けものフレンズR くびわちほー (禁煙ライター)
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けものフレンズR くびわちほー 第01話「きおくそうしつ」Aパート

 目を覚ますと、知らない場所にいた。

 

 そんなどこかで聞いたお話の、はじまりみたいな状況に、わたしはいた。

 目覚めたのはよくわからない部屋の中。照明がいっさい点いてなかったけど、ところどころ天井がくずれているから、外の明かりが差し込んでいる。

 おかげで部屋の大まかな様子は分かったのだけど、どれだけ見ても、やっぱり全く見覚えがなかった。

 たぶん、こういう状況に置かれた場合、多くのヒトはまずは不安になってちぢこまり、その後で周囲の様子を見てみようと動き出すものだと思う。

 それが目に見えるものでも。こういった自分の置かれた状況でも。

 なんであれ、よく分からないものはみんな怖がるものだ。

 

 けど、何にしても例外というものはある。

 

「フンフンフフンフフー、フフフフーン♪」

 ハナウタ交じりに手を動かしているわたしは、間違いなくその例外に当てはまると思う。

 われながらノーテンキなことだけど、起きて早々、近くにあったスケッチブックとクレヨンを手に取って、ついさっきまで寝ていたタマゴ形のベッドのようなものをモデルにスケッチをはじめていた。

「デレデレデレデレデレデレデレデレ、ジャン♪ うんっ! かんせいっ!」

 白紙だったスケッチブックの1ページ目が埋まり、思わずにっこりと笑ってしまう。

 どうもわたしというヒトは、絵をかくのが好きみたいだ。

 ・・・って、周りを調べるのをそっちのけでお絵かきをはじめちゃう時点で、あえて確認することもないかもだけどね。

 

 腰かけていたガレキから立ち上がり、辺りを見渡した。

「うーん、それにしても・・・、なんなのかな? これ。」

 薄暗い部屋には、わたしが寝てたのと同じようなタマゴ形のベッドのようなものがいくつかあって、なんだかうすぼんやり光っていたりする。

「タマゴ・・・、ベッド・・・、うーん・・・、」

 あれこれ考えてみるけど、わたしのあんまりよくない頭では、答えなんて見つかるわけがなかった。

「うん、わかんないかな!」

 よくわかんないものは置いといて、とりあえず、外に出てみることにしよう。

 

「わぁ・・・、」

 

 ドアノブを回し、押し開けて見えた外の景色に思わず声が出る。

 空まで続いているような広い草原にはたくさんの木があって、葉っぱの一枚一枚が太陽の光をはね返して、きらきらと輝いている。

 地面に生えている草はところどころ花も咲かせていて、すん、と吸うと甘酸っぱいような匂いがする。

「すっごいきれい・・・。」

 スケッチブックをひろげてお絵かきを始めたくなるけど、がまんがまん。

 そんなんじゃいつまで経っても、ここがどこなのかもわかんないままだし。

 

 まっすぐに伸びる石畳の道に沿って、ゆっくり歩いていくと、ちょっと外れたところの木陰に何かが見えた。近づいてみると、だいぶ古ぼけたほろ馬車だとわかる。

 小さなものだけど、造りは頑丈そう。

「・・・、ようこそ、ジャパリパークへ?」

 ほろに書いてある文字を読み上げる。

 ジャパリパーク・・・、ジャパリパーク・・・。

 うーん、何か思い出せそうな気もするんだけど・・・。

 んー・・・、と。

 

 ともかく、ここはジャパリパークというとこ、らしい。

 パーク、ってくらいだから、さっきまでわたしが居た建物の名前じゃあないと思う。きっとたぶん、目の前にひろがる景色がぜんぶジャパリパーク、なのかな。

 パーク・・・っていうと公園だけど、馬車みたいな移動手段があるわけだし、ここの場合、自然公園みたいな感じ?

 まあ、引いてくれる動物がいない今は、それも移動手段にはならないんだけど。

 

 でも、ようこそって言ってるくらいだし、どこかに係りのヒトとかも、いるよね?

「すぅーーっ・・・、」

 おもいっきり息を吸い込む。

 空気おいしいなぁとか思いながら、いっぱいになったところで一気に吐き出した。

 

「だれかー! だれかいませんかー!」

 

 思った以上に大きな声が出て自分でもびっくりしたくらいなんだけど、返事はない。

「だれかー! いたら返事してくださーい!」

 めげずに何度も呼びかけてみる。

 けど、わたしの声以外周りはびっくりするほど静かだ。

「だれかってばー!」

 ・・・、さすがにちょっと恥ずかしくなってきたかなぁ・・・。

 

 ――がさがさっ!

「だれかー! ・・・って、・・・うわぁ!」

 物音が聞こえてふり向くと、視界の端の茂みから何かが勢いよく飛び出してきた。

 あわてて回れ右してかけ出す。

「わふっ! わふわふっ! わふっ!」

「うわぁーーーーっ!」

「わふわふっ! わふわふわっふ!」

「なにー!? なんなのー!? なんでぇーっ!?」

 飛び出してきた何かは荒い息を吐きながら、逃げるわたしを追いかけてくる。

やばい・・・、どんどん近づいてくる・・・。

 これ、すぐ追いつかれる・・・!

 

「わふぅーーんっ!」

「うわぁっ!」

 

 走る勢いのまま飛びついてきた何かに、わたしは何もできずに押し倒された。

 背の高い草がクッションになって、倒れた痛みはあんまりないけど、肩を押さえられて身動きが取れない。

 視界にはハァハァと息を吐く大きな口。

 おひさまの影になっていてもわかるくらいに大きなするどいキバ。

 そこから垂れてくるよだれが、わたしのほおに、ぴたん、と落ちた。

 

 あぁ・・・、これはもう、ダメかな・・・。

 こんなんだったらさっきのお絵かき、がまんするんじゃなかった・・・。

 あたし、このままきっと・・・、

 ・・・いや、あきらめちゃダメだ!

 考えろ。考えろ、あたし。

 身動きができなくても、まだ口は動く!

 おはなしが通じるかわからないけど、せめて一言だけでも・・・!

 

 わたしはさっきよりもっといっぱいに空気を吸い込んで、思いっきり吐き出した。

 

「お・・・、おねがい! たべないでぇーーっ!!!」

「た、たべませんよぉっ!!!」

 

 ・・・あれ?

 

 ― ― ―

 

 さっきまでわたしに覆いかぶさっていた何かは、わたしの目の前で正座をしていた。そしてわたしもなぜか、その前に正座をしてしまっている。

 なぜか、と言ったけど理由は簡単だ。

 申し訳なさそうな顔をしながら地面を見つめるその何か――、

「すみません・・・。わたし、あなたにごめいわくを・・・。」

「いやー、あはは・・・、」

 もとい、しっぽと大きな耳のついた女の子は、さっきまでの姿はどこへやら、すっかりしょんぼりしてしまっていたのだから。

 

「ぜんぜん大丈夫。気にしないで。いきなり逃げちゃったあたしも悪いんだし。」

 女の子の姿を見る。

 髪も服も、きらきらと銀色みたいなうすい灰色で、頭の上には大きな耳、おしりにはふわふわのしっぽがついている。

 今はうつむいてるからよく見えないけど、目が大きくてまつ毛が長くて、とてもかわいらしい顔をしている。

 オッドアイ、っていうんだっけ?

 右と左で瞳の色が違って、すっごいきれい。

 でも、その大きな目も、しょんぼりしてる今は細められている。

 

「いえ、わたしがこうふんしてとびだしてしまったのがわるいので・・・。」

「いやいや、そんなことないよ。あたしが悪いんだって。」

「いえいえ、わたしがわるいんです・・・。」

「いやいや、あたしが―――、」

「いえいえ、わたしが―――、」

 

「・・・ぷっ、あははっ、」

 おんなじようなやり取りをくりかえしていると、なんだか可笑しくなってきてしまった。

「・・・?」

 いきなり笑い出したせいか、女の子は不安そうな顔でこっちを見る。

 わたしは、ぽん、と手のひらを合わせて、不安そうなその子に笑いかけた。

「それじゃあ、どっちも悪くないってことで! ね!」

「は、はい・・・。」

 女の子はまだちょっと不安そうだったけど、少し落ち着いたみたい。

「それで、ええと、あたし、あなたのこと、何て呼べばいいのかな?」

 そうそう、この子の名前、まだ聞いてなかった。

「わたし、イエイヌっていいます!」

「イエイヌちゃん? かわいい名前だね!」

「そ、そうですかぁ?」

 素直に感想を言うと、イエイヌちゃんはうれしそうに笑った。

 どういうわけだかおしりのしっぽもぱたぱた動いてる・・・。

 

 作り物・・・、だよね?

 どうやって動いてるの・・・?

 

 そんなことを考えていると、イエイヌちゃんがこっちに身を乗り出してきた。

「わ、わたしも! あなたのおなまえをしりたいです!」

「あたし? あたしの名前は・・・、」

 おっと、たしかにまだ名乗ってなかったか。

 いけないいけない、あんまり褒められたことじゃなかったよね。ヒトに名前をたずねるならまず自分から、とはよく言うし。

 すぐに答えなきゃ。

 

 あたしの名前は・・・、

 なまえ、は・・・、

 

「・・・あれ? あたしの名前、なんだっけ?」

 いや、いやいやいや。ちょっと待って。

 たずねられてみて気づいたけど、わたし、自分の名前、ぜんぜん思い出せない。

「えっと、ちょっとまってね? はじめから思い出してみるから。あたしは・・・、ええと、タマゴみたいなやつに寝てて、そこが知らない場所で、お絵かきしてたらたのしくて・・・、それで・・・、あれ? あれ?」

 これまでのことを思い出しながら話してみる。といっても、思い出せたのはあの部屋で目を覚ましてからのことだけだ。

「えっと、それで、そとにでて、だれかいないかなって、呼びかけてみたらイエイヌちゃんがでてきて、えっと、その、」

 わたしはただただあわあわしてしまって、まったくうまく説明できなかった。けれど、イエイヌちゃんはマジメな顔でうんうんと頷きながら、ずっと聞いてくれていた。

「わかりました。あなたがめをさましたらしらないばしょにいて、いままでのことがぜんぶおもいだせなかった、ということなのですね?」

「すっごい! あんな説明でよくわかったね!?」

「えへへ・・・、」

 また素直に感想を言うと、イエイヌちゃんは照れたように笑った。

 そしてまた、しっぽがぱたぱたと動く。

 うーん・・・? どういう仕組み?

 

「めをさましたばしょに、なにかてがかりになるものはありませんでしたか?」

「えっと・・・、近くにこんなのが・・・、」

 手に持っていたスケッチブックを差し出してみる。

 イエイヌちゃんはそれを手に取って興味深げに観察しはじめた。

「ふむふむ・・・、なんですかね? これ。」

「えっと、それはスケッチブックっていって。絵をかくためのものなんだけど、」

「すけっちぶっく! そうなんですね! はじめてみました!」

 イエイヌちゃんはびっくりした様子で声を上げる。

「でも、このすけっちぶっく、いろがいっぱいあって、えをかくのがむずかしそうです。」

「あ、それは表紙で。ひらくと白い紙が出てくるの。」

 わたしはイエイヌちゃんが持ったままのスケッチブックに手を伸ばし、ぱらぱらとページをめくってみせる。

「わふ! すごいです!」

 イエイヌちゃんはまたびっくりした様子で声を上げる。

 そしてまた、ぱたぱたと動くしっぽ。

 

 うーん、なんというか。

 わたしのことより、イエイヌちゃんのしっぽの方が気になるよ・・・。

 

「こちらにもいろがいっぱいありますけど、これもひょうし、なのですか?」

「そっちは裏表紙かな?」

「うらびょうし。ふむふむ・・・、この、もようは?」

 と、イエイヌちゃんが指さしたのは裏表紙のはしっこの部分。

 ところどころ消えかかっているけど、ひらがなで名前が書かれていた。

 

「と・・・、もえ・・・?」

 

 と、もえ・・・、

 ともえ・・・。

 ・・・そうだ。思い出した。

「・・・これ、あたしの名前だ。」

 あたしは、ともえ。

 たしかにそう呼ばれていた。

 

「ともえ・・・、さん・・・?」

「そうだよ! ありがとう、イエイヌちゃん! おかげで名前、思い出せたよ!」

「ともえ・・・、さん・・・。」

「・・・? イエイヌちゃん?」

 イエイヌちゃんはぼーっとした顔でわたしの名前をくりかえし呼んでいる。

 も、もしかして、あたしの名前、何か変だったりする・・・?

 スケッチブックを見返してみると、『と』と『もえ』のあいだになんだか長いスキマがあるように感じるし。

 やっぱりこれ、あたしの名前じゃないのかな・・・?

 でも、あたしが、ともえ、って呼ばれてたのは、たぶん本当のことで・・・。

 

 ・・・なんて、だいぶ不安になっちゃったんだけど、

「なんだか、とってもすてきなきもちになるおなまえですぅ・・・。」

「あ、あはは・・・、なんだか照れるね。」

 すっごい幸せそうな顔をして、そんなことを言うイエイヌちゃんを見て、すぐに考えすぎだと思いなおした。

 

 くー、きゅるる。

 と、少し安心したせいだろうか、わたしのお腹がごはんを求める。

 やだもう、恥ずかしいなぁ。

「と、ところでイエイヌちゃん、どこかごはんが食べられるとこ、ないかな?」

 恥ずかしさに顔を赤くしながら、イエイヌちゃんに聞いてみる。

「あ、はい! それでしたら、ちかくにボスがいるとおもうので、ジャパリまんをもらいにいきましょう!」

「ボス?」

「はい! いつもみんなに、たべものをくばったりしてくれるんです! あちらのほうこうにいるはずですよ!」

 イエイヌちゃんの示した方向を見てみるけれど、それらしいものは何も見当たらない。それどころか、わたしの目に見える範囲にはわたしとイエイヌちゃん以外、誰もいなかった。

「誰もいなそうだけど・・・?」

「わたしはイエイヌのフレンズですから! たべもののにおいをさがすのはばっちりです!」

「フレンズ? 友だちってこと?」

「ともだち!? ともえさん! わたしとおともだちになってくれるんですか!?」

「え、いや、あの、もちろんわたしも、イエイヌちゃんとおともだちになりたいけど、そうじゃなくて・・・、」

「わたし、うれしいです! さあさあ! ごあんないします! いっしょにいきましょう!」

「えっと、その、・・・うん、そうだね。いこっか、イエイヌちゃん」

「はい!」

 自分の名前を思い出せても、まだまだわからないことはいっぱいある。

 でも、あんまりあせらず、ちょっとずつわかっていけばいいかな。

 

 ― ― ―

 

 となりあって歩きながら、わたしはイエイヌちゃんから色々なことを教えてもらっていた。

 イエイヌちゃんの説明はすっごいわかりやすくて、わたしのあんまりよくない頭でも、すぐに理解することができた。

「へー、ジャパリパークってそんな感じなんだね。」

「はい! いろんなフレンズさんが、いろんなとこにくらしてるんですよ!」

 さっきもイエイヌちゃんが言っていた『フレンズ』というのはヒトの形をした動物のことみたい。

 元々はわたしの知ってる動物の姿だったんだけど、さんどすたー?とかいうもののチカラで、ヒトの形になったのが、『フレンズ』ということみたいだ。

 なるほど。

 だからさっきもしっぽがぱたぱた動いてたりしたんだね。

 

 うーん・・・、それにしても、なんだろ。

 元が動物だっていうことを聞いてから、イエイヌちゃんのことを見るとなんだかこう、ムズムズしてくる感じが・・・。

 ふさふさぱたぱたしてるしっぽとか・・・、

 たまにぴこぴこ動いてるお耳とか・・・、

 すっごいもふもふなでなでしたい・・・っ!

 

「と、ところでイエイヌちゃんはなんのフレンズなの?」

 ひとりでムズムズしちゃってるのがなんだか恥ずかしくて、ごまかすように聞いてみる。

「わたしはイエイヌのフレンズでして、とおくのおとをきいたり、においをかいだりするのがとくいなんですけど・・・、」

「・・・けど?」

 わたしがオウム返しに聞き返すと、イエイヌちゃんは急に顔を暗くしてしまった。

「ほんとうはもっと、とくいなことがあるはずなんです。それなのに、わたし、これまでできたことがなくて・・・。」

「そうなの?」

 できたことがないのに、とくいなことだってわかるんだ。

 それって、イエイヌちゃんが、フレンズさん、だからなのかな?

 でも、それって・・・、

「はい。だからわたし、だめなフレンズなんじゃないかと・・・。」

 イエイヌちゃんは結論付けるように言葉を続ける。そして、しょんぼりした顔でだまっちゃった。

 

「え? なんで?」

 思わず、素朴な疑問を口にする。イエイヌちゃんはそんなわたしの反応にちょっと戸惑ってるみたいだ。

「なんでって、できるはずのことができないなんて、はずかしいじゃないですか・・・」

「うーん、あたしはそんなことないと思うけど・・・、」

 わたしはイエイヌちゃんの手を取って、ぶんぶんと振りながらお話を続けた。

「だって、今まで出来なかったことなのに、これから得意なことにできるんでしょ? それって、はじめから得意なことより凄いじゃない!」

 イエイヌちゃんはびっくりしたような顔でこっちを見て、

「はじめからとくいなことよりすごい・・・、そんなこと、かんがえたこともなかったです!」

 いっぱいの笑顔でわたしの手を両手でにぎり返してきた。

 しゅん、と降りていたしっぽもまたぱたぱたと動き出してる。

 

 ああ・・・、またムズムズが・・・っ!

 

「あの! ともえさんはなんのフレンズなのでしょうか!?」

「へ? あたし? あたしはフレンズというか・・・、」

 ムズムズをがまんしながら自分のことを考えてみる。

 今も自分のことは名前以外まったく覚えてないけど、動物だったりとか、パークという単語だったりとか、そういう一般的な知識はなんとなく思い出せる。

 なんとなく、だから、正しいかどうかはわからないけど、イエイヌちゃんみたいに頭にお耳も、おしりにしっぽもないわたしは、たぶんフレンズじゃあない。

 わたしの知っている動物で、わたしのようなものは、たぶんヒト以外にないだろう。

「たぶん、ただのヒトかな?」

 

 答えた瞬間、イエイヌちゃんの気配が変わったのがなんとなくわかった。

 ・・・いや、はっきりとわかった。

「ヒト・・・、ヒト・・・、ヒト、ヒト、ヒトヒトヒトヒトひひひひひ・・・っ!!」

「い、イエイヌちゃん・・・?」

 様子のおかしいイエイヌちゃんに、ついさっき正体不明のイエイヌちゃんに追いかけられていたときのドキドキがよみがえる。

 これは・・・、ひょっとして、

 つまりその・・・、なんというか。

 ・・・じらい、ふんじゃっ――、

 

「ようやくあえまじだぁーーーーっ!! あいだがっだでずぅーーーーーっ!!!」

 

「ちょっ! イエイヌちゃん! 落ち着いて! くすぐったいから! ねぇ!」

 わたしが空気を読んで逃げ出す間もなく、イエイヌちゃんは飛びついてほおずりしてくる。

 なんとか両手を体の間に挟んで距離を取ろうとするんだけど、イエイヌちゃんは見た目以上にパワフルで、だき着くように回された腕はびくともしない。

 いや、あの、ぜんぜん嫌じゃないんだよ?

 むしろさっきから感じてたムズムズが今はすっきりしてるし。

 それに、くっついてるとこがふわふわもこもこで、とっても気持ちいいんだけど・・・、

 

「わふっ! わふっ! べろべろべろべろっっっ!」

「あー! あははははは! ちょっと! なめるのだめだって! ねぇってば!」

 

 おねがいだから、おかおをなめまくるのはかんべんしてください。

 

「そうじゃないがなっておもっだんですぅ! ぞうじゃないがなっておもっだんでずぅ! みみもじっぽもはねもふーどもないじ! ひょっとじてヒトがなっておもっでぇ! だからぁ!」

「だからさっきも興奮しちゃったんだよね!? わかった! わかったから! いったん落ちつこう!? ねぇ!? あー! あー! あはははははは!!!」

 

 イエイヌちゃんの興奮が収まるまで、この後めちゃくちゃぺろぺろされた。

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~イエイヌ~

 

 イエイヌちゃんはネコ目イヌ科イヌ属の哺乳類、イエイヌのフレンズだよ!

 イヌなのにネコ目とかややこしいけど、前は食肉目って名前だったんだ!

 お肉を食べる動物をまとめたものなんだけど、わかりやすいようにネコ目って名前に変わったんだって! 逆にわかりにくいよね!

 

 イヌは元々オオカミと同じ動物だったんだけど、ヒトと一緒に暮らすようになって、すっごい時間をかけてだんだん今の姿になっていったんだって!

 イエイヌちゃんはたぶん、動物だったころはハスキー犬だったんだと思うけど、ハスキーってオオカミさんとよく似てるよね! かっこかわいいの!

 

 イヌには鼻が良かったり、耳が良かったり、頭が良かったりっていう特徴があるよ! でも、あたしは何より『ヒトと仲良し』っていうのが一番の特徴だと思うかな!

 ネコだったりウマだったりウシだったり、ヒトと一緒に暮らしてる動物はいっぱいいるけど、その中でも一番最初に一緒に暮らし始めたのがイヌなんだ!

 一万年以上前ってすっごい昔で、それからずっと仲良しが続いてるんだって!

 びっくりだよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 



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けものフレンズR くびわちほー 第01話「きおくそうしつ」B・Cパート

フレンズ紹介~ロバ~

 

 ロバちゃんはウマ目ウマ科ウマ属の哺乳類、ロバのフレンズだよ!

 分類がほとんどウマになってるくらいだし、ウマによく似てる動物なんだよ!

 ロバには『うさぎうま』って名前もあって、ウサギみたいに長い耳が特徴だね!

 

 ロバはウマに似てる動物の中で一番小さいんだけど、とっても力持ちなんだよ!

 お水が少ないところでもへっちゃらだし、でこぼこしてるところも平気なんだって!

 それに食べ物が少なくても元気だから、色んなところで荷物を運んでヒトを助けてくれる動物なんだよ!

 

 昔話とかだとよく『ロバは頭がよくない』なんて書かれ方をするんだけど、本当はとっても頭がいい動物なんだって!

 頭がいいせいで気にいらないヒトのいうことを聞かなかったりするから、『いうことを聞かない=頭がよくない』って思われてたんだって!

 ひどいよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

 あれから少しして、わたしはだいぶ困り果てていた。

 それはもちろん、顔中よだれまみれになったことについてじゃあない。

 たぶん色々忘れちゃう前から、わたしは動物が好きだったんだと思う。よだれまみれでもぜんぜん嫌じゃないし。

 まあ・・・、その相手の姿が自分と似た年恰好の女の子っていうことについては、さすがに恥ずかしい気持ちがないわけじゃないけど。

 でも、今はそれ以上に困ったことが目の前にある。

 

「たいへんなことをしでかしました・・・、このおわび、どうすればぁ・・・、」

 

 涙声でそんなことを言うイエイヌちゃん。その体勢は両手両ひざを地面に降ろして、おでこも地面にぴったりつけて、ようするに、土下座スタイル。

 さっきまでふりふりぴこぴこしていたしっぽもお耳もまた、しゅん、と垂れ下がっていた。

「そんな・・・、おわびなんて大丈夫だから、ねえ、イエイヌちゃん、おかお、あげよ?」

「そういうわけにはいきません。あんなたいへんなことをしでかしたわたしが、そんなかんたんにあたまをあげるわけにはまいりません。」

「ほんとに気にしないでいいからぁ・・・、ねぇってば。」

 さっきから何度も同じことを言っているのだけど、イエイヌちゃんはすっごい頑固でぜんぜん聞いてくれない。

「ばつを! どうかわたしにばつを!」

「罰って言われても・・・、困ったなぁ。」

 どうしよう・・・、ほんとに困った・・・。

 

「ねえ、ちょっとそこのきみたち、」

 と、後ろから声をかけられて振り返る。

 頭の上に大きな耳をつけた女の子がのぞき込むようにこっちを見ていた。

「あ、ごめんなさい! ひょっとして騒がしかった?」

「ううん、そんなことはないよ。」

 この子もフレンズ・・・、なのかな?

 大きな耳と頭の後ろでまとめた長い髪はイエイヌちゃんより濃いめの灰色をしてて、ふわふわさらさらと風になびく感じがすっごいかわいい。

 うーん、あのふわさら、すっごいなでなでしたい・・・。

 イエイヌちゃんのしっぽに感じたようなムズムズがまた湧き上がってくるけど、大きな声を出してごまかすことにする。

「えっと、はじめまして! あたしはともえだよ! この子はイエイヌちゃん! ・・・ほら、イエイヌちゃんも! ちゃんと立ってあいさつしないと!」

 イエイヌちゃんの手を取って、えいっ、と立ち上がらせる。

「わふ! い、イエイヌです! おみぐるしいところをおみせしました!」

 よかったぁ・・・。

 なんとか元に戻ってくれたみたい。

 

「あたしは、ロバっていうの。よろしくね?」

 ぺこり、とロバちゃんが頭を下げると、長い髪がふわりと揺れる。少し遅れて、背中にしょった大きなリュックもぐらりと揺れた。

「それにしてもすっごい荷物だね・・・。」

「わふ、とってもちからもちですぅ。」

 ロバちゃんは自分の体より倍以上大きいリュックを背負っていた。

 フタが締まらないくらいぱんぱんに詰まっていて、さっきおじぎしたときにも中身が飛び出しちゃいそうなくらいだった。

「・・・お引越し? フレンズさんもお引越しするの?」

 なんでそんなにいっぱいの荷物を、って理由を考えると、わたしにはそれぐらいしか思いつかない。けれど違ったみたい。ロバちゃんはふるふると首を振って、正解を教えてくれる。

「えっと、あたし、ものをはこぶのがとくいだから、いろんなものをあつめたり、くばったりしてるの。」

「あつめたり、くばったり、ですか?」

「うん。だれかのいらないものでも、ほかのこのすきなもの、だったりするから。」

 わぁ・・・!

 すてきな理由・・・!

「すっごい! ロバちゃん、みんなの役に立つのが好きなんだね! えらいね!」

「ほんとです! わたしも、いろんなものをあつめるのすきですけど、くばるなんてかんがえもしなかったです!」

「えっと・・・、そんなおおげさなことじゃないけど・・・、ありがと。」

 わたしとイエイヌちゃんにほめられて、ロバちゃんは照れたように頭をかく。

 あー、やっぱりかわいいなぁ・・・。

 

「集めたものってどんなのがあるの?」

「そうだねー・・・、たとえば、」

 ロバちゃんは器用に後ろに手を回して、リュックからきらきらした丸いものを取り出した。

「これなんかは、さいきん、ひろったものなんだけど、きらきらしてて、すきなこもおおいかなって。」

「・・・、これ、スーパーボール?」

「ともえさん、ごぞんじなのですか!?」

「うん、たぶん。・・・、ロバちゃん、それ、ちょっと貸してもらってもいい?」

「あ、うん。はい、どうぞ。」

 ロバちゃんから受け取ってまじまじと見る。

 うん、やっぱりラメ入りのスーパーボールだ。

「えへへ・・・、ちょっと遊んでもいいかな?」

「うん? かまわないけど・・・。それって、あそぶものなの?」

「そうだよ! ちょっと見ててね!」

 せっかくだから、おもいっきり高く飛ばしたいよね。

「とりゃー!」

 わたしは大きく振りかぶって、スーパーボールを思いっきり石畳の道に叩きつけた。

「ええっ!? いきなりなにするの!? そんなことしたらこわれ・・・、って、あれ?」

 石畳にぶつかったスーパーボールは、ぴょーん、と跳ね上がると、そのまま真下に落ちてくる。そしてまたぶつかり、同じくらい跳ね上がった。

「わふ! なんですかこれ! ぴょんぴょんとんでます!」

「うわわぁ・・・!」

 ふたりは跳ねつづけるスーパーボールをびっくりした顔で見ている。

 だんだんと跳ね上がる高さが落ちてきて、ちょうどいい高さになってきたところで、わたしはボールを受け止めた。

 

「どうかな? こういう風に遊ぶんだよ!」

「すごい! こんなのはじめてみたよ!」

「ともえさん! もういっかい! もういっかいなげてください! こんどはわたしがきゃっちしたいです!」

 しっぽをぱたぱたさせるイエイヌちゃんは待ちきれないとばかりに、はふはふと息をはく。

「よーし、いくよー? とりゃー!」

「わふっ! わふぅーーーんっ!」

 跳ね上がったスーパーボールが一番てっぺんに行くのに合わせて、イエイヌちゃんは大きくジャンプしてボールをキャッチした。

「イエイヌちゃん、すごっ! そんな高く飛べるの!?」

「えへへ・・・、じょそうをつければ、もっとたかくとべますよ?」

「みたいみたい! もう一回やろう!?」

「わふっ!? いいんですか!?」

 イエイヌちゃんが少し腰を落とした体勢になるのを見てから、わたしは今度は角度をつけてボールを地面にぶつける。

「じゃあ、いくよー? それー!」

「わふっ! わふわふわふっ! わふぅぅぅーーーんっ!」

 すっごいスピードでかけ出したイエイヌちゃんは、ななめに飛んでいくスーパーボールをまた一番てっぺんのところでキャッチした。

「あはは、楽しいね! イエイヌちゃん!」

「わふっ! とっても楽しいです!」

「わぁ・・・、とってもよろこんでくれてる・・・!」

 楽しく遊んでるわたしたちを見て、ロバちゃんはすっごいうれしそうな顔。

 やっぱり、ロバちゃんはだれかの役に立つのがうれしい子なんだね。

 いい子だなぁ・・・!

 

 ― ― ―

 

「そういえば、ロバさんはどうしてわたしたちにおこえがけを?」

「あ、そうそう、そうなの。」

 ボールでひとしきり遊んだ後、イエイヌちゃんがたずねると、ロバちゃんはすこし不安そうな顔になってお話をつづけた。

「ちかくに、セルリアンをみかけたってこがいたから。ふたりとも、はやくここからはなれたほうがいいんじゃないかなって。」

「おお、それはかたじけない! ごちゅうこく、ありがとうございます!」

「・・・せるりあん?」

 わたしは、はじめて聞いた単語に思わず聞き返してしまう。

「イエイヌちゃん、せるりあん、ってなに?」

「セルリアンというのは、われわれフレンズにきがいをくわえる、とてもきけんなやつらのことです。」

「へー、」

「セルリアンにおそわれて、たべられると、フレンズはサンドスターをうしなってしまい、うごけなくなったり、どうぶつにもどってしまったり、するらしいです。」

 なにそれこわい。

 ってか、襲う? 食べる? こんなにかわいい子たちを?

 うーん、あたしにはそれ、ぜんぜん理解できないなぁ。

 

「なんだか怖いね。その、セルリアンっていうの、どんななの?」

「すがたかたちはおおきかったりちいさかったり、いろいろありまして、いろもあおかったりあかかったり、いろいろです。」

 イエイヌちゃんはわたしの質問に、ていねいに説明を続けてくれる。

「けど、おおきなまるいめと、いしをもっていて、はんぶんすきとおったようないろをしてるのは、みんなきょうつうしてますね。いしはセルリアンのじゃくてんなので、」

 そこで言葉を区切り、ぶん、と軽くひっかくような動作をする。

「そこをねらえばいちげきでしとめられますが、おおがたのこたいは、いしにこちらのてがとどかなかったりするので、てごわいのです。」

「へー、そうなんだ。」

 なるほど。なんとなくイメージできたかも。

「イエイヌちゃんの説明、すっごいわかりやすいね。ありがと!」

「うん、あたしもそうおもう。きみって、すごくものしりなんだね。」

「そ、そんなことありませんよぉ・・・、えへへ、」

 わたしとロバちゃんにほめられて、今度はイエイヌちゃんが照れちゃった。

 やっぱりこっちもかわいい・・・!

「イエイヌちゃん、よだれ、垂れてるよ?」

「わふ! おみぐるしいところを!」

 わたしが教えてあげると、イエイヌちゃんは口の周りをごしごしした。

 あー、こんなところもすっごいかわいいなぁ・・・!

 かしこい! かわいい! イエイヌちゃん!

 

「ロバちゃん、ありがとね! 荷物いっぱいで大変なのに、教えにきてくれて。」

「ううん。こまったときにはたすけあうのが、パークのおきて、だから。」

「そうなんだ。すてきな掟だね!」

 どうやらこのジャパリパークというところは、わたしが想像してたより、もっとずっとすてきなところみたい。

 さっき聞いたセルリアンみたいに怖いものもあるみたいだけど、こんなにかわいいフレンズさんたちが助け合ってけなげに生きてるなんて、それを聞いただけで・・・、

「はうぅ・・・、」

「・・・? どうしました? ともえさん?」

「・・・いや、ちょっと、ムズムズがね?」

「ムズムズ? どこかかゆいんですか?」

「あはは、大丈夫だよ。すぐおさまるから。」

「そんな! がまんせずにいってください! わたし、がんばってなめますから!」

「はい治りました! かゆいの治りました! だからなめなくてダイジョブです!」

「そうですか・・・、くぅん、」

 しょんぼりしてるイエイヌちゃんには申し訳ないけど、またよだれまみれになるのは、さうがにちょっと遠慮したい。

 

「・・・くぅん? くんくん、くんくん・・・、」

 と、イエイヌちゃんは突然周囲の匂いを嗅ぎだした。

 すごく、真剣な表情。

「・・・イエイヌちゃん?」

「どうかした? かおいろが・・・、っ、」

 わたしと同じように不思議そうな顔をしていたロバちゃんも、耳をぴくぴくさせたかと思うと、顔をハッとさせる。

「ともえさん、ロバさん、わたしからあまりはなれないでください。」

 イエイヌちゃんは腰を落として両手両足をひろげた姿勢になると、注意深く周囲を警戒しはじめた。

「えっ? それってどういう・・・、」

「すぐ、ちかくまできています。いまからでは・・・、」

 言葉を区切って、ちらっ、ちらっ、と、わたしとロバちゃんを見る。

「・・・たぶん、にげられません。」

「あたしのことは、きにしないで。ふたりだけでも、にげ――、」

「こまったときにはたすけあうのが、パークのおきて、でしょう?」

「・・・、こまったなぁ。でも、ありがと。」

 どうも、イエイヌちゃんとロバちゃんには、わたしには感じ取れない何かがわかっているみたいだ。

 わたしだけ、ぜんぜん状況を呑み込めていない。

「わたしが、もうすこしはやくきづいていれば・・・、」

「しょうがないよ・・・。やつらはにおいもおとも、うすいから・・・。」

「やつら・・・?」

 ・・・けど、たぶん。

 このふたりの雰囲気は・・・!

 

「・・・、きます! セルリアンです!」

 

 それは、わたしたちの数倍以上はある、おおきな怪物だった。

 

 ― ― ―

 

 青くて丸い大きな体に、感情の見えない大きな丸い目。体のあちこちからは触手のようなものが伸びていて、その一本一本がわたしの腰とおなじくらいの太さをしている。

 こわい。

 どきどきで胸がくるしい。

 手足がぶるぶると震える。

 背中にはひやりとしたものが流れて、ぞくぞくが止まらない。

 あの場所で目を覚ましてから、ひょっとして、はじめてかもしれない恐怖を、わたしは感じていた。

 

「ふたりとも! うしろにとんでください!」

 イエイヌちゃんの大声にハッと我に返る。

 となりのロバちゃんは大きな荷物をしょったまま、ぴょんと後ろに飛びのいた。

 わたしも飛ぼうとする。

けど・・・、ダメだ。

 動かそうとしても、ひざが、がたがたと震えるだけ。

 力の入らない足で、それでもむりやり飛ぼうとすると、どすん、と尻もちをついてしまった。

「あいっっ、たぁ・・・、」

「ともえさん!!」

 イエイヌちゃんは倒れてしまったわたしをかかえて飛び上がる。

「うわぁっ!」

 さっきまでわたしたちがいた場所を、ムチみたいに振るわれた大きな触手が勢いよく通り過ぎた。

「・・・っ、だいじょうぶですか!? ともえさん!」

「う、うん。あたしはへいき、だけど・・・、っ、イエイヌちゃん! 腕が・・・!」

 イエイヌちゃんの腕を見ると、大きく擦りむいたような傷が目に映った。さっきの触手に、ぶつけられちゃってたみたいだ。

「このくらい・・・、っ、なんてこと、ありませんよ。」

 イエイヌちゃんはにっこり笑ってみせるけど、すっごい痛そう。

 そんな・・・、あたしのせいで・・・。

「・・・ロバさん、ともえさんをおねがいします!」

「うん! わかった!」

 何もできないわたしをロバちゃんにあずけて、イエイヌちゃんはセルリアンに飛びかかった。

 

「がぁぁぁぁぁあぁっ! がぁぁうっ!!!」

 

 イエイヌちゃんはキバをむき出しにした、見たこともないようなこわい顔で爪を振るう。

 色の違う両目が、するどい爪が、ぼうっと光っている。

 その爪が力強く振るわれるたび、セルリアンの振り回す触手が何本もちぎれ飛んだ。

「す、すっごい・・・! イエイヌちゃん、これならやっつけられるんじゃ・・・!」

「・・・うん。たしかにすごいけど、でも・・・、」

「があぁぁうっ!! ・・・っ、」

 ほんの一瞬、イエイヌちゃんの動きが止まる。

 その一瞬をセルリアンは見逃さなかった。

 

「ぎゃうんっ!」

「イエイヌちゃん!?」

 触手の一本が、びしっと大きな音を立ててイエイヌちゃんの体を打ち付けた。ふき飛ばされそうになるのを何とかこらえて、イエイヌちゃんは反撃の爪を振るう。けれど、その爪はかろうじて触手をはじいただけで、さっきのような勢いはなかった。

「ぐっ・・・、っ! ぃぎっ・・・!」

「イエイヌちゃん・・・っ! イエイヌちゃん!」

 次々に襲ってくる触手を、イエイヌちゃんは体勢のととのわないまま、なんとか爪ではじいているけど、押されてるのは明らかだ。

「イエイヌちゃん! ・・・っ、うわぁっ!」

 余裕が出てきたのか、セルリアンはこっちにまで触手を振るいはじめた。

「あぶないっ!」

 危うくぶつかりそうなところを、ロバちゃんがかばってくれる。

「ロバちゃん! 大丈夫!?」

「だ、だいじょうぶ・・・。にもつが、ふせいでくれたから。」

「あ・・・、」

 見ると、ロバちゃんのリュックが切り裂かれていて、中身が外に飛び出してしまっていた。

 

 どうしよう。どうしよう。

 イエイヌちゃんがつらそうなは、きっと、さっきケガしたせい・・・。

 それに、ロバちゃんの大切なリュックまで・・・。

 ぜんぶ、ぜんぶあたしのせいだ・・・!

 

「なんとか、しなきゃ・・・!」

 

 考えろ。考えろ、あたし。

 この状況をなんとかするためには・・・。

 逃げるのは難しいって、イエイヌちゃんがさっき言ってた。

 なら、あいつをやっつけるしかない。

「・・・そうだ、石を見つけないと!」

 イエイヌちゃんがさっき説明してくれたセルリアンの弱点。

 石を狙えば一撃でしとめられるって。

 それにかけるしか・・・!

 でも、どこに・・・?

 

 わたしは注意深くセルリアンを観察する。と、

「・・・、あった! 頭のてっぺん!」

 頭のてっぺんに大きな石があるのが見えた。

「でも・・・、あの高さじゃ・・・、」

 イエイヌちゃんでも、たぶん、あの高さには助走をつけないと届かない。

 そんな隙を、セルリアンが見せてくれるとは思えない。

 どうすれば・・・!

 と、地面にばらまかれたロバちゃんの荷物に、あるものを見つける。

 ・・・っ、そうだ・・・!

 これなら・・・!

 

「ロバちゃん! さっきのアレ! また借りるね!?」

「ええっ! いいけど、なんで!? あそんでるばあいじゃないよ!」

 わたしは地面に転がってるスーパーボールを拾い上げ、大きく振りかぶってから大きく息を吸い込んだ。

 そして、はき出す!

 

「おーい! そこのでっかいの!」

 

 わたしの大声に反応して、セルリアンの大きな目がこちらを向いた。

「これでも! くらえーっ!」

 その瞬間を狙って、わたしは渾身の力でスーパーボールを石畳に叩きつける。上手くいくか不安だったけど、スーパーボールは狙い通りの方向に跳ね上がってくれた。

「と、ともえさん! なにを!?」

「イエイヌちゃん! ボールに向かって飛んで!」

「えっ!? ええっ!? どうしてです――、」

「いいから! 早く!」

「わふっ! わ、わかりましたぁっ!」

 イエイヌちゃんは大きく後ろに飛びのいて、セルリアンから距離をとる。

 そして助走をはじめた。

 

「わふっ! わふわふわふっ! わふっ! わっふぅぅぅぅんっ!!!」

 一気にスピードに乗ったイエイヌちゃんはその勢いのまま、大きく飛び上がる。

 狙いはスーパーボール。

 セルリアンの直上に跳ね上がった、スーパーボールだ。

「わふっ! あれは・・・っ!」

 イエイヌちゃんも石に気づいたみたい。

 両目と爪に宿る光が輝きを増す。

 

 ・・・よかった。

 これで、やっつけられるね、セルリアン。

 ――っ、

 

「・・・っ、ともえさん!?」

 と、イエイヌちゃんは飛び上がった状態で視線をこちらに向ける。

 ああ、もう。

 こっちにも気づいちゃったかぁ。

 やっぱりイエイヌちゃんはかしこいなぁ。

 

 たぶん、イエイヌちゃんの爪が届くより前に、セルリアンの触手がこっちに届く。

 フレンズさんたちみたいなチカラがないわたしは、たぶん一回やられただけで・・・。

「いいから! そのままやっつけて!」

 イエイヌちゃんはすっごい泣きそうな顔をして、でも、既に空中にある体では他に選択肢がないことにすぐに気づいたんだろう。キバをぐいっとむいて、大声で叫んだ。

 

「がぁぁぁぁっぁぁぁっ!!!」

 

 セルリアンの大きな触手が視界いっぱいに広がる。

 そしてそのまま、わたしの意識は途切れた。

 

 ― ― ―

 

 夢を見ていた。

 森に囲まれた丸い建物。

 それをじっと見つめるナニカの姿。

 どうしてかその姿ははっきりと見えない。

 うすぼんやりとした輪郭で、まるで幽霊みたいに佇んでいる。

 

 それが何なのか、そもそも生き物なのかさえ分からないけれど、

 どうしてだろう、わたしにはそのナニカが悪いものには思えなかった。

 ただただ独り、何かを待ち続けているようなその姿からは、ひとつの悪意も感じなかった。

 

 ― ― ―

 

「うーん・・・、んぅ・・・?」

「はっ! きがつかれましたか! ともえさん!」

「んー、・・・んー?」

 目を覚ますと、わたしはふわふわしたものを枕に、夕暮れの中寝っ転がっていた。

 頭上には私の顔を覗き込むイエイヌちゃん。

 この視界とこの頭の後ろのやわらかな感触・・・、ひょっとしてイエイヌちゃんの膝枕?

 

 ・・・あれ?

 もしかしてここ、天国・・・?

 

「おけがはありませんか!? いたいところ! ないですか!?」

 痛いところは特にない。

 しいて言うなら、突然の状況にどきどきしているくらい。

「えーと・・・、うん、大丈夫みたい。でも、どうして・・・?」

「ロバさんが、たすけてくれたんですよ。」

 そう言って、イエイヌちゃんは視線を横に向ける。

 わたしも頭を横に向けると、すやすやと眠ってるロバちゃんがいた。

「ロバちゃんが? えっと、ケガとかは・・・、」

「だいじょうぶですよ。あの、おおきなにもつが、こうげきをふせいでくれたみたいです。」

「そうだったんだ・・・。」

 言われてみて、気づく。

 ロバちゃんのリュックは――、

「・・・、ごめんなさい。」

 もう、物を詰めるどころじゃないくらいにぼろぼろになってしまったリュックを見て、わたしは自分のしたことを後悔した。

 

 あたし、なんとかしなきゃって、思って。

 あたしのせいで、イエイヌちゃんも、ロバちゃんも、ふたりとも・・・、

 そんな、言葉にできない思いを、

「ともえさん。」

 イエイヌちゃんは全部わかっているとでもいうような、優しい顔で微笑んでくれた。

「だいじょうぶです。ともえさんが、わたしたちをたすけようとしてくれたことは、わたしも、ロバさんも、ちゃんとわかってますから。」

 それだけで、わたしは救われたような、とてもあたたかな気持ちになる。

「うん・・・、ありがとう。」

「でも、ああいうきけんなのは、もうにどとしちゃだめですよ?」

「はい・・・、ごめんなさい。わかりました。」

 

 そのあと、日もすっかり沈んでしまって、わたしたちもロバちゃんの近くで一緒に寝ることにした。

 けど、さっき起きたばっかりだから、なかなか寝付けない。

 ごろん、と寝返りをうって空を見上げる。

 きらきらと、視界いっぱいにひろがる星々。まんまるなお月様は少しまぶしいくらい。

 こうして見上げていると、不安だったこととか、怖かったこととかが、ぜんぶ、すーっと、消えていくみたいだ。

「イエイヌちゃん、まだ、おきてる?」

 何の気なしに、イエイヌちゃんに声をかけてしまう。

「はいぃ・・・、おきてますよぉ・・・?」

 返事をしてくれたけど、イエイヌちゃんはすっごい眠そうだ。

 ううん。ちょっと、わるいことをしてしまったかも。

 

「ロバちゃん、リュックなくなっちゃって、かわいそうだよね・・・。」

 特に話しかける内容も考えていなかったわたしは、とっさに今一番気になっていることを口にする。言ってしまってから、ちょっと後悔した。

 ううん。後悔とは、またちがうかも。

 自分の発言に、自分でいきどおりを感じている、とでも言うべきじゃないかな。

 だって、かわいそうも何も、ぜんぶあたしのせい、なんだから・・・。

「んー・・・、なにか、かわりになるものが、あればいいんですが・・・。わふぅ・・・、」

 かわいらしいあくびの音が聞こえてくる。

 これ以上、寝るの邪魔しちゃだめだよね。

「ごめんね。もう眠いよね? おやすみ、イエイヌちゃん。」

「はい・・・、おやすみなさいぃ・・・。」

 あたしも、もう寝ないと。

 

 なにか・・・、かわりになるもの・・・。

 

 お日様がのぼってすぐ起きたわたしたちは、ロバちゃんが分けてくれた『ジャパリまん』で朝食をとった。

 そういえば、色々あったから忘れてたけど、昨日から何も食べてなかったよね、あたし。

 そもそもごはんをもらいに『ボス』のところに行こうとしてたんだったっけ。

「なにこれ! すっごいおいしい!」

「わふ! やはりジャパリまんは、いつたべてもおいしいですね!」

 はじめて食べたジャパリまんは、お腹がすっごい空いてたのもあって、とってもおいしかった。イエイヌちゃんも、とってもおいしそうにほおばっている。

「肉まんみたいだけど・・・、ちょっと違うかな? 冷めてるのにやわらかくて、あまくてしょっぱくて、なんだか幸せになる感じ! ありがとね! ロバちゃん!」

 おいしい朝ごはんに上機嫌だったわたしは、そのままのテンションで話しかける。

「・・・ううん、どういたしまして。」

「・・・、っ、」

 そして、ロバちゃんの表情に言葉がつまってしまった。

 どこか寂し気な、その表情。

 

「ほんとうに、わけていただいて、よかったのですか? ロバさんのぶんは・・・、」

「・・・だいじょぶだよ。ボスにあったらすぐもらえるし。それにあたし、すくないたべものでも、へいきだから。」

「・・・そうなんだ。燃費、いいんだね。」

「ねんぴ? うん、よくわからないけど、たぶんそうかな・・・。」

 よくわかってない顔のロバちゃんは、やっぱり寂しそう。

 それは、そうだよね。

 だって大切なリュックがなくなっちゃったんだから。

 すごく、いたたまれない気持ちになる。

 わたしの、せいで・・・、

「あはは・・・、燃費ってがいねんは、フレンズさんたちにはないか・・・。」

 場をつなぐように、つぶやくように言いながら、

「あ、」

 と、思いついたことに声が漏れる。

 ・・・ええと、ひょっとして。

 あれなら、ひょっとしたらリュックのかわりになるかも・・・!

 

「ねえ、ロバちゃん! このあと、一緒に来てくれる? 見てほしいものがあるんだけど!」

 

 ― ― ―

 

「うわわ! うわわわわ! これすごい! これ、すごいよ!」

 

 ロバちゃんは出会ってから一番のテンションで、すごいすごいと何度も言った。

「昨日、イエイヌちゃんに会う前に見つけたの。リュックの代わりになるかなって。」

 あの建物からちょっと歩いた、わきの木陰。

 すっごい古いけど頑丈そうなほろ馬車は、今日も同じ位置にあった。

「これがあれば、もっといっぱい、いろんなものをはこべるかも・・・! ものだけじゃなくて、みんなをはこぶのもいいかなぁ・・・!」

「良かったぁ。すっごい喜んでくれてるみたい。」

「はい。わたし、こんなによろこんでるフレンズをみるの、はじめてかもしれません。」

 馬車のつかいみちをあれこれ口に出してるロバちゃんの横で、わたしとイエイヌちゃんは顔を見合わせて笑った。

 

「こんなすてきなものをみつけてくれて、ほんとにありがとう!」

「いいからいいから、あたしのせいでリュック、壊れちゃったんだし」

 わたしとイエイヌちゃんはロバちゃんの引くほろ馬車に揺られていた。「だれかをのせてみたい!」というロバちゃんのお願いを聞いた形だ。

 乗ってみてわかるけどやっぱりかなり頑丈で、揺れも少ない。

「ともえさん? なにをしてるんですか?」

「ん? ちょっとね。旅の思い出を絵に描いてるの。」

「わふ! みたいです!」

「まだ描いてる途中だからだーめ。」

「くぅん・・・、そうですかぁ・・・。」

 別にいじわるをしてるつもりはないけど、しょんぼりしたイエイヌちゃんを見ると、とても悪いことをしてる気分になる。

 見せてあげようとも思うのだけど、やっぱり、かいてる途中の絵を見せるのは、ちょっとはずかしいかな。

「がっかりしないの。かきおわったら、見せてあげるから!」

「・・・はい! ありがとうございます!」

 描きかけの絵には、ロバちゃんがうれしそうに引く馬車と、その荷台でにっこり笑っているわたしとイエイヌちゃん。

 とてもすてきなロバ車の旅だった。

 

「ねえ、きみたち。ばしゃのかわりに、すきなものをもっていってくれないかな?」

 昨日、セルリアンにばらまかれてしまった荷物を手分けして荷台に載せていると、ロバちゃんがそんなことを言った。

「え、いいっていいって。あたしはただ見つけただけだし。」

「わたしもだいじょうぶですよ。わたしにいたっては、みつけてすら、いませんし。」

 そう言って断ろうとするわたしたちに、ロバちゃんは首を横に振る。ふわさらのポニーテールが一緒になって揺れた。

「パークのものは、はじめにみつけたこのもの、なんだから。それに、きみはあぶないところをたすけてくれたでしょ?」

 真剣な顔でそう言って、かと思うと、すっ、と声のトーンが落ちた。

「えっと・・・、もちろん、こんなすてきなものの、かわりになるものなんてないし・・・、いらないものをもらってもしょうがないし・・・。」

 あわわ。

 ロバちゃん、せっかく喜んでくれたのに、

 また、しょんぼりした顔に!

「えーっと! あたしは何にしようかな! すてきなものがいっぱいで目うつりしちゃうよね! ね! イエイヌちゃん!」

「わふっ! そうですね! なにがいいですかね!」

「そ、そう? そういってもらえると、うれしいな!」

 顔をほころばせるロバちゃんの横で、またイエイヌちゃんと顔を見合わせて笑う。

 うん。やっぱり遠慮するのはよくないよね。

 せっかくのご厚意、甘えさせてもらおう!

 

 ― ― ―

 

「それじゃ! あたしはこれで! ふたりとも、げんきでね!」

 

 元気な声でそう言って、ロバちゃんは馬車を引いて歩いていった。

 姿が見えなくなるまで手を振り続けてから、わたしたちも歩き出した。

「それにしても・・・、イエイヌちゃんがもらうもの、本当にそれでよかったの?」

「はい! これがあれば、ともえさんのすけっちぶっくや、どうぶつずかんが、もちはこびやすいですから!」

 ロバちゃんから馬車の代わりにもらったもの。

 わたしはどうぶつ図鑑と、どうぶつプリントがちりばめられた水筒を、イエイヌちゃんは肩掛けかばんをもらった。

 どうぶつ図鑑はところどころ破れたり、色あせたりしてるけど、フレンズさんたちのことをよく知る為にはとっても役立ちそうだ。

 そして、イエイヌちゃんがもらった肩掛けかばんは、スケッチブックや図鑑をしまうにはちょうどいいサイズだった。

「そんな気をつかわなくてよかったのに・・・、スーパーボール、欲しかったんじゃない?」

「そ、そんなことはああありませんよぉ。わふ。」

 ロバちゃんも「かばんだけじゃなくて、ボールももってっていいよ」って言ってくれたのに、「そんなにいっぱいもらえません!」と断固拒否したイエイヌちゃんだった。

 わたしなんか、どうぶつプリントがとってもかわいい水筒と、どうぶつ図鑑と、どっちにしようかえんえん迷ったあげく、両方もらっちゃったというのに。

「もう・・・、イエイヌちゃんは頑固だなぁ。」

 ひとりごとのようにつぶやいて、わたしはイエイヌちゃんの持ってるかばんを手に取った。

「なら、せめてこれはあたしが持つね!」

「だ、だめです! それではともえさんが、つかれてしまいます!」

 イエイヌちゃんはかばんを手放す気はないみたいで、ちょうど引っ張り合う形になった。

「いいの! こればっかりは譲らないからね! 中身があたしのものなら、あたしが持たなくちゃだめでしょ!?」

 そうやって強く言うと、かばんを引っ張るイエイヌちゃんの力が弱まり、しばらくしてその手がゆっくりとはなれた。

「わふ・・・、わかりましたぁ・・・。」

「よしよし。ありがとね、イエイヌちゃん。」

「くぅん・・・、ともえさんはがんこですぅ・・・。」

 

 イエイヌちゃんから受け取ったかばんに、さっそく図鑑とスケッチブック、水筒をしまう。

 ・・・と、

「あれ・・・? このポッケ、何か入ってる・・・?」

 かばんのポケットに何か入っているのに気付いた。

「なんですかね? あけてみてみたらよいのでは?」

「うーん、後にしようかな。よっ、と・・・!」

 ベルトを肩にかけると、かばんがちょうど腰のあたりにくる。まるで昔から使ってたみたいにしっくりきた。

「どうかな? 似合う?」

「はい! とってもよくおにあいです!」

 こうしてみると、なんだか旅立ちの準備ができた、みたいな感じがして、気分が高まる。

 うんうん。この感じ、わるくないわるくない。

 

「さて、これからどうしようかな。」

「あ、あの、もし、ともえさんさえよろしければ、わたしのおうちにいってみませんか?」

「イエイヌちゃんの、おうち?」

「はい! ・・・あの、せいかくには、わたしがフレンズになるまえに、ヒトとすんでたおうち、だとおもうんですけど。」

「イエイヌちゃんがフレンズになる前かぁ・・・、」

 言いながら、想像してみる。きっとすっごいかしこくてかわいい、ときどきアホっぽくて懐っこい、すてきな子だったんだろうなぁ・・・。

 

 ああ、またムズムズが・・・。

 

 ごまかすように顔をぶるぶる振る。

「いいね! いこうよイエイヌちゃん!」

「わふ! ありがとうございます!」

「そんな、お礼なんて。こちらこそ、だよ。案内してもらうのはあたしなんだから。それに、ヒトが住んでたってくらいなら、パークのことも何かわかるかもだし!」

「そうですね! なにかヒトにしかわからないようなてがかりが――っ、」

「イエイヌちゃん? どうしたの?」

 突然、イエイヌちゃんは息をのむように言葉を詰まらせた。

 まさか・・・。また、セルリアン・・・?

 なんて思っていると、イエイヌちゃんはあわてた様子で言葉を続ける。

 

「お、おもいだしましたぁっ!」

「思い出したって、ヒトのこと?」

「いえ! そうではなく! いや! たしかにヒトのことですが!」

 がくぜん、という顔で、イエイヌちゃんはこっちを見る。

 そしてそのまま――、

「えっ? ちょっと! イエイヌちゃん! 何してんのっ!?」

「そのせつは! ほんとうにもうしわけありませんでしたぁっ!」

 ずさっ、と飛びのいたかと思うと、イエイヌちゃんは地面におでこをこすりつけた。

「ばつを! なにとぞ! わたしにばつを!」

「えぇーっ!? またぁーっ!?」

 思い出したって、そっちのことー?

 

 うーん、困った。

 昨日は途中でロバちゃんが来て、うやむやにできたけど・・・、これ、たぶん、実際に罰を与えるまでくり返すパターンかなぁ・・・。

 うーん・・・、罰かぁ。

 そのお耳やしっぽを、あたしに思うさま、もふもふさせなさい!

 なんて言ったら、確実にドン引きだし・・・、主にあたし自身が。

「うーん・・・、それじゃあ・・・、」

 しばらく考えて、

「その、呼び方さ、」

 罰とは呼べないような、簡単なお願いをしてみることにした。

 

「ともえさん、じゃなくて、ともえちゃんって呼んでくれないかな?」

 

 きょとん、とした顔でこっちを見るイエイヌちゃん。

「・・・、えっと、・・・それ、ばつですか?」

「そうだよ! 罰だよ!」

「まったく、ばつになってないような・・・。」

「いいの! これは罰なの! わかった!?」

「わ、わふ! わかりました!」

 大きな声に驚いたのか、イエイヌちゃんはがばっと顔を上げる。

「じゃあ、言ってみて、ともえちゃん」

「ともえ・・・、ちゃん」

「もう一回」

「ともえ、ちゃん」

「元気な声で!」

「ともえちゃん!」

「はい! よくできました!」

 

 そうして、ふたりで顔を見合わせて、にっこり笑った。

 

「えへへ・・・、これからよろしくね! イエイヌちゃん!」

「はい! よろしくおねがいします! ともえちゃん!」

 

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 ぽかぽかと暖かな日差しが降り注ぐ草原を、

 ふたりのフレンズさんたちが、お話をしながら旅をしていました。

 

「センちゃーん・・・、みち、ほんとにこっちであってるのー?」

「そのはずですよ、アルマーさん。わたしがカルガモさんにきいたじょうほうによると、こちらでまちがいないはずです!」

「ほんとかなー?」

「カルガモさんはみちあんないがとくいなんですから、まちがえるはずないですよ。」

「いまみちあんないしてるのセンちゃんじゃーん・・・。」

 

 どうやらふたりは何かを探しているみたい。

 何を探しているのかな?

 

「それにしてもカルガモ、ぶじでよかったよねー。」

「そうですね。くらいところで、ならんであるいてるなにかをみつけて、」

「つい、ついていっちゃってー、」

「あかるいところにでたら・・・、」

「ならんであるいてたのがー、じつはセルリアンだったなんてー!」

「きゃーっ!」

 

 あらあら、怖い話。

 ふたりが探しているのもセルリアンなのかしら?

 ふたりとも、あぶない目にあわない?

 大丈夫?

 

「そしてならんでるせんとうにはー・・・!」

「きゃーっ! きゃーっ!」

「センちゃーん・・・、これ、あたしがセンちゃんからきいたはなしなんですけどー?」

「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ! ・・・ぷっ、くすくす・・・、」

「まったくもー、・・・あはは、」

 

 うふふ、よかった。

 なんだかふたりとも楽しそう。

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 

 



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けものフレンズR くびわちほー 第02話「おおきなけもの」アバン・Aパート

「ふんふん・・・、カラカルはネコ目ネコ科の動物で・・・、へー、お耳の先に、長いふさ毛があるんだね。」

「・・・あの、ともえちゃん。」

「目と耳が良くて・・・、3メートルくらいジャンプして、鳥をつかまえたりするんだって。すっごいなー。あたしのふたり分以上ってことだよね? それ、みてみたいかも!」

「ともえちゃん。」

「しゅりょうのうりょくは高く、自分の重さの2倍から3倍の・・・、」

「ともえちゃん!」

 

「ん? どうしたの? イエイヌちゃん。」

 声をかけられて、わたしは手元の図鑑から、となりを歩くイエイヌちゃんに目を向けた。

「どうしたの、じゃないです! ちゃんとまえをみてあるかないと、あぶないですよ!」

 なんだかとっても心配してくれてるみたい。

 手をぶんぶんと振ってみせるイエイヌちゃんに、少しほっこりした気分になる。

「だいじょぶだよぉ。イエイヌちゃんは心配性だなぁ。」

「・・・はあ、さっきから、きにぶつかりそうだったり、いしにつまづきそうだったり、ぜんぜん、だいじょうぶそうに、みえないのですけど。」

 ひらひらと手を振るわたしに、イエイヌちゃんはちょっとあきれ顔だ。

「だいじょぶだいじょぶ、平気だってー。えーと、なになに・・・、キーウィはキーウィ目キーウィ科の鳥類で・・・、」

「もう! またぁ!」

「もうちょっと・・・、もうちょっとだけ・・・!」

「あとで、ゆっくりみればいいじゃないですか!」

 しゅばっ、と。目の前にひろげていた図鑑が、一瞬で視界から消える。

 

「あー! かえして! かえして! もうしないから! ごめんなさい!」

「ダメです! しばらくこれはわたしがあずかります!」

「そんなぁー!」

 図鑑を取り上げられ、わたしの口からは思った以上に情けない声が出る。

「うぅ・・・、まだ読んでる途中だったのに・・・。」

「じごうじとく、です!」

 図鑑をわたしから遠ざけるように持って、イエイヌちゃんはもっともなことを言う。

 ホントその通りだから、さすがにそれ以上の文句は出なかった。

 

 がさがさ・・・、

 と、わきの茂みから音がする。

「あれ・・・? あそこに何か、いる?」

「ごあんしんを。このにおいは、ボスのものです。」

「ボスって、昨日言ってた、たべものを配ったりしてる子?」

 イエイヌちゃんに聞いてみると、こくり、とうなずいた。

 わたしが視線を茂みに戻すと、ぴょこん、という可愛らしい足音とともに、何かが飛び出してきた。

 

「か、かわいいーーっ!!」

 

 思わず大声をあげてしまう。

「なにこれなにこれ! なんなの、この子! すっごいかわいい!」

 ボス、なんてこわそうな名前だから、こんな見た目をしてるなんて思ってもみなかった。

 わたしは、その一抱えサイズの縫いぐるみみたいな生き物(?)をまじまじ見つめる。

 きれいなうす緑色をしたまるっとした体に、まっすぐ上に伸びた大きな耳。縦長のつぶらな瞳はふか緑色をしていて、なんだかきらきら輝いて見える。キツネかタヌキみたいな、ずんぐりとしたしっぽも、とても愛らしい。

 お腹のまんなかには、丸いレンズみたいなものがついている。なんだか光ったり消えたりしてるのは、どういうことなんだろう?

 

「イエイヌちゃん! この子もフレンズさんなの!?」

「たぶん、フレンズではないとおもいます。すがたかたちが、ヒトとはちがいますから。ですが、フレンズがすんでいるところのちかくには、だいたいいますね。フレンズにジャパリまんをくばったり、いろいろなものをなおしたりして、くらしているのです。」

「そうなんだ! ボスって、すっごいんだね!」

 相変わらずわかりやすいイエイヌちゃんの説明を聞いていると、ボスがこちらに近づいてきた。

 わっ、歩くとぴこぴこ、音がするんだ!

 やっぱりかわいい・・・っ!

 

「ボス、こんにちは! あたし、ともえっていうの。こっちの子はイエイヌちゃん。仲良くしてね!」

「あ、あの、ともえちゃん。ボスは・・・、」

 わたしがボスに話しかけると、イエイヌちゃんは少し残念そうな顔をして何かを言いかけた。

 ・・・なんだろ?

 ひょっとして、恥ずかしがり屋であんまりしゃべってくれないとか?

 なんて考えていると、わたしの足元までたどり着いたボスは、こちらを見上げながら話しかけてきた。

「ハジメマシテ、ボクハ、ラッキービースト。キミハトモエ、トイウンダネ。ヨロシク、トモエ。」

「こちらこそ! ・・・って、ボスって名前じゃないの? らっきー、びーすと?」

「ソウダヨ。ボクハ、ラッキービースト。キミハナニガ、ミタイカナ。キミノミタイモノヲ、オシエテネ。ボクガアンナイスルヨ。」

「わー! ありがとー! でも今はイエイヌちゃんに、おうちまで案内してもらってるから、またで後でいいかな! ね、イエイヌちゃん!」

 と、イエイヌちゃんに声をかける。

 ・・・あれ?

 なんでだろう。イエイヌちゃんは口をあんぐりとあけて固まっていた。

まるで、信じられないものを見た、というような表情。

「イエイヌちゃん・・・?」

 もう一度声をかけると、イエイヌちゃんは、すぅっ、と大きく息を吸い込んで、

 

「しゃ、・・・しゃべったあああぁぁぁぁっ!?」

 

 え、えぇ・・・?

 なにその反応・・・?

 

 ― ― ―

 

 けものフレンズR くびわちほー 第02話「おおきなけもの」

 

 ― ― ―

 

「と、ともえちゃん! すごいです! ボスがしゃべってます!」

 イエイヌちゃんは、興味しんしん、という感じだった。

 よほどびっくりしたのか、うれしいのか、その両方かもしれないけど、しっぽがものすごいスピードでぱたぱたと振られている。

 まあ、残念なことにわたしには何がすごいのか、ちんぷんかんぷんなんだけど。

「えーと、確かにしゃべってるけど、それって、何かすごいことなの?」

「あ・・・、えっとですね! ボスはこちらがはなしかけても、ぜんぜんおはなししてくれないんです! だれがはなしかけても、いっしょで・・・。わたしもジャパリまんをもらうときとか、おれいをいうんですけど、おへんじをもらったことはいちどもなくて・・・、」

「そうなんだ。じゃあ、なんで今は話してくれてるんだろ?」

「わかりませんが・・・、あの! ボス!」

 ずいっ、とわたしとボスの間に割って入り、イエイヌちゃんはぺこり、と頭を下げた。

 

「いつもジャパリまんをくださって、ありがとうございます! わたしだけじゃなくて、みんなボスにはかんしゃしてます!」

 お礼の言葉を元気いっぱいに言うイエイヌちゃん。

 けれど、ボスの反応は、

「・・・、・・・、」

「あの・・・、ボス・・・?」

「・・・、・・・、・・・、」

 こわいくらいの、無言。

 ああ・・・、なんでこの子がボスって呼ばれてるのか、わかった気がする。

 たしかに、これは、ボスって感じだ。

 

「くぅん・・・、やっぱり、おへんじくれないです・・・。ひょっとして、わたし、きらわれてるんでしょうかぁ・・・?」

 しゅん、とお耳としっぽを下げて、イエイヌちゃんはわたしの方を見てくる。

「そんなことないよ! だれだって、嫌いな子に食べものあげたりしないでしょ?」

「それは、そうですけど・・・、」

「ねえ、ボス。なんでだまっちゃったの? イエイヌちゃんに、お話してあげて?」

 ひざを曲げて、目の高さを落として話しかけると、ボスはぴこぴこ、と音を出しながら、

「トモエ、ソレハデキナイヨ。」

「わふ! またしゃべりましたぁ!」

「なんで? あたしとはお話してるのに!」

「フレンズヘノカンショウハ、キンシサレテイルンダ。セイタケイノイジガ、ゲンソクダカラネ。」

「かんしょうは、きんし? せいたい系の、いじ?」

「ソウダヨ。」

 んー、と。それはつまり。

 

「ねえ、ボス。あなたのお仕事を教えて?」

「ワカッタヨ。」

 ボスはまた、ぴこぴこと音を出しながら言葉を続ける。

「ボクノシゴトハ、オキャクサマニ、パークノアンナイヲ、スルコトダヨ。フレンズタチニ、タベモノヲハイキュウシタリ、シセツノテンケンヤ、シュウリモ、スルヨ。」

 ああ、やっぱり。

「オキャクサマガ、カイテキニフレンズトフレアエル、カンキョウヲツクルノガ、パークガイドロボデアル、ボクノシゴトダカラネ。」

 ぱーくがいどろぼ、という言葉が出てきて、なんとなくついていた予想が正しかったことを知った。

「・・・うーん、どうもそういうことみたい。」

 と、イエイヌちゃんに振ってみる。

「って、今の話の内容じゃ、わからないよね?」

 ごめんね、と言葉を続けようとするけど、口に手を当てて考えるようなしぐさをしていたイエイヌちゃんは、ぽふ、と両手を目の前で合わせて、

「いえ。だいたい、わかりました。」

「ええ!? 今のでわかるの!?」

「はい。おきゃくさま、とはヒトのことですね? ボスはヒトをあんないすることがおしごとで・・・、せいたいけいのいじ、とはなにか、よくわかりませんが、とにかくフレンズのおせわはできても、おはなしすることはできない、と。」

 イエイヌちゃん! 察しよすぎ!

 すっごいなぁ。わたしは、記憶を失う前の知識がちょっと残ってたからわかったけど、そういうものなしに、今のでわかっちゃうなんて。

 ホント、かしこいなぁ。

 

 ・・・はて。

 ヒトのえいちとは、いったい。

 

「ともえちゃん? どうしました? なんだか、おかおがくらいです。」

「あはは・・・、大丈夫だよ。気にしないで。ありがと。」

「そうですか・・・?」

 うん。だいじょぶだいじょぶ。

 ちょっと、自分が情けなくなってるだけだから・・・、うぅ。

「トモエ。グアイガワルイナラ、イッテネ。ジャパリクリニックニ、アンナイスルヨ。」

「ボスもありがと。でも、ホントにだいじょぶだから・・・。」

 おねがいだから、これ以上優しくしないで・・・。

 

 ― ― ―

 

「・・・っていう感じのとこ、らしいんだけど、ボス、どこかわかる?」

 しばらくして落ち着いたわたしは、ボスにイエイヌちゃんのおうちがある場所について聞いてみた。と言っても、イエイヌちゃんから聞いた内容をそのまま伝えてるだけなんだけど。

「ナルホド、ソレハ、キョジュウク、ダネ。ココカラダト、ダイブトオイヨ。」

「・・・って言ってるけど、イエイヌちゃん、そうなの?」

「わふ! たしかにいっぱい、あるいてきました!」

「ココハ、ソウゲンチホート、チクリンチホーノ、サカイメダカラネ。キョジュウクマデハ、アルクトナンニチモカカルヨ。」

「・・・、って、言ってるけど・・・。」

「はい! いっぱい、あるいてきましたから!」

「そっかぁ・・・。いっぱい、あるいてきたんだねぇ・・・。」

 てっきり、イエイヌちゃんのおうち、すぐ近くにあると思ってたんだけど・・・。

 うーん、ジャパリパークって、かなり広いんだね。

「・・・、なんでそんな遠くまで来たの?」

「わふ! わたしにもよくわかりません!」

「そっかぁ・・・、わからないんじゃしょうがないよねぇ・・・。」

 とてもかしこいイエイヌちゃんだけど、こういうのん気な感じはイヌっぽいかも。

 

 なんてことを思っていると、イエイヌちゃんの表情が、少しだけ暗くなった。

「あの・・・、やっぱり、わたしのおうちにいくの、やめましょうか?」

「え?」

 イエイヌちゃんは暗い表情のまま、おはなしを続ける。

「ボスとあえて、おはなしもできたことですし・・・、いちど、ともえちゃんのめざめたばしょに、もどってみてはどうでしょうか。ボスにきいてみたら、なにかわかるかもしれません。」

 しゅん、と。お耳としっぽを下に降ろしたイエイヌちゃんは・・・、なんというか、とても心細そうだ。

「なに言ってるの? イエイヌちゃん。」

 ぴしゃり、と言葉を返すと、イエイヌちゃんは、くぅん?とか細い声で反応した。

「今はイエイヌちゃんの案内で、イエイヌちゃんのおうちに向かってるんでしょ?」

「いえ・・・、でも・・・。」

「あのさ、イエイヌちゃん。たしかに記憶のてがかりを探すのもたいせつかもしれないけど。そんなの、後でできるじゃない。」

 そう、そんなのは後でできることだ。

 イエイヌちゃんのおうちに行って、一緒に日が暮れるまで遊んで、一緒に寝て。そうしてから、気が向いたらまた戻ってくればいい。

 わたしはそう思うのだけど、イエイヌちゃんはどうにも違うみたいで、びっくりした顔をしていた。

 

「そんなの、って・・・、ふあん、じゃないんですか?」

「不安? なんで? イエイヌちゃんがいるのに。」

 つい、ぽろっと本音が漏れる。口にした後では飲み込むこともできない。

 あんまりにもイエイヌちゃん頼りな発言に、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。

「・・・っ、とにかく! イエイヌちゃんのおうちに行くのが、今のたいせつなの! あたし、すっごい楽しみにしてるんだからね?」

「は・・・、はい、わかりました。・・・わふぅ。」

 イエイヌちゃんは、とてもかしこい。

 けど、かしこいから、色々と考え過ぎちゃうみたい。

 

 そんなわたしたちの会話を聞いていたのか、ボスが声をかけてくる。

「トモエ。キョジュウクマデハ、チクリンヲトオルホウガ、ハヤイヨ。」

「ちくりん?」

「アレダヨ。」

 と、ボスは体を傾けて遠くを示す。つられて目を向けた先には、大きな竹林が空に向かって伸びているのが見えた。

「そうなんだ。じゃあ、あそこまでの案内は、お願いしようかな? イエイヌちゃん。いいよね?」

「はい! よろしくおねがいします!」

「だって。ボス、おねがいね?」

「ワカッタヨ。」

 そうして、わたしたちはボスを先頭に竹林に向かうことにした。

 

 ― ― ―

 

「ソロソロ、チクリンニハイルヨ。」

「わぁ・・・! すっごいおおきい・・・!」

 見上げるように大きな竹に、思わず声が漏れた。遠くに見えていたときから大きいなぁと思っていたけど、近くに来るとよけいに大きく感じる。まるで空につき刺さってるみたいだ。

「チクリンハ、ホトンド、イッポンミチダケド、ワキミチニハイルト、マヨウカラ、デグチマデハ、アンナイスルヨ。」

「うん、ありがと! ボス!」

 ぴこぴこと音を立てて歩くボスに続いて、わたしたちも竹林に入る。

「チクリンニハ、トテモユウメイナドウブツノ、フレンズガイルネ。」

「有名などうぶつの、フレンズ?」

「ソウダヨ。コノジカンナラ、アエルカモシレナイネ。」

 

 ぴこぴこと音を立てて歩くボスを先頭に、竹林の中をゆっくりと歩く。ちょうどいいくらいに和らいだ陽の光が、とても心地いい。

「それにしても、竹がいっぱいだねー。」

「すごくいいにおいですね。なんだかおちつきます。」

「あ、それわかる。なんだか眠くなってきちゃうかも。」

 青臭いような、すーっとする香りに安らぎながら、さらさらと風に流れる笹をながめる。となりを見ると、イエイヌちゃんは図鑑のページをぱらぱらとめくっていた。

「イエイヌちゃん、ちゃんと前見て歩かないと危ないよ? 図鑑、あたしが持とうか?」

「ともえちゃん? そのてにはのりませんよ?」

「あはは、やっぱりダメか。でも、危ないのはホントだよ?」

「ごしんぱいにはおよびません。わたしはにおいとおとで、みなくてもだいたいわかるので、だいじょうぶなのです。」

 どやー、という表情のイエイヌちゃん。

 なにそれ、ずるい。

 いやまあ、事実だろうから非難する声は出ないけど。

 あと、どや顔かわいい。

「それと。あぶないのはほんと、なんて、どのくちがそんなことを?」

「あはは・・・、ごめんなさい。反省してます。」

 いや、ほんとに。かえす言葉もございません。

 

「それにしても、このずかん、かなりぼろぼろですねぇ。」

 イエイヌちゃんは図鑑を大事そうに持って、しげしげと眺めるようにしながら言った。

「そうだね。ヒトの手をはなれて、だいぶ経ってそうな感じかな。」

 ひょっとしたら、この図鑑の持ち主さんがあまり物を大切にしないヒトだった可能性もあるけど、たぶん、そうじゃないと思う。

 さっき読んでいた時も、自然にできたものじゃなく、何度も何度も読み返してできたような汚れが目についたりしたから。

「ここなんて、かみがはんぶん、なくなっちゃってます。」

「あ、そうそう。あたしもそれ、気になったんだ。」

 図鑑の最初の方に、半分やぶれてしまっているページがあった。

 気になったのは、やぶれていることはもちろんなんだけど、それ以上に、

「たいせつな、ともだち。」

「と、ともえちゃん? いきなりどうしました?」

 と、びっくりした顔のイエイヌちゃん。なんだろう、ちょっぴり顔が赤い気がする。

「た、たしかにともえちゃんは、たいせつなおともだちですけど・・・、いきなりそんなこといわれると、てれちゃいます・・・。」

「えっと、そうじゃなくて、あ、いや、もちろんイエイヌちゃんはたいせつなおともだちなんだけど・・・。そうじゃなくて、その、半分残ってるページに文字があるでしょ? そこに、そう書いてあるの。」

 やぶれていること以上に気になるのは、残った半分に書かれた手書きの文字の方だ。

 クレヨンで書かれた、たいせつなともだち、という文字。

 だいぶ下手なんだけど、見ているこっちまで幸せな気分になるような、そんな文字。

 

「そ、そうなんですね。・・・わふ、おはずかしい。」

 イエイヌちゃんは顔を赤らめながら、両手でそれを隠す。

「恥ずかしい? なんで? フレンズさんは元は動物なんだから、文字が読めないのは、別に恥ずかしいことじゃないでしょ?」

「いえ、そういうことではなく・・・、」

 なんだかイエイヌちゃんの顔がますます赤くなる。なんでだろ?

