私は『レイワ』! 博麗霊和! 霊夢おねーちゃんの妹!! (トマトルテ)
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零話

「おねーちゃん! おねーちゃん! 霊夢(れいむ)おねーちゃん大変だよ!」

「どうしたの霊和(れいわ)、そんなに慌てて?」

 

 神社の縁側に座る巫女、霊夢の下に1人の幼い少女が慌てたように駆け寄ってくる。

 絹のような黒髪を姉とお揃いの赤いリボンで結び、これまたお揃いの紅白の巫女服を着る。

 違いと言えば、体の大きさとまん丸と大きな目ぐらいというそっくりっぷりだ。

 

「レミリアちゃんが血を吸うとか言って、私に触ったら腕が灰になっちゃったの!?」

「ほっといたら復活するから気にしなくていいわよ」

「そーなんだ! 吸血鬼ってすごいんだね!!」

 

 信頼する姉から友達が無事だと知らされてホッとする妹をよそに、姉は後であの吸血鬼を殺してこようと物騒な考えを巡らせる。しかし、妹はそんな内心に気付くことなく無邪気に笑いながら姉に話しかける。

 

「ありがとう、おねーちゃん。レミリアちゃんが大丈夫なら、私は魔理沙(まりさ)おねーちゃんの所に遊びに行ってくるね!」

「晩御飯の時間までには帰ってくるのよ」

「はーい!」

 

 走っていたかと思うと、今度は宙に浮かび上がり、大急ぎで飛んでいくせわしない妹の姿を苦笑しながら見送った後、霊夢はしみじみと静かな言葉を零す。

 

「……あの子を拾ったのもこのぐらいの季節だったかしら」

 

 そして、のんびりとお茶をすすりながら過去の記憶を思い起こすのであった。

 

 

 

 

 その日は太陽が2つあるかのごとく、日差しが強かったと博麗(はくれい)霊夢(れいむ)は記憶している。

 

「はぁ、桜が散ったばかりだって言うのに幾ら何でも暑過ぎよ」

 

 朝っぱらから容赦なく降り注ぎ肌を刺す日差しに、幼くも端正な顔を歪めて霊夢はぼやく。

 しかし、ぼやいたところでお天道様が海に流れて消えていくわけもない。

 彼女はその事実にうんざりとしたようなため息を吐き、絹のような黒髪を乱雑に掻く。

 

「……さっさと神社の入り口だけ掃除して、後は家に引き篭もってよ」

 

 本来であれば掃除すらやりたくないが、紅白の巫女服が示す様に、霊夢はここ博麗神社の巫女。

 最低限、参拝客が通る道ぐらいは掃除する。主にお賽銭を手に入れるために。

 

「ま、どうせ来ても魔理沙(まりさ)ぐらいだから、適当にやろ」

 

 と、言っても人里から遠く離れた博麗神社にはあまり人が来ない。

 ここ幻想郷にある、唯一の神社と言っても良いにも関わらずにだ。

 なので、本人の収入は祭りの出店とかで稼ぐ方が多いというのが、悲しい現実である。

 

「霊夢ー! 大変だー!」

「と、噂をしたらなんとやらね。どうしたの、魔理沙? そんなに慌てて」

 

 そんな現実から逃避しようとしていた霊夢の下に1人の少女が現れる。

 星のように煌めく金髪と金の瞳。それを引き立てる白黒のエプロンドレス。

 霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)。森の奥に住む普通の魔法使いだ。

 

 霊夢とは腐れ縁的な関係にあり、暇さえあれば博麗神社に入り浸っている。

 因みに霊夢が居ないと退屈で死んでしまうらしい。

 

「どうしたのじゃないぜ! 梅の木の下に…下に…」

「梅の木の下に?」

 

 普段であれば驚くことはあっても、慌てることは少ない魔理沙の姿に霊夢は首をひねる。

 はて、一体何がこの魔法使いを慌てさせているのかと思い。

 

「―――赤ちゃんが落ちてたんだ!?」

「はあ?」

 

 素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「……本当に赤ん坊ね」

「ひょっとして霊夢の子か?」

「一日二日で妊娠出産が出来るなら、私は神様やってるわよ」

「だよなぁ……昨日も会ったし」

 

 駆け足で梅の木の前に辿り着いた霊夢を待っていたのは、産着を着た赤ん坊だった。

 まるで必要がないと言う様に、未熟な青い実と共に赤子が地面に転がる異様な光景。

 さしもの霊夢もそれには動揺し、取り乱してしまいそうになるが、隣の魔理沙の存在が何とか踏み止まらせる。

 そして、地面に捨てられたままにしておくのも不味いと思い、恐る恐る拾い上げるのだった。

 

「子泣き爺とか、妖怪の類……て、わけでもなさそうね」

「と、なると本当に捨て子か? こんなに小さい赤子をわざわざこんなところで」

「……ん? 捨て子…捨て子ってもしかして儀式のことかしら」

「儀式? 何か知ってるのか、霊夢」

 

 腕から感じる重さとぬくもりに戸惑いながらも霊夢はあることを思い出す。

 

「そうよ、思い出したわ! 一度捨てられた子は強く育つって話があるのよ。だから、この子もその類よ。いやー、この霊験あらたかな博麗神社にあやかりたいなんて分かってるわねー」

「へー、そんなものがあるのか、知らなかったぜ」

 

 問題が解決したことで、気が楽になったのか、上機嫌そうに赤子をあやし始める霊夢。

 魔理沙の方もなるほどと納得を見せる。だが。

 

「でも、そういうのって普通は、事前に話を通しておくもんじゃないのか? その様子だと聞いてないんだろ?」

 

 至極真っ当な疑問が浮かび上がり、それを阻止する。

 

「……う、うっかりしてる親御さんだったんでしょ」

「そもそもの話、妖怪神社って呼ばれるここに置いてくか? 今までやったことないんだろ?」

「そ、それは……」

「さらに言えば、表じゃなくて納屋があるような裏側だ。私みたいな奴じゃないと来ないぜ」

 

 魔理沙からの指摘に、霊夢は分かりやすい程に目を右往左往させる。

 平時であれば妖怪神社の物言いに反論しただろうが、動揺のため反論が出ない。

 実際、博麗神社は霊夢目当ての妖怪が集まるので、子供にとっては危険な場所ではある。

 

「ひょっとすると……今の話を知った妖精が、悪戯で連れてきたって可能性もあるな」

 

 魔理沙の提示する可能性を無視することが出来ずに、霊夢は考え込む。

 しかし、あまり考えるのが得意なわけではないので、ものの数秒で考えるのをやめる。

 

「そうね……よし! 一先ず、人里に行くわよ!」

「親を探すのか?」

「そうよ。親を見つければ全部(・・)ハッキリするでしょう?」

 

 全部。そう語る霊夢には普段は見られない遠慮があった。

 子供に強く育って欲しいという愛情故に捨てられたのか。

 あるいは食い扶持を減らすために、情などなく捨てられたのか。

 ズケズケとものを言う霊夢であるが、流石に後者を本人の前で言うのは(はばか)られた。

 

「……だな。そうと決まれば、里までひとっ飛びして2人で手分けして探すか!」

 

 その遠慮を魔理沙も感じ取り、少し大げさに声を張り上げながら箒で浮かび上がる。

 霊夢の方も、いつもの感覚で宙へと浮かび上がり、ハタと気づく。

 

「あら…?」

「なんだ? 急に赤ん坊の顔を覗き込んで。もしかして泣いてるのか?」

「そうじゃなくて、この子……笑ってるわ」

 

 手の中の赤ん坊が、キャッキャッと楽しそうに笑っていることに。

 

「ははは! 高い所が好きなのかもな」

「そうね……全く、こっちの気も知らないで呑気に笑っちゃって」

 

 笑う赤ん坊に釣られたように、霊夢も頬を緩める。

 

「さて、行きましょうか」

 

 そして、人里へ向かって飛んでいくのだった。

 赤ん坊を落とさないように、しっかりと胸に抱き寄せながら。

 

 

 

 

 

「ダメだ、霊夢。全く見つからん」

「……そっちも? こっちも梨のつぶてだわ」

 

 その数刻後、茶屋の片隅でグッタリとしている2人の姿があった。

 

「こっちは産婆の婆さん達に聞いてみたんだが、ここ数日はどこにも子供は生まれてないらしい」

「私もこの子を連れて色々と聞きこんだんだけど……子供が居なくなった家もないみたい……」

「そうかぁ…となると、よっぽどの事情があったのかもなぁ。駆け落ちした末の子とか」

「そうね………」

「霊夢? なんか、やけに疲れてないか?」

 

 情報を交換し合う2人だったが、霊夢は机に突っ伏したまま顔を上げない。

 最初は親が見つからなかったことに、気を落としていると思っていた魔理沙だったが、流石に様子がおかしいと思い尋ねてみる。

 

「………子供の世話って大変ね」

「ああ……」

「おしめ替えないといけないし、お腹が減ったらミルクあげないとけないし、泣きだしたらあやさないといけないし……母親って偉大ね」

「お、おう……」

 

 グッタリとした霊夢から語られるのは、世の親が通る苦難の道だった。

 天才肌の霊夢ではあるが、流石にこれらのことを易々とこなすことは出来なかった。

 

「その…大丈夫だったか?」

「慌ててる時に、聞き込みをしてたおばちゃん達が色々と教えてくれてなんとか。何か、余ってた粉ミルクとか貰っちゃったし。他にも色々とおすそ分けされたわ」

「隣の荷物はそれか……」

 

 何やら風呂敷に包まれた大量の荷物の正体に、魔理沙は乾いた笑い声を零す。

 どうやら親は見つからなかったが、親切な人達は見つかったらしい。

 

「しかし、これからどうする? 仮に里親を探すにしても時間はかかるだろ」

「しばらくは私の所で預かるとして……実親も里親も見つからなかったらどうしよう」

 

 そうして、2人は考え込むように黙ってしまう。

 もし、赤子を見つけた時にこうなることが分かっていれば、見て見ぬフリをしたかもしれない。

 貧しい家が食い扶持を減らすために子供を捨てる。珍しいことではないのだ。

 納得は出来ずとも割り切ることぐらいは出来ただろう。

 しかし、今はもうそういう訳にもいかない。

 

 2人は小さな命を拾いあげてしまったのだ。

 一度拾ってしまえば、見て見ぬフリは出来ない。

 手放すのなら、自らの手でその温もりを捨てねばならないのだ。

 そんな残酷な選択を戸惑いなく取るには、2人の少女は余りにも善良過ぎた。

 

「……なぁ、霊夢。なんか、店が騒がしくないか?」

「まったく、人が真剣に悩んでる時に迷惑ね。せっかく寝入った子供が起きたら大…変……」

「霊夢…?」

 

 にわかに騒めき始めた店の様子に、迷惑そうに鼻を鳴らす霊夢だったが騒ぎの方を見て固まる。

 魔理沙の方も釣られて首を回した所で、同じように固まる。

 

「ま、魔理沙…あの子が!」

「あ、あの子供が!」

 

 そして、口をそろえて叫ぶのだった。

 

「「―――浮いてる!?」」

 

 あの赤ん坊がプカプカと宙に浮いて笑っている姿を見て。

 

「ちょっと! 勝手に離れるんじゃないわよ!!」

 

 その姿に肝が冷えた霊夢が慌てて自分も浮き上がり、天井近くに浮いている赤子を確保する。

 そして、どこか不機嫌そうな顔をしている赤ん坊を叱りつけるのだった。

 

「こらッ! 家の中で飛んだら危ないし、他の人に迷惑でしょ!!」

「うー……」

「『うー』じゃないわよ。全く、少しは心配するこっちの身にもなりなさい」

 

 厳しくも思いやりのある、実の親のような叱り方をする霊夢。

 そんな彼女の姿と、生後一か月にも満たずに宙を飛んだ赤子の才能に、魔理沙は思わずつぶやいてしまう。

 

「……なあ、霊夢。本当にお前が生んだ子じゃないんだよな?」

「そんなわけないでしょ!? この子は正真正銘、神社で拾っただけの子よ!!」

「悪い悪い。冗談だよ」

 

 まだ結婚もしていないのに、人の親になってたまるかと憤る霊夢に、苦笑いしながら謝る魔理沙。赤子が空を飛ぶ。普通であればそれだけで大騒ぎになりそうな出来事だが、普通ではない2人は驚きこそすれど、それだけである。

 

「まったく、もう。取りあえず今日は帰るわよ。ごちそうさまでした」

「まあ。いつまで悩んでても仕方ないか。ごちそうさん」

 

 なので、2人は何事もなかったかのように店を出て行く。

 しかしながら、一般の人間からすれば十分異常なことであった。

 

「あの子はもしかすると……神様の子供なのでは?」

 

 故に、店に居た者達がそう思うのも不思議なことではなかった。

 

 

 

 

 

 翌朝、自分の家に戻っていた魔理沙が赤子のことが気になり神社を訪ねると、そこには常ならぬ光景が広がっていた。

 

「祭りでもないのに……博麗神社に参拝客がいるだと…?」

 

 長蛇の列と言うわけではないが、それでも賑わっていると言える数の参拝客。

 普段は閑古鳥が鳴くこの神社としては、まずありえない光景だった。

 

「異変か!?」

「何が異変よ。神社に参拝客が居るのは普通でしょうが」

「私とお前の立場が逆だったら、絶対同じことを言ってるぞ?」

「………で、何しに来たの?」

「おい、無視するなよ」

 

 思わず、何か人知の及ばぬ異変でも起きているのかと疑う魔理沙だったが。

 霊夢にお祓い棒で頭を叩かれたことで正気に戻る。

 その時の霊夢が若干目を逸らしていたのは、御愛嬌(ごあいきょう)と言った所だろう。

 

「たく……まあ、昨日の赤ん坊が気になって来たんだが、こりゃなにが原因だ? 今日は祭りでもあったのか?」

「祭りじゃないわよ。強いて言えば、その子が原因だろうけど」

「あの子が? そういや、姿が見えないがどこに居るんだ?」

「あっちで世話焼きおばちゃん達に面倒を見てもらって――」

 

 そこまで言った所で、まさに赤子の居る方角からどよめきが沸き起こる。

 しかし、それは昨日のような動揺したものではなく、どこか興奮したようなものだった。

 

「なんだなんだ?」

「はぁ……またあの子は……しょうがないわね」

 

 興味津々に首を伸ばす魔理沙とは対照的に、霊夢はため息交じりにフワリと浮き上がる。

 そして、同じようにフワフワと浮き上がってこちらに向かってくる存在に向かって飛んでいくのだった。

 

「こーら! 大人しくしていなさいって言ったでしょ、もう……」

「うー!」

「……叱ってるのに笑うんじゃないわよ。まったくこの子は……」

 

 霊夢が抱き留めた存在は件の赤ん坊である。

 初めはいつものように叱ろうとしていた霊夢であるが、その腕の中で嬉しそうに笑う子を見ては怒る気にもなれず、諦めたように息を吐く。

 

「おおぉ! これが神様の子か!」

「ありがたやありがたや……」

「どうか私達の店にもご利益を……」

 

 そして、その横では赤子に対して手を合わせる村人達の姿があった。

 

「……なぁ、霊夢。なんだこれ?」

「話せば長くなるんだけどね……」

 

 そして、霊夢は語りだす。

 なぜ、博麗神社に参拝客が居て、赤子が信仰対象になっているかを。

 

 

 

 

「なるほどな……昨日行った茶屋が何故か繁盛して、この子を抱っこした家の稼業も繁盛した。それに加えて赤ん坊が空を飛ぶっていう神がかった行為が結びついて、福の神扱いされたわけか」

「そう言うこと。極めつけは神社に捨てられてたってとこね。出生不明な点が逆に神秘性に繋がっちゃったのよ」

 

 先程まで神社を賑やかしていた参拝客も帰り、いつものような静寂を取り戻した博麗神社。

 しかし、心なしかいつもよりか活気があるように見えるその縁側で、2人はお茶を飲む。

 

「ただ空を飛ぶだけで神様になれるなら、魔理沙だって神様なのに大げさよね」

「私は魔法使いだぜ。ま、赤ん坊が飛ぶから有り難いんだろう。私達が歩いても何も言われないが、赤ん坊ならハイハイしただけで拍手喝采だ」

「ま、そうよね。赤ん坊がやるから珍しいだけで、本当に神様なわけがないわよね」

 

 ミルクを飲み終わり、今は穏やかに寝息を立てている子を抱きながら霊夢は言う。

 こんなどこにでも居るような子供が神様なわけがないと。

 

「と、言っても福の神なのは案外本当かもしれないぜ?」

「はぁ? なんでよ」

 

 しかし、そんな霊夢に対し魔理沙がからかうように付け加える。

 

「祭りでもないのに、こんなにも神社が賑わうなんて神様の奇跡でもないとあり得ないだろ」

「失礼ね。……まあ、この子のおかげでお賽銭箱が潤ったのは事実だけど」

 

 いつもであれば、魔理沙の物言いに手の1つは出ていたであろうがそれもない。

 何だかんだ言って、神社が賑わったことで霊夢の心はホクホクしているのである。

 何とも現金な巫女も居たものである。

 

「それにしても……この子はどこの子なのかしらね」

「だよなぁ。今日も聞いてみたけど、誰も知らないって言うしな」

「里の子じゃないなら、一体どこの子なのかしら……」

 

「―――外の世界から流れて来たのかもしれないわよ」

 

 2人が頭を悩ましていると、誰も居なかったはずの背後から声が聞こえてきた。

 

「なんだ、(ゆかり)か」

「外の世界から流れて来たってどういうことだよ?」

「……少しは驚いて欲しかったのだけど」

「悪いけど、肝試しには早すぎるわ」

 

