生きるとは、善くありたいと思うこと (ぬがー)
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プロローグ①

 景山(かげやま)一哉(かずや)は腕を縛られ、両親と共に神社へと歩かされていた。

 頬は殴られて腫れ、全身に痣ができておりずきずきと痛む。それでも一哉は軽傷な方で、子と妻を庇っていた父は頭から血を流し、腕はおかしな方向に曲がっていた。

 歩みを止めれば周囲で監視している村の大人たちに棒で殴られるため、一家は痛みをこらえて歩き続ける。

 

「(……なんでこんなことになったんだろう)」

 

 

 

 

 

 

 

 二〇一五年七月三〇日。

 世界中を大きな地震が襲うと共に、空から後に『星屑』と名付けられる異形の怪物たちが降ってきた。

 星屑たちは不思議な力で守られており、通常の兵器やシェルターでは傷つけることも、侵攻を防ぐことも叶わなかった。武装していようが無防備な一般人と同様に、ただ殺され食われていくのみだった。

 人間の世界はあっという間に星屑たちに食い荒らされ、そのまま滅ぶかに思われた。だが絶望するにはまだ早かった。

 人の味方をしてくれる神々や、古くから超常の力を引き継ぐ一族などが星屑の侵攻を阻む結界を張り、人類の生存圏を確保した。

 特に四国においては『大社』が人間を守ってくれる神々の集合体である『神樹』の力を借り、樹木でできた壁のような大規模結界で四国全域を包み安全地帯と化した。それにより一先ず四国は脅威から逃れることが出来たのだ。

 とは言えただ結界内に籠り、守られているだけではいずれ結界も破られ滅ぼされる。

 次なる脅威に備えるため、大社は神の声を聞くことのできる『巫女』の助言を頼りに希望を探した。

 その希望の一人が高知県の田舎の村にもいた。

 名前は郡千景。

 当時小学六年生の少女である。

 村人たちにはなぜ彼女が希望となり得るのかわからなかったが、何でも神から巫女にそういうお告げがあったらしい。今や四国の統治組織となった大社の人間がへりくだって話し、恭しく本拠地のある香川県へと連れて行っていたのだから嘘ではないのだろう。

 

 これを聞いて村人たちは焦った。

 なぜか? それは彼女の一家―――と言うより彼女を村ぐるみで迫害していたからだ。

 

 きっかけは母親の不倫だが、千景自身に問題はない。単に「元々はよそ者で、殴っても問題にならないから」である。

 母親は不倫相手の男と村から出て行き、父親も子供に興味がない。親の不倫という醜聞もあり、攻撃する理由も作れた。

 だから村中の人間が寄ってたかって苛めて遊んだのだ。

 大人たちは千景を蔑み、傷つけ、本人的には些細な嫌がらせをして楽しんだ。

 子供たちはそんな大人たちを見て育ち、千景を「阿婆擦れの子」「淫乱女」と呼んだ。毎日のように物を盗った。来ていた服を脱がさせて、焼却炉で燃やした。ハサミで髪を切り、一緒に耳まで切れて泣く千景を笑った。階段から突き落としてみた。

 皆で一致団結し、悪者を攻撃するのは楽しかった。自分は『善』側で、正しいことをやっているんだと思えて安心できる日々だった。

 そんなことをやっていたのに、唐突に「郡千景は神から人類の希望として選ばれた」である。寝耳に水どころの話ではない。

 神が守ってくれているから自分たちは星屑に食われずに済んでいるし、神が施してくれるから四国内だけでは生産できない食料品等も変わらず手に入れることが出来ている。だというのにこんなことがバレては自分たちは切り捨てられることになるかもしれない。

 村の大人たちは多いに焦った。子供たちも大人たちを見てマズイことをやっていたとようやく理解した。

 村の代表者たちが会議と言う名の責任の押し付け合いを延々と続けていくうちに、誰かがぽつりと呟いた。

 

「そういえば景山の家だけあまりやってなかったな」

 

 会議に参加していた面々の表情が変わる。

 確かにあの一家は陰口にも加わらず、自分達に飛び火するのを恐れて助けこそしなかったが迫害しようともしなかった。息子の方も千景より学年が一つ下で接点が少なかったというのもあるが、いじめには参加せず、道で通りすがっても石を投げたりしなかった。

 郡家とは違い、村の催しにはきちんと参加していたため孤立こそしていないが、少し浮いた立場にいたのは間違いない。

 

「なんかあいつら前から怪しかったよな」

「もしかしてこうなること知ってたんじゃないか?」

「? いや、こんなこと事前にわかるわけがないだろ?」

「神が実在したんだ。表に出てこなかっただけで昔から。ならそっちから聞いてたのかもしれん」

「でもそういう神の声が聞こえるやつって大社にスカウトされてるんじゃなかったか?」

「……大社がスカウトしてるのって、()()()()()の神さまの声が聞こえる奴だよな? じゃあ人間の敵の神の声聞いたとか?」

「ッ! それだっ! そうに違いないっ! それで俺たちにあの子を虐めさせて、自分の評価だけ上げて取り入る気なんだ!!」

「内部崩壊狙いか? ありそうだな。そんなのでもなければ私たちが神様に選ばれるような子を虐めるはずがない」

 

 会議の結論が急速にまとまっていく。

 元々全員が「自分は悪くない」という結論ありきで話をしていたのだ。諸悪の根源(スケープゴート)が見つかれば、答えが出るのは早かった。

 

「となるといつまでも人類の裏切り者を放置しておくわけにはいかないよな?」

 

「ああ、気付いたからにはきちんと倒して、神様に俺らは間違いを正せたって理解してもらわねーと」

 

「じゃ逃げられる前に景山のとこの一家捕まえないとな。始末はどこでする?」

 

「神社でいいんじゃないか? 神様は神樹になったって言うけど、分霊とかあるらしいしたぶん通じるだろ」

 

 自分たちが悪になり、神から見捨てられることに怯えた者達の行動は早かった。

 人手と武器を集め、気付かれるような暇も与えず景山家に乗り込んでいった。

 そして舞台は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

「祭神様、人類の裏切り者を連れてきました。これより処断いたしますので、お納めください」

 

 訳も分からぬまま神社に連れてこられた景山一家の内、父親だけが前に出させられる。使えそうな道具が一つしかなかったためだ。

 