まあ、恥ずかしいって言ってるのを、あんまりこれ以上つっつくのもよくないよね。

 うん、きにしない、きにしない。

「そ、それにしても、ここにはどんなどうぶつが、かかれていたんでしょうか。」

「うーん・・・、わかんないけど、きっと、すてきな動物だったんじゃないかな?」

 たいせつなともだち。

 なんて、持ち主さんが図鑑に書くくらいなんだから。

 

 ふと、視界が明るくなる。見ると、林道のわきに大きくひらけた場所があった。

「ボス、あそこは?」

「アレハ、フレアイヒロバダネ。ユウグガイッパイアルヨ。ベンチヤ、ミズノミバモ、アルカラ、アソコデチョット、キュウケイシヨウカ。」

「うん。わかったよ!」

 ふれあい広場、とボスが言ったところは、色々な遊び道具のある公園みたいな感じだった。

「すべり台に、おすなばに・・・、てつぼうに・・・、」

 ゾウの形をしたすべり台とか、ラクダの人形が寝そべる砂場とか、おサルさんの人形がしがみついてる鉄棒とか、どれも動物をモチーフにしたデザインの遊具が並んでいるんだけど、

「あれは・・・、ブランコ?」

 どうしてだろう、ブランコだけがとても簡単な造りだった。

 木でできた枠組みに丈夫そうなロープ。先には大きなタイヤが括り付けられている。

「これって・・・、なんだか、」

 どこかで見たことがあるような・・・?

 

「トモエ。アソコノベンチデ、キュウケイシヨウ。」

「あ、うん。そうだね。ついでにお昼にしよっか。」

「わふ! ジャパリまん! たのしみです!」

「あはは、イエイヌちゃんはジャパリまん、大好きだね。はい、イエイヌちゃんのぶん。」

 かばんからジャパリまんを取り出して、イエイヌちゃんに渡す。

「わふ! ありがとうございます!」

「・・・それとぉ、汚しちゃうといけないからぁ、図鑑はしまっちゃおうかぁ。」

「はい! そうしましょう!」

 うれしそうにぱたぱたとしっぽを振りながら、イエイヌちゃんは図鑑をこちらに渡してくれた。わたしの含みのある顔には、気が付かなかったみたい。

 ああ・・・っ、おかえり!

 あたしのどうぶつ図鑑・・・!

 ぎゅっ、と図鑑を抱きしめて再会の喜びをかみしめる。このままさっきの続きを読みたくなるけど、なんとかがまんしてかばんにしまった。

 食べながら読むのは、さすがにおぎょうぎ悪いよね。

 

 がさがさ・・・、

 と、ベンチに腰かけてご飯にしようとしたところで、わきの竹林から音がした。

 音のする方を見ると、

「おやー? きみたちはー、だれだーい?」

 のんびりとした声のフレンズさんが広場に出てくるところだった。せり出した笹の影になっていて、姿はよくわからない。

 フレンズさんはそのままゆっくり、のそのそとこちらに近づいてきた。広場にあふれる陽の光に照らされて、よく見えなかった姿が、はっきりと見える。

 あ、あれは・・・!

「はじめまして! わたしはイエイヌのフレンズで、イエイヌといいます! こちらはヒトのともえちゃんです!」

「・・・っ、・・・、」

「・・・ともえちゃん?」

 口を大きく開けたまま黙っているわたしに、イエイヌちゃんは不思議そうな顔。けれど、それに応じる余裕は、わたしにはなかった。

 そのフレンズさんの姿に、昨日も感じたあのムズムズが――、

 ムズムズを通りこしてキュンキュンになってしまっていたのだから。

 

「ぱ、パンダだぁぁぁーーーーっ!!」

 

 白いショートの髪に、黒くてまあるいお耳。

 ほんわかしたお顔にかかる前髪には、両目の上あたりに丸くて黒いアクセントがあって、まるでマスコットキャラのおめめ、みたいな印象。

 セーラー服みたいな服も、ふりふりと揺れる短くて丸いしっぽも、すっごい可愛い。

 ああ・・・! これはもう、反則でしょ・・・!

「と、ともえちゃ――!?」

 夢中で駆け出したわたしは、イエイヌちゃんの声を置いてけぼりにする。

 

 そう、いまのあたしは、おとよりもはやい!

 

「んー? きみはー、ぼくをしって、むぎゅ、」

 パンダちゃんが何かを言いかけていたが聞こえない。

 わたしは無我夢中でその体に抱き着き、一心不乱に、ふわふわをもふもふした。

「ぱんだだぁっ! ぱんだだぁっ! すっごい! すっごいふわふわ! もふもふ! もふもふ! はわぁぁ・・・、すっごいぃ・・・、」

「ともえちゃん!? いきなりだきついたりしてはだめです!」

「すんすん・・・、くんかくんか! いいにおい! においまでかわいい! だめ! これだめ! かわいすぎちゃう! かわいじぬ!」

「あやー。なんだかわかんないけど、たいへんだー。」

「ともえちゃん! だめですって! こまってますから! ごめいわくですから!」

 イエイヌちゃんが引きはがそうと腰のところをつかんでくる。けれど、キュンキュンの波動に目覚めたわたしに、その程度の妨害は無意味だ。

「アレハ、ジャイアントパンダダネ。クマカノドウブツデ、チクリンニセイソクシテイルヨ。」

「ボス! ボスも、ともえちゃんをとめてください!」

「クマカニハ、ザッショクイキモノガオオイケド、パンダハ、タベモノノホトンドヲ、ササヤ、タケ、タケノコデ、マカナッテイル、トテモカワッタイキモノナンダ。ソノ、オオキナカラダヲイジスルノニ、ヒツヨウナササノリョウハ・・・、」

「せつめいはあとでいいですからぁ! なんとかしてください!」

「もふもふ! ふわふわ! あばばばば!」

 あたふたしているイエイヌちゃんを尻目に、わたしはしばし、至福の時間に浸るのだった。

 

 ― ― ―

 

「ぼくはジャイアントパンダのパンダだよー? よろしくねー?」

「あたしはともえだよ! よろしくね!」

「あらためまして、イエイヌです・・・。さきほどは、ともえちゃんが、たいへんしつれいをいたしました・・・。」

 改めてにっこりと自己紹介をするわたしたち。イエイヌちゃんだけが申し訳なさそうに頭を下げていた。

「えー? パンダちゃん、怒ってないからいいじゃない。」

「おこってなくても、しょたいめんのフレンズに、だきついたりしたらだめなんです!」

「ええー・・・?」

 なんだか昨日、初対面のフレンズさんに、抱き着かれた上に思いっきりなめまわされたような気がするんだけど・・・。

 って、それ言うと、またイエイヌちゃん落ちこんじゃうだろうから、言わないでおこうっと。

 

「ごめんね? パンダちゃん。あたし、かわいい動物とかフレンズさんを見ると、つい、われを忘れちゃうみたい。」

「きにしてないよー? ぼくもたけのこをみつけるとー、こうふんしちゃうからー。」

「たけのこ? パンダちゃん、たけのこ食べるの?」

「たべるよー? あれ、おいしいよねー。」

「フレンズハ、ジャパリマンイガイニモ、ドウブツダッタコロノ、ショクセイニモトヅイタ、ショクジヲスルコトガアルヨ。ジャイアントパンダハ、ササヤ、タケ、タケノコガシュショクダカラネ。」

「あれー? ボスってしゃべれたっけー?」

 フレンズさんの習性について説明をするボスに、パンダちゃんはぽわぽわとした声で疑問を口にする。やっぱりフレンズさんにとって、ボスがしゃべるのはびっくりすることみたいだ。

「あのですね。ボスは、ヒトであるともえちゃんとならおはなしを・・・、」

 と、親切なイエイヌちゃんが説明を始めようとするのだけど、

「まー、そういうこともあるかー。」

「ええ!? きにならないんですか!?」

「んー? ぼく、こまかいことってあんまりきにしないからー。」

 と、ほわほわとした笑顔のパンダちゃん。

「んー、たけのこのおはなしをしてたらー、なんだかおなかがすいてきちゃったー。」

 なるほど、パンダちゃんってこんな感じの子、なんだね。

 のんびりした感じが、すっごいかわいい・・・!

「良かったら、ジャパリまん、一緒に食べる?」

「わふ。そうですね。ごいっしょにどうですか?」

「ありがとー。えんりょなくいただくよー?」

 わたしが差し出したジャパリまんを手に取って、パンダちゃんはにっこり笑った。

 

 ― ― ―

 

 お昼を食べた後、わたしたちは広場の遊具でひとしきり遊んだ。

 すべり台に、お砂場に、てつぼうに、そしてブランコ。

 やっぱり、というべきか、あのブランコはパンダちゃんのお気に入りらしい。

「これでー、ぶーらぶらしてるとー、すっごくきもちいいんだよー? ふわぁ・・・、」

 そう言いながら、うつらうつらしているパンダちゃんはとってもかわいらしい。

「あー、そうそうー。ちくりんはー、よるになるとまっくらになるからー、きをつけてねー? ぼくも、おきたときまっくらだったりすると、たまにころんじゃってー。」

「そうなんだ・・・。大変だね。」

「パンダニハ、ヒルトヨルノクベツガ、アマリナインダ。ネタイトキニネテ、オキタイトキニオキルカラ、シンヤニコウドウスルコトモ、アルヨ。」

 ボスが付け加えてくれた説明に、なるほど、とうなずく。マイペースな感じが、とってもパンダちゃんらしい。

 それに、ころん、と転んじゃうパンダちゃん、すっごい見てみたい・・・、けど、

「あんまり真っ暗だと、あたしには何も見えないよね。」

「そうですね。くらくなるまえに、ちくりんをぬけたほうがいいかもしれませんね。」

「そうだね。そうしよっか。」

 もう少しパンダちゃんと遊んでたいし、できればでんぐり返しするところも見てみたいけど、そのほうがいいよね。

 ・・・昨日も、危ない目にあったばかりだし。

 

「・・・って、言ってるそばから寝ちゃったね。」

 さっきまでぱたぱたと広場を走り回っていたイエイヌちゃんは、パンダちゃんに誘われるまま一緒のブランコに腰かけると、すぐにいねむりしちゃった。

 パンダちゃんもこっくりこっくりしてる。

 お互いに体をあずけるようにして眠っているその姿は、なんとも幸せそうだ。

 わたしはベンチに腰かけて、そのほほえましい光景をスケッチブックに描き始める。昨日、ロバちゃんの馬車に揺られながら描いた絵に続いて、3ページ目だ。

 こうやって、思い出が1ページずつ増えていく感じは、とても楽しくて、うれしい。

「・・・、あれ? あのはしっこの、なんだろ?」

 竹林のすてきな風景も一緒に収めようと思って周りを見渡した時、広場の端っこにサッカーボールくらいの大きさの何かが落ちてるのを見つけた。

 近くによって見てみると、なんだか人工物っぽい。それに、落ちてるんじゃなくて地面から生えてるみたいな・・・。

 あっ、ひょっとしてこれ・・・、

 

「ねえボス、ちょっとお願いがあるんだけど。」

「ナニカナ。」

 その正体に心当たりがあったわたしは、ひとつボスにお願いをすることにした。

「・・・が、・・・から、・・・で、・・・、」

 寝ちゃってる二人を起こさないように、ひそひそ声で話しかける。おかげでいつも以上にたどたどしい説明になっちゃったけど、ボスは黙って聞いてくれた。

「ワカッタヨ。デモ、スコシジカンガカカルカモシレナイヨ。」

「大丈夫だよ。お願いできる?」

「マカセテ。」

 よかった。できるみたい。

 パンダちゃん、よろこんでくれるかなぁ。

 

「あたしはおえかきの続き、しよっと。」

 ふたりを起こさないように、小さな声で言いながらベンチの方に足を向ける。

「・・・あれ?」

 と、ベンチの裏手の竹やぶに、さっきまでいなかった子が隠れるようにしてこちらを覗いているのが見えた。

 いや、こちら、というのは違うかも。その子は広場のまんなか、ブランコの方を見ているみたい。ひょっとして、あの子もブランコで遊びたいのかな?

「こんにちは。ひょっとして、あなたもブランコで遊びたいの?」

「・・・っ、!」

 近くにいって声をかけると、その子はびっくりした顔をこちらに向ける。そんなに静かに歩いたつもりもなかったけど、近づいて声をかけるまで、全然気づいてなかったみたい。

 そんなに夢中になるくらい、ブランコで遊びたいのかな?

「驚かせてごめんね? あたしはともえ。よろしくね?」

「あ、あああ・・・!」

 自己紹介をしてみるんだけど、返事とはとれないような声が返ってきた。

 ひょっとして、恥ずかしがり屋さん?

 なんて思っていると、その子は――、

 

「フーーーーーーーーッ!」

 

 両手を大きく上に広げて、うなり声をあげた。

 

「なんっすか! じぶんはレッサーパンダのパンダっす! じぶんになにかようっすか!?」

 その子、レッサーパンダちゃんは警戒心びりびりの声で言ってきた。

 なんだかものすっごい警戒をされちゃったみたいで、ちょっと悲しくなる。

 ・・・けど、それ以上に、わたしにはある感情が大きく芽生えていた。

 

 レッサーパンダちゃんの赤茶色の髪にはところどころ白と黒があって、パンダちゃんとおなじくマスコットキャラの顔みたいに見える。

 濃い茶色の服はもこもこした毛皮みたいで、まるでふわふわのぬいぐるみ。

 そして、いかくのポーズ、なんだろうか。

 両手を上に広げて、フーッと警戒音を出して。

 そんな、せいいっぱい強がって見せてるような、その姿・・・、

 

「か、・・・、」

「・・・、か?」

「かわいいいいいいいぃぃぃぃぃいーーーーっ!!!」

 思わず大声をあげてしまうくらいかわいかった。

 たまらずレッサーパンダちゃんに抱き着いて、ほおずりをしてしまう。

「うわ! なんっすか! いきなりなんっすか! やめるっす!」

「かわいい! かわいい! すりすり! もふもふ! んー! むちゅちゅちゅちゅ!」

「やめろっす! やめてっす! もー! なんなんっすか!」

 どうしよう! またキュンキュンが止まらない!

 

「どうかしましたか! ともえちゃん!」

「なーにー? どしたのー?」

 騒ぎ過ぎたせいだろうか、イエイヌちゃんとパンダちゃんが起きちゃったみたい。

 悪いことをしたなぁ、と思いつつ。

 けれど、わたしはもふふわの誘惑にあらがうことができない。

「はー、かわいいよぉ・・・! 怖がらなくてだいじょぶだからね? 痛くしないから!」

「そのはつげんがすでにこわいっす! はなせっす!」

「ともえちゃん! またですかぁ!?」

「あやー。なんだかたいへんだねー。」

 すぐに駆け寄ってくるイエイヌちゃんと、のんびり近づいてくるパンダちゃん。

 イエイヌちゃんはさっきのことでコツを覚えたのだろうか、今度はいとも簡単にわたしをレッサーパンダちゃんから引きはがしてみせた。

 

「ああ・・・、もふもふ、もふもふがぁ・・・、」

「ともえちゃん! いいかげんになさい!」

「あぅぅ・・・、ごめんなさぁい・・・。」

 とうぜん、イエイヌちゃんに叱られるわたし。

 今度ばかりはぐうの音も出ない。

 パンダちゃんと違って、レッサーパンダちゃん、嫌がってたみたいだし・・・。

 

「あれー? きみはー、」

「・・・っ、!」

 見ると、倒れこんでいるレッサーパンダちゃんに、ちょうどパンダちゃんが話しかけているところだった。

「・・・あのっ! じぶん! じぶんは!」

「なーにー?」

「・・・っ、また、こんどっすー!」

 レッサーパンダちゃんは、わたわたと立ちあがり、竹やぶの中に走って行ってしまった。

「ああ・・・、にげちゃった・・・。」

 謝らないと、と思ってたのに。

「だれのせいですか。ほんとにもう。」

「うぅ、はんせいしてます・・・。」

 なんだか今日は朝からイエイヌちゃんに叱られてばっかりだ。

 ホントに、心から反省してます・・・。

 

 ― ― ―

 

「あのこー、まえからみかけるこなんだけどー。そっかー、あのこもパンダっていうんだー。」

 レッサーパンダちゃんが竹やぶに隠れちゃって、わたしはさっき聞いたことをパンダちゃんとイエイヌちゃんに話していた。

「うん。レッサーパンダの、パンダちゃんなんだって。」

「パンダさんとおなじおなまえなのですね・・・、しゅぞくがちかいのでしょうか?」

「今まで、おはなししたことなかったの?」

 素朴な疑問をぶつけてみると、パンダちゃんは、うーん、と考えるような顔をした。

「そうだねー。ときどきみかけるんだけどー。ぼくがはなしかけようとするとー、いそいでどっかにいっちゃうんだー。」

「そうなんだ。やっぱり恥ずかしがり屋さん、なのかな?」

「ふむ・・・、それだけではないような、きもしますが。」

 

 イエイヌちゃんと顔を見合わせていると、パンダちゃんはのほほんとした顔で、

「それよりー、あのこー、ちょっとあぶないかもー。」

 その顔に似合わない、不吉なことを言った。

「危ないって、レッサーパンダちゃんがどうかしたの?」

 危ないって・・・、なんだろ?

 たしか・・・、竹は地中に茎がはってるんだっけ?

 たまに地面から出たりして、天然のワナみたいになってるから、たしかに竹やぶを走っちゃ危ないかもだね。

「ここはー、よるはまっくらでー、まようとあぶないんだけどー。それだけじゃなくてー。」

 パンダちゃんはそこで区切ると、わたしの予想を大きく上回る言葉を続ける。

 

「さいきんー、よるになるとー、こわそうなけものがうろうろしてるんだー。」

 

 こわそうな、けもの。

 その言葉に、昨日であったセルリアンを思い出して、ぶるっと震える。

「なんかねー? ぐるぐるって、こわいうなりごえでー。なにかさがしてるみたいでー。」

「それは、セルリアンでは、ないのですか?」

「ちがうとおもうー。 ぼくもちらっとみただけだからー、はっきりわかんないけどー。」

 イエイヌちゃんも昨日のことを思い出したのか、心配そうな顔だ。

 そんな様子に気づいているのかいないのか、パンダちゃんはのほほんとした顔をしながら話を続ける。

「それにー、ここにまえにすんでたこにー。おしえてもらったんだけどねー? このあたりにはー、むかし、おおきなけもの、がいたってー。はなしがあるんだー。だからー。ひょっとしたらー、あぶないかもってー。」

 おおきなけもの・・・って、それって、やっぱり昨日のセルリアンみたいな・・・。

 

「たいへん! あの子、探さないと!!」

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~ジャイアントパンダ~

 

 パンダちゃんはネコ目クマ科ジャイアントパンダ属の哺乳類、ジャイアントパンダのフレンズだよ!

 目の周りがまあるく黒い毛に覆われてて、とっても愛らしい見た目をしてるよ!

 おまけにしっぽもお耳もまあるくて短くて、全体的にまあるい体型をしてるから、とってもかわいいよね!

 

 ジャイアントパンダはほとんど笹とか竹とか、筍しか食べないみたい! 毎日10キロから20キロくらい食べるみたいなんだけど、そんなに同じものばっかり食べて飽きないのかな?

 そんな食生活だから、野生のパンダはほとんどみんな、竹林に住んでるよ!

 動物園だといつも寝てる印象があるから、夜行性だってよく勘違いされるけど、実は違うみたい! 眠い時は寝て、十分に寝たら起きて、気ままに暮らしてるんだって! かわいい!

 

 そんな、かわいいジャイアントパンダだけど、クマ科の動物だから、実は獰猛な気性もあったりするよ!

 別名に大熊猫、なんて名前もあるくらいで、力もすっごく強いから、襲われたら、あたしなんてひとたまりもないかも!

 でも、フレンズのパンダちゃんはすっごい優しくて、そんなこわいこと、考えなくていいから、安心だよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 



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けものフレンズR くびわちほー 第02話「おおきなけもの」B・Cパート

フレンズ紹介~レッサーパンダ~

 

 パンダちゃんはネコ目レッサーパンダ科レッサーパンダ属の哺乳類、レッサーパンダのフレンズだよ!

 元々はパンダって名前だったんだけど、後で見つかったジャイアントパンダの方が有名になっちゃって、「小さい」って意味の、「レッサー」が頭につくようになったんだって!

 なんだか・・・、ちょっとかわいそうだよね・・・?

 

 ジャイアントパンダと同じで、レッサーパンダも竹とか筍をよく食べるみたい! でも、そればっかりじゃなくて、虫とか果物とかも食べるんだって!

 夜行性で、昼間は木の上で寝てることが多いけど、夏になるとお昼もよく動いてるみたいだよ!

 

 レッサーパンダも目の周りに黒い模様があって、すっごいかわいらしいんだけど、あたしが一番かわいいなぁって思うのは、威嚇をしてるとき!

 後ろ脚としっぽでバランスをとって、前足をばんざいして、体を大きく見せるんだけど、それがすっごいかわいいの!

 でも、威嚇をするってことは、本人は驚いたり、興奮してるってことだから、レッサーパンダに会っても、わざと威嚇させようとしたりとかは、絶対にしちゃだめだよ!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

 イエイヌちゃんとわたしは竹やぶの中を連れ立って歩いていた。

 パンダちゃんはおるすばん。ひょっとしたらレッサーパンダちゃんが戻ってくるかもしれないから、誰かは残っていた方がいいだろうというイエイヌちゃんの判断だ。

 うん。やっぱりイエイヌちゃんはかしこい。

 とは言え、そうなると今度はパンダちゃんがひとりだ。危なくないかと聞いたのだけど、パンダちゃんの回答は、

「んー? だいじょうぶだよー。ぼく、こうみえてけっこうつよいんだよー?」

 とのこと。

 たしか・・・、ジャイアントパンダの別名は、大熊猫、というんだっけ。

 その名が示す通り、ジャイアントパンダはその愛らしい見た目からは想像できないくらいに、とっても力持ちだ。

 

「パンダちゃーん! おーい! レッサーパンダちゃーん!」

 そして、わたしは大声で呼びかけながら竹林を歩いていた。

 抱き着いて驚かせちゃったわたしが呼びかけるのは逆効果かも知れないけど、もし反応で物音でもすれば、そばにいるイエイヌちゃんの耳に届くだろう。

「パンダちゃーん!」

 大声を出すわたしとは対照的に、音と匂いに集中したイエイヌちゃんは、とても静かだ。

 ひそひそと、その耳に近づけてささやく。

「どう? 反応はありそう?」

「音は・・・、ありませんね。においはまちがいなく、こちらであっているとおもいますが。」

「そっかぁ・・・、」

 うーん、なにかヒントになりそうなもの、ないかなぁ・・・。

 何か目印になるものとか・・・、好みの場所とか・・・、

 そもそもレッサーパンダって、どういういきものなんだっけ?

 

「あ、そうだ!」

 ふと思いつき、肩掛けかばんから動物図鑑を取り出す。

「レッサーパンダの生態が、これにのってるかも!」

「わふ、たしかにそうですね。ちょうさを、おねがいします。」

「りょうかい!」

 小声だけど元気よく答えながら、わたしは図鑑をぱらぱらとめくっていく。

「えーっと、れ、れ、れ・・・、あった! レッサーパンダは・・・、」

 目当てのページに辿り着き、レッサーパンダの説明を食い入るように見つめる。黙読で内容を頭に入れながら、ヒントになりそうなところを探した。

 ・・・あ、これなんて、ヒントになるかも。

 

「木登りがとくいで、外敵に襲われないよう、木の上で寝る、だって!」

「なるほど、うえはもうてんでした。それをふまえて、もういちどさがしてみますね。」

 そう言って、イエイヌちゃんはすっかり静かになった。耳をぴくぴく、鼻をくんくんしながら、目をサーチライトみたいにゆっくり動かす。

 ・・・と、

「・・・、みつけました。」

 そう時間もかからずに、イエイヌちゃんはうれしい報告をしてくれた。

「ともえちゃんは、ここでまっててください。すぐ、つれてきますから。」

「うん、わかったよ。おねがいします。」

 こくり、お互いに頷きあう。

 そして、イエイヌちゃんは目で追うのも大変なくらいの速さで駆け出して行った。

 

 ほっ、と息が漏れる。少なくとも、暗くならないうちにレッサーパンダちゃんを見つけることはできたみたいだ。

 こわいけもの、の正体はわからないけど、ひとりでいるより、みんなでいたほうが安全に決まってる。

 これでひと安心・・・、

 ひと、安心・・・?

「・・・、えっと、ひとりでいるのって、危ないんだよね?」

 頭をよぎった考えに、ぶるり、と身が震える。

 パンダちゃんは強いから、ひとりでも大丈夫かもしれないけど・・・、

 あたしは・・・。

「うぅ・・・、イエイヌちゃん、はやくかえってきてぇ・・・。」

 われながらすっごい情けないことだけれど、ちょっと泣きそうだった。

 

 ・・・くいっ、と。

「ひぅっ!」

 とつぜん、後ろからシャツの裾を引っ張られて、とんでもなくびっくりする。

 ひめいと一緒に、心臓が口から飛び出したのかと思ったくらいだ。

「なぁ・・・、なぁに・・・ぃ?」

 うるんだ視界で後ろを振り返る。

 ひょっとして、パンダちゃんの言ってたこわいけもの・・・、

 と思ったけど、そこにいたのは小さな女の子だった。

 

 髪も服も、全身がうす緑色っぽい色をしていて、大きな耳がまっすぐ上に伸びている。ふか緑色のつぶらな瞳は、幼い顔立ちと相まって、まるでお人形さんのようだ。

 今まであったフレンズさんは、みんなわたしと同じくらいの背格好だったけど、その子はわたしより頭ひとつぶんくらい小さい。

 しましまの模様があるしっぽは、体のはんぶんくらいの大きさがあった。キツネかタヌキみたいなふんわりとした毛並みで、ずんぐりしてて、とってもかわいらしい。

 本当に、かわいらしいんだけど。

 どうしてだろう、どきどきが収まらない。

 どうしてか、わたしはその子に今まであったフレンズさんとは違う何かを感じていた。

「・・・、・・・、」

 無言のまま、こっちを見つめる姿に、少し不安を感じたからかもしれない。

 さっきまでひとりきりだったから、ただ考えすぎているだけかもしれない。

 

 それとも、その、か細い首に巻かれた、他のフレンズさんにはない、

 くびわ、が、

 とても異質に思えたから、かもしれない。

 

「あの・・・、あなた、お名前は?」

 わたしは不安をそのまま口にするかのように、その子に名前を聞いていた。

 女の子は首をふるふる、と振り、小さな口を開けて、ぽつり、

「・・・すぐに、ここをはなれて。」

「ど、どういう、こと・・・、かな?」

 思わず聞き返してしまうけれど、女の子は答えない。

 ただ、無言のまま、じぃっと、わたしの目を見つめてくる。

 ふか緑色の、まるで宝石みたいな瞳。

 見つめ返しているだけで、吸い込まれて行ってしまいそうな、深い輝き。

 昨日、セルリアンを見たときに感じた、生命の危険を感じるようなものとはまた違う、漠然とした不安感が、わたしの体にまとわりついて――、

 

「ともえちゃん! レッサーパンダさん、つれてきましたよ!」

「わっ! わわっ! あんまりひっぱんないでほしいっす! ちゃんとひとりでいけるっす!」

 

 と、背後から聞こえる声。

 とたんに、すぅっと、体が軽くなるのを感じた。

「イエイヌちゃん! ・・・っ、」

 振り返り、大きな声で答える。と同時に、その場にへたり込んでしまった。

「ともえちゃん? ・・・っ、どうしました!? おかおがまっさおです!」

「あっ、あんたはさっきの・・・! って、ほんとにまっさおっす! だいじょうぶっすか!? ぽんぽん、いたいんすか!?」

 わたしは、よっぽどひどい顔をしてたんだろう。イエイヌちゃんに、レッサーパンダちゃんまで、とても心配そうな顔で駆け寄ってきてくれた。

「あ、あはは・・・、だいじょうぶ・・・、ちょっと、びっくりしちゃって・・・。」

「ともえちゃん、たてますか? それとも、すこし、やすみますか?」

「ありがと、イエイヌちゃん。・・・うん、立てる。」

 差し伸べられたイエイヌちゃんの手を取って、起こしてもらう。

 ふぅ、とひと息。

 ・・・うん、大丈夫。だいぶ落ち着いてきた。

 

「ともえちゃん。なにがあったんですか? おけがは・・・、ないようですけど。」

「ああ、ええっと、ホントになんでもないの。ただ、あの子が・・・、」

 言いながら、後ろを振り返る。

 そこには、

「あのこ・・・、ですか? どなたも、おられないようですけど。」

 だれのすがたも、なかった。

 

 ひぅ、と、漏れ出そうになるひめいをひっしにこらえる。

 視界はうるみまくってひどいことになってるけど、がんばる。

「い、イエイヌちゃん・・・、」

 

 でも、やっぱり、こういうのは、ちょっと・・・、

 ・・・ううん、かなり、きっついので、

 

「ともえちゃん・・・? あ・・・っ、あの、ほんとうに、だいじょうぶですか?」

「だいじょうぶ・・・、だいじょうぶだから、ちょっと、このままで。・・・おねがい。」

 イエイヌちゃんにだきつくことで、いやしてもらうことにした。

 

 ― ― ―

 

 それから数分もしない内に、わたしはさっきの状況を説明できるくらいには回復していた。

 イエイヌちゃんのもふもふ癒し効果は、いだいである。

「くびわをつけたフレンズ・・・、ですか。」

「うん。お名前を聞いたんだけど、答えてくれなくて。なんの動物か、わかんないけど。」

 続けて、くびわ以外の特徴も話してみるけど、ふたりの反応は薄かった。

「そういったフレンズは、これまでみたことがありませんね。」

「じぶんも、みたことないっすね。」

「だよねぇ・・・。あたしも、なんだか、夢でも見てたような気分だし。」

 はくちゅうむ、というには、夕方に差し掛かっている今は、時間が遅い気がするけど。

 さっき感じた感覚は、夢から覚めた後、何ともなしに感じる不安感に、とても似ていた気がする。

 

「そのこがパンダさんのいっていた、こわいけもの、なのでしょうか。」

 イエイヌちゃんの言葉に、うーん、と首をひねる。

「たぶん、ちがうと思う。」

 パンダちゃんが言ってたのって、昨日のセルリアンみたいな怖さ、だと思うんだけど、あの子はそういうのとは違う感じだったから。

「こわいけもの? って、なんっすか?」

「ああ、そうそう。それはね・・・。」

 と、自然に会話をはじめてしまいそうになる自分に、ブレーキをかけた。まだ、言わなきゃいけないことを言ってなかったのを、思い出したからだ。

「その前に・・・、さっきは、本当にごめんなさい。いきなり抱き着いたりして、びっくりしちゃったよね?」

「え? ・・・、ああ! ・・・、んー、まあ、いいっすいいっす! びっくりしたっすけど、そんなにいやじゃ、なかったっすから!」

 そう言って、レッサーパンダちゃんは照れくさそうに笑った。

 この子も、とってもいい子だなぁ・・・。

 

「それで、こわいけもの、のことなんだけど・・・、えっとね、」

 切り出した言葉に続けて、パンダちゃんから聞いた話をそのまま伝えた。

 レッサーパンダちゃんは、ああ、と答えて、

「それなら、じぶんもこころあたりあるっす。よるになると、ぐるる、ぐるる、って、きこえてくることがあるっすよ。」

「パンダちゃんも? 大丈夫だったの?」

「じぶん、ねるときは、うえにのぼってねるっすから。へいきっす。」

 レッサーパンダちゃんは胸に手を当てながら、自信たっぷりに言う。

「そうなんだ。なら、余計なことしちゃったのかな?」

「どういうことっすか?」

 はてな?という顔のレッサーパンダちゃん。

 ますますお節介かもと思いはじめるけど、せめて提案だけはしておきたい、かな。

 

「ねえ、よかったら、あたしたちと一緒に、パンダちゃんのところに行かない? みんなで一緒にいた方が、危なくないと思うんだ。」

 どうかな? と聞いてみるけど、レッサーパンダちゃんの顔は、さらに、はてな?に埋め尽くされたようになった。

「じぶんが、じぶんのところに、っすか? どういうことっすか?」

「えっと・・・、ああ! ごめんなさい!」

 わたしはあわてて言いなおす。

「ジャイアントパンダちゃん、のところだね。さっき一緒にいた、ぽわぽわした感じの――、」

「あのこっすか!? あのこも、パンダってなまえなんっすか!?」

 と、レッサーパンダちゃんはとてもびっくりしたような反応を見せた。

 

「ひょっとして、あなたも知らなかったの?」

「しらなかったっす! ・・・、はー、そっすかー。あのこも、じぶんとおなじなまえ、なんっすねー。・・・えへへ、」

 なんだかとってもうれしそう。

 ひょっとして、さっきブランコの方を見つめてたのって、パンダちゃんとおともだちになりたいから、とかだったりするのかな?

 おともだちになりたいけど、恥ずかしくて声をかけられない、とか。

 なんて、微笑ましいことを考えていると、レッサーパンダちゃんは、でも・・・、と呟いて、急に暗い顔になる。

「じぶんなんかが、おなじなまえだっていったら、いやじゃないっすかね?」

 そして、そんなネガティブなことを口にした。

 

「・・・えっと、なんで、そう思うの?」

「だって、じぶん、パンダさんみたいにつよくないっす。からだも、ちっちゃいっす。きっと、めいわくかけるっす。」

「そんなこと――、」

ないよ、と、口をはさむ間もなく、レッサーパンダちゃんは暗い顔のまま、おはなしを続ける。

「じぶん、こっちにきたばかりのころ、おおぜいのセルリアンにおそわれたことがあるっす。じぶん、こわくて、なにもできなかったっす。」

 そのときのことを思い出したのか、今にも泣きだしそうな顔だ。

「そんなとき、パンダさんがたすけてくれたっす。あっというまにみんなやっつけちゃって。パンダさん、すごくかっこよかったっす。」

 そのときのこともまた、思い出したのだろう、今度はうれしそうな顔をする。

 ころころと表情を変えながら、けれど最後にはやっぱり、沈んだ顔でぽつりと。

「でも、じぶん、おれいもいえなくて、にげちゃって・・・。」

 

 レッサーパンダちゃんの気持ち、わたしにはわかる気がする。

 怖かったこととか、何もできなくて恥ずかしかったこととか、色んな事が頭をめぐって、パニックになっちゃったんだと思う。

 それはたぶん、さっきまでの怯えてたわたしや、昨日、知らない場所で目が覚めて、心細かったわたしと、同じだった。

「・・・、パンダちゃんは、あの子と、おともだちになりたい?」

「お、おともだちっすか? そんな、じぶんなんかが・・・、でも・・・、」

 そこで言葉を区切って、えへへ、と恥ずかしそうに笑った。

「そうなったら、うれしいっす。すっごくすっごく、うれしいっす。」

 本当にいい子だなぁ。この子。

 なんとかしてあげたいなぁ・・・。

 

「あー、いたいたー。」

 タイミングがいいのかわるいのか、広場に近い方の竹やぶから、がさがさと音を立ててジャイアントパンダちゃんが現れた。

「パンダさん? どうしてここに?」

「あんまりおそいからー、むかえにきたんだよー。そろそろ、くらくなっちゃうよー?」

 イエイヌちゃんにたずねられて、パンダちゃんは相変わらずのんびりとした声で答える。

 と、ぽやぽやっと動く視線が、レッサーパンダちゃんに合わさった。

「あー、きみはー。」

 声をかけられ、びくっと身を震わせるレッサーパンダちゃん。

それは、はじめて会ったばかりのときは、ただ恥ずかしがり屋なだけかな、と思った反応なんだけど。レッサーパンダちゃんの気持ちを知った今、その姿はとてもいじらしく思えた。

「よかったー。ちゃんとみつけられたんだねー?」

「あの・・・、あの! じぶんは、じぶんは・・・!」

 パンダちゃんにおはなしをしようとするレッサーパンダちゃん。

 がんばって・・・!

 と、声には出さず、応援するんだけど、

 

「・・・、また、こんどっすー!」

 

 既視感を感じる姿を見せて、レッサーパンダちゃんはわたわたと逃げ出してしまった。

 

「また、にげられてしまいましたね・・・。」

「そうだね・・・。」

 顔を見合わせるイエイヌちゃんとわたしは、そろって浮かない表情だ。

 それは、せっかく探したのに、ということではもちろんなくて。

 レッサーパンダちゃんの気持ちが、痛いほどにわかるからで。

「どうしましょう? まだ、おいかけられますけど。」

「・・・ううん、やめよう。上にいれば安全だと思うし。」

「あの、でも・・・、」

 イエイヌちゃんの言いたいこと、すっごいわかる。

 わたしも、何とかしてあげたいと思うし。

 ・・・でも、たぶん。

 こういうのは、誰かに捕まえられてするものじゃ、ないから。

 

「あれー? あのこ、こないのー?」

 変わらずぽわぽわとした感じのパンダちゃんに、せつなさを感じる。

 レッサーパンダちゃんの気持ちを、代わりに伝えてあげたいとも思うのだけど、なんとなくそれもダメなような気がして、「うん。ちょっと、都合が悪いみたい。」とだけ返した。

 すると、

「そっかー。ざんねんだなー。ぼく、あのことあそびたかったかもー。」

 と、パンダちゃん。

「そうなの?」

「そうだよー?」

 パンダちゃんはのんびりとした表情で、えへへー、と笑った。

「ぼく、じつはさー、いままでほかのことあそんだりー、したことなくってー。ぼくって、いつも、ひとりであそんじゃうからー。」

 パンダちゃんは近くの笹をむしって、ふりふりと振り回しながら、言葉を続ける。

「でもー、きょう、きみたちといっしょにあそんでー、ひとりのときよりー、たのしかったんだー。だからー、あのこもいっしょにあそんだらー、もっとたのしいかもってー。」

 

 それって・・・、つまり。

「それって、あの子とおともだちになりたい、ってこと?」

「うん、そうだねー。ぼく、あのことおともだちになりたいなー?」

 その返事に、思わず顔がほころぶ。

 となりを見ると、イエイヌちゃんもわたしと同じような顔でこちらを見ていた。

 

「ねえ、イエイヌちゃん。」

「はい、なんですか? ともえちゃん。」

「なんだか、うれしいね。」

「はい、とっても。」

 

 ― ― ―

 

 わたしたちが広場に戻るころには、すっかり日も落ちてしまっていた。

「これは・・・、ほんとにまっくらだね。」

 パンダちゃんが言っていた通り、背の高い竹がお月様も、星の光もさえぎってしまって、本当に真っ暗だった。広場の上はまるく空いているから、そこから差し込む光で、なんとか影かたちがわかるくらいだ。

「そうですね・・・、きょうは、ここでやすむことにしましょう。」

「だね。」

 てさぐりでベンチに腰掛けながら話していると、うすぼんやりした光がこちらに近づいてくる。イエイヌちゃんがくんくん、とはなを鳴らした。

「ボスも、もどってきていたのですね。」

「ああ、あれ、ボスなんだ。」

 イエイヌちゃんの言葉に、その光がボスのお腹のまるいのから出てる光だと気づく。ぴこぴこ、と歩く音がはっきり聞こえるくらいになってようやく、わたしの頼りない目も、ボスの影かたちをとらえることができた。

 

「トモエ。オカエリ。セツビノシュウリガ、カンリョウシタヨ。」

「わあ! ありがと! お疲れ様、ボス!」

「せつびの、しゅうり?」

「えへへー、えっとねー。」

「なになにー? なんのはなしー?」

 二人が寝ている間にボスにお願いしていたこと。

 それは・・・、

 

「スイッチ、おーん!」

 うかれた声を出しながら、わたしはボスに案内された、せつび、についてるレバーをはね上げた。

 ばちん、という音がして、広場を囲むように設置されているライトが、辺りに強い光を浴びせはじめる。

「わふ! なんですか!? まぶしいです!」

「わー。よるなのに、おひるになったー。」

 ありゃ。まっくらなところにいきなり、眩しすぎたかも。

「ボス、光の調整ってどうするの?」

「トナリノボリュームデ、キョウジャクヲツケラレルヨ。」

「ぼりゅーむ・・・、これのことかな?」

 レバーの隣にはコタツの温度調整みたいなやつが並んでいた。見ると、全部が一番上までいっている。それをひとつずつ、まんなかよりちょっと下くらいまで下げる。

 

「わふぅ、さっきより、みやすくなりましたぁ。」

「おおー。おひるが、あさになったー。」

 ちょうどいい明るさになったおかげで、イエイヌちゃんとパンダちゃんの、おどろいたような、ちょっと楽しそうな顔がはっきり見えた。

「えっと、夜になると真っ暗になるって言ってたでしょ? だから、ボスにお願いして、広場の照明を修理してもらったの。」

「そっかー。このよくわかんないやつ、しょうめいって、いうんだー。」

 パンダちゃんは足元にあったライトを、しゃがみ込んでぱしぱし叩く。サッカーボールくらいの大きさの、スポットライトの投光器だ。わたしがお昼に見つけたのと、ちょうど同じもの。

「なおしてくれて、ありがとねー? きみも、ありがとー。」

「えへへー。どういたしまして。」

 ボスとわたしにお礼を言うパンダちゃんは、いつもどおりのほほんとした感じだけど、なんだかうれしそう。

 よかった。これで、夜に起きても転ばなくてすむよね?

 

「・・・? どうしたの? イエイヌちゃん。」

 と、イエイヌちゃんが考え事をしているような顔でボスを見ているのに気付いた。わたしが声をかけると、イエイヌちゃんはこちらに視線を向けて、

「ともえちゃん。ボスは、ずっとしゅうりを、していたのですか?」

「たぶん、そうだと思うけど。・・・それが、どうかしたの?」

「・・・いえ、あの、ええと。」

しどろもどろにお返事をして、不思議そうな顔で黙っちゃった。

 うーん。なんだろ。けっこう気になるかも。

「ボスのことが気になるの? 何かあったの?」

「ええと、ですね・・・。たぶん、わたしのかんちがいだとおもうのですが・・・、」

 イエイヌちゃんはそう前置きをして説明をはじめようとする。

 けれど、

 

「・・・ともえちゃん。おはなしは、またあとにしましょう。」

 くんくん、とはなを鳴らしながら、真剣な顔で言うイエイヌちゃん。

「あやー。きちゃったねー。」

 そして、のんびりとした声のパンダちゃん。

 その声に似合わず、パンダちゃんもまじめな顔をしている。

「アワ、アワワワワ・・・」

 足元にいるボスは、何があったのか、がくがくと震えている。

「こうふんした、けもののにおい・・・。パンダさん、あれが?」

「そうだねー。」

「アワ、アワワワワ・・・」

 みんなの視線の先には、フレンズさん、がいた。

 

 ・・・えっと、

 フレンズさん・・・、で、いいんだよね・・・?

 

 ふわふわっとふたつにまとめられた、茶、白、黒のしましまの髪。明るい茶色のまるいみみに、白と黒のしましまの長いしっぽ。

 ブレザーみたいなかわいい服に、髪と同じ色のしましまニーソックスを履いている。ふともものところにはちらっとガーターベルトも見えていて、せくしー、なような、かっこいいような、そんな印象。

 そんな、かっこかわいいフレンズさんの姿をしているのだけど、どうしてか、わたしはその子を、すぐにフレンズさんだと判断できなかった。

 

 その子は、今まで会ったどのフレンズさんとも違っていた。

今日、竹やぶで会った不思議なフレンズさんとだって、ぜんぜん違う。

 大きく見開かれた金色の瞳。

 するどいキバをむき出しにした大きな口。

 

「ぐるるるるるぅ・・・、」

 

 そして、おそろしいうなり声。

 全身から、今にも襲いかかってきそうな気配を立ちのぼらせて、その子はわたしたちの前に立っていた。

 

「あれがー、こわそうなけもの、だよー?」

 パンダちゃんが言うが早いか、その子は、わたしに目掛けて飛び掛かってきた。

 

 ― ― ―

 

「ともえちゃん!」

 身構えたイエイヌちゃんがわたしをかばうように前に出る。けれどそれより先に前に出る姿があった。

「さんにんともー。ちょっとそこでじっとしててねー?」

 さっきまでの、のんびりとした動きと打って変わって、パンダちゃんは機敏な動きでわたしたちの前に出ると、けものの突進を受け止めていた。

「ぐるるぅ・・・っ! ぐがぁぁあああっ!!」

 叫び声と一緒にくりだされたするどい爪は、けれど手首のところをつかまれて、中空にとどまる。そのままお互いの体を押し合うような、ちから比べみたいな体勢のまま、

「がぁう・・・っ! ぐるるるぅ・・・っ!」

「おおー。きみー、すごいちからもちだねー。でもー、」

 パンダちゃんのまんまるな目が、ぼうっとかがやく。

「あんまりおおくまねこをー、おこらせちゃだめだよー?」

 パンダちゃんに押されるがまま、けものはじりじりと後退しはじめた。

 

 すっごい・・・!

 パンダちゃん。つよいって言ってたけど、本当につよい!

 あれだけ狂暴そうなけものを、簡単に押さえつけてる!

「パンダさん、すごいです・・・!」

「だね! これなら! ・・・、」

 これなら・・・?

 ・・・あれ?

 これなら・・・、どうなるの?

「ぐ・・・ぐるるぅ・・・、っ、がぁぁぁうっ!!」

「おおっ、とー。」

 けものは両手をつかまれた状態のまま首を伸ばし、大きく開けた口でかみつこうとした。するどいキバが勢いよくかみ合わさるけれど、既にパンダちゃんの体はそこにはない。がちん、という音を置き去りにして、大きく飛びのいていた。

 

「パンダちゃん! あの!」

 さっきより近づいたパンダちゃんの背中に、わたしは思わず声をかける。

「なーにー? とりこみちゅうだからー、てみじかにねー?」

 パンダちゃんは、けものへの注意はそのままに背中越しに答えてくれる。その頼もしい背中に、わたしは自分がこれから聞こうとしてることを考えて、少し迷う。

 ・・・でも、聞かないと。

「あのこ・・・、たおしちゃうの・・・?」

 それは、だめなきがする。

 理由はうまく説明できないけど、それは、だめだ。

 だって、あの子は・・・、

「ぶっそうなこというねー。そんなことしないよー?」

 わたしの不安を吹き飛ばすように、パンダちゃんは、あははー、と笑った。

「ちょっと、こうふんしてるみたいだからー。おちつくまで、あいてしてあげるだけだよー。」

「パンダちゃん・・・、ありがとう。」

「きにしないきにしないー。それよりあぶないからー、もっとうしろにー、」

「がぁぁぁうっ!!」

「っとー。あぶないあぶない。」

 わたしと話しているパンダちゃんを見て、隙と判断したのか、けものが再び飛び掛かってくる。けれどパンダちゃんは余裕そうな表情で、またその突進を受け止めた。

 

「ともえちゃん、パンダさんのいうとおり、さがりましょう。」

 こくり、頷く。このままだと、足手まといにしかならない。

「あ、ボスも一緒に、」

「アワ、アワワワワ・・・」

 足元のボスはさっきと同じようにがくがく震えていて、動けないみたい。

「ボス、ちょっと持ち上げるけど、がまんしてね?」

「アワ、アワワワワ・・・」

 両手でかかえるようにボスを持ち上げる――、

 

「があああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 その瞬間、けものは今までで一番大きな叫び声を上げた。体を大きくねじり、ふるわせて、つかまえるパンダちゃんの手から逃れようとする。

「あれー? これ、まずいかもー。」

 変わらずのんびりとした声のパンダちゃんだけど、なんだかあわてているようにも見えた。なんとかつかみ直してはいるけれど、今にも振り切られそうだ。

「パンダちゃん! 大丈夫!?」

「んー、だいじょぶだいじょぶー。・・・あ、でもちょっとねむくなってきたかなー・・・、」

「えぇーっ!? ここでぇーっ!?」

 パンダちゃんの突然のカミングアウトに、思わず大声が出た。

 

 どうしよう、どうしよう、

 わたしとイエイヌちゃんだけであの子を押さえるのなんて、たぶんできない。

 どうすれば・・・、

 

「そこまでっすーっ!!」

 聞き覚えのある声と一緒に、何かが竹やぶから飛び出してきた。

「パンダさんに、それいじょうのろうぜきは、じぶんがゆるさないっす!」

「パンダちゃん!?」

 わたしの耳の覚えの通り、飛び出してきたのはレッサーパンダちゃんだった。

 レッサーパンダちゃんはつかみ合っているふたりの前に立つと、

「フーーーーーーーーッ!!」

 と、いかくのポーズをしてみせる。

 ああっ、やっぱりかわいいっ!?

 ・・・っ、じゃなくて!

「パンダちゃん! 危ないよ! さがって!」

「いやっす!」

「パンダさん! さがってください!」

「ぜったいに、いやっす!!」

 わたしとイエイヌちゃんの言葉に、レッサーパンダちゃんは頑ななまでに首を振り、いかくのポーズをしたまま、けものを睨みつける。

 

「こんどは! じぶんがパンダさんをたすけるばんっす! じぶんはからだもちっちゃいけど! つよくないけど! ぜったいに、パンダさんをたすけるんす!」

「パンダちゃん・・・。」

 その、レッサーパンダちゃんの真剣な声に、自分で自分が、はずかしく感じる。

 そうだよね。

 レッサーパンダちゃんも真剣、ひっしなんだ。

 なら・・・、あたしも、ひっしに考えなくちゃ。

 パンダちゃんを助ける方法を。

 

 考えろ。考えろ、あたし。

 あの子、あのけものは、すっごいおっかないけど、昨日のセルリアンみたいな感じじゃない。

 セルリアンは、むきしつ、というか、感情がないようなこわさがあったけど、あの子はそうじゃない。

 まるで、それこそ野生のけものみたいな感じで・・・、

 野生の・・・、けもの?

 ・・・あれ、そういえば、お昼にパンダちゃんが何か言ってたような。

 たしか・・・、このあたりにはむかし・・・、

「あっ・・・、」

 思いついたアイデアに、声が漏れる。

 ひょっとしたら、いけるかも。

 

「パンダちゃん! そのまま、威嚇し続けて!!」

 わたしは抱えたままだったボスを地面に降ろして、レッサーパンダちゃんに声をかける。

「な、なんっすか? どうして――、」

「いいから! お願い!」

「わ、わかったっす! ・・・っ、フーーーーーーーーッ!!!」

 レッサーパンダちゃんは再びいかくの声を出しはじめる。その背中を捉えるように、近くにあった投光器の角度を調整した。

 もちろん、これだけじゃ、だめ。

「・・・っ、ともえちゃん! ひとりになるのはきけんです!」

「大丈夫! すぐすむから! イエイヌちゃんはパンダちゃんをお願い!」

 かけ出したわたしを、イエイヌちゃんは呼び止める。その声に背中ごしに答えながら、走る足は止めない。

 ちらっとパンダちゃんの方を見ると、まだ持ちこたえてくれているみたい。でも、今にも寝ちゃいそうだから、急がないと!

 急ぐ足の向かう先は、もちろん、せつび、のところだ。

 

 せつび、に辿り着くと同時に、一番左にあったボリュームを一気に下げる。

 広場を囲む光が、ひとつ消えた。

「これがあそこのだから・・・、えっと・・・、ななばんめ!」

 左から数えて7番目『以外』のボリュームを、次々に、ぜんぶ下げる。

 残った光は、さっき角度を調整した投光器のものだけ。

 そして、残した最後のボリュームを、一気に『上げ』た。

 

「ぐるるぅ・・・、っ、!?」

 異変に真っ先に反応したのは、あの、けものだった。

 組み合っていたパンダちゃんから離れ、大きく距離を取るように後退する。

 まるで何かにおびえたような、何かを警戒するような、その動き。

 きっとびっくりしているのだろう。

 さっきまで何もなかったはずの場所にいきなり、異質なけもの、が現れたのだから。

「こ、これは・・・?」

 続いて、イエイヌちゃんが気づく。

 わたしの場所からは見えないけれど、きっとイエイヌちゃんの目にも映っているはずだ。

 

 このあたりに、むかしいたという、おおきなけもの――、

 スポットライトに照らされた、レッサーパンダちゃんの大きな影が。

 

「今だよ! パンダちゃん! 大きな声で、威嚇して!!」

 レッサーパンダちゃんに向かって大声で指示を出す。

 何が起きているのかわからない、という顔をしていたレッサーパンダちゃんは、けれど意を決したように、大きく息を吸い込んで、吐き出した。

 

「がおーーーーっ!! たべちゃうぞぉーーーーっ!!!」

 

 ・・・、

 ・・・えっと、うん。

 やっぱりあの子、すっごいかわいい・・・!

 

 そんな、まったく緊張感のかけらもない、かわいらしい、いかくの声だったけれど、

「ぐるぅ・・・っ、るぅ・・・、」

 大きな影と、大きな声におどろいたのか。

 けものはおびえたような、どこかくやしそうな表情で、竹やぶの中へ走り去っていった。

 

 ― ― ―

 

「よ、よかったぁ・・・、うまくいったぁ・・・。」

 どうにかこうにか、思い付きのアイデアがうまくいったことを確認して、わたしはその場にへたり込んだ。

 広場の真上をまるく切り取った夜空には、きらきらと星がかがやいていて、わたしは何となしにそれを眺めている。

「・・・ともえちゃん。」

 イエイヌちゃんがいつの間にか近くに来ていた。スポットライトの当たらないこの場所では、明かりになるものは星だけで、その顔は、はっきりと見えない。

「えへへ、どうかな。うまくいったかな?」

「はい。みんな、パンダさんも、けがはありませんよ。ぜんぶ、ともえちゃんの、きてんのおかげです。」

「そんなことはないよ・・・。そっか。みんなぶじなんだね。よかったぁ。」

 安堵とともに体中の力が抜けてしまって、ばたん、とそのまま後ろに倒れこんだ。

「ともえちゃん!? だいじょうぶですか!?」

「だいじょぶだよ。ちょっと、つかれちゃっただけだから。」

 寝転がったわたしのそばに座り込んで、イエイヌちゃんは顔を覗き込んでくる。さっきの距離じゃ見えなかった表情が、はっきりと目に映った。

「・・・、心配かけて、ごめんね?」

「ほんとですよ。もう。」

 きけんなことはもうしない、って、昨日約束したのにね。

 ごめんね。ありがとう。イエイヌちゃん。

 

「あの! じぶんは!」

 と、広場の中央の方から、声が聞こえてきた。どうも、レッサーパンダちゃんがジャイアントパンダちゃんに話しかけているみたいだった。

「じぶん、レッサーパンダのパンダっす! まえに、セルリアンからたすけてもらったことがあるっす! あのときは、すごくたすかったっす! すごくすごく、かんしゃしてるっす!」

 ここからだとふたりの姿は見えない。それどころか声だって、レッサーパンダちゃんの大きな声しか聞こえない。

 けれど、微笑ましいふたりのやりとりは、まるですぐ近くで見ているみたいに、わたしには感じられた。たぶん、きっと、イエイヌちゃんにも。

「それで・・・! その、あの、・・・じぶんは、じぶんは・・・!」

 その言葉の続きを、わたしたちは今日、2回も聞いている。

 けれどたぶん、今、それに続く言葉は、そこで聞いたものとは違うものになると思う。

 だって、レッサーパンダちゃんはあんなにこわそうなけものに、立ち向かった。

 自分に自信が、勇気がなくって逃げていたレッサーパンダちゃんは、もういない。

 

「じぶんは、パンダさんとおともだちになりたいっす! おともだちに、なってほしいっす!」

 

 ほんの少しの静寂。

 さらさらと、風に笹が流れる音だけが、かすかにあたりに響いている。

 そして・・・、

「・・・、ほんとっすか!? ほんとにいいんすか!? わーい! うれしいっすー! すっごくすっごく、うれしいっすー!」

 本当に、本当に、うれしそうな声が耳に届いて、

 わたしは、どうしてだか、なきそうになった。

 

「ねえ、イエイヌちゃん。」

「はい、なんですか? ともえちゃん。」

「なんだか、うれしいね。」

「はい、とっても。」

 そう言って笑うイエイヌちゃんも、少し涙ぐんでいた。

 

 ― ― ―

 

 あの後、みんな疲れていたみたいで、パンダちゃんが本格的に眠りはじめると、誘われるようにすぐに寝てしまった。

 翌朝、目を覚ました後でみんなで朝ごはんのジャパリまんを食べてから、わたしはスケッチブックをひろげて昨日の続きを書いていた。

「おお! トンちゃんもたけのこ、たべるんすね! じぶんもたまにたべるっす!」

「フーちゃんもなんだー。あれ、おいしいよねー?」

「っすね! ジャパリまんもすきっすけど、たけのこもたまらないおいしさっす!」

 パンダちゃんたちは楽しそうにおはなしをしている。

「おなまえ、きにってもらえてよかったですね。」

「うん。へんじゃないか、ちょっと不安だったけどね。」

 となりに座っているイエイヌちゃんに答えながら、ふたりがお互いを呼び合っている名前に、ちょっとむずがゆさを感じた。

 起きてすぐのことだけど、パンダちゃんたち名前が同じだから、わたしたちの呼びかけにふたりともが反応しちゃったりで、色々困ったことになった。

 だから新しい名前をつけよう、ということになったんだけど、何故かわたしにぜんぶお任せされてしまった。

「きみー、なまえつけるの、じょうずそうだしー。」

 というのが、パンダちゃんの言い分だ。

 

 そうして、うんうん唸って考えた、ふたりの新しいお名前。

 ジャイアントパンダちゃんは、白と黒のモノトーンだから、トンちゃん。

 レッサーパンダちゃんは、フーッ!って、いかくをするから、フーちゃん。

 そんな、だじゃれみたいなネーミングだったんだけど、ふたりともすごく気に入ってくれたみたい。

「ぼく、のびたあとの、たけもすきかなー。もぐもぐするといいにおいがしてー。」

「わかるっすわかるっす! まいにちでも、かみかみしたいっす!」

 にこにことうれしそうに笑うトンちゃんたちを見て、じんわり、胸の奥があったかくなるのを感じる。

 すっかり、仲良しになったみたい。

 ほんとうによかったね・・・、フーちゃん。

 

 絵も描き終わり、まだ朝も早いけれど、わたしとイエイヌちゃんは出立することにした。昨日のボスの話だと、イエイヌちゃんのおうちはだいぶ遠いみたいだし、暗くならないうちに、ある程度進んでおきたかった。

「なまえ、ありがとねー。きをつけてー。」

「ほんとうに、ありがとうございましたっす! また、あそびにきてくださいっす!」

 お礼を言うふたりに、こちらこそ、と昨日のお礼を返して、手を振りながらお別れをした。

 歩きながら、ちらちらと振り返ってはだんだん小さくなっていく二人の姿を見る。ふたりとも、いつまでも手を振ってくれていた。

 

「すてきなフレンズさんたちだったね。」

「そうですね。とても、いいこたちでした。」

「トンちゃん、すっごいつよかったよね。」

「ええ。おかげさまで、みんなぶじでした。」

「フーちゃんも、とってもかわいかったし。」

「トンちゃんさんと、なかよくなれて、ほんとうによかったです。」

「だね。」

 なんて、おはなしをしながら歩いていると、あっという間に竹林の出口までたどり着く。

 と、黙って道案内をしていたボスが立ち止まり、

「ソレジャア、ボクハ、ココデオワカレダネ。」

 そう言って、ぴこりとしっぽを縦に振った。

 

 ・・・そっか。案内は竹林をぬけるまで、って言ってたっけ。

「トモエ。チクリンハ、タノシカッタカナ。」

 なんとなく物悲しいような気分になっていると、ボスがそんなことを聞いてきた。

「うん。おかげさまで。ありがとね? ボス。」

「ソウ。ソレハ、ヨカッタヨ。」

 せっかくだから、ボスも一緒に――、なんて言葉が出かかるけど、がまんする。

 たぶん、ボスはこのあたりのフレンズさんや施設の世話をしている子、なんだろう。それをわたしの都合で連れ出したら、トンちゃんやフーちゃん、ロバちゃんにも迷惑がかかるかもしれない。

「コノママ、ミチナリニイケバ、ウミベチホーニデルカラ、ハシヲワタッテ、タイガンニイクトイイヨ。コウヤチホート、ミツリンチホーヲヌケレバ、キョジュウクニツクヨ。」

「わふ。なにからなにまで、ありがとうございます。」

「コマッタコトガアッタラ、チカクニイル、ラッキービーストヲ、サガシテネ。キット、タスケテクレルヨ。」

「うん。そうするね。ありがと、ボス。またね。」

 しゃがみ込んで、目線を同じにして、ボスの大きな耳をなでながら、わたしはボスにお別れを言った。

 

「ソレジャ、ゲンキデ。」

 ボスはそう言うと、またぴこぴこと音を立てて、来た道を戻っていった。

「いっちゃいましたね。」

「そうだねぇ。」

 イエイヌちゃんの声色も、返すわたしの声色も、なんだかせつないような感じだ。

 ・・・でも、たぶん、また会えるから。

 そのときまで、ボスがかけてくれた言葉の通り、元気でいよう。

「つぎは、うみべちほー、ですね。」

「だね。どんなフレンズさんがいるかな? たのしみ!」

「また、いきなりだきついたり、しないでくださいね?」

「・・・う、うん。ぜんしょ、します。」

 道の続く方へ歩き出しながら、わたしたちはおはなしを続ける。

「そういえば、きょうはどんなえを、かいたのですか?」

「あ、まだ見せてなかったっけ。あとで休憩のときに見せるよ。」

「わふ! たのしみです!」

 本当に楽しみにしてくれているのがまるわかりの笑顔に、わたしの顔も自然とほころぶ。

 

 肩掛けかばんにしまったスケッチブックの3ページ目には、広場で一緒に眠っているみんなを描いた。トンちゃん、イエイヌちゃん、フーちゃん、ボスに、わたし、そして・・・、

「ねえ、イエイヌちゃん。」

「はい、なんですか? ともえちゃん。」

「あたし、みんなと、おともだちになりたいな。」

 唐突にそんなことを言うわたしに、イエイヌちゃんはちょっと不思議そうな顔で、でも、すぐに優しい顔になると、

「はい。ともえちゃんなら、きっとみんなとおともだちになれますよ。」

 わたしの一番ほしい言葉を、言ってくれた。

 

 肩掛けかばんにしまったスケッチブックの3ページ目には、

 広場で一緒に眠っているわたしたち、

 そして、

 あの、不思議なフレンズさんと、

 あの、けものさんが、

 より重なって眠っているところが、描かれていた。

 

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 草原に伸びる石畳の道を、

 ごとごとと小さな音を立てて、一台の馬車がゆっくり進んでいました。

 ううん。

 馬車、じゃなくて、ロバ車、かしら?

 

「ほうほう、それでセルリアンをやっつけたこたちは、あっちのほうこうにむかったと。」

「うん。こんなすてきなものまでもらっちゃって、とってもかんしゃしてるんだ。」

「あたしたちもかんしゃしないとねー。おかげでとってもらくちんだよー。」

 

 ロバちゃんが引いている馬車にゆられて、

 ふたりのフレンズさんたちは、とっても楽しそう。

 

「こまっているフレンズにてをさしのべる・・・、とてもすてきなフレンズさんですね。わたしたちたんていも、つねにそうありたいものです。」

「たんていはー、センちゃんだけ、だけどねー?」

「なにをいっているのですかアルマーさん! たんていとじょしゅは、ふたりそろってはじめてたんていなのです!」

「あははー。センちゃん、いみわかんないよー。」

 

 あらあら。

 ふたりでひとり、なんて。

 センちゃんはアルマーちゃんのこと、大好きなのね?

 

「それより・・・、さっきのおはなしは、ほんとう? さいきん、セルリアンがおおいのは、りゆうがあるって。」

「よくぞきいてくれました! そうなのです! はやくみつけないと、たいへんなことになるのです!」

「このままでは・・・、このままでは・・・!」

「えっとー、あるひとからのじょうほうでー、いまー、このパークにはセルリアンのー、」

「パークのきき、なのです!」

 

 あらあら、大変。

 パークの危機、ですって。

 危ないことにならないかな?

 大丈夫?

 

「センちゃーん。それ、いいたいだけだよねー?」

「そ、そんなことはありません!」

「どうだかー。・・・あはは、」

「もう、アルマーさんのいじわる。・・・ぷっ、くすくす・・・、」

 

 うふふ、よかった。

 やっぱり、ふたりとも楽しそう。

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 



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けものフレンズR くびわちほー 第03話「うみをはしる」アバン・Aパート

「わぁっ! イエイヌちゃん! みてみて、海だよ!」

「はい。とってもあおくて、おっきいですね!」

「うん! すっごいきれい!」

 わたしとイエイヌちゃんは竹林を抜けてしばらく歩き、海辺に辿り着いていた。目の前いっぱいに広がる海は、まるで空が溶け込んでるみたいにとっても青くてきれいで、見ているだけでわくわくしてくる。

 そよそよと吹いてくる風は、ちょっぴりしょっぱいような香りがして、それもまた海に来た実感を高まらせてくれる。

「ねえ、せっかく海に来たんだし、ちょっと浜辺まで、降りてみない? あたし、ちょっと遊びたいかも。」

「わふ! いいですね! わたしもあそびたいです!」

 イエイヌちゃんのごきげんメーターこと、ふさふさのしっぽがぶんぶんぱたぱたと横に振られる。メーターはすでに振り切っているみたい。

 

「えへへー、じゃあ、決まりだね! いってみよう!」

 わたしとイエイヌちゃんは堤防の階段をかけ足で降りていく。

 降りた先は一面の砂浜で、踏みしめると、きゅっ、ととっても気持ちのいい感触。

「わー! とってもさらさら!」

 お砂場遊びしたらとっても気持ちのよさそうな、真っ白でさらさらの砂を靴の裏に感じながら、わたしは足の速いイエイヌちゃんを追いかける。

「ともえちゃん! こっちになにかおちてますよ! わふ! こっちにも!」

「それ、貝殻だね! ほんとだ! いっぱい落ちてる!」

「わふ! なんだかいっぱいあるのをみると、あつめたくなります!」

「いいね! 貝殻ひろい! いっしょにあつめよ!」

「はい! どんなのがあるか、たのしみです!」

 

 イエイヌちゃんは言うが早いか、ぱたぱたと砂浜をかけまわりはじめる。

 わたしもその後を追いながら、目についた貝殻をかたっぱしから拾い集めた。

 巻き貝に、二枚貝、ツノガイに・・・、

「わふぅ! これ、うごきました! ともえちゃん! なんですかこれ!」

 と、イエイヌちゃんがびっくりした顔で足元を見る。そしてそのまま、かさかさと逃げていく巻き貝を、口をあんぐり開けたまま見送った。

「あれはヤドカリだね。落ちてる貝殻をかぶって暮らす、海のいきものだよ?」

「やどかり、ですか! はじめてみました! おもしろいです!」

「ヤドカリは、捕まえちゃうとかわいそうだから、見るだけにしよっか。」

「はい! そうしましょう! ・・・わふぅ! あそこにもへんなものが!」

「まって、足はやいよイエイヌちゃん! あはは!」

 また、ぱたぱたとかけ出していくイエイヌちゃんに、思わず笑みがこぼれた。

 

 イエイヌちゃん、海ははじめてなのかな?

 とっても楽しそうだね!

 ・・・あれ? でも・・・、

 居住区にあるおうちから歩いてきたのに、そのときはここ、通んなかったのかな?

「ともえちゃん! これです! これはなんですか!?」

「えっとね、それは・・・、」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるイエイヌちゃんのところに追いついて、その影に隠れているものを見る。

 

 ――と、

「うぅ・・・、ひっく、・・・あついよぅ、せまいよぅ・・・、」

 砂浜からひょっこり顔を出している、フレンズさんのうつろ気な目と目が合った。

 ・・・、えーと、

 つまり、・・・どういうこと?

 

「・・・なっ、なんだぁ、てめーらぁ! じ、じろじろみてんじゃねーぞぉ!?」

「・・・、えぇ・・・?」

 なんだかよくわからない状況にいる、そのフレンズさんは、なんだかとっても口の悪い感じに言ってきた。

 その目がちょっぴりうるんで見えるのは、たぶん気のせいじゃあないと思う。

 

 ― ― ―

 

 けものフレンズR くびわちほー 第03話「うみをはしる」

 

 ― ― ―

 

 じょうきょうを、せいりしよう。

 わたしの目の前にあるのは、まちがいなく首から下がすっぽりと砂に埋まったフレンズさんの姿で。

 さっき貝殻を拾っててわかったけど、遮るもののない海辺の日差しに焼かれた砂は、とってもあつくて。

 そんな中に埋まってるこの子は、ひたいから汗をだらだら流してて、当然のことだけど、とってもあつそうで。

 

 そんな状況にもかかわらず、そのフレンズさんはさっきから、

「・・・んだよぉ! あたしのかおに、なんかもんくでもあんのかぁ!? お? やるか? やんのかこらぁ! やったんぞこらぁ!」

 とっても口が悪い感じにののしってきたり、

「・・・うぅ、なんだよぉ・・・、みてるだけかよぉ・・・、あついよぉ・・・、ひどいよぉ・・・。」

 かと思うと、涙目でぶつぶつと泣き言を言ったり。

 このじょうきょうを、まとめると・・・、

 ・・・うん、さっぱりわかんない!

 

「ええと・・・、きみ、なにしてんの?」

 とりあえず、渦中の、ううん、砂中のフレンズさんに聞いてみる。

 フレンズさんは話しかけられたのがうれしかったのか、ぱぁっと顔を明るくして、けれど、すぐにけわしい顔をすると、ぎろっと睨みつけてきた。

「・・・っ、んなの、みりゃ、わかんだろぉ!? おもいっきりはしってたら、いつのまにかうまってたんだろがい!」

「えぇ・・・、えぇ・・・?」

 ごめんなさい。さっぱりわかりません。

 なんと言えばいいか。

 追いかければ追いかけるほど、姿が見えなくなるような、

 どんどんかしこさがうしなわれていくような、このかんじ。

「・・・イエイヌちゃん、だしてあげよっか。ほるの、てつだってくれる?」

「わふ! あなほりですか!? わたし、あなほりだいすきです!」

「あはは・・・、とりあえず、いそいでたすけてあげようね・・・。」

 なんだか、イエイヌちゃんの返しも、とってもかしこくないような気がするよ・・・。

 とりあえず、海でテンションが上がっているせい、と思うことにしよっか。

 

 イエイヌちゃんはさすがイエイヌのフレンズだけあって、穴を掘るのはお手の物みたい。

 言い出しっぺのわたしが添え物にもならないくらいのすっごいスピードで、フレンズさんの周りの砂をまるっとかき出してしまった。

 フレンズさんは体が自由になるとすぐ、頭の上の羽をばさばさっとはためかせて、すっかり落とし穴みたいになった砂の中から飛びあがった。

 ・・・え? なにこれ?

 空に浮いてる・・・の?