 真後ろから声をかけたというのに、何の反応も見せない2人に妖艶な女性、八雲(やくも)(ゆかり)はわざとらしく肩をすくめてみせる。彼女はスキマ妖怪と呼ばれる大妖怪であり、境界を操る能力を持つ。

 

 そしてその能力を使い、忘れ去られた者達が集う幻想郷と外の世界を隔てた張本人である。

 

「まあ、いいわ。外の世界から流れて来たって言うのは言葉通りの意味よ」

「この子が外の世界で忘れ去られたってこと?」

「その可能性が高いわね。だって、里の子でもなければ、神隠しで攫ってきた子でもないもの」

「神隠しの主犯に言われても説得力がないわね」

「主犯だからこそやってないって分かるのよ」

 

 クスクスとその美貌に胡散臭い笑みを張り付けて笑う紫。

 外の世界と隔離された幻想郷に入る方法は大きく分けると2つある。

 1つは外の世界において忘れ去られること。

 2つ目は、この八雲紫の手によって神隠しに会うことだ。

 

「ふーん……ま、信じてあげるわ」

 

 そんな実績があるために、胡散臭そうに紫を睨む霊夢だったがやがて目を逸らす。

 彼女は何だかんだ言って、この妖怪に信頼というものを抱いているのだ。

 

「しかし、流れて来たなんて妙な言い方をするな。来たでいいじゃないか」

「あら、そうかしら? 博麗神社は幻想郷と外の世界の境目。言わば、波打ち際みたいなものよ。だったら、外から流れついたと言ってもおかしくないと思わない?」

「まあ……言われてみれば」

 

 意味深に笑う紫に、何となく引っかかる魔理沙だったが、道理は通っているために一応の納得を見せる。

 

「さて、それよりも今はこの子の今後をどうするかじゃなくて?」

「どうするって言ったってなぁ…」

 

 チラリと横目で赤子の様子を確認するが、変わらず呑気に霊夢の腕の中で眠っている。

 

「人の気も知らないで呑気なもんだな」

「そうね……さて、霊夢。一つ提案があるんだけど」

「……なによ」

 

 そんな赤ん坊の様子に頬を緩めていた紫だったが、表情を引き締めて霊夢に向き直る。

 そんな常ならぬ紫の様子に霊夢は警戒したように、目を吊り上げる。

 腕の中の赤子を守るように強く抱き寄せて。

 

「―――その子を育ててみない?」

「……へ?」

 

 赤ん坊を育ててみろ。

 予想だにしていなかった言葉に、霊夢はまんまるに目を見開いてしまう。

 因みに隣の魔理沙も同じような表情であった。

 

「な、なんで、そんなこと言うのよ。私のとこより養子とかに出した方がいいでしょ?」

「そうだぜ。小さい子はやっぱり両親が居る家で育つべきだ」

 

 そして、当然のように霊夢では荷が重いと反論の言葉を返す。

 それは偏に赤子のことを思っての反論であった。

 だが、しかし。

 

「そうね。その子が普通(・・)の子だったらそれが一番でしょうね。でも、考えても見て? どこの家庭でちょっと目を離した隙に、空を飛んでいく子を育てられるの?」

 

 紫の言葉には閉口するしかなかった。

 普通の人間は空を飛べない。

 霊夢と魔理沙が飛べるのは、2人が人間として普通でないからだ。

 

 一般の家庭では、赤子に空を飛ばれては連れ戻す術がないだろう。

 赤子が危険な場所に行こうとするのを見ても、指をくわえて見ていることしか出来ない。

 しかし、霊夢ならば止めることが出来る。普通ではないが故に。

 

「……まあ、無理強いはしないわ。子供を育てるって大変だもの。その場合は私が責任をもって里親を探してあげるわ。ただ、その後のことは保証できないけど」

「う……」

 

 一般の家庭に預けられた赤子がどうなるか。

 親が真っ当でも赤子の異質さ故に不幸になるかもしれない。

 今は神の子扱いだが、バケモノ扱いされるようになるかもしれない。

 そんな未来が霊夢の頭の中に過ってしまう。

 

「ねえ……1つ聞いても良い?」

「何かしら」

「なんでこの子を私に育てさせようとするの?」

 

 しかし、それだけでは命を育てるという重い行為への踏ん切りがつかずに、霊夢は尋ねる。

 なぜ、自分なのかと。

 

「うーん、そうねぇ……1つはあなたに何かがあった場合の巫女(ミコ)として、申し分がなさそうってことね。後は……」

「後は?」

「その子は神社に住むのが自然だから……かしら」

 

 そう言って紫はまた胡散臭そうな笑みを浮かべる。

 霊夢は紫の言葉を信用するべきか、赤子と彼女の顔を交互に見ながら考え込む。

 そして、しばらくうんうんと唸った後に諦めたように溜息を吐く。

 

「……分かったわ。この子は私が育てる」

「ふふふ、霊夢ならそう言ってくれると思ってたわ」

「調子の良い……」

「安心して、霊夢。必要なものとかは用意してあげるから」

「じゃあ、お金をありったけ寄越しなさい」

「教育に良くなさそうだから却下ね」

 

 霊夢の要求をバッサリと切り捨てつつ、紫は隙間の中へと消えていく。

 もう、用件は済んだのだろう。と、霊夢と魔理沙が息を吐いたところで。

 

「あ、言い忘れてたけど、その子の名前考えてあげなさいよ」

 

 ニョキっと顔だけ隙間から出して、そんなことを言い残していくのだった。

 

「……なあ、霊夢。本当にその子を育てるのか?」

「言ったからには育てるわよ。それに、里の人は既にそのつもりで家にお下がりの服とか置いてってくれてるし」

 

 そう言って、霊夢は部屋の隅に積まれている参拝客からの奉納品を指さす。

 

「必要なものが向こうから来るとか……本当に福の神みたいだな」

「だったら神社も儲かって大助かりなんだけどね。まあ、今はそんなことより名前ね」

「ああ、いつまでもその子じゃ呼びづらいからな」

 

 紫の意見に賛成するのもしゃくだが、名前がないままでは可哀そうだ。

 ということで、早速名前を決めることにした2人だったが。

 

「……名前ってどうやって決めるのかしら?」

「適当なのはダメだよなぁ……」

 

 そんなに簡単に決まるなら世の親は悩みはしない。

 結局、2人は3日間悩み通し、最後には見かねた紫も参戦してようやく決まったのだった。

 

「決めたわ。あんたの名前は―――」

 

 告げられる名前は、霊夢の自分の名を入れたいという願いから1文字。

 魔理沙の人と仲良くなって欲しいという願いから1文字。

 そして、紫が縁起が良いと意味深に、拾った場所である梅にまつわる歌から取った読み。

 それらを合わせて。

 

 

「―――霊和(れいわ)博麗(はくれい)霊和(れいわ)よ」

 

 

 霊和と名付けられたのだった。

 




令和記念に書きました。
オリ主ってつけてるけど多分霊夢が主人公やります。
この作品の目標はお姉ちゃんしてる霊夢を書くことなのです。
霊和ちゃんはむしろヒロイン枠。
原作のどの時期とかは特になし。ZUN氏曰く、サザエさん時空らしいので。

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一話:太陽のミコ

 

「霊和、もう朝だから起きなさい」

「……ねむいー」

「ワガママ言わないの。ほら、早く布団から出て顔を洗ってきなさい」

「はーい……」

 

 モゾモゾとミノムシのように動く布団を力づくで剥ぎ取ることで、霊夢は妹を起こす。

 冬場であれば、意地でも布団を離さずに数分は粘る霊和であるが、今の時期は別。

 温かな日光のおかげか、寝ぼけの眼のままであるが、顔を洗いに寝室から出て行く。

 

「さて、あの子が顔を洗ってる間に、朝御飯の用意でもしましょうか」

 

 その後、霊夢も続くように部屋から出て行き、台所へと向かう。

 朝食の内容は、ご飯に沢庵と焼き魚、そして味噌汁である。

 豪勢と言うわけではないが、霊夢1人の時よりも一品程増えているのは、他に食べる人間が居るからか。

 

「クンクン、いい匂いー」

「コラ。はしたないから、犬みたいに匂いを嗅ぐんじゃない!」

「えー」

「えー、じゃないわよ。ほら、運ぶのを手伝いなさい」

「はーい!」

 

 途中で顔を洗い終えた霊和も合流し、2人で朝食の準備を行う。

 そして、数分後には質素ではあるが温かな食卓が完成する。

 

「いただきまーす!」

「頂きます」

 

 満面の笑顔で手を合わせる霊和を、どこか穏やかな表情で見つめる霊夢。

 姉妹というよりは、母子のように見える関係であるが、あくまでも霊夢は姉と呼ばせている。

 理由は、嫁入り前に母と呼ばれるのが何となく嫌だったからだ。

 

 何だかんだ言って、霊夢も年若い女の子なのである。

 

「そう言えば、昨日は魔理沙の所で何してたの?」

「最初は実験に使うキノコを探してたんだけど、途中からサニーちゃん達と会ってキノコ狩り対決してた」

「対決? 妖精達と拾った数でも競ってたの?」

「サニーちゃんは数。ルナちゃんは大きさ。スターちゃんは珍しさ。私は速さで競争してた」

「……それ、勝負になるのかしら?」

 

 味噌汁を飲みながら、果たして勝敗がついたのかと悩む霊夢だったが考えるのをやめる。

 基本子供な思考能力しかない妖精と、子供の霊和。

 きっと、対決するという言葉だけ聞いて、そのまま飛び出していったのだろう。

 

「で、楽しかった?」

「うん! 楽しかったよ!」

「そう……」

 

 何より、ニコニコと笑う妹の顔を見れば楽しかったことは分かる。

 遊びなのだから、楽しければそれでいいだろう。

 

「ごちそうさまでした!」

「はい、お粗末様でした」

「それじゃあ、境内(けいだい)のお掃除してくるね」

 

 姉妹の緩やかな食事も終わり、完全に目が覚めた霊和はせわしなく動き始めようとする。

 が、霊夢がそこに待ったをかける。

 

「ちょっと待ちなさい。あんた髪の毛が寝起きのままじゃない」

「あ、忘れてた」

「ほら、結んであげるからこっちに来なさい」

 

 ポンポンと膝元を叩いて霊夢が呼ぶと、霊和は素直にその場所に腰を下ろす。

 

「まったく……面倒くさいなら髪を短めに切ってあげるわよ?」

「うーん……」

 

 妹の髪を弄りつつ、霊夢は毎朝同じようなやり取りをしているなと苦笑する。

 一方の妹は霊夢からの提案に百面相しながら考えているらしく、首がフラフラと動いている。

 

「こら、ジッとしてなさい。変な髪形になるわよ」

「うん……やっぱり、今のままが良いや!」

「そう? 短いのも似合うと思うわよ」

 

 最後にお揃いの赤いリボンを巻いてあげ、妹の頭を軽く撫でる霊夢。

 そんな姉に対して、霊和は振り返って満面の笑みで答えを返す。

 

「ううん。やっぱり、おねーちゃんとお揃いが一番だもん!」

「そう……まあ、好きにしなさい」

 

 妹の満面の笑みに対し、霊夢は素気のない態度で返事を返し、ポンと彼女の背中を押す。

 

「ほら、もう行っていいわよ」

「ありがとうね、おねーちゃん! 行ってきます!」

 

 素気のない姉の反応にも、特に気にすることなく霊和は外へと駆けだしていく。

 その後ろ姿が見えなくなるまで見つめた後、霊夢は顔を抑えてポツリと呟くのだった。

 

「………顔、ニヤけてないわよね?」

 

 この少女、結構な姉バカである。

 しかし、根の性格があまり素直でないために、好意を表に出しづらい。

 そのため、嬉しいことを言われても、いつもそっけない態度を取ってしまうのだ。

 

 そう、霊夢はツンデレなのである。

 

「あんまり甘やかすのはダメだけど、髪とか服を揃えるぐらいは別に問題ないわよね? 別にお金がかかってるわけじゃないんだし。それに服だって偶々私のお下がりの巫女服を着させてるだけなんだから、別に私もお揃いが良いなとか思ってるわけじゃないし……うん、そうよね」

 

 1人でブツブツと理論武装を組み立てる霊夢。

 ハッキリ言って、その姿はとてつもなく怪しい。

 誰かに見られれば間違いなく黒歴史コースだ。

 

「別に隠さなくてもいいじゃない。お揃いの服なんて今の内にやっておかないと、そのうち反抗期が来て着てくれなくなるわよ? うちの妹みたいに」

「わ、私は霊和がやりたいって言うから、仕方なくやってるだけよ……て、あんたは!」

 

 そして、そんな姿を誰かに見られるのがこの世のお約束である。

 霊夢は錆びたブリキ人形のように、ギギギと首を動かして声の主を睨む。

 

「レミリア!? なんでこんな所にいるのよ!」

「何でとは失礼ね。神の家は万人に開かれてるんじゃないのかしら?」

「人は受け入れても、妖怪はお断りよ」

「それは残念ね。妖怪が消えたらこの神社からあなた以外の人間が消えるわ」

 

 まるで今まで飲んできた血を示すかのような真紅の瞳に、トルコ石色の髪。

 それを際立たせる死体のように白い肌と、幼いながらも妖艶な美貌。

 吸血鬼レミリア・スカーレットはクスクスとあどけない表情を浮かべて笑う。

 

「そんなことより、どういう用件で人の家に上がり込んでるのかしら? 霊和の件と言い、あんたには借り(・・)があるから容赦はしないわよ」

「怖い怖い。まあ、別に何かしに来たわけじゃないわよ。私が灰になったとき霊和が泣きそうだったから、早く元気な姿を見せた方が良いと思っただけよ」

 

 小さく肩をすくめて静かな声で語るレミリア。

 霊夢は訝し気に相手の心を見通すかの如くそれを睨んでいたが、やがて溜息をこぼす。

 

「……そう、信じてあげるわ」

「あら? 意外と簡単に信じてくれるのね」

「別に。このまま話していても埒が明かないと思っただけよ」

 

 レミリアの言葉に嘘がないと思ったとは言わない。

 それは霊夢がただ単に素直でないという理由だけでなく、妖怪と精神的に近くなってしまうのを防ぐためでもある。

 

「でも、あの子の血を吸おうとしたのは別よ。妖怪が人間を襲うのなら、私はそれを退治する巫女。あの子が許しても、幻想郷の守護者がそれを見逃すわけにはいかない」

「とかなんとか言って、本当は妹が大切なだけでしょ? 分かるわ、その気持ち」

「うるさい!」

 

 格好をつけて、レミリアを脅す霊夢だったが、図星を突かれて赤面する。

 当然、仕置きとばかりにお祓い棒をレミリアに振り下ろすが、冷静を欠いたそれが当たるわけもない。

 うんうんと、無駄に芝居がかった表情で頷くレミリアに簡単に躱されてしまう。

 

「そんなに怒らないでいいじゃない。私も霊和のことは気に入ってるんだから、傷つけたりはしないわよ。血だって、ほんのちょっと貰えればそれで良かったんだし」

「どうせなら体全体が灰になればよかったのに……」

「そこまで行くと復活に時間がかかりそうね」

 

 仮にも腕が灰になったにも関わらずに、堪えた様子を見せないレミリアに霊夢は肩を落とす。

 人間ならば、自分に危害を加える者は嫌うはずだが、妖怪は逆。

 生まれながらに強者が故に、自分達へ歯向かう人間に逆に好意を抱く。

 その性質故に霊夢や魔理沙は妖怪から気に入られてしまっているのだ。

 

「はぁ……灰になると分かって血を吸いに行くあんたも相当ね。何がしたかったのよ?」

「フフフ……それは勿論、太陽を克服するためよ」

「はあ? 太陽の克服?」

 

 太陽に弱い吸血鬼の口から出た言葉に、霊夢は怪訝な声を出す。

 

「そうよ。お日様の下を歩けないなんてつまらないじゃない」

「それ、吸血鬼が言う?」

「吸血鬼だからこそ言うのよ」

 

 太陽の克服。

 まさに吸血鬼としての在り方に、真っ向から喧嘩を売る行為に霊夢は呆れるしかない。

 妖怪とは弱点とセットだからこそアイデンティティを保てる存在だ。

 それが弱点を克服してしまえば、既にそれは吸血鬼ではないだろう。

 

「出来るわけないでしょ、そんなこと。大体、克服したいだけならそこら辺で日焼けでもしてきなさい」

「あら、どこぞの狂信者曰く、神は乗り越えられない試練を与えないらしいわよ? それと日焼けはお肌に悪いから遠慮するわ」

 

 暗にさっさと諦めて霊和にまとわりつくのはやめろという霊夢だが、レミリアには無意味だ。

 むしろ、ニヤニヤと煽るように霊夢を見つめてくる。

 

「それに外から浴びるのがダメなら、内側から克服するのが道理ってものでしょう? 神の子も『わたしの血を飲んだ者に宿る』って言ってるぐらいだし」

 

 他者の血肉を取り込むことで、その者の力を引き継ぐ。

 実に妖怪らしいやり方で太陽を克服しようとしているレミリア。

 それに対し、霊夢は1つ小さく息を吐き、目を鋭く細めてレミリアを睨みつける。

 

「レミリア、これだけは言っておくわ。

 私の妹を傷つける奴は、神だろうが妖怪だろうが容赦なく……叩き潰す」

 

 まさに視線だけで人を殺せるような眼光を見せる霊夢。

 さしものレミリアもこれには、笑みを引っ込めて真面目な顔で彼女を見つめ返すしかない。

 

「……まるで子を守る母獅子ね」

「姉よ。まだ、母親って年齢じゃないわ」

「はいはい、そういうことにしとくわ」

 