「オラァッ!!」

 

「ぎ、ぎゃあああぁぁぁぁぁああッ!!!!????」

 

 力一杯振り下ろした斧が、狙いから外れて肩に当たる。

 殴られ憔悴し、状況を理解することも出来ていなかった父があまりの痛みに叫びをあげ、母も正気を取り戻し子供を逃がそうと暴れ始める。

 それでも数にはかなわず、村人に取り押さえられた。

 

「動くなクソが! お前も外してんじゃねぇよッ! その大きさの一個しかなかったんだぞ!?」

 

「悪い、力み過ぎた。でもこれ一回で落とすの無理だぞ」

 

 何度も斧が父の首に振り下ろされる。

 それを一哉は理解することを放棄し茫然と眺めながら、この場にいる誰にも聞こえない超常の存在の声を聞いていた。

 

『もうこの社には神はいないってのによくやる。時代が変わってもこの村の住人は変わらないな』

 

「(……だ、れ?)」

 

『僕たちは昔からいる悪霊さ。家主がいなくなって自由に動けるようになったんだ。

 それより君に話がある』

 

 ついに父の首が切り落とされ、神社の中へと運ばれる。

 また母も前に出させられた。子供だけは助けてくれと叫び続けるが、斧が叩き込まれ絶命する。それでも首を一つ落として切れ味が落ちた斧では切り離すのに時間がかかり、子供の処断が少しだけ遠ざかった。

 

『君も僕たちだ。彼らの善性を証明するために悪だってことにされ殺される生贄だ。

 なら望み通り成ってあげよう、殺せれば善だと言えるような本物の悪に。

 彼らが本当に善であるなら殺せるはずさ、試してみよう』

 

 ついに母の首も切り落とし終わり、神社の中へと運ばれる。

 それを見ていた一哉に抵抗する気力もすでになく、村人に前へと引っ張り出された。

 

『返事する気力もないか。僕たちの何人かも似たような感じだったし、わからなくはないよ。

 まぁ返事なしは了承ってことにしておこう。このままだと殺されるだけだし、新入りは協力してくれるようだからね』

 

 神社から生首が二つ飛び出してくる。

 生首は一哉の両肩に収まると、真っ黒な靄のようなものを放ち一哉を包み込んでいく。

 

「な、なんだ!? 何が起きてるんだっ!?」

 

 靄に驚き村人たちが距離を取る。

 ようやく靄が晴れた時、そこには三面六臂の巨大な鬼がいた。

 

「ば、化け物だ!!」

 

「やっぱり敵だったんだ!」

 

 あまりの威容に村人たちは腰が引けて攻撃することが出来ない。先ほどまでは斧を振り下ろすのも、棒で殴るのも躊躇なく行えていたのにだ。

 鬼はそれを見て一歩踏み出し、左右の首が吠えて威嚇する。悪を倒す善を示して見せろと。

 

『『グォォォォォオオオオオオッ!!!!』』

 

「「「「ひ、ひぎゃぁああああああ!?」」」」

 

 村人うち数名が逃げ出そうと背を向ける。

 その瞬間、逃げた者達の首がもぎ取られた。

 

『『一致団結し悪に立ち向かう善では無し』』

 

 もぎ取った首を握りつぶす。

 空いた手に逃げられなかった者の頭が掴まれ、同じようにもぎ取られた。

 

『『この村では、我らのみが悪だと定義された。それを証明してみせよ』』

 

 この日、一つの村が消滅した。

 




 独自設定として
「千景の故郷の村には悪ってことにした生贄を甚振って一致団結を促す風習がある」
と言うことにしました。
 母親が不倫しただけで娘をあそこまで虐めるとか異常だし、そういう風習があったなら納得できるなと思いましたので。

 あと千景の父は大して迫害されてません。金銭面での負担とかも、村の偉い人が生贄が早々に潰れないようこっそり融通してたのでマジで実害無し。
 職場村の外ってことにしたので、村の催しには参加しなさそうな性格ですし村人とはそもそも関わらない。悪口を聞く機会すらなく、暴行とかも全く受けてませんでした。
 自分に害があればもっと行動してただろうし、父親には害がなかったからこそ千景へのいじめは放置されていたという設定です。


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プロローグ②

 二〇一八年春。

 大社の有する建物の一室にて、二人が向かい合って座っていた。

 先に特徴的なカチューシャを身に付けた少女が口を開く。

 

「本日をもってあなたの訓練はひとまず完了とします。これなら表に出しても問題ないでしょう」

 

 彼女の名前は九頭竜天音。

 大社の前身となる翔門会では巫女をしていた少女で、現在は神降ろし―――日本の人間に味方する神は神樹になっているので、悪魔憑きが近いかもしれないが―――の技能を用いることで星屑と戦える人類の希望の一人だ。

 

「ありがとうございました、アマネさん」

 

 答えたのは根拠もなく「悪そう」というイメージを持たれる雰囲気をした少年、景山一哉。

 彼は村人を殺しつくした後、することもなく佇み続けていた。

 人から外れた存在になったせいか飲まず食わずでも空腹感があるだけで実害はなく、友人や世話になった相手も含めた村人を殺しつくしたのに罪悪感も薄かった。ただ望まれたことをやり切った、という燃え尽きたような状態だった。

 そのまま誰も来なければいつまでもぼぅっとし続けただろう。だがそこは人類の希望を輩出した村。大社も連れて行っただけで連絡なしなんてことはせず、親には直接千景の話を伝えて安心してもらおうと考えていた。

 連絡員が見たのはそこらに村人の死体が転がり、開けた場所で佇むだけの三面六臂の鬼の姿。

 警戒し追加で人員を要請するも、鬼は一切の抵抗もせず拘束された。それどころか会話すら可能だったため、戦力化が可能だろうと期待され大社で鍛えられていたのだ。

 今ではただの人に擬態するのも自然と行えるようになり、暴走の心配もなさそうなので戦力として活用することになった。

 

「気にしないでください、こちらも必要だからしていたことですから。星屑にデビルサマナーや異能者は無力ですし、戦力は少しでも欲しいんです」

 