「ふぅー、ひからびるとこだったぜー。」

 ふよふよとしばらく浮いていたフレンズさんは、また羽をばさばさっとしながら、わたしたちのすぐそばに降り立って、安堵の息をついた。

「あら、あなた、とりのフレンズなのですね。」

 イエイヌちゃんの言葉に、なるほど、と思う。

 

 その子は、うすい灰色の頭に濃い茶色の大きな羽と、これまた大きなとさかをつけていた。

 まつ毛の長い大きな目は、丸っこい顔立ちと相まって、なんだか小さな子供のようなチャーミングさがある。

 耳の横にはインディアンみたいな羽の髪飾りがついてて、羽先の朱色と根元の水色がとっても鮮やかだ。

 青いTシャツに白い短パンみたいな服装は、なんだか夏休みの子供みたいだけど、体を動かすのにはとっても合いそう。

 おしりには頭の羽と同じ色の長い尾羽があって、ときおりぴこぴこと動くのがかわいらしかった。

 

 鳥のフレンズさんだから、空も飛べるんだね。頭の羽が、鳥のあかし、なのかな?

 でも・・・、それなら、なんで埋まってたんだろ?

 走ってたら埋まってた、なんて言ってたけど、ほんとにそんなことあるの?

 鳥なのに?

 なんて、けげんな顔で見ていたせいかもしれない。こちらの様子に気を悪くしたのか、そのフレンズさんはぶすっとした顔で答えてくる。

「んだよぉ、ほかのなんにみえるってんだよぉ。」

「いえ、わたしはてっきり、やどかりのフレンズなのかと。」

「はあぁ? やどかりぃ? てめぇー、めんたまどうなってんだぁ?」

「く、くぅん・・・、すみません・・・。」

 強い口調で言われて、イエイヌちゃんはしょんぼりしてしまった。さっきまでぱたぱたと振られていたごきげんメーターも、すっかり下を向いてしまっている。

 ・・・うーん、なんだか、もやもやするなぁ。

 

「えっと、あたしはともえっていうの。こっちの子はイエイヌちゃん。あなたは?」

 もやもやをごまかすように、できるだけ元気よく話しかけたつもりだったけど、口から出たのはつっけんどんな感じの言葉で、それも、ちょっと早口になってしまった。

 いけない、いけない。

 まだ、この子がどんな子なのか、なんのフレンズさんかもわからないのに、こういう態度はよくないよね。

 なんてことを思っていると、その、鳥のフレンズさんは、胸を大きく張るようなポーズをとって、すっごいどや顔で名乗りをあげた。

 

「へんっ! あたしは、こうやのはしりや! グレーター・ロードランナーだぜー!」

 

「・・・ぐれえたぁ?」

「ロードランナー、ちゃん?」

「おう! いかしたなまえだろぉ?」

 うん、なんというか。

「とっても、つよそうななまえですぅ。」

 そう、イエイヌちゃん。それそれ。

 和名はたしか、オオミチバシリっていうんだよね。昨日、どうぶつ図鑑で読んだ項目だ。

 わたしとしては、イエイヌちゃんの感想はまったくもって妥当だと思うのだけれど、ロードランナーちゃんは何か気に入らないのか、またぶすっとした顔になる。

「へんっ、わかってねえなぁー。そこはつよそう、じゃなくて、はやそう、だぜ!」

 ロードランナーちゃんはそう言って、からからと大きな声で笑いだした。

 

「・・・、イエイヌちゃん、この子、へんな子だね。」

「はい、とってもおもしろいこですね。」

 ぽそぽそと小声でイエイヌちゃんに話しかけるけれど、意外にもイエイヌちゃんは楽しそうな顔で返してくる。しっぽもゆっくり振られてるくらいだ。

 ・・・いやまあ、

 イエイヌちゃんがそう言うなら、いいんだけどさ。

 助けたお礼を言ってくれないのは、ちょっと悲しいけど、そういうこともあるし。

 でも、その上でこんな横柄な態度をとられると、

 やっぱりもやもやが・・・、うーん。

 

「ともえちゃん。ひろばでくんだおみず、まだのこってましたよね?」

「あ、うん。まだいっぱいあるけど・・・、」

 ごそごそとかばんから取り出して、イエイヌちゃんに渡す。

 ロバちゃんにもらった水筒に、ふれあい広場の水飲み場で汲んだお水だ。竹林を抜けて海まで、たいした距離もなかったから、ほとんど減ってない。

 イエイヌちゃんは水筒のキャップを器用にはずして、そこに中身を注いだ。

「はい、ロードランナーさん。よければ、おみず、どうぞ。」

「へ?」

 イエイヌちゃんの提案に、ロードランナーちゃんは何故かびっくりした顔で固まっちゃった。

 っていうか、わたしもちょっとびっくりしたくらいだ。

 イエイヌちゃん・・・、

 さすがに、いいこすぎない・・・?

 たしかに、こんなにあつい砂に埋まって、あれだけ汗をかいてたら、喉もすっごい乾いてるだろうけど・・・。

 あれ・・・?

 ひょっとして、あたしがわるいこ・・・?

 

「へ、へんっ! へいきだい! このくらいあたしにはなんてこと、」

「いけません!」

「ひゃい! ごめんなさい!」

 強い口調のカットインに、ロードランナーちゃんは、ぴーんと尾羽を立てた。

「いっぱいあせをかいたのですから、おみずをちゃんとのまないと。いのちのきけんだって、あるのですよ?」

「ひっ・・・! い、いのち・・・? そ、そうなの・・・?」

「そうですよ。だから、ちゃんとおみず、のんでください。」

「・・・うん、わかった。のむ・・・。」

 ・・・うーん?

 なんだか、この子の性格、さっきとまるで違うような・・・。

 

「んくっ、んくっ、ん・・・、」

「ああ、そんなにいそいでのんじゃ、だめですよ。もっとゆっくり。」

「ん・・・、んくっ、・・・、んくっ、」

「そうそう、そのくらい。おかわりもありますからね?」

「・・・こくっ、」

 うわぁ・・・、なにこれ。

 イエイヌちゃんが、やんちゃな子供を優しくなだめるお母さんみたいに見えてきたよ。

 

 それから、水筒の半分くらいを飲むまで、その不思議な光景は続いたのだった。

 

 ― ― ―

 

「へっ、へんっ! れいは、いわねーからなぁ!」

 お水を飲んで元気になったからか、ロードランナーちゃんはさっきまでの調子を取り戻すように、さっきまでと同じ強い口調で、つよがりを言った。

 そう、つよがり。

 わたしはこの時点になってようやく、この子がどういう子か、わかってきた。

「おかまいなく。パークのおきてにしたがったまで、ですから。」

「・・・っ、ぐににぃ、」

 何故かくやしそうなロードランナーちゃんに、くすくすと笑うイエイヌちゃん。それは、たぶんわたしがはじめて見る、いたずらっぽい笑顔だ。

 

 パークの掟かぁ。

 困ったときには助け合う、だったよね。

 あたし、ぜんぜんできてなかったよ。

 やっぱり、イエイヌちゃんはすごいなぁ。

 

「へんっ! こうしちゃいられねぇ! はやくプロングホーンさまのとこに、もどんねーと! あばよぉっ!」

 大きな声でそう言って、ロードランナーちゃんはかけ出した。そのスピードはひょっとしたら本気を出したイエイヌちゃんより早いくらいで、その背中はあっという間に豆粒になった。

 確かにあれだけのスピードで足を動かしてたら、いつの間にか埋まってた、なんてことも起きるのかもしれない。ここの砂、とってもさらさらだし。

「・・・まっててくださいねー! ・・・プロングホーンさまー!」

 ほとんど見えないくらいの遠くから、そんな声が聞こえてくる。

 

 プロングホーン、って、誰かの名前、なのかな。

 様ってつけるくらいだし、あの子にとってとっても大切な子、なのかも。

 残されたわたしとイエイヌちゃんは、ふたりで顔を見合わせて、なんとなく笑ってしまう。

「これ、埋めたら、あたしたちもいこっか。」

「そうですね。このままでは、あぶないですし。そうしましょう。」

 すっかり落とし穴みたいになってしまった、ロードランナーちゃんが埋まっていた穴を埋め直す。誰か落ちちゃったらかわいそうだし。

 そうして、海にかかる橋を渡るために、降りてきた階段に向かって歩き出した。

 

「ロードランナーちゃん、面白い子だったね。」

「はい。なんだかなつかしいかんじがしました。」

「懐かしい? どういうこと?」

「ええと・・・、はっきりとおもいだせないのですが、むかし、あのようなせいかくのこと、おともだちだったような。」

「思い出せないの?」

 あたしとおんなじで、イエイヌちゃんも記憶がないの? なんて言葉を続けそうになるけれど、それを言うのはデリカシーに欠ける気がして、言葉を飲み込む。

「はい。・・・でも、」

「でも?」

 

 オウム返しに問いかけると、イエイヌちゃんはじんわりと温かいものを包むように、胸に両手を当てて答えてくれた。

「とっても、たいせつな、おともだちだったとおもいます。」

「・・・そっか。また、会えるといいね!」

「はい!」

 思い出せないのに、どうやって会うの? なんて野暮なつっこみはナシで。

 こういうのは、思っていること自体に、意味があるのだ。

 

 それにしても・・・、

 ロードランナーちゃんみたいな子かぁ・・・、いったいどんな子なんだろ?

 意地っ張りで、ついつい強がってしまうけど、ほんとは素直でかわいい子。

 あんな子だったらあたしも会ってみたいし、おともだちになれたら、うれしいな。

 

 ― ― ―

 

 堤防をのぼり、海岸線をしばらく歩くと、大きな橋のたもとに辿り着いた。

 これがたぶん、ボスの言っていた、ハシ、なんだろうけど。

「これは・・・、あはは、」

 その光景に、思わず乾いた笑いをあげた。それは誰が聞いても、がっかり、と感じる声色だったと思う。

「くぅん・・・、はしが、なくなっちゃってますね。」

「・・・、だね。」

 海岸のこちらとあちらの岸を結ぶ橋は、たもとからほんのちょっとのところで、キレイに崩れてしまっていた。

 

 その、ぎりぎりのところまで行ってみる。

 眼下には何もない中空と、その下の方には波に揺れる海面が見えた。堤防をのぼってた時は気にならなかったけど、けっこう高い。

 ぶんだんされた距離は長くて、わたしにはとてもじゃないけど飛び越えられなさそうだ。

「・・・、イエイヌちゃんなら、飛び越えられる?」

「たぶん、じょそうをつければ、いけるとおもいますが、ともえちゃんをかかえながらでは、さすがに。」

「だよねぇ。」

 まあ、そうだよね。

 普通に考えて、そうでしょ。

 ・・・別にあたしの体が重いとか、そういうことじゃないからね?

 

「うーん、どうしよっか。」

「かいがんをぐるっとまわれば、はんたいがわにたどりつきますが・・・、」

 こうして上から海岸線を見ると、はんぶんのお月様みたいな形になっていて、歩いて回るとけっこうな距離になりそうだった。

「んー、まあ、しょうがないよね。そうしよっか。イエイヌちゃん。」

「はい・・・。」

 ふたりで来た道をしょんぼり引き返そうとしたところで、

 

 ――ざっぱーん、

 

 海面に大きな泡がはじけ、そこから飛び出てきた何かが、こっちに向かって飛んできた。

「うわぁっ!」

「ともえちゃん! うしろへ!」

 とっさにわたしの体を引き寄せて後ろにさがらせながら、イエイヌちゃんは前に出る。

 イエイヌちゃんは緊張した様子だったけれど、しだいにその緊張が解けていくのが背中越しにもわかった。ぴんと張ったお耳やしっぽも、こわばりが解けていく。

「きゅう? おどろかせちゃった? ごめんね?」

 わたしたちの目の前に現れたのは、とってもかわいらしいフレンズさんだった。

 

 空の色を映したような水色のセーラー服に、襟元のタイと首元のチョーカーが白く輝いている。

 おへそ辺りにある船のイカリみたいなワンポイントとか、右手首の宝石みたいな緑色の腕輪とか、おしゃれさんな感じがとってもかわいらしい。

 半袖ミニスカートから伸びる手足はとってもすべすべ。海から出てきたばかりだからか、水にぬれた素肌の感じが、ちょっぴりせくしー。

 そして、何より特徴的なのは、髪としっぽの形だ。

 まるで背びれのような灰色のとさかと、同じ色をした胸びれみたいなサイドの髪。耳の上辺りから下は色が変わっていて、毛先に行くにつれてだんだんと濃い水色になっている。

 頭頂部と同じ灰色をしたしっぽは太くて、ちからづよい感じ。先っぽにはこちらもまた尾ひれのようなものがついていた。

 

 この子って・・・、もしかして・・・?

 その姿、特徴を認識するにつれて、わたしの中にまた、ある感情が芽生えていく。

 そう、昨日もパンダちゃんたちに感じた、あのキュンキュンが――、

「わたしはバンドウイルカのドルカ! よろしくね!」

 そうやって名乗られたことで、一気にばくはつする。

 

「やっぱり! いるかさんだぁっ!」

「いけません!」

 こうなることがわかっていたのか、機先を制して、ドルカちゃんに抱き着こうとしたわたしをイエイヌちゃんは抱き止める。

 もふもふと柔らかい感触に包まれて少しだけキュンキュンが収まる。

 けれど、あのすべすべそうな素肌に触れてみたい欲求は収まらない。

「やだー! ちょっとだけ! ちょっとだけさわらせて!」

「だめです! きのうもそういって、ちょっとですまなかったでしょう!」

 ばたばたと取っ組み合いをはじめたわたしたちに、ドルカちゃんは不思議そうな顔だったけれど、しばらくして自分のことでばたばたしてると気づいたのか、助け船を出してくれた。

 

「きゅう? そのこ、わたしにさわりたいの? べつにいいよ?」

「ほら! このこもこう言ってるし!」

「・・・もう、わかりました。」

 ため息交じりにそう言って、イエイヌちゃんは拘束する手をゆるめてくれた。

「えへへー、ありがと。」

「でも、やりすぎだとはんだんしたら、すぐにとめますからね?」

「うん!」

 元気よくお返事して、わたしはドルカちゃんの手を取った。

 

「わぁ・・・! すっごいすべすべ・・・!」

 両手で包みこむように取ったその手は本当にすべすべしていて、わたしは思わず遠慮なしに手をもぞもぞ動かしてしまう。

 ドルカちゃんはそんな無遠慮な手の動きも気にしてないのか、満面の笑みで、

「わーい! あくしゅあくしゅ! たのしいね!」

 ・・・やばい。

 この子、懐っこくてすっごいかわいい!

「・・・、ちょっと、ちょっとだけ、だきついても・・・? うぇひひ、」

「ともえちゃん! はうす!」

「はい! ごめんなさい!」

 わたしの口から気持ち悪い声が漏れ出たところで、イエイヌちゃんからストップがかかる。

 握っていた手を離して、ぴんと背筋を伸ばして固まるわたしと、あきれ顔のイエイヌちゃん。

「きゅふふ! きみたち、おもしろいね!」

 そんなわたしたちを見て、ドルカちゃんはまた満面の笑みを見せてくれた。

 

「あらためまして、わたしはイエイヌのフレンズで、イエイヌといいます。こちらは、ヒトのともえちゃんです。」

「ともえだよ。よろしくね、ドルカちゃん。」

「イエイヌちゃんとー、ともえちゃん! うん! よろしくね!」

 ドルカちゃんは改めて自己紹介をするわたしたちを交互に見て、また懐っこい感じに笑う。

 イルカは好奇心旺盛だっていうし、珍しいものが好きなのかも。

「にしても、さっきのすっごいジャンプだったよね! 海からここまで、けっこう高いのに。」

「うん! わたしジャンプするのとくいなの! うみのなかでいっぱいはやくおよぐと、いっぱいたかくとべるんだ!」

「なるほど。やはりじょそうがかんじん、なのですね。」

 ふむふむ、と納得するイエイヌちゃん。やっぱりというか、イエイヌちゃんも高く飛ぶのには興味があるみたい。

 

「いつもここでジャンプして遊んでるの?」

 そうなのだとしたらちょっと申し訳ないことをしたかも。着地点にいたわたしたちって、すっごい邪魔になっちゃってたんじゃないかな。

 なんて思っていたのだけど、どうも考えすぎだったみたい。

「うんとね! いつもはもっとおきのほうであそんでるんだけど、きみたちがみえたから!」

「え、あたしたちに会いに来てくれたの?」

「うん! ひょっとして、はしがわたれなくてこまってるのかなって!」

 わぁ・・・、やっばい。

 この子、すっごいいい子だ。

 

「なにか、わたるほうほうがあるんですか?」

「あるよ! ついてきて!」

 そう言って、ドルカちゃんは堤防をさっきの浜辺とは反対の方に向かって歩き出した。てっきり橋のとぎれた部分を渡るものだと思っていたから、少しとまどう。

 けれど、迷う必要はないよね。

 懐っこくて、明るくて、いい子。

 こんな子が助けてくれるっていうんだから、疑うことなんて何もない。

「いこ! イエイヌちゃん!」

「はい!」

 わたしたちはすぐにその後を追った。

 

 ― ― ―

 

「こちらは、こんなかんじになっていたのですね。」

 橋を挟んだ反対側は、さっきの浜辺とは違って人工的な様子だった。コンクリートでできた波止場とか、建物とか、いわゆる港って感じ。

 その光景を見て、なるほど、と思う。海を渡る方法に心当たりができたからだ。

「こっちは港、なのかな?」

「わふ。みなと、ですか。」

「うん。船がとまってるところだよ。ここから船に乗ったり、降りたりするの。」

「ともえちゃん、ふね、しってるんだね! うみのけものじゃないのに! ものしり!」

「ふね? ふねってなんですか?」

「えっとね・・・、ほら、あれが船だよ。」

 そう言って、波止場に一台だけとまっていた船を指さした。

 

「わふ! うみにぷかぷかういてます!」

「あはは。船は海に沈まないようにできてて、風とか、燃料とかで動くんだけど・・・、」

 その船は帆がなくて、いわゆるモーターボートみたいな形だから、たぶん後者だろう。

 でも、だとすると・・・、

「ねえ、ドルカちゃん。あの船ってうごくの?」

「きゅう? うごかないよ?」

「そっかぁ。じゃあ、あれで海をわたるんじゃないんだね。」

 やっぱり、と思う。

 捨てられてた馬車だったり、壊れていた照明だったり、今まで見てきた状況から、パークがヒトの手を離れてだいぶ経っていることは明らかだ。

 船も同じように動かなくなっていてもおかしくないと思ったけど、どうもその通りだったみたいで、ちょっとがっかりする。

 せっかくだから乗ってみたかったなぁ・・・、おふね。

 

 なんて考えていると、ドルカちゃんは不思議そうな顔で、

「んーん? あれでわたるよ?」

「え? 動かないのに?」

「うごかないけど、うごくよ?」

「えぇ?」

「きゅう?」

 わたしとドルカちゃんは、お互いがお互いに、不思議そうな顔を見合わせる。

 うごかないけど、うごく・・・、ってなに?

 てつがく?

 

「えっとね。あのこ、もう、うごかないんだけど。たまにね? わたしたちがおして、うごかしてあげてるの。」

 なるほど。そういうこと。

 ドルカちゃんの言うあのこ、ってのはもちろん、あの船のことだろう。

 と、わたしがひとり納得していると、なんだろう、ドルカちゃんはちょっとせつなそうな顔をしていた。

「むかしはね? あのこ、すっごくはやくおよげたの。でも、もうずっと、うごかなくって。」

 そっか、と思う。

 なんとなくだけど、ドルカちゃんの気持ちがわかる。

 きっとあの船に、色んな思い入れや思い出があるのだろう。

 船に対して、あのこ、なんていうくらいなんだから。

 

「でも、きみたちみたいに、たまにうみをわたりたいこがいるでしょ? そのときはあのこにのせて、わたしたちでおして、わたらせてあげてるの!」

「わたしたちって、ドルカちゃんのおともだち?」

「そうだよ! みなとにいるから、しょうかいするね!」

 元気な声で言うドルカちゃんは、またさっきの笑顔に戻っていた。

 

 港に向かって堤防を降りながら、なんとなくイエイヌちゃんの方を見ると、イエイヌちゃんはちょっと難しそうな顔をしていた。

「イエイヌちゃん、どうしたの?」

「いえ・・・、あの、ともえちゃん、おみみを、」

 言われて、イエイヌちゃんの口元に耳を近づける。

 ひょっとして、さっきのドルカちゃんのお話に何か思うところがあったのかと思ったけど、小声で伝えられた言葉は、その想像とはぜんぜん違っていた。

 

「あの、ドルカさん。くびわを、つけているようなのですけど、ひょっとして・・・、」

 言われてみて、ああ、と思う。

 たしかにドルカちゃん、白いチョーカー、つけてるもんね。

 イエイヌちゃんが言っているのはもちろん、昨日わたしが竹林で会った、不思議なフレンズさんのことだろう。

 それを思い出して、イエイヌちゃんも不安になってしまったのかもしれない。

 ひょっとしてこの子がそうなら、またわたしが怯えてしまうのでは、と。

「大丈夫だよ。ドルカちゃんは、あの子じゃないよ。」

「そ、そうなのですね・・・。くぅん、よかったです。」

 わたしの返答に、イエイヌちゃんは安心したみたいで、ほっと息を漏らす。

 

「イエイヌちゃんは心配性だね。でも、ありがと。」

「いえ、そんな・・・。」

 小声で会話を続けながら、あの不思議なフレンズさんのことを思い出す。

 わたしや、フレンズさんたちよりちょっと小柄で、うすい緑色のふわふわで、大きな耳やずんぐりしたしっぽをつけたフレンズさん。

 あのときは怯えてしまって会話にもならなかったし、それどころか、あいさつや自己紹介すらまともにできなかった。

 できればもう一度会って、そのことを謝って、ちゃんとおはなしをしたかった。

「あのときはいきなりでびっくりしちゃったけど、たぶん、次にあの子に会ったら、ちゃんとおはなしできると思う。だから、心配しないで平気だよ?」

「はい。わたしも、おはなししてみたいです。」

 今もあの子は、竹林にいるだろうか?

 そうだとしたら、イエイヌちゃんのおうちにいって、その後でまた行ってみるのもいいかもしれない。

 トンちゃんフーちゃんたちとも、また遊びたいし。

 

 ・・・さて。

 唐突に話は変わるけれど、わたしはあまり信心深い方じゃない。

 神様というものはいるかもしれないけど、積極的に信じたりはしないし、お祈りをささげたこともない。

 ひょっとしたら記憶を失う前にはそうじゃなかったかもしれないけど、祈るぐらいなら自分で行動する、というのが今のわたしだ。

 けれど。

 こうしてあの子に思いをはせているときにタイミングよく現れると、ついつい、その存在を信じそうにもなる。

 ただ・・・、その神様は、どうにもよくわからないお茶目をするみたい。

 

「てめー! だまってっとなんかいってんろこらぁ! ぼけったってっとぶったすぞらー!」

「まあまあ、そんなに大声を出さないの。落ち着いて、ね?」

「・・・、っ!・・・、っ!」

 

 波止場に辿り着いて遭遇したのは、なんだかもめ事をしている、さんにんのフレンズさん。

 大声でまくしたてるロードランナーちゃんと、それをなだめる、はじめて見るフレンズさんと、そして、

 すっごい涙目で何かを言いたそうにしている、あの、不思議なフレンズさん。

 

 ええと・・・、うーん、と・・・。

 えぇ・・・?

 なにこれ・・・?

 どういう状況・・・?

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~バンドウイルカ~

 

 ドルカちゃんはクジラ偶蹄目マイルカ科ハンドウイルカ属のすいせー哺乳類、バンドウイルカのフレンズだよ!

 ハンドウイルカ、が元々のお名前みたいだけど、バンドウイルカって呼ばれることの方が多いよね! 図鑑にもバンドウイルカって載ってることが多いから、どっちでもいいのかな?

 ドルカちゃんも、そういうの気にしなさそうだよね!

 

 バンドウイルカはイルカの中で一番速く泳げるんだよ! 普段はゆっくりなんだけど、本気を出したらなんとその速さは時速70キロ! すっごいよね!

 速さの秘密はお肌がいつもつるつるすべすべだから、みたい! しんちんたいしゃ?がかっぱつで、2時間くらいでお肌が入れ替わるらしいよ!

 あたしもさわらせてもらったけど、すっごくすべすべて気持ちよかったよ!

 

 イルカは好奇心が旺盛で、遊ぶのが好きなんだって! 水中で泡の輪っかをはいて、それをくぐって遊んだり、波に乗って遊んだりするんだって!

 船がつくった波に乗るのも好きみたいで、よく船に並走してるのは、そういうことみたい!

 いつも遊んでて、きゅーきゅー、っていう鳴き声が笑ってるみたいでかわいいの! だからドルカちゃんもいっつも笑ってるのかな?

 かわいいよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 



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けものフレンズR くびわちほー 第03話「うみをはしる」B・Cパート

フレンズ紹介~カリフォルニアアシカ~

 

 フォルカちゃんはネコ目アシカ科アシカ属のすいせー哺乳類、カリフォルニアアシカのフレンズだよ!

 名前の通りカリフォルニア州の南の方で繁殖してるんだけど、住んでるところはもっとひろくて、海岸線に沿ってもっと南の方とか、北の方の国にも住んでるみたい!

 国をまたいで暮らしてるなんて、ぐろーばるだよね!

 

 カリフォルニアアシカはアシカの中でも一番多くて、水族館にいるアシカはほとんどカリフォルニアアシカなんだって!

 アシカは陸上では、はいはいして進むイメージだけど、足の力が強いから、体を起こして歩けるみたい! 意外と速くてびっくりするよ!

 もちろん泳ぎは得意で、前足を器用に動かして、すっごい複雑な泳ぎができるんだって!

 あと、すっごい深く潜れるみたい! 潜るときは鼻の穴を閉じて空気が漏れないようにするの! 長い時は15分くらい潜ってられるし、300メートルくらいまで潜れるらしいよ!

 

 アシカはとっても頭がいいから、色んな芸をすぐに覚えたりできるんだけど、それだけじゃなくて、一度覚えた芸はぜったいに忘れないんだって!

 フォルカちゃん、記憶力がいいんだね!

 うらやましいな!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

 あらためて、じょうきょうをせいりしよう。

 わたしの目の前にいるさんにんのフレンズさんたち。

 ひとりは、きれっきれの暴言をはいているロードランナーちゃん。

 ひとりは、困った顔でそれをなだめる、わたしの知らないフレンズさん。

 そしてもうひとりは、何か言いたそうに涙目で睨み返してる、あの不思議なフレンズさん。

 

 うーん・・・、

 ごめん、さっぱりわかんない。

 なんていうか、あの不思議なフレンズさんって、物語によくいる、とうとつに現れて助言をして去っていく謎キャラみたいな印象でいたから・・・、

 その印象とこの状況が、まったく結びつきません。

 

「きゅう? フォルカちゃん、どしたの?」

「あら、ドルカちゃん。」

 フォルカちゃん、と呼ばれたフレンズさんは、声をかけてきたドルカちゃんに向き直って、ことの次第を説明しようとしてくれた。

「こちらのフレンズさんたち、ふたりとも船に乗りたいみたいなんだけど、見ての通りケンカしちゃってて。」

「きゅう! ケンカはだめだよ! ケンカしてたらふねにのせてあげられないよ!」

「私もそう言ってるんだけど、聞いてもらえなくて・・・、」

 苦笑しながら答えるフォルカちゃんは、ドルカちゃんの後ろに立っていたわたしたちに気づくと、

「そちらの方たちは・・・、あら? あなたはたしか・・・、」

「は、はじめまして! あたしはヒトのともえです! こっちはイエイヌちゃんです!」

「わふ! い、イエイヌです!」

「このこたちも、うみをわたりたいんだって! だからつれてきたの!」

「あら、今日はお客さんいっぱいね。」

 そう言って、フォルカちゃんは口元に手を当てて、くすくすと笑った。

 

「私はカリフォルニアアシカのフォルカ。ドルカちゃんたちといっしょに、ここで海を渡るフレンズさんのお手伝いをしてるわ。」

 青みががった白の前髪に、黒い後ろ髪。サイドのところで髪がはねているのが、アシカの前足みたいでとってもチャーミングだ。

 長い髪はおしりの辺りでまとめられてて、その先が二つに分かれてるのも、ふりふりしたしっぽみたいでかわいい。

 けれどそんなかわいい印象を、理知的な顔つきと身に着けた白ぶちのメガネ、そしてその服装が、一気に180度変えてくる。

 後ろ髪と同じ黒のワンピース水着に、同じ色をしたタイツみたいなニーソックスと、アームガード。その上からうす緑色のパレオと水色のパーカーを羽織っただけ、というその恰好。

 それだけでもとってもどきどきする格好なのに、パレオはうっすら透けてて・・・、

 あれは、たしか、はいれぐ、というやつではなかろうか。

 それに・・・、なんか、すっごいおっきいし。

 

「どうしたの? 私の胸、何かついてる?」

「いえ! なんでもありません!」

 思わず敬語になってしまうくらいに大きい。

 何がとは言わないけど。

「うふふ、そう? 宜しくね? ともえさん。」

「はい! きょうしゅくです! よろしくおねがいします!」

 フォルカちゃんはなんだか、これまで会ったどのフレンズよりも大人っぽい印象だった。

 

 わたしたちの自己紹介の間も、ロードランナーちゃんと不思議なフレンズさんのふたりは、いがみ合ったままだった。

「それで、ふたりはなんでケンカしてるの?」

 まずは、いちおう顔見知りのロードランナーちゃんに発言を促してみる。

「ケンカじゃねーし! こいつがさー、ぶつかったのにぜんぜんあやまんねーじゃん? だからよー、ちぃーっと、きょーいくしてやってんだよ!」

「この子はこう言ってるけど、そうなの?」

 もう一人の、不思議なフレンズさんの方にも聞いてみると、ふるふると小さな首を振って、これまた小さな口を開けて、ぽそぽそと、

 

「・・・ふね、まってるあいだ、うみ、ながめてた。」

「・・・そしたら、そのこ、ぶつかってきた。」

「・・・すっごく、いたかった。」

 

 そんな、たどたどしい、とぎれとぎれの説明を聞いて、

「・・・、ええと、ちょっと待ってね?」

 と、仕切り直しの発言をさせてもらったのは、なにも双方の言い分が食い違っていることに混乱したからじゃない。

 あのときは状況が状況だったから、気づかなかったというか、恐怖で何もわからなくなっちゃってたけど、

 ・・・この子、ものすっごいかわいくない!?

 小柄な体とか、パーツの小さい顔立ちとか、そのくせ大きくて丸い目とか、目を潤ませてぷるぷる震えてる感じとか、たどたどしい話し方とか、

 ・・・ああ、やっばい。

 すっごい守りたくなっちゃう。

 

 こっくり、心が出した結論に、深々と頷く。

 そして、不思議なフレンズちゃんをかばうようにその前に出て、

「この子は、わるくないよ。」

「なんでだよ!」

 キリッ、とした顔で言うわたしに地団太を踏むロードランナーちゃん。

「あたしがふねにのろうとしてたのを、こいつがじゃましたんだって!」

「って、言ってるけど、そうなの?」

 ふるふる、と首を振る不思議なフレンズちゃん。

「私も見てたけど、こちらの小さい子の、言う通りよ?」

 と、フォルカちゃんからも援護射撃。

 

「ほら、やっぱりこの子、わるくないじゃない!」

「ぐぬぬぅ・・・!」

 ロードランナーちゃんは悔しそうに声を上げる。

 あきらめなさい。もくげき証言が出た以上、ほんほーてーの判決はくつがえりません。

 なんて思いながら見ているのだけど、どうにもロードランナーちゃんはあきらめがわるいみたい。

「そ、そんなことありませんー! そんなとこにつったってるほうがわるいんですぅー!」

 そんな子供のような反応を返してくる。

 

 あーもう、どうしたものやら。

 たぶん、あたしの言葉じゃ聞き分けてくれないだろうし・・・、

 こうなったらまたイエイヌママに・・・、と思ってイエイヌちゃんを見ると、すごく警戒した表情で不思議なフレンズちゃんを見ていた。

 あ、そっか。

 昨日話した不思議なフレンズちゃんの特徴、まんまだもんね。っていうか本人だし。

 ドルカちゃんはチョーカー以外に合う特徴がなかったから、あの程度の疑問ですんだけど、さすがに本人を前にしたら・・・、

 ・・・あれ?

 さっきは自分もおはなししてみたいって、言ってたような?

 

 不思議に思って黙っていたのを勘違いしたのか、ロードランナーちゃんはそれ見たことかという顔で、言葉を続けてくる。

「だいたい、さっきまでなんもしゃべんなかったくせに、みかたしてくれそーなやつがきたらしゃべるって、どーなんだよ! あ? このひきょーもん!」

「ロードランナーちゃん、そんな言い方・・・、」

 さすがにそれは言い過ぎだと思って口を挟もうとする。

 けど、

「・・・くそばーど。」

 ぼそり、と後ろから聞こえてきた声に絶句した。

 

「なんだとてめーっ! もっぺんいってみろぉっ!」

「・・・、っ!」

 ぎゅっ、とわたしのシャツの裾が握られる感覚。何かが背中にひっしとしがみついているような感じ。

 何か、というかもちろん、あの不思議なフレンズちゃんなんだけど。

 ・・・あれ?

 

「ケンカしないの。たしかに黙ったまま何も言わなかったのは、あなたも悪いのよ?」

「そうだそうだー!」

 と、フォルカちゃんの仲裁に乗っかってくるロードランナーちゃん。

「ぶつかって謝らないあなたは、もっと悪いの!」

「うぐ・・・っ、いや、だからそれは、」

「・・・くそばーど。あやまれ。」

「あー! またいったな! てめぇーっ!」

「・・・、っ!」

 また背中に感じる、ぎゅっとつかまれる感覚。

 ・・・あれ?

 ひょっとしてこの子、けっこういい性格してる?

 

 なんだかもう、どっちもどっちな気がしてきてしまい、ケンカの仲裁はさて置き、わたしはさっきから気になってたことを聞いてみることにした。

「それより、ロードランナーちゃん。なんで戻ってきたの? さっき、あっちの方向に走ってったのに。」

 言いながら、さっきの浜辺の先を指さす。ロードランナーちゃんはうぐ、と呻くような声を出したかと思うと、よく聞き取れないくらいの声で、

「・・・んだよ!」

「え、何? なんて?」

「だからぁ!」

 聞き返すと、顔を真っ赤にしてその理由を言った。

「あっち! でっかいセルリアンがいたんだよ!」

 なるほど。それならしょうがないか。

 

「そーなんだ! セルリアン、こわいもんね?」

「こ、こわい? はぁ? そ、そんなわけねーだろ! あたしがほんきだしたら、あんなセルリアンなんてよゆーだしー。」

 ドルカちゃんの問いかけに、明らかにウソとわかる声色で答えるロードランナーちゃんは、言い終わってから含みのあるような笑みを浮かべる。

「でも、あんまよわいもんいじめんのもかわいそーだろぉ? そこの、ちびっこみたいにー。」

 そして、いー、と口の横をひっぱってわたしの背後を挑発した。

 

「・・・よわいとりほど、よくほえる。」

「っ、てめ! やんのか? お? やんだな? やったんぞらー!」

「・・・、っ!」

「もう。やめなさいっての。」

 ああ、これダメだ。相性最悪。

 いつまでも仲直りできないパターンだ。

 

 わたしがそう思ったのと同じタイミングで向こうもそう思ったのか・・・、

 ・・・うーん、違うか。

 だいぶ、せつな的に生きてる感じのこの子が、そこまで考えたとは思えない。

「へんっ、もんどうもいいかげんあきたぜ! こんなとこであしどめくってられるかっての! あばよぉ!」

 おそらくは言葉通りのことを思ったんだろう、ロードランナーちゃんは捨て台詞のようにそう言うと、頭の羽をはためかせて飛び上がり、海の方へと飛んでいった。

 さっきといい、今といい、ほんと、忙しない子である。

 

「あの子、飛べたのね。なんで船に乗ろうとしてたのかしら?」

「えーと、オオミチバシリはたしか・・・、」

 フォルカちゃんのもっともな疑問に、昨日読んだどうぶつ図鑑の内容を思い返していると、わたしのセリフに続くように、後ろから声がした。

「・・・りくじょうをはしるとり。とぶこともできるけど、あんまりとくいじゃない。」

「そうそう! そう書いてあった! ・・・って、」

 びっくりして後ろを振り向くと、きょとんとした顔の不思議なフレンズちゃんと目が合う。

「あなた詳しいのね? 他のフレンズのことって、皆あまり知らないものよ?」

「・・・、」

 びっくりした顔で言うフォルカちゃんに、不思議なフレンズちゃんはまた黙ってしまった。

 

 ほんと、不思議な子だな。

 あたしだって図鑑で読むまで、オオミチバシリこと、ロードランナーちゃんの特徴なんて知らなかったのに。

 あれだけ仲がわるい相手のことをそんなに知ってるなんて・・・、

 ・・・まあ、もっとも、

 あれは完全にロードランナーちゃんが火をつけまくった結果だとは思うけど。

 それに、ヒトにも物知りな子も、あたしみたいにかしこくない子も、色々いるし、ものしりなフレンズさんがいてもおかしくないよね。

 

「そっか。ロードランナーちゃん、飛ぶの苦手だったんだ。だから、走ったり、船に乗ろうとしてたんだねぇ。」

 ・・・、

 ・・・あれ?

 とぶの、にがて?

 その言葉を反芻すると、わたしは慌てて、飛んで行ったロードランナーちゃんを探した。

 その姿を見つけるとともに、遠くから声が聞こえて、

・・・なんというか、脱力感を覚える。

 

「なんだよ! むこうぎし! おもったより! とおいじゃんか! うわ! おちるおちる! なみ! こっちくんな! やめてやめて! うみこわい! やだぁっ! うわぁんっ!」

 

 羽ばたくたびにだんだん高度を落としているロードランナーちゃんは、とっても情けないひめいを上げていた。

「きゅう? あのこ、だいじょうぶかな?」

「あはは・・・、大丈夫じゃない?」

 心配そうにロードランナーちゃんを眺めるドルカちゃんに、わたしは苦笑交じりに返す。

 大丈夫でしょ、たぶん。

 あの子、なんか生命力強そうだし。

 ああもう・・・、

 なんか、どっと疲れた・・・。

 

「きゅう。いちおう、おともだちにたすけてあげてって、いっておくね?」

 後で聞いた話だと、海に落ちちゃった泳げない子は、ドルカちゃんのおともだちが助けるんだそうな。

「・・・くそばーど、じごうじとく。いいきみ。」

 うんうん、その通り。・・・じゃなくて。

 後ろから聞こえた声に思わず同意しかけるけど、なんとかこらえる。

 振り返って、目線を同じ高さに落として、さとすように声を発した。

「こーら、そんなこと言っちゃだーめ。フォルカちゃんもさっき言ってたけど、何も言わないあなたも良くなかったんだから。」

「・・・ごめんなさい。」

「うんうん。今度会えたら、あの子にもごめんなさいして、仲直りしようね?」

 大きなお耳ごと頭を撫でながら言うと、こくこく、と頷いた。

 ・・・お返事は素直でかわいいけど、

 たぶん、ムリだろうなぁ・・・。

 

 ― ― ―

 

 数分後、わたしたちは海を渡るモーターボートに乗っていた。

 モーターボートと言っても、その動力はじんりきというか、イルカりき、だ。ボートの後ろにはりついたドルカちゃんが、後ろから押す形で進んでいる。

 ボートは海に浮くけど、かなり重い。ほとんど金属でできているのだから当然なんだけど。

 でも、

「わーっ! すっごいはやい!」

「わふ! すごいです! うみをはしってます!」

 ボートはわたしとイエイヌちゃんが驚くくらいのスピードで、海の上を走っていた。

 

「うふふ。ドルカは泳ぐのが速いから。あの子に泳ぎの速さで勝てるのは、シャチちゃんくらいじゃないかしら?」

 船のへりに腰かけ、きれいな横座りをしているフォルカちゃん。短いパレオからすらっと伸びた足がとってもなまめかしい。

 うーん、やっぱりフォルカちゃん、すっごいせくしーだよ・・・。

「あとで私と交代するけど、私はあんまり早く泳げないの。ゆっくりになっちゃうけど、ごめんなさいね?」

「そんな! 乗せてもらってるだけでじゅうぶんだよ! ・・・です。」

 思わず普通に返してしまって、あわてて敬語に直した。

 

「うふふ、無理して敬語、つかわなくていいのよ?」

「あはは、うん。ありがと。」

 今まで会ったフレンズさんはみんな、わたしと同じか、わたしよりちょっと年下、くらいのイメージだったんだけど、こんなに大人な感じのフレンズさんははじめてだから、どうしても緊張してしまう。

 大人だし、すっごい知的な感じだし。

 やっぱりメガネかけてるから頭いいのかな?

 なんて、おばかなことを考えていると、

「そう言えば・・・、あなた、自分のこと、ヒトって言ってたわよね?」

 フォルカちゃんは長い髪をかき上げながら、急にそんなことを聞いてきた。

 

「あ、うん。そうだけど・・・、」

「もしかして、このボート、直せたりする?」

 直す?

 このボートを?

 あたしが?

「むりむり! あたし、そんなかしこくないし!」

「あら、そんな風には見えないけど。」

「ほんとだって! よくおばかなことしてイエイヌちゃんに叱られるもん!」

「そうなの? うふふ。変なこと聞いてごめんなさい?」

 あわててしまってすっごい情けないことを口に出してしまうけど、フォルカちゃんは優し気な笑みを返してくる。

 

 自分の名前が出たのを聞いたのか、水面の泡をしっぽを振りながら眺めていたイエイヌちゃんが、くぅん?とこっちに視線を向けた。

「な、なんでもないよ! 気にしないで!」

「くぅん? そうですかぁ?」

 よかった・・・。さっきのセリフ、ちゃんと聞き取れなかったみたい。

 あんな情けないの聞かれちゃってたら、恥ずかしくてイエイヌちゃんの顔見れないよ・・・。

 

「仲いいのね? ふたりとも。昔からのおともだち?」

 わたしたちを微笑ましげに見ていたフォルカちゃんは、そんなことを聞いてくる。

「ううん。違うよ? つい・・・、おととい? うん。おとといに、会ったばっかりかな。」

「あら? そうなの? 私はてっきり・・・、」

 と、フォルカちゃんは言葉を詰まらせるようにして、

「ううん。ごめんなさい。ふたりがあんまり仲良くみえたから、そう思っちゃったの。」

「えへへ。だって! イエイヌちゃん!」

「わふ! うれしいです!」

 ぱたぱたとしっぽを振るイエイヌちゃんと、顔を見合わせて笑う。

 昔からのともだちみたいかぁ・・・。

 なんだかちょっと照れちゃうね!

 

「私はそろそろ泳ぐ準備をするから、お暇するわね? 三人とも、ゆっくりしてて?」

 フォルカちゃんはそう言って、水色のパーカーとパレオと、ビーチサンダルを脱いで、デッキの後ろの方で体操をはじめた。

 フレンズさんも、準備運動するんだ・・・。

 っていうか、そんなきわどい水着で・・・、

 そんな、やだ、足が・・・!

 はわぁ・・・!

 

「ともえちゃん?」

「みてません! みてませんから!」

 顔を隠した両手の、指の隙間からちらちらフォルカちゃんを見ていたわたしは、突然話しかけられてびっくりする。

「くぅん? なにをみてないんですか?」

 不思議そうな顔で覗き込むイエイヌちゃんの澄み切ったオッドアイに、顔が真っ赤になるのを感じた。

 やめて・・・!

 そんな純粋な目で、今のあたしを見ないで・・・!

 

「あはは、なんでもないよ。それで、どうしたの? イエイヌちゃん。」

 なんとか取りつくろうように答えると、イエイヌちゃんは少しだけ困ったような顔で、

「ええと、あのこの、ことなんですけど・・・。」

 そう言って、わたしたちから少し離れた場所にちんまりと座っている、あの不思議なフレンズちゃんを示した。

 ああ、と思う。

 そういえば、そうだよね。

 港を出てからというもの、速いボートときれいな景色にはしゃいでしまったわたしたちは、すっかりあの子のことを忘れてたような形だ。

 ちょっと、ひどいことしちゃったかも。

「うん。おはなし、してみよっか。」

「はい。わたしも、おともします。」

 

 わたしたちが近づくと、不思議なフレンズちゃんは遠くの海を眺めていた視線をこちらに向けてくれた。

「あの、となり、座ってもいいかな?」

「・・・うん、いい。」

「ありがと。」

 ボートはあんまり広くないから、向き合って座るのは難しい。だから、どうしても三人横並びになる。

 ちんまりと座るその子の横にはわたしが座り、そのとなりにイエイヌちゃんが座った。

 

「えっと、今日がはじめましてじゃ、ないよね? 昨日、竹林で会ったよね?」

 何を話していいかも分からなくて、いきなりそんなド直球を投げてしまう。

 正直なところ、無視されちゃうかはぐらかされちゃうかな、なんて思ったけど、その子は思いのほか素直に、こくり、頷いてくれた。

「・・・うん、あった。」

「そうだよね。あのときはごめんね? あたし、気が動転してたみたいで、すごく失礼な態度をとっちゃったと思うの。ほんと、ごめんなさい。」

「・・・いい、きにしてない。」

 ぺこり、頭を下げると、その子はぽそぽそと感情の読めない声で答えてくる。

 本当に気にしてないのか、社交辞令なのか、判断がつかない感じだった。

 

 ・・・えーと、こんなにもつかみどころのない子、だったっけ?

 さっきはもっと・・・、なんというか、子どもみたいな感じだったと思うんだけど。

 えっと、さっきは・・・、

 あ、

 と声が出そうになる。

 そっか。さっきはロードランナーちゃんがいたんだっけ。

 ああやってかき回すような子の前だから、つい素が出ちゃってた、ってことなのかな?

 そうなると・・・、ここで正解となるのは、ひとつ。

 

「そっか! 気にしてないならよかった! じゃあ、改めまして、自己紹介するね!」

 何も考えないおばかになる。これでいこう。

 ・・・えっと、ロードランナーちゃんがそうだってことじゃないよ? 念のため。

「あたしはともえ! ヒトだよ! こっちはイエイヌのフレンズで、イエイヌちゃん!」

「わふ! イエイヌです!」

「よろしくね!」

「・・・よろしく。」

 

「・・・、えっと、」

「・・・、?」

「・・・、くぅん、」

 ・・・うーん!

 会話、つづかない!

 

「えっとね! あなたのお名前は?」

 と、待ちきれなくて聞いてしまう。

 名前を聞いたのはもちろん会話の流れもあるけど、単純にこの子の名前が知りたかったのもある。

 やっぱり、いつまでもこの子とかその子とか、不思議なフレンズさんとかって、呼びたくないよね。

 

 けれど、この子の反応は、ちょっと想定外だった。

「・・・ぼく、なまえ、ない。」

「あ、そ、そうなんだ・・・。」

 ・・・ああもう、ほんと、あたしって。

 わりと軽めに踏み込んで、おもいっきりじらい、踏んだじゃん!

 

 なんて頭を抱えていると、横から助け船が差し出される。

「わふ。おとといのともえちゃんと、おんなじですね?」

「・・・そうなの?」

「あ、うん。そうなんだ。そうげんの変な建物で目覚めたんだけど、なんだか、色々忘れちゃってるみたいで。名前も思い出せなかったんだけどね? イエイヌちゃんが、」

 そこで言葉を区切って、かばんの中身をごそごそする。目当てのものを手繰り寄せて、取り出した。

「これ、見つけてくれたの!」

 もちろん、スケッチブックだ。裏表紙の下の方を指し示しながら、

「ほら、ここにあるでしょ? ともえって。このスケッチブック、目を覚ました時にもってたんだけど、だからこれ、あたしの名前だと思うんだ!」

 ふふん、とつい得意げになってしまう。

 

「ともえちゃん・・・。なまえのないこのこに、なまえをじまんするのは・・・、ちょっと、」

「・・・、あっ! えっと! そうじゃなくて!」

 なんでそんなひどいことを・・・、と言わんばかりのイエイヌちゃんの声に、あわてて言葉を返す。

 わたしとしては、どうだイエイヌちゃんはすごいだろう、というつもりだったんだけど、たしかに、そう受け取られてもしょうがなかったかも。

「えっとね? あたしが言いたいのは、名前がみつかったのはイエイヌちゃんのおかげで、だからイエイヌちゃんは、すっごいんだよってはなしで、」

「わふ? わたしはべつになにもしてませんでしたよ? もじだって、よめませんし。」

「そうじゃなくて! 読めなくても、見つけてくれたじゃない! だからえらいの! かんしゃしてるのー!」

「ともえちゃん。なんだかおこってますぅ・・・、くぅん、」

「だからちがうのー!」

 

「・・・あはは、」

 ・・・あれ?

 ひょっとして、今、この子、笑った?

 はじめて見るその笑顔にびっくりして、その顔をまじまじと見てしまう。

 ちょっと無遠慮すぎるぐらいに見てしまったから、はにかんだ笑顔を隠すように、くびわに口元をうずめてしまった。

「・・・ぼくのこと、すきによんで。ともえ、なまえつけて。」

 そう言って、また黙ってしまう。

 ちょっと顔が赤い気がするのは、気のせいじゃないと思う。

 

 うーん。また名付けですか。

 なんでか今日は名付けに縁があるようで。

 今朝はだいぶ悩んでしまったけれど、今回はほとんど直感で、すぐに浮かんだ。

「じゃあ、くびわちゃん、で。どう?」

 あんまりなネーミングかとも思ったけど、今こうして大きめのくびわに口元を隠しているその姿が、すっごいかわいく見えたから、それ以外の名前が浮かびそうになかった。

「・・・くびわ、かわいい。」

 不思議なフレンズちゃん、改め、くびわちゃんは、お名前を気に入ってくれたみたい。

 ちょっぴり恥ずかしそうにしながら、けれど、かわいらしい笑顔を見せてくれた。

「・・・ありがと、ともえ。」

「えへへ、どういたしまして!」

 

― ― ―

 

 それから、フォルカちゃんに押し手が変わって船のスピードはゆっくりになったけど、船の旅は順調に進んだ。

「・・・ともえ、なにしてるの?」

「んー? これはね、お絵かきしてるんだよ?」

 スケッチブックの4ページ目には、海を走るボートの上で楽しそうに笑ってるわたしたち、海面を飛び跳ねるドルカちゃんと、海にぷかぷか浮かびながらそれを見守るフォルカちゃん、そして、ちょっと半泣きで空を飛んでるロードランナーちゃんを描いていた。

 まだ途中だけど、けっこううまく描けてる気がする。

「ともえちゃんは、えがとってもおじょうずなんですよ?」

「えへへ・・・、あとで見せてあげるね!」

「・・・わかった。たのしみ。」

 くびわちゃんはぽそぽそした声で、感情がわかりにくいのはそのままだったけど、少しずつ打ち解けてきた気がする。

 はじめは警戒していたイエイヌちゃんも、すっかり笑顔で話しかけるようになっていた。

 

 そういえば、なんであんなに警戒してたんだろ?

 気になったわたしは、ふねのなかをみてくる、とくびわちゃんが席を外したタイミングで聞いてみることにした。

「ねえ、イエイヌちゃん。はじめ、すごく警戒してたよね、くびわちゃんのこと。なんで?」

「ええと、ともえちゃんがしんぱいだったのもあるのですが・・・、」

 イエイヌちゃんは歯切れのわるい感じに言う。そして口元に手を当てて、しばらく考えるようにしてから、言葉を続けた。

「においが、はじめてかぐようなにおい、だったので。」

「はじめてかぐにおい? はじめてのフレンズさんなら、そういうものなんじゃない?」

「それは、そうなんですけど。なんというか、しっているふたつのにおいが、まじってるようなかんじ、なのです。そんなこと、はじめてで。」

 

「それで警戒しちゃったんだ。」

「くぅん・・・。しつれいなたいど、だったとおもいます。」

「そんなことないよ。あたしなんか、はじめて会ったとき、もっとひどかったもん。あはは、」

「・・・、たしかに、そうでしたね。くすくす、」

 わたしが笑いながら言うと、ちょっとしょんぼりしちゃってたイエイヌちゃんも、つられて笑ってくれた。

 知っている、ふたつのにおい、かぁ。

 あるフレンズさんと、別のフレンズさんと、それぞれがまじった感じ、ってこと?

 いわゆるハーフ、みたいな感じなのかな?

 っていうか、くびわちゃん、なんのフレンズさんなんだろ?

 あとで聞いてみようかな。

 

 ― ― ―

 

「あれ、セルリアン!? あの子たち、大丈夫なの!?」

 向こう岸に辿り着いたとき、少し離れた海の上に大きなセルリアンが見えた。そのセルリアンは何人かのフレンズさんに囲まれていて、ちょうど戦っているところのようだ。

「大丈夫よ。あの子たち、ハンターだから。」

「はんたー?」

 フォルカちゃんのセリフに、思わずオウム返しをしてしまう。となりにいたイエイヌちゃんが補足の説明をくれた。

「ハンターというのは、セルリアンをたいじすることをおしごとにしている、フレンズさんのことですよ。つよいフレンズさんがおおいので、たいていのセルリアンはやっつけられます。」

 さすがイエイヌちゃん。とってもわかりやすい。

 

「海の中なら、誰にも負けないわ。もっと大きいセルリアンだって倒したことあるのよ?」

「へー、すっごいんだねー。」

 言いながら、セルリアンと戦っているハンターさんたちを見る。

「ホオジロ! そっちいったぞ!」

「まかせてくださいシャチさん! でぇぇぇりゃあああっ!」

 シャチさんと呼ばれたフレンズさんがセルリアンの動きをうまく抑えて、ホオジロと呼ばれたもうひとりのフレンズさんが、的確に攻撃を加えている。

 戦いのことなんてぜんぜんわからないけど、そんなわたしの目から見ても、とっても息の合った連携に見えた。

 

「きゅう! シャチちゃんとホオジロちゃん、やっぱりすっごいはやい!」

「うふふ。スピードだけならドルカちゃんも負けてないわよ?」

「フォルカちゃん、みてみて! カツオドリちゃんもてつだってる!」

「あら、本当! カツオドリちゃんも凄いわね。」

 ふたりの視線につられて上を見ると、空を飛びまわるフレンズさんがいて、ときおりものすごいスピードで急降下してセルリアンの体を削っていた。

「うえは、わたしたちにまかせて。」

「なんでー!? なんであたしまでーっ!?」

 

 ・・・ええと、

 ちょっとまってね?

 何だか見覚えのある子がいるような・・・?

「ええと、あの子は?」

「きゅう? あのこね、さっきうみにおちて、マルカちゃんがひろったみたいなの!」

「・・・、なんでたたかいに混ざってるの?」

「あのこ、セルリアンなんてよゆー、っていってたから。きょうりょくしてくれるかもって、おしえてあげたの!」

「そっか・・・、」

 

 そういえばイルカは、すっごい遠くまでおはなしができるんだっけ。マルカちゃん、というのはドルカちゃんとは別の、イルカのフレンズさん、かな。

 その子にも会ってみたい気持ちがわくけど、今のこの光景を見てると、なんだかどっと疲れてしまって、また今度でいいかなっていう気分になる。

 

「ひゃあ! まってまって! いまかすった! かすったから! ひゃい! たんまたんま! たんまだって! うわぁん! こわいよぉっ! もうやだぁっ!」

 

 見覚えのある子、海上にいるもうひとりは、ロードランナーちゃん。

 とっても情けないひめいを上げながら、ばたばたと羽ばたいて海上を右往左往していた。

「あのこ、あんまりつよくないね!」

「そうね・・・。大丈夫かしら?」

 ああ・・・、

 あの子はホントに・・・、ホントにもう。

「・・・つよくいきろよ、くそばーど。」

「だからやめなさいって。」

 

 ― ― ―

 

 あのあと、セルリアンはあっさり退治されていた。ロードランナーちゃん含めてみんな無事みたいで、ほっとする。

 ・・・もっとも、ロードランナーちゃんはまた海に落ちちゃって、ハンターさんたちに助けられていたんだけど。

「送ってくれてありがとね! すっごい助かっちゃった!」

「ほんとうに、ありがとうございます!」

「・・・、」

 船から降りて、わたしとイエイヌちゃんは船で送ってくれたドルカちゃんとフォルカちゃんにお礼を言う。くびわちゃんもとなりで、こくこく、と頷いている。

 

「お礼なんていいのよ。いつもしてることだから。」

「きゅう! またわたりたくなったら、いつでもいってね!」

 ふたりはとってもすてきな笑顔で答えてくれる。

 ふたりとも、すっごい良い子だなぁ・・・。

 このままだとお世話になりっぱなしだし、何かお返しできたらいいんだけど・・・。

「うーん・・・、」

「ともえちゃん、どうしました?」

「えっとね? できればお返しをしたいなって思うんだけど・・・、」

 言いながら、今日ふたりとおはなししたことを思い出す。

 色々考えてはみるけど、ふたりが喜びそうなこと、っていうと、やっぱりひとつしか思いつかなかった。

 

「やっぱり、船を直すのが一番かな。」

「ふねを? ともえちゃん、なおせるんですか?」

「そんな、あたしにはムリだよ。でも、ボスにお願いすればなんとかなるかなって。」

「ふむ。たしかにそうかもしれません。でも・・・、」

 くんくん、とはなを鳴らして匂いを探るイエイヌちゃん。

「くぅん、ちかくに、ボスはいないみたいですぅ。」

「そっかぁ・・・。」

 イエイヌちゃんのおはなはこれ以上なく信用できる。少なくとも、日が沈むまでに行ける距離にボスの姿はないだろう。

 

「・・・ともえ、」

 どうしようかなと考えていると、くいくい、とシャツの裾を引っ張りながら、くびわちゃんが話しかけてきた。

「どうしたの? くびわちゃん。」

「・・・、」

 無言のまま、手をこいこいと動かして、耳を近づけるように伝えてきた。

「なにかおはなし、あるの? ・・・、ふんふん、・・・、・・・、えっ?」

 その通りにしたわたしの耳に、くびわちゃんの、びっくりする内容の言葉が入ってくる。

「くびわちゃん、なんでそんなこと知ってるの?」

 くびわちゃんはふるふると首を振って、

「・・・ひみつ、」

 とだけ答えた。

 

 ― ― ―

 

「わふ! すごい! ふねがうごいてます!」

「ほんと! すっごいスピードだね!」

 もう一度動くようになったモーターボートは、ドルカちゃんが押してたときよりずっと速いスピードで、海の上を走っていた。

 その横を並走するように、ドルカちゃんが泳いでいる。ボートを運転しているのはフォルカちゃん。フォルカちゃんは前に運転を覚えたんだそうで、それを忘れてなかったみたい。

「わーい! はやーい! たのしー! きゅふふ!」

「ドルカちゃーん! あんまりはしゃいじゃダメよー! うふふ!」

 ドルカちゃんもフォルカちゃんも、ふたりとも、とっても楽しそう。

 

 わたしとイエイヌちゃんは港から、その光景を眺めている。

 そして、となりにはくびわちゃん。

「・・・、?」

 わたしの視線に気づくと、どうしたの?とでも言いたげな顔で見返してきた。

 くびわちゃんがさっき耳打ちで伝えてきた通り、港の建物の中にはボートを動かすための予備のバッテリーがあった。

 燃料とか必要なんじゃとも思ったけど、ぜんぶ電気で動くタイプみたいで、満タンのバッテリーに交換するだけでボートは動くようになった。

 ボートは別に壊れてたわけじゃなくて、単に電池切れなだけ、だったみたい。

 くびわちゃんはどうして、そんなことを知ってたんだろう?

 本当に、不思議な子だ。

 

 ― ― ―

 

「ともえちゃん、ありがとう! あのこ、またうごくようになったよ!」

「他の子たちも、きっと喜ぶと思うわ。本当に、ありがとうね?」

 試運転を終えて港に戻ってきたふたりは、口々にお礼の言葉をかけてくれた。

「いや、これはあたしじゃなくて・・・、」

 言葉を区切ってくびわちゃんを見るんだけど、ふるふると首を振って意思を示してくる。

 さっきも内緒話で伝えてきたくらいだし、目立ちたくないみたい。

「・・・ううん。気にしないで! せめてものお礼だから!」

 なんだか手柄を横取りしたみたいで気が引けるけど、あまり気にしてもしょうがないかな。

「おかげ様でソーラー充電の仕方も覚えたし・・・、よかったわね、ドルカちゃん。これでいつでもこの子と遊べるわよ?」

「きゅう! たのしみ!」

 こうしてふたりが喜んでくれることが、一番なんだから。

 

「それじゃ、あたしたちはそろそろ行くね!」

「はい。そうしましょうか。」

 わたしとイエイヌちゃんのセリフに、ドルカちゃんはちょっとがっかりした顔をした。

「もういっちゃうの? ふね、うごくようになったよ? のらなくていいの?」

「うん、あんまり遅くならないうちに次のちほーにいきたいから。でも、」

 わたしは言葉を区切って、満面の笑みと共に本心からの言葉を口にした。

「またうみべに来たら、そのときは乗せてね! ぜったいね!」

 ドルカちゃんとフォルカちゃんはわたしのお願いを聞いて、ふたりともわたしと同じような顔で、お返事をくれた。

「わかった! まってるよ! げんきでね!」

「本当に、色々とありがとう。旅の無事を祈ってるわ。」

 

 ― ― ―

 

 うみべから伸びる道を、わたしたちは歩いている。

 わたしたち、というのは、わたしと、イエイヌちゃんと、そしてくびわちゃんのさんにん。

 海辺から歩き出したわたしとイエイヌちゃんに、くびわちゃんは、ついてく、とだけ言って一緒に歩きはじめたのだった。

 もちろん、断る理由なんてないんだけど、

「くびわちゃん、ほんとにあたしたちと一緒に来てよかったの? 船に乗りたかったのって、どこか行きたかったとこ、あったんじゃない?」

 ちょっと気になったので、歩きながら聞いてみる。くびわちゃんはふっとこっちに視線を向けて、あいかわらずぽそぽそとした小声で答えてくれる。

「・・・だいじょうぶ。」

 そうして、言葉を続けた。

「・・・ともえのこと、すこし、わかったから。」

 

「あたしのこと? どういうこと?」

 聞き返すけれど、返事はない。少しの間黙ったままだったくびわちゃんは、ちょっとうるんだような目になると、

「・・・ぼく、じゃま?」

「そんなことないよ! むしろ一緒に来てくれてうれしい!」

「わふ! そうですよ! いっしょにいきましょう!」

 わたしとイエイヌちゃんがあわてて声を上げると、くびわちゃんはほっとしたような顔で、またその大きなくびわに口元をうずめた。

「・・・ありがと、ともえ。いえいぬ。」

 ・・・ああ、この子。

 やっぱりすっごいかわいい・・・!

 

 色々と不思議なところがある子だし、まだ何のフレンズかもわからない。

 どういう子かも、ちゃんとはわかってないけど。

 たぶん、

 ・・・ううん、

 ぜったいに、すてきな子だ。

「えへへ。これからよろしくね、くびわちゃん!」

「よろしくおねがいします! わふ!」

「・・・よろしく。」

 

 そうして、わたしたちはおともだちになった。

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 あたたかな木漏れ日が差す竹林の、ふれあい広場。

 たくさんの遊具が並んでいるその場所で、

 フレンズさんたちが楽しく遊んでいました。

 

「アルマーさん! アルマーさん! みてください! きれいなおだんごができました!」

「おー。これはとってもまんまるだねー。センちゃん、がんばったねー。」

「えっへん! どろあそびなら、おてのものです!」

 

 ふたりはお砂場で遊んでるみたい。

 どろんこ遊びが好きなのかしら?

 うふふ。

 センちゃん、おはなに泥がついちゃってるわよ?

 

「センちゃん、ちょーっとうごかないでねー?」

「な、なんですか? おだんご、とるきですか? ・・・わっぷ!」

「はいはーい。じーっとしててねー?」

「く、くすぐったいです! じぶんでふけますから!」

「どろだらけのてでふいたらー、もーっとどろだらけになるよー?」

「うにゅにゅ・・・!」

 

 あらあら、やっぱりふたりは仲良しさんね?

 アルマーちゃんもセンちゃんのこと、大好きみたい。

 

「・・・って、こんなことをしてるばあいじゃないのです!」

 

 ・・・あら?

 センちゃん、どうしたの?

 

「ついどろんこのゆうわくにまけてしまいそうになりましたが! さっきのおはなし! くわしくきかせるのです!」

「かんぜんにまけてたけどねー。」

「おだまりなさいアルマーさん! あれはめをあざむくための、かもふらーじゅです!」

「そーなんだー。すっかりだまされたよー。」

 

 センちゃんはなんだか気になることがあるみたい。

 ひょっとして、ふたりが探してるものに、関係あるのかしら?

 

「さっきのはなしって、ここをとおったこ、のことっすか?」

「あのこたち、とってもいいこだったよねー。ボスとおはなししてー、しょうめいなおしてくれたりー。」

「おはなし!?」

「らっきーびーすととー?」

 

 トンちゃんとフーちゃんのお話に、ふたりはびっくり。

 

「・・・っ! こうしてはいられないのです! はやくおいかけないと!」

「センちゃーん、はしったらあぶないよー? それにおてて、あらわないとー。」

「・・・ぐぺっ!」

 

 センちゃん、あわててかけ出して、転んじゃった。

 アルマーちゃんの言う通り、竹林で走ったら、危ないのよ?

 

「だからいったのにー・・・。」

「このくらいへいきです・・・。でも、あぶないからあるいていきましょう・・・。」

「もー、しょーがないなー・・・。じゃー、あたしたちはこれでー。じょうほうありがとー。」

「どういたしましてっす! きをつけてっす!」

「セルリアンがでたらー、ちゃんとにげるんだよー?」

 

 ちょっと転んじゃったけど、平気みたい。

 これからは、あんまり慌てて走ったりしちゃ、ダメよ?

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 

 



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けものフレンズR くびわちほー 第04話「はーどらっくとだんす」アバン・Aパート

 たとえば、陽の光に照らされてきらきらと輝く大草原を見たとき。

 たとえば、見上げても先が見えないほどに伸びた竹林を見たとき。

 たとえば、空との境界が曖昧になるほどに広い大海原を見たとき。

 ヒトが大自然に向かい合って胸に抱く感動というのは、すべて自分にないものを感じた結果で、ある意味で自分を映す鏡のようなものだと、わたしは思う。

 そしてここ荒野においても、その広大な景色はまた、わたしに新鮮な感動を与えてくれた。

 見渡す限りにひろがる光景は、近くの地面も遠くの山も、ほとんどが赤茶色で、そこに目を奪うような綺麗さはない。けれど、心を揺さぶられるような美しさがある。

 風が吹けば砂ぼこりがたつような、ひび割れた大地にも、草木は生え、花も咲く。

 まさに自然の力強さ、雄大さをまざまざと見せつけられているような――

 

 ――なんて、

 かたくるしい文章にしたらそんな感じになるだろう内容を、うっすら考えていても、

「わぁ・・・! すっごいけしき・・・!」

 わたしの口をついて出るのは、けっきょくはそんな子供っぽい感想である。

 おのれのごいりょくのなさに、ちょっぴり遠い目になるけれど、

 ともあれ、こうやちほーの光景はとてもゆうだいで、心をふるわせるものだった。

 

「わふ! とってもひろいですね! かけっこしたらたのしそうです!」

「あはは。イエイヌちゃん、走るの好きだよね。」

「はい! なんだかうずうずします!」

 イエイヌちゃんは、はふはふと息をしながら、とっても楽しそうな顔だ。ごきげんメーターの調子もいいみたいで、さっきからぱたぱたと左右に振られている。

「遠くの方には岩山がいっぱいだね。あれ、どのくらいの大きさかな? たぶん、すっごいおっきいよね?」

「ちょっと、ちかづいてみてみますか?」

「うーん、けっこう距離あるから・・・、まずは道に沿って歩こっか。」

 ドルカちゃんとフォルカちゃんのおかげで、日の高いうちにこうやちほーにこれたけど、あんまり寄り道してると、この辺りで夜を明かすことになりそうだ。

「あたし、あんまりひろいところだと、寝るときちょっと落ち着かなそうだし。」

「そうなんですか?」

「うん。なんかこう、ちょっとせまいくらいで・・・、屋根があるともっといいんだけど。」

 大自然の中で眠るのもいいんだけど、やっぱりわたしは建物の中の方が落ち着く気がする。

 まあ、パークで目覚めてから、ずっと野宿なんだけどね。

 

「なら、わたしのおうちは、ともえちゃんにぴったりかもしれませんね。」

「そうなんだ。えへへ、楽しみにしてるね!」

「・・・ともえ。」

 くいくい、とシャツの裾を引っ張られて振り返る。

「ん? なーに? くびわちゃん。何か見つけたの?」

「・・・さぼてん、」

 くびわちゃんが指さした方を見ると、道端にまあるいサボテンが生えているのが見えた。

「・・・おはな、さいてる。かわいい。」

「ほんとだ! とってもきれい!」

 白いトゲをいっぱい生やしたサボテンは、ちょうどてっぺんのところに、おひさまみたいな形の黄色い花をいくつも咲かせていた。

 

「サボテンの花って、はじめてみたかも! たんぽぽみたいだね!」

「・・・しゅるいによって、いろんなかたち、してる。いろも、いっぱい。とげのかたちも、いろいろ。とげのない、さぼてんもある。」

「そうなんだ! しらなかった!」

「わふ! ものしりです!」

「・・・、」

 イエイヌちゃんの誉め言葉にくびわちゃんは無言だったけど、その顔はちょっと照れてるような感じ。

 

「そもそも、サボテンってなんでトゲがあるんだっけ?」

「フレンズにも、とげをもっているこがいるみたいですけど・・・、やはり、がいてきにおそわれないように、でしょうか?」

「・・・それもある。あと、ひざしをやわらげて、たいおん、ちょうせつしたり、すいぶんほきゅうするのに、つかう。」

「水分補給? どうやって?」

 と、素朴な疑問を口に出してみる。

 あんなとげでどうやって水分をとるんだろう。

 ・・・まさか、むしとか、どうぶつの血、じゃないよね?

 

 なんて、おそろしい想像をしていると、くびわちゃんはたどたどしい口調で、けれどすごく丁寧に教えてくれた。

「・・・さばくや、こうやでは、あめはめったにふらない。けど、ちゅうやの、かんだんさがおおきくて、あさぎりや、よぎりがでる。それを、とげでつかまえる。」

「すっごい! そんなことよく知ってるね! すごいねくびわちゃん!」

「わふ! くびわちゃん、はくしきですぅ!」

「・・・、」

 わたしたちの反応に、またくびわちゃんは照れたような顔で、口元をそのぶかぶかのくびわにうずめた。

 

 うみべからこうやまでの道中も、くびわちゃんは道端の色々な草木やどうぶつの巣などについて、たまにこうして説明をしてくれた。

 そのどれもがわたしにとって、はじめて知ることで、とってもためになる。イエイヌちゃんがさっき言った通り、すっごい博識だ。

 くびわちゃんはなんでそんなにいっぱい知ってるんだろう。

 もとになったどうぶつがすっごい頭がよかった、とか?

 ・・・っていうか、まだくびわちゃんが何のフレンズか、聞けてなかったっけ。

 そろそろ、聞いてみてもいいかもしれない。

 

 そう思って話しかけようとしたんだけど、くびわちゃんはサボテンの説明に夢中みたい。

「・・・さぼてんのとげをつかって、すをつくるとりもいる。くちばしでとげをあつめて、すをつくる。」

「ええ!? それ痛くないの!?」

 わたしもその話に興味がわいてしまって、考えていた質問は頭から飛んで行ってしまった。

 まあ、また今度でいっか。

「・・・とげは、すのそとがわにつけて、がいてきをよせつけないように、つかう。だから、すのうちがわは、いたくない。」

「へー、頭いいんだね。」

 くびわちゃんは、とり、って言ってたけど、どんな鳥なんだろ?

 サボテンのトゲで巣を守るなんて、かしこい鳥なのかな?

 

「くびわちゃん! みてください! あれって、そのすじゃないですか!?」

 と、イエイヌちゃんが大きな声を出しながら、遠くにあるサボテンの方を指さした。見ると、たしかにサボテンの影に大きな鳥の巣みたいなものがある。

「ほんとだ! ねえくびわちゃん! あれって、そうだよね?」

 ちょっとわくわくしながら聞くと、くびわちゃんは、こくこく、と頷いて答える。

「行ってみよ! あたし見てみたい!」

「わふ! わたしも、きょうみありますぅ!」

 言うが早いか、わたしたちはかけ出す。一緒に走りだすんだけど、くびわちゃんはわたしたちより背が小さいから、ちょっと遅れがちだ。

 わたしはその歩幅にペースを合わせるように速度をゆるめながら、先を行くイエイヌちゃんを追った。

 

「わふ! ともえちゃん! くびわちゃん! とりさん、いますよ!」

 既にサボテンの所に辿り着いたイエイヌちゃんは、手としっぽを振りながら大きな声をかけてくる。わたしたちも遅れてそこに辿り着き、

「もう、はやいよイエイヌちゃん。あと、そんな大声出したらとりさんが・・・、」

 驚いちゃうでしょ、と続けようとしたんだけど、そこにあった想定外の光景に、言葉が出てこなかった。

「・・・、くぅ、くぅ・・・、ぴゅい・・・、ふにゅにゅ・・・、・・・、んあ?」

 とりの巣で寝ていたのは、とりさんじゃなくて、とりのフレンズさん。イエイヌちゃんの声で起きちゃったのか、目をぱちぱちしてこっちを見てくる。

 しばらくぼーっと眺めていたその子は、だんだん意識がはっきりしてきたのか、がばっと体を起こしながら慌てたような声で言った。

 

「な、なな、なんだてめーらぁ! あたしのおうちに、どそくではいってんじゃねーぞ!」

 

 ・・・えっと、ちょっとまってね?

 ・・・えっと、・・・、ええ?

 また、このパターン・・・?

 

 混乱するわたしの前にいたのは、あいかわらず口がわるい感じにまくしたててくる、ロードランナーちゃんだった。

 

 ― ― ―

 

 けものフレンズR くびわちほー 第04話「はーどらっくとだんす」

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~G・ロードランナー~

 

 ロードランナーちゃんはカッコウ目カッコウ科ミチバシリ属の鳥類、グレーター・ロードランナーのフレンズだよ!

 和名はオオミチバシリっていって、名前の通り、地上を走る鳥だよ! 飛ぶこともできるけど、あんまり得意じゃないみたい!

 大きいくちばしと力強い足をしていて、頭にはとさかがあるんだ! ぴん、とまっすぐ伸びた尾羽がぴこぴこしててかわいいよね!