 降参降参と、大げさに肩をすくめてみせるレミリア。

 そんな彼女を霊夢はしばらく睨むように見つめていたが、やがてフイと目を逸らす。

 

「肝に銘じておきなさい。私は博麗の巫女であんたは妖怪だっていうことを」

「フフフ、神ですら叩き潰すって言う巫女の言葉とは思えないわね」

「ただ神に仕えるだけが巫女じゃないのよ。悪さをしたら叱るのも巫女の役目」

「そうね、そう言うことにしておくわ」

 

 話は終わりだとばかりにスッと立ち上がり、使い終わった食器を片手にに台所に行く霊夢。

 レミリアの方もこれ以上粘る気はなかったのか、優雅なお辞儀を残して部屋から出て行く。

 

「さて、霊和の方に行かせた咲夜は上手くやっているかしら」

 

 何やら不穏なことを呟きながら。

 

 

 

 

 

「可愛がって来なさいなんて、お嬢様も随分と曖昧(あいまい)な命令を出すものね」

 

 吸血鬼に仕える瀟洒(しょうしゃ)なメイド、十六夜(いざよい)咲夜(さくや)は小言を零す。

 主であるレミリアが突拍子もないことを言いだすのはいつものことだが、曖昧な指令は輪にかけて面倒なものだ。

 

「言葉通りに可愛がればいいのか、深読みして苛めたらいいのか……どっちがいいのかしら」

 

 子供相手に非常に物騒な言葉を吐きながら、銀髪青眼のメイドは神社へ続く階段を上る。

 彼女に下されたオーダーを遂行するために、1人淡々と。

 

「さてと、いつもこの時間は掃除をしてるらしいのだけど」

 

 階段を登り切り、キョロキョロと境内を見渡す咲夜。

 すると、すぐにターゲットを見つけることに成功した。

 何故か、しゃがみ込んで何かを熱心に見つめている状態だったが。

 

「箒を持っているということは掃除中よね……サボるのはダメね」

 

 恐らくは掃除中に別の何かに興味が移ったらしい霊和に、咲夜は軽く溜息を吐く。

 メイド長という仕事柄、彼女はそういったことが見逃せないタイプなのだ。

 

「霊和、何をしてるのかしら?」

「アリ」

「蟻?」

 

 子供らしい、要領を得ない単語に咲夜が地面に目を落とすと、そこにはせっせと虫の死骸を運ぶ蟻の行列が居た。

 

「……蟻の行列を見てたの?」

「うん。巣がどこにあるか知りたいから」

「ああ……家の妖精メイドも同じことをしないように気をつけないと」

 

 普段の活発さはどこに行ったのか、こちらを見ようともせずに真剣な眼差しで蟻を見つめる霊和に咲夜は思わずため息を吐いてしまう。同時に、子供と思考が近しい妖精メイドへの対処に頭を悩ませるのだった。

 

「いっちに…いっちに…」

 

 しかし、霊和にとってはそんな咲夜の悩みなど知ったことではない。

 しゃがみ込んだまま、蟻の行列の動きに合わせてジリジリと移動していく。

 その様子を見て、咲夜はまた1つ溜息を吐いてから決めるのだった。

 今から存分に可愛がってやろうと。

 

「はぁ…霊和。掃除をサボるのは感心しないわね」

「むー、これを見終わったらやるもん」

「蟻の歩く時間に合わせてたらお昼になるわ。そうなったら、霊夢が怒るわよ?」

「……おねーちゃんが?」

 

 霊夢の名前が出たことで、初めて蟻から目を離し咲夜を見上げる霊和。

 

「『いつまでやってるつもりよ!』って風に怒るんじゃないかしら?」

「お、おねーちゃんはそんなことで怒らないもん!」

「本当にそう思う? 声が震えてるわよ」

「……やっぱり怒るかも」

「でしょ?」

 

 何だかんだ言って喜怒哀楽を表に出しやすい霊夢を思い出し、霊和は目を伏せる。

 そんな彼女の様子に咲夜は悪いと思いながらも、これなら説得が成功しそうだと内心で笑う。

 

「ほら、怒られたくなかったら先に掃除を済ませなさい」

「でも、掃除って時間がかかるし……」

「効率的にやればすぐに終わるわ」

 

 大好きな姉に叱られたくないという思いから、掃除をしなければと思う霊和。

 しかし、まだ蟻の行列への未練を捨てきれずにチラチラと足元に目をやっている。

 そんな様子に、一体、蟻の何が子供を引き付けるのかと疑問に思う咲夜だったが、自分の進めたい方向に話が進んでいるので気にしないことにする。

 

「こーりつてき?」

「そうよ。パッと見た感じだと、あなた目についた所からやってるわね?」

「うん」

「それじゃあ、ダメね。掃除は何度も同じ所を行ったり来たりするものじゃなくて、一筆書きでやっていくものなのよ。そうすればこんな風に…」

 

 パチンとこれ見よがしに指を鳴らして見せる咲夜。

 すると次の瞬間には、箒を片手に落ち葉の山の隣に立つ咲夜の姿があった。

 因みに綺麗なドヤ顔である。

 

「あっという間に掃除は終わるわ」

「すごーい! まるで時間が止まってたみたい!」

「どうかしら? これが効率を極めた結果よ」

 

 すっかり蟻のことなど忘れたかのように、目を輝かせて咲夜を見つめる霊和。

 そんな姿に咲夜は得意げに胸を張るが、内心は冷や汗ものである。

 

 何故なら、彼女の能力で本当に時を止めて掃除をしていたのだから。

 

「私も咲夜お姉ちゃんみたいに出来るようになる?」

「ええ、あなたもたくさん掃除をすればこれぐらいは出来るようになるわよ」

 

 真っ赤な嘘である。何だか心がチクリと痛む気がするが気にしない。

 

「する! お掃除する!」

「それじゃあ、みっちりと教えてあげますわ。でも、1つだけ条件があるわ」

「条件? なになに?」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて尋ねてくる姿に、ホッコリとした気分になりながら咲夜は答える。

 今までの過程は全てこのための伏線であり、主の願いを叶えるための策。

 そう、全てはこの作戦のためにあった。

 

「私のことをメイド長と呼ぶこと。いい? メイド長よ」

「…? 良く分かんないけど分かりました! メイド長!」

 

『霊和メイド化作戦』である。

 

 

 

「私をメイド長と呼ぶのはお嬢様に仕えるメイドだけ。逆説的に言えば、私をメイド長と呼ぶのはお嬢様のメイド。つまり、霊和はお嬢様のメイドになります。そうすれば、血を吸うのも気が向いた時に遊び相手をさせるのもお嬢様の自由……といった作戦です」

「咲夜、あなた天才じゃないの!?」

 

 当然、そんな馬鹿げた作戦は、レミリアが霊夢にボコられることで失敗となるのであった。

 

 因みにレミリアへの止めは、霊和の善意100%の太陽の抱擁だったとは咲夜の談である。

 




次回は三妖精と魔理沙との交流を書きます。
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二話:お祓い

「ふぅ……だんだんと魔法の森に居るのが辛くなる季節に近づいているな」

 

 森の中から1人の魔法使い、魔理沙が汗をぬぐいながら現れる。

 背中には籠を背負っており、中にはやたら毒々しい色の草やキノコが覗く。

 恐らくは、魔法の実験や食用に使うつもりなのだろう。

 

「木に覆われて、暑くはないんだがその分湿度がな……夏の間は風通しの良い神社に入り浸るか」

 

 彼女は住居としている魔法の森の特性にげんなりとした顔をし、対策を練る。

 高台にある神社ならば、風通しは良く比較的過ごしやすい。

 昼間は神社で過ごし、夜は森に帰るという形ならば暑さも大分凌げるだろう。

 そんなことを考えながら彼女は、近くに流れる川へと歩いていく。

 採集で汚れた手を洗うのも目的だが、これから来る暑さを想像し、手近な涼に触れたくなってきたのもある。

 

「やっぱり川の近くは自然と涼しくなるな。家も打ち水でもやってみるか?」

 

 よいしょ、と籠を下ろし手近な岩に腰を下ろす、魔理沙。

 そして、彼女には珍しく少し気が抜けたようにボーっと川の流れに目をやるのだった。

 

「しかし、なんだ。今日は随分とだるい気がするな……」

「魔理沙おねーちゃん、疲れてるの?」

「疲れてるというか、気が抜けたような感じだな……ん?」

 

 何やら、聞き覚えのある声が聞こえてきたような気がして、顔を上げる魔理沙。

 すると、そこにはジーッと自分を見つめる霊和の姿があったのだった。

 

「なんだ、霊和か。こんなところで何をしてるんだ?」

「桃が流れてこないかなーって見てた」

「桃太郎でも読んだのか……とりあえず、こんな所には流れて来ないから無駄だと思うぞ」

「うん、私もそんな気がしてた。でも、魔理沙おねーちゃんに会えたからムダじゃなかった!」

 

 ニパっと笑い、ギュッと抱き着いてくる霊和の姿に魔理沙は頬を緩める。

 心なしか、ダルさが軽くなったような気がするのは保護者としての自覚からだろうか。

 

「ははは、私も霊和に会えてよかったぜ」

「うん! 霊和が居れば魔理沙おねーちゃんの穢れ(けがれ)を祓ってあげられるよ」

「そーか、そーか、穢れを……穢れ?」

 

 ニコニコと笑いながら、魔理沙は穢れていると言う霊和。

 その無邪気な笑みに、さしもの魔理沙もショックで固まってしまう。

 気分としては、『パパ、加齢臭臭い』と言われた父親のようなものである。

 

「霊和……ひょっとして私のこと嫌いになったか?」

「…? 大好きだよ。魔理沙おねーちゃんはただ穢れてるだけだし」

「いや、まあ月人とかから見れば私達は穢れてるらしいが……そこまでか」

「だって、魔理沙おねーちゃん元気がないんでしょ? だったら、穢れてるんだよ!」

「元気がないと、穢れてる…?」

 

 霊和の不思議な物言いに、魔理沙は首をひねる。

 そんな姿を見て、霊和は私が教えてあげるとばかりにフンスと胸を張って語り始める。

 

穢れ(けがれ)は、気枯れ(けがれ)。つまり、気が枯れているって意味があるの」

「気が枯れている……だから元気がないってことか?」

「そーいうこと! だからそれを清めれば自然と元気が戻ってくるんだよ!」

「なるほどな。元気がないことを穢れてるって言ってたんだな」

 

 とりあえず、自分が嫌われていたわけでないことを理解し、ホッと胸を撫で下ろす魔理沙。

 そして、恐らくは霊夢からの受け売りと思われる説明を語る霊和の頭を撫でる。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて穢れを祓ってもらうとするか」

「うん、任せて!」

 

 魔理沙からの言葉に、パァーと顔を輝かせ、霊和は彼女を川瀬へと引っ張っていく。

 

「しかし、穢れを祓うって何をする気なんだ?」

「いつもと同じことをするだけだよ。水で洗って流すだけ」

「ああ、参拝前にやるあれと同じか」

「うん。でも、今日は特別に霊和がやってあげるね!」

 

 小さな手で川の水をすくい、せっせと魔理沙の手へとかけていく霊和。

 その微笑ましい姿と、水の冷たさに目を細めながら魔理沙は思う。

 こんなことをされれば、誰でも元気を出さざるを得ないだろうと。

 

「はらいたまーえ、きよめたまーえ。まもりたまーえ、さきわえたまーえ」

 

 何やらおかしなイントネーションの唱え言葉を聞きながら、最後に顔を洗う魔理沙。

 そうすると、本当に体の中からダルさが抜けたように感じられ、自然と目も冴える。

 

「はい、これでまがごととか罪とか穢れとかは全部流したよ」

「ありがとうな。しかし、みんながみんな川に流してたら、いつかは悪いもので溢れかえりそうだな。外の世界だと、そんな感じで川や海が汚くなっているらしいし」

 

 流された先で穢れや罪が合体して、そのうち魔王でも生まれそうだと笑う魔理沙に、霊和は特に気負うことも無く笑って、即答する。

 

「だいじょーぶ! 私が流したものは、飲み込まれて、吹き飛ばされて、最後は消えるから!」

「えらく、抽象的だな……まあ、大丈夫ならいいんだが」

 

 これまた霊夢から聞いたと思われることを、自信満々に語る霊和に、思わず魔理沙は苦笑いを零す。あまりにも、その得意そうな顔が霊夢と似ていたがために。

 

「さて、霊和のおかげで元気が出たのはいいが、これからどうするか」

「どうするー?」

 

 元々、少し休憩するつもりで来ただけなので、魔理沙だけならば別に家に帰ってもいい。

 しかし、足元で可愛らしく小首を傾げている霊和を、放置するわけにもいかないだろう。

 なので、このまま遊びにつきやってやるべきかと、魔理沙が考えていると突如声をかけられる。

 

「あれ? 魔理沙さん何やってるんですか?」

「ん、お前達は……いつもの三妖精達か」

 

 魔理沙が振り返って少し目線を落とすと、そこには三人の子供。

 否、背中から羽を生やした妖精達が居た。

 

「あ、やっほー! サニーちゃん!」

「こんにちレイワー!」

 

 妖精達の登場に、霊和は顔をパッと明るくして、オレンジのツインテールの妖精とハイタッチを交わす。

 彼女の名前はサニーミルク。光を屈折させる程度の力の持ち主だ。

 

「ルナちゃんとスターちゃんもこんにちは!」

「相変わらずテンションが高いわね、霊和」

「こんにちは、霊和」

 

 そして、サニーの後ろから残りの2人が現れる。

 黒髪ロングに青のリボンがチャームポイントの、スターサファイア。

 金髪縦ロールというお嬢様っぽい見た目の、ルナチャイルド。

 3人共、神社裏の大木に住んでいる妖精である。

 

「魔理沙さんも、こんにちは」

「ああ、こんにちは。それで、お前さん達の方は何しに来たんだ?」

「私達は晩御飯用に魚を取りに来たんです」

「魚か。しっかし、そんな小さい網だけで大丈夫か?」

 

 ルナの答えに対し、魔理沙は彼らが持つ虫取り網ような網だけで大丈夫かと尋ねる。

 客観的見れば、それだけの装備では小魚しか取れないだろう。

 しかし、三妖精達はチッチッチと指を振る。

 

「フッフッフ、魔理沙さん。私達の能力を忘れて貰っては困りますよ」

 

 サニーが分かっていないとばかりに、鼻を鳴らし、スターがそれに続く。

 

「ええ、そうね。まず私スターは、生物の居場所を探知できる。つまり、天然のソナー!」

「お次は私サニーが光を曲げて、隠れた魚の姿を丸裸に!」

「そして、最後は私ルナが音を消しさりながら近づいて捕まえる!」

「「「これぞ妖精三位一体の必殺!」」」

 

 バーンとまるで戦隊ものの登場シーンのようなポーズをとる三妖精。

 その姿に魔理沙は感心したような、呆れたような表情を浮かべて、ポーズ自体はスルーすることにした。

 ついでに、霊和もその隣でポーズを取っているがそちらもスルーする。

 

「まあ……大丈夫ならいいんだが」

「はい、問題ありません。そういえば、結局2人はなんでここに?」

「私達は、まあ…流れだな。川だけに」

「川だけにー」

 

 軽い冗談を飛ばす魔理沙だったが、霊和に無邪気な顔で続けられたせいか、顔を赤らめて帽子を深く被りこんでしまう。

 

「ねえねえ、みんな。私も魚捕りしてもいい?」

「いいわよ。でも、それなら全員で勝負した方が楽しくない?」

「いいわね、それ! それじゃあ、一番の大物を取った人が勝ちね」

「え? 連携して捕まえるんじゃ……」

 

 しかし、お子様達は魔理沙の羞恥心に気付くことも無く、話を進めて行く。

 そして、いつの間にやら魚捕り大会へと発展してしまうのだった。

 

「それじゃあ開始ー!」

「「「おー!!」」」

 

 因みにルナだけは突然の予定変更に困惑しているが、そこは妖精。

 勝負を放棄するはずもなく、足元の石に躓きながらも駆け出していく。

 

「……やれやれ、これで私が霊和の世話をする必要はなさそうだな」

 

 そんな姿を見送り、魔理沙は猫のように背伸びをする。

 子供の相手は子供がするのが一番。

 子供と言っても妖精ではあるが、霊和なら大丈夫だろうと判断したからだ。

 

「さて、せっかくだしこのまま霊夢の所に、茶でもたかりに行くか。あいつのことだ。霊和の話をしてやったら、興味の無いフリして聞くに決まってる」

 

 魔理沙は目を瞑りながらも、耳だけはピクピクと動かす霊夢の姿を想像して1人笑い、そのまま箒に乗って飛び立っていくのだった。

 

 

 

 

 

「でな、霊和に穢れてるって言われたもんだから、そこの川で清めてもらったんだ」

「ふーん」

 

 神社の縁側で目を瞑った状態で茶をすする霊夢と、身振り手振りを加えながら話をする魔理沙。

 一見すると、会話が成立していないようにも見える光景。しかし、魔理沙は確信している。

 霊夢が目を瞑っているのは興味が無いからではなく、その光景をイメージするためだと。

 

「小さな手でちょこちょこ私の手に水をかけてくれてな。可愛かったぜ」

「そう……」

 

 その証拠に声自体は平坦なものの、時折柔らかく唇がほころんだりしている。

 魔理沙はいつもその姿に、素直になればいいのにと呆れながらも、からかっている。

 

「なんだ、嫉妬してるのか?」

「はあ? 私が嫉妬とか馬鹿じゃないの。手を洗って貰ったぐらいで嫉妬するわけないじゃない」

 