 表に出ることこそなかったが、この世界には神魔が昔からずっと存在していた。そしてそれらから民を守り秘匿するための組織もまた存在していた。

 そこの戦力の9割ほどが悪魔―――業界用語だと神や天使なども含む―――を使役するデビルサマナーだ。手軽に頭数を用意でき、召喚する仲魔―――仲間の悪魔―――を入れ替えることで様々な状況に対応可能。過去は貴重な技能だったが、『悪魔召喚プログラム』の開発以降瞬く間に業界人はコレだけになっていた。習得が容易すぎ、強力過ぎたためだ。

 空から星屑が降ってきた当初、彼らはどこかの神魔の仕業だと思い、悪魔を使役して民衆を守ろうとした。

 だが星屑が近づくやいなや、全ての悪魔が掻き消える。

 星屑は神魔の実体化を解く『悪魔強制送還能力』と言える力を全ての個体が有していたのだ。

 残る1割の悪魔にも通じる異能を持った者達も、星屑が共通して持つ人間由来の能力を完全に遮断する『人間不可侵』と言う性質のせいで逃げるだけで精一杯だった。

 これらにより霊的国防組織や民間組織、宗教組織などが抱えた戦力のほぼ全てが無力化されてしまった。残る希望は取り憑いた悪魔の力を振るえる悪魔憑きや人から外れた悪魔人間など、デビルサマナーの下位互換として業界から駆逐された者くらいだったのだ。

 

「それで今後のあなたの役目ですが」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「『勇者』と共に戦ってもらいます。まずは連携訓練と交流の為、彼女らが通っている学校に転入してもらうことになるかと」

 

「―――」

 

 『勇者』とは簡単に言うと悪魔の力がこもった武器に選ばれた者達だ。アマネのような悪魔憑きや一哉のような悪魔人間より暴走の危険性が著しく低く、悪魔召喚プログラムをモデルに作られた『勇者システム』で構築した勇者服を纏うことで高い身体能力も得られる大社の切り札である。

 そして一哉の故郷から人類の希望として連れていかれた、郡千景がこの勇者の一員なのだ。

 

「やはり難しいですか? どうしても無理そうなら別の手段も考えますが、できれば戦力の分散は避けたい。そこまで余裕があるわけではありませんから」

 

「いえ、個人的に思うことは何もないです。ただ向こうがどう思うかと、四国の皆の反応が心配で」

 

 個人的に郡千景に対して思うことがないというのは事実だ。彼女が迫害されていた時、保身を考えず助けるために動けていれば千景に恨まれることを恐れて村の連中は手出しできなかっただろう。半端な行動しかしなかった自分が悪かった。そこを悔やんではいるが、千景に当たっても意味はない。

 だがかつて村一つを殺し尽くした日、村を離れていなかった千景の父も当然ながら殺している。いい親どころかかなり酷い部類だが、それでも親だ。親を奪われた彼女は純粋な被害者だし、恨まれているかもしれない。協力して戦ってもらえるか不明だ。

 また勇者たちは偶然か、もしくはそういうのじゃなければ武器に選ばれないのか、タイプは違うが美少女揃いだ。共に戦うアマネも美人である。戦果を挙げて情報を公開する際、民衆に受け入れられやすくなるという効果を期待できる。だがそこに明らかに危険そうな鬼を混ぜていいのか疑問だった。

 

「郡さんについては問題ありません。本人に確認も取りました。ただ内心でどう思っているかは別なので、頑張ってください。

 あと民衆受けについてですが、仏像を思い出してください。問題ありません。それにあなたの鬼としての特性は有用です。これは宣伝に活用すべきと判断しました」

 

 一哉は「善性の集団に倒される鬼」だ。故郷の村は全滅させられたが、それは彼らが自分で思っていたような「一致団結して悪に立ち向かえる善人の集団」ではなかったから。もしそうだったらあっさり討伐されていただろう。

 そんな鬼が四国の中の人には手出しできない、逆に外の敵はガンガン倒せるとなれば宣伝効果は大きいらしい。

 

「そういうものですか。

 まぁ郡さんが認めてくれてるなら問題ないです。指示通り学校に通わせてもらいます」

 

「ええ、お願いします。日程は送信されているはずなので後で確認しておいてください。学校での使う道具は部屋に届いているはずです。

 話は以上です。ご苦労様でした」

 

「わかりました。じゃあこれで失礼します」

 

 許可も出たので部屋を出る。

 これからは自由時間、部屋に戻って日程と道具が揃っているかの確認をするとしよう。

 



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プロローグ③

「今日は皆さんにお知らせがあります」

 

 二〇一八年、新年度初日。

 五人の『勇者』と一人の『巫女』のために丸亀城の一部を改装して用意した学校で、教師が何か重大そうな口調で告げた。

 

「本日よりこの学校に転入生がやってきます。『天敵』と共に戦う仲間になるので、連携が取れるよう交友を深めて下さい」

 

 星屑や星屑が合体した進化体はまとめて『天敵』―――天から降ってきた敵、あるいは単純に人類の天敵であるため―――と呼ばれている。

 それらを倒せる勇者と他少数の能力者は、もう四国中から集めきっていると勇者たちは思っていた。大社が結界を張ってから一月としないうちに神からのお告げで集めきり、それ以降一人も見つかっていなかったからだ。

 そのため一人を除いて彼女らはすぐ理解できず、次いで驚愕が走った。

 

「えぇぇぇぇえええ!? まだいたのか!? タマげたぞ!」

 

 まず声を上げたのは土居球子。

 中学二年生としては小柄だが、とても活発で目立つ少女だ。

 

「タ、タマっち先輩声大きいよ~。」

 

 教師からの連絡より球子の声に驚いた少女は伊予島杏。

 諸事情あって球子と同い年だが一学年下の中学一年生だ。かなり大人しい性格だが、球子とは姉妹のように仲がいい。

 

「だが土居が騒いでしまった気持ちもよくわかる。四国で奴らと戦えるのは私たちとアマネさんしかいなかったからな。一人増えただけでも戦力の大幅増だ」

 

「そうですね。送り出す側としても味方は多ければ多い程安心できます」

 

 真面目な回答をしたのは勇者の乃木若葉と巫女の上里ひなた。

 若葉は武道で育まれたピシッとした姿勢と凛とした雰囲気で、ひなたは穏やかな声と表情、気品のある立ち振る舞いで球子と同じ学年とは思われないことも多い。

 

「新しい仲間かー。どんな人だろうねぐんちゃん!」

 

