究極の闇、『ン・クウガ・ゼバ』 (ルシエド)
しおりを挟む

運命

 この作品では一部言語の翻訳に脚注機能を使っています。
 読みながら自力で翻訳していくもよし、適宜翻訳の方を読んでいくもよし、怪物の言語を理解しないまま読み進めて最後にまとめて読むもよし。ご自由にどうぞ。


 少女は飛び起きた。

 そこは少女の部屋。

 少女の体を掛布団とベッドが包み、カーテンの向こうには静寂と夜明けの空が広がっている。

 意識もまだはっきりとしていない少女の瞳が、電子時計の日付と時間をその目に捉える。

 

【2014/07/31 06:00 a.m.】

 

 なんてことのない時間の表示。

 されど、終わりと始まりを告げる時の表示であった。

 少女の瞳から涙が流れ、喉より嗚咽が漏れる。

 少女は……『藤丸立香』は泣いていた。

 

「うっ……えうっ、えぐっ……」

 

 ベッドに少女の涙が流れ落ちていく。

 

 全てが終わり、世界は上書きされ、始まりに戻った。

 失われたものは戻り、恐れるだけの歴史はゼロへと巻き戻り、やり直す。

 誰もが予想しなかった者が勝者となり、結末は新たなる時代の始点へと置き換わった。

 立香の嗚咽は止まらない。

 

「うえええっ……」

 

 もう戻らないものがあって。

 戻らないはずのものが戻ってきて。

 けれどもおそらくは、ハッピーエンド。

 

 今日一日は晴れそうにもない分厚い雲が、空いっぱいに広がっていた。

 

 

 

 

 

 物語の視点は時を遡る。

 

 今はもうない、塗り潰された既に亡き時間、その瞬間へと。

 

 

 

 

 

【東京都千代田区飯田橋 2014/07/31 06:00 p.m.】

 

 藤丸立香、15歳。

 夏休みに入った彼女は、『東京に引っ越した親友の家に泊まって夏休みを過ごす』という名目で親を説得し、憧れの東京に足を踏み入れていた。

 ワクワクが隠せない表情は子供らしく、されどその体つきは大人に成りつつあり、大人と子供の境界の年齢特有の危うさも見て取れる。

 だが、いい笑顔であった。

 見ているだけで元気を貰えそうな、そんな笑顔だった。

 

「わぁ……人が多い……えげつないほど多い……!」

 

 空は青。

 今日一日は雲一つ見られそうにないほどの、曇りなき青空が広がっていた。

 

「かよちゃんの家に行く前に、ちょっと寄り道して行こうかな……」

 

 立香は特別な人間ではない。

 世の中にありふれたごく普通の女の子である。

 運動がそこそこなのも、勉強がそこそこなのも、友人の数がそこそこなのもそう。

 高校一年生最初の夏休みの多くを、中学時代の親友の家へのお泊りで使うのも、この年頃の少女であればあまりにもありふれている。

 

 東京の雑踏の中を歩く立香は、『無数の普通の人達』の中に紛れ込み、特に目立たない『その他大勢の一人』になっていた。

 

「そういや未確認ってもう出ねえのかな」

 

 そんな彼女の耳に、雑踏の中の会話が聞こえてきた。

 立香が横目でそちらを見ると、男性が五人ほど固まって歩いており、気楽な様子で何かを話している。

 

「出ないんじゃね」

「まあ……もう何万人と死ぬってことはないだろ」

「去年のやつが最後であってほしいわ、未確認生命体」

 

 その会話の中の一つのフレーズが、立香の耳に残った。

 

(未確認生命体かぁ)

 

 未確認生命体。

 『グロンギ』という正式名称も知られているが、普段の会話やTwitterではこっちの名称で呼ばれることが多いため、立香はこちらで覚えている。

 

 未確認生命体とは、2000年に最初に、2013年にもう一度大規模な被害をもたらした、異形の怪人達だ。

 その二回の事件は現在俗に『未確認生命体災害』と呼ばれ、特に第一次未確認生命体災害は二次被害なども含め三万人を超える日本人が未確認生命体に殺害されたとされる。

 これはもはやちょっとした戦争レベルの死者数であり、当時は警察単独では対応不能と判断され自衛隊の国内出動が検討されていたほどだと言う。

 

(ギリギリ私は世代じゃないんだよなー)

 

 しかし、立香は第一次を伝聞でしか知らない。

 

(あの頃、私は一歳かそこらだったよね、確か)

 

 未確認生命体が日本で――正確に言えば東京で――大暴れしていた第一次の頃、立香は生まれたばかりで物心ついた頃ですらなかった。

 ニュースや雑誌で毎年のように特集が組まれてはいるものの、立香はそれで見た事柄以外に未確認生命体のことを知らない。

 立香のクラスメイトには「一回くらい未確認見てみたかったよなあ」と、未確認生命体を"もういなくなってしまったファンタジーの生き物"のように語る者もいるほどだ。

 

 脅威は過去になった。

 若き者達が未確認生命体を知らない世代になった。

 世間は恐怖を忘れ、平和に馴染んでいった。

 そんな日本をもう一度震撼させたのが、去年の……2013年の第二次未確認生命体災害である。

 

「去年はビビったよなあ」

「ああ……完全に居なくなったもんだと思ってたからな、未確認」

「忘れかけてた頃だったから尚更怖かったわ」

「でもまあ、前よりかはマシだったわ。第二次の方は気付いたら終わってたし」

「あー」

「あー」

「第一次は次から次へと出てくるから、一年くらいずっと街が怖くてしゃーなかった」

 

 一般人の認識において、と頭に付くが。第一次における未確認生命体の出現数が約50体であったのに対し、第二次における未確認はたったの2体である。

 単純な死者数において、第二次は第一次に遠く及ばない。

 丸一年未確認生命体による殺人が続いた第一次に比較すると、市民が気付けば全部終わっていたという第二次は殺人実行者があまりにも少ないのだ。

 

「でもさ、第二次の後の方が空気ヤバかった気がする」

「分かるぞ」

「もう一年って言うべきなのか、まだ一年って言うべきなのか」

「終わったと思いてえよな……」

 

 だが第二次において、未確認生命体は第一次とは違う形で、ある意味では第一次を遥かに超える恐怖を様々な形で日本の人々に植え付けた。

 例えば、警察が未確認生命体の企みの阻止に失敗した場合の推定死者数がそうだ。

 警察発表における第二次の、最悪の場合の推定死者数は、160万人。

 

 記録によっては第二次世界大戦最大の死者数であるという、ベルリンの戦いの死傷者数130万人をはるかに超える、極大事件となるところであった。

 

(……正直、第二次の方が怖さはヤバいと思うのは、私が1999年生まれだからなのかな)

 

 藤丸立香が第二次を半ば傍観者の気分で――日本人である以上当事者であるのに――見ていたのは、中学三年生の頃だ。

 当時が受験期だったのもあって、立香は当時の空気をよく覚えている。

 

 喧騒。

 恐怖。

 不安。

 普段は目に見えない色んなものが、街の中に目に見えるようだった。

 

 受験に集中したいのに、あまり集中できなくて。

 学校の先生が職員室で泣いていたり、塾の先生が辞めて田舎に逃げたりして。

 一時は子供が自宅から遠く離れた所まで行くセンター試験は危険だからと、センター試験の中止と来年への延期なんていうありえないことまで提案されていて。

 立香は受験に集中していたために当事者意識が薄かったが、そんな彼女でも印象深いほどに……第一次で全て終わったと安心しきっていた人達の、第二次における狂乱は酷かった。

 

 立香が横目で見ていた男性の内一人が、ぽつりと呟く。

 

「4号って今、何してるんだろうな」

 

 4号。

 その名が口にされるだけで、立香の脳裏にその姿が浮かび上がる。

 実際にその姿を見たことはなくても、その姿を思い浮かべられる。

 いつからかこの国の子供の多くは、写真等でその勇姿を見ながら育つようになっていたから。

 

(未確認生命体第4号)

 

 第一次、第二次、どちらの未確認生命体災害においても、未確認生命体と真っ向から戦い平和をもたらしたのは警察でも自衛隊でもない。

 未確認生命体第4号―――当時の一部関係者から、『クウガ』と呼ばれた存在である。

 彼が警察と協力したからこそ平和な今日がある、というのは皆知っていることだ。

 

 警察内部の一部関係者は、『クウガ』が人間が変身した存在だと知っている。

 一般市民は、『4号』が良心と正しさに目覚めた未確認生命体の裏切者だと思っている。

 だがどちらにせよ、4号に対する主な認識はさして変わらない。

 この国における4号への評価のメインストリームは、『ヒーロー』『英雄』『守護者』『唯一の優しき未確認生命体』あたりになるだろう。

 

 立香は会ったこともない、されど自分の日々の平和を守ってくれた英雄に思いを馳せる。

 

(皆が知ってる、ヒーロー)

 

 会ったことも話したこともない立香が4号に対し悪い感情を一つも持っていないというだけで、この国における4号の評価は察せられるというものだ。

 

 4号は様々な色に姿を変化させ、色ごとに違う力を使い、時に勇敢に敵を倒し、時に未確認生命体に襲われる人間を優しげに助けてきた。

 言葉なくとも、その行動には愛があった。

 4号と話した市民はいないが、ほとんどの市民が4号が味方であると信じていた。

 4号の心を知る民衆はおらずとも、4号の優しさを知らない民衆はいなかった。

 藤丸立香という少女もまた、その一人。

 

 第一次、第二次、どちらにおいても未確認生命体による攻撃が始まると同時に現れ、数え切れないほどの人を救ってきた未確認生命体第4号/クウガ。

 今でもなお、"未確認生命体が来るんじゃないか"と人々が不安に襲われた時、"でも4号がいる"と思うことでその心から不安は消し去られるという。

 

 4号/クウガは、今も皆の心の中にいて、皆の心を守っているのだ。

 

 それは、既に終わった英雄譚。かつて在った正義の味方が残してくれた心の希望。

 

(4号は現代最後の『正義の味方』……だっけ。テレビで言われてたのって)

 

 少女は頭の中の4号の記憶を一つ一つ思い出していく。

 

 立香の年齢世代は、「悪いことをするとこわーいこわーい未確認生命体が来るわよ」と言い聞かせられ、「4号みたいに弱い者いじめを許さない、人を守れる人になりなさい」と言われて育てられた世代だ。

 正義の規範、正しさの例として4号が使われた世代であるとも言える。

 この世代は『正義の味方』と言えばまず4号を思い浮かべるだろう。

 

 クウガへの親しみと、憧れと、尊敬を自然に備え、それでいて4号が最も活動的だった第一次未確認生命体災害を知らないために他人事のように4号の活躍を語る。

 去年あった第二次も気付けば終わっていたためにあまり当事者意識がない。

 少女は4号の輝かしい伝説を知っている。

 少女は未確認生命体に家族を殺され泣いている知り合いを見たことがない。

 少女は英雄譚をよく知っている。

 少女は怪物の恐ろしさをあまり知らない。

 

 藤丸立香は正義の味方を知るも、正義の味方に守られたことがない世代であった。

 

「っと、さっさと行こう」

 

 道端で男達の雑談に随分気を取られてしまったことに気が付いて、立香は歩き出す。

 

 4号のことも、未確認生命体のことも、もう過去のことだ。

 そんなに考えなくてもいい。

 今は友達のことでも考えていた方がずっと生産的だ。

 歩道を歩きゆっくりと人の流れに身を任せ、立香は中学時代の友人の家に向かう。

 

 彼女に特別なところはない。

 どこにでもいる普通の女の子。

 特別な経験もなく、特別な能力もなく、特別な思考も持ってはいない。

 友情に厚く、人よりも少しだけ我慢強くて、人よりも少しだけ優しさを多く持っている……彼女はそんな、『普通にいい子』だった。

 

 かくして、立香は友人の家に到着し。

 

「フジー!」

 

「かよちゃーん!」

 

 旧友と立香は、再会を喜び抱きしめ合うのであった。

 

 

 

 

 

 

【東京都千代田区飯田橋 2014/07/31 06:00 p.m.】

 

 コンビニのトイレの鏡を覗き込んで、立香は髪を整える。

 可愛らしく跳ねていた髪が、撫で付けられてすっと消えた。

 店内に流れる曲が切り替わる。

 立香のお気に入りの流行歌が店内に流れ始めて、立香のテンションが少し上がった。

 

「よし」

 

 立香は友達の家にお泊りに来ているわけだが、友達と食べるお菓子やジュースまで最初から用意されているわけではない。

 しからば買い出しである。

 日が本格的に沈む前に、コンビニにお菓子とジュースを買いに来てようやくそこで髪の癖に気付き、立香はコンビニのトイレで髪の癖を直していたのである。

 こういうところも気にしておかないと、今時の女の子など名乗れまい。

 少なくとも、立香は恥ずかしくて名乗れない。

 

「かよちゃんの家でずっと寝っ転がってたからかなあ。

 変な寝癖付いたまま街を出歩いてたなんて本当に恥ずかしい……」

 

 買い物を終え、恥ずかしそうに立香がコンビニの前で伸びをした。

 

 もう夜と言える時間だが、コンビニの外はまだ明るい。

 この時期の東京の日没は国立天文台曰く18:47。まだまだ日は沈まない。

 年頃の女の子が出歩くと危ない時刻まではまだ時間があるようだ。

 

(昔はこういうの許されなかったらしいからなあ。私はいいタイミングで生まれたのかも)

 

 少しだけ前の話、立香にとっては昔々の話。

 第一次未確認生命体災害の頃―――2000年の頃、既にコンビニは24時間営業のシステムを導入してから長く、夜中に買い物に行くと言えばコンビニであった。

 しかし、そこで未確認生物による事件が連日連夜行われる未確認生命体災害が発生。

 更に未確認による殺害が一年も継続されるという最悪の事態となった。

 

 当時多くの市民が日没以後の外出を控えるようになり、未成年を夜に外に出す親は九割がた居なくなったとまで言われている。

 そうなると当然大ダメージを受けるのがコンビニの夜間営業だ。

 商品が売れないのに無駄に人件費だけかかる夜間営業なんて誰もやりたくはない。

 加え、夜間外出を控えるように警察からの注意喚起が来たのが決定的だった。

 2001年からコンビニ夜間営業の一斉廃止が一度は通りそうになったというのも、この時代に生きる立香からすれば信じられない話である。

 

 夜にコンビニに行くのがありえないという時代があった。

 今は夜中にコンビニに行く人も多い。

 危機感の薄い若い人ほど夜間のコンビニを恐れない、とも言える。

 

 だからこそ、友達の家に泊まりに来た立香が一人でコンビニに買い出しに来ているのだ。

 自分の家の娘が夜前に外出するのを許さない親は未だに多い。

 実際に危険だから許さないのではなく、感情的に嫌なので許せないのである。

 去年に第二次未確認生命体災害が起こっている以上、親としては極めてまともな感情だ。

 娘の外出は許さない。

 けれど、自分の家に泊まりに来ている娘の友達の外出を止めようとまではしない。

 感情の問題なんてそんなものだ。

 

 結論から言えば、立香は――高校一年生らしく――大人と比べると危機感というものを十分に持ってはいなかった。

 

(今日は夜更かしして何をしようかな。明日は何ができるかな?)

 

 けれど、立香は今日まで自分の命が危ういと感じたことはなく。

 明日を一点の曇りもなく楽しみにしていて。

 今日が何事もなく終わることを、ごく自然に揺るぎなく信じていた。

 

 太陽が沈んでいく。

 

「……?」

 

 何かがおかしい。

 

 この道は、さっき通ったはずの道。

 

 なのに、石が積み上がって塞がっている。

 

「あれ?」

 

 何かがおかしい。

 

 この道はさっき見た。

 

 でもこの道も、この建物も、こんな風に壊れていなかったはずなのに。

 

「……!?」

 

 何かがおかしい。

 

 人が居ない。車も通らない。物音が全然聞こえてこない。

 

 この時間帯に人が居ないなんてありえない。静かな街になるなんてあるはずがない。

 

 薄れていく夕日の光が、やけに不気味に見えてきた。

 

「痛っ」

 

 そんな立香の右手の甲に、突如紋章のようなものが浮かび上がる。

 焼け付くような痛みに思わず立香が手を抑えると、一瞬の痛みと共に浮かび上がった紋章が目についた。

 三画の線で構成されたそれは、二つの線が十字架を、一つの線が人間を現しているようで……生贄に捧げられる犠牲者にも、自らの身を犠牲にする聖人の姿にも見えた。

 

「なに、これ」

 

 かつん、と静かな街に足音が響く。

 立香が思い切り振り返ると、黒いローブに身を包んだ誰かがそこに立っていた。

 顔も見えない。

 体格も見えない。

 だが、ぞっとするほどに冷たい目だけがかすかに見える。

 

 出荷前の家畜を品定めするような、"相手の命の価値を全く認めていない"のに、『相手のそれ以外の価値を見定めている』ような目。

 立香は訳も分からず、鳥肌が立つのを感じた。

 

「お前が、今回の獲物だ」

 

「だ……だれ?」

 

「『ラ・ブウロ・グ』……いや、覚える必要はない」

 

 その人物の姿がふっと消える。

 姿が消えて、言葉が残る。

 

「どうせすぐに終わるだろう。優しく殺してもらえることを祈れ」

 

 日が沈んでいく。

 コンビニを出てから歩き回って、そして一刻も早くここから離れようとしているのに離れられない立香が走り回って、動いた分だけ時間は減っていく。

 壊れた道。

 塞がれた道。

 逃げる道が見つからないまま、土地勘のない街の中で、時間を浪費していく。

 

 立香の足元から伸びる影がどんどん伸びていく。

 夜が来る。

 

「なに、これ」

 

 街中に、石の人間像が大量に並んでいる。

 これは人形なのか?

 人形でないなら―――なんなのか?

 

 見覚えがある。

 この石像の顔と形に、立香は見覚えがある。

 今日友達の家に来る途中に彼女が横目で見ていた男性達だ。

 未確認や4号の話をしていた男性達だ。

 "昼間はまだ生きてたのに"と一瞬思ってしまった立香は、その思考を必死に振り払った。

 

「なに、これ」

 

 夜が来る。

 背の高い建物が影を伸ばして、街中の太陽の当たる場所がどんどん減っていく。

 光がない。

 建物の多くに光が灯らない。

 太陽が沈む。

 闇が来る。

 

 立香は必死に走った。

 

 何も見つからない。

 どこにも行けない。

 怖いものから逃げ切れない。

 闇が街を覆う。

 

「なに、これ……?」

 

 そして完全に太陽が沈み、夜の世界がやって来た。

 

 夜と共に現れたるは、紫色と銅色が混じった怪物―――未確認生命体。

 

「ゲブグドサダダゲドド・バ*1

 

「ひっ……み、未確認!?」

 

 それは、見たこともない生命体だった。

 大まかなシルエットは二足歩行の人間に見える。

 だが髪の毛がなく、髪の毛の代わりに生物のように動く蛇が頭部に無数に生えているのは、到底人間とは思えない。

 尻からは尾が生え、それが路面を叩いていた。

 

 単色のプラスチックのような瞳。

 金属製のスコップのような鋭利さと形状の爪。

 そして何より、その言葉。

 動物のような『鳴き声』ではない確かな『言語』でありながらも、人間の言語ではないがために人間には理解できない怪物の言語。

 知性を感じられるのに、相互理解の可能性を感じられない、怪物の言葉が恐怖を覚えさせる。

 

 殺される。

 藤丸立香はこの日生まれて初めて自らの死を確信し、その恐怖に膝は折れ、その場にへたりこんでしまった。

 逃げないと、とすら思えない。

 恐怖のあまり思考が回らない。

 言葉にならない恐怖の声が漏れ、じわりと涙が染み出してきた。

 

「ボンバビザジャ・ブゲゲル・グゴパス・ボパザジ・レデザバ*2

 

「い、いや……」

 

「ギベ*3

 

 何が起こっているのかも分からないまま、何が自分を殺すのかも分からないまま、迷いながら走り続けた果てにここがどこかさえ分からないまま、立香は死ぬ。

 

 そういう運命だった。

 

 音速を超えて振るわれた怪物の尾が、立香に迫る。少女は恐れで目を閉じる。

 

「誰か、助けてっ―――!!」

 

 死を覚悟した。

 死を恐怖した。

 死を待った。

 死は来なかった。

 死を見る勇気をもって、恐る恐る瞼を開いた少女が見たものは。

 

「……え?」

 

 

 

 尾を受け止め、自分を守る、白銀の騎士だった。

 

 

 

「―――」

 

 時間は止まっていた。

 おそらくは一秒すらなかった光景。

 けれど、あまりにも綺麗で。

 だって、あまりにも勇壮で。

 自分を守る騎士の背中に見惚れていた立香は、その背中だけは、たとえ地獄に落ちても鮮明に思い出せるだろうと―――そう、思った。

 

「っ」

 

 目の前の光景が目に焼き付くのに一瞬遅れて、思考が追いつく。

 立香を守ったのは騎士であったが、怪物だった。

 

 あまりにも生物的で、黒い皮膚の上に銀色の甲冑が張り付いているようにも見えるが、よく見れば黒も銀も怪物の皮膚であることが分かる。

 騎士が手に持つ両手剣も、嫌に生物的だ。

 けれども、"地球上にこんな生物は普通いない"と断言できてしまうほどに、その体と武器は金属的で、その銀色は透き通るように美しかった。

 クワガタムシの意匠を取り込んだ鎧ならこうなるだろうか、とも思えるが、人の手をいくら尽くしてもこの騎士のような危うい美しさは出せないだろう。

 

 特に印象に残るのは、目。

 騎士の顔には虫の複眼のような目があった……否、虫の複眼の残骸のような目があった。

 その目のほとんどは抉られたように陥没しており、複眼の残骸のようなものが残るのみ。

 それがいっそう、この騎士の怪物感を増す要因になっていた。

 

 騎士と言うには醜すぎる。

 怪物と言うには美麗すぎる。

 甲冑と言うには生物的すぎる。

 皮膚と言うには金属質すぎる。

 『人間の騎士というものを上っ面だけ真似て体の形に採用した生物』にさえ見える。

 そんな、奇っ怪な生物。

 ひと目で分かる『未確認生命体』であった。

 

 蛇の頭を持つ未確認生命体が立香を襲い、騎士の未確認生命体が立香を守った。

 混乱する立香にもそこまでは理解できたが、何故そうなったのかは全く分からない。

 

 銅紫二色の蛇はまたしても尾を振り、立香を狙う。

 尾の先端が音速を超え、それ相応の音が鳴る。

 すかさず黒銀の騎士が両手剣を握り、渾身の斬撃でそれを斬り弾く。

 大気を切り裂く尾の剛撃と、衝撃波ごとそれをねじ伏せる剛剣一閃。

 生物の尾を剣が弾いた音には全く思えない、金属が弾けるような音が響き渡った。

 

「え、なに、なんなの、なんなの!?」

 

 戸惑う立香を庇い守るように騎士は立つ。

 

 襲って来ているのも化物で、守ってくれているのも化物。

 どちらも化物。

 立香の心に安心などあろうはずもない。

 

「ゲギダダ*4

 

 三度(みたび)、尾が振るわれる。

 

 曲線を描き騎士をかわして立香を打ち殺さんとした尾を見て、騎士は瞬時に少女を抱えた。

 横抱き――いわゆるお姫様抱っこ――にし、飛び退る。

 尾は空振って、騎士は少女を抱えたまま蛇の怪物から距離を取った。

 

 蛇の怪物は追撃に更に尾を振り、立香はここで気付いた。

 尾が、伸びている。

 立っている時は1mほどしかなかった尾が、今は20m以上伸びている。

 距離を取った騎士と少女にまで、届くほどに。

 

「しっ!」

 

 その追撃を、少女を路面に降ろした騎士が斬り弾く。

 一呼吸の間が空き、戦闘が停止した。

 何かを観察していたらしい蛇の怪物が、何かを察した様子で口を開く。

 

「ギジャ・ヂガグバ。ビガラザバ・クウガ*5

 

 何を言っているのか、立香には分からない。

 それがただただ恐怖だった。

 蛇の怪物の言葉に騎士の怪物が応じ、よく分からない言葉による会話が始まる。

 

「ギョデゼ・ドベサギ・ドパゴ・ゴセギス・『ゲブグドサダダゲド』*6

 

「ジャラ・ゾグスバ・『ズ・クウガ・バ』*7

 

「ボドパス*8

 

「ゴヂダロ・ボザバ*9

 ボセラ・ゼパ・ゼビゴ・ボバギン・ンゴドグ・ドドギ・グザベ・ザダダ・ダグバ*10

 ゴセグ・ギラゼパ・ザズデビ・グロンギ・ングサギ・シロボドパ・バガベバギ*11

 

 蛇の怪物は男性の声、騎士の怪物は少年の声。

 どうやら怪物はどちらも男性のようだが、立香にはそれ以上のことはてんで分からない。

 だが会話を聞いている内に、騎士の少年が言葉少なめなことと、蛇の男性の声にどこか嘲笑の色が混じっていることは分かってきた。

 

 突然、騎士の怪物が振り返り、少女に問いかけてくる。

 

「君」

 

「へ?」

 

「問おう」

 

 突然人間の言葉で問いかけられたことに少女は戸惑い、続く言葉に更に戸惑う。

 

 

 

「君は生きたいか。生きたいなら、ワタシが守ろう」

 

 

 

 闇を弾く声で、彼は言った。

 

 戸惑いはしたものの、少女が選ぶ答えは一つ。分かりきっている。

 

 

 

「―――死にたくない、助けて!」

 

 

 

 日は沈み、月明かりが騎士と少女の間を照らす。

 月光を反射した騎士の銀光が、少女の目に映る。

 ほんの一瞬の間。

 永遠にも感じられた思考の間。

 こくり、と騎士は抉れた目で少女の目を見て頷いた。

 

「分かった。君はワタシが守る」

 

 月光が染み込んでいるかのように、鈍く銀に光る両手剣が振るわれる。

 

 騎士が見据える先には、蛇の頭と巨大な尾を持つ魔の怪物。

 

 ここに、『約束』は完了した。

 

「お前の罪は」

 

 騎士が掲げた剣先を蛇へと向けて、人の言葉で怪物へと言い放つ。

 

「ここで終わりだ」

 

 かくして彼と彼女は出会った。

 

 それが始まり。大いなる戦いと、大いなる終わりの始まり。

 

 運命を変えるがための戦いの幕を上げた、運命の夜だった。

 

 

 

*1
エクストラターゲットか

*2
こんなに早くゲゲルが終わるのは初めてだな

*3
死ね

*4
セイバー

*5
いや、違うか。貴様だな、『クウガ』

*6
初手で『エクストラターゲット』狙いとは恐れ入る

*7
邪魔をするな、『ズ・クウガ・バ』

*8
断る

*9
堕ちたものだな

*10
これまでは、出来損ないの『ダグバ』の弟というだけだった

*11
それが今では恥ずべきグロンギの裏切り者とは、情けない





A New Hero. A New Legend.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

 巧みに踏み込み、一瞬にて騎士は蛇の怪人との距離を詰めた。

 怪物なのか?

 人間なのか?

 どちらとも言えない人型の怪物・未確認生命体には、怪人の呼称こそが相応しい。

 

「しっ!」

 

 騎士は蛇を立香から引き離すべく、体ごとぶつかる勢いで両手剣を振り下ろした。

 対し、蛇怪人は同じように距離を詰め、剣が振り下ろし切られる前に剣を真正面から蹴る。

 足裏と剣が衝突し、騎士の剣が押し負け、弾かれた。

 

「ッ!」

 

 蛇怪人の足裏に切り傷がついたが、その傷は一秒未満の時間で跡形もなく治りきってしまう。

 

 振り下ろした剣を真正面から弾き返された騎士はたたらを踏み、なんとか体勢を整えようとするが、その背後には既に蛇怪人がいた。

 騎士が体勢を整えるよりも速く敵の背後に回り込む信じられないスピードと、背後に回り込むチャンスを見逃さない目敏さ、滑らかに背後を取る身のこなしのコラボレーション。

 騎士の手中に打つ手なし。

 

「ゴゴギ*1

 

 騎士の背中が、怪人の尾に思い切り強打され、吹っ飛ばされた。

 

「ガッ」

 

 吹っ飛ばされた騎士が電柱に衝突し、電柱を何本もへし折りながらもなお止まらず、鉄筋コンクリートの塀にその体をめり込ませた。

 

「きゃあああっ!?」

 

 電柱が何本も倒れ、立香が悲鳴を上げて頭を庇う。

 電柱は運良く立香の上にも騎士の上にも倒れなかったが、不幸中の幸いと言うにはあまりにもささやかすぎる幸いだった。

 

 速い。

 強い。

 蛇怪人はスピード、パワー、どちらも明確に騎士を上回っている。

 それこそ、今の数秒の攻防で素人の立香にすら『勝てない』と理解させてしまうほどの身体スペックの差が存在した。

 よろめきながら立ち上がる騎士に、蛇が追撃の尾を振るう。

 騎士の剣は横薙ぎに振るわれ、それを迎え撃つ。

 

 尾は剣よりも速く、剣よりも重く、剣よりも力強く振るわれ、剣と騎士はまとめてまた鉄筋コンクリートの塀に叩きつけられる。

 肉が裂ける音。

 骨が折れる音。

 騎士の体が潰れる音が、鈍く響く。

 二度の衝突によって、鉄筋コンクリートは壊れた玩具のようにバラバラになり、騎士と共に吹っ飛んでいった。

 

「ビガラザ・ズ・ンガギバビュグ*2

 

「グ……!」

 

「バドグン・ゲンギグ……パダギビ・バデス・ロボバ!*3

 

 蛇の怪人は騎士に背を向け、立香を見る。

 怪人の顔に付いている目だけでなく、髪の代わりに頭に生えているおぞましい無数の蛇も一匹一匹が生きているかのように、同様に立香の方を睨みつけていた。

 その眼光に恐怖し、立香の足が竦む。

 何故か。

 何故だか、分からないが。

 怪人はその場から一歩も動いていないのに。

 立香の生物的本能が―――()()()()()()()()という、警鐘を鳴らしていた。

 

「!」

 

 されど、そこに復帰した騎士が駆けつけた。

 蛇の怪人を背後から斬りつけんとする騎士の剣が振り下ろされる。

 

 奇襲のタイミングも、やり方も、完璧だった。

 だが致命的に『身体能力』が足りていなかった。

 あまりにも遅すぎた。

 騎士の奇襲は軽やかに跳躍でかわされ、振るわれた尾が伸びて立香を狙う。

 騎士は全力で跳び、全身で尾に当たりに行き、立香の身代わりになる形で尾を弾く。

 

「グッ」

 

 甲冑に見えるその身を粉砕されながら、騎士はなんとか着地後に体勢を整え踏ん張り、立香を庇うように彼女の前にて剣を構えた。

 

「あ、ありがとう」

 

「もう少し…………下がって」

 

「は、はい」

 

 慣れない日本語で少女に下がるように言う騎士は、満身創痍だ。

 否。

 満身創痍、だった。

 一秒、二秒と経過する内に、騎士の全身の傷はあっという間に癒えていく。

 騎士の粉々になった骨が治っていく音、裂けた肉が再生する音、欠乏した血液が急激に再補充される音が微かに聞こえて、それがなんとも気持ち悪い。

 

 立香は一つ、テレビで見た話を思い出していた。

 

 『未確認生命体は普通の攻撃では死なない』。

 『仮に傷付けられてもすぐに治ってしまう』。

 第一次未確認生命体災害の時、警察が大口径の銃を持って囲んで滅多撃ちにしても、未確認生命体は全く死ぬ気配がなかったという。

 この騎士も、あの蛇も、簡単には死にはしない。

 ゆえにこその怪物なのだ。

 

 蛇の怪人がとん、とん、と路面の上で軽やかに跳ねる。

 構える姿は余裕綽々。

 まるで、"本気を全く出さなくてもお前程度には苦戦しない"とでも言いたげに。

 

「パバサンバ*4

 

 蛇は騎士に問いかけた。立香には何を言っているのか分からない。

 

「バゼゴラ・ゲグゾラ・ロス・リント? シジュグ・グリガダ・サング*5

 

 体外に飛び出た骨を引き抜き投げ捨て、体内で骨を再生しながら、蛇の言葉に騎士は応える。

 

「グブスギ・ルドボ・ソゾリデ・ロダボギ・ブバギ・リント*6

 

 立香に騎士の言っている言葉は分からない。

 生物的なところはあっても、騎士甲冑に似たその顔は表情など動くはずもなく、表情から感情を読み取ることはできない。

 ゆえに少女は想像するしかない。

 

「ゼロ*7

 

 剣を構える騎士が、騎士らしいことを言っているのだと、立香は思った。

 

「グブスギ・ルゾゾ・ダボギギバサ・グロンギ*8

 

 自分を守ろうとする言葉を言ってくれているのだと、立香は思った。

 

 蛇の怪人が忌々しそうな声色で、吐き捨てるように理解できない言葉を叩きつける。

 

「……ビグスギグ!*9

 

 蛇が跳ぶ。

 周囲の建物、電柱、信号機、塀、全てがこの怪人にとっての足場である。

 縦横無尽に、まるで狭い部屋で勢いよく射出されたスーパーボールのように跳ね回る。

 

 目を動かすだけでは到底追えない。

 首を振っても動きが追えない。

 体ごと動き首を振って目で追おうとしても追いきれない。

 立香は一瞬で敵を見失い、蛇がどこにいるか分からなくなってしまった。

 

 されど騎士は不動。

 蛇を目で追う様子も見せず、静かに立香の傍らで構えている。

 騎士は待ち、とことん待ち……蛇が攻撃に移る気配を感じ、最高のタイミングで最適に迎撃の剣を振り上げた。

 狙うは斜め上方より飛び込んで来る敵の首。

 だが、遅い。

 騎士の反応は最速であったにもかかわらず、それでも騎士の身体スペックでは蛇の攻撃に反撃を合わせることは叶わなかった。

 

 蛇怪人の鋭い爪が、騎士の首へと一気に迫る。

 首を切り飛ばすに足るその一撃は断頭台のギロチンを思わせた。

 振り上げた剣は、間に合わない。

 

 その瞬間。剣の表面が爆発し、剣閃が加速する。

 

「!」

 

 攻撃速度は逆転し、蛇の爪よりも先に騎士の剣が到達した。

 

 首を狙った騎士の剣が敵の首を刎ね―――ることは、なく。

 反射神経のみで思い切り首を捻ることで、蛇の怪人はギリギリのところで剣閃を回避する。

 蛇が回避行動を取ったことで蛇の爪も騎士には当たらず虚空を切った。

 空中で蛇怪人が攻撃を回避したことで体勢が崩れ、攻撃も防御もできない状態となる。

 ここに来て初めて到来した、唯一無二の騎士の勝機。

 

「―――!」

 

 その瞬間、騎士の剣の軌道が『曲がった』。

 剣の表面で爆発も起こっていない。

 剣が何か特別な力を発したわけでもない。

 なのに何故か、剣閃の軌道がほぼ180°の鋭角にて曲がり、剣をかわした怪人の首を再び狙って振り下ろされた。

 

 異能の気配もなしに空中で唐突に曲がるという、原理不明の断頭剣。

 初見であればほぼ全ての生物が回避すること叶わぬだろう。

 

 それはまさしく、()()()()()

 

「ゾグ*10

 

 

 

 相手がこの怪人でなければ、殺せていただろうに。

 

 

 

「ゴソババ・ルガブド・ギグパ・ベゼロバ・バダダバ*11

 

「……グッ」

 

 空振った剣が路面に突き刺さり、蛇の怪人が嘲笑する。

 必殺の魔剣は当たらず終わった。

 一体何が起こったのか?

 その答えは、蛇の怪人の手の中にあった。

 怪人の手の中には鎖付きの短剣が握られており、その末端が信号機に絡みついている。

 

 どうやら空中で無防備な姿を見せたのは騎士の奥の手を引き出すための誘いであり、信号機に巻き付けた鎖付き短剣を引っ張ることで空中を高速で移動、騎士の魔剣をかわしたようであった。

 

 そして攻防が再開される。

 素人の立香が見ても分かった。

 騎士が持つ二つの攻撃手段は極めて強い。

 剣の表面で起こる謎の爆発は剣を加速させ、剣の威力を倍増させる。

 時々使用される原理不明の魔剣もまた、空中で唐突に軌道が曲がるため、相手が人間であればどんな対抗手段があっても首を刎ねられるとしか思えない。

 

(剣の軌道が空中で不自然に曲がる。剣が爆発してる。……まるで、漫画みたいで)

 

 怪物の戦いを、安全圏とは到底言えない場所でへたりこんだ立香が見つめていた。

 

 恐怖で感覚が麻痺し、騎士の非現実的な魔剣が少女から現実感を剥ぎ取っていく。

 

(現実じゃ、ないみたいで……でも、確かに現実で)

 

 なのに少女が現実逃避できないのは、()()()()()()()()()()()()()()というその光景が、嫌な現実感を常に突きつけてくるからだろう。

 

「ガギギョンバ・ブギザベ・ジソグ・ゼビレス・デビザ・ダダバ*12

 

 通らない。

 斬撃を謎の爆発で加速させても。

 斬撃の威力を謎の爆発で倍増させても。

 斬撃を90°曲げても、180°曲げても、蛇の首を刎ねられない。

 生半可な傷はものの数秒で治ってしまい、何もかもが致死に至らない。

 

 騎士が力で負けているからというのもある。

 騎士が少女を庇っているからというのもある。

 だがそれ以上に、速さの差が圧倒的だった。

 

 最初に魔剣を披露した時以来、一切の斬撃が追いついていない。

 斬る。蹴りで受けられる。

 蹴られる。剣で受けられない。

 攻防の応酬が行われるたび、騎士の側にのみダメージが蓄積していく。

 

 蛇の怪人は、まさしく疾風であった。明らかに弱者である騎士をいたぶって楽しんでいる。

 

「ゴボゼビレ・サセバギ・ゴラゲザバサ。ビゴジョダンボザ・ダグバ*13

 

「……ゴンバボドパ、パダギグ・ギヂダンジョブ・パバデデギス!*14

 

 戦いの最中蛇の尾が瓦礫を弾き、それが立香に飛んでいき、騎士が咄嗟に剣にて弾く。

 

 その隙を見逃さず、蛇の怪人の両手爪が騎士の胴体を深く深く切り裂いた。

 切り抉られた傷口から赤き血が吹き出す。

 急速に再生が始まるが、すぐに傷口は塞がらない。

 されど騎士は止まらない。

 血を吹き出しながら剣を振り続ける。

 

 騎士は痛みに歯を食いしばり、少女を庇い続けた。

 

「ボダゲソ!*15

 

 そして、叫ぶ。

 

「ゴラゲグ・ドシボンザ―――ゲギセギ・パバンザ!*16

 

 騎士の叫びに、蛇は鼻で笑って応える。

 騎士の胴体から流れる血が止まった頃に、バックステップ一つで数十mの距離を取り、両の腕を広げて構えた。

 何かが来る。

 とてつもない何かが来る。

 直感的にそれを察知した騎士は、構えた剣を両手で強く握った。

 

「ギギザソグ。リゲデジャス*17

 

 血のような、けれど血ではない何かが、ドロドロと蛇怪人の口より漏れる。

 それが蛇怪人の体を包んでいくのを見た騎士は、跳んだ。

 少女を庇うのをやめ、右を向いて遮二無二走る。

 全速力で逃走を始めた騎士だが、間に合わない。

 大気が震える。

 地面が震える。

 体躯が震える。

 

「パガバゾ・ビザン・ゼガン・ジョビゴヂソ。パガバザ―――*18

 

 爆音と閃光が発せられ、蛇の怪人が変わる。

 その体が『天馬』へと変わる。

 自らを天馬へと変じさせる異能が行使され、"蛇の怪物より天馬が生まれた"という神話がここに形を成した。

 騎士が構えた剣が光を宿し、膨大な光と熱を発し始めたが、天馬と比べればあまりにも弱い。

 

 

 

「―――ラガンン・ギビグリ・『メ・ドゥサ・レ』・ザ!*19

 

 

 

 「空翔ける天馬(ベルレフォーン)」という叫びが聞こえ。

 天馬へと変わった蛇が閃光となって突撃し。

 光り輝く天馬へと変わった怪物と、騎士が振り下ろした光り輝く剣が衝突した。

 されどその剣、騎士の勝利を約束することはなく。

 

 街の一角もろとも、天馬を剣で受け止めた騎士は吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士の判断は、正しかった。

 立香を庇う立ち位置のままでは、一直線に突っ込む天馬の一撃にて少女も騎士も諸共に吹き飛ばされてしまっていただろう。

 騎士が逃げたからこそ、少女は守られたと言える。

 結果的だけ見れば、バラバラになったのは騎士の体だけで―――だから、この判断は、極めて正しかったのだ。

 

 これ以上の結果など、騎士には望むべくもなかったのだから。

 

「あ……」

 

 それは、信じられない光景だった。

 まるで小学生が絵に書いた地図に消しゴムをかけたかのように、街の一角が綺麗に消し飛んでしまっている。

 天馬が通り過ぎた跡は建物の残骸すら吹っ飛ばされており、建物があった痕跡が少し見て取れるのみ。更地になっていると言っていい有り様であった。

 

 その直撃を受けた騎士の体は、もはや見るに堪えない。

 四肢が体から離れてこそいないものの、繋がっているのは神経と肉の一部くらいのものだ。

 顔の肉も胴体の肉も大半が吹っ飛び、内臓も三割ほどが消し飛んでいる。

 飛び散ってバラバラになった肉片はもう拾い集められる数ではなさそうだ。

 無事に見えるのは胸の辺りと腰回りくらいのものである。

 にも、かかわらず。

 その体は再生が始まっていた。

 騎士の怪人はまだ生きていた。

 

「ボンギジョ・ブバサバ・ブジヅビ・ボソギ・ダザズ。ザグ。ゾグギグ・ドシブブザ?*20

 

 蛇怪人も怪訝な目で騎士を見ている。

 どうやら未確認生命体基準でも、この生命力と再生力は異常なようだ。

 だがこれほどのダメージともなればすぐに再生はしないらしい。

 騎士の体は中々人型に戻らず、そのままの状態で口を開く。

 

「……『メドゥーサ』。ゴセゾ・ジビガデデ・ギダボバ*21

 

「ゴグギ・グボドザ。ボセボゴグ・メ・ドゥサ・レ・ボ・グンレギ*22

 

 かつて、髪が無数の蛇である蛇の怪物メドゥーサを英雄ペルセウスが討ち、その首を切り落とした断面から溢れ出た血は、天馬ペガサスを生み出したと言われる。

 ペガサスは元よりメドゥーサの体の一部であった。

 ペガサスはメドゥーサの体が変じたものだった。

 メドゥーサの体はペガサスとなる。神話にはそう伝えられている。

 ゆえに、これは()()()()()である。

 

 天馬から蛇の怪人へと姿を戻したドゥサが、立香の方を向いた。

 騎士が反応し、戦わんとするが、神経と少しの肉で繋がっているだけの手足は指先を僅かに動かす程度のことしかできない。

 今彼にできることは、少女に向けて叫ぶことだけだった。

 

「逃げろ!」

 

「え、え、え」

 

「早く!」

 

 逃げろ、と言われて、逃げ切れるだろうか?

 普通の少女が? この怪物相手に? 不可能だ。

 無駄な戦いに無駄な叫び。ドゥサは騎士を嘲笑う。

 

「バビロ・バロル・ザザダダバ。ズ・クウガ・バ*23

 

 とてつもない威力を放った化物も、それを受けてバラバラになってもまだ死んでいない化物も、どちらも立香から見れば恐ろしい。

 恐れは足を竦ませ、少女から逃げる力を奪う。

 今、藤丸立香の心は恐怖が支配している。

 だが。

 その心に恐怖しか無いというのは、きっと間違っている。

 

「逃げ――」

 

 騎士は逃げろ、と重ねて叫ぼうとして、その時初めて気付いた。

 少女の目は逃げ道を探していない。

 少女の目はドゥサを見ていない。

 自分を狙う怪物に命乞いすらしていない。

 立香の目は、騎士を見ていた。

 再生過程の傷だらけの騎士を見ていた。

 

 当たり前のように、優しく。

 普通の女の子が、目の前で怪我をした人を見る時のように。

 自分の心配をすることも忘れて、自分を守ってズタボロになった騎士の心配をしていた。

 

「―――」

 

 それは人間として当たり前の心。人間として当たり前の優しさ。

 

 未確認生命体には無い心であり、優しさであった。

 

 騎士は何か、何かできないかともがくが、少女に歩み寄る蛇の怪人に何もできない。

 

「ゴパシザ*24

 

 終わる。

 騎士の健闘も意味はなく。

 少女は何もかも知ることはなく。

 終わる。

 無慈悲に、ただただ強いだけの悪による暴虐によって、全てが終わる。

 

 そう思われた、その時。

 

 

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 

 

 声が、した。

 

 声がしたのが先だったのか。

 何かが飛来し着弾し、爆発したのが先だったのか。

 あまりにも一瞬のことだったので、立香はどちらが先だったか分からなかった。

 

 『誰か』が撃った何かが、ドゥサに直撃する。

 そして、指向性のある大爆発が起こった。

 ドゥサが狙っていた立香には傷一つ付けず、ドゥサだけを爆発が飲み込む。

 爆炎、爆煙、そして巻き上げられた土煙が、ドゥサの視界を遮断した。

 

 すかさず駆けつけた『誰か』が、立香に手を差し伸べる。

 

「立てるか?」

 

「……た、立てません。腰が抜けてて」

 

「そうか。それなら、ちょっと我慢してくれ」

 

 その『誰か』は、立香を肩に抱えて駆け出した。

 足音が聞こえる。

 煙の中のドゥサの足音……だけではない。

 人が居なくなり静寂に支配されていたはずの街の中に、立香を抱える男性や、慌ただしく駆ける様々な人の足音が聞こえる。

 

「あの、これどうなってて、なにがどうなってて、というかあなたは誰なんですか!?」

 

「ん? 俺?」

 

 少女を軽々抱え、軽々走る男は只者ではない。

 未確認生命体を前にしても緊張した様子や恐怖する様子を見せてない時点で、何かが違う。

 少女の問いかけに、男は自然体で答えた。

 

「俺は『衛宮士郎』。この先の警察署で、普段は刑事をやってる男だ」

 

 その答えに少女は目を丸くする。

 

「衛宮! 早く戻ってこい! 何やってんだ!」

 

「分かってる! そう焦るなって、慎二!」

 

 誰が来たのか、は、立香にも分からない。

 

 けれども何が来たのかは分かる。

 

 事件発覚から15分。やたらと強いおまわりさん達が、人の命を助けにやって来た。

 

 

 

*1
遅い

*2
貴様は『ズ』の最下級

*3
下等の戦士が……私に勝てるものか!

*4
分からんな

*5
何故お前がリントを守る? 理由が見当たらんが

*6
リントが苦しむところを見ても楽しくない

*7
でも

*8
グロンギが苦しむほど、楽しいから

*9
……気狂いが!

*10
ほう

*11
愚かな無策というわけでもなかったか

*12
最初の隠し種披露で決めるべきだったな

*13
そこで決められないお前だから。ダグバには及ばんのだ

*14
……そんなことは、私が一番よく分かっている!

*15
答えろ!

*16
お前が取り込んだ―――『英霊』はなんだ!

*17
いいだろう。見せてやる

*18
我が名を刻んであの世に堕ちろ。我が名は―――

*19
―――魔眼の死神、『メ・ドゥサ・レ』だ!

*20
この威力なら確実に殺したはずだが。どういうトリックだ?

*21
……『メドゥーサ』。それを、引き当てて、いたのか

*22
そういうことだ。これこそが、メ・ドゥサ・レの『運命』

*23
何もかも無駄だったな。ズ・クウガ・バ

*24
終わりだ




■グロンギ
 通称、未確認生命体。
 2000年頃に一度、2013年頃に再度、そして2014年のこの年に三度、大事件を起こしている。
 それぞれが第一次、第二次、第三次の未確認生命体災害と一般的に呼称される(正式名称ではない)。
 第一次での死者数は三万人をゆうに超え、第二次では160万人を超える死者が出かねない状況にまで至っていた。

 人間体で人間社会に潜伏する特性と、怪人体の異常な戦闘能力が一般に特に知られている脅威である。

 個体差も大きいが、凄まじいのはその生命力と再生能力。
 数十トンクラスの攻撃の直撃を食らえど平然と立ち上がり、心臓を撃ち抜かれても眉一つ動かさず、腹に深々と剣が刺さろうがそれだけでは致命傷とならず、大剣が腹の奥まで刺さった傷が数秒で消えてなくなってしまうことも。
 最下級のプレイヤーでさえ大口径の銃弾の連射を受けても皮膚に傷一つ付かない。
 神経を完全に破壊され体組織の三割ほどを失ってもなお蘇ることすらある。
 その強固な体を決定的に破壊したとしても、全治半年級の傷が長くとも数時間で痕跡すら残らず消えるのは、もはや尋常な生命とは言えないだろう。
 怪人体よりも異常性が低い人間体であっても、銃弾に抉られた肉は数秒で再生を完了する。

 更に、肉体には耐性獲得の能力も持つ。
 人間がグロンギに有効な毒物を使っても死に至らず、次に戦う時には効果がなくなっている。
 逆にグロンギの毒物に人間が防御手段を講じても、それにすら耐性を得て毒が対策を貫通してしまう。
 グロンギの体を切り裂いた攻撃が、数秒後には傷一つ付けられなくなったことすらある。
 この耐性は同族のグロンギの能力に対しても有効であり、神秘を身に付けた人間を死亡させるグロンギの毒も、最下級のグロンギは死に至らしめることができないこともある。
 最悪なのは、耐性獲得の過程で他の能力までついでに強化されることもあること。
 弱点を突かれただけでその日の内に強化形態を獲得する個体すら存在する。

 もちろん、それらの特性が無かったとしても個体戦闘能力は極めて高い。
 知性が高いグロンギは、普通の人間を遥かに凌駕する知性を持っていることすらある。
 形態変化による対応力、物質変化による武装の獲得、等々個体によって強みは様々。

 『超古代のクウガ』はこのグロンギ達を殺すのではなく、封印するという最適解を取った。
 『仮面ライダークウガ』は必殺技の封印エネルギーをグロンギの魔石・ベルトと反応させることで、グロンギを体内から爆発させ、体表に傷一つ付けないまま爆死させることができた。
 第一次、第二次の未確認生命体災害時、警察は体内の神経節を完全に破壊する神経断裂弾を用いた。
 『ズ・クウガ・バ』にはそのどれもが不可能。

 『封印エネルギーでのトドメ』『神経断裂弾による神経誘爆』のどちらでもない殺害方法を選ぶ場合、トドメの一撃には絶大な威力が求められる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3

 衛宮士郎は警察官である。

 高校時代、あるとても大きな事件に巻き込まれ、貴重な経験と見識を得た。

 紆余曲折を経て、彼は高校時代の友人・間桐慎二と警察に入る道を選んだという。

 そうして、今ここに立っている。

 

 彼が持つは剣の力。

 剣を作り、撃ち、時には自分に最適化された剣の世界で周囲を塗り潰す。

 『投影』にて剣を創るは、誰にも真似できない彼の超特殊技能と言えるだろう。

 双剣による防御主体か、弓矢で狙撃しつつ剣を弓で射出するか、そのどちらかが"魔術を使う者"としての彼の基本スタイルである。

 

 衛宮士郎の渾身の狙撃が成功したならば、いかな怪物とて無傷でいるのは難しい。

 はず、だった。

 だが少女を連れ、間桐慎二警視の元に戻ってきた衛宮士郎が見たものは、渾身の狙撃の直撃を受けても傷一つ無いメ・ドゥサ・レの姿であった。

 ドゥサは爆炎の中から余裕綽々に現れ、周囲一帯をうろちょろしている警察官、そして士郎と慎二に庇われている立香を順繰りに見る。

 立香とドゥサの目と目が合い、少女がその身を震わせた。

 士郎がその視線を遮るように、少女の前に立つ。

 

「聞いてた話の通りだね、衛宮」

 

「ああ……効いてない」

 

 無傷な蛇の怪物には、違和感しかない。

 傷が治ったわけではない。

 体が頑強すぎて傷が付かなかったわけでもない。

 "攻撃"そのものが成立していないような違和感。

 飛来する攻撃を見ていた立香にとっても、確かな手応えを感じていた士郎にとっても、じっくり観察していた慎二にとっても、違和感しか覚えない。

 

 例えるならば、ハンマーで叩いたプリンだ。

 ハンマーで思いっきりプリンを叩いたのに、プリンが揺れもしない……そんな不気味さと違和感が、士郎の攻撃を受けて無傷であったドゥサにはあった。

 慎二が目を細め、呟く。

 

 

 

()()()()()()()()未確認生命体。全身が異界常識の塊か」

 

 

 

 士郎は無傷の敵、考え込んでいる慎二、巻き込まれた怯える少女の立香を順番に見て、左の手で強く弓を握り直す。

 

「慎二、あれに魔術の類は効かないぞ。多分宝具もだ」

 

「分かってるよ」

 

「勿論普通の銃も効かないと思う。となると、今の俺達の装備が全部重いだけの荷物だ」

 

「……あれを倒すには、やっぱそういう話になるんだよねえ」

 

「慎二、どうする? 全員一丸になって逃げるか、この子を逃して足止めをするか」

 

「そしたら衛宮はここに残って死にそうで嫌だね……」

 

 神秘。

 この世界では、神も、霊的存在も、魔術の類も神秘にて編まれる。

 神秘に通常の武器で挑むことは極めて難しい。

 しからば"神秘が通じない神秘"ともなれば、ダメージを与えられる手段がまるでない。

 この未確認生命体は、そういう存在であるようだ。

 

 攻めあぐねる士郎達――警察達――をよそに、余裕たっぷりにドゥサは『誰から殺すか』を考え一人一人を品定めする。

 とても、とても、楽しそうだ。

 人を殺すのが。

 人を殺す順番を考えるのが。

 とても楽しそうで、まるでゲームをしている子供のようにすら見える。

 ドゥサは人を殺せるこの時間を存分に楽しみ、堪能していた。

 

「リント・ンゲンギバ*1

 

 だからだろうか。

 

 そこに、油断が生まれたのは。

 

「―――!?」

 

 今日一番の完成度の奇襲であった。

 騎士に動く腕はなく。それどころか胴体や頭部の肉も削げたまま。

 されど再生能力を足に集中し、足だけを治し、喋ることができる程度に無事だった口で剣の柄を噛んで持ち……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、跳んだ。

 ゆえに、スピードは本日最速。腕で剣を持てない分、体ごと捻って剣を振るう。

 叩き込まれた両手剣が、ドゥサの背中に横一文字の切り傷を刻んだ。

 

「クウガァ!」

 

 人間を殺す時間を楽しもうとしていたドゥサは、あまりにもしぶとくしつこい騎士の横槍に相当に苛立ったようだ。

 妄執の域にある復活、そして斬撃。

 騎士は二撃目を放たんとするが、こんな再生が間に合っていない状態での付け焼き刃な斬撃が二度も三度も当たるわけがない。

 当たるわけがないと、ドゥサは考えていた。

 

「!」

 

 その斬撃に、士郎が合わせた。

 ドゥサが騎士の斬撃を回避しようとする寸前、士郎の弓が騎士の剣を撃つ。

 先の攻撃のような爆発はしなかった狙撃が剣を押し込み、ドゥサの予想とズレた速度で剣が見事に命中した。

 そしてまた、ドゥサの体に傷が付く。

 

「チッ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()というその一点を、士郎と慎二は見逃さない。

 

 警察が用意した装備の一切が通じないとしても。

 魔術の類がいかなるものも通じないとしても。

 突破口は、そこにあった。

 

「慎二、見たか今の」

 

「ああ。多分アレだ」

 

 そしてその事実が、二人にあることを気付かせた。

 警視である間桐慎二、その事実上のバディである刑事衛宮士郎は、ある事情を知っている。

 

「……アレが一年前、第二次未確認生命体災害の後、警察に警告してきた未確認生命体!」

 

 飛びかかり斬りかかる騎士が、ドゥサの踵落としにて無造作に路面にめり込まされた。

 そこにあったマンホールがひしゃげ、蹴り込まれた騎士の骨もひしゃげてしまう。

 全身の骨が、くまなく。

 

「ガッ!?」

 

 これ以上持ち堪えるのは不可能か、と思われた、その時。

 鈴の鳴るような透き通った音が鳴る。

 その音を聞き、ドゥサは舌打ちした。

 

「ジバン・ギセバ*2

 

「ゴグザ*3

 

「チッ」

 

「スススパラロセ・ドゥサ。ゴラゲン・ビョグ・ンデダンパ・ボセゼ・ゴパシザ*4

 

 ドゥサから殺気と戦意が消える。

 相対している騎士も、少し離れた場所から見ていた士郎も、戦いの終わりを察した。

 どうやら、今日の戦いはここまでということらしい。

 ドゥサは再生途中の体を路面に投げ出している騎士を見下(みお)ろし、騎士を見下(みくだ)しながら口を開いた。

 

「クウガ」

 

 その言葉に、ありったけの侮蔑を込めて。

 

「リント・ビダグ・ベサセバ・ベセダダダ・バゲロギ・バギゴラゲパ*5

 グゼビ・グロンギ・ゼパバギ。ゴヂボド・セジョシバ・ドグビバ・ダダドギセ*6

 

「―――」

 

 言葉を残し、ドゥサは消えていった。

 

 メ・ドゥサ・レ。

 立香視点、未だに何が何だか分からない謎の襲撃者。

 メドゥーサの力を宿し、天馬へと変ずる力を持つ者。

 されど戦いはひとまず終わり、ひとときの平和がやって来たようだ。

 

「慎二」

 

「分かってる。撤収準備と後処理開始だね」

 

「俺はちょっとあいつと話してくる」

 

「気をつけなよ、衛宮」

 

「ああ」

 

 慎二は周辺に展開していた警官に指示を出し始め、士郎は騎士に歩み寄る。

 騎士の両腕は先程まで神経と僅かな肉でしか繋がっていなかったが、今では骨が繋がっており、腕の筋肉も半ばほど戻っていた。

 人間とは思えない再生力。

 血液の九割が流れ出ただろうに死にもしない生命力。

 とてつもない怪物性を目の当たりにしても、士郎の声に恐怖は微塵も混じらない。

 

「クウガ、でいいんだよな?」

 

「はい」

 

 騎士は頷き、士郎の問いに素直に応える。

 意外に素直な返答と少年らしい声に士郎は拍子抜けした様子であった。

 

「初め、まして…………『ズ・クウガ・バ』、です」

 

 『ズ』。

 未確認生命体は、強さによって階級が分けられ、それによって本名も変更される。

 名前の最初に付いている一文字がそのまま階級を表すのがグロンギの特徴だ。

 最も強い一族の長が『ン』。

 最上級の強さを持つ者が『ゴ』。

 ゴではないが選ばれし強き戦士が『メ』。ドゥサがここに該当する。

 そして、戦う力を持つ者の中で最も弱き者達が、『ズ』。

 ズ・クウガ・バは、未確認生命体―――グロンギの中でも、最下級に位置する最弱の戦士。

 

「俺は衛宮士郎。

 あっちの、今の実働班で一番偉い階級にいるのが間桐慎二。

 悪いけど付いて来てくれるか? ちょっとお互いの情報をすり合わせたい」

 

「はい。こちらも…………その…………聞いていた日本と、違うように感じたので」

 

「……色々な、事情があるんだ。その辺は。そっちも説明するよ」

 

 クウガは日本を知らない。

 士郎はこの訳の分からない状況に至った経緯を知らない。

 謎を謎のままにしておくには、未確認生命体はあまりにも危険に過ぎる。

 

 ……とはいえ。

 再生が完全に終わっていないクウガをすぐに連れて行くのは気が引けたらしい。

 周囲を警戒しつつ、士郎達はクウガの再生を待った。

 信じられないスピードで、砕けた体が騎士を思わせる体へと再生していく。

 再生過程を見ていた普通の警官達の目には分かりやすく恐れの色が見て取れた。

 

 同じように立香もまた、再生するクウガを見る目に恐れの色が宿っている。

 けれど少女は、他人よりも少しだけ優しく、少しだけ寛容で、少しだけ義理堅かったため、感謝の気持ちが恐怖に勝った。

 人のために戦った怪物を恐れるのも、普通の人の感情と言えるだろう。

 けれど、そんな怪物さえも"人を守った英雄"と思えるならば。

 怪物と戦える怪物に守ってもらって、怖がるのでなく感謝の気持ちが勝るのならば。

 

 その心そのものが、『英雄と向き合う資質』と言えるだろう。

 

「あ、あの!」

 

 勇気をもって、ごく普通の少女はその一歩を踏み出す。

 そしてクウガの前で、思いっきり頭を下げた。

 

「助けてくれて、ありがとう!」

 

 そんな光景を横目で見ていた士郎と慎二が、少しばかり笑っていた。

 対し、クウガはよく分からないといった様子で、よく分かっていないことを誤魔化すように曖昧な所作で応じる。

 そして立香の手を取った。

 

「へ?」

 

 クウガは割れ物に触れるように丁寧に、少女の右手の甲に刻まれた紋章のような『それ』に触れる。襲撃前に彼女の手に現れた謎の文様は、今もそこにあった。

 

「これが何か知ってるの?」

 

「気を、付けて。そして…………覚悟して」

 

「え?」

 

「これは、『隷呪』。獲物の証。生贄の刻印」

 

 いきなり物騒な単語と言い回しが出てきて、立香は思わず身構える。

 

「君は…………今回の特殊なゲゲル。

 『グセギス・ゲゲル』の、エクストラターゲットに選ばれた」

 

「グセギス・ゲゲル……?」

 

「グレイル・ゲーム…………器を完成させる狩猟のゲーム。リントの言葉で言うと」

 

 そう、それは。

 

 

 

「…………『聖杯戦争』」

 

 

 

 この戦いに付けられた名。

 宿命と運命の交差点。

 『聖杯戦争』の名を聞いた瞬間、士郎と慎二は目を見開いていた。

 一方、立香は聞いたことのない単語の連続にこれでもかと首を傾げていた。

 本人は無自覚だろうが仕草が結構可愛らしい。

 

「聖杯戦争……?」

 

「そう」

 

 クウガは頷き、変身を解く。

 怪人としての彼の姿がかき消え、人間としてのクウガの姿が現れる。

 未確認生命体は怪人としての姿と人間としての姿の両方を持つ。

 現代の日本人ならば、そのあたりは知っていて当然の知識であった。

 

「―――っ」

 

 にもかかわらず、その瞬間、何人かが息を飲んだ。

 

 ある者はその容姿に驚いた。

 陳腐な表現になるが、クウガの容姿は『絶世の美少年』と表現すべきものであった。

 馬に乗せて写真でも取れば、すぐにでも絵本の王子様のシーンに使えてしまうだろう。

 白い髪、白い肌、整った顔、華奢ながらも強さを感じる体躯。

 ズ・クウガ・バ人間体の容姿は、信じられないほどに美しかった。

 

 ある者は、その幼さに驚いた。

 外見だけで判断するなら、15歳に届いていないかもしれないほどの年齢。

 ともすれば、立香より年下に見える。

 怪人体のクウガが身長2mに迫る大男に見えていただけに、身長も体格も一気に縮み、立香と同程度の身長の美少年へと変化したことは、周囲を大いに動揺させた。

 特に、子供を守る意識の強い警察官の動揺が大きかったようだ。

 

 そして、士郎や慎二は……その両目が抉られていることに、驚いた。

 目の周りに悲惨な傷跡が残っている。

 瞼を閉じているためにグロテスクにこそなっていないが、閉じられた瞼とその周りには痛々しい傷跡が残っている。

 士郎と慎二は傷跡の形状から、強靭な生物が素手で眼球を抉り取った事実と、()()()()()()()()()()()()()()()という事実に気が付くが、気付いた事実を一旦脇に置いておく。

 

 恐る恐る、慎二はクウガに問いかける。

 

「お前……目が、見えないのか?」

 

「はい」

 

「盲目で剣士って……おいおい、マジか。それであの戦闘やってたのかよ」

 

「目を抉られたのは二週間ほど前です…………見苦しい戦いをして…………すみません」

 

「いや謝らなくても。僕がどうこう言うことじゃないし」

 

 こいつ会話のテンポ独特だな、とクウガを見ていた人間全員が思い始めていた。

 

 クウガは瞼を閉じたまま、右手を前に伸ばす。

 

「変身後の姿でないと…………私は、初めての場所を、まだ歩けません。

 …………どなたか…………手を貸して、いただけないでしょう、か」

 

「あ、じゃ、じゃあ私が」

 

「ありがとう、ございます」

 

 その手を、立香が取った。

 

 変身していないと一人で歩くこともできない少年を、少女が手を引き、車まで連れて行く。

 

「助けて、いただいて…………ありがとうございます」

 

「……なんだかなあ」

 

 お礼を言いたい気持ちであるのに逆にお礼を言われて、立香は変な気持ちになってしまう。

 

 絶世の美少年、ではあるのだが。

 話し方も雰囲気も独特で、妙に気持ちの間を外されてしまう立香なのであった。

 

 

 

*1
リントの戦士か

*2
時間切れか

*3
そうだ

*4
ルールは守れ、ドゥサ。お前の今日の手番は、これで終わりだ

*5
リントに助けられなければ戦えもしないお前は

*6
既に、グロンギではない。落ちこぼれより下等になったと知れ




士郎25歳
慎二25歳
立香15歳
クウガ14歳


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再臨

 クウガと立香は警察の車に乗せられ、どこかへと連れていかれていた。

 

「私、パトカー乗ったの初めてだなぁ」

 

「…………パトカー?」

 

「この車のことだけど、パトカー知らない?」

 

「ワタシは…………知らないことが、多いのです。リツカ」

 

「そうなんだ。

 これはパトカーって言ってね、警察が使う車なんだよ。

 えーと、今回みたいな時とか、犯罪が起こった時に警察の人がこれに乗ってくるみたいな?」

 

「…………なるほど。戦士の車。戦場の車両。『戦車』…………ですね?」

 

「違うよ!?」

 

「えっ」

 

 何話してんだこいつら、と運転手の慎二が呆れた顔をしていた。

 助手席の士郎は苦笑している。

 

「少し、聞いても…………よろしいでしょうか」

 

「どーぞ」

 

 気の抜けた返答で慎二が応える。

 

「ワタシ達は、どこに、向かって、いるのでしょうか…………」

 

「うちの本拠地。未確認生命体対策班の根城ってとこかな」

 

「根城…………」

 

「警視庁があって、未確認生命体事件の捜査本部があって。

 んで独立した対応部隊として未確認生命体対策班がある。

 その未確認生命体対策班を包括するのが未確認生命体対策室。

 指揮系統としては、捜査本部と対策室&対策班は別系統って感じだね」

 

 クウガと立香が、同時に首を傾げた。

 

 説明が理解されなかった慎二がイラッとして、「これだからバカは!」と言いそうになり、ぐっとこらえて髪をかき回した。

 

「……あー! 面倒臭い! 衛宮! 覚えさせなくていいよな!?」

 

「まあいいんじゃないか? 必要でもなさそうだし」

 

「…………いえ、覚えました。未確認生命体サクサクパン、ですね」

 

「覚えてねえ」

「覚えてないな」

 

 すっかり夜も更けている。

 すれ違う車が増えてきて、歩道にも歩行者がちらほら見えてきた。

 動く人や動く車を一台も見ることがなかった先程までの状況が終わったことを実感し、立香はこっそりと安堵の息を吐く。

 

「僕らの対策班はちょっと特殊でね。

 室長はいるけど、基本的には室長代理が色々やってる。

 警察組織だけど室長代理は警察官じゃなくて……ま、組織的には、僕が責任者って形かな」

 

「この間桐慎二ってのが班長だから、それだけは覚えておいてくれ。俺は普通の刑事だ」

 

「はい…………」

 

 クウガは素直に頷く。

 立香はバックミラー越しに見える慎二の"僕は結構偉いんだから敬えよ?"と言いたげな表情に、言いようのない感情を覚えていた。

 

「その…………お二人は、どこまで…………聞いて、いますか」

 

 何を? と思った立香とは違い、"ふん"と鼻を鳴らした慎二は何を聞かれているのか分かっているようであった。

 

「一年前、クウガを名乗る未確認生命体が日本の警察に警告してきたこと。

 警告の内容が、『疑似第二魔法で異世界から新たな未確認生命体が来る』だったこと。

 警察の上層部のほとんどはイタズラだと思ったこと。

 でも、一部は真に受けて一年前から準備をしてたこと。

 その新しい未確認生命体には、神秘も含めた攻撃の一切が通じない可能性があることとか」

 

「………………合って、います」

 

「第二魔法―――平行世界の運営。

 平行世界からの侵略者。

 まるでSFだね。

 その平行世界の侵略者の一味に裏切り者がいて、日本に警告して来るってのも」

 

「慎二」

 

 士郎が慎二を嗜め、慎二が少し自分の言動を省みる。

 慎二は少年を気遣わない。味方なだけのただの未確認生命体として見る。

 士郎は少年を気遣う。彼の同族殺しの苦痛を慮り、一人の少年としても見ているようだ。

 が、クウガは少なくとも表面的には同族殺しを苦痛に感じていないようでもあった。

 

「ワタシ達はかつて…………ある最悪の形で……………

 世界の壁を大きく越える…………種族の革新を迎えたグロンギです…………」

 

 独特の間をもって語るクウガ。

 無知ゆえにちんぷんかんぷんな立香は士郎が大まかに理解できるよう、単語の説明や大雑把なイメージの解説をしているが、クウガの話を聞いている慎二ですら完璧に話が理解できているとは言い難い。

 細かなところで、妙に説明不足が目立つ。

 それはおそらく、クウガがまだ人間の言語で喋ることに慣れていないからだ。

 

「ワタシ達は…………この星にとって、外なる世界からやってきた、侵略者。

 人型の異界常識。独立する別世界。神秘の法則性の外側にいる、人の敵、世界の敵、です」

 

「だから攻撃が通じないって? なんていうか、無茶苦茶だね」

 

「はい」

 

「でも……同族であるお前(クウガ)の攻撃は通用する」

 

「はい。倒せるのは…………ワタシだけ、です」

 

 一瞬、沈黙が流れる。

 もしも、クウガが言っていることが本当ならば、クウガによる同族殺し以外に今の危機を解決する方法は無いということになる。

 士郎と立香の表情からは、同情の色が見て取れた。

 

「この世界にやって来た同族は…………

 ワタシが、必ず、全員の首を刎ねてみせます…………」

 

「あんなに苦戦してたのに?」

 

「…………」

 

「僕は一人じゃ絶対に無理だと思うけどねえ」

 

 運転中の慎二のクウガをやや茶化すような物言いに、立香が思わず眉間に皺を寄せ、士郎が慎二の脇を小突いた。

 

「慎二」

 

「分かってる、分かってるって、意地悪したわけじゃないっての。

 ま、その辺の話は室長代理が正式にしたりするんじゃないかな、多分」

 

 この人はあんまり良い警察官じゃないのかな、と立香は慎二に対し思い始めていた。

 立香は基本的にクウガに好意的だ。

 なのでクウガに対しズケズケと言う慎二にあまり良い感情を抱けず、逆に時々慎二を嗜めている誠実そうな士郎の方に好感を持っている。

 まだ大人でない立香の好感の持ち方は、シンプルだ。

 

「なんつーか。今時正義の味方気取りって流行んないと思うよ。

 自分がやらなきゃやらなきゃって気張ってると衛宮みたいになるしさ」

 

「おい慎二、どういう意味だ」

 

「まんまの意味だよ。

 ってか、ほら、さ?

 一人で気張っても勝てそうにないじゃん?

 自分にできないことはできないことと認めて、一回よく考えた方がいいんじゃないの」

 

 諭すように、慎二は言う。

 クウガは端正な顔を悩ましそうに動かし、腕を組んで何やら考え始めた。

 

「そう…………です、ね。勝つ方法を…………考えてみます」

 

 頷く少年をバックミラー越しに見て、慎二は鼻を鳴らす。

 この場で慎二のひねくれた内心を完全に理解しているのは、衛宮士郎ただ一人。

 付き合いが浅い人間にこの困った男のことは分からない。

 立香はまた少し、この男が良い人なのか悪い人なのかよく分からなくなってしまった。

 

 見えない目を車の外に向け、クウガがぽつりと呟く。

 

「この辺りの、町並みの、空気は、少し不思議ですね…………」

 

 車窓の外の流れる町並みは見えていないはずなのに、まるで見えているかのように言う。

 少年の綺麗な横顔を見つめて、立香は目が見えない人が見ている景色はどんな風なんだろう、と思いを馳せた。

 クウガは話し方も在り方も独特で、そこにいるだけで空気が変わるような気すらする。

 

「この辺りは十数年前に0号が大暴れして粗方燃えたとこだからね。

 直接的被害者三万人以上。

 二次災害なども含めれば死者三万人も超える。

 千代田区の北から文京区まで大火事さ。

 で、焼けた建物を十数年かけてちまちま入れ替えて今に至るってワケ。

 当時0号が出現した地域は都市機能が完全に麻痺してたけど、焼け落ちたのはここだけだ」

 

 慎二がそう言った瞬間、クウガの動きが一瞬止まった。

 

「…………0号」

 

「そ、未確認生命体第0号」

 

 クウガの不思議な反応を見て、立香は"知らないのかな"と思い、補足に入ろうとする。

 

「0号って知らない? ダグバっていう名前の未確認生命体だよ」

 

「―――ダグバ。ン・ダグバ・ゼバ」

 

「あ、知ってるんだ」

 

「…………」

 

 クウガは頷く。

 

「はい」

 

 未確認生命体第0号。

 最強最悪の未確認生命体と認識され、かつて4号によって倒されたグロンギの首領に相当する『最も強きグロンギ』である。

 その暴虐は凄まじく、半ばお遊びの殺戮によって三万人という規模の人間が犠牲となった。

 ただ手をかざすだけであらゆるものをプラズマ化・発火させる『超自然発火』により、万単位の人間を生きたまま焼き尽くし、雨の中の火災まで引き起こしたという。

 4号との東京都内での戦いの最中に、手慰みに焼き尽くされた東京の一角がいくつかあるという話まである始末だ。

 

 0号/ダグバは遊んでいただけだ、という分析もある。

 万単位の人間を遊びで殺し、遊びで東京の一角を炭と灰にしたのだ、という分析である。

 立香から一つ一つ0号の話を聞きながら、何やら考え込んでいく。

 

 クウガはダグバが焼き尽くし人間が再建した町並みの空気を肌で感じながら、ひたすら何かを考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【東京都文京区本駒込 2014/07/31 07:50 p.m.】

 

 到着。

 慎二の運転で到着したその場所は、警察署のような建物だった。

 ただ、普通の警察署より幾分か小さく見える。

 

「ここが例の未確認生命体対策の本拠。

 ああそうだ、ここも0号が焼いた土地の再整理で出来た建物だね。

 僕も詳しいわけじゃないけど、当時未確認生命体対策のための本拠点として作られたとか。

 衛宮、僕らが帰ってきたことを先に中に伝えに行ってくれないか」

 

「ああ、分かった」

 

 先行して士郎が建物に入っていき、立香とクウガも車から降りる。

 車から降りたクウガの手を取り、立香が建物の中に導……こうとしたが、何故かクウガはその場で胸を張り始めた。

 

「ワタシは…………自慢では、ありませんが、負けることが多く…………痛みに強いです」

 

「……? クウガ君、なんで痛みに強いアピールを……?」

 

「注射は…………初めてですが…………」

 

「ここは駐車場であって注射場じゃないよ!?」

 

「おい藤丸! クウガ! 何コントやってるんだ! 僕を待たせるんじゃない!」

 

 結局、慎二が二人まとめて建物の中に引っ張っていくのであった。

 

 中で士郎と合流して、四人で階段を上がっていく。

 道中、クウガと立香は色んな警察官を見かけた。

 デスクで仕事をしている人、銃の管理をしている人、通報の応対をしている人……沢山の警察官が、一つの生物のように動いている。

 廊下で警察官とすれ違うたび、立香はぺこりと頭を下げて、何故彼女がそうしているのかよく分かっていないクウガも真似して頭を一緒に下げていた。

 

「リントの戦士が…………多い…………」

 

「リントの戦士? あ、警察官か。クウガ君から見るとそう見えるんだね」

 

「…………戦士が多いのは、いいことだと、思う」

 

「リントの戦士、か。

 普段あんまり考えないけど、私達を守ってくれてる人達なんだよね。感謝しないと」

 

 クウガと立香の会話を聞いていた慎二が、何かを思った様子で二人の髪をクシャッと撫で、撫でるのが恥ずかしくなったらしく途中からくしゃくしゃにし始めた。

 

「…………?」

 

「あの、髪に癖つけないでください」

 

「生意気なガキンチョどもにはこんくらいの扱いが相応だ。そうだろ衛宮?」

 

「あー二人共、気にしないでくれ。慎二はこういう奴だからさ」

 

 クウガはよくわからない動物を見る目で慎二を見て、立香はセクハラしてくるおっさんを見る目で慎二を見て、士郎は困った奴を見る目で慎二を見て苦笑していた。

 

「だけど、大丈夫なのか? クウガ」

 

「…………?」

 

 歩きながらの士郎の問いに、クウガは首をかしげる。

 

「ここまでの道中でも、お前が日本語下手なのは伝わってきたよ。

 まだあんまり俺達の言葉を正確に理解できてないのも。

 それで齟齬なくそっちの事情を説明できるのか?」

 

「それは…………そう、ですね」

 

「クウガ君そこちょっと出っ張ってるから躓かないよう気を付けて」

 

「ありが、とう、リツカ」

 

 士郎の疑問はもっともだが、クウガはそこに不安を持ってはいないようだ。

 

「でも、大丈夫、です。いざという時は…………頼れる通訳がいるので」

 

「頼れる通訳?」

 

 クウガは立香の手を離し、何も見えない目にて虚空を見つめ、呼びかけた。

 

「カーマ…………カーマ…………いるかい?」

 

「喋るのが苦手だからって私を都合よく使わないでほしいんですけどね」

 

「!?」

 

「ま、いいです。クウガさんが口下手なのは知ってますので」

 

 すると、そこから少女が現れる。

 どこから現れたのか、どうやって現れたのか、全く分からない。

 見ていた者がそこに現れたことだけを理解できる謎めいた出現。

 明らかにまともな人間ではなかった。

 

 年頃はクウガや立香と同じくらいだろうか?

