、焦るな。いったん引くぞ。」

 

 ギャングオルカは、焦って深追いをしようとするシンリンカムイの肩に手を置いて落ち着かせ、速やかに撤退する。この二人を追跡するか迷った純狐だったが、場所がばれてしまった今、近くにいるのは得策ではないと考え、潜伏場所の探索を優先することにした。

 

 だが、このまま逃げられるのも癪である。そう思った純狐は、逃げる二人に向かって強化した拳を一振りする。それによって大きな音と光が起こるが、二人との距離はすでに50メートルほどあり、攻撃が届く距離ではない。

 

 シンリンカムイは、そんな純狐の意味不明な行動に首を傾げるが、隣にいたギャングオルカはそうではなかった。純狐の攻撃音が聞こえたかと思うと急にふらつきだし、その場に倒れ込んでしまう。不可解な状況に混乱するシンリンカムイだが、とりあえず決めていた撤退場所までギャングオルカを連れて駆け込んだ。

 

「ギャングオルカさん!大丈夫ですか!?」

 

「あの野郎……、やってくれたな。」

 

 ギャングオルカは何とか立ち上がろうとするものの、ふらついてまともに立つことはできなかった。シンリンカムはその状況をエンデヴァーたちに知らせ、ギャングオルカに水を渡す。

 

「超音波だ……」

 

 もらった水を乱暴に頭に掛けながら、ギャングオルカは何をされたか説明する。

 

「俺が音波を利用することは知ってるよな。俺はその音波を受信する機関が発達している。それが仇になった。おそらくあいつは拳を振るった後、俺に向かっている音を超音波に純化したんだ。とんでもない難易度のことを平然とやってのけやがった。」

 

 ギャングオルカは悔しそうに下顎の感覚器官を撫でる。こうなってしまえば、おそらく一時間はソナーを使った探索も不可能だろう。

 

『シンリンカムイ、ギャングオルカ。お前たちはそこで待機だ。ギャングオルカの体調が回復したらまた知らせてくれ。奴はまだそこまで遠くに移動はしてないはずだ。俺たちが追跡する。』

 

 エンデヴァーの指示を聞き、通信機を耳から離したシンリンカムイは何もできない自分にイラつきを募らせる。シンリンカムイの個性【樹木】は炎を使うエンデヴァーの個性と相性が悪く、一緒に行動することができない。一人で行動するにも自分一人では純狐を拘束するには力不足であることも理解していた。しかし、いくら後悔してもどうしようもない。二人は純狐に対する警戒をさらに引き上げ、作戦を練り直していった。

 

 その頃、何とか逃げることに成功した純狐は、安全だと思った場所が何故すぐにばれたのかすでにあたりを付けていた。

 

「十中八九、監視カメラでしょうね。なるべく避けていきましょう。」

 

 純狐はそう考え、監視カメラの死角を縫うように移動していく。地下道に逃れることも考えたが、それはあちらも考えているだろうと考え、あえて地上を進むことにした。とはいえ、この運動場ρは監視カメラも多い。そのすべてから逃れることはほぼ不可能である。

 

「時間稼ぎにしかならないけど“隠”への純化を使いましょう。」

 

 ブロックとブロックを分ける大通りに差し掛かり、周りを警戒しながら“隠”への純化をする。これでしばらくは安全に動けると思っていた純孤だったが、純狐が隠への純化を行った瞬間、周りの気温が急激に上がり、近くのマンホールから炎が吹きあがった。

 

 エンデヴァーたちが近くにいることを察した純狐は急いでその場から飛び退き、“隠”への純化を解除して全速力で物陰に身を隠す。そして、エンデヴァーたちが自分を見つけにくいようにと大きな竜巻を三つほど、ばらばらの方向に発生させた。

 

「やっぱり地下にいたのか。おそらく違和感を感じた瞬間に怪しい方向へ無差別攻撃したわね。無茶するわ。」

 

 試験終了まで約1時間半。純狐はプロの手ごわさを実感しつつ、どう攻めに転じるか考え始めた。




読んでいただきありがとうございます!

運動場ρは適当に考えて作りました。札幌を小さくしたような町を想像してます。


次回、期末試験の続き


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期末試験 2

こんにちは!

申し訳ない、更新が遅れてしまいました……。
理由としてはリアルの忙しさもありますが、身の丈に合わない文章を書こうとしてたからです……。


戦闘シーンは本当に無理ですねぇ。



「……どうですか、エンデヴァー。」

 

「避けられた。あれに当たるようなら興ざめだがな。」

 

 下水道を移動していたエンデヴァーとベストジーニストは地上で吹き荒れる風の音を聞きながら純狐のこれからの行動を予測する。

 

「先程の俺の攻撃で、あいつは“隠”への純化を控えるだろう。逆に、使ったとすれば、それは俺たちの場所がばれている、もしくはこちらの攻撃を誘う罠だと考えられる。まあ、あいつのことだ、そこまで楽しみを捨てるようなやり方もしないだろう。」

 

「分かりました。おそらく落月は……ここあたりですかね。」

 

 ベストジーニストは、監視カメラの壊れ方やエンデヴァーの攻撃した範囲などから純狐の隠れている場所にあたりを付ける。この街の監視カメラは色々と計算されて設置されており、監視カメラに映らないように移動すると、自然にいくつかの事前に想定された場所に誘い込まれるようになっているのだ。ベストジーニストはこの仕組みを使う事で純狐の次の移動場所を予測していた。

 

「しかし、落月はかなり警戒してるようですね。もっとガンガン攻めてくると思っていたのですが。」

 

 体育祭やUSJ、最近のステイン戦のことを聞いていたベストジーニストは、いつもとは違う純狐の行動に警戒を強める。エンデヴァーも感じていることは同じだったようで、地上に上がりながら理由を考えていた。

 

「この試験がただの試験以上の意味を含んでいることも感づいているだろう。それを踏まえてあまり派手に動かずこちらを探っているのかもしれんな。……よし、周囲に人影無し。出るぞ。」

 

 会話をしながら周囲のクリアリングを済ませた二人は、マンホールから出てすぐに駆け出し、近くの建物に身を隠す。

 

「見えた、あそこにいるぞ。」

 

 エンデヴァーが指さした先には、周りを窺いながらビルの中を移動する純狐がいた。二人の読み通り、移動してからすぐに別の場所へ移動するという事はせず、いったん立ち止まって作戦を練っていたようだ。

 

「エンデヴァー。落月のスピードが上がりました。このままだと追跡できませんが……追いかけますか?」

 

「ちッ、あまりしたくなかったが、足止めに向かうぞ。」

 

 エンデヴァーは能力の底が見えない純狐を確実に捕えるために4人揃ってから攻撃を仕掛けるつもりであった。しかし今回純狐は逃げに回っているため、いざ探すとなると時間がかかりすぎてしまう可能性がある。

 

 多くの体力を消耗するが、できるだけ純狐を自分たちの監視下に置いておくか、体力を温存して後半の探索での早期発見に賭けるか。この二つを比べ、エンデヴァーは前者を選んだ。

 

「ベストジーニスト、お前はできるだけ姿を見せるな。俺がヤバそうなときは援護しろ。繰り返すがこれは足止めだ。あいつが逃げる方向を見失うな。」

 

「了解です。あなたがヤバくなった時とか考えたくないですけどね。」

 

 短く言葉を交わすと、エンデヴァーは背中から炎を噴き出して移動する純狐の目の前に回り込んだ。ベストジーニストはそれから少し遅れて戦いの邪魔にならないようなところへ移動する。

 

「あなたの方から来てくれるとは思いませんでしたよ。」

 

 いきなり目の前に現れたエンデヴァーに対し、純狐はあくまで冷静に対応する。

 

「お前は俺たちがこうすると分かって移動速度を速めたのだろう?」

 

「さてどうでしょうか。」

 

 正直なところ、純狐はエンデヴァーたちとまともに顔を合わせることは避けたかった。移動速度を速めたのは、終盤の全面戦闘の準備に時間を割きたかったからだ。

 

(面倒ね。ここでまともに足止めを食らうわけにはいかないけど……すでにベストジーニストがこの辺りの逃げ道に細い繊維を張ってるし、空中での機動性はエンデヴァーの方が高い)

 

 “速”への純化で戦闘をせずに移動しようと考えていた純孤だったが、予想以上の速さで繊維の結界が完成したのでそれができなかった。“速”への純化は、見た目は瞬間移動であるが、そこへ移動するという過程は存在する。つまり、その状態で繊維の結界を抜けると、抜けた頃にはサイコロステーキ先輩のようになってしまうというわけだ。“斬”への純化で繊維を切るという手もあるが、“斬”への純化はかなり集中力を要する。そのため、エンデヴァーがその隙に攻撃してくると対処できなくなる可能性が高く、今行うにはリスクが高すぎた。

 

(隙を見て……いや、この二人に隙を期待するのは良くないわね。何とかして隙を作らないと。でも今後のことを考えるとできるだけ直接攻撃は避けたい。難しいけどするしかないわね)

 

「来ないのか?ではこちらから行くぞ。」

 

 純狐に準備させる時間を与えまいと、エンデヴァーは牽制の炎を飛ばす。純狐はその炎を弾き返すと、それに紛れてエンデヴァーに近づき、足元を軟化させた。

 

 生半可な相手であればこれで決まっていてもおかしくないタイミングでの反撃。だが、エンデヴァーは純狐の攻撃が届く前に純狐の後ろに回り込んでいた。

 

 エンデヴァーが後ろにいることが分かった瞬間、純狐はそこで風を発生させ、自分ごとエンデヴァーを弾き飛ばす。そして弾き跳んだ先の空間に足場を生成し、地面を這うように迫る炎をすんでのところで回避した。

 

 紅蓮の炎に包まれたアスファルトはその一部が赤くなって石油の匂いが周囲に充満する。アスファルトの解ける温度はそこまで高くないとはいえ、掠っただけでここまで加熱されるのは十分驚異となりえる。

 

「火力高すぎませんか?死にますよ、私。」

 

「お前がいつも振るっている強化した手から出る熱はこんなものではないと聞いているが?」

 

 エンデヴァーはいつもの強面ではなく、挑戦的な笑みを浮かべて純狐を見る。

 

「いや、普段使う分にはそこまでなりませんよ。」

 

 足場を解除するとともに足元に氷を作る純狐。その氷の板は、足場としての役割を得る前にエンデヴァーに向かって蹴りだされ、純狐から放たれた光を乱反射させるための道具となる。少し目がくらんだエンデヴァーであったが、個性柄、光に対しての耐性があるため、それが致命的な隙になることは無い。

 

 迫りくる氷を薙ぎ払った炎はその勢いを落とすことなく、上空に跳ぼうとしていた純狐の頭上を覆うように展開される。だが、純狐はその炎の壁を強化した拳の風圧で突き破り、繊維の結界が薄い上空に飛び出した。

 

 急いでその部分に繊維を回すベストジーニストだが、その周辺の空間が無重力になっていたことで感覚が狂って繊維をうまく扱うことができない。異変を感じたエンデヴァーが炎を飛ばす頃には、さらに加速した純狐は結界から脱出していた。

 

「くッ、すいませんエンデヴァー!追いかけますか?」

 

 ダメ押しと言わんばかりに水蒸気の煙幕で姿を隠しながら逃げる純狐の影を追いながら、ベストジーニストはエンデヴァーの指示を仰ぐ。

 

「いや、いい。これ以上の体力消耗は避けたいからな。それに、あいつの戦闘力も図ることができた。作戦通り、ラストに賭けるぞ。」

 

 エンデヴァーは物陰から出てきたベストジーニストにそう言うと、すぐに監視カメラの映像を確認し始めた。だが、やはり監視カメラに純狐の姿は映っていない。

 

 つまり純狐は、あれだけ戦ったにもかかわらず、監視カメラの位置を把握して移動しているという事だ。体育祭の第一種目を見るに、純狐の体力は驚異的ではあるが爆豪ほどではない、というヒーローたちの考えはここで訂正を余儀なくされる。それと同時に、やはりあの爆発、そしてブラックボックス内での何かが純狐の限界に大きく関係していることがほぼ確定した。

 

「ギャングオルカ組の復帰まで10分弱ですか……。落月の向かった方向からして最終決戦の場所は中央のタワー付近ですかね。」

 

 ベストジーニストは500メートル程離れた場所にある50メートル級のタワーを見る。

 

「よし、それじゃあ上空などに注意しつつギャングオルカたちの合流を待つぞ。」

 

 ベストジーニストの話を聞き、いつも通りの硬い表情で頷くエンデヴァー。そして、これからの大まかな動きをギャングオルカたちに伝えると、近くのベンチに座って体力の回復に専念する。

 

 そして数分後、ギャングオルカから無線が入り、いつでも動ける状態にあることと、やはり純狐が中央の方にいるらしいという情報が入った。

 

「よし、それでは中央に向かうぞ。ギャングオルカたちも別の通路から向かっている。あいつが準備する時間は5分程度しかなかったはずだが、それでも十分に注意しろ。ギャングオルカによると中央でかなり大きな動きがあるようだ。あいつが何らしかの工作をしているせいで詳細は分からないが、何か気づいたことがあればすぐに伝えてくれ。」

 

 エンデヴァーは早口で話しながら体に炎を纏って中央の方に走り出し、ベストジーニストはその後を追う。

 

 そして、中央への道のりも残り半分となった頃、最初の変化が起きる。最初にそれに気づいたのは純狐のいる方向に特別警戒していたギャングオルカだった。

 

「シンリンカムイ、樹木を展開しておけ。来るぞ。」

 

 シンリンカムイは樹木を直ちに展開したのち、ギャングオルカの視線の先、タワーの頂上付近を見上げる。そこにいたのは、巨大な鉄骨を両手に抱え、投擲のポーズをとっている純狐であった。

 

碁盤の目のような街を意識して作ってあるこの運動場ρは、その形状のため移動経路がほぼ直線である。つまり、相手がどの道路にいるか一瞬でも見れば、その後の移動ルートも大体予想がついてしまう。これは、ヒーローたちが追跡の際に役立てていた特徴であったが、今回はそれを逆手に取られ、超遠距離の攻撃を許してしまっていた。

 

「くッ!」

 

 純狐の投げた鉄骨が一つ、シンリンカムイから少し離れたところに落下する。あてずっぽうな攻撃であるため避けるのは簡単だが、探索に集中したいギャングオルカにとってこの轟音はかなり迷惑である。

 

 一方、エンデヴァー組の方にも純狐の投げた鉄骨は跳んできていた。しかし、脳無の攻撃さえも退ける力のあるエンデヴァーにとってその程度は負担にはならない。

 

 飛んできた鉄骨を炎も使わずに軌道を逸らし、後ろのベストジーニストにも瓦礫が当たらない場所に飛ばす。そして、次の鉄骨を投げる準備をしている純狐に向かって一点に集中させた炎を火炎放射のように放出した。

 

 大火力の炎は、純狐のいる場所を飲み込む勢いで突き進んでいく。純狐はその炎を水に包み込むことで対処するが、その炎は水に包まれたと同時に膨れ上がり、タワーごと純狐を焼き払った。

 

一瞬で水蒸気に包まれたタワーの頂上付近。純狐も少なくないダメージを負ったはずだと思われたが、その予想は外れ、爆発のダメージを最低限に抑えた純狐の姿が霧の中から現れる。そして、お返しとばかりにさっきの2倍はあるだろう鉄骨を、今度はしっかりと狙ってエンデヴァーに投げつけた。

 

 今度こそ炎を使ってその鉄骨の軌道をずらそうとするエンデヴァー。だが、鉄骨の跳んでくるスピードとパイプ状の形状から何か仕込まれていると感づき避けるだけにとどまった。

 

 エンデヴァーのすぐ横を通り過ぎた鉄骨は、その大きさに似合わない軽い音を立てて地面に突き刺さる。突き刺さった拍子に空いた穴からは、シュー、という音を立てて気体が噴き出した。

 

「はは、水素か!」

 

 近くの焼け残りによって爆発した気体と水滴を見てエンデヴァーは高笑いをする。これをまともに受けていれば、エンデヴァー自身は良くとも後ろのベストジーニストに大きな被害が及んだのは想像に難くない。

 

そんな妨害を受けつつも、ヒーローたちは足を止めることなく中央に向かって疾走する。

 

 そしてついに、4人は真ん中にタワーのある中央の大きな広場に集結した。

 

◇ ◇  ◇

 

 時間は少し巻き戻り、純狐がエンデヴァーたちから逃げ出した後のこと。予想以上に時間を奪われてしまった純狐は急いで中央の方へ向かっていた。

 

(積極的に攻撃しないこと前提だとさすがに厳しいわね。まあ、あのヒーローたちが私の大振りの攻撃を避けられないとは思わないけど)

 

 そんなことを考えているうちに中央に来た純狐は、時間も無いので早速準備に入る。

 

(さっきの様子を見るに、あれはあくまで足止め。あちらも私を舐めてはいないという事でしょう。となると、ギャングオルカたちが復活するのを待って、万全の状態で攻勢に出てくるはず)

 

 両足を強化して縦横無尽に駆け回りながら準備を終えていく純狐。ヒーローたちが純狐を舐めていないように、純狐もヒーローたちを舐めてはいない。彼らがどんな作戦を立ててきても策中に誘い込むことができるようにより大規模な仕掛けを展開していく。

 

「はぁ、さすがに疲れるわ。細部をもう少し調整する必要がありそうだけど、いったん彼らの様子でも確かめましょうか。」

 

 地面に薄い氷の幕を張り、所々に氷柱を設置してギャングオルカのソナー探索を妨害する準備まで終えた純狐は、タワーに上ってあたりを見渡す。そこで見えたのは、こちらへ全速力で向かってくるエンデヴァーたちだった。

 

「早いよ……、ギャングオルカが離脱してからまだ30分くらいだよね。あれだけ優れた感覚器官を持っていたら1時間は倒れてると思ったんだけどなぁ。流石、プロヒーローと言ったところかしら。」

 

 言いたいことはまだいくつもあったが、いくら愚痴を言っても危機的な状況は変わらない。仕方がないので、あちらの体力を少しでも削ろうとタワーの鉄骨の一部を切り取って投げつけることにする。

 

(どうせ、あちらも私が直接攻撃してこない理由は分かっているのでしょう。なら、もういいか。出し惜しみしていて勝てる相手ではないし)

 

 そう考え、純狐は双方へ第一投を投げつけるのだった。

 

◇ ◇  ◇

 

開戦の合図は無かった。中央に着いたと同時にエンデヴァーが地を這うように炎を展開し氷を解かす。その炎に交じり、他の三人は攻撃を仕掛けた。

 

 シンリンカムイは純化範囲外から樹木を伸ばし、ギャングオルカは音波攻撃、そしてベストジーニストは繊維を伸ばし、純狐を直接束縛しにかかる。三人の攻撃はどれも音速レベルであり、避けようと思って避けられるものではない。

 

 しかし、三人の攻撃は突如膨れ上がった炎に焼き払われた。決してエンデヴァーが失敗したわけではなく、純狐が空気を純化することで発生させた酸素によるものである。

 

 そんな目の前の爆炎を突き破り現れたのは、全身を燃え滾らせたエンデヴァーであった。純狐はそのエンデヴァーの前に壁を張り何とか弾き飛ばすと、後ろから迫っていたギャングオルカの脇腹に回し蹴りを叩き込む。さらに、自分を閉じ込めようとしていた樹木の隙間から飛び出し、そこに仕掛けてあった繊維もろとも風で吹き飛ばした。その破壊力は凄まじく、離れた場所の窓ガラスが嫌な音を立ててはじけ飛ぶ。

 

 そして戦闘の舞台は一時上空へ。飛び出した純狐が次に見たものは、下から迫りくる炎の渦だった。純狐はそれを足元に水を生み出して受け止め、その水を瞬時に氷に変化させて下に蹴りつける。その氷の弾丸の間を縫うように迫る繊維と樹木の攻撃を“縺”に純化することで互いにもつれさせ、強化させた拳を空振りすることで音波の対策もしておいた。

 

 ここまで攻撃を凌いでいる純狐だが、このままでは分が悪い。そのため、体への負担は大きいが“速”への純化を使っていったん身を引き、再びタワーの上部へ移動する。

 

 勿論、ただ移動するだけではヒーローたちの攻撃を止めることはできない。移動はあくまで一呼吸置くためだ。このためだけに奥の手の一つである“速”への純化を切ることは痛いが、そうでもしなければこの4人の包囲から逃れることさえできない。

 

 タワーに着き、一呼吸置いた純狐はすぐに跳び上がって下方へ向かってラッシュを繰り出す。攻撃は最大の防御であるとはよく言ったもので、純狐の拳が生み出す膨大な熱、光そして風はヒーローたちを引かせるには充分であった。

 

 しかし、当たり前かのようにノーダメージ。グミ撃ちでは当たる気さえ起こさせてはくれない。あくまで反撃の隙を奪っているだけだ。そして、こんな無理なラッシュをいつまでも続けることはできない。

 

 タワーの近くに降りた純狐は、再び総攻撃を仕掛けようとしているヒーローたちを一人一人睨み、手をまっすぐに空へ向けた。ヒーローたちは無意識にその手に注目を集める。

 

 しかし、それがブラフであることに彼らはすぐに気づかされた。背後から迫る轟音。彼らが振り向いた先に見えたのは、自分たちの方に落ちてくる無数の瓦礫だった。

 

 これが純狐の仕掛けた罠の一つである。建物に無数の傷をつけておき、何らかの拍子に崩れるようにしていたのだ。

 

 普通であればいったん引いて距離を開ける状況だが、この手の攻撃への対処はシンリンカムイが得意としている。瞬時に展開された樹木は、降り注ぐ瓦礫を絡めとり、その速さを維持したまま純狐にも襲い掛かる。それに合わせ、他の三人も攻撃に転じた。

 

 さすがの純狐もこの攻撃を完璧に捌き切ることはできないため、自分の周りを壁で囲って守りを固める。それに対し、エンデヴァーはその壁の周囲を炎で包む。急激に温度の上がる壁の内側に閉じ込められる形となった純狐は、すぐに壁を解除すると霊力を使って爆発を起こし、状況を再びリセットした。霊力を使ってしまったのは痛いが、あの限られた空間内で風の爆発を使えば、怪我を負い、より状況が悪くなっていた恐れがある為、霊力を使う他無かったのだ。

 

 体育祭で見たものと同じような爆発を見せられたヒーローたちは攻撃を止め、純狐の動きに注意を向ける。

 

「やっと使ったな。それの原理はまだ分からんが、お前の体力はその不思議な力に関係しているらしい。………そろそろ終わらせるぞ。」

 

 肩を上下させ、あからさまに疲れた様子を見せる純狐に対し、四人はこの戦闘で最大の警戒を見せる。純狐も倒れているタワーから大きな鉄骨を取り、四人を迎え撃つ準備はできていると言わんばかりであった。

 

そして両者はほぼ同時に行動を起こす。万全の状態であるヒーローたちからの攻撃。それに対し純狐がとった行動は……地面に鉄骨を突き立てるという事であった。

 

 一見、何かしようとして失敗したようにも思える光景。だが、変化はすぐに表れた。

 

「何!?」

 

 周囲に響く轟音。ぶれる視界。何が起こったか分かるに時間はかからなかった。中央の広場ほぼすべての地面が純狐のいた地点を中心に陥没したのだ。

 

 勿論、これは偶然なんかではない。純狐が仕掛けていた罠の二つ目にして最大のものである。

 

 エンデヴァーたちから逃れ中央に到着した純狐は、すぐさま地下に潜り、砂に純化した土を近くの下水道に流し込むことで大きな空洞を作った。普通に考えれば5分程度でできる作業ではないが、風やその他純化を活用することで為し得た。

 

 しかしこのままだと、ヒーローたちの到着を待たずに地面は崩落してしまう。そこで純狐は、支えとなる柱を氷で作った。専門的な土木工事の知識が無いのでかなり乱雑な造りであったが、どうせ崩落させるので持続性などを求める必要はない。

 

 氷で柱を作ることにも意味がある。地上での、主にエンデヴァーとの戦闘により温度が上昇することで氷が少しずつ解け脆くなることで崩落しないという事故を防ぎ、さらに落ちてきたエンデヴァーの戦力を泥水で削ぐというものだ。

 

 そして今、最高に近いタイミングでその仕掛けは発動された。足場が崩れることでヒーローたちの攻撃は外れ、泥水だらけの地下に落とされる。

 

 いかにプロヒーローとはいえ、さすがにここまでの事態は想定していなかったため、判断に僅かな時間が生じてしまう。

 

 だが、判断が遅れはコンマ数秒である。地面の陥没に巻き込まれたことを理解すると、炎のジェット、樹木、泥水を泳ぎ加速してジャンプするなど、各々の方法で地下から脱出する。

 

 しかし、それすらも純狐の想定内だ。純狐がここまで大規模な罠を仕掛けてまで狙っていたのは一人、ベストジーニストだけだった。

 

 ベストジーニストはこの中で唯一、純狐を反撃不能にして完全に拘束できる可能性がある。この点において、純狐は、エンデヴァーやギャングオルカ、シンリンカムイの高い戦闘力よりベストジーニストを警戒していた。

 

 繊維と高い身体能力を使い、他の三人とほぼ同じ速さで穴を上るベストジーニストに、純狐は“速”への純化で回り込むと、意識を刈り取るため首裏を叩く。だが、首を叩こうとしたその手は肌に触れる前に繊維で拘束され、動かすことができなくなった。

 

 仕方がないので、純狐はベストジーニストの頭を強く叩くことで気絶させ、向かってくるエンデヴァーたちの攻撃が届く前に“速”への純化で戦線を離脱した。

 

「クソッ、してやられた!ここからは一人行動だ!三方向に分かれるぞ!奴の疲労が溜まっているのは確かだ。見つけ次第、救助優先で動け。」

 

 エンデヴァーが指示を飛ばし、三人はそれぞれ別方向を探索する。だが、四人でも見つけるのに苦労した純狐が本気で逃げに回ったとなると姿を捉えるだけでも不可能に近い。また、見つけたとしてもベストジーニストという問答無用の拘束手段を失ったヒーローたちが純狐を捕まえるのはかなり厳しいだろう。

 

 そしてついに、その後一度も純狐を見つけることができないまま試験は終了した。

 

 




読んでくださりありがとうございます!

はい、修正は随時していく予定です。
そもそも2~3人の同時戦闘でも手いっぱいだったのに、何で過去の自分は5人の戦闘なんか書こうと思ったんですかね。不思議ですねぇ~。

次回、期末試験後?


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期末試験後

こんばんは!

待っててくれた皆さん(いるのかな?)お待たせしましたぁ!
やっとそれなりにかけたので出せます。

クリスマスはバイト仲間と一緒でした。あったけぇな……。



「はい、じゃあ始めますか。エンデヴァーさん、試験で気付いたことについて改めてよろしくお願いします。」

 

 もはやイベント後の恒例行事となりつつある純狐についての報告会がいつもの会議室で開かれる。今日、その場に呼ばれたエンデヴァーは、スライドを用意して手元の資料を確認しながら話し始めた。

 

 まず話されたのは、純狐はヒーローたちが自分を疑っていることに気づいている可能性がかなり高いという事だ。これについては教員たちもなんとなく気付いていたことであり、今後、あまり純狐を試すようなことを控えるという事となった。

 

 二つ目は、戦闘についてのことである。純狐の戦闘能力はヒーローたちが考えているもの以上であった。判断力、分析力、敵に罠を悟らせない立ち回り、どれをとっても一級品である。また、体力面においても予想を大きく超えており、それと同時に、例の爆発との体力の関係がほぼ確定となった。これは本人に直接聞いてみるしかないが、今までの様子を見ていると話してくれる可能性は低いし、そもそも彼女自身理解しているのかどうかも分からない。

 

 エンデヴァーの話はここまでである。そして、この話を受けて13号が疑問を呈したのが、戦闘能力に対する救助能力の低さであった。救助の授業でも純狐が優秀なことに変わりはないが、戦闘力と比べるとかなり劣っている。

 

 やはり、過去に何かあり、それが戦闘能力を鍛える要因になっているのではないか、と教員たちは予測する。最も可能性が高いのは、やはり両親を亡くしたという事やヴィランに襲われたという事からくるものだろうと推測された。

 

「確か、落月さんの両親は彼女の個性を隠蔽しようとしてたんですよね。」

 

 十三号は丁寧に手を挙げて、相澤の方を見る。

 

「そうなると、ご両親が亡くなった後は、神獄さんが秘密のまま守っていたという事なのかしら?」

 

「……それが分からない。落月の両親が本当に亡くなっているかどうかも確かめようがないんだ。」

 

 ミッドナイトの出した疑問に相澤が反応する。そもそも、純狐の両親が亡くなったのはかなり前だとされており、それが本当だとすれば疑うべきは両親よりも、やはり神獄の方となる。そして、ここにはもう一つ問題が内包されている。純狐の両親の死が本当だとするならば、人二人分の死をここまで隠し通せた者がいるという事になるのだ。そうなると、やはり怪しいのは落月神獄、という事になってくる。

 

「やはり一度家庭訪問でもしてみた方がいいんじゃないか?神獄さんが来るにしても来ないにしても、収穫はあると思うぜ。」

 

 会議の長引きそうな雰囲気に嫌気がさしたプレゼントマイクは、背もたれに寄り掛かりながら一番手っ取り早そうな解決策を出す。家庭訪問はこの場にいる全員が思っていたことであったが、純狐への干渉を控えると決めた手前、積極的に取りたい手段ではない。だが、このまま会議室で悩んでいても答えが見つかる問題ではないことも確かだ。そこで、相澤とオールマイトが純狐に直接尋ねてみることとなった。

 

 そして、会議は次のステインの取り調べの話題に移る。

 

「えー、ステインですが……、まあ、ある程度のことは話してくれるんですが、一線は超えませんね。ヴィラン連合については話してくれませんし、落月とのことについてもあまり詳しくは分かりません。」

 

 ステインについて分かったのは、強すぎる正義感故に行動を過激な方向へ移してしまったという事だった。すでに警察などの組織に担当が移っているのでヒーローたちが積極的にステインの取り調べを行うことができないのがじれったい。

 

「私は面会に行っただけですが、心なしか依然の彼よりも表情は穏やかでした。落月のことについて聞いたとは何か遠くを見るような感じでしたが……。」

 

「ステインねぇ……、落月に何話したか聞いたら答えてくれはしたけど、特に気になる点は無かったからなぁ。」

 

「何か同調したところでもあったのでしょうか。もしあったとすれば、何でしょうね?怒りか、恨みか、正義感か……。」

 

 様々な憶測が飛び交うが、証拠も無いので結論が出ることも無い。この同調したものが分かれば純狐のことをより理解できそうな予感がしていた教員たちは、情報が少なすぎることに落胆するが、この話題についてグダグダとしている時間は無いので最後の話題に移ることとなった。

 

 最後の話題は、職場体験中に純狐を襲った脳無のことについてである。まず、論点に上がったのは、何故純狐だけを執拗に狙ったのかという事だった。保須市で同時多発的に起こった脳無の出現になるべく純狐を関わらせたくなかったのか、ステインに合わせたくなかったのか、様々な意見が出るがやはりこれといった根拠がない。

 

 保須市でヴィラン連合が暴れた理由としては、おそらく世間の注目を集めて仲間を増やすという事であったというのが分かっている。それなのに何故、他三体の脳無を合わせても余りある破壊力を持つ脳無を純狐にぶつけたのか。

 

 これが、純狐がプロヒーローであったのなら納得はいく。プロヒーローは特に制約なくヴィランを捕まえるために全力を出せるからだ。しかし、純狐はあくまで学生であり、公共の場で個性を好きに使うことはできない。つまり、普通わざわざ足止めせずとも問題ないのである。

 

 今一番有力視されているのは、ヒーローたちが行ったように、ヴィラン連合が純狐の実力を計ったという線だ。もしこれが当たっているとすると、ヴィラン連合はヒーローたちと同等、もしくはそれ以上の情報を握っている可能性が出てくるのであまり信じたくはない説だが、説得力は最も高い。

 

 もう一つ気になる情報として、脳無の検査をした結果現在見つかっていない物質が血液から見つかったという情報もあったが、それは教員たちの管轄ではないのであまり注目はされなかった。

 

「報告は以上ですかね。それでは、今日は解散という事で。相澤先生とオールマイトは落月さんの家庭訪問の件よろしくお願いします。」

 

 ミッドナイトがそう言うと、会議はお開きとなり、各々が仕事に戻って行く。その内の一人であるオールマイトは、残した仕事を片付ける前に仮眠を取ろうと仮眠室に向かった。仮眠室に着いたオールマイトはそのまま仮眠を取ろうとしたが、ある気がかりがあり、いつものようにすぐに寝付くことができない。

 

(脳無の性能、そして未知の物質……たとえオールフォーワンが関わっているとしてもあれだけのものが生み出せるのか?もし生み出すことができたとしても、落月少女だけのために使うだろうか)

 

 いくらオールフォーワンとは言え、ここまで常識外れのことができるとは思えないのだ。それは、実際オールフォーワンの理不尽さを味わったオールマイトだからこそ抱けた感想であった。

 

(だが、奴でなければ一体誰が……奴以上の技術力を持つ協力者でもいるのだろうか。考えたくない可能性だな。あのレベルの脳無を量産できる体制にあるとしたら対抗手段が無い。せめて私が自由に力を使えたなら……いや、こんなところで理想を語っても無意味だな)

 

 トゥルーフォームとなり、ただでさえ深いしわをさらに深くするオールマイト。おそらくこのことについて考えているのはオールマイトだけではないだろう。オールマイトは自分のことを頭がいいとは思っていないが、ことオールフォーワンに関しては自分以上に考察できる者がいるとは思えなかった。

 

(久しぶりに、サーに連絡でも取ってみるかな。正直、私だけでは身に余る課題だ)

 

 優秀なサイドキックの顔を思い浮かべたオールマイトは、ソファーに深くもたれかかる。少しリラックスしたからだろうか、目を閉じたオールマイトの頭の中にある一つの考えが浮かんだ。

 

(そう言えば……前の会議でブラドキングが何か言っていたな。確か“神”だったか。不確定情報だがその神とやらが関わっている可能性はあるな。今回の資料にも最後の方に小さく載っていたっけ)

 

 オールマイトは眠りかけていた頭を覚醒させて机の上に置いた資料に手を伸ばす。そして、最後のプリントの下部に書かれた小さな記事に目を向けた。

 

「えーと、ああ、今回はあの警察官からの情報提供なのか。何々……うん?神は三体いる可能性大だと?」

 

 あまり強調されていない部分だったため読み飛ばしていたが、そこに書いてあったのは想像を超える内容であった。そもそも警察はこの情報をどこから手に入れたのだろうかという疑問も浮かんだが、それ以上に神という存在の再確認とそれが三人もいるという事がオールマイトを驚かせる。

 

「何を根拠に三人と言っているのだろうか。せめて写真でもあれば……。」

 

 一度気持ちを落ち着かせたオールマイトは、様々な可能性を考えてみる。だが、今持つ情報では考察どころか妄想さえできない。

 

「ふぅ、やはり、サーに頼った方がいいか。」

 

 そろそろ休まないと時間が無くなってしまう事に気づいたオールマイトは、再びソファーに寝転び目を閉じる。何か、大きなものが関わってきている、そんな予感が頭からは離れなかった。

 

◇  ◇  ◇

 

「ん?家庭訪問ですか?……別に構いませんけど、どうかしましたか?」

 

 期末試験も終わり、夏休みまであと少しとなった頃。相澤はオールマイトと共に純狐を仮眠室に呼び出し、家庭訪問の相談をしていた。

 

「いや、まあ、お前の家庭環境があまり分かってないからな。今後のためにも、一度知っておきたかったんだ。他にも、今回の期末試験のようにお前だけ別待遇になることがあることも伝えておきたい。」

 

(うおッ、予想以上に直球ね。まあ、ヘカーティアも暇だろうし、多分大丈夫でしょう。別にヘカーティアを見られたところで何か分かるわけでもないだろうし)

 

 ヘカーティアが今回も一枚かんでいる可能性も大いにあるが、何度も言う通り今の純狐ではヘカーティアの所業を止める手段が無いため考えないことにしている。そんなことよりも、純狐が心配なのは家庭訪問の日付である。

 

 純狐がこの世界からの退場を考えている神野の悪夢に直接つながる林間合宿での立ち回り、そして、起こるであろうイレギュラーへの対処方法など、することが山済みなのだ。

 

「えーと、いつ頃になりそうですか?大体の日付教えてもらえればできそうな日探しますので。」

 

「ああ、それは落月少女の都合に合わせさせてもらうよ。まあ、できれば夏休みに入る前がいいかな。」

 

 ハハハと笑うオールマイトの提案は純狐にとって願っても無いことだ。林間合宿直前は、ショッピングモールでのイベントもあるので、できるだけ自由な時間を作っていたかったのだ。

 

「了解です。では、明後日くらいまでには予定も分かりそうなのでお伝えします。」

 

「急だったのにすまないな。」

 

 相澤はそれだけ言うと、仮眠室のドアを開けて純狐に出るよう促す。純狐の退出した後、二人きりとなった相澤とオールマイトは、早速家庭訪問の内容について話していた。

 

◇  ◇  ◇

 

「おーい、ヘカーティアー?聞いてたと思うけど今度相澤先生たち家に来るから。適当に答え考えといて。」

 

 家に帰った純狐は鍵穴に向かってそう言うと、部屋着に着替えて、準備のしてある食材を冷蔵庫から取り出して温める。

 

「OK、分かったわ。だけど、話す内容はあなたが考えなくていいの?」

 

 夕食の準備も一段落終わり、リビングの椅子に腰かけた純狐の目の前に現れたヘカーティアは二人分の紅茶を出して一つを純狐に渡す。ポーカーフェイスを決め込んで何を考えているか正確には分からないが、どうせろくでもないことを考えているのだろう。

 

「あなたも何かやりたいことがあるんでしょ?なら、私はそれの邪魔はしないわ。面倒だし。ほらこんなことより目先の話題について話しましょ。」

 

 純狐はジト目でそう言うと、今までの教師、ヒーローそしてヴィランの行動から推測したことを書いたノートを取り出す。ヘカーティアはそのノートを受け取るとパラパラとページをめくって内容に目を通した。

 

「ふーん、今のあなたの状況については分かったわ。まあ、今回私はあなたに合わせて無難に終わらせる予定よ。親族設定だから、月の私を向かわせるわ。」

 

「ありがと。じゃあ、今度の土曜日にでも頼もうと思うからよろしく。」

 

 教師たちの入念な計画とは逆に、二人は適当な言葉を交わすだけで家庭訪問についての話を終える。その後二人は、一緒に夕食を食べ、お互いの近況報告などをすると、いつもの生活に戻って行った。

 

◇  ◇  ◇

 

「ようこそいらっしゃいました。さ、どうぞこちらへ。」

 

「「お邪魔します。」」

 

 家庭訪問当日。スーツ姿の相澤とオールマイトは、部屋の前で待っていた純狐に案内されてリビングへと上がる。シンプルな内装に整頓された本棚など、一見どこにでもある普通の部屋である。そんなリビングには、すでに月のヘカーティアがお茶を用意して座っていた。

 

(普通……だな)

 

 今、雄英の教員たちを含むヒーローたち全員にとって最大の不確定要素ともいえる存在の登場に二人は一瞬表情を強張らせる。だが、その様子があまりにも普通であるため出鼻を挫かれたような気分であった。

 

「ようこそいらっしゃいました。お座りになってください。」

 

「失礼します。」

 

 椅子に座った二人は、適当に世間話を挟んで軽く揺さぶりをかけるが、やはりヘカーティアに変わったところは見られない。世間話をしている間、ヘカーティアの隣にいる純狐が何度か心配そうな表情をしていたのが少し気になりはしたが。

 

「えーっと、では早速純狐さんのことに付いて話していきたいと思います。」

 

「クスクス、この子昔から変なところで感情的になるから心配なんですよ。トラウマですかねぇ。」

 

(トラウマ……?)

 

 トラウマという言葉に引っ掛かりを覚えた相澤は頭のノートに記録しておく。オールマイトも同じところに違和感を覚えたらしく、意外そうな顔をしていた。今までの純狐の行動を見る限り、トラウマというものは感じられないのだ。そもそも、そんなに分かりやすいサインがあれば、教師やヒーローたちはこんな悩み方はしていない。

 

「あまり気にすることありませんよ。この人が勝手に言ってるだけです。」

 

 あきれた様子でため息をつく純狐からは、やはりそのようなことがあるようには見えない。かつてヒーローに助けられて事があるとは言っていたため、そこで何かしらのトラウマが生まれた可能性は否定できない。しかし飯田たちの話を聞く限りこの思い出はヒーローへの憧れという形で消化されていたはずである。

 

(もし、そのヒーローへの憧れがその武力への憧れだったとすればどうなる?自分から話題に出すくらいだからあまり負の感情は抱いていないと思っていたが……。話題に出すことで気を紛らわせているとも考えられるか?)

 

 専門家ではない相澤は知識のない自分に苛立ちを覚える。純狐が言うようにただの思い過ごしであることを今は願うしかない。

 

「そう言えば、落月さんは昔【純化】が使えたそうですね。我々としても前例のない個性でどう導いてゆけばいいのか悩みどころなのですが……何かコツとかあるのでしょうか。」

 

 苦い顔をしている相澤を心配したのか、続きの質問をオールマイトが始める。オールマイトの質問に対し、ヘカーティアは純狐の方をちらりと見ると、変わらぬ笑顔で話し始めた。

 

「私も幼かったのでコツについては分かりません。まあ、つまるところこの子を見る限りでは、という事になるのですけれど、思考、というものに左右されるような気はします。どんな個性にでも言えることですけどね、気持ちの持ちようっていうのは。」

 

「気の持ちよう、思考、ですか……」

 

 オールマイトは、自身のワンフォーオールについても同じようなことが言えるな、と考えながらヘカーティアの話を聞く。

 

「ほら、純化と一言で言っても、パッとしませんよね?だから、基準となるような純粋なもの。自分自身の確たる意志・本質とでも言いましょうか、そんなのが必要だと思うのです。特に、思考の純化みたいなことに関しては。」

 

「「………。」」

 

 相澤たちはヘカーティアの話に聞き入っていた。ヘカーティアの話す内容はどれも科学的な根拠は薄いが、なんとなく腑に落ちるところがあるのだ。そして、それと同時に疑問も沸いてくる。

 

 何故、彼女はここまで純狐について詳しいのだろうか、と。

 

 勿論、長年純狐と共に生活して来た、というのはあるだろう。しかし、それでも教育者としては一流である雄英の教員たち以上に純狐の能力について知っているというのは、何か引っかかるところがある。

 

「落月少女。君自身は今の話についてどう思う?」

 

 沈黙が長引き、話し出すことが難しくなる前に、オールマイトはさっきから話していない純狐の方を見る。話の内容故か、その口調故か、ヘカーティアの雰囲気が変わってきたように感じたのも、純狐に話を振った理由かもしれない。

 

「私は……そこまで基準とやらを意識してはいませんよ。気にしていると言えば、ヒーローの本質である人助けです。」

 

(それと、楽しんで勝つことだな)

 

 相澤は脳内で純狐の言葉に補足を入れる。

 

 その後、純狐の個性の今後という話に移る。しかし、これについては相澤たちは特に進展を得ることはできなかった。ヘカーティアが具体的な話をしなかったからだ。勿論、純狐はグラントリノに対してしたような話を真面目にしていた。だが、普段純狐が立てている戦闘の作戦などからすると若干ではあるが粗が目立つ。

 

 相澤たちがその理由として考えたのは、あの光弾の存在であった。確かにあの光弾、そして爆発を起こす能力があれば、純化を失ったとしても無個性として扱われることは無いだろう。だがすでに、純化という個性を持っている生徒、という事で有名になっている純狐にとって純化という個性が無くなることはかなりのマイナス要素となる。このマイナス要素を埋めるような説明を純狐がしないことが二人は不思議だった。

 

(純化をそれほど特別なものとして考えていないのか?確かに神獄さんという個性を失った人物もいるから心構えもしやすいのかもしれないが……それでも相当な不安があるだろうに)

 

 何度も考えた問いを思い出すオールマイト。オールマイトも、ワンフォーオールを失うことをそこまで恐れてはいない。しかし、もしも生まれながらに個性を持っていれば、人生これからという時にそれを失う事に対し、純狐程割り切って考えることのできる自信はなかった。

 

 二人はこのことに付いてこの場でもう少し考えたいと思ったが、時間の余裕も無くなっているため、今回の家庭訪問の本題に移ることにした。すなわち、何故、そしてどのように純狐の情報とその両親の情報を隠蔽したかである。

 

「すまないが、落月はいったん席を外してくれ。三人で話したいんだ。」

 

 純狐に聞かれては不味い話もあるかもしれないと、相澤は純狐に席を外すよう求める。純狐は特にこれを断る理由も無いので、素直に従って部屋を出た。

 

 純狐が部屋を出たことを確認すると、早速二人は質問を始める。

 

「個性を隠すのは彼女のご両親の意向だと思いますが、落月さん自身はどのように考えられてますか?」

 

「私が何か決めようとは考えなかったわね。あの子の両親がそう言ったから、私はそれを継いだだけよ。大変だったけどね。」

 

 あくまでそこに自分の意思は無かった、と言うヘカーティア。だが、相澤たちはそんな大変なことを自分の意思も無しに行うのかという疑問を覚える。

 

「では……これは答えられるならでいいのですが、どのように彼女の個性とその両親のことを隠したのですか?」

 

 背中に汗が流れているのを感じながら相澤は質問を行う。一方、ヘカーティアは特に動揺を見せることは無い。

 

「純狐の個性を隠すのは簡単よ。あの子は元から聞きわけが良かったから、わざと個性を見せないように振舞えと言えばそれで事足りたわ。両親の方は……どこにいるのか、生きているのかそうでないのかさえ分からないわね。」

 

 いささかフワフワした説明で分かりにくいが、今までの妄想まがいの予想合戦よりは建設的である。調べることについて筋道が立ったというだけでも大きな成果だ。

 

「ではなぜ彼女が高校に入る時、急に個性を使い始めたのですか?それに、彼女は戦闘に関して抜群のセンスを持っています。どこかで訓練でもされていたのですか?」

 

「個性を使いだしたのは、あの子がヒーローになりたいと言ったからね。彼女の両親と連絡も付かないし、彼女も大人になったから彼女の意思を尊重しようと思ったのよ。戦闘に関することについては知らないわ。あの子が独学で何とかしたんじゃない?」

 

 勢いで二つの質問をしてしまったことに後悔する相澤だったが、やはり変わらない口調でヘカーティアそれに答える。ここまでくると、何の意味もない質問をしているようで、二人は気がめいっていた。

 

(そんなに重要なことではないのか?それとも演技……)

 

「すみません、これは失礼な質問になってしまうかもしれないですが……職業の方は何をしていらっしゃいますか?」

 

「イレイザーヘッド、それは……」

 

 ルール違反の質問をする相澤にオールマイトは驚くが、その表情が切羽詰まったものであるためそれを止めることができない。ほぼ賭けのような気持であったのだろう。

 

「普通に都内の会社勤めですよ。主に事務ですね。」

 

 そんな相澤たちの質問に対しても、ヘカーティアは表情を変えることは無い。少し待っていてくださいと言って席を立ったヘカーティアは、名刺を持って来て相澤たちに渡す。そこに書かれていたのは、有名な大手企業の名前であった。電話番号なども間違っていたりすることは無い。

 

 その後も相澤たちはいくつか切り込んだ質問をしたが、返ってきたのは疑いを持つことが難しいほどの、普通の返答であった。ここまでくると、なぜ今まで情報が手に入らなかったのかという疑問が調査を担当した警察に対して出てくる。

 

 そのまま何事も無く家庭訪問は終了した。新情報が多く、帰ってから精査しなければいけないこともあるが、それ以上に相澤たちは脱力感に襲われていた。

 

 




読みにくい文を読んでくださりありがとうございます!