 屈託のない笑顔で隣の席の少女へと話しかけたのは少女は高嶋友奈。

 誰とでも仲良くなれる明るく元気な性格で、勇者たちのムードメーカーな中学二年生だ。

 

「……さぁ、どんな相手か想像もつかないわ」

 

 本当に困ったような顔で返事をした少女が、勇者の郡千景。ぐんちゃんは(こおり)(ぐん)を読み間違えて友奈が付けた、友奈だけが使うあだ名である。

 彼女だけは今日来る増援のことを知っていた。知っていたが、どう対応すべきかも全くわからないままだったのだ。

 

「(村の末路は聞いたけど、自業自得。神さまだっているってわかったのに、鬼を作るようなことしたんだから。お父さんだって私の親って立場を使えば止めれたんだから同罪。

  何よりもうそれは三年も前の事。村を離れた後のことだし、私の中ではもう整理はついてる。

  でも彼は? 景山さんの家は完全に被害者で、私が勇者に選ばれたせいであんなことになった。彼は私を恨んでいないの?)」

 

 千景は景山一家のことは覚えていた。

 あの家のおじさんとおばさんは自分の悪口を言ったり差別したりしていなかった記憶がある。それに千景が階段から突き落とされた時、救急車を呼んでくれたのが彼だったはずだ。いじめのターゲットが移らないように犯人捜しはされなかったが、頭を打ってぼやけた視界には映っていた。

 その彼らが鬼に仕立て上げられ、虐殺を行わされることになったのだ。きっかけとなった千景を恨んでいてもおかしくはない。

 その点に関しては全く問題ないと大社の人は言うが、千景は信用しきれずにいた。

 

「教室の外で待ってもらっているので、さっそく会ってもらいます。景山さん、入ってください」

 

「はい、失礼します。

 

 転入生の景山一哉、中学二年生です。よろしくお願いします」

 

 教室に入り、黒板に名前を書いて自己紹介を行う。おかしなことはしなかったはずだが、全員の目が見開かれていた。

 こういう時、真っ先に反応するのは球子だ。

 

「転入生って男だったのか!? タマはてっきり女だと思ったぞ!!」

 

「(……あー。アマネさんも女性だし、女だと思われてたか)」

 

 勇者システムを運用できる資質があるのは少女のみ。悪魔憑きの資質が高いのも女性が多く、四国で実戦レベルの実力を持っているのはアマネだけだ。なら追加の戦力も女性だと勘違いしてもおかしくない。

 

「御覧の通り男だ。

 あと勇者でも悪魔憑きでもなく、悪魔と合体した悪魔人間。経緯は特殊なので大社に申請して許可が下りてから聞いてほしい。

 ただ戦闘能力については大社が保証してくれてる。足を引っ張ることはないはずだ」

 

 右腕を三本に戻しながら説明する。

 球子を始め勇者たちは悪魔人間を知らなかったが、悪魔人間化と言うのは本来利用価値のない技術だ。取り憑かせるだけじゃなく肉体まで合体させるので高度な技術が必要になり、合体した悪魔の影響が大きすぎまず間違いなく暴走する。平均スペックで見れば悪魔憑きより高いが、個人差が大きすぎ誤差の範囲を出ない。産廃すぎて知らなくて当然の存在なのだ。

 合体した悪魔とほぼ同じ存在のため自然と合体でき、意識にも齟齬が生じなかった一哉が特別なのである。

 

「んん、少し驚いたが戦力として問題ないなら歓迎しよう。

 私は乃木若葉だ。よろしく頼む」

 

「よろしく、乃木さん」

 

 若葉が切り出したのをきっかけに、順番に彼女たちの自己紹介を受け挨拶をしていく。

 そして最後に千景の番になった。

 

「…………郡千景。よろしく」

 

「…………景山一哉です。よろしくお願いします」

 

 互いに負い目があり、他のメンバーとの挨拶に比べて気まずい。何かあったのが傍から見て推測できた。

 

「(下手に触れない方が良さそう、かな? ぐんちゃんも景山くんも相手に対して何か思ってる風じゃなさそうだし、自然と仲良くなれるのが一番だよね)」

 

「(アマネさんに二人の過去を聞いておきましょうか。何かあった時知らないままじゃフォローもできませんし)」

 

 こういう時、気を回すのは友奈とひなただ。この二人がいる以上、大きな問題になることはないだろう。

 二人が察したのを見て教師も胸を撫で下ろし、朝のホームルームの終わりを告げた。

 

「自己紹介も終わったようなので授業を始めます。

 景山君はそちらの席に座るように」

 



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第一の侵略者 ドゥベ①

 二〇一八年九月一日。

 今日から新学期が始まる。

 一哉たちは夏休み中でも訓練のために毎日登校していたので新学期という感覚は薄い。しかし夏休み中は自由時間が多めに取られていたし、授業もなかった。一哉としては大社で訓練を受けていた時よりかなり緩いので不満はないが、億劫に感じる者もいるだろう。

 そんなことを考えながら教室の扉を開けようとし、嫌な予感がしたので少し止まって耳を立ててみた。

 

「こんな悪魔のブツ今すぐ成敗だあぁっ!!」

「ちょ……! タマっちさん!? 揉まないでください!!」

「むしろもぐ!!」

「ひゃあぁあ!!」

「落ち着け土居!!」

 

「縦拳! 回し蹴り!」

「あ、あんまり足を上げるとパンツが……」

 

 察するにまた球子がひなたにセクハラして、友奈がテレビで見た格闘技か何かを千景に披露していたのだろう。

 このクラスのメンバーは全員下ネタには耐性がない。小説好きでそういう描写があっても読み進められる杏が少しマシなくらいか。

 勇者たちは全員ドが付く善人だ。こういう場面を見ないようにチャイム直前で登校していることは理解してくれるので、被害を受けることはない。だが間違いなく気まずくなるし、友奈の方は千景が危惧した通りになっていれば泣きが入っていただろう。直前で気付けて本当に良かった。

 

 扉をノックして来たのを伝えてから教室に入る。

 球子はひなたから離され、友奈はスカートを押さえて千景の後ろに隠れていた。

 

「おはよう」

 

「あ、ああ、おはよう。景山が来たということはもう時間か。皆席に着こう」

 