 白い髪のクウガ同様、その少女も白い髪。

 ただしクウガと比べると髪が長くサラサラで、クウガの白が無垢さを感じさせるのに対し、その少女の白は美しさを感じさせる。

 幼さが残る容姿に色気を漂わせているがゆえに、その少女には危うい魅力すら感じられる。

 油断すると、その容姿と色気で道を踏み外してしまいそうで。

 "美人になっていく過程の少女"と表現するのが正しいだろうか。

 

 カーマと呼ばれたその少女と立香を一緒に見ると『美人と可愛い女の子』といった風になるが、カーマとクウガを一緒に見ると姉弟か兄妹のようにも見える。

 そんな風味の容姿。

 

「どこから……いやそもそも誰!?」

 

 今日一日で知らなかったファンタジーをありったけ詰め込まれた立香が、新たなるファンタジーの登場に盛大にうろたえていた。

 カーマはうろたえる立香を見て、可愛らしく小首をかしげ、その慌てぶりにちょっとイタズラ心が湧いたような顔をした。

 

「あなたこそ誰です? さっきまで異性の手を堂々握っちゃってやーらしい」

 

「な、ななな何がやらしいっての!?」

 

「そのくらいで照れる純情っ子なら初めからしなければいいのに……」

 

「は、はー? 高一にもなってこんなことで照れるわけないし?」

 

「こりゃまた普通の子に隷呪が付けられたもんですね……かわいそうに……」

 

 カーマは表情をコロコロを変える。

 容姿の良さもあって、その表情の一つ一つが魅力的だ。

 慎二もちょっとその魅力にほだされかけていた、が……その横に立っている衛宮士郎は、カーマが変な動きをすれば即座に切り捨てられる位置取りを徹底していた。

 優しい表情は変わらないまま、カーマを"よくわからないもの"と定義し、一切の油断も隙も見せていなかった。

 こっわ、と内心でカーマは盛大にビビる。

 

「あの、私イカレグロンギ達と違って切ったら死ぬのでやめてくださいね」

 

「ん? ああ、すまない。そういうつもりで警戒したんじゃないんだ」

 

 士郎の警戒が少し緩み、カーマのチキンハートがほっとする。

 

「クウガ君、知り合い? 仲間? 友達?」

 

「…………セフレ?」

 

「!?」

「!?」

「!?」

 

 士郎、慎二、立香が同時にぎょっとした。

 

 されどカーマは冷静に、かつ呆れた顔で、何やら考え込み始める。

 

「……ん、んー、正義フレンドの略……? クウガさん、どうでしょうか」

 

「あ、そう…………それだね」

 

「それだね、じゃなーい! いや本当にびっくりしたよ今の!?」

 

 カーマの推測。クウガの肯定。

 立香はもう、叫ぶ以外にこのやり場のない感情の出し方を思いつかなかった。

 

「ごめんなさい。この子グロンギだけど俗なことに興味なくて頭あんまり良くないんです」

 

「申し訳ない…………」

 

 二人して頭を下げるクウガとカーマ。

 ああこれは敵とかそういうことはないな、と薄々皆が理解していく。

 

「で、結局なんなのさ。僕や衛宮にそいつがなんなのか説明してよ」

 

「カーマはワタシの仲間…………あ。

 違い、ます。カーマはナカーマというダジャレを言いたかったわけではなく…………」

 

「なんでまともな日本語覚える前にダジャレ概念覚えてんだお前は!

 誰だこいつに日本語教えた奴! 僕は日本語能力をリコール要求するぞ!」

 

「基本私ですけど。カーマちゃんに何か文句があるんですか?」

 

「お前かよ!」

 

「ナカーマちゃんですので。それより何か用事があってここに来たんじゃないんですか?」

 

「ああもう……なんだこれ、なんなんだ衛宮」

 

「俺に聞くなよ……」

 

 情報のすり合わせをするために来たのに、カーマが来てから情報のすり合わせをするための場所に1mmも近付いていない。

 由々しき事態であった。

 

「今の私は基本無害ですよ。

 魔力もほとんど感じないでしょう?

 その辺のペットショップでカブトムシ買ってきたらきっと私より強いと思います」

 

「ええ……?」

 

「今の私の取り柄と言ったら、この可愛さとクウガの意を汲んで言語化することくらいですよ」

 

「うん…………頼りにしてます」

 

「はい、頼りにされます。そういうわけで、情報の齟齬はないと思っていいですよ」

 

「とりあえずはクウガの仲間、って認識しておけばいいか。どうする慎二?」

 

「未確認生命体のクウガ以上に、ここに招き入れて危険な奴っていないんじゃない?」

 

「……お前なぁ」

 

 とにもかくにも、先へと進む。

 行き着いた場所は会議室。

 会議室の前には綺麗な女性が立っていて、士郎と慎二は顔パスで会議室に入っていく。

 クウガは他の人間を真似た所作で、初対面のその人に自己紹介をした。

 

「通信担当の衛宮桜と言います。奥で室長代理がお待ちですよ」

 

「ズ・クウガ・バです……どうぞ、よろしく」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 部屋の中に入ると、一番奥の席に座る、美しい容姿の女性が目に留まる。

 赤色の髪。形状にこだわりのある眼鏡。

 席の横には、見たことのない形の大きな旅行カバンが置かれていた。

 

 立香とカーマにとっては知らない人であり、クウガにとっては写真で見たことがある人……そして、この日本で探していた人の一人であった。

 

「ようこそ、怪物狩りの城へ」

 

 眼鏡の女性は、不敵に笑った。

 

「室長代理の『蒼崎橙子』だ。その辺の適当な席に座ってくれて構わない」

 

 室長代理・蒼崎橙子。

 警視・間桐慎二。

 刑事・衛宮士郎。

 戦士・クウガ。

 一般人・藤丸立香。

 翻訳・カーマ。

 それぞれが話しやすさを考えつつ思い思いの席に座る。

 橙子はどこか懐かしそうに、クウガへと語りかけた。

 

「あのバカは、『五代雄介』は元気だったか?」

 

「はい…………とても、健やかだったと、思います」

 

「そうか」

 

「あ…………伝言、ありました。

 ユースケからトーコさんへ。

 『青子さんじゃなくて橙子さんが言ってた方が正しかった。海が最高に綺麗だった!』

 …………と、トーコさんに、伝えて欲しいと…………言ってました」

 

「……ふん。そうか。相も変わらず律儀な奴だ」

 

「ワタシも…………見て、来ました。

 トーコさんが…………教えてくれたという、綺麗な海への…………冒険」

 

 橙子は言葉ではなく、かすかな笑みをもって返答とした。

 

 そしてすぐに、呆れたような感嘆したような言葉にし難い表情で、クウガを見る。

 

「しかしなんというか。

 本当に未確認生命体を人間の味方に育ててしまうとは……二千何番目の技だ、これは」

 

「…………育てられて、しまいました」

 

「そうか、育てられてしまったのか、うん」

 

「ユースケのお友達の…………トーコさん。

 トーコさんの、言うことは、ちゃんと聞けと……言われてます……」

 

「友人? ……まあ、あいつが言っていたなら、そうかもしれないな」

 

 ふぅ、と室長代理橙子は息を吐き、眼鏡を押し上げる。

 

「知人の頼みだ。面倒は見てやるから、ちゃんと言うことは聞くように」

 

「はい」

 

「よし。では始めようか、情報のすり合わせだ」

 

 さあ話が始まるぞ、というところで、カーマがするりと立ち上がった。

 

「じゃあまず、私がクウガさんの代わりに軽くまとめますね。あのグロンギは、何なのか」

 

 何故あんな異常な未確認生命体が、突如この世界に現れたのか?

 

 カーマはその解答を、簡潔にまとめることができる。

 

 この最悪を、分かりやすく言語化できる。

 

「彼らは最初の地球で、リント……人類を狩りつくしちゃったグロンギです。

 人類を絶滅させた彼らは考えました。

 退屈だ。

 リントがいない。

 じゃあ、別の世界に行こう。

 他の地球にはまだリントが沢山いるはず。じゃあ、平行世界に行ってみよう……ってね」

 

「―――!?」

 

 士郎達が息を呑み、信じたくない事実を各々の受け止め方で受け止める。

 

 そう、この世界は既に、滅亡のレールに乗っている。

 

 開幕のベルは打ち鳴らされた。

 

「この地球は、彼らの新しいハンティングゲーム会場に選ばれたんですよ」

 

 この世界で、人間(リント)が重ねてきたある罪がある。

 この世界で、怪人(グロンギ)が行わなかったある罪がある。

 

 『絶滅』だ。

 

 狩りすぎて滅ぼす。

 狩りすぎて絶えさせる。

 人間を狩ることを生態としていたグロンギは、その罪だけは成してはいなかった。

 されど今この世界を脅かすグロンギは、その罪を成してしまった未確認生命体。

 幾多の平行世界を渡り歩き、いつか全ての平行世界の人間を絶滅させる狩猟侵略者。

 

 絶やして滅ぼす悪魔達。勝たなければ、この世界に未来はない。

 

 

 




 桜子さん、青子さん、橙子さんという五代雄介に繋がる三色カラーズ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

 最初の地球で、まだ未確認生命体と呼ばれていなかったグロンギは、地球人類の一種……残酷で攻撃的なだけの、ただの狩猟民族だった。

 

 彼らはリントという、心優しい人類の一族を狩ることを好んでいた。

 優しくも誇り高いリントの心を踏み躙ることは最高に楽しかったらしく、やがて彼らはリントを狩るハンティングゲームを生活と人生の軸に据えていくこととなる。

 普通の人類文明の住人から見れば『異常』としか思えないだろう。

 人間狩りが生態の基本?

 人間狩りが行動の基本である一族?

 人殺しをここまで自然に肯定し楽しむ人間一族など、普通は発生しない。

 そんな風に成り果ててしまったという時点で、グロンギ……未確認生命体は、どこか何かが壊れていて、どこか何かが狂った人類だったのだろう。

 

 いかなる平行世界においても、このリントなる民族が現在の日本人の先祖となる。

 ゆえに、グロンギは日本人を狩ることを好む。

 これが基本だ。

 しかしグロンギは日本人の先祖以外の民族も狩らんとしていたため、人類である以上安全圏に立っている者はいないと言える。

 

 現に『最初の地球』の人類は、一人残らず狩りつくされ、滅ぼされているのだから。

 

 

 

 

 

 始まりの地球にて、ズ・クウガ・バは、ン・ダグバ・ゼバの弟として生まれた。

 天才の弟。

 最強の弟。

 されど、弟の方は『ズ』の底辺から這い上がることすらできていなかった。

 

 戦闘能力を持つグロンギ達の中では、間違いなく最弱。

 一族の中で最強であるダグバの弟であるがゆえに常に比べられ、クウガは最弱最愚のグロンギのレッテルを貼られ続け、常に多くのグロンギに見下され続けてきた。

 クウガは最弱。

 ダグバは最強。

 だが、クウガが抱える最大の問題は『弱さ』ではなかった。

 

 何よりも致命的だったのは、クウガにはグロンギが当たり前に持つ()()()()()()()()()()()()()()()()()という性質が、全く無いというところにあった。

 

 人間狩りに快楽を感じることができないグロンギなど、優しさや思いやりを持つことができない人間と同じくらいに価値がない。

 周囲のグロンギと価値観が共有できない以上、同じ考えを持つこともできず、話を合わせることすらもできない。

 "何があれば人生は楽しいのか?"という概念が、致命的に噛み合わない。

 

 ゆえに同族に仲間として認められることがない。

 ゆえに同族を仲間として認識することができない。

 一つ目の地球の人類が滅亡したタイミングでも何も解決はせず、二つ目の地球に移転してもなお何も好転はせず、クウガも何も変わらないまま、グロンギも何も変わらないまま。

 

 二つ目の地球における最後に生き残った人間とダグバが戦闘し、『相打ち』。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 クウガが常に比べられてきた、最高最強の目標は、唐突にこの世を去ってしまった。

 

 その際、ダグバのベルトは砕け、十個の破片に分かれ、そして―――

 

 

 

 

 

 一つ目の地球の人類を狩り尽くし。

 二つ目の地球の人類を狩り尽くし、けれど最後にダグバが死に。

 今、グロンギ達はこの星に―――三つ目の地球に、襲来した。

 

「そうして、この星に、三つ目の地球に来て…………

 バラバラになった、ダグバのベルトの破片には…………特別な力がありました。

 一つは、体に入れることで、力を飛躍的に増す、増強器。

 そして、もう一つが…………

 以前から行われていた…………グセギス・ゲゲルの、聖なる器としての、用途。

 つまり…………ダグバのベルトの欠片があれば、英霊を、完璧に、利用できるのです」

 

「英霊と、グロンギの、融合体……」

 

「呼び分けないといけない時は、便宜的に『デミ・グロンギ』って呼んでますね、私達は」

 

 カーマが、クウガの服の前をめくる。

 クウガの腰回りには肉体と一体化したベルトがあり、ベルトのバックル部分に深い色合いの金色の破片が三つ、刺さるように埋め込まれているのが見て取れた。

 

「ここに三つ入ってます。

 これがダグバのベルトの欠片です。

 クウガさんが隙を見てかっぱらって来たらしいです。

 クソ真面目寄りなクウガさんにしては奇跡みたいなファインプレーですよ」

 

「へえ、これが」

 

「クウガさんの体にはまだ完全には馴染んでませんが、これでブーストしてるんです」

 

 ヤケクソ気味にね、とカーマは吐き捨てるように言う。

 

「ベルトの欠片は合計10。

 クウガさんが体に入れているのが3。

 グセギス・ゲゲルの参加者が7人で、欠片の所有数が一人一つで、合計7。

 参加者はこの欠片を全部集めたらこのゲームの勝者になれます。それが勝利条件です」

 

「グセギス・ゲゲル……グロンギの聖杯戦争か」

 

「クウガさんはこの欠片でサーヴァントを降霊できるほど強くないんですが……」

 

「ごめん。カーマ」

 

「謝らなくていいですってば。

 それで、クウガさん以外のグロンギは一人一つサーヴァントを取り込んでるわけです」

 

「サーヴァント……か」

 

 士郎、慎二、桜が深刻な表情を浮かべる。

 

 サーヴァント。

 人類史に名を残した英雄や勇者達の一側面が、この世に顕現した存在。

 セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシンの七クラスを基本として、召喚されたクラスに適した側面がこの世に現れるという。

 

 メカニズムとしては、二つ目の地球で死んだというダグバのベルトの欠片を埋め込み、その欠片の中にサーヴァントを降霊し、融合する形である。

 優れた剣士と融合すれば優れた剣士に。

 怪物の英雄と融合すれば怪物らしい戦士に。

 自分に近い存在と融合すれば、能力は相乗効果を生み出すことだろう。

 メ・ドゥサ・レと、メドゥーサのように。

 

 衛宮桜に紙とメモ帳を借り、よく分かってないなりに懸命にメモを取っている立香を尻目に、慎二が口を開いた。

 

「特に危険そうなのはいる? 僕はその辺ハッキリさせときたいタイプなんだけど」

 

「私もクウガさんも参加者のことはほぼ知らないんですよ。今回のドゥサくらい?」

「…………申し訳ありません」

 

「あー、そういう? こりゃ僕達も大変そうだ」

 

「でも、ワタシは…………三騎士が、特に強いと、思います」

 

「三騎士?」

 

「グロンギは…………ある程度、タイプが分けられます。

 特に強い人は、タイプを…………使い分けることもあります。

 格闘の赤が、バランス型、です。

 特化型は…………剣士の紫、槍兵の青、弓兵の緑、の三つ。これが、三騎士、です」

 

「あ。セイバー、ランサー、アーチャー?」

 

「はい」

 

 グロンギの世界において、戦闘バランスに優れた『格闘の赤』を除いた三つの傾向は、『三騎士』という名で呼ばれる。

 グロンギ語では『ガンビギ』だ。

 ほとんど全てのグロンギが、最終的には剣の紫、槍の青、弓の緑の延長線上で力を極めていく……らしい。

 

「慎二、脅威になる奴が気になるのは分かるが、早くゲゲル(ゲーム)のルールを確かめたい」

 

「あー。衛宮ならそっちの方が気になるよね」

 

「教えてくれ、クウガ、カーマ。

 未確認生命体の被害を防ぐには、ゲームルールを解明する以外にないからさ」

 

「では引き続きクウガさんに代わり私が。とは言ってもそんな複雑じゃありませんけどね」

 

 カーマが小さな手で、指を七本立てる。

 

「参加者は七人。

 倒すべきグロンギは最低七人。

 対策すべきサーヴァントは七。

 それぞれが、一週間の内一つの曜日を与えられています」

 

「曜日?」

 

「はい、そうです。

 プレイヤーは与えられた曜日にしか行動できません。

 行動できるのもその日ごとに一度だけ。

 行動権によって縛られているんですよ。

 狙った敵の襲撃、民衆を殺して魂喰い、武器の補充……

 とりあえずゲーム上の行動を取ったらその日の行動権は使ってしまう、ってことです」

 

「一曜一敵、だな」

 

「はぁい、その通りです」

 

 仮定の話だが、セイバーのグロンギが月曜日に割り当てられた場合、セイバーのグロンギは月曜日以外の曜日に人間を襲うことができないということだ。

 また、月曜日に人を襲う行動を取れるのも一度だけ。

 時間が切れれば二度目はない。

 

 ドゥサが撤退した理由も分かってきた。

 あれは、今日という日に与えられた行動権を使い切り、時間を使い切ってしまったのだ。

 だから追撃することができなかった。

 このゲームルールは、上手く逆利用できるかもしれない。何人かはそう考える。

 

「最大、週に七回の襲撃があると考えてください。

 一日に襲撃される可能性があるのも最大一回です。

 これはゲームです。

 とても分かりやすいゲームです。

 グロンギはゲームを楽しむことが目的なので、ルールは破りません。

 ルールの穴は探すかもしれませんが。とにかく、このシステムには反しないかと」

 

「ルールの穴を、探して『例外』をする…………そんな、グロンギも、何人かいます」

 

「一人一日一回でも、七人いれば毎日が戦いか。数は力だな」

 

 七人の参加者による、ターン制のダグバの欠片争奪戦。

 各々が持ち、英霊の魂魄を保持する器であるダグバのベルトの欠片は、さしずめ小聖杯といったところだろうか。

 七つ集めれば、さぞかし大きな力を容れられる大聖杯となるだろう。

 

「カーマ、カーマ…………このお茶菓子、とても美味しい。これは、凄いことだよ」

 

「ちょっと静かにしててくださいクウガさん」

 

 カーマがクウガの頭をはたいた。

 

「あの、ちょっといいかな」

 

 立香が、恐る恐る手を挙げる。

 

「聞きたいことは分かりますよ。

 このゲームにおける、あなたの立ち位置でしょう?」

 

「うん。なんだか、私あんまり関係ないなって……」

 

「あなたはゲームを面白くする要素ですよ。楽しいゲームってなんだと思います?」

 

「……? ええと、使えるキャラが多い……?」

 

「『適度な不確定要素がある』、です」

 

「分かる分かる。僕も不確定要素が完全にないゲームはあんまりやらなくなったし」

 

 うんうんと慎二が頷いていたが、カーマは無視して立香との会話を続けた。

 

「あなたを殺したプレイヤーは、その時点で無条件にグセギス・ゲゲルの勝者になるんです」

 

「え!?」

 

「それとゲームフィールドの解禁フラッグみたいなものでもあるので……

 あなたが殺されるまでは、ゲゲルは東京限定。

 でもあなたが殺された瞬間、ゲゲルは日本全国がフィールドになります。

 その次に設定されたエクストラターゲットが死ねば、次は世界全域です」

 

 藤丸立香が殺されるまでは、東京に絞って戦える。

 それは人間側の特大のアドバンテージである。

 藤丸立香が、殺されるまでは。

 

「どんな弱いグロンギでも殺せる。

 どんな弱者にも勝機が出て来る。

 それが、エクストラターゲット。

 右手の隷呪(れいじゅ)はその証です。

 理解しました? あなたを見つけたら、全員嬉々として襲ってくるってことです」

 

「嘘でしょ……?」

 

「こんな嘘ついてカーマちゃんに得あると思います?」

 

 カーマの言葉に、クウガも頷く。

 

「リツカを守る。それが…………このゲームの、リントが勝つ、絶対条件」

 

 巻き込まれた一般人である立香。

 されどその重要性は、おそらくクウガにも劣らない。

 衛宮桜はその境遇に同情し、衛宮士郎は何が何でも守る決意を固め、蒼崎橙子と間桐慎二は『どの未確認生命体も藤丸立香を見つければ狙う』という点の、大きな戦略的価値に気付いていた。

 

「リツカを守って…………ロストベルトを、集め、ましょう」

 

「え? ロストベルト?」

 

「ダグバのベルトの破片の通称ですよ。

 クウガさんはまあ大体そっちで呼んでますね。

 ン・ダグバ・ゼバの失われたベルト(ロストベルト)ってことです」

 

 こくり、とクウガが頷き、腹部のベルトの三つの欠片に触れる。

 

「ワタシが、持っている、ロストベルトは三つ。

 参加者でないワタシと違って…………他参加者のものには、ナンバリングが、あります」

 

「ナンバリングか」

 

「ナンバリングは…………1から7、まで。

 今日戦ったのは…………ロストベルトNo.1、『ライダー』のメ・ドゥサ・レ」

 

「メドゥーサか……」

「メドゥーサかぁ」

「メドゥーサなんですか……」

 

「…………?」

 

 士郎、慎二、桜が一斉に妙な表情をした。

 

「メドゥーサとお知り合いなんですか? クウガさんがちょっと興味津々みたいですよ」

 

「……ちょっと聞きたいんだが、サーヴァントの側って人格あるんだろうか?」

 

「クウガさんならともかく、他のグロンギは死徒にも並ぶ

 『人類史を否定するモノ』

 の代表格ですよ? 人類史の守護者である英霊が意識を保つのは不可能だと思います」

 

「なるほど、ありがとうカーマ。……まあ、気にしないでくれ」

 

 昔、メドゥーサというサーヴァントに助けられたことのある者達がいた。

 その者達は大人らしい判断で、"戦い辛くならないように"と話さないことを決めた。

 そんなちょっとした話。

 

「七つのロストベルトを集めて、ダグバのベルトを完成させる。それが世界を救う方法です」

 

「世界を救うか。でっかい話だよ、全く」

 

 ゲームルールと、大雑把に異世界のグロンギ達がこの世界に来た理由は判明した。

 会議室で大人達は思い思いの会話を始め、クウガはひたすらにお茶請けを貪り食らい、美味しい美味しいと連呼している。

 そんな中、カーマは何か思うところがある様子でクウガを見ている立香に気が付いた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「……ん、あのさ」

 

 立香は別に、何か確証があったわけではない。

 飛び抜けた察しの良さがあるわけでも、心を読む異能があるわけでもない。

 ただ話を聞いて、クウガを見て、そう思っただけだ。

 

「殺された家族の遺品を、必死に集めようとする子供に見えるのは、私だけなのかな」

 

 そう思った、だけだけれど。

 

 カーマは立香の感想を、否定もせず、間違いだとも言わず、ただ静かに微笑んだ。

 

「あなた、良い人ですね。カーマちゃんちょっと安心しました」

 

「安心? 何に?」

 

「色々です、色々」

 

 カーマをじっと見つめていると、カーマがどこを見ているのか、よく分からなくなってくる。

 

「そういう普通の発想、怪物に対してもしてくれる人あんまりいませんから」

 

 そもそもこの人はなんなんだろう、と立香はふと思った。

 一つ目の地球の説明でも、二つ目の地球の説明でも、三つ目のこの地球に来た説明でも、カーマの名前は出てこなかった。

 あれこれ考えていると、クウガが二人の横でお茶請けの感想を述べ始めた。

 

「食べ物にこだわる…………リントは、とても凄いものになった。ワタシは、そう、思う」

 

「ま、そうですね」

 

「グロンギは、美味しい食べ物の探求、とか…………誰も興味持たなかったから」

 

 人を殺す文化こそが至上の民族の中で、ただ一人リント殺しの文化に馴染めず、食文化にも理解を示せてしまうグロンギは、今日までどんな気持ちで過ごしてきたのだろうか。

 うん、うん、と頷きながら、クウガは美味しい茶菓子を食べている。

 

「殺すこと以外の、文化を育てるのは…………どんな人類にも、できることじゃ、ない」

 

「本当に美味しそうに食べますねえ。でも太らない程度にしましょうね」

 

「私の分も食べる?」

 

「ありがとう。リツカ」

 

 もしかして目が見えない分味覚とかが鋭くなったりしてるのかな?

 

 なんて思いながら、立香は茶菓子を差し出した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3

【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/07/31 11:20 p.m.】

 

 ガツン、と頭をぶつけて、痛みで立香は目を覚ました。

 

「あいたぁ!?」

 

 何に頭をぶつけたのか、そもそもなんでぶつけたのか、ここはどこなのか、そこまで思い返そうとしたところで、ここが対策班の本拠地である分署であることを思い出す立香。

 うとうとして、がくっと体が前に倒れたことで額をテーブルにぶつけてしまったらしい。

 警察の庇護下に置かれたことで緊張の糸が切れ、恐怖と緊張による疲れが一気に来たのだろう。

 

「おはようございます」

 

「あ……クウガ君。おはよう」

 

 顔を上げれば、そこにはソファーの上で微動だにせず、綺麗な姿勢で座り続けていたらしい少年の姿があった。

 どうやらずっと近くで守ってくれていたようだ。

 寝顔見られてたら恥ずかしいな、と少女は一瞬だけ思うものの、抉られた跡が残る少年の顔を見てすぐさま思い直す。

 

 守ってもらっていた、と思うと、守られていた自分を省みてしまう。

 未確認がまた現れ、大勢人が死ぬかもしれないという現実が見えてきてしまう。

 そして、人を殺す行為を心底楽しそうにしていた蛇の怪人の姿を、思い出してしまう。

 立香は子供らしい無謀さと、彼女らしい少しの勇気で、その相談を口にした。

 

「あの、さ。

 警察の人、私に護衛付けて家に帰すか、特別な施設に送ってくれるって言ってたけどさ……

 私にできることって何かないかな? 特別なことはできないけど、今の私だからできること」

 

「あります」

 

「!」

 

「でも…………オススメしません」

 

「なんでか、聞いてもいい?」

 

「あなたが、高い確率で…………死ぬから」

 

「っ」

 

 そう言われたら、少女はそれ以上強く主張を押せない。

 心配されているのに、その上で無理を通そうとする熱量が、自分の命を賭けるに足る理由が、彼女にはまだ無いからだ。

 

「あの…………何故、そう考えたのか、聞いても?」

 

「だって……なんか、悔しかったんだもん。

 人を殺すのが楽しそうで。

 幸せを奪うのが嬉しそうで。

 私を殺すことを、きっとゲームでボーナスキャラを倒すくらいに考えてた」

 

「…………」

 

「私さ、そんな勇猛ってタイプじゃないし。

 怖いものがあったらきっと逃げちゃうよ。

 お化け屋敷だって結構駄目だもん、私。

 ……それでも。あんな奴らのために、誰かが泣くのは、なんか……嫌だなって思った」

 

 少年の表情が、少し柔らかくなり、少し優しげなものへと変わった。

 

「ユースケも…………そんなこと、言ってたかな」

 

「さっき話に出てた五代雄介さん?」

 

「はい」

 

「どんな人なの? 私、全然知らないんだけど」

 

「トーコさんにとっては…………お友達。

 今の警察の、偉い人の一部にとっては…………英雄。

 ワタシにとっては…………恩師であり…………家族のようでもあり…………」

 

「大切な人?」

 

 立香の問いを、クウガは無視するでもなく、数秒ほど考え込む。

 彼が答えを出すまで、立香は茶々を入れず静かに待った。

 

「そう、ですね。大切な人…………かな。きっと、そうだ」

 

「そっか」

 

 それはきっといいことなんだろうと、立香は思った。

 

「ワタシは…………この世界に、来たのが、一年ほど前です」

 

「そういえばそんな話してたね。一年前に警察に警告したとかそういう話」

 

「カーマと一緒に…………こちらの、世界に来て。

 誰も…………人を殺しながら生きる以外の生き方を教えてくれてなかったから、困って。

 そこで、冒険家のユースケと出会って。

 普通の人の生き方を、教えて、もらって。

 それから一年くらい…………ワタシと、カーマと、ユースケで、冒険をしていました」

 

「冒険!? へー、本当にいるんだ、冒険家……

 漫画の中でしか見たことなかったけど、本当に居るんだなあ……わぁ……」

 

 興味津々といった様子の立香を見てこくり、と少年は頷く。

 

「その一年で…………ワタシは少しだけ、リントを、ちゃんとした形で、知ることが出来た」

 

 そうした一年がきっと、人間の仲間として振る舞うことができるこの未確認生命体を、優しく育てる時間になってくれたのだろう。

 

 リントを知り、リントに対して好意的になった、グロンギの裏切者。

 立香はこの少年に守ってもらったが、この少年の過去は今初めて聞いたし、この少年が何を望んで何を求めているかも知らない。

 その目が抉られた理由も知らない。

 初めて出会ってからまだ数時間では仕方ないが、自分を守ってくれる銀の騎士のことを何も知らないということに気付き、僅かながら寂しい気持ちになってしまったようだ。

 

「ちょっといい? 都外に送る準備ができたから、早く車に乗ってくれると嬉しいんだけど」

 

「あ」

 

 ドアを空けて、慎二が参上。

 立香は先程の会話を思い出し、慎二にも同じ話を振ってみる。

 

「あの」

 

「うん?」

 

「私に出来ることって、何かありませんか? その、今特殊な立ち位置ですから」

 

「バカかお前?」

 

「!?」

 

「おっと思わず……いや、できることないからさっさと都外逃げちゃっていいって」

 

 鋭いど直球の罵倒に、立香は思わずたじろいだ。

 

「でも、私が都外に逃げたら、新しいエクストラターゲットが選ばれるってカーマさんが」

 

「別にいいじゃん、藤丸以外の誰かが死んでも藤丸には関係ないだろ?」

 

「良くないです!」

 

「……お前とか衛宮とか、わざわざ生き辛い道選んで楽しい? 理解できないよ」

 

「間桐さんは自分の代わりに誰かが死んだりしたら、胸が苦しくなったりしないんですか?」

 

「自分が死ぬよりはマシだと思うよ、僕は」

 

 慎二の視線が、クウガの方へ向く。

 

「未確認をよく知る未確認としては、どう思う?」

 

「あまり、危険なことは…………して、もらいたくないです」

 

「だよねえ」

 

「でも」

 

「うん?」

 

「ワタシは…………

 普通に、優しい人が、皆に笑顔でいてほしいと願うなら…………

 その願いは、否定したくなくて……叶うように、手伝いたいと、思います…………」

 

「……クウガ、お前」

 

「でも…………普通に、優しい人が、危ない目に合うのも、痛い目を見るのも、嫌で…………」

 

 クウガの日本語は下手だ。

 きっと伝えたい言葉を上手く伝えることもできていない。

 それでも、伝わるものもある。

 

「ワタシは、グロンギ、です。戦いは好きです。…………殺すのは、嫌いじゃないです」

 

 クウガは他のグロンギと違い、人間を殺戮することに快楽を覚えない。

 だが、それだけだ。

 殺人を嫌がったことも、戦いを嫌がったこともない。

 必要ならばいつでもできる。

 

「戦いに関わることが、向いてない人は…………います。

 戦い、は、戦いたい人にだけ、任せればいい。

 ワタシがそうです。

 戦いが好きなワタシが、戦いが好きなグロンギと、殺し合えばいい。

 ワタシを…………誰かの、笑顔を、守るための殺し合いに、使って…………ください」

 

「……」

 

「クウガ君、そういうこと考えてたの?」

 

「他人を殺して、他人を死なせて、罪悪感を覚える、人は、戦うべきじゃない…………です」

 

 言葉にならない感情が人の所作となり、慎二はワカメのような頭をかき混ぜる。

 

「お前みたいな奴がバカの横に居ると僕が楽できていい。というわけで、まあ、頑張れ」

 

 慎二はクウガの肩をぽんぽんと叩いた。

 

「人の良さしか取り柄がないバカ達はしょっちゅう早死にしそうになるんだ。

 分かるか? お前が守るんだぞ。そういうバカは打算も計算もないからな」

 

「はい」

 

「んー? あれ? もしかして私今凄くバカにされてる……?」

 

 人の良さしか取り柄がないバカ、とストレートに言われた立香は若干イラッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パトカーは目立つ。

 なので、ありきたりなバンが移送車両に採用された。

 未成年を未確認生命体に狙わせたままにしておけない、ということで、立香は都外まで運ばれそこから自宅まで送られることになっている。

 立香はまだ悩んで居るようだが、結局移送車両には乗っていた。

 念の為にとクウガが同行し、少女と少年を乗せたバンは深夜の道路を走り出す。

 

「間桐警視から任されました。

 お二人を安全なところまで確実に運ぶのが、自分の仕事っす! よろしくお願いします!」

 

 ただ何故か、運転席に座る警察官は、やたらとテンションが高くやたらと暑苦しく、けれども振る舞いが人懐っこくどこか憎めない、そんな男であった。

 

「よろしくお願いします!」

 

「よろしく……お願い、します」

 

 車を運転しながら、警察官はクウガに興奮気味に話しかけてくる。

 

「聞きましたよ。4号と同じ、人を守ってくれる未確認らしいっすね。尊敬するっす!」

 

 その警察官は20代に見えたが、どうやら14年前の第一次未確認生命体災害時に子供で、子供らしい気持ちで未確認生命体第4号に憧れた、いわゆる『4号直撃世代』であったようだ。

 ゆえに、同じく人類の味方な未確認であるズ・クウガ・バに対し、最初から非常に好意的である様子。あまりの熱意に、クウガも少し押されていた。

 

「自分、4号に憧れてたんですよ。

 でも自分、人間だったので未確認にはなれなくて。

 しゃーない、警察官になって皆を守ろう! って思ったのが十何年か前だったっす」

 

「そう…………なん、ですか」

 

「だから素直に尊敬します!

 第一次の時はガキでしたが、今は警察官として協力するっすよ! 共に戦いましょう!」

 

「はい」

 

 かつて、警察と未確認生命体第4号は力を合わせて戦い、日本と人々を守りきった。

 4号は強くとも、未確認ゆえに全ての人から信頼されておらず。

 警察は人々から信頼されていたが、強さが足りていなかった。

 だからこそ4号と警察は最高のバディとなり、何十体という未確認生命体の全てを打ち倒すという偉業を成して見せたのだ。

 

 今度は自分達の番だと、警察官からにじみ出る雰囲気が言っている。

 警察官は共闘する気満々で、その姿からは未確認生命体ズ・クウガ・バへの警戒や恐怖といったものが一切感じられない。

 純粋な尊敬と好意だけがあった。

 ちょっとクウガを心配していたリツカだったが、そんな警察官を見て、"これなら大丈夫かな"と一安心して安堵の息を吐く。

 自分には何も出来なかったが、これでいいじゃないかと、立香は自分に言い聞かせた。

 

「リツカ」

 

「……何かできることをしたいって思ったのも本当だけど、怖いのも本当だから」

 

「…………」

 

「うん。何かを決めて、この車に乗ったわけじゃないけど。

 これで……これでいいんだよ、きっと。

 だからクウガ君は何も気にしないで。あと、これからずっと、怪我しないようにね」

 

「それは…………おそらく、不可能だ」

 

「うん、だよね。分かってた」

 

 これでよかったはずだ。そう思おうとしても、何かどこかが引っかかる。

 それはきっと"やりきった感"がないからだろう。

 もうそこは自分の心を納得させる以外に道はない。

 

 と、その時。

 クウガが、車窓の外を見た。

 

「む」

 

 クウガだけが感知した何か。

 

 それは音。人間の可聴域では感じ取れない風切り音に似た何か。

 

「―――これ、は」

 

 その一秒後。

 

 彼らが乗っていた車は、遠方より伸びてきた重量級の巨大尾に叩き潰され、走行中にあえなく大破。盛大に爆発し、深夜の街の一角を爆炎にて照らしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メ・ドゥサ・レは、先の戦いで本気の三割も出してはいなかった。

 ゆえに使わなかった能力が、尾の伸長ではない、尾の巨大化である。

 尾を長くするだけでなく、太くすることも重くすることもできる。

 メ・ドゥサ・レの尾は、デミ・グロンギ化前から蛇というより竜の尾だ。

 なればこその『蛇頭竜尾』。

 そのパワーは竜種のそれであり、ドゥサの物理攻撃の中でも最大級の威力を誇る。

 

 にもかかわらず殺せなかったことに、ドゥサは思わず舌打ちしていた。

 

「ゴグギグ・ザンボグ・ザベパ・ザジャギバ。……ギジャ・レグヅヅ・セダバサバ?*1

 

 クウガの対応は、神速であった。

 まず耳でドゥサの接近と攻撃を察知。

 瞬時に変身し、剣にて車の右側面を切り離し、立香と警察官を抱えて跳躍。

 0.1秒を争う一瞬の判断に成功し、尾の一撃と車の爆発を見事にかわして見せたのだった。

 

「ガンバビ・ゴドゾ・ダデデゲ・ビビンギデ・ブセダ・ダバゼロ・ビズブドロ*2

 

 ドゥサは、公園の背の高い大時計の上に立っていた。

 

 地に立つクウガがドゥサを見上げれば、その姿に背後の月が重なって見える。

 

 大時計の長針と短針は、頂点の『12』を既に通り過ぎていた。

 

「ジズベ・ゼンボグ・ボジバンザ*3

 

 日付が変わった。

 それはつまり、一人一人に曜日が割り振られるグセギス・ゲゲルにおいて、次のプレイヤーに行動権が発生したことを意味する。

 だがおかしい。

 曜日は七つ。

 参加者は七人。

 同じグロンギが連日行動権を得られるわけがない。

 

「ズヅバセンゾブゼボグゾグベンボギジョグ?*4

 ガシゲバギ。ゴセパ・グセギス・ゲゲル・ンスススギザンザ*5

 

「ゴラゲパ・ガンバギャ・ゼパバギバ・サバ*6

 

「……?」

 

「ゴラゲザ・ベザギサ・バギボパ*7

 

 ジャラリ、とドゥサの手から垂れ下がる短剣の鎖が風に揺れ、音を立てる。

 

「ゼンバ・ギンゾ・ギンガギゴン・ゲゲル*8

 バサデダ・バギンガ・ギギバン・リント・ビバゲバ・ギズゾガ・デスラドガデ*9

 ガセビパ・ドブデング・ガダダボザ。ジバギン・ゲゲル・ゾジュグシビ・グスドドバググ*10

 

「……!?」

 

「ビボグパゴンドドバグゲゲルビグギバギ*11

 ゾンドグン・グセギス・ゲゲル・ギョビヂパ・ビョグザ*12

 

 それは、初耳の事実であった。

 今日がグセギス・ゲゲルの初日。昨日はその前に行われたボーナスタイム。

 そして、クウガがあまりにも弱く、他の参加者に情報を渡ることを危惧したために、前回の戦いで全く出さなかった本気を、ドゥサが出す気満々になっているということ。

 

「パバダダバ?*13

 ザバサビバ・ギセンゾ・ブゼンギュグ・ゲビグジュ・スガセスボザ*14

 ゴギデ・ゼンバギパ・ゴゴブボムセ・ギジャジャ・グダダバ・ギゾリ・デギダダレビ*15

 ゴブボデパ・バブギダグ*16

 ギラパギバギ。ログザ・セロリ・デギバギ。ゴラゲパ・ザンボブビ・ボソギデジャソグ*17

 

 夜の気配が濃くなっていく。

 死の気配が濃くなっていく。

 それはただの錯覚だが、"ドゥサが本気を出しているという実感"を感知しているという意味で、錯覚などではない確かな絶望であった。

 クウガは覚悟を決め、剣を握る。

 

「ワタシが、死ぬまで…………の時間を、計算、しました。

 おそらく、食い下がることだけを考えて、10分前後……に、なると思います」

 

「……え」

 

「リツカを、離脱させるには…………ギリギリ足りる可能性が有る時間、です」

 

 クウガが頭を下げ、警察官が息を飲む。

 抉られた複眼と、警察官の視線がぶつかる。

 片方は見えてなどいないのに。

 何故か成立してしまう、男同士のアイコンタクトがあった。

 

「お願い、します」

 

「……分かりました」

 

 警察官がクウガの意を汲み、立香を半ば無理矢理引っ張って逃げていく。

 

「待って!」

 

「ワタシは」

 

 クウガは、自分の命に頓着していなかった。

 

「成りたいものがあって…………成りたくないものがあるんだ」

 

 クウガ自身よりも立香の方が、クウガの生存を望んでいたと言えるほどに。

 

 それは未確認生命体が共通して持つ精神性。

 ゲームの失敗=即死のルールを平然と受け入れるグロンギは、その多くが戦いの結果によって自分が死ぬことを恐れていない。そもそもそんな発想がない。

 殺すことが大好きで、死ぬことを恐れない。

 

 ゆえにこそのグロンギ。

 だからこその怪物。

 なればこその怪人VS怪人。

 藤丸立香を生かしたいなら、この衝突は不可避である。

 

「ボゾグ*18

 

「今度こそ、その首…………刎ねる」

 

 掲げた剣が、今日は妙に心細い。

 

 ドゥサからほとばしる魔力が、コンクリートの大地を揺らした。

 

 されど騎士に怯みはなく、その言葉に淀みはない。

 

「お前の罪は、ここで終わりだ」

 

 投げられた鎖付き短剣を、光り輝く剣が斬り弾き、火花と音が宙に舞う。

 

 蛇と騎士、騎士に微塵の勝ち目もない二人の再戦が始まった。

 

 

 

*1
そういう反応だけは早いな。……いや、目が潰れたからか?

*2
あんなに音を立てて接近して来れば、バカでも気付くとも

*3
日付変更の時間だ

*4
二日連続で行動権の使用?

*5
ありえない。それはグセギス・ゲゲルのルール違反だ

*6
お前は参加者ではないからな

*7
お前だけだ、知らないのは

*8
前回の星の最後のゲゲル

*9
並べた9歳以下のリントに投げナイフを当てる的当てゲゲル

*10
あれには特典があったのだ。次回のゲゲルを有利にするボーナスが

*11
昨日はそのボーナスゲームに過ぎない

*12
本当のグセギス・ゲゲル初日は、今日だ

*13
分かったか?

*14
だから二回連続での襲撃が許されるのだ

*15
そして、前回は多くのプレイヤーが戦いを見ていたために

*16
奥の手は隠したが

*17
今はいない。もう誰も見ていない。お前は、残酷に殺してやろう

*18
殺す




■ゲゲル・ジョグヂ
 割り振られしゲゲルの曜日。
 参加者七人にそれぞれ割り振られた曜日に『行動権』が与えられる。
 その日の内に行動権を消費することで、『指定対象への攻撃行動』『リント狩り』『武器の補充』『ターゲットの位置情報や武装情報などの獲得』をすることができる。
 グセギス・ゲゲル参加中に許される戦闘行動は、基本的に行動権を消費した襲撃行動と、他者に襲撃された場合の迎撃行動のみ。
 ルール違反には違反者へのペナルティ、もしくは違反者を除いた参加者への優遇などで罰が与えられる。

金曜日→メ・ドゥサ・レ(8/1 現在)
土曜日→???
日曜日→???
月曜日→???
火曜日→???
水曜日→???
木曜日→???


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

理解

 実は投稿前に書き終わってたの一話だけでそこからずっと自転車操業で書いてます



 ステータス・スペックを数値化し比較したりすることができる、というのが聖杯戦争だ。

 強力なステータスの敵とは戦いを避ける。

 ステータスが低い敵は宝具(ひっさつわざ)やスキルを警戒する。

 サーヴァントの能力を使用しステータス数値などを偽装して、油断させる。

 聖杯戦争の常道と言えるだろう。

 

 グロンギのゲゲル運営進行を担当する『ラ』は、特殊なアイテムを用いることによってグセギス・ゲゲルに限り、ゲゲルの中で戦う者のステータスを可視化することが可能である。

 『ラ』は戦いには加わらない。

 参加者が参加者を殺しても、クウガのような乱入者が参加者を殺しても、何も言わずゲームの進行だけを考え行動を選択する。

 

 ラ・ブウロ・グはビルの屋上から戦いを見下ろし、ドゥサとクウガのステータスを計測。

 

「……」

 

 しようとしたが、クウガの方のスペックが予想以上に低かったため、計測に失敗した。

 やむなく現在のクウガのスペックを測定上の最低値として設定し、それを基準にした測定へと切り替える。

 そうすることで、上手く行った。

 

「欠片を三つ使用しても、欠片一つ分の出力すら引き出せていないのか」

 

 ブウロは溜息を吐いた。

 イレギュラーがいるとゲームは盛り上がるのだが、イレギュラーが弱すぎても白ける結果にしかならない。

 何人かプレイヤーを殺してしまうくらいがちょうどよかろうに、とブウロは考えていた。

 双方のステータスを確認する。

 

「これが、クウガ」

 

筋力:E

耐久:E

敏捷:E

魔力:E

幸運:EX(桁違いに低い)

 

総合戦闘力評価:E

断片出力:E

 

「これが、ドゥサ」

 

筋力:C

耐久:D

敏捷:A

魔力:D

幸運:C

 

総合戦闘力評価:C

断片出力:D

 

「……」

 

 戦いの結末は見えている。

 

 ブウロは穏やかに、リントの所作を真似た動きでクウガに向けて十字を切った。

 

 

 

 

 

 ドゥサは、右肩上がりに熱しやすいタイプである。

 決定的な悪口雑言によって一気に激怒するタイプではない。

 何を言われても怒らないタイプでもない。

 良いことがあっても嫌なことがあっても、時間経過で同じように頭に血が昇っていき、どんどん冷静さを失っていき、どんどん攻撃的になっていくタイプ。

 戦いに酔いやすい、というのがクウガのドゥサ評である。

 

 クウガは死を覚悟していたが、諦めたわけではない。

 ドゥサのこの特性に、クウガは唯一の勝機を見出していた。

 数時間しか間を空けていない連続戦闘。しからば二戦目の今、ドゥサの頭に血を昇らせることはさほど難しくはないはずだ。

 

 頭に血が昇ったドゥサは攻撃的になり、総合的に見ると攻撃力が上昇する。

 そのせいで防御が甘くなり、総合的に見ると防御力が低下する。

 一瞬の隙を突いて、首に全力の一撃を当てられれば、あるいは。

 

 ―――そんな甘い考えを、ズ・クウガ・バは持っていた。

 

「グッ、ガッ、ギッ!?」

 

 甘い考えなど砂糖で出来た城に等しい。突けば崩れる脆いものだ。

 背後を取られたクウガが空中に蹴り上げられ、空中にて跳んで来たドゥサの爪に抉られ、トドメに巨大な尾の振り下ろしにぶっ叩かれ、地面に凄まじい勢いで叩きつけられる。

 路面が崩れて、近くにあった自動販売機が倒れていった。

 

「グッ……!」

 

 本気のメ・ドゥサ・レは強い。

 目を覆いたくなるほどに強い。

 しかもこれすら序の口だった。

 ドゥサが普段ザコ相手には決して使わない奥の手が、闇の中で開帳される。

 

「ギベ*1

 

 街灯に照らされる闇の中、ドゥサが唸る。

 叫ぶのではなく唸る。

 唸りは前に天馬を出した時と同じく、血の色の魔力を滲み出させるが、前回と違いそれはドゥサの全身を包まず、その瞳に集まっていった。

 

「ギベ・クウガ」

 

 地図に消しゴムをかけるように街を消してしまった空翔ける天馬(ベルレフォーン)と同格……いや、それ以上の魔力が瞳に集められ、形を成した。

 

 ドゥサが隠していた秘中の秘。

 頭に血が昇っていなければ、絶対にズ・クウガ・バなどという弱き者には使わなかった、メドゥーサにもメ・ドゥサ・レにも使えない、その二つの融合体ゆえに為せる技。

 殺意の顕現。

 

「ギベ・クウガ」

 

 眼が、輝いた。

 

 全ての眼が、輝いた。

 

 メドゥーサは世界で最も有名な石化の魔眼を持つ怪物。

 その眼に宿る魔眼・キュベレイは二つの(まなこ)で最上級サーヴァントの多くを即死、そうでないサーヴァントも大いに弱体化させてしまう規格外だ。

 二つで十分。

 二つあれば、ほとんどの敵を倒せてしまう最悪の眼球。

 

 繰り返そう。ドゥサの瞳の、全てが輝いた。

 

 ドゥサの頭部の蛇の総数は36対の72体。

 72の頭には、144個の眼球があり、本体の顔も合わせて眼球総数146。

 では、もしも。

 ()()()()()()()()()()宿()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 魔眼の石化力、拘束力、強制力は、7()3()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ギベ・クウガッ―――『天衝く石よ瞳より来たれ(アンリミテッド・スレイ・キュベレイ)』ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宝具。

 それは、サーヴァントの切り札。

 神話と伝承に語られる逸話を再現し、時に圧倒的な格上ですら一撃で葬り去る必殺の一。

 その名を口にすることで神秘は奇跡の一撃となり、敵を討つ。

 

 特にデミ・グロンギの場合、そのスキルや宝具が憑依継承(サクスィード・ファンタズム)によって、時に桁違いのレベルにまで昇華されている。

 『石化の魔眼』を持つメドゥーサ。

 『無数の蛇の頭と眼』を持つメ・ドゥサ・レ。

 この組み合わせは、最悪中の最悪だった。

 

「―――!?」

 

 クウガが死ななかったのは、ただの運だ。

 それまであまりにもドゥサにタコ殴りにされ、吹っ飛ばされ、周囲の建物を破壊しながら転がされ続けた結果、その時の彼の前には大鏡があった。

 施設設置用のとてつもなく大きなものだ。

 その後ろに隠れたクウガは、なんとか即死するのを免れ―――されど、街は悪夢に飲み込まれていく。

 

「バンザボゼバ!?*2

 

 146の石化の魔眼は、その眼で見たものを全て石化させる。

 生物も、建物も。

 植物も、動物も。

 有機物も無機物も。

 ありとあらゆるものが石化していく。

 

 空を舞う鳥が石化し落ち、地面を這うアリの全てが石化する。

 透き通ったガラスは許されるかと思いきや石化し、水も石化した。

 地面に転がる石も石であるのに石化される。

 石化した石が更に石化されその状態から更に石化し、過剰な石化効果による構造干渉で"石"という状態を保つことすら不可能になり、砂になって吹き散らされていく。

 そして吹き散らされた砂がまた魔眼の力で石化させられた。

 

 クウガは足元に転がっていた尖った石を握り、念じる。

 尖った石がグロンギの種族能力である物質変換によって剣へと変わり、クウガがそっと鏡の裏から剣を出す。

 鏡の裏から出た瞬間、一瞬で剣は石化し、ものの数秒で過剰石化によって砂へと変わり、砂へと変わった後に石化し、また過剰石化が始まった。

 

「…………剣でこれなら、肉で受ければ…………最悪、か」

 

 不味い。

 何が不味いかと言えば、クウガには『飛び道具』も『飛び込む脚』もないのだ。

 

 ズ・クウガ・バは、グロンギの力の系統樹では『紫の剣士』に属する。

 他と比べて厚く硬い装甲皮膚と、剛力がこの系統の売りだ。

 武器を剣ではなくハンマーにして『重装甲同士の戦いに勝つ』ことを戦略に組み入れたグロンギもいれば、重装甲とスピードを両立したグロンギもいる。

 そしてこの系統の弱点は、青の槍のような特化した素早さも、緑の弓のような飛び道具も、大抵備えていないというところにある。

 

 石化は即死だ。

 重装甲は何もかもが意味が無い。

 ならば一瞬の隙をついて超高速で魔眼の視界の隙間を抜けるか、遠距離から攻撃を重ねてちまちまダメージを与えたり眼球を潰していくくらいしかない。

 どちらもドゥサに通じるかは怪しいが、通じる可能性が僅かにでも有るだけマシだ。

 今のクウガには、そんな僅かな可能性すらない。

 

(鏡を盾に接近?

 不可能。

 敵は体を動かせる。

 この攻撃は目しか使っていない。

 両手両足で滅多打ちにされる。

 鏡が壊されたらそれこそ終わり。

 あの無数の魔眼を封じて一撃で何か決められれば―――)

 

 その時、ミシッ、と嫌な音が鳴った。

 

「…………え」

 

 ミシ、ミシ、と嫌な音が続く。

 音がするのは鏡から。

 壊れている、とクウガが気付くも、逃げ場がない。

 鏡がこのまま壊れれば死亡。鏡の後ろから出ても死亡だ。

 

 神話において、メドゥーサを倒すのに使われた鏡の盾は、一説には伝説の盾アイギスであり、一説には磨き抜かれた金属の盾である。

 すなわち、当時における真の意味での『鏡』たる盾であった。

 現在の鏡は、板の上に銀膜や特殊膜などを重ね、その上に透明なガラスや樹脂などでガラス部を上塗りすることで完成する。

 

 光を反射する銀塗料の隙間には、銀塗料ほどの反射率の無い塗料がある。

 そもそもの話、先程ガラスはそのまま石化させられてしまっている。

 つまり、この鏡ではアンリミテッド・スレイ・キュベレイを防げない。

 崩壊は時間の問題であった。

 英雄ペルセウスの鏡ならともかく、現代の軟弱な鏡に負けるほど、今の魔眼は弱くない。

 

「ッ」

 

 打つ手がない。

 逃げ場がない。

 どうしようもない。

 けれど何もしないなら、そのまま直行デッドエンドだ。

 盾にしていた鏡の角が石化の果ての崩壊を始める。

 

(どうする、どうする、どうする!?)

 

 そして、鏡が崩壊し。

 

 何の策も見つからないまま、クウガとドゥサの間の視線の道を遮るものが何もなくなった。

 

 

 

 

*1
死ね

*2
なんだこれは!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

 クウガは運が良いのか悪いのか。

 いや、おそらくとてつもなく悪い。

 まさかのまさか。

 メ・ドゥサ・レの魔眼によって根本がポッキリと折れたビルが、ドゥサにはかすりもせず、クウガに向かって倒れ直撃した。

 

「!?」

 

 ダメージはない。

 異界のグロンギはそういうものなのだが、びっくりしただけに終わった。

 気分は温かい風呂だと思って入ったら冷水でした、というアレに近そうである。

 不幸中の幸いだが、倒れたビルが盾になって視線も遮られた。

 なんとか石化による即死も免れようで、クウガは瓦礫の合間をコソコソと動き回りながら安堵の息を吐く。

 

「ダグバダ・ダグ・バンザボセ*1

 

 これは偶然なのか?

 否。

 ビルがここで倒れて来たのは、必然である。

 

 神話にさして詳しくないクウガは知るよしもなかったが、これもまた神話の再現だ。

 メドゥーサの魔眼は、『制御ができない』。

 そのため、サーヴァントとしてのメドゥーサは自分の魔眼を封じるための宝具を持って召喚されるという。なんとも難儀な話だ。

 

 神話ではこの"メドゥーサの魔眼はメドゥーサの意志に関係なく見たものを石にする"という特性を利用し、死んだメドゥーサの首を盾に付け、利用したという。

 なんにせよ、メドゥーサの魔眼は強化するより制御することの方が圧倒的に難しい、ということなのだ。

 

 146個の魔眼があり、73対の顔があるとしても、73個の魔眼封印宝具なんて用意できるわけがないのである。

 

 メドゥーサというビッグネームですら制御できない魔眼・キュベレイを、無理矢理にでも制御しようとしたのがサーヴァント・メドゥーサなら、制御を放棄して周囲全てを破壊する滅びそのものへと変えることを決めたのがメ・ドゥサ・レなのだろう。

 なので、自分の意思に反してビルを破壊してしまったのだ。

 地面に立っている怪人が自然な姿勢を取れば、水平方向を見る形となり、ビルの根本だけが石化し過剰な石化による崩壊も始まっていく。しからば折れるのは必然である。

 

 そもそも、ビルというものは鉄筋コンクリートを石化させた時点で鉄筋ではなくなり、強度問題ですぐさまポキっといってもおかしくないものだ。

 規模が跳ね上がった石化の魔眼は、もはや周囲の全てを終わりに導くまで止まるまい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 信じられない魔眼の効果の突破力を、本来二つしかなかったはずの魔眼キュベレイを10個20個、30個40個と重ねることで実現させている。

 

「ゼロ・パダギジャ・バベセダ・ダゴゲバギ。ビガギゾギ・セバギド*2

 

 今最も有望な対策は、時間切れ狙いだろう。

 ドゥサを立香の方に行かせず、かつ迂闊にあの魔眼にやられないように立ち回り、ゲゲルの時間制限切れを狙う。

 一回目はこれで乗り切れたのだから二回目もこれを狙えばいい。

 あとは一週間かけて対策を練ってぶっ殺す。これが手堅いやり方だ。

 

 ならば、位置関係を把握しなければならない。

 必要なのは索敵だ。

 クウガには索敵系の技能も能力も一切ないが、事この状況に至っては、ドゥサの位置くらいは常に把握しておかなければ最悪の状況に転がりかねない。

 よって、索敵を始めたのだが。

 

「あ」

 

「あ」

 

 ある店の中でクウガが見つけたのは、ドゥサではなく、立香と警察官だった。

 

「え、あの…………なんでまだこんなところに?」

 

「うっ」

 

 立香の後ろには、小さい子供達が何人もいた。

 

「子供…………ですね」

 

「この子達、目の前でお父さんやお母さんを石にされちゃったらしいんだ。

 小さい子供は背が低いじゃん?

 だから窓の高さまで身長が届いてなくて助かったみたい。それ自体は、いいんだけど……」

 

「まいったっす。そういうわけなので、子供達の恐怖の状態は最悪と言っていいっすね」

 

 子供達は立香にすがりつく者、警察官に抱きつく者、石になった親に泣きつく者と多種多様。

 店の中をクウガがぐるりと見渡せば、子供の数は12人。

 少し……いや、かなり多い。

 この数を連れて逃げるなら、ドゥサからは逃げ切れない。絶対に。

 

「おかーさん……」

「おどーざん……!」

「えぐっ、ひぐっ」

 

 泣いて、何かか誰かにしがみついて、このままここにいれば死んでしまうのに、ほとんどの子供がここを動こうとしていない。

 子供らしいと言えば聞こえはいいが、この状況では最悪だ。

 子供が枷になっている。

 ゆえに立香が逃げられない。

 しからば立香は制限時間内に必ずドゥサに発見され、殺され……エクストラターゲット達成で、日本全国にて一斉にゲゲルが開始される。

 発生する死者は百万人クラスか、千万人クラスか。

 最悪、桁はもう一つ上に行くかもしれない。

 

「もう奴を倒すしかないっす。立ち向かいましょう! 子供達を守るんす!」

 

「…………」

 

「……最悪、クウガさんと立香ちゃんは逃します。二人は希望っすから!」

 

 クウガは顎に手を当て、考え込んでいる。

 警察官の言う子供達を全員活かす道を考えつつ、最悪の事態を回避するために最後の一線を引いている折衝案は一見悪くないものに見える。

 だが、それすらもクウガから見ればありえない案であった。

 

 子供達生存の道を探すためにドゥサに立ち向かうというのが既に論外である。

 その瞬間に全滅もありえる。

 クウガからすればこんな子供は見捨てる以外にありえない。

 ドゥサに対する勝機が0になっている以上、それ以外の選択肢はありえないのだ。

 

 "自分はドゥサに勝てない"と言えばいい。

 "子供達を見捨てて逃げよう"と言えばいい。

 それが正しい選択だと分かっているのだから、クウガは言ってしまえばいいのだ。

 きっと立香も警察官も、最低一考はしてくれるはずだ。

 

 なのに、言えなかった。

 

「ねえクウガ君。石化した人達、どうにかして戻せないかな……」

 

「それは…………ドゥサを倒せば、戻ると思う。

 でも。その前に石化した体が砕けたりしたら…………おそらくは、無理になる」

 

「そっか。

 じゃあやっぱり、今日どうにかしないとダメなのかな……

 今日ダメだったら、最悪来週まで解決できなくなるかもしれない。

 そうしたらこの子達、親が石になったまま一週間って、トラウマになっちゃうよ」

 

 言えばいいのだ。

 今夜、これだけの破壊がもたらされたなら、死人は大量に出たはずだと。

 十人や二十人の子供の死者が追加されたくらいなら誤差だと。

 そんなものにこだわって大局を見誤ることが最悪なのだと。

 クウガは言ってしまえばいい。

 けれど、言えなかった。

 

 ドゥサのゲゲルを失敗扱いにし、エクストラターゲットをグロンギから守り抜くために、子供を犠牲にしようと言えばいいのに。

 どうしても、言えなかった。

 

 言わなければ。

 言えない。

 言うべきだ。

 言えない。

 言う以外に何がある。

 言えない。

 

 子供達を見捨てろと、言うべき口が開かない。

 

 口を開けないクウガの手を、怪物の姿をしている今の彼の手を、歩み寄ってきた子供の小さな手が握る。

 クウガは言葉なく驚いた。

 さっきまで開こうとしても開けなかった口が、何故かするりと開いていた。

 

「…………どうか、したかな」

 

「げんき、だして」

 

「―――」

 

 何かを言おうとして、何かを言うべきはずだった口が、何も言えなくなった。

 

 クウガの手が、現実に立ち向かうように、現実から逃げるように、子供の手を優しく握った。

 

 そして、終わりがやってくる。

 

「ボボバ*3

 

 ドゥサの声が聞こえた瞬間、クウガは何も言えなかった自分を悔いた。

 見捨てられなかった自分を悔いた。

 もはや手遅れ。

 ここから全てを見捨てても、間に合わない。

 

 視界に入れば即アウト。

 見られたならばすぐ石に。

 そうなることを分かっていた警官は、前に出た。

 ドゥサに近付けば助からない。

 けれどドゥサに近付けば、より多くの視界を塞げる。

 

 前に出たのは、その警官の勇気の証。

 

「子供を頼―――」

 

 警官が一瞬で石化し、その体が視線を遮る壁となる。

 クウガは上手く視界の穴を縫うようにして、立香を魔眼の視界の穴へと滑り込ませた。

 

「っ!」

 

 だがそこに立香を滑り込ませる代償として、クウガの左手が魔眼の視界に入ってしまう。

 急速に石化が進む左手を見て、クウガは迷いなく自分の左腕を肩口から切り落とした。

 落ちた左腕が完全に石化し、体はなんとか無事に済む。

 未確認って腕も生えるのかな、と立香は思った。

 だが、いつまで経っても生えてこない。

 切り落とされた腕は、そのままだった。

 

「流石に…………切り落としちゃったら、生えて、こないか」

 

「そんな……!」

 

 少女の顔色が、さあっと青くなる。だが、騎士に動揺はない。

 

「リツカ。ここからは、指示に、従って欲しい」

 

「う、うん」

 

 ドゥサは、とっくに冷静ではない。

 能力はありえないほどに規格外だが、それを操るドゥサの思考は加速度的に単調になっていっている。

 動きを読むだけなら造作もなく、ここから立香を連れて逃げるたった一つの道筋を、クウガは既に見つけていた。

 見つけていた、けれど。

 

「………………」

 

 思考があった。計算があった。予測があった。

 

「―――」

 

 葛藤があった。懊悩があった。

 

「―――」

 

 だが、迷いはなかった。

 

「―――」

 

 決断は一瞬だった。

 

 クウガは店内の物陰に入り込み隠れてなんとか石化をやり過ごした幼い子供の服を掴み、物陰から無理矢理に引きずり出す。

 そして、投げた。

 

「え? え―――」

 

 計算され尽くした子供の投擲が、ドゥサの視界の一角を的確に塞ぐ。

 子供は石化し、視線を塞ぐ壁となった。

 店内の置物、警官の体、石化した大人などが複合的に死角を作り、道が出来た。

 クウガは立香の手を引き、数秒の間だけ出来た道筋を走る。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 立香の声は、もう聞かない。

 大きな棚の陰に隠れて震えていた幼い子供を無理矢理引きずり出す。

 

「やだぁ、やだぁ、やだぁ! あ―――」

 

 そして、投げる。

 石化させられた子供でまた視覚的隙間を作り、その隙間に立香と自分の体を滑り込ませる。

 出口に近付く、小さな一歩。

 

 とても大きなサイズの梱包用ボックスの中に隠れ、泣いていた年齢一桁の子供を無理矢理引きずり出し、視線を遮る盾に使う。

 

「ママー! ママー! 助けてママー! マ―――」

 

 盾に使った後は無造作に床に投げ捨てた。

 

 次の逃げ道もまだ視線が通る隙間がある。

 視線が僅かでも通ってしまえば、即座に石化させられてしまう。

 だから、親の石像にすがりついていた5歳くらいの女の子を、隙間塞ぎに使った。

 

「やめてぇ! やだぁ! やぁー! や―――」

 

 石化した小さな女の子に目もくれず、泣いている女の子を物陰に見つけ、また無理矢理引きずり出してドゥサへと投げる。

 

「怖いよぉ……ぐすっ……えぐっ……離してぇ……怖いよぉ……! ぁ―――」

 

 一歩、また一歩と、魔眼の視線に触れない道を辿りながら出口へと近付いていく。

 

 そして、最後の一手。

 ここまでドゥサの動きを完璧に読み切ってきたクウガが、最後の詰めに入る。

 

 少年はドゥサの思考を読み切っていた。

 クウガ達がどこにいるか分からず――視界に一切入らないため――、けれど逃げ切る寸前だということを察したドゥサは、尾を巨大化させる。

 そしてクウガ達がいそうな場所に見当をつけて薙ぎ払う。

 大味に。

 大雑把に。

 先程石になった警官の石像を、粉砕しながら。

 

「―――」

 

 立香は、先程したばかりの会話を思い出す。

 

―――それは…………ドゥサを倒せば、戻ると思う。

―――でも。その前に石化した体が砕けたりしたら…………おそらくは、無理になる

 

 バラバラになった"警察官だったもの"が宙を舞い、クウガが立香を抱えて脱出に入る。

 

 クウガが読み切った通りにドゥサは動き、クウガが予想した通りの犠牲にて終着した。

 

「ま」

 

 思考が停止している立香を抱え、クウガは駆ける。

 

「待って、クウガ君、待って」

 

 12人の子供達全てを使()()()()()()クウガは、無事に立香を連れ店内を脱出、ドゥサが追いついて来る前に、街の一角へと身を隠していた。

 

 

 

 

 

 逃げ切った後、立香がクウガに詰め寄ったのは、当然のことだった。

 

「ねえ……ねえ! これ、どういうことなの!?」

 

「子供を頼むと……言われ、ました。子供達は石化しただけ、だから」

 

「―――」

 

 子供を見捨てられない気持ちがあった。

 子供を頼むと言われた警官の言葉があった。

 立香を見捨てられない気持ち、エクストラターゲットを殺させてはならない責任があった。

 

 だから、ズ・クウガ・バに選べる道など、これ一つしかなかったのだ。

 

 子供達は全員犠牲にされたが、石化だけなためにまだ生き返る道はある。

 警察官は立香と子供達全員を救うために許容されてしまった犠牲。

 エクストラターゲットもまだ倒されていないため、致命的な一線を越えずに済んだと言えないくもないのかも知れない。

 

 だが、立香はクウガを褒められない。

 褒めたくない。

 泣き叫ぶ子供達を、まるで道具のように扱い、計算尽くで警察官を犠牲にしたその冷酷さ。

 少しずつ積み上げられていた立香のクウガに対する信頼と好感を、根こそぎ消し去ってしまうのに、先の彼の非人道的な行動は十分すぎるものだった。

 

 あまりにも辛かった。

 あまりにも悲しかった。

 素直に「私を助けてくれてありがとう」と言いたくても言えなくて、立香は胸が張り裂けてしまいそうだった。

 

 クウガのあの行動を見てから、感謝の言葉を言うことなど、できなかったのだ。

 

「子供と、リツカ、どちらも全員助かる可能性があるのは、この道筋だけで……」

 

「分かってる! 分かってるけど! 私が言ってるのはそういうことじゃなくて!」

 

 クウガの選択は正しかったのかもしれない。

 だが、正しかっただけなのかもしれない。

 小さな子供をボールのように無造作に投げ、単なる壁として使うという異常行動。

 子供をそんな風に扱う行為に一切の躊躇いがないズ・クウガ・バが、恐ろしかった。

 立香は、クウガを恐れてしまった。

 

 クウガを『理解』してしまったがゆえに、恐怖してしまったのだ。

 

 

 

「その選択が合理的に正解なのと、躊躇いなくやれちゃうのは、別の話じゃないのっ……!?」

 

「―――」

 

 

 

 ズ・クウガ・バは、人間ではない。

 グロンギなのだ。

 怪人の裏切者で、人間の味方でも、未確認生命体の一人なのだ。

 人間と同じように見てしまえば、必ずズレが出る。

 

「逃げ切ったら……

 クウガ君、申し訳なさそうにするとか、謝るとか、思ってて、私、私っ……!」

 

 普通の女の子と、異常な怪物。

 

 この瞬間まで仲良く出来ていたという奇跡が終わり、当たり前のズレが表出してしまう。

 

 二人の価値観は、絶対的にズレ込んでいる。

 

「申し、訳、ない」

 

「……私に、私に、謝らないでよっ……!」

 

 せめて、子供達を見捨てようと最初から言えなかった『慈悲』が、彼の中に欠片もなければ良かったのに。

 その慈悲がなければ、最適解が選べていたのに。

 警察官は死なず、子供達の多くも石化せずに済んでいたかもしれない。

 

 せめて、子供達や警察官をあんな風に非人道的に使う『無慈悲』が、彼の中に欠片もなければ良かったのに。

 その無慈悲がなければ、立香と喧嘩はせずに済んでいただろうに。

 善き人気取りの悪くない気持ちのまま、彼らは悔いも少なく死ねていけただろう。

 

 けれども、結末は本当に中途半端だった。

 

「本当に、ごめん、なさい」

 

 クウガは両手も両足も揃えたお辞儀をしようとする。

 だが、片腕の欠損を忘れていたクウガが、少し姿勢を崩してしまった。

 取り繕って、再度クウガは頭を下げる。

 

「ワタシは…………まだ…………リントの心が、完璧には、分かってなくて…………」

 

「―――っ」

 

 立香の内に、感情が噴出する。

 クウガへのやるせない怒り。

 自分を守ってくれたことへの感謝。

 死んでしまった、いい人そうだった警察官。

 泣き叫びながら石になっていった子供達。

 

 そして怪物のくせに、人間(リント)の心を理解しようとしているクウガへの感情。

 感情に振り回されて、クウガの気持ちを理解しようとさえ思っていなかった一瞬前の自分へと向けられた感情。

 

 混ざりあった複雑な感情を、立香は精一杯頑張って飲み込んだ。

 

「……ごめんね」

 

 クウガが謝って、立香が謝って、けれど何も解決はしなくて。

 

 死んだ人は、戻ってこなくて。

 

 胸の奥が削られるような苦しみと痛みが、少女を苛んでいた。

 

 

 

*1
助かったが、なんだこれ

*2
でも、私じゃなければ倒せない。気合を入れないと

*3
ここか



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3

 かの警察官は、未確認生命体第4号に憧れた警察官だった。

 憧れは熱意を生む原動力となり、彼を優秀な警察官へと育て上げた。

 立香を送る警察官に彼が選ばれたのも、ひとえに彼の優秀さゆえ。

 

 彼は死ぬ前に、クウガと合流する前に、最速で署へと通報を行っていた。

 なればこそ、最速で未確認生命体対策班が到着するという最良の結果へ直結する。

 最良であり、最速だった。

 それでもなお、手遅れだった。

 

【東京都足立区 2014/08/01 00:35 a.m.】

 

 石化の暴虐。

 一滴の血も流れない、あまりにも美しい皆殺し。

 未確認生命体対策班が到着した時、既に死者は三桁数へと突入していた。

 

「……なんて酷さだ」

 

「慎二。クウガをまず探そう」

 

「ちょっと待った。蒼崎代理から預かってたカバンが……お、重い!」

 

「気をつけろよ。もう道路もどうなってるか分からないからな」

 

 メ・ドゥサ・レに見つからないように動き、手早くクウガ達を回収したいところだ。

 

『せんぱ……士郎さん、今大丈夫ですか?』

 

「ああ、桜か。どうした?」

 

『運転手の桜田さんが、車でクウガくんに支給のスマホを渡していたそうなんです。

 本当にいざという時に連絡を取るために必要だから、ということだったらしいんですけど』

 

「! それなら、GPSで追えないか?

 支給品のスマホにはかなり精度が高い物が入ってたよな?」

 

『はい、追えてます。動き回ってるみたいなので、逐次位置情報を送りますね』

 

 桜のサポートを受けつつ、士郎と慎二は仲間達と共に移動を開始する。

 

「これ、僕が思うに逃げ回ってるんじゃ?」

 

「俺もそう思う。こっちから迎えに行こう」

 

 ただ移動するだけでも、警察官の間に緊張が走る。

 クウガ達を運んでいた運転手の警察官が事細かに通報していたため、彼らはかなり実態に近いメ・ドゥサ・レの魔眼情報を手にしていた。

 

 ドゥサの魔眼は、最悪の場合跳躍移動→警察官全員を見る→全員石化という対抗困難な即死攻撃を仕掛けて来かねない。

 ドゥサの奇襲を十分に警戒・対策し、可及的速やかに士郎達は移動する。

 

 士郎達がクウガ達と合流できたのは、物陰に隠れながら移動するクウガ達が、ドゥサによって追い込まれかけたまさにその時であった。

 

「!」

 

「早く乗れ!」

 

 士郎が腕力でクウガと立香を引き上げ、慎二がアクセルをベタ踏みにして一気に離脱する。

 なんとも恐ろしい。

 ドゥサが相手では、こうした逃走一つですら綱渡りだ。

 ビームが飛んで来ても回避できることはあるかもしれないが、逃げている車がドゥサに見られただけで石化してアウトだということを考えれば、本気でどうしようもない。

 その後もずっとハンドルを握る慎二は慎重に道を選び、ドゥサの視線が活きやすい道路は避けて逃走を続けた。

 

「あの…………あの警察官の、方の、ことですが」

 

 クウガが謝ろうとする……が。

 

 運転をしながら、慎二が無礼に言葉を遮る。

 

「最初に言っとくけど、僕にも衛宮にも謝られる筋合いはないよ」

 

「え」

 

「やめなよそういうの。時間の無駄無駄」

 

 戸惑うクウガ。

 誰が謝れと言ったのか。

 誰がお前のせいだと言ったのか。

 誰もそんなことは言っていない。

 もしもクウガに『謝れ』と言った者がいるとするなら、『お前のせいだ』と言った者がいるとするなら、それは……ズ・クウガ・バ本人以外には、ありえないだろう。

 

「お前のせいだって誰かが言ったんなら、まあその人に謝ればいいんじゃないかな」

 

 自分自身を除けば、誰もクウガのせいとは言っていない。

 クウガの視線が立香の方を見るが、立香はぷいと顔ごと視線を逸らした。

 責められたがってるクウガを責めてなんかやるかと、立香は決意を改めて固める。

 

 責める言葉は意地でも言ってやらないと、心に決めていた。

 "メ・ドゥサ・レのせい"以外の何も言ってやらないと、心に決めていた。

 

 未確認生命体の悪行が原因で自分の命を守ってくれた人を責めなければならない、ということそのものが、立香は嫌で嫌で仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車で落ち着いた場所に移動するまで、約10分。

 落ち着いた場所まで移動を追えても、立香の心はささくれ立ちまるで落ち着いていなかった。

 

「……」

 

 辺り一面の森。

 ここは森林地帯だが、同時に追い込みポイントという俗称で呼ばれる、対未確認用戦闘領域に指定されている場所でもある。

 ここでならどれだけ大規模な戦闘を行っても責められない、というお墨付き。

 ドゥサがここを見つけても見つけなくても、どちらにしても人間側に損はない。

 有利なフィールドでの戦いか、グロンギ側の制限時間切れのどちらかしかないからだ。

 

 だがそんなことは、今の彼女にとってかなりどうでもいいことだった。

 

「はぁ」

 

 立香だけだ。

 今、未確認生命体に立ち向かう人間の陣営の中で、戦士として専門の訓練を受けていないのも、人の死に慣れていないのも。

 

 人一人死んだだけで大いに気にして、大いに落ち込む。

 それは戦士らしからぬ反応であったが、普通の人の反応でもあった。

 人の死に慣れるのはいいことなのだろうか?

 人が死んでも平気であるのはいいことなのだろうか?

 人の命は、どのくらい重くて、どのくらい軽いものなのだろうか。

 

 クウガ君とどんな形でもちゃんと話さないと、と立香は思うが、話す気力が出てこない。

 話したくない、という子供らしい気持ちが先行してしまう。

 

「グロンギ……未確認生命体……なんなんだろ……」

 

「そんなものをリントが理解できるとは思えないんだが」

 

「―――!?」

 

 自分一人だと思って呟いていた立香に突如かけられる声。

 どこからか突然聞こえてきた声に辺りを見回すも、何も見えない。何も居ない。

 まるで、空気が喋っているかのようだ。

 周囲に見えるのは木々と草木と、月が輝く星空くらいのものである。

 恐る恐る、立香は周りの空気をグーパンで殴り始めた。

 空振り、空振り、空振り。

 少女のパンチは何にも当たらず、含み笑いの音が聞こえる。

 

「いい反応だ。やっぱ話しかけるならお前が正解だったな」

 

「だ、誰?」

 

「舌から生まれた『メ・ガルメ・レ』。

 木曜日をあてがわれてるんで、6日後にはお手柔らかにな」

 

「……! 未確認生命体の、プレイヤー……!?」

 

「その通り」

 

 メ・ドゥサ・レに続く、二人目のプレイヤー。

 未確認生命体なら姿が見えなくても何ら不思議ではない。

 立香は身構える……が、本当に新たなる未確認生命体なら、抵抗すら許されず惨殺されるだろうということは彼女も分かっている。

 立香も無駄な抵抗だとは分かっていたが、それでも無抵抗で殺されてやるものかという気合いだけは十分にあった。

 

「わ、私に、何の用?」

 

「奴の、ドゥサの弱点を教えてやろう」

 

「……え?」

 

「伝説の再現をするために首を狙いすぎだ。

 みぞおちを狙え。斬るのではなく突け。あそこだけ、極端に脆いぞ」

 

「え、な、なんで?」

 

「クウガが生まれる前の古傷だ。

 今は巧妙に隠しているが、少し突くだけでかなり深いダメージになる」

 

 この情報が本当なら、最高にクリティカルな情報だ。

 もしかしたら、戦術の工夫次第では、ズ・クウガ・バの攻撃力でも―――メ・ドゥサ・レを倒すことができるかもしれない。

 とはいえ、人間にとって都合が良すぎる。

 この情報を鵜呑みにするのは、あまりにも危険であると思われた。

 

「もう一回、別の意味でなんでって聞くけど、なんで仲間の情報を売ってるの?」

 

「クウガは俺の親友だからな。助けてやろうと思ったんだ」

 

「……」

 

 あまりにも露骨な大嘘に、立香は思わず眉根を寄せた。

 どうやら本音も真実も口にする気は無いらしい。

 

 このガルメという男(立香はまた声から推測した)の言うことが本当なら、親友のクウガに直接教えに行けばいい。

 グロンギに知り合いがおらず、一番素人っぽい立香を狙って声をかけたこの状況も、あまりにも怪しすぎて信じられる要素0である。

 

「おいおい、信じてないのか? 俺はクウガのことはよーく知ってるんだぜ」

 

「例えば?」

 

「ん、そうだな。あいつの精神異常についてはよく知ってるぞ」

 

 立香がぴくり、と反応を示した。

 

「ダグバとクウガ。あの二人はとびっきりの異常者でな」

 

「とびっきりの異常者……?」

 

「グロンギは基本、リントを狩るもんだ。

 リントを狩るゲゲルが楽しいもんだ。

 だがダグバは違う。

 あいつはその気になりゃリントもグロンギもおかまいなしだ。

 どっち殺しても楽しそうにしてやがる。

 しかも弱い奴殺してもつまんなそうで、強いグロンギ殺す時は満面の笑みだ。

 見てて怖気がするぜ。

 そんなダグバ以上に頭イカレてたのが、その弟のクウガだったわけだがな」

 

「そんな異常には、見えなかったけど」

 

「いやいやいや。

 普通のグロンギはグロンギを仲間と感じ、リントを殺すと快楽を感じる。

 だけど人間を仲間と感じ、グロンギを殺すと快楽を感じるあいつは最高の異常者じゃねえか」

 

「……え」

 

「ん? なんだその反応? 知らなかったのか?