 

 走る速度はとっても速くて、時速30キロ以上で走れるんだって! あたしじゃ、自転車があってもおいつけないかも。

 この子をモデルにした有名なキャラクターのおかげで、「ミッミッ(beep beep)」って鳴くって誤解されてるけど、本当は「クークー」って鳴くんだよ!

 ハトの鳴き声に、ちょっと似てる感じ!

 

 カッコウの仲間では珍しいみたいなんだけど、オオミチバシリは巣を作って自分で卵を育てるよ!

 巣の材料にサボテンのトゲを使って、外敵から卵やヒナを守るようにしてるんだって! 痛くないのかな?って思うけど、巣の中は内ばりをしてるから、痛くないみたい!

 頭いいよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

 じょうきょうを、せいりしよう。

 わたしたちが見つけた、サボテンのトゲを材料にした巣には、くびわちゃんが話していたとりさんがいるはずで。

 けれどそこにいたのはとりさんではなく、とりのフレンズさんであるロードランナーちゃんで。

 ・・・まあ、うみべでの状況にくらべたら、だいぶわかりやすいかな。

 つまり、さっきのくびわちゃんの話は、オオミチバシリに関しての説明で、

「ええと・・・、ロードランナーちゃん、なにしてんの?」

「みりゃわかんだろ! おうちでおひるねしてたんだろがい!」

 その返答の通り、つまりこの大きめの鳥の巣が、オオミチバシリのフレンズであるロードランナーちゃんのおうち、であるらしかった。

 

「くぅん、せっかくのおひるね、おこしてしまってすみません・・・。」

「まったくだよ! ほーんと、いーめいわくだぁー。」

 平謝りするイエイヌちゃんと、半眼でぶっきらぼうな言い方のロードランナーちゃん。

 イエイヌちゃんはイエイヌのフレンズだけあって、おひるねには思い入れがあるみたい。邪魔をしちゃって本当に申し訳なさそうだ。

「ロードランナーちゃんのおうち、こうやにあったんだね? なんでうみべにいたの?」

「へんっ、そんなしつもんにこたえてやるぎりはありませんー。・・・でもまー、」

 ロードランナーちゃんは唇をとがらせながら言って、そこで言葉を区切る。そしてわたしの後ろにいるくびわちゃんに視線を向けて、含みのある感じに笑った。

「そこのちみっこいのが、ひるまのことあやまるってんなら、おしえてやらなくもねーぜ?」

「・・・おまえがあやまれ。くそばーど。」

「あぁ!? こんにゃろ、またいったなぁ!? くそっていうほーがくそなんだぞぉ!?」

「だからぁ、ホント、やめなさいって。」

 もー、やっぱりこうなっちゃうか。

 

 予想どおり過ぎる展開に、わたしとイエイヌちゃんは互いに目配せをして、こくり、頷き合う。

「くびわちゃん、おひるま、今度会ったら謝るって言ってたでしょ?」

「・・・、」

 わたしの問いかけに、黙ったまましょんぼりするくびわちゃん。

「ロードランナーさん、わるいことをしたら、ちゃんとあやまらなきゃダメですよ?」

「んだよ! べつにあたしわるいことなんか・・・、・・・えっと、その、・・・うぅ、」

 にっこり笑うイエイヌママの無言の圧力に、次第に押され始めるロードランナーちゃん。

 わたしたちの顔をそれぞれ見ながら、ちらちらとお互いの様子をうかがって、ふたりはほぼ同時に同じことを言ってきた。

 

「・・・そのこが、さきにあやまったら、」

「そいつが、さきにあやまったら、」

 そして、無言のままお互いを視線の中心にとらえると、ふたりとも一歩前に出て顔を見合わせた。

 背の高さが違うから、くびわちゃんは見上げるような形。

 対するロードランナーちゃんは、見下ろすような形。

「・・・おまえがさき、」

「あ? おまえがさきだろ?」

「・・・とりあたま、」

「みじんこのーみそ。」

 

「・・・っ!」「ああんっ!?」

 

 キッ、とお互いに顔を近づけて睨み合い、肩をいからせた。

 ああもう・・・、

 ホントこの二人、相性わるすぎ。

 

「さわがしいこえがきこえるとおもったら、かえっていたのか、ロードランナー。」

 そんな、わたしたちだけではどうしょもない状況に、天からの助けのような声が響く。

 こちらに向かって近づいてくるその声の主は、もちろんフレンズさんだ。

 まず目につくのはその大きなツノ。クワガタみたいな力強い二本の角が、前髪のちょっと上あたりから伸びている。

 ツノのわきにはぴょこん、と長いお耳が伸びていて、なんだかかわいらしい。

 肩口で切り揃えられたうす茶色の髪は風にさらさらなびいていて、また前髪の茶褐色やサイドの白がアクセントになって、その凛々しい顔立ちをいっそう際立たせている。

 白い体操服とベージュのブルマの上に、オレンジ色のジャージを上だけ羽織っている。足元の運動靴も相まって、はつらつとしたスポーツ少女のような印象だった。

 なんというか、すっごい、かっこかわいい感じ。

 

 ロードランナーちゃんはそのフレンズさんの呼びかけに振り返ると、見る間に顔をほころばせ、きらきらと目を輝かせる。その瞳からは、親愛と尊敬の情がはっきりと見て取れた。

 ・・・ってことは、ひょっとして、

 この子がロードランナーちゃんがうみべで口にしていた子、かな?

 おなまえはたしか・・・、

「プロングホーンさまぁっ!」

 きいろいひめい、のようなロードランナーちゃんの声に、わたしはその想像が正しかったことを理解した。

「ロードランナー、たびはもう、おえたのか?」

「はい! ぶじにもどってきました!」

「そうか。げんきそうでなによりだ。」

 まるで別人のようなロードランナーちゃんの態度に、わたしは口を大きく開けて固まってしまう。となりを見ると、イエイヌちゃんも似たような顔をしていた。

 

「こちらのかたがたは?」

 と、プロングホーンと呼ばれたフレンズさんがわたしたちを手のひらで示すと、ロードランナーちゃんは一瞬とても嫌そうな顔をして、また笑顔に戻った。

 けれどさっきまでの満面の笑みと違って、

 なんだかちょっと、いやらしい感じの笑顔、のような。

「いえいえ・・・、こいつらは、ただのちんけなやつらでして・・・。プロングホーンさまのおみみをよごすようなことはありませんよ。」

 ロードランナーちゃんの発言に、文字通り、開いた口がふさがらなくなる。

 この子の前だとロードランナーちゃんはだいぶ大人しいけど、なんだかステレオタイプな子分みたいになってしまうようだ。

 ・・・っていうか、ちんけなやつら、って、きみねぇ。

 もう少し言い方ってものが、あるでしょうに。

 

 なんてことを思っていると、フレンズさんはまじめな顔で、

「そういうわけにもいかないだろう。せめてあいさつくらいはさせてくれ。」

「ぐぎぎ・・・、っ、わかりました・・・。」

 何故か悔しそうにしてるロードランナーちゃんを尻目に、フレンズさんはこちらに向かって一歩前に出た。

「はじめまして。わたしはプロングホーン。この、こうやをなわばりにするフレンズだ。」

 堂々とした感じを受けるプロングホーンちゃんの名乗りに、わたしはちょっと、どぎまぎしてしまった。

 お昼間のフォルカちゃんの時もそうだったけど、どうにもわたしは、口調とか雰囲気とか、大人っぽい感じのフレンズさんに会うと緊張しちゃうみたい。

 

 そんなわたしに気づいてか、イエイヌちゃんが前に出て、かわりに言葉を返してくれた。

「はじめまして。わたしはイエイヌのフレンズで、イエイヌともうします。こちらはヒトのともえちゃんと、こちらはくびわちゃんです。」

「は、はじめまして。ともえです。」

「・・・よろしく。」

 イエイヌちゃんに続いて、わたしとくびわちゃんもぺこり、と頭を下げる。プロングホーンちゃんは、うむ、とでも言わんばかりに深く首肯すると、

「イエイヌさんに、ともえさんに、くびわさん。ごしょうかい、うけたまわった。あらためまして、ようこそこうやに。なにもないところではあるが、ゆるりとくつろいでいってくれ。」

 そんな古風な物言いで、歓迎の言葉をくれた。

 プロングホーンちゃんは、とっても礼儀正しくて、見た目通りにかっこいい感じのフレンズさん、みたいだね。

 

「ありがとうございます。ここはとってもひろくて、わくわくするところですね? はしったら、きもちよさそうです。」

「おや、きみもはしるのがすきなのか?」

 イエイヌちゃんの言葉に、プロングホーンちゃんは凛とした表情を少しゆるめる。

「はい! はしるの、だいすきです!」

「きぐうだな。わたしもはしるのはだいすきだ。こうやでも、いち、にをあらそう、あしをもっていると、じふしている。」

 ずい、と張った胸に手を当てて、自信たっぷりな顔で言うプロングホーンちゃん。

 たしかにこの子、見た目からしても運動神経ばつぐんそうだ。

 あれだけ足の速いロードランナーちゃんが尊敬してるくらいだし、きっとすっごい速いんだろうなぁ。

 

「そうなんですか!? すごいです! わたしはそんなに、あしにじしんがないので、うらやましいです!」

「はは、はやいおそいをきにするひつようはないよ。そんなものはただのけっかだ。きみのように、はしることをじゅんすいにたのしむことこそが、かんようなのだ。」

「わふ! ほめられました! うれしいです!」

 そうして、イエイヌちゃんとプロングホーンちゃんはほがらかに笑う。

 なんだかすっかり意気投合しちゃったみたいだね。

 こうしてイエイヌちゃんが他のフレンズさんと仲良くしてるのを見るのは、とってもうれしい。

 ねえ、あたしのおともだち、とってもすてきでしょ?

 ・・・なんて、

 ちょっとほこらしい気分になるのだ。

 

「プロングホーンさまぁ・・・、こんなやつらほっといて、いきましょうよう。」

 と、さっきから面白くなさそうな顔でそわそわしていたロードランナーちゃんが、横から口をはさんできた。

「まあまて。せっかくきゃくじんがきたんだ。ゆっくりしようじゃないか。」

「うぅ・・・、でもぉ・・・、」

 ぶすっと口をとがらせたロードランナーちゃんに、プロングホーンちゃんは呆れたような表情を見せて、

「それに、ロードランナー。おまえ、またほかのフレンズと、いさかいをおこしたな?」

 と、低い声で言った。

 ロードランナーちゃんは、ぎくり、と音が聞こえそうなほどに体をこわばらせる。

 

「な、なんのはなしですか? あたしにはさっぱり・・・、」

「とぼけてもムダだ。おまえがこちらのくびわさんに、ごめいわくをおかけしていたこと、このめとみみがしっている。きょうというきょうは、どうりをとかねばなるまい。」

 そう言って、険しい表情でお耳をぴこぴこ動かす。かわいい。

 そのアンバランスさがちょっと可笑しかったけど、言っている内容を考えると、あんまり笑ってもいられなかった。

「あの、あのね? ロードランナーちゃんだけがわるいんじゃないんだよ? お互い素直になれないだけって言うかなんというか・・・、」

「そうですねぇ。わりとどっちもどっちなきがしますぅ。」

 あらイエイヌちゃん、けっこう辛辣ね。

 あたしも、おんなじ意見だけどさ。

 

「ふむ・・・、そうだとしても、ロードランナーはくちがわるい。こんかいもおそらく、そのせいで、よけいにあいてをおこらせたのだろう。」

 はい、その通りです。

 さすがわたしたちより付き合いが長いだけあって、ロードランナーちゃんのこと、よくわかってるみたい。

「そんなぁ! あたしがわるいんじゃないですってばぁ!」

「わたしも、なにも、おまえがすべてわるい、といっているわけではないよ。」

 プロングホーンちゃんはそう言って、優しげな笑みを浮かべた。

「ただ、みとめるべきところはみとめたうえで、たいわをしなければ、わかりあえるものも、わかりあえないだろう?」

 

「・・・、ぐぬぬ・・・、ぎににぃ・・・!」

 色々とせめぎ合ってるのか、ロードランナーちゃんは歯を食いしばりながら頭を抱える。しばらくそのままでいたかと思うと、がくっと肩を落として言葉を返した。

「・・・はぁ、わかりましたよ。プロングホーンさまがそこまでいうなら。」

 そうして、再びくびわちゃんの前へ。

「なあ、おまえ。」

「・・・なに。」

 お互いにぶすっとした表情で顔をむかい合わせる。

 くびわちゃんは見上げて、ロードランナーちゃんは見下ろして、

 その姿だけならさっきとまるで同じ状況だけど、でも。

 今度はお互いに、ちゃんと素直におはなしできそうな空気を感じた。

 

 ロードランナーちゃんは、すーはーすーはーと息を整えて、意を決したように謝罪の言葉を――、

「あんときは、ぶつかってわるかっ・・・、」

「どいてどいてぇぇぇぇーーーっ!?」

 口にしようとしたところで、とつぜん聞こえた大声と、とんでもないスピードで通り過ぎる何か。巻き上がった砂ぼこりが視界をふさぐ。

「ぴぃっ!」

 見えづらくなった視界の端に、鳴き声なのかひめいなのか、みじかく声を上げながら、ふっ飛んでいくロードランナーちゃんが見えた。

 

「ロードランナー! だいじょうぶか!?」

「うぅ・・・、いたいよぉ・・・、なんだよぉ・・・?」

「・・・、うん。おおきなケガは、なさそうだな。よかった。」

 心配そうなプロングホーンちゃんの声と、よわよわしいロードランナーちゃんの声が、砂ぼこりの向こうから聞こえてくる。

 いちおう、あっちもなんとか無事みたい。

「くびわちゃん、へいき? 痛いとこない?」

「・・・へいき。」

 わたしも近くのくびわちゃんに声をかける。

 くびわちゃんはこくこくと頷いてみせるけど、目の前を何かがものすごいスピードで通り過ぎたせいか、その顔はすっごく怯えていた。

 体をぶるぶる震わせながら、わたしの腰あたりにぎゅっと抱き着いてくる。

 

 その頭を大きなお耳ごと撫でていると、イエイヌちゃんが不安げな顔で聞いてくる。

「な、なんだったんでしょうか・・・?」

「わかんないけど・・・、っ、あいたっ!」

 と、ちくっとした痛みを右目に感じて、ひめいを上げる。

「ともえちゃん! だいじょうぶですか!?」

「・・・ともえ、いたそう。」

 片目をぎゅっとしながら涙を流すわたしの顔を、イエイヌちゃんとくびわちゃんは心配そうな顔で覗き込んできた。

「あいたぁ・・・、うん、目に砂が入っちゃったみたいで・・・、いったぁ。」

「たいへんです! ともえちゃん! ちょっとみせてください!」

 

 わたしの肩を抱くようにしたイエイヌちゃんは、息が当たるくらいの距離に顔を近づける。

「め、あけられますか? だいじょうぶですか?」

「あ、うん。・・・っ、いたたっ!」

「・・・ともえ、だいじょ、ぶ?」

 うるんだ視界いっぱいにイエイヌちゃんの顔がひろがる。

「ちょっとそのまま、めをあけててくださいね。いま、とりますから。」

「あ、うん。ありがと。」

 ちょっと恥ずかしいけど、心配そうなその表情を見ると、黙って言うことを聞いてあげたかった。

 ・・・でも、

「・・・イエイヌちゃん?」

「うごいちゃだめです。じっとしててくださいね?」

 わたしの肩をがっちりつかまえて、イエイヌちゃんはさらに顔を近づけてくる。小さく開けた口から、かわいらしい舌がぺろっと伸びてきた。

 そして、その舌がわたしの顔に・・・、

 

「ひゃう! い、イエイヌちゃん! なに!? なんなの!? なにする気!?」

「くぅん、うごかないでくださいよぅ。」

 あわててのけ反ると、イエイヌちゃんはしょんぼりした顔で舌をしまった。

 その雰囲気から、なんとなくイエイヌちゃんのやりたいことが伝わってくる。

「ひょっとして・・・、なめて取るつもり?」

「はい! めをきずつけてはいけませんから!」

「だめ! それはなんかだいぶアウト!」

 イエイヌちゃんの気遣いはとってもありがたいけど・・・、

 それは、さすがに恥ずかしすぎる!

 

「すなをとらないと、いつまでもいたいままですよ?」

「いや、そうだけど、でも、」

「ほら、じっとしててください。」

「いや、だから、だめだってぇ・・・、」

 ママみをはっきするイエイヌちゃんに流されるわたしは、すでに涙で砂が流れていることにも気づかないまま、文字通りの押し問答を続ける。

 腰にひっついてるくびわちゃんも、様子をうかがうようにまじまじと見つめてくるだけだ。

 そろってそんな状態だから、収まってきた砂ぼこりの中から現れたフレンズさんの姿に、気づく者はいなかった。

 

「ごめんなさい。あなたたちだいじょう・・・、」

 そのフレンズさんは申し訳なさそうな声でこちらに話しかけてくるのだけど、わたしたちの姿をとらえるなり絶句して、見る間に顔を真っ赤にした。

 

「きゃーっ!? あなたたちなにしてるの!? いやらしい! いやらしいわ!?」

 

 ― ― ―

 

 さて。

 ときに冷静な第三者の意見は、かえって場を荒らすこともある。

 たとえ論理が正しくとも、納得できるかどうかは当事者の主観によるもので、第三者というのは当然、当事者ではないからだ。

 ようするに、「きみにそんなこと言われる筋合いはないよ」というやつ。

 けれど、

 逆に言えば、興奮した第三者の登場によって、場が収まることもあるわけで。

 

「ごめんなさい? あたし、いつもかんちがいしちゃうことおおくて。てっきりあたし、あなたたちがその・・・、えっと、はずかしいことしてるのかなって。」

 さっきまでとても興奮した様子だったフレンズさんは、まだ少し顔は赤かったけれど、だいぶ落ち着いたみたい。

「あはは、気にしないで。こっちも、勘違いさせちゃうような感じだったし。」

「くぅん、もうしわけありません・・・。」

「・・・ごめんなさい。」

 わたしたちもまた、さっきまでの状況を冷静に判断できるくらいには落ち着いていた。

 息がかかるくらいに顔を近づけているふたりと、その片方に抱き着いているさんにんめ、という状況がはたから見てどう見えるか。

 はっきりいって、そうぞうにかたくない。

 ていうか、あんまりそうぞうしたくない。

 みんなおんなじように思ったのだろう、わたしたちは気恥ずかしさをごまかすように、いずまいを正して、その、砂ぼこりの中から現れたフレンズさんにむかい合っていた。

 

 さらさらのロングヘア―はクリーム色で、毛先の方に行くにしたがって、だんだんと濃い茶色になっている。光の加減で金色にも見えて、きらきらしててとってもきれいだ。

 前髪には薄茶色のポイントがいくつかあって、ぴょこんとした小さなお耳にも、同じく薄茶色のラインが入っている。

 シャツにネクタイ、ミニスカート、アームカバーとニーソックスを身につけていて、白いシャツ以外はぜんぶ、クリーム色の地に濃い茶色の水玉模様だ。おしりから伸びた長いしっぽもまた、おんなじ柄。

 ちょっと奇抜な格好に見えるけど、とてもスタイルがいいから、むしろかっこよく見える。手足とか腰とか、しなやかですらっとしてるんだけど、おむねとか出るところは出ていて、とても理想的な体形に思えた。

 それと、きりっとしたつり目の上、長いまつ毛に隠れるように、うっすら紫のアイシャドウが見えて、ドルカちゃんとはまた違った感じのおしゃれさを感じる。

 なんというか、すっごいクールでかっこいい感じのフレンズさんだった。

 

「ほんとにごめんなさいね? おまえはしやがせまい、なんてプロングホーンにはよくいわれるんだけど。」

「そうだぞ。まえばっかりみているからこういうことになるんだ。」

「あら、プロングホーン。あなたもいたのね?」

 苦笑ぎみに話しかけてくるプロングホーンちゃんに、そのフレンズさんは親しげに返した。

 ふたりの、この感じ。

 この子も、こうやに住んでる子なのかな?

 なんて思っていると、フレンズさんはプロングホーンちゃんのとなりにいたロードランナーちゃんに気がついて、ちょっと驚いたような表情を見せた。

「・・・あら? ロードランナーもいるじゃない。あなた、いつこうやにもどってきたの?」

「ってめ! ぶっとばすぞ! まずぶつかったことあやまれよ!」

「ぶつかった? あたしが? ぜんぜんきづかなかった。あなた、たびをして、からだかるくなったんじゃない? ちゃんとごはんたべてる? けがとかしてない? だいじょうぶ?」

「っ、この・・・、」

 やつぎばやに質問を投げかけてくるフレンズさんに、いつもなら反論をまくしたててるだろうロードランナーちゃんも、たじろいでしまっている。

 

「そういえば、ロードランナーのおうちってこのあたりだったわよね。たびのあいだこわれてなかった? きょうはちゃんとおうちでねるのよ?」

「いや、だから・・・!」

「それよりごはんたべる? じゃぱりまんあるわよ? とりのこようのものの、むりいってもらってたの。いつあなたがかえってくるかわからないし。あ、あとぶつかってごめんね?」

「っ、んーっ!」

 早口で次々にかけられる質問に答える間もなく、異論を唱えるスキすら与えてもらえず、ロードランナーちゃんはばたばたと地団太を踏む。

「はぁ・・・、もーいいよ。」

 そうして、大きなため息をつくと、あきらめたように言った。

「そうなの? それならよかった。じゃあごはんにしましょっか。あっ、でも、こんなにおおにんずうだと、たりないかも。どうしよう、プロングホーン。」

「はは、やっぱりしやがせまいな、きみは。」

 からからと笑いながら言うプロングホーンちゃんに、わたしは大きく頷いた。

 

 ― ― ―

 

 わたしたちは持ち寄ったジャパリまんでちょっと遅めの昼食をとりながら、あらためて自己紹介をすることになった。

「はじめまして、あたしはチーター。このあたりで、はしったり、じゃぱりまんたべたり、はしったりしながらくらしてるわ。」

 そう言って、チーターちゃんは、うふふ、と笑う。

 見た目はクールでかっこいいけど、なんだかとってもかわいい。思わずこっちの顔もほころんじゃうくらい。

 チーターってたしか、地上最速のけもの、なんて呼ばれてたと思うんだけど、そんな仰々しい感じはいっさい受けない、かわいらしい感じの子だった。

「あたしはともえだよ! よろしくね、チーターちゃん!」

「わふ! イエイヌです! よろしくおねがいします!」

「・・・くびわ。よろしく。」

 さんにんそろって挨拶をして、それからジャパリまんをほおばる。あまじょっぱい味が口の中にひろがって、とっても幸せな気分だ。

 

「ほほほめほめーふぁ、はりひりほうはひひは、」

「ロードランナー。ちゃんとのみこんでからしゃべりなさい。」

 と、口をジャパリまんでいっぱいにしながら話しはじめるロードランナーちゃんに、それをたしなめるプロングホーンちゃん。

 やっぱりこの子、ちっちゃい子供みたいだなぁ・・・。

「んぐっ・・・、ところでおめーら、なにしにこうやにきたんだよ。」

「何しに、っていうか、旅の途中、かな? この先のみつりんを抜けて、イエイヌちゃんちに遊びに行くとこなの。」

「あら、あなたたちもたびをしてるの? ロードランナーもついさっきまで、たびをしていたのよ? たびのもくてきは・・・、なんだっけ? ロードランナー。」

「ほんらほんひまっへふらへーは! あはひほはひほほふへひ、」

「だから、のみこんでからしゃべりなさい。」

「んぐっ・・・、あたしのたびのもくてきは、もっとはやくはしるために、あしじまんのフレンズと、かけっこしょうぶ、することだぜ!」

 

 なるほど。

 いわゆる、むしゃしゅぎょう、ってやつですか。

 ってことは、うみべの他にもいろんなところに行っていたのかも。

「して、ロードランナー。たびのせいかは、えられたのか?」

「もちろんですよプロングホーンさま! いろんなちほーで、さまざまなもさたちを、ぶっちぎってやりました!」

 プロングホーンちゃんに問いかけられたロードランナーちゃんは、とてもうれしそうな、ほこらしそうな顔を見せる。

「そうか。それはすごいな。・・・、それで、その、とも、」

「すごいじゃないロードランナー! じゃあ、ひさしぶりにあたしたちとかけっこしない? たびのせいかをかくにんするなら、それがいちばんはやいでしょ?」

 と、チーターちゃんが元気な声で提案する。その顔はにこにこしてて、とっても楽しそう。

 

「・・・、そうだな。どうだ? これからひとつ、はしってみるか?」

「はい! もちろんです!」

 ロードランナーちゃんもとってもうれしそうな顔だ。もちろん走るのが好きなのもあるだろうけど、何よりプロングホーンちゃんに誘ってもらえたのがうれしいみたい。

 本当にロードランナーちゃんは、プロングホーンちゃんのこと、大好きみたいね。

「せっかくだから、きみたちもどうだ?」

「いいんですか!? ともえちゃん! どうしましょう!?」

 プロングホーンちゃんのお誘いに、イエイヌちゃんはしっぽをぱたぱたと振りながら、こちらに視線を向ける。

「いいんじゃない? 楽しんでおいでよ。」

「わふ! ありがとうございます!」

 これでたぶん、今日も野宿決定だけど、ぜんぜんかまわない。

 いつも迷惑かけちゃってるイエイヌちゃんに、せめてもの恩返しだ。

 もっとも、こんな、ちょっとのあいだ遊ばせてあげるくらいのことしか、してあげられないのが、とてももどかしいけれど。

 

「あたしはあんまり走るの速くないから、見学してるね?」

「・・・ぼくも。」

 足に自信がないわたしとくびわちゃんがそう言うと、チーターちゃんがとても残念そうな顔をする。

「そうなの? ざんねんね。でも、フレンズによってとくいなことはちがうから、しかたないわよね。」

「ごめんね。かわりに誰がいちばん速いか、ちゃんと見ておくから。」

 わたしがそう言うと、チーターちゃんはにっこり笑った。

「うん、おねがいね? あ、でもでも、みのがさないように、ちゅういするのよ? あたしたち、とってもはやいんだから!」

「あはは、うん、気をつけるよ。」

 

 こうして、わたしとくびわちゃんを除くよにんで、かけっこ勝負をすることになった。

 プロングホーンちゃんいわく、勝負をするのに適した場所がある、とのことで、そこまではみんなで歩いていく。

 道中のみんなの顔はとっても楽しそうで、見ているこっちまで笑顔になる。

 好きなことがあるっていうのは、それだけで自分も周りも、幸せにするのだろう。

 

 そんなことを考えて、ふと、思う。

 記憶を失う前のわたしは、どうだったんだろうか。

 みんなと同じように、夢中になれる好きなことがあったんだろうか。

 今のわたしには、フレンズさんとおはなししたり、絵を描いたりっていう、好きなことがあるけれど、前のわたしは、どうだったんだろう?

 ・・・まあ、あんまり考えてもしょうがないか。

 そのうち、なにか思い出すでしょ。

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~プロングホーン~

 

 プロングホーンちゃんはクジラ偶蹄目プロングホーン科プロングホーン属の哺乳類、プロングホーンのフレンズだよ!

 プロングホーンって名前の通り、大きなツノをもってるよ! せんごくぶしょう、の飾りみたいでかっこいいよね!

 

 プロングホーンは陸上の草食動物の中で、いちばん速く走れるんだよ! 最高時速はなんと約100キロ! すっごいはやい!

 おまけに持久力もあって、時速70キロくらいで長い距離を走ることができるみたい! すっごいよね!

 いっせつによると、チーターから逃げるために、足が速くなったんだって!

 プロングホーンちゃんも、いきるためにひっしだったんだね・・・。

 

 野生の草食動物はだいたいそうだけど、プロングホーンも群れをつくってくらしてるよ!

 危険をさっちした時には、おしりの白い毛を逆立てて、群れに知らせるみたい!

 なんだかちょっとかわいいよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 



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けものフレンズR くびわちほー 第04話「はーどらっくとだんす」B・Cパート

フレンズ紹介~チーター~

 

 チーターちゃんはネコ目ネコ科チーター属の哺乳類、チーターのフレンズだよ!

 チーターっていう名前のゆらいは、「胴体に斑点がある」っていう意味の言葉なんだって! そのまんまだね!

 ライオンとかトラとか、ネコ科の大型動物はいっぱいいるけど、チーターはその中でもとってもスリムな体形をしてるよ!

 チーターちゃんもすらっとしてて、すっごいきれいな体形してるよね! うらやましいな!

 

 チーターは「地上最速のけもの」って言われてるだけあって、すっごく足が速いよ! 最高時速はなんと時速120キロ! びっくりするほど速いよね!

 あんまり長い距離を走るのはとくいじゃないみたいなんだけど、そのぶん瞬発力がすごいから、短い距離ならどんな動物より速いよ!

 

 ネコ科の動物は爪をしまうことができて、足音を消したり木登りしたりできるんだけど、チーターはネコ科ではゆいいつ、爪をしまうことができないんだって!

 そのおかげでスパイクみたいに地面をつかんで速く走ることができるんだけど、木登りとかはあんまりとくいじゃないみたい。

 チーターちゃん、ぶきようなのかな? ちょっとかわいいかも!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

「はー。すっごいね、ここ。」

 プロングホーンちゃんの案内で辿り着いた場所は、崖のように切り立ったふたつの岩山の間だった。

 いわゆる、きょうこく、というやつかな。

 ふたつの岩山、というより、もともとひとつの岩山だったものが川か何かに削られて、今の形になったんだろうか。

 見上げるような岩山がここまで削られるなんて、どれだけ時間をかけたら、こんな地形になるんだろ?

 あらためて、自然のちからのすごさを感じる。

 入り口からちょっと行ったところに立て看板が見えるけど、このきょうこくのできた経緯とか、説明とか、書かれてたりするんだろうか?

 ちょっと興味あるかも。

 

 そんなことを考えていると、プロングホーンちゃんが上機嫌な顔で話しかけてくる。

「この、たにのみちはいっぽんみちでな。みちはばもあるから、かけっこするのにはちょうどいいんだ。」

 なるほど。

 たしかに一本道ならコースアウトもないし、このくらい道幅があれば、よにんで横並びに走っても余裕そうだ。

「そうなんだ。道の向こうはどうなってるの?」

 そんな興味本位な質問に、代わりに答えてくれたのはチーターちゃん。

「みずうみにつながってるわね。もし、みずうみにおちちゃっても、あしがつくくらいのふかさだから、およげないこでもへいきよ?」

 みずうみかぁ・・・。

 あとで行ってみたいかも。

 そろそろ汗とか、匂いとか、気になるし。

 

「でも、それだとゴールはみずうみになるの? なら、あたしたち先に行ってた方がいい?」

 審判を任されたからには、ちゃんとゴールを見届けないと申し訳ない。そう思って聞いてみるけど、

「へっ! てめーらのあしであるいてったら、しょうぶはじめるまえにひがくれちまうぜ!」

 と、ロードランナーちゃん。

 いつもの癖で言ってるのかと思ったけど、プロングホーンちゃんもチーターちゃんも、難しそうな表情でだまっちゃってるから、本当みたい。

 んー、と考えながら、思いついたことを口にしてみる。

「なら、みずうみのとこまで行って、そこからここまで戻るようにする、とかは?」

「みずうみまでいって、もどってくるの?」

「そうそう! 道の入り口までいちばん最初に戻ってきた子が勝ちなの! どうかな?」

 

 完全に思いつきの提案だったから、反対されてもしょうがないと思ったんだけど、

「なるほど。おもしろいかもしれないな。」

「そうね。おもしろいかも。ここからみずうみまでだと、いつもプロングホーンとはひきわけばっかりだし。」

「わふ! いっぱいはしれてたのしそうです!」

「へっ、チーターはたいりょくがねーから、とちゅうでバテるんじゃねーの?」

「ふっふーん。そんなことないわよーだ。ペースをかんがえてはしれば、あたしだってけっこうながいきょり、はしれるんだから。」

 反応は意外といいみたい。

 みんな楽しそうな顔で同意してくれる。

 

 ルールも決まったところで、いよいよ勝負開始の時間になった。

「じゃあ、くらくならないうちにはじめるとするか。」

「プロングホーンさまぁ。かいしのあいずはどうしますか?」

 ロードランナーちゃんが尾羽をぴこぴこさせながら問いかけると、となりにいたイエイヌちゃんが、わふ、と聞きなれた声を上げた。

「せっかくですから、ともえちゃんにおねがいしましょう!」

「そうね。それがいいかも。おねがいできる?」

「うん。まかせて!」

 

 思い思いに走り出す体勢を取るみんなの横に立って、わたしは息を整える。

 そして、みんなの準備が整ったのを確認して、大きく息を吸い込んだ。

 

「かけっこしょうぶ! よーい、すたーと!」

 

 かけ声とともに、砂けむりをおきみやげに走り出したよにんのうしろ姿は、あっという間に見えなくなった。

 あとに残されたのは、あまりのスピードにびっくりしているわたしと、砂けむりにけほけほしてるくびわちゃん。

「あはは・・・、みんな、すっごいね・・・。」

 苦笑しながらぽつりとこぼすと、くびわちゃんがこくこくと頷いて同意してくれた。

 

 さて・・・、どうしようかな?

 いくらみんなの足が速いって言っても、戻ってくるまではしばらく時間があるだろう。

 その間じっとしてるのもたいくつだし、あんまり離れない程度のところなら、ちょっとおさんぽしてみてもいいかもしれない。

「ねえ、くびわちゃん。ちょっとそのあたり、探検してみない?」

 わたしの提案に、くびわちゃんはこくこくと頷いた。

 

 ― ― ―

 

 峡谷を駆けるフレンズたちは、それぞれに走法の違いはあれ、皆が皆、風のように速い。つい先ほど走り始めたばかりにも拘らず、既にその足は往路の半分に差し掛かろうとしていた。

 先頭を走るのはロードランナー。そのすぐ後ろにイエイヌが続く。

「わふ! ロードランナーさん! はやいです!」

「へへっ! おめーもなかなかはしれるじゃねーか! しょーじき、みなおしたぜ!」

 一般的なヒトの体力からすれば、まともに会話などできない速さで走っているのだが、ふたりとも、まだまだ余力があるようだ。

 ロードランナーは体を大きく前に傾け、脱力した両手を後ろにさげる形で走っている。バネのようにしなる足を地面に繰り出し、極端に傾けた体を押し出すように、飛ぶように走るその姿は、まるで重力が横に向いているかのようだ。

 一方のイエイヌは軽く握った両手を振り、バランスを取りながら走っている。この速度であって体幹が全くぶれないのは、その走法は勿論のこと、小さく振られている尻尾に依る所が大きい。一歩ごとに揺れそうになる全身を、両手と尻尾を振ることで見事に一所に留めていた。

 

 そして、ふたり以上に余裕を感じさせる走りを見せるのは、少し離れた後方にいるプロングホーンとチーターだ。

「ふふっ、あいつも、いぜんよりペースはいぶんがうまくなったな。みごとなものだ。」

「そうねえ。はやくはしることばっかりだったから、すぐバテちゃってたものね? それに、イエイヌちゃんもすごいわ? あんなにはしれるこ、だったのね?」

「そうだな。あしにじしんがない、といっていたが、どうやらけんそんだったらしい。」

 息が切れた様子もなく言葉を交わすふたりは、先頭からは数歩分の距離があるものの、それ以上離れず、ぴったりと追走している。

 プロングホーンの走りは長距離走に於いておよそ理想的と言って良いものだった。両手を振る形はイエイヌと同じであるが、ひざを柔らかく使い、足裏全体で地面を受け止めるように走ることで、重心の上下動と脚力の消耗を最小限にしている。

 チーターの走りもまた見事である。やや前傾姿勢であるが、傾けた上体の重さを利用することで、無駄な力を入れることなく、重心の動きが地面と平行になるよう足を運んでいる。その独特な走法を可能にしているのが、鋲でもあるかのように地面を捕らえる、つま先の力だ。

 

「チーターさんたちもすごいですぅ! ぜんぜん、つかれがないみたいですね!」

「へへっ、プロングホーンさまのほんきのはしりは、まだまだこんなもんじゃねーぜ? なんせ、ぜんりょくではしったあたしが、ぶっちぎられんだかんな!」

「わふ! すごいです! みてみたいです!」

「それなら、しゅうばんまで、バテねーようにしねーとな!」

「はい! とってもたのしみです!」

「うふふ。いわれてるわよ、プロングホーン。これは、きたいにこたえないとね?」

「はは。しょうしょう、みにあまる。だが、ぜんりょくをもってこたえよう。」

 

 未だ全行程の四半を過ぎたばかり。峡谷を吹き抜ける向かい風を苦にもせず、皆ともに余力は充分にあり、勝負の行方は見えない。

 

 ― ― ―

 

 みんなが走り去ってからしばらくして、わたしとくびわちゃんはさっき見かけた看板の前に立っていた。

 そこには、このきょうこくができた由来とか、そういったものが書かれているものだとばかり思っていたのだけど、その予想は大きく外れてしまったみたいだ。

「・・・、川下りたいけん、あとらくしょん?」

 看板に書いてある文字を読み上げるも、思わず、はてな?と首をかしげてしまう。

「川なんて、どこにもないよね? どういうことだろ?」

 あらためて周りを観察してみるけど、どこを見ても赤茶色の岩壁や地面があるばかりで、それらしい川はなかった。

 パークがヒトの手を離れる前のなごり、とかなのかな?

 ひょっとすると、このきょうこくができる前、ここには川があったのかもしれない。

 そうだとしたら、なんだか少し残念な感じだ。

 せっかくなら、やってみたかったかな。川下り。

 

 声に出さずにそんなことを考えていたのだけど、どうもわたしのがっかり感はだいぶ表に出てしまっていたみたいだ。

「・・・ともえ、かわくだり、やりたい?」

 となりにいたくびわちゃんが声をかけてくる。いつもの通り感情が読めない声だけれど、なんとなく、気を遣ってくれているのがわかるような声色だった。

「あはは、そうだね。せっかくなら、やってみたかったかな。」

 素直に言葉を返すのだけど、そうは言っても、川のないところで川下りなんてできるはずもない。残念だけど、あきらめるほかないでしょう。

 そう思うのだけれど、くびわちゃんはくいくい、とわたしのシャツの裾を引っ張って、

「・・・こっち。」

 と小さく言って歩き出した。

 

 ― ― ―

 

 走り続けるフレンズたちは、その順位を変えることなく、またペースを乱すこともなく、余力を残したまま折り返し地点である湖の岸辺に差し掛かっていた。

「へへっ、みずうみ、いちばんのりだぜ!」

 先頭を走るロードランナーは湖がその視界に入るとともにペースを上げた。

「ロードランナーさん! そんなにいそいだら、あぶないですよ!」

 すぐ後方でそのペースアップを見たイエイヌが声を上げる。その発言は勿論駆け引き等ではなく、純粋な心配から来るものだ。

 折り返し地点、と云うことは即ち、ターンを必要とされる。湖の岸辺、といってもその造形は切り立った崖のようになっている。然程高さはないものの、落ちれば大幅なタイムロスになる。

 そして、今ここで敢えてペースを上げることは、湖に落ちるリスクをわざわざ迎え入れるようなものだ。

 そのイエイヌの考えは間違っていない。しかし、ことフレンズに於いてその限りではない。

 

 そして、ペースを上げる者がもうひとり。

「させないわ!」

 後方から聞こえた声にイエイヌが反応する間もなく、その横を一陣の風が通り抜ける。

 チーターだ。

 前傾寄りの姿勢を更に前に傾けると、飛び出すようにイエイヌの横を駆け抜け、ロードランナーに並ぶ。

「ってめ! あたしのいちばんのり! じゃますんじゃねーよ!」

「ふふん! これくらいおおめにみなさいよ! いままでさきをゆずってあげたんだから!」

「ゆずってあげただぁ? やっぱおめー、あとでぶっとばす!」

「チーターさんまで! あぶないですから! すぴーど! だしすぎですから!」

 その様子を後方から眺めるイエイヌは競り合うふたりに声を飛ばした。彼女自身は折り返しの準備として走るペースを緩めた為、最後尾にいたプロングホーンがすぐ隣にまで追いつく。

「いや、あいつらは、あれでいいんだよ。」

 その、静かに発せられた言葉の意味を、イエイヌは直後に理解することになる。

 

「ふっふーん! いっちばーん!」

 高らかに発せられた宣言とともに、チーターの体が深く沈む。そして小さく飛び上がったかと思うと、身を翻し、地面に張り付いた。

 鋲の如く地面に食い込むつま先と、そして両手を以て、地面に四つの直線を描く。

 チーターはネコ科では唯一、爪を収納できない動物であるが、それ故、急な方向転換や瞬発力に優れる。

 巻き起こる砂煙と急制動をものともせず、その体は崖の数センチ手前でぴたりと止まる。そして、そのクラウチングスタートのような体勢から、復路の先駆けとなるべく飛び出した。

 

「おっさきー!」

「くっそ! まてこらぁ!」

 続くロードランナーは崖の数歩手前で膝を使い大きく飛び上がる。そのまま湖に飛び込む勢いであったが、しかし。

 これまで自由にしていた両手が大きく弧を描く。柏手でも打つかのような形だ。

 一見して意味のない行動に見えるも、その両手が前方に出されると、鳥が羽ばたき急旋回をするのと同様に、その体は空中でぴたりと止まり、翻って復路の地面へと降り立った。

 そう、ロードランナーは鳥のフレンズである。飛ぶことは苦手な彼女であるが、空中での姿勢制御程度なら、この通り自在にこなせた。

 湖から峡谷へと通り抜ける風を追い風にし、彼女はすぐさまチーターの後を追った。

 

「わ、わふ・・・! ふたりとも、すごいですぅ・・・!」

「ふふ。あいつらならではの、きりかえしだな。」

 たった今起きた出来事に目を丸くするイエイヌと、未だ余裕を崩さないプロングホーン。ふたりもまた復路へと足を踏み入れる。

 無理なく折り返すべくスピードは落ちていたが、体が完全に向き直り、視界の中心に遠く前方の背中を捉えると、ふたりの脚には往路以上の力が宿る。

「わたしたちもまけていられない。・・・イエイヌさん! ペースをあげるぞ!」

「はい! がんばりましょう!」

 走力勝負に於いて、こうして大きく引き離されることは、ときにその力の発露を大きく損なわせる。離された差がそのまま重圧として、その身に圧し掛かる為だ。

 実力が競っている者同士の勝負であれば、それは尚更である。

 しかし、

「わふ! おいかけっこ! たのしいです!」

「はは! そうだな! たのしいな!」

 小さくなった背中を追いかけるふたりの顔からは、その重圧は一欠けらも感じ取れない。

 

 ― ― ―

 

 くびわちゃんの後ろについていくと、看板の裏手にある岩壁に、ぽっかり空いている穴が見えた。

「ん? あれって・・・、」

 その穴は、おとなひとりがちょうど通れるくらいの大きさで、まるで岩壁に隠れるように存在していた。

「・・・このなかで、かわくだり、できる。」

「そうなんだ! くびわちゃん、やっぱりものしりだね! 前に来たことあるの?」

 くびわちゃんは、こくこく、と頷く。

 その頭越しに穴の中を覗き込むと、中は洞窟みたいになっていて、なんだかひんやりしてそうな空気を感じた。

「なんだかこれ、ひみつきち、みたいだね。なんで見つけにくくなってるのかな?」

 頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。

 看板の前からだと、せり出した手前の岩壁に遮られて、まったくその存在に気づけなかったくらいだし。

 わざと入り口を見えにくく作ってるようにしか思えなかった。

 

「・・・あとらくしょんは、ぱーくのせいたいけい、かえないようにつくられてる。」

「パークの、生態系?」

 わたしのオウム返しに、またくびわちゃんは、こくこく、と頷く。

「・・・いりぐち、みつけやすいと、ふれんずが、まよいこむから。」

「ああ、そっか。」

 なるほど、と思う。

「だから洞窟の中、なんだね。」

「・・・そう。」

 くびわちゃんはみたび、こくこくと頷いてくれた。

 

 川下り体験、なんて明らかにヒト向けのアトラクション施設を作るのに、パークの生態系を変えないようにしようとしたら、まず地表には作れない。

 だから地中につくる、というのは、とても自然な考えに思えるのだけど、

 でも、なんで川下り、なんだろ?

 こうやにつくるなら、もっと違う感じのも、あると思うんだけど。

「・・・ここは、ちかすいみゃくをりようした、あとらくしょん。」

 アトラクションのせんていりゆうに、なんとなく違和感を感じていると、まるでその考えを読んだかのように、くびわちゃんが説明をしてくれた。

 ・・・ひょっとしてあたし、考えがものすっごい顔に出やすいのかな?

 

「そうなんだ。それって、むかしはこのきょうこくを作った川だった、とか?」

 気恥ずかしい気分をごまかすように質問をすると、くびわちゃんはまたこくこくと頷く。

「・・・そうだとおもう。いまもずっと、ちかをながれてる。」

「へー! すっごいね! 見てみたいかも!」

「・・・はいってみる?」

「うん! でも、みんなが帰ってきたら、かな?」

 そう言って、きょうこくの入り口まで戻ろうとしたわたしは、

「・・・ともえ、まって。」

 けれど、シャツの裾を引っ張られて、足を止めた。

 

 ― ― ―

 

 フレンズたちは走り続ける。

 復路もその半分以上を過ぎ、終盤に差し掛かかっていた。

「へえ、へえ・・・、へへっ、おめー、そろそろバテてきたんじゃねーか?」

「はあ、はあ、そういう、あんたこそ、いきが、あらいわよ?」

 前を行くのはロードランナーとチーター。見事な切り返しで大きくリードしたふたりであるが、その息は荒く、ここへ来てペースを大きく落としていた。

「はふ、はふ、ちょっとずつ、さが、ちぢまってきましたぁ。」

「そうだな。そろそろつかれてくるころあいだろう。」

 後方を走るイエイヌもまた、息も絶え絶え、と云った様子であるが、唯一プロングホーンの呼吸だけが、一切乱れていない。

 プロングホーンはけして足の速さだけに優れた動物ではない。自動車に並走する程の速度で長距離を移動できる持久力こそが、その真価と言えるだろう。

 

「では、そろそろほんきではしろうか。」

 その声は静かなものだったが、びりびりと肌を震わせるような迫力を、イエイヌは感じた。

 そしてその声を機に、復路に入ってこれまでの間ずっと隣を走っていたプロングホーンの姿が、少しずつ前方へと離れていく。

 けしてイエイヌがペースを落としたわけではない。これまでと同様に、往路以上のハイペースで走っている。

 しかし、一歩、また一歩と足を進める度、その差は大きく広がっていく。

「わ、わふ、ぷろんぐ、ほーんさん、はふ、はやい、はやいですぅ! すごいですぅ!」

 気づけば、イエイヌから見えるプロングホーンの背中は、チーターたちと同じ大きさにまで縮まっていた。

 

「はあ・・・、っく、やっぱりきたわね? プロングホーン!」

「へえ、へえ、・・・ぐぇほ! さ、さすがです・・・! プロングホーンさまぁ・・・!」

 前を行くふたりは気配だけでそれを察知してか、振り返ることもなく声を上げる。未だ勝負の途中であり、振り返る余裕などありはしない。

 そして加えて言うのであれば、既にふたりに、プロングホーンのペースアップについていくだけの余力は残されていなかった。

「すまないな。さきにいかせてもらう。ふたりとも、いいはしりだったぞ。」

 その、淡々と事実を告げるような声色は、ともすれば非情にも聞こえるものだ。

 しかし、走ることを愛する者、走ることに矜持を持つ者にとって、それは紛れもなく、心を揺さぶる賛辞であった。

 ぐん、と見えない何かに引っ張られるように、プロングホーンの体がふたりの前に出る。そして見る間にその背中は離れていった。

 

「はあ、はあ、やっぱり、ながいきょりだと、こうなっちゃうわよね。」

「へえ、へえ、なんだ? もう、まけおしみかよ。」

「そうじゃ、なくて、あたしも、もっと、ながいきょり、はしれるように、ならないとって。」

「へっ、へへっ、ちげーねえ。・・・ぐぇほ! ぐぉほ!」

「わ、わふ。ろーど、らんなーさん、だいじょうぶ、ですかぁ?」

 横から聞こえた声に、呼吸を荒くしながら会話をしていたふたりは視線を向ける。ひとり最後尾にいたイエイヌが、すぐ隣にまで追いついていた。

「はあ、はあ、あなたも、おいついて、きたのね? すごいじゃない。」

「へえ、へえ、そーいう、おめーも、だいぶ、げんかい、そーだな。」

「はふ、は、はい。でも、たのしい、ですからぁ。」

「はあ、はあ、そのとおり、ね。きついけど、たのしいわね!」

「へへっ、だな!」

 プロングホーンとの差は然としてあり、既に首位は決まっていると言って良いだろう。しかし、彼女たちにとって、それは走ることを止める理由にはならない。

 彼女たちにとって走ることは、ただそれだけで幸せなのだ。

 

 けれど、

「はふ、はふ、・・・くぅん? ・・・はふっ!?」

 そんな幸せな時間は、唐突に終わりを迎える。

「ふたりとも! きをつけて、ください!」

「へえ、へえ、なんだぁ? どうか、したかよ。」

 先程までと様子が違うイエイヌに、ロードランナーもチーターも怪訝そうな顔だったが、

「はあ、はあ、いきなり、どうしたの? なにか、あっ・・・、っ!?」

 イエイヌから少し遅れてチーターが気づく。匂いに敏感でないロードランナーだけが、不思議そうな顔でふたりを見ていた。

 

「このさきに、セルリアンがいます!」

 

 ― ― ―

 

 ずしん、と地面が揺れる感触が足裏から伝わってくる。

 バランスを崩して倒れそうになるけど、なんとか持ちこたえる。

 再び舞い上がった砂けむりに、思わず目をつむりそうになるけど、今それをしてしまうと危険な気がして、なんとかうす目を開けてその中に見える大きな影を睨んだ。

 さっきまで何もなかったはずのきょうこくの入り口に見える、大きな影。

 たぶん、岩山の上から飛び降りてきたのだろうそいつは、そうげんで出会ったものと同じくらい大きな、セルリアンだった。

 

「・・・ともえ、いまのうちに、こっち。」

 わたしのシャツの裾をつかんだまま、くびわちゃんが言う。

 砂の中の大きな影は、ふらふらと揺れているだけで何もしてこない。どうも、自分でまき上げた砂のせいでこっちを見失っているみたいだ。

 くびわちゃんの顔をまっすぐに見返して、わたしは、こくり、頷いた。

 

 なるべく足音を立てないように歩いて、洞窟の中に入る。入り口のそばで外の様子をうかがうと、ようやく砂けむりが収まってきたところだった。

 セルリアンはふらふらと揺れながら、あたりを見回している。たぶん、あたしたちを探してるのだろう。

 その様子に背筋がぶるりと震えるけれど、洞窟の入り口はあのセルリアンが入れるほど広くないから、この中に隠れていればひとまずは安全だろうか。

 もちろん、近くで暴れられでもしたら、ひょっとしたらこの洞窟が崩れてしまうかもしれないし、絶対に見つからないようにしないと、だけど。

 

 そう思って、洞窟のもう少し奥の方に進もうとしたときだった。

「ふたりとも! ぶじか!?」

 大きな声が聞こえて、わたしはセルリアンとは反対の方向を見る。

 プロングホーンちゃんがものすごいスピードでこっちに走ってくるのが見えた。

 ついさっきスタートしたばかりのように思うけど、いったいどれだけの速さで走ってきたのか、もうこんなとこまで・・・、

 なんて、そんなことを考えられる余裕は、とうぜん、ない。

「プロングホーンちゃん! こっちに来ちゃダメ!」

 わたしは思わず、大きな声で呼びかけてしまった。

 それはもちろん、やってはいけないことだった。

 

 ぎろり、

 セルリアンの大きな目が、洞窟の入り口から身を乗り出すようにしてしまったわたしの姿をとらえる。

 セルリアンはその大きな体をひるがえして、まっすぐにこっちに向かってきた。体当たりでもするつもりだろうか、そのスピードはとても速い。

 わたしはあわてて洞窟の中に隠れようとするのだけど、

「っ! ・・・、いったぁ・・・。」

 足がもつれてしまい、その場で尻もちをついてしまった。

 お尻の痛みにうつむき、顔をしかめて、再び顔を上げたときには、セルリアンはもうすぐそこまで迫ってきていた。

「ひっ・・・!」

 見上げるような形で、その大きな目と、目が合い、小さなひめいがもれる。

 

 その瞬間、

「どおおおりゃああああっ!!」

 迫力あるおたけびとともに、セルリアンの体がふっとんだ。

 一瞬、何が起きたかわからなかったけど、セルリアンともつれるように飛んでいくプロングホーンちゃんが見えて、理解する。

 走ってきた勢いをそのままに、セルリアンに体当たりしたのだ。

「プロングホーンちゃん!」

 ずしん、と再び地面が揺れる。さっきよりも揺れは大きい。

 プロングホーンちゃんの体当たりで進行方向を逸らされたセルリアンが、そのまま岩壁に衝突したみたいだった。

 ――そして、

 

 ぱらぱらと上から砂や小石が落ちてくるけど、気にしていられない。

「助けなきゃ!」

「・・・っ、ともえ。だめ・・・!」

 うしろから聞こえるくびわちゃんの制止をふりきり、洞窟の外へ駆け出す。

 目に映るのは、セルリアンのすぐ近くで倒れているプロングホーンちゃん。

 プロングホーンちゃんは体当たりの勢いそのままに、セルリアンと同様、その体を岩壁に打ち付けてしまっていた。

 あんな勢いで壁にぶつかったら、どんなことになるのか。

 その疑問の答えとでもいうかのように、プロングホーンちゃんの体は、さっきからひとつも動いていない。

 気絶してしまっているのか、それとも・・・。

 

 ・・・ううん、そんなこと、ありえない!

 頭をよぎる不安を、すぐさま自分で否定する。

「はあっ、はあっ・・・!」

 急に走り出したせいか、わたしの息は荒く、胸のどきどきはうるさいくらいだ。

 勢いを緩めずに倒れているプロングホーンちゃんのところにすべり込む。少し足を擦りむいちゃったけど、そんなのはまったく気にならない。

 おねがい・・・!

 どうか無事で・・・!

 祈りながら、わたしはプロングホーンちゃんの体に、両手で抱え込むように触れた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・、よ、よかった。いき、してる。」

 遠目にはわからなかったけど、プロングホーンちゃんはちゃんと息をしていた。

 長い距離を走った後だからか、わたしと同じように荒い息だったけど、呼吸とともに上下に動く体は、たしかに触れている手を押し返してくる。

 ほっと息をつくけれど、まだぜんぜん、安心できる状況じゃないことを思い出す。

 セルリアンが起き上がってくる前に、プロングホーンちゃんを連れて逃げないと。

「よっ・・・と、」

 倒れているプロングホーンちゃんの腕を取り、頭の後ろに回して持ち上げる。ちょうど、肩を貸すような形。

 相手が脱力している状態だからか、ものすごく重く感じる。

 歩き出すと、どうしてもプロングホーンちゃんの足を引きずるようになってしまう。申し訳なく思うけれど、ひりきなわたしにはこの運び方がげんかいだった。

 

 ちからを込める足が震える。息も荒いままだ。

 それでも、一歩ずつ確かめるように、地面のでこぼこに注意しながら歩く。

「・・・ともえ。」

 聞こえた声に顔を上げると、くびわちゃんがいつの間にか近くまで来ていた。

 かけあしで来てくれたのだろう、その顔は少し赤くて、吐く息の音もいつもより大きい。

「・・・ぼくも、てつだう。」

 そう言って、くびわちゃんはプロングホーンちゃんの腰の所にひっつくようにして、その体を持ち上げてくれた。

 くびわちゃんのちからは、へたしたらわたしよりも弱くて、肩にかかるプロングホーンちゃんの重さはまったくといって変わらない。

 でも、

「はぁ、はぁ、くびわ、ちゃん。あり、がと。」

 手伝ってくれるというその気持ちは、それだけでうれしい。

 

「ともえちゃん! くびわちゃん! だいじょうぶですか!?」

 遠くから聞こえてきたのはイエイヌちゃんの声。その方向に顔を向けると、こっちに走ってくるイエイヌちゃんと、すぐ後ろを走るロードランナーちゃんとチーターちゃんが見えた。

「プロングホーンさまぁ! ごぶじですかぁ!?」

「みんなー! へいきー!?」

 次々に声が上がるけれど、大声で答えるよゆうがなくて、とにかくぶんぶんと頭をタテに振った。

 よかった。みんなも無事、みたいだね。

 いっぱい走って疲れてるだろうに、心配して急いで来てくれたのだろうか。

 プロングホーンちゃんもそうだし、くびわちゃんもだけど、本当にすてきな子たちだ。

 胸にじんわりと温かいものを感じながら、わたしたちは足を進める。

 

 急がなければいけない。

 さっきから、ずずず、と何かを引きずるような音が、後ろから聞こえているのだから。

 でも、足はなまりみたいに重くて、ぜんぜんいうことを聞いてくれない。

 急がないといけないのに、気持ちばかりが前に行ってしまって、体がついてこない。

 ふと、気づいた時には、大きな影がわたしたちをすっぽりと覆っていた。

 思わず、足を止めて振り返ってしまう。

 立ち止まったわたしたちを、セルリアンの大きな目が見下ろしていた。

 

「ともえちゃん! にげて!」

 遠くから、ひめいみたいなイエイヌちゃんの声が聞こえる。

 けれど、

 逃げるのはどうも間に合いそうにないみたい。

 視界の上の方に、セルリアンがその触手を大きく振りかぶるのが見える。

 その光景に、わたしはそうげんでのことを思い出して、

 とっさにプロングホーンちゃんと、くびわちゃんの体を抱き寄せた。

 セルリアンに背を向けて、ふたりをかばうような形で。

 

 その行動に、たしかな理由はなかったと思う。

 あたしはあんまりかしこくないから、考えるより先に体が動いてしまった。

 けれど動いた後で、それを後悔するような気持ちにはならない。

 ひょっとすると、あたしはこれでおしまいになっちゃうかもだけど、

 でも、

 それでも、

 

『―――え。どうしたらいいか迷ったらね? まず、自分が今何をしたいか、考えるの。』

 ふと、そんなことを、昔だれかに教えてもらったのを思い出す。

『自分がやりたいと思うこと、それを考えて、やってみるの。』

 この声の主は、だれだったか。

 記憶にもやがかかったみたいな感覚で、その答えはわからない。

 たぶん、とても、大切な人だったと思うのだけど。

 

 びゅうん、と風を切るような音が聞こえる。

 振り返らなくても、うしろでセルリアンが触手を振り下ろしたのがわかる。

 ああ、この音、すっごく痛そうだなぁ。

 

 できれば、ぶつかる前にやめてほしいけど。

 できれば、そのまま何もしないで、いなくなってほしいけど。

 そんなことをお願いしても、たぶん、きいてくれないよね?

 

 だから、わたしは目をつぶって覚悟を決める。

 目をつぶる直前、遠くに見えた、イエイヌちゃんの泣きそうな顔に、

 心の中はごめんなさいという気持ちでいっぱいになるけど、

 でも、

 それでも、

 ふたりを助けたい。

 それがあたしが今やりたいことだった。

 

 ― ― ―

 

 ちょっとむずかしいはなしをしよう。

 

 生き物が生命の危険を感じたとき、時間の流れを遅く感じることがあるという。

 視覚から色が遮断され、触覚や嗅覚、聴覚や味覚が鈍化し、脳が一度に処理する量を少なくすることで、生き残るために必要な視覚情報を高速で処理する。

 その為に、普段感じているものより、何分の一、何十分の一速度で、時間が流れているように見える。

 言い換えると、意識が加速する、のだそうだ。

 そんな、どこかで聞いたことがあるまゆつばな話を、正直なところ、わたしはあまり信じていなかった。

 けれど、実際にその場面に直面してみると、どうも本当らしい、と思ってしまった。

 

 目をぎゅっとつぶったまま、わたしは衝撃が来るのを待っていたのだけど、いつまで経ってもそれはやってこなかった。

 ああ、これがそうなのか、と思う。

 今は目をつむっているから、ひょっとしたら意識だけが加速しているのかもしれない。

 そのしょうこに、こうしてしょっかくやきゅうかくは・・・、

「・・・あれ?」

 抱き寄せているプロングホーンちゃんや、くびわちゃんの体の感触は、ある。

 顔を埋めるくらい近くにいるから、とうぜん、匂いもする。

 音だって普通に聞こえるし、さっき食べたジャパリまんの後味も口の中に残ったままだ。

 

「・・・ともえ、くすぐったい。」

 ぽそり、くびわちゃんの声が聞こえて、わたしは目を開けた。

 感触を確かめようと手をもぞもぞさせてしまったせいか、くびわちゃんは、ひなんの目でこっちを見ていた。

「ご、ごめん! へんなとこ、さわってないよね!? だいじょうぶ?」

「・・・へいき。」

 状況はさっぱりわからないけれど、とにかく動かしていた手を離してくびわちゃんに謝る。

くびわちゃんはまたぽそりと答えて、照れたように口元をぶかぶかの首輪に埋めた。

 ・・・ええと、つまり、どういうこと?

 

「ともえちゃん! くびわちゃん! だいじょうぶですか!? いたいとこ、ないですか!?」

「プロングホーンさまぁ! おけがは、ありませんかぁ! へんじをしてくださいよぉ!」

「ちょっとロードランナー! あんまりうごかしちゃだめよ! あたま、うってるかもしれないんだから!」

 気づけばイエイヌちゃんたちもわたしたちの体にひっついていて、まるでおだんごみたいになっていた。みんな、そろって心配そうな顔だ。

「あたしも、くびわちゃんも、だいじょぶ。プロングホーンちゃんも、たぶん気絶してるだけだと思う。」

 あいかわらずちんぷんかんぷんなままだったけど、とりあえず状況を伝えると、みんなは少しほっとしたみたい。

 緊張の糸が切れたのか、そろってその場にへたり込んだ。

「よかったですぅ・・・、いちじは、どうなることかと。」

 すっかり安心してこちらを見上げるイエイヌちゃんに、ますます状況がわからなくなる。

 だって、今もあたしたちのうしろには・・・、

 ・・・えっ?

 

 振り返ってうしろを見ると、近くにいた筈のセルリアンの姿はそこにはなくて、代わりに、ずずず、と引きずるような音がきょうこくの入り口の方から聞こえてくる。

「えっと、どういうこと? セルリアンは?」

「なんだかよくわからないけど、むこうにいっちゃったわ? あなたがなにか、したんじゃないの?」

「ええ!?」

 びっくりしてプロングホーンちゃんの体を離してしまいそうになる。となりにいたくびわちゃんがあわてて支えてくれたけれど、ちからが足りなかったみたい。

「ってめ! あぶねーだろーが!」

 そのままずるずる倒れそうになるわたしたちを、飛び起きたロードランナーちゃんが抱き留めてくれた。

 

「ごめん! そんなつもりじゃなくて!」

「ぴぃ!・・・っ! るっせーなこらぁ! みみもとでおおごえ、だすんじゃねーよ!」

「ご、ごめん・・・。」

 思わず大声を出してしまったわたしに、ロードランナーちゃんはひなんの声を上げる。

 その声はもちろん、いつもの感じでひじょうにやかましくて、耳がキーンってなった。

 ・・・ええと、

 これはたぶん、つっこんじゃだめなタイミングだよね?

 

 なんて、くだらないことを考えていると、ロードランナーちゃんが耳打ちするように顔を近づけてくる。

「ったく、ほそっこいのとちんまいのとで、ちからもねーくせに、むりすんじゃねーっつの。」

 そして、わたしとくびわちゃんにだけ聞こえるような小さな声で、言葉を続けた。

 

「・・・でも、あんがとな。プロングホーンさまを、たすけてくれて。」

 

 その顔は、たぶん、出会ってからはじめて見るもので、

 見ているこっちがありがとうと言いたくなるくらい、深い感謝があふれていた。

 

 ― ― ―

 

 それからしばらくして、プロングホーンちゃんは目を覚ました。

 けがとかしてないか聞いたのだけど、どこも痛いとこはなかったみたい。

 さすがフレンズさん。あたしなんかとちがって、とっても体が丈夫だ。

 そのあと、わたしはあらためてセルリアンから守ってくれたことのお礼を言ったのだけど、その後のてんまつを聞いたプロングホーンちゃんからとても感謝をされてしまって、くびわちゃんともども、逆に何度もお礼を返されてしまった。

 わたしは、何もしてないし、運よくセルリアンがいなくならなかったら、どうなってたかわからない、なんてことを言ったのだけど、プロングホーンちゃんは「けんそんなどしなくていい」と、何度も何度も深々としたおじぎとともに感謝の言葉をかけてくれた。

 けんそんなんかじゃなくて、ホントにじじつなんだけど・・・。

 

 そう。じじつ、なんだよね。

 事実、セルリアンは何故だかわたしたちをおそうことなく、どこかへ行ってしまった。

 それを運のひとことで済ませていいかはわからないけれど、どうしてそんなことが起こったのか、まったくわからない以上、運というほかにないだろう。

 あのとき、何を思ってわたしたちをおそわなかったのか。

 そもそもセルリアンに、あの無機質な感じのするものに、意志はあるのか。

 声だって出さないし、こっちの声も、物音として認識してるだけのような気がするし。

 ひょっとしてこっちの考えが読めたり、とか?

 ・・・ううん、まさかね。

 あのとき、まさにおそわれそうになっていたときに考えていたことを思い返して、ひょっとしたら、なんてことを思うけれど、すぐにその考えを否定した。

 そんなご都合、あるわけないでしょ。

 

 こうやの夕焼けは、さすがに絵になる姿だった。

 赤茶色の地面や岩肌がますます赤く染まって、あちこちにルビーがちりばめられたようなきらきらした世界の中で、わたしはスケッチブックを取り出した。

 5ページ目になるそこには、赤く染まるこうやの中で楽しそうにかけっこをする、ロードランナーちゃん、プロングホーンちゃん、チーターちゃん、イエイヌちゃんのよにんと、それをにこにこと眺めるわたしとくびわちゃんを描いた。

 そうこうしてる内に日が落ちて、わたしたちはあの洞窟で一晩を明かすことにした。野宿なのはあいかわらずだけど、ちょっと狭くて天井があるだけで、なんだか落ち着く感じがした。

 おかげで昨日までよりもっとずっと、ぐっすり眠ることができた。

 

 そして、翌朝。

「もう、いっちゃうの? かわくだり、せっかくみつけてくれたのに。まだあそんでないわよ? そんなにいそぐたびでもないんでしょう?」

「あはは、うん。ありがと。でも、そろそろいかないと。」

 チーターちゃんのお誘いを、やんわりことわる。

 しょうじきに言うと、すっごいやってみたかったんだけどね。川下り。

 でも、くびわちゃんいわく川下りの終着点はみずうみらしいから、わたしの足だとここまで戻ってくるのに、すごく時間かかっちゃいそうだし。

 それに、あんまり遊んでばかりだと、いつまで経ってもイエイヌちゃんのおうちに、たどり着けなさそうだしさ。

 

「またいつでもくるといい。そのときは、いっしょにかわくだりしよう。」

「そうね。またきたら、こんどはいっしょにあそびましょう?」

「うん! こんどは一緒に遊ぼうね! 約束だよ!」

「わふ! わたしはまた、かけっこしたいです!」

「はは、もちろんだ。またいっしょにはしろう。」

 わたしたちは別れを惜しみながらも、つぎの約束をする。

 それはなんだか、とってもすてきなことのように思えた。

 

 そして、もうひとり。

「へっ、くちのわりーちっこいのが、よーやくいなくなるかとおもーと、せーせーすらぁ。」

 昨日、ちょっとだけ素直な顔を見せてくれたロードランナーちゃんは、またいつもの調子に戻っていた。

「・・・それは、こっちのせりふ。」

 うりことばにかいことば、みたいな感じで、くびわちゃんが言葉を返す。

 ふたりとも、あいかわらずだ。

 でも、気のせいかもしれないけど、なんだか昨日より、ふたりの表情はやわらかい気がする。

 ひょっとして・・・、とあわい期待をいだきながら、わたしはふたりの様子を見守る。

 となりにいるイエイヌちゃんも、プロングホーンちゃんたちも、たぶん同じように思っているのだろう。みんな、会話を止めて、視線をふたりに向けていた。

 

「あのさ・・・、その、おまえよぉ。」

 まるで気恥ずかしさをごまかすように頭のうしろをぼりぼりとかきながら、ロードランナーちゃんは声をかけて、そしてまっすぐにくびわちゃんの顔を見る。

「・・・?」

 くびわちゃんはいつもの感情の読めない表情のまま、その顔を見返す。

 ふたりはそのまま、しばらくの間だまって見つめ合っていたのだけど、

「・・・っ、なんでもねーよ!」

 ロードランナーちゃんがぶっきらぼうに言いながら、顔をそむけてしまった。

 そして、そのまま頭の羽をはためかせ、飛び上がる。

「へんっ! とっととどこへでもいきやがれってんだ! あばよぉっ!」

 うみべで出会ったときみたいに、今度も捨て台詞のようにそう言って、ロードランナーちゃんはどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 ・・・うーん。ダメだったか。

 ちゃんと仲直り、できそうな気がしたんだけどな。

 そんなことを思いながら、わたしは残されたくびわちゃんを見るのだけど、

 その姿に、なんというか、

 言葉にしなくても伝わるものもあるのだな、と、

 ちょっとおませなことを考えてしまう。

 

 くびわちゃんは小さくなっていくロードランナーちゃんの背中に向けて、バイバイと小さく手を振っていた。

「・・・またね。ろーど、らんなー。」

 その、ぽつりと呟いた言葉が示すとおり、

 ふたりはあれで、じゅうぶん仲直りできてたみたい。

 

 あはは。

 ホント、素直じゃないなぁ。

 ふたりとも。

 

 ― ― ―

 

 ともえたちが旅立って暫くの後、荒野にはふたりのフレンズの姿があった。

 チーターとプロングホーンだ。

「それにしても、めずらしいものばっかりだったわね? フレンズをおそわないセルリアンもそうだけど、あたし、あんなにすなおなロードランナーなんて、はじめてみたわ?」

「そうだな。それだけでも、たびのせいかはあったのだとおもうよ。」

 遠い目をするプロングホーンの脳裏には、今朝、ともえたちの居る洞窟に向かう途中で、ロードランナーが見せた姿が浮かび上がる。

 その姿は、恐らく誰よりもロードランナーとの付き合いが長い彼女でさえ、これまで見ることのなかったものだった。

 いや、誰よりも付き合いが長いからこそ、と言うべきか。

 それ故、常日頃の自分以外に対するロードランナーの粗野な振る舞いに、プロングホーンは心を痛めていた。

 

 プロングホーンはこれまで、その事についてチーターに相談を持ち掛けたことはない。弱っているところを見せられない草食動物の気質が、そうさせていた。

 普段の仰々しい物言いですら、その弱さを隠すための意味合いが強い。

「また、ふたりになっちゃったけど、でも、あなたもすこし、ほっとしたんじゃない?」

 けれど、チーターの言葉は、そんなプロングホーンの悩みを、悩みだったものを、そのままに理解しているが故に出てきたものだった。

 言葉に出さずとも、案外伝わってしまうものなのだな、と、プロングホーンは苦笑する。

「はは、まあ、ほっとしたのと、ちょっとさみしいきぶんと、りょうほうかな。」

「あら! めずらしいものがもうひとつふえたわ!? うふふ!」

「いってくれるなよ。じぶんがすなおじゃないことくらい、わたしがいちばんよくわかっているさ。」

 そう言って、プロングホーンは密林へと向かう道の先を眺める。

 

「よかったなあ、ロードランナー。ちゃんと、ともだち、できたじゃないか。」

 

 巣立つ子を見送る父のような声で、プロングホーンは呟いた。

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 お日様にきらきら輝く波間を、

 フレンズさんを乗せたボートが走っていました。

 

「はやい! はやすぎます! すごいです!」

「おおー、すごいねー。」

 

 うふふ。

 ふたりは初めて乗るボートに興味しんしんみたい。

 ボートの縁につかまって、キラキラした目で海を眺めてちゃってる。

 でもセンちゃん、あんまり身を乗り出したら、危ないわよ?

 

「おみずが! おみずがいっぱいとんできます! あはは!」

「センちゃーん。たのしいのはわかるけどー、もうちょっとからだをこっちにー。」

「あはは! あはは! たのしいです! たのしいです! あはは・・・、うわぁっ!」

「センちゃん!?」

 

 まあ、たいへん!

 ボートが波に乗り上げた勢いで、センちゃんが海に落ちちゃった!

 

「きゅう! まかせて!」

 

 でもでも大丈夫。

 ボートの横を泳いでいたドルカちゃんがセンちゃんを抱えてジャンプ!

 ちゃんとボートに戻ってくることができました。

 

「けほ、けほ、けふ、・・・はあ、はあ、」

「もー、だからいったのにー。たのしいからって、あんまりみをのりだしちゃだめだってー。」

「ご、ごじょうだんを、アルマーさん・・・、けほ。これは、ごほ、このボートのあんぜんせいを、げほ、たしかめたにすぎません・・・。」

「そーなんだー。」

「そうです・・・。でも、あぶないから、もうちょっとてまえで、うみをみましょう・・・。」

「そーだねー。」

 

 センちゃんは海に落ちちゃって、ちょっと怖くなっちゃったみたい。

 ボートの縁からだいぶ後ろでおっかなびっくり海を見てる。

 最初からそうすれば良かったのにね?

 あんまりアルマーちゃんに心配かけちゃ、ダメよ?

 

「そーいえばー。このボートをなおしてくれたのってー。」

「ともえちゃんのこと?」

「そうそう、その、ともえちゃんって、なんのフレンズなのー?」

「きゅう? たしか、ヒトっていってたよ?」

「そっかー。ヒトかー。」

「ヒト!? ヒトといいましたか!?」

 

 あらあら、センちゃん。

 そんなにびっくりして、どうしたの?

 

「こうしてはいられません! アルマーさん! はやくいきましょう!」

「いくっていってもー。ここ、うみのうえだからー。」

「なら、およいでいきましょう! はやくおいかけなくては!」

「わたしたち、およげないよねー?」

「そ、それは! ・・・なら! はまべをあるいて!」

「あるいていくよりボートのほうがはやいんだからー、きらくにいこーよー。」

「ぐにゅにゅ・・・!」

 

 そうそう、アルマーちゃんの言う通りよ?