 皆が席に着き始め、同時にチャイムが鳴る。夏休み前と同じ生活の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の授業が始まる。

 まず行ったのは勇者や悪魔憑き、悪魔人間の重要性の再確認。自衛隊やデビルサマナーが星屑と戦った時の映像記録を視聴した。

 これまでも何度も見せられたが、やはり全く抵抗できていない。デビルサマナーや異能者は悪魔との戦いで常人を超えた身体能力を持っているから逃げるくらいは出来ていたが、本当にそれだけだ。

 

「見ての通り既存の戦力は天敵の前では無力です。世界を守ることが出来るのはあなたたちだけ。だからこそあなたたちの力が必要なのです」

 

 何度となく聞かされた言葉を繰り返し教師は伝える。この戦力に戦線から逃げられれば四国が終わる為、絶対に逃げようと思わないようにするために。

 一哉としては人を助けるのは善いことだし、自分が体を張れば四国を守れるなら頑張ろうと思える。なので指示に従うつもりでいるし、念を押されるまでもない。

 だがこういう風に身を削って戦うことを強要するのは好みではない。例えデビルサマナーや異能者の家系では当たり前に行われていたことだとしてもだ。人に身を削らせる前に自分の身を削るのが正しい形だろうと思う。

 

「(そうするしかないって言うのは分かるんだけどな。先生だってデビルサマナー、人に押し付けず自分で戦うって言う正しいことをしたいだろうし。本当に嫌な世の中だ)」

 

 教師が「なんでこの子たちだけに」と思ってくれているからこそ、勇者たちは「なんで自分たちだけが」と口にすることはない。これでうまく回ってしまう現状に一哉は愚痴の一つも言いたい気分だった。

 

 

 

 

 

 

 座学も終わり、次は戦闘訓練だ。

 ひなただけは巫女としての訓練を受けるため別の場所へ連れていかれ、時々アマネさんが訓練に加わる。今日は大社の仕事があるらしく来なかったが。

 訓練内容は多岐にわたり、運動による体力向上、格闘技等の基礎訓練、座禅を組んだりして精神修養も行う。そして極めつけがコレだ。

 

「はぁぁああああっ!」

 

『オオオォォォォッ!』

 

 デビルサマナーである教師たちが召喚した悪魔との実戦染みた多対多の戦闘訓練。神樹の結界で星屑が四国内に侵入してくることはないせいで不足している実戦経験を積むための訓練だ。

 数と大きさこそ星屑には劣るが、多様な能力に的の小ささによる回避性能を考慮すれば勇者にとっては星屑より厄介だ。これを苦も無く倒せるようになれば星屑がいくらいても作業にできるはず、という設定での訓練である。

 なお一哉は敵役の悪魔をアマネが召喚する時以外は見学。悪魔人間化した経緯か、それとも村一つ滅ぼした経験か、スペックがずば抜けているので敵を強く設定しないと人形相手に連携訓練しているのと変わらなくなるためだ。

 

 他のメンバーが牽制している間に前身した若葉がボス格の若葉の邪鬼オーガと切り結ぶ。体格ではオーガが見るからに優勢だが、勇者服を纏うことによって上がった若葉の身体能力はオーガのソレを上回っていた。技量もきちんとした武術の動きを取る若葉に対し、オーガは力任せに暴れるだけなので着実に追い詰めていく。

 途中、大振りな【怒りの一撃】が繰り出されるも危なげなく回避し、ついにオーガが手に持つ鉈を弾き飛ばす。オーガは倒れるまではいかずとも体勢を崩し、胴ががら空きになった。

 

「勇者、パンチ!」

 

「はっ!」

 

 バランスが崩れたオーガに対し、取り巻きの闘鬼コボルトを倒し終わった友奈と千景の攻撃が叩き込まれ、実体を保てず消え去っていく。

 大物を撃破した隙を突こうと空から凶鳥イツマデと数体の妖精ピクシーが襲い掛かるも、盾と矢が飛んできて撃ち落とされていく。

 

「デカい鳥は落としたぞ!」

 

「ピクシー一体残りました! 処理お願いします!」

 

「わかった! それは私が仕留める!」

 

 若葉が飛び上がり、ギリギリ撃墜されなかったピクシーにとどめを刺す。これで召喚された悪魔は全て倒し終わった。

 

「今回は少し強化したピクシーを混ぜたのですが、問題ありませんでしたね。

 少し早いですが午前の訓練はこれまでとしましょう。お疲れ様でした」




デビサバ世界と混ざってるので原作と違って教師は元戦闘員。

その影響で戦闘訓練で模擬戦闘も行うし、連携訓練も多い。結果、初戦で杏が変身できないとか、千景が動けないとか、若葉の独走で各個撃破されかけるとか色々イベントが消えてます。


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第一の侵略者 ドゥベ②

ラプラスメールや死に顔動画の代わりが巫女の神託。


 二学期が始まって数週間後。

 戦闘訓練の授業中にひなたを始めとした巫女たちに神託が下りたとの連絡があり、一哉たちはアマネとひなたの待つ大社所有の建物の一室までやってきていた。

 

「先ほど複数人の巫女に神託がありました。

 もうじき『セプテントリオン』と呼称される強力な進化体の一体目『ドゥベ』が発生。神樹の結界も越えて乗り込んで来るとのことです。

 あなたたちには私の指揮のもと、ドゥベ撃退のため共に戦ってもらうことになります。

 そのためこれよりドゥベ襲来まで団体行動、睡眠もずらして取り、いつでも戦える態勢を維持してもらいます」

 

 アマネから神託の内容と今後の対応について告げられる。

 しばらくの間これまで通りの生活は出来なくなるが、敵には昼も夜も関係ないのだ。全員寝起きで実力を発揮できないなどといった事態を起こすわけにはいかない。全員指示を了承した。

 

「やることはわかったけどもうちょっと細かい時間教えてくれたらいいのになー。そんな生活何週間も続いたらタマらんぞ?」

 

「神託はあいまいなイメージですが、そこまで長くはならないと思いますよ? 具体的にどれくらいかというとわかりませんけど、体調に問題は出ない程度だと思います。

 それに神樹様は神様ですから。時間の感覚が人とは違うでしょうし、かなり正確に伝えてくださっているかと」

 

 仕方ないのはわかるが実行する労力を考えるときつい、と現場の声を球子が漏らせば、ひなたが情報を補足し神樹へのフォローも行う。

 