 あいつは唯一の『反転』したグロンギなんだってこと」

 

 『逆だ』と気付いた瞬間、立香の頭の中で、情報の歯車が噛み合う音がした。

 

 人を守るのも。

 グロンギと戦うのも。

 "思考と嗜好が反転したグロンギ"なのだと、そう思えば、答えが一つ転がり出てくる。

 あれが真逆(オルタ)の性質を持ったグロンギだと言うならば、納得できる。

 

「あいつは嗜好が反転してるだけのグロンギってことだ。分かるか? 俺達の身内だよ」

 

「……違う」

 

 それでも、立香は彼を単純に『反転したグロンギ』だとは言いたくなかった。

 

「あいつはな、俺達のいい玩具だったんだ。

 最高だろ? あんなグロンギ他に居ないしな、ククク。

 あいつが苦しむ顔は、あいつがまともじゃないグロンギだからか、仲間内でも受けてたよ」

 

 こらえきれない笑い声が、どこからか響いてくる。

 

 メ・ガルメ・レは、クウガを笑っていた。

 

 落ちこぼれを笑う声で。欠陥品を笑う声で。玩具な格下を笑う声で。

 

「何が」

 

 その声が、藤丸立香の癇に障った。

 

「何がそんなにおかしいの?」

 

 これだ、と立香は怒りに飲まれつつある心で思った。

 殺戮を楽しもうとしていた時のドゥサに対して抱いた気持ちと、ほとんど同じ気持ちをガルメに対して抱いてしまう。

 立香はその感情を言語化できない。

 あえて言うならば"怒り"。

 許せないものがそこにあるという、ごく普通で当たり前の怒りであった。

 

 ズ・クウガ・バをまともに同族扱いしないどころか玩具扱いしているガルメを見れば、クウガが幼少期からどんな扱いだったかは察せられるというものだ。

 それがまた、立香の怒りを加熱させる。

 

「仲間が苦しんでる話って、そんなに面白い……?」

 

「面白いだろう?」

 

 考える様子すら見せず、ガルメはノータイムで即答する。

 

「無様な奴はいつだって見ていて楽しい。リントの何割かだってそう思ってるだろ?」

 

 そして流れるように、リントへの侮蔑を始めた。

 

「踏み躙るのは楽しいだろう?

 ゲームで雑魚を蹴散らし、雑魚の命を散らす時。

 気に入らない敵の思い上がった意識を踏み躙る時。

 そして、誇り高い者の誇りを踏み躙り、綺麗なものを踏み荒らし尽くした時……」

 

 舌から生まれたメ・ガルメ・レ。

 その異名は、戦いとなれば舌を武器にし、そうでない時は止まらない弁舌をいっつも他人に聞かせている、そんな逸話から来たものである。

 

「リントもグロンギも同じだ。

 真っ白な雪を一番乗りで踏み荒らして喜ぶように、踏み躙る事そのものが楽しいのさ」

 

 舌を回して他人を侮辱し、その尊厳を踏み躙る時にこそ、ガルメは快楽を覚える。

 

「踏み躙ること以外何もできない人に、私達は負けないよ」

 

「大口を叩くと後が辛いぞ?」

 

「絶対に負けない。あなたなんかに。私も、クウガ君も」

 

 クックック、と笑い声が漏れ響く。

 

「お前達が有難がっているクウガだがな。

 ヤツの異名の一つを知っているか?

 『雪』だよ……ククク。

 あの髪も理由の一つだが、最たる理由は……『踏み躙られるためにある』からだ」

 

「……ああ、グロンギにとって、雪ってそうなんだ」

 

「?」

 

「私はクウガ君と数時間くらいしか付き合い無いんだよね。

 でも、空いた時間にたくさん話したから、今のあんたになんて言うかは想像できる」

 

―――食べ物にこだわる…………リントは、とても凄いものになった。ワタシは、そう、思う

―――グロンギは、美味しい食べ物の探求、とか…………誰も興味持たなかったから

 

 思い返すは、ズ・クウガ・バの綺麗な白い髪。

 

「雪を見て、美しさよりも先に踏み躙るものだと思うグロンギに、私達は負けない」

 

「美しいから踏み躙るんだろ?」

 

「美しいから守るんだよ」

 

「……」

 

「……今なら、私は胸を張って言える」

 

 違う。きっと、未確認生命体とズ・クウガ・バは何かが違う。

 

 そうであると信じたいと、立香は思う。

 

「あなた達と、クウガ君は違う。だって、未確認生命体は……何も、守ってない」

 

 話したいと、立香は思う。

 

 もう一度彼と話したいと、今は心底そう思えていた。

 

 舌から生まれた怪人は、『何かの目論見』が失敗したらしく、人知れずその長い舌で舌打ちしていた。

 

 

 




 話すの気まずいなー話したくないなーと思ってたけど茶々入れられて逆に話し合いのやる気出たウーマン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4

りつかおる


 人の死を、それも直前まで好感を持っていた警察官の死を見てしまい、子供達の無残な石化まで見てしまったことで、藤丸立香の心は不安定な状態にあった。

 クウガを見て、良い感情と悪い感情のどちらもが出てきて、どちらもまぜこぜになってしまうともう真っ当に接することができなくなってしまう。

 

 だが皮肉にも、未確認生命体によってもたらされた不安定は、未確認生命体の介入によって払拭された。

 発言を見ている限りクウガを人間サイドから引き剥がしたがっていたようだが、立香の知ったことではない。クソくらえである。

 

 立香が心を切り替えるのに必要だったものは、たった一つ。

 『クウガをもう一度信じようとする心』である。

 

 ズ・クウガ・バの残酷で無慈悲な選択こそが、クウガもまた未確認なのだという認識を立香に浸透させ、その心に不安を呼んだ。

 その不安を切り払うための、信じようとするきっかけが必要だったのだ。

 そう、例えば。

 『やむなく仲間を死なせるしかなかったクウガ』との対比になる、『特に意味もなく同族の仲間をバカにする男』だとか。

 リントの文化を褒めていたクウガと違い、文化人の対極のような発言もしてくれれば最高だ。

 

 あとは、気付くことができれば、それでいい。

 ズ・クウガ・バと、未確認生命体達は近いところがあったとしても、遠いところもあるのだと。

 

 ガルメの計算のクウガに対しては極めて正しかったと言える。

 クウガとドゥサの戦いにおいても、何かを予測していたようだ。

 警察のこともよく把握し、警察に護衛されている立香との会話を見事成功させて見せた。

 ただし。

 藤丸立香の性格だけは、完全に読み間違えていた。

 ガルメの予想を、邪悪に対し怒ることができるただの人間だけが、覆していた。

 ここで藤丸立香を口車に乗せられていたら、ある理由からガルメはグセギス・ゲゲルの勝者と成る可能性がグッと上がっていたというのに。

 

「……まさかもまさかだ。

 あいつのことをロクに知りもしない……

 少ししか繋がりのないリントが、ここまで怒りを見せるとは。

 仲間に言われたことと約束を愚直に守るところを嘲笑って楽しみもしないリントが、何故」

 

「へ?」

 

「次はクウガと話すことになるだろうな、俺は。伝えておけ」

 

 声が途絶える。

 どうやらどこぞへと去ったらしい。

 新たな未確認の登場に恐れも緊張も感じていた立香が肩の力を抜き、大きな溜め息を吐いて、近くの木に寄り掛かる。

 

 なんだか、物凄く疲れてしまった。

 けれど、膝を折りたくはなかった。

 今、何もかも投げ出して座り込みたくはなかった。

 

「未確認はそういうところ……嘲笑ったりするんだ」

 

 クウガは仲間に言われたことや約束を守る未確認であると、立香は知った。

 敵から言われなければそれにも気付けないほど、立香はクウガのことを知らなかった。

 

―――カーマ、カーマ…………このお茶菓子、とても美味しい。これは、凄いことだよ

―――ちょっと静かにしててくださいクウガさん

 

 カーマに言われて素直に受け入れ、すぐさま静かにしていたクウガの姿を思い出す。

 

―――子供を頼―――

―――リツカ。ここからは、指示に、従って欲しい

―――う、うん

 

 あの時、最悪の形ではあったけれども、警察官のあの叫びと頼みを聞こうとしていたのは、クウガだけではなかったのか。

 他人のことを何も考えていない泣いていた子供も、助かる方法を何も考えず生き残る方法を彼に丸投げしていた立香も、同じ。

 クウガ以外の誰も、あの警察官の願いを叶えようと考えることすらしていなかった。

 

 安易にクウガの指示を聞くことを約束し丸投げしてしまった自分を、その上でクウガに対し怒ってしまった自分を、立香は一度省みる。

 同じ状況になれば立香はまた同じように受け入れられないだろう。

 当たり前のように、非人道的な行為に攻撃的な感情を覚えるだろう。それが彼女だ。

 

 だがその上で、彼女の心はクウガという存在を受け入れつつあった。

 

 そして、最後に。

 

―――死にたくない、助けて!

―――分かった。君はワタシが守る

 

 今回もまた、自分の腕を犠牲にしてでも()()()()()()のだと、少女は再認識する。

 

 クウガはなにがいけなかったのだろう。

 未確認に生まれたことか。

 弱いことか。

 慈悲と無慈悲を半端に持ってしまっていることか。

 それとも……『人間として当たり前で普通のこと』を知らないことだけが、彼の欠点なのか。

 

「……私」

 

 一度心を立ち止まらせ、立香はこれまでのことを改めて振り返り、クウガに対し向き合った。

 

 そして、思う。

 

 彼に何かを言えるほど、自分は何もしていないのだと。

 

「私、守られるだけで、まだ何もしてない」

 

 悲しみがあった。

 怒りがあった。

 感謝があって、後悔があった。

 

 それは人の中に芽生える覚悟と勇気を創るための、原材料であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎達を探していた立香は、予想外のメンツに目を丸くする。

 士郎、慎二、カーマの三人が、背の高い樹の下で何やら話し込んでいた。

 

「不味いな。まだ制限時間切れてないのか」

 

「前回がボーナスタイムなら前回だけ時間が短かったんじゃないか?」

 

「というか前回はリントをじっくり殺してたんですよ。

 その後、偶然見つけた立香さんを殺しに行ったんです。

 クウガさんとの戦いが始まるまでに時間を随分浪費してたんです」

 

「こっちに誘導しないと街がヤバくなる可能性がある」

 

「どう誘導する?」

 

「どう、って」

 

「餌が無いだろ。あの子を餌にするわけにもいかないし」

 

「カーマちゃんはそれやるべきだと思いますけどねー」

 

「できるか。

 本人があれだけ怯える子なのに、強要はしたくない。

 かといって、未確認からすれば無力な人間がたくさんいる街の方が魅力的だ」

 

「本格的に街に取り返しのつかない被害を出される前に、なんとかこっちに引き寄せないと」

 

「そうなんですよねえ。

 グロンギは人殺しが好き。

 サーヴァントは殺した人の魂を喰らえば強くなる。

 なので虐殺ってグロンギにとってもサーヴァントにとっても最高の相性なんですよ?」

 

「え、おま、そういうことは早く言えカーマ!」

 

 どうやら、戦いは新たな局面に突入したらしい。

 先程まではドゥサがエクストラターゲット一点狙いで襲撃し、それをクウガが迎撃し、結果として街が巻き込まれる形であった。

 だが今、ドゥサは立香を見失っているらしい。

 いいことだ。

 一面だけを切り取って見れば。

 ゲゲルの時間が限定的である以上、ドゥサは行動権の消費時に宣言した内容の範囲で、時間を無駄にしない選択を選ぶだろう。

 立香を諦めて街での虐殺を始めることは、十分にありえることだった。

 

 そこでカーマが、会話している自分達に近付いてくる立香に気が付いた。

 

「あら、こんばんはぁ」

 

「こんばんは。カーマちゃん、どうしたの?」

 

「いえ、クウガさんに呼ばれたんですよ。

 何か気付いたことはないか、勝機になりそうなものはなかったか、と。なので"無い"、と」

 

「……」

 

「クウガさんに応えた後、手空きになったのでこの二人の話に加わっていました」

 

「俺や慎二と比べればカーマの方がずっとあの異世界グロンギについて詳しいからさ」

 

 カーマ。

 呼ばれればすぐにやって来る、謎の存在。

 世界を渡るグロンギに関してはクウガと同レベルの知識を有し、人間に協力的ではあって……けれども、目的や思考の一切が察せない謎の女の子。

 信頼関係があるとは言い難いが、今は最高の味方であってくれている一人だ。

 

「そんで藤丸はどうしたのさ。僕達のどっちかに何か用?」

 

「慎二と話したんだが、都外への避難はもう少し待ってくれ。必ずすると約束するから」

 

 大人二人は、それぞれの在り方に沿って立香を気遣った。

 慎二は自分達に何か用があるならさっさと片付けてやろうと合理的な発言をし、士郎はその内心を慮って安心させるための『強い言葉』を選んだ。

 けれども、そうではない。

 立香が求めているのはそれではない。

 立香は二人に、二人が想像もしていないことを頼みに来たのだ。

 

「私は……」

 

 立香は一瞬言い淀む。

 その言葉を言うのには、勇気が必要だった。

 その言葉を言ってしまえば、とても恐ろしい事の真ん中に置かれることは間違いなかった。

 でも、それでも。

 立香はもう、何もしないのも、何も決めないのも、嫌だったから。

 

 そんな立香の背中を、カーマが押し始めた。

 

「立香さんは

 『一生懸命人間のふりをしているロボット』

 とか

 『人間になろうとしているロボット』

 とかを見たら、何を思います? どういう風に接します?」

 

「え? ええっと、頑張れーとか応援して、手伝ってあげられることとか考えるかな……?」

 

「じゃあ、

 『一生懸命人間のふりをしているグロンギ』

 とか

 『人間になろうとしているグロンギ』

 を見たら、何を思います? あなたなら、どういう風に接しますか?」

 

「それなら……あ」

 

 立香は一つ目のカーマの問いに答え、二つ目のカーマの問いに答えようとしたところで、何かに気付いてはっとする。

 

 カーマの後ろで、カーマの言葉を聞いていた士郎と慎二も何故か驚いていた。

 

「あの、カーマちゃん、それって」

 

「何もできない人間なりに頑張ろうとする子へのご褒美です。大大大ヒントですよ」

 

 カーマは綺麗な顔で、可愛らしく微笑んだ。

 会話を聞いていた士郎がカーマに確認する。

 

「カーマ、お前この子を気に入ってるのって……そういうことなのか?」

 

「ええ、そういうことです。戦闘力とかそういうところは全く期待していませんから」

 

 藤丸立香のどこか、何かが、カーマの琴線に触れていて、その部分にカーマは何かを期待していて……ゆえにこそ、カーマは立香の背中を押す。

 

「立香さんは思ったことをそのまま言えば良いんです」

 

「思ったことそのまま……」

 

「大丈夫。普通に考えて、普通にすればいいんですよ。貴方らしく」

 

 月明かりの下、カーマは普段の微笑みよりもずっと少女らしい微笑みを浮かべた。

 

 カーマに背中を押されて、立香は慎二と士郎の目を交互に、まっすぐに見た。

 

「私にできることで、成せることで……戦います、私も!」

 

 そしてまっすぐに、言葉を叩きつける。それは刑事に立てる誓いのようなもの。

 

「あんな奴らのために、もう誰かの涙は見たくないんです!」

 

 笑っていた。

 未確認生命体は、笑っていたのだ。

 時にクウガを、時に人間を、殺して、傷付けて、踏み躙って、笑っていた。

 

「色んな人が泣いてて……でも、あいつらは笑ってて!

 クウガ君だって……顔には出さなくても、あれは、きっと心の奥で泣いてて……!」

 

 踏み躙られた人の涙があった。

 大切な人を目の前で石にされた涙があった。

 そして。

 変身し、仮面のように顔の下で、涙を流す心があった。

 

―――あの…………あの警察官の、方の、ことですが

 

 あの時はまだ心が不安定だったことで立香は気付かなかった。

 けれど、落ち着いて振り返ることができた今なら分かる。

 あの時のクウガの様子のおかしさと、行動のおかしさに。

 

 人間でない怪物はあの時、心で泣いていたのだ。

 

 直前までドゥサに襲われていてギリギリで助けられたなら、第一声はドゥサについての警告、そして能力についての解説であるのが妥当。

 でなければ車が即座に石化させられる可能性すらあるのだから。

 けれどクウガはそうしなかった。

 第一声が謝罪で、求めたものは責める言葉であった。

 

 未確認生命体に人の心はない。

 どこかが違って、何かがズレていて、決定的に常識がおかしい。

 人とは似て非なる怪人の心のみがそこにある。

 最も人間らしい心を持つクウガですら、一度は立香に拒絶されてしまったほどだ。

 

 けれども。

 怪物の心が泣かないのかと言えば、そんなことはない。

 怪物だって涙を流す。彼らには彼らの悲しみがあり、悲しみは悲しみだ。

 

 あの場に居た誰もが気付かなかった『クウガの涙』に、少女は気付いた。

 

 普通の人間は、普通の人間が流す涙のみを理解する。

 異常な人間、理解できない怪物、自分から遠い偉人の涙を、凡人は理解しないし気付かない。

 有名人が心で流す涙は、一般人のほぼ全てが理解もしないし気付きもしないものだろう。

 それでいい。

 普通に生きている分にはそれでいいのだ。

 

 有名人の泣いた心が自分に群がる週刊誌や民衆を嫌っているだとか、大衆の身勝手な思考や言動が偉人を苦しめているだとか、怪物にも心があるだとか、知っても嫌な気持ちになるだけだ。

 そこを理解する必要性は全く無い。

 それらの心に歩み寄る必要などどこにもない。

 

 だが、もしも、英雄や怪物が持つそういった"気付かれない悲しみ"に気付き、慮り、その心に歩み寄ろうとする心が有るならば。

 そんな心を持つ人間がいるならば。

 普通の人間でも、心にあるその部分が特別ならば。

 

 その心そのものが、『英雄とも怪物とも向き合う資質』と言えるだろう。

 

「私なんかにできることなんて全然無いことは知ってます。

 でも、こんな私にも、何かが出来るなら……

 それが私の、本当にやりたいと思えることなんです!」

 

「藤丸……」

 

「だから、見ててください! 私、絶対に中途半端はしません!」

 

 恐れを知らぬことを勇気と言うのではない。

 恐れを乗り越えるから勇気なのだ。

 

 自分が強いから安心して強者に立ち向かえることを勇気と言うのではない。

 自分が強くなくても立ち向かえる心を勇気と言うのだ。

 

 勇気があるから平気なのではない。

 平気ではないけど、勇気を出して立ち向かう。

 なればこそ、その魂は輝けるのだ。

 

「お願いします! 私を、皆の笑顔を守るために、囮でもなんでも使ってください!」

 

 怪物が、ズ・クウガ・バが心で泣いていると、そう気付いた時―――藤丸立香の心の奥に、決断に必要な最後の勇気の火が灯った。

 

 仮面の下で流れる涙に気付けないような自分にはなりたくないと、立香は思う。

 泣いている顔を見たことがないことを理由に、"あいつは泣かないんだな"なんて思ってしまったら、見えていない涙をことごとく見逃してしまうかもしれない。

 英雄が心で流す涙に気付けない者は、英雄に寄り添うことはできない。

 

 立香の言葉とクウガへの理解を聞き、間桐慎二はふと、あることを思い出していた。

 昔警察署で聞いた話だ。

 「4号の涙に皆が気付けていれば、もう少し……いや、忘れてくれ」と誰かが言っていた。

 誰だったか。

 誰だっただろうか。

 慎二は記憶を探り、警察でただ一人"4号の涙"というよく分からないものについて言っていた、一度だけ会ったことのある警察官のことを思い出そうと、頭の中を探って回る。

 そして、その警察官の名前が―――一条(いちじょう)(かおる)であったことを、思い出した。

 

 慎二が"未確認生命体が涙を流す"などという、普通の人間なら誰も言いそうにないことを言っている人間を見るのは、生涯でもこの二回しかなかった。

 

「お願いします! 間桐さん、衛宮さん!」

 

 クウガは弱い。

 なのにあれやこれやとやらかして後悔して、心で泣きそうになる少年だ。

 その心の一端に立香の理解が及び始めているらしい。

 しからば、戦士の心に涙が流れないようにしてやるには、どうしてやればいいのか。

 

 それはとても難しいことで、定められた答えがなく、各々が各々らしく懸命に考えていかなければならないことだった。

 

「衛宮、どうしよっか」

 

「決められるのは慎二だけだぞ。ここでその権限持ってるのはお前だけなんだ」

 

「……そうなんだよねえ」

 

 慎二は立香の申し出を聞くべきか悩む。

 確かに立香を囮にしてこの森に引き込み、時間切れまで逃げ回るのが最適解だ。

 逆に立香を用いないなら誘導は上手くいかないだろうし、ドゥサが街で人間の密集地を探し始めるのは時間の問題だろう。

 罪の無い少女を囮にしてしまおうとする合理こそが、この場合の最適解。

 

 けれどもやはり躊躇ってしまう。

 慎二にも、人の心があるからだ。

 最善手は分かっていても、それを中々選べない。

 

「でもお前だけのせいはしない。何かあったら、俺も一蓮托生だ」

 

 されど、カーマの言葉が立香の決断の最後のひと押しになってくれたように。

 

 士郎の言葉が、慎二の決断の最後のひと押しとなってくれた。

 

「悪い。危険な仕事をしてくれ、藤丸」

 

「はい!」

 

「集合! 僕の周りに一回全員集まれ!」

 

 立香の勇気と決断が、少しばかり何かを変えた。

 

 きっと、いい方向に。

 

 そんな彼女の決意と言葉を、目無き怪物の二つの耳が聞いていた。

 

 

 




 最初の戦いで守った普通の人間が、「危ないしお前に任せておけばいいな」と言ったなら不幸。
 「君にだけ任せておくわけにはいかない」と隣に立ってくれたなら幸福。
 りつかおる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5

 見えるものはなく、ゆえによく聞こえる耳があり、それ以上に鋭敏な感覚の肌がある。

 

 クウガは肌でその場の空気を感じ、静かに彼女の言葉を聞いていた。

 肌で感じられる空気が、少しずつ熱くなっていくのが、ゆったりとではあるが明るくなっていくのが感じられる。

 少女の決意が空気を変え始めていた。

 どうやら、まだ高校生になったばかりの少女の覚悟を聞いて、奮い立たないような男は警察勢に一人もいなかったらしい。

 士気の高さは見て取れずとも肌で感じられるほどに高まっていた。

 

 これが『前を向く希望』で、これが自分が生み出せないものなのだと―――クウガは本能で理解し、理性で受け入れ、心で納得していた。

 あの時立香を助けた自分が何よりも誇らしく、そんな彼女を非人道的なことで怒らせてしまった自分が、みじめでみじめで仕方なかった。

 

 希望を生み出し守ることができる戦士が4号だとすれば、ズ・クウガ・バはそれとは違う。

 

 彼はまだ、何にも成れていなかった。

 

 立香に対する劣等感と尊敬の想いは裏表。

 クウガにとって、劣等感は生まれた時から身近なものだった。

 ン・ダグバ・ゼバの弟であるということは、そういうことである。

 よってクウガは劣等感に振り回されることも、劣等感かららしくないことをすることもない。

 ただ、悲しいだけだ。

 

 劣等感。

 人間にも未確認生命体にもあるもの。

 この世界における未確認生命体3号、ズ・ゴオマ・グあたりは劣等感が強い例になるだろう。

 未確認生命体にとって劣等感やそこに起因する上昇志向は、"例を見ない"と言うほど珍しいものではないのである。

 

 見上げるように、少女に目を向けた。目の無い彼に見ること叶わず。

 

 藤丸立香が今どんな顔をしているのか分からないことを、クウガは少し残念に思っていた。

 

 

 

 

 

 クウガを探し始めた立香は、ほどなくしてベンチに座っているクウガを見つけた。

 立香の接近を肌で感じ取ったのか、足音を聞いたのか、クウガが立香の方に顔を向ける。

 申し訳なさそうな様子に見えるのは、立香の目の錯覚ではないだろう。

 

 腕の欠けた姿が、とても痛々しい。

 それは立香を守ったせいで失われたものだが、クウガは気にした様子も見せていない。

 むしろ、母に悪かった点数のテストがバレた後の子供のように、立香の視線が気まずそうで申し訳無さそうな様子を見せていた。

 立香が、クウガの横に座る。

 

「痛くない?」

 

「大丈夫」

 

「……ごめんね」

 

「約束した、こと、だから」

 

 二人は人間と未確認生命体。

 心の基礎に違う生命体の考え方がある、違う価値観で育った二人だ。

 けれど今、その胸の内にはどこか似た気持ちがある。

 

 自分で覚悟を決めたことなら、大怪我をしても後悔はしない。

 大怪我をしても、誰かのせいにはしない。

 

 恐れがないわけではないが、自分の意志で決めて戦場に立った。

 自分のためというより、他人のために。

 

 そして、本当は、"自分にもっと力があったら"と思っている。

 自分の無力さを痛感している。

 だから、自分にできる何かを探している。

 

「ワタシは…………リツカにまだ話していないことが、ある。沢山、ある」

 

「クウガ君の嗜好が未確認生命体のそれの反転状態(オルタ)なこととか?」

 

「! どこで、それを」

 

「あー、内心では気にしてたんだ。さっきちょっと―――」

 

 立香は先程ガルメが出現――姿は見せなかったのに出現と言うのも妙な話だが――したことを話し、そこで聞いた話もした。

 クウガの雰囲気が一気に張り詰め、予想していなかった"立香が殺されていたかもしれない隙"に真剣な思案が始まる。

 はたして運が良かったのか、悪かったのか。

 

 ガルメが参加者だったなら、行動権がない今日はエクストラターゲットを殺すのはルール違反になるため、どんなにイラッとしても殺せない。

 どんなにイラッとしても殺せないのだ。

 イラッとしたら軽い気持ちでリントを殺すガルメの性格をクウガは知っており、心底ヒヤリとすると同時に安堵していた。

 

 ガルメからすれば、"プレイヤーじゃなかったらここでぶっ殺してたとこだぞクソアマ"といったところだろうか。

 安全圏から好き勝手ズバズバ言った立香の言葉は案外効いていたのかもしれない。

 

「ガルメが、参加者……」

 

「すっごく嫌な感じだったけど、知り合い? 友達ではないだろうけど」

 

「ガルメが、ワタシのことを、友人と言っていたなら…………嘘じゃない、多分」

 

「ええ……あれで? いや流石に勘違いじゃない? え、本当に?」

 

 こくり、とクウガは頷く。

 

「ガルメは見下せる友人、自分を全肯定する友人、が好きなタイプ…………だったと思う」

 

「それ最悪って言わない!?」

 

「よく…………ガルメに言われてた。

 お前は…………生まれて来たことが、罪だって。

 グロンギとしては、何もかも、無価値だって。

 お前みたいな、グロンギの恥は…………ここに生まれてくるべきじゃなかった、って」

 

「……え」

 

「リントに、生まれて来るべきだったのが、間違えてこっちに来たんだろ塵、って」

 

 クウガは評価を粛々と受け止めている。

 同時に、立香は気付いた。

 気付いて、ガルメに対して苛立った。

 

 この少年の自己評価、自己認識、自己定義は、自分で考えたものと他人に教えられ気付かされたものが入り混じって出来上がっている。

 自分が思う自分。

 他人が思う自分。

 その二つが混ざって"自分はこういうやつなんだ"という評価・認識・定義ができるのだ。

 

 なら、周りに未確認生命体しか居なかった子供はどう育つのか。

 近くにガルメのような者しか居なかった子供はどう育つのか。

 ガルメが立香に気軽に言っていたようなことが日常になっていたら、どうなるのか。

 

「ガルメは、真実を、言ってる。

 ワタシは…………グロンギを殺すことには、高揚と幸福を、感じる。

 楽しい。そう思う自分が心のどこかに居る。だから…………殺すしか、できない」

 

 ()()()()のだ。

 

 例えば。

 人を殺すのが楽しくないのは、人間的には素晴らしい個性である。

 だがグロンギ社会においては社会不適合者で生きる価値がないゴミとなる。

 ならば、クウガの自己評価は"社会不適合者で生きる価値がないゴミ"となる。

 "素晴らしい個性"とはならない。

 

 子供の価値観がおかしいのは親の責任だ、と言う者は少なくない。

 『人間の価値観は周囲によって大きく左右されるから』である。

 

 本人の価値観が理由で周囲から嫌われるのは、その者だけのせいなのか?

 子供が人間基準で異常な思考をして責められるのは、その者に原因があるのか?

 罪の無いリントの小さな子供を躊躇いなく使い潰せるのは、とても常識的なグロンギであり、極めて非常識な人間だ。

 その常識を責める権利を、人間は持っているのか?

 唯一無二の正しい常識は、誰が決める?

 

「ワタシは…………おそらく、反転しただけのグロンギで…………優しさの類は、持っていない」

 

 クウガの自己認識、自身に対する結論は、おそらく苦悩の果てに作られたものだ。

 異常個体が馴染めないグロンギ一族の中で確立した考え方だ。

 それは立香にも分かる。

 分かるのだが。

 クウガが自分を否定するようなことを言っているのが、なんだかとても嫌だった。

 

「未確認生命体4号は…………優しさがあったけど…………ワタシには、きっと全然、無い」

 

「そんな」

 

「ガルメは、嘘は言ってない。

 あの男は…………相手が本当のことだと、思ってること、を言うのが。

 最終的に、一番よく効くことを…………知ってるから。だから、そういうこと」

 

 ズ・クウガ・バを悪く言うメ・ガルメ・レの言葉を、クウガが肯定している形になった。

 立香はなんだか、無性に腹が立ってしまう。

 出会ってから何度も目にしてきた素直さが。

 性格の悪い奴に「お前に価値はない」と言われ、「そうかワタシに価値はないんだ」と思ってしまう素直さが。

 なんだか無性に腹が立った。

 

 クウガに腹を立てているようで、その実ガルメに腹を立てていた。

 

「そんなことないよ」

 

「なんで、そう言えるのか…………分からない」

 

「え? え、えーと、乙女の勘?」

 

「?」

 

 クウガが首をかしげる。

 

「未確認生命体にはないの? 『乙女の勘』って概念」

 

「はい」

 

「そっか。じゃあ覚えておいてね。私の乙女の勘は、結構当たるんだからっ」

 

「結構…………?」

 

「……当たるから!」

 

 立香は良い人と悪い人の違いを、正確に分かりやすく定義化できない。

 歴史の本や神話の本を読んで、良い人と悪い人を定義化することもできない。

 学者がするような善悪の文章定義は小難しくて出来やしない。

 

 だから心で決めるのだ。

 この人はいい人で、この人は悪い人だ、と。

 立香の心は、クウガを悪い人だなんて思えなかった。

 どこか何かが間違っているとは思っていても、彼女にとってはそれだけだった。

 

 例えば、歴代の聖杯戦争という戦いにおいて、サーヴァントのやらかした過去と目の前のサーヴァントの心を見て、「信用できない」と思うマスターと「信じられる」と思うマスターがいるのと同じように。

 何をもって信じるのか。それもまた、人の個性である。

 

「今は見失ってるだけで、絶対どこかにあるよ。クウガ君の優しさ」

 

「そういう…………もので、しょうか」

 

「そうそう。私の友達を悪く言うガルメの台詞なんて信じちゃダメってこと」

 

「え。友…………達?」

 

「うん。クウガ君が私をどう思ってるか分からないけど、私にとってはそう」

 

 友達なんてまともに出来たことがない未確認生命体がいて。

 友達なんて簡単にしてしまっていいと思う人間がいた。

 

「私の中の友達の定義って

 『その人の悪口を聞いたらむかっとする』

 だから。私にとってはもう、クウガ君は友達に思える人なんだよ」

 

 少年にとって初めて出来た、自分への悪口を不快に思う、ごく普通の子な友達だった。

 

「……迷惑だったかな?」

 

 立香が照れくさそうに笑って、頬を掻いた。

 

 ズ・クウガ・バにとって、こんなことを言ってくれる同年代は、初めてだった。

 こんなことを言ってくれる人間も、立香を入れて二人しか知らなかった。

 スタンスが変わる。

 心が変わる。

 閉じた瞳の奥の心に、ゆったりと言葉と心が染み込んでいく。

 

「いいえ」

 

 そうして、『人類のためにエクストラターゲットを守るグロンギ』が消えて。

 

 『友達を守るために戦うグロンギ』が、生まれた。

 

 それは、未確認生命体の心が激変したからこそ生まれたものではなく。

 

 未確認生命体を友達と呼んでくれる、他者との付き合いがちょっと上手い人間によるもの。

 

「とても、嬉しい」

 

 クウガが笑う。とても嬉しそうに笑う。

 "初めて"を教えるのは少女から少年に対してだけではない。その逆もある。

 この笑顔もまた、立香がその生涯で似たものを他に見たことがないほどに、彼女の心に初めて覚えるものを残すほどに、儚くも綺麗だった。

 

「友達の言うこと、なら…………信じてみます」

 

「うんうん」

 

 言葉は人を変える。

 心でぶつかることで人は変わる。

 ありきたりな人も、怪物へと成り果ててしまったグロンギも、それは同じ。

 変わらない人に言葉をぶつけることに意味はないが、そうでないなら意義はある。

 

 「お前はこういう奴だ」とガルメ達が言い続け、クウガの中で定着した自己評価を、「君はそういう人だと思う」という立香の言葉が、少しだけ押し出した。

 周りの人間が言葉を尽くし心を尽くせば、彼はいつか『何か』になるのかもしれない。

 それが何かは、分からないが。

 きっと、悪いものにはならないだろう。

 

 クウガは立香や警察の面々と数時間しか付き合いがない。

 その数時間でも、クウガが素直に他人の言葉を受け止めていることは皆理解している。

 それは彼の個性なのだ。

 良くも、悪くも。

 

 

 

「ワタシは、人間に、なりたかった…………今も、なりたいと…………思ってる」

 

 

 

 何故なら。

 それが、彼の願いだから。

 ズ・クウガ・バが、変化していく自分を拒絶することは、無いのだ。

 

「居場所が、ほしい」

 

 絞り出すように、クウガは言った。

 

「ワタシが受け入れられる種族が、世界が、家が、あってほしい」

 

 滲み出すように、クウガは言った。

 

「リントに、なりたかった。

 だって…………皆、グロンギを殺すと喜ぶ。

 グロンギを殺すと笑う。

 皆の幸せが、グロンギの殺害と、イコールで。

 ワタシは…………グロンギを殺すのが、楽しいから…………

 人間を殺すのが、楽しくないから…………

 嗜好が、反転してるらしいから…………

 人間を殺すのが楽しくなくて、グロンギを殺して喜ぶ人間の中なら…………

 ワタシの居場所が有るんじゃないかって…………そう、希望を、持てたんだよ…………」

 

「―――」

 

 その願いは切実で、凄絶で、それでいて哀れさに満ちていた。

 

 人間の味方をする理由の根本にある感情が、あまりにもみじめで、もの悲しかった。

 

「出会ってすぐに『ああ、人間だ』って、心底、思ったのは…………

 ユースケと…………リツカくらいで…………普通にいい人なのが、なんだか、暖かくて」

 

「五代雄介さん?」

 

「はい。

 凄い人で、優しい人で…………

 人間が持ってる、本当に凄いところは…………

 痛みを感じない強い心とか、誰にも負けない強さじゃなくて…………

 ごく普通の人の、とても優しい心にあると…………気付かせてくれて…………

 人間も…………グロンギも…………傷付けることを躊躇う、かっこいい、人だった」

 

 クウガを理解したからこそ生まれた不安、不信があった。

 それが一度は立香にクウガを否定させた。

 

 クウガを理解したからこそ消えた不安、不信があった。

 理解から生まれる不信があるなら、理解から生まれる信頼が無いはずがない。

 

 理解が無いからこそ生まれる戦いがある。

 理解があるからこそ生まれる歩み寄りがある。

 友達関係というものは、言い換えれば相互理解を進める最も分かりやすい関係だ。

 

「だから、ワタシは、人間の心が欲しいのに、それがなくて…………苦しい」

 

―――ワタシは…………まだ…………リントの心が、完璧には、分かってなくて…………

 

 一つ、一つ、立香はクウガへの理解を進めていく。

 かつて本当に理解はしていなかったクウガの言葉を、一つ、一つ、再理解していく。

 

 聖杯戦争は、出会いと願いの戦いだ。

 誰かと誰かが出会い、始まる。

 誰もが願いを持ってやって来る。

 そして、その中で見つけられる願いもある。

 

 ズ・クウガ・バの願いは、『人間になりたい』という想い。

 

 グロンギの中に居場所がなかった少年は、そこに居場所を求めた。

 受け入れられることを求めた。

 それは心の底より湧き出た願い。

 

 もしかしたら、凄く辛い想いをして、させたりもするかもしれない。

 それでも、それが正しいかどうかではなくて、彼が聖杯戦争の戦いに加わった一人として、叶えたい願いが、それなのだ。

 人間になりたいという願いを叶えたいのなら。

 人間を守り救うという、"グロンギらしくなく人間らしいこと"をするしかない。

 

「あのさ」

 

 だからか自然と、立香は"そう"言っていた。

 

 心が思ったことがそのまま、口から飛び出していた。

 

「私達、お互いに欲しいものを、互いにあげられると思うんだ」

 

「欲しい…………もの?」

 

「うん。

 私は人が皆持ってる心。

 あなたは人を守れる力。

 特別心が強いわけじゃないけど、特別力が強いわけじゃないけど、でも、持ってはいる」

 

「―――!」

 

 クウガが驚き、息を飲む。

 その発想は彼にはこれまでなかったもの。

 未確認生命体の多くが持たなかったもの。

 『友のために助け合い力を合わせる』という、発想であった。

 

 邪魔者を排除するのに他グロンギと共闘するくらいは、未確認生命体もする。

 仲間面して同族を利用することもある。

 けれど、人間の友達と支え合う道を選んだグロンギなど、ありえない存在であると言える。

 

「クウガ君に足りない心は、私が教えられるように頑張る。

 クウガ君は私を守ってくれてるから、そこはそのままでいい。

 でも一つだけ、新しく約束してほしいことがあるんだ。私のお願いなんだけどね」

 

「お願い?」

 

「私だけじゃなく、他の人もちゃんと守ってほしい。

 命だけじゃなく、ここも守ってほしい。

 人を守るってことは、一つだけを守るんじゃないってことを、知ってほしいんだ」

 

 人間になりたい、人間の輪の中に入りたいと思うなら、してはならない間違いがある。

 

 その間違いを、クウガの願いに立香の願いを重ねて、もう繰り返さないようにする。

 

「今日みたいなことはしないで。

 見てて辛く悲しくなるようなことはしないで。

 一緒に心を合わせて、力を合わせて……

 私達だけじゃ全然届かなくても、二人合わせて、いつかかつての4号みたいに」

 

 かつて、伝説があった。

 伝説を塗り替えた、未確認生命体第4号がいた。

 旧き時代を超え、新たなる時代を作ったのが『クウガ/4号』であった。

 

 

 

「ううん。もっと多くの人を助けられるヒーローになろう!」

 

 

 

 そして今新たに、伝説の世界に足を踏み入れた若人達がいた。

 

「二人で一人の…………ヒーロー?」

 

「うん」

 

「ワタシは…………未確認生命体。君達リントにとって、悪魔のような、存在で…………」

 

「じゃあ悪魔とどこまでも相乗りしなきゃいけないわけだ。大変そうだけど、頑張らないと」

 

「っ」

 

 目が見えないクウガにも見える、魂の輝きがあった。

 

 目が見えないからこそ見える、目には見えない輝きがあった。

 

「それは、とても、とても…………良さそうだ」

 

 ズ・クウガ・バは、心中で誓う。

 

 いつの日か必ず、この少女を平和になった世界へと連れて行くことを。

 

 この少女に、いつまでもこんな寄り道をさせたくない。

 

 藤丸立香には……いつかまた、日の当たる幸せな場所に戻ってほしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガの手を立香が引く。

 そうして二人が警察の皆が集まっているところに行くと、皆は二人を暖かに迎えてくれた。

 その中で一人だけ、クウガをあまり良い感情のこもっていない目で見ている者がいた。

 慎二である。

 クウガは迷った。

 今、余計なことをするべきか。

 それともなあなあで済ませて、戦いの対策を相談することに集中するべきか。

 合理を重んじるクウガは、なあなあで流してすぐにドゥサとの戦いの話を始めようとしたが、ふと、思い留まって、立香の方を見た。

 

「私と向き合ってくれたみたいに、皆と向き合うのも、大切なことだと思うよ」

 

 なるほど、と納得したクウガは慎二の前に向き合うように座る。

 

 慎二は少し驚いたようだが、皆が見ている前でクウガと一対一で話し始めた。

 

「今の僕の考えが勘違いだったら、僕も謝ってやらないでもないけど」

 

 慎二は、これでもかと責める口調で言葉を紡ぐ。

 

「あの怪物を、お前一人だけで倒そうとしてた?」

 

「はい」

 

「……やっぱ、か。

 戦闘で、僕ら人間の助力を求めてる気配も様子も全く無かったし」

 

 だがそれは、クウガだけを責める口調ではなかった。

 慎二の口調は何故か、クウガに向けられた言葉であるにもかかわらず、クウガだけを責めるようなものではない………そんな、口調であった。

 

「僕さ、心底嫌いな人種ってのが一つあるんだよね」

 

「なんで…………しょうか」

 

「自分にできないことが分かってるのに。

 自分にできることが分かってるのに。

 自分にできないことにこだわり続けて、周りに迷惑かける奴。

 自分にできないことをやってる"善い奴"見て、みじめな気持ちになる奴」

 

 慎二の後ろで、何も言わず静かに、衛宮士郎が手持ちの弓を磨いていた。

 

「そういう奴ってさ……自分を改めないと嫌われ者のピエロにしかなれないんだよ」

 

「―――」

 

「お前の家族の、ダグバだっけ?

 未確認生命体第0号の平行世界存在。

 お前はそいつになれないよ。

 なりたいものになれないって認めるしかないんだ」

 

 家族に対する劣等感で歪みに歪んだ自分が嫌いな兄貴(しんじ)は、家族に対する劣等感のせいで『一人の強さ』にこだわっていた(クウガ)に、痛烈な言葉を叩きつける。

 力の面で、クウガはダグバに劣等感を持ち。

 心の面で、クウガは立香に劣等感を持ち。

 それが、その眼を曇らせていた。

 

 ……クウガは知らないが。かつて家族と衛宮士郎に対する嫉妬で心をおかしくし、心の強さも良さも何もかも無い状態になってしまっていた、間桐慎二のように。

 未来に劣等感とみじめさが原因で一人の少年が歪む前に、慎二は言葉の針を刺す。

 間違えてはいけない部分に、そっと。

 

「認めろよ。一人で敵を倒したがってるお前は、力が無いから、誰にも勝てないんだって」

 

 間桐慎二にしか言えないことがあり。

 

 間桐慎二にしか教われないことがあった。

 

「認めて……その辺にいるお人好しに、『力を貸してください』とでも言えば良いんだよ」

 

「―――」

 

 まあ、要約してしまえば一言だ。

 

 "バカなこだわりはさっさと捨てて『助けて』と言え"、である。

 

「ありがとう…………ございます」

 

「実質『お前雑魚なんだから身の程わきまえろ』って言っただけだけどね、僕は」

 

「ありがとう、ございます」

 

「いやだから」

 

「ありがとうございます、です」

 

「……どういたしまして」

 

 クウガの素直さ、愚直さ、真っ直ぐさ。

 おそらくは生来のものであろうそれに当たり負けしてしまった慎二を見て、士郎が笑う。

 士郎は慎二の肩をぽんぽんと叩き、更に笑った。

 友人同士の笑みである。

 

「俺は慎二のこと嫌いじゃないし、親友だと思ってるぞ」

 

「は? 何それ? 気遣ってるつもり? 似合ってないよ衛宮」

 

「まったく」

 

 "お前はそんな人間じゃないぞ"と慎二に言わないのが、士郎が彼の友人たるゆえんであった。

 

 クウガは立ち上がる。

 立香が手を貸そうとするが、クウガは手でそれを制した。

 目が見えないまま、知らない土地の地面を歩き、クウガは皆の前に立つ。

 そして、不格好な姿勢で、頭を深々と下げた。

 

「力を…………貸してください」

 

 人の心を知らない未確認生命体が、人を守るために、人に捧げる願い事。

 

「ワタシを…………助けて…………ください…………!!」

 

 一人、また一人と口を開く。

 

 一人、また一人と、返答を返す。

 

 肯定以外の返事を口にした人間は、その場に一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 カーマは一人、偵察に出ていた。

 ドゥサの現在位置確認と、それの報告である。

 この先どう戦況が転がったとしても、偵察能力の無いクウガがドゥサと戦うには、ドゥサがクウガと立香の位置を知らず、クウガ達がドゥサの位置を把握した状態で作戦を開始する必要がある。

 

 そんなわけでカーマは勝手に前に出て、勝手にドゥサの現在位置を報告していた。

 果たして、彼女は何を考えているのか。

 何を目的としているのか。

 クウガ以外は、あまり知らない。

 

「さて、偵察に来たものの、どうしたものか」

 

 そんな中。

 カーマは、足が動かないことに気付いた。

 見ると、一瞬で麻痺した足が石化を始めている。

 

「え、うわっ」

 

 何故?

 視線は通していないのに?

 そう思ったカーマが周りを見て、察した。

 ドゥサが見た金属のポールに反射して、そこに映った服飾店の大きな鏡に反射して、そこに映った新品の蛇口に、カーマの足が映っていたのだ。

 魔眼の多重化によって発現する干渉力が、更に上がっていっている。

 時間経過で魔眼の性能が更にドゥサに馴染んでいっている。

 

「えっ……ちょっ……鏡の反射にすら石化効果が追加され始めたのは流石に何これ」

 

 まだ能力が伸びている、ということは。可能性は、ある。

 

 カーマは自分の魔力感覚に集中し、自分に残っていた残り滓のような能力で、デミ・グロンギとして在るメ・ドゥサ・レの霊基状態を感知した。

 

 そして、"変わる寸前の霊基"を、それが反映される寸前の身体を知覚した。

 

()()()()()()()()()……? え、冗談じゃないんですけど……」

 

 連絡を打とうとしたスマートフォンが、カーマの手の中から滑り落ちる。

 

 思考が行動に変わる一瞬、そのほんの一瞬で石化は完了。

 

 スマートフォンに一文字を打つことすら叶わず、カーマの全身は石化した。

 

 

 




 今クウガ本編で言うと2話の真ん中くらいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒

https://www.youtube.com/watch?v=FQzCPwo2JAk


 ドゥサの頭に昇った血は、下がりきってはいなかった。

 時間さえあれば全てを皆殺しにせんとする、その気迫。殺気。

 見た者が目を逸らしたくなるレベルに到達している。

 

 100をゆうに超えるキュベレイは周囲全てを視界に捉える。

 やがては、遠方も視界に捉えるようになるだろう。

 カーマが思わぬ攻撃を食らってしまった原因は、ゲゲル初日という『まだ力に慣れていない者もいる』というタイミングで、成長途中のドゥサを見誤ってしまったのもある。

 最大の要因は、カーマが生来うっかりしやすく、先のことを大して真剣に考えておらず、やらかしてから「あっ」と言いやすいタイプだからであるが。

 

「ゾボザ*1

 

 ドゥサは、探していた。

 狙った獲物を探していた。

 

「ゾボザッ!」

 

 頭に血が昇っているということは、冷静になれないということ。

 最初に狙ったものを中々諦めきれず、視点を広げられないということだ。

 おかげで街の被害は能力の割に広がっていないが、それも時間の問題だ。

 ドゥサの頭は冷えつつある。

 

 ゆえにタイミングは最適であった。

 ドゥサの頭が冷え切り、一般市民が狙われるようになる、そのギリギリ直前。

 

「こっちだよ」

 

「!」

 

 藤丸立香の声が聞こえて、その方向にドゥサは飛び出した。

 少女の姿は見えないが、耳でその存在は察知している。

 耳を頼りに、エクストラターゲットを追うドゥサ。

 

「こっちこっち」

 

「ビガグバ!*2

 

 少女の声が『録音』であることにドゥサは気付けない。

 音声録音技術と再生技術の進歩は、機械技術もクソもない人狩文明からの来訪者を、完全に手玉に取っていた。

 

 視界に入れば即死、なんと恐ろしい能力だろうか。

 ゆえに人間側は偽物をチラチラと見せて引き込む、という手段が取れない。

 立香の声を録音し、計算したポイントで再生することでドゥサを追い込みポイントの森へと誘導していた。

 

 警官Aが音声を再生してドゥサを引っ張る。

 警官Aが見つかる前に、先行していた警官Bが音声を再生してドゥサを引っ張る。

 警官Bが見つかる前に警官Cが音声を鳴らし、車で少し遠回りして警官Cより先に行っていた警官Aが音声を鳴らし、ドゥサを引っ張る。

 これを大人数でやれば、運も絡むがドゥサを比較的安全に森まで引き込める。

 

 そして、未確認生命体対策班に集められた『桁外れに優秀なただの人間』である警察官達は、この危険な作戦を見事にそつなく成功させていた。

 初めてやる作戦であったというのに、ドゥサに僅かに怪しませすらしないレベルで。

 

「おっそいおっそい!」

 

「ゾボザ! ゾボザ!*3

 

 そうして、ドゥサを森に引き込んで。

 

 警察はドゥサの足元に、対未確認生命体用スモーク弾・改を撃ち込んだ。

 

「!?」

 

 困惑するドゥサ。

 その困惑はどんどん加速していく。

 

 前が見えない。

 今の時間帯が夜という影響というのもあるが、それにしたってあまりにも見えない。

 夜の東京の光と月明かりさえあれば、昼の人間と同程度には夜でも視界が利くのが『眼』に特化したドゥサの強みだ。

 なのに、見えない。

 

 このスモーク弾は、一年前の『クウガからの警告』を聞いていた警察の榎田という女性が、「いつかまたクウガと、共に戦う警察のために」というコメントと共に制作・保存したものの一つ。

 未確認生命体の眼に届く光、光に近い性質の電磁波の一切を遮断し、無敵の眼を持つ未確認生命体の視界も間接的に奪う、というものである。

 すなわち、人間相手に使いみちがないレベルの、現代最強の煙幕弾だ。

 そこに、魔術による『強化』等が加えられている。

 

 グロンギの体に直接干渉することはできずとも、その眼球が外部からの光を捉えることで視界を確保する形式になっている以上、光の類を遮断すれば視界は奪えてしまうのだ。

 これが、警察の立てた対策。

 蓄積された技術と知識と経験の発現。

 

 "手も足も出ないほど強い未確認生命体"に、日本警察が臆したことは一度もない。

 "警察装備が全く効かない未確認生命体"に、日本警察が諦めたことは一度もない。

 それが、かつてこの国で未確認生命体が完膚なきまでに敗北した、理由の一つであった。

 

「バンザ*4

 

 森の中。

 スモーク。

 視界を完全に奪われたドゥサは、何も見えなくなってしまう。

 

 何も見えなくなってしまったということは、"何も石化できない"ということだ。

 

「バンザ・ボゼバ!?*5

 

 困惑し混乱するドゥサの耳に、森の落ち葉を踏む音が聞こえ。

 

「ありがとう、ございま、す、皆さん」

 

 ズ・クウガ・バの声が聞こえ、ドゥサの頭は茹だったまま、背筋が一瞬で冷えた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「ガッ!?」

 

 頭に浮かんだ疑問に対し、肩を深く切られた痛みが、答えとなった。

 

 痛みに耐え、短剣を構えるドゥサ。

 身体スペックならドゥサが勝っているが、それだけだ。

 ここで必要なのは敵を知覚する能力であり、筋力や耐久ではないのだ。

 

 このスモークは魔術的加工がされたことで、音さえ僅かに吸うようになっている。

 暗視スコープの類で見通せないのはもちろんのこと、常識外れに視覚以外の感覚が優れている者でもなければ、敵がどこにいるのかも分からない。

 例えば、盲目で他の感覚が鋭敏になっている未確認生命体、とか。

 

「ビガラ……!*6

 

「ボボゼゴ・パシザ。ドゥサ*7

 

 ドゥサの内側で、殺意が爆発する。

 

「ギベ*8

 

 クウガの剣の外側で、光が爆発する。

 

「「 ギベッ!! 」」

 

 今日を逃せば、これ以上の好機はない。

 

 ズ・クウガ・バは、メ・ガルメ・レが伝えたという急所を、一心に狙った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は、少し遡る。

 

「クウガ。後に回すつもりだったが、もう時間がない。僕らにお前の能力を全部話せ」

 

「はい」

 

 人間と未確認生命体による作戦会議が行われていた。

 クウガの能力を詳しく聞き、それを軸に立てる。

 敵に通じる攻撃がそれしか無い以上、他の道はあるまい。

 

「ワタシの能力は…………超自然発火、です」

 

「超自然発火?」

 

「エネルギーを注ぎ、物質を…………ええと、プラズマ化します」

 

「! 未確認生命体第0号の能力か! 何だお前僕らに黙ってただけで最強じゃないか!」

 

 『超自然発火能力』。

 この世界における未確認生命体第0号の代表的な能力である。

 物質にエネルギーを放射、強制プラズマ化、そして発火させる。

 これに対抗できる生物はほとんど存在せず、受ければほぼ確実に全身全焼し、死に至る。

 クウガ達が車窓から見ていた再開発後の街も、この能力によって焼き払われたものだ。

 確かにこれがあれば、どんな敵にも負けないように思える。

 が。

 

「ワタシの場合…………自分の体の一部しか、プラズマ化、できません」

 

「はあ!?」

 

 近距離から遠距離まで問わず使え、前後左右上下全ての敵を無制限に選び燃やせる、という超自然発火能力の強みが、この少年に備わっているわけもなく。

 

「え? それじゃ敵も燃やせないじゃん……ってか何に使ってんの?」

 

「この剣、ですね」

 

 生身のクウガの手の中に、いつも使っている両手剣が、突如出現した。

 

「うわっ」

 

「この剣は、ワタシの血を吸う仕組みになっていて…………

 吸った血を…………プラズマに、しています。

 爆発させて、剣を加速。

 高熱の光を纏わせて、攻撃力強化。

 プラズマは高熱なので、血や大気に反応させると…………そういう風に使えます」

 

「ってか私いつも思ってるけど、どっから出してるのその剣?」

 

「あたりにあるものを、変換して。

 力を込めれば…………剣になります。

 "刃あるもの"なら、なんでも、この剣に、変換可能」

 

「へぇー……」

 

 『プラズマ』はその気になれば千度、万度、億度、兆度と温度を上げられる。

 だが流石に一兆度、ないし一億度でも出せていれば、ドゥサは倒せていたはずだ。

 そうでないということは、それほどの高温は出せていないということ。

 まだ、未確認生命体を一撃で倒せる高熱は出せないということだ。

 これはそのまま、ズ・クウガ・バが『ン・ダグバ・ゼバの最低レベル劣化版』であることを証明する能力でもあった。

 

「あ、そうだ。あの空中で曲がる剣もそれなの?」

 

「『魔剣』は…………手品、なので。

 種がバレたら、もう、多分誰にも通用しない。

 術理や原理の撮影は…………勘弁して、ください」

 

「術理が肝なやつか」

 

「申し訳…………ないです」

 

「いや、大丈夫だ。

 俺に限っては矢を撃っても剣を撃ってもそれに合わせられる。知ってる動きだからな」

 

「え」

 

「いや、どうやってるのか分からないぞ?

 ただ何をやってるのかは、話聞いて、多少見て分かった。

 奇特な軌道とそれを高速で切り替える攻撃法。

 昔うちの高校の先生やってた男が使ってたのを思い出したからさ」

 

「…………リントの進歩は…………本当に、予想が、できや、しませんね」

 

 クウガは魔剣の術理を語る気はないようだ。

 だがその状態でも、衛宮士郎は術理を半ばほど見抜いているようである。

 どうやら、かつて戦った敵を思い出すものであるから、らしい。

 

 その理解はスマホの機能への理解に近い。

 どういう仕組みでそうなっているのかは分からないが、どうなっているのかは分かる、という表面を俯瞰的に理解するもの。

 一度見られれば見極められてしまうかもしれない、とクウガは思った。

 この手のタイプは防戦が強い。

 

「あ、そうだ。うちの室長代理が持って行けって言ってたカバンがあるけど、要る?」

 

「ありがとう、ございます、シンジ」

 

「あ、片腕だと開けにくいだろ? 俺が開けるよ、ちょっと待ってろ」

 

「ありがとうございます、シローさん」

 

「ねえ待って? なんで衛宮はさん付けで僕は呼び捨てなの? なんで?」

 

 士郎が開けたカバンの中には、"部品"が入っていた。

 機材の部品ではない。

 武器の部品ではない。

 『人体』の部品……つまり。むき出しの骨や、血液入り瓶、むき出しの腕が一本だけなど、常識的に考えておかしいものが詰め込まれていた。

 

 ぎょっとする皆。

 無造作に腕を取り出すクウガ。

 またぎょっとする皆。

 クウガの腕の切断面に腕を突っ込むと、無傷の時と同じように動き始める腕。

 三連でぎょっとする皆に、もうこれ以上驚く余地は残っていなかった。

 

「!?」

「!?」

「!?」

 

「再生完了、です」

 

「橙子さんの人形か!? いや、それにしても、これは……」

 

「……生命力の強さの一言で片付くのか? 一瞬で元に戻った、これは……」

 

 クウガは少し、説明に困った様子を見せた。

 説明が難しいというより、説明することで不都合が起こるといった風に見える。

 

「腕が切り落とされたら、再生…………は、無理です。

 でも。神経が繋がってれば、多分…………治せます。

 出血、肉の欠損、そういうの…………なら、致命傷にはなりま、せん」

 

「まるで死徒だな。いや、俺が見たことあるのと比べても、死徒以上……?」

 

「そういうのだと、概念武装の類で魂魄砕くくらいしか効かない気がするけど」

 

「いえ、それでもおそらくは、死にません。グロンギの攻撃でも、です」

 

 え、と、誰かが思わず声を漏らした。

 

「ワタシは、死にません。

 …………いえ、本当は、簡単に殺せ、ます。

 種が割れたら、瞬殺です。

 七人のどの参加者でも、瞬殺です。

 なので、まだ…………ワタシとトーコさんだけの、秘密ということに」

 

 立香はその言葉を素直に受け取った。

 

 慎二はある程度ブラフだと受け取った。

 種が割れたら瞬殺ということは、複雑な殺害手順が必要ないことも分かる。

 生命力が高いサーヴァント同様、頭か心臓のどちらかの粉砕で死ぬ、と推察する。

 

 士郎はこれが生む優位性を理解した。

 普通の攻撃で死なないと気付いた敵は安易に頭や心臓を狙うだろうが、そこが弱点だったとしても、頭と心臓を集中して守りやすくなる。

 また、気付かれない場合、相手が失血死などの"起こるはずのない死"を狙って時間を無駄にするという優位性を生む、そう考えられた。

 

「分かった。皆無理に聞くなよ? 聞いたとしても、他言無用だからな」

 

 慎二が周りに言い含めると、周囲が肯定の意で頷く。

 クウガもまた、感謝の意を示し頭を下げた。

 

「とにかく…………ワタシの武器は、この三つ、です。

 超自然発火。

 魔剣。

 死なない。

 これ以外には…………他のグロンギに押し付けられる強みは無い……と思います」

 

 衛宮士郎は少し呆れた。

 どんな存在でも、装備や保有技能の構成を見ればその者の戦闘スタイルや、ある程度の性格は読めてくる。

 ズ・クウガ・バは、本当に露骨だった。

 

 これは明らかに『絶対に勝てない相手にしぶとさで食い下がって、何が何でもプラズマ斬撃を当てて殺す』というやつだ。

 言い換えれば、『根性で耐えて最強の一撃で奇跡的な一発逆転狙い』である。

 何も考えていないパチンコ中毒者並みに頭の悪い戦術だと言えるだろう。

 衛宮士郎が呆れるのも無理はない。

 

「いや、あるだろ。お前のその眼だ」

 

 なので、士郎は道を示した。

 立香のような人らしさの道ではなく、戦闘者としての正解の道を。

 

「お前、どうやって周りを見てる?」

 

「振動、です」

 

 ピンと来ない立香と慎二が首をかしげた。

 

「ワタシの場合は…………目が見えなくなったのは、最近、です。

 なので、五感を伸ばさないと、いけなかった、のです。

 最初に触覚。

 次に聴覚。

 空気の振動を感じて、変身後はそれを強化して……空気の振動で、周りを見ています」

 

「そうか。だから音にも敏感なのか」

 

「はい。音も…………空気の振動、です。

 空気の振動と、地面の振動、が…………変身後のワタシの、目、です」

 

「なるほど」

「なーるほどね」

 

「熱も、肌で感じた方が、分かりやすいので」

 

 解説され、立香と慎二も理解した。

 彼は文字通りに"肌で感じている"というわけだ。

 空気の振動、空気の流れ、果ては殺気の類に僅かな敵の息遣い。

 それらを触覚で処理し、耳で聞こえる音をそれの補助に使用している。

 

 プラズマを扱うため、音と熱の両方を感じられる皮膚感覚に特化することを選んだのだと推測できる。

 現代の高熱を扱う機械に高感度の熱センサーがあるのと同じように、熱の流動を肌で感じ、超自然発火能力の制御力を上げてもいるのだろう。

 できることが少ないなりに、色々と工夫していることが感じられた。

 

「ははーん、読めたよ衛宮」

 

「言ったろ慎二? あれ使えるって」

 

「さっきの戦いでクウガとドゥサを一回見ただけで、ここまで読んでたってことか」

 

 そうして、慎二が部下に指示して、対未確認生命体仕様のスモーク弾を持ってこさせた。

 

「これは?」

 

「簡単に言えば煙幕弾。

 これでドゥサの視界を封じる。

 そして突然何も見えなくなったあいつを、お前が瞬殺するんだ。分かる?」

 

「!」

 

「いや実際、これかなりいけると思うよ。うん」

 

 提案された作戦は、警察の知を結集したもの。

 そして、クウガが一人であれこれ考えても絶対に思いつかないものであった。

 

 知恵。

 リントが何千年も蓄積してきたもの。

 そして……人狩り以外の文化に対して興味を持たないグロンギが、意識して生み出そうとも、蓄積し後世に伝えようと考えすらしないもの。

 言うなれば、人間の武器だ。

 

「前回の戦いが19時前開始、今回の戦いが日付変更直後だったからね。

 警察の対未確認生命体用特殊スモークに人員フル稼働で加工しても、こんだけだ」

 

「多いように…………見えますが」

 

「ここにあるのをフルに使えばおそらく10分。

 10分間は敵を暗闇の中に閉じ込められる……けど。

 逆に言えばな、維持できるのは10分だけだ。終わったらお前はズタズタだぞ」

 

「十分です」

 

 10分間のラストチャンス。

 クウガと警察が初めて『共闘のための話し合い』をしたことで生まれた、時間稼ぎ以外に道はないと思っていたところでの、予想外の勝機。

 ダメそうなら時間稼ぎにシフトすればいい。

 ここに賭ける価値は、十分にある。

 

 クウガは静かに、剣を携えた。

 

「皆さんのせいで負けた…………などと言うことは、ない、です」

 

 携えた剣を掲げ、誓った。

 

 絵物語の中で創作の騎士が、人々に勝利を誓う時のように。

 

「皆さんのおかげで勝った、と、言って…………見せます」

 

 それがまた、皆の士気を上げる。

 

「リツカ。今のはかなり、リントっぽかった、気がする」

 

「そういうの言わなければ完璧にかっこよかったんだけどなー! もー!」

 

 ……笑い声が漏れ、張り詰めた士気は消え失せたが、熱意を孕んだやる気が増した。

 

 皆がそれぞれ配置に付き始める。

 クウガも警察用のインカムを貰い、耳に付け、最適な位置への移動を始めた。

 通信を担当しているのはあの衛宮桜という女性で、柔らかな声が耳に優しい。

 

『私がナビします。

 要所でインカムから情報を流しますので、聞こえなかったら聞き直してくださいね』

 

「ありがとう…………ございます」

 

 クウガの担当は森での待ち伏せ。

 真南、南南東、南南西、どのルートからメ・ドゥサ・レが入って来るかを把握し、最適なタイミングの指示を待って一気に攻撃。

 闇の中で仕留めるという作戦になる。

 

「そういえばさ、クウガ君。戦いが終わったら何かしたいことある?」

 

 作戦直前。立香は何気なく問い。

 

「君を連れていきたい。悲しみのない、未来まで」

 

 戦いの方に集中していたクウガは、深く考えず、何気なく返答した。

 

「……も、もう。普通に喋れんじゃん」

 

 予想していなかった返答に、立香は大いに照れて、少し恥ずかしがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、仲間達が作ってくれた最高の流れに乗る形で、クウガは切り込んだ。

 

 剣を振り下ろせば当たる。

 剣を突き出せば当たる。

 闇雲にドゥサが振るった手足と尾は狙いがめちゃくちゃで当たらない。

 ドゥサに一方的に傷が増え、クウガは一貫して無傷なまま攻撃一辺倒に攻め続けていた。

 

 圧倒に次ぐ圧倒。

 最弱者のクウガがドゥサ相手にここまで圧倒できている時点で奇跡だ。

 偶然の奇跡ではなく、必然の奇跡である。

 

「グッ」

 

 ここまで『眼が強いドゥサ』は強みを一方的に押し付け、『目が無いクウガ』は盲目のハンディキャップを背負いながら戦い続けていた。

 

 その構図を、人間がたった一手でひっくり返した形となる。

 

 『眼に頼り切っていた』ドゥサは一気に弱体化してしてしまい、『眼に頼っていなかった』クウガが相対的に強化された形になった。

 

「!」

 

 『最強の目』を持つ者ならば、『目を使えない戦場』で戦わせればいい。

 『目を使えない戦場』で、『目を使わなくていい戦士』と戦わせればいい。

 そんな合理に追い詰められたドゥサが、上に飛ぶ。

 一瞬でいい。

 このスモークの外にさえ出られれば。

 どちらに逃げればいいのかも分かり、戦いやすい場所に移動することも、黒い煙の外の人間を皆殺しにすることもできる。

 

 ―――そんな甘い考えを、メ・ドゥサ・レは持っていた。

 

「ッ!?」

 

 甘い考えなど砂糖で出来た城に等しい。突けば崩れる脆いものだ。

 

 ドゥサが煙の外に出ることは、0.0001秒すら叶わなかった。

 先行して飛んでいた何かが、そこで炸裂。

 同じ煙を撒き散らし、そこをも煙で包み込んでしまった。

 決死の思いで飛び上がったのに、何も見えない暗闇のまま。

 

「……!?」

 

 音を追って追いついてきたクウガの一撃を、ドゥサは必死に回避する。

 何故か今回の戦闘になってから、やたらと自分の最大の弱点であるみぞおちを狙ってくるクウガに、ドゥサは僅かながらに恐怖を感じ始めていた。

 何故自分の弱点を知っているのか。

 何故クウガや人間にまで知られているのか。

 分からないが、恐ろしい。

 

 とにもかくにも何も見えない状態ではどうにもならないと、今度は横に跳ぶ。

 ……いや、跳ぼうとした。

 だが、警察官がここに誘導した目論見通り、並び立つ木々が安易な横跳躍の邪魔をする。

 木々に引っかかったドゥサが転がり、クウガの剣がその背中を深く切りつけた。

 

「ガァッ!?」

 

 追い詰められたドゥサが怒り狂うが、クウガも心中で舌打ちする。

 グロンギの生命力と再生力は極めて高い。

 超自然発火による高熱斬撃ですら、再生が速い者相手ではダメージの蓄積にならず、攻撃の無駄打ちになってしまう。

 "必殺"以外は、意味がない。

 

 元々、この斬撃は切った場所を焼き付かせるために磨かれた技だ。

 切った傷跡をぐちゃぐちゃに溶接し、腕が生えてきそうなら傷断面を焼き付かせ、体内を再生する前に熱で変に固めてしまう。そのための高熱。

 "グロンギ殺しになれなかったグロンギ殺し"である。

 焼け残った肉がその箇所に残れば、どうしても再生過程はもたつくものだ。

 

 再び距離を詰め、切るが、急所を守るドゥサに致命傷を与えられない。

 戦いは瞬殺というわけにはいかなかったようだ。

 ドゥサは木々にぶつかりながらも必死に走り、なんとか煙の範囲の東端を突破した。

 

 ―――はずだった。

 

「ラダバ!*9

 

 またしても、何かが飛んで来て、煙が広がる。

 ドゥサは煙の外のものを見ることすらできない。

 当然、煙の中から脱出もできない。

 しかも付かず離れず接近して切りつけ続けてくるクウガがいるせいで、選べる手段も取れる手も嫌になるほど制限されてしまっている。

 

 だが。

 今の一瞬に、ドゥサは見た。

 本当は見たと言えるほどのものではない。

 ちゃんと見ていたなら、見たものは確実に石になっている。

 石にできていなかったということは、ほとんど見ることもできなかったということだ。

 

 クウガの攻撃が全く見えない状態で、なんとか急所を腕と尾で守るドゥサ。

 頭の蛇が、草刈りの草のように落ちていく。

 肉が削げ落ち、血が落ちる。

 されど死への恐怖はなく。

 先程かすかに見えた――見えなかった――ものを、頭の中で分析し始めた。

 

「ギランザ……*10

 

 一瞬見えたものは、一つではなかった。

 二つだった、ような気がした。

 その時聞こえていた飛来音も、二つであった気がする。

 銃弾ではない。

 もう少し大きなもの。

 

 大雑把な大きさを分析し、何か近いものがないかと思ったドゥサは、ふと、最初の夜に自分に向かって飛んで来たものを思い出した。

 あのサイズのもの。

 大きなものを打ち出す『弓』。

 弓を持っていたリントの大男。

 そこに、二つの飛来音、とくれば。

 

「ラガバ*11

 

 ドゥサの思考は、極めて正しかったと言える。

 グロンギの知能は高い。

 妥当な思考法を積み上げた"人間の推理法"とは違い、グロンギは極めて高い学習能力と思考力にて、人間のような知恵の積み重ねが存在しない状態でも、最悪に賢い。

 ゆえに、正解に辿り着いた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

 煙幕弾は急ごしらえで数が少ない。

 当然、弓矢用なんてあるわけがない。

 衛宮士郎は煙幕弾をくくりつけた矢を、ドゥサの動きを把握しながら先読みでゆっくりと撃ち、後から極めて速い矢を撃ち当てたのだ。

 そして煙幕弾を炸裂させ、スモークにてドゥサの視界を奪い続けた。

 

 ドゥサの動きは極めて速い。

 その体に最速の矢を当てるのではなく、先読みして遅い矢を置きにいき、そこに速い矢を当てて煙で大雑把に包み込み、完封する。

 "衛宮士郎がやった"のは、そういうことだった。

 

「バンザゴセパ・ダベロボバ……!?*12

 

 グロンギですら戦慄する絶技。

 狩るために磨いた技でないことはひと目で分かる。

 このための技術などという無駄なものを磨き極めたのか、それともこんなことを余技程度のノリで扱えるだけの熟練の腕を持っているのか。

 なんにせよ、恐ろしい。

 

 あの弓の化物が居る限り、闇の中から出られない。その事実が彼の背筋を寒くさせる。

 

 ドゥサの知らない、リントの戦士の絶技。

 それによって、また次々と煙が追加され、周りが見えるようになる気配がない。

 逃げ道がない。

 勝ち筋がない。

 閉塞感と敗北の予感に固唾を飲んだドゥサに、またクウガが斬りかかった。

 

 はっ、として身を捩るドゥサだが、その髪が数十本まとめて切り落とされる。

 地面に落ちた蛇の頭を踏み潰しながら、クウガは全力で『魔剣』を発動、間髪入れず袈裟懸けに斬りつける。

 ドゥサの左肩から右腰にかけて、深い切り傷が刻まれた。

 

「グ……!」

 

「ギデデギスバ*13

 

 もう少し。

 あと少し。

 傷の一つ一つはあっという間に治ってしまうとしても、少しばかり押し込めれば、そのままドゥサの首を落とせるかもしれない。

 逸る気持ちを抑え、静かにクウガは語る。

 

「グロンギ・ロ・リント・ロ・バシゾギダ*14

 グロンギ・ザジヅンザ・ベグダ・ボギベセダ・ギギボジン・ゼンバシゾ*15

 リント・パリンバ・ゼギビデ・ギブダレビ・リンバゼ・バシゾギ・デギダダ*16

 

「ゴセグ・ゾグギダ!*17

 

 ドゥサはやぶれかぶれに、周囲全てを叩き壊さんとするかのように、巨大化した尾を振り回して大回転する。

 円形に破壊の嵐を巻き起こすそれを、クウガは跳んで軽やかにかわした。

 

「パダギパ・ゴラゲゾ・リンバド・バスドギ・グボドザ*18

 

 そして、超自然発火能力でプラズマ化させた血液を剣に纏わせ、ドゥサの胸を切り抉った。

 

 本当はみぞおちを狙っていたが、ドゥサの回避で狙ったところに当たらなかった様子。

 

「ッ」

 

 先の袈裟懸けはもう傷が塞がり始めているが、流石に随分な量の血液消費とプラズマ化によって叩き込んだ渾身の一撃は、すぐには治らない焼け付き状態になっているようだ。

 

 しかし、この超自然発火式の攻撃力上昇は血液の消費を伴う。

 プラズマに変換した血の量の分だけ、クウガは息切れを起こす。

 ここでトドメの一撃まで展開したかったところではあるが、クウガは足を止めて深呼吸した。

 血が、トドメを刺すために必要なプラズマの元が、足りない。

 

 一方ドゥサは、また更に頭に血が昇っていた。

 許せないものがあった。

 クウガの戦い方は、先の戦いでドゥサが見下した戦い方を、更に洗練させたものだったから。

 

「ボンバロ・ボンバビグ・ダボギギ!*19

 グロンギ・ガボンバ・グゾグ・ルゾグンジ・ドシゼギ・ババギ・ジョグバ―――*20

 

 ドゥサからすれば、楽しめる殺戮以外に価値はない。

 誇り高きグロンギが、単独での狩りからどんどん離れていくなどありえない。

 弱者が群として群がる中の一人になるなど、グロンギがすることとしては許せない。

 情けない。

 だらしがない。

 おぞましい。

 グロンギが種族として好ましく思わないことを、クウガは片っ端からやっている。

 リントがそれをするならいい。だが、ズ・クウガ・バはグロンギなのだ。

 

 闇の中、ドゥサは叫ぶ。

 

「ゲゲルゾ・ベガグバ!*21

 

「お前にとっては、ゲームでも」

 

 たん、とクウガは踏み込む。

 

「リント達、にとっては…………生きるための、懸命な、足掻きだ!」

 

 ドゥサはここまでの攻防で、クウガの攻撃のリズムを把握した。

 ゆえに、合わせる。合わせられる。

 クウガの攻撃のタイミングで、なんととんでもないことに、ドゥサは『宝具』を開帳せんとしていた。

 闇を生む煙もまとめて、何もかもを力ずくで吹き飛ばすために。

 

「ベルレ―――」

 

「!」

 

 間に合ったのは、必然だった。偶然ではない。

 本来なら"相手から距離を取って発動時間を確保する宝具"だが、スモークで視界の全てを奪われたドゥサは、クウガが予想以上に至近距離にいることに気が付いていなかった。

 咄嗟に、クウガは剣を敵の口の中に突っ込み、宝具名が宣誓される前に口を塞ぎ、口の中に思いっきりプラズマを叩き込んだ。

 

「ギガァアアアアア!?」

 

「グングババ・ダダバ。ゴセドロ・バギボ・パセギ・ゲギガバ*22

 

 そしてすかさず、顔に付いていた両目を切り裂いて焼き潰した。

 

「グ……ガ……アッ……!!」

 

 ここまでやってようやく、フィニッシュを決めるチャンスがやってくる。

 

 何故か、ドゥサの再生速度が上がっている。

 体に付けたはずの無数の傷も治りが早まり、おそらく5分後には一つも残っていない。

 何故かは分からない。だがその体の"怪物性"が加速度的に上昇している。

 それがグロンギ:メ・ドゥサ・レと相乗効果を起こし、力を飛躍的に高めている。

 再生速度からそれを感覚的に察したクウガは、一気に決めに行く。

 もう、スモークを展開可能な時間も残り5分を切ってしまっていた。

 

「ドゾレザ!*23

 

 再生で補給された血液を剣に通し、プラズマ変換。

 両断する勢いで剣を振り下ろし、そして。

 

 

 

「―――ズザベスバ*24

 

 

 

 『霊基』が、『再臨』した。

 

「!?」

 

 振り下ろした剣が、ドゥサの片手に掴まれていた。

 何故?

 おかしい。

 

 見えていないはずだ。

 ここは煙の闇の中なのだから。

 掴むのは威力的に難しいはずだ。

 ここまでの戦いで、十分にプラズマを込めれば掴み止められることはないことは判明済み。

 傷がもうない。

 完治まではあと5分はかかるはず。

 

 混乱するクウガが、肌で敵の変化を感じ取った。

 

 それまで紫と銅色の二色だった体の、紫の割合が増している。

 怪人の皮膚は、蛇の鱗に。

 爪も牙も伸び、眼球も蛇のそれに変わった。

 ドゥサのベルトに組み込まれた黄金の欠片――ダグバのロストベルト――が、ギラリと、獰猛に光った。

 

(硬い……!?)