 あの子が動くようにしたボートは、とっても速いんだから。

 

「しかたありません! もっとその、ともえさんのこと、おしえてください!」

「きゅう! いいよ! なにからはなす?」

「まずはそのかたのこうぶつを!」

「センちゃん、そのしつもん、なんのいみがあるのー?」

 

 ああ、よかった。

 無茶はしなくて済んだみたい。

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

幕間~対岸にて~

 

 対岸に着き、ふたりのフレンズたちを見送ったドルカとフォルカは、荒野へと続く道を眺めている。

「あのこたち、いっちゃったね!」

「そうねえ。急いでたみたいだけど、あの子に無事会えるかしら?」

 ふたりのフレンズの道中を案じるフォルカに、ドルカは「そういえば、」と前置きをして話しかける。

「フォルカちゃん、さいしょ、ともえちゃんみて、びっくりしてたよね?」

「あら? わかっちゃった? うまく誤魔化せたと思ったんだけど・・・。」

「わかるよ! ずっといっしょにいるもん!」

「うふふ。そうね。確かにちょっと、びっくりしたかも。勘違いしちゃって。」

 と、フォルカは苦笑ぎみの顔を見せる。対するドルカは、不思議そうな顔をしている。

「かんちがい?」

「えっと、前に見たヒトの子と同じ子だと思ったんだけど、違ったみたい。」

 フォルカは「それもそうよね、」と言葉を区切り、苦笑交じりにその先を続けた。

 

「だって、ヒトがそんなに長く生きられるはずないもの。」

 



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けものフレンズR くびわちほー 第05話「かぞくのきずな(前編)」アバン・Aパート

「わぁ・・・! すっごい、きがいっぱいだね!」

 

 みつりんの手前までやってきたわたしが、まず口にしたのはそんな感想だった。

 あいかわらず、ごいがたりない、と思うけれど、視界をぜんぶ覆うくらいに密集して生えた木々を見て、それ以外に感想がうかばなかった。

 そうげんやこうやでまばらに生えていた木とも、ちくりんの竹ともまるで違う、表面にツタやコケがまとわりついている木々が、スキマを探す方が大変ってくらい密に生えている。

 こうやからてくてく歩いてきた道だけがみつりんの中に続いているけれど、その道もなんだかうっそうとしていた。

 まさしく、みつりん、って感じ。

 

「なんだか、むこうのくうきはしっとりしてますねぇ。ひんやりしててきもちいいですぅ。」

 くんくん、と匂いをかいでいたイエイヌちゃんは、なんだかちょっとうれしそうな顔だ。

 やっぱり、おはながしっとりするのが好きなのかな? イエイヌのフレンズだし。

 そんなことを考えながら、わたしは前に出て、みつりんとこうやの間、ちょうどさかいめのところに横を向いて立ってみる。

 右半身はみつりんに、左半身はこうやに、といった感じだ。

「ほんとだ! こっちとそっちで、空気がぜんぜん違う! なんだかおもしろいね!」

 右はひんやりしっとり、左はあつあつからっと、まるで右と左でぜんぜん別の場所にいるみたいな感触がとても面白い。

 

「わふ! ほんとですね! おもしろいです!」

 ぱたぱたとかけてきたイエイヌちゃんも、わたしのとなりで同じように横を向いてその空気の違いを体験していた。

 テンションが上がったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねてるのがすっごいかわいい。

「・・・りんせつする、ちほーのきこうが、おおきくことなるばあい、ちほーのさかいめが、こうしてはっきりわかる。」

 とてとて近づいてきたくびわちゃんは、やっぱりこのことも知ってたみたいで、いつものように説明をしてくれた。

 うーん。やっぱりくびわちゃんは物知りだなぁ。

「へー。なんだか不思議だね。これもサンドスターのちから、なんだっけ?」

 わたしが感心しながら聞き返すと、くびわちゃんは、こくこく、と頷いてくれた。

 

「・・・さんどすたーは、どうぶつをふれんずにする、だけじゃなくて、ちほーのきこうをへんかさせる。こうやと、みつりん。まったくちがうきこうが、となりあうことができるのも、さんどすたーのおかげ。」

「すっごいね、サンドスターって。どうやって生まれたの? ヒトが作ったの?」

 あいかわらずくわしい説明をしてくれるくびわちゃんに、思いついた質問を投げてみる。

 もしかしたらくびわちゃんなら知ってるかな、なんて思って聞いてみたのだけど、

「・・・さんどすたーは、ぱーくで、はっけんされただけ。ぱーくで、かざんがふんかするとき、さんどすたーがうまれる。けど、どうしてうまれるのかは、わかってない。」

「そうなんだ。ありがと、くびわちゃん。」

 ふるふると首を振って、それでも知ってる範囲で答えてくれたくびわちゃんに、素直にお礼を言う。

 すっごい物知りなくびわちゃんだけど、やっぱり知らないことはあるみたい。

 

 みつりんの中は、外から見えたとおり、とてもうす暗い感じだった。お日様が高くのぼってる時間なのに、まるで明け方くらいの明るさだ。

「それにしても、ほんと木がいっぱいだね。こうやからちょっと歩いただけなのに、ぜんぜん別のとこみたい。」

「ですねぇ。こうやとちがって、あしもとも、ちょっとすべりやすいです。」

 イエイヌちゃんの言う通り、歩いていると、ときおりするっと滑るような感覚がある。ついさっきまでの乾いた地面とはまるで違う感覚に、ついつい転んでしまいそうだ。

「・・・みつりんは、みっしゅうしたきぎで、ひのひかりが、さえぎられるから、じめんに、こけがよくはえる。」

 見ると、たしかに地面のあちらこちらには緑色のコケが生えていた。

「そうなんだね! じゃあ、気を付けて歩かないとだね!」

 ちくりんとはまた違う天然トラップに気を引き締めながら、わたしがそう言ったときだった。

 

「にゃはは、せやで? そんなずかずかあるかんと、いちげんさんはもーちょい、おっかなびっくりあるかなあかんわ。」

 

 その声は、上から聞こえてきた。

 見上げると、近くの大きな木の枝に、フレンズさんがふたり、腰かけているのが見えた。ネコ科のフレンズさん、だろうか。チーターちゃんにちょっと似てる感じ。

「よっ、と。」

 そのフレンズさんたちは軽く体を揺らして、一気に地面まで飛び降りる。

 わたしじゃまず飛べる高さじゃなかったけど、そのフレンズさんたちにはなんともなかったみたい。音もなく着地して、こちらに話しかけてくる。

「いきなりすまんなー。おはなしちゅうんとこ、わりこんでもーて。」

「あ、えっと、そんなことは、ないけど。」

 とっさのことでうまく返答ができないでいると、フレンズさんたちはずんずんとこっちに近づいてきた。

 にまにまと懐っこい笑みを浮かべているんだけど、どこかふおんな感じがする、その表情。

 なんというか、こちらがどういうものなのか、探っているような・・・。

 

「ウチらはここらをなわばりにしとるもんや。ほんで、いきなりついででかんにんやけど、」

 フレンズさんは体を軽く曲げて、覗き込むような体勢になると、にやりと音が聞こえそうな顔でその先の言葉を続けた。

 

「ねーちゃんら、ちょーっとツラ、かしてくれへんか?」

 

 ― ― ―

 

 けものフレンズR くびわちほー 第05話「かぞくのきずな(前編)」

 

 ― ― ―

 

 ちょっとツラ貸しな。

 なんて言葉がそのフレンズさんの口から出るのを聞いて、わたしは思わず耳を疑った。

 フレンズさんの姿がちょっとチーターちゃんに似てて、かわいらしい感じだったのもあるけれど。それ以上に、そんな言葉をこの穏やかなジャパリパークでかけられるなんて、思ってもみなかったから。

 ひょっとしたらわたしが考えてるのと、別の意味で言ってるのかな、なんてことを思ったくらいだ。

 でも、その言葉にはたぶん、ちょっとついてこい、という意味以外に別の用法なんてなかったと思う。

 よく、物語とかで、アウトローぎみな方たちが使うセリフだ。

 もちろん、あんまりガラの良い表現じゃない。

 

「なんやけったいなかおしとんなぁ。こわがらんでええって。ただちょーっと、ツラかしてくれるだけでええんやから。な?」

「えっと、あの・・・っ、」

 ずんずんと近寄りながら話しかけてくるフレンズさんに、息をのんで後ずさる。

 言葉がおっかないのと、それから、さっきフレンズさんが言ったことに、わたしはちょっと不安を感じていた。

 さっき、フレンズさんは、なわばり、と言った。

 それはつまり、わたしたちはそのなわばりに入ってきた侵入者ということに他ならない。

 これまで会ったフレンズさんからは感じ取れなかったことだけど、フレンズさんのもとになった野生動物は、基本的になわばり意識が強い。

 自分の、あるいは自分たちのなわばりに入ったものに対して、非常に攻撃的になる。

 野生のなわばり争いの苛烈さは、ヒトもよく知る所だ。

 

 ・・・ひょっとしたら、フレンズさんでも同じことがあるのだろうか?

 そんな想像に、すごく悲しい気持ちになる。

 

 ――と、

 ぎゅっと手が何かに包まれる感触。

 見ると、そばにいたイエイヌちゃんがわたしの手を握ってくれていた。

 

「だいじょうぶですよ、ともえちゃん。てきいは、ないとおもいます。」

「いや、そうは言っても・・・。」

 少なくとも、あのフレンズさんの言葉を聞くぶんには、とてもそうは思えないんだけど。

「においが、こうげきてきではありませんし、きんちょうしているだけのような。」

「へ? 緊張?」

 思わずオウム返しをする。

 そんな気配、ぜんぜん感じなかったけど。わたしにはわからない何かで、イエイヌちゃんはそれを察したのだろうか?

 そう思ってフレンズさんたちの方を改めて見やると、ちょうどこちらに近づいてきていた足が止まったところだった。

 

「ヒョウねえさま。」

 前を行くフレンズさんの肩をつかみ、もうひとりのフレンズさんが呼び止めていた。

 ヒョウねえさま、と呼ばれたフレンズさんはつかまれた肩越しに振り返り、にやりと笑う。

「なんやクロちゃん、ねーちゃんにまかせゆーたやろ。あんたはだまっとき。」

「まかせたけっかがこれでは、くちをだしたくもなります。」

 クロちゃんと呼ばれたフレンズさんの声色と表情は、なんだか呆れているようだった。

「さきほどからなんです。あれではまるで、やからではないですか。」

「やからて・・・、あんたくちわるいなぁ。どこでおぼえたそんなもん。」

「どこって、ここにいるチンピラみたいなあねのくちからにきまっているでしょう。」

「だれがチンピラやねん! どつくぞこら!」

「ほら、やっぱりチンピラではないですか。」

「いやいや、クロちゃん。ちゃうて。ただのツッコミやんか。」

 

 ぽんぽんと息の合った会話をする二人の様子を見て、なるほど、と思う。

 状況はいまだによくわからないままだったけど、少なくとも、イエイヌちゃんが言っていたことが正しいみたい、ということはわかった。

 おっかない言葉にびっくりして見えなくなってたけど、たしかにふたりの顔からは敵意のようなものは感じられない。

 となりを見ると、イエイヌちゃんが笑顔で「ね?」と呟く。

 その笑顔で、緊張していたわたしの表情も一気にゆるんだ。

 どうも、深刻に考えすぎちゃってたみたいだね。

 改めて、ふたりのフレンズさんを見る。

 

 ヒョウちゃんと、クロちゃん、って言ってたっけ。

 それと、ねえさま、とか、あね、とか言っていたし、ふたりは姉妹なんだろうか。

 そう思って見ると、たしかにふたりの容姿はとてもよく似ていた。

 ふたりとも、顔はそっくりだし、頭の後ろでふたつしばりにした髪型も、半袖のシャツにミニスカートという服装もおそろいだ。

 けれど、色が違っている。

 ヒョウちゃんの髪は金色にも見えるクリーム色で、しばったところから先は雪みたいに白い。前髪にはところどころ黒い斑点があって、耳にも黒い模様があった。

 半袖のシャツは真っ白で、襟元の赤いリボンのアクセントが眩しい感じ。

 ミニスカートとアームカバー、ニーソックス、そして長いしっぽは髪と同じくクリーム色で、梅の花みたいな形の黒い模様がちりばめられている。いわゆる、ヒョウ柄というやつだ。

 その恰好はやっぱりチーターちゃんに似てるけど、受ける印象はだいぶ違うかな。チーターちゃんはクールな感じだったけど、ヒョウちゃんは、なんというか、元気な感じ、だろうか。

 

 対してクロちゃんの髪は吸い込まれそうになるような真っ黒で、しばったふたつの房はヒョウちゃんのものよりちょっと長くて、髪質もヒョウちゃんより柔らかい感じ。しっとりとツヤがあって、撫でたらとても気持ちよさそう。

 シャツも髪と同じく真っ黒だ。シャツだけじゃなくて、襟元のリボン、ミニスカート、アームカバー、ニーソックス、そして長いしっぽと、全身が真っ黒に染まっている。たぶん、夜に会ったら、わたしじゃ、どこにいるかもわからないかもしれない。

 不思議なのは、ヒョウちゃんと顔もそっくりで、恰好も色違いなだけでほとんど同じなんだけど、受ける印象がまるで違うこと。

 元気な感じのヒョウちゃんに対して、クロちゃんはとても落ち着いた感じの子だった。

 

「ともかく、あたまもくちもわるいねえさまは、しばらくだまっていてください。あとはわたくしがおはなしをしますから。」

 クロちゃんはため息交じりに言う。ヒョウちゃんは眉をへの字にして抗議の声を上げようとするんだけど、

「クロちゃんひどいわー。あんたはいっつもそーやっておねーちゃんをじゃけんに、」

「おだまり。」

「はいっ。」

 ぎろり、睨まれてしまっておぎょうぎよくお返事をする。そして、なんやもークロちゃんこわいなぁ、とかなんとか、ぶつぶつ呟いて黙ってしまった。

 

 代わりにクロちゃんが一歩、前に出る。

「うちのあねが、たいへんしつれいをいたしました。おろかなあねにかわり、わたくしクロヒョウのクロが、おはなしをつづけさせていただきます。」

「ウチはヒョウのヒョウやでー。」

「ぷっ、あはは。」

 ぴょこん、とクロちゃんの肩越しに顔を出しながら言うその姿に、なんだか可笑しくなって笑ってしまう。

 いきなり笑い出したせいか、ふたりはきょとんとした顔でこちらを見る。

 わたしは取りつくろうようにいずまいを正して、笑顔でふたりに向き合った。

 

「えっと、いきなり笑っちゃってごめんなさい。あたしはヒトのともえだよ。こっちはイエイヌのイエイヌちゃんと、」

「わふっ、イエイヌです!」

「こっちの子はくびわちゃん。」

「・・・、くびわ。」

「よろしくね! ヒョウちゃん! クロちゃん!」

 わたしが元気よく挨拶をすると、ヒョウちゃんとクロちゃんはちょっと考えるような顔をして、お互いに顔を見合わせた。

「ヒト・・・、やはり。」

「せやな・・・、」

「・・・? どうしたの?」

 

 ふたりの表情が気になって問いかけると、クロちゃんが申し訳なさそうな顔で口を開いた。

「ぶしつけなおねがいでもうしわけありませんが、どうか、わたくしたちといっしょにきていただけないでしょうか?」

 それは、ついさっきヒョウちゃんが口にしたことと意味は同じだったんだけど、言葉づかいが違うだけで、受ける印象はこうも違うということだろう。

 わたしは、もちろん、とばかりに頷いて、

「うん。それはかまわないけど、何かあるの?」

「それはなぁ・・・、きくもなみだかたるもなみだの、」

「わたくしたちのリーダーに、あっていただきたいのです。」

 わたしの問いかけに何やら語りだしたヒョウちゃんを、クロちゃんは華麗にスルーした。

 

「なあなあクロちゃん、いまウチがかんるいひっしのくろうばなしをやね、」

「ぜんかいいっちのむだばなしのまちがいでしょう。」

「クロちゃーん、なんやつめたいなぁ。おねーちゃんちょっとなきそうやわぁ。あんたはいっつもそうやってねーちゃんをじゃけんにして、」

「おだまり。」

「はいっ。」

 また、ぎろりと睨まれて、ヒョウちゃんはおぎょうぎよくお返事をする。

 

 あはは、なんだろ。

 ふたりのこの感じ。

 仲がわるそうで仲がいいというか。

 お互いにきのけない感じが、なんだかすてきかも。

 

 ― ― ―

 

 とりあえず、わたしたちはふたりについていくことにした。

 くわしい事情はリーダーに会ってから、とのこと。

 気になるけど、ここまでのやり取りでふたりがわるい子じゃないってことはわかったから、ついていくことに不安はひとつもなかった。

「うわっ、と。」

 と、苔むしたところを踏んでしまい、足をすべらせそうになる。となりを歩くイエイヌちゃんがすかさず手を取ってくれたおかげで、転ばずにすんだ。

「ともえちゃん、だいじょうぶですか?」

「うん。へいき。ありがと、イエイヌちゃん。」

 そんな様子を気配で察してか、前を行くヒョウちゃんが振り返りつつ声をかけてくる。

「あしもときぃつけや? ここらはすべりやすいからなぁ。」

「もし、ころんでけがをしたら、おっしゃってくださいまし。ジャパリまん、たくさんありますので。」

 続けて聞こえたクロちゃんの台詞に、はてな?と思う。

 

「ジャパリまん? なんで? お腹はそんなに空いてないけど。」

「ああ、それは。・・・ええと、ジャパリまんにもサンドスターがふくまれていますから。」

 と、代わりに答えてくれたのはイエイヌちゃん。まだ頭にはてなを浮かべるわたしに、イエイヌちゃんは説明を続けてくれた。

「サンドスターは、どうぶつをフレンズにしたり、ちほーのきこうをととのえたりしますが、そのほかにも、けがやびょうきをなおしたりもできるのです。」

「ケガや、病気? そうなの?」

「はい。ですので、けがをしても、ジャパリまんをたべていれば、たいていはなおってしまうのです。」

「へー、そうだったんだね。あたし、ぜんぜん気づかなかったよ。」

 けれどなるほど、言われてみれば、と思う。

 そうげんでイエイヌちゃんが受けた腕のキズだったり、昨日あたしがすりむいちゃった足だったりがすぐ治っちゃってるのって、そういうこと、だったんだね。

 

「サンドスターってすっごいんだね。パークみんなの役に立ってるって感じ。」

「・・・さんどすたーは、なぞがおおい、ぶっしつ。やくにたつ、だけじゃなくて、きけんもある。」

 わたしが素直な感想を口にすると、イエイヌちゃんを挟んで反対側を歩くくびわちゃんが、ぽそぽそと声を発した。

「くびわちゃん、危険って?」

「・・・さんどすたーが、いしとか、むきぶつにあたると、せるりあんになる。」

「わふ!? そうなんですか!?」

 イエイヌちゃんがびっくりした様子で声を上げる。わたしはもちろんそうなんだけど、イエイヌちゃんも知らなかったみたい。

 

「ん? なんやじぶん、しらんかったん?」

 と、これはヒョウちゃん。そのとなりを歩くクロちゃんも驚いた様子はないし、ふたりともそのこと、知ってたのかな?

「しりませんでした! いつも、セルリアンがどこからうまれるのか、きになっていたんですが・・・。」

「あー、そっかそっか。ふつうはしらんわなぁ。ウチらもシーラにおしえてもらわんかったら、たぶんずっとしらんままやったし。」

「そうですわね。シーラねえさまは、はくしきでいらっしゃいましたから。」

 と、ふたりの話に気になる単語がひとつ。

 

「シーラ、さん? その子もこのみつりんにいる子なの?」

 ぶんみゃくからすると、シーラ、というのはたぶん、フレンズさんの名前だろう。そう思って聞いてみるのだけど、

「あー、なんちゅうたらええか・・・、ま、そのはなしはおいおい、な。」

 ヒョウちゃんはなんだか難しそうな顔でそう言って、黙ってしまった。となりのクロちゃんも同じような顔で、何も言わない。

 んー、なんだろ。

 ひょっとして、そのシーラさん、っていう子がなわばりのリーダー、とか?

 なんてことを思うけど、あんまり考えてもしょうがないかな。

 話をにごすからには、何か事情があるのだろうし、それをあれこれじゃすいしたり、せっつくのはよくないと思うし。

 

 そんなことを考えている内に、話の流れは元に戻ってたみたい。

「それにしても、どうしてセルリアンはフレンズをおそうのでしょう? もともとがいしならば、なにかをこうげきするいしは、うまれないようなきがするのですけど。」

 イエイヌちゃんが興味しんしんという感じに疑問を口にすると、何故だかヒョウちゃんが、プッ、とふきだした。

「もとがいしだけに、か? なかなかうまいこというなぁじぶん! にゃはは!」

「ヒョウねえさま。ひとりでウケてないで、ちゃんとしつもんにこたえてくださいまし。」

「ええ? いまのおもんない? うそやん。」

 クロちゃんに冷静に返されたヒョウちゃんは、まじかー、さよかー、とぶつぶつ呟いて、それから、うーん、と唸りながら腕を組む。

「えーと、セルリアンがなんでフレンズをおそうか、やろ? しってるしってる。んー、でもなんやったかなー? このあたりまででてきとんねやけど・・・、」

「ああ、コレしりませんわね。ごめんなさいね、イエイヌさん。」

「ちょ! ちょい、クロちゃん! おねーちゃんをコレよばわりせんといて!」

 しどろもどろのところを冷静につっこまれたヒョウちゃんは、あわてて声を上げる。けど、否定しないってことは、ホントに知らないみたい。

 わたしは苦笑ぎみにふたりの様子を眺める。

 

「ヒョウねえさまは、しったかぶりをするくせがありますので、おはなしは、はんぶんくらいできいたほうがよろしいかとおもいます。」

「なんやもー、そんなんいわれたら、ウチのかぶ、だださがりやん。」

「あんしんしてくださいな。ヒョウねえさまのかぶは、さがりようがありませんから。」

「おお、なんやクロちゃん、やっとウチのことほめてくれたん・・・ちゃうなコレ。ハナからさがりきっとるいいたいんやろ?」

「あら、ヒョウねえさまにしては、さっしがよろしいですわね。」

「あんたなぁ。」

 あはは。ふたりとも、ホント仲いいなぁ。

 

 さて。イエイヌちゃんの質問の答えだけど、

「・・・さんどすたーは、あつまることであんていする、せいしつがある。」

 やっぱりというか、物知りのくびわちゃんは知ってたみたい。くびわちゃんはいつもの感情のこもらない声で説明を続ける。

「・・・せるりあんは、もともと、いしをもたない、むきぶつだから、そのせいしつにしたがって、よりおおくの、さんどすたーをあつめようとする。」

「なんやくわしいなじぶん。あー、せやせや、まえにシーラもそんなんいうてたわ。」

 なるほど、と思う。

 たしかにそれを聞けば、セルリアンの行動にも説明がつく。

「だからセルリアンは、フレンズさんをおそって、サンドスターを奪おうとするんだね。」

「くぅん。セルリアンにも、そういうじじょうが、あったのですね。」

 

 けれどそこで、はて、と思った。

 昨日こうやで出会ったセルリアンは、はじめはわたしたちに襲いかかったハズなのに、けっきょくサンドスターを奪うことなくどこかへ行ってしまった。

 こうして説明を聞くと改めて思うけど、あれはいったい、なんだったんだろう。

 その疑問をそのまま聞いてみようかとも思うけど、くびわちゃんの説明は続いていて、話をはさめそうにない。

 まあ、また後でいいかな。

 

「・・・あと、さんどすたーが、どうぶつや、どうぶつだったもの、にあたると、ふつうは、ふれんずになる。けど、ふれんずに、ならないこも、いる。」

「フレンズに、ならない。どうぶつのまま、ということですか?」

 イエイヌちゃんの質問に、くびわちゃんはふるふると首を振る。

「・・・ふれんずには、りせいがあって、ひとやほかのふれんずと、かいわができる。けど、まれに、りせいをもたずに、かたちだけ、ひとのようになる、ことがある。」

 え、

 と声を上げそうになる。

 それって、ひょっとして。

「・・・けもののほんのうをもったまま、ひとのかたちをもった、どうぶつ。」

 頭に浮かんだ想像に困惑していると、くびわちゃんは淡々とした声で言葉を続けた。

「・・・びーすと、とよばれている。」

「ビースト・・・。」

 思わずオウム返しをしてしまったわたしに、くびわちゃんの視線が合わさった。

「ひょっとして、ちくりんにいた、けものさんって、その・・・、ビーストさん、なの?」

 想像してしまったことをそのまま聞いてみると、くびわちゃんはこくこくと頷いて、

「・・・そう。」

 とだけ言って、また黙ってしまった。

 

 あのときちくりんで出会った、こわいけもの。

 トンちゃんとフーちゃんのおかげで、だれもケガすることなく追い払うことができたけど、もしふたりがいなかったら、わたしもイエイヌちゃんも、ひょっとしたらケガをしちゃってたかもしれない。

 あの、どうもうなけものそのものみたいな姿は、なるほど、そういうことだったんだね。

 フレンズではなく、ビーストだから、暴れていた。

 ・・・でも、どうしてだろう。

 なんというか、そんな理屈だけで片付けていいような気には、どうしてもならない。

 自分でもわからないけど、あのときのビーストさんの姿を思い返すと、なんだか胸を締め付けられるような思いになるのだ。

 最後の方なんかものすごく興奮してたみたいだったし、ケガだけじゃすまなかったかもしれないのに、自分でも不思議だけど。

 だって、あのビーストさんは・・・、

 

「おはなしをさえぎって、もうしわけありません。そろそろリーダーのところにつきますわ。」

 と、クロちゃんに声をかけられて、わたしはいったん考えを保留することにした。

 

 ふたりに案内されて辿り着いたところは、少しひらけた場所だった。うっそうと草木がしげる中を歩いてきたから、さえぎるもののない太陽がちょっとまぶしい。

 その場所の中央には、石で組まれた台があって、その上にひとりのフレンズさんが座っていた。

 台の上には木でできたログチェアみたいなものがあって、そこにどっかりと腰を落ち着けている。がばりと開いた足に頬杖をつくような形で、なんというか、とても貫禄があった。

 あのフレンズさんが、このみつりんのリーダー、なのかな?

 なんてことを考えていると、

「おーい、リーダー、おきゃくさんつれてきたでー。」

 というヒョウちゃんの言葉に、その想像が合っていたと理解した。

「きゃくか、めずらしいな。」

 リーダーさんはひとり言のようにつぶやくと、姿勢を崩さないまま視線だけでわたしたちを見て、言葉を続ける。

「みつりんへようこそ。わたしはこのなわばりをあずかるリーダーのゴリラだ。」

 その声は低くて重い響きがあって、それだけでもなわばりのリーダーとしてのいげんが感じられるものだ。

 

 いげん、という意味では、そのふうぼうもそうだった。

 ゴリラちゃんの服装は、下は白い長ズボン、上は白いミニのタンクトップに濃い灰色のアームガードといった感じ。

 おへそや肩が丸出しになってて、せくしーな感じも受けるのだけど、どちらかというと機能美というか、動きやすさを優先したような印象を受ける。

 そう思うのは、たぶん、そのきりっとした目が、とても強い意志を感じさせるからだろう。

 それに、筋肉のりんかくが見える二の腕だったり、うっすら割れている腹筋だったりと、なんというか、せくしーさより、ちからづよさの方が先に来る感じだった。

 さらさらの黒いショートヘアは、目鼻が整った理知的な顔立ちを更に際立たせている。濃い灰色のニット帽をかぶっているんだけど、それもまた落ち着いた雰囲気を感じさせるものだ。

 頬杖をつきながらこちらを見やる姿勢もあって、たしかに、リーダーとしてのふうかくが、ゴリラちゃんからは感じられた。

 

「リーダー、こちら、ともえさんとイエイヌさん、それからくびわさんです。」

 はくりょくのあるその感じに気おされていると、クロちゃんが代わりにわたしたちの紹介をしてくれた。あわててわたしもそれに続く。

「えっと、ともえです。よろしくね。」

「わふ、イエイヌです!」

「・・・くびわ。」

「ふむ。よろしく。」

 ゴリラちゃんは短くあいさつを返すと、続けて質問を投げかけてくる。

「で、きみたちはなにをしにみつりんに?」

「えっと、わたしたちは今、旅をしてるんだけど、その途中、って感じかな。もうちょっと行くと、きょじゅうく、ってところがあるらしいんだけど、そこに行きたくて。」

 

 敬語で話すべきかとも思ったのだけど、ついつい普通に答えてしまう。

 どうにもわたしは敬語が苦手みたいで、こうして緊張してしまうと、余計にダメだった。

 けれど、ゴリラちゃんは気にした様子もなく、質問を続ける。

「たび、か。どこからきた?」

「えっと、そうげんとか、ちくりんのほう、かな。」

「それは、だいぶとおいな。つかれただろう。」

 と、返ってきたのはこちらを気遣うような声。

 わたしはあわてて両手を前に出し、ふるふると横に振る。

「ううん、そんなそんな。途中で休みながら来たから、へいきだよ。」

「そうか。だが、むりはきんもつだ。このさきなにがあるともわからないだろうし。しばし、からだをやすめていくといい。」

 そう言って、ゴリラちゃんは優し気な笑みを見せてくれた。

 

 ゴリラちゃん、最初はちょっとおっかない感じなのかなって思ったけど、ぜんぜんそんなことはなかったみたい。

 なんていうか、とっても優しい子だった。

 

 ― ― ―

 

「いかがでしたか? わたくしたちのリーダーは。」

 ちょっと用事を思い出した、とゴリラちゃんが席を外し、しばらくしてからクロちゃんがそんなことを聞いてきた。

「なんだか、カッコよかったね! それに優しいし! 頼れるリーダーって感じ!」

 それは他意のない素直な感想だったのだけど、けれどクロちゃんたちはどうしてか、びみょうそうな顔でお互いの顔を見合わせた。

 それはどこからどう見ても、苦笑い、と言えるような表情だ。

 ひょっとして、わたしの感想、だいぶ的外れだったのかな?

「んー、まあ、そうみせてる、ちゅうかな。」

「イエイヌさんや、くびわさんはどうおもわれました?」

 

 クロちゃんに振られたイエイヌちゃんは、少し答えづらそうな顔をして、

「くぅん・・・、しつれいながら、だいぶ、むりをしているようにおもいました。」

 申し訳なさそうな声で、そう答える。となりのくびわちゃんもこくこくと頷く。見ると、ヒョウちゃんとクロちゃんも、うんうんと頷いていた。

「ええ? あたしにはぜんぜん、そう見えなかったけど。」

「たちいふるまいは、そうなのですけど。きんちょうしているにおいがしましたから。」

 緊張している匂い・・・って、ひや汗の匂い、とか?

 なるほど。それは、わたしにはわからないや。

 正直なところ、はんしんはんぎ、なのだけど、わたしより感覚に優れたフレンズさんたちが言うのだから、たぶん、それは間違いのないことなのだろう。

 そして、それを裏付ける証拠が、もうひとつ。

 

「そうなのよ。やっぱり、はながいいこには、わかっちゃうのよね。」

 聞こえてきた声は、わたしたちのものでも、ヒョウちゃんたちのものでもなかった。

 声の聞こえた方に視線を向けると、はじめて見るフレンズさんがふたり、こちらへ歩いてくるところだった。

「あのこ、ほんとはすっごくこわがりで、プレッシャーにもよわいの。」

 ひとりは、なんだかカッコイイ感じの見た目をしてるフレンズさん、

「リエちゃんのいうとおりです。いまごろ、おなかがいたくて、ひとりでごろごろしてるとおもいます。・・・かわいそう、ぐすん。」

 もうひとりは、眼鏡をかけたおとなしそうな感じのフレンズさんだった。

 

「リエ、メイ。あんたらもきたんか。」

「かぎなれないにおいがしたからね。ひょっとして、って、おもったのよ。」

 ヒョウちゃんの言葉に、カッコイイ感じのフレンズさんが反応する。

「それで、やっぱり?」

「ああ、このともえっちゅーんが、ウチらのさがしてた、ヒトや。」

「へ?」

 思わず声を出してしまう。

 探してたって、ヒトを?

 どうして?

 そんなわたしの疑問は、言葉に出さなくても伝わってしまったみたいだった。

 こちらに向き直ったヒョウちゃんは、腕を組んでしばらく考えるようなそぶりを見せると、意を決したような表情でこう言った。

 

「あんな、ちょっと、たのみがあんねんけど。」

 

 ― ― ―

 

 ゴリラは繊細な動物である。

 性格は非常に温厚で、繁殖期を除けば他者に攻撃的な行動を取ることは滅多にない。

 しかし警戒心は強いため、外敵や障害に対して過敏に反応する。温和な性質上、あまり攻撃的な対応が取れないにも関わらず、である。

 その為か、ゴリラは非常にストレスに弱い。直接的な危険にさらされずとも、神経性の病気や心臓の負担などで死に至る例もある程だ。

 そして、フレンズは基本的に、基になった動物の性質を受け継ぐものである。

「うぅ・・・、おなかいたいぃ・・・。」

 皆の所をひとり離れ、苦しそうに腹部をさする彼女も、基となる動物であるところのニシローランドゴリラの性質を色濃く受け継いでいた。

 

「いきなりおきゃくさんとか、ほんとやめてほしいよ・・・。ただでさえ、いっぱいいっぱいなのにさ・・・。」

 警戒心の強いゴリラはささいな環境の変化にも神経をすり減らしてしまう。

 彼女もまた、迎える場では体裁を保ったものの、突如現れた客人への応対によって引き起こされた胃痛に、その場を離れざるを得なかった、というわけだ。

「ヒョウねえは、いっつもいきなりなんだもんなぁ・・・。せめて、つれてくるまえに、はなしてくれればさぁ・・・、」

 彼女はぶつぶつ愚痴を呟きながら、ごろごろと地面を転がる。さながら他者との関わりに思い悩む思春期の様相だ。

 そんな有様であったから、ヒトより感覚に優れたフレンズでありながら、姿が目に入る程の距離になるまで、近づいてくる足音にも匂いにも気づかなかった。

 

「・・・っ、だれだ!」

 木の陰から覗き込むように視線を向ける何者かを視界に収めると、ゴリラはあわてて身を起こし、警戒心もあらわに声を上げる。

 大声に驚いたのか、何者かは覗き込んでいた頭を引っ込めて、木の陰にすっぽりと隠れてしまった。

 ゴリラは訝しむような眼をそちらに向け、じっと様子を伺う。

 その何者かは逡巡しているかのようにしばらく隠れたままだったが、「よし、」という意を決したような声を発するとともに、木の陰から姿を現した。

 敵意がないことを示すかのように、にこにこと笑顔を見せ、そして、再び声を発する。

 

「ゴリラちゃん、ただいま!」

 

 その姿は、白衣を着こみ、眼鏡をかけたフレンズのようだった。

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~ヒョウ~

 

 ヒョウちゃんはネコ目ネコ科ヒョウ属の哺乳類、ヒョウのフレンズだよ!

 ヒョウは森の中とか草むらがあるところによく住んでるんだけど、ネコ科の動物の中ではいちばん、せいそくいき、がひろいんだって!

 さむいとこ、あついとこ、しめったとこ、かわいたとこ、色んなところに住んでるよ!

 かんきょーてきおーりょく?がすごいみたい!

 

 木登りがとくいで、狩りをしたら横取りされないように、えものをくわえて木の上に登っちゃうんだよ! せいかつのちえ、ってやつなのかな?

 大きなえものをつかまえたら、木の上に引き上げたり、枝とか葉っぱで隠したりして、何日もかけてすっかり食べきっちゃうみたい!

 たべものをそまつにしないのは、いいことだよね!

 

 体中にあるとくちょう的な模様は、そのままずばり、ヒョウ柄って言われてるよ! チーターの水玉と違って、よく見ると梅の花みたいな形をしてるんだよね!

 すっごい綺麗な模様なんだけど、そのせいで、ヒョウは昔から毛皮を取る目的でヒトに狩られちゃうことも多かったんだ・・・。

 ひどいよね・・・。

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 



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けものフレンズR くびわちほー 第05話「かぞくのきずな(前編)」B・Cパート

フレンズ紹介~クロヒョウ~

 

 クロちゃんはネコ目ネコ科ヒョウ属の哺乳類、クロヒョウのフレンズだよ!

 クロヒョウはヒョウのこくへんしゅで、体中の毛が真っ黒なんだ!

 クロヒョウって種類がはっきりあるわけじゃなくて、とつぜんへんいで生まれた毛皮の黒いヒョウが、クロヒョウって呼ばれるみたいだね!

 

 クロヒョウは全身真っ黒だからヒョウ柄がないようにも見えるんだけど、実はおんなじ梅の花みたいな模様がうっすらあるんだって!

 にくがんだと光の加減が丁度よくないと見えないし、カメラで撮るにしてもとくしゅな光を当てないと分からないくらいなんだけどね。

 

 ちなみに、ヒョウにとってもよく似た動物にジャガーがいるんだけど、ジャガーは梅の花みたいな模様の中心に小さい斑点があって、ヒョウにはないんだって!

 普通のヒョウとジャガーならそんな模様のびみょうな違いで見分けられるんだけど、ジャガーにもこくへんしゅのクロジャガーがいるみたいなの!

 クロヒョウとクロジャガーが並んだら、もうぜんぜんわかんないよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

 さて。

 わたしが今置かれた状況を説明する前に、ほんの少し前のことを話そう。

「あんな、ちょっと、たのみがあんねんけど。」

 と、めずらしくまじめな顔をしたヒョウちゃんが言った、そのすぐ後のこと。

 

 頼みって、どういうことだろう?

 ヒョウちゃんはヒトを探してたって、さっき言ってたけど、ヒトにしか頼めない用事、ってことなのかな?

 そんなことを考えていると、ヒョウちゃんはまじめな顔のまま、

「あんたにしかたのまれへんことやねん。いきなりこんなんいわれてこまるおもうけど、ちからになってくれへんやろか。このとおりや。」

 深々と頭を下げながら頼みこむ姿に、わたしはあわてて返事を返す。

「そんな! 頭なんて下げなくていいよ! あたしにできることなら手伝うから!」

「ホンマか!? なんやあんたむっちゃええやつやなぁ! おおきに!」

 わたしがふたつ返事でかいだくすると、ヒョウちゃんはがばっと顔を上げて、にこにこ顔でわたしの手を取りぶんぶんと振る。

 

 ヒョウちゃんのころころと変わる表情は、なんというか、見ていてとてもほがらかな気分になる。自然と表情がゆるむのが、自分でもわかった。

「あはは。でも、あたしに頼みって、何すればいいの? 言っとくけどあたし、大したことできないよ?」

「あー、それはやね、」

「ねえさま。くわしいはなしをするまえに、まずはふたりのしょうかいを。」

 話を続けようとするヒョウちゃんを、クロちゃんが遮る。クロちゃんのとなりにはついさっきやって来たふたりのフレンズさんがいた。

「こちら、イリエワニのリエと、メガネカイマンのメイですわ。リエねえさま、メイねえさま、こちらはともえさんとイエイヌさん、そしてくびわさんです。」

「リエよ。よろしくね。」

 クロちゃんの紹介に続いて、カッコイイ感じのフレンズさんが口を開く。この子がリエちゃんで、

「あ、あの、わたし、メイです。よろしくおねがいします・・・。」

 こっちの眼鏡をかけたおとなしそうなフレンズさんが、メイちゃんというみたい。

「ともえだよ。こちらこそ、よろしくね!」

「イエイヌです! よろしくおねがいします!」

「・・・くびわ、よろしく。」

 いつもの通りに名乗りながら、わたしはふたりのフレンズさんを見る。

 

 リエちゃんは黒いライダースジャケットにダメージジーンズという格好だった。袖口やブーツのトゲトゲと、けばだったジーンズの穴がなんだかワイルドな感じ。

 イリエワニのフレンズだけあって、ジャケットはもちろんワニ革だ。太くて長いしっぽにもワニらしくぎざぎざしたウロコがあって、すごくちからづよい印象だった。

 うすい黄色の髪を後ろでまとめているんだけど、二つに分かれた長い前髪はワニの大きなおくちみたいで、それもなんだかすっごいカッコイイ。

 きりっとしたつり目には緑色のアイシャドウが引かれていて、大人っぽいきれいな顔立ちをよりいっそう印象深くさせていた。

 

 メイちゃんは、上はミリタリーっぽい緑色のジャケットに、下は黒いスパッツの上からデニムのホットパンツを履いている形だ。

 リエちゃんとおんなじでトゲトゲの飾りが穴あきグローブやブーツについている。しっぽもリエちゃんとおんなじで太く長くぎざぎざしてて、なんだか攻撃力が高そうな感じ。

 でも、顔を見るとその印象ががらっと変わる。

 かわいらしい顔立ちにトップリムのメガネをかけていて、何故かちょっと涙目でうるうるしているのもあってか、やっぱりおとなしい感じ。

 緑色の髪をふた房の三つ編みにまとめていて、頭の上に赤いリボンを着けてるんだけど、それも主張の強くないおしゃれというか、すごくまじめな子なのかな、という印象だった。

 

 まとめると、リエちゃんはワイルドでカッコイイお姉さん、メイちゃんはおとなしめだけど服装はアクティブな女の子、って感じだろうか。

 あと・・・、ふたりとも、その、なんていうか、おっきい、かも。

 ふたりともジャケットの下に何も着てないのに、ジッパーをおへその上あたりまで下げてるから、余計にそれが強調されて、なんだか目のやり場に困る。

「た、たにまが・・・、はわぁ・・・、」

「くぅん? どうしました? ともえちゃん。」

「う、ううん! なんでもないよ!」

 思わず声を漏らしてしまい、イエイヌちゃんに、けげんそうな顔で見られてしまった。

 いけないいけない。

 今はまじめなおはなしをしてるんだから、こんなこと考えてる場合じゃないよね。

 

 それにしても・・・、こんなにフレンズさんがいっぱいいて、あたしに頼み事って、なんなんだろう。

 しょうじき、あたしにできることなんて、大したものはないんだけどな。

 せいぜい、ボスとおはなしできること、くらい?

 フレンズさんにできないことで、あたしにできることなんて、たぶんそのくらいだ。

 だからなんとなく、そういうたぐいのことなのかなって思ってたんだけど、

「ほんじゃ、じこしょうかいもすんだことやし、さくせんかいぎといこか。」

 ヒョウちゃんの言葉からすると、どうも違うみたい。

「さくせん、会議?」

 どういうことだろうと思って聞き返すと、ヒョウちゃんは「せやで、」と短く答えて、にまにまとした笑みを浮かべながらその先を続けた。

 

「これからあんたに、ちょい、ひとしばいうってほしいんやわ。」

 

 ― ― ―

 

 そうして、現在に至る。

 ヒョウちゃんたちの頼みごとの内容をひととおり聞いた後、それを実行に移す段になり、こうしてやってきたわけだ。

 ゴリラちゃんのところに。

 

「ゴリラちゃん、ただいま!」

 なんて元気に言ってみたはいいけれど、この後どう会話を続けたらいいものやら。

 ヒョウちゃんから聞いたさくせん、というかおしばいの内容を簡単にまとめると、こうだ。

『以前ここにいたシーラさんというフレンズさんの真似をして、ゴリラちゃんに会うこと。』

 そのためにわたしはメイちゃんからメガネを借りて、白い布きれを白衣に見えるようにまとって、ゴリラちゃんのところへやってきた、ということになる。

 ヒョウちゃんが言うには、「そのかっこやったらだまされてくれるやろ。なーに、あとはてきとーに、かいわしとったらええねん。」とのことだった。

 さくせん、なんて言ってたけど、しょうじき、さくせんなんて言えるようなものじゃあないでしょ、それ。

 

 それにぜんぜん、はなしがちがう。

「ど、どうしたのー? ゴリラちゃん、久しぶり過ぎて顔忘れちゃったー? ほらほらわたしわたしー、」

 いぜん、いぶかしむような眼をこちらに向けるゴリラちゃんに、わたしはしどろもどろになりながら、無理やり会話を続けてみる。

 さっきからイヤな汗をかきっぱなしだった。

 自分でも何やってんだろとか、思わなくもないけど、引き受けたからには最後まで役をまっとうして――、

「・・・、なんのつもりだ?」

「ご、ごめんなさい! つい、できごころで!」

 ムリだった。

 ゴリラちゃんの険しい表情と唸るような低い声にびびったわたしは、あわてて白い布とメガネを取って平謝りする。

 たぶんそれは、みるものがほれぼれするような、てのひらがえしだったことだろう。

 

 うぅ・・・、やっぱりゴリラちゃん、怒っちゃったかな?

 下げた頭のまま、ちらちらと上目づかいにゴリラちゃんの顔を見るも、そこには変わらず険しい表情があり、こちらを睨んでいる。

 あの・・・、すいません。

 ちょっと、ちびりそうなんですけど。

 そんな情けないことを考えていると、ゴリラちゃんは「はぁ、」とひとつため息をついて、少しだけ表情を柔らかくしてくれた。

「すまない。あいつらにたのまれたんだろう? まったく、あいつらときたら・・・、」

 どうも、色々と察してくれたみたい。

 ほっとする反面、苛立たしげなその言葉に少しどきっとする。

 

「あの、みんなは悪くなくて。ゴリラちゃんのことを心配して・・・。」

「わかってる。ありがとう。きみはやさしいな。」

 静かに答えるゴリラちゃんの顔に浮かぶのは、申し訳なさとか色々なものが混じってるような表情だ。

 けれど、いちばん色濃く見えるのは・・・、なんと言えばいいか、

 たぶん、不甲斐なさ、というのが近いだろうか。

「わかってるんだ。むりをしてリーダーなんかやっても、わたしなんかがシーラねえみたいになれるわけがない。それで、みんなにめいわくをかけてることも。」

 そう言って、ゴリラちゃんは自嘲するように笑った。

 

「迷惑なんて・・・、」

「じじつ、しんぱいされてるだろう? リーダーしっかくだよ。」

 とっさに反論しようとしたのだけど、すぐにゴリラちゃんに返されてしまう。

 わたしはすぐにまた反論しようとする気持ちを抑えて、ゴリラちゃんの言葉を心の中で反芻した。

 みんなに心配されたら、リーダー失格。

 そんな風にゴリラちゃんは言った。

 けれど、そんなことはない。

 誰にも迷惑をかけず、みんなをまとめる。そういうリーダーも、たしかにいるのかもしれないけど、それはたぶん理想のはなしというか、あくまで目標でしかないと思う。

 それに、さっきシーラさんを演じるにあたり、そのひととなりは簡単にだけど聞いている。

 けど、それはゴリラちゃんの言っているようなリーダーではなくて・・・。

 

 ― ― ―

 

「もともとはな。このみつりんは、シーラっちゅうヤツがしきっとったんや。」

 と、昔を懐かしむような顔で、ヒョウちゃんは言った。

「シーラはチンパンジーのフレンズでな。ほんにんがいうには、みためはヒトにようにてるらしい、ゆうとったわ。」

「わたくしたちはヒトにあったことがありませんでしたので、はんしんはんぎ、でしたけど。」

 クロちゃんがそう言うと、その言葉に続けるように、リエちゃんがこちらをまじまじと見ながら口を開く。

「たしかに、これといってとくちょうがないかんじは、シーラににてるかもね。」

「リエちゃん・・・。そういういいかたは、しつれいですよ?」

「おっと、ごめんね? わるぎはないのよ?」

「あはは。気にしないで。」

 たしかに見た目にとくちょうがないのは、そのとおりだし。

 フレンズさんには個性的な見た目の子が多いから、逆にヒトは目立つのかもしれない。

 それに、チンパンジーって、たしかヒトにすごく近い動物なんじゃなかったっけ?

 それを考えると、なるほど、感覚に優れたフレンズさんたちが、似てると判断するのは頷けるもののように思う。

 

「シーラはいろんなことをようけしっとるヤツやったさかい、ウチらもいろんなことをアイツにおそわっとった。そんで、しぜんとアイツがリーダーになった。」

「ほんとうに、いろいろなことをしっていましたわね。さきほどの、セルリアンのはなしもそうですけど、ボス・・・、ラッキービーストのやくわりとかも、おしえてもらいましたわ。」

「ヒトのことも、シーラにおしえてもらったんだよね。むかしはパークにいっぱいいた、とかいってたけど。」

「ほかにも、ジャパリまんがどうやってつくられてるのか、とか、シーラちゃんにおしえてもらったことは、かぞえるときりがないです。」

 みんな、ヒョウちゃんに続いて口々にシーラさんの思い出話をする。

 みんなの顔はとても穏やかで、なんだか心に温かいものを感じるようなものだった。

 けれど、

「でも、シーラはいなくなったの。あるひ、とつぜん、ね。」

 リエちゃんが淡々とした声でそう言うと、急にみんなの顔が暗くなる。

 

「わたくしたちも、あちこちさがしまわったのですけど、いまも、みつかっていませんの。」

 クロちゃんがおはなしの先を続けると、みんなの表情がますますどんより曇ってしまったのを感じる。

 そんな空気のまま、みんなのおはなしは続く。

「アイツは、リーダーはな。シーラのこと、シーラねえ、シーラねえ、ゆうてしたっててな。どこいくんにもひっついててな。」

「いつもうれしそうにわらっていたのをおぼえています。なのに・・・、」

「シーラがいなくなってからは、メイみたいにずっとないてばっかりになっちゃったのよね。」

「じぶんが、ふがいないばかりに、シーラねえさまがいなくなった・・・、と。」

 クロちゃんはそう言うと、唇を噛むようにしながら目を閉じる。

 まるで、悔しがるようなその仕草。それはたぶん、クロちゃん自身もまた、同じような思いを持っているから、なのだと思う。

 そして、みんなの表情もまた、個性の違いこそあれ、同じようなものだ。

「そんであるひ、きゅうにげんきになったおもうたら、じぶんがリーダーになってシーラをあんしんさせるーて、いいだしたんよ。」

「どうみても、からげんき、なのよね・・・。」

 ヒョウちゃんの言葉にリエちゃんが続き、その後はみんな黙ってしまう。

 そこで、おはなしは終わりみたいだった。

 

 そう、なんだね。

 わたしはそこまで聞いてようやく、どうしてプレッシャーに弱いゴリラちゃんがリーダーをやってるのか、とか、なんでみんながわたしにシーラさんの真似をさせようとしてるのか、とかを理解した。

 ようするに、こういうことだろう。

「みんな、すごく仲がいいんだね。」

 色々なものをまとめてしまったひとことに、みんなはきょとん、とした顔でこちらを見る。わたしはその視線を受け止めながら、言葉を続けた。

「なんていうか、お互いのこと、大事にしてるっていうか。思いやってるっていうか、そんな感じ。」

 それは、とても素敵なことだと思う。

 とまではさすがに気恥ずかしくて言えなかったけど、好意的なニュアンスは伝わったみたいで、暗かったみんなの顔が少し、明るくなるのがわかった。

 

 いちばんわかりやすく表情を変えたのは、やっぱりというか、ヒョウちゃんだった。

 にまにまとした笑みを浮かべながら、

「せやな。うちら、かぞくやからな。」

「かぞく? 別のどうぶつのフレンズなのに?」

 発せられた言葉に、思わず率直な質問を返してしまう。

 ちょっと失礼な質問だったかも、と思ったけど、ヒョウちゃんは気にしてない様子で、にゃははと笑う。

「せやで? あー、なんやゆうたらええかなー、」

「なんとなくうまがあうかんじ、なのよね。」

 詰まった言葉の後をリエちゃんが続けると、ヒョウちゃんはぽんと手を打って、満面の笑みを浮かべた。

「そう、それやそれ! なんやリエー、ウチのことばとったらかなんでー。」

「ぜっったい、おもいついてなかったですよね、あれ・・・。」

「いつものことながら、ヒョウねえさまのしったかぶりは、わかりやすいですわ。」

 かわいらしい知ったかぶりをするヒョウちゃんに、ひそひそと小声でそれを指摘するメイちゃんにクロちゃん。

 さっきまでの暗い雰囲気がウソみたいに感じられるような一幕だ。

 

「でもじっさい、そんなもんちゃうかな?」

 と、区切るように言葉を発したヒョウちゃんの顔は、どこか感慨深げなものだ。

「ウチとクロちゃんかて、おなじとこでうまれたんとちゃうしな。けど、なんかうまがおうた。メイとリエかておんなじ。もちろんリーダーも、シーラもそうや。」

 みんなの顔をひとりひとり見るようにしてから、その先の言葉を続けた。

「そんなんが、ようさんあつまったら、そらもう、かぞくいがいのなんでもないやろ。」

 その表情は、なんというか、とても満ち足りたものだった。

 

 そっか。

 うん、そうだよね。

 かぞく、かぁ。

 

「ヒョウねえさま。それ、シーラねえさまのうけうりでしょう?」

 クロちゃんが呆れたような顔で口を挟むと、ヒョウちゃんはまた、にゃははと笑う。

「せやで? せやけど、それがウチのほんしんや。クロちゃんかておんなじやろ?」

「っ・・・、ま、まあ? そうですわね?」

 にまにまと笑いながら、けれどまじめな声色で返されて、クロちゃんは少しどきっとしちゃったみたい。気恥ずかしいのか、その頬が少し赤くなってるのがわかる。

「お、クロがあかくなってる。ひさしぶりにみたけど、やっぱこういうとこかわいいよね。」

「そうですねぇ。クロちゃん、いつもこうだといいんですけど・・・。」

「お ね え さ ま が た ? ふだんのわたくしに、なにかもんくがおありで?」

「ひっ、なんでもないです・・・、うるうる。」

「ふふ、おこってるクロもかわいいなぁ。」

 静かな迫力を見せるクロちゃんに、涙目で怯えるメイちゃんと動じないリエちゃん。

 

 うーん。この子たちって、やっぱり。

「あはは。みんな、ホントに仲いいね。」

「わふ。すてきなかんけいですぅ。」

 わたしとイエイヌちゃんの言葉に、くびわちゃんもこくこくと頷く。

 ホント、素敵な関係だと思う。

 このかぞくの助けになるなら、わたしはできることを全力でやろう。

 心からそう思えた。

 だから、

 

「ねえ、シーラさんって、どんな子だったの?」

 

 できる限りシーラさんの真似ができるように、ちゃんと聞いておかないと。

 

 ― ― ―

 

 ・・・って、ちゃんと聞いたはずだったんだけど。

 結果は知ってのとおりです。

 ごめんなさい。あたしじゃ、やくぶそく、だったみたい。

 ・・・あれ? やくぶそく、じゃなかったっけ。ちからぶそく?

 まあ、どっちでもいいか。

 ともかく、シーラさん本人を知らないわたしに、その真似なんて最初からムリな話だった、ということだろう。

 けれど、だからと言って、諦めてゴリラちゃんの悩みをそのままにしておく、なんていうことも、それもまたわたしにはムリな話だった。

 

 わたしはゴリラちゃんの言っていたこと、それからヒョウちゃんたちから聞いたシーラさんのひととなりを頭の中で照らし合わせて、自分の中で考えをまとめてから、口を開いた。

「・・・あの、シーラさんって、どんな子だったの?」

 いきなりの質問にゴリラちゃんはきょとん、とした顔だったけれど、

「そうだな・・・、」

 と呟いて、昔を懐かしむような顔になる。その顔はさっきみんなが思い出話をしていたときに浮かべていたものと、まるきり同じもののように感じた。

「シーラねえは・・・、すごくあたまがよくてな。いろんなどうぐをつかったり、なおしたりできたんだ。」

「そうなの? すっごいね! ボスみたい!」

「ああ、そうだ。たしかにラッキービーストみたいに、いろいろなことができた。」

 ゴリラちゃんはうんうんと頷きながら思い出話を続ける。

 

「ひろばに、イスがあっただろう。」

「うん。ゴリラちゃんがすわってたやつだよね?」

「ああ。あれもシーラねえがつくったものでな。みんなのためにつくったんだが、しっぽのみじかいフレンズしかすわれなくてな。けっきょく、わたしとシーラねえしかすわれないんだ。」

「あはは。リエちゃんたちとか、しっぽすっごいおっきいもんね。」

「ああ。でもリエねえもメイも、かわでおよいでることがおおいし、ヒョウねえもクロも、きにのぼってることがおおい。それに、シーラねえもあんまりじっとしてないフレンズだったから、もとよりつかうのはわたしくらいだったんだけどね。」

「そっか。ならそれって、はじめからゴリラちゃんにあげるつもり、だったんじゃないの?」

「うーん、そうかな? そうなのかも、しれないね。」

 おはなしを続けているうちに、ゴリラちゃんの表情や口調がなんだか柔らかくなってきたのを感じる。

 ヒョウちゃんも言ってたけど、ホントにシーラさんのこと、好きだったんだなぁ。

 

 ゴリラちゃんの緊張がほどけてきたのを見計らい、わたしは本題に移ることにした。

「でも、そんなにいろいろできるなら、きっとすっごい頼りになるリーダーだったんだね。」

 わたしがそう言うと、ゴリラちゃんは「うーん、」と唸り、ちょっと苦笑交じりの顔で答えてくれる。

「そうでもないよ? シーラねえはいろんなことをしりたがるから、ひとりでかってにあっちこっちにでかけちゃって、みんなにおこられたりしてた。」

「心配させるな、って?」

「そうなの。ほんとうに、いっつもみんなにしんぱいされて・・・、」

 そこまで言って、ゴリラちゃんはハッとした顔をする。

 どう、かな。

 言いたいことは、うまく伝わっただろうか。

 

 あらためて、わたしは口を開き、自分の気持ちを口にした。

「ねえ、ゴリラちゃん、心配されるリーダーって、あたし、わるいことじゃないと思う。それって、それだけみんなに好かれてる、ってこと、なんじゃないかな。」

「・・・ありがとう。ほんとうにきみは、やさしいな。」

 ゴリラちゃんは優しげな笑みを浮かべて、そんな言葉をかけてくれる。

 けれど、すぐにその笑みは消えて、次にその顔に浮かんだのは、すごく真剣な表情だった。

 真剣・・・、というか、どう表現するのが正しいだろう。

 たぶん、思いつめた表情、というのが、いちばん近いかもしれない。

 

「それでも、わたしはリーダーとして、めざすじぶんをまげるわけには、いかないんだ。」

 

 そして、その表情のまま、ゴリラちゃんはそう言った。

 

 ― ― ―

 

「そっかぁ。ダメやったかぁ。」

 ゴリラちゃんのところから戻ってきて、いちぶしじゅうを説明すると、ヒョウちゃんが残念そうな顔で言った。

「うん。ごめんね。あたしじゃ、上手くできなかったみたいで・・・。」

「きにせんでええよ。もとよりさくせんがアカンかっただけやし。まったく、だれや。あんないきあたりばったりなさくせん、かんがえたんは。」

「ヒョウねえさま。ごじぶんのむねにきいてみては?」

「ウチのむねに? おーい! そだっとるかー!」

「そういうことではなく。」

 ヒョウちゃんとクロちゃんは相変わらずぽんぽんと会話をするのだけど、その表情はやっぱり、どことなく暗い。

 見ると、リエちゃんもメイちゃんも、おんなじだった。

 

 落ち込んでしまっているみんなを見ていると、すごく、悲しい気持ちになる。

 ゴリラちゃんも、みんなも、

 お互いがお互いのことを思っているはずなのに、すれ違っている感じ。

 そのことをあらためて認識すると、胸の奥になんだかもやもやしたものが生まれたような気がした。

 なんだろう、この感じ。

 ただ、みんなが落ち込んでいるのが悲しい、というだけじゃなくて、

 胸が締め付けられるというか、何か、大切なことを忘れているような気分というか。

 あたしは、こんな光景を、どこかで・・・、

 

 記憶をなくしたわたしには、それが何だったのか、まるでわからない。

 大切なことだったと思うけど、でも、それを思い出せるようになるには、まだ時間が必要みたいだ。

 なら、とりあえずはさて置こう。もやもやが残っているのは気持ちが悪いけど、でも、今は自分のことなんか、どうでもいい。

 今、わたしがやることは、ううん。

 あたしがやりたいことは、もう決まっている。

「あの、お願いがあるんだけど。」

 ただよわせていた視線をみんなの方に向けて、わたしはそのお願いを口にした。

 

「みんなが最後にシーラさんを見た場所に、連れてってもらえないかな?」

 

 ― ― ―

 

 こうやちほーは今まであまり来る機会のなかった場所だ。

 今ボクが生活の拠点にしている場所からだと、みつりんをぐるっと迂回しないといけない、というのもあって、遠出をするときに通り過ぎさえしても、立ち寄ることはあまりなかった。

 なのにどうして今日ここに来ているか、と言えば、とあるふたりのフレンズさんたちと待ち合わせをしているからだった。

「・・・って、そんなかんじだったかしら。」

「ありがとうございます。とても参考になりました。」

 今はふたりを待ちながら、こうやで出会った別のフレンズさん、チーターさんというのだけど、彼女から昨日ここであった話を聞いていたところだ。

 簡単な話はラッキーさんを通じて報告を聞いているけれど、詳しい話を当事者である彼女から聞いておきたかった。

 

「話は済んだのか?」

 と、バスの方から声が聞こえてくる。彼女はボクの知り合いのフレンズで、今は一緒に行動している。

「すみません。少しでも情報を、と思いまして。」

「いや、いい。キミの目的は私も理解している。優先すべきはそちらだろう。」

 バスの運転席に乗り込んで、ボクは右手首に巻いた腕時計のようなもの、ラッキーさんに話しかける。

「ラッキーさん。ふたりは湖の方みたい。そっちまで迎えに行きたいんだけど、運転おねがいできるかな。」

「ワカッタヨ。ミズウミマデ、ダネ。」

 ラッキーさんはぴこぴこと音を出しながら答えてくれた。

 見た目は腕時計みたいだけど、この子は、ボクの大切な友だちだ。

 

「それじゃ、チーターさん。ボクたちはこれで。ありがとうございました。」

「はいはーい! きをつけてね! あ! あと、どこかでロードランナーっていう、くちのわるいとりのフレンズにあったら、がんばるのよって、つたえてね!」

「はい。わかりました。それでは。」

 バスを発車させると、聞きなれたエンジン音と振動が伝わってくる。

 思えばこのバスとも、だいぶ長く一緒にいるんだよね。

 ラッキーさんと一緒にまめに整備や修理はしているから、今のところ動かなくなっちゃうようなこともないけど。

 それでも、いつかはお別れをしないといけなくなるだろう。

 そのとき、ボクはまた、泣いてしまうかも知れない、かな。

 

 少し感傷的な気分になっていると、バスの進行方向からさんにんのフレンズさんたちが歩いてくるのが見えた。

 ひとりは知らないフレンズさんだけど、残るふたりはボクが待ち合わせをしていたフレンズさんだった。

「センちゃん、なんであそこでみをのりだしちゃうかなー。うみでおちちゃったこと、わすれてないでしょー?」

「だって! かべがひかってるんですよ!? きになるじゃないですか!」

「まあまあ。こんかいはざんねんだったけど、またこんど、さいごまでのろうじゃないか。」

 さんにんは何故かびしょ濡れで、楽しそうに笑っている。湖に行っているという話だったから、ひょっとしたら水浴びでもしたのかも。

 

 と、こちらに気づいたのか、さんにんは立ち止まる。ボクはバスをさんにんの横にゆっくり停めて、運転席から降りる。

「オオセンザンコウさん、オオアルマジロさん。お久しぶりです。」

「これはこれはいらいぬしさん! おひさしぶりです!」

「ひさしぶりー。げんきだったー?」

「ええ。おかげさまで。」

 待ち合わせをしていた筈なのに何故か驚いているのがオオセンザンコウさんで、のほほんと話しかけてくるのがオオアルマジロさんだ。

 普段報告をしてくれるのも、待ち合わせを伝えたのも、オオアルマジロさんの方だから、多分、オオセンザンコウさんにそれを伝えてなかったんだろう。

 今朝がたの連絡で、今はお昼だから、そういうこともあるかな。

 ひょっとすると、わざと伝えてなかった可能性もあるけど。

 ふたりはボクの友だちのフレンズさんたちにとても良く似てて、明後日の方向に全力疾走するひとりを、もうひとりが上手にフォローする、という関係だから。

 

「それで、ほんじつはどのようなごようじで?」

「ええと、それなんですけど・・・、」

 オオセンザンコウさんの問いかけに、ボクは今日ここに来た用事を伝えた。

 依頼は、ここで終わりということを。

 

 ― ― ―

 

 詳しい話をする前に、はじめて会うフレンズさんと軽く自己紹介をしあった。

 彼女はプロングホーンさんといって、このこうやを縄張りにしているらしい。

 挨拶ついでに軽く話をしたのだけど、彼女もまた、

「どこかでロードランナーという、くちのわるいとりのフレンズにあったら、あんまりむちゃはするなよ、とつたえてやってくれ。」

 なんてことを言っていた。

 チーターさんも同じことを言ってたけど、そのロードランナーさんは、そんなに口が悪いのかな?

 それに、ふたりにとっても大切に思われてるみたいだね。

 勿論、プロングホーンさんのお願いは了承した。

 それから、オオセンザンコウさんとオオアルマジロさんに正式に依頼を終了する旨を伝え、依頼料のジャパリまん30個は全て支払うことと、その受け渡しについての取り決めをした。

 

「たのしいたびだったねー。」

「・・・、なにやらふにおちませんが、いらいぬしがおわりというなら、したがうまでです。」

 オオアルマジロさんは相変わらずのほほんとしてたけど、オオセンザンコウさんは言葉通りに腑に落ちない表情をしていた。

「それじゃあ、ボクたちはこれで。」

 さんにんのフレンズさんたちに手を振りながら、ラッキーさんにお願いしてバスを発車させる。このままみつりんの方へ向かうつもりだった。

「楽しい旅・・・か、」

 ふと、オオアルマジロさんの言葉が引っ掛かり、声に出してしまう。

「みんな、元気にしてるかなぁ。」

 鼻の奥がツンとするような感覚がして、少しの間だけ、目を閉じた。

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~イリエワニ~

 

 リエちゃんはワニ目クロコダイル科クロコダイル属のはちゅー類、イリエワニのフレンズだよ!

 イリエワニはその名前のとおり、入り江とかの海水と淡水が混ざってるようなところに住んでるんだよ!

 ワニの仲間は基本的に川とか湖とか、淡水の水辺に住んでるんだけど、イリエワニは海水も平気で、海流に乗って沖合に出たりもするみたいだね!

 

 イリエワニは、はちゅー類の中でいちばん大きい体をしていて、成体で全長4メートル、大きい個体は7メートルにもなるんだって!

 あたしがよにんぶん以上、ってことだよね? すっごい!

 泳ぎもすごく得意みたい! 筋肉のカタマリみたいな太いしっぽをくねらせて、猛スピードで水の中を泳ぎ回るよ!

 大きくて重い体なのに、泳いだ勢いでイルカみたいに水面から飛び上がることだってできるんだって! すごいよね!

 

 尻尾のちからだけじゃなくて、アゴのちからもすっごいんだよ!

 イリエワニの噛むちからは陸上の生物の中でもいちばん強いって言われていて、犬歯のあたりで1へいほーセンチあたり7トン、奥歯のあたりだと12トンにもなるんだって!

 とんでもないよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 ぎらぎらした日差しが照り付ける荒野を、

 ふたりのフレンズさんたちが歩いていました。

 

「ねー、センちゃん。」

「なんですか? アルマーさん。」

「かってにあとをおいかけたりしてー、だいじょうぶー?」

 

 ふたりはさっき別れたばかりの依頼主さんを追いかけてるみたい。

 勝手なことして大丈夫?

 怒られたり、しないかしら。

 

「だいじょうぶですよ。わたしたちはいま、きろについているだけです。そのほうこうがたまたま、いらいぬしのむかうさきと、おなじであるだけですよ。」

「そっかー。でも、わたしたちのじむしょはー、ぎゃくほうこうだけどねー。」

「・・・っ、こ、こまかいことはいいんです! とにかく! こんな、ちゅうとはんぱなおわりかたは、たんていのながすたります!」

「あはは、ほらー、やっぱりおいかけるんじゃーん。」

 

 あらあら。

 センちゃんったら、案外ちゃっかりしてるのね?

 アルマーちゃんもにこにこ笑って、お茶目さんなんだから。

 

「まー、いいさー。わたしはセンちゃんにつきあうよー。」

「と、とうぜんです! ゆうしゅうなたんていには、ゆうしゅうなじょしゅが、つきものですから!」

「あははー、ほめられたー。わーい。」

「もう・・・、くすくす・・・。」

 

 うふふ。よかった。

 やっぱりふたりとも楽しそう。

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 

 



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けものフレンズR くびわちほー 第06話「かぞくのきずな(後編)」アバン・Aパート

 ヒョウちゃんたちの案内で辿り着いたのは、広場からだいぶ離れたところだった。

 ここまで歩いてきた道もうっそうとした様子だったけれど、ちょうどそれが途切れたかと思うと、ごつごつした岩肌が見えている山のふもとに出た。

 密に生えた草木はその枝葉を山の方までは伸ばしておらず、その間には少しだけひらけた場所があった。ひょっとしたら、この辺りがとなりのちほーとのさかい目なのかもしれない。

「ここが・・・、」

「せやで。」

 思わず呟いた声にヒョウちゃんが反応する。

 そのひらけた場所には、明らかに人工物と思われるものがいくつも置かれていた。

 立てられた金網だったり、整えられた木材だったり、重機だったり。

 それから、わたしやフレンズさんのふたりかさんにんぶん、くらいの大きな穴が地面に空いていたり、山肌に大きく崩れたようなところがあったりと、

「ここが、ウチらがシーラをさいごにみたばしょや。」

 まるで建築現場のようなその場所が、シーラさんを見た最後の場所、であるらしかった。

 

 リエちゃんとメイちゃんはゴリラちゃんのフォローに行ってくるとのことで、ここまで案内してくれたのはヒョウちゃんとクロちゃんのふたりだ。

「ここって、どういう場所なの?」

 わたしは先を行くヒョウちゃんたちの背中に声をかける。ヒョウちゃんは頭の後ろで手を組みながら振り返った。

「わからん。シーラは『いせき』やゆうとったわ。」

「遺跡? それって、ヒトの、ってこと?」

「たぶんな。ウチらもくわしいはなしはきいてへんから、わかれへんけど。」

 ヒョウちゃんは苦笑交じりの顔で続ける。

「シーラはおもろそうなもんみつけると、ぜったいにひとりでしらべるんよ。ウチらにてつだわせゆうても、きくみみもたん。んで、ひとりでしらべおわったら、ウチらをあつめてとくいげにせつめいしだす。それがいつものパターンやね。」

「シーラねえさまは、いぜんからこのばしょをきにかけていたのですけど、ながいこと、なにもわからないままみたいでしたの。」

 ヒョウちゃんに続いてクロちゃんが口を開く。

「それが、このあいだのサンドスターのふんかのときから、ちょうさにしんてん、がでたとかで、それからは、ほとんどこのばしょにいりびたるようにしていましたわね。」

 

 うーん。

 見た感じ、何かを建設しようとしていた場所だということはわかるのだけど、それとシーラさんが行方不明になった事実が、どう繋がるんだろう。

 ええと、こういう場合、考え方を変えた方がいいかも。

 この場所自体、というよりも、ここを調べていたというシーラさんの行動から、何かわかることはないかな?

「シーラさんはここに入り浸って、何をしてたの?」

「うーん、せやなぁ。」

 呟くように答えると、ヒョウちゃんは辺りを見回すようにして、

「なんやら、あっちのやまのほうをいろいろしらべたり、してたようにおもうわ。」

「それから、いちごうくん、をよくつれてきていましたわね。」

「1号くん?」

 オウム返しに聞き返すと、クロちゃんは「ええ。」と短く答え、それから説明をしてくれた。

 

「おおきなからだをしていて、シーラねえさまのめいれいでいろいろなことができるのですけど、むかし、シーラねえさまがつくった、ろぼっと?とかいうもの、らしいですわ?」

「ええ!? ロボット!?」

 その説明に思わず声が大きくなる。

 じぶんでロボットを作るなんて、わたしにはもちろんムリだし、ヒトにも難しいことなのに、そんなことができるだなんて・・・。

「せいしきめいしょうは、なっくるうぉーくん1ごう、やったかな? ウチがシーラと、でおうたときには、すでにつれとったな。」

「へえー、シーラさんって、ホントにすごいフレンズなんだね。」

 本当に、とっても頭のいいフレンズさん、であるらしかった。

 

 そんな頭のいいフレンズさんがいなくなったことと、その直前まで調べていたこの場所は、やっぱり何か関係があるように思う。

 だとすると、やっぱりここで何をしていたかがもう少し詳しくわかれば、シーラさんの行き先について、手掛かりがつかめるんじゃないだろうか。

 そう思い、ふたりに質問を投げてみる。

「その、1号くんって、今はどこにいるの? 今まで通ってきた場所にはいなかったと思うけど・・・。」

「それが、シーラねえさまといっしょに、いなくなってしまったのですわ。」

「せやね。ふしぎなはなしやけど。」

「不思議? どうして? シーラさんと一緒にどこかにいった、ってことなんじゃないの?」

 頭に浮かんだ疑問をそのまま投げかけてみると、ヒョウちゃんは「んー、」と考えるようにして、

「1ごうはずうたいがでかいぶん、うごきがのろくてな。さすがになわばりからでていこうとしてたら、ウチらのだれかがきづくおもうわ。」

「なるほど・・・。」

 

 少なくとも、その1号くんと一緒に、感覚に優れたフレンズさんのおめめをかいくぐって、なわばりの外に出ていくのは難しいみたいだね。

 であれば、いなくなったその日も、シーラさんは1号くんと一緒にこの場所にいた可能性が高いだろう。

 となると、やっぱりシーラさんがここで何をしていたのか、それを理解することが、第一歩のような気がする。

「シーラさんは1号くんをここに連れてきて、何をさせてたのかな? あと、いなくなった日のこととか、何か、覚えてること、ない?」

 わたしが再度質問を投げかけると、ヒョウちゃんはしばらく思い出すように空を仰いで、それから口を開いた。

 

「せやなぁ・・・、おらんくなるちょっとまえから、なんやら1ごうに、つちをようさんあつめさせとったね。そのあたりのじめん、でっかいあな、あいとるやろ?」

 ヒョウちゃんが指さした先は、さっき見た大きな穴のところだった。

 さっきは建設現場だし穴くらい空いているものかなと思ったけど、なるほど、あれはシーラさんが空けた穴だったみたい。

「いなくなったひ、のことといえば・・・、」

 と、次はクロちゃんが声を発する。

「なにか、どーん、と、すごくおおきなおとがしたのをおぼえています。また、サンドスターのふんかがおきたのかとおもったくらい、でしたわね。」

 どーんという、大きな音、かぁ。

 建築現場でする大きな音って言うと、重機だったり、ボーリングマシンだったりの立てる音なんかが思い当たるけど、少なくとも後者は見当たらないし、前者も土埃が運転席をすっかり覆っていて、誰かが使ったような形跡はない。

 だとしたら・・・、なんだろ。

 

 少しでも手掛かりがないか辺りを見渡していると、となりにいるイエイヌちゃんの顔色があまり良くないことに気づいた。

「イエイヌちゃん、どうしたの? お腹いたいの?」

「いえ、たいちょうがわるいとかでは、ないのですが・・・。さきほどから、すごくイヤなにおいがしていて・・・、」

「イヤな臭い?」

 それって、あたしのあせのにおい、とかじゃないよね・・・?