「それにしてもセプテントリオン(・・・・・・・・)ですか。名前にも意味はあるんでしょうか?」

 

「確か……北斗七星のことだったかしら? 全部で七体出てくるってこと?」

 

 セプテントリオンと言う名前に、読書好きで知識が豊富な杏とゲームで使われていた言葉をよく覚えている千景が反応する。

 アマネも神妙な表情で二人の疑問に答えた。

 

「意味もなく名を付けることはないと思います。ドゥベも北斗七星の一つの名前ですし、七体現れるというのは間違っていないかと。

 そして倒しきれば何かが起こるでしょう。父……大社の前身である翔門会の教祖は何か知っているようでした。私には伝えてもらえませんでしたし、知る者はもう誰も残っていませんが」

 

 翔門会幹部たちは神樹を構築する際に生贄になって死んだらしい。噂では「彼らは神樹に混ざる形でまだ生きていて、神託で大社を操っている」「勇者が美少女だけなのは彼らがロリコンだったから」など好き放題言われている。

 

「そうですか。

 ……そういえばひなた、神託ではドゥベは特別な個体だが進化体と言っていたんだろう? なら先手を取って進化前に倒すか、それが無理でも削ることはできないのか?」

 

 若葉が神託の内容から対策を考えるが、それは否定された。

 

「それは無理です。神託だと空で発生して降ってくるイメージでしたから。結界から出ても攻撃は届かないと思います」

 

「……確かにそれは無理だな。空中は奴らの土俵だ」

 

「余計な策を用いれば不測の事態で痛手を負いかねません。敵が来てから迎え撃つのが一番でしょう。

 他に質問はありませんか?

 ……ないようなら睡眠時間の調整を行います。まず―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、深夜。

 スマホから耳障りな警報音が流れ始めた。

 

「ようやくお出ましか。本当に何もかも止まってるんですね」

 

「そのようですね」

 

 夜番でアマネと共に控えていたが、外の景色を眺めてみると人どころか虫や落下している葉までその場で静止しているのが見えた。

 スマホを取り出し見てみれば『樹海化警報』の文字が大きく表示されている。

 

 樹海化―――それは天敵たちが結界内に侵入した際に起こる現象だ。結界が張られてから一度も侵入されたことがないので発生は今回が初である。

 高位の悪魔は自分の根城にゲームのダンジョン染みた異界を形成することもあるという。樹海もその一種であり、敵と戦士を隔離して四国を守ってくれるのだとか。

 アラームが鳴り終わると急激に景色が変わっていく。海の向こうから伸びた蔦や根が大地を、街を、人々を覆い隠していく。

 

「お、おおー。すげぇ。少しくらいは不具合出るかと思ってたけど、完璧に覆いつくすのか。

 それに蔦が上まで伸びてて足場にもなりそうです。幹部の人たちここまで考えてたんですか?」

 

「どうでしょう。もしかすると噂されているように、今神樹の中から調整して樹海を作ったのかもしれません」

 

 四国を覆う結界は見た目は塀のようだが、実際はドーム状に四国を包んでいる。故に結界内には天井があり、天井まで届く足場が出来たことで戦闘員を無視して神樹に向かう星屑を掃討するのがとてもやりやすくなった。これも設計通りなら感嘆する他ない。

 

「それよりも、ここまで計画通りにいっています。敵が速攻を仕掛けてくる様子はありますか?」

 

「俺の目には見えません。音も無しです」

 

「なら早く合流しましょう。スマホで確認したところ、全員無事に樹海に入れているようですし」

 

 敵が結界を破った直後、星屑やドゥベがまっすぐに神樹に向かうようなら夜番の者が先行し足止めを行う手筈になっていた。だが敵が来ている様子はない。

 結界は破られても修復するが、直りきるまでに時間がかかる。おそらくその間に戦力を整えてから攻め込んでくるつもりなのだろう。ならこちらも万全の態勢を整えて迎え撃つまで。

 スマホの樹海時専用地図アプリと人を超えた鬼の目と耳で仲間を探しながら、鬼の巨躯にアマネを乗せて樹海を駆けていく。

 




侵略者がやってくるときにどう備えるかの説明回でした。
以降、侵略者が出ると神託を受ける度に同様の対策を取ります。

夜番は
・一哉、球子、杏
・一哉、アマネ
・一哉、若葉、友奈、千景
の3グループに分かれて交代で行ってます。一哉は朝から昼に寝てる。


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第一の侵略者 ドゥベ③

どこで区切ったらいいかわからんかった。


「アマネさーん! 一哉くーん! こっちこっちー!!」

 

 合流すべく樹海を駆けていると、向こうもこちらに気づいたのか友奈が声をかけてきた。星屑たちは音や視界ではなく気配―――生体マグネタイトと言う人間が生み出すエネルギーの反応―――で攻撃対象を認識するため、声を抑える必要はないので結構大きな声だ。

 彼女らは全員勇者装束に変身しており、寝起きの体を起こすために準備体操をやっていた。予定では夜番の者が壁に向かっていれば追いかけつつ後ろから様子を窺い折を見て参戦、自分たちの方に向かっていれば合流のためその場で待機と決まっていたためだ。

 

「アラームで起きたら外の時間が止まちゃってて、周りはでっかい蔦みたいなのがでてぐわーってなるし、びっくりしちゃいました! 合流できてよかったです!」

 

「ええ、本当に無事合流できてよかったです。私たちはありませんでしたが、樹海化した際に位置がズレたりしませんでしたか?」

 

「ぐーんって伸びて持ち上げられたけど、横にはズレませんでした! 蔦みたいなのもおっきいし、同じ部屋にいれば大丈夫だと思います!」

 

「それは良かった。なら今後もこの態勢でいけそうですね」

 

 アマネが一哉から降りながら待機組の状況を聞き、友奈が答える。

 そうしているうちに友奈の後ろをちょこちょこと追いかけていた千景が近寄り、剣を振って体を起こしていた若葉、二人で柔軟体操をしていた球子と杏も集まってきた。

 

「全員、揃いましたね。

 ……これから私たちは第一の侵略者に挑みます。我々の手でドゥベを倒し、四国を守る。これが叶えば道が開けるでしょう。ですがそのために犠牲が出せば、次の試練はさらに厳しいものになります。誰も死なず、最大の戦力を維持したまま歩み続けることが最も確実な道です。くれぐれも死なないように」