 

 歯が立たない。

 否、刃が立たない。

 プラズマを込めたはずなのに、ドゥサの手の皮膚に食い込んでくれない。

 身体強度が、耐久数値が、一瞬で分かるほどに跳ね上がっている。

 

 やがて息をするように、クウガを蹴った。

 

「―――!?」

 

 蹴り飛ばされたクウガが近くの大木に衝突し、地球最大規模の台風でも引っこ抜けそうにない大木が一瞬で引っこ抜け、周囲の地面や木々も巻き込んで空中に吹っ飛ぶ。

 数百トン規模のものが宙を舞い、カカトと後頭部がくっついていたクウガが、地面を這う。

 騎士が見上げる蛇の怪人は、異様な様子でそこに立っていた。

 筋力も耐久も、これまでのドゥサとは明らかに一線を画していた。

 

 『霊基再臨』。

 これはデミ・グロンギの概念においては、サーヴァントと融合したグロンギが、次のステージへ移行することを意味する。

 サーヴァントの魂。

 グロンギの肉体。

 人類史の守護者。

 人類史の殺戮者。

 陽。

 陰。

 すなわちこれは、擬似的な『両儀』である。

 

 融合が進めば進むほど、デミ・グロンギはより進化していく。

 

 すなわちこの姿が、デミ・グロンギの次のステージ。

 ゲゲル初日のドゥサだから到達していなかっただけの、デミ・グロンギの当然の領域。

 『欠片の力を一つ分も引き出せていないズ・クウガ・バが絶対に勝てない』、絶対の強さの境界線の上の層。

 

 サーヴァント・メドゥーサは、常に目を隠したサーヴァントであるという。

 強力な魔眼を魔眼封じの宝具で覆い、目を隠したまま、されど目が見えているが如く戦い、目が見えている者以上の知覚を得ているのだという。

 使用する感覚は、聴覚、触覚、嗅覚、そして魔力探査。

 "視覚で見るよりも正確な情報を得ている"と評されるほどの、人外の感覚である。

 

 そして新たに備わったのは『怪力』のスキル。

 使用者の魔性がスキル効果に反映されるこのサーヴァントスキルは、魔性が薄いサーヴァント・メドゥーサのスキルでありながら、人類史を否定する魔・グロンギの特性によって、その効果が凄まじく強化されていた。

 ステータス上の身体スペックも高いのだが、それをメドゥーサの怪力スキルにて、一気に上昇させることが可能となった。

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを意味する。

 

「ジョグザンジャ・バギ……!*25

 

 なんとか再生を終え、騎士は"ゴルゴンの怪物"と成り果てつつあるドゥサを盲目で見据え、回り込んで背後から切り捨てんとする。

 そのクウガを、ドゥサの五感と魔力探査がしっかりと捉えていた。

 ドゥサの平手が地面を叩く。

 ただそれだけで、木々が根ざした地面が爆裂、粉砕され、若い木々とクウガの体が地面と共に宙を舞う。

 

「ッ!?」

 

 空中で身動きが取れないクウガの腹を、ドゥサが投げた鎖付き短剣が貫いた。

 体を貫通した短剣が体を捕まえ、ドゥサが鎖を振り回し、地面にクウガを叩きつける。

 土地が、揺れた。

 地面に、クレーターが出来た。

 全身複雑骨折と、全身を覆う銀の鎧状の皮膚の粉砕だけで済んだのは、奇跡だったと言える。

 

「ゲバッ」

 

 ズ・クウガ・バは血を吐き、立ち上がろうとするが、再生が間に合わない。

 

 ドゥサは今、いかな精神状態なのか。

 先程のような頭に血が昇りきった状態ではなく。

 けれど冷静になったようにも見えず。

 ただただ何を考えているのか分からない様子で――心腐った怪物のような様子で――ズ・クウガ・バを見つめている。

 感じられるものはただ一つ。

 クウガに対する殺意のみ。

 

「ギ」

 

 ドゥサは呟く。

 

「ベ」

 

 エコーがかかったような声は、彼がもはや尋常な生物でないことを示していた。

 

 髪の蛇は全て切り落とされていた。

 顔に付いた目はクウガの斬撃で焼け付き、塞がったまま。

 キュベレイはもうない。

 にもかかわらず、クウガの勝機も同様にない。

 

 知略、知恵、知慧の全てを力任せにねじ伏せる暴虐。

 クウガの工夫も人間の工夫も全て無に帰す傍若無人。

 チームワークも、仲間との連携も、全て『力』のみで踏み躙る。

 

 そう、それは。

 

 かつてあった第一次未確認生命体災害の最後において、4号と警察の無敵のチームワークをただ一人無慈悲に蹂躙し、絆を力で完封した悪夢―――ン・ダグバ・ゼバのそれに、僅かに似る。

 

「衛宮! 倒しきれてるか!?」

 

「いや……倒しきれてない!」

 

「クソっ、やっぱ三時間や四時間で用意できた特殊煙幕弾じゃこんなもんか!」

 

 そして、煙の効果時間が切れた。

 クウガはぼろぼろな状態で、折れた足で不格好に走って下がり、慎二達に警告する。

 

「ここからは。見える、盲目同士の。戦いになります…………どうか、離れて」

 

「勝てるか?」

 

「時間切れ狙い以外は、無いです」

 

「―――っ」

 

「ワタシより、速く、強く…………欠片の出力も、魔力も多い」

 

 石化の悪夢はなくなった。

 

 怪物の悪夢はまだ、そこに在り。

 

「ワタシが、完全に、死なないよう…………祈っていてください」

 

 クウガの言葉が空元気で空手形のようなものであることは、その場の誰もに分かっていた。

 誰もが、クウガの勝利を信じていなかった。

 誰もが、クウガの敗北と死を確信していた。

 だから。

 だからこそ。

 立香は、心にも無いことを言った。

 

「だいじょーぶ、信じてる」

 

 嘘をついてまで、誰かを信じていると口にする。

 

 それはグロンギになくて人間にはある、醜さであり美しさ。

 

「良くも悪くも、約束破らない人なんだって分かったから。クウガ君」

 

「…………ん」

 

 それが最後の、勇気に変わった。

 

「約束は、守ろう。―――君を、守る」

 

 クウガのベルトに収められていた三つのロストベルトの一つが、黄金に輝く。

 

 夜を切り裂くまばゆい光が放たれる。

 

 光が、全てを飲み込んだ。

 

 心に、誰かがささやく声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レディを守ろうとするその気概。騎士の鑑とお見受けする」

 

「心こそが力を引き出す。

 それがこの、宇宙(そら)の果てより来た石を扱う方法。

 死した外なる宇宙の神話生物の心臓が一部を支配する(すべ)

 貴方がたの一族を更に邪悪へと導いた、魔石ゲブロンが持つ特性の使用法です」

 

「あなたには、心こそが足りなかった。心の色の多様性こそが、より力を引き出すというのに」

 

「けれど、それも今、満ち足りた」

 

「貴方の心には、今までに無かった新しい心の色がある」

 

「貴方が得たのは『向き合う心』。人の気持ちを受け止める心」

 

「輝ける想い」

 

 

 

「裏切りを選んだ上で、全てに蔑まれてもなお、その剣で守りたいものがあるのなら」

 

「私はその心の味方となりましょう。宿主(マスター)よ」

 

 

 

「これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある」

 

「―――ここに契約は完了した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その戦いを最初から今まで、ずっと見下ろしていた二人がいた。

 大柄な男と、小柄な少女が、一人ずつ。

 

「いつまで見ている。愛歌」

 

「黙っていて、ガドル。今、一番最高なところなの」

 

「……奇特な女だ。俺はこれ以上見る意義を感じん」

 

 男が消え、女は高層ビルのてっぺんで、綺麗な笑みを浮かべて笑う。

 綺麗すぎておぞましい、可愛すぎて恐怖を覚える、そんな笑みで。

 沙条愛歌は一心に、一途に、ズ・クウガ・バを見つめていた。

 

「太古に滅びた幻想種。

 それがまだ地球にあった頃、地球に跋扈していた人狩りの一族の力。

 青の竜種(ドラゴン)。緑の天馬(ペガサス)。紫の巨人種(タイタン)。ああ、だから……」

 

 そして、歌う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪悪なる者あらば

 

鋼の鎧を身に付け

 

地割れの如く

 

邪悪を切り裂く戦士あり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び出した怪物(ドゥサ)を、クウガの斬撃が斬りつける。

 そして、吹っ飛ばした。

 

 力でも、速さでも、魔力量でもドゥサが勝っていた。

 なのに、クウガが押し勝った。

 『技』だ。

 力の入り具合と当てるタイミングを最適に選び、最高の場所に当てて押し勝った。

 それは、かつて巨大なドラゴンとも戦い勝利したと言われる『最強の騎士達の一人』であるからこそ持つ、英雄の剣技。

 

 ()()()―――()()()()()()宿()()()()()

 

 サーヴァントをその身に宿すと同時に、クウガの体色も変化していた。

 黒い皮膚の上に銀の鎧を重ねているようだ、と思われていた体色は、銀の色の上に『紫』のラインと文様がたくさん入るようになっていた。

 白銀と濃紫の二色のコントラストが美しい。

 

 クウガの額のクワガタムシを思わせる角は大きくなり、角らしく見えるようになった。

 角は四本角になり、黄金に染まる。

 抉られた眼はそのままだったが、黒一色の複眼は見るからに細く、鋭くなっていた。

 

 そして、手に持つ剣が白と黄金の二色に変じていた。

 剣より迸る膨大な魔力と存在感が、それを見た者にクウガの勝利を確信させる。

 まるで、勝利を約束するかのような、白亜を添えた黄金の剣。

 

 ドゥサは叫んだ。

 

「ルサガビ・ボヂバ・サザド!?*26

 ラガバ……*27

 ギララゼギ・ソボヂ・バサゾギガ・ガギリビヅ・ベデギババ・ダダドギグボバ!?*28

 

 驚愕するドゥサと相対するクウガの内側で、霊体が動く。

 クウガに全身の操作権は渡したまま、その霊体はクウガの口のみを動かし、語り出した。

 

「従う主の口を無理に借り、勝手に喋るなど騎士として言語道断。

 されど今のみ、ただ一度だけ、この身の無礼を許してほしい。

 私はここに宣誓しよう。

 彼と共にあることを。

 彼をここより導くことを。

 いかなる敵を前にしようとも、主にこの力を貸し、彼の戦う力となることを」

 

 其はブリテンの最強が一人に数えられる騎士。

 不貞に裏切りという最悪の不忠を働きながらもなお、王に理想の騎士と讃えられた男。

 心に従い、裏切った者。

 

 

 

「我が名は―――裏切りの騎士、『ランスロット』!」

 

 

 

 裏切りの騎士は知っている。

 裏切りの汚名を受けてなお、守りたいものがあることを。

 裏切りにより、失われてしまう大切なものがあることを。

 

「人を守りし裏切りの騎士、その心の叫びに応え、彼に剣を預けし者だ!」

 

 なればこそ、彼はやって来た。

 裏切りのグロンギの騎士を助けるために。

 その裏切りを、絶望で終わらせぬために。

 少女を守らんとする騎士の誓いを守るために。

 

 彼の名はサー・ランスロット。闇夜切り裂く聖剣使い。

 

 

 

*1
どこだ

*2
逃がすか!

*3
どこだ! どこだ!

*4
なんだ

*5
なんだ、これは!?

*6
貴様……!

*7
ここで終わりだ。ドゥサ

*8
死ね

*9
またか

*10
今のは……

*11
まさか

*12
なんだそれは、化物か……!?

*13
知っているか

*14
グロンギも、リントも、狩りをした

*15
グロンギは自分だけが楽しければいい個人での狩りを

*16
リントは皆で生きていくために、皆で狩りをしていった

*17
それがどうした!

*18
私はお前を、『皆』と狩るということだ!

*19
こんなものの何が楽しい!

*20
グロンギが、こんな有象無象の一人でしかないような―――

*21
ゲゲルを汚すな!

*22
運がなかったな。それとも、ないのは冷静さか

*23
トドメだ!

*24
―――ふざけるな

*25
冗談じゃない……!

*26
紫の力だと!?

*27
まさか……

*28
今まで、色の力を一切身に付けていなかったというのか!?




 セイバーランスロットの鎧の……色!

■デミ・グロンギ
 グロンギのデミ・サーヴァント。
 肉体的にはグロンギ、魂魄的にはサーヴァントの性質が強く表れる。
 人類史を否定する者であるグロンギは一種の死徒に近い性質を持ち、人類史を肯定する者である英霊と融合することで太極……『根源により近い存在』へと擬似昇華されている。
 グロンギがサーヴァントと融合し、英霊達の能力の一部を行使できる様になった存在。
 人類史を否定する人類の敵が融合し、グロンギの側がその力を行使するという関係性が成立している以上、サーヴァント側の人格が残ることはない。 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

 見下していた相手だった。

 

 メ・ドゥサ・レは、頭に血が昇りやすいが平均的なグロンギであると言える。

 怒りやすいのではなく、頭に血が昇りやすい。要するに熱中しやすいのだ。

 ゲームにも、怒りにも。

 グロンギ基準では普通だが、人間視点では殺人思考と狩猟趣味の時点で普通ではないので、このあたりの特性は認知されにくい。

 

 見下していた相手だった。

 

 ドゥサは格別クウガを侮蔑していたわけではない。侮蔑していなかったわけでもない。

 ただそれなりに見下していた。

 最強の弟。

 最弱のズの底辺。

 戦闘力持ちのグロンギの中では最も弱い席を争う。

 ゲゲルに参加すれば、人を殺すモチベーションの低さもあって、必ず失敗することが皆に確信されていた。

 

 見下していた相手だった。

 

 剣を持てば、ドルドに敵わず。

 拳を握れば、ゴオマより弱く。

 超自然発火もダグバには劣る。

 敏捷に優れたバッタ怪人のズ・バヅー・バ、筋力と耐久に優れたサイ怪人のズ・ザイン・ダあたりと戦えば、百回やって百回負けるとさえ言われていた。

 クウガが欠片を盗んで裏切った時も、バカが愚かなことをしたとしか思わなかった。

 裏切ったクウガが目を抉られ海に捨てられたと聞いた時も、笑いしかおきなかった。

 

 見下していた相手だった。

 

 人間の価値とはなんだろう?

 "それは心にある"と考えたのがリントだった。

 "それが力にある"と考えたのがグロンギだった。

 力なき者は無価値。

 ゆえにズ・クウガ・バも無価値。

 自然とそういった風に考えるのがグロンギであり、ドゥサだった。

 

 だからずっと、見下していたのに。

 

 輝ける剣を手にした銀紫の騎士は、殺すだけの怪物よりも、ずっと強かった。

 

 

 

 

 

 霊基再臨。これは大まかに、四段階に分けられる。

 だが四を基準とする位階分けは、霊基再臨に限ったことではない。

 例えばグロンギの、『ズ』『メ』『ゴ』『ン』の強さ四階層構造。

 人間の魔術理論・カバラの『活動』『形成』『創造』『流出』の四段階構造。

 一部の魔術の世界には、"かつてキリストが戦った人類悪の獣"を解釈するために『クリフォトの樹』の概念を用い、それの理解に対であるセフィロト・カバラの四段階構造を用いるものもいる……という話だ。

 

 先程までのドゥサと今のクウガが、欠片から力を引き出しただけの第一段階。

 今のドゥサが、欠片が体に真に馴染んだ第二段階。

 両者の間には一段階分の差があり、サーヴァントとの融合でクウガがスペックを上げても、スペックはドゥサの方が上である。

 

 なのに、騎士は優勢だった。

 

「ダババ!*1

 

 横薙ぎに振るわれたドゥサの"ゴルゴンの尾"を、騎士はその下を走ってくぐり抜けた。

 体を地面ギリギリまで伏せながら、減速せず走り続け距離を詰めるという妙技。

 尾をかわし、剣を切り上げる。

 その斬撃が、必死に後退したドゥサの腹を縦に切り裂いた。

 

「っ!?」

 

 脆いみぞおちをまとめて狙う脅威の斬撃。

 ドゥサは背筋を冷やしながら、太くなった腕を振った。

 怪物の豪腕に、スキルが上乗せされた必殺の一撃。

 大気が押しのけられ、引き裂かれた大気に膨大な真空が生まれ、押し出される大気と流れ込む大気が小規模の嵐を生み出した。

 

 その一撃を、騎士は一歩で避ける。

 攻撃の気配を見て少し動き、攻撃の前動作を見て少し動き、攻撃を見て少し動いて、無駄なき動きでするりとかわした。

 そしてすれ違いざまに、ドゥサの脇を切って行く。

 

(動ける)

 

 普通の人間ならば、体を動かそうとした瞬間、体がいつものように動くだけだろう。

 鍛錬した者ならば、そこで鍛錬した通りに動かすことができるだろう。

 されど今のクウガは、今まで自分がしたことがない動きを、息をするようにこなすことができるようになっていた。

 超高速で振るわれる尾が、僅かな攻撃間隔で連続して振るわれるが、その全てを避ける。

 

(思った通りに……思った以上に、体が動く!)

 

 身体スペックを借りているのではない。

 力だけを継承し技がないということもない。

 今のズ・クウガ・バは、裏切りの騎士ランスロットと誤解なく一つになっている。

 未熟な騎士を、遥か先を行く騎士が、丁寧に導いていく。

 

(私のではない能力があって、技がある。……これが、デミ・グロンギが持つ力!)

 

 人間の数倍、十倍の力を持つのが動物。

 それを狩るのが人間。

 人間の百倍、千倍、時に万倍の力を持つのが怪物。

 それを狩るのが英雄だ。

 

 それこそが英霊。それこそがサーヴァント。

 

 自分よりも弱い人々を虐げ絶望を生むのが怪物。

 自分よりも強い怪物を打ち倒し、希望を生むのが英雄だ。

 ズ・クウガ・バは英雄ではない。

 けれども英雄と共にある。

 

 世界を一人で救ってしまう者を英雄と言うのなら―――英雄は、ただ一人でも、いいのかもしれない。

 

 心中で英雄ランスロットに心底敬意を払うクウガ。

 その感情は、理想の騎士に憧れる未熟な騎士のそれ。

 人間の騎士見習いのようであり、同時に強さに憧れるグロンギのような感情であり、総じて言えば純粋な敬意であるそれを感じて、ランスロットは苦笑した。

 

「!?」

 

 だが、敵もさるもの。

 怪物を殺すのが英雄なら、英雄を殺すのもまた怪物。

 メ・ドゥサ・レは、体表に大量の魔力を流して一気に強度を引き上げた。

 クウガの剣が、その体を切り裂けなくなる。

 

 攻撃力が足らない。

 ただでさえ、再生されてしまうのに。

 せめて弱点のみぞおちか、生物的弱点である首、どちらかを貫ける攻撃力が欲しいのに。

 

「ジパジパ・ドギダヅシ・ボソギデジャス*2

 

 優勢劣勢が、一発でひっくり返った。

 ドゥサの"ゴルゴンの鱗"を貫けないのなら、クウガの剣に対し、ドゥサは全身鎧を着ているようなものである。

 弱点のみぞおちを狙えば通る可能性はある? 否、その可能性を考慮しているドゥサはしっかりとみぞおちを守っていた。

 これでは攻めるに攻められない。

 

 それどころか鱗に防御を任せていいドゥサは、防御と回避を捨て一気に攻撃に集中し始めた。

 拳、蹴り。

 両手両足四セットの爪、

 サイズ自在の尾に、鋭い牙による噛み付きまで織り交ぜて来る。

 

 上下左右、どこからでも斬撃が飛んでくるようなものであった。

 クウガは必死に切り弾く。

 

「!」

 

 そこに、鎖付き短剣によるトリッキーな攻撃まで混ざり始める。

 危ない。見切りにくい。

 ドゥサの戦闘術、メドゥーサの武器、そしてメドゥーサが成り果てると語られるゴルゴンの怪物身体特徴からくる戦闘スタイルは全て違って、全く一体化していない。

 それゆえ無駄も多いが、時々ヒヤリとさせられてしまう。

 

 自分の足を取ろうとした鎖を咄嗟に回避し、ヒヤリとしながらクウガは防戦に集中する。

 

 硬さと強さと速さをまとめて叩きつけてくる敵。

 どうすれば。

 どうすればいい?

 経験のないクウガには分からない。

 経験豊富なランスロットには、何度か見たことのある敵だった。

 

『よく敵の動きを見るのです。マスター』

 

 その時、クウガの内側から、ランスロットの声が聞こえた。

 

 デミ・グロンギに、サーヴァントの意志は無い。

 ゆえにサーヴァントの助言もない。

 なればこその―――()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

『剣に力を宿すことで、斬撃の力は増せましょう。

 ですが、それだけでは倒せない敵もいます。

 無敵の防御。

 無隙の構え。

 無敗の結界。

 それらを突破するためには、力を剣より全力で発しつつ、全力で束ねるのです』

 

 ランスロットが、内側から"感覚"を合わせる。

 これまではクウガが内のランスロットから"動き"を引き出し戦っていたが、今度は"感覚"をランスロットの側が浸透させていく。

 剣が纏う、超自然発火のプラズマの光。

 その光の動きに、無駄がなくなっていく。

 激しかったプラズマのスパークが収まり、静かで綺麗な輝きになっていく。

 

『血を熱の光に変える力。

 その力は素晴らしいものだ。

 他の誰かが侮辱しようとも、私は素晴らしいものであると考えます。

 さあ、その光を、熱を、剣の周りに押し固めるのです。新たなる剣を創るように』

 

「新しい…………剣…………!?」

 

『ここで満足してはなりません。

 ここは貴方の限界ではない。

 ここが強さの最果てではない。

 あなたはきっとどこまでも行ける。きっとどこまでも強くなれる』

 

 やがて、剣の周りに出来上がる、薄水色の光の奔流。

 

 透き通った薄青色のプラズマは、実験室で見られるもので―――どこか、湖を思わせる。

 

『最果てに至れ。限界を越えよ。今代の主よ、貴方の光を御覧あれ』

 

 ドゥサの豪腕を、一瞬で桁違いにパワーが上がった斬撃が弾き、"魔剣"によってすぐさま切り返した斬撃がドゥサの胴を斬りつける。

 

 同時に、爆発。

 クウガとドゥサは同時に、逆方向に吹っ飛ばされた。

 

「グガァッ!?」

 

 クウガは着地に成功したが、ドゥサは膝をついたまま呻く。

 その胴体に、袈裟懸けに強烈な傷が刻まれていた。

 プラズマで焼かれ、溶けた肉がかき混ぜられて焼き付けられたこともあり、ずば抜けた再生能力を持つグロンギでも再生が追いついていない。

 

 そう、これがランスロットの特殊技能。

 聖杯戦争定番の能力確認ですら視覚できない、名もなき力。

 熱と光を剣の周りに収束し、圧縮し、敵に当てるまで収束し切る能力だ。

 これはランスロットの特筆すべき技能とは言われない。

 他にとんでもない技能がいくらでもあるからである。

 ……だが。間違いなく、他人が真似しようとしてもできない、化物じみた技能だろう。

 

 ランスロットという師から、クウガに伝えられた技、と言ってなんら差し支えない。

 

『―――これを私は、過重湖光(オーバーロード)と呼んでいます』

 

「…………凄い、ですね」

 

『敬語は不要です。どうかその瞳は私ではなく、敵を見られますよう』

 

 クウガは何もかもが無能だったのか?

 彼の能力では何をしても無駄だったのか?

 いや、違う。

 超自然発火のプラズマに関して言えば、使い方が下手なだけだった。

 敵を倒す攻撃力を出すには、後は技術があれば良かったのだ。

 

 人類の歴史とは、人類の限界との戦いである。

 人類の限界と向き合い、工夫し、克服し、そして、勝つ。

 人間が勝てない動物を倒すために、石器で武器を作った時から、ずっとそう。

 だからこそこれは、『グロンギの少年が人間の強さを教わる』構図なのである。

 

 よろめきながら立ち上がるドゥサを、見据えて剣を構えるクウガ。

 

「行ける…………よし」

 

 ごうっ、と剣の周りに薄青プラズマの光が奔る。

 

 駆け、距離を詰め、クウガは一気に両手剣を振り下ろした。

 

「ドゾレザ!*3

 

 そして勝利を確信した。

 

 

 

「ギベ*4

 

 

 

 クウガ、ドゥサ、その両方が。

 

 クウガの剣が当たる直前、ドゥサがその口を開く。

 すると口の中から新たな口が飛び出してきた。

 ()()()

 それはクウガも知らない、デミ・グロンギになる前からドゥサが持っていた、怪物としての身体的特徴。

 "キスして敵を殺す身体機能を持つ同族"を真似した、彼の奥の手たる接吻殺害手段であった。

 

『! この怪生、まさかこのタイミングを狙って―――!?』

 

 口の中の口(インナーマウス)

 伸びた口の中の蛇が騎士の手の中の剣を弾き、宙に舞わせ、続き必殺を狙う。

 剣の次に狙うは頭部。

 いかな未確認生命体と言えど、再生能力をいくら引き上げようが頭の中をかき回せば死ぬ。

 貫通力は折り紙付きだ。

 隠し札(ジョーカー)相応に、この噛み付きには強固な守りも貫通する攻撃力がある。

 

 かわせない。

 防げない。

 渾身の一撃のまさに直前、体全体の動きを攻撃のために使用している瞬間、ズ・クウガ・バは無防備だった。

 ランスロットの力があっても何もできない。

 

 ここぞという時に、最高のタイミングで意表を突く。それが強き戦闘者の条件。

 

「―――」

 

 人間から見た、悪が勝つ。正義が負ける。そんな瞬間。

 

 "人を守るという正義"の味方を、『彼』はした。

 

 放たれるは二本の矢。

 片方は宙に舞う剣を撃った。

 片方は伸びるインナーマウスを撃った。

 矢はグロンギの体に傷一つ付けられないが、口の中の蛇は僅かに軌道を逸れてクウガの頬を深く抉るだけに終わり、矢によって宙を舞っていた剣が、クウガの方に戻ってくる。

 

 矢を弓より放った者―――衛宮士郎は、ふぅ、と息を吐いた。

 

「しょっちゅう手を出すより、ここぞって時に一発予想を外させるのが一番だ」

 

 ここぞという時に、最高のタイミングで意表を突く。それが強き戦闘者の条件。

 

「任せたクウガ!」

 

「……はい!」

 

 クウガが矢に弾かれて手元に来た剣を掴み、踏み込む。

 

「リントォォォォッ!!!」

 

 プラズマ一閃、魔剣で二閃。

 

 首とみぞおちを守ったドゥサの両腕を、クウガの斬撃が斬り落とした。

 

「グ……ガッ……ガガガッ……!!」

 

 もはや、ドゥサはやぶれかぶれ。

 尻尾で地面を猛烈に叩き、反動で跳び、一気にクウガから距離を取る。

 予想以上に増していた尾のパワーにクウガは驚くが、ドゥサの全身を血のような魔力が包んでいるのを見て更に驚いた。

 空翔ける天馬(ベルレフォーン)が、来る。

 メドゥーサの体がペガサスとなった神話を再現する一撃が来る。

 

 クウガは息を呑み、剣を正眼に構える。

 

 恐れがあった。死ではなく、敗北し、何もかもが無為に終わる恐れだ。

 剣を握る手が一瞬、一度だけ、僅かに震える。

 先の戦いで見たベルレフォーンのことを思い出す。

 桁違いの威力。

 桁外れの速さ。

 巻き起こす衝撃波だけで、街の一部を更地にする威力があった。

 あれに、打ち勝てるのか? 疑問が胸の奥に生まれて、生まれて、消えずに残る。

 

『落ち着いて』

 

 そんなクウガに、内から語りかける騎士の声があった。

 

『無理に私の剣技を模倣する必要はない。

 君には君の剣がある。

 私の技は、君の技の肥やしにするだけでいい。

 自分を見失うな。自分を信じろ。騎士は自分の剣にこそ、自分の命を預けるもの』

 

 自分の、剣。

 そう言われ、クウガはランスロットの剣技を自分の剣に取り入れつつも、自分が普段使っている剣を意識して、しっかりと構える。

 積み重ねた時間があった。

 積み重ねた努力があった。

 同族にバカにされながらも、振り続けた剣があった。

 これまでの自分が、今の自分を支えてくれる。それは誰であっても同じこと。

 

 裏切りの騎士は、裏切りの騎士に、『信念』に近いものを教える。

 

『心に剣を携えて、その手の中に輝く勇気を。踏み込むことを、負けることを、恐れずに』

 

 頷くクウガ。

 

空翔ける(ベルレ)―――」

 

 空の蛇は、天馬に代わり、閃光となる。

 

「―――天馬(フォーン)ッ!!」

 

 その一瞬。

 

 しっかりと大地に足をつけ、揺るぎなく構え、地割れの如く剣を振り下ろすクウガが、ドゥサには何故か―――巨人のように、大きく見えた。

 

 光纏う天馬(ペガサス)に、光纏う巨人(タイタン)の剣、そして、二つは衝突する。

 

 ほんの一瞬。一秒にも満たない交錯。

 

 勝者と敗者を決めたのは、『盲目』だった。

 ドゥサは目を失って、それを他の感覚で補うようになってから数時間。

 けれどもクウガは、目を失って他の感覚で補うようになってから日数があった。

 その日々を、クウガは戦闘訓練と剣技の鍛錬に費やしていた。

 何度も、何度も。

 何回も、何回も。

 剣をひたすら、振り続けた。

 

 最後に勝負を分けたのは、そんな小さな差。

 

「お前の罪は―――」

 

 ズ・クウガ・バは誓う。何度でも誓う。

 

 『グロンギの罪』を、この時代、この場所で、この手で終わらせることを。

 

「―――ここで、終わりだ」

 

 天馬に変化したドゥサの鳩尾に、突き出された剣が突き刺さる。

 

 そのまま、ベルレフォーンの威力と勢いを利用して、プラズマの剣はその体を一刀両断、真っ二つにして切り捨てる。

 

 真っ二つになった天馬は、二つに分かれたまま吹っ飛び、空へと舞い上がり、真っ赤な炎を撒き散らして爆散し……夜空を、真っ赤に染め上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終了後、撤収準備中のクウガ達の下へ、カーマが戻ってくる。

 

「おかえり」

 

「はー、死ぬかと思った、いや実質死んでたみたいなもんですよ私」

 

「お疲れ…………様」

 

「そうですよ、私の功績を大いに讃えてください。

 そして以後面倒なことは振らないよう気を付けてくださいね」

 

 そう言って、カーマとクウガは、同時に親指を立てた。

 ぐっと立てた親指を見せ合って、クウガとカーマは微笑み合う。

 不思議な空気だ。

 それを見ていた藤丸立香がやってくる。

 

「この親指立てるやつ、友達がやってるの見たことあるけど、なんて言うんだろうね?」

 

「こういうの、知らないんですか? 『サムズアップ』って言うんですよ」

 

「サムズアップ、ほほう」

 

「古代ローマで満足できる、納得できる行動をしたものにだけ与えられた仕草です」

 

「古代ローマ……私には縁がなさそうだ」

 

 そう言いつつ、立香はクウガ、カーマにそれぞれサムズアップ。

 満面の笑顔で親指を立て、「お疲れ様!」という声が聞こえてきそうなくらいに元気よく、二人に親指を見せていた。

 カーマが微笑む。

 

「あなたもこれが似合う、大人な女性になれるといいですね」

 

「いやー、どうだろ私。まだ将来何になりたいかも決まってないのに」

 

 一瞬。"将来"という言葉に、カーマが表情をしかめる。

 

「覚悟を決められたと、聞いてます」

 

「うん。何かあったらよろしく、カーマちゃん」

 

「これから先、立香さんには辛いことや悲しいことが多くあるでしょう」

 

「……うん」

 

「でも、そんな時こそ、他人の笑顔の為に頑張れる人になるべきで。

 いつでも誰かの笑顔の為に頑張れることは、すごく素敵なことなんだって……」

 

 カーマの視線が、クウガの方に泳いだ。

 

「そういう風に……クウガさんは、思ってるらしいですよ」

 

「ワタシ? それは…………まあ、そうだね」

 

 こくりと頷くクウガ。

 話の着地点をクウガにしたカーマ。

 なんとなく立香は、カーマが何かを誤魔化した気がした。

 なので、思ったことをそのまま言う。

 

「カーマちゃんもじゃないの?」

 

 カーマは答えなかった。

 クウガ達が進めていた帰る準備を手伝い始める。

 

「さあ。帰りましょう。帰宅帰宅」

 

「あ、ちょっと!」

 

 カーマの作業を手伝い始めた立香を見て、クウガは空の月を見る。

 とても綺麗な星空だった。

 子供の頃見た星空よりも綺麗に見えるのは、少しは自分の背が伸びて、星に目が近くなったからだろうかと、クウガは思う。

 

 いつか、星を眺めた。

 手に届かない星と、叶う事のない願いを。

 強さを願い、あまりにも遠い、空の星に等しいただ一人の家族を眺め、折れ、諦めた。

 それでも。

 届かなかったその先に、新しい願いがあったから。

 

「よろしく、お願い、します」

 

『我が身と剣は貴方と共に』

 

 戦士、ズ・クウガ・バ。

 

 英霊ランスロットを従え、グセギス・ゲゲルに参戦す。

 

 爆散したドゥサの残骸から、クウガは黄金の欠片(ロストベルト)を拾い上げ、取り込んだ。

 

「ロストベルトNo1、回収完了」

 

 ありうべからざる幻想、異界のグロンギの一は倒された。

 

 この世界から切除すべき異端の幻想は、あと六つ。

 

『―――』

 

 その時。

 ロストベルトにしがみついていたドゥサの魂が、クウガに語りかけてきた。

 どうやらサーヴァントの魂を容れることができるこの欠片は、使用者であるグロンギの魂もしがみつくことができるらしい。

 だが風前の灯であるようで、あと数秒もすれば消え失せることは明白だった。

 

『―――お前が―――代わりに―――ライダーとして―――ゲゲルを―――』

 

 欠片の中の魂が消えていく。

 

『―――騎士の仮面の―――仮面―――仮面、ライダー―――』

 

 痕跡も残さず消えていく。

 

『―――仮面ライダー―――』

 

 ズ・クウガ・バが、ゲゲル八人目の参加者として認められた頃。

 

 メ・ドゥサ・レの魂の残滓が完全に消滅しきった頃。

 

 クウガは、士郎や慎二、立香やカーマ、警察官達に囲まれ、謎の胴上げをされるのだった。

 

 

 

*1
バカな!

*2
じわじわと、いたぶり殺してやる

*3
トドメだ!

*4
死ね




 最新版置いておきますね
https://www.youtube.com/watch?v=cmJrYrtgnI0

【ドゾレザ】
 『トドメだ』のグロンギ語。
 グロンギ界の失敗フラグ。
 これを言って実際にトドメを刺せたグロンギは一体もいない。
 10話、11話、12話で連続で言われているが全部失敗している。
 6話のバヅーはなんと一話の中で二回ドゾレザを言って二回とも失敗している。
 君達生きてて恥ずかしくないの?

 もう死んでた……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愛歌

 今回割とギリッギリな内容がちょこっと出ますが、郷原=ゴ・ライオ・ダが知略と能力とコミュ力だけでのし上がり、政党やら日本の報道やら大企業やら掌握した辺りの設定は、ほとんど小説版からいじっておりません
 強いんですよ小説版グロンギ……


 藤丸立香に関しては、警察があれこれ工作することになった。

 具体的には、立香が泊まる予定だった友達の家に交渉し、守秘義務の書類にサインさせ、口裏を合わせてもらい、立香が藤丸家の両親を騙して外泊継続を許してもらうという形になる。

 立香はエクストラターゲットだ。

 できれば警察の保護下、それも東京の警察総勢で守りに当たるのが一番安全である。

 

 議題に上がったのは、警察が市民を騙すことに協力することの是非と、藤丸立香の同意があるとはいえ危険な状況に置き続けるということの是非。

 緊急事態だからいいじゃんと言う者が多そうだが、警察官のほとんどが大真面目にここを語り合っていた。

 結論から言えば、藤丸立香を東京に留め、未確認生命体対策班を始めとした各チームの総力を上げて守る、ということになった。

 

 苦渋の決断だったと言える。

 だが、市民への被害を抑えること。

 藤丸立香の身の安全を考えること。

 そして、それぞれの意思表示。

 それらを総合して、藤丸家に立香が虚偽の情報を流し続けることが許可された。

 

「あの…………

 エクストラターゲットが、逃げそうに、なったので…………

 『ラ』の誰かが…………リツカの位置情報を、流した、のかも…………」

 

「え、マジ? それありなの?」

 

「『ラ』によって結、構方針は変わる、ので……確実にそうと、は言えません」

 

「……都外脱出系のプランは全部白紙だな」

 

 今回の戦闘を鑑みて色々考察してみて、出て来た情報もある。

 皆で考え、皆で決めた。

 「全部終わる前に色々バレたら、4号にビートチェイサーとトライチェイサーを横流しした時みたいな問題になるかな……」と年配の刑事が言っていたとか。

 警察のルールを厳守し、警察官として自分も保身するか?

 ギリギリのところで、綱渡りしつつもできる限り何も犠牲にせず守ろうとするか?

 最終的に皆が後者を選んだ、苦渋の決断の話であった。

 

 

 

 

 

【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/08/01 03:20 a.m.】

 

 

 

 

 

 士郎は寝た。慎二も寝た。

 二人は資料室で戦いの後も話し合っていたが、やがて戦いの中走り回っていた疲れが出て来たのか、寝始めた。

 そんな二人に衛宮桜が風邪引かないようタオルをかけて、高ぶっていた神経が落ち着いてきた立香を連れて、寝床に入った。

 どうやらこの分署の対策室は、対策班が何日も寝泊まりできるようになっているらしい。

 仮眠室が十数人同時に布団を敷いて眠ってもなお余裕があるというのは、かなりの強みであるように思われた。

 

 男二人が寝て、女二人が寝た。

 今起きているのは、クウガ、カーマ、蒼崎橙子の三人だけである。

 

「―――っと…………いう、わけ、です。

 それが、一年前、警告してから、今日までにあったことです」

 

「ふむ、そうか。目新しい情報はなかったが……五代の冒険の話は聞けた、と思っておくか」

 

「寝なくて、いいのですか?」

 

「私はそのくらいどうとでもなる。

 というか、一晩に何度も戦ったお前こそ寝なくていいのか」

 

「ワタシは…………その、あれですので。治りますので」

 

「再生能力か? それがどうかしたのか」

 

「睡眠は、メンテナンス、です」

 

「ほう?」

 

「人間は…………睡眠を取る、ことで、メンテナンスを、します。

 特に、脳の。

 生物は…………自分で、自分のメンテナンスをする、機械、みたいなもの、です。

 ある程度、壊れても、自分で自分を直せる…………そんな機能持ちの、機械。

 だから、睡眠を取らない人間は…………メンテナンスをしない機械のように、壊れます」

 

 蒼崎橙子はズ・クウガ・バを敵になる存在だとは思っていない。

 が。

 誰から教わるわけでもなく、人間をこういう視点で見ている存在は、やはり根底の部分が人間とは違う生物だと思わざるを得ない。

 

「グロンギは違うというのか?」

 

「いえ。ただ、ワタシは…………脳や神経を、修復状態に、置いています。

 不眠の、不具合も、再生能力で…………治すように、設定、しています。

 人体において。不眠の影響は…………所詮、一日あたりグラム単位の、もの、です。

 肉や骨を大量に入れ替えるのに、比べれば、難しく…………はない、とい、うわけです」

 

「……そうか。カーマと言ったな? お前はどうだ」

 

「私はゲームで夜更かししてて、昨日の朝寝て夕方に起きて来たから、まだ平気ですよ」

 

「……」

 

 橙子が一瞬言葉に詰まった。

 

「その…………こういう子なので」

 

「だらけているな……」

 

「他の人に責められる謂れは無いと思いますけどー?」

 

「やる時はやる子…………やればできる子、なので」

 

「そうか。まあ他の職員がどう思うかはともかく、私はそう思っておく」

 

「ちょっ……なんで私そっちのけで話してるんですか、拗ねますよ!」

 

 だが橙子もすぐに、いい反応をする玩具を見るような目でカーマを見ていた。

 くっくっ、と小さな笑い声が漏れるのが聞こえる。

 

「それで、あの、トーコさん…………この日本に、ついて」

 

「ああ、分かってるよ。

 改めてこの日本の状況を説明しておこう。

 明日からの戦いを越えていくには、知っておくべきことだからな」

 

 ズ・クウガ・バは現在の日本で戦わなければならない。

 しからばそこに問題が存在する。

 ズ・クウガ・バは、この世界における日本で過ごしたことが、一度もないということだ。

 実はカーマもないらしい。

 

 よってクウガは、『日本人なら誰もが知っているやってはいけないこと』の数々を何も知らないという弱点を抱えている。

 繁華街に日本人が多く居る戦いを避けるべき時間すらピンと来ていないというのが実情だ。

 少なくとも、"避難がされていない公園は戦いやすい場所ではなく人が居やすい危険域"などの認識は持っておかなければならない。

 

「少し、長い話になる」

 

「はい」

 

「そうだな。

 まず、第一次未確認生命体災害があった。

 三万人以上死んだが、これは0号・ダグバが引き起こしたものだ。

 ただもう十数年前のことだからな。

 今の日本を知るなら、お前達の予備知識に、第二次の後の話を加えればいいだろう」

 

「そう…………で、すね」

 

「さて。第二次未確認生命体……とは、言うが。

 実際これは、第一次ほど長続きしてない。

 というかだな、一般人に第二次があったことが発表されたのは、事件終結後だったんだ」

 

「それは、聞いています」

 

「だがこれが露呈させた問題が二つ。

 一つは『改正マルエム法』。

 もう一つが……『未確認生命体が利用できる日本の国民意識』だ」

 

 橙子は好きでもないが嫌いでもない、けれど面倒臭いとは思っている友人を語るような語り口にて、ここ一年の日本の流れを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2013年の第二次未確認生命体災害の最たる二つは、『人間になりすまし国民的美少女アイドルにまで上り詰めたグロンギ・伽部凜』と、『人間になりすまし国民の人気No.1政治家にまでなったグロンギ・郷原忠幸』によって引き起こされかけた。

 

 すんでのところで警察及び4号達によって野望は阻止されたものの、郷原の殺人ゲームは成功していれば死者数160万人以上……人類史における戦争の死者数ランキングにすらランキングしてしまえるほどの、超絶規模の死者数となるところであった。

 だが、阻止された。

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 災害が起きた時。

 何もしなかった人間と、災害の被害を抑えようと現場で頑張ったものの大きな被害を抑えきれなかった人間、責められるのはどちらだろうか?

 圧倒的に後者である。

 

 "もっと何かできただろ"。

 "無能"。

 "税金でやってたくせに"。

 "4号が最初からいなかったらこれかよ"。

 

 第二次未確認生命体災害の被害を減らしたという功績は、相応に評価されなかったのだ。

 

 半端な怪我は、痛みにならない。変化にならない。

 ただ化膿して悪化する。

 160万人死んでいれば、ともすれば警察は最悪の災害に立ち向かった勇者だったかもしれない。

 "未確認生命体が強すぎた"になるからだ。

 けれど、死者数が半端であった。

 よって"警察が弱すぎた"になってしまったのだ。

 

 人々は自分の生活圏、生存圏、安全圏が脅かされているかいないかで、反応をごっそりと変えてしまうものである。

 遠い国の戦争は他人事でも、近所の殺人犯は他人事に感じられないのと同じように。

 警察は最高の努力で人々の安全圏を守りきった。

 守りきってしまったのだ。

 

 更にここから、陰謀論が蔓延する。

 なにせ、国民的アイドルに支持率最高レベルの政治家だ。

 

「あの二人が未確認生命体だったわけがない」

「いい人だった、私に笑いかけてくれた」

「あの二人を少しでも知ってるなら警察のこんな公式発表を信じるわけがない」

「そも皆、警察が前にも人間を未確認生命体だと思い込んで射殺したことあるの忘れてるよね」

 

 と主張する人は多かった。

 日本人全体で見れば、多くはなかったのかもしれないが。

 ……そう信じ込む人は、妥当と思えない程度には多かった。

 

 その後押しになってしまったのが―――過去にあった、日本警察の警察官が、普通の人間を誤射殺害してしまった、ある事件である。

 政治家として社会に潜伏していたグロンギ・郷原もこれを大いに宣伝していた。

 風説とは?

 とにかく口にした者が多いことのことだ。

 だから皆知っている。

 常識のように。

 常識に刷り込まれたから。

 ()()()()()()()()()と、グロンギが刷り込んだ常識を大小あれど皆持っている。

 

 そして。

 一部の人々にとっては、伽部と郷原、二人のグロンギに対する好意と好感によるものだけが「二人は未確認じゃなかった」と主張する理由になっていたわけではなかった。

 二人を支持し、二人を肯定し、二人に賛同していた過去の自分が、『未確認生命体に味方していた愚かな人間の行動』になってしまった……それが、とても大きかった。

 

 一般人の多くにとって、これは受け入れ難いことだった。

 受け入れ難いだけならいい。

 だが、受け入れられないなら? どうしても受け入れられないなら、どうする?

 "嘘だったことにする"しかない。

 警察が、嘘を言っているということにするしかない。

 二人がグロンギじゃなかったと信じるしかない。

 そうやって、自分の心を守る人が――ごく少数ではあるが――じわりじわりと増え続けた。

 自分は悪の味方なんてしていないし、自分は愚かではない、と結論付けるために。

 

 社会に一定数存在した『人気なものをとりあえず嫌う』という層もそれに拍車をかけた。

 

「俺達は見抜いていた」

「前から気に入らなかったがその理由が分かった」

「人気アイドル、人気政治家、ってだけで支持してたバカいたよね」

「未確認生命体の味方してたバカ共のリストがこちらです」

 

 と、自分達の優位性のアピール、そして人間になりすましたグロンギを支持していた層への攻撃と煽りを始めたのだ。

 それはつまり、世間の大多数への攻撃であり、反論されにくい攻撃であった。

 

 実際のところ彼らには元々賢さも慧眼もなく、普段からとりあえず人気のものや流行りのものを攻撃して、"社会の主流より自分が上に立っている気分になる"ことで鬱憤晴らしをしているだけの者達であった。

 だが、そんな彼らに大義名分が与えられ、それに便乗する者も多いという最悪の流れ。

 

 目眩がすることに、なんと伽部と郷原をグロンギと知らず支持していた人間の中から、過去の自分の発言を全て消し、「あの二人を支持してた奴ってバカしかいないじゃん」と言い始めるような人間も出始めた。

 

 『人間になりすました未確認生命体を支持してた奴はいくらでもバカにしていい』という空気を作ろうとする者達が現れ、バカにされることに耐えられない者達は、伽部と郷原が未確認生命体であることが嘘だと主張するようになっていった。

 

 この件に関して素直に自分の間違いを認め難い、そんな空気が蔓延していった。

 

 あの二人は未確認生命体なんかじゃないんだと。

 お前達こそ警察の嘘の発表に踊らされているバカなんだと。

 そう主張する人間がいて、それをバカにしたい者達は"警察発表"という棍棒で更に殴る。

 殴られた者達は、自分の攻撃に使われる発表をした警察を嫌う。

 互いに一歩も引かない。

 頑なに、頑なになっていく。

 人間しかいないのに、怪物がいた時よりも互いへの憎悪が膨らんでいく。

 殴る棒に使われた警察が、嫌われていく。

 警察への嫌悪が増していく。

 

 現実とネット、双方で嫌な風潮が広がっていく。

 

 やがて警察の発表は全て嘘だったというコミュニティが膨らんでいき、彼らは自分の信じたいことだけを口にして、周りの人間が自分と同じことを言っているのを聞き続けて、自分の考えが正しいのだと確信していく。

 警察は嘘つき。

 自分達の見識が正しい。

 

 嘘の発表で目障りな人間を殺して未確認生命体の駆除と偽装した悪の警察を笑え、警察に騙されて自分に噛み付いてくるバカ共を笑え、そして真実に気付いた賢さと慧眼を持つ自分達を誇れ。

 そんな構図が、優越感を生む。

 優越感が気持ちいいから、やめられない。

 そう。

 典型的な『陰謀論信者』である。

 だがその数が多いということは、とても厄介なことだった。

 たくさんの人が自分を肯定してくれていると、人は自分の思い込みが間違っているとは毛の先ほども思わない。それが、人間だ。

 

 数を集めての署名活動、警察署前でのデモ活動は、警察に小さくない影響を与えるものである。

 未確認生命体に関する警察の動きは、鈍化せざるを得なくなる。

 一度は「伽部と郷原が未確認生命体ではなかった、警察は間違っていた、そう発表して謝罪してしまった方がいいのでは?」という阿呆らしい提案が警察内部から出たほどだ。

 もちろん即座に却下されたが。

 

 一般市民だけではない。

 郷原を信じ、その人格に疑うところなしと肯定していた政治家達。

 伽部というアイドルを全面的に肯定し推してきた各種出版社。

 郷原に億単位の金を渡され、騙され、グロンギが人間社会に紛れ込むための経歴詐称を手伝った三大新聞。

 伽部の怪しいところに勘付いていながら、警察の捜査を半ば妨害してまで伽部を守ろうとしたアイドル事務所。

 

 郷原の力で与党の座を勝ち取った現与党。

 伽部の影響で市場規模を跳ね上げた音楽業界。

 国を代表するアイドルと政治家を企業イメージと密接に接続し、一体化させていた各企業。

 未確認生命体に騙され、ゲゲルの準備で160万人に毒薬を飲ませていた製薬会社。

 その毒薬を有効性が高い健康のための医薬品と太鼓判を押した厚労省。

 

 その他、多数。

 それらの者達は、二人が未確認生命体であるという事実を安易に認められない者達だった。

 下手にコメントを出せば、「お前は未確認生命体に味方していたことを認めるんだな?」と言われかねない前提があった。

 一般人ではない著名人達は、皆、発言の記録が残っていたからだ。

 伽部と郷原を肯定した発言がテレビに、本に、ラジオに、残っていたからだ。

 

 放送局には人気政治家を肯定していた人間、人気アイドルを肯定していた人間、そしてそれらの粗を探して引きずり降ろそうとする派閥がそれぞれいて、それが違う形で争っていたり。

 郷原が与党最大の功労者であったために、これ幸いと政治家間で攻撃が始まり、与党内部での勢力争いや、野党から与党への攻撃が激化し、政治の舵取りに使われるべき議会の時間は、何の生産性もない政治家の攻防のために使われた。

 

 権力闘争。

 弱み探し。

 "自分の世界"に空いた大穴を、周りの人間が自分のものにしようと競い合う。

 

 「奴は未確認生命体の味方をしていたぞ」と言えば、目障りな奴を権力の椅子から蹴落とせる。

 会社で、政党で、業界で、行政で、上にいる人を蹴落として、自分はもっと上へ、上へ。

 未確認生命体なんかに騙されたバカは蹴り出して、自分が代わりにそこへ。もっと上へ、上へ。

 

 それはもっと上に行こうとする欲望であり、未確認生命体のせいで劇的に低下してしまった"自分の世界"のイメージを回復しようとする使命感であり、"自分の世界"に未確認生命体が残した痕跡を全て消し去ろうという恐怖にも似た感情であった。

 

 政治の世界が、製薬の世界が、その他多くの世界が……未確認生命体に類すると見られたものを蹴り出すことで、"元の自分の世界"を取り戻そうとしていた。

 

 警察の陰謀だと本を書く者がいて。

 それを全否定して警察の偉業を熱く語る著名人がいて。

 昼のテレビ討論番組で「伽部凜と郷原忠幸は本当に未確認生命体だったのか?」という議題で罵倒じみた討論が繰り返され。

 警察が未確認生命体と人間を間違え、人間を誤射した事件が何度も蒸し返され。

 警察の奮闘を長々と褒め称えたホームページが、コメント欄で叩かれ炎上し。

 インターネットには三桁のスレ番号が付いた荒れっぱなしの議論スレがあり。

 SNSでは『伽部凜と郷原忠幸の話題禁止』の所が爆発的に増えた。

 

 真実が明らかになった時。

 手の平を返して伽部と郷原を猛攻撃した者達がいた。

 手の平を返せないがために、未確認生命体と分かっているくせに、伽部と郷原は人間だと主張する者達がいた。

 

 二人が未確認生命体であることを認められない人達を、愚かと笑う者達がいた。

 それは、攻撃だった。

 二人が未確認生命体であることを認めると、破滅してしまう者達がいた。

 それは、逃避だった。

 

 あの世で伽部凜と郷原忠幸は笑っていることだろう。

 この二人は言ってしまえば、『人間が好む人間』をあっさりと演じ、人間に簡単に好かれ、周囲の人間全てをコントロールし、虐殺をしようとしただけだ。

 二人にとっては難しいことですらなかったに違いない。

 警察が有能でなければ、160万以上の人間はあっさり皆殺しにできていただろう。

 

 なのに、そんな警察の足を、騙された人間達が足を引っ張っている。

 

 グロンギにとって、ここまで笑えて、ここまで人間に失望したことは無いはずだ。

 

 伽部凜。

 リン・トギべ。

 グロンギ語で「リント死ね」。

 アイドルとして名乗ったその名は、リントを最大限に侮辱している。

 伽部のライブで、人間達は「リン・トギべ!」と嬉々として連呼していたという。

 

 郷原忠幸。

 ある権力者の養子として、政治家として、人間として、彼はそう名乗った。

 忠と幸……彼は、"リントがとても大切にするもの"を名前にしていた。

 人間達はこの名前を見て、「あなたに相応しい名前ですね」と言ったという。

 

 グロンギは、踏み躙る。

 踏み躙るのが楽しいからだ。

 心も、誇りも、命も。

 それらを踏み躙るのが楽しいから、グロンギはただの動物ではなく、人間を踏み躙る。

 ゆえにこその、最低最悪の人狩りなのだ。

 

 いつもそうだ。

 どの世界でもそうだ。

 グロンギが踏み躙った傷は、すぐには治らない。

 何年も、何年も、爪痕を残す。

 

「そうだ、だって未確認生命体は第一次で全滅して終息宣言が出されたじゃないか」

「今更未確認生命体が新しく現れるなんておかしい」

「あの二人は親とかも顔出ししてて、そっちはちゃんと人間だったっておかしい」

「あの二人が人間だった証拠だ」

「優しい笑顔の二人だった」

「他人に優しくし、笑顔にできるアイドルと政治家だった」

「そんな二人を未確認生命体だなんて言う警察は、悪に違いない」

 

「だって」

「あの二人が未確認生命体だったら、それを認めたらうちの会社のイメージは最悪になる」

「うちの会社は、それを認めたら潰れてしまう」

「うやむやにしたい、うやむやにできないかな」

「私達は、未確認生命体に加担してしまったんだ、人殺しに加担してしまったんだ」

「認めたくない」

 

「だって」

「未確認生命体は人間じゃないって、皆言ってたじゃないか」

「人間じゃないから殺しても大丈夫だって、駆除だって言ってたじゃないか」

「人間との和解はできない種だって言ってたじゃないか」

「凜ちゃんと忠幸先生が未確認生命体なら」

「未確認生命体は、人間と同じことができて、考えられて、同じになれるってことじゃないか」

「人間と同じじゃないか」

 

「怖い」

 

「まだ未確認生命体がいるかもしれないのが怖い」

「未確認生命体の駆除が、本当は殺人だったらと思うと怖い」

「明日、隣に未確認生命体がいるかもしれないのが怖い」

「警察官がただの人殺しに見えるのが怖い」

「信じた人が、好きになった人が、未確認生命体だったら」

「分かり合えたかもしれない未確認生命体を警察が沢山殺してて、私が喜んでたんだとしたら」

「分かり合えない未確認生命体が、私の友達のふりをして笑い合っていたら」

 

「怖い」

 

「未確認生命体が殺されるのが怖い」

「未確認生命体に殺されるのが怖い」

 

「だから、そんなことあるわけがない」

 

「凜ちゃんや郷原さんが未確認生命体なわけがないんだ。

 嘘をついている悪者が、どこかに必ずいるはずなんだ」

 

 人を未確認生命体だと思うのが苦痛で逃げるのか?

 未確認生命体を人だと思うのが苦痛で逃げるのか?

 逃げる。

 心弱き人達は逃げる。

 現実から逃げなければ、辛すぎるから。

 そして、警察の発表を受け入れられない者達は警察を全力で猛攻撃するが、発表を受け入れた者達は、受け入れられない者達をバカにすることはしても、警察を全力で守ろうとはしない。

 

 警察は人々の安全圏を守りきった。

 第二次未確認生命体災害の死者を千数百人に抑えたのはもはや奇跡と言っていいだろう。

 だから、多くの人がその偉業を理解しない。

 守られたことを実感できず、ピンとこない。

 『何もしなかった人』よりも、『助けようとして全部守りきれなかった人』が責められるのが、『助けるのに失敗した人』として責められるのが社会だから。

 だから、警察の偉業を認めない人がこんなにも現れる。現れてしまう。

 

 これこそがグロンギが嘲笑った『リントの愚かさ』であるのだが、彼らはそれに気付かない。

 

 第二次未確認生命体災害から、まだ約一年。

 日本警察はこの陰謀論を発端とする混沌の悪影響をまだ払拭できていない。

 

 ここは日本。

 素晴らしき国。

 ここには戦士が守った自由と平和がある。

 国も警察も、自分達がいくら悪意的に言われようと反撃しない。弾圧しない。暴力に訴えない。

 

 市民には自分を守ってくれた人を全肯定する義務がない。

 警察を良く言う自由も、悪く言う自由もある。

 平和だから、無駄なことを語っていられる余裕がある。

 未確認生命体を倒すためでなく、人間を倒すために時間と労力をひたすら費やしていられる。

 その自由と平和を奪う者がグロンギで、それらから人を守るのが警察であり、未確認生命体四号だった。

 

 皆言っていた。

 皆願っていた。

 

 『第二次なんてなかった、陰謀だ、第一次が最後だったんだ』と。

 『流石に第二次が最後だろ』と。

 

 皆、恐れていた。

 未確認生命体が再来することを。

 第二次を経てその恐れには、別の意味が多大に付与されていた。

 伽部凜という、"今振り返るとありえないくらい人間に好かれた"アイドルがいたから。

 郷原忠幸という、"今振り返るとありえないくらい人間に好かれた"政治家がいたから。

 

 初めて会う人、ネットの向こうの人、新しく名が知られた有名人を、一般市民の心のどこかが「もしかして未確認生命体なんじゃないか?」と思う。

 未確認生命体が生存している限り、隣人を疑う心が消えてくれない。

 だから、絶滅したと思い込みたい。そうして人を信じていきたい。

 そう思うような人間とて、少なくはないのだ。

 

 第一次の時、4号/クウガを信じた者達がいた。

 彼らは他人に振り回されない。

 自分が見たものを信じ、その目で見た者の普段の行動から判断し、一度信じた者は誰がなんと言おうと最後まで信じ続け、信じた者を応援し続ける者達だった。

 そうやって、第一次の時に4号を信じた者達の一部は、今も伽部と郷原を信じている。

 だって、信じてるから。4号も、伽部凜も、郷原忠幸も。

 そう考えている人間とて、少なくはないのだ。

 

 警察を肯定し、賛美し、感謝する者がいる。

 警察を否定し、疑問を持ち、責める者がいる。

 信じる者がいた。

 信じない者がいた。

 自分のために何かをする者がいて。

 他人のために何かをする者がいた。

 

 全ては、この国がずっと平和で、ずっと自由であるからだった。

 

 ただ一つだけ、言えることがある。

 

 未確認生命体第4号も、警察も、この国に善人しか居ないなどとは思っていなかった。

 皆が賢いだなどと考えたこともなかった。

 それでも守った。

 彼らは正義の味方ではない。

 法と、秩序と、笑顔の味方として在った。

 だから、民衆の愚かさは彼らを殺すことはできない。これまでも、この先も。

 

 善のみ守る幼稚さで戦っていたなら―――彼らが勝つことは、無かっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改正マルエム法。

 かつて日本の警察官が未確認生命体だと思い込み、普通の人間を射殺してしまった事件をきっかけに法改正を受けたもの。

 人間側からのほぼ無制限なグロンギへの攻撃を許していたそれまでの法律を、がんじがらめに法で縛って、警察側の権限を縛るものである。

 この法案を通したのが、他の誰でもなく郷原忠幸であった。

 

 一言でまとめるならば、警察がグロンギに手加減することを強制する法だ。

 

 この法案は郷原が後押ししていた「未確認生命体も人間なのではないか?」という主張と人権論が、最大の追い風となって実現した、とも言われている。

 

 郷原がグロンギであると判明した以上、この法は改正すべき。

 しかし、橙子がまとめた現在の日本の流れを見るに、すぐにそれは難しいだろう。

 政治家になりすましたグロンギがぐちゃぐちゃにした政界は、すぐには正常化しまい。

 よってこの法案に縛られた警察は、クウガが五代雄介に聞いていたほどには、クウガを助けてはくれないということだ。

 

 全てを聞き終え、口を開いたズ・クウガ・バの第一声は。

 

「4号は…………皆に、愛されていたんですね」

 

 橙子の予想した答えではなかったが、期待した答えではあった。

 

「そうだな」

 

 カーマが、心底嫌そうにその言葉を噛みしめる。

 

「愛、ですかねえ」

 

「愛、だと思う」

 

 けれど、クウガは言い切る。

 

「グロンギが、政治家になって、グロンギが有利な法律を作った。

 グロンギを守る法律が通った。

 これが、第二次の頃、通ったのは…………4号を守るため、だと思う」

 

 その思考は、正解だった。

 

「知ってるかい、当時の未確認生命体融和運動のスローガンの一つを。

 『いつかまた4号と同じ優しい未確認生命体が現れた時のために』

 ……だ、そうだ。

 笑えるほどに無惨な話だ。

 政治家になりすましたグロンギが、グロンギに有利な法を作れたのは……

 この国の人間の多くが、ただただ純粋な気持ちで、4号が帰る場所を守ろうとしたからだ」

 

 未確認生命体達を倒したのは、未確認生命体4号だった。

 皆4号に親しみと好意を持った。

 4号とは分かり合えるかもしれない。

 じゃあ他の未確認生命体とも分かり合えるかもしれない。

 もし新たに未確認生命体が出ても、4号のように仲間になれるかもしれない。

 未確認生命体が人間に近いなら、人権だって与えるべきなのかもしれない。

 

 郷原はそこまで誘導してから、「じゃあ警察が未確認生命体を簡単に射殺できないよう法律を整えましょう」「また4号みたいな方が出た時、友となるために」と、更に誘導を加えた。

 こうして4号への好意を利用し、グロンギに有利な法が出来てしまった。

 愛が悪に利用された。

 愛が悪に転じてしまった。

 

 最悪に皮肉な話だが。

 この未確認生命体人権思想は、ズ・クウガ・バの出現によってある意味肯定されてしまった。

 

「改正マルエム法案が通ったのは、な。

 国民には"グロンギを攻撃するな"ではなく、"4号を攻撃するな"に見えていたからだろう」

 

「グロンギを、警察官が、撃てなくする法律…………ですよね、聞いた限り、では」

 

「まあその解釈で間違いはない」

 

「愛…………」

 

「お前がそれを愛と思うなら、そいつはきっと愛なんだろうさ」

 

 会話中カーマはずっと、嫌なことを聞いているぞと言わんばかりの表情で、嫌悪感と拒否感たっぷりの様子を隠しもしていなかった。

 

「愛って言えばなんでもちょっと擁護できそうなのは私ちょっとどうかと思いますけどね」

 

「カーマ」

 

「はいはい、分かってますよ」

 

 クウガにたしなめられるが、カーマは口を止めない。

 

「ただ、クウガさんも知っておいた方がいいですよ。

 人類史は積み重ねるほどに淀みを生む。

 淀みは終わりを導く。

 こういう歪み、醜さは、まさにそれです。

 グロンギに利用されたから視点がズレて見えるだけでしょう。

 最大の悪というものは、往々にして最大の愛から生まれるものです。大体そんなもんですよ」

 

 カーマはこういうものをよく知っている。

 伽部凜、郷原忠幸、未確認生命体第4号、それぞれに向けられた感情は形が違えど『愛』で……その愛が尽く、悪意の第三者に利用されていた。

 グロンギは人間の愛くらいなら、容易に誘導して玩具にできる能力があったから。

 愛を道具にする。

 愛を利用する。

 しまいには、愛を利用して自分の目的を達成し、罪の無い者を死に至らしめる。

 

 "愛される"という手段を用いて第二次未確認生命体災害を起こした伽部と郷原に、カーマは激しい既視感を覚えていた。

 だから不機嫌になっている。

 

「さて、感想でも聞いてみようか。クウガ、君はここまで聞いて、どう思った?」

 

 橙子はそんなカーマを放っておき、クウガに問う。

 ここで人間を否定するならよし。

 問題を早めに表出させられた、ということ。

 

 何も思わず、人間を受け入れるなら良し。

 そういう怪物として扱うだけだ。

 

 なんにせよ、橙子はここ一年の流れを話した上で、クウガの解答を聞き、その答えによってクウガの扱いを決めようと考えていた。

 

「いえ、その…………なんというか。人間の、醜さ? の話だったと、は思うんですが」

 

 クウガは、特に深く考えず、思ったままを素直に口に出した。

 

 

 

「互いを、憎み合ってるのに、誰も殺し合いをしていない。

 口で言うだけ。口で、負けて、引きずり降ろされても、力に訴えもしていない。

 人間は、その…………計り知れないほど平和主義で、優しく、他人想いなのだな、と」

 

 

 

 その答えは、橙子の予想にも、期待にもなかった解答だった。

 だが蒼崎橙子に対しては、新鮮味ゆえに120点な解答だった。

 殺さないなんて平和で優しい民族なんだなあ、と、クウガは思う。

 最悪の悪党や魔術師ですら、人を沢山殺せばいつか誰かに裁かれてしまう人間社会は、クウガから見れば"皆が人の命の価値を認識している異様に優しい社会"なのであった。

 

「―――くっ、ふふっ、ははっ! そうか、お前はそう考えるのか!」

 

 橙子は笑う。

 

 この世界の魔術師は人でなしを自称する。

 魔術師は根源に到達するため、他人の命を犠牲にすることも厭わない者が多い。

 ゆえに、自分が人でなしであると認識する。

 けれども。

 グロンギの価値観に浸かったクウガから見れば、人を殺すのが悪いことだという認識を持っているだけで、とんでもなく優しい人に見えてしまう。

 

 まして、他人を罵倒するだけで済ませるなんて。

 他人の人格否定をするだけで済ませるなんて。

 目障りな人間を権力の座から引きずり下ろすだけで済ませるなんて。

 自分に全力で楯突いて来た者の悪評を広めるだけで済ませるなんて。

 「死ね」と言うだけで殺さないなんて。

 なんと優しいんだろう、とクウガは思う。

 

 憎悪しているのに『この手で殺してやる』と決意もしない日本人が、クウガの目には、命を懸けて守るに足る優しさに満ちた人間に見えるのだ。

 

 だって、それは。

 

 自分の命も他人の命も大切にしないグロンギとは違うということなのだから。

 嫌い合っているのに、同じ国という枠の中で、共存できているということなのだから。

 嫌う者と同じ世界に生きるということを、ごく自然に出来ているということなのだから。

 最終的には殺意に身を任せず、感情を飲み込めているということなのだから。

 たとえ、罵倒し合い、否定し合い、醜悪な姿を見せる時があったとしても。

 その価値観の総体が、クウガにはとても綺麗に見えた。

 

 『敵』と『死』『殺す』以外の決着がつけられることの、なんと素晴らしいことか。

 

 ―――最初の地球で。

 「要らないから」と言い同族を気軽に数百人、生きたまま燃やしたン・ダグバ・ゼバの姿を……クウガは今でも覚えている。

 きっといつまでも忘れない。

 

「あの…………変、でした、か?」

 

「いや、お前はそれでいいんだ。

 少なくとも私は気に入った。

 実に悪くない。そうか、未確認生命体の騎士殿にはそう見えるんだな」

 

「?」

 

 人間の価値観と怪物の価値観の間で揺れる、常に感性や考え方が変じ得る存在。

 二つの価値観の間にあるのは虚空の境界。その境界の上で、少年は揺れている。

 だが今のままでも、橙子視点興味深い価値観ではあった。

 話を聞いていただけで、カーマはぶーたれる。

 

「あーやだやだ、ずっとこんなんなんだから、この未確認生命体……」

 

「それでいい、って、今…………言われたけれど」

 

「私はそうは思いませんー。もっと人間っぽい価値観にならないと絶対駄目だと思いますー」

 

「んー」

 

「大体そういう半端に人間で半端に怪物な価値観があったから立香さんビビらせたのでは?」

 

 うっ、とクウガが言い淀み、カーマが指差しやーいっと笑う。

 少年は人間を学んでいる。

 一つずつ、一つずつ。

 蒼崎橙子は、彼をどう扱うかを決めた。

 

「今日から公にはこの名を名乗れ。『五代空我』」

 

「―――え?」

 

「書類処理上の名前だ。

 いかにも未確認生命体、といった名前だけでは混乱を招くからな。

 戸籍もこの名前で用意した。名前はお前に馴染み深いものだが……どうだ? 変えられるが」

 

「…………あ」

 

 クウガは思いっきり息を飲み、思いっきり嬉しそうにして、万感の想いを言葉に込めた。

 

「嬉しいっ…………ですっ…………!!」

 

 今日から彼はズ・クウガ・バで、そして五代空我でもある。

 

 クウガは他人の会話が耳に入らなくなった様子で、ジーンとしてその名前を噛み締めていた。

 

 カーマは少し妬ましそうに、橙子が組んでいた腕を肘でつつく。

 

「ちょっとズルいんじゃないですか?

 クウガさんにグロンギの名でない、リントのような名前を与えるなんて」

 

「あそこまで喜ぶとは思ってなかったさ。感情が綺麗な形で顔に出るんだな、あの子は」

 

「子供なだけです。怪物の子供、それ以上でも以下でもなく」

 

「辛辣だな」

 

「彼を大人扱いするなと言ってるんです。多くを求めないでください」

 

「男を甘やかすのが好きか?」

 

「好きですけど?」

 

 ふっ、と僅かに口角を上げる橙子。その視線が鋭くカーマを捉えた。

 

「お前の正体を、早めに聞いたところで答えるか?」

 

 カーマ。

 ヒンドゥー教における愛の神。

 その名は愛欲を意味し、カーマデーヴァとも言われる。

 その手には恋の矢を持ち、恋愛感情を操る力を持つという。

 そして最高位の魔王・マーラと同一視されることもある。

 

 橙子レベルにもなれば、カーマが高位の霊体が弱りきったものであることくらいは、カーマの自白がなくとも理解することができる。

 ならば後は、何故そんなものがここにいるのか。

 その目的はなんなのか、ということだ。

 

「えー、答えるわけないじゃないですか」

 

「理由を聞いても?」

 

「私以外でめちゃんこ迷惑する人がいるから?

 今の私、身の上を少し語るだけで良くない結果になりかねないんですよねえ」

 

 カーマが迷惑をかけたくないカーマ以外……となると、その相手はかなり限られる。

 

「ふむ、まあいい。それなら話せることだけでいい、何か話せることはないか?」

 

「そーですねー。あ、そうだ。

 抑止力が力負けして弾かれています。何か居るみたいですよ、この東京に」

 

「―――なるほど。良いヒントを貰った」

 

「私、他人に甘いことで定評がありますので」

 

 何かがいる、というヒント。

 そしてカーマがどこから来たかのヒント。

 カーマが何を隠したいのかまでは推察できなかったが、いくつかの推測は立てられた。

 

「あと、藤丸立香さんですが。クウガさんが執着してるので、気を付けてくださいね」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「……? あんまり意外そうにしませんね」

 

「怪物は普通の人間に惹かれる、と言うべきか。

 異常者は普通の人間に惹かれる、と言うべきか。なんともまあ、懐かしい感覚だ」

 

「予測してたんですか?」

 

「いや、これは……懐古という名の期待でしかないものさ」

 

 橙子は懐からタバコを取り出し、加え、火をつける。

 未だ貰った名前に感動してしみじみとしているクウガを見て、思わず笑みがこぼれた。

 

 殺人衝動があるべきなのに殺人衝動が無い怪物と、普通の女の子の藤丸立香。

 一族の中で普通になれず、普通の人間にもなれず、これまで特別になるしか道がなかった少年にとって、普通の少女に向けるその感情は、どこか特別で。

 そんな二人の関係に、橙子は懐かしさを感じる。

 

 タバコの煙を、開けた窓の外に流した。

 空には雲一つなく、綺麗な星空が広がっている。

 あと数時間もすれば夜明けだろうか。

 そうなれば、きっと綺麗な青空が広がるに違いない。

 

「今日は、良い青空になりそうだ」

 

 懐かしい少年少女のことを思い出していた橙子の脳裏に、懐かしい思い出が他にも連鎖的に蘇っていく。

 青空のような笑顔の冒険家のことを思い出し、橙子は空に煙を吐き出した。

 煙がふんわりと、青空になる前の夜空に染み込んでいく。

 

 部屋の中で名前をからかったカーマが、クウガの手でソファーに投げつけられている光景は、今は見なかったことにする。

 そう決めていた。

 

 

 




 第一戦、決着。そして次の開幕の始まり。
 ということで準備出来次第、サーヴァントマテリアルと見返し用の用語集作っておいておきます。
 サーヴァントマテリアルは随時更新、用語集は気が向いたら追加。
 サーヴァントマテリアルは原作のあれと同じで『随時情報が更新』されます。
 ゲームやってた時、メニュー開くと随時更新されてたあれが好きだったので。
 真名推理とかできるあれが好きでした。
 用語集は作中で解説された情報とそれ以外のものがまぜこぜになってます。
 『用語集が言っていることは基本的に真実』です。
 『キャラが作中で言っていることはそのキャラが知っていること、信じていること』です。
 誰も知らないこと、登場していない人物しか知らないことも、用語集には記載されます。
 この作品は小説ですが、原作がゲームでもあるので、ゲーム的にもお楽しみくださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

さて
やっと出揃います


【東京都文京区六義縁 2014/08/01 04:30 a.m.】

 

 本日8月1日、金曜日。

 日付変更直後にドゥサを倒したことで、かなり時間に余裕が出来たため、クウガは盲目の身で素振りをしていた。

 

 最初は"周りに迷惑はかけられない"と一人で行こうとしていたのだが、そこで偶然お手洗いに起きてきていた立香に見つかってしまった。

 後はズルズルと連れて行かれるだけである。

 変身後でないと初見の場所を歩けないクウガには、断る理由が見つからなかった。

 

「ありがとう、ございます…………ですがなぜ、よくしてくれるのか」

 

「まー、ほら、せっかくだし。

 目が見えない仲間をほっとけないし。

 朝早くに公園で寝るっていうのも楽しそうだしね……」

 

「楽しくは…………ないのでは?」

 

「あ、ごめんごめん寝ぼけてたー……朝早くに公園で寝るのも気持ちよさそうだし」

 

「なる、ほど」

 

「むにゃ……あ、そうだ……名前貰った……って……?」

 

「はい」

 

「いい名前、だよね……んにゃ……五代空我……かっこいいし……」

 

「…………ありがとう、ございます」

 

 クウガはとても嬉しそうにして、寝ぼけ状態の立香はむにゃむにゃしながら微笑んだ。

 

 天然と寝ぼけ眼の二人はここまで来て、立香はベンチで眠り始め、クウガは剣を振り始めるのであった。

 "何故か"自由に入れるようになっていたこの場所に、初めての場所で目も見えていないクウガが違和感を持つわけもなく、寝ぼけていた立香も違和感には気付かなかった。

 

 日付変更直後に敵を倒すと、参加者以外のグセギス・ゲゲルに関わる戦士は、仕様上こうして一気に余裕ができる。

 なにせ、次の日付変更まで他の誰も行動権を得られないのだ。

 グセギス・ゲゲルの行動権付与タイミングは00:00のため、そこからグロンギの行動権使用まで20時間以上無駄に緊張が続くということも十分にありえる。

 そういう意味では、メ・ドゥサ・レは人間側から見ていいタイミングでの襲撃をしてくれたと言えるだろう。

 

 眠らなくていいクウガであれば、あと19時間と少しの時間を使える。

 そうと決まれば、鍛錬だ。

 

「ふっ、ふっ」

 

 ズ・クウガ・バは、グロンギの中でも少数派の、鍛錬を主とするタイプである。

 才能が無いグロンギはさっさと死ぬし、本当に才能があるグロンギは人狩りをしているだけでトントン拍子に強くなっていくため、努力の必要が無いからだ。

 ゲームでない努力は楽しくない。

 楽しくないからやらない、という者もいる。

 されど弱者のクウガはランスロットの力を使いこなせなければ、イコール死だ。

 

 ランスロットには様々なスキルがあり、技能がある。

 それをそのまま使うのは難しいことではない。

 他のデミ・グロンギ同様にやればいい。

 だが、彼はそうしなかった。技を体に取り込み、あくまで自分を昇華させるために使う。

 少しずつではあったが、騎士クウガは騎士ランスロットの技をその血肉としていった。

 

 その過程で、自然と自分の内側に向き合う。

 

「ランスロット、さん」

 

『なんでしょうか、マスター』

 

「トーコさんの話…………どう思ったか、聞いてもいいですか」

 

 日本一人気のアイドルとなったグロンギと、日本一人気の政治家となったグロンギによる、搦め手での殺人ゲーム。

 ランスロットは少し考え、ランスロットなりの答えを示した。

 

『あれはつまるところ……()()()()()()でしょう。それもかなり理想的な』

 

「国を、殺す」

 

『私はあれをよく知っています。

 国の中枢に毒となる人間を入れる。

 外側からではなく、内側から毒を打つ。

 国の舵取りをする者達の中に毒を混ぜることで、国は容易に骨を腐らせ崩壊する』

 

 ランスロットは、裏切りの騎士である。

 イギリスの祖、かつて滅びた国ブリテンを崩壊に導いてしまった騎士だ。

 

 だが、しかし。

 ランスロットがブリテンを滅ぼしたかったわけでも、ブリテンを滅ぼすための企みを計画していたわけではない。

 ランスロットは今も昔も、ブリテンの王アーサーに敬意を表す騎士のままである。

 ブリテンを滅ぼさんとしたのは、アーサー王の姉、モルガンだ。

 

 モルガンは子であるモードレッドとアグラヴェインをブリテンの円卓に送り込み、円卓内の血縁者やランスロットを巧みに操り、ブリテンを崩壊に導いた。

 国という総体をどうにかするには、あるいは滅ぼすには、その国における重要なポジションに『致命的な存在』を差し込むのが一番だ。

 毒は一滴でも十分。

 "ただの怪物一体"よりも、"国の舵取りをする一人"の方が致命傷になることもある。

 国の多くを動かせるということは、国の多くの生死を左右できるということ。

 

 そう、それは。政治家のグロンギである郷原忠幸のやり方、そのものである。

 

『……私のように、自覚なく、そうした駒の一人に成り果てる者もおります』

 

「…………」

 

『一度そうなると、その悪意を止めることはとても難しい。

 国体を人体にたとえるならば、心臓が人体に反逆するようなものですから。

 その郷原忠幸というグロンギ……私の知る、最も恐ろしい類の怪物達にも並ぶでしょう』

 

 周囲に支持され。

 周囲に頼られ、好まれ。

 ごく自然に国を支え、最後に国を崩壊させる。

 郷原は意識的にそういう存在となり、ランスロットは意識せずそうさせられた。

 

『今この国は、かつての我が国(ブリテン)とどこか似た道筋を行っているのかもしれません』

 

「そんなに…………滅びそう、かな」

 

『いえ、滅びはまだ遠いでしょう。

 もちろん、日本とブリテンに大きな違いは多々ありますが……

 国を滅ぼさんとした内患のダメージが国に蓄積しているという点で、どこか似ている』

 

「そう、かも」

 

『それならまだ、未確認生命体災害の方が滅びの要因としては強い』

 

「確かに」

 

『問題は、人と人の繋がりが脆くされている、ということです。

 きちんと人が繋がっていれば国は内患でそうそう崩れません。

 ゆえに悪意は人と人とを切り離す。

 郷原というグロンギはおそらく、自分の死後に残るものを計算していたはずです』

 

「『不信』…………」

 

 この世界のグロンギが世界に残した傷跡が、今もこの国に残っていて、異世界から来たグロンギの活動を後押しするというこの最悪。

 人間からすれば喜ばしくない悪の連鎖だ。

 

『ですが。私はこの国が滅びに向かっていくとは、感じませんでした』

 

「それは…………?」

 

『先の橙子殿の話ですが。

 それでも警察を信じる者の方がずっと多かった。

 だからこそ今でもこの国は警察に治安を任せているのではないですか?』

 

「そう…………ですね」

 

『ブリテンにとっての騎士が、この国における警察なのでしょう。よく信じられている』

 

 そしてよく結束している、と、ランスロットは警察を評価した。

 

 昔からこうだった、というわけでもない。

 だが二度の未確認生命体を越えた日本警察は、強くなった。

 苦難を越えて結束し、強い意志で新たに警察に加わる若者も増えた。

 十数年前に4号と警察に守られた子供達が、警察官になる世代になってきた。

 

『騎士の責務は、民を守ること。

 悪しき民を守らないことではありません。

 善き民だけを守ることではありません。

 騎士が慮るは秩序と無秩序であり、正義か悪かはその後で良いのです』

 

「…………」

 

『この国の警察は、民を守る善き騎士のようですね』

 

 普通の人間、普通の警察からすれば、とんでもない欠点こそあるもののランスロットの方こそ尊敬の対象だろう。

 なにせ、伝説に語られる湖の騎士。

 その気高さ、信念の強さ、騎士としての精神性は、欠点込みでも十分に尊敬に値する。

 

 だがランスロットもまた、"この国の騎士"に敬意を表する。

 一人一人に円卓の騎士ほどの力はない。

 異世界からのグロンギを倒す能力もない。

 けれども、"この国の騎士"こそが、この未熟な騎士の最高の仲間になると……ランスロットは確信していた。

 

 そんな未熟な騎士だが、ランスロットの綺麗な言い分と、心の内でうっすらと感じるものを比較していて、違和感を覚えた。

 

「本当に?」

 

『―――』

 

「ワタシ達、は…………今は、一心同体」

 

『伝わるものもある……ということですか』

 

 ランスロットは会話の流れの中で、理想の騎士として振る舞い、騎士の理想を語った。

 けれどもクウガに歩み寄られて、少しばかり心を開く。

 彼は理想の騎士だ。

 だが裏切りの騎士でもある。

 良き部分だけがランスロットの全てではなく、強き部分だけがその心の全てではない。

 

『……私は、理解してほしかったのでしょう。皆に、我が王のことを』

 

「王様…………アーサー王?」

 

『はい。ある者は言いました。

 "王は人の心が分からない"。

 私は……その言葉に、耐えられなかったのです。

 人のために尽くした王。

 人を愛した王。

 国を、人を、守った王。

 けれども王は周りの誰にも理解されず……王はモードレッドの反乱により、死したのです』

 

 ブリテンは滅びた。

 ランスロットの不貞と反乱をきっかけとし、モードレッドの反乱をトドメとして。

 その原因が何か、と聞かれれば、ランスロットは一つだけ答えるだろう。

 "皆が王を理解できなかったから"と。

 

『……そうあるべき規範を守る、騎士ではなく。一人の人間として言うならば』

 

 理想の騎士は許すものだ、と、ランスロットはいつでもそう言うだろうが。

 

『私は、人を愛し守ったこの国の警察を、悪しざまに言う人々を、良く思えません』

 

 同時に、ランスロットには許せないものがあり、そんな自分をずっと未熟に感じていた。

 

『私は報われてほしいと願うのです。人を守ると決め、立ち上がったその人に』

 

 ランスロットは苦悩の果てに間違えた騎士。

 王の妃との愛と、騎士の誓いを天秤にかけ、妃を選び、騎士の誓いを損なった。

 そんな物語が今でも語り継がれている騎士だ。

 

 彼は笑っていてほしかった。

 誰にも理解されず、笑わぬ王であった主君にも。

 いつも泣いていた主君の妻にも。

 "騎士らしく生きていたい"という自分の願いを踏み躙ってでも、それが許されないことだと分かっていても、皆が笑える道を探したかった。

 そして、失敗した。

 

 本当は、周りの人の苦悩を皆に理解してほしかった。

 皆の笑顔を守りたかった。

 その果てに最悪の状況を呼び込み、破滅をもたらしてしまったことが、彼の後悔。

 

『ですが、皆が"そう"なってしまう気持ちも分かるのです。人々とは、弱いものだから』

 

 ランスロットは不理解や自己保身ゆえに王を、警察を、責める者を好めない。

 だが、理解はできる。

 ランスロットはそういった者達を進んで責めようとはしない。

 どうしてこの身が他の者を責められようか、と彼は思う。

 他者を愚かしさを見るたびに、ランスロットは己の愚かさを戒める。

 "自分が愚かではない"などと、思い上がらぬように。

 

 ランスロットは人の弱さを糾弾する騎士ではなく、人の弱さに寄り添える騎士である。

 

『これが"人間である"ということでもある、と思うのです、マスター』

 

「"人間である"…………」

 

『ブリテンの魔術師、マーリンはこう言っていました。

 人間社会は、絵であると。

 人は一つの色で出来ていない。

 多くの色で出来た人が多く集まり、絵が出来上がる。

 "ハッピーエンドが最も美しい絵だ"―――と、マーリンは言っていました』

 

 色彩こそが、人間だ。

 

『人は多くの"色彩"で出来ています。

 社会はもっと多くの"色彩"で出来ています。

 綺麗な色も、汚い色もある。

 ただおそらく、そのどれもが人間らしい色彩であって……』

 

 綺麗があって、醜いがあって。

 好きがあって、嫌いがあって。

 美しさも、多彩も、珍しさもある。

 

『人間の醜悪さがどうでもいいのではないですか、マスターは』

 

「そう…………なのでしょうか」

 

『今のところは、私がそう感じたというだけです。

 マスターの橙子殿への反応を見て、私はそう思いました。

 あなたに無いのはおそらく、マーリンに言わせれば"人らしい色彩"なのでしょう』

 

「人らしい、心?」

 

『はい、その通りです。

 マスターの解答は、あれはあれで良いと思います。

 人に失望せず、殺人を忌避する根幹的な生物性を見据え、それを肯定した』

 

 けれども、とランスロットは続ける。若き後輩を諭す声色で。

 

『それは人間らしいとは言えません。どこかがやはり、ズレている』

 

「…………そう、ですか」

 

『あなたは人を醜いと思わなかった。

 殺人に気軽に走らない平和な部分に目を向けた。

 けれど普通の人間は、まず人間の醜さに何かを思ったはず。

 貴方は泥中の虫が泥中の蓮を見上げるように、人間を見上げました』

 

「…………」

 

『貴方の願いを思えば、それはきっと良くないことだ』

 

 ランスロットの言葉はクウガが間違っていると思うから……ではなく、人間になりたいというクウガの願いを考慮したもの。

 

『人間は、どこかに心を置きます。

 善に。

 悪に。

 秩序に。

 混沌に。

 人間はそれぞれの信念や拠り所によって、そのどれかを選んでいます。

 そこに完全な正解はなく……おそらくは間違いもない。

 橙子殿の話は、十人居れば十人が厳密には違う感想を持つでしょう。

 けれど感想のどこかには似通う場所が出る。それが人間というものなのです』

 

「共通点。人間らしさ」

 

『その通り。まずは感覚を合わせていくべきでしょう。

 どうにもマスターは知識での感覚エミュレートが多い気がします。

 なのでよく知らない部分に素直にコメントして引かれたりするのかと』

 

「ふむふむ」

 

『まずは立香……彼女とよく話し、よく学ぶべきです。

 私は英霊として登録された者。

 一般の感覚からは遠いでしょう。

 普通の人間の感覚は彼女から学び、あわよくばそれをきっかけに男女の関係を持つのです』

 

「うん…………うん?」

 

 ランスロットが彼を導く。それが良いのか悪いのかは脇に置いておこう。

 

『変わらぬことが美徳と言う者もおりましょう。

 変わることが美徳と言う者もおりましょう。

 貴方に変わって欲しい者も、そうでない者もいるはず。

 現に私は貴方の変化を望みながらも、今の貴方を好ましく思う』

 

 ズ・クウガ・バからすれば、これ以上の導き手など想像もできないほどに、ランスロットという先人は、尊敬できたし頼りになった。

 

『貴方は貴方のままで、変わればいい』

 

「…………はい」

 

 クウガが頷く。

 そして。

 

「そうね」

 

 声は静かに。

 

 少女の影が、少年の影と重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いこと言うわ、あなた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、仮眠を終わらせた慎二と士郎が、書類をまとめていた。

 桜も起きてきている。

 できれば8/2のゲゲル行動権が発生する前にしっかりと睡眠を取っておきたいところだが、まだ第三次未確認生命体災害開始から12時間も立っていない。

 ここで重要なのは初動だ。

 スタートダッシュを素早く決めたい。そこは未確認生命体対策班の総意であった。

 

「衛宮ー、クウガの兄が0号だって話書いとく?」

 

「そうだな、書類には書けるだけ書いた方がいいだろ。コーヒー入ったぞ」

 

「おーありがとありがとって苦っ!