言い訳をさせてもらうと、いい加減話を終わらせねばならないと焦った結果です。
純狐orヘカTさんにポンをさせればいいんですが、それをしたくないという変な意地が働いてしまってですね……。どうしようもなかったらポンさせるかもしれません。

次回、そろそろ打ち切りかもしれないけど、もし出るとすればショッピングモール


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ショッピングモール

こんにちは!

お待たせいたしました。
やはり小説を書くにあたって大筋を固めておくのは大切ですね(手遅れ)


エヴァ……観たいな。


「ってな感じでやって来ました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール‼」

 

 期末試験後、強化合宿の説明を受けたA組の生徒たちは、一週間の消化合宿に備えてみんなで買い物に来ていた。勿論、純狐も同行している。もう遠巻きにされてばかりではないのだ。

 

「個性の差による多様音形態を数でカバーするだけじゃないんだよね。ティーンからシニアまで幅広いデザインが集まっているからこその集客力……」

 

「幼子が怖がるぞ。よせ。」

 

 出久がいつものを始める前に、珍しく常闇が止めに入る。同級生になり既に4が月ほど経ち、お互いのことを理解してきているのだろう。雰囲気も和気あいあいとしており、堅苦しさのようなものは微塵も感じられない。

 

「目的バラけてるし時間決めて自由行動するか!」

 

 皆の話を聞いていた切島がリーダーシップを取って集合場所と集合時間を決める。その場に残ったのは、出久と麗日そして純狐だけであった。

 

「う、麗日さんはどうするの……?」

 

「私は虫よけを……、虫よけぇー!」

 

 何か言いかけた麗日だったが、急に黙って顔を赤くするとどこかに走り去ってしまった。出久は何か嫌われるようなことでもしたかとおどおどしているが、理由を知っている純狐はほほえましい気持ちにしかならない。そんな純狐のにやけた顔に気づかないほど意気消沈している出久は、とぼとぼと歩いて近くのベンチに腰かけた。

 

「落月さんはどうする?僕は服の買い足しとかに行く予定だけど……。」

 

 一緒に回ってくれないかな、という淡い期待を込めて声をかけた出久。しかし、この後に起こるイベントを無くしてしまうわけにもいかない純狐は、一人でその辺をぶらぶらしていると言うと、その場を去っていった。

 

(出久君には申し訳ないけど、あなたと死柄木君の対面は避けてたら話が進まないのよねぇ。私は高みの見物でもしときますか。どうせこの後色々あるし、お金は節約しておきたいもの)

 

 二階に着いた純狐はソファーに座って出久の死角であることを確認すると、ちょうど死柄木と遭遇した出久を観察し始める。もしものことがあればすぐに対処できるような用意だけはしているが、そんなことは無いと予想してのことだ。

 

(死柄木君が出久君に会ったのはただの偶然。何かあれば殺すと脅してはいたけれど、今の状況を考えればそんなことをするはずも無いわね)

 

 二人の話は順調に進んでいき、出久の顔色もだんだんと悪くなっていく。純狐のいる場所から二人の会話は聞こえないが、原作での会話に加えて自分のことを話しているのだと予想する。出久には誰かに話されても問題ない程度の情報しか渡していないのでこれについても純狐が心配することは無い。

 

(そう考えると出久君には悪いことしてるわね。帰る直前には話してもいいのかしら)

 

 読むふりをしていた本をしまい、純狐は騒ぎの起きている場所へ向かう。出久たちの周りにはすでに麗日や他のクラスメイトも集まっており、警備員らしき人達も数人集まってきていた。

 

「ねえ、上鳴君。何かあったの?」

 

「おお、落月!いや、緑谷に何かあったみたいだったけど、警官たちに止められて詳しいことは分かんねぇんだ。」

 

 野次馬の集団から少し離れた場所にいた上鳴に声をかけた純狐は、ちらっと出久のいる方を見る。その時、麗日と目が合った気がしたが、たまたまだろうと割り切って純狐はその場から離れた。

 

(さて、私にとっての本番はここからね)

 

  ◇  ◇  ◇

 

 死柄木は今までにないほど頭を抱えたくなっていた。すっきりとした気分はすでに遠くに吹っ飛び、今は陰鬱な顔をして目の前の相手を睨みつけるしかできない。つまるところ、死柄木であっても手も足も出ない相手であるという事だ。

 

「おい、いい加減にしろよ。こちとらおまえほど暇じゃないんだよ。」

 

「別にいいじゃない。お金は私が出すんだし。」

 

「俺の話聞いてたか?」

 

 目の前にいる厄介な奴、つまり純狐は、普段通りの様子で死柄木に着せる服を選んでいた。

 

 出会いは、少なくとも死柄木にとっては唐突であった。新しくヴィラン連合に入ってきたガキと礼儀知らずにイライラさせられ、気分転換で来ていたショッピングモールで出久と話す。ここまでは良かったのだ。しかしこの後、大きな騒ぎになる前に帰ろうと人込みに紛れ、賑わう中心街に出たあたりで急に体が動かなくなったのだ。

 

 何事かと思い、急いで黒霧に連絡を取ろうとするも通信機さえ手に取ることができない。万事休すかと思われたとき、目の前には純狐という脅威が笑顔で佇んでいたのだ。

 

 (ゲームオーバーだ……)

 

 そう考え、おとなしく抵抗を止めた死柄木だったが、純狐の行動は死柄木が想定していたもの全てと違っていた。

 

「あなた、死柄木君よね。ちょうど良かったわ、付いて来てくれるかしら。……っと、その前にその服装どうにかしなきゃね。」

 

 そう言うと、急に死柄木の腕を掴み、近くに止めてあったタクシーに飛び乗ったのだ。あまりに急なことに、死柄木はされるがままである。死柄木がタクシーに乗ったことを確認すると、純狐はタクシーの運転手に郊外のショッピングモールの名前を言い、死柄木の方に向き直った。

 

「じっとしてなさい。大丈夫、通報はしないしちゃんと解放してあげるわ。」

 

「お前の言葉を信用しろってことか?」

 

「まあ、信用しなくてもいいけど、今のあなたに選択肢があるとは思えないわ。あなたじゃ私に勝てないし、ワープへの対抗策も十分にある。いいじゃない、ちょっとした気晴らしよ。」

 

 という経緯で今に至る。

 

純狐は服を選び終わったのか、レジに並ぶと、数分後に死柄木の元へやってきた。ちゃんと顔を隠すことのできるつばありの帽子を買ってきているあたり、本当に通報する気はないのだろう。

 

「トイレかなんかで着替えてきて。」

 

 純狐はそれだけ言うと、服の入った袋を死柄木に押し付けてスマホをいじりだす。最初はいつもの癖で拒否しようとした死柄木だったが、スマホの画面に映るうっすらと赤い目を見ると、拒否権は無いことを思い出し、舌打ちをしながら着替えに行った。

 

 そして数分後。トイレから出てきた死柄木は、気慣れない服に不快感を示しながら純狐と並んで歩き出す。歩いている間、二人の間に会話は無かった。死柄木は何度か隙を見て、せめて音声だけでも拠点に届けようとしたが、その度に純狐が手を固定して邪魔をする。そんなことをしているうちに、純狐の目的地であるショッピングモール横の小さなカフェに着いた。

 

 カフェに入った純狐は、適当に注文をしながら奥の席に座って改めて死柄の方を見た。死柄木はすでに抵抗するのを諦めているので、暴れるようなことはしない。

 

「で、結局のところ目的は何だ?俺たちの本拠地の場所か?それともメンバーについてか?」

 

「いや、単純に話をしてみたかっただけよ。あなたがどんなことを考えているのとかね。聞かせてくれればあなたに害をなすことは無いわ。」

 

 純狐はアイスコーヒーに浮かぶ氷をカラカラと言わせながら、目の前の死柄木を見つめる。死柄木はと言うと、何を言っているのか分からないといった様子で純狐を見ていた。

 

「まあ、急に何か話せと言われても困るだろうから、私から質問させてもらうわ。じゃあまず一つ目。」

 

 死柄木は、こいつ自分の都合でしか話さないなと、どこかの何でも知っているお姉さんに対面したかのような感想を思い浮かべる。

 

「あなたがヴィランになったのは何故かしら?」

 

 いきなりの核心をついた質問にたじろぐ死柄木。どうしたものかと純狐の表情を窺うも、そこには好奇心しか見て取れない。

 

 死柄木は先生、つまりオールフォーワンに拾われてからというもの、このような直球の質問を全くの他人からされたことがない。死柄木の話す相手はほとんどがヴィランであり、同じような感覚をどこかで共有していたからだ。何をするヴィランなのかと問われることは多くとも、何故ヴィランなのかと聞かれる機会はゼロにも等しい。

 

 だが、聞かれないだけであり、死柄木が何も考えていないわけではない。そもそもこのような核が無ければ、オールフォーワンが自分の後継として育てようとはしないだろう。そして勿論、その答えは死柄木自身の蓋をした記憶でありここで思い出しはしない。

 

「……知るか。俺が生まれた時からそういう定めだったんだよ。逆にこっちが質問だ。何でお前はヒーローとかいうクソみたいなものになろうとしてやがる。」

 

「私?」

 

 ダメ元の質問が軽く流されたのは予想通りなので何も言わない純狐だが、聞き返されるとは思っていなかった。死柄木が自分のルーツに関心を向けているとは考えていなかったのだ。

 

(もう少しであっちに帰るし、変に取り繕わなくてもいいか。その方が面白い話も聞けそうだしね)

 

 死柄木は学力的な面はいいとは言えないが、決して頭が悪いわけではない。そのことを知っている純狐は、すでに死柄木が自分の不審さに気づいていてもおかしくはないと考えた。そして、さっきの何故ヒーローになりたいという質問により、それはより確信に近づいた。

 

「まあ、成り行きよ。ヒーローの方が魅力的に映ったってだけ。」

 

 純狐の答えがあまりにも適当であったためか、死柄木は若干苦笑する。しかし、やはりそこまで以外ではなかったのか、過度に反応することは無かった。

 

「はッ、適当だな。もしヴィランの方が魅力的に映っていたらヴィランになったのか?」

 

「そうなんじゃない?今となってはどうでもいいけど。」

 

 じゃあ、今度は私の番ねと、純狐は会話を仕切りなおす。

 

「あなたはヒーロー……特にオールマイトに強い憎しみを抱いているようだけど、それは何故かしら?そして結局は何がしたいの?」

 

 質問を受けた死柄木は、何か思い出したのか少しイラっとした様子を見せたが、特に荒ぶることは無かった。それは、今自分の置かれている状況を考えてこのこと意外に、純狐に対して何故か強く出られないこともあるのだろう。

 

「答えたくないのなら無理に答えなくてもいい……」

 

「この社会が憎い。壊したい。めちゃくちゃにしたい。それだけだ。ヒーローの使う暴力は称賛を浴び、俺たちの暴力は非難される。これが面白くない。」

 

 純狐の言葉を遮り、死柄木はぽつぽつと語りだす。言っていることは冷静に考えなくとも子供の癇癪のようだ。実際そうなのだろう。現段階では、死柄木は自分の過去について思い出しさえしていない。そんな状況で自分の中にある何とも言えない感情を、論理だった言葉で表現するのは大抵の人間には不可能だ。

 

「『オールマイトのいない世界を創り、正義とやらがどれだけ脆弱かを暴く』これが俺の信念だ。」

 

 嫌な顔をしているだろうかと、死柄木は純狐の表情を窺う。しかし、純狐は先程と変わらない表情でそこに座っているだけだった。

 

「ヒーローとして否定しなくていいのかよ。ステインの時も何か言って更生させようとしたんだろ?」

 

「否定はしないわ。ステインの時も更生させようとしたわけじゃないし。まあ、他人に必要以上の迷惑をかけるのはどうかとは思うけどね。」

 

(話を聞くと、ただ誰かに救ってほしかっただけに感じちゃうのよね。そんな単純な話でもない気はするけど)

 

 死柄木の話を聞いた純狐が感じたのは、誰にも救ってもらえなかった孤独を八つ当たりすることで発散したがっているという事だった。過去、つまり人間だった頃の純狐とは違った思考回路であるため、死柄木に本当の意味で共感できるわけではないが。

 

 過去の純狐と死柄木の違う点は多くあれど、最も違うのはそこに誰かいたかどうかという点だろう。死柄木の場合、オールフォーワンという強力な見方が存在した。一方純狐の場合、そこには誰もいなかった。ただ一人で気の遠くなるような間、原因も忘れて恨みを募らせ、純化するまで研ぎ澄ませてきたのだ。そういう意味では、まだ死柄木の方が救いようがあるのかもしれない。

 

「じゃあ次の質問ね。あなたが見た中で強いと感じた人は誰?オールフォーワン?それとも別に誰かいるのかしら?」

 

 この質問は、ヘカーティアがどの程度まで関与しているかについて知るためのものだ。今までの状況を考えて、ヴィラン連合サイドにヘカーティアが付いていることはほぼ確実だと純狐は考えている。純狐の入ったヒーローサイドのバランスを取ろうとでも思っているのだろう。

 

「お前も先生について知ってるのかよ。姿を隠してるのにホント有名人だな。」

 

 死柄木は普段の仲間に見せるような、嘲るような笑いを見せる。

 

「ああ、先生はお前の知っての通りの強さだ。全盛期を見たわけじゃねぇから全力がどんなものかは知らないがな。」

 

「他には?」

 

「さあ。」

 

 死柄木もざるではないのでこれ以上の情報提供は控える。純狐がその気になれば洗脳で無理やり情報を聞きだされるが、今までの行動を見るとそれは無いと死柄木は考えた。洗脳するなら、最初から洗脳して情報を聞き出せばいい。それをしないという事は、洗脳してまで聞き出す情報を死柄木が持っていないと判断してのことだろうと考えていた。

 

(こいつは緑谷と違って平和ボケしたクソやろうじゃない。残酷じゃないが、楽しむためにはどこまでも冷酷になる)

 

「ま、答えたくないならしょうがないわ。多分、分かったところで今の私じゃどうしようもないし。」

 

 死柄木が色々考えているうちに、純狐は手元のアイスコーヒーを飲み終わり、小腹が空いたので目についたケーキを追加で注文する。勿論、死柄木の分もだ。

 

「オイ、俺の分はいらねぇよ。それより早く帰らせろ。お前太るぞ。」

 

 割とマジな顔で帰りたそうな顔をする死柄木。しかし、純狐はお構いなしである。

 

「甘いもの嫌いだったら代わりのもの注文するわよ?」

 

「少しは俺の話を聞け。」

 

 二人の様子を店員は、元気な子たちだなぁと、ほのぼのした目で見つめる。しかし、実際は死柄木が何度も個性を発動させようとし、純狐がそれを縛り上げているだけである。

 

 そして、注文したデザートが届くと純狐は質問を再開した。

 

「はい、続きからね。まあ、もうあまり聞くことは無いんだけど……。さっき、この世界を壊したいと言ったじゃない?今のあなたが考えているのはその壊す過程だと思うけど、その世界を壊し終わった時、あなたは何を望むのかしら?その世界の王様にでもなるの?」

 

 おそらく現段階の死柄木はそこまで考えていないと純狐は予想している。しかし、純狐が介入したことで死柄木の思想がより未来を見据えたものとなっていたりすれば面倒だと思い、一応確認したのだ。

 

 予想通り、死柄木は遠い未来のことに付いて考えてはいなかった。そもそも今の死柄木はオールフォーワンがいなくなるなど想像もしていない。だから、純狐の質問がそもそも理解できなかった。純狐の質問は今後の展開を知っている者の視点であり、オールフォーワンのことを全く考えていないからだ。

 

「考えたことも無いな。まあ、先生が何とかするだろ。だが、そうだな……確かに……」

 

 俺はいったい何がしたいのだろう、死柄木は初めて持つ疑問に混乱する。だが、過去の記憶さえ封印している死柄木は、当分この答えを見つけることはできない。そんな死柄木の様子を見た純狐は、やってしまったかと若干の後悔をしながら話を切り上げた。

 

「あー、あまり考え込まないで。ほら、ケーキでも食べましょう。」

 

 死柄木は反発するかに思われたがそのようなことは無く、無言でケーキを一口食べると大きく息を吐いて背もたれに寄り掛かかり天井を見上げた。

 

 死柄木は自分自身、何故ここまでイラつかないのか不思議だった。オールフォーワンの包み込むような悪意とも違う、ヘカーティアの圧倒的な実力差とも違う。いや、どこか通じるところはあるのだが、本質的な部分が違うと感じていたのだ。それを顕著に感じたのは、あの体育祭で純狐が目の個性を使ったときである。死柄木は、その後調べた不審点よりもその奥にどんな心情が潜んでいるのかが気になっていた。

 

 それだけではない、オールフォーワンからも言われたように、純狐が狂気的に楽しさを追い求めているのもなんとなく不思議に感じていた。高校になるまで力を抑圧されていたことの裏返しとも予想されたが、力が低下しながらも戦うその様子を見てオールフォーワンと死柄木はその予想を否定した。

 

 まるで何かから逃げているようだ、と死柄木は感じたのだ。それは、何かから逃げずに立ち向かうヒーローたちにはすぐに理解しえないことだろう。

 

享楽的かつ刹那的に、だからと言って妥協はしない。それ故、死柄木たちは純狐が勝ち負けをそこまで気にしないと考えていた。実際その通りで、授業の様子を見ていても、よりよくしようとする努力は見えるもの、最善を目指すようにはしていなかった。

 

オールフォーワンは、これを当たり前だと言っていた。勝ち負けが生死にかかわるような戦場に立ったことが無いと、戦闘狂が勝敗に拘らないだろうと。しかし、この考えは体育祭の爆豪戦で覆された。先程も言った、目の個性の使用である。おそらく本人も無意識であろう個性の使用。生存本能による個性の暴走とヒーローたちは片付けたようだが、死柄木たちはそれだけだとは考えなかった。

 

 とっさの判断は、その人の本質的な部分を呼び覚ますことがある。つまり、なんだかんだ言っても純狐は勝負には勝つことが必要だったというわけである。それに、その時使ったのは得意の純化ではない。これを見て、純狐の本質的なところはあの赤黒く冷たい感情であると死柄木たちは考えた。そしてこれが純狐があまり頼りたくはないものであるとも。勿論、何故かはわからないが。

 

「なあ、落月。お前は何を恐れているんだ?いや、それとも恐れているわけではないのか?お前の本質はヒーロー側じゃないだろ。」

 

 急にそんなことを言う死柄木に純狐は驚く。まさかこんな短期間で隠していた自分の本質に気づきかけているとは思ってもいなかった。まあ、憎悪の感情そのものともいえる純狐がそれを隠そうとするのが無理であるのだが。

 

「さっきも言った通り、今となってはどうでもいいわよ。私はヒーロー、それ以上でもそれ以下でもないわ。本質とかに関してはあなたが思うように考えなさい。」

 

 面倒そうに答える純狐だが、実際は死柄木との会話をかなり楽しんでいた。死柄木がこの時点でここまで話せる相手だと期待していなかったからなおさらである。

 

(私の正体がばれるのはもう少し待ってほしいのよね。まあ、彼らが考えたうえで気づいたならそれはそれでいいんだけど)

 

 純狐が正体ばれを嫌うのは、正体がばれたらイベントがそちらに持って行かれてしまう可能性が極めて高いからだ。それで楽しめるのならば別にいいのだが、おそらく変に気を遣われるようになってしまうだろう。それに、今現在自分の体に起こっている異常がさらに変な方向にねじ曲がってしまうことも考えられる。

 

「じゃあね、話したいことは話せたし、私はこれで帰ることにするわ。」

 

 追加で注文した商品を食べ終わり、死柄木も黙ってしまったので、純狐は帰ることにする。本当はもっと腹を割った話をしたかったが、今はこの辺が限界だろう。死柄木もかなり疲れていたようで、特に怒ることも無く純狐を見送った。本当は純狐に何を言っても無駄だと感じて何も言わなかっただけだが、純狐がそれに気づくことは無い。

 

 その後、特に何もなく家に帰りついた純狐はシャワーを浴びてすっきりするといつものようにだらだらとし始めた。そして体の疲れが取れた頃、いつもの椅子に座って空を眺めながら死柄木のことに付いて考えを巡らせる。

 

(結局、自分の中の考えと、外に広がる現実、そして自分の夢の折り合いがついていないのでしょうね。私は、自分の感情に一点特化してしまったけれど、死柄木君は立場上そうもいかない。難しいわね)

 

 足をぶらぶらとさせながら小さな杯に注がれた酒を飲む。

 

(本当は、この三つのバランスを取ることを覚えていかなければならない。人ってどうしても自分のことを重視してしまうから外の世界の現実が辛い。大人になると、その辺の割り切り方とかもうまくなるし、場合によっては自分以上に大切なものができる。今の死柄木君にそこまで求めるのは酷か)

 

 ま、どちらにしても私にできることは無いか、と純狐は背もたれに寄り掛かる。そもそも純狐はこのことを今となっては理解できない。今の純狐には自分の、理由もない憎しみしか残っていないのだから。ちなみに、ヘカーティアもこの辺りはあまり理解していない。あのレベルの神になると自分好みに現実を変えられるためどうでもいいのだろう。

 

「でも、死柄木君も話してみると楽しかったわね。原作よりも大人になっているのは多分ヘカーティアが何かしたのでしょうけど。」

 




読んでくださりありがとうございます!

これからレポートが多くなっていくのでまた時間空くと思います。
申し訳ありません。できれば二月中にもう一つ投稿したいです。
そして、できれば二周年を迎える前に完結させたいと思ってます。多分無理ですが。
余談ですが、どこかにエヴァから持ってきたようなセリフがあります。
探してみてくれると嬉しいです。

次回、できれば林間合宿まで行きたい


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林間合宿 1

こんにちは!

全くスピードが上がらない系主です。
最後に近づくにつれ、当たり前ですが考えることが増えてる……私の頭では耐えられない。
だから皆!早く純狐さんメインの二次創作小説を作ってくれ!(他力本願)

ひぐらし、段々わけわかんなくなってて面白い。



「すまないな、時間を作ってもらって。」

 

「いえ、私もちょうど話したいと思っていたところです。最近世間も騒がしいですしね。」

 

 夏休み直前の業務が一段落着いたオールマイトは、サーナイトアイの元を訪れていた。ナイトアイは、オールマイトの元サイドキックであり、疎遠になってしまったものの稀に話す間柄だ。

 

「電話でも話したように、落月少女、そして神と呼ばれる存在に関してだ。わたしの未来を見たうえで、何か分かること、特に神と呼ばれる存在について何かあるかい?」

 

 オールマイトの質問を聞いた瞬間、ナイトアイの動きが止まる。オールマイトの未来を見たことは、彼が予知能力を基本使わなくなった原因であり、人生最大のトラウマだ。思い出すだけで辛いのだろう。しかし、思い悩むナイトアイの表情は困惑の色も見て取れた。

 

「……分かりません。」

 

「分からない?」

 

 少し自信を失ったような表情で話すサーナイトアイ。彼が言うには、今年の春。ちょうど雄英高校の入学式があった頃から、今まで見た予知に多少の誤差が生まれるようになったというのだ。

 

 それは今まであった、見た未来を変えようとするときに起こるものに似ていた。実際、ナイトアイの見た未来で最終的な結果が変わったものはない。USJではオールマイトは純狐に救われ、体育祭は純狐が優勝し、職場体験は出久と純狐がグラントリノの元へ行く。その結果には狂いはないが、どこか引っ掛かる。

 

「つまり、何者かが意図的に未来を変えようとしているという事か?」

 

「……言葉では表しにくいですね。何でしょう、変えようとしているというよりは、無理やり辻褄を合わせようとしているといった方がいいかもしれません。ヴィラン側に予知能力者がいる、もしくは私の考えを読むことができるものがいる……かもしれません。」

 

 予知の個性というのは例が少なく、ナイトアイ自身もよく分かっていないことが多い。自分が見た未来を確定させてしまうものなのか、小さな違いは出るのか、大きく結果が変わることがあるのかは彼の経験の分しか情報が無いため、出した結論は必然的にふわっとしたものとなる。少なくとも、今まで大きく結果が変わったことがないため、ナイトアイは結果が変わることは無いという前提を持っているのだ。それに、オールマイトの未来を見たのは昔の話であり、いかにナイトアイの記憶力がいいとは言え細部は覚えていない。

 

「うーん、よく分からんな。予知能力の上を行く因果律操作でも行っているのか?それはまるで……」

 

「神、ですか。」

 

 思いつくのは最悪のシナリオ。確証は全くない。だが、簡単に否定することもできない。そのあまりの突拍子の無さと想定される力の大きさから、ナイトアイはこの考察を誰にも話すことができていなかった。

 

「そこまで行ってしまうと、私たちが考えることに意味があるのかという話になってくるが……そうは言っていられないな。つまるところ、その不具合みたいなものを起こしているのが神と呼ばれる存在であると考えているわけかい?」

 

「最初に言ったように、正確なところは分かりません。私の個性が変化しているというものかもしれません。」

 

 何の証拠もないため、思い過ごしであるという線が最も可能性が高い。だが、几帳面なナイトアイはこの違和感を楽観視することはしなかった。他にも様々な原因が考えられはするが、パワーバランスを変えてしまうほどの力を持ち、出所の分からない純狐という存在がどうしても脳裏にちらついてしまう。純狐の存在が明確にこの世に現れた時から、この違和感は現れたのだ。そして、その純狐に関しても予知に不可解なことがある。

 

「むむむ……情報が少なすぎて分からないな。まあ、今のところ神と呼ばれる存在と私は明確な関りを持つ可能性は低いという事か。落月少女に関してはどうだ?」

 

「そうですね。落月に関してですが、彼女はもう少しであなたと完全に関りを持たなくなる……と思います。私の予知は音声まで正確に読み取れるわけではないので理由は分かりませんが、あなたも秘密にしているみたいですし、深くは検索しません。」

 

「ん?もう少しで私との関りを持たなくなるだって?」

 

 オールマイトは、完全に、と話したナイトアイの言葉に違和感を覚える。たとえ純狐が力を無くし表舞台から退いたとしても、それで関りを完全に断つという事は考えていなかった。純狐がそれを望むのであれば話は別だが、今のところそのようなことは考えられない。

 

「サー、どのくらい先かについて、話せる範囲でいいが教えてくれないか?」

 

 ナイトアイは余裕を無くしたオールマイトを見て表情を硬くする。同じような時期に、オールマイトがワンフォーオールを失うという残酷な事実を思い出してしまい、すぐには言葉が出なかった。

 

「……すみません。」

 

 何とか絞り出した言葉は、その場の沈黙に溶けてゆく。オールマイトは肩を落とすナイトアイを見て、それが自分に何かしらの問題が起きた時だと悟った。そして、これ以上ナイトアイに辛い未来を思い出させないよう、事務所を後にして車を走らせる。

 

(もう少しで落月少女と関りを断つ、か……。原因は何だ?オールフォーワンか?落月少女の力が落ちているとはいえ、現状彼女に勝つことができるのはあいつくらいだ。……考えていても仕方がない。もしオールフォーワンが落月少女を攻撃するとなれば、その時は私が彼女を守り、因縁を断つ!)

 

 志を新たにオールマイトは家に向かう。その目には、いつも以上の光が宿っていた。

 

◇  ◇  ◇

 

 純狐から解放された死柄木は、拠点に帰ると心配する黒霧を押しのけ少し仮眠を取った。1時間ほど経っただろうか、ソファーから立ち上がった死柄木はパソコンを立ち上げ、林間合宿襲撃のシナリオを眺め始める。その様子を心配そうに見守っていた黒霧は、改めて何があったのか死柄木に尋ねた。

 

「ああ、落月に捕まってた。」

 

 死柄木があまりにあっさり告白したことから、黒霧は反応が遅れてしまった。数秒の沈黙の後、死柄木の言葉を理解した黒霧は慌てて死柄木に話しかける。今の死柄木の落ち着いた様子を見ても声を荒げたのは、大規模な襲撃を控えており、敏感になっていたのもあるだろう。

 

「何をされましたか!?すぐに先生に連絡を……」

 

「落ち着け、何もされてねぇよ。こうやって、のこのこ帰ってるのが証拠だろ。それに先生なら既にこのことを知ってるぜ。」

 

 死柄木はそういうと、オールフォーワンからのメールの文面を黒霧に見せる。そこには一言、無事でよかったよ、と書かれていた。

 

「先生もこう言ってるし、俺には何もされてないんだろうよ。それより、あのガキと礼儀知らずはもう行ったか?」

 

「あ、ええ、お二方は用意した部屋に行かれましたよ。彼らは彼らなりに用意があるそうで。」

 

 黒霧はやけに動きの速い死柄木を不思議に思いながら自分の仕事に戻る。死柄木の突然の外出はこれまでに無いわけでは無かったので、それ自体に心配はしていなかったが、ニュースで死柄木の名が出た時は生きた心地がしなかった。その後連絡が取れなくなったのでなおさらだ。

 

 稀に、死柄木は本当にこの組織の長にふさわしいのかと黒霧は考えることがある。行動が軽率すぎるし、責任感もあるのか無いのか分からない。それに、自身の様々な問題に対して改善しようとするそぶりも見せない。

 

 オールフォーワンの選んだ男だからと言い聞かせるものの、時が経つにつれて不信感が募るというのが本音だ。だが最近、打倒オールマイトの計画が動き出した頃から死柄木は変わり始めた。時々ではあるが、リーダーにふさわしいカリスマを発揮する。

 

 そんな死柄木が特に興味を示すのが落月純狐の存在だ。どこかシンパシーを感じているらしく、彼女に関することを考えるときはいつも以上の真剣さを見せる。黒霧も次第に純狐のことが気になりだしていた。

 

「落月とは、何を話したのですか?」

 

「……どうした?」

 

 死柄木は不思議に思いながらも、別に話しても減るものではないので軽く概要を話す。黒霧は、予想以上に他人の話を聞かない純狐の態度に驚きながら、あくまで冷静にその話を聞いていた。

 

(落月純狐……彼女は本当のことを語っているのだろうか。デート商法みたく、死柄木を油断させるため数回に分けて距離を縮める作戦なのでは?だが、落月にはあまり時間も残っていないのは事実のはず。そんな時間のかかる方法を取るのか?)

 

 死柄木が話し終わると、黒霧は様々な可能性を考え始める。相手の行動の裏を読めなければ最低限の参謀の役目も果たせないため、このような考え方が得意になっていた。勿論、最終的な判断や全体の計画はオールフォーワンが決めるため、黒霧の役割は現場での微調整程度であるが、その役が重要であることはこれまでの経験から周りも分かっている。

 

(先生や死柄木の言う落月の歪み……どこか人生というものを達観している、と言うかただの遊びのように感じているところなのか?ヘカーティアさんに通じるものを感じるところもある。落月も異世界から来た……とも考えられるのか。確かに、ヘカーティアさんの現れた時期と落月の現れた時期は近い)

 

 悶々と考える黒霧、それはオールフォーワンが一か月ほど前に通った道だ。そのオールフォーワンはというと、純狐の正体特定、その佳境に入っていた。

 

「死柄木との会話を見るに、もはや疑いの余地がほとんど無くなったか……。うん、落月純狐は何処か他の場所から来た何か、だ。」

 

「理由を聞かせてもらっても?」

 

 ヘカーティアはお菓子を食べることにも飽きたのか、オールフォーワンの持つ高性能PCでゲームをしながら話しかける。マルチタスクもこなせる、高性能の神様なのだ。オールフォーワンは、かなり頑張ったのに興味を示していないヘカーティアに肩を落としながら、振り返ってヘカーティアの方を見る。

 

「まずは、私の予想もつかない力ですね。これは色々な例を見ても分かりません。ヘカーティアさんの神力に似てますね。それに純化というも能力も、あまりにもこの世に合っていない。一応この世は、個性というものはありますが、物理法則が最低限は機能しています。純化はそのルールを逸脱しすぎている。」

 

 ふむふむ、とヘカーティアは頷く。この世界のルールをそこまで詳しく理解していないヘカーティアは、オールフォーワンの話を半分くらいしか理解できていない。この世界を創った奴がこんなのでいいのかと、住民が哀れに思えてくる。そんな哀れな住民の一人であるオールフォーワンは、そんなことも知らずに話し続ける。

 

「他には、出来事に関して無関心だという事も挙げられます。自身の力の減少について、少しは反応してますが、それでも関心が向いてなさすぎる。それ以外の事象……ケガや学校行事などは、まるでただの遊びのように、楽しむためのイベントだと思っているように考えられる。」

 

(こうして言われてみると、純狐もあまり隠そうとはしてないのね。まあ、目的が楽しむことだから隠し通すとかはどうでもいいのか。ヴィランサイドが有利になりすぎないようにヒーローサイドにも情報を流したのは必要無かったかもね)

 

 ヘカーティアは変身能力を持った二体の脳無を思い浮かべる。実際のところ、ヒーローサイドへのヘカーティアの情報は全くと言っていいほど無かったので、その存在を知らせた二体の存在は大きかったりする。だが、純狐を直接抱え込んだヒーローサイドはそっちへの対応がメインになり、ヘカーティアの方まで考えを繋げる余裕が無かったのだ。

 

「しかし、これだけではまだ決定打にはなりません。そういう人間も、いないとは言えないでしょう。そこで、死柄木との会話を再度確認しました。そこで彼女は、たまたまヒーローを選んだ、という旨の発言をしている。ヴィラン、ヒーロー、どちらも目指すことはできますが、それは自分の人生そのものです。いかなる人であってもここをないがしろにできる人はいないでしょう。」

 

 オールフォーワンは乗ってきたのか、いつもよりも早口で話し続ける。今まで、ヘカーティアのように自分の上にいて話を聞いてくれる存在がいなかったせいでもあるのだろうか。

 

「他にも、戸籍であったり、両親の情報、家での生活の様子……、これらの情報にもかなりの異常性が存在します。」

 

 オールフォーワンはそう言うと、ちらりとヘカーティアの表情を窺う。相変わらず興味は無さそうであるが、画面のモンスターを攻撃する頻度は若干下がっているように感じた。それを確認したオールフォーワンはヘカーティアから目を逸らし、並んだディスプレイを眺める。

 

「まあ、こんな推理といえるかどうかも妖しい代物、あなたと会わなければ考えなかったでしょうけどね。ところで、ヘカーティアさん……」

 

 オールフォーワンは純狐の、ある日の私生活が映し出されたディスプレイをヘカーティアの方に向けながらゆっくりと振り向く。

 

「あなた、落月の関係者、いえ、落月神獄ですか?」

 

 そのディスプレイには、不自然に時間の飛んだ日の映像が流れていた。純狐の生活の記録で、時間が飛ぶこと自体は特段珍しいことではない。飛ばされていた時間帯が問題なのだ。

 

「この日、イレイザーヘッドとオールマイトが落月の家を訪問したそうですね。その場には落月神獄も居合わせた。雄英の情報管理システムに入れば簡単に情報を仕入れることができましたよ。……以上が、落月純狐を異世界の住民と断じた理由です。」

 

 こんなことをヘカーティアに言っても特に何の意味も無いことは分かっている。自分がこのことを知れたのも、ヘカーティアがそうなるよう仕組んだからだろう。それだけの力と頭脳をこの神が持ち合わせていることは出会ってすぐに理解している。

 

 オールフォーワンの話が終わると、ヘカーティアはゲームを閉じ、オールフォーワンの方に体を向ける。その表情はやはり先程と変わらない。

 

「ま、答え合わせは後々ね。あなたは、この推測をどのように応用するわけ?」

 

 ヘカーティアの機嫌が悪くないという事は、そこそこ期待に沿った答えだったのだろうとオールフォーワンは胸を撫でおろす。そしてすぐに思考を切り替え、ヘカーティアの質問に答えた。

 

「まあ、色々推測段階ですので、最終決定とするには危険すぎますがね。落月が異世界の住民だとすれば、おそらく純化の弱体化がこの世界に滞在できるタイムリミットみたいなものだと考えています。目の方に関しては、本来の力が漏れ出ていると考えるのが妥当なところかもしれません。あの力が本来の力だとするととんでもない化け物ですが、ヘカーティアさんの知り合いだとすると……想定の範囲内です。」

 

 オールフォーワンはそう言うとため息をついて椅子にもたれかかる。自分の手に負えない力の持ち主がこの世界に2人はいる、という事実に疲れているのだろう。

 

「つまるところ、このタイムリミットが分かれば、それ以降の落月に関して考えなくてもいいという事です。力が無くなれば、この世界で彼女が楽しむすべはかなり減ってしまうでしょう。そこが、彼女が元の場所に戻るタイミングだと私は考えます。」

 

 オールフォーワンはそう言い終わった後、不確かな推測を並べすぎだなと苦笑する。はたから見れば、希望的観測とされてもしょうがない理論だ。ドクターに話せば精神安定剤か睡眠薬を処方されるだろう。

 

「で、今までの力の減衰具合を逆算して、そのタイミングが近いと考えているわけだ。」

 

 生命維持装置のようなものを取り付けながら頷くオールフォーワン。彼の体もボロボロであるため、長時間自由に動けるわけでは無い。

 

「私もここから迂闊に動けませんからね。早めに退場してくれるのは嬉しいことです。それに加え彼女は、死柄木を大きく成長させてくれました。彼女が退場し、今立てている計画がうまくいけば死柄木を止められる者はヒーローサイドにはいない。そういう意味では、落月に感謝さえしています。」

 

 いつものオールフォーワンならば、ここでいやらしい笑みを浮かべていたことだろう。だが、今起きていることは彼が計画したものではない。ヘカーティア、もしかすれば純狐の計画に自分が巻き込まれ、こき使われていただけであることをオールフォーワンは理解している。釈然としないとした気持ちをオールフォーワンは抱え、いつもの作業に戻るのだった。

 

◇  ◇  ◇

 

「え?A組補修いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?ええ!?」

 

 林間合宿当日、校舎前に集まったA組の生徒を待っていたのは、B組物間の煽りであった。そんな元気いっぱいの物間を背後から首トンをして回収していく拳藤を見守る、という形で林間合宿は始まった。

 

 バスに乗った1年の生徒たちは、初めての合宿という事で気分上々だ。バスの中は生徒たちの騒音で、相澤の言葉も届かない。この後の展開を知っている純狐は、ヘカーティアが手を出しやすい、教員の目の届かない森林という事で既に警戒レベルを上げていたが、周りの雰囲気に流されあまり気張ることも出来ずにいた。

 

(ヘカーティアも生徒たちがいる手前そこまで大規模なことはやってこないか。今までしてきたことも、周りに誰かいたら普通に死んでるものね。今は、皆とのこの時間を楽しみましょう)

 

 そんな感じで会話を楽しみながらバスに揺られること約1時間。大自然に囲まれた場所にある小さなパーキングエリアもどきに止まったバスは、休憩という事で生徒を全員車外に出す。この時点でかなりおかしいところはあるのだが、浮かれている生徒たちの中でそれに気づく者は少ない。

 

「よーう、イレイザー!」

 

 段々冷静になり、今の状況が普通ではないことに気づき始めた生徒たちの後ろから、声がかけられる。

 

「煌めく瞳でロックオン!」「キュートにキャットにスティンガー!」「「ワイルド・ワイルド・プッシ―キャッツ!!」」

 

「連名事務所を構える4名一チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランのヒーローチームだ!」

 

 ヒーローオタクの出久が早口の解説を披露する。年齢の話をしようとしていた時はパンチされていたが。

 

「ここらは私たちの私有地でね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね。」

 

「バス……戻ろうか……早く」

 

 雄英特有の嫌な気配を感じ取った数人の生徒がバスに戻ろうと声をかけるものの、時すでに遅しというやつである。純狐はさすがに泥だらけになるのは嫌なので、ガードを固め、同時に周りで何があってもいいよう警戒を高めた。

 

「悪いわね諸君。合宿はもう始まってる。」

 

 ピクシーボブが地面に手を当てたかと思うと、周囲一帯の土が盛り上がり、生徒たち全員を森に投げ込んだ。純狐も特に抵抗することなく土砂に呑まれていく。今回も、自分は別行動をさせられるとも考えていたが、皆と居られるならその方がいいため何も言うことは無い。

 

「私有地につき、個性の使用は自由だよ!今から3時間!自分の足で施設までおいでませ!」

 

 萬田例から指示が飛び、本格的に合宿が始まる。雄英はこのような事態が多いため皆も慣れてきているが、普通に考えればあり得ないことではある。

 

(とりあえずは何も無しか。先生たちが用意する試練は、私がいなくても突破できる程度のものだろうし、私は外部からのちょっかいにだけ気を付けておきましょうか)

 

 純狐がそんなことを考えているうちに、目の前に現れた土の怪物を、いつもの3人が破壊する。原作と違うのは、怪物は4体現れ、3人が各自一体ずつ破壊したという点だ。残り1体は、轟によって片手間に動きを止められ、八百万のマトリョーシカに爆破された。

 

(みんな成長してるわね。今この3人と同時に戦ったら勝てないかもしれないわ。もう少しで退場するのが惜しいわね)

 

 純狐は力の落ちてゆく自分を恨みながら、他の皆が切り開く道を歩いてゆく。こうして、純狐が生徒として参加する最後のイベントが始まったのであった。

 




読んでくださりありがとうございます!

誤字、矛盾等あればご指摘お願いします。
定期的に更新できなくて申し訳ない。

次回、林間合宿続き


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林間合宿 2


こんばんは!

話はあまり進んでないです。
進ませたいのはやまやまだけど、皆との会話もさせたいという葛藤。


投稿が遅いのは時代や環境のせいじゃなく、俺が悪いんだ………!