 

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 勇者5人と一哉を前に、アマネが告げる。

 皆の空気が引き締まり、一哉もまた盾役の前衛として全員無事に帰さなくてはと改めて決意を固めた。

 

「敵の増加も無く、ゆっくりと前進中。過去の記録通りなら星屑の移動速度はもっと速い。ドゥベが鈍足なのかもしれませんが、襲撃を警戒していると仮定して行動します。迂闊な攻撃は行わないでください。

 では行動を開始します」

 

 スマホのマップで確認した敵の数と動きからアマネが指示を出す。

 指示に従い、互いにフォローが出来る距離を維持しつつ慎重に敵に迫る。

 敵の群れを発見し、最初にボスを見つけたのは友奈だった。

 

「あ、進化体いたよ! お菓子みたいなやつ! 他は星屑ばっかりだし、アレがドゥベじゃないかな!?」

 

「お菓子みたいって……いやマジでそうだな。でもどっちかって言うとアイスじゃないか?」

 

 球子が友奈の指さす方を見ると、本当に進化体らしき個体がいた。

 カラフルなコーンの上に穴の開いた赤紫色の饅頭を乗せたような姿をしている。球子的にはアイスっぽい外見だが、あんな感じのお菓子もあったように思う。

 

「……棘も牙も触角も見当たらないわ。あの穴からは何か飛ばして来るくらいはしてきそうね。針にエネルギー弾、毒ガスもあり得るかしら」

 

「後は体当たりでしょうか? 上部と下部のどちらかが本体で、もう片方を自由に飛ばせるなら脅威だと思います」

 

 千景と杏はドゥベの外見から攻撃手段の推測を行う。

 悪魔もそうだが星屑や進化体は物理法則を鼻で笑うような動きを当然のこととして行える。だがその動きは実体化した肉体に沿ったものに限定されているのだ。

 棘があれば突き刺すか飛ばすかしてくるし、牙があれば噛みついてくるし、口や穴があればそこから何か出てくる。そしてなければそれらの行動はできないか、攻撃前に変形という隙が生じることになるだろう。それらの情報をある程度看破して戦えれば相手の隙を突き、危険を避けて立ち回ることが可能になるのだ。

 そしてゲーム好きの千景と読書好きの杏はこういう予測を立てるのが上手かった。すぐにその情報を味方と共有し、立ち回りに活かしていく。

 

「……ゆっくり前進しているだけで、罠を仕掛けている様子はありませんね。出来るだけ外周部で戦った方がいいですし、もう斬っても構いませんか?」

 

 若葉はと言うと今にも斬りかかりそうな表情で、努めて自制していた。

 星屑が降ってきた時から四国内にいた一哉と千景、大きな被害もなく四国まで撤退できた友奈に球子、杏とは違い、若葉は級友の多くを目の前で食い殺されている。天敵に対する怒り、憎しみは他の者達の比ではない。そしてその怒りが若葉の原動力だった。

 今すぐでも飛び出して奴らに報いを与えたい。何事にも報いを、という乃木家の家訓から外れない感情は今にも暴走しそうなほど強かった。

 それでも若葉は我慢する。自分だけで動くより、アマネの指示のもとで動いた方がより効率的に復讐を果たせるとこの三年で教えられたためだ。

 

「まだです。星屑が通常の人間狙いよりドゥベの警護を優先しています。他とは違い統率されているんです。迂闊に仕掛ければ囲まれて押し潰されるでしょう。

 まずは遠距離攻撃で取り巻きを削ります。伊予島さん」

 

「はい!」

 

 遠距離攻撃手段持ちの二人を中心に戦闘態勢に入る。敵が反撃に備えて一哉が一番前で攻撃を抑えられるように構え、球子と若葉は杏を、友奈と千景はアマネを狙撃から守れる位置を取った。

 伊予島が神の力の宿ったボウガン『金弓箭』を構え、アマネは自身に宿る悪魔の一体『イザ・ベル』の【灼熱の花】を具現化させた。

 合図と共にマシンガンのごとき連射力で矢が放たれ、【灼熱の花】から伸びた茨が星屑を打ち据え蹴散らしていく。百体ほどいた星屑を3割程度間引いたところで、ドゥベがついに動き出した。

 

「〇Φ、%Ω、ε±▽」

 

 上部に空いた穴から【連星の炎】が放たれる。【貪狼星の証】を有するドゥベの射程距離はアマネや杏よりも長く、二人がドゥベを射程に収めるより先に砲撃が飛んできた。

 

「フンッ!」

 

 それを一哉が身を盾にして防ぐ。腕が焼けるも、予定通りアマネの【ディアラマ】が飛んできて完治する。ただの人間であれば痛みで苦しむし、流れた血の分だけ消耗するが、悪魔人間である一哉は魔法で回復すればそれで十分。デビルサマナーが使役する悪魔に完全にお株を奪われていたが、簡単に治せるから傷つきやすいタンクをこなせるのが悪魔人間の長所なのだ。

 

「ダメージはどうですか?」

 

「完全に治ってます。もう何発かくらってからでも十分です」

 

「なら取り巻きの駆除を優先します。幸い敵の進行が遅く未だ壁近く、樹海を荒らされようと現実は海が荒れる程度で収まります。攻撃手段を確認しつつ慎重に行動してください」

 

 まず一哉が被弾して相手の強さを測るのは訓練でもよくやる安定手。勇者たちに動揺もなく、アマネの指示のもとスムーズに星屑を駆除していく。

 ドゥベは【連星の炎】を収束させたり、逆に拡散させて反撃を続けるも壁役の一哉と回復役のアマネを突破できず護衛を剥がされていく。そして星屑が壁として機能しなくなる手前まで減少した時、今までとは違った行動を見せた。

 

「γ◇ζ、Θηψ」

 

 周囲に熱波を放つ度に上部が膨張していく。

 あからさまな大技を打つ前兆に、勇者たちは一哉の後ろに隠れ、元々一哉の後ろにいたアマネは茨を編み周囲を覆う防壁を築いていった。

 そして見た目通り膨張に限界が来ると大爆発。【連星の炎】をはるかに上回る熱波と共に弾けた上部が飛び散り周囲を打ち据える。炎に耐性のある茨もそれには耐えきれず突き破られ、一哉はボロボロになった。

 

「~~~~ッ! 生きて、ますっ!」

 

「ならこちらですね。【ディアラハン】

 その様子だと防壁がなければ厳しかったでしょうし、私や勇者には耐えられそうにないですね」

 

 蘇生が必要ならともかく、その程度なら具現化させる悪魔を切り替える必要もない。【ディアラマ】と同様にアマネ自身の技術であるダメージ完全回復の魔法を一哉にかけた。

 火力は脅威的だが、溜めが長く一哉とアマネがいれば防ぎきれる攻撃だった。これで終わりならもう勝負はついたも同然だろう。

 

「今のはタマげたな! 切り札勝手に使うか悩んだぞ!