 おい衛宮! 寝起きのコーヒーは甘くしろって前に言ったろ!」

 

「んー、あー、悪い悪い、そのまま飲んどいてくれ」

 

「ほんとあのさぁ、僕の好みくらい暗記しておいてほしいんだよねぇ、まったく」

 

 渋々コーヒーを飲む慎二達の横で、会話を聞いていた桜が、疑問を抱く。

 

「兄? 未確認生命体第0号って女の子だったんじゃないんですか?」

 

「え?」

「は?」

 

「いや、だって、ちょっと話してた時に」

 

 疑問は一つ。

 

「空我君は、『優秀な姉に勝てなくて』と言ってましたけど……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、ただひとつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、白かった。

 クウガと同じように、白い少女だった。

 クリーム色な金髪、透き通った水色の瞳、けれど白い肌と白い服の方に強く印象を受ける。

 とても綺麗で可愛らしい少女だった。

 熟練の造形師が手間隙かけて美しい人形を作っても、こうはならないと言い切れるほどに。

 

 年齢はおそらく15を超えたか超えないくらい。

 身長は140あるかないか。

 よく見れば透き通った水色の瞳は片方だけで、もう片方は真っ黒なオッドアイだ。

 両耳に付いた金色のイヤリングの造形は……グロンギ族が身に付けているそれらと同じ。

 微笑む所作は可愛らしいが、何故か素直に可愛らしい少女であると思えない。

 何かが違う。

 何かがおかしい。

 何か、何か―――この少女がいるというだけで、世界が狂っているように感じられる、何か。

 

『なんだ、この少女は』

 

 クウガの内側で、ランスロットの声が優しげなものから戦士のそれに切り替わる。

 

『どうして今……()()()()()()()()()()()

 マスターの声ならともかく、私の声を聞くなら……魂の中まで知覚できるほどの……』

 

「なん、で」

 

 少女の声を聞いた瞬間に、クウガの足は震え、その手は剣を強く握った。

 その声に、気配に、クウガは顔を真っ青にしてしまう。

 その声を、少しだけ知っている。

 その気配を、とても知っている。

 少女は微笑み、少年の表情は強張っていた。

 

「なんで、生きてる」

 

「生きてるからよ? ふふっ、あなたはそういえば知らなかったわね」

 

 くるり、その場で少女は一回り。

 

「ここで会いに来るつもりはなかったけど、でも、我慢できなくちゃったから」

 

 少女の声は僅かに上ずっていて、隠しきれない興奮と、ほのかな好意が感じられた。

 

『マスター。油断せずに。この少女……あまりにも、何かが異様です』

 

「知ってる。根源接続者だ」

 

『……なんですって? いや、マスター、もしやこの少女と面識が?』

 

「名前は聞いてない、聞いてない、けど」

 

 根源接続者。

 全ての魔術師が目指す最終到達点、『根源』にその肉体を繋げた者。

 全ての宇宙、全ての事象である『根源の渦』は、この世全ての物・この世の概念・この世全ての事象の源流。

 そこに行けば全てを得られ、そこに至れば全ての知識が得られる。

 

 つまりは―――()()()()になれる。

 

 クウガ達の一族が二つ目の地球に到達した時、そこには一人の少女がいた。

 生まれながらにして根源に繋がった、生まれた時から全知全能、そんな少女が。

 グロンギの行う聖杯戦争に彼女は関わり、戦い、蹂躙し、最後に最強のグロンギと戦い……予想もしていなかったことが起き、最強と全知全能は相打ちとなった。

 

 最後の互いの一撃は。

 全知全能が創り上げた不死身の間を貫く銀の剣と。

 最強無敵の蒼きプラズマが。

 互いの心臓を貫いて、決着となった。

 ゆえに、かの最後の戦いは、一族の間ではこう呼ばれる。蒼銀のゲゲル、と。

 

 不死すら殺す全能の銀色と、自分の薄青色のプラズマが見劣りしかしない綺麗な蒼色のプラズマは―――今も、クウガの目に焼き付いている。

 

 

 

沙条(さじょう)愛歌(まなか)。会うのは二回目だけど、覚えてくれると嬉しいわ」

 

 

 

 少女は微笑み、少年に名乗った。

 

「お前は……相打ちになったはずだ!

 あの、何かを掴んだダグバと……ワタシの姉と一緒に!

 両方死んだ!

 ダグバもお前も!

 地球の命まで巻き込んで、抑止力も全部潰して、二人で戦って、相打ちになった!」

 

「ええ、そうよ」

 

 嫌な予感しかしない。

 クウガは知っている。

 愛歌の透き通った水色でない方の黒い目も、そのイヤリングも……『姉の』ものだ。

 ン・ダグバ・ゼバの目で、ン・ダグバ・ゼバのお気に入りのイヤリングだ。

 弟だから、知っている。

 

愛歌(わたし)は死んだし、ダグバ(わたし)も死んだわ。

 でもダグバ(わたし)愛歌(わたし)は私になったの。

 一つではそのまま死ぬ命でも、二つ合わせれば一つの命には足りたから」

 

 けれど、知らない。

 

 こんな容姿をした姉は、知らない。

 

 知らないはずなのに……その表情に、話し方に、どこか懐かしさを感じてしまう。

 

「さ、こっちに来て―――あなたのお姉ちゃんが、抱きしめてあげるから」

 

 戸惑う少年の目の前で、少女はゆったりと、受け入れるように両腕を広げた。

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 藤丸立香は、誰にも気付かれないまま、いつしか教会の中にいた。

 

「むにゃ……カレーライス……」

 

 寝不足で頭がハッキリしていない。

 というか、思考がまだ半分寝ている。

 何故ここにいるのか。

 ここはどこなのか。

 それも分かっていないのだが、立香の寝ぼけた頭はそこに疑問を持てない。

 

「エクストラターゲットが来るとはな……『ラ』の我々が何をしてもルール違反だ」

 

「ええ、そうでしょうね。試しに流していたこの香りに惹かれてしまったのでしょう」

 

 本を片手に、そんな少女を見つめる青年がいた。

 青年の目にはサングラス。落ち着いた色合いのレザーファッションがよく似合っている。

 青年の横には、妙に妖艶な尼僧が椅子に座り込んでいた。

 

「殺生院。バルバは本当に無事なのか?」

 

「ええ、もちろんです、ブウロ様」

 

 ブウロと呼ばれた青年に、殺生院と呼ばれた女性が笑みで応える。

 

「私はバルバ様のご厚意で、この体の表に出ているにすぎません……

 お望みとあらば、いつでも表は代わりましょう。

 私はただのか弱い女、バルバ様に気に入られた以外取り柄のない女でございます」

 

「それが危ういと言うんだ。

 昔からずっとそうだ、バルバが気に入った存在は、大抵一族に大きな害を成す」

 

「あら」

 

「バルバに気に入られた貴様はその時点で信用できん」

 

 妖艶な尼僧の額には―――薔薇のタトゥーがあった。

 

 眠気が消えない。意識が正常に戻らない。甘い薔薇の香りが、立香の意識を夢に留める。

 

「我らは『ラ』であり。

 聖杯戦争における『ルーラー』。

 種族によって音は違えど、意は同じ。

 リントがルーラーと呼ぶ其にすら相応しくないお前に『ラ』は……」

 

「ふふ。耳にタコが出来てしまいそうですわ」

 

「……」

 

「ええ、大丈夫です。

 せっかく『ラ』の責務を任されたのですから。

 "聖杯戦争の慣例"に従って……この教会から、聖杯戦争(グセギス・ゲゲル)の監督役を務めましょう」

 

 マリアチャペルの教会の中、妖艶な尼が笑みを浮かべる。

 

 食虫植物の笑みだった。

 

 その笑みに嫌悪感を覚えつつ、ブウロはエクストラターゲットの立香を見て、グセギス・ゲゲルに携わる者達とその力を脳裏に浮かべ、夢見心地な少女にささやく。

 

「喜べ少女。お前の願いは叶わない」

 

 そこは教会。

 地域で親しまれる教会で、変わった者が出入りしても違和感を持たれない教会。

 そして、未確認生命体対策班の本拠から歩いて行ける教会でもある。

 "慣例"をなぞるように、尼は教会に腰を据える。

 

 二つの場所で、二人の女性が、クウガと立香と相対していた。

 

 

 




 ン・ダグバ・ゼバお姉ちゃん
 殺生院キアラ・バルバ・デ
 やっぱりクウガと言えばその辺をうろうろしてて時々エンカウントするンとラですよね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3

 過去の軌跡をなぞるように未来を見る。

 あなたにとっては未知のこと。

 私にとっては既知のこと。

 人は人を好きになる。

 わたしにとっては未知のこと。

 あなたにとっては既知のこと。

 

 私はあなたに恋をする。

 

 白い雪。

 真っ白に染まる山。

 赤い雪。

 真っ赤に染まる地。

 血が流れて、私は笑って、あなたと殴り合う。

 二人だけで。

 二人きりで。

 二人ぼっちで。

 

 私は笑っている。

 あなたが笑っていたかどうかは、覚えてない。

 幸せだった。

 救われた。

 

 あなたに私は恋をする。

 

 今のあなたではなく。

 

 未来のあなたに。

 

 

 

 

 

 お前は壊れている、と父は肯定してくれた。

 あなたは欠けの無い完全、と母は肯定してくれた。

 そんな両親を私は燃やした。

 生きたまま燃やしてその悲鳴でも聞いてみれば、自分も何か変わるかもしれないかと思ったけれど、そんなことは全く無くて。いつものように、少し楽しいくらいに終わった。

 

「ゴセゼギギボザ*1―――ン・ダグバ・ゼバ」

 

 両親と本気で殺し合って、覚えたのは失望だけ。

 ああ。

 つまらない。

 少し面白く感じたのは悲鳴だけ。

 両親ですら弱くて、歯応えがなくて、楽しくない。

 

 気付けば、誰も私には敵わなかった。

 あっという間に私は『ン』になり、一番上で挑戦者を待つ立場になってしまった。

 ゲゲルはゲームで、娯楽だ。

 けれど同時に、グロンギの階級付けでもあるもの。

 一番上の『ン』は最後の最後まで何のゲゲルも行えず、下の階級が私への挑戦権を得られなかった場合には、私は何もできないことすらある。

 

 ああ。

 退屈だ。

 退屈で、退屈で……たまのゲームに本気を出したら、つい、うっかり。

 地球の上のグロンギ以外の全ての人間を、狩り尽くしちゃった。

 

 確か、何千万人か居たと思う。

 でも確か、一晩ちょっと遊んだら何百万人か焼き尽くしてしまって、そういうのを何度かやっていたら、他のグロンギが沢山遊んだのもあって皆死んでしまった。

 私が14歳になる頃、だったかな。

 やってしまった。

 

 誰も私を楽しませてくれない。

 誰も私を笑顔にしてくれない。

 鬱憤が溜まって、溜めている間新しい力を組み上げて、自分の手番が来た時に思いっきり撃ち出して……そうしたら、皆滅びてしまった。

 想像もしてなかった。

 こんな簡単に滅びちゃうんだ。

 ああ、玩具がなくなっちゃった。

 

 リントも全部殺してしまった。

 一匹も残ってないと人間は増えない。

 二人くらい残しておけばよかったかな。

 それでまた増えるまで待って……ダメだ。きっと私は我慢しない。我慢できない。

 

「クウガ」

 

 弟を探してみる。

 二歳年下の……信じられないくらいに弱い弟を。

 

 弱いグロンギに生きてる意味はあるのかな。

 私は無いと思う。

 クウガは人生の何が楽しくて生きてるんだろう?

 悪いことをしちゃったかな。

 クウガが遊ぶために年齢一桁のリントを何人か取っておいてやればよかったかもしれない。

 

 弱いグロンギはいつ死んでもいいと思うけど、どうにもクウガだけはまだ殺す気になれない。

 なんでだろう。

 リントがよく言う、家族に向ける愛とか?

 愛?

 愛じゃない?

 どうなんだろう。

 両親を殺しても結局何も思わなかった私に家族愛はあるんだろうか。

 ……まあ、いいや。

 今のところ殺す気は起きないから、放っておいてたまに話せばいっか。

 私には懐いてる気がするしね。

 

 見つけた。

 クウガを他のグロンギがバカにしてる。

 あーあ。狩る相手が居なくなったから、もうクウガをいたぶるくらいしか娯楽が無いのか。

 

 クウガを見下すグロンギの『ズ』達。

 でも、私から見れば、大体似たり寄ったりの弱者でしかない。

 皆同じだ。

 皆弱い。

 クウガと大差あるように見えない。

 私が腕を一振りすれば、全部灰にできてしまう。

 

 超自然発火は、私が初めて作った能力。

 物体の眷属は熱を注ぐと水の眷属になって、水の眷属は熱を注ぐと空気の眷属になる。

 でもその先に……沢山の力を注いだ物質が、『熱い雷』になる状態がある。

 狙ったものを燃やして灰にするこの力を使えば、私以外のグロンギは楽しむ暇すらなく全て灰になってしまう。

 

 思いつきで作った力だった。

 

 火は、この世で唯一リントですら扱えるようになった"強き災"だったから。

 

 嵐も、雷も、津波も、地震も。

 全て人の手には余る。

 まあ私は全部一人で起こせるけれども。

 その中で、リントですら使えるようになっていたものが……山や草原に突然発生して、"強き災"の中でもとびっきりの破壊をもたらしていく、『火』。

 思いつきで、私はそれを最初の能力にした。

 

 ―――そして、その最初の能力だけで、全てのリントと、全てのグロンギを殺せるようになってしまった。

 

 私の、退屈と倦怠の象徴の一つ。

 人も燃やせる。

 リントが作った縄文の付いた土器も燃やせる。

 海だって蒸発させられるし、雲だって炎に変えて消してしまえる。

 

 火は"全てをなくしてしまう最も強き災"だった。

 それはグロンギ以外の全ての人間にとってもそうだったようだ。

 地球を飛んで見て回ったけれど、どこの人間にも火の神話があって、辺境には火の神がいたこともあった。

 人の文明と一緒に消えて行く途中だった神様を踏み潰しながら、私は思った。

 火は、最初の力にするには強すぎた。

 

 自然は神様だ。

 話は聞いてくれないし、神様にして崇めるしかない。

 リントは特にそうしてた。

 家も森も土地も、食べ物も道具も、そしてあらゆる動物も全部燃やす。

 火は最悪の超常であり、異常であり、非日常であり、災厄だった。

 次から次へと獲物を求めて燃え移り、燃えるものがなくなれば消える。

 まるで、破壊だけが存在意義だって言ってるかのよう。

 

 私が最初に火を選んだのは、何もかも破壊して最後には自分も消える火に、共感したから。

 

 私はいつもこうだ。

 自分が強すぎるから、いつも強い力を付けすぎる。

 いつも欲しいものが手に入らない。

 うっかりして、自分の力を低く見すぎて、何もかもを壊してしまう。

 世界も、星も、人も、こんなにも脆いのに。

 

 まだ15年も生きてないけど、私は全力で生きられない。

 

 グロンギの皆はいいね。

 私が一番上にいるから、強さの階段を何も考えず駆け上がっていくだけでいい。

 『ン』にどんな景色が見えてるかも分かってない。

 退屈。

 楽勝。

 私の人生はずっと、負けることが絶対にないゲームを、片手間にやっても楽勝なゲームを延々と繰り返してるだけ。

 楽しい?

 楽しいわけがない。

 負けも失敗も絶対に無いゲームなんて途中からただ苦痛なだけ。

 でも私の強さのせいで、私が失敗する可能性のあるゲゲルは絶対に作れない。

 だから雑魚で遊ぶくらいしか楽しみがないのが私の人生で、もう本当に、その先がない。

 

 何でも壊せる。

 何でも倒せる。

 私より強い生き物がどこにもいない。

 二割も力を出せば一面の大森林だって平野にできる。

 それが私。

 

 何だって思い通りにできる。グロンギも、リントも、そうでない人間も。

 だからよく考えないで絶滅させちゃったのが私だ。

 ……何でも思い通りにできるから、何も思い通りにならない。

 リントは滅んでほしくなかったけど滅んでしまった。

 グロンギはもっと強くなってほしいけどなってくれない。

 ああ。

 つまんない。

 

 退屈と倦怠がなくなってくれればいいのに、その願いが叶わない。

 誰も私に敵わないから叶わない。

 グロンギができることなら全部私はできてしまう。

 私は何でもできるから、欲しいものが何も手に入らない。

 

 『対等の相手が欲しい』。

 

 そんな私の願いが叶わないことは、本当はずっと分かっていた。

 強敵と思えることもなく、弱者を踏み躙って無聊を慰めることももうできない。

 死ぬまでもうずっと、私は楽しくないし、笑えないのかもしれない。

 

 どうして、私は―――()()()()()()()()()()()()()

 

 手慰みに、どこかで殺した人間が持っていた綺麗な剣を手の中で弄ぶ。

 確か、これを持っていたのがなんだか、誰かの弟子を名乗っていたような。

 そういえばどこからか来ていつの間にかいた、あごひげのある万華鏡の魔力使いの男が、いつの間にかいなくなっていた。

 あれの魔力の色と似ている気がする。

 あれ、本気を出してくれれば強そうだったのに。

 

 ふと、剣と一緒に見つけたリントの絵本が目に入った。

 

 リントは石版に絵と文字を刻んで、何かを後世に残す。

 それを"絵本"と呼んでいた。

 気が向いたので少し読んでみる。リントの物語……か。ふぅん。

 それは、王子様の物語だった。

 退屈してたお姫様を王子様が救い出して、幸せな場所で楽しくくらしました、終わり。

 

 バカみたいな話だ。王子様なんてどこにもいない。お姫様は助けてもらえない。

 

 だってもしそんなのが本当にいるなら、リントは滅びてなかったんじゃない?

 

 手の中で転がしていた剣に、もう一度意識を向ける。

 理解。

 掌握。

 支配。

 剣を手の中で弄びながら、"私"で侵食し、支配し、それが何であるかを理解する。

 なぁるほど。

 これは宝石の剣。それも特別な力を持った剣だったんだ。

 試しに、腹を切るようにして腹の奥に宝石の剣をねじ込む。

 血が吹き出て、肉が地面に落ちたが、剣を腹の中に収め終わるとすぐ塞がった。

 

 石を体内に取り込み操ることにかけて、グロンギ族に勝る種族はいない。

 

 そうして、取り込んで。

 より深く、理解して。

 私はその『宝石のような剣』の扱いを理解した。

 

「―――」

 

 試しに200人ほどグロンギを殺して、その魂を捏ねて剣に込めてみた。

 同族の魂の方が私にとっては使いやすい。

 何ができるかは正確には分かってなかったけど、まあこのくらいなら試してみるのも楽しそうだったから。

 剣が悲鳴を上げて、剣の中の色んなところが壊れて、私にとっては使いやすくなった。

 

 宝石の剣を使って、世界の壁に穴を空ける。

 

 宝石剣の副作用? かな。

 ちょっと筋肉のどこかが切れた気がしたけど、一瞬で治り千分の一秒くらいでもう傷の跡も残ってないくらいには完治していた。

 開いた穴に、力を注ぐ。

 超自然発火と同じ要領で、けれど発火をさせる前、そういった作用が起こる前の高エネルギーを世界の穴に注ぎ込んでみた。

 

 世界の穴が広がる。

 人が一人通れるくらいには広がる。

 隣の世界に行けるくらいに広がる。

 穴の向こうから、リントが生きる生活特有の気配と匂いがした。

 

「ガヅラセ*2

 

 皆に集合をかける。

 

 説明は後で良い。

 

「ギブゾ*3

 

 さあ、次の地球に行こう。

 

 次の地球で人を狩ろう。

 

 それが終わったら、その次の地球へ。

 

 私は人を殺せるけど、私の退屈は殺せないから―――それを殺せるリントが居たら、いいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何をやっても楽しくない。

 いいえ、何をしても達成感が無いんだわ。

 だからずっと……わたしは、生きているのに死んでいた。

 

 現実に王子様はいない。

 探しても意味はない。

 現実は、もっと、冷ややかで厳しい。

 わたし達はそう言われながら育ってきた。

 親に、師に、もしくは世界そのものに。

 なのに、御伽噺の王子様がやって来てくれる、そんな話を―――心の何処かで、信じている。

 

「愛歌。聖杯戦争の準備はできたかい」

 

「はい、お父さん」

 

 親がいた。

 妹がいた。

 でも、心底どうでもよく思っていた。

 

 私は沙条家の長女。

 生まれた時から根源に繋がっていて、全知全能で、根源に辿り着こうとする魔術師の家系・沙条の、『聖杯戦争に勝利し根源に辿り着く』という茶番に付き合っている。

 分かるわ。

 全ての根源であるその場所に行くことは、他のどんな夢を叶えることの代替にもなる、この世全ての夢を集めたようなものだから。

 一族の悲願が、根源に辿り着くことなのは分かる。

 

 でも私は、生まれた時からずっとその根源に接続しているから。

 

 惰性でずっと、この茶番に付き合っている。

 

 今よりもっと幼かった頃、試しに未来を全て見てみた。

 私が思ってるほど、世界は簡単でも単純でもないと思いたくて。

 ―――でも、駄目だった。

 私の人生全ては退屈に終わり、老衰で私は死ぬ。そこまで全部見えてしまった。

 失望した私は、世界の全てに干渉して、未来を片っ端から組み直してみた。

 世界は簡単に変えられたし、未来は簡単に決められた。

 

 その瞬間、私にとってのこの世界の価値全てが消え失せた。

 全てがどうでも良くなった。

 世界は私にとって、自由に何でも消せて何でも書ける画用紙と等価値になった。

 

 世界は脆い。

 人類なんて簡単に消してしまえるし、大陸を全部海に沈めることと息をすること、その二つの難易度に大差はない。

 私には何でも簡単にできる。

 ただ、やらないだけだ。

 だってこんな世界はあってもなくても、私には何もくれないもの。

 それなら何も無い世界より、何かがある世界の方がまだ退屈しない可能性はある。

 

 退屈で、倦怠しかない。私の心には虚無が満ちていて、生きている意味が感じられない。

 

 私には何も無い。

 何もかもがあるから、何も無い。

 何でも出来て、何でも壊せて、何でも創れるから、欲しいものは何も手に入らない。

 皆が懸命に造ろうとしてるものも、頑張って識ろうとしてる世界の真理も、全部手の中に。

 蘇生魔術をかけて殺して蘇らせて、命を何千回とループさせて遊ぶことだって簡単。

 だから他人の命も自分の命も、大切になんて思えないの。

 

 幼い頃に読んだ本には、『簡単にできることに価値はない』と書いてあった。

 ええ、そうね。

 私もそう思うわ。

 だって息をするのと同じくらいの難易度でできてしまうことを、ありがたがれる?

 私は無理。

 こんなことを、こんなものを、ありがたがる気持ちが全然分からない。

 "世界一になったら嬉しい"って思う人間の気持ちは分かるけど、それなら、どんな世界一の人間も頭で思うだけで上回れてしまう私は、何を喜べばいいのか、教えてほしい。

 

 思い通りにならないものがないから、本当は何も思い通りにならない。

 退屈と倦怠を紛らわせたくてもその願いだけは叶わない。

 何でもできるから、私は欲しいものが何も手に入らない。

 

 『対等の相手が欲しい』。

 

 そんな私の願いが一度は頭に浮かんだこともあるけれど、すぐに消えた。

 だってそうだ。

 私と対等な人間なんて、同じ全知全能以外にいるわけがない。

 つまり、求めても手に入るわけがないってこと。

 

 私を止められる人は……まあ、いるかもしれない。

 私が気を抜いた時にでも、私を刺してしまえばいいだけだ。

 それですらきっと、神様みたいな奇跡が必要だろうし、そうして私を殺した人間でさえ、きっと私と対等になんてなれない弱い人だろう。

 

 私は誰にも寄りかからない。

 私は誰にも頼らない。

 私は誰の助けも借りない。

 だって必要が無いから。

 なんで、生まれてから一度も達成感を感じたことのない、努力も苦労も楽しめたことがない、不可能を見たことさえない私が、他人の力を必要としないといけないの?

 こんな全能、本当に私に必要だったのかな。

 本当に私に必要だったのは、無能だったんじゃないかな。

 

 全知全能は、無知と無能だけには、なれない。

 未来を全部知ってしまって、全てができると知ってしまった。

 だからもう手遅れ。

 死ぬまでもうずっと、私は楽しくないし、笑えないのかもしれない。

 

 どうして、私は―――()()()()()()()()()()()()()

 

 全ての未来を見た。

 全ての未来を変えられることを知った。

 試しに地球の地軸を零時間でズラして、零時間で戻してみたりもした。

 気まぐれに遠い星を砕いてしまったので、すぐにその星は戻した。

 朝、顔を洗っている時に、未来をまるで違うものに置き換えて、全能の私以外は誰も全能の私がした所業に抵抗できないと分かって、未来を元の形に置き換えて、顔を拭きながら元に戻した。

 

 何もかもが無価値。

 何だったら価値があるの?

 私にとっての価値って何?

 簡単には手に入らないものだけが私にとっての価値?

 そんなものはこの世にあるの?

 世界だって、人類だって、私が息を吹けば全部消えてしまうようなものなのに。

 

 何でも知ってる。

 何でもできる。

 私より強い生き物がどこにもいない。

 一割も力を出せば星だって殺せる。

 それが私。

 

 そして、聖杯戦争と……ゲゲルが、始まった。

 

 起こるはずだった聖杯戦争の地に、グロンギがやって来た。

 何度も見た未来の光景。

 全知の私が彼らの来訪を知らないわけがない。

 私は過去を思い出すように未来を見て、過去の思い出を書き換えるように未来の事実を書き換えられる。

 だから、グロンギ達の襲来なんて、私にとっては朝妹が抱きついてくる程度のことだった。

 

 その程度のことである、はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生まれて初めての、『手も足も出ない』感覚に私は魅了されていた。

 私の力で世界を越えて、私達は歩く異世界、生きた侵略異界常識となった。

 どんな攻撃も、どんな神秘も通じない。

 はず、だった。

 でも私達は、知らなかった。

 そんなものは―――()()()()()()()()()()()()()っていうことに。

 

「ン・ダグバ・ゼバ……少し期待したけど、そこ止まりじゃしょうがないわね」

 

「ハッ、ハハハッ、ハハハッ……!」

 

「楽しい? 分かるわ。

 ちょっと戦っただけでも分かったもの。

 あなたは私と似てる。

 きっと私の気持ちも少しは分かるのでしょう。

 でも……きっと、全ては分からない。

 私と互角にもなれないあなたには、きっと私は全部理解できないわ」

 

「……!」

 

「……私は、私が全力でぶつかっても勝てない相手には、きっと一生会えないだろうから」

 

 沙条愛歌。

 異世界のグセギス・ゲゲルで出会ったその強敵が、悲痛と諦観に満ちた表情を浮かべる。

 どうでもいい。

 敵のことなんてどうでもいい。

 私はただただ、今このときが楽しかった。

 

 グロンギとしての能力を全てぶつけても、千の能力が通じない。

 沙条愛歌が万能の能力をぶつけて来るだけで千の能力は潰されて、その奥にはきっと億能さえあって、その本質は全能なんだ。

 最強。

 無敵。

 ずっとそう言われていた私が、全能の前ではあまりにも弱く、あまりにも矮小。

 私のこれまでの、"最も強き者としての苦悩"が、井の中の蛙でしかないと『力』のみで思い知らされる感覚が、楽しくて、楽しくて、仕方なかった。

 

 こっちが平行世界から吸い上げた無限の魔力を使ってるのに、まるで相手になってない。

 無限の魔力が、全能の魔力に押し負ける。

 無制限が―――無尽蔵に、押し潰される。

 ワクワクする。

 ドキドキする。

 ああ、ああ、なんて、楽しい。

 私の人生に意味はあった。

 ここにあった。

 もう、周りは何も見えない。世界の全てが全く見えない。目の前の沙条愛歌しか見えない。

 

 この戦いを終わらせたくない。

 もっと、もっと長く、この戦いを。

 でもそれには私が弱すぎる。

 私が弱すぎて戦いにならない。

 でも、もっと、もっと、味わいたい。戦いを味わい足りない。

 足りない。

 足りない。

 味わい、足りない。

 力が、足りない。

 

 強くなりたいだなんて、思ったことは一度もなかった。

 私は最初からグロンギの最強で、それからずっと最強だった。

 強すぎる自分を疎ましく感じたことがないと言えば嘘になる。

 私には強くなる必要が無かった。

 全能に新たな能が要らないように、最強にこれ以上の強さは必要なかったから。

 だから。

 私は。

 ()()()()()()()

 

 全てのグロンギが腹の奥に融合させている使()()()()()()()()()()()()()()()()()へと―――『強くなりたい』という、純なる願いを、捧げた。

 

「ガガバスゾゾ*4

 

 私は生まれて初めて、自分と同格以上の敵を倒すため死力を尽くす。

 要素はあった。

 願いを叶える魔石、ゲブロン。

 濃い神秘、そしてゲブロンが持つ"源流の道筋"、つまりは根源への経路。

 疑似の魔法である、平行世界に繋がる腹の中の宝石剣。

 そして、沙条愛歌。

 

 ()()()()()()は目の前にいたから。

 

 私は、そこに至る。

 

「ボンゲン・ビパボグ・ヅバガセダ・ギギンザ*5

 

 根源に至る。

 

 肉体が急激に書き換わる音が、耳に痛かった。

 

 

 

 

 

 私は全知全能だけど、それ以外にも道を極めたものはある。

 ン・ダグバ・ゼバは私に敵わなかっただけで、十分に道を極めていた。

 十分に究極だった。

 星を滅ぼすことですら、あるいは可能だったかもしれない。

 なのに。

 

「究極の……その先に、足を踏み入れたんだ」

 

 ン・ダグバ・ゼバは、究極の先に到達していた。

 全能に勝つために全能になる、そんな無茶苦茶を成し遂げていた。

 進化した究極(ライジングアルティメット)

 白と金の二色であったダグバの怪人体は、その体の金色の量が爆発的に増えている。

 

「知ってる? グロンギのあなたは知らないかもしれないけど」

 

「……?」

 

「究極の先には根源がある、という考えで根源に至ろうとする魔術師は多いのよ。

 究極の言語。

 究極の人間の原型。

 宇宙の時間の究極、宇宙の終焉。

 究極というのは果てということで、一番端か真ん中か、一番上か下かってことだから」

 

 究極に到れる者がそもそも一つの時代に一人も居ない。

 究極の先に踏み込める者がそもそも、人類史全体で見ても指で数えられるほどしかいない。

 けれど、もしも。

 その()()()()に到達し―――そこに繋がり続けることが、できるのならば。

 

 それは、"わたしと互角の存在となること"を意味する。

 

「ガガ・ダダバゴグ*6

 

「ええ、踊りましょう」

 

 そうして。

 

 根源への繋げ方を習得したン・ダグバ・ゼバと私の戦いは、歴史家の手によって人類史に残るほどの最大級の決戦……否。

 ()()()()()()()()()()()、決戦となった。

 全知全能のラッシュ。

 全てを知りながら全てを行い、書き換えられる全を知覚しながら書き換え合う

 全能によって常時書き換えられる未来を見ることに意味はなく、常に未来が変わり続ける中、ありとあらゆる全ての行動が実行され、全宇宙の全法則が全事象によって喰らい合う。

 

 それは勝利を目指すダグバとわたしの、全力をぶつけ合う全身全霊の削り合い。

 

 大地は砕け、空は裂け、月は割れ、火星は宇宙(そら)の彼方へと吹き飛んでいった。

 

 究極の力場によって空は覆われ、光差さない究極の闇がもたらされ、空は闇に覆われる。

 

 最後の一秒は、全ての能力が互いに通じないと分かり、シンプルな一撃に懸けて相打ち。

 

 怪物殺しの銀の刃。

 全能殺しの蒼の光。

 飾り気の無いそれに全力を込めて、互いの命を刈り取った、蒼銀の決着。

 

 ダグバが崩れ落ちた。

 わたしも崩れ落ちる。

 ああ。

 もっと。

 この時間がもっと続けばいいのに。

 楽しかったのに、終わってしまう。

 

 わたしが死ぬから。

 彼女が死ぬから。

 終わってしまう。

 もっと、もっと何か、何かないか。

 できることは? ない。

 わたし達の命は、力は、もうほとんど尽きてしまっている。

 

 わたし達の戦いで開いた世界の穴から、グロンギ達が世界を渡っていく。

 

 死んでいく。わたし達のたったひとつの命が失われていく。

 

 ダグバは少し惜しそうにしていたけど、概ね満足そうだった。

 わたしもきっと同じ顔をしている。

 全力を出せない人生。

 全力を出す意味がない人生。

 何もかもが簡単で、退屈で、虚無だった。

 でも最後に全力をぶつけ合えた。

 出せなかった全力を出して、生の実感を得られた。

 何でこんな力があったのか、使い途も必要もない全知と全能が何で備わってたのか、まるで分からない人生だったけど……最後の最後に、この力に意味と価値があるって思えた。

 ダグバは笑ってる。

 きっと幸せなのね。

 私も幸せだった。

 幸運に恵まれた。

 ……幸せ?

 これが?

 幸せ?

 本当に?

 

 なんでだろう。

 これ以上のものなんて、これ以外のものなんて、求められるわけないのに。

 諦めてるのに。

 達成感とか。

 人と力を合わせて得る気持ちとか。

 当たり前のものに価値を感じる心とか。

 別に欲しいなんて思ってない。

 私にそんな人らしい心があるなら、家族がグロンギに殺された時に何か感じてるはず。

 まともな人の心なんて無い。

 私にも、ダグバにも。

 なら、なんで。

 

 わたしは―――今、この死を、受け入れていないのか。

 

 なんでそうしたのか、わたし自身にも……分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つになった私達は、常に愛歌(わたし)で、ダグバ(わたし)だった。

 

 心も、肉体も、力も混ざった。

 幸い体格も結構似てて、髪の色も近かったから問題はなかった。

 でも目の色は同じではなかったから、流石に左右違う目になった。

 そうして私は変わり果てる。

 変わり果てて、ようやくわたしは、私達は……本当に、美しいものを見た。

 

 わたしはいつもわたしの未来だけを見ていた。

 わたしの世界の未来だけを見ていた。

 誰も変えられないわたしの未来を。

 でも、もう違う。

 

 私はわたしではなくなった。

 わたしは次の世界での未来を見た。

 愛歌(わたし)が見た未来でも、愛歌(わたし)ダグバ(わたし)がもう片っ端から変えてしまった。

 

 だから、わたしが改めて見た未来は。

 

 とても、私の心を踊らせた。

 

 

 

 

 

 白い雪。

 

『君を、救いに来た』

 

 真っ白に染まる山。

 

『誰とも違うからひとりぼっちになった君を、ひとりぼっちでなくするために』

 

 あなたがいて、わたしがいた。

 

『私は……君と同じになった。全知にして全能である、究極の闇に』

 

 嬉しかった。

 本当に嬉しかった。

 私を殺せる存在はいるかもしれない。

 でも、本当の意味でわたしと対等になってくれる人はいなかった。

 

 "強すぎるからあなたは孤独なのだ"と、思ってくれて。

 わたしの孤独と虚無を理解してくれて、私と同じになってくれた人は、初めてだった。

 わたしを理解しようとして、わたしの全力を受け止めて、その上でわたしの全てを叩き潰して否定して……終わらせようと、してくれる人なんて、初めてだった。

 真っ向からわたしを殺そうとする愚か者なんて、今まで一人もいなかった。

 私は、わたしは、笑顔になって、吹雪の中を喜びで満たす。

 

『最後だ』

 

 この人は、わたしを分かってくれている。未来のわたしは、そう思った。

 

『この世で最も多くの罪を重ねた獣。君の罪は―――ここで終わりだ』

 

 赤い雪。

 真っ赤に染まる地。

 血が流れて、わたしと私は笑って、あなたと殴り合う。

 二人だけで。

 二人きりで。

 二人ぼっちで。

 わたしと私で、彼がぶつけてくれる想いを味わう。

 

 私は笑っている。

 あなたが笑っていたかどうかは、覚えてない。

 幸せだった。

 救われた。

 ありがとう。未来のわたしは、ただひたすらにそう思っていて。

 

 わたしと本気で殺し合う、『対等な相手』になってくれた彼に、わたし達は恋をした。

 

 

 

 

 

 過去を見返すように、未来を見た。

 恋をした日の日記を読み返すように、未来のその日を見た。

 少し先の未来に、少し前の過去に見た通りに、私は人に恋をする。

 

 あの未来に、わたしは運命と出会った。

 過去に見たもの。

 未来に見るもの。

 わたしの運命は、あの雪山で見た、私だけの王子様以外にはありえない。

 

 クウガはまだあの時の素敵な彼になれてない。

 今の彼を見ていると、正直に言えばがっかりした想いもある。

 でもいつかは、ああなってくれる。

 ああなってほしい。

 助けて導きたいとも思うけど、それが理由でああなれなくなったらと思うと、少し怖い。

 

 私は未来を見るのをやめた。

 私がまた未来を見て、好き勝手未来を変えたら台無しだ。

 あの未来に辿り着くまでの日々を楽しむために、何も知らない恋のドキドキを守るために……私は、未来を見るのをやめた。

 あの未来に行けるかな。

 それとも、実はいけなくなってるかな。

 期待もあって、恐れもあって、私は未来にワクワクしながら、彼を信じる。

 私の王子様はきっとあの未来に来てくれると、そう信じて、胸のドキドキを抑える。

 

 ああ、やだ……素敵。わたしは今、人生を楽しんでるのかもしれない。

 

 わたしは人生を楽しんでいるのかもしれない。

 

 信じられる根拠が無いまま、わたしの王子様が、あの雪山でわたしの全ての力と想いを受け止めて、わたしを全力を叩き潰して、わたしを殴り殺してくれると、信じてる。

 

 恋した過去を思い出すように、私が恋をした未来を視た。

 私にとっては既知のこと、あなたにとっては未知のこと。

 分かる? 王子様。

 きっとそれは、希望なの。

 

 あなたがわたしに希望をくれた。

 あなたが私に笑顔をくれた。

 殺し合いをしましょう。

 素敵に殺し愛ましょう。

 わたしとあなたで、雪の中の二人の世界で。

 わたしにとっての英雄は、あなた一人だけでいい。

 

 あなたが勝ち残って、全てを守り切って私の前に立って、わたしと最後に戦う物語があったなら……それはとっても、綺麗な英雄譚だわ。

 

 

 

 

 

 私はダグバ。

 私には愛も恋もない。

 けれど、愛歌にはあった。

 私は愛歌。

 私には戦いで繋がり、戦いに果てるだけで満足する異常性はない。

 けれど、ダグバにはあった。

 

 わたし達は欠落者。

 私達は異常者。

 普通の人間にあるものがなく、普通の人間には要らないものが多くある。

 私達は溶け合った。

 わたし達は与え合った。

 今の私は、愛歌(まなか)だけの少女でもなく、ダグバ(わたし)だけの怪物でもない。

 

 でも。

 

 恋を、しているから。

 この恋が叶ってくれたらいいなと、心の底から思っている。

 知らなかった。私は素敵な恋はできないけれど、わたしは狂うような恋ならできたんだ。

 

 この世界に王子様はいない。

 どの世界にも王子様はいない。

 私にも、わたしにも。

 でもそれならそれでいい、と今のわたしは思えてる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 わたしは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんで、こんな簡単なことに気付いてなかったんだろう。

 

 ああ、クウガ。

 私の、わたしの、王子様。

 早く成ってね。究極の闇を持つ者に。

 

 そうして、早く―――もうあなたに恋をしている、まだあなたに恋をしていない、昔のわたしと今のわたしと未来の私を、恋に落として。

 

 とても素敵な、最後の戦いを、しましょう。

 

 コロシアイの中には、コイもアイもあるんだから。

 

 

 

*1
それでいいのだ

*2
集まれ

*3
行くぞ

*4
ああ、なるほど

*5
根源にはこう繋がれば、いいんだ

*6
さあ、戦おう




 本人も二割くらい自分が何言って何考えてるのか分かってないです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4

 ダグバとバルバが姉と弟(第一地球世界線においては姉と妹?)のような関係であったというのは、オダギリジョーさんが語った関係性の設定です(演じるキャラも、役者さんも、どちらもそうだったそうな)
 「だから同じ場所(額)にタトゥーを入れている」のだそうで


 かくして、沙条愛歌(ダグバ)はこの地球に降臨した。

 愛歌の声に愛歌の容姿。そこに少しのダグバが混ざる。

 水色の愛歌の右目、黒色のダグバの左目。

 加えて、ダグバの持つ雰囲気と、愛歌の持つ存在感。

 見る人が見れば感覚的にダグバと分かる、そんな存在として。

 

 いつかの未来。

 クウガとダグバは白銀の雪山にて戦い、少女は彼に恋をする。

 その未来を求めて、愛歌は日本に足を踏み入れた。

 

 世界の壁に、時間は正しく在るのか?

 全知の彼女は知っている。

 そういうことはない。

 世界の壁を越えれば時間は正確な関係を維持せず、また、世界の壁を正しい手順で越えなかった場合、同時に世界の壁を越えてさえ到着時間に差が出てくる。

 世界とは大まかな時間の流れの上にある、固定帯によってまとめられた束に過ぎないからだ。

 

 ダグバと愛歌の戦いで開いた世界の穴は、彼女らが別世界に行くため開けたものではない。

 沙条愛歌が持つ平行世界にすら干渉する全能と、ダグバが持つ宝石剣を介した疑似第二魔法、それによる攻撃で"ついでに"開いたものに過ぎない。

 グロンギ達はそこに足を踏み入れ、三つ目の地球に到達した。

 クウガが最初に。

 他のグロンギ達は最後に。

 愛歌はクウガがこの地球に来た数ヶ月後、他のグロンギ達よりも少し早く、地球に到達した。

 

 そして愛歌は世界中を旅しているクウガ達をしばらく眺めていた。

 無言で眺めていた。

 時々微笑んだり、思いっきり笑顔になったり、時々不満顔になったり。

 一ヶ月ほどして満足した後、愛歌は"あの未来の雪山"がある場所を求め、日本に向かう。

 そうして彼女は、額に薔薇のタトゥーの女と、出会った。

 

「バルバ」

 

「お前の知るバルバではない」

 

「……ああ、『この地球の』、バルバ?」

 

「待っていたぞ。沙条愛歌であり、ン・ダグバ・ゼバである者」

 

 ラ・バルバ・デ。

 『ラ』の頂点。

 ゲゲルの進行役、ゲームマスター階級の最も高き者。

 

 『ラ』の役割は、グロンギにルールを守らせ、プレイヤーの殺害数などをカウントすることで勝利者を決定し、違反者の処罰や反抗者の処刑を行うこと。

 "ルールを守らせるものは最も強くなければならない"。

 それはどんな種族でも、どんな界隈も変わらない絶対の基本だ。

 警察が弱くては社会は維持できず、ゲームマスターが弱ければゲームは成立せず、『ラ』はダグバ以外のグロンギといい勝負ができるか倒せるかしなければ、ゲゲルを成立させられない。

 『ラ』が強いからルールを破ることができない。

 それがグロンギのゲゲルの基本。

 しからばその頂点であるバルバが、弱者からかけ離れた存在であるのは間違いない。

 

 融合した少女の、愛歌の部分がバルバを見定めんとし、ダグバの部分が僅かな安心を覚える。

 

 それは姉を前にした妹の心持ちに近かった。

 

 例えばだが、沙条愛歌には親も妹もいた。

 愛歌は家族を家族と認識しており、家族とそれ以外のものの区別もついていたが、家族もそれ以外のものも等しく無価値であった。

 そのため、表面だけを見れば家族とそれ以外を区別していないように見える。

 だがそれは違う。愛歌は家族に毛の先程の情も持っていなかっただけだ。

 家族を大切にする気がなかっただけだ。

 ゴミのように家族を捨てられるだけだ。

 

 この点においては、愛歌とダグバは共通した精神性を持っている。

 『情が一切無い姉妹の関係性』。

 それが、沙条愛歌とその妹の関係性であり、ダグバとバルバの関係性であった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()ぞ。それを教えてやろうと思ってな」

 

「―――」

 

「私の知るクウガと、お前達の知るクウガは違うだろう。

 だが、もたらすものに違いはあるまい。

 私の知るダグバも笑えなくなっていったグロンギだった。

 だが……未確認生命体第4号と呼ばれたクウガという最高の敵を得て、笑顔を取り戻した」

 

 バルバは、ダグバにとっては姉のようなもの。

 死んでも何とも思わないし、必要となれば殺せるが、それでも姉のようなもの。

 どんな世界においても、ダグバに物を教えられるのはバルバくらいのものだ。

 だから教える。

 彼女は教える。

 なんだってできる最も強い者を、救ってくれる戦士のことを。

 

「この世界のダグバは、『対等の相手』を得たのだ」

 

 愛歌の体が、興奮で震えた。

 

「存分に、思うがまま、力を振るうが良い。

 『クウガ』は『ダグバ』を笑顔にし、救うだろう。私がそれを保証する」

 

 バルバの保証が、愛歌の中のダグバの部分に確信を持たせる。

 

 だから待つつもりだった。

 

 全能の自分が手を出せば何もかもが変わってしまう。

 全能の力で見た未来は、全能の力が世界に加われば変わり果ててしまう。

 少女が見た未来を変えられるのは少女だけ。

 だから余計なことをすれば『あの未来』に辿り着けないし、けれども必要なことをしなくても辿り着けない可能性はあって、なので愛歌はあまり手出しをしたくないと考える。

 何か一つ間違えば、あの未来には到達できない。

 

 それでも未来を見ながら世界を編纂することはしなかった。

 

 初めてだった。

 何でもできる全能者が、何をするにも罪悪感を抱かない全能者が、その全能を縛ったのは。

 恋のドキドキを、失いたくなかった。

 このワクワクを、失いたくなかった。

 少女はこれまでの人生を一瞬たりとも楽しんだことがなかったのに、恋をしたその瞬間から、毎日が楽しくなった。

 

 まるで、どんな魔法をも超える『恋の魔法』にかけられたかのように。

 その魔法は、根源に繋がりその気になればどんな『魔法』も使える少女にすら、自由に使うことなどできない魔法であった。

 

 恋は幸せだ。

 恋は成就することが幸せなのだ、と言う者もいるだろう。

 けれど恋する乙女は、恋をした時点で毎日が幸せになるもの。

 結末に喜びがあるか悲しみがあるかは人によるが、そこに辿り着くまでの過程に、多くの幸せと苦しみがあってこその恋だと言える。

 

 愛歌は今幸せだった。夢見る心地で幸せだった。

 

 だからこの幸せを終わらせないため、そして幸せになるために―――恋の成就を(こいねが)う。

 

 これまでの愛歌は、世界の全てを無価値に見ていた。

 人間は自分の価値を価値観の中央ラインに置いて、それより高い価値のもの、それより低い価値のものを分けて考えている。

 愛歌の価値は高すぎた。何でもできたし、何でも創れたから。

 町並みも、人々も、世界も、無価値だとしか思えなかった。

 

 今ではそれら全てが、別のものに見えてしまう。

 

 町並みを二人で歩いたら楽しそうだな、とか。

 二人でカフェに行ったら楽しそうだな、とか。

 あの公園でわたしのお弁当とか食べてほしいな、とか。

 ゲームセンターで二人で遊んだら何を感じるんだろう、とか。

 街にたくさん居る人間をどっちが多く殺せるかのゲームとかしてみたいな、とか。

 そんな、恋する乙女なような思考で、恋特有の甘酸っぱい想いが次々と湧いてくる。

 

 予知は恋を終わらせる。

 恋という人間を殺し尽くしてしまうグロンギこそが予知なのだ。

 だから予知は辞めた。

 恋のドキドキを、これからの日々を、楽しく堪能するために。

 

 だから我慢して、見守っていくつもりだった。

 

 

 

 

 

 なのに我慢しきれなかったから、今彼女はここにいる。

 

 倦怠の塊。退屈の権化。

 全能者と最強種が共通して持つ鬱屈が人格を持って歩き出したような少女。

 人間は自分からかけ離れた者が自分を理解できるとは考えない。

 全能者と全知者は、無能なる者と無知なる者に理解を求めない。

 なればこそ、対等な者が得られた未来の奇跡に縋りつく。

 確信に似た諦めを持っていたはずなのに。

 

 全部分かってしまう少女は、変容を終え、()()()()()()()()()()()()を得てしまった。

 

 両手を広げて、愛歌はクウガを待つ。

 優しく抱きしめてやるために。

 けれども当然、クウガがその胸に飛び込んで行くわけもなく。

 

「いいの? うんと小さい頃みたいに、わたしが抱きしめてあげるのに」

 

「姉さん…………そんな時の、こと、なんて、覚えてない…………」

 

「あら、喋り方が戻っちゃった。でもいいわ。そっちの方が()()()()()()

 

「―――」

 

 全てを見通すように、少女は微笑む。

 可愛らしく、美しい。まるで花のような笑みだ。

 少女性と神聖性が、雰囲気に同居している。

 恋する乙女と、世界を滅ぼす破壊神の存在感が同居している。

 彼女から向けられる、甘酸っぱくて、儚くて、けれど多大な熱量を孕んだ想いが、クウガにはまるで分からない。

 

 分かるわけがない。

 だって彼女にしか、全知全能が見る未来は見えないのだから。

 

「どう、して」

 

「? どうしてって、何が?

 わたしはお姉ちゃんだから、聞かれたらなんでも答えてあげたいわ」

 

「姉さんも…………沙条愛歌も…………ワタシのことは、塵芥程度にしか、思ってなかった」

 

「あ、そんなこと心配してたんだ」

 

 愛歌は何もかもが分かっていて、クウガは何も分かっていない。

 

 そして愛歌には、クウガの気持ちが分からない。

 

「大丈夫。未来のあなたは、絶対に誰よりも素晴らしい王子様になるから」

 

 愛歌の口調は、好きな人のことを語るそれ。

 惚れた人の背中を押そうとする少女のそれ。

 時々声が上ずるのは、愛歌が恋をしたことがない少女であるから。

 全能のくせにクウガの心を射止められないのは、愛歌が恋をしたことがない少女であるから。

 

「もしも挫けそうになっても、わたしがそこまで育ててあげる」

 

 全知全能は、無知無能な人間になったことがないから。

 

 "自分の言葉が相手にどう聞こえているかを能力を使わず想像する"という当たり前を、恋の熱の中でするということが、できない。

 

 ……恋する少女は皆できていないかもしれないが。愛歌もまた、そうであるようだ。

 

「大抵のことは許してあげる。

 でもね。

 貴方のことは許してあげるけど、盗み聞きしてる雌鼠は許してあげないわ」

 

 愛歌が手を振った。

 すると、蒼色の――ダグバが使うプラズマと同じ色――触手が現れ、伸びる。

 それは全能の愛歌が好んで使う攻撃手段。

 六義園の茂みの中に突っ込んだ触手が、そこに潜んでいた者を捉え、無理矢理に引っ張り出して空中に逆さ吊りにした。

 捕まったのはカーマ。

 どうやらこっそり話を盗み聞きしつつ隠れていたらしい。

 触手で雁字搦めにされたカーマが空中でもがくが、触手はビクともしない。

 

「ちょっ、あっ、これちょっと力入れたら私がちぎれるやつっ」

 

「カーマ!」

 

『マスター! その心だけでもいい、戦闘準備を!』

 

 愛歌はカーマを見上げ、微笑みが消える。

 

 愛歌とカーマの顔は、()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 愛歌とダグバが融合したその容姿と、ほとんど変わらなかった。

 

「抑止力も間違ってはいなかったのかもね」

 

 クウガとカーマは、並ぶと兄妹か姉弟のように見える。

 愛歌とクウガも、並べばそれなりにそう見えなくはない。

 容姿と、瞳と、それと雰囲気。

 血族特有の雰囲気の近さ―――この三人の間には、それがあった。

 

身体無き者(アナンガ)

 カーマの別称でありその性質を表したもの。

 恋慕を生む、という意味の言葉が、同音異義の俗語に転じたもの」

 

 愛歌は淡々と語り始める。

 クウガは迂闊に動けなくなった。

 "あの触手"が頑丈なグロンギをカステラのように握り潰してしまうことを、クウガは前の世界の出来事から、よく知っている。

 

「カーマは恋の矢を放つ愛の神。

 シヴァの怒りに触れ、灰となり肉体を失った。

 いつか新たな肉体が戻ると言われ……その特性によって、どんな肉体にも成れる。

 モデルにした人間によって、幼い少女から、年を重ねた成人の男性にも、何だって」

 

 カーマは、肉体が無い者であるという異名を与えられ、神話のその部分をも"自分の特徴"として取り込んだ者である。

 インドの神々は様々な側面を持ち、サーヴァントとして顕現する場合、どの側面が表に出てくるかによって『存在を構成する性質の割合』が変化する。

 愛の神。

 恋の神。

 美しき者。

 心に生じる者。

 そして―――『身体無き者』。

 

 身体なき者としてのカーマは、身体不定形の者としての性質を強く持つ。

 時には誰かの体を借り、時には誰かの体をコピーし、それを変じさせていく。

 コピーした肉体の年齢や体格を変化させていくことすらできるだろう。

 身体が無いということは、そういうことだ。

 だから。

 ()()()()

 

 沙条愛歌の居た地球で、異世界からグロンギ達が進行して来た時、抑止力は動いた。

 人の滅びを回避せよ、と。星の滅びを回避せよ、と。

 そうして最初に――後が続かなかったため、事実上最後に――抑止力の守護者は派遣された。

 

 星も人も滅ぼす侵略者。

 星も人も滅ぼす全能者。

 両方を排除するために選ばれたその守護者こそが……『カーマ』であった。

 

 彼女が選ばれた理由は一つ。

 その時の抑止力が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と判断したからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()と。

 そう、判断したからだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そうよね、全知全能だわ」

 

「……私が模倣した肉体は、貴女だけじゃないですけどね」

 

「でも、ベースはわたしでしょう?」

 

「そうですよ。そりゃ、貴女が一番強かったんですから」

 

「だからあなたは、わたしの機能をそのままコピーして持っていた」

 

 ぐぐっ、と触手が死なない程度に少し強くカーマを締め上げ、カーマが苦悶の声を漏らす。

 

 クウガはカーマの友として、ランスロットは麗しい女性を守る者として、飛び出そうとする自分を抑えるのに必死だった。

 今飛び出せば、最悪カーマが握り潰される。

 カーマには愛歌のこの力を押し返せるだけの力は"もうない"。

 

「もう、そうじゃないみたいだけど」

 

「……貴女がもぎ取って消したんでしょうが! それも念入りに!」

 

「ええ、そうね」

 

 抑止力の目論見は外れた。

 最初に派遣したカーマは愛歌達をコピー、自らの肉体に反映し、全知全能の力を得た……だがそれでも、沙条愛歌には届かなかった。

 カーマも、それ以外の抑止力の干渉も、全て愛歌によって握り潰された。

 星の意志と言えるガイアも、人類全ての意志の顕現と言えるアラヤも。

 星一つの命、人類全ての命を集めようと、沙条愛歌一人に敵わないという悪夢。

 

 そうして、このカーマを派遣した抑止力は―――星と共に、滅びた。

 

「でも貴重な情報だったわ。

 抑止力の守護者でも、わたしをコピーしようと完璧に再現はできないんだって」

 

「っ」

 

「それとも、人間だからよくコピーできた方なのかしら? まあ、どうでもいいけどね」

 

 愛歌はカーマを捕らえたまま、クウガを見て、微笑みかける。

 

「クウガ。わたし、あなたが好き」

 

「へっ…………え?」

 

「だからちゃんと勝ち抜いて、誰よりも強くなってね。究極の闇の、その先に」

 

 言われた内容に戸惑うクウガに対し、愛歌はクウガが戸惑っていることにも気付かず、言葉を続ける。

 

「私が見た未来を変えられるのは、私だけ。

 ああでも、私が変えられるのなら、私と同じくらい強い人なら変えられるのかな」

 

「未来…………」

 

「だからあんまり助けてあげられないけど……お願い、嫌いにならないでね」

 

「―――」

 

「わたし、あなたに嫌われたくない」

 

 沙条愛歌の容姿で。

 けれど姉と重なる姿で。

 "嫌われることを恐れる普通の少女の姿"を見せられ、クウガは困惑する。

 "僅かに震えた少女の声"が耳に入って、クウガは混乱する。

 耳が言葉を受け入れているのに、心には拒絶感しかなかった。

 心がその言葉にアレルギーを起こしていた。

 

 恐ろしさを感じない少女らしい恋の様子が、クウガの心を混乱させていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 殺生院/バルバと呼ばれた女性は、眠りを誘う薔薇の香りで、立香が覚醒と夢の境界を行ったり来たりする程度に睡眠を調整していた。

 そして、立香を『コウモリのグロンギ』に持たせる。

 

 コウモリのグロンギは、異様だった。

 肉体だけなら一般的なグロンギに見える。

 だがその目は血走り、口には革ベルトが噛ませられ、全身を革ベルトで拘束されている。

 そういった性癖を持つ男性への性的な責めにも見えるし、危険な怪物を封じるために全身を拘束しているようにも見える。

 だが、簡単な体の動作くらいはできてしまうようだ。

 

「お願いします。ズ・ゴオマ・グ様」

 

「―――ッ!」

 

 ズ・ゴオマ・グと呼ばれたコウモリのグロンギは、興奮した様子で立香を抱きかかえる。

 

 立香を抱えた瞬間、ゴオマの興奮が増した……ように、見えた。

 

 ゴオマの額には『薔薇の茨』が突き刺さっていて、生物のように蠢いており、キアラが指を一振りすると額の茨もまた動く。

 茨が動くと、ゴオマの身体がビクンと跳ねた。

 ゴオマの表情を見る限り苦痛はなく、むしろ快楽で絶頂したようにすら見えた。

 

「何を考えている? エクストラターゲットの殺害をラがするのは許されんぞ」

 

「ブウロ様は真面目すぎると思いますわ。

 エクストラターゲットは生きていれば良いのです。

 そう、生きてさえいればそれだけで的にはなりますわ」

 

「まあ、そうだが」

 

「だからここで、ズ・クウガ・バの試金石に使ってみましょう」

 

「?」

 

「クウガをクラスの席を埋めるだけの代理参加者として扱うと決めたのでしょう?

 でもズ・クウガ・バの弱さを知る参加者から難色を示されたのでしょう?

 聞いております。私にも何かできることはないか、と思いまして……

 僭越ながら、勝手に準備をさせていただきました。このゴオマ様がそうでございます」

 

「なんだと」

 

「ゴオマ様の事は、もう十分堪能致しましたので、十分です。

 さあ、ゴオマ様。

 この少女を連れ、飛び立ち、あなたの知る『ズ・クウガ・バ』を倒してください。

 ズ・クウガ・バを倒した、その時には。

 ―――この少女に、私にしたことと同じことを、好きなだけして構いませんよ?」

 

「―――ッ!」

 

 キアラはごく自然に、何気ない仕草で自分の股関節の周りの太ももや、ゴオマの股間の周りや腹を扇情的に手でさする。

 そして自分の胸の形が分かるように、自分の胸の周りの服を、そして立香の尻周りや胸周りを指先にてなぞっていく。

 どこか、妖しく。

 どこか、性的に。

 興奮した様子で、ゴオマが狂気的な叫びを上げた。

 革ベルトを噛ませられたゴオマの叫びは言葉にならないが、既に半ば溶かされたようなものであるゴオマの理性では、革ベルトがなくとも言葉など喋ることはできなかっただろう。

 

 飛び去っていくゴオマを横目に見つつ、ブウロは苦々しい表情を浮かべる。

 

「強さを見せる生贄、か。

 ……リントがグロンギに近付かず。

 グロンギとは似ても似つかない邪悪に成っていくとは……夢にも思わなかった」

 

「そうでしょうか? ブウロ様にそう思われるのは、悲しく思います……」

 

「心を陵辱して楽しむグロンギはいる。

 だがそれは、リントの心の価値と誇りを認めているからだ。

 綺麗で尊いからこそ、我らはリントを好んで汚し、踏み躙るのだ。

 だがお前は違う。

 お前は……リントの心を堕落させ、無価値にする。見たことのない邪悪だ」

 

 自分を正確に理解してくる怪物に、キアラは綺麗に微笑んだ。

 人を汚泥の底に引きずり込む、底なし沼の笑みだった。

 

()()()()()()()()()()()()()。私達は、同類ですわ」

 

「? 何を言っている。人間は皆そうだろう」

 

「ふふふっ、そうですわね。堕落すれば皆同じ。人も、怪人も……」

 

「だから、ゴオマをああしたのか」

 

「いえ、最初はただの興味本位だったのです。

 グロンギの方々は、とても性欲が薄い。

 食べることより、寝ることより、性交よりも、殺人が好き……

 生物種としてそうであるように思えます。

 繁殖に興味が薄い。

 食事に興味が薄い。

 睡眠に興味が薄い。

 だから食も発展させず、性も掘り下げられず、寝る間も惜しみ人を殺す」

 

「その程度の気持ちで、ゴオマを性欲に狂わせたと」

 

「いいえ、私に溺れさせたのです」

 

 興味本位で怪物を弄くり回すキアラも、融合した状態でそれを許したバルバも、他人事のように語り同族を玩具にされたことを怒りもしないブウロも。

 皆、何かがおかしい。

 人間の価値観から見れば異常で、彼らの価値観からすれば正常だった。

 

「あれは……ゴオマは、リントに言わせれば"強魔(ごおま)になれなかった者"」

 

「ええ」

 

「それが今や"強姦魔になってしまった者"だ。価値無き弱者とはいえ、同情はする」

 

「あらあら」

 

 ふふふ、とキアラが口元を隠して笑う。

 

「ご心配なく。私は私を戒めております。

 バルバ様は他者の脳に茨を埋め込み操る能力を持っていますが……

 それを私が本気で併用すればどうなるか、ゴオマ様にお手伝い頂いただけでごさいます」

 

「……これだから、バルバのお気に入りは皆タチが悪いと言うんだ……」

 

 教会には十字架があり、そこには神の子を象った銀の像がくくりつけられていた。

 

 人間に愛され、尊敬され、見上げられる聖なる人の代表格。

 

 そんな像に、ブウロは特に意味もなく唾を吐いた。

 

 

 

 

 

 そうして教会から飛び立った、眠る立香を抱えたゴオマを、クウガは目にする。

 カーマも見たがそっちを見ている余裕はなく、愛歌は視界に入れても興味すら持たない。

 ゴオマはクウガを探していた。

 クウガを倒し、"そういう行為"をこの少女にするために。

 与えられた女なら誰でもいいという堕落具合。

 キアラに許可された女以外には手を出そうともしない調教度合。

 狂犬と番犬を混ぜ合わせたような、他者からの狂気と支配が染み終わったコウモリの怪人。

 

「! あれは…………」

 

『マスター! 放ってはおけません!

 彼女は貴方が守ると誓った女性でしょう! っ、ですが―――』

 

 立香はゴオマに。

 カーマは愛歌に。

 それぞれ捕まり、次の一瞬にはやられていてもおかしくない。

 何せ捕まえているのがどちらも、人の命なんて知ったこっちゃない怪物だ。

 どちらかを助けるということは、もう片方を見捨てるということに等しい。

 どうすれば。

 クウガは選べず、ランスロットも"クウガの選択に余計な影響を与える"ことを恐れ何も言えずに居た。

 この局面に、正解はない。

 

「……あーあ、まったく。これだからだらしないダメクウガさんは……」

 

 そんな時。

 

 触手に締め上げられながら、苦しそうに、カーマは言葉を絞り出した。

 

「この地球は、弱肉強食じゃありません。適者生存です」

 

「? もしかして、わたしに言ってるのかしら」

 

「そーですよ、沙条ダグバとかなんとかさん。

 人の一番強い奴とグロンギの一番強い奴をかけ合わせたからって、なんですか」

 

 カーマは、"被害者の側の神"である。

 シヴァの修行を邪魔し、その心を恋慕に染めよと他の神に頼まれ、恋の矢を放ったことでシヴァの怒りを買い、理不尽に焼き尽くされた。

 完全に加害者ではなかった、とは言い難いが。

 そこまでされる理由はなかった、そんな神だ。

 彼女は強者の側の神ではなく、弱者の側の神である。

 踏み躙られる側の神である。

 神話においても、この時代においても。

 

「強者のみが必ず勝ち残るなら、いずれ滅ぶんですよ。どんな世界も」

 

「……ふうん」

 

「だから……神話でも、伝説でも、聖杯戦争でも。

 たびたび、『一番強い者が負け』、『そうでないものが勝者となる』わけです」

 

 弱者がいて、強者がいる。

 

 弱者になったことがない愛歌も、強者に灰にされたカーマも、それをよく知っている。

 

「滅びた世界の、滅びた負け犬の代表として言いますよ。

 強いだけの奴が勝って、残って、最後に笑うのって……胸糞悪いんですよね……!」

 

 自分とほとんど同じ顔の愛歌を、小馬鹿にした表情で、カーマは睨みつけた。

 

「わたしはクウガさんに全賭けした。私の命のチップを賭けるなら、この人と決めてます」

 

 誰もがそれぞれの理想の未来を願い。

 

 その願いを、ただ一人の英雄『クウガ』に懸けていた。

 

「賭けの倍率は酷いことになってますし、外したら私は終わりですが、知ったことじゃない」

 

 カーマは締め上げられたまま、ありったけの力で声を張り上げる。

 

「行ってください! こっちはどうにかします! なんとかなりますから!」

 

「でも…………」

 

「いいから!」

 

 クウガは一瞬迷った。

 カーマが還る場所はない。

 彼女を派遣した抑止力も、彼女が英霊の座に帰る経路も、そもそもその世界も既に無い。

 可能性の刈り取りにより、既に宇宙としては剪定と終焉の運命を迎えている。

 今、倒されれば。

 このカーマは英霊の座に還ることもなく、人間と同じように後の無い『死』を迎える。

 

 それはイコール、永遠の別れだ。

 

「分かった」

 

 けれど、迷いは一瞬で。

 

 クウガはカーマに背を向けて、カーマは彼の背中を見て笑う。

 

「―――『変身』ッ!!」

 

 突き出した拳で大気に『力』の紋章を描き、腰のベルトに勢い良く拳を添える。

 

 発声と同時に、クウガの全身は銀と紫の姿へと変わった。

 

 クウガを探し飛翔するゴオマの背を追って、クウガは街の中を駆け出した。

 

 人の居ない夜明けの空に、ゴオマが舞っているのが見える。

 

『奴は空を飛んでいる。こちらには圧倒的に不利です、マスター』

 

(いや、有利だ)

 

『何故?』

 

(私は奴の天敵だから)

 

 ズ・ゴオマ・グは、異世界から来たこの個体だけではなく、第一次未確認生命体災害の時に猛威を奮った『この世界のゴオマ』もいた。

 その時、ゴオマは長く活動していたがゆえに、多くの対策をなされた。

 例えば、超音波を発して反響を聞いているがために、特定の超音波をぶつける機械によって苦しめられた。

 例えば、超音波を発して反響を聞いているがために、現在位置を探知されやすかった。

 

 ゴオマは飛行時、感覚のほとんどを自らが発する超音波の反響、つまり能動的聴覚探査に頼り切っている。

 しからば。

 "聴覚に優れたグロンギ"にとっては……飛行時のゴオマは、ただのカモなのだ。

 

 踏み込む。

 

「長引かせないように…………しよう」

 

 踏み出す。

 

 脚部に力を集めて、路面を走り、ビルの壁面を駆け上がる。

 

 狙うはゴオマ。

 ビルの近くにゴオマが寄る瞬間を先読みし、ビルを駆け上がって更に跳躍。

 ビルから跳んで来たクウガに気付いたゴオマが空中で鋭い毛を発射した時には、もう、手遅れ。

 鋭い毛はクウガの装甲に弾かれ、距離は0になる。

 

 何の容赦もなく、何の躊躇いもなく、何の間違いもなく、理想の剣閃が首を斬る。

 

「返せ。その子は……お前が触れていい子じゃないんだ、ゴオマ」

 

 怖いくらいに一撃で、一瞬で、命が終わる。

 

 ゴオマの首と胴が生き別れになり、首と胴がバラバラに地に落ちていった。

 

 

 

 

 

 『湖の騎士』。

 ランスロットが保有する強力なスキルの一つ。

 幼少期、国を追われた赤子の王子ランスロットを拾い、育てた。それが湖の乙女である。

 湖の乙女に育てたランスロットは、"湖のランスロット"とも呼ばれたという。

 

 アーサー王の物語において、湖の乙女は最も名を知られる、極めて力の強い精霊だ。

 伝説においてはエクスカリバーとその鞘をアーサー王に与え、ランスロットを育て、マーリンを抜け出せぬ異界に監禁し、アーサー王の死後にベディヴィエールからエクスカリバーの返還を受ける……と、される。

 それすなわち、伝説の一端である精霊であり、星の内部で精製された神造兵装を人に与えることができるほどの強力な精霊であることを意味する。

 

 そんな湖の乙女に育てられたランスロットは、常に彼女の加護をその身に受けており、一時的に幸運以外のステータスをどれか一つ実質倍加することができる。

 

 ステータスランクは、数値に換算するとAが50、Bが40、Cが30、Dが20、Eが10。

 すなわちクウガは得意分野の筋力耐久であればAを超え、そうでない敏捷魔力であっても一時的にB相当まで引き上げられる、ということである。

 

 だがそれも、"一時的に"と頭に付く。

 倍化できるのは一つだけで、バテれば倍化も不可能になる。

 考えながら使わなければ、誰と戦う時にも役には立つまい。

 判断力がずば抜けているランスロットだからこそ使いこなせるスキルであり、本来ランスロットのステータスの暴力で圧殺するスキルだが、クウガにとっては弱者の工夫が問われるスキルであると言えるだろう。

 

 ランスロットは、クウガの内側で満足気に頷く。

 敏捷を倍加して一気に跳び、敵の攻撃に合わせて耐久を倍加し攻撃を弾き、接近してから筋力を倍加しその首を一撃にて切り捨てた。

 どうやらクウガの今の攻撃は、ランスロットに合格点を貰えたらしい。

 一撃で決めたのもスマートで、その辺りもランスロットの好みだったようだ。

 

 速く跳び、硬く受け、強く斬る。

 その在り様は、俊足の移動要塞。

 "敵の攻撃をものともせず進む紫"に移動力を加えた、一気に距離を詰める戦闘機かつ重戦車。

 クウガが不死のトリックを持っていることもあり、一度思い切り慣性力がついた紫のクウガを迎撃で止めることは難しいだろう。

 

「素敵」

 

 欠片を一つ覚醒させ、また一つ強くなったクウガの勇姿に、愛歌は言葉少なに見惚れる。

 好きな人の勇姿が愛歌の心を躍らせる。

 ダグバにとっては同族だが、その心には恋慕以外の何の波紋も起きてはいなかった。

 

「あら」

 

 ただ、それがよくなかったらしい。

 話の終わりに握り潰そうとしていたカーマが、触手の拘束の中から居なくなっていた。

 

身体無き者(アナンガ)……」

 

 あのカーマは、抑止力によって派遣された滅びを滅する守護者。

 その体は特別製だったものの、今やほとんど力も残っていない……と、思われていたが。

 どうやら愛歌が全てを見ることを辞めた後に、新しく小技を身に付けていたらしい。

 カーマは待っていたのだ。

 愛歌がクウガの勇姿に見惚れる瞬間を。

 その瞬間が必ず来ると読んでいて、その瞬間に全てを懸けて、見事逃走に成功した。

 

 ゴキブリのようなしぶとさと必死さ、こそこそ動くその姿に、愛歌は一興を覚えた。

 

「いいわ。余計なことをするようなら、消してしまおうかと思ったけど……

 わたしからは手を出さないでおいてあげる。

 愛の根源(シュリンガーラ・ヨーニ)のカーマ。その名の通り、傍で支えてあげてね」

 

 根源の少女は、愛の根源の少女を無価値なゴミ程度にしか思っていないが、少なくともズ・クウガ・バにとっては助けにのみなるであろうことを察し、見逃してやることを決める。

 彼女は全知にして全能。

 その気になれば今からでもカーマを追って滅することは容易だろう。

 けれど、そうしないことを決めたのである。支えろと命じたのである。

 

「わたしだけの王子様を」

 

 クウガが幸せなら、愛歌は幸せ。

 クウガが仲間が増えて嬉しいなら、愛歌も嬉しい。

 クウガが生きることを願い、祈り、想う。

 だからそれ以外のものは全部クウガの糧になったって構わないし、なれと考える。

 そんな愛歌の思考を読み切り、ゆえにカーマは逃げ切れることを確信していた。

 

「わたしがあの人のものになって、あの人がわたしのものになるまで」

 

 全能者は皆、いつか自殺する。

 全知全能になってしまった時点で、人生の意味がなくなるから。生涯の価値がなくなるから。

 それが道理。

 理屈で言えば、何でも知れて何でもできる人生になど、何の意味も無い。

 

 『理屈』じゃない感情のみが、愛歌(ダグバ)を今も動かしていた。

 

 

 

 

 

 ゴオマの首を落としたクウガが、空中で立香を受け止める。

 お姫様を抱えるように横抱きにして、手に持っていた剣を消した。

 重心を調整し、着地する場所に当たりをつけ始めるクウガ。

 そんな中、立香がようやく目を覚ました。

 

「うぉぉぉ……落ちる夢! 落ちる夢? 落ちる夢!