 

「落月!お前サボってんじゃねぇよ!」

 

 森の中に爆豪の怒号が響く。純狐はそれを軽く聞き流し、爆豪たちの開いて行く道を小走りで通っていた。時折前方から氷塊や爆風が飛んでくるが、わざとではないと信じよう。

 

「でも、珍しいな。お前が戦わないなんて。」

 

 糖分が枯渇したのか、前線から身を引いた砂藤が後方にいる純狐に近づく。いつもなら率先して、と言うかほぼ単独で突っ走るタイプの純狐がほとんど手出しをしないのは、ここにいる誰から見ても疑問だった。

 

「気分よ、気分。今回は飯田君、出久君、爆豪君、轟君の四人で前線は十分だから、サポートに回ろうってわけ。」

 

 そう言うと純狐は砂藤の持っていた角砂糖を奪い、作り出した水に溶かして砂糖水を作る。そして、その砂糖水を砂糖に純化し、そのまま砂藤の口に詰め込んだ。

 

「それじゃ、また前線で頑張ってね。皆で昼ご飯を食べましょう。」

 

 サポートとしても優秀な純狐に支えられた1―Aの生徒たちは、如何なく実力を発揮させながら森の中を駆け抜ける。結果として、原作よりも難易度の上がった魔物の森も何とか4時間ほどで突破できた。制限時間には間に合っていないが、お情けとして軽い食事は作ってもらえたようだ。

 

(思い返せば、今回特に純化に関して制限をかけられてないわね。個性を使える間は使わせてあげようという事かしら。そこまで甘い組織でも無い気はするけど……)

 

 最も可能性が高いのは、個性を使える間だけでも、発生する可能性のある強敵と戦わせるための兵器として扱われているという線だ。実際保須で出会った脳無は、オールマイトでさえ倒せるかどうか怪しいものであった。今後、このような事例が発生した時、それを抑え込める人員は今のヒーローにはいない。

 

(私が居なくなった後のことも考えて、轟君たちをもっと強化しておくべきかしら。でも下手に強化しすぎたら、神野で変なことが起きるかもしれないし……。私が参加できるイベントは今回が最後だからなぁ)

 

 アフターケアまでしようと意気込んでいた純狐であったが、如何せん時間が無い。元の世界に帰ってからも手出しできないことは無いだろうが、色々面倒であることは考えるまでも無い。それに、純狐はライバル的な関係で切磋琢磨してレベルを上げたいと思っているため、できるだけのことは今やっておきたいと考えていた。

 

「ねぇ、この後時間あるでしょ?あっちで時間潰さない?」

 

 純狐は悩んだ結果、いつもの三人プラス飯田に声をかける。何をするか言っていないが、四人はなんとなく察したのか、素直に頷いた。先生たちの許可も取ったところで、早速適当な組み合わせで戦闘を開始する。

 

「デク!お前大回りしすぎだ!もっとコンパクトに動け!」

 

 出久と飯田の戦いを見て、爆豪がヤジを飛ばす。確かに出久はフルカウルに慣れていないこともあり動きに粗があった。動けているだけでもすごいことだが、天才である爆豪から見ると物足りないところがあるのだ。

 

「はいストップ。次、爆豪君と、轟君ね。」

 

 5分に設定したタイマーがなったところで、純狐が二人を止め、次の戦闘に移す。爆豪と轟の戦闘は出久たちのものと比べ、別格と言っていいほどレベルが高かった。中級レベルの脳無ならば簡単に倒せてしまうだろう。

 

「お疲れ様。休憩しといてね。」

 

 加熱する二人の間に壁を挟み込み、戦闘を止めた純狐は二人を自分の周りに集める。そして、爆豪に遠距離攻撃手段の確保とその使い方を示唆し、轟には防御としての氷、炎の使い方を教えた。

 

 各自一時間ほど訓練させた後、疲れた様子の4人を見て満足した純狐は、再び組み手をさせる。疲れで動きは機敏さを欠いていたが、技術的には進歩がみられた。

 

「今日はここまでね。明後日にでも私とでも戦闘してみる?」

 

 四人の様子を見ると、今からでも良いと言わんばかりだが、襲撃のことを考えると明後日の方が都合がよい。原作よりも進化している轟たちがヴィラン連合に勝利してしまったら困る為、純狐と直接戦わせ、体力の調整などをするというのが目的だ。

 

「さ、それじゃあ、皆と一緒に休憩しましょ。夕ご飯ももうすぐよね。っと、その前に……」

 

 純狐は泥だらけの四人に、頭の上から水をかける。大方泥を流し終わったところで風を当て、轟の炎を使う事で服まで乾かしていった。さっぱり綺麗とまではいかなくとも、これで目立った汚れは取れたはずだ。

 

「それじゃ今度こそ帰りましょうか。」

 

◇   ◇   ◇

 

 皆が風呂に入っている時間、純狐はオールマイトに呼び出されていた。勿論この合宿にオールマイトは参加していないので電話である。

 

「落月少女。最近何か変わったこととかあるかい?」

 

(相変わらず誤魔化し方がへたな人だ。サーナイトアイとかから何か聞いたな)

 

 スマホから聞こえてくるオールマイトの声色を聞きながら、純狐は苦笑いする。普段よりも強く、頼もしい口調。それは、オールマイトが純狐のことを何かしらから守るための、ヒーローの口調だ。つまるところ、純狐が近い将来何かしらの危険と対峙する、もしくはオールマイトにとって良くないように映る出来事が起こることを知ってしまったからだと純狐は考えた。言わずもがな、情報提供者はナイトアイだろうと断定する。

 

「特にありませんよ。あの期末試験以外は。脳無とかと会うことも無く、平和に暮らしてます。」

 

 原作でも詳しく書かれなかったサーナイトアイの能力は純狐にとっても警戒すべき事項である。幸いなのは、現時点で遠くの未来まで知られており、かつ純狐と深く関わりがあるのは、おそらくオールマイトだけであるという事だ。

 

「そうか……それならばいいのだが。何かあればすぐに言ってくれ。」

 

 追及の無いところを見て、あまり詳しいことは分かっていないのだと純狐は胸を撫でおろす。詳しいことが分かっていれば、オールマイトがここで引くはずはない。

 

「それで、ここからは情報共有になるのだが、これは皆には秘密で頼む。我々でも扱いかねているような情報だからな。君に話すのは、君の実力と関わる可能性の高さを見据えてのことだ。」

 

 やけに慎重なオールマイトの口調に嫌な予感を覚える純狐。オールマイトでさえ扱いかねることなど、この世界においては自分ともう一人の女神についてしか思い浮かばない。

 

「神、と呼ばれる存在がヴィラン連合側にいるらしい。いや、まだ繋がりがあるかどうかも正確には分かっていないが、我々の前には現れていないことなどから、今のところそう考えられている。」

 

 オールマイトは神という存在について純狐に説明を始める。純狐はその情報を聞きながらメモを取り、ヒーローサイドがどこまでヘカーティアの情報を知っているのか記録していく。ふとした拍子に口を滑らせ、知られていないはずのヘカーティアの情報を話してしまわないようにするためだ。

 

「ありがとうございます。とりあえず、関わったらヤバいという事だけ分かりました。」

 

 いつもならここで話が終わっているが、煮え切らない様子のオールマイトは何とか話を続けようと話のタネを探している。ナイトアイの予知の結果を聞いていながら、何の対策もしないことが気持ち悪いのだろう。

 

「無いとは思うが、もしも合宿中に危険な事態があれば、君はできるだけ関わらないようにしてほしいというのが本音だ。理由はまだ話せないが、ヴィランたちがこのクラスを狙うのであれば、君への対策なしに来るとは思えない。保須での脳無のような、もしくはそれ以上の何かを投入してくる可能性がある。」

 

 オールマイトが予知のことを言わないのは、純狐がその結果を聞くことによって傷つくのを防ぐためだ。原因は分からないが、親しい関係である人物とのつながりがもう少しで無くなると言われれば、普通ならばまともに活動ができる状態ではなくなってしまう。まあ、純狐はその原因が分かっているし普通ではないのだが。

 

「そのあたりはプロのヒーローたちも色々してくれるだろうが、戦闘という面において君を上回る人材は今回派遣できていない。近隣に他複数名のヒーローを用意してはいるが、保須の脳無のようなレベルが現れれば、君しか頼れるものが無くなる。そんな状況になってまで手を出すなとも言えない……。」

 

 既にヒーローサイドの人たちは、純狐を一人のヒーローとして戦闘力に換算している節がある。力が落ちているとはいえ、オールマイトと並ぶ抑止力を活用しない手は無いからだ。そんな状況だからこそ、オールマイトの葛藤はより厳しいものとなる。

 

「だから、そんな状況になってしまったら、私も制止を振り切ってそちらへ向かう。」

 

「頼もしいですね。でも、そんなこと言っちゃっていいんですか?」

 

 力強いその言葉は、純狐であっても頼もしさを感じさせる。このカオスな個性社会の犯罪を、その存在だけで抑制する平和の象徴はだてではない。だからこそ、純狐は自分たちの正体に近づけていない彼らを残念に思う。もう少し、狼狽させたり困惑させるようなことをしてくれることを期待していたのだ。

 

「HAHAHA!今のも相澤君たちには秘密で頼むよ。」

 

「ええ、勿論です。約束しますよ。」

 

◇  ◇  ◇

 

合宿二日目、1-Aの皆は早くから個性を伸ばす訓練を受けている。一見拷問のようだが、法律で禁止されていることが行われているはずはない、とその光景を見たB組の生徒たちは考えた。

 

「……ん?」

 

「何かあったのか小大?そう言えば、落月が見当たらないな。」

 

 純狐と体育祭で知り合った小大がいち早く純狐がいないことに気づく。純化は否応なしにも目立つはずなので、他の生徒たちも不審に思っているようだ。

 

「あの子なら別の場所だよー!色々試したいことがあるって相澤先生が連れて行っちゃったんだ。」

 

 挨拶のため近づいて来たラグドールは笑顔で森の奥を指さす。その後、ちょっと遅れて集まったプッシ―キャッツの他のメンバーが自己紹介をすると、B組の生徒たちも訓練を始めた。

 

「ところでラグドール。落月は何故離れたところで?」

 

 一段落着いたところで、B組の担任であるブラドキングは休憩中のラグドールに水を渡す。B組担任としてA組をライバル視しているため、その筆頭である純狐のことは知っておきたかった。

 

「うーん、詳しいことは聞かされてないんだけど彼女の弱点克服かな?」

 

 ラグドールは朝のうちにA組の生徒全員をサーチの対象にしている。手っ取り早く弱点を発見し、訓練につなげるためだ。その中で勿論純狐のことも調べたのだが、その弱点が多くの予想と反していた。

 

「彼女の弱点は、メンタルらしいんだよね。激昂しやすいのかな?あまり正確なことは分からないけど。でもそれって、今までの彼女の行動と一致してなくない?って話。」

 

 純狐は確かに稀に論理的でない行動をとる。だが、それはあくまで余裕の現れであり、感情的になっているふうには見えない。

 

「メンタルですか……確かイレイザーヘッドとオールマイトが家庭訪問した時、トラウマが有るとか言われていた気がしますね。しかし、それが彼女の体力以上の弱点であるとは私も思えません。」

 

「私の弱点を見つけるって能力もどこまで正確なものか分からないところもあるからね。彼女みたいな個性だと、規格外の物理面より人間味のある精神面の方が弱点として判定されちゃうのかも。」

 

 一通り話し終わったラグドールは、ブラドキングから離れて生徒たちの様子を見に行く。既に朝よりも個性の成長がみられる生徒もいて、今年の生徒は例年よりもポテンシャルの高い者が多かった。

 

(A組……やはり成長速度が恐ろしい。特に落月とよく関っている4人は目を見張るものがあるな。B組も追い付け追い越せで頑張らねば)

 

◇  ◇  ◇

 

「弱点どうこう以前に、お前の個性の伸ばし方は俺らもよく分からない。そしてこれは俺たちの責任もあるが、その個性が弱ってきてるお前にしてやれることも今のところ見つかっていない。」

 

 森の奥まで来て相澤が始めたのは座学だ。施設内が設備も整っているのだが、情報漏洩を防ぐため、相澤なりに配慮した結果である。

 

「色々言いたいことも無くは無いですが……メンタル弱点って人に対して『よし、メンタルケアするぞ』って連れ出すのはどうなんですかね?」

 

「お前、もし俺たちがばれないようにケアしようとしても見抜くだろ。それだと今までと同じになるし、最悪逆効果だ。」

 

 相澤は表に出しはしていないが、内心焦りを感じていた。純狐のメンタルに関しては度々議題になっている。職場体験も、主にヒーローとしてのメンタルを培うためにグラントリノに頼んだ。だが、それをもってしても純狐に変わりが見られない。相澤は、この結果は純狐が自分たちの思惑を見抜き、適当に受け流してきたからだと考えた。つまるところ奥手すぎたと感じたのだ。

 

(正直、遅すぎた。俺たちに対する疑いがここまで深まる前、最低でも期末試験前には気づいておきたかったな)

 

「はぁ、そういうものですか。」

 

 完全に専門外であるため、純狐は曖昧な言葉を返す。メンタルケアなど、あまりに今更過ぎてどうでもいいのだ。何が変わるわけでもないし、特段面白いわけでもない。

 

(メンタルケアと言えば、エンデヴァー調子どうなのかしら。期末試験の後連絡先交換したけど、未だに何も無いわね。ヘカーティアに散々何かされたみたいだし彼も不憫よね。半分自業自得だけど)

 

 純狐はエンデヴァーのことはあまり好きではないし、積極的に近づきたいとも思わないが、だからと言って放置するのももったいなく感じていた。それに無関係とはいえ、友人がかなり迷惑をかけているはずである。そのままにしておくのは気が引ける。

 

「で、まあ単純な質問からだ。」

 

 純狐が関係の無いことを考えているうちに、相澤は話を進めていく。色々尋ねたり思考実験のようなものをされたが、どれも差し障りは無いものだった。相澤も教師としては優秀だが、カウンセリングがうまいわけでは無い。どちらかというと苦手である。そんなことは相澤も分かっているため、カウンセリングまがいのことはすぐに終わり、雑談タイムとなった。

 

「お前は期末試験でトップヒーローたちと対峙してみてどう感じた?」

 

「そうですね……連絡系統がしっかりしていて厄介でした。私の能力の詳細をあまり知られていなかったので助かりましたが、序盤にシンリンカムイとギャングオルカを止められていなかったら厳しかったかもしれません。」

 

 もしかするとこれも何かしらの心理テストかもしれないが、そこまで考えだすときりがないため純狐は素直に話をする。内心では、今日の夜に集まるヴィランの様子を一目見ようと、宿舎から抜け出す計画を練っていた。

 

「ああ、それとこれはただの個人的な質問だが……」

 

 森の中に持ってきたパイプ椅子を片付けながら相澤が口を開く。

 

「お前はステインがやったこと、復讐についてどう思う?」

 

 純狐が最後、ステインを諭そうとした事がいまだに気になっているのだろうかと疑う純狐。ステインの時は、相手が極限状態に追い込まれており、純狐の本質的な部分を僅かなりとも感じているという前提の下での会話だった。その為、あれは会話の内容と言うよりもその場の雰囲気が重要な要素だった。

 

 純狐があの場では他人に話しても問題ないような話しかしなかったのは、余計なリスクを冒さずともステインを満足させられ、かつヒーローたちからの疑惑を払拭することができると踏んだからだ。

 

 相澤はこの純狐の考えが読めていたわけでは無い。だがステインと対面してみて、あれだけの会話でこの男が変化するとは思えなかった。そこで、まず考えたのは洗脳だ。しかし、体育祭の様子を見るにあれを複数人が見ている前で使うという事は考えにくかった。そして次に思い浮かんだのが、会話内容が嘘だという事。しかし、これはテレビで流れる映像から確認できる口の動きから、嘘ではないと証明された。

 

(となると、何かしら同調したものがあったと考えるのが妥当かもしれない。あの状態のステインと同調するとなると、それはヒーローにとって好ましいとは言い難いだろう。もしこいつの行動原理がそれに基づいているなら……事態は俺たちの想定よりも悪いかもしれない)

 

「日本の法律に照らし合わせると、ダメですよね。自力救済のなんたらとかいうやつで。個人ではなく国が実力行使しないといけないとか。ならば、私たちヒーローもそれに従うべきだと思います。色々わだかまりもあるかもしれませんが、個人が好き勝手するのは自由ではなく、無秩序ですもの。」

 

「なら、その国が動いてくれないとするならどうだ?俺の立場で言うのも何だが、そんな事例も無くは無いだろう。」

 

 相澤はあくまでついでの小話と言った様子で話す。ヒーローとしてではなく、相澤個人として純狐の考えていることも知りたいのだ。

 

「……意地悪ですね。まあ、その場合は基本泣き寝入りだと思いますよ。もし何か手立てがあるならばそれに縋るのもありですが、国を敵に回してまで抵抗するのは生半可な精神の持ち主では無理でしょう。」

 

 純狐の解答を聞き、相澤はホッとすると同時に悔しさも感じていた。純狐のような物事の見方が常人とは違う人物ならば、何かしら解決案を出してくれると期待していたのかもしれない。

 

「ですが……もしその人が大きなものと戦えるだけの覚悟をもっていれば、戦うその人を私は止めませんし、止められません。勿論関係の無い人に対して過度に迷惑をかけ始めたら止めますけどね。」

 

 ポロリと零れたその発言は、何故か相澤の心を不安なまでに揺らす。その時の純狐の顔を相澤は見ていないが、おそらくいつも通りの表情だったのだろうと感じた。いつも通りの笑顔ではなく、ただただ普段通りの表情だったのだろうと。

 

この時、何の合理的な根拠もないが、相澤は初めて純狐のことを知った気がした。

 





読んでくださりありがとうございます!

最終話の冒頭を少しずつ書いたりしてます。
これしとかないと話がどんどんずれてしまう……なんでやろなぁ
最近無能なナナ見終わりました。面白かった。
矛盾、誤字などあれば報告していただけると幸いです。

次回、林間合宿3、多分襲撃の途中まで


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林間合宿 3


こんばんは!

失踪しかけましたが往生際悪く戻ってきました。
投稿頻度は本当に申し訳ありません。
主の頭ではシナリオが思いつかないのです。
それと、今回は視点変更多用注意です。

罪悪感:「これは、お前が始めた二次創作だろ。」



 

(うーん……よく見えないけど、襲撃するヴィランの数は変わっていないみたいね)

 

 二日目の夜、皆が風呂に入っているタイミングで宿を抜け出した純狐は、ヴィランたちの立つ高台のさらに上から見降ろしていた。勿論“隠”への純化はしている。人の視線には気を付けているヴィランたちも、さすがに“隠”に純化されてはどうしようもない。だが、見つからない保証が無いのに堂々と崖の上でかっこつけているのはさすがにどうかと思う。

 

(まあ後から合流するのもいるみたいだし、まだ断定するわけにはいかないわね。もし強敵が現れたらどうしましょうか。オールマイトはそれを聞きつけたらほぼ確実に来るでしょうし……)

 

 オールマイトが来たからと言って特に何かあるわけでは無い。しかし、この世界の原作とのずれを把握するためにオールマイトのマッスルフォームの持続時間を参考にしているため、原作と違う戦闘をなるべくさせたくはない、というのが純狐の考えだ。

 

 もし保須レベルの奴が出てくれば、オールマイトが死力を尽くさなくてはいけなくなってしまう。そうなると、この後のオールフォーワンとの戦闘や、純狐が帰った後の世界でどんな影響が出るか分からない。自分が帰った後もあまり荒れずにストーリーを進めてくれることを望んでいる純狐としては困るのだ。

 

「作戦の詳細に関しては後から確かめるとして………あの化け物どうするの?」

 

 やっと恰好つけるのに飽きたのか、トガが森の中に移動しながら襲撃のリーダーである荼毘に尋ねる。彼らはヴィランとして欠点は多々あるが、今まで捕まっていないことから分かるように馬鹿ではない。もし綿密な襲撃の計画があったとしても、純狐という化け物がいるようなところに自ら突っ込むような行為はただの馬鹿である。

 

「その辺納得したからこの組織に入ったんじゃないのかお前ら?」

 

 呆れた表情をする荼毘だが、トガは気にした様子がない。彼女やスピナーはステインがいたというだけでヴィラン連合に入っているので、細かいところまでは覚えていない。先程馬鹿ではないといったが、やはり彼女たちは馬鹿なのかもしれない。

 

「俺も詳しくは話してやれないが、落月に関してはあまり考えなくてもいい。」

 

「誰がそう言った?」

 

 情報のソースを出さない荼毘に不信感を抱いたマスキュラーは少し怒気の混じった声を出す。マスキュラーは戦闘狂ではあるが、それはあくまで自分よりも弱いものを嬲り殺すという方向である。わざわざ負け確定の戦闘をするのは自分の身の危険があると同時に性に合わない。

 

「……秘密だ。どうしても聞きたかったら帰って死柄木に連絡しろ。」

 

 適当にあしらってもよかったが、ここで戦闘になってしまうのは最悪である。マスキュラーの気を紛らわせるためにも、あくまで自分の口からは言えない、という体にしておく。

 

「ここじゃどこに目があるか分かりませんし、拠点に帰りましょう。」

 

「そうだな。じゃあ拠点で落ち合おう。」

 

 ヴィランたちはそう言うと、それぞれが四方八方に走り去っていく。アジトを特定されないためだろうが、皆が集まっているところで気配を悟られないような者を撒くことが果たしてできるのだろうか、と純狐は疑問に思った。

 

(もしかして、ここまでの会話は私が見ていることを想定したブラフの話だったのかしら。今の死柄木の有能さを見るとそっちの方が可能性高い気がしてきたわね。それともヘカーティアがまた何か手を貸したのかしら)

 

 あまりにもお粗末なヴィランたちの行動を見て、純狐はその行動自体を疑い始めていた。“隠”に純化してしまえば、警戒すべきだと考えていてもその対象が何なのか理解できないため、対策は困難だ。しかし、期末試験でエンデヴァーがやったように、マニュアルを作るというのは“隠”への純化への有効な対策となる。

 

(彼らの拠点に興味は無いし、今日は帰ろうかしら。)

 

「ねえ、純狐。今話しても大丈夫?」

 

 これ以上面白そうなこともないので純狐が帰ろうとしていると、久しぶりに鍵穴から声が聞こえた。ヘカーティアは体育祭の頃から露骨にヴィラン側に回って純狐を妨害していたため、今まで直接の連絡はあまり無かった。このタイミングで連絡して来たというのは、やはりこの世界での旅の終わりが近いからだろうか。

 

「いいけど、どうかしたの?」

 

「これと言った用は無いのだけれど……今回の襲撃、あなた手を出さず観戦するのはどう?原作通りの敵だと弱すぎるし、私が追加で用意した奴と戦っても、ワンパターンで飽きたでしょ。」

 

 言われてみれば、と純狐は思う。ヘカーティアが純狐の妨害に夢中になっていたという事もあり、成長した皆の戦いぶりをしっかりと見たことは無い。いつかは見てみたいと考えていたのだが、期末試験などの機会は色々あって無くなってしまったためだ。

 

「でも何もしないってのも物足りないわ。そうしなければならない理由でもあるなら納得できるけど。」

 

 だが、あくまでこの世界の登場人物の一人になりたい純狐は、何もしないことをよしとはしない。今までなんだかんだ言ってヘカーティアの妨害を無視せず、まともに対処していたのもそういう理由である。

 

「うーん、特に考えてないなぁ。クラウンピース呼んで周辺の町のヒーローを狂わせる?」

 

「却下よ。」

 

 こんなとんでもないことを言っていながらも、ヘカーティアはむやみに被害者を増やすようなことはしないだろう。大々的に世界を荒らすとその後処理は結局この世界の支配者であるヘカーティアに回ってくるからだ。

 

「じゃあ、あなたがヒーローサイドの邪魔をしてみる?ほら、敵に洗脳された~って感じで。」

 

 考えようによってはそれも面白そうだなと思う純狐。しかし、面白そうな妨害が思い浮かばない。そもそも今回の林間合宿はヴィラン側が目標を達成し、ヒーローサイドが敗北するシナリオだ。そこでさらに純狐までヴィランを支援すれば、見るも無残な結果となることは必至であり、最悪死人が出る。

 

「今回の……何だっけ、開闢行動隊?は殺しも平気でする連中もいるし、チェンソーマンみたいな殺傷能力高い脳無もいるし、下手に手出しできないのよね。だからまあ、そうね……。」

 

 少し考え込んだ後、何か思いついたのか純狐は立ち上がってヴィランたちの消えていった方向を見る。既にヴィランたちは散っておりそこに姿は無い。しかし、月光が森を照らす角度が変わると、そこにはいくつかの光るものが見えた。

 

「なる程、警戒はしていたのね。」

 

 よく見ないと分からないが、その光るものは超小型のカメラだ。もし純狐がヴィランたちの潜伏先を暴こうと尾行していれば、これに気づくことはできなかっただろう。そして、これはおそらく死柄木の策ではない。

 

「荼毘でしょうね。あなたへの対策じゃなくて、死柄木の発言を信じてもいいかってことを確かめたかったのでしょう。」

 

 鍵穴の先のヘカーティアは純狐の行動を見守る。ヘカーティアには何の思惑も無い。ただ飽きたので純狐の観戦を促しているので、これから純狐が何かするのであればそれを止めはしないだろう。

 

「することは決まったわ。あなたからすれば面白くないかもしれないけど、今回は我慢してね。」

 

 純狐はそう言うと、カメラの死角に入りながら宿舎まで戻って行くのだった。

 

◇  ◇  ◇

 

純狐が森から帰ってきている頃、麗日は出久、飯田、そしてたまたま付いて来た轟と物陰で話をしていた。

 

「つまり、落月は出久と死柄木の接触に気づいていながら見て見ぬふりをしたってことか?」

 

「いや、見間違えかもしれないからそうとは言い切れないんだけど……。」

 

 麗日が言う事には、ショッピングモールで出久と死柄木が接触した時、純狐がそれを見ていたような気がしたというのだ。麗日は、出久が死柄木と一緒にいるところを見るその少し前、人込みの中から出久を探そうとあたりを見渡していた。その時、たまたま二階で本を読んでいる純狐が視界に入った。

 

 直接出久を見つけるよりも、純狐に聞いた方が確実だと考えた麗日は、とりあえず純狐と合流しようと移動し始めた。少し近づき、純狐の方を再び見た時、純狐の目線が一瞬本から離れ、一階の広場の方に向いた気がしたのだ。それにつられて、麗日が広場のベンチを見ると、そこに出久と死柄木がいた。

 

「うーん、見間違えの可能性が高い、としか言えないな。一瞬だったのだろう?」

 

「そもそも何で僕たちにそのことを?」

 

 純狐が自分たちにとって不利となる行動をする理由が分からないため、皆は麗日が何故急にこのことを話しだしたのか理解できない。そして、それは麗日も同じであった。何故自分がこの出来事をただの偶然、勘違いと割り切れずにいるのか、答えが出ない。

 

「私もただの偶然だと思ってるよ。ただ、なんとなく割り切ることができないの。」

 

 自信なさそうに言う麗日に、皆は何を言うことも出来ず俯いてしまう。入学してまだ数か月しか経っていないが、純狐と過ごすことは多かった4人だ。麗日の言葉にならない違和感に共感できる部分もあるのだろう。

 

「……確かに、俺から見てもあいつは一人行動が多いし、その間何をしているのか語らないことがよくある。体育祭のブラックボックス、職場体験での脳無、期末試験の話は尋ねてもはぐらかされる。」

 

 そう、誰も純狐のことに付いて詳しく知らないのだ。それは、それぞれ自分のことで精いっぱいだったこと以上に、純狐が自身の情報を開示しないことに原因があることに、4人とも気づき始めている。

 

「切島君にも一回声をかけようか。彼は入学直後から落月さんに対して何か感じているようだった。体育祭の時のアレにも同じような何かを感じているようだったし、彼なら何か分かるかもしれない。」

 

 その後、切島とも話に行った4人だったが、得られた収穫はやはり多くなかった。切島が言うには、純狐から感じるのは近寄りがたい雰囲気、そして、それはあまりいいものではないような気がするという事だ。だが、普段の純狐の雰囲気を見ているとどうしても、その良くないものが本質だとは思えない。

 

 知ろうとすればするほど、純狐の人物像はおぼろげになっていく。それは、純狐に探りを入れようとしたもの全てが通った道だ。そして、このことに彼らが気づくのはあまりに遅かった。

 

◇  ◇  ◇

 

この四人の話を、相澤は物陰から聞いていた。たまたま通りかかっただけであったが、話しの内容が純狐に関するものだと分かると、悪いと思いながらも聞かずにはいられなかったのだ。

 

(確かに偶然の可能性が高い。あいつのことだし、戦闘とはいかずとも何かちょっかいは出すだろう)

 

 あのショッピングモールでの騒ぎが相澤に伝わったのは、出久と死柄木が分かれてから約30分後だった。相澤はその時雄英の校舎内にはいなかったので、連絡が伝わるのが少し遅れたのだ。それから色々と事態の収束に動き、生徒たちの安否確認を行うことができたのは2、3時間後だった。

 

(落月に電話をかけた時は家にいると言っていたな。あいつの家はショッピングモールから比較的近いし妥当だろう。落月には最後に電話をかけたが、何かするにしても3時間ほどしか時間は無い)

 

 ショッピングモールでの死柄木との接触は、その場の状況などから考えて、本当に偶然だったのだろうと教師たちは結論付けた。つまり純狐が何かするにしても計画する時間は無い。

 

(もし死柄木が来ることが事前に分かっていたとすれば、他の生徒に見つかるリスクを冒すことは無いだろう)

 

 麗日たちの言っている通り、偶然と考えるのが最も合理的だ。だが、昼の純狐の言葉がどうしても引っかかってしまう。

 

(大きなものと戦えるだけの覚悟があれば止めない、か……。あいつが死柄木をそう判断したのならあるいは……)

 

◇  ◇  ◇

 

林間合宿3日目、開闢行動隊が純狐の行動を一応計算に入れたうえで動いていることが分かったため、ほとんど徹夜で警戒していた純狐だったが、特に何もなく朝を迎えた。ちなみにこの日も純狐は基本一人行動である。とは言え、2日目のように遠くに連れ出されるわけでは無く、皆の訓練を見るように言われただけだ。

 

「君の目から見て、このクラスはどう見える?」

 

 純狐の隣に来たマンダレイは、額の汗を拭いながら話しかける。近くに相澤がいないことから考えるに、今日の監視役なのだろう。マンダレイが二人きりになろうとしないのは、お互いのことをよく知らず、いい話は聞けないと考えたのだろうか。

 

「私から見てですか……。良いクラスだと思いますよ。お互い切磋琢磨して練度を上げている。雄英でも、1年生でここまで実力のある人が揃っているのは珍しいことでしょう。」

 

「確かにそうね。私もここまで優秀な生徒の揃った学年を見たことが無いよ。不謹慎だけど、ヴィランの襲撃がいい刺激になったのも事実ね。」

 

 ケラケラと笑うマンダレイには、暗いところなどみじんも感じられない。この後起こることを知っている純狐としてはこの顔が曇るところを見たくないが、ここは我慢して黙って話を聞くことにした。

 

「あなたがいてこそのこのクラスだとも思うよ。成績上位の生徒たちはあなたに追いつこうと努力してるし、それに引っ張られて全体のレベルも上がっている。それに……これはこのクラスと直接の関係は無いけれど、あなたは既にヴィランに対する抑止力にもなっている。」

 

 どこのデータかは分からないが、体育祭と保須の後、日本の犯罪率は目に見て分かる程減少したらしい。さすがにオールマイトほどとはいかないが、純狐もヴィランにとっては既に脅威と認知されているのだ。

 

「そんなたいそうな評価を受けるほどのことはまだしてませんけどね。私は力も落ちてきていますし、頼れる仲間がいるのは頼もしいです。」

 

 多分ばれているとは思うが、一応プロヒーローに成る気が無いことを隠す純狐。マンダレイはそんな純狐の言葉を聞くと、そう、と元気よく言って再び訓練をしている皆のもとに帰っていった。

 

◇  ◇  ◇

 

 三日目の訓練も終わり、約束していた4人との戦闘も終わった頃、ヴィラン連合の精鋭部隊である開闢行動隊は森の中で襲撃の準備をしていた。

 

「落月は死柄木を信じとけば大丈夫だな!おい、本当に大丈夫なのか!?」

 

「今のところ手は出してきませんが、奇襲しても彼女に効果があるようには思えませんよ?」

 

 マスキュラーがどこかに行った後、作戦開始が近づいているにも関わらず何の動きも無い純狐を見てトゥワイスとトガは荼毘に話しかける。荼毘は下を向いて目を閉じ、何か考えているようだが、二人に答えを出さない。

 

「作戦の変更は無しだ。持ち場につけ。」

 

「……何かあるんですね?信じますよ?」

 

 トガは一歩も引かない荼毘の様子から何か感じ取ったのか、心配しながらも森の中に消えていった。トガが視界から消えると、荼毘はやっと立ち上がり、小さな無線を通して作戦開始を伝える。

 

「マスタード、ガスを出せ。スピナー、マグネ、ガスに合わせて襲撃だ。トガとMr.はまだ動くな。マスキュラーは……聞いてないな。ムーンフィッシュも、まあ好きにやれ。何か戦闘面で問題があった時は俺に連絡を。脳無を向かわせる。その他の問題は作戦遂行に問題があると思ったときだけ連絡しろ。」

 

 早口で伝えた作戦に対し、各々返事が返ってくる。静かな森に響くのは、雄英の生徒たちの楽しそうな話声のみ。開闢行動隊としてはこれ以上ない条件。

 

荼毘は、この状況を、わずかな情報で予測した死柄木に感心する。そして、ガスがあたりに充満しだしたのを確認すると、小声でつぶやいた。

 

「さあ始まりだ。地に堕とせ。ヴィラン連合、開闢行動隊。」

 

 そこで無線を切った荼毘は振り返って木の上を見る。一緒にいるトゥワイスは何をしているのか分からないが、荼毘の表情が若干曇っているところを見て、何か重要なことなのだろうと察した。

 

 そして数秒後、空から影が降ってくる。その影は音を立てずに降り立つと、荼毘とトゥワイスの四肢を氷に閉じ込め行動の自由を封じた。

 

「……来たか。」

 

「戦闘の意思は無さそうね。まあ、あなたたちじゃ私に勝てないし当然か。それにしても死柄木君はどこまで話したのかしら。それともオールフォーワン?神?誰でもいいわね。」

 

 この状況を全く想定していなかったトゥワイスは、混乱して言葉が出ない。二人が動けない内に、二人を“硬”の壁に閉じ込めた純狐は、その場に座って荼毘に炎で氷を解かすのを促した。

 

「こちら荼毘。落月はこちらで確保した。安心して戦え。」

 

 トゥワイスの氷を解かしながら、荼毘は無線を飛ばす。返事は帰ってこないが、心持は軽くなったことを信じて、荼毘は目の前の純狐に向き直った。

 

「ちなみに、俺はこのことを聞かされていない。お前は戦闘には参加させないようにしていると、死柄木とオールフォーワンから言われただけだ。」

 

 両手を上げて降参のポーズを取りながら、荼毘はあくまで冷静に話す。純狐がここに来ることを思いついたのは昨日の夜だったので、聞かされていないというのは本当だろう。だが、この冷静な様子を見ていると、それも本当なのか疑いたくなる。

 

「オイオイオイ!俺たちが黙って捕まると思うか?こんな壁ぶち破ってやる!壊せねぇよ……、どうすんだ荼毘!」

 

「だから落ち着けって。黙って分身に集中しろ。そして落月、お前の目的は何だ?返答によってはできる限り抵抗させてもらうぞ。」

 

 氷の拘束が解け騒ぎ出したトゥワイスを荼毘が炎でけん制し黙らせる。敵の最高戦力が司令部に殴り込みに来たのだ、これが普通の反応なのだろう。荼毘もあくまで冷静さを失わないようにしているが、内心は死柄木に呪詛の言葉を放っていた。

 

「私から要求することは特に無いわ。作戦終了まで雑談でもさせておいて。」

 

「何?」

 

 さすがに訳が分からない、と荼毘が表情を崩す。やはり、と言うべきか、死柄木は純狐の本質的なところを話してはいないようだ。純狐はそんな荼毘の問いを無視して話を続けた。

 

「理由を詳しくは話さないけど、私をあなたたちの拠点まで連れて行きなさい。それだけしてくれれば、あなたたちには特に何もしないわ。」

 

 ちょっと待っていてくれ、と荼毘は純狐に背中を向け、スマホをいじりだす。おそらく死柄木に連絡を取っているのだろう。そして数秒後、荼毘は、ため息をつきながらOKが出たとだけ言って、木にもたれかかった。

 

「ありがとう。作戦が終わる頃になったら言ってね。」

 

 純狐はそれだけ言うと、荼毘と同じように木にもたれかかり、この襲撃を見守るのだった。

 





読んでくださりありがとうございます!

矛盾、誤字脱字等のご指摘いただければありがたいです。
正直、初期の頃の設定を忘れてます……

次回、できれば林間合宿終わらせたい


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林間合宿 4

こんばんは!

がばがばさに拍車がかかってます。

ひぐらし卒楽しみですね。



「マスキュラーがやられたか。このままだとムーンフィッシュもヤバいな。脳無を向かわせるか……だが、そっちに集中しすぎると、他の生徒の足止めが厳しい。ムーンフィッシュも惜しいが切り捨てるほかないか?」

 

「大丈夫だ、俺たちが控えてる。本当に大丈夫なのか?」

 

 荼毘の持つスマホの画面には、仲間の位置を知らせる印が点滅している。その点の内、マスキュラーのものの動きが止まり、ムーンフィッシュのものも動きが鈍くなっていた。作戦開始から15分も経っていないのにも関わらず二人がダウンしてしまうのはさすがの荼毘も予想外だったようだ。

 

(まだ戦闘許可の命令も出ていないのに……血気盛んねあの子たち。このままだとヴィラン側が勝利できるか不安になってきたわ)

 

 純狐は荼毘の戦闘報告を聞きながら、今後の展開を予想する。ちなみに純狐が今最も警戒しているのはオールマイトだ。強敵が来れば加勢に来る、という言葉を、純狐は自分が苦戦する程度の敵のことだと考えていた。しかし、冷静に考えてみればヴィランの中でも悪名高い奴らが襲撃してきているこの状況はオールマイトが来ても何ら不思議ではない。

 

(私もこのジャンプ漫画の世界にかなり毒されてるわね。オールマイトがくるとしても、止める手段はここにあるけど……)

 

 そう、オールマイトへの対策はここに存在する。荼毘の操る脳無だ。弱個体の脳無であっても、脳無がいるという事実だけでオールマイトの足を鈍らせることはできる。敵の狙いが分からない以上、USJと同じようにオールマイトを倒すための作戦であると考えられなくも無いからだ。しかし、これだけでオールマイトは止まらない、と純狐は思う。彼なら戦闘で脳無を倒すことより、それを避けて生徒の保護を優先するだろう。

 

(無理にでも戦闘をさせて止めるしかないのだけれど……ここで出てきた脳無はおそらく中級の個体だからオールマイトには瞬殺されそう)

 

 純狐が脳無を強化することも考えたが、脳無がどこにいるのか分からない。下手に動けば誰か見つかるかもしれないし、荼毘に脳無を呼び出してもらうにしても、八百万が発信器を付けた後だと致命的だ。また、隠への純化中は自身の肉体強化以外のことはできないため、脳無の前でいったん解除する必要がある。脳無の一挙一動を見る八百万の目を誤魔化せるとは思えない。

 

(今の私はかなり広範囲の人たちに疑いを持たれている可能性が高い。今戦闘をしていないというのもその疑いを加速させる原因となっているでしょう。まあ、このことはもうどうでもいいんだけど、折角今まで隠してきたし神野までこの姿勢を貫きたくもあるのよね)

 

 もう学校でのイベントは無く、純狐が疑われることで行動しにくくなるようなことも無いだろう。だが、ここ数か月の間いかに自分の正体を隠しながら好きな行動をするか考えて、何とかしたのをこの林間合宿というタイミングで放棄はしたくない。

 

「荼毘、周辺への通信妨害は?」

 

 純狐から急に声をかけられ驚く荼毘。だが、答えることにリスクしかないため、無視して状況確認に努めていた。

 

「言わないとあなたたち捕まえるわよ。」

 

「何もしないんじゃなかったのかよ。」

 

 さすがに無視するわけにもいかなくなった荼毘は面倒そうに返事をする。警戒をほとんどしていないところを見るに、純狐を信用はしているのだろう。まあ、戦闘ではどうしようもなく、逃げ切れる可能性も低いため信用するしかないというのもあるだろうが。

 

「気が変わったのよ。それに、今あまりいい状況じゃないでしょ。生徒たちの戦闘力とか見て……」

 

 と、その時。遠くで爆音が鳴り、その場所に砂嵐が立ち込める。遠かったため何が起こったか正確には分からなかったが、三人は何があったのか感覚で理解できた。

 

「まさかオールマイトか?クッソ、この作戦ガバばっかじゃねぇか死柄木!」

 

(いくら何でも速すぎるでしょ。マジで隣町でスタンバってたの?いや、起こったことはしょうがない、この状況どうするか……)

 

 荼毘は珍しく語気を荒らし、純狐はすぐさまどうすればいいか考えだす。しかし、開闢行動隊は、戦力の余裕はあるとはいえ、劣勢である。そこにオールマイトが来たとなると、もはや作戦の続行は難しいだろう。

 

(このままだと作戦中断して撤退しかなくなる。それは避けたい。こうなったら私も賭けに出るしかないわね)

 

 このままここで隠れていても状況は悪化していくばかりだろう。純狐は瞬時にそう判断して立ち上がると、焦る荼毘たちに落ち着くよう声をかけた。荼毘たちも焦ってばかりいられないと、若干冷静になっていたが、それでも状況を打破する作戦は思い浮かばないようだ。

 

「いい?あなたたちはここにいて。絶対に見つからないように。私は今からマスキュラー、そして脳無のところに行くわ。脳無の場所は……そこね。」

 

 荼毘の持つスマホを覗き込み、純狐は最小限の強化をすると止める間もなく森の中に消えていった。残された荼毘たちは死柄木に連絡をし、とりあえず純狐の言った通り身を隠す。

 

「チッ、いよいよあいつが何をしたいのか分から無くなってきた。だが、今はあいつを当てにするほかねぇ。おいトゥワイス、お前もとりあえず隠れろ。分身の操作は最小限でいい」

 

「いいぜ!ホントに大丈夫か!?」

 

 迷彩柄の布に身を覆い、二人は少し離れた場所で死柄木からの指示を待つ。遠くからは、オールマイトの大きな声と爆音が時折聞こえている。仲間から戦闘不能のマークが出ていないところを見ると、ヴィランと直接戦闘はしていないのだろう。だが、明らかにヴィランたちの動きは鈍くなっている。

 

(頼むぞ死柄木。そして落月は……ああ、もういい。あいつが今ヒーロー側につけばそれまでだ。信じるほかない)

 

◇  ◇  ◇

 

少し戻って、生徒たちが異変に対処し始めた頃。直前まで純狐と共に肝試しをしていた八百万は、戻らない純狐を心配しながら物陰に隠れガスマスクを作る等のサポートに徹していた。

 

(「ちょっと状況を把握してくる」って、一体どこに行かれたのでしょうか。彼女に限って危機的状況にあるとは思えないのですが……。特有の戦闘音は聞こえませんし)

 

 八百万が純狐の心配をしていると、マンダレイの通信で戦闘許可が下りたことが告げられた。それとほぼ同時に、近くにいた泡瀬と合流し先生たちのいる宿舎を目指すことにする。

 

「しっかし、全く状況が分からねぇな。慎重に行動しないと……。」

 

「そうですね。しっかりと安全を確かめて……」

 

 八百万の視界はそこで一度途切れた。そして次に見たのは目の前に迫るチェンソーの歯。咄嗟に鉄の棒を作り出し致命傷は避けたが、軽い脳震盪があり、足はまともに動かなかった。

 

「オイ、しっかりしろ!クッソ、なんなんだよ!」

 

 泡瀬は倒れる八百万をすぐに担ぎ、チェンソーを体から生やす脳無から逃げ出す。だが森の中という慣れない地形、そして夜中であるという悪条件もあり、脳無との距離は近づく一方だ。

 

「ホネヒャン!!」

 

 脳無の意味の無い声がすぐそこに迫る。ここまでか、と泡瀬が諦めかけた時、そこに大きな影が降ってくる。砂ぼこりに隠れよく見えなかったが、その大きな影は、目の前の脳無を吹き飛ばすと、泡瀬と八百万を抱えて走り出した。

 

改めてその顔を見るまでも無い。そこにはこの世で最も頼もしい笑顔がある。

 

「もう大丈夫!私が来た!!」

 

「「オールマイト!」」

 

 森の中に響く大きなよく通る声。それは絶望を感じていた生徒たちを奮い立たせるのに十分であった。

 

「とりあえず、君たちを宿舎まで届けよう。そこに相澤君たちもいるはずだ。安静にして、皆にも落ち着くよう伝えてくれ。」

 

 オールマイトがそう言い終わると同時に、三人は宿舎の前に到着した。二人を置いたオールマイトはニコッと笑顔を見せると、再び夜の森に駆け出してゆく。

 

(それにしても落月少女の姿が見えない。この場での最高戦力である彼女が動いてないとなると、力押しはできない状況なのだろう。ん?あれは何だ?常闇少年のダークシャドウに見えるが明らかに制御できていない。まずはあれを止めないとな)

 

 近くにいた轟と爆豪の方も気になったが、戦闘面で二人が押しているようだったので後回しにし、常闇の方に向かうオールマイト。仲間間で傷つけあうというのは、もし大事に至らなくてもその後の関係などに大きく影響する。そういう意味でも常闇の個性の暴走は直ちに何とかしなければいけない案件であるとオールマイトは判断した。

 

「もう大丈夫!私が……」

 

「オールマイトだと!?」

 

 常闇に向かって下降するオールマイトは横から飛んできた何かにぶつかり、遠くに飛ばされてしまう。だが、それでうろたえるオールマイトではない。すぐに体制を立て直し、そのぶつかったものがマスキュラーだと認識すると、すぐさま戦闘態勢に移った。

 

「俺の趣味じゃないんだが逃げることも出来そうにねぇな。さっきの緑谷といい、今日は似たような個性に会うな。」

 

 マスキュラーは何とか逃げ道を探そうとするが、オールマイトに隙は無い。スピード、パワーそして何より個性としての格が違う。2、3撃は耐えられてもその後は無いだろう。

 

「緑谷少年!また無茶を……。マスキュラー、ここで投降すれば拘束だけで済ませるぞ。」

 

 一応戦闘しない選択肢を出すオールマイト。しかし、マスキュラーはここで投降するような精神は持ち合わせていない。マスキュラーは今の状況と力で何とかしようと個性を発動させた。その瞬間、マスキュラーの腹に衝撃が走り、背後の木に打ち付けられる。それでも勢いは収まらず、マスキュラーは幾度も木にぶつかりながら吹き飛ばされてゆく。

 

「いってぇな……ッ!」

 

 倒れ込んだマスキュラーは何とか体を逸らしてオールマイトの追撃を避けた。2,3撃は耐えられるとした予想は甘かったらしい。手足を振り回して何とかオールマイトに距離を取らせると、マスキュラーは森の中に飛び込む。だが、すぐにオールマイトに足首を掴まれ、地面に叩きつけられてしまった。途切れそうな意識を何とかつなぎとめるも、もはや逆転の目は無い。

 

「ここまでか……」

 

 しかし、天はマスキュラーを完全に見捨てたわけでは無かった。オールマイトがとどめの一撃を放とうとする直前、空から脳無がやってきてオールマイトとマスキュラーの間に落ちる。

 

「くッ、脳無!」

 

 どんな個性を持っているか分からないため、オールマイトは距離を取り体制を立てなおす。脳無はそんなオールマイトに向かって行こうと背中からチェンソーを出すが、一歩踏み出すとバランスを崩してその場に倒れた。よく見ると、脳無は再生途中であり、体の右半分は歪な形になっている。

 

 この隙を逃すまいと、オールマイトは脳無の懐に潜り込んで拳を打ち込んだ。それだけで脳無は空に打ち上げられ、森の中に消えていく。が、致命傷に至っておらず、すぐさま暗闇からチェンソーの歯が迫った。

 

 オールマイトは手刀でその軌道を逸らし、そのチェンソーの根元を掴んで引き寄せ、顔面に拳を叩き込む。これにはさすがの脳無も堪えたのか、四肢を投げ出し痙攣し始めた。オールマイトはすぐさま脳無を完全に気絶させ、逃げようとしていたマスキュラーにも手刀を叩きこむ。

 

「ふぅ、時間がかかってしまったな。次こそ常闇君の元に……」

 

 オールマイトが再び森の上空に行こうとした時、背後から大きな足音が聞こえた。咄嗟に横に飛びのくと、オールマイトがいた場所に大きなチェンソーが振り下ろされる。そして、気絶している脳無と全く同じ姿をした脳無が暗闇から姿を現した。そして、その後ろからは疲れた様子の飯田が飛び出してくる。飯田の服は木の枝などが絡まっており、かなりの速度で走ってきたのが分かった。

 

「よかった!オールマイト、脳無を頼みます!」

 

「よく分からんが、とりあえず了解だ!飯田少年は危ないから私の後ろに隠れて外部のヒーローに救援要請を!」

 

 オールマイトはそう言うと、飯田を守りながら脳無を撃破する。先程より時間はかかってしまったが、他のヒーローを呼ぶ時間を作ることができたという事で、戦力に余裕ができたとオールマイトは少し気を緩めた。だが、スマホを握る飯田の表情は芳しくない。

 

「オールマイト……通信が全く通じません!」

 

「何だって!?」

 

 オールマイトは、念のために持って来ていた端末で連絡を取ろうとするが、飯田の言う通りどの通信手段も遮断されていた。この森につく前は特に問題なく電波を拾うことができていたため、ある程度情報を得てから連絡をしようとしていたのが完全に悪手になってしまった。

 

「飯田少年は宿舎へ向かって有線電話でまた連絡を試みてくれ。私は他の生徒の元へ向かう。くれぐれも気を付けて!」

 

 オールマイトはそう言うと、飯田が見えなくなるのを確認して上空に跳び上がる。しかし、足に触手のようなものが絡みついており、想定していた高度には達することはできなかった。

 

「本当にしつこいな!君は!」

 

 足に絡みついていたのは先程気絶させたはずの脳無から延びる腕だ。右半身も再生されており、この脳無の再生能力の高さが分かる。それに加え、チェンソーが武器という殺傷能力の高さ、飯田に追いつく機動力の高さを見て、オールマイトは優先事項を常闇からこの脳無2体に切り替えた。

 

(幸い常闇少年は、その個性が苦手とする爆豪少年と轟少年の近くにいる。彼らが止めてくれることを祈ろう。それにいまだに落月少女の戦闘音が聞こえないのが気になるな……。動けない状況なのか、それとも……いや、さすがにあり得ないか)