 でももう星屑残ってないし、コレは勝ったな!!」

 

「タマっち先輩! そんなこと言ってると」

 

 敵の爆発の余波で取り巻きが全滅しているのを見て球子がはしゃぐも、それを何かを察したような表情の杏が窘める。千景も杏と似たような顔をして周囲を警戒した。

 すると弾けた上部の欠片がばらけて星屑になっていく。今までは観測されたことはなかったが、セプテントリオンを含む進化体は星屑の集合体だ。ならばらけて無数の星屑に戻るというのはあり得ない話ではなかったのだろう。

 

「ほらやっぱりー!」

 

「タマのせいじゃないだろこれ!?」

 

「言ってる暇ないわよ! 私たちの後ろにも破片は飛んで行った! そのまま神樹に向かうかもしれないわ!」

 

「! そうですね、では千景さん、伊予島さん、土居さんの三人で後方の星屑の対処をお願いします! 敵が神樹に到達するのだけは許してはいけません!」

 

 千景の言葉を受けてアマネが指示を出す。三人はスマホで敵の出現位置を確認しつつ即座に後方へと下がっていった。樹海内は高低差が激しく探して倒すのは面倒なので、星屑を追い越してさらに後方で待ち構えて戦うことになるだろう。

 

「乃木さん、高嶋さん、二人にも動いてもらいます。

 減らした星屑は始めと同数程度まで補充され、上部も弾けさせれば次が出せる様子。持久戦ではいつまでかかるかわかりません。反撃を開始します」

 

「ようやくですね!!」

 

「わっかりました!」

 

「まずは景山さん、あなたが突っ込んで敵を引き付けてください。突破が可能なようならそのまま押し込んで構いません。状況に合わせて援護します。

 二人は星屑は無視、攻撃直後の隙をついてドゥベを攻撃してください。そこからの連携については訓練通りに」

 

「「「はい!」」」

 

 三人で大きく返事をして、一哉はドゥベと取り巻きの方へ突っ込んでいく。

 星屑は3年前の勇者服無し若葉が斬りつけても倒せる程度には脆い。だがデカくて邪魔だし、噛みつきは一哉にもダメージが入るくらい強力だ。それが群がってくれば無視して突き進むわけにはいかず、足を止めて迎撃していくことになる。

 そこをドゥベは収束させた【連星の炎】で狙い撃つ。腕が2、3本千切れて飛んでいき、アマネの回復魔法で生やして戦闘を続行する。星屑は回復した一哉を進ませまいと、ドゥベの周囲に満遍なく散開していた状態から一哉の前方に集中するようになっていった。

 

「私たちは無視か。いつまでも見下していられると思うな!!」

 

 星屑の防衛が薄くなった隙を突き、若葉の生太刀がドゥベに迫る。

 ドゥベは防ぐことも回避もせずに攻撃を受け、生太刀はドゥベに接触した瞬間物理法則を無視して停止した。

 

「っち、無効化されたか! だが反射はない! 友奈!!」

 

「わかった! 百回連続、勇者ぁ、弱パーンチ!」

 

 若葉と入れ替わりに友奈がドゥベを殴りつける。

 回転数だけを重視した軽い拳では普通に硬い相手にはダメージは期待できない。だが【護りの盾】のような術や機能で無効化している場合、威力に関係なく無効化した回数だけ事前にかけた術かエネルギーかを消費していくことになる。そういう相手には有効な戦法だ。

 だがドゥベには何の変化もない。煩わし気に体を震わせ、友奈と若葉を振り払うだけだった。

 

「これ無効か吸収耐性持ってるよね? 切り札なしじゃどうしようもないよ」

 

「そのようだな。仕方ない、景山! 交代だ!」

 

 若葉と友奈が反転し、一哉に群がっていた星屑を切り崩す。

 その動きを察し、アマネの茨が動きを変える。一哉の回復と補佐を長時間こなせる動きから、広範囲への火炎魔法【マハラギ】をばらまき星屑を殲滅する動きに切り替えた。

 一哉は三人が作った隙をついて一気にドゥベとの距離を詰める。ドゥベは先ほどと同様に【連星の炎】を放って足止めしようとするも、耐久力任せに突っ切り速度を落とすことはない。

 

「性能はいいがAI雑だな。チュートリアルならこんなもんなのか?」

 

 ドゥベに耐性を無視する【貫通の一撃】が叩き込まれる。

 ドゥベの強さは【貪狼星の証】による硬い外殻が齎す耐性にあり、許容以上のダメージを受け外殻が壊れていけば耐性が低下する。痛打を一撃入れられた時点で詰みだ。

 再度自爆する前に一哉の多腕による追撃がドゥベを撃破する。自発的に爆発させたわけではなかったせいか、砕けた破片から星屑が現れることはなかった。

 そのまま星屑の掃討戦を行い、安全第一で少々時間をかけて戦闘は終了した。

 




 ドゥベの耐性は結界突破で弱体化してます。
 具体的には物理吸収、炎無効、氷耐性。結界の外で戦うと原作通りの物理反射、他無効のまま戦うことになってました。ムービーシーントラックはありません。

 それでもゲーム上の狭いマップからゆゆゆ規格に合わせて強化されてますが、戦士たちの連携で被害もなく完勝できました。
 実戦始まってから本格的な交流持たせていくとか馬鹿じゃね? という大社の戦闘員さんたちの意見を反映した結果です。四国に籠ってから3年もあったんだから、問題なく連携取れるように交流持たせようと大社職員は援護やフォローを頑張ってくれました。


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