 バカバカしいとばかりに鼻を鳴らして、否定の言葉を返す霊夢。

 しかし、これだけでも魔理沙の話をしっかりと聞いていたことが分かるのだから、彼女には隠し事は向いていないのだろう。

 

「……はじめて霊和がしゃべった時、自分の名前じゃなくて、私の名前を呼んだことに逆ギレして襲い掛かってきた巫女とは思えない発言だな」

「不思議ね。まったく記憶にないわ」

 

 あからさまに目を逸らしながら記憶にないとのたまう霊夢。

 そんな姿にジト目を向ける魔理沙だったが、また逆ギレされては困ると溜息を吐く。

 触らぬ神に祟りなしとは、まさにこのことである。

 

 因みに霊夢逆ギレ事件の内容は至ってシンプルである。

 

 初めての子育てに苦戦しながらも愛情を注いでいた霊夢は、霊和が初めて口にする名前は自分だと信じて疑っていなかった。そんなある日のこと、遂に霊和が意味のある言葉を口にした。

 

『ま…ま…』

『もう、ママよりはお姉ちゃんの方が良いんだけど。まあ、まだ小さいから仕方な──』

 

 霊和が自分のことをママと呼んでいるのだろうと思い、頬をだらしなく緩める霊夢。

 しかし、次の瞬間にその表情は凍り付くことになるのだった。

 

『まいさ!』

『……は?』

 

 ママではなく『まいさ』。

 聞き間違いかと思い、霊夢は無言で霊和を見つめる。

 

『まいさ、まいさ』

『…………』

 

 間違いなく『まいさ』と言っている。

 しかし、まいさなどという人物は霊夢の知り合いには居ない。

 しかし、赤ん坊の舌足らずの発音を考慮すれば誰の名前かは分かる。

 

『おーす、霊夢! 霊和の顔を見に来たぜ』

『まいさ! まいさ!』

『おー! 喋れるようになったのか!? なあ、霊夢! 今確かに魔理沙って言ったよな!?』

 

 遊びに来たのと同時に、霊和に名前を言われてついはしゃいでしまう魔理沙。

 だから彼女は気づかなかった。霊夢の顔から表情が消え失せていることに。

 

『……ねえ、魔理沙』

『なんだよ、霊夢? そんなことより霊和が私の名前を呼んで──』

『──―表に出なさい』

 

 その日、魔理沙は理不尽という言葉の真の意味を知ったのだった。

 

 

 

「うぅ……思い出したら寒気が」

「最近暑くなってきたから、ちょうどいいじゃない」

「体の芯から凍える感じはごめんだ」

 

 あの日の理不尽を思い出して、身震いをする魔理沙に霊夢は軽く鼻を鳴らす。

 そもそもの話、あの時期の子供の言葉は、ただ親の真似しているだけだ。

 魔理沙と呼んだのも、私が良く魔理沙の悪口を言っていたからに過ぎない。

 

 そう、『まいさ』という言葉そのものには何の意味もないのだ。

 大根に向かって『まいさ』と言っていたのだから間違いない。

 

 それに、ちゃんと人を認識して喋れるようになってからは、すぐにおねーちゃんと言ったのだ。

 魔理沙よりも、私の方が好きなことは火を見るよりも明らかだろう。

 紫に生温かい目を向けられながらも、おねーちゃんと呼びなさいと躾けたかいがあったというものだ。

 

「……ホント、霊和にはだだ甘だよな」

「あ? なんか言った?」

「何でもないぜ」

 

 ボソリと呟いた魔理沙を一睨みして黙らせる霊夢。

 まるで、妻の尻に轢かれる夫である。

 

「おねーちゃーん! それに魔理沙おねーちゃんもこっち来てみてー!」

「お、噂をすれば影が差すってやつだな」

「裏の木の妖精達も居るわね。何かあったのかしら」

 

 元気な声が聞こえた方を2人が見てみると、何やらやり遂げた表情をした霊和が立っていた。

 隣に居る三妖精達も同じような顔をしているので、本当に何か良いことがあったのだろう。

 2人はそんなことを考えながら、のんびりとした足取りで霊和達の下に行く。

 

「魚捕りはどうだった? 見たところ、坊主みたいだが」

「フフフ、坊主? いいえ、魔理沙さん。逆ですよ、逆」

「逆? じゃあ、別の所に置いてるのか」

 

 スターの物言いに、2人はキョロキョロと辺りを見回してみるが、それらしきものは見えない。

 はて、どう言うことだろうかと、不思議がっていると、霊夢があることに気付く。

 

「あれ? なんで、この地面だけ濡れてるのかしら」

「そう言えば、すこし変わった匂いがするような……」

 

 不自然に濡れた地面。そして、先程まではしなかった独特の匂い。

 霊夢と魔理沙がそれらに気付いたところで、子供達の悪戯が始まる。

 

「サニーちゃん! 今だよ!」

「フッフッフ、さあ見て驚け! 聞いて慄け! これが私達妖精の友情パワーだぁッ!」

「霊和は妖精じゃないけどね」

 

 ルナから軽いツッコミを受けながら、サニーが光を屈折させる能力を解除する。

 すると、霊夢と魔理沙の前に巨大なオオサンショウウオが出現するのだった。

 

「うおッ!? 能力で姿を見えなくしてたのか」

「地面だけが濡れて見えたのは、水の流れまでは考えてなかったからか……それにしても大きいわね、このサンショウウオ」

 

 突如として現れたオオサンショウウオに、最初は驚いていた2人だったが、そこは普通でない2人。すぐに気を取り直して、子供達の戦果であろうオオサンショウウオを眺める。

 

「あれ? あんまり驚かないですね、2人とも。私なんて見つけた時は腰を抜かして驚いたのに」

「いや、驚いてはいるぜ? どっちかというとお前達がこれを捕まえられたことにだが」

「そうよね……これだけ大きいと主だと言われても納得するし」

 

 霊夢と魔理沙のリアクションの小ささに、少しガッカリとした様子を見せる妖精達。

 しかしながら、生来お気楽な妖精達はすぐに調子を取り戻す。

 

「そう! スターが居場所を探知し!」

「サニーが巣穴に隠れた姿を水面に映し出す」

「そしてルナが音を消して霊和が近づいて」

「最後は私が巣穴ごと吹き飛ばす!」

 

「「「「これぞ妖精の力ッ!!」」」」

 

「待ちなさい。ツッコミどころが多すぎるわ」

 

 ガシッと手を組んで4人で決めポーズをとる子供達の頭をコツンと叩く霊夢。

 

「ほら、だから霊和は妖精じゃないって言ったじゃないの」

「あ、そうだった」

「いや、そこもだけど一番は霊和の行動よ。巣穴ごと吹き飛ばすって何をしたのよ?」

 

 叩かれた頭を擦りながら、ルナがサニーに文句を言うが霊夢が言いたいのはそこではない。

 途中まではえらく頭を使った作戦だったのが、最後は脳筋な策になったことだ。

 巣穴ごと吹き飛ばすなんて、オオサンショウウオもさぞかし驚いたことだろう。

 

「弾幕をぶつけてボーンだよ」

「せっかく、巣穴まで見つけてるんだから普通に取りなさいよ……」

「でも、岩の下とかだと手が届かないんだよ? 届くような道具もなかったし。そうだ! おねーちゃんならどうやったの?」

「わ、私? そうね……私なら」

 

 じゃあ、どうすればよかったのかと純粋な目を向けられて考え込む霊夢。

 獲物を見つけたはいいが、それを捕まえるための道具がない。

 手を突っ込もうにも岩の下では届きづらい上に、噛まれる恐れがある。

 では、道具を持って来るか? それはありていに言って面倒くさい。

 ならばどうするか? 答えは簡単だ。巣穴から出てこないのなら。

 

「……弾幕をぶつけてボーンね」

 

 巣穴を無くしてしまえば良い。

 

「ほらー、お揃いだよ、おねーちゃん!」

「流石は姉妹だな。霊夢が色々試して面倒くさくなった末に、全く同じことをする姿が目に浮かぶぜ」

「う、うるさいわね。偶々同じなっただけでしょ、偶々!」

 

 結局、妹と同じ答えに辿り着いてしまった自分に頬を赤らめる霊夢。

 実は内心では、流石は姉妹と言われてちょっと喜んでいたりするが、彼女がそれを素直に表に出せるはずもない。

 

「そんなことより、このオオサンショウウオどうするのよ?」

「どうするって食べるんだろ?」

「え、食べれるのこれ?」

 

 故に、苦し紛れで話題の転換を図ったのだが、予想外の返事に驚いてしまう。

 

「なんだ、知らないのか? そもそもサンショウウオは山椒(さんしょう)魚って意味で、捌くと山椒の匂いがすることからつけられたんだ。因みに味はスッポンに近くて、スッポンより美味いぜ」

 

 ペチペチとオオサンショウウオの頭を叩きながら、魔理沙が解説をしていく。

 幼少の頃より、家を飛び出して1人暮らしをしていた彼女はこういった食べ物は色々と詳しいのだ。

 

「へー、そうなのね」

「へー、そうなんだ」

「「「そうなんですね」」」

 

「……いや、霊夢と霊和はともかくお前達は食べるために取ったんじゃないのか?」

 

 呆れた顔の魔理沙のツッコミに、三妖精は揃って忘れていたという顔をする。

 どうやら彼女達の中では、オオサンショウウオのインパクトで色々と吹き飛んでしまったらしい。

 

「ふむ……物は相談だが私達が料理をしてやる代わりに、ご相伴に預からせてもらえないか?」

「ちょっと、達って私も入ってるの?」

「当たり前だろ。ここまで来たんなら神社で作るのが一番早いだろう」

「まあ、私は良いけど……あんた達はそれでいいの?」

 

 魔理沙の提案に物言いはつけるものの、そこまで反対する気はないのか霊夢は小さく肩をすくめる。そして、当の妖精達本人に了承の意思を確認する。

 

「私達もそれでいいですよ」

「これだけ大きいと、私達だけじゃ食べきれなさそうだし」

「それに霊和も手伝ったんだから食べる権利があるわ」

 

 それに対して妖精達が断ることも無く、プチ宴会の開催が決定する。

 霊和もみんなと一緒にご飯だと言って、無邪気に喜んでいる。

 

「それじゃあ私もタダってのは悪いから、お酒でも出しましょうか」

「お、いいな。こりゃ、今夜が楽しみになってきたな」

 

 調子よく、今夜の酒が楽しみだと告げる魔理沙に霊夢は苦笑を返す。

 

「はいはい。えらく元気ね、今日は」

「ははは、霊和に気枯れを祓って貰って元気になったからだろうな」

「気枯れを祓って元気に…?」

「ああ、今日霊和に教わったんだ。お前が教えたんだろ?」

 

 勝手知った様子で神社の台所に入っていく魔理沙は振り返らない。

 だからこそ、気づくことがなかった。

 

「そんなこと教えたかしら…?」

 

 霊夢が不思議そうに首を傾げている姿に。

 

「どうしたんだ、霊夢? オオサンショウウオは煮込むのに、時間がかかるから早くしろよ」

「なんでもないわよ。後、そういうことは先に言いなさいよね」

 

 そうして、博麗神社の一日は過ぎていくのだった。

 




次回は萃香か華扇ちゃんか早苗さんが出てくる予定。
あと、おにぎり。

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三話:お賽銭

「しゅっちょう! 博麗神社ー!」

「里の人が神社に来るのが大変なら、こっちから出向けばいい。……なんで今までこんな簡単なことに気づかなかったのかしら」

 

 太陽が燦々と降り注ぐ里の道を、お揃いの巫女服を着た姉妹が練り歩いている。

 何事かと里人が見守る中、姉妹は背負っていた賽銭箱を下ろし、辺り一帯に声を張り上げるのだった。

 

「みんなー! 博麗神社に行きたいけど遠くて辛い。そんなことはない?」

「里の外は危険。でも、里の中なら安全。だから今日は―――出張、博麗神社を開きます!」

「かいさーい!」

 

 2人でやけに高いテンションで声を張り上げるが、当然里人は呆気に取られているだけである。

 誰もがどう反応するべきかと目配せをし合っているそんな中。

 1人の少女が代表して進み出てくるのだった。

 

「霊夢さん…何やってるんですか……」

「あら、早苗じゃない。見てわからない? 出張博麗神社よ」

「いや、ダメに決まってるでしょ」

 

 2人にツッコミを入れてきたのは東風谷(こちや)早苗(さなえ)

 霊夢とは反対の青白の巫女服を着た守矢神社の巫女である。

 

「早苗お姉ちゃん、こんにちはー!」

「はい、こんにちは。いいですか? 霊和ちゃんは知らないかもしれないですが、お賽銭というのは神様にお願いした際のお礼です」

「当たり前のことを説明してどうしたのよ、早苗?」

「いや、だから神様にお願いするんですよ?」

 

 やれやれといった少しイラつくような表情で説明をしていく早苗。

 新緑の髪につけている白蛇のアクセサリーも、どこか呆れたような表情をしている。

 

「お賽銭箱だけ持ってきても神様が居ないじゃないですか?」

 

 早苗の指摘に村人達もうんうんと頷く。

 神道は基本的に神社に神を招くのではなく、神が居る場所に神社を建てる。

 場合によっては分霊によって移動することが出来るが、それでも御神体は必要だ。

 しかしながら、2人は御神体を持ってきている様子ではない。

 そもそもの話、霊夢自身が自分の神社の御神体を知らない。

 そう考えれば、2人のやっている行為は詐欺も良いところである。

 

「あら? 神様が居ないっていつ言ったかしら?」

「……御神体を持ってきてるんですか?」

「チッチッチ、頭が固いわね」

「うわー、何ですかそのイラってくるドヤ顔は」

 

 しかし、早苗の指摘にも霊夢は全く慌てない。

 それどころか、仕返しとばかりに慈悲のあるドヤ顔をお見舞いする。

 

「ここには神を降ろせる巫女が居るのよ? 神の一柱、二柱ぐらいすぐ用意できるわ」

「いやいやいや! 神様をそんなデリバリー感覚で呼んだらダメですって!?」

「そう言われても、もう準備は終わってるみたいだし……霊和」

「はーい、おねーちゃん」

 

 巫女のくせに神をこき使う気満々の霊夢に、根が真面目な早苗は抗議の声を上げる。

 だが、時すでに遅し。

 神はここに居るというパフォーマンスのために、霊和が何やら準備を始める。

 

「じゃーん! ここにおみくじ箱があります」

「そして今からこの中に10枚のくじを入れます」

「大吉は10本中3本だよー」

 

 霊夢が最初に早苗に一本ずつ不正がないかを確認させる。

 不正がないと確認されたくじは、『おみくじ』と可愛らしい字で書かれたお手製の箱の中に入れられていく。

 

「さあ、今からこのおみくじを3人の人に引いてもらいまーす」

「3人連続で大吉を出したら、ここに神様が居るって信じてもらうわよ」

「おみくじ引きたい人きょしゅー!」

 

 ガシャガシャと箱の中身を揺らしながら、霊和が村人達に近づいていく。

 突如の行動に初めは戸惑っていた村人達だが、威勢の良い若者達が名乗り出てくる。

 

「それじゃあ、どーぞ」

 

 精一杯に背伸びをして箱を上に差し出す霊和に、慌てて自分達が腰を屈めながら村人達がくじを引いていく。そして、その結果は。

 

「おめでとうございまーす! みんな大吉だよ!」

 

 当然の如く3連続で大吉である。

 

「じゅ、10分の3を連続で引くから確率は……0.8%。ぐ、偶然という可能性もありますね」

「そーう? じゃあ、もう1回やろっか」

 

 早苗の苦し紛れの発言に対し、霊和はニコニコと笑ったままくじを回収し再び箱の中で混ぜる。

 そして、今度は別の村人達に引かせていくが。

 

「はい、みんな大吉ー」

 

 今度もまた3連続で大吉が出るのであった。

 流石にここまで来ると、村人達も騒めき始めてくる。

 

「どう? これでもここに神様が居ないって言うつもり?」

「う……さ、最後に箱の中を確認してもいいですか?」

「神に仕える巫女が信じることを放棄するなんて、実に嘆かわしいわね」

「科学的と言ってください!」

 

 それでも早苗は言い出した手前、引くことが出来ずに最後の確認を申し出る。

 

「早苗お姉ちゃん。開けて見るのはいいけど、引くのはやめてね」

「! もしや、そこに仕掛けが…!?」

「ううん。だって、今引いたら早苗お姉ちゃんが大吉が引けなくて可哀そうだから」

 

 ズキリと早苗の良心が痛む。

 自分はこんな良い子を疑っているのかと、自己嫌悪に陥るが後には引けない。

 箱をひっくり返して、残っている7本のくじを確認する。

 

「………大吉は一本も無い。後は吉と凶だけ」

「みんな凶を引かなくてよかったねー」

 

 ニコニコと自分に笑いかけてくる霊和に、早苗は完全敗北を認める。

 それと同時に村人達から、大きな歓声が上がる。

 そして、このタイミングを逃す霊夢ではない。

 

「さあさあ! お賽銭を入れて祈れば今日一日の運勢は大吉間違いなしよ!!」

 

 今日一番の声を張り上げて集まった観客達を煽る。

 それを機に、堰を切ったようにお賽銭が投げ込まれていく。

 

「みんな、ありがとー。それと今なら幸運のお守りも売ってるよー」

 

 ついでに霊和がいそいそと手作りのお守りを取り出して、販売を始める。

 そんな光景をどこか呆れたような表情で眺めながら、早苗は小声で霊夢に囁きかける。

 