 こうやで水浴びできなかったから、そうげんで目覚めてからずっと着のみ着のままだし、さすがに自分でも気になってきたくらいなんだけど・・・。

 なんてことを思ったのだけど、取り越し苦労だったみたい。

「くぅん。あちらのほうから、においます。きけんなかんじのにおい、というか、きなくさいにおい、なのですけれど。」

 きな臭い・・・、

 えっと、それって、ひょっとして。

 

 ふと、わたしの頭にある考えが浮かんだ。

 ここは山のふもとにある建築現場だし、ひょっとしたらそういうモノも、あるかもしれない。

 でも、

 その考えが正しいとしたら・・・。

 

 ぶんぶん、とかぶりを振る。

 まだ、そうだと決まったわけじゃない。

 なら、せめてその真偽だけでも、確かめないと。

 わたしは険しい表情をするイエイヌちゃんの手を取って、その顔を覗き込みながら言った。

「イエイヌちゃん。その匂いの元まで、案内してくれる?」

 イエイヌちゃんは少し困ったような顔をしたけれど、こくり、頷いてくれた。

 

 ― ― ―

 

 ちょっと待ってて、とみんなに伝えて、イエイヌちゃんの案内で辿り着いたのは、建築現場で使用するのだろう、いろんな資材が置かれている一画だった。

 整理されて置かれた資材をひとつひとつ確認していくと、わたしが予想した通りのものが、びっしり詰まった箱を見つけてしまった。

 ああ・・・、やっぱり。

 わたしは自分の予想が合ってしまっていたことに顔をしかめながら、箱を見る。

 箱の側面には、文字とか絵が入っているひし形の模様が、オレンジ色の塗料で描かれている。

 そして、中身をよくよく見ると、いくつか使われたのだろうか、少しだけスキマが空いていることに気づいた。

「ともえちゃん。それです。その、ぼうみたいなものから、イヤなにおいがします。」

「ありがと、イエイヌちゃん。もう大丈夫だよ。みんなのとこに戻ろう。」

 これ以上イエイヌちゃんに嫌な思いをさせたくないし、すぐにその場を離れることにする。

 本当にわたしは、いつもイエイヌちゃんに助けられてばかりだ。

 

 みんなのところに戻るわたしたちの表情は、たぶん暗いものだったと思う。

 イヤな匂いを近くで嗅いでしまったイエイヌちゃんと、当たってほしくない予想が、当たってしまったわたし。

 そんな様子だからか、戻ってきたわたしたちを見るヒョウちゃんの表情は、とても心配そうなものだった。

「なあ、ともえ。」

 ヒョウちゃんはすごく真面目な顔をして、かけた言葉の先を続ける。

「あんたのきもちはうれしいけど、これいじょうしらべても、しゃーないおもうわ。」

 ゆっくりと首を横に振りながら、ひとり言のように呟く。

「シーラはいろんなもんしりたがるやつやったさかい、なんやおもろいもんでもみつけて、ふらふらどっかいってまったんかもしれんし。」

 そして、とてもつらそうに、ぎゅっと目を閉じる。

「・・・どこぞで、セルリアンにでもくわれたんかもしれん。せやから、もうええねん。」

 まるで覚悟を決めたかのような言葉だけれど、ヒョウちゃんの唇は、少し震えていた。

 

 真っ先に反応したのはクロちゃんだった。

「ねえさま! それはありえませんとわたくしはなんども・・・!」

 その声は怒っているような、すごく心配しているような、どっちもが混じっているものだ。

 ヒョウちゃんはきっと、そんな声色の意味を痛いほどに理解しているのだろう。目を細めながら、言葉を返す。

「せやな。このなわばりんなかで、ウチらにきづかれずにシーラをいてこます、なんてのは、いくらなんでもむりやろな。」

「でしたら、」

「せやけど、アイツがじぶんでなわばりをでたんなら、そのさきはウチらにもわからん。」

「それは・・・、そうかも、しれませんけど・・・。でも・・・!」

 淡々とした口調で返されて、クロちゃんは泣きそうな顔で押し黙ってしまった。

 

 なんとなくわかる気がする。

 ヒョウちゃんがそんな口調で話しているのは、きっと、これ以上の心配をさせないためだ。

 クロちゃんはもちろん、あたしたちにも。

 みんなに心配をさせないために、さも仕方のないことのように装っている。

 本当は、ヒョウちゃんだって、とってもつらい筈なのに・・・。

 けれどそれが、ヒョウちゃんの覚悟なのかもしれない。

 その握りしめた拳が、ふるふると震えているのを見て、わたしもまた覚悟を決める。

 わたしなりに考えた、真実を話す覚悟を。

 

「ヒョウちゃん。それは違うよ。」

 わたしが口を開くと、ヒョウちゃんの視線がこちらに向く。その視線をまっすぐに捉えながら、わたしはおはなしを続ける。

「自分で言ってたでしょ? 1号くんが一緒にいたなら、誰かが気づくって。」

「それは、そうやけど・・・、」

 そう。ヒョウちゃんは言っていた。

 1号くんと一緒になわばりを出ようとしたら、誰かが気づくと。

「シーラさんがいなくなったとき、誰もそれに気づかなかった。それはつまり、可能性がふたつに絞られるということだよね。」

 指を2本立てながら、わたしはその先を続ける。

「ひとつは、1号くんを置いて、シーラさんひとりでなわばりを出たという可能性。でも、そうだとしたら、1号くんがなわばりのどこかに居ないとおかしいんだ。だから、その可能性はないと思う。」

 立てていた指の1本を下ろし、人差し指だけを残しながら、わたしは言った。

 

「そしてもうひとつは、シーラさんがなわばりを出ていない可能性、だよ。」

 

「なわばりを・・・、でてへん?」

 ヒョウちゃんがわけのわからないという表情で、こちらを見る。

「なんやそれ。どういうこっちゃ。それこそ、ありえへんやろ。」

「そうですわ。げんにシーラねえさまは、このみつりんのどこにもいないのですよ?」

 クロちゃんもまた、怪訝そうな顔でこっちを見る。

 たしかに、クロちゃんの言うことももっともなんだけど、でも、これ以外に全てのつじつまが合う答えはない、と思う。

「みんなが知らない場所にいるんだよ。だから、見つけられなかったんだと思う。」

 わたしがそう言うと、ヒョウちゃんは呆れたような顔をして、

「あんたなぁ。ウチらがどんだけながいこと、ここにおるおもてんねん。このみつりんでウチらのしらんばしょなんぞ、」

「『いせき』・・・、ですか?」

 ハッとした表情で、呟くように言ったのはクロちゃんだ。

 わたしはこくり、首を縦に振る。

 

「シーラさんは面白そうなものを調べるときは、ひとりで調べるんだよね? 調べ終わるまでは手伝わせてもくれない。そして、この場所はまだ調べてる途中だった。」

 つけ加えると、シーラさんがいなくなる直前までいたのも、この場所だ。

 それはつまり、シーラさんはこの『いせき』のどこかにいるということ。

「いやいやいや、それはおかしい。げんにここにはだーれもおらんやん。シーラのにおいもせーへんし、かくれられるようなばしょもないやん。」

 そんなわたしの考えは口にしなくとも伝わったのか、ヒョウちゃんは手をぱたぱたと振りながら否定する。

「シーラねえさまは、つちをあつめていましたわ。つちのなかなら、においももれないし、みつからない。つまりそういうこと・・・、ですの?」

 口元に手を当てながら考えるようにしていたクロちゃんは、すごく深刻そうな顔で言う。

 その表情から、言外に言い含めたことがわかる。

 ヒョウちゃんもそれに気づいたのか、とても不安そうな顔でわたしの答えを待っていた。

 

「はんぶん当たり・・・、かな。」

「そんな・・・!」

 それはたぶん、ヒョウちゃんがさっき話していたようなことよりも、ひょっとしたら残酷な出来事かもしれなくて。

 ふたりにそれを突き付けるようなことを平気で行っているあたしは、とても残酷なヒトなのだと思う。

 こんな場面で、ここまで冷静でいられることに自分でも驚くけれど。

 でも、その方がいい。

 つらいのは、ふたりや、みんななのだから。

 今は、あたしがうろたえていい場面じゃない。

 真実を伝える役を、ちゃんと演じないと。

 

 このままみんなが、シーラさんを見つけられないままでいるのは、

 何よりも、シーラさんがかわいそうだ。

 

「ふたりとも、ついてきて。さっきわかったんだ。シーラさんが、どこにいるのか。」

 

 ― ― ―

 

 けものフレンズR くびわちほー 第06話「かぞくのきずな(後編)」

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~メガネカイマン~

 

 メイちゃんはワニ目アリゲーター科カイマン属のはちゅー類、メガネカイマンのフレンズだよ!

 メガネカイマンっていう名前は、目の間の骨が盛り上がっていてまるでメガネをかけてるみたいに見えるからつけられたんだよ!

 メガネカイマンは川とかに住むことが多いんだけど、イリエワニと同じで海水が入り混じった、きすいいきに住むこともあるんだって!

 やっぱり姉妹、だよね!

 

 体はイリエワニほど大きくなくて、大きい個体でも全長2メートル50センチくらい、みたい。それでもじゅうぶんおっきいよね!

 卵を産むときには大きな塚みたいな巣を作るよ! 落ち葉とか木の枝を泥に混ぜて作るんだけど、その内に葉っぱや枝が発酵して、そのときの熱で卵をあたためるんだって!

 頭いいよね! やっぱり、メガネかけてるからかな?

 

 メガネカイマンを映した写真で、すっごく素敵な写真があるんだけど、チョウとハチがメガネカイマンの涙をすすってるところを撮ったものなの!

 虫さんにとって動物の涙に含まれてる塩分とかミネラルはすごく貴重みたいで、飲もうと近寄ることも多いんだけど、大抵の動物は嫌がって逃げちゃうみたい。

 でも、ワニはそういうのぜんぜん気にしなくて、嫌がって暴れたりもしないみたいだよ!

 ふところがおっきいよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

「シーラねえがみつかったというのはほんとうか!?」

 息を切らせて駆け込んできたゴリラちゃんは、開口一番、弾むような声でそう言った。

 その勢いに気おされながら、けれど、なるべく声のトーンを落とすようにして答える。

「うん。これからみんなで、と思って。」

「そうか! ありがとうともえさん! きみはおんじんだ!」

 ゴリラちゃんはそう言うと、両手でわたしの手を握り、ぶんぶんと振る。

 この様子だと、ヒョウちゃんもクロちゃんも、ゴリラちゃんたちにはまだちゃんと話せてないみたいだった。

 その表情はとても嬉しそうで、とても居たたまれない気分になる。

 わたしはこれから、その表情を失わせるような真実を伝えなくてはいけない。

 それがとてもつらくて、今にも倒れそうなほどだ。

 でも、このまま何もしないでいることは、あたしにはできない。

 

「ったく、おそいぞおまえら! やっとシーラねえがみつかったというのに!」

「はぁ、はぁ、リーダーが、はやすぎるんですよぉ・・・。」

「ホント、シーラがみつかったからって、はりきりすぎよね。」

「ハハ、せやな・・・。」

「そうですわね・・・。」

 にこにこと嬉しそうなさんにんに対して、ヒョウちゃんとクロちゃんの表情はとても暗い。

「どうしたの? ふたりとも、かおいろわるいけど。」

「・・・なんでもあらへん。」

 ヒョウちゃんの元気のない返しに、リエちゃんはしばらく不思議そうな顔をしていたけれど、

「うん。わかったよ。」

 とだけ言うと、ふたりのところを離れる。そしてそのままこっちに近づいてきて、こっそり耳打ちをしてきた。

「ふたりのあのかんじ。そういうことよね?」

 全てを察したようなその言葉にびっくりして、思わずその顔をまじまじ見てしまう。

「あたしは、かくごしてたからさ。ありがとう。つらいやくをおしつけて、ごめんね?」

 ぽん、と肩を叩かれたかと思うと、リエちゃんはそのまま何事もなかったかのようにわたしのところを離れ、メイちゃんのとなりに戻った。

 そんな、ひとことふたことくらいのねぎらいの言葉だったけれど、肩にのしかかっていた重荷がだいぶ軽くなったように思う。

 リエちゃんは、見た目以上におとなで、カッコイイ子だった。

 

「それで、シーラねえはどこにいるんだ? この『いせき』のどこかにいるんだろう?」

 ゴリラちゃんは待ちきれない様子で、その場で足踏みをしている。わたしはそんなゴリラちゃんに背を向けながら、

「うん。ついてきて。」

 と言って歩き出す。

 わたしのとなりには、イエイヌちゃんとくびわちゃん。ふたりとも心配そうな顔でわたしの様子を伺っていた。

 だいじょうぶだよ。ふたりとも。

 リエちゃんにも励ましてもらったし。

 あたし、ちゃんとやるから。

 

「それにしてもシーラねえはこんなとこにかくれて、なにをしてたんだろうな。」

「いつものようにごはんもわすれて、ちょうさにぼっとう、してたのではないでしょうか?」

 後ろからゴリラちゃんとメイちゃんの声が聞こえてきたけど、わたしたちは無言のまま歩く。

 目指すのは山の裾、さっきまで山肌に大きく崩れたような跡があった場所だ。

 今はそこには、ぽっかりと大きな穴が空いている。洞窟の入り口のようなそこは、ゴリラちゃんたちを呼びに行く前に、みんなで掘ったところだ。

 いつもなら楽し気に穴掘りに興じていただろうイエイヌちゃんも、そのときばかりは沈痛な面持ちで、黙って穴を掘っていた。

「ここに、はいるのか?」

「そうだよ。明かりはあるけど、暗いから気をつけてね。」

「ああ、わかった。きをつけよう。」

「あと、ここからは静かにね。おねがい。」

「うん? ううん。よくわからんが、わかった。おんじんのきみがいうんだ。そうしよう。」

 ゴリラちゃんの言う、おんじん、という言葉が胸に刺さる。

 わたしは、そんなものでは、けっしてないというのに。

 

 中はこうやの地下水脈と同じように、ところどころ明かりが設置されていて、夜目が効かないわたしでも歩ける程度の明るさはあった。

 おそらくは、ここも何かのアトラクションを建設中だったのだと思う。建設中のまま遺棄されて、それをシーラさんが『いせき』として調べていたんだろう。

 入り口が埋まっていたのは、たぶん、シーラさんが埋めたのだ。

 埋めた理由は、この洞窟の続く先にある。

「ここだよ。」

 道中無言のまま歩いて辿り着いたのは、まだまだ洞窟の途中と思えるような、これまで通ってきたところとほとんど変わらない場所だった。

 違う点を挙げるとすれば、奥の方に大きなロボットが、まるで通せんぼをするかのように向こうを向いて立っていること、ロボットとは別に、サッカーボールみたいな形の機械が地面に転がっていること、それから、

 

 その機械の傍らに、シーラさんのものらしき白衣と眼鏡が、無造作に置かれていること。

 

「な、なあ。これって・・・、」

「ゴリラちゃん。おちついて聞いてね。」

 白衣と眼鏡を視界に収め、明らかに挙動不審になったゴリラちゃんに、わたしは話しかける。

 思わず声が震えそうになるけど、なんとか平静を装った声を絞り出せた。

「あたしたちがさっき来たとき、この洞窟の入り口は埋まってたの。きっと、シーラさんが埋めたんだと思う。その理由は、この先にあるんだ。」

 奥の方で通せんぼをしている1号くんを指さして、

「あそこに、ロボットがいるよね。1号くん、だったかな。あの子の立ってる場所から少し先に、大きな空洞があるんだけど、」

 大きな声にならないように注意しながら、わたしは言葉を続けた。

「そこに、大きなセルリアンが、たくさんいるの。」

 

「せるりあん・・・?」

 ゴリラちゃんはわたしの話に、わけがわからないという表情を向ける。

「えっと、まって・・・? これ、シーラねえのだよね? いりぐちがうまってたって、どういうこと? たくさんのセルリアンって、なんなの・・・?」

 ゴリラちゃんの泣きそうな顔をまっすぐに受け止めながら、わたしは説明を続ける。

「外にね、爆薬っていう、ヒトが作った道具があったんだ。すごく大きな衝撃を出す道具で、穴を掘ったり、埋めたりできるんだけど、巻き込まれたら大ケガしちゃうような、すごく危険なものなの。」

 資材が置かれていた一画にあった、あの箱。側面にオレンジ色をしたひし形のマークが描かれている箱の中には、筒状の爆薬が詰まっていた。

 そして、それはいくつか使われた形跡があった。

「シーラさんはこの『いせき』を調査していて、セルリアンを見つけたんだと思う。だから土を集めて、この洞窟を埋めようとした。でも、その途中でセルリアンに気づかれて、爆薬を使って、急いでここを埋めたんだ。」

 シーラさんは色んな道具を作れたり、使ったりできるフレンズだと言っていた。1号くんみたいなロボットを作れるぐらいなんだから、爆薬を使うことだってできただろう。

 でも、たぶん、そのときに、

「たぶん、そのとき、巻き込まれちゃって、シーラさんは・・・、」

 言いよどんでしまった言葉の先は、どうしても続けることができなかった。

 

 わたしの説明を聞いて、ゴリラちゃんの顔から表情が失われる。

 目に光がなくなって、まるで夢でも見ているかのように、視線をさ迷わせる。

 そして、ふらふらと歩き出したかと思うと、遺された白衣と眼鏡の前で立ち止まり、がくりと膝をついた。

 ヒョウちゃんたちがあわてて駆けよるんだけれど、視界には入らない様子で、黙ったまま白衣と眼鏡を持ち上げると、そのまま両手で抱きしめた。

「ひょっとしたら、そうなのかもって、おもってたんだ・・・。」

 ひとりごとのように、ぽつりと。

 ゴリラちゃんは消えりそうな声で呟く。

「シーラねえは、かってにいなくなることはあったけど、こんなにながく、いなくなることはなかったから・・・、だから、そうなのかも、って・・・、でも・・・!」

 ぎゅっ、と。

 白衣を抱きしめる腕に力がこもる。

 その背中は小さく震えていて、まるで迷子の子供のようだ。

 

「どうして!? なんで!? なんでいってくれなかったの!? みんなでたちむかえば! ううん! みんなでにげることだってできたはずなのに!」

 その問いに答えてくれるシーラさんは、もういない。

 それはきっと、ゴリラちゃんにもわかっていることだ。

 それでも、問いかけずにはいられない。

 その気持ちは、痛いほどにわかった。

 あたしだって、たいせつな誰かを失ったら、きっと・・・。

「なんでだよぉ・・・! シーラねえ・・・っ!」

 ゴリラちゃんの慟哭が洞窟にこだまする。

 その目からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。

「ゴリラちゃん・・・、」

 たまらず声をかけようとするのだけれど、ゴリラちゃんの周りに立つヒョウちゃんたちみんながこっちを見て、ふるふると首を振った。

 

 ・・・うん。わかったよ。

 これは『かぞく』のこと、だもんね。

 これ以上、あたしがでしゃばるのは、よくないことだ。

 こくり、頷いてヒョウちゃんたちに答えると、みんなも同じように頷いて、返事を返してくれた。

 

「なあ、リーダー。もうええやろ。」

 ヒョウちゃんが、ぽんと肩に手を置きながら声をかけると、ゴリラちゃんはぽろぽろと涙をこぼしながらふり向いて、すごく怒ったような声で言葉を返す。

「なにがだ!? なにもいいことなんてない! シーラねえは、シーラねえは・・・!」

「そのシーラが、あたしたちをきけんなめにあわせないように、ひとりでなんとかしようとしてくれたんでしょ? そのきもちは、わかってあげないと。」

 すぐ横にしゃがみ込んだリエちゃんが、ゴリラちゃんの顔をのぞき込む。

 とても真剣な顔なのだけど、どこか慈愛を感じさせる、その表情。

「でも・・・! わたしはシーラねえに、なにも・・・!」

 ぶるぶると肩を震わせて、ゴリラちゃんは言葉を詰まらせる。

「なにもしてあげられなかった。なにもきづかなかったのは、わたくしたちもおなじです。ねえさまだけではありません。」

「そ、そうです・・・。あまりじぶんを、せめちゃダメです・・・、ぐすん、」

 クロちゃんもメイちゃんも、ふたりとも泣きそうな顔で、けれどゴリラちゃんのことをすごく心配しているのが伝わってくる。

 

「わたしは・・・! わたしは・・・!」

 ゴリラちゃんはまだ、言いたいことがいっぱいあるという表情をしていたけれど、このままみんなに任せていれば、ちゃんと落ち着いてくれると思う。

 こうして、つらいとき、泣きたいとき、

 それを分かち合い、一緒に泣いてくれる誰かがいる。

 それはたぶん、何よりも素敵なことだと、わたしは思う。

 かぞく・・・、かぁ。

 

『グオオオオオォォォォン!!』

 

 ――と、

 洞窟の奥の方から、唸り声のような大きな音が聞こえる。

 全身をびりびり震わせるような迫力のある声、けれどどこか無機質な響きのある声。

 洞窟の奥には、大きな部屋にいっぱいのセルリアンがいる。

 これだけ大きな声で話をしていたら、さすがに気づかれてしまったみたいだった。

 

「ともえちゃん。」

 となりに立つイエイヌちゃんが真剣な顔でこちらを見る。

「うん。急いで逃げよう。」

 わたしはこくりと頷いて答える。反対側にいるくびわちゃんもまた、こくこくと頷いた。

 わたしはゴリラちゃんたちのところに駆け足で近づき、声をかける。

「ねえ、みんな。」

 つらいと思うけど、今は逃げよう。戻ったら何か対策を立てないと・・・、

 なんて、考えていたセリフを言おうとしたのだけど、それよりも先にヒョウちゃんが口を開いた。

 

「あー、あかんわ。さすがにセルリアンがこっちにきづいたかもしれんなー。」

 ヒョウちゃんはさっきまでの真面目な顔はどこへやら、にゃははと笑う。

「かも、ではなく。かくじつにきづかれましたわね。あれだけのおおごえですもの。」

 クロちゃんもまた、いつもの取り澄ましたような顔で、

「でしょうね。まったく、うちのリーダーときたら。・・・うう、なさけなくってなみだが、」

 メイちゃんも、うるうると目を潤ませながら、

「ホント、こういうとき、たよりにならないのよね。」

 そしてリエちゃんは、苦笑交じりの顔を見せる。

「おまえたち・・・、そんな、わたしは・・・、」

 ゴリラちゃんひとりだけが、取り残されたような表情でみんなの顔をきょろきょろと見ていた。

 

 そんな。

 なんでみんな、そんなひどいことを。

 あんまりにも驚いてしまって、わたしが何も言えないでいると、ヒョウちゃんがまたにゃははと笑って、

「せやからウチらは、そんなあんたをほっとかれへんのや。」

 その台詞に、みんなは頷きあったかと思うと、ものすごい勢いで走り出した。

「ええっ!? みんな、そっちはダメだよ!」

「あんたらはリーダーつれて、はよにげ! あとはウチらがなんとかしたる!」

 捨て台詞のような言葉を背中越しに投げかけながら、ヒョウちゃんたちみんなは1号くんの横をすり抜け、奥の空洞へ飛び出していった。

 いきなりの行動に呆気に取られてしまっていたのだけど、なんとか事態を飲み込み始めたところで、イエイヌちゃんが声をかけてくる。

「ともえちゃん! わたしたちも!」

「うん! くびわちゃんはここでまってて!」

 こくこくと頷くくびわちゃんと、今も呆然としているゴリラちゃんを置いて、わたしたちは駆け出す。もちろん向かう先はみんなの向かった先、奥の空洞だ。

 1号くんの横をすり抜けて、空洞の入り口に立つ。

 見ると、すでにみんなはセルリアンとの戦いをはじめていた。

 

 ヒョウちゃんとクロちゃんはふたりで一体の大型セルリアンと向かい合っている。

 ヒョウちゃんに向かって振り下ろされた触手をクロちゃんが横からいなし、ヒョウちゃんはその隙に胴体に爪の一撃を与えていた。

「にゃはは、ないすふぉろーやでクロちゃん。」

「まったく、ヒョウねえさまはあいかわらず、つめがあまいですわ。」

「ほんまに? ぺろぺろ・・・、うぇ、まっず!」

「だからそういうことではなく。」

 戦いの最中だというのに、ふたりともいつもの調子でぽんぽんと会話をしている。

 それだけ余裕があるということなのか、それとも。

 ひょっとしたら、悲しみとか、怒りとか、色々な感情が混ざり合って、一周まわって素に戻っているだけなのかもしれない。

 

 リエちゃんとメイちゃんも同じように、ふたり一組で一体のセルリアンと対峙していた。

「メイ、あんまりむりはしないようにね。」

「はい。リエちゃんも、やりすぎないようにちゅういしてくださいね。」

 ヒョウちゃんたちと同じように会話をしながらの戦闘なのだけど、こちらは更に余裕があるように思う。

『グオオオオォォォォン!』

 と、対峙する大型セルリアンが突進してきた。メイちゃんはぴょんと飛びのいて距離をとるのだけど、リエちゃんはそのままだ。

 あぶない!と思わず声が出そうになるけれど、ぜんぜん、取り越し苦労だったみたい。リエちゃんは自分の倍以上ある大きさのセルリアンの突進を難なく受け止めていた。

 両足と太いしっぽを地面に突き立てて、ものすごいちからでセルリアンを押し返している。

「ひさしぶりのおおがただし、あれ、やろっかな?」

 少し楽しそうな顔をしたリエちゃんは、セルリアンに突き立てていた両腕をぎりぎりと絞り始める。両腕に挟まれた箇所が、つねられた皮膚のようにつぶれ始めた。

 うわぁ・・・、なにあれ、すっごいいたそう。

 

 それだけでもセルリアンに十分にダメージがあるように思うのだけど、リエちゃんはセルリアンを掴んだまま、しっぽを地面に叩きつけて全身をものすごいスピードで横回転させた。

「めつ、なんとかばっとうがー。」

 わざめい、なんだろうか。気の抜けた掛け声とは対照的に、とんでもない技だ。

 セルリアンは回転の勢いに負けて一緒にぐるぐると回ったかと思うと、そのままはじけ飛ぶように明後日の方向に吹っ飛んで、そのままごろごろと転がって行く。

 それだけじゃなくて、回転がおさまったリエちゃんの手には、セルリアンの体の一部が残されていた。千切れちゃった、ということなんだろうか。

 ・・・うえぇ。

「あー、くらくらするー。」

「もう、だからやりすぎないようにっていったのに。」

「うーん。もうしないのよー。」

 回転のダメージはリエちゃん自身にもあるみたいで、頭に手を当てながら足元をふらつかせていた。

 

 と、さっきまで向かい合っていた一体をしとめたんだろう、ヒョウちゃんたちがリエちゃんたちのすぐ近くまで来ていた。

「しっかし、ケンカふっかけたんはええけど、こりゃけっこうしんどいで? どないしょ?」

「どないもこないも、やることはひとつですわ、ヒョウねえさま。」

 にゃはは、と笑いながら言うヒョウちゃんに、クロちゃんはいつもように澄まし顔で、

「わたくしたちのたいせつなかぞくをなかせたこと、こうかいさせてあげるだけです。」

 けれどぞっとするような声色で、そんなことを言う。

 そして、ぼうっと目を光らせながら再び口を開くと、

 

「おどれらまとめてボテくりまわしたんぞゴラァァァァ――ッ!!!」

 

 一瞬、誰がその怒声を発したのかわからなかった。

 けれど聞こえてきた声と、目で見たものは確実にそれで。

 え? ええ!?

 あれ、あのおっかないの、クロちゃんなの!?

 

「お、でたでた。おっかないほうのクロだ。」

「あ、あいかわらずこわいです・・・。」

「ほんまくちわるいなぁ・・・、おねーちゃん、クロちゃんのしょうらいがしんぱいやわぁ。」

 わたしは目をぱちぱちしながらその光景を見るんだけど、みんなは見慣れてるかのような雰囲気だ。リエちゃんは相変わらず動じてないし、ヒョウちゃんもいつもどおりの感じだし。

 メイちゃんだけが、なんだかいつもより怯えているようにも思うけど。

「わたし、こっちのクロちゃんにがてです・・・、ぐすん。」

「そう? あたしはけっこうすきだけど。かわいくない?」

「わかるわぁ。いつものかしこまったクロちゃんとのギャップがたまらんね。」

「わたしにはまったくりかいできません・・・。」

「メイはよく、こっちのクロになかされてたもんね。」

 なるほどねえ。

 そういうことなら、メイちゃんの態度もわかるかも。

「せやったねぇ・・・、しみ、じみ。」

 うんうん。

 しみ、じみ。

「しみ、じみ。ちゃうわボケあねども! さっさと『やせいかいほう』したらんかいっ!」

「「「はいっ。」」」

 はいっ、とわたしまでお行儀よくお返事しそうになって、われに返った。

 

 あらためてみんなの戦いぶりを見るのだけど、みんなとても強い。

 ひとりひとりの強さももちろんなんだけど、うみべで見たハンターさんたちの戦いぶりに負けないくらいに連携が取れていて、あんなにいっぱいいるセルリアンたちと互角以上に渡り合っている。

 でも・・・。

「はぁ、はぁ・・・、さすがに、きっついで、これは。」

「おねーちゃん、もうへばったん? はぁ、まだまだ、てきはぁ、ぎょーさんおるでぇ?」

「ふぅ、さすがに、つかれてきたわね。」

「うぅ・・・、でも、もうひとふんばり、がんばらないと。」

 やっぱり数の不利はどうにもならないみたい。みんな、だんだんと疲弊していっている。

 このままじゃ、誰かケガしちゃうかもしれない。

 

 となりで様子を伺っていたイエイヌちゃんも、同じことを思ったんだろう。

 まっすぐに目が合い、こくり、頷きあう。

「イエイヌちゃん。お願いできる?」

「はい! ともえちゃんは、さきにふたりを!」

「りょうかい!」

 言うが早いか、わたしは元来た方へ駆け出す。イエイヌちゃんはわたしとは逆方向、セルリアンのひしめく空洞の方へ駆け出した。

 ここはイエイヌちゃんに任せよう。

 まだ疲れていないイエイヌちゃんなら、みんなのフォローに入って、逃げるための時間を稼げるはずだ。

 わたしは先にくびわちゃんとゴリラちゃんを連れて、外に逃げないと。

 

「くびわちゃん! ゴリラちゃん! こっちは大丈夫!?」

 1号くんの横を通り抜け、すぐにふたりのところに辿り着く。

「・・・だいじょうぶ、こっちには、せるりあん、きてない。」

「そう。よかったぁ・・・。」

 ふたりはさっきと変わらない様子でたたずんでいる。

 そう、変わらない。

 ゴリラちゃんは今も白衣と眼鏡を抱きしめたまま、地べたに座り込んでいた。

「むこうは、どうなってる・・・?」

 うつろな視線を向けながら、ゴリラちゃんが聞いてくる。

 焦燥しきったその表情を、とても見ていられなくて、わたしは視線を外しながら答える。

「・・・、セルリアンと戦ってるよ。みんな強くて、何体かは倒せたけど、でも、疲れてきてるから、いちど逃げないと。」

 

 だから、わたしたちは先に逃げるよ。そう続けようとした言葉は、ぽつぽつと呟くようなゴリラちゃんの声に遮られた。

「みんな・・・、みんなたたかってる・・・、なのにわたしは・・・、なんで・・・!」

「ゴリラちゃん・・・、」

 ゴリラちゃんはわたしの方に腕を伸ばす。

「みろ。ふるえてるだろ・・・? さっきから、こわくてたまらないんだ。」

 どうぶつ図鑑で読んだけれど、ゴリラはとても温厚な動物だ。ちからはすごく強いけど、痛みに弱いのと、温厚な性格だから、戦ったりすることはほとんどない。

 臆病な動物、と言ってもいいかもしれない。

 でも、

「わたしは、こんなじぶんが、だいきらいだ。たいせつなかぞくを、うしなうかもしれないのに、うごけない、こんなじぶんが、ほんとうにきらいだ。」

 ゴリラちゃんは、きっとそんな自分を変えたくて、リーダーをはじめたんだと思う。

 シーラさんがいなくなって、しっかりしなきゃって思って。

 そうしてここまでやってきたんだと思う。

 

 だから、

「こんなおくびょうものが、リーダーなんて、さいしょから・・・!」

「ダメだよ!」

 ダメだ。それだけは言わせない。

 わたしはゴリラちゃんのそばまで行ってしゃがみ込む。視線の高さを同じにして、さっきそむけてしまった顔を、今度はまっすぐに見た。

「ゴリラちゃん、自分で言ってたよ? 目指す自分を曲げるわけにはいかないって。ゴリラちゃんの目指す自分は、ここで諦めちゃうような子なの?」

 ハッとした顔で、ゴリラちゃんはわたしの顔を見る。

 その目に、少しずつだけど、光が宿っていくように見えた。

「わたしは・・・、わたしは・・・!」

 

 ―――ぶん、と。

 

 何か、虫が羽ばたくような音が聞こえた。

 つられて音のした方を見ると、信じられないような光景が目に飛び込んでくる。

 なに? あれ・・・。

 なにが、おきてるの・・・?

 起きていることの意味もまったくわからないまま、わたしは問いかける。

「くびわちゃん・・・? なんで、ひかってるの・・・?」

 くびわちゃんの体が、ぼうっと緑色に光っていた。

 



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けものフレンズR くびわちほー 第06話「かぞくのきずな(後編)」B・Cパート

フレンズ紹介~ニシローランドゴリラ~

 

 ゴリラちゃんは霊長目ヒト科ゴリラ属の哺乳類、ニシローランドゴリラのフレンズだよ!

 ニシローランドゴリラは学名がとても有名だよね! その名も『ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ』って、三回も言うの! おかしいよね!

 あと、ゴリラっていう名前のゆらいは、毛深い女部族、って意味の言葉みたいなんだけど、ちょっと失礼すぎると思うかな・・・。

 

 体がすっごい大きいイメージがあるけど、身長はちょっと背の高いヒトと同じくらいで、1メートル80センチくらいなの!

 でも、筋肉がいっぱいあるし、何より腕が太くて長いから、ヒトよりだいぶ大きい印象だよね!

 腕を広げるとその長さは2メートルから3メートルくらいにまでなるみたい! ヒトの場合は腕を広げた長さがだいたい身長と同じくらいだから、すっごい大きいのがわかるよね!

 

 ゴリラは狂暴な動物だって、ずっと思われてたんだけど、実はとても繊細で温厚な動物なんだって! とっても優しいんだよ!

 動物園で檻に落ちちゃった子供を、ゴリラが助けたっていう例もあるくらいなんだ!

 でも、温厚で繊細だから痛みにも弱いし、ストレスで病気にかかったり、心臓の負担で倒れちゃったりもするんだって・・・。

 かわいそうだよね・・・。

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

 くびわちゃんの体が、光っている。

 そして、それだけじゃなくて、その体の前には、ぼんやりした光の輪郭が浮かんでいる。

 その輪郭はしばらくして、はっきりとした像を結んだ。

「りったい、えいぞう・・・?」

 頭に浮かんだ言葉を思わず声に出してしまう。

 そう。立体映像。何もないところに、立体的な映像を映し出す技術だ。

 しょうじき、わたしもどういう原理でできることなのか、まったくわからないけれど、少なくとも普通のヒトにも、フレンズさんにもできることじゃない。

 どうして、くびわちゃんはそんなことができるの・・・?

 何もわからないままただただ驚いていると、そばにいたゴリラちゃんの口から、ぽつり、

「シーラねえ・・・?」

 名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 ゴリラちゃんの視線の向かう先は、くびわちゃん。じゃなくて、くびわちゃんの目の前に浮かぶ、立体映像だ。

 たしかに、ちゃんとした目で見ると、その立体映像はフレンズさんの形をしていた。

 黒いショートヘアの横には大きなお耳がついていて、かけた眼鏡は右目だけを覆っている。たしか、こういうのをモノクルというのだったか。

 ワイシャツの上から黒いニット地のベストを着こみ、その上から白衣を羽織っている。襟元のネクタイとミニスカートは紺に近いような紫色だ。

 スカートの下には黒いタイツを履いていて、足元には黒い飾り紐のついたベージュのブーツと、とても真面目な理系の学生、というような印象。

 そして、白衣と眼鏡はゴリラちゃんが今抱えているものと同じものだ。

 このフレンズさんが、シーラさん。

 シーラさんは、今まで会ったどのフレンズさんより、理知的な顔をしていた。

 

『あー、あー、てすてす。聞こえるか? てか、ちゃんと撮れてる?』

 と、立体映像から声が聞こえる。いや、音の響く感じからすると、くびわちゃんの方から、だろうか。

 ううん。今はそんなことはどうでもいい。

「やっぱりシーラねえだ! みて! ともえさん! シーラねえ、いきてたよ!?」

 顔をぱあっと明るくするゴリラちゃんに、わたしはできる限りの説明をはじめる。

「ええと。違うの。ゴリラちゃん。あれは立体映像っていって、あそこにシーラさんがいるわけじゃないの。」

「え・・・、そう、なの?」

「うん。ヒトとかフレンズさんとかの動きや声を録画・・・、とっておいて、後で見たり聞いたりできるようにするものなの。だから・・・、」

 説明を続けるにつれて、明るくなったゴリラちゃんの顔が、また少しずつ曇っていく。

 けれど、さっきほどじゃない。

 こうして、映像越しとはいえ、シーラさんの顔を見られたのが、よかったのかもしれない。

「そっか。シーラねえはもう、いないんだね。」

 ゴリラちゃんは、はっきりと、明確にその言葉を口にする。

 とても健気なその様子に、たまらず抱きしめたくなるけど、がまんする。

 だって、あの立体映像には、まだ続きがありそうだったから。

「ゴリラちゃん。あれはたぶん、シーラさんの最後の言葉、なんだと思う。だから、一緒に聞こう?」

 わたしが提案すると、ゴリラちゃんはこくりと頷いた。

 

 立体映像はこの洞窟の中で撮られたもののようだった。

 はっきりした像を結ぶシーラさんの周りには、ぼんやり洞窟の壁が映し出されている。

『こちら、チンパンジーのシーラだ。例の遺跡を探索していたら、とんでもないものを当ててしまった。見えるか?』

 被写体を変えたのだろう、奥の空洞の様子が映し出された。そこにはもちろん、ひしめき合うセルリアンの姿がある。

『大量のセルリアンが発生している。・・・いや、こないだの噴火で土砂が崩れ、セルリアンの群生地に繋がってしまった、というのが正しいかも知れないな。』

 映像がまた、シーラさんのワンショットに戻る。歩きながら撮っているのか、片手を白衣のポケットに突っ込みながら、足を交互に動かしている。もっとも今は映像だから、足踏みしているようにしか見えないけど。

『私はここを封鎖することにした。この映像を見ているキミ、悪いことは言わない。1号くんが立っている先には行かないことだ。・・・ああ、1号くんってのは、あの子のことな。』

 映像がまた切り替わり、今度は1号くんの背中が映る。とうぜんだけれど、奥にいる1号くんとまったく同じ姿だ。

 

『封鎖にかかる期間は、ざっと10日というところだろう。セルリアンは音によく反応する。それに多少の土砂はすり抜けることもある。なるべく慎重に埋めてやらないとだから、動きのおおざっぱな1号くんじゃ、通せんぼくらいしか役に立たんのが苦しいところだな。』

 そう言って、シーラさんは、くつくつと笑った。

 映像のはじめからこれまで、シーラさんの様子はとても普通に思えた。とても大量のセルリアンの横で撮影しているとは思えないような、緊迫感のなさだ。

 それは、ひょっとしたらこれを見るかもしれない『かぞく』に、余計な心配をかけさせたくないから、という演技なのかもしれない。

 そう思うのは、本当にわずかになんだけど、ぎゅっとこぶしを握った腕が、小さく震えているのが見えたから、だった。

 

『万が一、封鎖の途中で気づかれた場合、洞窟の入り口を爆破、完全に封鎖する。その場合、ひょっとしたら私は逃げられないかもしれないが・・・、仕方がない。』

 シーラさんは声のトーンを落としてそう言うと、しばらく目を閉じて黙っていた。そしてゆっくり目と口を開き、続ける。

『・・・、もしキミが、この映像を、土砂に埋もれた洞窟の中で見ているなら、そういうことだ。』

「シーラねえ・・・、」

 思わず漏れ出てしまったのだろうか。今にも消えそうなゴリラちゃんの声に、わたしはその手に両手をかぶせ、ぎゅっと握る。

『そして、もしそうなら、近くにいる私の家族に、すぐに逃げるように、間違ってもやつらと闘ったりしないようにと伝えてくれ。あと、私の我儘で迷惑をかけたことを、謝っていたと伝えてほしい。』

 シーラさんはこの映像を撮ったときにはもう、覚悟を決めていたんだ。

 もしも失敗しても、この映像を見た誰かによって家族に危機を報せられるよう、保険をかけて。

 いったいどれだけの強い気持ちがあれば、そんな覚悟が決められるんだろう。

 

 その答えは、映像の続く先にあった。

 シーラさんは優しげな笑みを見せながら、その先を続ける。

『お調子者に短気者、呑気者に泣き虫、そして、心の優しい臆病者。』

 誰のことと言わなくても、それぞれをいとおしく思っているのがわかる。

 それがたぶん、『かぞく』というものなんだろう。

 

『私は、みんなを、たいせつな家族が住むここを、どうしても守りたかったんだ。』

 

 そしてそれが、シーラさんの強い気持ちの答えなんだ。

 みんなで逃げることだってできたかもしれない、そうゴリラちゃんは言ったけど、シーラさんは、みんなと、このみつりんで一緒に暮らしたかった。

 だから、みんなには内緒で、ひとりでがんばって、

 そして・・・、

 

『・・・なんてな。ダメだな、こういうのは。どうしても考えが悲観的になる。』

 シーラさんはまた、くつくつと自嘲するような笑い声を漏らしながら、前かがみになって手を伸ばす。

 録画のはんいを越えているのか、腕は途中で途切れてしまって何をしているのかわからないけど、さっきより映像がアップになっているから、たぶん、カメラを操作しているんだろう。

『今から作業を始める。大丈夫。きっと、うまくいく。』

 カメラの近くで呟くように発したその言葉を最後に、映像は途切れた。

 

 立体映像の光が消え、声もなくなると、洞窟はうす暗闇に戻る。

 かすかな明かりが辺りを照らす中で、わたしはぎゅっと目を閉じて、シーラさんの最後の言葉を思い返す。

 大丈夫。きっと、うまくいく。

 まるで自分に言い聞かせるみたいに発せられた、その言葉。

 終わってしまった今となっては、その言葉の響きが、たまらなく胸を締め付ける。

 そう。終わってしまった。

 けれど、全てが終わってしまったわけじゃない。

 かんしょう的になる気持ちをぐっとこらえながら目を開けると、ずっと握ったままだったゴリラちゃんの手が、もぞりと動いた。

 その感触に、わたしはゴリラちゃんの顔を見る。

「ありがとう。ともえさん。もう、だいじょうぶだよ。」

 うっすら涙を浮かべたその目には、けれど、はっきりと強い意志の光が宿っていた。

 

 ― ― ―

 

 わたしは、セルリアンたちとたたかっていました。

 さきにたたかいはじめていた、ヒョウさんやクロさん、リエさんやメイさんたちといっしょに、がんばってみなさんのフォローができるように、あちこちかけまわっています。

 なんとか、みなさんがにげられるようにしたいのですけど、いかんせんセルリアンのかずがおおくて、なかなかたいきゃくのタイミングをつかめません。

 と、いってるそばから、

「ヒョウさん! いっぴき、そっちにいきました! はさまれないようにちゅういを!」

「わかった! おおきに!」

 ヒョウさんはわたしのこえにはんのうして、クロさんといっしょに、きょうげきされないようなところまで、うまくこうたいしています。

 それをよこめでかくにんしながら、わたしはセルリアンたちのあいだを、ぬうようにはしりまわります。

 ときどき、つめでこうげきしたりしながら、セルリアンのちゅういが、みなさんからそれるようにしているのですけど、なかなかうまくいきません。

 

 わたしがこうしてあぶないことをするのを、あんまりともえちゃんはよろこびません。ちいさなセルリアンがでたときだって、たたかおうとするわたしをとめたりします。

 わたしも、たとえば、そうげんとか、こうやのときみたいなあぶないことをされると、おなじきもちになりますから、おあいこなのですけれど。

 けれど、さっき、ともえちゃんとめをあわせたとき、

 なんとなくなのですが、ともえちゃんのかんがえがつたわってきました。

 みんなでにげるよ、てつだって。

 そう、いっているきがしました。

 こんなじょうきょうなのに、ふきんしんかもしれませんが、なんだかこころがつうじあったみたいで、むねがぽかぽかします。

 ・・・わふぅ。

 おっと。いけませんね。

 いまは、たたかいにしゅうちゅうしないと。

 

「あーん、もう。たおしてもたおしても、きりがないのよ。」

「リエちゃん・・・、わたし、もうかなりげんかいですぅ。」

「メイねーちゃん、きばらんとそのしっぽ、ウチがかみつくで?」

「ひぃっ! わたし! もうちょっとがんばれます!」

「あいかわらずこっちのクロちゃんは、メイにあたりキツいなぁ。」

 みなさん、いつものちょうしで、おはなしをしながらたたかっているのですけど、だんだんと、くちかずがすくなくなってきたようにおもいます。

 なにか、だかいさくをかんがえないと、とおもうのですが、なにもうかびません。

 ともえちゃんみたいに、いろいろなことをおもいつけるかしこさが、わたしにもあればいいのですが。

 そう。ともえちゃんは、ほんとうにすごいんです。

 そうげんのときだって、ちくりんのときだって、そしてさっきも、

 わたしがかんがえもしないようなことを、つぎつぎにおもいついてしまうのですから。

 いまもひょっとしたら、このきゅうちを、なんとかするてだてをかんがえて、すでにこうどうしているかもしれませんね。

 

 そんなことをかんがえていたら、くうどうのいりぐちのほうから、なんだかおとがきこえてきました。

 ポコポコポコ、ポコポコポコ、と。

 りずみかるに、なにかをたたくようなおと。

 そのおとをきいて、わたしは、やっぱり、とおもいました。

 なんのこんきょも、りゆうもないのですけれど、

 ともえちゃんがまた、なにかをしてくれたんだということを、

 そして、それはきっと、みなさんをたすけてくれるということを、

 わたしは、かくしんしていました。

 

 ― ― ―

 

 先を行くゴリラちゃんの足はとても速い。ときおり両手で胸をポコポコポコ、と叩くのは、ドラミングというゴリラの習性だろうか。

 わたしもひっしで追いかける。何もできないかもだけれど、一緒に戦いたいと思う。

 ゴリラちゃんの向かう先は、セルリアンがひしめく空洞だった。

「ん? ・・・っ! ちょい! なんできたん!? はよにげやゆうたやろ!」

 空洞に飛び出したゴリラちゃんを見つけて、ヒョウちゃんが大声を上げる。けれどそのせいで注意がそれてしまったからか、セルリアンの触手の一撃をまともに食らってしまった。

「にゃあ! ・・・っ、いったぁ。」

「おねーちゃん!」

 あわててクロちゃんがヒョウちゃんを抱え、後ろにさがる。

 ピンチを察したイエイヌちゃんがカバーに入るけれど、あれだけ大きいセルリアン相手では、ひとりでは抑えるのも大変そうだ。

 どうしよう。

 わたしが考えなしに戻ってきてしまったせいで、ヒョウちゃんが・・・!

 

 今からでも遅くない。何か、何か考えないと。

 たとえば、そう、昨日のセルリアンみたいに、大人しくさせるとか。

 あたしがセルリアンとそうぐうしたのは、そうげんのときと、昨日のこうやの2回。

 どちらもはじめは襲われたけど、そうげんでは最後まで暴れていたのに対して、こうやでは結局なにもせずに去っていった。

 その違いは、なに?

 ・・・ううん、ダメだ。

 場所、時間、その場にいた子。

 どれもが違い過ぎて、これだという答えが見つからない。

 どうしよう、このままだと・・・、本当に・・・。

 

 ポコポコポコ、と。

 ぐるぐると考えを巡らしているわたしの耳に、そんな音が飛び込んでくる。

 ポコポコポコ、ポコポコポコ、と。

 何度も繰り返し聞こえてくる。

「ゴリラちゃん・・・?」

 その音は、ゴリラちゃんのドラミングの音だ。

 たしかそれは、いかく行動だったと思うけど、今この場においては、たぶん、他に意味がある。

 たとえばヒトの場合、自分の胸を叩く行動は「任せろ」というジェスチャーだったりする。それは周りに頼もしさをアピールする、というだけじゃなくて、鼓舞しているのだ。

 自らの心臓を、ハートを、心を。

 その証拠に、ゴリラちゃんの背中は、ぶるぶると震えている。

 けれどそれは、恐怖からくるものではなくて、きっと。

 

「よくもきずつけたな・・・! わたしのたいせつな、かぞくを!!」

 

 背中越しに聞こえてきたゴリラちゃんの声に、びりびりと肌が震える。

 ゴリラちゃんは、とっても怒っていた。

 

「ァァァアアアアアアア――ッ!! ガアァァァァァァァアアアア――ッ!!!」

 れっぱくのきあい、とでもいうのだろう。肌どころか、地面さえ揺れるようなものすごい雄叫びを上げながら、ゴリラちゃんは飛び出していく。

 両拳を地面に突き立てながらのその移動は、ナックルウォークというゴリラの移動方法だ。それはゴリラの長くて大きい腕があってのもので、フレンズさんの体形では、むしろ二足歩行の方が速いようにも思うのだけど、さっき一緒に走っていたときよりもだんぜん速い。

 見ると、通った地面はぼこぼことへこんでいて、そこには洗面器くらいの巨大な拳の跡がある。

 不思議に思ってゴリラちゃんの方を見ると、その腕はぼうっと光をまとっていて、まるで巨大化したみたいになっていた。

 なるほど。あの光る腕が、ゴリラちゃんの本気のちから、ということか。

 光る腕をぶんぶん振って、さっきヒョウちゃんを攻撃したセルリアンのところに辿り着くと、そのままの勢いで拳を繰り出す。

 

「ウガアァァァァァァァア――ッ!!!」

 再びの気合と共に放たれた拳は、セルリアンを粉々に打ち砕いた。

 

 ・・・、

 ・・・、・・・、え、

 えっと、今のセルリアン、たしか、石は頭の上にあったよね・・・?

 それはつまり、じゃくてんをついてない、ってこと、だよね?

 ・・・、え、

 えええええええええええええっっ!?

 いや、いやいや、ちょっとまって。

 たしかに洗面器サイズの拳なんて、すごい威力だろうなーって思ったけど。

 さすがにそれは、強すぎでしょ。

 ・・・えっと、

 しょうじき、ゴリラちゃんのこと、なめてた気がします。

 はい。

 めそめそしてるとこみて、ちょっとかわいいなとかおもっちゃったり。

 いままでいろいろ、すいませんでした。

 

 なんて、困惑する頭であれこれ考えている内にも、ゴリラちゃんのかいしんげきは続いている。

 拳をひとつ振るうたびに、セルリアンが一体、ぱっかーんと粉々にはじけ飛ぶ。あとに残るのは、サンドスターのかけらだけだ。

 ゴリラちゃんの顔は怒りに満ちていて、見ているだけでも背筋が震えるようなものなんだけど。

 きらきらとサンドスターのかけらを舞わせながら空洞を駆けまわる姿は、なんだかとっても美しいもののように思えた。

 

 そこからはあっというまだった。

 次々にセルリアンたちを倒すゴリラちゃんと、それを援護するみんな。

 あれだけいた筈のセルリアンは、もう全て倒し終わっていた。

 辺りにはセルリアンの残したサンドスターのかけらがちりばめられていて、きらきらしていてとても綺麗だ。

 思わずスケッチブックを取り出してお絵かきしたくなるけれど、ぐっとこらえる。

 今、それをしてしまうのは、さすがにふきんしん、だと思うから。

 

「アアアアアアア――ッ!! アァァァァァァァアアア――ッ!!!」

 

 全てのセルリアンを倒した後も、ゴリラちゃんは雄叫びをやめなかった。

 ポコポコポコ、と胸を叩きながら、天を仰いで叫んでいる。

 かちどきのこえ、というわけではないだろう。

 だって、ゴリラちゃんのあの姿は・・・、

 

「ローラちゃん・・・、」

「ローラねえさま・・・、」

「ローラ・・・、」

 みんなが、誰かの名前を口にしながら、ゴリラちゃんに近づいていく。

 ポコポコポコ、と胸を叩く音が、

 空洞に響き渡る叫び声が、

 少しずつ、少しずつ、小さくなっていく。

「ァァァアっ・・・、ああっ、あああああ――っ、」

 ふるふると震える背中は、たぶんもう、怒りによって震えているのではなかった。

 となりに立ったヒョウちゃんが、ゴリラちゃん――ううん、ローラちゃんの肩を、ぽん、と叩く。

「ええんやで、ローラ。もう、がまんせんで、ええ。」

 涙ぐみながら言うヒョウちゃんに、ローラちゃんは肩越しに振り返って顔を見せる。

 その目からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。

 

「あぁーーーんっ! あぁぁぁーーーーんっ!」

「よしよし。つらかったなぁ。しんどかったなぁ。」

 ローラちゃんを優しく抱きしめて、頭をぽんぽんと撫でるヒョウちゃんの目から、涙が一筋こぼれ落ちた。

 

 ― ― ―

 

 洞窟から出ると、外はもう夕暮れ時くらいになっていた。シーラさんを探して穴を掘ったりしてたから、思った以上に時間が過ぎていたみたいだ。

 あの後、遅れてやってきたくびわちゃんが持ってきた機械で、みんなもシーラさんの立体映像を見ることができた。

 みんなは立体映像に驚いたり、シーラさんの姿にうれしそうな顔をしていたけれど、シーラさんの言葉を最後まで聞くと、みんな揃って泣いてしまった。

 けれど、それでいいと思う。

 遺したものの遺志を知ることは、遺されたものにとって、救いだと思うから。

 

 それと、その、くびわちゃんが持ってきた機械なのだけれど、シーラさんの白衣や眼鏡と一緒に残されていた機械だった。

 サッカーボールみたいな見た目のその機械は、くびわちゃんいわく、

「・・・りったいえいぞうの、とうえいき。かめらもかねてる。」

 とのこと。

 てっきりわたしはくびわちゃんが、何か不思議なちからで立体映像を出したのかと思ってたのだけど、この機械で映し出してたみたい。

 くびわちゃんの体がぼんやり光ってたように見えたのも、投影機の近くにいたから、ということかな。

 不思議に思っていたことが解消されて、セルリアンも倒せて、なんとなく、ひとごこちついたような気分になる。

 それはたぶん、みんなも同じだったようで、洞窟から出る頃にはすっかりいつもの調子に戻っていた。

 

「にしても・・・、ホンマ、シーラはひとさわがせなやっちゃで。」

 ヒョウちゃんがにゃはは、と笑いながら言う。

 ケガももうへいきみたい。あの空洞に充満したサンドスターのかけらのおかげで、完治まではしなくても、大きな痛みがないくらいにはなったそうだ。

「ヒョウねえさま、それをいうならフレンズさわがせ、なのでは?」

「わたしたちも、ヒトかしたどうぶつなんだから、べつにいいんじゃない?」

 細かいところにツッコミを入れるクロちゃんに口をはさんだのはゴリラちゃん、じゃなくて、ローラちゃんだ。

 ローラちゃんはあの後、なんだかつきものが落ちたみたいにすっきりした顔になって、こうしてみんなと普通におはなしするようになった。

 いや。なった、というか、戻った、というのが正しいんだろう。

 わたしと話していたときも、ときどき柔らかい口調になってたし、たぶん、こっちが素のローラちゃん、なんだと思う。

 

「そうです。クロちゃんはこまかいことをきにしすぎです。」

「おやメイねえさま。いつになくつよきですわね?」

「ひぃっ! リエちゃんたすけて!」

 ぎろり、とクロちゃんに睨まれたメイちゃんがリエちゃんに抱き着く。リエちゃんは呆れたような顔で笑うと、ぽんぽんとメイちゃんの肩を撫でた。

「はいはい。もー、クロとメイは、いつもこうなんだから。」

「せやねぇ。」

「あ、でもさ。むかしクロがメイになかされたこと、あったよね?」

 と、ローラちゃんが思い出したように言う。つられて思い出したのか、ヒョウちゃんがとても楽しそうな顔で笑った。

「あったあった! あれやろ? メイのメガネ、クロちゃんがとって、」

「ああ、あれね。あたしのなかじゃ、クロヒョウのくつじょく、ってよんでるヤツよね。」

「にゃはははは! なんやそれ! はじめてきいたわ!」

「おねえさまがた! そういうはなしは、ほんにんがいないところでしてくださいまし!」

 みんな、とても楽しそうに騒いでいる。お昼に見たときより、もっとずっと騒がしいような気がする。

 ううん。気がする、じゃなくて、きっとそう。

 それって、ローラちゃんが元気になってくれて、みんなうれしいから、だと思うから。

 

 こうして、『かぞく』みんなの楽しそうな姿を見ていると、じんわり胸があたたかくなるのと同時に、なんだか切ないような気持ちにもなる。

 あたしにも、こんな風に分かり合える家族が、いたんだろうか。

 記憶を失ってからこれまで、それらしいことを思い出せたためしはないけど、

 でも。

 こういう素敵な家族が、あたしにもいたんだとしたら、

 はやく、思い出したいな。

 

 わたしが物思いにふけっている間も、おはなしは続いていたようだ。

「たしかにあれは傑作だったな。あんなにびーびー泣いてるクロを見るのは初めてだったよ。」

「もう! そのはなし、なんどめですの!? あとわたくし、ないてませんからね!」

 ・・・あれ?

 なんだかひとり、増えてるような?

 っていうかあのフレンズさん、すっごく見覚えがあるんだけど・・・。

「そうやってかえされるんも、なんどめやろねぇ? なあシーラ?」

「そうだな。毎度のことながら、クロの強がりは見ていて可愛らしい。」

「もう! シーラねえさままで!」

 と、クロちゃんが大声を出したところで、あれだけ騒がしかった声がぴたりとやむ。

 そして、

 

「「「「「シーラ!?」」ちゃん!?」ねえさま!?」ねえ!?」

 

 みんなぴったり同じタイミングで、目と口をまんまるに開けて叫んだ。

 

 どうりで、見覚えがあると思ったら。

 とうぜんだよね。ついさっき洞窟で見た立体映像、そのままなんだから。

「その様子だと、みんな健勝そうだな。良き哉良き哉。」

 シーラさんはそう言って、映像で見たのと同じように、くつくつと笑う。あまりにも自然にそこにいて、みんな、びっくりして声も出ない様子だった。

 そんな中、ローラちゃんが唇を震わせて、小さく声を漏らす。

「え・・・? なんで・・・? うそ・・・!」

「おお、私の眼鏡と白衣じゃないか! ということは、あの洞窟に入ったな? ダメだぞローラ、あそこは・・・、」

 ローラちゃんが抱えている眼鏡と白衣を見て、シーラさんは真剣な顔になって注意をしようとするんだけど、

「セルリアンがいるのよね。しってるわよ。はぁ・・・、んで、あたしたちでみんなたおしました!」

「リエ、それは本当か!?」

 珍しく、ごきを強めたリエちゃんがそれを遮る。その顔に浮かんでいるのは、まぎれもなくあきれ顔だ。

 リエちゃんの話に驚いているシーラさんに、クロちゃんとメイちゃんがかけよった。ふたりとも、目に涙を浮かべている。

「あれだけの数のセルリアンをどうやって? にわかには信じられんが・・・、」

「それは、ねえさまたちとみんなで・・・、」

「ローラちゃん、すっごくがんばったんですよ! ・・・ぐすっ、」

「あーもう、なんか、えっらいくたびれぞんやわ・・・」

 ヒョウちゃんだけは少し離れた場所で、なんだか疲れた顔をして、乾いた笑いをこぼしていた。

 

 そして、ローラちゃんは、

「シーラねえぇぇぇぇ・・・! いぎででよがっだぁぁぁ・・・!」

 また大粒の涙をぽろぽろこぼしながら、シーラさんに抱き着く。

 けれどその涙の意味は、さっきとはまるで違っている。

 さっきのは、別れを乗り越えるための涙。

 そして今のは、再会を喜ぶ涙だ。

 

「心配かけたな、ローラ。もう、大丈夫だ。」

 

 さっき洞窟でヒョウちゃんがしたのと同じように、シーラさんはローラちゃんの頭を、ぽんぽんと撫でた。

 

 ― ― ―

 

 シーラさんがローラちゃんから白衣と眼鏡を受け取り、それを身に着けたところで、

「そんで、どないなっとん。なんでいきとんねんワレ。」

 かいこういちばん、そんなあんまりな言いぐさをしたのはヒョウちゃんである。

 ヒョウちゃんももちろん、シーラさんと再会できてうれしいんだろうけど、色々思うところがあるみたいで、なんだか複雑そうな表情だ。

 まあ、言いぐさはアレなんだけど、実はわたしも気になっていた。

 立体映像に残されたシーラさんの言葉は、わたしのすいりを裏付けるものだったし、だとしたら、どうしてここにシーラさんがいるのか。

 だから、あえて口を挟まずに、シーラさんの口から正解が出るのを待つことにした。

「久々に会ってだいぶご挨拶だが・・・、仕方ない。非は私にある。」

 シーラさんは苦笑交じりにヒョウちゃんに答え、シーラさんは自分の身に何が起こったかの説明をはじめた。

 

「大体の事情は察してると思うから、かいつまんで説明する。洞窟の奥に大量のセルリアンを見つけた私は、封じ込めるために入り口で爆薬を使ったんだが・・・、」

 と、そこでシーラさんは何故かわくわくした表情になると、急に早口になって続ける。

「てか、あれ、凄いぞ。とんでもなく威力があるんだ。それこそ大型セルリアンを吹っ飛ばすくらいに。流石は山を砕くための道具というところだな。原理は分からんがやはりヒトの作る道具は素晴らしい。ってか、ハナからあれを使えばあいつら倒せてたん、」

「あー、もう! はなしがぜんぜん、すすみませんわ!」

 とつぜん爆薬についての話をはじめたシーラさんを、クロちゃんが大声で遮る。

「あいかわらずシーラねえさまの、だっせんぐせはひどいですわね!」

「どこが、かいつまんだせつめいやねん! おまえのあたま、つまんだろかい!」

 ぷんぷん、といった感じに怒るクロちゃんとヒョウちゃんに、思わず笑ってしまいそうになる。

 

 なんというか、これまで見てきたヒョウちゃんは、ずっとみんなに気を遣っていたように思う。

 クロちゃんに嫌味を言われても上手に受け流してたり、とかさ。

 たぶんそれは、姉の立場があるから、なんだろうけど。

 イエイヌちゃんがはじめてヒョウちゃんに会ったとき、緊張しているだけ、と言っていたのは、ひょっとしたら、そういうことなのかもしれない。

 だから、そのヒョウちゃんがクロちゃんと一緒になって怒っている姿は、なんだかとっても新鮮で、少しうれしかった。

 

 まあ、もちろん、怒られるシーラさんはたまったもんじゃないかもだけどね。

 そう思ってシーラさんを見るのだけど、シーラさんはいたって平然としていて、ふたりのおこも気にしてないみたいだった。

「ああ、すまない。ともかく爆薬を使ったんだが、」

 シーラさんはそんな、いたって自然体のまま、とんでもないことを口にした。

 

「威力がありすぎて私も吹っ飛んだわけだな。」

 

 頭に浮かぶのは、爆発の衝撃で、あーれー、と飛んでいくシーラさんの姿。

 ・・・あのさ、

 さすがにそんなの、すいりのしようがないでしょ。

 いや、別にすいりが当たらなかったことが不服なわけじゃないし、むしろシーラさんが生きててくれたのはうれしいし。

 でも・・・、なんだかなぁ。

 とりあえず、今度同じようなことがあったら、フレンズさんの体の頑丈さをこうりょした上で、考えをまとめるようにしよう。

 

「それで、縄張りの外まで飛ばされた所を、運よく親切なヒトに拾ってもらってな。つい先日までそのヒトの所で治療を受けていた、というわけだ。」

 みんな、怒っていたふたりも含めて、唖然とした顔でシーラさんを見ている。

 それはそうだよね。

 勝手にいなくなったと思ったら爆発で吹っ飛んでて、それからずっとヒトのところで治療を受けてただなんて・・・。

 ・・・うん?

 ええと、シーラさん、なんだか今、かなり重要なことをさらっと言ったような気が。

 

「うん。だいたいわかったけど、どうくつのなかのめがねとはくいは、なんだったのよ」

 と、眉根を寄せながら聞いたのはリエちゃんだ。

 うん。たしかに、眼鏡と白衣は洞窟の中にあった。でも、たぶんそれは、

「あれは囮だ。セルリアンは音に敏感だが、多少なり匂いにも反応する。爆破の準備が整うまでの時間稼ぎくらいにはなったと思うが・・・。」

 やっぱり、シーラさんが自分で置いていったみたい。あらためてシーラさんの姿を見ると、白衣は土ぼこりはついていてもすすけてないし、眼鏡も割れたりしていない。

 今になって気づいたけど、爆発に巻き込まれたんだとしたら、もっとぼろぼろになっている筈だったんだよね。

 はぁ、やっぱり、あたしはかしこくないなぁ。

 

「ま、まぎらわしいよ! シーラねえ!」

 そうだそうだ! ミスリードにもほどがある!

 と、一緒になって騒ぎそうになるけど、ローラちゃんのその台詞は、もちろんそういう意味で言ったわけじゃない。

 単に、心配させるな、ということだろう。

「そ、そうです! わたしてっきり、かわりはてたすがた、ってものかとおもっちゃったじゃないですか!」

「変わり果てた・・・と言うと、即身仏的なものか? それは興味深いな。私の知る限りフレンズが即身仏化した例は・・・、」

「まーただっせんしとる。ほんまビョーキやでこいつ。」

 なるほど、と思う。

 こういう、良くも悪くも色々なことを気にしない子だから、この個性的ななわばりのリーダーとして、みんなをまとめられるし、みんなから慕われるんだろう。

 たしかに、この子の代わりをしようとしたら、へとへとになっちゃうよね。

 おつかれさま。ローラちゃん。

 それから、ヒョウちゃん。

 

 心の中でふたりに呟いて、そして、わたしは口を開く。

 さっきシーラさんが言っていたことを、わたしは確かめなくてはならなかった。

「あの!」

 わたしが大きな声を出すと、みんなと、そしてシーラさんの目がこちらを向く。

「うん? キミはたしか・・・、あっ、」

「あの、はじめまして。あたしは、ともえって言います。こっちはイエイヌちゃんと、くびわちゃんです。」

「イエイヌです。はじめまして。」

「・・・くびわ、です。」

 わたしたちが自己紹介をすると、シーラさんはまるで奇妙なものでも見るかのように、わたしとイエイヌちゃんを交互に見た。

 なんだろう、何か、変なことを言っただろうか?

 そんなことを思うのだけど、気のせいだったのかな。

「そうか。私はチンパンジーのシーラだ。よろしく。」

 シーラさんは体の向きを変えて、こちらに正面を向けると、挨拶を返してくれた。

 

「それで、あの、いきなりこんなこと聞いて申し訳ないんですけど、」

 わたしは前置きのようにそう言って、急かすように早鐘を打つ胸をぎゅうっと抑えながら、言葉を続けた。

 

「さっき、シーラさん、ヒトのところで治療を受けたって・・・、ヒトって、あたし以外にヒトって、パークにいるんですか!?」

 

 自分でも、どうしてここまで焦ってしまうのか、わからない。

 今まで、ぜんぜん気にしないでいたのに。

 ・・・ううん、

 気にしないでいたからこそ、気にしないフリをしていたからこそ、なのかもしれない。

 たぶん、わたしもヒョウちゃんたちと同じで、だいぶムリをしていたのかもしれなかった。

 

「なるほど、そういうことか・・・。」

 シーラさんは小さく呟くと、あごを触りながらしばらく考えるようにして、

「事情は何となくだが理解した。ならば、私が説明するよりあの子と話した方が早いだろう。」

 そう言って、すぅ、と息を大きく吸い込んだ。

「聞いての通りだ! こちらへ来てくれないか!」

 その、大きな声に反応するかのように、近くの茂みから、がさがさと音が聞こえた。

 音のした方を見ると、そこからフレンズさんが出てくるのが見えた。

 飾り羽のついた帽子に、赤い半袖シャツ。黒いタイツの上から大きめのハーフパンツを履いている。

 そして、その背中には、大きなかばん。

 

 この子は何のフレンズなのだろう。

 これといって、とくちょうがないように思うけど・・・。

 ・・・とくちょうが、ない?

 たしかリエちゃんが、そんなことを言っていたような。

 あれって、たしか・・・、っ!

 

 思いついた考えを上手く整理できないでいるわたしを尻目に、そのフレンズさんはシーラさんのところに辿り着き、話しかけていた。

「・・・、すみません。何か盗み聞きしてるみたいになっちゃって・・・、」

「何を言う。自分の用事をさて置いて、私と、家族との再会を邪魔せずにいてくれたのだろう? 感謝こそしても、怒る道理はないさ。」

「あはは・・・、そう言ってもらえると、助かります。」

 そうして、こちらの方に向き直ると、にっこりと笑った。

 

「ボクは、かばんっていいます。ヒトのフレンズです。」

 

 ヒトの・・・、フレンズ?

 耳に入ってきた新しい単語に、ますますわけがわからなくなる。

 この子は、ヒトじゃなくて、ヒトのフレンズで、でも、あたしはヒトで・・・、

 ・・・ほんとうに?

 ほんとうにあたしは、ヒトなの?

 そう思い込んでるだけ、なんじゃないの?

 頭の中をいろんな考えがぐるぐる回る。

 視界さえもぐるぐる回っている気がして、今にも吐きそうだ。

 なんとか思考を落ち着けたかったけど、時間は待ってはくれないみたいだ。

 

 かばんと名乗ったその子は、こちらを射抜くような目になると、静かに言った。

 

「ようやく見つけたよ。セルリアンクイーン。今度は、逃げないでね。」

 

 その目は、まるでわたしの体を貫いて、後ろにまで届いているようだった。

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~チンパンジー~

 

 シーラさんは霊長目ヒト科チンパンジー属の哺乳類、チンパンジーのフレンズだよ!

 チンパンジーって名前は、しっぽのないサル、って意味なんだって! そのまんまだよね!

 

 チンパンジーはとっても頭のいい動物で、木の棒とか石とか、色んな道具を使ってエサや水をとったりするよ!

 それだけじゃなくて、手話で会話をすることもできるんだって!

 いくつものジェスチャーを組み合わせて、『ついて来い』だったり、『体を掻いて』だったり、いろんなことを伝えられるんだよ!

 すっごいよね!

 

 そんな頭のいいチンパンジーなんだけど、おとなのオスは実は獰猛なんだ。

 慣れてないヒトだと興奮して襲いかかったりするから、気をつけないとだよね。

 

 あと、チンパンジーはヒトにすごく近い動物だから、昔は色んな薬の動物実験に使われてたんだって・・・。

 そのために、たくさんのチンパンジーが不自由な暮らしを強制されてたんだ・・・。

 もちろん、そのおかげで助かった命もたくさんあるんだけど。

 やっぱり、かわいそうだよね・・・。

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 鬱蒼とした草木が生い茂る密林に、

 ふたりのフレンズさんたちが隠れていました。

 

「なにやらただならぬけはい・・・、これは、ひょっとしてしゅらばというものでは・・・?」

「そうなのー?」

「はい。ヒトはつがいをとりあうしゅうせいがあったそうで、そのじょうきょうをしゅらばとよんだそうです。おそらく、これがしゅらば・・・。」

 

 ふたりとも、木の陰からのぞき見をしてるみたい。

 もう、ふたりとも、悪い子ね?

 あんまりいけないことしちゃ、ダメよ?

 

「たしかに、しゅらばっぽいけどー、センちゃんがそうぞうしてるのとは、たぶんちがうとおもうよー?」

「なにをいってるのですかアルマーさん! いらいぬしさんは、きっとつがいを、あのもうひとりのヒトにとられたのです!」

「そうかなー。」

「ああ! これがしゅらば!」

「ていうかー、わたしたちのいらいってー、たしかー、」

 

 ・・・あら?

 もうひとり、誰かいるみたい。

 

「ってぇなこのぉ! なんだこのもりぃ! きがおおすぎて、はしれねぇーだろがい!」

 

 あらあら。

 枝とか葉っぱをいっぱいつけちゃって。

 こんな密林で走り回ったら、危ないわよ?

 それに、木に話しかけても、お返事は返って来ないのよ?

 

「お? やんのか? やんのかおいこらぁ! ぼけっつったってっとぶったすぞらー!」

「・・・だれ? あのこ。」

「さー?」

 

 ふたりのフレンズさんたちは、

 もうひとりの子に気づいたみたい。

 はてさて。

 どうなるかしら?