 

◇  ◇  ◇

 

「これで何とかオールマイトは拘束出来たでしょ……。あー疲れた。」

 

 オールマイトと脳無の戦う姿を遠くで見ながら、純狐は肩の力を抜く。

 

 荼毘と別れたのち、純狐はまずマスキュラーの元へ行き、力を分け与えて復活させた。そこで顔を見られるとまた面倒なことになりそうだったので、すぐにオールマイトのいる方へ投げ飛ばしたのだ。これがオールマイトを叩き落したのはただのまぐれである。オールマイトが移動したことを確認すると、純狐はその場に移動。そして倒れる脳無を二等分し、それぞれ傷口付近の細胞を生命力に純化させ、オールマイトが居そうな方向に時間差で投げた。そして、少し余裕ができた間に、奥の手である霊力を使い、この宿舎周辺の地域の通信を遮断したのだ。

 

「オールマイトの戦闘、霊力の大量消費……、ノルマ達成は出来なかったけど、まあ、うまくやった方でしょ……。」

 

 そう言いながら何とか荼毘たちのいる場所まで戻ってくる純狐。オールマイトが不確定要素のある生徒たちを宿舎に連れて行ってくれたおかげで動きやすくなってはいるものの、まだ気は抜けない。

 

「何とかして来たわ。オールマイトは後10分くらいは拘束できるはずよ。その間に何とか作戦を遂行して頂戴。」

 

「あー、疲れているとこ悪いが落月。Mr.が轟に拘束されたらしい。」

 

 化け物を見るような目で純狐を見る荼毘は、先程とは異なり、本当に申し訳なさそうに報告する。トゥワイスに至っては、もう頭を抱えて動けなくなっている。さすがに見積もりが甘すぎないかヴィラン連合さんよ、とツッコミを入れたい純狐だが、既にそんな体力も余裕も無かった。

 

「……うん。分かった。トゥワイス、私を増やすことはできる?」

 

「ちょっと試してみるか……。いや、できない。事前に準備しとかないと難しい。それに……俺はお前が全く分からない。うまく言えないができる気がしねぇんだ。何か本質的なところでお前のことが分からねぇ。」

 

 自分が二人いれば何とかできると、期待を込めて提案したが、なんとも言えない理由で断られてしまった。だが、この程度は想定内。純狐は次の案として、荼毘を増やすよう命令する。

 

「プロヒーローたちを足止めする手段が無くなるが……仕方ねぇな。」

 

 ここまで状況が悪くなっていると、爆豪回収という目的を速攻で達成するほかない。トゥワイスは既にやられかけの荼毘の分身を壊し、新たに分身を作った。純狐はその分身を強化しながら、これからの動きの説明を始める。

 

「分身の方はこの森の反対側に向かってちょうだい。そして、こちらからの合図で最大火力をこの森を囲うように放って。じゃあ、いってらっしゃい!」

 

 純狐はそう言うと、めんどうそうな顔をする荼毘の分身を送り出す。送られた力が多かったのか、自分の身体能力に驚きながらも荼毘の分身は森の中に消えていった。

 

「荼毘、あなたも強化してあげるわ。あっちに合図すると同時にこちらも火を放つわよ。」

 

「了解だ。」

 

 体を強化されながら、荼毘は冷静に仲間の位置を捉えて火に気を付けるよう連絡する。荼毘はこの場所なバレないように気を付ける余裕が無いことが分かっていた。それに、ここまでの異常事態が起こったにもかかわらず死柄木から連絡がこないことから、死柄木が自分たちが失敗しても特に問題ないと考えていることも理解していた。だが、できることなら成功させて帰りたい。

 

「よし、強化は終わり。三十秒後に作戦決行よ。あなたの仲間の命は保証しないから何とかしなさい。」

 

「もうできてるよ。燃やしたら、Mr.の方に行けばいいんだよな。」

 

 荼毘は調子を確かめながら仲間の一の最終確認を行い、隣のトゥワイスにも自分たちについてくるよう指示する。そしてついに、この作戦はクライマックスに突入した。

 

◇  ◇  ◇

 

コンプレスを拘束した轟、爆豪、緑谷と障子そして常闇は、その場から動かず先生たちが来るのを待っていた。しかし、その場は急に炎に囲まれ、氷で拘束していたコンプレスには逃げられてしまう。

 

「クソ!煙で何も見えねぇ!」

 

「爆豪。あまり呼吸をするな。」

 

 轟は何とか炎を避け、自分たちの周りに氷の壁を新たに作る。その中で皆の安全を確認しようと後ろを振り向くと、そこには爆豪と常闇の姿が無かった。

 

「かっちゃん!?常闇君!」

 

「3人は捕まえたと思ったんだが……さすが雄英生だ。だが残念だったな。開闢行動隊、回収目標達成だ!3分以内に回収地点に向かえ!」

 

 持っていたガスマスクで何とか煙から喉を守ったコンプレスは、指先で小さなビー玉を遊ばせながら轟から距離を取る。その数秒後、そこに荼毘とトゥワイスも到着し、ヒーロー側にとっての状況はさらに悪くなる。

 

「よう、Mr.順調そうだな。落月も最初に捕まえたみたいだし、大手柄だ。」

 

 詳しい話は聞いていないため、コンプレスは純狐のことに疑問を覚えるが、ここは話を合わせておくことにする。緑谷たちは純狐が捕まっていたという事を聞き、いざという時の救援は期待できないと改めて気を引き締めた。

 

「炎に気を付けながら回収地点に向かうぞ。じゃあなヒーロー。」

 

 そう言うと、ヴィランたちはあっという間に森の中に入っていってしまった。緑谷と障子が近くにいた蛙吹にヴィランが向かった方に投げ飛ばしてもらおうとしたが、炎と煙があり危険すぎるという事で実行することはできなかった。

 

「……ッ!僕はまた……!」

 

「緑谷。悔しいのは分かるが、今は無謀な行動はすべきじゃない。オールマイトも来ているんだ。大丈夫さ。」

 

◇  ◇  ◇

 

「よし、何とかなったわね。」

 

 先に集合地点に向かっていた純狐は、風を操って誰も大きなケガをしないよう炎の向きを調整しながら、荼毘たちの報告を聞いていた。そこに続々とヴィランたちが集まってくる。ちなみに集合地点付近には水を撒いており、火ができるだけ近くに迫らないようにしている。

 

「え、こいつ拘束できてないじゃないですか。」

 

 純狐を何とかした、としか聞いていないトガは自由に動いている純狐を警戒し再び森の中に逃げ込む。そこに荼毘たちが合流し、仲間たちに今の状況を軽く説明した。完全に信じた様子ではないヴィランたちだが、この場に純狐を拘束できる力を持つ者はいないため従うほかない。

 

「皆さん。合図から3分。行きますよ。」

 

 説明を終えるころ、黒霧が登場し、純狐が真っ先にその中に入っていく。その純狐の足がちょうど隠れた時、その場に衝撃が走り、ヴィランたちが吹き飛ばされた。

 

「おいおい、マジかよオールマイト……。」

 

 その場に現れたオールマイトは服の端々が黒く焦げ、全身に切り傷が走っているような状態であった。そしてその手には、そんなオールマイトとは比べ物にならないほどにボロボロになった脳無が二体握られている。

 

「このまま帰れると思ったか、ヴィラン!」

 

 その声には既に慈悲の要素など感じられない。それだけで精鋭であるヴィランたちもしり込みしてしまう。オールマイトはその硬直しているヴィランたちに対し手刀を叩き込んでいく。反応することができたのは、トガ、荼毘、コンプレス、そして黒霧の4名だけであり、他はすべて気絶してしまっていた。

 

 黒霧は何とか気絶してしまった仲間の回収をしようとするが、すぐにオールマイトの拳が迫り、殴り飛ばされてしまう。勿論、オールマイトはそれだけでは止まらず、炎の用意をしていた荼毘の腕を蹴って折り、変身しかけていたトガを今度こそ気絶させ、コンプレスの持っていた玉の一つを奪う。

 

 この間僅か5秒。ヴィランたちは自分たちが相手にしているものがどれほどの存在か改めて分かってしまった。

 

(無理だ。勝てねぇ)

 

 荼毘は目の前に迫る拳を見て確信してしまう。が、その時、一瞬だけオールマイトの動きが止まり、隙が生まれた。

 

「ッ、黒霧!」

 

 この機を逃すまいと、荼毘は黒霧に回収を指示する。オールマイトはそれを止めようとするが、手足がまるで糸に絡まったかのように動かない。

 

 黒霧の中に入っていくヴィランたちを悔しそうに見るオールマイト。そしてその時、オールマイトは見てしまった。その黒霧の中から顔をのぞかせる人物を。

 

(あれは!落月少女!くッ、こんな気味悪い糸など……)

 

 その顔を見て力が湧き出てきたオールマイトは、見えない糸の拘束を打ち破って純狐に接近する。そしてその手を掴もうと手を伸ばしたが、その手は純狐本人に払われてしまい、届くことは無かった。

 

「オールマイト。大丈夫です。私はもうすぐ……」

 

 伸ばした手が弾かれたという事実に混乱するオールマイトに、純狐は優しく語りかける。そしてその姿がすべて黒霧に消えた時、ヒーロー陣営の敗北という形でこの林間合宿の襲撃は幕を閉じた。

 

 




読んでいただきありがとうございます。

体育祭編あたりでグダグダしすぎたと個人的には感じてます。
ここまで続くと読む側も大変そう……。

次回!林間合宿後


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林間合宿後1

こんばんは!

テストが一段落したので何とかかけました。
林間合宿後~神野まではなんとなく考えているから更新が今までより少しは早くなるかもです。

FGOガチャラッシュきつい



 

 林間合宿の襲撃後、雄英の教師たちは緊急の会議を開き、情報の共有と今後の方針を簡単に話し合った。オールマイトもリモートで参加し、現場の状況や敵戦力のことなどをできる限り細かく説明した。

 

「オールマイト、落月さんがこんな簡単に捕まるとは思えないのですが……本当に敵にさらわれたのですか?」

 

 いつになく焦っているミッドナイトは、自身の最も気になっている点を指摘する。期末試験においてトップヒーローたちをあれだけ翻弄し、捕まることも無かった純狐がそんなにあっさりと捕まってしまうというのが信じられなかったのだ。他の教員たちも気になる点は同じようで、身を乗り出してオールマイトの言葉を待つ。

 

「……ああ、生徒たちに聞いたが、誰も見ていないようだった。その場に居合わせた者もいないらしい。さらわれる直前まで八百万少女と一緒にいたみたいだが、彼女も何も知らないとのことだ。」

 

 教員たちは何度聞いても変わらない現実にため息を漏らしながら簡単に描かれた報告書を読む。その報告書を見ながら、プレゼントマイクがなんとなく呟いた。

 

「落月の奴、本当に敵の攻撃によって攫われたのか?今、あいつにかかっている疑惑から考えると、自ら攫われに行ったと考えることも出来る。それにあいつが何の抵抗も出来ず不意打ちを食らったりするとは考えにくいんだが……。まあ、誰も見てねぇんじゃどうということも出来ないな。」

 

 その後、人工衛星などの映像なども交えて検討した教師陣だったが、真夜中の森という事で、燃え盛る炎以外何かを見つけることはできなかった。現地で先に調査を行っていた警察も、痕跡を発見することはできず、ヴィランの逃げた先を特定することも出来なかった。

 

 会議の最後に、各所関係機関と話をつけていた根津校長から連絡が入り、純狐が連れ去られたことに関しては発表しないことが話される。純狐は体育祭や保須の件で既に実質的な戦力として世間から見られている。その為、ここで誘拐されたと発表すれば、世間へ与える衝撃は計り知れず、ヴィラン連合がさらに箔づけられてしまうからだ。

 

 事実をきちんと説明すべきだ、という教師も多かったが、既に警察や報道機関はこのような方針で決定しており、家族である神獄からの許可ももらっているという事で反対は受け付けられなかった。

 

◇  ◇  ◇

 

時間は巻き戻り、襲撃の起こる約2時間前。オールマイトはある人から呼び出され、集合場所である田舎の小さな喫茶店に向かっていた。オールマイトも暇ではないので最初は断ろうと思ったが、呼び出し人が純狐の家族である神獄であり、純狐について大切な話があると言われては行くしかない。

 

 喫茶店に着いたオールマイトは奥の方で手を振る神獄に近づき、コーヒーを頼む。神獄はそんなオールマイトに定型文の挨拶をするとニコニコしながらオールマイトの顔を見た。家庭訪問の時とは違い、不思議な雰囲気を纏っている神獄にオールマイトは若干怯んでしまう。

 

「警戒しなくてもいいですよ。」

 

 内心を見透かされたような発言にオールマイトは恥ずかしそうに頭をかく。

 

「HAHAHA!気を遣わせてしまって申し訳ない。それで、話しというのは……。」

 

「ああ、純狐のことね。ほら、あの子トラウマが有るって前言ったじゃない?そのことについて話せる範囲で説明しておこうかなって。」

 

 急にフランクな話し方になった神獄に驚くオールマイト。だが、フランクな口調になったにもかかわらず、神獄との距離はさらに開いたような気がした。いや、開いたというのは正しくは無いのかもしれない。オールマイトがなんとなく神獄に近寄り難さを感じ、無意識に距離を取ったのだ。

 

「彼女、昔は一人だったの。両親が居なくなった後、彼女はヴィランに襲われて大切なものを失った。その時、彼女は頼る者が無かったのよ。勿論、物理的には私とかがいたけれど、あの子の孤独に気づくのが遅れてしまって……まあ、手遅れだったのよ。」

 

 抽象的な話であるため、オールマイトは雲をつかむような感覚ではあるが、何となく悲しい気持ちになる話であった。自分であったり、出久であったり、かつて無個性で周りから浮いた存在であった経験も、純狐の話に同情できる要因なのかもしれない。だが、自分には先代やグラントリノなどの師がおり、出久は母親や憧れに支えられていた。

 

「それは……しかし、今の彼女からは想像もできませんね。」

 

「発散し終わると、割と普通になるのよ。それに隠すのは上手だからね。ああ、勿論今の彼女が自分を偽っているとかじゃないのよ。そんな一面もあるってこと。」

 

 神獄は話し終わると、オールマイトの反応を試すかのように一呼吸おいてコーヒーを飲み始めた。オールマイトはまだよく理解はできていないようだが、今まで考えあぐねていた純狐の性格の本質が形になってきたような気がした。

 

「つまり、今のところ目立った問題は無いと思っている、という事ですか?」

 

 純狐への疑いなどを取り除いて聞けば、自分の感情をきちんと抑えて生活している、と捉えるのが自然だろう。オールマイトは神獄の言いたいことが結局何なのだろうかと自分から問を投げかけることにした。

 

「彼女は変わらないわ。まあ、あまり深く考えても意味が無い……とは言わないけど効果が薄いとは思う。」

 

 純狐の変化する可能性を否定するような考えが話されたことに驚くオールマイト。しかし、より驚かされたのはそれを語る神獄の顔が、悲しみや達観のようなものではなく、好奇に近いものを浮かべていたという事だった。

 

「私から話すことはこれ以上無いわ。何か聞きたいことはあるかしら。」

 

 オールマイトは急に呼び出されただけなので、特に話題を用意していない。だが、純狐に関して尋ねたいことはいくつかあったので、思い切って尋ねることにした。

 

「それでは、お言葉に甘えて。純狐さんの目が稀に赤くなり、他人の行動に影響を与えることは体育祭前に知っていましたか?」

 

「私がそれを知ったのは彼女が雄英に入学してしばらく経ってからよ。能力の詳細に関してはあまり知らなかったけど、体育祭でなんとなく察したわ。」

 

 オールマイトはナイトアイほど考えることに慣れてはいないが、長年の感などからその人が嘘をついているかどうか察することもある。だが、目の前の神獄の纏う空気はあまりに特殊であり、その感は全く機能しない。

 

「何か不安に感じたりとかは?」

 

 普通であれば自分の家族が新しい能力に目覚めれば専門機関などに尋ねるだろう。だが、神獄はそれをしていない。前回の家庭訪問の最後の方に神獄にも軽く確認したが、神獄も学校に任せるとして特にリアクションは起こしていない。

 

「純化って個性を持ってる彼女に今更何を驚くのよ。制御できなくて手当たり次第に迷惑かけ始めたらさすがに何とかするけど、そうでなければ問題ないでしょ。多分。」

 

 規模の大きさやその性質故に色々問題あるのだが、とオールマイトは思うが、ここで言ってもおそらく神獄は相手してくれないだろう。短期間ではあるがその程度のことはなんとなくわかるようになっていた。

 

「では……家庭訪問でおっしゃられた純狐さんの気の持ちようについて。あの時は詳しく尋ねませんでしたが、神獄さん自身はどのようにお考えですか?」

 

 オールマイトは、家庭訪問時の事務的な口調ではない今であれば、このような踏み入った質問も答えてくれるのではないかと期待して質問を投げる。その質問に対し、神獄は少し悩むような様子を見せると、視線を逃がさないようにするためか、オールマイトの顔を覗き込んだ。

 

「オールマイト……あなたはどう考えているのかしら。あの子の核についてどう感じたの?何でもいいから話してちょうだい。」

 

 神獄が無理やり視線を合わせているため、オールマイトには逃げ場がない。

 

「……プラスのものではない、という事くらいでしょうか。先程言っておられたトラウマが関係しているものだと考えてます。」

 

 焦ったオールマイトは、包み隠すことなく本音を話してしまう。自分でも必死に否定していたことであったが、やはり完全に隠すのは無理があったらしい。神獄は、その答えを聞くと満足そうに視線を合わせるのを止め、ニヤニヤと笑い出した。冷静になったオールマイトは、勿論純狐のヒーローとしての心を否定しているわけでは無いと付け加える。

 

「クスクス、まあ、その程度ね。」

 

 何か含みを持たせた言い方に、オールマイトは追加の質問をしようとするが、場を支配している神獄がそれを許さない。結局話を切り出せないまま、二人の話し合いは終わりを迎えた。

 

 オールマイトが宿舎の異変に気づいたのはその帰り道だ。遠くで赤く染まる空が見え、何か胸騒ぎがしたので駆け付けたのだった。

 

◇  ◇  ◇

 

会議も終わり、家に帰ったオールマイトは今後どう動くか考えていた。テレビをつけると一人の雄英の生徒がヴィラン連合に誘拐されたらしいというニュースが繰り返し流れている。

 

(落月少女の最後の言葉……何と言おうとしたのだろうか。それに私の動きを止めた不可視の糸。なんとなくだが目の個性を使った時の落月少女に感じたものと似ていた気がする。とすれば、どんな意図が?神獄さんの言っていたことも関係しているのだろうか)

 

 明日からも事件の対応がある為、早めに寝ようと思っていたオールマイトであったが、思考が止まらず寝ることができない。そんなオールマイトの元に、急に電話がかかってきた。今回の事件の関連ことはメールで送るようになっているため、オールマイトは誰だろうと画面に映る名前を確認する。

 

「もしもし、サー?何かあったのかい?」

 

「オールマイト、今周りに人はいませんか?聞かれると不味いわけでは無いのですが、私の個性の事情を詳しく知らない人がいると色々面倒そうなので。」

 

 意外な人物からの電話に驚くオールマイト。電話の向こうのナイトアイは焦っている様子であり、何か重要な情報が入ったのかと真剣に話を聞くことにした。

 

「ああ、今家にいるから大丈夫だ。」

 

「そうでしたか。では、単刀直入に言います。私の予知が外れました。」

 

 あまりに急であったため、一瞬何を言っているか分からなかったオールマイトだったが、その言葉の意味を理解すると座っている椅子から転げ落ちてしまう。だが、それと同時に何故このタイミングでそれをカミングアウトしたのか、という疑問も浮かんだ

 

「マジか!個性の成長……それとも退化なのか?」

 

「私は個性の専門家ではないので分かりません。本題は変わった未来の内容です。オールマイト、私が昔あなたの未来を見た時、あなたはあの事件現場にいませんでした。その時間帯、あなたの周りの未来はそれに引っ張られるように、連鎖的に変わっていったのです。」

 

 ナイトアイがこの辺りの未来を正確に覚えていたのは、オールマイトがワンフォーオールを使えなくなる直前だったからだ。オールマイトの未来を見た時から、何とかしてこの未来を変えられないかとずっと考えてきたのだ。忘れるはずがない。

 

 起こったことの概要を話し終わった後、ナイトアイは具体的にどこがどう変わったのか説明しだした。勿論オールマイトは自分の未来を知らないため、そうだったのか、としか思うことができない。そしてナイトアイの挙げる不審点を聞いていると、その内容からしてやはり純狐が怪しくなっていく。

 

「……というのが今私が思い出せる限りのことです。そして未来が変わった原因ですが……やはり神獄という人物が怪しく思えます。彼女の元に向かったあたりから未来は変わっている。オールマイト、何か違和感などありませんでしたか?」

 

 オールマイトは神獄から事務所を介して自分に電話がかかってきた時のことを思い出す。

 

「うーん、確かに呼び出す時間帯と場所が何故あの宿舎に近い町だったのかは気になるな。彼女の家はあの辺りでは無いし、仕事帰りで偶然、という雰囲気でもなかった。」

 

 今冷静に考えればおかしな話ではある。まるで、あの騒動に気づかせるためにオールマイトをあの場所に呼んだようにも思えてしまう。ナイトアイはオールマイトの話を聞いて同じような結論に至ったらしく、話が終わると考える時間が欲しいという事でいったん電話を切ってしまった。

 

 一人になったオールマイトは、襲撃のことも含め、神獄と会ったとき何か無かったかもう一度思い出してみることにした。

 

(彼女はあの時、やけにフランクだった。それに加え、彼女の言動は正直人間のものとは思えなかったな。まるで、オールフォーワンと話しているような……)

 

 オールマイトはそこで一つの嫌な考えが浮かぶ。ありえないと思いながらも、ナイトアイの言っていた予知にある純狐を発端とした違和感、今回の未来の変更、そしてあの何もかも見透かしたような口調と雰囲気を思うと、その考えを否定することができない。

 

(神獄さんが「神」と呼ばれる存在だとしたら……?あの時感じた距離感が実力の乖離だとすれば、オールフォーワンのいるヴィラン連合で神と呼ばれるのも分かる。だが、もしそうだとすると、今回私を呼んだ近くで襲撃が行われていたことは知っていたはず。私をその現場に近づけたいとは考えないはずだが……)

 

 それ以前に、ヴィランサイドだとすると、何故自分を倒そうとしなかったのか、という疑問も出てくる。逆にヒーローサイドだとすると、純狐に関する情報をなかなか開示せず、個性とその存在を隠蔽した方法もいまだ分からない。何より、神獄自身のこれまでの人生の軌跡が全く追えないという問題点がある。

 

 そんなことを考えていると、ナイトアイから再び電話がかかってきた。電話の向こうの彼は先程よりも落ち着いているようだ。

 

「失礼しましたオールマイト。私は、なんとなくですが神獄が『神』だと考えていたのです。他に可能性があったのは落月ですが、彼女がそうだとすると、さすがに辻褄が合わなくなってしまう。彼女に時間を止めたり遡ったりする能力があるならば別ですが……彼女の性格を考えると、それで舞台装置を整え、解決するといった一人芝居をしそうにはない。」

 

「確かにそうだな。で、神獄さんが神であるという意見は変わったのか?」

 

 オールマイトは、純狐の今までの行動を思い返して、ナイトアイの意見に賛成する。もし、時間を止めたり遡ったりできるのであれば、純狐はヒーローサイドに疑われるような行動をしないだろう。

 

「いえ、確かに今回の彼女の行動を見れば、彼女がヴィランサイドの見方である神である可能性は低いと私も思いました。しかし、彼女がもっと大きな存在……つまり全くの別勢力であるとすれば、今回の行動も理由が付くように思えます。」

 

「その考えでいけば、その時々によって自分の都合のいい陣営につこうとしていると考えられるのか。だが、そうだとするとおかしくないか?ヒーローサイドに今まで気配を悟らせず、オールフォーワンも含むヴィランサイドを裏切るような自由な行動をすることができる勢力、という事になるぞ。」

 

 神獄や純狐の家族に関する情報の抹消の事実を見れば、ヒーローサイドに見つからないよう行動するのは、方法は分からないが不可能ではないのだろう。だが、力を失っているとはいえオールフォーワン率いるヴィラン連合に自らの自由を押し付けるような行動をすることができるというのはさすがにおかしい。

 

「前に話した時、神は因果律操作のようなことができるのでは、と言っていましたよね。もしそれが本当だとすれば、その二つのことを為し得るのは難しくないと思われます。それに……私が考えるに神の勢力は1人、多くとも5人ほどではないかと私は考えています。」

 

 ナイトアイが言うには、もし神の勢力が大人数だとすれば、ヒーローたちに自分の存在を完全に隠すのはチート級の力をもってしても不可能に近い。また、至る所で頻繁に予知が変わるようなことも無いため、神の勢力は少数であるという結論に至ったらしい。

 

「まあ、正直に言ってしまえば、神獄が神かどうかはまだ重要ではないのです。上による直接の被害が証明されているわけでは無いですし。私たちが知るべきなのは、その膨大な力を持っていると考えられる神が、我々を使って一体何がしたいのかという事です。」

 

「民間人に被害が出てからでは遅いからな。もし被害が出るようであればうかうかしていられない。」

 

 オールマイトとナイトアイは、既に夜も遅いことから、今日は話を終えることにする。そもそも神という存在をこの目で確かめたヒーローは居ないのだ。この情報自体がヒーローを惑わせるためのものであるという事もあり得る。だが、ナイトアイの予知が外れたという事実により、そのような存在がいる可能性が高くなった。

 

(……落月少女に直接聞いてみるか。いや、もし神がいるとして露骨にその存在を探るような動きを見せることは危険なのか?未来予知をも破る能力だとすれば、どこに目と耳があるか分かったものではない。だが……賭けをせずこの局面を乗り越えられるのだろうか)

 

― ヘカーティア saide ―

 

 一連の騒動の元であるヘカーティアは、悩む皆々を見ながらにこやかにプリンを食べていた。今月はじゃんけんに勝てたらしい。

 

「ご主人様、最近私の出番があまりないように思えます。」

 

 ヘカーティアと一緒に画面を見ていたクラウンピースは、暇を持て余したかのように近くの脳無に向けて松明を振る。脳無はそれから目を逸らしながら困ったように唸っていた。

 

「それ危ないからやめなさい。私の仕事を遠隔操作の個性でやってもらってるんだから。それにしても、そろそろ純狐の冒険も終わりね。」

 

 神野のヴィラン連合基地でくつろぐ純狐を見ながら、ヘカーティアは呟く。

 

「オールフォーワンは一人で私と純狐の正体にある程度気づいたのはさすがね。ヒーローたちは与えたヒントに対して成果は少ないわ。ちょっと期待外れだけど、純狐の隠し方もうまかったから仕方ないか。」

 

 ヘカーティアはチャンネルを変えるように、画面に映る視点を変えてゆく。そして、真剣な顔をしている根津校長の映る画面で手を止め、観察し始めた。

 

「……やっとか、って感じだけど、彼も彼で忙しそうだったし仕方ないか。」

 

 そう呟くと、ヘカーティアは適当に手を振って、根津抱える簡単な仕事を片付けておいた。ささやかなことであるため、記憶の改ざんも必要無いだろう。

 

「はぁ、こうやってルーラーごっこをするのも何だかんだ楽しかったんだけどね。」

 

 ヘカーティアがつまらなそうに机に突っ伏すと、映姫から電話がかかってきた。頼れる部下であり、何だかんだ恩人からの電話である。勿論、ヘカーティアがその電話を取ることは無い。

 

「ご主人様、無視するんですか?」

 

 電話を取る気配の無いヘカーティアに対し、クラウンピースは呆れたように尋ねる。まあ、ヘカーティアが電話を取らないことなど日常茶飯事であるため今さら注意などはしないのだが。

 

「どうせ脳無の存在が黒だって説教されるだけよ。クラピちゃん代わりに電話取ってくれる?」

 

 なかなか鳴りやまないコール音に耐えられなくなったクラウンピースは、ヘカーティアが外出している、という事にして電話を取る。

 

 それがクラウンピースの運の尽きであった。

 

 説教は3時間にも及び、途中からはクラウンピースに対する説教も始まったため、クラウンピースは途中からひどい頭痛に悩まされることになる。その腹いせにクラウンピースは脳無にがっつり松明を見せ、ヘカーティアの仕事を増やした。

 

 しかし、その増えた仕事はヘカーティア直属の部下であるクラウンピースにも負担となって襲い掛かる。クラウンピースはこの世の不条理を清算するための場所である地獄でこの世の不条理を呪った。

 

 頑張れクラウンピース。

 

― side out ―

 




読んでくださりありがとうございます!

いつも通り設定がばがばなので、矛盾等あればご指摘お願いします。
終わりそうとなってくると回収しきれてないところや、やりたかったけどできてないことが多くて話が進まない…
ちなみにですが、主の考える純狐さんのイメージを知っておきたい、という方は自分の出してる短編を読んでいただくとなんとなく分かると思われます。
勿論必読ではないので暇だな、って時にでも…

次回、またもや教師会議など


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林間合宿後2

こんばんは!

やっぱり最後が近づくと色々かけていなかったことが見つかり話が遅延する系主です。
毎回行き当たりばったりで話を作っていた着けが回ってますね。
それと、たくさんの誤字報告ありがとうございます!

バイト週5とかで入れてたら思ったよりきつかった



翌日、管理棟では多くの職員がくまを作りながら夜通し働いていた。そして朝8時、泊まり込みで働いていた職員の一人、根津が教員たちを集めて会議を開く。

 

「襲撃については、昨日のうちにある程度対応は終わった。皆の努力に感謝する。ありがとう。」

 

 根津は疲れを感じさせぬ声で挨拶をすると、止める間もなく頭を下げる。会議の始まる前には愚痴を言い合っていた教師たちも、根津が最も大変なところで働いていることを知っているため、それ以降意味も無く文句を言う者はいなかった。

 

 会議は各自持ち寄った情報や、昨日の夜に新たに分かった被害情報などを職員全体で共有する報告会から始まった。襲撃現場は夜通しで集まったヒーローや警察による捜査が行われたが、やはりヴィラン連合の足取りや行方不明の生徒たちは見つからなかった。

 

 さらに現場での個性の使用について。生徒の個性の使用は、学校の敷地内、さらにプロヒーローであり現場の責任者の一人であるイレイザーヘッドが許可を出していたこともあり、特におとがめなしであった。厳密には許可の出る前に個性を使用していた生徒もいたのだが、今回の状況を鑑みて見なかったことにされたらしい。

 

 そして最大の課題であった燃え広がった火の処理も、周辺の町に被害を与えることは無く消化に成功。消火に当たったヒーローの話では、当時生徒たちの固まっていたところをできる限り避けるような火の広がり方をしていたらしい。

 

 襲撃の終盤であったという爆発的な燃え方も、攻撃というよりもオールマイトや一部生徒たちの追撃を避けるためのようなものであると考えるのが妥当だと警官たちも語っていた。

 

「荼毘は離れた場所の炎も操ることができるのか?それは炎を遠隔で操るってのはまた別の個性であるように思えるが……。」

 

「今回の襲撃に参加していたヴィランの数が正確には分かっていないのが厄介ですね。」

 

 逮捕されたヴィランたちへの尋問もうまくいっているとは言えない。日が経っていないという事もあり、ヴィランたちが感情的過ぎてまるで話にならないのだ。

 

「情報が出るまで待機するのがよさそうね。それでこれは何?」

 

 ミッドナイトは誤字の目立つ報告書の横に並べられたプリントの束を取る。表紙には㊙という印が大きくつけられ、その下に対落月純狐と添えられるように書いてあった。

 

「ああ、それね。ほら、例の警官二人が今日の早朝狙いすましたかのように来て私に預けてきたんだよ。一応目を通してもらおうと思ってね。……こんな時だからこそ、だよ。」

 

 その内容は純狐封じ込めの作戦であった。警察は、既に純狐の現在地を特定できるネットワークを各地の交番、ヒーロー事務所の協力を得て完成。独自の連絡網を作り、大規模な通信遮断や通信基地破壊への対応。肝心の戦闘面は、純狐の戦力がいまだに不明であるため粗もあるが、大きく分けてオールマイトを戦力としてカウントしたものと、そうではないもの二つが用意されていた。

 

「戦闘計画という名の消耗戦だな。難しく書いてあるが、結局トップヒーローを軸に無理やり消耗戦に持ち込んでいるだけじゃないか。いや、確かにそれが今のところ最善ではあるのか……。」

 

 教師間で一学期の前半かなり話し合ったが、結局純狐を封じ込める手段は決まらなかった。このようにヒーローを数として立案された計画は人として受け入れがたいところがあった。

 

「あくまで最悪のシナリオですが……。私も賛成しかねますね。」

 

「前記のネットワークを活用するものが多いですね。どの程度信用できるのか確かめないと計画全体が破綻しますよ。」

 

 皆がほとんど読み終えて一息つく中、計画書の最後の方を穴が開くように見ていたオールマイトは、少し離れて書かれたある一つの文が目についた。

 

(対落月すべての計画と実行を神に一任するだと?)

 

 ハッと顔を上げて声を出そうとしたオールマイトは、左隣に座っている相澤のプリントが偶然視界に入った。オールマイトと同じページを開いているようだが、その一文はどこにも見当たらない。

 

「相澤先生。ここ見てくれますか?」

 

「ん?何かありましたか?」

 

 何かしらのミスだと考え、オールマイトは相澤にその部分を見せる。しかし、相澤にはその文が見えていないのか話が噛み合わない。何か異常なものを感じたオールマイトはさらに右隣のプレゼントマイクにも見せるが、反応は相澤と同じだった。

 

(おかしい。私にしか見えないような文は個性を使えば可能かもしれないが、これ書くのに何の意味がある?)

 

 この細工を施した者として、最も可能性が高いのは例の警官だろう。この学校に指定した対象のみにその映像を見せる、若しくは対象以外にその映像を隠す個性を持つ教員は居ない。朝に手渡されたものであれば、他の者がこの会議までの間に干渉することはほぼ不可能である。

 

「相澤先生。ちょっとそのプリント貸してくれますか?」

 

 何かの罠かもしれないが、できる限り情報を集めようとオールマイトは行動し始める。まずは、これが配られたプリント全てに施されたものなのか、オールマイトが持つことをトリガーとして発動するものなのか確かめることにした。

 

(このプリントを配ったのはリカバリーガールだ。配られる順番まではこの細工を施した者も分からないはず。……しかし、相澤先生のプリントを私が持ってもやはりあの文は見えない。まさか配られる順番まで分かっていたというのか?そうでなければリカバリーガールが意図的に?)

 

 リカバリーガールを疑い彼女の方を見るが、その雰囲気を見るに特に怪しいところは無い。念のため、この部屋に最初に入っていた13号とエクトプラズムにも尋ねたが、プリントを配る際特に怪しい仕草はしていなかったと言う。

 

(こうなってしまっては犯人は分からずじまいだな。神とやら、私をどこまで翻弄させる気だ)

 

 オールマイトがそんなことをしている内にも会議は進行していく。そして今後の対応とその役割分担もある程度決まったところで会議は終わった。オールマイトも自分の仕事に取り掛かろうと席を立ったところで、根津に呼び止められる。どうやら相澤も一緒らしい。

 

「相澤先生、そしてオールマイト、ちょっと校長室まで来てくれるかい?見せたいものがある。」

 

 断る理由も無いため、二人は会議室から直接校長室に向かう。廊下を歩く中で相澤が訪ねても答えてくれないあたり、かなり重要な情報なのだろうと二人は気を引き締めた。

 

 校長室に着くと、根津は二人にソファーに座るよう促し自分のパソコンの画面を二人に見せる。そこに移されていたのは例の警官二人を親しそうに話す神獄の姿だった。

 

「本当は良くないのだけどね。こんな時だから、疑いのかかっている人を私なりに調べたのさ。これは警察から提供を受けた監視カメラの映像だね。この三人はUSJ襲撃の後からよく会っていたことが分かっている。まあ、これだけだと個人的な交流が盛んになっただけ、という見方が普通だろう。しかし、神獄さんは過去のデータが見つからないなど今まで他人との交流をほとんどしていなかった。私はそこが引っかかったのさ。」

 

 映る画像を切り替えながら根津は説明を続ける。これを会議の場ではなく二人にしか見せなかったのは、どこかにいる内通者にこの内容を知らせないためであるらしい。

 

「これに伴って私は雄英の近くでも何か無いかと映像を漁った。すると体育祭の時、観戦しに来ている神獄さんを見つけたのさ。ああ、ここで問題なのは神獄さんの隣にいる金髪の女性だよ。」

 

 根津は神獄と親しくしていたこの女性の動きがあまりにも読めなかったため、観戦券の購入情報を基に情報を仕入れようとした。しかしこの女性、観戦券を買う上での必須事項が何一つとして記載されておらず、そもそも観戦券を持っていたのかさえ分からなかった。

 

 これがいつもの大会なのであれば、管理体制が甘かったとして納得できただろう。しかし、今年はUSJの事件直後であったこともあり、警備体制には万全を期して、観戦者にも個人情報を使うかもしれないという注意をしてまで危機管理に徹しての開催である。

 

「落月君を始め、そのご両親と神獄さん、そして金髪の女性に例の警官二人……この辺りはあまりにも不可解な点が多い。私はこれらの映像から、この人物たちの軸は神獄さんではないかと思う。だが、もし何かあると仮定すると何がしたいのかは全く分からない。そこで落月君をよく知る二人にこの話を聞いてもらったというわけだ。何か気づいたことなどあれば言ってほしい。」

 

 ある程度想定していたとはいえ急に展開が進んでいるため、相澤は話について行くだけで精いっぱいであった。それとは対照的に、オールマイトはここ数日ずっと考えていたことであり根津の話を新しい情報として取り込んでいく。

 

「私も神獄さんを神だと疑い始めては居たのです。詳しくは話せませんが、根拠もあった。ですが、そうだとすると相手が何をしたいのか全く分からないのです。ヴィラン連合に力を貸しているのであれば、オールフォーワンからさえ自由を勝ち取る力を我々に回せばいい。」

 

 ナイトアイがこの話を秘密にしてほしそうだったという事もあり、彼の名前は伏せて話す。根津はオールマイトの話を聞き静かに今までの情報と絡めながら考えていった。

 

(これらの混乱はやはり落月君が姿を現したあたりから始まっている。神の情報の初出はUSJだったか。その後……未知の物質の検出や明らかに異常性能の脳無の出現。オールマイトの話を聞く限りそれほどの実力を持つ神はどちらの陣営に味方する気も無いわけか……)

 

 この時点で根津の考えは二つになっていた。一つは新たな陣営を作り、この世の覇権を握るというもの。もう一つは強大な力を持つ愉快犯であるというものである。そして、新たな陣営を作るにしては人数と動きが小さすぎることから、後者の方の可能性が高いと根津は結論付ける。

 

 だが、愉快犯だとするとオールマイトの言うように何がしたいのかが分からない。戦いたいわけでないのはこれまでの動きで読めるが、政治に干渉するわけでもなく、軍備を増強している様子も無い。

 

 煮詰まってきたため根津はいったん考えるのを休もうとお茶を振舞って背もたれに深く腰掛ける。そしてなんとなく映像を見返していると、とあることに気が付いた。

 

(この金髪の女性、あのブラックボックスの時どこにいた?それに昼休み中も見当たらない。いや、昼休み中は神獄さんと落月君も見当たらないな)

 

 偶然席を離れていた、と考えれば説明はつくが、根津はどうしても気になってしまう。体育祭中、この女性が見当たらないのは基本的に純狐が教師たちに監視されていないときだからだ。

 

(昼休み中に落月君がいなかったというのは、その後のクラスメイト間で噂になっていたとミッドナイトが話していたな。今考えればおかしな話だ。あれだけの生徒がいる中誰も見ていないだなんてありえない)

 

 根津の思考は加速していく。そしてUSJでの戦闘やブラックボックス後の純狐の様子、そして保須での出来事などを改めて俯瞰的に見ると新たな可能性が生まれてきた。

 

(まさか……彼女たちの目的は落月君を潰すことか?いや、潰すにしては戦力が中途半端すぎる、だとすれば……)

 

 純狐の動きを妨害し、それを観戦して楽しむ。確かに強大な力を持つ純狐を妨害することはやりがいもあるし、ヒーローサイドの一人勝ちを防ぎ混乱を長く続かせるという意味でも便利だ。途方もない力を持つ愉快犯としてこれ以上ないことではないか。

 

「根津校長。お取込みのところ申し訳ないのですが、これを見て頂きたい。」

 

 根津が手を止めて唸っているところにオールマイトが声をかける。丁度考えがある程度まとまったところであったため、根津はすぐにパソコンから目を離してオールマイトの持つ書類に注目した。

 

「さっきの会議で話した対落月君用のものか。これがどうかしたのかい?」

 

 ページを軽くめくって確認する根津の反応を見て、オールマイトはやはり、と声を出す。そして、自分にしか見えない一文があることを明かし、根津にそのことを相談した。

 

「うーん、僕もこんなことのできる個性は聞いた事が無いな。いや、聞いた事が無いだけで存在はしているのかもしれないけれど……。」

 

 根津の結論はオールマイトのものと一致した。顔を上げると、オールマイトはまだ話したいことがあるようだ。

 

「私は先程言ったように、神獄さんが神なのではないかと疑っています。そして、例の警官二人と神獄さんが頻繁に会っていたという事からこのプリントの細工も彼女が関わっていたのではないかと思うのです。」

 

 確かにそう考えると点が線でつながるな、と根津は納得する。しかし、やはり決定的な情報が足りない。ここでいくら考えたところで神獄イコール神という式は成立しえないのだ。

 

(そう、イコールにはならない。だがここまで情報が集まれば、仮想敵のような存在として見ておくのが吉だ)

 

 長年の経験からそう結論を出す根津。オールマイトの話も情報源は分からないが、プリントの件の不可能を可能とするような物言いを聞く限りナイトアイの予知が関係しているのではないかと推測する。そして、もしそうだとすれば自分たちでは対策の打ちようがない。あくまで直近の課題である生徒奪還を邪魔されないように動くだけだ。

 

「よし、神獄さんの動きは今まで以上に警戒するようにしよう。神に関する話題はここで終わりだ。次は落月君について話そうか。」

 

 根津はそう言うと若干顔を下げた二人を見て、まずはオールマイトに話しかける。

 

「話せない理由があるならさっきの神の話題の時のように話さなくてもいいけど、できる限りの情報共有はしておきたいな。三人しかいないわけだし。」

 

 オールマイトは目に見えて慌てながら、純狐の去り際の言葉のことを話すか悩んでいた。あの襲撃の後、クラスの皆の確認をするときに純狐のことに付いても訪ねて回ったが、誰もその行動を把握してはいなかった。無意識のうちに今回も彼女が何とかしてくれるだろうと考えていたところもあったのかもしれない。

 

 オールマイトはそこで去り際の言葉が自分以外誰かに知られたくないことなのではと疑い、今まで黙秘していたのだ。もしこの学園内にスパイがいるのであれば、純狐の行動を妨害してしまう可能性もあった。しかしこの部屋にいるのは自分に近い位置にいた3人のみ。根津の言うように一人で抱え込むよりも相談した方がいいに決まっている。

 

 オールマイトは一分ほど考えた結果、二人に襲撃最後の純狐の行動を明かすことにした。二人とも驚いてはいたが、どこか分かっていたことのような表情を相澤は浮かべていた。根津はそれにも気づき、オールマイトの話が終わると今度は相澤に向かって話しておきたいことは無いかと尋ねる。

 

 そこで相澤も今まで黙秘していた合宿中の純狐の言葉について話した。襲撃最後の言葉とは違い、何かを意図していたわけでは無いだろうが、相澤の心に残った言葉であることには違いなく、何かのヒントになるかもしれない。

 

 二人の話を聞いた根津はまず感謝の言葉を伝えると、気分転換として校内を散歩してくると言い席を外した。

 

「……やっぱり、あいつの考えは全く読めませんね。」

 

「だが、何かの意思に基づいて行動しているのは確かだ。相澤君の話を聞く限り彼女は、他人の意思を尊重する、としか言っていない。その言葉を信じるとすれば彼女が我々の敵となる可能性は低いだろう。私はそう信じている。」

 

 オールマイトの言葉に相澤は同意する。

 

「まあ、私たちにできるのは次の手を考えるだけだ。これは校長も分かっていることだとは思うが、何としても神と呼ばれる存在と連絡を取ることが必要だな。もし神獄さんが神だとすれば、神獄さんとしてではなく神という立場の者として話をしなければならない。」

 

 このまま黙っていると空気が重くなってしまいそうだったので、オールマイトは何とか話を続けようと現状確認をする。相澤はオールマイトの話を聞き、いかにして神と話すかを考え出した。

 

「今までの動きを見る限り、神は好戦的ではないですよね。何らかの条件があるのかもしれませんが、オールフォーワンから自由を勝ち取っているあたり意図的に戦闘を避けているだけでしょう。そうだとすれば十分に話し合いの余地はある。……ダメもとで神獄さんに連絡とってみますか?」

 

「うーん、それが今私たちのできる最善のことかもしれないな。ある程度仕事が片付いたタイミングで連絡してみるか。」

 

 これから何をするかの指針がとりあえず決まったところで、根津が走りながら校長室に帰ってきた。何かあったのだろうかと二人は不安を抱えながら報告を待つ。

 

「二人とも、敵のいる場所……正確に言えば落月君の居場所が分かったよ!」

 

 ここ一日悪い報告しか聞いていなかった二人はまた悪い報告だと勘ぐっていたため、最初は根津の言葉が信じられないようだった。そんな二人を無視して根津は椅子に座り説明をする。

 

「彼女、攫われたときに自分のスマホを持っていたらしいんだ。そしてそのスマホから位置情報を入手できた。最初は神獄さんからの情報だったから疑っていたが、エクトプラズマと警察経由で通信会社に直接尋ねた結果、その情報は正しいことが分かった。彼女が去り際に言っていた大丈夫というのはこのことだったのかな。」

 

 一瞬オールマイトの方を見て笑顔を浮かべる根津。相澤もなる程といった顔をしている。その後、この情報を基にした作戦を考えるために根津は校長室に籠り、二人は自分たちの仕事に戻った。

 

 急な吉報に喜ぶ二人とは違い、オールマイトはまだ純狐の発言が腑に落ちないでいた。しかし今は明後日の謝罪会見の準備をするので精いっぱいであったため、そのことについて深く考えることは無かった。

 

 そして日も落ちた頃。朝と同様職員会議が開かれ、明日の記者会見の予定やヴィラン連合基地の襲撃の予定などが話し合われた。教師の中には、純狐の位置情報送信の件を疑問視する者もいた。しかし二週間ほど前から行われていた警察の捜査でもその付近の廃ビルが怪しまれており、この情報はほぼ確定であるとされた。

 

 朝の書類の件もあって警察を全面的には信頼しきれていないオールマイトと相澤だったが、この情報がオールマイトの旧友である塚内からのものであると知らされ、疑いは薄れた。

 

 その後は緊急性の高い仕事をしていた者は現場に帰り、オールマイトと相澤から得た情報から根津が考察したことが共有された。勿論、誰がどの情報を話したのかなどは明かされず、全体的な内容も疑いによる内部分裂を起こさぬよう取捨選択がなされていた。

 

― ヘカーティア side ―

 

「さあタイムアップが近づいてきました。私が直接支援したヴィラン側が若干有利か?だがヒーローたちも根津の活躍によって凄まじい追い上げだ。」

 

 テレビ画面にオールフォーワンと根津達二つの映像を映しながらヘカーティアは愉快そうに笑う。その傍らでは、クラウンピースがよく分かっていないながらも盛り上がりを感じて面白がっていた。

 

「皆さん頑張ってますねー。でも明日の夜が制限時間ですよね。答え合わせはしてあげるんですか?」

 

 クラウンピースの質問に対し、ヘカーティアはどうしようかと首を傾げる。どうやら特に考えてはいなかったらしい。

 

「まあ、その時になって考えるわよ。盛り上がりに欠けていたらいっそ私がめちゃくちゃにしてあげるのもありかもね。」

 

「それあっちの世界の人からしたらとんでもない迷惑ですよ。」

 

 干渉している世界とは違いゆるゆるのヘカーティアサイドの住人達。様々な思惑が渦巻く最終決戦は着々と近づいていた。

 

― side out ―

 




読んでくださりありがとうございます!