「……霊和ちゃんってどこかの誰かに似て商魂逞しいですね」

「家はお小遣い以上にお金が欲しいなら、自分で稼ぐのが教育方針なのよ」

「初耳ですね。それと皮肉で似てるって言ったのに嬉しそうにしないでください」

「な! べ、別に嬉しそうになんてしてないわよ!!」

「はいはい、ツンデレ乙」

「乙…?」

 

 乙の意味が分からずにキョトンとする霊夢に、早苗はそこはかとないジェネレーションギャップを感じて何とも言えぬ気持ちになるが、霊夢の怒りが収まったので良しとする。

 

「それで、どの神様を降ろしたんですか? 幸運とか言ってますし、七福神の誰かですか?」

 

 七福神とは運を司る7柱の神様の総称であり、仏教や道教と神道が混ざり合った姿でもある。

 例を挙げるとすれば、大黒天は仏教の『大自在天』と神道の『大国主』が同一神として信仰された結果であるとされる。

 何はともあれ、早苗は福の神を降ろしたので幸運が上がったのだろうと思ったのだった。

 

 が、しかし。

 

「さあ? 私は何もしてないわよ」

 

 霊夢はあっさりと何もしてないと言うのだった。

 

「……え? でも、神を降ろすとか言ってませんでした?」

「まあ、言ったけど、縁も所縁もない神様は練習しないと降ろせないわよ。おみくじだって最初からパフォーマンス目的として持って来たんだし」

「さっき言ってた準備って……やらせの準備ですか…?」

 

 一杯食わされたのかとジト目で霊夢を睨む早苗。

 そうすれば霊夢は目を逸らして、下手な口笛を吹く。

 と、思っていたが現実は違った。

 

「だから、私は何もしてないわよ。あのおみくじは霊和の手作りだもの。早苗、あんたは霊和がそんな汚いことをする子に見えるの?」

「見えません。だからそのナイフみたいに構えたお祓い棒を退けてください」

 

 相手を責めていたと思ったら、何故か逆に脅されているという状況に早苗は目を白黒させる。

 というか、こんなのが育ての親だから疑ってしまうのだろうと思ってしまう。

 

「でも、何もしてないって言うなら、どうやってあんな芸当を…?」

「さあ? 私はあの子が『私が居れば大丈夫』って言うから何もしなかったけど、あの子が自分で適当な神様でも呼んでたんじゃないの?」

「さっき縁も所縁もない神様は、練習しないと無理って言ったばかりじゃないですか」

「あら、あくまでもさっきの話の主語は私よ」

 

 ほら、何も矛盾していないと、何故かニヒルな笑みを浮かべて見せる霊夢。

 そんな顔に思わず弾幕をぶつけてやりたいと早苗が思ってしまうのも、無理らしからぬことだろう。

 

「七つまでは神の子。小さな子供の方が神様と近いんだから、簡単に呼べるんじゃないの?」

「まあ、穢れを知らない子供を神に仕えさせるのは普通のことですけど……」

 

 チラリと、忙しそうにお守りを売ったり、里の年寄りに頭を撫でられている霊和を盗み見る早苗。一応、現人神である彼女から見ても、霊夢と霊和なら妹の方に力を貸したくなるのは間違いない。子持ちの神様なら何もしなくても力を貸してしまいそうだ。

 

 しかし、やはり気になることがあるとすれば。

 

「その神様はどこに居るんでしょう…?」

 

 霊和に力を貸している神の姿を感じ取れないことだ。

 巫女であり、現人神である彼女ならば、余程隔絶した力の差でもない限り神の存在に気付ける。

 だというのに、いくら探しても霊和の周りには神の姿はない。

 力だけ貸してさっさと帰っていったのか、果てはとんでもなくマイナーな神で早苗でも気づかないのか。

 色々と考えてみるがやはり分からない。

 

「神様が居ないとなると、まさかの偶然?」

「いつまで考えているのよ。分からないことを考えたって意味ないでしょ」

「私、理系なんで解の無い謎が嫌いなんです。小説でも読者の想像にお任せラストとか凄くモヤモヤします」

「唐突に話題が飛ぶあんたも、私からするとモヤモヤするけどね」

 

 許せないとばかりに腕を組む早苗に、呆れた息を一つ吐き霊夢は霊和の下に向かう。

 

「どう? ちゃんと頑張ってるかしら」

「あ、おねーちゃん! 見て見て! おにぎり!」

 

 霊夢が向かった先では、何故か霊和が嬉しそうに食べかけのおにぎりを掲げていた。

 その様子に霊夢は、お弁当なんて持たせていただろうかと首をひねる。

 

「おにぎり…? 誰かから貰ったの?」

「変な黒い服を着た人ー」

「変な黒い服……誰かしら」

「あと、タクワンももらったー」

 

 はて、変な黒い服を着た人とは何者だろうかと考えるが思いつかない。

 家計的には助かるが、知らない人からの贈り物というのは怖いものだ。

 なので、霊夢は姉らしく霊和に忠告することにする。

 

「いい、霊和? 知らない人から貰ったものは食べちゃだめよ」

「でも、おねーちゃんも知らない間に奉納されてるお酒を飲んでるよね?」

「あ、あれは神様に捧げるものだから、安全なはずだし……」

 

 そして、予想だにしていなかったカウンターパンチを食らってしまい、震え声になる。

 博麗神社は外の世界との境界に建つ影響から、誰が置いたかも分からぬ奉納品が結構な割合で現れるのだ。それこそ、瞬間移動でもしてきたかのように。

 

 ありていに言って怪しいし、その様子を見た三妖精が思わず悲鳴を上げたほどにホラーだ。

 しかし、霊夢は大して気にせずに臨時収入とばかりに普通に利用する。

 勝手に供えられていた御神酒で、酒盛りをした数は両手足の指では数え切れぬほど。

 とてもではないが、霊和を叱ることなど出来ない。

 

「それにこれも神様への捧げものだから大丈夫だよ」

「おにぎりが?」

「お賽銭は元々はお米だったってことですよ、霊夢さん」

 

 霊和の物言いに疑問符を浮かべる霊夢の下に、早苗がドヤ顔で語りかけてくる。

 どうやら、先程霊夢にドヤ顔をされた仕返しのつもりらしい。

 

「賽銭の“賽”は神様から福を受けたのに対して、感謝して祭るという意味を持つんです。そしてこの福は、多くの場合で稲の収穫のこと意味します。だから、神様のおかげで収穫できたことを感謝するために、お米をお供えしたことがお賽銭の起源と言われています」

「ああ……そう言えばそんなことも聞いたことがあるわね」

 

 ペラペラと覚えたての知識を披露する子供のように語る早苗に、面倒くさそうに頷きつつ、霊夢はそんな話もあったなと思う。

 

「他にも説があって、こちらは素戔嗚尊命(スサノオノミコト)高天原(たまがはら)で犯した“天つ罪”……今風に言えば稲作においてのタブー行為ですね。その償いとして素戔嗚尊命(スサノオノミコト)に、天照大御神(あまてらすおおみかみ)へ贖罪の品を差し出させたのが起源という説ですね。まあ、こっちもお米の償いはお米でやると考えれば筋は通っています。他にも――」

 

 段々と天狗鼻になっていく早苗の蘊蓄(うんちく)は、聞く人が聞けば興味深い話だろう。

 しかしながら。

 

「あら、霊和。ほっぺに米粒がついてるわよ」

「おねーちゃん、とってー」

「もう……しょうがないわね」

「――て、私の話聞いてます!?」

 

 博麗姉妹にとっては全く興味の無いものだったらしい。

 妹は夢中でおにぎりにかぶりつき、姉はそんな妹の世話に夢中になっている。

 

「人が一生懸命説明しているのに、なに心温まるホームドラマみたいなことしてるんですか!?」

「うるさいわね。下らない蘊蓄(うんちく)霖之助(りんのすけ)さんだけで十分よ」

「酷い!? 私にも霖之助さんにも全方位に対して酷い!!」

 

 当然、早苗が抗議の声を上げるがシスコン(自覚無し)の霊夢が取り合うはずもない。

 綺麗に米粒をとってあげた妹の頭を撫でるのに大忙しなのだ。

 

「早苗お姉ちゃん、叫んだら近所めーわくだよ」

「う…うわーん! 諏訪子様に言いつけてやるー!」

 

 そして、止めは何をやっているだろうという幼女の呆れた瞳である。

 グサリと心に何かが刺さったような感覚を覚えて早苗は、逃げるように駆け出していく。

 

「何をとち狂ったのかしら、早苗は……」

「分かんない。あ、そうそうおねーちゃん」

「なに?」

 

 これだから青白の巫女は、と呆れた様子も隠さずに早苗の後姿を見つめる霊夢。

 そんな彼女の裾をクイクイと引き、霊和は無邪気な顔で尋ねる。

 

「お賽銭箱がいっぱいになったらどうしたらいいの?」

「霊和。私は今夢を見てるみたいだから、力一杯にお姉ちゃんを殴りなさい」

「おねーちゃん!?」

 

 こうして、幻想郷の巫女は皆とち狂ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「というわけで、慰めてください、諏訪子様」

「いや、なに子供に言い負けてんのさ?」

「だってー!」

 

 ここは妖怪の山にある守矢神社。

 早苗の家であり、信仰する二柱が住まう場所である。

 

「あんな純粋な目で、叫んだら近所迷惑なんて言われたら……何も言い返せるわけないじゃないですかぁ」

「ド正論過ぎるね。というか、早苗も大人なんだから素直に謝ればよかったでしょ」

「いや、その……なんかノリで逃げてきました」

「実は全く堪えてないでしょ、あなた」

 

 よよよと泣いているようなポーズを見せる早苗に、呆れた視線を向けるのは洩矢(もりや)諏訪子(すわこ)

 見た目こそ金髪ロリータな幼女だが、その実数千年を生きる神だ。

 そして、色々あって2人の神が祭られているこの神社の、影の御祭神である。

 

「まあ、霊和ちゃんの呆れた視線には傷つきましたけど、そこまでへこんではいません。たかがメインカメラがやられた程度です」

「絶対、それが言いたかっただけでしょ。まあ、カッコいいのは認めるけど」

 

 諏訪子は数千年の時を生きる神だ。

 しかし、つい数年前まで外の世界に居たという経歴から現代知識にも秀でている。

 もっとも、ロボットネタに関しては早苗の趣味の影響が大きいのだが。

 

「あ、ところで諏訪子様。唐突ですけど私達も出張守矢神社やりません?」

「本当に唐突だねぇ。まあ、却下だけど」

「凄いあっさり却下しましたね!?」

 

 考える素振りすら見せない否定に、ガーンと一人で効果音をつけてへこむ早苗。

 まあ、ものの数秒もせずに復活するのだが。

 

「やっぱり二番煎じはダメですか?」

「そういうのじゃなくて、神が人間の下に足を運ぶなんてのはおかしいだろう? あくまでも人の上に立つからこその神様だよ。親しみやすい神様ってのも嫌いじゃないけど、畏れを維持するためには身近過ぎるのは都合が悪い。里の中に分社でも建てられればいいけど、あそこは龍神やら妖怪やらで色々と勢力関係が複雑だからねぇ……」

 

 世知辛い世の中になったものだと、どこか達観したような表情で語る諏訪子。

 そんな彼女の話を聞きながら、早苗はふと思うのだった。

 

「そう考えると、今日降りて来ていたのは昔から信仰されている神様なんですかねー」

 

 巫女らしくない馬鹿げた行動に付き合ってあげる程だ。

 きっと、昔から里の人間を見守ってきた生粋の人間好きの神様だろうと。

 

「おみくじが全部大吉になったんだっけ?」

「はい。みんなが幸運になったので、七福神の誰かかなと思ったんですけど、良く分かんなかったんですよね」

「ふーん……そういや、運気を上げると言えばあそこの神もいるね」

 

 早苗の話に、どこか古ぼけた記憶を探りながら諏訪子は口を開く。

 

「どこの神様ですか?」

「えーと……確か、そこに行ったら運気が最高になるとか、大吉以外ありえないから、おみくじは置いてないとかあった気が」

「それって、もしかして……」

 

 見た目は若くとも、悠久の時を生きてきた脳みそはそうはいかない。

 諏訪子は膨大な記憶の中から苦労しながら、お目当てのものを見つけ出し告げる。

 日本最高の聖地と言っても過言ではない場所の名を。

 

 

「ああ、そうそう―――伊勢(いせ)の神だ」

 

 




東方茨歌仙が遂に終了しましたね……。
華扇ちゃんが恋しくて仕方ないので、腕華扇ちゃん・仙人華扇ちゃん・パーフェクト華扇ちゃんの3人に切り分けて『三等分の鬼嫁』というタイトルのラブコメ作品を書きたくなりました。
まあ、書けるかどうかわかりませんけど。


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四話:荒魂

 

「なあ、霊夢。荒魂(あらみたま)って何なんだ?」

「はぁ? 神様の側面の1つに決まってるでしょ」

「いや、そのぐらいは分かってるんだが、詳しくは知らなくてな」

「まあ、別に教えても良いけど……急にどうしたのよ?」

 

 日照り続きによる暑さから少しでも逃れるために、団扇を仰いでいた手を止め霊夢は魔理沙に怪訝気な表情を返す。

 

「いや、こうも暑いとお天道様が荒ぶってるのかと思ってな」

「そんな夏にはしゃぎまわる子供じゃないんだから……」

 

 苦笑しながら答える魔理沙に、霊夢は遂に暑さで頭がやられたかと白い目を向ける。

 しかし、一度教えると言った手前か、単純に暇だったのか、溜息を吐きながらも素直に語りだす。

 

「はぁ…まず神様の魂は『和魂(にぎみたま)』と『荒魂(あらみたま)』の2つに分けられる。ここまでは知ってるわよね?」

「ああ」

 

 霊夢の説明にどこか神妙な表情を見せながら頷く魔理沙。

 彼女もまた、照り付ける太陽の熱から逃れるための団扇を止めている。

 

和魂(にぎみたま)は神様の優しく平和的な側面。反対に荒魂(あらみたま)は、神の荒々しく暴力的な側面を表すのよ」

「つまりどういうことだ?」

「ぶっちゃけて言えば、人間にとってのメリットとデメリットよ。あの新しく幻想郷に来た守矢の祟り神が良い例じゃない。自分を奉る間は人間を守るけど、それをやめたら祟るってやつ」

 

 どこかの神社で神様がくしゃみをしているような気がするが、霊夢は気にせずに話を続けていく。

 

「なるほどな。でも、なんで一緒の神として考えてるんだ? 別々の神様として良いんじゃないのか。幸福の神と災いの神みたいにさ」

「もちろん、分けられてるのも居るわ。でも大体は……そうね。魔理沙、晴れの日の川を思い浮かべてみなさい」

 

 魔理沙からの疑問に対して、霊夢は何を思ったのかそんなことを返す。

 おかしな命令だと思う魔理沙だったが、逆らうことなく素直に目を閉じてイメージを浮かべる。

 彼女の頭の中に穏やかな川の流れが再現される。

 ついでにこの前の三妖精達と霊和が出てくるが、今は気にすることではない。

「したぞ」

「じゃあ、今度は雨の日の……大雨が降った後の川を思い浮かべなさい」

 

 今度は轟々と音を立てて荒れ狂う川が姿を覗かせる。

 慌てて頭の中で霊和達を避難させてから、納得したように頷く魔理沙。

 何か、目的が変わってきているような気もするが気にしない。

 

「さて、ここで質問よ。その川は同じもの?」

「まあ、見た目はともかく同じ川なんだから、そりゃ同じ……なるほど、そういうことか」

 

 ここに来て魔理沙は霊夢が言わんとしていることを理解する。

 一見すれば同じ場所・ものとは到底思えない。

 しかしながら、穏やかだろうが激しかろうが川は川でしかないのだ。

 

「そういうこと。普段は穏やかな川も、洪水を引き起こす川に変わることがある。これが『和魂(にぎみたま)』と『荒魂(あらみたま)』の基本的な考え方よ」

「自然は時と場合で敵にも味方にもなるからな。だから2つの側面なのか」

「基本的に神は自然現象の具現化でしかないもの。そう考えたら同じ面しか持ってない方がおかしいでしょ?」

 

 霊夢の説明にうんうんと頷く魔理沙。

 神話などで同じ神なのに、大らかだったりキレやすかったりするのはこの影響だ。

 素戔嗚尊(すさのお)などが一番の良い例だろう。

 彼は海を修める神としての側面を持つ。

 

 それを証明するかのように、天照を引き篭もらせるレベルで暴れたかと思うと、八岐大蛇を退治する英雄性を見せる。

 これは荒れ狂う水の恐怖を表すとともに、蛇という水を従える姿を現しているのだ。

 

「結局のところ、信仰なんてものは畏れがないと始まらないのよ。人は荒れ狂う川や海を見て、それを抑えるために祀る。そして神は祀られた見返りに川の幸などを与える。神様(やっかいもの)を上手く利用して不運を幸運に反転させる。先人の知恵ね」

「どっちかというとヤクザへのみかじめ料じゃないか? 被害を受けたくないなら貢物を持って来いってやつだ」

「言われてみると……」

 

 そうかもしれないと、霊夢はサングラスをかけて人を威圧する守矢の祭神を思い浮かべながら思う。

 

「そう考えると、妖怪の山の厄神(やくじん)も当てはまるかもね。厄を人間から受け取る代わりに、人間に厄を返さないようにしてるらしいし。まあ、あいつは妖怪だけど」

「そういや、そんな奴もいたな。しっかし、聞いた私が言うのもなんだがよく喋るな霊夢。普段なら適当に説明して終わりなのにさ。ああ、これが霊夢の和魂ってやつか」

「普段の私が荒魂とでも言いたいの?」

「頭の冴えもいつも以上だ」

「魔理沙!」

 