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 

 



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けものフレンズR くびわちほー 第07話「せるりあんくいーん」アバン・Aパート

 胡蝶の夢、という言葉がある。

 むかしむかしの、えらいヒトが語った説話だ。

 夢の中で蝶になり、ひらひらと空を飛んでいた彼は、ふと目が覚め、ヒトの身である自分を見て思うのだ。

 はたして自分は今、蝶になる夢を見ていたのか。

 それとも、今の自分が、蝶の見ている夢なのか。

 その説話は、どちらであろうと違いはない、という意味で語られたものだ。

 蝶であるときは蝶であり、ヒトであるときはヒトである。

 いずれにせよ、自分という知は変わらず存在し、形態の違いでしかないそれらに、なんら違いはないのだと。

 さすが、むかしのえらいヒトは言うことが違う。どうすればそこまで達観した考えが持てるのだろうか。

 少なくともわたしには、とてもムリだ。

 もし、自分が蝶の見る夢でしかないと知ったなら、自分の存在が足元から崩れるような感覚になって、きっとわけもわからず取り乱す。

 そして、こう願うのだ。

 夢なら覚めて、と。

 その夢から覚めた先がどちらなのか、ひとつの疑いもせずに。

 

 ― ― ―

 

「ようやく見つけたよ。セルリアンクイーン。今度は、逃げないでね。」

 かばんと名乗ったその子は、こちらを射抜くような目で見据え、そう言った。

 セルリアンクイーン。

 はじめて聞く単語だったけれど、それがいったいどういうものなのか、容易に想像できた。

 頭に浮かんだ想像に、まるで地面が抜け落ちたような感覚に襲われる。

 ぐるぐるとめぐる思考に何も言えないままでいると、シーラさんが注釈を入れるように口を挟んだ。

「セルリアンクイーン。文字通りセルリアンたちの女王で、セルリアンを自分の思い通りに操ることができる、かつてパークを危機に陥れた危険なもの、だったな。かばん。」

「はい、そうです。」

 その説明はおおよそわたしの想像していたものと同じもので、そんな、とてもおだやかではない内容を、ふたりはひどく冷静に語る。

 それが、とてもおそろしい。

 だって、ふたりのはなしがほんとうだとしたら・・・。

 何か言わなくちゃ、と思って口を開くのだけど、吐息すら漏れない。

 こえって、どうやってだすんだっけ。

 そもそも、いきって、どうやって、すうんだっけ。

 呼吸すらあやういまま、なんとか絞り出した声は、ひどくうわずって、震えていた。

 

「あ、あたしは・・・、ヒトじゃない、って、こと・・・?」

 

 口に出した瞬間、夕日に赤く染まっていたはずの景色から、色が失われる。

 聞こえていたはずの木々のざわめきが、しぃんと消え失せる。

 色と音が失われた世界で、わたしはひとりだった。

 

 あはは。

 あたし、かんちがいしてた、みたいだね。

 あたしは、ずっとじぶんのこと、ヒトだって、おもってたけど。

 それは、ヒトになったゆめを、ずっとみてただけだったんだ。

 ほんとうのあたしは、ヒトじゃなくて、

 ほんとうの、あたしは――

 

「そんなはずありません! ともえちゃんはまちがいなく、ヒトです!」

 

 その声が聞こえた瞬間、消えていた木々のざわめきが戻ってくる。

 目に映る景色が、夕日に赤く染まっていく。

 色を取り戻した目を、声の聞こえた方に向けると、

 

 そこには、わたしのたいせつなともだちがいた。

 

「イエイヌちゃん・・・。」

 イエイヌちゃんは、とても怒っていた。

 歯をむき出しにして、フーッ、フーッ、と息を漏らしながら、かばんと名乗ったその子を睨みつけている。

 ここまで激しい感情を表に出したイエイヌちゃんを見るのは、たぶん、はじめてだ。

 いつもにこにこしていて、わたしがおばかなことをしても、けっして怒らず、困ったような顔をしながら、すごく真面目に叱ってくれる。

 そんなイエイヌちゃんが、本気で怒っていた。

 

「あなた、なんですか! いきなりでてきて、わけのわからないことを!」

 イエイヌちゃんはわたしをかばうように前に出て、言葉を続ける。

「ともえちゃんは、がんばりやで、やさしくて、いつもみんなのために、なにかをしてくれるこなんです!」

 その言葉ひとつひとつが、わたしの胸に染みこんでいく。

「あたまがよくて、わたしがおもいつかないようなことも、いっぱいおもいついて、それをぜんぶ、だれかのためにやくだててて・・・!」

 記憶のない、自分が何なのかもわからないわたしだけれど、

 イエイヌちゃんはそんなわたしのために、本気で怒ってくれている。

 そんなわたしを、肯定してくれる。

 そっか。

 たとえ、あたしがヒトじゃないのだとしても。

 きっと、それだけで、

 

 ありがとう。イエイヌちゃん。もう、じゅうぶんだよ。

 

 ――と、口にしようとしたのだけど、

「だから! ともえちゃんは、セルリアンのじょおうなんて、そんなあぶないものじゃ、」

「あ、あの! ごめんなさい! ちがいます!」

 遮るように言ったその子の様子に、口の動きが止まる。かばんと名乗ったその子は、明らかに狼狽していた。

 イエイヌちゃんのけんまくに気おされてか、さっきまでの冷静な感じはどこへやら、おどおどした声色と表情で、

「ボクが言ってるのはその子のことじゃなくて・・・。」

 言いながら、わたしの後ろにいるくびわちゃんを指さした。

 

「その、後ろの子のことなんですけど・・・。」

 

 ・・・、

 ・・・、・・・、へ?

 

 ― ― ―

 

 けものフレンズR くびわちほー 第07話「せるりあんくいーん」

 

 ― ― ―

 

 えっと。

 ちょっとまってね。いま、じょうきょうをせいりするから。

 かばんちゃんが言ったセルリアンクイーンっていうのは、あたしのことじゃなくて。

 ってことは、たぶんだけど、やっぱりあたしはヒトで。

 ひょっとしたら、かばんちゃんが自分で言ってたみたいに、ヒトのフレンズ、なのかもしれないけど、少なくともセルリアンの女王とかってものじゃあないみたい。

 考えてみれば、あたし、セルリアンに襲われたことあったしさ。

 頭を冷やしてみると、そりゃそうでしょ、という感じ。

 あはは。

 あたし、かんちがいしてたみたいだね。

 うーん。

 この場にプロングホーンちゃんがいたら、しやがせまい、なんて笑われちゃうかも。

 あははは。

 

 ・・・って、笑ってる場合じゃないって!

「ちょ、ちょっと待って! くびわちゃんはそんな危ないのじゃないよ!?」

 そう。かばんちゃんが指さしたのはくびわちゃんだ。

 つまりそれは、くびわちゃんがその、セルリアンクイーンとかいうもの、って言ってるわけだよね?

 いやいや、そんなはずないでしょ!

「そうです! くびわちゃんも、そんなきけんなものなんかじゃありません!」

 イエイヌちゃんの援護にうんうんと頷きながら、わたしは考えをまとめつつ続ける。

「くびわちゃんはすっごくいい子だよ? 物知りで、色んなことを教えてくれるし。セルリアンみたいに、フレンズさんを襲ったりもしないよ?」

 それに、と呟いて、

「さっきだって、洞窟にあった機械を使って、みんなにシーラさんの映像見せてくれたしさ。」

「何だって?」

 続けた言葉に反応したのはシーラさんだった。

 

 シーラさんは何故かすごくうろたえた様子で、きょろきょろした視線をヒョウちゃんたちに向ける。

「え、嘘でしょ? あれ、見たの? みんな?」

「みたでー。」

「みましたわ。」

「うん。みたみた。」

「はい。みました。」

「みたよ。」

 そして、みんなが声を返すにつれて、しだいに顔を赤くしていった。

 

 え? なんで?

 あれって、みんなに見せるために撮ったものじゃなかったっけ?

 そんなことを思いながら、わたしはシーラさんに問いかける。

「えっと、シーラさん? ひょっとして、あの映像、見せちゃダメだった?」

 シーラさんは赤くした顔をそのままに、ぽりぽりとほっぺをかきながら、

「えっと・・・、撮った後で気づいたんだが、普通、フレンズは機械を使えない。少なくとも私の知る限り、機械を使えるのは私を含め、数えるくらいしかいない。」

 それって、つまり・・・。

「え。それじゃあ、映像を残した意味ないんじゃ・・・、」

「だから気づいたのは撮った後なんだよ! 撮り終わって急に恥ずかしくなったから消そうと思ったんだけど・・・、どうせ見られないし、いいかなって・・・。」

 言いながら映像に残した内容と、撮り終わったときの感覚を思い出したのだろうか、後半の声は消え入りそうなくらいに小さかった。

 

 そんなシーラさんの肩に、ヒョウちゃんがにまにました笑顔で腕を回してくる。

 うっわぁ・・・、わっるい顔だぁ。

「にゃはは、なんやシーラ。ガラにもなくてれとんのか? お?」

「めずらしいこともあるものですわね。まあ、ムリもありませんけど。」

「なんたって、たいせつなかぞく、だものね?」

 リエちゃんが映像に残されていた言葉を繰り返すように言うと、シーラさんはますます顔を真っ赤にして下を向く。

「くすくす。みんな、あんまりいじめちゃかわいそうですよ?」

「わたしはシーラねえのきもちがわかって、すごくうれしかったよ?」

 可笑しそうに笑いながらフォローするメイちゃんと、きらきらしたじゅんすいな目を向けるローラちゃん。

 ローラちゃん。気持ちはわかるけど。

 それ、たぶんおいうちだとおもいます。

「・・・くっ、穴があったら入りたいというのは、こういう状況を言うのだろうな。」

 悔しそうにはがみをしながら呟くシーラさんに、ヒョウちゃんは、にまにましたわっるい顔のまま、

「あなならそこにあいとるでー。じぶんであけたあなやさかい、なんぼでもはいったらええんとちゃいますかー。」

「この・・・っ! ヒョウ! お前な!」

 がばっと身を起こしたシーラさんとヒョウちゃんが取っ組み合いをはじめる。

 あはは。

 本当にみんな、仲いいなぁ。

 

 って、だいぶ話が脱線してしまった。

「と、ともかく! くびわちゃんはセルリアンの女王なんて、そんな危ないのじゃありません!」

 とりつくろうようにそう言って、わたしはずい、と前に出る。

 状況を上手くとりつくろえたかはわからないけど、言葉の中身については、とりつくろったものじゃない。

 少なくとも、それがわたしの、

 ・・・ううん。わたしたちの、本心だ。

 わたしはイエイヌちゃんとふたりで、かばんちゃんをまっすぐに見据えた。

 

 けれど、その当のかばんちゃんはというと、

「あはは・・・。」

 お腹を抱えて、小さく声を出して笑っていた。

 えっと、どうしたんだろう。

 ひょっとして、ヒョウちゃんたちのやりとりがよっぽど可笑しかった、とか?

 とっても楽しそうに笑うかばんちゃんに、思わず毒気を抜かれてしまう。

 イエイヌちゃんとふたりできょとんとした目を向けていると、笑いも収まってきたのか、かばんちゃんは、ふぅ、とひと息ついて、

「えっと、いろいろと、ごめんなさい。つい、気を張ってしまったみたいで。」

 ふかぶかと頭を下げてくれる。

 再び頭を上げたときそこにあったのは、とっても優しげな微笑みだった。

 

 うーん。なんというか、これって。

 こっちもいきなりの話で警戒してしまったわけだけど、ひょっとしたら、かばんちゃんもわたしたちと同じように、警戒していただけなのかも。

 どうも誤解があったみたいだけど、それを解消さえすれば、仲良くなれそうかな。

 こうして見ると、すっごく優しそうな感じの子だし。

 そんなことを考えていると、自然と、わたしもおんなじように笑顔になる。

「えっと、かばんちゃんって、呼んでいい?」

「はい。もちろんです。」

 わたしの提案に、かばんちゃんは変わらず笑顔で答えてくれる。

「ボクも、ともえさん、と呼んでも?」

「さんじゃなくて、ちゃんって呼んで! 話し方も、もっと普通に! その方が仲良くなれそうだし!」

 

 せっかく、パークではじめて会えたヒトなのだから、できればもっと仲良くなりたい。

 それにやっぱりこの子、いい子そうだし。

 そう思ってのお願いだったのだけど、かばんちゃんは何故だかびっくりした顔になって、わたしの顔をまじまじと見つめた。

 えっと、あたしのかお、なにかへんかな・・・?

 なんてことを思ったけれど、気のせいだったのかな。

 かばんちゃんはまたすぐに笑顔に戻ると、

「うん。わかったよ。ともえちゃん。」

 そう言って、また、あはは、と小さな笑い声を漏らした。

 うん。

 やっぱりかばんちゃんは、笑顔のすてきな、いい子みたいだね。

 

 さて。

 そんな感じに、少しだけうちとけることができたところで、

「えっと、セルリアンクイーン、だっけ。なんでくびわちゃんがそんなのだって思ったの?」

 あらためて、お互いに誤解をしてしまった原因について聞いてみることにした。

 わたしの質問に、かばんちゃんは口元に手を当てて考えるようにしながら、ひとり言のように呟く。

「えっと、どこから話せばいいかな・・・、」

「カバン。イチド、ラボニキテモラッタホウガ、セツメイガシヤスイヨ。」

 と、聞こえてきたのはボスの声だ。

 あれ? なんで? ボス、ここにはいないよね?

 どうしてボスの声が?

 頭に疑問を浮かべながらかばんちゃんの様子を眺めるのだけど、やっぱりよくわからない。

「ラッキーさん。・・・、うん、そうだね。」

 かばんちゃんは右手首につけた腕時計みたいなものに話しかけている。

 その腕時計みたいなものは、ほんらい文字盤がある場所に、うすぼんやり光るレンズみたいなものがついていて、それはたぶん、ボスのお腹についていたのと同じものだ。

 ひょっとしてあれは、つうしんき、みたいなものなんだろうか。

 あれを通じて、遠くにいるボスとおはなしができる、とか?

 

 そんなてきとうな予想を立てていると、かばんちゃんはこちらに向き直って、こんな提案をしてきた。

「あの、よければ一緒に来てくれないかな? 近くにボクが住んでる場所があって、そこで、色々説明できたらと思うんだけど・・・、」

 そこで歯切れが悪くなったのは、さっきの今で、気兼ねしてしまってるからだろうか。

「・・・その、くびわちゃん、と一緒に。」

 と、申し訳なさそうな顔を見せるかばんちゃん。

 わたしとイエイヌちゃんは顔を見合わせてから、かばんちゃんの方に視線を向けて、こくりと頷く。

 そして、後ろを振り返りながら、

「くびわちゃん、いいかな?」

 声をかけてから、気づいた。

 さっきまでそこにいたハズのくびわちゃんが、いない。

 

「あれ? くびわちゃん?」

「ともえちゃん! あそこに!」

 イエイヌちゃんの指が示した方向を見ると、くびわちゃんがこちらに背を向けて走っているところだった。

 向かう先は、みつりんの茂みの方。

 それはつまり、こういうこと。

「ええ!? くびわちゃん! 待って! なんで逃げるの!?」

 くびわちゃんはわたしたちがおはなししているスキに、逃げちゃってた、ということだろう。

 ちなみにくびわちゃんは体が小さいから、あんまり走るのが得意じゃない。今もとてとてとした足取りで、けれどいっしょうけんめいに走っている。

 小さい子が、うんどうかいでがんばって走ってるみたいで、なんだかとってもいじらしかった。

 うーん、やっぱりくびわちゃんはかわいいなぁ。

 ・・・じゃなくて!

 そんなこと考えてる場合じゃ、ないってば!

「待って! くびわちゃん!」

 追いかけるために走り出しながら、くびわちゃんに声をかける。けれど、くびわちゃんはこちらを振り向いてもくれなかった。

 

 それは、仕方のないことかもしれない。

 だって、さっきのおはなしを、くびわちゃんも聞いてたのだから。

 自分が、セルリアンクイーン、っていうものかもしれない、なんて話を。

 思えばわたしは、くびわちゃんがさっきのやり取りをどう見てたかなんて、考えもしなかった。

 パークではじめて会ったヒトがいいヒトで、舞い上がってたのかもしれない。

 ・・・ううん。そうじゃない。

 きっと、わたしは自分がその、セルリアンクイーンってものじゃないってわかって、ほっとしてたんだ。

 だから、くびわちゃんがどう思ってるかなんて、考えもしなかった。

 

 ・・・うん。

 くびわちゃんに追いついたら、ちゃんと謝ろう。

 そして、くびわちゃんが嫌だと言うなら、みんなでそのまま逃げちゃおう。

 かばんちゃんにはわるいけれど、ともだちが嫌がってるのにムリにつれていくなんて、あたしにはできそうにないから。

 心の中でそう決めて、走る足にちからを込める。

 見ると、くびわちゃんの背中はすぐそこにまで迫っていた。

 

 というか、くびわちゃんはもう、走っていなかった。

 茂みに入るいっぽてまえのところで、立ち止まっている・・・どころか、見覚えのあるフレンズさんに抱きかかえられるようにされていた。

「ってぇなこらー! どこみてほっつきあるってっだらー!」

 その、いちど聞いたら忘れられないような、口のわるさ。

「ロードランナーちゃん!?」

 思わず声を上げながら、わたしはロードランナーちゃんを見る。

 ロードランナーちゃんはふーふーと息を荒げるくびわちゃんをひっしと抱きかかえ、逃がすまいとしていた。

 その体には、あちこちに葉っぱや枝をつけている。ひょっとして、いつもの調子でみつりんの中を走り回ってたのかも。

 あんなに草や木がいっぱいなのに、あぶないなぁ。

 なんてことを思いながら見ていると、

「・・・っ、・・・!」

 じたばたと暴れ出したくびわちゃんに、抱きかかえる手を離しそうになっていた。

「って、うわ! あばれんな! あたしだよあたし! みりゃわかんだろ、っていたい! まってまって! いたい! つめいたい! ひっかくのやめて! やだぁっ! うわぁん!」

「だ、だいじょうぶ!? くびわちゃん、やめてあげて! もう泣いてるから!」

 

 ロードランナーちゃんの腕の中で暴れるくびわちゃんをなんとかなだめて、ふたりを引き離す。

 くびわちゃんはひとしきり暴れて疲れたのか、もう逃げ出そうとする気配はなかった。

 もちろん、そのぎせいはおおきかった、みたいだけど。

「うぅ・・・、いたいよぉ・・・、ひどいよぉ・・・。」

 両腕に残ったひっかき傷をふーふーしながら、ロードランナーちゃんは泣きべそをかいている。

 なんともかわいそうな姿なのだけど、おかげでくびわちゃんを捕まえることができた。

「あはは。ありがと。ロードランナーちゃん。くびわちゃんを止めてくれて。」

「・・・、ったく、ちゃんとつかまえとけよなー。ほんと、なんであたしがこんなめに・・・。」

 あらためてお礼を言うと、ロードランナーちゃんはごしごしと目をこすって、うらめしげな視線を向ける。

 その視線を苦笑いしながら受け止めて、わたしはとりあえず、浮かんだ素朴な疑問を聞いてみることに――、

 

「えっと、ロードランナーちゃん、どうしてこ、」

「ちょっとまったー!」

 聞いてみることにしたのだけど、とつぜんの大声に遮られてしまう。

 見ると、がさがさと音を立てながら、フレンズさんが茂みの中から出てくるところだった。

「はなしはきかせてもらいました! ここはこのわたしにすべてまかせてもらいましょう!」

 ・・・、

 ・・・、・・・だれ?

「センちゃーん、くうきよもうよー。」

 そしてまた、今度はのんびりとした声を上げながら、別のフレンズさんが茂みの中から現れる。

 ふたりとも、はじめて見るフレンズさんだった。

 ふたりの内ひとり、声の大きいフレンズさんは、がばっと腕を広げながら、また大きな声を上げる。

「なにをいっているのですかアルマーさん! こうして、じたいがこんめいをきわめたいま! たんていであるわたしがうごかず、だれがうごくというのですか!」

「たしかにこんめいをきわめてるけどー。それはどっちかというとセンちゃんのせいかなー。」

「もう、なにがなんだか・・・。」

「あはは・・・、一個ずつ、整理しよっか。」

 色々なことが起こり過ぎてこんらんするわたしに、いつの間にか近くに来ていたかばんちゃんが、くすくすと笑いながらそう言った。

 

 ― ― ―

 

「えっと、オオセンザンコウさんとオオアルマジロさんは、どうしてここに?」

「ふっふっふ・・・、おおきななぞをかぎあてる、たんていのきゅうかくをなめないでいただきましょう。」

「センちゃんはこういってるけどー、ほんとうはただ、おもしろそうだからついてきただけだよねー。」

「もう、危ないことになるかもしれないからって、言ったのに。仕方ないなぁ。」

 話を聞くと、ふたりのフレンズさんはどうもかばんちゃんの知り合いであるらしかった。

 声の大きなフレンズさんが、オオセンザンコウのセンちゃんで、のんびりとした感じのフレンズさんが、オオアルマジロのアルマーちゃん。

 センちゃんはきらきらした金色のショートヘアにウロコのついた帽子をかぶっていて、ワイシャツの上にうす桃色のカーディガンを着ている。

 ブレスレットやスカート、長いしっぽにも大きなウロコがたくさんついていて、なんだか南国のくだものみたいな感じ。

 ちょっと変わったアイドル衣装みたいな雰囲気で、とってもかわいらしい。

 

 アルマーちゃんもセンちゃんとおそろいの帽子をかぶっているのだけど、髪は黒のセミロングで、ふたりで並ぶと髪の色のコントラストがすごく映える。

 ワイシャツの上にオレンジ色のカーディガンを着ていて、下は黄色のミニスカート。

 肩やひじ、ひざにはウロコのついたプロテクターをつけていて、まるでこれからローラースケートで遊ぶみたいな、すごくアクティブな印象だ。

 もっとも、アルマーちゃん自身はとても落ち着いた感じの子みたいだった。のんびりした表情で、けれどちゅういぶかく周囲を観察していた。

 さすがは、『たんてい』の『じょしゅ』といったところだろう。

 

 そう。探偵。

 ふたりは『たんてい』を仕事にしているみたいで、センちゃんが『たんてい』、アルマーちゃんが『じょしゅ』とのことだった。

 つい、今日のお昼まで、かばんちゃんの依頼で調査をしていたのだそうだ。

 ふたりがいったい何を調べていたのか、聞いてみたのだけど、センちゃんいわく、

「たんていには、しゅひぎむがありますから、それはおしえられません!」

 とのこと。

 気になるけど、そう言われちゃったら仕方がないかな。

 それに、こっちの話も確認しておかないと、だしさ。

 

 そう思い、わたしはロードランナーちゃんに向き直る。

「えっと、ロードランナーちゃんは、どうして?」

「っ、んだよ、いちゃわりーかよ!」

 わたしの質問に、ロードランナーちゃんはいつもの調子で返してくる。

「悪くないけど・・・、ひょっとして、あれからずっと、ついて来てくれてたの?」

「へんっ! てめーらだけだとふあんだからな!」

 どうも、そういうことみたい。

 でも、そうならそうと言ってくれればよかったのに。せっかくついて来てくれてるなら、一緒になっておはなしとか、色々できたと思うんだけどな。

 まあ、ロードランナーちゃんは意地っ張りな子だから、そんな提案してもたぶん、いつもの憎まれ口で返してくるんだろうけど。

 

 なんて思っていると、やっぱりというか。

 ロードランナーちゃんは「それに、」と区切るように言って、いじわるっぽい顔をくびわちゃんの方に向けながら、

「このちっこいのがまた、だれかにめーわくかけてるかもしんないしー。」

 そんな、いつもの憎まれ口をたたく。

 またいつものケンカがはじまりそう、なんて思いながらくびわちゃんを見るのだけど、くびわちゃんは買い言葉を返さなかった。

「・・・、ぁ、・・・っ、」

 口を開けて何かを言いたそうにするのだけど、またすぐに口を閉じて、そのまま黙ってしまう。

「・・・んだよ、ちょーしくるうなー。」

 ロードランナーちゃんは頭の後ろをかきながら、ぼやくように言う。

 その顔に浮かぶのは、呆れたような、けれど、どこか心配そうな表情だ。

 

「おめーよぉ。かんじんなとこで、びびってんじゃねーよ。」

「・・・、」

「ずっとだまってるわけにゃ、いかねーだろが。」

 その言葉は、どういう意味だろうか。

 たしかにくびわちゃんはさっきから黙ったままなのだけど、それだけの意味じゃないような。

 うーん、と考えてみるんだけど、わたしにはよくわからない。

 でも、くびわちゃんにはどうにも刺さったみたいで、閉じたままだった口を小さく開いて、声を漏らした。

「・・・ぃ。」

「なんだよ。きこえねー。いいたいことがあんなら、はっきりいえっつーの。」

「・・・くそばーど、おせっかい。」

「へんっ、そのちょーしだよ。」

 はっきりと聞こえたくびわちゃんの声に、ロードランナーちゃんはにやりと笑う。そしてその顔のまま、

「んで、どーすんだ? いくのか? にげんのか? ここでにげたら、これからあたしはおめーのこと、みじんこくそびびり、ってよんでや、」

「いく。」

「・・・ったく、さいしょっからそーいえっつーんだよ。」

 おはなしの途中でくいぎみに返されたのに、ロードランナーちゃんはどこかうれしそうな顔をしていた。

 

 うーん。

 なんだか、置いてけぼりになっちゃった感じ。

 ひょっとして、こうやで別れる前に、ふたりは何か、秘密のおはなしでもしてたんだろうか。

 わたしもイエイヌちゃんも、あのときは疲れてすぐに寝ちゃったし、ひょっとしたらその後で、ふたりは会ってたのかも。

 ・・・まあ、しんぎのほどは気になるけど、今は聞かなくてもいいことかな。

 くびわちゃんも行くって言ってくれたし、とりあえず、結果オーライだろう。

 

「なるほど。」

 となりから聞こえた声に視線を向けると、かばんちゃんが真面目な顔でロードランナーちゃんを見ていた。

「かばんちゃん? 何がなるほどなの?」

「あ、いえ。なんでも。えっと、ロードランナーさん。こうやで会ったフレンズさんたちから、ことづてを頼まれてるんですが・・・、」

「あん? だれからだよ。」

 話しかけられたロードランナーちゃんは、かばんちゃんに視線だけを向けながら、ぶっきらぼうな声を返す。

「チーターさんからは、頑張るのよ、と。」

「へんっ、いわれなくてもがんばるっつーの。」

 と、チーターちゃんからのことづてには、はいはい、といった様子で、

「それからプロングホーンさんからは、あんまり無茶はするなよ、だそうです。」

「はい! むちゃなんてしません! ありがとうございます! プロングホーンさまぁ!」

 と、プロングホーンちゃんからのことづてには、目をきらきらさせながら、お返事をした。

 あいかわらず、みごとなてのひらがえしである。

 

「・・・ごますり、くそばーど。」

「あぁ!? んだとみじんこくそびびりぃ!」

 ぽつりとこぼしたくびわちゃんの声に、ロードランナーちゃんはいつものように食って掛かる。

 それは、うみべからこうやまで、飽きるほどに見た光景だ。

 いつもなら、やれやれ、と思わずため息をつきたくなるような光景なんだけど、今はそのいつもどおりの姿が、とてもありがたい。

 なんだかようやく、わるいゆめから抜け出せたような気分だ。

 しぜんと、小さく開いた口から、笑い声が漏れだした。

「あはは。ふたりとも、ケンカしないの。」

 言いながら、わたしはかばんちゃんの方に向き直ると、ロードランナーちゃんを手のひらで示して聞いてみる。

「あの子も連れて行っていいかな? たぶん、ほっといてもついて来ちゃいそうだし。」

「あはは・・・、そうみたいだね。」

 かばんちゃんは口元に手を当てて、可笑しそうに笑いながら、こんなことを言ってきた。

「うん。大丈夫。バスにはまだまだいっぱい乗れるから。」

・・・へ? バス?

 

 ― ― ―

 

 みつりんの中を歩き、ローラちゃんと会った広場に戻ると、空はだいぶ薄暗くなっていた。

 もうそろそろ、日も完全に落ちる頃だろう。

 『いせき』に向かう道とは反対の方、わたしたちがお昼にやってきた道の手前には、かばんちゃんの言っていた『バス』があった。

「へー。これが・・・、バス?」

 思わず疑問形になってしまったのは、そのバスがわたしが知っているバスとはちょっと違う感じだったからだ。

 車体は運転席と客席が分かれるような形をしている。トレーラーみたいな感じ、と言えばわかりやすいかな。

 全身をヒョウ柄でカラーリングされていて、運転席の屋根にはネコ科のどうぶつみたいな大きなお耳がついている。

 なんだかとってもかわいい感じ。

「もう、だいぶ暗くなってきたね。みんな乗って。出発しよう。」

 かばんちゃんはそう言って運転席に乗り込む。

 かばんちゃん、車の運転もできるんだね。すごいなぁ。

「むふー。いちどのってみたいとおもっていたのです!」

「センちゃん。だんさがあるからー、きをつけてねー?」

 センちゃんとアルマーちゃんは楽しそうに後ろの客席の方に乗り込んでいく。わたしたちも続かないと。

 

 でも、その前に。

「あんたらにはえらいめーわく、かけてしもうたな。」

「そんな、迷惑だなんて。みんなと一緒にいれて、とっても楽しかったよ?」

 一緒に広場に戻ってきたヒョウちゃんたちが、お見送りをしてくれるみたいだった。

 ヒョウちゃんはわたしの素直な感想に、少し照れくさそうに笑う。

「にゃはは。さわがしいんがウチらのとりえやからな。また、いつでもみつりんにおいでや。」

「そうですわね。わたくしたちいちどう、こころよりおまちしております。」

「きがねなくあそびにくるといいのよ。みつりんは、あそぶところもいっぱいあるんだから。」

「こんどはかわあそびなんてどうですか? わたしとリエちゃんでおよぎ、おしえますよ?」

 クロちゃんも、リエちゃんも、メイちゃんも、すごくあったかい笑顔を見せてくれた。

「ともえさん・・・。ありがとう。」

 そして、ローラちゃん。

 ローラちゃんは少し涙ぐむような表情で、わたしの顔をまっすぐ見る。お礼を言われるようなことなんて何もしてないのだけど、そう言ってくれる気持ちは素直に嬉しかった。

「さんじゃなくて。今度会うときは、ともえちゃんって、呼んでね?」

「うん・・・、うん。ありがとう・・・、ほんとに、ありがとね・・・。」

 ぐすぐすと泣き出してしまったローラちゃんの頭を、となりにいたシーラさんがぽんぽんと撫でる。

 

「ローラたちが世話になったようだ。私からも礼を言わせてくれ。」

「そんな、あたしは何もしてないし・・・、お礼なら、がんばったイエイヌちゃんと、くびわちゃんに。」

 わたしがそう言うと、となりにいたイエイヌちゃんは苦笑交じりに言う。

「わたしこそなにもしていませんよ。ローラさんをゆうきづけた、ともえちゃんのおかげです。」

 くびわちゃんもこくこくと頷く。

 それこそ、そんなことないと思うのだけど。

 イエイヌちゃんはがんばってたたかってくれたし、くびわちゃんが機械を動かしてくれなかったら、シーラさんの姿を見て、ローラちゃんが元気になることもなかったしさ。

 そんなことを思いながら、ふたりを見ていると、

「そうか。キミも、成長したのだな。」

 シーラさんがいきなりそんなことを言ってきた。

 その言葉は誰に対して言ったものなんだろう。目をそらしていたから、よくわからない。

「なんでもない。ただの独り言だ。」

 疑問に思ってきょとんとした目を向けると、シーラさんはそう言って、くつくつと笑った。

「必ず、またこの密林に来てくれ。そのときには、色々と話をしようじゃないか。ヒトの話は興味深いからな。歓迎するぞ。」

「あはは。あたしじゃ、シーラさんが楽しんでくれるようなおはなし、できないかもだけどね。」

 

 そうして、みんなとのお別れをすませて、わたしたちもバスに乗り込んだ。

「ラッキーさん。ラボまでの運転、お願いしてもいいかな。」

「ワカッタヨ。カバンハ、ユックリヤスンデテネ。」

「ありがとう。暗いから、気をつけてね。」

「マカセテ。」

 運転席の方から、かばんちゃんとボスのおはなしが聞こえてくる。そのおはなしの内容から、さっきてきとうに考えた予想は違ってたのかな、と思う。

 ボスはこの車の運転だってできる。ってことは、ボスは遠くにいるわけじゃなくて、近くにいるということ。なら、かばんちゃんの持ってる腕時計みたいなもの、あれがボスなんだろう。

 かばんちゃん、あの腕時計みたいなものを、ラッキーさん、って呼んでたし。ボスのせいしきめいしょうは、たしか、ラッキービースト、って、いうんだったよね。

 つまり、あの腕時計みたいなものは、たぶんボスの本体で、理由はわからないけど、壊れちゃったボスをああいう形に修理して、一緒にいる、ということなのかな。

 そんなことを考えている内に、発車の準備はすんだようだ。ぶろろろ、というエンジン音と共にバスが動き出す。

 笑顔で手を振るみんなに、わたしたちは客席の窓から身を乗り出して手を振り返す。

 今まで通ってきたちほーももちろん、そうなんだけど、

 また来たいな、と心から思う。

 広場の周りをぐるりと回って、バスはお昼にわたしたちが通ってきた道へと入っていった。

 

 ― ― ―

 

 バスはあっという間にみつりんを抜けて、今はこうやとのさかいめを走っている。みつりんの外側をぐるっと回ると、かばんちゃんが住んでいる『らぼ』に着くみたいだった。

 わたしは今日あったことを思い返しながら、スケッチブックにクレヨンをはしらせる。

 スケッチブックの6ページ目には、きらきらとサンドスターのかけらが舞う中で、楽しそうにおしゃべりをしているヒョウちゃん、クロちゃん、リエちゃん、メイちゃん、ローラちゃん、そしてシーラさんを描いた。

 きらきらしたサンドスターの様子をクレヨンで再現するのはなかなか難しかったけど、われながら良く描けたと思う。

 おえかきのできに満足しながら、目の前に掲げてむふふと笑っていると、正面の席に座っているイエイヌちゃんの姿が目に映る。

「イエイヌちゃん・・・? どうしたの?」

 イエイヌちゃんは何故だか、すごく元気のない顔をしていた。

 ぴこぴこしたおみみも、ふさふさのしっぽも、しゅんと垂れ下がっていて、ごきげんメーターはゼロ、といった感じに見える。

 

 ひょっとして、さっきかばんちゃんに対して怒ったことを気にしてるのだろうか。

 そう思って、声をかけてみるのだけど、

「イエイヌちゃん。さっきのはさ、仕方ないよ。お互いに誤解してただけなんだから。あんまり気にしちゃダメだよ。」

「くぅん・・・、そういうことでは、ないのですが・・・。」

 どうも、当てが外れたみたいだ。イエイヌちゃんは心配そうな顔で運転席の方を見る。

 その視線の先には、とうぜん、かばんちゃんがいる。

 わたしは、うーん、と考えながら、思っていることをそのまま口にする。

「なら、くびわちゃんのこと? それこそ、心配ないと思うけど。かばんちゃんもいいヒトみたいだし。あぶないことにはならないと思うよ?」

 くびわちゃんはわたしたちから少し離れた席に座っている。その対面にはロードランナーちゃん。ふたりとも疲れていたのか、バスの揺れのせいかわからないけど、くぅくぅと寝息を立てていた。

 運転席の近くにはセンちゃんとアルマーちゃんが寄り添うように座っていて、ふたりもまた穏やかな顔で眠っている。

 

 なんとなく、ほっこりした気分でその姿を眺めていると、

「ほんとうに、そうなのでしょうか・・・?」

 イエイヌちゃんはとても心配そうな顔で、そんなことを言ってきた。

「イエイヌちゃん・・・、それって、どういう・・・、」

 いつも前向きなイエイヌちゃんらしくない台詞に、おどろいて聞き返す。

 イエイヌちゃんは警戒するようにしっぽとおみみを立てて、こう言った。

 

「わたしは、あのヒト、あまりしんようできません。」

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~オオセンザンコウ~

 

 センちゃんはりんこー目センザンコウ科センザンコウ属の哺乳類、オオセンザンコウのフレンズだよ!

 センザンコウの仲間はいろいろいるんだけど、オオセンザンコウはその中でもいちばんおっきい体をしてるんだよ!

 背伸びをしたら、だいたいあたしと同じくらい、かな? けっこうおっきいよね!

 

 体はまつぼっくりとか、パイナップルみたいなギザギザのウロコで覆われていて、これは体毛が変化したものなんだって!

 そのウロコはすっごい硬くって、丸まって防御を固めたら、ライオンの攻撃でもびくともしないみたい! すっごいよね!

 ウロコは硬いだけじゃなくって、ギザギザしてるから攻撃にも使うことができるんだよ! 長いしっぽにもウロコがついてるから、それを振り回して攻撃するんだって!

 

 子どもの内はまだウロコがそんなに硬くないんだけど、まんがいち襲われても、おしりから臭い匂いのぶんぴつ液を出して、身を守るんだって!

 あと、子どもの内はお母さんにおぶってもらって移動するみたい!

 センちゃんもなんだか子供っぽいから、ひょっとしたらアルマーちゃんにおぶってもらったり、してるのかもね!

 



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けものフレンズR くびわちほー 第07話「せるりあんくいーん」B・Cパート

フレンズ紹介~オオアルマジロ~

 

 アルマーちゃんはひこー目クラミホリ科オオアルマジロ属の哺乳類、オオアルマジロのフレンズだよ!

 アルマジロって言葉の意味は、武装したもの、って意味なんだって! その名前の通り、体中がウロコで覆われていて、鎧を着てるみたいなんだよ!

 

 アルマジロはセンザンコウと同じように、丸まって身を守るイメージがあるけど、丸くなれるのは一部のお仲間さんだけなんだって!

 オオアルマジロは丸くなれないんだけど、そのかわりに穴を掘って隠れたりとかして身を守ったりするよ!

 

 今、穴を掘るって言ったけど、オオアルマジロの面白いところは、その穴をたくさん作ることなんだ!

 2日にひとつのペースで深い穴を掘って、寝床にしたり、虫とかのエサを取る場所にしたりするよ!

 ひとつの穴の深さは5メートルにもなるんだって! すっごいよね!

 

 オオアルマジロの掘った穴は他の動物が使うこともあって、みんなもそこに隠れて休んだり、エサを取るために使うんだって!

 こういうの、いんふらせいび、っていうんだよね!

 他の動物の役に立つことを毎日せっせとこなしてるなんて、オオアルマジロって、すっごくがんばりやさんかも!

 すっごい、えらいね!

 

 ― ― ―

 

 バスが『らぼ』に着いたときには、もう日も沈んで、辺りはすっかり真っ暗になっていた。

 らぼはとても頑丈そうな外壁に囲われていて、通用門らしいところの前でバスがいったん停車すると、ぴぴ、という電子音と共に門が開いた。そのまま通り抜けると、バスの後方で再び、門が自動で閉まった。

 その門ももちろん、そうなんだけど、外壁も、それから車窓から見える建物も、明らかに人工物と見て取れるものだった。

 コンクリートで出来ているそれらの建造物は、ひょっとすると、ヒトにとってはぶんめいの温かみを感じさせるものだったかもしれないけど、どうしてか、冷たい印象を受けてしまう。

 ・・・ううん。どうしてかは、分かっている。

『わたしは、あのヒト、あまりしんようできません。』

 そう言ったイエイヌちゃんの声と表情に、不安を感じていたから、だった。

 あの後、「どうして?」と何度も聞いたのだけど、イエイヌちゃんは答えてはくれなかった。

 ただ、ひとことだけ。

「だいじょうぶです。なにがあっても、わたしがまもりますから。」

 とだけ、答えになっていないことを言って、そのまま黙ってしまった。

 そうこうしている内にバスはらぼに辿り着き、けっきょく、どうしてイエイヌちゃんがかばんちゃんをそんなに警戒しているのか、わからないままだ。

 

「着いたよ。みんな、お疲れ様。」

 バスを大きな建物の横に停めて、かばんちゃんが運転席からこちらを振り返って言う。

 その顔に浮かんでいるのは、とても優しげな微笑みだ。

 こんな優しそうな子なのに、イエイヌちゃんはどうして、信用できない、なんていうのだろう。

 それはたしかに、かばんちゃんは今日はじめて会ったばかりの子で、いきなり何もかも信じられるかと聞かれれば、そう答えるかもしれないけど。

 でも、それを言うなら今まで会ってきたフレンズさんだって同じことなのに・・・。

 うーん。

 ・・・まあ、考えても仕方ないか。

 今はイエイヌちゃんも理由を答えてくれなさそうだし、まずはやるべきことをやらないと。

「みんな、着いたみたいだよ! ほら、起きて起きて!」

 わたしは、ぱんぱん、と手を叩きながら、みんなを起こして回った。

 

 それから、みんなで建物の中に入って、広いリビングでだいぶ遅めの夕食をとった。

 もちろんメニューはジャパリまん。みんなのぶんのジャパリまんはぜんぶ、かばんちゃんが提供してくれた。

「時間があれば、料理をごちそうすることもできたんだけど・・・、」

 なんて言っていたけど、ホントかな?

 かばんちゃん、どんな料理つくるんだろう。あとで食べてみたいかも。

 そんなことを思ったけど、ジャパリまんを一口頬張ると、すぐに頭から抜けて行ってしまった。

 やっぱりジャパリまんはおいしい。あいかわらずの幸せな味に、みんなの顔もほころんでいた。

 それにしても、こんなにたくさんいるのに、気前よくふるまって平気なんだろうか?

 そう思ってかばんちゃんに聞いてみたのだけど、なんでもシーラさんの治療に使うのに集めたのだとかで、だいぶ余ってしまっているらしかった。

 手持ちのジャパリまんの数が心もとないことを伝えると、かばんちゃんは、いくらでも持って行って、と笑顔で言ってくれた。

 やっぱり、かばんちゃんはとっても優しい、いい子だった。

 

 ・・・いい子、なんだけどなぁ。

 ごはんの間もイエイヌちゃんの表情は険しくて、警戒するような視線をかばんちゃんに向けていた。

 表情が険しい、と言えばくびわちゃんもまたそうかもしれない。

 もっとも、くびわちゃんの場合は、警戒しているというより、不安そうな表情だったけど。

 センちゃんとアルマーちゃんは、らぼの中を興味しんしん、といった感じに眺めていて、ときどき「あれはなんですか!?」とかばんちゃんに質問しては、その答えをふんふんと聞いていた。

 わたしもいろいろ聞きたいことがあったのだけど、イエイヌちゃんとくびわちゃん、ふたりのことを気にしていると、ついつい無言になってしまって、結果、ただただ食べるのに集中してしまった。

 ロードランナーちゃんはもとより、山のようなジャパリまんに夢中だった。

 そうして、すっかりお腹いっぱいになったところで、

「今日はもう遅いから、話は明日にしようか。部屋はいっぱいあるから、自由に使っていいよ。」

 と、かばんちゃんが言って、その場はお開きになった。

 

 ― ― ―

 

 翌朝。

「ふんふんふんふん、ふんふんふんふん、ふんふーん♪ ふんふん、ふんふんふん・・・、」

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、わたしはリビングのおそうじをしている。

 ごちそうしてもらった上に泊まる場所も提供してもらったのに、何もしないでいるのが申し訳なくてはじめたのだけど、やってる内にちょっと楽しくなってきてしまったのだ。

 それに、上機嫌な理由はもうひとつある。

 えへへ。何だと思う?

 ヒントは、あたしのにおい!

 ・・・、ぶっぶー、じかんぎれー。

 正解は、『シャワーを借りれた』でした!

 

 昨日、なんだか気苦労を感じる夕食を終えた後で、かばんちゃんが、そう言えば、とシャワーの存在を教えてくれたのだ。

 目が覚めてこれまで、水浴びも満足にできなかったわたしにとっては、その話は天から降り注ぐ恵みの雨のようなものだった。シャワーだけに。

 浴槽があるともっとうれしかったのだけど、ぜいたくは言えないよね。

 それに、温かいお湯を浴びているだけで、とっても気持ちよかったし。

 備え付けられてたのは石鹸だけだったから、洗ったばかりのときは髪がきしきしするのが気になったけど、朝になったらしっとり感が戻ってたから問題なしだ。

 お借りしたベッドも、すっごく寝心地が良かったし。

 というわけで、すっかりリフレッシュしたわたしは、みんなよりちょっと早起きして、リビングのおそうじをしていたのだった。

 

「ふーんふーんふーん、でれれれ、じゃーっじゃっ、じゃーん♪ でれれれ!」

「しっしっし、やけに楽しそうなフレンズがいるねえ。」

 鼻歌が歌に変わったあたりで聞こえてきた声に、急にげんじつに引き戻される。

 声のした方を見ると、はじめて見るフレンズさんがにやにやした顔でこちらを眺めているところだった。

 わたしは顔が真っ赤になっていくのを感じながら、あはは、と乾いた笑いでその声に答える。

 うーん。ぜんぜん気づかなかった。

 歌とおそうじに、集中しすぎちゃってのたかも。

 それにしても・・・、足音とかぜんぜん、聞こえなかったような。

「おやあ? キミはあ・・・、もしかして、フレンズじゃあないのかなあ?」

「う、うん。あたしは、ヒトのともえだよ。よろしくね!」

 恥ずかしさをまぎらわすように元気よく自己紹介をすると、そのフレンズさんはにやにやした顔のまま、

「ししし・・・。ヒト、ヒトねえ。まあ、キミがそう言うんならあ? そうなんだろうねえ。」

 そんな、てつがく的な言葉を返してくる。

 なんだか不思議な子かも。

 

 つやつやした髪は灰色で、すっごく長い。それこそ、青みがかった毛先が床に着きそうなくらいだ。青っぽい紫の前髪は横にまとめていて、つるっとしたおでこがとってもキュートな感じ。

 フレンズさんも音楽を聴くのだろうか? 頭にかぶっているヘッドホンには、「PPP」と文字が書いてある。飾り気のない意匠のはずなのに、なんだかおしゃれだ。

 襟元の青いフードがセーラー服っぽくも見える白いパーカーは、ふりふりのミニスカートと一体になっていて、ちょっと変わったワンピースみたい。

 変わっている点はもうひとつあって、肩から先は灰色と白のモノトーンカラーなんだけど、その袖口がぴったり、閉じていること。

 まるで大きなミトンみたいな袖に、すっぽりとその腕を収めていた。

 ・・・なんだろう。

 久しぶりにムズムズする感じが、するような。

 あの、とりの羽っぽい腕とか、

 髪とか肌とか、やけにつやつやしてて、りゅうせんけいなフォルムとか、

 すっごく見たことのあるどうぶつのフレンズさん、な気がするんだけど・・・。

 

 湧き上がってきたきゅんきゅんをなんとか抑えながら、わたしはお名前をたずねることにした。

「えっと、あなたのお名前は?」

「ワタシ? ワタシはねえ・・・、」

「ジャイアントペンギンさん。戻ってきてたんですね。」

 答えたのは、リビングに入ってきたかばんちゃんだった。

 その答えに、やっぱり、と思う。

 そして、じょそうたいせいにはいる。こころのなかで。

「やあやあ、かばんちゃん。キミも、戻ってきてたんだねえ?」

「ええ。ゆうべ遅くに。」

「なるほどなるほどお。それならあ、お目当てのものは見つかったのかなあ?」

「はい。おかげさまで。」

「しっしっし。そいつは良かったねえ?」

 何やらかばんちゃんとおはなししているようだけど、耳に入らない。

 そして、かばんちゃんに気を取られている今が、絶好のチャンス!

 

 わたしは内なるきゅんきゅんの指し示すがまま、がばりと手を広げて走り出す。

「ぺんぎんさんだぁっ!」

「おっとお。」

 そんな、気の抜けた掛け声とともに、ひらりとかわすジャイアントペンギンちゃん。

 ええ? うそ!

 きゅんきゅんのはどうに支配されたわたしの渾身のタックル・・・、

 じゃなくて、心からの愛情表現を難なくかわすなんて・・・!

 本気を出したらあれだけ機敏な動きができるトンちゃんでさえ、かわせなかったのに。

「ええ? ともえちゃん、一体なにを・・・。」

 いきなりの行動にびっくりした表情のかばんちゃんが声をかけてくるけど、今はそれどころじゃない。

「なんで!? なんでよけるの!?」

 わたしはあまりのくやしさに膝をつきながら声を上げる。

 ひとめがなければ泣いているところだ。

 せっかく、ぺんぎんさんにさわれるのに・・・。すりすりできるのに・・・!

 

「そりゃあ避けるよお。ワタシは体温が低いからねえ。ヒトが触れると火傷しちゃうんだよお。」

 けれど、にやにや顔のまま発したジャイアントペンギンちゃんの言葉に、頭から冷水をかけられたような気持ちになった。

「ええ!? そうなの!? ごめんなさい!」

 あわてて謝ると、ジャイアントペンギンちゃんはまたにやにやと笑って、

「ししし。別にいいよお? ウソだしさあ?」

「・・・へ?」

「もう、ジャイアントペンギンさん、あんまりからかわないであげて下さい。」

 かばんちゃんが困ったような顔で言うのを聞いて、からかわれたのだと理解した。

 暴走して、おまけにからかわれて、

 なんだかあまりに自分が情けなくて、さっきまでのきゅんきゅんも、なんだかすっかり落ち着いてしまった。

「えっと・・・、ごめんなさい。あたし、かわいいものとか見ると、興奮しちゃって。」

「いいよいいよお? それだけワタシが魅力的ってことだからねえ? しっしっし。それでも勿論? おさわりは禁止だけどねえ?」

 立ち上がりながらのわたしの言葉に、ジャイアントペンギンちゃんは釘を刺すようにそう言った。

 

「改めましてえ、ワタシはジャイアントペンギン。まあ、気軽にジャイアント先輩と、呼んでくれたまえよお。」

「あはは。よろしくね。ジャイアント先輩。」

 わたしが言葉通りに呼び返すと、ジャイアントペンギンちゃん・・・、じゃなくて、ジャイアント先輩はまた、ししし、と笑って、

「キミは素直ないい子だねえ。今度後輩のペンギンを連れてきてやるからあ、おさわりするのは、そいつらにしなさいなあ?」

「ホントに!? 楽しみにしてるね!」

 そんな、うれしい提案をしてくれた。

「いいんですか? そんな約束勝手にして。ペパプのみんな、怒りませんか?」

「いいのいいの。アイドルやってんだからあ、おさわりも仕事の内だよお。」

「それ聞いたら、みんな怒ると思いますよ? マーゲイさんも。」

 かばんちゃんとジャイアント先輩が何やら話しているけれど、わたしはまだ見ぬペンギンさんたちとのふれあいを想像するのに夢中で、やっぱり耳に入らなかった。

 

 ― ― ―

 

 それから、起きてきたみんながリビングに集まると、昨日の話の続きとなった。

 思い思いにソファーに座ったり、カーペットに寝そべったりしながら、みんなの前に立っているかばんちゃんの口が開くのを待っている。

 かばんちゃんは、何かタブレットみたいなものを持っている。たぶん、あれで資料か何かを見せて、説明を補足するつもりなんだろう。

 わりとほんかく的なその様子に、わたしは心の準備をする。

 ゆうべは勝手に雰囲気にのまれて黙っちゃっていたけど、今日はちゃんとしよう。

 これでようやく、聞きたいことをいろいろ聞けるわけだし。

 シャワーも浴びれてベッドで寝れて、心機一転、すこぶる快調といった感じだし。

 ・・・まあ、ついさっき、快調すぎて大きな失態を見せたばかりではあるんだけどさ。

 

「じゃあ、昨日の続きを、始めますね。」

 かばんちゃんが話をはじめると、リビングの照明が少し、薄暗くなった。

「セルリアンクイーンは、文字通りセルリアンの女王で、セルリアンを自由に操れる能力を持っています。そして普通のセルリアンと同様に、フレンズさんを襲います。」

 そこで言葉を区切り、持っていたタブレットを操作すると、リビングの中央、かばんちゃんのとなりに立体映像が映し出された。

 あ・・・、タブレットで見せるんじゃ、ないんだね。

 かばんちゃんのぷれぜんは、考えてたより、もっとほんかく的だった。

 立体映像をはじめて見たのだろう、センちゃんとアルマーちゃんは「おお!」「なになにー?」と興味深げにその映像を見る。

 暗くなって眠気を誘われたのか、カーペットに寝そべるロードランナーちゃんは興味なさそうな顔であくびをしていた。

 ジャイアント先輩はくびわちゃんの方を眺めながら、またにやにやとした笑みを見せている。

 そのくびわちゃんと、イエイヌちゃんの表情は、やっぱり暗いままだ。

 うーん・・・。

 かばんちゃんの説明で、ちゃんと誤解が解けるといいのだけど。

 

 みんなの反応を眺めつつ、改めて、わたしはその立体映像を見る。

 そこに映し出されていたのは、半透明の緑色をした、ヒトのような形をしたものだった。

「これは、かつてこの『らぼ』で研究されていた、セルリアンクイーンの映像です。見ての通り、ヒト型のセルリアン、といった形態です。」

 これが、かばんちゃんの言っていたセルリアンクイーン・・・。

 でも、これって・・・、

「みなさんもお察しの通り、くびわちゃんとは姿形は全く似ていません。ですが、」

 わたしが思いついた疑問をそのまま口にするように、かばんちゃんは言う。そしてまたタブレットを操作すると、浮かんでいた映像に変化が生じた。

 映像の中のセルリアンクイーンに、大きな耳としっぽが生える。

 かと思うと、その耳が小さくなったり、あるいは全くなくなって、フードみたいなものをかぶってみせたり、しっぽも太さや長さが変わったりしていた。

「このように、セルリアンクイーンはその姿形を変化させます。」

「ちょっと待って。これ、みんな、フレンズさんの形なんじゃないの?」

 わたしが思いついたことをそのまま言うと、かばんちゃんはわたしの方に向き直り、

「うん。その通りだよ。」

 すごく真面目な顔でわたしの言葉を肯定した。

 

「セルリアンはフレンズさんを取り込んで、サンドスターを奪いますが、セルリアンクイーンは取り込んだものの輝きを奪うとされています。」

「輝き・・・、」

 聞こえてきた新しい単語に、思わずオウム返しをしてしまう。それを質問ととらえたのか、それとも、もとより説明するつもりだったのか、かばんちゃんは補足説明をしてくれる。

「輝き、というのは、生き物を生き物たらしめる、根っこの部分です。心とか、魂と言うのが近いかも知れません。」

 心とか、魂。

 それが、輝き。

 それを・・・、奪うの?

 それって、すっごく危険なんじゃ・・・。

 改めて、かばんちゃんがどれだけ危険なものに向き合おうとしてたかがわかった。

 かばんちゃんは、昨日は気を張っていたと言っていたけど、話を聞いた今、それも無理もないことだと思う。

 

「輝きを取り込んだセルリアンクイーンは、取り込んだ相手の姿形を模倣すると言われています。その為、このようにいくつもの形態を持つわけです。」

 かばんちゃんはそう言って、タブレットを持っていない方の手で目まぐるしく姿を変えるセルリアンクイーンを指し示す。

「この映像は、かつてこのえりあで発見された、セルリアンクイーンの幼体を映したもの、なのだそうです。他にもらぼには色々な資料が残されていたのですが、内容が難しくて・・・、」

 言いながら、かばんちゃんがタブレットを操作すると、映像の中のセルリアンクイーンが、はじめに見た耳もしっぽもない形に変化して、止まった。

「ボクにわかったのは、このセルリアンクイーンの幼体が、リトルクイーンと呼ばれていたこと。そしてそれは、今もこのえりあにいるかも知れない、ということだけでした。」

 リトル、クイーン。

 それが、あのセルリアンの、名前。

 口には出さずその名前を繰り返していると、立体映像が消え、薄暗くなっていたリビングの照明が元に戻る。

 

 えっと・・・、これで説明は、終わりってこと?

 かんじんなことをまだ、聞けてないような・・・。

 そわそわと質問をしたそうにしているわたしに気づいて、かばんちゃんが手のひらを向けてそれを促してくれた。

「えっと・・・、」

 口に出しながら、質問を頭の中でまとめる。

「かばんちゃんはどうして、くびわちゃんがその、リトルクイーンだって、思ったの?」

「うん。それなんだけど、」

 かばんちゃんはそこで一度区切り、視線をくびわちゃんの方に向けて、その先の言葉を続けた。

「ボクは、前に一度、くびわちゃんに会ってるんだ。」

 

 ― ― ―

 

 それは、何週間か前のことです。

 知り合いのフレンズさんやラッキーさんから、最近、セルリアンが以前よりたくさん、見かけられるようになったと聞いたボクは、気になって調査を始めることにしました。

 セルリアンの活動が活発になるのには、必ず原因があります。それは、かつて別のえりあで経験したことから学んでいたことです。

 それに、ボクは既に、らぼに残された資料からリトルクイーンのことを知っていました。

 そして、リトルクイーンはまだこのえりあにいるかも知れない、ということも。

 あくまで想像ですけど、リトルクイーンは何かの理由で休眠状態になっていて、それが最近になって目覚めたんじゃないか、そう思って、急いで調査を始めました。

 色々なちほーを回ってみたのですが、あまり有力な情報は得られなくて、一度戻ろうと思ってらぼの近くまで来たときに、くびわちゃんに出会ったんです。

 

 くびわちゃんはらぼの近くで、倒れているフレンズさんと一緒にいました。

 フレンズさんは大ケガをしているみたいで、くびわちゃんはその周りをうろうろしながら、きょろきょろと辺りを見渡していました。

 ボクはそのとき、とっさに、助けなきゃ、と思いました。

 もう少し詳しく、誰から、誰を、と言えば、

 くびわちゃんから、そのフレンズさんを、ですね。

 くびわちゃんがどういう子なのか、少しだけど分かった今となっては、勘違いだったんだって、分かるんですけど。

 きっと、くびわちゃんはそのフレンズさん、シーラさんを、何とか助けようとしてたんだよね?

 辺りをきょろきょろ見ていたのは、たぶん、ラッキーさん、ラッキービーストが通りがからないか、探していたんだと思います。

 けれどそのときのボクには、そう思えなかった。

 だって、そこにはくびわちゃんとシーラさんの他に、大きなセルリアンがいたんだから。

 

 くびわちゃんは、そのセルリアンとおはなしをしているみたいでした。

 声を出していたわけじゃないから、本当にそうだったかは分かりませんが、少なくとも、セルリアンがくびわちゃんに襲いかかる素振りすら見せなかったのは事実です。

 状況がつかめなくて、とっさにくびわちゃんに声をかけちゃったのがいけなかったんでしょうね。

 くびわちゃんは急に声をかけられてびっくりしたみたいで、そのままセルリアンと一緒に、走って逃げてしまいました。

 そして、大ケガをしているシーラさんを抱えて、らぼに戻る途中で、ボクは思いました。

 あれが、リトルクイーンなんじゃないか、って。

 

 シーラさんの治療をはじめたボクは、勿論調査になんて行ってる場合じゃなくて、オオセンザンコウさんとオオアルマジロさんのふたりに、代わりに調査をお願いしたんです。

 調査の内容は、小さい体で、大きな耳と尻尾があって、緑色で、ぶかぶかの首輪をつけたフレンズさんを探して、観察すること。

 危険なことにならないよう、絶対に接触しないよう、念を押してね。

 それから、もしその子がヒトと接触するようなら、すぐにボクに知らせて欲しいとお願いしました。これは保険というか、あり得ないこととは思ったんですが、一応ね。

 セルリアンクイーンがヒトの輝きを奪うと、本当に大変なことになるみたいなので。

 それも全部考え過ぎだったって、今なら分かるんですが。

 くびわちゃんが危険な存在じゃないってことは、一緒にいるともえちゃんや、イエイヌさん、ロードランナーさんが証明してくれましたから。

 

 ただ・・・、それでも、ひとつだけ確かなことがあります。

 くびわちゃんは、セルリアンと意思疎通をする、ちからを持っているということ。

 ボクが見たことと、こうやで、ともえちゃんたちが体験したこと、

 それは、そうじゃないと説明がつかないんです。

 

 ― ― ―

 

 長い話を終えて、かばんちゃんは、すぅ、と深呼吸をする。

「これは、あくまでボクの想像でしかないんですが、」

 そして、くびわちゃんを真っすぐに見つめた。

 

「くびわちゃん。キミは、ラッキーさん、ラッキービーストがセルリアン化して生まれた・・・。そうじゃないかな。」

 

 ボスの、ラッキービーストの、セルリアン?

 その言葉に、わたしの理解は追いつかない。

 たしかに、かばんちゃんが言ったように、くびわちゃんがセルリアンとおはなしができるのは、本当かもしれない。

 それでいろいろなことに説明がつくことは、じじつだ。

 でも、くびわちゃんがセルリアンだなんて・・・、そんなの・・・、

 ぐるぐると回る思考に、めまいさえ感じる。

「なるほどねえ。道理で、似てるわけだねえ。スタービーストに。」

 独り言のような誰かの声も、耳に入ってこない。

 

 たしかに、わたしも思ったことはある。

 くびわちゃんはいろんなことを知っていて、いろんな道具も使えたり、直せたりする。

 まるで、ボスみたいに。

 ひょっとしたら、ボスがフレンズになったらこんな感じなのかも、なんて思ったこともあるくらいだ。

 そうだよ。フレンズさん。

 ラッキービーストのフレンズさんなら、説明がつくんじゃないかな?

 セルリアンとおはなしができるのだって・・・、

 何か事情が・・・、

 あって、その・・・、

 けれど、そんな事情は、どれだけ考えても思い付かない。

 ぐるぐると頭をフル回転させて、つじつまが合う答えを探すのだけど、けっきょく、かばんちゃんの示したものより全てを上手く説明できる答えは、見つからなかった。

 

 そして、くびわちゃんは、

 かばんちゃんの問いかけに、こくり、頷いた。

 

 くびわちゃんは、かばんちゃんの説明を引き継ぐように、たどたどしく言葉を紡ぎはじめる。

「・・・さんどすたーが、どうぶつや、どうぶつだったものにあたると、ふれんずや、びーすとになる。いしとか、むきぶつにあたると、せるりあんになる。」

 それは昨日、みつりんでくびわちゃんに教えてもらったことだ。

「・・・ぼくたち、らっきーびーすとは、むきぶつだけど、こーてぃんぐがされていて、さんどすたーの、えいきょうを、うけないようになっている。」

 その説明を、そしてかばんちゃんの言葉を、補足するように、くびわちゃんは続ける。

「・・・ぼくは、そのこーてぃんぐが、なくなったじょうたいで、さんどすたーにふれた。だから、せるりあんになった。」

 ふぅ、と小さく息をはくと、座っていたソファから立ち上がり、わたしとイエイヌちゃんの前に立った。

 

「・・・ともえ、いえいぬ。」

 その声は、いつものように、淡々とした声で。

 けれどその表情は、いつもの無表情じゃない。

 すごくつらそうで、とても心細そうで、

 今にも泣きだしてしまいそうな表情で、くびわちゃんは口を開いて、

「・・・いままで、だまってて、ごめんなさい。ぼくは、ふれんずじゃ、」

 言いかけた言葉は、けれど、最後まで言い切られることはない。

 ううん。

 そんな言葉は、最後まで絶対に言わせない。

 わたしは立ち上がった勢いのままくびわちゃんに抱き着いて、その顔を自分の胸に埋めていた。

 

「そんなこと、言わないでよ。」

 ごめんなさいだなんて、

 セルリアンで、フレンズじゃなくて、ごめんなさいだなんて、

 そんな悲しいことを言わせるために、あたしたちは一緒に過ごしていたわけじゃない。

 そうだ。あたしが悩む必要なんて、はじめからなかった。

 たとえくびわちゃんがフレンズさんじゃないのだとしても。

 

「くびわちゃんは、くびわちゃんだもん。あたしたちのたいせつな、おともだちだもん。」

 

 そのじじつが変わることなど、ありえないのだから。

 

 抱きしめていたくびわちゃんを離して、その顔を真っすぐに見る。

「だから、謝らないで? 勇気を出して話してくれて、ありがとう。」

 わたしがそう言うと、くびわちゃんの瞳がうるうると揺らぎはじめる。

 となりに立っていたイエイヌちゃんが、そんなくびわちゃんの頭を優しくなでた。

「わたしもおなじきもちです。たとえなんであっても、くびわちゃんはわたしたちの、たいせつなおともだちですよ?」

「・・・ともえ、いえいぬ。」

 いつものような、淡々とした声。

 けれどそこには、いつもの無表情じゃない、泣き出しそうな笑顔があった。

「へっ、だからいったろーが。そいつらはそんなの、きにしねーってよ。」

 ロードランナーちゃんが寝そべったままの体勢で、やれやれという感じに言った。

 やっぱり、ロードランナーちゃんはくびわちゃんのこと、知ってたみたいだね。

 ロードランナーちゃんは、心配でついてきた、って言ってたけど、

 それって、あたしたちみんなが、じゃなくて、

 くびわちゃんのことが、ってことだったのかな。

 

「・・・みんな。ありがと。」

 

 震えながら発せられた言葉と共に、くびわちゃんの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

 

 ― ― ―

 

 そうして、誤解からはじまった一連の出来事は、収まるところに収まった。

 これでまた、みんなで旅を続けることができそうだ。

 旅の支度を整えて、わたしたちはらぼの通用門の前にいる。

 わたしたち、というのはわたしとイエイヌちゃんと、くびわちゃん、そしてロードランナーちゃんのよにんだ。

 やっぱりというか、ロードランナーちゃんも一緒に来てくれることになった。

 もちろん断る理由もないし、むしろ一緒にいろいろおはなししたいから、うれしいことなのだけど、またくびわちゃんとケンカしないかだけが気がかりだ。

 この一連の出来事で、くびわちゃんが何者か、というじじつが明らかになったわけだけど、それで何かが変わるわけでもなく、過ぎてみれば、いつも通りの日常だった。

 

「みんな、気をつけてね。」

 横並びになるわたしたちの前には、かばんちゃんがいる。

 せっかくだからとお見送りに出てきてくれていた。

「ぐぬぬ・・・、おおきななぞが、めのまえでとかれてしまいました・・・。これではたんていのながすたります・・・。」

「まーまー、そういうこともあるさー。」

 かばんちゃんの後ろの方では、何故か悔しそうにしているセンちゃんを、アルマーちゃんがなだめている。

 ふたりはわたしたち・・・というか、くびわちゃんを追いかけていたんだっけ?

 そうなると、ふたりの旅はこれで終わり、ということなのかな。

 くびわちゃんがその、リトルクイーンとかいうものじゃないってことは、わかったわけだし。

 ちなみにジャイアント先輩は昨日あんまり寝ていないらしく、

「ワタシは眠いから寝るよお。」

 とのことで、この場にはいない。

 もっといろいろおはなししてみたかったけど、仕方ないかな。

 それに、後輩のペンギンさんたちと会わせてもらう約束もしたし、おはなしはそのときにすればいい。

 

「かばんちゃん。いろいろ、ありがとね?」

「気にしないで。ジャパリまんは余ってるし、バギーだって、ずっと使ってなかったから。」

 かばんちゃんが言うバギーというのは、今、わたしたちの後ろでエンジン音を立てている車のことだ。正しくはジャパリバギーといって、動くように整備はしていたらしいのだけど、ずっと使わずに保管していたものらしい。

 運転に不安を感じて、たいよをじたい、しようと思ったのだけど、くびわちゃんが、

「・・・まかせて。」

 と手を上げたので、ためしに運転させてみると、らぼの狭い敷地内をすいすいと、見事に乗りこなしていた。

 こういうところは、さすがはボス、ということだろうか。

 

 でも、今わたしが言ったのは、そういうことではなくて。

 もちろん、しょくりょうのほきゅうや、旅の足ができるのは、非常にありがたいのだけど。

「えっと、それだけじゃなくて。かばんちゃんのおかげで、くびわちゃんが自分のこと、教えてくれる機会ができたわけだし。だから、ありがと。」

 わたしが改めてお礼を口にすると、かばんちゃんは少し困ったような顔になって、

「それこそ、気にしないでいいよ。むしろ余計な心配をさせるようなことを言っちゃったから・・・。本当に、ごめんなさい。」

 そう言って、帽子が落ちてしまいそうになるくらい、深々と頭を下げた。

「・・・ぼくも、にげちゃって、ごめんなさい。」

「わたしも、しつれいなたいどをとってしまって、もうしわけありませんでした。」

 くびわちゃんとイエイヌちゃんも、同じように深く頭を下げる。

 そうして顔を上げた後、小さく微笑み合う。

 お互いに誤解していたことは、これで全部解消できた、ということだろうか。

 うーん、と思う。

 わたしには、あとひとつだけ、まだ気になることがあるのだけれど・・・、

 

「ひとつ、ともえちゃんに聞いておきたいことがあるんだけど。」

「へ? あたしに?」

 どうしたものかと考えを巡らせていたわたしの耳に、かばんちゃんの声が届く。

 なんだろう、と思っていると、かばんちゃんはとても真剣な顔で、こう言った。

「ともえちゃんは、旅をはじめる前は、どこにいたの?」

 ああ、そう言えば、話してなかったっけ。

「んー、と、そうげんのはしっこの方の・・・、なんだか建物の中、かな? ここの建物とちょっと似てる感じ、なんだけど。」

「そこで暮らしてたの? ひとりで?」

「えっと、そうじゃなくて・・・、」

 わたしはそうげんの建物で目覚めたこと、目覚める前の記憶がないことを簡単に説明する。

「だから、それまでどこで何してたヒトなのか、わかんないんだ。」

「そう・・・、なんだね。・・・ごめんね、答えづらいこと聞いて。」

 かばんちゃんは表情を暗くして、またごめんなさいを言ってきた。

 

 うーん。

 やっぱりそういう反応になっちゃうよね。

 あたし自身、みつりんでシーラさんにヒトのことを聞いたときとか、

 勘違いだったけど、かばんちゃんにセルリアンクイーンと言われたときとか、

 すっごく不安になっちゃってどうしようもなかったわけだし。

 

 でも、何故だか今は、自分の記憶がないことに、何の不安もない。

 ううん。何故だか、じゃないかな。

 そこには明確な理由がある。

「ぜんぜん! 気にしないでいいよ! イエイヌちゃんのおうちに行くのも、はじめは手掛かりがないかなって気持ちだったけど、今は単純に遊びに行きたいだけだもん。」

 言いながら、その理由をくれた存在を、まっすぐに見る。

 思えば、そうげんでひとり不安だったわたしを救ってくれたのも、やっぱりこの子だった。

「ね! 楽しみだよね!」

 その子はいきなりおはなしを振られて、わふ、とびっくりした顔をして、けれどすぐにぱたぱたとしっぽを振り、笑顔で答えてくれた。

「はい! たのしみです!」

 

 ― ― ―

 

 バギーの後部座席に座りながら、スケッチブックを開きつつクレヨンをくるくる回していると、前の方からぴゅいぴゅいという音がするのに気付いた。

 どうやら、助手席に座っているロードランナーちゃんが可愛らしい寝息を立てながら寝てしまっているようだ。

「ロードランナーちゃん、また寝てる・・・、」

「いろいろ、むずかしいはなしばかりでしたから。つかれてしまったのでしょう。」

 イエイヌちゃんはそう言うのだけど、この子、さっきのかばんちゃんの説明のとき、めっちゃばくすいしてたと思うんだけど。

 まあ、いっか。

 運転中のくびわちゃんとケンカして、事故でも起こされた日には、かばんちゃんに合わす顔がないし。

「イエイヌちゃんは眠くない? 大丈夫?」

「だいじょうぶです! むしろおそとにでられて、げんきになってきたくらいです!」

 たしかに、イエイヌちゃんは言葉通りに元気そうだ。

 なんだかこうして元気なイエイヌちゃんの姿を見るのも、しばらくぶりな気がする。

「あはは、たしかにそうかも。ラボの中でやけに静かだったもんね。イエイヌちゃん、狭いところはにがてなの?」

「いえ、そういうわけではなく・・・、」

 イエイヌちゃんはちょっとだけ困ったような表情になって、その先を続けた。

 

「やっぱり、わたし、あのかばんというかた、どうもにがてで・・・、」

 うーん。やっぱり、そっか。

 あえてはぐらかしてみたけど、やっぱりイエイヌちゃんは、らぼにいる間ずっと、警戒していたということ、なんだよね。

 まあ、それでも。

 昨日は『しんようできない』なんて強い言葉だったのが、『にがて』程度に落ち着いたのは、かばんちゃんのヒトとなりが、ちょっとだけでもわかったからだろう。

「昨日も聞いたけど、どうして?」

 その問いは、昨日は答えてくれなかったことだけれど、イエイヌちゃんが自分から話してくれた今なら、答えが聞けそうだと思った。

 その予想は裏切られず、イエイヌちゃんはくぅん、と小さく声を漏らして、答えてくれる。

「なにか、その、こわいかんじがして。」

「怖い? なんで? ぜんぜん、優しいヒトだったと思うけど。」

「わたしもそうおもうのですけど・・・、あのかたのにおいをかぐと、まえにみた、こわいゆめをおもいだしてしまうのです。」

 こわいゆめ、かぁ。

 ゆめって、たしか頭が記憶を整理しているときに見るんだっけ。

 こわいゆめ、なんだったら、過去に経験した怖い体験とかが、その原因だったりするわけだけど・・・、

 

「怖い夢って? どんなの?」

 夢の内容を知ることができれば、イエイヌちゃんの、かばんちゃんに対する苦手意識が、何にきいんしてるのか、分かりそうな気がする。そう思って聞いてみると、

「おさえつけられて、みうごきのできないわたしに、なにものかが、とがったものをさしてくるのです。とってもいたくてにげようとするのですが、にげられなくて。」

 え・・・、

 それって・・・、

「そのなにものかは、とがったものをぬくと、にっこりわらいかけてくるのです。ひどいめにあわせておきながら、そのひょうじょう・・・、そこしれぬきょうき、をかんじました。」

「ひょっとして、その何者かに、かばんちゃんが似てるの?」

「くぅん・・・、すがたかたちは、ちがうのですが、においがそっくりで。こんな、ゆめのことでこわがってしまって、いいだせなかったのですが・・・。」

 おはずかしいかぎりです、と結びの言葉を口にして、イエイヌちゃんはしゅんとしてしまった。

 うーん・・・、と、

 なるほど。

 あはは。

 そういことか。

 

「あー、そっか。あたし、なんとなくそれ、わかっちゃったかも。」

「ええ!? どういうことですか!? わたしのゆめとあのかたと、どんなかんけいが!?」

「ええと、あんまりうまく説明できないかもだけど、」

 そう前置きをして、わたしはたどたどしい説明をはじめる。

 イエイヌちゃんはときおり、ふむふむと相槌を打ちながら、わたしの話を黙って聞いてくれていた。

 そして、わたしが話を終えると、ぽん、と手を打ちながら、

「なるほど、わたしがフレンズになるまえのきおく、ということですか。」

 と、まとめるように言ってくれた。

 さすがイエイヌちゃん、りかいがはやい。

「そうだと思う。たぶん、病気にならないように、注射を打ってもらった時の記憶、なんじゃないかな? 予防注射、ってやつ。」

「よぼう、ちゅうしゃ。」

 はじめて聞く言葉なんだろう、オウム返しをするイエイヌちゃんに、わたしはそのまま話を続ける。

 

「姿かたちが違うのは・・・、ひょっとしたら、かばんちゃんもフレンズになる前、だったのかな。かばんちゃん、ヒトのフレンズだって、言ってたし。」

「なるほど・・・、たしかに、そうかもしれません。・・・ということは、」

 ハッとしたような顔を見せるイエイヌちゃんに、わたしは小さく笑みを見せながら、

「そうだね。それは怖い夢じゃなくて、優しいヒトに会った思い出、なんだと思うよ。」

 そのことを、教えてあげた。

 イエイヌちゃんはまた、くぅんとおはなを鳴らしながら、申し訳なさそうな顔で、来た道の方、らぼの方を眺める。

 そこに映る景色には、すでにらぼの外壁すらないけれど、何を思って視線を向けているのかは、痛いほどにわかった。

「・・・あとで、また会いに行こうね。」

「はい!」

 元気よくお返事をくれたイエイヌちゃんに、今度こそ気になっていたことをぜんぶ吐き出し終えたわたしは、すっきりとした気持ちでスケッチブックの7ページ目にクレヨンを走らせはじめた。

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 とっても頑丈な外壁に囲まれたラボの中で、

 フレンズさんたちがおはなしをしていました。

 

「えっとー。ひとつ、きになることがあるんだけどー。」

 

 そう言ったのはアルマーちゃん。

 何が気になるのかな?