 よく見るやつ! ……あれ、いつもならすぐ目が覚めるのに、長い!?」

 

「すぐ、終わる」

 

「ああクウガ君だ……

 ん、夢の中にまで出て来て、なんか私が恥ずかしい。

 知り合いの男の子を自分の夢に出すとか、ちょっとこれどうなんだろう……」

 

「ん」

 

「クウガ君はさー、本人が思ってるよりは、頼りになる騎士だと思うよー……」

 

 立香がむにゃむにゃとした顔で親指を立てたので、クウガも親指を立て返す。

 クウガは持ち方を少し変えた。

 絶対に落とさないように。

 変な持ち方で体を傷めないように。

 しっかりと、けれど優しく、少女を抱える。

 

「大丈夫。ワタシは、夢の中でも…………君を、守ってるから」

 

「あー、あー、あー、うん。そっかぁー……」

 

 たん、とクウガが見事に着地を成功させると、着地の衝撃で立香の目が冴えた様子。

 

「ん、んん? あれ? これ夢じゃない? 私はベンチで寝てて……それから……」

 

 しっかり目覚めつつある立香をベンチに座らせ、クウガはカーマを助けに行こうとして。

 

「よし…………次は、カーマを」

『ええ、助けに行きましょう!』

 

「私カーマちゃん。貴方の後ろにいますよ」

 

「わああああっ!?」

『ぬわあああっ!?』

 

「おおう。イタズラの効果が思ってたのの五倍くらいでこっちまでビックリです」

 

 しっかりびっくりさせられていた。

 

 とりあえずはカーマ、立香を連れて撤退。士郎達と合流するのが良さそうだ。

 

 二人を連れ――人間体に戻ったので、盲目のクウガは立香に手を引かれてむしろ連れられていたが――クウガは歩いている途中、内側から話しかけられる。

 

『マスター』

 

「? どうしたのかな……ランスロット」

 

『これは忠告ですが。―――好かれる相手は、選びましょう』

 

「…………どうすれば、自分を好きになってくれる人を選べるのかな」

 

『……どうすればいいんでしょうね……』

 

 どうすればいいのだろうか。

 

 クウガとランスロットは、揃って悩んで首をかしげた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

同盟

 旧・サンマルコ教会。現・マリアチャペル 柏玉姫殿。

 殺生院キアラ/ラ・バルバ・デが本拠としたそこが、人間側に発覚することはなかった。

 立香の意識は『意識を操り眠りを誘う薔薇の香り』に掌握されており、そもそも教会に引き寄せられたことを覚えていない。

 よって今回報告されたのは、沙条愛歌、ダグバ、そして撃破されたゴオマに関してのみ。

 

 未確認生命体二体目の撃破。

 現状打つ手なしの最悪の強敵。

 いいニュースと悪いニュースが同時に来たようなものであった。

 クウガと、クウガの説明を分かりやすく訳するカーマの説明を聞き、橙子はタバコを吸う量を地味に増やしていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()……沙条愛歌。

 同期の荒耶宗蓮あたりなら、この"完成している太極"をどう結界に収めるか考えただろうか―――などと益体の無いことを考えている自分に、橙子は苦笑する。

 

「まったく。厄介事は増えるばかりだな。

 そうか、立香に危害を加えることもなく、クウガだけを探していた未確認が出たか……」

 

 橙子はタバコを灰皿に押し付けた。

 新たな敵の確認。

 そしてこれでまた一つ、『C群』のカウントが進むこととなった。

 

 未確認生命体は現在、三つの群に分けられカテゴライズされている。

 第一次第二次における未確認の怪人体を仕分けるためのA群。

 同上の未確認の人間体を仕分けるためのB群。

 そして、異世界の未確認生命体を仕分けるためのC群だ。

 これは第一次第二次の平行世界個体も存在するため、必要な仕分けだったと言われている。

 

 未確認生命体C群1号が、最初の通報に記録されたメ・ドゥサ・レ。

 情報が出て来たことで、後から"最初に確認されたC群"であると認定された0号がクウガ。

 2号がメ・ガルメ・レ。

 同日に確認されたため、3号に入れられたのがゴオマ。

 そして4号が沙条愛歌/ン・ダグバ・ゼバとなる。

 

 姿を確認した時点で登録されるため、立香に隷呪を刻んだ謎の未確認生命体も、姿を視認された時点でC群に登録される予定になっている。

 

 C群0号のクウガ。C群4号のダグバ。

 果たしてこの戦いの結末は、いかなるものとなるだろうか。

 誰もまだ、その部分に予測すらできていない。

 されど構図は変わるまい。

 

 グロンギ達は楽しむために。人間達は生き残るために。

 前者は自らの幸のためだけに愉快に、後者は生存のために懸命に、戦うだろう。

 

 そしてドゥサの最初の大暴れから12時間が経過し、クウガとゴオマが早朝とはいえ日の出ている時間帯に戦ったこと、警察が記者会見の予定を入れたこと。

 もう人々は気付いていた。

 新たなる戦いが、再び始まったことに。

 

 SNSを通して様々な写真や目撃情報が急速に広がっていく。

 第一次未確認生命体の時には無かったものが、情報を広げていく。

 時は2014年。

 "スマートフォン"という名の、手持ちパソコンとさえ言える最上級の情報媒体が一気に普及を始めた時代。

 twitterが生まれたのが2006年。

 twitterの日本法人が生まれたのが2011年。

 mixiなら2004年。

 未確認生命体が出現したという情報が入り、記者が情報を集めて記事やニュースにするよりも遥かに早く、SNSで爆発的に情報が広がる時代であった。

 

「また未確認生命体が出た」

「第三次?」

「大惨事やんけ」

「うそだろ」

「やだ、やだ」

「国外に逃げた方がいいかな」

「東京から逃げる?」

「ここ一ヶ月は都外の不審死結構出てるぞ、様子見ろ」

 

 人の口に戸は立てられない。

 まだ確かな情報は無いにもかかわらず、情報は爆発的に広がっていく。

 動画で、画像で、目撃情報の伝聞で。

 警察は民衆のパニックを予感し、急速に対応を準備していく。

 

 時代は変わった。

 神秘の秘匿が不可能になるのも秒読みだろう、と目敏いものが気付きつつあるほどに。

 急激に。

 劇的に。

 良い意味でも悪い意味でも、未確認生命体第4号が戦っていた頃とは時代が変わったのだ。

 けれど、変わらないものもある。

 

 時を経てもなおずっと、皆が信じ続けるものがある。

 

「なあ。この紫と銀色の―――体の形全然違うけど、もしかして、4号なんじゃないか?」

 

 何故だか、人々は警察の予想以上に落ち着いていて。

 

「未確認を倒して人を助けてる……なあ、やっぱり、これって」

「ああ」

「そうかも」

「また、来てくれたのかな」

「マジか」

 

 日本で大パニックが発生するという事態には、発展していなかった。

 

 

 

 

 

【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/08/01 00:30 p.m.】

 

 

 

 

 

 立香、カーマに連れられ、報告等々を終えて一休みしたクウガは、食堂にやって来ていた。

 お昼ご飯タイムである。

 さあ何を食べよう、とウキウキでクウガを食堂に連れてきた立香であった……が。

 

「おい、あれ」

「ああ」

「ちょっと挨拶しないとな」

 

 食堂に入った瞬間、食堂にいた警察の大人達に、取り囲まれてしまった。

 あれやこれやと話しかけてくる警察官。

 ドゥサとの戦いで名誉の戦死を遂げた警察官同様、4号に憧れた世代の警察官もいるようで、一部の警察官はやや興奮気味だった。

 

「よろしく。私は事務方だから、分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」

 

「私達は所属はここだが、普段は派出所にいる。現地で連携するだろうから、その時はまた」

 

「私達は一応警備課だね。刑事課や組織犯罪対策課と組んでるから、情報面で役に立とう」

 

「出向の生活安全課です。分からないことがあったら聞いてください」

 

「衛宮さんや間桐警視と一緒にいたけど覚えてない? 戦闘時は何でも言ってくださいね」

 

「対策室の救急担当っす。怪我人の避難と、怪我した時の手当はこっちにどうぞっす」

 

「対策班の武装開発担当です。外部部署の小沢澄子さんや榎田ひかりさんがですね……」

 

 次から次へと話しかけられるクウガ。

 閉じた瞳で顔は覚えられないので、耳だけで話しかけてきた人を覚えていく。

 ……覚えていこうとしたのだが、流石に同時に話しかけられるとキツくなってくる。

 目と耳で情報を結び付けながら覚えるのが"人間の他人の覚え方"だが、目が使えないなら情報の洪水に溺れがちだ。

 

「待て待て。いくらなんでもちょっと皆一気に話しかけすぎだろ」

 

「うっ」

「確かに」

「衛宮さんの言う通りだ」

 

 そんな皆を、慎二と二人で昼飯を摂っていたらしい士郎が止めていた。

 慎二は"あほくさ"と言わんばかりの表情でラーメンを啜っている。

 慎二の方は助け舟を出す気は全く無い様子。

 

「空我は、何か聞いておきたいことあるか?

 今ならほら、どこの部署の人もいるから何でも応えて貰えると思うぞ」

 

「聞きたいこと…………ですか」

 

 クウガはうーん、と考え込む。

 

「では…………お昼を教えてください」

 

「え? お昼?」

 

「食文化…………素晴らしいと、思います。

 誰も傷付けない、喜びを、追求した、って感じで。

 栄養補給に…………別の意味を、見つけた文化、って感じで。

 ワタシは、日本の食べ物を、知らないので…………どれがいいか、教えて、ください」

 

 一気に、煩さが増した。

 一斉に、周りの人達がクウガとは別の人と話し始める。

 

「ラーメン?」

「カレー?」

「チャーハンだろ」

「ハンバーグでよくね」

「お前外見子供だからって」

「何出せるんだっけ? 冷凍にあるものは全部?」

「そうそう。食堂のおばちゃんに頼めばすぐね」

 

「デザートの方が選びにくいですよね」

「ああー、デザートの方が幅広いのか。冷蔵庫に作り置きして入れとくだけだから」

「飲み物ってどうすんです?」

「未確認生命体ってコーラとか飲んだことあるんすかね」

「ここはバニラアイス浮かべたメロンソーダでフロートを見せてやりましょうよ」

 

「日本の心を教えてやらないか、焼き魚の定食で」

「は? 衛宮、ラーメンだってここまで改造すれば立派な日本の心だよ」

「慎二……そんなだからお前はダメなんだ。ワカメの味噌汁でも飲んでろ」

「なんだよ! おかしいこと言ってないだろ! 和風パスタも日本の心だよ!」

 

「あの…………ええっと…………」

 

 わいわいがやがやと騒がしくなってきたところで、我関せずといった風に席に座った立香とカーマに食堂のおばちゃんが元気よく語りかけた。

 

「あら可愛いお嬢ちゃん達! 何が食べたい? メニューを見て言って頂戴!」

 

「立香さん、今日の日替わりランチAとB見てくださいよ。

 なんでしょうこの、アメリカスペシャルカレーとフランススペシャルカレーって」

 

「気になるね……あ、私とカーマちゃんでそれぞれ選んで、ちょっとずつ分け合う?」

 

「いいですねそれ。その発想に花丸上げます、花丸立香さん」

 

「藤丸だよ藤丸」

 

 そしてクウガは。

 なんか選べなかったので大体全部頼んだ。

 

「おかわりください…………」

 

「信じらんねえ……こいつ、ラーメンとカレーとステーキとチャーハンとパスタを全部……!」

 

「サラダと漬物と焼き魚と明太子と納豆と生卵で白米食いながらだぞ……!?」

 

「美味しかった…………です。ありがとう、ございます」

 

 どこにそんな入ってるんだ、どこにそんな溜め込んでるんだ、と皆は思いつつ。

 

 素直に感情が顔に出るクウガが「美味しい、美味しい」と言いながら食べているのは、見ていて心のどこかが和むようで、微笑ましそうにクウガを茶化さず見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一次、第二次の未確認生命体災害で得られた教訓は、『未確認生命体の残した物を軽視しない』ということであった。

 グロンギは異端の生命体である。

 人間とは違う倫理、論理で動いている。

 だが逆に言えば、理の無い獣ではない。

 グロンギが残したものを分析すれば、少しずつでも確実に真実には近付ける。

 

「じゃあ次のチェックしましょうか」

 

「はい」

 

 そのため、それらしいものは片っ端から未確認生命体対策室の鑑識に回されていた。

 怪しい形の石やら、落書きにしか見えない絵やら、ごく普通の水筒に、ただの鉛筆。

 ちょっとでも怪しいかな? と思われた物は片っ端から運び込まれていた。

 

 そのせいで数が多すぎる。

 未確認生命体対策室の鑑識はその中から怪しいもの、怪しくないものを軽く選り分け、それから専門的な調査を始めるというスタンスを確立していた。

 ただのゴミや落とし物は最初に分けておこう、ということである。

 

「なんかこの水筒カラカラ鳴ってますね」

 

「中に石でも入ってるんでしょうか?」

 

「水筒の外側に子供の字で名前が書いてありますね。

 多分子供の落とし物です。中に入ってるのが何かだけ確認しておきましょうか」

 

「はい」

 

 その記名が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ための、誘導するための小細工だったと、彼らは終ぞ気付くことなく。

 

 彼らが開いた水筒の中から、無色透明の『何か』が吹き出し、その部屋の全ての者が倒れた。

 

 

 

 

 

 軽やかな足取りで、メ・ガルメ・レは未確認生命体対策室の署に足を踏み入れる。

 

「おやおや、皆さんお休みのようで。疲れているのかな?」

 

 動いている者は誰も居ない、と言うべきか?

 動いていない者は誰も居ない、と言うべきか?

 警察官の中で、まともに動いている者は誰もいなかった。

 警察官の中で、痙攣していない者は誰もいなかった。

 

妄想毒身(ザバーニーヤ)だ」

 

 水筒から吹き出した『毒』は、大きな建物一つを満たしてなお余りある。

 

 ガルメは施設内を練り歩き、やがて建物の端にある食堂へと辿り着いた。

 

 ドアを開いた向こうには、床いっぱいに倒れた人達。

 食事の直後、あるいは途中だった人もいたからか、誰も彼もが嘔吐していて、一部の人は気管支に吐瀉物が詰まり窒息しかけていた。

 命を吐き出すような嘔吐。

 一部の人間の吐瀉物には、血さえ混じっている。

 呻き声が耳に優しく、痙攣する人間は見ていて楽しく、肌で感じられる苦しみが良い。

 ガルメは上機嫌だった。

 

 そして、そんな人間達の中心に一人だけ立っている戦士がいた。

 既に変身を終えた騎士が、震える体と震える足に鞭打ちながら、剣を杖にして立っている。

 

「よう、クウガ」

 

「ガルメ…………!」

 

「流石に欠片入れると抵抗力が上がるか。

 とはいえ、お前でも膝を折れないなら、他のプレイヤーには効かないだろうな……」

 

「行動権は…………まだないはずだ! これは、立派な、ルール違反! 『ラ』が動く!」

 

「行動権? はっ」

 

 小馬鹿にするように、ガルメは笑う。

 

「オイオイ。俺が落とした落とし物を勝手に拾って、勝手に届けて、勝手に開けたのは誰だ?」

 

「…………なっ」

 

「お前達リントだろ。()()()()()()()()()

 

 それは、文字通りの詭弁であった。

 

「何か勘違いしてるようだが、これは事故だ。

 たまたま、俺が強い毒を溜め込んだ水筒を落とした。

 たまたま、拾った人間が落とし物としてこの署に届けそうな所でだ。

 たまたま、俺は以前この署を見に来た時、鑑識のやり方を知ってたかもしれないがな?

 全部全部、たまたまさ。

 全ては偶然だ。魂喰いもしていない。俺は何の得もしてないんだから、偶然ってもんだ」

 

「よく回る舌で…………詭弁を…………!」

 

「これは確実性なんてない、偶然としか言えないものだ。

 流れた毒性も低い。

 かつ、"俺は二度同じやらかしをしない"。初めての失態、ってやつだ。

 故意性なんてどこにも見当たらないし、俺は一切得をしてないだろ?

 『ラ』はこんくらいなら許すのさ。他のグロンギはやらないがな、こういうの」

 

 バレなければいい、故意性はなかった、の理論。

 ガルメにとっての得が一切無いのと、厳しい『ラ』ならガルメを処罰しにくるというリスクと、一度しかこの手を使えないという点を揃えて、ルール違反ギリギリのラインを攻めてきた。

 グロンギが蛮族の一種だからこそ、通るラインであるとも言える。

 これは人間の感覚では読み切れない境界線だ。

 

「リントは大変だなあ。

 グロンギはそういうことがなくてな。

 落とし物を届けて当然……なんて常識を持ってるグロンギは、一体もいない」

 

 逆にガルメは、ある程度人間のことを理解していた。

 クウガのことも理解していた。

 クウガの中でふつふつと沸く怒りがあることをガルメは察し、やぶれかぶれに攻撃される前に、話を次に進める。

 

「俺はなぁ、俺のせいで不幸にも苦しんでいるリントに、心を痛めてるんだ」

 

「どの口が、言う…………!」

 

「この舌が言ってるのさ。解毒してやろうか?」

 

「!」

 

「俺は、解毒する方法を持っている。

 というより、元々すぐには死なない毒で、解毒が可能な毒を選んだんだ」

 

 これは、取引だ。

 クウガが断れないようにした上での、取引。

 先日のドゥサ戦のどさくさに紛れて"クウガと人間を分断してクウガを味方に引き込む"という作戦をしようとして、立香に邪魔されたガルメの次なる一手だ。

 

「解毒もしてやろう。

「そうだ、俺のステータス情報もやろうか?

 他の参加者のステータス情報も欲しいなら一部だけはやろう。

 ああ嘘はないぞ? 『ラ』を通してゲームルールとして正式に情報を提供するからな」

 

「それで、何を…………ワタシに求める?」

 

 内なるランスロットの声を聞きながら、クウガは慎重に、慎重に、交渉を重ねる。

 

「俺が求めることは一つだ。明日、行動権を使う奴を俺達と共に迎撃、できれば抹殺しろ」

 

「『俺達』…………?」

 

「お前を入れて三人だ。

 三人がかりで『奴』を潰す。

 でなければ、他の誰もグセギス・ゲゲルで勝ち残れねえ」

 

「! 手を組んで、ゲゲルを…………? そんな発想を…………こんな序盤に」

 

「そのレベルの相手だ。あんなのダグバでもなきゃ絶対に倒せない、断言できる」

 

 ガルメの要求は分かりやすい。

 この毒を全部消してやるから、自分の情報も他の奴の情報もくれてやるから、一回だけの乾坤一擲の奇襲に加われ、という攻撃参加要求。

 敵が行動権を使ったタイミングで殴り込み、自分達の行動権を使わず潰す。

 迎撃型の奇襲戦。

 

「たった一戦で良い。お前も加われ、『グロンギ連合』に」

 

 身も蓋もないことを言えば、"優勝候補の排除"であった。

 

「なぜ…………そんなに多くを、知っている?」

 

「グセギス・ゲゲルは情報戦だ。

 情報があればあるほど強く、情報を隠せば隠すほど強い。

 『奴』が現段階でほぼ優勝確定の最強であることも。

 『奴』が明日行動権を何時にどこで使用するかの予定も。

 今の所の全参加者のステータスや融合対象もほぼ特定は終わった」

 

「!」

 

 まだ、グセギス・ゲゲルの正式開始から24時間も経っていないというのに。

 ガルメの能力は透明化。融合前から使えるスキルである。

 それを駆使して、最序盤を情報集めのみに使い切ったらしい。

 まだ『ラ』から情報を得る行動権使用すらしていないのに、これだ。

 "情報戦概念が加わったゲゲル"において、考える頭と隠密能力を併せ持つガルメは、かなり危険な脅威であるのかもしれない。

 

 ならそのガルメのステータス等の情報は重要か、とランスロットは考える。

 同時に、"簡単に渡す情報なら価値がないということだ"とも、ランスロットは考える。

 軍師にはなれずとも暗殺は成功させる、()()()()()()()()を持つタイプをランスロットは何人も見てきて、それらと同じ気配をガルメに感じていた。

 

「お前が最も活躍したなら……俺が奪ったお前の『眼』、返してやってもいいぞ?」

 

「―――」

 

「ただし覚悟はしておけ。敵は……明日、リントの戦士を狙い行動権を使う『奴』は」

 

 ガルメの要求を受けるしかない、とクウガは思う。

 足元に転がり今も苦しむ人達を救うにはそれしかないなら、ガルメの味方になるしかない。

 ガルメの味方になって、その敵を倒して、敵を減らす。そうすればいいだけ。

 勝てばいいだけだと、クウガは考えて。

 

 

 

「―――『ゴ・ガドル・バ』。クラスはバーサーカー。融合対象は『ヘラクレス』だ」

 

 

 

 勝てるわけがない、とクウガの思考は断言した。

 

 

 




 次回交渉終了と同時、自動でガルメが提供した情報がマテリアルに反映されます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

 後回しにしてたイベントを一気に消化してきました、つかれみ
 事件簿のボス強かった……


 ―――時は少々、遡る。

 

 ズ・クウガ・バが最初に考えていたグロンギの迎撃は、水際での防衛戦であった。

 すなわち、他のグロンギよりも先にこの地球に来ていたアドバンテージを活かし、日本に侵入して来た瞬間を襲撃、日本侵入直前に全滅させる。

 グロンギはリントの末裔……日本人狩りを好む。

 ここにいずれ来ることは明白な事実であった。

 

「本当にやるんですか? 私は無理だと思いますよ、数でも質でも負けてるじゃないですか」

 

「カーマは…………隠れてて」

 

「はいはい」

 

 その頃のクウガには、まだ眼があった。

 おそらくはドゥサを倒した頃のクウガと比べれば、まだ思い上がりもあった。

 "勝てるわけがない"という卑屈さに、"勝たなければならない"という使命感が僅かに勝ってしまうくらいには。

 

 かくしてクウガは敗北する。

 水際防衛戦はいともたやすく粉砕され、クウガはガルメ一人に打ち倒された。

 ガルメの爪が、クウガの両目を抉る。

 抉られた眼が、再生しない。

 ガルメの額の角からするりと、まるで水の中から浮き上がってくるように、黄色の短槍が排出された。

 ガルメの瞳と角の色は黄色。

 その短槍と、よく合う色合いであった。

 

 それは、"ガルメの色に染まった概念武装"。

 一つ目の地球でもなく、三つ目の地球でもなく、二つ目の地球での人間狩りでガルメが得た聖堂教会なる組織の武装。

 リントの武器に興味を持たないグロンギ達の中で一人、ガルメはその武装に興味を持ち、自らに染め上げお遊びに使う武装とした。

 

 怪物と不死を殺す呪詛に、不死殺しの概念を付与し方向性を持たせた強力な怪物殺しであり、同時に不死殺しである融合短槍。

 怪物を殺すために人間が作り、怪物が奪って人殺しに使い始めた、皮肉の武装。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、人造宝具と言うにはあまりにも"足りない"黄色だった槍。

 だが、グロンギと一体化し、グロンギが武器として使うなら、同族相手には十分過ぎる。

 

「ぐ、あ、がっ…………!?」

 

「こいつは傷が治らない、不死殺しの呪詛だかを持ってるんだとさ」

 

 手の中で弄んでいた短槍を、ガルメは再び額の角へと潜行させる。

 またすうっと、短槍がガルメの体内に沈み、融けていった。

 

「お前の目は治らない。お前の目を抉り取った、俺という呪詛の主体が生きている限り」

 

 強力な呪詛は、術者か、呪いの傷を付けた道具を破壊しなければ解除されない。

 それがルール。

 ガルメは今回のゲゲルに勝つため、自らの爪に不死殺しの呪詛を乗せるという手段を選んだ。

 

 極めて強い再生能力を持つグロンギを殺すため、クウガはプラズマによる大火力を選び、ガルメはリントの対不死をパクろうと考えた、とも言い換えられる。

 そしてテストと言わんばかりに、クウガに対し使ったのだ。

 抉られた眼を抑えるクウガを見て嘲笑い、どこか歪んだ喜びを見せ、ガルメはクウガを海へと蹴り落とす。

 

「ケケケ、あばよ。東京までまだ追ってくるなら……また遊んでやる」

 

 ガルメを殺さなければ、クウガは目を取り戻せない。

 

 この瞬間から、この聖杯戦争において、ガルメはクウガにとっての最大の宿敵となった……と、ガルメは考えていた。

 

 

 

 

 

 そうして、海に蹴り落とされたクウガは沈んでいく。

 グロンギの体重は重い。

 見かけ上の体格が同じくらいの人間を並べても、個体によっては倍以上に重い。

 人間体と怪人体に切り替わる肉体、腹の中の魔石、強靭で弾力のある金属と言える怪人体などが理由と考えられるが……詳細な理由は不明である。

 

 と、いうことは。

 目を潰されて『どちらが海面か』も分からなくなっているクウガは、海に落とされたなら這い上がる手段が何もなかった。

 少年はどちらが上かも分からないままもがき、水を飲み、溺れていく。

 ガルメはクウガを過大評価しすぎた。

 クウガは無力で無能なのだ。他のグロンギと比べれば、圧倒的に。

 

 ゆえに、彼女が海に飛び込んで彼を引き上げなければ、クウガはそのまま溺れ死んでいたかもしれない。

 

「はー、ほんと、私貧乏くじ……」

 

「…………ごめん」

 

「……いーんですよ、好きにやってください。別に全否定まではしませんから」

 

 ぶっきらぼうに、海水で肌に張り付く白い髪をかき上げていたカーマの姿を、その時の少年はもう見ることが叶わなくなっていた。

 

「ちょっと色々考えて、隙を見てあいつをぶっ殺すかしないといけないでしょうね」

 

「そう…………だね」

 

 カーマはクウガを背負って運ぼうとする。

 

「お……重い! 何食って育ったらこんなに重く……」

 

「ごめん」

 

「あーもう鬱陶しい! 東京に着くまで謝罪禁止です!」

 

 四苦八苦しながら二人が東京に到着する頃には、ゲゲルの準備は終えられていた。

 

 後手後手に回ったクウガ達が被害を事前に抑えることなど不可能で、ドゥサが先に動き、そこにクウガが割り込むという形になってしまった。

 

 ……これが、一年前からクウガが動いていたのに、メ・ドゥサ・レの最初の行動による犠牲者を守れなかった理由である。

 

 

 

 

 

 そのガルメが、今、クウガの目の前に居る。

 倒せばクウガの目は戻る。

 にもかかわらず、ガルメはクウガが了承するしかない同盟の件を提案してきた。

 ここで断るのは、仲間の人間のことを思えば絶対に無理。

 戦いの最中で裏切るというのも、相手が『あのガドル』というなら無理にもほどがある。

 

 ゴ・ガドル・バ。

 "ダグバが居なければ『ン』になっていた"と言われる男。

 その逸話には枚挙に暇がない。

 そんな存在が、人類史でも指折りの大英雄ヘラクレスと一体化したなら、どこまで強くなってしまっているのだろうか?

 

 ガルメは、境界線を想定しながら交渉している。

 この線を越えたらアウト。

 この線を越えなければセーフ。

 人によって違う境界線を、ちまちまと想定しながら交渉している。

 状況によって、クウガを時に利用し、時に自分を狙うよう誘導する……それは、敵をコントロールするという戦い方だ。

 

 ガルメは昔から、殺人予告の後の人間の動きを観察したりして、対象の動きの傾向と誘導法をよく考えているフシがあった。

 

「…………」

 

 誘導されている自覚はあった。

 だが選択肢は無いに等しい。

 クウガは毒が回る体に活を入れながら頭を回す。

 内よりランスロットが少年の思考へと語りかけてきた。

 

『マスター。

 奴は自分の情報すら交渉材料にしています。

 そこで我々が考えるべきなのは、そのリスクと対価、です』

 

(リスクと、対価?)

 

『これは奴にとって大きなリスクです。

 自分の情報を公開すれば、その分勝ちにくくなる。

 負けの可能性が高くなる。

 我々人間サイドがガルメの情報を言い触らす可能性だってあるわけですからね。

 となると、考えられるのは二つ。

 奴にとって自分の情報公開は痛手にならない、ということ。

 そして、情報を公開しても勝てると思える道筋がある、ということです。

 たとえば……ステータスに表記されない切り札を隠し持っている、などでしょう』

 

(なるほど)

 

『ゆえに、対価も重い。

 重要な情報に代わりはなく、表面上は命を我々に預けるに等しい。

 かなり重いものを差し出されてしまった、と言えるかもしれません』

 

(この後、戦いへの参加以上のことも求められるかも、と?)

 

『いえ、それならこういう話の持って行き方はしないでしょう。

 私が思うに……あなたはドゥサを倒したことで、強さの評価が上がったのです』

 

(強さの、評価)

 

『ええ。

 ガドルとの戦いで使える、と思われる程度には。

 だからこそ……見えてくるものもある。数です』

 

(?)

 

『このゲゲルの参加者は、マスターも入れて合計八人。

 ドゥサが脱落したので七人。

 今回倒すべきガドルを引いて六人。

 詳細不明が三人。

 あなたと、ガルメと、その協力者で三人。これが現在の内訳です。

 つまり……ガルメはあなたを引き込めれば、ガドルを除いた参加者の半分が味方だ』

 

(!)

 

『たとえばですが、ガドルを倒し、すぐさま貴方を奇襲し殺したとします。

 ガルメとその仲間で二人。それ以外の参加者は三人となります。

 この時点で、数だけを見るなら、残り三人が同盟を組まなければかなり安全です。

 その三人がすぐに連絡を取って交渉して同盟を組む、というのも難しいでしょう。

 ガルメとその仲間が一人倒してしまえば後は、二対二か、二対一対一にしかなりません』

 

(そうか……七人でのゲゲルでの、数を計算した立ち回り)

 

『ガルメが三人目に貴方を誘いに来たのも、少し分かります。

 おそらくは、三人目の勧誘を少し考えたい状況なのでしょう。

 ガルメが貴方以外の三人目を勧誘してしまえば、七人の内三人。

 貴方を入れれば四人です。

 七人中四人での同盟など、必ず予想不可なところで空中分解します。

 何せ、聖杯戦争の勝者は一人。

 同盟相手は必ず殺さねば勝てません。

 二人同盟なら良いのです。

 最後の二人になるまで裏切らないと思えますから。

 ですが四人同盟ともなれば、有利すぎて"どこで裏切るか"を皆考え始めます。

 勝者が一人のゲームは、同盟の人数が少ないほどに予想外の裏切りが減るものなのです』

 

(なるほど)

 

『ガルメの理想は、おそらくガドルを三人で倒し、二人生き残る形……

 つまり。

 "聖杯戦争を勝ち抜く相方としての同盟相手"と。

 "ガドル戦で使い捨てる使い捨ての同盟相手"だと思います。

 あくまで、ガルメの得を考えた結果ですが……現在の情報から私が思うことは、以上です』

 

(ありがとう。助かります)

 

『ゆめゆめ油断なさらぬよう。

 この男、おそらく人心掌握は上手くないものの、嘘をつきなれています』

 

 語り口の中に唐突に嘘を紛れ込ませ、推測を間違わせるくらいはやってのけるだろう。

 

「ガルメ…………一つ、聞かせろ」

 

「何だ?」

 

「君の、同盟相手だ」

 

「そう来るか。まあそこも判断材料にしたいよな?

 だがそれはお前がこの話にイエスと答えてからだ」

 

「…………」

 

「いいわよ別にバラしても。そうでしょう?」

 

「「!」」

 

 二人同時に、声がした方に目を向ける。

 騎士の怪人、避役の怪人(カメレオン)はまだ分かる。

 この毒の中で、怪人体で立っていられるのは感覚的に理解できる。

 だが。

 そこに立っていた女性は、人間と変わらない姿をしていた。

 怪人体など微塵も発現させていない。

 清潔感のある身だしなみに、短く切り揃えられた髪。

 ぴしっとしたスーツと特筆する特徴のないメガネは、「こいつが人間のOLの中に混じっていても気付けない」と人間に断言させることだろう。

 

 人間では立っていられないこの毒の中で、平気そうに微笑んでいるという事実が、この普通の人間にしか見えない美人を、化物であると理解させる。

 クウガはその人間体を見た覚えがあった。

 けれど目は見えないので、彼がその女性を認識したのは聞き覚えのある声の方。

 

「―――! ジャーザ、さん…………!?」

 

「少しばかり久しぶりね。あら、もしかして背が伸びた? いいわねえ、成長期の男の子は」

 

 『ゴ・ジャーザ・ギ』。

 

 グロンギ達の中で、『最強の三』と呼ばれる三人の一人である。

 クウガは予想だにしなかったガルメの協力者に、思わず剣の向け所を見失った。

 

 グロンギには、隔絶した力の差が存在することがある。

 ズ、メ、ゴ、ン、の四階級は分かりやすい。

 だがそのゴの中にも、『最強の三』と呼ばれた存在がいて、その強さは頭一つ抜けていた。

 

 二つ目の地球で耐性を全能でぶち抜く愛歌に消されたという、『ゴ・バベル・ダ』。

 今ここに来ている、海の覇者『ゴ・ジャーザ・ギ』。

 そしてその二人ですら敵わないという、最強の三の中ですら最も強い『ゴ・ガドル・バ』。

 この三人は、出るゲゲルによっては参加した時点で勝者となることが確定する、と言われたほどの化物である。

 化物であるグロンギの一部にすら、化物と呼ばれる規格外であった。

 

 そして―――ズ・クウガ・バに、気まぐれの暇潰しに、簡単な日本語を教えた者だった。

 ゴ・ジャーザ・ギの頭脳はグロンギでもトップクラスであると言われている。

 "学力を比べる文化"がグロンギには存在しないために、正確なところは判明していないが、クウガはジャーザこそが最も賢いグロンギであると思っていた。

 強く、頭が使えて、実力と肩書きが釣り合っている。

 女性でありながら『最強の三』に数えられるジャーザは、他の女グロンギにとって、憧れと嫉妬と殺意の対象でもある、そんな存在であったという。

 

 クウガは、そこで新たな事実に気付く。

 

「…………そうか、ガルメの理想のゲゲルは…………そういえば、ジャーザさんのものだった」

 

「……ふん」

 

 記憶を探り、クウガは思い出す。

 ガルメは以前、『次は○○で殺す』と殺人予告をして殺すゲゲルをしていた。

 だがこれは本来、ジャーザが得意とするゲゲルだ。

 殺人予告をして、対策されようとそれを越え、殺す。

 この"縛りプレイ"を考案したのがジャーザであり、それを真似したのがガルメなのだ。

 

 知と力を併用できるジャーザは、ガルメにとっては密かに理想形である。

 クウガはそれを知っていた。

 

 ―――ガルメは、その殺人が綺麗だったから憧れた。

 その理想の殺人に憧れ、その後を追ったのだ。

 だからだろうか。ジャーザとガルメが今、組んでいるのは。

 

「分かったか? 勝機はある。あとはお前の考え次第だ」

 

 勝てるわけがない、と思っていたクウガの思考に、希望が湧いてくる。

 

 ダグバを除けば最強、というのがガドルの評価だ。

 だがガドルに次ぐ戦士といえば、ジャーザかバベルのどちらか。

 いや、沙条愛歌の殺戮を越え経験を詰んだ分だけ、ジャーザが勝るとクウガは考える。

 強さの順はダグバ、ガドル、ジャーザであり、その強さの差を埋める"何か"があれば十分勝てる……そういうことだ。

 その"何か"に、クウガとガルメがなればいい。

 

 不安要素はあまりにも多すぎるが、元より受ける以外に道はない。

 だが、何も考えず話を受けたのでは何にもならない。

 しっかりと考え、しっかりとガルメの狙いを考えた上で、クウガは頷いた。

 

「…………分かった」

 

「交渉成立、だな。ひひひ」

 

「ま、こうなるでしょうね。

 あなた達に約束した報酬の情報は、警察のパソコンに打ち込んでおいたわ。

 『ラ』の確認の下やったから嘘はないと思っていいわよ。それじゃ、またね」

 

 ガルメが腕を振り、建物内に何かを振り撒き、透明化して消える。

 ジャーザもまた、堂々と廊下を歩き入り口から出て行った。

 クウガは今の話と周りの人間の心配で頭がいっぱいになり、他のことを考えている余裕がなかったが、周りの人達が何事もなかったかのように起き上がるのを見て、ほっとする。

 

『……警察の情報を、どさくさ紛れに抜かれたか……?』

 

 そして常に視野が広いランスロットの一言に、あ、とクウガは口を抑える。

 

 警察のパソコンを弄られたということは、そのデータベースに情報を打ち込めるほどに操作されたということは、そういうことだった。

 

 

 

 

 

 『拮抗作用』、というものがある。

 分かりやすく言えば、プラスの作用のある毒とマイナスの作用のある毒を同時に摂取した場合、毒の効果が互いに打ち消し合う、というものだ。

 "毒を操るサーヴァント"の能力をガルメが自己流に昇華させたものの一つが、これだった。

 

 例えば、トリカブトにはアコニチンという毒がある。

 フグにはテトロドトキシンという毒がある。

 アコニチンは人体のナトリウムチャネルを活性化させ、ナトリウムが細胞に流入し続けるようにしてしまい、人を死に至らしめる。

 テトロドトキシンは人体のナトリウムチャネルを塞ぎ、ナトリウムが細胞に流入しないようにしてしまい、人を死に至らしめる。

 よってこの二つを同時に摂取すると、両方共に猛毒であるにもかかわらず、両者の効果が打ち消し合いすぐに死ななくなるのだ。

 

 ガルメは、人類が未だ発見したこともないような毒で皆を苦しめ、そして同様に未知の毒でそれを拮抗作用にて打ち消したのだ。

 正確に言えば、人体の中で毒が自然消滅するまでの時間、毒が影響を及ぼすことができなくなった、というのが正しいだろう。

 

 それが、全員が復活した後に施設内を調査した警察が出した結論であった。

 これこそが、ガルメが便利に使った毒のメカニズムである。

 一時間足らずで特定した警察の有能さは人間としては凄まじいものがあるが、こんなものを平然と使うガルメは"人間離れしている"としか評せまい。

 

 ガルメに毒を吸わされた人間は、血を吐いた人間ですら今やピンピンとしていたが、念の為順に精密検査を受けていた。

 医務室のベッドにて、間桐慎二は壁を殴る。

 

「くそ……クソ野郎め……この僕にこんな屈辱を……!」

 

「慎二。まずは礼だろ。空我にまだ礼言ってないのお前だけだぞ」

 

「衛宮に言われなくても分かってるっての。……ま、なんだ、よくやったよ、お前」

 

 礼言ってないですね、と医務室の隅でカーマが呟いた。

 体を動かして苦笑している士郎とは対照的にに、慎二はピンピンしてるというのに安静にしていて、医務室のベッドの上で地図を広げていた。

 

「で、空我。どの経路から来るんだって?」

 

「情報によると…………ここですね」

 

「東側か」

 

「ここの橋を渡って…………ここの警察を、狙って来るとか」

 

「げっ、中央区の方に寄って来んのか……ん?」

 

 ガルメからの情報を元にクウガが引いた線と矢印によると、ガドルは江戸川区から中央区・千代田区に向かって進んでくる、大きく移動しながらの"リントの戦士狩り"をしようとしている。

 小松川署の次に本所警察署か、城東警察署狙いだろうか、と慎二は推測していた。

 中央区、千代田区の警察署や派出所は多い。

 ダグバが焼き払った範囲に新造のものができたのと、元々この二区には多かったのもあって、警察拠点の数は15を超える。

 ならここ狙いかな、と思ったところで、慎二は気が付いた。

 

「あれっ、こっちって、皇居」

 

「…………ガドルは、こーきょけーさつに、興味を持ったそうで」

 

「皇居警察!?最悪じゃないか! 僕らが止められなきゃ皇居が廃墟!?」

 

「慎二。そのダジャレは上手くないと思う」

 

「皇居が廃墟ってはははダジャレだねーって言ってる場合じゃないよ!?」

 

 ちょっとどころでなく、洒落にならない事態になってきたようだ。

 

「どうするどうする考えろ僕……そうだ、橋の上くらいか。周り巻き込まないでいいのは」

 

「橋の上…………ですか?」

 

「どうせそのクソ強い奴ってのを空我に空き地まで運べって言っても無理だろ?」

 

「はい」

 

「荒川の上にかかる橋を選ぼう。小松川橋がいいか?

 ……ああ、荒川ってのは東京にある川な。

 川幅は最大で2.5km。

 とはいっても今回使う橋の長さは1kmには届かないな、くらいのもんだ。

 だけど、ここしかない。

 ここ以外は全部市街地のど真ん中だ。

 いいか? 許されるフィールドは橋の上、縦600m。

 お前達の攻撃がこの範囲をはみ出たら、街に被害が出るって思って戦うんだぞ」

 

「はい。分かりました」

 

「よし。ゲゲルの時間中はこの橋を封鎖するから、結果で応えろよ」

 

 橋の上での決戦。

 小松川橋は東京のやや古き町並みから、東京の新なる都へと続く橋とも言える。

 東京の橋から中央へと向かう橋、ここをガドルが通り、止められればクウガ達の勝ち、通してしまえば大惨事。

 戦いの構図は、大分シンプルになった。

 地の利がある警察側の提案だ、ガルメ達も警察が優位性を示せば認めるだろう。

 

 現在時刻、15:40。

 最短で、あと八時間ほどでガドルは攻めて来るだろう。

 橋を進む暴虐の嵐をどう止めるか―――考えること、打てる手は、いくつかある。

 叶うなら、橋も無傷で終わらせたいところだろうが、はてさてどうしたものか。

 

(上手くやって三人まとめてぶっ殺せないだろうか)

 

『マスターは思考が時々本当に明後日の方向に吹っ飛びますね……まずは生き残りですよ』

 

(はい)

 

 クウガもまた、ランスロットと色々考えていた。

 

「ともかく、だ。クウガ、礼は言うけどさ。

 今回みたいに、僕らのことを考えて短慮はやめなよ」

 

「…………はい」

 

「今回だって、室長代理がどうにかしたかもしれなかったんだし、毒」

 

「あの、なんなんですかあれ…………

 気付いたら、ピンピンしてたトーコさんが、外にいましたけど……」

 

「あー、あの人はさ、リポップできるんだよリポップ」

 

「リポップ」

 

「死んだらどっかから生えてくんの」

 

「生えてくる」

 

「ガルメが毒撒いたから、体が動く内に自殺して建物外でリポップしたんだね、ありゃ」

 

「なんというか…………あの人…………凄いんですね」

 

「うん、まあ、なんというか。

 『何があっても警察の指揮系統を維持するために雇われた』人だからねあの人……」

 

 人間には、工夫する力がある。

 

 力が全てではない。あとは、頭の使いようだ。

 

 大切なのは諦めないこと……クウガは五代雄介から、ずっとそう教わってきた。

 

 

 




【マテリアル、用語集が更新されました】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3

 お守りはクウガ恒例の無事を願う祈り


【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/08/01 07:00 p.m.】

 

「というわけで、今のところ立てられた作戦を説明する」

 

 間桐慎二警視が会議室の一番奥のホワイトボードの横に立っている。

 一番偉い人の席には橙子。

 一番会議を仕切りやすい場所には慎二。

 これが、未確認生命体対策班の会議の基本スタイルだ。

 会議室にはやる気をにじませる心昂ぶった人間と、緊張感と責任感に満ちている心落ち着けた人間のどちらかしかいない。

 

 慎二は江戸川区からかかる、中央区などから見れば東の方向にある川、荒川にかかる橋を地図上で指差した。

 

「戦うのはこの場所。

 荒川、及び中川に跨る小松川橋だ。

 小松川署前の大通りがそのまま、橋の上に伸びて……向かいの岸に辿り着く。

 明日は小松川署などの署を空っぽにして、その上でこの橋周りを交通封鎖する」

 

「部外者を排除した戦場を作るんですね」

 

「そういうこと。誰も通すなよ」

 

「小松川橋……確か車線3本歩道1本で出来た橋が、二つ並行してるんでしたっけ」

 

「そうだね。大荷物を積んだ大型トラックが沢山通っても大丈夫な、良い橋だよ」

 

 小松川署の前の大通りが西に真っ直ぐに伸び、その大通りは小松川橋を渡り、西の彼方に見える東京の中心郡に向かって伸びに伸び、やがて皇居周辺に到達する。

 皇居警察に"リントの戦士に対する興味"を持ったらしいガドルが使用するルートとしては、かなり妥当なものであると言える。

 

 通常の警察官を避難させ、橋周りに人が居ない状態を作り、橋の上で仕留める。

 これが作戦の基本だ。

 

「橋の右側と左側を上手く使っていこう。

 右側で戦っていた空我を上手く左側に逃したりするサポートが重要になる」

 

 二つの橋が僅かな隙間を空けて伸びる、長く頑丈な橋。

 ここにどう人を展開していくかを、慎二が分かりやすくマーカーで地図の上に示していく。

 

「それとこの橋は、ここに橋の上を跨ぐように高速道路が有る。

 首都高速中央環状線だね。

 高速道路も交通制限をするけど、そっちは合同捜査本部に丸投げだ。気にしなくていいよ」

 

「橋の上にかかる高速道路……何か使えますかね」

 

「ああ、僕らはここを使えるようにしておこう。

 今のとこは車を何台か待機させておく予定。

 緊急の逃げ道に使うならここは最適だ。

 上手く使えば空我を逃がせるし……

 最悪、川の上の環状線で戦わせれば被害が抑えられる。

 環状線自体高い所にあるしね。

 と、いうわけで、空我。

 ピンチになったら高速道路の方に逃げて、橋から飛び上がって高速の車に逃げ込むこと」

 

「はい」

 

 最善は橋の上でのガドル打倒。

 それができないなら、ガドルの被害を軽減しながら撤退。

 勝ち筋だけでなく、"上手く負ける"方法も考えるのが理想的な戦術家と言えよう。

 慎二は一時間ほどの会議を終え、話をまとめに入った。

 

「異世界のグロンギに対抗して既存の武器を改良してるが、間に合うかは分からない。

 ぶっちゃけて言うよ。

 死ぬ可能性はめっちゃ高い。

 僕らは負け犬になる運命の上にいる。

 ……でも、知ったことじゃないよねえ?

 調子乗ってる奴がそのまんま勝つとかムカつくわ。

 強いだけの奴じゃなく、僕らの方が生き残って最後に笑うんだって、思い知らせてやれ!」

 

「「「 はい! 」」」

 

 会議は終了。

 各々が各々の決意を抱き、会議室を出ていく。

 ガドルの行動権発生まで五時間を切った。

 会議が終わったので残っていたお茶菓子を貪り始めたクウガの横で、慎二の肩を士郎が小突く。

 

「上司の振る舞いがサマになってきたよな、慎二は」

 

「はっ。乗せられやすいバカが集まってるだけだよ、煽るなんて簡単だ」

 

「ああ、そうかもな。俺も乗せられてる」

 

「乗せられちゃった? まあいいんだよ、それぞれ上手くやってくれればそれで」

 

 慎二が視線を走らせると、ちょうど橙子がかなり大きめな正方形の鞄を、クウガに渡しているところだった。

 

「とりあえず持っていけ。前に測った通りに作ったものだが、お前の体のパーツだ」

 

「ありがとう、ございます」

 

「体のパーツ、ってあのオリジナルとほぼ同じな人形の?

 ストック作ってたんですか、室長代理。いつの間に……」

 

「突貫作業だよ。あー、肩が凝る……タバコが切れたな。間桐、お前のを寄越せ」

 

「暴君っ……! はいはい、分かりましたよ」

 

 タバコをカツアゲされる慎二の横で、クウガは士郎に頼み事をしていた。

 

「空中で、パーツを…………付け替えることも、想定、しています。なので、士郎さん」

 

「強弓で腕や足をお前のところに撃って運べって? できなくもないが、状況次第だぞ」

 

「衛宮できんのかよ……」

 

「体重50kgの人間なら腕一本は3kgくらいだからな。

 クウガの体格なら変身後でも10kg行かないくらいか?

 まあ変身前なら軽いし、剣を弓で撃つよりはずっと軽いさ」

 

「お願い…………します」

 

「引き受けた。お前の四肢が欠けた後、俺がタイミングを合わせてパーツを撃つ」

 

 士郎が重んじるのはクウガを如何にサポートするか、の部分。

 クウガが重んじるのは如何にしぶとく戦い続け必殺を叩き込むか、の部分。

 どうやら、クウガの手足が空中を舞う戦いになりそうだ。

 士郎はクウガの要望を聞き終わり次第、今度は逆に要望を出す側に回る。

 

「ああ、そうだ。ちょっと提案があるんだが」

 

「?」

 

「俺はガドルって奴を警視庁のデータベースでしか知らない。

 異世界のガドルって奴には会ったこともない。

 けどな、サーヴァントのヘラクレスとなら昔戦ったことがある。ちょっとだけどな」

 

「―――え?」

 

「興味が出てきたか? 俺の提案」

 

 衛宮士郎。

 クウガは知らない。

 彼がかつて、冬木という地にて行われた聖杯戦争の最後の勝者となったことを。

 時にぶつかり合い時に殺し合った間桐慎二と手を取り合い、最後に並び立ったことを。

 士郎と慎二で"間桐桜"という少女を救い、最善ではないけれど、幸せになれる結末を掴み取ったことを。

 そして、ヘラクレスを始めとしたサーヴァント達との戦いを、彼が越えてきたことを。

 士郎も慎二も語らぬゆえに、クウガは知らない。

 語る必要性も見られない。

 

 だがヘラクレスと戦うことになった今、その一部は語る意義がある。

 

「多分今、この地球上で俺より多くヘラクレスを殺したことがある人間はいないぞ」

 

 その言葉に嘘はなく。

 

 偽物などではない、本物の言葉であった。

 

 

 

 

 

 会議終了後、クウガは立香を探していた。

 少し心配になったからである。

 毒の影響が本当にないか、確かめに行くつもりであった。

 その心配には、"そうした方が人間らしい"という打算も少しある。

 

 同時に、立香もクウガを探していた。

 少し心配になったからである。

 人間は皆大丈夫でも、グロンギにあの毒が大丈夫だったか確かに行くつもりであった。

 その心配には、"明日またすぐに戦うのに"という焦燥も少しある。

 

「あ」

 

 二人同時に探していたため、二人は早々に出会う。

 とはいっても、壁に手を付きながら耳を頼りに探していたクウガを、走り回って探していた立香が見つけた形ではあったが。

 クウガは耳で立香の接近を察知していたため、此方の方が反応は早かった。

 

「リツカ、体は大丈夫?」

 

「うん、嘘みたいに平気。他の人もそうみたい。

 もう本当に、この世の地獄ー! みたいに苦しかったのが、嘘みたいに消えちゃった」

 

「あのレベルの精度と規模の毒使いは…………グロンギにも、いない。

 ガルメが融合したという"静謐のハサン"…………対人では、あまりにも、恐ろしい」

 

「多分スズメバチの凄い版とかできるんだよね? めっちゃ怖いよそれ」

 

「む…………ザザルやギノガの凄い版……いや、きっと、それ以上」

 

 『なんかものすごい毒』に対し庶民的な喩えしかできない立香と、相手に伝わらないのに身内を喩えに使ってしまうクウガ。

 何故これで会話がすれ違わず滑らかに進んでいくのか、二人にも分かっていないだろう。

 

 二人はどこかほっとした様子であった。

 会話の内容は関係ない。

 会話を通じて、互いが無事であること、互いがもう毒の影響にないこと、互いがリラックスした状態であることを確認する、そこが大事だった。

 二人は向き合い、互いの心の状態を察し、安堵を得ていたのである。

 

―――人を守るってことは、一つだけを守るんじゃないってことを、知ってほしいんだ

 

 クウガは、そう言われたから。

 立香は、そう言ったから。

 命だけでなく、心も、居場所も守る。その誓いが二人の心を繋いでいるから。

 この二人が向き合う時、この二人が互いの心を蔑ろにすることはないのである。

 

「あ、そうだ。これ今さっき買ってきたんだけど、貰ってくれたら嬉しいな」

 

 ゴソゴソ、とポケットを漁った立香が取り出したるは赤いお守り。

 真紅の布にどデカく金色で"身代御守"と書いてある。

 所持者が怪我しそうになった時、その身代わりになってくれることを願われるお守りだ。

 ただ、日本語初心者のクウガにはその漢字が全く読めなかったのだが、それは置いておく。

 

「これは、一体…………」

 

「あれ、お守り知らない?

 持ってる人を守ってくれるもので、神社……神様のお家で買えるやつ」

 

「魔術の礼装、ですか。幸運値の上昇、いえ、神霊の加護…………?」

 

「あー違う違う。おまじないだよおまじない。絶対そういう効果があるってわけじゃないの」

 

「…………? 気休め、ということ、かな」

 

「えー、あー、うーん。

 なんだろう。

 改めて"当たり前"を説明するのって難しいなぁ……」

 

 グロンギには分からない感覚であり、日本人なら誰もが知る感覚。

 このお守りには物質的な効果があるのか、と言われれば立香は首を横に振る。

 じゃあ何の効果も無いただの飾りなのか、と言われても立香は首を横に振るだろう。

 そういうことを考えるもんじゃないんだけどなあ、と思いつつも、いやそういうことを考えるものなのかも? と立香は考える。

 

 "当たり前のこと"をこんなに真剣に言語化しようとするのは、クウガくんと出会うまで一度もしたことなかったなあ、と思って立香は頬を掻いた。

 

「うん。これは私の気持ち」

 

「気持ち?」

 

「そうそう。

 お守りってさ、自分で買うことも多いよ?

 でも贈り物として買われる方がずっと多いんだよね多分。

 健康祈願とか、無病息災とか、交通安全とか……

 あ、このお守りは"怪我しないように"だね。

 昔からこういうので相手に色々伝えるんだよ。

 『これ持ってれば神様があなたを守ってくれるよ』とか。

 『私もあなたのためにこういうことを祈ってるよ』とか」

 

「ああ。神様の加護と、人の祈りが…………同じ、なんですね」

 

「そんなカンジかな?

 効果はあるとも、無いとも言えない。

 神様の加護だけど、渡した人の祈りでもある。

 少なくとも私は物って形で渡せる祈り、願い、そういうのなんだと思うよ」

 

 グロンギの目に映るお守りの見え方が、少しばかり変化する。

 

「人間はさ。

 多分グロンギほど強い生き物じゃなかったんだよ。

 だからあの、魔術? とか。武器とか兵器とか作ったり。

 本当に力でどうにもならないことには、祈りを託したんじゃないかな」

 

「祈りを、託す…………」

 

「うん。

 病気とか交通事故とか受験とか、周りが何してもどうにもならないから。

 ……ううん、本人が努力しても確実にどうにかはできないから。

 それでもさ。

 人間って、多分祈らずにはいられないんだよ。

 諦めて何もしないとか、そういう選択肢を選べなかったんだね、多分」

 

「グロンギの、多くは、多分そうは思わない。

 できないことは、できないこと。できることは、できることだから」

 

「うん、そんな気する。

 でもさ、なんか素敵じゃない?

 誰かの祈りが誰かの成功とか幸せとかに繋がってくれるのってさ」

 

「…………」

 

 人の祈りは、無力なのか? 無価値なのか?

 グロンギはそう言うだろう。

 ドライな人間、現実的な人間も、そう言うかもしれない。

 けれど、誰かの無事と幸福を祈ってお守りを渡すような人間はそうではないだろう。

 

 そのお守りには色んな想いが詰まっている。

 クウガにすら、それは分かった。

 "そういうもの"を理解していなかったクウガに、立香はそれを理解させた。

 

「かも、しれません」

 

 無力でも、戦う力がなくても、祈ることはできる。

 祈ることしかできないのなら、せめて無事を祈る。

 祈り続ける。

 自分にできることを探し続けている立香が見つけた今できることが、それだった。

 

「ワタシの無事を…………祈って、くれるかな」

 

「うん。もっちろん! 断られたって祈るくらい、バリバリ祈るよ!」

 

「ありがとう」

 

 お守りを至極大事そうに握りしめるクウガの中で、ランスロットは一人呟く。

 

『人の祈りなくして英霊は存在しない、か。さて、私も気合を入れ直さねば』

 

 夜空の星に、雲がかかり始めた。

 

 明日は曇るだろう、とランスロットは予測する。

 

 

 

 

 

 そうして、ランスロットが予想した通りの曇り空の下、ガドルは瞳を開いた。

 

【東京都江戸川区 2014/08/02 06:00 a.m.】

 

 ドゥサは立て続けに攻撃を仕掛けることを選んだが、ガドルは朝を待った。

 夜の世界では強力な五感を持つガドルが有利過ぎる。

 ガドルが望むのは激しい戦いだ。

 人間(リント)が不利な夜の世界での戦いなど、始めるつもりはない。

 

「―――」

 

 ガドルはリントの強さを期待する。

 リントの強さを認め、それを甘く見ない。

 必要となれば他のグロンギの多くと違い、リントの強さを真似することもある。

 リントを露骨に見下す他のグロンギとガドルが一線を画するのは、そこだ。

 

 だがそれは、人間基準での『尊敬』とはまた違うものだ。

 言うなれば、グロンギ基準での『異形の敬意』と言うべきもの。

 

 尊敬とは、人間においては見上げるものだ。

 だがガドルは見上げない。

 高きものとも、貴きものとも、尊きものとも見ない。

 同じ高さの目線でじっと見つめて、己の内に取り込む。

 

 尊敬するものを壊すことに、人間は躊躇いを覚えるだろう。

 心の片隅に一瞬よぎるだけであったり、手を止めてしまったり、その人によって程度は違うだろうが、尊敬とは好意の一種だ。

 それを破壊することに何の感情も覚えないことはない。

 だがガドルは覚えない。

 せいぜい敬意を示した強者の殺害に達成感を覚える程度だ。

 ガドルの敬意は人間の尊敬とは違い、好意としての性質を帯びていない。

 ()()()()()()()()

 

 だが同時に、他人が持つ戦士としての信念は尊重する。

 人間を、ではない。

 信念を、だ。

 だから力任せに人間の大切なものを蹂躙することにも躊躇いはない。

 

 ガドルが強者を求めるのも、自らの敗北を求めているからではない。

 より強い敵と戦うことで、己を高めたいからだ。

 すなわちそのスタンスの根底には、グロンギらしい"強くなる"という欲求がある。

 

 ガルメやジャーザが、弱者を好んで殺すグロンギであるならば。

 

 ガドルは、強者を好んで殺すグロンギである。

 

 ゆえに、ダグバを除いたどのグロンギよりも強くなった。誰よりも、誰よりも。

 

「人払い完了しました」

「橋周りも封鎖完了です」

「観測班からの報告。ガドルの現在位置はここです。石化が無いと観測も楽ですね」

「仮眠組を叩き起こしに入ります。戦闘準備に」

 

「よし」

 

 警察の人間がそこら中を駆け回る中、クウガは抉れた目の奥で、かつて見たことが有るガドルの動きを思い出す。

 頭の中で繰り返しシミュレーションをし、繰り返し挑み、繰り返し負けた。

 クウガは一対一では絶対に負けるシミュレーションを終え、耳で慎二の接近を感じ取る。

 

「頼んだよ、空我」

 

「先制攻撃を仕掛ける、ですね」

 

「ああ。改正マルエム法がなければもうちょっとやりようはあるんだけどねえ」

 

 改正マルエム法。

 グロンギの政治家によって制定された、『警察官からグロンギへの先制攻撃』『人間体のグロンギへの攻撃の禁止』を基本事項に盛り込まれた法律。

 これが、警察側の手段をかなり制限してしまっている。

 状況によっては、警察官が怪物に攻撃されてからでないと反撃が許されないほどだ。

 

 だが、クウガはこの法律の外側にいる。

 クウガは警察の味方だが、マルエム法に動きを制限されない。

 かつ、警察に保護されている存在のため、クウガが戦闘に入ればクウガ保護の名目で戦闘に介入することも可能だ。

 そうなれば、警察は事実上先制攻撃からの戦闘を開始することができる。

 法の隙間を豪腕で広げる戦闘展開である。

 

 ガルメは土地勘が無いため橋周りを見回している。

 警察とジャーザは橋の上で立ち回るために色々仕込んでいるようだ。

 陣地作成、といったところだろうか?

 警察は準備もしつつ、油断なくガルメとジャーザの監視もしている様子。

 

 警察の仕込みは機械的なものであるため、クウガもさして興味を持たなかったが、ジャーザがやっている作業を感じて足を止める。

 目が見えないクウガには分からないが、ジャーザは橋のいたるところに魔法陣のようなものを押し込み、その内部に浸透させていた。

 クウガの肌は"強い力が橋のある空間に染み込んでいく"のを感じ取る。

 

「ジャーザさん…………それは?」

 

「対ダグバのために編み上げたものよ。ま、試運転といったところかしら」

 

「!」

 

 弱者には欠片も理解できないダグバの力を、グロンギの中で最も理解している最強の三の一人、ゴ・ジャーザ・ギ。

 彼女が立てた対ダグバの力となれば、生半可なものではあるまい。

 

「とりあえず、ダグバの攻撃に一撃は確実に耐える……そういう想定で組み立てたわ」

 

「結界…………ですか」

 

「私達の攻撃は邪魔しないけど、ガドルの攻撃だけは邪魔して止めてしまう水の結界ね」

 

「ここに、引き込む」

 

「ええ。橋全体にこれを広げるつもり。勝機は多少出てくるわ」

 

 クウガは少しジャーザに話を聞こうとして、けれど聞いたことに対する返答次第では人間側に不安が広がることを想像して、グロンギ語で話を振る。

 それは、気遣いであり。

 

「……ボン・ダダバギ*1

 

 "グロンギらしくないもの"。

 ジャーザはそんな、グロンギらしくないクウガの心の動きを見逃さなかった。

 が、とりあえずは何も言わない。

 クウガと違い、微笑むジャーザはクウガに心中を何も読ませはしない。

 

「ギョゾググ・ギボヂゼグ・ゾグバ・シラグバベ*2

 

「ガガ? ゼロ……*3

 ガダシバ・サボグ・ギグンジャ・バギバギサ・ラ・ガメゴ・レ*4

 

 ジャーザはメガネを押し上げ、落ち着いた口調で語る。

 

「ケ・セラ・セラ*5

 

 ふと、気付く。

 クウガは自分やガルメが緊張していることや、勝てるわけがない強敵に挑むが如く恐怖を噛み殺していることは分かっていた。

 だが、ジャーザは怯えていない。

 やるべきことをやり、ゲームに勝つ。ジャーザが考えているのはそれだけだ。

 自分の命も他人の命も、ゲームに勝利するためなら簡単に賭けられるという、完成されたグロンギの精神性。

 敵に回せば恐ろしいが、味方であれば心強い。

 

「来たぞ! 目視範囲に入った!」

 

 そうして、準備が終えられた頃。誰かの声が、どこからか響く。

 

 ゴ・ガドル・バは、橋の前に到着した。

 

「さあ……始まるぞ」

 

 そう呟いたのは、誰だったか。朝空を覆う分厚い雲が、皆の不安を僅かに増していく。

 

 ガドルが首をゆっくり動かし、橋周りに停車された警察の装甲車を見渡し、橋の真ん中に悠然と立つグロンギ三人と、共闘する人間達を見る。

 ズ・クウガ・バ。

 メ・ガルメ・レ。

 ゴ・ジャーザ・ギ。

 そして武装警官達。

 

 警察が狙った通り、リントの戦士のみを狩るガドルは―――橋の上と橋の向こうに並ぶ、ガドルを迎撃するために集まった警察官達を、獲物として見定めていた。

 また、ガドルが一歩踏み出す。

 ジャーザの結界の中に、ガドルが足を踏み入れた。

 

「第一作戦フェイズ1、開始!」

 

 瞬間、ガドルをありとあらゆるものが襲った。

 ジャーザの結界効果。

 警察が誇る優秀な開発班の造った、"触れずに物を押す"斥力発生装置がガドルの体を拘束。

 ガルメが放出した口と鼻から入り込む最上級の猛毒が、空間レベルでガドルを覆う。

 更には警察が前回の戦いで有効であることを認識した特殊煙幕弾を撃ち込み、体の自由を奪い結界の影響下で毒に蝕まれるガドルの視界を奪った。

 毒混じりの黒い煙幕がガドルに纏わりつき、離れない。

 

「第一作戦フェイズ2、行けクウガ!」

 

 そして、一瞬の間を置いて、クウガが飛び出した。

 目が見えずとも関係なし。

 鼻と口を覆えばこの毒もまた関係なし。

 狙うは一撃、必殺の初手。

 敵わぬならば初手のち、離脱。

 限界量の八割ほどを絞り出した血液を、一気にプラズマに変換し、過重湖光(オーバーロード)を纏わせる。

 

『叶うなら、初撃で殺し尽くしてください!

 格上に対する最良の一手は、最初の奇襲によって何もさせずに殺すことです!』

 

 ランスロットの助言を聞き、頷きつつクウガは全力で踏み込んだ。

 最速で最強の一撃、叩き込むべし。

 そうして、ドゥサ同様に敵の視界を奪えば有利に戦える、と考えていたクウガは。

 

 全ての干渉を()()()()()()()()()()()、ガドルの体の動きを、肌で感じてしまった。

 

 煙幕の闇の中、ガドルの紫の瞳がギラリと光る。

 

 

 

「―――鏖殺の百頭(ナインライブス)

 

 

 

 放たれるは、超高速の九連斬。そして剣圧による衝撃波。

 

 クウガの両手両足が、切り飛ばされた。

 ジャーザの結界が切り飛ばされた。

 ガルメが満たしていた毒が全て吹き散らされた。

 毒を吹っ飛ばした衝撃波が、警察が並べていた大型支援機材と装甲車の全てを破壊し、破壊しながら吹っ飛ばした。

 

 距離を取っていたはずのガルメが驚愕の表情を浮かべ、衝撃波に吹っ飛ばされていく。

 ただの人間でしかない警察官たちも、踏ん張ろうとするが踏ん張りきれず、まるで人間に息を吹きかけられたアリのように吹っ飛んでいく。

 車がひっくり返り、周辺の窓ガラスは衝撃波で時に割れ、時にヒビが入り、吹っ飛ばされた警察官達が木々や車にぶつかってドクドクと血を流していく。

 士郎とジャーザは眉を僅かに動かし、されど驚いた様子もなく、吹っ飛ばされることもなく、その場に立ったまま生み出した武器を構えた。

 

「なっ」

「わっ!」

「!?!?」

 

 全ての対策が、全ての準備が、九の斬撃から成る剣の一振りで壊滅していった。

 

「―――!」

 

 だが、ここで終わるクウガではない。

 根本から両手両足を切り飛ばされ、空中に浮いていたクウガが、切り飛ばされた自分の右腕に噛み付き、右腕が持っていた剣ごと無理やり引っ張り、肩口に再接続。

 急速再生。

 接合完了。

 

 更に、クウガの両手両足が切り飛ばされたのを見た瞬間に、士郎はクウガの片脚パーツを射出していた。

 異様な反応速度。そして異様な射撃精度。

 クウガの手元に左足パーツが飛んできて、体の切断面でクウガはそれを強引にキャッチする。

 急速再生。

 接合完了。

 先の一撃のために込めた大量のプラズマを再収束し、片足で跳ね片腕で振るい、クウガはガドルの首を正確に狙い斬りかかった。

 

「フッ」

 

 ガドルは、クウガの方を見すらしない。

 ただ少し力を入れて、裂帛の気合いを放った。

 その瞬間。

 爆裂する。

 ガドルが少し気合いを入れた、ただそれだけで、その身に満ちる魔力が爆裂した。

 

「―――!?」

 

 クウガが吹っ飛び、橋の東端から西端まで飛んだ挙げ句に地面を転がされる。

 毒も、結界も、煙幕も、残滓すら残らずまとめて消滅する。

 街中に暴風が吹き荒れ、車やビルが大きく揺れ、想定されていた戦闘エリアから遠く離れた場所で多くの人が風に押されて転んでいった。

 

 そして、空を覆っていた雲が吹き散らされ、青空がやってくる。

 暴力的な魔力の爆裂は、爆発的な上昇気流を発生させ、東京直上の雲を一つ残らず吹き飛ばしていった。

 おそらくは、東京周辺の気圧配置を機械で見れば、大幅に変わっていることだろう。

 まるで神話の一幕のようなその一動作に、士郎は深く息を吐き、口を開く。

 

「―――かつてヘラクレスは、空を一人で担ぎ支えた。その豪腕は、天地すら動かすってか」

 

 それは、神話の体現。

 

 あまり動じていない士郎とは対照的に、慎二の頭の中は混乱で満たされていた。

 

「うっそだろ……?」

 

 急いで体のパーツを受け取り、五体満足に戻ろうとするクウガをよそに、ガドルは言い放つ。

 

「ボセパジュ・グボブザ*6

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()と、ガドルはその場の全員に忠告する。

 

「ザバギン・バシグラ・ゴ・ガドル・バ・ザ。*7

 ゴセド・ヘラクレス・ゾガラ・ブリセダ―――ギギュギュンゼ・ゼンギンギ・ブザソグ*8

 

 慎二と士郎は、ヘラクレスを知っていた。

 最強の一人でも、無敵でも無敗でもないことを知っていた。

 

 警察官達は、データでガドルを知っていた。

 最強の一人でも、4号/クウガに負けたことを知っていた。

 

 クウガは、ガルメは、ジャーザは、英霊を使うようになったガドルを知っていた。

 だから、一人では勝てないことを確信していた。

 

 けれども。

 

 ヘラクレスと、ゴ・ガドル・バの融合体の強さを―――この瞬間まで、全ての者が、致命的なほどに過小評価していた。

 

 

 

 

*1
……この戦い

*2
初動が命です。どうなりますかね

*3
さあ? でも……

*4
『ラ・ガメゴ・レ』あたりならこう言うんじゃないかしら

*5
なるようになるさ

*6
これは忠告だ

*7
破壊のカリスマ、ゴ・ガドル・バだ。

*8
俺とヘラクレスを甘く見れば―――一瞬で、全員死ぬだろう




ヘラクレスは強い
ガドルは強い
だから誰よりも強い
……愛歌とダグバを除いて


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔人

 8/2、土曜日。

 この日、小松川橋周りは地獄と化した。

 

 『ナインライブス』。

 英雄ヘラクレスが手に持つ万能攻撃宝具であり、ヘラクレスが修めた全ての武技の集大成……すなわち、流派・ナインライブスとも言うべき攻撃手段である。

 変形するこの武器と、変形した全ての武器形態から繰り出される必殺こそが、サーヴァントとしてのヘラクレスの『攻撃宝具』となるだろう。

 名前を直訳すれば9つの命、となるが、ここを理解するには少し頭を捻る必要がある。

 

 偉大なる王オジマンディアスなどが並ぶ長き古代エジプトの時代、『A cat has nine lives.』という慣用句が生まれた。

 人間は高い所から落ちると死ぬ。

 けれども猫は死なない。

 不思議に思った古代エジプト人は、「猫は魔のものであり何度落ちても死なないのだ」と考え、猫を神と同様に崇拝したという。

 聖なる数字3にあやかり、猫は3の3倍である9の命を持つ、と彼らは考えた。

 9の命を持つがゆえに何度死んでも死なないのだ、と。

 これが"9つの命(nine lives)"の由来である。

 

 英語圏ではゆえに、「猫は九つの命を持つ」「九つの命」と言えば、中々死なない生物、簡単には死なない化物、を指す慣用句である。

 ヘラクレスは大英雄だ。

 その身に取り込んだガドルが、ごく自然に敬意を表するほどに。

 彼を大英雄足らしめたものは怪物達との数々の戦い。

 ヘラクレスが戦ってきた怪物は、そのことごとくが不死に近い生命力を持っていた。

 

 九つの命を持つ死ににくい怪物だろうと、絶対に殺す。怪物狩りの英雄技巧。

 

 それこそが『ナインライブス』なのだ。

 

 逆に、クウガはその"九つの命を持つに等しいしぶとさ"を求めたと言える。

 怪物がごく自然に備える、膨大な生命力による不死性を、クウガは後天的に・意識的に求めたと言えるだろう。

 結果だけ言えば、ドゥサはクウガを殺し切れなかった。

 その不死性さえなければ最初の戦いでドゥサが勝っていただろう。

 七人のグロンギと戦い抜くために不死性を獲得したクウガの判断は、間違っていなかったと言えるだろう。

 

 その不死性を、ガドルは殺し尽くすことができる。

 

 ヘラクレスは、英雄であるがゆえに。

 

 

 

 

 

 ガドルの目が、緑に染まる。

 ガルメの姿が透明化し消え、ジャーザがその手の中の槍を構えた。

 どちらも人間の心配などしない。

 ゆえに、クウガが叫ぶしかない。

 

「…………射撃が来ます!」

 

 ガドルの『色の力』は、瞳を見ればいい。

 人間の視力では動き回っているガドルの細い目の色を見分けることは多少難しいが、ガドルの目のことをよく知るグロンギであれば、視力の高さもあって見分けるのは難しくないだろう。

 赤は拳の格闘体。

 青は槍の俊敏体。

 緑は弓の射撃体。

 紫は剣の剛力体。

 ガドルの眼球はその色に染まる。

 クウガが叫んだその直後、ガドルが身につけたアクセサリーを握り締めると、それが大きなボウガンへと変化した。

 

 ガドルは視界の中で最も厄介であると考えたジャーザを見据え、引き金を引いた。

 

鏖殺の百頭(ナインライブス)

 

 放たれるは、龍の形をした閃光―――ドラゴンレーザー。

 莫大な魔力と絶大な威力が、光になって放たれる。

 数は九。

 

「セァッ!」

 

 その全てを、ジャーザは光り輝く槍にて斬り弾いた。

 全てを貫くレーザーを弾く、豪快にして精緻な槍撃。

 されど弾かれたレーザーは、必殺の威力を持ったまま急速旋回、空中で軌道を折り曲げジャーザを再び狙う。

 クウガは"レーザーの通り道に居たから"という理由だけで蒸発させられそうになっていた警察官を庇い、ドラゴンレーザーの一本を斬り弾きつつ、叫ぶ。

 

「上だ!」

 

 全力の斬撃でも、ドラゴンレーザーを一本弾くだけで手が痺れる。

 その威力に、クウガは思わず舌打ちした。

 この威力なら、二つ飛んで来ただけで、ズ・クウガ・バは粉砕される。

 

 ジャーザは九本のドラゴンレーザーを同時に見据え、槍を路面に突き立てる。

 奔る魔力がその身を覆う。

 "周囲の世界を無理矢理力で従わせるような"感覚を、クウガは肌で感じていた。

 

「―――『星の息吹よ』」

 

 グロンギの言葉ではなく、人間の言葉を紡ぐジャーザ。

 

 すると、切れ味鋭い水の刃が空中に九つ発生し、ドラゴンレーザーと衝突する。

 

 威力を削がれたドラゴンレーザーは槍の九連撃にて砕かれ、その残骸エネルギーが宙を舞い、周囲に散った。

 

「うおおおおおっ!?」

 

 慎二の近くにエネルギーの残骸がぶつかり、爆発し、彼を大いに驚かせる。

 周囲の人間に当たりそうなものを、肌の感覚頼りにクウガが切って弾いていく。

 

「空我、こっちのカバーはいい! 戦闘に集中しろ!