地道に考えていた最終回付近の話ですが、伏線ともいえないような会話を多数入れたせいで膨らみまくってます。
ここの発言結局何だったのか、などあればごめんなさい。

次回!教員サイドの続きと生徒サイド、純狐サイドについて


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林間合宿後3

こんばんは!

過去の自分に振り回されている主です。
やっぱ純狐さんの扱い難しすぎる。頭のいいキャラを書くのが主の頭では不可能なのです。
後半は日常回みたいなものです。

最近になって鬼滅の面白さに気づき始めた。



 会議が終了した後、相澤とオールマイトは話していた通り神獄に電話をかけた。しかし、その電話はつながらず、神獄と会話をすることはできなかった。固定電話だけではなく携帯の方もコール音が鳴り続けるだけという状況に若干の不審を抱きつつも、相手にも都合があるので仕方がないと割り切り二人は仕事に戻る。

 

 探りを入れることで状況が悪化するかもしれないとも考えていたが、根津曰く、もしそうであれば既に何らかの被害が教師陣にも出ているだろうとのこと。確かにオールマイトだけに見える文を用意できる者がこちらの行動を読めていないとは考えにくい。

 

 仕事を一段落させたオールマイトは、今日は学校に泊まろうと仮眠室に入った。丁度その時、手に持っていたスマホが鳴る。登録されている番号ではなかったため無視してしまおうかとも思ったが、何か緊急の連絡であるかもしれないため一応電話を取ることにした。

 

「あー、もしもし?私です……と言っても分からないわよね。まあ、あなたたちの言う神って者です。」

 

 神という単語を聞いた瞬間、オールマイトの身の毛がよだつ。やはり探りを入れたことで敵対者とされてしまったのか、宣戦布告なのかなど脳内で推測が飛び交う。電話の向こうの存在はその混乱を見抜いたかのようにクスっと笑い、変わらぬ調子で話し始めた。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。あなたたちに害をなすことはしないわ。今日は一つだけ伝えておきたい情報があるの。」

 

 そうしないと埒が明かなそうだし、と付け加える神。オールマイトは未だに混乱してはいたが、段々と冷静さを取り戻していた。

 

「分かった、君の話はちゃんと聞くことにしよう。だがその前に一つ確認させてくれ。君は本当に神なのか?」

 

 神のことを知っているのはヒーロー、警察のごく一部そしてヴィラン連合のみであるため、いたずらである可能性は低い。だが、不確かな情報をおいそれと信用することはさすがにできない。たとえ相手がまともに取り合ってくれなくとも何らかのアクションを起こさなければいけない。

 

「本物よ……って言っても信用しないわよね。ちょっと待ってて。」

 

 神がそう言うと、電話の向こうでガサゴソと音が聞こえ、その音がやむと同時にオールマイトの目の前に一枚の紙が落ちてきた。咄嗟に構え周囲を警戒するオールマイトだったが、勿論近くには誰もいない。

 

「その紙拾ってみて。朝見たものと同じ文が見えるはずよ。」

 

 オールマイトは警戒しながら真っ白に見えるその紙に触る。すると『神に全てを一任する』という一文が浮かび上がった。オールマイトがそれを確認すると同時に、その紙はパンッという音を立てて影も形も無くなってしまう。

 

「信じてくれたかしら。ま、どっちでもいいわね。じゃあ本題に入るわよ。」

 

 オールマイトはもう少し尋ねたいこともあったが、強引な会話の進め方に逆らうことができない。

 

「私は明日でいったんここから手を引くわ。今後関わることは基本無いと考えてもらっていいわよ。ナイトアイとの会話で既に察しているかもしれないけれど、純狐って子も明日以降関わることはほとんど無いと思うわ。」

 

 神はそれだけ言うと、何か証拠でもあった方がいいかしらと呟き電話を切った。オールマイトはあっけにとられたままスマホを握る手を下ろし、新たに目の前に落ちてきた紙を手に取る。そこには手描きで『明日以降特に関わりません』とあり、奇妙な印が押してあった。

 

 その数分後、相澤が休憩室に飛び込んできて、先程神から電話があったと奇妙な印の押された紙を掲げながら話す。奇妙に思ったオールマイトが相澤の携帯の着信時間を見ると、自分と全く同じ時間に電話がかかってきていた。奇妙な現象だが、今まで神のしてきたことや三人いるという仮説を考えるとさほど不思議なことではない。

 

「とりあえず校長に報告だな。そして会話の内容だが……目の前のことに集中しろという事だろうか。」

 

「それにしてもあの声……神獄さんに似ていた、というよりも本人ですよね。隠す必要もなくなったという事でしょうか。だとすれば明日以降関わらない、というのも全くの嘘という可能性は低い……?」

 

 神であれば、自分たちが神獄を疑っていることを知って変声しているという事も考えられる。しかし、そこまで考えていてはそれこそ埒が明かないだろう。その辺も考えて自分たちに余計な考察をさせないために神はこのタイミングで接触してきたのかもしれない。二人はそんなことを考えながら、まだ電気の消えていない校長室に急ぐのだった。

 

◇  ◇  ◇

 

「轟君……君の元にも連絡が?」

 

 教師たちが純狐の居場所を知った頃、時を同じくして一部の生徒たちにも純狐から連絡が届いていた。連絡が届いたのは轟、飯田、切島、そしてまだ目を覚まさない出久の四人である。

 

「クラス全員に送らなかったってことは、混乱を避けたかったのか……だがそれを考えるなら俺たちに送る必要も無いな。先生だけでいいはずだ。何かやってほしいことでもあるのか?」

 

「あのヴィラン連合の基地だ。奇襲をするにしても強力なヴィランが待っているのは間違いないだろう。そんな場所に行くとなると邪魔にしかならない気がするが……。」

 

 飯田と轟は頭を抱える。純狐の性格をそれなりに知っている二人は、純狐がこんなことを意味も無くやっているとは思えなかった。まあ頭のどこかには、こっちを混乱させて楽しんでいるのかもしれないという考えもあったが。

 

「今日はこの辺りにしておこうか。学校が無いからと言って忙しく無いわけでは無いだろうし。」

 

「ああ、そうだな。それじゃあお休み。」

 

 情報の共有という目的が互いに果たせたので、二人は適当な理由を付けて電話を切る。電話を切った後、轟は勉強机に座りながら純狐のことを考えていた。

 

(オールマイトが森の奥に向かった後、一瞬あいつの気配が強くなった気がしたんだよな)

 

 轟の感じたそれは、あの体育祭で爆豪に対し見せたものに似て、あまりいい気持のするものではなかった。飯田に聞いても特に何も感じなかったと言っていたのでただの勘違いだったかもしれないが、轟は何かあるような気がしてならないのだ。

 

(体育祭の時は驚きが勝って観察なんてできなかったが、昨日のはなんとなく分かった気がする。あいつは切島が言っていたように何かを憎んでいるんだ。普段は何事も無かったかのようにふるまう余裕がある……というよりも憎しみを上塗りするように過ごしているように見える)

 

 それは緑谷に自身ことを指摘される前には決して至れなかっただろう考え。そしてそれ以来、自分の考えや行動を客観的に見ることで段々と理解することができるようになったことだ。

 

(そうだとすればあいつは何を恨んでいる?俺には何ができる?)

 

 轟はまず純狐の過去を疑う。ヴィランに襲われたという本人談、そして意図せず先生たちの会話聞いた際に知った、両親が行方不明になっていることがまず思い浮かぶ。だが、これだけだ。ただの一生徒である轟は、純狐との付き合いはそれなりにあるものの本人が話すこと以上のことは噂程度にしか知らない。

 

(となると普段のあいつの行動から判断するほかないな)

 

 轟は早速出会いからこれまでの行動を思い返す。共通しているのは自分の力を誇示するような言動だろうか。実技試験での巨大ロボの撃破、戦闘訓練で真正面から迎え撃つ姿勢、体育祭での多種多様な力の使い方とインパクトのある自滅まがいの行動、純狐から聞いた期末試験も逃げ回ってはいたものの最大の決め手はやはり真正面からの戦闘での優勢である。

 

(力に関して何かコンプレックスがあるのか?ヴィランに襲われたとき何もできなかったとか……いや何か違うな。派手な行動は感情の上塗りというよりも一時的な楽しさを得るためだろう)

 

 その後も純狐の行動を思い返す轟。そして純狐の取った行動の中でも特に意味の分からなかったことを思い出す。それは職場体験でステインと戦闘になった際、その最後に純狐の取った行動である。

 

(傷だらけのステインへの抱擁……。唐突過ぎるし、あいつにしては珍しい行動だった……気がする)

 

 純狐はスキンシップの多い方ではない。というよりも皆無に近い。その純狐があんな行動をとったのだ。

 

(あの時、落月には余裕は無かったはずだ。ステインも弱っていたとはいえ、普段の用心深い性格からするととどめを刺すにしても遠距離攻撃を選択するだろう。あいつは更生を促す言葉をかけたと言っていたが、やっぱりあれだけのリスクを背負ってまでするとは考えにくい。緑谷じゃあるまいし)

 

 轟はこの行動から何かしら推測しようと、比較対象となりそうな出来事を思い返す。ヴィランに襲われお互いに重症、という状況はUSJが類似しているだろうか。

 

(USJの時、あいつは……なんか一人で脳無と戦ってオールマイトに引き継がせて最後に美味しいところを自滅しながら持って行ってたな)

 

 では何故ステインの時はそれをしなかったのか。USJの時、オールマイトの明確な危機や油断ならない状況であったという事に対し、ステインの時は、こちら側は負ける要素はほぼゼロであったという違いはあるものの、それがあれだけの行動の違いにつながるとは思えない。それにあの時のステインの気迫を考慮すれば、危機迫る状況であったとも言えるだろう。

 

 思い返す中で轟が考えたのは両事件でのヴィランの精神状態の違いであった。USJでのヴィラン連合は、まるでゲームのように攻撃を楽しんでおり、そこに一貫した正義のようなものは感じなかった。だがステインの時は違う。ステインには一貫した信念があり、それは轟でも全否定できなかった。

 

(となるとあいつもステインの考えに影響されたのかもな。だがその考えは人を傷つけるための理由付けにしているところもあって、実際たくさんの人を傷つけていたことを落月は分かっていた)

 

 そう考えると、純狐の行動はとても理性的なものである。相手の考えを完全には否定せず今まで行なってきたことの間違いに気づかせる。言うのは簡単だが、行うのはトップヒーローでも難しいことだ。では、やはりあの行動も純狐の計算の内だったのだろうか。

 

 煮詰まってしまった轟はラジオを流し始める。テレビよりも気軽に気分転換をできる手段として重宝しているものだ。だが流れる番組はあまり気分のいい内容ではなかった。

 

『……色々難しいことはあると思いますが、雄英高校にはしっかりと現実を受け止めて反省してほしいですね。数か月前にはUSJの件などもあって警備体制を万全にしていると豪語してからのこれですから。これではPlus Ultraなんてのも理想でしかありませんよ。』

 

 世間から批判されるのは仕方の無いことなのは理解している。天下の雄英でさえもヴィランの襲撃を防げないという事実は市民の不安を煽るには十分すぎるだろう。

 

「現実と理想ね……。そう言えば、あいつも理想との乖離に苛まれる、みたいなことを言ってたな。」

 

 言われたのは確か体育祭だったか、と轟は懐かしく思う。その時は何を知ったようなことを、と思っていたが今考えれば言いたいことも分かる気がする。

 

 と、そこで轟はある考えが浮かんだ。純狐の言っていたこちらを諭すような言葉は、彼女の経験から来ているのではないか。

 

 今までは、頭のいい落月がそれっぽいことを言って相手を諭しているだけだと思っていた。だが、あのような言葉を咄嗟に考えられるだろうか。

 

(あいつは理想に届かなかった自分を憎んでいるのか?いや、自己嫌悪のようなものは……力の使い方とかから察するに何か憎むものがあると考えるのが妥当か)

 

 誇示するかのような力の使い方から轟はそう判断する。もしただの自己嫌悪であればあれ程楽しそうに力を振るうことは無いだろう。これは自身の力を忌み嫌った轟の経験に基づく考えだ。世の中には過去のトラウマを上塗りするため、強くなった自分を見せつける、という考えもあるが、それにしても力を振るう純狐には後ろめたいものが感じられない。あの洗脳まがいのものを除けばだが。

 

(俺がとやかく言えたことじゃねぇが復讐で満足するのは一瞬で、それ以外に産むものがほとんどない……。もしそれが分かっていても突き進む理由があるのなら、俺たちが何かしてやらないとな)

 

 轟がいくら考えても、純狐がどんな理由で何を憎んでいるのか分からない。まあ、純狐がヒントを全くと言っていいほど出していないため仕方の無いことである。ヘカーティアも友人のトラウマを簡単に暴露するほど畜生ではないためそちらからのヒントもない。

 

 ここで得た気づきを轟は神野でどう生かすのか。ひそかに轟のことを観察していたヘカーティアの関心は既にそちらに移っていた。

 

◇  ◇  ◇

 

襲撃後、ヴィラン連合の基地に最後に入った純狐を待っていたのは拘束具を持ったヴィランの皆さんだった。不意打ちならば拘束できると思ったのだろうが、その程度の事態はヴィラン連合の基地に乗り込もうとした時点で想定している。そしてここにいるヴィランは基本的に触れなければ危害の無い個性ばかりのため周囲に壁を張るだけで無力化できた。

 

「いい加減諦めなさいって。死柄木君も分かってるでしょ。」

 

 ヴィランの中で唯一手を出さなかった死柄木を見て純狐は言う。この中で最も純狐の実力を知っているのは死柄木であり、指揮権を持つのも彼である。そんな彼がこれを止めないという事は、ただ面白がって放置しているだけなのだろう。

 

「一回分からせられねぇと分からない馬鹿ばっかりだからな。許してやってくれ。そしてお前、早速だが先生がお呼びだ。向こうの部屋にあるパソコンで通話できる。二人で話したいらしいから俺たちは近寄らないぞ。」

 

 なかなか諦めないスピナーを締め上げる純狐に廊下の方を指さす死柄木。純狐はオールフォーワンと初対面するという事で気合を入れる。純化を取られることは無いし目の個性を取られたところで今更だが、相手は原作でも底が知れない悪の帝王である。警戒して損することは無い。

 

「了解。じゃあまた後でね。」

 

 純狐はそう言うとまだ暴れているスピナーと怪しげな動きをしている荼毘を気絶させてから部屋へ向かう。部屋に入っても強制ワープのようなことをされていないので、向こうもこちらを警戒、若しくは正体に感づいて手を出さないことにしているのだろうと予測する。

 

「初めましてだね、落月純狐。君も私のことを知っているだろうし自己紹介は不要かな。」

 

「そうね。あなたも協力者から色々聞いているでしょうし。」

 

 純狐とオールフォーワンはお互いに黒い笑みを浮かべる。

 

「とは言ってもお互いの認識に齟齬が無いかどうかの確認は必要だ。まず、君は近日中に私たちの前から消える、という認識はあっているかな?力も落ちてきているようだし、楽しむこと最優先の君はこの先満足できないだろう。」

 

 入学前の巨大ロボの戦闘から比較するに、純狐の身体能力強化は半分以下にまで落ちているとオールフォーワンは考えていた。残念なことに、その時は縛りを緩めていたため比較対象とはならないが、その計算違いを抜きにしても純狐の力が落ちてきているのは確かである。

 

 だが純狐が驚いたのは力の低下や行動原理に気づかれたことではない。まるで純狐が別世界の住民であることが分かっているかのような口調の方である。別世界の存在が証明されていないにも関わらず、そんな突拍子も無いと言える考えに至ったオールフォーワンの思考の柔軟性に驚いたのだ。

 

「その認識であっているわ。でも驚いたわね、ヘカーティアも私との関係をほのめかすようなことは最小限に止めているでしょうし、少ないヒントでよく考えたものだわ。」

 

「……お褒め頂き光栄だよ。そしてやはり君はヘカーティアさんと繋がりがあるみたいだね。安易に手を出さなくてよかった。」

 

 オールフォーワンとしては予測が外れ純化を奪うというのが理想だったのだが、予想が当たったのであればそれも大きな収穫である。そしてここまで予想が当たったのであれば後は消化試合だ。

 

「一つ聞きたいことがあるんだ。君は何を憎んでいるんだい?君の歪みは、私が今まで見たことが無いほどだ。もはや歪みすぎて純粋なものとなっているようにも見える。私はその力の一端を見ただけだが、それでもここまで感じられるという事は、本来はもっと大きなものがあるのだろう?」

 

 地雷を踏みぬきかねない発言だが、今の純狐はオールフォーワンが満足のいく答えを出してくれたという事で気分がよかった。おそらくどこかで見ているだろうヘカーティアも、それを察してオールフォーワンの話を止めなかったのだろう。

 

「この話は秘密にしておいてね。私、もう何を憎んでいるのか覚えていないの。ただ憎い。それだけが私の行動原理よ。」

 

「……もしかしてそれは月に関係が?」

 

 言葉を選ぶオールフォーワンだったが、直接的なことを言われた純狐の表情には若干苛立ちが見え始めた。これはまずいと話題を逸らそうとするが、純狐の目は既に赤く染まり始めており、下手な話題転換は自殺行為となる可能性がある為見守るしかできない。

 

「あなた結構知ってるのね。イライラをぶちまけたいところだけど、いいわ。これも全てあいつのせいだし……!」

 

 そう言うや否や、純狐の雰囲気は普段のものに戻る。純狐の雰囲気を感じ取ったのか部屋の外からは死柄木の慌ただしい声が聞こえ始めた。今はこれで終わりにしましょう、と頭を冷やしながら純狐はオールフォーワンに提案する。オールフォーワンも話す内容を選びたかったのでそれを承諾し、二人の初めての通話はそれで終わった。

 

 その後、爆豪が目を覚ますまで、二人は夜通し語り合っていた。オールフォーワンが純狐の正体に気づいた理由やヘカーティアへの愚痴、時に地雷を踏みぬかれそうになったが、純狐としては満足の行く時間を過ごすことができた。

 

「おっと、爆豪君が目を覚ましそうね。あなたは私の嫌いな部類だけれど、ここで潰しても意味ないからね。私のいるうちは身の振り方に気をつけなさい。そしていつか、私のような復讐者やヒーローに倒されるがいいわ。」

 

「はは、手厳しいな。」

 

 通信を切り、純狐は原作よりも一日早く目覚めた爆豪の様子を見に行く。ヴィランと仲良くしているところを見られると色々面倒そうなので、あくまで遠くから見守るだけである。

 

「意外と落ち着いているわね。死柄木君が気に障るようなこと言ってないのかしら。」

 

 原作と違い、死柄木は特に何をするでもなく爆豪を監視しているだけであった。仲間に誘うのはこの環境にもう少し慣れさせてからにするらしい。

 

「お前ら、こいつの監視任せるぞ。」

 

 爆豪が何のアクションも起こさないことを確認すると、死柄木は興味無くしたのか部屋を出て廊下に立っていた純狐に付いてくるようジェスチャーを出す。このままだと何も起こりそうにないため、純狐は指示通り小部屋に入った。

 

「なあ、あいつは俺らの仲間になると思うか?」

 

 オールフォーワンと何を話したのか尋ねられると思っていたが、死柄木が気になっていたのはそこではないらしい。確かに、爆豪の琴線に触りそうなことを言う前に、純狐に意見を求めるのは正しい判断だと言えるだろう。急成長を遂げている死柄木に純狐は感心する。

 

「十中八九無理でしょうね。あの子は歪んでいるとは言ってもマイナス方向ではないもの。別に現状を変えようとかも思っていないだろうしね。」

 

「だよなぁ……。チッ、今のニュースの内容でも聞かせればその考えも少しは変わるか?」

 

 頭を抱える死柄木に、純狐は呆れたように呟く。今回、死柄木が爆豪をさらったのは、仲間に分かりやすい成果を与え、ヴィラン連合の評価を高めて内部分裂を防ぐ、というのが最大の目的である。勿論、世間から非難される雄英を見せて爆豪の心をヴィラン側に傾けようという試みもあったのだが、今までの爆豪を見るにそうなる可能性が低いことは分かっていたのだろう。

 

「ハァ、まあいいか。正直あいつに対する興味はあんまねぇしな。」

 

 死柄木はそう言うと立ち上がってバーの方に歩いて行った。爆豪にちょっかいを出しに行ったのかと思っていたが、そうではなかったらしい。小さなケーキと紅茶が乗ったお盆を持って部屋に帰ってくる。

 

「お前の分だ。」

 

「ありがと。この前のお返しってことでいいのかしら。」

 

 純狐はにっこりと笑ってそれを受け取る。おそらくオールフォーワンが、自分との話で気を悪くした時のために用意させていたのだろう。

 

「……あら、結構美味しいじゃない。」

 

「食いながらでいいからちょっと答えてくれないか?先生からお前のことを少し聞いた。それを踏まえてだ。俺たちの仲間になる気は無いか?」

 

 オールフォーワンからどこまで話を聞いているかは分からないが、おそらく純狐の抱える歪みについて軽く知ってしまったのだろう。死柄木なりに同情しているのかもしれない。このような点も自分の事しか考えられなかった死柄木の成長なのだろう。

 

「仲間にはならないわ。物理的に会いにくいところに帰るしね。」

 

 死柄木はその答えを聞き、そうか、と短く呟くとまたバーの方に歩いて行く。その背中は寂しそうでもあったが、それ以上に覚悟を決めたようなものが見て取れるものであった。

 

(何だかんだ大人になっているのね。自分の過去のことを思い出せばまた色々変わりそうだけど……。ま、関係ないか)

 

 




読んでくださりありがとうございます。

はい。先に純狐さんたちを満足させることができたのはヴィランサイドでした。
まあ、純狐さんの設定的にヴィランとの相性が良すぎるので仕方ないですね。
因みに死柄木君の持ってきたケーキなどは彼が選んで買ったものです。
保険という意図ももちろんありましたが、それ以上に自分を成長させてくれた純狐にお返ししたかったみたいです。

次回、何とか神野直前まで行きたいけど間延びするかも。


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神野前

こんばんは!

遅くなりました。
そろそろ終わりそうだと主自身安心してます。
まあ、細部の設定とか各人物の持ってる情報が変わり過ぎて考えてた流れは変わりまくってますが。

呪術0の映画楽しみ



 

 純狐の居場所、つまりヴィラン連合の基地がある場所の分かった日の翌日。大きなケガの無かったA組の皆は出久が起きたとの報告を受けお見舞いに向かっていた。皆が一通り声をかけお見舞いの品なども渡したところで、切島が爆豪たちを助けようと話題を切り出す。

 

「あいつが何の目的を持って俺たちに居場所を教えたのかは分からねぇ!だが、捕まってるあいつがここまでやってくれたのに何もしねぇなんて……俺はヒーローでも男でもなくなっちまう!」

 

 それに、と切島は一瞬静かになってから呟く。切島を止める者もいたが、悔しいのは皆も同じである。結局切島が話し終わるまでその言葉を遮るものは居なかった。

 

「今動かねぇと取り返しのつかないことになる気がするんだ。お前もあの森の中で感じただろ?うまく言えねぇが嫌な予感がする。確かに俺たちが行っても足手まといになるだけかもしれねぇ!だけど俺たちにしかできないこともあるはずだ!まだ手は届くんだよ‼」

 

 切島の言葉で死んでいた出久の目に光が戻る。その後、出久の診療時間がやってきたためその場で答えを出すことは無かったが、出久の心はすでに決まっていた。

 

(落月さんが何もできずに捕まるなんて考えられない。ヴィランの後を追跡するために捕まったと考える方が妥当だ。だけど僕たちにもその居場所を教えたことの真意は何だ?切島君が言っていたように、何か大きな意味があるはずだ)

 

 出久は歪な形の腕を動かしながら考える。正直なところ、出久は森の中で純狐の霊力の気配を強くは感じなかった。爆豪のことや痛みが強くそこまで気が回らなかったのだ。だが、職場体験中、グラントリノが純狐のことに付いて悩んでいるのは何度も見ていた。そこから薄々、純狐の行く末に付いて考えることはしていた。

 

(落月さんの力は目に見えて落ちている。詳しいことは分からないけど、もうUSJの時みたいな無茶はできないはずだ。だけど……何かあった時はそれを止めなくちゃならない)

 

 出久がワンフォーオールを制御できるようになったのは、間違いなく純狐の影響も大きい。そんな彼女の力の使い方は理性的に見えて、何をしでかすか全く分からないところもあった。そして今度はおそらく今までの中でも最大級の戦闘が起こるだろう。そんなとき、暴走する彼女が自分のように傷つくさまを黙って見ていたくは無かったのだ。

 

(そしてかっちゃんも……。僕はあのヘドロ事件の時も何もできなかった。今度こそ救って見せる!)

 

◇  ◇  ◇

 

「校長、本当にいいんですね?」

 

 ヴィラン連合基地襲撃作戦決行日の朝、オールマイトは校長室にいた。そこで聞かされたのは、昨日の夜、神に連絡を図ったものの成果が無かったこと、そして前々から用意していた対純狐用マニュアルの部分的な決行の決定だった。

 

「先程、警察と全国のヒーローたちに連絡したよ。急なことだからどれだけの人が協力してくれるかは未知数だ。けれど既にトップヒーローたちからは続々と参加の声が上がっている。ありがたいことさ。」

 

 根津はさすがに疲れているようで声に覇気がなかった。自分の生徒を信用してやれなかった、という罪悪感もあるのだろう。だが、神獄が神である可能性が高くなり、その神獄と純狐が親しかったという事を加味するとそうせざるを得なかったのだ。

 

「対ヴィラン連合にはエンデヴァー、ベストジーニスト、ギャングオルカ、シンリンカムイ、マウントレディ、ギャングオルカにエッジショット、その他も主にトップヒーローですね。そして対落月少女は全国からかき集めたヒーローたちですか……言い方は悪いですが消耗戦、ですが現時点でとれる最善でしょう。」

 

 オールマイトは手元のパソコンに届くメールに目を通していく。今回の作戦は最悪の場合オールフォーワンも出てくるため、主軸となっているのはそれに対応できるオールマイトである。それゆえに、彼の元にはいち早く情報が届くようになっているのだ。

 

「落月純狐……彼女は神と同じく我々の想像も及ばないような存在なのだろう。そんな彼女が私たちに好意的なのは幸運だった。今回も敵の居場所を割り出してくれているし、敵意は無いと私は予想しているよ。その真意は分からないが、今は目の前の作戦に集中しよう。相澤君も言っていたように、神もそれがお望みなのだろう。」

 

 ヴィラン連合基地襲撃は根津をもってしても予測不能の作戦である。想定通りのヴィランだけであればまだ楽なのだが、オールフォーワンを始め脳無など不確定要素があまり多い。さらに、神が不介入を約束したのは明日以降、電話がかかってきたのは0時過ぎであるため、今日介入する可能性はある。

 

「神はおそらく愉快犯だ。今までの行動からするに落月君を妨害するのが目的らしいが、正確には分からない。それに彼女の雰囲気から多くの生徒も感じているように、何か歪み……トラウマのようなものがあるのは本当だろう。それを誰かが何らかの拍子で踏み抜くことはあり得る。そうなったときは……」

 

「大丈夫です。その為に私たちが居ます。」

 

 根津の言葉を遮り、オールマイトが力のこもった声を出す。そこには、ヒーローとしてだけではなく、教師としての覚悟も入っていた。

 

「……頼もしいな。繰り返しになるが、落月君が積極的にこちらを害することは考えにくいよ。ヴィランが神経を逆撫でしても、冷静に対応する可能性の方が高いだろう。」

 

 根津はそう言うと、記者会見会場へ行く準備を始める。オールマイトは校長室を出て、神野の作戦本部に向かった。

 

◇  ◇  ◇

 

「早速だが、爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」

 

「寝言は寝て死ね。」

 

 ダメ元の勧誘は断られ、死柄木はこの後どうするか考える。オールフォーワンに頼めば、洗脳や薬漬けなどどうとでも出来る。しかし、純狐との会話を終えた後、純狐の前ではあまり非人道的なことをするなとの指示が来ていた。

 

(落月の野郎何しやがったんだ?それともヘカーティアさん辺りから何か言われたのか?)

 

 候補はいくつか思いつくが、それを相談できそうな者もここにはいない。食器の回収に行こうかと立ち上がる死柄木に、今度は爆豪が話しかけた。

 

「お前ら、女狐はどこにやりやがった。」

 

「女狐……?ああ、落月のことか。体育祭でそんな呼び方してたな。」

 

 教えてやる義理もの無いので無視して純狐の元に向かう死柄木。だが、ここで食器を運んでくれば怪しまれると考え、ため息をつきながら元居た席に座る。

 

 正直、今ここに爆豪を置いておくメリットはほとんどない。爆豪が何らかの手段でこの場所をばらすかもしれないし、暴れられると人通りの少ない場所だとはいえ通報される可能性もあるからだ。

 

「メディアは敗北者の雄英を応援するどころか責め立てている。それに影響された一般市民の皆さんもだ。これがヒーローの守るべきものか?正義なのか?ここにいる奴らは大なり小なりヒーローや社会、ルールに縛られ、苦しんだ。他にもそんな奴は山ほどいる。」

 

 死柄木は身振り手振りを大きくして、さながら演説のように話し出す。メンバーたちも死柄木を邪魔しないよう、一歩退いた距離でそれを見ていた。

 

「お前も薄々気づいているだろ。落月もその内の一人だ。」

 

 爆豪の表情が明確に変わる。このまま攻め切れるかと言葉を続ける死柄木だったが、冷静に考えると、爆豪の視点からでは純狐が裏切ったと考える要素が薄いことに気づく。純狐が裏切っていれば被害がこの程度で済むことは無いだろうし、爆豪の前に姿を現さない理由も無いからだ。

 

「まあ、とにかくだ。お前はそんな被害者の前で、正義だののたまうヒーローに疑問を持たないのかって話さ。俺らじゃなくてもいいぜ。その辺で過ごしている小さな不幸を抱える人間の前で、ご自慢のヒーローたちの話をしてみろよ。声高らかに、その業績を謳って見せろよ。俺はそんな酷いことはできないね。」

 

 傷口にしみ込むような死柄木の言葉だが、爆豪に届いている様子は無い。期待はしていないので諦めはつくが、自分の言葉に全く反応してくれないのは単純に不快だった。

 

「俺たちはこの問題を見て見ぬふりしている奴ら、一人一人に考えてほしいのさ。そして俺たちは勝つつもりだ。君も勝つのは好きだろ。」

 

 死柄木はそう締めくくると、荼毘に爆豪の拘束を解くように言う。だが、確実に暴れるだろう爆豪にわざわざ近づきたくないため、代わりにトゥワイスを指名して拘束を解かせた。

 

 案の定トゥワイスの顔に向けて爆発を放つ爆豪。しかし、その爆豪の手は拘束具の裏に仕込まれていた半透明の糸によって止められていた。因みにこの糸は、爆豪が暴れることを見越してオールフォーワンに用意してもらったものである。

 

「……満足したか?話くらいは聞いてくれると嬉しかったんだがな。」

 

 再び拘束された爆豪を見て死柄木は呟く。爆豪は奇襲が失敗したことに焦りながらも、自暴自棄になることなく状況を分析していた。

 

(俺の心にとり入ろうとする以上、本気で殺しの来ることはねぇ。だが、状況の打開策が無くなったのも確かだ。何とかこいつの隙を作らねぇと……)

 

 しかし、死柄木のことを全く知らない爆豪は何を話せばいいのか思いつかない。爆豪が悩んでいると、死柄木はその場を部下たちに任せ奥の方へ行ってしまった。

 

(どっか行きやがったか。にしても、予想以上に用意周到な奴だったな)

 

 爆豪は死柄木の評価を改める。USJ襲撃の件などを見て、勢い任せで行動するタイプだと断定していたのは明確な失敗であった。

 

(だとしても、オールマイトもいたあの場をこの程度の損害で切り抜けられるとは思えねぇ。他の協力者がいたのか?)

 

 純狐のことも候補に入れて考えるが、純狐がヴィラン連合に付く理由が全く思いつかない。確かに、日ごろから何を考えているか分からない奴ではあったし、オールマイトもいた場を何とかできる可能性のある存在であるが、裏切るような気配は全く感じられなかった。

 

(あのクソ手野郎はわざわざ女狐の話をしてやがったな。帰ってきたらそこから切り込むか)

 

 爆豪の考えがまとまるのとほぼ同時に、死柄木が食器を持って帰ってくる。やはり、VIP的な存在がいると確信すると同時に、爆豪は死柄木に話しかけた。

 

「オイ、お前。女狐が裏切ったって言ってたな。それじゃあ、その証拠でも出してみろよ。まさか、あんだけ自信満々に語っといてはったりでした、とでも言うつもりじゃねぇだろうなぁ。」

 

 なるべく死柄木の感情を煽るように話す爆豪。だが死柄木は冷静そのもので、その言葉に耳を傾けることもしていないようだった。そして手元のお茶を飲み終えると、黒霧に爆豪を奥の小部屋に飛ばすよう指示する。

 

「死柄木弔。よろしいのですか?」

 

「あいつからもOKもらったし別にいいだろ。」

 

 黒霧は死柄木の指示通り爆豪を座っている椅子ごと部屋に送る。そして送られた先の部屋で爆豪が目にしたのは……

 

「久しぶり、ってほどでもないわね。元気にしてた?」

 

「女狐……!お前まさか本当に裏切りやがったのか!?」

 

 爆豪の怒号にビビることなく、純狐は首を横に振る。そして爆豪の耳元に顔を近づけ、この基地の場所をヒーローたちに伝えてあること、救出作戦はおそらく今日中に行われることを伝えた。

 

「ちッ、そういう事かよ。」

 

「あら、信用してくれるのね、てっきり嘘と思われるかと。」

 

 勿論完全に純狐の言葉を信用したわけでは無いが、この状況になって洗脳などを行わないところを見るに完全に裏切ったわけでは無いのだろうと爆豪は判断する。だが、今この基地にいるヴィランくらいならば不意打ちしなくとも拘束できるはずなのにそれをしていないことは疑問だった。

 

「そう言えば、あなたとゆっくり話したこと無かったわね。何か聞かせてもらってもいいかしら。一人だと暇なのよ。」

 

「はぁ?」

 

 何を言っているんだ、という顔をする爆豪。流石の爆豪も敵地の中で無駄話をする余裕は無いらしい。そもそも爆豪と純狐は何か話すという事は少ない。完璧を目指す爆豪と成績だけを見ればいつもその上にいる純狐は相性が悪いのだ。アドバイスをするにしても、爆豪は中々素直に聞き入れてはくれないし、欠点に自分で気づき試行錯誤する能力が高いため外野から話しかける必要性も薄い。そんな爆豪に最近の流行りにも疎い純狐は共通の話題を見つけられなかった。

 

「あなたからの私の印象ってどんなものなの?」

 

「……うさんくせぇ、気に入らねぇ奴だ。」

 

 爆豪は怪訝な顔をしながら答える。純狐が裏切っていないと言い切れない以上、下手に情報を話すのは悪手である。それに、純狐が拘束されていないのも気がかりだ。裏切っていないのだとすれば、純狐でもどうしようもないヴィランが控えている可能性もある為、気を抜くことはできなかった。

 

「そんなに緊張しなくてもいいわ。私が自由にしているのは後ろ盾があるからだし、少なくとも私が居る間はあなたにも手出しはしないはずよ。それに、あなたが懸念していることを私が考えていないとでも?」

 

「そうかよ。後ろ盾は……尋ねても答えなぇよな。まあいい。」

 

 そう言うと、爆豪はやっと肩の力を抜き椅子の背にもたれかかった。まる一日以上食事もろくに取っていないのだ、疲れもするだろう。そんな状態でも冷静な判断ができるタフネスはその辺のプロヒーローと比べても頭抜けている。

 

「そうだ。爆豪君ってオールマイトに憧れてるでしょ?ファンサービスとかは彼を真似ないの?」

 

「柄じゃねぇよ。」

 

 できない、と言わないあたり彼らしいと思う純狐。彼自身、プロヒーローとしてやっていくうえで考えてはいるのだろうが、優先順位は低めなのだろう。そんな感じでしばらく当たり障りのない話をしていると、さすがの爆豪も集中力が切れたのか本音が漏れ始めた。

 

「なぁ、女狐。お前、デクやオールマイトとよくつるんでるよな。あの二人の関係は何だ?俺の知る限り、デクは無個性だった。あいつに聞いてもはぐらかされる。それにあの個性……癪だがオールマイトに似てやがる。あの個性が譲り物だとすれば、それは誰からだ?」

 

 個性のことを爆豪が知るのは、確か全寮制になる前の喧嘩の時だったか、と純狐は回想する。考えてみれば、ここでワンフォーオールについて話してしまってもそれほど損害は無い。純狐はこの後すぐにいなくなるし、答えを伝えても秘密だと言えば口の堅い爆豪はしかるべき時まで誰にも話さないだろうという安心感はある。

 

 しかし、折角爆豪の本音が漏れたのだ。ここで答えを伝え、会話を終わらせるのはあまり面白くない。

 

「あなたはどう思ってるの?何だかんだクラスの中で出久君に詳しいのはあなただし。」

 

「ちッ、はぐらかしやがって。そもそも俺は個性の譲渡なんて眉唾物信じてねぇよ。あいつが気付いてなかった個性が今更覚醒したんだろ。オールマイトが気にかけてるのも自分の個性と似ているから、とか理由は考えられる。」

 

 結構真面目に答えてくれたことに純狐は驚く。よほど気になっていたのだろうか。確かに中学時代にやっていたことを考えれば、気になる爆豪の気持ちも分からなくもない。今まで無個性という事で散々差別していた奴が、実は特別な個性を持っていました、などプライドの高い爆豪には今はまだ認めがたい事だろう。

 

「でも、もしかしたらってこともあるでしょ。」

 

 勢いで口に出してしまったが、もしこれで爆豪の疑惑が確信に変わり、神野事件の最中にコンプレックスを暴発させてしまう可能性を考えれば失敗だったかもしれない。純狐は後悔しながらも、まあいいかと開き直った。

 

「もしそんなことがあったとしても、関係ねぇよ。俺は強くなる。あいつがもらった個性が何だろうと、誰からだろうとだ。」

 

 爆豪は間を置かず、はっきりと答える。爆豪は雄英に入学してから度重なる敗北を経験し、今までよりもさらに強さを求めていたのだ。そのことが、出久へのコンプレックスを薄め、今のような答えが出すに至ったのだろう。

 

「かっこいいわね。まあ、今の状況を打破しないと何ともならないけれど。」

 

 純狐としては少年漫画っぽいセリフを聞けたので満足であったが、今、自分が強くなればいいという心持ちで動かれるのは困る。最悪、切島の手を取らないという選択もあり得るからだ。その為今の状況のことを思い出してもらったのだが、爆豪は半分眠っているような状態なのであまり効果は無かったかもしれない。

 

「ありがとう、話し相手になってくれて。あいつらに頼んで食事は用意させるわ。毒が入っているかどうかは、まあ今更でしょ。今はゆっくりしておきなさい。」

 

 起きた頃には、すべてが始まる直前だから。純狐の最後の言葉は爆豪には届いていないようだった。

 

◇  ◇  ◇

 

ついに雄英の謝罪会見が始まる。そんな中、神野の一角ではプロヒーローたちが大勢集まっていた。

 

「今回の事件はヒーロー社会崩壊のきっかけにもなり得る。総力を持って解決に当たらねば。」

 

 塚内がヒーローたちに呼びかける。それを受け、この作戦に特別な思いがあるヒーローたちが各々の意気込みを話し始めた。

 

「我々の調べで拉致被害者の今いる位置は分かっている。主戦力をそちらへ投入し被害者の奪還を最優先とする。そして、捜査の途中で見つかった別のアジトも制圧だ。完全に退路を断ち一網打尽にする!」

 

 そして、と塚内は無線を少し離れた場所にある作戦基地に向かってつなげる。そこには、全国から集まった、対純狐用のヒーローたちが控えていた。

 

「君たちが現場に出るタイミングはこちらからの指示を待ってくれ。決して早とちりはしてはいけない。もし自分が疑われ武力を向けられていると知られれば、その後の彼女の成長にも大きく影響するだろう。もしそうなれば、我々に出る被害は計り知れない。だが、もしその時になれば、決して手加減はするな。以上!」

 

 オールマイトは塚内の話を聞きながら決意を固めるとともに、何か漠然とした不安も抱えていた。それはオールフォーワンのことだけではない。神、そして純狐というイレギュラーがあまりにも不穏に思われた。同じく、エンデヴァーも何か嫌な予感がしていた。今まで頭の中にいた何かが、急に抜けてしまったように感じたのだ。

 

「今回はスピード勝負だ!ヴィランに何もさせるな!」

 

 二人の不安を他所に、作戦の開始は刻々と迫る。

 

「意趣返ししてやれ、さあ反撃の時だ!」

 

「流れを覆せ‼ヒーロー‼」

 

― ヘカーティアside ―

 

「そろそろ行くんですよね!楽しみです!」

 

 いつもの星条旗柄の服に着替え、クラウンピースは上機嫌にくるくる回る。ヘカーティアはそんなクラウンピースを落ち着かせながら、紫色のゲートを開いた。

 

「私たちは基本的に観察するだけよ。変に干渉したら純狐に怒られちゃうわ。」

 

「そう言えば、友人様の弱体化は解除するんですか?さすがの友人様もあの状態でオールフォー……なんとか?とまともに対峙するのはきつそうですよ。」

 

 クラウンピースは手に松明を持ち、いつものように留守番をする脳無に近づける。ここ半年ほど、ヘカーティアと純狐が楽しんでいる裏で仕事に明け暮れていたクラウンピースは、皆が狂ってしまうような爽快な展開を求めていた。

 

「それは、おいおいね。さすがに虐殺のようなことはさせないわよ。箱庭とはいえ勝手に世界作ってその世界の人間を勝手に殺して仕事を増やしたなんてばれたら、上から怒られるわ。」

 

「了解です。では行きましょう!さあ行きましょう!」

 

「ねぇ、クラピちゃん。あなた映姫の説教受けてから狂気度が増しているような……。」

 

― side out ―

 





読んでくださりありがとうございます!

誤字脱字あれば教えて頂けると有難いです。
純狐さんの小説増えませんねぇ……

次回、神野編


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神野1


こんばんは!