 カラカラと笑う失礼な魔理沙に、団扇を打ち付ける様に振るうが同じく団扇で防がれてしまう。

 その後、しばらく一進一退の攻防を繰り広げていたが、やがてどちらからともなく手を止める。

 

「……暑いからやめましょ」

「そうだな……悪かったよ」

 

 2人してちゃぶ台の上に突っ伏しながら和睦を行う。

 そんなことをしながら、魔理沙はこの姿は子供には見せられないなと、なんとなしに思い。

 

「ん? そう言えば霊和はどうしたんだ」

「お昼ご飯前には帰って来るって言って遊びに……魔理沙、今何時?」

「大分、話してたからな。いつもなら昼を食べてる時間かもな」

 

 問われた霊夢は、一気に覚醒して時計を睨みつける。

 いつもなら霊和がお腹を空かして帰ってくるような時間だ。

 だが、今日はまだ戻ってきていない。

 

「……ちょっと遅いわね、あの子」

 

 何もなければいいのだがと、霊夢は燦々と日が差す外を見ながら呟くのだった。

 

 

 

 

 

 厄神様(やくじんさま)だ。

 

 厄神様のお通りだ。

 逃げろや、逃げろや、不幸にならないうちに。

 

 厄神様のお通りだ。

 (はな)すな、(はな)すな、厄に飲まれないように。

 

 厄神様のお通りだ。

 見るなや、見るなや、穢れてしまわないように。

 

 厄神様の通る道に運という運は無し。

 幸も不幸も、まとめてあつめて、力に変えましょう。

 人の子に厄が帰らないように。

 

 厄神様のお通りだ、厄神様のお通りだ、厄神様のお通りだ。

 

「……うーん、ちょっとリズムがおかしいかしら。もっと、こう…明るい感じで歌いたいわね」

 

 ゴスロリ衣装をした1人の少女が、歌いながら川辺を歩いている。

 エメラルドグリーンの長い髪に、エメラルド色の瞳。

 エメラルドの宝石言葉は『幸福・幸運』。

 されど、彼女はその真逆の存在。

 

「厄神様のお通りだ。

 (はらえ)や、(はらえ)や、幸せになるために。

 厄神様のお通りだ。

 捨てろや、捨てろや、穢れも厄もため込まないように。

 厄神様のお通りだ。

 (なが)せや、(なが)せや、川の流れに雛を乗せて。

 厄神様の通った道に()という(さち)は無し。

 罪も穢れも、まとめてあつめて、幸せに変えましょう。

 人の里に厄が溜まらないように。

 厄神様のお通りだ、厄神様のお通りだ、厄神様のお通りだ……」

 

 彼女は厄をため込み、自らの力へと変える厄神。

 人も妖怪も彼女に会えば、否、その姿を目に入れただけで不幸に陥る存在。

 幻想郷における不幸の象徴。

 その名前を鍵山(かぎやま)(ひな)という。

 

「2番はちょっとマーケティングが激しいかな? 『流し雛』が流行って欲しいのは山々だけど、ちょっと直球過ぎるかしら」

 

 箇条書きにすれば、まさに邪神とも呼べるようなスペックとなる雛。

 しかしながら、本人の性格は至って明るい。

 少し強気で、人への思いやりがあり、人懐っこい。

 まさに正統派ヒロインだと言いたくなるような完璧さだ。

 

「まあ、幾ら考えても、私の歌を聞く人間なんていないけどね。というか、居たら私が困るわ」

 

 そう言って、本当に花が咲いたように笑う雛。

 異性が見れば見惚れ、同姓が見れば庇護欲を掻き立てるだろう。

 しかしながら、彼女の周りには男はおろか、虫や獣すらいない。

 理由は単純。

 

「というか、厄神の歌って普通に呪いの歌みたいよね、あははは!」

 

 雛が厄神様だからだ。

 幾ら楽し気に笑っていたとしても、その身から溢れるどす黒い厄が渦巻いている。

 動物達は本能で彼女を避け、人間は彼女を見ても無いものとして扱う。

 数いる神・妖の中でも話題に出しただけで『えんがちょ』しなければならないのは、彼女ぐらいなものだ。

 言わば、リアル『名前を言ってはいけないあの人』なのだ。

 

「でも、『流し雛』自体は流行らせないと、厄を回収できないし。それに里に厄が溜まり続けたら……()()()()流されちゃう」

 

 そう言って、若干憂いのある表情を見せる雛。

 彼女は人間から避けられているし、信仰を受けているわけでもない。

 だというのに、彼女は人間を守りたいと願っている。

 厄を回収するのも、それらの厄が人間に戻らないようにするためだ。

 故に、流し雛が形骸化し、厄を川に流さなくなった現状を憂いている。

 

「代々受け継いでいく雛人形は厄や穢れをため込み続ける。それだと、不幸はより大きくなるし、私の所に厄が来ることも少なくなる。無人販売所で流し雛を売るのも限界があるし、どうしようかしら」

 

 可愛らしい小さな口に指を当て、悩む仕草を見せる雛。

 誰も自分を見ている人間など居ないと分かっていても行う行為。

 それは独り言のようなもので、誰かに見せる意図などないものだった。

 だが。

 

「何か困ってるの? お姉ちゃん」

「どうすれば人里に厄が溜まらないか考えているの……て、あなたは?」

 

 居てはならぬというのに、近づいてはならぬというのに幼い少女が声をかけてきた。

 

「私は霊和! 霊夢おねーちゃんの妹!」

「あの赤い通り魔の妹とは思えないほど良い子ね……私は鍵山雛、厄神様よ」

「雛ちゃんって言うんだね。可愛い名前だねー」

「あら、ありがとう。あなたの名前も素敵よ、霊和」

「えへへー」

 

 人懐っこい笑みを浮かべて嬉しそうに笑う少女の名前は博麗霊和。

 雛は姉に全く似ていない柔らかく温かな雰囲気に若干戸惑うが、すぐに気を取り直す。

 霊和がなぜこんな所に居るかは分からないが、自分と関わっていい存在ではない。

 だから、いけないと分かっていても雛は腰を屈めて視線を合わせて霊和に話しかける。

 

「さて、霊和。悪いことは言わないから『えんがちょ』をして、すぐにお家に帰りなさい。帰ってすぐにお祓いを受ければ、きっと不幸にはならないから」

 

 自らを見た者は誰であれ、不幸になる。

 だから、自分には誰も近寄らない。それが不幸だと思ったことはない。

 でも、自分に会ったせいで誰かが不幸になるのは好きではなかった。

 

 故に彼女は人間を拒絶する。不幸にならぬように打ち倒そうとする。

 全ては人間を愛するが故に。

 それは目の前の少女とて例外ではない。

 雛は霊和が、厄に飲まれぬうちに返すことを決める。

 

「へーきだよ、私は」

「平気って……いいから言うことを聞きなさい。これはあなたのためなんだから」

 

 しかし、霊和は雛の言うことを聞こうとしない。

 これではいけないと、雛は若干口調を強めて霊和を追い返そうとする。

 

「しょうがないなー。ほら、見てて、雛ちゃん」

「待って! それは厄の塊だから触れたら――」

 

 しかしながら、雛の言葉は届かずにあろうことか霊和は、雛の周りに渦巻く厄そのものに手を伸ばす。慌てて、雛が止めようとするが間に合うことはなく。

 

 ―――霊和の手に触れた厄が消し飛ばされる。

 

「……え?」

「ね? へーきでしょ?」

 

 ニコニコと屈託のない笑みを雛に向ける霊和。

 そんな少女の姿に、雛は呆然としながらも漠然と思うのだった。

 まるで、太陽のような笑顔だと。

 

「……ああ、そういうことね。大河に毒を一滴たらした程度で、大河が毒に染まるはずもない。流されて消えていくだけ。太陽にコップ一杯の水をかけた程度で、その炎が消えるわけがない。近づく前に燃やし尽くされるだけ」

 

 雛は理性ではなく、本能で理解した。

 目の前の少女は、到底自分の力が及ぶ存在ではないと。

 それはどれだけ厄をため込もうと同じことだ。

 最初から器が違い過ぎる。

 

「それで、あなたは私を消しにでも来たのかしら?」

「むー、そんなことしないよー。私はね、雛ちゃんと」

 

 そんな力の差を感じ取り、思わず棘のある言葉を使ってしまう雛。

 その物言いに、思わず頬を膨らませる霊和だったが、すぐに笑顔を取り戻し手を差し出す。

 

「遊びに来たんだよ!」

 

 満面の笑顔で差し出される小さな手の平。

 握手を求めているというのは頭では理解できた。

 しかし、雛の心は理解できていなかった。

 

「わた…し…と?」

「他に誰が居るの?」

「でも…私は……」

 

 子供の小さな手が雛には途轍もなく恐ろしいものに見えた。

 嫌われるのには慣れている。恐れられることにも何も感じない。

 ただ、こうして掛け値なしの好意を向けられた時に、どうすればいいのか分からなかった。

 

「ねえ……どうして私と遊びたいの?」

「うーん、なんとなく雛ちゃんにはきんしんかん? があるの」

「きんしんかんじゃなくて親近感ね。間違えたらだめよ」

「それ! でも、他にも理由があって……」

 

 呆れたようでいてどこか戸惑う表情を見せる雛を安心させるように、霊和は満面の笑みを浮かべて告げる。

 

「―――独りぼっちはつまんないでしょ?」

 

 雛の心に巣くう闇を照らし出す言葉を。

 

「それは……」

 

 雛は伸ばされた手を見る。

 見ただけで不幸に見舞われるのだ。誰かと手をつないだことなどない。

 そして、次に天を照らす太陽を見る。

 大空にポツンと。月のように星々に囲まれることも無くただそこにある。

 

 太陽はいつだって全てものを照らしてくれる。

 平等に全てのものに愛を降り注いでいる。

 だとしても、誰も寄り添うことが出来ない。誰も触れることが出来ない。

 誰よりも人間を愛してると言うのに。

 

 その手を伸ばせば全てを焼き尽くしてしまう。

 

「似ている…ね……」

 

 ああ、それはなんと―――

 

「……そうね。独りぼっちは確かにつまらないわね」

 

 寂しいことだろうか。

 

「うん。だから一緒に遊ぼ!」

「ええ、こんな私でよければ喜んで」

「じゃあなにしよっか! あ、その前に握手だね。友情パワー!!」

「フフ、なにそれ」

 

 雛は迷いが晴れたように微笑み、腕の震えを抑える様にゆっくりと手を差し出す。

 その手を、小さく柔らかい手が本当に嬉しそうに握り返してくる。

 

「それにしても……霊和の手って温かいわね」

「そう?」

「ええ、とても温かいわ。まるで――」

 

 初めて握るかもしれない他者の手に、知らず言葉を震わせながら雛は思う。

 触ることはおろか、見ることすらあたわない自分を遊び友達としたこの少女は。

 

 

「―――太陽みたいに」

 

 

 神様みたいだと。

 

 こうして彼女達は友となり、2人仲良く時間を忘れて遊んだのであった。

 

 

 

 

「それで? いつまで経っても帰って来ずに心配させたことに対して何か言うことはないかしら? 霊和」

「ごべんなじゃい!」

 

 その後、心配して探しに来た霊夢にこっぴどく叱られ、泣きながら謝る羽目になった霊和だが、それが厄神様の起こした不幸かどうかは誰にも分からないとさ。

 

 




ちょいシリアス。
今回で霊和の正体に気付いた人も多いのではないでしょうか。
次回はカリスマお嬢とメイド服霊和(ここ重要)を書きたいと思います。


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五話:月の光

遅くなってすみません。どうぞ


 豪華絢爛、されど陰鬱。

 湖を抜けた先に現れるその館は、悪魔の居城。

 血濡れた歴史を語るかのように赤く、紅いそれを。

 人々は怖れと敬意を持ってこう呼ぶ。

 

 “紅魔館”と。

 

「ようこそ、我が館へ。歓迎するわよ、霊夢、霊和。……ちょっと、霊和。久しぶりにこの私に出会えたことを喜ぶ余りに、ハグをしたくなる気持ちは分かるわ? でも、今は紅魔館の主として威厳のあるもてなしを―――ストップ! 抱き着かれたらこの館の主人なのに、登場1分で退場するはめになるの。だからステイ! ステイ!! ステーイッ!?」

 

咲夜(さくや)お姉ちゃん、ステイってどういう意味?」

「『stay(ステイ)』。滞在する、泊めてもらうの意味を持つ動詞。つまり、お嬢様は今日は泊って行かないかと言っておられるのではないのかと」

「わーい! お泊りだー! レミリアちゃん大好き!」

「咲夜! あなた分かっててやってるでしょ!?」

 

 そして、そんな陰鬱な紅魔館の中では、非常に賑やかな光景が繰り広げられていた。

 外国では親愛の念を示すためにハグをするのだと、咲夜から教わった霊和がさっそく実践を行おうとし、出落ちしてたまるかと必死で後退るレミリア。それを呆れた目で見つめる霊夢に、愉快そうに笑う咲夜。

 端的に言うと、紅魔館は今非常にカオスな状況になっていた。

 

「レミリアちゃん……私のこと嫌いなの…?」

「え? い、いや、嫌いなわけないじゃない! 嫌いな人間を家に招いたりなんてしないわ」

「レミリアちゃん…!」

「でも、抱き着いてくるのはやめなさい! また灰になっちゃうから!」

 

 避けられるせいで嫌われたのかと、捨てられた子犬のような目を見せる霊和。

 それに焦って、慰めるために駆け寄っていく姉力が高いレミリア。

 パッと笑顔になり、再び抱き着きにいく霊和。

 慌てて遠ざかるレミリア。

 そして、一番上に戻る。

 

「何やってるのかしらあの2人は……咲夜、あんたが原因だから止めなさいよ」

「…………」

「咲夜?」

「尊い」

「咲夜!?」

 

 そして、観客席に居た2人も何故だかカオスなことになっていたのだった。

 

 

 

 

「まったく……改めまして、ようこそ紅魔館へ」

「おじゃましてまーす!」

 

 その後、主の気力と体力を引き換えに平穏を取り戻した紅魔館。

 もっとも、騒動の一番の元凶は元気一杯なので、いつまた爆発するかは分からないが。

 

「霊和が来てくれるのは疑ってなかったけど、霊夢まで来たのはちょっと意外だわ。面倒くさがって来ないかと思ってたわ」

「あんたが霊和に変なことしないか見張りに来たのよ」

「失礼ね。私が客人に無礼を働くように見えるかしら?」

「隙あらば幼女をメイドにして奉仕させようとする奴の言葉は信じられないわ」

「待ちなさい。その言い方だと私が凄い変態に聞こえる」

「事実じゃない」

 

 異議ありとばかりに机を叩くレミリアに、それを頬杖を突きながら半目で睨む霊夢。

 剣呑な空気が辺りに漂うが、それを崩すのはやはりと言うべきか天然の無邪気であった。

 

「私は別にメイドさんになってもいいよ。あの服も可愛いし」

「ほら、霊和も言ってるんだからいいじゃない。せっかくだから着てみる? きっと似合うわよ。巫女服以上に」

「はあ? 霊和に一番似合うのは私とお揃…コホン。巫女服よ。博麗神社の巫女なんだからそれ以上があるわけないでしょ」

 

 バチバチと視線で火花を散らし合う霊夢とレミリア。

 しかし、それは先程とは全く方向性の違うものである。

 

「可能性を始めから放棄するなんて人間の風上にも置けないわね、霊夢。栄光を求めて、未踏の荒野へと歩みを進めて行くことこそがあるべき人の姿でなくて?」

「フン、これだから平穏を脅かす妖怪は嫌いなのよ。何も変わらないただ穏やかな日常。それこそが最も価値のあるものだってことが分からないの?」

 

「咲夜お姉ちゃん。おねーちゃん達は何を言ってるの?」

「意訳すると、お嬢様は『新しい服の方がきっと可愛いわよ』と言っていて。霊夢は『今の服が至高だから変える必要は無いわ』って言ってるわね」

「そーなんだ」

 

 何かボス戦のようなシリアスな台詞を吐いている2人だが、実態は服の話をしてるだけである。

 しかも、霊和にどっちが似合うかという話をだ。

 2人ともカリスマを無駄に使っていると言わざるを得ない。

 

「じゃあ私がお着替えすればいいんだね!」

「え?」

「へ?」

 

 しかし、そんなカリスマも鶴の一声で打ち消される。

 

「だって、似合うかにどうかなんて着てみないと分からないよ?」

「それはそうだけど……」

「そうよ、そうよ。霊和の言うとおりだわ。というわけで咲夜!」

「ありったけの服を用意するのですね? かしこまりました」

 

 予想外の方向からの援護に、レミリアはチャンスとばかりに動きを開始し、霊夢は反対したいけど霊和の笑みを曇らせたくないと葛藤する。その間に、咲夜があっという間に服の準備を整えてしまう。ここまでされれば流石の霊夢も、止めることは出来ない。

 

「ぐ……霊和、いいの? 今の服も似合ってるわよ」

「うん。私もおねーちゃんとのお揃いが一番! でも、他の服を着るのもきっと楽しいよ!」

「……そう。それなら私が選んであげるわ。とびっきり可愛いやつをね」

 

 まさか、姉とお揃いは本当は嫌だったのかと内心で戦々恐々としていた霊夢だが、満面の笑みでお揃いが一番と言われたことでホッと息をはく。ついでにニヤニヤとした顔で見守っていたレミリアには、霊和に見えないようにこっそりと弾幕を飛ばしておくのだった。

 

「霊和、ここはいつもと違うロングスカートなんてどう?」

「えー、動きづらそう。それに咲夜お姉ちゃんだって短いよー?」

「私の場合は仕込んでるナイフを取り出しやすいようにするためよ。ほら、こんな感じに」

「んー……でも裾を踏んづけちゃいそう」

「ドジっ子メイド……いや、でも霊和が怪我をするのは…くっ、悩みどころね」

 