 お前はこっちに気を払ってられるほど余裕はないだろ!」

 

 だが、そこに士郎の声が飛んで来て、士郎がドラゴンレーザーの残骸を防御する音が聞こえて来て、クウガは思い直し、人間のカバーを止める。

 "きっとあの双剣で守りきるはずだ"と思い、ガドルへの接近を開始する。

 ガルメは隠れたまま出てこない。

 ジャーザの援護をする人間が必要だった。

 

 ガドルはジャーザの水の刃を見て、それをセンスと知識で理解する。

 理解してしまう。

 

「マーブル・ファンタズム・バ*1

 

 一度見られただけで理解され、以後はあまり通用しないであろうことを察したジャーザは、余裕の表情と声色を保ったまま、心中で舌打ちした。

 

「ゴボヂバ・サギズセ・バボヂゼ・ゼヅザギ・バギンボグ・ゾゲダロボバ*2

 

「ボグゲビ・ギババ・ギゼゴ・ボラ・ゼジョリド・サバギ・ゼゾギギ・パベ*3

 

「ベダヂガ・ギボグデデ・ダグガムム*4

 ゴゴサブ・ザボボ……リズデゾ・ジュサギド・グスロボ*5

 

「……」

 

「リズンバ・リグリビ・ヅサバ・スロボバ*6

 

「ダダバデデ・ダレギデリ・ダサゾグ・バギサ*7

 

「ゴグギジョグ*8

 

 ガドルの瞳が紫に染まり、ジャーザの両肩に大きな角が生え、両者の筋肉が質を変える。

 ガドルのボウガンが斧剣に変わり、ジャーザの槍が大剣に変わった。

 両者共に紫の力。

 そこに、紫のクウガが殴り込む。

 

『マスター、裏取りを!

 今見る限り、あのジャーザというレディの腕はかなりのもの!

 ガドルの正面は任せて構いません!

 我々はガドルの正面に捉えられないよう、背後を取る意識で立ち回ってください!』

 

(はい!)

 

 ガドルの正面から迫るジャーザの大剣、背後から迫るクウガの大剣。

 

「ブダダセ!*9

 

 そして突然、空中から現れたガルメの『治らない傷を付ける』不死殺しの毒爪が振るわれる。

 ガドルは腰を回し首を振ってガルメの爪をかわし、ジャーザの斬撃を右手の斧剣で弾き、クウガの大剣を左拳で殴って弾いた。

 

 そして、戦力の中心たるジャーザ、立ち回りが極めて上手いクウガ、姿を現したり消したりを繰り返すガルメによる、拙い連携攻撃が始まる。

 

 ガドルが一瞬で正面に放てる斬撃の数を15とするなら、全方位からの攻撃を見切りながら迎撃に放てる斬撃の数は10。

 ジャーザが同時間で放てる斬撃は7。

 クウガが2、ガルメが1だ。

 攻防は、拮抗する。

 

 空中を斧剣含む三つの大剣が目まぐるしく走り回る。

 

 それは戦車を木の葉のように吹き飛ばす一撃であるのに、絶え間なく放たれる連続攻撃であり、疾風を追い越す神速の攻勢であった。

 大半の警察官は剣閃を目で追うこともできていない。

 目で追えているのは衛宮士郎ただ一人。

 

 それはもはや、嵐と嵐の戦いであった。

 クウガではとても敵わないようなガドルとジャーザ、二つの嵐がぶつかり合い、その狭間でクウガとガルメという木の葉が揺られている。

 嵐の中の矮小な木の葉。

 されど、木の葉は木の葉のままでは終わらない。

 

「空我!」

 

 クウガが頷き、士郎が頷く。

 

 クウガは"この地球上で最も多くヘラクレスを殺した男"と、日付が変わる前にした話を、思い出した。

 

 

 

 

 

 衛宮士郎の固有能力は『無限の剣製』。

 『固有結界』という、魔法に最も近い大魔術である。

 それは、自らの心の風景にて周囲の世界全てを塗り潰す、最上の奇跡と言えるだろう。

 

 士郎が剣を見れば、体内に存在する固有結界に記録される。

 それを取り出すことも、真に迫る模造品として一から造り上げることもできる。

 剣に特化しているものの、剣以外を造ることも可能であり、ランクは一つ落ちるがサーヴァントが持つ宝具ですら模造する。

 反則中の反則。

 規格外の中の規格外だ。

 特に特定状況下での攻撃力は桁違いであり、最強に数えられるサーヴァントと対等に渡り合うことや殺し尽くすことも可能である。

 

 士郎はクウガに改めて自分の能力を教え、光明をもたらす。

 

「で、だ。ちょっと聞いておきたいんだが、ガルメは"余計なことを言うやつ"なんだよな」

 

「そう…………です、ね。ワタシが知る限りでは」

 

「さっきカーマに聞いたんだが、ガルメはこういうこと言ってたんだって?」

 

―――こいつは傷が治らない、不死殺しの呪詛だかを持ってるんだとさ

 

「つまりだ。言い草からしてガルメ本来の武器じゃなかったわけだ」

 

「はい…………おそらく、拾ったリントの武器か、何かかと」

 

()()()()()()()()()()()()()()んだよな、それは」

 

「? そう、ですね」

 

「多分、全部が全部そうじゃないが……"グロンギが使いこなせば通じる"んだよな」

 

 士郎はここに、突破口を見た。

 

 ガルメが余計なことを言って知らしめた内容に、希望を見た。

 

「ヘラクレスには、十二の試練(ゴッドハンド)って能力が有る。

 11回分の蘇生魔術の重ねがけ宝具、12の命だ。

 ヘラクレスは12回殺すまで死なない。

 一度使った殺し方は耐性が付くから通用しない。

 Bランク以下の攻撃は全て無効化。

 真っ当に殺し切るなら、ベルレフォーンと同格の威力の攻撃が12種類必要だ」

 

「…………えっ」

 

「7人しか参加できない聖杯戦争だと、状況次第で召喚された時点で優勝確定ってことだな」

 

 ヘラクレスは、ゆえにかつて士郎が参加した聖杯戦争でも猛威を奮った。

 倒せない者には絶対に倒せない。

 選ばれた強者の中でも一部の者しか倒せない。

 倒せる者でも、ヘラクレスを倒せるかは分からない。

 究極の耐性の上に、大英雄ヘラクレスが狂化したステータスの暴力が飛んで来る。

 ステータスで上回って丁寧に十二の試練(ゴッドハンド)を処理することすら不可能。

 ゲームバランスもクソもない反則だ。

 

 知らずに挑めば、クウガもまず確実にひき肉にされる。

 

「それは…………困り、ます。ワタシは…………宝具を使えるわけでも、ないので…………」

 

「いや、倒す方法はある」

 

「え」

 

()()()使()()()()()。俺が剣製で、お前が剣士だ。

 空我の超自然発火……あれを上乗せすれば、ギリギリAランク以上になる。多分な」

 

 衛宮士郎は、感覚と仕組みの両方で、ヘラクレスの十二の試練を知る男である。

 

 たとえばBランク以下の魔術でも、宝石などのブーストをかけてAランク以上となれば、ヘラクレスの防御を抜けることを知っている。

 ヘラクレスの耐性は、元々のランクではなく最終的な威力で抜けるかが決まる。

 

 また、当時のランサーがB+ランク相当の槍に多彩なルーンを付与し、ヘラクレスを何回か殺したのを見たことも有る。

 同質の攻撃であるように見えても、ある程度の差異が加われば別種の攻撃と認識され、その攻撃に対し耐性は適用されない。

 

 そこに、突破口がある。

 

「信じてるぞ。俺は"窮地に間に合う騎士"って奴が、心底頼れることを知ってるんだ」

 

 士郎は変身後の空我の姿を少し思い出しながら、僅かな懐かしさと信頼を表情ににじませる。

 

 ランスロットと一体化した空我の鎧表面に刻まれた紫の文様は、どこかアーサー王の時代のブリテンの騎士特有の造形文化を感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 かくして、人とグロンギの連携は始まる。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 一つ、一つ、丁寧にこの現実に産み落とすように、士郎は刀剣を生み出した。

 その全てが宝具。

 1ランク落ちたことでそのほぼ全てがBランクからB+ランク相当……しかし、十分だった。

 

「―――全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)

 

 射出された剣が、クウガの周囲に突き刺さっていく。

 無数の刀剣、投影された宝具の一つをクウガが握る。

 ガドルは未だ、三者のグロンギから猛攻を受けても揺らぎすらしない。

 

切り札(ジョーカー)は最も強き者であるとは限らない。それを教えてやりましょう』

 

 クウガはランスロットの言葉に、力強く頷いた。

 

『あえて、霊基のバランスを崩します。

 この一息で決めねば負ける、そんな気概で踏み込むのです。

 奴の暴虐に付き合ってやりましょう。……30秒間だけ、ですがね』

 

(頼む!)

 

『発現せよ―――騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)!』

 

 そうして、ランスロットは()()()()()()()()()()()()()()()()()を発動させた。

 魔力がゴリゴリと吸われていく。

 バランスを崩した体組織が崩壊を始める。

 クウガが投げ捨てた大剣の代わりに、握られた投影剣がほのかに輝き、プラズマを宿す。

 

 瞬間、クウガの姿がかき消える。

 

 "持ち主の最初の斬撃を必ず当てる"刀剣の宝具効果により、ガドルの心臓が貫かれ、その命が一つ消し飛んだ。

 

「!」

 

 クウガは剣を投げ捨て、新たに鉛のようなもので出来た長剣を握る。

 ガドルは防御するが、"防御をすり抜け首を刎ねる"という神話に沿った宝具効果によって、剣は防御をすり抜ける。

 ガドルの首が飛び、しかれど十二の試練の効果ですぐさま首が蘇った。

 蘇生してすぐ、ガドルは"凄まじい武器が大量に送られてきたのか?"と思い士郎の投影剣を一つ拾い上げてみるが、クウガが見せたような力は発されない。

 クウガが持ったその時だけ、剣は力を発している。

 

「……流石は、ダグバの弟といったところか。どういう種だ?」

 

「応える義理はない」

 

 クウガが足で路面に突き刺さった短剣を蹴り上げ、拳で殴る。

 雷神インドラの神格を象徴する射出剣宝具が飛び、ガドルの首を消し飛ばす。

 首はすぐさま下に戻ったが、ガドルの首が戻った頃にはまた先ほどまでのように、ガドルの正面にはジャーザ、その背後をクウガが取る形になってしまっていた。

 

「むっ」

 

「お前の罪は…………ここで、終わりだッ!!」

 

 ガドルの正面に立つ気などさらさらない。

 ガドルを殺す立ち位置に居られればいい。

 ゆえに、クウガはガドルの攻撃を受けるのはジャーザに任せ、士郎の射出した剣宝具を受け取りつつ位置取りに細心の注意を払う。

 

「良い戦士に育ったわね、クウガ。素直に褒めてあげましょう」

 

 ジャーザはその戦いを見て、満足げに怪物の微笑みを浮かべた。

 振るわれるジャーザの大剣が、ガドルの斧剣を自由に振るわせない。

 三方向から攻撃されている今のガドルが、"空想具現化"なる攻撃手段まで使ってきた、自分に次ぐ実力者であるジャーザを無視できるわけがない。

 未だにジャーザはクウガの数倍の脅威であることに変わりはないのだ。

 

 だが、だからこそ、ガドルの命はまた削られる。

 

 "刺さると爆発する"赤い剣が腹に突き刺さり、またガドルの命が一つ削られた。

 

「ッ」

 

 騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 バーサーカーのランスロットは宝具として、セイバーとしてのランスロットはスキルとして持っている、手にしたものを自分の宝具として扱うスキルである。

 現在のクウガの技量では全く扱いきれない宝具級のスキルであり、クウガがこれを使うのであればランスロットが補助に集中しても30秒という時間制限が発生してしまう。

 だが、その分効力は高い。

 

 士郎のように、剣の宝具を投影し、その真名を解放して真の力を使うことまではできない。

 だが士郎の投影した武器を、自分のものとして扱うことは可能だ。

 使いこなした上でプラズマを上乗せすれば、それはデミ・グロンギに通じるデミ・グロンギの攻撃となり、ギリギリAランクに到達させることも可能。

 自分の宝具と化している以上、真名解放ほどではないが剣の力も発動している。

 

 士郎が気付いたのは、()()()()()()だったのだ。

 これこそが、衛宮士郎とクウガのコンビネーションによる対ヘラクレスの突破口。

 剣が飛び、クウガが振るえば、ガドルの命がまた消し飛ぶ。

 クウガ一人で戦っていれば、これらの剣が揃っていても瞬殺だった、かもしれないが……今は、ジャーザとガルメという壁が居る。

 ゆえに、宝具の連発が決まる。

 

(シローさんがマスターで、ランスロットがサーヴァントなら、最強のコンビだったかな)

 

 盲目のままクウガが駆け、ガドルの死角に潜り込む。

 クウガとガドルの動きを計算し、隙間に剣を撃ち込む士郎。掴み取るクウガ。

 "使用者の剣技を一時的に強化する"宝具剣によって、クウガはするりと死角に潜り込む。

 ガドルの剣が防御に振るわれ、攻撃が絶大な破壊の衝撃波を引き起こし、その衝撃波の隙間を抜けた剣の先が心臓を貫く。

 また一つ、命が削り取られる。

 

『ならば、今のあなたにもその強さはあるということです。マスター!』

 

 はてさて。

 士郎とランスロットが組めば最強、なのか。

 ランスロットが士郎の敵に回っていたらどんな世界でも詰んでいた、なのか。

 なんにせよ、衛宮士郎とランスロットの能力の噛み合わせは最高だった。

 組めば最強、敵対すれば天敵、とクウガが確信できるほどに。

 

「空我!」

 

 士郎の呼びかけに、一拍、間を置く。

 そして飛んで来た士郎の『螺旋の如き形状の剣』を、クウガは受け止めず、その柄をガドルに向けて蹴り込んだ。

 士郎が放ち、"クウガの一撃"となった螺旋の剣が、ドリルのように空間を削りながらガドルの命を奪い取る。

 

 ガドルが呻く。

 事ここに至り、ガドルは認めなければならなくなった。

 甘く見ていたつもりはなかった。

 油断していたつもりもなかった。

 だが……クウガと人間のコンビネーションを、過小評価していたことを。ガドルは認めた。

 

 それはガドルにとって、自分の中に存在する戦士として未熟な部分を見直す行為であった。

 

『マスター! 残り10秒です! 急いで!』

 

(大丈夫! もう9回殺した! あと3回で終わる!)

 

 20秒で9回殺した。なら、あと7秒で仕留められる。単純な計算だ。

 

 ガドルは強いグロンギに負けるのではない。

 ガドルは弱いグロンギに負けるのではない。

 

 人と、クウガと、その絆に負けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王子様の戦いを、熱っぽい瞳で見つめながら、沙条愛歌は力を謳う。

 

「凄まじき戦士 雷の如く出で 太陽は闇に葬られん」

 

 いつだって彼女は、この世界で唯一自分と対等になってくれる可能性のある王子様を、心の底から信じている。

 

 だって、初恋だから。

 

 揺らがずずっと、この世の誰よりも信じている。

 

 

 

 

 

 ガドルの瞳が、金色に染まった。

 

 その全身に、雷が奔る。

 

「え―――?」

 

 クウガが振るった黄金の投影剣が、刺さらない。

 プラズマを上乗せしたこの一撃は、きっかりAランク相当の威力になっているはずなのに。

 ガドルの皮膚に、1mmも食い込んでくれない。

 

A()()()()()()()()()()()()

 

 思わず、クウガ、ジャーザ、ガルメの手が止まる。

 

 押し潰されそうな威圧感。

 

 絶望と一体化した圧迫感。

 

 全身に雷が奔り、瞳が金色に染まったガドルを見た瞬間、皆の心が竦む音がした。

 

 『神の祝福(ゼウス・ファンダー)』。それは、ゼウスの子が持つ宝具及びスキル。

 本当にゼウスの子でなくとも、ゼウスの子を名乗っていただけの者でも持てる。

 人の認識と信仰で成立するサーヴァントとは、そういうものだからだ。

 サーヴァントの中では、アレキサンダーなどがこれを所持している。

 ゼウスとアルクメーネの子であるヘラクレスは、当然のようにこのスキルを持っていた。

 

 このスキルを使用すると、全身をゼウスの雷が奔り、神性と肉体的なステータス全てが強化されるという。

 そう。

 『雷が全身を流れる』のである。

 

 全てのグロンギは腹に石を入れている。

 異能と異形を身に着けさせる、ゲブロンという魔石だ。

 この魔石には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()特性がある。

 

 かつて未確認生命体第4号が、第一次未確認生命体災害の時、この特性に気付き雷の力を手に入れたガドルと戦い、手も足も出ず一方的な敗北を喫したと言われている。

 

 雷はガドルの体を強化すると同時に、魔石を刺激し、グロンギの究極の闇(アルテミット・ワン)へと近付ける。

 

 

 

「ダグバはこれを―――『金の力』と、呼んでいたな」

 

 

 

 グランドオーダー、という言葉がある。

 魔術師の家系においては、"その家系の始まりに刻まれた一族の果たすべき使命"。

 魔術世界全体で言うなら、"人理を守護するという最も重要な皆の使命"。

 魔術と関わりのない世界においては、店舗やホテルなどにおける、他の客とは比べ物にならないほどに地位の高い人間からの注文、最優先に解決すべき要求などを指す。

 グランドという言葉が、上位を意味するものであるからだ。

 

 ただし。

 物理学の世界でのみ、オーダーという言葉は『命令』『注文』などの一般的な意味以外の特殊な意味を持つ。

 物理学の世界において、オーダーは『桁』の意を持つ。

 桁違い、などの用法で使われる桁だ。

 物理学の世界では、桁違いを『オーダーが違う』などとも表現する。

 しからば、上位のオーダーという概念もまた、ここにある。

 

 おそらく、"グロンギ世界におけるグランドオーダー"はそれが最も近いだろう。

 強き者。

 桁違いの強者。

 一つ上の領域に生きる、一つ上の段階としか言いようがない、桁違いの化物。

 桁違いの高みに在る化物(グランド・オーダー)

 

 デミ・グロンギの第一段階、第二段階に続く第三段階―――冠位(グランド)

 

 グランドの領域に突入した、グロンギ一族。

 

 世界を滅ぼす獣を滅ぼし、人理を守るのがグランド・サーヴァントであるのなら、このグロンギはいかなる強力な守護者をも滅ぼし、人理を終わらせる終局の魔人。

 

 『グランド・バーサーカー』である。

 

 

 

 

 

 金の力は一時的? 否。

 ゼウスの子たるヘラクレスとして、ゼウスの雷を常時身に纏うガドルに、金の力の時間制限は一切存在しない。

 『Aランク以下の攻撃を無効化する』十二の試練(ゴッドハンド)の表面に、雷が奔った。

 ガドルはあえて、人間にも通じる言葉で語り続ける。

 

「今、十二の試練のストックも全て回復した」

 

「……!?」

 

 十二の試練の恐ろしいところは、あまりにも多い。

 だがその中でも軽視されやすいのが、『魔力を注げば命のストックが回復する』という、あまりにも恐ろしい特性である。

 魔力さえあれば、無限に蘇生。

 皆で必死に命を削っても、それを無為にされてしまう。

 これほどまでに恐ろしいことはない。

 

 例えば、数万人単位の生贄を捧げるなどして、無尽蔵にヘラクレスに魔力を注げるという前提があった場合、どうするのが最強のヘラクレスになるだろうか?

 

 バーサーカーにする? アーチャーにする? アヴェンジャーにする?

 十二の試練を捨てさせ、膨大に魔力を食う十二の宝具を持たせる?

 何が正解となる?

 その答えの一つが、これだ。

 

 魔力を無尽蔵に注がれるがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゼウスの雷で出力値を大幅に引き上げられたゲブロンであれば、それができる。

 それは万の人間を一瞬で灰にした、ダグバの究極の闇一歩手前の力だから。

 万の人間を燃料として得る魔力と、遜色ない量の魔力を捻出できる。

 この力を極めた先に―――根源から無限の魔力を引き出せるようになった、ダグバの見つけた能力と経路があるのだ。

 

「俺は破壊のカリスマ、ゴ・ガドル・バ。

 多くのグロンギを、リントを、戦士を見てきた。

 多くのサーヴァントを見てきた。

 だがヘラクレスほどの男はかつて一度も見たことがない。叶うなら、敵として会いたかった」

 

 ガドルが見据える先はたった一つ。

 

 ただの一度も敵わなかった、ン・ダグバ・ゼバとの尋常な決闘、そして勝利。

 

 全知全能だからと勝てないことを認めてしまえば、グロンギに生まれた意味がない。

 

 ガドルは、そう考える

 

「断じよう。この男こそが、人類史で最も高き極みへと至った、偉大なる戦士である」

 

 人と出会い強くなったのが、ズ・クウガ・バであるのなら。

 

 ゴ・ガドル・バもまた、人の戦士との出会いによって強くなっていく戦士。

 

 その身に纏うは強者としての、勝利すべき黄金の輝きであった。

 

 

 

*1
空想具現化(マーブル・ファンタズム)

*2
その力。いずれかの地で絶大な信仰を得たものか

*3
攻撃一回でそこまで読み取らないでほしいわね

*4
桁違いのステータスアップ

*5
おそらくはここ……水辺を由来とするもの

*6
水の神々に連なるものか

*7
戦って確かめてみたらどうかしら

*8
そうしよう

*9
くたばれ!




【クウガ、ジャーザ、ガドルのステータスが更新されました】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

 黄金のガドルの手の中に、空気が吸い寄せられていく。

 かき集められ、圧縮された空気がグロンギ固有の原子変換能力(モーフィングパワー)によって気体から固体へ、固体から武器へと一瞬で変じる。

 瞬きの一瞬で、ガドルの両手に二つのボウガンが握られていた。

 

「!」

 

鏖殺の百頭(ナインライブス)

 

 二つ同時の、ナインライブス。

 

 クウガですら一つ弾くのが限界の、18のドラゴンレーザーが解き放たれる。

 

「避けっ―――」

 

 誰かが叫んだが、間に合うはずもない。

 かくして、これまで国を襲う災害レベルであったグランド・バーサーカーの攻撃は―――星の表皮に重傷を負わせることも可能な、星レベルの災害と化した。

 それは、アラヤとガイアが危惧した"グロンギの可能性"の顕現。

 星の外敵を星の外敵をたらしめる脅威の、視覚化であった。

 

 全て、全て、吹き飛んでいく。

 ガドルが攻撃対象に選んだものが、全て。

 

 幸か不幸か? ヘラクレスが弓兵として使うナインライブスは、ドラゴン型のホーミングレーザーだ。直線的には進まない。

 もしも直線的な攻撃なら、この橋から見えるマンションやビルは全て消滅していただろう。

 曲がったからこそ、遠くに被害は出なかった。

 

 だが、だからこそ、レーザーは食い荒らすように眼前の敵に群がった。

 ジャーザに。

 ガルメに。

 クウガに。

 投影剣に。

 そして、警察官達に。

 

 援護をしようとしていた士郎が、慎二が、警察官達が吹っ飛んでいく。

 広範囲に散っている警察官達を無力化するにはレーザー一本で十分。

 ガルメも、クウガも、一本ずつで十分。

 ゆえに、15本のドラゴンレーザーが投影剣を粉砕しつつ、全方位からジャーザに殺到した。

 

「クァァァァッ!!」

 

 ジャーザが猛獣の如き叫びを上げ、青の俊敏体に形態変化。

 全方位からのレーザーを受け流し、避け、紙一重でかわし、しのぎきらんとする。

 警察官達が爆風で吹っ飛んでいく。

 ガルメは透明化して逃げ、クウガはナイト・オブ・オーナーの使用後反動に耐えながら必死にレーザーを弾く。

 だがそのどれも、ジャーザの状況に比べれば楽なものだった。

 

 もはやジャーザに、この数をしのぎ切るだけの余裕、速さ、力強さを並立する余裕はなく。

 レーザーを粉砕することすらできない。

 ジャーザと、彼女が立っていた空間をまとめて粉砕するかのように、十数本のドラゴンレーザーが着弾した。

 橋が、橋の上に立っていたクウガが僅かにバウンドするほど、縦に大きく揺れる。

 

 炸裂したレーザーの光で皆の視界が一瞬潰れるが、目に頼らないクウガには関係がない。

 一瞬、ジャーザの打倒に戦場の緊張がほんの一瞬緩んだのを、クウガは肌で見逃さなかった。

 

(―――! 滅多にない、幸運!)

 

 ドラゴンレーザーはまだ追ってくる。

 だが、今光に紛れて接近できれば、ホーミングするレーザーをガドルに当てることも、一太刀入れることも可能だ。

 クウガは粉砕された直後の投影剣の残骸を一本握り、使い慣れた両手剣に変化させてガドルの背後に回り込む。

 

 もうAランクの攻撃は撃てない。

 それどころかナイト・オブ・オーナーの負荷で体がガタガタで治りきっていない。

 霊基レベルでの無茶をしたツケが来たのだ。

 今日、明日、体は全力の状態で動かせないだろう。

 もちろん、今この瞬間も。

 

 今のクウガに残された機は、ドラゴンレーザーと同時にプラズマ斬撃を叩き込み、合計威力がA+ランク以上に到達することを願う―――それしかない。

 

(ここから仕留められれば!)

 

 そうして注意を引くことくらいしか、もうクウガには、ガドルを足止めする手段がない。

 

 だが、クウガの淡い希望の価値は無に等しい。叶わぬ夢と等価であると言い切れる。

 

 "緑の力"を持つガドルは視覚でドゥサを上回り、聴覚触覚でもクウガを上回る。

 背後からの接近も無意味。

 その五感は、背後に回り込むクウガの接近を察知していた。

 ガドルの足が、ダンッ、と路面を踏み叩く。

 

鏖殺の百頭(ナインライブス)

 

 その瞬間。

 

 間髪入れず地面から生えた『九本の槍』が、クウガの全身をくまなく貫いた。

 

「ゲ、ふっ」

 

 それは破壊力ではなく貫通力に特化させた、余分な破壊を一切発生させない、『防御ごと人の急所を貫く九撃』……見紛うことなく、"ナインライブス"であった。

 クウガの両手両足、人体急所、体内の致死に至る部分、手にした剣、その全てが的確にナインライブスによる九突同時攻撃によって貫通されていた。

 九本の槍による串刺し刑。

 一つ一つがAランク相当の防御宝具ですら紙のように貫くという異常な貫通力。

 

 最も綺麗に貫いたものは、クウガの左足裏から体内に入り、脳のど真ん中を綺麗に通り抜けて頭頂部から抜けていた。

 

 グロンギが持つ力、モーフィングパワー。

 上位のグロンギならば必ず持っている力であるこれは、基本的に手に持った"何か"を、そこから連想できる武器に変化させるものでしかない。

 ゆえに、完全に計算外だった。

 ガドルが足裏で触れていた路面を、武器としての槍に変化させ、その槍をナインライブスとして真名解放して見せるなど。

 

(足で踏んだ路面ですら……自由自在に……槍に変化させ、真名解放まで―――!?)

 

『マスター!?』

 

 そして、串刺しになったクウガに追いついたホーミングレーザーが、クウガの胴を砕きながら通過していった。

 

 ジャーザは消えた。

 クウガも消えた。

 人間も動いている者は一人もいない。

 あとは、とガルメは油断なく思考する。

 

「……」

 

 ガドルに隙はなく、ゆえにガルメが機を待って仕掛けた奇襲は、奇襲ではなくやぶれかぶれの突撃に成り果ててしまう。

 

 透明化、気配遮断による完璧な奇襲は、ガドルに完璧に見抜かれていた。

 ガルメの口から放たれる、弾丸の如き圧縮毒素。

 それがかわされ―――る、ことなく、ガドルに命中し、その体内に一滴残らず浸透した。

 

「へ?」

 

 どうやらガルメ本人すらも当たるとは思っていなかったらしい。

 ガドルに気付かれた時点で、当たらないと思いながらも一か八かで撃っていたようだ。

 だが、当たった。

 なんという僥倖。

 望外の奇跡にガルメの体は震え、思わず口角が上がる。

 

「ゴセンガシ・ダダベンゾ・ブザ!*1

 ゲギジヅン・ハサン・ンゾブゾ・ボグギュブギダ!*2

 ビンゲンゾ・ロンロソ・ギバサザ・ゼヅブス・ゾブジャバギ!*3

 グロンギ・ンビョグジンババ・サザゼヅブ・ダダグギボ・グンゾブゾガ・ギュギュブギダ!*4

 

 余裕ぶった口調で、小馬鹿にしたような笑い声を上げ、ガルメはガドルを見下し見据えた。

 

 だが、違う。

 ガルメのそれは余裕ではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、効かないと確信していた、ガドルのこの姿勢こそを余裕と言うのである。

 

 余裕ぶって話すだけのガルメを、余裕に満ちるも慢心の無いガドルが睨む。

 

「ガ……ゲ……*5

 

 すぐ倒れると思っていた。

 すぐ死ぬと思っていた。

 太古にこの地球に跋扈していたという、山より大きな竜種ですら0.1秒で死に至る毒。

 ゴの上位でも絶対に耐えられないように編み上げた毒。

 なのに、ガドルは膝すら折らない。

 

 自分が先程ちゃんと毒を撃ったのか、それすらガルメは疑い始める。

 これは現実?

 夢? 幻覚?

 倒せないはずがない毒を打ち込んだのに、ビクともしないがゴ・ガドル・バが、メ・ガルメ・レの現実認識を揺らがせる。

 

「ビ……ビギデギ・バギボバ?*6

 

「ギジャ・ビギデギス。グデデダ・グググデデ・パンサンブ・ザガガダダバ*7

 

 ガドルが保有するスキルは、肉体への干渉の多くをカットする。

 ヘラクレスが保有するスキルは、精神への干渉の多くをカットする。

 そして、十二の試練がAランク以下の全てをカットする。

 三重の守りは、弱者の小細工を全く寄せ付けない。

 

「ゴグバ・ゴラゲザジ・ヅンギガギボヂ・バサビ・ダジョスボ・ドゾビレダボバ*8

 

「―――」

 

「パリガビガ・ゲダジ・ヅンンジャシド・ベンンパザ・ゾギンジダ・ジャーザ*9

 ザグヂョブ・ビビダゲ・ダムサ・ズラボベンビ・ダブギダ・クウガ*10

 ジャヅサグ・ダダバギンバ・バゼロ・ドドロ・ギンジダボ・パゴボ・センヅギザ*11

 バビゾヅベ・ダゴグド・ジャヅサグ・ギンジダボパ・ゴボセジギンザ*12

 ゴラゲパガ・ギゴビジ・ヅンゼパバブ・ガドズベンゲ・ギセギボヂ・バサゾゲサンザ*13

 

 ガドルは、最後まで槍と剣を主体としたジャーザの戦いを思い返す。

 次に、どこまでも愚直にとことん真っ直ぐに、プラズマを纏わせた剣を叩きつけてきたクウガの戦いを思い返す。

 そして、自分の命運と戦いの勝敗を左右する最後の賭けの一撃に、本来の自分の力ではない、毒を吐き出す攻撃を選んだガルメを見やる。

 

「ゴラゲザ・ジヅンンヅ・ジョガゾ・ギンジデ・ギバギ*14

 

「―――ザラセェェェェッ!!*15

 

 最強の毒を爪に纏わせ、対不死の短槍の力を宿し、ガルメは爪を突き出す。

 ガキン、と無情な金属音が響いた。

 ガルメの爪はガドルの皮膚には刺さらない。

 

 そして、ガドルは拳を振り上げる。

 殺人的な威力と速度による一撃が、ガルメの腹を叩き上げた。

 

「ガッ―――」

 

 ガルメの体が上方に吹っ飛んでいく。

 100m、200m、500m、1kmの高度を超えてもまだ止まらない。

 成層圏に到達したガルメの体が自由落下を始めるが、ガドルは既にそちらを見ていない。

 "何を狙うか"を信念のレベルで定めているガドルからすれば、ジャーザの予告殺人を真似て予告殺人を始めるようなガルメは、一流には程遠い若手の新人程度の存在でしかなかった。

 

「ダギャゾ・ギギビギデ・ゲゲスンバ・ギジョグゾ・バゲデギス・ジョグゼパバ*16

 

 ガルメを即死させなかった――即死級の斬撃ではなく、即死級の拳で処理したのは――ガドルが既に、底の見えたガルメではなく次の敵を感知していたからだ。

 何者かが、ガドルに殺気を向けている。

 それも、最高に質の良い殺気をだ。

 ガドルは斧剣を肩に担ぎ、振り向き、敵を見据える。

 

 そこに、『戦士クウガ』が居た。

 

「継ぎ接ぎの英雄か。お前に相応しい」

 

 クウガはもはや、見るに堪えない惨憺たる在り様であった。

 

 ナイト・オブ・オーナーのせいで、肉体の芯も霊基も損傷状態。

 再生が追いつくはずもなく、肉体はボロボロ。

 橙子が用意した、クウガの肉体を完璧に再現した肉体パーツも、必死に拾い集めて全て使い切ってしまった。

 当然ながら、それらのパーツだけではグロンギの体を一つでっち上げるにはあまりに足らず、醜悪な補修作業を行うしかなかった。

 

 骨の再生が間に合わない。

 なので、鉄パイプを肉の中に差し込み、骨の代用とした。

 骨の再生をやめ、肉の再生を加速させてなんとか動く体を補修完成させた。

 

 筋肉も全て再生させているだけの時間も余裕もなかった。

 よって、破壊された警察の機材からゴムチューブを拝借した。

 人体は基本的に、反対方向に動きが向いている筋肉二種を対に配置するなどして、関節を左右や上下などに動かすようになっている。

 片側の筋肉と、反対側のゴムチューブで、肉体を動かすという仕組みだ。

 単純な動作を行うだけならば、これで十分。

 

 胴体にもナインライブスの発動時に作られた槍を突き刺し、腰から上が前後に倒れて胴体がプチっと行かないよう、支えを入れた。

 これでなんとか、立っていられる。

 無茶苦茶な再生速度を応用した、無茶苦茶な人体補修作業。

 あまりにも強引なやり口で、ズ・クウガ・バは死に体から立ち上がってみせたのである。

 

 そんなクウガの姿を見てガドルに心中に湧いた感情は、感嘆であった。

 なんという執念。

 なんという気力。

 なんという、諦めの悪さ。

 リントのような、合理性からかけ離れた熱い精神性。

 グロンギが持つ、人間では真似できない怪物の合理。

 二つが高度に絡み合った、人間のような怪物で、怪物のような人間の心。

 

 ガドルの内に、"この素晴らしさをすり潰してこの世から消したい"という、グロンギのごく自然な欲求が湧いてくる。

 

「ラン、スロット。…………この、考え、と…………心中する、覚悟を」

 

『御意に、マスター。その御心に、最後の最後まで付き合いましょう』

 

 クウガには秘策があった。

 ……今まで秘していたわけではない。たった今思いついた秘策だ。

 ぶっつけ本番、思いつきをぶつける、それ以外の手立てがない。

 ガドルのゲゲル制限時間が切れるのはまだまだ先だ。時間切れすら狙えない。

 けれど、もしこれが成功したなら、と、クウガは思う。

 

 深呼吸。盲目の騎士は、目と同じくらいにはよく見える肌の感覚に集中する。

 

 ガドルの手の中に、黄金のボウガンが構えられる。

 左右の手で弓は二つ。

 放たれるナインライブスは18。

 クウガが弾けるのは、万全の状態で一つが限界。

 

 継ぎ接ぎの勇者は、深く息を吐き、使い慣れた白亜と黄金の剣を構え、駆け出した。

 

鏖殺の百頭(ナインライブス)

 

 迎撃に放たれる、18の絶望。獲物を逃さぬドラゴンレーザー。

 

 死を前にして臆することなく、騎士は更に強く踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間桐慎二は、足から血を流し、瓦礫の中で目を開いた。

 開いた目に飛び込んできたのは、今にも殺されそうなクウガの姿。

 何かをしてやろうとするが、体がまるで動かない。

 ナインライブスはレーザーの内のたった一本ですら、人間の居る近くに着弾すれば、衝撃波で人間を揺らし人体機能を麻痺させるだけの威力があった。

 

「づっ……!」

 

 痛い。

 苦しい。

 なんで僕がこんな頑張らなくちゃいけないんだ。

 死んだふりでもしてやり過ごそう。

 ただ僕を痛めつけたことは覚えとけよクソっクソっ。

 間桐慎二の脳裏に、そんな情けない嗜好が浮かんで、慎二はそんな思考に身を任せた。

 任せた、のだが。

 そんな彼の手の先に偶然、"コントローラ"がぶつかる感覚があった。

 

「……僕はさあ、こういうの、あんま向いてないっての」

 

 衛宮士郎は、腕からも胴からも額からも血を流していた。

 爆発は士郎を吹っ飛ばし、吹っ飛んできたコンクリートの破片は容易に肉体に突き刺さった。

 衝撃は体の自由を奪い、出血は体から体力を奪う。

 戦おうと考えたところで、士郎の体は動いてくれない。

 体の内部にダメージを通して来る衝撃波は、流石の士郎にもよく効いてしまったらしい。

 

「まいった、な」

 

 だが、士郎は動こうとするのをやめない。

 自分の後ろに、人が生きる街があるのを知っているから。

 目を見開いて見た先で、クウガがガドルに殺されそうになっているから。

 諦めない。止まらない。

 衛宮士郎の心の剣は、こんなことでは折れやしない。

 それは彼が自分を客観視し、愛した女性の味方になることを決め、社会に適合し、理想に妥協を差し入れてもなお残る―――彼の本質的な善良さであり、人を守らんとする優しき強さ。

 

「まだ……まだ、できることは……あるっ!」

 

 慎二が力強く、コントローラを握り締める。

 それは、ジャーザが橋に魔法陣を仕込んでいた時、警察が同様に仕込んでいたもの。

 橋の裏側などに仕込まれていた、"万が一の時最悪を避けるための爆薬"の起動コントローラ。

 もはや指一本動かす程度の力しか残っていない慎二だが、今はそれで十分だった。

 

 士郎が魔力を絞り出す、現実を侵食するイメージと共に、突き出した手を前に向ける。

 それは、彼が持つ最強の盾。至高の防御。

 人を守るという祈りを束ねた花弁の盾。

 人を、クウガを、守るために。今一瞬のみ、限界を超える。

 

 踏み躙られると、ふつふつと怒りが湧いてきて、いつまでも根に持つのが慎二だった。

 

 踏み躙られる人がいれば、なんとかしてあげたいと力が湧き、底力を発するのが士郎だった。

 

 指一本の意地があった。

 

 盾一枚の意地があった。

 

「―――僕は、僕を雑魚みたいに見てる偉そうな奴が、嫌いなんだよッ!!」

 

投影開始(トレース・オン)……熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)―――!!」

 

 指一本が動く。

 盾一枚が飛ぶ。

 

 そして、希望が繋がった。

 

 

 

 

 

 爆薬が起爆し、ガドルの大暴れによって位置がずれ込んでいた爆発が、橋を崩して傾ける。

 ガドルの足場が崩れ、18のナインライブスの全てが外れた。

 だが、これはホーミングレーザー。

 他の射撃ならこれで回避完了だが、何とも恐ろしいことに、ドラゴンレーザーはクウガの背後で軌道を折り曲げ帰って来る。

 クウガの背後に、迫る18の光が殺到し―――彼の背後で花開いた、花弁の盾がそれを防いだ。

 

「―――!?」

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)。衛宮士郎が持つ花弁の盾の投影品だ。

 投影された一枚の盾は七枚の花弁で構成され、一つ一つが古の城壁と同等の耐久を持つ。

 投擲武器など、飛び道具の多くに対し無敵という宝具ではあるが……衛宮士郎の投影品はランクが落ちるため、貫通されることもある。

 ヘラクレスの二重ナインライブスを完璧に防ぎ切れるほどのものではない。

 花弁にヒビが入り、その圧力に花弁の盾は散っていく。

 だが。

 十分だ。

 最良の場面で、この上ないほどに最高の盾であった。

 

「ッ!」

 

 クウガは背後の盾に守られながら、爆発的な踏み込みを見せた。

 盾が壊れ、ナインライブスのレーザーとロー・アイアスが反応して生まれた爆発が、クウガの体を一気に押す。

 加速したクウガは刹那の一瞬にてガドルの懐に入ることに成功した。

 

 振り上げられる、騎士の剣。

 剣に変形する、ガドルのボウガン。

 ……まさに、怪物の中の怪物。

 予想外の速度、予想外の動きであったはずなのに、ガドルは懐に入られた瞬間にもう、防御の姿勢を完了させていた。

 クウガの最後の剣はガドルの胸には届かない。

 

 だが、そんなことは、クウガにも最初から分かっていた。

 

 ガドルを狙っても防がれるだろうと、確信に似た想いがあった。

 "だがこれはとことん戦士であるガドルには読めないだろう"と、確信に似た予測があった。

 『魔剣』。

 クウガの手札の中で唯一ガドルの意表を突けるものが、プラズマ剣の軌道を捻じ曲げる。

 そして、剣はガドルではなく、橋に向かって炸裂した。

 

「!?」

 

 超高温のプラズマが指向性をもって橋にぶつけられ、注ぎ込まれた莫大なエネルギーが、先の爆薬で壊れかけていた橋を崩壊させる。

 クウガの体、もろとも、崩壊させていく。

 落下していくガドル。

 その後を追うクウガ。

 全身が熱で融解しながらも、クウガは空中でガドルを追いかけた。

 

 クウガは思い出す。

 ガルメに、海に蹴り落とされた時のことを。

 "グロンギは重いから水に浮かばない"ということを、あの時散々思い知った。

 ガドルは空中。

 下は川。

 ガドルは飛べない。

 そして、ジャーザ達のような()()()()()()()()()()()()()

 ここが付け入る最後の隙だ。他にはもう、何もない。

 

『マスター! 出力を上げすぎです! 制御を離れたプラズマが……マスターッ!!』

 

 ランスロットの叫びを、クウガは聞かない。聞き入れない。

 

 普段は血液しかプラズマに変換していないが、今はもう、その縛りも捨てねば勝てない。

 

 剣を振るう腕があればいい。内蔵も、足の中身も、骨も、肉も、全て全て変換していく。

 

『君も吹き飛ぶぞ!』

 

「治せばいいッ!!」

 

 そうして、過去最大のプラズマが、自爆気味に炸裂した。

 

 Aランク以下の攻撃を無効化する強化型ゴッドハンドが貫通され、ガドルが川に叩きつけられ、川の水を貫通して川底にめり込んでいく。

 川と川底にクレーターが出来、そこに大量の水が流れ込んだ。

 激流の渦の渦中にて、ガドルは水の圧力に飲み込まれる。

 プラズマの熱で蒸発と激流の混沌と化した川は、ガドルの動きを阻害した。

 

「ガッ……!?」

 

 偶然、奇跡、そう言うのは簡単だ。

 棚からぼた餅、と思えてしまうものかもしれない。

 だが、棚にぼた餅を入れた人間が居なければ、棚からぼた餅は出てこない。

 0から奇跡は生まれない。

 奇跡は奇跡が生まれる下地からしか生まれない。

 

 ゆえにこれも、"諦めず勝機を窺い潜み続けた"選択が生んだ、奇跡と言えよう。

 

「よくやったわクウガ」

 

 川底から浮上するジャーザ。

 ボロ雑巾のようになり、全身から血を流す彼女だが、その動きに陰りは見られない。

 倒したと思っていた敵の再来に、ガドルは目を見開く。

 ゴ・ジャーザ・ギは、この瞬間をずっと待っていた。

 

「ここまで持って来てくれたこと、褒めてあげる」

 

 ジャーザは水中で、宝具の名を口にする。

 

 宝具の真名が解放され……されど、水中であったために、開帳された宝具の名は隠匿される。

 

 起動した宝具が荒川の水の全てを用いる勢いで水をガドルに叩きつけていく。

 

 これが、この日の戦いの決着となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガルメが遥か高くから、川の水に落ちる。

 自ら上がってきたジャーザが人間体に戻り、ガルメをついでに拾い、完膚なきまでに破壊された橋の西側の、人間達の前で安堵の息を吐いた。

 ジャーザは相変わらず眼鏡美人の容姿のままだが、その全身から血を流している。

 普通の人間なら瀕死級の傷であるはずだが、ジャーザは弱っている様子すら全く見せず、むしろピンピンしているようにすら見えた。

 

「ガドルは太平洋まで押し流したわ。ま、これで今回は時間切れでしょうね」

 

「待て、空我、空我は……」

 

「大丈夫よ。あのくらいで死ぬ子じゃないわ、クウガは」

 

 ガドルも、クウガも、ジャーザの宝具会長による水の奔流に流されてしまった。

 一体どこまで流されてしまったのか、見当もつかない。

 警察官達は他の署から援軍が来たのもあり、動ける者が動けない者を助ける形で、徐々に体勢を立て直していた。

 奇跡的に死人は出なかったらしい。

 怪我の手当てが終わり次第、彼らは動き出すだろう。

 まだ助けられていない仲間の最後の一人を、ズ・クウガ・バを、助けに行くために。

 

「ひひ。お前ら、今はクウガが居ないんだよな? なら、俺達に手も足も出ないよな……?」

 

 怪人体のままのガルメが、人間達を襲うような身振りをして、警察官が皆警戒する。

 それは、自分の心のみじめさを、自分より弱い生物をいじめることで忘れようとするかのような行為だった。

 

「やめなさい」

 

「あぐっ」

 

 そんなガルメの脇腹を、人間体のまま槍を生み出したジャーザが突き刺した。

 血が吹き出したガルメを、ジャーザは蹴って脇にどける。

 血まみれ、傷だらけ、泥に汚れてもなお、警察官達の心は折れていない。

 その瞳の奥には、グロンギには決して屈しない、誇るべき人の強さがあった。

 ジャーザは笑む。

 獲物を前にしたサメを何故か連想させる、獰猛な笑みだった。

 

「良い誇りを見せてもらったわ。

 その誇りを踏み躙り、尊厳と希望を陵辱し、その命を奪う日が、楽しみでたまらない」

 

「―――」

 

「素敵ね。ゲゲルで滅ぼしてしまうのは楽しいけれど、絶滅は少し考えものだわ」

 

 狩猟者の倫理しか持たない、残酷さにおいて人間とは一線を画する、異常なりし獣の人。

 

 ジャーザは人間達を狩って楽しい獲物と認め、彼らに贈り物を差し出す。

 

「今日がリントの言うところの……土曜日だったわね。

 私は火曜日。このガルメは木曜日よ。準備なさいな……最高のもてなしを期待するわ」

 

「なっ」

 

「このくらいやってもいいでしょう、ガルメ。

 楽しみなさい。でなければあなたはいつまでも『ゴ』になんてなれないわ」

 

「……分かりましたよ」

 

「ああ……あなた達を殺したいけど、死んで欲しくはない。

 リントもこの気持ちは分からない?

 ゲームで、何度も、何度も、殺し続けていたぶり続けて、それを楽しみたいと思わない?

 何度でも悲鳴を聞いて、何度でも楽しんで、何度でもあなた達の頭蓋を集めてみたいわ」

 

 ひしひしと、皆が感じていた。

 "グロンギのどこが普通の人間とは違うのか"を。

 ズ・クウガ・バが、どれほどにグロンギの中で異端であったのかを。

 グロンギの上位種は知的で理性もあるがために、ズレが本当によく目立つ。

 

 全ての人間が当たり前のように大切にしていることを、彼女らは全く大切にしない。

 

「また会いましょう、リントの戦士達。

 私達がこの星で最も価値のある、踏み躙る意義のある標的だと定めた……私達の獲物さん」

 

 そうして、ジャーザとガルメは消えていった。

 

 それは、心強き者であればあるほど、気高き者であればあるほど、優しき者であればあるほど、心を踏み躙り殺す価値があるという、異形の精神性。

 "人間の価値を認めている"から、人間と分かり合えない。

 "獲物としてしか人間の価値を換算しない"から、殺し合うしかない。

 人類種から生まれた、人類種の天敵。

 

 ゲームを楽しむ過程に、殺人の合理を持ち込むジャーザ。

 そんなジャーザを真似つつ、別の道を進むガルメ。

 そして、強さを極めたガドル。

 どれもこれもが、別種の怪物性を保有している。

 

「……あんなクソ女の言うこと気にする必要ないよ。

 僕らの仕事は別にあるだろ! 怪我人収容したら、すぐ空我の捜索だ!」

 

 間桐慎二が張り上げた声が、皆を正気に戻す。

 

 行方不明の仲間を探して、彼らは駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きらり、きらりと、それは光っていた。

 

 それは、赤い布に金の文字装飾は施されたお守り。

 藤丸立香がクウガに渡したお守りは、彼の首元で朝日を浴びてきらきらと光っていた。

 光の反射が、川の端で木に引っかかっていたクウガの存在を、通りがかった人に知らせる。

 ここだ、ここにいるぞ、と。

 クウガの命をお守りが守らんとするかのように。

 お守りが反射した朝日の光が、通りがかりの人を呼び寄せる。

 

「おい! おい! 大丈夫か?」

 

 引き上げられたクウガは運ばれ、その人のお店の中で簡単な手当てを受け、寝かせられる。

 クウガは消耗とダメージで寝込んでいたが、やがてむくりと起き上がる。

 とてもいい匂いがした。

 美味しそうなものの匂いだ。

 エネルギーを使い果たしていたクウガは、その香りに半ば反射的に起き上がっていた。

 どうやら、目を潰されたことで成長した五感は聴覚触覚だけでなく、嗅覚もだったらしい。

 

「おや、起きたのか。

 というか、お前、カレー作り始めたらすぐ起きるってどんだけ食いしん坊なんだい」

 

「ここは……?」

 

「無理に起きなくてもいいぞー。カレー出来たら、そっちに持っていってやるからな」

 

 クウガは、不思議と不安や疑問をあまり感じていなかった。

 むしろ、感じていたのは謎の安心感。

 初めて嗅ぐはずの匂いなのに、どこか何かが懐かしい。

 例えるならば、一度も行ったことのない親の実家に行って、その香りに、親と似た何かを感じるような……そんな、感覚。

 

「オリエンタルな味と香りの喫茶店、『ポレポレ』へようこそ……なんてな」

 

 開店にはまだ早い時間なんだこれが、と言って、男は楽しげに笑う。

 

 クウガはその安心感を誘う笑い方が、どこかの誰かに少し似てるような……そんな、気がした。

 

 

*1
俺のありったけの毒だ!

*2
『静謐のハサン』の毒を濃縮した!

*3
人間どもの脆い体で造る毒じゃない!

*4
グロンギの強靭な体で作った最高の毒を圧縮したっ!

*5
あ……え……

*6
き……効いていないのか?

*7
いや、効いている。ステータスが全てワンランクは下がったな

*8
そうか。お前は自分以外の力に頼ることを決めたのか

*9
ジャーザは磨き上げた自分の槍と剣の技を信じた

*10
クウガは愚直に鍛えたプラズマの剣に託した

*11
奴らが戦いの中で最も信じたのは、己の武技だ

*12
何を付け足そうと、奴らが信じたのは己自身だ

*13
お前は最後に自分ではなく、後付けの英霊の力を選んだ

*14
お前は自分の強さを信じていない

*15
―――黙れぇぇぇぇっ!!

*16
他者を意識してゲゲルの内容を変えているようでは、な




【ゲゲル・ジョグヂが更新されました】

 グロンギ七人の参加者の内、一人死亡、三人判明、三人不明
 8/2、二日目の行動権が行使を完了しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

喫茶

 いい香りのコーヒー。

 いい香りのカレー。

 鼻孔をくすぐる美味の香りは、鼻で味わう味覚と言える。

 食べる前から美味しいと分かる、そんな食べ物だった。

 

「いただきます」

 

「おう、どんどん食べな」

 

 男は盲目のクウガを気遣い、誘導し、スプーンを手渡してくれた。

 クウガの心の人情味のない冷静な部分も、この行動を初対面の相手に取れるのであれば、善良な人間だろう……と判断していた。

 嗅覚をあてにして、カレーを口に運ぶ。

 瞬間、豊かな香りと重層的な旨味が口の中いっぱいに広がった。

 本場カレーが持つ複合的なスパイスの強みと、日本人向けにバターオイルなどでまろやかにした味わいが、隙の無いカレーの味を組み立てていた。

 警察食堂のカレーより美味い。

 

「おいしいです」

 

「お、良い食いっぷりだねえ。おかわり要るかい?」

 

「はい」

 

 クウガは一杯目を物凄い勢いでかっこみ、二杯目はゆっくりと味わうように食べる。

 喫茶ポレポレの朝の風景に、常連らしき人が次々やってきた。

 

「おっちゃん! ポレポレカレー一つ!」

 

「おういらしゃい。土日だからって何度来るかねえ。最近売れてる女優っ子のくせに」

 

「ええやん、暇な土日の朝くらい。ここのカレー美味しいんやもん」

 

「かーっ、嬉しいこと言ってくれるねえ、奈々ちゃん」

 

「そやそや、何せ私は今となってはポレポレ最古参の常連……ってなんやこの子、イケメン!?」

 

「こらこら、ゆっくり食べてくれてるんだから絡むんじゃないよ。

 ごめんな少年、このおばさんは無視してゆっくり食べててくれ」

 

「…………はい」

 

「あー! おばさん言うた! 去年30になっただけやん!」

 

「20代終わったら皆おじさんだしおばさんだっちゅうの!

 俺はおじさん! 君もおばさん! 2000年にプレミア17歳だった君はもういないの!」

 

「おっちゃんはもうぼちぼちおじいちゃんやろ! 還暦秒読みんくせに!

 まったく。

 しっかしまあ、はー、こんなイケメン少年も通うようになったんやなあ、ここ」

 

「ポレポレは国際色豊かな喫茶店だからねえ、むふふ」

 

 ゆっくりカレーを食べていると、朝食だけ食べに来た人、少し話に来た人、朝食をガッツリ頼んで食べながら長話をする人、等々様々な人が入れ替わり立ち替わりやって来る。

 クウガは知る由もないことだが。

 それは、今やこの日本でも絶滅しつつある光景だった。

 気の良い店主。

 心地いい空気。

 美味しい料理。

 上質コーヒー。

 急がなくてもいい、ゆっくりしよう、と思える雰囲気。

 

 店内には80年台のサザンの曲が流れ、古ぼけて白色が退色したレジスターや電子レンジがまだ使い回されていて、世界各国のマニアックな土産物が、レンガ風味の壁の前に並べられている。

 ででーん、と置かれた冷蔵庫はやけに新しくて目立ち、ポレポレの店主が「どう? この冷蔵庫ピッカピカでしょ? 新品のハイテクなんですよ!」とお客に何度か自慢していた。

 雰囲気は懐かしさと古さがあるが、こまめな掃除がされているようで、清潔感もある。

 

 古き良き、を体現するような喫茶店であった。

 

 色んな人が店に入ってきて、色んな人が店から出て行って、ポレポレの店主が彼らと絶え間なく楽しそうに話し、カウンターでカレーを食べるクウガの左右の人も入れ替わっていく。

 その誰も彼もが、クウガに話しかけて来たり、ポレポレの店主との話の過程でクウガを話題に出したりしつつも……誰一人として、クウガの目のことには触れなかった。

 カレー美味しいか、と聞いたり。

 お店のオススメメニューを教えてくれたり。

 チョコレートをくれたり。

 優しくはしてくれたが、踏み込んでは来なかった。

 

 それぞれ皆が、"いい人"だった。

 店の中の面子が二回ほど丸々入れ替わった頃、クウガは二杯目のカレーを食べ終わる。

 

「あの…………なんと、お呼びすればいいのでしょうか」

 

「ん? 俺? おっちゃんとかおやっさんとか皆呼んでるよ」

 

「では、おやっさんさんと」

 

「いやそこはおやっさんでいいんだよ。変わった子も居たもんだ。君の名前は?」

 

「五代空我…………と言います」

 

 男はぴくりと、眉を動かした。

 

「奇遇だねえ。俺の知り合いにさ、五代雄介ってやつがいるんだよ」

 

「―――」

 

 名乗ってから、嘘をつけばよかったと、クウガは思う。

 

「もう随分と帰って来てなくてねえ。ま、元気に冒険やってるとは思うんだけどさ」

 

 ここがそうなのか、と、思い。

 

 クウガは、少し前のことを思い返した。

 

 

 

 

 

 まだ、クウガの目が見えていた頃。

 まだ、クウガとカーマと五代雄介が三人で世界を旅していた頃。

 まだ、この世界に悲劇が再来していなかった頃。

 "世界で一番綺麗な森"を見た帰りに、クウガと雄介は二人で夜道を歩いていた。

 

 満ちたる月の下、月下の山道を二人は歩く。

 

 二人は少し、昔話をしていた。

 クウガは、最初の地球での、グロンギ達や姉との乾燥した思い出話を。

 それは、無自覚な地獄の感想語りだった。

 雄介は……少し前の、戦いの日々の話を。

 それは、本人の自覚以上に凄惨な、地獄の感想語りだった。

 

「俺はさ、皆の笑顔を守りたかったんだ」

 

「過去形…………ですか。諦めた、んですね」

 

「ううん。俺がそれを諦めることはないと思うよ」

 

 かつて、地獄があった。

 平和と幸福が在る社会を守るため、地獄の全てを引き受けた者がいた。

 

 第一次未確認生命体災害の時、五代雄介は変身し、戦った。

 未確認生命体は、彼をクウガと呼んだ。

 民衆は、彼を未確認生命体第4号と呼んだ。

 誰もが喜んだ。

 未確認生命体は、手応えのある敵を求めていたから。

 民衆は、自分を守ってくれる強き守護者を求めていたから。

 

 言い換えれば、五代雄介はほとんどの者達から愛されていたと言える。

 敵として。

 味方として。

 愛され、願われていたと言える。

 "もっと戦って"と、ほとんどの者が心の底から願っていた。

 

 けれど雄介は、戦いたくなんてなかった。

 暴力が嫌いだった。

 他者を殴る感触が大嫌いだった。

 拳で殺し合うのではなく、話して分かり合うことが好きだった。

 戦えるのが自分だけだったから、戦っていただけだ。

 自分しか居なかったから、戦っていただけだ。

 

 弱音を吐く暇などなかった。

 弱さを見せていい余裕などなかった。

 自分しかいないということは、自分が手を止めれば人が死ぬということだったから。

 自分が攻撃を受け止めなければ、守っている人々や警察官が死ぬ。

 自分なら受け止められる。

 だから一番前に出て、グロンギと戦い、その攻撃を受け続けた。

 肉は裂け。

 骨は砕け。

 血が流れ。

 槍で貫かれて磔にされ、ハンマーで殴られ肉を潰され、大剣で切り刻まれ。

 苦悶の声を上げ、苦痛にのたうち回り、それでも"五代雄介しか居ない"から。

 一度も逃げることはなく、必死に何度も何度も、立ち上がり続け、立ち上がり続けた。

 何度、その足は折れそうになっただろうか。

 

 痛い。苦しい。辛い。やりたくない。

 肉が潰れて痛い。刃が食い込んで意識が飛びそうだ。

 毒が苦しくて苦しくて、死んだ方がマシだ、死にたい、でも死んでなんていられない。

 未確認生命体の仲間だと誤認されて警察に撃たれた、心が痛い。

 未確認生命体が楽しそうだ、戦いが楽しそうだ、なんで、なんで。

 人が死んだ、俺が守れなかったからだ、沢山死んで、沢山の人が笑えなくなってしまった。

 俺しかいないなら、俺しか戦えないなら―――俺のせいだ。

 

 五代雄介は、そんな風に思って。

 

 辛い。苦しい。未確認生命体を殴った感触が手に残る。

 殴りたくない。傷つけたくない。

 ああ、俺が殴ったグロンギが苦しそうにしてる。

 ごめん、って思ってしまう。俺の拳が、今、あんなにも他者を傷つけて、痛めつけて。

 気持ちが悪い。拳に残る感触が気持ち悪い。

 なんで笑ってる。

 未確認生命体は……こんなのが楽しい? 分からない。俺には分からない。

 自分も、未確認生命体も、憎んでしまいそうで。

 憎しみで拳を振るってしまいそうで。

 自分が嫌いになりそうで。でも、戦わないと。殴らないと。俺しか居ないんだから。

 

 五代雄介は、そんな風に思う。

 

 他人を傷付けることが許せない雄介は、グロンギも、自分も、許せなかった。

 

 絶対に、許せなくなっていった。

 

 五代雄介が嫌うことは、憎しみで分かり合う余地がなくなり、殺し合い傷付け合うだけの悲しい世界が広がってしまうこと。

 そして、分かり合おうともせず、暴力に訴えること。

 総じて、笑顔が奪われてしまうことである。

 

 だが、未確認生命体とは分かり合えなかった。

 五代雄介は暴力に訴え、彼らを殺すしかなかった。

 未確認生命体を殴るたび、雄介の内側にヘドロのように自己嫌悪が溜まっていく。

 

 罪なく人が殺されるたび、雄介の中に憎悪が蓄積されていく。

 未確認生命体を殴る拳に、憎しみが乗ることが増えていく。

 五代雄介がなりたくない、誰も許せず憎しみで他者を殺す人間に、雄介が成り果てていく。

 

 未確認生命体を殺しても、死んだ人は戻ってこない。

 むしろ未確認生命体を殺した分、死者の数は増えたと言える。

 殺すことでしか殺人を止められない。

 100の内、1を殺して残り99を守ることしかできない。

 殺すことでしか、守れない。

 本当は"何があろうと殺すことはいけないことだよ"と言いたいのに。

 昔の雄介なら、殺すことはしてはいけないことなんだよ、と胸を張って言えていたのに。

 いつの間にか、言えなくなってしまっていた。

 

 五代雄介の笑顔で始まり、皆の笑顔を守るため拳が握られた。

 五代雄介の笑顔は失われ、その拳はドロドロとした感情と、グロンギの血に濡れた。

 グロンギは笑顔になり、人々の笑顔はいくつか守られたが、その多くは奪われただけで、笑顔は一つも増えることなく終わった。

 

 最後のン・ダグバ・ゼバとの戦いで、"クウガの仮面"が割れ、仮面の奥で泣きながら戦っていた雄介の苦痛を知ってしまった一条薫は十数年経った今でも、その苦しみを夢に見る。

 

「笑顔を、諦めないで戦ったんだ。皆に笑っていてほしかったから。でも」

 

 月の下、クウガという少年の手を引き、苦笑しながら雄介は語る。

 

 "人を殺す残酷なグロンギになれなかった"、『クウガという名の少年』が、自分の目の前に現れた奇跡のような巡り合わせに、雄介は運命のようなものを感じていた。

 

「守れた笑顔と、守れなかった笑顔を、いつからか数えるようになっちゃって」

 

 だからだろうか。雄介が、吐露したことのない心中をクウガに語るようになったのは。

 

「最後の最後に、笑えてない自分に気がついちゃってさ」

 

 それは、"君はこうなるなよ"という忠告のようで、クウガは静かに黙って聞いていた。

 

「だからまだ、帰れないんだ。

 おやっさんやみのりや、一条さんに、まだ会えない。

 今の俺、前の俺と同じように笑えてる自信がないから。

 もう少し上手く笑えるようになってからじゃないと、心配かけちゃいそうで」

 

「ユースケは…………いい笑顔の男だと、思う」

 

「ははっ、ありがとうな。

 でもさ、やっぱまだ前みたいに笑えてる自信無いんだ。

 俺自分で思ってた以上に、勇気が無い奴だったみたいだから」

 

「勇気ある者ほど…………自らの、勇気無きを、語る。

 愚かしい者ほど…………自らの、勇気有りを、語る。そういうもの」

 

「そうかな」

 

 クウガは、雄介に笑顔がないとは思わない。勇気がないとも思わない。

 一年近く一緒に旅をした結論として素直にそう言える。

 だが雄介は、自分が昔の通りの自分に戻っているとは思えていないようだ。

 ゆえに、日本の大切な人達の下に帰れていない。

 

 一年。

 第一次未確認生命体災害は、一年間続いた。

 丸一年かけて、優しく強く暴力を好まない男の心を削り、擦り減らし、斬り抉り、へし折り、押し潰し続けたのだ。

 何度も、何度も、繰り返し。その心が何度立ち直ろうと立ち直れなくなるまで何度も。

 そうして、未確認生命体は意識すらせず、五代雄介の心を削りきった。

 

 五代雄介が自分を嫌い、自分の笑顔を信じられず、自分を許せなくなるまで。

 

 クウガの胸中に、様々な感情が湧き上がった。

 虚しさ。

 悲しみ。

 無力感。

 苦痛の共感。

 かわいそう、と思う気持ち。

 グロンギに、人に対する共感などあるわけがない。

 何千人殺そうが、どんなに苦しめてから殺そうが、「痛そう」「かわいそう」などとは思わない種族だからだ。

 事実、この時のクウガに人らしい共感などはない。

 クウガは一年近く共に過ごした五代雄介の考えること、感じることなら、少しくらいは分かるようになってきた。それだけだ。

 

 それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()への第一歩。

 五代雄介は、戦う力が素晴らしい人間だったのではない。

 優しいからこそ、正しさを教えられるからこそ、子供を優しい人になれる道へと導く生き様を自然にこなせるからこそ、素晴らしい人間だったのだ。

 本当は、五代雄介は、戦いの場で使い潰していい人間などではなかったのに。

 

 だからこそ、だろう。クウガが、『次のクウガ』にならんと決意を固めたのは。

 

「人には…………出来ることと、出来ないことがあります。

 人には、人の。

 怪物には、怪物の。

 それぞれの、境界線があります。

 人の領分を、越えれば、人では居られない。グロンギは皆知っていることです」

 

「そうなのかもね」

 

「"普通の人"に戻りたければ…………もう二度と、人を超えたことはしないように」

 

 普通の人間で居たい、と願う者がいる。

 そう願っている時点で、その者は高確率で不幸な人間だろう。

 その人間には、普通すらないということなのだから。

 今の五代雄介のように。

 

 グロンギは、皆望んで怪物になる。

 皆望んで人間を辞める。

 それと渡り合うために、雄介は人間を辞めていった。

 人間らしい幸福を失っていった。

 だからこれはクウガからの警告だ。

 

 二度とその世界に足を踏み入れるな、という、優しい警告。

 

「あなたが頑張ったことは、間違いなんかじゃない。

 あなたが目指したものは、間違ってなんかいない。

 それは正義ではなくて、もっと単純なことだから。

 好きだという気持ち。

 これが正しい、あれは正しくない、とかでなくて、笑顔が好きだという気持ち。

 正義を目指す正しさでなくて……

 正義よりも大切なものがあると知った上で、初めて貫くことができる……正しさ」

 

 言葉を紡げば紡ぐほどに、普段時々変なところで止まりがちなクウガの言葉が、するすると紡がれていく。

 クウガが流暢に話す時、その言葉がどんな意味を持つかを、雄介は知っている。

 

「ユースケが守った世界があって、繋げた未来があって、その平和が今もある。だから」

 

 月の光の下、少年の手が、男の手を強く握る。

 

「ユースケの順番が来たんです。あなたが、平和な世界で穏やかに生きる、順番が」

 

 クウガは何も話さなかった。

 これから異世界からグロンギが来ることも、何もかも。

 そしてこの後少しして……クウガは一人で全てのグロンギを倒そうとして、目を抉られ、海に蹴り落とされることとなる。

 

 五代雄介は、クウガと違って他人の気持ちがとてもよく分かってしまう男だったから。

 余計なことを少しでも話せば、察されてしまう危険があった。

 もしかしたら、大なり小なり何かは察されてはいたかもしれないし、クウガの想像通り何も察されてはいないのかもしれない。

 だが、クウガは何も話さなかった。

 平和が守られたこの世界にもうグロンギは居ないという雄介の認識を、守ろうとした。

 

「あなたはもう、『クウガ』をやらなくていい。…………ワタシが、保証します」

 

 どんな理由があろうとも、五代雄介をもう二度と戦わせてはいけない。

 

 そう思うグロンギが、ここにいた。

 

 クウガの保証に、雄介の心に刺さっていた"まだ戦わないといけないかもしれない"という想いのトゲが……すっと、抜ける。

 

「そっか。ああ―――安心した」

 

 もう二度と五代雄介を戦わせない。

 五代雄介が戦わなくて良いように、彼が守ろうとしたものを守る。

 それが、ズ・クウガ・バの月下の誓い。

 

 クウガが日本に行くと聞いて、雄介は"ある程度事情を鑑みてくれそうな"日本の友人知人に連絡を取ってくれた。

 橙子などがそれである。

 グロンギであるクウガを受け入れてくれる土壌もまた、五代雄介がくれたもの。

 雄介はクウガにとって色んなものを贈り、教えてくれた、兄であり父のようなものだった。

 

 グロンギの出来損ないを、人間の出来損ないにまで持って行ってくれたのは……五代雄介という人間の善良さであり、彼が持つ人の心だった。

 

 だからこそ。

 彼が家族、『おやっさん』、『一条さん』の下に帰れないことに……クウガは、虚しさを覚えてしまった。

 その虚しさと悲しみを、喫茶ポレポレにて、クウガは思い出してしまった。

 

 人を守る戦いの果てに、十二分に報われなかった男の結末に覚えた想いを。

 

 

 

 

 

 クウガはグロンギ基準で見れば、頭が良いとは言えない。

 こんな事態は想像していなかった。想定もしていなかった。

 けれども、何も考えないで答えるなら簡単だっただろう。

 

 言ってしまえばいい。

 五代雄介の現状を。言っていたことを。抱えていた苦しみを。

 帰って来ない理由から、自分が五代雄介に拾われた経緯まで、全部全部。

 それで別に損はしない。

 クウガには何のマイナスも無いのだ。

 

「雄介の奴の知り合いだったりするのかい? お客さん」

 

 グロンギとしてのクウガが、嘘をつく意味もないので淡々と、真実を口にしそうになって。

 

 クウガの心にある何かが、その口を開かせなかった。口を閉じ、唾を飲み、言葉を飲み込む。

 

「…………いいえ。知らない方です」

 

「そっか。そりゃ残念だ」

 

 本当のことを言わない、などではなく。

 勘違いをそのままにしておく、などでもなく。

 それはおそらく、彼にとっては生まれて初めての―――()()()()だった。

 

 いつの日か、自分を許し、自分がちゃんと昔の通りに笑えていると、雄介が思える日まで時を与えるために。

 雄介と、雄介の大切な人の再会の形を、雄介が自分の意志で選べるように。

 それまでの時間、雄介が望まない心配を、皆が抱かぬように。

 ズ・クウガ・バは、五代雄介を尊重した。

 

「今回の冒険は長くてさあ。いつまで経っても顔見せないんだよ、あいつ」

 

「…………そうなんですか」

 

「いつでも帰ってきて良いんだ。

 どんな雄介だって迎えてやるのにさ。

 あいつはちょっと抱え込みすぎるから、そこは心配なんだ」

 

 クウガの胸の奥が痛んだ。

 人間ならば何故痛むのか分かる痛み。

 けれどもグロンギである彼には分からない。

 

「帰りを待つ気持ちは…………人間皆、持っているものなんでしょうか」

 

「そりゃーそうだよ。変な聞き方するね、君」

 

 おやっさんはクウガのカップにコーヒーのおかわりを注ぎつつ、目をぱちくりさせる。

 

「人間、大切な人に望むのは、笑顔で帰って来てくれることが一番さ」

 

「…………」

 

「だから君も、そんな顔で帰ったら心配されるぞ?」

 

「え?」

 

「何を悩んでるかまでは分からんがね。何かお悩みの様子だったからさ」

 

 この人も目敏いな、と、クウガは思う。

 

「ええと…………

 喧嘩、喧嘩みたいなもの?

 スポーツ…………なるもので、勝てないんです。

 今のワタシには、一番大事なことなのに。それ以上に大切なことは、ないはずなのに」

 

「喧嘩みたいなもの、ねえ」

 

「…………あ、えっと、危ないとか、そういうことでなくて。

 ただなんというか、勝たないと、ワタシは…………価値が無いんです」

 

「……」

 

 おやっさんは、クウガの前に、無言で三杯目のカレーを置いた。

 

 そして、よく分からんことを言い始めた少年に向け、スパッと言い切った。

 

「美味しいものを食べて。

 友達と楽しく過ごして。

 今日も、明日も、その先も、笑って過ごす。

 それより大切なことなんてないんじゃないかね?」

 

「―――」

 

「喧嘩するなとは言わないけどね。

 喧嘩よりも楽しいことが沢山あるのにもったいないなぁ、とおじさんは思うわけですよ」

 

 人生楽しみなよ、と笑って言いながら、おやっさんはカレーの横に福神漬の皿を置く。

 

 そのカレーは、金箔入りイカスミカレー。

 かつて、未確認生命体第4号が46号を倒した時に……"クウガがガドルを倒した"記念に、ポレポレが新作としてメニューに載せたカレーであった。

 黒いカレーの合間にチラチラと、キラキラと金箔が見えて美しく、その実大きな肉とジャガイモが入った男らしさの塊のようなカレーである。

 

「昔ねえ、雄介の奴が俺に言ってくれたんだよ。

 世界一喧嘩強い奴でもこのカレーは作れないよ、って。

 へへっ、嬉しいこと言ってくれるよねえ。あいつはいつもそんな感じでさ」

 

「…………」

 

 話せば話すほどに、クウガは理解できてしまう。

 

 五代雄介が何を守りたかったのか。何を守ったのか。何のために戦い、何を残したのか。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()」と、言っている雄介の姿が簡単に想像できてしまって……雄介の戦いが悲劇だったと、言い切れなくなってしまう。

 悲しみがあったとしても。

 消えない傷が残されたとしても。

 第一次未確認生命体災害は、悲しみと絶望だけの事件ではなかった。

 しからばそれは、英雄譚と言うべきなのだろう。

 

 そして英雄譚にはいつも、拭いきれない悲しみの残滓がある。

 

「いかんね、どうにも。

 空我君を見てると雄介を思い出しちまう。

 なんでだろうねえ? 全然似てないとは思うんだけどねえ」

 

 おやっさんは、クウガと雄介を重ねるが、どこも似ていない。

 それも当然だろう。

 クウガの単語の発音、歩き方、椅子を引く所作、座り方、座る姿勢、スプーンの使い方、それらは雄介を真似したものである。

 カーマや雄介の日本語や所作の癖がそのまま残っているのだ。

 大抵の人間には分からないだろうが、長年五代雄介と付き合いがある人間は、なんとなくでその共通点を理解することができる。

 

 似ていないのに雄介を思い出させる少年なのだ、クウガは。

 

「なんで…………でしょうね」

 

 クウガは三杯目のカレーに手を付け始めた。

 

「みのりっち! 手伝いに来てくれたのかい?」

 

「はい。今日はやることのない土曜日だったので」

 

 次々と新しい人が入って来て、新しく人が出ていって、店の中の光景が変わっていく。

 

「ちーっすでーす」

「どーもー。あ、クウガ君発見!」

 

「…………カーマに、リツカ?」

 

「迎えに来ましたよ。警察の皆さんに心配かけながら何遊んでるんですか? LINE回したれ」

 

「カーマ、連絡回すって、普通に言えば…………というか、なんでここが?」

 

「魔力反応が奇跡的に追えたので、辿って来たんですよ」

 

「カーマちゃんはクッソあざといからね。

 一人だけで迎えに行って、私特別だよアピールすると思ったから。

 ついていけば私もクウガ君にさっくり会えるかなー、って思ってさ」

 

「は? 妄想力豊かですね。何を根拠にそんな想像したんだか……」

 

「まあまあ。あ、朝ご飯食べちゃう? 喫茶店みたいだよここ」

 

「…………このカレー、美味しいから、オススメするよ」

 

「甘口甘口……カーマちゃんこの地雷臭たっぷりなやつ頼んでよ」

「三度生まれ変わっても嫌です。クウガさんを信じることにします、同じやつで」

 

 クウガを最速で発見するカーマに、ついてきた立香。

 遠く警察署ではクウガ健在の報を受け、喜ぶ人やこちらに向かってくる人もいるようだ。

 クウガの周辺がワチャワチャとしてきた。

 どこか儚げで、どこか危ういクウガの雰囲気によくないものを感じていたポレポレのおやっさんも、その光景を見てやがて微笑む。

 

「少年、可愛い子にモテモテなんだねえ。かーっ、羨ましい!」

 

「…………からかわないでください」

 

 少年の体内で見えない変化が起こっていることに、誰も気付いてはいなかった。

 心に生じ始めた変化が、クウガの腹の中に収められた四つの欠片を励起させていた。

 

 むしろ、目に見える『異常』は、外からやってきた。

 

「げっ」

 

 窓の外を見たカーマが、少女がしてはいけない顔をする。

 

 ほとんど沙条愛歌と言っていい顔の造りはとても可愛らしいが、それでもカバーしきれないほどに、表情が歪みきっていた。

 

「クウガさん、すぐ移動できますか」

 

「? もうちょっとカレー食べてたい…………コーヒーも美味しいし。なんでか苦いけど」

 

「苦くないコーヒーなんてあるわけないでしょうこのアンポンタン! っと、そうじゃなくて」

 

 クウガの尻を蹴り上げる勢いで連れ出そうとするカーマに、おやっさんと立香が首を傾げていると、喫茶店のドアが開く。

 

 からんからん、と、一昔前の喫茶店で流行った、客の入店を知らせる鐘が鳴る。

 

「いらっしゃい! オリエンタルな味と香りの、喫茶ポレポレにようこそ」

 

 店に入って来た男が、カウンターに座るクウガの横に座った。

 

 カーマが頭を抱えて、テーブルに突っ伏す。

 

「あーダメですねこりゃ、もうなんか色々ダメ」

 

 カーマの言葉が耳に入っていないクウガが、肌でその存在を感じ取り、戦慄し、立香とカーマを庇えるように心を構えた。

 

 

 

「ガドル…………!?」

 

「店主、コーヒーを一つ。最も自信のある豆で作れ」

 

「はいよ。一見さんだよね? 粋な注文するねえ」

 

 

 

 ジャーザの力で太平洋に流されてから、数時間。

 深き海に溺れることもなく。

 日本がどちらの方向にあるか見失うこともなく。

 彼は、帰って来た。

 たった数時間で帰って来たというべきか、帰って来るのに数時間もかかったと言うべきか。

 

 やや古臭い、現代ではコスプレで通じるくらいには知られた軍服を異様なほどに着こなして、ガドルはクウガの横の席に座っていた。

 

「コーヒー…………好きなんですか、ガドルさん」

 

「ああ」

 

 手早く出て来たコーヒーを、ガドルが口元に運ぶ。

 

 何しに来たんだコイツ、とカーマは戦々恐々しながら、様子を窺っていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

 更新遅れてすみません。ぼちぼち忙死も出てきましたがまったり更新していきます
 誤字修正とかもちゃんとやります、はい

 あんまり本編には関係ない話ですが
 空の境界の最後の事件が終わった年に、藤丸立香が生まれ
 式とコクトーの間に娘が生まれた年に、第一次未確認生命体災害という時系列になってます
 プリヤ士郎が朔月家の記録で見たように、どこの世界にも子が居て、母が居て、母は子の健やかな未来と幸福を願っています


『この男に敵意はありません。マスター』

 

 クウガとガドルは、会話を一般人に聞かれること・一般人の近くにガドルが座ることを嫌がったクウガの意向で、他の人達から離れ窓際の一番奥の席に移動していた。

 クウガがカレーを口元に運び、ガドルがコーヒーで喉を潤す。

 ランスロットが内より囁いたのは、そういうタイミングだった。

 

(ありがとう)

 

『万が一にも戦闘にはしないように。

 まだ、我らはこの男に勝てません。

 勝ち筋が無いのです。

 ……無茶をしすぎました。明後日まで、戦闘行動は行うべきではありません』

 

(心配しすぎじゃ)

 

『今は一人の男としてではなく、一人の騎士として所感を述べています。

 効率面から言えばこの壊れかけの体での戦闘行動は、あまりにもありえない』

 

 ガドルの機嫌を損ねたらアウト……ということではない。

 ガドルの今日の行動権は既に使われている。

 クウガに対しガドルの側から仕掛けることは不可能だ。

 ガルメのようなルールの隙間狙いも、ガルメ以外のグロンギのほとんどが好まない。

 向こうから仕掛けられることはないだろう。

 だからこそ、クウガの方から仕掛けることだけはあってはならない。

 それはガドルに反撃という名の攻撃権を与えてしまう。

 ランスロットはそこに釘を刺していた。

 

 冠位(グランド)に到達したグロンギ。

 これを真っ当な手段で倒すのであれば、同じく人類史を代表する冠位(グランド)にまで到達した戦士が必要となるだろう。

 少なくとも、今のクウガに打倒は不可能だ。

 欠片の再臨が第一段階でしかないクウガに、第三段階のガドルはあまりに遠すぎる。

 

「ジャラジのゲゲルを見たことはあるか」

 

「ジャラジ? …………いえ」

 

「そうか」

 

 ガドルはジャラジという名前を出し、テーブル脇のナイフ、スプーン、フォークを掴む。

 すると、その手の中のナイフ達が全て異形のナイフへと変わった。

 刃を連想させるものを大剣に変えるクウガの力と同じ、モーフィングパワーである。

 ガドルがそれをテーブルの上に転がすと、それらが右端から順に、綺麗に5秒間隔で元の形に戻っていった。

 

「―――!」

 

 クウガが息を飲む。

 いかなる形状のものでも、"そこから連想できるもの"に限らず同じ刃に変えた応用力。

 大きな武器だけでなく、こんな小さなものに丁寧に変化させられる操作力。

 そして、秒単位で変化時間を設定するほどの緻密な制御力。

 今のクウガには、逆立ちしても真似できない技と言えるだろう。

 

 それはガドルが、戦闘力の大きさだけでなく、細かな小技で見せる技量においてもクウガを圧倒的に上回っているということを意味していた。

 

 ここまで精緻な制御力を持つグロンギはそうそういない。

 グロンギの武器変化は、手で武器をずっと持っていれば継続的にモーフィングパワーを注ぎ込めるため、時間指定の制御など覚えなくても何ら問題はないからだ。

 武器を指定した時間で元に戻るよう調整するスキルは、あまりにも用途が少ない。

 ガドルと、今名前が出たジャラジを含めても、このレベルはおそらくは五人も居ないだろう。

 

「やはり基礎からして満足に仕上がっていないレベルか。

 力も無い。技もない。特異能力もない。

 それでよく反旗を翻したものだ。弱者にもほどがある」

 

「…………勝てると思って、臨んだわけでは、ありません。勝たねばと、誓っただけです」

 

「分かっているのか、その言葉の意味が」

 

「…………」

 

「今の『奴』の思惑は分からん。

 ダグバにあの魔神が融合した心など、内実は誰にも推察できん。

 だが一つ確実なことがある。

 グセギス・ゲゲルの慣例通りに進むのであれば、勝者はダグバとの戦いを迎えるだろう」

 

 この聖杯戦争では、誰もが上を見ている。

 人間は、あらゆる攻撃を無効化するデミ・グロンギを忌々しく見上げる。

 ズ・クウガ・バは、格上のジャーザ達を見上げる。

 ジャーザ達は、敵いそうにないガドルを見上げる。

 そしてそのガドルもまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()、ダグバにして愛歌である少女を見上げているのだ。

 

「『あのダグバ』に勝たねばならない、ということだ」

 

「…………そう、ですね」

 

「お前が人間を守りたいのであれば。

 俺が『ン』を目指すのであれば。

 どの道、ダグバを超えなければ意味が無い。

 グセギス・ゲゲルの最中に他参加者に殺されるのも、最後にダグバに殺されるのも同じだ」

 

 この、階級ごとの絶対的な強さのランク分けと、それを超えていかねば意味がない、グロンギとゲゲルの伝統的なシステム。

 ズのクウガも、ゴのガドルも同じだ。

 最後にダグバに勝たなければ、目的を達成することはできないだろう。

 通常の聖杯戦争と同じ。

 最後に残る勝利者は、一組であるべし。

 ダグバと愛歌か、ガドルとヘラクレスか、あるいはクウガとランスロットか。

 

「俺はまだ強くなれる。というより、次の強さの段階のきっかけを、掴みかけている」

 

「―――え」

 

「究極の闇に到達できるかは分からん、が。少なくとも、今の倍を当座の目標にしている」

 

 そしてガドルは、とんでもないことを言い出した。

 

「まだ…………強くなると、言うのですか」

 

「そのためには生死を懸けた、全身全霊の戦いが必要だ。お前の成長には期待している」

 

「…………?」

 

「お前のような化物を、俺は他に一人も知らん」

 

『……何だこの男は。何を考えている?』

 

 期待? 化物? と、クウガの脳裏に疑問が次々浮かんで来る。

 ガドルにそこまで評価されるようなことを、クウガは全くした覚えが無かった。

 

「今のお前の体に入っている欠片は四つ。そうだろう」

 

「…………」

 

「だんまりか。まあいい。おそらく間違いはあるまい」

 

 欠片を体の中に四つ入れ、その内の一つが励起状態にある半端な状態であるというのに、ガドルはクウガの体内の欠片の数を正確に見抜く。

 クウガは情報を漏らさないために無言を貫いたが、明らかに意味は無かった。

 

「その欠片は、ズであればまともな精神状態すら保てなくなるものだ。

 ゴでも多大な苦痛は免れまい。

 入れて一つだ。それ以上は現実的ではない。ところがお前は、四つ入れて平静としている」

 

 ガドルがコーヒーを口元に運ぶ。

 

「たった一つでズをゴの領域にまで押し上げるダグバのベルトの欠片。

 それを四つ。十ある欠片の内四つだ。

 これを化物と言わず何と言う?