久しぶりに一か月以内の投稿です。
やっぱり戦闘シーンは特に苦手ですね。
そして語彙力が足りない。使う言葉がワンパターンになってしまう……

ウマ娘、タマ貯金がキタサンに吸い取られました。



 

『では、先程行われた謝罪会見の一部をご覧ください。』

 

 校長の根津、1-A担任の相澤そして1-B担当のブラドキングこと管が大きな街頭テレビに映る。今世間で最も注目を集めているニュースであるため、通行人も多くが立ち止まり、その様子を見守っていた。

 

『この度、我々の不備からヒーロー科1年生28名に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り社会に不安を与えたこと、謹んでお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。』

 

 普段より聞き取りやすい声で話す相澤の謝罪から会見は始まる。その後、事実説明の部分はダイジェストで流され、質疑応答の様子が映された。

 

 そこでは、予想通りというべきか雄英に否定的な意見が多く取り上げられていた。対策をする、と言っておきながら被害が出ている状況について、拉致された生徒への対応、まだ隠されている被害があるとの噂が立っていることへの説明など、言葉を少しずつ変えながら質問が飛んでくる。

 

「悪者扱いかよ……。」

 

 さすがの出久も、悪意ある編集や記者の態度に腹が立ってくる。だが、そんな出久たちの反応とは逆に、周囲から聞こえてくるのは雄英に否定的な見方をするものが多かった。皆どこかで、ここ半年の一連の事件が自分たちの生活を大きく揺るがすものになるのではないかと不安なのだろう。

 

 そんな中、ついに一人の記者が拉致された爆豪について、明らかに挑発めいた質問を飛ばす。根津と相澤が連携して答えるが、相手も質問のプロである。厄介な根津ではなく、メディア慣れしていない相澤に段々と標準を合わせ、爆豪に未来があると言える根拠を尋ねた。

 

 相澤に不安を覚えたブラドキングが横から冷静になるようアイコンタクトを出すが、相澤がそれを見ている様子は無い。しかし、彼が思っていた以上に相澤は冷静であり、粗野な返しをすることなくその場を乗り切った。

 

 その後はこれ以上煽っても面白い映像は取れないと考えたのか、記者からの質問は批判的なものから建設的なものに変化していった。そして記者会見は終わり、番組のコメンテーターたちが記者会見について適当な意見を交わし始める。

 

「行くぞ。」

 

 轟が短く言うと、出久たちもそれに従って移動を開始した。教師たちの思いに触れ、意欲は今まで以上だ。大通りを少し歩いて裏道に入り、人はまばらに見える程度になった。治安もあまりいいようには見えず、普段であれば決して自分から入ることは無いような場所だ。

 

「ん?あれは何だ?」

 

 周囲を警戒していた切島が、遠くのビルを指さす。出久たちもつられてその先を見るが、特に何もない。切島も見間違えだったかと忘れることにするが、妙に落ち着かない。

 

「飯田。ちょっと俺を殴ってくれ。軽くな。」

 

 急にどうしたのかと混乱する飯田。しかし切島は真剣そのものである。仕方が無いのでほほを軽く叩くと、切島は急な脱力感に襲われた。ふらつく切島を飯田が支え、体調を確かめるが、熱があったりするわけでは無い。

 

「大丈夫ですか?やっぱり止めた方が……。」

 

 八百万は切島の背をさすりながら提案するが、ここまで来て引く選択肢など今の切島にあるはずがない。切島は大丈夫だ、と自分の調子を確かめるように拳を握りしめ再び歩き始めた。

 

「いや、何かビルの上の方に赤い点が見えた気がしたんだ。それ見てからちょっと高揚感っていうか、冷静さを欠いてしまいそうだった。皆ありがとう、おかげで調子も戻ったぜ。」

 

「調子悪いなら隠さないでね。何が待ってるか分からないんだから、せめて体調だけでも万全にしておかないと。」

 

 そんなことを話しているうちに、出久たちは目的地に着いた。外見はただの放棄された廃倉庫である。建物の様子を確かめた後、まばらにいる人たちに見られないように、狭い通路を通って裏に回ることにした。

 

「あの高さの窓ならここから中が見えそうだ。」

 

「よし、じゃあ緑谷と切島が見ろ。俺と飯田が担ぐ。」

 

 準備の良い切島が持っていた暗視ゴーグルを使い、建物の中を覗き見る二人。最初は何も無いように思われたが、奥の洗濯機のような容器の中には液体に浮いた脳が見えている。やはりこの施設がヴィラン連合と関わっているのは間違いないようだ。

 

「ちッ、さすがにあの量は俺たちにはどうすることも出来ないぜ。」

 

 切島がそう呟き、塀の下に降りると、遠くから何者かの足音が聞こえてきた。まさかヴィランが、と警戒を強めて息を殺す出久たち。しかし、かすかに聞こえる会話からそこにいるのはヒーローであると分かり安堵する。

 

「記者会見からまだ何時間とも経っていないぞ。もう突入するのか。」

 

 飯田は驚き、手元の携帯で時間を確認する。八百万はその携帯の光を黒い布を作って隠しながら、ほっとため息をついた。

 

「プロが来てくれたのでしたら、私たちの出る幕ではありませんわね。さあ、邪魔になる前に帰りましょう。」

 

 八百万の言葉を遮るように、マウントレディが巨大化し、廃倉庫を蹴り壊す。それと同時に虎とベストジーニストが中に入り、脳無たちを捕縛した。後方にはギャングオルカも控えており、逃げ出そうとする者がいないか目を光らせている。

 

「……凄いな。ヒーローたちはもう動いていたのか。さあ、後は任せて早く去ろう。」

 

 飯田は身を乗り出しかけている切島の手を取り、出口の方に引っ張る。切島もそれに抗うことは無く、この場はプロに任せようと暗視ゴーグルを鞄に戻して歩き始めた。

 

 順調にことは進んでいる。誰もがそう思った。しかし、悪はそう簡単に屈しない。この程度で屈するのであれば、等の昔に誰かが滅している。

 

 それはまるで湧き出るように。あたかもそこにいるのが当たり前のように。そして目の前の善を為そうとする者をあざ笑うかのように。ただ、そこに君臨した。

 

「すまない、虎。前々からいい個性だと思っていたんだ。あの神……いや彼女たちが干渉しない内に片さないと。」

 

◇  ◇  ◇

 

「お疲れ様です。」

 

 記者会見が終わった直後、相澤は作戦本部へ急いでいた。今回の作戦に直接参加する予定はないが、何かあった時、少しでも戦力は多い方がいい。

 

「いやいや、そちらこそお疲れ様。慣れてないから大変だっただろうけど、君が冷静に答えてくれたおかげで助かったよ。」

 

 たまたま居合わせた根津はそう言うと車に乗り込み、相澤と別れた。もしものことでヴィランから襲撃を受けた際、戦力が削れるのを防ぐためだ。

 

「ふぅ……それじゃあ行くか。」

 

 相澤は待機していたヘリコプターで神野へ向かう。ヘリコプターは1時間ほどで神野上空に到着し、着陸の体勢に入った。

 

 その時、遠くに赤い光が見え始めた。何か異常でもあったかと、操縦士はその光の動きに注目する。赤い光は特に何の信号を送るわけでもなく、ただその場をゆらゆらと揺れているだけのようだ。誰かのいたずら、若しくは接触の悪い光が揺れているのだろうと判断し、ヘリコプターの体勢を整える操縦士だったが、どうにも手がうまく動かない。

 

「おい!大丈夫か!」

 

 機体が大きく揺れ始め、異常を感じ取った相澤が操縦士の肩を叩くが、呂律が回っておらず目も焦点が合っていない。さすがにまずいと急いでパラシュートを付け、操縦士も担いで脱出を試みる。

 

「クッソ、何なんだ。」

 

 相澤は暴れる操縦士を気絶させ、安全に着地できそうな場所を探し始める。そして、視界に巨大化したマウントレディか映るとその近くを目指して体勢を整えた。

 

「やはり何か変だ。これ以上何も起きないでくれよ……!」

 

◇  ◇  ◇

 

「どーもぉ、ピザーラ神野店ですー。」

 

 眠っていた爆豪を黒霧が死柄木の前に連れ出し、最後の説得を行っていたところで入口のドアが叩かれる。誰がこんな時に、と皆がドアの方を向いたところで、真横の壁からオールマイトが飛び出した。

 

「黒霧ッ!」

 

 死柄木は敵襲をすぐさま察知し、黒霧に指示を飛ばすが、黒霧は慌てており対応できていない。その混乱が冷めないうちに、シンリンカムイがヴィランを拘束する。

 

「木ィ!?んなもの……」

 

 炎熱系である荼毘はその木を焼こうと体から炎を上げるが、それを察したグラントリノが頭を蹴り、脳震盪を起こさせて阻止した。死柄木が辛うじて拘束を逃れているが、相手が悪すぎる。シンリンカムイの木を崩壊させているうちに、入口からはエッジショットが侵入しており、その個性によって手の中をいじられ動かなくされてしまった。

 

「もう逃げられんぞヴィラン連合……何故って?」

 

 一番槍で突入し、場の制圧を見届けたオールマイトがいつもの笑顔で言い放つ。

 

「我々が来た!」

 

 ヴィラン連合の面々がその再びの威圧に怖気づいている中、死柄木だけは何とか打開策が無いかと考えることを辞めていなかった。しかし、明らかに戦力が足りない。純狐が味方ならまだしも、この状況になって加勢に来ていないという事は、こちらに付いていなかったのだろうと判断するほかなく背後を突かれる危険もある。

 

(あの野郎……さてはこの場所ばらしやがったな。んだよ、結局ヒーローに付く方が面白いと判断しやがったのか)

 

 だがまあ、確かに余裕綽々としていた自分たちが急に形成を逆転され窮地に陥っている姿は、第三者から見れば滑稽に映るかもしれない、と納得してしまう死柄木。その余裕を感じ取ったのか、オールマイトは死柄木に近づき警戒を強める。

 

(今この瞬間、この包囲網から出ることは諦めた方がいい。ここにいる戦力を見ると、廃倉庫にある脳無にも手は回してあるだろう。そうなると……先生を頼るほか無いか)

 

 死柄木は机に置かれているパソコンの方を意識する。通信はつながったままであったため、オールフォーワンがこの事態に気づいているのは確かだ。おそらく何かしらの策は既に立てているはずだが、純狐がいることで誤算が生じているのかもしれないと死柄木は考える。

 

(なら、もう少し時間を稼がないとな。生半可な話題じゃダメだ。そうだ、何考えてるか知らねぇが落月の奴はまだ出てきていない。おそらくここで出てきても保護されるだけで関与しずらくなると考えてんだろ。俺の考えが当たっているのであれば、これはでかい手札だ)

 

「なァ、死柄木。落月はどこにいる?」

 

 早速振ろうとしていた話題が来て飛びつきたくなる死柄木だったが、ぐっと我慢して不機嫌そうな表情を作る。近くにいるオールマイトにはばれているかもしれないが、疑いを持たせることができるだけで時間稼ぎにはなり得る。

 

「ああ、あいつか。知らねぇな……ッ!」

 

 言い終わる前に、エッジショットが内臓に体の一部を突き刺して激痛を走らせる。そして、次は心臓のあたりを触る、と警告を発し重ねて質問が行われた。

 

「はぁ、はぁ、痛えなぁ。これがヒーロー様のすることかよ。今頃あいつは先生のとこだよ。ハハッ、遅かったんだよお前らは!あんな個性黙って見過ごすわけないだろ!?」

 

「奴はどこにいる!死柄木‼」

 

 我慢ならなくなったオールマイトが叫ぶ。ここでうろたえるのは簡単だ。だがそうしたところで、被害は拡大していく一方だろう。ならば、一刻も早くその諸悪の根源、オールフォーワンの居場所を聞き出す必要がある。

 

 そしてその叫びとほぼ同時に、部屋の奥のパソコンから声が聞こえた。

 

「ありがとう、弔。君が時間を稼いでくれたおかげで何とか用意できた。」

 

 その声が聞こえるや否や、至る所から黒い液体と共に脳無が湧き始める。見たところ、下位個体だが、状況を混乱させ死柄木たちの脱出する時間を稼ぐのには十分だ。

 

「クッソ、どんどん出てきやがる!」

 

 グラントリノは拘束されているヴィランから目を離さないようにしつつ、脳無の処理に当たる。だが、いくら警戒していたところで相手はオールフォーワン、規格外の個性を持つ者だ。しっかりと拘束されていたはずのヴィランも、口から黒い液体が溢れ出しどうすることも出来ずその場から消えてしまう。

 

「!?爆豪少年‼」

 

 そしてそれはオールマイトが拘束していたはずの爆豪も例外ではない。口から液体が溢れ出したかと思うと、オールマイトの必死の処置もむなしくどこかに消えてしまった。

 

「Nooooo‼」

 

 再び目の前で教え子が連れ去られるという現実を目の前に、さすがのオールマイトも思考が止まってしまう。そんな悲壮な声をかき消すように脳無は次から次へと湧き出してくる。そんな中、建物の奥の方で大きな音が聞こえると、上空から見覚えのある少女が顔をのぞかせた。

 

「あの野郎。私の目的を察した上で邪魔するつもりね。いいわ、一瞬で片を付けてあげる。」

 

◇  ◇  ◇

 

ヒーローがヴィラン連合の基地に侵入してきた頃、純狐は床に穴を開け、その中に籠っていた。勿論、突入して来た機動隊にばれないように蓋をしている。“隠”へ純化しないのは、皆が自分のことを忘れると色々こじれてしまいそうだったからだ。

 

(どこで出て行こうかしら。脳無が湧き出したあたり?確かにそこなら混乱に乗じて廃倉庫の方に移動できそうね。オールフォーワンもこれ以上私に構う事も無いだろうし、適当なタイミングでヘカーティアと合流しましょう)

 

 そうこう考えているうちに、死柄木の声が聞こえ始める。変にヒステリックになっていないことから、おそらく冷静に時間稼ぎしているのだろうと純狐は感心した。

 

(あの子、私の考えもある程度読んで行動してるわね。現時点の登場人物で一番相性よかったのはあの子というわけかしら。まあ、分からなくもないけど複雑ね)

 

 この世界とももうお別れか、としみじみしていると、上の方が騒がしくなり始めた。脳無が出現し始めたのだろう。そろそろ出ようかと、蓋にしていた机をどかすと、その手を誰かに掴まれた。

 

「あら、ありが……」

 

 とう、と言い終わる前に、掴まれた手が引きちぎれるのではないかという勢いで引っ張り出される。驚いてその手の先を見ると、真っ黒で巨大な脳無が口を開けて待っていた。

 

 咄嗟に手を強化し脳無の手から逃れようとするが、力が足りず逃れることは叶わない。そのまま頭を嚙みつかれ、耳がもげそうになるが、脳無を“縛”に純化することで隙を生み出し、その場から逃れた。

 

 だがその逃れた先には小型の脳無がおり、純狐にまとわりついてくる。しかし、こちらの脳無はあまり力が強くなく、普通に殴るだけで無力化できた。だが、よく見ると小型の脳無はこの小部屋の中に3体はおり、面倒なことになっているのは火を見るより明らかだ。

 

「ううッ」

 

 それに加え、足元にはケガを負った機動隊員も転がっている。この狭い部屋で戦うのは不可能に近い。いや、被害を気にしないのであれば何とかはなる。しかし近くには多くのヒーローがおり、味方の機動隊員も含めて無差別攻撃していると、おそらく用意されている対自分用の作戦が適応されてしまい、オールマイトとオールフォーワンの戦いを見ることは叶わないだろう。

 

「あの野郎。私の目的を察した上で邪魔するつもりね。いいわ、一瞬で片を付けてあげる。」

 

 建物の窓を破り外へ飛び出した純狐の目に驚愕するオールマイトたちが映った。こちらに来ようとしているのが分かるが、オールマイトに今来られるのは困る。オールフォーワンがどう動いているのか分からないが、脳無が送られている状況を見るに原作とそう違わない展開になっているだろう。そう予想した純狐は、目の前に迫る脳無を“弾”への純化で弾き飛ばしながらオールマイトに向かって叫んだ。

 

「こっちは大丈夫ですので!早く爆豪君の方に向かってください!」

 

 純狐がそう叫ぶと、“縛”への純化から解放された脳無が真下から現れ、純狐の足を掴んでその場に叩き落とした。純狐は自分の周りを“硬”に純化し衝撃をこらえる。

 

「俊典!とりあえずベストジーニストの方に向かえ!脳無は俺たちで何とかする!」

 

「……了解です。エンデヴァー大丈夫か!?この場は任せるぞ!」

 

 オールマイトは建物に空いた穴から体を出し、外のエンデヴァーの様子を見る。外に湧き出る脳無は建物内よりも多く、機動隊も散らばっているため処理は難しそうだ。しかし、エンデヴァーはオールマイトには及ばずとも№2ヒーローである。その炎さばきは素晴らしく、大きな被害を出すことなくその場を制圧していた。

 

「行くならとっとと行くがいい!落月の戦闘許可はイレイザーのがまだ消えていないはずだ!もし何かあれば俺が重ねて許可を出す!」

 

 そのセリフを聞くと同時にオールマイトは廃倉庫の方に向かって跳び立つ。純狐はその様子を視界の端で確認しながら、ヒーローたちの目が届かない場所に移動しようとしていた。しかし、一体の巨大な脳無がそれを許してくれない。

 

(こいつハイエンド級?エンデヴァーとホークスが戦ったレベルなら何とかなるかもしれないけど前回の保須レベルの奴ならさすがにきついわね)

 

 純狐は目の前の脳無を観察しながらその個性を推測する。保須の時のような超スピードがあるわけでは無いが、純狐が強化した手で振り払うことができない程度にはパワーがある。また、“縛”への純化中も若干動いていたことから、拘束耐性も持っていると考える方がいいだろう。

 

 建物の間を移動しながらどうするか方針を立てる純狐。そんな純狐を脳無は上空にジャンプすることで探し出し、手に握っていた小型の脳無を空中に投げて足場にすることで突撃して来た。

 

 力で対抗できない以上、体を掴まれたくないので、純狐はさっきと同じように周囲の空気を“弾”に純化し、脳無が背後の建物にぶつかるよう角度を調整する。しかし、脳無はそれでは止まらなかった。張ったはずの壁は確かに脳無を減速させたがそれ以上の機能を果たさず、脳無の手が純狐に届く。

 

(なんッで!)

 

 純狐は驚きながらも脳無の足元を“滑”に純化し、捕まれることは回避できた。転がっている脳無の下の地面を“軟”に純化して埋め立てようとするが、脳無はそれを察したのか純化の範囲外に逃れ、再び膠着状態となる。

 

(何で壁が機能しなかった?まさか一度食らった個性、攻撃に対し耐性を持つとかかしら)

 

 試しに純狐は脳無に近づき、“縛”に純化してみる。だが、やはり脳無は一瞬動きが止まったものの効いている様子は無かった。やはり耐性が付いていると考えるのがいいだろう。だが、どの程度まで耐性が付くのか、純狐の攻撃に対応できるのかは不明である。もし純化されたものに対応できるのだとすれば、それは概念を無視する、という事だ。さすがにそのレベルをヘカーティアが提供するとは思えないし、幻想郷だとしてもそんなものが存在していてはたまったものではない。

 

(積極的に攻めてこないのはありがたいけど、ここのヒーローたちに任せるわけにもいかないし……。そろそろあっちも始まる頃だから何とか速攻で終わらせたいんだけど)

 

 もし相手が概念耐性なるものを本当に身につけるのであれば、もはや手加減している暇はない。だが、周囲にはヒーローもおり、強引な手段は使えない。霊力を使えばだれにもバレず無力化させることが可能だが、それは最終手段だ。後でヘカーティアに笑われることもあり得る。

 

「まあ、やるしかないわね。」

 

 純狐はそう呟くと、“速”への純化で脳無に近づいた。周りに集まっていたヒーローや機動隊員はそれによって吹き飛ばされ、周りには土煙が立ち込める。これによって脳無も純狐を見失うかと思われたが、探知系の個性でも持っているのか、土煙の中から近づく純狐の方向に正確に手を伸ばし頭を掴もうとしてくる。

 

「危ないわね!」

 

 その手から逃れるため体をひねり、同時に“貫”への純化で脳無の腕に穴を開ける純狐。脳無はそんな肩まで空いた穴を無視して、蹴りを入れてくる。その足を“斬”の純化を使って切り払い、体勢を崩した隙に、脳無の目を“盲”へ純化させる。

 

 脳無はいきなり視界が亡くなったことに発狂し、甲高い声を上げたかと思うと今までのおとなしさが嘘のように手を振り回し始めた。さすがに近くにいられないと離れた純狐は、そこにあったコンクリート片を砕いて脳無に投げつける。強化された手によって投げられたそれは、音速を超えて脳無にぶつかるが、“貫通するモノ“への耐性を得ている脳無の体には穴が開くことは無い。

 

 だが攻撃をされたという事は認知しているため、脳無は今まで以上に手を振り回し、その余波だけで近くの建物を半壊させる。そして純狐はそれを狙っていた。石礫によってついた背中の傷を“蝕”に純化する。すると、傷は見る見るうちに広がり、脳無の体を蝕んでいく。そこに暴れていることも合わさって、脳無の背骨はその部分が折れてしまった。

 

 さすがの脳無も背骨が折れてしまっては満足に動けない。純狐はその背中の穴に水を流し込み、血、そして鉄に純化させる。

 

「ちょっとやりすぎかもしれないけど、それだけあなたは強敵だったってことよ。」

 

 純狐はそう言うと、仕上げに脳無の体を生命力に純化させ、その再生能力を暴走させた。それによって、脳無の肉は体中入り込んだ鉄を飲み込みながら再生することとなり、もはや人とも分からぬ肉塊になってしまった。

 

 だが、脳無も最後の意地を見せる。必要ない手足が生え、内臓も飛び出し、盲目になりながらも脳無は立ち上がり、純狐の移動を阻止しようと通路に立ちふさがったのだ。

 

「……敵ながらあっぱれね。」

 

 情けをかけてやりたくもなったが、ここで中途半端なことをすると後々に響きそうだ。純狐はその脳無の体周辺を“暗”に純化して完全に外部との情報を断ち、そのむき出しの脳に触れる。そして今脳無の体を支えているその意識を“壊”に純化し、完全に失神させた。

 

周囲の土煙も晴れ始め、段々と外の様子も見えるようになってくる。

 

(ヤバいわね。エンデヴァーたちに見つかったら確実にここで保護されるだろうし、変に動こうものなら、私用の部隊が動き出してもっと面倒なことになっちゃうわ)

 

 その時の純狐は結構焦っていたのかもしれない。それもあって、背後から近づく足音に気づくのが遅れてしまった。

 

「えッ!?」

 

 気づいたときには純狐の体は浮かび上がっており、そのまま凄い速度で上空へ飛んで行く。脳無の意識を破壊したことで洗脳が解け、命令も忘れた脳無が暴走したのだ。だが、これは純狐にとってはオールフォーワンたちの元へ行く好機だった。

 

 しかし、勝負の最後に悔いが残ってしまったことに変わりはない。複雑な気持ちを抱えながら、純狐は最終決戦の地へと向かった。

 

― ヘカーティアside ―

 

 ヒロアカの世界に転移が完了したヘカーティアたちは、早速神野のとあるビルの屋上に降り立ち、外からの干渉を防ぐ結界を張った。攻撃を防ぐためのものでは無く、単にお菓子や飲み物に汚れが入らないようにするためだ。

 

「うーん、イレイザーヘッドもこっちに向かってるのね。そうだ、折角だし戦闘に参加させてあげましょう。」

 

 ヘカーティアは結界を張りながら集めた情報を整理する。魔術の神であり、この世界をコピーして作り出したヘカーティアにかかれば、ここから雄英くらいまでの探索は容易である。

 

「クラピちゃん、お願いできるかしら……って言うまでも無いわね。死人は出ないようにしてよ?」

 

「了解ですご主人様!」

 

 そう言うと、クラウンピースは松明の火を大きくしてくるくると回り始める。果たしてヘカーティアの言葉を理解しているかどうか分からないが、ご主人様からの命令である。そこまで大きくしくじることも無いだろう。

 

「はいはい、危ないからまだ振り回さないでね。その松明、この世界だとかなりの劇薬っぽいから。」

 

 ステインとエンデヴァーの暴走具合を思い出し、ヘカーティアは松明の火を隠す。クラウンピースは不満げだが、どうせすぐに忘れるだろうし問題は無い。

 

「ところで今回の友人様の時間稼ぎは誰がするんですか?また脳無しですか?」

 

「脳無、ね。まあ予想通りよ。私が出て行くのも面倒だし、クラピちゃんも戦いたくないでしょ?オールマイトやオールフォーワンは関わらせると純狐から文句言われそうだし消去法であれしかないのよ。」

 

 ヘカーティアとしてもワンパターンでつまらなくなってきたが、純狐の意向に沿うとなると脳無以外の選択肢が少なすぎるのだ。それに、脳無はその都度個性を変えれば戦闘のスタイルなども変わる為、最低限の面白みは保障されている。

 

 そんなことを話していると、周囲にはヒーローたちの姿が目立ち始めた。避難が完了しているか確認しているのだ。ヘカーティアはそんな街の様子を見降ろしながら、文字通り高みの見物を決め込んでお酒を飲み始める。

 

「純狐も、その他の皆さんも、頑張ってくださいね。」

 

「ご主人様も悪趣味ですね。仕事サボって来てるのにお酒飲んでいて大丈夫なんですか?」

 

「そんなこと言わないの。」

 

― side out ―

 

 





読んでくださりありがとうございました!

この部分を書くに当たってヒロアカを読み直していたのですが、いつ見ても盛り上がりますね。オールマイトかっこいいです。

次回、神野の続き


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神野2

こんにちは!

遅くなって申し訳ありません。
本誌の方で色々重大発表があったみたいですね……
それ含めるとこの二次創作でも矛盾が出てきますが、お許しください

あけましておめでとうございます。



 一瞬であった。目の前の障害物も防御も、その暴力の前には無意味に等しかった。

 

「流石№4ベストジーニスト!僕は全員消し飛ばしたつもりだったんだ!」

 

 その暴力を振るった本人、オールフォーワンは倒れ伏すヒーローたちを見下ろしながら拍手する。嫌味ではなく、本気で褒めているのだろう。その事実が恨めしさを加速させるが、この場に恨みを晴らせる者はいない。

 

「皆の衣服を操り、瞬時に端に寄せた。判断力、技術……並の神経じゃない!」

 

 ベストジーニストはオールフォーワンの姿を一度も見たことは無い。今回の作戦に参加するにあたり、その性格などについて聞かされていただけだ。だが、目の前の存在を見て、これこそがオールフォーワンだと確信できた。それほどの存在感だったのだ。

 

「でも驚いたな。イレイザーヘッドも来ていたのかい。見られる前に気絶させることができてよかったよ。」

 

 オールフォーワンは少しずれた場所で倒れている相澤の方を向く。個性は彼にとって文字通り生命線である。周囲を吹き飛ばすのが数秒遅れていれば彼は死なずとも甚大な被害を受けていただろう。

 

「まあ、リスクは排除するに越したことは無いな。念のためもう少しいたぶっておくか。」

 

「……ッ!止まれッ!」

 

 相澤に近づくオールフォーワンに、ベストジーニストは何とか抵抗しようと繊維を伸ばす。だが、それが届く前に、ベストジーニストの体を衝撃波が襲い、その意識を完全に断ってしまった。

 

「相当な練習量と実務経験故の強さだ。……君のは要らないな。弔とは性の合わない個性だ。」

 

 オールフォーワンは何も無かったかのようにそう呟き、今度こそ相澤に狙いを定める。いくつもの個性を指先に集め、それを放とうとしたところで、その二人の間に黒い液体が溢れ出した。

 

「ゲッホッ、くせぇ……。んじゃ、こりゃあ……!」

 

 爆豪はせき込みながら、顔に付いた黒い液体を拭う。邪魔をされた形となったオールフォーワンは、出現場所の調整が難しいな、と思いながら相澤を攻撃する手を止めた。その後、爆豪に続きヴィラン連合の面々が黒い液体から出現する。

 

「また失敗したね、弔。」

 

 皆が集まったのを見て、オールフォーワンは死柄木に話しかける。その声は穏やか過ぎるほどであり、この場において異質さが際立つ。

 

「でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。それに今回は君に助けられたところもある。成長したね。」

 

 そう言うとオールフォーワンは爆豪の方を向き、その腹に衝撃波を叩き込んで動きを封じる。

 

「この子もね……君が大切な駒だと考え、判断したからだ。」

 

 死柄木は何も言わず俯いたままだ。予想の範囲内ではあったものの、自分の考えた作戦の多くが失敗し、今後の予定も完全に狂ったという事実は彼の精神を疲労させるには十分だったようだ。

 

「いくらでもやり直せ。その為に僕がいるんだよ。すべては、君のためにある。」

 

 まるで誰もが憧れる先生と生徒の理想像がそこにはあった。だが、それはどこまでも不気味で絶望の前兆のようなものだ。その気味悪さに、さすがの爆豪も言葉が出ない。近くで会話を聞いているだけの出久でさえ、吐き気を催すような気分だ。

 

「……やはり来てるな。荼毘、イレイザーの目だけでもいいから焼いてくれないか。その個性は何かに生かせるかもしれないから一応生かしといてくれ。」

 

 オールフォーワンは何かに気づいたのか、空を見上げる。その間に死柄木たちは邪魔にならない場所に移動し、イレイザーの目を焼き始めた。静かになったその場に、相澤の絶叫が響く。

 

(クッソ、とにかく動かなきゃ……‼ここで動かなきゃ何も……!)

 

 あまりの事態に飛び出そうとする出久。だが、ここで荼毘の所業を止めることができても、オールフォーワンたちの眼前から逃げられる保証は全くない。出久もそれは分かっていたが、それでも動かずにはいられなかった。

 

 しかし、跳び出す寸前で出久の体は飯田に止められる。横を見れば、轟、そして切島もその動きを止められていた。飯田と八百万も相澤を助けたいという気持ちはあるし、今にも飛び出したいという気持ちは同じヒーローを志す者として痛いほどわかっているのだろう。その表情からは怒りと無力感、そしてそれ以上にせめて出久たちを守る、という覚悟が見て取れた。

 

 そんな絶望が支配する中、オールフォーワンの眺める空から一筋の希望が降り立つ。

 

「すべて返してもらうぞ!オールフォーワン‼」

 

「また僕を殺す気か。オールマイト。」

 

 オールマイトの拳をオールフォーワンが受ける。ただそれだけのことで、周りには暴風が吹き荒れ、体制を整えていた爆豪でさえ吹き飛ばされた。

 

「バーからここまで5キロ余り……僕が脳無を送り優に40秒はしてからの到着……。衰えたね、オールマイト。」

 

 相変わらず感情の読めない声で話すオールフォーワン。オールマイトはその間に周囲の状況をある程度把握し、重体の相澤を救出しようと動き出す。

 

「おっと、そっちには行かせないよ。」

 

 オールフォーワンの指から黒い棘のようなものが生え、オールマイトの背中に刺さる。それを振り払おうと体に力を入れるオールマイトだったが、その身を捻るよりもオールフォーワンがその手を引き寄せる方が早かった。

 

「5年前と同じ過ちは犯さん!爆豪少年を取り戻す!そして今度こそ貴様を刑務所にぶち込む‼ヴィラン連合もろとも‼」

 

 オールフォーワンを無視しての救出は不可能だと考え、オールマイトはありったけの力を込めてオールフォーワンに突っ込む。だが、その行動は読まれていたらしく、異常に膨れたオールフォーワンの腕がオールマイトを正面から吹き飛ばした。

 

 その威力は見た目以上に凄まじく、オールマイトはビルをなぎ倒しながら吹き飛ばされて行く。その隙に、オールフォーワンはヴィラン連合の面々を逃走させようと黒霧の個性を強制的に発動させた。

 

 だが、それだけだ。ヴィラン連合の面々がワープに入る前にオールマイトはその場所に戻り、再びオールフォーワンに拳をぶつける。

 

「逃がさん!」

 

「常に考えろ、弔。君はまだまだ成長できるんだ。」

 

 必死なオールマイトと冷静沈着なオールフォーワン。実際実力差はあるのだろう。そもそも真正面からの攻撃は衝撃反転によりほとんど意味をなさない。また、虚を突いた攻撃はどうしても威力が落ちてしまい、超再生によって瞬時に回復されてしまう。

 

「行こう死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めている間に!コマを持ってよ!」

 

 そんなスペックの差による劣勢に加え、爆豪そして相澤の存在がオールマイトの行動を制限してしまっている。爆豪は優秀とはいえ学生、オールフォーワンの攻撃を受ければただでは済まない。相澤は通常時であればある程度動けるだろうが、今は動くどころではない。大規模攻撃が掠りでもすればその命が危険にさらされる。

 

(せめて隙が……一瞬でいい。かっちゃんと先生を救け出せる道は無いのか……!)

 

 近くで戦いを見守る出久は何か無いかと考えることを辞めない。しかし、爆豪だけならまだしも、自分で動けない、目も見えない相澤を助け出す手段がどうしても思い浮かばなかった。

 

(こんな時、落月さんがいたら……)

 

 出久の脳裏に純狐の姿が浮かぶ。出久がピンチに陥ったり、思考が行き詰った時、彼女は的確なアドバイスを与えてくれた。しかし今、純狐は居ない。あの万能の力を借りることはできないのだ。

 

(思い出せ!今まで雄英で僕らは何を学んできた!どこかにヒントがあるはずだ……)

 

 そして終に出久あるアイデアを思いつく。

 

「皆!」

 

「ダメだぞ……緑谷君!」

 

 今にも動き出しそうな出久を止める飯田の手に力がこもる。だが出久が思いついたのは彼らに禁止されていない行為の中での行動だ。

 

「違うんだ、あるんだよ!決して戦闘行為にはならない!僕らもこの場から去れる!そしてかっちゃんと相澤先生を救け出せる方法が‼」

 

 そして出久は説明を始める。まず、出久のフルカウルと飯田のレシプロで加速。切島の硬化で壁をぶち抜き、開けたところに轟の氷結で道と壁を作って、できる限り妨害を防ぎながら上へ移動。そこで爆豪に切島が手を伸ばし、その手を掴んでくれるのを待つ。さらに、落ちながら八百万の作った閃光弾を使って相澤の周りにいるヴィランの視力を奪い、出久が相澤を抱えてそのまま脱出する。

 

 博打要素は確かに強い。しかし、このままでは事態が好転しないことは確かだ。飯田は渋々、と言った様子だが、出久の案を採用した。

 

 そして実行の時。出久たちは勢いよく壁から飛び出し、轟は足場を形成する。ステインや純狐に注意されたように、壁は周りの様子が見える高さに設定した。

 

「来い‼」

 

 オールフォーワンがオールマイトに殴り飛ばされるとほぼ同時に、切島が叫ぶ。飯田や出久が呼びかけるのではなく切島が呼びかけるのは、入学してから爆豪と対等な関係を築いてきたのが彼だったからだ。出久に対しての様々な感情、轟に対する劣等感、飯田に対する対抗心、八百万に対する無関心など、様々なしがらみや精神的な障害が無いのはこの場においては切島だけなのだ。

 

「……バカかよ」

 

 そしてその思いに爆豪も答えた。オールマイトを見てから、彼は不思議と体の萎縮は収まっていた。殴られた腹も、体育祭で純狐から継続的に受けた風の爆弾と比べれば、いやらしい痛みは無い。故に、彼はその場における最善の行動を選択する。

 

「爆豪君!このまま相澤先生も救助する!目を瞑ってくれ!」

 

 そう言うや否や、飯田は手に持っていたマトリョーシカ型の閃光弾を相澤の近くに投げつける。相澤はもはや視力を失っているため閃光が効かないが、近くにいたスピナーやマグネにとってはひとたまりもない。さらに、遠くから氷の壁が出現し、閃光を受けていなかったコンプレスを隔離した。

 

「相澤先生‼」

 

 出久が手を伸ばし、相澤を抱える。相澤は死なないように加減されたためか、見た目ほどダメージが深くないようだ。すべてうまくいっている。後は脱出するだけだ。出久含め、メンバー全員の気が引き締まった。

 

「どいつもこいつも……」

 

 だが、あと一歩でこの場を跳び出せる、というところで飯田の速度が落ちる。決して個性の限界を迎えたわけでは無い。足元が急に崩れたのだ。

 

「あー!むしゃくしゃするなぁ!お前ら‼」

 

 死柄木は飯田が失速すると同時に動き、氷の壁を利用して出久たちの前に回り込む。迂回を余儀なくされた出久たちだったが、足場が悪い中の急な方向転換は爆豪の補助があっても難しかった。

 

「あッ相澤先生!」

 

 方向転換をした拍子に相澤が投げ出されてしまう。出久は勿論その救出に向かうが、死柄木がそれを許さない。瞬時に相澤の前に躍り出ると、向かってくる出久ではなく爆豪に向かって手を突き出し、もう片方の手で動こうとしていた相澤の頭を押さえつける。

 

「お前ら……爆豪以外は戦えないんだろ?大変だよな、ヒーローは。おっと、動くなよ。この指が下りた瞬間、こいつがどうなるか分かるはずだ。」

 

 隙が無いわけでは無い。だが、死柄木は弱った様子を見せておらず、こちらで動ける爆豪はオールフォーワンからの攻撃などで動きが鈍っていることは否めない。そうしているうちに黒霧の靄がその場に広がり、死柄木の体もその範囲に入る。

 

「じゃあな。」

 

「そう簡単に逃がさないわよ。」

 

 死柄木の体が靄に隠れる直前、その場に凛とした声が響いた。それと同時に死柄木の手が捕まれ、靄の中から投げ出される。

 

「本当ならまだ関わらない予定だったんだけど……さすがにここまでされて黙ってるわけにはいかないわね。」

 

「落月ィ!」

 

 上空から現れた純狐は、真っ先に相澤を救出し、霊力と生命力への純化を駆使して相澤の目を治す。霊力節約とこの戦いを変な方向に行かせないため完全に治すとまではしないが、これで失明は免れるだろう。

 

「落月さん!ありがとう!一緒に脱出を……」

 

 目の前に現れた純狐に出久たちは肩を撫でおろす。と同時に、結局今回も彼女の助けなしには作戦を成功させきれなかった自分たちを不甲斐なく感じていた。しかし、後悔は今すべきではない。心の曇りを振り払い手を伸ばす出久たちに対し、純狐は風を起こして彼らを浮かせ、戦闘の範囲外に移動させた。

 

「大丈夫よ。私は戦闘許可の効果が継続中だし。皆も気を付けて。」

 

 遠くへ飛ばされていく出久たちを見送ると、純狐は目の前の死柄木に向き直る。だが、彼に戦闘の意思は無さそうだった。

 

「予想通り戦えなさそうね。エッジショットにいじられた手、少し回復はしたようだけどほとんど動かないんでしょ。それにその後の尋問もかなりきつそうだったものね。」

 

 にやにや笑いながら話しかける純狐を恨めしそうに睨みつけながら、死柄木は口の中にたまった血の混じった唾を吐く。純狐に言われたことはすべて図星だ。体力的にそこまで問題は無いが、受けたダメージは半端なものではない。

 

「うっせぇよ。それに俺と話してていいのか?」

 

 死柄木は純狐の後ろを指さす。そこでは制限がなくなり、先程よりアグレッシブに戦っているオールマイトとオールフォーワンの姿があった。先程とは変わり若干オールマイト有利かと思われる戦闘だが、オールフォーワンは一瞬の隙を突いてマグネの個性を強制発動させ、ヴィラン連合のメンバーを黒霧に吸い付ける。

 

「じゃあな。落月……いや、純狐と言った方がいいか。多分こっちが本当の名前だろ。……まあどうでもいいか。」

 

 純狐は一応死柄木を止めようとしたが、本気で止めるつもりは無かった。死柄木もそれを感じ取ったのか、落ち着いた口調で別れを告げる。その表情は先程までの無気力なものではなく、穏やかなものが見て取れた。

 

「……ふッ、何だかんだ憎めない奴だったわね。ま、しでかしたことは許されないから誰かに裁いてもらいなさい。」

 

 誰にも聞こえないようにそう呟くと、純狐はオールマイトに力を分け与え、戦線を離脱する。とは言っても完全に離れるわけでは無く、いつでも飛び出せる位置で身をひそめるだけだが。

 

「やられたな。一手で形勢逆転だ。死柄木の成長が見て取れたのは良かったが、やっぱりあの子は厄介だな。」

 

「落月少女!援護感謝する!そのままここから離れてくれ!こいつは私が相手する‼」

 

 オールマイトはそう言うや否や、今まで以上のスピードでオールフォーワンに殴りかかる。個性使用の限界が近いためか焦っているようにも見える攻撃だ。しかし勿論彼がこの期に及んで焦っているということは無い。オールフォーワンに攻撃が届く寸前、体の動きに対して拳をワンテンポ遅らせ、防御が崩れたのを確認してからそれを叩き込む。

 

体制を崩されたオールフォーワンは開幕でオールマイトを吹き飛ばした攻撃を再度放ち立て直そうとするが、腕を強化した瞬間、強引に相殺されてしまった。しかし衝撃反転の効果もあってオールマイトにも少なくないダメージが蓄積される。

 

「僕は弔を助けに来ただけだったんだが……戦うというなら受けて立つよ。何せ僕はお前が憎い。かつてその拳で僕の仲間を潰して回り、お前は平和の象徴と謳われた。さぞやいい眺めだろう。」

 

 攻撃を転送した瓦礫で防ぎながら、オールフォーワンは民間人のいる方に攻撃が向くよう体勢を変える。オールマイトもそれを察知して、攻撃を受け流したり避けるのではなく真正面から受け止めるようになっていた。だがそんなことをしていれば体力や集中力は急激に削がれるのは必至だ。

 

「心置きなく、戦わせないよ。ヒーローは多いよな、守るものが。」

 

 オールマイトはヒーローだ。それはこの極限状態でも変わらない。目の前に宿敵が居ようと、いかにそれが強敵だろうと、市民を守るのが彼の仕事であり、使命である。

 

「黙れ」

 

 その使命は、時に戦闘の邪魔にもなる。今までも、その市民に少しの怪我を負わせればもっとスマートに、自身が怪我をすることなく取り押さえられたという事もあった。

 

「貴様はそうやって人を弄ぶ!壊し!奪い!付け入り支配する!」

 

 普通のヒーローであれば、自身が傷つく判断をよしとはしても全く後悔しないなどということは無いだろう。誰だって痛い思いをするのは嫌だ。

 

「日々暮らす方々を!理不尽が嘲り嗤う!」

 

 しかし、オールマイトはどこまでもヒーローだ。市民を理不尽な害が襲うのであれば、一切の迷いなくそこに飛び出し、害を防いで市民を守る。彼はその姿勢を正しいと信じてやまないし、他のヒーロー含め、そのような姿勢を見せる人々を尊敬している。

 

「私はそれが!」

 

 故に、オールマイトは目の前の存在を否定する。その守ろうとする意志を特に理由も無く踏みつぶし、守ろうとする対象さえも奪い、時にはそれを誑かして元々の意思とは反した思想に染め上げる。どこまでもどす黒い悪を。

 

「許せない‼」

 

 オールマイト、ひいてはその後方の市民や多くのヒーローを巻き込もうとしていたオールフォーワンの手首を握り締め、オールマイトはその顔面に拳をぶつける。そこには一切の慈悲もない。

 

 初めて急所にまともな攻撃が入った。だが、オールマイトの表情は芳しくない。純狐に力をもらっていたとはいえ、さすがに無茶をし過ぎたのだ。活動限界が近く、その右半身はすでにしぼんでしまっている。

 

「……いやに感情的じゃないか、オールマイト。同じようなセリフを前にも聞いたな。ワンフォーオール先代継承者、志村菜奈から。」

 

◇  ◇  ◇

 

一方その頃、爆豪を奪還した出久たちはそれぞれ人波に合流していた。ヒーローや警察

の努力もあり、大きな事故などは起こっていないようだ。

 

「相澤先生も近くのヒーローに任せたし、こっちは大丈夫だよ。また後で!気を付けてね!」

 

 轟との通話を終えた出久は街頭モニターに目を移す。まだ神野の映像が映っているわけでは無いが、上空を飛ぶヘリを見るにこれから情報を得るのであればここが適当だろう。

 

「……ごめん。」

 

 周りで騒ぐ爆豪と切島に向き直り、出久は頭を下げる。相澤を落としてしまったことに責任を感じているのだ。しかし、これが彼の責任ではないことはこの場の誰でも知っている。

 

「や、やめろよ緑谷!誰が悪いわけでもねぇって……。俺ももう少し周囲に気を配るべきだったよ。そしたらもっと早く死柄木に気づけたかもしれねぇのに……。」

 

「君のせいではないよ緑谷君。あの作戦に最終的な判断を下したのは俺だ。」

 

 各々思うところがあるのは当然だろう。自分たちのせいで先生をさらに危険にさらしてしまうだけではなく、自分たちが人質となってしまい更なる危機に陥ってしまっていた可能性も高い。

 

「だけど、あの時動かなければ、もっとひどい結果になっていたかもしれないわよ?」

 

 出久たちが己の無力さに打ちひしがれていると、後ろから声が聞こえた。振り返って見ると、そこには青い髪の変な服装をした女性が立っている。その女性は出久たちが自分を見ていることに気づくと、目を合わせてお辞儀をしてきた。

 

「初めましてかしら。とは言っても紹介することも無いわね。……ま、気にしないでもらえると助かるわ。ヴィランの仲間ってわけじゃないから安心してもらっていいわよ。何か起こった時にあなたたちを守るために呼ばれたんだし。」

 

 そうは言われても、会った覚えも無い人物がこの状況下で急に現れるという状況は明らかに異常事態である。自分たちを保護しに来たヒーローかとも疑ったが、ほぼすべてのヒーローを知っている出久でも目の前にいるような人物は見たことが無い。

 

「あの……俺たちを知ってるようですが、どなたですか?」

 

 当然のようについてくるその女性を警戒しながら切島が話しかける。出久はその横で何かあった時にすぐ逃げ出すことができるようメンバーを集めた。こんな時真っ先に反応しそうな爆豪が静かなことも不安を加速させる。

 

「私は、ヘカーティア・ラピスラズリ。覚える必要は無いわ。あと2時間もしないうちに私は居なくなるから。でも……そうねぇ、ずっとここでテレビ見てるのも味気ないし、面白そうなことになったら向こうに行きましょうか。ええ、そうしましょう!」

 

 青い髪のヘカーティアはそう言うと、出久たちを取り囲むように透明な壁を作った。出久たちはそれに気づき、何とか脱出しようと試みるがそんなこと勿論できるはずがない。

 

「ちょっとじっとしてなさいよ。」

 

 何とか抵抗しようとする出久たちを最初は面白く思っていたヘカーティアだったが、段々飽きてきた。その為出久たちの精神を少しいじり、自分に不信感を持たないように設定する。

 

「ふぅ、これで雑音なく様子を見守ることができるわね。異界の私が何考えてるかは分からないけど、おそらくどこかのタイミングで純狐の正体をばらすでしょう。そうなった時、この子たちはどんな反応するのかしら。」

 

 コーヒーを飲みながらクスクスと笑うヘカーティア。正直言って地球のヘカーティアの趣味ではないが、最近仕事三昧だったため新鮮なことができて楽しいのだ。

 

「それにしても純狐は冷静ね。オールフォーワンなんて大嫌いな部類でしょうに。」

 

 




読んでくださりありがとうございます!

ヒロアカもそろそろ本格的に最終盤ですね。
本誌は買ってないのでその雰囲気を本当に感じるのはもう少し後になりそうですが、好きな物語が終わるのはやはり寂しいものです。

次回、神野の続き。後2~3話でこの話も終わるかなぁ


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神野3

こんばんは!

期間が開いてしまいすみません。
誤字報告助かりました!ありがとうございます!