 みんなにも教えてあげて?

 

「けっきょく、くびわさんは、リトルクイーンってものじゃ、なかったんだよねー?」

「そうですね。ヒトやフレンズさんとおともだちになれている時点で、それは間違いないことだと思います。」

「でもー、セルリアンのかつどうがかっぱつかしてるのはー、じじつなんだよねー?」

「・・・はい。その通りです。」

 

 ふたりとも、暗い顔をしちゃってる。

 セルリアンがいっぱいいるのは、怖いものね。

 なんとかならないかしら?

 

「・・・オオアルマジロさん。ひとつ、お願いを聞いてくれますか?」

「もちろんだよー。こまっているフレンズをたすけるのがー、『たんてい』のしごとだからねー。」

「うぅ・・・、すんすん・・・、」

「ほらほらセンちゃん、いつまでもおちこんでないでー。またあたらしい『いらい』だよー?」

 

 あらあら。

 センちゃんはふたりよりずっと暗い顔をしてるのね。

 さっきのことが、とっても悔しかったみたい。

 

「・・・、おちこんでなどいません。いま、つぎなるなぞをかぎあてるために、はなのちょうしをととのえていたところです。」

「あははー。さすがだね、センちゃん。」

「あたりまえです! たんていはこのていどでへこたれてはいられないのです!」

「それってー、あんにみとめてるきもするけどー。」

 

 よかった。

 センちゃん、元気になったみたいね?

 

「それで、いらいのないようと、ほうしゅうは?」

「詳しくは後で説明しますが、とあるフレンズさんを探して欲しいんです。報酬は・・・、」

「ほうしゅうはー、パークのへいわ、かなー?」

「いいでしょう! パークのききをすくうのも、たんていのつとめ! そうとなれば、すぐにでもいきますよ! アルマーさん!」

「センちゃーん。まだくわしいはなし、きいてないよー?」

 

 うふふ。

 ふたりの旅は、まだ終わりじゃないみたい。

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 



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けものフレンズR くびわちほー 第08話「ぼくのふれんど」アバン・Aパート

 らぼを離れてどのくらい経っただろうか。

 白紙だったスケッチブックの7ページ目にかばんちゃんとジャイアント先輩、それからセンちゃんとアルマーちゃんを描いたあたりで、景色に緑が増えてきていることに気づいた。

 くびわちゃんの運転するバギーの向かう先には、みつりんほどじゃないけれど、こんもりとした森が見えている。

 わたしはクレヨンを動かす手を止め、描きかけのスケッチブックをかばんにしまうと、イエイヌちゃんに声をかけた。

「イエイヌちゃんのおうちって、森の中にあるんだね。」

「はいぃ。きょうはてんきがいいので、こもれびがきもちよさそうですねぇ。」

 イエイヌちゃんの言うとおり空には雲ひとつなく、太陽がさんさんと輝く中、気持ちがすかっとするような青色が広がっている。

 イエイヌちゃんは口を少し開き気味にして、両手で窓枠に掴まるような体勢で外の景色を眺めていた。ごきげんメーターことふさふさのしっぽは、ぱたぱたと横に振られている。

 

「イエイヌちゃん、とってもうれしそうだね。」

「そうですねぇ。わたしもおうちにかえるのはひさしぶりですから。・・・それに、」

 イエイヌちゃんは振り返り、わたしの方を真っすぐに見ると、

「おともだちをおうちにごしょうたいするのは、はじめてですし・・・。」

 そう言って、とてもうれしそうに、うふふ、と笑った。

「あはは。あたしもすっごく楽しみにしてるよ。」

「・・・ぼくも。」

 わたしがにっこり笑って答えると、運転席のくびわちゃんが座席越しに同意してくれる。

 運転しながらなので前を向いているのだけど、わたしの席から見える横顔は、やっぱりうれしそうだった。

 そしてもうひとり、助手席にのロードランナーちゃんはと言うと、

ぴゅい・・・、ふにゅ・・・、くぅ・・・、くぅ・・・、

 あいかわらずぐっすり眠っていて、可愛らしい寝息だけが聞こえてくる。

 わたしの視線に気づいてか、イエイヌちゃんが口元を押さえてくすくすと笑った。

「きもちよさそうにねていますねぇ。」

「だね。」

 わたしの席からだとその寝顔は見えないけど、寝息の音だけでもとても気持ちよさそうに寝ている姿が想像できた。

 

 バギーはそのまま森の中に進んでいく。森の中の道は車が一台通るには十分な道幅があった。

 並木道のようなそこは、とてもせいひつな様子だった。差し込んでくる木漏れ日が光の帯をいくつも作っていて、なんだかしんぴ的な美しさすら感じさせる。

 イエイヌちゃんがさっき言っていたとおり、とても気持ちのよさそうな場所だった。思わず車を降りて森林浴をしてみたくなる。

 うずうずする感覚をこらえながらイエイヌちゃんの方を見ると、どうやらイエイヌちゃんも同じみたいで、しっぽをぶんぶんと振りながら外の景色を食い入るように見つめていた。

 イエイヌちゃんはとてもかしこいから、ついつい忘れてしまいがちになるけど、好奇心おうせいで楽しいことが大好きな、イエイヌのフレンズなのである。

 こうしてしっぽをぶんぶん振って、気持ちがだだもれになっている姿を見ると、ほっこりする感覚をきんじえない。

 うーん。

 やっぱりイエイヌちゃんはかわいいなぁ。

 

 まだかなまだかな、と言わんばかりの様子のイエイヌちゃんと、にこにこ顔のわたしたちを乗せたバギーはそのままゆっくり進み、しばらくしてひらけた場所に辿り着いた。

 森と石垣に囲まれたそこには大きな門があって、門の先にはドーム状の建物がいくつも建っていた。建物はクマだったりライオンだったりコアラだったり、どうぶつの顔を模した形をしている。

 くびわちゃんはバギーを門の横に停め、わたしたちの方へ振り返る。

「・・・ついた。」

「わふぅ!」

 喜びの声と共にバギーから飛び降りたイエイヌちゃんは、ぱたぱたとかけて門のまんなかに立ち、わたしたちの方に振り返って満面の笑みを見せた。

 

「ようこそ! わたしのおうちへ!」

 


 

 けものフレンズR くびわちほー 第08話「ぼくのふれんど」

 


 

「んーっ!」

 道中ぐっすり寝ていたロードランナーちゃんはバギーから降りると、ぐーっと伸びをした。

「ロードランナーちゃん。だいぶぐっすりだったね。昨日、あんまり寝られなかったの?」

「ん? そんなことねーけど? きのうもかいみんだったぜ!」

「そうなんだ。よくそんなに寝れるね・・・。」

 昨日もかいみんで、かばんちゃんの説明の時も寝てて、おまけにらぼからここまでもぐっすりで。

 あたしだったら、そんなに寝たら気持ち悪くなっちゃうかも。

 なんて思うのだけど、ロードランナーちゃんはすっきりした様子で、にこにこと可愛らしい笑顔を見せていた。

「・・・よだれ、たれてる。」

「んあ? ああ、わり。」

 くびわちゃんが指摘をすると、ロードランナーちゃんは手の甲でごしごしと口元をぬぐう。

 ふたりとも、だいぶ仲良しさんになったみたいだね。

 うみべからこれまで、ほとんどケンカしてる姿しか見てないから、今みたいな様子はなんだかとても新鮮で、とてもうれしい。

 

 バギーから離れて門の前に立つ。大きな門には何か書かれていたような跡があるのだけど、塗料の劣化がはげしくて何が書いてあったのかはわからない。

「ここが、きょじゅうく。」

 なんとはなしに呟いたわたしに反応したのはくびわちゃんだ。

「・・・そう。むかし、ぱーくのしょくいんや、そのかぞくがすんでいたところ。もともとは、おきゃくさまがとまるばしょ、だったけど、ほてるができてから、そうなった。」

「へー。ホテルなんてのもあるんだね。」

 あいかわらず物知りなくびわちゃんの説明に言葉を返していると、ぶんぶんと手としっぽを振るイエイヌちゃんの姿が目に入った。

 イエイヌちゃんはすでに門の内側に入っていて、クマの形をした『おうち』の前に立っていた。

「さあさあみなさん! はやくおいでください! おちゃやおかしのごよういもありますよ!」

 イエイヌちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、そんな昔話の台詞みたいなことを言ってくる。

 その言葉に、頭の中にちょっとだけ心配の芽が顔を出した。

 昔話だとたいてい、そういうおいしい話には裏がある、みたいな教訓じみた展開になったりするんだけど、とうぜん、イエイヌちゃん相手にそんな心配はこれっぽっちもない。

 ヒトの手を離れてだいぶ時間が経っているだろうパークで、お茶やお菓子がちゃんとした形で残っているかが心配なのだった。

 しょうみきげんとか、かなりマズいことになってるんじゃ・・・。

 

「・・・きょじゅうくのせつびは、らっきーびーすとが、かんりしている。おちゃや、おかしも、ていきてきに、あたらしいものとこうかんされている。」

 そんなわたしの心配を察してか、くびわちゃんが説明をつけ足してくれた。

 うーん。やっぱりあたしって顔に出やすいのかな?

「そうなんだね。ありがと、くびわちゃん。」

 素直にお礼を言うと、くびわちゃんは恥ずかしそうに口元をぶかぶかの首輪にうずめた。

「ひひ、いっちょまえにてれてやがらぁ。らぼじゃびびってなきそうだったのによー。」

「・・・くそばーど、だまれ。」

「あぁ!? てめーがだまれくそびびりぃ!」

 あはは・・・、ぜんげんてっかい。

 やっぱりふたりはいつもどおりみたいだ。

 

 ふたりをなだめながら『おうち』の前に辿り着くと、イエイヌちゃんはとっても素敵なにこにこ笑顔でわたしたちを迎えてくれた。

「あらためまして、ようこそわたしのおうちへ! さあさあ、こんなところでたちばなしもなんですから、どうぞなかへ!」

 イエイヌちゃんはそう言って『おうち』のドアを開けて、わたしたちを中へ案内した。

「おじゃましまーす。」

「・・・おじゃま、します。」

「じゃますんぜー。」

 それぞれにドアをくぐりながら声を上げるのだけど、すぐにみんな黙ってしまった。というのも、『おうち』の中はすごく暗くて、ドアの近く以外何も見えないくらいだったのだ。

 ドアの近くだって光の差し込む足元くらいしか見えなくて、一歩先に進むともう真っ暗だ。

「はて? わたしのおうち、こんなにくらかったでしょうか・・・?」

 家主であるはずのイエイヌちゃんすら戸惑うくらいの暗さである。

 

 壁沿いにてさぐりで照明のスイッチを探してみるのだけど、見つからない。ならばと部屋の中央の方に向かって歩き、ぶら下がってるだろう電灯の紐を探すのだけど、手は空を切るばかりだ。

「ん・・・、なんだろ、これ。」

 と、ぶら下がってる紐を探していた私の手が何か柔らかいものに触れた。

 ぺたぺたと触って確かめるのだけど、てのひらにすっぽり収まるくらいの大きさで、感触はとても柔らかくて気持ちいい。

 ジャパリまんくらいのサイズ感で、触るとふにゅっと柔らかくて、ほんのりあったかい感じのするもの、って、なんだろう。クッションとか?

 でも、クッションがこんなとこにぶら下がってるわけもないだろうし・・・、

 そんなことを考えながら、ふにゅふにゅもにゅふにゅ・・・、とその感触を確かめていると、

「おお! そういえば! とおでをするのに、カーテンをしめてから、でたようなきがします!」

 イエイヌちゃんがぽんと手を打って、ぱたぱたと真っ暗な部屋の奥へと進んでいく。そして、シャッ、というカーテンレールのこすれる音と共に、部屋の中が明るくなった。

 暗いところに入ってすぐまた明るくなったものだから、目の採光がうまく追いつかなくて、ぱちぱちと瞬きをしてしまう。

 暗さに順応しかけた目が、再び明るさに順応したところで、

 

「その・・・、なんじゃ・・・、チサマ。いきなりおしかけて、このしょぎょう。なみちー、びっくりすぎて、こえもでんぞ。」

 

 聞こえてくるのは、はじめて聞くフレンズさんの声。

 明るさに慣れた視界いっぱいに映るのは、さかさまになったフレンズさんの顔。

 さかさまでこちらを睨みつける、その青白い顔に、

 わたしは思わず触っていた何かをぎゅうっと握りしめて、

 

「きゃああああああーーーーっっ!!」

「ギャアアアアアアーーーーッッ!! いたいいたいっ! つぶれるっ! もげるっ!」

 

 そろってひめいを上げたところで、ちからいっぱい握りしめているのが、そのフレンズさんの胸だということに気づいた。

 


 

 さて。

 ・・・なんて言葉で切りかえていい状況ではないかもしれないけど、さて。

 天井に足をつけてぶらぶらとぶら下がっているフレンズさんは、腕を組みながら頭上・・・、ではなく、頭『下』のわたしを睨みつけていた。

 わたしはフレンズさんのぶら下がるすぐそばで、うなだれながら正座をしている。

「まったく・・・、いきなり『ねどこ』におしかけたあげく、」

「・・・はい、」

「あんなろうぜきをはたらき、」

「・・・うぅ、」

「おまけにかおをみてひめいをあげるとは・・・、」

「・・・はいぃ、」

「チサマ・・・、ぶしつけにもほどがあろう。」

「うぅ・・・、かえすことばもございません・・・。」

 深々と頭を下げ、カーペットの敷かれた床に伏せる。いわゆる土下座というやつだ。気分としてはもうこのまま床の下に埋まってしまいたいほどである。

 

「あの・・・、おきもちはわかりますけれど、ともえちゃんもわざとやったわけでは・・・、」

 と、私の横に立っているイエイヌちゃんが口をはさんだ。

「なんじゃチサマは。このムッツリむすめのなかまか?」

 む、むっつりむすめ・・・。

 ひどい言われようだとも思うけど、状況を考えれば、はんろんのよちはなかった。

 頭を上げられないまま音だけで様子を伺っていると、フレンズさんは、ふん、とひとつ息を吐く。

「そもそもチサマら、なみちーの『ねどこ』になにしにきた。きゃくをしょうたいしたつもりはないがの。」

 寝床、とフレンズさんはさっきもそう言っていた。

 なみちー、というのはフレンズさんの名前だろうか。

 であれば、つまりここは、このフレンズさんの寝床、ということになるのだけど・・・。

 どうも、ここがどこかという点で、わたしたちの認識には大きな食い違いがあるみたいだ。

「ええと、それなんですが・・・、」

 わたしたちの認識ではこの『おうち』の家主であるイエイヌちゃんが、事情を説明しはじめる。

 あいかわらずわかりやすい説明で、とうぜん事情を知っているわたしも思わずふんふんと声を上げそうになった。

 

「なるほど。ここはもともとチサマの『ねどこ』であったか。」

 イエイヌちゃんが説明を終えると、フレンズさんは素直に理解を示してくれた。

「ひるまもくらいところを、とさがしておったらここをみつけてな。しばらくまえからすみついておる。なみちーは、やこうせいゆえ。」

 なるほど。

 どうも、なみちーと名乗ったこのフレンズさんは、イエイヌちゃんが留守にしてる間に、ここに住み着いていた、ということみたいだ。

「であれば、こちらにもひがあるわけじゃな。・・・そこな、ムッツリむすめ。いつまでそうしておる。おもてをあげい。」

 フレンズさんはそう言って、キキキ、と甲高い声で笑う。促されるままに顔を上げると、さかさまにこちらを見下ろす目と、目が合った。

 さっきはどアップで見たせいでひめいを上げてしまったけれど、改めて見るフレンズさん、ううん、なみちーちゃんの顔は、とても色白で整っていて、見惚れるくらいに綺麗だ。

「さきほどのことはみずにながそう。かわりに、こちらのぶちょうほうも、ゆるしてくれるとありがたい。」

 整った顔に少し気恥ずかしそうな表情を映しながら、なみちーちゃんはそんなことを言った。

「わたしはぜんぜん、かまいませんよ? るすのあいだにおやくにたてたなら、むしろうれしいですし。」

「うぅ・・・、本当にごめんなさい・・・。」

 くすくすと笑いながらフォローをしてくれるイエイヌちゃんに対しても、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、わたしは立ち上がって居住まいを正す。

 と同時に、なみちーちゃんは天井から足を離しふわりと身を翻して音もなく着地した。

 

「では、あらためてじこしょうかい、といこうかの。なみちーはなみちー、ナミチスイコウモリのフレンズじゃ。」

 さかさまにぶら下がっていたときも思ったことだけど、こうして上下を戻して改めて見ても、色白で整った目鼻立ちをしてるその顔は、やっぱり見惚れてしまうほどに綺麗だ。

 黒い髪はおかっぱの形に切りそろえられていて、なんだか古風な感じもする髪型だけど、綺麗な顔立ちや口調もあいまって、お姫様みたいな清廉さを感じさせる。

 髪と同じ色をした大きなお耳は、頭の上からぴんと伸びていて、遠くの音までよく聞こえそうだ。

 頭の後ろには小さい羽が生えていて、さっき空中で体勢を変えるときなんか、ぱたぱたとせわしなく動いていてとても可愛らしかった。

 服装は黒のセーラー服に黒タイツに黒いブーツ。上から羽織っているマントはコウモリの羽を模したような形で、こちらもやっぱり黒い。

 そんな全身黒ずくめな格好なのだけど、受ける印象は地味というより高貴な感じ、だろうか。

 やっぱりお姫様みたいな、貴族みたいな雰囲気のする子だった。

 

 なみちーちゃんの自己紹介に応じたのはイエイヌちゃんである。

「わたしはイエイヌのフレンズで、イエイヌともうします。こちらはともえちゃんと、くびわちゃん、そしてロードランナーさんです。」

「えっと、ともえです。・・・さっきは、ホントにごめんね?」

「・・・くびわ。」

「ロードランナーだぜ!」

 そうしてそれぞれに紹介を終えて、さてどうしよう、というところで、イエイヌちゃんがにこにこと笑いながら目の前でぽんと手を打って言った。

「さて。それではよていどおり、おちゃにしましょうか。せっかくですから、なみちーさんもごいっしょにどうですか?」

「ふむ・・・、るすちゅうにかってにいすわり、みがひけるここちではあるが・・・、さそいをむげにことわるのも、れいにしっするというもの。ありがたくごしょうばんにあずかろう。」

 イエイヌちゃんの提案に、なみちーちゃんはうっすらと笑みを浮かべながら答えてくれる。

 その提案には私も大賛成だった。

 

「では、わたしはおちゃのじゅんびをしてきますね。みなさんはおすきなところでくつろいでいてください。」

 言われて、さっきからみんな部屋のまんなかで立ちっぱなしだったことに気づく。

 わたしはお部屋の様子を眺めながら、近くにあった椅子に腰かける。テーブルを挟んで向かいの席にくびわちゃんが座り、となりの席にはなみちーちゃんが座った。

 ロードランナーちゃんは・・・と探してみると、窓際に据え付けられているベッドの上でごろごろしていた。

 い、いつの間に・・・、ていうか、あの子まだ寝る気なの・・・?

 自由気ままなロードランナーちゃんに呆れながら、そのまま部屋の中を眺める。

 イエイヌちゃんのおうちはなんだか可愛らしい感じの内装だった。丸みを帯びた家具はうすいピンク色のものが多くて、小さい子のお部屋っぽい感じ。

 しょうじき、わたしのイメージするイエイヌちゃんのお部屋は、もっとこう、落ち着いてるというか、凛々しい感じのお部屋だったのだけど・・・。

 あ、そっか。ここってイエイヌちゃんがフレンズになる前に、ヒトと暮らしてたおうち、なんだっけ。だとしたら、その子はわたしと同じくらいの歳だったのかも。

 テーブルクロスとか、ベッドのシーツとか、ところどころどうぶつプリントのものがあって、とっても親近感を感じる。

 うーん。はじめて来たはずなのに、なんだかなごんじゃうなあ。

 

「チサマらはやぬしどのと、どのようなかんけいなのじゃ?」

 あれこれ考えながらお部屋を見渡していたら、なみちーちゃんがおはなしを振ってきた。

 家主どの、って、イエイヌちゃんのことだよね?

「おともだちだよ。イエイヌちゃんがそうげんの方に来たときに出会って、そこでおともだちになったの。」

「そうげんとは、またずいぶんととおいな。はねのないフレンズには、たいへんなみちのりじゃったろうに。」

 言いながら、なみちーちゃんは頭の後ろの羽をぱたぱたと動かしてみせる。たしかにわたしが空を飛べるフレンズさんだったら、ここまでの道もそんなに時間をかけずに来れたのかもね。

 でも・・・、

「あはは。そうだね。でも、ゆっくり何日もかけて来たし、色々なフレンズさんとも会えたから、あんまり遠いとか、感じなかったかな。それに、」

 言葉を区切り、視線を向かいのくびわちゃんと、ベッドでだらだらしてるロードランナーちゃんにそれぞれ向ける。

「旅の途中でくびわちゃんともロードランナーちゃんともおともだちになれたし。」

 こうしてゆっくりと歩いてきたおかげで、得られたものはとっても大きい。

「だからあのとき、イエイヌちゃんがおうちに来ない?って誘ってくれて、すごく感謝してるの。」

「そうか・・・、それはなによりのことじゃな。」

 なみちーちゃんは腕を組みながら、穏やかな表情でうんうんと頷いた。

 

 と、

 ぐううううぅぅぅ・・・、という大きなお腹の音が聞こえた。

 ひょっとしてあたしの?と思ったけれど、お腹が震えた感覚はない。音の聞こえた方向からすると、くびわちゃんでもないと思う。

 そうなると・・・、

「やだ、ロードランナーちゃん。そんなにお腹、空いてたの?」

「はあ!? あたしじゃねーよ!」

 ロードランナーちゃんはそう言うけれど、音のした方向を考えると、ロードランナーちゃん以外に考えられなかった。

 まさかこんなお姫様みたいな雰囲気のするなみちーちゃんが、あんなに大きなお腹の音をさせるわけないし。

「うんうん。わかるわかる。お茶とお菓子、楽しみだもんね。」

「だからあたしじゃねーって!」

「あはは。ごめんごめん。聞かなかったことにするから。」

「んだよ・・・、ったく。」

 ロードランナーちゃんはぶつぶつと唇を尖らせて呟くと、そのまま枕にぼふっと顔を埋めてしまった。

 うふふ。恥ずかしがっちゃってー。

 ロードランナーちゃんのこういう反応は、ちょっと意外かも。

 

「それにしても、やぬしどのはなにゆえ、そんなとおいところまででかけたのじゃろうな?」

 と、唐突に投げられた質問に視線を戻しながら、ふと考えてしまった。

 そう言えば、今まで考えたこともなかったかも。

「うーん。なんでだろ。」

 言いながら、その理由を考えてみる。

 何処か行きたい場所があった、とか?

 でも、わたしと会ってからこれまで、イエイヌちゃんはずっと一緒にいてくれるし、何処かへ行きたいような素振りは一度も見せたことはない。

 しいて言うならここ、イエイヌちゃんのおうちに向かって旅をしていたわけだけど、それもけっきょく、イエイヌちゃんにとっては自分のおうちに戻ってくるだけの話だしさ。

 いまいちぴんとくる回答が思いつかないままでいると、隣の部屋からばたばたという物音が聞こえてきた。

 あっちはたしか、イエイヌちゃんがお茶の準備を・・・、

 

 ばん、と。

 視線を向けたと同時に、隣の部屋に繋がる扉が勢いよく開いた。

 そしてその中から何かが勢いよく飛び出してくる。

「ともえちゃん! あぶない!」

「へ?」

 イエイヌちゃんの大声が耳に届き、その何かがわたしの方へと向かっていることに気づいた。

「うわぁっ!」

 飛び掛かってきた何かはわたしの顔めがけて飛びついてくる。勢いのまま椅子ごと床に倒れそうになるけど、なんとか上半身をのけ反らせるだけで耐えられた。

 けれどもちろん、それで無事に済んだわけじゃない。

 飛び掛かってきたその何かはわたしの肩と膝に毛むくじゃらの足を置いて、はぁはぁと荒い息を吐きながら、口を大きく開けてぺろりと舌を見せて・・・、

「た、たべ・・・!」

「なんじゃ、チサマ、またはいりこんどったのか。」

 食べないで、というわたしの台詞は、呆れたような響きのするなみちーちゃんの声に遮られた。

 

 なみちーちゃんの様子にちょっとだけ冷静さを取り戻したわたしは、あらためて、飛び掛かってきたその子を見る。

 椅子に座ったわたしに圧し掛かるようして、はふはふと息を吐いているその子は、

 フレンズさんでも、ヒトでもなく、

 まぎれもない、どうぶつの姿をしていた。

「ハッハッハッハ・・・、アォン!」

 犬・・・、じゃあない。

 尖った大きなお耳が斜めに生えていて、頭の後ろの辺りからトサカのような黒いたてがみが背中の方に続いている。口と鼻の周りが黒くて、灰色の毛に覆われた全身には黒い横じまがあった。

 このどうぶつって、たしか、

「まったく、どこからはいってくるのやら・・・、のう、アードウルフ。」

「ァオゥン!」

 なみちーちゃんが、前にどうぶつ図鑑で見た名前を呼ぶと、その子はまるでお返事でもするかのように、可愛らしい声で鳴いた。

 


 

「ウァフッ! ァフッ! ぺろぺろぺろ・・・、」

「あはは、くすぐったいよ。アードウルフちゃん。」

 わたしはまるで子どものようにすがりつくアードウルフちゃんをだっこしながら、顔をぺろぺろと舐められていた。

 子どものように、というか、じじつ、アードウルフちゃんはまだ子どもくらいの大きさだった。

 さすがに生まれたばかりという感じではないけど、図鑑で見た姿よりだいぶ小さくて、わたしでも簡単に抱えられるくらいだ。

「キュゥン・・・、ぺろぺろぺろ・・・、」

「もう、舐めるのダメだってばー。あはは・・・!」

 だから、本気でイヤだったら両手で持ち上げて床に降ろすのもわけないのだけど、こうしてされるがままに舐められているのは、とうぜん、まんざらでもないからである。

 ふわふわでちっちゃくて、おまけに甘えん坊とか、かわいいにもほどがあるというものだ。

 

 イエイヌちゃんの用意してくれたお茶やお菓子はテーブルの上に出されていたけど、さっきからずっとこの調子だから、わたしは手を付けられずにいた。

 せっかくイエイヌちゃんが淹れてくれたお茶なのだし、温かいうちに飲みたい気持ちはもちろんあるのだけど、こうして可愛らしいどうぶつにじゃれつかれてしまっては、どうしようもない。

 申し訳ない気持ちでイエイヌちゃんを見ると、そんな葛藤もすべてお見通しなのだろう、イエイヌちゃんは「しかたないですねぇ。」とでも言わんばかりの微笑みを向けてくれた。

 

「しかし、めずらしいこともあるものじゃの。そやつがしょたいめんのあいてに、そこまでなつくとはな。」

 なみちーちゃんは音も立てず、とても上品に紅茶を飲みながら、そんなことを言う。その話し振りからすると、アードウルフちゃんのこと、前から知っているみたいだった。

「このこは、なみちーさんのおしりあいなのですか?」

「そうじゃな・・・、しりあい、というか、ともであったわ。」

 イエイヌちゃんの問いかけに答えると、なみちーちゃんはカップを静かにテーブルに置く。そしてわたしの帽子をぱしぱしと前足で叩きはじめたアードウルフちゃんに、寂しげな視線を向けた。

「しばらくまえに、なみちーとそやつは、セルリアンにおそわれてな。とおりがかったフレンズにたすけられたのじゃが、すでにそやつのサンドスターは、うばわれたあとじゃった。」

 え・・・、と。

 思いがけず聞いてしまった悲しいいきさつに声を上げそうになり、慌てて口を押える。

 これまで、フレンズさんがサンドスターを失ってしまったらどうなるのか、話として聞いたことはあった。

 けれど、実際に『そうなってしまった』フレンズさんを見るのは、はじめてのことだった。

 

 なんて言葉をかけていいかわからずそのままでいると、イエイヌちゃんが申し訳なさそうに口を開く。

「それは・・・、すみません。かなしいことをおもいださせてしまって・・・。」

「きにするでない。パークではよくあるはなしじゃ。」

「アォン!」

 なみちーちゃんが気丈なことを言うのと同時に、まるでそれを肯定するかのように、アードウルフちゃんが一声吠える。

 まるで話していることがわかっているかのようなその反応に、なみちーちゃんは口元を隠してくすくすと笑った。

「ふぇ、ふぉっふぁはほほへーはひっほひ・・・、」

 と、お茶うけのクッキーを口いっぱいにほおばりながら、ロードランナーちゃんが口を挟む。相変わらず、ちっちゃい子供みたいな行動だった。

「・・・しゃべるなら、のみこんでから。」

「・・・、んぐ、・・・、んが、・・・、ズズズ・・・、んぐっ、」

 くびわちゃんがいつもの無表情で言うと、自分のぶんのお茶を音を立ててすすり、クッキーごと飲み込んだ。なみちーちゃんの上品な所作とはうんでいの差である。

 

「んで、そっからもおめーら、いっしょにいるんかよ。」

「いや・・・、どうにもはなれてくれんでな。なみちーは、なんとか、やせいにかえそうとしとるんじゃが・・・。」

「ふーん、まあ、それならしかたねーか。」

 その、あたりまえのように交わされた会話に、はてと思う。

「え? どうして? おともだちだったんでしょ? 一緒にいたらいいじゃない。」

 わたしが思ったことをそのまま口にすると、イエイヌちゃんが少し複雑そうな顔で、

「ともえちゃん・・・、どうぶつにもどったフレンズは、やせいにかえす、というのが、パークのおきてなのです。」

「ええ? そうなの?」

 驚いて周りを見ると、みんなそれぞれうんうんと頷いている。この中で最も物知りであろうくびわちゃんも、こくりと。

「そうなんだ・・・。」

「フレンズとどうぶつでは、あまりにちがいがありすぎるからの。しかたのないことじゃ。」

 なみちーちゃんはそう言うのだけど、顔に浮かんでいるのはとても寂しげな表情だ。

 

 うーん、と考える。

 たしかに、フレンズさんとどうぶつじゃ、いろいろ違いはあると思うし、一緒に暮らしていくのにも、いろいろ問題はあるのかもしれないけど。

 でも・・・、それってなんだか、寂しい気がする。

 たとえば、わたしはイエイヌちゃんと違って、耳も鼻も良くない。

 くびわちゃんと違って、物知りじゃないし、ロードランナーちゃんと違って、足も速くない。

 みんなぜんぜん違うけど、それでも一緒にいる。

 だって、一緒にいて楽しいから。

 ヒトもフレンズさんもどうぶつも、けっきょくのところ、一緒にいる理由なんて、それだけで充分なんじゃないかな・・・。

 そんなことを頭の中でつらつら考えるのだけど、どうしてか、口に出すことはできなかった。

 ・・・ううん。わたし自身、わかっているからだろう。

 それはあくまで、失った経験のない者のりくつだ。

 アードウルフちゃんがどうぶつに戻るところを、おそらく目の前で見ていたなみちーちゃんは、きっと今見せている表情の何倍も悲しんだと思う。

 それでも尚、野生に返そうと言うのだ。

 その気持ちは、わたしの勝手なさかしいりくつで、かき回していいものじゃないと思う。

 

「にしても、そんなにたのしそうなそやつをみるのは、ひさしぶりじゃわ。」

 なみちーちゃんは優しげな表情でアードウルフちゃんを眺めて、キキキ、と小さく笑う。そしてそのまま視線をわたしに向けて、こう言った。

「のう、ともえ。よければそやつと、しばしあそんでやってはくれんかの?」

「うん。もちろん!」

 わたしがふたつ返事でりょうかいすると、気配を察知したのか、アードウルフちゃんが「アォン!」と嬉しそうな声を上げた。

「でも、なにして遊ぼっか。この子、どういう遊びが好きなの?」

「ふむ、フレンズであったときは・・・、あなほりやかけっこ、それから、かりごっこなんぞを、このんでいたかの。」

 穴掘りやかけっこ・・・、それから、狩りごっこ?

 ・・・えっと、狩りごっこ、ってなに?

 なみちーちゃんの回答に、頭上に疑問符を浮かべていると、イエイヌちゃんがにっこりと笑いながら言った。

「そういうことでしたら、とっておきのあそびどうぐがありますよ?」

 


 

フレンズ紹介~ナミチスイコウモリ~

 

 なみちーちゃんはコウモリ目チスイコウモリ科チスイコウモリ属の哺乳類、ナミチスイコウモリのフレンズだよ!

 ナミチスイコウモリは別名、吸血コウモリとも言って、どうぶつの血を吸うコウモリなんだって!

 するどい歯で獲物に噛みついて、傷口を舐めて血を舐めとるみたい。

 歯がするどいから、噛まれても逆に痛みがないらしいんだけど、やっぱり血を吸うっていうのはちょっと、こわいかな・・・。

 

 夜行性で、昼間は洞窟とかの天井にぶら下がって眠ってるんだよ!

 コウモリがぶら下がって寝るのは、それがいちばんリラックスできるから、みたい!

 ヒトの場合だと、ずっと逆さまでいたら頭に血がのぼって気持ち悪くなっちゃうけど、コウモリは体が小さくて軽いから、重力で血の巡りが悪くなることもないんだって!

 

 そんな小さくて軽いナミチスイコウモリなんだけど、お腹いっぱい血を吸うときは、体重の半分近い量を飲んじゃうみたい!

 でも、そこまで飲んじゃうと、重くて飛べなくなるから、地面を飛び跳ねて歩いて巣まで戻るんだよ! ぴょんぴょんしててかわいいの!

 それと、飲んだ血はぜんぶ独り占めにするんじゃなくて、群れでお腹が空いてる子がいたら、口移しで分けてあげるんだって!

 おともだち想いの、とってもいい子だよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 



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けものフレンズR くびわちほー 第08話「ぼくのふれんど」B・Cパート

どうぶつ紹介~アードウルフ~

 

 アードウルフちゃんはネコ目ハイエナ科アードウルフ属の哺乳類だよ!

 ウルフって名前についてるし、和名もツチオオカミっていうんだけど、ハイエナの仲間なんだって!

 ハイエナの仲間ではいちばん小さい体をしてて、お顔も小さいから、すっごいかわいいんだよ!

 

 アードウルフは穴を掘って、シロアリとかを食べて暮らしてるよ!

 アリクイみたいに舐めとって食べるから、他のハイエナに比べて舌が長くて大きいし、噛まなくていいから歯やアゴは大きくないんだって!

 シロアリを探すのがすっごく得意で、土の中を掘る音で探し当てたり、アリの分泌する匂いを辿って見つけたりするんだよ!

 そんな小さな音とか匂いを探知するなんて、すっごいよね!

 

 そんな食生活だから、穴に潜るのがすっごい好きで、穴を見つけるとぜったいに潜っちゃうみたい! ぴょこん、って穴から顔を出したりして、すっごくかわいいの!

 あと、群れで暮らすことはないんだけど、つがいを見つけると、お互いにその相手と生涯ずっと一緒に暮らすみたい!

 ひとりの相手と一途に想い合うなんて、なんだかすっごく素敵だなぁ・・・。

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 


 

「よーし、じゃあ、いくよー? ・・・それー!」

 

 掛け声と同時に、わたしは半身の体勢から、水切りをするような形で持っていた物を投げた。

 持っていた物、というのは、イエイヌちゃんがとっておき、と言っていた遊び道具、フリスビーである。

「ハッハッハッハ・・・、ゥオゥン!」

 しゅるしゅると回転する円盤はふわふわと宙を飛び、並走するように走り込んできたアードウルフちゃんにダイビングキャッチされた。

 アードウルフちゃんはフリスビーをくわえたまま、とてとてと近づいてくる。そしてそのままわたしの足元にフリスビーを置いた。

 これが、狩りごっこ。なるほどたしかに。

 つまりこれは、フリスビーを空を飛ぶ獲物に見立てた狩りの真似事であるわけなのだった。

 

「よしよし、えらいえらい。」

 撫でて欲しそうにすり寄ってくるアードウルフちゃんの首や頭を、両手で挟み込むように撫でてあげると、喉を鳴らして気持ちよさそうな声を上げる。

 もふもふの感触が手のひらから伝わってきて、撫でているこっちだって、とっても気持ちいい。

「キュゥン・・・、ァフ、ァフ、」

 おまけにこの声、この表情である。

 平静を装って一緒に遊んでいるわたしだけれど、さっきからきゅんきゅんが止まらず、顔はにやけっぱなしだった。

「ォン!」

「うふふ・・・、なぁに? また投げて欲しいの?」

「ァフ! ァフ!」

「しょうがないなー。じゃあ、もう一回ね?」

「アォン!」

 待ちきれないといった感じに手元を見るアードウルフちゃんに、デレデレのわたしは足元のフリスビーを拾い上げ、大きく振りかぶる。

「それー!」

 

 そして、さっきと同じように投げたのだけど、

「あ、」

 思わず声を漏らしてしまう。アードウルフちゃんのあまりのかわいさに、ついちからが入り過ぎてしまったようだ。フリスビーはさっきより速く、大きな弧を描いて飛んでいく。

 アードウルフちゃんはまだ小さいから、強く投げないように気をつけていたんだけど、きゅんきゅんに呑まれると暴走してしまうわたしの悪癖は多少気をつけたくらいではどうにもならないようだ。

「ごめん! アードウルフちゃん! あれはさすがに、」

 取れないよね、と続けようとした口は、次の瞬間目に飛び込んできた光景に、そのままあんぐりと開いたままになってしまった。

 とつぜん横から走り込んできたイエイヌちゃんが明後日の方向に飛んでいくフリスビーをジャンピングキャッチしたのだ。

「はっ、はっ、はっ、・・・はぐぅっ!」

 ・・・口で。

 

「キュゥン・・・、クゥン、」

「ふっふっふ、まだまだあまいですねぇ。あのていどのすろーいんぐをきゃっちできないとは。」

 獲物を横取りされて悲しそうなアードウルフちゃんに、イエイヌちゃんはふふんと得意げに声をかける。

「いいですか? ゆくさきをみてからはしりはじめてはおそいのです。フリスビーがゆびをはなれるしゅんかんにはしりだし、かそくをしながらゆくさきをみきわめて・・・、」

 人差し指を立てながら話を続けるイエイヌちゃんをジト目で見つめながら、わたしはすたすたとふたりに近づいた。

「・・・で、あるからして。フリスビーきゃっちとは、いうなればおのれとのたたかいであり、」

「イエイヌちゃん・・・、」

「おお、ともえちゃん。いいところに。いまこのこにきゃっちのコツを・・・、」

 にこにこの笑顔を見せながら振り返るイエイヌちゃんに、わたしは大きく息を吸い込んで、

 

「おんなのこがお口でものをくわえるなんて、はしたないことしちゃいけません!」

 


 

「かけっこっつったら、あたしのでばんだな!」

 にっこり、満面の笑みを浮かべるロードランナーちゃんが相変わらずの大きな声を出した。

 走ることが大好きなことも相変わらずのようで、かけっこ、という単語を聞いた時点から、ずっとうずうずしていたロードランナーちゃんである。

 こうして実際にかけっこをする段になって、にこにこ笑顔で嬉しそうに手足をぷらぷらさせている。

 その足元にはアードウルフちゃん。この子もかけっこする空気を察したのか、楽しそうにはふはふと息を漏らしながら、開始の合図を今か今かと待っていた。

「うぅ・・・、わたしもかけっこしたいですぅ・・・。」

 おなじく走るのが大好きなイエイヌちゃんは、ふたりの姿をとても羨ましそうに眺めていた。

 『はんせいちゅう』と書かれた紙を首からぶら下げて、地面にちょこんと正座をしている。

 プラカードのようなその紙は、さっきのフリスビーでのことをきちんと反省してもらうため、わたしが用意したものだ。

 でも、ちょっとやりすぎかなぁ・・・?

 イエイヌちゃん、じゅうぶん反省してるみたいだし。

 そんなことを思いながら、くぅん、とおはなを鳴らしながらしょんぼりしているイエイヌちゃんに近づいた。

 

「イエイヌちゃんも、かけっこしたいよね?」

「いえ・・・、わたしはこのとおり、はんせいちゅうですし・・・。」

「もう充分反省したでしょ?」

 言いながら、わたしはイエイヌちゃんの首にかかった紐を取ってあげた。

「ともえちゃん・・・! ありがとうございますぅ!」

「いいからいいから。イエイヌちゃんも一緒に、走っておいでよ。」

 歓喜の表情と共にぱたぱたとしっぽを振るイエイヌちゃんに、わたしはちょっと複雑なこころもちである。

 うーん。なんというマッチポンプ。

 

「お、やっぱおめーもはしんのかよ。」

「はい! こうやではおくれをとりましたが、こんどはまけませんよ?」

「へへっ、そーこなくちゃよ。」

 横に並んだイエイヌちゃんに、ロードランナーちゃんは不敵な笑みを見せる。イエイヌちゃんはその顔を真っすぐに見て、似たような笑顔を返した。

 実に楽しそうなふたりである。

 けれど。

 なんというか、ちょっとヒートアップしすぎなような。

「えっと・・・、ふたりとも、わかってるとおもうけど、アードウルフちゃんはまだちっちゃいから、」

「んじゃ、はじめるとすっか! くびわ! ごうれい!」

「・・・いちについて、よーい、どん。」

 不安を感じたわたしが口を挟む間もなく、かけっこ開始の合図が出されてしまった。

 

「うおおおおぉぉぉっ!」

「わふわふ! わふー!」

 威勢のいい声が発せられたかと思うと、ふたりの背中がものすごい勢いで遠ざかっていく。相変わらずのとんでもないスピードだった。

 ちょっと離れた場所にいた、既にその光景を見たことのあるわたしでさえ、その勢いに肩をびくんとさせてしまったほどである。

 つまり。

 だとすれば。

 もっと近くにいて、それをはじめて見る子にとっては・・・、

 

「キュゥウ・・・、ァフ、」

「ああああっ! アードウルフちゃん! だいじょうぶ!?」

 

 びっくりしすぎて、目を回してひっくり返ってしまったアードウルフちゃんにかけよりながら、わたしはひめいのような声を上げた。

 


 

「なんというか・・・、チサマら、ざんねんなやつらじゃの。」

「うぅ・・・、もうしわけありません・・・。」

「もがー! ふがー!」

 かけっこ勝負から帰ってきたふたりは、並んで正座をさせられていた。

 イエイヌちゃんの首にはさっきと同じ『はんせいちゅう』の紙、ロードランナーちゃんの首には『いっかいやすみ』と書かれた紙がぶら下げられている上に、口にはバッテン印つきのマスクがつけられている。

 ちなみに、ロードランナーちゃんの紙とマスクはくびわちゃん作だ。

 

「キュゥン・・・、クゥン、」

 わたしはすっかり怯えてしまったアードウルフちゃんを抱っこしながら、よしよしと頭を撫でている。

「だいじょぶだよー? もう怖くないからねー? 危ないことするおねーちゃんたちは、じっとしてるからねー?」

「くぅん・・・、ともえちゃん、あんまりですぅ・・・。」

「んがー!」

 ひなんめいた声と、ちょっと何言ってるかわからないです、なうめき声が聞こえてくるけれど、今度ばかりはじごうじとくである。

 ふたりにはしばらくの間、はんせいしていてもらおう。

 

 と、くびわちゃんがしゃがみ込んで、ごそごそと何かをしているのに気付いた。

「あれ? くびわちゃん、何してるの?」

「・・・あなほり。あーどうるふは、あなほりや、あなにもぐるのが、すきだから。」

 手元を見ると、どこかで拾ったのか、シャベルを片手にいっしょうけんめい地面に穴を掘っていた。

 くびわちゃんは体が小さいから、ちっちゃい子がお砂場で遊んでるみたいで、すっごく微笑ましい光景である。

 しばらく、ほっこりしながらその様子を眺めていると、ふう、と満足そうに息を吐いて、くびわちゃんがこちらを見上げた。

「・・・できた。」

 くびわちゃんの足元には丁度アードウルフちゃんがすっぽり入れるくらいの大きさの穴が空いていて、しっとりとした土の匂いが昇ってくる。

「あはは。よかったね、アードウルフちゃん。おねーちゃんが穴を掘ってくれたよ?」

「クゥン・・・、ァフ、」

 わたしは抱きかかえていたアードウルフちゃんを両手で抱え直して、くびわちゃんの方に近づける。

 

 ――と。

「ウゥゥゥ・・・ッ、アフッ! ワフッ!」

「あ、あれ? どうしたの? アードウルフちゃん。」

 どうしてだろうか。アードウルフちゃんはとつぜん低く唸り始めると、くびわちゃんに向かって勢いよく吠え出した。

 興奮しているというか、威嚇をしているというか、怯えたような様子だ。

「あれ? なんで? どうしてだろ。くびわちゃん、怖くないよ?」

「・・・たぶん、におい、のせい。」

 じたばたと暴れ出したアードウルフちゃんを再び抱っこする形に抱え直していると、くびわちゃんがとても悲しそうな顔でぽつりと言った。

「匂い、って? くびわちゃんの匂い、ってこと?」

「そうじゃろうな。そこなちいさきものは、セルリアンにとてもよくにたにおいをしておる。」

 わたしの問いかけに答えたのは、音もなくとなりに立っていたなみちーちゃんだった。

「アードウルフはおぼえておるのじゃろう。サンドスターをうばったあいての、においをな。」

 

 くびわちゃんはボス、ラッキービーストがセルリアンになって生まれた存在だ。

 鼻が良くないわたしにはわからないけど、その匂いも、ボスとセルリアンの匂いが混じったような匂い、なのかもしれない。

 ひょっとしたら、イエイヌちゃんが船の上で言っていた、知っているふたつの匂い、っていうのは、そういうことだったのだろうか。

 でも、

「ちょ、ちょっと待って! たしかにくびわちゃんの匂いは、そうなのかもしれないけど・・・、でも! くびわちゃんはそんな、あぶないものじゃなくて、」

「みくびるでない。チサマらのようすをみていれば、そのくらいのことはわかろう。」

 あわてて声を上げるわたしに、なみちーちゃんは優しい声で答えてくれる。そのままくびわちゃんの目の前に立つと、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「てを、だしてみよ。」

 くびわちゃんは少し不思議そうな顔をしたけれど、言われるがままにおずおずと手を差し出す。穴掘りをしていたせいで、その指先には土汚れがついていた。

 なみちーちゃんはその指を、ついた土ごとぺろりと舐めた。

 

 いったい何を、と思うけれど、続けて発せられた言葉に、その意図を理解する。

「ほれ、アードウルフよ。このとおり、こやつはきけんなものではないぞ? チサマもこちらへきて、つちのあじをたのしんではどうじゃ。」

 ウウゥ・・・、と低く唸り続けていたアードウルフちゃんは、なみちーちゃんの言葉に唸るのをぴたりとやめ、わたしの腕の中からするりと抜け出してぴょん、と地面に降り立つ。

 そしておそるおそる、ふたりのところへ近づくと、なみちーちゃんが舐めていたくびわちゃんの指に鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅いだ。

 そして、

「キュゥン・・・、ぺろぺろ、・・・ァフッ! ァフッ! ぺろぺろ、」

「・・・くすぐったい。・・・あはは、」

 なみちーちゃんと同じように、土ごと指を舐めはじめると、悲しそうな表情だったくびわちゃんの顔に、明るい笑みが浮かんだ。

 

「なみちーちゃん、ありがと。くびわちゃんのこと、信じてくれて。」

「しんじるもなにも、こやつのかんちがいをただしただけじゃ。れいをいわれるようなことではないわ。」

 なみちーちゃんはそう言って、キキキ、と甲高い声で笑う。

 アードウルフちゃんはひとしきりくびわちゃんの指を舐めた後、地面の穴に潜り込んで首をぴょこんと出していた。その顔はどこか満足げというか、とてもリラックスした表情である。

 そのとなりでしゃがみ込んだままのくびわちゃんは、アードウルフちゃんの頭をおっかなびっくり撫でている。けれどその顔は、やっぱり笑顔だ。

 なんだかすっごくほっこりする光景だった。

 

「くぅん・・・、なんだかおいてけぼりにされてるかんじがしますぅ・・・。」

「んがー・・・、くぅ・・・、ぴゅい・・・、

 離れたところから聞こえてくる声と寝息に、そろそろイエイヌちゃんだけでもはんせいを解いてあげようと思い、きびすを返す。

 

 そのときだった。

 どさり、と後ろから音が聞こえて、なんだろうと振り向く。

 

「・・・え?」

 振り返った視線の先にあったのは、地面に倒れたなみちーちゃん。そして慌てて駆け寄るくびわちゃんとアードウルフちゃんの姿。

 わたしも駆け寄り、地面に横たわるなみちーちゃんの顔を覗き込む。

 その、とても綺麗な顔は、まるで血の気が引いたように真っ青だった。

「なみちーちゃん!? だいじょうぶ!? ねえ! どうしたの!?」

 どれだけ大きな声で呼びかけても、なみちーちゃんは目を覚まさなかった。

 


 

 あの後、なみちーちゃんをみんなで抱えておうちの中に運び、ベッドに寝かせた。

 枕元にはアードウルフちゃんの姿があり、くぅんと鼻を鳴らしながら、とても心配そうに顔を覗き込んでいる。

 ベッドの周りにいるみんなの表情は暗い。もちろん、わたしもそうだろう。

 弱弱しいものだけれど息はしているし、命に別状はない、と思うのだけど、いきなり倒れるなんて、心配しない方がおかしい。

「なみちーさん、だいじょうぶでしょうか・・・?」

「わかんない・・・。なんで倒れちゃったのかな・・・、びょうき、だったのかな・・・。」

 イエイヌちゃんの問いかけに、何もわからないまま答える。そのままくびわちゃんの方に視線を向けて、

「ねえ、くびわちゃん。何かわからない? なみちーちゃん、なんで・・・。」

「・・・さんどすたーが、こかつしてる。たぶんもう、なんにちも、たべてない。」

 何日も食べてない・・・、って、それって。

 くびわちゃんの返答に、思い出す。

 イエイヌちゃんのお茶の準備を待っているとき聞こえた大きなお腹の音。

 あれはなみちーちゃんのお腹の音、だったんだ。

 

「ちっ・・・、そういうことかよ。んなことしても、コイツがよろこぶわけじゃ、ねーだろに。」

「・・・、なみちーさん、アードウルフさんのこと、ほんとうにすきだったのですね・・・。」

 そんな、居たたまれない表情と共に漏れ出たふたりの呟きには、わたしが理解したこと以外の何かがあるように感じた。

 どういうことだろう、と思ってふたりを見ると、ロードランナーちゃんががしがしと頭を掻きながら話しはじめる。

「フレンズがどうぶつにもどっちまうと、そいつとなかのよかったフレンズも、どうぶつにもどりたがることがあんだよ。わざとセルリアンにくわれたりするヤツもいっけど、たいていはそいつみてーに、めしをくわねーようになって・・・、」

「フレンズがフレンズでいつづけるためには、サンドスターのほきゅうが、かかせません。ていきてきにジャパリまんをたべていれば、もんだいはないのですが・・・。」

 

 思えば、お茶の時だって、なみちーちゃんはお茶菓子に一切手を付けていなかった。あのときはてっきり、マナーてきなものだと思っていたけれど、そうじゃなかったんだ。

 あれは、あれはつまり、その、

 飢えることによる、緩やかな・・・、

「だから、どうぶつにもどったフレンズはやせいにかえして、ちゃんとおわかれしなくちゃ、いけねーんだ。」

 歯噛みするように呟いたロードランナーちゃんの台詞で、全て腑に落ちた。

 

「そんな・・・、そんなのって・・・、」

「なんじゃ、バレてしもうたか。」

 わたしが呟いたと同時に、なみちーちゃんが口を開いた。ゆっくりと目を開き、そのまま手をついて身を起こそうとする。

「ムリしないで! いきなり体を動かしたら!」

「よい。どうせさきのないみじゃ。ねてばかりではつまらんわ。」

「そんなこと・・・、」

 誰の手も借りずに上半身を起こしたなみちーちゃんは、周りを囲むわたしたちからイエイヌちゃんの姿を見つけて、キキキ、と力なく笑った。

「やぬしどの。すまぬな。このようなことに、チサマのねどこをつかわせてもらって。」

「いえ・・・、そんなことは・・・、」

 このようなこと、というのはもちろん、そういうこと、だろう。

 もう一足遅かったら。

 らぼでバギーを借りられなかったら。

 わたしたちがおうちに着いた時、ひょっとしたらここには、一匹のコウモリが住んでいたのかもしれなかった。

 

「めのまえで、というのもねざめがわるかろう。なに、すぐにでてゆくわ。」

 そう言って、なみちーちゃんは羽をぱさりと動かす。

「・・・もう、とぶちからものこってない、か。すまぬ。そこをどいてくれぬか。そうかこまれては、ベッドからおりることもままならぬゆえ。」

「そんなの・・・、」

 できるわけないよ、と言いかけたわたしの口は、

「すぐにでていく、ねぇ。」

 そんな、ぶっきらぼうな感じの呟きに遮られる。

 声のした方を見ると、ロードランナーちゃんが不機嫌そうな顔でなみちーちゃんを睨んでいた。

「おめーさ。なんで、あたしらがきたとき、すぐにそういわなかったんだよ。」

「・・・、ちゃに、さそわれたからの。むげにことわるのもしのびなしに。」

 なみちーちゃんの返答に、ふぅん?と鼻を鳴らして、ロードランナーちゃんは続ける。

「んじゃ、ちゃーのんだあと、そうすりゃよかったじゃねーか。なんでだ?」

「それは・・・、その、」

 なみちーちゃんは再度の問いかけに言葉を詰まらせて、きょろきょろと視線を這わせる。

 

 そんな、なみちーちゃんの膝の上に、アードウルフちゃんの小さな足が置かれた。

 そのままなみちーちゃんの上に乗ると、上半身に身を預けるように寄りかかる。

「キュゥン・・・、クゥン・・・、クゥン・・・、」

 下から顔を覗き込みながら、まるで病気の母親を心配するような、不安げな声を漏らす。

 その声に、なみちーちゃんの鼻からすんすんと、すするような音が漏れ出した。

 

「こやつが・・・、アードウルフが・・・、たのしそうにしてるのが、うれしくてな・・・、」

 震えた声を出したなみちーちゃんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれだす。

 

「なみちーは、アードウルフがいなくなって、ずっと、かなしくて、つらくて・・・、ひとりで、たすかったことが、ゆるせなくて・・・、こんなことなら、いっそ、いっしょに、って・・・!」

 アードウルフちゃんを抱きしめながら、なみちーちゃんは嗚咽交じりに言葉を続ける。

「そのまえに、がんばって、やせいにかえそうって、おもって・・・。でも、ついてくるし・・・。どうぶつにもどってから、いつも、げんきがなくて、さみしそうで・・・! あんなに、えがおのにあうこだったのに・・・!」

「キュゥン・・・、」

 なみちーちゃんの言葉が、わからなくても伝わるのだろう、腕の中のアードウルフちゃんが悲しそうな声を上げた。

 なみちーちゃんは、こんなにもつらい気持ちを抱えて、ずっとひとりでいたんだ。

 それなのに、わたしたちにはあんなにも気丈にふるまって・・・。

 それが、どれだけ大変なことか。どれだけつらいことか。痛いくらいに想像できる。

 なにか、なにか言ってあげないと・・・。

 

「そりゃ、とーぜんだろ。どうぶつとフレンズじゃ、ちげーんだよ。」

 聞こえてきた声は、冷たく突き放すようなものだった。

 ・・・言葉だけを聞けば。

「チサマ・・・ッ!」

「ことばだって、きおくだってなくしちまう。フレンズがどうぶつにもどるってのは、そいつがいなくなるのといっしょだ。・・・でもよ、」

 キッと睨みつけるなみちーちゃんの目を、はじめて見るような、すごく真剣な顔でまっすぐに見つめ返して、ロードランナーちゃんは言葉を続ける。 

「なにいってっかわかんなくても、つたわるもんはあんだろーが。あたしなんてにらんでねーでさ、ちゃんとそいつのかお、みてやれよ。」

 優しく、さとすように言われて、なみちーちゃんはアードウルフちゃんの顔を覗き込む。

「そいつがなんで、やせいにかえれねーか、おめーもホントは、わかってんだろ?」

「クゥン・・・、ぺろ、ぺろ、」

 覗き込んだその頬に流れる涙にアードウルフちゃんが舌を伸ばすと、なみちーちゃんは顔をくしゃくしゃにして嗚咽を漏らした。

「アードウルフ・・・、アードウルフぅ・・・、」

 

・・・どうぶつとフレンズはちげー。でも・・・、だからって、ともだちになれねーわけじゃ、ねーだろが。

 ロードランナーちゃんは小さく呟くように言うと、わたしの方にずい、と手を伸ばした。

 その言葉は、なみちーちゃんに向けたものでもあるようで、別の誰かに向けられたもののようでもあった。

 ひょっとしたらロードランナーちゃんも、むかし、大切な誰かを失ったことがあるのかな・・・。

 そんなことを考えながら、わたしはかばんから取り出したジャパリまんを、その手のひらにのせた。

「くえよ。おめーがそのまんまだと、いつまでたっても、そいつのきもちがうかばれねぇ。」

 ロードランナーちゃんは手に取ったジャパリまんを差し出しながら、ぶっきらぼうにそう言った。

 

 なみちーちゃんはおそるおそる、差し出されたジャパリまんを受け取る。両手でつかんで、口の前に持っていくのだけど、けれど、そこで止まってしまった。

 口を開けて、食べようとする形のまま、しばらくの時間が過ぎる。

 やっぱり、食べられないのかな・・・。

 どうしたら、食べてくれるんだろう・・・。

 なんて、そんなことを、わたしが心配するまでもなかった。

「キュゥ・・・、ぺろ、ぺろ、」

 アードウルフちゃんがジャパリまんの近くに顔を寄せて、ぺろぺろと舐めだしたのだ。

 そうして、一部分をよだれまみれにすると、そのまま食べることなく、なみちーちゃんの顔を見上げる。

 それはまるで、こわくないよ、と言っているようだった。

 さっきお外でくびわちゃんの土まみれの指を舐めた、なみちーちゃんのように。

 

 なみちーちゃんは呆気にとられたような、けれど、どこか嬉しそうな表情になると、キキキ、と小さく笑う。

 そしてそのまま、小さな口を開けて、ぱくり、

「・・・、おいしい、」

 よだれまみれジャパリまんにかぶりつくと、小さな声で感想を漏らす。

 ぱくぱくと、無言のまま三分の一くらいまで食べたところで、その目からまた、涙がぽろぽろとこぼれはじめた。

「おいしいよぉ・・・、アードウルフぅ・・・!」

 


 

 なみちーちゃんは涙をぽろぽろこぼしながらも、ちゃんとジャパリまんをひとつ食べきった。そして泣き疲れたのだろう、再び倒れるように眠りに落ちた。

 ついさっき倒れたばっかりでのその様子に、また心配になったけれど、くびわちゃんいわく、ちゃんとサンドスターの補給はできたそうだから、一先ずは安心していいだろう。

 それにしても・・・、

「んあ? あんあ? はりひへんはほへー。」

 まじまじとその顔を見てしまったわたしに、ロードランナーちゃんはジャパリまんを口いっぱいに頬張りながら睨み返す。

 食べてるの見てたらお腹空いた、とロードランナーちゃんが言ったので、苦笑しながらもうひとつ取り出して渡したのだった。

 お菓子もいっぱい食べてたはずなのに、おまけにこの空気の中で、すごい食欲である。

 

 そんな感じに、ロードランナーちゃんはすっかりいつも通りな感じだけれど、ついさっきまで見せていた姿は、なんというか、すっごいかっこよかった。

 思えばみつりんでくびわちゃんを説得したときもそうだったけど、ロードランナーちゃん、ああいう一面もあるんだね。

「・・・ちゃんと、のみこんでから。」

「んぐっ・・・、んっ・・・、げっふー。」

「・・・ろーどらんなー。おぎょうぎ、わるい。」

 口は悪いしお行儀もよくないけど、やっぱりロードランナーちゃんも、素敵な子だ。

 

「それにしても、なみちーさん、ちゃんとたべてくれて、よかったです。」

「そうだね。これからもふたりで、楽しく過ごせるんじゃないかな?」

 言いながら、すやすやと眠っているなみちーちゃんと、その横でうずくまって眠っているアードウルフちゃんを見て、ほっこりした気分になる。

「そうですね。うんがよければ、アードウルフさんも、またフレンズになることもできるでしょうし。」

「サンドスターの噴火、だっけ?」

「はい。ついこのあいだふんかしたばかりですから、しばらくはこのままだと、おもいますが。」

「そっか・・・。」

 なんとなく寂しい気分になりながら、窓の外、遠くの方に見える山を眺めていると、くいくい、と袖を引っ張られてそっちを向いた。

 

「なぁに? くびわちゃん。」

「・・・ほうほうが、ないわけじゃない。」

「え? 方法って? なんの?」

 ぽつぽつと、いつもの抑揚のない声で言うくびわちゃんに何の気なしに聞き返すと、返ってきた返答は、わたしの思ってもみなかったものだった。

 

「・・・あーどうるふを、もういちどフレンズにする、ほうほう。」

「ええ!? そんなこと、できるの!?」

 驚いて聞き返したわたしに、くびわちゃんはさもとうぜんのように、「・・・できる。」と答えた。

「・・・さんどすたーが、どうぶつにふれると、ふれんずになる。なら、さんどすたーがあればいい。」

「あればいい・・・って、そんなのどこに・・・、あ、わかった。ジャパリまんでしょ!」

 言いながら考えて出した回答は、どうも違っていたみたいだ。

 くびわちゃんはふるふると首を振る。

「ともえちゃん。ジャパリまんにふくまれるサンドスターは、とてもすくないのです。どうぶつをフレンズにするには、とても・・・。」

「ええ・・・、じゃあ、どこにあるの? くびわちゃん。」

 

 みたび聞き返したわたしに、くびわちゃんは無言のまま窓の外に向けて指をさす。その方向を眺めると、きょじゅうくの建物の遠く向こうに、小さく山が見えた。

「・・・あの、やまのふもとに、けっしょうかしたさんどすたーの、こうしょうがある。たぶん、いまものこっている。」

 こうしょう・・・、鉱床ってこと?

「・・・そこにいけば、どうぶつをふれんずにするには、じゅうぶんなおおきさの、さんどすたーがあるはず。」

「そうなんだ! くびわちゃん、やっぱり物知りだね!」

 本当に物知りだ。

 わたしなんか、サンドスターの鉱床なんて、そんなものがあるなんて考えもしなかった。

 そっか・・・、そこに行けば、アードウルフちゃんも・・・。

 

「なら、さっそくふたりを連れて・・・、あ、でも、なみちーちゃん、大丈夫かな? あのお山までだとだいぶ距離がありそうだし・・・、」

 病み上がり、というか、ついさっきまで倒れるくらいにすいじゃくしていたのだ。いくらフレンズさんが頑丈で、ちゃんとご飯を食べられたとはいえ、すぐに満足に動けるとは思えない。

「わたしたちだけで、とりにいってはどうでしょうか? おふたりにはここでまっていただいて。」

「そうだね! そうしよっか! ロードランナーちゃんも、いいかな?」

「んー・・・、そうなぁ・・・。」

 ジャパリまんを食べ終えたロードランナーちゃんにも話を振ってみるのだけど、その反応は微妙というか、あまり乗り気じゃないように感じる。

 

「ま、いーんじゃね? とりにいくだけならよ。」

「う、うん。ちょっと遠いかもだけど、バギーもあるから、そんなに何日もはかからないと思うし・・・。」

「へっ、んなこときにしてるわけじゃねーよ。」

 ロードランナーちゃんはそう言って、気にすんなとばかりに手をひらひらと振ってみせた。

 なんだかちょっと気になるけど、聞いてもはぐらかされそうな気がして、聞き返すことはできなかった。

 


 

 ナミチスイコウモリが目を覚ますと、部屋の中には枕元で眠るアードウルフ以外、誰の姿もなかった。

 はて、夢でも見ていたのかと思うものの、何日かぶりに満たされた腹は、確かに先ほどまでのことは現実であったと伝えてくる。

 ふと、視線をテーブルにやると、こんもりと重なって置かれたジャパリまんが目に映る。

 音もなくベッドからおり、テーブルの傍に立つと、ジャパリまんの下に何やら紙きれが敷かれていることに気づいた。

 

「これは・・・、たしか『もじ』とかいうのじゃったか・・・、サ・・・、を、・・・き、・・・ふん、よめぬわ。」

 紙切れには文字が書かれていたが、フレンズであるナミチスイコウモリは一部の文字しか読むことができない。

 識字率がないに等しいフレンズにとって、一部でも文字が読めることは非常に稀有なものであったが、文を通して読めなければあまり意味はなかった。

 

「クゥン・・・、」

「なんじゃ、チサマもおきたのか。」

 聞こえてきた声に視線を落とすと、足元にアードウルフがいるのに気付いた。アードウルフはキュウキュウと小さく鳴き声を上げながら、ナミチスイコウモリの足に体をすり寄せる。

「キキキ、そんなにしんぱいせんでもよい。もう、へいきじゃ。」

 ナミチスイコウモリは椅子に腰を下ろし、ぽんぽん、と膝を叩く。すかさずアードウルフがよじ登り、膝の上で丸くなると、優しい手つきで(たてがみ)のような背中の毛を撫で始めた。

 

「やつらは・・・、またもどってくるかの?」

「キュゥン・・・? ァフ、ァフ、」

「そうよな。わからぬよな。」

「キュゥン・・・、クゥン・・・、」

「そうさな。みな、よいやつらじゃったわ。」

 ナミチスイコウモリとアードウルフは、まるで互いの言葉を理解しているかのように会話をするが、けして彼女らは互いの言語を理解をしているわけではない。

 けれど、

 言葉を覚える前の赤子が、表情や身振り手振り、鳴き声で親とコミュニケーションをとるように。言葉を理解せずとも伝わるものは、確かに存在する。

 その感覚を成すものを、ヒトは信頼と呼び、ときに愛と呼んだ。

 

「ァフ! オゥン!」

「そうじゃな。しばらくまって、もどってこぬなら、おいかけるとしようかの。なにせ、れいをいいそびれたゆえ。なみちーも、チサマも、たがいにの。」

「ァフ! ァフ! ゥオゥン!」

 楽しそうに笑いながら、『これから』の話をするふたりの間にも、確かにそれは存在した。

 


 

 バギーの後部座席でスケッチブックをひろげながら、わたしはなみちーちゃんのことを考えていた。

 あの後、思い立ったがきちじつ、ということわざのとおり、わたしたちはすぐにバギーに乗り込み、くびわちゃんの示したサンドスターの鉱床に向けて旅立った。

 はじめは、なみちーちゃんが起きるまで待とうという話だったのだけど、やけに急かしてくるロードランナーちゃんにみんなが根負けした形だった。

 うーん、乗り気じゃなかったはずなのに、なんでよ。

 相変わらず、走ること以外のこうどうげんりが読めない子である。

 なみちーちゃんたちにはジャパリまんと一緒に書き置きを残したから、ちゃんと待っててくれると思うけど・・・。

 

「きになりますか?」

 さっきからずっと、クレヨンを動かす手が止まっていることに気づいてか、イエイヌちゃんが何をと言わず聞いてくる。

「うん。ちゃんと待っててくれるかなって。」

「だいじょうぶですよ。もし、はぐれてしまっても、またさがせばよいだけです。」

「あはは。そうだね。そのときは、イエイヌちゃんのおはなに頼ろっかな。」

「わふ! おまかせください!」

 ぽふん、と胸に手を当てて、自信たっぷりに言うイエイヌちゃんに、わたしはほっこり癒されながらも、少し申し訳ない気持ちになった。

 

「ごめんね、イエイヌちゃん。せっかくおうちに帰れたのに、ゆっくりできなくて。」

 そうなのである。

 イエイヌちゃんはせっかくおうちに帰れたのに、あんまりゆっくりできなかったのだ。

 わたしとしてももう少し、それこそ何日かくらいは滞在して、ゆっくりまったりするつもりだったから、ちょっとだけ残念な気持ちがあるのは否定できない。

 勿論、アードウルフちゃんやなみちーちゃんといっぱい遊んだし、このサンドスター探しの旅も、したいと思ってはじめたことだから、けして不満ではないのだけど。

 

「そんなこと、きにしなくていいんですよ。おうちはにげませんし。またこんど、いっしょにいったときに、ゆっくりすればいいんです。」

 それに、と区切るように言葉を置いて、イエイヌちゃんは、

「こんどはちゃんと、ともえちゃんのきおくのてがかりを、さがさなくてはいけませんから。」

 そう言えばそうだったね、という、当初の旅の目的を口にした。

 

「あはは。そうだったね。あたし完全に忘れてたよそれ。」

 言いながら、なんだか照れくさいような、嬉しい気分になる。

 あたし自身忘れてたようなことを、イエイヌちゃんはちゃんと覚えていてくれたんだね。

「もう、ほんとうにともえちゃんは、じぶんのことはあとまわしなんですから・・・。」

「あはは。ごめんごめん。ちゃんと思い出したから、うん。」

 照れ隠しの笑いが止まらないわたしは、たまらずにやけた顔を外に向ける。

 そのまま遠くの景色を眺めるようにすると、少しずつにやけ笑いが収まってきた。

 

 と、

 

「・・・、あれ?」

「どうかしましたか? ともえちゃん。」

「えっと・・・、あの、丘のとこ、」

 窓の外を指さして言いながら、イエイヌちゃんの方を振り返る。イエイヌちゃんはわたしの手が指す方をしげしげと眺めると、けげんそうな顔になった。

「ふむ・・・、なにも、みえませんが。」

「え? あれ?」

 もう一度視線を窓の外に向けると、さっき見えた筈のものはこつぜんと姿を消していた。

「えっと・・・、さっきは、たしかに・・・、」

 視界の隅に映った遠くの丘に、見覚えのある姿が見えた気がしたんだけど・・・、

 

「なにか、あそこにいたのですか?」

「うん。見覚えがある子がいたと思ったんだけど、気のせいだったみたい。」

「うふふ。ともえちゃんはあんがい、そそっかしいところがありますから、きかなにかを、みまちがえたのでしょう。」

「えー? さすがにそれはないよー。」

 あはは、とお互いに顔を見合わせて笑う。

 さすがのあたしでも、木と見間違えたってことはないと思うけど、さっきのはやっぱり、気のせいだったかな。

 ちくりんからはもう、だいぶ離れたし、こんな遠いところにあの子がいるはずないもんね。

 

 そんなことを考えながら、わたしはスケッチブックの描きかけのページにクレヨンを走らせはじめた。

 




 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 森の中にある大きなライブステージ。

 目を閉じればかつての歓声が聞こえてくるその場所で、

 さんにんのフレンズさんたちがお話をしていました。

 

「そったらさぁ。いきなりおおぜいのセルリアンにかこまれてぇ。あんときはもぅ、ダメかとおもったんよぉ。」

「ふむふむ、それからどうしたのですか?」

「はじめてみるフレンズがぁ、こー、ぴゅー!ってとんできてぇ。ぴゃー!ってみーんな、やっつけたんよぉ。こー、つめを、ぴゃー!ってやってぇ。」

「なるほど、ぴゅー!と、ぴゃー!ですか! ぜひそのあたりのところをくわしく!」

「センちゃーん、そこ、じゅうようかなー?」

 

 さんにんの内、ふたりはセンちゃんとアルマーちゃん。

 ふたりは最近危ない目にあったフレンズさんに、そのときのお話を聞いてるみたい。

 ひょっとして、それが新しい『いらい』の内容なのかしら?

 

「そのこって、どんなこだったかなー? みためとかー、おおきさとかー。」

「うーん、おおきさはウチらとおんなじくらいやったねぇ。みためは・・・、きいろかったりくろかったり、しましまじゃったねぇ。」

「きいろとくろのしましま・・・、」

「あと、むねんとこがえっらいふくらんどったけど、ありゃあ、でっかいたんこぶでも、できてたんかねぇ? もし、ウチのせいでケガしたんなら、ほんにもうしわけないんよぉ。」

「あははー。それはちがうとおもうよー?」

 

 うふふ。

 フレンズさんは本当に申し訳なさそうだけど、

 アルマーちゃんの言う通り、それは勘違いかな?

 

アルマーさん。タヌキさんがであったフレンズって、

どうやら、あたりっぽいねー。かばんさんのいってた、セルリアンがり、かなー。

やはり・・・、そうだとおもったのです。でなければ、ぴゅー!とか、ぴゃー!などというはずがありません!

かくしょうをえたのそこなんだー。

 

 ふたりでナイショ話かしら?

 フレンズさん、タヌキさんは、ひそひそ声でお話をしてるふたりが気になるみたいね?

 こっそり近づいて盗み聞きしようとしちゃってる。

 

「それで! そのフレンズは! そのあとどこへいったのですか!?」

「ひぃっ! ・・・、きゅう、

 

 あらあら大変。

 センちゃんの大声でタヌキさん、気絶しちゃった。

 やっぱり、盗み聞きなんて、したらいけないのよ?

 

「もー、センちゃん、いきなりおおごえだしちゃだめだってばー。タヌキはびっくりすると、きぜつしちゃうんだからー。」

「ああ! これはしつれいを! だいじょうぶですかタヌキさん! タヌキさーん!

「はぅ! ・・・、ブクブクブク・・・、」

「センちゃんはたまにー、わざとやってんのかなー?って、おもうことがあるよー。」

 

 もう。

 ふたりとも、タヌキさんにあんまりひどいことしたら、ダメよ?

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 



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