 お前が完全にダグバの欠片の力を引き出した時……さて、どうなるか」

 

 ガドルの眼がクウガを見やる。

 その眼は、クウガを見る愛歌の眼差しに少し似ていた。

 今は弱者でも、遠い未来に強者となる可能性を見る眼、今ここに居るクウガではなく彼を通して未来のクウガを見ている、そんな眼であった。

 

「強くあればいいのだ。

 グロンギに他の何も必要無い。

 弱者の主張や信念はただ踏み躙られるのみ。

 お前も、俺も、己の我を通したければ、強くなる以外の道などありえん」

 

「…………そう、ですね」

 

「強くなれないのであれば、志半ばで好きに野垂れ死ぬがいい。それもお前の自由だ」

 

 ガドルは戦士のみを標的とする。

 己と戦える者のみを求める。

 弱者は獲物にすらしない。

 弱者の心を踏み躙る行為も、グロンギの中では最も好んでいないだろう。

 

 それはつまり、グロンギの中で最も()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 

 ガルメは弱者が要らないとは思わない。

 殺して楽しむために。踏み躙るために。バカにして嘲笑うために。

 見方を変えれば、ガルメは弱者を常に必要としていると言える。

 苦しめてつまらない人間より、苦しめると楽しい人間の価値を認めているとも言える。

 大抵のグロンギもガルメと同様であるだろう。

 

 だが、ガドルは必要としない。

 ガドルは価値を認めない。

 強くない敵などガドルは必要としない。

 それはクウガに対しても同じ。

 

 "強くあればいい"というシンプルなガドルの考え方は、他のグロンギの考え方のどれよりも、弱者の生を否定するものだった。

 

 

 

 

 

 そんな二人を、コーヒーゼリーを突きながらカーマが横目で見ていた。

 ポレポレのおやっさんは皿磨きをしつつ、クウガとガドルの会話が聞こえていないながらも、二人の間に張り詰める空気をあまり歓迎していないようだった。

 

「君達少し似てるねえ。あ、兄妹? それとも姉弟かな。仲も良さそうでいいことだ、うん」

 

「違うような、まあその通りなような。気にしないでください」

 

「あの子が言ってた勝たないといけない相手って彼なのかな?

 あーんな怖い顔しちゃってまあ、カレー食べてる時はこの世で一番幸せそうだったのに」

 

「幸せだけ貪ってて良いなら人生なんて大抵イージーモードなんですけどね。でも……」

 

 カーマは続く言葉を発さず、飲み込んだ。

 クウガから視線を外し、カーマは視線を右から左に動かした。

 そこには、今日この店で初対面であるはずの女性達と仲良さそうに話している藤丸立香の姿があった。

 

(本当に人見知りしない人。クウガさんも見習えばいいのに)

 

 大人達と立香の会話はよく弾んでいて、初対面であることも年齢差も感じさせない。

 

「へー、みのりさんも五代って名字なんですかー!」

 

「うん、そうなんだ。

 それにしても、立香ちゃんが15歳、あそこの男の子が14歳……

 2000年くらいに生まれた子供達がもうこんなに大きくなるような時間が経ったんだね」

 

「はい! ミレニアム生まれ世代とかちょっと言われてました!」

 

「元気いいわねえ、立香ちゃん。

 というか、みのりちゃんもそういうこと言ってると一気に老け込むわよー。

 みのりちゃんがおやっさんみたいに老け込んでしまったら私、困っちゃうわ。おほほ」

 

「おいこらぁ女性陣、なんつーこと話してるんだ。

 俺達にも聞こえてるんだからね、そっちの会話は。まったく」

 

 ほのぼのとした会話に、カーマの口元が思わず緩んだ。

 

 立香とよく話しているのは、五代みのりという女性と、元城恵子という女性。

 どちらも東京で保母をしているらしい。

 『保母』というものを体験としても実感としても知らないクウガやカーマと違い、普通の女の子なのが立香の特徴と言えば特徴である。

 立香は自分が保育園の頃に大好きだった保母の思い出話をするなどして、普通の人間らしい親しみの持たれ方をしていた。

 

「立香ちゃんこの右手の甲の文様、タトゥー? 最近の子は進んでるね」

 

「あーこれちょっと違くて。

 タトゥーみたいに入れてないんでその内取っちゃうと思います。

 タトゥーとかああいうの、親に貰った体に傷を付けるみたいで気が引けちゃうんですよ」

 

「はー、今時の子からそういうセリフ聞けるとは。

 立香ちゃんはいい子だねえ、うちの子に見習わせたいよ」

 

 特別なことなど何もしていないが、ゆえにこそ立香の他人に好かれやすい人柄が、会話の節々によくにじみ出ていた。

 

「昔はこのお店も随分お客が減ってて皆心配してたのよ。

 第一次未確認生命体災害の頃だったかしら、皆外出を控えちゃっててね」

 

「へー、そうなんですか。私その頃赤ん坊だったので、良かったのか悪かったのか……」

 

「良いことよ。

 知らなくていいことでもあるわ。

 ……遠くからの常連さんも、めっきりここに来なくなっちゃっててね。

 ここだけじゃなくて、外食するところは皆大変だったわ」

 

「みのりさんと恵子さんはその頃から保母さんだったんですよね?

 保育園の子供達の送り迎えとか、襲われないか心配だったりしてました……?」

 

「そりゃもう心配だったわ。その頃私は妊娠もしてたしね」

 

「えっ……第一次未確認生命体災害直撃の頃にですか」

 

「ええ。色んなこと考えちゃったわ。

 女の子は妊娠してる時色々不安になるって、あなたも覚えておいた方がいいかもね」

 

 今はもう膨らんでいないお腹をさすって、恵子は立香に笑いかける。

 

「私の娘、あなたくらいの年頃なんだけど……

 このお腹にあの子が居た時、皆色んなものを怖がってたわ。

 外出する人が居なくなる、ってほどではなかったけどね。

 目に見えて外出する人は減ってた。

 ふふ、私もちょっと怖がってたかも。

 暗い路地には頼まれても入らなかったわね、きっと。

 ……でも、一番怖かったのは、生まれてくる子供が、幸せになれないことだったわ」

 

 五代みのりが、立香のジュースと恵子のコーヒーにおかわりを注ぐ。

 みのりは無言だ。

 その横で会話を聞いているだけのおやっさんもカーマも口を挟まない。

 立香が赤ん坊だった頃、赤ん坊を産み落とした母の言葉は、"グロンギが起こした災厄"の当事者からすれば聞き流してはいけないものだった。

 

「このお腹の中の子が、幸せに生きていけるかな、って……

 そんな事ばかり考えて不安になってたわ。

 だから今の元気なうちの子や、あなたみたいな年頃のいい子が見れるのは嬉しい。でも」

 

「……でも?」

 

「去年も、今年も、未確認が出たみたいだから。

 ……未確認の居ない世界を生きて欲しいって願っても、意味はないかなって」

 

「―――」

 

「もしかしたら。未確認が居なくなることって、無いのかもしれないわね」

 

 それは、偉人が願うような高潔なものではない。

 英雄が願うようなすばらしいものでもない。

 強き者が持つ世界を変えるほどの願いでもない。

 どこにでもあって、誰にでもあって、世界を変える想いでもなく、未来を変える祈りでもない、吹けば飛ぶような小さな願い。

 

 『我が子に健やかに生きてほしい』。

 

 ただそれだけの、英雄譚に名前も載らないような、ありきたりな『母』の願いだった。

 

 それだけの願いが叶わない。

 いや、一度は叶ったのだろう。

 4号/五代雄介が第一次未確認生命体災害を終息させた時に、これで終わったと、彼女は安心したはずだ。

 産み落とした子供が、これからは脅かされることなく生きていけるだろう、と。

 安心して外を歩けるという"当たり前"が我が子には与えられるだろう、と。

 

 そういう視点で見れば第二次と、現在発生している第三次は最悪としか言えないだろう。

 

 戦いは日常であってはならない。

 人類の歴史とは、無くならない争いを無くそうと努力し続ける、無限の繰り返し(リピート)だ。

 戦いがある限り命は失われ続け、戦いがある場所から人の不安は無くならない。

 グロンギが楽しげにゲームを始めてまず殺されるものは、『平和』であり、見方を変えれば望むままに外を歩き回る『自由』なのだろう。

 我が子の自由と平和が奪われている現実が、母親の目にはよく見えているに違いない。

 

 "人間の自由と平和"は守られねばならない。

 当たり前の人間の幸福は、そこにこそ根付くのだから。

 

 輝かしい英雄譚の影には、英雄譚に描かれないだけで、常にこうした『何の力も持たない弱者のありきたりな苦悩』がある。

 そこに華やかさは無い。

 面白みもなく、爽快感もない。

 問題が解決されたとしても、名もなき人の笑顔があるのみ。

 なんとも地味で、英雄譚に記されないのも頷けるというものだ。

 英雄の活躍や苦悩を宝石とたとえるならば、彼らの笑顔や苦悩は石ころでしかないだろう。

 石ころが踏み砕かれて消え失せても誰も気にせず、石ころが大きな影響を生むことはない。

 

 けれども。

 

 輝く宝石ではなく、道端に転がる石ころを大切にし、守らんとする者もいる。

 それはたとえば、滅びゆくブリテンで、何気ないものを守ろうとするアーサー王であったり。

 地獄の中でも皆の笑顔が好きという気持ちだけで戦い続けた4号であったり。

 『ごく当たり前の人間らしさ』に、怪物らしい憧れを持ったズ・クウガ・バであったり。

 英雄譚(ほうせき)に縁のない普通の子である、藤丸立香であったりするのだろう。

 

「居なくなりますよ、すぐに」

 

「え?」

 

「ほらこれです、Twitterで今ちょっと噂になってますけど。

 これこれこの画像ですよ。

 4号が前にどうにかしてくれた時と同じで、どうにかしてくれる人はもういるんです!」

 

 その石ころを、気軽に蹴り飛ばし、踏み砕くグロンギがいることを立香は知っている。

 

 そして、その石ころを『彼』が守ってくれるはずだと、信じている。

 

 だから胸を張り、声を張り上げた。元気に、力強く。

 

「立香ちゃんは、この4号みたいな人を守ってる未確認生命体が、いい人だと思う?」

 

 少し重みのある声で、五代みのりが問いかける。

 

 立香は少し考えて、けれども己のの内で既に出ている答えを口にする。

 

「いい人であってほしいな、って思いますけど……きっと、いい人ですよ」

 

 第一次を知る大人の二人の女性。

 第一次を知らない一人の少女。

 未確認生命体4号をかつて信じた二人。

 ズ・クウガ・バを今信じている一人。

 

 英雄は希望を託されるもの。だからただ一人でいい。

 力なき人々が希望を託し、今日を任せられる一人が居れば、それだけで違う。

 かつて英雄を信じた人達が居て、かつて信じられた英雄が居て。

 十数年の時が経ち。

 今の英雄を信じる少女が居て、少女に信じられた怪物が居た。

 

 『正義の味方』は、信じる人と、信じられる者、その両方が居て初めて成立する。

 

 何かを思い出すように、みのりと恵子、二人の女性の表情が柔らかくなる。

 

「そうね。立香ちゃんの生きる時代も……優しくて強い誰かが、守ってくれたりするのかもね」

 

 穏やかな表情で、恵子はそう独り言ち。

 

 カーマは()()()()()()()()()()()()()()()()()を再確認し、ほっと胸を撫で下ろし、いざという時クウガを無理矢理引っ張ってでも国外に逃げ出す想定を、一度棚上げにした。

 

 

 

 

 

 そして、クウガとガドルの会話も一区切り付こうとしていた。

 

「このグセギス・ゲゲルは何かがおかしい。

 器にダグバのベルトの欠片を使ったが……

 それでは説明できない何かを感じる。何か、異物が紛れ込んでいる。異常な何かだ」

 

「異常な…………何か」

 

「この世界の人間もまた滅びるだろう。

 そして滅ぼし、狩り尽くすのであれば、それは我らの手によるものであるべきだ」

 

「…………ならワタシは、その滅びを殺します。滅びは、受け入れられた運命では、無い」

 

 立香と二人の女性の会話には、母から子へ向けられる愛、守られるべき自由と平和、守られる笑顔……石ころのようなものの価値を再確認するような価値があった。

 

「クウガ。思い上がるな」

 

「―――」

 

 けれどもこちらは、怪物と怪物。

 どこまで行っても血生臭く、その言葉の全てが戦いに繋がっている。

 巻き込んだ石ころを破壊しながら大きくなる嵐の一端のようなものだ。

 母が子を愛するがゆえの話は『次に繋げる話』だろうが、怪物と怪物による人間殺しと殺し合いのための話は、『何もかもを次に繋げない話』である。

 殺すということは、終わらせるということなのだから。

 

「お前は偽物だ。

 誰も言わないなら、俺がそう言おう。

 お前はグロンギの偽物から人間の偽物になろうとしている。

 お前が我らの一族に勝ちきれず、リントの一族に憧れるのは……

 偽物は本物に敵わないと、心のどこかで確信しているからだ。その自覚はあるか」

 

「っ」

 

偽物の人間(フェイカー)は決して本物の人間の中には混じれない」

 

 それは世界の絶対の真理を口にした言葉ではなく、ガドルという人間の確固たる認識から発せられた言葉であった。

 

「…………その問いへの、返答は、戦いにて。あなたを倒し、一つの証明とします」

 

「常に上を目指し続ける心こそがグロンギの誇り。貴様の中にもまだあったようだな」

 

 強くなり、人を守り怪物を倒すことで、自らの人間性を証明せんとするクウガ。

 

 だが怪物より強くなることは、人間性の証明なのか? 怪物性の証明なのか?

 

 ガドルは少なくとも、それを怪物性の証明であると考えていた。

 

「生まれは変えられん。お前がなれるのは、本物のグロンギだけであるはずだ」

 

 ガドルが口元に運んだコーヒーの最後の一滴が、飲み干された。

 

「今日…………ワタシは、千載一遇の共闘機会に、あなたを、殺すつもりだった」

 

「だろうな」

 

 今日よりいい条件で、ガドルと戦える日が来るのか。

 今日より勝機がある状態で、ガドルと戦える日が来るのか。

 何も分からなかったが、クウガは変わらぬ決意を再度噛み締める。

 彼は分からぬ事より変わらぬ事を重んじた。

 

「必ず」

 

 十数という数の肉片に切り刻んででも、ゴ・ガドル・バを必ず殺すという、誓い。

 

「ワタシが、殺せなかった責任を、ちゃんと取らせてもらう」

 

 それはグロンギにとって百点満点の解答であった。

 

「ゲズンバ・ゴビババ・サズボンデ・ゼゴラゲ・ゾボソグ*1

 

「ジャデデリソ。ゲンギ・クウガ*2

 

 コーヒーの代金よりいくらか多い代金をカウンターに置き、ガドルは去って行った。

 

「制限時間はあと7日。168時間です」

 

「カーマ」

 

「あんま焦ってもしょうがないですけど……そんな悠長にもしてられません」

 

 ガドルが去った後の窓際の席に、カーマと立香が座る。

 カーマは時間がないのに落ち着き払っているクウガを見てやや不安そうにしていて、立香は店から出ていったガドルの背中を、何故かじっと見つめていた。

 

「あの人、一緒にカレー食べてくれる人いるのかな」

 

「え?」

「え?」

 

「いや、なんとなく思ってさ。コーヒーもいつも一人で飲んでそう」

 

 立香の思考と疑問の意味が分からないクウガとカーマ。

 とりあえずクウガは想像してみるが、ガドルが誰かと一緒に仲良く食事を摂っているという光景がまず想像できなかった。

 修行の時も、食事の時も、ゲゲルの時も、ガドルはいつも一人だったから。

 

「いない…………と、思います。きっと、生まれた時から、ずっと」

 

「ほー、なるほどなるほど」

 

「リツカ、それが、どう…………したんですか」

 

 立香はにこにこ笑って、ぽんぽんクウガの肩を叩く。とても、友人らしく。

 

「友達の数では完全勝利じゃん? いやー勝っちゃったね、クウガくん」

 

「え」

 

「あー、あー……立香さんって本当グロンギから一番遠い人間ですよね」

 

「いやいやー、グロンギの友達だもん。グロンギに一番近いと言っても過言じゃないよ?」

 

 冗談めかした形で言っているようだが、友達の数でマウントを取るという事自体がグロンギの文化に全く存在しない、カーマが生きた過去の時代にも存在しない、"普通の現代っ子"らしい発想であると言えよう。

 長く続いた平和の中から自然と湧き上がるものなのだ。

 『友達が多いということはそれだけで素晴らしい』『友達に好かれているだけでその人には価値がある』という概念は。

 

 だからお世辞でなく、藤丸立香はクウガがガドルより遥かに素晴らしい人だと思い、クウガがガドルに勝っていると言い切れるのだ。

 少なくとも、立香はクウガの友達なのだから。

 

「こういうのを忘れちゃいけないんですよ、クウガさん。

 力の強さ弱さとは別のところに勝ち負けがあるというのは、とても大切なことですから」

 

「ん、それは、ワタシも思った」

 

 友達の数比べ……平和な話だ。

 こういう発想が出てこないグロンギは、力の大小と勝ち負けこそが全てであり、こういう発想がガドル相手にすら出て来る立香は、友達を増やし・仲良くなり・笑顔にすることこそが大切なことなのだと、よく分かる。

 一緒にカレーを食べてくれる人が居る、という強さ。それがガドルになくて、今のクウガにはある強さ……なのかもしれない。

 

『強くなりましょう、マスター。

 力のためではなく。

 力よりも価値のあるものを、守れるだけの力を得るために』

 

(ああ)

 

『あなたに寄り添ってくれる人が。この時間こそが。力よりも価値のあるあなたの財産だ』

 

 目の見えないクウガの手を立香が引いて、三人で帰路につく。

 

「またおいで。美味しいカレー用意して待ってるから、次はお客さんとしてね」

 

 そう言ってくれたおやっさんの言葉に、クウガは不思議な感情を覚えていた。

 

 歩いて歩いて、警察の皆が待つその場所へ。

 皆が皆走り回り、死ぬほど忙しそうにしている未確認生命体対策室の分署のエントランスに、クウガが聞き覚えのある三人の声が響いた。

 

「あ、おかえりなさい。空我さん」

 

「待ってたぞ。早かったじゃないか、空我。慎二達も待ちくたびれてたぞ」

 

「僕をこんだけ待たせるとか……空我はいつからそんなに偉くなったんだろうねぇ?」

 

 桜が他の人に帰還を知らせに行って、士郎と慎二が空我を見つけ―――親指を立てる。

 

「お疲れ、空我。

 お前のおかげで死人は0、市民の死傷者も0。

 ドゥサの被害と比べれば信じられないくらいに被害を抑えられた。ありがとな」

 

「よくやった、とだけは言っておくよ。ま、僕の奮闘のおかげでもあるけどね?」

 

「お前が居てくれて良かった。重ねて感謝を言わせてくれ」

 

 カーマに促され、空我も親指を立てる。

 立香とカーマもまた、奮闘した警察の男達に向けて親指を立てた。

 勝敗の観点から見れば、お茶を濁したような決着だった。

 相手を殺してこそ勝利と言えるグロンギの世界においては、間違いなく敗北。

 けれども人の笑顔を守る者達からすれば、間違いなく勝利。

 

 ガドルの恐ろしさを前にしても、何かを諦めた者は一人もおらず。

 

 彼らはただ、眼前の人の健闘を讃え、誰も死ななかった結果の味を噛み締めていた。

 

 

 

【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/08/02 00:20 p.m.】

 

 

 

*1
七日後に必ず、この手で、お前を殺す

*2
やってみろ。戦士クウガ




 立香(りつか)で、立花(りつか)で、立花(たちばな)と『おやっさん』、と

【波紋・解明】
 仮面ライダークウガ27話、及び28話。
 2000年7月の終わり頃。
 それはこの物語から見て、ちょうど14年ほど前の話。
 五代雄介の妹・五代みのりやおやっさん達と一緒にプールに来ていた、普段は子供達を優しく育てている保母・元城恵子は、お腹をさすり、妊娠期の不安からかぽつりと抱えた不安を漏らす。

「この子の方はどうなんだろう。生まれる頃には、安心して外歩けるようになってるかな」

 それは『主人公』でも『その仲間』でも『敵』でもない、『戦いの脇に生きる一般人』が抱える小さな、けれど切実な悩み。
 戦いが終わらない世界に子供を産み落とすことに、母となる恵子は疑問を持っていた。
 そんな中。
 彼女らが妊婦に気を使って選んだプールを、彼女らがプールから出た直後、未確認生命体第38号ゴ・ベミウ・ギが襲う。
 普通にプールに行っただけでも"運がなかった"の一言で死が決まり、"運がよかった"以外に生き残る理由がない、まさに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()絶望。
 あと10分ほどプールに長居していれば、自分も、愛する人との間に出来た赤ん坊も、殺人ゲームのスコアカウントを1つ増やすためだけに費やされていた、という事実。

 テレビのニュースでそれを知った恵子は、感情の渦に飲み込まれて倒れてしまい―――

※余談
 この時期には安定期(妊娠五ヶ月以降)に入っていたらしいので、この事件から約六ヶ月後の第一次未確認生命体災害終息前には、既に出産していたと思われる。
 生まれた子はクウガと同い年、立香の一つ下。
 妊婦が「こんな世の中に生まれて幸せになれるのかな」と言い出産を悩む程度には、2000年7月末当時の日本に蔓延する空気は、不安と絶望が染み込んだものであった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心象

 人間にとっての致命傷はグロンギにとってかすり傷程度のものでしかなく、グロンギにとっての致命傷はズ・クウガ・バにとってかすり傷程度のものでしかない。

 本来ならば即死級のダメージも、クウガならば数分で回復してしまうだろう。

 逆説的に言えば、そんなクウガが回復できないほどのダメージであることが、クウガが無理矢理に使ったナイト・オブ・オーナーの反動の大きさを裏付けている。

 

 クウガは午後の時間を、鍛錬に使うことを決めていた。

 無理はしない。身体能力の成長が目的ではなく、まともに治らず治りも遅い体を一刻も早く治すことが目的だ。

 再生能力発動中の体でいつもの動きをなぞり、ゆっくりと剣の型を繰り返すことで、体が変な形に再生しないようにする。

 かつ、技の組み立てを試行錯誤し、新たな技を生み出そうともしていた。

 

 あまり悠長にはしていられない。

 次のガドルとの決戦は一週間後だ。

 せめて、鍛錬にある程度以上の時間は費やさねばと、クウガは思う。

 

 このままでは、()()()()()には敵わない。

 

―――お前は偽物だ。

―――誰も言わないなら、俺がそう言おう。

―――お前はグロンギの偽物から人間の偽物になろうとしている。

―――お前が我らの一族に勝ちきれず、リントの一族に憧れるのは……

―――偽物は本物に敵わないと、心のどこかで確信しているからだ。その自覚はあるか

 

―――偽物の人間(フェイカー)は決して本物の人間の中には混じれない

 

 そうだ。

 クウガは人間に憧れている。

 グロンギにはありえないほどに、その在り方が綺麗だったから憧れた。

 憧れたということは、人間らしくないということであり。

 グロンギから見れば、グロンギの偽物が人間の偽物になろうとしてあがいている滑稽さが、ひどく笑えてしまうということでもある。

 ガルメはそこを嘲笑するだけに終わる者であり、ガドルはその滑稽さの中にある戦士の価値を見逃さないものである、と言うこともできる。

 

 クウガの中で今、『本物』のイメージで真っ先に浮かんでくるのはガドルだ。

 本物の強者。本物の中の本物。

 冠位(グランド)に至った現実もそれを証明している。

 最強の本物、黄金に輝く力を纏った、英雄の王と評しても過言ではないほどの強さ。

 あの強さの純度と比べれば、未熟な力と技を継ぎ接ぎしているクウガの強さは雑種としか言いようがない。

 

 剣を振りながら、クウガは打開策を頭の中で練り始めた。

 

 

 

【東京都文京区未確認生命体対策室訓練室 2014/08/02 02:45 p.m.】

 

 

 

 汗がぽた、ぽた、と流れ落ちる。

 訓練用に用意されたスペースでひたすらに剣を振るクウガ。

 空調を付けるという習慣がまだないクウガは、熱気こもる訓練室の中で、暑さに眉一つ動かさないまま剣を振り続けていた。

 愚直に。

 真摯に。

 これまでの人生と同じように、馬鹿みたいに真面目に剣を振り続けた。

 熱がこもる訓練室の中で、汗は片っ端から蒸発していく。

 

 これまでの人生と同じように剣を振り、これまでの人生になかったものを実感する。

 

『む。今の動きはいいですね。切り上げから切り下ろしのコンビネーションに入れましょう』

 

(分かった)

 

 頭の中にもう一人、それも自分より圧倒的に格上の完成された剣士がいる。

 それがどれだけ助かることか。

 クウガは内心ランスロットに感謝し、それがじんわりとランスロットにも伝わっていく。

 

 クウガは独学だけで剣を修めてきたわけではないが、長いこと独学で技を磨いてきたこともまた事実である。

 独学の剣は隙が生まれやすい。

 数多くの人間が「ここの隙をなくした方が良いよ」と改良を加えてきた伝統的武術と違い、独学の剣は一つの視点と一つの思考で組み立てられる。

 よって"予想もしていなかった隙"が生まれやすいのである。

 独学で隙の無い剣を組み立てられるのは、生まれつき戦士として桁違いの才能があり、センスだけで完璧な剣術を構築できる天才だけだろう。

 

 例えば、『完璧な騎士』と謳われたランスロットのような。

 

『ナイト・オブ・オーナーと士郎殿の能力の組み合わせは強力でした。

 ガドルを倒せなかったものの、あれは他のデミ・グロンギには十分必殺となります。

 ですが問題は反動ですね。

 30秒に限定し、実質剣を対象とした発動の身に絞っているのに、この反動……』

 

「使った翌日の体がまともに動かないのは…………今本当に実感してる」

 

 ランスロットはクウガの指導方針、育成方針、彼の中に眠る不可解な才能の見極めに苦心していたが、なんとか現段階の情報から最適解を見つけ出していく。

 難儀さだけなら、生前の息子ギャラハッドを思い出す―――と一瞬だけ思うランスロットであったが、それはランスロットにもクウガにも失礼だと考え、やめた。

 会話を続ける。

 

『となると、現在判明している曜日の割当はこうです』

 

 金曜日→メ・ドゥサ・レ(撃破済み)

 土曜日→ゴ・ガドル・バ

 日曜日→?

 月曜日→?

 火曜日→ゴ・ジャーザ・ギ

 水曜日→?

 木曜日→メ・ガルメ・レ

 

『このゲゲルの特徴は、日付と襲撃者がセットであり、計算がしやすいということです』

 

「うん、そうだ」

 

騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)の反動は大きい。

 翌日に響く上、翌日はまず使えません。

 ですがガドル相手には使わなければまず勝てないでしょう。

 となると土曜日に確実に使うとして、金曜と日曜は使用不能と考えるべきです。

 ガドルの前のドゥサを既に倒していて良かった。おかげで考えることが少なくていい』

 

「なるほど」

 

 出来る限り早くに参加者全員の情報を集め、曜日ごとの割当を把握し、強敵の前の日と後の日も含めて計画を立てねばならない。

 そういう部分では、何も考えず眼の前の戦いに全力投球するのではなく、先の先まで考えて戦う"将たる騎士"としての人生を送ってきたランスロットの経験が役に立つ。

 

『ナイト・オブ・オーナーは計画通りに使う場合、一度の使用を三日単位で考えるべきです』

 

 使用前の日、使用当日、使用翌日。

 最悪の場合、三日三体の内一体にしか使えず、残り二体には使えないということだ。

 

『そう考えれば、ナイト・オブ・オーナーを使えるのは一週間に二回。

 敵は六体であるため、その内の二体を選んで当てていく形になるかと』

 

「四体は、ナイト・オブ・オーナー無しで乗り切ることを考えるべき、か…………」

 

 ガドル相手に使わないのは論外だ。

 となると、ナイト・オブ・オーナーを使えるのは残り五体の内一体、と考えるべきか?

 ガドルが生きている限り一週間の内三日が専有されてしまうのが中々に難しい。

 

『早めに数を減らすのも手です。初見で倒してしまえば、翌週にはもうその敵は現れません』

 

「そうだね」

 

『……ですが、少し迷うところではありますね』

 

「?」

 

『私としては、対ガドル戦線にできる限り引き込みたい』

 

「あ」

 

『脱落者が増えれば増えるほど我々は楽になりますが……

 脱落者が増えれば増えるほど、ガドルは倒しにくくなる。

 叶うならば、強力な不死殺しとは一時であっても共闘したいものです。

 "西遊記"などに登場する不死の仙人に有効だった宝具。

 不死であるはずのアース神族を滅ぼすほどの北欧神話の宝具。

 複数の命を持っていようと殺し切るという、バロールの魔眼の類もですね。

 そういったものを持っているグロンギが居れば、対ガドルのために停戦を申し出たい』

 

「なるほど…………」

 

『そしてできればガドル相手に切り札を全て切らせたい。

 能力の詳細を知れば知るほど、我々が倒しやすくなります。

 ガドルの後にスムーズに片付けておかないと、人間が殺されませんからね』

 

「確かに」

 

『敵を見つけ、そこからの選択肢は多くありません。

 一時同盟を申し込むか。

 先手を取って問答無用の奇襲で殺し切るか。

 あるいは、能力を見るために、倒すのではなく探りを入れる目的で交戦するか……』

 

 ランスロットは直観と感覚で勝つタイプではない。

 冷静さに裏打ちされた合理的思考もまた彼の武器であり、戦場において合理に沿った最適解を打ち続ける彼に敵う騎士は居なかったとされる。

 気に食わない敵国家との停戦、嫌いな騎士との共闘もなんのその。

 情に厚い男であるがために、本当に肝心な時に本当に致命的な選択をしてしまうこともあるが、クウガにとってはこの上なく頼りになる相談相手だ。

 

 クウガにとって今の状態は絶望的な四面楚歌だが、何もかもが敵で何もかもが詰んでいた状況から、戦勝・同盟・終戦条約締結の連打で乗り切ったブリテンの騎士からすれば……どこか嫌な懐かしさすら感じる絶望的状況であると言えよう。

 クウガは剣を袈裟、逆袈裟に繰り返し振り、体を動かしつつ思考する。

 

(魔剣、プラズマ、疑似不死だけじゃ足りない……

 ランスロットのスキルは最高に力になった。

 もう少し既存の技に馴染ませて、新しい技の組み立てを考えて……そして)

 

 もう一週間もない。まだ一週間ある。

 必要なのは発想と積み上げだ。

 どうせ普通の鍛錬なんて50年やっても今のガドルには勝てない。

 勝つためには発想の転換が必要で、その発想を実現化させるために鍛錬や準備が必要となるだろう。

 Aランク以下の攻撃を無効化し、自動で命のストックが回復する、一度受けた攻撃に耐性を獲得する、十二の命。

 

(ゴ・ガドル・バを殺す。だが……どうしたらいいんだろう)

 

 A+以上の攻撃を十二種類、間断なく叩き込む?

 デミ・グロンギ以外の攻撃が無効化されるという前提で?

 難しい。

 とても難しい。

 それならまだ、限定的な全知全能を実現する方が楽に思える。

 

「うおっ、暑っ」

 

「シロー…………さん」

 

「鍛錬してるんだって? 俺も手伝うよ。俺の鍛錬にもなるしな」

 

「お願い、します」

 

 クウガの肌には士郎の弓も剣も無効化されて歯が立たない。

 しかれども、今のクウガはナイト・オブ・オーナーの反動で弱体化状態。

 だからこそできる、少し風変わりな鍛錬が始まった。

 

 士郎が弓を撃つ。

 連射に集中すれば恐ろしい速度で矢が放たれ、威力に集中すれば桁違いのパワーが飛んで来る。

 それをクウガが受け、避け、走りながら剣を振るう。

 士郎が連射すればクウガの急所に時々矢が命中し、威力が乗った矢は気を抜けばクウガの手から剣を弾きかねない威力があった。

 クウガもまた、まるでバッタのように床を蹴り、壁を蹴り、自由自在に飛び回って矢をひょいひょい避けていく。

 崩れた姿勢から懇親の一射を防がれた時には、士郎も軽く口笛を吹いていた。

 

 士郎は素早い剣士に攻撃を当てる訓練に、クウガは遠距離攻撃型の敵と叩くための訓練になり、互いにとって得るものの多い訓練になっている様子。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 途中から訓練に熱が入って来ると、士郎の手に剣が握られ始める。

 弓矢による攻撃に、刀剣による刀剣と近接戦がほどよく織り交ぜられ始めた。

 

『しかしなんとも……特異極まりない』

 

(この投影?)

 

『ええ。英雄の時代が終わった後に、これほどの傑物が生まれるとは信じ難い。

 宝具ですら生成可能な、矢や剣に至っては大した負荷も無く生み出していそうです。

 一つの極みに到れるほどの、"偽物を作成する力"。

 私と同じ時代を生きていれば、間違いなく名を知られた騎士となっていたでしょう』

 

(高評価だ)

 

『人格面も悪くない。

 我が王……ブリテンのアーサー王が気に入るタイプの実直さです。

 贋作とはいえ強力な剣を生み出せる能力もいい。

 戦場では武器が壊れがちですから。彼は多人数との連携で真価を発揮するタイプでしょう』

 

 クウガは自分の中の士郎のイメージに、ランスロットの見解を付け加える。

 クウガは士郎を弓と剣で戦う単独で完結する戦士と見ていたが、ランスロットは士郎を戦士というより創造者……『戦う者』より『作る者』として見ているようだ。

 確かに、言われてみればそうとも言える。

 矢を作り絶え間なく撃つ、剣を作り撃ち・投げ・振るう。

 衛宮士郎の強みはこの辺りにあるように見て取れた。

 

 一時間ほど、二人は鍛錬を続ける。

 どちらにとってもあまり見慣れない戦術を使う新鮮な訓練相手であったが、互いに対して経験値を積むと同時に、互いの戦術を訓練形式で理解していく。

 次の共闘では少しはマシに連携できそうだ、と士郎は思案していた。

 

「っと、一回休憩入れるか」

 

「はい」

 

 士郎の体力ではなく、ずっと訓練していたクウガの体力を気遣い――クウガの残り体力を見ただけで的確に見切り――、士郎は休憩を提案した。

 訓練室前の自動販売機に士郎がお金を入れる。

 "こんなに飲み物の種類いっぱい用意しておく必要あるんだろうか"と、クウガは自動販売機に素直な感想を抱いていた。

 

「どれがいい? あ、どれがいいかとか分かんないか、空我は」

 

「はい」

 

「そうだな、あんまり慣れない味だとそもそも飲めないだろうし……

 ええと……あ、そうだ。水なら飲み慣れてないってことないだろ。天然水でどうだ?」

 

「ただの水を、金払い、買い、ありがたがる…………リントの文化は摩訶不思議」

 

「なんでさ」

 

「ありがたくいただきます…………大切に、飲ませていただきます」

 

「いや今お前が言ってた通りただの水なんだから大切にしなくていいんだからな?」

 

 色素の薄い髪から垂れる汗を拭きつつ、士郎は苦笑していた。

 二人して微妙な距離を空け、ベンチに並んで座る。

 

「空我、お前どういうイメージで鍛錬してる?」

 

「イメージ…………ですか? そういうのは、特には」

 

「そうなのか? 一応、自分が目指すところのイメージが持ってた方がいいんじゃないか」

 

『そこは私も同感です、マスター』

 

 イメージか、とクウガは少し思案する。

 パッとは思いつかない。

 クウガの理想形が誰かと言えば間違いなくン・ダグバ・ゼバ、ひいては今の沙条愛歌だろう。

 だがそこはあまりにも遠すぎて、理想の自分のイメージにはそぐわない。

 そもそも全知全能というものが感覚で理解できないために、イメージに実感が伴わない。

 それではイメージの意味が無いだろう。

 

「知ってるか?

 4号とか、他の未確認の体は結構研究されててさ。

 当時4号を見てた医者のカルテとか、未確認の解剖記録とか残ってるんだ。

 その中に一つ、気になってたやつがあったんだ。

 お前達の腹の中にある石は、お前達の心に呼応して力を出し、新しい力を備えるって」

 

「ああ…………それっぽいことなら、そういえば、聞いたことがあります」

 

「4号はイメージがそのまま力になったんだってさ。

 高く跳びたいと思えばその力が備わったとか。

 つまりお前の腹の中の石には、お前の中のイメージを形にする力があるんだ」

 

 士郎の拳が軽くクウガの腹の上を叩いた。

 その奥には魔石ゲブロンがある。

 未確認生命体第4号に多くの形態を備えさせた、"所有者の願いを叶える聖杯のごとき石"が。

 

「イメージするのは、常に最強の自分だ。

 だってそうだろう?

 お前の腹の中の魔石が、お前の心に感応するなら……

 強くなりたいと思えばいい。最強の自分を想えばいい。

 誰よりも強い想い、誰よりも強い自分の想像が、何よりも強い力を生み出すんじゃないか」

 

 強くなりたいという強い想いがあれば、腹の中の魔石は応える。

 

「もちろん、現実が本物で、イメージは偽物だ。

 ぶつかりあったら幻想の偽物は砕け散る。

 でもな。

 一日前の自分より強くなければ、今の自分に成長はない。

 一日後の自分を強くイメージできなきゃ、この先の自分の成長はないぞ」

 

「…………なるほど。確かに、そうです」

 

「ちょっと考えながら鍛えてみないか?

 俺もお前も似たようなものだと思うんだ。

 何も考えず鍛えても強くはなれない、そういうタイプ。

 理想の形をイメージして、そのイメージをトレースするとこから始めてみたらどうだ?」

 

「トレース…………」

 

 今よりも強い自分。

 今よりも多くのことができる自分。

 今より少しは最強に近い自分。

 そのイメージこそが、グロンギを強くする。

 相手の気持ちを良く想像(イメージ)できる五代雄介は、この分野においては最良の戦士であり、逆にイメージが貧困なクウガは、この点において最悪の戦士と言っても過言ではなかった。

 

「少し休憩してこいよ。夜もどうせ鍛錬するんだろ?」

 

「ん…………そうですね」

 

 クウガは火照った体を冷やし、汗を吸った服を乾かすべく外に出る。

 されどこの季節の屋外が暑くないわけもなく。

 あと数時間で夜になろうという時間にもかかわらず、施設の外は灼熱の世界であった。

 汗はあっという間に蒸発したが、新しい汗がじんわりと出て来る。

 どうやら夜も暑い一日になりそうだ。

 

『衛宮士郎殿。あれはいい戦士ですね。平和なこの国に居るのが不思議に思えるほどに』

 

(うん)

 

『ガドルに偽物と言われたこと、あまりお気になさらず。

 偽物を作る能力を持った士郎殿を見て、思い出すのは仕方ないことですが』

 

(……)

 

『奴は確かに本物です。

 貴方が自分を偽物と思うのも仕方のないこと。

 ですが貴方は周囲に恵まれている。

 奴がいくら本物の強者であっても、無敵ではない。倒す可能性は0にはなりません』

 

(……)

 

『諦めることなく、剣を振り己を鍛え続けた者が勝つとは言いません。

 それは欺瞞だ。

 敗北の瞬間に、醜悪な嘘となりましょう。

 ですが諦めず努力を続けることは良い。

 勝利の女神はそういった男を好みます。

 ですので、勝利の女神を惚れさせるような男になりましょう。

 女性に好まれる振る舞いに関しては、私はブリテンの円卓一であると自負しております』

 

(なんだかなあ)

 

『ふっ』

 

 無責任なことを言わない実直さが、"気持ちの力で勝つ"といった人間らしい主張よりもクウガの感性に合うようだ。

 クウガの内で冗談を言って軽く笑うランスロットに対し、クウガは不快感を覚えない。

 外の空気をうんと吸って、クウガは敷地内でまた剣を振ってみる。

 その手に握られている剣は、クウガが普段使っている両手剣ではなく――一般人には演劇用の剣にしか見えない――士郎が投影した綺麗な装飾の投影剣。

 どうやら練習用に一本拝借してきたようだ。

 

 ランスロットとの指導、士郎との実戦形式の訓練で、クウガは人が持つ強さを大分剣に取り込むことができたようだ。剣筋のキレが増している。

 だがまだまだだ。

 単純に技量だけでも、グロンギの上位層には敵わない。

 これを『本物』の領域に届かせるには、一体何が足りないのだろうか。

 

 何があれば『本物』で、何が足りなければ『偽物』なのだろうか。

 

「ほらよ嬢ちゃん。一枚仕上がりだ」

 

「わぁ、すっごく早いですね! こんな早く描ける人始めて見ました!」

 

「早描きのラフと本腰入れる絵は流石に違うさ。

 このくらいサクッと描くと、こんな適当な絵で金取っちゃっていいのかって気になる」

 

「いやいやこんなに上手い絵、私だったら一週間かけても描けません!

 ありがとうございます蝶野さん! あ、お代ここに置いときますねー」

 

「おう。……ん?」

 

 クウガの耳に、聞き慣れた立香の声と、聞き慣れない男の声が聞こえた。

 人並み外れた聴力が捉えたのは鉛筆と絵筆が動く音に紙が擦れる音。

 どうやら、流れの画家か何かが、分署の前で立香に絵を描いてやったらしい。

 クウガの目は見えないが、立香の喜びようが肌で感じられるほどで、その浮かれた声を聞かずとも絵の素晴らしさがなんとなく分かってしまうほどであった。

 

 クウガが耳を向けると同様に、その画家らしき男もクウガに視線を向けていた。

 士郎から勝手に借りてきた贋作の投影剣を構えるクウガの姿に、男は何かを感じたらしい。

 クウガをじっと見ながら、少年の表面と内面両方を見透かそうとするかのように、その視線は少年の全身をくまなく観察していく。

 その視線を、クウガは肌で感じ取っていた。

 

「…………ワタシに、何か、用でしょうか」

 

「あ、いや、悪い。なんか妙にサマになってたからさ」

 

 男は立香を引き連れ、クウガに歩み寄ってくる。

 

 クウガが盲目であることに少し驚いた様子であったが、気後れせず、どこか不躾なくらいに無遠慮に話しかけてきた。

 

「よければ一枚描かせてもらえないか?

 俺は蝶野潤一。ちょっとした絵描きをやってる男だ」

 

 それは人を殺し、殺人を娯楽とし、美しいものを壊すことを生業とするグロンギにとって。

 

 未知の塊と言っていい、"美しいものを生み出す生業"の人間であった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デミ・グロンギ&サーヴァント マテリアル(5/15更新)

※このページは多大なネタバレを含んでいます。
 本編未読の方は読まないように注意。
 随時更新されるため、旧情報は新情報に入れ替わっていきます。


■ズ・クウガ・バ(仮面ライダー)

 【未確認生命体C群0号・クワガタ種怪人】

総合戦闘力評価:E

断片出力:E

クウガステータス

 

■メ・ドゥサ・レ(ライダー)

 【未確認生命体C群1号・ティタノボア種怪人】

総合戦闘力評価:C

断片出力:D

ドゥサステータス

 

■メ・ガルメ・レ(アサシン)

 【未確認生命体C群2号・カメレオン種怪人】

総合戦闘力評価:B

断片出力:C

ガルメステータス

 

■ゴ・ジャーザ・ギ(ランサー)

 【未確認生命体C群5号・サメ種怪人】

総合戦闘力評価:A

断片出力:A

ジャーザステータス

 

■ゴ・ガドル・バ(バーサーカー)

 【未確認生命体C群6号・カブトムシ種怪人】

総合戦闘力評価:A++

断片出力:B

ガドルステータス

 

■完全なるキャスター

 【未確認生命体C群?号・???種怪人】

総合戦闘力評価:?

断片出力:?

 

■死出づるアーチャー

 【未確認生命体C群?号・???種怪人】

総合戦闘力評価:?

断片出力:?

 

■閃剣のセイバー

 【未確認生命体C群?号・???種怪人】

総合戦闘力評価:?

断片出力:?

 

■沙条愛歌(ン・ダグバ・ゼバ)

 【未確認生命体C群4号・クワガタ種怪人】

総合戦力評価:EX

断片出力:?

ダグバステータス

 

■殺生院キアラ(ラ・バルバ・デ)

 ???

 

 

 

 

 

※スタータスはグロンギ基準。

 単純な数字換算だとAが50、Bが40、Cが30、Dが20、Eが10。

 

 

 

■ズ・クウガ・バ(仮面ライダー)

 【未確認生命体C群0号・クワガタ種怪人】

 

筋力:E→C

耐久:E→C

敏捷:E→D

魔力:E→D

幸運:EX(桁違いに低い)

 

総合戦闘力評価:E→D

断片出力:E→D

 

●ボディサイドスペック

・超自然発火:D

 物質にエネルギーを注ぎ込むことで、物質をプラズマ化させるスキル。

 Dランクであれば、自らの肉体をプラズマ化させることができる。

 同ランク以上の超自然発火スキルによって無効化される。

 

・騎乗:B

 『ライダー』の欠片によって獲得したスキル。

 大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

・対魔力(全):EX

 特定条件下を除き全ての攻撃・神秘を無効化する。

 

●ソウルサイドスペック

 

邪悪なる者あらば

鋼の鎧を身に付け

地割れの如く

邪悪を切り裂く戦士あり

 

▲紫の剣:聖騎士ランスロット

 一の欠片。

 アーサー王伝説に登場する、曰く理想の騎士。

 紫の力、大地の剣士を支える力。

 しっかりと腰を据え、凄まじい剣速による剛剣を成す。

 筋力、耐久、敏捷順に高いプラス補正。

 必殺の一はプラズマを剣に注ぎ込み対象を溶断する『過重湖光(プラズマタイタン)』。

 

・湖の騎士:A

 湖の乙女に育てられた騎士ランスロットが分け与えている加護。

 一時的に筋力、耐久、敏捷、魔力のどれかを実質的に倍化できる。

 

・無窮の武練:A+

 心技体の合一、一つの時代で無双を誇るまでに至ったランスロットの武芸。

 剣技に限り、クウガにランスロットの武技をそのまま貸し与えている。

 使用する剣技を入れ替えているのではなく、あくまでスキルによってランスロットの剣技を与え上乗せしている形のため、最終的に到達する剣技の域は一切未知数。

 

・騎士は徒手にて死せず:A+

 ナイト・オブ・オーナー。

 手にしたものに自分の宝具としての属性を付与する。

 木の棒ですら宝具となり、他者の宝具も扱えるようになる。

 現在のクウガの場合、翌日にまで悪影響が残る上、それを覚悟で使用しても30秒が使用限界。

 

・女好き:B

 要らないスキル。女性の扱いの上手さ、女性の感情の機微を察する感覚、女性の魅力を感じる感性。

 寝取りの騎士。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■メ・ドゥサ・レ(蛇頭竜尾のライダー)

 【未確認生命体C群1号・ティタノボア種怪人】

 

筋力:C

耐久:D

敏捷:A

魔力:D

幸運:C

 

総合戦闘力評価:C

断片出力:D

 

●ボディサイドスペック

・騎乗:A

 幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

 グロンギ族で最も優れた馬の使い手。

 

・蛇頭竜尾:A

 頭部に視覚の塊である無数の蛇、臀部に竜の尾を持ち、それらを自在に操るスキル。

 広範囲かつ360°の視界を持ち、Aランク以下の隠蔽・妨害・透過スキルを無効化する。

 臀部の尾は筋力B相当のパワーを持つ。

 更に、それぞれの頭部蛇が『魔眼』を持つことが可能。

 頭髪の代わりに生えた頭部の蛇は72本、眼球は144個。

 蛇特有の赤外線感知能力も持つため、透明化した敵も探知することが可能。

 ただし、スキルに依らない妨害、赤外線の無効化に対しては効力を発揮しない。

 

・対魔力(全):EX

 特定条件下を除き全ての攻撃・神秘を無効化する。

 

●ソウルサイドスペック

・石化の魔眼メドゥーサ

 世界でもトップクラスの知名度を持つ、石化の魔眼を持つ怪物。

 既に怪物であるグロンギとの親和性は非常に高い。

 元はメドゥーサの体の一部であり、爆発的な威力の突撃を成す『天馬』。

 そして眼を見てしまった者、その眼で見た者を石化させる『魔眼』を継承している。

 146個の眼球から成る魔眼・キュベレイによる石化効果は、通常手段では決して防げない。

 必殺の一はメドゥーサの体の一部であった天馬と化し突撃する『空翔ける天馬(ベルレフォーン)』。

 

・再臨

 クウガとの戦闘中に、上記のステータスがオールアップ、怪力スキルと探知系能力が追加。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■メ・ガルメ・レ(毒舌のアサシン)

 【未確認生命体C群2号・カメレオン種怪人】

 

筋力:B

耐久:D

敏捷:A

魔力:A

幸運:B

 

総合戦闘力評価:B

断片出力:C

 

 

●ボディサイドスペック

 透明化(避役):A

 体躯の物理的な透明化。

 Aランクともなれば、あらゆる状況において光学的な探知・感知を無力化できる。

 Eランク相当の気配遮断スキルも複合している。

 

・対魔力(全):EX

 特定条件下を除き全ての攻撃・神秘を無効化する。

 

●ソウルサイドスペック

・気配遮断:A+

 完全に気配を経てば発見する事は不可能に近い。

 ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

 透明化(避役)と併用することで、どこまで強化しても五感の延長で捉えることは不可能となる。

 

・静謐のハサン

 妄想毒身(ザバーニーヤ)の暗殺者。

 全身全てが毒の塊。爪、肌、体液、吐息でさえも全てが『死』。

 人間であればいかなる防御手段があろうと即死、デミ・グロンギであっても数度の接触で死を与える。

 幻想種すら殺し、毒殺した対象の死体に触れた者すら死にかねない毒。

 静謐のハサンは『死の接吻』で獲物を死に至らしめるが、ガルメはカメレオンらしく猛毒の粘膜を備えた舌を伸ばし、狙った敵に確実な死を与える。

 必殺の一は敵の前に姿を表さず、普段の飲み水に毒を混ぜて暗殺する『昏き夜より死の淵へ(ザバーニーヤ)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ゴ・ジャーザ・ギ(太祖たるランサー)

 【未確認生命体C群5号・サメ種怪人】

 

筋力:A+

耐久:B+

敏捷:A+

魔力:D

幸運:B

 

総合戦闘力評価:A

断片出力:A

 

●ボディサイドスペック

・水辺の怪異:A

 水中での戦闘なら三段階、水上での戦闘なら二段階、水辺での戦闘なら一段階の強化を得る。

 シュモクザメの怪人であるジャーザは水中にて無敵の強さを誇るが、ジャーザの獲物(人間)は常に陸上にあるために状況次第で妥協を強いられる。

 

・戦闘続行:B

 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

 グロンギには共通して極めて高い再生能力があるため、これと併せ非常に死ににくい。

 

・殺戮技巧:B

 殺人に優れた戦闘技術。対人ダメージにプラス補正。

 

・対魔力(全):EX

 特定条件下を除き全ての攻撃・神秘を無効化する。

 

●ソウルサイドスペック

・空想具現化:?

 ???

 

・神性:?

 ???

 水辺で各ステータスが1ランク上昇し、水中では更にステータスとスキルも1ランク上昇する。

 

???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ゴ・ガドル・バ(最強のバーサーカー)

 【未確認生命体C群6号・カブトムシ種怪人】

 

筋力:A++

耐久:A++

敏捷:A++

魔力:A+

幸運:A++

 

総合戦闘力評価:A++

断片出力:B

 

●ボディサイドスペック

・天性の肉体(獣):C

 生まれながらに、殺人生物として完全な肉体を持つ。

 ガドルの場合、何もせずともある程度強く、鍛えれば鍛えるほどに強くなる。

 物心ついた時から、一日たりとも体を甘やかしたことはない。

 ある程度の肉体干渉を無効化する。

 

・殺戮技巧:B

 殺人に優れた戦闘技術。対人ダメージにプラス補正。

 

・変化:D

 肉体を変質させるスキル。

 上級のグロンギが持つ"形態変化"はこれの亜種。

 ガドルの場合は、鍛錬等による肉体の変化限界の超越。

 修行による肉体の根本的変質は生来のこのスキルによるもの。

 四形態への変化の果てに究極に至ったダグバを見れば四形態を習得し、時間制限付きで四形態を強化するリントの戦士を見れば、同様の強化形態を獲得するだろう。

 最初から強いのではなく、あくまで"強く変化していく"のがガドルである。

 

・対魔力(全):EX

 特定条件を除き全ての攻撃・神秘を無効化する。

 

●ソウルサイドスペック

 

・狂化:EX

 『肉体は最上位の狂化をしているが精神と肉体が同一ではない』という規格外の狂化。

 全ステータスをランクアップさせる。

 

神の祝福(ゼウス・ファンダー):A

 雷神ゼウスの子として有する能力。

 ゼウスの雷が体を走り、使用者の肉体と神性を強化する。

 常時金の力を発生させ、Aランク相当の神性と莫大な出力を維持させる。

 

・勇猛:A+

 威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する。

 また、敵に与える格闘ダメージを向上させる。

 

・英雄の中の英雄ヘラクレス

 十二の試練を超えた逸話により、11度までは死しても自動で蘇生する十二の試練(ゴッドハンド)を持つ。

 Bランク以下の攻撃をシャットアウトし、一度でも自分を殺した攻撃は"試練"として乗り越えて耐性を獲得するため、12回殺すことは非常に困難。

 また、このゴッドハンドとステータスの両方を、神の祝福(ゼウス・ファンダー)による『金の力』で強化している。

 Aランク以下の攻撃は通じず、また命のストックが一定時間ごとに回復していく。

 

 必殺の一は『鏖殺の百頭(ナインライブズ)』。

 怪物殺しの英雄技巧。

 万能宝具たる斧剣を敵に合わせて変形させ、ガドルとヘラクレスの武技をミックスした最適な必殺を叩き込む。

 小手先も小細工もまとめて粉砕する桁違いの暴力の嵐。

 その名の通り死ににくい怪物に対し効果的であり、グロンギに対し極めて高い効果を発揮する。

 

 

 

 

 

 

■完全なるキャスター

 【未確認生命体C群?号・???種怪人】

 

筋力:?

耐久:?

敏捷:?

魔力:?

幸運:?

 

総合戦闘力評価:?

断片出力:?

 

 

●ボディサイドスペック

 

 

●ソウルサイドスペック

 

 

 

 

 

■死出づるアーチャー

 【未確認生命体C群?号・???種怪人】

 

 

筋力:?

耐久:?

敏捷:?

魔力:?

幸運:?

 

総合戦闘力評価:?

断片出力:?

 

 

●ボディサイドスペック

 

 

●ソウルサイドスペック

 

 

 

 

 

■閃剣のセイバー

 【未確認生命体C群?号・???種怪人】

 

筋力:?

耐久:?

敏捷:?

魔力:?

幸運:?

 

総合戦闘力評価:?

断片出力:?

 

 

●ボディサイドスペック

 

 

●ソウルサイドスペック

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■沙条愛歌(ン・ダグバ・ゼバ)

 【未確認生命体C群4号・クワガタ種怪人】

 

筋力:E

耐久:E

敏捷:E

魔力:EX

幸運:EX

 

総合戦力評価:EX

断片出力:?

 

●ボディサイドスペック

・根源接続:EX

 全知全能。

 思った通りの事柄を全て実行可能。

 知ろうとした事柄を全て知覚可能。

 ただし、このスキルで恋した人と両想いになることはできない。

 

 ???

 

●ソウルサイドスペック

・超自然発火:A++

 物質にエネルギーを注ぎ込むことで、物質をプラズマ化させるスキル。

 近く範囲にある物質全ての強制プラズマ化が可能。

 同ランク以上の超自然発火スキルによって無効化される。

 

 ???



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

用語集(5/16更新)

※このページは多大なネタバレを含んでいます。
 本編未読の方は読まないように注意。
 内容は折を見て追加されていきます。


【複数世界混合年表】

 

1991年 蒼銀のフラグメンツ

1994年11月15日 第四次聖杯戦争(ZERO)

2000年1月29日 ダグバ復活、第一次未確認生命体災害(仮面ライダークウガ第1話)

2000年7月30日 マシュ・キリエライト誕生

2001年1月29日 クウガ、ダグバ、最終決戦(仮面ライダークウガ第48話)

2004年1月31日 第五次聖杯(stay night)

2004年2月1日 冬木聖杯戦争(FGO)

2013年 第二次未確認生命体災害(小説仮面ライダークウガ)

2014年7月31日 第三次未確認生命体災害(この作品)

2015年7月30日 FGO本編開始

 

【夏休み時期etcタイムスケジュール詳細対比】

 

1999年 衛宮切嗣死去

2000年1月30日 先走ったグロンギによるルール違反(お遊び)の殺戮開始(クウガ本編1話~)

2000年2月03日 ズ集団による殺戮が始まる。ゲゲル開始(5話~)

2000年2月24日 ズ集団のゲゲル終了。メ集団のゲゲル開始(7話~)

 

2000年7月19日 メ集団のゲゲル終了。ゴ集団のゲゲル開始。ゴ集団ゴ・ブウロ・グ開戦、及び撃破(25話、26話)

2000年7月27日 ゴ・ベミウ・ギ、ゴ・バダー・バ開戦、ベミウ撃破(27話、28話)

2000年7月30日 マシュ・キリエライト誕生

2000年8月21日 4号VSゴ・ガメゴ・レ開戦、及び撃破

2000年8月27日 4号VSゴ・ジイノ・ダ開戦、及び撃破

 

2001年1月29日 当時活動中であった最後のグロンギ、ン・ダグバ・ゼバ撃破

 

2014年7月頃  マシュAチーム主席でチーム完成、フォウ君カルデアに到着

2014年7月31日 当作開始

2015年7月30日 FGO本編開始

 

 

■グセギス・ゲゲル

 グレイル・ゲーム。

 収斂進化の一種でグロンギ文化の中に発生した『グロンギの聖杯戦争』。

 リントの聖杯戦争が「聖杯を手に入れるために殺し合う」ものならば、グロンギの聖杯戦争は「殺し合いのゲームを面白くするために聖杯を使う」ものである。

 

 グセギス・ゲゲルにおいて、グロンギは何らかの形で『器』を使い、人類種の守護者である英霊―――サーヴァントをその身に宿し、サーヴァントの能力を継承することができる。

 それはグロンギにとって最高効率の自己強化であり、人類史への陵辱である。

 グロンギ+サーヴァントの相乗効果で一部の能力が昇華され、オリジナルを超えることも。

 

 一週間七日を七人の参加者に振り分け、それぞれの参加者は自分に割り振られた曜日に一度の行動権を使用することができる。

 行動権は日を跨いで持ち越せない。

 

 七人の参加者に一つずつ配られた欠片七つを集め、最後の一人になった者が勝者となる。

 あるいはエクストラルールで投入されたエクストラターゲットを撃破した者が勝者となる。

 勝者は当代の『ン』に――最強のグロンギに――ザギバス・ゲゲル(ファイナル・ゲーム)を挑む権利を得る。

 ただし、『ン』がその時点で死亡している場合、別の処理が行われる。

 

 

■ゲゲル・ジョグヂ

 割り振られしゲゲルの曜日。

 参加者七人にそれぞれ割り振られた曜日に『行動権』が与えられる。

 その日の内に行動権を消費することで、『指定対象への攻撃行動』『リント狩り』『武器の補充』『ターゲットの位置情報や武装情報などの獲得』をすることができる。

 グセギス・ゲゲル参加中に許される戦闘行動は、基本的に行動権を消費した襲撃行動と、他者に襲撃された場合の迎撃行動のみ。

 ルール違反には違反者へのペナルティ、もしくは違反者を除いた参加者への優遇などで罰が与えられる。

 

金曜日→メ・ドゥサ・レ

土曜日→ゴ・ガドル・バ

日曜日→???

月曜日→???

火曜日→ゴ・ジャーザ・ギ

水曜日→???

木曜日→メ・ガルメ・レ

 

 

■グセギス・ゲゲルのルール

 行動権を消費することで、『指定対象への攻撃行動』『武器の補充』『ターゲットの位置情報や武装情報などの獲得』を行う。これが全ての基本。

 行動権を消費せず規定された行動を取った場合、最悪死をもってその罪を償わされる。

 規定されていない行動は違反とならないが、規定行為が多いために頭を使わなければすぐに違反と認定される。

 

・指定対象への攻撃行動

 リント狩り、他参加者の攻撃、エクストラターゲットへの襲撃など。

 ゲゲルで分かりやすく優位に立つ手段。

 脳筋のグロンギはこれしか選ばない。

 行動権は週に一つしか与えられないためにグロンギは通常週に一度しか戦闘を行うことができない……が、いくつか抜け道も存在する。

 

・武器の補充

 武器道具担当階級『ヌ』に武器を補充させることができる。

 第一次未確認生命体災害時もグロンギは途中から武器が『ヌ』から支給されるようになり、武器を使うようになったグロンギに対し仮面ライダークウガは苦戦し、新たなる力の覚醒を余儀なくされた。

 武器は三種。

 強力な変形しない手持ち武器と、特定の武器に変化させることができるアクセサリー状のアイテムと、剣や槍など様々な形状の武器に自由に変化させられる装飾品。

 単純な自己強化のみならず、ゲゲル中に武器が破壊されてもそれを補充できる他、戦いの中でサーヴァントの特性に気付いた時に最適な武器に持ち替えるということもできる。

 

・ターゲットの位置情報や武装情報などの獲得

 情報面での強さ。

 一部を除いたグロンギはあまり好まない。

 エクストラターゲットが今どこにいるか、狙った獲物が今弱っているかどうか、他参加者の最も強いスキルの詳細を知りたい……そういった申請を『ラ』が受理することで、その情報が開示される。

 開示された情報は常時開示されたままになるため、初週で狙った獲物の位置情報を獲得すれば、いつでもその獲物に襲撃をかけられるようになる。

 頭を使えるグロンギでなければ活用できず、頭を使えるグロンギであればこれに頼らずとも獲物の位置を見つけられる可能性が出てくるため、そういう意味でもあまり人気がない。

 

 

■魂喰い

 サーヴァントと融合したデミ・グロンギ最高の自己強化手段。

 殺戮を好むグロンギが、サーヴァントの特性である殺害相手の魂を喰らい自らを強化する"魂喰い"を得ることで、デミ・グロンギは自己強化が極めて容易になった。

 人間社会に生きる人間ならば魂喰いはリスクがあるが、最初から人類の敵である者には一切それがない。

 人間を殺し、殺した人間の魂を喰らい、サーヴァントの力を肥大化させることで、ステータス等が強化されていく。

 

 

■抑止力

 アラヤ、ガイア。

 人類の集合的無意識が生む「人の滅びを避けようとする」アラヤと、星の祈りが生む「星の滅びを遠ざけようとする」ガイアの二種類。

 滅びが現れた時、抑止力は強力な守護者の派遣など、何らかの形で発動する。

 デミ・グロンギ達は生まれるべきでなかった世界の壁を越える異端種。

 人類史の否定者であり、星の外敵。

 彼らがこの星に足を踏み入れた時点で、アラヤとガイアが動かないということは――あるいは、動いていないように見えることは――異常事態である。

 

 

■衛宮桜

 勝ち組。

 並み居る強敵全てを打ち倒し、勝利者となった。

 分類的にはヘブンズフィール間桐慎二共闘ルートハッピーエンド後の桜。

 

 

■グロンギ

 通称、未確認生命体。

 2000年頃に一度、2013年頃に再度、そして2014年のこの年に三度、大事件を起こしている。

 それぞれが第一次、第二次、第三次の未確認生命体災害と一般的に呼称される(正式名称ではない)。

 第一次での死者数は三万人をゆうに超え、第二次では160万人を超える死者が出かねない状況にまで至っていた。

 

 人間体で人間社会に潜伏する特性と、怪人体の異常な戦闘能力が一般に特に知られている脅威である。

 

 個体差も大きいが、凄まじいのはその生命力と再生能力。

 数十トンクラスの攻撃の直撃を食らえど平然と立ち上がり、心臓を撃ち抜かれても眉一つ動かさず、腹に深々と剣が刺さろうがそれだけでは致命傷とならず、大剣が腹の奥まで刺さった傷が数秒で消えてなくなってしまうことも。

 最下級のプレイヤーでさえ大口径の銃弾の連射を受けても皮膚に傷一つ付かない。

 神経を完全に破壊され体組織の三割ほどを失ってもなお蘇ることすらある。

 その強固な体を決定的に破壊したとしても、全治半年級の傷が長くとも数時間で痕跡すら残らず消えるのは、もはや尋常な生命とは言えないだろう。

 怪人体よりも異常性が低い人間体であっても、銃弾に抉られた肉は数秒で再生を完了する。

 

 更に、肉体には耐性獲得の能力も持つ。

 人間がグロンギに有効な毒物を使っても死に至らず、次に戦う時には効果がなくなっている。

 逆にグロンギの毒物に人間が防御手段を講じても、それにすら耐性を得て毒が対策を貫通してしまう。

 グロンギの体を切り裂いた攻撃が、数秒後には傷一つ付けられなくなったことすらある。

 この耐性はグロンギ同士の能力に対しても有効であり、神秘を身に付けた人間を即死させるグロンギの毒も、最下級のグロンギは死に至らしめることができないこともある。

 最悪なのは、耐性獲得の過程で他の能力までついでに強化されることもあること。

 弱点を突かれただけでその日の内に強化形態を獲得する個体すら存在する。

 

 もちろん、それらの特性が無かったとしても個体戦闘能力は極めて高い。

 知性が高いグロンギは、普通の人間を遥かに凌駕する知性を持っていることすらある。

 形態変化による対応力、物質変化による武装の獲得、等々個体によって強みは様々。

 

 『超古代のクウガ』はこのグロンギ達を殺すのではなく、封印するという最適解を取った。

 『仮面ライダークウガ』は必殺技の封印エネルギーをグロンギの魔石・ベルトと反応させることで、グロンギを体内から爆発させ、体表に傷一つ付けないまま爆死させることができた。

 第一次、第二次の未確認生命体災害時、警察は体内の神経節を完全に破壊する神経断裂弾を用いた。

 『ズ・クウガ・バ』にはそのどれもが不可能。

 

 『封印エネルギーでのトドメ』『神経断裂弾による神経誘爆』のどちらでもない殺害方法を選ぶ場合、トドメの一撃には絶大な威力が求められる。

 

 

■デミ・グロンギ

 グロンギのデミ・サーヴァント。

 肉体的にはグロンギ、魂魄的にはサーヴァントの性質が強く表れる。

 人類史を否定する者であるグロンギは一種の死徒に近い性質を持ち、人類史を肯定する者である英霊と融合することで太極……『根源により近い存在』へと擬似昇華されている。

 グロンギがサーヴァントと融合し、英霊達の能力の一部を行使できる様になった存在。

 人類史を否定する人類の敵が融合し、グロンギの側がその力を行使するという関係性が成立している以上、サーヴァント側の人格が残ることはない。 

 

 

■霊基再臨

 デミ・グロンギの霊基再臨は四段階。

 サーヴァントの降霊を可能とした第一段階。

 欠片が体に馴染んだ第二段階。

 そして、あるラインに到達した第三段階と、『究極の闇』に至った第四段階。

 ラ・バルバ・デ曰く、「第三段階以上が七人欲しい」とのこと。

 

 

■ダグバのベルトの欠片

 第一次未確認生命体災害の際、ズ・ゴオマ・グが体内に入れた物。

 ゴオマは体内に入れることで絶大な苦痛と引き換えに、弱点の克服、飛躍的な力の増大、性格が豹変したようにすら見えるほどの高揚感を得ていた。

 ズの最下級が小さな欠片を『一つ』入れるだけで、ゴの上位にすら届くほどの力を手に入れられるという。

 反面、ズ程度の弱者がこの欠片を体内に入れた場合、絶大な苦痛は避けられない。

 第三次未確認生命体災害においてはロストベルトとも呼称される。

 

 

■改正マルエム法

 2008年に改定された『未確認対策特別措置法』。

 警察官の間では改正マルエム法と呼ばれる。

 2005年に未確認生命体と誤認された人間の容疑者がこの法の適用で射殺され、射殺した警察官も罪悪感から自殺し、これが弁護士会を中心に問題視されたことで、三年後の2008年に旧マルエム法は失効、改正マルエム法が制定された。

 これは当時の世論である「グロンギも人間と同じであり、分かり合うことも矯正することもできたのではないか?」という意見も多大に考慮されたと言われている。

 

 だがそれは、2013年当時国民から最も支持された政治家であり、人間になりすまして政界に潜入していた郷原忠幸/ゴ・ライオ・ダによってもたらされた『グロンギのための法改正』であった。

 当時の工作の爪痕は未だ影響を残しており、警察も自衛隊もまだ機敏に動けるような法の状態ではない。

 また当時、ライオに煽られ『人権』『人のため』というお題目でマルエム法の改正に賛成した者達は軽率に意見を変えられなくなってしまい、グロンギに都合の良い『改正マルエム法支持派』になってしまっている。

 意見をコロコロ変える人間は、社会信用や政治基盤を失いやすいからだ。

 

 法内容を具体的に言えば、2014年現在の警察は、人間の姿をしたグロンギに一切の武器の使用をすることができない。

 怪人体に変身したグロンギに対しても、正当防衛と緊急避難を除いて個人の判断で武器を使用することができない。

 そうでない場合の武器の使用は全面的に上官の許可が必要、となっている。

 第二次未確認生命体災害を経て、市民からは改正マルエム法を旧マルエム法に戻してほしいという意見が強まっているが……法律はそう簡単に作ったり消したり、変えたり戻したりできるものでもない。

 

 現在も続くこの法律の中で、ある程度でも未確認生命体(グロンギ)に効率よく対応するには、独立した班に即時の対応を委任し、指揮系統を意図的にごちゃごちゃにして現在の法の隙間を突くしかない。

 法の世界の、警察ができるスレスレのラインの裏技である。

 

 

■S.A.U.L.

 未確認生命体対策班――Squad.Against.Unidentified.Lifeforms.――の略。

 管轄や縄張り争いのしがらみに囚われず、フットワークが軽く事件ごとに素早く対応でき、未確認生命体に対応するための戦力も保有する……という、相当に面倒臭いが絶対に要求される事柄に対応するための部署。

 これを包括する対策室の室長代理が蒼崎橙子であり、階級上の班責任者が間桐慎二である。

 改正マルエム法がしっかり法として残っているため、未確認生命体関連事件合同捜査本部が『捜査』、未確認生命体対策班が『対応』を担当する形。

 

 

■マリアチャペル 柏玉姫殿

 この世界線において、東京都某区に存在する教会。

 かつて未確認生命体第4号・クウガと3号・ゴオマが戦った教会である。

 戦いの際に火事になり、全焼は免れたものの見るに堪えない惨状となってしまった。

 更には修繕費もなく、困り果てたところに資金提供を受け、なんやかんやで複合宗教施設というとんでもないキメラに成り果てた。

 今では仏教徒にキリスト教徒、ハゲに美人に若者と、色とりどりの人々が入れ替わり立ち替わり何かの教えを伝えているという。

 おかげで地元では多くの人に親しまれている、とか。

 

 

■究極の闇

 グロンギにおける究極の一。

 地球のアルテミット・ワン、星の最強種、タイプ・アース……に、向かって行く領域へと足を踏み入れた者。

 星の究極になる可能性も、他の星の外敵となる可能性も持つ者。

 全てのグロンギはここへと向かい進化を繰り返し、飛び抜けた才持つ者はここへと到達する。

 ある世界線(漫画版)においてグロンギは、"大いなる不可知の力"によって殺人衝動を持つと語られた。

 また、リントが"平和を愛する"のも同様の方向性である、とも。

 『グロンギの一生は天上へと続く階段を登る道』であるとも語られた。

 すなわち、リントは群の繁栄を目指すアラヤの方向性を持ち、グロンギは個の力をひたすらに高め人間の繁栄を否定する方向性を持つ。

 両極の二方向性。

 それはつまり―――

 

 

■未確認生命体分類分け番号

 第一次第二次における、怪人体の仕分けがA群、人間体の仕分けがB群。異世界グロンギがC群。

 基本的にはその姿が観測され、確認された時点で写真と共に書類が作成され、番号が割り振られる。

 第一次のA群0号がダグバ、A群3号がゴオマ、A群4号が仮面ライダークウガ。

 第三次のC群0号がクウガ、C群3号がゴオマ、C群4号が愛歌/ダグバ。

 C群は現在、怪人体と人間体を混合して登録することになっている。

 

 

■グロンギの系統

 グロンギの基礎は赤の拳、紫の剣、緑の弓、青の槍に分けられる。

 ただしあくまで基本系統。

 重装甲によく効く武器に持ち替えた紫タイプのバベルやガメゴ、持ちやすい飛び道具に持ち替えた飛行タイプ、槍ではなく最初から針を持った身軽なハリネズミのジャラジなどもいる。

 その昔、

「紫の剣は鈍重なので緑の弓で距離を取って削れ」

「緑の弓は接近戦に弱いために青の槍で攻撃をかわし距離を詰めろ」

「青の槍は攻撃力が低くなってるから紫の剣で受けて反撃だ」

「赤の拳はとにかく自分の強みの押しつけ合いになる」

 という戦闘鉄則が、グロンギにはあったという。

 が、現在はそれら全てに対策が取られてしまったため、剣弓槍の三すくみは存在しない。

 対策が増えてくると昔のセオリーが通用しないのは、ゲームによくあることである。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。