「おい、落月はどこに行った!?」

 

 オールマイトとオールフォーワンの戦闘の余波は対純狐用の作戦本部にも及んでいた。純狐が脳無に吹き飛ばされ、廃倉庫の方向に移動したことまでは把握できていたが、それ以上の追跡ができていないのだ。

 

「あ!映りました!あそこです!」

 

 運よく現場近くの監視カメラが生きていた。我先にと数人が画面をのぞき込み、その状況を確認する。

 

「前にいる奴は死柄木か?遠くてよく見えん!」

 

「だが、もしそうだとするとなぜあいつは攻撃しない?あ、逃げられたぞ!やはりあいつは死柄木だったか!」

 

 緊迫する作戦本部。純狐の実力があればあの場で死柄木を捕縛することはたやすかったはずだ。何故それをせず、まんまと取り逃がしてしまったのか。疑惑が深まる中、ついに指揮官は決断を下す。

 

「……仕方ない。第一フェーズだ。現場近くに移動するぞ。現時刻より対落月純狐、その作戦を始動する!だが、あくまで現場近くで待機だ。オールマイトの邪魔をするわけにもいかん。そして、繰り返す!私たちはあくまで最終段階になるまで彼女に攻撃を加えてはならない!独断は決して許さないぞ!」

 

◇  ◇  ◇

 

「貴様の穢れた口で……お師匠の名を出すな!」

 

 怒りに任せ倒れるオールフォーワンの顔面に殴りかかるオールマイトだったが、真正面からの攻撃は通じない。オールフォーワンは待っていました、と言わんばかりに個性を複数発動させ、上空のヘリに向かって吹き飛ばす。

 

 咄嗟に身をひるがえし、そのトゥルーフォームがカメラに映らないようにするオールマイト。体制を整え再びオールフォーワンの前に躍り出るが、もはや正面から戦うだけの力が残っていない。そしてそれは彼自身が最もよく理解していた。

 

「弔がせっせと崩してきたヒーローへの信頼。決定打を僕が打ってしまってよいものか……」

 

 各メディアがオールマイトたちの戦闘を中継し始めた頃、オールフォーワンは回復を終え、余裕綽々と語りだす。

 

「でもね、オールマイト。君が僕を憎むように僕も君が憎いんだぜ?僕は君の師を殺したが、君も僕の築き上げてきた者を奪っただろう?だから君には可能な限り醜く、むごたらしい死を迎えてほしいんだ!」

 

 まるで筋の通っていない理論。おそらくこれもオールマイトの冷静さを欠かそうとする作戦の一つなのだろう。語り終わったオールフォーワンは再び腕で複数の個性を発動させそれをオールマイトの方に向ける。狙いはオールマイトではない。その後ろにいる小さな命だ。

 

「君なら避けないよね?」

 

 背後から瓦礫の崩れる音が聞こえ、オールマイトもその存在に気づく。ここで攻撃を受けてしまえば、命の危機とはいかずとも力はほとんど使い果たしてしまうだろう。しかし、彼にとってそれは市民を見殺しにしていい理由にはならない。

 

「まずは怪我をおして通し続けたその矜持、みじめな姿を世間にさらせ。平和の象徴。」

 

 オールフォーワンの攻撃による土煙が晴れ、その中身が大衆の下に晒される。そこにいたのは、トゥルーフォームとなり、もはや戦闘継続は不可能だと思われるオールマイト、そしてその背後にいる二人の市民の姿だった。

 

 その市民二人はそれぞれ微妙に離れた場所にいたため、オールマイトは大の字でオールフォーワンの攻撃を受け止めることとなってしまっている。

 

 驚愕、誰もがそれを信じられなかった。出久などオールマイトの本当の姿を知る人たちも、その内容は違うが大衆以上のショックを受ける。オールマイトの本当の姿やそのハンデを知っていても、どこかでオールマイトのいつも通りの勝利を信じていたのだ。いや、信じるなという方が無理だろう。彼は皆の前では常に無敗のヒーローであり続けたのだから。

 

「おやおや、二人いたのかい。気づかなかったよ。でも、腕一本分ならまだしも両腕を使ってしまっては君も限界だろう。」

 

 オールマイトがここまでのダメージを受けたのは、単純に攻撃を受け止める面積が広かっただけではない。両腕を使う事になり、体のバランスを取ることさえ危うい状況では、その攻撃を馬鹿正直に受け止めるしか手が無かったのだ。勿論そのダメージは致命的である。

 

 オールフォーワンの言葉通り、オールマイトは限界を迎えていた。ここにきて、終にオールマイトはその膝を折り、地面に倒れ伏す。その目から闘志は消えていないが、もはや拳を握ることさえできない。

 

「勝敗は決したようだね。ここで色々したいこともあるんだが、計画の遂行は焦っても良いことは無い。何処かに逃げたイレイザーヘッドの回収にでも向かうかな……。」

 

「待て……!」

 

 地面を掻き、血を吐いてオールマイトは立ち上がろうと意気込むが、無情にもその足は言う事を聞いてはくれない。骨と皮だけの男が唸りながら身を捩り、それを不気味な大男が見下ろす。そのあまりにも絶望的な光景に民衆はもはや言葉を失っていた。

 

「じゃあね、オールマイト。崩れ去った平和の象徴。君が形作った社会が崩れていく様をそこで眺めているといい。ん?これは……」

 

 オールフォーワンはそう言い放ち、その場を後にしようと歩き出す。しかし彼がその場から立ち去ることはできなかった。彼を囲むように透明の壁が展開されていたのだ。

 

「君は出てこないと考えていたのだけれど……気でも変わったのかい?」

 

「気が変わったというか……ただの軌道修正よ。それにあのまま引きこもってるよりこうして出向いた方が面白そうでしょ?」

 

 確かにそうだね、とオールフォーワンは小さくこぼす。純狐含むヘカーティア一派の動きは彼をもってしても読めない。そんな彼女たちには動かないでほしいと願っていた彼だったが、今回も駄目だったようである。

 

「君とは真正面から戦いたくは無かったが、そちらがその気なら気が済むまで戦ってあげよう。と言うよりも、それ以外選択肢は無いのだろう。」

 

 タンッ、と軽い音と共に体を浮かし、個性を複数発動させた腕でオールフォーワンは殴りかかる。当たれば痛いだろうが、それが本気でないことは誰の目から見ても明らかだ。

 

「君には話しておこうか。僕は今日ここで一旦、表舞台から去る予定だ。あまり詳しく話すことはできないし、その時間も無いため省かせてもらうよ。君としてもそちらの方が面白いだろ?」

 

 適当に殴り合いをしながら、オールフォーワンは話し続ける。打撃音にかき消されるはずのその声がはっきり聞こえているのは、そのような個性を使っているのだろうか。

 

「元々部外者の私はあなたの計画を邪魔する予定は無いわ。でも……それだけじゃないでしょ?さあ、私にあなたの好きな嫌がらせをしてみなさいな。」

 

「流石だね。」

 

 少し強い攻撃と共にオールフォーワンは純狐から距離を取る。

 

「僕としては不完全燃焼だが、仕方ない。殺されては元も子もないからね。だから、あくまで嫌がらせさ。」

 

 オールフォーワンは手を純狐に向けてかざす。途端に純狐は体から力が抜け、それと同時に何をされたか悟った。最大限警戒し、純狐はオールフォーワンの動向を見守る。

 

「──ッ!」

 

 視線の先のオールフォーワンは、もだえるように目の窪みを押さえてうずくまっていた。そう、オールフォーワンは純狐の目の個性を奪ったのだ。純化はヘカーティアによって、個性に近いがそうではないという中途半端なものとされていたが、目の個性はこの世界において発現したものである。

 

 そうであればオールフォーワンに扱えない道理はない。実際今、個性を奪うことはできている。しかし、その個性は人の体になっているとはいえ、純狐から生まれたものだ。切島などが気付いていたように、そこには純狐の本質である感情やそれに伴う霊力などもわずかながら含まれている。故にその個性は劇毒。純狐の狂気ともいえる純粋な憎しみに少しでも触れてしまえば、その者は廃人になりかねない。オールフォーワンはその感情の一部を自身の体に直接入れてしまったのだ。

 

 脳、そして何より無いはずの目を無限に焼かれるような痛みがオールフォーワンを襲う。体中の血管が浮き上がり息は荒くその劇毒を体外に排出しようと危機信号が体中を駆け巡る。

 

 それがどうした。彼はオールフォーワンだ。ありとあらゆる個性を使い、その劇毒を体になじませ、その反応を力ずくで抑え込む。彼は、方向性は違えど、精神的な強さで言えばオールマイトに匹敵するだろう。彼の力に対する執着をその程度の痛みで奪うことができるはずがない。

 

「大丈夫……ではなさそうね。耐えられるうちに私に返した方がいいわよ、それ。あんまり体にいいものではないから。」

 

 個性を抑え込み始めたオールフォーワンに若干安堵しつつ、純狐は彼の周りに壁を張る。対処法は分からないが、彼としても自分の計画を大きく壊すことはしないだろうと踏んでその場で無力化することは避けた。

 

「ハァ、ハァ……、少しは焦ってくれると思っていたが……これでもダメなのかい?一体全体君の正体は何なんだ。」

 

 ワンフォーオールはやられただけで引く人間ではない。計画を散々に邪魔しかけていた純狐に対する嫌がらせも、死柄木を育成する過程でずっと考えていた。しかし、純狐の能力が明るみになるにつれ、その嫌がらせの多くは頓挫し、ヘカーティアと通じていることを察してからは、もはや策は無いと言った状態だった。

 

 それでも何とかしようと、精神攻撃できる個性を持つ人間を捕まえ、純狐の持つというトラウマを刺激する脳無を作ろうともした。それは、ヘカーティアから猛反対を受け頓挫したが。

 

「僕も色々考えはしたんだ。君はいつも家に帰って月を見ていたね。それに君の衣装も、九尾の狐を模した模様があり、その形は袍服に似ている。そこから、中華系の何かではないかと思って探していたんだが、何しろ大陸の歴史は長い。」

 

 目の光が落ち着くと、オールフォーワンはオールマイトとその後ろにいる市民を背に立つ純狐に対して話し始める。純狐は黙ってそれを聞きながら、気絶しているオールマイトを起こそうと力を与えていた。

 

「話はここまでのしようか。この個性を起用に使いこなすことは無理そうだが、使うこと自体は出来そうだ。」

 

 オールフォーワンはそう言うと、再び目の光を輝かせ始める。その光は上空のヘリの運転手の目に入り、そのままヘリはあらぬ方向に飛んで行ってしまった。勿論、その行動はヘリを遠ざけることを目的にしたものではない。

 

「……面倒なことを。」

 

「そう言ってくれると嬉しいなぁ!」

 

 物陰から音がする。そこから飛び出してきたのは、十数人のヒーローたちであった。だが、その目には生気がなく虚ろで、純狐たちの助太刀に来たわけではなさそうだ。

 

「おそらく君のことを怪しんで近くに潜んでいたのだろう。うまく操れるか不安だったが、君たちを襲う事を命令することはできたみたいだ。彼らも本望だろう。君と戦うという任務を果たすことができるのだから。彼らが望んだ形かどうかは知らないけどね。」

 

 同時に襲い掛かるヒーローたち。狙いが純狐だけであれば楽だっただろう。しかし、彼らはオールマイトや市民さえも攻撃対象として無差別に攻撃し始める。純狐は仕方なく地面を“軟”に純化し、近づくヒーローの大半を封じる。続けて遠距離から攻撃している者に対し、衝撃波を放って気絶させようと構えた。

 

「僕を忘れてもらっちゃ困るな。」

 

その背後から、確殺とまでは行かないが、一般人が当たれば致命傷に至るだろうオールフォーワンの攻撃が放たれる。それに対し、純狐は構えた拳の方向を変える暇もない。

 

迫りくる風圧。だが、オールフォーワンが放った攻撃は相殺されてしまった。純狐の攻撃によって生まれた衝撃波が“弾”に純化された空気に当たり、跳ね返ってオールフォーワンを襲ったのだ。オールフォーワンがそれにうろたえているうちに、純狐は残りのヒーローを気絶させる。

 

「流石に洗脳を使いながら大規模な攻撃はできないのね。あの程度で威力を殺せてよかったわ。」

 

「洗脳は便利だがまだ慣れないな。」

 

 両者は再び距離を置き、息を整え向かい合う。カメラも無くなり、ヒーローも消えた。もはや二人を邪魔できる者は存在しない。

 

「こうやって君の前に立って実感したよ。君はやはりこの世界の住民ではない。あり方がまるで違う。まあ、僕は憧れないし、そんなこと君からも願い下げだろうが、君のあり方は一つの到達点だろう。」

 

「あら、褒めてくれるの?確かに、そうと言うことも出来るかもね。私は私という存在に疑問を持たない。持てないと言った方が正しいかしら。私の名は純狐。憎しみの化身にして復讐者。これが、答えよ。」

 

「……そうか、それが答か。該当する名は思い浮かんだよ。言わないけどね。」

 

 ちょっとした会話の後、二人は戦闘を再開する。純狐はオールフォーワンの攻撃をかわしつつ、その足元を軟化させて体制を崩す。オールフォーワンはそれが致命的な隙となる前に場を離脱しようとするが、その足には氷が絡みつき満足に移動できない。その間に純狐は“速”への純化でオールフォーワンの背後に回り込み拳を振るう。が、それは読まれていたらしく、全方位に放たれる衝撃波によって純狐は数十メートル程離れた向かいのビルまで吹き飛ばされた。

 

 そして純狐の気配が完全に消える。その気配の消滅に感づいたオールフォーワンはまた全方位に衝撃波を放つが、それよりも前に純狐の蹴りがその顔面を捉えていた。何とか衝撃反転を発動させるものの、“弾”へ純化されたその足に衝撃反転は通用しない。

 

 勿論その程度の失敗で冷静さを失うオールフォーワンではない。体をねじることでその衝撃を逃がしつつ、純狐の死角になる部分から、個性を強制発動させる黒い棘を生やし、二方向から純狐を狙う。純狐はそれを掴んでへし折ろうと手を前に出すが、当たる直前、その棘は方向を変え、純狐の後ろにいる市民二人の方に向かった。

 

 棘の伸びるスピードは純狐が移動するより速い。それに加え、背中を向けることはオールフォーワンが許してくれないだろう。純狐はすぐさまオールフォーワンを蹴飛ばすが、フェイントも何もなしで放たれた攻撃は衝撃反転によって防がれる。しかし、それは純狐の狙っていたこと。衝撃反転によって生まれたエネルギーは純狐を弾丸のような速さで弾き飛ばし、市民不たちの周りに壁を張るのに十分な時間を与えてくれた。

 

 市民の安全が確保されると、純狐は向かってくる棘をすぐさま切り刻み、オールフォーワンに向かって投げつけた。個性を複数使って生命を維持しているオールフォーワンにとってこの棘が当たれば大惨事だが、彼が焦ることは無い。冷静に転移の個性を発動させその棘を飲み込むと、純狐の横腹のあたりとオールマイトの眼前に転移させる。

 

 失策だった、と純狐は自分のミスを認めつつ、オールマイトの方にだけ壁を張り、自分は甘んじてその棘を腹で受け止めた。棘が切り取られていたせいか、純化が個性と判定されなかったのか、個性が暴走することは無かったが腹に大きな穴を開けられたことに変わりはない。

 

「やっと攻撃が入ったな。君ももう少し落ち着いたら……ッ」

 

 オールフォーワンは地面に倒れる純狐を見降ろしながら楽しそうに笑う。しかし次の瞬間、その腹には穴が開いていた。純狐が“貫”への純化を使い打ち抜いたのだ。

 

「勘違いしないでよね。こちとらその気になればあなたをただの人間に純化することも出来るんだから。」

 

「負けず嫌いだなぁ!」

 

 幾度と交わされる攻防。もしこの戦いを見ている者が居れば、それは正に別世界のもののように映っただろう。氷や鉄が雨のように降り注ぎ、地面が踊るように波打ち、黒い液体から飛び出す巨大な腕や棘がそれらを破壊する。しかし、当の本人たちにとってこれはお飯事のようなものだ。純狐は先程も言ったように、一瞬でオールフォーワンを無力化できるし、オールフォーワンも力の落ちた今の純狐であれば、隙を突いて真正面から殴り倒すことができる。

 

 そんな二人の戦闘は数分間続き、そして唐突に終わった。オールマイトが目を覚ましたのだ。勿論まだ戦えるような状態ではないが、数分もすれば戦えるようになるだろう。

 

「うぅ……」

 

「そろそろかしら。あなたの計画とやらも。」

 

「そうだね。だけど、折角の機会だ。もう少しだけ遊ぼうじゃないか。」

 

そう言うオールフォーワンの目の窪みから再び大量の光が漏れ始める。それの光度の上がり方は留まるところを知らず、塔のように上空にまで登っていった。

 

「この個性、君があまり使わなかったから分からなかったが、さらに上がありそうだ。僕の全身を流れる力をうまくかみ合わせることでさらに光は大きくなる。」

 

最初はあまり警戒していなかった純狐だったが、その光の輝きが異常なものになっていると気づき、自分たちの周りに霊力の壁を展開する。その後さらに目に力を込めるオールフォーワンを止めに行こうと動き出すが、少し遅かった。塔のように空に昇った光はつぼみが開花するかのように裂け、周囲一帯に降り注いだ。

 

「ハハッ、さすがに疲れて頭痛もひどいがやりたいことはできた。さあ、止めて見ろ。」

 

 肩で息をしながら目を抑え、オールフォーワンは笑顔を作る。数舜の静寂、そしてそれは全方位から同時に聞こえる爆発のような音によってかき消された。

 

「半径1キロ……とはいかないが、それに相当する範囲の人間を暴走させた。君の強さは個の強さだ。いくら超絶した力を持っていようとも君が個人である限り同時多発的に起こるような騒動は止められまい。力を分け与えるとはいってもこれほど広範囲には無理だろう?」

 

 確かにその通りだ。切島にも説明していたように、純狐の力はあくまで個の強さで広範囲の事件を解決するのには向いていない。が、純狐に焦る様子は無い。その必要が無いからだ。

 

オールフォーワンの背後に見える人影は、それを解決するだけの力を持っている。

 

「いい眺めになるぞ!地獄の始まり、まるで聡明期だ!一瞬だとしてもこの光景を……ッ!」

 

 その男は布切れを引きずるような音と共に現れた。常時であればオールフォーワンはその接近に気づけただろう。だが、人一人が移動する程度の音は周囲の爆音にかき消され気づくことなどできはしない。それにオールフォーワンは彼自身が思っている以上に疲労状態にあった。その為、天敵ともいえる存在の接近に気づくことができなかったのだ。

 

「来てくれると信じてましたよ。先生。」

 

 治りかけの目を手でこじ開けながら、相澤はその場に倒れる。彼はこの戦いが始まった時点でこうなることをある程度読んでいたのだろう。純狐が無理を通して自分を救い、強い意志を持つ死柄木を妨害した。林間合宿において聞いた話を信じるならば、今の死柄木は未完成ながら、純狐のお眼鏡にかなう存在だ。それを妨害してまで自分を助けたという事は、それでも許容しきれないだけの被害が出るのだろうと。

 

 そう理解した後の彼の行動は早かった。手当をするヒーローたちの目を盗んでテントから抜け、戦闘音と手の感触を頼りにここまで這うようにしてやってきた。運よく、再生途中の相澤の目にはオールフォーワンの洗脳は効かなかったようだ。

 

「世話のかかる奴だ……」

 

 そう言うと今度こそ相澤は目を閉じた。相澤が稼いだ時間はたった数秒。しかしそれは十分すぎる時間だ。そもそもオールフォーワンは個性によって命を繋げているような状態。その彼が数秒だけでも個性を使えなくなったというのはそれだけで致命的である。

 

「……ははは!かっこいいよイレイザーヘッド!」

 

「ええ、本当に。」

 

 命の危機であるはずなのに、それでも笑顔を絶やさないオールフォーワンは、流石というべきだろう。純狐でさえ呆れるような精神力だ。

 

 そんな中、純狐の足元の影が大きく動く。オールマイトの復活だ。その体はもはや見る影もないトゥルーフォームだが、その目の青い光はオールフォーワンの赤い目に対抗するかのように、今までにも増して輝いている。そんな彼に真っ先に話しかけたのはオールフォーワンだった。

 

「おはよう、オールマイト。自分だけ先に休憩するなんてずるいじゃないか。全く、フェアじゃ無いなぁ。」

 

「……色々言いたいことはあるが、落月少女。皆を守ってくれてありがとう。相澤君にもそう伝えておいてくれ。そしてオールフォーワン!」

 

 空気を振るわせるような怒号と共にオールマイトはニヤニヤと笑う宿敵を睨みつける。

 

「皆が作ってくれたこの機会!今度こそ貴様を打ち倒す!」

 

「ああ、かかってくるといい。何回でも壊してやるよ。その仮初の平和とやらを。……っと、その前に君に伝えておこう。」

 

 何か思い出したかのようにオールフォーワンは攻撃する手を止めてオールマイトを見る。丁度そのタイミングでテレビのカメラも回り始め、オールマイトたちが再び画面に写され始めた。

 

「死柄木弔は志村奈々の孫だよ。」

 

 相澤を連れ、場を離れようとしていた純狐もいったん立ち止まりオールマイトの様子を見守る。純狐が回復させたとはいえ、それは気休め程度。今精神的に強いショックを受ければ倒れないという保障は無い。

 

「君が嫌がることをずぅっと考えてた。」

 

 オールフォーワンは淡々と語る。オールマイトはその話に耳を貸さないと意思を強くしていたが、オールフォーワンのいやらしく人の精神を蝕むような声はその意思を貫通して襲ってきた。

 

 そしてオールマイトの顔から笑顔が消える。その姿はテレビなどを通して全世界に不安という形で伝わった。

 

「オールマイト……救けて……」

 

 オールフォーワンの笑う声だけが響く中、その声は背後から聞こえた。か細く弱い声だ。声が誰かの耳に届くことさえ奇跡とも思えるほど小さな声だ。

 

 だが、その声はオールマイトに届いた。たった一言の小さな声。それだけで、彼の立ち上がる理由になる。

 

「ああ……!多いよ、ヒーローは……守るものが多いんだよオールフォーワン!」

 

 もはや全身に力を込めることはできない。片腕だけにワンフォーオールを集中させたオールマイトの目には迷いなど無かった。

 

「だから、負けないんだよ」

 

 その声に合わせるかのように、脳無を倒したヒーローたちが集まり始めた。エンデヴァー、エッジショット、シンリンカムイなどトップレベルのヒーローたちがオールマイトに言葉をかけ、倒れているヒーローや民間人を避難させる。

 

「応援に来ただけなら、観客らしくおとなしくしててくれ。」

 

 自分たちの戦いに水を差され、若干イラついた様子を見せるオールフォーワン。ヒーローたちは何とかそれを抑えようと攻撃するがまるで意に介されていない。しかし、さすがに邪魔になってきたのか、オールフォーワンは再び大規模な攻撃をし、それらを吹き飛ばした。

 

「確実に殺すために、今の僕がかけ合わせられる最高最適の個性たちで」

 

 服がはじける。鋲に覆われ、浮き出る血管さえ見えはしない。空間を軋ませるような重圧がオールマイトを襲う。それはもはや腕ではない、一つの人殺しの兵器であった。

 

「君を殴る」

 

 そんな殺意の塊が、満身創痍のオールマイトに襲い掛かる。オールフォーワンは気付いていた。オールマイトに宿るワンフォーオールがもはや残りかすであることを。吹かずとも消えてしまう光であることを。

 

 その譲渡先である緑谷出久についてもやはり見抜いていた。そして彼がまだ未熟であり、力を得る資格も無かった事も。

 

「先生としても、君の負けだ。」

 

 その言葉と共に両者の拳がぶつかる。ぶつかった瞬間、オールフォーワンは衝撃反転を発動し、オールマイトにその衝撃を跳ね返す。

 

 全身の骨が軋む。ぶつかる右腕はもはやまともに機能してはいない。ゴリゴリと削れるような気味の悪い音が伝わり精神を蝕み、沸騰していると錯覚するほど熱い血が顔に張り付く。

 

 それでも、彼は倒れなかった。いかなる衝撃ももはや彼を倒すことはできない。そう思わせる気迫が民衆にも伝搬し、先程まで黙っていた人々も口々に声援を投げかける。

 

 そしてオールマイトは右手の力を左手に移す。あくまで右は捨て駒、この期に及んでオールマイトは冷静さも失ってはいなかった。

 

「そこまで醜く抗っていたとは、誤算だった。」

 

 炸裂する左フックをオールフォーワンは躱すことができない。

 

(お師匠が私にしてくれたように、私も彼を育てるそれまでは、まだ死ねんのだ‼)

 

「浅い」

 

 だがその左腕の攻撃はオールフォーワンの体制を崩すに留まった。個性に依存してはいるが、オールマイトの不意打ち程度では彼にまともなダメージを与えるに至らない。

 

 終わりだ、オールフォーワン含め、誰もがそう思った。一つ一つが全力の一撃。もはや力は枯れた。ワンフォーオールの火は消えた。

 

 だが、これでは終われない。まだ足りない。誰かを、そして自身の後継を守るためには、まだ。その思いがオールマイトを突き動かす。そしてその願いに、力は応えた。

 

「そりゃア……腰が入ってなかったからな‼」

 

 ワンフォーオールの火が、もはや刹那の時間も無く消えるはずだった火が、輝きを取り戻す。

 

 世界が止まった。誰もがその水蒸気と土煙が早く晴れることを祈り、それと同時に晴れないでくれと願った。

 

 絶望か、希望か。

 

 そして決する。人々の目に映る人物は……

 




読んでくださりありがとうございます!
久しぶりにいろんな小説探し回ってましたが、純狐さんの結構増えとるやないか!
ありがたい。

次回、最終回かも?


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神野4


こんにちは!

ごめんなさい。失踪しかけました。主です。
言い訳しますと、一応書いてはいたのです。モチベが無く、設定を忘れていただけなのです。
お詫びと言っては何ですが、最終話まで毎日投降します。
多分今日含めて5日以内には終わります。

ワンピの映画面白かったです



 

 時間は少し巻き戻り、オールフォーワンが目の個性を暴走させていた頃。出久たちはヘカーティアの結界の中でじっとテレビの画面を見ていた。勿論そこに映っていたのはオールマイトたちではなく、現場の情報を整理しようと奔走するニュースキャスターだけである。

 

「おいおい、落月の奴本当に大丈夫なんだろうな!」

 

「計算なしに飛び出したりはしないと思うが……。」

 

 切島は居ても立ってもいられずに壁に張り付き、飯田は自分を納得させるためにも様々な可能性を挙げていく。その横で、オールフォーワンのことを知っている出久、直接その個性を受けた爆豪は最悪の予想が頭をよぎっていた。

 

「……デク、お前も見えたよな、あの目。」

 

「………」

 

 出久は体育祭で純狐のあの個性を見た時から、純狐に何度もその個性について質問していた。だが、純狐からは自分でもあまり分かっていない、と言われその度に断られていたのだ。それは同時に、純化という前代未聞の個性を扱う純狐でさえ扱いに困るような代物であるという事だと出久は理解していた。

 

「なあ緑谷、あいつの個性はお前でも分かんないんだよな!」

 

 羽詰まったように切島が出久の肩を揺らす。出久は職場体験の後オールマイトから話を聞いていたため、オールフォーワンのこのとは知っているが、それはワンフォーオールにも関わってくる機密事項。他人に漏らすわけにはいかない。

 

(ヤバい……!もし純化をオールフォーワンに奪われたのだとすればとんでもないことになるぞ)

 

 出久はオールフォーワンのことを詳しくは知らない。が、その邪悪さ、強大さは彼の近くにいるだけで嫌というほど感じ取れた。オールマイトも苦戦するような巨悪に純化という最強クラスの個性が渡ってしまったとなると、その被害は想像もできない。

 

「ッ!ここはどこだ?」

 

 その混乱した場に別方向に逃げていた轟と八百万が現れた。分散していては守るにしても面倒だと、ヘカーティアがワープさせたのだ。勿論ヘカーティアに対して疑問を抱かないようにはしてある。

 

「轟君に八百万さん!どうしてここに?」

 

「気づいたらここに居ましたの。それよりも先程の映像!あれは何ですか!?」

 

 出久はここまで気付いたことなどを簡単に伝える。だが、画面に何も映らなくなってからしばらく経ち、誰も詳しい情報は持っていない。

 

「今のとこなんも出来ねぇってことだな……。回復を待つか。」

 

 6人はそこで言葉を失う。そんな中、ヘカーティアがいち早く異変に気づいた。

 

「みんな、ちょっと私の方に寄ってくれるかしら。……あの子何してるの。変なことされたら困るんだけど。」

 

 青い髪をさらに青く染め、ヘカーティアは結界に力を流し始める。出久たちはその雰囲気を見て何か起こるのだろうと言うことに従った。

 

「おいおい、あれなんだよ。」

 

 唖然とする皆の目の前に現れたのは天にそびえる赤い光の柱だった。爆豪、出久、そして轟は臨戦態勢を整える。あの巨悪を生で見た彼らは、自分たちの力が通じるとは思っていない。だが、自衛だけでもして見せるという思いは全員が共有していた。

 

「変に動かないでね。どの程度のものか私も想像できないの。」

 

 青く染まっていく結界。そしてその中心で手を掲げ、神々しく光るヘカーティアのその言葉は何よりも説得力を持つ。彼女はこれでも最高神クラスの神である。その場の若者数人をまとめ上げるなど造作も無い。

 

 そしてその赤い光は開花した。淡い光は街を飲み込む濁流のように広がり、人々はパニックになりながらその光に呑まれていく。

 

「何なんだコレは……」

 

 ヘカーティアの結界内にも光の一部が入って来る。ヘカーティアが張っていたのはあくまで自分たちに害をなすものを拒む結界であり、何もかもを完全に防ぐことはできなかったようだ。彼女としては出久たちに命の危険が無ければいいので、パニックにも陥っていないこの状況は上出来である。

 

 だが、その結界の外は正に地獄だった。虚ろな目で駆ける者、個性を暴発させる者、急に叫び出す者。逃げ惑う人さえいない、正に狂気の世界。その光景に当てられてか、結界内の光が濃くなっているせいか、結界に守られているはずの出久たちも頭を抑え、他人を気遣う余裕がない。

 

 しかし、そんなこの世の地獄は何の前触れもなく終わる。赤い光は急に消滅し、狂気に駆り立てられた者たちは記憶を無くしたかのように呆けている。

 

「みんな……大丈夫?」

 

「ええ、ちょっと頭痛が起こっただけですわ。ですが……」

 

「……誰だ。女狐の声でガンガン頭に響く。」

 

 結界に守られていたため、出久たちの被害はほとんどないに等しかった。だが、害意や悪意が除かれていたからこそ彼らは感じ取ってしまったのだ。その狂気の中に潜む憎しみに。その核心付近に。

 

「じょうが、って……あの女神の嫦娥か?」

 

 轟がその名を口にしたとたん、ヘカーティアの顔色が変わった。嫌な予感はしていたのだ。しかし彼女は、その嫌な予感が良い方向に転ぶことを期待して外界と完全に遮断された結界を張らなかった。異界のヘカーティアがあの光の柱、純狐自身から生まれた個性を止めなかったからというのもある。

 

(何を考えているのかしら、異界の私は。あの子の前にこの子たちを連れて行く予定だったのに、下手すればぶち切れ案件よ。……いや、まさかそこまで織り込み済みなのかしら)

 

 ヘカーティアは考える。自分のことだ、同じ考えに至れないはずはない。

 

(確かにこのままだと出久君たちは蚊帳の外。それだと純狐と対面した時の反応は当たり障りのないものになってあまり面白くない。いや、でもなぁ……純狐の逆鱗は私たちでもどこにあるのかあんまり分かってないし、怒らせたら色々面倒なことになるでしょうに。特に月の私が)

 

 そんなことを考えていると、テレビが再び機能を取り戻した。その画面に映るのは立ち上がったトゥルーフォームのオールマイトと、そんな彼を見てニヤニヤと笑うオールフォーワンだ。

 

 戦いが最終局面であることは、原作未読の地球のヘカーティアからしても明白であった。もはや迷っている時間は無い。そして終に彼女は判断を下す。

 

(まあいいや、異界の私をたまには信用してあげましょう。この前仕事手伝ってくれたしね)

 

◇  ◇  ◇

 

永遠にも思えた時間も、終わりを告げる。水蒸気は空に消え去り、土煙は微かな風に飛ばされ舞い落ちる。

 

 誰もが固唾をのんで見守った。人生でこれほどまでテレビを覗き込んだのは、多くの人が初めてだっただろう。

 

 そして人影があった。男はゆっくりと立ち上がる。もう限界を迎え、気を失わないことさえ奇跡と言える状態で。最後の仕事を完遂しようと、彼は立ち上がり拳を掲げた。

 

『「オールマイト‼」』

 

 絶叫、そして歓喜。そう、彼は勝ったのだ。あの巨悪に、世の理不尽に。

 

「さっすがぁ!」

 

 純狐も物陰でホッと胸を撫でおろす。正直、純狐から見ても勝敗は最後まで分からなかった。最低限強化したとはいえ、オールマイトの負っていたダメージは原作以上のものであったし、オールフォーワンに取られた目の個性が何か悪さをする可能性もあった。

 

「いやー、面白かった。こんな感想で済ますのはどうかとも思うけど、この戦闘を生で見られただけでこの世界に来た価値はあったわ。」

 

 色々な問題があったため、いつまでこの世界に居られるかどうか分からなかったが、ここまで残ってよかったと純狐は心から思う。ヘカーティアからの妨害も全くなかったため、彼女もこの戦いの素晴らしさを分かってくれたのだという事も嬉しかった。

 

 純狐の興奮が冷めない間も、この災害とも呼べる事件の後処理は進められていく。オールフォーワンの洗脳の影響で一時戦線が乱れたため正確な状況把握は困難だと思われていたが、純狐を包囲するための監視網のおかげで被害状況の把握は予定よりスムーズにいっているようだ。

 

「後処理は任せてもよさそうね。帰る前にオールマイトや出久君たちに会いに行きましょうか。」

 

 周囲に自分を監視している者がいないことを確認しながら純狐は立ち上がり移動し始める。オールフォーワンが建物を破壊しまくっていたせいで歩きにくくはあったが、障害物が増えている分カメラなどから身を隠すのにはちょうどいい。

 

 純狐は自分が居なくなった後のこの世界についてふと考える。原作の流れをできる限り守って行動したため特に大きな変化は起きないだろうが、もしかすると出久たちそしてオールマイトの精神面に何かしら影響は出るかもしれない。

 

 あまり気にしてはいなかったが、純狐が想定していた以上に出久と轟は純狐を目標にしている節がある。出久に関しては純狐以上にオールマイトという大きな目標がある為、特に影響がない可能性もあるが、問題は轟だ。原作において自分と同学年に圧倒されるという経験が少ないためそのあたり何か問題が起こるかもしれない。

 

 まあ最大の地雷であるエンデヴァーが何の手出しもしてきていないことを考えると、特に問題ないかもしれない。それに轟は精神的に不安定なことがあったとはいえ、体育祭後は作中でも屈指のメンタル強者だ。ちょっとやそっとのことでは自分を曲げることは無いだろう。

 

(振り返って見るとなんだか名残惜しいわね)

 

 そうこうしているうちに、純狐は周りを見渡せて、かつ人の流れから離れている場所に到着する。大変なことになっているなぁと他人事のようにそこから見える光景を眺めていると、取材陣から離れ病院に向かうオールマイトを発見した。

 

「よし、まずはオールマイトに会いに行ってみましょう。」

 

 そう言って純狐は建物の上を飛び跳ねながら再び移動し始める。オールマイトもこちらに気づいたようで、歩く速さを落としていた。

 

「オールマイト、大丈夫ですか?少しであれば私でも癒すことができますが……。」

 

(ミスったわね。オールマイトには回復してもらわないと話も出来ないわ)

 

 近くで見ると、予想していた以上に重症だ。細い体からは死に至る程の出血があり、オールフォーワンの攻撃を受け止めた腕から覗く骨は明らかに形が変わってしまっている。このまま放っておけば、出血量が致死量に達しオールマイトとはいえ死は避けられない。

 

「落月少女……改めてありがとう。君が居なければ被害はさらに広がっていただろう。今は握手も出来ないような状態だがいつか、ちゃんとお礼をさせてくれ。」

 

 対するオールマイトは力ない笑みを浮かべながら純狐に近づき、ボロボロの手を差し出した。声に張りは無い。声帯がつぶれかけているのだ。だがその声は、純狐にこれ以上ない頼もしさを覚える。そしてそのオールマイトの思いに応えられないことを心から残念に思っていた。

 

「そんな、悪いですよ。お礼を言いたいのは私たちの方です。あなたという柱が居なければこの場はさらに混乱していて私も満足に行動できなかったでしょう。今はゆっくり休んでください。」

 

◇  ◇  ◇

 

「異界の私は何考えているのかしら。」

 

 地球のヘカーティアはぶつぶつと不満を垂れる。純狐たちのいる場所に移動しようとしたその時、遠くで戦況を見守っていた異界のヘカーティアから、まだ来るなと指示が出たのだ。そしてその指示があって既に二十分は経っている。

 

 そんなヘカーティアに対し、同じ結界内にいる出久たちは皆気が気ではないような様子で頭を抱えていた。そう、先程赤い光に呑まれたときに頭に響いた言葉のことである。

 

(嫦娥ってのは知らねぇが……あの女狐にしては珍しいな。あいつがあそこまで感情を露わにすることは無かったぞ)

 

 爆豪はいまだに純狐がいけ好かない。いつも余裕ですよ、と言わんばかりの態度を取り自分たちを前にして全力を出すことが無いからだ。それに加え、純狐からは感情の起伏がほとんど感じ取れない。まるでこの世界の外から来ているのではないかという感覚さえ覚えてしまう。

 

 こう考えていたのは爆豪だけではない、この場にいる者や純狐とある程度接したことがある人間はみなそのような感覚を抱いている。だからこそ先程の声の正体が気になっているのだ。

 

「……皆はどう感じたか?」

 

 沈黙を破ったのは切島だった。彼は純狐とほぼ初対面の頃から、彼女の中にある何かに気づこうとしてきた。だが、近づこうとすればするほど、それは切島の恐怖心を駆り立てた。触れてはいけない、知ってはいけない、本能が何度も警告を鳴らす。先程の光に触れたことでどうにかなってしまったのではないか。切島はその恐怖からか手が小刻みに震えている。

 

「俺は……分からない。体育祭の時感じたものと似ていたが、あの時は何かを感じる暇もなく思考が止まってしまった。だが、今回ははっきりとその声を聞くことができた。それでも、あの声が何を伝えようとしていたのかは分からないし、本当に落月さんの声だったのかも妖しい。だけど……憎悪は確実にあの声に含まれていたと思う。」

 

「俺も飯田と同意見だ。あの声と似たようなものを、俺は知っている……。」

 

 飯田に続き話し出した轟は、そう言うと口をつぐんで下を向く。幼少期、自分の父に対し心の中で何度も叫んだ憎しみの言葉。純狐の声は正にそれに通じるものがあったように感じたのだ。

 

「私は……私は……よく分からないけれど、悲しくなりましたわ。そしてなにより恐ろしかった。」

 

 八百万はまだ大きな悪意に触れたことがあまりない。そんな彼女でもあの淡い光からそれを感じ取ることができるほどのものを感じていた。

 

「僕は……」

 

 そして出久が口を開く。純狐のことをよく知る彼がどんな言葉を発するか、他人に興味の無い爆豪もその言葉に耳を澄ます。

 

「話したい、と思った。まだ、彼女のことをよく知らない。だから、彼女に聞きに行くんだ。そして、もし彼女が救いを求めているのなら、救けたい。……救うというのは傲慢かな、彼女は僕なんかよりずっと強いし頭もいいから。うん、だからせめてお手伝いをさせてほしい。」

 

 出久のその言葉に、爆豪を除く皆は頷く。爆豪も反論してこないため、皆が行くとなればそれに従ってくれるだろう。出久たちは近くで連絡を待つヘカーティアに純狐に会いたいという旨を伝え、結界を解くよう説得し始める。ヘカーティアもあまりに暇なためそれを承諾し、異界のヘカーティアの指示を待たず移動を開始することにした。

 

 そしてこの日最大の事件は起こる。

 

 





読んでくださりありがとうございました!

誤字脱字、設定の矛盾などあればできる限り直します。

次回!神野?5


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神野?5


こんにちは!

二日目です。地の分多めで読みにくいかも

うみねこのなく頃に、漫画版で読んだけど面白いですね



 

始まりは静かだった。近くにいた純狐でさえそれを事前に感知し予防することはできなかった。

 

「……ん?」

 

 それに初めて気が付いたのは純狐だ。背後から何か嫌な予感がするとオールフォーワンの入ったメイデンを見る。そこからは既に赤紫の光が漏れ始めていた。

 

 そして次の瞬間。そのメイデンは中からあふれる光によって破壊される。純狐は咄嗟にオールマイトをかばい、純化ではなくその霊力であふれる光に対抗する。その中で純狐は、相手が放つ光が純狐の持つ霊力と全く同じような性質を持つことに気づいていた。

 

(霊力……というより、霊力とかそういう名前が付く前の純粋な力?これ、私のと同じじゃないの)

 

 光の放出は数秒間続いたあと止まり、光を束ねるかのようにオールフォーワンの背後に収縮していく。幸いなことにその光に洗脳効果は無いらしく、光を浴びた人たちは気を失っているだけのようだ。

 

 純狐は背後にいる満身創痍のオールマイトに動かないよう伝え、収縮する光を興味深く見守った。光は小さな伸縮を繰り返しながら、最終的には大きな動物の尻尾のような形でオールフォーワンを取り巻く。

 

「何が起こっているのか分からないけれど……ああ、憎い。」

 

 声は間違いなくオールフォーワンのものだ。しかし、雰囲気は完全に違っている。ちょうどその時、純狐から数十メートルほど離れた場所に出久たちが現れた。勿論地球のヘカーティアも一緒だ。

 

「落月さん!大丈夫……」

 

出久たちが純狐に近づこうとしたのをヘカーティアが制す。異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。出久たちも抵抗せずその場にとどまっている。

 

「おいおい、何だよ。何でそいつが復活してんだよ!オールマイトが倒したはずだろ⁉」

 

 切島が叫びにも似た声を上げる。オールフォーワンに乗り移った何かはその声に反応し、表情を消した。

 

「あなたたちは、月の関係者ではなさそうね。」

 

 この質問で、純狐は確信する。何故かはわからないが、オールフォーワンに乗り移っているのは自分だと。

 

(ヘカーティアに連絡を……いや、ここまで来て手だししてこないという事は、これは彼女が仕組んだものなのかしら。でも、気が立っている時の私なんて危険すぎる。いくら尻尾一本分のエネルギーしかないとはいえ、暴れられるとただじゃすまないわよ)

 

 純狐が臨戦態勢の際背後に出現する尻尾は大体7本程度。つまり単純に計算して今のオールフォーワンには、臨戦態勢の純狐の約七分の一の戦闘力があると見積もることができる。もしこの状態で急に暴れ出せば通常の十分の一の出力にも満たない今の純狐にはどうすることも出来ない。

 

「落月……少女……!下がりたまえ、あいつは私の敵だ!それに神獄、いや『神』!お前があいつと組んで様々なことを行っていたのは調べが付いている!今すぐそこから離れろ!」

 

 純狐がどうしたものかと思っていると、背後のオールマイトが立ち上がり純狐の前に出る。だが、もはや彼が戦えないことは明らか。失礼な言い方になってしまうが、万が一戦闘になれば足手まといにしかならない。それにヘカーティアに対して明確な敵対意識を持っている。ヘカーティアを敵視するのはどうでもいいが、今変に動かれると本当に困ったことになってしまう。

 

「オールマイト。落ち着いてください。そしてあいつに手は出さないで。あれは私の対処すべき案件です。そして後ろの神は……無視してください。今は敵対的ではありませんし、あれは私たちが手を出して何とかなるものではないです。」

 

 珍しく強い口調の純狐の言葉に、オールマイトはその足を止める。彼も、もう自分が戦えないことは分かっているのだ。だが、分かってはいても、オールフォーワンが立ち上がる姿を見て戦わないという選択を肯定できない。そんなオールマイトの心情を察して、純狐はさらに言葉を続けた。

 

「あなたにはまだ生きてやるべきことが残っています。ここで復活したヴィランにあなたがやられたとなれば、その混乱は想像を絶するものとなるでしょう。それはあなたも望んではいないはず。安心してください。ここにいる者は死なせません。これは絶対です。」

 

 背後に控える青い髪のヘカーティアに視線を向けながら、純狐はオールマイトを手で制する。ヘカーティアは面倒そうにしながらも首を縦に振り、出久とオールマイトたちの周りに結界を張った。

 

「ありがとうヘカーティア。ついでにオールマイトを病院に届けることはできるかしら。」

 

「できはするけど……あなたは良いの?別れの挨拶をしに来たのでしょう?」

 

 別れ、という言葉にオールマイトと出久たちが反応する。だがそれまでだ。純狐は軽くさよなら、と言うとオールマイトはヘカーティアの開いたゲートに落ちていった。

 

「おい、落月。まさかあいつ相手に特攻かまそうってんじゃねぇだろうな。」

 

「そんなことしないわよ。単純に、もう簡単に会えない場所に行くだけ。引っ越しみたいなものよ。急に決まったことだから、今まで説明する暇が無くて悪かったわ。」

 

「……それは嫦娥って奴に関係すんのか?」

 

 純狐の表情が固まった。今まで俯いて黙っていた爆豪が顔を上げて言葉を続ける。

 

「お前なのかあのヴィランの親玉なのか分からねぇが、目の個性を暴走させただろ。そん時俺らにも誰かの思考が流れてきたんだよ。聞こえてきた声はお前のものだった。説明はこんくらいでいいか?」

 

 爆豪のその目からは確信の色が見て取れる。爆豪だけではない、ここにいるクラスメイト全員がそれを確信しているようだった。

 

 ここまで冷静さを保ち、場を何とかしようと努めてきた純狐であったが、嫦娥の名が出たとなるともはやそれがいつまで続くか分からない。正直今すぐにでも口をつぐめと怒鳴りたい気分だが、ここで事を荒げるのは明らかに悪手である。だが、それはそれとして今すぐ嫦娥の名を出すことを止めないとオールフォーワンに憑依した純狐の方がどう動くか分からない。

 

「……ええ、そうよ。だから今すぐこの場を離れなさい。それ以上その名を……」

 

「今、何と言った?」

 

 寒気がする。その攻撃は声よりも速く届いていた。赤紫の槍のような光は、純狐の真横を通過して爆豪に向かってまっすぐ伸びている。ヘカーティアの張った結界があったからよかったものの、それが無ければ今頃爆豪は心臓を貫かれていただろう。

 

「嫦娥と言ったか?」

 

 その言葉と共に、オールフォーワンの背中にある尻尾から無数の光の槍が伸びる。それは奇妙にうねり、結界を攻撃し続けた。そのあまりに異様な攻撃に出久たちは顔を青くして結界の中心に身を寄せる。

 

「ハハハ、流石ヘカーティアの張った結界だ。私程度の実力では破れないらしい。良いだろう、あなたがそこまで守りに専念するのであれば、私はこれ以上彼らに攻撃しない。」

 

 ヘカーティアの様子を見て結界を解くつもりが無いことを理解すると、オールフォーワンからの攻撃はすぐに止まった。

 

「だから、代わりに!」

 

 視界が白く染まる。それが殴られたことによる衝撃だと気づくのに数秒かかった。

 

「私の姿をしたお前をストレスの発散先にさせてもらうぞ。本当なら今すぐ月に行きたいが、今の私では幹部たちに軽くひねられて終わってしまう。」

 

 ここまで感情が高ぶっていてもちゃんと理性はあるらしい。それは救いではあるが、同時に相手は現状の純狐よりも力が強く、かつ冷静に判断をすることができる強敵であるという事だ。ヘカーティアが不介入を貫いている以上、この場において彼女のストレス発散をまともに相手できる者はいない。

 

「私の本体様は今人間の体を持っているらしい。その体が死んだところで純狐という存在が消えるわけでは無いだろうが……もしその力が私と合わされば、それは面白い事になるのではないかい?」

 

 直後、純狐の脇腹を赤紫の槍が貫いた。咄嗟に自身の周りにも壁を張ることができたため追撃は免れたが、このままではじり貧である。それに純狐の壁はあくまで硬いという概念で作られたもの。相手がそれを超えるような、それこそ名の付く前の純粋な力による攻撃をしてきた場合その壁はやすやすと突破される可能性がある。

 

(今のところ霊力による攻撃だけだから大丈夫そうだけれど……それよりも、『私の力と合わさる』って……?)