 裾をたくし上げてかなり際どい角度でナイフを見せる咲夜に、ブツブツとあーでもないこーでもないと悩む霊夢。そして、そんな様子を不思議そうな顔で見つめる霊和。

 やはり、今日の紅魔館は混沌の運命から逃れられないらしい。

 

「フフフ、あの霊夢がこんな面白いことになるなんてね」

 

 そして、今度はその混沌の外から楽し気に観客気分で見守るレミリア。

 後は、この様子を肴に優雅にワインでも傾けていればいいし、今度の宴会の時にこれをネタに霊夢を弄ってやってもいい。

 と、最初はそんな軽い気持ちで見守っていたレミリアだったが。

 

「はい、霊和。服を脱がすから万歳しなさい」

「バンザーイ!」

「霊夢、ここに猫耳カチューシャがあるのだけど」

「…ッ! も、ものは試しって言うし、せっかく持ってきた咲夜にも悪いし、ちょっとつけてみない、霊和?」

「ネコさん? 別にいいよー」

 

 ワイワイキャッキャッと楽しそうにする3人を見て、プルプルと震えてくる。

 楽しそうにしている中、自分だけが除け者にされているのが嫌なのもあるが、それ以上に重大な事実がレミリアを震わせていた。

 

「妹の着せ替えとか……私、やったことない!」

 

 早い話が、姉妹で服を選ぶ2人が羨ましかったのだ。

 この世に吸血鬼として生を受けて500年。

 だというのに、余りにも姉妹でのコミュニケーションが少ない。

 これは由々しき事態であり、早急に解決しなければならぬとレミリアの脳内会議で即座に判決が下される。

 

「こうしちゃいられないわ…! フラン、フラーン! お姉様と一緒にお着替えしましょー!!」

 

 なので、愛しの妹を探すために見た目相応の子供らしく駆け出していく。

 そして。

 

「お姉様と一緒とか、噂されると恥ずかしいし……」

 

 愛しの妹からの冷たい言葉で無事死亡したのだった。

 後にレミリアは語る。

 心臓に杭を打たれる痛みはきっとあんな感じ、と。

 

 

 

 

 

「神は死んだ」

「ただ単に妹にフラれただけで大げさね」

 

 心底絶望した様子で、机に突っ伏したレミリアに霊夢は呆れた目を向けながら出されたクッキーを齧る。

 しかし、続けられた、道連れを求めるアンデッドのような言葉に身を震わすこととなる。

 

「……その言葉、霊和が反抗期を迎えた時にも言えるか見ものね」

「へ、平気に決まってるでしょ。そもそも反抗期は子供の成長のためには必要なものだし? むしろ、来て当然だからダメージなんて受けないし、ちゃんと成長してくれてる証拠だから嬉しいぐらいだし? だから私は嫌われないし、傷つかない。はい、論破」

「とんでもなく早口での説明、感謝するわ」

 

 これでもかとばかりに、完全完璧な理論武装を身に着けながら霊夢が言う。

 もっとも、その言葉が震えているせいで説得力がまるでないのが玉に瑕であるが。

 

「ところで、その霊和はどこに行ったのかしら? 咲夜の姿もないし」

「紅魔館の名所巡りとか言って、地図を持った咲夜が連れてったわよ」

「しまった! せっかく今日のために徹夜でお手製の地図を描いてたのに…ッ」

 

 やられたとばかりに頭を抱えるレミリア。

 実は今日のために、レクリエーションとして『紅魔館冒険ツアー』なるものを考えていたのだ。

 しかし、それも妹からの拒絶という絶望の底に浸っていたために逃してしまった。

 このレミリア、一生の不覚とばかりにへこむ彼女に、霊夢は今日何度目かもわからぬ溜息を吐く。

 

「徹夜って、あんた元々夜行性じゃない」

「最近は朝方の生活を送ってるのよ。相手が寝てる時間に訪問するなんて、失礼じゃない?」

「えらく、実感の籠った言葉ね」

「そりゃ、そうよ。今まで一体何人のヴァンパイアハンターに、不躾な訪問を食らったと思ってるのよ。まあ、そういった無礼な奴らはみんな神様の下に送ってあげたけど。やだ、私ってすごい親切」

 

 色々とへこむことはあったが、すぐに切り替えたらしくレミリアはペラペラと喋りだす。

 そんな彼女の話に、やっぱりこいつは生かしておくべきでなかったかと、内心で思いながら霊夢は紅茶をすする。

 

「神様も不躾に魂を送り込まれて、大迷惑だと思うけどね」

「あら、神は全知全能らしいから大丈夫よ。そもそも私悪魔だから、神様の嫌がることをやってなんぼだし」

「なんで、天罰が下らないのかしら。もう少し頑張りなさいよ、神様」

 

 そうすれば、私がこんな妖怪共の相手をせずに済むのにと霊夢は愚痴をこぼす。

 

「だったら改宗でもしてみる? キリスト教の神は悪を許さず、必ず裁くらしいわよ」

「嫌よ。1つの神しか許さない宗教とか邪教じゃない。第一、あんたが目の前で元気に生きてる時点で悪が裁けてないし」

「つまり、逆説的に言えば私は邪悪な悪魔じゃなくて、正義の天使と言うことね………ごめん、自分で言ってて吐き気がしてきた。やっぱり、私悪魔だわ」

 

 なんか、1人で勝手に笑って、勝手に苦しみ始めたレミリアを無視してクッキーを食べる。

 あ、これアーモンドが入ってる。ラッキー。

 

「ちょっと、せっかく遊びに来たんだからもっと話しましょうよ。暇だし、暇だし」

「2回も言わなくていいわよ」

「大切なことは2回言うってマイブームなのよ、たった今から」

「あっそ」

 

 いっそ、ここまで無関心な声を出せるのかと感心する程の平坦な声を出しながら、霊夢は行儀悪く机に肘をつく。

 どうやら、態度で完全に相手をするつもりがないと示すつもりらしい。

 

「つれないわねぇ」

「残念だけど、私に鱗はついてないわよ」

()()()()魚でもなければ龍でもないものね」

「何を当たり前のことを……」

 

 意味深に笑ってみせるレミリアだが、霊夢はそのことに気づかない。

 ハムスターのように齧っている、クッキーの方が彼女には重要なのだ。

 

「そうそう、パチェが言ってたけど、今度日食が起こるらしいわよ」

「ふーん、それで?」

 

 そんな霊夢の興味なさげな態度が気に入らないのか、急激な話題転換でもって気を引こうとするレミリア。しかしながら、相も変わらず霊夢は興味がない様子。

 

「それでって、少しは心配したりとかしないのかしら?」

「ただの気象現象に何を心配するってのよ…ってもしかして!」

「フフ、気づいたかしら」

 

 それまでのやる気のない様子が一変して、ガバッと体を起こす霊夢。

 そんな彼女にレミリアは、ニヤリと妖怪に相応しい顔を浮かべて。

 

「日食グッズに見物客用の屋台! せっかくの商売チャンスを逃すなってことね!!」

 

 そのまま机に顔を打ちつけるのだった。

 

「あなたねぇ……」

「何呆れた顔してるのよ? 要は日食というイベントを見逃すなってことでしょ?」

「全然違うわよ。少しは巫女らしい思考でもしたらどう?」

 

 まさに天がもたらした恵みとばかりに、瞳を輝かせる霊夢にレミリアは頭を振る。

 そんな彼女の態度に霊夢は見当もつかないと、キョトンとした表情をするのだった。

 

「巫女らしい思考?」

「太陽が月に隠されるのよ。光と闇の逆転。私達(あやかし)の力が強まるってことよ。古事記風に言うとすれば、天照が天岩戸に引き篭もって地に穢れが満ちるってことね」

 

 なぜ、自分が敵である巫女に懇切丁寧に説明しているのかと、レミリアは軽く頭を抑えながら話す。しかしながら、そんな必死の説明にも、霊夢は特に恥じる様子もなくポケ―とした表情でそう言えばそうかと思うだけだ。

 

「何か準備とかしなくていいわけ?」

「準備って言っても、あんた達の方こそたかが数分で何をやらかすって言うのよ? テンションが上がって、何かをしようと考えるころには太陽も元に戻るわよ」

 

 だから、妖怪が何かするか警戒するよりも屋台でも開いて金を稼いだ方が良いのだ。

 と、霊夢は何一つ恥じ入ることなく答える。

 その余りに堂々とした態度に、さしものレミリアも曖昧な顔で頷くことしかできない。

 

「ドライというか……合理的というか…あなたが本当に巫女なのか疑いたくなるわ」

「この幻想郷に私と霊和以外に一体どこに巫女が居るって言うの?」

「妖怪の山の巫女を忘れてるわよ」

「あれは風祝(かぜはふり)だから巫女じゃないわ」

 

 山の頂上から屁理屈な、という声が聞こえてきた気がするが霊夢は無視をする。

 

「ま、そういうことだから特に何もしないわ。いや、屋台とか天体観測グッズとかは用意するけど」

「霊夢……」

 

 それだけ言って、この話は終わりだとシッシと手を振る霊夢。

 そんな彼女の姿にレミリアは軽く溜息をつくと、真面目な声を出す。

 

「太陽に縛られているものが、妖怪だけだと思わないことね」

「太陽に縛られている…?」

 

 夜の王者に相応しい低く威厳のある声に、やっと霊夢も真面目な視線をレミリアに向ける。

 

「太陽は百鬼夜行ですら、ただ一瞥するだけで散らす。太陽の前ではどんな大妖怪も不浄も意味をなさない。それは太陽が私達にとって神に等しい存在だから」

「妖怪にとっての神?」

 

 妖怪と神とは正反対のものではないかと霊夢が視線で問いかけると、レミリアは首を振る。

 妖怪は太陽を畏れ(おそれ)ている。その事実こそが重要なのだ。

 

「霊夢、巫女であるあなたに聞くわ。神様ってどういう存在?」

「……人を畏れさせて、同時に恵みを与える。そうすることで信仰を得た存在よ」

「そう。それと同じ理由で妖怪にとっての太陽は神になるのよ」

「ちょっと待って。妖怪が太陽を畏れるのは分かるわ。あんたなんて灰になる程だし。でも、太陽が何の恵みをあんた達に与えているって言うのよ」

 

 霊夢の疑問はもっともである。

 太陽は吸血鬼を代表する妖怪を焼き尽くす。

 しかし、恵みなんてものは与えていないはずだ。

 どちらかといえば、妖怪の信仰対象になりそうなものは月だろう。

 そんな霊夢の思考を見透かしたようにレミリアが頷く。

 

「そうね。一見すると太陽は私達の敵で、月が恵みを与える神」

「だったら――」

「ねえ、あなたは月が光る理由を知ってるかしら?」

 

 そして、問いを重ねる。

 

「月が光ってるからじゃないの? 月の民とかが光らせて」

「残念。月の民ならそれぐらいやりそうだけど、私が言いたいのは自然な月よ」

 

 月は宇宙に浮かぶ恒星とは違う。

 自らが燃えているわけではない、言ってしまえばただの巨大な岩の塊だ。

 そんな岩の塊が夜に地球を照らすことが出来る理由。

 

「月はね、太陽の光を反射してるのよ」

 

 それは太陽が月を照らしているからだ。

 

「太陽が? それってつまり…」

「そう。夜に生き、月を神聖視する妖怪も、結局のところは太陽に照らされた存在に過ぎない」

 

 太陽はあまねく全てを照らす。

 大地に恵みを、人に命を、妖に力を。

 この世の全てに慈しみを与えている。

 

「だから妖怪は太陽に勝てない。生きるにしろ、死ぬにしろ太陽に縛られている」

「人間も…ね」

 

 太陽の影響力は凄まじい。

 闇に潜む存在ですら、それが無ければ生きていけぬ程に。

 ただ照らすだけで、光に住まう者すら焼き尽くしてしまう程に。

 姿を隠すだけで、神々にすら死の恐怖を与える程に。

 

「そしてそれは……人間と妖怪に限ったことじゃない」

 

 だからこそ、その光に縛られた者達が居る。

 その眩さに隠された歴史がある。

 その名を()()()()神が居る。

 

「太陽が姿を隠すとき、縛られていた存在が本当の姿を現す……気をつけなさい霊夢」

 

 剣のように鋭い視線でこちらを睨んでくる霊夢に、憂うように、嗤うようにレミリアは告げる。

 

 

「神様って本質的には―――悪魔みたいな奴だから」

 

 

 そう言って、レミリアは悪魔の名に相応しい笑みを浮かべて見せるのだった。

 




次回はゆかりんや橙が登場します。
それと、後半からどこかに行った霊和はフランと遊んでいました。
機会があれば2人の絡みも書きたいです。


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六話:水の神

「あづーい……」

 

 セミの鳴き声がけたたましく響く博麗神社。

 じめじめと暑苦しく気力が奪われる中、霊和は手近な涼を求めて廊下に寝そべっていた。

 

「こら、霊和。だらしないから廊下で寝転がるのはやめなさい」

「でも、ヒヤヒヤしてるんだよー」

「そういう問題じゃないわよ」

 

 しかし、そんなはしたない行為を姉が許すはずもなく腰に手を当てながら叱りつける。

 だが、猫のように体を伸ばして全身で冷たい床を感じている霊和は動かない。

 声も頬を床に押し当てて潰れているせいか、どこかくぐもって聞こえる。

 

「ほら、いいから動きなさい!」

「いーやーだー!」

「まったくこの子は……手のかかる」

 

 手を引っ張って起こそうとする霊夢だが、霊和の方は梃でも動かぬとばかりに抵抗する。

 しばらくそのままの状態で拮抗していたが、不意に霊夢が溜息と共に手を放す。

 

「仕方ないわね。あんたはそこで寝ていなさい」

「おねーちゃん…?」

 

 突如として諦めた姉らしくもない行動に、霊和は首を起こし目をパチクリとさせる。

 その様子に霊夢は内心でほくそ笑みながら、なおも知らんぷりを続ける。

 押してもダメなら引いてみろという奴だ。

 

「お姉ちゃんは奉納品でもらったスイカを食べてくるから、霊和はそこに居るのよ」

「スイカ!?」

 

 ガバッとそれまでのごろ寝っぷりが嘘だったかのように起き上がる霊和。

 しかし、今更動き出した所で今までの行いは消せない。

 

「あら? 動きたくなかったんじゃないの?」

「う……」

「いいのよ、霊和の分は私が食べておいてあげるから。あんたはそこで寝てなさい」

「ううぅ……」

 

 そっけない態度を取りながらも、チラチラと霊和の様子をうかがう霊夢。

 目に涙をいっぱいに貯めながらプルプルと震えるその姿は、素直に言って庇護欲を誘う。

 しかし、ここで抱きしめてしまえば全てが台無しである。

 なので霊夢は心を鬼にして霊和の行動を待つ。

 

「……なさい」

「…………」

「ごめんなさい……もうしません」

 

 小さな手で裾をギュッと握りしめながら小さな声で呟く霊和。

 その声を聞いて、霊夢は頬を緩めて彼女の頭を優しく撫でる。

 

「はい、良く言えたわね」

「……もう怒ってない?」

「怒ってないわよ。ちゃんと謝れたんだからそれでいいわ」

 

 涙目のまま上目遣いでこちらを見つめてくる妹の姿に癒されながら、霊夢はさらに頭を撫でる。

 

「んっ、おねーちゃんクスぐったい」

「お仕置きよ。次やったら今度はほっぺを抓るからね」

「はーい」

 

 悪いことをしたら謝らなければならない。

 そんな当たり前で、とても難しいことをやり遂げた妹を、誇らしげに見つめた後に霊夢は頭を撫でていた手を妹の小さな手に持ち換える。

 

「さて、それじゃあ縁側で涼みながら食べましょうか」

「うん!」

 

 そして、姉妹並んで仲良く縁側に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「で、なんであんたが居るのよ、(ゆかり)?」

「おいしそうなスイカがあったからじゃ、ダメ?」

「あんたはカブトムシか!」

 

 2人がスイカの待つ縁側に出ると、そこには招かれざる来客が居た。

 霊和の名づけ親の1人である八雲紫。そして。

 

「あ、(ちぇん)ちゃんと紫さんだー!」

 

 紫の式である八雲(らん)の、そのまた式である猫又の(ちぇん)である。

 霊和は、緑の帽子とイヤリングがチャームポントの彼女を確認するや否や、駆け出していく。

 

「橙ちゃーん! 耳をモフモフさせてー!」

「フン! あんたに触らせる耳なんてないわよ!」

「えぇっ!? 橙ちゃん耳がなくなっちゃったの!?」

「そういう意味じゃなーい!!」

 

 そして、勢いそのままにガバッと橙に抱き着こうとするが、サッと避けられてしまう。

 しかし、その程度のことで霊和がめげるはずもなく、ジリジリと距離を測っていく。

 だが、橙の方も慣れているのか、慌てることなく間合いを空けて拮抗状態に持ち込む。

 

「流石は橙ちゃん。他の猫ちゃんなら頼んだら触らせてくれるのに……手強い…ッ」

「当たり前よ。私は藍様の式神! そんじょそこらの猫と一緒にしないことね!」

 

 フンスと胸を張り、ただの猫と一緒にするなと声高に宣言する橙。

 それに対し霊和は悔しそうに手を握り締めるが、諦めることはしない。

 ジリリと地面を擦るように足を動かし、再度飛び掛かるタイミングを計る。

 そして。

 

「いや、何やってるのよ、あんた達」

 

 ポカと、霊夢から頭をはたかれてしまうのであった。

 