 

 純狐は先程まで目の前の存在はオールフォーワンの体を持った自分自身のようなものであると理解していた。だが、最後のセリフは自分が言ったとは到底思えない。

 

(それに今攻撃してきているのもちょっと理解できないわね。いくら狂乱しているとはいえ、ここで私を攻撃するよりもヘカーティアに解決を依頼した方がいいことは分かるでしょう。私の敵はあくまで嫦娥だけなのだから)

 

 ◇  ◇  ◇

 

「よっし!私の予想当たりィ!」

 

 一方その頃、遠くのビルの屋上でその様子を見守っていた異界のヘカーティアはガッツポーズを取っていた。

 

「ご主人様さすがにまずいですって!どうするんですかアレ!元に戻るんですよね⁉」

 

 横にいるクラウンピースは気が気ではない。純狐の強さと恐ろしさは十分に理解している。もしその実力が本来よりも数段下回っていたとしても、この周囲一帯を文字通り不毛の大地にすることくらいはできるだろう。

 

目と松明を振り回すクラウンピースを落ち着かせながら、ヘカーティアはふふんと胸を張った。

 

「勿論。あれはあくまで純狐の子機というかバグみたいなもの。純狐の弱体化を解けば自然に純狐に回帰するわ。もしそうならなかったら私が何とかするだけよ。」

 

 それよりも、とヘカーティアは嬉しそうに続ける。

 

「やっぱりあの個性には人格のようなものが宿るのね!純狐がこの世界に来て、個性に目覚めたあたりから予想はしていたけれどまさかここまで成功してくれるとは!」

 

 彼女の考えはこうだ。今この世界にいる純狐の体は人間、しかしその本質は幻想の存在であり、その純狐の得た能力とこの世界の住民が思考の純化を恐れることで今の目の個性が覚醒した。

 

 そもそも純狐の目の個性は、ヘカーティアが考えるに、他人を意図的に操るというよりもその力の本質の一部を見せることで相手を委縮させ放心状態や半狂乱状態にしてしまうものだ。この世界では個性として処理され、そのルールに則った処理がなされているが、あれは純狐本来の気質と言った方がいい。このことはオールフォーワンが純狐の個性を盗んだ時に他人を暴走させる以外やらなかったことで確信した。彼はあのときは満足したようだったが、もっと意地の悪いことができると分かればそちらを優先しただろう。単純に他人を操る個性ではないのだ。

 

 ここまで分かれば後は大体の予想がつく。あの個性は他人の畏れなどに反応しながら成長をする、純狐の一部のようなものなのではないかと。

 

「いや、それが分かったところで何がいいんですか。」

 

 ヘカーティアがくるくる舞いながら早口で説明を続けるのをクラウンピースはジト目で見つめる。彼女からしてみれば何言っているかもよく分からないし、純狐がいたぶられ続けるのを見るのもあまり気分が良くない。

 

「うん?ああ、今の今まで、純狐の正体をいかにしてばらそうか考えていたのよ。ただ単に正解を出しても面白く無いじゃない?だから、今までとは比べ物にならない圧倒的な危機、しかもそれは純狐をもとに戻すことで解決できる、となればこれ以上ない舞台の完成よ!それにうまいことオールフォーワンの意識も上乗せされてさらに危機感を煽ってる!」

 

「まあ、確かにそうですけれど……。」

 

 腑に落ちない部分はあるが、確かに物語としては面白そうだと思い始めるクラウンピース。面倒くさがりであるヘカーティアが半年もの間この世界、特にほとんど動きの無いオールフォーワンに必要以上に肩入れしていたのも分からないでもない。

 

「すべてはこの展開のため……とは言えないけれど、まあ、行き当たりばったりで色々試してみた中ではいい旅の終わりじゃないかしら。純狐も満足したでしょう。」

 

 ◇  ◇  ◇

 

 攻撃は苛烈さを増していた。純化での壁であっても、それ以上の面で押され純狐の体力も限界が近づく。そしてその壁のほころびを相手は見逃してくれない。

 

「いつまでも籠ってないで出てきなさいよ。」

 

 その声と共に、今まで広範囲に展開されていた攻撃が一転、わずかなほころびに対し楔のように撃ち込まれる。その攻撃は、ついに純狐の壁を破壊しその内部の純狐に迫った。

 

 純狐はすぐさまその場を離れようとするが、楔形の光は急に光の粒子となる。嫌な予感がしたがすでに手遅れ。光の粒子は急に光ったかと思うと周囲一帯を巻き込み爆発した。

 

 それでも攻撃の手はやまない。爆発し消滅したと思われた光は再び収束。そのついでとばかりに煤にまみれた純狐の体を拘束し、新たな光の槍がオールフォーワンから放たれる。

 

 飛来する槍を避けるため、純狐はかすれる視界の中自分の周囲に“弾”の壁を張ってそれを反射するがその寸前で槍は霧散し、純狐を拘束していた霊力が内側に向かって棘を伸ばして体を傷つける。

 

 純狐がその拘束を解こうと力を込めると、再び霊力は粒子化し、純狐の顔の前で爆発する。顔を焼かれ完全に視界を失った純狐の体には、光の槍が迫り、その両手足を貫いて背後のコンクリート片に縫い付けた。

 

「張り合いが無いわ。何か面白いことしてみなさいよ。」

 

 あまりにも一方的な攻撃に出久たちは恐怖を通り越し唖然としている。助けに行きたいが、今この結界を出てしまえばその結果は火を見るよりも明らかだ。自分たちより数段強い純狐が手も足も出ないという事実は、出久たちを絶望させるのには十分だった。

 

(僕たちは結局何もできないのか……)

 

 そしてそれは純狐も同じであった。こんな存在、手に負えない。技量が優れているのは勿論だが、単純に保有している力が違いすぎる。霊力は回復に回す分しかなく、攻撃への転用などもってのほかだ。

 

「おい、落月ィ!」

 

 砂ぼこりも晴れ、オールフォーワンが純狐を見降ろす中、声が上がった。

 

「俺たちにできることを教えろ!このままお前が嬲り殺されるのを黙って見てろってんじゃねえよな。そんなこと俺は納得しねぇぞ‼」

 

「轟君……」

 

 ヘカーティアの張った結界を叩き割るような勢いで殴りながら、轟は声を荒げる。もちろん轟もこの状況を冷静に見ることができていないわけでは無い。自分がこの結界から出て、相手の敵意がこちらに向けば何もできずに倒されてしまう事くらいわかっている。だが、それでも彼はこの状況をただ見ていることができなかった。

 

「そ、そうだぞ落月さん!僕たちにも手伝えることが……」

 

 純狐は薄れる意識を何とかつなぎ留めその声を聞いていた。このまま倒れる自分をクラスメイトに見せることが彼らの成長にとって良くないことなのはわかっているが、敵はもはや彼女一人の手ではどうにもできない。そんな中、今まで事態を静観していたヘカーティアが口を開いた。

 

「異界の私から連絡が来たわ。ねぇ、オールフォーワン……と呼んでいいのかしら?あなたもそのままじゃつまらないでしょう?この子たちの相手もしてくれるかしら。」

 

 何を言い出すのだと、純狐は治りかけた目を見開いてヘカーティアを睨みつける。

 

「勿論致命傷は無しよ。私の結界を小分けにしてこの子たちを守らせてもらうわ。純狐もそれなら納得するでしょう。」

 

「それは提案ではなく脅しだろう。分かった、その案を受け入れよう。」

 

 その返事を聞くとヘカーティアは早速結界を解き、出久たちの体に保護魔法をかける。これで今のオールフォーワン程度の攻撃で彼らの体が傷つくことは無い。

 

「後は純狐に任せるわ。そろそろ異界の私も参入するらしいし。最後に楽しみなさい。」

 

 勝手に話を進めるなとでも言いたそうな純狐だが、使える駒ができたのはありがたい。後は相手の出方次第だが、追撃をしてこないところを見るに作戦を伝える程度は許してくれるだろう。

 

「落月さん!」

 

 結界が説かれ自分たちの安全が確保されたことが分かると、出久たちは真っ先に純狐の下に駆け寄った。出久と麗日が純狐の体に付いた血をふき取り、八百万がテーピングをしていく。

 

「ありがと。もう大丈夫よ。時間が無いから早速作戦を伝えるわ。」

 

 オールフォーワンを睨みつける轟たちは純狐の声を聞くとその声が聞こえる範囲にまで近づく。

 

「出久君と飯田君は機動力を生かして相手をかく乱して。轟君と爆豪君は相手の攻撃を相殺しながら、攻撃を。切島君と八百万さんは私のそばで防御と妨害を担当してね。私は戦況を見ながら指示を出したり皆の援護に回るわ。」

 

 純狐はそれだけ言うと自分を取り囲む皆の顔を見る。不安、怒り、焦り。様々な感情が入り混じってはいるが、皆覚悟は決まったようだ。

 

「作戦会議は終わりか?なら攻撃を再開させてもらう。」

 

 オールフォーワンを中心に無数の弾幕が放たれる。それを合図に出久と飯田は飛び出し、轟と爆豪が広範囲の技で弾幕を撃ち消した。それでも漏れた弾幕は切島が体を張って純狐に届くのを止めている。

 

 そして総力戦が始まった。出久と飯田がフェイントを混ぜながらオールフォーワンに近づき、それを爆豪と轟が援護する。だが、完璧に動けたとしてもその攻撃は届かない。オールフォーワンはすべての攻撃を受け止めたうえでそのすべてを破壊する。周囲に荒れ狂う霊力の風は追撃を許してはくれない。

 

 轟が小さく砕いた氷の礫をその風に紛れ込ませようとするも、取り巻く力が熱を放ち氷が届くことは無かった。それではと、すぐさま炎を飛ばし純狐も風を使ってそれを援護するがそれは純狐の特大のレーザーによって打ち消されてしまう。レーザーを展開した隙を突こうと出久と爆豪が霊力の風をこじ開け攻撃を試みるが、速度が足りない。あっという間に背後に回り込まれ、襟をつかまれ投げ飛ばされてしまった。

 

「こんなものか。」

 

 オールフォーワンの上空に赤い球が浮かび上がり、そこから無数の槍が降り注ぐ。出久たちを傷つけることはできないため、槍は彼らを拘束する檻のような形となって地面をえぐった。純狐は完全に拘束されてしまうのを防ぐために“弾”への純化や風を使ってその槍の軌道をずらすが、それでも完全に防ぐことはできない。八百万も純狐の後ろで銃を作り攻撃の妨害とオールフォーワンへの牽制をしてくれているが、拳銃程度の攻撃は全く通用していなかった。

 

「おい落月!埒が明かねぇ何か無いのか!?」

 

 再び放たれ始めた弾幕を防ぎながら切島が声を荒げる。傷はつかないが、体力が無限になったわけでは無い。この激しい戦闘の中で皆の体力はすでに限界に近づいていた。このままだと大きな技を入れる隙ができてもその技を撃てなくなってしまう。

 

「そうね……爆豪君!いったん引いて!轟君は視界を遮っても構わないからそいつを牽制し続けて!出久君と飯田君は轟君のカバー!八百万さんは切島君の後ろで狙撃を頼むわ。」

 

 純狐はそう言うと立ち上がってオールフォーワンと再び対峙する。そして目が合った瞬間、オールフォーワンを大氷塊が包み込んだ。勿論それは一瞬で破壊されてしまうが、既に目の前に純狐はおらず、爆豪のそばに移動して作戦を伝えていた。

 

 視界を遮る氷塊と外から飛んでくる炎の渦を霊力の風で強引に吹き飛ばしたオールフォーワンは、迫る出久たちを全く気にすることなく純狐に殴りかかる。純狐はそれを背後に張った壁で防ぐと、そのままその空気を“着”に純化し相手の拳を封じ、飛んできた蹴りは上空にはねることで避けきった。

 

「爆豪君!隙を見てさっきのお願いね!」

 

「うるせぇ女狐!」

 

 拒否反応を示している爆豪だが、彼はこの場でどう行動するのが適しているか理解することができる。純狐はその彼の判断力を信頼し、“速”への純化を使ってオールフォーワンに突っ込んだ。さすがにこの速度には反応できず地面にめり込んでしまうオールフォーワンに純狐は自分を巻き込むように大きな雷を落とす。

 

 オールフォーワンは何かに憑依されているとはいえ、その視界が回復したわけでは無い。今はおそらくセンサーの個性の他に、霊力を薄く広げて状況を把握しているのだろう。その為そのセンサーを狂わせるような強力な電磁波を受ければその索敵能力は格段に落ちる。そして、その分析は間違っていなかった。

 

 肌の焦げたオールフォーワンは雷に打たれたことが分かると、対象を絞らず弾幕を乱射し始める。そしてそれら一つ一つが先程まで放っていたものより高威力だ。さらにオールフォーワンを取り囲む霊力の風は強くなっていくが、その精度はやはり劣化していた。

 

 そんな状態もおそらく数秒で回復されてしまう。それは許したくない純狐は、先程と同じように“速”への純化でオールフォーワンに突っ込み、大きな雷を放った。そして今度は荒れ狂う霊力の風に自分の霊力を紛れ込ませる。

 

 その間、轟が遠距離から炎を飛ばしオールフォーワンを蒸し焼きにしようと試みるが、それはひときわ大きい弾幕によってかき消されてしまった。回復を終えたオールフォーワンは間髪入れず純狐に殴りかかる。純狐はそれを避けることはできず、吹き飛ばされるが、それと同時にオールフォーワンの頭の一部も吹き飛んだ。

 

 先程、オールフォーワンはセンサーを回復させるため自身の周りの霊力を取り込んでいた。そしてその中には勿論純狐の霊力も混ざっている。普通であれば他人の霊力を取り込めばすぐにわかるが、今回取り込んでしまったのは自分と同じ純狐のもの。故にオールフォーワンはそれが発動するまで気付くことができなかった。

 

「今よ!」

 

 純狐の声が響く。そしてその声よりも速く、出久と飯田の蹴り、轟の氷、そして八百万の銃弾がオールフォーワンに届いた。だがそれでもオールフォーワンは怯みさえしない。すぐに頭の回復を終え、目の前に立ちふさがる純狐を霊力で拘束するとその顔面に拳を叩き込んだ。

 

 ゴッ、という鈍い音が響く。頭蓋は割れた。だが、純狐はその場から一歩も引かない。その握りこぶしにはオールフォーワンもぎょっとするほどの霊力が一瞬のうちに集まっていた。

 

(こいつ!私の霊力を利用して!)

 

 先に説明したように、純狐とその分身の取りついたオールフォーワンの操る霊力は本質的に同じである。純狐は戦いの中でその性質に気づき、相手の霊力を何とかして利用しようと策を講じていた。そんな中、自分の霊力を相手の体の中に紛れ込ませることに成功したことでその方法を理解したのだ。

 

「さっさと倒れなさいよ!」

 

 その言葉と共に放たれた純狐の拳はオールフォーワンに直撃。纏っている霊力の鎧もこの攻撃の前に砕け散る。

 

「いい攻撃だが惜しかったな!私の鎧が割れただけ……」

 

「それが目的だったのよ」

 

 倒れる純狐の後ろ。純狐の怒涛の攻撃によりそれに気づくのが数舜遅れた。そこにあったのは弾ける火。すべてを破壊しようと荒れ狂う爆弾であった。

 

「榴弾砲着弾‼」

 

 押し込まれる、完全な隙に打ち込まれたその破壊力を受け切る自信は、オールフォーワンにも無い。だがその攻撃の軌道は回転があるとはいえ一直線で読みやすく、速度も対応できる程度のものだ。

 

(体を回して受け流せば……!)

 

 足を何とか動かし体を回転させようとするオールフォーワン。しかしそれは叶わなかった。足元が急に柔くなりそれに飲み込まれてしまったのだ。

 

(ここに来てか!?クッソ!)

 

 してやったり、純狐は血と泥にまみれた顔をオールフォーワンに向ける。そして、その場は大きな爆音に包まれた。

 





読んでくださりありがとうございます。

次回!最終話 1


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最終回 1


こんにちは!

三日目です。この辺りでめちゃくちゃ時間かかりました。

デルフィニア戦記、おすすめです



 

音は無い。爆豪も最後の力を出し切ったのか、砂ほこりの中から立ち上がる者はいない。出久たちは今すぐにでも駆けだして純狐と爆豪を救出したい気持ちを抑えながら事態がどう動くかを冷静に見ていた。

 

「ハハッ!」

 

 何時間にも感じる沈黙が破られた。その声は確かに純狐の声だった。だが、出久たちは動けない。明らかに雰囲気が違う。それに中から見えるそのシルエットは純狐のものではない。オールフォーワンだ。

 

「不倶戴天の敵!嫦娥よ見ているか!」

 

 憎悪をまき散らし、聞くもの全てを憎くしむような声。聞くだけで生きている者の戦意を消滅させるような声。攻撃を受けたわけでもないのに出久たちはその場にへたり込んでしまう。

 

「共に天を戴かずとも憎しみだけが純化する‼ハハハッ!憎いなぁ!憎い‼」

 

 それはもはや声ではない。暴力的なまでの感情だ。あの赤い光を浴びた時の感覚に似ているがそれとは比にならないレベルの暴力性をひしひしと感じる。覚悟を決めたはずなのに、気を抜けば体は勝手にこの場から逃走を始めてしまうだろう。

 

「ケホッ……チッ、やっぱり、仕留め切れなかったか……」

 

 数秒経って今度こそ純狐が立ち上がる。肩から骨が飛び出るほどの重傷だ。戦闘の継続はできない。

 

「生きていたのか私の本体!今その力を……」

 

「何言ってるの、あなたも気づいたでしょう……クッソ、時間切れよ。」

 

「ハァイ、純狐。元気してる?」

 

 荒れ狂う霊力の中、それは平然と立っていた。純狐以外の全員があまりにも唐突なその者の登場に度肝を抜かれる。

 

「どこぞのピエロみたいなセリフ言ってるんじゃないわよ。これどうするの。そろそろ限界なんだけど。」

 

 そんな純狐の言葉が聞こえているのかいないのか、赤髪の女性は周囲を見渡すとオールフォーワンを光の鎖で拘束し、指を振りながら地球のヘカーティアの方を向いた。

 

「地球の私。後は私が引き継ぐわ。」

 

「やっと終わった……。仕事の合間縫ってきてあげたんだから感謝しなさいよね。報酬はいつものお菓子で。」

 

「あなた、仕事は月の私に投げてきたって言ってたような……」

 

「あー、聞こえない。じゃあね!」

 

 純狐の話には耳も貸さずヘカーティアは自分同士の会話を終わらせる。この辺りは本当に意地の悪い女神だな、と思わずにはいられない。新たな敵なのかと身構えていた出久たちも、思考が追い付かずフリーズしてしまっている。

 

「お疲れ純狐。あいつはあなたが本来の力を取り戻した時点で消えてなくなるはずよ。」

 

 ポケットから取り出した鍵をくるくると回すヘカーティアの言葉を聞いてやっと一息つく純狐。背景に似合わないやり取りが続く中、いつの間にか再登場していたオールマイトが口を開いた。

 

「やはり、あなたが……神獄さん。いや、ヘカーティアと言った方がいいか。あなたが黒幕だったんですね……。三人いるという報告も……腑に落ちましたよ。」

 

 消え入りそうな声のオールマイトの傷を少し治癒してから、ヘカーティアはニコニコ笑ってオールマイトに近づきお辞儀をする。

 

「初めまして、オールマイト。私は地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリよ。黒幕ってわけじゃないけれど、オールフォーワンとはそれなりに付き合いがあったわ。まあ、今はもう関係ないし、今後関わることも無いって約束したから安心してね。」

 

 後ろでそれを聞いていた出久たちはやはり敵だと警戒心をあらわにしてヘカーティアの前に立つが、彼女はそれを相手にもせず純狐の方に向き直る。オールマイトもこれ以上追及する気力が失せたのだろう、出久たちに下がりなさいと言って自分も陰から見守ることに徹していた。

 

「じゃあ、純狐。名残惜しいと思うけれど、その人間の体にもお別れよ。いやー、でも感謝しなさいよね。この鍵最近全く触ってなかったから無くしたかと思っていたわ。」

 

「……一応聞いておくけれど、そのカギ無かったらどうなってたの?」

 

「え?いや、元には戻れるわよ。また脳みそ爆発する危険があるだけで。」

 

 ふざけんじゃねぇよと腕から突き出した骨でヘカーティアに殴りかかる純狐。勿論その攻撃は当たらず、ヘカーティアはその腕を掴むと無理やり鍵穴にカギを突っ込んだ。すると、純狐の体の内部から光の鎖が現れ、その拘束を解くように空に消えていく。神秘的と言っても過言ではなく見惚れそうになる光景だが、純狐があまりにも気持ち悪そうにしているため誰もそのことを口にはしなかった。

 

「はい、終わりよ。」

 

 ヘカーティアが純狐から出てきた最後の鎖を自らの手で砕く。

 

「はぁー、あの感覚慣れないわ。もうしたくはないものね。」

 

「元はと言えばあんたが始めたことじゃないの。」

 

 純狐の見た目は元の大人びたものに変わっていた。出久たちの驚きはそれだけでも相当なものであったが、最も衝撃的であったのは、やはりその背に見える大小10本弱の尻尾のような赤紫の靄だ。

 

「ねえ、落月さんそれ……」

 

「あ、みんなもう、落月なんて言わなくていいわよ。私は純狐。それ以外の名は無いわ。」

 

 出久たちは聞かずとも、その雰囲気から理解できてしまっていた。それが先程オールフォーワンに生えていたものと同じものであることを。だが、あの赤い靄から感じたものは、どこまでも悲しい、憎悪の感情である。それを純狐が持っていたものであると認めたくない。

 

「色々言いたいことがあるみたいだけど、私は私よ。私が誰を恨もうと、それは自由でしょ?」

 

 言っていることはもっともだ。他人に迷惑をかけなければその人が内心どう思っているかは自由であるべきだろう。

 

「で、でも!落月……純狐さんの感情は、私が読み取れただけでも、絶えられないほどのものだったのは想像がつきます!」

 

「ああ、そうだぜ!そんな暗い感情を抱いたままヒーローになるのは……不可能じゃないが……ああ!うまく言えねぇが俺は嫌だ!」

 

 純狐の感情に触れた経験は、彼らにとってよっぽど衝撃的だったらしい。離れた場所でオールマイトを支えていた八百万と切島も声を大にして純狐に熱弁する。

 

「女狐。お前が何考えていようが、俺の邪魔しなけりゃ関係ないけどよ、単純に不快なんだよ。あんなの知らされたら。」

 

 爆豪も珍しく暗い顔をしてこちらを睨みつけてくる。割と本気で不快だったらしい。お互い精神的にも肉体的にもフェアな状況で戦って勝ちたいという爆豪らしくもある。

 

「僕も、君にそんなこと考えるななんて言わないし、言えないよ。だけど……」

 

「知ったからには放っておくわけにはいかない。」

 

「だから、俺たちに……なにか手伝わせちゃくれねぇか?」

 

 出久、飯田、そして轟が前に出てくる。

 

「勿論、休養を取ってからだよ。もう少しで救護班も来てくれるはず。またお見舞いで会った時にでも……」

 

「あー、ごめんね、みんな。気遣ってくれてるとこ悪いんだけど、私はもう帰るから。」

 

 純狐の急な言葉に、その場が静まり返る。帰る、という言葉が、家に帰るという意味でないことは、そのニュアンスなどからこの場の誰もが察していた。唯一、オールマイトだけがその意味を正しく理解し、軽く俯いていた。

 

「ほら、さっきヘカーティアも言っていたでしょ。今後関わることは無いって。私も本当はこの世界の住人じゃないから、そろそろお暇させてもらおうと思っていたのよ。急な話でごめんね。」

 

「そんなこといきなり言われて信じろってのか?」

 

 轟の反応はもっともだ。今まで親しくしていた人間が、急に自分はこの世界のものではなく帰らなければならないと言い出すなど、おとぎ話の中の話でしか聞いたことは無い。しかし同時に、どこかで納得できてしまっていた。純狐はこの世界には存在し得ないものだと、存在してはいけないのだとどこかで分かってしまった気がしたのだ。

 

「……なあ、落……純狐でいいんだけっか?こんな場面で茶化すような奴じゃないことは分かってるが、一度だけ聞かせてくれ。それは本当なのか?誰かに……それこそお前の後ろにいるヘカーティアってのに騙されてるだけじゃねぇのか?」

 

 純狐の内面に鋭かった切島も、轟と同じように考えていた。何処かで納得してしまう。でも、否定してほしいことも本心だった。

 

「無理に信じろとは言わないわ。こんなこと言っておいて、実は転校しただけとか、それこそヴィランに寝返ったとか、考えるのは自由よ。一つ言えるのは、今後私があなたたちと関わることは無くなる……いや、無理言えば会えるかもしれないけど、今までのような関係でないことは確かね。」

 

「聞いてりゃグダグダ意味わかんねぇことを……」

 

「爆豪少年、やめなさい。」

 

 純狐の話を聞きながら、怒りを募らせていた爆豪の拳をオールマイトが言葉で止める。

 

「時間がない、彼らには後で私からも説明をしよう。だが、落月少女。君からも彼らに説明を、あちらに帰ってからでもいいのでしてほしい。その程度のことをしてくれてもいいはずだ。」

 

「そうですね。そうさせてもらいます。じゃあねみんな!あなたたちと過ごせた時間、とても楽しかったわ。」

 

 純狐はそう言うとヘカーティアの方を見てゲートを開くよう目で伝える。ヘカーティアも特にこの世界に未練はないため、惜しむことなく元の仙界につながるゲートを広げた。

 

「……ちょっと待って。」

 

 開いたゲートに入ろうと移動を始めた純狐に出久の声が届く。今まで俯いて話を聞いていただけだった彼だが、何か思う事があったらしい。

 

「さっきの答え、まだ聞いてないよ。僕たちに何か手伝えることは無いの?」

 

 こうなると出久は割と頑固だ。勿論こちらが本気で会話することを拒否すれば引いてくれるが、折角の最後の会話をそんな形で終わらせることは純狐も避けたい。それに、答えはもう決まっている。

 

「無いわ。単純に力不足ってのもあるけれど、あなたたちはこちら側に来てはダメよ。」

 

 容赦のない断言に出久は怯む。理由の説明もほとんど無しで拒否されるとは思っていなかったのだろう。

 

「俺たちだけじゃなくて、オールマイトとかプロのヒーローたちでも無理なのか?」

 

「そうね。いや、世界観が違うから単純に比べようがないのだけれど、物理的なものだけで見ると不可能よ。」

 

 切島も出久に続くが、純狐から見ると出久たちとプロのヒーローたちの実力はほとんど変わらない。もし月との戦いに連れて行ったとしても、月の科学を見ることすら叶わず死んでしまうだろう。

 

 出久たちはここでやっと物理的に手助けすることは不可能だと考えてくれたらしい。その力を目の前で見たことが無いのに理解をしてくれたことはありがたいことだ。苦虫を噛みつぶしたような顔でその場に佇んでいる。

 

「せめてお話だけでも聞かせてはくれませんか!?純狐さんのあの感情……あれを一人で抱えるのはあまりにも辛いものと察します。だから、せめて……」

 

「気遣いありがとう、でもいいの。」

 

 純狐の口調は鋭く、八百万の話を遮る。出久たちが知ったのは、純狐の根幹をなす部分の一部、これ以上首を突っ込んでほしくないのだ。

 

「でも……」

 

 ここまで言っても分からないか、と純狐は話し出した出久の口を無理やり閉ざそうとするが、その手は途中で止まった。

 

「……いい目をしているわね。はぁ、私から言えることなんてあまりないのに……。」

 

 出久たちの志も、その救いの手も純狐には全く届かないことは分かり切っている。純狐も今更救いなど求めておらず、救いを求める心も遠い彼方、純粋な憎しみの前に塗り潰され消えている。文字通り、今の純狐には憎しみしか残っていない。それを理解してなお純狐と付き合うことができるのは、今のところヘカーティアだけである。

 

 だが、純狐も常に嫦娥への憎しみだけで行動をしているわけでは無い。芯の部分が揺れることは無いが、心の表層部分はそれなりに動いている。出久たちの声とその強い意志の宿った目は、純狐の心の表層部分を軽く揺さぶった。

 

「純狐、ゲートに時間制限とかは無いから適当に話してきなさい。心残りが残るのも嫌でしょう。必要なら私たちは席を外すわよ?」

 

「そうね、このまま放置するのも後味悪いし、もう少し別れの挨拶をしてから帰りましょうか。あなたたちは居てもいなくてもいいわよ。」

 

 そう言うと純狐は、ゲートに入ろうとしていた足を止め、ふわりと浮いて出久たちの目の前に迫った。その表情は、いつもの余裕のある笑顔だが、そこには何か意思が感じ取れた。

 

「出久君、それにここに集まってくれた皆。私から……人生の先輩?からのお話よ。」

 

 出久たちは黙ってその言葉に耳を傾ける。

 

「皆はとてもやさしいわ。こんな見ず知らずの、どこから来たかもわからない私にも過度におびえることは無く接してくれた。多分、あなたたちは私で無くとも……言い方悪いけど、私ほどの力も能力も無い人にも同じ態度で接したと思うわ。」

 

「それができるのは、誇るべきことだよ。今後、プロのヒーローになる時も、あなたたちはこの思いを忘れはしないでしょう。」

 

「だからね、私から言えることは、一人でいる人を見つけて、できる限り……話を聞くことだけでもしてあげてほしいの。それだけで救われる人間は大勢いると思うわ。そしてあなたたちはそれを恐れずすることのできる心と、外敵を排除して人を救う力を持っている。」

 

 純狐はそこまで言うと、真剣な顔でこちらを見ている出久たちを見下ろして、フッと息を吐いた。

 

「ま、こんなこと言わずともあなたたちは分かっているでしょうけどね。私が言いたいことはこれだけよ」

 

 出久たちは何も言わない。各々今の言葉を理解しようとしているのだろうか。

 

「……その言葉は、てめぇの経験からか?」

 

 何とも言えない沈黙を破り、爆豪が純狐に問いかける。出久たちも答えが気になるのか、はっと顔を上げた。

 

「さぁ、どうでしょうね。私はもう過去のことはあんまり覚えていないの。もしかすると、その残滓から来た言葉かもしれないわ。」

 

 爆轟は答えをはぐらかされたと思って訝しげな顔をしているが、純狐の言ったことは本当である。純狐は人であった時代のことを忘れ、その身には憎しみしか残っていないが、その憎しみは人間の頃抱いたものが元となっている。その憎しみの中にあった過去の僅かな残滓から何か出力されることが全く無いわけでは無いだろう。

 

 純狐は話したいことを話し終え、満足したのか今度こそ振り返ることなく出久たちのもとを去る。だがその離れていく背中に、再び出久の声が届いた。

 

「落月さん……いや、純狐さん自身のことも僕は救いたい!あなたが何を体験してここまで憎しみを募らせたのか分からないけど……その感情を少しでも和らげてあげたいんだ!お節介で迷惑かもしれないけれど、それでも……!」

 

「出久君。」

 

 純狐はいつの間にか、出久たちの目の前にいた。

 

「世の中にはね。もう救えない人もいるのよ。肉体的にも精神的にも。死んでしまった人は生き返らない。心が一度折れてしまった人は、もう元のようにはなれない。他にも、救いを求めていない人は救えないわ。」

 

 純狐の表情は何故か見えない。いや、物理的には見えているが、その雰囲気に呑まれてしまい脳が正確に機能していないのだ。それだけ今の純狐の放つ霊力は強くなっていた。

 

「もう分かるでしょ?私はあなたたちには救えないのよ。あなたたちにできるのは、何もしないこと、復讐を手伝うこと、私という存在を亡ぼすこと、もしくはそれができずに死ぬことだけよ。これは未来永劫変わらないわ。私はそういう存在なの。寒いとか、熱いとかの概念と同じ、憎しみという概念が私という形をしているだけ。」

 

 冷や汗が止まらない。呼吸も出来ているのか怪しい。純狐の存在はオールマイトを含め、その場の全員を委縮させるには十分だった。ヘカーティアだけはその様子を面倒そうに眺めている。

 

「ふぅ……これ以上脅すのもかわいそうね。これで私を救うなんてもう考えないでしょう。じゃあね!色々楽しかったわ!」

 





読んでいただきありがとうございました。

この辺り、あまり推敲できていないので誤字脱字多いかもです。

次回!最終回2


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最終回 2

こんにちは!

ついに最終回です。思えば長いこと書いてきました。
純狐さんの小説、もっと増えてもいいのよ

皆も小説、書こう‼



 

ゲートは閉じた。遠くからは救急車の音や近づいてくる救急隊員などの声が聞こえてくる。まるで今まで別世界にいたような感覚に包まれていた出久たちは、そこでやっと正気を取り戻した。

 

「……帰ったか。」

 

 轟が呟く。その声は緊張から解放されてほっとしているようでもあったが、それ以上に寂しさが含まれているように感じられた。それは轟だけではない、その場にいる全員が、なんとも言えない喪失感を覚えていた。

 

「皆、今日はありがとう。君たちの協力が無かったら、この程度の被害には抑えられなかった。色々思うところもあるだろうが、今は病院で治療を受けよう。」

 

 オールマイトが近くにいたヒーローに手を振り、先に生徒たちを預ける。近づいて来たヒーローたちは何があったか尋ねようとしていたが、出久たちの雰囲気やオールマイトの容態を見て色々察したのか何も聞くことなく作業を進めた。

 

 その後病院に運ばれた皆であったが、純狐の治療のかいあってオールマイトは見た目ほど内臓が傷ついておらず、命に別状はない程度の怪我になっていた。出久たちも色々怪我をしていたはずだったが、去り際に純狐が何かしたのか傷はほとんど残っていなかった。

 

 そして次の日の夜。出久はオールマイトに呼び出されいつかの海岸に来ていた。

 

「君って奴は本当に言われたことを守らない!全て無に帰るところだったんだぞ!全く誰に似たんだか……」

 

 オールマイトの第一声はそんな感じだった。本気で怒ってもいるのだろうが、それ以上に感謝や嬉しさが伝わってくる。

 

「落月……うん、どうしてもこの名で言ってしまうな……まあいいか!落月少女のおかげもあって私はある程度軽傷で済んだ。が、事実上の引退だ。もう戦える身体じゃなくなった。」

 

 分かってはいた。だが改めて本人の口からそれを聞くとやはりショックではある。

 

「それなのに君は何度言っても勝手に飛び出すし!何度言っても身体を壊し続ける!だから今回‼」

 

 オールマイトの声は段々と大きくなり、最後は怒鳴りつけるようだった。出久は次に何を言われるのだろうかとおびえ、その目を閉じる。しかし、次に聞こえてきたのは予想に反した、優しい声だった。

 

「今回、君が初めて大きなケガをせずに窮地を脱出したこと、そして自分を犠牲にしない方法で友を救おうともがいた事が、すごく嬉しい。」

 

 出久を抱き寄せ、オールマイトは続ける。

 

「これから私は君の育成に専念していく。この調子で……頑張ろうな。」

 

 出久の感情はそこで限界を迎えた。いくら止めようとしても目からは涙があふれてくる。

 

「うっ……オールマイト、僕……」

 

 オールマイトの時代は終わった。出久はそのことを、やっと理解できた。

 

 ◇  ◇  ◇

 

 その後の世間は、今までにない混乱が渦巻きながらもなんとか日常を取り戻していた。世間から、落月純狐という名の子供は完全に消え去っていた。彼女を覚えているのは、彼女と直接関りのあった1-Aの皆と、一部の者たちだけである。

 

 純狐のことを覚えている者は、最初混乱していたが、彼女なりに跡を濁さず去っていったのだろうと、世間にその存在を訴えることはしなかった。

 

「なあ」

 

 ある昼下がり、あの神野の悪夢に立ち合わせた生徒たちが集まっていた。

 

「俺なりに、あいつが最後話してたこと考えてたんだけどよぉ、やっぱりあいつは自分がああなったことをどこかで悔いてるんじゃねぇかった思ってんだよなぁ。」

 

「……そうかもな。ただ、あいつは今更そのことを気にしてないし、悲観もしていなかった。」

 

「自分のような存在をもう生み出さないために、孤独な人に寄り添ってあげて欲しい……彼女自身、本人も言っていたようにもう忘れているのかもしれませんが、根底にはそんな考えがあるように思えました。」

 

「僕も同感だ。彼女がステインと戦っていた時、彼女は僕の復讐心も、ステインの心も否定はしなかった。最後ステインが沈静化したのも、たぶん彼女が、彼の心に寄り添ってあげた結果だと、僕は思っている。」

 

「……あの女狐が何考えていようが俺のすることは変わらねぇよ。あいつもあの場で俺たちを殺したりしなかったってことは、少なからずそれを望んでたんだろ。」

 

「僕は……彼女の最後の言葉を大切にしたい。全く無関係だったのに、僕らが危険な時はどんな時も身を挺して守ってくれた。自分本位な行動だったとしても、そのことは変わらない。彼女はヒーローだったよ。その彼女が最後に、わざわざ時間を取ってまで伝えたことなんだ。八百万さんたちの言うように、彼女の悲しい憎しみの根幹を断つようなことを願ったのであれば、僕はその意思をできる限り継いでみせるよ。そして、彼女のような袋小路に追い込まれてしまう人を少しでも守ってみせる。」

 

 純狐の存在を覚えているのはヒーローサイドだけではない。ヴィラン連合のアジトで、死柄木たちもまた純狐のことを考えていた。

 

「先生は捕まっちまうし、あいつは帰っちまうし……」

 

「その割には落ち着いていますね。」

 

 死柄木は黒霧の予想に反して落ち着いていた。オールフォーワンという巨大な悪の力に魅かれて集まっていたメンバーたちの方が落ち着きがないくらいだ。

 

「先生に関しては……何か考えもあるんだろ。あいつに関しては、暇つぶしの相手が居なくなったくらいさ。」

 

 死柄木はなんだかんだ言って、同世代の敵味方などではない関係の誰かと話せたことが嬉しかったのだろう、と黒霧は考える。その相手がいなくなってしまい、死柄木は大丈夫だろうかとどこかで心配していたところもあったが、この様子だと杞憂だったようだ。

 

「はぁ、寝る。」

 

「ええ、おやすみなさい。これからも忙しくなるでしょう。頑張って下さいね。」

 

 死柄木は廊下を歩きながら思う。イラつくときもあったし、気味悪くも思った。だが、純狐の隣は彼にとって居心地の悪い場所ではなかった。もう少し時間があれば、友達と呼べるような関係になれたかもしれない。勿論それは、死柄木が死柄木である限り、純狐が純狐である限りありえないのだが、表面上だけでもそうなれる可能性もあった。

 

 死柄木は今、自分が寂しく思っていることを知っている。だが、それもすぐ忘れるだろう。彼の覚悟は、その寂しさで薄れるほど脆くない。

 

「せいぜい見ていやがれ。俺はこのクソな世の中をぶっ壊してやる。」

 

 ◇  ◇  ◇

 

「帰ってきたー!」

 

 仙界に、久しぶりの主人の声が響く。ヘカーティアは仙界を維持するための魔法を解き、仙界の管理権を純狐に返した。

 

「いやー、楽しかったわ。この経験を糧にまた月を攻めに行こうかしら。いえ、その前にオールマイトとかにお礼渡さなきゃね。」

 

 純狐はそう言いながら、いち早く家に入り色々整理を始める。ヘカーティアには入らないでほしいとのことだったので、彼女は家の外でクラウンピースと雑談をしていた。

 

「ご主人様もお疲れ様でした。あの異界の管理については各所に話を通して正式に認めてもらってます。なので今後、運用を続けるも処分するもご主人様の自由です。」

 

「ありがとね。はぁ、私も疲れたわ。早く帰って寝ましょ。あ、そう言えばクラピちゃん。家の掃除ってしてくれてた?」

 

「いえ、してませんけど……」

 

 家の中から悲鳴が聞こえてくる。まるで、家に遊びに来た妖精たちが遊んだ後の、片付けられていない廊下に散らかったレゴブロックを思いっきり踏んだような悲鳴だ。

 

「……ちょっと、やり残した仕事思い出したわ。先に帰……」

 

 踵を返し急いでゲートを開くヘカーティアの全身に、赤紫色の糸が絡みついた。今にも絞殺さんとする威力だ。それに仙界全体に移動阻害の呪文がかかっている。いかにヘカーティアとはいえ、合法的な方法ではここから脱出できない。

 

「ヘカーティアァア!あんた前に言ったこと、忘れたとは言わせないわよ。部屋使うのはいいけど片付けろって何回言えば分かんのよ!」

 

「い、いや、ごめんなさい。」

 

 ヘカーティアはふと隣を見る。クラウンピースは呪文がかかる直前に、運よく転移できたらしい。純狐の言う憎しみの感情の一部をヘカーティアは知った。

 

「まあいいわ。楽しんでた私の邪魔をしたつけと合わせて精算してあげる。ちょっとそこで待ってなさい。」

 

 純狐の霊力はさらに濃くなり、呪文の効果も段々と強まっていく。こうなっては違法な方法でもこの異界を脱出できない。そして正座で待つこと数分。遠くから絶望の足音が聞こえてきた。

 

「あ、映樹さん久しぶりです。それに他の地獄の管理者の方もお久しぶりですね。後でお土産渡します。例のものはあそこで正座して、皆さんの有難い言葉を聞こうと待っておりますので、時間の許す限り説教してやってください。あ、彼女の周りだけ時間の流れを遅くしていますので時間の心配はさほどしなくてもいいですよ。」

 

 もはや、悲鳴を上げることさえ許されなかった。自業自得と言えばそれまでだが、ちょっとひどすぎないかとヘカーティアは思う。

 

 その後、現実の時間にして1週間程度しごかれたヘカーティアは、さすがに見かねた純狐に助けられ現世に帰還した。

 

◇  ◇  ◇

 

「……!」

 

 私は暗闇の中で呪詛を唱える。親はいない。私を捨ててどっかに行った。今更そんな、顔も知らない他人のことなんてどうでもいい。今はただ、私をこの薄暗い地下の水槽に入れ、ぼろ雑巾のように扱う、あいつがただただ憎い。

 

 私の友達も、みんなあいつに殺された。それもただ殺したのではない。私の目の前で、見せつけるように拷問しての衰弱死だ。何度もやめろと叫んだ。そしていつか、その声さえもあいつを喜ばせるだけだと気づき、反応することも無くなった。

 

 でもそれは、あいつの行為を黙認しているかのようで、そんな自分にも嫌気がさした。舌を噛んで死のうとしたが、あいつが気付き、舌を焼き鏝で焼いたせいで失敗した。もう満足に話せもしない。

 

 そしてやっと、私の番が回ってきた。私も、友達と同じように、私のような人間の前で殺されるのだろう。怖かった。悲しかった。でも、それ以上に憎かった。あいつも、それに抵抗できない私自身も、そして私を見て見ぬふりするこの世界も、すべてが憎い。

 

「……」

 

 吊り下げられ、寝ることさえ禁じられ、どれほど経っただろうか。正気ではなかったと思う。もう私には憎しみしか残っていなかった。だけど、人は不思議なものだ。最後の最後に、友達と一緒に抱いた夢を思い出した。

 

(そうだ。私は空が見たかったんだ)

 

 そんな、普通の願いももう叶わない。後数時間、私は空さえ見れずに人生を終えるのだ。

 

「もう大丈夫だ!」

 

 天が、割れていた。いや、正確に言えば、天井が落ちただけだが、私にとっての天はその黒カビだらけの天井だ。その隙間からは、あれほど待ち望んだ、空が見えた。

 

(灰色だ……)

 

 天を割った人間は、私を外に待機していた者に丁寧に渡し、数分するとあいつを捕まえてその場に帰ってきた。

 

「救えてよかった!」

 

 ヒーローらしきその少年の顔は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、必死に救命措置を続けている。水槽の中には私以上に瀕死の状態で放置されていた者もいたらしい。

 

 病院で治療を受けている間、そのヒーローは度々顔を見せた。最初はその行為さえも憎く感じていた。何でこうなる前にそうしてくれなかったのだと、理不尽だと分かっていながら怒りをぶつけた。

 

 今なら分かる。怒りを、憎しみをぶつけられる相手が目の前にいることがどれだけ幸運だったのか。水槽の中で怒りをぶつける相手は、ガラスに映る自分だけだ。

 

 私は、私の孤独を救ってくれた彼に感謝している。彼は、誰かから教わったものだと言っていたが、それは間違いなく彼の心からの行動でもあっただろう。

 

 だから、今度は私がそれをする番だ。懸命の治療により、私の声はある程度元に戻った。たまに滑舌が悪くなり皆に笑われるが、それもチャームポイントだ。

 

「一人にはさせない」

 

 私の、彼からもらった意思を口にする。彼は今もどこかで活躍しているのだろうか。

 

◇  ◇  ◇

 

「あら、あなたの言葉で救われた人間がいるわよ。よかったじゃない。」

 

「ん?私何か言ったっけ?」

 

 新調されたテレビに映し出された映像を、ポップコーン片手に観賞しながら二人は呟く。

 

「あなたホントに覚えてないの?」

 

「去り際に何か言ってたのは覚えてるんだけど、内容までは覚えてないわよ。あの時、急に力を戻したからかちょっと記憶が混濁してるのよね。」

 

 ヘカーティアは今更ながらなる程と思った。そしてそれと同時に、あれが純狐の擦り切れてしまった記憶の中にあったのだと分かり、なんとなく物悲しくもなった。隣の純狐は、もちろんそんなこと気にせず休暇を楽しんでいる。

 

 ヘカーティアは純狐の過去を、なんとなくではあるが知っている。もし、彼女の子供が死んだときに、誰かが彼女の話を聞いてくれていたら、子供を殺した男を殺すとなった時止めてくれる者がいたら、男を殺した後、晴れぬ憎しみをぶつけられる存在が居れば……。

 

 純狐の去り際の言葉を聞いた後、ヘカーティアは映樹などから行われる説教を聞き流しながらそんなことを考えていた。しかし、どれも過去のことだ。今更できることなどない。

 

「あ、制圧できたみたい。よかったわ。」

 

 優しい笑顔を浮かべる友人の横顔を見ながら、ヘカーティアも小さく微笑んだ。

 





読んでいただきありがとうございました。

失踪する予定のものでしたが、ここまで続けられたのは皆さんのおかげです。満足いっていない部分も多々ありますし、皆さんも色々不満あると思いますが、私としてはここまで書けて良かったと思ってます。
主の妄想する純狐さんの過去ももう一つの作品で書けたしね。純狐さんの過去は色々妄想が進むので各々思い浮かべてほしくもあります。

多分ないけど、またどこかでお会いいたしましたら!


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