「いたーい……なにするの? おねーちゃん」

「それはこっちの台詞よ。今はスイカを食べるんだから大人しくしなさい」

「はーい」

 

 渋々といった声ではあるが、ほんの少し前に叱られていた影響か素直に引き下がる霊和。

 その姿に橙の方も一安心といった風に息を吐くが。

 

「そうね。せっかく温度の境界を弄って、冷やしたスイカがぬるくなったら嫌だもの。食べ終わってから遊んであげなさい、橙」

「紫様!?」

 

 主の主という絶対に逆らえない存在から、まさかの裏切りに合い目を白黒させる。

 隣では、いつの間にか近づいて来ていた霊和が笑っているので、尻尾ではたいておく。

 何故だか喜ばれたがムカつくので無視をし、紫に抗議の視線を向ける。

 

「橙。あなたは藍の式神なんだから、子供のわがままに付き合うくらいの余裕を持ちなさい」

「むぅ……」

「それに、あなたの方が()()()()なんだから、一緒に遊んであげたっていいじゃない」

「お姉…さん……」

 

 姉。その言葉に橙の中で電撃が走る。

 彼女は八雲藍の式であるが、妖怪としての能力はそこまで高くない。

 故に、同種である猫ですら多くは従えられない。

 

「年上…姉…ボス……」

 

 そのためか、人の上の立場に立つことに憧れを持っている。

 なおかつ、精神年齢的に子供なので年上扱いされることを喜ぶ。

 俗に言う、お姉ちゃんぶりたい年頃なのである。

 

「霊和!」

「なーに、橙ちゃん?」

「紫様が言うからしかたなーく、あんたと遊んであげるわ」

「ホント!?」

「た・だ・し」

 

 喜び余り、突進をかましてきそうになる霊和の前に指を突き付けて抑えつつ橙は言う。

 

「あんたは今から私の子分! だから私のことを橙様って呼びなさい!」

 

 ビシッと腰に手を当てた状態でポーズを取る橙。

 これで嫌がるなら遊んでやらないで良し。

 嫌がりながらでも呼べばボスとして遊んでやる。まさに完璧な作戦だ。

 

「分かった、橙様!」

「………や、やっぱり、橙お姉様で良い」

「? 良く分かんないけど分かったね、橙お姉ちゃん」

 

 しかし、何の迷いもなく言われた橙様という言葉にはやられた。

 何というか、嬉しくはあるがこっ恥ずかしい気持ちになってくるのだ。

 やはり人の上に立つというのは、簡単ではないということなのだろう。

 そう自分の中で納得し、使命を果たしたとばかりに紫の方を向く橙。

 

「フフフ、仲良くなれたみたいね」

 

 すると何故か霊和と揃って頭を撫でられてしまった。

 良く分からないが、とても温かな声なので主は満足してくれたのだろう。

 そう、橙は思うことにしたのだった。

 

「さて、それじゃあスイカを食べましょうか。霊夢、切り分けてくれるかしら?」

「いやいやいや、今まで子供のことだから見守ってたけど、私一言もあんたにあげるなんて言ってないわよね?」

「あら、けちんぼう。仕方ないわね、足水もつけてあげるわ」

 

 一瞬、空気に流されていた霊夢だったが正気に戻り、お前にやるスイカはないと言い放つ。

 その言葉に対し、紫は仕方のない子とばかりに笑うとスキマから氷水が入った桶を3人分取り出す。

 橙の分がないのは彼女は水が苦手だからである。

 

「どうする? 今ならサービスで風鈴もつけてあげるわよ」

「……はぁ。いいわよ、別に。どうせ私が拒否しても霊和があげるでしょうしね」

「ふふふ、優しい子に育ったわね。育ての親がよかったのかしら?」

「ああもう! あんたは黙って座っときなさい!」

 

 照れ隠しからか、ガシガシと頭を掻きながら背を向ける霊夢。

 そんな彼女の姿を紫は、ただただ微笑まし気に見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「今年のスイカは甘いわね」

「ええ、確かに甘いわね」

 

 結局仲良く並んで、スイカを食べることになった紫と霊夢。

 向こう側では橙と霊和がスイカの種をどちらが遠くまで飛ばせるか競争しているが、もちろん2人はそんなことはしない。

 その光景を温かい目で見つめながら世間話に興じるだけである。

 

「きっと、今年は雨が少なかったのが原因でしょうね」

「雨? それがどうして甘くなるのに関わるの?」

「簡単に言えば、雨が降らない分だけ太陽の光を浴びるからかしらね」

 

 しゃくり、と赤く瑞々しい果実をかじりつつ紫は語る。

 

「もっと詳しく言うと、雨が少ないから水分を必死に吸収しようとして、同時に他の栄養もたくさん蓄えるから。でも、水を吸収できないから中の糖分が薄まることがないってことよ」

「美味しいならなんだっていいわよ」

 

 得意顔で蘊蓄(うんちく)を語る紫だったが、霊夢は当然の如く興味を示さない。

 というよりも、小難しい話を理解することが出来ないのか。

 シャリシャリと口を動かすのに忙しい。

 

「もう……知識っていうものは知っているだけで便利なものよ?」

「必要な時に知れば問題ないでしょ。それにスイカが甘くなる理由なんて巫女にはいらないわ」

「まったくあなたは……」

 

 そんな不真面目な巫女の姿に、紫は仕方のない子とばかりにため息をつく。

 

「知識は黄金より軽く、黄金より重いのよ?」

「言ってることが矛盾してるじゃない?」

「物の例えよ。知識は黄金と違っていつでもどこでも持ち運べて、それでいて上手く使えば黄金よりもなお貴重な財産となる。子供には財産を残すのじゃなくて、知識を身に着けさせろというのはどこの国でもある話よ」

 

 そう言って、紫は猫じゃらしを振る霊和と、それをボスとしての矜持から必死に耐える橙を見つめる。要は、あの子達のためにお前も知識を身につけろと霊夢に言っているのだ。しかしながら、そんなことで動くなら“ものぐさ巫女”とは呼ばれない。

 

「でも、あんまり詰め込んで頭でっかちになってもしょうがないでしょ。ほら、商売には柔軟な発想が必要だって言うし」

「はぁ……その柔軟な発想は、しっかりとした知識を基に生み出されたものよ? そもそもあなたは巫女でしょうが」

 

 ペシリと(おうぎ)で霊夢の頭を叩き、呆れた目を向ける紫。

 それに対して抗議の視線を返す霊夢だったが、紫には効かない。

 

「巫女だって神社ビジネスをやってる立派な商売人じゃない!」

「そういうことは、この閑散とした神社を何とかしてから言ってくださるかしら?」

「………今日は暑くて人が来てないだけだから」

 

 フイ、と目を逸らしダラダラと暑さからではない汗を流し始める霊夢。

 紫はその様子に、今日何度目かも分からぬ溜息を吐き、説教を始める。

 

「いい、霊夢? 神社ビジネスって言うのならそれこそ知識がものをいうのよ。自然現象(かみさま)を利用してこその神社でしょうに」

「? どういうことよ?」

「さっき話してたけど、今年は雨が少ない上に猛暑が続いている。さて、こんな時に人間はなんて思うかしら?」

 

 かみさま(自然現象)を利用しろという言葉に疑問符を浮かべる霊夢。

 しかし、なんだかんだ言って信用している紫の言葉のため、無い頭で考えてみる。

 

「うーん……雨が降って欲しいとか?」

「正解よ。じゃあ、次の質問。そんな時に人はどうするの?」

「降らないもんはしょうがないんだし、待つしかないじゃない」

「巫・女・と・し・て! 考えなさい、いいわね?」

 

 あっさりと待つしかないと言い切る霊夢に、紫はニッコリと凄みのある笑顔を浮かべてみせる。

 さしもの霊夢も、その迫力には従うほかなく、コクコクと頷く。

 

「え、えーと……雨乞いとか?」

「そう! 人間は旱魃(かんばつ)の際には雨乞いをするものよね。因みに旱魃の(ばつ)は中国の“ひでり”の神様ことを指すのよね。まあ、巫女の霊夢は言わなくても知ってたでしょうけど」

「そ、そうね。バツよね魃。いやー、巫女としての常識よねー」

 

 実際の所はそんなことはまるで知らないが、霊夢は冷や汗を流しながら相槌(あいづち)を打つ。

 もちろん、紫は霊夢が知ったかぶりをしているのは分かっている。

 だが、こうして彼女の尻に火をつけることが、目的なので黙っていてあげるのだった。

 

「そ、それで、結局の所、雨の少ない年は雨乞いをして稼げってことなの? 神降ろしで龍神様を呼べって言われたら、流石の私も断るわよ」

 

 そう言って、霊夢はブルリと身震いをする。

 この幻想郷に置いての最高神は龍神であり、かつて幻想郷が外の世界と切り離される際に現れ、大雨を降らして幻想郷をまるごと沈めかけた神である。

 

 その時は紫を筆頭に幻想郷の賢者達が、首を差し出す勢いで嘆願したので龍神は矛を収めている。

 しかし、その時に残した爪痕は深く、人里には龍神の像が奉納され今でも供え物が絶えない。

 妖怪達も畏れており、河童などの川に住む妖怪は決してその怒りを買わないようしている程だ。

 

「誰がそんな命知らずなことをしろって言ったかしら。ここで必要なのが知識よ」

「知識?」

「知ってるかしら霊夢? 雨が降る時期にはメカニズムがあるのを?」

「台風がいつ来るとか……後は里のお年寄りが空を見たらいつ降るか分かるとか言ってたわね」

 

 取りあえず思いついたことを口にする霊夢に、紫は満足げに頷く。

 

「ええ、そうよ。外の世界だともっと科学的に解明されているけど、だからといって昔は分からなかったというわけでもないのよ」

「まあ、そうよね。お天気爺さんとか昔からいるし」

 

 昔から空を見て天気を読む人は居た。

 中には、天気を予報して殿様から名字を貰ったという家系の人間も居たりする。

 

「それで? これと雨乞いがどうつながるの?」

「簡単よ。知識としていつ雨が降るか知っていれば、その時期に合わせて雨乞いをすれば必ず降るもの」

「なるほど……て、それやらせじゃない!?」

「あら? 『雨乞いをしたら雨が降った』という事実に変わりはないわ」

 

 思わずといった感じで、霊夢がツッコミを入れるが紫は笑ったままだ。

 

「それに、雨乞い自体はタダでやれば誰にも迷惑はかけないし。でも、その後に博麗神社の巫女が雨を降らせた、という噂が広がるのは止められないわよねぇ」

 

 要はパフォーマンスのために知識を利用しろということだ。

 別にパフォーマンスをやることは悪いことではないし、誰にも迷惑もかけない。

 ただ、そのパフォーマンスと自然現象(かみさま)が上手いこと重なって、()()()博麗神社の噂が広まって行くというだけだ。

 

「そ、それはそうだけど……」

「人の不安を解消させるのも宗教の仕事よ。毎年、毎年雨が降るか分からないという不安を抱えて生きるより、何かあったら神様に頼れば良いという安心感があった方がみんな嬉しいわよね?」

「そ、それもそうね」

 

 紫の巧みな話術にそうかもしれないと思い始める霊夢。

 その雲のように流されやすい姿に、紫はこの子大丈夫かしらと一抹の不安を覚えるが、今は自分に都合が良いため何も言わないことにする。

 

「それにね、昔からそういった例はあるのよ。有名どころは安倍晴明、菅原道真、中国も入れるなら諸葛孔明もかしらね」

「まあ……名前ぐらいは聞いたことがあるわね」

「ここで問題。この3人の共通点があるのだけど、分かるかしら?」

 

 ニコニコとした顔で霊夢に問いかける紫だが、先程の凄みが脳裏にちらつき、霊夢はそれどころではない。

 正直のところ、天神である道真はともかくとして、後の2人のことは大して知らない。

 なので、冷や汗をかきながら唯一分かる道真の特徴を答える。

 

「あ、頭が良いとか?」

「正解。学問の神様こと菅原道真も、諸葛孔明も頭が良いわね。晴明の奴はどっちかというと術とかそういう方面が有名だけど、そもそも陰陽道(おんみょうどう)ってあの時代だと最先端の科学なのよね」

「陰陽道が?」

 

 科学とは真反対の方向を向いてそうな陰陽道の意外な事実に、目を丸くする霊夢。

 その様子を紫は扇で口元を覆いながら見つめる。

 

「ええ、考えてもみなさい? 私達妖怪に対抗するのに一番有効なことは正体を暴くこと。だったら、現代科学みたいに妖怪をただの自然現象として扱ってしまえばいい。そう考えれば妖怪退治をする陰陽師が科学を持っているのは道理ではなくて?」

「でも、私はそういったこと学んでないんだけど?」

「あなたは幻想郷の巫女なんだから、幻想郷のやり方でやらないとダメよ」

 

 後悔と無念さで歪んだ口を隠すために。

 

「…と、話が逸れたわね。

 今あげた3人は知識人だった故に“神様”を“自然現象”として知っていたのよ。

 後はそこにちょっとしたパフォーマンスを加えるだけ。

 晴明は天皇の命を受けて、雨が降るタイミングで雨乞いの祭りを行った。

 菅原道真は民を安心させるために、雨の時期を予測して断食のパフォーマンスをした。

 諸葛孔明は台風を恐れて生贄を捧げる民を見かねて、台風が過ぎるタイミングで饅頭を生贄の代わりに川に流した。

 結局の所、神様が居なくても全部知識があれば出来ることなのよ」

 

 そこで一旦話を区切り、紫はどこからか取り出した麦茶を口に含む。

 そして、霊夢へ分かったかと意味あり気に視線を送る。

 

「どう? いい勉強になったでしょう」

「つまり流行を常にリサーチして商売に生かせってことね!」

「……その生かす部分に必要なのが知識なのだけど……まあ、大体あってるからいいわ」

 

 しかしながら、霊夢の方は分かったのか分かってないのか分からない返事をする。

 そんな姿に紫は、なぜ霊夢が商売下手なのかを理解するが、もうツッコむ気も起きない。

 

「なによ、その目は? ちゃんと分かってるわよ。この間レミリアに今度“日食”があるって聞いたから、それに合わせて日食饅頭を用意する。何年かぶりだからきっとお祭りみたいになるもの。後は太陽を直接見ると失明するから、見ても目が大丈夫なような眼鏡を売り出すとかね。ほら、ちゃんと日食(流行)に対して眼鏡(知識)を活用してるじゃない」

「その知識の中に巫女的なものが、一切見られないのがあなたの問題なのよ」

 

 ムフンと胸を張る霊夢に対して、紫は頭が痛いとばかりにこめかみを抑える。

 一体どこで育て間違ったのだろうかと思うが、過去は取り戻せない。

 この能天気さはこれはこれで可愛らしいのだが、それでも心配になってしまう。

 なので彼女は出過ぎた真似かと思いながらも口にする。

 

「天岩戸」

「ん?」

「太陽が隠れて姿を現さなくなることを人と神は恐れた」

 

 突如として雰囲気の変わった紫の姿に霊夢は首をひねる。

 

「あんたもレミリアもどうしたのよ? やっぱり妖怪にとっては特別な日なの?」

「ええ。暗闇の世界は…月と太陽の力が逆転することは魔の者にとっては願ってもないことだもの」

 

 スッと立ち上がり、眩しそうに太陽を見つめながら紫は語っていく。

 

「太陽の光が届かなくなることを人間は何よりも恐れた。だとしたら、雨乞いって結構怖いことだと思わない?」

「雨乞いが?」

「だって、やっと姿を見せてくれた天照様を自分達で隠してしまうもの」

 

 ふわりと、日傘が開かれて太陽の光を遮ってしまう。

 暑い日には重宝するだろう。日焼けの心配もしなくていいかもしれない。

 ただ、それが一年中続くならどうだろうか?

 

「雨乞いにも色々と種類があってね? さっき話した科学的に予測してパフォーマンスだけをするもの。生贄を捧げて神の恩恵を受けようとするもの。もしくは、水を血や肉で穢して()()()()を買って雨を降らすもの」

 

 太陽が無ければ全ての生物は生きられない。

 人も神も、妖でさえも。

 だというのに、人間は自らの都合でそれを隠そうとする。

 

「最初の2つはともかくとして、最後の1つは怖いわよねぇ。幾ら日照り続きでも、止まない雨が来たら今度は溺れちゃうわ。それに太陽が拗ねてまた引き篭もるかもしれないし」

 

 紫はクスリと笑いながら、遊び疲れて寄り添いながら眠る橙と霊和を脇目に見る。

 

「特に天皇は大変ね。皇祖神である太陽の顔に泥を塗るわけにはいかない。でも、民草を預かる以上はその生活を守らなければならない。難しいわよね。人間でも神様でも2人を同時に立てるっていうのは」

 

 天皇は神の血を引く現人神である。

 故に古来より、神事の中心であった。

 もちろん、そこには雨乞いも含まれる。

 

 太陽の血を引きながらも、時にはその姿を隠すように祈らなければならない。

 しかして、再び岩戸に(とうと)き方が隠れてしまわぬように。

 されども決して龍の逆鱗に触れぬように。

 

「でも」

 

 ゆっくりと、2人の少女があどけない寝顔を浮かべる場所に歩いていく紫。

 

「2人が1人なら。2柱が1柱なら。随分と楽になると思わない?」

 

 不意に自身にかかった影を感じ取るかのように、モゾモゾと身じろぎをする霊和。

 紫はそんな彼女の髪を微笑まし気に撫で、霊夢に聞こえぬように小さく囁くのだった。

 

「ねえ―――■■■■?」

 

 目の前で眠る()()()()()()

 




霊和ちゃんの正体が明かされるまであと少し。


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